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福島原発:ウラン採掘の町から「平和利用」も問う

第二次大戦末期、ウラン採掘に携わった有賀究さん=福島県石川町で、矢追健介撮影
第二次大戦末期、ウラン採掘に携わった有賀究さん=福島県石川町で、矢追健介撮影

 第二次大戦末期、原爆開発のためにウラン鉱石が採掘された福島県石川町。福島第1原発から南西約60キロのこの町に住む元小学校校長、有賀究(きわむ)さん(80)は、採掘に従事した経験を語り、証言を集めてきた。昨年には「戦争を語り継ぐ会」も結成した。原子力の平和利用はやむを得ないと考えていた有賀さんだが、原発事故を受け、「核の平和利用の原点を問い直す時期に来たのではないか」と訴える。【矢追健介】

 石川町は戦前から希元素鉱物の産地だった。旧陸軍が大戦末期に原爆開発を進め、当時14歳だった有賀さんら旧制私立石川中(現学法石川高校)の3年生約120人が1945年4月から採掘に動員された。同級生の藤澤栄二さん(80)=同町=は「ひたすら山に入って鉱石を掘り、モッコで運んだ」と振り返る。

 同年5月、数人の技術将校が来た。「君たちが掘る石で爆弾を作れば一瞬でニューヨークを破壊できる」と言われたのを有賀さんは覚えている。実際に掘り出したウランはごく少量だったとされ、原爆に必要な抽出もできなかった。東京の理化学研究所に開発を委託していた第8陸軍技術研究所は6月、原爆開発は米国も無理だと結論付け、断念した。

 しかし、米軍は8月6日、9日に広島、長崎に原爆を投下。有賀さんはその後教員になり、二度と悲惨な戦争を起こすまいと自らの経験を伝えてきた。

 一方、福島県では71年に福島第1原発が、82年には第2原発が稼働。有賀さんは発電や医療分野での原子力の利用は仕方ないと思ってきたが、今回の事故で考え方を変えた。「広島や長崎の悲惨さがあるにもかかわらず『平和利用だから』と許してきた。原発事故は原子力を甘く見たから起きたのではないか」

 絶対勝てると言われ続けて負けたあの戦争と、絶対安全をうたいながら事故を起こした原発が重なる。有賀さんはこの夏、「語り継ぐ会」を開く。原爆の恐ろしさを伝え、原発のあり方も一緒に考えるつもりだ。

毎日新聞 2011年6月18日 12時50分(最終更新 6月18日 13時15分)

 
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