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[28084] 【習作】『TIME-TRIP -大切な人を守るため-』【アキバズ・トリップ】
Name: KCA◆1515fe95 ID:d426b585
Date: 2011/06/18 09:49
※本作は、ゲーム「AKIBA'S TRIP」の試験的二次創作SSです。ただし、ゲーム的なシステムや設定を一部都合よく改変している部分がございますので、その手の改変が嫌いな方は、ご注意ください。
※話の流れ上、「共存ルート」に関するネタバレがポコポコ出ます。ご了解ください。
※元ゲームの性質上、主人公は平気で女装や他人に対する脱衣行為などを行います。その種の行為が嫌いな方も、本作の閲覧は回避なさるほうが賢明です。
※当初はシリアス路線で突っ走ろうと思ったのですが、どうやら私にはムリなようです。深刻ぶってる主人公も、徐々にいぢられ系の本性を表すことになりそうな予感。→6/16.実は意外にハラグロな感じに壊れてきました。誰得?

 *6/16 4話以降を加筆&修正
 *6/18 公式データで、主人公(ナナシ)の身長が172であると聞きましたが、このSSでは169のままでいきます。まぁ、どの道縮むわけですし。さらにマスターの立場など微修正。



[28084] 『TIME-TRIP -大切な人を守るため-』-1
Name: KCA◆1515fe95 ID:d426b585
Date: 2011/06/18 09:50
-01-

 NIROの課長にして実働部隊の実質的トップである、瀬嶋との2度目の戦い。
 妖主の血による瀬嶋のパワーアップに加えて、妖主との戦いで疲弊していたことにもあってか、瑠衣の血を飲んだものの僕は完全に劣勢となり、身体も衣服もボロボロにされていく。
 「残念だったな、七市。私の勝ちだ」
 彼の言う通り、ボロ雑巾のように床に転がった僕は、もう指一本動かすことすらできない。
 曇りガラスから降り注ぐ午後の日差しが、僕の露出した肌を灼き焦がしていくのを感じる。
 (あぁ……死ぬのか、僕は)
 恐怖と苦痛と後悔が僕の心を塗りつぶそうとしていた。
 (──僕が今まで散々脱がして葬って来たカゲヤシたちも、こんな気持ちだったのかな?)
 ボンヤリとそんなことを思いながら、かろうじて首をねじり、瀬嶋の方を見た僕が目にしたのは……瑠衣!?
 その瞬間、どこにそれだけの力が残っていたのかと自分でも疑問に思う程の勢いで僕は跳ね起き、瀬嶋へと向かっていく。
 「その執念は驚嘆に値するが……フンッ!」
 正面からの掌底のカウンターを受けて、僕はそのまま元の床へと弾き飛ばされる。
 「悪く思うな。私とお前、どちらも我を通そうとしてぶつかった以上、力の無い方が負けるのは世の定めだ」
 奴の言葉には耳を貸さず、それでも這い寄ろうとした僕だったが……窓ガラスのヒビから差し込む陽光がトドメを刺した。
 (ごめん、瑠衣。僕が君を守るって、そう言ったのに……)
 最期の瞬間、そんなことを考えて、僕の命と意識はそのまま光の中で消えた……。

 * * * 

 ──否。そのはずだった。

 なのに、どうして僕はココにいるのだろう。
 ……って言うか、ココどこ? もしかして死後の世界?
 まぁ、真っ暗闇なのは確かにソレっぽいけどさ。

 <近いが、違う>

 「!? 誰だッ??」
 闇の中に唐突に聞こえてきた声に、僕は咄嗟に身構える。

 <その質問に正確に答える事はできない。強いて言えば、君たちを遥かな高みから見守っている者だ、と理解してくれ>

 「えっと……それって神様、ってこと?」

 <正確ではないが、あながち間違いでもない。ただし、全知全能の絶対神と言うわけではなく、せいぜい君の運命に幾許か干渉できるくらいの力しかないがね>

 守り神とか守護霊みたいなものなんだろうか?

 <──私のことは今はいい。それより、七市千歳(なないち・ちとせ)。君は、このままあきらめるつもりか?>

 「!」
 そう問われて、先程までの戦いのことが脳裏に甦る。
 「そりゃあ、諦めたくなんてないよ! でも、今の僕じゃあ……」
 瑠衣は守りきれない。
 NIROの部隊のトップと1対1で戦えるなんて稀有な機会に恵まれながら、それを活かせなかった僕は唇をかみしめる。

 <うむ。現状認識はキチンとしているようだな。その通り。宝くじを99回連続で当てる程の幸運に恵まれなければ、今の君では彼に勝つことはできまい>

 うぅ……わかってはいたけど、はっきり断言されるとなぁ。

 <落ち込むな。「今の君では」と言ったろう。それに、決して蟻と象ほど実力が隔絶しているわけでもない。せいぜいが狼と柴犬くらいの違いだ>

 その両者でも十分絶望的に聞こえますけど。

 <単純な体術の技量に加えて、実戦経験に差があり過ぎるからな。だが、もし、君がそれなりの実戦経験を積むことができれば、その差は「10回連続じゃんけんで勝つ」程度の差に縮められる>

 それでもまだ圧倒的に不利なんだ。でも……そう言うってコトは、その「経験を積む」ための手段があるってことですよね?

 <察しがいいな。今から君を過去に送る>

 !
 それは、願ったりかなったりだ。

 今更ながらに僕は瑠衣を連れて単身逃げたことを後悔していた。
 僕自身の力で守れなかったことも勿論だけど、それ以上に、彼女を母親や姉達から引き離してしまったことが果たして正しいかどうかわからなくなったのだ。
 その結果、確かに自警団やアキバのみんなとの連帯は高まった。
 他方、瑠衣の身を危険に晒したばかりでなく、ひと時とは言え家族の絆を奪ってしまったのも事実だ。
 それに、僕が彼女達──現妖主・姉小路怜や双子の姉妹、瀬那&舞那と協力していれば、瀬嶋に勝つことも出来たかもしれない。
 振り返ってみれば、怜も双子も決してまったく話のわからない相手ではなかった。「人間とカゲヤシの共存」についてだって、逃げずにふたりで彼女達と話し合い、妥協点を探ってもよかったのではないだろうか。
 とくに妖主には、元旦那さんの話をすれば……。

 <確かに、それもひとつの道だろう。いずれにしても険しい道のりだがね>

 否定や制止しないってコトは、上手くいく可能性はあるんですね。

 <! やれやれ。勘が鋭いのも良し悪しだな。そうだな、「可能性」はある>

 それを聞いて安心しました。
 先程おっしゃった過去への転送──お願いします!

 <よかろう。ただし、同一の時空に同一の存在が複数並立することは、本来好ましい事態ではない。君は「あちらの君」と心身両面のレベルで融合すると同時に、代償として君の「存在」に何がしかの影響が出る思うが、構わないな?>

 たはは……さすがにココに来て「じゃあ、やめときます」とは言えませんよ。えぇ、お願いします。

 <うむ。それと言っておくが、今回のコレは特例──チートのようなものだ。次回失敗したからと言って、同じ救済措置があるとは期待せぬようにな>

 わかっている。
 それに何より、僕はもう二度と瑠衣のあんな泣き顔は見たくない。

 <覚悟は出来ているようだな。ではいくぞ。君が過去に戻るべき理由、その想いの中核となるべき事象を強く心に思い描きたまえ>

 過去に戻るべき理由。そんなの、ひとつ決まっている!
 僕の愛する少女、文月瑠衣。彼女の笑顔を守るため。それが最大にして唯一の理由なんだから!
 だから、強く強く念じる。瑠衣の顔を……彼女の声を……初めて彼女と出会った場面を!!

 <む! これは……いや、イケる!>

 * * * 

 ──そうして、僕が再び意識を取り戻した時、そこは薄暗い路地で、瑠衣の兄・阿倍野優に襲われている最中だった。
 (そうか。コレは……)
 まさに、僕が初めて瑠衣と出会った場面だ。チラと目をやれば、路地の片隅に辛そうな顔をしている瑠衣の姿が見える。

 優の攻撃は相変わらず単調で大ぶりだったが、それでも肉体的にカゲヤシの血を得ていない今の僕では反撃はおろか完全にかわすこともできず、あの時より何十秒か粘っただけで結局は重傷を負うハメになった。
 「ケッ、人間にしちゃあ、まぁまぁだったが、しょせんはその程度か」
 そこからの展開は、記憶にあるのとほぼ同様だ。
 優が立ち去り、瀕死の僕の頭を膝の上に抱き上げた瑠衣が、唇を噛んで流れた血を飲ませるべく、僕に口付ける。
 「前」と異なり多少朦朧としつつもキチンと意識があったのが救いか。緊急避難とは言え、互いの「ファーストキス」の瞬間を、ちゃんと記憶にとどめることが出来たし。
 だから、僕はヤタベさん達の姿を見て逃げ出す瑠衣にかろうじて一言呟いた。
 「──ありが…とう……」
 「! キミは……」
 何かを言いかけて、けれどそのまま瑠衣は暗闇の中に走り去って行った。
 それを見届けて安堵したためか、僕は急速に意識を喪った。

 * * * 

 そこからの流れも、おおよそ記憶にあった通りだった。
 僕を助けようとする秋葉原自警団のみんなを御堂さんが制止し、僕はNIROのアジトのひとつに連れて来られた……んだろう、たぶん。
 意識を取り戻したら、見覚えある部屋で、「あの時」同様パンツ一丁で椅子に縛り付けられてたし。
 そこでの御堂さん、そして瀬嶋との問答も、おおよそは似たようなものだった。
 ──それに答える僕の口調がいささかそっけないものになったのは、まぁ、勘弁してほしい。瀬嶋も気にする素振りは見せなかったしね。

 だけど。
 「それにしても……眷属の血を飲んだとは言え、まさかそこまで変化が現れるとはな」
 一連の問答が終わり、いざロープを外してもらえるという段階になって、瀬嶋がふとそんな言葉を漏らした。
 ? なんのコトだ?
 「瀬嶋さん、眷属の血とは、これほどまでに劇的な効果を持つものなんですか?」
 御堂さんも、何か畏れるような、それでいて好奇心を刺激されたような視線で僕を見ている。
 「さぁな。眷属クラスのサンプルは、これまで殆ど捕獲された例はない。その意味では、彼は貴重な実例かもしれん」
 そう言いながら、背を向けて出て行く瀬嶋。
 僕としても、憎い仇とも言うべき男に傍にいられると平常心を保つのは難しいから、その方が有難い。

 けど、それにしても……。
 「えっと、さっきからおふたりは何を言ってるんですか?」
 ロープを解いてくれた御堂さんに、聞いてみる。
 「! ご自分の身体の変化に気が付いてないのですか?」
 へ?
 えーと……そう言えば、御堂さんの身長が微妙に高く感じるような。
 身長168センチの僕と169の御堂さんでは、目線がほとんど同じくらいだったはずなのに。
 「背丈だけではありませんよ。ハイ」
 差し出されたコンパクトケース内部の手鏡を覗き込む。

 そこには、僕が愛する文月瑠衣とよく似た「少女」が、きょとんとした顔でこちらを見返していたのだった。
 「誰だ、これーーッ!?」


-つづく-
────────────────────
#とりあえず、1話はこんな感じです。本作の主人公・千歳くんは、ゲームオーバーになったにも関わらず、時間を戻して瑠衣ちゃんとの幸福な結末を目指して奮戦することになりました。
#言うまでもなく、この「神様」はプレイヤーの分身。本来のゲームでは、いずれかのエンドを迎えた場合、「レベル&経験値とMPとお金」以外の要素(所持品や服、スキルなど)を引き継いで冒頭からプレイできます。また、2周目以降は主人公の外見を(制限はありますが)既存の他のキャラから選ぶことが可能。
#作中でも言われている通り、本作では、ちとズルをして瑠衣ルート最終戦で負けたにも関わらず、スキルに加えてレベルも引き継いだ状態でリスタート。反面、物質的なもの(アイテムと衣類)は引き継いでません。
#また、代償として「本来の姿」を失い、瑠衣に近い姿に変貌するハメに。このあたりは次回、詳しく説明します。



[28084] 『TIME-TRIP -大切な人を守るため-』-2
Name: KCA◆1515fe95 ID:d426b585
Date: 2011/06/18 09:50
-02-

 ──カゲヤシに襲われた貴方が気を失った直後のことです。
 カゲヤシの妖主の眷族の血を受けた貴方が、一時的に疑似カゲヤシ化することまでは予想の範囲内でしたが、全身の傷が治ったのち、貴方の身体は急速に変化し始めました。そう、貴方に血を与えたあのカゲヤシ──文月瑠衣の姿をなぞるように……。

