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[25664] 紐糸日記 StS
Name: しこたま◆b2ee5f7a ID:6f20eee5
Date: 2011/03/02 16:41
1スレ目(A's編):記事番号4820番
2スレ目(空白期編):記事番号10409番

以上の続きにして、完結編の予定。
不定期更新のはずが案外定期的に更新出来ているという体たらくです。



[25664] 1
Name: しこたま◆b2ee5f7a ID:6f20eee5
Date: 2011/01/31 22:36
 オリーシュは悩んでいた。
 10年近く捜したが、ポケモン世界が見つからない。ドラクエ世界や杜王町や幻想郷や核の炎に
包まれた世界はあったがどうでもいい。ポケモンたちのいる世界だけが、どうしても見つからない。
 探し方が悪いのだろうかと、3、4年前には考えた。だが手当たり次第あたっていく以外に道は
なく、ずっと試し続けてきた。そしてその度にハズレを引いてきた。
 ちょっと危険だが、とあるダンジョンからテレポーターの罠がかかった宝箱を持ち帰り、改造し
てランダムジャンプを実行したりもしたものだ。
 いきなり首と手だけのデスタムーアさんの目の前に出たときは、はぐりんたちが怖がるのでちょ
っとだけ困った。
 握手だけして帰って来られたのは、まぁ運も良かったのだろう。それ以来ランダム転送はできる
だけ控えることにしていた。大丈夫だと思うが、さすがに壁と融合したくはなかった。
 そして、現在。

「なかなかやるじゃないか、運命の神とやらも」

 ことこの手の話題について、オリーシュの辞書は断念の文字がない残念な辞書だった。
 「その辞書、欠陥品だから」と突っ込める人材も、八神家や高町一族、ハラオウンファミリーに
はもはやいない。だっていつもこんなんだし。

「でも俺は考えたんだよ」

 この出だしで始まる話はたまにロクなことにならない。クロノはよくわかっていただけあり、反
射的に身構えていた。
 一昨年はスパゲッティが超進化を遂げ、空飛ぶスパゲッティ・モンスターになって対処に追われ
たような気がする。どういうわけかバリアジャケットからトマトソースの染みがなかなか取れず、
本当に大変だったのは思い出したくない記憶だ。ジャケットに永続してかかる、ある意味で呪いに
も近かった。どう考えてもAMFよりいやらしいとしか思えない代物だった。
 けれども、とりあえず話を聞いてあげる程度には付き合いも長く、ついでに心も広かった。
 これでも一定の確率で本当にイイことをしでかす辺り、宝くじを買うときの気分に似ている。

「ポケモンがいないのなら、自分で作ればいいじゃない」
「良くない。そもそもの話、法律がだな」
「足掛かりとして管理局にジムリーダー制を導入したしな。リイン倒せたらSSSランクで」
「あれは君の仕業だったのか」

 人の話を聞かないのもいつものことで、もう慣れた。
 慣れるまではたまに頭が痛くなったりもしたが、流し方を心得ると気分的には非常に楽だ。
何も考えなくていい。

「まぁジムリーダー制はともかく、作るのは無いか。さすがにそこは判ってますよ」
「全くだ。こと生き物が絡むと、君の作るものにはろくなものがない。空飛ぶスパゲッティとか」
「ノンフライ麺はあるから、今までに無い奇抜なフライ麺を作ってたら勝手に飛んでった」

 ふざけた話であるが、悲しいことにこれが事実なのだ。なんともやるせない気分になる。

「そして去年は、人間サイズのカキフライが芋虫のように地を這ったな」

 その姿は正しく、地を這うカキフライ・クリーチャー。
 巨体から滴る高温の油とタルタルソースは、トマトソースどころではないインパクトがあった。

「世界は牡蠣の炎に包まれたんだ」
「君を衣に包んでカラッと揚げてやろうか」

 実際にやってやりたい衝動に駆られながらも、クロノは耐えた。彼に悪気がないのはわかってい
たし、被害と言っても自身のバリアジャケットの他には、彼のアトリエがタルタルソースまみれに
なった程度だ。自業自得である。
 報酬のマジックアイテムも、地味になかなかおいしかった。これだけを見れば単なるギブアンド
テイクだが、それだけの関係ならここまで長続きはするまい。
 そんなことを考えるたびに、不思議な友人だと、クロノはいつも思うのだ。

「まぁしかし、希望はあるんですよ」

 自信に満ちた顔を見て、ほう、とクロノは小さく返す。

「とある世界でワープゾーンを見つけたんだ。なんでも、人によって行く場所が違うとか」
「行くのか」
「行く。帰り道は消えるらしいが、ふくろがあれば大丈夫。行ってみる価値はある」
「わかった。行くまでのナビは任せろ」
「バリバリー」
「やめろ」

 この時クロノは、全く心配していなかった。
 警戒心が皆無とはいえ、この男はベテラン冒険家。護衛には地上最強の生物はぐれメタルを筆頭
に、そこかしこで仲良くなったモンスターたちが、魔物パークにもわんさかいる。
 しかしその安心感が、逆に一番危険だったのである。あらかじめ気付いていれば、気を配ってい
れば、あれほどの事故は防ぐことができていた。
 あの初歩的な、致命的な事故を。
 防いでいた、はずなのだ。





「キメラの翼がない」

 こうして彼は大学を欠席した。
 ついでにStSにも遅刻した。



(続く)



[25664] 2
Name: しこたま◆b2ee5f7a ID:6076d7a3
Date: 2011/02/04 02:23
「あ……新しいページが……現れた……ゾ」
「なのはとフェイトとはやては、魔法生活にかまけすぎて……!」
「単位が足りなくてリタイアだァァ――――z________ッ!!」
「ウケ ウケ ココケッ ウコケ コケケ ケケケケケ ウココケケッ コケコッコッ」





 女性から取り上げた本をひとりの青年が朗読する奇妙な夢で、キャロはようやく目を覚ました。
 眠い目をぐしぐしこすり、アトリエの主人が見つけてきた、年代もののランプに灯をともす。
 昨晩長い間探し物をしていたのは覚えているが、どうやら見つけたら見つけたでそのまま寝てし
まったようだ。その直後から記憶がすっぽりと抜けている。そのくせ夢だけはよく覚えているのだ
から、人間の記憶は不思議なものだ。
 新しいページとやらに書いてあった3人が肩を組み、満面の笑顔を浮かべながら、

『びっくりするほどラフレシア! びっくりするほどラフレシア!』

 と踊り始めたあたりから夢だと分かっていた。ただ途中から登場人物が替わって、夢と現実の境
界がだんだん紛らわしくなっていったような気がする。
 夢の中くらい静かにしていてもいいのにとしみじみ思う。現実で大人しくされたところで、頭が
悪いのか頭がおかしいのかどちらかにしか思わないのだから。
 間違えた。両方だ。

「こんな立派な鍋があるんだから、馬鹿につける薬を開発すればいいのに」

 何を煮込んできたか気になる大鍋は、釜戸の上で放置されたまま。訳のわからないトマトソース
を作るくらいなら、そういう用途に使った方がよほど実用的だ。
 数年前にこっそり開いた「オリーのアトリエ」は、今は使う者は居ない。こうして顔を出してい
るキャロでさえ、置いてあった荷物を出掛ける前に取りに来ただけだ。
 外に出てみると、辺りはまだ薄暗かった。起き出すには早い時間だったらしい。普段は野良狼や
野良スライムや野良恐竜がうろつく秘密のアトリエのまわりも、まだ生き物の気配らしいものはな
かった。
 主人を失い、放り出された隠れ家は静けさに包まれている。山の中にあることも相まって、どこ
か物寂しさを感じさせられた。――見知った部屋はこんなにも広かっただろうかと、キャロが疑うくら
いには。

「さて……よいしょ、と」
 昨晩のうちに探しておいた荷物を背負い、きゅるる、と寝息を立てる相棒を起こす。
 思い起こせばこの部屋で「適当な石与えたらマムクートになるんじゃね!? 見たい見たい!」
とか訳のわからないことを話したような記憶がある。今となっては懐かしい思い出だ。

「じゃあ行こうか、フリード」
「きゅっ、きゅるる!」
「え? 私宛ての宝箱をみつけた?」
「きゅるるる、きゅる」
「50ゴールドとこんぼう……アリアハン王の真似事ですか。書き置きして、貰っちゃいましょう」
「きゅる!」
「『全部換金してやります。ざまあないですね、ふ、ぁ、っ、き、ん』……と」
「きゅる!?」

 ここに居ない彼とは数年前に出会った。以来たまに行動を共にし、そうしてトラブルに巻き込ま
れてはふぁっきんふぁっきんさのばびっちと罵った仲だ。
 時空管理局の魔道士ランキングの一部に、ジムリーダー制が導入されたのが3年前。設立されて
から多くの魔道士たちの頭上に豆電球を点してきた、「はぐりん道場(ひとしこのみお断り)」の
運営が始まったのが、今から2年前のこと。
 その両方にこっそり関わっていたのだと、やり遂げた男の顔で言ったのを思い出す。自分が楽し
いと思ったら、即断即決即行動。やることは突拍子がなくて思考は完全に斜め上だったり下だった
りだが、その思い切りの良さはキャロも嫌いではなかった。何も考えていないだけだとしても。
 少し前にあの人が消えたと聞いた時は、それは確かに驚きはしたけれど。でも広い広いこの世界、
そのうち会うこともあるでしょう。
 それまでに自分の世界を広げておこう。と、そんなことを考えながら。
 キャロはフリードリヒの背に乗って、迎えのフェイトの下へと飛び立った。機動6課が、待って
いるのだ。





「お久しぶりです、フェイトさん」
「キャロ! 元気にしてた?」
「そこそこです。……フェイトさん、前から気になってたんですけど」
「どうしたの? やっぱり、新しい場所に入るのは心配?」
「いえ。フェイトさんたちのことです」
「え? 私の……いいよ、何でも聞いてっ」
「部隊と大学って両立できるんですか?」
「うん……Sランクの枠を1つ、なのはと私とはやてで、3交代シフト制にすることになって……」

 この部隊大丈夫かなぁ、とキャロは思った。



(続く)



[25664] 3
Name: しこたま◆b2ee5f7a ID:6f20eee5
Date: 2011/02/04 02:26
 ミッドチルダ郊外の静かな街に、八神家が間借りしている部屋がある。
 管理局の業務に関わっていると、地球に帰るには遅い時間になることもある。そんなこともあろ
うかと用意してあった、八神家のささやかな拠点だ。
 「オリーのアトリエ」は多くの者が頻繁に利用するものの、あれはミッドチルダとはまた別の次
元世界にある。管理局の仕事の本拠地にするのに適した立地とは言えない。ミッドチルダを経由し
て他の世界に飛ぶ時なんかにも、そちらではなくよくこの部屋が使われてきた。
 その一室が、今朝はいつになく騒がしい。

「り、リーゼさんたち、先週完成した資料、見覚えはっ」
「ちっちゃなカードに移動してたよね。どれかは知らないけど」
「あっ……あ、あった、これだ! 印刷機、印刷機は……あれ?」
「こっちは全部デバイス経由で表示できるだろ。地球のシステムと混同してないか?」
「そ、そうだった、よかった……なら今のうちに、自己紹介の練習を……!」
「落ち着きなさい。原稿が上下逆さじゃない」
「はくさい!」
「それは夕飯の買い物メモだ馬鹿」

 なのはが資料を揃え、本棚から本棚へとあわただしく動き回っていた。それを気持ち手伝いなが
らも、リーゼ姉妹とヴィータは比較的まったりしたいつもの調子で、のんびりと自分の準備を進め
ていた。

「どうしてそんなに余裕なんだろう……」
「あたしはもう準備済んでるし」
「教えるのは私たちじゃないから」
「あくまでも補佐だから」

 昔取った杵柄。以前はクロノやなのはたちにも、魔法を教えていたことがある。
 機動六課の目標としてとある目的を果たしつつ、同時に後進を育てていくことが本線となった際、
補佐に立候補したヴィータ以外にも、グレアムを経由してリーゼ姉妹に話が舞い込んだのだ。同じ
くなのはのサポートという名目で。

「教育実習生を見守る教員ってこんな気持ちなのかもね」
「それにしても、この子が教える立場にねー……ついこないだまであんなだったのに」
「うう、き、緊張する……昨日はぜんぜん寝られなかったし……」
「大丈夫だって言ってるのに。バックアップは万全なんだから。私たちもいるじゃない」
「まさに猫の手を借りるってわけだな!」
「カナヅチは黙ってなさい」

 とはいえ、補佐はあくまでも補佐。教わる新人たちのためにももしもの時はサポートに回るが、
差し出がましい真似はしないようにと申し合わせてあった。それがなのはのためでもある。
 学校に通いながら管理局に勤め続け、魔導師としての経験を積み続けて10年近く。ユーノに手
を引かれ魔法を手にしたなのはは、後進を導く戦技教導官を、いつからか目標に掲げていた。勉学
との両立を図った結果時間はかかったが、ようやく取得できた憧れの資格だ。
 機動六課はそれ自体が結成の目的を持つが、管理局内で意見に上がってきていた新たなシステム
を取り入れた、実験部隊という意味合いが強い。
 そのため教導官のなかでも、リイン道場(一見様お断り/魔法攻撃はともかく物理攻撃の苛烈さ
ははぐりん道場の比ではない)を長く利用し続けてきた経験を持ち、某米のアルカナ契約者に連れ
られて様々な世界を見てきたなのはに白羽の矢が立った。
 しかしなのはは資格を取って間もない。技術はあれどまだまだ慣れていない部分も多く、機動六
課の新人たちのランクは、なのはが受け持った中でも最も高かった。
 もともと責任感は強い性格だったが、そのため逆に神経質になってしまっているのが現状だ。新
人のスカウトははやてが行ったため、今日が初顔合わせなのもプレッシャーに拍車をかけている。

「……学級崩壊」
「ひ」
「不良少年」
「うっ」
「モンスターペアレント」
「うああっ……」

 新人たちの保護者なんてフェイト・テスタロッサとゲンヤ・ナカジマのたった2人、かろうじて
ギンガ・ナカジマを含めてめ3人しかいないのにどうしたのこの人。
 しかし悪戯好きな猫姉妹+遊び好きなヴィータとしては楽しいだけだ。こうも反応が素直だと、
ついつい顔がにやけてしまう。

「反抗期」
「ひきこもり」
「不登校」
「……やめなさい、3人とも」

 調子に乗って弄り続けていると、様子を見ていたグレアムが嗄れた声でたしなめた。

「グレアム提督……」
「不安はわかるが、心配し過ぎは良くない。出来るものもできなくなってしまう」
「それは……でも」
「そういったものから解き放たれた人間を、君は見てきたのではないのかね」
「アイツは解き放たれすぎだけどな」
「もう少し縛られるべきよね」

 その考えは共通していたらしく、姉妹もヴィータもうんうんと口々にうなずいた。
 グレアムの言うことはもっともだが、今は居ない彼についてはまるで参考にならないとなのはは
思った。「黄金のチャーハン探しに行く」と言って東に飛んだかと思えば、「フライパンが時空の
狭間に飲み込まれて過去の遺跡に吹っ飛んだ」と訳のわからないことを口にしたりするのだ。言っ
とくけどそれ次元震だから。それに遭遇して平然と帰ってくるってどういうことなのあの人。
 しかし。あの自由奔放さを考えると、気持ちはいくぶん軽くなった。
 いまの彼と、対して機動六課が置かれている状況とを考えると複雑だ。だがそれでも気分が楽に
なったことにかわりはない。ここにいない人間に元気づけられるとは、と思うと正直なところ不思
議な気分だけれども。
 緊張は抜けきっていないが、先ほどまでのプレッシャーは取れていた。
 ぱっと顔を上げ、なのははグレアムに礼を言ってから、「先に行ってます!」と明るく元気に駆
けて行った。





