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[24989] 東方幻夢伝 ~幻想郷に舞い降りた幻想~
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2011/06/15 01:22
!!注意!!
これは当方サイトで連載している東方オリジナル主人公音楽小説「東方幻夢伝 ~幻想郷に舞い降りた幻想~」を移行したものです。内容自体は当方サイトに掲載しているものと相違ありません。
音楽ありで見たい方は、「趣旨の取れてないページ」で検索して、当方サイトにお越しください。
分量が膨大であるため、誤字脱字を報告されましても対応致しかねる場合があります。
連載ではなく移行であるため、こちらにアップする場合は不定期となります。

なお、こちらとしてはBGMがある状態でのご閲覧を想定して創作しておりますので、文章のみのご閲覧自体が想定外であるということを、予めご認識いただくようお願いします。



経緯

当サイトにお越しのお客様から「一括で読みたいけれど章毎でしか出来ないので不便である」という要望がありました。
しかしながら、当方で開発・運用している「投稿コンテンツクリエイター」の機能では、現在のところ複数の作品をまとめて表示する機能が存在しないため、お客様のご要望を満たすことが出来ませんでした。
そこで、全作品一括表示機能の存在するArcadiaさんのSS投稿掲示板を利用させていただくという判断に踏み切りました。



内容

東方Projectの世界・幻想郷に現れた謎の青年。
彼が幻想の少女達と触れ合うことで共に成長していく、
ハートフルだったりバイオレンスだったりするお話です。

オリジナル主人公、オリジナルキャラクター、二次設定等、人によっては受け入れがたい内容も大量に含まれます。
しかしながら、これを読んでそれらの所謂『地雷要素』を克服できた方もいらっしゃいます。
「オリキャラはちょっと・・・」「TS?ありえん」などという方も、是非一度ご覧になって見てください。



サイトアドレスはこちら(半角にすると投稿できないため全角で入力しています)。
http://fujirobert.dip.jp/enterance.html



[24989] 〇章一話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/18 22:53
――目を覚ましたら、見知らぬ森の中だった。

どうやら仰向けになっているらしく、星が綺麗だった。夜みたいだ。

こんな綺麗な星は見たことがなかった――と思う。だからしばらく見入っていた。

意識が覚醒したばかりで、思考が鈍っているのがわかる。本当だったらもっと色々考えることがあるはずだ。



ここは何処だとか。



俺は何故こんなところにいるのかとか。



そもそも俺は何者だ・・・・・・・・・とか。



「――え?今俺何考えた?」

自分の鈍った思考にひっかかりを覚え、もう一度今思ったことを振り返る。

ここは何処だ。何故だ。

そして俺は何者だ。

「ちょ、ちょっと待てよ。どういうことだよ!?」

自問するが、当然自答はない。その答えは俺しか知りえないが、俺自身が知らないのだ。

慌てた俺は必死で思い出そうとした。



俺の使っている言語。日本語。他に日常会話程度の英語能力と使い物にならない中国語能力。これはOK。

次に、俺ができること。料理スキルは一般的な成人男性よりは高い。掃除・洗濯と家事は一通りできるが、あまり進んでやる気はしない。

運動能力は一般人に毛が生えた程度。普通と言うには高く、アスリートと言うには低い。

知能。主にプログラムと機械類、生物学の知識が多い。思考能力は一般的なレベルか。

特技は特になし。何でもそれなりにこなせるが、あくまでそれなり。

ああついでに、見りゃわかるけど男だ。



自分に関する情報、持っている知識などが次々と思い出せる。

だが、肝心なところは一つとして思い出せなかった。



自分が何者なのか。

俺は何という名前で、どういう過去を持っていて、今何歳なのか。

家族は誰がいて、友達は誰がいて、どういう人間関係を持っていたか。



そう言ったものが一切合財思い出せなかった。



「記憶喪失・・・ってか。」

口にすれば陳腐な響きだが、実際になってみると恐ろしいものだ。

何せ、自分がないのだ。自分という存在を立証するものが何もない。

それはさながら、幼い頃にやった――のだろう、今の俺には思い出せないが知識にはある――棒倒しの棒のような。

厚い砂に覆われていれば、華奢な棒でも直立していられる。だが砂を全て除いてしまえば、たちまちに棒は倒れる。

そんな不安定さだ。軽く押されれば、一気に奈落の底まで落ちていってしまいそうな気さえする。

それが、とても恐ろしかった。



なのに俺は。

「・・・まあ、なっちまったものはしゃーねーな。」

自分でも驚くほど、あっさりとそれを受け入れてしまった。

恐怖がないわけではない。今でも身を切るような寒さを錯覚するほど、恐怖を感じている。

だがその恐怖も含めて、俺は今の状況を受け入れられたのだ。

ひょっとしたら俺は、お坊さんとか僧侶とかそういうのだったのかもしれない。

「て、んなわきゃねーか。」

自分の着ている服を見て、ありえないと苦笑する。

俺の格好は、黒のタートルネックにジーパンと安物のスニーカー。地味ではあるが、とても仏道に入った人間がする格好ではない。

ともかく、俺は何一つわからなかったが、その現実を受け入れた。今はそれでいいことにしよう。

今の問題はそんなことより、ここが何処かということの方が先決だ。

見た感じかなり深い森の中のようだ。腹具合を鑑みると、今日ここで野宿をしたとしても問題はないだろう。

だが、明日はそうは行かない。早いところ人家を見つけないと、冗談抜きに飢え死にする。

まあ俺はその辺に生えてる雑草食ってでも生き延びる気がするけどね。

ともかく、一刻も早く森から脱出しなければいけない。そう思って俺は体を起こした。

「つっても、どっち行きゃ抜けられるかわからんのだけど。」

何故か知識の中に森歩きの経験みたいなのがあった。それによれば、夜に森を歩くのは危険だということ。

・・・いや、そんなもん見りゃわかるか。木々の奥は何も見えないほど黒々とした闇が広がっていた。

ともかく、こういう状態で道もないところを歩くのは無謀にもほどがある。無駄に体力を浪費するだけだ。

幸い、気温は低くない。体力を温存し昼を待つにはちょうどいい。

とりあえず、木を背もたれにして休むか。そう思い、いい感じの木を見つけそちらに歩み――



がさり。



その音を聞いた瞬間、俺の心臓は一気に跳ね上がった。そして、気配を殺してかつ急いでその木の後ろに隠れる。

森の中の危険は、何も暗闇だけではない。そこに生息する生物も十分すぎるほどの脅威だ。

熊。冬であれば遭遇することのない猛獣だが、あいにくと今は春だ。

俺は熊避けの鈴なんて持っていない。あれがあれば、ここは俺のテリトリーであることを示し、熊の接近を防げるのだが。

そもそもここまで接近された場合、逆に熊を刺激し興奮させる可能性だってある。

だったら、隠れてやり過ごすのが一番だ。見つかったらアウト。一般人に毛が生えた程度の俺の足じゃ、熊から逃げ切るなんて到底無理だ。

早鐘のようになる心臓。それすら熊に気づかれるのではないかと、背筋を幾筋も冷たい汗が流れた。

祈るような気持ちで、俺はそのときを待った。



だがそれは。



「あれ~?おっかしいな~。」



すぐさま聞こえてきた、年端もいかない少女の声で杞憂だとわかった。

――なんだ、人だったのか。あーびっくらこいた。

木に体を預け、大きなため息をつき脱力する。

それから再び体を起こし、立ち上がる。

「おーい、こっちだ!!」

俺は少女を誘導するため、大きな声で呼んだ。

すると「あ、やっぱりいた~」という喜色に満ちた少女の声が聞こえた。とりあえず、助かったみたいだな。

一寸先まで暗闇のため見えないが、気配的に少女がすぐ近くまで来たことがわかった。

「いやー、助かったよ。いきなりこんなところに放り出されてわけがわかんなくて。」

「へー、それは大変だったねぇ。」

俺の言葉に少女は明るさを持って答えた。ああ、何とかなるな。

「けど、どうやら人里は近いみたいだな。本当にありがとうな。」

「いやいや~、それほどでも♪」

「君もあんまり奥深くまで入っちゃダメだぞ。夜の森は危険だからな。」

「平気だよ、慣れてるからね~。」

凄い子だな。こんな夜の森に入るのに慣れているのか。

ここで倒れてた経緯はわからないけど、ひょっとしたら凄い田舎なのかもしれない。

「聞きたいんだけど、人里はどっちかな?」

「あっちだよ。」

少女が指差す方向は(多分。見えないから声の向きで判断する)、少女がやって来た方角だった。なるほど、てことは一本道かな。

「重ね重ねありがとう。それじゃ、俺は行くから。」

「あ、ちょっと待ってー。」

行こうとすると、少女が俺に声をかけてきた。何かあるのかな?

「一つ聞くの忘れてたー。」

「ん、なんだい?俺に答えられることだったら何でも答えるぞ。」

人里の方向を教えてもらったんだ。そのぐらいのお礼は何ほどのものでもない。

「えっとねー。」



そう思ってたんだ。少女の次の



「あなたは食べてもいい人類?」



という、ナニカチマヨッタ発言を聞かなければ。



「・・・・・・・・・・・・はい?」

たっぷり5秒沈黙した俺の返答は、Perdon?だった。

え、ちょ、何?今この子何つった?「アナタハタベテモイイジンルイ」?

あなた→俺のこと。食べてもいい→be able to eat。人類→人間、ヒトとも言い換え可。

つまり?何?この子は「Can I eat you?」って聞いたわけ?何そのカニバリズム。

「あ、そーなのかー♪じゃあ遠慮なくいただきまーす♪」

しかも俺のPerdon?をYesと取り違えてるし!!Oh My God!!

「ちょちょちょ!!待てやこら!!健康によろしくないぞそれ!!」

「えー?人間は美味しいのにー。」

ナンデゴッタ!!彼女は既に何人か手にかけた模様です!!俺ドン引き!!

「いいか!人間が人間を食うと、色々と病気を起こすんだ!これはまだ原因がよく分かってないんだが、同属食いというのは健康障害を引き起こしやすいらしいんだ。狂牛病然り、Kuru病然り・・・。」

俺の知識の引き出しに何故か入っていた生物学(医学?)の知識を披露し、何とか少女を思いとどまらせようとするが。

「あ、それなら問題ないよー♪だって私妖怪だし。」





またしても俺の思考は間違いなく5秒停止した。

今、何つった?『妖怪』?グゲゲの鬼野郎とか地獄先公め~べ~みたいな?

馬鹿な、フィクションじゃあるまいし。そりゃいた方が面白そうとは思うけど、科学はそれをことごとく否定してきた。過去を思い出せない俺だけど、知識には確かにそうある。

だが、そこでふとあることに気がついた。少女はいつまでたっても姿を見せない――いや、見えない!!

すぐ近くで声がするというのに、影すら見て取れない。そういえば、いつの間にか月明かりや星明りも消えている。

上を見たら――一切光の見えない闇が広がっていた。・・・マジかよ!!

「そういうことだから。じゃ、いただきまーす♪」

少女の声が凄く弾んでいた。――多分、ご馳走にありつけたからだろう。

少女がすぐ近くにいるのが気配――空気の流れと音で分かる。そして先ほどから俺の生存本能が警鐘を鳴らし続けていた。

ならば、取るべき行動はただ一つ。

「・・・あれ?ここら辺にいたはずなのに・・・。」

俺はすぐさま反転して走り出していた。おかげで、少女に捕まらずにすんだようだ。

何故か俺は気配を絶つのが上手いようだ。ほとんど足音を立てずに走り去る。

ある程度距離をとったと思ったら、そこからはそれを一切気にせず全力で走り出す。

「あー!!逃げられたー!!」

そして少女が俺の逃亡に気付き、大声を上げた。

俺は少女に追いつかれまいと、必死で走った。








どれぐらい走っただろうか。のどの奥から鉄錆の味と体の中から乳酸の匂いがしていた。

もうこれ以上走れない。俺は気配を殺しながら、手近な木の幹にどっかと腰を下ろした。

少女はやたらなスピードで追いかけてきていた。だから俺も全力で逃げるしかなく、それでもあまり差をつけられなかった。

・・・そういえばさっきから少女少女言ってるけど、実際はどんなやつかは分からないんだよな、あの自称妖怪。

ひょっとしたら妖怪の名の通りすっげぇキモい姿してんのかも。そんだったら俺だって声かけなかったぞ!!

この暗闇が悪い!!・・・まあ、暗闇じゃなかったら、今頃捕まってんだけどね。

どうやらあの自称妖怪、夜目が利くわけではないらしい。俺の居場所も、音で判断してたみたいだし。

だからこうやって気配を殺して隠れていれば、やつは気付かないはず。

「・・・あれ~?見失っちゃったかな?」

俺の考えを肯定するかのように、やつはそんな言葉を漏らしていた。消沈した様子がわかる。

よし、いいぞ、そのまま通り過ぎてくれ!!

俺は再び祈るような気持ちで時を待った。さっきは熊だが今度は自称妖怪。熱の入りようも変わるもんだ。

「はぁ~・・・しょうがないなぁ。」

・・・やった!?

俺は瞬間、そう叫びたいほど喜んだ。



「ここらあたり吹き飛ばせば出てくるよね。」

そして次の瞬間、俺は嫌な汗が噴き出すのを感じた。

ヤバイ。あの言葉が本当かどうかなんてわからないが、とにかく何かがまずい。

俺をここまで生かし続けた生存本能が、最早エラーアラートかと思うほどレッドランプを点灯していた。

本能が警告するままに俺は木を盾にして伏せ。



「月符『ムーンライトレイ』。」

次の瞬間、とんでもない衝撃と、見紛う事なくレーザー光線が襲い掛かってきた。



「いっつつ・・・。」

思わず声に出ていた。どうやら、五体満足ですんだようだが・・・。

あくまで満足なのは五体であり、ところどころに細かな怪我を負った。

っつうか、そんなのありかよ!!レーザーとか!!

「あはは~、見っけ♪」

やつがそんな言葉と共に、こちらを見ていた。・・・木々が吹っ飛ばされたせいか、その容姿がやっとわかった。

それは人間の少女と変わらない姿をしていた。金色の髪と、黒い洋服。何故か両手を広げて体で十字を作っている。

そんな少女が、ふわふわと浮いていた。――ああ、見えてたら声かけなかったわ。

だって、俺の知る限り空飛ぶ人間なんて存在しない。空飛ぶやつはどっかまともじゃないやつだ。

逃げようにも、もう一歩も動けない。疲労と、今の一撃による負傷で。

「も~、あんまり逃げないでよねー。せっかくのご馳走が美味しくなくなっちゃうでしょ。」

「・・・草食動物は逃げる者、肉食動物は狩る者だぜ。楽して食べようなんて、虫がいいとは思わないか。」

「そーかもねー。」

少女姿の妖怪はケタケタと笑う。そんなにおかしかったかね。

「お気に召したなら、ここらで見逃してくれると嬉しいんだがね。」

「だめー。あなたは私の今日のご飯なの。これはもう決定♪」

ち。やっぱり世の中はそんなに上手くはない。

ああ、こんなところで人生終わりか。結局俺は自分が何者か思い出せないまま終わるのか。

あの無駄知識も披露することもないのか。なんだかもったいない気がするが、まあ仕方ないか。

仕方ない――その言葉で、俺は今の状況すらも受け入れている自分に驚いた。

おいおい、俺は自分の死ですら受け入れられるのか?どんだけ聖人君子だよ俺。

自分で自分に呆れる。が、どうにも自然に受け入れてしまって違和感がない。

違和感がないんだが・・・。

「それじゃあ、お腹もペコペコだし、そろそろ食べるねー♪」



なんだか凄い癪だった。



草食動物が肉食動物に食われて、肉食動物は草食動物に食われないなんて。



そんなこと――





誰が決めた!!!!









「!?!?!?!?ぎいいいいやあああああああああああああああああああああ!!??」

気がつくと、妖怪が痛そうに叫んでいた。至近距離の俺は耳を押さえたかった。

見れば、首筋のところが深くえぐれている。ありゃ痛い。

さらに目を凝らせば、歯型がついてる。齧られたのか?

すると妖怪はキッとこちらをにらんできた。だがその目には怯えも半分。涙も浮かんでいる。

「ううううううう、覚えてなさいよー!!絶対仕返ししてやるんだから!!」

それだけ言うと、妖怪はどこかへ飛び立って行ってしまった。

・・・今の間に何があったんだろうか。少し意識が飛んでたせいで覚えていない。

ただ、どうやら妖怪は何者かに首筋を齧られたようだ。それで怯んで、俺を見逃したらしい。

じゃあ誰がやったんだ?耳を澄まして肌を研ぎ澄ませるが、感じ取れる気配はない。やはりここには俺一人だ。

・・・そういえば、絶対仕返しするとかなんとか。

「てことは・・・やったのは俺?」

んなまさか。俺にカニバリズム趣味はない。けどそうとしか考えられん。

「・・・ま、いっか。とりあえず助かったんだし。」

そう、今こそ現状を受け入れればいい。当面の危機は去ったのだから。

が。

「・・・やべえ、人里の位置がわからん。」

やたらめったに走ったものだから、先ほど妖怪が教えてくれた人里の方向がわからなくなった。

当面の危機は去ったのだが、今度は遭難の危機である。というか元々俺は遭難してたんだっけ?

「あんなのがいるんじゃあ・・・とにかく何とか人里に出るしかないな。」

願わくば、あの妖怪が嘘をついていないことを。

実は、その点については心配していないのだが。

だってあの少女は、人こそ食っても素直な子だと思ったから。



そして俺は、疲れて傷ついた体に鞭打って、再び歩き出した。





***************





その日、博麗神社の巫女はいつも通りの一日を過ごすはずだった。

いつも通りに起きて、いつも通りにご飯を食べて、いつも通りに適当に境内を掃除して、いつも通り縁側でお茶を飲んで。

ひょっとしたら友人である白黒の魔法使いが訪ねてくることがあるかもしれないが。

それでも、それもまたいつも通りの一日だ。それは、これからも変わらぬこと。

それは彼女が博麗霊夢――この幻想郷という楽園の、素敵な巫女だから。

その、はずだったのだ。



「あら、何かしら。」

朝食を食べて、とりあえず境内を掃こうかと思ったときだった。

鳥居の下に、何か大きなものが落ちていることに気付いた。

どっかの妖怪が粗大ごみでも置いてったかと思い、不機嫌そうにそれに近づいた。



が、彼女の暢気な考えは外れた。



「って、人じゃない!!」

それは、紛れもなく人であった。全身傷だらけであり、見たこともない服を着ているが、人であった。

「ってことは、外来人かしら?結界の外に出るためにここまでやってきた・・・?」

霊夢はそこまで言って、何か違和感を感じた。それはただの勘ではあるが、彼女の勘は半端ではないほど当たる。

「とりあえず、手当てをして寝かせましょうか。話を聞く必要がありそうね。」

霊夢は自分よりもかなり上背のあるその人物を、しかし体重がそれほどなかったためか、軽々と抱え上げた。

そして、そのまま母屋へと運び、その人物の手当てをするための薬と包帯を探しにいった。





東方幻夢伝 第〇章

幻夢想 ~a Fantasia comes in...~






+++この物語は、一人の「幻想」が幻想の世界に迷い込む、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++





主人公:???

名称不明・年齢不明・経歴不明。ただし、それなりの知識はある模様。

宵闇の妖怪を撃退したことから、何かの能力持ちである可能性が高い。

何でも受け入れる。それはさながら、幻想郷のように・・・。



→To Be Continued...



[24989] 〇章二話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/18 22:54
目を覚ますと、見知らぬ森の中――ではなく、目に飛び込んだのは天井だった。

どうやら、何とか人里に着いたらしい。森を抜けたところまでは覚えているが、その後が酸欠と疲労と全身の痛みのせいで記憶がない。

長い階段のようなものを上った気がする。人里は高台の上にあったのか。

ともかく、記憶はないが人を見つけて泊まったか、もしくは気絶したところを人に発見されたのか。今俺は介抱されているところのようだ。

かけられていた布団を押しのけながら体を起こすと、背骨がパキパキと鳴った。・・・こりゃ筋肉痛確定だな。

俺は服を着替えていた。和服というか浴衣だな、これ。体のところどころに包帯やら何やらが巻かれているところを見ると、手当てをするためだろう。

俺の着ていた黒のタートルネック、ジーパンは枕元にたたんで置いてあった。

これで、俺が気絶して担ぎ込まれたことがわかった。

もし俺が自分で着替えたとしたら、こんな風にたたんだりはしない。せいぜいが一まとめに置いておくだけだ。

色々と世話になってしまったらしいな。何とかお礼をしないと。



そう思っていると、襖が開き一人の少女が現れた。

「あら、起きたのね。」

そんなことを言いながら。

「ああ、何か色々助けてもらっちゃったみたいで。どうもありがとうございます。」

「別に気にしなくていいわよ。」

その少女――黒く長い髪をした紅白の巫女服に身を包んだ少女は、こともなげに言った。





***************





その人は、大体私よりも頭一つ分大きいってところだった。そのくせ体重は大したことはなかった。

だからさほど苦労はせずに客間に運ぶことができた。

ざっと体を見て、傷を確認する。細かな傷が体中にあって、口の周りで大量の血が固まっていた。

口の中を切ったのだろうか。とりあえずもう出血はしていないみたいだから、体の傷の方を見てみた。

こちらも大したことはない。念のために軟膏を塗り、あて布をして包帯を巻く。これで傷の方は大丈夫だろう。

とすると、神社の入り口で倒れていたのは疲労によるものか。見たところ普通の人間らしいので、妖怪から逃げるので走ったのだろう。よく逃げられたものだと思う。

大抵の妖怪というのは、空を飛ぶ。当然地を駆けるよりもずっと速く。

ここに住む人間なら、慣れているからそれでも逃げおおせることは不思議ではないが、彼は明らかに外来人だ。

普通外来人だったら、運悪く森の中に放り出されなどしたらそのまま妖怪の餌食になることがほとんどだ。

運良く人里に現れたとしたら、案内人をつけてここまでやってくるだろう。

この人は多分前者。だって案内人らしき人は見当たらないし、そもそも夜に神社に来たっぽい。人里の人間だったらそんなことは絶対にしない。

ということは、この人は自分の力で妖怪から逃げ切ったということ。・・・本当にただの人間だろうか。

「ま、考えても仕方ないことよね。本人に聞けばわかるんだし。」

脱線した思考を戻す。とにかく、彼は疲れているはずだ。

「しょうがないし、ご飯ぐらいは作ってあげるか。」

言いながら私は立ち上がり、おかゆを作ろうと台所へ向かった。





次に客間に戻ったとき、彼は既に目を覚ましていた。

「あら、起きたのね。」

「ああ、何か色々助けてもらっちゃったみたいで。どうもありがとうございます。」

意外と高い声だった。それに、何と言うか不思議な声色だ。

聞いているだけで、自分という存在を肯定してくれるかのような落ち着く声。

「別に気にしなくてもいいわよ。」

まあだからなんだというわけで、私はそうとだけ返した。



見たところ、16・7ぐらいの青年。顔立ちはそれなりに整っている。化粧をすれば女でも通りそうな気もするぐらい中性的な顔。

そして一番の特徴は、向かって右側の目が茶色、左側の目が黒という、金目銀目だった。





***************





巫女服は変わっていた、と思う。自信がないのは、俺はこういう巫女服を見たことがないという知識だけだったからだ。

今の俺は自分の経験を思い出せない。だからあくまで、知識として「変わっている」ということしかできない。

どう変わっているかというと、巫女服っていうのは上が白、下が青とか赤とかで、袖は指先を覆うぐらいまである。下は膨らんだズボンといった態だ。

ところが目の前の少女は、まず腋が丸出しなのだ。そして上も赤い上着を着ているみたいで、下に至ってはスカートだ。

少なくとも俺の知識にこんな巫女服はない。ないんだが、ひょっとしたら見たことがないだけで、地方によってはあるのかもしれない。

とりあえず俺の中ではそういう答えで落ち着けた。

けど、巫女ってことは。

「ここは神社ですか?」

ってことだよな。

そして俺の疑問を肯定するように、少女は頷いて言った。

「ええ。というかあなたそんなことも知らないでここに来たの?」

たはは・・・、まあ迷走の果てでしたから。

神社で厄介になっちまうとは、ちょっと気が引ける。あとでお賽銭入れとこ。いや、どうやら俺は『賽銭箱見ると入れたくなる病』らしいんだけど。

「気付いたら森の中でして。夜だったから前も良く見えなくて必死で歩き回ったんですよ。階段か何かを上ったところまでは記憶があるんですけど・・・。」

『妖怪』の下りは黙っておく。痛い子に見られたくはない。

と思ったら。



「あら、妖怪に襲われたんじゃないの?てっきりそうだと思ったんだけど。」



事も無げに言ってくれましたよこの紅白巫女さん。

「て、妖怪ってナチュラルに言いますか!?」

「あら、別に珍しいことじゃないわよ。この幻想郷じゃ。」

ゲンソウキョウ・・・?知識に引っかからないぞ。

多分字面的には『幻想郷』だと思うんだけど、・・・そのまんま過ぎて呆然とする俺。

「その様子じゃ、あなたは『外』の人間みたいね。おまけにそうと知らないでここまで来たのね。・・・いいわ、少し話してあげる。」

それから彼女は、ここについて少し語った。



曰く、この地の名は『幻想郷』。博麗大結界により外界と隔絶された世界。

ここに住まうは少数の人間と大多数の幻想。即ち、妖怪、妖精といった『外』において幻想となった者達。

妖怪は人を喰らい、人は妖怪を退治する。そのバランスをとりながら、この幻想郷は続いている。

そして彼女は、この幻想郷で起こる『異変』を解決するための巫女――博麗の巫女『博麗霊夢』という。



「そうですか・・・。」

俺の知っている常識とはかけ離れたその話を、しかし俺は受け入れた。

当然まだ理解は追いついていない。が、そういうものだというように、俺は納得してしまった。

昨晩からの話だが、どうやら俺は深く考えずに納得してしまう性質らしい。いいんだか悪いんだか。

「随分あっさりと納得するのね。」

「いや、否定しても目の前の現実が変わるわけじゃないし。」

「それもそうね。」

少女――霊夢さんも、特に気にせず俺の答えに納得してしまった。いいんかい、それで。

ま、俺が人のこと言えた義理じゃないか。

「じゃあ、ちょっと詳しく話すんですけど大筋はさっきと変わりません。
俺はいきなり森の中で目を覚ましたんです。で、唐突に現れた自称妖怪に襲われて、何とか逃げたんです。
でもいきなりレーザーっぽいものを発射されて身動きが取れなくなったんですが、その妖怪は突然悲鳴を上げて逃げてしまったんです。
そんな感じで九死に一生を得て、ここまで逃げ延びたって感じです。」

詳しく大雑把に話す。大体あってるかな。

霊夢さんはお茶をひとすすりすると

「あら、そう。」

とだけ言った。思わずこける俺。

「あらそうって・・・。」

「それ以外に何か言いようがあるかしら。」

「いや、ないんですけどね・・・。」

でも一応話したんだから、何かリアクションが欲しいなって思う芸人魂。あれ、俺って芸人だったのかな?何か違う気がするけど。

「まあそういう状況だったんですけど、霊夢さんのおかげで助かりました。ありがとうございます。」

深々と礼をする。

「別に大したことはしてないわよ。」

霊夢さんはただ淡々とお茶をすするだけだった。





***************





「それで本題に入るけど。あなたは『外』に帰るの?」

この博麗神社の役割のもう一つが「迷い込んだ人間を外に帰す」であるということは既に説明した。

もし彼が本当に『外』の人間であり――この辺はもう確定してるけど――『外』に帰ろうと思うのであれば、私は道を開く。

逆に帰ることを望まない、ここで一生暮らすというのなら、人里まで案内してやればいい。

どっちにしても、そう大して面倒なことにはならないはず。

私はお茶をすすりながら返答を待った。

しかし、幾ら待っても返事が返ってこない。訝しく思った私は彼に目を向けた。

すると彼は難しい顔でうなっていた。

「何か問題でもあるの?」

「いやその、些細な事っていうか大問題っていうか。」

どっちなのよ。

言ってることが矛盾していた。どっちなのかはっきりしなさいよ。

と思っていたのだが。





「実は俺、記憶がないんです。」





この言葉を聞いた瞬間、私は目が点になり、思考が5秒くらい停止した。

何?記憶喪失??全然そんな風に見えないんだけど???

だって受け答えしっかりしてたし、『外』の知識らしきものはしっかり持ってたじゃない。

「あ、記憶喪失って言っても知識がまるでなくなってるわけじゃないんですよ。むしろ知識は健在です。」

じゃあ何だって言うのよ。

「俺に関する記憶――俺が何者なのか、どこに住んでいるのか、これまで何を経験してきたか。そういうのが一切合財抜け落ちてるんです。」

――これまた厄介な。

「じゃあ、どうすんのよ。」

「わかりません・・・。本当に俺が『外』の人間なのかもわからないし、そもそも『外』に行って大丈夫なのかっていう疑問が・・・。」

どういうことよ。

「俺の知識では、『外』では戸籍やらなにやらがないと生きていき辛いってなってるんですよ。だから自分が誰なのかもわからない俺が、果たして本当に生活していけるのかと。」

なるほどね。そりゃ大問題だわ。

「まあ、それでも生きて『いけない』わけじゃないから、無理を押し通すつもりで行けば別にいいんですけど。」

ああ、些細な問題でもあるのね。

しかしこれは困ったわね。こんな事態は想定してなかったわ。

行くべきか、行かざるべきか。

「どうすんのよ。」

「どうしましょうねぇ・・・。」

私に聞くな。



「じゃあ、この件はしばらく保留、思い出したらどっちにするか決めるってことでいいのね?」

「ええ、お手数おかけします。」

結局、そういうことに決まった。というかこれが妥当でしょうね。

「で、だとしたら住む場所はどうするの?」

そう。こちらにしばらくとどまるのなら住居が必要だ。

「あ、その辺ならご心配なく。今はそんなに寒くないですから、別に野宿でも何とかなりますし。」

「妖怪に食われるわよ?」

「・・・そうだった。」

そのことをすっかり忘れてたみたいね。

「どうしましょうか。」

「私に聞かないでよ。まあ、人里に居を構えるのが妥当なんじゃない?」

「居を構えるって・・・俺そんな金持ってないですよ。」

「稼げばいいじゃない。」

「どうやって?記憶ないんですよ俺。金の稼ぎ方なんて覚えてないですよ。」

都合のいい記憶喪失ね。

「・・・まあ、明日までに考えなさい。今日は泊まっていいから。」

「重ね重ねご迷惑おかけします。」

礼儀正しく頭を下げる彼。一日ぐらいなら大したことじゃないわよ。

「あ、だったら・・・。ちょっと失礼しますね。」

彼は布団から抜け出し、枕元に畳んであった衣服から皮製の何かを取り出して境内に出た。

何かしらね?





チャリーン。カランカランカラン。パンッパン!パンッパン!





!!!!!!!!!!!!!!!

瞬間私は駆け出し、土煙を上げながらその場所へ走り出した。

そこには手を合わせ、目を瞑り、神社に向かって頭を下げる彼がいた。

え!?嘘!!?ホント!!!?

「あ、霊夢さん。ここって二拝四拍一拝でいいですか?」

私に気付いた彼が何か言っていたが、そんなことは私の耳には入らなかった。

つかつかと彼との距離を詰め。

がしぃっ!!

「へ!?あ、何かまずいことしちゃいました!?」

私に両肩をつかまれて彼はうろたえた。

ええ、大変なことをしたわ!!





「あなた、うちに住めばいいわ!!毎日お賽銭を忘れなければ!!!!」





「・・・へぇぁ?」

彼は目を点にして、きっかり5秒停止した。

しかし今の私にはそんなこと気にならない!ああ、彼はいい人だ、間違いなく!!

そう、この神社は待っていたのだ!!!彼のように信心深い人を!!!!

「さあ、そうと決まったらあなたの部屋を決めなきゃね。荷物はないみたいだし、そんなに広い部屋じゃなくてもいいのよね?」

「え、あ、えと、お任せします。はい、できればそこまで広くない部屋の方が。」

目を白黒させながら、彼は答えた。うん、それなら大丈夫。部屋はあるわ。

私は鼻歌を歌いながら、上機嫌で母屋へと向かった。彼は戸惑いながらも、私の後に着いてきた。





「そういえば、あなた名前も思い出せないの?」

「あ、はい。面目ないんですが・・・。」

そういえばと、これから一緒に住むのに相手の名前がわからないのは不便だ。いつまでも『あなた』と呼ぶのも何か変だし。

「じゃあ、何か適当な名前を考えなさい。でないと不便でしょう?」

「ええ、まあそうですね。う~ん、じゃあどうしようかな・・・。」

彼は考え始めた。きっと今彼の頭の中では幾つもの名前候補が浮かんでは消えているのだろう。

私はせかさない。お茶を飲んで待つ。

そして。



「やっぱり・・・『フーミン』か、『げろしゃぶ』だな。」



「ぶふぅ!!?」

お茶噴いた。



「あれ、どうしたんですか霊夢さん?」

「どうしたんですかじゃない!!なんなのよそのありえない名前は!!」

ふざけすぎでしょうが!!しかも、その名前になったら明日から私が彼のことをそう呼ぶのよ!?

『ねえ、げろしゃぶさん。朝ごはんのおかずは魚の煮付けでいいかしら?』

『はい、お任せします。』

ありえねぇ!!

「もっとまともな名前にしなさい!!私が呼ぶんだからね!?」

「え、何かいけなかったですか?」

自覚なしかい!!

「あー、もう!!だったら私が決めるわ!!あなたはしばらく黙ってなさい!!」

「え、で、でも「だ・ま・っ・て・な・さ・い。」・・・了解しました。」

私の指示に従い、彼は黙る。・・・とは言ったものの、どうしたものか。

私は別に誰かの名前を考えたことがあるわけではない。どうやって決めるかなんて知らない。

だけど、私が考えなかったら彼は『げろしゃぶ』となる。それは絶対嫌だ。私が呼ぶ的な意味で。

彼の特徴はどんな感じだったか。

長身で痩せ型。私より頭一つ分は高いのに、体重はそこまで差がない。・・・何となく癪だ。

瞳は黒と茶。影に隠れるとすぐわからなくなるが、光が当たっていればはっきりと違いが分かる。

柔和な顔つき。一見しただけだと女性かと思うような中性的な顔立ちをしている。

う~ん、いい感じのが思い浮かばないわね・・・。

「・・・もし思い浮かばないんだったら、名無しの権兵衛でも構いませんよ。」

彼が声をかけてきた。ああ、そういえば男にしては高い声よね。それになんていうか、聞いてるだけで落ち着いてくる・・・。

そこで、閃いた。

「『優しい夢』・・・『優夢』なんてどうかしら?」

「『優夢』・・・ですか。」

彼の優しい声色は、まるで一時の夢のようにあたりを包む。手放しで安心できる、そんな声。

うん、いい名前じゃない。

「そう、今日からあなたは『博麗優夢』よ!!」

「『博麗優夢』・・・。」

気に入ったみたいね。

と思ったら。

「いえ、『博麗』をもらうわけにはいきません。俺はあくまで居候なんですから。『優夢』だけいただければ十分ですよ。」

あら、そう。ちょっと残念ね。

「じゃあ、『名字の無い優夢』・・・『名無優夢』ってのはどう?」

「あ、それぴったりです。」

彼の顔がほころんだ。子供みたいな顔ね。17ぐらいかと思ったけど、ひょっとしたらもっと下かもしれないわね。



「それじゃあ・・・これからよろしくね、優夢さん。」

「こちらこそ、霊夢さん。」



こうして、私こと博麗の巫女・博麗霊夢と記憶の無い迷い人・名無優夢の共同生活が始まったのだった。





+++この物語は、記憶の無い幻想と博麗の巫女が織り成す、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



記憶の無い迷い人:名無優夢

偽名。その他のパーソナルデータは一切不明。

とりあえず、ネーミングセンスが壊滅的に終わっていることだけはわかった。

女顔、長身痩せ型。間違いなくいじられネタになるだろう。

能力:???

スペルカード:なし



博麗の巫女:博麗霊夢

我らが原作主人公。空気巫女空飛ぶ素敵な巫女。

何者にも囚われない、幻想郷を体現したような人格。

ただし、お賽銭のことになると一気に性格が変わる一面を持つ。

能力:主に空を飛ぶ程度の能力

スペルカード:霊符『夢想封印』、夢符『封魔陣』など



→To Be Continued...



[24989] 〇章三話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/18 22:54
「じゃあこれ、お願いね。」

そう言って霊夢さんが渡してきたものは、箒だった。

つまり、境内の掃除をしろということだろう。これからお世話になるのだから、それぐらいはお安い御用だ。

ただ・・・。

「あの、俺掃除はそんなに得意じゃないんで・・・上手く掃けなかったらすいません。」

「別に気にしなくていいわよ。適当でいいわ。」

え、それでいいの?とは思ったが、霊夢さんがいいというならいいんだろう。

ちなみに俺の服装は既に浴衣ではない。元々着ていたタートルネックとジーパンに着替えている。

仕事をするのに浴衣は動きづらくてしょうがない。

「よーし、やるぞ!!」

「お願いね。私はお茶でも飲んでるから。終わったら声かけてちょうだい。」

霊夢さんは言葉どおりに、母屋の方へと下がっていった。



俺は初め、この神社は人里にあるものだと思っていたが、どうやら違ったらしい。

ここは人里から少し離れた場所に位置する。途中は妖怪の出没する林道を通らなければならない。

まあ何が言いたいかというと、ろくに戦う力も持ってない俺が人里まで行くのは自殺行為だということだ。

だから俺は、この神社で出来ることをして霊夢さんに泊めてもらう恩を返す。そういうことに決めた。

そして『何かやることはありませんか?』と聞いたら、こうやって箒を渡されたということだ。

しかし・・・。

「結構広いな。」

境内に散った落ち葉をはきながら、俺はつぶやいた。

言葉どおりにこの神社が広いという意味ではない。経験は思い出せないが、知識としてこの広さは一般的だとわかる。

ただ、一人で掃除しきるには広すぎる。霊夢さんは毎日こんな苦行を一人で行ってきたのか。

やはりここは、俺が何とかせねばなるまい!!

「燃え尽きるほど掃くぞ!!震えるほど引くぞ!!山吹色の箒疾走サンライトイエロー・オーバードライブ!!」

阿呆なことを叫びながら、俺は掃除を続けた。





***************





三杯目のお茶を飲み終える。

このお茶を飲む時間が一番の至福のときだ。脱力し、ほっとする。

「ほぅ・・・。」

思わずため息が漏れる。それほど脱力しているということだ。

私の日課は、適当に境内を掃除し、お茶を飲むこと。

その掃除を、今日は優夢さんに任せてみた。『何かやることはありませんか?』って聞いてきたから。

どうやら彼は私に恩返しをするつもりでいるらしい。別にお賽銭を入れてくれるならそれでいいんだけど。律儀な人ね。

けど、別段断る理由も無いので、私は彼に掃除を任せた。

私にとって境内の掃除は、『必ずしなければいけないこと』ではなく『仕事をしている』ということを示すだけのものだ。

それを彼がやってくれるなら、私はこうやってお茶を飲み至福の時を過ごすことができる。それは大助かりだ。

そう考えると、結構な拾い物だったのかもしれない。彼の能力次第では、神社に永住させてもいいかもしれない。主にお茶の時間のために。

そんな馬鹿げたことを考えながら、四杯目のお茶を口に運ぶ。





13杯目に差し掛かっても、優夢さんからの報告はまだなかった。

どうしたのかしら?ひょっとして、だるくなってサボったのかしら。

別にそれならそれでいいんだけど。ちょっとでも掃除してくれてればいいんだし。

そう思っていたんだけど・・・。



「・・・ちょっと、やりすぎじゃないかしら?」



私は目の前の光景に唖然となった。

あちこちに散っていた落ち葉は、全て鳥居の下に集められていた。境内に落ち葉は見当たらない。

本殿に続く石畳の上も、砂が全て掃かれていた。

そして当の優夢さんはというと。



「この、頑固な砂め!!」

石畳の隙間に詰まった砂や小石を、箒や手を使いながら掃き出していた。

・・・何というか、呆れてしまう。別にそこまでやらなくてもよかったんだけど。

「あ、霊夢さん。もう少しで終わりますんで。」

「いや、もういいわよ。ていうかやりすぎ。」

私の明日からの仕事がなくなるじゃない。

「ていうか優夢さんさっき掃除は苦手って言ってなかったかしら?」

そうは見えないんだけど。

すると優夢さんはぱちくりと目をしばたかせ

「いや、『苦手』とは一言も言ってないですよ?『得意じゃない』とは言いましたが。」

ぬけぬけと言った。

「『得意』っていうのは、それ一つで何かを成せるほどレベルが高いことを意味します。だからそこに至らぬレベルのものを『得意』というのは、おこがましいかなと。」

つまり、優夢さんは誰にも負けないレベルのもの以外は全て『得意じゃない』と言うわけね。

「紛らわしい。」

「あれ?俺なんか悪いことしましたか?」

別に。





「じゃあ、料理なんかはどうなのかしら?」

「あ、それなら少しは得意です。」

少しか。

「今日の昼ごはんをお願いできるかしら。」

「わかりました。」

私は材料の場所と何があるかを教えて、再び縁側へと戻った。





半刻ほど経って、優夢さんの料理が運ばれてきた。

白飯、山菜の味噌汁、川魚の塩焼き、玉子焼き、きゅうりのぬか漬け。

結構豪華な食卓だった。

「すいません、時間かかっちゃって。」

いや、言うほど待ってはいないんだけど。ていうか本当にこれ手作り?男の人の印象からかけ離れてるんだけど。

けどまあ、ありえないわけじゃないかしら。

「いただきます。」

「どうぞ、召し上がれ。」

私は玉子焼きに手を伸ばした。綺麗に巻かれた玉子焼きだ。

玉子焼きに限らず、卵料理というのは料理人の腕が顕著に現れるものだ。それは卵というありふれているが繊細な食材をいかに活かすかということが問われるからだ。

一口。

「・・・美味しい。」

「お粗末さまです。」

あなた、ホントに何者よ。

「記憶喪失の迷い人です。」

あっそ。





他の料理も美味しく食べられた。特に味噌汁がしっかり出汁が出ていて美味しかった。

「山菜がたくさんありましたからね。いい出汁が出ると思ったんですよ。」

まあ、あれだけしっかり山菜が入ってればそうもなるわね。

洗い物も済み、小休止。

「それで、他に何かやることってありますか?」

再び優夢さんが聞いてくる。どんだけ働く気よ。

前言撤回。こんなにたくさん働く人がいられたら息が詰まるわ。まあ確かにいい人ではあるんだけど・・・。

「ないわ。優夢さんも働きっぱなしじゃなくて休みなさいよ。」

「え、でも居候ですし。」

ああ、なるほどね。

どうやら優夢さんは自分が居候だから働かなくちゃいけないと思っているらしい。

「いいのよ。家主の私がいいって言ってるんだから。」

「はあ、そうですか・・・。それじゃあ失礼して。」

そう言うと優夢さんは、私の隣に腰を下ろした。

さあっと、春の爽やかな風が吹き抜ける。

お茶をすする。優夢さんは無言で風を浴びていた。

ちらりと見ると、その口には微笑みが浮かんでいた。

「ねえ。」

「何ですか?」

「怖くないの?」

優夢さんは記憶喪失だと言っていた。だけど優夢さんの態度を見ていると、とてもそうだとは思えない。

不安がっている様子もないし、開き直っているという感じでもない。

まるでそれが自然であるように、ただ自然体でいるだけ。それが少し気になった。

「・・・怖いですよ。」

しかし返ってきたのは意外な答え。いや、むしろ当然の答えか。

「じゃあ、何でそんなに自然なの?」

今度はすぐに返事は返ってこなかった。優夢さんは目を瞑り考えている。

やがて。

「受け入れちゃったんですよね、その現実を。俺が自分を思い出せないってこと。それに俺が恐怖してるってこと。そういうものを。
したら、自分を繕う必要がないから、自然とこうなってしまいました。」

いけなかったですか?と彼は言った。

「いいえ、別にいけなくはないと思うけど。不思議だったのよ、ただの人間のはずのあなたが、全てを失って何故そんなに自然体でいられるのかが。」

それはある意味で、貴いことなのかもしれない。善悪の区別なく、目の前の現実を受け入れられるというそのことは。

果たして、私が同じ状況に陥ったとき、彼のようにできるだろうか。記憶を失い、『博麗霊夢』でなくなり、自分がなくなってしまったとき、私はそれを受け入れられるだろうか。

どうなんだろう。けど、考えてもそんなことはわからない。私はそんな事態に陥ったことがないから。

だから考えるだけ無駄というものだ。

ただ、とても難しいことを彼はやってのけたというそのことだけは、彼に対する見方に加えよう。

「ひょっとしたら、あなたには『受け入れる程度の能力』があるのかもね。」

私のそんなつぶやきは、春風にさらわれ消えた。





その日の夜。

「それじゃ、お風呂入ってきなさい。昨日は森の中を走ったんだから、汚れてるでしょ?」

私は優夢さんに浴衣を渡してそう告げた。

だが優夢さんは少しうろたえて

「え、でもいいんですか?一番風呂をいただいて。男の後だし、霊夢さんが嫌なんじゃ」

「いいのよ。今日は色々働いてもらっちゃったしね。そのお礼だと思いなさい。」

「でも、俺は居候なんだから当然のことを「あーもういいからさっさと入ってらっしゃい!!」

優夢さんの言葉を大声で遮り、有無を言わせず浴室へ向かわせた。

優夢さんは腑に落ちないという表情をしながらだったが、浴室へと向かった。

ちなみに夕餉も優夢さんが作った。この調子だと、朝昼晩と全部作りそうな気がする。

まあそれならそれでいいんだけど。

でも、今日みたいに働き詰めされると私の方が困る。息が詰まってしょうがない。

もう少し居候という意識を減らしてくれればお互いに丁度いい距離感になると思うけど。

「・・・~い、霊夢~。」

と、縁側から聞きなれた声が聞こえてきた。どうしたのかしら?こんな時間に。

「こんな遅くに来るとは珍しいわね。何の用?」

私は縁側に降りた白黒の魔法使いに声をかけた。

「何の用って、こんな用だぜ。」

言いながら彼女は、箒にくくりつけた布袋の中から一升瓶を取り出した。

「急ね。もう晩御飯も終わっちゃったわよ。」

「お?今日は随分早いんだな。まあけど、やるだろ?」

「愚問ね。」

そこに酒があるのに呑まないという選択肢があるだろうか、いやない(反語)。

私は彼女から酒を手に取り、つまみと器を用意するために台所に引っ込んだ。

「ふぅ~、やっぱ春とはいっても薄着は冷えるな~。霊夢~、ちょっと風呂借りるぜ~。」

「ちゃんと返しなさいよー。」

借りたら死ぬまで借り続けることに定評のある彼女の発言に、軽口で返・・・。



え、ちょっと待って?お風呂??



「ちょ、待ちなさい!!」

私は止めようとしたが、素早さにも定評のある彼女はさっさと浴室へ行ってしまっていた。

まずい!これは非常にまずい!!

私は一直線に、全力疾走で浴室へ向かったが。



「きゃあああああああああああーーーーーーーーーーっっっ!!!!!」

「うわあああああああああああーーーーーーーーーーーーー!!???」



二つの悲鳴が上がり、既に手遅れだったと理解した。

意外と可愛い悲鳴あげるのね、魔理沙。





+++この物語は、名無しの優しい幻想と白黒の魔法使いがお風呂でバッタリ出会う、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



博麗神社の居候:名無優夢

平均レベルより高い家事能力を得意でないと言い張る程度の能力。

J○J○ネタは知っているが、読んだ経験はない。なぜなら記憶喪失だから。

初対面には敬語、が基本。誰かが止めなきゃずっとそのまま。

能力:受け入れる程度の能力?

スペルカード:なし



普通の魔法使い:霧雨魔理沙

七色でも七曜でもない、人間の魔法使い。

男勝りな口調だが、結構乙女チックなところも。少なくとも霊夢よりは女を捨てていない。

恋色の魔法使いを自称する通り、お風呂でバッタリのラブコメシーンもそつなくこなす。

能力:魔法を使う程度の能力

スペルカード:魔符『スターダストレヴァリエ』、恋符『マスタースパーク』など



→To Be Continued...



[24989] 〇章四話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/18 22:55
その日、私は昼に博麗神社へ向かうつもりだった。いつものように霊夢とだべって時間を潰そうと思ったんだ。

ところが、道中で思わぬ場面に出くわした。人里の近くで人間が妖怪に襲われていた。

幻想郷の決まりごとで、妖怪は人里の中で人を襲ってはいけないというのがある。これは妖怪の賢者と里の守護者が決めたことだ。

まあそんなわけで、人里近くで妖怪を見ることも珍しいことなんだが、さらに珍しいことに妖怪が人を襲ってたんだ。

どちらにせよ、正義の味方である私はそんな場面に出くわしたときやることは決まっている。

私は颯爽と空から駆けつけ、その妖怪に弾幕勝負を挑んだ。

それは宵闇の妖怪だった。闇を操る能力を持っていたが、妖力はさほどなかった。

私は楽勝だなと思って高をくくってたんだが、意外としぶとかった。妄執じみたものを感じたな。

そういえば首元に真新しい傷があったけど、それが何か関係してたのかね。たとえば獲物を目の前にして奪われたとか。そのときに攻撃されて傷を負ったとか。

まあそれは閑話ってやつだ。ともかく、思ってたよりはてこずったけど、私は宵闇の妖怪を撃退した。

伊達に普段から霊夢と弾幕ごっこで遊んでないぜ。

で、そうしたら襲われてた人が私にお礼をしたいって言いだしたんだ。もらえるものなら風邪以外何でももらう主義の私は、その言葉に甘えることにした。

私は昼食をいただいて(もう昼は結構過ぎてたけどな)、さらに酒を一升もらった。

せっかくだし神社で宴会でもしようと考えて、いったん私は家に戻った。つまみやら何やらを探し出して布袋に詰めて箒にくくりつけ、私は再び博麗神社へと向かった。

このときにはもう日が傾いていた。整理が悪いから探すのに手間取ってしまった。

神社に向かって飛んでいると、さっきの宵闇の妖怪がリベンジを挑んできた。酒瓶が割れると嫌だったので、私は『マスタースパーク』をぶっ放してそいつを黙らせた。

博麗神社に着くと、既に日は暮れていた。

「お~い、霊夢~。」

母屋の縁側に降り、霊夢を呼ぶ。しばらく待つと、霊夢がパタパタとやってきた。

「こんな遅くに珍しいわね。何の用?」

挨拶もなしに霊夢が言う。まあ、こんな会話がこいつらしいんだけどな。

「何の用って、こんな用だぜ。」

私は言いながら、布袋から一升瓶を取り出した。これでこっちの言いたいことは伝わる。

伊達に長い付き合いをしていない。

「急ね。もう晩御飯も終わっちゃったわよ。」

おお?いつもだったらまだだらだらしてる時間だと思ったけど。

「お?今日は随分早いんだな。まあけど、やるだろ?」

「愚問ね。」

それが当たり前とばかりに霊夢は言った。

霊夢は私から一升瓶を受け取ると、器かつまみでも用意しようと思ったか、台所へと引っ込んでいった。

私は勝手に居間に上がり、布袋を置いた。

開け放たれた縁先から春の夜の冷たい風が吹いてくる。思わずぶるっと震えた。

「ふぅ~、やっぱ春とはいっても薄着は冷えるな~。霊夢~、ちょっと風呂借りるぜ~。」

宴会の前に風呂に入って温まろう。どうせ呑んだらそのまま寝るんだし、今の内に風呂に入っておくのも間違いじゃない。

「ちゃんと返しなさいよ~。」

流石の私もこんな大きいものは持って帰れないぜ。

脱衣所へ行き、白と黒の服を脱ぐ。さ~、さっさと入ってあったまろ。

「ちょ、待ちなさい!!」

がらりと浴室の扉を開けたとき、霊夢が何かを叫んだような気がした。

が、私は特に気にしなかった。今はそんなことより風呂だ・・・と?

「へっ!?」

おっと、先客がいたのか。そいつはこちらを向・・・き・・・って。



顔は中性的。いや、どっちかというと女に見える。

身長がやや高いけど、まあそういうやつもいるだろう。

体つき・・・胸がない?でも華奢な体は女に見えなくも・・・。

いやいや、現実逃避はやめようぜ私。下のほうにプラプラと揺れているヤクタイノナイモノが否定できない現実を語っているじゃないか。

つまり。



理解した瞬間、私の頭に血が昇った。



「きゃあああああああああああーーーーーーーーーーっっっ!!!!!」

「うわあああああああああああーーーーーーーーーーーーー!!???」



私の悲鳴と変質者の悲鳴が、同時に響いた。多分私がうずくまって体を隠すのと変質者が向こうを向いて目を覆ったのも同時だった。

けど・・・うぅ、見ちゃった・・・見られた・・・。





***************





その後霊夢さんがやってきて、何とか場をとりなしてくれた。というか、あのままだったら俺の人生が終わっていた予感が何故かしてならない。

俺の入浴中に現れた金髪の女性は霧雨魔理沙さんという。霊夢さんの友人だ。

何でも、『普通の魔法使い』なんだそうだ。魔法使いに普通も何もあるのかと思ったが、人間の魔法使いという意味らしい。種族としての魔法使いもあるそうな。

しかし、『魔法使い』ねぇ。昨晩の『妖怪』もそうだけど、俺の知識の中では空想のものとして扱われている存在が普通に存在しているのか。

これは俺の知識が間違っていたのか、それとも幻想郷という土地が異常で俺はやはり『外』から来たのか。わからん。やはり記憶がない。

まあけど、何故か自然と納得してしまっている俺だ。ホント疑問に思わんのな。自分のことだけど。

さて、そんな俺だが、現在何をしているのかというと。



「本ッッッッッッッッッッッ当に、すいませんっしたぁッ!!!!」

平謝り中である。

いやね、向こうの過失じゃんとか俺すぐに後ろ向いたじゃんとか思うよ?

でもこっちは男なわけですよ。こういう場合謝るのは男だと、俺の知識(漫画のシーン、しかもラブコメが浮かぶのだが)に書いてある。

というか、謝らないとこの撒き散らされてる殺気のために俺の寿命がストレスでマッハ。むしろ物理的に消されそう。

「ほら、優夢さんも謝ってるんだから、いい加減機嫌なおしたらどうなの?」

霊夢さんが俺に助勢してくれる。が、魔理沙さんはというと。

「・・・ふん!!」

顔を真っ赤にしてそっぽを向いている。ああ、俺のノミのハートがずきずきと痛いよ。

「いい加減にしなさいよ。あんたってそんなに根に持つタイプじゃないでしょ?意地張ってどうすんのよ。」

「ああ、確かに普段だったらこんなに根に持たないぜ。・・・けどな!そいつは重罪だろ!!私の、は、裸を見たんだぜッ!!?」

裸のあたりで顔をさらに赤らめる魔理沙さん。どうやら言動から想像するよりもずっと女の子らしい人のようだ。

「別にいいでしょ。減るもんじゃなし。」

いや、霊夢さん!その意見はおかしい!!助けてくれるのは嬉しいけども!!!

「大体事故なんだから、優夢さんに悪気があったわけじゃないでしょうが。」

「いや、それも怪しいぜ!!何せこいつ、風呂に入ってたのに全く気配が無かったんだからな!!」

・・・うわぁ、何てこったい。こんなところで俺の特性が仇になるとは。

「あの、そのことについてなんですけれども・・・。」

「話すことを許可してないぜ。」

魔理沙さんはチャッと八角形の物体をこちらに向けてきた。それだけなのに、大砲を向けられた気分だ。

「魔理沙。」

霊夢さんがそれをたしなめる。魔理沙さんはしばらく逡巡したのち、渋々とそれを下げた。

「・・・言ってみろ。」

「ありがとうございます。・・・俺にもよくわからないんですが、どうやら俺は気配を絶つことに長けているらしいんです。しかも、特に意識しなくてもほとんど気配がないらしくて。」

思い出すのは昨晩の妖怪との対峙。幾ら暗闇で見えなかったからとはいえ、あのときの俺の隠行は――今にして思えば異常だった。

普通、目の前で逃げ出したら見えなくても気配で気付くだろう。なのに俺は一切気取られずに一定の距離を稼ぐことに成功した。

これを異常と言わずして何と言うか。・・・影薄いだけかもしんない。

「本当かよ・・・。」

魔理沙さんが疑わしげに言うが。

「じゃあ、今俺の気配はしっかりと感じられますか?」

俺はそう切り替えした。魔理沙さんはしばらく目を閉じ、再び開いた。

「・・・確かに、本当にそこにいるのかも怪しいぐらいだな。」

苦々しげな表情でつぶやいた。どうやら、納得はいかないまでも理解してくれたらしい。

それで十分だった。

「ご理解いただけたようで何よりです。」

「けど、許したわけじゃないからな!!」

魔理沙さんはこれだけは譲れないとばかりに大きな声で言った。

「ええ、構いません。俺が悪意を持っていたのではないということを理解していただければそれで十分です。」

真実を知ってもらえれば、俺はそれで受け入れられる。

「・・・はぁ、なんかムキになってる私がバカみたいじゃないか。」

魔理沙さんは、毒気を抜かれたとため息をついた。

「しょうがないから特別に許してやる。でも、次はないからな。」

「はい、肝に銘じておきます。ありがとうございます。」

深々と頭を下げる俺。

「ただし!!」

と、そこで魔理沙さんが大きな声で叫んだ。

俺が顔を上げると、魔理沙さんはちゃぶ台の上に一升瓶をどんっと置いた。

「私達と一緒に酒盛りをすることが条件だ。」

にや、と口の端を吊り上げた。・・・はは、頑固な人だな。

「わかりました。お供させていただきます。」

こうして俺の博麗神社の最初の夜は、宴会となったのだった。



「おっと、自己紹介を忘れてたぜ。私は霧雨魔理沙。普通の魔法使いだぜ。」

「そうでしたね。俺は今日から博麗神社の居候となった、名無優夢です。よろしくお願いします。」

魔理沙さんが差し出してきた手を、俺は握った。





***************





私と霊夢は呑みまくった。呑みながら、最近あったことや弾幕ごっこのことなど、他愛のない話をしていた。

その輪から少し外れたところで、優夢はちびりちびりと呑んでいた。

「おい優夢、呑んでるかぁ?」

「ええ、少しずつですけどね。」

おいおい、せっかくの宴会だってのに。もっとぱぁーっと呑めよ。この宴会はお前の歓迎会も兼ねてるんだぜ?

