[2011年06月16日(木)]
【Jリーグ】ベガルタ仙台を強くした“折れない心”
石島亮太●文 text by Ishijima Ryota能登 直●撮影 photo by Noto Sunao(a presto)
6月15日、ベガルタ仙台がガンバ大阪を2対1で下した試合後。ユアテックスタジアムの外、喫煙者の憩(いこ)いの場で、地元の名物カメラマンの快活な声が響く。
「いやあ、今年の選手は表情が違うよな、表情が。被写体として引き締まっているんだよね」
この日は平日昼間の試合にもかかわらず、ベガルタのホームゲームには、1万4519人ものファンが詰めかけた。そのファンの声援に応えるべく、ベガルタのイレブンはピッチを躍動し続けた。
表情が例年になく引き締まる理由が、このチームにはある。3月11日に発生した東日本大震災の影響は、いまだに宮城県全域に残っている。「地域のために、絶対に良いニュースを届けたい」との手倉森誠監督の言葉は、チームパフォーマンスを上向かせる“激励”となった。チーム関係者のひとりはこう証言する。
「3月28日のチーム活動再開後、クラブ全体で復興支援活動をしたんです。それまでは選手個々のレベルでしたが、甚大な被害があった石巻市を中心に、トップチームとフロントが一丸となって物資の供給をしたり、被災地の子どもたち相手にボール遊びをしたりして。あそこで、言葉にならない光景を改めて目の当りにしたことで、試合でも練習でも選手たちの心が折れなくなった。簡単に弱音を吐かなくなったのです」
Jリーグ再開前には不安もあった。今年のベガルタ仙台は、大型補強により、戦力を上積みしたはずだったが、4月9日、目玉中の目玉であるFWマルキーニョスがブラジルへと帰国。契約解除が発表されたのだ。明らかな戦力ダウン――。だが指揮官は、これをポジティブな要素として捉えた。
「マルキーニョスがいなくなったことで、頼れるエースは確かに抜けました。でも、チームの強さは単純な戦力の足し算、引き算だけでは推し量れない。目に見えない要素がプラスに働いたのです」
目に見えない要素――それが、手倉森の言う“一体感”である。
「今いる選手は、日ごろの練習でも、こちらが感動するくらい手を抜かない。マルキーニョスがいなくなったことで、チームには揺るぎない一体感が生まれたのだと思います」
もちろん、単なる一体感だけでは勝利は呼び込めない。手倉森がベガルタのコーチだったころから指導してきたふたりの生え抜き、リャン・ヨンギ(北朝鮮代表)、関口訓充(日本代表)の攻撃的MFがともに好調を維持し、新加入のMF角田誠(京都から移籍)もスパイスとなって攻守のバランス向上に大きく貢献している。さらに、昨年までFC東京からのレンタルだったFW赤嶺真吾が攻撃陣の核として機能。9試合5得点を記録するなど、戦力の確実な上積みもあったのだ。
震災とエース離脱を経てチームに生まれた揺るぎなき一体感。責任感を背負った主力たちの好調。そしてもうひとつ、仙台の強さの重要な要素がある。主将のリャン・ヨンギが証言する。
「試合中はもちろんそうですが、練習中でも痛いとか、辛いとか、そんな甘い言葉を誰も吐かなくなりましたね。球際の強さも、昨年以上になったと思います」
ガンバ大阪はアジア屈指のパスワークを誇る試合巧者だ。その相手に対して、球際での競り合い、前線からのプレスで勝っていたのは、明らかにベガルタのほうだった。「昨年まではいまひとつ頑張りきれなかった球際でのハードワークが、今年は頑張れるようになってきたと思いますね」とは関口の言葉である。事実、ベガルタの選手は削られても、簡単には倒れない。かつてのアジア王者・ガンバ大阪のほうが、チャージに弱く、フィジカルコンタクトに対して脆(もろ)く映ったのは、なぜだろう。
「僕らが簡単に倒れるわけにはいかないじゃないですか」
リャン、関口同様、チームの生え抜きである菅井直樹が胸を張る。菅井は昨年限りで引退した平瀬智行らとともに、地道な復興支援活動を行なってきた。活動を継続すればするほど、試合や練習では、身体中に不思議な力が湧いてきたのだという。個々の身体を張ったスライディングが、ガンバ大阪のパスワークを分断し、さらなる一体感を生んでいく。
「どの選手を撮っていいのか、今年は分からねえなあ」
震災後、津波被害の悲惨な光景ばかり写してきた名物カメラマンは破顔一笑して、ユアスタを去っていった。
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