「……それにしても、まさかじいさんに指揮される日が来るとはな」

 なのはが出ていった後、ヴィータはぽつりとこぼした。
 おや、とグレアムは振り向いて、「不満かね」と小さく笑う。

「別に。てっきりはやてが隊長やると思ってただけだ」
「あの子は世の荒波に揉まれるには若い。その点、この老いぼれは相応しいだろうよ」
「……」
「方針と支援はこちらに任せて、好きにやるといい。細かい部分は現場の君たちに任せる」
「そうかい」

 部隊の頭を務める話が持ち上がったときは、さすがに躊躇したものの。
 老いて朽ち果てる前に、遺せるものがあれば。はやてに何かしら、見せられるものがあるのなら。

「過労死すんなよじーさん」
「あと20年は生きる」
「へっ。言うじゃんか」

 仇と恨み、憎んでいた相手と、こうして手を取り合うこともある。
 それを60以上もの年を重ねてからようやく経験するという事実に、グレアムは世界の縁の数奇
さというものを感じずにはいられなかった。



(続く)

############

「高町なのはです。これから1年間、皆の教導を――」
(おお……こうして見ると、仕事のできる女にしか見えないんだが)
(そりゃそうよ。この子これで、今までけっこう結果出してるし)
(あ、でも手が隠れてぷるぷる震えてる)


 じいちゃんの資料(年齢とか管理局の定年とか)探してたのにどこにも書いてなくて泣いた。
 紐糸的にはたぶんこうなるハズなんです。ポジション的には不動GEN……いやなんでもない。


2/4 2:25 修正入れたら上がっちゃったかもしれない。ごめんなさい。



[25664] 4
Name: しこたま◆b2ee5f7a ID:6f20eee5
Date: 2011/02/08 09:46
「これだけやって手がかりゼロなんか。ったくもぉ、何処に行ったやら」
「『ポケモン世界で持ち物を持ち換えたらバグった』なんてことでなければいいんですけど」
「シャマルは一昨年それで灰になっとったよな」
「最新のゲーム機であんなことになるなんて……あれはもう死にたかったです……」

 機動六課の当直室は、基本的に常に人がいるようになっている。朝の間はなのは、昼から夕方に
かけてはフェイト、夜ははやて。訓練がない時間帯にはそれぞれが詰めているのだ。
 大学生活との両立を考えた結果であるが、突然の事件にも24時間対応できるので案外賛同は得
られた。後から知ったことだが、救急などの現場ではさほど珍しくもないらしい。
 とはいえ、今はまだ出動が求められる事態は起こりそうもない。ないから、書類仕事を済ませた
らぐだぐだと管を巻く。
 はやての他にも様子を見に来るヴォルケンリッターやリイン姉妹、暇を持て余した猫姉妹や仕事
を片付けたグレアムまでもが、夜間も時折足を運びんでいる。その時はたまたまシャマルが、昼間
行った広域探知魔法の結果を報告していた。

「もうこうなったらいろんな次元世界で、片っ端から魔力ブーストしたレミラーマ使うしか」

 彼の残した不思議なアイテムは、役に立つものもあれば全く役に立たないものもある。
 最近の作品である「帰ってきたいのりの指輪 Mk-2」は前者だ。以前改造したいのりの指輪に加
え、台座に希少な素材を導入することにより、使用者の意図したとおりの魔力ブーストを可能にす
るという逸品だ。
 詳しい原理は作った本人にもわからないので、量産がきかないのが欠点である。

「宝扱いですか……反応しなさそうですけど」
「たしかに宝箱に入ってても、インパス唱えると青く光らなさそうやな」
「敵なら赤ですけど、何色に光るんでしょうか」
「どどめ色」

 何色だ。

「あーもお! モンスター図鑑に登録しとったら居場所が生息地扱いされて出るのに!」
「そんなまたスイクン探すゴールドさんみたいな……」

 口を動かしながら手も動いているのは、この数年で身につけた技術だ。下らない話をしながら、
書類を片付け、ゲームボーイアドバンスを操作……はさすがにしない。勤務中なのでそこは我慢で
ある。
 八神家も時代の流れには逆らえず、旧き良きゲーム機にも世代交代の波が押し寄せてきていた。
ゲームボーイはアドバンスへ。64はキューブに。プレステはついにプレステ2になった。驚くべ
き進化と言えよう。

「帰ったら今年の大河ドラマ『赤頭巾 茶々』を録画しとかんと。楽しみにしとったし」
「『NHKがついにふっ切れた!』って嬉しそうにしてたのに……本当、どこ行ったんでしょう」
「大学の進学手続きは済んどったからええけどな。久々に同クラスになったと思ったら……ったく」
「ふふ。はやてちゃん、寂しいですか?」
「シャマル後で埋めたる」
「そんなぁ!」

 たらたらと話しながらも、はやては考える。
 彼の安否そのものについては、あまり心配していなかった。
 いつもどこかをふらふらと冒険していたし、長い休みには何日も家を空けることもあった。「ア
トリエつくる!」と言いだして、夏休みに山にこもっていたのはまだ記憶に新しい。
 完成した途端にキャロに「御苦労さまでした。今日からここはルシエのアトリエです」と乗っ取
りを宣言されていたのには笑ったけれども。

「……早く帰ってこんかなぁ」
「ですね」

 そのうち帰ってくるとは思う。あれだけ大学生活を楽しみにしていたのだ。しかもなのはと続け
ている試験対決を考えると、少なくとも定期試験までには戻ってきているはずだ。
 ただ事情が事情だけに、それではマズいのだ。

「見つけるまでに鍛えに鍛えたイーブイパーティーでべこんぼこんにしたるわ」
「最近負けが溜まってますしね」
「5回勝ち越したら『なのはとひのきの棒・おなべのフタ装備で模擬戦させる』ってゆーとったし」

 あの男を見つけなければ。そして、あの予言の真意を確かめなければならない。オリーシュをヴ
ィヴィ太郎に会わせてはならないという、その予言の正体を。





「また魔改造されるってことでしょうけどね」
「可能性大やな。まさかの性転換とかになってたら笑えへんわ」

 後のヴィヴィ男さんである。



(続く)

############

赤なのか茶なのかはっきりしろNHK、とザフィーラは思った。



[25664] 5
Name: しこたま◆b2ee5f7a ID:9fcff5af
Date: 2011/02/10 13:31
「*やみのなかにいる!*」

 オリーシュは薄暗い空間をさまよいながら、自分の置かれた現状を端的にそう表現した。
 はてさてこの状況になってから、何日が経過したかは定かではない。行けども行けども洞窟が続
き、太陽の下に出られる気がしなかった。ランプの明かりに照らされた洞窟とおぼしき空間は、い
まさっきの声が反響して四方八方から聞こえるばかりだ。

「おお、そっちか。よくわかんないけど行ってみるか!」

 後ろをゆるゆるついて来ていた3匹の魔物たちが、声の反射をたよりに行く手を示す。音の響き
方から、先へと続く道がわかるのだ。長年の冒険で得た能力は、こんなときに役に立つ。

「スバルを相手のゴールにシュゥゥウウ!! ……あっちか! あっちなのか!」
「?」
「いや、スバルは青髪のやつ。ゲバルじゃないから。髪で三半規管とか壊せないから」
「……」
「スバル投げて遊んでもいいのかって? ああ、まぁ、いいか。スバルは投げ捨てるもの」
「……?」
「ティアナの趣味は違うよ。たぶんスバルを踏むことじゃないかね」

 超! エキサイティングな会話を連れのはぐれメタルたちと交わしつつ、オリーシュは進む。遭
難したら動かないのが鉄則だがそんなことは関係ない。食料はあるし、体力もある。ただし自重と
いうものがなかった。最悪だ。
 それにしても、広い洞窟だ。
 もうかなり歩いたし野宿は何度もした。どうやら水も流れているようで、時々川のせせらぎも聞
こえてくる。
 一度死ぬ前はよく秋の山なんかに出かけたりしたのでわかるが、どうやらどこかの山岳地帯らし
い。火山だったら野生のドラゴンがいたりするのでまずいなぁと思っていたが、今のところそんな
ことはなかったのは幸いか。

「帰りたい 帰りたいのに 帰れない」

 さてこうなると、さすがに帰りが心配だ。
 10年ぶりの大学生活なのですっかり忘れていたが、大学の講義は履修の希望を届け出ないと受
講したことにならないのだ。こればっかりははやてに託せない。残念ながらそういうシステムでは
なかった。

「なのはを差し置いて……留年だと……?」

 末代までの恥である。末代どころか一代で終わる可能性も大だがとにかく恥だ。中高のなのはは
勉強も本腰を入れて頑張っていたのだがそんなことは関係なく、彼の中のなのはは頭が良くなって
もずっと変わらないままだ。
 実際のところは、

「そう扱うとなのはがもっと勉強するみたいだし」

という桃子さんの言葉もあってのことだが。そろそろやめようかなと思ったこともあったが、本人
もあんまり嫌がってなさそうだし。
 それはさておき、出口だ。出口がない。洒落にならない。これは困った。

「『なのはを留年させる方法』……ああちくしょう! 電波届かねえ!」

 グーグル先生に尋ねようとしたが、残念ながら携帯は圏外だ。諦めて助けを待つか、歩き回り出
口を探すか、もしくは脱出アイテムを見つけるしかない。

「はぁ。まあ、いいか。そのうち出られるべ」
「……」
「え! 看板見つけた? えーと、はく……白金山だと? 厨二病な色ですね!」

 三匹が怒った。

「白金連峰なんて聞いたことはないけどなぁ……まぁいいや、進もう」
「……」
「ここらでキャンプ? いやいや、俺の辞書は後退のネジを外してあるんだ」
「?」
「ネジはあるよ。電子辞書だもの」

 今度はどんなやつに会えるのだろう。オリーシュは期待を胸に抱いたまま、シロガネ山の洞窟を
奥へ奥へと進んでいった。



(続く)

#############

【リザードン様が】はがねタイプだけで最強のトレーナーに挑む【倒せない】



[25664] 6
Name: しこたま◆b2ee5f7a ID:6f20eee5
Date: 2011/02/12 13:32
 同じフェイトの保護下にあるにもかかわらず、キャロとエリオには機動六課の立ち上げまで直接
の面識はほとんど皆無だった。
 キャロは自然保護活動に参加したり、とある人物の「召喚魔法が使えるなら、世界中の魔物と仲
良くなっておけばいいじゃない」という一言で連れまわされたりで、ひとところにいる時間がそれ
ほど長くなかった。エリオはエリオで管理局内の保護施設に収容されて以後、訓練校に入学して忙
しい毎日を送ってきた。
 同じ部隊に所属することが決定した後も、設立のその日までに知ったのは互いの顔と大まかな経
歴だけ。あとはそれぞれの持つ魔法技術を少々といったところだ。似たような立場にありながら、
個人的に連絡を取ることはなかったため、知り得た情報はその程度だった。
 それでも。召喚魔法を操り、竜と心を通わせるというキャロの話は、エリオの琴線に触れるもの
だった。
 出来ることなら竜の背に乗って、自分も空を飛んでみたいとエリオは思った。異常な体験を経た
彼が珍しく抱いた、子供らしい小さな憧れだった。

「じゃあ、まず、皆のデバイスから……キャロ、それは?」
「『破壊の鉄球』です、ロッテさん。今日から訓練だと思って、魔法で引っ張ってきました」
「目を覚ましなさい。それは質量兵器よ」
「なら召喚魔法で敵の頭上に落とします」
「贅沢な使い道ね」
「ストックが87個もあるんですよ。針玉ガジェットと鉄の鎖を合成しただけなので」

 本当に竜の力を使う必要があるのだろうかと、エリオは冷や汗をかいた。





「今日から相部屋ですね。よろしくお願いします、エリオくん」
「う、うん。よろしく、キャロさん」
「それで、こっちの寝てるのがフリードリヒ……あれ? そういえば、さん付けで呼ばれるのは初めてです」
「あ、そうなんだ。……どうしようか。変な感じかな?」
「んー……よくわからないので、エリオくんにお任せします」
「ええと、じゃあ……キャロ?」
「はい、エリオくん」

 あれ、とエリオは内心首をかしげた。装備と同じく考え方や行動もブッ飛んでいたらどうしよう
と、本当はかなり心配していたのだが。2人きりになるのはこれが初めてだったが、こうして話を
してみると意外なほど普通だ。

「あ。今、『なんでこんなに普通なんだろう』って思ってる」
「ええっ!?」

 驚きの声をあげるエリオを見て、キャロがグッとガッツポーズしたので5点くらい入った。

「当たりですか。やたっ」
「ど、どうしてわかっ……いいいや、そんなこと考えたりはっ」
「いいんです、さすがにお昼はやり過ぎでした。……あと安心してください。私が暴言を吐くのは、
 たったひとりだけです。今のところは」
「たったひとり……その人が嫌いなの?」
「嫌いじゃないですけど、いつかひれ伏させたいとは」

 それは嫌いとは言わないのか。ううむと唸るエリオに、キャロはきょとんと小首をかしげる。

「最近は世界中遊び尽くしたみたいで。そろそろ外出を控えるらしいので、それが期限ですね」
「あっ……それって、もしかして地球の人? なのはさんたちの幼なじみの」
「多分それです。もしかして、フェイトさんから?」
「うん。まだ本人には会ったことないけど、いつか見てみたいなって」
「そうですか。ポケモン探しが終わったら、八神家でずっとまったりするって言ってましたよ?」
「はやてさんとは、そういう仲なのかな?」
「いいえ、『死ぬまでこたつで茶を啜る仲』らしいです」

 一体どんな仲だ、とエリオは思いました。

「死ぬまでやってろ、と私も思いました」
「怖いよ!? ……ところでキャロ、どうして丁寧語なの?」
「その方が、あの人に対する罵詈雑言との落差が激しくなると思いまして」
「ばりぞうごん……」

 一体過去に何があったのだろうとエリオは心から思った。
 ただ、喧嘩するほど仲が良いという言葉もある。

「ふつうにしましょっか」
「あ、うん。その方がいい、かな」
「わかった。よろしくねっ、エリオくん」
「切り替えが早いね」
「それもよく言われる」

 ふつうに仲良くなれそうだ。ほっと安心するエリオだった。



(続く)

############

「ザフィーラの黄金長方形走法により、キャロの破壊の鉄球に無限大のエネルギーが集まりうちゅうのほうそくがみだれる!」
「乱れているのはお前の思考だ」
「今日もいい具合に頭が悪いですね」

オリーシュとの出会いを見たい人はホームページを参照すればいいんじゃないかな
ザフィーラとはとっても仲良しです。



[25664] 7
Name: しこたま◆b2ee5f7a ID:6f20eee5
Date: 2011/02/23 00:18
 終了の合図とともにティアナは地面にへたりこんだ。スバルは大の字に倒れてしまい、エリオも
槍をつっかえ棒にして立つのがやっとといったところだ。よく見るとかたかたと膝が笑っている。

「あたし相手に15分耐えたのは誉めてやるぜ」

 そんなヴィータの声も耳に入らない。離れた位置ではなのはとグレアムが何やら話しているが、
それもすぐにティアナの頭からは消えた。
 本格的に訓練を開始する前に企画された、1対4の模擬戦闘。今後の訓練計画を立てるにあたり、
観客もなのはとグレアム、リーゼ・リイン姉妹という豪華な顔ぶれだ。
 いい所を見せるはずだったのに。格上相手とはいえ4人がかりでかかって、ここまでこてんぱん
にされるとは。

