「大善生活実証録(第五回総会報告)」
第五回総会記録
創価教育学会第五回総会は、昭和十七年十一月二十二日東京市神田区一ツ橋教育会館に於て開催された。
出席会員は約六百名、午前十時宮城遥拝、黙祷の国民儀礼の後、稲葉理事による学会綱領の高唱があり、ついで左記順序によって議事を進めた。別室の広間には創価教育指導法を指導原理として得られた児童の成績品と、華道部員の手になる生華の作品が陳列され、正午の休憩時間には同広間は観衆で満たされた。午後は先ず役員並びに委員の紹介に始まり、再び会員の体験発表あり、之が終るや牧口会長の講演に移り、最後に戸田理事長座長となって全員座談会を開き、真剣なる質疑応答があった。ついで生活革新クラブ員全員登壇して、クラブの歌を斉唱し、吉田理事の指導にて遠く戦野にある牧口会長令息洋三君をしのぶ軍歌を高唱し、厳粛な会場に一抹の和気を送り、最後に西川理事の閉会の挨拶あり、次いで牧口会長の発声にて、聖壽の萬歳を三唱し奉って午後五時過ぎにめでたく散会した。
本総会は前総会と比較して第一に出席者数に於て二百名近くを凌駕し、講堂の二階までを使用するの盛況であった。前回より開催時期が遅く些か秋冷を覚えたが、会員は終始熱心に傾聴し登壇者の発表内容も飛躍的に充実し、音声また低きに瓦る者殆んど皆無といふ状態で、他の会合に見ざる模範的のものであった。亦別室に於ける教育研究部の成績品発表や、華道部の作品展覧も世上一般のそれと趣を異にして、正直捨方便の実証といふことが出来た。即ち、成績品は巧拙共に少しも手を加へぬまゝの発表で、しかも指導法の要領を観衆に会得せしめるための説明を附したる等、回を追って著しい進歩を遂げ、価値創造の精神を実験証明して余すところがなかった。
これを要するに本総会は実業家の営業成績の報告、国民学校教育実験成績品の陳列、創美華道部の速成的生華の展覧と共に、即身成仏の例証としての人格を提示した上、それ等の由来した根本原因の体験談の交換をなすのを目的とし毎回飛躍的な向上進歩を実証する集会ゆゑ、利、善、美に亘る価値創造の実験証明総合展覧会と謂ふことが出来よう。
開会の辞
本日は誠に御多忙の際に、かくも多数の御出席を得た事は、主催者側として欣びに堪へない次第である。本総会の目的は吾等の法華経の実験証明の集録と大善生活法の研究である。
大東亜戦争も一週年の垂んとして、陛下の御稜威の下、我が陸海軍将兵が緒戦以来、赫々たる戦果を挙げてゐる事は、吾等の衷心より感激に堪えない次第であるが、然し一方世界の様相は層一層混乱の一路を辿るのみで、修羅地獄とはかう云ふ事を云ふものとの実感を与える。
我国としても、もう寸毫の妥協も許されず、勝つか負けるかの一事のみ、否、断じて勝つの一手あるのみである。この渦中にある日本の大国難に際し、殉国の大精神にして世界の指導理念は何であらう。法華経である。法華経精神である。否、法華経の実践、即ち我が学会の提唱する大善生活のみである。
我が創価教育学会に於ても、会長牧口先生には、この一大憂国運動に、挺身されてゐるは、又宜べなるかなと肯づかれる。御高齢にも拘らず、日夜の御苦労は全く超人的で、却て身近にある幹事の私等が案じ申上ぐる次第である。此処にも大法に生きる強い姿をはっきりと教へられる。
この先生の御指導下に、戸田理事長以下、四千の我等学会員が、この半歳にどんな生活証明をなしたであらうか。どれだけ御国に尽し得たであらうか。
この実験証明の披露と検討を、本日は午前午後に亘りゆっくり諸君と致さうではないか。
救国の大理想の本に我等が職域奉公の生活法を究めようではないか。一言以て開会の辞とする。
本日のすべてに就いて、批評なり又意見なりありましたなら、備付の用紙に御認めの上、忌憚なき御投書をお願ひする。
会務報告
第五回総会に臨み、吾々は国家本意に活動してゐることをまづ喜びたいと思ふ。吾々会員は何人も利欲や名誉を考へてゐない。だから大善生活を「事」で行ひ得るのである。こゝに会務を御報告申上げるに先立ち、まづ牧口会長の御令息洋三氏が出征されましたことをお知らせする。洋三氏は去る七月下旬入営、八月初旬出征、只今大陸方面に活躍中である。先般その隊長である中藤中尉が長野縣赤穂町へ帰還された折に、牧口会長が折伏されて、去る十月二十五日中藤中尉は理境坊で御授戒を受けられたのである。又、総務理事稲葉伊之助氏の御令息浅次郎氏も十一月中旬出征されてやはり大陸方面に活躍中である。(以下、省略。)
会員体験発表第一部
大悪人が大善人となる
私は世界一の大善人であり、世界一の大善生活を行ってゐるものである。
私が、こんなことをいふと、この一老人を見て、あの男は何をいふか。気でも狂ったのではないか、と云はるるであらう。
しかし、私の考えは、絶対に間違ってゐないと思ふのである。これは牧口先生の言はれたことを、そのまま云ってゐるにすぎないのである。牧口先生に教へられたことを、その通りに信じて、云ってゐるのであるから、牧口先生の申されたことが、間違ってゐなければ、私の云ってゐることも、絶対に間違って居らないのである。従って私は少しも気なんか狂ってゐないのである。その私を気が狂ってゐると見る人があれば、その人の方が気が狂ってゐるのである。
