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[28100] 東方蓬莱人形物語 (東方project 二次創作 憑依系)  
Name: トウドウフィッシュ◆7da8aaa7 ID:748bbc6e
Date: 2011/06/15 23:01
これは東方プロジェクトの二次創作です。題名通りのオリ主の憑依系です。

公式との食い違い、キャラ崩壊、カリスマブレイク、自己設定等がたびたび発生いたします。

更新速度は出来るだけ早くするつもりです。

以上をご理解出来た方は、どうかお読みになってください。




題名を変更いたしました。


蓬莱伝だと妹紅や輝夜の話になるから紛らわしい。という事を言われたので題名を変えました。



第1話 5月31日投稿
第2話 6月2日投稿
第3話 6月4日投稿
第4話 6月7日投稿
第5話 6月10日投稿
第6話 6月12日投稿
第7話 6月15日投稿








[28100] 第1話 蓬莱人形
Name: トウドウフィッシュ◆7da8aaa7 ID:748bbc6e
Date: 2011/06/12 05:55
夢の中で「これは夢だ。」と自覚出来る人間は一体どれくらいいるだろうか?
少なくとも俺はそんな人間では無いつもりであった。
しかし、そんな事はなかった。間違いなく、これは夢だと断言できる。
だって、俺は今………



人形になっているのだから。



俺は今、猛烈に混乱している。混乱していると言っても発狂しているわけでもないし、自暴自棄になっているわけでもない。
嘆いて叫んでもいない。こと平坦に物事を順序良く頭の中で纏めて行く。自分でも呆れかえるくらい冷静にだ。
状況が状況。人間、とんでもない状況に陥ると、返って冷静になるのかもしれない。いや、冷静になるという表現は少しおかしいかもしれない。正確には、認識が追いつかない。感情がついてこない。
こんな所である。認識できないならば、身の回りの状況を把握できないし、感情がついてこなければ、何も湧きあがっても来ない。

茫然自失。

これほど今の状況にあった言葉は無いだろう。

しかし、茫然自失していられるのも束の間。時間が認識を、感情を呼びこんでくる。
ありとあらゆる情報を脳髄に強制的に入れてくる。
その情報吸収速度とは、まさに光速と行っても過言ではない早さである。
走馬灯だと思ってくださって結構。
まさにその通りなのだから。あの、インパクトの一瞬に人生の出来事が脳裏にフィードバックするあの現象。
まさにそれだ。
そして、大量の情報を受け取った脳はとうとう決断を下す事になる。



大量の情報を受け取り、最初に脳が下した答えは、


これは夢ではない。


という認識であった。


……………………


「なんだこれ?」

思わず、口にした言葉。
喋る。
ただの誰でも出来るこの行為自体に凄まじいほどの違和感を感じる。
俺は喋る時、活舌を気にしたりするような役作りな人間ではない。
舌の動きなど気にしたことが無い。だが、これは………

口は開くが、舌がまるで動いてない。

「あ、あ、あああ!?」

手足を見た。血管の通ってない木製の腕と足。
手を握る。
握る事は出来る。
でも、感覚が無い。
足を曲げてみる。
これも出来る。
でもこれまた感覚が無い。
凄まじく気持ちの悪い感覚である。
感覚の無い四肢。義手や義足を連想するが、あれは造りモノであって自分の手足では無い。
動かす事の出来ない偽物の手足。
だけど、
この手足は動かせる。
自分の意思で。
感覚が無くとも。
動かせるのだ。

これほど気味の悪い感覚は生まれて初めてだ。

冷や汗をかきたくとも汗を出すための汗腺など木材にあろうはずがない。

ふと、手に金色ブロンドの髪の毛がかかった。引っ張ってみるとそれが自分の髪の毛である事に気付く。
痛覚は無いが、髪の毛を引っ張ったら頭が動いたからだ。

あたりを見渡す。なんでもいい。なんでもいいから今の自分の姿を映す事の出来るモノ。
鏡。
鏡は無いかとあたりを見渡す。

あたりは真っ暗・時間が経つにつれ、夜目に慣れてきた。
尤も、まるでアクリル製を浮かべる心地よい音を奏でる自分の目に夜目等とは何とも言い難い感覚である。

まあ、それはともかくようやく目が慣れてきた。
どうやらここはどこかの家の一室。隣には人形。
そのまた隣にも人形。奥の方にも人形と、まるで人形屋敷である。
いや、まるでではなく本当にそのままに人形屋敷であった。

気味の悪い体を動かし、あたりを散策しようと思ったその瞬間、

「うわ!」

棚から落ちてしまった。

落ちるのに壱秒くらいかかった。体感的に、ビルの2~3階位から落ちたような感覚だ。

「あいたたた……。」

思わず、そんな事を言ってしまったが、実は全く痛くない。
というか、感覚が無いのだから。何かしらの名残で言ってしまったのだろうか?

そして、床に降りた俺は思わず気絶しそうなほどの衝撃を受ける事になる。

「な、なんだよこれ?………なんで、こんなに……。」

大きいんだ?

そう。棚の上から見ていた景色と間近で見る風景のあまりの違いに思わず絶句してしまった。
大きい。
椅子が。
テーブルが
窓が。
ドアが。

自分が知る家具のおよそ4~5倍はありそうな大きさ。
目を見張るとはまさにこの事である。

ふと、奥の方に鏡がある事を確認した。服屋にあるような等身大の鏡。
そこで見た姿は自分の姿に言葉に出来ない声を発する小さく綺麗な人形の姿であった。


……………………


(くそ!なんだよこれ!?なんで人形の姿なんかに!?)

鏡を何度確認してもそこにいるのは、小さな人形であった。

(よく考えろ!俺は、どうしてここに………経緯を思い出すんだ!)

どうして。ここにいるのか?どうして、人形なのか?どうして、どうして……。そんな事を悶々と考えている時だった。

玄関の扉が開いたのだ。

(あ、あれは………この家の人かな?)

暗闇でよく分からないけど、大きな帽子をかぶっている女性であると言うのは分かる。

「あ、あの………。」
「うおぁ!!!」

声をかけた瞬間、思いっきり驚かれた。
後々冷静になってみると、フランス人形がいきなり声をかけてきたら、それってかなりのホラーだよな?

「……っ………な、なんだよ。蓬莱じゃないか。ビックリさせんなよ。」

(蓬莱?)

「ったく……アリスの野郎、こんな手の込んだ罠を仕掛けて置くなんて、人が悪いぜ。」
「あ、あの……ちょっと………」
「くそう……私が宴会を抜け出してここに来ることも読んでいたなんて……ここまで行動を読まれるとちょっと気持ちが悪いゼ。」
「は、話を……。」
「ふう。………さすがにバレバレの状態で、拝借させてもらうわけにはいかねえか……。仕方ねえな。出直すか。」
「ねえ、ちょっと~!!」

…………………行ってしまった。

一体なんだったのだろうか?この家の住人って感じじゃなかった。この家の人のお友達だろうか?なんか、アリスって言ってたし……。

そう言えば、気になる事を言っていた。

彼女、名前が分からないから彼女にするが、その彼女が俺をこう言った。

【蓬莱】

と。

一体、なんの事なのだろうか?俺の名前は………



………………………………


………………


……


「あれ?」

今しがた、重大な事に気付いた。
いや、本当ならば一番最初に気付かなければならないとんでもない重大な事。
自己を形成する重大なモノを俺は無くしている。





「俺は………誰だ?」





……………………………


容姿は、自己を確立する最大のアイデンティティである。
他者とは違う、自分だけの存在。それを真っ先に認識できるのが容姿なのである。
よくある話に、事故などで顔に大きな傷を負った少女が自分を認識できなくなる神経性の病気にかかる場合があるらしい。
容姿を失った事によるアイデンティティの崩壊。
時に、それは人間の心を壊してしまうほど大きな存在になってしまうのである。


では、最初から自分の容姿が分からず、違う顔を見た場合は。

簡単である。

これが自分なのだと新しいアイデンティティを構築する。ただそれだけ。

「俺は………誰なんだ?」

記憶が無い。

知識が無くなっているわけではない。
自分に関するあらゆる情報がすべて無くなっているのだ。自分が誰で、両親が誰で、兄弟が誰で、友人が誰で……。
何一つ、覚えていない。知識はある。最低限のコミュニケーションが取れるほどの。
でも………
何一つ、思い出せない。

自分が何者なのかが分からない。
自分が何モノなのかが分からない。

「俺は………一体……。」

またもや茫然自失。

今度は先ほどとは違う。
完全に自らを失っている。
これでは茫然自失ではなく、完全自失である。
無理もない。人は己が全である事を普通であると考えるものである。
俺は、全どころが零である。まるっきしのゼロ。無である。
プラスでもマイナスでもなくゼロ。

記憶があった場合、とりあえず自分の身が置かれている状況を整理すると言うのが冷静な人間のする対処方法である。
しかし、俺に限っては整理すべき状況があまりないと言うのが正直な所なのである。
整理すべき記憶が無くなってしまっているのだから。
整理することすらできない。

仮にいま、この状況で………状況なんてモノはほぼ無いに等しいけど、何らかの救いを見出すとするならば、とりあえず、俺の記憶が完全に無くなっている事である。
自分の容姿が分からないから。
自分がどんな姿をしていてもショックは起きない。
人形なのは驚いたけど………。
驚いただけ。悲観はしていない。



もしかしたら、自分は………本当は人なんかではなく……本当は……




バタン!




急に玄関の扉が閉まる音がした。
驚きはしなかったが、自失から目を覚ますには十分すぎる音であった。

「あっ!部屋が少し変わってる………。魔理沙の仕業ね。………でも、何も取られていないみたいだけど………。」

突然、明りが付いた。電球も蛍光灯も無いのに部屋が明るくなった。

「あら?蓬莱、どうして貴女がそこにいるの?」

思わず見とれてしまった。

一言、綺麗な女性であった。

人形よりも人形らしく。
人形よりもきめ細かく。
人形よりも繊細で。
人形よりも………綺麗だった。本当に……綺麗だった。



アリス・マーガトロイド【七色の魔法使い】


これは彼女と記憶を無くした人形のお話である。



続く



[28100] 第2話 アリス・マーガトロイド
Name: トウドウフィッシュ◆7da8aaa7 ID:748bbc6e
Date: 2011/06/12 05:55
第二話


アリスside

私、アリス・マーガトロイドは魔法使いである。
いろんな異変にかかわった魔法使い。

春雪の異変。
永夜の異変。
地底の異変。

こと、幻想郷で行われた有名な異変のほとんどに関与している。
それもこれも常識では考えられない事象を起こすモノばかり。

しかし、ここにそれにも負けない事象が発生している。



蓬莱が自律しているのだ。



完全自律型人形

私の研究の究極。
夢。
野望と言ってもいいかもしれない。
自律できる人形を作り出すために数々の実験を繰り返してきた。
長い時間をかけてきた。
それこそ人一人の一生分以上の長い時間を。

だが、結果は何も変わらない。

変わらなかった。
長い時間をかけても。
変わらなかったのだ。


だと言うのに…………


「あ、あの………」


愛する私の人形が喋ってる。
いや、人形に声帯などあろうはずが無い。
微力な魔力を使ったテレパーシー能力。
意志を伝えるだけの小さな力。
声が聞こえるのではない。
聴こえるのだ。
それを彼女は行っている。

「……………………。」

どういう事だ?

これは決して自演等では無い。
私は蓬莱を操っていない。
断じてだ。
蓬莱は……
自分の力で話している?

何らかの実験による影響?

しかし、今日の私は何かしらの実験などしてはいない。

思い返してみよう。今日の私の一日を………。



…………………………………


…………………


……



今日は、地底の異変解決の祝勝会のようなもの。
尤も、これは口実であってただ単に霊夢たちが宴会をしたいと言う魂胆が見え見えである。

本来ならば、人付き合いを苦手とする自分はこんな宴会などに出席する事もなかったのだが、建前とは言え、この宴会は地底の異変解決の宴会。
今回、この異変を解決したは霊夢ではなく魔理沙と私、パチュリー、にとりの四人であった。そのためにこの宴会の主賓は私たちなのである。
建前とは言え、主賓の一人が参加しないわけにはいかず、最低限の礼儀として出席するにいたった。

そして、朝早く家を出て、宴会の準備を手伝うために博麗神社へと向かう。
よくよく思い出してみると本当に私はお人よしである。
主賓なのに宴会の準備の手伝いなんて。


それはともかく博麗神社に着いた私は、霊夢たちと宴会の準備に取り掛かったのだ。
準備は、どういう風の吹きまわしか分からないが、魔理沙も手伝ってくれて、あの小さな百鬼夜行も手伝ってくれて、紅魔館からはあのメイド長が派遣され、本当にあっという間に準備が整ってしまったのであった。


実にあっけなく。


まあ、時間が余ったのでみんなで温泉に入る事になった。
どういうわけか、メイド長だけは遠慮していたようだけど………。

理由は何となく分かる。
というか、みんな気付いていながらそっとしておいてあげているのだ。
もはや、幻想郷中で知らない者はいないと言うのに、必死になって体裁を保とうとしているメイド長があまりにも健気で。
同じ、女の身として哀れになる。何も言わないのが彼女にとっての最大の救いになるのだろう。

でも、これだけははっきりいと言える。

女は胸では無いと。

PADがなんだ。
無い乳がなんだ。
そんな物で己を偽っているその姿こそまさに滑稽。


そう。


心の中ではなんとでもいえる。でも面と向かって言う事は出来ない。
面と向かって言ってしまったら今頃私は、首と胴体が離れてしまっていただろうから。
彼女がさとりのような心を読む能力が無くて本当に良かったと思う自分がいる。

まあ、そんなこんなですっきりした私は、霊夢たちと談笑しながら時間を潰していたわけだ。

そして、とうとう日が落ちた。
妖怪たちの跋扈する時間。
人ならざる私もまたそれは例外ではない。
朝よりも夜。
それが人ならざる者の宿命。
まあ、格好よく取り繕ってはいるが、ただ単に夜になるとテンションが高くなる程度のモノである。
次々に博麗神社に幻想郷の名だたる傑物たちが集まってくる。

幻想郷の管理者、八雲紫。その従者の藍と橙。
白玉楼の主とその庭師、西行寺幽々子と魂魄妖夢
紅魔館のレミリア・スカーレットとその従者たち
永遠亭のお姫様とお医者様も。
人里の守り手である上白沢慧音と竹林の案内人、藤原妹紅。

さすがに今回の異変の主犯であった地霊殿の連中と守矢神社の者は来ないようだが、その内こいつらのようにひょっこりと現れるかもしれない。

さすがに幻想郷のパワーバランスを担う者たちの集まりだけあって、あたりは少々殺伐とした雰囲気になった。

というのは最初だけ。

みんな、酒を飲めばただのだらしない飲んべえであった。

酒は飲んでも飲まれるな、という格言があるが、こいつ等を見てると本当にそう思う。


「よう!アリス。飲んでるか?」

魔理沙だった。

「ええ。たしなむ程度に。」

たしなむなどと言っているが、顔は赤くなっており、声も1オクターブほど高くなっている。
呂律は回っていても、相当に出来上がっていた。

私は、魔理沙やパチュリーと飲んでいた。
同じ魔法使い同士。
いろんな意見を言い合いながら楽しく会話をしていた。


そこから、どうやってこじれたかは知らない。
まあ、酒の席で会話がいきなり変わる事は良くあることである。
どういうわけか、自慢話合戦みたいな流れになってしまったのだ。


「そうして……ヒック……わたひは……もう…すぐ……ヒク……新しい~……術式が……できるのほ……。あははははは!!」

相当出来上がってしまったパチュリーであった。

「さすがパチュリーだぜ!新しい術式が出来たら私にも教えてくれよ。」
「いいわよ~。」

魔法使いにとって新しい術式の考案は、己の研究の成果である。それを教えるなんて素面の彼女ならば考えられない事であった。
魔理沙がパチュリーの酔いどれを狙っていたとは思えないが、汚い。さすが魔理沙、汚い!

「アリスは何かないのか?」

来た。

ここで変な話をしてしまったら、パチュリーみたいに変な約束事を結ばれるかもしれない。
酔っていてもそれくらいの事を考えるほどの思考力は残してある。

とは言うものの、実際、アリスは古代の魔導書の解読に、ここ最近成功していた。中身は完全自立型人形の参考にもならないものであったが、貴重な本には変わらない。

「私は、最近収集した古代の魔導書の解析に成功したわ。」

本当だったら、こんな事を言わない方が良いのだろうが、魔法使いのサガと言うべきか………。
彼女に限らず、魔法使いというのは秘密主義とは程遠い……ようは自慢したがりなのである。
己の努力の成果を他者に認めてもらう。尤も、見せるのは努力の成果であって、努力そのものではないが。
その点は魔理沙も同じである。


「おお!すげえ!さすがアリス!!」
「あ、いや……それほどでも……。」


褒められると気分が良くなるのは、人であろうとも人外であろうとも変わらない。

「内容はどんなだった!?」
「た、大した内容じゃなかったわ。野菜を上手く作ったり、花を綺麗に咲かせたりする方法。どうやら、古代のガーデニングの本見たいね。本当に、昔の魔法使いたちは何を考えていたのかしら?」
「そうか?長い時間を生きる魔法使いにとって、趣味を持つ事はとても重要な事だと私は思うな。」
「魔理沙……。」

確かに魔理沙の言う通りかもしれない。
長い生を生きる魔法使いだってその長い生のすべてを研究に当てることなどできはしない。
適度な趣味をもって生活に緩急をつける。
精神的な休息をもつ事により、さらに研究に没頭できるようになるのだ。

「という訳で、その魔導書を私に貸してくれ。」
「どうして、この流れでそう持っていくのかな………。」


さすがに即決はしないアリスであった。


「えええ!!いいじゃねえかよ。アリスには必要ねえだろ?」
「そ、そんな事ないわよ。なんだかんだ言って、薬草の栽培なども細かく書かれているのだから!」
「!?」
「あっ……。」

それが、引き金になってしまった事にアリスは気付いた。

魔理沙の目が変わっている。
モノを物欲しそうにねだるような眼差しならば可愛げがある。
だが、魔理沙の目はそんなかわいげのある目ではなく、完全な狩人の目。
得物は絶対に頂戴すると決心した、そんな目であった。

魔理沙は人間の身である故に、私やパチュリーのような大掛かりな大魔法を使う事が出来ない。
ゆえに、道具を頼ってのアレンジ魔法を編み出しているのだ。キノコや八卦炉がまさにその典型的な例だろう。
キノコだけではなく薬品や、薬草などを作って自らの魔法力を底上げする。それが魔理沙のスタイル。
魔理沙にとって、薬草の栽培等が事細かく書かれている本は手からほどが出るほど欲しいものでもあった。
それも古代の魔導書ならば、普通では手に入らない新しい薬草が取れるかもしれない。
そうすれば、それらを調合して新しい魔法薬を調合する。
自分の魔法により一層の磨きをかける事が出来るかもしれないのだ。

「ん、ん、ん~………ど、どうやら酔いが回ってきたようだぜ。少し、夜風に吹かれながら星空の散歩ならぬ散飛行をしてくるぜ。」

このタイミングでのあからさまな事である。

「ちょっと、魔理沙!待ちなさい!」

席を立とうとした瞬間、私の腰に手が回った。

「え、ちょっと……何?」

自分の近くにいた人物は一人しかいない。

動かない大図書館ことパチュリー・ノーレッジである。

「なによ……ヒック……アリスのバカ。……まりしゃなんかとばっか話してさ……ヒク……わたしにも……ひっく……構ってよ……。」

実に面倒くさいからみ酒であった。

「ちょ、ちょっとパチュリー!は、放してよ!魔理沙が行っちゃう!」
「また、魔理沙……アリスのバカ!そんなに魔理沙がいい……の?マリアリがジャスティスなの?パチュアリには救いは無いの?」

なんの話!?

