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[27519] 【チラ裏より】転生妄想症候群 リリカルなのは(転生オリ主TS原作知識アリ)
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:870194e7
Date: 2011/05/30 02:39
【チラ裏より】転生妄想症候群 リリカルなのは(転生オリ主TS原作知識アリ)


初めましてきぐなすと申します。

初投稿作品です。

ところがプロット段階ですでにカレー(厨二要素)満載のつもりで作り始めたら、隠し味のクリーム(いろんな要素)入れすぎてカレー風味シチューなった。そのうえ、コトコト煮すぎて具が溶けてしまったよ。(カオス)大量にご飯炊いてしまったし、福神漬けどうしよう(余分なもの)この作品どうしてこうなった。 orz

とりあえず、プロットは捨てるべきではないと作っていくことにしました。


注意書き

・厨二ネタを皮肉りながらも、愛好するという作者の歪んだ愛でできております。そういうのが苦手な方は避けるべきと思います。

・オリ主強キャラ
・オリキャラ多め  
・転生?憑衣?(そのうち明かにしていく予定です)
・TS要素?
・独自解釈(原作は尊重します)
・寒いギャグ・ネタ(シリアスとギャグのバランスが取れてないのは仕様です)


すでに地雷臭がしてますが、それでも良いという方は読んでください。




※ 誤字脱字ゆえに手直しはまめにしていきます。ストーリー矛盾とかで加筆した場合は報告します。

23/4/29 投稿開始

23/5/25 作者コメント修正・・・ゴールデンウィーク時事ネタ関連削除 

23/5/28 とらハ板へ移行 




[27519] 第一話 目が覚めて
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:870194e7
Date: 2011/05/26 20:46
第一話 目が覚めて

深いまどろみの中、二人の女の子の声が聞こえる。俺は死んだはずだ。ここはあの世だろうか? 彼女たちはきっと転生の神様に違いない。絶対に間違いない。なぜなら俺は選ばれた……うっ

頭ぐらぐらして気持ち悪い。ちょうど高熱でうなされているときの状態に似ている。だから声は聞こえていても内容を理解することができなかった。

「ーーーれるわよ。」

「カナコ、あとは全部任せるよ。ちゃんと見守ってあげてね。もう働きたくないよ~ 」

「希、あなた小学生のくせに……まあ任せておきなさい。あなたは引きこもっていいわ。でも心配だわ」

「どうして? カナコが勧めてきたんじゃなかったっけ。この騎士さんがしてくれるのは私の代わりに外に出ているだけの簡単なお仕事でしょう? 」


「他に使えそうな記憶が見つからなかったとはいえ、欠陥がひどいのよ。それを整えるのに強引に記憶いじくったから、変な行動とか勘違いをしてないといいけど…」

「カナコの説明は長い。短くわかりやすくして」

「もろくて出来の悪い守護騎士システムね」

「名前を呼んだらダメなんだっけ? 」 

「そうよ。記憶の鍵になっているの。呼ばれたら記憶を取り戻すからアウトね。魂も紛いものだし、自己矛盾を起こして消滅するのは間違いないわ。でも心配はいらないと思う。あなたの外見じゃまずない。小学3年生の女の子に20代男っぽい何かが入っているなんて誰も思わないわ。スペアもあるし、壊れたらそれはそれでかまわない」

「そうなんだ。だったらもう私眠りたい。疲れちゃった」

「そうね、今は引きこもってなさい。来年くらいから本気出すといいわ。でもね、コイツ次第じゃ起こされるかもよ。なんせ馬鹿だし」

「馬鹿はひどいよ。起されるのはいやだけど、仕方ないよ」

「はいはい、でもやばいことしそうだったら、手綱はとるわ。それから、できる限り存在を補強してみるわね。手っとり早いのは ……やっぱり愛なのかしら? 」

う~ん、何を言っているかわからない。今から起きて聞いてみるか。

「あっ …起きたよ」

「さて、お目覚めですか? 騎士様、しっかり外で役目を果たしてきてね」

俺は目を開けようとしたが、その前に体が持ち上がる。えっ!? 何?

「じゃあ、いってらっしゃい。えいっ! 」

浮き上がるような感覚、次に落下していく。

ひゅーーーーーーーーー

「なんじゃーーーーそりゃーーーー」















俺は目を開ける。

ぼやけながらもだんだん焦点があって、白い蛍光灯と白い壁が目に入った。


「知らない天井 ……う、いかん、ついお約束な言動をするところだった」

ひとり無意味につっこむ。周りを見渡すと、白いカーテンで囲われて、シーツやベットが目に入る。病院だろうか。なんでこんなところに?

手と腕をみると、点滴の跡もみえる。それより、何か変だ。俺の手と腕こんなに小さく細くて白かったかな?
あと髪がなげぇし、その気になればゴンさんごっこができそうだ。

嬉しい。

きっと神様が髪に恵まれなかった俺にプレゼントしてくれたのだろう。髪を持つものと持たざるものの差は大きい。両者はわかりあえないのだ。

俺は自分の髪を撫でて、しばし浸る。しあわせな時間だった。

こうしているのもなんなので体を起こす。のっそりと静かに立ち上がりカーテンを開く。

誰もいない。ほかのベットも見あたらない。個室で広い部屋だ。しかも、大型テレビ、壷やソファーなど普通の病室にはない高級感を醸し出していた。

(おいおい、こんなところに寝泊まりできるほど金持ってねーぞ。鏡はどこだ? 鏡 ……あった)

鏡の前に立つと、ピンクの病衣を着た女の子が立っていた。特徴的なのは艶やかな長い黒髪で膝まで伸びて、ボリュームがあり身体を覆っていている。顔は将来を期待できそうだが、幸薄そうで陰があるタイプだな。身体も同世代の子と比べても華奢で病弱な大和撫子という表現がしっくりくる。女の子はその不思議そうな顔をしてこちらを見てる。誰だ? この子、とりあえず挨拶しとくか。







「こんにちわあーーーーーーーー」

途中から自分だと気づいた。






ひとしきり悶えた後、自分の状況を整理することにした。

① 俺はアトランティスの最終戦士ジークフリードだ。(記憶の劣化がひどく、混乱しているが間違いない)

② 俺はアトランティスの最終戦士の記憶を持ったまま現代人に転生を何度も繰り返している。(これも間違いない。この前の人生ではチートだった。今までの転生でもそうだ)

③ この身体の前は20代前半男だった。(死んだ理由は事故らしいことは何となく覚えている。自分の部屋にいた記憶ははっきり覚えている。引きこもっていたもんな。ただ、外出したのも覚えてないし、こもる以前のことはなんかあいまいで他人事のように感じる)

④ 前の名前や住んでた場所の固有名詞は覚えてない。家族構成や家族の顔をなんとなくイメージできる。(妹の斎のことは覚えている、大学に行っていた。前世でも兄弟だったからなぁ)

⑤ 転生または憑衣してる(どっちかはわからんが)

⑥ おんにゃのこ(男じゃないのは残念は残念だけど、あまり違和感はないな。ペタペタするが何も感じない)

⑦ この女の子本人の記憶がない(記憶喪失みたいだな)

こんなところか。

では、アトランティスのちからが使えるか試してみよう。俺は天を掴むように手をかかげると心に秘められた呪文を唱える。







「来たれ。我が黒き外套、赤き銃身ディスティ」








……来ない。この世界でも使えないようだ。やはり失われてしまったようだ。

(やっぱり、馬鹿だったわ。予想はしてたけど…)

どっかで誰かの嘆く声が聞こえた。失礼なことを言っている。









ふと、視線を横に向けるとテーブルがあり、高級そうな漆塗りのどんぶりが置かれていた。まだほかほかでおいしそうな匂いが食欲をそそる。何だアレ? 誰も手をつけてないみたいだけど。

テーブルに近づいて、どんぶりのふたを開いてのぞき込んだ。すると、色とりどりの野菜とエビのてんぷらが見えた。

「しらない天丼だ…あっ! 」

何かに負けた気がした。

悔しかったので食べる。なんだか胃がムカムカするが気にしない。4分の1くらい食ったところで、いきなりドアが開いた。

俺は箸とどんぶりを持ったまま固まる。視線を向けると30歳後半くらいの女の人が唖然としている。もしかして、この人の天丼か? 何か言わないと。

「い、いただいてます」

女性は驚いた顔のまま近づいてきて、恐る恐る聞いてきた。

「みー、みーちゃん、大丈夫なの? 」

(みーちゃん、この子のことか? この部屋で天丼食べるってことは家族だよな。母親か? 今の状況はやっかいだし話を会わせとこう。えーえースマイル、スマイル)

俺はこの場となんとか切り抜けようと笑顔をつくる。

「うん ……大丈夫だよ。おかーさん」

「おかーさん? おかーさん」

女性は呆けたような顔で、言葉をかみしめるように言うと、下を向いてしまった。

あれっ? 何か変だな。俺は立ち上がり近づくと、女性は肩を震わせて泣いていた。

「うん、うん …おかーさん」

「どうしたの? おかーさん」

「だって、みーちゃんがおかーさんて呼んでくれたのが、嬉しくて」

(ほっ、良かった間違ってなかったらしい)

おかーさんは涙で崩れた顔のまま、急に私の背中を強く抱きしめた。そして、号泣する。

「みぃーちゃん、ああっ、みーちゃん」

ますますヒートアップしてきたみたいで、愛しさをこめて名前を呼ぶ。抱きしめる腕の力はますます強くなる。

(ちょ、まって、強い、強い!! タンマ、タンマ、ギブギブ、気持ち悪ぅ …胃ーー出る)

急激な嘔吐感が押し寄せ、抱きしめる母の肩に思い切り吐いた。






感動のシーンが台無しだった。あたりは酸っぱい匂いが立ちこめ、母のスーツは黄色く汚れていた。最悪である。俺って奴はどうしてこうなるんだよ。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」

泣きそうな顔で何度も謝る。すると母はすっと俺の頭に手を伸ばして頭をなでる。







「ふふふっ …病み上がりなのにこんなに食べるなんて食いしん坊さんね」

俺は母親だというその人を見つめる。俺が吐いたことなど少しも気にしてないように笑っている。これが母親というものなのだろうか? その顔をみていると、ふわっと包まれるような安心感と胸にチクリと針がささったような罪悪感を感じる。

どうしようもない気持ちを込めて、俺は心の中でこっそり告白することにした。


(優しい人だな。なんかこの人好きになれそうだ。でも、ごめんさない。俺はあなたの子ではないんです。)

しばらく見つめあうふたり。おかーさんから話を切りだしてきた。


「いつまでもこうしてもいられないわね。担当の看護師さんに連絡しないと。私も着替えてくるわね。それから、掃除もお願いしてくるわね。」

おかーさんは名残惜しい顔で部屋から出ていく。その背中を目で追いながら、俺はこれからどうしようか考えていた。

「あれっ? 」

何か寒気を感じる。心臓の動悸も激しい。冷や汗と鳥肌まで立っている。吐き気もぶり返してきた。頭痛まで感じるようだ。なんでだろ? まあ、病み上がりだし寝とくか。

俺はベットに横になり眠りにつく。眠りに落ちる直前に

(しょっぱなから高度なことするじゃないわよ。次はただじゃおかないから。それから、やっぱり変な勘違いしているわね、せいぜいバカなことはしないでちょうだい。)

という起きる前に聞いたあの少女の声が聞こえた気がした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

二時間後…


「おとーさん? おとーさんか」

「どうしたの? おとーさん」

「希ちゃんがおとーさんって呼んでくれたのがうれしくてなぁ」

(あんたら似たもの夫婦だよ)

先ほどの焼き直しのようなやりとりをしながら、俺は密かにつっこんだ。

おとーさんは医者のようだ。しかも、おじーちゃんは病院長らしい。やべぇ俺セレブじゃん。勝ち組じゃんと喜んだ。どうりでこんないい部屋に入れてもらえるわけだ。

ただ少し気になったのが、喜ぶ父の横で険しい顔をした他のドクターたちが

「雨宮先生、お話があります」

言って父をつれていったことだった。





そのあと、医者さんと結構長い時間話をさせられて苦痛だった。いらいらしてきたので、話を遮ってアトランティスの戦士の話をしたら、カルテに「転生妄想」と書かれた。鬱だ。

医者が看護士と会話で「やはり、心療内科へ…」とか不穏なセリフが出できたので、「今の嘘です。そうだったらいいなと思っただけです」と誤魔化したところ、今出張中の担当医が戻ってから判断することに決まり一安心した。

前世を嘘だと言うのは心が痛む。



しばらく入院することになった。

すぐにわかったことは、この子の名前は雨宮希、九歳、小学三年生ということだ。

女の子になってからの初めて風呂とトイレも心が男だからといって特に何も感じなかった。年が若すぎるのもあるし、なんというかしっくりくるのである。俺には乙女の資質があったのだろうかと悩んだが、男だった頃の記憶がはっきりとしないからだろうと割り切った。

ほかにもさまざまな問題が判明してきた。

まず、身体中に痣や切り傷の痕があり、背中の火傷のような大きな傷が気になる。長く入院してたからこのくらいの傷は負っていてもおかしくないが、この子に何があったか気になる。傷は成長すれば目立たなくなるだろう。特に背中の傷は見ているだけ頭痛がしてくるのであまり気にしないようにしよう。

看護師さんのかわいそうなものを見る目がチクチクして嫌になる。

ふと嫁に行けるだろうかと少し考えてしまった。男なのに。

他にも初日にも感じた突発的な頭痛と吐き気・寒気にも悩まされた。また、内臓系が弱いのか食が細く、味の濃いモノや油っぽい食べ物は基本無理であった。これは、ジャンクフード大好きだった前世の身としてはさびしい。頑張って挑戦してるが芳しくない。

早く健康になりたい。

意外と制限の多い体だったが、どうにかこれから生きていこうと考えを切り替えることにした。暗いことばかりだと健康にも悪いしな。

なにより、髪の毛を触っているだけで、この身体はしあわせだった。気がつけば一日過ぎてたこともあった。




この気持ちを歌にしてみた。ああティモテ、ティモテ、ティーモテ   




幸いなことに、目標はすぐ見つかった。この病院の名前は海鳴大学病院だったのである。

インターネットで調べた結果、喫茶翠屋、月村家、聖祥大学付属小学校が検索に引っかかり、アニメ魔法少女リリカルなのはの世界の可能性が高いと判断できた。










まさに、天啓であった。

なのは様は一番最初の前世では想いを寄せながらかなわなかった相手だ。それから、さまざまな転生を繰り返し、直前の前世でアニメとして知っていた彼女である。もうこれはなのは様のいるところへ行くしかない。

数日が経過して、退院して家に帰る。担当医はまだ出張中だが、家のほうが落ち着くからとおとーさんが強引に退院させたらしい。



家の前に立つ。大きな門と純和風のずいぶん立派な屋敷だ。田舎なら町の有力者が住むようなたたずまいで、さすが医者の一族は違うようだ。

自分の部屋に入り服に着替えるが、長い入院で痩せたせいで少し大きく感じる。新しいの買ってもらうかな?

そして、両親に頼んで聖祥大学付属小学校への編入学試験を受けた。当然のようにトップクラスだった。

前の小学校は春休みが始まる前に一度だけ通った。お別れを言うためである。前に通ったのは恐らく二ヶ月も前になると思う。大学病院からはだいぶ離れた場所にあり、当日はおとーさんに車で送ってもらったが、ずいぶん遠い学校を選んだもんだと不思議に思った。

家の教育方針なんだろうか?

見ず知らずのクラスメイトは全員俺に対して敬語で話して、なんだかビクビクしていて、友達らしき子はいなかったのが気になったが、先生は普通でお別れ会はおおいに盛り上がった。最後に先生が

「いつも寝ている雨宮さんがこんなに頭良かったなんて知りませんでした」

と言ってくれた。そりゃそうだ。中身は仮にも成人だからな頭よくて当然だ。





春休みが終わり入学式が始まる。式自体には謎の体調不良で参加できなかった。その代わり、同じ学年の名前の掲示板に月村すずか、アリサ・バニングス、高町なのはの名前を見つけた。




完璧だ。

ここまでで人生の運を使いきった感はあるが、俺はどうやら舞台に上がる資格があったようだ。

(おかしいわね? 違う世界は本当にあるのかしら? )

病院で最初に気がつく前の少女の声が聞こえた。この身体は幻聴がたまに聞こえる。やばい病気なんだろうか?

あれから、この身体の生まれてから記憶が戻る気配はない、周囲には隠しているが記憶喪失のような感じである。誰かに取り憑いているような感じだ。そのため、この娘の優しくしてくれる両親にますます申し訳ない気持ちになるのだった。

女の子であることは、もう悩んでいない。だから、心の中で俺から私に呼称を変えた。とにかく女として生きていくのだと決心する。ただ、髪の重さやスカートで歩くときや首もとの締め付けの違和感には今も悩まされていた。

細かいことは考えないようにしよう。とにかく焦がれてやまなかったあのなのは様にもう一度逢えるのだから……







「ーーさん、雨宮さん」

誰かかが肩を叩く。考え事をしていて誰かが近くにいたのも気づかなかった。誰だろ? と冷静に考えたが、身体は思いよらない反応をしてしまった。


「きゃああーーーーー」

と悲鳴を上げて飛び跳ねるとそのまま床に尻餅をついた。
う~ん、すでに私は完璧な乙女になりつつあった。

「ごめんなさい。そんなに驚くとは思わなくて…」

上を向くと学校の先生らしき若い女性が申し訳なさそうな顔で見ている。

「いえ、こちらこそ申し訳ありません、学校の廊下で大声出してしまって」

「クスっ …恐がりさんね。今日が初日ですもの。緊張してるみたいね。少し汗もかいてるわ」

「ええ、はい」

言われてみて気づいたが、夏でもないのに襟元は汗で濡れて、心臓の動悸も激しい。頭痛と吐き気もある。原因不明の虚弱体質はこれだから困ったものだ。

首元の締め付けと汗の湿気が気になり、シャツの首元は引っ張るとパタパタし始めた。親父っぽい仕草である。
こういうところで微妙に男が残っているのはご愛敬。

(ああもう、今まで生きてきてリボンなんてつけたことなんてなかったのに、早く慣れないといけないな。女形の道は厳しいな…あれ? この場合、どっちなんだろう? )

手が止まり考え事を始める。



「あらあら、汗拭いてあげるわね」

とにこやかに笑顔を浮かべた先生がハンカチを手に私の首もとに手を伸ばしてきた。それに対して私は反射的に先生の手を振り払ってしまった。オートガード発動である。

「あっ…… 」

(しまった。アトランティスの戦士だったときの癖で急所への接触には無条件で反撃してしまうんだよな。それこそ俺の後ろに立つんじゃねぇレベルで、これも危険の中で身に付いた哀しき習性だな。……ふっ、あ、それどころじゃない。先生大丈夫かな? )

おそるおそる顔を上げると、先生は驚いた顔をしたまま固まっている。その後、何か考え込み、急に何かを思い出したような顔をして、涙目になっていた。

ヤヴァイ先生を泣かせちゃった。こんな噂が広まったら私の立場はない。なのは様との百合じゃなかった。バラ色の学校生活が、とにかく何かジョークを言って場を和ませないと …そうだ!

すくっと立ち上がると先生に背中を向けて首だけくるっと先生に向けた。







「俺の後ろに立つんじぇ…あぅ……噛んだ。」

再び驚いた顔をした先生だったが、涙をぬぐうと笑顔見せる。うまくいったようだ。




「ごめんなさい。次は許可をもらうわね、さあ行きましょう、あなたの友達になる子たちが待っているわ、私のクラスの生徒はとってもいい子達なのよ」

先生の背中を追いかけながら、廊下を歩いていると、先生はふと立ち止まり顔をうつむくと背中を向けたまま話しかけた。




「雨宮さん ……さっきは気を使ってくれたのね。ありがとう …優しい子ね。先生に困ったことがあったら何でも相談してね。先生、ちょっとトイレに行ってくるわね」

先生の声はまた涙声だった。

(なんでまた泣くのせんせー)

出てきた先生は化粧は直っていたが、目は赤くうるんだままで、泣いていたことはバレバレである。そして、あっという間に教室の前に着いた。

「じゃあ、ちょっと廊下で待っててね。」

(そんな顔で大丈夫かな)

先生は教室の中に入る。中のやりとりは声は小さいがよく聞こえた。どうやら先生は泣いていたことの生徒につっこまれたようだが、うまく誤魔化したようだ。良かったいらん誤解を与えるところだった。

「それじゃ今日は新しい友達を紹介するわね。雨宮さん入ってちょうだい」

おおっ緊張してきた。あの金髪はアリサか、紫のすずかもいると ……クラスもどうやら当たりだな。内心は喜びで踊りだしそうだったが、素知らぬ顔で教室の黒板に移動すると皆の前に立つ。そしてふたつに揺れる白いリボンに目が止まった。



(見つけた。ようやく逢えた)

間違いない彼女だ。見つけた瞬間心臓が止まりそうだった。今は逆に鼓動が激しく脈打っている。

(なのは様 …私は女の身ではありますが、あなたに逢うため想いを伝えるために再び御身の元へ参りました。)

「じゃあ雨宮さん自己紹介を、えぇーー、雨宮さんどうしたの? 」

どうやら、私は泣いているらしい。先生はあわてた顔でクラスメイトも困惑しているようだ。

(いけないいけない自己紹介ちゃんとせねば)

私は淑女を意識してスカートの両端の裾を両手でそれぞれ掴みバレエダンサーがするように頭を下げ、顔を上げると涙を浮かべながら私は笑顔を作りこう言った。




「はじめてまして、ごきげんよう。私の名前は雨宮希と申します。こうしてみなさまと逢えたことをうれしく思います。これからよろしくお願いしますね。」

どこぞのセレブを意識した挨拶をする。髪が綺麗に波打った気がした。

決まったわ。……ふっ








「…変な娘」

呆れたアリサのツッコミが聞こえた気がした。









オリキャラ人物表


男・・・アトランティスの最終戦士、何かがおかしい。

希・・・小学生ニート、出番は大分先。

カナコ・・・説明キャラ、コイツがいろいろややこしくしてます。出番は少し先。

おかーさん・・・やさしい。

おとーさん・・・出番あまりない。

担任の先生・・・なんか勘違いしてる。


作者コメント

とうとう投稿してしまった。



[27519] 第二話 ファーストコンタクト
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:870194e7
Date: 2011/05/05 23:38
第二話 ファーストコンタクト


アリサ視点



学校生活はどちらかと言えば退屈だ。でも、将来のためだ。大きくなったらパパやママみたいになりたい。

すずかとなのはといるのはとても楽しい。仲の良い友達だ。ふたりに出会うまでは周りはくだらない子供だけで、友達なんて考えたこともなかった。

新学期に入って新しい刺激が欲しいところだった。そんなとき、担任の先生が目を赤くして入ってきたときは驚いた。泣いてるところ見たのは初めてだ。

案の定、ほかの子が理由を聞いている。先生は誤魔化してはいたが、泣くような何かあったのは間違いない。その上転校生、何かこれは期待できそうだわ。

入ってきた転校生は何というか目を引く子だった。特に艶やかな黒い髪は膝まで伸びて、量もかなり多い背中から膝までを完全に覆っている。ママが言う大和撫子ってこんなものなのかしら? 気のせいか髪がウネウネしている気がする。
体つきは細くてひ弱そうだ。肌の色は白い。私やすずかより白い。顔は何というか暗い顔をしている。根暗そうな子ねと思っていたのだが、いきなり泣き出して、その後、急に笑顔になってすごくきれいな挨拶をした。

「…変な子」と思わず口にでてしまった。休み時間になっても、その未知の転校生に誰も話しかけられずにいた。


昼休み。

屋上でベンチに腰掛け、それぞれお弁当を広げながら、なのはとすずかに今日の転校生について話す。

「絶対何かあるわよあの子、ウネウネしてたし」

「そうかな? みんなの前で緊張してたんだと思うけど…ウネウネしてたよねぇ」

「……ウネウネ? 」

「そうかもしれないけど、泣きながら笑ってあんな挨拶するなんて普通はできないわよ。結局休み時間に誰もあの子に近づかなかったじゃない。ウネウネしてたし」

「確かに何か話しかけにくい雰囲気だったよね。そう言えば、なんだか急に泣き出したみたいだけど、なんでだろ? ウネウネしてたし」

「う~ん? ウネウネ 」

「ちょっと、なのは、考え込んでないで何か言いなさいよ。ウネ……もうやめましょう」

何か難しい顔をして唸っているなのはにアタシは声をかける。

「ごめん…アリサちゃん」

「どうしたの? なのはちゃん」

「うん、気のせいかもしれないけど、雨宮さん、私を見て泣いたように見えたの。」

「へ? なんでなのはを見て泣くのよ」

「それがわからないから、考えてるんだよ~」

確かになのはを見てから泣くなんて変ね。なのはは見た目はどちらかといえば目立たないからほうだからだ。

「そうね。でもこればかりは聞いてみないとわからないわね」

「よ~し、じゃあ聞いてみましょう! 」

私はちょっと変わった転校生がなのはに何を思ったのか興味がわいてきた。

「え!? でも、何か答えたくないことかもしれないし…」

「何言ってるのよ。とにかくなのはが原因かどうか確かめられればいいでしょ」

「あっ! 雨宮さん、歩いてくるよ。やっぱりウネウネしてるけど」

「ちょうどいいわ」

私はタイミング良く来る噂の転校生をここに呼ぶことにする。

「ウネウネ違った。雨宮~~~こっち~~」

「アリサちゃん~~」

なのはが抗議しているが、無視する。なんだかおもしろくなってきたわ。しかし、私たちは知らないうちにウネウネが伝染しているようだ。気をつけないと。

ーーーーーーーーーーーー

雨宮希(男)視点



昼休み。私は屋上を歩きながら転校生とはこんなもんなのか考えていた。

転校生とは休み時間にクラスメイトから質問攻めを受けるものだとばかり思っていたが、誰も近づかず私の半径2メートルにはきれいな円が出来ていた。

かといって無視しているわけではなくて、こちらをうかがうような視線はいくつも感じていた。時折目が合うのだが、なぜかみんな目をそらすのだ。

(私何かやったかな? もしかして先生を泣かした危険人物って思われてるのかなぁ)

「ウネウネ違った。雨宮~~こっち~~ 」

私を呼ぶ声がする。ウネウネ? 振り向くと手を振る金髪娘が見える。横にいるのはすずかとなのは様だった。

なのは様っ、心の準備が出来てないのに、いや、これはチャンスだ。この好機を逃すな。ああ、でも見られていると思うと緊張して体が動かねぇ。


三人は訝しげな目で見ている。緊張しながらロボットのように歩き、何とか三人のいる場所に着いた。私は深呼吸して心を落ちつけてアリサの方を見る。

「どうかしましたか? アリサさん」

「あれ? なんでアタシの名前知ってんのよ」

(やべえ、こっちは知ってるけど、アニメで知ってますっていえるわけねぇ)

「じゅ、授業で目立ってましたから」

私はとっさにそう返す。

「そう? まあいいわ。ちょっと聞きたいことがあったのよ。ついでに自己紹介しとくわね。あたしは……」

こうして自己紹介を進めていき、なのは様まで終わったところで、アリサはいきなり直球で質問してきた。

「ねえ? なのはがね、雨宮がなのはを見て泣いたのかも言ってたんだけどどうなの? 」

(うぐぅ、答えにくいことを、だが、ここはあえていくべきだ)






「うん…そうだよ」

私はゆっくりと首を縦に振る。つっこまれることは承知の上だ。

「えっ!? 」
「嘘~~~ 」
「本当にーー 」

三人の声が驚きで重なる。仲がいいですね君たち。普段から練習でもやってるのかね?

「なんでよ? 」

アリサは驚いた顔で聞き返す。

(おのれアリサめ。デリカシーって知ってるのかこいつめ、まあいい、予定より早いが進めさせてもらおう。)

私は同じように驚いた顔をしたなのは様の前に立つ。

「高町なのは様」

「はいっ」

「初めてみたときから運命を感じてました。私の、私の」










「私のお友達になってくださいッ! 」


これが私なりの告白だった。なのは様は驚いた顔をしていたまま止まっている。ほんの数秒の間だったと思うが、その時間は私にはものすごく長く感じた。

やはり運命とかつけなければ良かったかなと思った頃、なのは様の顔を輝かんばかりの笑顔に変わり



「うん、いいよ」

と答えてくれた。

至福の時である。私が女である以上この関係がお互いにとって最良のものだろう。これから長い時間をかけて友情を重ねていくのだ。その最初の一歩である。

私となのは様は見つめあいふたりの世界を共有する。しかし、その世界は長くは続かなかった。金髪のアリサが侵略してきたのだ。

「ちょっと、あたしたちを無視するとは、いい度胸じゃない」

「アリサちゃんやめようよ…」

アリサは不敵な笑顔を浮かべ、すずかはアリサの袖を掴み困った顔をしていた。

「あっ、ごめん…アリサちゃん」

「なのはには言ってないわ。雨宮に言ってるのよ」

挑発するように言っているが、実はすねてるだけだと私は感じていた。意外と寂しがり屋なのはこっちも承知している。私はアリサに近づくと頭を下げた。

「ごめんなさい。アリサさん」

「何よ… 」

アリサもこっちがあやまるとは思っていなかったらしく、驚いたようだった。

「アリサ・バニングスさん。あなたもお友達になってくれませんか? 」

「ふん、なのはの次というのは気に入らないけど、まあいいわ。アンタ見た目と全然違うし。おもしろいわ。よろしくね希」

下の名前で呼んだということは、受け入れてくれたようだ。

「月村すずかさん」
「もちろんあたしも友達だよ。希ちゃん」

すずかの返事は早かった。



「ぐすっ、良かったわね。雨宮さん」

(先生何やってんの、まさかずっとみてた? )

柱の陰から顔を半分だけ出してた先生は涙を拭いながら去っていった。

(あの先生の何がそうさせるんだろう? )





「じゃあ、お昼の続きにしましょ。と言っても私達もう食べ終わってるけど、希、あんたも座わりなさいよ」

「…うん」

そう言うと私はベンチに腰掛け、包みから銀色のパックを取り出した。

「何それ? 」

「何って…私のお弁当」

「そうじゃなくて…なんでそんなのがお昼なわけ? 」

アリサは目を丸くしてる。なのは様も驚いているようだった。

(う~~ん、さすがにお弁当には違和感があるか、ただこの話すると暗くなるし、なんとか、うまく誤魔化す方法は、そうだ! すずかもいるし)

私はこれは名案とばかりに

「実は……血液なの」

笑顔で言った。

「んぐっーーげほっ、げほっ…」

すずかは飲み物を引っかけたようだ。

「大丈夫ッ! すずかちゃん」

「うん、ちょっとむせただけだから」

すずかの反応に私は内心笑いながら、素知らぬ顔で続けた。

「私肌白いでしょ。実は吸血鬼の末裔で定期的に血を飲まないと人を襲ってしまうの。今日はA型よ。少しあっさりしてるけど、これくらいが好きなの……くくくっ」

だめだ笑いが出てしまう。

「何言ってんのよ。希、あんたやっぱり変な娘ね」

アリサは呆れた顔で言った。なのは様の方はまだ理解が追いつかずきょとんとしている。ただ、すずかの方は青ざめた顔で

「あの、ほんとに? 」

(驚いてる驚いてる。さて、そろそろオチをつけないとね)

私は立ち上がるとなのは様の前に立ち、暗い笑顔を演出しながら声をかける。

「だから、なのはちゃん」

「ふえ? 」

なのはちゃんは自分に来るとは思わなかったらしく、無垢な瞳でこちらを見つめる。


「今度はあなたの血を私にちょうだい」

私はなのは様に飛びついた。



「だめぇーーーーー」

すずかの悲鳴が響く。ははっ、もう今頃遅いわ。なのは様は私の餌食になるのだ。








「あっはははは、希ちゃん、くすぐったいよ」

(う~~ん役得役得)

飛びついた瞬間は、あわてて叫んだすずかだったが、なのは様と私のじゃれあいをみるうちにを理解したようで、ほっとため息ついて

「何だ冗談だったんだ」

と苦笑いを浮かべた。






「ーーー楽しそうだね」

男の声が聞こえる。振り向くとメガネをかけた背広を着た20代後半くらいの男が立ってる。

(誰だコイツ? )

「こんにちわ君たち」

「「「「こんにちわ」」」」

「あの、私たちに何か用ですか先生? 」

「いや、楽しそうな声がするから近づいてみただけだよ。お邪魔だったかな? 」

(ああ全く持ってそうだよ。ひとがせっかくスキンシップを楽しんでいるところに来やがって)

私が訝しげな目をするとすずかが耳元で

「西園先生だよ。半年前に来たの。スクールカウンセリングっていうお仕事をしてるんだって、ここの生徒の悩みを聞いてくれるみたい。私も話したことあるけどいい先生だよ」

「ありがとう。月村さん、こんにちわ。希ちゃん」

(私の事知ってる。どういうことだ? )

「先生、どうして今日転校してきた私の名前と顔を知ってるんですか? 」

私は親しげに下の名前で呼ぶこの人に疑問をぶつける。

「えっ? あれ? …そうか、それは僕の職場は海鳴大学病院だからだよ。ここにはお仕事で来てるんだ」

先生は最初は少し困惑したようだったが、自分で勝手に納得してにこやかに答えた。

(大学病院? ああなるほど)

「じゃあ、おとーさんの知り合い」

「そうだよ。君のお父さんは僕の上司さ。お父さんから君のことが心配だから、力になってやってくれと言われているんだ」

(もしかして最初から私目当てか? それにしても、あのおとーさんは心配性だな。まあ、直に頼むくらいだから信頼できる人間だとは思うけど、ここは父親の顔を立ててやるか)

「そうですか。父がいつもお世話になってます」

「丁寧な挨拶ありがとう。雨宮さん、それにしてもう友達ができたのかい? 学校にはすぐなじめそうだね」

「はい、ありがとうございます」

「学校のことで何かあったら、なんでも相談してね。それじゃ失礼するよ」

そう言うと、先生は去っていった。

「ねえ、アンタのパパって、あの病院の? 」

とアリサが聞いてきたので、

「うん、おとーさんはお医者さん、おじーちゃんは病院の偉い人だって」

「へええ~~~」

その後、予鈴が鳴り教室に戻ることになった。

(銀パックは誤魔化せたけど、結局食べ損ねたな。ああそうだ明日からどうしよう? あまり気は進まないけど、おかーさんに頼んでみるか)


ーーーーーーーーーーーーーーーー

放課後

私は一人で帰りながら、普段は重い足も今日は軽い。お弁当、担任の先生とメガネ先生のことは少し気にかかるが、初期目標は達成できたのである。うれしくないはずがない。
次の目標としてジュエルシード事件にどう関わるか計画を立てないといけないけど、しばらくはなのは様との友達ライフを過ごせるのだ。さて何をして遊ぼうか考えるうちに家に着いた。

「ただいまー」

「おかえりなさい。みーちゃん」

優しげな顔をした女性が答える。おかーさんだ。

「ただいま。おかーさん」

母親と慕う演技は現在も継続中である。でも2ヶ月もすると自然に母親を慕うことは出来るから慣れとは恐ろしいものである。

「ふふふっ、なんだかうれしそうね。みーちゃん」

「友達が出来たの。なのはちゃんとアリサちゃんとすずかちゃん」

「そう、転校してもうお友達が出来たのみーちゃんはすごいのね」

「うんっ、今度一緒に遊ぼうって」

(う~ん、実に親子らしい会話だな。私もずいぶん慣れたもんだな。それにしてもみーちゃんか? のぞみだからありだけど、そろそろ名前で呼ぶようにしないと一生言われるような気がする。子供には甘いのに呼び方だけはいくら頼んでも「みーちゃんがかわいいから」言って変えてくれくれないんだよなー。
おとーさんも最初は小さい子を呼ぶみたいに希ちゃん希ちゃんって呼んでたしな。最近は希って呼ぶようになったけど、私はずいぶん甘やかされて育てられたんだろうなー)

まあこんな虚弱体質じゃわからなくもないけど。

「ねえ、おかーさん」

「な~あ~に? 」

何がうれしいのかニコニコしている。

「お願いがあるの」

「言ってみて」

「今日みんなとお弁当食べたんだけど、私だけ変でしょ。だから、明日からお弁当を作ってほしいの」

笑っていたおかーさんが困った顔になる。

「でも、ゼリーとわかめ以外は気持ち悪くなるんでしょ。学校は運動することも多いし、ゼリーとわかめにするんじゃなかったの? 」

「うん、でも私だけ仲間はずれはイヤだもん」

そう、春休みの間でだいぶ改善はしたが、まだ普通の食べ物を受け付けないのだ。味の濃いものや油っぽいものは吐いてしまう。味の薄いあっさりしたものでも油断してると嘔吐感こみ上げる。

唯一普通に食べられるのは飲むゼリーとわかめである。これは前世で主食にしていたこと大きいだろう。ただ、もう一つの主食ジャンクフード系は無理だった。他に食べられそうなものは加工してない果物・生野菜というところか。米とパンもぎりぎり大丈夫だな。

「わかめ、果物、お野菜そのままなら平気、お米とパンもなんとか」

「わかったわ。おかーさんに任せなさい」

母はドンと胸を張った。いい母親である。

「みーちゃん、今日は食べる練習する? 」

「うん…」

私にとって食べることはトレーニングと同等である。体調が悪い日はゼリーにしているが、退院してからは毎日母は食べるものも私だけ別メニューで作り食事日記までつけてくれている。あっさり系がいけるようになったのも母の努力によるものだ。ただ、こってりの壁は厚かった。

(そういえば、目覚めて最初に食ったのって天丼だったよな。よく喰ったなぁ)



作者コメント

オリキャラばかり増えるのは良くないなぁ。







[27519] 外伝 レターオブ・アトランティス・ファイナルウォリアー
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:870194e7
Date: 2011/05/03 16:36
外伝 レターオブ・アトランティス・ファイナルウォリアー




アトランティスの最終戦士 完結編 最終章 

最終話 アトランティスの最終戦士最期の戦い 




本編の幻の0話的な話です。



※ 注意

三人称です。







これは最初の記憶……そして、最期の記憶である。


アトランティス王国 南西 石の塔


そこは戦場だった…

辺りは煙が立ちこめ、血と肉の焼ける匂いと機械特有のオイルの匂い混ざりあい顔をしかめるような不快なモノとなっていた。

周囲に生きているものはいないそう思われていたが、動く影が二つ。


「生きてる? 」


そう最初に発したのは白い服を身に纏った女性だった。その声は凛として力強く、この惨状にあってまだまだ余裕を感じさせた。

「はい、……生きてます。」

そう答えたのは赤い銃を持った黒い服の男だった。その声は気を張ってはいたが、疲労感を滲ませていた。

「そう、…良かった」

女性は安堵してため息をついた。逆に男は不満なようだ。

「良くはありません! どうして戻られたのです。王自ら作戦を反故なさるとはどういうことです!? 」

「だって…あなたのことが心配だったから」

男の非難に女性の声は叱られた子供のように萎んでいく。

男はなんとなくこちらが悪いことしたような感覚になり、かぶりを振ると、ぎこちなく笑顔を浮かべて言った。

「失礼しました。助けてもらいながらこの様な言動……しかし、あまり時間はありません。すぐにヴィヴィオ様のところへ向かわれてください。なのは様」

「でもここの敵はあなただけじゃ無理だよ。他の部隊の人たち全滅したみたいだし」

「大丈夫です。負傷しましたが軽傷です。これでも致命傷を避けるのは得意なんです。それに、貫通弾のストックもまだあります。戦闘継続に問題ありません。あなたを追撃する敵を一歩もここから通しません」

「それじゃ……せめて一緒に」

心配するなのはの声に男は声を遮り言った。

「こうして話している時間も貴重です。あなたひとりが遅れてどうするのです。フェイト様は狂王スカリエッティを討つためムー帝国首都へ、はやて様も敵機械兵団本隊と、同士ガーゴイルや他のみんなも戦闘機械人達とそれぞれ戦っています。危険のはみんな一緒です。この石の塔の中枢ユニットであるヴィヴィオ様をコントロールから切り離せば、それだけ皆の危険が減るのですから……急いでください!! 」

最初は穏やかだった男の言動が急に険しくなる。

「敵が近づいてる? 」

「はい、なのは様……私を信じてください。私はあなたの敵を斬る剣やあなたを敵から守る盾にはなれないけれど、あなたの剣が存分に力を発揮できるように支える小手でありたいと思ってます。」

男は手を天に掲げると心に秘められた呪文を唱える。







「来たれ、我が黒き外套、赤き銃身ディスティ。我はアトランティス最終戦士ジークフリード、王剣を守る小手なり! 」

先ほどまでボロボロだった男の姿が黒く輝き修復されていく。その姿を見てなのはも安心したようだ。

「うん、無理しちゃだめだよ」

「はい、なのは様この戦いが終わったら、聞いて欲しいことがあるのですがよろしいですか? 」

「わかった。死なないで…」

まだ言いたいことがあるようだっだが、顔を上げて厳しい目をするとなのはは飛行魔法で飛び去っていった。





数刻のち現れたのは数十の機械兵と残忍な笑みを浮かべたメガネをかけた女性だった。


「あら? 誰かいるようね」

「クアットロか。残念ながらここは行き止まりだ」

「ふふふっ、こんなことに警備兵かしら? 雇った覚えはないけれど、あなた程度でこの私の足止めができるかしら」

クアットロは独特の甘ったるい喋り方しながら軽口をたたいたが、足止めできるかどうかと言っているあたり、男を見下しているのは明白であった。

「悪い魔女にさらわれて魔法をかけられた娘を母親が助けに行くのだ。邪魔はさせん! 」

「魔女いうのはあたしのことかしら。そもそもあのふたりは親子じゃないじゃない。おかしなこと言うものね」

「血のつながりがすべてではない。世の中には母が子を疎んじて殺そうとすることもあるのだ。ふたりはお互いを思い合って、そう決めたのだからふたりは親子なのだ」

「母親に包丁で刺された子って誰のことかしら? 」

「ふん…やはり貴様か母をけしかけたのは」

「いやね。私はただかわいい優秀な子供を失って悲しむ母親の背中を押しただけよ……弟が死んだのは血のつながらない兄のせいよってね。」

「弟を暗殺したのも貴様だろう? 母は俺を刺したあと、火にまかれ自殺した。俺の家族の仇も討たせてもらうぞ」

「仇なんてくだらない。もういいわ。戯れ言は聞き飽きたわ、さっさと雑魚を片づけて本命を狩るわよ。さあ、私のかわいいお人形さんたち」

クアットロは手を振り上げ号令をかける。それに合わせて機械兵が銃口を、刃を、男に向ける。

「はははっ…来たのがおまえで良かったよ。仇だけではない。狂王が倒れたら次はおまえがムー帝国を引き継ぐことになると思っていたところさ。おまえはここで死んで行け」

クアットロはへぇと感心したように答える。

「たいしたものね。敵で私が跡継ぎになることに気づいたのはあなたくらいよ」

「たいしたことはない。死んだ弟からの情報さ。おまえの行動は狂王似たところがある。後はおまえの部隊の規模と今までの任務からそうじゃないと推理しただけさ」

「少しは知恵が回るみたいだけれど、私をここで殺すと言うあたり、身の程を知らない馬鹿なのかしら」

「身の程を知らないというのはあってるよ。なんせ王に仕える身でありながら、その王に告白しようしてんだからな。しかも、王にはすでに本命がいるってのに…ということは馬鹿も含まれるな。…くくくっ」

