余録

文字サイズ変更

余録:汚染水との戦い

 「夫(そ)れ兵の形は水に象(かたど)る」--そもそも軍の形は水の姿を理想とするという古代中国の兵法書「孫子」の言葉だ。水は高いところから低いところに流れる。同じく軍は敵が強固に守るところを避け、手薄なところを攻めるべきだという▲思えば水も軍も、決まった形というものがない。その時の相手に応じて巧みに形を変え、勝ちを収めるわけである。戦場のみならず、先の予測が難しい危機管理に臨む人にとっても兵法書からくみ取るべき教訓は多かろう▲ならば今直面するのは、「水」という最強の敵との戦いといえる。福島第1原発安定化の最大の課題である高濃度放射性汚染水の浄化作業が始まる。すでに準備中から水漏れや水が流れなくなる予想外のトラブルが続発し、汚染水は人間の弱点を容赦なく突いてくる▲これまで一部が海に流出し、地下水への漏出も懸念される原発施設内の汚染水である。すでに10万トンを超える水は原子炉冷却のための注入で新たに増え続けており、今月下旬には地表や海にあふれ出る恐れも出てきた。そんな中での汚染水浄化システムの稼働である▲米社と仏社製の装置が本格稼働すれば1日1200トンの汚染水の放射線レベルを最大1万分の1程度に減らせるという。浄化された水を再び冷却に用いるというのが工程表のシナリオだ。もし計画に何か人の気づかぬ亀裂が潜んでいれば、水はすぐそこに浸入しよう▲ここに来て現場では被ばく限度を超えた作業員が相次いで見つかった。そこにも甘い判断で見逃された穴はなかったか。事故収束の前線に立つ人々の健康管理についても漏れる水があってはならない。

毎日新聞 2011年6月16日 0時02分

PR情報

スポンサーサイト検索

余録 アーカイブ

6月16日「夫れ兵の形は水に象る」…
6月15日一昨年、300人以上の死者を出し…
6月14日一名「ジゴクソバ」というからおどろおどろしい…
6月12日先月、何年ぶりかで台北の故宮博物院を訪れ…
6月11日「遠野物語」に土淵村から海辺に…
6月10日英語の俗語辞書を見ると「ホットスポット」は…
6月9日幕末から明治に来日した西欧人は…
6月8日その昔、コンゴの人は大祭司チトメが…
6月7日「もしドラ」こと「もし高校野球の女子マネージャーが…
6月6日どちらに逃げればいいのか…
6月5日男のやさしさは袷仕立て、と言ったのは…
6月4日古代ギリシャのある国の人々が…
6月3日安元の大火、治承の辻風、養和の飢饉、元暦の大地震…
6月2日正岡子規の忌日(9月19日)を糸瓜忌というのは…
6月1日つぼに赤、黄、黒の玉が計90個入っている…
5月31日地震や火事が起きた時、大勢の人が先を争って…
5月30日原発事故で「日本」というブランドが…
5月29日菅直人首相がしばしば使う言葉…
5月28日願い事を書いて奉納する絵馬の発祥は…
5月27日「昇りや掘なさんな目に石が入る…
5月26日欧米の学者らの間では「ラショーモン・エフェクト」という…
5月25日推理小説ではブラウン神父はじめ聖職者の探偵役も活躍するが…
5月24日ある女性タレントが出版した自伝について…
5月23日お隣の韓国では多くの人々が…
5月22日口は災いのもとという。不用意な発言が思わぬ波紋を…
5月21日「我等は角力道の弊風…
5月20日幕府の調査で約4200人という安政江戸大地震の死者だが…
5月19日「五月乙女のつらねし袖や匂ふらむ…
5月18日スイスのある村の牛飼いの子がよそ者に時間を聞かれた…
5月17日世界各国の国民性をからかう小話の定番に…
 

おすすめ情報

注目ブランド

毎日jp共同企画