「うええええん、アリスのアホ~!!」

自分の腰にしがみついていた手を放して、不安を覚える足取りで離れて行ってしまった。

「魔理沙は………。」

もういなかった。

仕方が無い。

「待ちなさいよ。パチュリー!」

あの様子じゃすごく危なそうだし………本当に自分の甘さが嫌になる。
そう思うながらパチュリーを追ったのだった。



余談であるが、その後パチュリーは境内の奥でマスター・スパークならぬマスター・リバースを繰り出し、アリスに手厚く看護されたそうな。
そしてパチュリーはメイドと門番に連れられて紅魔館へと帰って行った。


…………………………………



……………………



……


その後、私は境内の後片付けを手伝い、こうして深夜に帰宅する羽目になったのだった。
魔理沙の件は諦める事にした。実際問題、私には本当に必要のない本だった。ならば、本当に必要としている者に与える事があの魔導書を書いた者にとってもいい事なのではないだろうか?
そんな事で魔理沙が、家の中から例の魔導書を物色していたとしても許す事にしていた。


しかし、帰ってきたらこれだ。

魔導書は残っているし、目の前には……………

「あ、あの……俺の話を聞いていただけませんか……。」

完全に自我をもっている人形がいる。


今日一日の出来事を、出来るだけ再現したつもりだがやはり結論は、



『何もしていない』


だ。



蓬莱side


彼女がずっと黙ったままである。
彼女がこの家の持ち主である事は、ほぼ間違いない。
ならばこそ、自分がどうしてこんな姿になっているのか、手がかりになるのは彼女しかいないのだ。

「あ、あの…………………うぐっ!!!」

突然だった。

なんの予備動作もなかった。前触れもなかった。突然、見えざる糸のようなもので体が縛り上げられている。

「あ………か…・は……」

痛みは感じない。
しかし、体中がギシギシと悲鳴を上げている。
痛くなくても苦しい。
怖い。
目の前の少女が。綺麗な顔をした少女は、まさに人形のように無表情にこちらを覗いてくる。

「う………あ………」


声が出ない。
というか、体のどこも動かない。
目を瞑る事も出来ない。
凄まじいほどの恐怖が襲ってくる。
怖い。
怖い。
怖い。

人は恐怖に直面すると何もできなくなると言う。俺の体は人では無い。だが、恐怖を感じている。怖い。
そう。怖いのだ。目の前の少女が。


「う…………は……」

「動かないで。」


うめく俺に対しての彼女の言葉。そんな言葉をかけなくても動けません。


「うっ!!」


すると、自分の真下が眩しい光を放って俺に直撃した。
何も当たってはいないけど、とても眩しくて目がくらみそうだ。


しばらくたって、光はおさまった。
謎の眩しい光が収まると、自分を縛りつけていた見えざる糸のまた体を緩めてくれた。


「う~ん…………悪霊や幽霊に憑依されているわけでもないわね………。」

憑依?何を言っているのだ?

「ねえ貴女、喋れるんでしょ?何か答えてみせて。」
「答えるったって………何を?」
「…………もう、いいわ。」

まるで信じられないモノを見たような目で俺を見て、その後背を向けて思案し始めた。



アリスside

最初は、悪霊か霊か妖精が憑依して操っているのだろうとばかり思っていた。
しかし、蓬莱を動かすための力をまるで感じない。
そのために、少々手荒だったが、浄化魔法を蓬莱にかけた。
悪意のある存在が、乗り移っていた場合、すぐさま消滅する魔法。
大きな存在を浄化するような魔法は使えないけど、力を感じさせないほど弱い存在なら私だって浄化できる。

そして行った。

なんの躊躇いも無く。

そしたら、全くの無事と来たものだ。

魔法は成功している。ならば、この蓬莱に何者かが憑依した可能性は極めて低い。


「あ、あの………さっきは俺に何を……。」


目の前の蓬莱の姿をした人形には間違いなく意志がある。
自立思考。知性のある生物にしか習得できない超高度な技術の一つ。
人の行う行動の一つ一つは、実は凄まじいほどの高度な技術なのだ。
歩く行為や喋る行為もその内の技術に入る。
たいして意識しないのでどれほど高度な技術であるのかを実感できる者は多くはないだろう。


卵を割ると言う行為が一番分かりやすい。


卵の黄身を破らないように割る。
簡単な作業だ。熟練した人ならば片手でやってのける。
だが、この一環の作業にはすさまじいほどの情報が組み込まれている。
卵のどこにひびを与えるか、強さ、バランス、左右の力の入れ具合、そして、割った卵をどこに入れるか。
卵を落とす際の底と卵との高低差の調整。一つ一つに情報が組み込まれている。
知性のある者………すなわち人間や妖怪はこれを難なくやってのけるだろう。
だが、知性の無い………いや、知性どころか命すらないモノにこの行為をさせるには一体どうさせればよいか?

外の世界には【ロボット】なる人型の人造機械仕掛け人形があるらしい。
外の世界のロボットはこの行為をすでにクリアしているらしい。
しかし、そこまでに膨大な計算と時間を要したようだ。
卵を割ると言う行為一つのために。そのためだけに。


そして、ここにいる蓬莱はどうだ?

自分の頭で考え、思考し、答えを出した。何か答えてと尋ねた時、彼女は

「答えるったって………何を?」

と言った。

ここまで長ったらしい説明をしたのだから理解してくれるものだと信じている。

彼女は思考し、答えを出した。その行為自体が、まさに奇跡なのだ。
いかなる大魔法でもこの行為を命の無いモノにさせる事は出来ない。
モノに、何かしらの念や霊を憑依させるという手もあるが、それは憑依した者の思考であって、憑依された器の思考では無い。
他に憑藻神と言うのがあるが、あれはもっとあり得ない。
憑藻神になった場合、その媒体は一生命体として生まれ変わるのだ。つまり別の生き物になり、その者だけの力、魔力、能力をもつようになる。
今回のこの蓬莱は、確かに小さな魔力を感じる。
だが、この魔力の波長は、まぎれの無く私自身の魔力だ。
他の誰でも無い。
私の魔力。
つまり、蓬莱は別の何かになったのではない。
変わっていない。
私の。
可愛い人形のまま。
変わっていないのだ。


そして、先ほど彼女に何も取り付いていない事は確認した。

すなわち、これは彼女自身の意思なのである。

そう思うと、急に口元がゆるんでしまった。

(これで……これで私の完全な自律行動人形の完成に大きく前進したわ。彼女を徹底的に調べ上げれば………)

結果が存在しているのだから、もう研究が終わっているのでは無いか?
とんでもない。私の研究はここから始まるのだ。
魔法使いにとって重要なのは結果では無く、そこに至るまでの過程。
メカニズムなのだ。

私は、魔法使いであり、探究者。
偶然。
それも、どうして生まれたのか分からないまま喜ぶほど私は無知では無い。
神様の奇跡なんて考えるほど私はロマンティストでは無い。

あくまで探究する。それが私、アリス・マーガトロイドである。


「あ、あの………大丈夫ですか?」

蓬莱の声で、ハッと我に返った。危ない危ない。
最近は外に出るようになったから、こんな事は無くなっていたけど、私って、一人でいると独り言を言ったりしちゃうんだよね。
傍から見れば気味が悪いか……。

「あ、うん………何?蓬莱。」

「その、【蓬莱】って名前なんですけど………それって俺の事ですか?」
「そうよ。貴方は蓬莱。この私、アリス・マーガトロイドが作った蓬莱人形よ。」
「人形………じゃあ、俺はやはり人形なんですか?」
「ええ。そうよ。」


記憶が無いのだろか?それに人形でいる事に疑問を持っている。私の事も分かっていないようだし………。だとすると、彼女を私の所有物のままにしておくのはいけないわね。自我がある以上。ある程度の自由を与えておくべきか……。
本当に自律しているのならば、そうする必要性がある。



……………………



蓬莱side


きっぱりと言われた。俺は人形であると。
まあ、この姿は誰しも人形と言うけど………なんか心があるのかどうか分からないけど、心と呼べる部分みたいな、目に見えない部分が少し痛い。


これからどうすればいいのだろうか?


人形として一生を過ごすのだろうか?

と言うか、人形に寿命はあるのだろうか?
寿命以前に生死の概念は存在しているのだろうか?
もしかして、永遠にこのまま……


「ねえ、蓬莱。」
「え?な、なんですか?」

もう、蓬莱でもいいや。名前が無いわけだし……

「もう一度、確認するけど………貴女は自分がどうして人形になっているのか分からないのよね?」
「あ、はい……そうですけど………。」
「その姿に疑問がある?」
「はい。あります。」
「自分が最初から人形だったって事実に疑問がある。」
「はい。その通りです。」


また手を鼻下においてブツサク思案し始めた。

「貴女はこれからどうするの?」
「分かりません。」

本当に分からない。
右も左も。
上も下も。
世界も。
自分自身でさえ……。
わからないのだから。


「それならば、しばらく私の側にいなさい。」
「……え?」

突然の提案だった。

「私は、完全自律の人形を作り出すことが夢なの。貴方のような……ね。」

俺の体を指でつついてきた。

「貴女と言う結果は手にしたものの、そこに至るまでの過程がどうしても分からないの。そして知りたいのよ。それさえ知る事が出来れば、私の研究は一気に進む。いいえ、完成するかもしれない。」

少し、興奮しているのだろうか?妙に声に張りがある。

「貴女自身にとっても、いい条件なはずよ?知りたいでしょ?自分がどうして意志をもつようになったのか。
それは自分の意思なのか?他人の意思なのか?はたまた、別の一生命体として生まれ変わったのか?
その辺も私が調べてあげる。」

確かに、何も知らない自分にとっては魅力的な提案である。考えるまでもない。
一本道だ。分かれ目なんて存在していない。

「よろしくお願いします。アリスさん。」
「アリスで良いわ。完全に自律思考している貴女はもう私の人形では無いもの。私たちは対等よ。」
「対等………?」
「そ、対等。」

何だか、不思議と気持ちが暖かくなる感じがする。


「よろしくお願いします。アリス。」
「こちらこそよろしくね、蓬莱。」


サイズの合わない握手を交わす七色魔法使いと完全自立思考型人形であった。


アリスと蓬莱の奇妙で対等な相互関係をもった共同生活が始まるのであった。




続く………



あとがき

へべれけパチュリー可愛いです。
クールな者ほど飲んだ時に本性が出るもんです。



[28100] 第3話 上海人形
Name: トウドウフィッシュ◆7da8aaa7 ID:748bbc6e
Date: 2011/06/12 05:56
アリスとの同棲生活が始まった。

同棲と聞くと、どこか少なくイヤらしい雰囲気を醸し出してしまう。
もしくは、恋人以上夫婦未満の今が幸せの絶頂等と勘違いしているバカップルを連想してしまうのは俺が欲求不満だからではないと信じたい。

そもそもこの人形の体にそのような機能が備わっていたら、もはやそれは自律人形などでは無く、一つの生命体である。一種類しかいない生命体。一種類のうちに一体しか存在しない一個の生命体。
本当に欲求等と言う機能が備わっていなくてよかったと思う。でなければ地獄だったと思うから。

しかし、そんな俺でもアリスとの同棲は緊張してしまう。
しつこいようだが、欲求不満だからではないともう一度言っておこう。
いや、もう二度かな?いやいや、やはり何度でも言うべきなのかもしれない。
なぜなら、俺が金髪美少女のアリスに対して何かしらの邪な感情を持ち合わせる事は、彼女との信頼を崩してしまうからだ。

彼女にとって俺は、ずっと彼女と共にいた蓬莱人形であり、俺は、その蓬莱人形に突然生まれた意志と言うべきなのだろうか?
アリスは、憑依していないと言っていたし……。

とにかく、彼女にとって俺は【蓬莱】なのだ。ずっと彼女と共にいた人形。それが俺なのだ。意志が芽生えようとも、彼女にとってはただ一つの人形。

アリスはそう思っているに違いないのだ。

だって、そうでなかったら………




「スー………スー………」



こんなに無防備な格好で眠るわけが無いではないか。


くっ!!!

エロい!!

ただ一言、エロいのだ!

至極単純に……エロい!

エロいと言う言葉を三回使ったが、まだ足りないと断言できる。本当に、自分に欲求等と言う機能が無くて良かったと思う。

アリスは裸ワイシャツならぬ、裸パジャマでベットの上で横になっている。相当寝ぼけていたのだろうか?パジャマの下は下着しか履いていないし、上着のボタンは全部はだけてしまっている。

まあ、確かに昨日は朝日が上がるまでいろいろな事を教えてくれたからな……。
しかも、その前は宴会に参加しただけでは無く、準備と後片付けまで手伝っていたらしいから。
かなり疲れていたのだろう。でも、それでも俺にいろんな事を教えてくれた。

世界の事を。
自分の事を。
近況の事を。
これからの事を。

いろいろと教えてくれたのだ。

この世界は幻想郷と呼ばれる世界。人間だけではなく、妖怪、妖精、吸血鬼、亡霊、宇宙人、天狗、鬼、神様、さまざまな種族が共存している世界。
アリスも人間みたいな姿をしているが、人間では無く魔法使いという種族らしいのだ。
本人は妖怪みたいなものだと言っていたけど。
そして、魔法や呪いと言った存在もこの世界では常識になっている。

本当にとんでもない世界だ。群雄割拠もいいところだ。

まあ、今の自分の状況も十分にあり得ないので驚くだけで、すんなりと信じた自分がいる。まあ、他の種族はともかく、魔法に関しては、昨日アリスに怖い思いをするくらいに味わったから真っ先に信じられた。

先ほど、群雄割拠等と言う言葉を使ったが、それほどの多くの知的生命体が多く存在するのならばどうして、種族間の争いが起きないのかという疑問がぶつかる。
人間同士でさえ、人の中の種類、人種が違うだけでも争いが起きると言うのに、種族と来たもんだ。ライオンやカバの例えじゃないけど、誰だって頂上が良いに決まっている。
ピラミッドの頂点。食物連鎖の頂点に、誰だってなりたいはずなのだ。知能があれば誰だって。

だけどアリスは教えてくれた。

この世界は、博麗の巫女と呼ばれる存在によって、あらゆる戦争行動が起きないようにされているらしい。そして、暴れたかったら、弾幕と呼ばれる決闘方法で決着をつけろと言う。

この弾幕と呼ばれる決闘方法、アリスに実際に見せてもらったら、実に綺麗だった。
量だけではなく美しさを競ったりもするらしい。


とまあ、疲れているはずの体で俺の一日中続いた質問攻めに一つ一つ丁寧に答えてくれたのだ。

その結果が、目の前にいるアリスである。


「スー……スー………」


ほんとゴメン。アリス。


ちなみに俺はと言うと、ピンピンしている。知識の中には睡眠と食事は生物が生きるための必要な行動らしいのだが、どうにも俺にはそれが無い。
眠くならないし、腹も減らない。
まあ、人形だからと言ってしまえば、それまでなのだが………。

意志と思考をもっている者にとっては何とも妙な感覚である。


「本当に優しい人なんだな。」


彼女との会話の中でそれが分かる場面がいくつもある。
主賓なのに宴会の手伝いに行ったり、友人に自分の魔導書を差し上げようとしたり。

決定的なのは、俺の意志を尊重してくれている事だ。

もう一度だけ言おう。

俺は、彼女にとってはずっと一緒にいた蓬莱人形なのだ。

彼女の手足として。
彼女の道具として。
彼女の人形として。

ずっと一緒にいた蓬莱人形。それが俺なのだ。

道具にして、玩具にして、武器だったのが俺なのだ。

そこには絶対的な上下関係が存在しており、意志をもったとしてもそれだけは変わらない。

所有物が所有者と対等になりえない。

意志が生まれたとしても。
感情が生まれたとしても。
思考が出来ようとも。

なりえないのだ。

そこには絶望的な差があるのだ。

だと言うのに、彼女は俺に。

この人形の俺に対等だと言ってくれた。

自律思考出来る人形はもはや人形では無いと言って。

対等だと言ってくれたのだ。ずっと所有物であったこの俺に。

とても不思議な気持ちだ。一目ぼれとは違う。
なんかこう………、言葉に出来ないけど、気持ちのよい感覚だ。
思考が出来るようになる前も、この蓬莱はアリスにとても愛されていたのだろう。
その辺の名残なのかもしれない。この温かな気持ちは。


「さてと、どうしよう………。」


アリスと俺の間である程度の決まり事がいくつかある。

その内の1つに家の中は自由に過ごしても構わないけど、一人で外に出たら駄目。という決まり事がある。

まあ、右も左も分からない俺がそんな事を出来る筈もない。外には危険な妖怪だっているかもしれないのだ。
さすがの俺も、命があるのかどうか分からないけど、それを危険なめに合わせるのは極力避けたい。この決まり事は理解できる。