「おしゃべりね。時間を稼ぐつもり? お人形さん早くあの雑魚を……っ!?…何」

クアットロは命令を下そうとしたが、男の魔力が異常に高まっていることに気づいて目を細める。

「残念だったな。時間稼ぎは終わった。おまえを殺すための準備はすでにできている。これでも魔力量だけは多くてね。なのは様に負けないくらいはあるのさ。ただ、一回の放出量が致命的少なくてな。戦闘中は拳銃を撃つくらい威力しか出せないのさ。ただ、その拳銃も何万発分の火薬が炸裂すればこの辺一帯を吹き飛ばせるだろう? 」

「何を……」

さっきまで余裕だったクアットロ顔に焦りの色が見え始めた。逆に男は不敵な笑みを浮かべる。

「ただ、欠点があってね。一度しか使えない上に俺の身体がその放出に耐えられない自爆技ってことなんだ」

「ひぃぃ! 逃げ……「遅い」」

そのとき暗い室内にまばゆい光が満ちた。光は周囲のあらゆるものを飲み込んでゆく。

クアットロ顔は恐怖に歪み、飛行魔法で逃げるが間に合わない。

「王の夢が…私の夢が…」

それが狂王の後を継ぐはずだった魔女の最期だった。



大音響と衝撃と巨大な魔力の放出感じ取り、なのはは振り返る。

「レイジングハート今のは? 」

嫌な予感を感じつつ、なのははレイジングハートにたずねる。

「OK、マスター。S+規模の魔力放出を確認。魔力パターンから使用者は「もういい!」」

なのは悲鳴のような声で遮った。

「大丈夫。彼ならきっと」

自分に言い聞かせるように言うと、しばらく立ち止まりうつむいていたが、顔を上げて再びヴィヴィのもとへと向かったその顔は涙の跡はあったが迷いはなかった。

「聞いて欲しいことがあるって言ってたもん」



男は満足だった。元々はなのは王を見出した近しい友人という理由だけでここにいて、男は足を引っ張っていることは自覚していた。魔力だけは多かったが、一回放出量が少なくコントロールする才能もなく、体内の魔力を外に展開して維持する事が致命的に苦手だった。
そのため、機関銃のように魔法を撃ち、豊富な魔力量と少ない一回放出量という長所を伸ばし、短所を補い側近のアトランティスの最終戦士の座をつかんだ。
彼は魔力防御の弱い多数の敵に対してはそれなりの成果を出していたが、魔力防御高い敵には通用しなかった。また、連続的な魔力の放出は身体に負担がかかり長時間は無理だった。
戦闘教練や座学も努力したが、ワード、エクセル、パワーポイント等でも秀才の域を出ることはなく周囲と比べると分不相応な地位いるなと思ってはいた。それでも、なぜかなのはの期待は大きくその地位に留まっていた。

今回の戦いにおいても、男の対応できるレベルを越えていた。参加が認められたのは、彼のデバイスのディスティに敵の防御魔法を突破する貫通弾を自動装填する機構が開発され組み込まれたからである。もちろん、AAクラスを越えるような敵には通用しないが、多数の機械兵ならば仲間の中でも有数の働きができた。人的余裕もなかったことも一押しとなった。



暗い闇の中で男は宙に浮かぶような感覚に囚われていた。

(ああ俺は死ぬ……でもまあ、俺にしたら上出来か)

男は薄れゆく意識の中で…

(この想いを告げぬまま逝くのは口惜しい…次があれば、きっと…あなたに)








舞台背景補足



勢力

アトランティス王国・・・なにはが王の国、資源と魔力の資質が高い人材が豊富な国。魔力の高いものが貴族、最も魔力の高いものが王となる、魔力の高さが地位の基準となる国、生まれが庶民でも成り上がることが可能である。ただし王や貴族になるものは自ら先頭に立ち戦うことが求められる。

レムリア都市連合・・・5つの都が合同で評議会をしているはやてが代表の国、王国とは同盟関係にあり、交易で栄えている。ヴォルケンリッターは各都市の代表にして主戦力

ムー帝国・・・スカリエティが王の国、科学技術が発達している。連合の富と王国の資源と人材を狙っている。

ネオアトランティス教団・・・どの勢力にも属さない仮面をかぶった宗教集団。首領ガーゴイルを中心に優れた科学力を背景に一大勢力を作っている。技術盗用でムー帝国を目の敵にしている。この戦争で王国と連合と同盟を結んだ。



人物

なのは・・・アトランティス王国の王様。一般庶民から魔力の高さゆえに王位継承に担がれて、勝ち取り王となる。フェイトとは親友以上の関係。自分を見出してくれたジークには尊敬と友愛の情を持ち、自分のそばに置きたがる。

ジークフリード ・・・両親は代々貴族になれるほどのエリート一家の出自。彼もそれを期待されたが、魔法行使が致命的に下手で、優秀な弟と常に比較されて、一度は社会からドロップアウトして、部屋にこもり芸術と文学に逃避する。家族からお金を無心していたが、勘当され地方へとばされる。その先で一般庶民だったなのはと出会い彼女の才覚に気づき、自らも自分と向き合い覚悟を決めて彼女を王国に連れていき、第三奨学生として推薦する。
その後、王となったなのはに抜擢され、才能はあまりなかったが周りの支援と本人の努力で側近であるアトランティスの最終戦士にのし上がる。ネオアトランティス教団との同盟は彼の功績である。なのはが好きだがフェイトにはかなわないと思っている。自爆魔法で敵ともろとも死亡確認。 

イツキ・・・ジークに代わって、実家の後を継いだ。非常に優秀であったが、ムー帝国の刺客に暗殺される。ムー帝国の内情をかなりの精度で分析していたためと言われている。

その死で母親は心を病んで、兄であるジークを逆恨みして包丁で刺す。その後焼身自殺する。

ヴィヴィオ・・・なのはの跡継ぎ予定? 元々は聖王のクローンで狂王スカリエッティの部下に連れ去られているところ保護され、魔力の高さゆえに王室に預けらた。そこでなのはとフェイトと親子の絆を結ぶ。この戦いの前にさらわれ石の塔に囚われる。当然助けられる。

フェイト・・・なのはとは王位継承権を争いジュエルシードを取り合ったライバル。母親のために頑張るが報われずなのはに破れる。プレシアに捨てられるが、前王のリンディに救われ養子となる。現在は第二王継承権を持ちなのはを支える。なのはとは親友以上の関係であり、側近の男の存在にやきもきしている。プレシアの娘のクローンなのは誰も知らない。

プレシア・・・フェイトを使い王国の算奪をもくろむ。その真の目的は王国に封じられた禁断の門を開き、アルハザードへ至り愛娘を生き返らせることだった。

リンディ・・・なのはの前の王様。プレシアとの対決後、引退してなのはに王位を譲る。現在は孫の世話を焼いている。

クロノ・・・リンディの実子。なのはとフェイトの登場で早々と王位継承をあきらめ、軍の指揮官となり軍を率いる。妻子あり。

狂王スカリエッティ・・・ムー帝国の王。魔力の実力というよりはその知識と科学力で王となった人物。ジークの弟の暗殺、プレシアをそそのかしたり、ヴィヴィオをさらい中枢ユニットにするなど、王国と連合を狙いさまざまなことを企てる。この世界ではフェイトに討ち取られている。

クアットロ・・・スカリエッティの側近。姉妹たちの中でも独自に動き、その謀略と残忍さには定評がある。なのはの側近のジークを脱落させようと母親をけしかけたりもする。実は跡継ぎ候補の筆頭、ジークの自爆魔法で死亡確認

はやて・・・レムリア連合の代表。前代表のグレアムが自らの因縁の闇の書を葬り去るべく生け贄として選んだ少女。なのはとフェイトと関わることで自らの運命に逆らい、闇の書を支配しリインフォースへと転生させ真の主となる。事件後はグレアムを赦しその跡を継ぐ。ヴォルケンリッターは家族。なのはとフェイトとは親友。ジークとは顔見知り程度の関係である。

ユーノ・・・代々王位継承戦の審判をつとめる一族のひとり、ジュエルシードによるなのはとフェイト王位継承戦を取り仕切った。その後は内政官となる。

首領ガーゴイル・・・ネオアトランティス首領。ジークとは旧知の関係で、芸術活動を通じて知り合った。教団との同盟が成立したのはこのふたりの関係が大きな影響与えたのは間違いない。昔は世界征服をたくらむこともあったが、世界の広さを目の当たりにして丸くなり教団の繁栄に尽力することになる。









以上


私にはこのような前世の記憶があります。アトランティス王国最終戦士ジークフリードです。妹も一緒で内政官をしてたイツキです。この名前とアトランティスとかで何か感じた人がいましたら連絡ください。きっとあなたも転生戦士です。戦士階級書いた葉書を送ってください待ってます。

8月に円卓会議を行うのでよろしくお願いします。

議題は第二次ムー帝国残党掃討戦についてです。場所は私の自宅で行います。

合い言葉は「アトランティスに栄光あれ」です。

主宰 アトランティス王国最終戦士 ジークフリード

副主宰 ネオアトランティス首領 ガーゴイル




月刊○ー19○○年○月号より抜粋



[27519] 外伝2 真・ゼロ話
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:870194e7
Date: 2011/05/25 21:54
外伝2 本編の真の0話になります




夢を見ている。六畳程のくらいの部屋にふたつの影が座っている。
ひとりは女の子の影だ。背格好からまだ幼い。もうひとつは自分であることはわかる。女の子の影に何かせがまれているようだ。


「ねえ、おにいちゃん何かおはなしして」

「そうだなぁ。ここにある絵本は読んでじゃったし…」

「魔法を使う女の子の絵本は? 」

「あれは続きがまだなんだよ。近いうちにできるからね。次回はえーすの闇の書 覚醒だったかな? 」

「う~ん」

「そうだ。実は…僕には秘密があるんだ。このことは誰にも言ったらだめだよ。」

俺は少しもったいつけて話す。こういうことは前置きが大事なのだ。

「はいっ。誰にも言いません」

女の子は神妙な顔でうなづく。うん、いい感じだ。

「実は僕には生まれる前の記憶があるんだ」

「すご~い。私でもそんな前のこと覚えてないよ」

女の子は感嘆したようだ。子供らしい勘違いで微笑ましい。



「ちょっとちがうんだけどね。絵本の女の子なのは様と最初に出会う物語でね。実は…僕はいや……俺はアトランティスの最終戦士ジークフリードなんだ」




俺は語り始めた。

なのは王と共に戦い、未練を残して死ぬアトランティス最終戦士ジークフリードの物語だ。まさに漢の生きざまを体現した話である。だが、女の子にはいまいちだったようで

「死んじゃってかわいそう」

女の子は泣きそうだ。俺はあわててフォローする。

「でもね、ジークは幸せだったんだ。最後の未練はあったけど、王に出会うまではダメな人間で大人になっても働かないで家族からお金をもらっていたんだから。じゃあ、そのときの話もして上げよう」

「は~い」

ーーーーーーーーーーー


ここはある邸宅、アトランティス王国でも名家と言われているも一族の住まいだ。この家の主は代々国の要職に収まっている。テラスに20代前半の男と40代後半の女が話をしている。二人は親子のようだ。

「母上。お金を融通してもらえないか? 」

「いくらほしいの? 」

「金貨10枚ほど」

「何に使うのかしら? 」

「新しい音姫の造形が出たのです。インスピレーションを刺激されまして、芸術家・作家志望としては是非手元に置いておきたいのです」

「まあ、いいわ」

「ありがとう、感謝する母上」

「ねえ …ジークフリードいい加減仕事する気はないの? 」

「えっ? そうですね」

男の煮えきらない態度に、母親はスイッチが入ったようだ。

「あなたねぇ、確かにあなたが魔力は多く生まれてきたのはいいけど、魔法行使が上手くできなくて、家を継げなくなったのは残念よ。
でも、あなたの代わりにイツキが跡を立派に継いでくれたわ。王国の内政官に任命されたんですって、だから、あなたもせめて、イツキが恥をかかないように何か仕事をしなさい」

(また、始まったな母上は、いつも優秀な弟と比較されて、何も思わないわけがないではないか。だからこうして…芸術や執筆にいそしんでいるというのに)

母の説教はまだまだ続く

「そうだ。あなた魔力だけは多いんだからそれを生かして、ちょうどね、王国の西のウミナリというところでね「母上」」

男は母の言葉を遮り言った。

「俺は肉体労働的なことは向いてません。むしろ、感性を生かして芸術・文学的なこと方が合っていると思うのです。今はお金を融通していただいてますが、必ず大成すると確信してます 」

「そうなの? 」

「はい、今少しずつですが結果が出てます。プロではありませんが、とあるアマチュアの大人向け芸術グループで台本を担当してました。身を立てるまでいきませんが報酬もありました。次回作も担当することになってます。他にもいくつか声をかけていただいてます」

「そう、ならいいわ。ただし、結果が出ないようなら、ウミナリに行ってもらいます」

「わかりました、必ずや朗報を持ってまいります」

半年後男は勘当されウミナリに行くことになる。元々芸術や文芸の才能などなかったのだ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーー



ここで話はいったん終わる。俺は女の子に聞く

「どうだった?ありもしない希望にすがる哀れな男の姿がよく現れているとおもうんだけど 」

「よくわかんなかった」

「じゃあ、あれから結局ウミナリに行くことになったジークがなのは様と出会うお話。それとも、自慢の弟が殺された母親が敵国のスパイにそそのかされてジークを刺して自分も自殺する愛憎渦巻く話とどっちがいいかな? 」

「おにいちゃんの話は難しいよ~ 違うお話がいい」

女の子には不評のようだ。俺は気を取り直して違う話にすることにした。

「じゃあ新作行こうか、今日は加藤の話をしよう」

「やった~あか~だるま~ 」

ーーーーーーーーーーーーーーーー

ここで目が覚める。ずいぶん懐かしい夢を見たもんだ。夢の女の子は誰だろう? 影だったからはっきりとはわからない。

それにしてもネタのチョイスが微妙だな。子供向けじゃない気がする。

昨日は遅くまで新作作ってたから、まだまだ眠い。しかし、そろそろ昼だ、起きないと、ダメ人間まっしぐらだ。…もう手遅れかもしれないけどな。

俺はふと今までの奇妙な人生を振り返る。



転生という言葉がある。いい言葉だ。
前世の知識が詰まってる。

俺は転生者。
しかも何度も繰り返している。最初の前世はアトランティス王国の最終戦士ジークフリードで王の側近だった。王国の命運を賭けた戦いで敵国の王の後継者を討ち取りながら、戦死するという凄絶な最後を迎えている。さらに他の前世では「柳生の最終兵器」と呼ばれたり、「ドイツの撃墜王」あるいは「赤達磨」と歴戦をくぐっている。




ウィキペギアで見てそう確信している。

























…すいません嘘です調子こきました。


実際の前世はごく一般の日本家庭で、好きなことの物覚えは良かったものの、子供の頃は弟と比較され劣等感の塊の人生だった。最後なんか思い出したくもない。包丁と灯油は今でもトラウマだ。母親が包丁持ってると不安になる。

今回は強くてニューゲームで前世の鬱憤を晴らそうと子供の頃から優越感に浸りまくって、前より性格も明るく快活になった。ええ、自信だけはつきましたよ。

ただ、いいことだけではなかった。年の割に可愛げのない、察しの良すぎる子供は浮いてしまう。特に母親は少々神経質なところがあり、表では神童と自慢していたが、陰では気味悪がっていた。もっと子供らしくするべきだと思ったときには遅かった。でも、大人になれば大丈夫だろうとそのときは気楽に考えていた。

中学でも我が世の春を謳歌した。調子に乗って生徒会入ったり演劇部入ったりリア充に邁進していた。だが、女性とつきあったこともなかったから高校の初めての彼女で失敗。そのショックで成績下がって母からガミガミ、やる気なくしてガミガミのデススパイラルだった。
それから、大学は中退したせいでえらい目にあった。包丁怖い包丁怖いである。その後は引きこもったというかそうしても大丈夫な仕事をしている。こんなでも一応自立している。

そろそろ起きるか。俺はのっそり身体を起こして、洗面所に立つ。鏡を見る。頭部を見てため息をつく。

あきらめないぞ俺は。特殊な薬剤を頭皮にペタペタとつける。

すると誰かが後ろから近づいてくるようだ。

「俺の後ろに立つんじゃねぇ、死にたいのか? 」

「はいはい、ごめんなさい」

よく知っている顔だ。久しぶりに見る。

髪は肩に触れるくらいの長さで最近の若者らしく茶色く染めている。服装は白いブラウスと新しい紺色のスーツの組み合わせで清潔感がありオフィスレディな雰囲気だ。顔は身内からみても可愛い部類に入ると思うが、気が強いのが珠にキズだ。まあそこがいいという男もいるだろう。

「おはよう。イツキ君」

「おはよう…じゃない兄貴もう昼過ぎだよ。いい加減働きなよ」

「それが久しぶりに会った兄に対する最初にかける言葉か? 昔は可愛かったのに、絵本とか読んでやったろ」

「昔は昔、今は今よ。感謝してるけど。何年も平日の昼間に部屋に籠もっているんだから、そう言いたくもなります」

「ところで何でいるんだ? 大学はどうした? 」

「帰ってきたの。教育実習。地元の小学校へ行くの。お母さんから聞いてない? 」

「あいつがそんなこと俺に教えるもんか。そういや親父から聞いた。イツキ君帰ってくるって」

「兄貴…イツキ君はやめて! 私は妹」

妹は嫌な顔をする。最近はこの呼び方を許してくれない。俺はささいな反撃を試みる。

「いいじゃないか。どうせおまえとは前世から兄弟のつきあいなんだ。弟じゃなくて、妹が生まれて名前が呼び方が一緒で「斎」になったときは運命を感じたもんさ」

はぁーーーと斎はため息をついた。逆効果だったようだ。

「いい加減にして、その前世とか電波発言」

「なにおーーー だいたいな前世じゃ子供の頃から優秀なおまえと比較されて肩身が狭い思いをしたんだ。しかも、おまえが殺されたせいで前世の母さん心を病んで、俺を包丁で刺したあげく灯油まいて心中しようとしたんだぞ」

「それ、笑えないから」

斎は急に真顔になる。ちょっと選択をミスった。リアリティがありすぎた。俺は話題の軌道修正をしてみる。

「でも、斎君はアトランティス王国の内政官まで勤めたのに、ムー帝国の野望に気づいたせいで暗殺者にナイフで刺されて死んでしまうんだよな」

「なによ。その具体的で不吉な設定。脳沸いてんじゃないの? 」

「失礼なこというな。おまえだって昔は俺を受け入れてくれて弟役につきあってくれたじゃないか?
それに、一緒に葉書を書いて募集かけたろ転生戦士? 」

斎は俺の口元に手のひらを当てて、これ以上しゃべらないようにする。

「それはやめて。子供の頃でしょ。純真だったの無垢だったの今は封印したの! 」

斉は早口でまくし立てる。

「人集めて楽しかったよな? 」

「怖かったわよ!! だいたい、なんであんなに人が集まるのよ? しかも、大人ばっかりで大きな目の仮面つけた変な人もいたし」

「ガーゴイルさんを悪く言うな。あの人ほんとは偉いんだぞ。それに、おまえだって、幼いながらも楽しんだから、お互い様だろぉ~」

俺はわざと甘えるように言う。

「いやらしい言い方しないで。…兄貴の変態。そういえば、お母さんから聞いたんだけど、自分の部屋に小さい女の子を連れ込んでるって…ホントなの? 」

「人を犯罪者みたいに、まったくあの母親はあることないことをベラベラと」

「私は兄貴を信じてるけど、世間的には、ほらっ、親御さんだって心配してるだろうし」

斎の言い方にしては珍しくオブラートに包んで言っている。自分が子供の頃みたいに絵本とかお話をしてくれていると信じているんだろう。

「やましいことはないよ。6歳くらいの女の子だぞ。それに親公認だしな。おまえだって、その子に会っているぞはずだろ」

「えっそうなの? 覚えてないよ」

誤解したままの斎にちゃんと説明することにした。

「俺の部屋の窓、隣の家の窓に近いだろ? 小林さんって覚えてないか? 普段はカーテンしてんだけど、隣から大人の言い争う声と子供の泣き声がして、あんまり、うるさかったもんだから」

「だから…」

「子供の前で、夫婦喧嘩してんじゃね~教育に悪いだろうがこのヤローって大声で言った」

俺はドヤ顔で言った。

「ははは……はぁ~」

斎はなぜか乾いた笑いとため息をついた。

「あの後、向こうも反省したらしくてな。しばらく夫婦喧嘩は止んだんだ。それ以来そこの家の女の子が窓から遊びにくるようになってな。なんか俺を尊敬したみたいで。まあ親も俺の部屋カーテン開けとけば隣の家からよく見えるからな。心配ないと思ったんだろ。意外と気さくで娘思いで優しかったぞあそこの奥さん。それから、絵本読んだりお話したりしたんだよ。ちょっと変わった子でさ、飽きっぽくってな同じ話は嫌がるんだよ。そのおかげでいろんな話をすることになってな。おれの演技力はますます磨かれていったのさ。」

「何の役にも立たないけどね。でもさ、本当に上手いから劇団員くらいにはなれるんじゃない?」

「いまさらだよイツキ君。たださ、ある時クマの人形使ってやったね○○ちゃんって言ったら、小林さんの奥さん血相変えて飛び込んで来て、俺を投げ飛ばしたんだけど、あれは何だっだんろう? いや~世界が一回転するなんて初めてだったよ」

「それは兄貴が悪いよ、いくら仲の良いお隣さんでも…」

斎は真面目な顔で答える。

「なんで? 」

「その言葉はね。ちいさい女の子にとっては呪いなの。言ってはいけないことばなの。こっくりさんとか花子さんとかそう言うたぐいなの。ダメだからね。…後悔するから」

「…わかった」

斎の深刻な表情に俺も頷いてしまう。どうやら世界には俺の知らないタブーが存在するようだ。

「話は元に戻るけど、その後も2年くらいつきあいは続いたんだけど、最近引っ越ししてな。結局あの夫婦離婚したらしい。駆け落ち同然に結婚したって聞いてのに、現実を思い知っていやな話だよなぁ~」

「そうなんだ。私もちょっとイヤだな離婚なんて、ウチは仲いいもんね。おとうさんとおかあさん」

斎はそう言って同意を求めてきた。

「そうだよな~ あんな神経質なかーちゃんにずぼらものぐさを絵に描いたような親父が結婚したなんて信じられないよな」

「ひどいこと言うね。ふたりが聞いたら怒るよ」

「これくらいの憎まれ口は聞いてもいいだろ。なんせ子供ときから苦労させられたぜ。カーチャンはいつもピリピリしてたし、親父はそんなカーチャンに無関心だしよ」



「ねぇ?おにいちゃん、今の話で思い出したんだけど…」

斎は急に優しげな声に変わる。視線もなんだか柔らかい感じがする。

「何だよ、急に昔の呼び方なんかして」

斎はいつのころか意識して兄貴という言葉を使っている。だから、急に呼ばれると戸惑ってしまう。

「私さ、おにいちゃんを尊敬してたんだよ。子供の頃よく一緒に遊んでくれたよね。おにいちゃんは今考えてもちょっと信じられない大人でさ、頭も良くて、絵本とか作ってくれたりさ、お話とか、子供のときにはわからないものも多かったけど、アトランティスの戦士とか話し方も演技も上手くて本当にあったことみたいだった。ときどき信じられないことして怖かったけど、それも含めて私はおにいちゃんと遊ぶのが世界で一番楽しかった」

斎は穏やかな顔で俺との思い出を語る。なんかしんみりとした空気だ。俺は何かくすぐったくなってきた。

「なあ、あの絵本完成してるぞ。読んでやろうか? 」

斎は首を振る。

「魔法使いの女の子だっけ? いいよ、読むのは今じゃない気がするんだ。」

「それから、昔送った葉書が乗った雑誌が「それはやめて」」

途中で遮られる。せっかく掲載されたのに、冷たい奴だ。斎はどこか遠くを見つめながら続ける。

「おにいちゃんが高校上がって彼女ができたとき、私悲しかった大事なもの取られたみたいでさ、だから呼び方を兄貴にして関係を変えようと思って、でも結局、その彼女にふられて…って、兄貴どうしたの?」

「その話はやめろー心が、心が痛い」

心臓を押さえて悶える俺。斎はやれやれと言った顔で

「兄貴は女に幻想持ちすぎ、女は現実的でシビアなの、お隣さんの話はさすがに気分悪いけど」

「お、おまえはどうなんだよ。彼氏とか…おにいちゃんは許しませんよ」

「私は別にいないけど、作らないだけだもの。…大学とか忙しいし」

「うんうん」

俺は満足そうにうなずく。今でも妹としての自覚があって可愛いもんだ。そんな俺に斎は不満そうな顔で反論する。

「なんでうれしそうなのよ。…本当なんだから」

「やはり妹は兄貴が心配で彼氏を作れないんだな。でもあんまり遅いとおにいちゃんは心配だぞ」

「もうっ! 勝手言ってなさいよ。それから、ちゃんと働きなさいよ」

「心配すんな。これでも、売れっ子なんだ。家にお金だって入れてる」

「何の仕事なんだか。それじゃ兄貴行ってきます」

そう言って斎は去っていく。俺はその背中を目で追いながら、そっとつぶやく

「頑張れ斎! 良い先生になれよ。おまえの夢だったもんな」


ーーーーーーーーーーーーーーー

数年後

そしておれは再び死のうとしていた。

出かけてた先でトラックが突っ込んできて、子供たちを助けて自分はひかれてしまったのだ。

(ああ、なんてこったお約束にもほどがある。このままじゃ神様か死神に異世界に召還されてしまう。…まさかね、でも二度あることはとか言うし、それにしても痛い。めっさ痛い)

二度目の死だが、今回は痛くても余裕がある。前回はそれどころじゃなかった、熱いし痛いし、俺は残される家族のことを思った。

前世の知識のおかげで今回は親に経済的な負担を与えなかったのはよかった。しかし、あの母親とは最後までわかりあえなかったな。絶対俺が死んでせいせいしているはずだ。ちょっと悔しい、どうも俺は母親とは相性が悪いらしい。まあいいか、今回は期待に応えられなかった俺も悪いしな、こっちのことは許してやろうじゃないか。

斎にはごめんとしか言えないな。今ここにいたら怒られそうだ。逆に泣くかもしれないけど、泣かせるのは忍びないな、だからやっぱごめん。それから、おにいちゃんの仕事知ったらきっと驚くな。

親父? なんかあったけ? うそうそ冗談だよ。一番の理解者だよ親父はさ。ただの放任かもしれないけど、何も言わずにいてくれてありがとう。俺の金大事に使ってくれよ。

家族にそれぞれ別れを告げると、最後に今生を振り返る。不満はそれなりにあるけど、前世で満たされなったことを多く満たしたのだから良しとしよう。
ただ、誰かと結ばれてその先に行きたかったのは贅沢だろうか?

俺が最後の最後で考えたのは

(俺のカッコいい死に方がニュースで報道されるといいなぁ。それから、俺の魂のHDDどうしよ? あの日記とか見られたら死ぬ。あっ、これから死ぬんだっけ、まあパスワードかけたから大丈夫か俺以外にはわからないだろうし)

というくだらないことだった。

ここで意識は途絶える。



ーーーーーーーーーーーーーーーーー

とある部屋の一室

私は倦怠感のまま、ベットに横になっています。テレビはついたままです、うるさくてうっとうしいのですが、疲れて消す気にもならなりません。

「ニュースの時間です。今日午後4時頃、帰宅中の小学生の一団にトラックが突っ込みました。」

どこにでも不幸転がっているものです、気が重くなります。

「幸い小学生は軽傷ですみましたが…」

(よかった。)

「近くにいた○○市○○の無職○○さん○○才が小学生を避難させた後、巻き込まれ、病院運ばれましたがまもなく死亡しました。」

(えっ!? …今なんて言ったの?)

私は飛び起きて、テレビを食い入るように見ます。テレビに写し出されたのは前が潰れたトラックと血の跡。そして、見間違うはずがない顔の写った写真でした。

「うそ、おにいちゃん」

私の心は絶望で染まっていきます。




作者コメント

多くの感想ありがとうございます。レスはのちほどします。誤字脱字チェックも後になるかと思います。

話の贅肉は多いダイエット足りない。要点だけしっかりとしたスタリッシュな話にしたいのですが上手くいきませんね。
斎ちゃん出番あるといいね。兄弟の掛け合い書いてて意外に楽しかった。



[27519] 第三話 好感度イベント 三連投
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:870194e7
Date: 2011/05/25 18:56
第三話 好感度イベント


※ 三本立てです




〈 好感度イベントなのは なのは様と呼んで 〉




お昼休み

お昼ご飯は食べようと、なのは様のところに行こうとしたら、先生に呼ばれた。

「雨宮さん」

「はいっ。先生」

「先生とお弁当たべない? 」

「と、友達と約束してるので」

「そう」

先生はしゅんとうなだれた。すごく残念そうだ。

(苦手だなあの先生。なんか寒気とか感じるし)








今日はちゃんとお弁当を用意してもらった。今日は体育もないので、余裕もある。

「今日は普通のお弁当なのね。」

(蒸し返さないでよ~)

「普段はこれだよ」

(本当は今日からなんだけどさ)

さらりと嘘ついて、心の中でつっこみを入れながら、お弁当を広げる。中身はイチゴとオレンジ、野菜サンドだった。

わかめがない。ガックリ。


「へぇー きれいね」

「そう? 」

(さすが、おかーさん注文通り。わかめないけど)

みんなそれぞれお弁当をひろげ食べ始める。三人とも育ち盛りを意識してか高カロリーなものが多い。

「そういえば、希ちゃんって普段何してるの? 」

すずかが何気なく聞いてくる。

(えっ…そういえば、この身体になってから、学校調べるのにPC検索を少ししたくらいでだけど、この体のせいか上手く使えないんだよな。
タイピングソフトもいろんなタイプクリアしたはずが、手が全然覚えてないし。それに、前はいろんなソフト使ってたはずなのに、使い方すらわからん。
あとはひとりでは何もしてない。
うちの親けっこうかまってきて、なんでも一緒にやりたがるからなー。
深夜アニメ一緒にみたときは隣が気になって、全然おぼえてないよ)

「アニメとかドラマをおかーさんと見てる」

いろいろ考えたが無難な答えにする。

「ふ~んアニメはわかるけど、ドラマって何をみてるの? 」

「白い巨○」

「うわっ …さすが医者の娘ね。」

(わかるのかよッ。違う世界だけど、ここにもあるんだな~と感心したもんだけど)

「難しいのをみるんだねぇ~ でも原作の作家さんは好きだよ」

「これおとーさんがモデルだって、病院の人はもっとえげつなかったって言ってたよ。今は丸くなったらしいけど」

「どんなパパなのか聞くのが怖くなったわ。でも、将来の参考になりそうね。」

アリサは少し興味があるようだ。ウチのおとーさんは財○教授を地でいく、権力志向の強い人らしい。その代わり忙しくてあんまり帰ってこない。

おじーちゃんはさらに特殊で一度だけ会った。ただの孫馬鹿だったけど、髭の感触を思い出すと寒気がする。
いくら孫とはいえ拷問だ。そういえば聖祥大学付属小学校に入ることを伝えると理事長とは知り合いだから任せておけと言っていた。
ただアイツは話を大げさにしたがるからなと悪口も言っていた。

そこからは長話である。じじいの武勇伝で、眠くなる話だ。ホントか嘘かもわからないが、嘘の部分が多いはずだ。
マッカーサーと一騎打ちをしたとか、ワシが3人いれば日本は戦争に勝っていたなんて、理事長のことをとやかく言えない気がする。しかし、体格はすごく良くて今でも筋肉質だ。

ただものとは思えないところはある。

「おじーちゃんはぶとーをやってるの?」

と聞いたら、コレは内緒の話だよ。もったいつけてた上で
無斗論式という拳法を体得していると教えてくれた。『神鳥撃』と呼ばれる空中から急所に向かって体当たりを仕掛けたり、 『禁断の秘奥義 神詞』と呼ばれる全エネルギーを声に集中して相手を共振させて破壊する技とか冗談としか思えない。ただ、若い頃の写真を見せてもらったときの感想はシルエットが流線型でどことなくヤツに似ている気がする。

そのとき一緒に写っていたのが後のおばーちゃんだった。小柄で可愛らしく、とてもそうは見えないが、当時は珍しい武道娘らしく、相手の動きを読んで相手の力の向きを反らす柔良く剛を制すを体現した人だったらしい。実際おじーちゃんは生涯一度しか勝ったことがないと言っていた。

そのおばーちゃんは若くして病気で亡くなり、後に連れ子のいる人を新しい奥さんに迎えたらしいが、その人も結婚して数年で亡くなりそのあとはずっと独身らしい。寂しそうに言っていた。 

思考が横に逸れたな。


「みんなはどうなの? 」

「じゃああたしからね。あたしは習い事と塾でいっぱいだけど、テレビゲームとか好きよ」

「どんなゲームが好き? 」

「なんでもやるけど、RPGとか最近が好きね」

「ウィザー○リィとか○ーグとかウ○ティマみたいなやつ? 」

「何よそれ? 聞いたことないわ」

「三大古典。知らないならいい」

さすがに世代が違うか? いやそもそもこの世界に存在しないのかもしれない。記憶の欠陥で映像は思い出せないが、私も前世で多くのRPGをクリアしてきた。アリサと話が合いそうだ。

私は気を取り直して、次はすずかに聞く

「じゃあ、すずかちゃんは? 」

「私も習い事と塾で忙しいけど、本を読むのが好きかな。どんな本でも読むよ」

「最近注目してる作家さんは? 」

「デビューして五年で死んじゃった作家さん。さっき話してたドラマの原作者だよ。五年のあいだにいろんなジャンルの本を出したみたい。執筆スピードがものすごく早くてね。月に何冊も出したことがあるんだって、でも途中のが結構あったのに死んじゃってファンとしては悲しいよ」

「おもしろかった本は? 」

「えっ! ……その、ないしょ」

なぜかすずかは真っ赤だ。どんな本か気になるな。まあいい、次は本命のなのは様だ。

「なのはちゃんは? 」

「私は特に何も、塾は行ってるけど始まったばかりだし、得意なこととかないし」

なのは様は自信なさげに答える。

「ま~た始まった。なのは、何でアンタそんな自信ないわけ? 」

「だってアリサちゃんもすずかちゃんも、将来のこととかちゃんと見つけてるし…」

(そうか、まだ魔法に目覚める前だから…)

「将来ねぇ、アンタ、喫茶翠屋の二代目じゃないの? 」

「それも、将来のビジョンの一つではあるんだけど、やりたいことが何なのか、はっきりわからないんだよ」

なのは様は迷っているようだ。そういえば、この話どっかで聞いたような気がする。

「アタシはなのはを認めてるの。だいたい理数系の成績ははアタシより上だし、それだけじゃなくて、アンタがそんなんじゃ ……立場ないじゃない。」

「私もなのはちゃんはすごいと思ってるんだよ? あのときだって…  」

自信なさげななのはを、アリサとすずかはそれぞれ励ます。

「希ちゃんだって、最初になのはちゃんにお友達になってって、言ってくれたじゃない? 」

「そうよ、アタシをさしおいてね。自信もちなさいよ」

「うん、なんでわたしが最初だったの希ちゃん? 泣いてたし? 」

なのは様は首をかしげて、こっちをみる。

「えっ、それは… 」

(う、何て答えよう? 生まれる前から好きでしたなんて言うわけに行かないしな。最初会ったとき泣いてた理由もお友達になってくださいで、済んだと思ったんだけど。よしっ、ここは魔法的なことと夢見る少女的な何かを混ぜてみよう)

私は考えをまとめると静かに語り出す。

「私ね、よく見る夢があるの」

「夢? 」

「うん、とっても強い女の人、白い服を着て赤い宝石の付いた金の杖を持って、空を飛んでるの。その人は鉄砲とか刃物を持ったたくさんの機械の人形と戦っているんだけど、杖をふるうたびに滝のような桜色の光が敵をどんどん倒していくの。敵の攻撃はその人の桜色の魔法陣にはじかれてちっとも届かない。夢のなかでは私はその人の部下なんだけど、見とれてしまって全然うごけないの。そして、戦いが終わって、その人が私に近づいてきて満面の笑みでこう言うの」











「ちょっと頭冷やそっか? 」







「「あたま? 」」
「なんでよっー 」
なのは様とすずかは首をかしげ、アリサはつっこむが気にせず続ける。

「その夢何度も見るんだけど、最後台詞だけね変わるの。おはなししようとか全力全開とか悪魔でいいよとか。なのはちゃんを初めてみたときね。あの女のひとはきっとこの人だって、やっとおはなしできるんだって、そして、これは運命だって思ったの。だからつい泣いちゃったんだ」

夢自体は作り話でおおげさに言っている部分はあるが、そこに込められた気持ちは本物だ。

「そんなのって…」 

なのは様は顔が真っ赤だ。かわいいなちくしょう。

「なんかちょっと変なとこあったけど、ロマンチックね~」
すずかは女の子らしいコメント

「やっぱり、アンタって、ちょっと」
アリサはブツブツ何か言っている。ちょっとなんだよ?

「でもでも、私そんなにかっこ良くないよ~ 普通の女の子だよ」

なのは様は照れた顔のまま、首をぶんぶん振って否定する。私はそんななのは様をますます可愛いなと思いながら

「いいの私が勝手に思ってるだけだから、それになのはちゃんはきっと勇気があってとっても優しい女の子、そうでしょう? アリサちゃんすずかちゃん」

私は半ば確信しているような言い方でふたりに同意を求める。

「「えっ!? 」」

アリサとすずかは驚いたようだっだが、しばらくするとうんうんと頷いた。

周りの過剰なまでの持ち上げっぷりに、なのは様は耳まで赤くしてうつむいた。実に良い顔だ。なんか軽い興奮というか、胸の高まりを感じる。私はその気持ちが命ずるままにあるお願いを口にする。

「なのはちゃん」

「うん… 」
 
なのは様は顔をあげる。まだ赤い。










「ときどき、なのは様ってよんでいい? 」

「え? ええええーーーー」

なのは様は声を上げた。



結局良い返事はもらえなかった。う~ん残念こちらとしては昔の呼び方を許してもらいたいけど、まあいい、あせらず行こう。





〈 好感度イベント アリサ フラグと金髪縦ロール 〉




 
次の日の昼休み、四人揃ってお弁当だ。話の先導役はだいたいアリサがやっている。

「そういえばアンタ、頭いいって聞いたけど、本当なの? 」

「えっ? 編入試験は良かったみたいだけど」

見た目は子供だが、頭脳は大人、名探偵である。行く先々で人が死んだりしないけど、私は理数系はやや苦手だがその他はバッチリである。ただ、記憶の欠陥のせいで抜けている部分はある。それでも、小学三年くらいなら相手にならなかった。

「全部満点だって聞いたよ。編入試験じゃなかなかいないみたいだよこの点数」

すずかが補足してくれる、よく知っているなぁ。

「へ~やるじゃない。塾とか行ってるの? 」

アリサの負けず嫌いな部分を刺激したらしい。探りをいれてきた。

「行ってない、私ちょっと体弱いから」

なんせ入院してたし、それどころじゃなかったはず、でも家の状況から家庭教師くらいは雇っていたかもしれない。

「それで、満点って …今度のテストで勝負しなさいよ」

アリサから勝負を挑まれてしまった。
こういうの好きそうなアリサとはこれから同じような場面が何度も出てくるかもしれない。
こっちも楽しんでやらないとな。
友達のテスト勝負は前世でもよくやった。中学までは無敵で、よく言われたのが「なんで勉強しないくせにトップなんだよ納得いかね~」だった。
そうだな、アリサくらいになると抜かれるのも早そうだから今のうちに自分のプライドを満足させておくか。

私はアリサを軽く挑発することにした。イメージは高飛車で高慢で自信たっぷりなお嬢様風で行こう。髪型は金髪縦ロールだ。

「いいわ。アリサさん。結果はわかりきっているけど、受けて差し上げますわ。オーホッホッホッホ」

顎を上げて口元に手を当てるのがポイントだ。挑発が効いたのか、アリサは眉をつり上げてピクピクさせている。まだ押さえることはできているようだ。

「へぇ~、結果はわかりきってるってどっちが勝つのよ? 」

「わ・た・し」

「上等だわ。今に見てなさい。吠え面かかせてやるから」

「アリサさん。あなたのそのセリフは負けフラグです。しかもテンプレートです。まあ先ほどの私のセリフもそれに近いのですが」

「なによそれ。アンタ何言ってるの? 」

「そのセリフを言うと結果が確定してしまうの。結構当たってるよ。特に命かかっている場面では、注意しないとね」

「あっ、私わかった。戦いに行く前は、幼なじみと結婚の約束とかしちゃダメって聞いたことがあるよ」

思わぬところから援護があったすずかだ。

「そう、だからさっきの場面ではこう言うの『勝負はやってみないとわからないよ。お互い全力で行こうね』って言っておけば、まず負けることはないよ」

「へぇーそうなんだ。何か分かる気がするよ。お互いに力を出し切るって大事だよね」

「なのはまで… 」

なのは様は感心してくれる。さすが熱いハートの持ち主。

すずかとなのは様の同意でアリサも揺れているようだ。もう一押しか。



「アリサさん。結果はわかりきっているけど、受けて差し上げますわ。オーホッホッホッホ」

私は先ほどのセリフを繰り返す。そして、アリサを見つめる。さあさあと訴える。

アリサは一度こちらを強く睨むと、目をつぶりため息をつく。

「わかったわよ。勝負はやってみないとわからないわ。お互い全力を出しましょ」

アリサは言ってくれた。やった。ある意味勝った。

すずかとなのは様は首をかしげている。

どうしたんだろ? すずかが話しかけてきた。

「ねぇ、希ちゃん。今見間違いかもしれないんだけど、希ちゃんの髪が金色に染まって縦ロールになったように見えたんだけど気のせいかな? 」

「えっ、すずかちゃんもそうなんだ」

どうやら、私の演技力のレベルは相当高いらしい、ふたりに私のイメージ通りの髪型の幻覚をみせるくらいには、自信を持っていいかもしれない。









後日テストがあったがふたりとも100点で引き分けだった。やるなアリサ。




〈 好感度イベント すずか 図書館は危険がいっぱい 〉


※ ちょい百合風味





放課後

図書館に来てる。すずかに誘われた。棚の本を見ていることろだ。今日は静かで誰もいない。
アリサは習い事でキャンセル。なのは様は来る予定だったが、用事が入り、すずかとふたりっきりであった。

すずかとふたりはどうかなと思ったが、さすがに私も断るのは悪い、仲良くしておくのも長いつきあいになるから、無駄にはならないだろうと考えつきあうことにした。

誰もいないので、すずかとおしゃべりすることにする。

「すずかちゃんはどんな本でも読むって言ってたよね。じゃあ好きなジャンルはないのかな? 」

「童話が好きかな」

ありきたりだな。少し攻めてみようか。ちょっと小学生向けじゃないかもしれないけど、私はきわどい質問をしてみる。

「男と男の恋愛物語とかどう? 」

「えっ ……興味はあるけど… 」

すずかは顔が赤い。ほう資質ありか。案外こないだ聞いた内緒の本はBLモノかもしれないな。鬼畜なメガネさんとかいいかもしれない。どんなのか忘れたけど、すずかは今度は私に聞いてきた。

「希ちゃんは本は読むの? 」

「うん… ジャンルは特にないけど、白い巨○の原作ちょっと読んでみたいな」

これは前世にもあったからどんな内容か興味がある。

「大人向けだからさすがにここにはないよ。市立図書館にはあると思うけど、今人気だから借りられてると思うよ」

「そう、残念違うのにするよ。すずかちゃんは今日は何を借りにきたの? 」

「この間借りた本の続き。場所はもうわかってるの。ちょっと高いところにあって取りにくいところにあるんだよ」

すずかは小さな梯子を持ってくると、本棚の前に置き慣れた様子で登る。上の段のハードカバーの本に手をかけるが固くて取り出せないようだ。

少し危ないな。

「すずかちゃん、梯子支えようか? そのままじゃ力入らないでしょ」

「うん、ごめんね~ 希ちゃん。お願い」

私はすずかの背後に回り、梯子を強く握って足を踏んばる。すずかはもう少しで取り出せそうだ。

「う~ん、もうちょっと。取れた…きゃあああ」

すずかの悲鳴と一緒にハードカバーの本が降ってくる。
そこからは一瞬の出来事だった。すずかは素早い反射神経で私に本が当たらないように本をつかむが、今度は自分がバランスを崩して梯子から落ちる。
私は反応できず背中から落ちてくるすずかを受け止める形になるが、勢いついてそのまま後ずさり、反対側の本棚に背中をぶつけてた。そして、すずかの後頭部が鼻に当たり尻餅ついてようやく止まった。

ちょうど私がすずかをうしろから抱きしめる姿勢になる。

「痛たた……希ちゃん、大丈夫」

「大丈夫。ずかちゃん。鼻打ったけど、大したことないよ」

「ケガしてない? 」

うう、鼻打った。すぐ近くにすずかの後頭部が見える。すずかは私を心配して、すぐに振り返りこちらを見る。そして目が合った。









…近い。近すぎ。

すずかの息が頬に直接感じられる距離だ。それになんだか鼻に違和感を感じる。何か垂れているような。

鼻血出た。決してすずかに興奮したわけではない。先ほどのすずかの後頭部のヘッドアタックで血管が切れたようだ。格好悪いなぁ……アレ?

