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司法判断は妥当ではあるが、不公平だホリエモン裁判が市場にもたらした「罪」/町田 徹

現代ビジネス 6月14日(火)7時5分配信

司法判断は妥当ではあるが、不公平だホリエモン裁判が市場にもたらした「罪」/町田 徹
ライブドア元社長の堀江貴文氏
 ライブドア元社長の堀江貴文氏が近く収監され、日本のどこかの刑務所で2年4ヵ月あまりにわたって服役する見通しになった。最高裁が堀江氏の上告を棄却し、下級審の判断が判決として確定したからである。

 だが、当の堀江氏には反省の色がまったくない。それどころか、記者会見などで無罪の主張を繰り返し、司法や検察への不満をぶちまけている。

 堀江氏のサポーターたちも守り抜く考えなのだろう。ブログやツィッターには「堀江氏は国策捜査に嵌められた」とか「あまりにも量刑が不当」といった援護射撃が溢れている。

 しかし、こうした議論の多くは的外れだ。確かに、量刑の不公平さには否定し難い面があるものの、堀江氏に対する判決は妥当と評価できる。

 むしろ、筆者には、より本質的な問題があることを承知しながら、検察が捜査を急ぎ過ぎ、それらを真正面から事件としなかったことが係争に影を落とした気がしてならない。この点にこそ、ライブドア事件の本質が理解しにくくなった原因があると言わざるを得ない。

「世の中は不条理だ。これからも不公平であることを訴えていく」---。



 4月26日。堀江氏は記者会見に臨み、1時間半近くにわたって、自身が冤罪の被害者であると訴えた。その模様は、YouTubeでも中継され関心を集めた。

 会見の最中から、ネット上には、おびただしい数の書き込みが溢れた。その大半は、堀江氏擁護論と、司法やマスメディアに対する異論だった。堀江氏に批判的な議論もないわけではなかったが、秤に掛ければ、堀江支持派が圧倒的な多数だった。

 堀江支持論の根底には、堀江氏が検察による国策捜査の犠牲になったとの同情論がある。インターネットを中心にした技術革新を背景に、日本の経済社会に変革をもたらそうと試みたことが目の敵にされ、政官財のトライアングルのエスタブリッシュメントから猛反撃を受けたという陰謀論と言い換えてもよいだろう。

 しかし、堀江氏らの主張は妥当と言えるだろうか。


*** ジェットコースターのように急変した粗利益率 ***
 簡単に、おさらいすると、ライブドア事件で検察が指摘した2つの違法行為は、いずれも旧証券取引法(現金融商品取引法)が禁じているものだ。

 具体的には、(1)2004年9月期決算で、自社株の売買益や架空の売り上げを取り込んで期間損益を53億円程度水増し、赤字を黒字に見せかけた、(2)2004年秋、グループ会社が買収する出版社の価値を実態より大きく見せる偽計を行った---の2つである。

 これに対して、ブログや上告趣意書で本人や代理人が明かしている反論は、そうした行為が存在した事実は認めるものの、それらの行為は投資事業組合などを介した複雑かつ技術的なもので、違法・合法の線引きも明確でないため、担当者任せになっており、堀江氏本人は「違法性を認識していなかった」「故意ではない」という趣旨である。

 量刑も不当との立場だ。山一証券(7428億円の粉飾で、元社長に対して懲役3年・執行猶予5年の高裁判決)、日本債券信用銀行(1592億円の粉飾で、元会長に対して懲役1年4ヵ月・執行猶予3年の高裁判決)、カネボウ(利益で58億円・資産で753億円の粉飾で、元社長に対して懲役2年・執行猶予3年の地裁判決)、フットワークエクスプレス(経常利益で274億円、当期未処分利益で1340億円の粉飾で、元社長に対し懲役2年・執行猶予3年の地裁判決)、店頭公開企業アイペック(約80億円の粉飾で、元社長に対し懲役1年8ヵ月・執行猶予4年の高裁判決)といったライブドア以前の5つのケースと、日興コーディアル証券のようなライブドア事件後のケースを示したうえで、ライブドアだけが著しく重い処分を科されようとしていると主張している。

 だが、自社株の売買益を売り上げ、ひいては期間損益に取り込んではならないというのは、企業会計の基本原則である。企業が株式の公開を意識した時点から、そうした基本は上場事務を担当する幹事証券会社や監査法人から厳しく指導を受けるはず。