「あたしたちは普段から目を馴らしてるからな。それにしても、お前ら思ったよりやるな」

 そんなふうにヴィータが言ってくれたのがせめてもの救いだろう。しかしそれも気休めにしかな
らない。

「ただしキャロ。お前は駄目だ」
「どうしてですか、ヴィータさん?」
「ひとりでフリードリヒに乗って突撃してんじゃねーよ」
「そういう戦い方しか知らないんですよ。あと、フリーファイトでそんなことを言われましても」
「昔よく『あいつは敵陣に放り込むしか使い道がっていうか自分から飛び込んでくよね』って言われたな。あの時のままじゃんか」
「今のヴィータさんの一言で、私の蘇ったトラウマががおーと吠えてひひーんと嘶きました」

 やたら元気な生き物を飼っているらしい。
 いやいやそんなことは問題ない。一体どんな鍛え方をしたのか知らないが、けろりとしているの
はどういうことか。

「リインさんにふっ飛ばされ慣れてますから」
「鉄球かまえて突っ込んでは鉄球ごと蹴っ飛ばされるのが日課だったな。そういえば」
「途中から蹴り方にも凝り性が出てきて、様々な回転をかけられたのは今でも悔しいです」

 様子を見に来たリインフォースが「サッカーたのしい……」とつぶやいていた。
 その顔を見ながら、ティアナは強く目を光らせる。
 数年前に設置された、「はぐりん道場」と「リイン道場」。うち片方は現在休業中らしいが、な
るほどキャロがその経験者だというなら、あのバカみたいな体力も納得だ。
 それぞれの道場で繰り広げられる、常軌を逸すると言われる戦闘訓練。まとめて「メタル狩り」
と呼ばれる荒行において、主に狩られるのは挑戦者側である。最後までやり通せば比較的短期間で
戦力の増強が見込めると言われているが、成功例はごく限られているらしい。
 詠唱時間ゼロで飛んでくる儀式魔法。そして神速の格闘術に、圧倒的な防御力。道場主の人智を
超えた能力の数々を前に、大抵は3日で諦めるとのことだ。
 だがティアナは、それをやり通す気でいた。

「はぐりん道場? ああ、アレな……一応、6課内にも準備するつもりやけど」
「ほ、本当ですかっ!?」
「うん。ただあっちは休業中やし、リインの方になると思うわ。週1くらいで参加すると思う」
「やっ、やります! やらせてください、ぜひ!」

 はやてとはそんな会話を、スカウトを受けた時に交わしていた。道場卒業者の名を覚えていたこ
とを心から幸運に思った。
 折角つかんだチャンスだ。どんな辛い試練が待っていても乗り越えて見せる。そうして、兄の無
念を晴らすのだと、ティアナは強く心に誓っていた。

「お前は集団戦闘を勉強しろ……マイペースなとこはアイツに似やがって」
「あの人に似るだなんて心外です。これは元凶を絶ち、私のアイデンティティーを確立しないと」
「その前にチーム戦法を確立させてやるから覚悟しとけ。一から叩き込んでやる」
「もうねむいです」
「ぶっとばすぞ」

 お前らあとはなのはの指示に従えよー、と言うヴィータに、キャロは無言でずるずると引きずら
れていく。それにしてもリイン道場とやらは、強くなる代わりに図太い性格にされてしまうのかと、
ティアナは少々不安になった。






「ティアナさん、ティアナさんっ」

 だからそのキャロが宿舎の部屋を訪ねて来た時は、驚きもしたし強張りもした。

「どうしたのよ。こんな夜更け……でもないか。案外まだ早かったわね」
「よかったです。一瞬『子供は寝る時間よベイビー』って言われるかと思いました」
「チャイルドなのかベイビーなのかはっきりしなさい」

 ティアナは苦笑いし、キャロはそれもそうかとばかりに、感心した調子でぽんと手を打つ。
 そんなことをしていると、ルームメイトのスバルがひょっこり顔を出した。

「あれっ、キャロ。どしたの? ひょっとして、ひとりで寝れなかったり?」
「一時期とある人に連れられて異形の魑魅魍魎どもに囲まれて寝たことがあるので、実はひとりで寝るのは好きなんです」
「ああ……うん……きゃ、キャロ、苦労してるんだね……わ、私はこれで」
「……とーん、とーん、という足音に振りかえると、そこには米まみれの銀髪の青年が!」
「うわわわぁっ! そ、そういうのいらないぃっ!」
「今の話のどこに怖い要素があるのよ」

 スバルは飛び込んだ布団から顔を出し、「あれ?」と首を傾げた。そうしてやっとティアナの言
葉を理解し、恥ずかしそうな顔をしたまま布団の中に消えていった。
 訓練校時代からスバルには振り回され通しだが、それをも上回るジョーカーがいたらしい。

「苦手なんですね、スバルさん」
「モノによるんじゃない? それより、用は?」
「ああ、はい。その、どうも私、チームプレーが苦手みたいで。今日はすみませんでした」
「ひとり特攻しては撃ち落とされてたわね……正直どうかなと思ってたけど。まあ、明日からはもうちょっと、ね」
「はい。それでですね。スバルさんとティアナさんのコンビネーションとか、その」
「ディスカッションね。いいわよ。その代わり、今までどんな鍛え方してきたか教えてちょうだい」
「はい! お願いします!」

 レベルの高い仲間も増えて、機動六課の生活も、思ったよりハリがあるものになるかもしれない。
ティアナは不思議と、充実した感覚を味わっていた。





「ところで、どうしてパジャマに帽子のままなのよ」
「そうですね。この帽子には、ちょっとした哀しい昔話が……」
「あー……悪かったわね。軽々しく聞いたりして」
「ないんですよ」

 でこぴんしといた。



(続く)

############

ティアナ:ふつう エリオ:ふつう スバル:ふつう キャロ:ずぶとい  (作者プロットより抜粋)

気を許した相手にはふざけた態度を取るキャロ
なにこの子書いてて楽しいんですけど



[25664] 8
Name: しこたま◆b2ee5f7a ID:6f20eee5
Date: 2011/02/28 20:20
 子供のころ会ったひとりの少年を、スバルはよく覚えている。
 そのときはちょうど空港で姉とはぐれ、ひとりぼっちで人ごみの中を歩いていた。どこを見ても
知らない人ばかりで、場所もどこだかさっぱり分からない。
 今よりも内気だったスバルにとっては泣きだしそうなくらい心細く、ひたすら探し回っていたよ
うに思う。迷子センターか何か、行くべき場所が見つかればよかったのだが。そういうものはそう
いう時に限って、なかなか見つからないものなのだ。

「やれやれ。なんか鉄臭いとはぐりんたちが言ったから来たが、クアの子なんぞいやしない」

 そろそろ泣く、というタイミングで、待合席から声がした。
 きょときょとと辺りを見回すと、同じく何かを探していたその少年と目が合ったのだ。

「お。……おお? ええと、誰だっけ。記憶にあるが記憶にない……まぁいいや」

 知ってるけど知らない。などとよくわからないことを言いながら、少年は近くにまで歩いてきた。
 「知らない人についていってはいけない」という姉・ギンガの言葉を思い出しながらも、何故だ
かその時スバルは、一歩も動かずにただその様子を見つめていた。
 どういうわけか、心細かったのも忘れて、不思議な気分だったように思う。
 例えるなら、安全地帯に足が生えて、向こうからとことこ歩いて来たような。

「こんちは」
「……こ、こんにちは」
「突然で悪いけど、この辺でメガネの目つきの悪いのを見なかった? ちょいと探してるんだけど」
「え……ううん、そんな人……」
「そうか。いやー、あの人には悪いことしたからな。詫び入れてやろうと思ってたんだが」
「な、何したの……?」
「まさかワサビがあれほど苦手とは知らなくて。トラップで泣かせたお詫びに、サビ抜きの寿司を御馳走してやろうかと」
「おすし?」
「ぜんぶ玉子だけどな」

 そう言って、少年はどこからともなく寿司台を取り出した。
 何の前触れもなく握り寿司が出て来たという光景と、目に痛いほどの真っ黄色な色彩に、スバル
は二重の意味で衝撃を受ける。

「ほら、寿司食いねぇ」
「えっ……あ、ありがとう、ございます……」

 と思ったら差し出された。恐る恐る食べてみると、その玉子はたとえようもなく甘くてクリーミ
ィ。こんなものをもらえる私は、きっと彼にとって特別な存在なのでしょう。
 そんな実況を勝手にしている少年の顔を、改めてスバルはまじまじと見つめた。年は姉よりさら
に上のようだ。だが何を考えているのかはよく分からない。
 何処からお寿司を出したのか、とか、玉子ばっかり食べさせられる連れの人が可哀想、とか思っ
たが、それでもわかったことがある。
 悪い人ではないらしい。
 思い切って、勇気を出して、スバルはお願いしてみることにした。

「にしても妙だな……クアの子が空港で悪だくみしてるなら、そろそろ何か起こるのだろうかとカメラ持ってきたのに」
「あ、あの……すみませんっ、おねえちゃんを、一緒に探し……」
「悪の科学者(笑)の悪事をフィルムにまとめ、映画にするという俺の野望が……まぁ、撮影技術は後から追い付くでしょう」
「……す、すみません、おねえちゃんを、探すのをっ」
「『ミッドクリフ』をまとめた後は『ヘルニア国物語』の構想か……胸が熱くなるな……」
「あ、あの……あのっ」
「やはりスカさん主役かな。数の子の生みの親なわけだから、あの人もう『ニシン博士』とかに改名してもいい気がするんだよなぁ最近」
「う、うう……」

 話を聞いて。

「……ああ、思い出した!」
「えっ?」

 ぽんと手を打ち、「ニシンで思い出した!」と少年は言う。
 そうしてスバルを指差し、高らかな声で言い放つのだ。

「メバル!」
「スバルですっ! うわあああんっ!!」

 泣きながら走りだすスバルを、慌てて少年が追いかけて行った。





 追いつかれ、謝られ、姉探しを手伝われ見つけたところで、一言二言の挨拶を交わして、少年は
まるで何事もなかったかのように去って行った。「玉子が減っちまったから、クアの子はかっぱ巻
き攻めに変更だな……」と去り際につぶやいていた。終始よくわからない人だった。
 あの時食べた玉子の味が忘れられず、女の身で板前を目指すなどという超展開にはならなかった
ものの。その奇妙さゆえに、なんとなく現在まで、彼のことはスバルの記憶の中に留まり続けた。
 その後雑誌と映像で目にした、華々しいまでに活躍するなのはたちに憧れを抱き、魔導師への道
を志すようになったのだ。
 そして、今。

「最近特に厄介なガジェットの破壊と並行して、この男の捜索もしてくから。顔を頭に入れといてくれ」
「あれ……ヴィータさん、その」
「どーした?」
「この人……ただの板前じゃなかったんですか……?」
「えっ」
「えっ?」



(続く)



[25664] 9
Name: しこたま◆b2ee5f7a ID:6f20eee5
Date: 2011/03/03 00:56
 機動六課の、新人訓練が始まった。
 すでに新人であって新人でないようなのも1人混ざっているが、それでも根本的な扱いはティアナたちと同じ。午前のシフトを
担当するなのはの指揮のもと、グレアムの監督下での少人数指導だ。
 技術豊かななのはに加え、近接戦ではその力量を上回るヴィータ。さらにその穴を埋めるようにリーゼ姉妹が控え、加えて午後の
自主訓練にはフェイトが付き合えるという豪華な陣容だ。
 訓練の質は非常に高く、上昇志向の強いティアナにとっては特に、刺激的なやり甲斐のあるものになっていた。
 しかし早くも、その厳しさに参ってしまっている者がいた。スバルだ。

「さて。シャワーを浴びる前に、もう少し汗を……スバル、アンタも来る? 自主練してくるけど」
「あ、あう、うう……せ、せっかくティアに誘われたのに、体が、からっ、うああぁっ」
「はいはい無理ね。まぁ、だから誘ったんだけど」
「ひどい……」
「それにしても、どうしてそんなことになってるのよ。私の方もキツかったけど、夜まで響きはしなかったのに」
「と、途中までは普通だったけど……ヴィータさんが『エッケザックスぶん回すゼフィールはこんな感じだったな』って言ってから何かが……」

 何を指すのかスバルは知らなかったし、もちろんティアナにもよくわからなかった。
 しかしそれでも、訓練の内容は知っている。昨日今日とティアナがなのは、エリオがリーゼロッテにそれぞれついてもらっている間、
スバルとキャロはヴィータにしごかれていた。内容はたしか、撃ち込みに対する防御魔法の訓練だったはずだ。
 大方、魔法障壁の許容を越えた攻撃をもらい続けでもしたのだろう。過剰に魔力を使い続けたなら、疲れてへとへとになりもする。

「そうなる前にヴィータさんに直接言いなさいよ」
「だ、だって……キャロが隣でがんばってるのに、私だけ降参するわけには……」
「……へぇ、アンタが他人の様子を気にするなんてね。暢気でマイペースで楽天家のアンタが」
「どれかに絞って……せめてひとつに……」

 新人らしからぬ新人であるキャロについては、既にチーム戦に不慣れな事実が明らかになっている。そのためなのはたちの方針として、
常に他の新人ひとりとのペアで訓練させることにしたようだ。
 たまたま最初の1週間はスバルとキャロがペアを組むことになった。
 単騎で突撃することが比較的多かったらしいから、まずは手始めに前衛経験者どうしで、という計画なのだろう。
 なるほど確かに、ペアで技量を確かめあえば連携の強化にはもってこいだと、自分を振り返りながらティアナも思ったものであるが。
しかしよろしくない面もあったらしい。自分と十分以上に張り合えるキャロとの年齢差を考えて、さすがのスバルも気が気でないと
いったところか。

「はい、右腕」
「いたたた、いたっ!」
「ほら左手」
「ななな、なんで後ろに引っ張るの!? 私、てっきりマッサージしてくれるのかなって」
「さっさと足出せ」
「ティ、ティア、目が笑ってる! 笑ってるって!」
「幻覚よ。知ってると思うけど、世の中にはフェイクシルエットっていう魔法があってね」
「そんな使い方聞いたこともないよ! ……あっ。も、もしかして、昨日勝手に冷蔵庫のチョコ食べたの怒って……」
「……あれはアンタだったのね、やっぱり」
「う、うわわあっ! ご、ごめんなさいごめんなさい!」

 訓練校時代から振り回されているお礼を丹念に返すティアナ。勝手に墓穴を
掘ってその中に足を突っ込んでいるスバル。
 一方そのころキャロは今日も元気にヴィータに吹っ飛ばされたのを反省し、対抗するべく新たな装備を考案中だった。しかし
そうして出来上がった防御魔法は、鉄のチェーンを半径20メートルに召喚術で張り巡らせた『鎖の結界』ただひとつ。
 特定条件下ではなんとなく死亡フラグの香りがしそうな一品だ。時間操作系能力者には気をつけよう。

「さてと。あたしはもう行くから、そのままゆっくり死んでなさい」
「うぅ……キャロは、どうやって体力つけたんだろう。私もちょっとは自信あったのに」
「そんなに気になるなら、まずフェイトさんから当たってみたら。近接戦闘の一部はフェイトさんから盗んだらしいし」
「えっ! ティア、どうして知ってるの?」
「今朝ディスカッションしたとき本人から聞いたのよ。アンタは寝てたけど」
「それって何時?」
「4時半」