すずかの様子がおかしい。まだ顔近いしなんだか、目が赤いしうるんでるし、頬も赤らんでる。すずかは私の目を見てない。視線の先は鼻、あのもしかして…

動く間もなく、すずかは両手で頬を掴むと、唇が私の鼻の出血部分に触れる。








誰もいない図書館、あたりは夕暮れて黄金に染まっている。寄り添うように伸びた長い影が少しだけ動いて重なりあう。

すずかは私のくぼみに口をつけながら、次から次に染み出してくる赤い液をねぶる。伸ばした舌でなかの方まで責め立てる…









ちょ、ちょっと待て!! 待てやゴルァー。ここは百合モノじゃありません。余所でやってください。舌とかご勘弁……あっ!?






私の手は力を失いバタンと落ちる。

そのとき赤い椿の花が落ちる映像が目に浮かんだ。鼻だけに……シクシク

しばらくして、我に返ったすずかはようやく離してくれた。気まずそうだ。どう話しかけていいかわからないのか、こちらをチラチラ見ている。一族の秘密もあるんだろう。

はっきり言って、すずかとは仲良くしていくのはいいが、一族の秘密を共有するほど関係を深めるつもりはない。目的はあくまでなのは様だからだ。

それに、百合なんて……ぽっ、




しっかりしろ私。今ちょっといいかもと思っただろ。ひとり悶えていると、すずかが話しかけてきた。

「ご、ごめんね、希ちゃん… あの、私ね」

どうやら秘密の告白に入るようだ。まずいなぁ。ここは月村家ご招待コースだ。こんなところですずか攻略フラグを立ててる場合じゃない。


こうなったら気がついていないフリをするのが一番かな?



私はすずかの口に手を当てると、困った表情をしながら、顔を赤くして、体をクネクネと悶えさせ、恥ずかしさを演出する。

「すずかちゃん。鼻血綺麗にしてくれてありがとう。おかーさんみたいだね。でもね、女の子同士でこんなことするのは少し恥ずかしいよ。私、すずかちゃん好きだけど、まだ知り合ったばかりだし、でもやっぱりちゃんと考えないと…」

私の予想外の反応にすずかはパニックになる。

「ち、ちょっと待って、希ちゃん、ち、違うの~」

私はすずかの話を聞かずに勘違いを加速させていく。もちろん演技だ。

「いいよ、今日のことは秘密にするから、私とすずかちゃんふたりの思い出だね、今度私のおかーさんとおとーさんに紹介するね」

「だから、違うのーーーーー」

すずかの声が図書館に響く。

すずかは私が吸血のことを愛情表現だと勘違いしていると思ってくれたようだ。本当のことをいうわけにもいかず困っていたが、

「今度、し、紹介してね… 」

ぎこちない愛想笑いを浮かべて、その場は収まった。なんかいらんフラグ立てた気がするけど、まあいいか。








だが、その日から、時折すずかの熱い視線を感じるようになった。恋慕ではない。好きな食べ物を眺めている目だ。よだれ垂れてますよすずかさん。

絶対にふたりきりにならないようにしよう。でもいつか彼女に血を吸われる日がくるのかもしれない。




作者コメント

三本立てにしてみた。

すずかが変な方向へ行きそうで怖い。ネタのベースは昔、型月のコメディを妄想したこときに思いついた。誰かと誰かは秘密です。






[27519] 第四話 裏返る世界
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:870194e7
Date: 2011/05/06 00:33
第四話 裏返る世界







……平和な日常は些細なことで崩壊する。私はそれを今身を持って体感した。









私は狙われている。 ……くっ、やはり私が転生したことをかぎつけた連中がいるらしい。ムー帝国の残党だろうか? アトランティスの同志に連絡しようにもここは前世とは違う世界だ。

孤独な戦いだった。

向こうから歩いてくる一見普通主婦に見える女性。あれはどう見ても危ない。殺気を感じる。しかもあの買い物袋が怪しい。主婦はその中に手を入れながら歩いてくる。




恐らくあの中に拳銃が入っていて、近づいたらズドンとやられてしまうのだろう。

あの主婦こちらを見て微笑んだ。濃密な殺意が私を襲う。







まずい!!

奴は私を殺す気だ。

そうはさせるか! 私は細い路地に入る。主婦は笑いながら去っていった。

どうやらやり過ごしたようだ。

転生してすぐに医者に口をすべらせたのがいけなかったらしい。すでに各国のムー帝国の残党には私の顔写真が配られているのだろう。学校も安全ではないかもしれない。だが、月村家の一族もいるから奴らも簡単には手出しできないはずだ。

すずかの一族の力は思った以上に強い。だから、奴らは普通の主婦に見える暗殺者を送りこんできている。恐らく秘密裏に始末するつもりなのだ。その証拠に違うタイプの主婦の姿をした暗殺者とすでに10人遭遇している。赤ちゃんや子供を連れて偽装までしてくる念の入れようだ。

今日も無事に学校に着いた。ひと安心だ。今日も日常を謳歌できるのだ。なのは様と一緒に…







(バカがここにいるわ)

また幻聴が聞こえた。最近を多い。転校してからは特にそうだ。気が滅入ってくる。

アリサが近づいてくる。

「アンタ朝から疲れた顔してるわね」

「そうなの。アリサちゃん、今日も通学途中に暗殺者に狙われてちゃってさ。10人だよ! 10人!! 」

熱っぽく語る私にアリサは冷めた表情で





「そう良かったわね、で、何人殺ったの? 」

と感情がこもっていないと言うよりは、棒読みで返す。私は怒りがこみ上げてきた。











「ちょっと。アリサちゃん、もっと真面目にやってよ。」

アリサは手で頭を押さえながら、苦い顔をして言う。

「アンタこそ、朝っぱらから変な行動しないでよ。女の人が通るたび、暗殺者が来たって、隠れて、通る人みんな笑ってたわよ。アンタがどうしてもって言うからつきあってるのに」

「だって、殺気を感じたのは間違いないもん」

これは確かなことだ。今でも寒気や不快感が残っている。

「どう見ても普通の主婦が暗殺者なわけないでしょ!! なんでアンタなんか狙うのよ。しかもアンタ通学中に会った女の人全員にそれやってたでしょ」

「まあまあ、アリサちゃん。希ちゃんにつきあってあげようよ」

「そうだよ~ 希ちゃんに突き立ててあげたいよ~」

さすが、なのは様天使だ。すずか本音が出てる。牙とか突き立てないで。

「なのはもすずかも希を甘やかさないの。ここのところ毎日じゃない。最初は希を見てるだけで面白かったけど… 」

なるほど、飽きてきたみたいだな。


「じゃあ、設定を変えるね。地球を侵略にしたエイリアンにしましょう。主婦に変装してるの」

「主婦だけは変わらないのね」

「私は地球防衛軍の要人の護衛任務を受けた隊員。なのはちゃんは今は亡き地球防衛軍司令の娘で父の意志を継いでるの。すずかちゃんは穏健派の異星人のお姫様、アリサちゃんはすずか姫の護衛ね。私たちは地球と異星の同盟のために集まったんだけど、それを快く思わないエイリアンが地球人に化けて襲ってくる。私たちは安全な学校まで逃げなければならないっていうのはどうかな? 」

「こんな短時間でよくそこまで設定できるわね。ねぇ、なんでいつもなのはが優遇されてるの? 前回はなのはは最強の暗殺者だけど一時的力を失って、弟子のアンタに守られてるって設定じゃない。私はアンタに仕事を斡旋する仲介者なんだけど、実は裏で暗殺者を使って亡きものにしようとしてるとか、微妙に悪役が多い気がするんだけど」

アリサは納得していない表情だ。架空の設定とはいえ、なのは様を持ち上げすぎたようだ。

「でも、私のイメージだといつもそうなるのよね~ 次はアリサちゃん主役で考えてみるよ。ツンデレ枠しかないだろうけど」

「ツンデレ? 」

「まだ知らなくていいわ。あなたの宿命だから」

「わけがわからないわ」



今日も平和だった。












数日後の放課後

今日はなのは様の実家である喫茶翠屋に行く日である。関係を深めるチャンスである。ここ数日は大きな成果が得られなかったので願ったりである。

翠屋に行くきっかけになったのはアリサが私のお弁当に文句を言ったからである。

「アンタいつもそんだけしか食べないなんて、おおきくなれないわよ」

(よけいなお世話です。親戚のおばさんみたいね)

「私もたくさんは食べれないけど、希ちゃんのお弁当はちょっとものたりないかも? 希ちゃんの…だったら少しほしいなぁ」

とすずかも控えめに言う。それから、本音が混じってませんか? 涎拭こうね。

「でも、きれいなお弁当だよね。フルーツとか小さくきれいに切ってるし、お店に出せそうだもん」

なのは様はフォローしてくれるのか、感心したように答える。そう、ウチのおかーさんは使える材料が少ないぶん見た目にこだわってくれていた。わかめあんまり入れてくれないけど。

「お店? 」

(えらくほめてくれるな。なんだか照れる)

「そうだ! 」

急にアリサがいいことを思いついたと手をたたく。

「今日はなのはの家に行きましょう」

「なのはちゃんの家? 」

「この子の家喫茶店なの。私たちもたまに行くんだけど、けっこう気に入ってるのよ」

「そういえば、最近行ってないね」

「うんうん。希はまだ行ってないし、おいしいもの少しは食べなさいよ。なのはもいいわよね? 」

「もちろん。お客さんは大歓迎だよ。ウチのおかあさんも喜ぶよ」

みんな乗り気であるが、私は自分の体質が気になって躊躇した。どうする? なのは様が喜んでいる以上断るという選択肢はない。ケーキ・クッキー・クリーム系は何とか我慢できなくはないけど、フルーツ系で誤魔化すかな、聞いてみよう。

「いちごサンデーとかある? 」

「あるよ、希ちゃんイチゴ好きなんだ? 」

「けろぴーもね。じゃあ、行きます」

まあ何とかあるだろう。私は気楽に考えていたのだが、

(人が多いところはやめておきなさい・・・後悔するわよ)

どこかで覚えのある少女の声が聞こえたような気がした。
久しぶりの幻聴だ。




放課後。すずかの家の車に乗せてもらった。そういえばこの体になって外出したのは初めてだった。ウチはセレブなので買い物はしなくてもよかった。配達やお手伝いさんがしてくれた。私も長い入院で疲れが出たのか出かける気にならなかったし、髪を触っていれば一日が過ぎることも多かった。

お手伝いさんと言えばメイドだが、残念ながらウチのお手伝いさんは若い男性だ。 

メイド服は着てません!

まだ入ったばかりらしく、ミスも多い。

男のドジっこメイドなんて許せない。ふつふつと怒りがわいてくる。

なんで男なんだろう? 前に長年勤めていた女性には暇を出したそうだ。急だったらしい。


車に揺られながら、私はさっき聞こえて声について考えていた。

あの声はいったい何だったんだろう? 女の子の声だったよな。最初に目が覚める前に聞いたことがあったと思うんだけど。それから、何度も聞いている。
まあいいか。なのは様のご両親にしっかりご挨拶しないとな。

今は考えても無駄と、頭を切り替える。

「着いたみたい」

「さあ行くわよ」

車を降りて、店の前に移動する。すると、なのは様が店の前に立ちこちら向くとうやうやしく頭を下げた。

「へへっ… いらっしゃいませお客様。ようこそ、翠屋へ」

「「くすっ」」

アリサとすずかは吹き出したが、私はなのは様のお茶目なしぐさに見とれていた。これだけでも来て良かった。

「ひどいよ~ こっちは真面目にやっているのに~ 」

なのは様は怒ったように言うが、顔は笑っていた。

「ごめんごめん、でも似合わないわよ。」

と笑いをこらえるアリサ

「まあまあ、みんな中に入りましょう」

「そうね」

店のドアを開ける。

店はそれなりににぎわっている。年配の女性のグループが5、6人いる。



…あれっ!? なんかクラクラしてきた。化粧と香水の匂いのせいだろうか。どうもこの手の匂いは苦手だ。さっきまで良い気分に水をさされて顔をしかめる。

殺気を感じる。まさか、暗殺者じゃないよな? ここは高町家のテリトリーだ。入ることは不可能なはずだ。

「「いらっしゃいませ」」

少し遅れて若い女性の声が二つ聞こえる。そのうちのメガネをかけた一人が近づいてきた。

「あらっ、なのは、おかえり。友達連れてきたの? 」

「うんっ、ただいま。おねーちゃん 」

「アリサちゃんとすずかちゃんこんにちわ ……あれっ? 初めて見る子がいるね」

「雨宮希ちゃん、最近同じクラスに転校してきたの」

「へぇ~ こんにちわ」

「こんにちわ」

美由希さんか? こうしてる場合じゃない。ここはなのは様のお姉さまだし、第一印象は大事にしておかないと。気を取り直して美由希さんと向き合う。

「初めまして、希ちゃん。私はなのはのお姉ちゃんで高町美由希と言うのよろしくね」

微妙に殺気を感じるが、まさかね。理由がない。

「初めまして、私は雨宮希と申します。なのはさんとはよいおつきあいをさせてもらってます。これからもよろしくお願いします 」

丁寧に頭を下げた。美由希は少し驚いた顔で

「ずいぶん礼儀正しい子なんだね 」

「ありがとうございます。美由希おねーさんはカッコいいですね 」

「へっ? …ありがとう。そうかな、そんな事言われたの初めてだよ」

「すごく姿勢とか歩きかたがきれいだし、何かスポーツとか武道をされているんですか?」

「えっ? ……武道を少しね」

美由希さんは思いがけない言葉に本当驚いたようだった。なのは様も目を大きく開いて口に手を当てている。びっくりしたかな?


テーブルに座ると注文を取る。女性グループと近い。なんだか匂いが気になる。待つ間さっきのことでアリサは感想を言ってきた。

「アンタって、変な事言うかと思えば、妙に鋭いし。訳わかんないわね」

「そうだよ~ 私も美由希さんのことは恭也さんから聞いても信じられなかったもの」

「お姉ちゃん、普段は結構ぼーっとしているから周りの人も信じてくれないんだよ。修行しているときはカッコいいんだけど」

私は少しだけ気分が良くなった。



(……ずいぶん調子に乗ってるみたいね。)

また、あの声が聞こえた。

(誰だ? )

(私は警告したはずよ。限界は近いわ。 ……もう遅いから)

幻聴が答えを返してきた。なんの事だ? 考えごとをしていたら声が聞こえる、いつのまにか誰かすぐ隣に来ているようだ。

「おまたせしました。ご注文のケーキセット3つ、いちごサンデーになります」

「あれっ? お母さんどうしたの? 」

「おかえり。なのは、美由希から新しい友達が来たって聞いたから会いに来たのよ」

顔を上げるとすぐ間近にどう見ても20代にしかみえないエプロン姿の女性が微笑んでいた。

(桃子さんか、よしっ、なのは様のお母様だ。しっかりポイント稼がないと。あれっ? ……体が)

なんか体の調子がおかしい。寒気と鳥肌が立っている。頭も痛い。なんか吐き気まで……

「こんにちわ雨宮さん。なのはの母で高町桃子といいます。いつも娘と仲良くしてくれてありがとう。これからもよろしくね」

「は、はい ……よろしくお願いしますお母様」

何とか返事を返した。

「じゃあ、ゆっくりしていってね」

と言って桃子さんは去っていく。ふぅ少し落ち着いたようだが吐き気はまだ残っていて、とても食べられそうにない。香水もダメだ、匂いを嗅ぐだけで頭痛がしてくる。他のみんなは気にならないのかな?

「どうしたのたべないの? 」

なのは様が不思議そうな顔で言う。

「た、食べさせてもらいます」

なんとか口に入れるが、二口目は無理そうだ。

「希ちゃん、気分でも悪い? 顔色がよくないよ」

「ほほほ。すずかさん、わたくしはもともとこんな顔でしてよ」

こう言っているが、実は余裕はない。冷や汗までかいてきたよ。ますますグラグラしてきた。

「アンタ口調が変よ。」

つっこむアリサ。実は私は余裕がなくなると丁寧語になるのだ。

「わたくしお化粧直しに行きたくなりました。なのはさんお手洗いはどこかしら? 」

「えっ、あっちだよ。希ちゃん大丈夫? 一緒に行こうか? 」

心配そうな顔でなのは様はトイレを指さしてくれる。

「しんぱいなくってよ。一人で参ります。では、ちょっと席を外しますね」

(吐きそうなのに、ついてきてもらうわけにはいかねぇ)

心配そうな顔のみんなを横目に、少々小走りでトイレに向かう。
 













ジャーーーーーーーー

トイレの音に合わせて吐いた。中身が少なかったので、かなりこたえた。幸いなことに私一人のようだった。

(はぁーーーこれからどうしよ? )




トイレのドアを閉めて、席に向かう途中ドンッと何かにぶつかった。

「あ、すいません」

「こちらこそ、あらっ希ちゃん? 」

桃子さんだった。





桃子さんだと気づいた瞬間、先ほどと寒気と鳥肌、頭痛吐き気がぶりかえしてきた。

(あれっ!? 何で ……体がいうこときかない!!)

何か得体の知れない感覚に恐怖した。体がガクガクふるえて止まらなかった。自分の体が自分のコントロールから外れていく。私の様子がおかしいこと気づいた桃子さんは正面に立ち顔をのぞき込んだ。

「どうしたの? 顔色が悪いわ。汗もかいてるし」

「へ、平気です」

何とか答える。だめだ完全に言うこときいてくれない。

「無理しちゃだめよ。足もふるえてるみたい。」

桃子さんは私の体を支えようと何気なく両肩に触れて抱き止めた瞬間ーーーーーー

















「嫌ああああああああああああああああーーーーーーーーーー」

店内に絹を裂くような少女の悲鳴が響いた。





ああ、これは自分が出した声なんだと、よくこんな声が出せるもんだなと動かない体と裏腹に冷静に思考しながら。




私は意識を失った。





作者コメント

そろそろ生意気にも張った伏線の一部回収に入ります。

伏線に手を出すと大変です。矛盾が生じます。いいアイディア浮かんでも縛られます。そうならないようにしたいなぁ~

シリアスモードへ突入です。アトランティス期待してくれてる人はごめんなさい。ここから先は少し成分が薄くなります。



[27519] 第五話 希とカナコの世界
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:142fb558
Date: 2011/05/25 18:57
第五話 希とカナコの世界


ここはどこだ? 私は目を覚ます。

「目が覚めた? 」

声のする方へ顔を向けると、少女の姿が目に入る。初めて見る顔だが、どこか聞き覚えがある。


倒れたまま、よく観察してみると、年は10才くらい。顔立ちはどこか私に似ているが、赤い色をした瞳は意志を強さを感じさせた。肩まで伸びた黒い髪を二つの赤いバラの髪留めでまとめている。衣装は黒いフリルと紫のバラを基調したゴシックロリータのようなドレスに白いエプロンを重ね着している。

少女は西洋式のイスとテーブルに座り、紅茶のカップを持っている。お茶の時間だろうか?

どういう需要なのか疑問に思ったので、




「なぜエプロン? 」

尋ねてしまった。

「最初の疑問はそこなの」

少女は呆れた声でつぶやき、ゆっくりと優雅に紅茶を飲む。




「久しぶりね。どう、お目覚めは? 」

「ここどこ? 」


「人の話聞いているのかしら? そうね。希と私の夢の世界とでもいえばわかるかもね」

「君は幻聴の声の ……あれっ? 俺、男の姿だ。それも前世のなんで? 」

私、いや俺は前世の男の姿になっていた。

「少しは落ち着きなさい。すぐに起きないと危ないわよ。そろそろ黒い影達が起きてしまうわ」

「いったいなんの事? ……おっ、何だ!? 」

俺が次の言葉を発する間もなく、闇の向こうから赤い光が近づいてくる。赤い目と口に見えるものが7体走ってくる。

「来たわ。せいぜい邪魔しないでちょうだい」

少女はカップを置くと、立ち上がりゆっくりと俺に方へ向かって歩いてくる。俺もあわてて立ち上がる。

「あら、戦ってくれるの? アトランティスの戦士さん」

「状況がさっぱりなんですが? 何だよこいつら」

俺たちはすっかり囲まれてしまった、よく見るとそいつらは赤い目と口をした黒い影だった。大人の大きさで人間の形をしていて、そのうちの一体は一回り大きい。笑っているように見えるのが嫌悪感を感じさせる。他の6体は俺たちの様子を伺いながら何かつぶやいている。耳をすますと、

(ダイジョブダイジョブ)

にごったような声でそう語りかけてくる。でもそんなの関係ない。少女は冷静に観察している。

「今回は7体か。すいぶん多い。特にあの大きいのはやっかいね。あれから片づけるわ 」





そう言うと彼女は無造作に大きな影に近づき、すっと腕を掴んで投げ飛ばしてしまった。

俺には何が起こったかさっぱりわからなかった。

投げ飛ばされた影は地面に叩きつけられる。じたばたともがきながら再び立ち上がった。

「大きいだけあって耐久力はあるみたいね。…ほらっ! あなたもじっとしてないで戦いなさい。襲ってくるわよ」

少女の攻撃で他の6体も急にあわただしくなった。じわじわとこちらに迫ってくる。

「戦う? 急に言われても、俺はアトランティスの戦士の力はまだ覚醒してないし… 」

「ここは夢の世界よ。ただの悪夢ごときにどうにかできるわけないわ。ここでは戦いは頭でするものなのよ」

「なんだそうなのか。じゃあ攻撃されても痛くないな」

俺は安心して力を緩める。すると、6体のうち一体が俺の顔面を殴ってきた。その衝撃で俺はふっとばされる。

「ダイジョブ! ダイジョブ! 」

大丈夫じゃねぇよ。その台詞、いやなものを思い出しそうだ。俺は少女に涙目で訴える。



「…すごく痛いです。嘘つき」

「当たり前よ。夢とはいえ、害意を持っているんだから、油断したら危ないわよ」

「それを早く言ってくれよ」

「必要以上に恐れることはないわ。この程度なら人間と小動物ぐらいの差はあるわ。思考も単純よ。こっちには思考する力があるし、強い武器でも想像して攻撃しなさい。夢だから何でもありでしょ」


そうか夢か。

じゃあ、ここならばアトランティスの戦士としての力を十分使えるということだな。では、武具を纏うとするか。


俺は腕を天にかざすと胸に秘められた呪文を叫ぶ。




「纏え黒き外套、我が愛銃よ、ここに来たれ!! ディスティ」

天井から光が降りてきて俺の体を光が包み黒い外套となる。手元に光が集まり銃の形になっていく。完成したのは赤い竜のアギトをかたどった銃。前世の俺の愛用の装備だ。



「我はアトランティスの最終戦士、王剣を守る小手なり」

俺はしばらく喜びにひたる。再びこの銃を手に取ることができるとは夢とはいえ感動した。






………










おっと、ひたるのはこれくらいにしよう。

「ふう、どうやら上手くいったようだな。では片づけるとするか ……あれぇ?」

「終わったわ。いちいち装備するに時間かけすぎ」

「これから、俺の貫通弾が敵を蹂躙するところだったんだけど… 」

周りを見渡すと影はすべてきれいさっぱりいなくなっていた。



「まあ、影たちがあなたに注意を向けたおかげで楽できたわ。特に呪文とか笑えるわ」

ひどいこと言われている気がするが、そんなことより気になることがある。

「どうやって倒したんですか? 」

「えっ? 全部手を掴んで投げたけど… 」

「こんなに早く」

「一体五秒もあれば片づいたわ。合わせて35秒くらいかしら。ずいぶん動きが止まっていたのね」

「敵はもういないのか? 」

「今回は全部片づいたわ」

「なんてこった。せっかく久しぶりに愛銃を撃てると思ったのに…」


俺はがっくりと膝をつく。

「残念ね。それにしても、想像力……いや妄想力には自信持っていいと思うわ。最初から装備を生み出すなんて、まして、夢とはいえ銃なんて複雑な機械は今の私でも無理よ。エミヤさんもびっくりね」

「妄想なんて言うなよ。こっちは前世の力を使ったんだぜ。アンタだってすごいじゃないか。あんなの投げ飛ばすなんて」

「私はちゃんと理を持っている。重心や相手の力の流れを計算するとこうなるわよ。逆にあなたみたいに現実離れしたことは苦手にしているわ」

「なるほど …でっ、君は? 名前」

「カナコよ」

「質問続けていい? 」

「答えられる範囲で」

「希って誰? 俺のことじゃなくて? 」

「この身体の本来の持ち主よ。今は眠ってる。」

「カナコは何者? 」

「あなたの母親ってオチはないわ。移植された心臓に宿った人格が形をなしたもの。それとも、死神かしら」

「いやいや、わかりにくいネタはいいから」

なんかペースのつかみにくい子だ。見た目より大人びた感じがする。

「そうね。ここの司書で門番ってとこかしら」

「司書? 」

わかりにくい表現をする、周囲を見渡すと右手には本棚、左手にはガラスケースの棚がいくつも並んでいる。後ろは大きな門があり、正面はどこまでも続いていて漆黒の闇が広がっている。さきほどの黒い影が来た方向だ。

本棚は横並びにきれいに本が並べられていた。かと思えば一角の本棚は本が山積みにされていて雑然としている。本を取るのが大変そうだ。確かに図書館っぽい。

人形の棚はなんというか異様だった。ガラスケースに一体ずつ納められているが、体の一部のみで完成したものはなかった。中にはホコリをかぶったままのケースや空のガラスが割れたままになっているものもあった。お化け屋敷といったほうがいいだろう。

「どう? 素敵なところでしょ」

「よくこんなところに一人でいるな」

「仕事だもの。本の管理とか編纂。本は記憶の象徴になるのかしら。つまり私がやっているのは記憶の管理ね。ほとんど希のだから読むのは禁止よ。ちなみにあの立て積みの汚い本棚はあなたの記憶の本よ。あなたの雑な人間性がよく表れているわね」

「ほっとけよ」

いちいち口の悪い子だ。

「そうはいかないわ。私の仕事のひとつはあなたの本棚から楽しそうなことを見つけて、記録編纂して希の本棚に納めることなんだから、少しは意識して片づけてもらわないと困るわ」

「どうしろっていうんだよ? だいたい俺の本棚見るってことは記憶を勝手にみてるってことじゃないのか。プライバシーの侵害だ! 」

「同じ身体なんだから、プライバシーなんてないも同じよ。その気になれば感覚とか記憶も繋ぐことができるんだから、繋いだだままは疲れるからやらないだけだもの。それに外の出来事を眠っている本来の主に伝えることは大事でしょ? 」

こっちが反論すると向こうは倍にして返してくる、ちょっと苦手なタイプだ。俺は反論をあきらめ、違う話題に切り替える。

「そうだけど、じゃあ、他の仕事は? 」

「あとは、よい子の眠りを守り、黒い影を外に出さない事ね、さっき戦ったでしょ? …あれが私たちの敵よ。今は弱いけどほっとくと大変よ。Gみたいなものね」

「うっ、それは嫌だな。それじゃあ、人形の棚はどうなるんだ? 」

「それは私の仕事ではないものどうなろうが知らないわ。一度全部掃除したけど大変だった。もう二度とやりたくないわ。それに勝手に暴れるし、成長したり、いなくなったり、髪が伸びたりしてるし」

「こえーよ。ホラーだよ」

もろお化け屋敷だった。俺は人形が飛び回るシュールな光景を想像して背筋が寒くなった、気を取り直して軽めの疑問を持ってくる。

「お茶の飲むのも仕事? 」

「ゆっくりする時間くらいはあるわ。あなたが余計なことしなければね」

「余計なことって? 」

「この子身体に過度のストレスを与えることよ。」

彼女の言葉には非難の色が混じり、こちらを睨んでいる。どうやら俺が悪いようなのだが、心当たりがない。

「ストレスってどんなことだよ? 」

「人が作ったものを食べた事。年上の女に触れたこと。首元と肩を触らせたことよ。とどめに抱きしめられたでしょ。…香水は初めて知ったけど」

「どうしてそれがストレスになるんだよ! 」

「そうね、許される範囲で言えば、彼女は過去の事件で心に傷を負った。内容は言えないけど、あるとき決定的なことが起こって完全に心を閉ざした。そして、あなたに自分のことを任せて引きこもった。普段は眠っているようなものよ。でも感覚はうっすら繋がっているから、身体は過去の事件を思い出させるような行動をするとストレスを感じるの。トラウマね。身体に違和感感じたことあるでしょ。それにさっきの黒い影達はそれが原因で出てきたの」

次の疑問がわいてきた。

「それはわかったけど、ちょっと待て、それじゃ俺は何者だよ。なんでこの身体にいるんだ? どうして過去の記憶がある? どうしてこの世界の事がわかる? 」

「あなたが何者かは禁則事こ…ンッ! ……禁止されているわ言うことが」

「オイッ! 明らかにセリフおかしかったよな、禁則事項っていいかけたよな。なんでそんなネタ知ってんだよ」

「…知らないわ」

カナコは目をそらしながら口笛を吹いている。怪しすぎるさっきまでの雰囲気がぶちこわしだった。

「まだ答えを全部聞いてない」

俺が言うと、カナコは姿勢を正して真剣な顔で答える。

「そうね。この世界の事をあなたがなぜ知っているかについては知らないわ。…本当よ。私だって今でも半信半疑だもの。違う世界から転生してきたなんて信じられないわ」

幻聴だと思ってたカナコの発言内容からもこれは信じて良さそうだ。でも、これだけは聞いておきたいことがあった。

「過去の事件は言えないって言ったよな。どうしても聞きたいことがある。…おかーさんはその事件に関わっているのか? 」

こういう心の病気は本人に近しい人物が原因の場合が多いそうだ。本で読んだ記憶がある。俺の最初の記憶では母親に刺されてるし、前の母親も何だか嫌だったのを覚えている。二度あることとはいうけれど。

あの優しいおかーさんが関わっていたなら、俺はこの世界のすべてが信じられなくなる。

「おかーさん? ああ……あの女ね、演技とはいえずいぶん入れ込んでいるのね。安心して、あなたのおかーさんは無関係よ。むしろ頑張っているんじゃない、あなたとの親子ごっこ。大変結構、カッコウ、コケッコーよ」

カッコウ? コケッコー? カナコの言い方はふざけていて明らかなトゲがあった。俺には許せない言葉だった。

「ちょっと待て!! 親子ごっこはあんまりじゃないか。向こうは娘と思ってるし、大事にしてくれるんだぞ。俺だって最初は演技だったけど、今は本当の親のように思ってる! 」

俺は猛然と言い返して、睨みつける。






しばし、睨みあいカナコが根負けした様子で

「ああもうッ! ……わかったわよ。私が悪かった。私が悪かったわよ。でもね、知らないとはいえあなたの下手な演技につきあっているのは事実よ。」

投げやりに謝りながらも、こちらの痛いところで反論してくる。

「うっ、それを言われると俺もつらい。でも、そもそも希ちゃん本人が出てこないことには解決しないんじゃないか? 」

「今は無理」

カナコはきっぱり答える。

「今は? 」

「そうよ。あの子には休息が必要だわ。誰にも邪魔されないこの揺りかごでね。私はこの子に心地よい寝物語を聞かせてあげるの。だから、傷ついたこの子を癒すために本が必要なの。そうして、私はこの子がいつか立ちあがる力を取り戻すまであの子の眠りを守って見せる」


カナコは決心を口にする。その顔は強い覚悟と慈愛に満ちたものだった。そして、厳しい表情で俺を見つめて宣言する。

「私はあなたの味方じゃないわ、むしろ監視してる、あなたが余計なことをすれば… 」

「すれば…」

俺は唾を飲み込む。






「切り落として、ねじりきって、すりつぶすわ」

「ひぃ」

俺はなぜか股間を押さえた。彼女は本気だ。そんな俺を見てカナコはクスッと笑って言った。

「今回の件は許してあげる。あなたも知らなかったし、今までよく気づかなかったものよね。あなたは無意識レベルでストレスを避けていたけど、今回は逃げ場がなかったわね。ストレスが頂点で、肩を掴まれたのは最悪のタイミングだったわ」

たしかにあの店に入ってから強い殺気を感じていた。結局は俺の勘違いだったわけだ。だとすると通学中に感じた殺気も女の人が近づいたことによるストレスだったのだろう。担任の先生も優しいのになぜか苦手意識があったし。そんな俺の思考をよそに、カナコは困った顔して

「かわいそうなのはあの子だわ。あなたのせいで過度のストレスがかかって今回限界が来たようね。表に引っ張り出された。多分外でパニックね。ケガしてないといいけど」

と言った。

「ああ、なんかすいませんでした」

俺は謝る。知らなかったとはいえ、俺にも悪いところがあった。

今になって考えるとおかーさんは当然このことを知っていていろいろ工夫してくれていた。

お手伝いさんは長年勤めた女の人ではなく慣れてない男の人だった。さらに、思い返してみると身体を触れ合うスキンシップは初めは少なかった。最初の頃は正面向いて、声をかけてから手や身体に触れていたから、やけにぎこちないことするなあ、親子なのにと思っていた。一緒に生活するあいだに徐々に回数が増えて、今は触れてもあまり気にならないが、まだ肩や首は触られた覚えがない。食事だけじゃなく、希ちゃんの体が女の人を怖がらないように訓練してくれたんだろう。

そういえば担任は女の先生だったけど、学校はどうなっているんだろう? 


「ねぇ」

俺が考えごとをしていると、カナコは優しく声をかけてくる。

「なんでしょう? 」

「あなたに役割をあげるわ。この子が安らいでいられるようにうれしいことたのしいことをたくさん経験すること。それが本という形でこの子を癒すの。そして、友達と仲良くして、この子が外に出たときに優しい世界を用意してあげてほしい」

カナコは祈るように俺に告げた、それは誰かの面影と重なる。いつもニコニコ笑ってくれるおかーさんのものとよく似ていた。

「そろそろ時間ね。あの子が帰って来たみたい。これでも少しはあなたを評価してるのよ。友達作ったし、ご飯も少しは食べられるようになった。最初はここまで期待してなかったけど、短期間でよくここまで存在を強くしたわね。ほめてあげる。それじゃあ…」

カナコは素手で俺を持ち上げる。

すごいちからですねお嬢さん。

夢だから何でもありなんだろうか?




「な、何を? 」



「いってらっしゃい、えいっ」

そう言うと、彼女は俺を素手で門に放り投げた。門はいつのまにか開いていたようだ。








ひゅーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「また、このパターンかよーーーーーーーーーかよーー」


俺の声はエコーとなって響いた。












あっ ……外ってどうなったんだろ? 何となく嫌な予感がする。







作者コメント


カナコ登場。主人公その二です。彼女は男が暴走しないための手綱ですから重要です。説明キャラの特性で台詞長し。

一人称について主人公は自分が雨宮希のときは私、前世の身体の認識や男の意識が強いときは俺になります。使い分けに苦労しそうです。

伏線回収したつもりが、それ以上に新たな伏線張ってしまった。……どうしよう?

自分に向かって一言

広げた大風呂敷ちゃんとたためよこのやろう。



[27519] 第六話 入学式前の職員会議
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:142fb558
Date: 2011/05/25 21:56
第六話 入学式前の職員会議


担任の先生視点



今日は職員会議が行われることになった。入学式を控えて忙しいこの時期に集められたのは、小学部3年の学年主任・担任・副担任、保健医、教頭先生、校長先生、見慣れない若い先生もいる。確か半年前に来たスクールカウンセリングの西園先生だ。

なんと理事長までいる。ただ事ではない。



「ではこれより緊急職員会議を行います」

「今回は非公式で議事録には残しません。メモもなるべくとらないように、それから、今日のことは当然ですが、外に漏らさないように厳命します」

教頭先生が言うと、周囲はざわめく、私もここに来て初めてのことだ。

「では、理事長おはなしを」

と校長先生が言うと、一気に緊張感が高まった。なんで理事長直々に…

「うむ、職員のみなさん、そんなに緊張しないで、今日は私の個人的なお願いを聞いてもらいたいのです。」

「実は数日中に、雨宮希さんという女子児童が編入学することになっています。その子は私の懇意にしてる海鳴大学病院の病院長のお孫さんになります。成績は大変優秀で編入学試験も学年トップクラスです。しかも、礼儀正しいお子さんです。是非、その子を受け入れて欲しいのです。」

「そんな子ならば大歓迎ではないですか。何か問題でも? 」

「実はその子、心に病をかかえてまして… 」

理事長が口ごもる。

「理事長、詳しいことは西園くんが… 」

「そうだったね。西園君、みなさんに説明してあげてくだい」

校長先生が西園先生を促す。

「はい。…みなさんお疲れさまです。西園です。ご存じの方も多いと思いますが、本校でスクールカウンセリングをやっています。一ヶ月ほどドイツへ出張してましたが復帰しました」

「西園先生は半年前から、試用期間で来ていただいて、すでに何人もの我が校の児童の悩みを聞き解決してます。先生方の中にも気になる児童について相談された方もいるでしょう? 優秀な方です。このたび正式に就任されたそうです」

西園先生は若手ながら、その豊富な知識と分析力・コミュニケーション能力で短期間で驚くような成果を出していた。そして、イケメンだ。若い女の先生たちの中ではダントツの人気で狙っている人もいて、生徒の相談にかこつけて、ふたりっきりになろうとする先生もいるそうだ。そんな下心みえみえでもにこやかに軽くいなしているらしいから、かなりのやり手だと思う。

「西園先生の就任にあたっては、所属の海鳴大学病院の雨宮先生よりお口添えをいただいてます。この意味がおわかりですね。」

校長ははっきりと口にしなかったが、大学病院病院長の孫さんの編入学と西園先生の就任は関連があると言うことだろう。

「私の業務に担当患者の雨宮希さんの治療が含まれるってことです。もちろん、今の業務も平行して行いますが、こちらを優先させてもらいます。必要があれば私とは別にスクールカウンセリングを派遣できることになっています。」

「質問いいですか? 」

「はい、どうぞ」

「雨宮希さんは、その、…そんなに大変な」

質問した先生は適切な言葉を探しているようだ。こういうものははっきり口にしにくい。

「わかりました。いいですよ。だいたい理解できました。確かに雨宮希さんは重い心の病をかかえています。それが学校生活に支障をきたす可能性がありますが、今回の私の業務は保険的な意味合いが強いと思ってます。重要なのは情報を共有して彼女が発症するリスクを減らすことで、具体的には彼女を見守り何か気づいたことがあれば私に連絡していただきたいのです。そして、彼女の心の病がどういうものかを知り、いざというときの対処法を学んでいただければよろしいのです。

…病院長のお孫さんということで少しおおげさになってしましましたがね。わかっていただけましたか? 」

丁寧に説明してくれるが、大変な仕事が回ってきたと、私も含めて周りの先生からも感じられた。

「では、雨宮さんの心の病について説明します。なお雨宮夫妻の希望により発症の原因等で答えられない点があります。

まず彼女は年上の女性の接触を極端に嫌がります。特に首もとと肩は厳禁です。一度若い看護婦が投薬のため、肩に触れたそうでが、急に大暴れした彼女に噛みつかれて何針か縫ったそうです。そのときの彼女は半狂乱で何か怖いものから逃れようとしてたいう証言があります。現在は多少収まっていますが注視しているところです」

いきなり重い話だった。

「次に、彼女には妄想があります。これは食べ物に毒が入っていると思い込むもので、実際には入っていないのですが、彼女は食べたものを吐いてしまいます。そのため、栄養が不足して健康に深刻な影響がでてました。しかし、幸いこれは雨宮夫妻の努力によって改善傾向にあります。それから、これは私もカルテをみただけなので、はっきりとは言えないのですが、自分は前世の記憶を持っていて、アトランティスの戦士とか言っていたそうです。転生妄想ですね。これは思っているだけなら問題はありませんが、実際に行動する場合には注意が必要です。特にその妄想が集団を形成すると社会問題になることがあります。アトランティス人の生まれ変わりと主張している集団もいますから、彼らのようなカルト集団と接触がないようにしたいですね」

西園先生は淀みなく語るが、途中で質問が入る。

「質問があります。こういった心の病気は患者の近しい人物が原因となることが多いそうですが、夫妻の希望で発症原因に答えられないことと何か関係あるのですか? 」

遠回しに言ってはいたが、雨宮夫妻が発症に関わり、それを隠しているのではないかと聞いているのは明白であった。ずいぶん鋭い質問をしたもんだと感心する。

「よくご存じですね。ですが、雨宮夫妻は希さんの心の病気と関わりがありません。別の原因です。これは大学病院以外の心療内科の先生に聞いても同じ見解が出るでしょう」

西園先生はブレない。そこまで言うからには大丈夫なんだろう。

「女性に触れられることついては、成人女性でなけば症状は出ませんので、ここにいる女性の先生に気をつけていただければ大丈夫でしょう。むしろ自然と触れる機会を作り女性に対する潜在的な恐怖を軽減していきたいと考えてます。首や肩の接触については児童が触れる可能性はありますが、大げさに嫌がる程度でしょう。その点をフォローしてください。ただし、過度のストレス状態で成人女性が首もとと肩に触れるときは、彼女のトラウマを思い出してパニックになる可能性があるので注意してください。万が一の際は私にすぐ連絡してください。

最後に彼女には記憶障害とその後の行動の変化があります。私は担当医で何度か診察したのですが、彼女に忘れられていました。これはみなさんはあまり気になさらないでください。行動の変化は具体的には、髪の毛をずっと触るようになったり、急にパソコンを触るようになったり、家に帰ってから深夜にアニメを見たりするようになっただけの、ちょっとした行動の変化なので学校生活には影響はないと思います。
それから、希さんはこの学校にどうしても入りたかったようです。理由は不明ですが、何か目的があるのかもしれません。何かそのことで気になることがあれば治療の糸口になるかもしれないので、教えてください」

「以上です。何かご質問は? 」

「はい、質問と言うか。雨宮夫妻は何年前になるかな? 」

ある先生が雨宮夫妻について何か言いかけたそのとき……

「先生? 」

校長先生が近くに行ってその先生の肩をたたいた。

「どうしましたか? 校長先生」

「それはあまり言わない方がいいね。それに、その件は雨宮希ちゃんには無関係じゃないか」

にこやかに校長先生は言っていたが、プレッシャーを感じさせた。こんなときの校長先生の笑顔は怖いらしい。仲の良い先生から生きた心地がしなかったと言われたことがある。

「はい、 …申し訳ありません」

先生はビクッとしてうつむいてしまった。いったい何だったんだろう?