しかし、やる事が無い。

身の回りの状況を整理できない事は、記憶が無い事により不可能だと言うのはもう分かっている。

自分が何者であるかを調べるのは、アリスがいなければ調べられない。

そして、当のアリスはご覧のあり様である。

ぶっちゃけ、本当にやる事が無い。
ニ回も言ってしまった。でも事実なのだから仕方が無い。

部屋の散策はもうとっくに終わっている。
いくら人形の身であり、家具のすべてが巨大化していようが所詮は一人暮らしの家である。豪邸や宮殿と言った建物では無いのだから、詮索なんて10分そこらで終っている。
細かなところを調べて、アリスの大切なものを見てしまったら、彼女にも悪いし……。

それにしてもアリスの仕事部屋はすごい。

人形を作り出す部屋。アリスは、しばしば人里に赴き、人形劇などを披露するらしいのだが、それらの人形をすべて一人で作っている。それも、かなりのクオリティをもって。
最初、この部屋を見た時、アリスを魔法使いでは無く、職人だと連想したのは決して間違いではないとは思う。
でも、職人の技術もある領域まで言ってしまえば、それは魔法と呼べるモノに変わるのではないだろうか?
魔法使いであり、職人でもある。それを一目で理解させるような雰囲気をもった部屋だった。

俺はこの仕事部屋が好きだ。理由を言えと言われれば、回答に困るが、好きなモノは好きなのだからしょうがない。
恐らくは、この体が。
蓬莱の体もまたここで作られたからなのかもしれない。
かもしれないと言ったが、理屈では無いのだ。
ただ、本当に。
本当に落ち着くのだ。

それだけなのだ。



………………………………


………………


……



この部屋でしばらく過ごしていたら、ふと気が付いた。

机の上に乗っている人形………確か、【上海】とアリスは言っていたな。

「まるで生きてるみたいだ。」

近くで見てみると本当に可愛い人形だった。今にも動き出しそうな、生気が出ているような感じだ。しかし、アリスが眠っているために、この上海もまた眠ったように動かない。

【上海人形】
アリスのパートナーであり、俺のパートナーでもあるとアリスは言った。俺と同じ時に作られ、同じように戦闘に加わっているらしい。
以前の俺は……そう。意志が芽生える前の俺は上海と共にアリスの武器でありパートナーだったらしいのだ。
二体でワンセット。
それが俺と上海の関係。
しかし、アリスが人間や妖怪と組むようになって、人形もまた1体程度でよくなったらしく、上海がアリスのパートナーになった。
俺たちはワンセットからツーマンセルへと変わったのだ。

別に上海に嫉妬しているわけでは無い事は一応言っておこう。
そんな記憶にも無い事を羨んだりするほど、どうやら俺の心は小さくは無いようなのだから。
ただ、俺と同じ時期に作られただけあって、俺と同じ顔をしている。二体でワンセットとは我ながらうまい事を言ったもんだ。
違うのは服装くらい。俺が赤いドレスを着ているに対して、上海はアリス同じ青色と白色のドレスを身にまとっている。

もう一人の自分。

上海も俺と同じように突然自我に目覚めたりはしないだろうか?

可能性が無いとは決して言えない。

だって、なんの前触れもなく俺が意志をもつようになったのだから。
上海だって、そのうち完全自立するのかもしれない。
今は眠っているけど………。
こう……。
こつんと頭を小突いてやれば……。
目が覚めたりするんじゃ………



「バカジャネーノ。」


「う、うわっ!!!」

しゃ、喋った。俺じゃない。上海がだ!

「しゃ、上海!お、お前、喋れるのか!?」
「…………」
「お、おい。上海ったら……。」

肩をゆさゆさ揺らしても反応が無い。でも間違いなく喋った。目を開けて。喋った。

「ぷ………くく……ふふふふ。」

扉の前にお腹を抱えて笑いをこらえようとするアリスの姿があった。

「アリス?…………あっ!」

そうか、分かった。今のは上海が自律して喋ったんじゃない。アリスの………腹話術のようなモノ。今のはアリスが上海を介して喋ったんだ。

「アリス!」
「うふふ。ご、ごめんなさい。貴方と上海があまりにもお似合いだったからつい……。」
「もう………。」

本当にびっくりした。奇跡みたいな出来事が立て続けに起きたのかと思った。

「あ、言うのを忘れていたよ。おはよう。」
「おはよう。まあ、もうお昼だけどね。」

まあ、眠ったのが朝なのだから仕方が無い。

アリスは着替えを済まし、眠気覚ましの紅茶を入れて文々新聞と呼ばれる新聞に目を通していた。

「アリス。今日の予定は?」

早速、実験を始めるのだろうか?

「今日は午後から人里で人形劇をする予定があるの。だから実験は無し。」
「そうなんだ。」

それにしても、アリスの紅茶を飲みながら新聞にふけっている姿は本当に絵になる。なんか、『出来る女』みたいでかっこいい。

「そうだ。貴方も来なさい。幻想郷の主な場所を見せておきたいしね。」
「うん、分かった。」

そうか。とうとう外に出られるのか。よく考えてみれば、この家が俺の世界みたいなものだったから。
それにしても外はどういう世界なのだろうか?妖怪や鬼と言った者が跋扈しているのだから、マグマや溶岩が煮えたぎる地獄のような世界だったりして……。

アホらし

仮にも【楽園】の名前を冠しているこの幻想郷がそんな絵に描いた地獄のような世界なわけが無いか。肩をすかすような普通の世界に決まってる。

そしてとうとう俺は外に出た。初めての外だ。
家を出た時、最初に見たのは森だった。
道の無い、360°が木の森



道なんてあろうはずが無い。どうやって行くのかと思ったらアリスが宙に浮かんだ。

「どうしたの?早く行きましょ?」
「あ、アリス………おれ………飛べない。」

飛べるわけが無いでしょう。

「え?本当に?」
「飛べるわけ無いじゃないか……。」
「おかしいわね。貴方は私と魔力をリンクしているはずなんだけど………。」

リンク?

何を言っているのかさっぱりだ。

「まあ、いいわ。それなら私が連れて行ってあげる。」

途端に俺の体が浮き始めた。アリスの見えない糸によって俺の体を支えているのだろう。

「シャンハーイ。」

上海も同じようにアリスに支えられているのだろう。

「ふふふ。こうして貴女たち二人を連れるのは久しぶりだわ。」

懐かしいな。と、アリスは言った。

こうして、俺はアリスと共に空を飛んだのだった。

そして、森を出たら本当に普通だった。俺の中の普通の定義がなんなのか分からないがとにかく普通と呼べる世界だった。

山があって。
川があって。
田んぼや畑があって。
人里や村があって。

実に普通だった。

「いい景色でしょ?」
「う、うん…………。」

とてもいい景色だ。だけど、素直に感動出来ない。

「どうしたの?ずいぶんと歯切れが悪い返事をして……。」

仕方ないだろ。

だって……
だって……




ビュオオオオオォォォォ!!!!!

*現在4、500メートルほど上空。


めちゃくちゃ怖いんだから。景色なんて楽しむ余裕なんてあるわけが無いだろ?


「ア、 アリス。絶対に落とさないでね!」
「ふふ。落とすわけ無いでしょ?」

鼻で笑われた。そんな事するかと言わんばかりに。

「バカジャネーノ。」

黙れ上海!お前はずっとアリスといたから慣れてるんだろうけど、こっちは初めてなんだよ。
と言うか、上海を操っているのはアリスなんだった。
と言うと、今の言葉はアリスが言った事になる。
思っていた事だが、アリスって上海に喋らせる時、絶対に口調や性格が変わっていると思うんだ。



…………………・



「見えてきた。」

アリスが指を指した所には、真っ赤で大きな屋敷がそびえたっていた。

「あれが紅魔館よ。」
「………紅魔館。」

不気味だが立派な建物がある。失礼だが、アリスの家なんかと比べ物にならない大きさだ。

なるほど。名前通りの真紅の建物。この屋敷を建てた者のセンスがうかがえるな。いい意味では無いよ。悪い意味でだ。

「近いうちにあそこに行くわ。あそこの魔女に貴女の事についての意見を貰おうと思ってね。」
「魔女?アリスみたいな魔法使いがあそこにもいるの?」
「ええ。知識だけなら私はおろか、幻想郷の中でもトップクラスじゃないかしら。」
「ふ~ん………。」

アリスがそこまで言うのならば大層な魔女なのだろう。

そしてこの時、俺はまだ知らなかった。
いや、まだ会っていないのだから知らないのは当たり前だ。
だから、この紅魔館の魔女がどういった魔法使いなのか、知るはずもない。
どんな容姿をしているのか?
どんな性格の持ち主なのか?
どんな魔法を使うのか?
どういう魔法使いなのか?
知るはずが無い。
そう。
彼女が俺の正体に気付く最初の人間になる事も。
ここの魔女と俺との邂逅はとても重要であり分岐点である事も。
俺の人生……いや、人形だから人形生かな?
それが変わる事になる事も

この時の俺が知るはずもないのだ。

そして、何も知らない俺は遠ざかっていく紅魔館を横目に人里へと向かうのだった。




………………………………



…………………



……




「お疲れ様、蓬莱。」
「う、うん……。」

人里での人形劇を終えた俺たちは、現在博麗神社と呼ばれる場所へ移動している。

「うふふ。貴女、大人気だったわね。」
「………壊されるかと思ったよ。」

アリスの人形劇はかなりの評判だった。子供たちは勿論の事、大人たちも結構な数が見学に来ていた。

俺はアリスに、

「劇に出てみない?」

と、誘われて、面白そうだったから出演する事になったのだ。
動きやポーズはアリスが操ってくれたために俺はセリフを言うだけで済んだ。

アリスが操る上海とその他の人形たちと比べて、明らかに別の演技をしていた俺は、観客からすればかなり新鮮だったらしい。
そりゃそうだ。だって、あれはアリスの演技では無く俺の演技だったのだから。違いが出るのは当たり前だ。
その上、この蓬莱は戦闘用の人形であって、演劇用の人形では無いために今までお披露目された事が無かったらしい。
その事も観客たちからの関心を集める要因になったのだろう。
新しい人形と言う事もあって、子供たちからあちこち触れられたり、髪の毛をひっぱられたられたりした。

それにしても今回の演劇のストーリーはアリスが考えたのだろか?

内容は、神様を取りこんで強力な力をもった地獄烏と、箒に乗った魔法使いとその仲間たちの大バトル、というストーリーだった。
なかなか出来た話だった。アリスは、脚本家としても優秀みたいだ。

「着いたわよ。」
「うん?……あ、ああ!ここが……。」
「そう。博麗神社よ。」

ずいぶんと高い場所に建っているが、それ以外は普通の神社だった。

「ええと……霊夢はいるかしら?」

霊夢。
博麗の巫女。
この幻想郷の結界の維持を担っている者であり、幻想郷の異変の解決者。異変を起こそうものならば、元凶とそれに関わったすべての者を無慈悲に叩き潰す。

聞く限りではとても恐ろしい感じだが………実際に会ってみたら……

「あら?アリスじゃない。」

普通の女の子だった。

「ずいぶんと懐かしいのを連れているわね。」
「ええ。ちょっとあってね。貴方にも紹介しておこうと思って……。」

ほら、と背中を押してくる。挨拶しろと言う事なのだろうか?

「はじめまして。ほ、蓬莱と言います。よろしくお願いします。」
「!?」

途端に霊夢の顔が険しくなったのは俺の見間違いではないと思う。

「アリス………貴女が操っているわけじゃ……無いわよね?」
「ええ。そうよ。」

ふ~ん………と、驚いたものの感心していないと言った目で俺をみていた。

「やったじゃない。夢が叶って。」
「本当だったら、ありがとうって言うべきなのかもしれないけど、まだなのよね。」
「どういう事?」

アリスは俺の経緯を話した。俺もまた自分の身に起きた事を話した。

「ふ~ん………ずいぶんと都合よく貴女の前に現れたわね。」

何かを疑うかのような目。

まあ、無理もないだろうな。完全自律型の人形を作ろうとしているアリスの前に、完全に自律している俺が現れたなんて都合がよすぎる。何か意味があるのだろうか?

「まあ、悪霊や妖精の悪戯って感じでもなさそうだし………。」

悪霊の類だったら、真っ先に消滅させると言わんばかりの目だった。

「あら?ずいぶんと面白いのを連れているわね?」
「!!?」

なんだ?

突然、目の前に穴があいた。いいや、穴が開いたのではない。裂けた。何も無いところが急に裂けてそこから人の顔が出てきたのだ。

「ひっ!」

思わず素っ頓狂な声を出してしまったのはしょうが無いと思う。突然さらし首みたいなモノが出てきたら誰だって驚くに決まっている。

「………八雲紫。」

アリスがそう言った。

裂け目から一人の女性が現れたのだ。

「こんばんは。アリス・マーガトロイド。」

綺麗な人だった。現れ方はとても恐ろしいものだったが、それを指しい引いても綺麗な人であると思った。

「盗み聞きなんて、ずいぶんといい趣味をもっているわね。」
「ごめんなさい。他意は無いのよ。ただ、本当に面白いモノを連れているものだから私も話の仲間に入れてもらおうと思って。」

そう言って、ものすごく妖艶な目で俺を見てきた。いや、すべてを見透かしたような目と言った方が正しいだろうか?

なんか、ぞわってする。
背筋が凍ると言うのだろうか?それとも蛇に睨まれたカエルになってしまったのだろうか?
どちらにしろ、あまりいい感じはしない。

「帰りましょう。蓬莱。」
「え?あ、う、うん。」

突然の提案だった。

まあ、確かに賛成である。なんかこの人は嫌だ。
理屈じゃない。
この体が。
この魂が。
この人を嫌だと言っている。

「待ちなさいアリス。貴女、それが何なのか分かっているの?」
「その内調べるわ。でもなんだろうとも、この子は私の可愛い蓬莱よ。それ以上でも、それ以下でもないわ。」
「ふ~ん………。」

納得したのかしていないのか分からない気の抜けた返事を後ろに俺たちはその場を離れた。


………………………………


………………


……



「アリス。さっきの人は………」
「八雲紫。この幻想郷の管理者よ。私が最も苦手とする人物ね。」

確かに。俺だって苦手だと思う。というかあの人を得意とする人がはたして本当にいるのだろうか?

「八雲紫はなんでも出来る。それこそ、出来ないモノなど無いと言わんばかりにね。私たち魔法使いが何年もかけて完成させた魔法をあいつは何の努力もせずにすぐに出来ちゃうのよ。魔法使いにとってこれほどむかつく存在は他にいないわ。」

なるほど。魔法使いは研究者のようなものだ。長い時間をかけて術式や方程式を解明し、それを自分の力にする。
だが、八雲紫はそんな事をしなくても、なんでも出来る。
確かにむかつく存在ではあるな。

「まあ、私は私。あいつはあいつよ。私は自分の力で貴女を調べて見せるわ。」
「アリス……。」

今のは俺に言った言葉では無い。自分自身に言ったのだろう。自分の決意を再確認したのだろうな。

「アリスなら出来るよ。」
「ありがとう。蓬莱。」

こうして、俺たちのずいぶんと濃い一日が終了したのだった。


続く





[28100] 第4話 霧雨魔理沙とパチュリー・ノーレッジ
Name: トウドウフィッシュ◆7da8aaa7 ID:748bbc6e
Date: 2011/06/12 05:56
紅魔館の大図書館。

ここでひとりの魔女が頭を抱えていた。抱えていたと言っても頭が痛いわけでも無く、解らない事に対する苦悶でも無い。

言葉通り『頭を抱えたくなる』出来事に頭を抱えていたのだった。

聞かせる事が申し訳ないと思うほどの愚行を行った、と。

外の世界には『黒歴史』と呼ばれる言葉が存在する。思い出したくもない記憶。恥ずかしくて目を瞑りたくなるような己の歴史。
なるほど、言い得て妙な言葉である。と、魔女は感心している。

まさに今がその黒歴史に己が翻弄されているのだから。

彼女は自分を素晴らしい魔女であると思った事は無いが、他者よりは優れていると言う自覚はもっていた。
そのような者の愚行など、一般人からすれば大した事が無い、もしくは関心が無いのだろうが、それでも愚行と呼べるものである事は間違いないはずなのである。
そしてソレを行った。

本当に自分が嫌になる。

彼女で無くとも、誰でも自分の黒い部分と呼べるようなところに嫌気がさした事はあるだろう。
性格にしろ、人生にしろ、自分の何かが嫌になって嫌になって、自己嫌悪に陥る事もあるはずだ。

彼女は思う。

自分以外の者は、自己嫌悪に陥った時、どのように対処しているのだろうか?必勝の攻略本があるならばぜひ見てみたいものだ。
今まで幾万もの本や書物を読んできた。
自己嫌悪に陥った時の対処方法が乗っている本もいくつか読んだこともある。
だが、そのすべてが彼女にとっては無意味なモノだった。
そのほとんどが、自己を暗示させ、心をごまかすようなものであった。こんな事でこの嫌悪感が無くなるのであるならば、これほど楽なモノは無い。

彼女は鼻で笑う。

なまじ知識がある自分に彼女はイラ立っていた。
知識があれば、どんな状況にも対処できる。それが彼女の考えであり、自身の定義ともいえる常識であった。
だが、その自身の考えが、
定義が、
常識が、
彼女をこんなにも苦しめている。

自分が何も疑う事もない愚か者であったならばどんなに楽であっただろう。
自分が自己暗示などでこの気持ちを誤魔化せる事が出来る単純な者であったならばどんなに楽だっただろう。
自分が…………彼女に対して邪な感情を持っていなければどんなに素晴らしかったか………。

心と言うのは実に厄介な存在である。

あるかどうか分からないと言うのに、確かにそこに『在る』のだから。
そして、心はすべてが千差万別。
対処方法とて、同じくらい千差万別。
自己暗示などしても、自分の培ってきた知識が、それを無意味と言う。
自分にこの対処方法は無意味。無効果。無駄。
治す事が出来なかった。この嫌悪感を。
だからこそ、彼女は頭を抱えている。
頭を抱えているのだ。