「いえ、それがどうやら、俺はあまり酒に強くないらしくて。」

その言葉が示すとおり、優夢の顔は既に赤くなっていた。

けど、さっきからなーんかひっかかるんだよなぁ。

優夢は自分のことを話すとき、どこか他人事のように話す。さっき私が糾弾したときも、自分の性質をまるでつい最近知ったかのように言っていた。

そう思っていたら、疑問の答えは霊夢が教えてくれた。

「しょうがないわよ、優夢さん記憶喪失だから。」

なるほど、記憶喪失か・・・って。

「マジか!?」

「ええ、マジです。」

私が思わず叫ぶと、優夢は何事でもないかのように首を縦に振った。

とてもそうは見えないんだが・・・。

「はは、霊夢さんにも言われましたよ。」

何でそんなに軽いんだ。

けど、どうやら別段気にしているわけでもないようだ。無理をしているわけでもないみたいだし。

それならいい。

「けど何か困ったことがあったら、遠慮せずに私を頼れよ。友人特価で助けてやるぜ。」

「ははは、ありがとうございます。」

そう言うと、優夢はまたちびちびと呑み始めた。

優夢は自分から話しかけることをあまりしないようだ。・・・まあ、それも仕方ないか。自分のことを覚えてないんじゃ話せることもあまりないだろう。

けど、せっかくの歓迎会(私の中でこの宴会の名目は確定した)なのにあまりしゃべらないっていうのももったいない。

もうちょっとこいつの声を聞きたいというのも、実はある。

優夢の声は、男にしては高い。顔もそうだが、あまり男らしいとは言えない。何せ私が一瞬女と見間違えたぐらいだからな。

けどその声は、それだけじゃなく、人を落ち着かせる響きを持っている。

今霊夢から聞いたけど、『優夢』っていう仮名はその声から取ったらしい。なるほど、わかりやすいな。

ふいと視線を優夢にやる。相変わらず、ちびりちびりと酒をなめている。





「そういえば、このお酒どうしたのよ。結構いいのみたいだけど。」

と、霊夢が瓶を見ながら声をかけてきた。

「ああ、それな。実は今日昼ごろ神社に来ようとしたんだよ。」

「あら、お昼ごろに来てればお風呂でバッタリなんてなかったのに。」

う、うるさいな。蒸し返すなよ。

「と、とにかく、そうしたら人里近くで妖怪が暴れてたんだよ。そこで正義の魔法使いであるこの私が颯爽と駆けつけ、見事撃退してやったんだ。」

「で、これはそのお礼というわけね。」

最後まで言わせろよ。

「まあ、そうなんだけど。」

「ふ~ん・・・。けど、珍しいわね。人里の近くで妖怪が活動するなんて。」

「ああ、まあな。」

中に入って暴れたらご法度だからな。

「そうなんですか?」

と、優夢が会話に参加してきた。お、興味があるのか?

「ええ。というのも、昨晩俺は目を覚ました直後に妖怪に襲われたんです。そのときは森の中だったんですが・・・。」

ああ、そりゃ災難だったなぁ。

「けどよく逃げられたなぁ。いくら相手が雑魚妖怪だからっていっても、普通の人間には十分脅威なんだが。」

「ええ、先ほども言いましたが、俺は気配絶ちが得意みたいですから。けど、最後は捕まっちゃったんですけどね。」

おいおい、本当によく生きてたな。

「それが・・・俺もよく覚えてはいないんですが、もうダメかと思った瞬間に、その妖怪が悲鳴を上げて逃げて行っちゃったんです。それで助かったんですが・・・。」

ふ~ん?何か恐ろしいものでも見たのかね。

「そういえば、その妖怪首元を何かに齧られたような痕が着いてましたね。どうやらそれで怯んだみたいなんですが。」

「お?そういえば今日退治した妖怪も首に傷があったぜ。」

「え?そうなんですか?あの、それってひょっとして金髪で黒い服を着た女の子の姿をした妖怪じゃありませんでした?」

「ああ、そうだぜ。ついでに言えば十進法を採用してたな。」

「そいつだ!!」

突然優夢が立ち上がった。

「俺は昨晩そいつに殺されかけたんですよ!!いきなりレーザー光線撃たれて!!」

「あー、興奮する気持ちもわからないでもないけど、まあ落ち着け。」

「あ・・・すみません。」

しおしおと座る優夢。うーむ、見た目私より年上なんだが、実際は年下かもしれん。

「しかし、レーザー光線っていうと、弾幕だな。」

「弾幕・・・って、さっきお二人が話してた『弾幕ごっこ』ってやつですか?」

お、ちゃんと聞いてたのか。

「そうよ。この幻想郷では、戦い・決闘の代わりに『弾幕ごっこ』で勝負をするの。」

霊夢が説明を始める。こういうルールに関しては霊夢の方が詳しく説明できるから、任せよう。

「これは妖怪と人間が対等な立場で戦うために作り出されたものなの。妖怪の身体能力はどうしたって人間よりも圧倒的に高いから。
身体能力ではなく、弾幕を駆使して相手の体に当てる勝負。これなら、ただの決闘なんかよりずっと安全だからね。」

「・・・えー、でも俺は昨日レーザーで殺されかけたんですが。」

「そりゃ、弾幕も殺傷能力がないわけじゃないからな。不慮の事故は覚悟しておくもんさ。」

それでも、ただ『殺し合う』よりはずっと安全だ。

優夢は納得したらしい。随分と理解の早いやつだ。

「で、『弾幕ごっこ』の肝となるのが、この私が考案した『スペルカードルール』よ!!」

自信満々に霊夢が言う。まあ、それには私もかなり助けられているからなんとも言えないんだが。

「各自が自分の必殺技に名前をつけ、使用する際には『宣言』をする。この宣言に使われるのが『スペルカード』よ。実際はただの紙切れなんだけど。
そしてスペルカードを使ったら、どちらかが弾幕を受けるまで持続できる限り使い続けなければならない。
スペルが破られたら『スペルブレイク』となり、次のスペルカードを出す。最終的に自分のスペルカードがなくなった方が負けよ。
・・・一気にしゃべっちゃったけど、わかったかしら。」

霊夢の説明が終わった。・・・いやぁ、随分一気に説明したな。これじゃ優夢わからないだろ。

「理解はできませんでしたが納得しました。」

と思ったら、優夢はそんなことを言った。おいおい、普通逆じゃないか?

「つまり、『喰らえ、かめはめ波ッ!!』ってなって『何ィ!?かめはめ波が効かない!?』ってなって『気功砲――――!!』ってなって『オラの最後の一撃、受けてみるか?』ってなって『優勝は天津飯選手ーッ!!』ってことですよね。」

・・・わけわからん。

「・・・まあ、優夢さんがわかるように解釈すればいいわ。」

あ、霊夢も呆れた表情してる。優夢って律儀なんだけど、どっか思考がズレてるよな。

「つまり、何が言いたいかというと、この幻想郷において弾幕が出せないっていうのは死活問題ってことよ。」

霊夢が締めた。それは当然だな。

弾幕が出せないってことは妖怪相手に肉弾戦を挑むしかないってことだ。当然、勝率なんてないようなものだ。



「弾幕って、どういうのなんですか?俺はあのレーザーしか見たことないんですけど。」

お、優夢も興味出てきたのか?

「人それぞれね。私は霊力を込めたお札や針、陰陽玉、あと霊力そのものを使ってるわ。」

「私は魔法で弾幕作ってる。弾幕も魔法もパワーだぜ!!」

優夢は理解できたような理解できなかったような微妙な表情をしていた。

「うーん・・・概念的には霊力・魔法ってのは何となく理解できるんですが、実際にどんなものなのか具体的なイメージが浮かばないですね・・・。」

そうか?私や霊夢にとっては当たり前のものなんだが。

「そうね、『外』の人にはわかりにくいかも知れないわ。・・・私という存在、魔理沙という存在、そして優夢さんという存在。それぞれの存在が持っている霊なる力、それが霊力よ。」

「つまり、存在が存在している時点で既に宿している根本的な力、と解釈すればいいでしょうか?」

「・・・私には返って分かりづらいんだけど。まあ優夢さんが理解しやすいように解釈しなさい。」

うん、私もちんぷんかんぷんだったぜ、優夢。

「ふぅむ・・・むむむむむむむ・・・。」

突然、優夢が目を瞑って掌を胸の前に掲げた。霊力で弾幕を作るのに挑戦する気か!!

「イメージを持って。弾幕をどんな形にするか。霊力は存在から湧き出すから、存在の持ちようで形が変わるわ。」

「ちなみに、私は月や星をイメージしてるぜ。」

私達はアドバイスをする。それが届いているか届いていないか、優夢は集中を続けた。

「イメージ・・・弾幕・・・存在・・・。」

私達の言葉を復唱しながら、優夢はさらに集中する。なんか見てる私達の方も熱が入ってきたぞ!!

「力んじゃダメよ。霊力は筋力じゃないから。むしろイメージを硬くしてしまうから霊力が放出しにくくなるわ。」

「自分がイメージしやすい何かを思い浮かべるのがいいぜ。」

助言を元に、優夢が自分の持つイメージを最適化する。そして、徐々にだが優夢から霊力らしきものが流れ出てきた。

「その調子よ!焦らないで、ゆっくり放出を続けて。」

「心の奥底から、力ずくでこじ開けろ!」

その量が、徐々に徐々に増えていく。流れ出たそれは、次第に優夢の胸の前で白く輝く塊となっていく。

そして。

「・・・できた。」

当の本人が呆けたようにつぶやいた。いや、私もまさかできるとは思ってなかったけど。

「たったあれだけの助言でできるとは思ってなかったわ・・・。優夢さん、才能があるのね。」

それは霊夢も一緒だったみたいだ。

でもやっぱり、一番驚いているのは胸の前に一抱えもある光の玉を作り出した本人だった。

それは、これ以上ないほど完全な球形をしていた。てことは、優夢が描いたイメージってのは『玉』だったのかな。

私達三人は、揃ってその球体の曲線美に見とれた。



「ところで、これってどうやれば消えるんですか?」

我に返った優夢がそんなことを言った。それで私も我に返る。

「霊力の供給を絶てば・・・って、まだ霊力の感覚がはっきりしてない優夢さんにできるわけないか。」

「だったら、何かに当てて使い切るのが早いぜ。」

「何かに当ててって・・・大丈夫でしょうか?」

「神社の敷地内でやるのは却下。」

そりゃあなあ。素人の作り出したものとはいえ、優夢の霊力弾はかなりのものだった。何せじっくり時間をかけて練りだした霊力を凝集して、一抱えもある玉にしたんだから。

多分、私が普段使う通常の魔法弾一発よりはずっと威力があるだろう。流石に『マスタースパーク』で負ける気はしないが。

「じゃあ、どうしましょう?」

うーん。・・・よし!!

「優夢、今から『弾幕ごっこ』しようぜ!!」

これが一番手っ取り早い!!

「え、『弾幕ごっこ』って・・・え、ぇえ!?」

優夢が意味を理解しうろたえる。

「そうね。それで何ができるか優夢さんに知ってもらわないと。」

「いや、ちょっと霊夢さん!?」

優夢が抗議の声を上げるが、霊夢は聞く耳持たない。

「よーっし、それじゃあ優夢、表へ出ろ!この魔理沙さんが特別に相手をしてやる!!」

「・・・とほほのジャバスクリプト。」

何だそれは。





今回はスペルカードはなし。優夢の方がスペルカードを持っていないから、これは当然の措置だ。

それから、私は飛行禁止。優夢はまだ空を飛べないらしい。というか弾幕を作ったのも今のが初めてだしな。

審判は霊夢に任せた。これは、本来なら『弾幕ごっこ』は対戦者の裁量に委ねられるのだが、優夢の方がルールを理解しきれていないためだ。

制限時間は特になし。体に一発でも弾幕を当てた方の勝ちだ。

「ということで、双方いいわね。」

「もちろんだぜ!!」

「・・・逃げ場はないですから・・・。」

ちなみに、境内は却下されたのでわざわざ石段の下まで降りてきた。

優夢の顔は乗り気で無いのがよくわかるが、覚悟は出来ているようだ。

「・・・それでは、始め!!」

試合が始まった。同時に私は星型の弾幕を展開する。

「すごっ・・・!!」

その量を見て、優夢が少し引いた。おいおい、ピヨってると一瞬でけりが着いちまうぜ!!

私はすぐさま弾幕を発射した。無数の弾幕が優夢に襲い掛かる!!

「くぉ・・・の!!」

だが優夢は、地面を転がってそれを回避した。弾幕は相変わらず胸の前に浮いている。

・・・ひょっとして。

「なあ優夢、ひょっとしてお前、それの動かし方がわからないとか。」

「あ、やっぱりわかります?」

おいおい。

「はぁ・・・凄いんだか抜けてるんだか。それは優夢さんの存在の一部だから、動かそうという意思だけで動かせるわ。」

「解説ありがとうございます。」

霊夢の指示に従って、優夢は色々と試みる。結果、弾幕は胸元を離れ優夢から一定の距離をとって回遊しだした。

「こんな感じかな・・・。待っていただいてありがとうございます。もう大丈夫ですよ。」

よし。それじゃあ・・・と、さっきと同じように星の弾幕を放つ。

「っとぉ!!」

すると、優夢は自分の弾幕を意思で動かし、私の星をことごとく打ち落とした。

その上で霊力弾はなお健在だった。

「っおいおい!!素人の作品にしちゃあ上出来すぎないか!?」

私は再び弾幕を放つが、やはり頑丈な霊力弾に傷一つつけられない。・・・軽ーくプライドを傷つけてくれるな。

だったら!!

「これで、どうだ!!」

私は星型の弾幕からレーザーに切り替えた。指先から魔力の帯がほとばしる。

「うぉ!?」

優夢は突然のことに驚き、自分の目の前に霊力弾を移動させた。レーザーは阻まれたが・・・。

「よし、効いてる!!」

さすがに圧縮した魔力には耐えられないらしく、綺麗な球形であった弾幕が少しへこんだ。

それを確認すると、私はレーザー弾幕を連発した。

「ちょ、ま、・・・く!!」

何とか追いついてという感じだが、優夢は防ぎ続けた。だがそれに応じて、霊力弾はどんどん削られていく。

そして計20発のレーザー弾幕を受け、霊力弾は最初の4分の1ぐらいまで小さくなった。

勝機!!



思えば私は、久方ぶりに骨のあるやつを見つけて、熱くなっていたのかもしれない。



「恋符!!」

私はスペルカード・・・・・・を高々と掲げて宣言した。

「ちょ、魔理s」

「マスタースパアアアアアアァァァァァァァァク!!」

霊夢の声を遮り、私の構えたミニ八卦路から、極太の魔力光線が照射された。

「ぉぉぉぉぉぉおおおおおおお!!?」



そして。



「ブルアアアァァァアアアァァァアアアァァァアアアァァァアアアァァァアアアァァァアアアァァァアアアァァァアアアァァァアアアァァァ!!!!」



優夢は絶叫と共に光に飲み込まれた。





私の『マスタースパーク』の余韻が収まると、優夢が地面に突っ伏していた。まあ、手加減したし生きてるだろ。

しかし、とても今日霊力を使えるようになったとは思えないほどいい動きだった。

ひょっとしたら、あの弾幕には操作性がいいって特性があるのかもしれないな。

思わぬ強敵だったから、最後はちょっと本気になっちゃったぜ。

「けどま、私に挑むにはまだまだ早かったな。」

「何言ってんのよ。あんたの負けよ。」



・・・へ?

「最初のルール説明で言ったでしょうが。スペルカードは禁止だって。ルール破ったんだから当然あんたの負け。」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。



「やっちゃったZE☆」

「バカ言ってないで優夢さん運ぶの手伝いなさい。」





結局この日、優夢は目を覚まさなかった。夜も遅かったし当然か。

で、私と霊夢はその後も酒を飲み続け、この日は博麗神社に泊まることにした。



あ、明日優夢に謝るついでに、『さん』付けと敬語やめさせないとな。同等の間柄にそんなものは不要だぜ。





+++この物語は、弾幕を覚えた幻想と幻想郷の少女達が弾幕ごっこをする、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



弾幕ごっこ初心者:名無優夢

女にはあまり興味がない。かといって男にもあまり興味がない。

死亡フラグの回避はお手の物。でも天然ボケだけは勘弁な。

球形の霊力弾は『操気弾』と命名。DB最高。

能力:気配を隠す程度の能力?

スペルカード:なし



博麗の空気巫女:博麗霊夢

主人公なのに影が薄い。というのも何事にも無関心だからいけないのだ。

立場としては主人公というよりアドバイザー。けど異変が起こったらきっと動く。はず。

オリ主の名前に『夢』が入っているせいで、時々見分けがつかなくなる。

能力:主に空を飛ぶ程度の能力

スペルカード:霊符『夢想封印』、夢符『封魔陣』など



純情乙女な魔法使い:霧雨魔理沙

男勝りな口調で、自分でも男勝りであることを自覚している。

しかし、そういう人ほど実は女らしい一面を持っているものだ。

うっかりしてたのは、きっと酔ってたから。

能力:主に魔法を使う程度の能力

スペルカード:魔符『スターダストレヴァリエ』、恋符『マスタースパーク』など



→To Be Continued...



[24989] 〇章五話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/18 22:55
起きるとまず最初に頭痛が襲ってきた。

・・・呑みすぎたかしら。結局あの後も二人で呑み続けたのだ。その量は推して知るべし。

流石に酒豪である私もやや二日酔い気味だ。ふっと隣に視線をやれば、魔理沙が寝ていた。

この様子ではまだまだ目を覚まさないだろう。

・・・しょうがない、朝ごはんぐらい作ってやるか。

そう思いまずは水を飲もうと台所へ行こうとして。

そういえば、こういうときに真っ先に『何かやることはありませんか』と聞いてきそうな人物に思考が向いた。視線をそちらへやる。

優夢さんはまだ眠っていた。呼吸をしているのかも怪しくなるほど静かだ。なるほど、確かに気配がほとんどない。

働き詰めの疲れか、それとも初めて霊力を使ったことによる反動か。はたまたは『マスタースパーク』を喰らったためか。

とにかく、優夢さんは一向に目覚める気配を見せなかった。・・・やはり、私が作るしかないみたいだ。

「だるいわね。」

つぶやきながらも、私は目的を果たすために居間を抜け出した。





***************





真っ白い空間だった。俺は今、夢を見ている。

何故これが夢かとわかるかというと、そこがどこまでも続く白いだけの大地だったからだ。

それでも、普通夢だったら思考がぼんやりとして夢か現かわからない、というのが俺の持っている知識だが。

そう、相変わらず俺の記憶はない。夢の中ならばとも思ったが、どうやらそんな上手い話はないらしい。

歩く。それだけをひたすら続けた。もうどのくらい歩いたかはわからない。あるいは、まだ数歩しか歩いていないかもしれない。

夢はそれでも、あやふやなものだ。実際に行動する、というのも変だが、ともかく頭の中で思ったことも行動と変わらないのだ。

だから、俺が実際に歩いた歩数と俺が思った歩数は違うかもしれない。あるいは同じかもしれない。

それでも歩き続けたのだ。

何故歩いていたのかはわからない。気がついたときには歩いていたんだ。――この場合、気を失ったときにはの方がいいのか?

もしかしたら、この先に俺の記憶が眠っているのかもしれない。ここが真っ白なのは俺がまだ記憶を取り戻していないからとか。

そんなことを思った。



まあ、世の中そんな上手い話はなく。

「行けども行けども白、白、白。いい加減目が痛くなってきたぞ。」

本当は痛くないんだけどね。夢だし。

いい加減飽きてきた。何でもいいから出て来い。

「ん、わかったー。」

そんなことを思ったら、突然白い地面から黒い影が盛り上がってきた。

それは徐々に徐々に人の形にをなし、最終的にはある人物の姿になった。

「出て来いって言われたから出てきたよー。」

そう。



先日、俺を取って食おうとしてくれたあの妖怪の姿に。

「で、でででデデデ大王出たああああアアアアア!!?」

俺は絶叫を上げて回れ右ダッシュした。いや、当然でしょ?何でいきなりトラウマっすか?

そーいえば記憶を失ってから経験したことで一番インパクトが強かったのはこれだったなーとか思いつつ、ひたすらダッシュ。

「まあまあ、そう怖がらないで。ところであなたは食べてもいい人類?」

「んなこと言われたら怖がるわ普通!!!!」

だが少女妖怪はふよふよと飛んで俺を追いかけてきた。『ふよふよ』の癖に俺の全力疾走に追いつくってどうよ。

「冗談だよー。」

ケタケタと少女姿の妖怪は笑った。彼女が静止したので、俺も警戒はしつつ止まる。

「んで?何で君が俺の夢に出てくる?出来れば忘れたいんだけど。」

限りなく無理臭いけど。トラウマってなぁそういうもんさね。

そして案の定。

「わはー、それは無理だねー。」

あっさりと切り捨てられました。がっくり俺。



「だって、私はあなたに『取り込まれた』んだから。」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・What?



「ひょ?どういう意味??」

「だからー、私はあなたに取り込まれた『ルーミア』の一部なのー。」

『ルーミア』・・・ってひょっとしなくともこの子の名前だよな。

取り込んだって・・・。

「どうやってだよ。」

「知らなーい。そこまでは私も覚えてないもん。」

んな無責任な。

しかし、取り込んだ、か。・・・思い当たる点は一つしかないんだが。

いやまさかね。それは不明ってことで受け入れたはずだ。

はずなんだが・・・。

何かが腑に落ちなかった。

「私はルーミアの一部だから、ルーミアの一部の記憶しかないんだよー。」

そんな俺の思いを他所に、少女――ルーミアは軽く言った。

「どのくらいならわかるんだ?」

「うーんとね、うーんとね・・・ルーミアの能力と、スペルカードが一枚。そのぐらいかなー。」

「スペルカードって・・・ひょっとしてあのレーザーか?」

「うん。あれは月符『ムーンライトレイ』って言うんだよー。」

ああ、そういえばそんなようなことを言ってた気がする。

「じゃあ、ルーミアの能力って何なんだ?」

「えっとね、『闇を操る程度の能力』だよー。」

・・・なんか物騒な響きだな。目の前の少女とはどうにもイメージが繋がらない。大魔王とかそういうのが使いそうな能力じゃないか。

けど、それならば色々なことに合点が行く。

あのときルーミアが俺の近くまで寄っていたのに見えなかったこと。空を見上げたら星一つ見えない暗闇だったこと。

あれはきっと、ルーミアが闇を操って光を遮っていたんだ。

「そっか・・・色々教えてくれてありがとうな。」

「別にいいよー。」

俺の礼に、ルーミアはにこやかに答えるだけだった。



「それで、ルーミアはこれからどうするんだ?」

「えー?どうもしないよー。」

何故か俺の中に囚われた少女は、しかし何事でもないように言った。

「外に出たいとか思わないのか?」

「んー、思わないかなー。だってここは十分居心地いいし、お腹も空かないし。あと、外のあなたの感覚とかは伝わってくるし。」

どうやら、彼女の中では十分に納得がいっているようだった。そっか、なら俺がとやかく言うことじゃないな。

「でも、退屈になったらたまには遊んでほしいかなー。」

「わかったよ。夢の中でまた会えたら遊んでやる。」

何でかは知らないが、彼女は俺の中に取り込まれてしまったのだ。だったら、俺が彼女の世話をするのが道理というものだろう。

「約束ー♪指きりしよー♪」

彼女は嬉しそうに俺の小指をとった。

「ゆーびきーりげーんまーんうーそつーいたーらはーりせんぼんのーます、指切った♪」

「指切った。約束は守るよ。」

・・・弾幕ごっこ、上手くならないとなぁ。多分この子は弾幕ごっこで遊ぶだろうから。

と、俺の意識が徐々に遠くなって来た。・・・どうやら目覚めが近いようだ。

「ごめんなルーミア。今日はもう起きるみたいだ。また明日な。」

「うん、また明日ー♪」

ルーミアは小さな体で、腕をぶんぶんと大きく振った。



そして俺の意識はやみの中へ浮上したらっかした・・・。





「・・・むさん、いい加・・起きなさ・、優夢さん!!」

ゆさゆさと体をゆすられ目を覚ます。重いまぶたを、まだ寝たいという誘惑に耐えながら開く。

俺の視界に最初に飛び込んできたのは、霊夢さんだった。

「霊夢さん・・・おはよう、ございまふ・・・。」

「はぁ、まさか優夢さんがここまで寝坊助だとは思わなかったわ。」

霊夢さんが呆れたようにため息をついた。

はっきりしない頭で視線をめぐらせてみると、ちゃぶ台の上には朝ご飯と思しきものが一人分あった。そして見るからに冷めていた。

「あ・・・すいません霊夢さん。朝ご飯、作らせてしまったみたいで。」

「別にそんなことは気にしなくていいわ。いつもやってることだし。そんなことより、これ以上まずくならないうちにご飯食べちゃって。」

そう言われて、俺はノロノロと立ち上がり――体の節々が痛かった、そういえば昨日、魔理沙さんのスペルカードでぶっ飛ばされたっけ――何とかという態でちゃぶ台についた。

冷めてもあったか、うちご飯。美味しいですよ霊夢さん。

「お、優夢目が覚めたか。」

食べ終える頃に、魔理沙さんが縁先にひょこっと顔を出した。霊夢さんに聞いた話では、俺が気絶した後も宴会は続き、魔理沙さんは神社に泊まったらしい。

そういえば二人とも微妙に顔色が悪いけど、大丈夫だろうか。

「へへ、この程度なんともない・・・あたた。」

あ、ダメっぽいですね。霊夢さんも「流石にちょっと呑みすぎたわね」と顔をしかめた。

うん、今日のこれから先の家事は全部俺の仕事だ。そもそも居候なんだし、そのぐらいやってしかるべきだと俺思ふ。

・・・あ、そうだ。

「あの、魔理沙さん。ちょっとお願いしてもいいですか?」

「おう、何だ?」

今のうちにお願いしておこう。

「俺に、弾幕ごっこを教えてください。さし当たっては、この間のルー・・・宵闇の妖怪と対等に遊べるくらいに。」

俺は夢の中で出会った少女との約束を果たすべく、魔理沙さんに頭を下げた。

「・・・はは、お前も大概変わったやつだよな。自分の命を狙ったやつと遊びたいのか?」

「ええ、いけませんか?」

「いや、そういうやつは好きだぜ。」

魔理沙さんは笑いながら言った。こう言ってはなんだが、男前な笑顔だな。いや褒め言葉だよ?

でもそれじゃあ!!

「ただし、条件がある!!」

と、喜ぶ俺の目の前に手を突き出して待ったをかける。まるで昨日の飲み会前みたいだな。

「私のことは魔理沙でいいぜ、『さん』はいらない。それに敬語もいらないぜ。私達は友達なんだからな。」

「あら、そうね。じゃあ私のことも呼び捨てで構わないし、敬語を使う必要もないわよ、優夢さん。」

魔理沙さんと霊夢さんは、そんなことを言った。

・・・全く、この娘さんたちはどうしてこう格好いい台詞が様になるのかね。

「はい、わかりまし・・・いや、わかったよ。魔理沙、霊夢。」



こうして俺は、霊夢と魔理沙の手によって弾幕ごっこを鍛えられることになった。



「ほれほれ!!そんな薄い防御じゃあっという間に抜かれるぜ!!」

「く、お、あだ、あだだ!!けず、削れるっ!?」

「一個しか弾幕を出せないってのは致命的ね。同じのをもう十何個か出したら?」

「無茶言うなっす!!」



・・・早くも後悔してるがな!!

(わはー、楽しそうだなー♪)

じゃあ代われ!!





+++この物語は、妖怪を取り込んだ幻想と取り込まれた妖怪が共生する、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



約束を守る記憶喪失者:名無優夢

中には白紙の世界がある。要するに頭の中はスカスカということ。

切羽詰った状況でもネタに走るだけの余裕は残しておく。

朝の弱さは吸血鬼なみ。というほどではないかもしれない。がやっぱりそうかもしれない。

能力:取り込む程度の能力?

スペルカード:なし



宵闇の妖怪:ルーミア

外にいるのは人肉大好きカニバリズム娘。中にいるのは人肉大好きだけどお腹一杯満足娘。

夢世界で会おうね、が基本。しかし不確定量子選択捧呈術は必要ない。刺し穿つ死棘の槍があれば十分だ。

ちなみに優夢と入れ替わることはできないので悪しからず。

能力:闇を操る程度の能力

スペルカード:月符『ムーンライトレイ』



→To Be Continued...



[24989] 〇章六話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/18 22:55
俺の今の記憶の始まりから三日目以降の日々は、弾幕ごっこの練習に明け暮れた。



昼は魔理沙との実戦、霊夢による指導で。

「耐えてみろ優夢!!恋符・『マスター・・・・・・スパアアアアアアアアアク』!!」

「だから無理だって言ってるだろがよおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ・・・。」

「優夢さんもそろそろスペルカードを作ったほうがいいかもしれないわね。」



そして夜は夢の中、俺の中に住まうルーミアの一部との遊びで。

「ぐはぁ・・・また負けた・・・。」

「まだまだなのかー。」



まさに昼夜を問わず弾幕に明け暮れた。

もちろん、居候の身分である以上家事は欠かさずやった。

「ふむ・・・相変わらずいい腕してるわ。」

「ほんほほんほ、おほほにひほふひあおっはいあいふあいあえ。」

「喜んでもらえれば何よりだ、霊夢。魔理沙はちゃんと飲み込んでからしゃべれ。そして何故いる。」

「(ごっくん)そりゃあもちろん、飯をたかりにだぜ。」

『素敵な賽銭箱はあちらでございます。』

「有料なのかよ!?」

ちなみに俺は毎日入れてるぞ。『賽銭箱見たら入れたくなる病』なめんじゃねぇ。



そんな感じで日々は過ぎていった。その間、俺はしっかりと成長していた。

始めは一つしか操気弾(霊力弾)を作れなかった俺も、条件付きでだが5つまでなら出せるようになった。

弾幕の隙を見てかわし、パターンを読んで安置を見つけ、そして相手に自分の弾幕をぶつけるのも感覚をつかめてきた。・・・まだ一回も当てられないけど。

そして、霊夢に言われていたスペルカードの構想も、実は一つ完成していた。これは夢の中のルーミア相手に使ってみて、その出来次第で採用を決める。

それが、俺が弾幕を使い始めてからおよそ一ヶ月たったときのことだった。



俺の弾幕ごっこのステップは、今一段上がろうとしていた。





***************





優夢さんの弾幕は日を追うごとにどんどん上手くなっていった。まだ魔理沙には一発も当てられていないが、そろそろいけるだろう。

だが、それはあくまで地面の上での話。

空を飛べない優夢さんにあわせて、魔理沙は箒を使わず自分の足で弾幕ごっこをしていた。

それは魔理沙の――どころか、この幻想郷で弾幕を撃つもの全てのスタイルではない。

弾幕ごっこの舞台は、空だ。三次元に張られた弾幕を三次元の動きでかわし、三次元の動きで避ける相手に弾幕を当てる。

それが本来の弾幕ごっこだ。

そういう意味では、まだまだ優夢さんは弾幕ごっこの「ん」の字にも届いていない。

だからここらで、私は優夢さんの鍛え方の方針を一時ずらすことにした。



「空か・・・?」

「そう、空よ。」

優夢さんの自信なさげな疑問に、私は力強く頷いた。

私は、優夢さんに空の飛び方を教えることにした。といっても、今回の主力は魔理沙だ。

私の能力は『空を飛ぶ程度の能力』。だから呼吸をするのと同じように空を飛べてしまう。これでは教えようがない。

それに対し、魔理沙は魔法を使って空を飛んでいる。これは『能力』ではなく『技術』で飛んでいるようなものだ。

優夢さんの能力がどんなものかはわからないが、魔理沙なら確実に教えられる。

「・・・できるかな?」

「やるのよ。」

「人間は空を飛ぶように出来てるらしいぜ。」

「いや、それは決して普通の人間じゃない。」

魔理沙は教える気満々なのだが、優夢さんはやはり信じられないらしい。

何度か私や魔理沙が空を飛ぶのを見て、「俺には絶対できん」ってつぶやいてたしね。

でもね優夢さん。

「それを言ったら優夢さんだって普通の人間じゃないでしょ?霊力を自在に扱える時点で普通ではないわ。」

幻想郷じゃ珍しくはないんだけどね。

「それに記憶喪失だしな。全然普通じゃないな!!」

「確かに普通じゃないが関連性がないな。第一空を飛ぶったって、やりようが皆目見当もつかねえよ。」

「それを魔理沙が教えるんじゃない。じゃ、頑張りなさい。」

それだけ言うと、私は母屋へ向かった。後ろで盛大なため息が聞こえた。



お茶をすすりながら思う。

この一月で優夢さんは本当に成長した。そして私達に対する遠慮もなくなってきた。

初めの頃は『居候だから』ということで働き詰めだったけど、私が『こっちが息が詰まるからやめろ』と言った次の日から自重するようになった。

そしてその分、私や魔理沙と語らう時間が増えた。

優夢さんはやはり律儀な人だった。通すべき筋は通すというか、これと決めたことは意地でも通す。

一日一回は必ず私と魔理沙に礼を言った。弾幕ごっこのことでだ。

私達は別にいいと言ったのだが、『自分のために時間をとってもらってるんだから、このぐらい最低限の礼儀だ』と聞かなかった。

まあ、別に悪い気がするわけでもないし、そこはこちらが折れてやった。

そのとき、優夢さんの律儀っぷりに思わず苦笑したほどだ。

そして優夢さんは、やはりというか意外とというか、お茶目だった。

初めから優夢さんに天然の気があるのはわかっていた。律儀なくせに妙なところで感覚がずれている。私の中で『げろしゃぶ』はいまだに消えぬ悪夢だ。

だが、それだけではなく自分から進んで冗談を言うこともあった。ちなみにこちらは、本気なのか冗談なのか判断に困ることが多い。

まあけど、おかげで優夢さんの話は聞いていて飽きないし、行動も見ていて飽きない。

彼の一番の印象といったら、あの独特の空気だろう。

まるで存在そのものを癒すような、己の意義を無条件で肯定してくれるような、そんな空気。

だから魔理沙も最初はあんなに邪険にしたのにすぐ仲良くなれたのだ。

私達が優夢さんの弾幕を鍛える気になったのも、ひとえにそのおかげだろう。

ふぅ、とため息をつく。

「まあ、適当にやんなさい。優夢さんなら、多分すぐ飛べるようになると思うから。」

妙に確信じみて言った言葉は、優夢さんへの信頼の現われなのかしらね。





***************





優夢に空の飛び方を教えることになった。

霊夢はさっさとお茶を飲みに行ってるが、まあ仕方ないか。何せあいつは『空を飛ぶ程度の能力』だ。意識しないでも簡単に飛べる。

その点で言ったら、私みたいに『技術』で飛んでるやつの方が教えるのには適している。

「空を飛ぶって一口に言っても、やり方は色々あるんだぜ。たとえば、霊力や魔力の放出。弾幕撃ってればわかると思うけど、反作用が結構あるからな。」

ただし、これだとあっという間に霊力が枯渇する。

「だから、この方法を取ってるやつはあまり見かけないな。」

「あまりってことは、いるにはいるのか?」

「ああ、いるぜ。」

お前の目の前に、な。もっとも、こっちは手の内さらす気はないけど。

「ふーん・・・で、他には?」

「ああ。魔法で飛ぶやつなんかには、風の魔法を使って飛ぶやつもいるな。私の場合はこの箒に『飛ぶ』っていう性質を与えてる。」

「魔法は無理だな・・・。理論が難しいんじゃないか?」

「そんなことはない。10年ぐらいかければ才能がなくても初歩の魔法ぐらいなら覚えられるぜ。」

「却下。」

怖い顔すんなよ。ただの冗談だって。

「あとは、そうだな・・・念動力で体を浮かせるとか、羽を持ってるやつだったら羽ばたけばいいぜ。」

「俺はサイキッカーでも鳥でもない。」

あれもダメ、これもダメじゃあ話にならないぜ。私は妖怪の飛び方は知らないから教えられない。

「う~む、困ったなぁ・・・。」

「一番いいのは、能力の応用で空を飛ぶことなんだが・・・。優夢がどんな能力持ってるかわからないからなぁ。」

何せ記憶喪失だからな。

「・・・しょうがない。魔理沙のやり方を真似してみよう。」

「箒は貸さないし理論は教えないぜ。」

「わかってるよ。・・・俺の操気弾って操作性がいいだろ。あれってさっき魔理沙の言ってた『性質付加』じゃないか?」

ん~・・・まあ確かにな。

「ってことは、正式な魔法の理論にのっとらなくても性質を付加する術はあるってことだ。」

「まあな。言ってみれば霊夢のお札弾幕だって、霊力を『付加』してるわけだし。」

「だったら、俺の体に『飛ぶ』という性質を付加すれば、俺だって空を飛べるっていう結論になるよな。」

おお、頭いいなお前!!

「けど、霊力を操り初めて間もないお前が、そんなピンポイントで性質を決められるのか?」

「難しいだろうな。『操作性』にしたって偶然の産物みたいなもんだし。けど、霊力は存在から流れ出る力だ。俺の存在を上手く組み替えれば・・・イメージさえしっかりできればできないはずはない。」

それが難しいんだけどなぁ。

・・・けど、これは案外妙案かもしれない。

優夢は経験の記憶がない。だから、物事に対して比較的先入観を持たずに考えることができる。

ということはだ。優夢がただ空を飛ぶことだけを考えたなら、余計な思考は入らず、霊力に『空を飛ぶ』という性質を与えられる可能性が高い。

「よし、じゃあその線でやってみようぜ。」

優夢の『飛ぶ方法』の方向性が決まったところで、実践に入った。





***************





「まずはイメージだ。」

魔理沙に言われるがまま、俺は目を瞑りイメージを始める。

イメージは雲だ。雲は空に浮かび続ける、最初の存在。

綿雲。羊雲。入道雲。雨雲。すすき雲。

すすき雲が一番『空を飛ぶ』イメージにしっくりくる。すすき雲のイメージに集中する。

形状を思い浮かべるのではない。感覚を思い浮かべる。すすき雲の感覚。

軽く、素早く、細く。天に昇る白い軌跡を自分の感覚とする。そうすれば自然と映像もついてきた。

青い空に、さっと掃かれたような白い跡が、俺の網膜に浮かんだ。

よし、イメージは完璧。

「イメージは決まったか?じゃあ、そこに霊力を注ぎ込め。」

返事は返さず。それでイメージが霧散しては元も子もない。

今作ったすすき雲の感覚に、己の存在の原初たる『ナニカ』と同化させる。

すると、その『ナニカ』はふわふわと軽く、今にも天に昇っていきそうな性質を得る。

OK!!

「性質を付加した霊力を、自分の体にまとわりつかせるんだ。ただし慎重にやれよ?弾幕も霊力で作ってるんだからな。」

つまり、自分の霊力で怪我をするなってことだ。

魔理沙の言葉に従い、俺は慎重に自分の体を『浮遊』の霊力で覆っていく。肌の中に押し込むようなことのないように、慎重に。

じっくりと時間をかけ、全身を隙なく霊力で覆う。第三段階完了だ。

「よし。後は簡単だ。自分の力を信じて空を飛べ。」

目を開く。魔理沙の顔が飛び込んできた。その表情は、『お前ならできる』と物語っていた。

俺はこくりと一つ頷き。



地面を蹴った。



ふわりと俺の体は宙を舞い。



最高点に達したところで。





ピタリと動きを止めた。





「おぉ・・・!!」

「や、やった・・・。」

成功だった。

「凄ぇ、凄えぞ優夢!!一発で成功させやがった!!」

「やった、飛んでる!飛んでるよ俺!!」

魔理沙が歓声をあげ、俺は喜びの雄たけびをあげた。



が、その瞬間集中がきれて。

ふっ。



「おふ!?」

「・・・あちゃ~。」

地面に叩きつけられましたとさ。





その後何回か試した結果、俺はあまり時間をかけないでも飛べるようになった。

流石に年季が入ってないから、霊夢や魔理沙みたいにパッと飛ぶことはできないけど。

ちなみに弾幕だが、操気弾に関してならイメージなしでも使えるようにはなっている。

現在構想中のやつはそうはいかないけど。

「しかし、才能があるっていうのは前からわかってたけど、まさか飛ぶ練習始めて一日で出来るようになるとは・・・。」

魔理沙が感心したような、不機嫌なような声色で言った。・・・って何故に不機嫌なんですか?

「お前、まさか私が初めから空を飛べたとは思ってないよな。」

「あ、そっか。魔理沙は『技術』で飛んでるんだもんな。」

そっか。魔理沙も飛ぶ練習をしてた時期はあるんだ。

けど、俺と魔理沙じゃ状況が違う。

多分だけど、魔理沙は一人で頑張ってきたんじゃないかな。でも俺には、霊夢と魔理沙という優秀な弾幕戦士が二人も講師についてたんだ。

その差じゃないかな。

「それでも、納得いかないものはいかないんだぜ。」

「そういうもんですか。」

俺は深く考えないで受け入れちゃうからね。

「というわけで空中弾幕ごっこだ。拒否権はないぜ。」

ってちょっと待て!?

「俺今飛べるようになったばっかりなんだけど!!無茶苦茶過ぎませんかね!?」

「なーに、才能あふれる優夢さんならこのくらいなんとかなるさ。」

何このあふれる嫉妬魂!?押せば命の泉湧くんですか!?

「ちなみに空中での弾幕ごっこの難しさは、単純計算で地上の2倍だぜ。」

立体角÷平面角=2ですね、わかります。でも明らかにもっと上がってるよね難易度!!

「さあ、楽しい楽しい弾幕ごっこの始まりだぜ!!」

「俺は楽しかねーよ、ちくしょう!!」

こうして、俺にとって初めての『本当の弾幕ごっこ』は、唐突に始まったのだった。





***************





私がいつもの星型の弾幕を展開すると、優夢は少し時間をかけて3つの操気弾を作り出した。

優夢は現在最高で5つまで出せる。これはどうやら、制御限界数らしい。

優夢の弾幕は、私や霊夢のものと違って手元を離れても制御が完全に優夢自身にある。切り離すことはできないようだ。

そのため、数を増やせば否応なしに優夢の負荷は増え、6を越えると意識がぶっ飛ぶ。

当然の話だが、5つという限界の数を放出したら、その制御で優夢はまともに身動きを取れなくなる。

つまりこの3つというのは、実戦に耐え得る実質の最大数ということだ。

・・・だが、いいのか優夢?

「空を飛んだばっかりのお前が、そんなたくさんの操気弾を制御し切れるのか!?」

「くっ!!」

私が弾幕を放出すると、優夢は3つの操気弾をバラバラに動かす。私の弾幕は全て打ち砕かれたが・・・。

「やっぱり、動きのキレが悪いな。」

3つを制御しきれる、というのは地上での話だ。慣れない空中で、優夢がその最大数を制御しきれるか?

答えは否。

それとな、優夢。

「空中では、こういうことにも気をつけなきゃいけないんだぜ!!」

先ほどでたらめに放出した弾幕の一部が、地面に当たって跳ね返っていた。その軌道は、下から優夢を狙う!!

「下から!?」

優夢を大きくのけぞることでそれを回避する。が、体勢がかなり悪くなった。

「隙だらけだぜ!!」

私は再び星の弾幕を張る。

優夢はその体勢のまま無理やり操気弾を動かし、防ごうとした。しかし軌道はでたらめで、一部の弾幕は優夢に届く。

「ぢっ!!」

グレイズ。直撃はなかったが、かなりの数の弾幕が優夢を掠めた。

・・・正直なところ、初めての空中戦なのに、優夢はよくもっていると思う。

優夢がただの雑魚なら、下からのバウンド弾幕で終わっていた。だが優夢はそれをかわし、無理な体勢ながらも私の弾幕を防いだ。

そもそも、弾幕を防ぐ弾幕を通常弾で使えるところがおかしいんだけどな。あれの硬さには私も一目置いている。

だから私は、優夢を鍛えているんだ。どこまで行くのか、どこまで伸びるのか。きっといつか、私達と肩を並べて異変を解決する日がくる。

そんな風に思って。

だから。

「そら、まだ行くぞ!!」

遠慮はしないぜ、優夢!!



その瞬間、私は違和感を感じた。

視界の中で、私の弾幕の一部が消えたような気がした。いや、気がしたということは消えたということだ。

いつの間に優夢は操気弾を二つに減らしたんだ?三つじゃ制御しきれないから・・・。いや待て私。何かがおかしい。

あいつがそんなタマか?何だかんだ言いながら、最後に一番無茶苦茶なことをやるあいつが。

そう思った瞬間、私は滅茶苦茶に動いた。なんだか知らないが、今優夢に狙いをつけさせちゃいけない気がする。

そして、その考えは正しかったのだと理解した。

何もないところで、私の弾幕が破壊されたから。・・・なるほど、そういうことか。

「見えない弾幕・・・ってところか。」

「あちゃ、やっぱりバレたか。」

既に顔中に汗をかいた優夢が、苦笑した。

文字通り見えない、というわけではない。じっと目を凝らせば、かすかにだが輪郭が見える。

どうやらあれは、それと認識させない弾幕らしい。さながら優夢の気配のなさのように。

「名付けて、『影の薄い操気弾』。中々考えただろ。」

・・・いやまあ、確かに凄い考えではあるんだけどさ。

「お前のネーミングセンスは何とかならないのか。」

「ん?変なこと言ったか?」

本気だったようだ。しかも結構気に入ってるっぽい。

はぁ、もう何でもいいや。

「けど、もうネタは割れたぜ。同じ手が何度も私に通用すると思うか?」

「いや・・・、無理だな。というか俺がこれ以上持続させられん。」

ふぅっと、その弾幕は色を取り戻す。どうやらかなり神経を削る技らしい。

けど、これが実戦で使えるようになったら大したもんだな。もし5つの操気弾のうち2つを影の薄い・・・『透明操気弾』(私はこう呼ぶことにしよう)にして放たれたら、避けきるのは至難の技だ。

まあまだまだ先の話ではあるが。

「じゃあ、今回は私の勝ちってことで決めさせてもらうぜ!!」

私は展開していた星の弾幕を一斉に優夢に向かって飛ばした。これで終わりだな。





しかし、今日は二度も三度も驚く日だったようだ。



突如として、私の弾幕全てが破壊されてしまったのだ。

・・・この現象は!!

「スペルカードか!!」

見れば、優夢は高々とカードを掲げていた。あいつ、いつの間に!!

本当にお前は・・・

「想符!!」

どこまで面白いやつなんだ!!



そして、優夢のスペルカードが宣言される。



「『1700万ゼノのブルーツ(笑)波』!!」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

いや、もう私は何も言わん。何も聞かなかったんだ私は。





***************





今朝採用したばっかりのスペルカードを使う。

正直これ撃ったらもう続けられん。さっきの影の薄い操気弾のせいで疲労がMAXだ。

だから、この一発で決めてやる!!

名前は想符『1700万ゼノのブルーツ(笑)波』。(笑)もちゃんと名前に入ってるからな。

俺の記憶の中にある漫画の一シーンから取ってきた弾幕だ。もっとも、形は全然違うけどな。

俺は操作できる操気弾の二つを駆使して魔理沙を牽制する。

どうやら魔理沙はこれがどんなスペルカードか見る気らしく、攻撃をしてこない。

・・・いいぜ、見せてやる!!

俺は残った一つに力を注ぐ。するとそれは、限界を超えて大きくなっていく。

「・・・おいおいっ!!」

そしてそれは、俺の身長よりもさらに大きくなり。

最終的には大玉ぐらいのサイズになった。これが今の俺に出来る最大サイズの操気弾だ。もちろん、硬度と操作性は通常と同じだ。

「いっっっっっっっっっけぇ!!!!」

それを、思いっきり放り投げた。通常の操気弾と変わらぬ速さで動くそれは、あっという間に魔理沙の眼前に迫る。

「く、よっと!!」

だがそこはさすがというべきか、魔理沙は根性避けで追尾する巨大操気弾をかわし続ける。

しかし、魔理沙と言えどあの巨体を越えて攻撃をすることはできないらしく、避けの一手に徹している。

その攻防はしばし続いた。

だが、先に限界が来たのはやはり俺の方だった。そりゃそうだ。元々限界寸前で放ったスペルカードなんだから。

見る間に巨大操気弾の動きのキレが悪くなり、ついで通常操気弾も動かなくなっていく。

「どうやら時間切れみたいだな。もらったぜ!!」

魔理沙はそれを好機と見て、攻撃を仕掛けようとした。



だが、それは早計だったと言わざるを得ないな。

俺は言ったはずだぜ。想符『1700万ゼノのブルーツ(笑)波』って。

だったら、最後にまだ一発残ってるだろ!!



イメージは鉄球が先についた鎖。それを思い切り引っこ抜く!!

「弾けて混ざれ!!」

「・・・なんだと!!?」

俺の叫びと共に、巨大な操気弾はまるで爆弾のように炸裂した。そして無数の小粒の弾幕へと変化する。

これは、どうにかして自動型の弾幕を撃てないかと考えた末に行き着いた結論の一つだ。

制御が外れないなら、ぶっ壊して無理やり制御を外せばいい。

だが、壊すにしても元々の操気弾だと小粒になりすぎて意味がない。その結果生まれたのがこのスペルカードだ。

始めは巨大操気弾で相手を翻弄する。相手が油断したら、その瞬間に弾幕を壊す。

量より質と質より量の二段構え。昨日の夢の中では初めてルーミアに勝てたんだから、その性能は推して知るべし!!

事実、虚を突かれた形となった魔理沙はなす術なく弾幕に包まれた。逃げ場はない。

俺の初勝利だ!!



と、思ったんだよ。このときは。

けど、俺ってば大事なこと忘れてたんだよね。

さて問題です。俺は弾幕ごっこを始めてどのくらいでしょう。→1ヶ月。

魔理沙は?→知らんけど俺よりはずっと長い。

俺がスペルカードを持っていて魔理沙がスペルカードを持ってないなんてことは?→あるわけない。そもそも俺が出会った日に喰らったのはスペルカードだろ。

→結論。



「魔符・『スターダストレヴァリエ』!!」

魔理沙がスペルカードを使い、俺の放った全ての弾幕は相殺されてしまった。

「・・・ナンテコッタイ。」

「いやあ、お前は凄かったぜ。誇っていいぜ、優夢。」

まさかここまで追い詰められとは思っていなかった、と魔理沙は言う。

うん、勝つつもりだったんだけどね!!まだまだ甘かったよ、俺!!

「けど、今回はやっぱり私の勝ちだな。こいつは授業料代わりだ、受け取っとけ!!」

「普通払うのは俺なんですけどねえええええええええええ!!!!」

魔理沙が放った通常とは比較にもならないほど巨大な星の弾幕は、あっさりと俺に直撃した。

その衝撃で、俺は意識を手放した。次は絶対勝つ・・・。





「あら、目を覚ましたわね。」

「大丈夫かー?」

意識が戻ると、霊夢と魔理沙が俺の顔を覗き込んでいた。

どうやら、あまり時間は経っていないらしい。霊力の使いすぎで体がダルイのがいい証拠だ。

「どんくらい眠ってた?」

「半刻ってとこね。」

やはりそんなもんか。

「いやー、凄かったぜ優夢ぅ!!まさかあそこでスペカとは思わなかったぜ!!」

「最後の方は見てたけど、随分と面白いのを考えたわね。」

あ、霊夢も見てたんだ。想符『1700万ゼノのブルーツ(笑)波』。

「中々考えただろ。」

「ええ、相変わらずネーミングセンスは最悪だけど。」

えー、いいと思うんだけどなー。

「今度から、スペカの名前決めるときは私達に相談しなさい。もっとマシなの考えるから。」

「手始めに、さっきのは操符『ホーミングボンバー』なんてのはどうだ?」

まんまじゃん。

「いや、あれはあれでいいよ。俺は『弾けて混ざれ!!』が言いたいんだし。」

「・・・それがどう関係するかわからないんだけど。まあそれじゃあ仕方ないわね。」

「えー、いいじゃん『ホーミングボンバー』。私はそんな印象を受けたぜ。印象ってのは結構大事なんだぜ。」

「いや、それだと『弾けて混ざれ!!』が言えないじゃん。」

「はいはい、その辺にしときなさい。」

俺と魔理沙の議論を霊夢が打ち切る。

「仕上がりのほどは魔理沙から聞いたわ。空中で3つの操気弾を操りながらしっかりと回避運動もとれる。透明な操気弾っていう裏技もある。そしてスペルカード。
もう私達が教えることもほとんどないわね。」

「これからは、私達と対等に弾幕ごっこが出来るな!!」

い、いや。流石にそれは無理あると思うけど。

けど・・・。

「卒業、か。」

「そうよ。これからは自分で鍛えていきなさい。ま、弾幕ごっこの相手にだったらなってあげるけど。」

「右に同じだぜ。」

「・・・ああ。ありがとう二人とも、本当に。」

俺は正座の姿勢のまま、頭を下げた。

「言っても聞かないだろうけど、いいわよ別に。」

「私だって楽しませてもらったしな。」

「まあ、どうしてもって言うなら、これから里へのお遣いとか頼もうかしら。」

ああ、それは初めから引き受けるつもりだった。

「全く・・・律儀ねほんと。」



こうして、俺の弾幕ごっこ強化月間は終了した。

まあそれからもちょくちょく魔理沙が弾幕勝負を挑みにきたり霊夢に訓練の相手を頼んだりしたから、弾幕には触れ続けたんだけど。

夜も夢の中でルーミア相手に弾幕ごっこ続けてるし。

おかげで、俺のスペルカードはいつの間にか3つになっていた。

あと俺が空を飛べるようになったので、人里にも挨拶に行った。

人里は昔を思わせるところだった。文明レベルが大体江戸~明治だ。

幻想郷が博麗大結界で隔離されたのが明治時代だったから、それから文明が進んでいないのだと学習塾――寺子屋の先生をやっている女性が教えてくれた。

そして、生活に必要な食料や、霊夢御用達のお茶を売っている店の主人にも顔見せをしておいた。皆暖かく迎え入れてくれた。

ただ俺が博麗神社に居候していることを告げると、少し驚いた後に同情するような視線になるのはどういう意味だ。

ともかく、俺達の生活は平和そのものであった。何の問題もなく、ゆっくりと時間が流れた。

そして3ヶ月の時が流れ――



――俺が初めて経験する幻想郷の『異変』が、幕を上げる――





+++この物語は、成長する幻想が少女達とともに行く、奇妙奇天烈で混沌としたお話+++



戦う家政夫:名無優夢

ネーミングセンスが一向に良くならない程度の能力。彼に名前をつけさせてはいけない。

ブルーツ波は普通に書いても(笑)。意味を考えたら果物の波だもの。

飛行速度は全力だせば霊夢と同じぐらい。弾幕の方に重点がいっている。

能力:夢の中で遊べる程度の能力?

スペルカード:想符『1700万ゼノのブルーツ(笑)波』、???、???



博麗の優秀なアドバイザー:博麗霊夢

信じていればあとは勝手に周りが動いてくれるので何もしないでいい。

自分が空気でも気にしない。何故なら彼女は空気巫女。

優夢が買出しもやってくれるのでだらけすぎている毎日。働きたくないでござる。

能力:主に空を飛ぶ程度の能力

スペルカード:霊符『夢想封印』、夢符『封魔陣』など



白黒の優秀なトレーナー:霧雨魔理沙

育てるのは後で自分が楽しむため。でも最近育てることに楽しみを見出し始めた。

家の庭に魔法の森のキノコ(無害)を植えて育ててみているが、あまり大きくならず増える一方。

優夢のスペルカードには自分の呼び方をつけることに決めた。

能力:主に魔法を使う程度の能力

スペルカード:魔符『スターダストレヴァリエ』、恋符『マスタースパーク』など



→To Be Continued...



[24989] 幕間一
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/18 22:56
~幕間~





これは俺が初めて人里へ行ったときの話だ。



俺は霊夢から今日の晩飯に使う食材がないと聞き買出しに行くことにした。

先日の特訓で空を飛べるようになったので、俺でも安全に行けるようになったのだ。

「博麗神社だって言えばただでもらえるわ。」

「いや、それは悪いだろ。ちゃんと金は払うよ。」

どうやら霊夢は普段妖怪退治や『異変』解決というのをやって、里の人からもらう食料など生活雑貨の対価としているらしい。

でもそれはあくまで霊夢の話。俺はそういう対価となるようなことはしていない。

だったら俺はちゃんと自腹を切って払うのが筋だろう。

まだ金には余裕があるしな。何故か十円玉ばっかりだけど。賽銭箱に一ヶ月十円玉入れ続けてまだ30枚はある。万札も5枚ほど。

これで足りないってことはないだろ。

「全く、本当に律儀なのね。優夢さんの好きになさい。」

そんなわけで、俺は元々持っていた革製の財布を持って人里へ向かったのだ。



道中は妖怪に襲われることもなく、人里にたどり着いた。

人里は、何というか昔風だった。『外』でも田舎に行けばまだこんな町並みがあるだろう。

だが道行く人の格好が、ここが幻想郷という閉じたコミュニティであることを示していた。

和服なのだ。今日び田舎でも服といえば洋服だ。いや、老人とかだったらまだ和服もいるだろうけど。

それに対し、ここは老若男女問わず和服なのだ。俺の知識の中に普段着が和服というのは一般的ではないとなっていた。

そんな中で俺の格好はかなり奇抜だろう。いつも通りの黒のタートルネック、ジーパン、スニーカーだ。

実際道を歩く人が俺の近くを通るたびにジロジロと見てくる。

まあ仕方ないか。それが他所者の宿命ってやつだ。俺はいつも通り受け入れることにした。

「あの、すみません。食材屋を探しているんですが。」

「・・・あんたぁ、『外』の人か?それとも妖怪か?」

近くを歩いていた麻袋を背負った男性(身長が結構低いけど、多分30代半ばほどだと思う)に声をかけると、訝しがるような答えが返ってきた。

ああ。何かさっきから警戒されてると思ったら、俺は妖怪かと思われてたわけね。

まあ、この格好じゃあ、ねぇ?

「(多分)『外』の人間です。妖怪じゃないですから安心してください。」

俺のその言葉を聞き、その人は相好を崩した。

「おー、そうかそうかぁ。俺ぁてっきり、里に妖怪が攻めてきたかと思ったよ。」

「はは、すいませんこんな格好で。」

「いやぁ、いいっていいって。『外』じゃそんな格好が流行りなんだろ?」

・・・いや、俺はよく知らないけど、多分違うんじゃん?だってこんな飾り気のない服装、流行るとはとても思えない。

「おっとぉ、食材屋だったな。案内してやるから着いてきな。」

「ありがとうございます。」

俺は礼を言い、その人の後に着いていった。



「ところでおめぇさん、こっちには来たばっかか?住むところとかは大丈夫なんか?」

道中その人――おやっさんと名乗った。本名を聞いたら『俺ぁみんなからおやっさんって呼ばれてっから、おやっさんでいいんだよ』とはぐらかされたー―と会話をした。

「多分一ヶ月前からですよ。どうにもその辺の記憶がはっきりしなくて。」

とりあえず適当にはぐらかしておく。嘘は言ってないぞ?実際『俺に関する全ての』記憶がないわけだし。

「へぇ、大変だなおめぇさんも。」

「いえいえ、気にしないでください。別に俺は不自由してませんから。それと、住むところには困ってませんから、ご心配なく。」

何となくだが、おやっさんからは世話焼きな香りがしたので早めに言っておく。

「何処に住んでんだ?まあせっかく幻想郷に来たんだ、歓迎もかねて宴会してやっからさ。」

と思ったら、別方面で世話焼かれました。

幻想郷に来た――というより、俺の記憶が始まってから既に歓迎の宴会は受けてるんだけどね。霊夢と魔理沙から。

ここは遠慮しとくか。

「いえ、歓迎会は今厄介になってるところでやってもらいましたから。そこまでしていただかなくても。」

「若ぇもんがなーにみみっちいこと言ってんだよ!!宴会なんか何回やっても減るもんでもねーだろ?」

・・・ただ単にこの人が酒呑みたいだけかもしれん。

「な、な。どこに住んでんだ?今度酒持って遊びに行くからよ。」

何か目がキラキラしてるんですけど。そこまで宴会したいか。

しょうがないなぁ。

「博麗神社ですよ。人里からは結構離れてるから来るのは大変だと思いますよ。」



あれ?反応がない?

「あの、おやっさん?」

見ると、おやっさんは目をまん丸にひん剥いて、口をポケーっと開けていた。

「おやっさん?大丈夫ですか??医者呼んで来ましょうか???」

俺がそう言うと、おやっさんははっと意識を取り戻し、

「いやいや、大丈夫大丈夫。ちょーっと気が遠くなっただけだ。で、何処に住んでるんだって?」

などとのたまった。

俺は再び言う。

「だから、博麗神社ですって。森の向こうの。」

おやっさんは顔から血の気が引いてプルプルと震えだした。

っておいおい、本当に大丈夫か!?