 御堂さんの説明が右から左へ耳を抜けていくが、正直僕はそれどころじゃなかった。
 着替えのために用意された部屋で、姿見を前に改めてボクサーパンツ一枚の自分の身体を検分してみる。
 まずは顔。これが一番目立つ変化だろう。
 個々のパーツにはどこか元の僕の顔の面影は感じられるものの、全体としてみればまさしく瑠衣によく似ている。ダブプリのふたりみたく瓜二つとまでは言わないが、姉妹と言っても十分通用しそうだ。
 ただ、腰までのロングへアで赤い瞳の瑠衣と異なり、髪型がショートカットなままで瞳の色も藍色なので、そのことを知って見れば十分区別は付く。
 それに次いで顕著なのが体格の変化だ。本来の僕は男子の平均身長にギリギリ届かない168センチだったが、先程感じたように随分と小さくなってしまった。
 御堂さんにメジャーで測ってもらったところ、およそ158センチと10センチも縮んだことになる。こんな低い視点は中学に入った頃以来だ。
 それに伴い体重も45キロ強にまで減ってしまったのだが、その事を告げた時の御堂さんの視線が妙に怖かった。おかげで、僕は改めて「女性に体重の話は禁句」という禁則事項を強く心に刻んだ。
 体格の変化に伴い手足が華奢になったのは、まぁやむを得ないとして……僕は胸元に視線を落とす。
 もとより筋肉質とは言い難かった胸板だけど、今は明らかに男性とは無縁の緩やかな弧を描いている。乳房と言えるほど明確な隆起はないが、たぶん12、3歳の膨らみかけた少女くらいの状態ではないだろうか。
 ん? 「いやに形容が具体的だ」? まぁ、僕にも妹がひとりいたからね。その記憶に照らし合わせてみた結果だ、と言っておこうか。
 (そう言えば、瑠衣の胸ってどうだったっけ?)
 彼女自身はいつもハーフコートとキチッとした服を着て厚着してたからわかりにくいが、スタイルの良い母親や姉ふたりと同じ血を引いてることからして、さすがにここまでペタンコって事はないだろう。
 (そうなると、(瑠衣+本来の僕)÷2=今の僕 ってことなのかな?)
 無論、とくに根拠のない、勝手な想像だけど。
 胸板だけでなくウェストのラインも随分と細くなってる気がする。
 となると、後は……僕はおそるおそるパンツの中を覗き込んでみた。
 (! よかったぁ、ある)
 幸いにしてマイサンは何とか健在のようだ。もっとも、元からそれ程大きい方じゃなかったのが、さらに縮んで小学生並の大きさになっているのは非常に切ないが。
 それでも、男としての面目をかろうじて保てたことに、僕は心底安堵した。

 とは言え、問題は山積みだ。
 手始めに、僕は御堂さんから返してもらった衣服を広げて体に当ててみた。
 (あぁ、やっぱりね)
 以前の服はダブダブ過ぎて、まともに着れそうにない。今履いてるボクサーパンツでさえ腰からずり落ちそうだし。
 僕は、恥を忍んで御堂さんに、今の僕の体格に合う服を適当に買って来てくれるよう頼んだ。
 カゲヤシ関連の事象に視野狭窄気味な点を除くと、御堂さんは基本的に委員長気質で善良な人だ。
 いきなりの僕の依頼にも心良く応じて、手にしたメジャーで現在の僕のサイズを測ると、近くの店から適当な衣類を調達してきてくれた。

 いやね、それは大変有難いんだけど……。
 ピンクのロングTシャツとデニムのショートパンツと言う組み合わせは、まぁいい。今の僕は明らかに男物が着れる体格じゃないし、「以前」の経験で女装にも(悲しいことに)慣れてしまった。むしろ、スカートを買って来られなかっただけ有難い。
 ウッカリ忘れてたけど、気を利かせて靴もちゃんと24.5サイズのスニーカーを買って来てくれたのは、非常に助かったし。
 ただ、近くのコンビニで買ったとおぼしき、ライトグレーのハーフトップとボクサーショーツはどうかと思う。コレ、明らかに女物ですよね?
 「ええ。ですが、今の七市さんの体格を考慮しますと……」
 他に選択肢はない、か。僕は渋々それらを身に着けた。
 上着はともかく下着まで女装するのは初めての経験だ。
 さっきまで履いていたボクサーパンツと形状は似ているものの、明らかに女性用のそれがピッタリフィットしてしまう今の自分が恨めしい。微妙に敏感になってる胸元もハーフトップのおかげで落ち着いたようだ。
 なまじ、それらの着心地がよく、また鏡を見ても違和感がないだけに、余計にガックリくる。

 なんだか大切なものを失くした気分になり、落ち込みかけたが、かろうじて何とか意識を切り替える。
 「それで……僕はこれから、具体的に何をすればよいのでしょうか?」
 本当は「以前」の経験に照らしてわかっているのだが、確認のためにも聞いておく。
 そして、御堂さんの答えはやはり予想通りで、まずは秋葉原自警団のアジトに行くとのことだった。

 残るTシャツとショートパンツも身に着けて、僕はNIROの支所から秋葉原の街並みへと足を踏み出した。
 「眩しい、な」
 「以前」よりも今の僕はカゲヤシ化の度合いが進んでいるのか、太陽の光に露出した手足の肌を灼かれる感覚が強い……ような気がする。単なる思い込みかもしれないけど。
 でも、仮にそれが真実であったとしても、恐れるつもりはない。それで身体能力がアップするなら、むしろ好都合だ。
 「瑠衣……必ず、君を助ける。今度こそ、きっと」
 ギュッと唇を噛み締めながら、僕は懐かしい──それと同時に、「初めて」でもある「仲間」との顔合わせのために、裏通りに向けて歩き出した。

 * * * 

 裏通りの「アジト」に集うメンバーの顔ぶれも対応も、「以前」とおおよそ変わらない……と言うワケにはいかなかった。無論、原因は今の僕の容姿だ。
 「えっと……本当に、七市くんなのかい?」
 困ったようなヤタベさんの質問が如実にソレを表している。
 とはいえ、ココは信じてもらうしかない。
 僕の説明を同席した御堂さんが補足することで、何とか4人──ヤタベさん、サラさん、ゴンちゃん、ノブくんも不承不承納得してくれたようだ。
 「それにしても……可愛くなっちまったモンだな」
 二次元の女性にしか興味がないはずのノブくんでさえ、好奇心もあらわにそんなコトを言う。
 カメラ小僧のゴンちゃんは被写体としての僕に食指を動かされているようだし、カリスマメイドのサラさんは、「以前」御堂さんを(メイド候補として)狙っていた時のような目で僕を鋭く見つめているので、少々居心地が悪い。
 僕自身としては、写真を撮られることもメイド喫茶でバイトすることも、実は興味はあるし、時間と状況さえ許せばやぶさかではないのだが、生憎と今はその「時間と状況」に余裕がないのだ。
 僕は、瀬嶋の魔手から瑠衣助けるために、もっと強くなり、もっとたくさんの情報を知らなければならないのだから。
 無論、今の段階でいきなりそんな事を言って不審がらせるワケにはいかないから、みんなには「当面はNIROの臨時エージェントの仕事に専念したい」と言っておく。
 騙しているようで少々後ろめたいけど、時間逆行した者が安易に未来の情報を開示してはいけないのは、SFとかでもお約束だ。
 最終的にはソレを提示して協力を求めるべき局面がくるかもしれないが、それまでに「今の」自分として皆の信頼を勝ち得ておく必要があるだろう。
 それを「打算」と呼ぶならその通りかもしれない。それでも、僕がこの素敵な仲間達と仲良くなりたいと思う心も、また偽りのない真実だった。

 そして、実のところエージェント──と言うか戦闘員としての自分の実力に不安があるというのも事実なんだよね。
 師匠に伝授され、あるいは書物を読んで身に着けたスキルの数々が自分の裡に息づいているのは、確かに感じ取れる。数々のカゲヤシや暴漢、あるいはNIROのエージェント達と戦って勝ちえた経験も。
 しかし、「以前」とはまったく異なるこの身体で、十全にそれが発揮できるか否かも未知数だ。膂力や耐久力などはむしろ上がっている気がするが、リーチの不足と体重の軽さは少なからず不利をもたらすだろう。

 そういう意味では、次に御堂さんに連れて行かれる屋上の、「師匠」のところでの戦いには期待していたのだが……。
 意外なことに、師匠は僕をひと目見るなり「教える必要はない」と断言した。
 「フフン……いいわねぇ~。アナタ、かなりのテクニシャンでしょ? 私に習うよりも、心の赴くまま脱がせに脱がせてそのテクに磨きをかけなさい。そしたらいつか……ウフフ」
 ──いったい何者なんだろ、この女性。つくづく謎だ。

 おかげで御堂さんを誤魔化すために、「昔近所に住んでいた老人に脱衣技もある護身術を習った」なんてありもしない過去を捏造するハメになった。
 もっとも、脱衣技云々はともかく、「武術を習った経験」自体は満更嘘でもないんだけどね。
 教えてくれたのは一昨年亡くなった祖父。ただ、習ったのは子供の頃だし、当時の僕は、爺ちゃんいわく「素質としてはせいぜい中の上」と言うことで大した技量にもならなかった。
 逆に妹の水無月の方は「近年稀に見る逸材」とのことで、確か奥義クラスの技まで伝授されてたはず。正直、カゲヤシの力を得た今でさえ、妹とガチでケンカして勝てる気がしないよ。

 念のため日陰に入って、1対1で模擬戦(互いの服を1枚だけ脱がす)をしてみたところ、何とか彼女に勝てたので、どうやら信じてくれたようだ。
 それにしても、やはりこのリーチの短さはやりづらい。大柄な相手の懐に入れば有利な体勢に持ち込めるんだけど、まずはそこまで入り込むのがひと苦労だ。
 「以前」は素手やグローブでの戦いをメインにしてたんだけど、リーチを補うためにも武器の使用を考えたほうがいいかもしれない。

 「な、七市さんッ、戦闘の反省はいいですから、早くスラックスを返してくださいッ!」
 おっとこれは失敬。
 確かに、裏路地の物陰とは言え、れっきとした成人女性が、パンツ丸出しで路上でモジモジしてるのは風紀上大変よろしくないな。

 ──その後、御堂さんには恨めしそうな目で見られたけど、ほとんど女の子みたいなルックスのおかげかビンタされずに済んだのは、不幸中の幸いと言うべきなのかもしれない。

-つづく-
────────────────────
#第2話と言いつつ、話は全然進んでいませんね。単なる現状説明の回。
#ちなみに、一周目の主人公は、サブクエストにあまり手を出さず、メインストーリーを進めることを優先していたタイプ。それもあってレベルが足りず、瀬嶋に勝てなかった……という裏設定があったり。当然、覚えてないスキルも結構あります。



[28084] 『TIME-TRIP -大切な人を守るため-』-3
Name: KCA◆1515fe95 ID:d426b585
Date: 2011/06/18 09:51
-03-

 「カゲヤシ判別機、ねぇ」
 僕は、その機能とやらを組み込まれた手の中のスマフォをうさん臭げに見つめた。たしか正式にはもっと別の名前があった気がするけど、意味はだいたいあってるはず。
 ところで、「前回」の最後の戦いの少し前くらいに気付いたんだけど、そもそもカゲヤシは別のカゲヤシをそれと識別する能力を持っているみたいなんだ。
 でないと、「吸血鬼が別の吸血鬼の血を吸う」なんてマヌケな事態が頻繁に起こりかねないから、ある意味当然だよね。
 そして、「吸血」や「コウモリ」といったカゲヤシ特有の力を使いこなせるようになった僕にも、その感覚は何となく備わってきたみたいで、森泉鈴の逃亡を見逃した頃から、この機械を使わなくてもカゲヤシか否かの判別はおおよそ勘でつくようになっていた。
 「とは言え、まがりなりにもお役所の末端であるNIROとしては、はっきりした物的証拠が欲しいんだろうな」
 傍目から見たらいきなりケンカを挑んで脱がせてるワケだし。
 それに、瑠衣の伯父のマスターや双子たちクラスの眷族になると、カゲヤシとしての気配を意図的にある程度抑えられるみたいだし。彼らができるんだから、妖主だって当然できるだろう。
 瑠衣については……まぁ、箱入りだからなぁ(だからこそキッチリ教えておくべきスキルだと思うけど)。好戦的な優の場合は、むしろ「最初から抑える気が無い」と言う方が正解か。

 ともあれ、この装置の有用性を確認するミッションはつい先ほど完了した。同時に、僕の「勘」が正しいことも証明されたので一石二鳥だね。
 さて、ココからどうするかだよなぁ。
 「以前」はここで阿倍野優打倒のため、先に彼の側近を倒せという指令が来た。今回も、このままアジトに戻ったら御堂さんがたぶんそういう話をフッてくるだろう。
 「このまま流れに乗るのも悪くはないんだけど……」
 たとえば、今回のミッションのラストで優に逃げる隙を与えず、そのまま退場してもらうという案も考えられるワケだ。
 瑠衣の兄である優を倒すことに一抹の躊躇いがないかと言えば嘘になるが、相手は根っからのカゲヤシ至上主義者だ。母親である妖主にさえ逆らうアイツを、「説得して仲間にできる」なんて甘い希望は、僕も抱いていなかった。
 とは言え、身体の変わった今の僕では、本気の彼を倒せるかどうかは、正直まだ心許ない。
 「以前」と同じ選択することで、ある程度「先」が読めるのも事実だし、ここはあえて流れに逆らわないようにしよう。

 ──でも、何もかも以前と同じってのも癪だな。
 たとえば、ジャンク通りの喫茶店に行って、先に瑠衣に接触してみると言うのはどうだろう? 
 いや、まだ早いか。先方には、僕が臨時エージェントになったことがすでに知られているかもしれないし、いきなり急襲に来たと勘違いされるのは避けたい。アソコには瑠衣の伯父であるマスターもいるしなぁ。
 ん? そうだ! 瑠衣に近い人物で、この時期から接触してもとくに怪しまれない相手がひとりいたじゃないか!
 僕は、早速「屋上」へと向かった。

 さて、結果から言うと、「ゆるふわ系食い倒れ少女」こと森泉鈴との接触は、思った以上に上手くいった。
 もともと彼女は、下手したら瑠衣以上に争いを好まない穏やかな気質の娘だ。
 屋上の一角のベンチに、適当に買った山盛りのポテトを持って赴き、「隣り、いいですか?」と許可をもらって腰かけ、ポテトを摘みながら、なんとはなしに話しかけてみると、恐る恐るではあるが会話してくれるようになったのだ。
 その際、彼女のお腹が「グゥ」と鳴ったのをキッカケに、「よかったら、食べて」とポテトの袋を差し出したことで、なんと言うか一気に警戒心が解けて、懐かれた。
 こういうのも「餌付け」って言うのかなぁ。もっとも、あとで聞いたところによると、僕の見かけや雰囲気が瑠衣と似ていたことであまり警戒する気が起こらなかったって言ってたけど。
 無論、鈴ちゃん(いや、カゲヤシだから多分僕より年上だろうけど、見かけは15、6歳だし)は自分の身の上はあまり話したがらなかったけど、それでも、秋葉原が好きで、同じくこの街が好きな「お友達」がいるという言葉は、聞くことができた。
 うん、今はそれで十分だ。
 「おっと、名残り惜しいけど、そろそろ行かなきゃ。じゃあね、鈴ちゃん」
 「はい。あの……また、お話してもらえますか?」
 あ~、その上目遣いは反則だって。この娘、瑠衣以上の天然ドジッ子だけに、逆にある意味萌え要素がスゴいんだよな。
 「うん、もちろん。僕も時々、この屋上には来る用事があるから、その時にでも。またね、鈴ちゃん」
 「はい、またお会いしましょう、お姉さん」
 僕らは爽やかに再会を約して別れた……までは良かったんだけど。
 アレ? もしかして、僕、ナチュラルに女の人と勘違いされてる?
 そう言えば、僕、自分の名前名乗るの忘れてたし。いや、でも「チトセ」って、むしろ女の子の方が多いんだよなぁ。
 ま、まぁ、同性だ(と思った)からこそ、内気な彼女が打ち解けてくれたんだろうし。うん、結果オーライ!

