これは今からちょっと昔。
鹿目まどかが中学生に上がりたての頃だったお話だ。
「……」
中学に入り数カ月経っても、まどかはまだ上手くクラスメイトに溶け込んでいなかった。
(どうすればいいんだろ……)
昼休みの弁当を食べる時間。彼女は一人ポツンと自分の席に座って黙々と父が作ってくれた弁当を食べている。
周りではワイワイガヤガヤと同じクラスの人達が友達同士で仲良くおしゃべりしているのが耳に入ってきてまどかは一層自分が惨めに思えて来た。
(……なんでもっと積極的になれないんだろ私……)
引っ込み思案で自分に自信が無い彼女はもう6月だというのに未だ友達一人作れていない。
このままではマズイ、そう思いながらも自ら進むという勇気がどうしても出ないのだ。
(こんな私と友達になってくれる人なんているのかなぁ……)
ついマイナス思考に考えて悪い方向へと傾いてしまうのは自分の悪い癖だと母から言われてるし自覚しているのだが、どうにもこうにも克服する事が出来ない。
まどかは箸を机に置いて弁当を食べるのを止めた。
(なんか学校にいるのが恐くなってきた……まだ授業あるけど家に帰ろうかな……)
このままそっと家に帰っても誰も気付かないに違いない。
いっその事、ここから逃げ出してしまおうか?
机にひっかけられた自分のまだ真新しい様子を見せる学生鞄をチラッと見て、まどかはゆっくりと鞄に手を伸ばそうとする、すると……
「ねえ、ちょっといい?」
「……え?」
鞄まであと数センチの所でまどかの手はピタッと止まった。
不意に後ろから飛んで来た声、まどかは緊張した様子で恐る恐る後ろに振り返る。
そこには青い髪を短く切り上げたボーイッシュな女の子がサンドイッチを口に咥えたままこちらに顔を向けたまま座っていた。
隣には清楚なお嬢様の様な人までいる。
「アンタって、いつも一人でお昼食べてるよね? 一緒に食べる人いないの?」
「え、あ……その……」
いきなり直球的な質問をぶつけて来た。
どぎまぎしながらまどかがどう言えばいいのか口をもごもごと動かしていると、今度は少女の隣に座っていた友人らしき人が顔を曇らせる。
「さやかさん……その言い方は彼女に失礼ではないですか?」
「いやだって気になったんだもん、で? どうなの?」
「う、んと……はい……」
あっけらかんとした口調で友人に言葉を返すと少女は再びまどかと向き直る。
ようやくまどかはたどたどしい喋り方で返事をしてコクリと頷いた。
少女は「ふ~ん」と呟くと、口に咥えていたサンドイッチを一気に全部口の中に入れ、すぐに飲み込む。
そこからしばらく間があった後、青い髪の少女は頬杖を突いたまま、こちらに目を逸らして俯いているまどかに口を開いてみた。
「んじゃ一緒に食べる?」
「……え?」
「一人で食べるより三人で食べる方が上手いっしょ?」
「え、そんな……! だって私……!」
予想だにしなかった出来事にまどかはひどく困惑している。
まさかこんな自分に一緒に食べようと誘ってくれるとは考えてもなかったのだ。
「わ、私と一緒にご飯食べても……楽しくないと思うよ……?」
ビクビクしながら上目遣いでブツブツと呟くまどかに。
少女は頬杖を突いた状態でニヤニヤと笑みを浮かべた。
「うへへ、いつも後ろ姿見てたけどあたしの予想通りだね」
「え?」
「やっぱりアンタ可愛いわ」
「ふえ!?」
その一言はまどかを赤面させるのに十分だった。
「こんな逸材をほって置くなんて最近の男子は見る目が無いなぁ」
「フフフ、全くですわね」
「そ、そんな……私なんかよりもずっと二人の方が……」
顔を赤くするまどかの前で二人の少女は笑い合った後、青髪の少女はまどかにスッと手を差し伸べる。
「あたし、“美樹さやか”ショートカットが似合う可愛い美少女だよん」
「さやかさん、それ自分で言いますの?」
「んでこっちがあたしと小学生の頃からの腐れ縁の……」
「志筑仁美ですわ、以後お見知りおきを」
二人の自己紹介を聞いて、まどかは震えながらもゆっくりと手を出した。
先程逃げの一手を取ろうとした手で
「私は……鹿目まどかです……」
この日、彼女の中学生活がやっと始まったのだ。
8ステップ 恋のロンド-アホと天然と厨二病-
そして時はそれから一年後。