 スバルは思った。これからは早起きの訓練もしなければならない。





 そんなわけで翌日の午後、スバルはフェイトのもとを訪れていた。
 午後を担当するフェイトのシフトは、なのはが午前、はやてが深夜に入った隙間を埋めた形だ。
 自分の手持ちの仕事がない間は新人たちの自主訓練に顔を出し、アドバイスをしたり組み手をしたりでよく交流している。
 静かで控えめだが、助言はわかりやすく的確だ。もともと彼女を慕っているエリオやキャロと同じように、スバルとティアナにも
その実力と知識を信頼されていた。

「ど、どうしたのスバル、そんなにボロボロで……」
「きょ、今日は、ヴィータさんが『アイツがアルマーズ持ちヘクトルの必殺の一撃を見たがってたな』って言いだして……」

 今日もスバルは午前中の訓練で大変な目にあった。昨日の疲れは一晩ぐっすり休んでほとんど完全に治ってしまったものだから、
そんな様子を見せてしまってはヴィータに手加減はない。もともと手加減を望んでいるわけではないけれども。
 ちなみにキャロの「結界」は割とあっさり突破され、また今日も元気に吹っ飛ばされていた。吹き飛ばされた先には何故だか
貯水槽のようなものがあった。そこにたたき付けられたキャロ。その後射撃魔法であらぬ方向を撃ち、時計台を破壊していた。
 ヴィータにはやたらウケたという。

「それで、スバル、どうしたの? どこか悪いなら、シャマル先生にベホマかけてもらう?」
「えっ。なんですか、それ?」
「あれ、知らなかったんだ……だいたいの怪我は治っちゃう、すごい回復魔法なんだけど」
「……い、今、それ使って凶悪な訓練と回復を繰り返すっていう、すごい訓練法思いついちゃったんですけど……」
「それ、はやてが実験してたよ。オーバーワークすぎて、あんまり効果がなかったみたい」

 「バーチャル空間で例の人が操作する待ちガイルと対戦しとった方が8万倍くらいためになる」そうだ。
 あのときははやてもあの人もすごく楽しそうだったな、とフェイトは思う。今となっては、とある予言により片方を部隊でも
捜索することになったけれど。
 その状況も、なんだか10年前を思い出すようで。ほんの少しだけ懐かしいとか思ったり。

「それでフェイトさん、少しお話が……あるんですけど」
「あ、うん。いいよ、どうしたの?」
「キャロって、どうやって体力つけたかご存知ですか?」

 フェイトは答えに窮した。
 キャロに関してはもう、例のあの人に連れられていろんな秘境を探検したらしく、何があったかフェイトも把握しきれていない。
そういうときの同行者はだいたいユーノやザフィーラあたりだが、ふたりともこの場にはいなかった。
 ちなみにキャロと初めて組み手をしたのは、キャロ自身に請われて、ちょうど1年前のこと。
 砲撃を除く射撃はなのはを、格闘はフェイトを参考にしたらしい。さらに出どころの分からない召喚魔法と見たことのないマジック
アイテムを使いこなすキャロは、そのときから総じて強かった。
 今でも自分の姿を見つけると「フェイトさんっ、フェイトさーんっ」とニコニコしながら手を振ってくれるのは、思わず抱きしめ
たくなるほど可愛いけれど。
 訓練中にそれは危ないと、フェイトはそのたびにハラハラするのだ。

「え、ええと……えっと……」
「もしかして、フェイトさんもご存知なかったり……?」
「そんなことないよっ。た、ただ……野山を駆け回っていたら、体力も勝手についていたというか……」
「そ、そんなぁ……今から野山を走りまわるわけには……」
「あ、でも……あの人とザフィーラと一緒に出掛けると、何故か毎回新しい技を覚えて来てたような」

 スバルは疲れも忘れて駆けだした。

「ヴィータさんを倒して、私がザフィーラさんと組みますっ!」
「おお? 大きく出たな。お前ごときにザフィーラを乗りこなせると思うなよ……」
「待ってください。ザフィーラさんはこれから私と、遠乗りに行くんです」
「離せお前たち」

 ザフィーラの背中を巡り、ヴィータとキャロと三つ巴で取り合いになったという。





「アルフさん、お願いします!」
「おっけー。騎兵の練習なら踏ん張りなよ、振り落とされても知らないよ!」

 一方エリオはアルフに頼んだ。



(続く)

############

キャロ「何故だかこのリアクションをしなければいけない気がしたんです」

03/03 0:54
誤字修正。>>576さんをはじめ、ご指摘くださった方ありがとう。
「ど」が「で」に化けるなんてどういうキーの使い方してんだよと思われるかもしれませんが
携帯でかな打ってるとよくあることなんです。



[25664] 10
Name: しこたま◆b2ee5f7a ID:4ff32349
Date: 2011/03/07 14:50
 スバルは1番エリオは2番。3時のおやつは文明堂。速攻で潰されたふたりに対してティアナはたまたま反応が良く、混乱しながらも
5秒だけもった。
 キャロは天高く投げ飛ばされながらも、召喚したガジェット・ドローンの残骸を足場にすることでリングアウトを防いだ。その後
武器や障害物を次々と召喚して直感を頼りに立ち回り、30秒目前まで耐えることに成功。大健闘である。

「今回は『鎖の鎧』を閃きました。こう、鉄の鎖をリング状にして、体の周囲にランダム旋回させてですね」
「あたしも鉄球で同じことやってるわけだが。っていうかどんどんタイマン向きになってくよなお前」
「攻撃時には近くの敵を半分の鎖で束縛し、残りの半分はひとつひとつに切れて鉄の弾丸になります」
「鬼か」

 以上が機動六課における、第1回リイン道場の顛末だった。

「うぎぎ……」

 気絶から覚めて、ティアナは悔しそうにうめき声を上げた。隣ではスバルがばたんきゅうと目を回している。
 甘く見ていたと言えば、甘く見ていたのかもしれない。
 短期間で戦力が向上するという、巷で話題のリイン道場。それ相応の高い難易度は想定も覚悟もしたはずだったが、はっきり言って
斜め上だ。笑えてくるほどのあの速度を目で追うのは、どう考えても悪い冗談にしか聞こえない。
 ヴィータが前に「目を慣らしている」と言っていたのを思い出し、その意味がやっと実感を伴って感じられた。キャロがある程度
立ちまわれたのは、その影響が小さくはなさそうだ。でもそんなことは今はとりあえずどうでもいいくやしいくやしいくやしい。

「なのはさんたちは、これを数年間やり通したんですね……」

 ようやく復活したエリオがぽつんとこぼす。
 そうだ、と見回してみると、なのはの姿がない。代わりに近くにいたヴィータの目にとまる。

「なのはなら道場中だぞ。お前ら目を覚まさないから……5分は耐えてるな」
「……し、射撃魔法だけで何とかなるんですか……?」
「案外な。あいつ砲撃使いだったのに、いつのまにかシューターの使い方が鬼になってるから」

 これからもなのはについていこう、とティアナは強く思った。




「やっぱり、無茶だったのかなぁ」

 夕方になって、なのはは自室でそんなふうにはやてに言う。
 大学の午後の授業も終わり、他に受け持っている仕事も、翠屋の手伝いも一段落。午前中の授業ノートも写し終わっていた。
夕食も済ませて、あとはゆっくり寝るだけだ。
 はやては夜勤が待っているけれども、昼から夕方にかけてぐっすりやすんで今は元気いっぱいだ。夜は自分でもヴィータたちを
相手に自主訓練しつつ、出番を待ちながら「絶対に笑ってはいけない管理局部隊舎」の計画を練っているらしい。それもキーパーソンが
不在のおかげで、あまり進んでいないようだが。

「映像見たけど、初めてならあんなもんやろ……私らのリイン道場1回目って、どんな感じやったっけ?」
「普通に吹っ飛ばされて終わりだったんじゃないかな。そういえば私たちも、最初は3人がかりだったよね」
「ああ、そうそう。その後しばらくして、フェイトちゃんが一番苦戦しはじめたのは意外やったな」
「うん。リインさんとは、基本的に同じ系統だから……そう考えると、一番大変なのはスバルとエリオかも」

 射撃の通じないティアナが苦戦するかと皆思うのだが、現実はそうではない。
 なのは自身リインフォースと戦って戦術を身に付けたが、案外射撃はイケるのだ。魔法はほとんど効かないとはいえ、
物理衝撃があれば足は止まる。さらに弾丸に付随する光や熱、音などを駆使したりとやり方はいろいろあるのだ。攻めの手としては、
視認不可の超遠距離からシューターで続けざまに狙撃したり、リインフォースの速度でも回避困難な量のシューターで足止めしたり、
無数のシューターを展開しておいて近接されたら迎撃させたり。とか。

「……なんか、シューターばっかり鍛えられた気がする」
「砲撃を使う機会なんてほとんどあらへんしなぁ」

 実際、運よく足が止まった時以外に、リインを相手にのんびり魔力をチャージしている暇などないのだ。
 そのため、砲撃は砲撃で別に鍛えざるを得なかったが、誘導弾等の小技のレパートリーは10年前とは比べ物にならないほど
増やしたと自信を持って言える。サムスが溜め撃ちだけでフォックスを相手にするのは無理があるのだ。現実の戦闘以外から得た
教訓だ。
 ただそういうことばっかりやってきたおかげで、接近戦は今も苦手意識がぬぐえないままだ。距離を詰められたら離れる癖が
ついてしまったような気がするのは、現在の一番の課題であろう。新人たちと一緒に、自分のそういった部分も成長できたらと
なのはは思っている。
 いまだに腕力はあんまりつかないし、とある幼馴染にひょいと小脇に抱えられては「お前ちゃんと食ってるのか」と言われたりするのだ。
 いつか逆に小脇に抱え返してやる。

「ま。おじさんもゆーとったけど、『リインと戦うと心が鍛えられる』らしいし」
「グレアムさんが?」
「ん。ぶっ飛ばされてもぶっ飛ばされてもへこたれない、っていうのが大切なんやて」

 なのははレベルアップの機会程度に捉えていたが、なるほどそう言われるとそうかも知れない。へこたれない最たる例、
キャロを見ていればなんとなくわかる。
 よく鉄球ごとサッカーボールのように蹴っ飛ばされ、時にはバスケットボールのようにドリブルされたこともあると聞く。
とあるギャラリーからの「排球拳いくわよー!」の声にリインが反応し、華麗に3連続でぶっ飛ばされたりもしたとか。
 それなのに次の週には、何事もなかったようにまたリインに挑んでいったのだ。
 なのはも根性には自信があったが、あそこまでけろりとしていられるかと言われると疑問である。なるほど特に前衛には、
ああいう図太さが必要かもしれなかった。

「やっぱり、勉強になるなー……ところで、はやてちゃん」
「んー?」
「私の携帯電話のメール音、また勝手に『日本ブレイク工業』にしたでしょ」
「うん」
「も、もう! 皆の前で立ってるときにすずかちゃんからメール来て、誤魔化すの大変だったんだから!」
「『おジャ魔女カーニバル!』の方がよかったか」
「そういう問題じゃないよ……あとなんか懐かしいんだけど」
「3人そろってマジカルステージ! とかやりたかったけど、今さらやしなぁ」
「私たちでやると単なるミナデインになるんじゃないかな……」

 ふとしたきっかけから、魔法少女談義に花が咲く。
 かと思うと不意に顔を見合せて、ふう。はあ。と息をはいた。

「……アレと同じレベルでボケ続けとるのは、やっぱし疲れる」
「やらなくていいのに」

 時間が合わないフェイトは仕方ないにしても。やっぱり1人分足りないような気がする。あの人はどこに行ったのだろうか。
何処にいようと、案外楽しくやっているのだろうけれど。
 今が楽しいなら昔のことは割と何でもいいのだと、素性と昔話を聞いたときに言っていたのを思い出す。
 それは確かに、そうかも知れない。今までその言葉を体現してきたわけだし。どうも不思議なことに、厄介事に巻き込まれたり
しないような気は確かにしなくもなかった。
 でも、思い出は欲しいのだ。

「まぁ、早く見つけんと。熱い塊が降り注いで、聖人が消えたり損なわれたりするらしいし」
「履修登録期間が狙いどきだよね」

 一緒にキャンパスを歩く日を、こっそり楽しみにしていたりするのだ。
 無事に連れ戻して、いっぱいいっぱい連れ回してあげよう。そして遅刻の釈明をさせ、たくさんお説教をするのだ。





 その後ティアナに何故か一挙一動をまじまじと凝視されたり、キャロに新装備のテストを頼まれたり、スバルとエリオに
手合わせ願われたりしながら、大学と機動六課での時間は流れていく。
 数日訓練を続け、頃合いを見てリイン道場。ぐっすり休んで、また訓練。おおよそそんな繰り返しだ。午後は午後で別の仕事に
大学にとなかなか忙しかった。
 そうしているうちに。新人たちのデビューの時が、一歩一歩と近づいてくる。



(続く)

############

オリーシュいないと安定しすぎて何なのこの気持ち…
あとなのはの視点が難しすぎて笑った



[25664] 11
Name: しこたま◆b2ee5f7a ID:ba2642e6
Date: 2011/04/05 09:10
 訓練と教習の繰り返しにより、新人たち個人個人のデータは蓄積していく。戦闘時における行動パターンや思考の傾向をはじめ、
手持ちの魔法や資質など、その内容は様々だ。訓練以外にも食事や休憩時間になのはたちと顔を合わせれば、趣味や性格をうかがわせる
ような話題にもなる。
 新人たちにこの度支給されることになった新型のデバイスは、そういった情報を集めた上で、システムリソースやプログラムに
細かな調整が施されている。なのはとフェイトが分析し、グレアムが助言し、最終的に技術面ではシャーリーがまとめた形だ。
 なかなかハードな作業だったが、それでも充実した時間を過ごすことが出来たとシャーリーは思う。Sランク魔導師の意見を生で
聞けるのだ。時間は無理のないように設定されたものの、やはり要求されるものも、プレッシャーも半端ではなかった。完成したその夜、
期待に応えられたはず! と幼馴染みのグリフィスに息を巻いて話してしまったのは、その反動だということにしておこう。
 その後そのシャーリーには、部隊内部から「お金出すからザフィーラ用のクトネシリカおねがい!」やら「いやそれよりも先に
鎧の魔槍を……ちょっと待てなんでエリオのをそれにしなかったんだ……!」など、
無茶なアイテムの作成依頼(依頼?)が、主にはやてとヴィータから舞い込むことになったのだが。挙げ句の果てにはどこから
聞き付けたのか、

「暇なときにスピードボール作ってください 拾ったぼんぐり同封しとくから」

という差出人不明の手紙と、謎の木の実が入った小包までもが届いた。
 スピードボールとやらが何を示すかはよく分からないが、いい仕事をすると部隊の外にも話が出るのだなと少しだけ嬉しく思った。
 手紙を見せたときのなのはの顔が、きびきびした普段の姿から想像もつかないくらいの動揺を見せたのは別の話である。

「……あれ?」

 キャロに手渡されたのは、ガントレット型のブーストデバイス。手の甲に埋め込まれた複数の宝玉が綺麗だ。シャーリーの説明によれば、
あらかじめプログラムしておくことで召喚魔法等の加速ができるらしい。
 それぞれの最新のデバイスに新人たちが目を輝かせるのに対して、キャロははて、と首をかしげた。魔法の補助としていくつか
マジックアイテムを使ったこともあるけれど、デバイスは基本的に昔から替えたことがなかった。「とりあえず召喚できれば何でも
いいかな」と思っていたのだ。そのことはなのはもフェイトも知っていたはずだ。
 要するに、自分も新デバイスをもらえるとは思っていなかったのである。もし仮にもらえることになったとしても、得物を模した
アームドデバイスになるのではとなんとなく推測していた。これはこれでとても嬉しいが、どちらかと言うとそっちの方がよかった
かな、と思ったり。

