唐突な事だが、とある病院で一人の男が病により死にかけていた。
重い心臓の病気でもう手の施しようがない物であり、血圧を抑えたり、血に酸素を加える為に薬物投与や人工呼吸器が欠かせない状態であった。
もはや意識はおぼろげで、今にもこと切れそうな呼吸音が病室で響き渡るばかり……
「(やっと、死ねる……)」
そんな中、彼はその現状に満足しているとは何人の人間が知っているだろうか?
いや、おそらく一人もいないであろう……
「(無駄に長らえる生にもはや未練なんかない……)」
男は、かつて天涯孤独の身であった。
両親を事故で亡くし、その後は親戚の家を盥回しにされながら休まる地を求めて意地汚い様な人生を歩み続けてきた。
しかし、その中で一番長く暮らした家でも邪魔者として扱われ続けてきた彼は世の中の非情さを知ると共に甘えを捨てることにした。
そしてこの35年間、本気で一人だけの力で生き続けてきた。
その為にはどんなに汚い事も平気でしたりもした。
「(かつて“暗黒街の法王”と呼ばれたこの俺も所詮は人間だったという訳か)」
唯、一つ心残りなのは己の正体を詳しく知らず、それでも孕み産み落とした我が子を育て続ける色街の娼婦の事だ。
あの時は一人の客としてでしか接したことがなかったが、彼女が“産む”と言った時のあの強い決意を秘めた瞳。
あれは昔の自分を思い出させる物でもあり、そんな感傷にひたる様に偶に会いに行ってやっていた事もあった。
今年で五歳になる子は、偶に来る自分からもらう贈り物をいつも楽しみにして居たものだ……
もちろん、あの子は自分が父親であることを知らない。いや、知らさせていないといった方が正しいか。
どうしてそんなことをしているかと聞くなら……まぁ察しておいてくれ。俺も彼女にも色々あるんだ。
「(息が、しにくくなってきた……)」
そんな俺にも限界と言う物が表れてきた。ふとやってみた人間ドッグでドンピシャと言う訳だ。
医者に入院を勧められるがままに闘病生活へと入って行ったが、そこにあるのは唯の【無】でしかなかった。
もはや悟った。病にかかった時点で俺はもう『死んでいた』のだと……
そこからは前記のとおりだ……本当に空しい日々だった。
だが、それも今日で最後……
「(あばよ、先に逝ってるぜ……○○○○、○○○)」
この日、表の顔はとある企業の社長:裏の顔では暗黒街の流入物の流れを徹底的に仕切る法の番人として名を馳せた男がこの世から去った。
――――――――――――――――――――
ここは……地獄か……それとも天国か?
“あの瞬間”からどれ程の時が立ったのだろうか。
男は一度閉じた筈の目を再び開け始める。
『んっ……?』
だが、どこか違和感が感じられた。
視界が異様に高く感じられるのだ。
おかしい、自分はこんなに背は高くなかった筈なのだが……
ドスンッ―――!!!
もっと確かめようとして立とうとした所、妙に足が重く感じられた。
やはりおかしい。俺はこんなに体重が重くなかった筈なのだが……
完全に立ったところでようやく意識がはっきりとし始めた。
『俺って、こんなに猫背だったか?』
何故か立っても横に倒れているような感じがして何処か気持ち悪い。
試しに歩いてみてもノシッ、ノシッ、と不思議な足音をして進むだけだ。
『それにしても……』
だが、それよりも一番気になった事がある。
『なんで俺はこんな森の中にいるんだ?』
そう、先ほどまで俺は病院のベッドにいた筈だ。
誰かにこんな重体の身のまま知らない場所に運び込まれたか?
いや、少なくともそれは無い……そうだとしても、この体の異常はまだ説明できない。
『とりあえず、進んでみるか』
そう呟いて森のより奥深くへと進んでいく。
細い樹林を潜り抜けて目的も何もないまま歩み続ける。
その途中、どうにも手を使う気になれないのは気のせいだろうか?