「『Ken loves Michael of the foreign student, but Ken and Michael are men』、ここを日本語に訳すと、「ケンは留学生のマイケルと愛し合っています、しかしケンとマイケルは男です」という文になります。ここの文法の訳し方は基本中の基本なのでよく覚えておくようにして下さい」
「先生覚えたくありません!」
「はい中沢くん! シャラップ!」
昼休み終わって五時間目。まどかは今教室で早乙女先生の授業を受けていた。
学校に付いてきているキュゥべぇは机の上に座っており、まどかはホワイトボードに書かれた文字をノートの写すのに集中している。
英語科目兼担任の教師である早乙女先生が教鞭を振るっているのを眺めながら、まどかはカリカリとシャーペンを動かしていると、後ろの方から低い声が。
「ぐ~……」
まどかはふと後ろに振り返ってみる、授業中にも関らず机にうつ伏せになって寝ている青い髪の少女が座っていた。
美樹さやかだ。
「ぐが~……ぐへへへへ……」
「い、いびき掻いてる上に笑ってる……よだれまで……」
彼女はいびき掻いたまま嬉しそうに笑って口からよだれを垂らしている。
年頃の女の子がこんな様子で寝ているなんて実に痛々しい。
そんな親友を見てまどかがジト目で困惑していると、机に座っていたキュゥべぇもさやかの方へ顔を上げる。
「寝ててなおアホ面とは、これには僕も脱帽だよ、さすがアホのさやか」
「アホの坂田みたいに言わないでよ!」
「鹿目さんとキュゥべぇちゃん! 体を後ろに向けないで!」
まどか達が後ろに振り向いてるのに気付いたのか、教壇に立っていた早乙女先生がすぐに彼女達に声を飛ばした。
「授業中は前を向く! 常識ですからね! アンダースタン?」
「すみません……さやかちゃんが寝てたんで……」
「美樹さん?」
早乙女先生はようやく可愛い教え子があろうことか自分の授業中に爆睡している事に気付いた。
「そういえば彼女は前の授業の時も寝てましたね……睡眠不足は美容の大敵になるというのに、これが若さか……鹿目さん、美樹さんを早く起こしてあげて」
「あ、はい。さやかちゃん起きて~」
先生がなにか悟った表情でそう言うと、まどかは指示通りにさやかの方にまた向き直ってゆさゆさと手で揺すって起こそうとする。
「さやかちゃ~ん」
「う~ん……んあ?」
「あ、起きた」
うつ伏せになった状態でぼんやりと目を開けてさやかがようやく目覚めた。
瞼を擦りながら彼女はようやく顔を上げる。
「おはよう……今日の朝ごはんは?」
「いや朝じゃなくて昼だし……ていうか授業中だから……」
口から出てたよだれを腕で拭いながらボソッと呟くさやかにまどかが頬を引きつらせると。
授業終了を告げるチャイムが鳴った。
「あらもう終わりですか、仕方ないですねぇ……美樹さん、学校の授業を疎かにしてはいけませんよ」
「はい……」
早乙女先生は時計を見て授業が終わったのを確認し、まだ眠そうな顔をしているさやかに人差し指を立てて注意すると、教科書を小脇に抱えそそくさと教室から出て行こうとする。
だが最後に首だけをヒョコっと出して。
「それでは先生はこの辺で、それと中沢君! あなたは授業中に先生に口答えした罰として放課後に私の所に一人で来なさい! 先生がマンツーマン授業して上げます! 保健体育の!」
「身の危険を感じるので絶対に行きたくありません!」
6時間目もホームルームも終わり放課後(中沢君は早乙女先生と学校内で鬼ごっこをしている)
机の上で教科書等を鞄にしまいながらまどかはさやかの方に振り返ってみる。
「さやかちゃん、最近授業中で寝てたり元気が無いよね? どうしたの?」
「……いや~、最近観てるドラマの結末が気になっててさぁ、そのせいで夜も眠れないんだよ、アハハハハ」
「そうなんだ~私心配しちゃったよ~」
若干動揺している感じで返事をするさやかだがまどかは何一つ違和感抱かずに安堵の表情。
だが彼女の肩に乗っかっているナルシスト系・地球外生命体のキュゥべェはさやかの変化を見逃さない。
「どんなドラマだいさやか」
「え? え~と……み、水戸黄門?」
「アレ一話完結型だろ?」
「え、そうだっけ?」
「結末もなにも、水戸黄門は」
1・街へ行く
2・事件に巻き込まれる
3・悪党を懲らしめる
4・一件落着