「あの、体調が悪いんだったら医者を呼んできm「なぁ~~~~~~~にぃ~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!??」

俺の言葉を遮り、おやっさんは超巨大な大声を出した。至近距離でその打撃を受けた俺は、耳がキィーンとなった。

お前は次に「やっちまったなぁ!!」と言う!!

「そりゃあ本当なのか兄ちゃん!!!?」

あ、違った。

「な、何をそんなに驚いてるんですか?」

「驚くに決まってんだろぉ!!あの妖怪神社に住んでんのかおめぇ!?正気か!!?」

ひ、ひどい言われようだ。

「いやいや待ってください。確かに道中には妖怪も出ますけど、あの神社自体に妖怪はいませんよ。」

「・・・そりゃ本当なのか?」

「誓って。」

――ちなみにこの言葉は後に大いに覆されることになってしまう。主に俺と霊夢と魔理沙のせいで。

まあ今はそんなことを知る由もなく。

「・・・それにしたっておめぇ、博麗の巫女様と一緒に暮らしてるってことだろ?大丈夫なのか?」

「・・・霊夢もひどい言われようですね。霊夢はいい娘ですよ。宿なしの俺をお賽銭だけで居候させてくれてるし。」

俺がそれだと心苦しいので家事をやっているだけだ。

「信じられねぇな。」

「あのー、里では一体霊夢はどんな評判なんですか?」

「・・・俺が言ったってことはくれぐれも言うなよ。特に巫女様の耳には絶対入れるなよ。」

念を押され、俺はこくりと頷いた。

「まず巫女様は人間を襲う妖怪を退治し、『異変』を解決する。これはものすげぇありがてぇこった。
けど、俺達普通の人間にとっちゃ妖怪よりも強ぇってだけで、十分恐ろしいのさ。
しかも今代の巫女様は冷血で残忍だと聞く。歯向かう妖怪には一切の容赦も情けもなく、ばっさり切り捨てるって話だ。
そんなわけで、俺達にとっちゃ巫女様はありがたいけど恐ろしい存在ってことだ。」

・・・それは所謂『畏れ』ってやつか。一応神様ってやつもこれが大事だっていうのが知識の中にある。

そういう意味では、霊夢は立派に巫女の役割を果たしているんだろうか。

だけど、やっぱり今の評価は納得いかない。何でも受け入れる俺だけど、こればっかりは受け入れられないな。

「誤解ですよ、それ。霊夢は確かに強いですけど、とても隙だらけな性格をしています。
ばっさり切り捨てるっていうのも、後腐れなくすっきりするために手を抜かないからそう見えるのかもしれません。
何よりも霊夢は俺に寝床を提供してくれる寛大さを持っています。霊夢はいい娘なんです。」

おやっさんに面と向かって反論する。

「聞いた俺が言うのも失礼な話なんですが・・・あまり恩人を悪く言わないでいただきたんです。お願いします。」

俺は頭を下げた。おやっさんはしばらく黙っていた。

「・・・そうかぁ。おめぇさん、そういうことなのか。」

やがておやっさんは口を開いた。顔を上げると、やたらと生暖かい表情をしたおやっさんがいた。

「頑張れ若人!!道は険しいが、お前さんなら希望はきっとある!!」

「・・・はい?」

話の流れが見えないのデスガ?

「よし、食材屋だったな!ついてこい、たんと精のつく食材を買っていきな!!」

おやっさんが何故かイケイケモードに突入した。

・・・一体何がどうなったんだ。



おやっさんに連れられるまま、俺は食材屋にたどり着いた。

そこは野菜と魚の両方を扱っていた。酒まである。幻想郷においてはほぼ全ての食材だ。

かなり大手の食材屋だということがわかった。

「でも、店主が留守みたいですね。」

しかし、肝心の店の主がいなかった。これでは買い物をしようにもできない。

と、おやっさんが不敵な笑いをあげていた。

とことこと店の方へ歩いていく。そして店の荷台の上に背負っていた麻袋をどっかと置いた。

手慣れた様子で麻袋の結び目を解き、中身があらわになる。

それは、これでもかという量の魚だった。・・・ってまさか!!

「ようこそ、人里最大の食料品店『八百万商店』へ!!お求めは何かな、お兄さん?」

・・・はは、やられた。この人が店主だったとは。

「俺ぁここの店主、八百弥七・通称『おやっさん』だ。これからよろしくな。」

「・・・俺の自己紹介もまだでしたね。博麗神社の居候、名無優夢です。こちらこそ、よろしくおねがいします。」

こうして、俺は人里で初めての友人を手にしたのだった。



俺はこれからしばらくの食材として、イワナを少々と魚の干物(日持ちするから)、豆腐、卵、ホウレンソウを買うことにした。

「毎度ぉ!!お代は結構だ、博麗神社のお遣いじゃあ金を取るわけにもいかないからな。」

おやっさんはそんなことを言ったが、それでは俺の気が治まらない。

「いえ、それだとおやっさんの生活に関わるでしょう?俺は妖怪退治とかしてるわけじゃないから、ちゃんと払いますよ。」

「・・・そうか?なら、五円五十銭になるぜ。」

・・・

あの、そのとき想像を絶する嫌な予感が俺を襲ったのですが。

「・・・ひょっとして、この金って使えなかったりします?」

俺は手持ちの万札を出しておやっさんに見せてみた。すると、おやっさんは顔をしかめて

「あー、これって『外』の金か?言い辛いんだが、幻想郷じゃ使えるとこはないなぁ。」

「・・・Oh my god...」

思わず天を仰ぐ。これは迂闊だった。まさか手持ちの金が使えないとは。

換金所は・・・あるわけないよな。どうしよ。

「だからいいって言ってるだろ。」

「いやでも。」

「どうした?何か問題でも起きたのか?」

そのとき、俺の背後から女性の声が聞こえた。

後ろを振り返ると、キリっとした表情の女性が立っていた。・・・帽子が大変なことになっているが。五重の塔?

「おお、こりゃあ慧音先生。」

「やあ、おやっさん。しょうゆが切れたので買いに来たのだが・・・。君は?」

慧音先生と呼ばれた女性が俺に話を振る。ていうかここ、調味料も扱ってるのか。すげぇ。

「あ、初めまして。名無優夢と言います。」

「見たところ『外』の人間か。ご丁寧にどうも、私は上白沢慧音という。寺子屋で教師をしている。」

よろしくお願いしますと頭を下げる俺。

「それで、何か問題でもあったのかな?」

「はあ、実は・・・。」



かくかくしかじかしかくいむ○ぶ。



「なるほど。話はわかった。」

便利だよね、かくしか。

「換金所なんてないですよねぇ・・・。」

「いや、なくはないんだが・・・、ここからだと少し遠いな。」

あんの!?

「正確には換金所ではなく『外』の物を売っている店だ。そこなら、『外』の金も『買い取って』くれるだろうが。」

・・・ああ、なるほど。換金するんじゃなくて『売る』のね。

「だが確証はないぞ。多分買い取ってくれる、というだけだし。」

「そうですか・・・。」

ううむ、本格的に困った。

「だぁから、別にいいって言ってるだろ?巫女様のお遣いなら金はいいって。」

「いやでも」

「何?君は博麗神社から来たのか。」



かくしか二回目。



「なるほど、そういうことなのか。なら君がお金を払う必要はない。彼女は妖怪退治をしてくれているのだから、食材を提供するのは当然のことだ。」

「でも俺も使うんですから、せめて俺の分ぐらい払わないと。」

やっぱり平行線でした。う~む、皆揃って頑固者やのう。

と、そこで慧音さんがぽんと手を叩いた。

「ではこうしよう。今回の君の分の代金は私が立て替えておく。君がいつかその代金を支払えるようになったら、私に返してくれ。」

「・・・今はそうするしかないみたいですね。わかりました、その案で行きましょう。なるべく早く返しに行きます。」

「はは、焦ることはない。気長に待っているよ。」

今回はご好意に甘えることにした。

慧音さんがおやっさんに代金を渡し(俺の分なので半額だった。本当にすまない、おやっさん)、おやっさんが俺に荷を渡した。

「ありがとうございます。必ず返しますんで。」

「そう気負わなくてもいいさ。・・・ところで、里に来たのは君一人なのか?」

思い出したように慧音さんが俺に問いかけた。

「ええ、そうですが。霊夢に何か用事でもありましたか?」

「いや、そういうわけじゃないんだが、大丈夫なのか?道中は妖怪が出るが・・・。それに歩きでは時間もかかるだろう。」

ああ、そういえば話してなかったっけ。

「その点に関してなら大丈夫ですよ。俺は空飛べますし、弾幕ごっこもちょっとはできます。両方とも初心者ですけど。」

最後は苦笑気味になった。

慧音さんとおやっさんはそれを聞き、目を丸くして驚いた。

「へぇ~、こいつぁ驚いた。華奢な体つきしてるからてっきり一般人かと思ったんだがなぁ。」

「一般人ですよ。霊夢みたいにはいきませんからね。」

「いやいや、それでも君は十分に凄いぞ。さっきの話だと、幻想郷に来てまだ一ヶ月でそこまで到達したのだろう?素晴らしい才能だよ。」

いやぁ、そこまで褒められることでもないと思うけど。悪い気はしないので受け入れておく。

と、そうだ。

「そういえば慧音さん、学習塾――寺子屋やってるって言ってましたよね。」

「ああ、そうだが。それがどうかしたか?」

「いえ、大したことではないんです。俺は幻想郷に来てまだ日が浅いから、あまり幻想郷の知識がないんです。
だから、もし良かったら慧音さんに教えてもらえればと思いまして。」

霊夢は少ししか教えてくれなかったからな。長話になるから面倒臭いんだろう。

「そうか。いや、問題はないよ。今度暇なときにでも遊びに来るといい。ゆっくりと教えてあげよう。
ああ、寺子屋の場所を教えておこうか。着いてきてくれ。」

「わかりました。おやっさん、どうもありがとうございました。また来ますね。」

「おう、毎度ぉ!!」

おやっさんの威勢のいい声を背中に、俺達は八百万商店を後にした。



「ここだ。」

慧音さんに案内されたのは木造の平屋だった。他の家よりも少し大きいが、それ以外は何も変わらない。

なるほど、まさに『寺子屋』だ。

「覚えました。それじゃあまた今度、食材が切れたときにでも立ち寄らせていただきます。」

「ああ、待っている『けーねせんせー!!』

慧音さんに別れの言葉を告げようとしたとき、そこかしこからわらわらと子供達が現れた。

どうやら慧音さんの生徒達らしい。

「けーねせんせー、はやくじゅぎょー。」

「はやくはやくー!!」

「こらこらお前達、少し待ちなさい。彼を送るのが先だ。」

「にいちゃんだれー?」

何か微笑ましい光景だなー。っと。

「俺は名無優夢っていうんだ。よろしくな。」

「ななしー?」

「ななしのごんべえだー!!」

「こら、げん太!!失礼だろう!!」

「はは、いやいいんですよ慧音さん。本当のことですから。」

「しかし・・・って、は?」

慧音さんの目が点になった。まあ隠すことじゃないし。あまり公言することでもないけど。

「俺、記憶喪失なんですよ。自分の名前も覚えてなくて。だからこの名前も、霊夢さんにつけてもらった仮の名前なんですよ。」

故に『名無』優夢。名を忘れた俺にはぴったりの名前だ。

「それは・・・お気の毒に。」

「心配しないでください。受け入れてますから。」

こういうことになるから、あまり言いたくはなかったんだけどね。

「そうか・・・。しかし、この話題はなるべく触れないことにしよう。」

「お気遣い感謝します。」

寺子屋の先生をやっているだけあって、慧音さんはとても親切ないい人だった。

「にいちゃんきおくないのー?」

「きおくっておいしいのー?」

「たべられないよ。」

素晴らしいボケ・ツッコミで。俺の芸人魂(やっぱり違う気がするが)がシンクロしてますよ。



「ははは悔しいですッ!!



俺が唐突に放ったボケで、一瞬空気が凍りついた。・・・ううむ、変顔が変顔になりきっていない。20点だ。

「き、急にどうしたんだ?」

「いえ、唐突に俺もボケなければという脅迫観念に襲われまして。」

「は、はぁ・・・?」

慧音さんが頭に疑問符を浮かべて、必死に理解しようとしている。



あははははは!!



と、子供達が笑い声を上げた。

「へんなかおー!!」

「おもしろーい!!」

「くやしいですッ!!」

ウケたようだ。真似してる子もいるし。しかしだな。

「違う違う。もっとこう、目を閉じつつも飛び出して、口は思いっきりタラコにして、こう首の筋を出しt悔しいですッ!!

どっ!!

再び場が笑いの渦に巻き込まれる。見れば慧音さんもちょっと笑ってた。

うん、ちょっと暗くなってた空気は飛んでったな。ありがとう、ザブ○グル。

「君は何というか、面白いやつだな。」

「そう言ってもらえればありがたいです。」

痛い子扱いは嫌なんで。

「はあ、笑った笑った。・・・何の話だったかな。」

「今度俺が遊びに来るって話ですよ。」

だいぶ前に話を戻す。

「ああ、そうだったな。どうやら子供達も君を気に入ったみたいだ。そう間を空けずに来てくれるとありがたいな。」

「ええ、必ず。それじゃあ皆、またなー!!」

「またなー、げいにんのあんちゃん!!」

「ばいばーい!!」

「くやしいですッ!!」

子供達に見送られ、俺はその場で宙を舞った。





***************





名無優夢か。記憶喪失と言っていたが、とてもそうは見えなかったな。

開き直っているとも感じられない。全く、あの若さで大した人物だ。

子供たちも彼を気にいったようだ。・・・もし彼が勉強を教えられるのなら、それで今日の立て替えた分を帳消しにするというのもありだな。

よし、今度会ったときに聞いてみるか。



そういえば、弾幕ごっこも出来ると言っていたな。ふふ、一度手合わせでも願おうかな。





+++この物語は、居候な幻想が里の人々と仲良く過ごす、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++





博麗神社の家事手伝い:名無優夢

いつでもどこでもネタに走れるだけの準備はしておく。それが芸人魂。本人は否定しているが間違いなく骨の髄まで染みている。

人里の人々との関係は極めて良好。常識人な一面も持っているため、慧音とも普通に会話できる。

時々は受け入れられないこともある。主に自分の周りの人物に関係することなど。

能力:人々に愛される程度の能力?

スペルカード:想符『1700万ゼノのブルーツ(笑)波』



八百万商店店主:八百弥七

や『おや』しちなので通称が『おやっさん』。けーねにまで呼ばれてるんだから間違いない。

明治の文明で止まっている幻想郷の人間なので、身長は高くない。

自分の能力を使って食材を取っているため、この店に存在しない食材はないと言っても過言ではない。

能力:八百万の神に感謝を捧げる程度の能力

スペルカード:なし



人里の守護者:上白沢慧音

皆が大好き慧音先生。寺子屋のビッグボス。

彼女を怒らせてはいけない。鋼の頭突きで頭蓋骨を陥没させられるぞ。

ちなみに相当な実力者。少なくとも今の優夢じゃ勝ち目は0。

能力:歴史を食べる(隠す)程度の能力

スペルカード:国符『三種の神器 剣』など



→To Be Continued...



[24989] 幕間二
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/18 22:56
~幕間~





これは、俺が初めて香霖堂へ行ったときの話だ。



先日の折、俺が持っていた金が使えないということがわかった。

使えない金を賽銭箱に入れていたことになるのだが、そういうのは気持ちだ。問題があるわけではない。

けど、霊夢にはそれを知らせておくか。

「なあ霊夢。実は俺の持ってた金なんだが・・・。」

「人里で使えなかったんでしょ。」

へ?何でそのことを・・・。

「大体想像がつくわよ。幻想郷は私が生まれるずっと前から『外』と交流を断ってるんだから、貨幣が一緒なわけないでしょう。」

・・・あー、まあそうだな。ほとんど外国みたいなもんだし。

「けど、だったら何で俺が賽銭入れたら喜んでたんだ?使えないってわかってるのに。」

「お賽銭は信仰心よ。私が買ったのはそっちの方。お金の価値なんてさっぱりだわ。」

ああ、じゃあ俺の考えは間違ってなかったか。良かった。

「それでも、この金が使えないんじゃ日々の生活にも困るだろ?だから換金しようと思うんだ。人里で聞いたんだけど、『外』の物を売ってる店があるそうだけど、霊夢は何か知らないか?」

「霖之助さんのところね。」

おお、霊夢は知ってたのか!!

「どこか知ってるか?」

「もちろん知ってるわよ。けど、私は教える気はないわ。」

へ?何で?

「私よりも適任がいるからね。ほら。」

「おーっすって、いきなりなんだ?」

霊夢が指差した方向を振り返ると、いつの間にか魔理沙が来ていた。また弾幕ごっこでもしにきたのか?

「おう!!今日こそはお前の操符『ホーミングボンバー』をスペカなしで攻略してやるぜ!!」

「だからあれは想符『1700万ゼノのブルーツ(笑)波』だと何度言えば。」

「あーあー聞こえなーい(∩. ゚д゚)」

何で魔理沙は正しい名前で呼ばないかね。いい名前じゃん。

「そう思ってるのはあなただけよ。」

霊夢まで。何故この良さがわからんのかね。

「一生分からないでいいと思うわ。ところで魔理沙、ちょっと頼みごとがあるんだけど。」

「何だ?面倒ごとなら断るぜ。」

「大した話じゃないわよ。優夢さんが香霖堂へ行きたいらしいから、連れてってほしいんだけど。」

「こーりんのところか?」

香霖堂っていうのが店の名前か。それにしても、魔理沙は随分店の人と親しいみたいだな。霊夢は『霖之助さん』って言ってたのに『こーりん』って。

「魔理沙は霖之助さんと幼馴染なのよ。」

「まあ、昔色々と、な。」

鼻の頭をかきながら魔理沙が言った。あまり詮索してほしくないってことか。昔の彼氏か何かか?

まあけど、魔理沙には普段世話になってるし、余計なことは聞かないよ。

「そういうわけで魔理沙、頼むわね。」

「おいおい、私の返事は聞かないのか。」

「どうせ暇でしょ。」

「お前もだろ。」

歯に衣着せぬ物言いの応酬。ホント仲いいよね君ら。

「私はお茶を飲むので忙しいのよ。」

「だったら私も優夢と弾幕ごっこをするので忙しいのぜ。」

「おいこら俺はまだ受けるとは言ってないぞ。」

今は当面の生活資金の問題が最優先なんだよ。あと『のぜ』って何だ。誤魔化しただろお前。

というわけでかくしか。

「そういうことなら仕方ないな。じゃあ霊夢、優夢借りてくぜ。」

「私のじゃないけど、ちゃんと本人に返しなさいよ。」

「私だって流石に人を一生借りたりはしないぜ。」

というか物も一生借りるな。借りたら返せ。

「善処するのぜ。」

また誤魔化す。



というわけで博麗神社を飛び立つこと十数分。

「ここが香霖堂だぜ・・・って、大丈夫か優夢。」

カオス空間の広がる店先を前に紹介する魔理沙だが、俺はそれどころじゃなかった。主に酸欠で。

魔理沙の飛ぶスピードが霊夢に輪をかけて速いことは知っていた。

だが、少しはこっちを気にしてほしい。俺はついこの間やっと飛べるようになったばかりだというに。

ひっしでついていったけっかがこれだよ!!

「だい、じょうぶ、かって、きく、ぐらいなら、もっと、スピード、落とせ・・・。」

「ははは悪い悪い、ついいつもの調子で飛んじゃったぜ。」

絶対悪いと思ってないだろお前!!

はぁ、何かもういいや。魔理沙はこういうやつだからこそのいいとこもあるわけだし。

とにかく、いつまでも息が上がってたんじゃ店の中に入れない。強制的に息を整える。

「おし、もう大丈夫だ。」

「おお、じゃあ中に入るぜ。」

魔理沙は俺を先導しながら、カオス空間を突き進んだ。

・・・ていうか、どういう店先だよ。何でKFCでもないのにカーネル軍曹がいるんだよ。薬局でもないのにケロちゃんもいるし。

そのうち『ランランルー☆』とかも出てきそうで怖い。知識の中にあるにはあるが、正しい形を想像するのを本能が拒否している。

スノーボードとサーフボードという、明らかに季節感が滅茶苦茶な二つが店の扉の前に立てかけてある。

魔理沙はそれをどかっと蹴り飛ばし、扉を開いた。・・・いいのか、一応商品だろ?

「おーい、こーりんいるかぁ?」

店の中に入った魔理沙が大きな声で店の奥に呼びかける。

俺は魔理沙に着いて店の中へと入っていった。

それと同時に、カウンター?の奥から男性が首をひょこっと出した。

「いらっしゃい、魔理沙。と、そちらの彼は見ない顔だが・・・。」

「こいつは優夢。私の友達だ。」

「初めまして。名無優夢と言います。」

丁寧にお辞儀をする。すると店主と思しき男性は少し驚いた感じで言った。

「・・・魔理沙の友達にしては珍しく礼儀正しいね。」

「それはどういう意味だ?」

「言葉どおりだよ。ご丁寧にどうも。僕はこの『香霖堂』の店主、森近霖之助だ。」

店主――霖之助さんがそう言ったので、俺は顔を上げた。

身長は俺と同じぐらい。白髪。端正な顔立ち。筋肉質な体つきが、少し大きめの和服の上からでもわかる。

そして、幻想郷で出会った人では初めてメガネをかけていた。

「それで、今日はどういったご用件かな?」

霖之助さんは話が分かる人だった。まあ、全く顔も知らない人がいきなり入ってきたら、普通そうなるわな。

「ええ、実は俺の手持ちの金銭に関してなんですが・・・。」

そして俺は相談を始めた。





***************





優夢がこーりんと何やら話を始めた。カワセがどーのとかレートが云々とか言っていたが、私にはさっぱりわからないので、店の中をブラブラと眺めることにした。

また物が増えたな。しかもどれも使い道のわからないものばっかり。

お、人形だ。そーいえば最近アイツ見かけないけど、また引きこもってんのかな。

『外』の人形ってのは随分変なものだな。素材もイマイチわからんし、女の人形ばっかりだ。

んん?何だこれ?魔法の杖・・・にしちゃあ随分ともろそうだが。

やたら軽いそれをぶんぶん振り回してみる。と、棚にあたって壊れてしまった。やっべ。

後ろを振り返ってみるが、こーりんは優夢との会話に白熱して見ていなかった。よし、私は何もしていない、これは勝手に壊れたんだ。

他にも、羽ペンを模したものやおもちゃの銃など、明らかに使えないものがたくさんあった。

全く、だからゴミ置き場って言われるんだよ。



ん?これは何か異様な感じがするな。

それは、鉄の箱だった。ただし、中に何かが入っているようには見えない。あまりにも薄い箱だったからだ。

よく見ると、二つの箱がくっついて一つになっているみたいだ。

取っ手みたいなのがあったので、そこを持ってみる。するとそれは開いた。

現れたのは、ガラスが張ってある側面と、小さな突起がいっぱい付いた側面だった。

・・・何なんだこれは。さっきのはおもちゃだとわかったが、今度はさっぱり用途がわからない。

「おーい、こーりん。これなんだぁ?」

「それじゃあこれぐらいでいいだろうか。・・・もうちょっと待ってくれ、魔理沙。」

「ええ、そのくらいだと思います。すいません、使い道のないお金を引き取ってもらって。悪いな魔理沙、待たせた。」

丁度良く、優夢とこーりんの商談(?)も終わったみたいだ。

「他のガラクタとは違う雰囲気なんだけど、他のガラクタよりもさらにわけがわからないぜ。」

「ガラクタとはひどいな。一応店の商品なんだが。これは最近幻想入りしたものでぱ「パソコン。パーソナルコンピュータっていう小型の電子演算機だよ。」

こーりんが解説しようとしたら、優夢が途中から引き取って言った。

って、お前わかるのか!?

「見たところ、こいつはD○LLのInspir○n86○○だな。ノートPCとしては中々の性能を誇るけど、持ち運びという面を度外視してる。はっきり言ってノート型の固定PCだな。」

なんだかよくわからない単語を並べ立てる優夢。その間にその手はせわしなく動き、箱を調べていく。

「シリアルは・・・削り取られてて読めないな。かなり使い込まれてる。バッテリー残量は、当然ながらなしか。充電しない限り、何の役にも立たないただの鉄の箱だ。」

「あ、あー、その、何だ?まずわからない単語が多すぎてどこから突っ込めばいいのかわからないんだが。」

「というか君はそれがどういうものなのか完全にわかるのか!?」

「完全にとは言いませんよ、流石に。けど、基本的な動作やどういったことができるのかとか、どうやったら動くのかとかは知識にあります。」

その言葉にこーりんが驚く。こーりんの能力は『道具の名称と用途がわかる程度の能力』だ。

そのこーりんをもってして理解に至らなかった道具を、優夢が理解している。そのことに驚いたみたいだ。

「是非とも動かしてみてくれ!!この目でそれを見たい!!」

「さっきも言いましたけど、電気がないとただのゴミですよ。幻想郷に電気を作ってるところはないと思うんですが。」

電気って、空の雷だよな。『外』ではそんなものまで作ってるのか。凄いな。

「むぅ・・・じゃあ避雷針を立てて「んなことしたらショートしますよ。必要なのは、100V60Hzの交流電流を一定時間流すことです。」

どうやらただの雷じゃないらしい。というか優夢、お前なんでそんな色々知ってるんだよ。

「さあ、俺にもわからん。記憶を失う前の俺は色々とやってたんじゃないか?」

「記憶を?」

「あー、それについてはおいおい説明してやるぜ。いい加減このネタもマンネリだ。」

「・・・わかった。」

「とりあえず、交流電流を発電するための発電機に関する知識はありますが、それを100V60Hzにするには俺じゃ知識が足りませんね。制御理論が入ってきますから。誰か専門の人を呼ばないと。」

優夢の言葉にこーりんは何か考えこみ始めた。まさか、これを動かす気なのか?

「色々とありがとう。とりあえず、できるところから始めてみるよ。」

「そうですね。人間日々進歩ですよ。あと、もし動いたら言ってください。今回のお礼にこの店で使えるようなプログラム組みますから。」

ホントにお前何者だよ。

「記憶喪失の迷い人だ。」

ああそうかい。



「もしよかったら、これからもちょくちょく来てくれないか?外のものでわからないものがたくさんあるんだ。」

「ええ、俺で答えられる範囲なら。今回のお礼ですから、気軽に聞いてください。」

どうやらこーりんは優夢のことを大層気に入ったようだ。紹介してやった私に感謝しろよ。

「ああ、魔理沙には感謝してるよ。」

「俺は普段から弾幕ごっこの訓練してもらってるからな。感謝してる。」

・・・こいつら、何というか何というかだな。





その後、私たちは香霖堂を後にして神社へと戻った。

そして。

「くそぉ、またこっちの先出しか!!想符『1700万ゼノのブルーツ(笑)波』!!」

「くぅ、避け切れん!!恋符『マスタースパーク』!!」

「ちくしょおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

「あんたたち・・・ホント飽きないわね。」

結局、今日も操符『ホーミングボンバー』のノーボム攻略はできなかったのぜ・・・。





***************





名無優夢。『外』の世界の物に詳しい人間。

魔理沙が久々に連れてきた人物は素晴らしかった。

最初はただ換金の話だけだったのだが、何故か外の世界の『為替』の話にまで発展していた。

それに則りレートを計算し、僕は相応の額を彼に渡した。あそこまで白熱した議論は久方ぶりだった。

そして彼は、僕にもよくわからなかった『ぱそこん』を理解していたのだ。これには物凄く驚いた。

どうやら彼は自分に関して記憶がないらしい。にも関わらず、『ぱそこん』の説明は完璧だった。魔理沙にはわからなかったようだが、僕にはしっかりとわかった。

まず必要なのは発電機。そして100ぼると60へるつという種類の電気に変換する装置。

何とか山の河童に協力を要請したいところだ。そこは僕が上手くやるべき仕事だ。

上手く動いたら『ぷろぐらむ』というものを組んでくれると言っていたな。今から楽しみだ。

おっと、そういえば彼の服は幻想郷にはないものだったな。

よし、今回のお礼にあの系統の服を探しておこう。

僕のイチ押しの褌もおまけしようか。





+++この物語は、やたら科学的な幻想と未知を探求する店主がぬふぅ!!、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++





きっと元はエンジニア:名無優夢

広く浅い知識を持っている。分野は自然科学とテクノロジーに限られるが。

為替に関しては一般論で。別にそこまで詳しいわけではないが、幻想郷では十分である。

現在の持ち金、五百円と五銭が60枚。お賽銭が増えた!!

能力:感覚で科学を理解する程度の能力?

スペルカード:想符『1700万ゼノのブルーツ(笑)波』



探求する道楽店主:森近霖之助

役に立たない物の行き着くところ、香霖堂の店主。でも時々役に立つものもあるから困りもの。

魔理沙に壊されたものの数は既に100を下らない。

生粋の褌マニア。時折褌一丁で店内外を闊歩している姿が見られる。

能力:未知のアイテムの名称と用途がわかる程度の能力

スペルカード:なし



白黒の破壊魔:霧雨魔理沙

香霖堂の天敵。物が壊れるとしたら大抵は彼女の責任である。

霖之助と過去に何かがあったわけではない。彼女が自分の家に思うところがあるだけ。

現在の目標は『弾けて混ざ』った『1700(ry』を根性避けのみで攻略すること。

能力:主に魔法を使う程度の能力

スペルカード:魔符『スターダストレヴァリエ』、恋符『マスタースパーク』など



→To Be Continued...



[24989] 幕間三
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/18 22:57
~幕間~





これは、俺が慧音さんの頼みで寺子屋の講師を引き受けたときの話だ。





***************





優夢君は早々にこの間の貸し分を持ってきてくれた。なんとも律儀な人物だ。

が、これでは寺子屋の教師を頼む口実はなくなってしまったな。仕方あるまい。

「そういえば慧音さん。この辺で働ける場所ってありませんか?」

と思っていたら、彼の方からこんな言葉が飛び出してきた。

「急にどうしたんだ?」

「あ、すいません、突然こんな話をしてしまって。俺が博麗神社で厄介になっているお話は以前しましたよね。」

ああ、聞いたな。彼女にしては珍しいこともあるものだ。

「それで、お礼代わりに俺は毎日賽銭箱に賽銭を入れてるんですが、このペースだとあと二月もしないでなくなっちゃうんですよね。」

ほう、あの神社に賽銭をする者がいたか。これは驚きだな。

「当面の生活資金の確保はできましたけど、時間が経てばそっちも底を突いちゃうだろうし。後になって慌てるよりも今のうちに働いておこうっていう、ただそれだけの話ですよ。」

今代の博麗の巫女は――いや、代々そうなのだが今代はそれに輪をかけてだ――どこか抜けている。生活力というものがない。

それを考えると、彼のような生活感覚がしっかりしている人間は、ある意味ベストパートナーと言えるかもしれないな。

しかしこの話は私にとっても渡りに船だな。

「それなら、私の寺子屋で働いてみないか?」

「え、ここで、ですか?」

別に私一人でまわしきれないわけではない。が、彼のようにしっかりした人間が一緒に働いてくれれば、私も少し気が楽だ。

「でも俺、記憶喪失ですよ?教えられるかどうかもわからないし、皆が嫌がるんじゃないでしょうか。」

「なに、君は記憶喪失といっても知識が丸々抜けているわけではないだろう?最初は私も指導するし、安心してくれ。」

それと子供たちのことなら心配はいらない。君は存外に気に入られているのだぞ?

「はぁ、そうですか・・・。ご迷惑でしたら、いつでも切り捨てていただいて構いませんので。」

おいおい、こちらから頼んでいるのに迷惑なわけがないだろう。

あとそれは引き受けてくれるということでいいのかな?

「ええ、構いません。ただ神社の家事もありますから、毎日来るというわけには行きませんけど。」

「十分だよ。ありがたい。感謝する。」

私は頭を下げた。すると彼もこちらこそと頭を下げてきた。



「それでは早速顔見せと行きたいんだが、今日は大丈夫かい?」

「ええ、霊夢には慧音さんと話してくる旨を伝えてますから。少しくらいなら大丈夫だと思いますよ。」

「そうか、それでは着いてきてくれ。」

私は優夢君を伴って、教場へと向かった。





***************





「さあ、皆静かにするんだ!!」

慧音さんが手を叩いて子供たちを静めようとするが、子供たちはキャッキャと騒いで中々静かにならない。

というのも、原因は俺だったりする。

「げいにんのあんちゃんだー!!」

「あれやってあれー!!」

「くやしいですッ!!」

こんな感じで。というか俺は芸人じゃない。否定しないと取り返しのつかないことになる気がする。

「ほらほらお前たち、彼は遊びに来たんじゃないんだぞ!!」

『え~。』

声をそろえて残念がる子供たち。うーむ、ここまで受けるとは正直思わなんだ。恐るべし、ザブン○ル。

慧音さんの努力の甲斐もあり、ようやく静まる子供たち。確かに慧音さん一人だと大変だよなぁ。

「彼は、今日からこの寺子屋で勉強を教えてくれることになったんだ。」

「名無優夢です。何人かは知ってると思いますけど、これからよろしくお願いします。」

最初が肝心なので、丁寧に自己紹介をしペコリと頭を下げる。子供たちからパチパチと拍手が起こった。



その後、新任教師や転校生にお決まりの質問タイムと相成った。

Q.どこからきたんですか~?

A.『外』からだと思うよ。よく覚えてなくてね。

Q.いつからここに?

A.1ヶ月前から。今は森の向こうの神社でお世話になってるよ。

Q.つよいんですか!?

A.弱いよ。だからそんなキラキラした目で俺を見つめるな。

Q.けーねせんせーとはどこでしりあったのー?

A.この間八百万商店で困ってるときに助けてもらった。

Q.慧音せんせいの彼氏?

A.それは慧音先生に失礼だ。

Q.結婚して!!

A.だが断る。

というか最後の質問は何だ!?質問なのか!!?

おませな年頃なんですね、わかります。

「さあさあお前たち、そのくらいにしておけ。優夢君が困っているだろう?」

慧音さんが助け船を出してくれる。ふぅ、根掘り葉掘り聞かれたなぁ。ま、記憶喪失の俺に聞かれて困ることなんてないけどね。

「彼は教える立場の人間だから、そこら辺りはちゃんとわかっておきなさい。友達じゃないんだからな。」

『はぁ~い。』

子供たちが声をそろえた。聞き分けはいい子たちみたいだね。

「それでは、今日の授業を始めるぞ。優夢君、君は今日は見学して今後の授業の参考にしてくれ。」

「はい、わかりました。」

慧音さんに言われ、俺は教室の端っこの方で邪魔にならないように授業を見学することにした。

「それでは、今日は歴史の授業だ。この幻想郷がどのようにして出来たかについてお話しよう。」



慧音さんの授業は、子供のために表現を噛み砕いておりわかりやすかった。

また、この授業は恐らく俺のために行ったのだろう。幻想郷の歴史を分かりやすく説明するために。

要点をまとめると、このようになる。

幻想郷が出来たのは今からはるか昔。その頃はまだ博麗大結界は存在していなかった。

辺境の地にあった幻想の楽園。それがいつか増えすぎた人間の手によって壊されることを嫌った妖怪の賢者が結界を張り、外界と隔離したのがおよそ500年前の話。

さらに100年前。ちょうど明治時代だ。その頃にはもう『外』は幻想の時代ではなくなっていた。

そのことを理解した妖怪の賢者と人里の守護者、そして当時の博麗巫女の手によって、幻想郷と『外』とを完全に分け隔てる壁を作ることが決定された。

これが博麗大結界。博麗神社を起点とし、外と中をほぼ完全に分け隔てる結界である。

その結果、外と共に発展していた文明は停止した。つまり幻想郷の文明レベルは明治から先には進んでいないということになる。

なるほど、だから皆和服なんだな。通貨単位の違いも理解できた。



慧音さんの授業は一時間ほどで終わった。この後に休憩を挟んで、文字及び国語の授業になるらしい。

今の傾向を見ると、慧音さんの教える分野は文系に偏っているみたいだな。ていうか当たり前か、幻想郷じゃ理科なんてあっても役に立たないし。

けど、俺の持ってる生物学の知識は役に立つかもな。よし、そっち方面で授業を組み立てよう。

と、俺が自分の中で今後の方針を決めていると、慧音さんがこちらへ来た。

「どうだ、参考にはなったかい?」

「ええ、とても。それに幻想郷のことも少しわかりました。ありがとうございます。」

俺は頭を下げる。今日の講義分は報酬を払ってもいいぐらいだった。

「いや、役に立てたなら何よりだ。それで、今後のことだが君は何を教えるんだ?」

「はい、生物を教えようかと。俺の知識を調べてみると、生物とか科学的な分野に重きが置かれてるみたいですから。幻想郷でも役に立つものを選んで教えようと思ってます。」

「それは助かる。幻想郷ではどうしても精神文化に偏ってしまうからな。その方向で頼むよ。」

さて、あんまり遅くなってもまずいし。

「じゃあ今日はそろそろ帰りますね。霊夢がお腹空かしてる頃だと思うんで。」

「はは、君はすっかり博麗の巫女の保護者だな。」



俺が寺子屋を出ようとすると、子供たちから不満の声が上がった。と言われても、今日はもう帰らなきゃいけないんだからさ。

今度はちゃんと授業をしに来ることを約束して、何とか解放された。

「じゃ、また来ますんでー。」

「ああ、待っているよ。」

慧音さんと別れの挨拶をして、俺は空を飛んだ。





***************





彼が引き受けてくれて良かった。

彼には言っていなかったが、私は人里の守護者でもある。それは力ある者として当然の責務だと思っている。

だが、そのために寺子屋を休みにしなければならないことも多々ある。それが今まで心苦しいと感じていた。

彼という教師が増えることで、寺子屋を休みにする回数は格段に減るだろう。

「あら慧音。お客さんだったの?」

ふと聞きなれた声が聞こえ、そちらを見る。

「妹紅か。来ていたのか。」

「子供たちに呼ばれてたしね。で、彼はなんだったの?」

どうやら、妹紅――藤原妹紅、私の相棒だ――は優夢君が飛び立つ前に彼を見ていたようだ。

「ああ、彼は今度から寺子屋で子供たちに勉強を教えてくれることになった、名無優夢君だよ。」

「へぇ。」

妹紅は目を丸くして驚いた。今までこの寺子屋は私一人でやってきたのだ。驚いて当然だと思う。

「新しい時代かしらね。・・・そう、たとえ幻想郷といえど、時代は動いていく。」

「妹紅・・・。」

そんな悲しい表情をするな。今は私がいるだろう。

「いつまでも一緒にいてやれるわけではないが・・・私が生きている限り、お前の側にいてやる。だからそんな顔はするな。」

「・・・ごめん、慧音。」

首を横に振り、妹紅はいつもの表情に戻った。・・・本当に、誰かこの子を本当の意味で救える者はいないのだろうか。

「今度はお前にも紹介するよ。うちの新しい教師を。」

そう思ったら、自然と彼の顔が浮かんだ。・・・何故だろうか、彼はただの人間だというのに。

ああ、そうか。彼の持つ空気は、彼の声色は、周り全てを癒すような、そんな優しさを持っているから。

『優しい夢』。せめてこの子に一時だけでもいい、優しい夢を与えてくれ。

「ええ、期待してるわ、慧音。」





***************





「うがあああああああ!!」

俺は博麗神社の宛がわれた一室で雄叫びをあげていた。

向かうは数々の白紙の山。畳の上には鉛筆(香霖堂で購入)で大きく×が書かれた紙が何枚か。その紙にはびっしりと単語や数式が羅列されている。

雄叫びを上げ終わると、そのままバタリと机の上に倒れこむ。

「おいおい、優夢のやつはどうしたんだ?」

「なんでも、人里の寺子屋で教師やるらしいわよ。」

「そりゃまた、随分と酔狂なことをするな。悪いもんでも食ったか?」

「さあ、とにかく働く気らしいわよ優夢さん。必要ないって言ってるのに。」

後ろで酒の肴に俺の醜態を見て楽しんでいる霊夢と魔理沙が何か言っていたが、今の俺の耳には入らなかった。

ダメだ、こんなんじゃあの寺子屋の子供たちに教えられない!!折角雇ってくれた慧音さんの顔に泥を塗ることになっちまう!!

「むん!!」

「あ、復活した。」

「ホント懲りないわよね。」

俺は再び白紙に向き合う。何を教えるか。どういう順序で、どうわかりやすく、質問されたらどう答えるか・・・。

それを書いていき。

「るがあああああああああああある!!」

「あ、また死んだ。」

「というか何よ今の雄叫び。」

この繰り返しである。むぅ、安請け合いしてしまったが、本当に大丈夫なのかこんなので。

「あんまし根詰めすぎても良くないぜ。出るもんも出なくなる。」

魔理沙が俺に話しかけてきた。

「しかしだな、幻想郷には科学に対する理解の基盤がないから、説明するとなると妥協は許されなくて」

「そー難しく考えるからいけないんだって。よく言うだろ、世の中なるようにしかならないって。」

「ダメじゃない。」

「まあまあ。私が何を言いたいかと言うとだな。優夢、お前も呑め!!」

「いや、俺はやることが」

「別に今じゃなくていいでしょ。明日から授業ってわけじゃないんだから。」

「さあ、そうと決まったらお前もこっちこい!!」

「わ、ちょ、魔理沙引っ張るな!!」

なし崩し的に酒の席に連れて行かれる俺。

そして。



「優夢の就職を祝って・・・かんぱーい!!」

「おめでとう、優夢さん。」

「ははは・・・もう諦めた。」



結局この日は、遅くまで酒に付き合わされてしまいましたとさ。





+++この物語は、律儀な幻想が子供たちに振り回されるのが目に浮かぶ、奇妙奇天烈で混沌としたお話+++



寺子屋の新米教師:名無優夢

脱・自宅警備員。しかし確実に子供たちに振り回される程度の運命。

実際問題、何も知らない者に1から教えるのは至難の技である。頑張れ若人、負けるな若人。

いつの間にか周りから色々と願いを託されているが、本人は気付いていない。

能力:科学を教える程度の能力?

スペルカード:想符『1700万ゼノのブルーツ(笑)波』



寺子屋運営者:上白沢慧音

子供たちからの人気は間違いなく里一番。

責任感の強さは優夢よりも強い。その分融通が利かないのが難点。

無意識に百合空気を撒き散らすが、本人にその気はない。

能力:歴史を食べる(隠す)程度の能力

スペルカード:国符『三種の神器 鏡』など



守護者の相棒:藤原妹紅

見た目よりもずっと長く生きている人。その分中身も擦り切れている。

慧音に依存してしまっておりこれではいけないと思っているが、やはりどうしても甘えてしまう。

そのため周りからは『慧音のいい人』と思われている。もちろん本人達は知らない。

能力:老いることも死ぬこともない程度の能力

スペルカード:蓬莱『凱風快晴 -フジヤマヴォルケイノ-』など



→To Be Continued...



[24989] 一章一話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 01:54
「何か今日も天気が悪いなぁ・・・。」

俺は洗濯物を干しながら、そんなことを呟いた。ちなみに、俺が干しているのは俺の衣類全てと霊夢の巫女服だけだ。流石に女性の下着を洗うほどデリカシーに欠けてはいない。

俺は今香霖堂で購入した黒のタートルネックと黒のジーパンを身に着けている。最近のお気に入りだ。

魔理沙とかはこれ見ると「黒一色だな。白黒の二色の私の方が上だ。」とかわけのわからないことを言い出す。

いいじゃん黒。落ち着くんだよ。それに俺がそんな華美に着飾ってもキモいだけだ。

ともかくとして、お気に入りを着ているのだが、実はこれで最後だったりする。

ここのところ、天気が悪いせいで洗濯物の乾きが悪い。洗って干して乾くよりも先に使いきってしまう。

このままでは着るものがなくなってしまう。結構切実な問題だ。

「全く、どうにかならんのかねこの天気。」

俺は溜め息をつきながら、空を見上げた。





空には赤い霧が立ち込めて、太陽の光を遮っていた・・・。





東方幻夢伝 第一章

紅魔郷 ~the Scarlet Devil and...~






洗濯物などの一通りの家事を終えて、俺は人里へと向かった。今日は寺子屋の日だ。

初めの頃は子供たちに振り回されるだけでまともに授業ができなかった。しかし最近は受けるときは真剣に受けてくれるようになった。

これは魔理沙のおかげだろう。以前魔理沙が「私もお前の授業を受けてみるぜ!!」とか言って寺子屋に来たことがある。

そのときあいつは妨害に妨害を重ね、俺はとうとうプッツンした。気がついたら魔理沙が平謝りしていた。

周りの子供たちも微妙に怯えたような目で俺を見ていた。俺はそれに気を落としつつも授業を再開した。

ところが、これが良かったのだ。皆初めて俺の授業をしっかりと受けることで、知る喜びを知ったのだ。

それからは、ちゃんと授業を受けてくれるようになった。もちろん時にはバカをやって、俺も皆と騒いだりするが。

このとき魔理沙は「今までで一番強かったぜ。あと授業も悪くなかった」と言っていた。

最初は怒ったりはしたものの、今では魔理沙に感謝している。あれがなかったら、俺はまだどうやって子供たちに教えればいいか分からなかっただろう。

閑話休題。そんなわけで、俺は最近寺子屋での授業が楽しみで仕方がない。

今日は何を教えてやろうか。勉強じゃなくて、『外』の遊びでも教えてあげようか。そんなことを考えながら空を飛ぶ。



人里に着いてまず初めに感じたのは、違和感だった。

今は里が起きて、活動が一番活発になる時間だ。なのに、通りを歩いている人がちらほらしか見かけられない。

これは一体どういうことだろうか?

疑問に思いながらも、俺は寺子屋へと向かった。



だが、急いで来たにも関わらず、寺子屋は閉まっていた。

「あれぇ?」

今日は休みの日じゃないはずなんだが。俺が日付を間違えた?いやいや、そんな馬鹿な。

疑問に思っていると、中から慧音さんが現れた。

「慧音さん。」

「ん?ああ、優夢君か。すまないな、わざわざ来てもらったのに。見ての通り、今日は休みだ。」

「何かあったんですか?は、もしかして子供たちが集団感染症に!!?」

「違う違う、そんなのではないよ。君は少し心配性だな。」

慧音さんが苦笑しながら言う。

「この紅い霧のせいさ。」

「霧の?どういうことですか?」

「どうやらこの霧は妖気を含んでいるようなのだよ。私や君のように高い霊力を持っていれば何ということもないが、普通の人には辛いものでね。」

え?そんなものだったのこれ?

「気付いていなかったのか。抜けているな。ともかく、この霧の中では霊的防御手段を持たないと30分ぐらいで気分が悪くなってしまうんだよ。」

「はぁ、それで皆外出してないんですか。」

やたらと閑散とした通りを見回す。やはり人があまり外出していない。

「そういうわけで、ここ数日寺子屋を閉めているんだ。」

「まあ、そんな状況じゃ子供も出歩けないでしょうからね。」

ホント、早く晴れないかね。

「・・・しかし、私は妙だと思っているんだ。確かにこんな現象が自然発生しないわけではないが、いくら何でも長すぎる。」

そういえば、この霧が出始めたのって半月ぐらい前だっけ?

「ひょっとして、『異変』ってやつですか?」

「かもしれない。違うかもしれない。私は人里を離れるわけには行かないから調べようがないんだよ。」

慧音さんは人里を守る立場にあるそうだ。そりゃ勝手に離れるわけにはいかんよなぁ。

「じゃあ、俺が調べますよ。霊夢に聞いてみます。」

「ああ、そうだな。頼むよ。」

挨拶を交わし、俺は寺子屋を後にした。



けど折角人里に来たっていうのに何もせずに帰るのは癪だな。

そうだ、八百万商店で何か買って帰ろう。

「こんちにちわ、おやっさん。」

「おう、優ちゃんか。らっしゃい!!」

優ちゃん、というのはおやっさんが俺を呼ぶ時の愛称だ。

「今日は寺子屋じゃなかったんか?」

「それがこの紅霧のせいでお休みだったんですよ。」

「ありゃー、そら残念だったな。ま、何か買って気晴らししてってくれや!!」

「はは、ありがとうおやっさん。」

死んだように静かな人里の中で、八百万商店だけはいつもの通りの陽気さだった。

「そういえばおやっさんは大丈夫なんですか?この霧、妖気を含んでるせいで強い霊力を持ってないと気分が悪くなるらしいですけど。」

「ああ、俺には八百万の神様の加護があるからな!!」

ああ、なるほど。おやっさんの能力は『八百万の神に感謝を捧げる程度の能力』だ。それでここの仕入れもやってるんだ。そのぐらいは出来て当然か。

「とは言っても、普通よりもちょっと長持ちするってぐらいだぁ。食材の仕入れに時間かけられねぇから、手間がかかって仕方ねえや、はは!!」

むぅ、おやっさんも苦労してるんだな。早いとここの霧を何とかしないとなー。

「ところでおやっさん、ここのところ何か変なものを見たりしませんでしたか?具体的には『異変』の元凶とか。」

「はは、そんなもん見てわかったら苦労しねぇわな。」

確かに。



俺はイワナとアユと、ちょっと早いサンマを買って帰った。野菜はこの霧のせいで不作気味らしい。

全く、迷惑な話である。





***************





「どこのバカよ、全く・・・。」

私は呟いた。別に呟いて状況が変わるわけじゃないんだけど。

この霧は間違いなく『異変』だ。私の勘がそう告げているのだから間違いない。

しかし面倒くさい。

この霧は妖気を含んでいて、普通の人間だったら半刻も耐えられないだろう。けど私も優夢さんも高い霊力を持っているから全く問題にならない。

だったら放っておけばいい。と思っていた。今日までは。

「まさか、これが最後の服だったとは・・・。」

そう、洗濯物が乾かないので、これが最後の巫女服になってしまった。

何日か着続ければいいですって?冗談じゃないわ、そんな汚いのお断りよ。

私はすぐにでも『異変』を解決しなければいけない理由があったのだった。

しかしそれでも面倒くさいことには変わりない。思わず溜め息の一つも出よう。

夜になったら『異変解決』の始まりよ。こんなバカな真似した奴を懲らしめてやる。

「おーい、霊夢ぅ!!」

と、空から魔理沙の声が聞こえてきた。その数秒後に本人が神社の境内に降り立つ。

「何よ。今日はあんたに構う余裕なんかないわよ。今機嫌悪いんだから。」

「まあそうカリカリすんなって。『異変解決』に行くんだろ?」

「・・・なんでわかったのよ。」

「洗濯物だぜ。私のところも今日で最後の服だからな。」

結局考えることは一緒か。

「私も『異変』を起こしたやつに文句の一つも言いたいからな。おかげで折角栽培してた茸が全部おじゃんだぜ。」

「何やってんのよ、あんた。」

そんなことをしてたのか、この暇人。

「好きにしなさい。」

「好きにするぜ。」





優夢さんはそれから一刻ほどして帰って来た。両手には魚が入った袋。

寺子屋がお休みだったから、気晴らしに買い物をしてきたらしい。

「やっぱりこれは『異変』なのか。」

「ええ、そうよ。」

優夢さんも、どうやらどこかでこれが『異変』だという情報を掴んでいたらしい。

「だから、今夜主犯を探して叩きのめしに行くわ。」

「え、今夜なのか?今すぐじゃなくて。」

「『異変』を起こすのは妖怪だからな。妖怪は夜に活動するもんだぜ。」

「なるほど。」

優夢さんは納得した。そして立ち上がり。

「それじゃあ、それまでの間にしっかりと英気を養っておかないとな。何がいい?」

「アユの塩焼き。」

「私は折角だからサンマをいただくぜ。」

「はいよ。」

優夢さんは返事をして台所へと引っ込んでいった。

「・・・このことに違和感を感じない私はおかしいんだろうか?」

「いいんじゃない、別に。」



「「「(゚Д゚)ウマー(゚Д゚)(゚Д゚)」」」



そして時刻はとっぷり酉の刻。

「さて、それじゃあそろそろ行きましょうか。」

「腹もしっかり膨れてるしな。」

「二人とも、無茶はするなよ。危なくなったら帰って来いよ。」

・・・。

「優夢さん?何勘違いしてるの、あなたも来るのよ。」

「こんなところでボケなくてもいいぜ。」

「・・・はい!?」

優夢さんが素っ頓狂な叫びを上げた。本気だったのね。

「優夢さんだって戦えるでしょうが。一人だけ楽しようったってそうはいかないわよ。」

「いやそういう問題ではなくて!!俺、弾幕初心者!!」

「優夢の実力は私の折り紙つきだぜ。安心しろよ優夢、お前相手にゃその辺の妖怪や妖精じゃ相手にもならないぜ。」

「・・・本当かよ。」

私たちの言葉を信じられないらしく、疑わしげな表情をする優夢さん。

しょうがないわね。

「えい。」

お札を一枚、優夢さんに向かって投げる。瞬間、優夢さんは操気弾を出してお札を消し飛ばす。

「何をする。」

「今のお札、低級の妖怪だったら一撃で戦闘不能にできるわよ。」

「・・・マジで?」

「ええ。ついでに言うと、そんな風に弾幕を壊す弾幕なんて、普通じゃまずお目にかかれないわ。・・・どうかしら、少しは納得がいった?」

「・・・。」

優夢さんは無言で何か考え始めた。多分、今の話が本当かどうか検証しているんでしょうね。

「・・・考えても仕方ない、か。よし、俺も行く。」

その末に、結論を出した。

「そうこなくっちゃな!!」

「くだらないことで時間を使っちゃったわね。急ぎましょう。」

『おう!!』



そして私たちは、夜の闇に飛び出した。





***************





夜の空を散歩する、なんてことは今までしたことがなかったな。存外に気持ちのいいものだ。

「この紅い霧さえなければ、だけど。」

空を見上げるとただひたすら紅い霧。当然ながら月が見えたりするはずもない。

「この『異変』が解決したら、月の夜に散歩でもしたいもんだな。」

「妖怪がうじゃうじゃと出るぜ。」

「う、それはちょっと考え物だな・・・。」

「けど、優夢さんぐらいの強さがあれば平気だと思うわよ。」

そっか。じゃあ今度やってみるかな。

視界の中では、背中に羽の生えた小人達――妖精がうじゃうじゃと湧いてきた。

「それじゃ、始めましょうか。」

霊夢がお札と陰陽玉を手に取る。

「誰が一番打ち落とせるか、競争しないか?」

魔理沙が星型の弾幕を展開しながら、そんなことを言い出した。物騒なことを言うな。

「俺は自分の身を守るので精一杯だよ。」

言いながら、俺はいつも通り操気弾を三つ展開する。この程度なら何の苦も無くできるようになっている。

「そう言いながら、優夢が一番落としそうな気がするな。」

「その通常弾幕ははっきり言って反則よね。」

「しょうがないだろ、これしか出せないんだから。」

俺にしてみれば、連続弾を出せるお前達の方が羨ましい。

「負けないわよ。」

「こっちだって。」

「二人とも、程々にな。」

口々に言い、俺達は妖精の群れに突っ込んでいった。



同時、妖精たちが一斉に弾幕を撃ってきた。が、ぬるい!!

速度はあまりなく、三つの操気弾に全て阻まれかき消される。それに対し、俺の弾幕は速度を減じることなく妖精に襲い掛かった。

一つの弾幕で10体の妖精を落とす。それでもこの頑丈な霊力弾は劣化を見せない。

二つ目、三つ目の弾幕も同様に放ち、あっという間に50を越す妖精を打ち落とした。

「ひゅー、やっぱ凄いなそれ。」

「ほんと、雑魚相手には最強よねそれ。」

魔理沙と霊夢は、自分に向かってくる弾幕を避けながら攻撃をしていた。二人の弾幕は一度に攻撃できる手数が多いので、瞬く間に相当量の妖精を落とした。

「やっぱり便利だよな、それ。俺も連発できるように工夫しようかな。」

「お前が連発できると反則すぎるぜ。」

まあね、けどこれはこれで制御が大変なんだぜ?

その後も俺達は、敵の攻撃を砕き、かわし、打ち落とし続けた。みるみるうちに妖精の数が減っていくのがわかる。

霊夢と魔理沙の言ってた通り、俺も随分と強くなってたんだな。

っとぉ。

突然、横の方から弾幕が飛んできたので、俺は操気弾を使わず回避する。

危ないことするなぁ。

「こっちからご飯の匂いがする~。」



・・・この声は!!



「お?お前はいつぞやの宵闇の妖怪。」

「そういうあなたは白黒の人間。あのときはあなたのせいでご飯食べ損ねたんだから。」

「いいことじゃないか。」

「食べ物の恨みは恐ろしいのよ。覚悟しなさいよね。」

「何を覚悟するんだぜ?」

「もちろん、あなたn「ルーミア!!」

魔理沙と会話を始めるその妖怪の名を呼び、注意をこちらへ向けさせる。

妖怪だけではなく、霊夢と魔理沙もこちらを見る。

妖怪――ルーミアは、俺の顔を見て憤怒とも恐怖ともつかない表情に変わった。

「そう、あなたもいたんだ・・・。」

「お前とはいずれ会わなくちゃと思っていたからな。まさかこのタイミングで現れるとは、間がいいと言うか何と言うか。」

「そういえば、優夢は初めこいつに食われそうになったんだったな。」

魔理沙がそう言った瞬間、ルーミアは顔を真っ赤にして叫んだ。



「何が食われそうになったよ!!あなたの方が私を食べようとしたくせに!!!!」



霊夢と魔理沙の表情が、困惑のものになるのがわかった。

・・・やっぱりあのときのこいつの傷は、そういうことだったんだな。

「そいつは誤解だ。俺は自分の身を守ろうと必死でもがいただけで、お前を食う気なんてなかったよ。第一俺は人間だ。」

人間が妖怪を食うなんて、できるのか?

「うぅ~、でもー!!」

ルーミアは言いながら、自分の首元を押さえる。

「・・・なあ、今の話、本当か?」

「わからない。以前も話したと思うけど、一瞬意識が飛んでる間にあいつの首元が齧られてたんだ。」

「人間が妖怪の肉を食べて平気なわけがないじゃない。死ぬわよ。」

え゛!?そうなの!?

「妖怪の肉は低級であったとしても強力な妖気を帯びてるのよ?そんなもの猛毒と一緒よ。」

だから優夢さんがあの妖怪を食べようとしたなんていうセンはなしね、と続ける。

「でも、私はそいつに首齧られたのよ!!?」

「窮鼠猫を噛む、って言葉があるわ。そういうことでしょ。」

まんま過ぎるなぁ。

「そもそも、退治される側の妖怪がごちゃごちゃ言うもんじゃないわ。とっとと落ちなさい。」

霊夢がルーミアをにらみ、お札を投げようとする。

「待った!!」

それを、俺が大声で止める。

「悪いんだけど、ここは俺にやらせてくれ。ルーミアは俺と因縁があるんだ。俺がやるのが筋ってもんだろ?」

「・・・それもそうね。」

霊夢は俺の言葉を聞きいれ、お札を懐にしまいなおした。・・・あれだけたくさん使って、まだあるんだよな。すげぇ。

俺はルーミアに向き直った。

「聞いたとおりだ。俺と弾幕ごっこをしてもらうぞ。お前が勝ったら、俺を好きに食い散らかすといい。だけど、負けたら大人しく帰ってもらうぞ。」

「・・・いいわよ、やってやろうじゃない。」

ルーミアは腕を広げ十字になる。

「なあ、前から思ってたんだが、何で十字なんだ?」

「『聖者は十字架に磔られました』って言ってるように見える?」

「『人類は十進法を採用しました』って見えるな。」

横から魔理沙が口を挟む。

「俺には『喰らえ、天空×字拳!!』って・・・あれ、あれは腕をクロスするんだったかな?」

「なんでもいいからとっとと始めなさいよ。」

霊夢が呆れたようにつぶやいた。



ルーミアが自分を中心に放射状の弾幕を発射した。

俺は自分に当たりそうな弾幕を一つの操気弾で破壊する。と同時に、二つの操気弾を先行させ、牽制代わりにする。

一発で狙いに行くと逆にやられやすいというのは、魔理沙との弾幕ごっこで学んだことだ。

実際ルーミアは、それをかわしながら放射状の弾幕を撃ち続けている。

複数の弾幕が混在することによって、かなりの密度になっているが、集中している限り俺には関係ない。

俺の弾幕は相手の弾幕を破壊するという性質を持っている。

流石に『マスタースパーク』クラスや、こいつの持っているあのスペルカードを破壊するまでには至らないが、それでもこの程度の通常弾幕相手なら十分すぎるほどの強度を持っている。

(わはー、外のルーミアは随分荒れているのかー。)

俺の中のルーミアが、俺に語りかけてくる。そうなのか?