「そうですね。私は基本的に雨宮希さんの治療のために動いています。そのためなら、必要があれば重大な秘密は教えますし、必要なら口を噤みます。ですから、必要なことはすべてお話したと考えてください。ほかにご質問はありませんか? 」

周り静かだ。みんないろいろ考えているようだ。

「ないようですね。では私からはこれで終わります。」

「ありがとう。西園君、聞いての通りだ。みなさん補足するなら、この3ヶ月で雨宮希さんはずいぶん回復されて、今言ったことは杞憂かもしれん。ただこういう言い方は失礼かもしれんが、雨宮さんの家は希さんのことが心配で過保護になっているだけなんだと思う。私にも孫がいるからよくわかる。それに、私も昔からの友人に強くお願いされては弱くてね。よろしく頼むよ」

理事長が冗談まじりに言うと、どっと笑い声がわいてようやく空気が弛緩したようだ。

「では、これで職員ミーティングを終わります。」

「先生ちょっと来てください。」

「はい何でしょう? 」

「例の雨宮さん、君のクラスに決まったから、よろしくね。他の女性にも慣れる必要があると雨宮夫妻と西園先生の意向なんだ。なるべく接触の機会を作ってどんな行動を取るか教えて欲しいそうだ」

「は、はい」

私はプレッシャーを感じる。しかし、これは期待されているということだろう。がんばらないと。



作者コメント

心の病気については創作している部分もあります。病名や症状はある程度特定の呼称は避けました。デリケートな問題ですから、不足があれば修正したいと思います。



[27519] 第七話 ともだち
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:870194e7
Date: 2011/05/09 01:17
第七話 ともだち



私は目を覚ます。蛍光灯と白い壁が見える。最初に目を覚ました光景と一緒だった。違うのは片目がふさがっていること、おかーさんの背中が見えることだ。

あちこち痛い。左目に包帯、左腕にも包帯が巻かれている。相当暴れたかな? 気が重い。

「おかーさん? 」

ビクッとおかーさんの背中が動くと、こちらを振り向き、おそるおそる聞いてきた。

「みーちゃん? 大丈夫なの? 」

「うん、 …大丈夫だよ。おかーさん」

「よかったッ! 目が覚めて」

おかーさんは少し泣いているようだった。かなり心配させたようだ。申し訳ない。でも私の病気のこと言ってくれればよかったのに。

「おかーさん、ここは病院?」

「ええ、そうよ。おかーさん、喫茶店でみーちゃんが倒れたって聞いて飛んできたの」

(桃子さんに触れられて入れ替わったから、どうなったかがさっぱりわからん)

「おかーさん。私ね。なのはちゃんの家で気分悪くなっちゃって、なのはちゃんのおかーさんに支えてもらってたんだけど、そこから先がわからないの」

「えっ!? そうなの」

「私どうなったんだろ? 」

「そうね… た、多分、気を失ったんじゃないかしら、高町さんもそう、 …言ってたし」

(高町さんね。 …歯切れ悪いな。誤魔化してる? このケガだしな。少しつついてみよう)

「おかーさん、なのはちゃんのおかーさんはケガしてない? 」

「えっ!? 」

おかーさんは驚いている。やはりそうか。おかーさんも娘相手にそんなに気を使わなくてもいいのに。

「私のこのケガは普通じゃできないもん。あまり覚えてないけど、怖くて滅茶苦茶になったのは覚えているよ」

「そう、少しは覚えているのね。心配しないで、少し引っかいた程度ですんだみたい」


おかーさんはこう言ってくれているが、最悪だ。よりにもよって、なのは様のお母様に手を出すなんて、客商売の評判を下げてしまったのは間違いない。何よりもせっかく築いた友人関係が崩壊してしまった。明日からどうやって話せばいいんだろう。

私の心が絶望に染まっていく。普段は前向きな私もこればかりは、楽観的に考えることはできなかった。

「せっかくできたお友達なのに…… 」

思わず出た言葉だったが、その言葉はジワジワ胸に染み込んでいく。

悲しくなって涙が出てきた。涙はどんどん出てきて止まらない。包帯も涙で濡れてきた。私は下を向いて右手で右目を押さえてワンワン泣き出す。

このときの私は前世とか関係なく、ただ友達を無くした少女雨宮希として泣いていた。













「…大丈夫」

誰かが肩を抱いてくれている。不思議と不快感はない。おかーさんじゃない誰だ? 暖かい感触だ。

「…友達だから」

私は右目をぬぐって顔をあげる。なのは様だった。
友達になってくれたときと同じ輝くような笑顔で私に語りかけてくれている。私は涙を流したまま謝る。

「ご、ごめん、ごめんさない」

「うん、うん」

「ごめんなさい」

「うん、うん」

「ごめん ……なさい」

「うん、うん…」



私達は私が謝って、なのはちゃんが頷くを何度も何度も繰り返した。

(どうして? この子は私のことを気にしてくれるのかな? )

今、カナコではない誰かの声が聞こえた気がした。

不思議だ。何か一体感みたいなものを感じる。



その後、ふたりでお話をした。

「なのはちゃん、来てくれてありがとう」

「うん…」

「私ね… 病気なんだ。…心の」

「うん…」

「ご飯ね。みんなと同じものはあまり食べられないんだ」

「うん…」

「年上の女の人が怖いの。首とか肩を触られると、怖いことを思い出しちゃって、滅茶苦茶になるの」

「……うん」

「なのはちゃん? 」

なのはちゃんはわらった顔のまま泣いていた。そういえば、人一倍他人の寂しさや悲しみに敏感な子だったな。

「大丈夫、大丈夫だから」

なのはちゃんは抱きついてくる。

(どうしてこの子は私のために泣いてくれるのだろう? )

ああ、この子は本当に優しい子だ、私のために泣いてくれている、雨宮希のために泣いてくれている。悲しんでくれている。私は悲しみが癒されていくのを感じる。

(暖かい)

さっきからカナコではない声が聞こえるが今は気にならない。

私は俺ではなく、希ちゃんのためになのはちゃんと本当の友達になろうと心に決める。

(ありがとう)

誰だ?



作者コメント

ギャグ一切なし。シリアスなシーンちゃんと書けているか心配です。なのはちゃんマジ天使。



[27519] 第八話 なのはちゃんのにっき風
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:870194e7
Date: 2011/05/08 10:13
第八話 なのはちゃんのにっき風

なのは視点


雨宮希ちゃんという女の子が転校してきた。ちょっと不思議な女の子なの。色は白いし、黒髪ですごく長い。なんかウネウネしてるけど気のせいだよね? 
転校の挨拶でいきなり泣いちゃったかと思うと、どこかのお嬢様みたいな挨拶。なんで私を見て泣いたのかな?


昼休みにお友達になってと言われたときはすごくうれしかった。冗談を言うもの好きみたい。くすぐったいよ。


最初に私を見たとき何で泣いたか聞いたら、夢で見たカッコいい女の人が私にそっくりなんだって、そんなにかっこ良くないよ。ちょっと頭冷やそっか? 不思議としっくりくる言葉なの。
アリサちゃんとすずかちゃんも一緒になって褒めるから恥ずかしいよ~
でもどうしてお友達なのになのは様って呼びたいのかな?

あと髪の毛がやっぱりおかしいの。すずかちゃんも希ちゃんを見ているときぼーっとすることがあるの。ちょっと顔も赤くていつものすずかちゃんじゃないみたい。

希ちゃんはごっこ遊びが好きみたい。なんだか男の子みたい。おはなしも大人の人が考えるようなことを思いつく。すごいなぁ。

でもいつも私を主役にしようとする。うれしいけど平等にしてほしいな。

今日は久しぶりに喫茶翠屋へみんなを招待。希ちゃんは初めてだね。おねーちゃんの事カッコいいって言う人初めてだよ。おかあさんが注文を運んできてくれた。希ちゃんに会いたかったみたい。希ちゃん顔色が悪いみたい、言葉使いも変だし具合悪いのかな?

希ちゃんが大きな声で泣いてる。

怖いことがあったみたい。お店を走ってあっちこっちぶつかって転んでケガしちゃった。大丈夫かな? みんなびっくりして何も言えなかったの。
おかあさんもちょっと引っかかれたみたい。おかあさんも泣いてたけどそんなに痛かったのかな? おかあさんに聞いたら希ちゃんに優しくしてあげてねと言ってた。

希ちゃんのお母さんが来たの。西園先生も一緒に来たみたい。なんでだろ? 希ちゃんのお母さん、ウチのおかあさんにものすごく謝ってた。
おかあさんは気にしないでと言ってた。希ちゃんは病院に行っちゃった。西園先生がお話があるみたい。おかあさんとおねーちゃん、私とすずかちゃんとアリサちゃんで先生の話を聞いた。

西園先生は心のお医者さんだそうです。
希ちゃんを担当してるみたい。希ちゃんはみんなと一緒のものは食べられないそうです。今日は無理してきたみたい。悪いことしちゃったなってアリサちゃんは言ってた。おかあさんくらいの女のひとが肩とか首を触るとすごく怖がるみたい。今日みたいになったのはそれが原因みたいなの。おかあさんすごく怖い顔してた。

西園先生に希ちゃんの心の病気を直すには、お友達と楽しいこといっぱいすれば良くなるから、これからも友達でいてあげてねと言われた。アリサちゃんもすずかちゃんももちろん友達と言ってくれた。私だって友達だよ。
西園先生からありがとうってお礼を言われた。先生、メガネを外して目をこすってました。最後に先生が希ちゃんにとって私はヒーローなんだって言ってた。なんだか恥ずかしいな。


次の日、希ちゃんはまだ寝てるんだって、お見舞いに行くことになったんだけど、アリサちゃんとすずかちゃんはどうしても行けないみたい。すごく残念そう。

先生がそわそわしてたけど、どうしたんだろう?


病室に着いたら、希ちゃんが起きたみたい。
なのはのおかあさんにケガさせたことが気にしてるみたい。

希ちゃんが泣いてる「せっかくできたお友達なのに…」って言ってた。

胸が痛いな。苦しいな。心配しなくても私達は友達だよ。そう伝えたくて希ちゃんのそばに行く。希ちゃんずっと謝ってた。その後、おはなししてたら私も泣いちゃった。



退院したら、希ちゃん、ウチのおかあさんに会って謝りたいみたい。大丈夫かな。



作者コメント

なのはの希に対する感想を箇条書きで書いたらこうなった。ちょっと頭の弱い子っぽくなってる。



[27519] 第九話 シンクロイベント2
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:870194e7
Date: 2011/05/25 19:05
第九話 シンクロイベント2

2日程入院して今日が退院の日だ。アリサとすずかもお見舞いに来てくれた。二人は私の心の病気についてはすでに知っていた。西園先生から聞いたらしい。

アリサはずっと怒ったような顔をしていたが、別に怒っているわけではなく、翠屋に誘ったことを気に病んでるらしい。すずかがこっそり教えてくれた。
私が「また行こうね。今度は果物だけにするから」と言うと、

「アンタ、身体弱いんだから無理しないの。…それから、……悪かったわね」と言ってくれた。

後はお互いの友情を確認して、また学校で会うの約束をする。

他にも西園先生がいろいろ動いてくれたそうだ。そのおかげで、翠屋でもおおきな問題にはならなかったらしい。

それよりも問題はカナコだった。この後、翠屋にお詫びにいくことになっている。しかし、最初のときもわざわざ警告してくれたのに、そこにもう一度行くことを許してくれるはずはないと思っていたのだが、

「いいわよ」

と、あっさり受け入れられた。

「なんで? 」

「なのはって言ったわよね、あの子。なのはとの友情が思った以上に希に作用してる。今回の暴走を帳消しにできるくらいにね」

「そうなの? 」

「ありのままの自分を受け入れてくれる存在は心を癒すわ。病院でなのはと話したとき何か一体感みたいものを感じなかった? 」

「そういえば、何か思考が女というか、普段はなのは様でとらえているんだけど、そのときは友達のなのはちゃんだったような気がする」

「それね。シンクロしたのよ。あなたと希の記憶は別々だから、あなたの体験はあなたの本棚の本に記録される。それを私が読んで、希が喜びそうな形で編纂して、希の本棚に並べるんだけど、弾かれることもあるし、効率が悪いわ。今回は希本人もあなたと繋がって、一緒に共有体験しているから、希の本棚に直接記録される。効率は段違いね」

「へぇー、でもどうして今回そうなったんだ? 」

「もちろん、あの子が望んだからよ。あの子は基本的に外に出たくないの。でもうっすら感覚は繋がっているから、不快な感覚が限界を越えると我慢できなくなって、自分から外に出て、不快なものから逃げようとするの。
今回は逆ね。自分を癒してくれるものに惹かれたのよ。それを少しでも強く感じたくて、あなたと繋がったんでしょう」

「桃子さんの件は? 」

「あなたがなのは達との友情を優先したように、私もそうしたってこと。賭としては悪くない」

「そうか。じゃあ、いいんだな」

「ええ、今回はある程度の不快感は目をつぶることにしたわ。でも調子に乗りすぎないこと。それから、あなた、希の心の病については完全に自覚したわよね? 」

「ああ、それがどうかした? 」

「これからが大変だから、症状は希レベルを体験することになるわ」

「希レベル? 」

カナコの話によると、今までは目隠しとか麻酔をしてたようなものらしい。さらに、虚弱体質だから、暗殺者が狙っている、オートガードなどの理由をつけて上手くストレスを受け流していた。しかし、自覚すると真っ正面から受け止めることになるそうだ。 

俺はどうなるのか気になった。

「具体的にはどうなるんだ? 」

「前より過敏により強力になるわ。でも今なら存在のちからも増しているから耐えられるはず」

「存在のちから? 」

「自分が自分であると存在を信じるちからのことよ」

「それはもちろん、俺はアトランティスの最終戦士だから、他の連中とは違うぜ」

「少し違うのだけど、あなたはそれでいいんだと思うわ。 …そろそろ行きなさい」

どうも、話の抽象的すぎて核心が見えないな。まあいいか、細かいことはいいだろう。

「じゃあ、またな ……って、オイッ、なんで素手で俺を持ち上げてるんですか? カナコさん」

「このままじゃ帰れないじゃない」

「もっと穏便にできないんでしょうか? 」

俺はすでに何度か経験しているが、あの落下する独特の感覚はどうしても慣れない。そんな俺にカナコさんの無情の一言が告げられる。

「ないわ。あきらめて。えいっ! 」

ひゅーーーーーーーーーーーーーーー

「もう嫌ーーーーーーーーーーーーーーーー」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


喫茶翠屋前

私は喫茶翠屋の中にいる。今回の件はすでに双方で解決しているのだが、私がどうしても桃子さんに謝りたかったので、席を設けてもらった。ちなみに、閉店直後を選んだ。念のためだ。

桃子さんは厨房で片づけをしている。もう少ししたら来るそうだ。

(そろそろね。来るわよ。覚悟して)

カナコがなんだか物騒なことを言っている。

「希ちゃん、おかあさん、今来るって」

厨房からなのは様が出てきて、教えてくれた。

「ごめんなさい。待たせてしまって」

桃子さんが出てきて、ちょうど真向かいに座り、テーブルを通して向き合う。そうして、私に微笑みかけた。

桃子さんの微笑みを見た瞬間、衝撃が走った。
心臓の動悸が止まらない。全身の毛が粟立つようだ。身体が震えてきた。暗殺者ってレベルじゃねーよ。帰りたくなってきた。

と、とにかく謝らないと…

「ここ、このたびは…その…ご迷惑をおお、おかけして…申し訳…あり」

私は全身の震えを感じながら、何とか声を絞り出して、お詫びを伝えようとしたが、桃子さんは急に悲しそうな顔で首を振ると、

「いいのよ。それよりケガは平気? 顔と腕は大丈夫? 」

「へへ、平気です。それより桃子さん、私が腕を…」

「私はかすり傷よ。希ちゃんのケガのほうが心配だわ」

「それにお店の評判とか…… 」

「そんなこと気にしなくてもいいのに」

「でも迷惑」「大丈夫。あのときのお客さん、ちゃんとわかってくれたわ」

「うっ! 」

私が言葉に詰まると桃子さんは微笑みながらも、憂いを帯びた顔で言ってくれた。

「希ちゃんは強い子ね。怖い思いをしたのに、またここに来てくれた。私はそれだけでうれしいわ。だから、無理しないで、顔色が悪いわ。身体も震えてる。私が怖いんでしょう? 私の事は気にしないで、希ちゃんのことはわかってるわ」



私はその悲しげな言葉を聞いて覚悟を決める。桃子さんに気持ちを伝えるんだ。

ゆっくり立ち上がる。

足がすくむ。ガクガクする。

桃子さんまで1メートルもない。





たったそれだけが遠い。

一歩ずつ進む、近づくたびに身体は拒否する。震えが大きくなる。近づいてはダメだ。命の危険を感じている。これが希ちゃんが感じている世界か。

「無理しないでいいのよ。希ちゃんの気持ちは伝わってるわ」

桃子さんは言ってくれるが、そうはいかない! 桃子さんはなのは様と同じで私の事で悲しんでる、悲しんでくれている。そして、なにより自分が大人の女性だから私を苦しめるだけで何もできないと思っている。

だから、私から触れてあげないといけないんだ。




怖い怖い怖い怖い。頭の中がこの気持ちでいっぱいになる。

俺はアトランティスの戦士だ! この程度の恐怖で引くものか! 最期の戦いのときはもっと勇敢だったはずだ。





(…限界ね、そろそろって、えっ!? 希っ、嘘、どうして? )

冷静だったカナコがなんだか急にあわてた声を出してる。めずらしい。


誰か私に勇気を、桃子さんに近づく勇気をください。

「なのはちゃん! 」

私はいつのまにかなのはちゃんを呼んでた。

「えっ!? 何、希ちゃん」

私と桃子さんとのやりとりを心配そうに見ていたなのはちゃんは急に呼ばれて驚いた顔していたが、すぐに近くに来てくれた。

「私の手、握って強く、お願い! 」

「うん」

なのはちゃんは手を握ってくれた。温かい手、優しい手、この温もりがあれば、きっと、私だって、勇気を振り絞れる。

私はなのはちゃんに支えられながら、桃子さんへ近づく、一歩また一歩と、









そして、とうとうたどり着いた。

桃子さんは目を見開いている。私は右手を伸ばし、桃子さんの包帯の巻かれた左手をそっとつかむ。




「ケガ早く良くなってください。それから、また来てもいいですか? 」


ーーーーーーーーーーーー


桃子さん、泣いてたな。少しは彼女の救いになっただろうか? 

でも抱きしめるのは勘弁して欲しかった。死ぬかと思ったよ。おかげで桃子さんはだいぶ平気になったけどさ。

(今回の黒い影も大物だったわ。後でおぼえてなさい)

カナコはなんか怖いこと言ってる。投げれるのはイヤだな~

私はそんなことを考えながら、おかーさんと歩く。そういえば、希レベルとか言ってたけど、おかーさんは平気なんだな。




当たり前か、なんてったって実の母親だもんな。

(慣れって恐ろしいわね。いくら麻酔状態のあなたのときに訓練したとはいえ、希レベルを全く感じさせないなんて、あなたと百合子の関係は大したものね。執念を感じるわ。でもね、私からすれば気持ち悪いだけよ。割れ鍋に綴じ蓋って、まさにこのことよね)

カナコはおかーさんが嫌いなんだろうか。でも、割れ鍋に綴じ蓋ってぴったりな相手のことじゃなかったけ?


途中でタクシーを拾って家まで帰る。タクシーの中はいつも明るいおかーさんしては珍しく無言だった。こころなしか顔が青い。

「大丈夫、おかーさん」

「へ、平気よ。車に酔ったみたいね」

つらそうな顔だ。やせ我慢のなのがよくわかる。まだ5分も経ってない。ここまで車に弱いとは思わなかった。汗までかいている。




「 ………みーちゃん」

おかーさんは私の名前をつぶやく。呼んだというよりは何か思いを込めているような感じだ。顔を窓の外を向けて、どこか遠いところを見つめている。

「どうしたの? おかーさん」

「なんでもない。呼んでみただけよ。みーちゃん」

少しだけ落ちついたようだ。ぎこちないが笑顔になっている。


おかーさんは着いて、すぐトイレに駆け込んだ。おかーさん、乗り物にはかなり弱いみたいだ。


その日はご飯もたべられなかった。




今日はいろいろあって疲れた寝よう。



…夢を見た。


異形の化け物と誰かが戦う夢だった。次の戦いはすぐそばにせまっていた。




作者コメント

ようやく無印に入れます。長すぎですね。メインキャストを三人にするからこういうことになります。


ここまでの話は導入編です。主人公三人の足場固めと目的を決めるまでですね。伏線は大量にばらまきました。回収が大変だ。下手な伏線も数撃ちゃわかるまい。 

ようやく無印のメイン組を出せます。


23/5/25コメント

冷静になってみると伏線はそんなに大量じゃなかった。無印まで行ってテンション上がっていたといいわけしてみる。



[27519] 無印前までの人物表
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:870194e7
Date: 2011/05/09 21:24
無印前までの人物表

高町なのは様・・・本作品では癒し系。天使をコンセプトに描いております。自分に入れ込む希に少々戸惑い気味。現在の希の友情レベルはアリサとすずかと同じくらいだが、同情補正かかってます。無印編で何か変化があるといいな。やはり彼女との友情は戦わないと生まれないのだろうか?

アリサ・バニングス・・・つっこみ担当。重宝してます。

月村すずか・・・話題ネタ振り担当、なんでそんなこと知ってるの? 友情と吸血衝動がせめぎあっています。



雨宮希(男)・・・複雑な前世?の記憶を持った本作品の主人公その一。名前はまだないというか奪われている。自称アトランティスの最終戦士。彼の力が覚醒する日はいつになるだろうか? プロ顔負けの演技力を持ち、頭はそこそこ回る。その身体は年上女性を拒絶する仕様だが、希の外見とけなげな子供の演技で無自覚に年上女性の母性本能を刺激してやまない。なのは様ラブ、重度の厨二病で周囲を巻き込むタイプ。子供だから許されるってことがわかっているんだろうか?

カナコ・・・希の夢の世界の司書にして門番。主人公その二。オリ主強キャラは彼女の称号です。希本人には並々ならぬ愛情を感じさせる。本作品のつっこみボケパロネタまでこなす万能にして陰謀キャラ。男の名前を奪ったりいろいろ隠してます。こいつがいなければややこしいことにはならなかったはず。

雨宮希(本人)・・・雨宮希の本来の身体の持ち主。主人公その三。怠け者な性格。心に傷を負って今は眠っている。外の事は男とカナコにまかせて脳内引きこもりニート満喫中。でもストレスが頂点に達するとパニックになり外に出てくる。なのはをきっかけに外への関心を少しづつ取り戻しつつある。出番少ない。無印前まで来て未知数のキャラ。


雨宮百合子・・・おかーさん、いつも優しい。車に弱い。

雨宮総一郎・・・おとーさん、あまり家に帰ってこない。

雨宮雷蔵・・・おじーちゃん 大学病院の病院長 武道の達人らしい ラ~イディーン!!

おばーちゃん・・・おじーちゃんより強い武道家、どんだけ強いんでしょう?

理事長・・・物事を大げさにするのが好きな人。西園先生がその例。他にも外部から先生を引き抜いたりしている。

西園冬彦・・・精神科医。スクールカウンセリングのかたわら担当である希の治療のためいろいろ動く。非常に優秀でイケメンでモテるが今のところ仕事にしか興味がない。
特に児童心理に傾注している。内心では希は知的好奇心を大いに満たす患者だと思っている。そんな自分の側面を嫌悪しているがやめられない。無邪気ななのは達に罪悪感がチクチクする。

先生・・・どうしてこうなったキャラ。初日で希に陥落。優秀で周囲の信望も厚い先生だが、希がからむとおなしなことになる。名前がないなぁ~



[27519] 無印予告編 アトランティス最終戦士とシンクロ魔法少女たち
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:870194e7
Date: 2011/05/13 17:58
無印予告編 アトランティス最終戦士とシンクロ魔法少女たち 




「どうあがいても物語の結末は変わらない。計画は失敗してプレシアはアリシアの亡骸を抱えたまま、時空に消えて、フェイトは報われなかった想いを抱えながらも、なのはと結んだ新しい絆を胸に生きていくんだわ。そういうふうになっているの」





それは、カミのちからを使うアトランティスの最終戦士とシンクロ魔法少女の物語…



俺には魔法の才能はあった。これは間違いない。

この世界で先に起こることもわかるのだ。もう無敵である。オリ主チートが始まるぜぃ。


目的はなのは様と仲良くなること。もうこれは俺だけのものではない。希ちゃんのものでもある。シンクロイベント頑張るぞ~ うるさい奴もいるけどな。




カナコ、何か俺に隠しているようなのだ。

「さっきのこと、私、あなたに話していないことがたくさんある。それが何なのか今は言えないけど、ちゃんと意味があるからそうしているということを信じてほしい。少しだけ言うなら、あなたという存在の存続に関わっているの。そして、強くなったとはいえ、あなたはとても儚い存在なの。あなたがいなくなるのは困るわ」






ついに目覚める俺のカミのちから

「じゃあ始めようか。そうだね。もう避けるのは飽きたから、そろそろ受け止めようかな。 …本気出すね」

私は魔力を展開する。


意外な人物も舞台に立つ。

「今回は静観するつもりだったけど、気が変わったわ。…あなた、希を傷つけたわね。」

戦いの幕が上がる。



だが、私たちは忘れていたのだ。この世界は私たちが関わることで変容していることを

「何? まだ何かあるのフェイト」

「聞きたいことがあります。母さん」

「言ってみなさい」

「その、ある魔導師と交戦したのですが… 」

ほんの些細な出会いが本来の運命を狂わせる。



俺自身も失望と絶望を知ることになる。



(なあ、カナコ、俺さ、この世界でなのは様に出会って、ここに到達するのを夢見てた。最終到達点と言ってもいいよ。今、俺は夢見た舞台に上がってる。けど、なぜだろう? このむなしさは)


・・・・・・・・・


「この本は? 」

「あなたが生まれた理由が書かれているわ」

カナコは俺に本を渡す。渡すときの手は震えていた。

「読んでいいのか? 」

「あなたは自分の名前を知ってしまった。あなたの記憶の封印は解かれたわ。糸が少しずつほつれるように思い出していく。あとは早いか遅いかの違いよ。せっかく今までうまくいっていたのに、こんなことでしくじるなんてついてないわ。でもね」

カナコは自嘲的な顔で、俺を見つめると言った。

「今回の偶然は運命かもしれない。そして、時が来た。そう思うことにするわ。この真実に耐えることができれば、あなたは自分の存在を確立できるわ」





そして、襲いかかる恐怖

「あはははははははははははははは……」

私は壊れたように笑い出す。今や私は恐怖の支配者だった。
















「おまえの目をよこせーーー」



シンクロ魔法少女まじかるのぞみん始まります。







~caming soon~






作者コメント

予告編風に作ってみた。つまり、台詞は本編で使うってことです。構成は悪質です。



……さらに縛ってどうする?




[27519] 第十話 いんたーみっしょん
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:870194e7
Date: 2011/05/12 20:38
第十話 いんたーみっしょん



朝、起きたとき、私は上機嫌だった。

「ふふふっ …どうやら俺の力を見せるときが来たようだな」

(ずいぶん、機嫌がいいのね)

カナコの声は冷めている。

(だってさ。昨日の夢はユーノくんだろ。夢を見たってことは間違いないとは思ってたけど、俺には魔法の才能があるってことだろ! )

俺はこの体になって、ずっと気になっていたことが最良の結果だったことに歓喜していた。 我が世の春が来たァ~



(ああ、頭痛い。夢なんか見なければよかったのに)

(まあ、俺はなのは様の側近のアトランティス最終戦士だしな)

(で? どうやって戦うわけ? )

(そうりゃおまえ、俺の隠された力が覚醒してだな)

(で? どうやって戦うわけ? )

(…なんで同じ質問をするんだ? )

(で? どうやって戦うわけ? )

(なんででしょうか? )

カナコは俺の答えに全く反応せず、レコーダーのように繰り返す。怖い。

(で? )

(すいません。わかりません)

(それでいいのよ)

(それではカナコさん、いったいどうしたらいいんでしょうか? )

思わず敬語になってしまう。

(無視よ無視。前に記憶の本読んで、この世界の未来は知ってるけど、あんな危険なことさせるわけにはいかないわ。だいたい、素人が戦えるわけないじゃない)

(むっ!? …なのは様だって今は素人だぜ)

(あの子は天才。あなたとは違うわ)

(て、天才なんてどっかの負け犬が作った言葉)

(茶化すのはやめなさい。魔力資質だけじゃない、デバイスとの相性、空間把握力、数学的感覚、マルチタスク能力、運も味方したわ。あの子だって無傷で済んだわけではないでしょう? あなたにそれらを満たす素養はあるのかしら? そもそもデバイスはどこから調達するわけ? )

(うっ、それにしても分析してんだな)

(シュミレーションは得意なの)

カナコのもっともな意見に俺も反論することができない。俺は文系・アーティスト系なのだ。数学物理はちょっと苦手だ。確かめたわけじゃないけど。

しかし、なのは様ともっと親密になるチャンスなんだ。引くわけにはいかない。

(なのは様と関係を深めるには魔法は欠かせない。希ちゃんだって、きっと… )

(リスクが高いわ)

カナコは譲らない、何か妥協できるところはないか? 危険なことはさせられないってことだよな。危険? 危険か。






よしっ! これで行こう。






(今回事件が無事に済めば、次は闇の書事件だ。ヴォルケンリッターが動き出す。魔力資質の高い奴は狙われることになる。少なくともユーノ君や管理局との接点は作るべきじゃないか? 危険を回避するためにも)

(……)

(カナコ? )

(少し考えさせて、それから学校行く時間よ)

上手くいったかな? 少なくとも考えてくれるようだ。



ーーーーーーーーーーーーーーーーー


「という訳で、世の中にはいろいろな職業があります。みなさんも今から自分の将来について、考えてみるといいかもしれませんね」

将来ねぇ、なりたいものは管理局に入って、なのは様と教導教官になることだけど、時間を拘束されるのも面倒だな。

嘱託魔導師あたりで手を打つもの悪くない。それには、まずジュエルシードに関わるのが近道だ。カナコどうするつもりだろ? 授業を受けながら俺はそんなことを考えてた。

(ねえ? )

頭に声が響く。カナコの声だ。

(結論が出たわ。…本当に残念だけど、あなたの言うとおりにするわ)

カナコの声は嫌そうだ。そんなに嫌ですか、そうですか。

(なあ? こう言うのはなんだけど、認めてくれないかと思ってた)

(希が興味を持ってるの。それが決め手になったわ。)

(そうか。希ちゃんが…)

さすがのカナコも希ちゃんには弱いらしい。

(いくつか条件があるわ。まず安全の確保。今夜の事件は離れたところから見ること。終わった頃に近づいて、接点はそこで作りなさい)

(近づいちゃだめなのか? )

なのは様の初の勇姿だ。できれば近くで見たい。

(当たり前でしょ。今夜の事件は危険度が最も高いわ。なのは覚醒してないし、ユーノは負傷してるし、不確定要素を入れるわけにはいかないわ。希が見たいって言い出したのよ。これでも妥協してるの。それから、接点を作ったら魔力資質をユーノかレイジングハートに見てもらいなさい。ここは私も興味があるのよ)

(なんでまた? )

(私と希の世界と私達のことよ。確かにこの子と私には特別な力がある。私はその力を使いこなしているけど、生まれたときから使っているから、今まで疑問に思ったことはなかったの。まあ、私は自分の存在を幽霊みたいなものだと考えていたけど、別の視点が欲しいとこね。魔力資質の検査はその一環なの)

(かっこいいじゃん。どんな力だよ? ちなみに俺は高い魔力量があるけど、一回の放出量が少ないのが欠点だ。複数の掃討戦なら誰にも負けない自信があるぜ。あとこれは自爆技になるんだが…(興味ないわ、私たちの話をするわね))

途中で遮られた。ひどい奴だ。だが、俺がデバイスを得た暁には認識は変わるだろう。カナコは続ける。

(私たちのちからは、私と希の世界そのものが象徴している。それから、その世界は魔力で構成されている可能性があるわ。だから、闇の書事件が起こって魔力を蒐集されたら、どんな影響があるかわからない。最悪を想定するなら、私とあなたは消えて、希は眠ったまま起きないなんてことも考えられる。
だから、あなたは思いつきで言ったかもしれないけど、私にはそれなりに考える材料にはなったわ)

(そうか。まあ、役立って良かったよ)

(見てもらったら、ふたりに戦えるかどうか判断させるから、先のことはそれから考えるわ。今回は外での危険が大きい。あなたにかかってる。仮にも戦いの記憶があるんだったら、危険察知能力はあるわよね? )

「危険察知能力? 任せろ!! これでも致命傷を避けるのは得意なんだ」

前世では部隊は全滅したが、俺だけは生き残ったんだからな。魔力は覚醒していないが、そのくらいはできるだろう。

(保険は用意してあるけど、しっかり働きなさい。この身体はあなただけのものじゃない。私たちは運命共同体なんだから)

カナコはそう言って中に引っ込んだ。ほう、どうやら今回は俺に任せてくれるようだ。ご期待に応えてやろうじゃないか。





ここから始まるんだな。俺の物語が…

新たなるアトランティス最終戦士の物語が…







「……さん」

(ん? )

「雨宮さん」

(やべ! 呼ばれてる。俺じゃなく私に切り替えないと…)

「は、はい」

いつのまにか、先生が近づいてる。だいぶ近い、近いなぁ。

先生が近いことを認識すると、急に希レベルの症状が押し寄せる。不意打ちはきつい。先生は前より苦手になったくらいだ。

(先生近いです。前は大丈夫だったけど、今はその距離はきついんですぅ。)

先生は困った顔で、

「どうかしましたか? さっきの先生の質問を聞いてましたか? 雨宮さんにどんな仕事がしたいか聞いたんですよ」

(えっ …質問? 仕事? もう! こっちはそれどころじゃないって言うのに、涙も出てきたし、とりあえず何か答えないと… )

「わ、私はアトランティスの魔法少女になりたいです」


私は涙をこらえながら、何とかそう答える。すると、ぶわっと先生の目から涙が出てきた。

「そ、そうなの。そうなれるといいわね。強く生きてね。ちょっと、先生、顔洗ってくるわね。みんな、ちょっと待っててね」

先生は教室から出ていく。ようやく離れてくれた。でも、なんで教室出ていくんだ? 

私は自分のことだけで、先生がなぜ教室から出ていったかわからなかった。周囲は私の方を見てヒソヒソ話してる。

私、何か変なこと言ったかな? このくらいの年の子ならおかしくないと思うんだけど。アリサが気むずかしい顔をして近づいてくる。

「そうじゃないかとは思ってたけど、アンタってまだまだ夢見る年頃なのね。あんなに必死に言われたんじゃ誰も笑えないわ」

失礼なことを言わないでよ。今は言えないけど本当にそうなるんだから。絶対なんだから。



ーーーーーーーーーーーーーーー

放課後





なのは様とアリサとすずかと一緒に歩いて帰る。今はアリサおすすめの公園の近道だ。私は上機嫌でテンションも上がっていた。ユーノ君との接触まであと少しだ。

「希ちゃん、目と腕の包帯はまだ取れないの? 」

「そうね、まだ疼くわ。…うっ!」

「大丈夫? 希ちゃん」

私が右手を苦しそうに押さえると、すずかは心配そうに聞いてきた。

「まずいわ。封印が解けてる。このままではこの右腕に封印された鬼が蘇ってしまう。封印の巫女の力が必要だわ。でも、本家の封印の巫女はすべて死に絶え、後は遠い血筋の分家の娘を訪ねてきたのだけど、どこにいるのかしら? 」

三人とも固まってる。私はかまわず続ける。

「おお、そこにいるのは」

私はなのは様の手を取る。

「へっ!? 」

なのは様はきょとんとしてる。

「あなたこそ封印の巫女ね。私の右目は見えなくとも、あなたの霊力をとらえてます。なんと素晴らしい霊力。あなた様は歴代の巫女でも屈指の才能を持ち合わせているに違いないわ」

ようやく理解が追いついてきたのか、なのは様は苦笑し、すずかは吹き出してる。アリサの目は冷たい。

「さあ、私と共にこの戦いを終わらせましょう」

私はなのは様の肩を抱いて、そう締めくくる。……ふっ、決まったわ。

「くすっ 希ちゃんって演技うまいよね~ 女優さんみたい」

「アンタ、こんな道の往来で恥ずかしくないの? 」

「希ちゃん、なんでいつも私なの~ 」

三者三様の答えを返す。

「アンタ機嫌いいわね」

「実は昨日ね。夢を見たの。場所はここの近くで、お化けと誰かが戦っているの」

「えっ!?  」

なのは様は驚く、やはり同じ夢を見ていたか。

「もしかして、何かの前触れかしら。なのはちゃんに会ったときみたいな」

意味ありげに言う。なのは様へのアピールを忘れてはいけない。

(誰か聞こえますか? )

「「えっ!? 」」

なのは様と私は反応する。

「今、何か聞こえなかった? 」

となのは様、もちろん私も聞こえましたよ。

「えっ、なのはちゃん? 」

すずかは答える。アリサも訳がわからないという顔をしてる。私はどう答えるか考えているうちに、なのは様は

「こっち? アリサちゃん、すずかちゃん、希ちゃん、ごめん」

手を合わせて、藪の中に入っていく。

「ちょっと! なのは! 」

「待って! なのはちゃん! 」




…発見したのはフェレットことユーノ君だった。ようやく会えたね。長かったよ。ここまで来るのは。



それから、私たちは槙原動物病院にいる。だが、私だけ入り口からのぞいていた。槙原医師はそんな私を見て、人見知りする子だと思ったのか安心させようと微笑みかける。

ビクッ、ひいいいいい~

その笑顔が怖いです。私には肉食獣が威嚇しているようにしか見えません。命の危険を感じます。せっかくの美人なのに近づけないこの体が憎い。結局みんなが帰るまで動けなかった。

ユーノ君は病院で一晩預かることになった。流れ通りだ。あとは救援のテレパシーを待つばかりだな。



私は家で待機している。



まだかな、まだかな

「誰か、誰か、聞こえますか」

聞こえた。キタァーーー とうとう始まる。


私はこっそり家を抜け出すと暗い闇の中を走る。顔が熱い。心臓はドクドクして興奮で高ぶっている。今までにない高揚感だ。

ここより先は雨宮希ではなく、アトランティス最終戦士として行くぜ。





そうして、















「君、こんな時間に何してるんだ。ダメじゃないか。こんな時間に出歩いて」



私の計画は出だしから最大のピンチを迎えた。








(無様ね)

こんなカナコの一言が聞こえた。



作者コメント

原作沿いは難しいですね。




[27519] 第十一話 シンクロ魔法少女ならぬ○○少女?
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:870194e7
Date: 2011/05/15 10:56
第十一話 シンクロ魔法少女ならぬ○○少女?



日本の治安を守るお巡りさんに見つかった。考えてみれば当たり前だ。こんな時間に小さな女の子が歩いていれば補導されるに決まっている。まだ背中から声かけられただけで顔は見られてない。すぐ角を曲がればなんとかなるか。

私はふり返る間もなく走り、右手の細い路地に入る。

「あ、コラッ! 君、待ちなさい」

お巡りさんは不意をつかれたのか、慌てて声をかけてくる。誰が待つかよ。はははっ、また会おう明智君。…誰だよ?





細い路地を抜けていくが、右腕と右目を怪我していて、思ったより走りにくい。このままじゃ追いつかれるような気がする。



「痛ったぁ~ 」

急に右腕に痛みを感じて立ち止まると、右腕の肘の近くから血が出ている。狭い路地と右目が見えないせいで、気づかずに右腕を壁にこすって怪我をしたらしい。尖ったところだったらしく、血は勢い良くドクドク流れている。泣きたい。

(痛い。ここせまいなぁ。おかげでお巡りさんもすぐには追いつけないみたいだけど)

そんなことを考えていた私をさらに追いつめる事態が判明する。細い路地から少し広い場所に出たのだが、

「行き止まり。そんな! 」

行き止まりである。しかも一本道だったので、他に道はない。どこかに隠れる場所もない。こちらに走ってくる音はどんどん近づいてくる。姿は見えないが、もうすぐここに来るだろう。

補導されるなんて恥ずかしすぎる。補導少女なんていやじゃ~ なのは様やフェイトはよく捕まらなかったもんだ。魔法少女だけに適用されるルールとかあるんだろうか?