 そして、アジトに戻って御堂さんに報告を済ませた僕は、予想通り阿倍野優関連の指令を受けた。
 さっき考えた通り、当面、大筋では「以前」と同様の流れに従いつつ、ちょこちょこ「悪だくみ」するつもりなので、もちろん了解しておいた。
 もっとも、そろそろ陽が沈むから、カゲヤシとの戦いは明日に仕切り直すのが賢明だろう。

 さて、さすがに今日は疲れたし、僕も家に帰って……あ!
 「み、御堂さんッ、タンマ!」
 アジトを出ようとする御堂さんに駆け寄る。
 「? 何でしょう? 何か疑問点でも?」
 「いや、任務についてじゃないんだけどさ。僕、このまま家に帰るとマズくない?」
 「!」
 そう、今の僕の容姿は、昨夜までとは一変、瑠衣ソックリな男の娘状態になっているのだから。

-つづく-
────────────────────
#ようやっと行動し始めた千歳くん。彼も彼なりに考えて、瑠衣ちゃんに会いたいのを我慢しています。
#そして、プチ家なき子状態の彼に乾杯。仮に、御堂さんがついていって説明しても、家の人が信じてくれるかどうか……。ちなみに、七市家は、千歳のほかに父・葉太郎、妹・水無月の3人家族(母は千歳が7歳の頃に病死)という設定。



[28084] 『TIME-TRIP -大切な人を守るため-』-4
Name: KCA◆1515fe95 ID:251c7024
Date: 2011/06/18 09:51
-04-

 「お帰りなさいませ、ご主人様」
 現代のアキバの風物詩のひとつとも言えるメイド喫茶。
 昨今は競争が激しく、5年保てば老舗と言われるこの業界において、20年以上の歴史を持つ英国風正統派メイド喫茶「カフェ・エディンバラ」は別格と言ってもいいだろう。
 メイド長のサラさんを筆頭に、そこで働くメイド達のクォリティが高いのはもちろん、店の作りからして本格的なアンティーク調。食器や調度類も「本物」らしいし。
 その分、やや値段は高いけど、ここを訪れた人々は、それに文句つけたりしない。それだけの価値があると認めているのだ。
 うん、僕も、確かにそう思うよ。
 けど……。
 「どうして、僕がそんなトコロで働いてるんだろう?」
 しかも、メイド服着てウェイトレスとして。
 「やはりわたしが見込んだ通り、チトセさんは素晴らしい素質をお持ちのようですね(ニヤリ)」
 「ニヤリ」、じゃねーー!!
 心の中で絶叫しつつも、即席とは言えサラさんの「基礎メイド講座」を叩きこまれた身としては、お客様の前で不甲斐ない様子を見せるわけにはいかないから、何とか平静を保ってるけど。

 事の発端は、例の自警団のアジトで、帰る場所がないことを御堂さんに僕が直訴したときのことだ。
 守秘義務的に家族に詳細を説明するのは不可。
 さりとて、NIROの所有する建物に泊るってのも、僕としてはゴメン蒙りたい。
 もう仕方ないから、この際、適当なネットカフェにでも入って朝まで過ごすか……と考え始めたところで、話を聞いていたサラさんが助け舟を出してくれたのだ。「自分が勤める喫茶店の社員寮の一室を臨時で貸してもらいましょうか」と。
 ──いや、後から考えると、ソレを助け舟と呼んでよいものか。
 僕は、サラさんの勤務先──「カフェ・エディンバラ」秋葉原本店に連れて行かれて、店長さんの面接を受け、臨時アルバイトとしてしばらく寮の部屋を貸してもらえることになった。
 そう、「アルバイト」。ちなみに勤務時間は日が落ちる17時から閉店の21時まで(今日は18時からだったけど)。
 こんな無茶が通るのも、ひとえにこの店のメイド長であるサラさんが、お店から絶大な信頼を受けている御蔭なんだろう。
 とは言え、てっきり某ギャルゲーみたく、荷物運びとか倉庫整理、あるいは厨房の手伝いとかをさせられるものだと思ってたのに、更衣室でサラさんから手渡されたのは、まごうことなきメイド服だった。
 「えーっと……僕に、これを着ろ、と?」
 「はい。サイズは合っていると思いますが?」

 ──ニコニコニコ♪

 普段クールなサラさんとも思えぬイイ笑顔を向けられて、僕は降参するしかなかった。
 ここの制服は、アキバの街角でよく見かける半袖ミニスカメイドとは異なり、襟の高いブラウスと濃紺の長袖ワンピース&白いエプロンという英国式のトラッドな服装だ。スカートが膝丈でストッキングも履いてる御蔭で肌の露出は少ない反面、コスプレとかじゃない本物の「女性の服装」という感じがして、どうにも落ち着かない。
 「よくお似合いですよ」
 褒められて満更嬉しくないわけでもないのが、また複雑なところ。
 鏡の中に映るのは、愛しのあの娘によく似たメイドさんなワケで……嗚呼、どうせなら本物の瑠衣のメイド服姿を見たかったよ。

 とは言え、実のところ、カゲヤシとかNIROとかの血生臭い話をしばしの間でも忘れて、ただのアルバイター(メイドだけど)として働ける時間があると言うのは、精神的に結構貴重かもしれない。
 そのことに気付いたのは、初日のバイトが終わった直後、サラさんを含む店の人達に労いの言葉をかけてもらった時だった。
 うん、確かに僕は、「この時間」に戻って以来、ちょっと気負い過ぎていたのかもしれない。
 状況は必ずしも芳しいわけではないけど、かといって絶望的と言うほどでもない。確実なアドバンテージだってある。
 何より、「以前」彼女が愛してくれた「僕」は、「どうやってより強くなるか」「如何に効率的に敵を倒すか」ってことばかりに気を取られた効率厨のバトルフリークじゃなかったはず。
  視野狭窄って怖いなぁ。あるいは、優に言わせれば、その方が「カゲヤシらしい」んだろうけど、少なくともそんな僕を瑠衣は好きになってくれないと思う。
 その事に思い至れただけでも、このバイトを紹介してくれたサラさんには感謝すべきだろうな。

 で、それはいいとして……。
 「どうして、僕はサラさんの部屋で寝ることになってんですか!?」
 それじゃあ、意味ないじゃん! どうせ居候するなら、むしろゴンちゃんやノブくんの部屋にお邪魔した方がいいでしょ。
 「ご安心ください。本日はたまたまお部屋の用意が間に合わなかっただけで、明日からはこの寮の一室を使っていただく予定です」
 「あ、そーなんだ」
 むしろ夕方になってから臨時バイトをねじ込めただけでも、サラさんの交渉力と信用度が尋常じゃないとわかるからなぁ。部屋の用意まで手が回らなかったのも無理ないか。
 「でも、ひと晩だけとは言え、サラさんいいの? 僕、こう見えても男のコなんだよ」
 今は「コ」の部分に「娘」の字を宛てても違和感ない点が悔しいけど。
 「あぁ、そうですね。すっかり忘れておりましたわ。でも……問題ないのではないでしょうか?」
 へ!?
 「わたしもこう見えて主人に仕えるメイドとして最低限の護身術は身に着けております。とは言え、それでも本気で戦えば実戦で腕を磨いているチトセさんには叶わないかもしれません。
 ですが、チトセさんは理由もなく嫌がる婦女子に乱暴なさるような方ではないと信頼しておりますので」
 そう、ですね、確かに「相手がカゲヤシとか向かってくる敵でなければ」、この力と技をみだりに振るうつもりはありません。そもそも女の子に「そういう意味」で乱暴するのは、僕のなけなしの倫理観が許しませんし。
 「ですから、問題はない、と申し上げたのです」
 うぅ……そういう曇りのない「信頼してます」みたいな瞳を向けられると、これ以上反対しにくいなぁ。
 確かに、僕は心に決めた娘がいるし、仲間で恩人でもあるサラさんに不埒な真似をする気はないけどさぁ。

 ──結局、僕は押し切られるまま、ひと晩サラさんの部屋にお世話になることになった。
 プライベートでのサラさんは、メイドモード時よりほんの少しだけ砕けた感じで、それでも基本的な印象は変わらず「良家の子女」って死語が脳裏をよぎる。
 「夜はあまり食べませんので、こんなものしか用意できませんけど」
 「いえいえ、十分です。それに美味しいですよ。ありがとうございます」
 さらに、世話好きで甲斐甲斐しいのもデフォらしい。「上品で優しいお姉さん」って感じだ。
 僕は、下に生意気な妹がひとりいるだけだから、ちょっと憧れる。どうせならサラさんみたいなお姉ちゃんが欲しかったなぁ。
 「あら、それでは姉妹(スール)の契りでも交わしますか?」
 ニッコリ笑って冗談を言うサラさんというのも、なんか新鮮だ。
 「アハハ、考えときます。確かに今の僕は、バイト先でサラさんに「ホワイトプリムが曲がっていてよ」と直される立場ですしね」
 「(あながち冗談でもないのですけれど)今日はお疲れでしょうから、チトセさんが先にお風呂を使ってください」
 「え? いや、それは流石に」
 家主より先に居候が風呂に入るのも、ねぇ?
 とは言え、「最後に入る方が、後始末するのが楽ですから」とまで言われてしまっては仕方ない。お言葉に甘えて、お風呂に入らせてもらうことになった。

 この姿になって初めての風呂での詳細は割愛させてもらう。詳しく描写すると15禁になりそうだし。
 ただひと言、「女の子の肌はデリケート」だとだけ言っておこう。い、いや、ボクはれっきとしたオトコノコなんですよ?
 ──脱衣所に置かれたレモンイエローのパジャマを見て、ほんの少し挫けそうになったけど。
 「さ、サラさぁん!」
 とりあえず、バスタオルだけ巻いて部屋に戻り、泣きつく僕。
 「何でしょう? サイズは合うと思うのですが」
 確かに、体格面では(胸がないことを除くと)僕とサラさんは比較的似ている。体重はさすがに恐くて聞けないけど、身長差はたぶん2、3センチ以内だろうし。
 とは言え……僕に、このフリルとリボンで飾られた乙女ちっくなパジャマを着ろと言うのか!!
 「? こちらのピンクのネグリジェの方がよろしかったのでしょうか?」
 い、いえ。謹んでコチラのパジャマをお借りさせていただきます。
 ガックリと肩を落とすと、僕はトボトボ脱衣所へ後戻り。
 で、いざパジャマに袖を通そうとしたら、その下に白と水色の横縞模様のショーツ──いわゆる「縞パン」が置かれていることに気が付いた。
 「すわ゛ら゛、すぁ゛~~ん゛!!!」
 「ご安心ください。そちらは封を切ったばかりの新品です。チトセさんに差し上げますから」
 僕の涙ながらの抗議に涼しい顔で切り返すサラさん。
 アンタ、ぜっ、たい、わかってやってるでしょ!