紅魔館の魔女、パチュリー・ノーレッジは。



……………………………



「パチュリー様~。元気出してくださいよ。」

頭と背中に小さな黒い羽をはやした少女が言う。多少、小悪魔ちっくな風貌である。無理もない。本当に彼女は本当に小悪魔なのだから。

「………………………」

パチュリーは小悪魔の言葉に反応していなかった。

いや、聞こえていたかもしれないが、それに反応してやるほど、彼女の心は落ち着いていなかった。

「オワタ…………。」

しばらくして、パチュリーは一言、本当に一言だが呟いた。
小悪魔の声に反応したのではないのは明らかでり、小悪魔もそれに気付いていたもののこれでは埒はあかないために、これをきっかけにパチュリーに向かって思いっきり元気づけようとした。

「だ、大丈夫ですよ!!アリスさんがパチュリー様の事をあんな事で嫌いになるわけ無いじゃないですか!しっかりしてください!」
「こあ……。」
「たとえ、それが酒におぼれて本性を丸出しにしたり…………!」
「うっ……。」
「訳の分からい事を言いながら、アリスさんにセクハラを繰り返したり………!」
「うう……。」
「言いたい事を言うだけ言った後、嘔吐してまう醜態を見られて、その上で看護までされてしまうというあまりにもかっこ悪い姿を見られたって………。」
「ううううう………。」
「アリスさんがパチュリー様を呆れる事はあっても嫌いなんかになるわけはいじゃないですか!」
「………………………」

しばらくパチュリーは俯いていた。

小悪魔はどうしたかと思った。先ほどまでに感涙極まって、ようやく元のパチュリーに戻れるかもしれなかったというのに………

「うっ………。」
「なんですか?パチュリー様。」
「うう………。」
「パチュリー様?」
「うわあああああぁぁぁぁん!!!!!」
「ぱ、パチュリー様!?」

突然、泣き出してしまった。理由が分からない小悪魔はオロオロと右往左往するだけであった。

「グス……こ、こあの……アホんだら……くすん……。バカ……」
「パチュリー様…………。」

ガチ泣きであった。長年使えてきた小悪魔でもここまで本気のガチ泣きをする主人は始めてみたようだ。




「失礼いたします。」




その時、タイミングが良いのか悪いのか分からぬが、礼儀正しく図書館に一人のメイドが現れた。

「咲夜さん。」

紅魔館のメイド長こと、十六夜咲夜である。

「咲夜………何しに来たの?」

見たところ、お茶を見って来た感じでもないし、食事の時間と言うわけでもない。この大図書館は基本的に誰でも入室出来るが、メイド長の咲夜はとても忙しい身であり、暇なときなどほとんどない。用が無ければめったなことでは来ないのだが………。

「お嬢様からの伝言を預かってきました。」
「……レミィの?」
「はい。」

伝言?

一体なんだろうなと思いつつ、パチュリーは何となく気付いたいた。

この紅魔館の主、レミリア・スカーレットの性格からして、この場合………

「『いい加減、屋敷が陰気くさくてかなわん。さっさと元気になれ』だそうです。」

やはり……な。

レミィらしい。

こっちの気も全く考えないこの鈍感さ。それでいて本当に心配してくれているのだから余計にたちが悪い。

「……はぁ。」

と軽いため息をついた。

「パチュリー様、私のような者が差し出がましいのですが………アリスさんがパチュリー様に呆れたとは到底思えませんよ。」
「………咲夜。」
「実はですね。本日、このような手紙が送られてきたのです。」
「手紙?」

その手紙を咲夜からから受け取ると、パチュリーは驚愕した。
何せ、差出人はたった今まで話題になっていたアリス・マーガトロイドその人からであったのだから。

パチュリーはすぐさま中身を検めた。そして中身にはこう書かれていた。






『親愛なるパチュリーへ。

手紙なんかでごめんなさい。
実は何回か屋敷の前に来ていたのだけど、門番の子がいつも居眠りしていて………その子にパチュリーに取り次いで貰おうとしたのだけど、起こすのも悪いから日を改める事にしたの。でも、次の日も、その次の日も門番の子が居眠りしているものだから、こうして手紙で近い内に貴女の元を訪れる事を知ってもらおうとしたの。
さすがに貴女の用事も知らないまま、貴女に会うのは悪いと思って。
あ、そうそう。言うのを…………じゃなかった。この場合『書くのを』になるのよね。

体の方は大丈夫?

あの時、パチュリーは覚えているかどうか分からなかったけど、貴女、相当酔っていたのよ。それで訳の分からない事を言っていたし、その後嘔吐したし。
私はとても心配したわ。貴女は体が弱いのだから無理しないで。いくら魔理沙に勧められたからと言っても、無理は駄目。これだけは約束してちょうだい。

説教くさくなっちゃったけど、要件を言うわ。私のお願いを聞いてくれないかしら。

実は私だけじゃ、手に負えない事が起きてしまったの。本当だったら実物を見せるまで秘密にしておきたかったのだけど、教えておいた方がある程度の予備知識が出来て良いと思ったから、やっぱり知ってもらおうと思うの。

私が前に使っていた『蓬莱人形』を覚えているかしら。あの赤いドレスを着た人形よ。

事実だけを述べると、あの宴会の日、私が家に帰ると蓬莱が一人で動いていたの。
うんうん、動いていたという言葉は不適切ね。彼女は完全に自律行動をしていたの。言葉を話し、話を聞き、思考し、行動していた。

最初は霊や妖精の悪戯か何かと思ったわ。でも悪意のようなものを感じなかったし、念のために浄化魔法をかけたの。でも何も取り付いてはいなかった。

憑藻神のような一生命体に生まれ変わったとも考えたけども、どうやら違うみたいなの。
あの子、私と魔力のリンクをしていたのよ。生まれ変わったのなら全く別の魔力を持つようになるでしょう?
ああ、そうそう。私と蓬莱が魔力をリンクしている事については説明できるけどさすがに手紙でそれを説明する事は難しいから割愛するわ。実際に会った時に説明する。とにかく、蓬莱は別の生命体になった可能性は完全にゼロなの。
私もある程度、調べてるんだけど悔しい事にそろそろ手詰まりになりそうなのよね。

だから、貴女の意見を聞きたいの。

貴女の手を煩わせる事に悪い気はしているのだけど、助けてもらえないかしら。だからこうして手紙を書いたの。
私と会ってもらえないかしら?こちらが貴女にお願いする以上、貴女の用事に合わせるし、解決するヒントをくれたのなら謝礼もするわ。尤も、貴女が喜ぶような謝礼が出来るかどうか分からないけど……。もしも会える日があるのなら教えてもらえないかしら。こちらから伺うわ。
                             

                                                                                アリス・マーガトロイド』
                                                                                            

手紙を読んだ後、しばらく図書館内は静寂に包まれていたが、小悪魔が静寂を切った。

「よ、良かったじゃないですかパチュリー様!呆れるどころか、頼りにされまくってるみたいですよ!!」
「………………………。」

小悪魔が囃したて、咲夜もまたさらに言葉を続けた。

「素敵な方ですね、アリスさんは。どこぞの白黒と違って、きちんとアポを取ってくださるなんてとても几帳面な方です。持て成しするカイがありますわ。」
「………………………。」

小悪魔と咲夜の言葉に反応しなかったが、明らかにパチュリーは喜んでいた。今のパチュリーの心の中では絵の描いたようなキューピッドが舞っているに違いない。悪魔の館の住人だと考えるとなかなかシュールな想像である。それをパチュリーのニヤけ切った顔を見れば一目瞭然なのだが、それを想像するほど、小悪魔と咲夜は空気が読めなくはない。



「………………く。」



今まで黙っていたパチュリーがボソリと呟いた。それこそ、彼女にしか聞こえないような小さな声で。

「パチュリー様、今なんと仰いましたか?」

咲夜が聞くと、また一言つぶやいた。

「……………行く。」

と、一言、そう言ったのだ。

「行く………とは、どちらに?」
「アリスの家に行く。」
「!?」


これには咲夜も驚いた。アリスの事情も考えないで言った事に対してでは無い。『動かない大図書館』と不名誉な字名で呼ばれるパチュリーがまさか自分からアリスを訪れると言った事に対して驚嘆していたのだった。

「留守だったらどうするおつもりですか?それよりも、こちらも手紙を出して詳しい日付を教えた方が確実だと思いますが………。
「大丈夫。手紙の内容と、私の用事に会わせると書いてある時点で彼女が件の自律人形に没頭している事は明白。だから、必ずいるわ。」
「アリスさんを招待なさらないのですか?なんでしたら、私が今からアリスさんの家を訪れて彼女を連れてきますが………。」
「………いい。ニ度手間になるし、今日は喘息の調子も良い。……それに……。」
「それに?」
「アリスに早く会いたい。」

顔を真っ赤にしながらパチュリーは言った。

「承知しました。お嬢様には私の方から言っておきましょう。道中、お気をつけて行ってらっしゃいませ。」
「うん!」

そう言って、今までの陰気が嘘のように元気な声を出して、アリスの家へと向か………………






「あ、そうそう。」





途中、何かを思う出したように、パチュリーは咲夜の方を向いて、悪魔の屋敷の住人に相応しいような悪魔的な笑みを浮かべてこう言った。


「私が屋敷を出たら、『門が爆発するかもしれない』から、『後始末』をお願いできないかしら?」

「承知いたしました。『後始末』の方もお任せくださいませ。」

何を承知したのか、考えるのが恐ろしくなるような笑みを浮かべて咲夜は承知するのだった。

小悪魔は悪魔のくせに胸で十の文字を切って祈った。何に対する祈りかは彼女にしか分からない。

そして、凄まじい爆発と、それに巻き込まれた門番を後に、パチュリーはアリスのいる魔法の森へと飛んで行った。





………………………………………


……………………


……





場所は移って、ここは魔法の森のアリスの自宅。

ここ魔法の森は、幻覚作用のある茸が生え、その幻覚が魔法使いの魔力を高めるということで、この森に住む魔法使いも多い。アリスもまたその例に漏れない。
そしてキノコが自生するというだけあり、原生林の森で薄暗くじめじめしており、キノコの胞子で体調を崩してしまう場合もあるという。妖怪もあまり足を踏み入れない特殊な場所である。


そんな魔法の森に住んでいるのは、何もアリスだけでは無い。

先にも言った通り、この森に住む魔法使いも多いのだ。彼女もそんな中の一人。

「なあ、分解させてくれよ。」
「嫌に決まってるだろう!」

この霧雨魔理沙もその中の一人だった。

俺に興味を覚えたのか、妙にしつこい。

「本当に不思議なもんぜ。一体、どうやって動いてんのかね~。」

そう言って。魔理沙は俺の手足を動かして、フォークダンスを躍らせていた。俺も俺でその遊びになぜか付き合っていた。



霧雨魔理沙



アリスの友人らしい。

らしいとはずいぶんと不確定な言い方であるが、それは仕方が無いのだ。

何せ、今アリスは留守なのだから。確認しようがない。

留守と言っても実に簡単な用事で出かけた。なんでもお気にいりの紅茶が無くなりそうだから補充しに行ったとか。
勿論、俺も来ないかと言われたのだが、先の人形劇の一件で妙に行きづらくなってしまったのだ。
もし行ってしまったらあの時にように子供にもみくちゃされてしまうのではないかと。
まあ、俺の杞憂か自惚れなのかもしれないのだけど、すぐに終わる買い物だし、アリスの帰りをじっと待つと言うのもなんか新鮮な気分だったので留守番する事にしたのだ。ほら、なんか主人の帰りを待つ従者ってなんかかっこいいと言うか瀟洒って言うか……。
まあ、そんな感じに。何を言っているのか分からないけど、俺が分かっていれば無問題である。

アリスの方も、すぐに終わる買い物と言う理由でそこまでしつこくは言わかなった。外には出ちゃ駄目よ、と言っただけ。
それでアリスは買い物に行ったわけなんだけども、その後にすれ違うようにこの霧雨魔理沙がやってきたというわけだ。

俺は彼女を家に招き入れたりなんかしていない。勝手に入ってきたのだ。
言葉通りに。
堂々と。
アリスの在宅を確認もしないで堂々と清々しく入ってきた。ちなみに鍵は開いたままだった。と言うのも、すぐに帰ってくる事と、ここが魔法の森で人間も妖怪もいない特殊な場所であり、俺が留守番していると言う理由なのである。なので鍵は開けっぱなしで行ったしまったのだ。

彼女は俺の存在に気が付かなかった。最初は泥棒かと思ったけど、まるで自分の家にいるようにくつろいでいたものだったから、本当はアリスの友人かと思って声をかけたのだった。

「どなたですか?」

と。彼女に声をかけてしまった。

それからだ。彼女が俺に興味を持ったのは。

「蓬莱?お前、蓬莱か!?」
「そうだけど………貴女は?」
「私は霧雨魔理沙。この魔法の森に住んでる魔法使いさ。アリスの友達。」
「そうなんだ。」

やはりアリスの友人かと俺はほっと胸を降ろした。

「霊夢から聞いたぜ。本当に一人で動いてるんだな。最初に会った時はアリスが操ってるのかと思ったぜ。」
「最初に会った?」

この人と面会なんかしていない。全く記憶にない。

「覚えていないのか?数日前、ここに来た私はお前に声をかけられたんだけど……。」
「数日前………あっ!」

思い出した。俺が初めて意識を持つようになったあの日だ。彼女の帽子が決定的だった。あの時、家に上がりこんできた人だ。

「最初はアリスが操っているのかと思ったけど、こうやって実際に会ってみると話は本当だったみたいだな。興味深いぜ。」

そう言って、俺の体を触り始めてこう言った。

「なあ、分解させてくれよ。」


そして今に至っている。


「それにしても本当に不思議なもんだぜ。私もいろんな本を読んできたけど、こんなモノを実際に見たのは初めてだぜ。」

いつまで俺に触っているのか?まるで飽きの来ない玩具を手にして喜んでいる子供のような顔をしていた。なんか、嫌な予感がする。彼女の顔………まるで里の子供たちみたいな顔をしているんだもの。
身の危険を感じた俺はさっさと話題を俺から外そうとした。

「ところで何しに来たの?御覧の通りアリスは留守だよ。」
「ああ。アリスの魔導書をちょっと拝借しに来ただけなんだ。」
「は、拝借?」
「悪く言えば物色だな。」
「…………アリスに許可は?」
「取るわけないだろう。大丈夫だって、私は良い魔法使いなんだ。借りた物はきちんと返す主義なんだぜ。尤も死ぬまで借りすだけだけど………。」
「………………」

彼女が正直者なのは分かった。

そして俺は知った。正直者は基本的に善人であると言う常識がまるで違っていた事に。そして、なんとかしてこの目の前でいともたやすく行われてるえげつない行為を止めなければならなかった。アリスへの忠誠心とかじゃない。アリスが困っている姿を想像したくないだけだった。とは言うものの、この人形の体で彼女がどれほどの魔法使いかどうかは分からないが、魔法使いである時点でアリスと同等、もしくはそれ以上なのかもしれない。そんな彼女に立ち向かえる方法なんてあるわけがない。だから、俺が出来る行動はただ一つ……。



「ま、魔理沙。ちょ、ちょっとくらいなら俺の事を調べても良いよ。」



アリスが帰ってくるまでの時間稼ぎだった。



で、魔理沙の関心は完全にこちらに向いた。

「ほ、本当かよ!?」

とても嬉しかったのか、魔理沙は肩で息をするくらいに興奮しており、どういうわけか今にも襲いかかるぞと言わんばかりに、手四つをこちらに向け始めていた。


「や、優しくしてくれるのなら………。」


でも、もう後には引けなかった。涙を流すと言う機能が備わっていたのならば、きっと、いや間違いなく涙を流していただろう。


「大丈夫。でも痛かったら言えよ………。」


心にもない事を言ってくれる。でも今はそれでもとても嬉しい。気のせいなのかもしれないけど惚れてしまいそうだ。そうして、魔理沙は蓬莱の服を静かに脱がしはじめた。蓬莱は恥ずかしさのあまりか、魔理沙の顔を見る事が出来なかった。魔理沙の方も蓬莱のドレスを脱がすのに必死になっていた。綺麗なドレスだが、こう言うのには脱ぎ方があるのだ。魔理沙はそれが分からなかったようだ。


「そ、そこじゃないよ。ここを外して………。」
「こ、こうか?」
「……うん。」


ぎこちない動きであったが、それでも魔理沙は丁寧に服を脱がして行った。優しくすると言う彼女の言葉には嘘偽りは無かった。
そして、とうとう蓬莱の裸体が晒し出された。


「綺麗だぜ。」
「………あ、ありがとう。」


人形故の体か、蓬莱の体は神々しく輝いて見えた。そして均衡のとれたスリムなボディに程よく小さく膨らんでいる胸部。くびれたウエストから張った腰。小さいけど健康的な太腿からスラリと伸びた膝下に細く締まった足首。まさに美の黄金比を表したかのような蓬莱に魔理沙は心を奪われていた。


「っ……!」


ぴくん、と蓬莱の体が僅かに反応した。

魔理沙は蓬莱の胸部を優しくなぞるかのように触れた。とたんに、蓬莱の体が反応したのを魔理沙が気付かないはずが無かった。思わず、触れても良いのか躊躇われる綺麗な体から手を放したのだ。


「大丈夫か?蓬莱。」
「だ、大丈夫………ちょっと、変な感じになって……。」


感覚が無いのに、変な感覚がするというのもまた変な感じである。蓬莱は自分のその矛盾した感覚に戸惑っていた。


「ごめん蓬莱。私、もう………。」
「え……?ちょ……魔理沙!?」


さっきの蓬莱の反応で理性のたかが切れたのか、蓬莱の言葉はもう魔理沙には届かなかった。先ほどまで紳士的であった魔理沙はもうどこにもいなかった。


「ま、魔理沙!待って!や、止めて!魔理沙!!」
「ごめん、蓬莱!わ、私はもう………我慢できないんだ!」
「い、いやだ!魔理沙!!」


魔理沙は蓬莱のいたる場所に手を伸ばしていた。顔に、胸に、腰に、お尻に、手足に。
蓬莱の必死の叫びも魔理沙に届かなかった。蓬莱はその場にいないはずの者に助けを求めてしまっていた。



「助けて!アリス!」


と。

その時であった。






ドガーン!!!