なんだか、あまり使い道が無い感じがすると何故か考えてしまう。
だが、彼の異常はまだ終わらない……
『腹が、減った……』
異常なほどの空腹感に突如として襲われる。
それも我慢が出来ないと思えるくらいにだ……
『何か、食い物……食い物が欲しい』
場所の探索から彼の脳は急遽として食糧の捜索へと切り替わった。
食欲が理性を無くそうとするような……そんな感じだ。
とにかく、何か腹に入れたい。
この空腹感をどうにかしたい……
はらへった……
食糧……食糧をくれ……
―ガサガサ―
この時、不幸か幸運か……目の前に生き物が現れる。
その姿は巨大な狼で自分より少し小さいほどの大きさだ。
此方を見て威嚇をし始める……縄張りを荒らされた為に怒りをかんじたのだろうか?
だが、そんな事など彼には関係なかった。
いつの間にか口から滴り落ちるほど唾液は口の中に溜まっていた。
そして、死角となって見えていなかったが、何と、滴り落ちたその場所の草が煙を出して枯れるかのように緑色から茶色へと変化していたのを彼は知らない。
―めしめしめし―
食欲と言う名の欲望が彼の理性を崩壊させていた。
そして……
―イタダキマス……―
――――――――――――――――――――
深き森の奥底から音が聞こえてくる。
メキャッ、ゴキュッと何かを咀嚼するような音が……
『俺は、何をした……?』
この時、彼は理性を取り戻していた。
【口元を血で染め上げ、その下には無残な姿となった狼のような生き物の死体が居る】という状況の中でだ。
『これを、俺がやったのか……?』
自分のしていた事にようやく気付き、やがて恐怖に見舞われる。
今在る自分がまるで本当の自分でないかのように……
その思いが彼を支配していた。
『う……げぇ……』
堪らず嗚咽を漏らしかけるが、不発に終わり、ただそんな感覚に見舞われるだけとなった。
『俺は……俺は!!』
彼は今、自己が少し認識できないようになりつつあった。
何も分からぬまま、彼は走る。
大きな足跡を残し、時折当たる木の枝はへし折りつつも、なお止まらず走り続ける。
そうしている内に、とある場所へと抜けだした。
―大きな湖だ―
『み、水、水があった!』
落ち着く為には水を飲むのが一番……そんな感性を元から持っていた彼は水を飲むべく口を水に近付ける。
『……えっ?』
だが、それは出来なかった……
目の前の光景に身を固めてしまったからだ。
『なんだよこれ……』
それは水面に映る顔、自分の顔であった。
『なんだよこれ、なんだよこれ、なんだよこれ―――!!!』
同じ言葉を繰り返し叫び始める。
だが、どんなに叫んでもこの事実は変わる事は無かった。
『これが……俺?』
改めて確かめるように水面に映った姿を見た……
オリーブ色に黒を少し混ぜたような色をした裂けた皮膚……
深く赤黒い深紅の瞳……
口は裂け、そこから血肉のような膜がうっすらと見える刺々の顎……
短い腕、その代わりに発達した両脚……
それは人間とは遥かにかけ離れた姿……所謂竜の姿であった……
『あ……ぁぁ……』
その姿を見た時、彼は後ずさりする。そして……
『ああああぁぁぁぁぁぁ―――――!!!!!』<グオォォォォォォ―――――!!!!!>
思いっきり叫んだ。だが、それは咆哮となって湖を、森を、空を轟かせる。
遠くから大量の鳥が飛び去っているのが彼の周りでも分かった。
今ここに、遠く異世界の地にて、“恐暴竜”の誕生が始まったのであった。
後書き
飽くまでネタです。続けるかは今後に任せる事にします。
続けるならばネタやコメディーも入れてみようかと検討してみます。
そして、モンハンなのは主人公がそうなだけです。
モンスターハンターでの世界で楽しみたかったと言う方は回れ右を推奨いたします。