-つづく-
────────────────────
#一級旗建築士見習・七市チトセの、フラグ構築その2の様子をお送りしました。
……だから、言ったじゃないですか。そろそろシリアスはモたないって!(笑)
とは言え、サラさんの場合、チトセを異性と言うより妹分的にいぢってモフモフしたいと言う願望が強いのですけどね。



[28084] 『TIME-TRIP -大切な人を守るため-』-5
Name: KCA◆1515fe95 ID:d426b585
Date: 2011/06/18 09:52
-05-

 「おや、おはよう、七市くん。朝から何だか浮かない顔してるね」
 「よっす、チトセ。む、その顔、さては昨日女子寮でエロエロ祭りだったんだな? リア充、爆発しろ!」
 「ふわぁ~、おはようございます、マスター、ノブくん。いえ、決して不埒な真似はしてませんし、睡眠時間自体は足りてるんですけどね」
 自警団のアジトに入ったところで、ふたりに挨拶と弁解をする。
 ご存じの通り、僕は昨晩はサラさんの部屋に泊めてもらった。だから、普通なら興奮して目が冴えて、ロクに眠れなかった……ってのがお約束なんだろうけど、昨日は色々あり過ぎて疲れてたせいか、サラさんに敷いてもらった布団に入った途端バタンキュウ。
 そのままロクに夢さえ見ずに朝までグッスリ眠っちゃったんだ。
 嗚呼、こういう時は、せめて「以前」瀬嶋に敗れた時のこととかを夢に見て、決意を新たにするモンじゃないだろうか。あるいは「瑠衣との思い出」とか。
 僕って、もしかして薄情なのかな?
 それに加えて、今朝サラさんに起こされた時も、まるで手のかかる幼い妹みたいに色々世話を焼かれてしまった。
 どうもカゲヤシって低血圧と言うか、朝に弱いみたい。しかも、そういう風にお姉さんぶられて、実は僕も満更悪い気がしなかったってのが、なんとも……。
 ダメだ。気持ちを切り替えよう。
 「僕は、このままNIROの指令通り、阿倍野優の側近を追います。何かめぼしい情報があったら、ケータイにメールください。
 ところで、ゴンちゃんは?」
 「彼なら、何やらアイドルの秘密情報が入ったらしく、カメラバッグ担いでさっき飛び出して行ったよ」
 「あの慌てぶりからして、アイツが熱を上げてるダブプリとかの写真撮りに行ってるんじゃねぇかな」
 もしかして、例のプライベート撮影の一件かな?
 ダブプリ──瑠衣の姉である双子姉妹についても、そろそろ対応を考えておく時期かもしれない。
 彼女達とは結局1度だけしか戦うことはなかったし、その時巻き込まれたゴンちゃんへの対応を見る限りでは、決して悪い娘とは思えないんだよね~。まぁ、瑠衣が言う通り「母親絶対主義」で、マザコン気味なのも確かだけど。

 色々頭を悩ませつつも、僕はアキバの街角に出て、優の手下のバンドマンたちを狩りたてる。
 そろそろ今の体の動きにも慣れてきた僕は、3、4人を相手にしても、苦戦することなく有利に戦いを進めることが出来るようになっていた。
 とは言え、陽光を浴びたカゲヤシが炭化して崩れ去っていく様は、やはり何度見ても慣れない。特に、実際にその際の苦痛を知る今となってはなおさらだ。
 けど、こういう頭の悪いステレオタイプなカゲヤシ相手だと、多少は罪悪感が軽くて助かるかな。
 トータルで10人近くを葬ったところで、御堂さんから連絡入った。
 ようやく阿倍野優の足取りを捉えたらしい。
 「さて、彼が相手となると、さすがに気を引き締めないとな」
 僕は、さっき拾ったエレキギターを担いでUD+へと向かった。

 * * * 

 「ちっ、最近、NIROとか言う人間共の追及が厳しくなってきやがった。派手にやり過ぎたか?
 まったくアネキたちがオレばかりこき使いやがるから……クソッ!」
 UD+に足を踏み入れた途端、僕は偶然にもアチラから歩いてくる優と顔を合わせることになった。
 「ん? おぉ、お前らの方はどうだ? 随分派手にやられたみたいだが」
 今の僕は、ブラックオフショルダーとブラックショートパンツを着て、背中にエレキギターを背負い、頭にはヘッドホンとサングラスをかけた、パッと見は「いかにもガールズバンドやってそうな女の子」といった風体だ。
 顔を伏せたまま、優の問いに微かに頷いてみせる。
 「ケッ、やっぱりな。まったく、バカらしい話だぜ。あの時殺り損ねたガキひとりに、ここまでコケにされるたぁな」
 さぁて、そのガキによる「イッツ・ショータイム!」だ。
 僕は伏せた顔を上げてヘッドホンをむしりとり、優の前に回り込んだ。

 しかし、優の反応は僕の予想の斜め上をいった。
 「何だお前……って、まさか、瑠衣か!? どうしたんだそんな変装までして?」
 へ? 僕を瑠衣と間違えてる?
 ご承知の通り、今の僕は瑠衣とよく似た容姿をしている──しているが、それはあくまで「似ている」というレベルだ。よく知らない相手ならともかく、間近で顔を見た友人や兄姉を騙せるとは……。
 (あ、ひょっとして、優って、ド近眼!?)
 それなら、体から瑠衣の(カゲヤシとしての)気配がする僕を、彼女と間違えても不思議ではない。
 もしかして、やたらと目付きが悪いのも、近眼で目を常に細めているからなのだろうか?

 しかし、ちょっとおもしろい事を思いついてしまった。せっかくだから、コイツをおちょくってやろう。
 「フッ……もちろん、兄さんの不甲斐ない様子を見物に来たんです」
 「!! ンだとコラ!」
 たちまち、青筋をたてる優を尻目に、僕は腕組みして、鼻で笑って見せる。
 「だってそうでしょう? 仮にも妖主の息子ともあろうものが、日頃からあれほど人間を馬鹿にしてる癖に、その人間相手に部下を捨て駒にして逃げのびてるなんて」
 「グッ!?」
 多少は思うところがあったのか、言葉を失う優。
 「兄さん……いいえ、アナタなんて「バカ兄貴」で十分です!」
 「憎たらしい時の妹」の眼差しを思い浮かべつつ、優を冷やかに罵倒してみる。

 ──ガーン!

 お、どうやら、結構ショックを受けてるようだ。
 まぁ、瑠衣はおとなしいからな。今まで意見が対立した時でも、きっと決定的な亀裂が出来る前に向こうが引いてたんだろう。
 だからこそ、その「瑠衣」に軽蔑されたことは、兄として結構ショックなようだ。
 ──もしかして、優って結構シスコン? ひょっとして「以前」の世界で僕が執拗に敵視されたのって、大事な妹の初チュウを奪った不埒物だから?
 (アレはどっちかって言うと、僕が「奪われた」んだけどなぁ)
 まぁ、御馳走様な出来事ではあったけどさ。
 
 「だいたい、優は無鉄砲かつ衝動的過ぎます。そのクセ、変なところは臆病で小物クサいですし……。そんなだから、いつまでたっても姉さんたちにいいようにこき使われるんですよ!」
 そんな内心は露ほども見せず、瑠衣に代わって優を弾劾してやる。
 あ、コレ、別に適当なコト言ってるワケじゃなくて、「前回」瑠衣や瀬那たちから聞いた愚痴を元にしてるから。あながち見当違いってこともないと思うよ?

 「うぅ……テメエッ! 黙って聞いてりゃ好き放題言いやがって」
 「へぇ。だったら、どうするんです?」
 挑発的に胸を逸らしてみせると、優は背中のギターを構える。
 「生意気な妹には兄貴が教育してやらねーと……なッ!」
 こちらが構える前に不意打ちのひと振り。
 かろうじてかわしたもののサングラスが飛んで、僕の素顔(って言うか裸眼)が晒される。
 「! テメェ、瑠衣じゃねーな。誰だ?」
 さすがにあからさまに瞳の色が違うことから、優も自分の思い違いに気付いたみたいだ。
 「ふ、さてね。答えは、ボクに勝てたら教えてあげるよ、バカ兄貴ッ!」
 お返しの一撃は優のナイトスティンガーに防がれ、それだけじゃなく安物のギターのネックが折れる。
 が、そっちは陽動だ。
 「ソウルフィスト!」
 どっかで聞いたような技名とともに、コウモリが現れて優の身体にまとわりついて動きを阻害する。
 「ぐっ!? テメェ、カゲヤシの特殊技能を……」
 「ミッドナイトプレジャー!」
 またもどこかで聞いたような技名を叫びながら、僕は優の身体に飛びかかり、首筋に噛みついて血を吸う。
 「ぐ、がぁ……はなせぇぇ!」
 振り払われる前に自分から大きく飛び退く。
 改めて見れば、優の方は既に青息吐息な状態だった……って言うか、なんで首に噛みついたのに、服がそんな乱れてんの? カゲヤシ技の謎だなぁ。
 「やってくれたな。テメェ、さては瑠衣の血を受けた人間だろう?」
 「ああ、ようやくそのコトに思い至ったんだね、お兄ちゃん♪」
 「うるせぇ! オレをそんな風に呼ぶんじゃねぇ!」
 HAHAHA! 無論、嫌がらせに決まってるじゃないか。
 それに──僕と瑠衣が結ばれれば、不本意ながらコイツは一応、僕の義兄ってことになるはずだから、別段間違ってはいないだろうし。
 中段・下段に一発ずつ入れて、優をパンツ一丁にする。
 (ん? 今回はココまでかな)
 僕は背後から駆け寄って来る気配(たぶん御堂さんと瀬嶋)を感じ取り、一瞬の隙をついて優に組みつく。
 「(ボソリ)じゃあ、またね、お兄ちゃん」
 耳元でこっそり囁くと、巴投げの要領で優を大きく投げ飛ばした。弾みで胸元があらわになる。
 「!! オマエ……」
 一瞬目を見開いた優だったけど、上手く空中で体勢を立て直すと、着地と同時に見事な逃げ足を披露して走り去って行った。

 「──逃がしたか」
 「七市さん、ご無事ですか?」
 間髪を入れず、御堂さんたちが姿を見せる。
 「えぇ、問題ありませんが……すみません、慢心して綺麗に勝とうとし過ぎました。まさか、空中であんな器用な真似ができるとは」
 服装を正しながら、僕はそう答えた。
 御堂さんには「昔、武術を習っていた」と伝えてあるから、とっさにその技が出たと解釈してくれるだろう。瀬嶋にも報告はいってるだろうし。
 「……仕方ない。だが、相応のダメージを受けたようだし、これで当分ヤツも動けまい」
 言いたいことだけ言って身を翻す瀬嶋。「以前」殺されたこと抜きにしても、このオッさんはどうにも好きになれないね。
 その後、何か言いたげな御堂さんは、「僕をオトリにしたんですね」と言う罪悪感を煽る言葉と上目遣いの涙目で封殺しておく。
 瀬嶋と違ってこの人にはあまり恨みはないけど、かと言って積極的に親密になりたい相手でもないしね。

 こうして、とりあえず、阿倍野優との「二度目」の邂逅は、僕の圧勝で幕を下ろしたワケでした、まる。

-つづく-
────────────────────
#ツンデレ義兄戦、終了。やはり「ライトオタク」なら技名を叫ばんといかんでしょう、ネタとして(笑)。自分で書いといてナンですが、チトセが義兄と年増さんのフラグを立てちまったような気がががが。爆弾処理に気をつけろよ~。



[28084] 『TIME-TRIP -大切な人を守るため-』-6
Name: KCA◆1515fe95 ID:251c7024
Date: 2011/06/18 09:52
-06-

 阿倍野優を叩きのめしたのち、NIRO──というか瀬嶋の手元から逃がすという、自分とって二重の快挙を成し遂げた僕は、上機嫌でそのまま「カフェ・エディンバラ」でのバイトに入った。
 いくら愛しいあの娘の兄とは言え、さすがに「二度も」殺されかけた人物をただで許せるほど、僕はお人好しじゃないからね。
 だからと言って殺しちゃうと瑠衣とわだかまりができそうだし、NIROに引き渡すのも業腹だから、僕的にはアレがベストな選択だったと思う。
 「お帰りなさいませっ♪ ご主人様ぁ♪」
 バイト二日目で多少慣れたこともあって、挨拶する語尾も自然と明るくなる。
 「──ご機嫌ですね、チトセさん」
 「あ、サラさん。えっと、僕、そんなに浮かれて見えます?」
 「はい。ですが、少なくともメイドとしてその表情は決して悪いものではありません。笑顔は人を幸せにする魔法、ですから」
 さすがはサラさん。普通なら陳腐に聞こえる言葉も、彼女の口調で諭すように言われると、妙に説得力があるように感じるなぁ。
 「そのまま、終業時間まで頑張ってください」
 「ハイッ、畏まりました、メイド長!」
 うん、やっぱりちょっとハイになってるかもしれないな、ボク。

 そのまま順調に今日のバイトも終わり、店の後片付けをした後、制服──メイド服から私服に着替えて寮に帰る。
 「今日も忙しかったねー」
 「まぁ、こないだの日曜よりはマシでしょ。でも、チトセちゃんが入ってくれて、助かったわ」
 「あはは、そうですか? まだまだ未熟者ですけど」
 「ううん、そんなコトないよ。わたしがお店に入って一週間くらいの頃に比べたら、全然OK」
 「うんうん、さすがはサラさんが見込んだだけのことはあるよね~」
 「はは、そう言ってもらえると恐縮です」

 ……ってェ、何、ごく自然な感じで、女の人と一緒に着替えてやがりますか、ボクは!?
 その上、お店の同僚(って言うかおねーさま方)との会話も、全然違和感なかったし。
 女子更衣室を使うのは、メイド(ウェイトレス)として働いている関係上、この際あきらめよう。でも、それならせめて他の人と時間をズラすとかそういう配慮があって然るべきだろーが!
 「へぇ、チトセちゃんの私服ってそんな感じなんだ」
 しかも、下着姿になって着替えてるトコロ見られているのに、全然男と疑われてない。そりゃ、今のボクの容姿は瑠衣に似てる(貧乳だけど一応胸もある)から無理もないんだろうけどさ。
 ちなみに、今日のボクの私服は、対優戦で着てたブラックオフショルダー&ブラックショートパンツに、カウボーイハットをかぶり、ドスパラで買ったネットブックをOAバッグに入れて背負っている。
 ちょっとボーイッシュだけど、アキバ近辺を歩いてる「女の子」としてはそれほど違和感ない服装だろう。なんか、違和感なさ過ぎるトコロが自分でも恐いけど。

 「お先に」と言い残して、女子更衣室を出たところで、思わず溜め息。
 「はぁ~、あんまり深く考えないようにしてたけど、この先どうなるんだろうね、僕」
 仕事中の「ボク」モード(「明るく元気でボーイッシュな女の子」のペルソナ)から本来の僕に戻ってひとりごちる。
 「以前」聞いた話だと、カゲヤシの血を受けて疑似カゲヤシ化した人間も、徐々にその影響は薄れて元に戻る、って言ってたけど。
 「僕は……元に戻れるのかなぁ」
 大切な人である瑠衣とよく似た姿をしている事自体は決して嫌じゃない。
 でも、こんな容姿の「男」を、彼女が好きになってくれるだろうか? 仮に友人としては受け入れてもらえても、恋人としては?
 それに……僕の、「七市千歳」としての本来の生活のこともある。
 ウチは父子家庭で、かつ父親は家にいないことも多いし、妹ともあまり仲が良いとは言えないけど、それでも18年間暮らした家族と再び顔を合わせられないというのは、結構キツい。
 加えて、今の状態だと僕は公的機関に絶対「七市千歳」として認識してもらえないだろう。
 「はは、もし戻れなかったら、瑠衣に婿入りするってのもアリかもな」
 瑠衣と一緒にマスターの喫茶店を手伝うのもいいかもしんない。それなら、このバイトの経験も役立ちそうだし。
 そんな夢想で空元気を絞り出しつつ、僕は寮へと歩き出した。