(うん、あれは全力を出すときのルーミアだねー。)

マジすか。どうやら俺は、あの子を本気で怒らせてしまっていたらしい。

(ほら、スペカくるよー。)

月符『ムーンライトレイ』!!

俺が夢の中で見慣れたあのスペルカードを使ってきた。

だから、俺はこれの攻略方法を知っているんだがね。

この弾幕は二本の極太レーザーを左右に照射し逃げ道を塞ぐ。と同時に、小粒の弾幕を幾つも放射することで逃げ場を失った相手をしとめるものだ。

だが、当然隙はある。現在俺の両サイドを徐々に徐々にレーザーが詰めてきているが、これが閉じきることはない。

そして小粒の弾幕も、俺の操気弾で破壊することができる。つまりこのスペルカードでは、俺を倒しきるには至らないのだ。

焦れるルーミアに、ひっそりと先行させておいた操気弾を

「えっ!?」

当てる。

これで、スペルブレイクだ。

「ぐうう、その弾幕反則ぅ!!」

「そう言うなって。俺はこれしかできないんだ。それに連射は出来ないんだから、むしろ避けやすいと思うけど。」

弾幕破壊と完全制御の性能は、それを補うためのものだと思ってくれ。

「ぐぅぅ、負けるかー!!」

ルーミアは俺に向かって、幾つもの弾幕を連続で発射してきた。すげぇ量だ!!

砕ききれないと判断した俺は、回避行動に移る。ルーミアはなおもすさまじい量の弾幕を撃ち続けてきた。

だがその分・・・隙だらけだ!!

「くっ、夜符『ナイトバード』!!

ルーミアは間近まで接近した俺の弾幕を、スペルカードを発動させることで相殺する。よし、これで二枚目!!

俺はまだスペルカードを使わず、二枚目を使わせることに成功した。これは僥倖だ。

だが、ここからは俺にとって未知の世界。果たして、そう上手く行くか。

宣言と共に、ルーミアは滅茶苦茶な量の弾幕を、左右に振り始めた。く、これは簡単には砕けないし、回避も難しい!!

先行させていた操気弾を自分の近くに戻し、さらに二つ増やし防御に専念する。

流石にこれだけの量で弾幕を砕き続ければ、俺には届かない。狙うは、スペルカード使用可能時間の限界だ。

消極的な手だとは思うが、これもまた兵法だ。スペルカードルール上は問題ない。

そして俺の狙い通り。

「ぅう・・・もうダメぇ~。」

スペルカードの制限時間を過ぎ、スペルブレイク。よし、二枚!!

「もーあったま来た!!最後のスペカ、行くよー!!」

と思ったら、いきなり次かよ!!息をつく暇もない!!

闇符『ディマーケイション』!!

ルーミアが三枚目――最後のスペルカードを宣言するとともに、辺りを暗闇が覆い始めた。く、視界が!!

だが、その中で輝く弾幕は見ることができた。そこまで鬼なスペルカードではないようだ。

ルーミアは先ほどと同じように放射状に弾幕を発射した。そこからが違った。

弾幕はある一定距離を進むと、広がる円軌道をとって回転を始めた。弾幕の自動制御か!!

俺はその広がる弾幕を回避しながら、当てるべきルーミアの気配を探す。

そのときだった。

「なっ!!」

前方から、鬼のような数の弾幕が叩き込まれた。しまった、ここまであったのか!!

円軌道の弾幕に注意を取られていた俺は、それに反応しきれなかった。

回避――不可能。今からでは間に合わない。迎撃――数が多すぎる、完全相殺は不可。



仕方が無い、とっておきだったけど使うか。これもある意味、因縁の清算だな。





***************





普段だったらやらない、私の能力を使った闇であたりを覆うことで、あの人間の動きが止まった。

あの人間は変わった弾幕を使ってた。撃ったら撃ちっぱなしじゃなくて、自分で操って攻撃してきた。

今はそれのおかげで、あいつが何処にいるかわかる。私の闇は自分も見えなくなるけど、その中でも弾幕の光は見える。

あの人間の弾幕は、あいつの周りをぐるぐると周っていたから、それで場所がわかる。

大成功だったみたい。私は狙いをつけて。

恨みを晴らすべく、しとめるための大量の弾幕を撃ち放った。

頭からバリバリ食べてやるんだから!!



そのとき、舌打ちが聞こえ、次にスペルカードが宣言された。





「月符『ムーンライトレイ』!!」





え?それって私の・・・。





***************





俺のスペルカード宣言とともに、ルーミアの弾幕が相殺され、同時に闇も晴れた。

俺の視線の先には、驚愕の――いや、困惑の表情を浮かべるルーミアの姿。

「な、何で!?何であなたが私のスペカを使えるの!!?」

「さぁーて、何ででしょうね。」

(答えは私が教えたからー。)

俺の弾幕は制御系統が基本だ。だからどうしても神経を使う。

どうにか楽ができないかなー、とぼやいたら、俺の中のルーミアがこのスペルカードを教えてくれたのだ。

できるのか?と思ったけど、これが意外にもできたのだから驚きだ。

「自分の弾幕の怖さ、思い知りな!!」

俺はルーミアの両側を塞ぐように、極太のレーザーを照射した。ここまでは通常の月符『ムーンライトレイ』と一緒だ。

だが、ここからが俺オリジナルだ。とどめに使う弾幕は、当然だけど操気弾。というか、俺はこれしか作れない。

「わ、ちょ、・・・きゃああああああ!!!?

逃げ道を失い、操気弾というハウンドドッグも真っ青な追尾弾をかわしきることなど到底できず、ルーミアは落ちた。

ルーミアは計三枚のスペルカードを使い切った。俺も一枚を使ったが、まだ二枚ある。

つまりこの勝負は、俺の勝ちということだ。



俺はこの日初めて、夢以外の場所で弾幕勝負に勝利することができた。





「さて、約束どおり大人しく帰ってもらうからな。」

「ぅぅう~・・・。」

ルーミアは目に涙を溜めてうなった。・・・妖怪とは言え、子供相手にちょっと大人げなかったかな。

「悔しかったら、もっと強くなってリベンジに来な。俺はいつでも、博麗神社で再戦を受け付けるぞ。」

「神社の境内はなしよ。後片付けが大変なんだから。」

霊夢が注意を入れてくる。わかってるよ。俺も生活空間で弾幕する気はない。

「・・・本当?」

「ああ、本当だとも。今日と同じ条件で受けてやってもいい。いつでもかかってきな。」

俺はちょっと微笑みながら、ルーミアの頭に手を乗せてやりながら言った。

あ、ルーミアが赤くなってる。しまった、子供っぽいから子供扱いしたけど、まずかったか?

「うん、わかった。」

と思ったけど、ルーミアは大人しく頷いてくれた。ふぅ、良かった。

ルーミアは来たときと同じくふよふよと飛んでいった。そしてくるりとこちらを振り返り。

「もうあなたは食べないよー!!」

と言った。そしてもう一言。

「あなたは食べちゃいけない人類っ!!」

笑顔でそう言った。

今度こそ、彼女は夜の闇に見えなくなった。

「ふぅ・・・終わった。」

「何言ってんのよ。これからよ。」

「まだ1ステージが終わっただけだぜ。」

おっとそうだった。俺達は今『異変』解決をしてるんだったっけ。

「それにしても・・・優夢さん、あなた無自覚な人?」

「は、何が?」

いきなり何を言い出すんだ、この素敵な巫女さんは。

「こいつはどうやら無自覚なようだぜ。」

白黒の魔法使いさんまで。俺が何をした。

「いいえ、何でもないわ。」

「そうそう、何でもないのぜ。」

魔理沙、隠しきれてないから。都合が悪くなると語尾がおかしくなる癖は直しとけ。

「今はそんなことよりも、『異変』の解決が先決でしょう?」

「そうだぜ、遊んでる時間はないぜ!!」

うーむ、はぐらかされてしまった。ま、いっか。

「じゃ、先に進もう。道は長そうだしな。」

俺がそう言うと二人は頷き、俺達はまた夜の空中散歩に戻ったのだった。





***************





あの口についてた大量の血はそういうことだったのね。

あの宵闇の妖怪が言ってた言葉に嘘はなさそうだ。優夢さんが妖怪の肉を口にしたのは確かなことだ。

だけど優夢さんは生きている。私だってそんなものを食べて無事で済む気はしないのに、何故この人は平気なんだろう。

そもそも、優夢さんは本当に人間だろうか。確かに妖気は感じないけど、この人のことだから影が薄くて感じられないってこともあり得る。



・・・まあ、だからどうというわけでもないんだけど。優夢さんが『異変』を起こしたりするようなら、退治すればいいだけだし、そうじゃないなら神社に置いて家事をしてもらえばいい。

そう、別に大したことではない。少なくとも、私にとってはね。



そう言えば優夢さん、さっき敵のスペカを使ってたわね。まさかあの一瞬で覚えたのかしら。

私のスペカは盗られないようにしないとね。全く、盗人は魔理沙一人で十分だわ。





+++この物語は、幻想と少女達が異変解決に東奔西走する、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



期待のルーキー?:名無優夢

初心者にしては強すぎ、上級者にしては詰めが甘い。

操気弾は雑魚相手には無敵すぎる。基本的に自分の周りにアーマー配置しておけば敵の弾幕は届かない。

もしこれが連射できるとしたら、チートもいいところである。

能力:取り込んだ者の能力を使う程度の能力?

スペルカード:想符『1700万ゼノのブルーツ(笑)波』、月符『ムーンライトレイ』、???



異変解決の専門家:博麗霊夢

勘だけで『異変』を突き止め解決できる人。どんだけ~。

ホーミング装備は勝手に敵を追尾してくれるが、完全制御ではないので外れることも。

ゲームではないので自由に装備を変えられる。当然ですね。

能力:主に空を飛ぶ程度の能力

スペルカード:霊符『夢想封印』、夢符『封魔陣』など



異変解決のスペシャリスト:霧雨魔理沙

霊夢にくっついていったり、単独だったりして『異変』を解決する人。

移動速度は三人の中で最高。けど撃墜数が同点ぐらいなのでちょっと不満。

星型の弾幕とレーザー弾幕を使う。状況に応じて使い分けるのも魔法使いの力量である。

能力:魔法を使う程度の能力

スペルカード:魔符『スターダストレヴァリエ』、恋符『マスタースパーク』など



人肉大好きっ娘:ルーミア

やあ (´・ω・`)(中略)「ときめき」みたいなものを感じてくれたと思う。

別に優夢に惚れたわけではない。けれどこれで彼女も博麗神社入りびたり決定である。

ルーミア可愛いよルーミア。

能力:闇を操る程度の能力

スペルカード:月符『ムーンライトレイ』、夜符『ナイトバード』、闇符『ディマーケイション』



優夢専用戦闘アドバイザー:(中)ルーミア

優夢の中で色々と助言をしてくれる。だが別に後ろが見えたりするわけではないので悪しからず。

ちなみにルーミアの一部ではあるが、一部なのは記憶だけであり能力はオリジナルと比較して遜色はない。

なので今後優夢のスペルカードのレパートリーにルーミアのものが加わることはほぼ確定。

能力:闇を操る程度の能力

スペルカード:月符『ムーンライトレイ』



→To Be Continued...



[24989] 一章二話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/18 23:00
しばらく飛び続けると、私たちは湖上空に出た。

途端、急に寒くなってきた。

「おいおい、今は夏だぜ?」

思わずぼやくが、状況が変わるわけではない。

「魔法で暖をとるとか出来ないのか?」

「黒焦げになるんだぜ。」

そんな細かな制御、私にできるわけがないだろ。

「威張って言うことじゃないわね。・・・それにしても、ほんと寒いわね。厚着してくれば良かったわ。」

「そうすると、ここ以外のところで蒸し風呂状態になるんだけどな。」

「ていうか優夢。お前は何で寒そうにしてないんだ。」

「来ている物の差です。」

確かに、こいつは夏だっていうのに腕を全て隠せるぐらいの服を着てる。よくあれで暑くないもんだ。

「寒いのが苦手で暑いのが得意だから、寒さにだけ耐えられるようにすりゃあいい。」

限度があるだろ、限度が。





宵闇の妖怪を撃退してからしばらく妖精たちの攻撃がやんでいたが、湖上空に入ってから再び激しくなった。

私たちはまた撃墜競争を始めた。

今のところ、トップは私だ。さっきから通算で231体落としてる。

2位はなんと優夢、224体で私との差は7体だ。とても初心者とは思えない。

ドベの霊夢だが、それでも212体。これは装備の問題だ。

つまり、現在の撃墜数は大差がなく、簡単に順位が入れ替わるってことだ。

こんなところでスペカボムを消費するのも馬鹿らしいから使ったりはしないけど、この差の無さはいい加減使いたくなってくる。

と、私の目の前に、突然大き目のサイズの妖精が現れた。大妖精か!!

こいつは大物だ。普通の妖精10体分以上の価値はあるぜ。

「あ、あなた達は何ですか!!急に現れて暴れて、ゆ、許しません!!」

何か言ってるが気にしない。私は星型弾幕をばら撒いた。

「きゃっ、ちょっと、は、話を聞いてくださーい!!」

しかし私の弾幕は大妖精に避けられた。流石にその辺のただの妖精とは違うか。

だったら、それ用にレベルを調整してやればいい。

私は弾幕の密度を上げた。ちょっと腕が立つ奴なら避けきれるぐらいの密度だが。

「え、ええええ!?逃げ道がないーーー!!」

大妖精相手にゃ十分だったみたいだな。

私の放った弾幕は大妖精にぼこぼこと当たった。

きゅ、きゅ~・・・。

そして落ちた。よし、これは私の得点だ!!

「お、おい魔理沙何してんの!!?」

「おう優夢。あいつは20体分でいいよな?これで私が251体で、お前との差はおよそ30体だぜ!!」

「んな話はしてねぇよ!!何か言いたそうだったぞあの子!?落としていいのかよ!!」

「あ~?相手は妖精だぜ。今は『異変解決』中なんだから問題はないぜ。」

「そういう問題かー!!?」

全く、相変わらず律儀な奴だぜ。妖精相手でもこれか。

「優夢さん、あなたは妖精に関してあまり知識がないみたいね。妖精ってやつは気ままで単純で悪戯好きなのよ。」

「だから、まともに相手してたらきりがないんだぜ。」

「それに、妖精なんてたとえ死んでもすぐ復活するのよ。別段気にする必要もないのよ。」

「・・・その理論は何かおかしい。」

そうか?力加減をしないでいいんだからいいと思うんだが。

「俺もその辺の知識は慧音さんに聞いたから知ってるけど、それにしたってだな。」

知っててこれだったのか。本当に頭の堅い。

「・・・お前らには言っても無駄か。どうせいつもこんな調子なんだろ。わかったよ。けど!俺がいるときは禁止!!目の前で非人道的行為をされたら流石に俺でも受け入れ切れん!!」

しかしこういう妥協案が出せるところがこいつの凄いところだな。

「非人道的ってところが気に食わないけど、了解したわ。」

「安心しろよ、私は霊夢ほど残忍じゃないぜ。」

優夢と霊夢から白い目で見られた。なんだ、私は変なことでも言ったか?





***************





「ん~、なんかさわがしいなぁ・・・。」

あたいはものおとで目をさました。ひとがせっかくきもちよくねてたのに。

このあかいきりのせいで力のない妖精がげんきになってるのはしってるけど、もうすこしあたいのつごうってやつをかんがえてほしいわよね。

氷のはねをはばたかせてそらをとぶ。

「あれ、大・・・ちゃん!?」

そしたらあたいのだいしんゆう大ちゃんにであった。けど、大ちゃんはぼろぼろだった。

「・・・ふ、ふえ~ん、チルノちゃーん!!」

大ちゃんはあたいを見るとなきついてきた。いったいだれがこんなことを!!

「いきなり湖に入ってきた紅白の人と白黒の人と黒い人がー!!」

「そいつらがこんなことしたのね!!」

あたいのだいしんゆうをこんなボロボロにするなんて、ゆるせない!!

「大ちゃん、あんないして!!あたいが復習してやるわ!!」

「う、うん。あとチルノちゃん、・・・『復習』じゃなくて『復讐』だよ。」

なにがちがうのかわからなかった。やっぱりかんじはバカのつかうものね!!





大ちゃんについていくと、紅白と白黒と黒がいた。そいつらは弾幕をはっしゃして妖精をうちおとしてる。あいつらか。

よーし、大ちゃんのうらみ、おもいしりなさい!!





***************





大妖精の騒動の後、しばらく妖精を落としながら飛び続けた。

うーむ、普通の妖精ならこういうのも仕方ないと思うけど、やっぱりあそこまで自我のはっきりしてる大妖精を打ち落とすのはやっぱりどうなんだろう・・・。

と。

「はっ!!」

俺は操気弾を戻し、下方に配置した。次の瞬間、大量の弾幕が襲い掛かってきた。

だがさほど強力なものではなく、俺の弾幕に触れた瞬間音もなく溶けた。・・・溶けた?

いや、そんなことよりも二人は!?

「おーい、優夢無事か?」

「無事に決まってるわね。」

・・・無用な心配ですね、はい。俺より強いんだし、当たり前か。

と、今の弾幕の下手人は?妖精の弾幕にしては随分と威力があったが、妖怪か。

「あたいの弾幕がよけられた!?」

・・・何だ、妖精か。しかもあのサイズは大妖精だな。

それは全体的に『青』い印象を受ける少女だった。

ショートカットの水色の髪に青いリボンをつけている。服も青のワンピースだ。

その後ろに、さっき魔理沙が打ち落とした大妖精がいた。・・・うーん、嫌な予感しかしないよ!!

「今のはお前か?」

「そうよ!!あたいの(だいしんゆうの)大ちゃんをこんな目にあわせて!!ただじゃおかないんだから!!」

「ちょ、チルノちゃん!?」

・・・おまけに百合っ娘かよ。これ絶対怒ってるよね。

「お前のせいだな、魔理沙。」

「何のことだぜ?」

誤魔化すな。

「大ちゃんのいたみ、おもいしらせてやるw「ストップ。そっちの話は聞くから、ちょっとこっちの話も聞いてほしいな。」

このままだと即弾幕戦になりそうなので、待ったをかける。

戦いは少ないに越したことはないだろ?だってこれから『異変』を解決しなきゃならないんだから。

「なによ!こっちはあんたたちのことばをきくみみなんてもってないわよ!!あ、みみはあるわよ!!」

・・・この娘、ちょっと頭が弱いのかな?いや、妖精は全体的にそうだけど。

何か方向性が少し違う気がする。

「そう言わないで聞いてくれよ。さっきそっちの娘の話をろくに聞かないで打ち落としちゃったのは謝るからさ。」

「む・・・そういうことならきかないでもないわ。ふふん、あたいのつよさにおそれをなしたのね!!」

はいはいそーいうことでいーですから。この手の子は反論しないのが一番だ。

「それで、どういうことなのか聞かせてもらおうかな。」

「どうしたもこうしたもないわよ!!あんたたちが大ちゃんをいじめたから、あたいがそのしかえしにきたのよ!!」

表情がころころ変わるやっちゃなー。

「そっちの娘は、俺達に何か用だったのかい?」

「え、ええ。私達の湖で暴れてる人間がいるって聞いて、注意をしようと。」

・・・うん、悪いの100%俺らだね!!

「魔理沙、謝っとけ。」

「なんで私が。」

「お前がろくに人の話も聞かないで打ち落としたのが悪い。どうせ撃墜数とかに熱入れてて話聞こうともしなかったんだろ。」

うぐ、と魔理沙が図星を突かれてうろたえる。

「ち、しょうがないな。悪かったよ。いきなり攻撃したりして。」

自分でもちょっと反省してるのか、魔理沙は意外にも素直に謝った。

「あ、いえ!!もう気にしてませんから!!」

「大ちゃんがこういうから、さいきょーでこころのひろいあたいもゆるしてやるわ!!」

「おっと、そいつは聞き捨てならないな!!最強はこの私だぜ!!」

・・・ん、あれ?何か雲行きが・・・。

「なにー!?さいきょーのあたいにはむかおうっていうの!?」

「ふふん、最強を名乗りたいんだったらこの私を倒してからにするんだな!!」

おーい。

「いったなー!!?しょうぶ!!」

「望むところだぜ!!」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

「だから言ったでしょ。妖精をまともに相手してたらキリがないって。あと魔理沙も加えておきましょうね。」

「あなたも苦労してるんですね・・・。」

霊夢と大妖精が俺にそんな言葉をかけてきていたが、俺には気にかける余裕などなかった。

空中にも関わらず、俺は頭を抱えてうずくまるしかなかった。





***************





お互いに弾幕を展開し、弾幕ごっこスタートだ。

私が展開するのはいつもの通り星型の弾幕。対して相手の妖精は氷の弾幕だ。

自分の周りに円状に弾幕を配置して、私に向かって集中して放ってきた。

まだまだ甘いな。弾幕ごっこはそんな単純な攻撃じゃ落とせないぜ。

私は箒を操作して簡単に避けていく。

その間にも私は自分の弾幕を飛ばしている。優夢みたいな例外でもないかぎり、弾幕ごっこは相手の弾幕をかわし、自分の弾幕を当てるのが基本だ。

そしてこれは、単純な回避能力と弾幕配置能力が問われる。

いくら大妖精とは言え、私は妖精相手に負けるつもりはないぜ。

「あだっ!!」

私の弾幕が相手方の妖精の後頭部に命中する。私が高速機動で後ろに回り、振り向いたところで先に放っておいた弾幕が当たったのだ。

こいつ、バカだ。

「くぅ、やったなぁ!!雹符『ヘイルストーム』!!

そしてやつがスペルカードを宣言する。途端、ここら辺り一体の冷気が増した。

妖精――大妖精にしても力が強すぎる。こいつは楽しめるかもな!!

それと、ここらが寒いのはこいつのせいか。

放射上に発射された弾幕が、斜めの軌道をとって私に向かってきた。

単発なら楽勝だが、これを複数やられると途端に逃げ場が少なくなる。避けきるのは結構骨だな。

だったらと、私は使っていた弾幕を変える。星からレーザーへ。

私は箒を操作し、妖精と直線に並ぶように移動する。既に張られた弾幕の量は数えるのも馬鹿らしくなり、敵の姿はかすかにしか見えない。

私は目を凝らし。

「そこ!!」

レーザーを一閃、照射した。

「ぎゃ!!」

それは過たず命中し、スペルカードが解除された。これで一枚、ゲットだ。

「まだまだだな。せめて私に一枚ぐらい、スペカを使わせて見ろよ。」

「ちょーしのんなー!!」

なにくそとばかりに、妖精はこちらに向かって広がる弾幕を放ってきた。

確かに並のやつだったらこいつは避けきれないだろうけどな。

「あらよっと!!」

「んなぁ!!?」

私は横に避けるのではなくわずかに出来た隙間を抜けて妖精の眼前に出る。

そして。

「てい。」

「あだぁ!!?」

でこぴん。あ、ちょっと手が冷たくなった。

こいつに直接触れるのはやめておこう。

「むぐぅ、ふざけやがって~!!」

確かに今のはふざけてやったけどな。

「くらえぇ!!氷符『アイシクルフォール -easy-』!!

んん?何でここでイージーなんだ??

妖精は自分の両サイドに氷の弾幕を展開し、前進させた。

そして、私のいるのはこの妖精の真正面。

「当たらないんだが。」

「・・・アルェー?(・3・)」

本物のバカだった。よし、こいつの名前は今日から⑨だ。

「てーゐ。」

「あだ、いたた!!」

サービスででこぴんを二連発してやる。しかもそれでスペルブレイク。

何とまぁお間抜けな話だ。

「やったなぁ!!」

おっと。でこぴんで怒ったのか、⑨が滅茶苦茶に雪の弾幕を撃ってきた。

私は高速機動で距離をとる。滅茶苦茶に撃ってる分、距離をとると隙間だらけだ。

と、追撃かレーザー状の弾幕を三本撃ってくる。だがこれだけの隙があれば、避けて一発ぶつけるのなんて

「いったぁ!!」

簡単な話だぜ。

「むぅぅう、これできめてやるんだから!!凍符『パーフェクトフリーズ』!!

そして次なるスペルカードが提示される。これでこいつは三枚目。

さっきの宵闇の妖怪――ルーミアが三枚だったから、こいつはそれより一枚多いぐらいか?二面ボスだし。

⑨はがむしゃらに弾幕を撃ち続けた。ふん、まさに馬鹿の一つ覚えだな。

と思ったら。

「おおっと!?」

その弾幕は一定距離を進むと完全停止パーフェクトフリーズした。思わずつんのめる。

「ひっかかったぁ!!」

それは悪戯好きな妖精の性質を全面に出した、喜色に満ちた声だった。同時、前方放射の弾幕が張られる。

「く、よっと!!」

私は逃げ道が少ない中で、わずかな隙間にもぐりこむことで回避した。お、今グレイズした。

「やるじゃないか!!」

「そいつはちょっと早いわよ!!」

⑨の叫びと同時、停止していた弾幕が少しずつ動き始めた。二段構えか!!

だが、今の私にこの手の油断はない。もっと鬼畜な二段構えを私は日々攻略しようとしてるんだぜ?

「今更この程度で驚くかよ!!」

お返しにレーザーを一閃。命中し、スペルブレイクとなる。

「ぐぐぐ・・・。」

「おっと、終わりか?じゃあ私の勝ちだな。」

意外に骨のあるやつだったが、まだまだだったな。

と思ったら。

「これでラスト!!雪符『ダイアモンドブリザード』!!

あと一枚あったらしい。よし、読みどおりだ。

⑨は宣言と同時に、馬鹿みたいな量の弾幕をランダムに発射し始めた。一瞬で作り出す弾幕の量としては、目を見張るものがある。

よく見れば、一度作り出した氷の塊を粉砕することで細かな弾幕としているのがわかった。バカにしては考えたじゃないか!!

スペルカードルールでは弾幕の威力に規定はない。要するに当てればいいのだ。

そういう観点で行くと、このスペルカードは実に理にかなっている。質より量の、まさに弾幕ごっこにうってつけのスペルカード。

量が尋常ではなく軌道がランダムということもあり、レーザーでは狙いがつけづらい。

だったらこっちも!!

「数には数だぜ!!」

弾幕を切り替え、星型の弾幕を連射する。こいつは根比べだ。

私が落ちるのが先か、やつが落ちるのが先か。



そして軍配は。

もうダメギュッ!!

向こうが疲れて私の弾幕を避けきれなかったため、私に上がったのだった。

最後のはちょっと哀れだったな・・・。





「最強を名乗るには、まだちょっと早かったな。」

「むううううう!!」

⑨はむくれていた。顔を真っ赤にして目に涙を溜めている。よっぽど悔しかったのか。

だが妖精にしては強かったと思う。何せ一発で落ちなかったんだからな。

「お前、名前は何て言うんだ?」

「・・・チルノ。」

不機嫌をあらわにしながらも、⑨――チルノは答えた。よし、覚えたぜ。

「私は白黒の素敵な魔法使い、霧雨魔理沙さんだぜ。」

「ちょっと、『素敵な』は私の形容詞よ。勝手に使わないで頂戴。」

「いや、勝手にも何もないと思うんだがな。」

「チルノちゃん、だ、大丈夫!?」

霊夢と優夢、それとチルノの友人の大妖精もこちらへやってきた。

「今日のことが悔しかったら、強くなってリベンジに来るんだな。私はいつでも受け付けるぜ、博麗神社で。」

「だから境内は禁止だって言ってるでしょうが。」

「そしてそれは俺のパクリだな?」

流石にバレたか。

「遊びにくるんだったら、別に構いはしないけどね。私は博麗の巫女、博麗霊夢よ。」

「居候の名無優夢だ。よろしくな、チルノ。」

チルノに自己紹介をする夢夢コンビ。

「魔理沙は人間にしては色々反則なやつだから、あまり気にすることはないよ。」

お前にだけは言われたくないぜ。

それとお前初対面に敬語はどうした。

「慇懃無礼って言葉、知ってるか?子供相手に敬語は返って迷惑だろ。」

それもそうか。

「あ、あの!!」

お?どうした大妖精。

「ちょっと、いいですか?」

大妖精はチルノからちょっと距離をとりながら私達に小声で話し始めた。

「チルノちゃんって、妖精の割に力が強いでしょう?そのせいで、普通の妖精の友達がいないんです。私ぐらいしか・・・。
だから、もし皆さんがよろしけれべ、チルノちゃんと仲良くしてください。お願いします!!」

大妖精は頭を下げた。ポニーテールにした緑の髪が、連動してピョコンと跳ねる。あと今噛んだな。

「別に、神社の中で騒がないんだったら構わないわよ。」

「俺も、子供の相手が一人増えても平気だよ。」

「私は強敵ならいつでも歓迎だぜ。」

「皆さん・・・ありがとうございます!!」

「ねーねー、大ちゃんなんのはなししてるのー?」

「ううん、何でもないの!!」

そう言う大妖精の顔は笑顔だった。・・・友達思いのいい奴だな。お前も遊びに来い。



「じゃーねー!!」

「皆さん、さようなら!!」

チルノと大妖精は別れの挨拶をし、去っていった。

さてと。

「随分時間を無駄にしちゃったな。」

「無駄ってことはないと思うけどな。」

「別に『異変』は逃げたりしないんだから。」

お、霊夢にしては珍しい。

「たまにはこういうこともあるわよ。」

それもそうか。

それじゃあ。

「行くか。」

「ええ。」

「先はまだ長いんだしな。」



私達の『異変』解決は、これからが本番だ。





+++この物語は、白黒の魔法使いと湖上の氷精が舞い遊ぶ、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



自称素敵な魔法使い:霧雨魔理沙

ステージ2の自機キャラ。ポジションはチー○ーマンのヘラクレス。空中パンチで無限ジャンプ。

口より先に弾幕が飛び出す人。幻想郷的一般人である。

誤解されやすいが、相手のことを認めるときは認める。

能力:魔法を使う程度の能力

スペルカード:魔符『スターダストレヴァリエ』、恋符『マスタースパーク』など



今回は空気:名無優夢

常識人故の苦労もある。しかし受け流すだけの能力もある。

雑魚に対しては最強な弾幕を持っているので地味にスコアが高い。

エクステンドアイテムを回収したので月符は復活。

能力:激流に身を任せ同化する程度の能力?

スペルカード:想符『1700万ゼノのブルーツ(笑)波』、月符『ムーンライトレイ』、???



今回も空気:博麗霊夢

とても原作主人公とは思えない薄幸っぷり。しかしこの流れだと次回は自機。

自分と神社に迷惑をかけなければ特に気にすることはない。まさに空気王。

しかしひとたび怒り出すと誰にも手がつけられない。そもそも本気で怒ることは滅多にないが。

能力:主に空を飛ぶ程度の能力

スペルカード:霊符『夢想封印』、夢符『封魔陣』など



湖上の氷精:チルノ

公式バカ。二次ではさらにバカ。通称は⑨。元祖「あたい」キャラ。

妖精の割に力は強いがあくまでも妖精である。三人がそこまで手を焼くほどではない。

お母さんとお姉さんがいる。具体的には冬の妖怪と大妖精。

能力:冷気を操る程度の能力

スペルカード:氷符『アイシクルフォール』、凍符『パーフェクトフリーズ』など



氷精の無二の親友:大妖精

名前がないので種族名がそのまま名前になっている。

妖精なのに常識人。だがあくまで妖精である。やはりオツムが弱いのはどうしようもない。

能力不明、スペカなしだけど、今日も大妖精は頑張っています。

能力:不明

スペルカード:なし



→To Be Continued...



[24989] 一章三話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/18 23:01
あの氷の妖精――チルノと和解したおかげか、湖の上で妖精たちが襲ってくることはなくなった。

相も変わらず『異変』の影響で妖精たちの行動は活発だけど、私達に危害を加える気はないみたいね。

そういえば大妖精は『チルノは怖がられてる』みたいなことを言ってたわね。博麗の巫女という『異変解決』の専門家よりも、身近な強者の方が怖いってことね。

まあ、どうだっていいことだけど。



湖が終わると、また妖精が襲い掛かってきた。どうやらここまではチルノの領域ではないらしい。

というか、妖精達がメイド服を着ているような気がするわね。

「この近くにお屋敷なんてあったかしら?」

「さあ、この辺は来たことがなかったからわからないぜ。」

「ふーん、二人でも行ったことがない場所なんてあるんだな。」

「当たり前でしょ。幻想郷がどれだけ広いと思ってるのよ。」

ですよねー、と優夢さんは言う。

「けどいいのかな?メイド服もただじゃないだろうに。」

そしてちょっとピントのずれた心配をした。

「いいのよ、向こうから襲い掛かってきてるんだから。自業自得よ。」

「資源を大切にっていうフレーズが知識にひっかかるんだが。」

「相手の心配じゃなくてメイド服の心配か。お前も言うようになったじゃないか。」

「そういうわけじゃないんだけど・・・。あとその言い方だと俺が変態に聞こえるのは気のせいだろうか?」

「気のせいでしょ。」

「気のせいだぜ。」

ホント言うと、私もちょっと思ったけど。

口を動かしながらも、私達は妖精メイドを撃墜し続けた。数えるのが面倒くさいから、何体落としたかなんて覚えてないけど。

どうせ魔理沙あたりが覚えてるから、別にいいわ。

「今ので私は340体だぜ。」

あらそう。



それにしても。

「優夢さん、本当楽そうね。」

「避ける必要がないっていうのは便利だな。」

私達は敵が放ってくる混沌とした弾幕を回避しながら飛んでいるが、優夢さんは自分の前方に一個配置し、それを動かすことでバリア代わりにしていた。

「そうは言うがな、これの制御って結構しんどいんだぞ。」

優夢さんはそんなことを言ったが、私達としては楽をしているようにしか見えない。実際優夢さんは涼しげな顔してるし。

「そうだ、優夢をバリアにして私達は後ろから弾幕を撃つっていうのはどうだ?」

「ちょ、魔理沙!?」

魔理沙がそんな提案をしてきた。ふぅむ、いいかもしんない。

「というわけで優夢さん、前へどうぞ。」

「え、何これ!?矢面に立たされるのは俺一人ですか!!?」

「お前は矢が突き刺さっても死なないぜ。」

「死ぬっつうの!!」

騒ぎ立てる優夢さんを前方に配置する。それで嘘のように弾幕が来なくなった。

やっぱり便利ね、それ。

「二人とも、後で覚えてろよ・・・。」

あら怖い。





その陣形のまま、ぐんぐん突き進む私達。弾除けって大事よね。

「暢気だな。もし魔理沙の『マスタースパーク』並の攻撃が来たらどうするんだ?」

「そんな攻撃、そうそう来ないわよ。」

「言っておくが、『マスタースパーク』クラスじゃなくて『ムーンライトレイ』のレーザーでも操気弾はかき消されるからな。」

「あと、スペルカードとかね。」

!!!!

いつの間にか、私達の目の前に一体の妖怪が現れていた。

華符『セラギネラ9』!!

そいつが至近距離でスペルカードを宣言することで、優夢さんの弾幕がかき消されてしまった!!

「な、いつの間に!!」

「私は体術の方が得意ですので。残念ですが、ここでお引取り願います!!」

そう言うとそいつは、華の形に弾幕を発射した。私と魔理沙は緊急回避するが。

「ぐっ!!」

優夢さんはグレイズした。何とか距離をとり、再び操気弾を作り出して迫り来る弾幕を打ち落とした。

「あっぶねぇ・・・。何て真似をしてくれるんですか。」

「私は門番としての責務を果たそうとしただけですよ。」

優夢さんがにらむと、しかしその妖怪はニコニコと答えるだけだった。

変わった服装の女妖怪だった。チャイナドレス、だったかしら?ということは。

「中国ね。」

「中国だな。」

「ちょ、何で中国なんですか!!」

私と魔理沙が同時に放った言葉に、その妖怪は反論した。

「え?あなたは中国の妖怪ではないんですか?」

追い討ちの優夢さん。

「うぐ!?いえまあ、確かにそうなんですけど・・・。私の名前は紅美鈴ホンメイリンです!!中国と呼ぶのはやめてください!!」

「だが断るわ!!」「だが断るのぜ!!」

面白い、こいつのことは今後中国と呼ぶことにしましょう。

「うぅ・・・この平行世界では『中国』脱出できると思ったのに。」

こらそこ、勝手に他所の世界の情報を持ってこない。

「あ、あの、俺はちゃんと美鈴さんとお呼びしますので、ね。」

「うぅ、ありがとうございまふ・・・。」

中国は泣きに入っていた。敵に慰められるってどうなのよ。

「で、門番の責務ってどういうことよ。」

「は、そうでした!!ここからは紅魔館の敷地に入りますので、どうぞ無断での入館はご遠慮ください。」

『紅魔館』?その言葉に、私は視線を転じてみる。

視線の先には、目に優しくない紅色の建物があった。

「怪しいわね。」

「胡散臭さMAXだぜ。」

「何かこう「せっかくだから俺は『異変』を起こすぜ!!」っていう気配がプンプンするな。」

「ええ、お嬢様は今紅い霧を発生させるので忙しいので、どうぞお引取りを・・・は!!?」

自爆したわよこいつ。あんたも⑨?

「知られたからには生きて返すわけには!!」

「教えたのはあんたよ。」

それと、誰が誰を生きて返さないって?