「というヒーロー物の伝統の王道をずっと護ってるだろ? それが60分で綺麗にまとめられてるのにどこに気になる点があるんだい?」
「そ、それは……」
引きつった笑みを浮かべ目を逸らすさやかに疑問をぶつけていくキュゥべぇ。
というよりも簡単に墓穴を掘ってしまうさやかもさやかなのだが……。
「あ! あ、あれだよ! もしかしたら黄門様がうっかり八兵衛に殺されちゃうとかそんな結末があるかもしれないな~と思っててさ!」
「何十年も続いてる御長寿番組がそんな禍々しい結末にならないよ! しかもなんでうっかり八兵衛をそこでチョイスするの!?」
「『ハハハ、うっかり御老公が飲むお茶にトリカブトの毒を盛っちまった。こいつはうっかり!』とか言いそうじゃん!」
「イヤだよそんな腹黒八兵衛!」
「でもそれで最終的には御老公に渡そうとした毒入りお茶を間違えて自分で飲んじゃって! みんなの前で突然ぶっ倒れて意識朦朧の中『あっしって本当にうっかり……』って言葉を残して死んじゃうとか!」
「そんな八兵衛見たくない!」
急に熱くなって語りだすさやかにまどかが鞄を肩に掛けて叫んでいると、そんな二人と一匹の下にフラリと一人の少女が……
「フフ、御二方はいつも仲良しですわね。見ていると思わず妬いてしまいますわ」
「もう仁美ちゃん恥ずかしいから止めてよ~」
「……」
緑色のウェーブのかかった髪を撫でながら二人の元へやってきたのは志筑仁美。
清楚かつおっとりとした印象が窺えるそんな彼女にまどかがあたふたと慌てるが。
さやかは仁美をまるで敵視するように睨みつけてプイッと顔を逸らした。
「さっさと帰ろうよまどか、あたしちょっと行く所あるんだ、付き合って」
「へ? ちょっとさやかちゃ……うわ!」
急に冷たい口調に変わるさやかに呆気にとられたまどかだったが、さやかはすぐに彼女の腕を引っ張って連れて行く。
「ひ、仁美ちゃんと一緒に帰ろうよ! 最近一緒に帰ってないんだし!」
「仁美は“お嬢様だから”どうせ習い事あんでしょ、あたし達一般市民に付き合わせるのも悪いよ」
「そんな……」
「……わたくしの事は構いませんから」
さやかの態度を見てさすがにまどかも違和感に気付く。いつもの彼女なら絶対にこんな事言わない、しかも小学生からの親友である仁美に対してだ。
腕を引っ張られながらまどかが仁美の方へ振り向くと、彼女はどこか悲しそうにしながらも無理矢理笑っているといった顔をしていた。
「さやかさんの事……よろしく頼みますね、まどかさん……」
「仁美ちゃん……?」
意味深なセリフを吐く仁美を教室に残し、まどかはさやかに引っ張られながら教室を去った。
仁美と別れた後、まどかはキュゥべぇを連れてさやかと一緒にとあるCDショップへと足を運んでいた。
「フンフフ~ン、さ~て久しぶりに奮発して買い漁るか」
「……ねえさやかちゃん?」
「ん?」
店の中へ入った途端意気揚々と鼻歌を歌うさやかにまどかが言うか言わまいか迷った挙げ句思い切ってさっきの事を尋ねる。
「なんかさやかちゃん、最近仁美ちゃんの事を避けてる様な気がするよ……」
「……やっぱりわかっちゃうか……」
やりきれない表情で髪を掻き毟るとさやかはまどかと一緒に歩きながら重い口を開いた。
「前にまどかが知らない所で仁美と色々合ってね……それが原因でギクシャクしちゃってんだあたし等……」
「そんな事があったんだ……」
「あ、でもアンタは全然気にしなくていいからさ! これはあたしとあの子の問題だし!」
「でも……」
「野暮に首突っ込まなくてもいいんじゃないかい? まどか?」
まどかの予想通りさやかと仁美の間には若干溝が生まれてしまっているらしい。
おちゃらけた様子で笑いかけるさやかを見てまどかが心配そうになにか言おうとするが。
彼女の肩に乗っかっているキュゥべぇが会話に割って来た。
「特に最近君はかなりの騒動に巻き込まれてるんだからさ。暁美ほむらやマミ、それとさくらあんこのおかげで」
「当然そこにキュゥべぇもカウントしてあるけどね……」
「色んな人の面倒事を片付けてたらキリがないよ、たまにはいつもの日常を謳歌しなきゃね。僕とまどかの日常イチャイチャ回を読者が期待してるんだから」
「いや読者ってなに……?」