「どうしよ? ここをなんとかやり過ごすにはどうしたらいい? 考えろ。考えるんだ」

足音は近い。10秒もないだろう。隠れる時間はない。

(手持ちは何もない。腕痛いし、んん~と …腕? これしかない! )

私は覚悟を決める。大丈夫、他に手段はない。ダメで元々だ。落ち着いていこう。

(何をする気? )

カナコが聞いてきた。

(まあ、見てなさいって)








…私はとってもかわいそうな女の子。探し物をしているの。自分自身に暗示をかける。女優魂をみせてやろうじゃないか。舞台は始まっている。







私はお巡りさんが来る方向に背中を向けて、膝を折ってかがむと、両手を両目に当てて、シクシクと泣き出した。その間に工作を進める。

足音が止まる。そして、ゆっくりとこちらに近づいてきた。

「ダメじゃないか、こんな時間にこんなところで、君どこの子だい? 」

お巡りさんはこっちが泣いていることに気づいたのか、少し離れたところから、優しく声をかけてくる。私は無視して泣き続ける。

「え~ん、え~ん」

「どうしたの? 」

「え~ん、え~ん」

「お嬢ちゃん? 」

お巡りさんは無視して泣き続ける私に優しく声をかけてくれる。いいひとだな。私はとても泣きながら悲しそうに話す。

「え~ん、え~ん、見つからないの」

「見つからない? 何だい? 」

「ぐすっぐすっ 私の大事なもの」

「大事なもの? それは何だい? 」

お巡りさんは泣いている私を気遣い、ゆっくりと聞き出そうとしている。そして、私は次の一言を口にする。








「 ……右目がないの」

「み・ぎ・め? 」

お巡りさんはゆっくりと一言ずつ発音する。まだ、理解できていないようだ。私は泣くのやめる。ゆっくりと立ち上がると背中を向けたまま感情のない声で言った。

「右目がないの」

「右目って何だい? 」

お巡りさんは急に泣きやんだ私を疑問に思いつつ、確認するように聞いてくる。私は淡々と答える。

「私、右目がみえないの。どこかにあるはずなの。だってここで無くなったんだから」

「な、無く ……なった?」

お巡りさんは声が震えだしてきた。私の異常さにようやく気がついたようだ。

















「あはははははははははははははは・・・」

そうして私は壊れたように笑い出す。今の私は恐怖の支配者だった。お巡りさんは完全に恐怖で固くなっている。そして、私は楽しげに言う。


「あははははははは… ねぇ? おじさん、おじさんの右目、私に、私に、くくくくっ」

私はここで振り向くと、血で汚れた包帯の着いた右目と血まみれの顔を見せつけて、求めるように血で汚れた手をのばし、狂気をこめて言った。










「ちょおだ~い~」












「ぎゃああああああぁぁぁぁぁぁ」

お巡りさんは腰を抜かすと、信じれない悲鳴をあげた。うおっ! こっちがビビったぢゃないか。

(すご~い)

あれ? 誰だ? カナコじゃないな。この感じはシンクロしているようだ。



(ねぇ? )

カナコが話しかけてくる

(何? )

(今日ほどあなたを恐ろしく思ったことはないわ。それから、今、シンクロしてるわね)

賞賛をこめて言う。まともに誉められたのはこれが初めてかもしれない。






ちょうどその時、今まで感じたことがない感覚がひろがっていく。

景色の色が夜の闇からモノクロに塗り変わっていく。
気がつくとお巡りさんはいなくなっている。

「何だコレ!? そうか。ユーノ君の広域結界」

そう言えば忘れていた。これを待っていれば魔力資質のない人間以外は結界の外に出ることになるから、捕まっても大丈夫だったかもしれない。無駄だったかな?

そうだ。なのはちゃんどこに? とにかく、広いところに出て探そう。

私は来た道を戻ると、当たりを見渡す。どっちだ?



爆発音が聞こえる。

こっちか。何かぶつかる音が聞こえる。あっちは槙原動物病院だ。間違いない。

私は急ぐが、さっきも走ったので、息が上がっている。思うように行かないのがもどかしい。

だいぶ離れた場所に桜色の光の柱が立つ。きれいだ。思わず見とれてしまう。これがなのはちゃんの光か。
おそらくレイジングハートのセットアップの光だろう。最初の変身は見逃してしまったようだ。

ちょっと遠いな。間に合うかな。私は光を頼りに追いかける。モノクロの空に桜色の光がときどき輝く。音も近くなってきた。

(ちょっと、近づきすぎ、もう少しゆっくり動きなさい。気配の動きが変わったわよ)


カナコのあわてた声で立ち止まる。あれ? なんか音だけ近づいてくる。私がそんなことを考えている、わずかな間に大きな影がドンッと降りてきた。







顔を上げると、軽く大人二人分はある黒くて丸い影のような怪物が、赤い目でこちらを睨んでいた。










「なんで、こっち来るの~ 」

怪物は黒い腕ようなものを振り上げ、私に向けて放つ。

あ、これヤバ、これは死ぬ。




時間がゆっくり流れる、スローモーションのように振り降ろされる腕を見ながらそんなことを考えていた。
















(何立ち止まっているのよ!! 役立たず。…代わるわよ)

そんなカナコの声が聞こえた。

気がつくと私は化け物の攻撃を左に避けていた。体が勝手に動いたようだ。


私のいた場所はへこんで、粉塵が上がっている。




危なかった。本当に死ぬところだった。


(なぁ、カナコ? )

(うるさいわよ。カナコさんは今忙しいの)

(おまえ、希ちゃんの身体動かせるんだな? )

(そうよ。ほらっ! あなたも動かしなさい。一人だけじゃ大変なんだから)

身体のコントロールはすでに俺のものではないが、感覚は残っている。シンクロしているようだ。俺は身体の感覚をカナコの意志に合わせてみる。

(そう、それでいいわ。走るわよ)

私たちは、なのはちゃんのいる方向へ飛び出した。すごく疲れるがそんなことはおかまいなしに身体は動く。なんでこの体でこんなに動けるか不思議だ。しばらくすると、反対から誰か走ってくる。桜色の光、なのはちゃんだ。

助かった。私はなのはちゃんに走りながら助けを求める。

「なのはちゃーーーーん」

「えっ!? 希ちゃん?」

私はなのはちゃん飛びついた。

「どうしてこんなところに? きゃああああーーーー」

あっ、顔血塗れだった。そら驚くわ。

「なのはちゃん、しっかり」

私は意識が飛びそうななのはちゃんに声をかける。

「はっ!?  ……希ちゃん大丈夫? 血塗れだよ」

なんかいろいろありすぎて混乱してますね。

「大丈夫。それより、あれって何? 」

私は化け物を指す。

「私にもよくわからないんだよ。とにかく、私の後ろに下がっていて」

私はなのはちゃんの後ろに回る。化け物はすでにこちらに向かって飛んできている。

「プロテクション」

レイジングハートが化け物の攻撃を魔法陣で防ぐ。

「リリカルまじかる」

なのはちゃんが呪文を唱える。いつのまにか、ユーノ君も来てる。なのはちゃんに続く。

「封印すべきは忌まわしき器 …ジュエルシード」

「ジュエルシード封印」

なのはちゃんはレイジングハートをクルクルと回し、敵に向ける。レイジングハートが光ったかと思うと、ピンクに輝く帯が化け物を縛っていく。

「りりかるマジカル。ジュエルシード、シリアル21、封印」

桜色の光で貫かれながら、化け物は消えていった。おお、感動だ。これだけでも見られてよかった。


ーーーーーーーーーーー

その後、ジュエルシードをレイジングハートに納めて、人が集まる前に公園へ移動した。

私は公園のトイレに入ると血で汚れた顔を洗い、身だしなみを整える。なのはちゃんとユーノ君はお互いに自己紹介やら話をしている。さて、こっちもユーノ君との接点を作らないとな。

「あっ…… 希ちゃん、大丈夫?」

「うん、ちょっと擦っただけだから。それより、なのはちゃん」

「なにかな? 」

私はなのはちゃんの前に立つと、息を吸い込んでなのはちゃんの手を掴んで言った。

「すごい!! すごい!! なのはちゃん、魔法使いって本当にいたんだ。やだかっこいい。マジパネェ~ そのユーノくんしゃべれるの? しゃべれるんだ~ すごいね」

(あれっ? 何かこういうこと言うつもりはなかっただけど、まさか希ちゃん? )

興奮する私になのはちゃんは驚いていたが、ふと何か思い出したようにして苦笑いをした。

「希ちゃん。こういうの好きだもんね」

「なのは、どうしたのこの子? それに、僕、名前言ったっけ?」

ユーノ君が不思議そうに聞いてくる。

「ふ、ふたりの会話聞こえてたから」

「そうなんだ」

私達は簡単に自己紹介をして、時間も遅かったので、後日話を聞く約束をして別れた。その後、希ちゃんは引っ込んだようだ。










帰り道。私は今日のこと思い出していた。

いろいろとアクシデントはあったが、とりあえず目的は果たせた。結果オーライだろう。






家に帰りつく。このときの私はさっきのことで頭がいっぱいで、本当の恐怖はこれからということに気づいていなかった。















「みーちゃん、どこいってたの?」

沈んだ声、乱れた髪、涙で濡れたうつろな顔、立ってはいるがふらふらして足がおぼつかない。今日ばかりはやさしいおかーさんの顔が幽霊のように見えた。怖ええええ

(まあ、当然よね)

カナコの一言がすげーむかついた。







余談



これは少し先のお話

ある日の昼休み、何日か前からなのは様はいない。管理局とジュエルシードを集めている。決戦は近い。
いつものように屋上で、昼ご飯を食べながら、おしゃべりしていると、すずかがこんなことを話し出した。

「明日ウチのクラスに新しい先生が来るんだって」

「へぇーー」

アリサも関心を示す。

「どんな人だろね」

「何でも優秀な先生で公立からわざわざ引き抜いたんだって、理事長先生ってそういうの好きみたい」

「胡散臭い話よね。幽霊がいるホテルとかと一緒よ」

すずかは手を叩く。なにか思い出したようだ。

「そういえば、最近ね。このへんに女の子の幽霊がでるんだって」

「幽霊? 」

「なんでも事故で死んだ女の子が成仏できず、さまよっているんだって。場所は …ほらっ、大学病院から槙原動物病院に向かうときに通るあの住宅地の道路」

「ふ~ん」

アリサはこの話にはあまり興味がないようだ。

「まさか、ね」

私はなんとなく嫌な予感がした。

「それでね。お巡りさんが夜にね。包帯巻いたもの凄く髪の長い細身の女の子をみつけてね。不審に思って声をかけたんだって、そしたら、女の子背中向けたまま黙って細い路地に逃げたみたい。
そこから先は一本道で行き止まりだから、お巡りさんも不思議だったんだけど、追いかけないわけにはいかないから、あと追ったらね。途中から道に血の跡がついてたんだって」

私は汗をだらだらかいてきた。その様子に気づいたアリサはニヤニヤしながら声をかけてきた。

「何? アンタ怖いの? 」

「そんなことはありません」

これは別の汗だ。

「幽霊なんているわけないじゃない? 」

「別の世界で幽霊だったあなたに言われたくありません! 」

「何言ってのアンタ? 相変わらず変な事ばかり言うわね。すずか続けなさいよ」

アリサはすずかを促す。そうだ。よく聞いておかないと。

「うん。行き止まりに着いたら、今度はね、背中を向けて女の子が泣いているの。お巡りさんはね、どうして泣いてるのって声かけたんだって、そしたら、女の何て言ったと思う? 」

「何て言ったの? 」

「右目がみつからないって言ったの」

「 ……へぇ、ま、まあ、ありがちよね」

アリサは強がってはいたが語尾が弱々しい、怖くなってきたようだ。

「お巡りさん、だんだん怖くなって来たんだけど、確認するためにもう一度聞いたの。そしたら、女の子が立ち上がってこの世のものとは思えない声で笑いだしたんだって
こうかな? 








くけけけけけけけ」

アリサは顔が青くなってる、すずかは意外と話上手いな、将来私と張り合うかもしれん。くけけって何だよ? あははだろ!

「そうして、振り返って顔を見せると、顔を血塗れで、右目は穴があいてたんだって」

「ひっ!! 」

アリサは完全に入り込んだようだ。

「そうしてね、笑いながら言ったんだって」








「おまえの目をよこせーーー」

私はアリサの耳元で叫んだ。

「きゃああああーーーーー」

アリサは飛び上がった。うんうん理想的な反応だ。

「アンタねぇ」

アリサは抗議の目でみてる。すずかは不思議そうに見てる。

「希ちゃん。この話知ってたの? 」

「うん、まあね」

「おかしいなぁ? この話は誰も知らないと思ったんだけど、あっ、続けるね。その後はね、お巡りさんの目の前で女の子突然消えたんだって、すぅーーって煙みたいにね、でもね、そこから少し離れたところがものすごく壊れていたり、血の跡は今も残ってるみたい。」

「そのお巡りさんはどうしたの? 」

私はおそるおそる聞いてみた。

「その後、お仕事を辞めたみたい。家の知り合いで屋敷の外を防犯のために回ってくれてた人でね。辞めるとき挨拶に来たんだって、そのときおねーちゃんがその話を聞いたんだけど、何でも女の子を成仏させるためにお坊さんになるんだって、お寺へ弟子入りしたって、あの少女の霊は相当強力なんだろうって …希ちゃんどうしたの? 」

「ごめんなさいごめんなさいほんとすいません」

私は運命を狂わせた男を思ってひたすら詫びた。髪を捨てるなんてとんでもない。すずかとアリサはその様子を不思議そうに見てた。



作者コメント

ホラー風味に書けたか心配です。
そういえば地味にシンクロイベントにもなりますね。




[27519] 第十二話 ないしょのかなこさん
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:870194e7
Date: 2011/05/16 21:30
第十二話 ないしょのかなこさん



今、私は自分の部屋だ。少し赤くなってヒリヒリする左頬を押さえながら、先ほどのやりとりを思い出していた。








ピシャリ


おかーさんに言い訳しようとしたが、いきなり頬を叩かれた。

私は突然のことで何が起こったかわからず、唖然としてしまった。こういうことをされたのは初めてだった。痛いです、おかーさん。

「こんな時間にどこに行ってたの? 」

おかーさんの声は小さく低く、こもるような怒りを感じさせた。私はいままでにないおかーさんの態度に縮みあがった。

「あ、あの …おかーさん、ごめんなさい。」

私は消えるような声で答える。

「どこに行ってたの!! 」

今度の声は大きく強く、詰問するような声だ。その迫力に私はすっかり参ってしまった。もはや、何を聞かれても答えるだろう。

「動物病院に、今日、見つけたフェレットが気になって」

「こんな時間に行くなんて何考えてるの!! おかーさんとおとーさんがどれだけ心配したと思っているの!!! 」

おかーさんは悲鳴のような大きな声で、涙を流しながら訴える。これがトドメだった。

「ごめんなさいごめんなさい。わ~ん」

私は心は大人のはずなのに、子供にように泣いた。思い出すとすごく恥ずかしい。

その後、家に入るとおとーさんのお説教コースが待っていた。今どき正座で一時間なんて前時代的なことをするなぁ。最後に言われたのはしばらく外出禁止である。これには再び泣きそうになった。しかも、次の日曜までだから、ジュエルシード集めを3回も立ち会えないなんて、痛恨の一撃である。







ああ、疲れたもう寝よう。

だが、今までは前半戦、次は後半戦だった。








気がつくと希ちゃんとカナコの世界だ。カナコは腕を組んで、冷たい目でこちらをみてる。










「あなたには失望したわ。よくも騙してくれたわね」

「いきなり、それはないんじゃないでしょうか? 」

「わたしは言ったわよね。今日の事件はあなたにかかっているって、それが何よあれ! もっとましに動けないの? 」

「そう言われても、急に来たから、さっぱり反応できなかったんだよ」

うん。俺は悪くない。運が悪かっただけだ。そんな俺にカナコは皮肉で返す。

「アトランティスの哀愁戦士なのに? 」

「最終戦士だよ。まだ、魔導師として覚醒してないしな」

「それでも、あのくらいは反応して欲しいわ。音と気配でわかったはずよ。私が念のため予備動作をしてたから良かったけど、当たったら危なかったわ。そもそも、アトランティスの最終戦士って何よ。怪しすぎる。この世界の未来がわかるからって信じた私が馬鹿だったわ」

「ちょっと待ってくださいカナコさん、俺の存在意義を否定しないでいただけませんか。それから、あなた、どこの達人ですか? 気配とか、なんでそんなのわかるんだよ」

「あのくらい反応は普通じゃないの? 私、生まれたときから使えたわ。見えなくても近づいてくるのはすぐにわかったわよ」

何でもないように言うカナコ。だが俺にはある疑問が湧く。カナコは自分を基準にしていて、他人のレベルがわかっていないんじゃないだろうか? 意外と世間知らずなのかもしれない。

「カナコ、普通の人間は見えないものの動きなんてわからないぞ。俺だって、魔力が覚醒してなければそんなもんだよ」

カナコはたじろぐが、すぐに睨みかえしてきた

「う、うるさいわね。ちょっと勘違いしてただけじゃない」

開き直りましたねカナコさん。他にも気になることがある。

「希ちゃんとカナコは一体どんな人生を送ってたんだ? 日本にいたのか? どっか別の国にいたとか、実は家族とは仮の姿で傭兵一家ってオチはないよな」

「いいとこついてるって言いたいけど、傭兵一家って何よ。ハリウッドの見すぎよ。それからちゃんと日本にいたわ。あなたの周りの人間は普通の人間よ」

「じゃあ、カナコは何者? 」

「それは前に話したわ」

「そうじゃなくてさぁ。俺は確かに特殊な記憶があるけど、カナコだって現実でもあんなのに反応できるんだったら、ただ者じゃないはずだ」

「さあね、もしかしたら、あなたと同じアトランティスの究極戦士なのかも」

少し苛立つ俺をカナコは煙に巻こうとする。切り口を変えてみるか。

「それはいいよもう。代わりに答えてくれ。危険から守るためだったら、外にはカナコが出ればいいじゃないか? どうして外にでないんだ? 」

カナコは少し考えて答える。

「私は表に長く出続けることができない。あなたは一日でも一週間でもずっと外に出てられるけど、私にはそれができないの。出続けるのは一日が限度ね。優先する仕事があるし、ここ黒い影たちがねらっているのよ。
それに、ものすごく疲れるの。私の今の仕事に差し支えるわ。それが一番困るの」

「なんで俺は出続けることができるんだ? 」

「さあ、鈍いからじゃない? 」

「なんだよそれ、まじめに答えろよ」

「言えないのよ」

「また、それかよ」

「言わないんじゃなくて言えない。ここに何か感じて欲しいわね。団長さん」

「どこの強キャラピエロと額十字入れ墨だよ。でも何となくわかった。他になんかないか? 」

「じゃあ、今後の方針について少しね。これを見て」



カナコが頭上に手をかざすと光がはじけて、一冊の本が落ちてくる。本は空中ですっとカナコの手に収まる。見た目は茶色く分厚い本革の本で魔導書みたいだ。

「これは希の本の写しね。私が管理用に手元に置いてるの。名前は希のちからの名前をもらって、希プロファイルっていうの。これまでのシンクロについて書いてあるわ。」

「へぇ… 」

カナコが本を広げるとほとんど白紙だが、少し何か書かれているようだ。4項目ある

① シンクロイベント ともだち
② シンクロイベント 黒い影に立ち向かう
③ シンクロイベント 魔法少女は実在する

④ シンクロイベント いたずらな幽霊少女

「短期間で4つよ。シンクロの効果はすでに説明してあるわよね」

「ああ、希ちゃんの心の傷を効率良く癒すイベントなんだよな」

「そうよ。思った以上の成果が出てる。これからはもっとシンクロイベントを意識してね」

カナコの声は弾んで嬉しそうだ。しかし、俺はふと疑問に思ったこと聞いてみる。

「おかーさんはシンクロイベントに含まれないのか? 」

「おかーさん? …なんで百合子が出てくるのよ! 」

さっきまで嬉しそうだったカナコは目に見えて不機嫌になっていく。

「百合子って… なあ、前から聞きたかったんだけど、カナコは希のおかーさんが嫌いなのか?」

「嫌いだわ」

きっぱりと言う。

「どうして? 」

「あなたにとってはいい母親かもしれないけど、私にとってはそうとは限らないわ。考え方や立場が違うから当然ね。評価はしてるわよ。希の心の病を理解して、希用の食事の作り方、接触の仕方を考えている。希が食べるものが増えたのも百合子との接触に不快感が薄いもの全部百合子の努力の賜だもの。でも、この家はカッコウの巣の上だけどね」

カッコウ? なんだそりゃ。

「そこまで、評価してるのに嫌いなのか? 」

「理性が認めても感情が認めないわ。わかりやすく言うと嫉妬なの」

「嫉妬か。意外だな」

カナコはあんまり感情とかに振り回されないイメージを持っていた。それに嫉妬とかあまり認めたくない感情ではないのだろうか?

「そうでもないわ。百合子がしていることは、私がしたいことだもの。もし、私に肉体があれば必ずそうしてるわ。かなわない願いだけど」

「カナコは希ちゃんのおかーさんになりたいのか? 」

「おかーさん。 …そうね。そうだと思う。でも今の関係で満足しないと贅沢だわ。いま私がやってることだって、きっとあの子のためになる」

その表情は柔らかく、優しいおかーさんのようである。カナコは希ちゃんのことを思うときはこんな顔になる。カナコはなんでそこまで希ちゃんにこだわるんだろう? 見た目は同じくらいにしか見えないしな。

いろいろ考えることはあるが、今は話を戻そう。

「カナコ俺の最初の疑問に答えてない」

俺が聞くと、カナコは少し間をおいて答える。

「そうね。私が考えるのはシンクロイベントは友達との関係から生まれているわ。子供には親より友達を優先したい時期あるわ。そうやって親から離れて周囲と関係を作って自立していくの。正しい成長の過程よ。あなたはまだ母親のおっぱいが恋しいのかしら? 」

カナコはいたずらっぽく微笑む。 …なんというか照れる。

「からかうなよ。そんな年じゃない。でも、友達云々は確かにそうだな」

俺が納得して答えると、カナコは下を向いている。あれ?

「どうかした? 」

俺が聞くと、カナコは困ったような顔をしている。

「さっきのこと。私、あなたに話していないことがたくさんある。それが何なのか今は言えないけど、ちゃんと意味があるからそうしているということを信じてほしい。少しだけ言うなら、あなたという存在の存続に関わっているの。そして、強くなったとはいえあなたはとても儚い存在なの。あなたがいなくなるのは困るわ」

「ああ… 」

いろいろ疑問はあるが今は問わないことにした。







作者コメント

今回はあまり進みませんでした。

意味深なことばかりですいません。ちゃんと広げたふろしきたたみますからご勘弁を。



[27519] 第十三話 魔力測定と魔法訓練
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:870194e7
Date: 2011/05/20 07:54
第十三話 魔力測定と魔法訓練 



なのは様はあれからジュエルシードを3つ集めたらしい。私も見たかったが、先日決まった外出禁止の件で、おかーさんが学校まで迎えに来るようになった。この間の件も気になったので、車は使わず一緒に歩いて帰ることにした。おかーさんは少し神経質になっているのか、車が通るのをしきりに気にしていた。

…そんなに心配しなくてもいいのになぁ。

日曜が過ぎて、ようやく外出の許可をもらって、包帯も取れた。



待ちに待った魔力を測定してもらう日だ。

学校帰りにそのままなのは様の家に向かう。女性恐怖症のせいで少し遠回りなってしまった。

そして、今はなのは様の家。ユーノ君とレイジングハートも一緒だ。





とうとう隠された俺の才能がわかるときが来たのだ。

念のためユーノ君に結界を張ってもらっている。俺のちからが漏れたら周囲に迷惑がかかってしまうからな。……ふっ


俺はレイジングハートを手に取り呪文を唱える。

なのは様はなぜか苦笑いだ。

レイジングハートが輝き、俺の身体から魔力が引き出される。なのは様のときのような光が立つ。色は黒だ。



やだかっこいい。しびれるぜ。やがて光は収まっていく。アレ? セットアップは?



「魔力測定終了しました。」

「どうレイジングハート? 」

「魔力値推定AAAクラス 良い魔力をお持ちです。しかし、魔力の質と波長が絶えず変化して安定してません。また、頭部にリンカーコアから魔力供給を受けて存在する高密度の魔力情報体が存在して… 」

最初はいい感じだったんだけど、なんか怪しくなってきた。ユーノ君は真剣に聞いている。解説を頼もう。

「教えて、ユーノせんせ」

「せんせ? 希は魔力自体はものすごく高い。なのはと同じくらいはあるよ。けどクセがあってレイジングハートじゃ把握しきれないって、レイジングハート。彼女を使用者登録できる? 」

「いいえ、外部使用者は可能です。探索・封印のみ機能開放できます」

「探索と封印はできるみたいだね。僕と同じくらいかな」

「なのはちゃんと同じくらいなのに、どう違うの? 」

「質と効率かな? 希の場合は、魔力の質と波長が安定しないことと余分な情報が入っていてレイジングハートはそれを生かせない。時間がかかってしまうし無駄になってしまうんだ。魔力変換資質が高いのかな? 」

そういえば、デバイスは乗り物みたいなものだって言ってたな。魔力を乗り物の燃料として考えるなら、なのは様はハイオクガソリンで私が不純物だらけの軽油みたいなものか? 不純物の正体が気になるところだ。フェイトは電動だろう。

「専門の機関で魔力資質を検査するといいかもね。性質を特定してもらえば、デバイスマイスターにカスタマイズしてもらえると思う。魔力を生かして100パーセントの力を出せると思うよ」

なんだかえらく遠回りになりそうだ。

「それにしても、頭部に高密度の魔力情報体ってなんだろう? これも専門施設で検査してみないとわからないよ。希はレアスキル持ちでそれが不完全に発動しているのかも? 」

おお、レアスキル良い言葉だ。

「レアスキル? 」

「使う人が限られている、特別な魔法の事でね。中には、世界で一人しか使えないものもあるんだって、でも、今の段階ではわからないよ」

「つまり…」

私はユーノ君の顔をじっと見る。ユーノ君は申し訳なさそうに下を向きながら答えた。

「その、言いにくいんだけど、レイジングハートはなのはが使った方がいいし、僕はデバイスなくても、結界魔法やバインド、転送魔法みたいな支援系が得意だから、なのはのサポートができる。希はデバイスないし、他の魔法も使えないから、危険が大きいと思う」

「私も同意見です。魔力資質が高いと、標的になります。自衛手段を持たないあなたは危険です」

「手伝うのはダメってこと? そんなぁ~」

「ごめんね。希ちゃん」

せっかく高い魔力があるのに、戦力外通告とは参った。

(決まりね)

カナコの無情の宣告が響く。


現状ではなのは様の足を引っ張るだけだ。先日みたいに巻き込まれたら最悪だ。管理局が来るまでは静観するのが一番だろう。でも、フェイトとの接点は作って置きたい。これは、すずかの家に行くときがいいだろう。

それ以外で何かすることはないか? そうだ。ユーノ君には悪いが力を借りよう。

「ねぇ、ユーノ君、お願いがあるんだけど」

「何? 」

「私ね。どうしてもなのはちゃんみたいになりたいの。でも、危ないから手伝えないのはわかる。だからね、魔法を教えてほしいの」

「魔法を? 」

「うん、もちろん、ユーノ君がジュエルシードの事ですごく忙しいのはわかってる。だから、時間があるときでいいの」

私は一生懸命お願いする。すると、今まで黙っていたなのはちゃんが口を開いた。

「ユーノ君、私からもお願い」

なのはちゃんは私に味方してくれた。うれしいな。アレ? シンクロいつのまに。

「う~ん、なのはがそう言うなら、仕方ない。あんまり時間は取れないし、教えるのはあんまり得意じゃないけど、それでもいいなら」

「もちろんだよ」

というわけで、私はユーノ君から魔法を習うことになった。




そのなかで、私はかねてから気になっていたこと聞く。

「ユーノ君、私は魔力は多いけど一回の放出量が少なかったりする? 」

「瞬間最大出力のこと? 個人差はあるけど、極端に少ないってことはないと思うけど」

あれ? そうなの。アトランティスの最終戦士だった頃は魔力は多かったけど、一回の放出量が少なくて苦労したんだけどな。どうもあの頃とは勝手が違うようだ。

苦労しながらもレイジングハートを使えば、簡易な魔法は使えるようになった。

ミッドチルダ式の魔法や座学もしたが、物理とか数学的なことは苦手だ。もっと実践的なことがしたい。




それから、自宅で魔法のイメージ修行をしていたら、髪の毛に魔力を通して、自在に動かせるようになった。どんなものでも物を掴むことができるし、色や形、質感まで変えることができる。







やったね。 







…なってどうする。

四天王でも目指そうかな? 

このちからはなのは様を驚かせるためにしばらく秘密にすることにした。






魔法の勉強の時は希ちゃんと何回かシンクロしたので、カナコがずいぶん喜んでいた。

ユーノくんが簡単なミッドチルダ式魔法を教えてくれたときに、俺にはさっぱりだったが、シンクロしてた希ちゃんは見ただけで再現してユーノ君を驚かせる。しかし、何日かすると飽きてしまって自分の中に引っ込んでしまった。

(もう飽きた。つまんない)

その一言が印象的だ。もったいない。そういえば、声は聞こえたことはあるが言葉を交わしたことはまだない。どんな子なんだろう?



今は私の部屋だ。ベットに横になりながら、心の中でカナコと話をしていた。

(あの子、飽きっぽいのよ。一度見たものは完全に覚えてしまうし)

(ち、ちょっと待て。何だよそれ。そのうらやましすぎる能力は! 希ちゃんって実はすごい子なのか!? )

俺は軽く興奮していた。

(あの世界の本は記憶の象徴よ。綺麗に横に並んでいたでしょ。あなたの本棚の記憶の本は縦積みになってた。新しいもの事や印象に残っている事が上に積まれていく傾向にあるわ。下にあるものほど取りにくい。つまり、思い出すのが難しいってことよ。人間の記憶はあなたみたいに条件によって優劣があるのわ。希にとってはどんな記憶も印象とか時間に関係なく同じ条件で優劣はないの)

まとめると、俺と希ちゃんだと記憶力の容量と思い出すスピードの次元が違うってことか。

(じゃあ、さっきのはプログラム魔法は… )

(そうね。それだけじゃなくて、思考処理スピードも速いから、数式とか覚えてしまえば、あなたが九九を使うような感覚と早さで使えるのよ)

(おいおい、天才ってレベルじゃねーぞ)

(ただし、やる気がないから、発揮されることはないけど、…やる気さえあればねぇ~ あの子が今一番好きなのは寝ることだもの。それに人と話すのは基本的に苦手ね。なぜかコミュニケーションは駄目なのよね)

カナコからため息が出てきた。

(でも記憶力が高いって、うらやましい。楽そうだし格好いいぜ)

俺は軽い気持ちで言ったのだが、これがいけなかったらしい。カナコは激しく反論してきた。

(簡単に言わないで欲しいわ。希の才能は諸刃の剣よ。どんなことも完全に覚えるということは、どんなに嫌なことも忘れられないってことよ。忘れられないのは障害と考えて! それがあの子を苦しめてる。今の性格や行動パターンになったのはある意味しょうがない。生きていくのは鈍感バカのほうが幸せなことが多いわ)

これは俺の考えが短慮だった。確かに嫌なことをいつまでも覚えていると鬱になる。機嫌の悪くなったカナコにしばらく謝り続け、ようやく許してもらった。話題を変えるために魔法の事に話を戻す。

(カナコは魔法とかどうなんだ? )

カナコも魔法の勉強をしているそうだ。ユーノ君の話を聞きながら、希ちゃんとカナコの世界で練習しているらしい。

(意外と簡単ね。力と要領は一緒よ。全身の神経に私の魔力を通して動かすようにして、リンカーコアを意識すればいいのかしら? いままで魔力って認識してなかったけど、これが魔力なのね。あとは実践あるのみか。ということは私の力も外部に作用させることができるってことね)

と言っていたが、聞こえないったら聞こえない。魔法は俺のアイデンティティなのだ。


でも考えてしまう。希ちゃんはミッドチルダ式魔法を簡単に覚えてしまった。カナコも先日の気配を察知して攻撃を避けた件や今の話だと戦闘力は高いのかもしれない。



あれっ?













ひょっとして、俺、いらない子?












(涙拭けよ)


そんな希ちゃんの声が聞こえた気がした。言葉使いがなんか子供らしくない。誰だよ! こんな言葉教えたのは。





何日か過ぎて、なのは様と魔法の修行中。

(ねえ、なのはの手をつないで、魔力を集中させて、魔力に直に触れたいの)

カナコは変わったことを頼んできた。なのはちゃんと手を繋げるなら大歓迎だ。なのはちゃんにお願いして、手を繋ぎ魔力を注いでもらった。柔らかい手だな。心なしか魔力も暖かい感じがする。

( …プロファイル開始)

プロファイル? 何のことだ? あの本のことかな。

(やはり、そういうことなんだ。なのは人形も完成したし、この棚にはそういう意味もあるようね。スキル一覧みたいなものかしら、以前は不完全な状態で無意識に使って、良いもの、悪いもの関係なく引き込んだみたいね)

カナコはなんだか訳が分からないことをしている。

(何してるんですか。カナコさん?)

(また今度教えるわ。私も考えをまとめているところだから)

謎の多いカナコだった。

すずかの家に遊びに行く日は近い。フェイトとファーストコンタクトまで後少し。




作者コメント

カナコの秘密主義がそろそろイライラしてくるレベル。

オリ主強キャラの意味はこういうことです。男は今のところ戦力外。カミノチカラは使えます。



[27519] 第十四話 初戦
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:870194e7
Date: 2011/05/28 11:40
第十四話 初戦





今朝、気がつくと学校にいた。私、確か寝てたと思うんだけど? 夢遊病とかじゃないよな。

誰かが動かしたなら、カナコが怪しい。さっそく聞いてみる。

(おい! カナコ、おまえ、体動かしただろ)

(まあね。少し百合子に用があったのよ。私の魔法の実験につきあってもらったけど、私の魔法、魔力のない人間には効果はないみたいね。なのはには通用したみたいだから、魔力のある人間限定みたいね)

(どんな魔法だよ? どうせ答えてくれないだろうけど)

(聞かないほうがいいわよ。私を信用できなくなるから、でもあの世界の私の役割を考えれば、少しはわかるはずよ)

(なんかいつもそんな感じだな)

カナコが秘密主義なのは今に始まったことじゃない。もはや慣れつつある。まだ、信用というか信頼してくれないのは寂しい。

休み時間になのは様が変なことを聞いてきた。

「希ちゃん、なんで今日は私の頭ばかり撫でてたの? 」

カナコはなのは様の頭をずっと撫でてたらしい。どういうことだ? 





そして、何日か過ぎて、すずかの屋敷に遊びに行く日がやってきた。




女性のメイドが多くて気分が悪くなったところに、すずかが目を輝かせて話しかけてきた。

「希ちゃん、気分悪い? 私の部屋で休もうよ。ちょっと血を抜くと楽になるよ」

心配しているようで、実は喜んでないか? 吸血のチャンスを狙っているのかもしれない。

「…お断りします」

「ちょっとチクってするだけだから」

すずか、涎拭こうね。もはや隠す気ないのだろうか? 



気がつくと、なのは様がいない。どうやら始まったな。私は抜け出して、姿を捜す。見つけたときにはすでに決着がついていた。













なのは様が落ちていく。私は急いで駆け寄る。

「なのはちゃん大丈夫? 」

「希、なんでこんなところに、危ないよ」

「だって、あの子になのはちゃん落とされちゃったし、怪我とかしてない? 」

「大丈夫。僕が受け止めたから、気絶してるだけ」


そんな私たちを尻目に、フェイトはバルディッシュでジュエルシードを封印した。こちらを見ている。何の感情も感じさせなかった。お初ですフェイト。

「なのはちゃんごめん。レイジングハート借りるね」

私はレイジングハートをなのはちゃんから借りるとフェイトに近づく。

「希、何をする気なの? 」

「決まってるよ。なのはちゃんとユーノ君はジュエルシードを探しているんでしょ。でもあの子に先に取られちゃった。だから、勝負を挑んで取り返すの」

(そうだそうだ)

希ちゃんの声も聞こえる。シンクロ状態だ。

(危ないって言っても聞いてくれないわよね。無茶して怪我しないように)

カナコは反対のようだが、説得はあきらめたらしい。


ふふふっ、これが俺のデビュー戦だ。


まだ、簡単な魔法しか使えないが、真の力は実戦で覚醒すると相場が決まっている。

「無茶だよ。希、なのはだって勝てなかったんだよ。君じゃあの子には勝てない」

「わかってる。でも、友達にこんなことされて、黙っていることなんかできないの。レイジングハートもお願い! 」

(そうだそうだ)

友達のために戦う俺格好いい。……ふっ

「許可できません。あなたが勝てる確率はありません。静観が最善です」

あれっ? …レイハさんなら、力になってくれると思ったんだけどな。ええいっ! 仕方ない素手でいくか。私はフェイトにさらに近づき指をビシッと指して宣戦布告する。








「お待ちなさい! 私の友達にここまでしておいて、ただですむと思わないで! 」


「……」

ユーノ君は心配そうに見ている。フェイトの表情に変化はない。う~ん手強い。私はさらに続ける。

「今度はわたくしがお相手いたしますわ。さあ、回復……うげ」

最後まで言い終わることなく、フェイトの放ったバルディッシュの雷球が腹に命中する。容赦なしですかフェイトさん。痺れるなぁ。

( …プロファイル開始)


カナコの謎の台詞を聞きながら、私は腹の衝撃と痺れで気絶した。



なのはちゃんごめんね。


ーーーーーーーーーーーーーーー

フェイト視点

私は背中を向けて歩き出す。相手は大きな魔力を持っていたが素人だった。ちょっと痛い思いすれば、もう関わってこないだろう。それが一番いい。私だって好きで乱暴はしたくない。

「 …待ちなさい。」

呼び止める声がする。さっき攻撃した弱いほうの子だ。完全に気絶したと思ったがダメだったらしい。今度はちゃんと眠らせてあげよう。バルディッシュを構える。


彼女はまだ何か言っている。

「今回は静観するつもりだったけど、気が変わったわ。…あなた希を傷つけたわね」

低い声だ。強い怒りを感じさせる。さっきの子と雰囲気がまるで違う。黒い魔力がほとばしっている。少し警戒を強める。

「希? 」

あの小動物も様子がおかしいことに気づいたようだ。魔法を使っていたから変身魔法を使う種族だろう。こちらに攻撃してこない限り気にすることはない。

やることは変わらない。現時点の脅威はあの子だ。戦う気を削いでおかないといけない。今度は強めに打とう。そう考えて先ほどより強めの魔法を放つ。素人には避けることはできない。

「おそいわ」

彼女はすんなりと避ける。魔法を展開している様子はない。単純な身体能力でよけたようだ。見誤っていた? でも、最初はなんでよけられなかったんだろう? そんな疑問が湧いたが、まだ続いていると、戦闘用に思考を切り替える。

「レイジングハート力を貸しなさい! 」

あの子は命令口調でデバイスに言っている。

「許可できません。外部使用者では機能制限があります。使用登録者でなければ戦闘は困難です」

「使用登録者 …なのはだったらいいのね。じゃあこれならどう? 」



彼女はデバイスに魔力を込める。様子が変だ。彼女の魔力の色は黒のはず。しかし、デバイスを持つ手がピンク色に輝く。まるで最初に戦った子のようだ。

「魔力波長安定。魔力に不純物なし。使用登録者と100パーセント一致します。質問があります」

「何? 」

「私の現在の使用登録者は一名です。今、私の回路に流れているのはそれと完全に同種のものです。なぜですか? 」

「そういう能力なのよ。あなた達でいうところのレアスキルといえばいいかしら」

「あなたの魔力訓練にも今のスキルの記録がありません」

「どうして今まで使わなかったかってこと? それはね、使わなかったんじゃなくて、今の私じゃないと使えなかったの。
あまり話している余裕はないわ。セットアップはいけるわね」

「はい、では杖とバリアジャケットをイメージしてください」

「イメージ? そういうのは苦手だわ。なのはと同じにするわね」

彼女はデバイスを天にかかげ宣言する。

「レイジングハート。セットアップ」

ピンク色の光の柱が立つ。彼女は最初に戦った子と全く同じバリアジャケットと杖を纏っていく。私は攻撃するチャンスにもかかわらずその光景を見ながら考えごとをしてしていた。











あり得ない。

魔力の質はひとりひとり違う。遺伝的に特徴は出ても全く同じになることはない。例えば、私と母さんは同じ雷系の魔力変換資質が高いけれど、私は高速機動も得意で防御を苦手にしている。母さんは外からエネルギーを取り込んで魔力として運用する特殊技能を持っている。魔力の色は私と母さんで黄色と紫色と違いがある。

魔法の模倣はそんなに珍しいことではない。しかし、魔力の質を変えることができるなんて、そんなことがあり得るのだろうか? まして色まで変化させて合わせている。リニスにはこんなこと習わなかった。母さんだったら何かわかるかもしれない。

どうやら、終わったようだ。そうだ。今は戦闘に集中しよう。まだ、彼女はデバイスと何か話している。

「どう、レイジングハート? 」

「全体として、魔力量は同等、出力は劣ります。他にもイメージが不十分でバリアジャケットの強度が少し弱いようです」

「言ったでしょ。そういうのは苦手なの。まあいいわ。今回は勝つことが目的じゃないし、少し痛い目を見てもらいましょう」

私はバルディッシュを接近戦用に切り替えると、振り上げ彼女に襲いかかった。

不意はつけた。彼女はとっさに杖で受け止める。

デバイス同士がぶつかる金属音がする。私は正面から縦の振り降ろし、それを彼女が横で受ける。力はこちらが上だこのまま押し切る。

「あらあら、乱暴ね」

彼女は余裕をみせる。だが、有利なのはこちらだ。力の均衡は崩れつつある。徐々に後退している。私は出力をさらに上げた瞬間ーー

「ふふっ、ーーふん」

彼女がそう言うと、彼女は私の視界から急にいなくなった。拮抗していた力が急になくなり私はバランスを崩して前のめりに進んでしまう。それと同時に後頭部に衝撃が走り、私は吹っ飛ばされてた。

前のめりの姿勢で吹っ飛ばされて、すぐに全身に強い衝撃を感じる。どうやら、木にぶつかったらしい。痛みをこらえつつすぐに姿勢を正して起きあがる。

周りをみわたすと、私が飛ばされた衝撃であたりは砂埃が立っている。かすんで見えない。

油断した。あの子はおそらく、私が力を入れた瞬間を見極め、体を回転させて力を受け流すと遠心力で振り向きざまに杖の先端に魔力をこめた一撃を私の後頭部に当てたんだろう。そんなに早く動いた様子はなかったのに。

「プロテクション」

バルディッシュが反応して、防御魔法を展開する。一瞬で飛んできたピンク色の魔法弾を受け止める。こんなに早くどうやって私の正確な位置を? 幸いことにこれはそれほど強くない。

「やっぱり、今まで見たなのはの魔法じゃ弱いわね。あの子の魔法を使おうかしら」

何を言っているだろう。今度は油断しない、私はバルディッシュを構えて砂埃が晴れるのを待つ。

「え~と確か、フォトンランサーファランクスシフトだったかしら? 」

彼女は聞き覚えのある。単語を口にしている。どうするつもりだ? 砂埃が晴れる。あの子の姿が見えたとき、私は今度こそ本当に驚愕した。





「え~と。打ち砕けファイア」

「………エラー 使用登録者ロスト」

晴れた瞬間目に入ったのは、見覚えのある無数の魔法弾が私に向かって飛んでくるところだった。




私の魔法どうやって? あの子とは今日初めて会ったはずだ。まさか見ただけで?