「すみません。あの、これ」
「どうしたの、キャロ?」
「いえ、その……ありがとうございます。てっきりアームドデバイスになると思ってました」
「キャロは単身突撃する癖をなんとかしなくちゃいけないからね。近接武器は、デバイスとしてはお預けだよ」
「む」

 言われてみれば確かに、デバイスで癖を矯正するという側面はあるのだろう。他の新人たちはチーム戦において長所をもたらす
特性を持つのに対し、単騎突撃は集団戦においてマイナスにしかならない。それ相応の戦闘能力があると言えるのは、知り合いでは
フェイトたちやリインフォースくらいのものだ。そこまで自分を過大評価できるほど厚顔でも無恥でもない。
 それにこの部隊のメンバーを見渡してみても、なんとなく理由は想像がつく。スバルとエリオに加えてキャロまで前衛に加わると、
全体として近距離パワー型に片寄ってしまうのだ。
 なのはやはやてが中遠距離からそれぞれ攻撃・補助魔法でフォローしてくれるならまだいいが、フェイトの場合はそれだと持ち味を
活かしにくい。近遠どちらでも戦える人間がいるなら……というのは自然な流れだろう。まぁ確かに遠距離で戦えるし、はやてほど
ではないにしろ補助魔法の心得はあった。スクルトくらいならやってやれないこともない。
 しかし、やっぱりちょっと残念だ。
 壊れない武器を貰えなかった以上、召喚で補う他に手段はない。以前のままといえば以前のままだが、またガジェットの残骸に
延々と鎖を通して合成し続ける作業が待っている。これが刺身のパックにタンポポを乗せるより退屈なのだ。あまり気分がいいもの
ではない。
 違った。あれは食用菊だ。誰かさんの主食がタンポポなおかげで、たまにうっかり間違える。

「えっと……キャロ、どうかな? サイズや肌触りは、前のデバイスに合わせてみたんだけど」

 こうなったら久しぶりにアトリエに顔を出して、後衛用に投擲武器でも合成しようかなー。と頭の中で材料をリストアップしていた
キャロに、気になるところがあったら今のうちにね、とシャーリーは言う。まだ多少の調整が可能らしい。午後の試運転でデータを
取り、最後の設定を書き替える予定なのだとか。
 キャロは自分の腕を覆う、シャーリー自慢の一品を見下ろした。
 気になるところと作者は言うが、初めて身につけたにもかかわらず違和感はほとんどない。むしろ以前より、ちょっと身軽になった感さえ
ある。キャロ自身が動き回ることを考慮してくれたのだろうか。手の甲に硬くて重そうな宝玉がいくつも並んでいるのに。
 しかしその配置を見ているうち、キャロはふと思うところがあった。
 中央に大きな、魔力ブーストを担うと見られる球体の宝石。そして指先が出るようになっているフィンガーレスの先端近く、指の根元に
あたる部分に沿って並ぶ小さな宝玉。拳の正面をほどよく保護する黒い法衣。
 ぐっと手を握り、拳の形を見て。ふと、感じたものの正体がわかったような気がした。
 なかなかどうして、

「気に入りました。いろいろ使えそうですね」
「うん、ありが……えっ、いろいろ?」

 殴り合いとか。





 そうしてキャロは後衛へと舞い降りた。

「不意討ちも挟み撃ちもどんとこい、です」

 その後の訓練で、むんっ、とキャロ本人が(珍しく)やる気を出した顔つきで言っていた。
 実際その通りである。「たぶん脆いから」という理由で狙われやすい位置にある後衛だが、それが鉄球をぶん回して近接戦に
応じてくるというのは誰も想定していないだろう。
 「バックアタック!」のテロップは、万人共通でイヤなものの筈なのだが。それでむしろ攻撃力が上がるとは予想できまい。

「キャロが後衛に下がって、攻撃力が落ちるかなって思ってたけど。これだと心配なさそうね」
「スバルさんも、前より気が楽だって言ってました」
「敵を後ろに逸らしちゃ駄目、っていうプレッシャーが薄れたんでしょ。だからって気を抜いたら元も子もないけど」

 訓練を経て一夜を明かし、翌朝早くから昨日の感想を語り合うのはティアナとキャロだ。
 いつからか始まった早朝のディスカッションは、議論をすることもあれば単なる感想交換に終始することもある。それでもなんとなく
習慣になって続いているのは、お互いに止める理由がないからだ。時おりスバルやエリオも顔を見せるし、いきなり止めると言い出すのも
忍びない。

「ところでキャロ」
「何ですか、ティアナさん」
「そろそろ不思議なんだけど、その帽子はいつ外しているのかしら」
「あの……実はこれは帽子ではなく、染色して結い上げた髪型……」
「えっ、え、ウソっ」
「だったら面白いと思いません?」

 でこぴんしといた。信じそうになった自分の迂闊さがムカつく。

「いたいです」
「痛くしたから」
「目には目を」
「その背で届くの?」
「夜は後ろにご注意ください」
「背後から額を狙えるならね」

 キャロはしてやられた、という顔をする。軽口を交わしながらその様子を見て、ティアナは少し不思議に思った。こんなに口を
開いてしゃべったことは、あまり無かったはずなのだが。しかもまだ、子供と言って差し支えない相手にだ。
 まとわりついてくるスバルを除いて、ティアナは基本的に独りだ。だが気がつけばするりとその脇に、ちっこいのが滑り込んでいる。

「そろそろ動きがあると思いますよ」
「……へえ。理由は?」
「あの人、学生なんですよ。授業の登録をしなきゃいけないみたいで、その期限が明後日なんです」
「学生ね……学生といえば、なのはさんの昔話はまだ聞かせてくれないの?」
「さすがにそれは。本人から口止めされてますから」
「よっぽど苦労したのかもね。強くなるヒントくらい欲しいのだけど」
「ありませんってば」
「嘘おっしゃい」

 まぁ、ポジションが近くなったのと、情報が得られるから。ということにしておこうか。





 出動要請があったのは、それから2日後のことだった。



(続く)

############

キャロ「ラッシュの速さ比べですか……」
ルーテシア「!?」

デザインちょっと変わったけど気にしないでね
あの手袋見てるとこういう発想にしかならん。



ご心配おかけしました。



[25664] 12
Name: しこたま◆b2ee5f7a ID:6f20eee5
Date: 2011/04/05 09:11
 木の実を同封した手紙がシャーリーからなのは経由ではやてやフェイトに届いたその瞬間、3人はすべてを悟った。
 時空管理局宛てに加え、ご丁寧に「機動六課御中」と書かれた差出人不明の小包だった。誰が出したかは、内容を
見れば深く考える必要もなかった。管理世界内の郵便システムを使って送ってくるあたり抜け目がない。
 そして。そうやって居所を知られないよう工夫している理由を、はやてはなんとなく推測していた。
 伝説のポケモンたちを、誰よりも先にかっさらってしまおうというのではないか。

「ゆるさぬ」

 午前の授業の間、ちょっとした休み時間。すずかと並んで歩きながら、はやてはそんな物騒なことをつぶやいた。
 例の同居人はついに念願のポケモン世界を見つけたらしい。それはまぁいい、というかはやてにとっても非常に
喜ばしかった。10年近くプレイし続けたシリーズだけに愛情も愛着も深い。ぜひ足を運んでみたいと思っていた。
 しかしながら、はやてが危惧しているのはその先である。
 もし仮に、奴がこのまま伝説のポケモンを見かけた場合どういうことが起きるか。
 仮に捕獲用ボールがなかったとしても、何だかんだで仲間にしてしまったりはしないだろうか。
 それは困る。捨て置くことなどできはしなかった。ルギアには自分が1番に乗るのだと、生まれた時から決まって
いるのだ。
 主にビームの色的な意味で。

「ゆるさぬ」
「は、はやてちゃん、その、大丈夫じゃないかな。そう簡単に捕まるものでも」
「ゆるさぬ(激憤)」
「自分でカッコって言った……」

 全部捕まえた後でニヤニヤした顔で報告しに戻ってくる姿を思い浮かべると、はやてはとても耐えられそうになかった。
リイン道場なら1時間生き延びることができても、精神攻撃となると話は別だ。とても直視できるとは思えない。

「全部さらっちゃったりとか、そんなことにはならない気がする」

 そんな様子を見て、長年付き合ってきた幼馴染たちの、いまだ冷める気配のないポケモン熱に苦笑しながら、すずかは
そのように言う。
 歩きながらぐぬぬとひとり唸っていたはやては、ぱっと顔を上げてきょとんとした表情をした。

「どして?」
「待っててくれてると思うの。そういう所は、公平なんじゃないかなって」
「すずかちゃんも、よく格ゲーのバグ技でべこんぼこんにされとるやん」
「あ、あれは……ずるいと思うけど」
「あと確かに妙なところで公平やけど、ことポケモンについてだけはヤツの自制心がどこまで働くかわからん」
「でも今まで、他のモンスターは積極的に捕まえようとしなかったし」
「……言われてみれば。まぁ勝手についてくるのは多いんやけどな」

 そういったことが頻発するドラクエ世界だと、上手くいきやすいということか。逆に言うとポケモンのように、相手が
勝手について来ることのないシステムには向いていないのかもしれない。
 そのドラクエにしても、今までラスボス級のモンスターを連れて来たことがないという状況証拠もあった。いつだったか
忘れたが「しんりゅう見かけたからお賽銭置いて拝んで帰って来た」と当の本人が言っていたこともある。どう考えたかは
分からないが、今思えば、仲間にできないことを最初から悟っていたのかもしれない。

「今となっては当人がレアモン扱いやけどな。捕まえても戦闘力ゼロやし……とりあえず張り込みには行くけど」
「あれ。時間外なんじゃ……」
「せやけど、今日が登録期限やしな。……そーいえば、出撃要請が出とったな。新人たちも初陣とかで」
「そうなんだ。大丈夫?」
「いざとなったら、ジョースター家に代々伝わる戦闘の発想法が」
「に、逃げたら駄目なんじゃないかな……」

 逃げ足の速さをも極めたはやてと、布教の影響を受けていたすずかだった。





 そんな装備で大丈夫かとリイン妹に問われたら、自信たっぷりに大丈夫だ、問題ないとしか答えようがない。せっかく
ヘリから飛び下りるのだからと自ら死亡フラグを立てに行ったヴィータだが、幸いなことに相手は旧式ガジェットドローン。
攻撃で鎧が剥げることはおろか眼前に刃が迫ることも、「神『アナザワンバイツァダスッヘッヘッ!』」的な時間操作が起こって再び
オープニングテロップが流れることもなかった。まだ残っている第二波は手ごたえがあるかも知れないが、合体変形された
ところで真新しさなど何一つない。

「第一波は片付いたぜ。どーするじいさん?」
『吶喊』
「あいよ」

 コンテナを引いたまま走る列車の上で、指令部との通信が交わされる。どうやら敵方はその中身が狙いのようで、これを
防ぐのが今回の作戦目標だ。
 事前の情報ではコンテナの中に入っているのは通常の郵便物ばかりで、ロストロギアチックな何かが含まれているという
訳ではない。最近ガジェットがよく狙いにくるレリックやオリックはおろか、カインもクーもグーイ様も入っていないはず
なのだが。
 ともあれ出現した以上、対処するのは自分たちの仕事である。
 ガジェットドローンも結構硬いので出来ればリインに来てほしいところだが、あいにく彼女は道場の方で忙しい。液状
メタルモンスターたちがなかなか戻ってこないため、そちらの利用者がリインの方に殺到していたのである。機動六課に
定期的に顔を出せるのは、実はけっこうありがたいことなのだ。

「……スカ野郎の基地にこの電車を突撃させる、切り替えポイントでもあれば話は早いのにな」

 気は抜かないけれど段々面倒臭くなってきた、というような調子でヴィータが言う。今日は例の男の、履修登録の期限
であった。絶対に地球か、そうでなくても連絡の取れる場所にいるはずなのだ。さっさと解決して捜索にあたりたかった。
本音を言うとポケモン世界の土産と行き方が欲しかった。
 新人たちは新たなデバイスにもなじんでいたようで、割と慣れた手つきで扱っており戦闘を危なげなくこなしている。
 さすがにガジェットが変形した時は驚きこそしたようだが、現在まで確認されている型についてのデータは座学の時間に
叩き込んである。実物を見てびっくりすることはあっても、それで致命的な隙を作ったり失敗をしたりすることはなかった。

「スターフォックスですか」
「お。今のでわかるのか」

 などと走りながら喋る余裕さえある。空にもかなりの数の敵がひしめいていたのだが、そちらについてもほとんどが
撃滅されていた。
 なにしろリインフォースが相手でも空戦で戦えるSランク魔導師が出張ったうえ、キャロに攻撃・防御を完全に統制された
フリードリヒの援護もある。事前にスクルトをかけていたのも効果的だったようだ。圧倒的な安心感に、ティアナはまたしても
憧れを強めるばかりである。

「アトリエで散々見せられました」
「あそこ電気通ってたのかよ……ところで、どうして頭をおさえてんだ? 攻撃受けたところは見てないぞ」
「……ヘリから飛び下りるときにぶつけました」
「ジャンプするからだ。後でコブになってるかシャマルに診てもらえ」
「これを取れと言うんですか……!」
「お前は帽子にどんなこだわりがあるんだよ」

 痛そうに帽子をおさえながら鎖を次々と召喚し、クモの糸のように獲物を捕えてぐるぐる巻いていくキャロ。スバルたちが
3人がかりの集中攻撃で仕留めていく傍らで、平然と一撃でべこんぼこんとぶち壊していくヴィータ。
 強い、というのは他のフォワードたちにも一目でわかる。高い戦闘能力を保持する以上に、目を引くのはその、圧倒的な心の
余裕だ。
 まるで戦い方がしみついているというか、ルーチンワークが体に馴染んでしまっているというか。

「い、いままで一体、いくつのガジェットを壊してきたんですか……?」
「200から先は覚えてない……ていうかお前ら、考えてもみろ。一体あたしらが何回リイン道場に通ったと思ってんだ」
「あ、そうか」
「あちらさんもリインを見習って色々トライしてきたみてーだけど、今回はあまり成果も見られないな」

 そうこうしているうちに、コントロールルームにつながる扉が見つかった。グレアムに通信を取ると、なのはとフリードリヒが
もうすぐ降りてくるとのこと。あちらもあらかた片付いたらしい。

「……あっけなさすぎやしないか、じーさん」

 あまりに順調な任務内容に、ヴィータは思わず通信を開いた。

『一杯食わされている可能性はある。かと言って何ができる訳でもないがね』
「ってことになるな。あたしらをこっちにおびき寄せといて、その隙に狙いに来たのか」

 グレアムの後ろで、猫姉妹が何やらうにゃうにゃ話している声が聞こえた。
 「この展開はどこかで……!」やら「すごい既視感なんだけど……」やら、口々に何かを言い合っている。

「じーさん。経験者としての感想はどうだ」
『……可哀想に。振り回されるだけだというのに』
「ああ。まぁ……どーせ碌な目に遭わないんだろうな……」

 敵を同情しはじめる上司たちを、キャロを除く新人メンバーは不思議そうに見るのだった。





 履修登録は本日午後5時まで。授業の修正ができるのもそこまでだ。
 すずかも登録は済ませてあったが、念のため確認をしたかった。講義のなかには紛らわしい名前のものも、同一名で
講師が違うものもある。考えていたのと違う授業を申請してしまっていたら大変だ。
 その後一切修正ができない訳ではないが、懸案事項は出来る限り先に処理してしまいたい。万が一後からごめんなさいを
しに行くことになったら大変である。

