アップルストア、成功の秘密
ウォール・ストリート・ジャーナル 6月16日(木)9時9分配信
米アップルのスティーブ・ジョブス最高経営責任者(CEO)は、多機能端末「iPad(アイパッド)」やスマートフォン(多機能携帯電話)「iPhone(アイフォーン)」などのハイテク製品で同社を時価総額で世界一のIT企業に育て上げた。しかし、アップルの成功を支える鍵の1つは驚くほどローテクだ。それは、従来型の店舗である。
部外秘の研修マニュアルや店舗ミーティングの記録、現・元アップル社員十数人への取材からは、厳しく管理された接客方法、店舗での技術サポートに関する台本を用いた研修、展示されているデモ機に入っている写真や音楽など細部に至までの配慮など、アップルストアに隠された数々の秘密が見えてくる。
アップルとテーマエンターテインメント協会(TEA)のまとめによると、世界に326店舗あるアップルストアを3カ月間に訪れる客数は、米ウォルト・ディズニーの4大テーマパークの昨年の入場数6000万人を超えるという。投資銀行の米ニーダム・アンド・カンパニーの調べでは、オンラインストアの売り上げを除くアップルの床面積あたりの年間売上高は、1平方フィート当たり4406ドル。音楽・動画配信サービス「iTunes(アイチューンズ)」などのオンライン販売を含めると、その額は5914ドルに跳ね上がる。これは、貴金属・宝飾品大手ティファニーの店舗およびオンライン売上高1平方フィート当たり3070ドル、高級皮革製品・アクセサリー大手コーチの1776ドル、家電販売チェーン大手ベスト・バイの880ドルを大幅に上回る数字だ。
人目を引く照明が飾られているアップルストアの広々とした店内からは、のんびりとしたカジュアルな雰囲気が伝わってくる。しかし、店舗運営に関する情報は徹底的に管理されている。現・元社員への取材からは、店員は製品にまつわる噂について話してはいけない、技術サポートスタッフは指示がある前に製品の不具合を認めてはいけない、インターネット上にカリフォルニア州クパチーノのアップル本社に関する書き込みをした者は解雇される、などの厳しいルールが明らかになった。
11月にJCペニーの次期CEOに就任することが14日発表されたアップルの小売り事業担当上級副社長だったロン・ジョンソン氏(52 )は、そのアップルストアの立役者だ。
もちろん、アップル製品の魅力も店舗売り上げに大きく貢献している。それだけに限らず、アップルはベストバイなどの競合店に対して、1つのブランドのみを扱っているため製品数が少なく、4000店以上を抱えるベストバイより店舗数も大幅に少ないなど、テクニカルな強みも多く持っていると小売りアナリストは言う。しかし、規模が大きくなるにつれて、常に質の高い顧客サービスを提供するのは難しくなるとみるアナリストもおり、一部の元社員は、店舗数の増加に伴い熱狂的なアップルファンが店員になる確率が減ったことで、すでに店舗サービスの質が悪化していると指摘する。
アップルの広報担当者はコメントを控えた。
とはいえ、アップルは、顧客サービスや店舗デザインのあらゆる面でパイオニア的存在としてみられている。一部社員の証言と研修マニュアルによると、店員は製品を売り込むのではなく顧客の問題解決のサポートをするという一風変わった販売理念を教えられる。研修マニュアルには、「顧客の全ニーズを満たしてあげるのが仕事であり、その中には顧客自身が自覚していないニーズも含まれる」とある。そのため、歩合給制は導入しておらず、売り上げノルマもない。
バージニア州アーリントンのアップルストアに2007年まで勤めていたデービッド・アンブローズ氏(26)は、「製品を売るのが目的ではなく、顧客が抱える問題を把握し、解決策を見つけることに注力していた」と話す。
ウォール・ストリート・ジャーナルが確認した現在も使用されている2007年の社員研修マニュアルでは、アップルの頭文字「APPLE」を用いて接客方法が説明されている。
"Approach customers with a personalized warm welcome,(1人1人の顧客を温かく迎える)" "Probe politely to understand all the customer's needs,(顧客の全ニーズを丁寧に聞き出す)" "Present a solution for the customer to take home today,(その日に使える解決策を提示する)" "Listen for and resolve any issues or concerns,(顧客が抱える問題や懸念に耳を傾け、解決する)" and "End with a fond farewell and an invitation to return.(感謝とまた来店してもらいたいという気持ちを込めて見送る)"というものだ。
アップルは細部の細部まで管理することで顧客経験の向上を目指している。店舗の研修マニュアルには、 技術サポートスタッフは同社が「感情的」と呼ぶ顧客に対して、「聞き手に回り、耳を傾けているということを示すため、返答は“はい”や“そうですね”など短く留める」とまで書かれている。