「ぐへぇ!!」



これが奇跡なのかどうかわからないが、結果がそこにあった。
突如、壁の向こう側から謎の爆発が起きて、魔理沙をふっ飛ばしたのだった。しかも驚く事に魔理沙のすぐそばにいた蓬莱には傷一つついてはいなかった。
それは魔法だった。
それも魔理沙だけを狙った………しかもかなりの高度な魔法に違いない。
何もし知らないけど、それは何となくわかってしまうものなのだ。魔力で動いている蓬莱にとってそれが高度な魔法であると分かる。
解る。
判る。


しかし、肝心の術者が誰だか分からない。

アリスか?

いや、アリスとは違う。アリスはこんな魔法を使わない。

一体誰が………





「そこまでよ!」





凛とした声が家の中に響く。破壊された壁の向こうからその声の持ち主の姿があった。
しかし逆光のために姿がよく見えない。長いロングスカートのような、もしくはネグリジェのようなダボダボな服を着ており、星の付いた不思議な帽子をかぶっている事は解る。でも肝心の容姿が見えない。
だが、そんな疑問もすぐに解明した。
家の中にその者が入ってきたのだ。

その姿はとても凛凛しかった。まるで全身からあふれ出る知性のような物を纏っていた。

「パ、パチュリー………何をしやがる……。」

がれきの中から魔理沙が這い出てきた。かなり怒っているようである。

「それはこっちのセリフよ。ここはアリスの家よ。アリスの不在中に何やってるのよ。」
「ふん。お前には関係ねえだろう。」
「関係ならあるわ。私はアリスからこの子の調査の正式な依頼を受けているのだから。」

俺の調査………じゃあ、この人がアリスの言っていた紅魔館の魔女………

「やかましい!今は私が蓬莱を調べていたんだよ!邪魔すんじゃねぇ!」

そう言って、魔理沙は懐から円盤のような物を取り出して、それを俺たちに向けた。その円盤のような物には凄まじい魔力が込められていた。

「う……うぁ……」

凄まじい魔力だった。あれを解き放ったら、この辺一帯が吹き飛んでしまう、そんな大魔力を。思わず俺はその場に尻ごみしてしまっていた。アレのあまりのヤバさに。

「マスター……!」
「遅い。」

魔理沙が何かしら叫んだ瞬間、それよりも早く彼女は不思議な石を出現させてビームのような物を繰り出して、魔理沙の武器をたたき落とした。

すぐさま拾おうとした魔理沙に対し、彼女はそれよりも早く拘束魔法を魔理沙にかけた。

「う、うわ!!」

魔法陣の中に閉じ込められた魔理沙は、その効果によって見る見る内に、力を無くしていき最後には気を失ってしまった。

「ふう………大丈夫かしら。蓬莱。」
「あ、はい………ありがとうございます。」

しばらく茫然としていた俺に声をかけてくれた。

「あ、貴女は……?」
「ああ、ごめんなさい。私はパチュリー。パチュリー・ノーレッジ。アリスの友達よ。」

ああ、そうか。やはりこの人がアリスの言っていた紅魔館の魔女、パチュリー・ノーレッジなのか。

「貴女の御主人は?」
「あ、アリスなら里に買い物に行って……すぐ帰ってくると思う。」
「そう。じゃあ、少し待たせてもらおうかしら。」


アリスが帰ってくるまで、魔理沙は椅子に縛り上げられ、パチュリーは壁に修理魔法をかけながら読書にふけっていた。

アリスが帰ってきて、この混沌とした風景に驚くのは想像するのに難しくは無い。案の定、帰ってきたアリスは何が起きたのか分からずしばらく茫然としていたのであった。


これが俺と霧雨魔理沙とパチュリー・ノーレッジとの出会い。何ともカオスな出会いをした俺たちであった。




続く




あとがき

なんぞ?この魔理沙と蓬莱の茶番は………。

どうしてこうなった……。



[28100] 第5話 アリス邸にて
Name: トウドウフィッシュ◆7da8aaa7 ID:748bbc6e
Date: 2011/06/12 05:56




気が付いたら自分一人だけを残して世界が滅亡していた。

まあ、普通はそんな事は無いだろうが、あくまでもたとえ話である。

もしも、そんな状況になってしまったら、他の者たちはどうするだろうか?

世界の滅亡を嘆き、空高く吠える?
目の前の悲惨さに精神が崩壊して人格が壊れる?
冷静に、どうしてこのような事が起きてしまったのか検証する?

これは俺の考えであるが大概の場合、目の前で信じられない事が起きた場合、まず最初に起こす行動は呆然とする事だと思う。

脳がその状況を整理するために情報のダウンロードするまでの時間。

何も出来ず、
何も考えられず、
動けない。

ダウンロードが完了するまでの間、動かない。いや、動けないのだと思う。

目の前で理解不能な状況に陥ったら、誰も動けない。

ここまで大袈裟な話ではないが、彼女の前でも彼女にとって信じられない………と言うか、理解不能な事象が起きていた。
だから、アリス・マーガトロイドがこの光景を見て混乱するのは無理もない事であったのだ。

それと言うのも、アリスが人里に買い物に行ってまだ1時間も経っていないうちに起こった事だからだ。一体どうしたらこんな混沌とした状況に陥るのか誰か教えて欲しいものだ。

「どうしてこうなった………。」

部屋の中には椅子に縛り上げられている魔理沙と破壊された壁に修復魔法をかけているパチュリー。
そして、どう言った経緯でこうなったのかは分からないが服がはだけている蓬莱がいる。

「あ、アリス。おかえりなさい。」

本当にどうしてこうなったのだ。

アリスは魔法使いと言う職を持っているゆえか、周囲の状況を把握する事については他者よりも秀でている。
そんなアリスでも理解できない状況が目の前にあるのだ。


「お邪魔しているわよ。アリス。」
「パチュリー……どうしてここに?」
「貴女が私に手伝って欲しいと言って来たんじゃない?」
「そうだけど………何も貴女が出向く事は無かったのに。」
「だって……アリスに早く会いたくて………ゴニョゴニョ」
「何?聞こえなかったわ。なんて言ったの?」
「う、うんうん!なんでもないわ!」
「??…………まあ、いいわ。それにしても………」

この状況は何だ?

と、パチュリーはアリスの置かれている心情を理解したために、簡単な説明をした。
まあ、彼女が解っている範囲での話であったが。




パチュリーの説明

アリスの手紙を見て、アリス邸にやってきた。
        ↓
アリス邸から悲鳴と魔理沙の声が聞こえてきた。
        ↓
窓から覗いたら、獣のように蓬莱に襲いかかっている魔理沙を発見。
        ↓
それを見た瞬間、なんの躊躇いもなく余裕のロイヤル・フレアを発動。
        ↓
それでも抵抗する魔理沙を結界で束縛
        ↓
今に至る。



という説明をした。

本当に簡単であったが、状況を把握するには十分すぎた情報であった。

「魔理沙………貴女って子は……。」

怒ると言うよりは、呆れた顔でアリスは言った。

そしてしばらくアリスの説教が続くのだった。まるで悪戯をした子供をしかるおかんのように。





……………………………



…………………



……





なにはともあれ、ここに三人の魔法使いが揃った。

『三人そろえば文殊の知恵』と言うことわざがある。

意味としては、知恵の無いものでも三人揃って相談すれば、良い知恵が浮かぶ………みたいな意味なのだが、この三人は知恵が無いなんてそんな存在では決してない。一人あたり文殊の知恵を持ち合わせているような秀才たちだ。



霧雨魔理沙
人間であり魔法使いでもある存在。その並々ならぬ努力で多くの異変を解決して来た異変解決のスペシャリスト。
人間ゆえに魔力の絶対量はアリスやパチュリーに劣るものの、ミニ八卦炉やキノコ、薬品を使った独自のスタイルは先の二人にも劣らない攻撃魔法を繰り出す事も出来る。
努力の人物だけあって、数々の本や実験を行っているので無駄な雑学などはアリスやパチュリーよりもあったりする。


アリス・マーガトロイド
人形を使った魔法だけではなく、本人自身も多くの魔法を使いこなせる万能タイプと呼ばれる人物。
人形を手足のように動かす器用さは幻想郷でも随一と評価されている。
完全自律人形完成を目標にしているので、生命や魂と言った二次的な存在に対して並々ならぬ知識を持ち合わせている。


パチュリー・ノーレッジ
説明不要
『動かない大図書館』に知らぬ事などあんまりない。
まあ、とにかくとてもとても頭の良い人である。


そんな三人が揃っている。

大概の怪事象など、すぐに解明してしまうであろう、三人が。



だと言うのに……………





「どうなってるのかしら………。」
「さっぱりだぜ。」
「貴女たちでも解らないなんてね………。」



そんな三人でも解き明かせなかった事象が目の前にあった。



蓬莱である。



どうして彼女だけが自律しているのか、どうして彼女は意志を持つようになったのか。
幻想郷の魔女、三人が揃っても解き明かせない謎が彼女にはあった。

「行き詰ったら原点に戻る。基本に従うことにしましょう。」

パチュリーが提案した。

「そうね。」
「そうだな。」

アリスも魔理沙も特に反対することなど在りはしなかった。





彼女たちが解っている事は主に3つ。

3つと言っても、すでに解り切っている事なのだが、本当にそれしか解っていないのだからしょうがない。




1つ、蓬莱に何者かが憑依、操作している可能性が完全にゼロである事。

これはアリスが最初に行った浄化の魔法で解った事なのだが、パチュリーももう一回浄化魔法を蓬莱にかけたのだ。
アリスとは比べ物にならない強力な奴を。
結果として、全く問題なかった。何者かが憑依、操作している事はパチュリー自身も確認したために可能性は完全にゼロになった。




2つ、憑藻神のような、別の生命体へと生まれ変わった可能性が同じく無であった事。

アリスと蓬莱が魔力のリンクをしていた時点でこの可能性はほぼゼロである事にはパチュリーはすぐに気付いた。
尤も魔理沙はあんまり解らなかったようだが………。

「なあ、アリスと蓬莱が魔力をリンクしているってどういう事なんだ?」

と、聞いてきた。

「え?」
「え?」
「な、なんだよ!二人して……。」
「魔理沙。貴女………」
「パチュリー。私が説明するわ。私の事でもあるしね。」
「簡単に頼むぜ。」
「はいはい。」

そう言って、アリスの説明が始まったのだ。

「いい魔理沙。生物でない存在………モノにしろ幽霊にしろ妖精にしろと、それらの存在が、体を動かすに必要な物って何だかわかる?」
「体を動かすモノ?」
「そうよ。人間だって食事を取らなくちゃ動けなくなってしまうでしょ?」
「う~ん………」
「簡単に言ってしまえば、『エネルギー』ね。」

エネルギー。

モノに限らずあらゆる生命体が行動するのに必要不可欠な力。

妖精の場合はその土地の自然のエネルギーと言うべき力か………それらを利用して動き、行動し、生きる。
幽霊の場合は、妖精と同じ土地のエネルギー、もしくはその者を縛っている感情。後悔なり怨念なりの感情をエネルギーに変換して行動する事が出来る。
人間や妖怪もそのメカニズムは一緒である。食事を取る事により、それをエネルギーに変換し、行動し、生きる。

とにかく、人にしろ、モノにしろ、妖精にしろ、化物にしろ、神様にしろ。何かが動くには何かしらのエネルギーが必要不可欠なのだ。

そして、そのエネルギーの摂取もまた種によって全く変わってしまう。
まあ、それも当たり前の話だ。人間が自然のエネルギーを利用する事は出来ても、それを自身を動かすエネルギーに変換する事なんかできない。
霊や亡霊も人間の食事を摂取する事は出来ても、それをエネルギーなんかにする事は出来ない。
神もまた信仰心を自身を存在させるためのエネルギーにしているが妖怪や人間や妖精に信仰心をエネルギーに変える事なんか出来やしないのだ。

種によってエネルギーの摂取、変換方法はまるで違う。

では蓬莱の場合はどうなのか?

蓬莱は先の例にあげた存在では無い。何をエネルギーにして動いているのか?



「蓬莱はね。私の魔力によって生きているの。」



アリスは言った。


「私と魔力をリンク、共有する事によって彼女は体を動かし、思考し、行動しているのよ。なぜ、私の魔力を利用しているのかは分からないけどね。」

蓬莱が動ける理由。動くための理由がアリスの魔力であった。それは良い。それはいいのだが、魔理沙は少しだけ心配になった。

「大丈夫なのか?アリス。」
「大丈夫って何が?」
「ほらさ………。蓬莱が動けるのはアリスの魔力を使っているからなんだろ?あいつを悪く言うつもりは無いけど、あいつが動けば動くほどアリスの魔力は減っていくんじゃ………。」
「大丈夫よ。私だって食事なり、睡眠なりでエネルギーを摂取しているもの。そんな事で無くなったりはしないわ。それに忘れたの?私は普段の日常生活に何体もの人形を操って生活しているのよ。今更、蓬莱一体でどうこうなるわけないでしょう?」
「う~ん………」


そう言う事じゃないんだけどな~

と、魔理沙は上手く言い包めた感じがしていた。





「ところで………。」



アリスが魔理沙に説明している時、ずっと黙っていたようだ。そんな彼女が口を開けた。

「アリスは、どうして蓬莱が貴女の魔力を使っているのか見当は付いているの?」

何も魔力を利用するのならば別に彼女を利用する事は無い。魔力をため込むマジックアイテムのようなモノでも十分に代用できるはずである。何か、アリスの魔力で無くてはならない事情でもあるのだろうか?

「その事なんだけど、見当と言うか、これは私の考えなんだけど………。」
「聞くわ。」

なんでもいいから情報が欲しい。それがパチュリーの本音であった。

「私は、蓬莱が自律に至る前に武器として使用していた事は知っているわよね。私は人形を操る際、人形に自分の魔力を送りこんで操作しているの………。蓬莱の時もそう。たぶん、そのせいじゃないかしら。魔力は指紋や声紋と同じように一人ひとり波調が違う。蓬莱は私の魔力でしか動いたことが無かったから、無意識に私の魔力を必要としていたのではないかしら。」
「貴女の人形であった時の名残………みたいなものかしらね。」

ふむ……と手を口において考え込むパチュリーだった。

「まあとにかく、憑藻神のような別の生命体になった事はほぼ無いのよ。」

生命体の定義について論ずるつもりは無いけど、とアリスは付け足した。

別の生命体になったら、何かしらの変化があるはずなのだ。その者だけのエネルギーの摂取方法とか、魔力の波長の変化とか。
内面だけの変化では無い。体の変化、容姿の変化と言った外見の変化もあってもおかしくない。
と言うか、生まれ変わったら外見もまた変わってしかるべきなのだ。

だが、蓬莱は何も変わっていない。

人形の時と同じようにアリスの魔力をエネルギーにして動いており、魔力の波長も変化が無い。体、容姿、すべてが変わっていない。
無変化なのだ。

ただ一点だけ。

彼女に自分で考えると言う自律行動が出来るようになった。

それだけなのだ。
彼女が変わったのは。
他は一切変わっていないのだ。




3つ目

彼女、蓬莱は始めから高い知識を持ち合わせており、学習能力、創作能力を持っている。


正直、これが一番の謎なのだが、実際にそうなのだから仕方が無い。

人間にしろ、妖怪にしろ、思考、自律することの出来るモノは生まれた瞬間は全く知識を持っていないのだ。
言葉や文字は勿論、何が危険で、何が安全で、何が良い事で、何が悪い事で………何も、何も解らないのだ。
生まれた瞬間は誰だって等しく無能なのだ。
知らない事、経験していない事を最初から理解できる存在など、悪魔や神にだっていやしない。

だが、蓬莱は違っていた。

彼女は最初からある程度の知識を持ち合わせていた。そして、学習能力もあり、自身で創作する能力も最初から備わっていた。
これは生物の定義から外れる恐るべき能力である。
仮に魔力のリンクをしているアリスの知識が蓬莱にもリンクされているのではないかと言う考えも当然あった。
だが蓬莱はアリスの知らない事、経験した事のない事象を言えたのだ。逆に蓬莱はアリスにしか知らない事は知らなかった。
知識のリンク論もこれで完全に瓦解した。
蓬莱は最初から彼女だけの知識と常識と定義を持ち合わせている。

なぜかは分からない。

しかし、そうなのだと言うのは分かった。理由は分からないが、蓬莱には自分だけの知識と常識と定義と思想を持っている。それだけは分かった。






………………………





………………






……






現在、俺は上海と遊んでいた。だって三人の魔女の論争に付いていけないんだもの。
時々、呼ばれては不思議な魔法をかけられるけど、なんも変わらなかった。
そしてまた彼女たちの論争が始まる。その場から離れても彼女たちは全く気がつかないほどに集中していた。
俺がいてもやる事が無いので邪魔にならないように、アリスの仕事場でこうして上海と一緒に遊んでいたと言うわけなのだ。

「それにしても長いな。」

もう6~7時間は経過したのではないだろうか?休憩も挟まず、ずいぶんと長い時間を議論している。

「みんなにお茶でも入れてあげようか、上海。」
「シャンハーイ。」

まるで上海も本当に自律しているかのように動いてくれる。だが上海は自律したわけではない。

アリスは、魔法の糸を使わなくても人形を操る事が出来るらしい。糸を使うのは使った方がより細かい指令が出来るかららしいのだが………。
アリスは魔力を込めて人形に命令すれば、セミオート、半自律的に人形を動かす事が出来るらしい。
尤も、セミオートと言うだけあって動けるのは命令した事の範疇だけであり、それ以上の細かな行動は出来ないらしいが。
アリスは、俺が一人で寂しくないように、もしくは護衛のために上海を俺に付けてくれたのだ。
アリスは上海に二つほど命令した。
細かな命令は出来ないので本当に大雑把な命令だが。



一つは俺を守る事。
俺の護衛。俺に何らかの危機が迫った場合、いかなる手段を用いても必ず守ると言う命令。
尤も、俺はアリスの許可が下りなければ外に出るつもりもないからこの護衛命令はあくまでもおまけ程度のものだろう。