 * * * 

 寮の玄関で合流したサラさんに案内された一室は、四畳半程の広さで清潔で居心地よさそうに整理された部屋だった。
 「元々ここは、来客や貴方のような短期バイトの方などのために用意されている客室です。少々手狭で申し訳ありません」
 すまなさそうなサラさんに、慌てて首を横に振る。
 「と、とんでもありません。殆ど寝るだけの場所なんですから、全然問題ありませんよ! むしろ感謝感激です」
 この部屋の備品なのか、ベッドとタンスと座卓は、すでに用意されている。
 ベッドには布団が敷いてあるし、タンスもカゲヤシとの戦いに備えて色々着替えを用意しておく必要のある僕には、地味に有難い。
 「短期ではなく長期バイトであれば、普通の部屋を使ってもらうことも可能なのですが……」
 と、僕の顔を意味ありげに、じっと見つめるサラさん。
 「えーっと、それは、今回の一件が終わっても「カフェ・エディンバラ」で働けというお誘いでしょうか?」
 「はい。僭越ながら、今のチトセさんが真っ当な方法で日々の糧を得るためには、それがいちばん確実な方法かと」
 それはまぁ、確かに。
 さっきも考えてい通り、身分証明が出来ない現在の僕は、日雇いやそれに類するバイト以外の手段で稼ぐことは、なかなか難しい。
 その点、今のお店なら、サラさんの口添えもあって「臨時バイト」から「長期バイト」へ切り替えることは十分可能なのだろう。現代社会での最優先ライフラインとも言える「金銭」に加えて、「住」の要素も確保できる仕事は、非常に貴重だし。
 「ありがとうございます。もしかしたら、お世話になるかもしれません」
 無論、それらはあくまで「今の姿のままなら」という前提のもとでの話だけどね。

 * * * 

 「さて、今のところNIROの指令はとくになし、か」
 翌日、スマフォを確認した僕は、せっかく暇が出来たので裏通りの情報屋へ行ってみることにする。
 情報屋に提示されたいくつかの"仕事"を見ていると、そのひとつの依頼人に見覚えのある名前が並んでいることに気がついた。
 「あれ、これって、鈴ちゃんだよな?」
 題して「ファッション指南」。
 う、うーん、僕もあんまりファッションとかに詳しい方じゃないんだけど……でも、ちょうどいいか。そろそろまた会って話とかしておきたいと思ってたし。
 僕は、その仕事と、「ミスターケブラー」とか言う怪しい人物の依頼を一緒に受けて、屋上へと向かった。
 先に物陰にいる黒革ツナギ野郎の依頼を済ませておく。
 怪しい……というか、「お前、ぜったいカゲヤシだろう?」って感じの相手だけど、まぁ、あえて口に出す必要もないか。
 渡したケブラーの代わりに、武器強化用のタングステンをもらって、僕はもうひとりの依頼人「森泉鈴」を探す。
 「あ、お姉さん」
 鈴ちゃんはいつもと同じ屋上の端っこのベンチに腰かけてボーッと街を眺めていた。
 「こんにちは。また会ったね。それと、この間は名乗るのを忘れてたけど、僕の名前は七市千歳って言うんだ」
 「はい、七市さんですね、わかりました。えーっと……」
 朗らかにそう答えつつ、鈴ちゃんは僕の後方──屋上の入り口あたりにチラチラと気にしている。
 「あぁ、便利屋の依頼の件なら、僕が引き受けたよ」
 「! そうなんですか。よかったぁ。思い切って依頼してみたんですけど、ヘンな人が来たらどうしようかと、ちょっと心配してたんです」
 裏を返せば、僕は信用できるってことかな。せっかくのその信用を裏切らないようにしないとな。
 僕は、この前と同様、鈴ちゃんの隣りに腰かけた。
 「それで、服装の事で相談があるって話だったけど?」
 「はい。実は、私、服装のこととかがあんまりよくわからなくて……お友達とかもいませんし」
 まぁ、この娘はカゲヤシだしなぁ。性格は温厚で友情にも篤い、とてもいい子なんだけど。
 「なので、この街にもっと上手く馴染めるような服装を、指導していただけないかと思って。引き受けてもらえるでしょうか?」
 「オッケー、ま~かせて!」
 中指を突きだすポーズは自重しておこう、うん。
 「ありがとうございます。それじゃあ早速なんですけど……私って、どんな服装が似合うと思います?」
 どんなと、言われてもなぁ。
 僕は、改めて鈴ちゃんの服装に視線を投げた。
 襟なしのクリーム色のブラウスにコバルトブルーのパーカー。ボトムはナチュラルな印象のティアードスカートで、足元もレギンスと厚手のソックスでまとめているのは、陽光を苦手とするカゲヤシだからかな?
 とは言え、この子の性格からして、仮に普通の人間だったとしても大差ない服装をしてそうな気がする。
 たとえば、駅前で見かける占い師見習のお姉さんが着てるような、控えめな印象のカットソーとロングスカートなら似合いそうな気がするけど、それじゃああんまりイメージチェンジにならないだろうし。
 「うーん、そうだなぁ。たとえば、メイド服とか」
 「ええっ!? メイド服って、あの、ですか?」
 「うん。「あの」」
 アキバ特有の女の子のファッションと言えば、メイド服とゴスロリは外せない! って思うのは、僕の偏見かなぁ。
 いや、実際、純粋に数量的に見ても、このふたつを着てる娘の数は他の地域では類を見ない程多いと思うし。
 でも、ゴスロリはどちらかと言うと池袋の乙女ロードの方のイメージが強いかも。
 「──というワケで、やはりメイド服一択で」
 「あぅ……わ、わかりました。ちょっと恥ずかしいけど、私、頑張って着てみます!」
 お、その気になってくれたかな。
 「それじゃあ、七市さん、すみませんけど、メイド服を手に入れて来てもらえますか?」
 うん、まぁ、今の僕に掛かれば、メイド服の一着や二着、そこらを歩いてるカゲヤシなメイド娘からひっぺがしてくるのは造作もないコトなんだけどね。
 でも、せっかくだから。
 「ちょっと待ってね、鈴ちゃん。これからしばらく──具体的に言うと夕方あたりまで、暇?」
 「は? はぁ、今日は特に予定はありませんけど……」
 そいつは好都合。
 僕はケータイに登録した番号に電話をかける。
 「あ~、もしもし、七市です。今お話しても大丈夫ですか? 実は、ひとりばかりそっちでバイトさせてあげたい子がいるんですけど……ええ、僕が言うのも何ですけど、可愛くて礼儀正しくてとてもいい子ですよ……あ、そうですか。
 じゃあ、今からお店に連れて行っても平気ですかね? 僕でよければフォローに入りますから」
 ケータイでのしばしの通話ののち、鈴ちゃんに話しかける。
 「いいってさ。じゃ、行こっか」
 立ちあがって彼女に手を差し出すと、戸惑いつつ僕の手を取る鈴ちゃん。
 「へ? あ、あの……どちらへ?」 
 それは着いてのお楽しみ。

 ──まぁ、読者諸氏には見当がついてるだろうけど、その後、僕が森泉鈴嬢を引っ張って行ったのは、無論、僕のバイト先でもある「カフェ・エディンバラ」だ。
 鈴ちゃんをサラさんに引き合わせると、しばしの検分と簡単な問答ののち、サラさんは暫定合格のサインを出してくれた。
 そう、日中は当分働けない僕に代わって、鈴ちゃんに昼間はココでバイトしてもらおうと思うのだ。
 これで、彼女の依頼に応えつつ、店の労働力を確保し、さらに彼女がエージェントに狩られる危険性を減らしたうえで、かつ穏健派とのパイプも保つ。
 まさに一石四鳥!
 鈴ちゃんの方は、まだよく話がわかってないみたいだったけど、人のいい彼女は僕らの御膳だてに乗って、この店でアルバイトすることを了解してくれた。
 「すごいですぅ! 私、こういうお店でアルバイトするのって、憧れてたんです!!」
 と言うか、むしろ渡りに船だったみたい。

 2時間後、サラさんによるスパルタ促成教育を何とか潜り抜けた鈴ちゃんは、「メイド見習三級」の称号とともにフロアに立つことになった。
 電話でフォローを請け負った手前、少し早いけど僕も着替えて店に立つ。
 もっとも、僕だってまだ「メイド見習一級」で「見習」の文字は取れてないんだけどさ。それでも、店の事に慣れている分、多少の手助けくらいはできるだろうし。
 その日の閉店までの5時間あまり、鈴ちゃんは大きなミスはすることなく、終業後の反省会でも、店長とサラさんの太鼓判を得て、無事このままバイトを続けられることになった。
 「ありがとうございます、チトセさん! 私……こんなにいろんな人と触れ合ったのは初めてです!」
 「ハハ、喜んでもらえて何よりだよ」
 「あ、そーだ。例の依頼のお礼しないといけませんよね。ハイ!」
 鈴ちゃんが差し出すお金を受け取らず、僕は首を横に振った。
 「ううん。特に何か服とかを買って来たわけじゃないから、いいや」
 「で、でもぉ、相談に乗ってもらって、こんな風に職場までお世話していただいて……」
 「やだなぁ。僕ら友達でしょ」
 実費がかかるようなコトしたならともかく、友達の相談に乗ったからって、お金もらうのは何か変な気がするし。
 「! あ、ありがとうございます、チトセさん!!」
 なに、お互い様さ。お店の忙しさがこれで緩和されたら、僕も助かるしね。
 ペコペコ頭を下げ続ける鈴ちゃんに手を振って、僕は寮への道を歩きだした。
 いやぁ、やっぱりいいことしたあとは気分がいいなぁ。

-つづく-
────────────────────
#と言うワケで、ゆるふわフラグを第二段階まで立ててみました。次回はようやく、メインヒロインの登場。チトセは、再び彼女と相思相愛になれるのか!?



[28084] 『TIME-TRIP -大切な人を守るため-』-7
Name: KCA◆1515fe95 ID:d426b585
Date: 2011/06/18 09:52
-07-

 阿倍野優を撃破した翌々日、「カフェ・エディンバラ」でバイトを始めてから数えて4日目にあたる日になって、ついにこの事件が発生した。
 「中央通りの暴徒鎮圧」。
 いや、大層なネーミングのわりに、実は単なる限定グッズ目当てで店に詰めかけたオタク達と、それを煽ってるヤツをおとなしくさせるだけなんだけどさ。
 一見ただのマナーがなってないオタクが起こした騒ぎに見えるけど、僕は知ってる──その陰には過激派カゲヤシの暗躍があったということを。
 そして、「以前」はその事件のさなかに、僕は瑠衣と再会できたんだ!
 今回は色々と出来事や対応を変えてしまってたから、バタフライ効果でこの事件が起きるか心配だったけど、平日の木曜に起きたってことはおそらく瑠衣が関わってると見て間違いないだろう。僕は少しだけ安心した。
 そして、現場に急行した僕は、他のヲタクには目もくれず、周囲を煽ってる偽ヲタクのカゲヤシだけを続けざまに撃破。
 「以前」にもまして手際よく事態を鎮静化させたところで周囲を見回して……いた!
 建物の陰からコチラを窺っている瑠衣と鈴ちゃんを発見。
 高鳴る鼓動を抑えつつ、僕は速足にソチラへと向かった。

 「前回」は、僕の姿を見たふたりは問答無用で逃げ出したんだけど、今回は鈴ちゃんとそれなりの面識を持っている──そして僕の姿が瑠衣が知るものと違うせいか、一瞬の逡巡の末、素知らぬ顔で挨拶することを選んだようだ。
 「こ、こんにちは、七市さん」
 「あれ、鈴ちゃん。珍しいね、こんな場所に」
 「え、えぇ、ちょっと……」
 まぁ、アドリブの利かない鈴ちゃんじゃ、上手切り返しは思いつかないよね。
 けれど、僕の視線は彼女ではなく、どうしても瑠衣の方へと吸い寄せられてしまう。
 客観的に見て、瑠衣は間違いなく美少女だと思う。
 上の姉ふたり──ダブプリの北田瀬那&舞那たちに比べれば、スター独特の「華」という点では若干劣るかもしれないけれど、その美貌と物静かなのに独特の存在感がある点では、負けていないと思う……ってのは、贔屓し過ぎかな?