「あっ」

 そうしてすずかが向かった、聖祥大学情報センター。
 最新の設備がそろった教室で、パソコンに向かうはやてを見つけた。別れたばかりだったのを不思議に思ったが、目的地
が同じだっただろうか。

「あれ……? でも、午後は張り込みに行くって……」

 しかしはやて自身、登録手続きが終わっていなかったのかも知れない。
 そんなことを考えていると、はやてがおどけた様子で手を振った。その様子はどこからどう見てもはやて本人だ。人違い
などではないらしい。

(これから張り込みに行くから、その前に用事を……っていうことなのかな)

 実際その通りだったようで、暫くかたかたとキーボードを打った後、はやては「じゃあ、」と口だけを動かして、また
手を振って部屋をあとにした。やはり張り込みに行くようだ。
 魔導師は大変だなぁと思いながらその背を見送り、無事に連れて帰ってきたら私も会いに行こうかなと、すずかもこっそり
思うのだった。





 血相を変えたはやてが再び部屋に飛び込んできたのは、そのちょうど5分後のこと。

「い、いま、私がここにこーへんかった!?」
「き、来たけど。履修登録しに来た……よね?」

 聞いたはやては大きく息を吸い、部屋じゅうに響く声で言った。

「ばっかもーんッ!! そいつがオリーシュや!!!」
「ええっ!?」

 ばたばたと出ていく二人だった。

「~~っ!」

 今度こそ実験材料にと攫いに来ていたクアットロは、地団太を踏んだ。



(続く)

############

*「何か鉄臭いのがいるみたいだから変化の杖使ってスネークごっこしてみた」

クアットロとはトムとジェリーみたいな関係を予定しております。



[25664] 13
Name: しこたま◆b2ee5f7a ID:6f20eee5
Date: 2011/04/10 01:50
『魔導師脳だと一瞬で計算できると思うけど、2の10乗はだいたい1000なんですよ』
「はぁ。それで?」
『5千円でスタートして1ケタになったから、そろそろレッドさんのリザードンに10タテくらってるっていうね』
「逆にその程度で良かったわ……で、わざわざ私の格好してまで逃げた理由はなんやの」
『鉄くさかったから。数の子の皆さまが、オリック生産源としてまた俺を狙って来たんじゃないかと』
「……私らが探知できひんものを、よくまぁ」
『最後会った時に『ラップが箱の中でひっついてはがれなくなる呪い』をリイン2号にかけてもらったのに。解けたのか』
「それはどうでもええけど」
『心配かけましたか』
「若干」
『忍びねえな』
「構うわ。クラスメイトAさんもほどほどに心配しとって、ごく稀に消息を訊きに来るから対応に困っとった」
『あの人は大学へ進学するにあたり、クラスメイトAからクラスメイトSにクラスチェンジしました』
「……管理局に誘われる」
『魔導師ランクじゃないから』

 リアルポケモンプレイヤーを追うはやてと、合流したフェイトの追走は失敗に終わった。すごろく場で拾って使い
どころを伺っていた変化の杖と、その後「どっかでかじったはしばみ草に似た味だわもしゃもしゃ」と食べたらしい
きえさり草。その他様々なアイテムをふんだんに使用され、ものの見事に逃げられた。
 下ウインドウにはきっと「オリーシュはにげだした!」のテロップも出ていたことだろう。たとえ仮にLV100の
サンダースやマルマインを繰り出したところで、一端この表示が出たからにはどんな方法でも追いつくことはできない。

「で、これを置いておいたと……ふふー、これがうわさのポケギアやな?」

 取り逃がした後になって現場で発見した、携帯ラジオのようなものを満足そうな顔で弄りまわしながらはやては言う。
 裏に「連絡用」と書いた紙が貼ってあったのでそのままが持ち帰り、報告を終えてグレアムから託されたところで
コール音が鳴った。
 そして響いてきたのは、先ほど逃げ出した例の男の声。電話としても使えるということで、その機械の正体がようやく
わかったのだ。

「図鑑らしき部分がすっからかんなんやけど、もしかして新品?」
『向こうの人にもらった。こっちの世界のスペアと通信できるかと思ったけど、この調子だと通信障害もなさそうだわ』
「当然のように話しとるけど、どうして世界をまたいで通話できるのやら」
『ここの技術を甘く見ない方がいい。もうタイムマシン完成してるっていう謎時代だから』
「……そのくせ街の中心にラジオの鉄塔がそびえているとは、これいかに」

 そういえば、と双方首をかしげる。

「地デジ化に失敗し、一文字間違えて地ラジ化になってしもーたんか……」
『チラ鹿』
「なにそれやらしい」
『※著作権はありません』
「補足されても」

 またひとつ世界に新たなマスコットが創造されたところで、お互いに情報交換をはじめた。
 なにしろ1ヶ月近くものあいだ、ほとんど連絡が取れなかったのだ。どうやらやっぱり無事らしい+リアルポケモン
マスターに挑戦するらしいという先方の事情は察していたが、逆にはやて側の現状は全くと言っていいほど伝えられて
いない。
 先日機動六課に届いた手紙を読む限り、謎の情報網で知られている可能性もないではないが。それでも割とどうでも
いいことばかり知っていて、重要なことは何一つ知らないという事態は十分ありえた。

『えっ俺管理局で捜索されてんの?』

 ほらやっぱり。

「妙な予言だか預言だかが出て。というか、何故ポケモン世界にまで戻ったん?」
『もうちょっとレッドさんに挑戦したかった。本当はまだまだ頑張って、マダンテ閃くまで粘りたいんです』
「マダンテだけにまだまだやと……なにそれ寒い……」
『そんな意図はなかった』
「MPがたりない!」
『俺の話ではありません』
「知っとる」
『ありがとうございます』
「というか、大学も第3期も始まっとるんやけど。管理局のこともあるし、さっさと帰ってこんかい」
『あと1回だけリザードン様に挑戦したい』
「はぁ。まったく」
『すまんね。あとエリオはもうヴィクター化した? 武器が似てるよね的な意味で』
「真っ先に心配することがそれとか。キャロなら相変わらずのバーサーカーぶりやけど」
『あいつは『考えて戦うのが面倒になりました』とか言ってこっそりバーサク覚えようとするからなぁ』

 それからはいよいよやって来た(来ていた)第3期について、既に通り過ぎてしまったイベントを話す。
 と言っても開始からあまり時間は経っていないので、かいつまんだ部分だけだ。ある程度話してからは、最近みんな
元気かという話題から始まり、つい最近始まったドラマ「赤頭巾 茶々」の録画はしてくれているか、などと生活感の
あふれるものにすり替わっていった。
 ちなみに録画はしてやったが、前作である「るろうに謙信 -弘治剣客浪漫譚-」に上書きしたと言ったらひどく
ショックを受けていた。本当は両方ちゃんと保存してあるが、この際だからそういうことにして反省してもらおうと
はやては思う。
 しかし話が一段落すると、とりあえず何よりもまず、と言った感じで、

『ところでですが、前半の授業ノートを』
「ちょうどええ、そっちへの行き方と交換やな。さあ言え最速で追いかけたる」
『まずカーソルをリュウに合わせます』
「誰が豪鬼コマンドを言えといったか。こら黙んな」

 はやてたちだと行けるかわからないから、帰って来たとき検討することに落ち着いたのだそうな。





「し、シャマル、本当に探知できないのかよ!」
「で、できたら最初からやってるに決まってます……なんて羨まし……じゃなくて妬ましい……!」
「言い直した意味がないじゃない」
「本音が出てるわよ本音が」

 期待していた守護騎士2名が錯乱したとかしなかったとか。 



(続く)

############

「ラップが箱の中でひっついてはがれなくなる呪い」に最近かかった。
これ本当にえげつない……精神ガリガリ削られる……


【紐糸世界の大河ドラマまとめ】

天知人



爆走姉妹 初and江

柳生新陰流外伝 すごいよ!十兵衛さん

るろうに謙信 -弘治剣客浪漫譚-

赤頭巾 茶々        ←今ここらへん

あれ「すごいよ!十兵衛さん」は出したことなかったっけ まぁいいや



[25664] 番外1
Name: しこたま◆b2ee5f7a ID:13776e3b
Date: 2011/04/12 17:48
 昔、竹取の翁といふものありけり。野山にまじりてたんぽぽを取り、食のことにつかひけり。名をば、織井主となむいひける。
 そのたんぽぽのなかに、もと光らぬ菜の葉ありける。
 オリーシュいふやう、

「ようなのは。身長は三寸じゃないんだな。I★MY★3センチとはよく言ったものじゃないか」
「うう、どうして拾われる役に……どう考えてもけーとくんの方がハマり役なのに、陰謀の気配を感じざるを得ないよ……」
「けれども菜の葉は抜けませぬ」
「カブじゃないんだけど」
「カブを引っこ抜こうとしたら、ストップウォッチを掘り当てました」
「『おおきなかぶ』が『スーパーマリオUSA』にタイトルチェンジした!?」
「似たような話じゃないか」
「全然似てない……このひと相変わらず奇人変人の極みだよ……!」
「"Hi Tom, You have a big turnip!" "Hi, Jack. This is my stop watch!" "Oh..."」
「日本語おんりーだから! ほら、いくよっ!」
「"English please."」
「れっつごーだってば!」
「"Oh..."」

 家に入れて養なはす。この娘やしなふほどに(略)財ゆたかに(略)。ようよう大人になりゆく。
 大人になったよ!

「で、どーするん。火鼠の皮衣とか欲しがられても。むしろ火蜥蜴の鱗とかが欲しいんやけど。なぁなぁ」
「むしろ五人も貴公子がいない時点で話が成り立たないっつう。お前もっとモテろよ頑張れよ」
「そ、そんなこと言われても……だいたい、中高と女子校だったんだし」
「そんなんだから百合とか言われるんだ」
「その話だけは信じてないし今後も絶対信じないからね……!」

 そうこうするうち、なのはに会いたいという者が4人ばかり現れました。
 教え子だからと言うので通してみると、彼らはエリオ、キャロ、ティアナ、スバルといいました。
 可哀想なことに、やっぱりほとんどが女の子でした。

「な、なのはさん……どうしたんですか、その格好?」

 十二単です。

「えっ、あ、ティアナ……あ、あ、これはその、じゅ、十二重バリアジャケットって言って」

 残念なことになのははアドリブ能力がありませんでした。
 しかしながらティアナにとっては、けっこう憧れている教官の言葉。ひょっとしたらそういう技もあるのかと、スバルやエリオも
一緒になって思いました。後方のキャロの温かな視線が、なのはにとってはとても辛いのでした。

「じゃあちょうどいいや。面倒だし、お前らもうスカ退治行ってこいよ」
「話が違いますよ。文字通りの意味で」
「そうか、わかった。鬼退治だから吉備団子わたしとけばいいんだ」

 わかってなかった。

「もう仲間ですけど」
「そうか、吉備団子のいらない桃太郎か……」
「いえ、そもそも桃太郎ではなく」
「マムー退治だったか」

 話が戻った。

「マリオUSAに戻っとるんやけど」
「ならばドンキーだ。ドンキーを誘拐し、ディディーとディクシーが決死の大冒険を」
「デュクシー」
「誰が中二病だこのやろう!!」
「誰もそんなこと言ってませんよっ!?」

 とばっちりを受けるスバルでした。



(続かない)

############

ムシャクシャしてやった



[25664] 14
Name: しこたま◆b2ee5f7a ID:6f20eee5
Date: 2011/04/21 01:03
 機動六課の宿直室は、主にはやてが使っている部屋だ。朝は新人たちの訓練、昼は引き続き自主訓練の付き合いがあるため、他に
常駐する者はそうそういない。暇になったシャマルやシグナムにリイン妹、てきぱきと仕事を終えた猫姉妹が休憩所のように使う
以外は、基本的にはやての仕事部屋だ。
 ただ夜から朝への引き継ぎの時間はなのはをはじめ、朝の訓練にかかわる指導陣が一部寄り合い所のように集まり、業務について
情報交換が行われる。グレアムは手が離せないことがよくあるものの、猫姉妹から報告を受けているし、受けなくても業務内容は
全部把握しているので大丈夫というわけだ。

「えっ、けーとくんと連絡取れたの!?」

 その中で出た報告に、なのはは思わず問い直した。
 早朝に顔を合わせたシャマルとヴィータが憔悴しきっていたので何かがあったとは思っていたが、これはさすがに予想外。昨日の
出来事については、はやてとはやてから連絡を受けたフェイト、そして巻き込まれたすずか(現地協力者扱い+割と本気出した)の
3人から逃げおおせたところまでしか聞いていなかったのである。聞いたその時は「なにそれ」と思うばかりだったが。

「それで、それで? いつ帰ってくるって? ……あ、あと、なにか言ってた? えと、わたし宛てのこととかも……」
「全員に言伝てが。『愛を守るために旅立ったら明日を見失ってしまったんだ』やて」

 見失ったのは帰り道とキメラのつばさではないか、となのはは思う。

「あと『駄目だ拒否された。そのうち自分で帰ると言っている』ってなのはちゃんにゆーといてくれと」
「ええぇ……なにその孫悟空連れ戻そうとする神龍みたいな伝言……」
「シェンロンちゃう。ポルンガや」
「細かいよ……」

 宿直室では地球のネタが蔓延していた。
 それもそのはず、この場にいるのは地球出身の者ばかり。管理局勤めの長い猫姉妹もヴィータやシャマルも話を聞いていたが、
話が通じないのは一人もいなかった。約10年の積み立ての成果である。

「本人があと1戦ってゆーとるし、大目に見ようかと」
「……瞬間移動習得フラグとか、立てようとしても無駄なのに」
「甘い。わたしは最終回にウーなんとかさんと二人っきりで浪漫飛行フラグと見とるわ」

 ラスボス関係の情報もわりと筒抜けだ。しかしながらソースがソースなうえ未来もいろいろ変わってきてしまっているので、今は
まだほとんどネタ扱いなのであった。油断したところに「リインシリーズ……完成していたの……?」ということになったら困る。

「それだと、けーとくんがそのウーなんとかさんたちの本拠地に行っちゃうんだけど」
「まさに『借り暮らされるスカリエッティ』……いやPSPとモンハンをバラ撒いて『狩り暮らしのスカリエッティ』……流行る!」
「はやてちゃん……海鳴で上映終わっちゃったからって自力でパチモノ作ろうとしちゃ駄目だと思う……」

 入学前後のごたごたで機を逸したはやてたちだった。

「う、うるっさいわ! なのはちゃんかて観たかったんやろー!」
「み、観たかったけど! 観たかったけどさぁ!」
「あんたたちさっさと引き継ぎしなさいよ……」

 宿直室は今日も賑やかです。





 敵方がたぶん完全に本気を出していなかった(ヴィータ評)とはいえ、先の任務は全員無事に完遂できた。結果としてはひとまず
大成功といえる。もう片方の追跡任務は失敗と言っていいが、そちらはまだチャンスはある。それに追跡対象自身がそのうち帰ると
言っているのだ。そうまで行ったからには、しばらくすればボールみたいな宇宙船で帰ってくることだろう。まだあわてる時間じゃ
ない。
 そういうわけで任務の翌日からもう、新人たちの訓練は再開されることになったのだが。
 初陣はどうやら、新人たちにいい影響をもたらしたようだ。頭の上に豆電球が飛び出すほどの強敵ではなかったものの、それでも
刺激になったらしい。

「今後の目標が、もうひとつできました」
「へぇ、いいわね。閃きたい技でも見つけたの?」
「召喚獣より強い召喚士になろうと思います!」
「それもう召喚獣いらないじゃない」