二つ目、俺の命令を聞く事。
こっちが主な命令だろうな。俺が寂しくないようにアリスが上海を俺に付けてくれたのは。
俺が自身の魔力を込めて上海に命令すれば、上海はその命令を聞いてくれる。なんでも俺とアリスの魔力は同じモノらしいから、俺が命令すれば細かな事は出来ずとも、大概の事は出来ると。
そして、魔力を流す技術を教えてもらい、こうして上海を自由に操る事が出来るようになったのだ。



ちなみに、俺は今は宙に浮く事が出来る。
人形の小さな体でいちいち、歩いたりよじ登ったりするのは本当に大変だったから今ではずっと浮きっぱなしになっているくらいだ。
弾幕も撃てるようなった。尤も大玉と呼ばれる見た目の割に当たり判定の小さな弾幕を一発だけだけど。
それでもかなりの進歩に違いない。教えてくれたアリスには感謝しきれない。


「上海、みんなのカップを持ってきて。」
「シャンハーイ。」

最初、上海を操って一緒に遊んだり、行動したりする事に若干の空しさがあったのは否定しない。
だが不思議なものだ。何回か一緒に行動している内に、上海に心が在るのではないかと思い始めたのだ。
アリスが言うには、人形には心が宿るらしい。俺が上海を大切に思えば、上海もそれに応えてくれると。
そう思うと、上海と一緒に行動したり遊んだりすることが、少し嬉しくなったりした。その内、上海も俺みたいにその内に自律してくれるのではないかと思って。


「アリス、お茶を淹れて来たんだけど………。」

話の腰を折るのは気がひけたので、いつ声を出すか少々悩んだが、そんな事悩む必要は無かった。
何せ三人とも頭を抱えて悩んでいたのだから。声をかけるのにはベストなタイミングであった。

「蓬莱?あ、ありがとう。」

三人とも自覚が有るのか無いのか分からないが、かなり疲弊していた。

「そういや、もう長い事議論してたな………。」

ググっと、背を伸ばしリラックスし始める魔理沙。

「そうね。今日はこれくらいにしておきましょう。」

パチュリーも軽いため息をついて持ってきた紅茶のカップに手を伸ばし始めた。

疲労しきっているとはいえ、三人が三人とも一杯の紅茶で癒されていくのを見るとお茶を淹れたかいがあると言うものだ。
蓬莱と上海はお互いに拳を合わせた。

「二人とも。今日はありがとう。もう遅いし、泊って行かない?」

いかに今が夜で妖怪たちが闊歩する時間帯と言えど、魔理沙とパチュリーにとっては大した危険は無い。
これは、アリスからの礼の一つなのだろう。出来る限りのおもてなしをするという。


「助かるぜ。最近、キノコばっかりだったから……アリスの手料理は楽しみだ。」


即決した魔理沙。


「パチュリーは?」
「私は………。うん。泊まる!泊めさせて!」


咲夜にも居場所を言っていたし、問題無いと判断したパチュリーだった。


「それじゃ、夕食の準備にかかるわ。蓬莱、手伝ってくれないかしら。」
「うん。いいよ。上海も行こうぜ。」
「シャンハーイ。」

こうして、今日の俺に関する議論の一日目は終了したのだった。






…………………………………




……………………




……




夕食の用意が整い、盛り付けを終え、テーブルに並び始める俺達。献立は無難にシチューとサラダだった。

「味の方はどうかしら、パチュリー。貴方のところのメイドみたいに上手く出来ないけど、口に合う?」
「そ、そんな事は無いわ!咲夜の手料理も美味しいけど、アリスの料理だってそれに負けないくらい美味しい!」
「ふふ、ありがとう。」
「っ……!!」

アリスの笑顔が眩しいのか、パチュリーは顔を真っ赤にして俯いてしまった。


そんな二人のやり取りを横から見ていた魔理沙は………

「なあ、蓬莱。あの二人、なんか怪しくないか?」

自分だけのけものにされてパルパルしていた。

「怪しいって………仲睦まじい事は良いことじゃないか?」
「そうだけどよ………。」
「嫉妬?」
「ばかやろー!そんなわけねえだろう!」

そう言ってガツガツとアリスのシチューにかぶりついていた魔理沙だった。


…………………………………


夕食が終わり、アリスが皿の片づけをしている最中、俺は魔理沙とパチュリーにいろいろと質問攻めをされていた。
俺に関する明確な情報が無い以上、俺に聞くしかないと言うのも理解できる。



理解できるのだが………



「それで、アリスは普段はどういう服を着るんだ?」

なんで俺に関する質問じゃなくてアリスに関する質問なんだ?

「普段はあんな可愛らしい服を着てるよ。でも仕事をする際はズボンをはいたりする。」
「ズボン姿のアリスか………。」


実際にかっこいいから困る。


「蓬莱。アリスは普段はカチューシャを付けてるんだけど、家でも付けたりしてるの?それとも髪型を変えたりしたりするの?」

パチュリーが聞いてきた。

「普段からカチューシャを付けてるよ。でもお風呂から上がると濡れてるせいかストレートの髪になる。」
「ストレートのアリス…………わっふるわっふる!」

こんな質問が何度か繰り返された。さすがの俺でも気付くと言うものだ。


「二人とも、アリスの事が好きなの?」


「なっ……!!?」
「……に!!?」

どうして気付かれた。信じられないと言わんばかりに驚かれた。アレで隠していたつもりだったのだろうか?

「そ、そんなわけねえじゃねえか!何言ってんだよ、蓬莱!」
「そうよ!同じ魔法使いとして尊敬はしているけど……そんな………好きだなんて………!」

二人とも否定しているつもりだろうが、説得力に欠ける。
ここまで顔を真っ赤に染めて否定されると俺もいたずらと言うか、からかいたくなってしまうではないか。




「俺はアリスの事が好きだよ。」




途端に、二人に電流が流れたような衝撃を受けた。それが他者に見えてしまうほどの衝撃であったのか、本当に分かりやすいリアクションであった。

「す……すす……好き!?………ゴホゲホ!!」
「パ、パチュリー!し、しっかりしろ!」

途端に、パチュリーが咳きこんだ。一体、どんな衝撃を受ければこうなるのか………。

そんな時に、タイミング良くアリスが後片付けを終え、その場にやってきた。

「だ、大丈夫!パチュリー!」

すぐにパチュリーに駆け寄り、介抱し始めた。

「すぐにベットに連れて行くわ。」

そして、魔法の糸を使ったのかどうか分からないが、パチュリーの体を浮かばせ、自分の寝室へと連れて行った。
パチュリーを横にさせた後、お湯を沸かし、それに薬草なのか分からないが、不思議な草を煎じた粉を淹れてかき混ぜ、パチュリーに飲ませようとした。

「これを飲んで。喉の炎症を抑える効果があるわ。」
「あ、ありがとう……ゴホ。」
「ごめんなさい。貴女の体が悪い事を知っておきながら呼んでしまって………。」
「い、いや。それは違……ゲホ……とにかく気にしないで。アリス。」


その光景を傍から見ていた俺たちは、考えてか考えていなかったのか、いや、何も考えていなかっただろう。

無意識にこう呟いてしまった。







「まるで聖母だ。」



と。






…………………………………





…………………





……






とうとう深夜になった。


魔理沙は客室のソファーを借りてそこで眠り、アリスも自分のベットをパチュリーに貸して、自分は仕事場のソファーで眠る事にしたらしい。
みんな寝静まって俺一人の時間がやってきた。
誰でも経験あると思うが、真っ暗な所に一人でいると、ほんの少し興奮すると言うか気持ちが高ぶると言うか、とにかくそんな感じになったりはしないだろうか?
人によっては恐怖感を感じるようだが、俺にはそう言った感情が無いらしい。
恐怖感が無いと言うわけではないよ。
あくまでも暗闇が怖くないと言う意味。
怖い思いなら十分して来たしね。

まあ、そんな感じに俺一人になった。

いや、一人じゃないな。

「シャンハーイ。」

今は上海もいる。

今まで、俺はアリスが寝てしまうとする事が無いのでいつも暇だった。何もせず、ただ時間が経過するのを待っていると言うのは結構な苦痛であった。なんかこう、精神的に来る。

しかし、今は違う。

と、言うのも俺は夜になると魔法の訓練をしているからだ。

アリスいわく、俺はアリスと魔力のリンクをしているために、魔力の絶対量はアリスとほぼ同等、いや完全に同じなのだ。まあ、それもそうだろう。俺はアリスの魔力によって動く事が出来る。つまりはアリスの魔力は俺の魔力でもあるためにアリスの魔力の絶対量は俺の魔力の絶対量であるのだ。尤もあくまでアリスから魔力を借りる羽目になるのだが………。
まあ、それは良い。
とにかく、俺は訓練次第ではアリスと同じように人形を操ったり、魔法を使ったり出来るらしいのだ。
それは本当に嬉しい。魔法とか使えるようになればアリスの役にも立てるし、その内一人で幻想郷を見学する事が出来る。
何より、俺はアリスにあこがれている。あんな風に魔法を使い、人形を操る事が出来たらどんなに格好いいだろうか。
アリスは謙遜するだろうけど、本当にアリスはかっこいいのだ。
強くて、
優しくて、
綺麗で。
魔理沙やパチュリーが惚れこむのも無理らしからぬというものだ。
俺もアリスのような人物になりたいと心から思っている。
そのためにこうして夜中に訓練していると言うわけだ。

訓練と言っても、こんな夜中に大きな音を出したり、あちこち移動したりしたのではアリスに迷惑がかかる。
なので夜にやる訓練はとても静かなものだ。


イメージトレーニング。


喋る必要も動く必要もない静かな訓練。でも魔法を扱う際にとても重要で基本的な訓練である。
アリスいわく、魔法はイマジネーションとコンセントレーション、らしい。
具体的には、自分の体がもう一体あって、それを操るようなそんなイメージ。
具体的にイメージが出来るようになれば俺も人形を操る事が出来るらしいのだが……。
実際にイメージしてみるととてつもなく難しい。
自分の体がもう一つあってそれを自分の手足を動かすがごとく、思いのままに動かす。
とてもじゃないが、本当に難しいのだ。それをイメージするのは。

ちなみにアリスは一度に十数体の人形を操る事が出来る。
つまりアリスは、自分の体が十数体あってそれを自分の体を動かすようなイメージをすでに持っていると言う事だ。
器用すぎる。
一体、どんなイメージをしているのか。
まあ、俺はアリスじゃない。
俺には俺のペースがあるのだ。
ゆっくりでいい。

そうして、俺は雑念を捨ててもう一回、イメージするのをはじめるのであった。





……………………………




…………………




……






しばらく時間が経った。

今が何時なのか分からないが、太陽が起きる気配を見せず、月が無遠慮に空を照らしているために今がまだ深夜であると言うのが分かる。

そんな深夜、俺はイメージトレーニングを終え、休憩していた。

身体の疲労は無くとも精神的な疲労感は感じるのだ。

そして上海の隣で横になっている俺の前にある人物が現れた。

『ある人物』なんて、ずいぶんと謎めいた言い方をしてしまった。この家には俺以外にはアリスと魔理沙とパチュリーの三人しかいないのだから。

そしてその人物はパチュリーだった。

「パチュリー。こんな時間にどうしたの?眠らなくても良いの?」

アリスと魔理沙を起こさないように小さな声で言った。

「うふふ。私は人間じゃないもの。睡眠なんて私にとっては体力の回復と娯楽程度の存在でしかないわ。」
「へぇ………。」


そう言えばアリスから聞いた事がある。

パチュリー・ノーレッジは自分と違って最初から完全な魔法使いである、と。

魔法使いは捨食と捨虫の魔法と呼ばれる魔法を習得し、己の研究に長い年月をかけるモノなのだと。

捨食の魔法
詳しい事は分からないが、食事や睡眠を取らなくても平気になるらしい。

捨虫の魔法
体に変化が起きなくなって、老いる事がなくなる魔法らしい。

ちなみにこの二つの魔法。習得するのがとてつもなく困難な魔法であり、魔法使いを志す者にとっては最初にして最大の登竜門らしいのだ。
よく民話や物語などの魔女が年老いた老婆であったりするのも、この二つの魔法が習得困難であり、習得するだけで人生の大半を費やしてしまうかららしいのだ。中には習得できず、生涯を終える者も珍しくない。と言うか比率的に習得できない方が多いのだろう。でなかったらこの世界は、魔法使いで溢れかえってしまっているだろうから。

アリスがこの二つの魔法を習得しているかは不明だが、このパチュリー・ノーレッジは完全に習得しているに違いない。こんな少女のような風貌をしているが軽く100年は生きているらしいから。


「なんの用?」

先ほどからかった事に対するの仕返しだろうか?

だとしたらリアルに止めて欲しい。

よくよく考えてみれば彼女は少女では無く、幻想郷でも屈指の知識を持ち合わせている大魔法使いなのだ。軽い気持ちでからかっていいような存在では無い。


「貴女に提案があるの。聞いてくれないかしら。」
「提案?」



一体なんだろうか?と思う俺の考えは間違っていないと思う。

だって、彼女は俺にいきなりこう言ったのだもの。












「私と一緒に紅魔館に来ない?」



ってさ。





続く



あとがき
愛されアリスが世界の平和。

絶対にこれだけは譲らない。



[28100] 第6話 本物の魔女
Name: トウドウフィッシュ◆7da8aaa7 ID:748bbc6e
Date: 2011/06/12 13:30
「紅魔館に?」


話の前後が見えない。
それは俺がバカだから分からないのか、パチュリーが頭が良すぎて凡才には理解できないのか、どちらにしても俺のせいなのは変わらなかったりする。


「どうしてそんな事を?」


紅魔館と言えば、パチュリーが暮らしている屋敷の名前だ。アリスと数回だけど見た事がある。湖の近くにあって、全体的に真っ赤に染められた館。
そこの主人は幻想郷のパワーバランスの一角を担う吸血鬼と聞く。
吸血鬼と聞くと、何だかとても恐ろしい感じのする館だ。
そこに住んでるパチュリーには悪いけどあんまり良いイメージを持てない。
まあ、悪魔の館に対して良いイメージを持つ事の方が失礼だったりするのかも知れないのだが……。
そんなところに一体なんのために……。


「貴女の事を調べるためよ。」


まあ、確かに俺を紅魔館に連れて行く理由なんかそれくらいしかないよな。
だが、どうして紅魔館なんだ?
ここでは駄目なのか?

「どうして?………ここじゃ駄目なの?」

まあ、紅魔館には大きな図書館があるらしいから確かにここよりは俺の事を調べる設備が整っているだろうけど………。


「その質問に答える事は出来るのだけど、その前に私の質問に答えてもらえない?」

質問を質問で返して悪いけど。

と、パチュリーは付け足した。

まあ、彼女ほどの魔法使い、何かしらの事情があるのだろうか?
断る理由もないので俺はそれを承諾した。



「それじゃ、質問。ああ、簡単な質問だからYes、Noだけで良いわよ。」


助かる。
返答に困る質問だったらどうしようかと思った。

「それじゃ始めるわ。」
「うん。

「質問、貴女は自分が人形である事に疑問を持っている?」



これは………


「Yes。」


自分が何者かだなんて考えた事は無かったが、最初に人形の姿をした自分を見てかなり驚いた。
そして、その時の疑問と言うか不信感と言うか、とにかく自分のアイデンティティに疑問を今でも持っている。
今でこそ、もう慣れたので不満は無いけど。
最近では、この人形の体が自分の体では無いかと思っているくらいだ。
まあ、それは俺が慣れてしまったと言う理由とアリスとの生活が本当に楽しいから。
自分のアイデンティティに対して疑問は持ってはいるものの、それが変わるのももう時間の問題なのかもしれない。





「質問、貴女の持っている知識はアリスに教えられた、もしくは自分で本などを呼んで学習した。」



これは………


「No。」


アリスに教えてもらったのは魔法の基礎中の基礎。
その他の知識………
例えば、足し算なり引き算なりの計算や方程式が理解できる事。
道具の姿を見ただけで何となく使い方や用途も分かる想像力
その場の状況によって行動できる知識。
そのすべては最初から持ち合わせていた自分だけの知識だ。
俺が初めて意識を持った時、俺は最初に自分の姿を見るために鏡を探した。
鏡と言う道具を最初から理解していたのだ。
誰にも教えられる事なく、最初から…………。





「………質問。」


途中、パチュリーの声に凄味が出始めたのは俺の気のせいだと思う。
だって、俺はパチュリーの質問に答えているだけ。
彼女を怒らせるような真似はしていないはず………。



「貴女は己のすべてを理解している。」



これは………


「No。」

理解なんかしているはずが無い。
自分の姿には疑問を持っているし、知識の方もどうして持っているのかも分からない。人間にしろ妖怪にしろ、学習、経験した事のない事には誰だって分からないはずなのだ。
だと言うのに、俺は意識を持ってまだ数日で、外に出た事にだって数回だけだし、本を読んだ事だって無い。なのに知識を持っている。
経験した事のない知識を。
学習した事のない知識を。
俺は持っている。
どうしてか分からない。
自分の事なのに自分が分からない。



「………質問。」

まだ続くのか?

「ちょ、ちょっと待ってよ!」



さすがにパチュリーの真意が分からなくなってきた。こんな質問を繰り返して一体何になると言うのだ。こんな質問はアリスとも十分にやった。
それに今までこんなに自分を冷静に分析した事は無かった。
よくよく考えてみると、自分はすごくおかしな存在ではないのか?
パチュリーの質問で自分を冷静に詳しく分析していったら急に自分の存在が怖くなってきた。
だってそうだろ?
俺は蓬莱に取り付いた妖精でも幽霊でもない。
蓬莱が別の生命体に生まれ変わった存在でもない。
ただ、急に意識を持つようになった。
その上、俺はいろんな事を知ってる。いわゆる、常識と言うモノを俺は知っているのだ。仮に俺が新種の生命体になったのだとしても知らない事を知る事は出来ないのだ。


怖い。


急に自分が怖くなった。自分を分析すればするほど……

俺は人間でもない。
妖怪でもない。
妖精でも
幽霊でも
悪魔でも
神様でもない。



俺は一体何なんだ?