担当シフトに6カ月間で3回、6分以上遅れて来た店員は解雇される可能性がある。売り上げノルマはないものの、元社員の証言によると、店員は製品とともにサービスパックを売らなければならない。 販売成績の悪い店員は再度研修を受けさせられたり、別の役職に異動させられたりする店舗もある。
今ではアップルの戦略の一環として利用されている店舗だが、当初は守りの一手としてスタートした。ジョブス氏が一度アップルを解任された11年後に復帰を果たした1996年、同社は苦戦していた。アップルのコンピュータ「Macintosh(マッキントッシュ)」は、現システマックス傘下のコンプUSAなど大手パソコン販売チェーンからほぼ姿を消している状態だった。
アップルのブランド力は小売店がマッキントッシュを店頭に並べたがらないほど低下していたため、ジョブス氏にとって販売戦略は優先課題となった。当時を知る関係者によると、ジョブス氏はいくら新製品を開発しても消費者の目に届かなければ意味がないと考えていたという。
販売戦略を強化するため、ジョブス氏は1999年にアパレル小売り大手ギャップのミラード・ドレクスラー社長兼CEOを取締役に迎え入れた。同氏の助言によりアップルは2000年に、小売り大手チェーンのターゲットで、デザイナーと開発した家庭用品の販売などで手腕を上げていたジョンソン氏を小売部門の責任者に指名。ジョンソン氏はアップルストア内に「Genius Bar(ジーニアスバー)」と呼ばれる技術サポートコーナーを設置し、細部にこだわる接客方法を立案するなどしてアップル躍進の一端を担った。アナリストは14日、ジョンソン氏の退社はアップルにとって痛手だが、同氏不在でも成功するまで同社の小売戦略は確立されていると述べている。
アップルは、トレンドに敏感でブランド化した店舗で成功していたギャップをモデルとしていたため、当初の小売部門はギャップ出身者が多く占めていた。そのため、アップルは冗談で「Gapple(ギャップル)」と呼ばれることも多かった。
アップルストアの立ち上げ当時を知る関係者は、ドレクスラー氏がアップル本社近くの倉庫にプロトタイプの店舗の建設を提案したと話す。そこで、カテゴリー別に製品を並べる一般的な販売方法ではなく、製品の使い方が分かるような展示にこだわったアップルストア内のレイアウトが生まれた。
アップルストアでは、厳しい競争を勝ち抜いた人しか働けない。面接は少なくとも2回行われ、現・元店員によれば、志願者は個々のリーダーシップ能力や問題解決能力、そして、アップル製品に対する熱意などを問われるという。小売業界の専門家は、小売店の多くが人材確保に苦労する中、アップルストアの多くは志願者が溢れかえる状態だと話す。
就職が決まれば、新入社員は研修を通して顧客サービスの理念を教え込まれ、店舗では先輩についてノウハウを学ぶ。適切と見なされるまでは、新入社員1人で顧客と話すことも禁止だ。一人前の店員と認められるまでには数週間かそれ以上かかる場合もある。
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アップルとテーマエンターテインメント協会(TEA)のまとめによると、世界に326店舗あるアップルストアを3カ月間に訪れる客数は、米ウォルト・ディズニーの4大テーマパークの昨年の入場数6000万人を超えるという。投資銀行の米ニーダム・アンド・カンパニーの調べでは、オンラインストアの売り上げを除くアップルの床面積あたりの年間売上高は、1平方フィート当たり4406ドル。音楽・動画配信サービス「iTunes(アイチューンズ)」などのオンライン販売を含めると、その額は5914ドルに跳ね上がる。これは、貴金属・宝飾品大手ティファニーの店舗およびオンライン売上高1平方フィート当たり3070ドル、高級皮革製品・アクセサリー大手コーチの1776ドル、家電販売チェーン大手ベスト・バイの880ドルを大幅に上回る数字だ。
人目を引く照明が飾られているアップルストアの広々とした店内からは、のんびりとしたカジュアルな雰囲気が伝わってくる。しかし、店舗運営に関する情報は徹底的に管理されている。現・元社員への取材からは、店員は製品にまつわる噂について話してはいけない、技術サポートスタッフは指示がある前に製品の不具合を認めてはいけない、インターネット上にカリフォルニア州クパチーノのアップル本社に関する書き込みをした者は解雇される、などの厳しいルールが明らかになった。
11月にJCペニーの次期CEOに就任することが14日発表されたアップルの小売り事業担当上級副社長だったロン・ジョンソン氏(52 )は、そのアップルストアの立役者だ。
もちろん、アップル製品の魅力も店舗売り上げに大きく貢献している。それだけに限らず、アップルはベストバイなどの競合店に対して、1つのブランドのみを扱っているため製品数が少なく、4000店以上を抱えるベストバイより店舗数も大幅に少ないなど、テクニカルな強みも多く持っていると小売りアナリストは言う。しかし、規模が大きくなるにつれて、常に質の高い顧客サービスを提供するのは難しくなるとみるアナリストもおり、一部の元社員は、店舗数の増加に伴い熱狂的なアップルファンが店員になる確率が減ったことで、すでに店舗サービスの質が悪化していると指摘する。
アップルの広報担当者はコメントを控えた。
