東京電力福島第1原発事故の影響で、年間被ばく量が20ミリシーベルトを超えると推定される場所であるホットスポット問題に関する政府の方針がようやく示された。住居単位で細かく避難の支援が行われるが、強制力はなく、残って生活を続けることも可能。「なぜ今になって」「強制でなくて良かった」。勧奨地点に指定される福島県伊達市や南相馬市の一部住民に、当惑や安堵(あんど)が交錯した。
「避難の支援はありがたい。だけど、なぜ今になって。遅いですよね」。一部地点が年間20ミリシーベルトを超えると推計される伊達市霊山町上小国地区には180世帯が暮らす。5歳と3歳の女児を育てる女性(29)は、既に福島市内の実家への自主避難を決めていた。
同居する義理の父母が農業を営むが、収穫した野菜は子どもには食べさせていない。妊娠6カ月で外出時のマスクも外せない。「国も市も何も言わなかった。自分で避難を決めたが、指定されなくても自主避難者には支援をしてほしい」
同地区の斎藤喜久子さん(64)は「息子と孫に避難してもらって、私と夫は残ると思う」。高齢者が多く、半数が1人暮らしの集落もある。野菜を作りながら1人で暮らす女性(71)は「不安だが、強制じゃないのでなるべくならとどまりたい」と話した。
発表を受け会見した仁志田昇司・伊達市長は「家庭の事情もある。現実的対応だ」と政府方針に理解を示した。
南相馬市原町区大原の無職、玉置茂さん(86)は、避難所暮らしになじめずに一晩で自宅に戻った経験がある。「生まれ育った土地なので、できれば避難したくない」と話した。
2人の娘は福島市や東京都でアパートを借りて避難生活を送り、同居するよう誘われるが、「よその土地で暮らす体力もないし、いつ戻れるかもわからない……」。
桜井勝延・南相馬市長は「大原地区の住民からは不安の声が寄せられていた。詳細なモニタリング調査の結果を踏まえて、不安を払拭(ふっしょく)するようしっかりと対応したい」とコメントした。【池田知広、神保圭作、石川隆宣】
毎日新聞 2011年6月17日 東京朝刊