 目標の方向性を誤っているキャロはともかくとして。先日の戦いでガジェットを相手に「あたしがアイゼン横に構えて砲撃したら
やっぱヒュンケルのグランドクルスになんのか……?」等とぼやきながら大立ち回りを繰り広げたヴィータの姿を間近で見て、他の
メンバーもやけに気合いが入っていた。キャロもガジェットを後ろから淡々と鎖で締め上げる作業をこなしていったのだが、それは
誰にも真似できない事だ。攻撃にシフトした3人にとっては最も参考になるのがヴィータである。

「うぅ……」
「あらスバル。今日は早起きじゃない」
「えう……だってティア……昨日のディスカッション、朝のうちにするって言って……んあっ、も、もう始まってる!?」
「は、始まってませんけど……」
「さっさと顔洗ってきなさい」

 慌てふためいたスバルの姿が見えなくなってから、姉妹みたいだとエリオが言う。「悪い冗談にしか聞こえないわ」とだけ返して、
ティアナはばさばさと髪をかいた。普段なかなか起きなかったり、時には寝ぼけてティアナの枕を勝手にかじったりしているスバルも、
今日はどこかやる気を出しているらしい。いつもより頑張ったというのは、まぁ認めてあげることにしよう。

「さて、じゃあはじめましょっか。……昨日の話の前に、そろそろまたリインさん道場が迫ってるからそっちが先ね」
「対策といっても……全員でかたまったらまとめて吹っ飛ばされるし、バラけたら各個撃破だし……」
「キャロはけっこう持ってるけど、あれはどうやってるの?」
「カンで逃げてるだけです」

 野性の力は奇想天外だった。
 思わず「野生のキャロが現れた!」というフレーズを思いついてしまったティアナだが、あんまりにも失礼なので忘れることにした。

「あ、人読みも半分くらいは」
「それも変わらないね……うう、難しいなぁ。私たちくらいの頃って、なのはさんたちはどうやってしのいできたんだろう……」
「でもシグナムさんなんかは、4割くらい勝ってますよ?」

 水を飲んでいたスバルがむせた。

「嘘ぉっ!? ど、どうやって!?」
「なんでも以前、偶然剣の柄がリインさんに当たって、それをヒントに無心無想の剣の原型を閃いたとか」
「世間ではそれをファンタジスタって呼ぶのよ……」
「そうとも言います」

 あまり参考にならなかった。

「転送したと見せかけたフェイクシルエットと、フェイクシルエットで偽装した転送を無言のサインで交換すれば……!」
「でしたらあらかじめゲートを設置して、弾丸もいっしょに転送すれば偽装度が高まりません?」
「けっこう広域の戦闘になりますね。僕とスバルさんで、なんとかくい止めるのが前提になりそうな……」
「1番正面のアンタが踏ん張んないといけないんだからね」
「わ、わかってるよ! 任せといてっ! ……とは、ちょっと言いづらいけど……」

 いずれにせよ道のりは遠い。搦め手の多用も視野に入れながら、今後の戦術を練っていく新人たちだった。





(あれがファンタジスタ……)
(ファンタジスタシグナムさん……)
「……視線をあちこちから感じるんだが。探しているのはお前たちじゃないか?」
「また誰かがあたしの背中を……ん、あれ? なんか、違うみたいだけど」
「ならば私も違うな。となると消去法だ」
「ん?」

 知らぬところでファンタジスタの称号を得たシグナムだった。



(続く)

############

ファンタジスタシグナム
地の文ちょっとすいてみた



[25664] 15
Name: しこたま◆b2ee5f7a ID:6cdaacd5
Date: 2011/05/06 01:52
「うーん……シグナムさんは、スバルたちの参考にはならないと思う。部分的にだけど、無意識で戦ってるのに近いから」
「やっぱりそうですか……。皆で話し合って、同じ結論に至ったんです」
「もっと崩しに時間をかけていいんじゃないかな。あとから一気に畳み掛けるつもりで、4人全員で撹乱に回ってみたら?」
「あ……それもちょうど、話に出てきて……」
「新しい陣形とか、いろいろ考えてたんです。でもキャロが、妨害はちょっと苦手みたいで」
「それなら、召喚で代用してみるとか。鎖で巻いたりとかはリインさんに効かなさそうだけど、狭い場所ならなんとか」
「……猛毒のガスを召喚するのは、さすがの私も気が引けます」
「それ攻撃魔法だから」
「味方まで殺す気か」

 訓練が始まってから、もうかなりの時間が流れている。その間新人の指導は主になのはが行っていたが、その内容は非常に新人た
ちの受けがよかった。
 実力と知識に裏打ちされた講習と、莫大な戦闘経験を伺わせるアドバイスの的確さ。そして何より、仕事ができる。皺ひとつない
制服をぴっちりと着こみ、きびきびとノルマをこなしていく姿は、特にスバルにとって憧れる一面だ。

「リインさんには最近まで、いつもべこんぼこんにされて……あっ、その、負けるのに慣れろ、っていうんじゃないんだけどね?」

 そう本人が語るように、現在の実力に至るまで多くの努力を重ねてきたというのが、ティアナが尊敬する点である。才能だけでは
越えられない壁というものがこの世にはあるのだ。なのはは十分それを理解した上で、新人たちに適切な努力をさせるよう努めた。
ティアナたちもそれを理解していた。
 ティアナたちから向けられるそんな視線を、なのはも次第に気づき始めていた。掛け値なしに(少なくともなのははそう感じた)
向けられる敬意というのは、嬉しくもあり、何だか慣れないこそばゆさを感じさせられた。
 休日、そんなことを話すなのはを見てはやてが一言。

「憧れの教官から、ただの玩具にランクダウンする日も近そうやけど。大丈夫なん?」

 なのはは慌ててミッドへ飛んだ。





『また負けた。例によってリザードン様と一騎打ちにもつれたけど、ジゴスパークを体力ドット単位で耐えられるともうね』
「はぁ。そろそろ帰るんですか……あ。残念ですが、アトリエは私が占拠しましたよ。ふふふ、悔しいですか? 悔しいですか?」
『ああ、その件その件。今回のここが俺の最終目的地みたいなもんだし、アトリエは自由にしていいぞ。たまに遊びに行くけど』
「……歯ぎしりして悔しがるところを想像してたのに、期待を正面から裏切るなんてずるいですふぁっきん」

 ミッドチルダに八神家が用意した詰め所。そこにはポケギアを片手に、淡々とした口調で通話相手を煽るキャロがいた。
 近くにいたヴィータが言うには、グレアムから連絡用に預けられたらしい。厳重に保管しなくて大丈夫かなと思ったが、さすがに
通信機ひとつを奪いに来るほどガジェットも暇ではないかと思い直す。

『キャロは何か俺に恨みでもあるのですか?』
「恨みはありません。どんな死に方をするのかは興味はありますけど」
『キャロは何故俺を殺そうとするのですか?』
「なんですか人を殺人犯みたいに。やめてください傷つきます」
『キャロは何故常にアホ毛が一本立ったままなのですか?』
「……地毛です。ほっといてください」
『それ直すためにずっと帽子着けてるとはなかなか言い出せないよねぇ』
「死ねばいいのに。ああ、はやく死ねばいいのに」

 死ねばいいのに死ねばいいのにと呪文のように連呼しているのを見ると、どうやら手痛い反撃に合っているらかった。フェイトに
保護されてから、だんだん特定人物への遠慮がなくなっていったように思う。キャロの顔がこういうとき口調に反して生き生きして
いるのは、キャロが持つ中でもトップクラスの謎のひとつだ。

「ワンチャンうまいこと完全犯罪の犠牲者になったりしません?」
『ノーチャンスだから。あと音がしたんだけど誰か来た? いえーいグリフィス見てるー? 俺ガッツ! 俺ガッツ!」
「映像なんてありませんよふぁっきん。入ってきたのはなのはさんです。何か用事がありそうですけど」
『なのはか。まぁ似たようなもんだ』
「元ネタ知らないんですけど」
『両者とも白っぽいし』
「話を聞いてください」
『キャロはシールケ役か。いや駄目だ、あの子アホ毛あったか覚えてねぇ』

 今にも「バニシュ!デス!」と叫びそうな顔で、キャロはなのはにポケギアを引き渡した。そして何を思ったのか、くるりと踵を
返してヴィータとシャマルのいる方へずんずかと歩いて行った。
 話を聞くと、ヴィータは嬉しそうな顔で、おもむろにハサミを取り出した。それを必死に引き止めるシャマル。ニヤニヤと見物を
決め込んだ猫姉妹。
 斬髪式を依頼したらしい。

「あ、えっと……」

 いつものことなのでそれはさておき、なのはは端末のスピーカに耳を当てた。そういえば声を聞くのは一ヶ月振りだ。
 「替わったけど、」と言葉を続ける。すると懐かしいあの声が、「よう!」とスピーカーから響いた。

『なんでぇ黙って。いえーい寂しかったー?』
「ぜっ、ぜんっぜん! ……あの、けーとくん? 病気してない?」
『病気はしてない。ポケルスに感染したい』

 いきなりいつも通りで安心する。

「また訳のわかんないことを……あ、ちょっと今いい?」
『どうしたキュアホワイト。キュアブラックと仲違いでもしたか?』
「プリキュアの話じゃなくて……あ、もしかして、ブラックってフェイトちゃんのこと!?」
『まあな。嬉しいだろ、プリティーでキュアキュア(笑)』
「私たちはおろか、全国の女子児童にも喧嘩を売ろうとしてる発言だよ……」

 この先何かあったら守ってあげることにしているなのはだが、さすがに全国各地の苦情からは守りきる自信がなかった。

『大丈夫だ。大きなお友達たちにも売ってる』

 そういう問題ではない。

「ちっ、ちがーう! また話があらぬ方向に脱線してる!」
『はぁ。何か話あった? ああ、ていうか悪いね。捜させちまって』
「あ、ううん。それはいいんだけど」
『お世話かけます』
「それほどでも。おかーさんとおとーさんも、心配してたよ?」
『翠屋のバイト予め中断しといてよかったわ。俺の枠まだ残ってる?』
「大丈夫だよ。待ってるって」
『ありがとウサギ』
「いえいえ」
『ありが冬虫夏草』
「人のトラウマ刺激しないでよ……」

 話しているうち、なのはは昔を思い返す。こうやって馬鹿みたいな会話をするのも、考えてみたら身内だけのことだ。
 きっとエリオやティアナたちの前では――慣れたらともかく、最初からは――フルスロットルでかっ飛ばすようなことにならない
のでは、となのははふと思った。

「けーとくん、ちょっと、あの……お話が」
『告発される』
「告白じゃなく!?」
『はやてから逃亡したカドとかで。あれ情状酌量して欲しいんだけど』
「いや、その、そうじゃなくて……エリオたちの前でいつもみたいに私を弄るの、やめてくれないかなーって」
『あいよ』
「え? ……い、いいの」
『いきなり見ず知らずの人間の前で弄ったりはなぁ。慣れたら頃合いを見計らうけど』
「さりげなく予告してるよこの人……!」

 ちょっとだけ拍子の抜けたなのはだった。
 本気で嫌なことはしないし、間違ったら間違ったで謝ってくる。結局のところ、彼はそういう人だったのだ。

「いいよっ。弄る間もないくらい完璧に立ち回ってるし」
『そうかえ。なら過去のビデオをヴィータが公開するのは』
「そ、それは勘弁……」
『まぁなのはは公私切り替え激しいからなぁ……原作どうだっけ?』
「知らないよ……」
『まーいい、誉めてやろうではないか。這いつくばって喜べ』
「暴君だ!」
『どうも、暴君です』
「ハバネロだ!」
『ハバネロではないです』

 よくわからないノリも、何もかも懐かしいなのはだった。

『まぁいい、じゃあ先にフェイトに『ヌギッペシペシヌギッペシペシテンショーヒャクレツヌギッカクゴォ!』を仕込んで……おおっと』

 なのはは驚きに目を剥いた。

「い、今なんて? なんて言ったの? すごく不吉な単語が聞こえた気がするんだけど!」
『*おおっと*』
「そこじゃない! そこじゃなくて!」
『ガッツとグリフィスでキュアブラックとキュアホワイトか……流行る!』
「戻りすぎな上に混ざってるよっ、ばか!」
『ばかって言うと、』
「え? ……ば、ばかって言う」
『こだまですか? …………けっこう!』
「児玉清になった!?」

 結局いつも通りだようと嘆きながらも、ちょっと楽しいなのはだった。



(続く)

############

このSSを書いてから「ナギッペシペシナギッペシペシ」の文字を見てみた。
なんていやらしいフレーズなんだ。

あと「高校出た女子がこれかよwww」ってなるかもしれないけど
表じゃ立派な大人なんだし。まぁいいんじゃないかな。



ついった混んでて更新報告できんかった。まぁいいか。



[25664] 16
Name: しこたま◆b2ee5f7a ID:6f20eee5
Date: 2011/06/03 23:15
 スバルにはロッテとヴィータ。エリオにはフェイト、そしてティアナにはアリアが。午後の自主訓練の時間には、しばしばそんな
担当の割り振りが行われる。それぞれの特性に合った上官がつくことで、得意な分野に磨きをかけるのが主な狙いだ。キャロは
特攻する癖が少し落ち着いたため(治りきってはいない)ペアを組まなくなってきていたが、スバルと一緒にヴィータたちについて
もらっていることが多かった。時間が合ったときには転送魔法をシャマルから教わったりもしている。自主訓練なだけあって、
そのあたりは割とフレキシブルだ。もちろん指導を受けずに単独でメニューを組んで動いたり、体調によっては各自の判断で休みに
することもある。
 その日の午後は、午前中になのはが担当したティアナだけが生きていて、ヴィータが受け持ったその他3人は死んでいた。
 前日までにリインフォース戦で取ってきたデータから上達を判断したらしく、その日の教導は普段より激しかった。最初の方は
それでも順調にこなしていけるレベルだったのだが、リイン2号が訓練場にBGMを流しはじめてからだんだん何かがおかしくなって
いった。恋しくて切なくて心強い唄ともに、徐々に徐々に機動速度が上がっていったヴィータ。相手が退けば追い詰め、押されれば
退く無駄のない戦い方は、例の男が監修したシミュレーションで身につけたらしい。「待ちガイル式トレーニング」と呼ぶらしい
その方法も、いつか経験してみたいとティアナは思う。ヴィータによると、あまりお勧めできないという話だが。

「やっ、や、やっぱり困ります!」
「おお? そんなこと言って、最初やる気になってたのはどうしたんだよ。今になって緊張してきたのか」
「き、今日は顔面の調子が……!」
「顔面関係ねーから。ほら、射撃得意だろ。氷の矢をこう、弾幕みたいにさ。ガガガガッと」
「弾幕は作れません! リインはおてんばでもなければ、ましてや恋娘でもありませんから!」
「濃い☆娘がどーし……おいやめろ。あたしに漫才させるんじゃない」

 午後訓練場で待っていたティアナの前に現れたのは、ヴィータよりもさらに小型なリインフォース2号であった。リーゼ姉妹と
フェイトがグレアムに呼ばれたとかでティアナの相手をしてやれなくなったため、急きょヴィータが代役を用意することになったのだ。
ちなみに当人はやるつもりがないらしい。同じ人間の相手ばかりだと、教わる側もよくないのだとか。
 さて誰が出てくるのかと思っていたが、これはちょっと予想外だ。彼女自身が戦闘をこなしているところを、他の新人たち同様、
ティアナはまだ一度も見たことがなかった。以前から面識のあるキャロ以外はみな同じだ。

