[評者]瀧井朝世(ライター)
[掲載]2011年6月5日
■強い光の差す初期代表作
今年は吉川英治文学新人賞を受賞、山本周五郎賞の候補にもなった。注目度が高まる著者の文庫作品が軒並み好調だ。なかでもブレイクポイントとなったこの第3作は「はじめて読む辻村作品」としてプッシュしている書店もあり、人気が高い。
主人公は高校生の芦沢理帆子。容姿にも頭脳にも恵まれた彼女は他人を冷めた目で見ている。だが、ひとりの青年との出会いによって硬直した心が少しずつほぐれていく。「思春期の女の子の不安定さは辻村さんのテーマのひとつ。それが前面に出た初期の代表作です」と担当編集者の大久保杏子さん。『ドラえもん』の道具のエピソードが頻出することも特徴的だが「主人公と同じく、著者も幼い頃から『ドラえもん』に親しんできたそうです。自分に影響を与えたフィクションに対する憧れと感謝も詰まっているんです」。
今年、前述の書店が作成したパネルを全国の他の店にも配布。文庫全作品に新オビも巻いた。本作のオビのフレーズは「これが今年一番のクチコミ本」。これらの販促も効いている。デビュー当初は10代のファンが多かったが、最近は読者の年齢層も広がってきた。
物語の前半、理帆子の周囲を見下す姿勢が鼻につく人もいるかもしれない。でも読み進めると、それは未熟な10代が虚勢を張った姿だとよく分かる。著者によると理帆子は「自分がイタイことは自覚しているから許して、という態度は傲慢(ごうまん)であると知っている、というスタンス」。なんともやっかいだ。しかしだからこそ、後半明らかになる魔法のような出来事が胸を打つ。辻村作品にはいつも深い闇と、そこに差し込む光が描かれる。本作は特にその光度が強い。「自分のことが書かれている」と思い、救いを感じたという若い読者が多いのもうなずける。
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18刷14万3千部
著者:辻村 深月
出版社:講談社 価格:¥ 820
著者:藤子・F・不二雄
出版社:小学館 価格:¥ 410