とはいえ、アップルは、顧客サービスや店舗デザインのあらゆる面でパイオニア的存在としてみられている。一部社員の証言と研修マニュアルによると、店員は製品を売り込むのではなく顧客の問題解決のサポートをするという一風変わった販売理念を教えられる。研修マニュアルには、「顧客の全ニーズを満たしてあげるのが仕事であり、その中には顧客自身が自覚していないニーズも含まれる」とある。そのため、歩合給制は導入しておらず、売り上げノルマもない。
バージニア州アーリントンのアップルストアに2007年まで勤めていたデービッド・アンブローズ氏(26)は、「製品を売るのが目的ではなく、顧客が抱える問題を把握し、解決策を見つけることに注力していた」と話す。
ウォール・ストリート・ジャーナルが確認した現在も使用されている2007年の社員研修マニュアルでは、アップルの頭文字「APPLE」を用いて接客方法が説明されている。
"Approach customers with a personalized warm welcome,(1人1人の顧客を温かく迎える)" "Probe politely to understand all the customer's needs,(顧客の全ニーズを丁寧に聞き出す)" "Present a solution for the customer to take home today,(その日に使える解決策を提示する)" "Listen for and resolve any issues or concerns,(顧客が抱える問題や懸念に耳を傾け、解決する)" and "End with a fond farewell and an invitation to return.(感謝とまた来店してもらいたいという気持ちを込めて見送る)"というものだ。
アップルは細部の細部まで管理することで顧客経験の向上を目指している。店舗の研修マニュアルには、 技術サポートスタッフは同社が「感情的」と呼ぶ顧客に対して、「聞き手に回り、耳を傾けているということを示すため、返答は“はい”や“そうですね”など短く留める」とまで書かれている。
担当シフトに6カ月間で3回、6分以上遅れて来た店員は解雇される可能性がある。売り上げノルマはないものの、元社員の証言によると、店員は製品とともにサービスパックを売らなければならない。 販売成績の悪い店員は再度研修を受けさせられたり、別の役職に異動させられたりする店舗もある。
今ではアップルの戦略の一環として利用されている店舗だが、当初は守りの一手としてスタートした。ジョブス氏が一度アップルを解任された11年後に復帰を果たした1996年、同社は苦戦していた。アップルのコンピュータ「Macintosh(マッキントッシュ)」は、現システマックス傘下のコンプUSAなど大手パソコン販売チェーンからほぼ姿を消している状態だった。
アップルのブランド力は小売店がマッキントッシュを店頭に並べたがらないほど低下していたため、ジョブス氏にとって販売戦略は優先課題となった。当時を知る関係者によると、ジョブス氏はいくら新製品を開発しても消費者の目に届かなければ意味がないと考えていたという。
販売戦略を強化するため、ジョブス氏は1999年にアパレル小売り大手ギャップのミラード・ドレクスラー社長兼CEOを取締役に迎え入れた。同氏の助言によりアップルは2000年に、小売り大手チェーンのターゲットで、デザイナーと開発した家庭用品の販売などで手腕を上げていたジョンソン氏を小売部門の責任者に指名。ジョンソン氏はアップルストア内に「Genius Bar(ジーニアスバー)」と呼ばれる技術サポートコーナーを設置し、細部にこだわる接客方法を立案するなどしてアップル躍進の一端を担った。アナリストは14日、ジョンソン氏の退社はアップルにとって痛手だが、同氏不在でも成功するまで同社の小売戦略は確立されていると述べている。
アップルは、トレンドに敏感でブランド化した店舗で成功していたギャップをモデルとしていたため、当初の小売部門はギャップ出身者が多く占めていた。そのため、アップルは冗談で「Gapple(ギャップル)」と呼ばれることも多かった。
アップルストアの立ち上げ当時を知る関係者は、ドレクスラー氏がアップル本社近くの倉庫にプロトタイプの店舗の建設を提案したと話す。そこで、カテゴリー別に製品を並べる一般的な販売方法ではなく、製品の使い方が分かるような展示にこだわったアップルストア内のレイアウトが生まれた。
アップルストアでは、厳しい競争を勝ち抜いた人しか働けない。面接は少なくとも2回行われ、現・元店員によれば、志願者は個々のリーダーシップ能力や問題解決能力、そして、アップル製品に対する熱意などを問われるという。小売業界の専門家は、小売店の多くが人材確保に苦労する中、アップルストアの多くは志願者が溢れかえる状態だと話す。
就職が決まれば、新入社員は研修を通して顧客サービスの理念を教え込まれ、店舗では先輩についてノウハウを学ぶ。適切と見なされるまでは、新入社員1人で顧客と話すことも禁止だ。一人前の店員と認められるまでには数週間かそれ以上かかる場合もある。
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最終更新:6月16日(木)9時9分
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