(cache) シアタークリエ『風を結んで』

劇評

芸人士族 笑いと涙を歌う

 明治維新後の激動を生きた、無名の若者たちの生き様を描くミュージカルだ。大震災を経て、誰もがどう生きるかと自問しがちな今、否応なく心に響く。演出は謝珠栄。脚本は大谷美智浩。
 お調子者の士族・平吾(中川晃教=写真中央)は道場一の剣豪・右近(大澄賢也)に真剣で決闘を挑まれたが、洋行帰りの由紀子(大和悠河)に救われた。彼女は平吾らを使って外国向けに本物の武士が剣術を見せる芸人一座を作ろうとしていた。
 描かれるのは「死ぬために生きる」という価値観が突然崩壊して困惑する下級士族の群像だ。悲痛な話ながら暗くない。どの登場人物もパワフルに造形し、彼らは和太鼓が印象的な音楽で躍動する。生の活力に満ちた舞台に仕上げたからだ。
 中でも平吾は出色だ。武士の魂を捨てて芸人になることをいとわない。仲間ととぼけた問答を繰り返しながら困難を機転で乗り越える。対する右近は誇りを捨てられない。武骨なしぐさから滅びる者の悲哀がにじむ。巧みに振り付けられた役者の動きが笑いや涙を誘う。
 また、仲間の迷いを断ちきる平吾の歌声のエネルギー、「愛でられずとも花」と歌った右近の妹・静江(菊地美香)のはかなさなど、名唱も心に残った。
  本作を初演したのは、謝が主宰するTSミュージカルファンデーション。長年、良質な作品を自主制作してきたが、今回初めて東宝の制作で旧作を再演した。秀作に光を当てた東宝の慧眼も讃えたい。(祐成秀樹)

――19日まで、日比谷・シアタークリエ。

(読売新聞・夕刊 2011年6月8日付)

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