私は立ち止まり、防御魔法を展開する。黄色い魔法弾が次々に命中する。しかし、私の防御魔法は揺るがない。

これも私ほどの威力は出せないようだが、完全にコピーされていた。


あの子に目を向けるとため息をついている。

「これはダメか。レイジングハートも不具合を起こしたみたいだし。もういいわ行きなさい。あなたの勝ちで良いわ」

一瞬何を言っているかわからなかったが、見逃してくれるようだ。相手は得体が知れない。ジュエルシードが手には入った以上、このまま戦うことに意味はない。でも、これだけは言っておかなければ。

「もうジュエルシードには関わらないで」

彼女が急に手をゆるめたことに疑問を持ちつつ、私はそう言ってこの場を去った。

どうやら、ジュエルシードを集めるのは困難になりそうだ。でも、母さんのためだ頑張ろう。私は後ろに警戒しながらそんなことを考えていた。



ーーーーーーーーーーーーーーーー

カナコ視点

フェイトは去った。

良かった。ほっとする。かっとなってやったとはいえ、少し軽率だった。痛い目みせるとか、行きなさいとか言ったが、ハッタリだ。

最初に私の得意な接近戦を挑んできてくれたおかげで、有利に進めることができたと思う。不意をつけた最初の一撃で決められなかった時点で勝負はついた。遠距離ではフェイトの防御を破る手段がいまのところない。こちらも手詰まりだった。


降参したのもフェイトの性格的にジュエルシードの取り合いをしないなら、積極的に戦うことはないと考えたからだ。


私はなのはの魔力に切り替えると、先ほどの戦闘についてレイジングハートに質問することにした。むろん、今後の方針を決める材料を集めるためだ。特にデバイスと私たちのレアスキルがどう作用するか知っておく必要がある。

今、レイジングハートは不具合をチェックしている。その間に今まであった魔法のことをまとめることにした。

私と希の世界が魔力で構成されていることはこの間の測定でほぼ確信できている。さらに、希のちからはこの間の実験で、私でも使用できることがわかった。

【プロファイル】
相手の魔力に触れることで学習しデバイスすら欺くレベルで再現する希のレアスキル。汎用に優れるが使いどころの難しいちからと考えている。

私自身のちからはあの世界で記憶の本を整頓・編纂して、時には邪魔な記憶を封印しているから、他人の記憶を読み取り操るちからがあると考えていた。

実験のため最初に百合子の記憶を読み取ろうと使用してみたが無駄だった。百合子のあの優しげな目に怒りがこみあげて、問いつめてやろうかと思ったが、あの男のこともあるから今は見逃すことにした。




そう、今だけだ。

次になのはの思考を読んでみたがこれはうまく行った。しかし、相手の頭に触れて目を閉じて意識を集中する必要があるから戦闘向きではない。

まとめると、おそらく魔力資質のある人間しか作用しないのだろう。

記憶操作は外部からは無理だった。やはり希やあの男のように深く繋がっていないと操作することはできないのだろう。今の時点では現実で使えない能力だった。

その気になれば一人の人間の記憶全体の吸い出しもできるが、時間がかかるので今回はやめておいた。できれば早いうちに試しておきたい。他者の記憶と経験は使いようでは大きな武器になる。

読み取った記憶は本の形で私の部屋に保管されている。私と希の世界に持ち込むこともできるが、その場合は希が受け入れる必要があるから種類によっては難しいだろう。

他にもシンクロを違う人間に使用できるか試してみたいが、次の機会にしよう。


闇の書と私と希は魔力がある人間から収集するという意味でタイプが似ていると考えている。性能は闇の書のはるかに優れているけど。

そういえば、あの男を出来損ないの守護騎士システムに例えたこともあったわね。

ただし、希と私のレアスキルと組み合わせれば、他者の魔法の完全な再現度で闇の書を上回るだろう。それが何に利用できるかはまだまだ検討が必要だ。

魔法については以上ね。次は今後の方針を考えよう。

私は基本的にやっかいごとは避けるべきと思うが、今回の魔法については積極的に動くことに決めた。最大の問題は闇の書事件で魔力蒐集に巻き込まれることだ。海鳴から長期間逃げるのは今の私には困難だし、蒐集の範囲がわからない以上博打になる。負ければ最悪の事態が想定できるから、少なくとも管理局が海鳴に来るまでに時間稼ぎできる力が必要だ。希も魔法の世界に興味を示しているから一石二鳥と前向きに考えよう。

「再起動確認。エラーはありません」

レイジングハートがエラーチェックが終わったようだ。

「さっきの魔法どう? レイジングハート」

「魔力の質とパターンの急激な変化のため、使用登録者ロストと判断し処理中にエラーが生じました。威力はオリジナルの30パーセントと推測されます」

「そんなものかしら、なのはのパターンは? 」

「100パーセントですが、瞬間最大出力が劣るため攻撃は威力が落ちる可能性があります」

「デバイスの調整でなんとかなるのかしら? 」

「困難です。個人の資質の問題です」

「フェイ …じゃなかった、あの金髪の子となのはの魔法は同じ威力で使える? デバイスを変えることも考えていいわ」

「困難です。彼女の魔法はデバイスが魔力の質と戦闘スタイルに合わせて調整されています。私も特性として出力・長距離・収束に適しています。両方を兼ねるのは許容量オーバーです」

それはそうね。レイジングハートとバルディッシュ両方の特性を兼ね備えるなんて夢みたいな話よね。結局は器用貧乏になるのかしら? 他にも聞いておこう。

「エラーについては? 」

「私には魔力の質とパターンの変化に対応する機構が存在しません。そのために生じたものです。通常使用登録者以外は使用できません」

「他のデバイスで対応できるかしら? 」

レイジングハートによるとロックを解除するか。パターンに合わせた複数の使用者登録をしておくのが有効みたいだ。その代わりデバイスは使用者に合わせて最適化されるから、複数の使用者登録は容量を必要するし、使用者登録の瞬時の変更は困難だ。

何でもできるが、何もできないってことね。確かに特化した方が戦術は狭くなるけど、自分のパターンに持ち込めば汎用より強い。

やはり私たちの魔法の利点は汎用性とその戦術の幅にあるようね。

「イメージは重要かしら? 」

「重要です。魔法の強度とコントロール能力に影響します」

そういえば、なのはとレイジングハートはかなり具体的なイメージトレーニングをやっていたわね。これは私の今後の課題だろう。今回はフェイトを退けたけど、初見殺しになっただけで、まともにやったら裏技警戒されて次も負けるだろう。こちらには魔力防御を破る手段がないのだ。

こんなものか。

「もういいわ。ありがとうレイジングハート」

「お疲れさまでした」

レイジングハートはそう言うと元に戻る。さて、ユーノだけど、どう言い訳しようかしら。

「希、君はいったい? 」

ユーノは表情はわからないが、声からして驚愕しているようだ。今まで初心者だった私がここまで戦ったから当然だ。頭の冴える子だから下手なことは言えないわね、ある程度真実は伝える必要があるだろう。

私はユーノを見つめるとにっこり笑って挨拶する。

「初めまして、ユーノ」

「初めまして? 」

「あなたのことはこの身体を通して知っているけど、直接話すのは初めてよ」

「どういうことですか? あなたは誰なんですか? 」

ユーノは警戒している。

「私はね希の身体に存在する別の意志を持った存在よ。いつもあなたと話している人じゃないわ。最初の攻撃で気絶したでしょ。そのときに入れ替わっての」

「入れ替わった? じゃあ希は? 」

「今は眠ってる。それから、私のことについては何も話せないわ。そして、私のことをなのははまだ知らないの。できればこれからも黙っていて欲しいの」

「どうしてですか? 」

「あの子が知ったら悲しむから、試しに希の事をなのはに聞いて見なさい。そうすれば、頭のいいあなたなら推測できるはず、誰にだって踏み込まれたくないことがあるものよ。

…じゃあ、誰か呼んできましょうか。なのは怪我してるわ。急ぎましょ」

そう言うと、私は話はここで終わりだとばかりに屋敷に向かう。私のことは別に知られてもいいが、ドクターや百合子たちの耳に入るのはよろしくない。こう言っておけばユーノも積極的に話すことはないだろう。

その後、人を呼んでなのはを屋敷に運ぶと適当な嘘をついて誤魔化した。希と私の世界のことは気になるがシンクロイベントのおかげで、最近は正の方向に流れている。少々私が離れても今は大丈夫だろう。ひとりで希を動かすときは全身に魔力を通し続けないといけないから疲れることに変わりはないけれど。

問題は希とあの男が鉢合わせすることだが、希には会話してはダメだと言い含めてあるし、心配ないだろう。





作者コメント

戦闘描写は難しいですね。カナコ結構強い。魔法にイメージが大切なのは作者の誇大解釈と考えてください。

そのうち設定矛盾とかつっこまれそうですね。

設定にどんどん縛られていく。



[27519] 第十五話 やっぱりないしょのかなこさん
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:142fb558
Date: 2011/05/28 13:40
第十五話 やっぱりないしょのかなこさん



俺は気絶したようだ。目を覚ますと希ちゃんの世界だ。右側に本棚、左に人形棚、すぐ頭のほうには出口の門がある。足元は闇で覆われてどこまでも続いている。体を起こしてテーブルに目を向けると、いつもいるはずのカナコはいない。どこ行ったんだろう?

さっきから何か足に重みを感じる。カナコか? 足元を見ると女の子が眠っている。どっかで見た顔だ。年はなのは様と同じくらい、体つきは同じ年頃の子と比べると細身である。そして、白い肌。膝まであるボリュームのある艶やかな黒髪、眠っていてあどけない顔をしている。

あれ? 誰かさんとよく似てますね~

「もしもし」

俺は女の子の頬をつつく、柔らかい感触だ。けしてやましい気持ちはない …本当だ。

「う~~~~ん」

女の子はうなり声をあげると、目を開ける。起きたようだ。目をこすりながら身体を起こす。

「むにゃむにゃ、あれ? なのはちゃんは? 」

まだ、寝ぼけているようだ。こちらの顔を見る。だんだん焦点が合ってきた。お互い目の合ったその瞬間ーー























「おに おにぃ~ …ぴぎゃーーーーーーーーーー」

女の子は小動物のような悲鳴を上げて、飛び跳ねると出口である門とは反対の方向の闇の中へものすごい勢いで走っていく。

あっと言う間に消えてしまった。俺はそのあいだ唖然として動けなかった。おに? 鬼?

ーーバタンッ

ドアの閉まる音がする。どこ行ったんだろう? あの闇の向こうへ行ってしまった。

「何してるのよ? 」

いつの間にかカナコがいる。

「いや、さっき女の子が逃げて行ったんだけど」

「女の子? ああ、希ね。きっと」

「なんで悲鳴上げて逃げたんだろう」

「照れてるんでしょう。あの子、人見知りだし」

「いやいや、あの驚き方はそうじゃないでしょう」

どう考えても嫌われている。鬼って言われたし。

「あの子、あなたに直接会うのは、まだダメだって思っているからね」

「俺、嫌われているのか? 」

おそるおそる聞いてみる。


「違うわ。そもそも、嫌いだったらここにいる事なんてできない。理由は言えないわ。わかるわよね。これで」

カナコは確認するように言う、またそれかよと思いつつ立ち上がる。そうして、カナコに質問する。

「わかっているよもう、それより、どうなったんだ今」

「今は家よ。帰ってきたの。自分の部屋で寝てるわ」

「そうか。じゃあ、ここに来るまで何があったか教えてくれ」


あれからフェイトと戦ったそうだ。カナコいわく「あの子は私の中の獣を呼び起こしたのよ。希に手を出すなんて許せない! 」らしい。希ちゃん本人がからむとカナコは感情を押さえることができないようだ。

結局、善戦はしたが、フェイトが去ったので引き分けらしい。内容は分からないが、今の時点でなのは様をしのぐ実力があるのだろうか?

なんてこった! 予想はしていたが、魔法を使ってもこんなに強いとは、俺の立場はますます無くなっていく。


ユーノ君にはある程度正体を明かして、なのは様には秘密にしてもらうことにしたらしい。


それから、屋敷の人間を呼んで、なのは様を運んでもらい、なのはちゃんが転んで気絶したと嘘をついた。気がついたなのは様はカナコの嘘に合わせてくれたそうだ。そして今に至るわけだ。




俺は今あることが気になっている。本棚の対面にある人形の棚だ、どこかで見たことのある顔の人形が二体並んでいる。

「なあ? 見慣れない人形があるんだけど…」

「ああ、これ? なのは人形とフェイト人形よ」

「なのは様の? 」

「人形の棚は希にとっての人間関係とプロファイルによる魔力登録を表すの」

「というか、なのは様とフェイト以外に見あたらないですけど」

「今のところ、希が外で交流のあるのはなのはだけだもの。フェイトは今回の戦闘で記録しておいた」

「記録? 」

「相手の魔力の性質を読んで、再現する希のレアスキルよ。プロファイルっていうの。デバイスが誤認するくらいは再現度が高いわ。本来の使い方は違うのだけど」

おお、カッコいいぢゃないですか。少し嫉妬してしまう。

希ちゃんは記憶力といい、魔法少女の適正が高いみたいだ。でも、この棚は人間関係を表すと言ったけど、それだと少し疑問が出てくる。

「おとーさんとおかーさんはどうした? 見たことないぞ」

「掃除したのよ。前に言ったことがあるでしょう? これ以上は言えない」

「はいはい」

いつものことだ。俺は首をすくめる。おや? 

カナコは話は終わったはずなのに、こちらを探るような目でじっと見ている。気になるな。

「どうした? 」

「希は会って気になったこととかある? 」

あいまいな聞きかただ。意図が全く読めない。少し考えてみよう。鏡で見たことある顔だが、この世界で会った希ちゃんは中身が違うせいか印象が違うような。……うっ


頭痛がする。

何か思い出しそうだ。しかし、もやがかかったように肝心なことが思い出せない。分からないなぁ。

希ちゃんとは過去に接触した覚えがない。世界が違うのだから当然だ。ただ、小さい頃の斎はこんな感じだったのかもしれない。俺は希ちゃんと斎を重ねて見ているのか? ダメだ! はっきりしない。


ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、……ワカラナイワカラナイワカラナイワカメナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカメナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカメナイワカラナイワカラナイワカラナイ

もしかしてそういうことなのか?



「くくくっ ……そうか、これが」

俺は確信を得た。




「ど、どうしたの? 」

カナコの声がうわずり、戸惑った様子だ。どうやら俺に恐れをなしているようだ。

「これが、これが……














封印された記憶と反転衝動ってヤツか。 ……ふっ」

なるほど、俺のちからはやはり命の危険にさらされるか、規格外の化け物と対峙しない限り目覚めることはないのだ。封印された記憶は恐らく戦闘技術と真なる武具を呼ぶためのキーワードだろう。

カナコはほっとしながらも渋い顔をしている。

「あなたのその思考回路、いい意味でバカで頑丈ね。安心したわ。ついでだからやってほしいことがあるんだけど、あなたトランスフォームはできる? 」



「トランスファーム? 」

なんだそりゃ? カナコは説明を加える。

「武器を作り出すんじゃなくて、自分の体を武器に変身させるの」

なんだそんなことか。変なこと頼むんだなカナコは、やったことはないが、この世界ならできそうだ。

「簡単だぞ。そんなの。よゆ~よゆ~」

俺はイメージする。最強の武器を、やはりアレだろう。












「トランスフォームオン。エクスカリバー」

俺は一振りの黄金の西洋剣に姿を変える。自分ではよくわからないが神々しい光を放っているはずだ。俺はやればできる子だ。

カナコは静かに見つめている。ブレないな女だ。少しは驚けよ。

「初めてなのにできるなんてたいしたものね。私には今だってできないわ。ほめてあげる。でもなんでコレにしたのかしら? 決して一番に成れない剣の代名詞じゃない。あなたの場合は×カリパーがお似合いだわ。もういい。じゃあ、元に戻ってみて」

あんまりほめられてる気がしない。もう戻れとかどういうつもりでさせるのだろう?

「へいへい。 ……あれ?」

俺は元に戻ろうするが、うまくできない。カナコはまじめな顔でじっと観察している。

「どうしたの? 戻れないの? 」

カナコは確信があるような口振りだ。

「戻れない」

「やっぱりね。まだまだ完全ではないみたいね。自分で再構成するだけのちからはないか」

カナコは何か言っているが、俺は内心焦っていた。


まさかずっとこのままで、むさいおっさんか金髪の少女のどちらかに抜かれるまで、突き立てられたままなのだろうか? 





…どうせなら、金髪の少女がいいな。

横道にそれた。





「おい! マジヤベージャン。何とかしてくれよ」

俺は言葉使いがおかしくなるほど焦ってきていた。そんな俺とは対照的にカナコは冷静だった。冷たいと言ってもいい。

「落ち着きなさい。ほら、この人形を使いなさい」

そう言ってカナコが取り出したのは、なんだか冴えない人形だなって 

……俺じゃん。自分で冴えないとか思ってしまった。ガクリ
 
それしても、頭とかこんなに薄くないぞ。今は髪だってある ……希ちゃんのだけど。






いろいろ造形に不満のある人形だが、この人形見ていると落ち着く。何か吸い込まれそうだ。というかほんとに吸い込まれてるぅ~~~~




俺は身体が霧状になり人形に吸い込まれるという特異な体験をしながら意識を失った。







気がつくと元の姿に戻っていた。よかった戻ることができた。生きてるって素晴らしい。

カナコはため息をついていた。







「……残機1」

ボソっとつぶやいた。


おい! 残機って何だよ! シューティングじゃねーんだぞ。

「カナコ、今の何だよ!! 」

このことは問いつめないといけない。

「今回は説明するわよ。安全のためにね。あなたは自分が自分だと信じるちからはだいぶ強固になっているけど、今みたいにちょっとしたことでここでは形を保てなくなるわ」

この希ちゃんとカナコの世界はまだよくわからないことが多いが、めずらしく打ち明けてくれるようだ。何かカナコなりの意図があるのだろう。

「ちょっと納得できないことはあるが、わかった。あの人形は何なんだ?」

「あの人形はこの世界であなたを構成する器、ボディイメージを補ってくれるのよ。変身させたのは器を崩して元に戻ることができるか実験。予備はあと一つね」

「実験はなんのために? 」

「あなたが器ない状態で自分を構成できるなら、個として確立した証拠だから、あなたに秘密を打ち明けてもかまわないと思ったのだけど、まだみたいね」

そういえば、俺の存在が儚い存在とか言ってたな。記憶も結構抜けているところが多いし。







俺ってどういう存在なんだろう? 今までなのは様や目の前の世界を把握するのに気を取られて、考えたことなかった。記憶にない世界をついて思考してみる。





おおおおおおお

…アタマイタイアタマイタイアタマタマイタイアタマイタイアタマイタイタマイタイ

反転衝動がああぁ~ 封印された過去、忌まわしい記憶が~ 自己防衛のための頭痛となって俺に襲いかかる。思い出してはダメだと、ヤメロヤメロヤメロロメロ

「俺は誰だ? 俺はアトランティスの最終戦士ジークフリード 王剣を守る小手なり」

俺は自分を保つために、魔法の言葉を唱える。






…ふぅ、収まった。無くした記憶について考えるとコレだから、封印された記憶はあまり考えたくないが、一家全滅で復讐を誓うとか、愛する人を失うとか、誰かを殺してしまったとかも含まれるのかもしれない。

カナコはさきほどのように観察するような目でこちらをみている。そして、静かに告げる。

「最初に比べるとだいぶましね。心理的な自己防衛が働いている。心が育っているわ。病院で目覚めた頃のあなただったら危なかった。そういう意味じゃ百合子サマサマよ。今回はここまでね。帰る時間よ。あんまり寝てると夜眠れないわよ」


カナコは話は終わりだとばかりに背中を向けると何かごそごそやっている。

そういえば、あることに気がついてしまった。今回の失態の原因は俺だ。カナコが怒るかと思ったのだが。

「あの、カナコ様、よろしいでしょうか? 」

「なによ、様なんかつけて気持ち悪いわね」

カナコは背中を向けたまま、ぞんざいに答える。

「その、怒ってはいらっしゃらないんでしょうか? 」

「ああ、そういうこと。思い出したわ。今回の対応は確かにまずかったけど、シンクロイベントだったから別にいいわ。私の力を試す機会になったし」

「そうか、良かった。でも、カナコさん、それはいったい何でしょう? 」

カナコはなぜか大きなハンマーを取り出すと、抜刀術のように構えて力をためている。どっかで見たことある奴だストレッジハンマー?

「ため3よ」

「なんのために」

カナコはにっこりと満面の笑みで答える。

「だって投げられるのはもう嫌なんでしょ? 私なりに考えたの。後先考えない馬鹿はどうしたら直るんだろうって、そしたらね。やっぱり痛い思いをしないとわからないって結論に達したの」

「やっぱ怒ってるじゃね~か」

「そんなことはないわ。ここに来るまですごく疲れたとか。まだ仕事が残ってるのになんてちっとも思っていないわ」

「それ本音だろ。絶対」

「じゃあ、行くわよ。回転による遠心力が屈指の威力もたらす回転ホームラン」

カナコは自分の身体を軸にグルグル回転していく、まだ俺には当たってないがどんどん近づいて来る。

「うりゃーー」

カナコは最高まで威力を高められた最後の一撃だけ俺に当てる。なんて高度な技を使うんだ!

「ムロフシーーーーーーーーーーーーーー」

俺はそう叫びながら、門に向かって飛ばされていて行った。






作者コメント

男とカナコの会話ばかりで困った。バランスが悪いですね。次話はすずかやアリサに焦点を当てようかと思います。

……型月系は好きです。真似るなんてとてもできませんが。







[27519] 第十六話 ドッジボールとカミノチカラ
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:870194e7
Date: 2011/06/01 21:14
第十六話 ドッジボールとカミノチカラ



小学生の体育の定番、それはドッチボールである。いや今時は違うかもしれないけど。サッカーの方が多いのかもしれない。

とにかく、球をぶつけるという合法的な暴力は今も子供たちを魅了してやまないのだろう。

小学部くらいだと、体力的な男女差も小さいので、クラスで男女混合の二手に分かれて行われる。私は今回が初参加というだけのそんなどこにでもある一幕でそれは起こった。

本当なら参加するつもりはなかった。というのも、体育の前にのど乾いたのでジュース買ったら、ボタンを間違えてどろり真っ赤なトマト100%ジュースというものを買ってしまった。なんでこんなものがあるんだよ! 

他にも普通のジュースに混じってゴーヤとかピーマンとかおよそ100%に向かないものばかり置いてあった。にはは。

なんのトラップなんだ? 後で聞いた話だと理事長の仕業で、健康教育云々ということらしい。

今はセレブだが、転生しても抜けない貧乏性せいで飲んだのが間違いだった。案の上まずいし気持ち悪くなった。喉越し悪ッ! 

保健室で休もうかなと思っていたところ、なのは様が来て

「体育の時間だから着替えようか? 希ちゃん」

なんて笑顔で言うものだから、ふらふらとついていってしまった。私がなのは様の誘いを断るなんてありえない。



体操服に着替える。髪が多いので、リボンを結んでまとめる。それでも邪魔になるけどないよりはましだ。ちなみになのは様にリボンをお願いした。なのは様は

「希ちゃんの髪は柔らかくてきれいだね。うらやましいなぁ」

と言ってくれて、少し気分が良くなった。そのうち、リボン交換もやりたいな。私がなのは様の白いリボンを…… 実に素晴らしい! 

腕や足の傷はだいぶ目立たなくなってきたが、体は意外と傷が深く、薄くなるにはまだまだ時間がかかりそうだ。いくら元が男とはいえ今は女なので恥ずかしさもある。見られないように上手く隠したがヒヤヒヤした。


そして、私は参加することになった。

アリサの話だと、このクラスいやこの学年にはある法則が存在している。それはすずかとは戦うな。彼女は外見はお嬢様で、性格もおとなしく、本が好きというおよそ体育に向いているとは言えないのだが、身体能力のスペックがクラスメイトを大きく超えるもので、同じクラス男子生徒であっても正面から戦うことはないそうだ。

否。

昨年度、挑んだものもいたがことごとく屍をさらした。数回の戦いを経て、いくら負けず嫌いな男子生徒も学習して、女なんかにというプライドは捨てざるえなかった。

彼女はクイーンであった。彼女の陣営にあるものだけが、その恩恵を得て、敵となったものはことごとく彼女に蹂躙される。そのため、組分けじゃんけんがこのクラスの明暗を分けるという話だった。






今回の組分けは、私とその他のみなさん対すずか、アリサ、なのは様、モブ共だった。

神様を呪う。すでにこっちの陣営は葬式ムードだった。やれついてなかった。月村に勝てるわけないだのネガティブオーラが包んでいる。逆に向こうはすでにもう勝った気でいるらしい。雰囲気は明るい。アリサなんかこっちみてニヤニヤしている。

なんかムカつく。なのは様は申し訳なさそうにこちらに手を振っている。少しだけ癒されました。

(ねぇ、ちょっと代わってくれないかしら? )

カナコがこんなときに話かけてくるなんて珍しい。

(いいけど、どうしてまた? )

(この間の件であなたが荒事では役立たずだと判明したでしょ。それで、希の身体能力を計るために実際に身体を動かしたいのよ。データが新しければこっちもシュミレートを正確にできるし、この間よりはましに動けるようになるわ)

(あってるけど、ひどいこと言うな。でも理解はした。それから俺はやればできる子だぞ!)

(はいはい。だったらあなたも繋がりなさい。一緒に動く訓練よ。主導権は私、あなたは合わせるだけでいいわ)

(へいへい)





こうして私はカナコと一緒に女王に挑むことになった。

試合は予想どうりというか、最初は人が多いので運の悪い人、運動の苦手な人から脱落していった。それは女王の陣営も同様であったが、すずかはなのは様やアリサをよく庇ってお礼を言われていた。


あとは彼女一人舞台である。

 ……なんかモヤモヤする。理由はわかっている。すずかがなのはを庇い敵を倒すたび、なのは様の尊敬のまなざしが注がれるのある。その目は私にして欲しいのに……





……そうか! コレが嫉妬か。

しっとマスクがかぶりたくなってきた。

私は気持ちの赴くまま、ありったけの決意をこめて、すずかを指差し宣戦布告する。





「すずかさん、勝負を挑むわ」

私の言葉にボールを持っているすずかの手が止まる。

周りからはざわざわと音が聞こえる。あれぇ~

クラスメイトからは「愚かだわ。転校生だから知らないのね」「女王様に反逆するとは、ひさびさに見れるかもしれないぜ。本気モード」「ほう、まだ牙を抜かれていないヤツがいたとはな」とか誰だよオマエらみたいな声が聞こえてきる。

すずかはにっこり微笑んでいた。そして、笑顔のまま告げる。

「うれしいよ。希ちゃん、最近そう言ってくれる人がいなくて寂しかったの。いいよ。受けて立つよ」

余裕の発言だった。クラスメイトから歓声があがる。大部分は女王が挑戦を受けたことに対してだ。そして、挑戦者を称えて。




いつのまにか、コートは私とすずかのふたり一騎打ちの構図ができあがっていた。他のクラスメイトはコート外に出て囲んでいる。アリサが私とすずかのちょうど中間に位置するコートの境界線に立ち、そして口を開いた。

「まずは、愚かにも女王に挑む哀れな挑戦者を讃えるわ。みんな拍手」

周りから一斉に拍手が起こる。アリサは私を指差し宣告する。

「先にいっておくわ。私たちが見たいのはアンタの勝利なんかじゃない。あなたがあがいて地面にはいつくばるところよ。でもね、あっさり負けるようじゃ困るわ。あなたには私たちを楽しませる義務がある」

アリサ、おまえ何言ってんだよ。いつから世界はこんなに変わってしまったのだろうか? ローマのコロシアムみたいな感じだ。私がおかしいのかもしれない。でも、一度口にした言葉は覆せない。

やるしかない。

いつのまにか審判を始めたアリサは説明を続ける。

「ルールは簡単。お互いに投げて、体のどこかに当たって球を地面に落としたほうの負け、球がコートの外に出たら、投げる権利は自動的に投げた人になるわ。だから避けるか受け止めるしかない。それから顔面は反則負けよ。球はすずかから」

「うん、じゃあいくよ。希ちゃん」

すずかは球を持った右手を横に構えると、野球選手が投げるサイドスロー要領で投げる。球はまっすぐ正確に私の体幹の中心をとらえている。私だけならこれだけで終わりだろう。しかし、今回はカナコが相手だ。

「ねらいが単純すぎるわね」

体を半歩だけ右に横にずらして、体を少しひねっただけで回避してしまった。余裕だな。すずかは少し驚いた顔をしている。

「やるね。希ちゃん、今のは小手調べだけど、ほとんど動かないで避けるなんて初めてみたよ」

「投げる瞬間にどこを狙っているかわかるの。後は球一個分避ければいいでしょう? 」

すずかに球が戻る。

「じゃあこれはどうかな」

すずかは先ほどの全く同じフォームで投げる。狙いまでさっきと一緒だ。逆に凄いかもしれない。野球の選手がストライクをとるような正確さで狙ってくるのだ。しかし、今度はカナコは全く動かない。口に手を当てている。

「子供だましだわ」

球は体に当たるかと思われたが、当たる直前に変化して右に曲がりかすめていく。最初の球と同じ避け方をしていたら、当たっていたのは間違いない。

「これもよけるんだ? これ反射神経の良い人ほど引っかかるんだけど」

すずかはうれしそうだ。カナコは少し怒ったような顔ですずかを睨む。

「なめられたものね。球の回転でバレバレよ」

再びすずかに球が回ってくる。すずかは一度手を止める。

「でもね、希ちゃん、避けるだけじゃ勝てないよ」

「そうね。でも勘違いしているわ。すずか」

「何? 」

「そもそもあなたに当てれるわけないじゃない。だってあなたが投げる動作をしたとき私はすでに回避の動作に入っているんだから、スピードが違うわ。そうだわ。こうやって円を書いて…… 」

「なにしてるの? 」

カナコは自分を中心に50センチくらいの円を書いていた。

「訓練、 …違ったハンデをあげる。私はこの円から出ないわ。もし出たら負けでいいわ」

「へぇ、……じゃあ、試してみるね」

なんかすずか怖い。こころなしか目が赤い気がする。夜の一族モードかな?

「おーーと出ました。女王の本気モード。かつてここまでたどり着いたのは、他校から挑戦者として来た赤髪の小学生一撃弾平君だけです」

誰だよ? そう突っ込みを入れつつ、すずかの投げる球をカナコは避ける、避ける、避けまくる。

すずかの球はスピードを増していく。最初と段違いのスピードだ。さらにフェイントも混ぜるようになった。それでもカナコは余裕を崩さない。20球ほど投げてすずかは肩で息をするようになった。決着どうするのか考えていると。カナコは、

(そろそろね。データは十分取れたわ。じゃあ後はよろしくね。おやすみ)

といって引っ込んでしまった。外見は変わらないが、残されたのは俺一人、大ピンチだった。

(おいこら! カナコ何で帰るんだよ)

(勝つのが目的じゃないもの)

(あれだけ挑発しておいて何言ってんだよ! すずかさん目が本気だぞ)

(死ぬわけじゃあるまいし、任せるわ。できる子なんでしょ? )

(おい!! )

それ以降はカナコは返事をしなかった。私がやるしかないようだ。ちょうどすずかに球が渡ったところだ。まずいな。



「ちょっとタイム」

私の声にすずかは止まる。

「どうしたの希ちゃん? 」

「ごめん。トイレ行きたくなった。この円を出てもいいかな? すずかちゃんも息を整えてね」

「うん ……いいけど」

5分ほど休憩となった。本当はトイレに行きたいわけではないのだが、ここは少しでも考える時間が欲しかった。トイレにこもりながら私は作戦を練っていた。

現状では体調的に長時間は無理だった。胃がムカムカする。運良く避けても数回が限度だろう。授業時間もまだ余裕がある。どうにかしてすずかの球を受けて、すずかを倒せる球を当てるしかないのだが、かなり困難だ。

降参も考えたが、この空気では無理だろう。みんなすずかの送球とカナコの見切りの競演に酔いしれている。終わりよければすべてよしという言葉がある。この戦いの結末がクラスメイトひいてはなのは様の印象を決めてしまうだろう。

引くわけにはいかない。

勝つために私は考える。まず体調的に短期決戦しかない。
そして、私の武器を考えた。魔法はレイジングハートないと無理だしどうしよ? 待てよ魔法? そうだ! これならいけるかも、後はすずかを倒す方法を ……ここからは賭になるな。

(カナコ、おまえも少しだけ手を貸せよ。具体的にはな……)

カナコにあることを頼んでおく。

私は作戦が決まった。ぶつけ本番で作戦としても穴だらけだ。でも、勝つ可能性があるとしたらこれしかない。私はトイレを出ると校庭に向かう。すずかはボールを持ってコートに立っている息は整っているようだ。

「ごめん、待たせたね。すずかちゃん」

私は呼吸を吸うと、不敵な笑顔で挑発する。






「じゃあ始めようか。そうだね。もう避けるのは飽きたからそろそろ受け止めようかな。 ……本気出すね」

私は髪を止めていたリボンをはずす。

「おーーと、希選手、止めていたリボンをはずしました。どんな意味があるのでしょうか? まさか、これが希選手の本気なのか? 髪がウネウネしているのは気のせいでしょうか? 」

だから誰だよ? いつのまにかいる実況につっこみを入れながら私は構える。本気云々はハッタリだがリボンを外したのには意味がある。そして、さらに挑発する。

「さあ、すずかさん受け止めてあげるわ。ここを狙ってきなさい」

そう言って私は胸を手で叩く。すずかは赤い目のまま猛禽類のような顔でこちらをみている。完全にスイッチが入ったようだ。



「希ちゃん、ちょっと強めにいくけど、我慢してね。」

低い声でそう言うと、すずかはコートの最高尾に下がると助走をつけてコートの半ばあたりで飛び上がった。そして、空中で上半身を大きく後ろにひねり、右手を大きく振り上げ、ジャンプが最高高度に到達したあたりで、右手を振り降ろした。 

上半身が後ろから前にバネのようにしなり、鋭く尖って見える球が襲いかかった。

もはや漫画の世界だった。

「出ました~~ 今まで多くの敵を沈めてきた。すずか選手の必殺技。すずか選手の腕力とスピード、全身のしなやな動きが一体となって、さらに地球の重力まで利用した…… 」

解説なげぇよ。それから、時間の流れがおかしいくないか? そんなにしゃべられるわけないから、つっこみどころ満載だ。

とにかく、賽は投げられた。すずかなら必ず正確に狙ってくるはずだ。駆け引きはない。私は手を大きく広げ、魔力を髪に魔力を通す。

私がレイジングハートなしで使える唯一の魔法。髪の毛を自在に操り堅さから柔らかさまで変えることができる。物を掴むことなど造作もない。髪を腹部に展開しグローブのような形をつくる。

すさまじい衝撃が腹部を直撃する。



おおおお、おのれ! 

衝撃吸収に優れたゴムのような材質にしたのにこの強さ! 

まずはこぼれないように包まないと!

押される。私は足を踏ん張り耐える。だが、体は後ろに下がっていく。



こうなったら、私は髪にさらに魔力を通し、念じた。




「伸びろ!! 」

私の髪は伸び地面まで届く。






つっかえ棒のように、髪を広げ支える。だんだん、勢いがなくなってきた。ようやくコートぎりぎりで止まった。

あーお腹痛い。私はふらふらしながら前の方に歩いていく。

すずかとの距離は2メートルほど、すずかは驚愕の表情でこちらを見たまま動かない。

観客からはざわめきが聞こえる。「なあ、今、髪の毛、変な動きしなかったか? 伸びたように見えたし」「目の錯覚だよ。髪の毛が動くわけないだろ」「妖怪? 」



(よし、うまくいった。あとは、すずかに隙をつくらないとな。おい、カナコわかってるな)

(わかったわよ)

私ははあはあ息をしながら、すずかに話しかける。

「すずかさん、受け止めたわよ」

「希ちゃん ……今、髪の毛 ……何でもない。」

「次は私の番ね。すずかさん」

私がそう言うと、すずかは顔を引き締め、コートの後ろに下がると、受け止めるように構える。

さて、これが通用するかな? 私は球を投げようと右手を上げる。

「それじゃいくわよ。すずかさん、うっ!? 」

私は球を持った右手を降ろすと、左手で腹部を押さえる。そして、膝を折ってしゃがむ。

「希ちゃん、どうしたの? 」

すずかが心配そうに話しかけてくる。私は苦しそうに息をしながら答える。

「さっきの球、思ったより、衝撃が強かったみたい。でも、続けるわよ、すずかさん、受けてみて私の球、……ウエッ」

私はふらふらしながら球を投げる。カナコにコントロールを頼んである。だが、狙いは正確だが勢いはなく、このままなら簡単に受け止められるだろう。しかし、球を投げると同時に私は胃の内容物を吐いて倒れ込む。そう体育の前に飲んだどろり真っ赤なトマトジュースだ。見た目には私が血を吐いて倒れたようにみえる。

「希ちゃん、…………はっ!! きゃああーー」

「誰かーー 救急車!! 」

一度はボールを取ったすずかだったが、血を吐いて倒れる私を見てボールを落とし悲鳴を上げる。

勝った。血液っぽいのに釣られたな。 ……ふっ

私はあまり倒れ続けていると騒ぎになるので、よろよろと立ち上げると、しらじらしい芝居をする。

「あーもう恥ずかしいなぁ。こんなところで吐いちゃうなんて、ごめんねみんな」

すずかは驚いた顔のまま、恐る恐る聞いてくる。

「希ちゃん、大丈夫なの? 」

「うん。大丈夫。授業の前に飲んだジュース吐いただけだから」

「そうなんだ」

すずかはほっとした表情だ。

「それより、私の投げた球やっぱり取られちゃったかな? 」

私は内心邪悪な顔で笑いながら、すずかに聞く。

( ……詐欺師)

カナコの失礼な言動が聞こえたが、今は無視する。すずかは力なく笑いながら。

「落としちゃった。私の負けだよ」

すずかのその宣言で、観客からどっと声が上がる。





女王陥落である。そして、新女王誕生の瞬間であった。





私は満足感ともに座り込む。やはり吐くのはしんどい。









サイレンが聞こえてくる。あれ、なんか近づいてないか?

私の前に一台の車が止まる。白く四角い車体。赤いサイレン、救急車だった。中から救急隊員が出てくる。

なんでこんなに早いんだよ!!

「血を吐いたお子さんはどちらですか? 」

「えっ? 」

「あっ君か。安静にしないといけないよ。さあ、すぐに横になって」

「ち、ちょっと ……待って」

私が話す間もなく、救急隊員は私を救急車に乗せると、病院に向かって出発してしまった。病院に着く頃にはこちらの事情もようやくわかってもらえたが、大学病院だったせいで結局一日入院することになった。

担任の先生が素早く電話してくれたらしい。せんせいぇ~




次の日、学校に登校すると、なぜかみんなぎょっとした顔をしていた。アリサに聞くと、

「なんか、アンタ、すずかとの戦いで死んだことになっているわよ」

どう間違えたかそんなデマが飛び交ったらしい。

以来ドッジボールクイーンの称号は私のものとなったが、称号を賭けてあちこちから挑まれるようになり、あんまり嬉しくなかった。さらに、ついた二つ名は…… 


「ブラックオクトパス」「黒蛸」だった。


…うれしくない。










今は希ちゃんの世界にいる。カナコと今日のことについて話をしていた。

「それにしても、非常識ね。あなたって」

「何言ってんだよ。おまえだってとんでもない見切りをあっさりやってみせたじゃないか」

「私のは単なる技術。観察眼と判断力の速度が人より優れているだけよ。それから、体の動きだって常識の範囲だわ。訓練すれば誰だってできるもの。鍛えるためのノウハウは最初から持ってたけど。
あなたのはそうじゃない。人間の体は元々持った身体能力の他に脳のイメージで動きが違ってくるけど、魔力は神経がないから、より脳のイメージが重要だと思うわ。あなたはその辺が優れているのかもしれない」

「いや~それほどでも、やはりアトランティスの最終戦士ということだろうな」

「逆に言えば、それしか取り柄ないってことね。身体の動かし方や魔法に必要な数学的センスや思考速度、マルチタスクは素人レベルだから、戦力にはならないわね」

「ひど! でも当たってると思う。ミッド式があんなにむずかしいとは、まあ、俺は実戦で目覚めるタイプだし」

「ところで、髪の毛に何か思い入れでもあるの? 」

俺は少し考えて答える。

「そうだな。最初は髪があることが嬉しくてさ、動かせればいいなぁとか思ってからは、イメージ修行を始めたよ。最初は髪の毛を一日中いじくってたな。暇だったから四六時中だよ。目をつぶって感触を確認したり、何百回何千回と絵に描いたり、ずーっとただながめてみたり、なめてみたり、音を立てたり、嗅いでみたり、入院中は暇だったから髪で遊ぶ以外何もしなかった。しばらくしたら毎晩髪の毛の夢をみるようになって、それから退院してしばらくは忙しくて、髪を手入れする時間も風呂くらいしかなくてさ、そうすると今度は幻覚で髪の毛を動かしているんだ。さらに日が経つ幻覚の髪の動きがリアルになってきて、髪の毛の性質を自在に変えられるようになって、魔法の修行をする頃には自然に使えるようになってたんだよ」

「そ、そうなんだ。きっとあなたの妄想力が髪の動きとか性質を可能にしているんだわ」

「妄想言うな。ところでカナコはできないのか。髪? 」

「髪を動かすなんてそんな非常識なことできるわけないでしょ。だいたい神経も繋がっていないのに… 私は脳と神経が繋がっているなら現実でもイメージ通りに動かせるけど、それは、シュミレートして現実にできることの完全に再現してるからよ」

「そっちのほうが凄くないか。そうだ! 魔法はどうなんだよ? 神経は関係ないじゃん。カナコ使えるんだろ」

「あれはちゃんとした理論があるでしょ。気配と一緒で魔力の流れからどういうものがくるかはだいたいカンでわかるし、希のレアスキルは私も同時平行で使えるから、一度見た魔法は使えるわ。威力には差があるみたいだけど、希がやってくれれば楽できるかもしれないわね」

当たり前のようにいうカナコさん、アンタがよっぽど非常識だよ。





作者コメント

ようやく男の魔法が披露できました。戦闘向きというよりネタに向いてますけど…


次話は温泉編です。



[27519] 第十七話 アリサと温泉とカミ
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:870194e7
Date: 2011/06/03 18:49
第十七話 アリサと温泉とカミ



私たちは温泉宿にいる。これから二日間滞在予定だ。ウチの家はおとーさんは仕事、おかーさんは車が苦手なので行くことができなかった。とても残念そうにしていた。希ちゃんの症状についてはみんな知っている。桃子さんは慣れたのでOK、美由希さんと忍さんは近すぎなければ大丈夫、ファリンさんは残念ながらアウト。

気をつけていれば大丈夫だった。


今は待ちに待った入浴タイムだ。私は心は男で、どうすればいいか葛藤していたが、アリサに無理矢理引っ張られてここまできてしまった。


正直に言おう。それはただの言い訳だと、私はここに無理矢理連れてこられたという免罪符が欲しかったのだ。

理想郷はすぐ目の前に広がっていた。しかし、みんなが服を脱ぐ光景を見ながら、私の心は熱くなるどころか逆に冷めていく。その感覚に戸惑いながら答えを探して、私の理解者でもあるはずのカナコに話しかける。

(なあ、カナコ、俺さ、この世界でなのは様に出会って、ここに到達するのを夢見てた。最終到達点と言ってもいいよ。今俺は夢見た舞台に上がっている。けど、なぜだろう? このむなしさは、……例えるなら、世界最高の絶景と聞いてさ、あれこれ想像してきっと心が震えるような体験ができるに違いないと思って行ってみたら、ぜんぜん、想像とは違って、逆にがっかりしたみたいな)

(話長いわ。あなたは女の子よ。性は精神より肉体が優位ってことじゃないの? たまに反逆する人もいるみたいだけど、どんだけらぶちゅーにゅうDXみたいに)

(ああいう特殊部隊と一緒にされたくないなぁ。男の俺は哭いてるぜ。でもこれは女として、しっかりお勤めしろってことなんだろうな)

しみじみ思った。そんな私にアリサはかまってくる。

「希、アンタ、何景気の悪い顔してるのよ。せっかく温泉来たのに」

「ごめんね。アリサちゃん、こういうとこ来たことないから恥ずかしくて…… 」

淑女のたしなみで、恥ずかしがってみる。

「何いってんの。女同士でしょ。こっち来なさいよ」

アリサは私の手を引っ張る。よく見ると、タオルを巻いて可愛らしい格好だ。もう少しひたりたいが、周囲が楽しそうにしてるのに場を盛り下げるのは心苦しい。

私も女の子として振る舞おう。

あ、ユーノ君どうしよう? 着替えのときは髪でうまく隠したけど、まあ見逃してやろう。私の裸を見せてやるつもりはない。後でネチネチいじめてやるから ……くくくっ、ここは恥ずかしそうに振る舞っておけば、こうかはばつぐんだろう。私は周囲をチラチラみながら下を向いて、体をうまく隠しながら洗う。

「よし、綺麗になったわ。ユーノ、次はの・ぞ・み、ふふふっ、な~に恥ずかしがってるのよ」

ユーノ君を洗って満足したアリサは私にターゲットを変えたようだ。いや恥ずかしいんじゃなくて、ユーノ君を気にしてるだけなんだけど……

「こんなタオルがあるからいけないのよ。希、取るわよ」

「ちょっとアリサちゃん、や、やめてよ~」

アリサは私のタオルを取ろうとする、楽しそうだなアリサ。私もユーノ君に見られるのはごめんなので抵抗するが、こういう場合は守勢の方が不利だ。少し粘ったが結局タオルを取られてしまった。ごめん希ちゃん、私は心の中で希ちゃんに謝る。

「ううっ、恥ずかしいよぅ~ 」

一応女らしく、抗議をするが、何かアリサの様子がおかしい。答えが返ってこない。よく見ると呆けたような顔をしている。














「ご、ごめん。し、知らなかったの。私、アンタが一緒に入りたがらないし、身体を隠そうとするのが気にいらなくて…… 」

呆けた顔から急に深刻な表情になる。泣きそうな声だ。アリサの視線は全裸になった私の身体に向けられていた。





ああ、そうか。

私の身体は傷だらけだった。最初の頃より薄くはなっているが、見ていてあまりいいものではないだろう。私は申し訳ない気持ちで力なく笑顔を作るとアリサを声をかける。

「その、何て言うか ……あんまり見てて気持ちいいものじゃないし、ごめんね」







アリサの顔がみるみる崩れて涙が流れてきた。

「ごめ、……ごめんなさい」





アリサは泣いていた。あの気の強いアリサが……

私はショックだった。

こっちこそごめん。

せっかく盛り上がっていた場面を暗くしてしまったことを心のなかでわびる。なのは様とすずかも目を伏せて暗い顔をしている。

こういう場面は苦手だ。




自分が身体を借りて好き放題やっている事実に直面させられる。



希ちゃんがどんな目にあったかはわからない。考えるだけで恐ろしくなる。でも、それはどこまでいってもひとごとに過ぎない。私のことではないからだ。だから同情されても困る。私には資格がない。居心地が悪い。

看護婦たちのあの哀れんだ目を思い出す。その目はやめて欲しい。同情するのは勝手だけど、残念でした! 私は可哀想な子じゃない!! 中身は違うし、昔はそうだったかもしれない。でも今からは幸せになるんだ! 希ちゃんと一緒になのは様やみんなと楽しい学園生活を送るつもりなんだ。


アリサの嗚咽だけが響く。誰もこの重い空気のなかで口を開くことができなかった。

この重い空気は私が招いたことだ。だから、楽しい雰囲気を他でもない私が取り戻すんだ、取り戻してみせる。

ここに悲しい場面はふさわしくない。楽しい思い出にするんだ。

よしっ!!