 「鈴、この人は?」
 僕の視線を受けて、いぶかしそうに森泉鈴に問う瑠衣の姿に心が痛む。
 そう。「この」瑠衣は、僕のことを知らない。
 一緒に歩いたアキバの街並みのことも、彼女が僕に作ってくれた手料理のことも、彼女と交わした約束のことも、全部「なかったこと」になっている。
 ちょっと前に見たアニメで、時間を逆行したヒロインが、かつての親友に泣きながら「私は違う時間を生きている」って言ってたけど、まさかソレを自分で痛感するハメになるとはね。
 正直キツいけど、でも、ココで失われた過去を嘆いて立ち止まっているワケにはいかない。今度こそ瑠衣を守る。そう誓ったのだから。

 「あ、瑠衣ちゃん。この人は街の便利屋さんで、私のバイト先の先輩でもある七市さんです。七市さん、こちらは私のお友達の……」
 「──よかった、やっと会えた」
 それでも完全には感情を抑えきれなかった僕は、鈴ちゃんの紹介の途中で、思わず瑠衣の両手をギュッと握りしめてしまった。
 「え? え? あ、あのぅ……」
 「あの夜、僕を助けてくれた君にずっと会って、キチンとお礼を言いたかったんだ。ありがとう」
 「! もしかして!?」
 ワケがわからず、オロオロしていた瑠衣だけど、僕のその言葉でようやく真相に気付いたらしい。
 「うん。この間、阿倍野優に殺される寸前で、君に命を救われたのが、僕」
 「えぇっ! あの時の人は確か若い男性だったはず……いえ、でも感じる。あなたの中に、私の血の気配を。どうして!?」
 「る、瑠衣ちゃぁん」
 少なからず混乱している様子のふたりを見て、逆に少しだけ冷静さを取り戻した僕は、近くの喫茶店(メイド喫茶じゃないよ、念のため)にふたりを誘った。

 奥のあまり人が来ないボックス席に向かい合って陣取り、とりあえずオーダーと改めて自己紹介をした後、僕の現状についてふたりに説明することになった。
 この際だから、可能な限りのことを正直にふたりに伝えておくことにした。
 あのあと、NIROに捕まったこと。
 疑似カゲヤシ化に伴い、容姿も変化したこと。
 NIROに半ば強制されて、渋々協力していること。
 秋葉原自警団のこと。

 「そう、そんなコトになってたなんて。ごめんなさい。私のせいね」
 素直で感受性の強い瑠衣は目を伏せて唇をかむけど、僕は首を横に振った。
 「そんなことないって。もし、アソコで君が僕を助けてくれなければ、おそらく命を落としてただろうし。それにその直前だって何とか優を止めようと説得してくれてたじゃないか!」
 それは「二度目」の世界でも変わらぬ瑠衣の優しさ。あれがあったからこそ、僕はここにいる瑠衣と「以前」の瑠衣が同一人物であると確信できたのだ。
 「そう言ってもらえると、少しだけ気が楽になるわ」
 僅かに口元に微笑らしきモノを浮かべる瑠衣。

 ──うぅ、改めて見ても可愛いなぁ。やっぱり運命的な一目惚れってあるんだなぁ」
 彼女の微笑に見とれてしまった僕は、その後、思いつくままに彼女への想いを口からだだ漏れにしちゃってたみたいだ。
 と言うのも、気がつけば瑠衣がテーブルの向こうで真っ赤になって(でも、満更でもなさそうな顔で)でコッチを見つめてるし、鈴ちゃんまでもアテられたように頬を赤らめて(心なしか羨ましそうに)僕らを見比べてる。
 さらに、オーダーを運んで来たウェイトレスのおねーさんまでが、「このバカップルが!」的な呆れたような目で僕らを眺めてるし。

 「と、とりあえず、食べよっか」
 「そ、そうだね」
 「ですねぇ」
 気まずい(というかこっ恥ずかしい)空気を仕切り直すためにも、僕らはいったんお腹に物を入れて互いの気持ちを落ち着けることにした。
 ちなみに、鈴ちゃんは相変わらずのギャル曽根っぷりを発揮しているコトを付け加えておこう。4人掛けのテーブルの大半が、この娘の注文した品で埋まってるし。
 「七市さん、好きな物をお腹いっぱい食べられるってイイですね!」
 ああ、そうか。アルバイト始めて、「以前」より現金を持ってるから、気兼ねせずに食べられるのか。心底楽しそうにケーキを頬張る彼女を見てるとコッチまで楽しくなってくるな。
 「……七市は、鈴と親しいの?」
 微妙におもしろくなさそうな顔をした瑠衣が、そんなコトを聞いてきた。
 なんだろ、嫉妬? いや、(瑠衣的には)会ったばかりで、まさかね。
 それとも、「腹心の鈴が人間なんかに気を許してることが気に食わない」とか? それは勘弁してほしーなぁ。
 「チトセでいいよ。その代わり、僕も瑠衣って呼ばせてもらっていいかな?」
 「うん」
 ほんの少し機嫌が直った風な瑠衣の様子にコッソリ胸を撫で下ろす。
 「それで?」
 「ああ、鈴ちゃんのコト? うーん、どうだろ。数日前に知り合った友達ではあるし、さっき言ってた通り、バイト先の先輩でもあるから、まったく知らない仲ってワケじゃないけど、それでも知らないことの方が多いよ」
 いったん言葉を切ってコーヒーをすすり、口を湿らせる。
 「──たとえば、カゲヤシ関連のこととか、ね」

 ゆったり弛緩しかけていた場の空気が再び緊張を取り戻す。
 「重ねて強調しておくけど、僕としては今のNIROにこき使われてる状態は、正直不本意なんだ。
 とは言え、一部カゲヤシによる「ひきこもり化計画」とやらもアキバを愛する人間としては見過ごせない」
 「一部?」
 首をかしげる瑠衣に笑って答える。
 「一部、だろ? 現に、瑠衣と鈴ちゃんはあの計画に非協力的だった。自警団に情報を流したのもキミたちなんだよね?」
 まぁ、その当たりの裏事情は、「前回」本人の口から聞いてるから、カンニングみたいなもんだけど。
 けれど、「今回」の瑠衣達には、僕の発言は少なからぬ驚きをもたらしたようだ。
 「信じてくれるの? 私達もカゲヤシなんだよ?」
 「ソレを言うなら、僕はむしろNIROの瀬嶋とかの方がよっぽど信用できないよ。ああいうタイプは絶対何かを隠していて他人を駒みたくいいように使い倒す気に違いないし」
 まぁ、その「隠し事」の内容も、僕は既に知ってるワケだけどさ。
 「……変わった人」
 呆れたような物言いの割に、瑠衣の視線は柔らかかった。
 「ともあれ、僕としては、別に吸血鬼だろうが狼男だろうが、アキバと言う街を愛して、他人に迷惑をかけないってんなら、とりたてて敵対する必要はないと考えてる。ふたりがそのつもりなら、よき隣人になれると思うけど?」
 本当は、「それ以上に君を守りたい」って言いたかったけど、さすがに知り合ったばかりでソレは引かれるかもしれないし、胸の中に留めておく。
 「その言葉に嘘がないなら、私達は協力できるかもしれない」
 「る、瑠衣ちゃん、いいの!?」
 「ええ。多分この人は信用出来ると思う。こうしてお話したからっというのもあるけど、それ以上に私の直感──カゲヤシとしての「感覚」が嘘は言ってないっと訴えてるから」
 前から思ってたけど、上級カゲヤシとその血を受けた眷族って、やっぱり疑似的な感情同調が出来てるのかもしれないな。ツーカーって言い方は古いけど、「以前」の僕らがふたりで過ごしている時も、頻繁にそういう事があったし。
 「信用してもらえるとうれしいな。もし、よかったら、メアドと電話番号の交換、しておこうか?」
 もちろん、ふたりとも異論はないようで、僕らは互いの連絡先を交換してから、しばらく雑談をした後、喫茶店を出て別れた。

 ふたりの姿が見えなくなったところで、僕はガックリと喫茶店の店先──オープンテラスになった席のひとつのヘタリ込んでしまった。
 「うはぁ~、キンチョーしたぁ」
 まさしく綱渡りみたいなものだったと思う。
 原則的に嘘はつかず、それでも僕が未来から戻って来たことは話さずに、ふたりの信頼を得る……と言うのは、あまり口が巧いとは言えない僕にとっては、かなり精神的な負担を強いられる難行だったからだ。
 それでも、この時期からふたりと、特に瑠衣と繋がりを持っていれば、色々と干渉できる事柄だってあるはずだ。
 無論、本音の部分で、瑠衣と早く知り合いになりたい、という私情があったことも否定はしないけどさ。
 でも、それだけの精神的労苦を体験しただけの甲斐はあったと思う。
 「えへへへ~」
 メアドと電話番号のトップに登録された瑠衣の連絡先を見ながら、他人に指摘されるまでもなく、僕の表情がだらしなく緩んでいるのがわかる。
 これで、こちらから瑠衣を誘っても不自然じゃないよね?

 スキップでもしたいような気持ちを抑えつつ、僕は今後の瑠衣との甘い生活に想いを馳せるのだった。
 ──いや、まぁ、取らぬ狸の皮算用(もうそう)だってコトは、理解してるんだけね。

-つづく-
────────────────────
#以上。7話目にしてようやく「再会」したヒロインとの邂逅にしては、呆気なかったでしょうか? 今後は、それなりに時間軸をカッ飛ばしていく予定。
──と言いつつ、次回は番外で主人公以外の視点での話が挟まります。
いくつかの疑問やツッコミポイントの謎は、そちらで解けるか、と。



[28084] 『TIME-TRIP -大切な人を守るため-』- Another1.Rui
Name: KCA◆1515fe95 ID:d426b585
Date: 2011/06/18 09:53
-Another Sight 1.RUI-

 「ありがとうございましたー」
 午後8時。伯父の店の最後のお客さんが出て行ったのを確認したところで、私はホッとひと息ついた。
 「御苦労さま、瑠衣。疲れたか?」
 伯父が特製ブレンドを差し出しながら、私に訊いてきた。
 「やだ、これくらいで疲れたりしないわよ、私」
 まがりなりにもカゲヤシの次期当主なんだから……というニュアンスを込めて答えたのだけれど、伯父は緩やかに首を横に振る。
 「肉体的には平気でも、気疲れという言葉もある。これ程長い時間、店を手伝ってくれたのは初めてだろう?」
 確かに、それはそうかもしれない。
 私は、これまでも時々この店でウェイトレス(と言っても、せいぜい伯父の作った飲食物を客に運ぶくらいだけど)の真似事をしていたことはあるけれど、こんな風に、閉店までほとんど半日ずっと働いたのは初めての経験だ。
 「私としては、我が店の看板娘が協力してくれるのは有難い話だが、突然どうしたんだ?」
 「えっと……特に理由らしい理由はないんだけど」
 強いて言うなら、鈴がメイド喫茶でアルバイトを始めたから、だろうか?
 鈴が訪ねてくる頻度が下がったことで、私が暇を持て余すようになったと言うことと、たまに来た時、楽しそうにバイト先での出来事を話す彼女の様子に興味──あるいは羨望を覚えたから、というのはあるかもしれない。
 「ほぅ、あの子がそんな事を始めていたとは……店の名前はわかるかね?」
 伯父も喫茶店を経営しているだけあって、それなりの知識はあるらしい。
 「確か、「カフェ・エディンバラ」だったと思う」
 私の答えを聞いて、伯父は軽く目を見開いた。
 「カフェ・エディンバラ……って、老舗中の老舗じゃないか! おまけに現在でも正統派メイド喫茶として評価が高い店だよ。
 あそこなら「彼女」もいるから安心だが……もしかして「彼女」の手引きかい?」
 「ううん、違うと思う」
 第一、バイトを始めた今はともかく、数日前はまだ鈴は「彼女」と面識がなかったはずだし。
 私は、鈴に聞いた(そして私自身も昨日顔を合わせた)「彼」のことを思い出す。
 七市千歳。表向きは「エディンバラ」のアルバイト・メイドにして、裏ではアキバで信頼度急上昇中の便利屋さん。
 そして、さらにその裏の顔として、臨時とは言えNIROのエージェントをやっている男性(正直、外見は女の子にしか見えないけど)。
 本来なら私達カゲヤシとは敵対すべき立場だけど、彼は鈴や私の事情を知っても特に襲いかかったりせず、それどころかむしろ私たちを守る方向に動いてくれると言う。
 たぶんだけど、その言葉に嘘はない、はず。これは、単なる勘じゃなく、根拠のある話。

 妖主やそれに連なる私達のような上級カゲヤシともなると、本来のカゲヤシとしての標準的な能力以外にも、何かしら固有の特技を持つ事が多い。
 母である妖主は「服従」──人間・カゲヤシ問わず、直接声をかけた相手の心身を屈服させる力。人によっては抵抗できるらしいけど、私はその実例を知らない。
 ふたりの姉は「魅了」。正確に言えば、瀬那は「声」で、舞那は「視線」で相手の感情をある程度コントロールできる。
 兄の優や伯父は「耐陽光性」。これは男性カゲヤシに多く発現する能力で、文字通り普通のカゲヤシに比べると格段に日光に対する耐久力が高まるというもの。
 そして私は──「伝心」。自分の眷族として迎え入れたカゲヤシの心の動きを、近くにいれば察知することができるのだ。もっとも、マンガなどで見る「テレパシー」程明確ではなく、大まかな感情の動きとか、悪意や好意の有無がわかる……という程度なんだけど。
 この力は、とくに意識しなくても常時発動している。この力があるからこそ、母さんは私を次期妖主として選んだのではないか、と私は思っている。
 カゲヤシも決して一枚岩ではなく、派閥のようなものはある。原則的に妖主の命令は絶対だけど、だからといってすべてのカゲヤシが唯唯諾諾とその命令に従うとは限らない。
 確かに、おおよそとは言え相手の心情を把握できる私の特技は、上に立つ者としては便利なのかもしれない。相手の叛意や反感があるかどうかを見極めることができるのだから。
 でも……私はこの特技があまり好きではなかった。コレがなければ次期妖主なんて立場に縛られず、もっと自由な生き方が出来たかもしれないからだ。
 それに、純粋に能力としてもこの力は微妙だ。鈴みたいな優しい娘が相手ならいいんだけど、大半のカゲヤシは感情が希薄か、優のように衝動的かのいずれかで、あまり進んで知りたいとは思わない心映えの持ち主が多い。
 そして、彼──チトセは厳密には私の眷族ではないはずだけど、私の「血を分けた相手」という点で、どうやら彼の「心」も感じることができたのだ。