 それを知らなかったというのは、俄かには信じ難い話である。経営者本人か、幹事証券か、あるいは監査法人の誰かに落ち度があったことになるからだ。争点になったのが、技術的な話に過ぎず、担当者任せにしていた問題で「(堀江氏は)認識がなかった」という主張も、釈明としてお粗末過ぎる。仮に事実ならば、経営の怠慢として責任を問われる話である。



 2点目の架空売り上げにも関連するが、粉飾決算が行われた2004年9月期を挟む3期間に、ライブドアグループの経営はジェットコースターのような動きをしている。その不自然さに気付かなかったというなら、経営者としての資質にも疑問符が付く。

 そのことをよくあらわすのが、売上高から売上原価を引いた粗利益を、売上高で割った「粗利益率」である。粗利益率は、ごく基本的な経営指標のひとつだが、ライブドアグループでは、これが2003年9月期の32%から2004年9月期の45%に急上昇したあと、再び2005年9月期に37%と急落している。

 粗利益率は、どのような業態であれ、ほんの1、2%改善するのに、血の滲むような経営努力を必要とするのが普通だ。

 なぜ、いきなり、これほどの改善と悪化が起きたのかモニターしていなかったとすれば、堀江氏は真の意味でライブドアの社長業を果たしておらず、実権の無い飾り物の経営者だったことになる。

 この辺りについて、会計評論家の細野祐二氏が著作『法廷会計学vs粉飾決算』(日経BP刊)の中で、「よほどの構造変化でも無い限りここまで大幅に変動するものではない」との見解を明らかにしている。

 とすれば、堀江社長は、その理由を克明に理解していた、つまり、粉飾決算の実態を知っていたとみなすのが自然なのである。


*** 2つのニッコーは適切な刑事罰を受けていない ***
 有罪が妥当となれば、懲役2年6ヵ月という量刑はむしろ軽いぐらいだろう。というのは、旧証券取引法の規定で、問題とされた2つの違法行為はそれぞれ最長5年の懲役が科されると規定されており、仮に2つ揃えば、1.5倍の7年半まで延長され得ることになっているからだ。4年にとどめた検察の求刑や、2年半に短縮した1、2審判決、それを支持した最高裁などの判断はいずれも甘い方である。

 他の判例と比べて、執行猶予がないことを理由に量刑が重すぎるという主張を、裁判所が聞き入れなかったことも、不思議とは言えない。刑事事件では、被告が最後まで無罪を主張した場合、被告に反省が見られないと解釈して執行猶予なしの実刑判決を下すことが珍しくないからだ。

 ライブドアは、この粉飾によって、赤字を黒字に見せかけるお化粧を決算に施し、M&A(企業の合併・買収)戦略が高い成長力の確保に直結しているかのように見せかけて、多くの投資家を欺いたのだ。

 その行為は本質的に詐欺と変わらない。そして、詐欺ならば、被害者を1人騙しただけで、最長10年の懲役があり得るのだ。不特定多数の投資家を騙したライブドアの粉飾決算の刑事処分が懲役2年半というのは、かなり軽いと言う見方があっておかしくない。



 ただ、ライブドア事件の直後、明らかになった日興コーディアル証券の粉飾決算で経営陣が刑事処分を受けなかった問題や、日本航空(JAL)が経営破たんし、泥沼の債務超過状態に陥っていたことが判明しながら、それ以前に確実に存在したはずの粉飾が不問に付されたことは、明らかに不透明な裁きである。

 この2つの事例と比べると、堀江氏の量刑が重過ぎて不公平との印象を与えることは否定できない事実だろう。だが、これらは、2つのニッコーが適切な刑事処分を受けなかったことがおかしいのだ。

 ちなみに、日興のケースについては、金融庁・証券取引等監視委員会の初動が鈍かったうえ、強化したばかりだった課徴金制度の発動実績を作ることに拘ってしまい、告発まで手が回らなかった感が強い。

 実際、筆者は雑誌プレジデント(2007年5月14日号)の企画で、事件当時の検事総長だった松尾邦弘弁護士に取材した経験がある。松尾氏は当時を振り返り、「ライブドアのときも含めて、検察は、十分体制として準備できていたかと言うと、そうでもない」と語り、検察にも人的資源の限界があったことを暗に示唆しているのだ。