「お、今回は霊夢が行くのか。」

「ふぅ、三人分の弾除けで疲れたからな。俺はちょっと休ませてもらうよ。」

もうやんないからな、と付け加える優夢さん。

ええ、私もやる気はないわ。いきなり破られると心臓に悪いし。

「おや、一人でいいんですか?私は別に三人一緒にかかってきても構わなかったんですが。」

「私は弱い者いじめをする趣味はないのよ。」

言いながらお札を数枚と陰陽玉を構える。

ま、軽くもんでやりましょうかね。





***************





博麗の巫女が驚愕するのがわかる。

「く、喰らいなさい!!」

巫女がお札の弾幕を放ってくるが、それはあまりにも直線的。

「功夫が足りませんね。」

「な、また消えっ!!」

「霊夢、後ろだ!!」

巫女の仲間が叫ぶが、もう遅い。

「あぐ!!」

私の弾幕は、巫女の背中に直撃した。巫女はよろよろと私から距離をとる。

「霊符『夢想封印』!!」

そしてスペルカードを宣言する。すると七色の光の珠が出現し、私に飛んでくる。

追尾性能があるらしいが、私の速さに追いつけるはずもなく。

「あぐ、う、や、やめて!!」

私の弾幕が巫女をなぶる。

「やめろ、もうやめてくれ!!」

「霊夢のライフはとっくに0なんだぞ!!」

仲間達が悲痛な叫びを上げるが、私は聞き入れるつもりはない。

私は紅魔館の門番。侵入者を排除するのが仕事だから。

「恨むのなら、自分の無力さを恨んでくださいね。」

私は巫女の眼前でスペルカードを取り出した。巫女が恐怖に顔を引きつらせ。

「あ、や、やめ・・・。」

懇願してくる。けれど、私はそれを聞き入れず。

「さようなら。三華『崩山彩極砲』。」

スペルカードを宣言した・・・。





~~~~~~~~~~~~~~~





「ってなるはずだったのに~!!」

「誰もあんたの妄想なんて興味ないわ。」

はい、全部私の妄想でした。

瞬殺です、しゅんころですよ。鬼ですこの巫女。鬼巫女です。鬼巫女という名の種族です。

だって、私にスペルカード使う暇さえ与えないんですよ!?無言でお札投げてきて、無言で陰陽玉からお札発射して、弾幕さえださせないんですもん!!

本当にスペルカードルール作ったのってこの人!?ルール破ってるじゃない!!

「必ずしも使わせる必要はないのよ?落ちたらそれで試合終了だもの。だったら使わせないで落とすのも手の一つじゃないかしら。」

インチキだ~!!

「あと、私は弾幕ごっこの才能ないやつを相手にするほど暇じゃないのよ。」





ひぐ!!





「うわーん!そんなにはっきり言わなくたっていいじゃないですか~!!」

「だって、ねえ?こんなに弾幕ごっこが弱い妖怪見たことないわ。」

「だな、動きは凄かったけど、それだけだ。」

「だ、大丈夫ですよ美鈴さん!!俺だってまだ始めて4ヶ月でこれだけ出来るんですから!!きっと美鈴さんの本当の力はそんなもんじゃないはずです!!」

私敵に慰められてます・・・。ていうか4ヶ月って、才能の塊じゃないですか!!妬ましい!!

「優夢さん、気付いてないと思うけど思いっきりとどめ刺してるわ。」

「ええ、嘘!?」

「さすがは私達が見込んだだけのことはあるな、無意識でとどめを刺すとは。」

「め、美鈴さんすいません!!悪気はないんです!!」

いいですよー。どーせ私は体術しか能のない無能妖怪で無能門番ですよー。

「あーあ、すねちゃった。」

「優夢のせいだな☆」

「魔理沙は何で嬉しそうなんだよ!?二人とも手伝ってくれよ!!」

「敵にかける情けはないわ。」

「私は嘘はつかない主義だぜ。」

「それに、こういう手合いの慰めは優夢さん一人で十分だと思うけど。」

巫女の言葉で、一人だけいる男が難しい顔をして考え始めた。

しばらくして、私に向き直り。

「美鈴さん、これから言うのは全部初心者のたわごとです。聞き流してくれて構いません。」

そう前置きした。

「美鈴さんの弾幕は確かに綺麗です。多分俺が今まで見た中で一番綺麗な弾幕でした。そこは評価に値すると思います。
でもそれだけで、実用に耐えるだけの特徴がないんですよ。それが霊夢に手も足も出なかった原因です。
あれだけ緻密で正確な弾幕を作る器用さがあるんだから、その配置を上手くすればもっと強くなれると思います。」

・・・本当かしら。

「ええ。俺はそう思いました。」

・・・そっか、うん!!

「ありがとうございます、ええと・・・」

「俺は名無優夢。後ろの二人は、博麗霊夢と霧雨魔理沙です。」

「優夢さん。試してみますね。」

私が元気を取り戻すと、優夢さんはニコっと笑った。うわ、女の子みたいな顔。

「それじゃあ、俺達は先に行きますね。美鈴さんもお元気で。」

「ええ、お気をつけて。」

そう言って、私は三人を見送った。





あれ?





「あ~!!門番の仕事忘れてたー!!行っちゃダメですよ、優夢さーん!!」



後日、メイド長にこってり絞られました。とほほ・・・。





+++この物語は、鬼巫女が中国を虐待する、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



強すぎて出番が少ない:博麗霊夢

強すぎるというのも困りものである。もっとも、今回は美鈴の暴走が原因であるが。

今回以降、恐らく最後の方になるまでまともな出番はないだろう。

美鈴の妄想の中では可愛らしい少女だったが、現実がそんなはずはない。鬼巫女。

能力:主に空を飛ぶ程度の能力

スペルカード:霊符『夢想封印』、夢符『封魔陣』など



泣く子をあやす:名無優夢

きっと適職は保父さんか小学校低学年の先生だろう。

優夢バリアは優夢がもっと成長してから。具体的には煩悩の数だけ操気弾を出せるようになるまで。

4ヶ月で一線で戦えるレベルは、幻想郷中の弾幕戦士にとってパルスィホイホイ。

能力:慰める程度の能力?

スペルカード:想符『1700万ゼノのブルーツ(笑)波』、月符『ムーンライトレイ』、???



悪ノリで便乗する:霧雨魔理沙

自分が出番じゃない回でも便乗することによって影を濃くする程度の能力。霊夢とは正反対。

クラスに一人はこんなやついるよね?

多分今回の『異変』で一番楽しんでるのはこの人。

能力:魔法を使う程度の能力

スペルカード:魔符『スターダストレヴァリエ』、恋符『マスタースパーク』など



私の名前は:紅美鈴

しかし大抵の人には名前を読んでもらえない。きっと礼儀正しい大ちゃんでも『中国さん』になることだろう。

しかし中国産は危険である。メタミドホスの混入などの可能性があるからだ。

しかし『中国さん』なら問題はない。毒がないのが唯一の救いだからだ。

能力:気を操る程度の能力

スペルカード:華符『セラギネラ9』など



→To Be Continued...



[24989] 一章四話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/18 23:01
中国を撃破した私達は、程なくして紅い屋敷――紅魔館にたどり着いた。

大きな門の上空を飛び越え中に入り、これまた大きな扉を開けて屋敷の中に入った。

中は見た目以上に広く、飛ぶには何ら問題なかった。妖精メイド達の攻撃もいっそう激しくなった。

彼女らの弾幕をかわし、お返しにお札をばら撒いて叩き落す。たまに頑丈なやつもいるが、そいつには封魔針をお見舞いする。

そうやって奥へ奥へと進み『異変』の元凶を探しているのだが、一向に見つかる気配がない。

どんだけ広いのよこの屋敷。見た目と合ってないじゃない。

そんな感じで飛びながら、弾幕を撃ち続ける私と魔理沙。



え?優夢さんはどうしたかって?彼なら・・・。





~~十数分前~~





「・・・疲れた。」

少し後ろの方を飛んでた優夢さんが、突然そんなことをつぶやいた。

「おいおい、だらしないなぁ。まだ敵の本拠地に入ったばっかりだぜ。」

その通り。ここは紅魔館の扉を抜けてすぐの大広間。まだ中盤の始まりといったところだ。

「『異変』が終わるまで我慢なさい。子供じゃないんだから。」

「そうだぜ。私達を見習えよ?」

私と魔理沙の言葉に、優夢さんはジト目で言った。

「・・・さっき俺を盾にして楽をしてたのは何処の霊夢さんと魔理沙さんだったでしょうかねぇ。」

『うっ。』

いやまあ確かにやったけど。

「俺の弾幕は制御を外せないから神経使いっぱなしなんだよ。神社を出てからこっちずっとな。」

「あー、それはまあ、お疲れ様で。」

「俺一人でもいっぱいいっぱいだってのに、三人分も防御し続けたせいで弾幕がブレてブレて仕方ないんだよ。」

そういう優夢さんの弾幕は、確かに動きの精彩を欠いていた。

ちなみにこの会話中も妖精メイドを叩き落し続けている。優夢さんの操気弾を見ていると、鋭い切り替えしができなくなり撃ち逃しが多くなっているのがわかる。

・・・まあ、私達のせいでもあるしね。

「じゃあ、この広間を片付けたら休憩にしましょう。」

「ああいや、それはいいよ。二人は先に行っててくれ。俺一人で休んでるから。」

「平気か?ここは敵陣の真っ只中だぜ。私達がいないとやられるんじゃないか?」

「俺は気配を消すのが得意だからな。まあ何とかなるだろ。」

「そういえば、そうだったな・・・。」

魔理沙が歯切れ悪く言い、顔を少し赤らめる。最初のアレを思い出したみたいね。

「けど広間を片付けるくらいはさせてもらうわ。一応私達のせいでもあるんだし。」

「そうだな、そのくらいはしてもバチ当たらないだろ。」

「ああ、ありがとな。」



そして私達は大広間にいた妖精メイドを全て叩き落し、優夢さんを置いて先に行ったのだった。





~~回想終了~~





「それにしても、優夢のやつ遅くないか?」

魔理沙がレーザーを撃ちながらそう言ってきた。

「まだ十分ちょっとよ。結構疲れてたみたいだし、まだ休む気なんじゃない?」

私は封魔針を飛ばしながら答える。視界の中で5体の妖精が立て続けに落ちる。

「でもここ一応敵の本拠地だぜ。そんなに長く休んでて大丈夫か?」

「疲れてるって言っても戦えないわけじゃないんだから。優夢さんが十分強いのはあんただってわかってるでしょ?」

「それは、そうなんだが・・・。」

魔理沙の答えは歯切れが悪かった。

はぁ、全くもう。

「そんなに気になるなら見てくればいいじゃない。ここは別に私一人でも平気なんだから。」

出てくるのは次から次へと妖精メイドばかり。楽ではあるけど歯ごたえがない。

「・・・そうか。じゃあひとっ走り見てくるぜ。」

「せっかくだから、箒に乗せてあげなさい。その方が速いでしょ。」

「もちろんそのつもりだぜ。」

それだけ言うと、魔理沙はあっという間に見えなくなった。

「スピード狂ね。」

いつか事故るわね、あいつ。



と、突然妖精メイド達の攻撃が止んだ。何事?

「とんだ客人ね。お掃除が進まないじゃない。」

!!!!

突然後ろに現れた気配に、私は大きく前へ飛び退いた。

その直後、私がいた空間をナイフが通り過ぎた。

「随分と危ない弾幕ね。」

「あら、物騒な客にはこれぐらいで十分よ。」

「私は物騒な客じゃないわ。」

「じゃあ物騒な侵入者ね。」

違いない。

「ところで、紅い霧を出してるのはあんた?」

「お嬢様に何の御用かしら。」

「ああそういえばそう言ってたわね。あんた明らかにお嬢様じゃないし。」

「失礼ね。こんな完全で瀟洒なメイドを捕まえて。」

「じゃあそのメイドさんにお願いしようかしら。迷惑なの、止めさせて。」

「お嬢様に直接言うのね。」

「呼んで来て。」

「ご主人様を危険な目に合わせる召使が何処にいるかしら?」

それもそうね。

「じゃあ、騒いだら出てくるかしら。」

「それでもあなたはお嬢様には会えないわ。だって・・・。」

メイドは何処からかナイフを取り出した。その構えには隙がない。

どうやら。

「それこそ、時間を止めてでも時間稼ぎができるから。」



魔理沙が戻ってくるまでの間、退屈はせずに済みそうだ。





***************





~~数分前~~





「よし、気力回復!!」

俺は隠れていた柱の陰から立ち上がった。もやがかかっていた思考もクリアになった。

俺の操気弾は確かに便利だ。連射こそ出来ないものの、あの操作性が脅威であることは十分に理解できる。

しかしその分、使う側である俺の負担がバカにならない。何せ使い続けている限り神経を使うのだ。

言うなれば攻撃の度にMPを使い続ける魔法剣か。「ルーン○レイド」とかその辺り。いや知識にしかないんだけどさ。

一回一回ちゃんと休まないと、どんどん俺にとって不利な状況になっていく。そんな状態でスペルカード使っても、結果は目に見えている。

にもかかわらず、俺はここまでほぼ休憩なし、おまけに途中で三人分の壁をやったりしたのだ。いい加減思考も鈍っていた。

そんな状態では二人の役に立てるわけがないので、俺は休憩を取ることにしたんだ。

・・・もっとも、万全な状態だったとして俺が二人の役に立てるかも、甚だ疑問なんだけどね。

二人の戦いは俺なんかとは格が違うと改めて思い知らされた。普段の訓練でどれだけ手加減されていたかがよくわかる。

まず魔理沙。あいつはとにかく速い。動きもそうだし弾幕のスピードも半端じゃない。おまけに威力も十分だ。

もしあの動きを訓練のときにされていたら、俺では当てる術がないだろう。スピードに翻弄されているうちに防御を抜かれて終わりだ。

そして霊夢。あいつはもうありえない。

何がありえないって、回避能力と敵の行動予測が半端じゃない。まるで後ろに目でもついてるんじゃないかってぐらい避けて、吸い込まれるように弾幕が当たる。

あの札にはホーミングの性質があることは知ってるけど、絶対にそれだけじゃない。相手の動きが全てわかっているとしか思えない。

しかもそれを全部勘でやっているというのだから、もう呆れる他はない。

そんなわけで、二人の住む次元は俺なんかとは違う。結果を見てもよくわかるだろう。俺はスペルカードを一枚使ったが二人は使っていない。

二人とも、俺のことを強いと言ってくれるのはとても嬉しい。けど、お前らは強すぎるよ。

そう考えると、俺は先に進まずこのまま帰ってしまった方がいいんじゃないかと一瞬思う。

けど、二人に何も言わずに帰るのはなしだよなぁ・・・。

しばしそんな感じで一人悶々とし。

「・・・取り合えず二人と合流して、それから考えるか。」

という結論に至った。

俺は柱の暗がりから抜けるために壁を手探りして歩き出し。





ガコン。





「ぁれえ?↑」

とても不吉な音を立てて、壁が一部分消えました。

俺が手を着いていた場所です。はい。

えー、つまり何を言いたいかと申しますと。

「おおおおぉぉぉぉぉぉおおおおおおぉぉぉぉぉぉおおおおおお!?」

壁に空いた穴から落ちて転がってるわけですよ!!何!?隠し通路!?秘密の地下階段!!?

突然の出来事に空を飛ぶことすらできず、ひたすら転がり続ける俺。め、目がぁ、目があああぁぁ!!!

暗闇の中を落ちに落ち転がりに転がり。

「どっはぁ!!?」

突然空中に放り投げられた。そしてそのまま。



「おふ!?」

「きゃあ!?」



叩きつけられる。・・・頭がぐわんぐわんする、気持ち悪ぃ・・・。

けど、叩きつけられた割には衝撃がなかったな。何かがクッションになったみたいだ。

そういえば、さっき女の子の悲鳴みたいなものが聞こえたような気が・・・。

「へっ?」

「えっ?」

突然下から聞こえた間抜けな声に、俺も間抜けな声で応える(?)。



見ると、そこには一人の女性がいた。

赤いロングヘアーに赤い瞳。服装は黒いワンピースのドレスみたいなの。俺は服のことなどよくわからん。

そして特徴的なのが、耳の辺りから生えているこうもりの羽みたいなの。

うん、間違いなく人間じゃないね。見た感じ、悪魔っ娘?



そんな女性をね?俺はね?





思っくそ下敷きにしちゃってるわけですよ。何かすごくやわらかいんですけど。特に右手が。

わっしわっし。

右手?

「あ・・・。」

「げ・・・。」

うん、何て言うかね?





胸、掴んでるよ。俺。





「う、うわああああああぁぁぁあああぁぁぁあああ!!??」

「き、ききき、き・・・きゃあああああああああああああああああああああ!!」

そして俺と悪魔っ娘の悲鳴が激しく唱和した。・・・凄い既視感デジャビュが。



しかし、このときはあのときよりも状況が悪い。

「へ、変態!!変質者!!」

「ご、ごめんなさいー!!?」

その悪魔っ娘は、俺を罵倒する言葉を吐くと同時に弾幕言語を放ってきた。

少しお話ししようかってやつですね、わかります。

この状況は明らかに俺が悪いので、俺は弾幕を出すわけにはいかず避ける。避けまくる。

つか何この弾幕!?滅茶苦茶でかいんですけど!!

「死ね、死ね、死んじゃってくださいー!!」

「お、俺の話を聞いてくれー!!」

丁寧に物騒な言葉を放つ悪魔っ娘に必死で呼びかけるが、全然聞く耳持ってくれない。

いやまあ、俺が全面的に悪いんだけどね!!流石に命の危険を感じるんですが!!

と、とにかく弾幕を止めさせないと!!ああでも俺が悪いのに攻撃なんかできねぇ!!

誰か、この状況を打開する救いの手を!!



「ちょっと小悪魔、騒がしいわよ。ほこりを立てるんじゃ・・・ゲフン、ゲフン!!」

俺の願いが天に届いたか、本棚の奥から一人の少女が現れた。ネグリジェのような服を着た少女だった。

ていうか本棚?気がつかなかったけど、ここは物凄い量の本棚が並べてあったんだな。

「ぁあ、パ、パチュリー様ぁ!!変態です、変質者ですぅ!!焼き殺しちゃってくださいぃ!!」

凄い物騒なこと言ってますね!!?

だが、彼女が少女の後ろに隠れるようになったことで、弾幕が止んだ。

今だ!!

「一体何g「本っっっっっっっっっっっっ当に、すい、ま、せんでしたーーーーーーー!!!!!!」

秘技・ジャンピング土下座!!空を飛ぶことで出来るようになった、日本で誠意を表す謝り方の最上級だ。

これでダメだったら俺は死ぬ!!

「いやだからn「悪気はなかったんです、事故だったんです!!」

「ちょっとh「さっきの出来事は失った記憶の中に葬りました!!もう何も覚えてません!!」

「そもs「ですからどうか!!どうかお怒りをお鎮m「いい加減に人の話を聞きなさい。」「ヴェノア(´д`).:∴※」



結局弾幕喰らいました。でも命は無事でした。

助かった・・・。



「それで、一体何があったのかしら?」

俺と悪魔っ娘は少女の前に正座して、ともに大きなコブを作っていた。

喧嘩両成敗ということで彼女も少女の弾幕を喰らったのだ。

「こ、この人がいきなり現れて、私を押し倒した挙句私の、む、胸を・・・!!」

顔を真っ赤にして早口にまくし立てる悪魔っ娘。

そして少女は一つ頷き。

「変態。」

「本当に申し訳ないと思っておりますっっっっっ!!!!」

全力で土下座した。俺のピコのハートがずきずきと痛い。

「というか、あなたは何者なの?」

「・・・ええと、何と説明しましょうか。」

突然の質問で、俺は冷や水をかけられたように冷静になった。

ここは敵地なのだ。言い換えれば、俺の隣で正座させられている悪魔っ娘と目の前の少女も敵かもしれないということ。

何とか上手く誤魔化さないと・・・。

「実は、道に迷ってしまいましt「それでどうやって紅魔館に迷い込むのかしらね?」

ですよねー。

「正直に答えた方が身のためよ。返答次第では、この場で消し炭にしてやってもいいのだけど。」

・・・ここは、下手な嘘は逆効果だな。

「・・・俺は『異変解決』のために博麗の巫女の付き添いで来ました。博麗神社の居候の名無優夢と言います。」

「『異変解決』が目的なら、ここに来る必要はないわね。」

「それはただの偶然だったんです。俺は霊夢――博麗の巫女達と別れて一人休憩を取っていました。気力が回復したので合流しようと思ったら、突然壁が開いてここに投げ出されたんです。」

「ああ、隠し扉ね。」

そんなものがあるのか、この館。

「レミィ――お嬢様の気まぐれよ。多分理由は『悪魔の館に相応しく』とかそんなところじゃないかしら。」

悪魔の館って・・・。つまりここの主は悪魔だってことか。

そういえば美鈴さんが「お嬢様」って言ってたな。つまりその『レミィ』っていう娘がボスか。

「ですから、本当に悪気はなかったんです。・・・でも、そのせいであなたには不快な思いをさせてしまいましたね。本当にすいませんでした。」

悪魔っ娘に向き直り、改めて土下座をする。

「あぅ・・・あの、そのぉ~・・・。」

「許してあげなさい、小悪魔。随分と礼儀正しい侵入者ね、あなた。」

「俺としては普通なつもりなんですが。」

「ええ、とても変ね。」

会話が噛みあってない!!

「それで、あなたはどうするのかしら?」

「俺は・・・とりあえず、霊夢たちと合流しようと思ってます。その後はどうするかわからないけど・・・。」

「そのまま一緒に『異変』を解決するんじゃないの?」

「俺が行っても、何の力にもなれませんよ。弱いですから。」

俺はさらりと言った。

「その事実に対して、あなたは何も思わないの?」

「いえ、もちろん思うところはありますよ。これで最後の服ですし。けど、霊夢たちだったらきっと解決できるから」

「そういうことじゃないわ。あなたは今自分で自分を弱いと言った。・・・どうにかしようとか思わないの?」

・・・それは、もちろん思う。もっと強くなろうとか、思ったりはする。けど。

「俺は、『今の自分が弱い』という現実を受け入れてますから。」

そう、俺は受け入れられるから。現実をそのままの姿、ありのままの形で。

だから、自然体でいられる。

「それは逃げの言葉じゃないのかしら。」

「ははは、確かにそうかもしれませんね。・・・でも、これが俺ですから。」

この記憶が始まってから、俺はそうしてきた。

記憶を失った現実を。俺が恐怖しているという事実を。霊夢という存在を、魔理沙という存在を、ルーミアという存在を。

時には受け入れきれないものもあったけど、大多数を受け入れてきた。そしてそれは、これからもきっと変わらない。

きっとそれが俺の存在理由レゾンデートルだからと、わけもわからず確信した。

「あなたは本当に変ね。まるで幻想郷みたいに。」

「それは随分と斬新な比喩ですね。」



「それで、お帰りなら別に私達が敵対する理由はないけど。」

「そうですね。俺もできれば戦いは避けたいです。」

争って良いことなどないからね。

そういえば俺、こんな小さな女の子相手に敬語使ってるよ。けどなーんか敬語を使わなきゃいけない気がするんだよな。

「まだ決めてないのよね。」

「ええ。・・・ひょっとしたら、また弾除けに使われるかもですしね。」

ははは・・・笑えない。

「弾除け?あなた、そんなにたくさんスペルカード持ってるの?」

「いえ、違いますよ。俺は3枚しか持ってません。」

しかもうち1枚はルーミアの。

(でも今は優夢のなのかー。)

ありがとさん。

「じゃあどういうこと?」

「俺はちょっと変わった弾幕を使うらしいんです。その代わり、普通の弾幕はできないんですけど・・・。」

「変わったって、具体的には?」

うーむ、見せた方が早いかな。

「よっと。こんな感じのです。」

言いながら、俺は操気弾を一つ作り出す。そしてふよふよと適当に動かす。

「ふーん。それで、これのどこが変わってるの?」

「まず、全手動制御です。」

『なっ!!?』

あ、二人が何か目を丸くして驚いてる。やっぱ普通じゃないんだな。

「・・・まず、ということは他にもあるの?」

「ええ。連射ができないとか、あまり遠くまで飛ばせないとか。でもその代わり、ある程度までだったら相手の弾幕を砕けます。」

『!!!!』

今度は完全に言葉を失った。けど、俺としては普通に連射できる方がいいんだけど。

「・・・無敵じゃない。」

「そうでもないですよ。砕けるといってもあくまである程度までですし、数に制限があるし。何より信じられないほど疲れますからね。」

ほんと、これの燃費の悪さには困ったもんだ。

「あと、さっきなんかスペルカードで普通にかき消されましたからね。あれは心臓止まるかと思いましたよ。」

「・・・それにしたって、十分すぎるほど異常よあなた。メリットの方が圧倒的に大きいわ。」

そうかな?

「ふぇー、凄い人なんですね優夢さん。」

「いえ、全然凄くなんかないですよ。」

霊夢と魔理沙の方がよっぽど異常だ。

しかしこの悪魔っ娘、ぽやーっとしてるな。本当に悪魔か?癒し系オーラがバリバリ出てますよ。

「・・・面白いわ。優夢、私と弾幕ごっこで勝負しなさい。」





『・・・へ?』

あ、俺と悪魔っ娘の声がハモった。

じゃなくて!!

「ど、どうして!?だってさっき、あまり乗り気じゃなかったのに」

「気が変わったわ。あなたの能力に興味が出てきた。それが理由よ。」

んなご無体なぁ!!

「自己紹介がまだだったわね。私は『七曜の魔女』パチュリー=ノーレッジ。100年以上の時を生きる知識の魔女よ。」

100ぅ!?マジですか!!?どう見たって10か一桁でしょ!!

「あ、私はパチュリー様の召使の小悪魔です。」

「あ、ご丁寧にどうも・・・じゃなくて!!小悪魔さんも止めてください!!このままでは大変なことにぃ!!」

「あんな楽しそうなパチュリー様は久しぶりに見るので。」

うわ、ニコニコと言い切っちゃったよこの娘!!

「さあ、あなたの力を見せてちょうだい!!」

「うわーん!こんなことなら休憩しないで霊夢に着いてくンだったー!!」

(今更言っても遅いのかー。)

ルーミア!!お前はどっちの味方なんだ!?

(あなたは食べてもいい人類?)

俺の敵ってことか!!?なんて四面楚歌!!





こうして、なし崩し的に俺と七曜の魔女の弾幕戦が始まることになったのだった。





一方その頃。



「お~い、優夢~?・・・ここにもいないのか。お、こいつはいい銀食器だな。死ぬまで借りてくぜ。」

どこぞの白黒魔法使いは、火事場泥棒の真っ最中であったとかなかったとか。





+++この物語は、巫女とメイドと幻想と魔女が弾幕ごっこで遊ぶ、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



何かとラブコメ体質:名無優夢

しかし本人にその気は全くない。おいしいとかかけらも思ってない。全男子嫉妬の的。

本人は気付いていないが、弾幕が異常。なので正しい知識を持った人の前に出るとこうなる。

そして、霊夢と魔理沙は手を抜いているのではなく全力で攻められないということにも気付いていない。

能力:死亡フラグを回避した後に立てる程度の能力?

スペルカード:想符『1700万ゼノのブルーツ(笑)波』、月符『ムーンライトレイ』、???



血の気の多い殺伐巫女:博麗霊夢

敵と相対すると両方悪役にしか見えなかったりする。しかし自称素敵な巫女。

勘だけで攻撃を避け、相手の動きを完全に捕捉できる。ある意味これもチート。

現在、残機MAXボムMAX。

能力:主に空を飛ぶ程度の能力

スペルカード:霊符『夢想封印』、夢符『封魔陣』など



白黒の泥棒稼業:霧雨魔理沙

本人は借りるだけと言っているがどう見ても泥棒です、本当にありがとうございました。

そもそも死ぬまで借りたら誰が返しに行くのかと問いt(ry

実は友達思いのいい奴だけど、あまり表に出さない。出してないつもりで思い切り出したりもする。

能力:魔法を使う程度の能力

スペルカード:魔符『スターダストレヴァリエ』、恋符『マスタースパーク』など



完全瀟洒な女中頭:十六夜咲夜

紅魔館メイド長。女中と書くと一気に和風になるこの不思議。

巷ではPADI○とかPA(ザ・ワールド!!)その胸に詰まっているのは夢と希望。

どう考えても優夢とのベタラブコメの伏線にしか思えなくなってきた今日この頃。

能力:時間を操る程度の能力

スペルカード:奇術『ミスディレクション』、幻世『ザ・ワールド』など



引きこもりの歩く大図書館:パチュリー=ノーレッジ

おあちゅりー。日陰大好きっ娘。吸血鬼と太陽嫌いでタメを張れる。

基本的に他者に興味を持たないが、実験動物には興味を持つ。

優夢のことはゆっくりじっくりいたぶって観察するつもりだが、どう考えても敗北フラグ。

能力:火水木金土日月を操る程度の能力

スペルカード:月符『サイレントセレナ』、日符『ロイヤルフレア』など



有能で無能な司書:小悪魔

名前のない娘その2。名前がない方が人気があるのだろうか。

ベタラブコメ二人目の被害者。本人の薄幸さと相まってさらに哀れに見える。

小悪魔なのに癒し系とは、これ如何に?

能力:不明

スペルカード:なし



→To Be Continued...



[24989] 一章五話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/18 23:02
「火符『アグニシャイン』。

開戦と同時に私はスペルカードを宣言する。

今回私はスペルカード以外の弾幕を使う気はない。目の前のこの男がどこまでやれるか見てみたいからだ。

「くっそ、ちくしょう!!」

優夢は毒づきながら、先ほどの霊力弾を5つ展開した。

私の放った炎の弾幕は、私を中心に二重の螺旋を描き優夢に殺到する。

優夢は霊力弾を操り自分に迫り来る弾幕の群れを弾き飛ばした。なるほど、彼の言葉に嘘はないようだ。

「うわっつ!?火!!?」

しかし砕いた弾幕が火の粉となって襲い掛かるのまでは防げなかったようだ。どうやら『弾幕を消し去る』という性質ではないらしい。

文字通り、あの弾幕の硬度で『砕いて』いるのか。逆に興味深い。

彼の弾幕スタイルは、あの弾幕の性質を利用し自分は動かず攻撃するというものらしい。現在、私の炎を砕きながら彼の霊力弾の一つがこちらへ直進している。

さて、どれほどの硬度なのか。

「えい。」

『アグニシャイン』の炎をその弾幕に集中させ、逆に砕きにかかる。秒間100を越える炎を受け続け、弾幕は燃え盛る。

5秒をかけたところで、その弾幕は燃え尽きた。およそアグニシャイン500発分の硬さということか。

「!?・・・何つう威力!!」

「当然でしょう。言ったでしょ、私は『七曜の魔女』だと。」

むしろその私の弾幕を500発も受けるまでもったという事実だけで驚嘆に値する。それも、彼からかなり離れた状態でだ。

見た印象だとこの弾幕は彼に近ければ近いほど威力を増す。彼の周囲を漂っている霊力弾を破壊することは、このスペルでは不可能だろう。

彼は歯噛みをして、再びもう一つ弾幕を生み出した。

生成速度は中ぐらいか少し遅いぐらい。まあ、あれだけの威力を練りこんでいるのだから当然と言えば当然か。

しかし、この弾幕は疲れると言っていたが一体何に疲れるのだろうか。見たところ、作るのにさほどの苦労をしているようには見えないが。

さらに彼をじっくりと観察する。

「く、ちくしょう!!あっつ!!こっちもか!!」

優夢はせわしなく目を動かしていた。さらに観察する。

そこで気付いた。彼が目を向けている方の弾幕は動きが活発なのだが、彼の死角に回った弾幕はほとんど動いていない。

どうやらあの弾幕を全て手動で制御するというのはそういうことらしい。彼は自分の意思で弾幕全てを別々に制御している。

言うなればそれは、右手で三角を描きながら左手で四角を描き頭の中で16ビートを刻みながらオペラを歌うようなこと。

そんなこと、一流の魔法使いなら――そもそも一流の魔法使いは歌が上手くなかったりするがそこは置いておこう――可能ではあるが、そうでない者に到底できることではない。

そして彼は魔法使いではない。弾幕を見ればわかるが、一切術式というものが存在しない。

そんな優夢に果たして全ての弾幕を制御しきることなど可能だろうか。答えは否。

なのに無理やり制御しているから疲れる。・・・もったいない、私だったらもっと上手くやるのに。

正直私は『異変』なんてどうでもいいから、全部終わったらこの男を弟子に取ろうかしら。

私にもレミィの気まぐれが移ったのかしらね。

視界の中では、黒一色の男が全ての弾幕を砕いていた。

「おめでとう、スペルブレイクよ。」

「はぁ・・・終わった。」

優夢は安堵のため息をついたが、それはちょっと早計じゃないかしら?

「誰が終わりと言ったかしら。次行くわよ。土符『トリリトンシェイク』。

「・・・そんなこったろうと思いましたよー!!!!」

涙目だった。

「ちなみに、私のスペルカードは108式まであるわ。」

「それなんて波○球!?」





***************





火の次は岩だった。七曜っていうのは伊達じゃないらしい。

さっきは炎の弾幕を砕いて火の粉が襲ってきたが・・・。

「やっぱこうなりますよねぇ!!」

巨大な岩の弾幕を砕いたら、細かな岩弾になって襲い掛かってきた。

くっそ、属性付きの弾幕がこんなにもやりづらいとは!!

「安心なさい、岩と言っても魔力で擬似的に作った岩だから。見た目ほどの殺傷能力はないわ。」

さいでっか。彼女の言葉を肯定するように、岩弾は床に激突する直前にふっと消えた。

ここの床が壊れることを嫌ったパチュリーさんが、衝突の前に魔力に戻してるんだろう。多分。

せっかくだから、俺に当たる直前にも魔力に戻してほしいんですが。

「それじゃあ実験の意味がないじゃない。」

・・・俺、実験動物ですかそうですか。

ちくしょう、ただでやられてやるもんか!!

想符『1700万ゼノのブルーツ(笑)波』!!

お返しとばかりに俺はスペルカードを宣言・発動する。ここで出し惜しみしても仕方がない。

相手は俺なんかよりもずっと格上なんだから。

「・・・何よその名前。もうちょっとマシな名前はなかったの?」

アルェー?(・3・) ここでも不評なんだけど。

いい名前だと思いませんか?

「全くもって思わないわ。」

「わ、私もちょっと・・・。」

賛同者得られず。癒し系の小悪魔さんに否定されると軽く凹む。

ま、まあとにかく!これで俺の周りの岩の弾幕はかき消された。

反撃開始!!

「でええええええええええい!!」

俺は初めて魔理沙に使ったときよりさらに大きな球となった操気弾を、パチュリーさんめがけて投げた。

当然彼女は回避行動をとるが、大きかろうが操気弾は操気弾。俺の意思で動く性質に変わりはない。

大玉はパチュリーさんを追尾した。

「あら、これは凄いわね。ちょっと相殺できそうにないわ。」

内容とは裏腹に、パチュリーさんの声の調子は相変わらず軽いものだった。

余裕かよ・・・。

「なら・・・これでどうだ!!」

俺は鎖を引くイメージで弾幕を爆散させた。パチュリーさんは一瞬目を見開いた。

よっしゃ!!と思ったんだけど。

「あだ!?」

「くっ!!」

俺とパチュリーさんがお互いに攻撃を受けてしまい、両者スペルブレイク。・・・つうかいつの間に。

俺を襲ったのは細かな岩弾。ちなみに俺は逆に球数が増えることを恐れて迎撃をしていない。

・・・そうか、岩同士をぶつけて細かな弾幕にしたのか。凄い実力だな。

もし彼女が俺の弾幕を使えたら、確実に俺以上の使い手になると確信した。

「やるじゃない。」

「いえ、いっぱいいっぱいですよ。」

「そこは嘘でも『当然』とか言うところよ。」

「そんな嘘ついてもしょうがないですよ。」

「はぁ・・・調子狂うわね。」

お互い様です。いまだにこの子が100歳超えてるとか信じられん。

「それじゃあ次行くわよ。金符『シルバードラゴン』。

次は『金』か。火、土、金ときたらあとは木と水。陰陽五行だな。

したら残る二つは陰と陽かな?闇と光。

うーん、魔理沙も大概だけどこの人はそれに輪をかけてファンタジーだ。

何て軽口を言ってる余裕もなく。

俺は襲い来る無数の銀の弾丸を避け続けることになった。





***************





『シルバードラゴン』は比較的平易なスペルカードだ。回避行動さえとり続けていればまず当たることはないだろう。

だが彼は。

「何!?砕けない!!」

「金属は硬いのよ。覚えておきなさい。」

自分の弾幕で砕けず、驚愕していた。

幾ら彼の弾幕が硬いとは言っても、魔力で作られた銀――言うなればミスリル銀を砕けるかと言ったら、それは簡単なことではない。

結果、彼は普段はあまりしていないであろう回避行動をとる羽目になった。

「ぢ、ぐ!!」

グレイズにグレイズを重ねる。

「もう少し、普段から避ける練習をしておきなさい。いくら弾幕が優秀でも使い手がそれじゃあ話にならないわよ。」

「・・・返す言葉もありませんね。」

それにしても、随分と素人臭い動きをするのね。弾幕の操作も、能力こそ素晴らしいものの熟練した動きとはとても言えなかったし。

・・・ひょっとして。

「あなた、弾幕初心者?」

「始めて4ヶ月になります。」

これは驚きだ。4ヶ月でここまで戦えるようになるとは。

彼の才能が素晴らしいのか、指導者が余程優秀なのか。私は恐らく前者だと思っている。

「それなら、手加減しておいて正解だったかしらね。」

「手加減・・・ですか。これで、ははは・・・。」

当たり前でしょ。そうじゃなかったらあなた、とっくに消し炭よ。

「ああなんかもう、何か言いたいのに言葉にできない・・・。」

「沈黙は金也、よ。『金符』なだけに。」

「・・・さぶ。」

死にたいのね?それとあなたにだけは言われたくないわよ。

「ちょ、密度上がってるんですけど!?」

「それだけ元気なら、もう少し本気だしてもいいわよね?」

「良くねー!!?」

抗議は一切受け付けないわ。



まあ、辛くも避け続け何とかこのスペルもブレイクした。けど服がズタボロね。

「うぅ、本格的に霊夢の『異変解決』に期待しないと・・・。」

最後の服だったんだっけ。ちょっと悪いことしたかしら。

「メイド服なら余ってるわよ。」

「男が着る服じゃないですよねぇ!!?」

大丈夫、あなたならきっと似合うわ。





***************





先ほどの言動を見ても、パチュリーさんが俺で遊んでいるのはよくわかる。

そもそも彼女にとって、俺は実験動物らしいからね。非常に複雑な気分だ。

嫌な気分と言い切れないのは、彼女がいまだ本気を出していないからだ。俺がまだ生きていられるのはそのおかげだ。

もし彼女が本気になったら。先ほどの火の弾幕を、それこそ逃げ場がないほど撃ち込まれたら。

俺は耐え切れないだろう。そして弾幕の隙間を抜かれ焼け死ぬことは間違いない。

となると、今は実験動物の立場に甘んじているのが正解だ。



と思ってたんだよ?

「じゃあそろそろレベルを上げて見ましょうか。」

こんなこと言われなかったら。

「ちょ、ええ!?いや今のレベルのままでいいですって!!もうホント冗談抜きでいっぱいいっぱいですから!!」

「人間、自分が限界だと思ってるところより先に限界があるらしいわよ。」

「わざわざ限界目一杯まで引っ張らなくていいですから!!」

「実験よ実験。」

やっぱりそうきたか!!前言撤回、モルモットって怖くね?

「それに、もしこれを耐え切れたら、あなたも少しは自信がつくんじゃないかしらね。自分が強いっていう。」

「・・・俺は強くなんかないですよ。」

「自覚がないわね。あなたは十分過ぎるほど強いわ。普通、たったの4ヶ月で手加減しているとは言え私のスペルを3つも破れると思う?」

・・・そう言われると、確かにそうなんだけど。

「それで自分は弱い、なんて言うのは私に対する侮辱よ。あなたに弾幕を教えた人たちにもね。」

「・・・。」

何も言い返せなかった。もちろんそんなつもりはない。パチュリーさんは強くて技術も半端じゃないと思う。霊夢と魔理沙だって強いし、教え方も上手い。

だけど俺の言動は、それを肯定しているか?そう言われたら、俺はNoとしか言えない。

だから、何も言い返せない。

「あなたは男の子でしょう。だったら、行動で示してみなさい。」

見た目年下の女の子に叱咤される俺。けど、情けないとは思わなかった。

だって今のは。

「・・・そうですね。じゃあいっちょう男らしく、『漢』を見せてやりましょうか!!」

「いいわね、嫌いじゃないわよそういうの。別に好きでもないけど。」

先を行く者からの激励の言葉だったから。



「この私、『七曜の魔女』の奥義を受けなさい。木&水符『ウォーターエルフ』。

パチュリーさんが宣言すると、木の葉を思わせる緑と水を表す青が辺りを走った。

属性の混合!!?なるほど、さすが七曜!!俺達にできないことw(ry

しかし予想通り、陰陽五行だ。これで木火土金水全てが出揃った。

だからどうってわけでもないんだけどね!!

「だぁ!!」

俺は緑の『木』の弾幕を打ち砕き、青の『水』の弾幕を大きく避ける。

普通逆じゃないかって?『水』の弾幕は馬鹿でかすぎるんだよ!!

恐らく、『水』の弾幕は砕けばただの水滴になるだろう。だがただの水滴大量に存在すれば、それは既に「ただの水滴」ではない。洪水だ。

そんなことになれば俺はすぐに身動きがとれなくなる。したら狙い撃ちだろ。

だったら、多少かするのは承知で『木』の弾幕を砕いた方がいい。先ほどから木片が飛んできてちょっと痛いけど、何さっきの岩に比べりゃずっとマシだ!!

「判断力はいいみたいね。これで『水』の方を砕くようだったら、動けなくなったところで『賢者の石』でも撃ち込んでやろうと思ったけど。」

・・・なんだか物凄く命拾いした模様です。

「けど、それもいつまで続くかしらね。」

確かに。木片は小さくて痛いだけだけど、さすがこれがいつまでも続いたら限界が来る。

そもそも俺はさっきの『金』でもグレイズしまくっている。スペルカードルール上問題はないものの、ダメージは確実に俺の体を蝕んでいる。

そう長くはもつまい。だからこそ!!

月符『ムーンライトレイ』!!

短期決戦だ!!

俺はパチュリーさんの両サイドを極太レーザーで遮る。

「あら。こんなスペルも持ってたのね。」

そして、操気弾を走らせパチュリーさんに――

「でも、『月』なら私だって負けないわよ。」

当てる直前で、彼女は次なるスペルカードを取り出した。

月符『サイレントセレナ』。

宣言・発動。それで俺のとっておきはかき消されてしまう。・・・ちっくしょう!!

パチュリーさんは自分からスペルカードを解いたのでスペルブレイク。そして俺は、このスペルカードを一発しか撃てない関係上自動的にスペルブレイク。

パチュリーさんがあと何枚のスペルカードを持っているのかはわからないが、これで俺には後がなくなってしまった。状況は圧倒的に不利。

しかし月・・・『陰』か。そうなると残った属性は『陽』・・・日ってことか。

ん?あれ??

木火土金水に月日・・・月火水木金土日?

「一週間?」

「その通り。」

マジか。





***************





まさかこのスペルまで出すことになるとはね。

さっきはああ言ったけど、私は優夢がウォーターエルフを攻略できるとは思っていなかった。

あれは私にとっての秘奥。七曜の魔女であるからこそできる二属性の混合魔法。

通常の相手なら普通に圧倒されるだろうし、優夢の『砕く弾幕』でもそう簡単には行くまいと考えた。

けど彼は、ちゃんと属性を考えて弾幕を砕いてきた。どうやら考える力は十分あるようね。

そして二枚目のスペルカード。驚いたことに『月』の名を冠するスペルだった。

彼のイメージではないスペルだったけど、中々手強いスペルだと見て私は最奥の一つ『サイレントセレナ』を放った。

すると彼はすぐにスペルブレイクしてしまった。どうやら本当に合ってないスペルだったみたい。

何でそんなスペルを作ったのかしら?あと、ちゃんとした名前付けられるならさっきのも改名しなさい。

「くっそ!!やっぱり砕けないか!!」

さて、その優夢だけど現在『サイレントセレナ』に大苦戦中だ。

月の銀色をした弾幕。当然だけれども、こもっている魔力はこれまでの弾幕とは段違い。『金』の弾幕と同じようにそうそう簡単には砕けない。

空から落ちる月の雫のようなその弾幕は、少しずつ、静かに、しかし確実に優夢の逃げ道を塞いでいく。

流石に終わりかしらね。弾幕を始めてたった4ヶ月の素人が、大したものだわ。

何せこの私に、最奥手の一つを使わせたのだから。誇っていいわよ優夢。あなたは間違いなく、弾幕において天才よ。

ただ、私という古き魔女に勝つには少し経験が足りなかっただけの話。

さあ、これで終わりにしましょう。

私は優夢の頭上に、降り注ぐ月の光を思わせるほど大量の弾幕を張った。

「・・・逃げ場なし、か。」

それを見て優夢は、動くのを止めた。もうちょっとあがくのを見てみたかった気もするけど、仕方がないか。

「お休みなさい。目が覚めたときには、きっと『異変』も終わっていることでしょう。」

博麗の巫女がレミィに勝てれば、だけど。

そして私は手を一振りし、弾幕を一斉に落とした。





だけど優夢は。



「まだ諦めるとは一言も言ってませんよ!!」

あがいて見せた。



「思符『デカルトセオリー』!!」





私の弾幕は、スペルカードにより相殺された。

そして、何も起こらなかった。

「・・・何をしたの?」

私は優夢に問う。だけど優夢は答えない。

ただ目を瞑り、黙したまま。

その態度にちょっとムッと来て、文句を言おうとした。

そして気付いた、かすかな違和感。

優夢がそこにいるのに、全然存在感を感じない。

何故?こんなときに気配を消しても全く意味はないというのに。確かにこの気配絶ちは見事なものだけど、見えてるところでやっても効果はない。

だというのに、何故この聡い男は一見無意味な行為をとっている?

そう思うと、この状況が完全に無意味とは思えなくなった。

ならば観察だ。観察して、今何が起こっているのかを見極めよう。

現状把握。優夢はスペルカードを使った。ブラフではない、私の弾幕がかき消されたことから発動したのは間違いない。

そういえば、私のスペルはまだ続いている。かき消されたのはあくまであのとき優夢の周囲にあった弾幕だけだ。

じゃあ何故、弾幕の真っ只中にいるはずの優夢に弾幕が当たっていない?

何故私の弾幕は、私の意図と異なった軌道を取っている?

何故優夢は私の目の前で気配を絶っている?

「・・・まさか!!」

そのとき、私の中で一本の糸が繋がり――



同時に衝撃が私を襲った。それでスペルブレイクとなる。

やはり――!!

「見えない・・・弾幕。」

いや、かすかに、ほんのかすかにだが輪郭が見える。だがそれは今にも消えてしまいそうなほど儚い、幻想に思えた。

優夢、あなたは何処まで――

「規格外なのよ!!」

いつの間にか私は、柄にもなく高揚した気持ちを抑えずに叫んでいた。



日符『ロイヤルフレア』!!

私は次のスペルカードを宣言した。それで恐らくは、私の周囲にあった弾幕は相殺されたはずだ。

見えないから確認のしようがないが。

私の放った炎――『アグニシャイン』とは比較にもならないそれは、螺旋を描き弾幕を生み出す。

だがその弾幕全てが、優夢に届く前に完膚なきまでに消し飛ばされてしまう。

先ほど『アグニシャイン』の火の粉で慌てていたのが嘘のように完膚なきまでにだ。

「とことん反則臭いスペルね。」

だけどちゃんとスペルカードルールに則っている以上、反則ではない。

ここまでの攻防で得た情報を整理する。

恐らく今優夢は、しゃべらないのではなくしゃべれないのだ。このスペルの制御に必要なのか、それとも発動条件なのか。

『思考することができない』のだ。

それを裏付けるのが、こちらの攻撃に対する異常なまでの防御性。そして『ロイヤルフレア』の弾幕により描き出される軌跡の煩雑さ。

つまり、完全に無意識下の制御に頼っているということだ。とすると、さっきの一発はラッキーヒットだったってことかしら。

そういえばこのスペルの名前。思符『デカルトセオリー』だったかしら。

「我思う、故に我在り」。・・・そういうことか。

「『我思わざり、故に我無し』・・・ってところかしらね。」

そんなやり方で弾幕の『存在感』を消すとは。あなたの性質に一個追加ね。

さて、するとしかしどうしたものか。今の優夢の防御は間違いなく天下一品だ。何せ防衛本能に任せて全ての弾幕が動くんだから。

本能を相手にするのは流石に骨が折れる。そうなると時間切れを待つのがいいかしら。

けれどそれだと、今度は私が確実に優夢の弾幕を防ぎきらなければならない。さっきのようなラッキーヒットだってあるのだから。

そうすると、出される答えはただ一つ。

「・・・全く、何処が弱いのよあなた。はっきり言うわ、あなたは私と同じぐらい強い。」

思わず嘆息するのも許されるだろう。何でこれだけ強くてどきっぱりと『自分は弱い』と言い切れるのか。

きっと周りが変人だらけなんでしょうね。

「だから私は、全力でもってあなたと戦うわ。行くわよ!!」



そして私は最後のスペルカードを手にする。





「火水木金土符・・・」

これが私の、最終奥義!!



「賢j「恋符『マスタースパーク』!!



唐突に現れた何者かが、私にスペルカードを使った。

あほみたいに垂れ流された魔力の奔流により、私はあっという間にすっ飛ばされたのだった。

・・・なんでよ。





***************





迷いに迷って、図書館っぽいところに出たぜ。いいところだ、ここの本も死ぬまで借りておこう。

さて、優夢はいるかな?っと・・・。

「優夢!?」

優夢は弾幕も出さず目を瞑り、その正面にはちっこい紫もやしがスペルカードを出して攻撃しようとしていた。

「行くわよ!!」

その声に含まれる険を感じ取った私は、すぐさまミニ八卦路を取り出した。

「賢j「恋符『マスタースパーク』!!」

そして抜き打ちで『マスタースパーク』を放ち紫もやしを吹っ飛ばした。

むきゅうううううううううぅぅぅぅぅぅ!?

「パチュリーさまあああああ!!?」

何か悲鳴っぽいものを上げてたけど、自業自得だぜ。私の友人に手を出そうなんて、命知らずもいいところだな。

見物してた小悪魔はそれを追って飛んでいった。

と、そんなことより優夢は!?

「おい優夢!!大丈夫か!!?」

私は優夢に駆け寄り、状態を確認する。が。

「うおっと!?」

突然感じた違和感に、箒を無茶苦茶に操作する。この違和感って・・・まさか。

「使ったのか、『デカルトセオリー』。」

思符『デカルトセオリー』。優夢の気配隠蔽術を極限まで活かしたスペルカードだ。

自分の意思を最大限抑えることで、弾幕の存在感も最大限薄くする。透明操気弾の上位版だ。

欠点は、自分の意思で弾幕を動かせなくなることと、自分自身が一切思考できなくなること。まあそれにしたって十分すぎるほど強いんだが。

何せ、弾幕は完全自動で防御に入るし、防御してたと思ったらいつの間にか攻撃しかけられてるし、耐久時間はやたら長いし。

ちなみに最初は思符『偉い人は言いました -我思う、故に我在り-』だったんだけどな。当然私と霊夢の監修が入った。

結果採用されたのは私の案だった。とまあこれは閑話だな。

「おーい、優夢ー!起きろー!!」

私は優夢にスペルを解除させるべく、少し離れたところから大声で呼びかけた。が、反応はなし。

はあ、結局いつものパターンか。こうなったら、私の出番なんだよなぁ。

この優夢を叩き起こす方法はただ一つ。

優夢の弾幕で防御できない威力の弾幕をぶつけてやることのみ。

つまり。

「恋符・・・」

本日二度目の!!



『マスタースパアアアアアアアアアアク』!!

魔力の奔流が優夢の弾幕を飲み込み、優夢ごと吹っ飛ばす。

「お・・・て何事おおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!?

その過程で目を覚ました優夢が、やはりいつも通りの叫びを上げた。



しばし後、爆音。そちらに飛んて行ってみると、見事に壁にめり込んだ優夢がいた。

うん、芸術的だぜ。





***************





どうやら俺は魔理沙に助けてもらったようだ。

俺の思符『偉い人は』もとい『デカルトセオリー』は、発動中のことを一切覚えていないという難点がある。実に使い勝手が悪い。

まあ恐らく、パチュリーさんにあっさり性質を見破られあっさり負けそうになったところに、魔理沙が乱入したんだろう。苦し紛れだったから当然っちゃ当然だ。

でもさ魔理沙。いつも思うんだけど、もっと普通に起こしてくれてもいいんじゃないかな。何でいつも『マスタースパーク』なんだよ。

「楽だからだぜ。」

はいはい聞いた俺がバカでした。

「それはそうと、パチュリーさん大丈夫かな。『マスタースパーク』撃ったんだろ?」

「ああ、まあ大丈夫だろ。手加減はしなかったけど。」

ダメじゃん!?

「あいつは本物の魔女だぜ。そう簡単にくたばるわけはないだろ。」

「そうね、あの程度でくたばってたまるもんですか。」

「うわさをすれば、だな。」

パチュリーさん!!と小悪魔さん!!

「大丈夫でしたか!?」

「ええまあ、何とか。で、あなたは誰?」

「博麗霊夢、巫女だぜ。」

「おおい!?」

「そう、白黒ね。」

「また話がかみ合っていない!!?」

「落ち着け優夢。幻想郷じゃ日常茶飯事だぜ。」

「嫌な日常茶飯事だな・・・。」

「ところで優夢。その野良魔法使いが、あなたの指導者とか言わないわよね?」

「いえ、まさにその通りですが。」

何か問題でも・・・?

「・・・は。」

鼻で笑いおったよこの魔女さん!!?

「おいおい、それは私にケンカを売ってるのか?今なら特別大サービスで10割引で買い取るぜ。」

「あら、ご親切にどうも。なら、こちらも10割引で優夢を買い取らせていただくわ。」

あれ、俺なの!?

「そいつはダメだぜ。まだ商品じゃないからな。」

いつか商品になるんですか!?

「野良魔法使いじゃ商品になるまでいつまでかかるかしらね。」

「少なくとも、もやし魔法使いよりは早いんだぜ。」

・・・あのー、俺帰っていいですか?

『却下。』

・・・○| ̄|_

なんかこう、ギスギスとした空気がマイナスKを突破して俺のハートに夢想封印?て感じなんですが。俺何かしましたか?

癒して小悪魔さん。

「パチュリー様、楽しそうですねぇ。」

ダメだ、味方はどこにもいない。

(あなたは食べてm)聞いてない。(そうなのかー。)

「譲る気がないなら、弾幕で決めましょうか。私としても勝負の途中で割って入られたものだから、実は機嫌が良くなくてね。」

「奇遇だな、私も目の前で無抵抗なやつをいたぶる光景を見せられて頭に来てるんだ。」

やべぇ、一触即発だこれ。もういつ爆発してもおかしくない、そんなふいんきがよかねーよヴォケが。

「何もわかってないで横槍を入れるのね。これだから野良魔法使いはタチが悪い。」

「人のダチを目の前でいたぶれるんだな。これだから引きこもり魔女は性根が曲がってるんだな。」

「あのー、お二人とも。ちょっと話を」

「あなたは黙ってなさい、優夢。」「お前は黙ってるんだぜ、優夢。」

「・・・イエッサ。」

もうどうにも止まらない♪・・・いっそ一思いに殺せ。

「私が勝ったらあなたの弟子をもらうわ。私の弟子になった方が伸びるもの。」

「私が勝ったらここの本を借りてくぜ、死ぬまでな。」

「もってかないでー。」

「だが断るのぜ。」

「いや魔理沙、借りたものは返せ。そういえばその麻袋はなんだ。」

「死ぬまで借りたんだぜ。」

「泥棒ーーーーーーーー!?」

ああ、『異変解決』に来たはずなのにこれじゃ一体どっちが悪者だよ!?

「ということは私は泥棒魔法使いを退治する正義の魔女ね。」

「そして私は堕落した正義の魔女を退治する、真の正義の魔法使いだぜ。」

「だったら私は悪事を働く真の正義の魔法使いを退治する、究極の正義の魔女だわ。」

「そんなこと言ったら私は悪に寝返った究極の正義の魔女を退治する、宇宙的最強の魔法使いなんだぜ。」

「実は私は純粋正義の魔女なの。」

「私の正体は超探偵魔法使いだぜ。」

「あのー、キリないんでそろそろまとめに入ってもらえますか?」

子供の口喧嘩だよこれ。

「ノリが悪いぞ優夢。そんなんじゃこの幻想郷を生きぬくことが難しいのは確定的に明らか。」

「魔理沙変なのが混じってるぞ!!?」

「そこは同感ね。そう、あなたは少し律儀すぎる。」

「パチュリーさーん!?何故かそれは誰かと被っている気がしてならないんですが!?」

仲いいじゃねぇかあんたら!?ああもう勝手にやってくれ!!

「それじゃあ優夢の指導権をかけて・・・。」

「この図書館の魔導書をかけて・・・。」

『勝負!!』

・・・。

「何かもう、疲れた・・・。」

「げ、元気出してください!!きっといいことありますよ!!」

ありがとう小悪魔さん。嘘でも嬉しいよ。

ていうかさ、おかしくない?いつの間に俺景品になってるの?俺の意思ガン無視ですよ。ぶっちゃけありえない。

「・・・鬱だ氏のう・・・。」

「ゆ、優夢さーん!?は、早まっちゃだめですぅ!?」

しかし小悪魔さんの言葉は届かず、俺はフラフラと歩き出し。



踏み外した。

「おぉい?↑」

・・・あのさ。色々と言いたいことは山ほどあるよ?だけどとりあえず言わせてくれ。

何で地下の図書館にさらに地下への隠し階段があるの?

「ゆ、優夢さ・・・」

そして小悪魔さんが俺を支えようと伸ばした手を掴もうと俺は手を伸ばし。

虚しく空を切った。

つまりですね。



「またこれかあああぁぁぁぁあああああぁぁぁぁぁぁああああああ!!」



俺は再度、地下への道を転がり落ちる羽目になった。





+++この物語は、幻想と白黒と紫もやしが一見三角関係を描く、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



弱いと思い込む強者:名無優夢

普通に考えて4ヶ月で100年の魔女と戦えるはずがないことにも気付かない鈍さ。

自分ができることは皆できる程度のことだと思い込む傾向大。

スペルカードのコンセプトは『思想』。思は思考の思で、想は想い出の想である。

能力:無意識で最強になる程度の能力?

スペルカード:想符『1700万ゼノのブルーツ(笑)波』、月符『ムーンライトレイ』、思符『デカルトセオリー』



弱いと思い込ませる元凶:霧雨魔理沙

幻想郷屈指の弾幕の使い手なんだから彼女と比べること自体間違っている。

狙った獲物は逃さない。主に書物的な意味で。

何処でブロンティアスピリットをインストールしたのかは謎。

能力:魔法を使う程度の能力

スペルカード:魔符『スターダストレヴァリエ』、恋符『マスタースパーク』など



強いと思わせたかった:パチュリー=ノーレッジ

実際彼女は強い。今回結構追い詰められたのは優夢の実力の目測を誤ったため。

本気を出せばまだまだ優夢が敵う相手ではないと思うが、優夢はカードの切り方次第では無敵なのでわからない。

パチュマリは今のところなさ気な空気。

能力:火水木金土日月を操る程度の能力

スペルカード:月符『サイレントセレナ』、日符『ロイヤルフレア』など



完全に蚊帳の外:小悪魔

そもそも中ボスなんだからしょうがない。所詮は中ボス。

もしガチでやったら優夢にも勝てないが、彼女の存在意義は戦闘ではないので問題ない。

いい人だけどいい人止まり。だがそれがいい。

能力:不明

スペルカード:なし



→To Be Continued...



[24989] 一章六話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/18 23:03
「いってててて・・・。」

がんがんする頭を押さえながら立ち上がる。随分下まで落とされたみたいだ。

ていうか良く生きてたな。普通死んでるぞ。どうやら、弾幕ごっこを通して俺の体は少しずつ頑丈になっているらしい。

「とりあえず、早く戻って霊夢と合流しなきゃな。」

うん?魔理沙とパチュリーさん??もう勝手にしてくれって感じです、はい。

俺は自分が落ちてきた階段を探すべく、視線をめぐらせ。

「・・・扉?」

やたらと巨大な扉を見つけた。

・・・何だこれ。なんでこんなものがこんな地下にあるんだ。

それは、異様な雰囲気を漂わせていた。

まるで、この世と扉の中を分け隔てるような、そんな不気味な雰囲気を。








「そこに誰かいるの?」

そのとき、声が聞こえた。扉の向こうから、幼さを感じさせる少女の声が。

「・・・中に、誰かいるのか?」

「あなたはだぁれ?」

俺の声に、少女の声が答える。やはり中に誰かいるらしい。

「俺は、ちょっと用事があってこの館に来た者だ。といってもただの付き添いなんだけど・・・。君は?」

「私はこの屋敷の者よ。」

いやそりゃわかるって。

「用事って、お姉様に?」

「お姉様?いや、具体的に誰かはわからないんだけど。んー、何て説明したらいいんだろう・・・。」

ああそうだ。

「とりあえず、『お嬢様』って呼ばれてる人に用事があるんだ。」

「じゃあやっぱりお姉様ね。」

あ、そうなんだ。

「ということは、君はこの館の主の妹さんなのかい?」

「そうよ。」

そっかそっか。・・・思っくそ敵やん。

いやでもこんなところにいるぐらしだし、上の事情とかは関係ないのかも。

「君は今外に紅い霧が出てることを知ってるかい?」

「霧?んーん、外のことなんて全然知らない。」

そっかそっか。良かった、無為な戦いをせずに済みそうだ。





「だって私、もう500年近くここから出てないんだもん。」





・・・うそん。

いやまあ、この屋敷の主は悪魔だからね。そのぐらいはあるよね?

いやでも待て。今何て言った?

500年近くここから出ていない?

「・・・君は、辛くないのか?・・・ですか?」

「そんな変な言葉遣いしなくていいよー。んー、わかんない。私はここから出たことがないし。」

敬語は使わなくていいらしい。気さくな人で助かった。

でも・・・そうか。外に出たことがないんなら、それが辛いかどうかもわからないよな。

俺に置き換えてみる。たとえば俺が・・・この記憶が始まってからでいい、たとえば井戸の底で目を覚まし、そこで一生を過ごす。

果たして俺はそれに耐えられるだろうか。

・・・想像もできなかった。けど一つだけ、確信できたことはある。

それは俺が『受け入れられる』ということ。その事実を、ありのまま受け入れるだろうという当たり前のこと。

だけどそれは、あくまで俺の話。俺自身がそうだったらというだけの話だ。

それがたとえば霊夢だったら。魔理沙だったら。おやっさんだったら。慧音さんだったら。寺子屋の皆だったら。霖之助さんだったら。

そして、この少女だったとしたら。

受け入れられるわけがなかった。いや可能かもしれないが、俺自身が受け入れることを許さなかった。



だからこの言葉は、自然と出てきた。

「なあ、中に入ってもいいかい?」

え?と少女の困惑の気配が伝わってくる。

「でも、お姉様に怒られるかも・・・。」

「そんときゃ俺も一緒に怒られてやる。」

そのくらいが何だと言うんだ。

「・・・う~ん、でもこの扉、開けられる?」

「うぐっ。」

確かに。こいつは重そうだ。俺の力で果たして開けられるかどうか。

だけど俺は引かない。引くわけにはいかない。これだけは、たとえ受け入れられても受け入れちゃいけないから。

「ふんぬぐ!!・・・ぬぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎっっっっ!!!!」

全力で扉を押す。だが、俺の身長の何倍もある鉄の扉は、ビクともしなかった。

「あ、一応言っておくとそれそっちからだと引きだから。」

「だあああああああああ!!??」

ずっこけました。うん、そりゃビクともしないわけだよね!!

気を取り直して。

「ふん・・・ぬいいいいいいいいいいいいいいいっっっ!!!」

顔を真っ赤にして扉を引く。全体重をかけているが、まるで動こうともしなかった。

・・・どんだけ重いんだよこの扉。

「・・・やっぱり無理だよ。その扉、パチュリーの魔法で何重にも結界が張られてるんだから。」

マジか。パチュリーさんに頼んで・・・いや、今上では大層なことになっているだろう。聞き入れてもらえるとは到底思えん。

やっぱり無理なのか・・・。

「ありがとう。」

と、中で少女がそう言った。

「・・・俺は礼を言われるようなことはしてないよ。できなかったし。」

「わかってるよ。でも、今ありがとうって言いたかったから。・・・だからありがとう。」

自己嫌悪。ここにいるのは悪魔かもしれないが、純粋で無垢な心を持っている子供。

なのに俺はその子の力になってあげることもできないなんて。

ちくしょう・・・。



「約束する。俺はいつか必ずその中に入る。いや、君を外に連れて行ってやる。」

このままで終われるかよ!!

なにくそと思ったら、自然と言葉が出ていた。中で少女が「え?」と呆けた声を出した。

「・・・無理だよ。皆怖がるもん。」

「だったら受け入れてやる!!」

俺は声高に宣言した。

「君が悪魔でも、皆から恐れられても、事情は知らないけど500年近く幽閉されていても、どんな姿でも、君の存在そのものを俺が受け入れてやる!!」

いや、これは宣言ですらない。これはもう確定した未来だ。

何故なら俺は。

「・・・そんなこと言っていいの?後悔するかもよ。」

「だったら後悔も受け入れてやる。何せ俺は・・・」





「『全てを受け入れる程度の能力』だからな。」





本当のところ、それが事実かはわからない。だけど何となく、これだろうと得心がいった。

「ぷっ・・・あははは!何それ、そんな能力があるの!?あはははは!!」

「ああ、自慢じゃないがどれだけ理不尽な現実でも受け入れる自身があるぜ!!たとえば俺が記憶喪失だとかな!!」

カミングアウトする。

「ええ!?それ本当!?」

「おう!一応対外的には4ヶ月前に幻想郷に来たってことになってるけど、実際のところ全くわからんからな!!」

「威張って言うことじゃないよー。」

「俺もそう思った!!」

「あはははは・・・!!」

少女は笑った。笑ってくれた。今の無力な俺でも、それぐらいはできたみたいだ。

本当に良かったと思う。

「はー、久しぶりにいっぱい笑ったから、お腹痛い。」

「おっと、それじゃ今から腹筋を鍛えておくんだな。いずれ外に出たら、笑いすぎで腹筋が切れるかもしれないぜ?」

「ぷぷ・・・これ以上笑わせないで・・・。」

悪い悪い。

「はぁ。じゃあ、私がいつか外に出られたら、受け入れてもらおうかしら。」

「ああ、泥舟に乗ったつもりでいな。」

「だから、笑わせ・・・くくく。」

ちょっと悪ノリが過ぎたか。この辺にしておこう。

「冗談だ。しっかりと受け止めてやるから、今のうちに覚悟しておくぞ。」

「うん、覚悟しておいてね。」

少し名残惜しそうな少女の声。・・・でも、いつまでもここにいるわけにもいかないしな。

「じゃあ、俺は上の仲間と合流するよ。またな、ええっと・・・。」

そういえばお互い自己紹介もなしだったな。

「フランドール=スカーレット。フランでいいよ。」

「ああ、フラン。俺は名無優夢。『名前の無い優しい夢』って書いて名無優夢だ。優夢でいいぞ。」

「うん、わかった。優夢。ひょっとして名前も覚えてなかったの?」

「まあね。」

記憶喪失ってなぁそんなもんです。

「本当に優夢って変だね。」

「うん、俺は至ってまともなやつだよ。」

何かパチュリーさんにも言われたことをフランにも言われましたね。これはもう、幻想郷っていうのはそういう場所だということでFA。

「じゃあフラン。俺は行くけど、また会いに来るからな。絶対だからな。それまでいい子で待ってろよ!!」

「うん、フランはいい子で待ってるから。絶対だよ。」

おう。

「約・束・だ!!」

力いっぱい扉を殴って、俺の意思を伝える。・・・拳が痛い。

「約・束・ね!!」

それに習って、フランが恐らく扉を殴る。大音響が地下に響いた。

うーん、いくら悪魔とは言え恐らくは少女に力で負ける俺って一体・・・。

気にしない方がいいかもしんない。

「またなー!!」

「うん、またねー!!」



こうして、俺とフランの扉越しの初対面は終わった。





地下から地下図書館へ這い上がると、出迎えは魔理沙だった。

「つまり、あのよくわからない理由で始まった弾幕ごっこの勝者は魔理沙であると。」

「そういうことだ。」

麻袋に大量の荷を詰めてほくほく顔の魔理沙。

対して、パチュリーさんは悔しそうに地団駄を踏んでいた。

「私の体調が万全だったら絶対負けなかったのに~!!ゲフンゲフン!!」

「パ、パチュリー様吐血してますぅ!?」

すっごい悔しがりようでした。そんなに実験動物がほしかったですか、そうですか。

「何はともあれ魔理沙、グッジョ・・・ブ?」

「何で微妙に自信なさ気なんだ?」

いや、だって、ねぇ?俺に泥棒の片棒を担がせるなよ。

「借りてるだけだぜ。」



そして俺達は図書館に別れを告げ(結局本を返させることはできなかった)、霊夢と合流するべく地上階へと向かった。





***************





「名無優夢、か。」

不思議な人、というのが私の印象だった。

姿形はわからない。扉越しでの会話でしかなかったから。

人間、なのかな?私は生きている人間はメイドの咲夜ぐらいしか見たことがないから、どういう生き物かわからない。

だから優夢は優夢っていう生き物ということにしよう。

優夢はつくろわなかった。私を怖がるでもなく、割れ物みたいに扱うでもなく、ただ自然体でいた。

私のことを知らないから、と言ってしまえばお終いだ。けど彼はそれだけじゃなかったと思う。

私の話をちっとも疑わなかった。怖がるかもしれないことを隠そうともしなかった。

それでいて『受け入れる』と力強く言った。だから私は、優夢を信じることができた。

だからだろうか。優夢との会話は凄く心地よかった。まるで、私がここにいても良いと、皆から言われているような気までした。



でも優夢が去ってしまうと。私は再び壊レ始メル。

「優夢は弾幕ごっこ強いかな・・・。」

もうボロボロになってしまった熊さんのぬいぐるみに語りかける。

「ねえ、あなたはどう思う。あなたよりも私を満足させられると思う?」

答えはない。お人形は答えない。何も言わない。だから安心できて、大嫌いだった。

人形から、まるではらわたをえぐるのように綿をかきだす。

「受け入れてくれるんだって。嬉しいなぁ・・・。」

そして――自分で言うのもなんだけど――まるで夢見る少女のように。





「優夢は絶対に壊れないでね。あは、あはははははははは!!!!」





私は壊レ笑イ続けタ。





+++この物語は、全てを受け入れる幻想と全てを壊す悪魔の少女が不協和音を奏でる、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



全てを受け入れる者:名無優夢

まさに生きた幻想郷。というかルーミアが中にいる時点でおかしい。

彼の本質の中に善悪という基準は存在しないが、彼の人間性には存在する。

ちなみに能力確定っぽいような描写はあるが、依然能力の詳細は不明。

能力:全てを受け入れる程度の能力?

スペルカード:想符『1700万ゼノのブルーツ(笑)波』、月符『ムーンライトレイ』、思符『デカルトセオリー』



全てを壊す者:フランドール=スカーレット

悪魔の妹。吸血鬼。気が触れちゃっている。あなたがコンティニューできないのさ!

優夢が近くにいるときは謎能力の影響下にあるためか比較的安定している。が、離れてしまえば元通り。

正確な幽閉年数は495年。

能力:ありとあらゆるものを破壊する程度の能力

スペルカード:禁忌『クランベリートラップ』、禁忌『レーヴァテイン』など



→To Be Continued...



[24989] 一章七話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/18 23:03
幻幽『ジャック・ザ・ルドビレ』。

いきなり敵のメイドがスペルカードを宣言する。見かけによらず随分のせっかちね。

「まだお掃除が残っていますから。」

時間をかけたくないってことかしら。

「いいんじゃない。そうやってガンガンスペルカード使ってくれれば、あっという間に終わらせてあげるから。」

「あら、あなたが落ちてくれればもっと早いんだけど。」

断る。それだと痛いじゃない。

軽口の間にも、メイドはナイフ弾幕を張り巡らせていた。随分と凶悪な弾幕ね。

それと、どこからあんなに大量のナイフを出してるのかしら。



次の瞬間、一瞬でナイフの量が3倍ぐらいになった。

「!!」

「あなたの時間は私のもの。この弾幕を受けきれるかしら。」

――そういうこと。時間を止めてナイフを配置したと。

「随分と、人間離れした能力ね!!」

しかし配置が甘い!!私はすぐ安置を見つけ出し移動する。と同時に、お札を投げるのも忘れない。

だがお札は、メイドが手に持ったナイフで切り刻まれ無効化してしまった。

どうやら、お札攻撃は無意味らしいわね。私は武器をお札から封魔針に切り替える。

ホーミングではないけど、相手の動きを読めば当てることは不可能じゃない。

メイドが再び大量のナイフを投げる。この直後に時間を停止してナイフが一気に増えるはずだ。

ねらい目は、時間が動き出した直後。これだけの能力なら連続使用は不可能なはず。

そして弾幕が一気に3倍になった。ここ!!

「せいっ!!」

勘でメイドのいる位置を探り当て、3方向に針を投げる。当たったかどうかを確認せずに、私はすぐさま安置にもぐりこむ。

「・・・なるほど、『異変解決』の巫女というのは、伊達じゃないみたいね。」

そしてスペルカードが解かれた。どうやら当たったらしい。

「今のはどうやったのかしら。」

「勘よ。」

「・・・全く、どっちが人間離れしてるのよ。」

失敬な。私は完全瀟洒でもなければ時間も操れないわよ。

「ああそうそう。急いでるところ悪いんだけど、私は急ぐつもりないから。魔理沙が帰って来るの待たなくちゃいけないし。」

終わっても帰ってこなかったら先行くけどね。

「お客にしろ侵入者にしろ、もう少し慎み深さを持ったらどうなのかしら。」

「あら、こんなに慎み深い巫女に対して言う言葉じゃないわね。」

「ではお帰り願おうかしら。」

「断るわ。」

少なくとも、この館の主に言って霧の発生を止めさせるまでは帰れないわ。

「仕方ないわね。だったら無理にでもお帰り願います。」

「やってみなさい。無理にでも押し通すけれどね。」

軽口を叩きあい、お互いに次の弾幕を放ち始めた。





***************





今度はいきなりスペルカードを使うことはせず、壁の反射を使った通常弾幕で攻める。

普通に投げるナイフと違い、その軌道は折れ線。それが幾多も重なれば、逃げ道を探すのは困難になる。

だというのにこの巫女はまるで次の弾幕がどこに来るかがわかっているかのように、かわし続ける。

なるほど、これが『異変解決』の巫女か。数多くの『異変』を解決し、妖怪と渡り合える人間。スペルカードルールにおいて無類の強さを誇る化け物。

その正体は、『勘』で戦う空飛ぶ巫女。全く馬鹿げた話だわ。

と、札が飛んできた。甘い、私にお札は効かないということが分からないのかしら。銀のナイフを走らせ札を切り刻む。

すると、今度は直線的な動きで針が飛んできた。かわす。直後また札が飛んでくる。

一体何がしたいのか。

そう思ったら、針とお札が同時に飛んできた。器用な真似を!!私はナイフを振るいながら針をかわす。

だんだんと数が増えている。比率としては、お札8の針2ぐらいだ。

見れば巫女はいつの間にか陰陽玉を配置していて、陰陽玉からお札を、自分の手から針を投げていた。

なるほど、それで私を追い詰めるつもりか。中々いい作戦じゃない。

お札では私に届かない。紙ではナイフに耐えるだけの頑丈さがないから。

針では当てるのが難しい。お札には追尾性能があるが針にはないから。

だったらその組み合わせで攻撃すればいい。そのための陰陽玉なのだろう。

次第に私は数に圧され身動きが取れなくなっていった。

仕方がない、使うか。

幻世『ザ・ワールド』!!

宣言する。と同時に、巫女の放っていた圧倒的な弾幕は相殺される。

「あら、意外と早かったわね。もう少しもつと思ってたんだけど。」

「そうね、中々やるわあなた。でも、今度はどうかしら。」

さあ、反撃開始といこうかしら。





***************





メイドは八方にナイフを放った。そして再び、一瞬のうちにナイフが5倍に増える。

ナイフ一つにつき五本に増えているのだから、そのぐらいでしょう。

そしてその一つ一つが異なった軌道をとる。かわすのが面倒になる弾幕ね。

さて、どうしようかしら。多分ラスボスがいるんだから、温存しておこうか。それともスペカを使うか。

ここまで温存しておいたんだからいいような気もするし、せっかくだから最後までとっておきたい気もする。

・・・もうちょっと様子見るか。

私は弾幕の隙間に潜り込み、かわす。確かに密度は濃いが、まだかわせないほどではない。

と思ったら、メイドは既に次弾を放っていた。早い!!

再び5倍に増えるナイフ。だから何処からそんな量を引っ張りだしてきてるのよ!!

さらに密度を増した弾幕。しかもさっきの壁バウンドを使って難易度が増している。

三度ナイフが放たれる。ああもう、めんどくさい!!

霊符『夢想封印』!!

キレた私は、スペルカードを宣言し弾幕を無効化する。さすがに物の弾幕だから消滅とはいかなかったけど、推進力を失ったナイフが地面に叩き落された。

そして私の背後に、七つの輝く珠が現れた。

「これでも喰らってなさい!!」

私の号令で、輝く霊力弾はメイドに向かって突き進んだ。当然メイドは回避行動をとるが。

「なっ!?これまでホーミング!?」

追尾する霊力弾に驚愕した。この程度で驚いてたら話にならないわよ。この世にはもっとありえない弾幕を撃つ奴もいるんだから。

流石にかわしきれず、霊力弾であるから叩き落とすこともできず、『夢想封印』はメイドを追い詰める。

「くっ!!メイド秘技『殺人ドール』!!

そして彼女は次のスペルカードを宣言した。自動的に、今まで使っていたスペルカードは解除されブレイクとなる。

これで私は1枚目、彼女は3枚目だ。

どちらのスペルカードが強いか、勝負と行きましょう。

私は再び七つの弾幕を生み出し、無数のナイフの群れと対峙した。





***************





私は今までとは比較にもならないほどの密度のナイフ弾幕を放った。そして直後時間停止。

止めていられる時間はそれほど長くはない。この間に相手を追い詰めるために効率的な弾幕の配置を作り出す。

巫女は――既に七つの弾幕を撃ち放っている。今いる位置から大きく移動すれば、恐らくホーミングは外れるはず。

私は元いた場所から遠く離れた場所で、時間停止を解除した。

私の予想通り巫女の弾幕のホーミングは外れ、あらぬ方向へと飛んでいった。

「ち、時間を止めて避けたわね!!」

巫女はすぐさま七つの弾幕を作り出し、そのままナイフの群れへと突っ込んでいった。

そこからがすさまじかった。人一人が入れるか入れないかの隙間を伝って、私の弾幕をかわし続けたのだ。

その集中力は先ほどまでの比ではない。これが博麗の巫女の本気か!!

これも勘だろうか。きっとそうなのだろう。だとしたら博麗の巫女は本物の化け物だ。

私は再び時間を止め、弾幕を配置する。時間が動き出し、弾幕が殺到する。

それでも巫女は落ちなかった。少しはグレイズこそするものの、一向に当たる気配がない。

「とんだ能力ね。『勘であらゆることを理解する程度の能力』かしら。」

「残念ね。『空を飛ぶ程度の能力』よ。」

能力ですらなかったか。本当に異常者ね、あなたは。

私は次なる弾幕を放とうとするが。

「いい加減面倒だから、落ちなさい!!」

巫女は追尾性のある七色の弾幕を放った。ち、時間を止めて避けるしかない!!

私は再び弾幕から大きく距離をとる。そして時間を動かせる。

私を見失った6つの弾幕は、あらぬ方向へ――6つ!?

「そうくると思ったわ。」

「まさか!!先読みして!?」

巫女は弾幕を一つだけ残していた。今放ったのは6つの弾幕だけ。

そして残った一つは。

「じゃあね。結構強かったわよ、あなた。」

狙いすました一撃が、私を襲った。ホーミングなどなくても喰らっていただろう。

スペルブレイク。これで私は全てのスペルを破られた。



私の、負けだ・・・。





***************





ふう、疲れた。ちょっとだけマジになっちゃったわね。

このメイド、人間にしては過ぎた能力を持っていた。『時間を操る程度の能力』。恐らく人間が持ち得る能力の中では最上位じゃないかしら。

でも、私には勝てない。確かに私は『空を飛ぶ程度の能力』なんていう幻想郷じゃ当たり前程度の能力しか持っていない。

弾幕は能力だけではない。もちろん能力によるアドバンテージは活かして当然だが、如何にして避け如何にして当てるか。重要なのはそこだ。

そこを行くとこのメイドは、少々能力に頼りすぎていた感がある。それでは私には勝てない。

私が百戦錬磨なのは、私が避けるのが上手く当てるのが上手いからだ。

「ま、要するにあんたはまだまだってことね。」

「くっ・・・!!」

悔しそうに歯噛みするメイド。しかしもう私を排除することはできない。

幻想郷において、弾幕ごっこは決闘の方法でもある。それに負けたのだから、彼女に私の意見を曲げさせる権利はない。

魔理沙と優夢さんは――まだ来ない。仕方ない、後から来てもらいましょ。

「さ、あんたの言うお嬢様とやらのところに案内してもらおうかしら。」

「――敗者に選択権はありませんわね。・・・申し訳ありません、お嬢様。」

意外に聞き分けが良かった。面倒がなくていいわね。

さてと、雰囲気からして次はラスボス。これが終わったらやっと帰れるわ。

もう夜も遅いわね。帰ったらとっとと寝ましょ。



私はそんな暢気なことを考えていた。





+++この物語は、一見大した能力を持たない巫女が一見大した能力を持つメイドを圧倒する、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



やっと主役っぽい:博麗霊夢

しかしやはり出番は少ない。元々最強だと人間賛歌がないのである。

勘だけと思われがちだが意外と戦略も練ってたりする。しかしそれもやはり勘が頼りだったりする。

宴会が多いので夜が遅いのには慣れている。そして朝は起きない。

能力:主に空を飛ぶ程度の能力

スペルカード:霊符『夢想封印』、夢符『封魔陣』など



悪魔の狗で噛ませ犬(涙目):十六夜咲夜

実は作中ではまだ自己紹介していないという罠。

凄い能力を持っている人は結構基本がおろそかだったりする。

この人はそんなことないけど、霊夢と比べると粗が目立つ。弾幕においてだけは。

能力:時間を操る程度の能力

スペルカード:奇術『ミスディレクション』、幻世『ザ・ワールド』など



→To Be Continued...