私は決意をすると自然と笑顔になる。アリサちゃんを抱きしめる。そして、アリサちゃんの耳元でささやく。

「泣かないで、アリサちゃん、いつも元気なアリサちゃんが泣いていると私も悲しいよ。私のことは気にしないで、ちょっと恥ずかしかっただけだから、この傷だって時間が経てばそのうち目立たなくなるから、ほらっ! 涙ふいて」

アリサの涙をぬぐう。目は赤い。まだ感情の整理ができないのかな? それじゃあ、私はある提案をする。

「そうだ。アリサちゃん、身体を全部洗ってよ。丁寧にだよ。私髪の毛多いから、特に洗うの大変で、シャンプーなんて一回で一本なくなるんだから、綺麗にできたら、さっきのことは許してあげる。あっ、首と肩はダメだ怖いから」

アリサは目は赤いままこちらを見ている。私の話を聞くうちにだんだん真剣な顔になってきた。大丈夫かな? もうちょっとフォローがいるかな? 私がそう考えた始めたころアリサはゆっくり深呼吸すると、

「わかったわ。綺麗する。綺麗にするわ」

アリサは神妙な顔で答えた。それから、私の身体をおずおずと洗い出す。くすぐったい。半刻ほどアリサに身体を洗われる。少しのぼせた。

髪を乾かすのが大変だった。

風呂から上がると、いつもより大人しいアリサだった。だから、私は普段より元気を出して、三人を引っ張る。そんな私にみんな戸惑っていたが、時間が経つと普段のペースに戻っていた。

よかった。ようやく本編らしくなってきた。

私はアリサに笑いかける。すると、アリサは目を大きく開いて驚いた顔をした。どうして驚く?







「は~い、オチビちゃんたち」

赤毛の女が近づいてくる。あ!? アルフこんなときに来るとは、せっかくみんな気分良くなったのに水を差されたくない。一応準備してきてよかった。

「こんにちわ。おねーさん、どうかしましたか? 」

「へぇ~アンタが… 」

アルフはこちらを見下したような目でみる、挑発されているな。少し驚かせてやろう。

くらうがいい。メルマック星人!

「失礼ですが、おねーさん少し臭いますね。これ使ってください」

私はふところに手を入れてスプレーを取り出すとアルフの鼻先にシュとふりかけた。










「ぎゃああああああ」

と悲鳴を上げてアルフは逃げ出した。柑橘系の強力な香水だ。いくら使い魔とはいえ急にされれば驚くだろう。所詮は犬、いや狼か。

「希ちゃん、今何したの? 」

「あのおねーさん少し動物の匂いがしたから、香水してあげたの。まさか嫌がるとは思わなかったよ。ほらコレ」

私はなのはちゃんたちの前でスプレーをすると柑橘系の独特の匂いが広がる。

「へぇ~いい匂い。でも人によってはキツいかも」

すずかは気に入ってくれたようだ。おかーさんの香水の中から強力そうなやつ選んだ。そういえば、匂いによっては私の気分悪くなったけど、どんな香水だったかな? 花の香りだったような?


おお、そうだ。なのは様へ情報を伝えなければ。

なのは様にこっそり近づいて、耳打ちする。

「あの人、ふつうの人間じゃないね。宝石ついてたし、魔力からして、この間の子の関係者だと思う」

「えっ? そうなんだ」

少々のアクシデントはあったものの、おみやげ見たり、卓球したり、楽しく過ごした。

アルフ? 居たかなそんな奴? 茶色いモップみたいなエイリアンは見てません。はーはっはっは。

遊び疲れて部屋に戻ると、なぜか大人たち目が真っ赤だった。何があったんだろう? 特に桃子さんは「ごめんね」と断りを入れてから私に抱きしめてきた。どうしたの? と聞いてもみんな何でもないと答え、そこだけがこの旅行の初日で不可解なことだった。



夕食、残念ながら私は人が調理したものは食べられない。せっかくおいしそうな匂いするのに…… みんなも私だけが食べれられないことに残念そうな顔をしている。 

おかーさんが作ったものなら平気なんだけど、ここにおかーさんがいないのが悔やまれる。




みなさんお気になさらずに、私にも食べられるものがあるんです。





わかめだ。

命の源と言ってもいい。

特別メニューで用意してもらったどんぶり一杯に山盛りになったわかめを食べる。ひたすら食べる。













びゃあ゛ぁ゛゛ぁうまひぃ゛ぃぃ゛


私はこれが好きなんだけど、おかーさんあんまり出してくれないから困っていた。久しぶりに満足にワカメを食べて私の髪も喜んでいるみたいだ。

このあいだのドッジボールで勝つためとはいえ酷使したから、ねぎらってあげないと、ごめんよ~私の髪、ちゃんと手入れしてあげるからねぇ~

ああしあわせだ。これだけで生きてける。

「希ちゃん、おいしい?」

なのは様が聞いてくる。

「うん、もちろんだよ」

私は満面の笑みで答える。

「そ、そうなんだ。希ちゃん、髪の毛、ワカメ…… 何でもない」

なのは様は他にも言いたそうなかんじだったが、結局何も言ってくれなかった。なのは様だったらなんでも答えるよ! 

最初は暗かった空気も私が食べてるうちにいつのまにか明るくなり、みんなワイワイ言いながら食べるようになった。

ご飯は楽しくに食うのが一番だもんな。



夜中

なのは様は出かけたようだ。私もついていきたかったが、カナコの反対があった。この前のは力試しで今回は必要ない。戦っても勝てる相手ではないし無用の挑発で相手を刺激したくないらしい。お互いにねと皮肉を加えられた。

何より、アリサが抱きついてきて離さなかったから、私もあきらめた。

すずかは寝ぼけながら噛みつこうとしてきた。ほんとに寝てたんだろうか?




次の日の朝、私はアリサを温泉に誘った。わだかまりをなくしたい気持ちと何よりアリサに楽しい思い出を作って欲しかったからだ。温泉に入り、特にすることがなかったので身体を洗うことにした。

「ねぇ、希、シャンプー取って」

「はいはい」

私はにゅると髪を伸ばす。

「ありがとう、アレ? アンタどうやって渡したの、手じゃないわよね」

「コレよ」

私は髪の毛に魔力を通すと、硬度を変えて手のような形を作る。

「きゃああああーーーー」

アリサは悲鳴を上げて後ずさり、しりもちをつく。私は立ち上がりアリサに近づくと、

「ふふふっ、アリサちゃん、とうとう知ってしまったわね」

私は邪悪な笑みを浮かべてアリサを見下ろす。

「最初に会ったときからウネウネしているとは思ってたけど、やっぱり妖怪だったのね」

妖怪? なるほどそういう解釈もできるわけか。

「アリサちゃん、私が怖い? 」

私は沈んだ顔を作るとアリサははっとした顔で首を振る。

「こ、怖くないわ」





なぜこんなことをしたか? 目的はふたつある。この力便利だから日常的に使えるようにしたいのだ。もうひとつは、アリサと秘密の共有をして友情を深めるためでもある。

「なのはちゃんとすずかちゃんもまだ知らないの。知っているのはアリサちゃんだけだよ。ふたりにもそのうち話すけど今は内緒にしておいてね」

「わかった。アンタが話すまで秘密にする」

物わかりが良くて、大変結構です。

「それから、私ここに来て良かったと思うよ。いろいろあった気がするけど、今は友達がいて楽しいし、これからもずっとそうだよ。だからずっと笑っていよう」

「アンタって… 」

アリサは何か言いたげな顔をしている。

また、そんな顔するんだ。



空気が重くなる前に変えてしまうか。

「じゃあアリサちゃん、この髪で洗ってあげるね」

髪の毛に魔力を展開して、何本もの細長いホースに形を変える、硬度をスポンジくらいかな。

アリサの身体に這うように巻きついていく。

「ち、ちょっと待って、希、それだめ」

動くな、動くな。

「大丈夫。痛くしないから」

じたばたしない。大人しくしましょうねぇ~

「やらぁ、ちょっと許して …あっ」

アリサの声が響く。ちょっと艶っぽいけど、くすぐったいだけだろう。私の身体で一番大事なところで洗うんだから、もっと喜べばいいのに、







さあ気合いを入れて洗おう。床屋さんがするような髪の洗い方を意識しよう。記憶にないけど…


「んんんんっ~~~ 」

アリサは洗っている途中で声を響かせながらパタリと気絶してしまった。まだピクピクしている。粗相もあったが、これは彼女の将来のために伏せておこう。女同士だし問題ないよね? まだまだ子供のようだ。

思う存分洗って、カミノチカラを確かめる。細かい動作も繊細な力加減も可能で、改めていろいろ応用の利きそうな能力だと実感した。もしかしたらワカメ効果もあったのかもしれない。乾燥わかめを常備することも検討しなければならないだろう。

風呂の後、ドライヤーで乾かすのは面倒だったので髪の毛を振動させて乾かす。なんか低周波のような耳障りな音が出た。あとドアノブ握ったら静電気が… イタイ。フェイトの電撃よりしびれた気がする。

気絶していたアリサは低周波で目を覚ました。のぼせたのか顔が赤い。なんだかこちらを見る目が潤んでいるようだけど気のせい。気のせい。

こうして、私たちの温泉旅行は終わった。





ーーーーーーーーーーーーーーー

アリサ視点

アタシにとって希は不可解な人間だ。普段は誰よりも子供っぽくてバカでおもしろい子だけど、ときどき同じ年とは思えない一面を見せる。

喫茶翠屋で見せた希は理解不能で、人はどんなことであんなに恐怖で顔を歪めることができるのだろうかと恐ろしくなった。西園先生は希の病気については教えてくれたけど、どうして希はこんなことなったかは教えてくれなかった。

気になったのでママに相談したら、ママは悲しい顔でどんなことがあっても自分から聞いてはダメということと前と同じように友達でいてあげなさいと言われた。どうして希は何も教えてくれないのって聞いたら、

「友達だから話せないこともあるのよ。知らないほうがいいこともあるわ。ママは怖い。希ちゃんに何があったか聞くのが… きっと呑みこまれてしまう」

そう言ってママはあたしを抱きしめる。

ママは震えていた。よく知らないはずのママが怖がるなんて、アタシにはそれがショックだった。世の中には知らないほうがしあわせなことがあることをこのときアタシは初めて知った。

希のお見舞いに行ったときも、普段と変わらないみたいだった。翠屋の事も逆に気を使われてしまった。それに桃子さんに謝りにいくみたいだ。あんなことがあったのに……










希のことが分からなかった。


その事件以来希は相変わらずなのはにかまって、バカやって、ユーノを見つけてから、なのはが何かに悩んでいることが気になって、あの事件の事はすっかり忘れていた。

いや、希の病気はそのままで、アタシたちに隠さなくなっただけだ。それに合わせて、日常の中で大人の女の人をどうするかが対策を立てるのが当たり前になっていた。もしかしたら、ママが言っていたことはこういうことだったのかもしれない。希も今の状況を望んでいたんじゃないかと考えるようになった。


そして、温泉の日……

アタシは浮かれていた。なのはとすずか、ユーノ、そして、希と楽しい時間を過ごせるのだから、ユーノは何だか変に暴れてたけど、洗っていて楽しかった。

次のターゲットは女同士なのに恥ずかしがる希だった。一緒に入ってからも、ちっとも楽しそうな顔をしない。少しムカついたから、希のタオルを取ってやろうとした。

希は珍しく抵抗するから、アタシもムキになって強引になってしまった。本当はこのときに気づくべきだったのに……







目に入ったのは傷だらけの身体だった。痣や切り傷、背中は火傷のような傷がある。よく見ると腕と足にも薄くなっているけど傷の跡がある。

どんなことがあればこんな傷ができるのだろう?

希はバツが悪そうに

「その、何て言うか ……あんまり見てて気持ちいいものじゃないし、ごめんね」

答える。



















……なんでそんなこと言うのよ!

悪いのは私なのに。




私はすずかからリボンを取り上げてからかっていた最低の自分を思い出す。

自信家で、わがままで、強がりな、今思い出すと腹立たしいし、恥だと思ってる。

なのはに頬を叩かれて、喧嘩して、大人しかったすずかに止められて、それから、少しずつ話して仲良くなって、今の自分がある。この事件がなければ私はきっと最低な自分のままだったと思う。






変わってない。

私は同じ事を繰り返している。最低だ。なにより、みんなの前で希の見られたくないもの見せるなんて……





情けなくて、申し訳なくて、どうしたいいかわからなくて涙が出てきた。








柔らかい感触がする。耳元で声が聞こえる。

「泣かないで、アリサちゃん、いつも元気なアリサちゃんが泣いていると私も悲しいよ。私のことは気にしないで、ちょっと恥ずかしかっただけだから、この傷だって時間が経てばそのうち目立たなくなるから、ほらっ! 涙ふいて」

希だった。希はいつもと変わらない。いつもの調子で冗談みたいに軽く流してしまった。




どうして?

希は温泉に入りたがらなかった。だから、アタシが無理矢理連れてきた。服を脱いでも、どうやっているのか不思議だけど髪の毛で身体の傷をうまく隠してた。入ってからもずっと周りを気にしているみたいだったから、見られたくないのはずなのに……

どうして怒らないの? どうして笑っているの? どうして優しくしてくれるの?




どうして 

許してくれるの?

温泉から上がってもアタシの頭はどうして? と言う言葉がぐるぐる回っていた。


希はいつもよりはしゃぐ。さっきまで、大人しかったのに、不自然なくらい明るく楽しそうに振る舞う。それにつられてすずかとなのはも笑顔になる。アタシもそれどころじゃなかったけど、アタシだけ暗くしているのもどうかと思って楽しそうにしているうちに本当に楽しくなってきた。

希は私を見て、にっこり笑う。




まさか? こうなって欲しかったの?

すごい……

私はこのとき初めて希を尊敬した。

そんな、私の思いなど関係なく、希はいつも以上に奇怪な行動でみんなを驚かせる。


希の病気は非日常で暗い影を感じさせる。でも希は道化を演じてその影を払拭してしまう。考えてみると、主婦を暗殺者と言ったり、エイリアンとかいうのも奇抜ではあるけど、この子なりの病気との向き合い方なのかもしれない。

食事のときだって、本当に幸せそうな顔でワカメだけを食べていた。みんないつのまにか微笑ましくみつめていた。その顔は本当に幸せそうでワカメだけしか食べられないことがぜんぜん気にならないみたいだった。






そんなわけないのに。

でも信じてしまいたくなるような顔だった。いつのまにかみんな明るい顔になっていた。




次の日、希から温泉に誘われた。気を使いすぎなのよ。

ここでの出来事はいろいろありすぎて、ごちゃごちゃしている。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・股、……じゃない。また、洗ってもらおう。




家に帰りつく。頭の中はなのはのことも気になっているけど、希のことでいっぱいだ。秘密も知ってしまった。希のことを考えるとお腹のところが熱っぽくなる。どうしてだろう?


希はいつも周囲が笑顔でいれるように、周囲に気を使わせないために、自分の悲しさを奥に秘めて、道化を演じている。


「それから、私ここに来て良かったと思うよ。いろいろあった気がするけど、今は友達がいて楽しいし、これからもずっとそうだよ。だからずっと笑っていよう」

そう確信したのは希のこの言葉だった。











アタシにはとても届かない。


どうすればこの子みたいになれるのだろう? わからない。またママに相談してみよう。するとママからは違った答えが返ってきた。

「違うのよアリサ、希ちゃんの年で感情を抑えて、周囲に気を使うなんて悲しいことだわ。あなたたちはもっと怒っていいし、悲しんでいいの」

「どうして? ママ」

「今は心を育てる時期なの。いろんなことに泣いたり笑ったり怒ったりして、成長していくのよ。感情を抑えること覚えるのはまだ先でいいの」

そうなんだ。

ママは希が感情を押さえなくてもいいんだってことを教えてあげなさいと教えてくれた。





希、覚悟してなさい。これからもどんどんひっかき回してあげるから。

アタシはアタシの新しい親友のために固く誓うのだった。










作者コメント

ギャグにするつもりが、別の電波を拾ってしまった。

……まあ、いいか!



今週末から、しばらくネットが使えなくなるので、週末更新になる予定です。



[27519] 第十八話 テスタロッサ視点
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:870194e7
Date: 2011/06/05 14:04
第十八話 テスタロッサ視点


プレシア・テスタロッサ視点

私はいらいらしていた。この人形は言われたこともろくにこなせないのか。ジュエルシードは私にとって最後の希望なのだ。それなのにたった数個しか集められないなんてふざけている。


私は怒りと失望で気が狂いそうだ。ただでさえ時間がないというのに、鞭でこの人形を叩きながらも、私の娘だからというアメを与え続ける。正直反吐が出る。しかし、この人形にやる気を出させるために、言いたくもない言葉を吐き続ける。

もういいだろう。拘束を解く。そして、最後にその大嫌いな人形に偽りを告げる。

「行ってきてくれるわね。私の娘、かわいいフェイト」

「はい、行ってきます。母さん」

「しばらく眠るわ。帰ってきたら必ず私を喜ばせてちょうだい」

「はい」

私は人形に背中を向けて去る。休まなければ、この身体はもう……

「あの …母さん …その」

人形が何かつぶやく。まだ何かあるのか。本当にいらいらさせる人形だ。だが、話くらいは聞いてやるか、アメがまだ必要なのだろう。

「何? 何かまだあるのフェイト」

「聞きたいことがあります。母さん」

「言ってみなさい」

「その、ある魔導師と交戦したのですが… 」

私はフェイトの話を聞く、どうせ大したことはないだろうと思っていたが、フェイトの話は私を驚愕させた。

レアスキル、誰もが使えない。個人特有の魔法、それほど多くはないが良く聞く話だ。問題はそのレアスキルの内容だ。魔力の質と波長を見ただけで再現できるらしい。まさか?

「フェイト、デバイスの戦闘データを見せなさい」

「はい、母さん」

あの人形からデバイスの戦闘記録をみる。私はひそかに期待していた。













「魔力の質、波長の再現率は?」

「100パーセント」









「ふふふっ …あははははははははははは」

このあり得ない数字を聞いたとき、私は笑いが止まらなかった。

アリシアを蘇らせようと、失敗したときどうしても、再現できなかったものがあった。肉体のコピーは完璧だ、完全に再現できた。記憶だって完璧に100パーセント転写に成功した。でも生まれたのは失敗作の人形だった。利き腕は違うし、魔力の資質もまるで違った。








足りないものは恐らく魂の情報だ。

死者蘇生の秘術を調べる過程で、他者の魔力資質を再現して魂さえ可能にするレアスキルが存在するという。だから、その知識を求めて失われた都アルハザードに行くつもりなのだ。間に合うかもしれないのだ。




「母さん、どうしたのですか? 」

私の様子がおかしいと思ったのか、人形が話しかけてくる。さっきまでの失望と怒りが嘘のようだ。希望にあふれている。今なら本当にこの人形を好きなることができそうだ。気分がいい。私は久しく見せなかった笑顔を人形に向ける。

「よくやったわ。フェイト」

人形は唖然としている。仕方のない人形だ。今日は飛びきりのアメをあげよう。今なら何だってしてあげられる。私は人形を正面から抱きしめると耳元でささやいた。

「本当によくやったわ。フェイト、この子がいれば私の研究はきっと完成するわ」

「母さん、っ!?」

人形が何か泣いているようだが、全く気にならない。早くあの子を連れてきて研究を完成させよう。それが済めばこの人形は用済みだ。捨ててしまってアリシアとふたりで暮らすんだ。でも、それまではこの人形は大事扱おう。やる気を出させるためなら嫌悪感しかない行為でもできそうだ。

「ねぇフェイト」

「はい、母さん」

人形の目は赤く潤んでいる。よっぽどうれしかったらしい。さあ、やる気を出しなさい。

「今日は何でもいうこと聞いてあげる。どんなことでもいいいわ」

「どんなことでも? 」

人形はかみしめるようにつぶやく。

「そう、どんなことでも何だっていいわ。その代わり、明日になったら、さっきの子を連れてきてね。どんな手段を使ってもいいから」

「 ……母さん」

フェイトは私に抱きつくとぐすぐす泣いている。その姿は心にひっかかったが、きっと希望が見えたからだろう。こんな人形に私が心を動かされるはずがない。


私が注ぐのは偽りの愛情この人形を効率良く動かすためのもの。私が愛情を注ぐのはアリシアだけ。

あの人形が求めてきたのはケーキを食べることと一緒に寝ることだった。

その程度のことだった。

ずいぶんお手軽な子だ。

もっといろいろ言ってくるかと思ったが、私に気を使っているのか? 馬鹿な人形だ。

あの人形と一緒にケーキを食べて、一緒に寝る。いつも暗い顔をしている人形がしあわせそうな寝顔をしている。その表情を見ているとなぜかアリシアを思い出す。












アリシアの私が仕事に出かけるときの何かを堪えるような表情。




私はたまらなくなり、あろうことかあの人形を抱きしめたまま眠ってしまった。






その日はアリシアの夢の見た。あの事故以来初めてのことだ、アリシアはこちらを見たまま何もしゃべらない、あのときと同じ顔をしている、あの子が悲しそうにしていると私も悲しい。近づこうとするが身体が動かない。もどかしい。あの子を抱きしめてあげたいのに、アリシアは悲しそうな顔のまま笑顔をつくると小指を出して、

「ママ、約束」

言って、私は目を覚ました。

せっかくアリシアの夢を見たというのに、抱きしめてあげることができなかった。夢の約束とは何だろう? 何か引っかかっている。アリシアとの約束は私にとって重要な絆なのだ。






私にはもうそれしか残っていない。

隣には忌々しい人形が寝ている。強い怒りが沸いてきた。いくら寂しかったとはいえ、この人形にアリシアだけに注ぐべき愛情を与えてしまったのだ。










人形の首元に手を伸ばす。








今なら殺せる。















「 ……ママ」


この人形が発した言葉に動揺してしまう。





その呼び方はやめて! アリシアと同じように呼ばないで、あなたは私の娘なんかじゃない。




ごめんなさいアリシア私の愛情はあなただけのものなのに。ただの慰みの人形に心を奪われるなんて私は弱い人間だ。



人形風情が……

そんな気持ちとは裏腹に先ほどの殺意は消え失せ、代わりに残ったのはむなしさだった。



ーーーーーーーーーーーーーーーー

フェイト視点

「よくやったわ。フェイト」

その言葉と笑顔を見たとき、私は信じられなかった。母さんの笑顔を見たのは何年ぶりだろうか? きっと、あの事故以来だ。

「本当によくやったわ。フェイト、この子がいれば私の研究はきっと完成するわ」

「母さん、っ!? 」

母さんが抱きしめてくれる。暖かい懐かしい感触だ。本当はずっとこうして欲しかった。私はうれしさのあまり泣いてしまう。すごく幸せだ、さっきまでの寂しさが嘘のようだ。母さんは優しくささやく。

「ねぇフェイト」

「はい、母さん」

「今日は何でもいうこと聞いてあげる。どんなことでもいいいわ。」


「どんなことでも? 」

私はかみしめるようにつぶやく。私は母さんにとってものすごいことを発見したらしい。母さんは最近身体の具合が悪いのに、研究に一生懸命だ。私のために時間を割いてくれるなんてとても信じられなかった。

「そう、どんなことでも何だっていいわ。その代わり、明日になったら、さっきの子を探して連れてきてね。どんな手段を使ってもいいから。」

「母さん」

私は幸福感に包まれながら、何をしてもらおうか考えた、そうだ!! おみやげに買ってきたケーキを一緒に食べよう。そして、ちょっと恥ずかしいけど一緒に寝てもらおう。母さん聞いてくれるかな?




母さんは約束を守ってくれた。うれしい。しかも、抱きしめて寝てくれた。


その日、昔の私と同じ顔をした女の子の夢をみた。

さあ、あの子を見つけて連れてこよう。あの猫のとき以来見かけないけど、あの子を見つければ母さんはもっと私を抱きしめて笑ってくれるんだから、……ずっといつまでも



















そう、どんな手段を使ったって ……いいんだ。



作者コメント

フェイトヤンデレてるいいのかこれで。

次話投入は来週末です。



[27519] 第十九話 フェイト再び
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:142fb558
Date: 2011/06/12 01:35
第十九話 フェイト再び



カナコ視点

私は紅茶を飲む。外の世界と違って行為自体に意味はない。リラックスするためにしているだけだ。私のちからでもこの世界でモノを創造するくらいはできる。あの男のように複雑な構造のモノをつくることはできないけれど…



リラックスしながら、今までのことを考える。

順調だ。次の大きなイベントは管理局との接触になるはず、こちらの魔力資質を示して自分用のデバイスを貰うことができれば成功と言っていいだろう。はっきり言ってジュエルシード事件なんてどうでもいい。あくまで闇の書事件までの通過点で私たちの魔法戦闘力技術を上げる手段だ。


ただ個人的にテスタロッサ親子のことは気になっている。希以外の人間はいざとなれば切り捨てるつもりはあるが、どうしてこの親子が気になるか考えることにした。





フェイト・テスタロッサ

最初の出会いで、希に手を出されて戦ったけれど。あの物語で気になる存在だ。実際に会ってみて、あの暗い表情は落ち着かない気分にさせる。



プレシア・テスタロッサ

関わるのはごめんだが、在り方には惹かれている。シンパシーというか共感できることが多い。目的のために突き進む姿は見習いたい。機会があれは少し話してみたいとさえ思っている。



アリシア・テスタロッサ

プレシアのすべて、すでに死んでいるが、死してなおプレシアの生きる目的となっている少女、私にとっての希になる少女だろうか?





答えは簡単だった。

テスタロッサ親子の状況と自分と希、あの男を重ねているのだ。では私があの男にさせているのはプレシアがフェイトにさせていることと似ているのだろうか?







いや少し違う。

確かに秘密を抱えているし、最初は替えがあるから、壊れてもかまわないと思っていた。しかし、運良く育ってきたので、もったいないと思っている。希にとって有用な存在だからというのも大きい。

再びプレシア一家について考える。

アリシアが死んでいなければ、そもそもフェイトは生まれなかったけれど、プレシアがアリシアのフェイトに対する感情を想像できていれば違う状況はありえたかもしれない。



私だって未来を知っているこの世界に介入することに楽しみや喜びを感じていないわけではない。なのはやフェイト達は希にとってもいい子たちだ。より良い方向に進んでほしいし、フェイトにも親の情愛を知ってもらいたいと考えている。

しかし、自分にある言葉を言い聞かせる。











目的を忘れるな。


優先順位を間違えるな。彼女たちに感情移入しすぎるな。私の使命を忘れるな。私は希のためだけに生きている。希が笑顔で、しあわせに暮らすことができるならそれでいい。

確かに魔法のちからで得たものは大きく、この世界の大人に力で負けないのはありがたいことだ。しかし、大きなちからはさらに大きなちからに呼ぶ。場合によってはより大きなちからに飲み込まれてしまうだろう。闇の書がいい例だ。

私は希のためにジュエルシード事件をうまく立ち回るのよ。それに集中しよう。……もし余力があれば少しだけ手を貸そう。そのスタンスでいいはずだ。

そんなとりめないことを考えていると、プレシアにとってのアリシアこと、私にとって大切な希が姿を見せた。

「あらっ!?  珍しいわね。あなたがここに出てくるなんて」

思わず声が弾む。

「私だって、たまには出てくるよ~ 寝てるのが一番だけど…… 」

いい傾向だ。想定してたよりずっと早い。うまくいって夏くらい、遅くても来年くらいを考えていたから、破格のスピードだ。この子が自発的に図書館まで出てくるのは、トラウマやシンクロ以外ではあの日以来、初めてかもしれない。

私と話したいことでもあるのだろうか?

「調子はどう? 」

「怖い夢見なくなったから、楽になったよ。イヤな感覚はたまにあるけど、ずっとじゃないから、あんまり起きなくてもいいし」

今のところ経過はいいようだ。十分な休養になっている。シンクロイベントがうまく作用して気力が少しずつ回復している。体力が休息や食事で回復するように、気力も休息、ストレス解消や楽しみごとで回復する。

希の場合は過去の事件の影響で気力が常に減り続け、今まではゼロに近い数字を行ったり来たりして、心が身体を動かす力を失い、ほとんど生きる屍だった。



この調子で一日一回でもここまで出てきてくれれば次のステップに進めるかもしれない。

「何か聞きたいことがあるの? 」

「うんっ、 おにいちゃんのこと、いつになったらお話できるか気になって、いつもカナコとばかり楽しそうでうらやましいよ~ 」

あの男か。希は顔を合わせたことはあるが、まだ会話らしいことはしたことがない。この間は私の言いつけを守って逃げたみたいだが、やはり気になっているようだ。

「まだだめよ。この間検査したけど、身体の形を再構成するちからはなかった。もう少しだとは思う」

「今どのくらいなの? 」

「きょしんへいくらいね」

「早すぎたんだ。腐ってやがるの? 」

この返しもあの男のものだ。良くも悪くも影響を受けている。

「それは冗談だけど、魂がさらさら液体からドロドロの粘土にくらいまでは育っているわね。固まるまでには時間がもう少しかかる。ジュエルシード事件が終わるころにはなんとかなりそうだわ。そのためにももう少しあの女には頑張って貰わないとね。まだまだ自分の存在を確立するだけの記憶の積み重ねが足りないわ」



あの男の記憶は私たちの都合に合わせて封印・操作してある。キーワードはあの男の本名だ。名前は自分の存在を信じる上で重要な要素である。フェイトもなのはに名前を呼ばれることで自分の存在を実感し、あの状況から心が折れずに踏みとどまったと考えている。

それほど重要な意味を持つ名前を奪うことで記憶の封印・操作を可能にしている。仮の名前はアマミヤノゾミ、あの男は意識していないが、アマミヤノゾミと呼ばれることには違和感を感じていないはずだ。

まずいのは希本人と接触すると仮の名前に対する意識が揺らいで、存在が希薄になってしまうことだ。そうなると自分の名前や過去の記憶を求めてしまうだろう。自滅への道だとも知らずに……



魂が固定化すれば、真実を名前を教えて記憶を取り戻しても耐える事は可能だろう。むしろ、個別化することで強化されていく。

思考がそれた。

希に目を向けると、希は遠くに思いを馳せるように

「そうなんだ、楽しみだな~ 」

とつぶやいた。








……う~んこれは良くない。あの男に感情移入してはだめだ。あんまり居心地がいいと、外の世界に出る気が無くなってしまうかもしれない。自分の世界で完結してしまう。言いたくないけれど、釘を刺しておかなければいけない。

「わかっているとは思うけど、話できるようになってもあまりあの男に頼らないのよ。外の人間と交流しなさい」

希はむっとした表情になる。そんな顔はしないで欲しい。あなたのためなんだから…

「わかってるよ~ カナコはうるさいな~ ねぇカナコはお兄ちゃんのことどう思っているの? 」



希は予想外の質問をしてきた。少し考えて答える。

「良く動く歯車ね。でも目が離せないから心配だわ」

「嘘つき~ カナコ、お兄ちゃんといるとき楽しそうだよ。私も混ざりたいよ」

楽しそう? まさか、あの男は希の代わりに外で動くだけの存在だ。思った以上に働くから役割を増やして、存在を維持するため、あの男に悟られないように動いている

はずだ。




あの男について考える。

あの男の抱える物語は刺激的で面白く夢中になって目的を忘れそうになるし、日常の会話でもついつい使ってしまいたくなる魅力がある。私の記憶にある前世ともよく似ていて、故郷に帰った気持ちになる。

あの男の主張する前世はずいぶん荒唐無稽で怪しい。一度この世界の記憶があるから戦闘力があるんじゃないかと考え、任せてしまい冷や冷やさせられた。ちからはないと判断したが、髪の毛を操作するちからは戦闘でも使えるかもしれない。

コミュニケーション能力は希はともかく、私より優れているかもしれない。私は力で従わせるのは得意だけれど、対等の相手と話すのは苦手だ。

それにあの男は門の向こうへ投げたり、ハンマーで叩くのは楽しいというか、今度来たときはどんなふうにしてやろうかとか考えると頬が緩む。腹部が熱を持つような感覚だ。




















愛? いやいや、お気に入りのおもちゃを扱うのと一緒だ。心を寄せているわけじゃない。目的が同じだから少しだけ気を許しているだけだ。そうだ。それに間違いない。


こうして考えると私の中であの男の重要度は上がっているようだ。もちろん希とは比較できない。



私は希に近づくとその体を抱きしめる。

「悪かったわね。もう少ししたらあなたもちゃんと混ぜてあげるから、もう少し我慢してね」

「うんっ」

私は希の体を抱きながら、私と希に影響を与えるあの男に脅威を感じるのだった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーー

雨宮希(男)視点

温泉旅行以降は特に大きな事件もなく、上の空のなのは様にアリサがキレたくらいだった。私が「なのはちゃんにだって今は話せないことがあるんだよ」と言うと、アリサははっとした表情で「悪かったわ」と言って去っていった。少しだけ素直なアリサだった。


フェイトは時期的にあのプレシアのところに帰ったのだろうか? 事情が事情とはいえ、ひどい目に遭わされるのは想像したくない。

今日は珍しくひとりで帰る。見知らぬ女性との接触を避けるため、人通りの少ない道を使っている。逆に痴漢とかに出会ったらどうしよう怖いわとか考えるあたり、あの温泉以降、私の女としての思考は固まりつつあった。

カナコが話しかけてきたのはそんなときだった。
 
(魔力反応が高速で二つ動いている。なのはじゃないわね。フェイトとアルフ? ジュエルシードかしら? )

(次は管理局との接触だよな。こんなに早かったっけ? ) 

(こっちに気づいた!? 移動速度が上がったわ! 明らかにこっちを狙っている。東上空から来る)

私はカナコの言った方角に目を向けるが、何も見えない。

(まだ見えないんだけど)

(早い!! なんてスピードなの! 繋がるわよ)

まだ状況を把握しきれてない私とは裏腹にカナコの声はせっぱ詰まっていて、こっちの答えを待たずに繋がってきた。

あれッ? なんか星みたいな金色の光が見えるなぁ~ どんどん近づいてえええーーー
 





「動かないで」

背中にはバルディッシュを突きつけられている。カナコも反応できなかったようだ。早すぎてわからなかった。

ピトーさん並のスピード出てませんか? あんなスピードどうやって急停止したんでしょう? 慣性法則って知りませんか? 物理の壁突破してませんか? 



そもそも、こんな展開はなかった。時期的にフェイトは時の庭園に帰っていて、鞭の餌食になっているはずだ。

(姉さん、大事件です)

(どうしたの? 一平)

(このネタがわかる時点であなたの年齢がわかります)

(うるさいわよ。それより私もこんな展開は予想外だわ)

(フェイトさん本気です。なぜでしょうか? )

(おそらく、プレシアが私の力に目をつけたのね)

(プレシアがなんでまた? )

どうしてこうなるかわけがわからない。

(あなたねぇ、プレシアの最終目標は何? )

(アリシアを生き返らせること、そうか。カナコのレアスキルか)

(厳密には希のだけどね。アリシアの魔力資質を再現できなかったと言っていたからその辺りに理由があるとはおもうけど、言うこと聞くしかなさそうね。デバイスないから勝負にすらならない)

(でも遅くなったら、ましてやその日帰らなかったら、ウチのおかーさんどうにかなっちまうよ)

夜、少しだけ抜け出しただけで、ああなったおかーさんだ。想像するだけで恐ろしい。

(知らない! 自分で何とかしなさい。帰ることができるかもわからないのよ! 私はそれどころじゃない!! 実験体になるなるなんて冗談じゃないし、希にとってプレシアは恐怖の象徴で接触させたくないのに、ありえないありえないありえないありえないありえな~い)

プリ○ュアかおまえは…

取り乱してますねカナコさん。

いつも冷静なカナコだが今までとは状況が違う。こんな反応は初めてだ。そんなカナコを見て逆に俺は冷静になっていく。

(落ち着けって、カナコ、フェイトなら話す余地くらいはあるだろう? )







(………………不覚だわ。あなたにそんなことを指摘されるなんて、 

……確かに話す余地があるだけましね。最悪は想定してるけど、うまく立ち回ることができれば、いい結果が得られるかもしれない)

いつもの冷静なカナコに戻りつつあった。それでいい、私は私で自分の不安材料を解消しておこう。

「あのフェイトさん? 」

「黙って言うとおりして」

なんか声に緊張感あるなぁ。

「言うとおりするから、こっちの話も聞いてくれない? 」

「・・・・」

フェイトは答えない。かまわず続ける。

「私早く帰らないとおかーさんが心配するの。だから、なんとか言い訳するから。電話だけでもかけさせてくれないかな? 」

「母さん? …わかった。でも変なこと話したら、すぐに切らせるから」

ほっ良かった。なんかフェイトさんやけにせっぱつまっているけど、母親の名前出せばきっと聞いてくれると思ってたぜ。許可が降りたので携帯から電話をかける。

「もしもし、おかーさん、希だけど、うん、今学校の帰り ……それでね、今日はなのはちゃんのウチに行きたいの。
私ね、おかーさん以外大人の女の人にもっと慣れる必要があると思うの。だからね、桃子さんは普通の人よりは平気だから、今日はなのはちゃんの家に泊まりたいんだけどいいかな?



ほんと? ありがとうおかーさん大好き
来たらダメだからね。これは訓練なんだから」

(あなた、すごい嘘つくわね。これじゃ百合子ダメって言えないじゃない)

珍しくカナコが感心している。フェイトはなんだが複雑な表情をしている。やはり罪悪感があるのだろう。

「うん、わかったじゃあね ……さて、許可は降りた次は辻褄を合わせないとね」

「まだ、かけるの? 」

「うん、だって嘘がばれたら困るでしょ。なのはちゃんにかけるよ。
大丈夫。今日は家にいるはずだし、ここにはすぐには来れない。
共犯になってもらうからある程度は事情を話すからね」

「 ……うん」

(どっちが、犯罪者かわからないわね、今の話だと)

(基本的には素直な良い子だからなフェイトは)

「もしもし、なのはちゃん、希だけど、うん、今フェイトちゃんと一緒なんだ。えっ!? 心配いらないよ。家に泊まりに行くことになったのだけだよ。でも、良く知らない友達だから、おかーさん心配するかと思って、なのはちゃんの家に泊まるって嘘言っちゃんたんだ。

……ごめんね。
嘘がばれると後が怖いからなのはちゃんも協力してね」

(とても、これから誘拐される人間の台詞じゃないわね)

(こっちも腹をくくるさ。それにまだ決まったわけじゃないぞ)

(どういうこと? )

(それはもちろん、フェイトはいい子だから、今回のことには後ろめたさがあるはずなんだ。だから、後腐れないようにデバイスなしの魔法の勝負をする。負けたら仕方ない。なんとか明日までに帰る方法を考えようぜ)

「ねぇ、フェイトちゃん、今の状況不公平だと思わない? 私デバイスないから、力ずくじゃかなわないよ…… 」

私はフェイトの後ろめたさを刺激しながら、対等の勝負に持ち込む。フェイトは了承してくれた。う~ん、おにいさんそんな素直すぎるフェイトの将来が心配です。

(よくやったわ。これで勝つる)

×1

先ほどのは裏腹にカナコの声は弾んでいる。気持ちはわかるが早すぎませんか?  

私たちは人気のない場所に移動すると、十メートルくらい離れて向きあう。ちょうど夕方だ。なぜか強い風が吹いてと枯れ葉が舞っている。決闘にはふさわしい場面だ。



いつのまにかアルフが私たちの間に立っている。審判?