「君が慈愛の女神だというのは百も承知だけど、さすがに女同士の喧嘩に介入する必要は無いよ、勝手に両方自滅するさ、君はこの“レッドアイズホワイトドラゴン”の異名を持つ僕と共にイチャラブ覇道を貫くだけでいいんだ」
「いやいやいや! 駄目だよ両方自滅しちゃ! 両方とも私の大事な友達だから! ていうかそんな異名持ってたの知らなかったんだけど私!?」
まどかとキュゥべぇがいつもの漫才を始めていると、傍にいるさやかはふとキュゥべぇに視点を置く。
彼女はキュゥべぇについては大体の事は聞いていた。
人語を話す地球外生命体
極度のナルシスト
まどか以外の人には基本毒舌(特に自分と転校生)
福山雅治が好き、というより一方的にライバル視してる。
(福山雅治が好きなのは心底どうでもいいわね……)
頭の中で情報整理しながらさやかはジト目でキュゥべぇに話しかけて見た。
「ねえ、アンタ。ちょっとまどかと慣れ慣れしいんじゃないの? いくら人語を話す愉快なペットだからって調子乗ってんじゃないわよ」
「うわ、さやかに話しかけられた。凄く最悪な気分だ、死にたい」
「なんであたしに話しかけられると最悪になるのよ!」
「なんて愛の無いツッコミだ、死ねばいいのに」
中学二年生の女の子に対して死ねばいいなんて言葉よく吐けるな……。
そう思いながらさやかはイラっと感じつつキュゥべぇに対してメンチを切る。
「……あたし、アンタになんかした?」
「まどか、欲しいCDがあるもあしれないから見に行ってくれないかい?」
「うんいいよ、私も見たかったから」
「シカト!?」
キュゥべぇ、ここにきてまさかのさやかガン無視。
まどかと一緒に店の中へと行くキュゥべぇを睨みつけた後、さやかも慌てて二人の後を追った。
「あ~腹立つ、なんでこんな奴がまどかと……」
「さて、僕の永遠のライバルこと福山雅治の新曲はもう出てるかな?」
「織田裕二さんの最新アルバムの発売日はいつだろう?」
「そしてアンタ等のお目当てのモンがそれかよ!」
キョロキョロと辺りを見渡す一人と一匹にさやかは手を伸ばしてビシッとツッコミを入れた。
「アンタ達もうちょっと流行に乗ろうとか考えないの!?」
「え~さやかちゃんだってクラシックしか聴かないじゃん」
「フッフッフ、まどかも分かってないわねアタシの事。それじゃあアタシの嫁になるにはまだまだだぞ!」
「ウザいな本当、サイコガンダムにでも踏み潰されればいいのに」
胸を張ってそう答えるさやかにキュゥべぇがボソッと呟くが彼女の耳には届かなかったらしい。
「あたしだってクラシックだけじゃなくて好きな歌手の歌とか聞くんだから! 玉木宏とか!」
「最近の流行に乗ろうって言ってるのになんでそこで玉木さん!? それじゃああたし達と同じだよ!?」
「なに言ってんのよ! 玉木宏は何年も前からずっとブームが続いてるの!」
「それじゃあ織田裕二さんだって!」
「いやいや、福山雅治が一番だよ、なんて言ったって彼はこれからも未来永劫ブームなんだから、僕と『第二次宇宙セクシー大戦』をおっ始める時もそう遠くないかもしれない」
「なんかキュゥべぇの中の福山さんがどんどんパワーアップしてる!」
店の中で堂々と苛烈な論争を繰り広げる二人と一匹。
こんな所で女の子が玉木宏だの織田裕二だの言い合っているなどという光景が目立たないわけがない。
次々と店の中にいた他のお客さんやら店員さんやらが彼女達の方に振り向く。
そしてその中に一人のある少年が
ふとなにかに気付いたかのように彼女達の方へ……
「……さやか?」
「あぁ!? なによナンパ!? 言っとくけどあたしにはちゃんと相手が……あ」
その少年に話しかけられさやかは鬼気迫る表情でそちらに振り向くが。
すぐに口をポカンと開けて少年をまじまじと見る。
さやかのよく知っている人物だった。
「きょ、恭介……」
「ハハ、なんか見た事ある人が店の中で騒いでると思ったら、やっぱりさやかだったね」
「アンタ……今日退院だったの?」
「連絡出来なくて悪かったね、僕も今日退院出来るとは知らなかったんだ」
「そうだったんだ……おめでとう」
「ああ、ありがとうさやか」
「うん……」
現れた少年に対しさやかは急にしおらしくなって声が小さくなる。
それを見てキュゥべぇは少年の方を眺めながらまどかに首を傾げた。
「あの少年は誰だい?」