[24989] 一章八話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/18 23:04
「お嬢様はここにいるわ。」

「案内ご苦労様。」

私はメイドに案内させ、屋敷の最奥へとたどり着いた。

結局、魔理沙と優夢さんは追いついて来なかった。何処で道草食ってるのかしら。

まあいいわ。だったら私一人で『異変』を解決するから。

「一つだけ、忠告しておくわ。」

と、敵のメイドが扉に手をかけながらそう言った。

「いくらあなたが強かろうが、お嬢様はそう簡単にはいかない。引き返すなら今のうちよ。」

「それは忠告とは言わないわね。脅迫っていうのよ。」

「あら、立派な忠告だわ。・・・まあ、あなたに言っても仕方ないことね。敵に塩を送る必要もないし。」

「今のは塩を送るって言うのかしらね。」

物騒で無愛想なメイドね。

「下手な希望を持つのは止めることね。でないと・・・。」

そしてメイドは扉を開け放つ。



「干からびた後に後悔することになるわよ。」

その言葉を残し、メイドはどこかへ消えた。また時間でも止めたのかしら。



さて、と。

私は開けられた扉の向こうに視線をやった。

寝室というには大きすぎる部屋。その窓が開け放たれていた。

風にはためくカーテン。外はいつの間にか月が見えていた。

紅い紅い、血のような色をした月が。

「待っていたわよ、博麗の巫女。」

その光景をバックに、少女が私に語りかけた。

悪魔の翼を持った少女が。

「やっとラスボスね。」

「・・・他に何か言うことはないのかしら。」

「別に。ああ、迷惑だから霧出すの止めて。」

「はぁ、これが『異変解決』の巫女か・・・。」

失礼ね。何か問題でもあるかしら。

「別に。」

「で?」

「何よ。」

「だから霧を出すのを止めてほしいんだけど。洗濯物が乾かないじゃない。」

「・・・何、そういう理由で来たの?」

「とても大事なことよ。」

小さな悪魔が深くため息をついた。

「何のために『異変』を起こしたかわかりゃしないわね、これじゃ。」

「じゃあ、今すぐ止めてもらえるかしら。」

「それはできない相談ね。太陽がまぶしいじゃない。」

「不健康ね。」

「そうよ、私病弱っ娘なの。」

それは私に言う台詞じゃない!!

「で、何か言い残すことはあるかしら。吸血鬼さん?」

「あら、わかってるじゃない。」

わからいでか。

「それじゃあ、冥土の土産に教えてあげるわ。私の名前はレミリア=スカーレット。永遠に幼い紅い月。この名と姿を頭に焼き付けて死になさい。」

「随分長い遺言ね。もう覚えてないわ。」

「それは残念ね。」

さあ、軽口はこのぐらいにしておこう。私は陰陽玉と封魔針を構える。

それを見て、吸血鬼はまがまがしい笑みを深くした。

「こんなに月も紅いから、本気で殺すわよ。」

「こんなに月も紅いのに・・・」



「楽しい夜になりそうね。」
「永い夜になりそうね。」





そして私達は紅い夜空に舞い上がり。

最後の勝負を始めた。





***************





「ちょちょちょちょちょっ!!?はや、速い、ひゃやしゅぎりゅ!!?」

「しゃべると舌を噛むぜ!!」

もう噛んでるけどな。

俺は今、魔理沙の箒に乗って霊夢の元へと急いでいる。

どうやら地上階に出たらしく、窓から外が見えていた。

窓の外は相も変わらず紅い。しかし先ほどまでと違って、いつの間にやら月が出ていた。

どうやら、紅霧が少し薄れているようだ。

その月は、血のような色をしていた。胸糞悪くなる色だな。

そして、違う点はもう一つ。

「!? 魔理沙、外!!」

「ああ、何だぁ!?」

「ちょ、外だって!!外見ろって!!」

「何言ってんのか聞こえないぜ!!」

ああじゃあくさい!!俺は魔理沙の箒から手を離し降りた。

突然重量感を失った魔理沙の箒が勢い余ってつんのめる。

「何やってんだよ、いきなり降りるな!!」

「人の話を聞かないお前が悪い!!そんなことよりあれ!!」

俺は窓の外を指差した。魔理沙の視線がそちらを向く。

そこには、空を飛ぶ霊夢と、もう一人知らない少女がいた。

二人は激しく弾幕を放って戦っていた。

「ありゃあ。霊夢のやつ、もうラスボスまでたどり着いたのか。」

「ラスボスって、あれが『異変』の元凶なのか!?」

「多分な。」

確かに、状況的に考えたらそうとしか考えられない。

だが信じられない。あんな年端もいかぬ少女がこんな大規模なことを・・・。

あ、いや。待て俺。見た目に惑わされるな。少し前の100歳越えのチビッ娘を思い出せ。

そういえば、あれがフランドールのお姉さんなんじゃないのか?そうだとしたら、500年以上は確実に生きてるわけだ。

「なるほど。」

「何を一人で納得してるんだぜ?」

「いや、見た目は見た目、中身は中身と再確認したところだ。」

流石は幻想郷。幻想的ならなんでもありなんですね。

たとえば空を飛ぶ素敵な巫女が中身暢気なだれいむでも、魔法使いが詭弁を振るう泥棒でも、全て幻想で許されるわけだ。

「納得したところで、早く加勢に行かなきゃ!!」

「バカ、止めとけ。弾幕ごっこは決闘でもあるんだぜ。割ってはいるのは無粋だろ。」

・・・確かに。

「けど、じゃあどうすればいいんだ?俺達はじっと指を銜えて見てろってことか?」

「あら、それじゃあ私がお相手致しましょうか?」



『な!?』

突然現れた第三者に驚きながら、俺と魔理沙は後ろに飛ぶ。次の瞬間、信じられない量のナイフが飛んできた。

ってこれ、当たったら確実に死ぬだろ!!

「こなくそ!!」

俺は操気弾を出し、必死の勢いでナイフを叩き落した。頑丈なナイフなのか、ヒビ一つ入らなかった。

ちなみに魔理沙は得意の気合避けだ。よくあれで回避できるもんだとつくづく思う。

「今日は千客万来ね。巫女の次は白黒の魔法使いと真っ黒な・・・よくわからないのか。」

「ちょ、待ってください!?何で俺だけ『よくわからないの』扱い!?」

「確かによくわからないのだな。」

ひでぇ!!

「それで、あなたたちは何者かしら。」

「博麗霊夢、巫女だぜ☆」

「だから嘘をつくなと!!」

「ああ、あなたが巫女の言ってた『魔理沙』とかいうやつ。名前どおり胡散臭そうなやつね。」

「あなたもいきなり現れたと思ったらケンカ売るの止めてください!!」

何コレ!?また俺だけが被害者ですか!?

「で、あなたは?」

「あれ?いきなり話を振られた!?」

「落ち着け優夢。いつまでも突っ込み役で安泰だと思ったら大間違いだぜ。」

「俺が突っ込まなかったらお前らボケ倒しだろうが!!」

「そう、おかしなやつなのね。」

「何その評価!?」

俺は一番まともなのに!!

「いや、私の中ではお前は変な奴1、2位を争うぜ。」

「こんな変なやつ初めて見たわ。」

おぉい!?ダメだ、俺の周りにゃ敵しかいねぇ!!

「・・・さて、私は紅魔館メイド長十六夜咲夜。あなたたちはお客様?それとも侵入者?」

「意表をついて新しいメイドだぜ。こいつもな。」

「何ぃ!?せめて執事にってそういう問題でなくて」

「あらそう。じゃあ早速お掃除をお願いしようかしら。」

「人の話は聞きましょう!!」

なんでこう幻想郷の人たちは人の話を無視したり意図的に曲解したりするんでしょうか。

いい加減俺の堪忍袋の尾が切れてしまいそうですよ。

「じゃあ優夢、掃除は任せたぜ。」

「あら、あなたはやらないの?」

「掃除は優夢の仕事だぜ。何せ毎日神社を綺麗に掃除してるからな。」

「そう、うちのメイドに欲しいわね。」

「雇用主に相談することをお勧めするぜ。」

「じゃあ後で巫女に・・・って、なんだか急に静かになったわね。」

「おい優夢、どうした?お前の大好物のボケだ・・・って。」

二人がなんか言ってるが、俺は答える代わりに弾幕を展開する。

そして一言。

「お前ら、いい加減にしやがってください。使いますよイオ○ズン。」

「やば、キレてる!?」

「何っ!?」

「ブゥゥゥゥゥゥルルルルルルルルルルルルルルアアアアァァァァ!!!!」

『ギャアアアアアアアアアアアアア!!?』





気がつくと、あたりが穴ぼこだらけになっていて、魔理沙とメイド――咲夜さんが平謝りしていた。

とても清々しい気分でした。





***************





攻防は互角だった。私が力任せに魔力弾を放てば、博麗の巫女はまるで軌道を全て理解しているかのように隙間に潜り込む。

お返しとばかりに巫女がお札を放てば、私はすぐさまコウモリに変身して身をかわす。

お互いスペルカードはまだ一枚も使っていない。完全なこう着状態だった。

だが、これでこそだ。『異変』を起こしたかいがある。

私がこの紅い霧を発生させた理由。それは大きく分けて二つ。

一つは、太陽の光を隠すこと。吸血鬼である私は、当然だが太陽が苦手だ。日傘なしでは昼間に出歩くこともできない。

だから忌々しい太陽の光を地上から消したかった。これが目的の一つ。

そしてもう一つは、『退屈だったから』だ。

永い時を生きる妖にとって、一番の敵は有り余る時間だ。『退屈』は大妖を殺してお釣りがくるぐらいの力を持っている。

私は退屈していた。この幻想郷に移り住んでから幾年月、退屈を持て余していた。

外の世界で恐れられた時代。人々から命を狙われていたときは、退屈を感じることなどなかった。故に私は生きながらえたと言っても過言ではないだろう。

しかし外は幻想を忘れる時代となった。私のような妖は幻想のものとして忘れ去られていった。

結果、私は紅魔館ごと幻想郷へと引き込まれていった。

幻想郷は平和だった。人と妖怪が共存し、バランスをとっている。それは外の世界ではありえなかったこと。

しかし、血塗られた戦いを繰り返してきた私には、退屈以外のなにものでもなかった。

退屈で退屈で死にそうなぐらい退屈で。

だから私は『異変』を起こした。そうすれば、『異変解決』のために巫女がやってくる。それはきっと暇つぶしにはなるだろうと思った。



しかし、結果は予想を――私の見た『運命』を大きく越えていた。

博麗の巫女は強い。本当に人間かと疑いたくなるほど。むしろ妖怪だと言ってくれた方が納得がいく。

そして、だからこそ今私は楽しんでいる。数十年ぶりに私は楽しんでいるのだ。

腕を振るう。ただそれだけで、溢れた魔力が弾幕と化す。単純なそれは、それ故に回避不可能な暴力となる。

だが巫女は回避不可能などという常識を覆し、ほんのわずかにある隙間と隙間を潜り抜けて、涼しげな顔でかわした。

これで面白くないはずがない。私はよりいっそう笑みを深くした。

「随分と楽しそうじゃない。」

「あら、わかる?」

「わかるわよ、そんな分かりやすく笑ってれば、ね。」

巫女は弾幕を抜けた直後、針を投げてきた。私は再びコウモリになってかわす。

そして元の姿に戻り。

「・・・お札!?」

眼前に迫ったお札を避けることができなかった。針は囮で、こちらが本命か!!

「いつまでもおんなじことしてるわけないでしょ。この程度の目くらましなら、私だってできるんだし。」

・・・なるほど、道理だ。

「さ、ちゃっちゃとスペカ使っちゃいなさい。そろそろ眠くなってきたわ。」

「おやおや、お嬢ちゃんはお眠かい。」

「あんたが言うな。」

「いいわよ。見せてあげるわ。せいぜい真っ二つにならないようにね。」

私は懐から一枚、スペルカードを取り出す。

そして宣言。

神罰『幼きデーモンロード』。

さあ、博麗の巫女。もっと私を楽しませて頂戴。





***************





吸血鬼がスペルカードを宣言する。と同時に、辺りの紅い霧が濃さを増した。

ふむ、大した妖力だわ。流石は大妖と称される種族だけはあるわね。

空気が鋭さを増す。目に見えて鋭くとがっていく。これはまともに喰らったらやばいわね。

私が安全と感じられる場所に移ると同時に、霧が一瞬で鋭利な刃物に変化した。

あのままいたら間違いなく身を断ち切られていただろう。随分と危険な真似をしてくれるわね。

私は逃げ場を狭められ、やつは追撃の弾幕を放ってきた。

力任せの威力だけの弾幕。それなら、いくら逃げ場が少なかろうが関係ない。私は大体どこに行けば安全かわかるのだから。勘で。

けど、参ったわね。こんなにたくさん霧の刃を出されちゃ、お札が届かないじゃない。多分封魔針でも無理だろう。

しょうがないわね。

夢符『封魔陣』!!

私はスペルカードを宣言した。と同時に、私の周りに結界が張られる。

夢符『封魔陣』。『夢想封印』と対をなす私のスペルカード。

封魔針を基点とした結界を張り、それを攻防に活かせるスペルだ。威力は夢想封印よりも大きく、こういう場合には役に立つ。

欠点と言えば直線的な攻撃しかできないことだろう。結界なんだから仕方ない。

『封魔陣』に阻まれ、霧の刃は粉々に砕かれた。そして結界の塊はそのまま吸血鬼へ向かって飛んでいく。

「ほう!!」

吸血鬼は感嘆の声を上げ、再び霧の刃を作り出した。それが幾重にも重なり『封魔陣』の行く手を阻む。

威力勝負をする気?ばかばかしい。私はもう五本の封魔針を投げ、新たな『封魔陣』を作り出した。

だがそれもわかっていたか、吸血鬼は別の刃を作り出した。再度私は『封魔陣』を放つ。

それをもう二、三度繰り返した。

「馬鹿の一つ覚えね。あなたは阿呆なの?」

吸血鬼が不機嫌な顔をしてそう言ってきた。

残念ね、阿呆はあんたよ。

「私が放った『封魔陣』の形をよく見てみなさい。」

「な・・・に!?」

どうやら気付いたようね。

私は封魔針を五本使って、五角形の『封魔陣』を放っている。そして今放った『封魔陣』の数は五つ。

それぞれが五角形の頂点となるように。

『封魔陣』を基点とした『封魔陣』は、あっさりと霧の刃を打ち砕いた。

「ぐっ!?」

そして吸血鬼を包み込む。これで、スペルブレイク。

「細かなところだけじゃなく、大きなところも見ないとね。器が知れるわよ。」

「くくく、こしゃくな真似を。」

吸血鬼には大したダメージはなかったらしい。というか本当に楽しそうね。

「ええ、楽しいわよ。こんなに楽しいのはいつ以来かしらね。あなたはそう思わない?」

「私はとっとと返って寝たいわ。」

今どのくらいの時間だと思ってるの。人間は布団の中に入る時間よ。

「ダメよ、もっと私を楽しませなさい。今夜は寝させないわ。」

「ということは、あんたを寝させないと今夜は寝られないのね。子供のお守りは優夢さんの専門なのに・・・。」

全く、面倒くさいったらありゃしないわ。





***************





私は再び腕に力を込め、一振りする。それだけで弾幕が生み出される。

だが先ほどと違うのは、今度は圧倒的に広範囲に放つ。さあ、避けてみなさい。

やはり巫女は何事もないかのように避ける。まさに神業の回避だ。

私は逆の腕で、もう一振り弾幕を生み出す。先ほどの弾幕と入り混じって、さらに密度を増す。

そしてもう一振り、これで三重の弾幕となった。逃げ場はほとんどない。

だがそれでも巫女は避け続ける。時折私への攻撃も忘れずに。

大したものだと思うが、これは残念ながら次のスペルの準備でしかない。

そう、次のスペルをより確実に当てるための。

獄符『千本の針の山』。

私は次なるスペルカードを宣言した。

生み出されるは無数の魔力の針。それが私の周囲で二重の円を描く。

かのブラド=ツェペシュ公は敵兵を串刺しにして晒し、敵軍の戦意を奪ったという。そしてこの私はその末裔。

「あなたも串刺しになってみる?」

私が放つ串刺し刑の弾幕は、逃げ場を失った巫女に殺到する。さあ、どうする?

巫女は舌打ちをして、自分の周囲に針を放った。そして生まれる夢想の結界。

私の串刺し弾幕はそれにがすがすと突き刺さっていく。頑丈な結界のようだけど、突破力の強いこの弾幕にどれだけ耐えられるかしらね。

巫女は結界を張りながらも動き続け、弾幕をかわそうとする。だが結界という大きな的に、弾幕は次々と刺さっていく。

やがて結界はその機能を維持できなくなり。



ごうん!!と、激しい音が大気を揺らした。

それは紅魔館の方から響いてきた音だった。私はついそちらに視線が向いてしまう。

「今っ!!」

「!?しまっ!!」

その一瞬で、巫女は針を投げてきた。それは私に直撃し、スペルブレイクとなる。

「ちっ・・・。」

「助かったわ。あんたの意識が一瞬それてくれなかったら、結界が壊れるのが先だったからね。おかげで私もスペルブレイクしちゃったわ。」

どうやら、今のは両者スペルブレイクという形になったらしい。

しかし、今の音は何だったのか。まさかフランが・・・?いやいや、それだったらもっと大騒ぎになっているはずだ。

ひょっとしたら、博麗の巫女の仲間がいたのか。全く、咲夜は何をしてるのかしら。





後に知ったことだが、そのときの轟音は黒一色の男が暴走したことによるものだったそうな。





***************





『封魔陣』がブレイクした。残る手持ちのスペルカードはあと二つ。

一つは霊符『夢想封印』。そしてもう一つは、あの反則技。

できれば『夢想封印』までで何とかしたいわね。『アレ』は幾らなんでも面倒くさいわ。疲れるし。

ま、通常弾幕で何とかできれば、それに越したことはないんだけど。

神術『吸血鬼幻想』!!

次のスペルカードね。よしよし、ちゃっちゃと使ってちゃっちゃと終わらせなさい。

吸血鬼は力を込めて腕を振るった。それだけで、いくつかの弾幕を作り出す。

あれだけで弾幕を出せるってのも便利よね。

そしてこのスペルカードはそこからが本題だった。

「・・・力の残滓が弾幕になる、か。どんだけの妖力よ。」

「吸血鬼の妖力なんだから、そのくらい朝飯前よ。」

弾幕が通り過ぎた後に、いくつもの細かな弾幕が発生した。そしてそれらは、それぞれに固有の運命でもあるかのようにバラバラに動き出す。

「あなたの勘はその子達の『運命』を見切れるかしら?」

そんなもの、見切れるわけないじゃない。

けどね、吸血鬼。あんたは勘違いしてるわ。そんなものを見切る必要なんて、さらさらないのよ。

「『私が安全な運命』さえ掴み取れれば、十分でしょ。」

「・・・やるわね。」

私は安置を見切り、そこに行く。それだけで弾幕はかわせる。

あんたにも教えてあげる。弾幕は凄い能力を持っているのが強いんじゃない。

どれだけ上手くかわすことができて。

「どれだけ上手く当てられるか、よ。」

「・・・く。」

私が投げた三枚のお札は、一枚目が焼失し、二枚目がかわされ、三枚目がヒットした。

スペルブレイク。

「さあ、どんどん行くわよ。さっさと次を出しなさい。」

「・・・ふふ、楽しいわ。本当に楽しいわ。」

そりゃ良かったわね。





***************





「おいおい、派手にやりすぎだろ!!」

優夢が弾幕を叩き壊しながら叫んだ。ちなみに私とメイド長――咲夜はその後ろで観戦している。

何をって?霊夢と敵ボスの弾幕ごっこに決まってるだろ。

「お嬢様のスペルが破られた・・・これで3枚目。博麗の巫女は本当に化け物ね。」

いやぁ、お前のところのお嬢様とやらも相当なもんだけどな。

何せただ腕を振るっているだけでここまで弾幕が飛んでくるんだからな。優夢がいなかったらおちおち観戦もできん。

「あなたといい、そこの男といい・・・。とんだ連中が攻め込んできたものだわ。」

私に目を向け、そのまま優夢に視線をずらす。優夢は操気弾を5つ出して弾幕を防いでいた。

咲夜の表情は非常に納得のいかない感じであった。

いや、うん。気持ちはわかるぜ。初対面でいきなりマジギレだったからな。普段温厚なやつがキレると怖いってのは本当だぜ。

なるべく優夢は怒らせないようにしよう。覚えてる限りは。

「というか、弾幕を壊す弾幕って何よ・・・。」

「なあに、すぐ慣れるさ。」

こいつの非常識っぷりにはな。それでいて自分は常識人だと思ってるんだから性質が悪いぜ。

ちなみに私達は現在不戦協定を結んでいる。というか強制的に結ばされた。犯人はもちろん優夢。

マジギレした優夢を目の前にした直後だったため、私も咲夜も首を縦に振るしかなかったんだ。

そんな理由で私達は、現在仲良く霊夢と吸血鬼――レミリア=スカーレットの対戦を観戦しているというわけだ。

紅符『スカーレットマイスタ』!!

お、次のスペカだな。これで四枚か。

「なあ、レミリアは何枚スペカを持ってるんだ?」

「敵に情報を与えると思って「優夢がキレるぜ?」「・・・五枚よ。」

じゃあ、これを入れて後二枚か。

霊夢は確か今日は三枚のはずだ。あんまりたくさん持ってても、実際に使えるのは霊力の範囲だしな。

『夢想封印』と『封魔陣』と・・・『アレ』。特に『アレ』のせいで少ないな。

『アレ』に使う霊力ははっきり言って尋常じゃない。最後の切り札ってやつだ。

今霊夢が何枚スペカを使ったのかは知らない。途中から見てたからな。

けど霊夢のことだ。まだ使ってないか、使ってても一枚だろう。余裕だな。

視界の中では、レミリアが自分の周囲を一周するような桁外れの量の弾幕を放っていた。凄い妖力だな。

だが、そんな無駄撃ちじゃ霊夢には当てられないぜ。

そして私の予想通り、霊夢はレミリアの弾幕をかわしきり逆に自分の弾幕を直撃させた。スペルブレイクだ。

「これじゃ、『アレ』は見られないなぁ。」

「『アレ』?」

咲夜が聞き返してきたが、私は答えなかった。

『アレ』は口で説明するより、見たほうが早い。というか説明が面倒くさい。

「まあ、霊夢の切り札だぜ。」

「・・・あの巫女はまだ切り札を隠し持ってるっていうの?」

呆然とつぶやく咲夜。あれだけの弾幕戦を繰り広げてまだ切り札を持ってるっていうのは、知らないやつからすれば驚きだろうけどな。

「霊夢だからな。」

私だったら、それで全て納得がいく。

空のようにフワフワしていて、つかみどころがなく、そして馬鹿みたいに強い。それが私の友人、博麗霊夢だから。

「さあて、最後はどうなるかな。ねばれよ、吸血鬼。」

私は最後のスペルカードを取り出すレミリアを見ながら、そうつぶやいた。





***************





気分が高揚している。この巫女は強い。はっきり言って強すぎる。

私はこれで最後のスペルカード。対して巫女はまだ一枚しか使っていない。

恐らくそれも、この巫女が本気だったら使う必要もなかっただろう。恐ろしいやつだ。

だがそれ故に面白い。いつの間にか私はこの巫女に対して格別の興味を持っていた。

「・・・そういえば、まだ名前を聞いていなかったわね。」

「博麗の巫女、博麗霊夢。覚えておきなさい――レミリア=スカーレット。永遠に幼い紅い月よ。」

あら、ちゃんと覚えていたのね。

博麗霊夢。その名を心の底に刻み込む。あなたの名前は未来永劫忘れないわ。

この私の退屈を、完膚なきまでに晴らした者として。

「それでは行くわよ。このレミリア=スカーレットの最大の奥義を受けなさい。」

私はスペルカードを天高く掲げる。それに呼応するように、幻想郷中に広がった紅い霧がこの手に集まる。

次第に空は紅から蒼へと色を変える。銀色の月が空に高々と映し出されたとき。



『紅色の幻想郷』。

私は、スペルカードを宣言した。



幻想郷中に散らばっていた妖力が私の中に戻る。それだけで、私の周囲に弾幕が現れる。

少し身震いをするだけで、弾幕は全方位に放たれた。弾幕の残滓は小さな弾幕となり、運命を描き出す。

その密度は、先ほど放った『吸血鬼幻想』とは比較にもならない。当然だ、これは私の本来の力なのだから。

「あなたは運命を乗り越えられるかしら。」

直接放たれる弾幕と、その軌跡に生み出される数多の弾幕。それらが全て同時に霊夢へと襲い掛かった。

霊夢は再び回避行動をとる。しかし、これまでのようには行かない。

「く・・・あんた、今まで手を抜いてたわね!?」

「それは誤解よ、霊夢。私は『さっきまでの状態』において全力だったわ。ただ、幻想郷中に散らばっていた私の力を回収しただけ。」

それだけで、これだけの密度の弾幕を生み出すことができるのだが。

「・・・正直、吸血鬼ってやつを見誤ってたわ。確かにあんたは大妖ね。」

「わかってもらえたかしら。」

でも、あなたはそれを越えてくれるのでしょう?私のつまらない運命を、打ち破ってくれるのでしょう?



「でも言ったわよね。」

ほら。

「弾幕ってのは、能力だけでするもんじゃない。」

あなたは。

「弾幕は如何に上手く避けて。」

乗り越えてくれる。

「如何に上手く当てるかだって。」



だから私は、あなたを気に入ったのよ。霊夢。



霊符『夢想封印』!!



霊夢がスペルカードを宣言する。同時に、彼女の周囲にあった私の弾幕が相殺された。

霊夢の背後に七色の珠が出現し、私に迫ってきた。

私はコウモリに姿を変え、やり過ごそうとするが。

「ホーミング!?」

異常なまでの追尾性能を持ったその弾幕は、コウモリとなり的が小さくなった私をあっさりと撃墜した。



そして私は落ちた。私は全てのスペルカードを破られ、敗北したのだ。



そう。





彼女は私の退屈な運命を、打ち破ってくれた。

だからありがとう、霊夢・・・。



「お嬢様!!」

忠実な従者の叫びと、抱きかかえられる感触を最後に、私は意識を手放した。





+++この物語は、博麗の巫女が永遠に幼い紅い月を退治し『異変』を解決する、正しい歴史の形を描くお話+++



楽園の素敵な巫女:博麗霊夢

やっと主役らしいお話に。ていうか巫女さんはマジ鬼畜です。

結局使ったスペカは2枚。3枚目は『アレ』です。『アレ』なんです。

レミリアを倒した理由は、とっとと帰って寝たかったから。

能力:主に空を飛ぶ程度の能力

スペルカード:霊符『夢想封印』、夢符『封魔陣』など



永遠に幼い紅い月:レミリア=スカーレット

紅魔郷ラスボス。おぜうさま。れみ☆りあ☆うー。

結論から言えば退治されることを望んでいたが、Mではない。どっちかというとSっ気。

退屈だったから『異変』を起こしたが、そんなこと幻想郷ではよくあること。

能力:運命を操る程度の能力

スペルカード:神罰『幼きデーモンロード』、『紅色の幻想郷』など



歩く核弾頭?:名無優夢

キレたときの破壊力を考えるとこの表現が妥当。咲夜さんですら謝るほど。

しかし普段は温厚なので、怒らせなければ実にまともな人。

外の常識は幻想郷の非常識なので、彼の存在は幻想郷の非常識?

能力:キレて最強になる程度の能力?

スペルカード:想符『1700万ゼノのブルーツ(笑)波』、月符『ムーンライトレイ』、思符『デカルトセオリー』



歩くチャッカマン?:霧雨魔理沙

無論優夢に火を点ける的な意味で。これで優夢を怒らせたのは二度目。

しかしちゃんと謝るので両者の関係が悪くなることはない。良くもならないが。

弾幕ごっこ始まった直後に優夢怒らせれば負けなしじゃね?

能力:魔法を使う程度の能力

スペルカード:魔符『スターダストレヴァリエ』、恋符『マスタースパーク』など



天然瀟酒なメイド長:十六夜咲夜

実は少し天然が入っているというもっぱらのうわさ。なのに完全瀟酒である。

ちゃっかり優夢たちとレミリアの戦いを観戦するだけの融通は利く。

で、掃除はどうしたの?咲夜「Σ(; Д )  ゚ ゚」

能力:時間を操る程度の能力

スペルカード:奇術『ミスディレクション』、幻世『ザ・ワールド』など



→To Be Continued...



[24989] 一章九話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/18 23:04
霊夢が勝った。あの圧倒的な量の弾幕を潜り抜け、正確に己の弾幕をぶつけ、悪魔の少女を落とした。

「お嬢様!!」

俺の後ろで二人の弾幕ごっこを見守っていた咲夜さんが、落ちる少女を抱えようと落下軌道へと向かった。

視界の中で、レミリアさんが咲夜さんにキャッチされた。あれで少女は大丈夫だろう。

とにかく。

「ふー、これで一件落着だぜ。」

『異変』は終幕を迎えた。これでもう洗濯物の心配はしなくて済みそうだ。

「おーい、霊夢ー!!」

俺は一番の功労者である霊夢を大声で呼んだ。どうやらそれで初めて俺達に気付いたようだ。

「魔理沙、優夢さん。何処行ってたのよ、もう全部終わらせちゃったわよ。」

いや、申し訳ない。

「ちょっと地下に迷い込んでたんだ。」

「おかげで本が大量だぜ!!」

ちゃんといつか返せよ。

「優夢さん、実は方向音痴?」

「世話が焼けるやつなんだぜ。」

「違ーう。隠し扉に引っかかったんだよ。」

『異変』が解決してすぐだというのに、二人はいつも通りだった。いや、『異変』の最中もこんなだったか。

「じゃあ、とっとと帰りましょうか。」

「ええ?俺達館の主に挨拶してないんだけど。」

「別に後日でいいぜ。」

いいのかそれで。一応俺達無断で侵入したんだけど。せめてその侘びぐらいはしておかないと。

「全く、相も変わらず律儀ね。」

「ホントだぜ。」

お前らが適当すぎるだけだ。



それに『異変』は解決したけど、まだ全部が終わったわけじゃない。

俺にはまだ、やるべきことがあるから。

地下の少女との約束を果たすために。



俺達はレミリアさんの目覚めを待つため、咲夜さんの後に続いて紅魔館へと戻った。

しかし咲夜さんによると、レミリアさんは力を使い果たしていたようで、今日中には目を覚ましそうにないとのことだった。

そんなわけで、俺達は咲夜さんの手でそれぞれ客室を宛がわれ一夜を過ごすこととなった。





***************





「うん・・・。」

目を覚ます。私は自室のベッドの上で眠っていたようだ。

太陽の光が入らないよう窓から離れて設置されたベッドから、窓を眺める。

外は紅い霧――ではなく、晴れ晴れとした景色が広がり、空からは忌々しい太陽の光が降り注いでいた。

それが、昨晩の敗北を現実のものだと実感させた。

「博麗の巫女・・・博麗霊夢。」

私を負かしたその人物の名を口にする。

ああ、何と清々しい気分か。こんなに気持ちのいい目覚めはいつ以来かしら。

改めて霊夢には感謝ね。彼女がいなかったら、こんなに『これから』を楽しみにすることはできなかっただろうから。

自然と笑みが浮かんだ。



と、ノックの音が飛び込んできた。

「お嬢様、お目覚めでしょうか。」

忠実な従者の声。というかあなた、目が覚めてるってわかってて聞いてるわね。

「ええ。入りなさい、咲夜。」

「失礼致します」と扉を開け、完全で瀟酒な従者が現れる。

「ご気分はいかがでしょう。」

「最高よ。」

迷いなく答える。それで咲夜は目をパチクリとしばたかせた。

「・・・それは、ようございましたね。お嬢様。」

「ええ、『異変』を起こして大正解だったわ。」

外にはこの身を蝕む光が蘇ったが、それでもお釣りを払ってあまりがあるぐらいの収穫だったから。

咲夜は微笑みを浮かべた。

「今朝はお目覚めになられると思いましたので朝食をご用意致しました。いかが致しますか?」

「頂くわ。」

私はベッドからピョンと飛び降りた。

それと、と咲夜は続ける。

「昨晩のお客様方が、お嬢様にお会いしたいとおっしゃっております。現在はそれぞれ割り当てのゲストルームに待機していただいております。」

あら、霊夢が?それと、『方』ということは他にもいるのね。

「はい。博麗の巫女、ならびに白黒の魔法使いと、黒色のよくわからない男性が。」

・・・何、その最後の『よくわからない』って。

「その、私の語彙では形容する言葉が見つかりませんでしたので・・・。」

「・・・そう。まあいいわ。今朝の私は気分がいい。その者達も朝食に招きなさい。そこで会ってあげるから。」

「かしこまりました。直ちに。」

咲夜は一礼し、直後姿を消した。時間を止めて呼びに行ったか。

さて、それでは。

「貴族らしく、優雅な朝食といきましょうか。」

私は身だしなみを軽く整え、食卓へと向かった。





***************





ベッドは正直寝苦しかった。どうやら俺は雑魚寝派らしい。

霊夢も俺と同じ意見だったらしく、まだかなり眠そうだった。魔理沙は慣れているのかピンピンしてたが。

まあそんなわけで、俺は今相当眠い。元々博麗神社では居候の身としてほぼ全ての家事を請け負っているから、こういう純粋な客としての扱いもちょっとむず痒い。

・・・ていうか客?俺達ただの不法侵入者じゃないんスか?

「いいのよ、向こうが客だって言ってるんだから。」

さいでっか。

さて、そういうわけでいつの間にか客扱いになっていた俺らだが、現在それぞれ宛がわれた部屋から出て合流、咲夜さんに案内されて食卓へと向かっているところだ。

なんでも、目を覚ましたレミリアさんが俺達を朝食に招待したそうな。う~ん、昨日は敵だったんだよね、確か。

ま、いっか。素直に受け入れとこう。断るのも失礼だし。

ということで、食卓に向かっているのである。

にしても。

「ホンット広いですね、ここ。」

思わずつぶやくほど、紅魔館の中は広かった。今歩いてるのはただの廊下なのに、人間5人が横に寝て並べるぐらい広い。

ってか外から見たときここまで広かったっけ?

「この中は、私の力を利用して空間をいじっています。だから外から見るよりもずっと広くなっているのです。」

と咲夜さんが解説してくれる。すげぇ、そんなことできるんだ。

「でもそれだと掃除とか建物のメンテナンスとか大変じゃないですか?」

「ご心配なく、私が日頃からお手入れしてますので。」

マジで完璧超人ですね、咲夜さん。

「お褒めいただき光栄ですわ。」

うーむ、返答まで完全瀟酒。敵う気がせん。



そして通された食卓。

「待っていたわよ。『博麗の巫女と愉快な仲間達』。」

巨大なテーブルを挟んで向こう側に、昨晩の悪魔の少女が座っていた。

水色の髪、紅い瞳、悪魔の羽を背負った少女。しかし雰囲気は、ただの少女ではなかった。

何と言ったらいいか。高貴というか、歳経たというか。とにかく彼女が見た目どおりの者ではないことがすぐにわかる。

まさにこの『悪魔の館』の主に相応しいオーラだった。

「何よその変な集団名は。」

「そうだぜ、私達は『霧雨魔法店ご一行』だぜ。」

にも関わらず、この二人は普段どおりでした。

「いや待て、そんなことより俺は魔理沙が店をやっていたという事実に目が飛び出しそうなんだが。」

「店とは言っても名ばかりで、年中開店休業状態よ。客もないし。」

「失礼な。それじゃあまるで私が売れない店をやってるみたいじゃないか。」

「違うの?」

「違う、売れない店なんじゃなくて売る気がないだけだぜ。」

「余計性質悪いわ。」

少しはおやっさんを見習え。あの人ほど商魂逞しい人もいないぞ。

「・・・私を無視するとはいい度胸じゃない。」

あ、やべ。レミリアさんが青筋浮かべてる。

「し、失礼しました!!」

「ふん、まあいいわ。それと、咲夜の言ったとおり確かに『よくわからない』わね。」

・・・泣いていいかな。俺の評価って一体・・・。

「さあ、いつまでも突っ立ってないで席に着きなさい。咲夜、料理を運んで頂戴。」

「かしこまりました。」

咲夜さんは一礼し、すっと姿を消した。

さっき『空間をいじって』って言ってたから、咲夜さんは空間を操る能力を持っているんだろうか。神出鬼没すぎる。

俺達がぞろぞろと席に着くと同時に、俺達の目の前に料理が出現した。

「お待たせしました。」

・・・いや、お待たせされてないし。料理も神出鬼没とか何?

「まずは朝食にしましょう。昨日は疲れたから、お腹ペコペコなのよ。」

はあ、そうっすね。俺も力を使いすぎて腹が減ってるのは同じだ。

とりあえずは飯を食おう。レミリアさんに話を聞くのはその後で。

『いただきます。』

レミリアさんは何も言わずに食べ始め、俺達はいつも通り手を合わせてから食べ始めた。洋食なんだけど、まあいいよね。



ちなみに朝食はパンとビーフシチュー(朝から凄ぇな)とスープ。全て味が良く、作った人の腕の高さを感じさせた。

「お褒めに預かり光栄ですわ、優夢様。」

って咲夜さんですかい。あなた本当に完璧すぎるんですが。





ごちそうさまでした。

「そっちの二人には自己紹介がまだね。紅魔館へようこそ。私は主のレミリア=スカーレット。」

レミリアさんは丁寧に口を拭いてから、そう言った。

「霧雨魔理沙、普通の魔法使いだぜ。」

「博麗神社の居候、名無優夢です。」

魔理沙はそのまま名乗り、俺は頭を下げて言った。

「さて、それで一体どんな御用なのかしら。悪魔の館で一夜を過ごすぐらいなのだから、何か理由があるんでしょう?」

レミリアさんはテーブルの上に肘をついて手を組み、俺達を見据えた。

あまり行儀の良い行為とは言えないんだが、実に様になっているためにそう感じさせない。

「別に私は用はないわ。」

「私もだぜ、優夢が『ここの主に挨拶しないで帰るのは嫌だ』とか言い出しただけで。」

いやだって、不法侵入じゃんそのまま帰ったら。俺は嫌だ。

「・・・何というか、幻想郷であなたみたいのは返って珍しいわね。」

やっぱりそうなのか。恐るべし、幻想郷。

「律儀なのよ。」

「律儀で何が悪い。」

もう開き直るっきゃねーよ。ちなみに俺は自分が律儀だなんて思ってません。普通だ普通。

「それで、あなたの用事はそれだけ?」

まるで見透かしたようにレミリアさんは言う。・・・まあ、俺はそれだけでも残るけどね。

幻想郷の住人的な考え方からすると、他に何か考えがあると思うのが普通なんだろう。実際あるし。

「俺の用件の前に、いくつか聞きたいことがあるんですが、よろしいでしょうか。」

なるべく礼を逸さぬように、努めて礼儀正しく。機嫌を損ねたら俺の望みはかなわない。

「いいでしょう。何が聞きたい?私の血の好みだったらB型よ。」

聞いてません。ていうか吸血鬼だったのか。悪魔だと思っていたんだが。

「吸血鬼は悪魔よ。特上のね。」

ああ、そうなんだ。

・・・俺が聞きたいのはそんなことじゃない。

「地下に幽閉されている少女について。」

レミリアさんは、ピクリと体を振るわせた。同時、顔から表情が消えた。・・・やばいかも。

「あなた、あそこへ行ったの?」

声の調子が、俺を責めるようなんですが。

「偶然だったんです。昨日道に迷って図書館に落ちた後、さらに落ちてそこにたどり着いただけで。」

「・・・そう。」

レミリアさんは無表情のままだ。そこから何かを読み取るのは不可能。

だけど、何でだ?あなたは何も思わないで。

「何故か教えてもらっていいですか。」

フランドールを――実の妹を幽閉しているのか?

「簡単なことよ。危ないから、それだけ。」

レミリアさんの表情は動かない。本当に事も無げに言い放った。

「具体的にどう危ないんですか。」

「あの子は私と同じ吸血鬼よ。それだけで十分じゃないかしら。」

「答えになっていません。それじゃあなたが外にいる事実に説明がつかない。」

「・・・目ざといわね。」

ほんの少しだけ、レミリアさんは苦々しげな表情をした。いや、今のは誰でも気付くぞ。

「あの子は少々不安定なのよ。目に付くものを全て壊してしまう。それを防ぐためよ。」

・・・それは本当なのか?俺が聞いたあの声は、全然そんなことを感じさせなかったのに。

「偶然あの子の機嫌が良かったんでしょう。そうじゃなかったら、あなたが生きている道理がないわ。」

マジか・・・。俺は結構ギリギリの綱渡りをしてるんじゃなかろうか。

言おうか言うまいか。しばしためらわれる。でも、俺はこの言葉を口にしないわけにはいかない。

呼吸を整える。ただの話し合いなのになんでこんなに緊張するんだか。





「外に出してあげようとは、思わないんですか?」

俺の言葉で、レミリアさんの表情は激しく揺れ動いた。





***************





初め、この男が何を言っているのかわからなかった。

「外に出してあげようとは、思わないんですか?」

だから思わず呆け顔になったのも許されるだろう。

「あなたは・・・人の話を聞いてたの?」

どうしたらそんな発想になるのだろう。

「もちろん聞いてましたよ。ただその事実が俺の考えを変えるに至らなかっただけです。」

信じていない、というわけではないようだ。私の話を信じた上でこんなことを言っているのか。

やっぱりこいつは『変なやつ』だ。黒一色の変なやつ、こいつの通り名はそれで決定。

「逆に聞くわ。何故あなたはあの子を外に出してあげたいと思うの?」

何故あなたが、そこまでフランを気にかける必要があるの?放っておけばいいじゃない。

それであなたに何か不利益があるわけでもなし。

男はしばし黙る。言葉を選んでいるのか。

「――どうにも説明が難しいんですが」

そして口を開いた。

「俺はその現実を受け入れちゃいけない。そう思ったからです。」

――こいつは何を言ってるのかしら。意味がわからないわ。

「あー、こいつは何でも受け入れられるんだ。そういう性格らしい。」

ふぅん?

「だから、多分俺はフランドールが500年近く幽閉されているっていう事実を、受け入れようと思えば受け入れられてしまうんです。」

ならそれでいいじゃない。

「けど、俺の意思が、俺の心が『それじゃダメだ』って叫んでるんです。この現実だけは、受け入れちゃいけないって。」

それは何故?

「わかりません・・・。ただそう思ったとしか、言いようがありません。」

・・・話にもならないわね。そんな考えの何処に意味があるのかしら。

「聞きたいことはそれだけ?だったら」

「逆に聞きます。あなたは――」

男――優夢は私の言葉を遮り





「何も思わず、フランドールを地下に閉じ込め続けているんですか?自身の血を分けた姉妹を。」

そう、言った。



そんなこと・・・

あるわけ――――





***************





「別に何も思わないわ。」

・・・そうか。

「危険なものを閉じ込めて、何が悪いというの。」

この人は。

「あなただってそうでしょう?自分に危害を加える妖怪を、自分のそばに置き続けられる?」

500年もの間。



苦しみ続けてきたのか。



レミリアさんのさっきの言葉に嘘があるとは思わない。多分本当に、フランドールは危険なんだろう。

でなければあの堅牢な扉と、パチュリーさんによる結界の説明がつかない。

けど、今の言葉は嘘だらけだ。そして多分、これが今までレミリアさんをさいなみ続けてきたんじゃないだろうか。

俺には自分に関わった人間の記憶なんて、幻想郷の人達のことしかない。そんな俺でも容易に想像がつく。

いや、多分それは俺の想像しているものよりもはるかに辛いもの。

血を分けた妹を、危険ゆえに地下深くに永く閉じ込め続けなければならない。そして外に出してあげたいと思うたびに、今のような言葉で自分を傷つけてきたんだろう。

だってそうだろう?



本当にそう思っているんなら、そんな泣きそうな表情で自分の妹を罵倒したりなんかしない。



理解した。同時、俺の腹も決まった。

(優夢もお人よしだよねー。レミリアの言うとおり、関わらなければいいのに。)

と、俺の中のルーミアが語りかけてくる。そういえば昨日は夢を見ることもないほど疲れてたが、つまらなかったか?

(ううん。パチュリーとの勝負は見てて楽しかったから。)

そか。

お前も俺をバカみたいだと思うか。

(うん。けどだからこその優夢なんだよねー。)

言ってくれるな。

(優夢の好きにすればいいと思うよ。私は優夢に死なれると困るんだけどね。)

何故?

(何故って・・・私は優夢に取り込まれてるんだよー?優夢がいなくなったら、私ってどうなっちゃうのかな?)

ああ、確かに・・・。

けど、俺はもう決めちゃったんだ。ごめんな、ルーミア。

(別にいいのかー。)

・・・よし。



レミリアさんは言った。「自分に危害を加える妖怪を、自分のそばに置き続けられるか」と。

そんなもの、俺にとって答えは一つだ。

「置き続けられますよ。」

「・・・なんでよ。」

「受け入れるからです。たとえ相手がどれだけ危険だろうが、俺の命を狙ってようが、この世界を滅ぼそうとしていようが。」

俺には受け入れられる。最弱の俺が唯一幻想の妖怪たちに勝てる領域。

それがこの、受け入れられるということだから。

「だから、あなたに受け入れきれなかったフランドールは俺が受け入れます。」

「・・・もしできなかったら?」

「もしなんてありませんよ。そのときは死ぬだけです。」

そうなったら、死すら受け入れてやるさ。

「・・・訂正するわ。あなたは『変なやつ』じゃない。『思いっきり変なやつ』よ。」

失敬な。



「本題に入ります。というかもう言ったも同然ですが・・・。」

そして俺は、紅魔館にとどまった理由を告げる。

「あなたの妹君、フランドール=スカーレットを外に出していただきたい。それが用件です。」

お願いします、と頭を下げる。

レミリアさんから返答はない。まだ迷っているのだろうか。

初めは理由は一つだった。この現実を、俺は受け入れちゃいけないと思ったから。だからフランと約束したんだ。外に出してやるって。

そして、今の理由はもう一つ。

この姉を、500年の牢獄から解き放ちたい。そう思ったんだ。

幽閉されているのは妹でも、心が閉じ込められているのは姉の方だ。俺は二人とも解放したいと思った。

だからレミリアさん。

首を縦に振ってくれ!!



「条件があるわ。」

その言葉で、俺は首を上げる。

「別にあなたが勝手に死ぬのは構わないけど、そうなったらその後の後始末は誰がするのかしらね。」

・・・そりゃあ、レミリアさんと咲夜さん、パチュリーさんと小悪魔さんでしょう。

「死ぬとわかっているのにわざわざ許可して、その後片付けをさせられるのはたまったものじゃないわ。」

ですよねー。

「だからあなたがある程度の強さを持っていることを条件とするわ。」

・・・なんて絶望的。思わずでっかいダイニングテーブルに突っ伏す俺。

「どうしたの?」

「いやあの、霊夢とタメ張れる吸血鬼のレミリアさんのお眼鏡にかなえるかどうかは怪しいのですが・・・。」

「その点なら問題はないと思うわ。」

と、霊夢が食後のお茶――多分咲夜さんにわざわざ淹れさせたんだろう、緑茶だ――をすすりながら口を挟んだ。

てかちゃんと聞いてたのか。

「優夢さんは経験こそ少ないものの、レベルとしては私や魔理沙と同格だからね。」

あのー、霊夢さんや。わざわざハードル上げんでください。そんな過大評価はいらないから。

「過大評価じゃないんだぜ。お前は私と霊夢の両方からそう思われてるんだ。」

「少しは自覚を持ちなさい。あなたは間違いなく一流の才能を持ってるんだから。」

うーむ、パチュリーさんからも似たようなことを言われたが、本当なんだろうか?

「まあ、まだ負けるつもりはないけどね。」

「右に同じだぜ!!」

とか言われるから、全然信用できない。

「えーと、まあ俺は弾幕始めて4ヶ月なんで、大して強くないです、はい。」

「よッッッ!!?」

あれ?咲夜さん何そんなに驚いてんの?

「たったの4ヶ月で私をあれだけコテンパンに・・・。うふふ、私の人生って何なのかしら。」

「あら、咲夜を負かしたの?これは期待できそうね・・・。」

待てーゐ!?記憶にないんですけど!!

「ほらあれだ。ブチ切れたときの。」

そんなのアテにできるか!!

「よし、私に挑戦する権利を与えるわ。」

何でそーなるのッ!!?





そして舞台は変わって大広間。

マジでやるんスか・・・?

「当然でしょ。面白いじゃない、たったの4ヶ月の経験で咲夜を負かしたその力、見せてみなさい。」

だからそれは・・・。いや、言ってももう聞かないモードに入ってる。弾幕ごっこ直前の話を無視して進める状態だ。

「とは言っても、昨日は力を大盤振る舞いで使ったからスペルカードは面倒くさいわね。」

お!?難易度が・・・。

「お互い、一発勝負にしましょう。一回でも弾幕を当てられたら負け。分かりやすくていいんじゃない?」

それなら・・・俺に勝機もある。

よし。

「わかりました。その勝負、お受けします。」

「いい返事。じゃあ咲夜、審判をお願いするわ。」

「はい・・・。」

まだ暗ーい影を背負った咲夜さんがノロノロと手を上げる。・・・いや、マグレなんですからそんな気にしなくても。

「始め!!」

さっきまでの暗さが嘘のように、りんとした声で咲夜さんが言った。直後、レミリアさんから昨晩の大玉弾幕が嵐のように放たれた。

「ちょ、ずっこ!?」

「勝負に汚いも何もないわ!!」

・・・そうですか。ならこっちにも考えがありますよ。

俺は地面に脚をつけた状態で、計7個の操気弾を生み出した。それを意思で動かし、自分に当たりそうな弾幕を弾き消す。

「あら、珍しい弾幕を使うのね!!」

「これだけしか能のない、三流ですけどね!!」

嵐のような弾幕はまだ続いている。全てを砕ききることなんて当然できないので、俺に当たりそうな弾幕のみを消す。

だがそれでも大きな弾幕は消しきれず、回避運動をとることになる。地上での回避は至難の業だ。

「くっ!!」

必然、俺は空を飛ぶことになる。同時に操れる操気弾の数が減り、場に見える操気弾は4つ・・・・・・・・・・・となる。

「随分と数が減ったわね。そんなんで裁ききれるのかしら。」

当然裁ききれないだろうな。回避能力がさほど高くない俺じゃ、そう長くはもたないだろう。



だが、長くもつ必要はない。何故ならこの勝負は一回当てたほうの勝ちだから。

方法の如何は問わず。

だったら、明らかに格下の俺がとる方法なんて一つしかないだろう?



俺は弾幕を砕く。俺に迫る弾幕を選び、それでも襲い掛かるものは避け。

しかしそれももう限界だ。グレイズのしまくりで、元々ボロボロだった服がもうヤバイ。具体的にはこの状態で人里に行ったら慧音さんの頭突きを喰らうぐらい。

「もう終わりかしら。」

「そうですね。そろそろ終わりでしょうか。」

「面白い弾幕を使うようだけど・・・やはりまだまだ未熟ね。100年ぐらい修行してきなさい。」

はは、俺人間だからそこまで生きられませんって。

それにね、レミリアさん。未熟者は、未熟者なりに工夫するもんなんですよ。



「じゃあこれで!?」

だから、そんな余裕かましてると窮鼠に猫は噛まれるんですよ。

何も起こっていないはずなのに、レミリアさんは後ろから前方に弾き飛ばされた。

しかし何も起こっていないことはない。それは俺の弾幕がやったんだから。

「『影の薄い操気弾』。使いどころは難しいけど、上手くやればこんなもんですよ。」

「見えない弾幕・・・ですって?」

俺が集中を解除すると、弾幕はレミリアさんの目の前で色を取り戻す。

こいつは多用ができなかったりやたらと疲れたり、おまけにじっくり見ればすぐバレるという実は結構情けない性能しか持ってなかったりする。

だけど、奇襲には持って来いの技だ。

相手は格上だけど、俺の弾幕は初見。仕掛けるならこれしかないと思った。

俺が空中で制御しきれる操気弾の最大数は5つ。だから浮かび上がったとき解除したのは2つ。

そして一見消えた一つは、気配を消してレミリアさんのすぐ近く――念には念を入れて背後に先行させておいたのだ。

後はレミリアさんが俺に止めを刺しにくる一瞬を待てばいい。それで確実に当てられる。

おかげで服はボロボロだが、何とか勝利をもぎ取ることができた。

「さあ、条件は満たしましたよ。約束どおり、フランを外に出す許可を。」

「・・・ふぅ、わかったわ。確かに、ある程度の強さはあるようね。」

・・・良かった、俺の強さは何とかレミリアさんのお眼鏡にかなうものだったみたいだ。



フランドール。俺は必ず約束を守るよ。





***************





私はその瞬間目を疑った。

間違いなく何も見えない。何もない。何も感じられない。

なのに私は、一撃を喰らった。よく見ればかすかに輪郭が見える。だが、こんなもの喰らってみるか言われなければ気付くはずもない。

弾幕を壊す通常弾も十分異常だが、これはそれに輪をかけて異常だ。

もし初めからこれを大量にしかけられていたら。かわしきるのは至難の業だ。私でもかわしきれるかわからない。

なるほど、4ヶ月の経験で霊夢と肩を並べるというのは嘘ではない。この男は間違いなく十分な力を持っている。

だから私は、フランドールを外に出す許可を下ろした。



しかし、同時に残念にも思う。この男は確実に伸びる。それも現時点で強いのにさらにだ。

現在の力では、恐らくフランに太刀打ちすることは不可能だろう。もって10分といったところか。

そこで彼の人生は終わる。フランに遊ばれ、最後には壊されてしまうだろう。それがとてももったいないと思った。



けれどわからない。ひょっとしたらそうはならないのかもしれない。

私は運命を操る吸血鬼。他者の運命をある程度なら見ることができる。つまり、その者がどういった道筋をたどってきて、これからどういう道があるのかを大まかに予測することができるのだ。





なのにこの男は、運命が『ない』。見えないのではなく、全く影も形も『無』いのだ。





どんな存在でも運命からは逃れられないというのに、この男の存在はそれを真っ向から否定している。

そんなことがありえるのだろうか?だが、目の前にありえている。だからわけがわからない。

あるいは、だからこそ私はこの名無優夢という存在に期待しているのだろうか。



彼が、フランドールを――私の愛しの妹を、鳥篭から解き放ってくれることを。

ここまで未知数で不気味な話もないけど、私は彼に期待をせざるをえなかった。





「地下室の結界解除は一週間後に行うわ。色々と準備が必要だからね。一週間経ったら神社まで向かえに行くわ。」

こう言って、この日は三人を帰した。

「――咲夜。」

「はい。」

「私の判断は、間違っていないかしら。」

運命がない。レールが全く存在しないということが、ここまで難しいことだとは思わなかった。

私は今まで、運命を見てより良いと思われる道を選んできた。だが今回ばかりはそうもいかない。

先行きが全く見えない不安があった。

「間違っていません。」

しかし咲夜は――運命が見えるわけでもないのに――これ以上なく断言した。

「随分自信満々に言うのね。」

「私はお嬢様の意見を最大限尊重しますので。それに。」

咲夜は言葉を切って、門の外へと飛んでいく三人に視線をやった。

「あの男はお嬢様の願いを――いえ、私やパチュリー様、そして妹様の願いをかなえる。そんな気がするのです。」

「『願い』を――ね。」

ただの人間に、吸血鬼である私やフランの『願い』をかなえることなんてできるのかしら。

いや、運命がない時点でただの人間とは言いがたいか。

ということは、咲夜の言うとおり期待してもいいのかもしれないわね。

私はもう見えなくなった優夢に向かって、一言つぶやいた。



「期待してるわよ、名も無き優しい夢。」





+++この物語は、願いの幻想が幼い吸血鬼たちを救おうとする、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



黒一色の変なやつ:名無優夢

運命が存在しないのは仕様。無論本人はそんなこと知るわけがない。

別に某赤い人みたいに正義の味方を目指したりはしない。死は怖くても受け入れるタイプ。

まともな人ほど変なやつなのである。世の中ってなぁそんなもんさ。

能力:願いをかなえる程度の能力?

スペルカード:想符『1700万ゼノのブルーツ(笑)波』、月符『ムーンライトレイ』、思符『デカルトセオリー』



運命を操る吸血鬼:レミリア=スカーレット

麻雀をやったら最強。ポーカーをやっても最強。運命通り・・・!!

万能な能力ではないにしろ強力なことに違いはない。

あと、『影の薄い~』に疑問を持たなかった人。さすがは『不夜城レッド』。

能力:運命を操る程度の能力

スペルカード:神罰『幼きデーモンロード』、『紅色の幻想郷』など



出番が無ければ空気巫女:博麗霊夢

洋食はあまり性に合わないが、お腹が空いていれば食べる。今度は食後のお茶が怖い。

優夢の実力は評価しているが、霊夢自身が強すぎるのであまり信じられていない。

そしてそれをどうにかする気もないので、優夢の勘違いは進む。

能力:主に空を飛ぶ程度の能力

スペルカード:霊符『夢想封印』、夢符『封魔陣』など



霧雨魔法店店主?:霧雨魔理沙

店はただの物置。多分人里の人もこの店があることを知らない。

というか店=家が魔法使いの森の中にあるので、誰も近寄らないという罠。

紅魔館のベッドが寝心地が良かったので、死ぬまで借りようか迷った。

能力:魔法を使う程度の能力

スペルカード:魔符『スターダストレヴァリエ』、恋符『マスタースパーク』など



完璧超人メイド長:十六夜咲夜

家事に関してこなせないものはない。時間が操れるから時間もかからない。

妖精メイドがあまりにも使えないので、本気で求人しようか考え中。

ネーミングセンス×の人その3。『クロースアップ殺人鬼』てあーた。

能力:時間を操る程度の能力

スペルカード:奇術『ミスディレクション』、幻世『ザ・ワールド』など



→To Be Continued...



[24989] 幕間四
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/18 23:05
~幕間~





これは、俺が初めて子供達にまともな授業を出来たときの話だ。



「そういや、優夢ってどんな授業するんだ?」

朝早く、朝食をたかりに来た魔理沙がそんなことを言った。

俺は魔理沙に大盛りにしたご飯を手渡しながら答える。

「どんなって・・・たとえば草花の生態について教えたり、自然界の構成について教えたり、あとは『外』の遊びを教えたりとかなんだけど・・・。」

答えが少し歯切れ悪くなる。

というのも、実際のところまともに教えられているのは最後の一つだけで、前二つはまともに聞いてもらえていなかったりする。

やはり遊びたい盛りの子供達だ、勉強よりも体を動かしたりとかの方がいいんだろう。

けど慧音さんは普通に教えられてるんだよなぁ・・・。やっぱり俺の教導力のなさが問題なんだろうか。

「ふ~ん?」

興味があるのかないのか、魔理沙は気の抜けた返事をした。

「優夢さんのことだから、まじめに教えてるんでしょうね。」

と霊夢。うん、まあそうなんだけど。教える側がまじめじゃないってのは問題だろ?慧音さんもまじめなんだし。

「まじめすぎるんじゃない?」

・・・どうなんだろうか。でもまじめ『すぎる』ってことはないだろ。まじめな分には足りないってことはないんだし。

「はぁ、わかってないわね。だから優夢さん、最初働きすぎてたんじゃないの。」

「あんまり根詰めて教えられると、逆に息が詰まるぜ。」

そういうもんなんだろうか。ていうかさお前ら。

「そう思うんだったら、俺の弾幕ごっこ訓練、何であんなにハードだったのか教えてほしいんだが。」

「いや、まあ、それは、ほら。」

「手加減が面倒だったんだぜ。」

「おぉい!?」

今明らかになる恐るべき事実。死んでたらどーする!!

「今生きてるんだからいいじゃない。」

「そうだぜ。それに優夢は殺しても死なないだろ?」

「俺は何者だ!?」

普通に死ぬっつーの!!

「まあまあ。おお、そうだ!!」

と、魔理沙が何か妙案を思いついたように表情を輝かせた。

「面白そうだから、今日は私も優夢の授業を受けてみるぜ!!」

そんなことをのたまった。

・・・いいのか?ていうか魔理沙、お前に俺の授業を受ける必要があるのか?

「必要があるかないかじゃないんだぜ。私が受けてみたい、そう思ったのが重要だ。」

そーかい。

「となると、慧音さんに確認とらないとまずいよな。ただで教えてるわけじゃないんだし。」

「そこは友人特価でまけてくれよ。ほれ、普段弾幕ごっこの相手になってやってるだろ?」

今は頼んでないだろ。ていうかそれはお前が勝手に挑みに来てるだけだろが。

「まあ、別段拒否する理由もないし、いいんだけど・・・。騒ぐなよ?」

「善処するのぜ。」

・・・相当不安だった。



俺は朝食後、後片付けをして授業用の資料をまとめ、魔理沙とともに人里へと向かった。

出る直前に霊夢が魔理沙に「朝ご飯食べてったんだからお賽銭入れてきなさい」と言っていたが、華麗にスルーされていた。

まあ、それでお賽銭ってのもどうかと思うんだけどね、俺としては。





***************





「一日生徒か・・・。」

私は優夢君が連れてきた白黒の魔法使いを見て思案した。

霧雨魔理沙。人間の魔法使い。若年ながら博麗の巫女と肩を並べて『異変』を解決したこともある、幻想郷屈指の実力者だ。

優夢君は博麗神社で厄介になっているのだから、巫女の友人である彼女とも交友関係があるのは当然か。

しかしそのために、珍しい光景を目にすることになったわけだ。

強いと言ってもまだ若い――どころか幼いとも言える少女。彼女のような者が勉学の門戸を叩く。

悪くないじゃないか。

「ああ、許可しよう。なんだったらこれからも定期的に受けに来るといい。」

「ありがとうございます、慧音さん。」

優夢君は頭を下げた。相変わらず律儀な青年だ。

「定期的に受けに来るかは今日の授業次第だな。期待してるぜ、優夢。」

「ははは・・・全力を尽くさせていただきます。」

その意気だ、優夢君。是非とも彼女を我が寺子屋に入塾させてやってくれ。



私と優夢君は、魔理沙を伴って教場へ入った。

騒がしかった室内が一瞬静かになり、わさわさと小声が響き始める。

「静かに!!彼女は今日一日、ここの生徒として皆とともに勉学に励むことになった。霧雨魔理沙さんだ。」

「霧雨魔理沙だ。よろしくな、チビ共。」

『はーい!!』

うむ、元気が良い。今日も子供達は健康そのものだ。

「では魔理沙、あそこの空いてる席を使ってくれ。」

「わかったぜ。」

私は魔理沙を席に着かせると、後を優夢君に任せて教場端に置いてある椅子に腰掛けた。

現在優夢君は研修中の扱いだ。私がこうやって監督し、子供達への教え方を指導している。

優夢君の教え方は悪くはないはずだ。私から見ても子供達に分かりやすいと思える。

だが、肝心の子供達に聞く気がないのだ。彼らにとって優夢君はまだ『面白い年上の人』という認識でしかない。

これをどうにかしなければ、研修生を脱することはできないのだが。

どうにも優夢君は教える方ばかりに気が行っていて、子供達の心を掴むことに意識が向いていない。

『教える』ということをまじめに考えすぎているのだろう。それ自体は悪くないのだが、少しまじめすぎるのだ。

こればかりは言って教えられるものでもない。彼が自分で気付くしかない。

私は今日も優夢君の授業を見守っていた。





***************





優夢の授業は非常にわかりやすかった。

今日の内容は人体の構造――とりわけ食物の摂取と吸収に関するところみたいだ。

これだけだとやる意味がないし幻想郷では全く役に立たない。だがそれを実際の生活と紐付けて教えれば話は別だ。

たとえば、胃はタンパク質を分解する。タンパク質は肉に多く含まれる。つまり、胃がもたれているときはあまり肉を食べない方がいい。などなど。

実にためになる。今度から二日酔いのときとかに実践しようと思う。

にも関わらず、子供たちはわいわいと騒いでいる。紙を折って飛ばしたりしてる。

「で、こうやって消化したものでないと生き物は自分のものにできないから・・・。」

あ、優夢がため息ついた。こんなにうるさいんだから怒ればいいのに。

多分受け入れちゃってるんだろうなぁ。だから怒れないと。あいつの特性が悪い方向に出たな。



・・・よし、ここは私が一肌脱いでやるか。





***************





子供達が話を聞いてくれない。もう何度目になるかな、これ。

遊びを教えるときは面白いほど聞いてくれるんだが。さっきから教室中を飛び交ってる紙飛行機は俺が教えた遊びだ。

やっぱり子供達は勉強よりも遊びの方が好きなんだな。思わずため息も出るってもんだ。

怒れば早いんだが、それだと無用な反発を生む。それは俺も子供達も望むところじゃない。

だから俺はこれを受け入れてしまっているんだが、いつまでもこれじゃまずいよな・・・。

でもどうすればいいか分からない。だから事態は一向に進展しない。

せっかく慧音さんが仕事を任せてくれたのに情けない。あ、やべ。ちょっと泣けてきた。



「質問があるぜ、優夢先生。」

そのとき、魔理沙が手を上げた。教室が一瞬静まり、皆そちらの方を向く。

お前はちゃんと聞いてくれてたんだな、嬉しいよ魔理沙。

「はい、なんでしょうか霧雨さん。」

ちょっと感涙しそうになりながら、魔理沙に先を促す。





「子供はどうやってできるんだぜ?」



おろぁー!?



滑って後頭部を床にたたきつけた。くそ痛ぇ。

って何!?何今の質問!!魔理沙は授業を聞いてたんじゃなかったのか!?

くそ、やられた・・・!!少しでも感動した俺が馬鹿だった!!

「優夢先生、滑ってちゃわからないぜ。子供はどうすればできるんだ?」

・・・それをこの場で、どうしても俺に答えさせたいというのか魔理沙!!

というかお前わかってんだろ!?わかっててやってるんだろ!!顔ちょっと赤くなってるぞ!!

「お前知ってる?」

「知らなーい。」

「コウノトリが運んでくるんじゃないの?母ちゃんがそう言ってたよ。」

「教えて優夢先生ー。」

わさわさと興味津々の子供達。何故に!?

くっ、この状況はまずい!たすけてけーねせんせー!!

「・・・(コクリ)!!」

いや、笑顔で頷かれても!!しかもなんで親指立ててるんですか!?Goですか、Goサインなんですかー!!?

俺に注がれる視線、視線、視線。魔理沙がスバラシイ笑みを浮かべてやがったが、俺は直視できなかった。憎しみで。

くそ、この状況を打開できる正確かつ当たり障りのない回答は・・・!?





「そのぉー、すっごくたのしいことってゆーかー。」





誤魔化した。声にモザイク入れたから大丈夫か・・・!?

「よく聞こえなかったぜ。」

ぐは!!魔理沙め!!

「あー、これについてはモラルに則って教える準備が出来てないので、また今度!!」

『えーっ?』

子供達が不満そうな声を上げるが、今説明する術を持たないんだから仕方ないだろ!!

何か?×××を○○○に△△してギシギシアンアンって言えってか?無茶言うな。

ブーブー不満を言う子供達を、俺は顔を真っ赤にしながら手を叩いて静まらせた。

「もう少し大きくなったらちゃんと正しい知識を教えるから、今は我慢してくれ!頼む!!」

それで何とかいったんは静かになった。



んが。

「じゃあ、生理は何で来るんだぜ?」



ごしゃ!!俺の頭が鈍い音を立てて教卓に激突した。・・・魔~理~沙~!!!!

「生理って何?」

「男子はまだ知らなくていいのよ!!」

「なんだよ、大人ぶんなよ女子!!」

「何よー、やるっていうの!?」

今度は喧々騒々の子供達。魔理沙はさっきよりもストレートだった分、より顔を赤くしていた。だが笑顔はさらにイイものになっていた。

そして何故か慧音さんも凄くいい笑顔をしていた。

ああ、きっと今の俺なら憎しみだけで人を殺せる。

「どうなんだ?」

「答えはさっきと一緒だ!!」

同系列の質問だろ!その過程で教えることになるだろうが!!そこまでして俺の口から≪JSOX法≫って言わせたいかこの野郎!!

俺の顔はさらに赤さを増し、肩で荒い息をついた。





「じゃあもういっそのこと、大人の男の体を見せてくれよ。」



メメタァッ!!再び顔面が教卓に衝突した。・・・お前は見ただろ、魔理沙。

寺子屋の女子が黄色い悲鳴を上げた。ていうか顔は赤いけど楽しそうだぞ。

男子勢は、子供の体とは違う大人の体を見てみたいのか、ちょっと興味ありそうだ。

そして慧音さんはすっごくいい笑顔してた。菩薩って感じ?



しかし、仏の顔も三度までと言うだろう?



俺の中で大切な何かが切れた・・・!!








それからしばらくの間、俺の記憶は抜け落ちている。








気がつくと、俺の目の前で魔理沙がカタカタ震えながら平謝りしてた。

遠巻きに子供達が怯えた目つきでこちらを見ている。そしてその前には慧音さんが陣取っている。

・・・どうやら俺は我慢が限界に達し、ブチ切れしてしまったようだ。ああキレ易い現代人。

その後は多分、弾幕言語を放ったんだろう。魔理沙が微妙にボロボロになってるのがいい証拠だ。

「・・・ゆ、優夢君。気持ちはわからないでもないが、寺子屋の中で弾幕は・・・その・・・。」

・・・やっちまった・・・。俺はがっくりと膝から崩れ落ちた。

せっかく慧音さんが俺を雇ってくれたのに。俺はその期待にこたえるどころか、慧音さんの信用まで奪ってしまった。

弾幕は確かに安全のために作られたものだけど、殺傷能力はある。特に俺の弾幕は殺傷能力の塊みたいなものだ。

そんなものを室内で放ったという事実が知れれば、親達だって黙っていないだろう。

俺は、なんてことを・・・。

「あ~、その・・・悪かった。」

「いや、いいよ。もう過ぎちまったことだし・・・。」

魔理沙に対して恨みがないわけじゃないけど、謝られたらもう何も言えない。結局は俺の我慢が足りなかったのがいけないのだから。

今はこの身が情けない気持ちでいっぱいだった。

「・・・と、とりあえず授業に戻ろう。皆、席に着け。」

『は、はい!!』

怯えた子供達は慌てて自分達の席へ戻っていった。俺は慧音さんに支えられながら立ち上がった。

そして力なく、黒板に図や言葉を書き、授業を再開した。





変化が訪れたのは、それから間もなくだった。

「先生、ちょっといいですか?」

「え?あ・・・はい、何かなミツヒコ君。」

ひょろ長の少年が手を上げて質問をしてきたのだ。

「さっきの話だと野菜は食べても消化されないんですよね。それじゃ、僕達がいつも野菜を食べてるのは無意味なんですか?」

・・・え?これって。

「いや、そんなことはないよ。野菜は確かに消化できないけど、健康の維持に必要な成分をたくさんもっていて、これは消化の必要なく吸収できるんだ。
他にも、消化されないからこそ体の助けになることだってある。」

「それってどんなことですかー?」

今度は別の少女が手を上げ質問する。

「消化されないから水分を多く含むことができるっていうのが大事なんだ。お通じの良さはこの水分の量が大いに関係するからね。だから、野菜をしっかり食べていれば便秘にならずに済む。」

「げー、俺野菜嫌いだから食べてなかったー!!」

「それはよくないな。さっきも言ったけど、野菜は健康の維持に重要なんだ。だからこれからはしっかり食べることをお勧めする。」

「先生ー、タンパク質が多く含まれてるのってなんでしたっけ。最初の方聞いてなかったから・・・。」



おいおい・・・どういうことだよこりゃ。

子供達が俺の授業を聞いてる。しかも子供達同士で、これってどういうことだろうとか、じゃあこういうこともあるんじゃないのかとか談義している。

一体どうしたってんだよ!?

それからも、子供達の質問は絶えず行われ、俺はそれに答えられる範囲で答えた。

魔理沙はしたり顔で笑っていた。慧音さんは満足そうに微笑んでいた。



こうして、俺は初めてまともな授業を行い、無事終えることができた。





***************





「それじゃあ10分間休憩だ。休憩の後は、慧音先生の読み書きの授業だ。」

『はーい。』

優夢君の授業が終わった。私は席を立ち上がり、優夢君に近づいた。

「お疲れさまだったな。」

「はい。やっと授業らしい授業をすることができました。」

優夢君は晴れやかな笑顔をしていた。途中ちょっとした『事故』はあったが、今回の授業は私から見ても十分に素晴らしいものだった。

「これで君も、研修生卒業だな。」

「・・・いえ、まだまだですよ。結局今日は魔理沙と慧音さん、それに子供達に助けられましたし。」

違うよ優夢君。

「それでいいんだ。」

「え?」

「授業は決して一人でやるものではない。子供達と一緒に作り上げるものだ。君は『教える』ということを意識しすぎて、ずっと一人で教えようとしてきただろう?」

「あ・・・。」

そう、そういうことなのだ。私だって、私一人で授業を成り立たせることはできない。子供達がいなければ教えることはできない。

たとえその行為の原初の思いが『人にものを教えたい』ということでも、私は子供達に『教えさせてもらっている』のだ。

「そっか・・・。」

「気付けたのなら、君はもう一人前だよ。授業の質は私が保証する。これからは一人でも授業をやってくれ。」

「・・・はい!!」

優夢君の返事はとてもいいものだった。

と。

「先生ー。」

「お?なんだい、アユミちゃん。」

一人の少女が優夢君に話しかけてきた。・・・邪魔をしては悪いな。

「その、今まで授業聞かなくてごめんなさい。」

「・・・はは、ありがとう、聞いてくれて。俺の方こそ、怖がらせちゃってごめんな。」

「あ、いえ!全然気にしてないです!!」

その会話を背で聞き、私は微笑むのだった。



「君もありがとう。おかげで助かったよ、魔理沙。」

方法はどうであれ、彼女は優夢君を助けてくれた。私は彼女に感謝の言葉を述べた。

「私はただ、純粋に気になったことを質問しただけだぜ。」

「それはそれで問題があるがな・・・。」

わかっていただろうに。あの質問の答えを。

「ただ、うら若き乙女のする質問ではなかったな。」

「う、うるさいなぁ・・・。」

顔を赤くする魔理沙。可愛いやつじゃないか。

「・・・君は優夢君にとっていい友人みたいだな。」

「はて、なんのことやらわからないぜ。」

意地っ張りだな。くっくっと笑う。

「彼みたいに真面目な者には君みたいにちょっと不真面目なぐらいが合っているのかもな。」

「失礼だぜ。私のどこが不真面目だ。」

「そうだな、授業中に場の空気を乱して関係のない質問をするところ・・・とかな。」

「それは否めないな。」

私達は大いに笑った。

「・・・私から言うのも変だが、これからも彼のいい友人でいてやってくれ。」

「それは私の意思次第だが・・・まあ、あいつといると退屈しないしな。私の意思で友人であり続けるぜ。」

「そうか・・・ありがとう。」

「礼を言われることなんかしてないぜ。」

魔理沙は顔を少し赤くして、プイとそっぽを向いた。



「そうそう。これからも時々、優夢の授業を受けに来るぜ。あいつの授業は面白くてためになるからな。」

こうして、我が寺子屋に白黒の魔法使いがたびたび訪れることになった。

そして子供達の人気者が一人増えることになるのだが。

それはまた後日の話。





+++この物語は、幻想の教師と寺子屋の子供達が共に成長する、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



寺子屋の教師:名無優夢

教える科目は理科全般と小学校6年レベル以降の算数・数学。幻想郷で役に立つ範囲にカスタマイズしている。

基本は全く怒らない優しい先生だが、怒ると慧音以上に怖いことが発覚。というか理性がぶっ飛ぶ。

微妙に子供達にフラグを立てているような空気。このロリコンめッ!!!

能力:雨降って地固める程度の能力?

スペルカード:想符『1700万ゼノのブルーツ(笑)波』



寺子屋の名物教師:上白沢慧音

子供達の勉強だけでなく、新米教師の指導も行える。万能教師。

しかし自然科学の分野には弱いので、優夢のおかげで助かってたりする。

子供達を静かにさせなかったのは、優夢と子供達両方のためを思って。優しいよけーね、結婚してくれ。

能力:歴史を食べる(隠す)程度の能力

スペルカード:国符『三種の神器 玉』など



寺子屋のガキ大将(候補):霧雨魔理沙

候補というか確定した未来。変動率は0.001%以下。誤差の範囲にも入らない。

今回は優夢のために結構無理した。けど楽しんでいたのは事実。

霊夢が博麗神社からあまり外出しないので、必然的に優夢と行動を共にするのは彼女の方が多くなる。

能力:魔法を使う程度の能力

スペルカード:魔符『スターダストレヴァリエ』、恋符『マスタースパーク』など



博麗神社のお留守番:博麗霊夢

空気である原因は動くのが面倒くさいため。たまには動け。

能力:空を飛ぶ程度の能力

スペルカード:霊符『夢想封印』、夢符『封魔陣』など



→To Be Continued...



[24989] 幕間五
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/18 23:06
~幕間~





これは、『異変』が解決してからフランドールの幽閉が解かれる約束の日までの一週間の話だ。



「ただいま~。」

紅魔館から博麗神社に帰ってきて、俺はまずその言葉を発した。

無論返答はない。居住者である俺と霊夢両方が外出していたのだから。

ないはずだった、のだが。

「おお、帰ってきたか。」

「お帰り優ちゃん、巫女様!!」

意外なことに、返答する人が二人もいた。

「慧音さん、おやっさん。」

「あら、珍しいわね。素敵な賽銭箱はそこよ。」

それは寺子屋運営者の慧音さんと、八百万商店店主のおやっさんだった。

「二人とも、神社に何か御用だったんですか?すいません、昨晩から留守にしていて。」

「いや、用というほどのものではないよ。」

慧音さんが微笑んで言った。その後をおやっさんが引き取った。

「昨日の夜、紅い霧が消えただろ?だから俺は「こりゃあきっと優ちゃんと巫女様が『異変』を解決してくれたに違えねぇ!!」って思ったわけよ。」

「私もそう思ってな。こうしておやっさんとともに労いに来たというわけなのだよ。」

言いながら慧音さんは、一升瓶を持ち上げた。酒か。

見ればおやっさんも、いつもの麻袋にやたらめったら生鮮食品と酒瓶を入れていた。

「二人とも・・・ありがとうござます。とは言っても、俺はほとんど何もしちゃいませんよ。結局、最後に『異変』を解決したのは霊夢だったし。」

「優夢さんが隠し扉にひっかかってる間にね。」

うぐっ。ま、まあそうなんだけどね・・・。

「けど、優夢さんも十分役に立ったわよ。途中の妖精とか妖怪とか結構落としてくれたし。おかげで楽だったわ。」

そう言ってもらえれば助かる。

「ともあれ、二人ともお疲れ様だったな。これは私からの心ばかりの品だよ。」

「右に同じってな。」

「ありがとうございます。」

俺は二人から荷を受け取る。

「さて、私はあまり里を空けるわけにはいかないからもう戻るよ。優夢君、また寺子屋でな。霊夢、君もたまには人里に来るといい。」

「気が向いたらね。」

それだけ言うと、慧音さんは空を飛んで行ってしまった。

「俺もそろそろ戻らにゃな。いつまでも店開けっ放しじゃ、幻想郷最大の食品店の名が廃るぜ。」

「あ、おやっさん。里まででしたら送りますよ。」

おやっさんは戦えない。神社に来るのは、多分慧音さんに連れてきてもらったんだろう。

「いいよ、優ちゃん。帰るついでに仕入れもしなくちゃならねぇからな。なぁに、俺にゃ八百万の神様のご加護があるんだ、気にすんなよ。」

「あ、そうですか・・・。」

「優ちゃんは『異変解決』でお疲れ様なんだ。巫女様と一緒にゆっくり休みな。・・・へっへっへ。」

すいません、おやっさん。・・・あと、最後の妙にいやらしい笑いはなんだったんだ?

「じゃーなー!!」

おやっさんは、小柄な体でピョコピョコと神社の石段を降りていった。・・・速っ。あれなら確かに妖怪に襲われても逃げ出せるな。

「しかし珍しいわね。里の人がお礼をわざわざ届けにくるなんて。」

おやっさんが去ってしばらくすると、霊夢がそんなことを言った。

「え?いつもこういうことってないの?」

「ないわよ。あの人里の守護者は来ることもあるけど、普通の人間が来ることはね。そもそも危ないじゃない。」

・・・確かに。だとしたら、おやっさんには感謝してもし足りないな。

これを期に里の人たちの霊夢に対する印象が上がるといいが。

「慧音さんの言うとおり、普段から人里に出たらどうだ?」

「いやよ、めんどくさい。」





「よーっす、今朝方ぶりー。」

日が傾く頃に、魔理沙が遊びにきた。

「また飯をたかりにきたのか?」

「それもあるが、それだけじゃないんだぜ。」

魔理沙は帽子を脱ぎ、中から酒瓶を取り出した。・・・何処にしまってるんだ、何処に。

「『異変解決お疲れ様宴会』だぜ。」

「お前はほんっとに宴会が好きだな。」

この4ヶ月で魔理沙――というか幻想郷の人間が如何に宴会が好きかを知った。休むまもなく次から次へと宴会話が舞い込むのだ。

酒にあまり強くない俺としては結構迷惑な話だったりする。けどま、なんだかんだで俺も楽しんでるんだけどね。

その証拠に、俺はすぐに台所に引っ込んで酒の器とつまみの準備をしている。おっと、慧音さんとおやっさんからもらった酒もあったな。

そんな感じで宴会の準備をしていると。



「邪魔するわよ。」

「失礼致します。」



縁側の方から今朝聞いたばかりの少女とメイドさんの声が聞こえた。・・・あれ?

「あれ、レミリアと咲夜じゃん。」

「なんであなたまでいるのかしら、白黒。」

「そりゃ、宴会のためだぜ!!」

魔理沙と少女の会話を聞きながら居間へ戻ってみると。

「こんばんは、咲夜さん。と・・・結界解除の準備はどうしたんですか、レミリアさん。」

ちゃぶ台を前にどっかりと座っている吸血鬼の少女と、その横に佇む完全瀟酒なメイドがいた。

「こんばんは、優夢。準備なら全部パチェに任せてるわ。」

レミリアさんはこともなげに言い放った。パチェって・・・パチュリーさんのことかな?

「いいんですかそれで。」

「いいのよ。そもそもそれはパチェしかできないんだし。私はしっかりと力を蓄えて、もしもの時に備えるだけよ。」

そうですか。

「あと、土足は止めてください。和室ですからここ。」

「あら、堅いわねぇ。咲夜。」

「はい、失礼致しますお嬢様。」

うわーい、靴を脱ぐのも咲夜さんに手伝ってもらってるよ。貴族すげー。

「優夢さん、お風呂空いたわよ・・・って、何よあんたら。」

霊夢が風呂から上がってきた。水気を含んだ髪から湯気が上がっている。むぅ、お湯熱くしすぎたか?

「宴会に来たんだぜ!!」

「霊夢と呑もうと思ってね。ワインも持ってきたわよ。」

「ここに。」

どこからともなく咲夜さんがワインの瓶を取り出す。ってか何処に持ってたんですか、マジで?

「はぁ、まあいいけど。私達、ご飯まだなのよ。」

「私もだぜ。」

「せっかくだから、いただくわよ。」

ということは・・・。

「じゃあ、急いでもう三人分作ってくるか。」

「私は結構ですわ。」

と、咲夜さんが遠慮した。けどなぁ。

「いえ、大した労力ではありませんから。気にしないでください、お客さんなんですし。」

「しかし・・・」

「咲夜。向こうがいいと言っているのだからいいのよ。遠慮することはないわ。」

「はぁ、そうですか。それでは失礼しますが・・・。」

はいよ、任せておいてください!!

しかし咲夜さんはメイドさんの鏡だなぁ。客先でも礼を逸することがない。まさに完璧超人だ。