「勝負は無制限一本勝負、気絶または参ったと言ったほうの負け、フェイトが勝ったら素直に付いていくんだよ、アンタが勝ったら今回は見逃す」

あきらめるってことはないわけね。

(ふふふっ デバイスないなら負ける要素はないわ。あの子スピードはあるけど、動きは単純だから容易にカウンターを当てられる。あのスピードが命取りよ。正面衝突すれば2tくらい打撃になるはず、その後は投げ飛ばしてあげるわ)

おいおい、カナコさん、アンタ投げる方が専門じゃないのか? なんで打撃技にも精通しているんだよ。

きゅぴ~ん、きゅぴ~ん
×3

んっ!? 何だ今の音は、

(そんなにうまく行くのか? フェイトの目、真剣だぞ)

(大丈夫よ。あの子とは一度戦っているもの。それに私には體動察の法があるわ。敵の肉体の筋肉・表情・呼吸の微妙な変化を察知し、その動きを完璧に予見できる。たやすいことだわ。)

きゅぴ~ん、きゅぴ~ん、きゅぴ~ん
×6

前から思っていたけど、血の気の多いカナコさんだった。それにさっきから嫌な数字がカウントされているんですけど、カナコは気づいていないのだろうか?

「じゃあ始めるよ。レディーーーGO」

アルフの掛け声を共に、フェイトは矢のようなスピードで突っ込んでくる。


早ッ!!

フェイトは魔力を込めた左拳をこちらの顎に向けて突き出す。

(早い!! でも予想通り。甘いわフェイト!! )

きゅぴ~ん
×7















カナコはニヤリと笑うとフェイトの左腕に交差させるように、魔力の込めた右拳を繰り出すと身体ごとを地面に向けてフェイトの顎を打ち抜いた。フェイトの左拳は首を傾けてギリギリ避けている。













クロスカウンタァーーーーーーーー

すさまじい衝撃音が響く。カナコの予告通り衝撃にして2tのパワーが炸裂した。




完璧な一撃だった。




「 ……あっ!?」

フェイトはゆっくりと崩れ落ちていく。もはや立つことはできないだろう。





(勝ったわ)

カナコは勝ちを確信した。私もそうだ。


きゅぴ~ん、きゅぴ~ん
×9

あれっ? まだ聞こえる。




















「 ………………母さん」

きゅぴきゅぴきゅぴ~~~ん

×20




何ですとーーーーーーーーーーー








倒れるかと思われたフェイトだったが、上半身がほとんど床に着きそうな位置から、足を踏ん張る。身体の筋肉をきしませながら、右手に魔力を集中させる。こっちはさっきの一撃で体勢が戻っていない。

(そんな! さっきの一撃で倒れないなんて!! 右に魔力を集中!? まさか、食らうのは承知の上だったの? )

フェイトの利き手は右手だ。最初の一撃は左だった。ということはフェイトは食らうのは覚悟の上で全力で左の一撃を放ったのだろう。攻撃に耐えて、次の自分の攻撃を確実に当てるために……




フェイト恐ろしい子。



ああ、これはまずいな。私たちにさっきから聞こえていた音は負けフラグがカウントされていく音だったんだ。次のフェイトの反撃の威力がフラグの数だけ倍加される。つまり20倍もの威力一撃だ。










うんっ、オーバーキルですね。

フェイトの一撃が迫ってくる。スローモーションだ。人は死ぬとき自分の一生が走馬灯のように見えるという。私には記憶がないけれど、暗い部屋でパソコンをカタカタやっている自分の姿が見えた気がした。

(きゃああああああああああああああああああああーーー)

カナコの悲鳴が聞こえる。その音と共にわき腹への衝撃と自分の身体が高速で横回転しながら空中に上昇するという、これは死ぬレベルの感覚を味わいながら意識を失った。

次に気が付いたのはフェイトのこの世界での拠点だった。






カナコは私より先に意識を取り戻して、対策を練っていたようだ。こうなった以上プレシアと交渉するつもりらしい。疑い深くあのおかーさんさえ信用していないカナコしては楽観的な考えだ。それについて聞くと、

(信じて行動しなければ今は身動きが取れないわ。私たちの運命を他人に預けるのは気に入らないけど、仕方がない)

(でもカナコ、ウチのおかーさんにも厳しいのに、プレシアはいいのか? )

(そうね、確かに壊れているかもしれないわねプレシアは。でも、残酷な現実を覆すために、どこまでも目標に到達するために厳しく生きているわ。結局報われなかったかもしれないけど、そういうところに惹かれているのかもしれない。プレシアの目的ははっきりしてるから、交渉もしやすいと思う。それから、今回は私が出るわ。あなたには私と希の世界を警護してほしい。プレシアとの交渉は能力使える私の方が話が早いし、プレシアとの接触は希にはストレスだから黒い影との戦いになる可能性が高いわ。プレシアとの交渉内容は後で話すわ)

(いつ交代する? )

(プレシアに会ってからでいいわ。私、外に出るとすごく疲れるから、今は休むわね)

目を開けるとフェイトがいる。アルフも一緒だ。覚悟を決めよう。

「じゃあ、フェイトちゃん行こうか」

「ごめんなさい。あなたにどうしても会いたい人がいるの。私の大事な人なの」

フェイトは勝ったにも関わらず、申し訳ない顔をする。いい子だ。

前世では恋敵で今でもなのは様の心を掴んでいるから、複雑な思いはある。しかし、その境遇を思うと幸せになってほしい。その役目はこの世界でもなのは様なんだろう。






あれっ!? なんか涙出てきた。振られたような心境だ。

ええい、今は考えるな。目の前のことに集中しよう。笑っていればいいことあるさ。


こうして、俺たちは意図せず、プレシアの待つ時の庭園に行くことになった。海鳴市から時の庭園に移動して、フェイトの案内でプレシアに会った。そのプレッシャー並じゃなかった。今までで一番強かった。希レベルの症状はかなり堪えたが、ここでカナコと交代した。

俺はカナコが交渉している間、この図書館を守る。途中でカナコと一緒に紫の雷を使う黒い影が現れて、カナコは急いで現実に戻り、俺は一人で戦うことになったが、アトランティス最終戦士の前では敵ではなかった。

……ふっ 久しぶりにディスティの貫通弾の威力を堪能できた。

帰ってきたカナコは最初はいつもの軽口で「時間かけすぎ、でもよくやったわ」と言っていたが、黒い影が紫の雷を使ったことを教えると顔色が変わり、驚愕の表情でこちらをみると、黙ったまま自分の部屋に行くと言っていなくなった。

俺が次に現実で目が覚めたのは学校で一時間目の授業が始まるところだった。

首には黒い十字架がかけられていた。おお、カッコいいじゃないですか。カナコはプレシアとうまく交渉できたようだ。良かった良かった。

その日は身体は疲れていたようで、一限目が終わった後、保健室に行くことになったが、担任の先生がえらく心配してたな。あんまり近づいて欲しくないんだけど、もしかして、小さい女の子とか好きなんだろうか? 

それだったら担任として問題がある気がする。

結局その日は早退した。おかーさんが迎えに来てくれた。歩くのは無理だったのでタクシーに乗ることになった。おかーさんは前と同じく笑顔だったが、汗をだらだらかいて明らかに無理をしている様子だった。これだけ苦手だと気になる。




その日のおかーさんはやはりトイレに駆け込み、ご飯を食べることができなかった。おかーさんごめんさない。それからうそついてごめんなさい。




作者コメント

希と男となのはをからめたように、カナコとフェイトとプレシアをからめていこうと考えてます。



[27519] 第二十話 デバイス命名と管理局のみなさん
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:142fb558
Date: 2011/06/12 15:20
第二十話 デバイス命名と管理局のみなさん




授業中、カナコに話しかける。

(なあ、カナコ? )

(なによ? カナコさんは働きづめで疲れているの。話しかけないでよ)

(そうか図書館の仕事もあるもんな)

(まあそうだけど、最近はここでの仕事減っているのよ。シンクロイベントさまさまよ、本の編纂もしなくていいし、おかげで最近、黒い影も大人しいしね)

(なあ、黒い影っていったいどういう存在なんだ? )

(そうね、希の負の感情の集まりで悪夢そのものよ。私が封印している希の黒い記憶の本から染み出してきて、封印を破ろうとするんだけど、トラウマ発動で問答無用で強力なものが出現するわ。致命的な存在にはならないけど、希が向き合いたくない過去と直面するから、気力を削られて、復帰が遅れることになる。煩わしいのは確かね)

(希ちゃんが立ち直るのは、どのくらいかかりそうなんだ? )

(まだまだね。ニートだからあの子。まず、自分の部屋から出てここに来るようにならないとね。気力はだいぶ回復するようになったわ。次に過去とちゃんと向き合って受け入れること。あの子は忘れることはできないけど、私のちからで今は思いだしにくい状態にしてるの。寝ているときはほとんどシャットアウトできているはず、黒い記憶の本の封印の話はそこに繋がるの。気力が十分回復してから少しずつ過去と向き合って、受け入れていくの。それから社会復帰を目指すの。時間がかかるわ。まず間違いなく闇の書事件とは遭遇するわね)

なんというかすごいなカナコは、比べたら絶対に怒るだろうがおかーさんと同じくらい希ちゃんのことを考えている。甘やかすだけじゃなくて、ちゃんと先を見つめている。







……ん!? 記憶を封印している? いやいや考えすぎだろう。俺は今カナコに対して疑いが浮かんだが、振り払う。俺は会話を続ける。

(だから、自衛手段のためにデバイスを手に入れたのか。もしかしてこれか? )

俺は首にかけれられた黒い十字架を弄ぶ。なんというか俺の熱い心を刺激してやまない。

(そうよ。今回の成果のひとつね。そういえば名前はまだ決めてないの)

(俺が決めて良い? )

(参考にするわ)

(イマジンブレイカーはどうだ? )

幻想をぶっ壊す。

(どこの長説教のフラグ乱立男よ)

(おまえ知ってるじゃね~か)

(さあね、なんの事かしら? それから同じ名前はいただけないわ。私の美学が許さない)

(どんな美学だよ? )

(そうね、黒い十字架だし、これならどうかしら? )

(聞いちゃいねーよこの人、何だよ?)

(ルキフェル)

(おまえ、そのネタ好きだな。却下)

(ハーケンクロイツ)

(厳密に言えば、形が違うし、どっかの団体さんが見てるかもしれないからダメ)

(マツバラ)

(何のネタかわかんねーよ、却下)

(ぜいたくね。じゃあ最初のイマジンブレイカーのイマジンをもらって、このままじゃ某有名ソングのタイトルそのままだから「想像してごらん」になっちゃうから)

(どうする気だよ? )

(少し呼び方変えて『イマジナリー』にするわ)

(おっ ……かっこいいじゃん。響きもいいな)

(でも何でワンフレーズなんだ? )

カナコがよくぞ聞いてくれましたとばかりに答える。

(だって将来ベルカ式に改造したとき、エクセリオンとかアサルトってつけたいじゃない)

(おまえ天才、マジ天才)

やるなカナコ!! エクセレント! 俺たちは盛り上がっていた。

(そういえば、プレシアどうなったんだ? )

(結論を言えば、研究は進んだけど、後一歩足りなかった。結局時間が足りないからジュエルシード集めに戻ったみたい。私の方はデバイスも含めて、成果は上々よ。余計なものがついてきたけどね)

(余計なもの? )

(そのうちね。それから、プレシアとはいくつか約束したことがあるから、管理局にプレシアの目的を教えないこと、ジュエルシードには手を出さないことよ)

(じゃあ、静観ってことか)

(まあ基本はそうね、管理局とは接触するけど、多分なのは達が会ってから、向こうから接触してくるばすよ)

(なんで? )

(それはもちろん、私が将来有望な魔導師で、しかも、ジュエルシード事件の主犯に一度誘拐されてる。私はジュエルシードと交換のため人質に利用されただけのかわいそうな犠牲者ってこと、誘拐について知りたがるはずだもの)

(ジュエルシードと交換? )

(私から提案したの? 用事は済んだけど、あのままじゃ帰してくれそうになかったしね)

(悪い奴だな。なのは様頑張って集めたのに)

(どうせふたりの決闘で全部賭けるのだから一緒でしょ? ちなみに私はフェイトの家に遊びに行って、泊まって帰ってきた。別の場所で解放されて取引自体は知らないから。なのはとユーノはそう思ってるはずよ)

(どこの詐欺師だよ。全く)

(あなたのやり口よ。参考にさせてもらった)

失礼なこと言うな。カナコは続ける。




(それに、どうあがいても物語の結末は変わらないわ。計画は失敗してプレシアはアリシアの亡骸を抱えたまま、時空に消えて、フェイトは報われなかった想いを抱えながらも、なのはと結んだ新しい絆を胸に生きていくんだわ。そういうふうになっているの)

(どうにかできないもんかね~ )

(私なりにプレシアを説得したけど、聞く耳はなかったわ。彼女の寿命は私たちではどうしようもないし、せめてフェイトに親として何かして欲しくて、私なりにアプローチするのが精一杯だったわ)

(珍しいな。カナコが希ちゃん以外でいろいろ動くのは)

(個人的な感傷よ。それから、交渉の上では時間を盾にしてこっちが優位だったから、プレシアで遊んだだけよ。勝手に連れてかれてムカついてたのよ)

何したんだよカナコさん。怖え~~~

管理局はどうするつもりだろうか? 聞いてみよう。

(闇の書事件のために今からコネを作っとく。それから、イマジナリーは置いていきなさい。出所を怪しまれるから。できれば管理局にもデバイスを用意させましょう。
他の目標はジュエルシード事件のあとになるけど、クロノに師事したいわ。今のところ最強だし、戦闘スタイルが参考になるはず、一度くらいはミッドに行くことも目標にしましょう)


クロノに目を付けるあたりはカナコらしい。
デバイスはうしろめたいことあるし念のためだな。待てよ!? デバイスの件は何とかできるかもしれない。

(他にはあるか? )

(最終決戦には参加するわ。イマジナリーは持っていけないからデバイスは何とかしてね)

(おいおい、危険には参加しないんじゃなかったのか? )

俺的には賛成と言いたいが、カナコが言うと違和感がある。

(これから先、実戦でデバイス使う機会が少ないからよ。主要な人間はみんな出るから、私がこっそり出るのは簡単だし、とがめる人間はいないわ。私たちは人形相手に戦っていればいい。少しでもデバイスを使った実戦経験積まないとね。あなたにも私とシンクロして出てもらうから。試したいことがあるのよ。まだはっきり見えたわけじゃないけど、私たちは三人が連携することでヴォルケンリッターに迫る力を発揮できると考えてるの。
でも、デバイスが手に入らなかったらあきらめるわ。あとはほんの野暮用よ。じゃあまたね。眠いわ)

そういうとカナコは引っ込む。それから、管理局が接触してきたのは、二日後だった。


ーーーーーーーーーーーーーーーー

そして、私はアースラの中にいる。


うおおおおーリアルSFだ。かっけーーーー

案内役はクロノだ。苦笑いしながらこっちを見てる。

(すごい、すご~い)

気分は観光客である。希ちゃんもシンクロしているが、リンディ提督が見えたとたん




(ぴぎゃああああーーーーー)

と悲鳴をあげて逃げてしまった。この人のプレッシャーも並じゃねぇな。でも、なのは様やユーノ君がある程度話してくれているのか。少し離れたところで通信を通して話しかけてくる。

「リンディ提督、プレシア・テスタロッサに誘拐された少女を連れて来ました。」

「ありがとう、クロノ」

「さて、初めまして、雨宮さん、私はこの船アースラの艦長でリンディといいます。よろしくね」

モニター越しだったが、その笑顔はすさまじく、いきなり突風が吹いたようなプレッシャーを感じた。この女さすがだ。美人だし。

「艦長さん? じゃあ一番偉い人なんだ」

私は希モードに切り替わる。おかーさんとの会話の成果だ。無垢な子供を演じるなどたやすい。

「そうよ。それでね。雨宮さんはフェイトさんの家に遊びに行ったことがあるでしょう? その話を聞かせて欲しいの? 」

やるなリンディ、すぐさま会話からこちらの精神年齢を予測して話のレベルを合わせてくるとは、さすが歴戦の提督。

「でも、プレシアさんから家のこと話しちゃダメだって言われてるの」

「プレシアさん? そうなの? でもね、プレシアさんはもしかしたら、お巡りさんに捕まるような悪いことをしてるかもしれないの。だから教えてくれないないかな? 」

「プレシアさんは悪くないもん!!」

私は子供っぽく頬を膨らませて大きな声で怒る。リンディ提督は少し驚いたようだったが、すぐに元の表情に戻る。

「そうねごめんなさい。私が言い方が悪かったわね。雨宮さん、私たちはただプレシアさんの疑いを晴らしたいだけなのよ。なにもなかったらそれが一番なの」

「だってプレシアさんは良い人だよ、私が大人の女の人が怖いこと知ってちゃんと離れてくれたし、私にデバイスを作って ……あっ」

私はしまったとばかりに下をむく。無論演技である。リンディの目が少し鋭くなる。

「デバイス? 雨宮さん怒らないから、そのことを話してくれない? 」

かかった。私は内心は喜びながら、悪いことをしてばれた子供のように言いづらそうな顔をする。

「その、私、どうしてもなのはちゃんみたいになりたくて、そしたら、プレシアさんが私に作ってくれるって言ってくれて、その代わり私の力を借りたいんだって」

「作ってもらったのね。雨宮さん」

「……はい」

リンディさんはため息をつく、次の表情は少し怒っているようだ。私に諭すように言う。

「雨宮さん、デバイスはおもちゃではありません。使い方を誤ると大変なことになります。よってこちらで少し預かります」

やはりな、続きがあるはずだ。

「そんな~ せっかく作ってもらったのに、取るなんてずるい~、わ~~ん」

私は子供のように泣く。リンディはやれやれといった顔で

「泣かないで、大丈夫よ。雨宮さん。少し預かるだけだから、調べたらちゃんと返します。でも、雨宮さんが正しく使えるように先生をつけますからね」

これを機会にこちらを引き込もうとしてくるとは思っていたが、予想外の収穫だ、利用させてもらおう。

「先生? 」

「そうよ、先生、後で魔力も調べてもらいましょう」

「そっかーじゃあ、このお兄さんがいいです」

そう言ってクロノを腕を掴む。

「ええっーーー私か? 」

「だって男の人だし、怖くないもん。それに、強そうだし」

「参ったな。艦長~」

クロノは艦長に救いを求める。

「もてるわね、クロノ君」

エイミィが囃してる

「からかうなよ。エイミィ、艦長も何とか言ってください。」

リンディは少し考えて、クロノに命令する。

「クロノ執務官、お願いするわ」

「本気ですか? 艦長」

「ええそうよ。時間はなんとか工面します」

よしっ! やった。これでデバイスを怪しまれずに使えるし、管理局とのつながりができた。リンディさんは子供には甘いところがあるから、なんとかなりそうだとはおもったけどうまくいったな。

(クロノの魔力を記録できたわ。それから、悪魔じみてるわねあなた)

カナコが失礼なことを言う。

(なんだよ。せっかくイマジナリーを怪しまれずに使えるし、管理局とつながり、クロノに約束を取り付けたのにそんな言い方はないだろ)

(褒めてるのよ。いや違うわね、恐れているのかも)

(恐れている? )

(私ではこんな状況に持っていくことはできなかったわ。希だってそうよ。あなたは私や希の能力を超えている。そんなのありえない。不完全にも関わらずね)

(不完全? それにありえないってちょっと傲慢じゃありませんかカナコ~ )



この天狗オンナ許さない。

(そうね。少し考えればわかるわよね。ごめんさない。あなたにできることが私や希にできないはずないわよね。ただしないだけもの)

そっちかよ。どこまで鼻が長いんだコイツは、一度ひんむいてヒイヒイ言わせちゃたる。子供には見せられない18禁ライブ中継を……










あれっ!? 言葉として知ってるけど、実際の行為ってどうするんだ? もしかして俺、アトランティスの最終戦士ならぬアトランティスの最終魔法使いだったり…… 





俺は回想する。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


夢を見ている。六畳程のくらいの部屋にふたりの影が座っている。
ひとりは女の子の影だ、背格好からまだ幼い、もうひとつは自分であることはわかる、女の子の影に何かせがまれているようだ。


「ねえ、おにいちゃん何かおはなしして」

「そうだなぁ、ここにある絵本は読んでじゃったし…」

「魔法を使う女の子の絵本は? 」

「あれは続きがまだなんだよ。近いうちにできるからね、次回はえーすの闇の書 覚醒だったかな? 」

「う~ん」

「そうだ、実は…僕には秘密があるんだ。このことは誰にも言ったらだめだよ」

俺は少しもったいつけて話す、こういうことは前置きが大事なのだ。

「はいっ、誰にも言いません」

女の子は神妙な顔でうなづく。うん、いい感じだ。

「実は僕は今年で25歳で魔法使いになるんだ」

「許されるのは小学生までだよ~ キャハハハ」

女の子は軽蔑したようだ。こ、子供らしい勘違いで微笑ましい。

「ち、違うんだ。絵本の女の子なのは様と最初に出会う物語でね、実は…僕はいや……俺はアトランティスの最終魔法使いジークフリードなんだ」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

イヤすぎる。自分でダメージ受けてどうする? トリップしていた俺などおかまいなしにカナコは声をかけてきた。

(とにかくあなたの完成が楽しみになってきたわ。向こうの話も終わったみたいよ。続けて)

カナコの言葉が気にかかるが、私は再びリンディ達に意識を向ける。

「では雨宮さん、クロノ執務官は忙しい方です。その時間を割いてもらえるのだから、できる限り協力して欲しいの」

そう来たか。

「う~~ん、わかった、でも、プレシアさんの目的だけはどうしても教えられないの、他のことだったらいいよ」

「どうしても? 」

「うん ……だってとても悲しいから」

私は目を伏せて下を向く。

「悲しい? 」

「そう、悲しくて悲しくて、どうしようもなくてプレシアさんは泣いているの」

これは嘘ではない、私なりにプレシアのことを考えた答えだ。頭にいいリンディさんなら引き際は心得ているはずだ。

「わかったわ。雨宮さん、プレシアさんの目的については聞かないと約束します。後でクロノ執務官にお話してください。それから、魔力を見てもらってね」

リンディさんはわかってくれたようだ。








その後、私はクロノ執務官に質問されて、魔力測定を受けた。エイミィさんがモニターから話しかけてきた、どうやら結果が出たようだ。

「すごいね希ちゃん、推定魔力AAAクラスだよ。なのはちゃんといい、フェイトちゃんといい、逸材だらけだね。それから、希ちゃんは魔力の波長が激しくて安定してない。 ……めずらしいケースだよ。それから頭部に付着してる魔力があったんだけど、高密度の情報が混入してたから、分析してみたの。そしたらある映像が出たの。希ちゃん見覚えあるかな? 」


映像? なんのことだ? 映像が映し出される。そこに写っていたのは見慣れた光景だった。右に本棚、左に人形の棚、正面には暗い闇が広がっている、そしてアンティークの机とイスにカナコが腰掛けてお茶を飲んでいる姿が映し出されている。



「あっ、カナコ」

「「「カナコ?」」」

しまった言っちゃった。聞き覚えのない名前になのはちゃんとユーノ君とクロノはいっせいにハモる。

(どうすんのよ? )

カナコの声が聞こえた。

(落ち着けカナコ、これは大した問題じゃない)

(そうだけど、説明がめんどくさいわね)

(ユーノ君は一度おまえと会っているよな。そして、自分のことは口止めした。だったら任せろ)

私はニッコリ微笑んで答える。

「カナコは私の大切な友達よ。いつもは夢の中で会うんだけど、たまに、私になっていろいろやってくれるの。プレシアさんのときも怖がっている私を庇ってくれたんだよ。ユーノ君は会ったことあるんでしょう? 」

「えっ!? ……うん」

「カナコ私のことしゃべっていいって」

「そうなの」

「へへへっ ……カナコはすごく強いんだよ、初めての戦いでフェイトちゃんを追いつめたんだから。魔法の物まねとかとても上手いの。なのはちゃんは知らなかったよね」

「うん……」

なのは様は戸惑っているようだ。

「カナコね、なのはちゃんすごく褒めたよ。外では一番の友達だって一度お話したいって言ってたよ」

「そうなんだ。ありがとう」

「…………まさか!? 多重人格障害? 」




リンディさんは何か変なこと言ってるけど、なんだろう? よく聞こえなかった。

それに空気変だな。無邪気な子供を演出しているんだけど、なんか葬式みたいだ。皆の顔が戸惑っている。私なんかやっちゃったかな?

(あなた頭がおかしい子だと思われてるわよ)

カナコがあきれた様子で言っていたが、無視する。


おーーーーーーーーい、みんなーーーーーー私はここだよ。


リンディさんはどこかに連絡を取ると、白衣のにこやかな顔をした初老のおじさんが「少しお話しようか」と言って手を引いていく。



先生おはなしするならなのは様がいいです。




作者コメント

また来週、修正とレスはそのときに



[27519] 第二十一話 アサノヨイチ
Name: きぐなす◆bf1bf6de ID:142fb558
Date: 2011/06/15 10:50
第二十一話 アサノヨイチ 

なのは視点


私は会議室にいる。ここには私とユーノ君、リンディさん、クロノさん、エイミィさんが揃っていた。希ちゃんは艦内のお医者さんとお話している。大丈夫かな? 希ちゃんのことは西園先生から聞いていたけど、リンディさんがお医者さんを呼んだ理由はよくわからなかった。

「レイジングハートの戦闘記録を見たわね。みんな」

「はい、とても信じれません。初めての戦闘であれほどの動きをするなんて、まるで別人です。それにデバイスを誤認させるレベルで他人の魔力を完全に再現できるなんて」

クロノさんが驚いていた。私もレイジングハートとユーノくんから聞いたときびっくりしたよ。

「そうだね。魔力は色や波長に人体のDNAみたいに特徴が出るから、それを意識して変えられるなんてすごく珍しいレアスキルだね」

「レアスキルのことはともかく、フェイトさんと戦ったのは本当に別人なのかもしれないわ。なのはさん、あまり部外者に話すことではないかもしれないけど、話してくれないかしら雨宮さんのこと」

「わかりました」

そうして私は希ちゃんと初めて会ってから今までのことを話し始めた……



話が終わるとみんなさっきよりもっと暗い顔になっている。

「エイミィ魔力検査で出た結果をどう考えてる? 」

「私の推測ですが、あの映像は希ちゃんの心象世界と考えられます。自在に性質を変えるレアスキルの他に、相手に気持ちや映像を魔力を通して直接送り込む、精神感応、同調系の資質がある可能性があります。しかも、常時発動状態です。その気になれば遠くに離れた相手に送ることもできるかもしれません」

エイミィさんはさらに続ける。

「それから、希ちゃんの魔力はレアスキルの影響なのかリンカーコアから発する魔力が複雑で波長も質もバラバラなんです。しかし、リンカーコアから供給を受けている全く質の異なる魔力が1つ存在しています」

「1つ? 」

「これは明らかに別の誰かの魔力で希ちゃんの脳と癒着してその質を保ったままなんです。通常魔力は受け渡しは可能ですが、受け渡しが済んだ時点で元々あった魔力と混ざってしまいます。そんなことおかしいんです。それから、この魔力、脳全体を包んでいて、検査してみたんですけど、健康を阻害するような血流を遮断している様子はないんですが、神経の信号をブロックしているんです。特に記憶の中枢である左右側頭葉の海馬の部分には網目のように細かくて…… 」

「どういうことかわかる? 」

「神経の伝達に支障があるなら、部位的に希ちゃんはなんらかの記憶障害がある可能性があります。それから、黒いドレスの女の子と図書館の映像ですが、あれだけではなかったです。種類ごとに分けてみました」

エイミィさんはそう言って映像をいろいろ見せてくれた。

最初に見た図書館、広い図書館に本が綺麗に並べられていた。一部立て積みになっているのもあった。カナコちゃん? お茶を飲んでいる。正面には大きな門、奥はどこまでも続いているように見える。それから人形の並んだ棚、エイミィさんが拡大すると、私に良く似た髪形と服を着たお人形さん、それからあれはフェイトちゃんかな? もうひとつフェイトちゃんを小さくしたようなお人形さんが並んでいた。

次の部屋は少し怖かった。西洋風ベットとシャワー、洋服タンスと鏡があり、アリサちゃんやすずかちゃんの部屋に良く似ている。黒いドレスとエプロンがハンガーにかかっている。カナコちゃんの部屋かな? それからさまざまな色の本が立て積み重なっていた。金色の本と紫色の本が多くて特に目を引いた。紫色の本は床に散乱している。紫の髪の人形が紐でぐるぐる巻きになって床に転がっていた。片付けないのかなぁ? 
異様なのは黒くて太い鉄格子があり、この部屋を恐ろしいものにしていた。中には人形の残骸と黒い本が積まれていて、黒い霧みたいなものが本と残骸から染み出すように少しずつ部屋の出口のドアに向かって流れていた。それらに封をするようにお札が五枚円形に貼られていて、お札から伸びた光の線が星の形を描いていた。

次の部屋はたくさんの本とDVDそれからパソコンのある暗い部屋だった。乾燥わかめの袋と飲むゼリー、ファーストフードの紙袋が散乱している。ちょっと汚いなぁ? 男の人の部屋かな? お兄ちゃんの部屋とはちがうみたい。後は黒い服と赤い龍の口をした鉄砲みたいなものが見える。部屋にはなぜか木と釘が打ち込まれて入れないようになっていた。なんのためだろ? それからわかめ? う~ん、わかめ。

次の部屋は畳のある和風の部屋だった。お父さんが良く飲むビール缶や焼酎の一升瓶、ウイスキーのボトル、お薬の白い袋がところ狭しと転がっている。なぜか庭も見えて白い花が咲いていた。部屋の真ん中には西洋風の天蓋付きのベットがドンと置かれて、希ちゃんがすやすや眠っていた。とても幸せそうな顔をしている。そのベットがミスマッチで変な感じのする部屋だった。

最後は真っ白な空間に若い男の人が浮かんでいた。身体が少し透けているように見える。あの部屋の男の人かな。誰だろう?

「心理学的にはどう? 」

「映像を見た限りわかりませんね。ただ仮定の話ですが、部屋が人格を表すものなら3人の人格がいる可能性がありますね。希ちゃんとカナコちゃん? 若い男性は確認しました。部屋はあと図書館と白い部屋がありますから他にも誰かいるのかもしれません。きっかけとなった事件の詳細は不明ですが、なのはちゃんの話を聞く限り、多重人格者になることは十分考えられます。ただ、レイジングハートの映像のあの熟練した動きは素人ではありませんね。経験に基づいたものとしか考えられません。それから、髪の毛からも魔力反応がありました。なんというかウネウネしてました」

う~ん、ウネウネ? やっぱりそうなのかな。

「ウネウネ? 確かに不可解な部分が多いみたいだけれど、彼女の闇は深いのね」

リンディさんの声は沈んでいる。希ちゃんに同情しているみたい。私にはよくわからない話もあったけど、希ちゃんの心の病気はとても大変そうなのは伝わってきた。

「艦長どうしますか? このまま心に傷を負った彼女をここにいさせるわけにはいかないんじゃないでしょうか? 」

「そうね。艦を降りてもらったほうがいいわね。しっかり治療したほうがいいわ。でも、魔導師の資質があるし、あの子は魔法やなのはさんを求めてここに来てるから、今すぐ関係を絶つわけにはいかないわね。再びプレシアがねらう可能性が残っているし」

リンディさんは迷っているみたいだ。今度はクロノさんが自分の考えを示してくれた。

「艦長、元々彼女は戦力には考えません。今回はあくまで魔力検査と誘拐事件の状況確認が主な目的です。
艦は降りてもらうことになりますが、プレシア・テスタロッサに狙われる可能性がありますから、事件終了までは護衛をつけます。
今後については情報が少なすぎます。管理外世界は少し大変ですが、雨宮希について情報を集めてみてはどうでしょうか? デバイスや魔導師の訓練についてはそれから考えるべきでしょう」

「そうね。それがいいでしょう。みんなもいいわね? 」

「「「「はい」」」」」

こうして、希ちゃんのいないところでいろいろなことが決まっていく。残念だけど仕方ないよね。アリサちゃんやすずかちゃんには言えないことを希ちゃんとはお話できたから、寂しくなる。

最後に艦を降りるとき、希ちゃんは

「フェイトちゃんを助けてあげてね。あの子もプレシアさんと一緒で泣いていると思うから」

と言って去っていった。希ちゃんは自分も大変なのにいつも明るく振舞って心配させないようにする。フェイトちゃんに連れて行かれたときももしかしたら心配させないようにああいったのかもしれない。私は駄目だアリサちゃんにも怒られちゃったし真似できないよ。私も頑張ろう私にしかできないことがきっとあるから。


ーーーーーーーーーーーーーーー

行ってしまった。私がお医者さんと話している間にいろいろ決まったようだ。戦力外通告は……












なぜだ~~~~~~~~~~~~~~

こっちはデバイスもあるというのに、結局預けて簡単な検査と調整をしてもらっただけだった。しかも、リンディさんに次に会うまで使ったらだめとか言われた。もし使ったらおしおきするとか言っていた。クロノが青い顔でダラダラ汗を掻きながら、両手で尻を押さえて「熱い。熱い」とか言っていたから相当やばいのだろう。

最後にこっちを痛ましいものを見るような目でみるリンディさんが気になった。その目はやめてほしい。今は違うんだからそれでいいじゃないですか。








とりあえずアルフがアリサの家に保護されるまで、することはないな。







そうして、なのは様のいない退屈な日が続くと思っていたのだが、

ある日学校の帰り道

「あらっ、君、肩にゴミがついているわよ。」

女の人の声だ。横から来られた。いつの間にか肩に触ってる。






あっヤバ 








……あれっ!? 症状が出ない。

振り向くと20代くらい、髪の短いショートカットで、女性にしては背は少し高い女の人が私の肩を触ってる。

「ふふふっ…… 女の子は身だしなみも注意しないとダメよ」

いたずらっぽく微笑むと、あっという間に去っていった。
不思議な人だ。どこかで聞いた声、どこか懐かしい顔。いったい誰だったんだろう?

それよりなんで平気なんだ?











ーーーーーーーーーーーーーー

クロノ視点

私は母さんいや、任務中は艦長呼ぶべきか、一緒にお茶を飲んでいる。艦長は甘党なので少々困っている。話題はあの少女のことだ。

「ところで、クロノ? 」

「何ですか艦長? 」

「雨宮さんから何か情報は取れた? 」

「いいえ、あまり、悪いとは思ったのですが、誘導尋問も試みました。しかし、彼女幼い言動のわりに意外とのらりくらりで、はぐらかされてしまいました」

「やっぱり」

艦長は彼女に何か感じていたのだろうか?

「艦長は雨宮希をどう考えているのですか? 」

「可愛いけど、結構猫をかぶっているわね。まだまだ隠している事も多いのかも、賢くてしたたかで、悪女の資質があるわね」

全然わからなかった。ある疑問がわく。

「ではどうして艦長は彼女の要求を受けたのですか? 今回のことは彼女にいいようにされたのではないのですか? 」

「一生懸命演技するのが、微笑ましくて、子猫の甘噛みみたいでね。そのくらいならいいかなって思ったのよ。なのはさんとは別の方向でも有望そうだから」

艦長は微笑んでいる。こういうときの母さんいやリンディ提督は怖い。手のひらで弄ばれているようで、執務官になってもまだまだ足元にも及ばないんじゃないかという気持ちになる。そう考えていると今度は痛ましい顔になる。

「でもそれだけ周囲に信用できる人がいないってことなのかしら? 希ちゃんのお母様はなのはさんの話だととてもいい人そうに聞こえるけど、やはり情報が足りないわね」

これも母さんの顔だ。厳しさのなかにも優しさがある。いろんな意味で見習いたいと思う。  

口に出すのは照れくさいけれど…… それを誤魔化すように相槌を打つ。

「そうですね。他にありませんか? 」

「雨宮さんの護衛は誰にしたの? 」

「あの男にしました」

「あの男? 」

「諜報と潜入の得意な男です。」

「ああ、あの人ね。でも、ちょっと問題ないかしら? 確か彼って…… 」

艦長は適切な言葉を探して困っているようだ。

「性格に少々問題はありますが、優秀です。しかも、現地ついての造詣が深いそうです、護衛と調査を両方任せました。大丈夫です。任務と私情は区別できる男です。 ……悪い病気がでなければ」

最後に一言には祈りを込めた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー



何日か過ぎて私のクラスに新しい先生が来る日だ。副担任らしい
ただ、前日、私が運命を狂わせた男のことで頭がいっぱいで眠れなかった。

私がこの世で一番なりたくない仕事はと聞かれたら、迷わずこう言う。











僧侶だと、



世の中に必要な仕事だと理解はしているが、髪をないがしろにする仕事を私は許さない。




絶対にだ。



その日はあまり眠れなかったせいで調子があまり良くなかった。全校集会があったが、保健室で休ませてもらった。

連れて行く係にアリサとすずかが名乗り出てくれた。すずかはすでによだれを垂らしておあずけの犬状態だったので、丁重にお断りした。アリサはアリサでなんだか不自然なくらい明るくて気になった。そんなにうれしいのだろうか?

アリサに手を引かれながら歩く私を、少し離れたところから、担任の先生が声をかけてきた。ほんとはあんまり近づかないで欲しいんですけど、かといって、そう言うわけにもいかず、冷や汗をかきながらも「平気です」答えると、先生がますます心配そうな顔で「どうかしたんですか? 何かあったんですか?」と言うものだから、「怖い」と両手で自分の肩を抱きながら本音で答えてしまった。先生は泣きながら走っていったがやはり失礼だっただろうか?

アリサが「心配ないわ。アンタは私が守るから」と力強く言っていたが何のことだろう?

2時間ほど休むと、体調がましになったので、教室に戻ると、すでに授業は始まり担任の先生が3時間目授業をしている。その横で例の副担任の先生らしき人が真面目な顔をして直立姿勢で授業をみている。緊張している様子はない。それより、気になったのはどこか見覚えがある顔なのだが思い出せないのだ。

「雨宮さん、身体の調子はどうですか?」

担任の先生が話しかけてくる。おかしなところはない、立ち直ったようだ。

「はい、大丈夫です。少し休んだら良くなりました」

「まだ、休んでてもいいのよ」

心配そうな顔で先生は言ってくれるが、先ほどの件もあるし、フォローしておかないとな。私は先生をまっすぐみて答える。

「私、先生の授業好きなんです。休んでいたらもったいないです」

「・・・・・・・・・・・・・好き?」

あれっ!? 先生固まちゃったどうしたんだろう?何かぶつぶつ言っている。

「好き? 好き ……私が好き? ……はっ」

何かぶつぶつ言っていた先生だが、急に我に帰ると、顔を真っ赤にしながら少々うわずった声で答えた。

「そ、そ、そうなの。ありがとう。先生うれしいわ。それじゃ雨宮さん席についてね」

私は先生の様子に疑問を持ちながらも席についた。その日の授業はあの先生には珍しくミスが多かった。


「希ちゃん ……魔性の女」

すずかの意味不明な言葉がなぜか気になった。そういえば副担任の先生名前なんていうんだろう?



ーーーーーーーーーーーーーー

昼休み

いつものように、ベンチで昼食を食べる。昨日と同じくなのは様がいないので寂しい。すずかもアリサもそう感じているようだ。すずかから話しかけてきた。

「希ちゃん、前に見たがってた本持ってきたよ。ちょうどおねーちゃんが持ってたの」

「白い巨○? 」

「うん」

そう言うとすずかは本を取り出す。そういえば作家の名前なんだっけ? あまり気にしたことはないけど確かカタカナの名前だったよな?

そこにはカタカナで 


















アサノヨイチと書かれていた。





…何かひっかかるな。

(っ!!!)

今のカナコか? 聞いてみるか?

(カナコ知らないか? )

(し、し、知らないわ。ホ、ホントよ! )

(なんでどもってるんだ? )

(ど、どもってなんかいない!! )

カナコがわかりやすいくらい動揺していたが、私にはその名前のことで頭がいっぱいで気にならなかった。しばらく考えていると私の様子が変なことに二人が心配した顔をしたので、強引に違う話題をすることにした。

「そういえば、新しい副担任の先生ってどんな感じ? 私授業受けてないから知らないの」

「そういやアンタいなかったわね」

「二時間目はあの先生だったよ。おもしろい先生だよ」

「そうね、結構良い線いってるんじゃない? 」

アリサがそこまで言うとはすごいのかもしれない。なんせ頭良いから、授業が退屈に感じるらしく、けっこう落書きとかで時間をつぶしているからな。

「ふ~ん、アリサちゃんがそこまで言うんだったら聞きたかったなぁ~ 」

「どういう意味よそれ、国語の授業だったけど、ただ物語を読むだけじゃなくて、登場人物とパートで声を使い分けがとても上手くて、登場人物の気持ちがよく伝わってきたわ。それから、解説も裏話とかアタシの知らないこともあって興味がわいたわ」

ほう? どうやら私のライバルになれる先生のようだな。絵本物語読み聞かせは私の分野でもある。すずかも後に続く。

「そうだね、さすが理事長が直接出向いてヘッドハンティングしただけのことはあるよ」

そんなすずかに私はある疑問があった。

「ねぇすずかちゃん? 」

「何?」

「いつも思うんだけど、そんな情報どこから仕入れてくるの? 」

すずかは満面の笑みで答える。

「ないしょ」

あっ!? これ見たことある。あのカナコと同種のものだ。答えてくれそうにないな。夜の一族関連だとはおもうけど、おそらく、周囲の人の出入りにはかなり神経を使っているんだろう。

「そういえば、名前まで知らないの。教えてくれない? 」

「うん …その先生はね」


















「…浅野 ……斎先生だって、









あっ!? 今、ちょうと見えたよ。ここにきてもらおうか? 浅野先生ーーーーーーーーーー」







……斎? イツキ君?

浅野? ヨイチ?

(最悪だわ)

そんなカナコの声が聞こえたが、俺の頭はあることがぐるぐる回っていた。












俺のいた世界はいったいどこだったのだろう。




ーーーーーーーーーーーーー

クロノ視点

アースラ艦内にて業務中にエイミィから連絡があった。

「クロノ君、ちょっといいかな。」

「どうした?エイミィ」

「希ちゃんのところに派遣してしていたエージェントから連絡があってね。現地の警察に捕まったから助けて欲しいって」

「どうして? 」

「なんでも、希ちゃんの学校のプールを熱心に調査してたら、気がつくと現地の警察官に囲まれていたんだって、どうしようか? 」

「自分でなんとかしろ。ちゃんと偽造用の荷物と現地用の身分証を持っていったはずだ。ちゃんと話せば出られるだろう? 」

「それがね、現地の用の荷物は望遠カメラとかビデオカメラだったらしくて」

「何しに行ったんだ、あいつは」

私は両手で頭を抱える、さらに、これから艦長にこの報告をすることを考えると、陰鬱な気分になる。臀部が熱くなるのを感じていた。




作者コメント

更新が週末と言ったのですが、予定が早まりました。ただし、次回更新が10日ほど後になりそうです。しばらくお待ちください。



※ 注意

これから先の物語は伏線回収編です。数話ほどリリカルなのはのキャラクターが登場しません。




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