「声が大きい。アリスたちが起きてしまうわ。」

冷静に。

そうパチュリーは言った。

「ご、ごめん………。」

「それじゃ、これが最後の質問。正直に答えてね。」

最後の質問。俺の真意と言うかイラつきを見抜いたのかは分からないが最後だと言った。最後の質問なのだから、きちんと答えよう。
これまでの質問をふざけて答えたつもりはないが、それでも最後の質問なのだ。
今までの質問以上に、きちんと、考えて、答えよう。応えよう。





「貴女は……。」





貴女は?




「アリスの事が好き?」





…………え?




「……………え?」



一体、どう言った質問だ?

思考が一瞬だけ止まる。だって仕方がないだろう?こんな質問は想定外だ。先ほどまでの質問は俺の事についての質問。だからこそ俺も冷静に考えて答えた。なのになんだと言うのだ?この質問は。

「どういう………。」
「質問に答えて。」

どういう意味だ?と言う前に途中で話の腰を折られた。

「……………」

まあ、彼女の考えなど凡小な俺に分かるはずがない。素直に答えよう。




「好きだよ。」




大好きだ。嫌いになんかなるはずがないだろう。あんなにやさしい人を。
アリスは言ってくれたのだ。
この人形に、アリスの人形だった俺に対等だと。
そして短い間だけど、アリスはいろんな事を教えてくれた。
世界の事も。
魔法の事も。
自身の事も。
俺の事も。
教えてくれた。いろいろと教えてくれたんだ。

そして、一緒に人里で人形劇をしたりした。
一緒に料理を作ったりした。
上海を俺に与えてくれた。

どうして嫌いになれる?
大好きに決まってるだろう。




「…………そう。」



パチュリーは納得したのか、静かにそう言った。

「貴女の質問に答えていなかったわね。今度は私が貴女の質問に答えるわ。」

紅魔館に来い。
どうして?

確かこんな問答だった。俺の事に関する質問で頭がいっぱいだったからすっかり忘れていた。
まあ、これでようやくパチュリーの真意が分かる。今まで俺にしてきた質問の意味も答えてもらおう。


「どうして、俺に紅魔館に来いと?」


まずはこの質問だ。今までの俺の質問とは何にも関係が無い。紅魔館は吸血鬼の館だ。なんの意味があったのだろうか?

パチュリーは即決で答えてくれた




「貴女の正体に気付いたからよ。」

と。

「………………え?」

ちょっと待て。ちょっと待て。ちょっと待て。
今、彼女はなんて言った?
俺は紅魔館に行くのはどうして?って言ったんだよ。
それで返ってきた答えが俺の正体に気付いた?
聞き間違いでなければ、今間違いなくそう言ったよな?
いや、聞き間違えるわけがない。こんな短い一言を聞き間違える奴はいない。
間違いなく彼女は言った。
俺の正体に気付いたって。



「……俺の正体に……気付いた?」
「ええ。たぶんね。」

今度はっきりと言った。俺の正体に、多分とはいえ気付いたと。
あんな………一日しかたっていないとはいえ、何時間も三人で議論しても気付けなかった俺の正体に気付いた?
俺の思考が止まったのは無理もないと今ならはっきりと声に出して言える。だってあまりにも予想外すぎるんだもの。一体、どこからどこまで気付いたのか?
と言うか、俺自身、自分の正体が分からないのに、どうして分かった?
いや、その前にどこから気付いたのか?
あの質問か?
あの質問で分かるものなのか?
そんなはずがない。ああ言った質問は最初にアリスにされた事がある。
でもアリスは分からないと言った。
パチュリーは今日の議論である程度の見当がついたのか?
ならばどうして………気付いたのならばどうしてアリスや魔理沙に言わない?

頭の中でいろんな情報が交差していた。
疑問が疑問を呼んで処理が追いつかない。

体感時間的に結構経ったと思うが、パチュリーがずっと黙っていたために実際はたいして経っていなかったのだろう。
そして時間が少しずつ俺の頭を冷静にしてくれる。
頭の中には整理しきれない情報がたくさんある。
分からない。分からない事ばかりだ。
だが、分からないのなら聞けばいい。
目の前にその疑問を答えてくれる人物がいるのだから。


そう俺の脳は決断した。


この目の前にいる『動かない大図書館』パチュリー・ノーレッジにすべて答えてもらえ、と。

「………俺の正体って………何?」

俺は一体何なのか?妖怪なのか幽霊なのか?新種の生命体なのか?

「今は言えないわ。」

だが、返ってきた回答はこうだった。
言えない。
気付いたのに言えないと来た。

「パチュリー!どうして!なんで教えてくれないんだよ!」

さすがにこれはむかつく。
仕方がないだろう?
散々、人に質問してきてこっちにの質問には答えられないときた。
私は知ってるけど教えられない。むかつくだろう。誰だって。
こんな奴だなんて知らなかった。
俺の中でのパチュリーの評価はガクって落ちた。
言葉通り『最低』だよ。



「声が大きい。静かに。」

あんたがそうさせたんだろう!

と、声を荒げて言いたかった。
俺じゃなくてもそうじゃないか?
だってそうだろう?
人の知りたい疑問を、私は分かりました。なんて得意満面の顔で言ってきて、教えてくれるのかという希望をチラつかせておきながら結局何も言わない。
誰だってむかつくだろう。
間違いなく。
誰だって。



でも、ここは俺とパチュリーだけじゃない。
魔理沙もアリスもいる。俺たちだけじゃないんだ。起こしてしまったらきっと心配する。アリスは優しいから。俺とパチュリーの喧嘩に本気で心を痛めるだろう。余計な心配は掛けさせたくない。アリスには傷ついて欲しくない。
本気でそう思った。
だから黙った。
パチュリーの言葉に従ったのは癪だったけど、黙った。



「ごめんなさい。貴女に意地悪をしているわけではないの。言えないのは明確な理由があるのよ。」
「え……。」

パチュリーの口から出たのは謝罪の言葉だった。

理由があると。
俺には言えない理由があると言った。

そこで俺は冷静になってきた。
よく考えてみれば、彼女は知識の上ではアリスよりも優れている魔法使い。そんな彼女がなんの理由もなく俺なんかに意地悪なんかするはずがないではないかと、頭が急に冷えたのだ。
熱くなっていた頭に水をかけられた気分だ。


「落ち着いて私の話を聞いてくれないかしら?」


冷静になってみると、彼女はまだ何にも言っていない。
俺が勝手に熱くなってイラついて大声を出して………
まだ、何も言っていないのに。
「言えないってどうして?」
俺はそう言った。
まだ彼女が何も言っていないのに。そう言った。
理由も何も聞いていなかったのに。
理由が分からないのならば聞けばいいのに。
それすらもせずに大声を出してパチュリーに当たって……
そう思うと何だかとても申し訳ない気分になってきた。


「う、うん。ご、ごめん……パチュリー。」
「気にしてないわ。私の言葉が足りなかったのも事実なのだから。」


魔女のサガって事で許してね。

なんて言った。

「それじゃ、説明するわ。私が貴女の正体に気付いたのはさっきの質問からではなく、貴女に会った時に気付いたの。」



あの時か。

俺が魔理沙に襲われてパチュリーに助けてもっらたあの時。
まあ、あれは襲われたわけでは無く合意の上での行動だったのだが……。
傍から見れば、俺は魔理沙に襲われているように見えていたらしい。
よく考えてみれば魔理沙にしてみれば、とんでもない災難でなかったのだろうか?
だって、調べても良いと言った俺を調べていたら、急に壁から魔法をかけられて、反対側の壁まで吹っ飛ばされたのだから。
あの時の魔理沙は目が血走っていたから俺は助かったと思ったけど、魔理沙からすれば災難の一言に尽きる出来事だった。

ちなみに、パチュリーに事情を説明したら、パチュリーもずいぶんと焦って謝罪していたっけ。
二人に迷惑をかけて今さら悪い気を起こしている自分であった。




「まあ、アリスの手紙を読んで、ある程度の予備知識は持っていたから、貴女に会う前から貴女の正体についていろいろと検討していたんだけどね。」


手紙?

ああ、アリスが紅魔館に送った手紙の事か。俺も何回か紅魔館の前に訪れたが、あそこの屋敷の門番……ずっと居眠りしていたな。
次の日も、その次の日も。
起こせばいいのに、アリスは人が良いから。
あの時の彼女は本当に話に聞く紅魔館の門番なのだろうか?
何だか噂とは違うような気がしてならない。

「実際の貴女を見て貴女の正体に気付いた。でもそれをアリスや魔理沙に私は言わなかった。」

そうだ。
俺に会った時に俺の正体に気付いていたのならば、昨日の三人の議論の時にどうして言わなかったのだ?

「どうしてアリスたちに言わなかったの?」

俺には言えないとパチュリーは言った。でもどうしてアリスたちもなんだ?

「それはね、貴女が魔法使いにとって………うんうん、アリスにとってとても厄介な存在かもしれないからよ。」
「………え?」

俺が?
アリスにとって厄介な存在?
俺が?
そんなはずは無いだろう。
俺にはきちんとした意思があって、アリスに迷惑をかけようなんて思った事は無い。

「ちょっと待ってよ。俺がアリスにとって厄介な存在!?」
「そうね。貴女が私が思っている通りの存在ならば、貴女は間違いなくアリスに害を及ぼす。」


意識してもしなくても。
存在しているだけで。


彼女はそう言った。


「貴女に言わないのはそのため。貴女の口からアリスに伝わったらあの子が悲しむ姿が簡単に想像できたから。」


俺のためでは無くアリスのために。
それは良い。そんなのは今さらだ。
俺のためなんかじゃなくてもいい。
肝心なのはそこじゃないのだ。



「俺は一体………何なんだ?」



本当に一体俺は何なんだ?
俺が魔法使いにとって厄介な存在?
ただ存在するだけでアリスに迷惑をかけるって……
一体どんな存在なんだよ。俺は。


「さっき貴女にした質問は、私の考えが間違っているのかどうかの再確認。尤も最後の質問は違うけどね。」


そして、こんな事を言うのだからその再確認とやらはすでに終わっているのだろう。
自身の認識が正しいという形で。

「紅魔館に来いってのは……?」
「貴女の正体を完全に暴く。」

完全に。

「ほぼ確実と言えるのだけども、それでもまだ予想の範疇よ。確実な証拠が欲しいの。」

ここではそれが出来ないから紅魔館に来いってことなのか……。




………でも




「………くない。」
「え?」
「俺………行きたくないよ。」

紅魔館に行きたくない。心からそう思った。

だって、もしも俺の存在がパチュリーの言う、『アリスにとって厄介な存在』なんだとしたら、もうアリスと一緒にいられない。いられないじゃないか。
そんなのは嫌だ。絶対に嫌だ。絶対に嫌だ。
紅魔館に行って、俺の正体がそういうモノだって言われるのは嫌だ。
このままが良い。何も知らないままアリスと一緒に暮らしたい。
パチュリーもまだ予想の範疇だと言った。
なら……ならば俺がアリスの害になる存在なんかじゃないかもしれない。
知らないほうが良い。
紅魔館に行ったら確実に正体が割れる。
アリスの害になる存在か、そうでない存在か。
そしてもしもパチュリーの予想通りの存在だったら嫌だ。
まさに『シュレディンガーの猫』じゃないか。
箱の中の猫なんか見たくない。
結果なんか見たくない。
自分の正体なんかもういい。知りたくもない。アリスと一緒にいたい。
俺は絶対にアリスに迷惑なんかかけない!
絶対に迷惑なんか………













「アリスの事が好きなんじゃないの?」







「………え?」



突然だった。
ただ一言、パチュリーはそう言った。
ただの一言なのに、俺は頭がハンマーで叩かれたような衝撃を受けた。



「アリスの事が好きなんじゃないの?」



また言った。

そうして、俺の頭に同じように衝撃が走るのだ。

そうか……。
そう言うことか。
今、ようやく理解した。
彼女の最後の質問。


『貴女はアリスの事が好き?』


意味はあった。
そして今、この状況下においてとてつもなくその威力を発揮した。

「…………好きだよ……。」

もしも、パチュリーの言った事が真実なら。信じたくもないけれど真実ならば、俺はアリスの害になるらしい。
そんなのは嫌だ。
アリスに迷惑をかけたくない。絶対にかけたくない。

「……………大好きだ……。」

俺の………アリスに対する愛情を……利用した。

「そう。ならどうするべきか………分かるわよね?」
「…………………。」


最初から俺はパチュリーの掌にいたのかもしれない。
彼女は俺に話を聞かせたら、俺が駄々をこねるのを知っていたのかもしれない。
だから、俺に話をする前に質問したんだ。
俺に自分の気持ちを固めさせたんだ。
俺のアリスに対する愛情を利用するために。
俺に確認させた。
確認させたんだ。
俺の気持ちを。
アリスに対する気持ちを。


「…………行くよ。」

俺は初めてパチュリー・ノーレッジと言う人物を見たのかもしれない。
あの時、魔理沙と一緒にアリスの事で顔を真っ赤にしたり、はしゃいだりしていた彼女とはまるで別人だ。
目的のためならば、手段を選ばない。
他人の情を利用する事もいとわない。





「俺は紅魔館に行くよ。」




なるほど、アリスの言う通りだ。
彼女は……
このパチュリー・ノーレッジこそ……
生まれ持っての
最初からの
本物の……




『魔女』だった。



続く







[28100] 第7話 反魂の術
Name: トウドウフィッシュ◆7da8aaa7 ID:748bbc6e
Date: 2011/06/16 01:24



パチュリーの半強制的ともいえる提案を誘導尋問みたいに思考を誘導されたとはいえ、それを飲んだ俺はどういうわけかパチュリーと共に頭を抱えていた。
時間は太陽がまだ出ていないとはいえ、薄く光を出しているそんな時間。人によっては早朝とも呼べるような時間である。アリスと魔理沙にとっては早すぎる朝なのか、未だに二人は眠っているけど。
まあ、それはある意味好都合でもある。今は二人がいない方が……いや、二人がいてはいけないような状態なのだから。
パチュリーによると、俺は魔法使い……特にアリスにとっては本当に危険な存在らしい。そしてそれが本当なのか確認するために紅魔館に行くのだが、紅魔館に行くのに少し問題があった。
だからこうして二人して知恵を出し合っているのである。
蓬莱からして見れば、紅魔館に行かなくて済むのはありがたがったりもするのだが、パチュリーの言った事が真実ならばアリスに危険が及ぶ。それだけは嫌だ。アリスに迷惑をかけたくはない。パチュリーに自分の愛情を利用されたのは本当に癪だが、彼女にしてみても友人の危機ならではの行動だったのだろう。むかつきはするが、正しい事に違いない。本当にあの時はむかついたけど……。
でも、むかつくからと言って俺の事をほったらかしにするのもあり得ないから、パチュリーに従おうと心に決めた。人の情を利用するやり方は尊敬できないが、この状況を完全に理解できるのは彼女だけなのかもしれないのだから。
そして、本当に彼女の言う通り、俺が『アリスにとって厄介』な存在だったとしたら、本当に仮にだがそんな存在だったとしたら、それを解決させるためにもやはり彼女、パチュリー・ノーレッジの力が必要になって来るのだろうから。


魔法使いにとって厄介……


特にアリスにとっては………とパチュリーは言った。魔法使いにとってと言う事は魔理沙やパチュリー自身にとってもあんまり良くない存在だったりするのだろうか?
まあ、今はパチュリーの言葉にすべて従うしかない。なにせ何も分からないのだから。

俺に関する事に付いては全部、パチュリーに任せる。これはもう俺の中ですべて決定している。
それはもういい。
もう俺の事はすべてパチュリーに任せると決めているのだから彼女の命令に従おう、と心の中で決心している時に事態は起こったのだ。


「どうやって紅魔館に行こうかしら?」


何とも不思議な事に頭を悩ますパチュリーの姿が目の前にあった。


「ど、どうやってって………な、なんで?」


本当になんでだ?彼女は紅魔館から来たのではないのか?
いかにこの魔法の森が迷路のような形をしているからって、空を飛んでいけば何の問題もない。
まさかとは思うが、パチュリーが飛べないなんて事はあり得ないだろうし……。


「アリスになんて説明するの?貴女だけを紅魔館につれて行くなんて、あまりにも怪しいじゃない。」
「あっ……。」
「気付いた?」
「う、うん………。」


そうだった。俺の存在はアリスには知られてはいけないのだった。パチュリーの考えとやらが正しかったらの話ではあるが。
俺が紅魔館に行くと言ったら恐らくアリスもついてくるだろう。俺の保護者と言う立場からして。仮に付いてこなくたって理由くらいは聞いてくるはずだ。
その理由を説明するのが難しい。正直に言える筈がない。紅魔館に行く理由が俺の正体を完全に暴くためのものであり、アリスにとって害になるかならないかを確認するために行くのだから。
俺の正体について調べるためと言ったらアリスが付いてこない理由が無い。しかし、その理由以外で紅魔館に行く理由も無い。紅魔館と俺に接点など在りはしないのだから。
身近な所に難関があったものだ。

「どうしようか?」

紅魔館に行くのは問題ない。しかしに付いてこられてはいけないし、アリスが納得するような理由が必要と来た。アリスはとても頭が良いし勘も良い。下手な嘘は逆に怪しまれてしまう。無言でアリスに何も伝えないまま紅魔館に行くなんてのはもっと愚かだ。俺とパチュリーがいなくなった時点で真っ先に疑われるのは紅魔館なのだから。騙すのはとても心苦しいけど、それなりの納得のいく矛盾しない言い訳を言っておかなくてはいけない。

「………はぁ。これだけはやりたくなかったけど……。」

そう、パチュリーは呟いた。蓬莱に聞こえるか聞こえないかの微妙な大きさ。聞こえはしたが、本当に聞こえただけ。頭には入っていなかった。だから蓬莱は彼女の手段を聞きはしなかったのだ。





…………………………………





…………………





……




朝が来た。
まあ朝が来るのは当たり前の現象なのだが、とにかく朝がやってきた。太陽の光に照らされ、アリスはその太陽光の眩しさに目を覚ましてしまう。もう少し眠りたいと言う欲求はあるものの、この家には二人の友人も泊っているのだと思うと、朝食の準備に取り掛からなければならない。そう寝ぼけた頭に過り、顔を冷たい水で洗ってさっぱりさせて朝食の準備に取り掛かろうとしていた。
だが、キッチンにはすでに一人の少女と蓬莱が仲睦まじく会話をしている。