そんなことを思いつつ、おやっさんからもらった川魚をもう三匹火にかけた。



「和食も結構いけるわね。」

「これは・・・紅魔館のメイドに欲しい。」

喜んでもらえてなによりだが、何故メイドなんだ。





俺が風呂を出ると、既に場は大宴会だった。

「一番、霧雨魔理沙!!きのこを爆発させます!!」

宴会芸の最中だ。魔理沙が帽子の中から毒々しい色をしたきのこを取り出した。

そして視線をめぐらし俺と目が合う。

その瞬間、魔理沙の目がギラリと光ったような気がした。

「喰らえ優夢!!」

「おわ!?」

どストレートに投げられたきのこを、俺は咄嗟に操気弾を出して縁先から外にはじき出す。

そして爆音。

「って何しやがる!!?」

「えひゃひゃひゃひゃ!!」

魔理沙さんはすっかり出来上がってました。これだから酔っ払いは性質が悪い。

「ゆ~む~。」

と、その次はレミリアさんに絡まれた。

「レミリアさん、顔真っ赤ですよ。大丈夫ですか?」

「らいじよ~ぶよ、わたひはきゅうへふひなんらかりゃ~。」

大丈夫じゃないっすね。カリスマが解体完了ブレイクアウトしてますよ。

「なんれゆ~むはわたひにはけーごなのよ~。」

「え、別にレミリアさんだけじゃないですよ。咲夜さんにもそうだし、人里の人相手には大抵敬語だし。」

「なら、紅魔館のメイドになりませんかッ!!」

「おわっ!?」

いきなり咲夜さんが絡んできた。・・・この人も顔真っ赤だ。

「ってだから何故にメイドなんですか!?」

「紅魔館といえばメイドなんです!!そしてあなたにはメイドの才能がある!!よって私の下で働きなさい!!」

「言ってることが無茶苦茶だー!?」

恐るべし、酔っ払い!!

そこに魔理沙も加わってきて大混乱。俺は命からがら(本気で)その場を抜け出し、縁側で呑んでる霊夢のところまで逃げた。

「いったいどうしちゃったんだ皆?酒に強い魔理沙まで完全にぶっ壊れてるし。」

「ああ、これのせいよ。」

霊夢がどんっと置いた酒瓶には、こう書いてあった。



『神殺しチェーンソー』と。



「・・・この酒、どっちの?」

「店主の方よ。」

・・・おやっさん、あなたはなんて酒を渡して行ったんですか。

俺は夜空の星にウィンクをして親指を立てるおやっさんの姿を幻視した。





「ところで優夢さん。」

大喧騒をBGMに酒を呑んでいた俺に、霊夢が声をかけてきた。

「あなたはどうするの?」

「いきなりなんだよ?」

「レミリアの妹のことよ。」

・・・まじめな話みたいだな。俺は器を畳の上に置いた。

「レミリアの話じゃ相当危険なやつみたいだけど。勝算はあるの?」

勝算って・・・。

「別に戦おうってわけじゃないんだから。」

「わかってるでしょ?そう簡単にいく相手じゃないだろうってことぐらい。」

まあな。

「でも俺は、戦わないで済むんならそれに越したことはないと思ってる。」

「でも私は、戦わないで済むことなんてごく稀だと思ってるわよ。」

確かにな。うすうす気付いていたことだが、幻想郷の妖怪連中は好戦的だ。戦いを最上の娯楽として見ている。

それも弾幕ごっこという、お互い命を奪わないで済むようなルールの下に行われているものならなおさらだ。

だから、これなら戦わなくて済むか?と思っても、結局戦う羽目になる。まるで誰かに仕組まれているみたいに。

フランドールと戦わないで済むかというのも、実は俺は淡い希望しか持っていない。

これまでの話を統合すると、きっとフランドールは弾幕ごっこで遊びたがるだろうから。

「勝算・・・か。」

そんなもの、ない。俺は弱い。確かにその辺にいるような妖精や妖怪だったら勝てるぐらいには強いかもしれないが、霊夢達のレベルからすればまだまだ弱い。

そしてそのレベルにいるレミリアさんをして『危険』と言わしめる相手に、俺が敵うはずなどない。

そう。きっと俺は負けるだろう。けど。

「だから何だっていうんだよ。」

「・・・優夢さん?」

「負けるからとか、危険だからとかがどうしたって話だよ。そんなもの、俺が受け入れてやる。」

今回のことは、別に俺が勝つ必要などさらさらない。俺がフランドールを『受け入れられる』か否かが問題なんだから。

言ってみれば、それこそが俺の『勝利』。

「だから、勝ち負けなんて関係ない。俺は俺らしくいるだけだ。」

それが、俺の出した答えだった。



だが、霊夢は大きくため息をついた。

「だからそれであなたが死んじゃったらどうするのよ。」

「・・・いやまあ、俺は覚悟できてるんだけど。」

「私のこれからの生活はどうなるのかしら?家事は誰がやるの?」

うっ。

「魔理沙もせっかくいい友人が出来たって喜んでるのに。寺子屋は?人里の食料屋の店主は??宵闇の妖怪は???」

・・・うぐぅ。

「あなたは勝手に死ぬには、少し繋がりを作りすぎたわ。もう『受け入れればいい』で済む話じゃない。」

じゃあ、俺にどうしろって言うんだよ。・・・って、決まってらぁな。

「ええ。あなたの勝利条件は『受け入れて』『生き残る』ことよ。」

あちゃ、ハードル上がっちったな。

「なぁに、大したことじゃない。お前が強くなればいいだけの話だ。」

魔理沙?いつから聞いてたんだ・・・。

いつの間にか、大騒ぎは収まっていた。

「私も死体の後片付けは面倒なのよね。ということで、あなたを鍛えるのに協力はするわよ。」

「私はお嬢様の意のままに。」

レミリアさん、咲夜さん・・・。

(優夢の思うとおりにしてもいいけど、私も死なれると困るねー。)

ルーミア。

「ま、これだけの協力があるんだから、生き残るぐらいわけないわね。」

「・・・そうだな。皆、よろしくお願いします。」

俺は皆に対し、頭を下げた。

「おお、任しとけ!!」

「手加減はしないわよ?」

「せっかくだから、紅魔館のメイドとしての修行も・・・。」

(夢の中では任せておくのかー。)

「ま、暇だし私も協力してやらないこともないわ。」

皆・・・ありがとう。あと咲夜さん、俺メイド化から離れてください。





そして次の日から、俺の強化が始まった。

「まずはいつもの通り、恋符『マスタースパーク』!!

「防げねえええええええええ!!」

「避ける訓練よ。霊符『夢想封印』。

「避けきれるわけがねえええええええ!!」

「全部砕かないと血をもらうわよ。神術『吸血鬼幻想』。

「多い!多すぎる!!」

「瞬発力の訓練ですわ。メイド秘技『殺人ドール』。

「何これええええええええ!?」

・・・うん、地獄でした。



「元気出すのかー。人生きっと、いいことあるのかー。」

「うん、がむばる。」

夢の中が対照的に天国でした。



他にも寺子屋は休まなかったり時々遊びに来るルーミア(外)の相手をしたりと、忙しい一週間だった。

スペルカードの数も増え、ルーミアの残り二つと合わせて四枚増えた。

全て使い切ることは難しいが、何とか戦力の足しにはなった。





そして一週間が過ぎ。



「紅魔館の地下でパチェが待っているわ。」

「分かりました。行きましょう。」

「暇だし、私も見物に行きましょうかね。」

「新しい本も借りなきゃな。」

「紅魔館では泥棒のご入館はご遠慮頂いております。」



俺はフランドールに会うべく、再び紅魔館へと向かった。





+++この物語は、何も持たなかった幻想が己の手に入れたものに気付く、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



神社と人里の架け橋:名無優夢

彼がいなければ神社に差し入れなんてありえない。

初めは記憶も持っていなかったが、いつの間にやら周りに人が増えていた。思い出いっぱい夢いっぱい。

生き残れるかは五分五分ぐらい。何せ相手は妹様だから。

能力:周りを巻き込み大渦を起こす程度の能力?

スペルカード:夜符『ナイトバード』、闇符『ディマーケイション』、???、???など



本当は優しい(?)素敵な巫女:博麗霊夢

しかし照れ隠しで言っているのではなく本気で思ったことを言っている。それは優しいのか?

『神殺しチェーンソー』の被害にあってないただ一人。名前で呑むのを止めた。

優夢特訓では回避訓練を担当。もっとも、避けさせる気はさらさらなかった。

能力:主に空を飛ぶ程度の能力

スペルカード:霊符『夢想封印』、夢符『封魔陣』など



豪気な乙女の魔法使い:霧雨魔理沙

豪気にして乙女とはこれいかに。相反する概念が同居するのが魅力か。

『神殺しチェーンソー』では笑い上戸になった。致死攻撃放って馬鹿笑いできる程度の酔っ払い。

特訓ではいつも通り実戦能力を上げようとしたのだが、そもそも初撃からマスパでは訓練のしようもない。

能力:魔法を使う程度の能力

スペルカード:魔符『スターダストレヴァリエ』、恋符『マスタースパーク』など



運命通りにいってくれない吸血鬼:レミリア=スカーレット

初めての手探り。最近人間の凄さをちょっと知った。けどそんなことはおくびにも出さず。

『神殺しチェーンソー』では微妙な甘えに。もし咲夜さんが正常だったらその姿だけで鼻から忠誠心を噴いただろう。

弾幕砕きに磨きをかけようとした。が、力加減を間違えている。

能力:運命を操る程度の能力

スペルカード:神罰『幼きデーモンロード』、『紅色の幻想郷』など



完全瀟酒な熱血メイド:十六夜咲夜

本気で優夢をメイドにしようと思っている。紅魔館に執事はいないのでメイド。

『神殺しチェーンソー』で熱血風味が出たが、それでも優夢メイド化は覚えていた。

刻々と変化する戦況に対応する能力を育てたが、メイドとしての能力を高めようとも画策していた。

能力:時間を操る程度の能力

スペルカード:奇術『ミスディレクション』、幻世『ザ・ワールド』など



人里の数少ない理解者:上白沢慧音

優夢が来るまでは、彼女だけが博麗神社の理解者だった。

現在、人里の中で博麗神社の評価が変わってきていることを嬉しく思っている。

優夢が死地に挑もうとしていることは知らない。

能力:歴史を食べる(隠す)程度の能力

スペルカード:国体『三種の神器 郷』など



人里の新しい理解者:八百弥七

人里で一番にぎわっている店の店主が博麗神社の理解者であるということは大きい。

これも優夢の功績なのでますます死ねない。現世との繋がりが大きいほど人間死ねないものです。

差し入れに『神殺しチェーンソー』を入れたのは霊夢とムフフなことをさせるため。勘違いしっぱなし。

能力:八百万の神に感謝を捧げる程度の能力

スペルカード:なし



→To Be Continued...



[24989] 一章十話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/18 23:07
紅魔館の地下図書館で、パチュリーさんと小悪魔さんが待っていた。

「来たわね。着いてきなさい。」

パチュリーさんは俺達の姿を見るや否や、きびすを返し図書館の奥――あの地下階段がある方向へと飛び始めた。

俺達も無言でその後に続く。

道すがら、パチュリーさんが問うてきた。

「一応聞いておくわ。覚悟はしてきたのね?」

「はい。」

答えは簡潔に。余計な言葉はいらない。俺がこれから成すべきことはただ一つだ。

「・・・一週間見ない間に、少しは逞しくなったのかしら。」

「さあ、それはどうでしょうか。」

そこは知らん。

「どうやら相変わらずのようね。」

「まあ、優夢だからなぁ。」

魔理沙、うるさいよ。

「けど、戦闘経験はかなり積めたはずよ。昼は霊夢と魔理沙、夜は私と咲夜でしごいたからねぇ。」

うっ・・・思い出したくない。

「優夢さんに足りなかったのは弾幕戦の経験だけだからね。元々の戦闘能力は高いんだし。」

「要するに「まあ何とかなるだろう」ってことね。」

「そういうこと。」

いいのかよそれで。だがパチュリーさんも特に疑念はないらしく、それ以上何も言わなかった。



しばらく飛び、地下階段にたどり着く。さらに先へと進み、地下の最奥へ。

遠くに、あの分厚い鉄の扉が見えてきた。

そこで、パチュリーさんは静止した。

「ここからは優夢一人で行きなさい。」

そして、そう言った。

「ちょっとどういうことよ。」

「聞いてないぜ。」

不満を言うのは霊夢と魔理沙。それに答えたのはレミリアさんだった。

「言ったでしょう。フランドールは危険なの。万一のことがあった場合、被害を最小限に食い止めなければいけない。」

「・・・それはつまり、もし優夢が死んだら私達でその腐乱ドールとかいうのを止めなきゃいけないってことか。」

ちょっと待て魔理沙、何で腐乱してるんだ。

「フランドール、よ。それに、フランを受け入れるって言ったのは優夢よ。私達の出る幕じゃないわ。」

「確かに、その通りね。」

霊夢はレミリアさんの説明で納得した。が、魔理沙はまだ納得がいかないらしい。

「だけど・・・。」

「魔理沙。これは俺のわがままなんだ。俺が余計なことに首を突っ込んだだけ。お前がわざわざ危険にさらされる必要なんてないんだ。」

これは本来だったら必要のない戦い――にならないに越したことはないが――なんだ。

だから、面倒を被るのは俺一人でいい。

「だけど、私は友達を目の前でみすみす死なせるような薄情者じゃないぜ!」

「死なないよ、俺は。そう言ってくれる奴がいるってのに、死んでたまるもんか。」

だから魔理沙。俺を信じて待っててくれ。

「・・・ちっ。」

魔理沙は帽子を深く被って目を背けた。・・・すまない。

「とは言っても万一はあるわ。そのことは覚悟しておきなさい。」

「レミリアさん、せっかく魔理沙をいさめたんだから蒸し返すような真似はしないでください。」

絶対楽しんでるでしょ、あなた。



俺は一人、扉の前に立った。後ろを振り返れば、ギリギリ見えるか見えないかのところに皆がいた。

手を挙げ合図する。遠目で見えないが、パチュリーさんが動いたような気がした。

直後、俺の目の前の鉄の扉が淡い輝きを放った。そこに描かれているのは・・・七芒星とでも言えばいいんだろうか。特徴的な魔法陣だった。

恐らくはパチュリーさんの秘奥とも言える術なのだろう。彼女の『七曜』を表すような魔法陣だ。

それが右に二回、左に一回半、そしてもう一度右に4分の1回転して、ガチャリという音がした。

・・・もしかしなくても、郵便ポs・・・いやそんなことはない。きっとそんなことはない。

ともかくとして、扉は封印を解かれた。扉がひとりでに、ゆっくりと開かれ始めた。

薄暗い地下に、部屋の中のかすかな明かりが差し込む。それがどんどん太くなっていき。



扉は完全に開かれた。その向こうには、地べたに座って絵を描く少女の姿があった。

金の髪。歪な翼。翼には七色の宝石がついていた。

こちらに背を向けていて顔はわからないが、この娘が・・・。

「フラン。」

俺はその名を呼んだ。少女が反応し、ピクリと体を振るわせ、そしてこちらを見た。

「・・・その声、優夢?」

それは、あどけない顔をした少女だった。顔の作りは、なるほど、レミリアさんに似ている。

瞳の色が紅なのは彼女が吸血鬼だからか。

「そうだ。俺が名無優夢だ。約束通り、外に出しに来た。」

約束を果たしに来たことを告げる。

それ聞くと、少女――フランは満面の笑顔になった。

それはとても無垢で無邪気な笑顔で。





同時に禍々しかった。





背筋に走った寒気に反応し、俺は宙に浮いた。直後視界を埋めるほどの輝きが襲い掛かってきた。

「くっ!?」

俺は少し距離をとりその弾幕の隙間を探した。体勢を変え、隙間に潜り込む。

無茶な体勢だったが、何とか弾幕を抜けることに成功した。

今のを放ったのは、当然――

「あは♪やっぱり壊れないんだね。」

フランドール。その顔にはやはり笑みが浮かんでいた。

「いきなりとは、ご挨拶じゃないか。」

「うん、今のは挨拶代わりだよ。」

今のが挨拶とは。特訓してなけりゃ、今ので終わってたな。

「あのぐらいで壊れちゃったらつまらないものね。」

「そうかい。それで俺は、少しは面白そうかい?」

「うん、とっても!!」

そりゃ良かった。訓練のかいがあるってもんだ。

「ねえ優夢。私いい子で待ってたよ。受け入れてくれるんだよね?」

「ああ、今日はそのために来たんだからな。」

「えへへ、嬉しいな。それじゃあ、一緒に遊んでくれる?」

「もちろんだとも。何をして遊びたい?」

「弾幕ごっこ!!」

即答か。

「俺としてはもっとこう、安全かつ平和的な遊びが好きなんだけど。弾幕も嫌いじゃないけどさ。」

「えー、やなの?」

本当に残念そうな顔するな。

「嫌じゃないよ。けど、安全な遊びが出来ればいいなって、そんな淡い期待を持っちゃったりなんかしただけさ。」

「あはは、本当に優夢って面白いね。」

「そう思っていただければ何より。」

「それで?」

「いいぞ。やろうか、弾幕ごっこ。」

「やった♪」

諸手を上げて喜ぶフランドール。

「せっかくだし、何かかける?」

「いいよ、何かける?」

「コインいっこ。」

「それは円?銭?意表をついてドル?」

「じゃあ『フラン』で。」

フランドールとフランをかけたか。

「洒落てるな。それじゃ俺は、命でもかけようかな。」

「いいの?」

「せっかくかけるんなら、そのぐらいのリスクはなきゃな。それにこれだったら、絶対負けられないし。」

「あはは、そうだね。」

さて、前口上はこんなもんで十分かな。

フランが宙に浮かぶ。そして先ほどのまばゆい弾幕を無数に展開し始める。

対して俺が展開するのは、五つの操気弾。初めからフルアクセルでいかせてもらうぞ。

「さあて。」

「それじゃあ。」





『楽しい楽しい弾幕ごっこの始まりだ!!』



宙を、無数の光弾が舞い始めた。





***************





フランが無数の弾幕を放ち始めた。

優夢はこの一週間の特訓の成果を発揮して、弾幕の薄いところまで行き砕く弾幕で隙間を広げる。必要最小限の動きで最大の回避効率を生み出した。

彼はあの弾幕故に普通とは違う戦い方が必要だ。それを生み出すための一週間の特訓だった。

現在の優夢の戦闘力は霊夢・魔理沙と比較して遜色はない。それは単純な強さという意味だけではなく、戦況理解・判断力という経験的な面においてもだ。

もちろん、全経験値という意味で言ったらまだまだ青い。しかし元々の強さが十分あった分、それを得ただけで強さは何倍にも跳ね上がる。

きっと私でもそう簡単には勝たせてもらえないでしょうね。



しかし、フランは私よりも強いのだ。そうでなければこうして地下に幽閉せずに済んでいた。

救いなのは、フランが能力を使おうとしていないことと、フランの弾幕戦の経験は優夢よりもさらに少ないということ。そこに付け入れるかどうかがポイントだ。

単純な力で言ったら、フランの方がかなり上。しかし経験で言ったら優夢の方がかなり上。

だからこの勝負はほぼ互角。まさに『運命』に任せるしかない。

優夢に運命は存在しない。だとしたらこの勝負を決めるのはいったいなんだろう。



そんなことを考えていたら、遠くでフランがスペルカードを掲げていた。優夢の方はスペルカードを発動している様子はない。

よし、いい流れね。

優夢にはフランの全てのスペルカードの名称と性質を教えている。これも優夢にとってのアドバンテージの一つ。

今使ったのは禁忌『クランベリートラップ』。力任せの魔力で周辺に魔法陣を作り、外から内へ無数の弾幕を撃ちこむスペル。

大丈夫、あなたの砕く弾幕なら問題なくブレイクできるスペルだわ。

上手くやりなさい、優夢。





***************





優夢の弾幕は面白かった。私の弾幕に当たると、私の弾幕を壊した。

あはは♪あなたも壊せるんだね。

面白い、楽しいよ優夢。お人形なんかよりも、ずっとずっと!!

禁忌『クランベリートラップ』!!

私はスペルカードを宣言する。同時に、私達を取り囲むように無数の魔法陣が出現する。

「うげ!?」

その数を見て、優夢が青ざめた。

「あははは、行くよー!!」

魔法陣が一斉に弾幕を吐き出す。優夢はそれを見ると、私の方へ接近した。

『クランベリートラップ』の弾幕は全て優夢に向けて発射されているから、それだけで避けられてしまう。

「凄いよ優夢!!一瞬で見切っちゃったの!?」

「ちょっとしたチートだよ!!」

チートってなんだろう?ともかく、叫びながら優夢は私に向かってあの弾幕を撃ってきた。

当然だけど避ける。すると、優夢の弾幕は意思を持っているかのように私を追ってきた。

「あはは、凄い凄い!!どうやってるの!?」

「特に何も!!俺はこれしかできないんでね!!」

凄いよ優夢。こんな凄いことしかできないっていうことが、もっと凄い。

面白い。やっぱり優夢は最高に面白かった!!

逃げ切れず、弾幕を喰らう。それでスペルブレイク。

私に一撃を与えた弾幕は、それでも消えずに優夢の手元まで戻っていった。

頑丈な弾幕。やっぱり優夢は壊れないんだね。

「それじゃあ、もっと本気出すよー!!」

「本気じゃなかったんかー!!」

優夢が悲鳴みたいな声を出した。それがとても滑稽で楽しかった。





***************





フランはスペルを破られると、早々に次のスペルカードを出した。

ちょ、休憩時間!!

禁忌『レーヴァテイン』!!

しかし俺の願いなど虚しく消えるわけで。フランはその手に馬鹿でっかい炎の剣を出現させた。

確か、禁忌『レーヴァテイン』。炎の剣をぶん回すスペル。吸血鬼の妖力のせいで軌跡が弾幕になるけど、接近しなければ大丈夫。

ってレミリアさんから聞いたけどさ。

「これ離れるのが無理なんですけど!!?」

「あははー、待てー!!」

俺は必死で逃げるけど、フランは追いかけて来る。そしてあの剣はマジででかい。でかすぎる。

俺とフランの間には結構な距離があるけど、そんなもん無意味。あれ振ったら簡単に届く。

そもそもここは狭い地下。逃げるのに十分な広さはない。おまけに俺は飛ぶのが速くない。

必然的に追い詰められるわけで。

「こなくそ!!」

ダメ元で弾幕を放つ。が、それは『レーヴァテイン』の表面に着弾すると同時にジュッ!!と音を立てて消し飛んだ。

・・・喰らったら死ぬな、アレは。顔面から血の気が引くのがわかった。多分サァーって音がした。

「うおおおおおお!!」

「待てー♪」

操気弾を全て消して逃げに徹底する。これなら少しは速度も上がる、はず!!

実際、さっきは徐々につめられていた距離が縮まらなくなった。狙うはスペルカード耐久時間の限界!!



と思ったら、前方から弾幕が飛んできた!!

――吸血鬼の妖力のせいで軌跡が弾幕になる――

・・・しまった、うっかりしてた!!

後ろを振り返る。フランが『レーヴァテイン』を振りかぶっていた。

前門の虎、後門の狼。

ちっ!!

夜符『ナイトバード』!!

俺はルーミアのスペルカードを使うことで弾幕を相殺し、『レーヴァテイン』を弾き返すことに成功した。

こんなところで一枚使うことになるとは!!

夜符『ナイトバード』。左右に振るように大き目の弾幕を放つスペルカードだが、あいにくと俺の弾幕はそんな都合のいい性質を持っていない。

「てい!!」

だから、前方に配置した5つの操気弾を『1700(ry』の要領で粉々に砕く。それで擬似的に左右に振る弾幕を作り出す。

しかしこんな小粒な弾幕、目くらまし以外に使い道もなく。

「えーい。」

『レーヴァテイン』の一振りであっさりと蒸発した。

初めからこのスペルカードは弾幕相殺用の意味しかない。だが、スペルカードルール上、制限時間まではこのスペルを使い続けなければいけない。

俺が使うと大体1分だ。その間、何とか『レーヴァテイン』を避けきらないと!!

俺は弾幕(目くらまし)を放つと同時に逃げる。それを何度も繰り返した。



だが、それがフランのお気には召さなかったようだ。

「・・・つまんない。」

フランがつぶやいた。その瞬間、俺はケツからツララをぶち込まれたような悪寒を感じた。

咄嗟に弾幕を展開する。

「ぎゅっとして・・・」

フランは手を開き、次にぎゅっと握った。直後。

「どかーん。」

「うわっ!?」

俺の弾幕は弾け飛んだ。・・・今のがひょっとして、『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』ってやつか!?

能力の使用もスペルカードルール上問題はないが・・・今のは幾らなんでもヤバすぎだろ!!

俺は逃げ場所を探した。



「遅いよ。」

だが、もう時は既に遅かった。フランは俺の目の前で、『レーヴァテイン』を真横に構えていた。

――万事休す!!





結論から言おう。命だけはギリギリで助かった。

「ちぇ、時間切れ。」

フランのスペルカードの耐久時間終了によって。一応、俺の目論見は成功したと言っていいだろう。

その代償はスペルカード一枚と。





――俺の右腕だった。





***************





遠い戦場で、フランドールが炎の大剣を真横に構えていた。

「優夢!!」

私は反射的に箒にまたがり、全力で飛び立った。

だが、その瞬間壁に衝突した。いつの間にか私達の目の前には不可視の障壁が張られていたんだ。

「行かせないわよ、白黒。」

「・・・パチュリー、てめぇ!!」

私はパチュリーに掴みかかろうとしたが、それはレミリアと咲夜により阻まれた。

「落ち着きなさい、魔理沙。これ以上近づくとフランの能力の範囲内になるのよ。死にたいの?」

「うるせぇ!!そんなこと知るかよ!!早くしないと、優夢が!!」

その間に、フランドールは炎の剣を真横に振りぬいた。

それが優夢の右腕を蒸発させた瞬間、剣はふっと消えた。スペルカードの時間切れか。

命は助かったか・・・。けど、優夢は右腕の肘から先が焼失していた。

・・・くそ!!

「もう見ちゃいられねぇ、私は行くぜ。」

「だから落ち着きなさいと言ってるでしょう。命は助かったのよ。」

「だけど!!」

「彼は万一の覚悟をして行ったわ。このくらいなんともないでしょうが。」

「巫山戯んな!!そんなもの吸血鬼の理屈だろ!!・・・霊夢も黙ってないで何とか言えよ!!」

霊夢は黙って立っていた。目の前で優夢が死にそうなのに、お前は何で落ち着いてられるんだよ!!

「魔理沙。あなた、優夢さんの思いを否定する気なの?」

・・・は?何言ってんだお前。

「そこの吸血鬼の言うとおりよ。彼は覚悟をしていった。色んな覚悟をね。その中には『死なない』覚悟もあったはずよ。
あなたの目には、あの優夢さんがそれを諦めているように見えるの?」

私は霊夢の指差す方向を見た。



遠目だけどわかった。優夢はまだ諦めていない。

だって、その顔は笑顔だったから。痛くて苦しいだろうに、それを微塵も表に出さず、笑顔でいたから。



「・・・ちくしょう。」

私は元の場所に立って、優夢の戦いを見守る。それでレミリアと咲夜も臨戦態勢を解いた。

・・・絶対死ぬんじゃないぞ、優夢!!





***************





痛みはない。あまりに一瞬の出来事だったから、痛覚を刺激することもなく焼失したんだろう。

だけど、この損失によるショックはでかい。体の一部を失うってのは、体よりも心にダメージを負うもんだ。

それだけじゃなく、心なし空を飛ぶバランスも悪くなった。当然か、重心の位置が大きく変わったんだから。

ともかく、移動・回避能力は激減したと見て間違いないだろう。ち、まだ二枚だってのに!!

「・・・壊れちゃった。」

現状を確認する俺の耳に、そんな言葉が飛び込んできた。

見ると、フランは残念そうな顔をしていた。面白いおもちゃが目の前であっさり壊れてしまったような、そんな顔。

当然か。今の俺はフランにとってはおもちゃみたいなもんだ。受け入れるのは俺の勝手で、フランは別にそれを望んだわけじゃない。

だからその扱いも当然。そして俺がその事実を受け入れられるのも必然。



だけど、フラン。

「どうしたフラン。そんな食べかけのソフトクリームを落としたような顔して。」

「・・・え?」

いや俺ソフトクリーム食べた記憶ないんだけどね。

俺の言葉に、フランは目を丸くして驚いた。

「俺はまだ壊れてなんかいないぞ?ほら、右腕が消し飛んだだけ。まだまだやれるぞ。」

痛みがないからこそできた芸当だ。もし痛かったら顔が絶対歪んでた。

俺は、満面の笑みでフランに言ってやった。

「受け入れてやるって言っただろ?」

「あ・・・うん!!」

フランは嬉しそうに顔をほころばせた。

そう、これでいい。

俺がフランを受け入れてやるのはいいが、フランが心を閉ざしては意味がない。それじゃあ元の木阿弥だ。

だから俺は、フランを徹底的に受け入れてやる。彼女が外を――吸血鬼だから日の光の中は無理でも――歩けるように。

最後に命だけでも助かれば御の字だ。そのためだったら、腕だろうが足だろうがくれてやるよ!!

「さあ、仕切り直しと行こうぜ、フラン!!」

「うん!!」

俺は再び五つの操気弾を、フランは無数の輝く弾幕を展開した。

そして、弾幕ごっこが再開する。





***************





禁忌『フォーオブアカインド』!!

次のスペルカードを宣言する。私は魔力で自分の分身を作り出した。

計4人の私が放つ、弾幕の嵐。それを優夢は、ややフラフラとした動きでかわす。同時に、4つの弾幕をそれぞれの私達に向けて放った。

本体である私はかわせた。だけど分身である他の3人は動きがあまり俊敏ではなく、あっさりと打ち落とされてしまった。

・・・凄い。右腕がなくなったのに、優夢は全然壊れてない。動きは悪くなったかもしれないけど、私の分身を一撃で落としちゃった!!

やっぱり優夢は面白かった。今まで出会った何よりも、優夢は面白かった。

分身がいなくなってしまえば、このスペルカードを続ける意味もない。私は次のスペルカードを取り出す。

禁忌『カゴメカゴメ』!!

今度は全方位に魔法陣を張り巡らせる。そしてそこからかご状に弾幕を放つ。

優夢はかごに囚われたように弾幕の檻に閉じ込められた。だから『カゴメカゴメ』。

すると今度は。

「しっ!!」

自分の周りに弾幕を戻して、無茶苦茶に動かした。それで弾幕の檻は壊されちゃった。

凄い、やっぱり面白い!!

「フラン、余所見はいけないな。」

「へっ?あぐ!?」

突然、私の真後ろから衝撃が走った。何!?

「俺の得意技の一つだ。」

・・・見えない弾幕!!凄い、こんなの知らないよ!!

「あはははは!!楽しい、楽しいよ優夢ー!!」

「そうか、そりゃ良かった!!」

「優夢はどう!?楽しい!!?」

「・・・ああ、俺も楽しいぞ!フランドール=スカーレット!!」

私はかつてない楽しみの中、また一つスペルカードを取り出した。





***************





「圧巻ね。」

私の感想はそれに尽きた。

優夢さんは右腕を切り落とされた。あの様子だと、痛みすらないんでしょうね。

だというのに、優夢さんは全く戦意を喪失しなかった。どころか、集中力が増している気さえする。

立て続けに二つのスペルブレイク。彼との相性がいいスペルだったっていうのもあるんでしょうけど、それにしたって凄い。

あの優夢さん相手に、私だったらどのくらい戦えるでしょうね。正直、勝てるかどうかも怪しい。

「・・・正直、ここまでやれるなんて思ってなかったわ。」

つぶやくレミリア。

「なら何で許可なんかしたのよ。」

「彼が私を負かしたからよ。そういう約束だったでしょう?」

「けどあんたは「後片付けが嫌だ」とも言ってたわ。」

「・・・確かにね。」

「ここまでやれないと思ってた」=「死ぬと思ってた」じゃない。

「・・・あの男はね、運命が『無』かったのよ。」

何を言ってるのかしら、このロリ血鬼。

「それはどういう意味よ。・・・私は運命を操る吸血鬼。他者の運命を見て、操ることができるわ。」

へー、それは初耳ね。

「だからわかるのよ。あの男には初めから運命というものが存在しない。」

「あー、それはどういう意味だ?わけがわからないぜ。」

「つまり、どう転びようもあるということよ。ここで死ぬこともあるだろうし、死なないこともある。あるいはそれ以外の解すらもあるってこと。」

「全くの未知数ってことね。」

レミリアはこくりと頷いた。

「だから私はあの男にかけた。弱くはないということはわかっていたし、かける価値は十分にあると思ったから。」

「で、結果は想像以上だったと。」

再び頷く。

「そりゃ当然でしょ?所詮あんたの予想なんて『運命』とかいうレールを見なきゃ当たらないんだから。運命がない優夢さんの行く末を予想できるはずがないじゃない。」

「・・・それも確かにその通りね。」

そもそも、予想しようというのが間違っている。

「相手は優夢さんなのよ。」

「まあ、優夢だしなぁ。」

「非常識の塊の癖に、自分は常識的だと思ってるわね。あいつ。」

「いい人ですよ、優夢さんは。」

「まあ、親切というところは間違いないですわね。」

「限度を越えているけれど、ね。」

ただの親切心で命をかけられる人間はそうそういまい。

「結局のところ。」

私は言いながら、再び戦場に目を向けた。

「予想もできない私達は、優夢さんが生き残ることを信じて見てるだけってことよ。」



優夢さんが、次のスペルカードを打ち破っていた。





***************





三連続スペルカードなしでスペルブレイクできた。

ちなみに今取得したのは禁忌『恋の迷路』。立体迷路のような弾幕だったが、無理矢理逃げ道を作らせてもらった。

けど、流石に俺の霊力も底が見えてきた。特に今の『恋の迷路』で削られすぎた。

ここからは短期決戦といきたいところだ。

禁弾『スターボウブレイク』!!

フランが次なるスペルを宣言した。今度は床に魔法陣。

そこから、まるで星が昇るように色とりどりの弾幕が昇ってきた。

こいつはかわしづらい!!

「く!!」

俺は自分の弾幕を足元に集中し、防御した。俺の弾幕はさらに削られる。

一瞬、意識が飛びかけた。そのせいで体勢が崩れた。

その瞬間、俺の左足が消し飛んだ。

「!?ずッ!!!!」

今度は先ほどのようにいかず、激痛が襲った。断面からボタボタと血が滴り落ちる。

まずった!!『レーヴァテイン』の一撃は断面を焼いてくれたが、こいつは違う。流血で体力も減ってしまう!!

痛みはすぐに痺れに変わった。左足の膝上の残っている部分から急速に熱が奪われるのがわかる。

これで俺の生存確率はがくんと下がった。

「・・・今度こそ壊れちゃった?」

・・・!!

「いいや!!この程度なんともないぞ!!むしろ頭に昇った血が抜けてすっきりするぐらいだ!!」

そうだ、俺はまだ壊れちゃいけない。この弾幕ごっこが続く間は、俺は絶対倒れちゃいけない。

「・・・本当?」

「ああ、本当だとも!!証拠にスペルカード宣言しちゃうぞ!!」

俺は残った左腕で右のポケットからスペルカードを取り出し、宣言する。

闇符『ディマーケイション』!!

これもルーミアのスペルカード。俺は宣言と同時に5方向に操気弾を放つ。それを弾けて混ざらせることで、螺旋軌道の弾幕を生む。

「ほんとだぁ!!やっぱり優夢は凄いね!!」

「ははは、任せとけ!!」

かなり青ざめた顔だっただろう。けど、無理矢理にでも笑う。

俺はまだ倒れちゃいけない!!



俺は『スターボウブレイク』の弾幕を根性避けで回避しつつ、追撃の操気弾を放った。

フランは流石に避けきれず、スペルブレイク。だが俺もそれ以上持続させることができず、スペルブレイク。

これで俺は残り2枚。フランは残り4枚だ。

圧倒的劣勢。だけど、俺は負けられない!!





***************





優夢は壊れない。右腕がなくなって、左足が消し飛んでも、壊れない。

凄い、楽しい、面白い。もっと優夢と遊びたい。

私はそんな思いが加速していった。



―でも、本当にそうなのかな?―



禁弾『カタディオプトリック』!!

次の弾幕は壁を使ったバウンド弾幕。優夢の弾幕でもそう簡単には砕けない大玉。

優夢はどうやってかわす?

「ふっ!!」

そんな避け方!?優夢は自分の的が小さくなったことを利用して、足一本分、胴体分の隙間を抜けた。

あは、あははは!!凄いよ、そんなの普通思いつかないもん!!



―本当に優夢は壊れないの?―



反撃の弾幕を喰らってスペルブレイク。私は熱病に浮かされるように次のスペルカードを宣言した。

禁弾『過去を刻む時計』!!

巨大な時計の針みたいな弾幕。優夢はまた、足がない方で大時計をやり過ごし、反撃してくる。

スペルブレイク。あはは、あははははは!!



止めなきゃあはははは



私の心の小さな抵抗は、壊れた心の波にかき消された。





***************





フランのスペルカード使用速度が上がっている。快楽に呑まれて考えなしに使っているのか。

だけど、何にせよこれで残り2枚!!

秘弾『そして誰もいなくなるか?』!!

来た!!レミリアさんに教えてもらった最注意スペルだ。

これは特殊なスペルカードで、フランドールの姿が見えなくなり、攻撃も届かなくなるスペルだ。

レミリアさんの考察によると、恐らくは外界からの物理的情報伝達手段全てを『壊して』いるのだとか。

つまり、ただひたすら耐えるしかないスペルカードだ。

そしてこれに備えて作ったスペルカード!!



想符『DaDaDaの方のスチールボール』!!



ちなみに、まだ改名案は出ていない。急造だったからな。

これは『1700万ゼノのブルーツ(笑)波』の上位版と言えるスペルカードだ。

具体的な効果はというと!!

「おおおおおおおおおおお!!!!」

雄たけびと共に、俺の周りに存在していた操気弾全てが大玉サイズになる。

『1700(ry』よりは小さいものの、威力は通常操気弾と比較にもならない。

つまりこいつで!!

「ぉぉぉおおおおりゃあああああぁぁぁぁぁ!!!!」

迫り来る弾幕のことごとくを叩き潰す!!こっちも大玉なら、相手の大玉も潰せるって寸法だ!!

まさにスチールボールでの解体作業だ!!



当然だが、これに使っている霊力量は尋常じゃない。通常だったらもって20秒ってとこだろうな。

けどそれを、根性だけで『そして誰もいなくなるのか?』の限界まで引き伸ばす。そうすりゃ、後はどうにでもなる!!

ひたすら大玉を動かし、大玉を潰し続ける。意識は朦朧とし、足の出血ももう限界に近い。目がかすんできている。

だがあと少しなんだ。あと少しだけなんだ!!

「そのくらい・・・もてよ俺の体ぁ!!」

気合の咆哮。

同時、フランの姿が現れた。スペルブレイクだ。

・・・よし!!

「あはは、凄い、凄い、スゴイ!!凄すぎるよ優夢!!何で、何であなたは壊れないの!?」

・・・そんなもん、理由はたった一つだろ?



「お前を受け入れるためだ!さあ、最後の勝負と行こうか、フランドール!!」

「あはははははは!!最後まで壊れちゃダメだよ優夢ぅ!!」



そして俺とフランは、同時に最後のスペルカードを宣言した。



QED『495年の波紋』!!

思符『DaDaDaじゃない方のスチールボール』!!





***************





「お前を受け入れるためだ!」

それを言われた瞬間、心のどこかがずきりと痛んだ気がした。

だけどそれはやっぱり、壊れた心には届かなくて。

「あはははははは!!最後まで壊れちゃダメだよ優夢ぅ!!」

私と優夢は、同時にスペルカードを宣言した。

「QED『495年の波紋』!!」

「思符『DaDaDaじゃない方のスチールボール』!!」

私は宣言と同時に、魔力をほとばしらせた。空間が悲鳴をあげ、悲鳴は弾幕の波紋となる。

これが私のラストスペル!!さあ、優夢はどんなものを見せてくれるの!?



だけど優夢の手元にあったのは、小さな小さな、何の力もなさそうな球体だった。

それを見た瞬間、私の心は急速に冷めていった。

「何それ。」

「見ての通り、俺の最後の弾幕だ。」

・・・つまらないよ優夢。さっきまではあんなに楽しかったのに。

ああ、やっぱり優夢はとっくに壊れてたんだ。つまらない、ツマラナイ。

「もういいや。」

私は優夢を壊すべく、弾幕の波紋を優夢に向かって殺到させた。



でも優夢は、不敵に笑った。

「おいおい、見た目で判断すると痛い目にあうぜ。」

そして次の瞬間。



「何せ、こいつは俺の弾幕全部を圧縮したんだからな。」

流星のようなスピードで、私の弾幕を巻き込み粉々にしながら、その弾幕は私に飛んできた。

「!?くぅ!!」

私はそれを身を傾けることでかわす。速さこそとんでもなかったものの、軌道は直線的だった。

・・・あは、あははは!!

心が再び熱を盛り返す。

「何!?何今の!?あはは!優夢、優夢ぅ!!」

優夢は変わらず、不敵に微笑んでいた。

「安心するのは早いぞ、フラン。一段目は加速だが・・・。」

その言葉を聞いた瞬間。



ずん。

「か・・・は?」

背中に鉛球を喰らったような衝撃を受けた。

「二段目はホーミングだ。」

それは優夢の放った弾幕だった。

優夢の言葉どおり、一度は通り過ぎた弾幕が鋭角を描いて私の背中に突き刺さったんだ。

スペル、ブレイク。





「負け・・・ちゃった。」

私は床に降りて、ぺたりと尻餅をついた。

弾幕勝負には自信があった。確かに誰かとやったことはほとんどなかったけど、お姉様よりも強い自信があったのに。

「まあ、今回は色々と俺に有利だったからな。」

優夢が降りてきてそう言った。有利って?

「実はフランのスペルカードは、全部レミリアさんから聞いてたんだ。」

えー、何それ!?

「ははは、悪い悪い。でも俺も弾幕歴が短いからね。ハンデだと思ってくれよ。」

「どのくらい?」

「4ヶ月。」

短っ!!

「でも苦戦したぜ。スペルカードだって、本当だったら最後の2枚だけのつもりだったんだぜ。」

「あー、あの変な名前のやつ。」

「あらら・・・やっぱりそう言われるか。レミリアさんと咲夜さんには好評だったんだけどなー。」

「お姉様も咲夜もネーミングセンスないから。あんまりアテにしない方がいいよ。」

「・・・それは婉曲的に俺もネーミングセンスないって言ってるよね?」

「あははは・・・。」

目をそらす。

「まあ良いけどね。俺は俺の道を通させてもらったし。」

「うん、それでいいと思うよ。」

おかげで私は。

「すっごく楽しかったから!!」

「・・・そか。」

優夢は微笑んで私の頭を撫でてくれた。くすぐったかったけど、気持ちよかった。

「また遊んでくれる?」

「・・・ああ、きっと、な。」

やったー!嬉しいよ、優夢。私こんなに嬉しいのは初めてだよ。

初めてなんだよ。

「・・・ごめん、フラン。俺、ちょっと、疲れたから、休むわ。」

なのに優夢。

「きっと、また、・・・遊ぼうな――」

なんでこれで終わりみたいな言い方をするの?

ねえ、優夢。起きてよ。



ねえ――





いつの間にか私は泣いてた。何でだかわからないけど、涙が止まらなかった。

すぐにお姉様と咲夜とパチュリーと小悪魔、それから初めて見る紅白のと白黒のが駆けつけた。

咲夜が優夢の無くなった方の足と腕に布を巻きつけて担ぎ上げた。

私はお姉様に支えられながら、その後に着いていった。

その間中、腕と足がなくなり壊れてしまった優夢の姿を見ていた。



――それが何故だか、たまらなく悲しかった。





+++この物語は、壊れた幻想が壊れた少女を救い出す、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



砕かれた幻想:名無優夢

瀕死の重症。腕の傷も大きいが、何よりも足からの出血がひどい。失血死寸前。

気絶するときは笑顔だった。それが返って痛々しい。

この後に鬱エンドとHappyエンドと摩訶不思議エンドが考えられるが、選ぶのは作者。

能力:最後まで諦めない程度の能力?

スペルカード:夜符『ナイトバード』、闇符『ディマーケイション』、想符『DaDaDaの方のスチールボール』、思符『DaDaDaじゃない方のスチールボール』など



壊れた少女:フランドール=スカーレット

彼女の中に理性はずっと必死に止めようとしていたが、破壊衝動の方がずっと大きいので止められなかった。

全てが終わった後に後悔しても遅いが、彼女の場合まだ全て終わったわけではない。

正直ラストは書いてて涙ぐんだ(マジ話)。

能力:ありとあらゆるものを破壊する程度の能力

スペルカード:禁忌『クランベリートラップ』、禁忌『レーヴァテイン』など



きっと幻想を一番理解する者:博麗霊夢

しかし彼女とて平気で見ていたわけではない。拳を握り締めて必死に耐えていた。

それでもフランを恨んだりしないところが彼女の凄いところ。

『DaDaDa~』それぞれに対し想符『闘魂波動』、思符『信念一閃』という名前を考案している。

能力:主に空を飛ぶ程度の能力

スペルカード:霊符『夢想封印』、夢符『封魔陣』など



幻想のよき友人:霧雨魔理沙

戦いが終わって最初に駆けつけたのは間違いなく彼女。次いで霊夢、パチュリー&小悪魔、レミリア&咲夜であろう。

このまま優夢が死んだらきっとフランを恨むだろうが、生きてたら水に流す気満々。

こちらは暴符『ドライビングコメット』、閃符『シューティングスター』というのを考えている。

能力:魔法を使う程度の能力

スペルカード:魔符『スターダストレヴァリエ』、恋符『マスタースパーク』など



影で色々動いた人:パチュリー=ノーレッジ

実はこの日のために回復系の魔導書を探しておいた。優夢のことは色々気にかけているのだ。

けれどまさか腕が消し飛んだり足が吹っ飛んだりするとは思っておらず、現在小悪魔に命令して再生系の魔導書を探している。

なんだかんだで優夢が勝つと信じていた人。

能力:火水木金土日月を操る程度の能力

スペルカード:月符『サイレントセレナ』、日符『ロイヤルフレア』など



色々動かされた人:小悪魔

無論、回復系の魔導書を集めてのも彼女である。出会いこそ最悪だったものの、彼女も優夢に悪い感情は持っていない。

悪魔のくせに腕や足が吹っ飛ぶシーンは青くなっていた。

優夢が勝つと必死で信じてた人。

能力:不明

スペルカード:なし



実は何かしてた人:十六夜咲夜

戦いやすいように地下空間を微妙に広げていた。誰にも気付かれずにやるところが完全瀟酒。

真っ先に優夢の手当てをしたのはレミリアの命令もあった。が、多分なくてもやってた。

優夢のスペカはあれでいいと思ってる人その1。

能力:時間を操る程度の能力

スペルカード:奇術『ミスディレクション』、幻世『ザ・ワールド』など



結局妹は大事:レミリア=スカーレット

色々言っておきながら、一番最初に妹を気にかけてるあたり姉馬鹿。

フランが外に出るきっかけとなった優夢には感謝をしており、何とかして助けたいと思っている。

優夢のスペカ(ryその2。

能力:運命を操る程度の能力

スペルカード:神罰『幼きデーモンロード』、『紅色の幻想郷』など



→To Be Continued...



[24989] 一章十一話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/18 23:08
優夢の新スペルがフランを背後から撃った。

思符『DaDaDaじゃない方のスチールボール』。彼が一度に放てる操気弾を全て圧縮した一撃を放つスペル。

初撃はその圧倒的な霊力の噴射による超加速。それをかわせたとしても、操気弾の操作性を利用したホーミングが待っている。

初撃をかわして油断していたフランにかわせるはずもなく命中したのだ。

フランは全てのスペルをブレイクした。

そう、この勝負は優夢の勝利で決着がついたのだ。

「やった・・・。あいつ、やりやがった!!優夢が勝ったぞ、霊夢!!」

魔理沙が嬉しそうに叫ぶ。霊夢もどうやら力を入れて見ていたようで、安堵のため息を漏らした。

「まさか、本当に妹様に勝ってしまうとは・・・。」

「やはりあなたは面白い観察対象ね、優夢。」

「はぁ~、ドキドキしましたぁ・・・。」

口々に感想を述べる。

私は何も言わず遠くの優夢とフランを見ていた。優夢に頭を撫でられながら、フランはすっきりしたような顔で笑っていた。

本当に楽しそうに。

「・・・良かったわね、フラン。」

そして優夢。ありがとう。

私は心の中で優夢に頭を下げた。



だけど、それは長く続かなかった。

ドサリと、遠くの方で何かが倒れる音が響いた。

何かは優夢の体だった。

「!! 優夢ーッ!!」

一番最初に反応したのは魔理沙だった。箒にまたがり、一直線に優夢の元へと向かった。

そのすぐ後に続いたのは霊夢。

「ちっ、限界だったのね!!」

「ま、待ってくださいパチュリー様ぁ!!」

続いて、パチェと何冊かの本を抱えた小悪魔が飛んだ。

「私達も参りましょう、お嬢様。」

「ええ、急ぐわよ。」

私と咲夜も、彼らの元へと急いだ。





***************





「ねぇ優夢。どうしたの。何で眠ってるの。ねぇ、優夢ってば。起きてよ。起きてよぉ・・・。」

フランドールが笑顔で涙を流しながら優夢の体をゆすっていた。

優夢はひどい状態だった。右腕の切断面は真っ黒に炭化し、左足の傷口からはおびただしい量の血が流れ出ていた。

既に顔に血の気はなく、意識もなかった。

「おい、優夢!!馬鹿野郎、こんなところで寝てるんじゃねぇ!!死なないんだろお前は!!起きろ、起きろよぉ!!」

「止めなさい魔理沙!今の状態はあまり動かしちゃいけないわ。」

優夢の胸倉を掴んで揺さぶっていた私を霊夢が止める。

落ち着いちゃいなかったが、霊夢の言うことは至極もっともだ。私は優夢から手を離した。

私の手は震えていた。

「あなたたちは誰?ねえ、優夢はどうしちゃったの?何で目を覚まさないの?」

フランが泣き笑いの表情のまま私達に問いかけてきた。

・・・こいつは、こうなるってわかってなかったのか。わからないで優夢をこんなに傷つけて、勝手に泣いてるのか。

そう思うと凄く腹が立った。思わず懐のミニ八卦炉に手が伸びかける。が、そんなことをしても意味がない。

私はフランを攻撃しないようにするので精一杯だった。

「小悪魔、回復の魔導書を。」

「は、はいパチュリー様!!」

私達の後からやってきたパチュリーが魔導書を開き、高速で詠唱を始めた。

優夢の体を緑色と水色の淡い光が包み込んだ。『木』と『水』を使った回復魔法か。

おかげで少しずつ出血量は少なくなってきている。けど顔色はよくならない。

そりゃそうだ。あくまでこいつは『回復』魔法。失われた血が元に戻るわけじゃない。

「小悪魔!大至急図書館から『再生』と『血』に関係する魔導書を持ってきなさい!!早く!!」

「は、はい!わかりました!!」

パチュリーに命令されて、小悪魔が図書館の方へと飛んでいった。

入れ替わりで、レミリアと咲夜が飛んできた。

「咲夜、あなたも彼の手当てを。」

「はっ!!」

レミリアに命令されて咲夜は優夢の左足に布を当ててきつく縛り始めた。

レミリアはフランの方へと歩んでいった。

「あ・・・お姉様?」

「フラン・・・。」

「ねえ、お姉様。優夢はどうしちゃったの?動かなくなっちゃったよ。壊れないんだよ、優夢は。どんなにボロボロになっても壊れなかったんだよ。
ねえお姉様。優夢は壊れないよね?壊れないんだよね??



――壊れちゃやだよぅ・・・。」



フランは完全に泣いていた。レミリアはそのフランを強く抱きしめた。

その光景で、私の中にあった殺意は霧散した。

ここにいるのは、何も知らなかった少女だ。そして、今何かを知った。そのために自分の行いを深く後悔している。

だったら私が追い討ちをかける意味なんてない。

今の私がすべきことは。

「・・・絶対に死ぬなよ、優夢!!」

この絶体絶命の状況で優夢が生存することを祈るのみだった。





***************





優夢は地上の客間へと運ばれた。そこで治療は続けられている。

今ここにいるのは彼の友人である霊夢と魔理沙、先ほどから魔法で治療を続けているパチェ、同じく治療をする咲夜、そして私とフラン。

小悪魔はパチェの命令で魔導書を探しているが、依然発見の知らせはない。

治療と言っても、できることなどほとんどない。せいぜいが魔法と当て布で止血をすることと、パチェの魔法で酸素濃度を濃くしてやることぐらい。

フランは泣きつかれて眠ってしまっている。私はフランの体を抱きかかえながら治療を見守っていた。



・・・こんな穏やかな表情のフランを見るのは初めてかもしれないわね。

フランの寝顔を見ながら、私はそんなことを思った。

フランは不安定な子だった。少々気が触れており、能力の制御が困難であった。

この子の能力。『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』。目に映ったものなら、何でも破壊してしまえる、恐ろしい能力。

あっさりと壊してしまえるから、『壊す』ということへの忌避がなかったのかもしれない。

だから私はこの子を幽閉した。この紅魔館が『外』にあったときから、495年間ずっと。

その力と精神性はあまりにも危険だったから。そして、情けない話だが、私にそれを抑える術がなかったから。

しかしそれでは何の解決にもならない。フランは壊れたままだし、能力が弱くなったりなくなるわけでもない。

私は半ば諦めていた。フランを外に出してあげたいと思う気持ちはあったけど、それは適わない夢だと。



そんな私の目の前に突然現れた存在、名無優夢。運命を持たない男。

全てが未知数である存在に、私はかけることにした。

そして彼は見事フランを受け入れきり、打ち負かした。彼は名前どおり、優しい夢となった。

だから今のフランはこんなにも穏やかな表情をしている。

あなたは私が495年かけてもできなかったことを、たったの一週間でやってのけたのよ。



だけどその代償に、今彼は命の灯を消さんとしている。

私はそれが嫌だった。彼には何としても生き延びてほしい。

それはもちろん、彼がフランの――最愛の妹の恩人だからというのもある。

けれどそれ以上に、私自身が彼に死んでほしくなかった。

あなたはこんなところで死んではだめ。あなたの『運命』はこんなところで終わってはいけない。



私達に夢の続きを見せて頂戴。





だけど現実は非情なもの。そう、期待をすればするほど。



「脈拍が弱くなっています・・・このままではそう長くはもちません!!」



牙を剥いてくる。





***************





咲夜からもたらされた報告は、私達の気分を絶望の淵に追いやった。

ちくしょう、ちくしょう。ちくしょうちくしょう畜生!!

何でなんだよ。何で助けられないんだよ!!私の恋色の魔法は友人一人助けられないのかよ!!

けれど実際、私は無力だった。破壊以外なんの力も持たない私の魔法では、優夢の無くなった手足を再生してやることなんてできやしない。

私がしていることといったら、せいぜいが優夢の手を握って必死で祈ることだけ。

お前が死んだら、今度から私の弾幕勝負の相手は誰がやるんだとか。

霊夢が家事を面倒くさがってやらないぞとか。

宵闇の妖怪がまたどこかで人間を食うぞとか。

寺子屋のチビ共、慧音、おやっさん、皆が悲しむぞ。こーりんが落胆のあまり首を吊るかもしれないぞとか。

そんな風に声をかけてやることしかできない。

私は何て無力・・・!!



「ええ、無力ね。あなたも、私も。」

・・・レミリア。

「何だぜ。今はお前の軽口に付き合ってる暇はない。」

「そうやって意味のない行動に時間を費やすのに忙しいからかしら。」

「・・・てめぇ。」

私はミニ八卦炉を取り出しレミリアに構えた。が、こいつは身じろぎ一つしない。

「あなたらしくないわね。いつもだったら軽口には軽口で返してくるくせに。」

「今はそれどころじゃないって言ってる。それ以上つまらないことを言ったら私の魔砲が火を噴くぜ。」

「そんなもの、痛くも痒くもないわ。今のあなたの一撃じゃね。」

レミリアが言った瞬間、私は『マスタースパーク』を撃った。射線上にレミリア以外には壁しかないのは確認済みだ。

私の魔砲はレミリアを飲み込み、壁を壊して空の彼方へ消えた。

後には無傷のレミリアが残った。

「言ったでしょう、痛くも痒くもないって。そんな不安定な状態で撃った魔力じゃ簡単に防げるわ。」

「じゃあ何発でも撃つまでだぜ。」

「落ち着きなさい。私だってあなたとケンカをする暇はないのよ。」

・・・ちっ。私はミニ八卦炉をポケットにしまいこんだ。

「このままじゃ優夢は死ぬわ。運命は見えないけど、そのくらいのこと簡単に予測がつく。」

「・・・だから何だってんだよ。」

そんなこと――認めたくないけど――私だってわかってる。握っている手から伝わる鼓動も弱くなっているし、呼吸も薄くなってる。

間違いなく優夢は死に向かっている。

お前に言われなくたって、そんなことぐらい!!





「助ける方法、ないわけじゃないわ。」





「・・・あ?」

しばしの硬直の後、私は呆けた声を出していた。

何?助ける方法がある?

「そうよ。」

「・・・なんで今まで黙ってた。」

私はレミリアをにらむ。しかしやはりレミリアは動じない。

「問題があるからよ。この方法をとったら、優夢は優夢でなくなるかもしれない。だから最終手段。
命が助かることは保証するわ。それどころか手足も元通りになるし、体も前より頑丈になるわね。」

「レミィ・・・あなたまさか。」

パチュリーがその方法とやらに思い至ったらしい。レミリアはそれに首を縦に振ることで答えた。

「その方法ってのは何なんだ?」

私の問いに、レミリアは重々しく口を開いた。



「優夢に私の血を送り込んで、吸血鬼化させる。」



・・・!!

「ば、ばっか!そんなの認められるか!!」

こいつ、何を言い出すんだ!?

「でも、吸血鬼になればこの程度の傷は何ほどのものでもないわ。優夢は確実に生きられる。」

「だけどそれは、優夢がお前の奴隷になるってことだろ。」

「・・・確かにその通りよ。吸血鬼に噛まれたものは吸血鬼となり、噛んだ吸血鬼の忠実な奴隷となる。もっとも、ただ噛んだだけじゃそうはならないけど。」

「そんなの!!」

「じゃあ他に方法があるのかしら。あなたは無力、霊夢も無力。パチェの魔法でもこれ以上の効果は見込めない。小悪魔からの報告はまだ。
もう後がないはずよ。」

・・・確かにその通りだ。けど。

「優夢はそれを望むか?」

吸血鬼になって、人間捨ててまで優夢は生き延びたいと思うだろうか。・・・私だったら、正直ごめんだな。

「それは・・・。」

レミリアもそこはわからない。ひょっとしたら、吸血鬼になりたいなんて酔狂なやつもいるかもしれないが、優夢がそうかはわからない。むしろ違う可能性の方が高い。





「いいんじゃない、別に。」

私達の疑問に解答を提示したのは、霊夢だった。





***************





さっきから聞いてれば、ごちゃごちゃごちゃごちゃとどうでもいいことを話して。

あんたら、忘れてない?これはあの優夢さんなのよ。

何でもかんでも――自分の死ですら驚くほどあっさり受け入れてしまう優夢さんなのよ。



それが高々吸血鬼化ごときでとやかく言うと思うのかしら?



私の説明で、皆呆然とした表情になった。気付いたみたいね。こんな単純なことにも気付かないなんて。

特に魔理沙。あんた4ヶ月間何を見てたのかしら?

「うっ・・・いや確かに言われてみればそうだった・・・。」

レミリア、あんたは優夢さんの何を評価したの?

「・・・『受け入れること』、だったわね。」

はぁ、ほんとにどいつもこいつも目が節穴ね。ちょっと考えればすぐわかるでしょうが。

「いや、普通この状況で正常に・・・正常に?いやまあとにかく思考できるお前が凄いと素直にそう私は思うぜ。」

あら珍しい、これは明日は槍でも降るのかしら。

「ご所望とあらば降らせてあげるわよ。」

すんな。



「それじゃあ、優夢を吸血鬼化させる・・・ということでいいかしら。」

「ああ、恨まれるのはレミリアに任せるぜ。」

「あら、私達全員同罪だと思うけど。野良魔法使いは覚悟も決められない。」

「もやし魔法使いは100年生きてても治療も満足にできないらしいな。」

「ケンカは止めなさい。怪我人の近くなんだから。」

「それに彼なら、多分何事もなかったかのように振舞うと思いますよ。」

そうね。

さて、レミリア。

「やっちゃって。」

「わかったわ。」





レミリアは優夢さんの首筋に牙を立て、皮膚を突き破った。





***************





いつもの夢の空間に漂っていた。

ふわふわと安定しない感覚。今にも霧散してしまいそうな。

「ずいぶんこっぴどくやられたからねー。」

俺の夢の世界に住まう宵闇の少女が声をかけてきた。

――確かにな。右腕焼失・左足断裂だもんな。

「もったいないなー、食べればおいしかったのに。」

食うな。あ、いや、妖怪だからむしろ食え、か?

――資源は大切にってな。今やMottainaiってのは国際語だそうだぞ。

「そーなのかー。」

――なんか知識にはそうあった。

ゆらゆらと揺れる意識でルーミアと冗談交じりに会話する。

もうしばらくしたら、こんなこともできなくなるんだろう。

そう、俺は死ぬから。そのくらいのことは理解している。

心残りがないわけじゃない。

結局魔理沙との約束守れなかったなとか。

霊夢は俺がいなくなってもだらけないでほしいなーとか。

子供達と慧音さん、おやっさん、霖之助さんにお別れの言葉言えなかったなとか。

――外のお前にも、ちゃんと言ってないしな。

「そーだねー。」

そして、フランのことも。俺は結局、あの子を受け入れきることができただろうか。

勝手に勝負始めて勝手に大怪我して、迷惑なだけだったかもしれないな。

挙句、今にも死なんとしている。

――全く、救いようのない馬鹿だね。俺は。

「自分で言ってりゃ世話ないのかー。」

確かに。

だけど、もうどうしようもないからな。しょうがないさ。

俺には受け入れられるから。それだけでいい。

――願わくば、幻想郷の皆に幸多からんことを。

「その願い、叶うといいね。」

全くだ。

――さて、夢の中でってのもあれなんだが、そろそろ眠くなってきたな。

どうやら、お別れの時間みたいだ。

意識の中の意識にもやが掛かり始めてきた。自分という存在が、優しく砕け散っていく感覚。

――悪いな、ルーミア。道連れで。

「別に気にしてないよー♪」

・・・ありがとう。それじゃあルーミア。

――お休み。

「・・・お休み、優夢。」

そして俺は――










「でっ!?」

何かに踏み潰された。衝撃で眠気も一気に飛んでしまう。

「ってててて・・・何すんだよルーミ・・・ア?」

この世界には俺とルーミアしかいない。だから俺を踏み潰すとしたら彼女だけ。

の、はずなのよ。

だけどね?

これは一体どういうことでせうか?

「えーと、まあ、その。」

「何よ。」

うん、声も最近覚えたものです。間違いありません。





「何故にあなた様のような高貴な方が俺ごとき矮小な存在の夢の中に居らせられるのでせうか、レミリア=スカーレットお嬢様?」

「あら、殊勝な心がけね。感心感心。」

それは紛れも無く、永遠に幼い紅い月――レミリア=スカーレットその人だった。

「端的に言うわね。あなた命だけは助かったの。代わりに吸血鬼化しちゃったわ。メンゴ☆」



・・・。



「はぁ!?」

いきなりの爆弾発言に一瞬思考が停止する俺。

いや、てか、あれ?何でこの人キャラクターブレイクしてんの?

「ここには私とあなたしかいないんでしょ?だったら別にいいじゃない。しかしこんな場所があなたの中にあったとは驚きだわ。しかも快適空間、いやー便利ね!!」

何か俺を無視して話を進めるレミリアさん。

あのーそのー、悪いんですが。

「私もいるのかー。」

俺の背後に現れた宵闇の妖怪を見て、レミリアさんはそのまましばし硬直した。

こほんと咳払いを一つし。

「喜びなさい、名無優夢。あなたの命は助かった。しかし代償として、あなたの体は吸血鬼になったわ。以降私の僕として滅私奉公なさい。」

『いや、もう遅いから。』

声をそろえて言った俺とルーミアの言葉に、レミリアさんはがっくりとうなだれるのだった。



「ま、まあいいわ。別に大して気にすることじゃないし。」

何とか気を取り直したレミリアさん。とりあえず、俺の中じゃもうカリスマは諦めてください。

「で、詳細を説明するわね。まずあなたの体は右腕消滅、左足切断の大怪我だったわ。」

うん、それは知ってる。

「フランには何とか勝てたわ。おめでとう。でもその直後にあなたは失血で気絶してしまった。」

そこまでは覚えてますよ。

「その後あなたの体を客間に移動して、パチェと咲夜で手当てを続けたわ。けど経過は芳しくなく、あなたは死の淵をさまよった。」

あー、それがさっきの異様な眠気だったのね。納得。

「効果的な治療手段が見つからなかったから、最後の手段として私の血を送り込んであなたの体を吸血鬼にした。
吸血鬼の再生能力は尋常ではないからね。あの程度の怪我ならすぐに治るわ。」

そりゃすげぇ。ありがとうございます、レミリアさん。そしてあなたがここにいるのはそれが原因か。

「一応言っておくけど、霊夢と魔理沙は賛成したからね。無理矢理やったんじゃないからね。」

「いや、わかってますから。大丈夫、安心してください。」

何か俺の中に取り込まれたレミリアさん、やたら子供っぽいな。ひょっとしたらこっちが本来の姿なんじゃないのか?

ほら、いつもは従者とか周りとかの目を気にしてカリスマ振りまいてるとかさ。

「ありがとうございます。だいぶ理解できました。」

つまり、これからは太陽の光を気をつけなきゃいけないってことだな。うん、それならいいや。

命あっての物種って言うしね。命が助かっただけで万々歳だ。

「・・・あなたは本当におかしな人ね。」

レミリアさんが呆れたような笑みを浮かべた。

けど、それは違いますよ。

「俺は普通です。」

「そうね、あなたはとっても変。」

やっぱり話が噛み合いませんでした。



「そうそう、外の私にはダメだけど、ここの私に対してなら敬語はやめていいわよ。」

レミリアさんがそう言い出した。

「わかったよ、レミリアさん。」

「『さん』も禁止ー。」

・・・ほんと子供っぽいな。こんな人だったっけ。

うーん、それじゃあ。

「ん、わかったよ、『レミィ』。」

「あ・・・えへへー。」

レミィは破顔した。うわー、すっげ子供の顔だよ。やっぱ無理してたんだなー。

よし、今度外のレミリアさんの方にも子供に戻れる場所を作ってあげよう。それが知ってる俺のすべきこと。

と、ちょうど良く意識が浮上し始めてきた。目覚めか。

「体の方が完治したみたいね。右腕と左足は数日は上手く動かせないと思うけど、すぐによくなるから。」

「ああ、わかった。何から何まで本当にありがとうな、レミィ。」

「別にいいわよ、私がやりたくてやったことなんだし。」

レミィは顔を少し赤くしてそっぽを向いた。俺は少し笑った。

「あ、そうだ。大事なことを言い忘れてたわ。」

レミィはぽんっと手を叩いて再び俺に向き直った。



「フランドールのこと。ありがとう、優夢。」

本当に優しい姉の顔で、そう言った。

――ああ、良かった。俺のやったことは無意味じゃなかった。少なくとも、こっちの少女の心を解放することができたんだから。

俺は微笑んで手を振る。

直後、俺の意識は光の中へ浮上した闇の中へ落下した



「ところで、これから夢の中で遊ぶのはどうするのかー。」

「じゃんけんで決めましょうか。じゃんけんで勝った方が遊べるっていうのはどう?」

「それでいいのかー。」

レミィ、頼むからお前は手加減してくれ。





「・・ぇ、あ・・・・ぞ!!今・・・た・!!」

「・・さ・わ・・・沙。さわ・・く・・・るわ。」

聞きなれた二人の声。これは魔理沙と霊夢だ。

「面白・・・・かも・、この・・・血鬼・・のも。」

「はぅ・私・・労は・体・・・」

パチュリーさんと小悪魔さんも。

「私、何・食べら・・もの・作ってき・・・」

咲夜さん。

「目を覚ましなさい、・夢。」

レミィ――レミリアさん。

「優夢、優夢ぅ!!」

フランドール。

開けた俺の視界に飛び込んできたのは、泣きそうな顔のフランだった。

「・・・どうした、フラン。どこか痛いのか・・・?」

だから俺は微笑んでやった。大丈夫、俺は大丈夫だから。

「ううぅぅぅ、優夢の馬鹿ー!!うわああああん、良かったあああああ!!ごめんなさいいいいいい!!」

そしたら、フランが火が点いたみたいに泣き出してしまった。

ああ、心配かけちゃったか。ごめんな、フラン。

その頭をそっと撫でてやる。

「右腕と左足を見てみなさい、優夢。」

と、レミリアさんが言った。

そこには元通り、俺の腕と足が存在していた。服の一部が焼け消えていたり、弾け飛んで血の染みを作っていたりすることだけが、あれが現実であったことを示している。

動きは・・・確かに鈍いな。まあ、一度消し飛んで一新したんだんもんな。慣れるのに数日かかるのは本当っぽい。

「治していただいて、ありがとうございます。レミリアさん。」

「別に。フランのために負った傷だからね、私が治してやるのは当然のことよ。」

素直じゃないなぁ。思わず苦笑してしまう。

「・・・ちょっと待って。何で私が治したことを知ってるの?」

「あー、それは、まあ。裏技です。」

俺の中に居る妖怪少女のことはまだ誰にも言っていない。ていうか言いようがないでしょうが。

自分の中にいるもう一人の自分?黄色い救急車イエローピーポー呼んでもらってこい。

「ついでに言うと、俺が吸血鬼化したことも知ってますよ。」

「・・・それは話が早くて助かるんだけど、本当になんでよ。」

だから、裏技ですって。

「すまん優夢・・・。打つ手がなかったんだ。」

「命が助かっただけでも十分でしょ?」

「ああ、まあな。二人とも色々とすまんかった。」

ま、普通手足消滅して失血してる人間助ける方法なんてないもんな。俺は気にしてないぞ、魔理沙。

「全然変わらないのね、あなた。わかってるの?吸血鬼になったのよ。人間やめて不死の魔物になったのよ。」

俺は人間をやめるぞJ○J○ーってやつですね、わかります。

「それでもまあ、俺は俺ですし。」

「うぅぅ、ごめんなさい優夢さん~、私一生懸命探したんですけど・・・。」

小悪魔さんは俺を助けるために魔導書を探してくれたそうな。

「いえ、お気持ちだけでも十分嬉しいですよ。」

「でもそのせいで優夢さんは人間やめることに~・・・。」

「大丈夫ですって。俺は全く気にしてませんから。」

「・・・なんで自分が人間じゃなくなったのにこんなに平気でいられるんでしょうか。」

お盆におかゆを乗せてやってきた咲夜さんが、苦笑いしながらそうつぶやく。

「まあ仕方ないんじゃない?優夢さんだし。」

「だな、記憶がなくなっても平然としてられるぐらいだから、人間じゃなくなっても平気なんじゃないか?」



俺、霊夢、魔理沙、フランを除く全員の目が点になって、口がひし形になった。見間違えじゃなく。

その後俺が記憶喪失であることを話したら、大混乱になったことを記しておく。





その後の話。

俺は手足がまともに動かなかったので、数日間紅魔館でお世話になることにした。

その間に気付いたことだが、俺は吸血鬼になったという割には全然吸血鬼らしくなかった。

太陽の光の下に普通に出られる。流水が苦手なんてこともない。にんにく大好き。血も別にいらない、てかまずい。飲めなくはないけど。

さらには、普通子の吸血鬼は親の吸血鬼に絶対服従らしいんだけど、そんなこともなかった。

レミリアさん曰く「どこが吸血鬼なのよ・・・。」だそうな。けど体の頑丈さと再生能力だけは確かに吸血鬼並みになったと思われる。

あと、俺が動けない間フランが看病に来てくれた。しかし力の制御がまだ上手くできないらしく、物を壊しまくった。後片付けは俺の仕事だったと。

まあ、おかげでリハビリにもなってすぐに動けるようにはなったんだけどね。あれの弁償代って後で請求されないか冷や冷やもんです。

動けるようになってからは咲夜さんの手伝いもした。どう考えても一人じゃ大変だからね。

「お客様に働かせるわけには」と言った咲夜さんに土下座で頼み込み、館内の掃除と料理の仕込みをした。俺の料理のレパートリーに何個か追加されたから、収穫はあった。

そして何故かフランのお守りは俺の仕事だった。どうやら俺はフランのお気に入りとなった模様です。

時々パチュリーさんから呼び出しを喰らって地下図書館へ行くこともあった。

何か床に魔法陣が書いてあるところに座らされて色々聞かれた。

その後にパチュリーさんは「確かに吸血鬼になってるのに人間のまま・・・あんた何よ。」と言った。とうとう物扱いでした。俺って一体。

俺は声を大にして言いたい。俺は普通の良識人だと。

一度遊びに来た霊夢と魔理沙を交え、皆で晩餐をしているときに言ったら盛大にため息つかれた。泣いていい?

他には、美鈴さんに体術の手ほどきを受けたり(リハビリがてら)、逆に弾幕の効果的な配置を教えたりと、結構充実した日々を過ごしていた。



数日後。

「どうも、色々とお世話になりました。」

「・・・なんでこんなに普通の見送りなのかしら。ここ悪魔の館よね?」

「優夢様にその類のことを言っても無駄と、私は認識しております。」

「優夢ー、行っちゃやー!!」

「はわわわ、妹様!日傘、日傘が!!」

「あ、あはは、お嬢様自らお見送りとか妹様まで出てくるとか・・・優夢さん、あなたほんと何者ですか。」

パチュリーさんを除く紅魔館の主要メンバーに見送られ、俺は博麗神社に帰ることになった。

しかし、何故ただの見送りでここまで騒がしくなるかね。まあ面子が面子だから仕方ないか。

「フラン。また遊びに来るから。あんまり駄々こねないでくれ。」

「うぅ~・・・。約束だよ?」

「ああ、約束だ。」

俺は拳をぐっと突き出す。フランはぱぁっと音がするぐらいの笑みになり、そこに拳をぶつける。

・・・ちょっと痛かったのは内緒だ。

次弾幕で遊ぶときは、死にかけないようにしないとなー。

まあ、実際のところその辺は心配してないけどね。

俺を壊しかけたことで、フランは壊さないように力を扱うことを勉強し始めた。だから、もう彼女が幽閉される必要はないし物を壊すことも格段に減るだろう。

それに俺も、ちょっとは頑丈になったしね。『らしからぬ吸血鬼の力』とやらで。

「レミリアさんも、近いうちに遊びに来ますんで。神社にも遊びに来てください。歓迎しますよ。」

「ちょっと、それだと私が遊びに来てほしいみたいじゃない。・・・ま、歓迎はするけどね。」

ほんと素直じゃないなー。俺は知ってるのに。な、レミィ?

(う、うるさいわね!!)

(ツンデレなのかー。)

(黙れこの低級妖怪!!)

(逃げるのかー。)

仲良くしろよ、お前ら。

・・・さて、それじゃあ行くかな。

「それではまた。すぐにでも来ます。じゃ!!」

「ええ、また来なさい!」

「おもてなしの準備をしてお待ちしております。・・・しかしやはりメイドに欲しい。」

「またねー!!」

「妹様日傘ー!!優夢さん、パチュリー様がよろしくと言ってましたー!!」

「また弾幕教えてくださいねー!!名前で呼んでくれるのはあなただけです!!」

ところどころ不穏当だったり涙ぐましかったりする見送りの言葉を背に受け、俺は空に飛び立った。





紅霧異変を発端とした一連の騒動は、これにてお終い。





+++この物語は、幻想が人間辞めてるのか辞めてないのかよくわからない、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



吸血鬼?人間?:名無優夢

それ以前に妖怪を取り込んでいるという罠。結局よく分からない存在。

内部の世界に住んでいるのは現在ルーミアとレミリア。最後が『ア』同士(だから何ぞ)。

とりあえず右腕と左足は元通りになったけど、お気に入りの服とズボンが一着ずつダメになった。

能力:変わらない程度の能力?

スペルカード:想符『1700万ゼノのブルーツ(笑)波』、思符『デカルトセオリー』、想符『DaDaDaの方のスチールボール』、思符『DaDaDaじゃない方のスチールボール』など



中に住まう宵闇の妖怪:ルーミア

優夢の中に住む妖怪。これから増えていくとしたら最古参の住人。

優夢とともに消える覚悟はできているか?ルーミアはできてる。

流石に痛覚は共有していないので、今回のことはある種他人事で見れた。

能力:闇を操る程度の能力

スペルカード:月符『ムーンライトレイ』、夜符『ナイトバード』、闇符『ディマーケイション』



中に住み着いた吸血鬼:レミリア=スカーレット(中)

新しく追加された優夢の中の住人。レミィと呼ばれて喜んでいる。

こちらは経口摂取じゃなく血液に直入れだったため、結構記憶の濃度が濃い。

優夢のスペカに追加されるだろうが、使いこなせるかどうかが微妙な人。

能力:運命を操る程度の能力

スペルカード:紅符『不夜城レッド』、神槍『スピア・ザ・グングニル』など



元祖常識に囚われない巫女:博麗霊夢

故に突飛な発想も平気でできる。優夢の吸血鬼化に全く反対しなかった。

それはあるいは、彼女の優夢に対する信頼の現われなのかもしれない。

別に吸血鬼化しようが神社に置いとく気全開だが、吸血鬼が参拝する神社というのもどうだろう。

能力:主に空を飛ぶ程度の能力

スペルカード:霊符『夢想封印』、夢符『封魔陣』など



常識に囚われそうになる魔法使い:霧雨魔理沙

霊夢が天才型なら彼女は努力型。努力で霊夢と並ぶ実力というのが凄い。

優夢が吸血鬼化しても友情は変わらない。それが彼女の美徳。

優夢を隠れ蓑に図書館の本を強奪する程度の能力。

能力:魔法を使う程度の能力

スペルカード:魔符『スターダストレヴァリエ』、恋符『マスタースパーク』など



薄幸型門番:紅美鈴

出番少ない、名前呼んでもらえない。弾幕4ヶ月に教えてもらうのもどうだろう。

しかし体術で彼女の右に出る者はいない。だからギブアンドテイクの関係。

体力だけはあるので、今後妹様が暴れたときには彼女の出番です。ああ、薄幸人生。

能力:気を操る程度の能力

スペルカード:華符『セラギネラ9』など



いざというときにドジッ娘:小悪魔

それは致命的なんじゃなかろうか。彼女の自室に再生に関する本はあったとさ。

優夢、レミリア以外に妹様と絡むのが多いのは実はこの子。まあ地下住まいだしね。

今日も今日とてパチュリーの小間使い。そしてそれが彼女の至福の時だったりする。

能力:不明

スペルカード:なし



最近回復系も勉強を始めた:パチュリー=ノーレッジ

主に自分自身のために。備えあれば憂いなし。

おかしなことになっている優夢に興味を持っているが、何処から手をつければいいかわからない。

実は紅魔館の上層階に行ったのも久しぶりだった。

能力:火水木金土日月を操る程度の能力

スペルカード:月符『サイレントセレナ』、日符『ロイヤルフレア』など



メイドが欲しいメイド長:十六夜咲夜

引っ張りすぎな気もするが、次回辺りで成就しそうな悪寒。

後悔しても、遅いわ!!ひょっとして彼女も紅○朱とかになるのか?

さりげない気の利かせ方がギラリと光る。それはナイフの輝きだ。

能力:時間を操る程度の能力

スペルカード:奇術『ミスディレクション』、幻世『ザ・ワールド』など



本当は甘えたい年頃:レミリア=スカーレット

500歳児。こっちのレミリアの甘えは対象が霊夢になると思われるので、優夢の心配は杞憂。

とりあえずはカリスマ維持してるけど、神社で既に一回ブレイクしてたりする。

当然ながら、優夢の中に存在する世界には気付いていない。

能力:運命を操る程度の能力

スペルカード:神罰『幼きデーモンロード』、『紅色の幻想郷』など



優夢にべったり:フランドール=スカーレット

人目をはばからず優夢に接触しまくる。今の一番のお気に入りは優夢。

彼女にとって優夢は『憧れのお兄さん』的存在。一度殺しかけたけど。

二度と優夢を壊したくないので、必死に制御の訓練中。頑張れフラン。

能力:ありとあらゆるものを破壊する程度の能力

スペルカード:禁忌『クランベリートラップ』、禁忌『レーヴァテイン』など



東方幻夢伝 第一章

紅魔郷 ~the Scarlet Devil and a Tender Fantasy~

End.



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[24989] 一・五章一話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/18 23:24
神社の居間。そこは現在緊張感に包まれていた。

ちゃぶ台をはさんでこちら側には俺――名無優夢と、ここの家主である博麗霊夢、そして友人の霧雨魔理沙。

向こう側には永遠に幼い紅い月の異名を持つ吸血鬼・レミリア=スカーレットさんとその忠実なる従者・十六夜咲夜さん。

互いの間にはピリピリとした空気が流れていた。普段暢気な霊夢ですらも、張り詰めた表情をしている。

先ほどから痛いほどの沈黙が場を包んでいた。



耐えられなくなったのはこの俺だった。ちゃぶ台に手を伸ばしお茶で口を湿らせる。

それで気持ちが少し落ち着く。

いつまでもこの状態を続けているわけにもいかない。俺は意を決し、重い口を開いた。





「弁償ですか。」

「そう、弁償よ。」



遠くでカラスが鳴いたような気がした。





東方幻夢伝 第一・五章

執事録 ~Sometimes Like a Butler?~






紅霧異変が終結してから一ヶ月ほどが経っていた。

季節は夏から秋へ。まだまだ暑い日が続くが、少しずつ気温が下がっていくのが肌で感じられる。

今はまだ緑色の葉っぱをつけている木々も、すぐに紅葉していくことだろう。

この日、俺はいつものように神社の境内を掃いていた。居候の身の上だから当然のことだが、最近は霊夢がだらけきってしまい、すっかり俺の仕事となっていた。

曰く、「優夢さんが紅魔館で寝たきりの間は私がやってたんだから」だそうな。その割にはあまり綺麗になってはいなかったが。

今日は特に予定もなく、のんびり過ごそうと思っていた。

そんな折にやってきたのは、いつも通り俺と弾幕勝負をしにきた魔理沙。それと最近はおなじみの顔となったレミリアさんと咲夜さんだった。

レミリアさんは魔理沙の姿を見るなり「ちょうどいい」と言い出して、霊夢に断らずにさっさと居間へ上がっていった。

俺はとりあえず弾幕勝負は置いておいて(魔理沙はかなりごねたが)、レミリアさんをおもてなしするために台所へ行こうとした。

だがレミリアさんは俺を止め、俺達全員に話があると切り出した。

それを聞いて、魔理沙は訝しげな顔をしながら居間に上がった。霊夢は面倒くさそうにしていたが。

説明はこのくらいでいいだろう。では、回想を始めよう。