 また、JALについては、発足間もない民主党政権が、自民党政権時代から続いていた再建策作りを、確固とした展望もないまま白紙撤回してしまい、中小企業の再生支援を前提にした陣容しか持たない企業再生支援機構に下駄を預けてしまったことが響いた。再生計画作りだけが優先されて、粉飾決算の解明がおざなりになった面が強い。

 その結果、どういう経緯で巨額の債務超過に陥ったのか、早くから粉飾決算があったかどうかの解明が有耶無耶になったのだ。


*** 事件に正面から取り組まなかった検察 ***
 話をライブドアに戻そう。

 冒頭で記したように、検察がライブドアのより本質的な問題を知りながら、それらに直接切り込まなかったことが、この事件の根本的な問題を理解しにくくしている面は見逃せない。

 それは、筆者も含めて何人かのジャーナリストがライブドア騒動の渦中から繰り返し指摘してきた3つの問題だ。

 第1が、粉飾決算の前年の2003年8月からわずか1年の間に3回も繰り返された株式分割である。理論的には、株数が増えた分だけ株価は下がるので、トータルの企業価値は何も変わらないはずだが、実際には新しい株券が手当てされるまで株式が手薄になり株価が上がり易い状態になる。

 このメカニズムを利用して演出した株高を背景に、ライブドアがM&A戦略を有利に進めたことは否定のできない事実である。片方で株式分割を進めながら、もう一方でM&Aなどの取引を同時に進めた手法は、株主や市場への配慮を欠くものであり、不純な動機があったと疑わざるを得ない。



 第2が、2005年2月に行った「時間外取引」によるニッポン放送株の大量買い付けだ。違法ではないものの、以前は取引所で売買する「市場集中義務」があったため、その後も株式の公開買い付け(TOB)規制との関連があったため、株式市場関係者の間ではやらないことが不文律になっていた取引だ。ライブドアのやり方に、多くの市場関係者が不意打ちに似た違和感を抱いたことは紛れもない事実である。

 さらに、第3が、ニッポン放送株の買収に充てる800億円の資金を調達するために、ライブドアが発行した特殊な社債である。「転換価格見直し条項付き転換社債(MSCB)」と呼ばれるもので、発行にあたって、引受証券会社の米リーマンブラザース証券(米サブプライムローン問題で破たん)が市場でライブドア株をカラ売りして儲けることができる貸し株まで行った取引だった。

 言い換えれば、このMSCBは、自社の株価が下がり、既存の株主が損失を蒙るもので、禁じ手と断ずべき資金調達だ。

 それゆえ、破たん寸前の企業が、破たんして株が紙くずになるよりは株主の損害が小さいはずだとして、一か八かの最後の資金調達の際に使う以外は、発行の大義名分が立たない手法だった。ところが、ライブドアは攻めのM&A戦略に、MSCBを用いるという挙に出た。フジテレビも同じ手法をとったが、いずれも株主不在の不毛な買収の攻防と言わざるを得ない。

 繰り返すが、この3つは、いずれも以前は規制もしくは自粛されていたものだ。1990年代後半の規制緩和ブームの中で、明文規定は無くなっていたものの、株式公開企業ならば自粛が当たり前でおおっぴらに使わない資本戦略ばかりだった。

 そこで指摘したいのが、なぜ、検察はこうした行為を正面から扱おうとしなかったのかという疑問である。実は、旧証券取引法でも、現在の金融商品取引法でも、第百五十七条に「何人も、次に掲げる行為をしてはならない」としたうえで、「有価証券の売買その他の取引又はデリバティブ取引等について、不正の手段、計画又は技巧をすること」という規定が存在するからである。

 インサイダー取引規制などが整備されていない時代には、この条文でインサイダー取引を取り締まるべきだとの議論がなされた条文である。

 「不正な取引」の判例はなく、適用が容易でないことは確かだが、もし、検察が、実際に起訴した2つの違反行為だけでなく、これら3つについても、堀江氏の責任を追及していれば、ライブドアの粉飾事件の悪質さと広範さが明らかになり、堀江氏の責任の重さがもっと鮮明になったはずである。

 そうすれば、堀江氏を支持する向きに多い安易な冤罪論や陰謀論の多くは根拠を失ったと考えられる。一連の騒ぎに残った後味の悪さもなかったはずなのだ。

 加えて、そうした論証は、公器である証券市場の信頼の回復に大きく貢献したのではないだろうか。実現していれば、今日ほどの新興市場からの投資家離れが防げたのではないかと思うと残念で仕方ない。

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最終更新:6月14日(火)7時5分

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