気象・地震

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東日本大震災:福島・放射線量調査に同行 「ピピピ」感知音に募る不安

 福島県内ではいま公園で、国道で、学校で、放射線の線量調査が毎日のように行われている。飯舘村や福島市などで行われた県の調査に記者が同行し、目に見えずにおいもない放射性物質を追った。【田中裕之】

 ◇距離近くても汚染度に差/安全?危険?住民困惑

 「私は『原子力村』の一員です」。5月下旬。原子力安全委員会の高倉吉久専門委員(68)は冗談交じりに笑った。原子核工学専攻の博士号を持つ元福島県職員。佐藤栄佐久前知事時代に原子力安全対策課長として、福島原発の安全性を監視する立場だった。今は放射線の知識普及を目指す東北放射線科学センター(仙台市)の事務局次長も務め、県の調査に協力している。

地表近くの空間放射線量を測定する高倉吉久さん(左)右は田中裕之記者
地表近くの空間放射線量を測定する高倉吉久さん(左)右は田中裕之記者

 調査に使う空間線量測定器(シンチレーション・カウンター)。本体からコードが伸び、懐中電灯のような検知器がつく。「ピーッ、ピーッ」という感知音は、線量が上がるにつれ「ピッピッピッ」から「ピピピピピ」と間隔が縮まり、音量も大きくなる。あまり気持ちのいいものではない。

 測る高さは地面から1メートルと1センチ。「1メートルは人間の大切な生殖器の高さ。1センチは放射性物質が付着しやすい靴の高さです」。補佐役2人がつき、1人が秒数をカウントし、高倉さんが10秒間隔で5回ずつ線量値を読み上げる。もう1人が記録する。5回の平均値が線量値となる。測定中、感知音を聞きつけた住民たちに囲まれ、「大丈夫か」と質問攻めにあったことも。「人がいれば感知音のスイッチを切るようにしています」と高倉さんは苦笑する。

     *

 測定地点は福島市から南相馬市までの国道、県道沿いの13カ所。道路脇や公園駐車場に、測定場所を示す×印が付けられている。

 一部が計画的避難区域に指定されている川俣町。ある地点の線量は毎時1・2マイクロシーベルトだった。ところが、高倉さんが検知器を×印から少し離れた土の上にかざすと、値は4・0マイクロシーベルトにはね上がった。

 「おおっ」。驚く記者に、高倉さんは「今出ている放射線はセシウム134と137。セシウムはナトリウムやカリウムと性質が同じで、土などに吸着する。土や水のたまった側溝の方が高く、3~4マイクロシーベルト程度の差は当然でしょう」。

 しかし、だ。毎時4マイクロシーベルトなら24時間×365日の単純計算で年間約35ミリシーベルトにもなる。計画的避難区域の目安とされている年間20ミリシーベルトを超えてしまう。

 線量が場所により異なるなら、1カ所の測定値を代表線量値として公表する意味があるのだろうか。「どちらの測定値も正しい値ですが、決まった場所と方法で測定を続けることで、測定値の桁数や線量増減の傾向、汚染分布を正確に把握できる。長期間の線量変化が重要なのです」

     *

 線量が高く、全村避難を強いられている飯舘村内の公園で、感知音が激しく鳴った。池のそばの地上1センチで毎時8・8マイクロシーベルトだった。年間では77ミリシーベルト。「高いですね」。不安を押し隠して聞いた。高倉さんは「心配ないですよ」と涼しい顔だ。

 村役場に近い公民館の駐車場。測定中、年配の村民3人が集まってきた。家族を茨城県古河市の親類宅へ送り出したという畜産業の今井英夫さん(61)が言った。「わけえ人の将来の健康が心配だ。放射線はできるだけ浴びない方がいいべ?」

 高倉さんは現時点の線量なら心配ないと説明したが、今井さんは納得しない。「ならばなぜ国は村民全員を避難させるんだべ」。見れば、同じ駐車場で研究者たちとおぼしきグループも線量を測っている。高倉さんは嘆く。「全国から研究者たちが訪れ、線量を測り、大丈夫だ、危険だと正反対の意見を述べている。村民は混乱するばかりだ」

 ◇年100ミリシーベルト未満…専門家は「心配ない」

 年間100ミリシーベルト未満の「低線量被ばく」は健康に影響するのか。東京電力の福島第1原発の事故で専門家の見方は分かれ、国民の不安は高まっている。「心配ない」という高倉さんに、文系記者が疑問をぶつけた。

 高倉さんは言う。「昭和40~50年代、中国の大気圏内核実験で大量の放射性物質が日本に降った。当時僕らが測った値はずっと高かった。それでも日本は長寿国です」

 思わず納得しそうになる……が、不安は消えない。年間100ミリシーベルトの被ばくで発がん率が0・5%高まると推定されている。しかし喫煙などの要因も発がんに関与し、100ミリシーベルト未満の影響の有無は科学的に明らかにされていない。

 懸命に食い下がる。「未解明なら『影響があるかもしれない』と考えるべきではないでしょうか」。現に、文部科学省が子供の屋外活動の制限基準を年間20ミリシーベルトとしたことに専門家や親から抗議が集まり、1ミリシーベルト以下をめざす、とした。

 「低線量被ばくには明確な解答がなく、多くの意見があります。分からないなら安全サイドに立ち、影響ありと考えるべきだという専門家もいる」

 高倉さんはそう前置きし、自然界の放射線量も場所により大きく異なること、農作物の肥料カリウムにも放射性カリウムが含まれ、食物などとして体内に入り、私たちの体からも毎秒約7000個の放射線(7000ベクレル)が出ていること--などを列挙。「人は、自然界や宇宙からの放射線を浴びながら生き延びてきた。心配ない、というのが私の経験則だ」と言いきった。

 その経験則は正しいかもしれない。だが、逆の意見もあり、素人の私たちには判断のしようがない。100ミリシーベルト未満という「ブラックボックス」の前で、文系記者は今も不安をぬぐえずにいる。

毎日新聞 2011年6月10日 東京朝刊

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