 チトセは不思議な人だ。
 普通なら、こんな戦いに巻き込まれ、姿形まで変わって、家にも帰れなくなったら、絶対その原因となった相手を恨むと思う。
 それなのに──昨日会ったチトセの心から伝わってくるのは、紛れもなく「私に対する好意」だった。
 しかも、初対面(正確には、あの晩一応会ってはいるけれど)のはずなのに、知人である鈴に対するよりも、ずっと強く暖かな感情が感じ取れた。
 いくら世間知らずの私にだって、それが「恋心」とか「ひと目惚れ」とか言われる類の感情であることは見当がつく。
 ──正直、嬉しくなかった、と言ったら嘘になるだろう。
 私を「カゲヤシ」でも「妖主の娘」でもなく、「ただの女の子」として見てくれる人に会ったのは、初めてだったから。
 それに、私も「友人の身を案じて、危険な噂のある秋葉原に探索に来た」チトセという人物に対して憧憬のようなものを抱いていたのも事実だ。
 さらに、現在の立場からすれば「裏切り」とも言うべき危険を冒してまで、私達を信じて庇ってくれると言うのだ。
 しかも伝え聞く噂では、チトセは兄と1対1でも勝てる程強く、それでいて無暗とカゲヤシを狩ったりしないだけの分別があるらしい。
 これで相手に好感を抱かなかったら、女じゃない! と思う。
 「ほぅ。そんなコトがあったのか」
 え!?
 「も、もしかして、私、口に出してた?」
 伯父はその厳つい顔に、珍しく人の悪い笑みを浮かべながら、首を縦に振った。
 カァッと頭のてっぺんまで血が昇って、自分が真っ赤になっているのがわかる。
 とは言え、知られてしまったのなら仕方ない。むしろ、人生経験豊富な伯父に相談してみるべきだろう。
 私がチトセに関して一通り話すのを聞いた後、伯父は微妙な表情で溜息をついた。
 「ふむ。保護者としては、瑠衣に信頼できる友人が出来たことは嬉しく思うが、その相手が男性で、瑠衣も好意を寄せているとなると、なかなか複雑だよ」
 これが、娘を嫁に出す父親の気持ちというヤツかね、と伯父は片目をつぶってみせた。
 「! や、やだ……お嫁さんだなんて、気が早すぎるよ」
 「ハハハ、その様子だと、瑠衣も満更じゃないのではないかな?」
 まぁ、それはさておきと口調改める伯父。
 「その彼──チトセくんだったか。秋葉原自警団と繋がりがあるなら丁度いい。「彼女」にもその人となりをそれとなく聞いてみよう。瑠衣の「伝心」を信じないワケではないが、事は慎重に運ぶに越したことはないからね」

-つづく-
────────────────────
#以上。「瑠衣ちゃんのうきうきダイアリー」編でした。
#言うまでもなく「上級カゲヤシの特技」に関する下りはオリジナル設定です。いや、こういうのがないと、実力主義のカゲヤシを統率するのは力量不足かなぁ、と思いまして。
#ちなみに、鈴ちゃんは未発現(するか否かも不明)。主人公は、瑠衣に近い力が未熟ながら発現しかかってます。



[28084] 『TIME-TRIP -大切な人を守るため-』-8
Name: KCA◆1515fe95 ID:251c7024
Date: 2011/06/18 09:53
-08-

 瑠衣と知り合って早々に友好関係を結べたことは、僕にとって精神的に大いにプラス(モチベーション的な意味で)になったのはもちろん、状況的にも色々と好ましい変化をもたらしてくれた。
 たとえば、あの忌まわしい「偽・瑠衣によるデート呼び出し事件」。そう、瑠衣の兄の優がワザワザ女装してまで僕を引っかけようとしたアレだ。
 ──まぁ、女装云々に関しては、ここ数日間、男物の衣類に袖を通してない僕が言うのもお門違いという気がしないでもないけど。
 仕方ないんだよ! 今の僕のサイズだと男物だとSSとかじゃないと合わないんだから。そんなのアキバで、そうそう見つからないし。
 「あら。でも、先日お店の皆さんと服を買いに行かれた時、フェミニンな物をいくつか購入されていたのでは?」
 だって、ほっとくと、店で二番目に後輩な僕と一番新人の鈴ちゃんを、先輩達が寄ってたかって着替えさせようとするんだもん!
 て言うかサラさん! アナタが一番浮き浮きしながら、僕らふたりで遊んでたでしょーが!
 「ウフフ、申し訳ありません。おふたりがあまりに可愛らしいので、つい……」
 おかげで僕は、ついに自分のお金で、任務用でも変装用でもなく普段着としてデニムのミニスカートを購入するハメになっちゃったし。微妙に負けた気分。
 いや、先輩方は「チトセちゃん達の分くらい買ってあげる」って言ってたけどさ、各自が手にしてたのって「どこの薔薇人形だよッ!?」ってくらいロリータ趣味全開だったし。コスプレならまだしも、そんなモン普段着にするくらいなら、動きやすいまともな女物自分で買った方がまだマシだよ!!

 と、ともかく。情報屋から例の「デート希望」の依頼を受けた僕は、速効で瑠衣に電話して確認してみたんだ。
 「あ、もしもし。僕、チトセ。実はさぁ……」
 もちろん結果はクロ。大体、こうやって個人的に連絡先知ってるのに、わざわざ情報屋を介する意味ないじゃん。
 で、たぶん優の仕業だと目星を付けた(僕が指摘するまでもなく瑠衣も分かったみたい)僕らは、指定の時間──翌日の午後1時半より前、11時頃にジャンク街にある瑠衣の家(正確にはマスターの家)で落ちあった。

 「こ、こんにちは~」
 「以前」の瑠衣との僅かな逢瀬を除き、恋人いない歴=年齢の僕にとっては、同世代の女の子の家を訪ねるなんて幼稚園以来の体験だ。少なからず緊張もする。
 「いらっしゃい、チトセ……フフッ、何か、いいね、こういうの。普通の人間っぽくて。さ、上がって上がって」
 対する瑠衣の方は、結構リラックスしてる? いや、浮かれてるのかも。
 「じゃ、じゃあ、お邪魔しまーす」
 まだ優が来てないことを確認したうえで、お店の方にも顔を出し、マスターに挨拶しておく。
 「うむ、君がチトセ君か。瑠衣から話は聞いているよ」
 マスターは記憶にある通り落ち着いた印象の中年紳士で、事前に話がある程度伝わってることもあってか、冷静に迎えてくれた。
 多少品定めするような視線は、まぁ仕方ないだろう。カゲヤシとしても、瑠衣の保護者としてもね。気持ちはわかるし。
 「それにしても、本当に瑠衣とよく似ているのだね。失礼だが、性別は……」
 「アハハ、一応、男ですよ。まぁ、だいぶちっちゃくなっちゃいましたけど、アレもまだ付いてますし」
 「そ、そうか。それはまた災難だったと言うべきかな」
 流石に同じ男として「息子」が縮むという状況には思うトコロがあるらしい。
 「気にしないでください。僕は、瑠衣に命を助けてもらった事には本当に感謝してるんですから。カゲヤシ体質になったことも、瑠衣を理解するうえでプラスに働いていると思いますし」
 などという一連の会話の後、どうやら僕はマスターに「瑠衣のボーイフレンド」としてとりあえずは合格と判断されたらしい。
 そのうえで、今日の本題──優の愚行について話し合う。
 「また、アイツは……」
 頭が痛いという表情で宙を見上げるマスター。瑠衣も沈痛な顔で頷いている。
 「たぶん、こういう依頼を出した以上、瑠衣の格好して僕を引っかけようとするんじゃないかと思うんですよね~。だから、そろそろこの家に来て何かしでかすんじゃないか、と」
 「具体的には?」
 「そうですね……たとえば、変装するために瑠衣の服を無断借用する、とか」
 「さすがにそれは」とやや引きつった苦笑を浮かべるふたりだったが、1時前になって、挨拶もせずにマスターの家に勝手に上がりこんで来た優が、コソコソと瑠衣の部屋に忍びこむのを(物陰に隠れて)見て、その表情がゲンナリしたものに変わる。
 「チッ、まさか俺がワザワザ女装なんてするハメになるとはな。まぁ、仕方ねぇ。瑠衣の姿してりゃあ、アイツも油断するだろう」
 中からは、そんな声が漏れ聞こえる。どうやら、勝手に乙女のタンスを物色しているようだ。
 「兄さん……」
 「まさか、本当にやるとは……」
 「じゃあ、あとは手はず通りにいきますか」
 僕らは瑠衣の部屋に踏み込むタイミングを見計らっていた。

 * * * 

 「どうせなら、アイツが瑠衣と会った時の格好がいいよな。えーと、あの服どこだ?」
 ゴソゴソと乱雑な手つきで瑠衣の服を引っ張り出している優。
 が、そこへ……。
 「──あの服、とは、どれのコトですか、兄さん?」
 吐く息さえも凍りつきそうな冷やかな声が、彼の背中に浴びせかけられる。
 ギクリと背中を震わせ、おそるおそる振り返る優の背後にいたのは……白いブラウスに黒のベストと赤いネクタイ、ベストと同色のミニスカートという、まさに彼が捜していた服装の少女だった。
 「げぇっ、る、瑠衣! なんでココに?」
 「あら、私の部屋に私が帰ってくるのは当然でしょう。それより、兄さんこそ、勝手に人の部屋で何してるんです?」
 「う!!」
 優は答えない。いや、答えられるはずがない。
 「──残念だよ、優。まさか、君がそこまで堕ちていたとは」
 少女の背後から姿を現したマスターが、ゆっくりと首を振りつつ、優に哀しげな視線を向ける。
 「ちょ、ちょっと待て! お前らは、何か勘違いしている。コレはだな……」
 慌てて釈明しようとする優に対して、少女はまるでゴキブリでも見るかのような嫌悪感に満ちた視線を向けた。
 「言い訳は結構です。すみませんけど、当分、優には話しかけてもらいたくありません」
 温厚なはずの妹からの言葉に、少なからぬ精神的ダメージを受ける優。
 「確かに色々あってストレスが溜まっているのかもしれんが、実の妹の下着を漁るというのは、さすがに男としては情けなさ過ぎるぞ、優。
 悪いが、お前は当分、この家と店に出入り禁止だ」
 さらにマスターの言葉がトドメを刺した。
 「ドチクショーーー! これもみんなアイツのせいだ!!」
 まるで三下悪役のような、捨て台詞とも泣き言とも取れる悪態を残して、阿倍野優は泣く泣く飛び出して行ったのだった。

 * * * 

 そして、完全に彼の気配が消えたのを確認してから、ふたりは顔を見合わせ、ニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。
 「──予想以上に上手くいきましたね」
 「まぁ、色々好き勝手しているアイツには、いい薬だろう」
 と、その時、背後から、ひょっこり顔を覗かせる少女がもうひとり。
 「びっくりした。優が泣いてるのって、初めて見たかも」
 その顔は、部屋の中にいる「少女」とソックリだ。
 「ま、これで当分、いらんチョッカイかけて来ないでしょ」
 「少女」がその長い髪を引っ張ると、ズルリと頭髪がずれる。

 ──うん、言うまでもなく、先程マスターと組んで優に「精神口撃」を仕掛けたのは僕だったりして。ウィッグとカラーコンタクトを付け、服も借りて、前回より本格的に瑠衣に変装してたんだ。
 そう、優が僕に仕掛けようとした姦計をソックリそのままお返ししたってワケ。
 この役は瑠衣がやっても良かったんだけど、この子は何だかんだ言ってお人好しだから、実の兄相手にアソコまで冷淡に対応できないだろうしさ。
 「それにしても、そういう格好をしていると、ますます瑠衣と似ているな。近眼の優でなくても間違えるのも無理はない」
 伯父であるマスターはそう言うけど、瑠衣は僕なんかの3.14倍は可愛いと思う。
 「も、もぅ、口が巧いんだから。それに、なんだか数値が半端だよ?」
 や、数字はテキトーで、特に意味はないから。

 * * * 

 てな感じで、僕らはカゲヤシ主流派やNIROに隠れて親交を深めているわけです。
 無論、遊んでばかりじゃなくて「仕事」もしてるよ?
 昼間は便利屋・七市さんとして、ローアングラー追っ払ったり、謎の外国人をアキバ観光に連れ回したり、メイド萌え男にMP譲ったり、配達人を装った悪徳カゲヤシ退治したり。
 さすがに、ダブプリのブライベートの撮影代行を請け負った時は、面が割れてると困るから、レディススーツ着てサングラス&マスクして行ったけど。普段のラフな格好とかけ離れていたおかげで、すぐそばにいたゴンちゃんにも、僕がチトセとはバレなかったみたい。
 (まぁ、ゴンちゃんの場合は、憧れのダブプリの撮影で夢中だっただけと言う線もありそうだけど)
 OL風の若い女性がダブプリの追っかけしてるという希少さも、「だから顔を隠しているんだ」と言う形で納得されたみたい。

 そして、夕方からは、「エディンバラ」で新人メイドのチトセちゃんとしてご主人様&お嬢様方をお出迎え。バイトを始めて一週間で、サラさんからようやっと「見習」の二文字が取れたとの太鼓判をもらったんだ♪ 
 もっとも、一週間で見習卒業ってのはこのお店でも最短記録(正確には新人時代のサラさんとタイ)だったらしく、先輩方も驚いてた。
 「男である僕がメイドとしてランクアップするのはどうなの?」という疑問もないではないけど、サラさん曰く、「メイド道」は「執事道」にも応用できるそうなので、今はとりあえず精進しておこう、ウン。

 あ、そうそう、「Mr.X」の正体がサラさんであることも、面倒な手続きなしで教えてもらったよ。
 まぁ、「今回」は僕、マスターともすでに面識あるしね……と言うか、最近、昼間は時々あのお店に立ち寄ってるし。
 無論、看板娘してる瑠衣に遭いたいってのもあるけど、確かにヤタベさんが言う通り、マスターの入れる珈琲はホントに美味しいんだ。
 そのヤタベさんとも、お店で顔を合わせて、一応本人の了解を得たうえで、マスターがカゲヤシ(ただし穏健派)であるコトも知らせておいた。
 このヘンは、今更だけど「以前」とできるだけ近い状況にしておきたいと言う、僕の悪あがきかな。幸いにして、サラさんは元よりヤタベさんも、穏健派にまつわる事情は了解してくれたようで、まずはひと安心。