大悪思想とは何か、聞くも恐ろしい共産主義思想である。私は、英、米の自由主義、個人主義思想にかぶれてそれに負けて、共産思想にかぶれた、おそろしい悪魔の生活に入ってゐたのである。それを懺悔して、今、大善生活人になってゐる。そしてこの世界の大悪思想を撲滅して、世界の人を大善人にしてやることを、自分の仕事としてゐるのである。ですから、私は大善人で、この私の生活は、大善生活であるのであります。
私が、この大自覚に入ったのは、今もいふ如く、牧口先生の教へを受けるやうになってからのことである。(以下、省略。)
私の願ひは、一身一家ではない。この世界の大動乱の中にあって、この世界に皇道を宣布し、世界中の大悪思想を撲滅し、世界中の人を大善人とし、大善生活に入らしめなければならぬと思ってゐる。
英、米の自由主義、個人主義、利己主義の思想はもとより、世界のすみずみまで、蝕んでいる共産主義思想を撲滅することが、吾々のつとめである。この大悪思想は、大東亜戦下、御稜威によって、次第にそのかげをひそめつつあるとはいへ、これは、武力だけでは、撲滅しつくすことはできない。
殊に共産思想は、われわれ大善生活の真向の敵で、これを根本的に掃蕩しないかぎり、大善生活は、その真の価値―――利、善、美の極地を発揮することは出来ないと思ふのである。(以下、省略。)
会員体験発表第二部
敵か味方か
近来、敵と味方、毒と薬との区別が非常にはっきりして来た。勿論、我々は今や米英を敵として戦ってゐる。従って米英を味方と思ふ日本人は一人もゐない筈である。が、翻って日常の生活を内省するとき、我々は果たして敵を敵とし、味方を味方と看る認識に於て、誤謬を犯してゐないであらうか。(以下、省略。)
御利益と罰
大塚支部の一員として所感を申述べさせていたゞく。
今、わが国は大東亜戦争完遂、世界新秩序建設のために、一億国民血みどろになって、獅子奮迅の勇猛戦を行ってゐる。
この時局下、国内新体制確立の理念として、
肇国の精神に還れ、
報本反始の誠を尽くせ、
つまり大日本帝国本然の姿、建国の真精神に戻れと叫ばれてゐるのである。(以下、省略。)
全員座談会
戸田理事長座長となって司会し、次ぎの議題について研究する。
一、退転防止の現状並に対策
二、国家観念の問題
(中略)この時、牧口先生も関係者の一人として神社問題について次ぎの通り説明される。
【牧口先生】 この問題は将来も起ることと思ふから、此際明確にして置きたい。吾々は日本国民として無条件で敬神崇祖をしてゐる。しかし解釈が異るのである。神社は感謝の対象であって、祈願の対象ではない。吾々が靖国神社へ参拝するのは「よくぞ国家の為に働いて下さった、有難うございます」といふお礼、感謝の心を現はすのであって、御利益をお与え下さいといふ祈願ではない。もし、「あゝして下さい、こうして下さい」と靖国神社へ祈願する人があれば、それは恩を受けた人に金を借りに行くやうなもので、こんな間違った話はない。天照大神に対し奉っても同様で、心から感謝し奉るのである。獨り天照大神ばかりにあらせられず、神武以来御代々の天皇様にも、感謝し奉ってゐるのである。萬世一系の御皇室は一元的であって、今上陛下こそ現人神であらせられる。即ち、天照大神を初め奉り、御代々の御稜威は現人神であらせられる今上陛下に凝集されてゐるのである。されば吾々は神聖にして犯すべからずとある「天皇」を最上と思念し奉るものであって、昭和の時代には、天皇に帰一奉るのが国民の至誠だと信ずる。「義は君臣、情は父子」と仰せられてゐるやうに、吾々国民は常に天皇の御稜威の中にあるのである。恐れ多いことであるが、十善の徳をお積み遊ばされて、天皇の御位におつき遊ばされると、陛下も憲法に従い遊ばすのである。即ち人法一致によって現人神とならせられるのであって、吾々国民は国法に従って天皇に帰一奉るのが、純忠だと信ずる。天照大神のお札をお祭りするとかの問題は萬世一系の天皇を二元的に考え奉る結果であって、吾々は現人神であらせられる天皇に帰一奉ることによって、ほんとうに敬神崇祖することが出来ると確信するのである。またこれが最も本質的な正しい国民の道だと信ずる次第である云々。
これにて座談会を閉ぢ、岩崎氏の緊急動議で出征中の牧口洋三氏のため「生活革新同盟の歌」を合唱、次いで吉田春蔵氏の軍歌独唱があって閉会の辞に移る。
閉会の辞
毎月各支部毎に行はれてゐる研究会を、また併せて地方部をも含めた総合結果として創価教育学会第五回総会も方にこゝに閉会せんとするに当って、不肖私から皆様に一言御挨拶させてゐたゞくことは、甚だ光栄に存ずる次第である。
いまや、皇国日本が北はアリューシャン群島方面より遥かに太平洋の真中を貫き、南はソロモン群島附近にまで及び、更に南洋諸島を経て、西は印度洋からビルマ支那大陸に、将又蒙彊満州に至るの広大なる戦域に亘り、赫々たる戦果を挙げ、真に聖戦の目的を完遂せんとして老若男女を問はず、第一線に立つ者も、銃後に在る者も、いまは恐くが戦場精神によって一丸となり、只管に目的達成に邁進しつゝあることは、すでに皆様熟知されるところである。
(中略)
本日は秋冷の折柄、かくも賑々しく一堂に会し、緊張と感激のうちに有意義にめでたく本会を終了いたしたことを厚く感謝致し、併せてお国のために益々本会の発展を期して、こゝに私の閉会の辞とする。