「“上条恭介君”だよ、さやかちゃんと小さい頃から幼馴染であたし達と同じクラス」
「まどかと同じクラス? 僕は見た覚えはないよ」
「数ヶ月前に交通事故に遭ってずっと入院中だったからね」
まどかが簡単に目の前の少年、上条恭介の説明をして上げていると、恭介はすぐにまどかの存在にも気付く。
「鹿目さんも一緒にいたんだね」
「上条君退院できたんだね、おめでとう。さやかちゃんが心配してたけど左腕は大丈夫なの?」
「うん、実はもう動かないって通告されてたんだけど……、“黒いコートを着た顔に傷のある無免許の医者”に手術して貰ったらすぐに五体満足になったんだよ」
「へ~なんかえらい手術料が高そうな人に頼んだんだね……」
恭介の話を聞いただけで何故かぼんやりとある人物が頭に浮かべ頬を引きつらせるまどか。
どうやらその医者のおかげで恭介は見事完治出来たらしい。まあ治ったのであれば幸いだ。彼が事故に遭った時は本当にさやかも落ち込んでいたのだから。
しかし突然、恭介の顔が曇りだす。
「けど左腕は治ったけど右腕がね……」
「え!? 今度は右腕の方が大変なの!?」
「ああ、僕の右手に宿る『幻想殺し≪イマジンブレイカー≫』が今にも暴れそうで抑えつけるのに大変なんだよ」
「へ、へ~……本当大変だね……さやかちゃんが……」
「幻想殺しってなんだい?」
「気にしないでいいよ、上条君の病気だから……」
素直に尋ねて来るキュゥべぇにまどかが苦笑していると、恭介は右腕を治った左手で抑えながら苦悶の表情を浮かべ始めた。
「く! 静まれ僕の幻想殺し……! この反応、まさか禁書目録を狙う魔術師が何処かに……!」
「なるほど“厨二病”か。“幻想殺し”なんて名前付けてるのに、自分自身が“幻想”抱いているなんてどうかしてるよ」
「しッ!」
的確なツッコミを入れるキュゥべぇにまどかが口に人差し指を当ててそっとして上げてと指示していると、さやかはハァ~とため息を突く。
「恭介、アンタまだそんなのやってんの? その病気も病院で治せばよかったのに……」
「“黒いコートを着た顔に傷のある無免許の医者”に頼んだんだけど「そんな事に付き合ってられるか」と言われてしまったよ、フ、言い訳だね。どんな名医であっても僕の幻想殺しを治す事は出来ないんだ」
「ああもう末期なんだ……今度は違う病院言った方がいいんじゃない精神科的な?」
呆れた様子で適当に対応しながら、さやかはふとなにか気付いた。
恭介がなんでこんな所にいるのか?
「そういやアンタなんでこんな所に来てんの? ここに魔術師とか能力者がいるとかそんな気配でも感じたの?」
「いや、ちょっと彼女と行動していたら成り行きでここに来てしまってね。僕と一緒にいたらいつ“神の右席”・“右方のフィアンマ”に狙われるかわからないというのに……」
「彼女?」
「ああ、君の知り合いだよ」
「それって……」
さやかの頭の中でイヤな予感が余切った。
恭介は滅多に自分以外の異性と共に行動する事は無い。
ただあの少女は……
さやかが頭をおさえながら黙っていると、“その少女”は自らこっちに来ていた。
「恭介さん……さやかさんとお話していたのですね」
「あ、ほらさやか。彼女が最近僕に付き合ってくれる……」
「……」
現れた少女をたださやかは見つめるだけ、何も言わずになにも語ろうとしない。
だが彼女の後ろにひょこっと出てきたまどかは。
恭介の隣にいる少女を見て「あ!」と驚いた声を漏らす。
「“仁美ちゃん”!」
「なんだ、まどかの友達のワカメさんじゃないか」
「偶然ですわね、まどかさんとナマモノさん。それとさやかさん……」
恭介の傍に現れた少女の正体は志筑仁美。まどかとさやかの大切な親友の一人。
彼女は少し暗い様子を見せながらも、目だけは輝きを失っていなかった。
そう、彼女は前にいる人物に挑戦的な目をしている。
「さやかさん……」
「仁美……」
「ふ、二人共……」
互いに言葉少なく見つめ合うだけ、二人が一体何を考えているのかは誰も分からない。
緊張がこちらにも伝わってくるのを感じながら、まどかは二人を心配そうな表情でオロオロとしていると……。
彼女の肩に乗っかっているキュゥべぇがハッと何かに気付いて突然声を荒げた。
「凄いよまどか! はっぱ隊のCDがあったよ! しかも新品!」
「このタイミングで言う事!?」