 そして、「以前」とは少々時間が前後したものの、当時かなり苦戦した記憶のあるJKV(女子高生ファイブ)との戦いを迎えたわけなんだけど。
 「なによ~、チョベリバ~……って、しまった、歳がバレる!」
 4人の女子高生を難なく撃破して、リーダー格の縦ロール娘もすでに半裸にまで追い込んでいる僕がいたりして。
 まぁ、考えたら当然か。今の僕は、少なくとも妖主に勝てるだけの技量を有しているうえに、それからさらに研鑽を積んでるんだから(ちなみに、今の闘技場ランクAね)。いまさら彼女たち5人ぐらい相手にしてもさほど問題はなかったらしい。
 ──それにしても、涙目で僕をニラんでいるこの娘の顔に、どうもデジャヴというか見覚えがあるような気がするんだよねー。
 いや、「以前」戦った時じゃなく、もっと最近に。
 「クッ、何よ、人間の分際で、あたしをいたぶろうって言うの?」
 追い詰めたものの、攻撃するでもなく無言で考え込んでいる僕を見て、縦ロール娘は誤解したらしい。
 どうやら、見た目に反して(あるいは「縦ロール」にふさわしく?)プライドが高いのか、捨て身の反撃を決意した様子。や、それがバレてる時点でムダだと思うけど。
 おそらく、そのままなら、彼女の命は多分あと数十秒というところだったろう。
 けれど。
 「ま、待ってください、チトセさん!」
 聞き覚えがある……と言うか、聞き慣れた声が僕を制止した。
 「え? 鈴ちゃん!?」

-つづく-
────────────────────
#というトコロで次回への引き。我ながらフリーダムに物語の流れをいじくってるなぁ、と思わないでもなかったり。



[28084] 『TIME-TRIP -大切な人を守るため-』-9
Name: KCA◆1515fe95 ID:251c7024
Date: 2011/06/18 20:30
-09-

 「ホントに本当にすみません、チトセさん!」
 さっきから繰り返しペコペコ頭を下げている鈴ちゃんと、「まぁまぁ」となだめる僕、そして……。
 「フン! あたしは、アンタに助けてなんて言ってないんだからね!」
 ふくれっ面のまま、ツンと視線を逸らしている縦ロール髪の偽JKという構図。
 ──何、このカオス?

 とは言え、いつまでも駅前でこんな小芝居(コント)してたら目立ってしょうがない。
 「あ~、事情はまだよく呑み込めてないけど、ココは僕の優勢勝ちってことで、いったん停戦にしようか。OK?」
 鈴ちゃんと縦ロール娘の顔を交互に見やると、鈴ちゃんはコクコクと首を縦に振ってるし、もう片方も不承不承ながら頷いたみたいなので、ふたりを連れて場所を移すことにする。
 移動先は──秋葉原駅前に出来たばかりのアトレの4階、カフェ「ラ・カンパーニュ」。南欧風のケーキや料理が美味しいし、席数も多いから、隅っこならそれなりに内緒話も可能だ。
 「っと、その前に」
 僕はシャツの上に着ているジージャンを脱いで、縦ロール娘の肩にかける。
 「え……な、何のつもりよ?」
 「いや、流石に、上半身ブラ1の女の子連れて喫茶店に入るのは体裁悪いでしょ」
 幸い、今日の僕は戦いを意識して多少重ね着してきたからね。
 ジージャン脱いでも、白のハーフトップ(ブラジャーはしたくない僕のギリギリの妥協点)にインディゴの半袖ダンガリーシャツ、こないだ買った(買わされた?)デニムのミニスカート&黒のニーソックスという格好だから問題ないし。
 「ふ、ふん。まぁ、いいわ。そこまで言うなら、しばらく我慢してあげる」
 呆れたような安堵したのような表情でモゾモゾとジージャンを着こむ縦ロール娘と鈴ちゃんを連れて……。
 「──琴音よ」
 は?
 「だから、あたしの名前! いつまでも縦ロール娘なんて呼ばないで頂戴」
 ??
 まぁ、いいや。鈴ちゃんと琴音を連れて、「ラ・カンパーニュ」の一角へと陣取った。
 メニューを見て目を輝かせる鈴ちゃんに苦笑しつつ、まずは飲み物だけ頼み、ふたりから話を聞かせてもらう。
 「えっとぉ、まずは、チトセさん、戦いを止めてくださって、本当にありがとうございました」
 再びコメツキバッタの真似を始めようとする鈴ちゃんを制止して、とりあえず事情説明の先を促す。
 「まぁ、大方想像はつくけど、琴音は鈴ちゃんの知人ないし友達ってトコロかな?」
 僕の質問にふたりは……。
 「はン! 誰が、こんなおミソの」
 「はい、そうなんです」
 まったく正反対の答えを返した。
 うん、まぁ、これも予想の範囲内かな。
 とりあえずは僕に友好的な鈴ちゃんから話を聞いてみたところ、驚くべきことに、このJKVリーダーのフルネームは「森泉琴音」。苗字からわかる通り、鈴ちゃんの実の姉なんだそうな。
 そうか。垂れ目と吊り目、森系とギャル系で、雰囲気とか第一印象は正反対だけど、言われてみれば、日本人離れした髪の色とか顔立ち自体は似てるかもしれない。
 要するに、鈴ちゃんは、エージェントとしての僕の次の標的がJKVだと知って、お姉さんのことが心配で、瑠衣の許可をもらって僕に彼女の命乞いに来たらしい。
 「まぁ、今後おとなしくしてるってんなら、見逃すことはやぶさかではないけど」
 と、僕がチラと琴音の方に視線を走らせると、ブスッとした表情のまま黙ってキャラメルマキアートを飲んでいる。
 「……何よ? 言っとくけど、あたしらなんて使い走りの下っ端なんだからね。この場はコイツの顔立てて黙って帰ってやってもいーけど、上から命令があったら、それに従うしかないんだから」
 ああ、カゲヤシはそういう蜜蜂社会なんだっけか。
 まぁ、僕は別にそれでも構わないんだけど、鈴ちゃんは泣きそうな顔してるなぁ。

 さらに色々聞いてみたところ、どうやらこの姉妹、昔はそれなりに仲が良かった(正確には悪くなかった)らしい。
 下っ端とはいえ、一応班長ないし小隊長的に何人かの同輩を束ねる気の強い姉と、ドジっ子で気の弱い妹。妹のダメさ加減を愚痴りながらも、姉はその面倒を見てやってたらしい。
 ところが、その何の取り柄もないはずのダメ妹(琴音談)が、瑠衣の側近に大抜擢されたことで、姉妹仲が一気に冷え込んだ。
 ミリタリックに言えば、こつこつと現場で実績を積んでようやく下士官──伍長か軍曹クラスになれたと思ったら、いきなりへッポコなはずの妹が上官に気に入られて、曹長ないし准尉に昇進したようなモンか。そりゃあ、クサるよね。
 無論、鈴に悪気はまったくないだろうし、出世欲に類する感情とも縁が遠い子だ。純粋に、瑠衣の人柄や思想に共感して彼女の友人になったんだろう。瑠衣も、初めて理解を示してくれた同族のことが嬉しくて、鈴を側に置くようにしたんだろうな。
 「ちなみに、琴音は誰の下で動いてんの?」
 「いちおう形としては優様ってコトになるかしら。もっとも、あの方には「好きなように暴れろ」って言われてるだけだけど」
 あ~、確かにアバウトそうだよな、アイツ。

 ふむ。ちと厄介な話だけど、言うだけなら無料(タダ)だし、言ってみるか。
 「じゃあ、話は簡単だ。鈴ちゃん、瑠衣の派閥でこのコを引き取るようには出来るかい?」
 「は、はい。瑠衣ちゃんにお願いすれば、なんとかなると……」
 「ちょっとォ! 勝手に決めないでよね。そもそもアンタたちって、確か「人間とも極力争いたくない」とかヌルいこと言ってる連中でしょ。そんな辛気臭いヤツらとツルむなんて、アタシは御免よ」
 琴音が異論を唱えるのも予想通り、っと。
 「じゃあ、後腐れなく、サクッと炭化するかい?」
 特に殺気の類いを込めたつもりはなかったけど、僕のその言葉を聞いて、琴音はビクッと怯えたような表情になる。先程の戦いで、己が身をもって僕に敵わないことを実感しているからだろう。
 「お姉ちゃん……」
 生命の危険に、哀願するような鈴の視線の圧力が加わって、十数秒後に琴音は折れた。
 「あ~、もぅ、チョベリバ! わかったわよ! どうせ任務に失敗してツレもヤラレちゃったし、このまま戻ってもババ引くだけだし、とりあえず形だけででもアンタらの厄介になったげるわ!!」
 ま、落としドコロはこんなモノかな。
 「じゃあ、琴音の瑠衣派転向を記念して、今日は好きなモノ頼んでいいよ」
 僕の言葉に、待ってましたとばかりにメニューの端から端まで注文し始める鈴ちゃんと、ふてくされたような顔ながら、自分も色々頼み出す琴音。
 しまった、大食いは家系か。手持ちの現金で足りるかなぁ。

 こうして、僕ら(と言ってもよいのかな?)「人間&カゲヤシ共存派」に、またひとり仲間が加わることになったんだ。

 とは言え、瑠衣の側に獅子身中の虫を置く結果になるのは避けたい。
 僕は、ヤケ食い気味にキルシュを頬張る琴音を尻目に、鈴ちゃんに耳打ちしてコッソリあることを聞いてみたところ、興味深い話を教えてもらえた。
 で。
 何とか無事に支払いを済ませて、ふたりをジャンク街に送って行く途中、僕は鈴ちゃんに目配せをして、裏通りの一角に琴音を引っ張り込んだんだ。
 「な、なによー!? まさか、今更あたしを炭化させようってつもりじゃ……ひゃんッ!?」
 いかにも気の強そうな琴音の怯えた目付きに少々加虐心を刺激されつつ、僕は彼女の耳たぶに咬みついた。
 あ、別に彼女を(性的な意味で)襲おうってワケじゃないよ。単にちょっとばかし血を吸おうと思っただけ。
 「はぁ…ン……だめぇ、ソコ、弱いのにィ」
 ──まぁ、間近でそれなりに可愛い女子高生(偽)が喘ぐ声を聞いて、唯一残された男の象徴が若干元気になりかけたコトは否定しないけどさ。

 鈴ちゃんいわく、上級のカゲヤシが下級のカゲヤシから腹心を選んで眷属にする際は、その相手に吸血行為を行うらしい。何でも、これによって両者のあいだに、ある種の主従関係に近いものが生まれるんだとか。
 とは言え、コレは単に血を吸えばいいというワケではなく、眷属になる方が主となる側に屈服していることが絶対条件らしい。
 えーと、ニホンザルのマウンティングみたいなもの? ちょっと違うか。
 「幸い、チトセさんは、お姉ちゃん達を負かして怖れられてますから、今なら成功するんじゃないかと」
 鈴ちゃんの太鼓判というのはどうにも頼りない気がしたけど、成功すればめっけモンくらいのつもりで、やってみたんだけど……。
 「はふぅ~」
 予想外、いや予想以上の効果だ。あの生意気な琴音がフニャフニャになってる!?
 「まぁ、仕方ないですよ。「眷属契約」が発生する時は、感情的にも生理的にも……その、気持ちよくなっちゃいますし」
 知ってたんなら事前に説明しといてよ! て言うか、なんで知ってんの?
 ──ああ、そうか。鈴ちゃんは瑠衣の眷属だもんな。ん? というコトは、鈴ちゃんは瑠衣に……。
 「わーわーわー!」
 あぁ、はいはい、ゴメンゴメン。乙女に対して無神経な発言するとこだった。
 「と、ともかく! これでお姉ちゃんが私達……厳密にはチトセさんを裏切ることはそうそうないと思います」
 色々な意味で、そう願いたいね。
 僕は、呼吸を荒くしてグッタリしてる琴音を背負って、とりあえずマスターの喫茶店へと連れて行くハメになったのでした、まる。

(追伸)
 琴音をおんぶした僕を見た瑠衣の機嫌が悪くなりました。コレって、やきもち焼かれてるって解していいのかなぁ。それなら嬉しいけど。
 あ、瑠衣には「今度、お姫様抱っこしてあげるから」ってことで、納得してもらったよ。

(追伸その2)
 「えっと、チトセさん。お姉ちゃんに自分のジージャン着せてあげてましたけど……」
 「ああ、アレね。彼女が意識を取り戻したら、返してもらっといてくれる、鈴ちゃん」
 「あ、はい、それは分かりました。でも、ワザワザ自分の服脱がなくても、他のJKVから脱がせた制服(ベスト)を渡せばよかったんじゃあ?」
 「!!」
 その発想はなかった! ま、まぁ、アレは僕の売却用の戦利品だし。
 ──その後、「勝手に眷属にした迷惑料」と称して、琴音からあのジージャンを返してもらえなかった僕なのでした。トホホ、アレ結構高かったのに。

(追伸その3)
 「ねぇ、チトセ。琴音を眷属にした理由はわかったけど……ソレって、私がすれば良かったんじゃないかな?」
 「!」
 「眷属契約」は、ノリじゃなく、よく考えてから行いましょう。おにーさんとの約束だゾ!

-つづく-
────────────────────
#おおよその人が予想したであろう流れで、JKVリーダー生存。
 勝手に彼女に命名してしまいましたが、もしかして公式の本名あるのかなぁ。
#ちなみに、第一部はあと2回で終了予定。頑張れ、私!
 第二部は……まぁ、反響次第で。そもそもマイナーなゲームだし、読者もそんなにいそうにないですしね。


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