「パチュリー……。」
「アリス。おはよう。」
「お、おはよう………。」


どうしてこんなに早いのかと一瞬思ったが、パチュリーが魔女であった事を思い出して納得するアリスだった。

「おはよう。アリス。」
「蓬莱もおはよう。」

二人ともとても楽しそうだ。友人と蓬莱が仲好く会話している姿を見ると何だか心が温かくなっていく感じがするアリスだった。


「パチュリー、朝食はどうする?」


パチュリーに食事の必要性は無いと分かってはいるが、娯楽程度にはなるし、一応聞いてみた。


「そうね……いただくわ。」
「そう。それじゃ少し待っていて。すぐに準備するから。」


そう、アリスがキッチンに立った時、パチュリーが蓬莱の耳元で小さく言った。


「貴女は魔理沙を起こしてきなさい。」
「え……あ、うん。」


何か不信感のような違和感のようなそんな表現できないような感覚を一瞬だけおぼえた。まあ朝だし、アリスが食事の用意をしようとしているのだから魔理沙を起こす事に何の不思議もない。だけど、なんか変な感じ。まるで俺をこの場から離れさせようとしている気もしないでもない。つまりする。まあ、間違いなく杞憂だろうと俺は魔理沙を起こしにこの場から離れた。




…………………………




魔理沙は客室のソファーで掛け毛布に体を包み込んでぐっすりと眠っている。魔理沙は眠る時、帽子を頭に載せてアイマスク代わりにしているみたいだ。なので表情が読めない。


「魔理沙。朝だよ。起きて。」

そう言って、頭の上に乗っている帽子を取って魔理沙を起こそうとする。それにしてもこうして静かに寝息を立てている魔理沙は、なんと言うかとても可愛らしかったりする。いつもの男勝りの活発で溌剌な性格ゆえにやんちゃな少女と言った感じではあったが、こうして何もしゃべらず、静かにしていると、どこぞの深窓の令嬢を思わせる雰囲気を持っている。なんて言うか、性格に損しているような……だけどもあの性格が魔理沙の良いところだったりする。一粒でニ度おいしいような存在だ。


「ん……あと五分だけ……。」

何ともベタな返事を返してくれるけど、こういう場合、本当に五分で起きる奴は絶対にいないと思う。


「駄目。アリスが朝食を作ってるんだから。起きてよ。」

何度も何度も魔理沙の体を揺らす。魔理沙はそれが煩わしいと感じたのか急に蓬莱の首根っこを掴んで自分の胸に押し込んでホールドして来た。


「ちょ、ちょっと魔理沙!は、放して!」

だけどもきっちりとホールドされていて身動きが取れない。必死にもがくが蓬莱の力ではその場から脱出する事も出来なかった。そしてアリスが来るまで蓬莱の体はずっと魔理沙に固定されたままだった。




……………………………




「いやあ、悪かったって。ごめん蓬莱。」
「………壊されるかと思った。」

魔理沙は完全に起きて朝食を食べ始めている。結局アリスが起こしに来てくれたのだ。アリスの言葉だと一発で起きた。一体、なぜなのだろうか?
蓬莱の服はずいぶんとよれよれになっており、髪もボサついてしまっている。無理もない。魔理沙にずっとホールドされた状態で寝がえりを打たれたりしたのだから。
まあ、アリスには新しい服を貰ったし、髪も梳かしてもらったりしたからもう怒ってはいないのだけども。


「あ、そうそう。蓬莱。」


アリスが急にこっちに話を持ってきた。


「何?アリス。」
「しばらく間、貴女はパチュリーと一緒に行動しなさい。」
「………え?」


一体、何が起きたのか分からない。突然アリスの方からパチュリーと行動を共にしろだなんて……。思わずパチュリーの方を見たらものすごい笑顔で


「よろしくね、蓬莱。」

なんて言いやがった。思わずその素晴らしい笑顔に背筋が凍る感覚に陥ったのは俺の気のせいでは無いと思う。


「きちんとエスコートしなさいよ。」
「え、ちょっと……どうして?」


いきなりの提案だったから頭が付いてこない。まあ、パチュリーと行動を一緒にするのは今はとてもありがたいのだが理由くらい聞きたいものだ。でも、


「いいからいいから。」


なんてとても嬉しそうな笑顔で言うものだから思わず頷いてしまっていた。一体パチュリーはアリスになんて言ったのだろうか?


「う、うん。分かった。」


俺が魔理沙起こしている時にパチュリーが何かしら言ったのだろうか?本当になんて言ったのか気になるところである。


「アリスはどうするの?」
「私は人里に頼まれていた用事のすべてを終わらせようと思うの。ここ数日、ずっとあなたの事ばっかりで手がいっぱいだったから。良い機会だから、この際すべての予約を片っ端から終わらせようと思ってね。」


アリスは人里に人形劇をしているほか、人形の制作を受けたまったりしている。ずっと俺の事で手が一杯だったからずっと予約が一杯一杯なのだろう。
朝食を食べ終えたアリスたちはそれぞれ行動を開始した。アリスは溜まりに溜まっている予約の整理と片付け。魔理沙は一度、家に帰ってキノコや薬草と言ったマジックアイテムの収集に出かけるらしい。そして俺は上海を連れてパチュリーと共に行動することとなった。
上海は置いていこうと思ったのだが、アリスに


「何かあったら困るでしょ?念のために持っていきなさい。」


と言われて上海も連れて行くこととなったのだ。パチュリーもアリスの提案だったせいか反対とかはしなかった。


こうして俺と上海とパチュリーの三人?は紅魔館へと飛んでいくのだった。





……………………………………





…………………




……





現在、俺は上海人形とパチュリーと共に紅魔館に向かうために空を絶賛航行中である。
パチュリーの航行スピードについてこれるか分からなかったが、パチュリーが俺に合わせてくれているのか、パチュリー自身が遅いのかは不明だが、とにかくパチュリーに付いていくことができるほどの速さだった。
まあ、恐らくは前者の方だろう。パチュリーほどの魔法使いが人形でしかも飛べるようになって間もない俺と同じくらいの速さでしか飛べないなんて事はあり得ないだろうから。


「ところでパチュリー。」
「なに?」
「さっき、アリスになんて言ったの?」

朝食前に、俺たちはアリスに悟られる事なくどうやって紅魔館に行こうかとずっと思案していたはず。なのに、俺がアリスとパチュリーの側をほんの少し離れていただけで事態が好転していた。アリスから俺にパチュリーに付いて行けと言ってきたのだから。

「なんて事は無いわ。ただ、貴方と一緒に行動してみたいって言ったのよ。」
「……うん?」

それでアリスが許可を出すかな?いや、アリスは優しいから許可は出すだろうけど、もう少し具体的な理由くらい聞いてきても良い気がするのだけど……。パチュリーをそれほど信頼しているのだろうか?でも、なんかとても嬉しそうな顔をしていたアリスが気になる。俺と一緒にいたいと言ってどうしてアリスが喜ぶのだろうか?さすがに嫌われているからなんて事は無いだろうけど……。

「女の子はね、いつの時代もどんな世界でも、意志を持つ人形と戯れてみたいものなのよ。アリスはその事を良く知っているから私に貴女を貸してくれたの。」
「あ、ああ。そう言う事か。」

全体的に分かってきた。アリスのあの妙に嬉しそうな顔の理由も。そりゃ嬉しがるはずだ。人形をとても愛するアリスに、『一度で良いから動く人形と遊んでみた~い』なんて事を言ったら彼女が断るはずがない。それにパチュリーも人形に興味があるのではないかと思ってもおかしくは無い、と言うか思ったのだろう。だからあんなに嬉しそうな顔をしていたのかもしれない。


「………ところで。」
「どうしたの?蓬莱。」


そろそろ聞いても良い頃かもしれない。もうここには俺たち二人しかいないのだから。




「俺の正体って一体何なの?」



そもそも俺に言えなかった理由は、俺の口からアリスに伝わるのを防ぐための処置だったはず。だが、ここにはもう俺たちしかいない。だからパチュリーが俺に教えない理由はもうないのだ。


「…………」

しばらく間を開けた後、パチュリーは口を開けた。



「貴女、『反魂の術』って知ってる?」

「『反魂の術』?いや、知らない。」



少なくとも知識の中にそんな物は無い。だが、名前を聞くと何処となく胡散臭いと言うか物騒と言うかそんな感じがする。


「そうね………どう説明しようかしら……。」

飛びながらパチュリーは考えていた。どうやら相当複雑な説明になるのか、俺に話を合わせようとしているのだろう。


「簡単に言えば、『死者をよみがえらせる術』ってとこかしら。」
「………」




『反魂の術』




パチュリーの話を纏めると、『反魂の術』とは死者をよみがえらせる術の事。死者の魂を肉体と言う器に装着させて、偽りの生を与える魔法。
人によっては素晴らしいと思うこの魔法、魔法使いの中では禁忌中の禁忌であるらしい。宗教的な観念や生死の定義の逸脱だけではない。魂を器に固定させると言う事は、その魂を輪廻の輪から外し、生まれては死んで次の生に生まれ変わると言ったリサイクルを永遠に出来なくしてしまう。つまり、一度輪廻の輪から外れたら、その魂は一生、どこかの世界を彷徨うはめになるのである。成仏する事も出来ず、一生彷徨い続けるのだ。生き返らせた者を永遠に世界に留めておく魔法と言っても良いかもしれない。それが『反魂の術』。
しかし、それだけでは足りない。まだ禁忌とされるにちょっとパンチが足りない。自分が良ければすべて良し、と考える極端な魔法使いだっている。それに、人体実験をする際には、とても都合のいい存在であったりもする。何せ、すでに死んでいる者なのだから。どう扱おうとも誰にも迷惑をかけない。その魂の持主いがいには。
使い道はそれだけではない。敵の親しい者を蘇らせて人質にしたり、何人もの死者を生き返らせて自分に忠実な軍隊を作り上げる。どこぞの魔王じゃないが、そんな事を考える奴がいたっておかしくないのだ。
だと言うのに誰も使わない、使ってはいけない禁術とされている。
どうして?とパチュリーに聞いた。
そしてパチュリーは答えてくれた。
この『反魂の術』は、生き返らせられた者だけではない。術者にも凄まじいリスクが伴うらしい。まあ納得のいく話である。それほどの大魔法、なんのリスクもなく使える筈がない。
で、そのリスクと言うのが、術者の魔力を常に喰い続ける事。魂を肉体に定着させると言うのはとてつもなく魔力を消費するのだ。魔法使いにとって魔力とは生命エネルギーに他ならない。それを消費し続けて、最後に枯渇してしまえば………考えるまでもない。最後には『死』しか残らない。
それが禁忌たる理由。己の命と引き換えに死者を蘇らせる魔法。『反魂の術』の正体だ。


「反魂の術については分かったよ。」

反魂の術については分かった。だが、それと俺と何の関係がある?


「だけど、その術と俺と一体、なんの関係があるのさ?」
「………。」

パチュリーは俺の質問に若干の戸惑いを見せていた。だが、決心したのかようやく口を開いてくれた。

「貴女は、その反魂の術によって生き返った存在かもしれないのよ。」
「………え?」

理解できなかった。彼女の言葉が。俺には理解出来ていなかった。


「ま、待ってよ………俺が反魂の術によって生き返った存在……って……」

在りえない。確かに俺には記憶が無い。記憶は本当に数日前までの、人形として動けるようになった数日間までの記憶しかない。それ以前の記憶は確かにないのだが………貴女が死んだからです。なんて言われても実感出来る筈がない。


それに矛盾もある。


「在りえないじゃないか。反魂の術って死者を生き返らせる魔法なんだろ?俺は人形なんだよ。死ぬとか生きるとか、生物とかじゃない。人形なんだ。」


人形は人間ではないし、生物でもない。あくまでも人形は人形。生も死もない。いや、壊れたら一応の『死ぬ』と言う事になるのだろうか。とにかく、人形に反魂の術なんて出来る筈は無い。

「それだけじゃない。アリスは俺に……この蓬莱には何にも憑依していないって言った。それはパチュリーも確認した筈だよ!」


この蓬莱の体には何にも憑依していない。霊も妖精の類も何にも。パチュリーもそれを確認した筈である。魂が乗り移ったのならば、アリスが行った浄化の魔法ですぐさま切り離されるはず。

「反魂の術は魂の憑依じゃない。肉体と魂の融合。つまりは『同化』なのよ。」


憑依では無く同化。パチュリーはそう言った。なるほど。憑依しているモノを取り除く浄化魔法が聞かない理由もそれで説明が付く。
憑依とは外からの力のようなモノ。自身の力では無く他者のよる力だ。しかし、同化は違う。文字通り、『同じに化わる』のだ。つまりは自身の力になる。何せ一緒の存在となるのだから。
説明するのは随分と難しいものだが、言葉の意味的には分かる。


「で、でも………俺は人形なんだよ。パチュリーの話じゃ、反魂の術ってのは死者を生き返らせる……というか、魂を肉体に同化させる術なんだろ?この体は『肉体』じゃない。『人形』なんだよ。パチュリーの話だと反魂の術なんて、この蓬莱の体で出来る筈がないじゃないか。」


この際、肉体の定義なんてものは捨てておこう。

魂と肉体の関係について詳しい事は知らないが、パチュリーの説明だと魂ってのは肉体……つまりは『生きていた』存在。生命体の事を指す。反魂の術は、つまりは肉体と魂の同化させる魔法。
蓬莱の体は人形。生きているなんて言えるような存在では無い。人形はあくまでも人形なのだ。


「別に器……肉体がその魂の持主である必要は無いわ。他の器でも反魂の術は出来ると言えば出来る。ただ……。」
「ただ……?」
「器と魂というのは相性がとても重要なのよ。肉体によっては魂を定着させる事がとても難しい。その魂が元々住んでいた肉体ならば問題ないけど、違う肉体に魂を定着させられた例はほとんどない。」


ほとんどない、って事は一回か二回は成功した人がいたのだろう。パチュリーもそれを肯定した。しかし成功と言ってもその肉体は、魂の持主ととても近しい存在。子供なり親なりのとても近しい存在であった。それに成功したと言っても定着させる事に成功しただけであり、まともに動かせられる状態ではなかったという。言うなれば生きる屍と言った感じだったらしい。
結局、完全に動かすためにはその魂が元々持っていた肉体に定着させなくてはいけない。


「魂を人形に定着させた例は無いし、そんなの聞いたこともない。」


パチュリーは自身の仮説を否定し始めた。

しかし……


「………でも……」

でも、とパチュリーは続ける。

「でもね。貴女が『反魂の術』によって蘇った存在ならば、すべての疑問が解決するの。」

俺の人形以前の記憶が無い事。
最初からある程度の知識と常識を持ち合わせていた事も。
自分の容姿、アイデンティティに疑問を持っていた事も。
自分のすべてを理解できていない事も。

すべてが解決する。

俺が反魂の術によって生き返った存在ならば全てが。

「そ、それじゃ………仮に……仮にだよ。俺が反魂の術によって魂を蓬莱の体に定着させられた存在としてだよ…………誰が行ったの?」

反魂の術を
誰が
何のために。

普通に考えるならば、術者はアリスと言う事になる。だが、パチュリーは、

「私はアリスを信じてる。」

アリスを信じてると言った。

「あの子が禁術なんかに手を染めるような愚かな魔法使いじゃない。そんなバカな事をする子じゃない。それをこれから証明するのよ。」
「パチュリー………。」

まるで、今のセリフは俺に言ったのではなく、自分自身に言ったって感じだ。自分がアリスの無実を証明すると決意したような……そんな感じだった。

なるほど、と俺は思う。
パチュリーがアリスや魔理沙にすべてを放さなかった理由。アリスにすべてを話したのならば、彼女は禁忌を犯した魔法使いのレッテルをはられる。幻想郷に住む住人すべてから異端の目で見られる事は間違いない。
仮にアリスが無知で自律人形を作りたいが故に『反魂の術』に手を染めたとしよう。そんな事はパチュリーに言われるまでもなく、ありえないがあくまでも仮にだ。反魂の術は術者の命を奪う魔法。それを知らずに使った場合、アリスは死の宣告を受ける事になるのだ。
確かにアリスに言えるはずがない。
何者かに知らぬ間に利用されて、知らぬ間に反魂の術を完成させられた、としても同じ事。やはり死の宣告を与えるに等しい。
アリス本人は勿論の事、アリスの友人の魔理沙にも言えないはずだ。そして言わなかったのはパチュリーの良心に他ならない。冷酷な魔法使いと思っていたが、そんな事は無い。友人を気遣う事の出来る、優しい魔法使いだった。

「魔法使いにとって厄介な存在………特にアリスにとって……か」

まだ、俺の存在が決定したわけじゃないが、突然パチュリーの言葉が頭に浮かんだ。
パチュリーがすべて正しいと決まったわけではないが、確かに俺と言う存在は魔法使いにとって厄介極まりない。禁術により作りだされた蓬莱と言う名の生命体。確かにあまり関わりたくないような存在だ。関わりたいなんて言ったら、自分もその禁術に興味があるって言ってるようなものだし。
アリスにとっては害どころの話じゃない。もしかしたら、本当に死なせてしまう可能性が出てきた。パチュリーは可能性は低いと言ったけど、仮にパチュリーの言う事が本当だったら………考えたくもない。そしてその時、俺はどうすればいいのか……

そんな事を考えている内に、大きな屋敷が目に映ってきた。

「見えてきたわ。紅魔館よ。」

真紅に染まった大きなお屋敷。いつ見てもあまり良いイメージが湧かない。しかも今の心境を鑑みるあたり、まるでこれが俺の死出の旅路に誘うかのような……そんな悪いイメージしかしない。
そこに住んでいるパチュリーには悪いけど……。


こうして、蓬莱と上海とパチュリーの三人は紅魔館に到着したのだった。

紅魔館でパチュリーの言った事が真実なのかどうかはまだこの時は誰にも分からない。






続く





あとがき

この話の上海の影の薄さは異常だった。
ごめんね、上海。次の話には出番を増やしてあげるから。

「シャンハーイ!」

設定にいろいろと不備がありますが、雰囲気をお楽しみください。



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