「漫才したいならあれだ、適任なのがそろそろ帰ってくるだろ」
「でもヴィータちゃんも、けーとさんとよく言葉のサイコクラッシャーしてるじゃないですか」
「どんな会話だよ」
「おもむろにソーラン節を歌いだすヴィータちゃんと、即座にノリノリで踊りだすけーとさんはなかなかの名コンビだと思いました!」
「あ、あれはアイツが素麺とソーランを聞き間違えたのが原因でだな……!」

 休みの時間に一緒にいるところはあまり見かけないが、この二人の仲が良いのは一目で分かった。考えてみれば何年も生活を共にして
いるらしいし、当然と言えば当然か。

「も、もういいだろ。ティアナ、今からリインが氷の弾丸ばら撒くから迎撃練習な。やりたがってたろ」
「ああああ、そのっ……こ、困りました! 持病のひざがしらむずむず病のため、今のリインは土竜昇破拳を使わざるを得ない!」
「だそうですけど」
「大丈夫だ。その奥義不発だから」

 BGMをかけて訓練をおかしな方向に持っていった本人だから、こうして手伝ってもらうことにしたのだとか。人にものを直接教えたり
組み手の相手をしたりするのなんて初めてだから、たぶん照れてるんだぜ。とヴィータは言う。
 なるほど確かに見ていて微笑ましいくらいにわたわたと慌てているし、目がなんだかきょときょとしていて顔も赤い。
 自主訓練前だというのに、思わず微笑ましい気持ちになってしまった。姉は割かし淡々としているのに対して、妹はいつも楽し
そうだし表情もくるくるとよく動く。自分にも妹がいたらこんな気持ちになるのかなと思った。兄のことをを思い出して、少しだけ
胸が痛んだけれど。

「あの……でも、本当に大丈夫ですか……?」
「戦闘レベルは折り紙つきだから安心しな。油断すると死ねるぜ」
「で、でもリインは緊張のあまり、今すぐ紙飛行機に乗って飛び去りたいです! 折り紙だけに!」

 今度やってみようとヴィータは誓った。
 ティアナも「あ、それやってみたい」と思ったけど秘密だ。

「ううう……わ、分かりました。リインも弾幕サイドのはしくれですからっ」
「目を覚ませ。ここはミッドチルダだ」
「間違えました! オリ主サイドです!」
「もっと根本的なところの間違いだって」
「しかし残念ながらけーとさんの場合、お説教するよりされるのが関の山……だがそれがいいです! だってけーとさんですから!」
「何かやらかしてクロノに怒られなかったのって、そういや結婚式のライスシャワーのときだけだったよな」
「金銀虹色のライスシャワー、もう一回見たいと密かに思ってます!」

 けーとさんとやらはどうやらかなり残念な人のようだ、とティアナは思った。
 捜索対象のオリーシュとかいう男も話によるとなかなかの奇人ぶりらしいが、こちらもこちらで大した変人であるらしい。

「そ、それはさておき。そ、その、で、ででで、では」
「大王」
「デデデ大王ではありません! ハンマー族は以後発言禁止です!」

 ついでにこの人も大丈夫だろうか。とか考えながら身構えると、リイン妹は緊張した面持ちになる。
 そのままきっ、とティアナを見据えて、高らかに告げた。

「では、い、行きます! アイスストーみゅっ!」

 緊張のあまり噛んでしまったらしい。
 さすがのティアナもこれは気まずい。ヴィータは後ろを向いてぷるぷる震えながら地面をバンバン叩くばかりだ。リイン妹は顔が赤を
通り越してとんでもない色になっており、目もぐるぐる渦を巻いている。
 そしてやけくそ気味に叫んだ。

「ふ、ふぶきぃーっ!」

 ティアナは こおりづけになった!







「す、すみませんでした! これがフレイザードさんなら、クロスミラージュが犠牲になっていました!」
「犠牲の犠牲にな……」
「ちがいます! 魔弾銃的な意味でですっ!」
「いえ、その……あの後ちゃんと訓練もできましたし、大丈夫です。こちらも、ちょっと油断してました」

 3割程度の確率で状態異常をもたらす威力120のその技だが、どうやらこういう時に限って当たりを引いてしまうものらしい。
バリアとかシールドとかそういうものを張る暇もなく、あっという間に綺麗な氷のオブジェが出来上がった。ヴィータが削り出して
くれたからいいものの、もし近くにいなかったら、と考えると今さらだがティアナも怖くなってくる。そういう時のために来ていた
ようなので、その仮想自体が意味のないものなのかもしれないけれども。


「そ、それであの、お詫びなんですけど……な、夏場いっぱいの無料かき氷券を差し上げたい次第です! どうぞ!」
「え……お、お前、それ、めったに出さない……」
「ヴィータさん?」
「うあっ、なっ、なんでもねーよっ!」

 フレイザードさんが誰かはともかく、自分も最初から油断がなかったとは言い切れないとティアナは思う。その点を詫びながら、
素直に券を受け取ることにした。かき氷とやらが何かはわからないが、きっといいものなのだろう。リインの隣でヴィータが殺して
でも奪い取りたそうな目をしていたから何となくわかる。

「き、興味ないね! ばーか!」

 などと、本人は心にもなさそうなことをのたまっている。

「うう……これでは、けーとさんにも顔向けできません。ここはもう少しあちらに居ていただき、その間に自分を鍛え直すしか!」
「もう時間ないぞ。そろそろ戻ってくるみたいだしな」
「あの……すみません、先ほどから何度か聞いているんですけど、誰のことですか?」

 けーとさん、けーとさんと何度か聞いた名前がまた出てきたのを、ティアナが気づいて横から尋ねる。
 リインとヴィータは互いに顔を見合わせた。捜索対象として説明はしてあったが、そういえば本名はまだ言っていなかったっけ。

「言ってなかったか。あたしたちの捜索対象のことだ」
「あれ? ヴィータさん、でも名前、オリーシュって……」
「その方が通りがいいんだ。本当の名字は確か……」
「72通りもあるから、何て呼べばいいのでしょうか!」
「そのネタ好きだな。まぁいいや本名出てこないし」

 一緒に暮らしていたのではなかったのか。
 スルーとかニグレクトとかそんなチャチなものではない恐ろしい事実に、ティアナは思わず背筋に冷たいものを感じる。

「変なこと想像すんな。本人が何でもいいって言ってんだから」
「そうなんですか」
「そうなんだ。最近じゃ自分で自分の名字を思い出すのにも手間取る始末だしな。仕方のない奴だまったく」

 しかしヴィータの様子を見ると、どうやらそうでもないらしい。口ではやれやれといった感じに言っているが、話す表情はどこか
笑みが混ざっていて楽しげだった。

「今ごろあたしが頼んだ、おみやげのサイコソーダとミックスオレを買い込みに行ってるかな……へへっ、どんな味か楽しみだぜ」
「けーとさんはレッドさんに連敗したせいで、今はたしか無一文ですよ?」
「許さない」
「ポケモンを探しに行ってムイチモンだなんて、さすがけーとさんのセンスだとリインは感心したものです!」
「絶対に許さない」

 果てしなく残念な人のようだ。
 遊び人ってレベルじゃねーぞ。

「リンカーコアとか全部ぶち抜いてから、あいつ本当にやりたい放題やってるよな……」
「しかし見方を変えると、世界最強のトレーナーまであと一歩です!」
「コアを……確かその人、魔法は使えないっていう……?」
「まぁそうなんだが。あいつ自分でそれを選んだから……ま、存在自体が魔法みたいなもんだし」
「けーとさんのコアの一部は、おねえちゃんと私に引き継がれているのです!」

 しかしながら、どうやらただ者でもないらしい。コアを自分から吹っ飛ばしたとはどういうことか。
 帰り道を並んで歩きながらひたすら首をひねり、当人への興味が増していくのを感じるティアナだった。



(続く)

############

【Before】
 「昼飯何がいい?」
 「そーめん」

【After】
 「ヤーレンwwwソーランwwww」
 「ドッコイショーwww」
 「ハイッwwwハイッwwwwww」


なんか遅れてすみませんです。

児玉清 氏のご冥福をお祈り申し上げます。

2011.06.03 23:12
最初の方、地の文が横文字多すぎてわろた。修正しました。



[25664] 番外2
Name: しこたま◆b2ee5f7a ID:6f20eee5
Date: 2011/06/16 09:27
 指先の軌跡が、すなわち転じて奇跡を為す。藁の小屋と木の小屋は、野良大神の筆調べを前に脆くも崩れ去った。それでも諦めず
逃げる辺り、今宵の餌はなかなか骨があるらしい。蒼い狼は愉しげに鼻を鳴らし、さらに森を奥へ奥へと追いかけていく。
 森を進んでいくとやがて、赤色が鮮やかな煉瓦の家があらわれる。
 静寂に包まれた森の中。鋭敏な聴覚が、扉の奥に複数の声を捉えた。息を切らしたのが二つと、落ち着き払った声がひとつだけ。
先程取り逃がした二人はどうやらこの家に隠れているらしい。
 墓場はここで良いようだと、狼は静かに笑みを浮かべた。石造りといえども、神の奇跡には耐えるはずもないのだ。
 それとも奇跡を起こすまでもなく、この爪で壁ごと引き裂いてくれようか。
 恐怖に脅える獲物の顔を心の裡に浮かべ、狼はにたり。と口の端をを歪めた。鋼をも引き裂く爪を壁面にかけ、そのまま力を入れ、
がりがりと削る。くくっ、と喉の奥から声がもれた。
 しかし。ふと逆の手を壁にのせて、狼は気付いた。
 手元を見るとその下の煉瓦に、何やら削られたような痕がある。指で探ると、どうやら文字のようだった。
 何故ここに? そう思って手を外し、隠されていた下を見る。そこには確かに、小さく何かが書いてあった。目を凝らしてじっと
凝視し、やがて狼の表情が疑問に満ちていく。
 そして小さく、呟きがこぼれた。



『……なんでダイワハウスなんだ……?』





 ◆    ◆    ◆




「そんな役割をお願いしたいんですよ」
「誰が野良大神だ」
「ヘーベルハウスの方がよかったか? それとも家の前でALSOK体操を踊るとか」
「話を聞け」
「そういえば安心戦隊ALSOKには、ちょうどALSOK・ブルーというのが居るんだ。ザフィーラのカラー的にピッタリだな!」
「通報してやろうか」
「すみませんでした」

 という訳であっさりザッフィーに拒否られてしまい、自分でキャロの建てた家に侵入する羽目になった。
 三匹の子豚とかいうお話らしいけど、中にいるのはフェイトたち親子。どう考えても戦闘力では敵わないことが確定していてどう
しよう。例えるならそう、ドドリア、ザーボン、フリーザ様のトリオに突撃するベジータのような気持ち。

「あとこれ何処から入るの?」
「往生際が悪いぞ」
「いやだってこれ。昨日見た平屋から絶対2階建てになってるよね」

 リハーサルで見た限りは普通の煉瓦の家だったのに、今見てみると煙突以外は完全に要塞だ。しかも階層増えてるし。風雲ルシエ城とはよく言ったものである。

「成長したんだろう。ダイワハウスだからな」
「なるほど」

 ダイワハウスなら仕方ない。びーふぇあー、びーふぇあー、と口ずさみながら、煙突に足を突っ込むことにした。煙突のなか暖かいナリィとか言おうとし
たが、陽が当たらないためか、冷たくてヘルプミィ。こんなところに入っている私はきっと特別な存在なのだと思いました。

「あっ、上から音が……フェイトさん、エリオくん、どうやら来たみたいですよ?」

 しかしどうやら音で気付かれたらしく、煙突の下からキャロの声が聞こえた。
 そのままごそごそと何か作業をしている音があって、やがて何も聞こえなくなる。と思ったが、今度は下から覗かれているような
気配がした。そして「気分はどうですか?」と再び声がする。声色だけで超ニヤニヤしているのが分かった。

「冷たいんですけど。あと下にどんな罠が待ってるの? 湯が煮えたぎる鍋とかはイヤなんだけど」
「テレポーターが」
「なにそれこわい」
「冗談です。実は暖炉など下にはなく、落とし穴になっています。落ちたらそのまま、マントルまで一直線の深いやつが」
「それも冗談ですよね?」
「はい。しかしそろそろ煙突の壁が動き出し、侵入者を押しつぶしにかかる頃合いなんです。わくわく、わくわく」
「助けてくれえ!」

 煙突の下から聞こえる発言にデモンズウォールの恐怖を思い起こさせられたため、人間とは思えない速さで煙突を下りていく羽目に。
結局トラップなど設置していなかったらしいけど、精神的には十分キツかった。心臓ばっくんばっくん言ってるし。

「遅かったな」
「なんでザフィーラが家の中にいるんだよ」
「私だからだ」
「ザフィーラさんだからです」

 いつのまにか家に入っている尊大極まりないザフィーラと、その首に抱きついたままニヤニヤしているキャロ。
 このふたりが手を組むとけっこう不利なのだ。しかし服についた煤を払っていると、さすがに悪いと思ったのかキャロもタオルを
持ってきてくれた。顔にも煤が結構ついているらしいので、ぬぐいながら文句を言う。

「キャロは何故事あるごとに俺を殺そうとするのか」
「地球には殺し愛という言葉があるとお聞きしました。愛と呼ぶには程遠いですが、それでも私なりの親愛を表現してみたんです」
「ないから。少なくとも一般的ではないから」
「逸般人が何を言っているんです?」
「うるせえ」

 なんとなく悔しいので、キャロの頭に今日も乗っかっている帽子を取りあげる。取り返そうとぴょんこぴょんこ跳ねる桃髪を放置
し、そこらへんに転がっているであろうフェイトとエリオをきょろきょろ探す。いた。こっち見てた。

「相変わらず、仲いいね」

 ぴょんぴょん足掻いている小動物と俺の姿に、フェイトが微笑ましそうな声色でそんなことを言った。
 テーブルの隣の席に座るエリオを見ると、心なしどこか羨ましそうな顔に見えなくもない。キャロと仲良くしたいのか。こちとら
会うたびに落命しそうになってるんだけど。

「キャロも本気じゃないみたいだし……」
「いや分かってるけど。でもこの配役おかしくない? どう考えてもザフィーラが侵入する役じゃないですか」
「ザフィーラさんの手をわずらわせる間もなく、私が引導を、引導をーっ!」
「どうした今日テンション高いぞ」
「じゃあ下げます。ふう疲れた」
「何その切り替え」
「日本経済が不況にあえぐ昨今、テンションだってタダじゃないんです」
「今日もキャロは金欲にまみれていた」
「いちおくまんえん」

 ぴちんぴちんと腕にチョップをかますキャロは可愛いのかもしれないが、合間合間に巨額の金を要求
されるのでこちらとしては困るばかりである。

「あとその帽子を持ったからには、何か面白いことをしていただかないと」
「えっ何そのとんでもない後付けルール」
「ぐずぐずするな。フェイトとエリオが待っているぞ」
「えっ……え、えっと、その……」
「ぼ、僕は別に……」

 わたわたと慌てるフェイトたちだが、その実何やら興味ありげな目をしている。ひどい嵌め方もあったものだ。仕方がないので帽子を
手に、頭をフル回転させて考えた。

「……ハーイ!」

 どうしようも無くなってヘーベルハウスのマネをしてみたところ、ダイワハウスとのギャップにフェイトが不意を突かれたらしい。
コーヒーが気管に入っていたのかむせはじめ、エリオが水を取りに行き。そして俺はザフィーラとキャロに怒られるのだった。

「いちおくまんえん、いちおくまんえん」

 フレーズが気に入ったらしく、引き続きからてチョップを繰り出しながら賠償を求めてくるキャロだった。



(続かない)

############

06/16 8:04
2回ほど加筆修正。
なんか物足りなかった。寝る前のノリで投稿すると駄目だな。


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