~~~~~~~~~~~~~~~





「さて、まず魔理沙。あなたは私達に何か言うことがないかしら?」

レミリアさんがそう切り出した。

魔理沙は頭に疑問符を浮かべた。

「あ?いきなりどうしたんだ。古い血でも飲んで頭がおかしくなったか?」

「あいにくと、うちにあるのは痛んでない血よ。あなたこそ、キノコの食べすぎで記憶力が乏しくなったのかしら。」

「あいにくと、私はキノコで頭がおかしくなったことはないぜ。」

「雑食なのかしら。」

「人間は雑食ですよ。」

突っ込み入れておいた。

「そんなことよりも、本当に何も思い当たらないのかしら。具体的には一ヶ月前。」

「んん?ちょうど『異変』を解決した時期だな。それならお前に何か言うのは、私じゃなくて霊夢の方だぜ。」

「別に『異変』についてはどうでもいいのよ。その後よその後。」

その後って言うと・・・フラン関係か?

「私の方が優夢の指導は上手かったと思うぜ?」

「あなたのは指導じゃなくてただ撃ち落としてただけでしょうが。それでもないわ。」

えー?したら何だ?

「全然わからないぜ。」

「あーもう!!優夢が死にかけてたときにあんたがしたことを思い返しなさい!!」

俺が死にかけてたとき?魔理沙、何かしたのか?

「えーっと・・・まあ、アレだよ。」

魔理沙はちょっと顔を赤くして背けた。何だよ。

「ふふふ、あのときの魔理沙はかなり可愛かったわね。・・・その後よ。」

魔理沙の顔がさらに赤くなった。一体何をしてたんだおまいわ。

「だからアレなんだよ!!えーとそんなことよりその後は・・・。」

誤魔化した。ホントに何したんだお前。

「その後は・・・確かレミリアが私を挑発して、・・・あー。」



―レミリアが言った瞬間、私は『マスタースパーク』を撃った。射線上にレミリア以外には壁しかないのは確認済みだ。―

―私の魔砲はレミリアを飲み込み、壁を壊して空の彼方へ消えた。―



「ひょっとして、あれ実は怪我とかしてたのか?」

「私は無傷だったわよ。あのくらいでどうにかなるほどヤワじゃないわ。」

「なんだそうか。じゃあ思い当たる節はないな。」

ビシ、と音を立ててレミリアさんの額に青筋が入った。

「あんた思いっきり壁壊してるでしょうが!!何で状況思い出してそこに気付かないのよ!!」

「あー?それがどうかしたか?」

「ぉおい!?それスルーするところなの!!?」

魔理沙のあんまりな発言に、つい突っ込みを入れてしまう俺。大事だろ普通に考えたら。

「・・・ッ!!ま、まあいいわ。あんたに言っても無駄だろうからね。」

「なら別にいいじゃないか。」

しれっと言う魔理沙に、レミリアさんの額の筋が濃くなったのがわかる。

「いや、そこはちゃんと謝っとけよ。」

「だが断るのぜ!!」

「なして!?」

つい訛ってしまうのも仕方ないだろう。

「あんたから謝罪の言葉は期待できないだろうから、一応言っただけよ。ここからが本題よ。」

レミリアさんは一拍間を置き。



「せめて弁償しなさい。」

言った。

「断るのぜ。」

即答だった。

「何故。」

「無理だからだぜ。」

おいおい。

「無理なら無理なりに誠意を見せるべきだと思わない?」

「これが精一杯の誠意だぜ☆」

全然誠意感じられないんですけどねぇ。

まあ、負けず嫌いに定評のある魔理沙だ。そう簡単に頭を下げるわけもなし。

当然、弁償するだけの金を持ってるわけでもない。そしたら労働で返すしかないけど、魔理沙が紅魔館で労働したら被害が拡大するだけの気がするし。

ここは諦めるしかないんじゃないだろうか。

「・・・だと思ったわ。」

レミリアさんは深ーくため息をついた。気持ちはわかるけど、仕方ないっすよ。



「じゃあ優夢を一ヶ月ほど借りるわ。」

『は?』

レミリアさんの唐突な発言に、俺と魔理沙、そして霊夢の声がハモった。

「魔理沙が謝罪も弁償もできないんじゃ、周りの誰かがするしかないでしょう?だとしたら後は優夢ぐらいしかいないじゃない。」

いやいやいやいやいやいやいやいや!!

「そこで何故に俺が出て来るんですか!?」

「魔理沙の友人でしょ?」

「友人ですけど!!だったら霊夢もいるじゃないですか!!」

「あら、あなたは霊夢に弁償させたいの?」

「うぐっ・・・!!」

いや、霊夢になすりつけるわけにはいかないけど・・・。

「ちょっとレミリア。それだと誰がうちの家事をやるのよ。」

霊夢さーん!?心配事はそれだけですかい!!

「それなら一ヶ月紅魔館に逗留する?霊夢なら大歓迎よ。」

「お断りね。そんなに長いこと居たら血を取られちゃうじゃない。」

「あらあら、残念ね。」

吸う気だったんですかい。正直霊夢が血を吸われるところなんて想像もできんが。

「それに博麗の巫女がそんなに長く神社を空けるわけにもいかないでしょうが。」

「それもそうね。」

・・・まあ、訪ねてくる人はほとんどいないけどね。俺の知る限り魔理沙と慧音さんとおやっさんぐらいのもんだ。

あとは妖怪だけどルーミア。そういえば、チルノと大妖精はなんだかんだで一回も来てないな。

「とにかく、優夢さんは渡せないわ。私の生活水準の確保のために。」

俺って一体・・・。

「残念だけど、優夢は連れて行かせてもらうわよ。」

「あんたに何の権利があるっていうのよ。」

霊夢の言葉に、自信満々にふんぞり返るレミリアさん。

「私は優夢の『親』よ。そのくらいの権利、あって当然じゃないかしら。」



そう。俺は件の事件で吸血鬼化してしまっている。

瀕死の重傷だった俺を助けるために、レミリアさんは俺を吸血鬼にした。

つまり俺は、レミリアさんの『子』の吸血鬼ということになる。

もっとも、吸血鬼という割には全然吸血鬼らしくないけど。

太陽平気、流水平気、にんにく大好きで血が苦手。本来『子』は『親』に絶対服従らしいけどそんなこともない。

せいぜいが体が頑丈で再生能力が高い程度。力や霊力――何故か妖力は出せない――も以前と同程度だ。

果たしてこれで吸血鬼と言えるのかは甚だ怪しいが、パチュリーさん曰く「確かに吸血鬼化はしてる」らしい。

だから一応吸血鬼。レミリアさんの言うことも至極もっともだったりする。



けどなぁ。

「そうは言っても、やっぱり俺レミリアさんに服従してるわけじゃないし。」

どころか、一部を取り込んでしまってたりするし。秘密だけど。

「ぐ・・・。あ、あんたは~!!何で吸血鬼になっても全然変わってないのよ!!普通に昼に出歩いてるし夜寝てるし!!ちょっとは夜の覇者としての自覚を持ちなさい!!自覚を!!!!」

「いやそんなこと言われても・・・。」

俺は俺だもん。

あ、レミリアさんが顔を真っ赤にしてる。

「だあああ!!もう!!とにかく!!!!」

ばん!!とちゃぶ台を叩く。吸血鬼の力だったというのに、ちゃぶ台は壊れずにいてくれた。ああ、何と逞しい・・・。

「優夢は借りてくわ。当然の権利でしょうが。大体、これは弁償なのよ!!」

それで場がシーンとなる。

霊夢も譲る気はないらしく、険しい表情でレミリアさんを見ていた。

魔理沙も魔理沙で、俺がレミリアさんに持ってかれるのが気に食わないのかやたらとまじめな表情だった。

そして痛いほどの沈黙が続く。

最初に耐えられなくなったのは、俺だった。ていうか俺にばっかりストレスが集中してる気がする。

気を落ち着かせるために、ちゃぶ台の上の湯飲みに手を伸ばす。はぁ、落ち着く・・・。



そして、冒頭に戻るわけだ。

「弁償ですか。」

「そう、弁償よ。」





~~~~~~~~~~~~~~~





んー、とは言ってもなぁ。

別に俺が何かをしたわけじゃない。魔理沙が壁を壊したのがそもそもの原因。

でも、さらに元を正せばそれは俺が死にかけたのが原因だ。

だから間接的には俺のせいということにもなる。でも話を聞いてると、魔理沙も悪いんだよなぁ。

結局、どーすりゃええねんということになるわけで。

「魔理沙。たまには俺に頼らずに自分の力で弁償するなり謝るなりしたらどうなんだろうか。」

「私がいつお前に頼った?」

「香霖堂の商品。」

「うっ。」

魔理沙が呻く。

「神社での三食。人里の買い物での金。寺子屋で慧音さんを怒らせたときの対処。」

「・・・そんなこと言う人、嫌いです。」

それは病弱っ娘の台詞だッ!!

「さて、何ぞ弁明はあるかね?」

「・・・でもなぁ。」

どうやら魔理沙はレミリアさんに弱みを見せたくないようだ。何というか、意地っ張りだねホント。

「ほれ、俺も一緒に謝ってやるから。今回は明らかにお前の行動に問題がある。」

ていうか挑発されたぐらいでマスパを撃つな。

「・・・私だって、お前があんな状態じゃなかったら・・・。」

「何?何だって?」

「何でもねぇよ!!」

魔理沙は少し顔を赤くして、ぶっきらぼうに言い放った。ふぅ、全く。

「そういうわけですから。どうか勘弁してやってください、レミリアさん。」

俺は頭を下げる。そして続いて魔理沙が





「子供相手に意地張って悪かったな、ロリ血鬼。」





空気が、凍った。



「・・・咲夜。」

「はっ。」

ザ・ワールド!!時よ止ま・・・








気がつくと、俺は咲夜さんに抱えられて神社の裏を飛んでました。

「さて、魔理沙が追いかけてくる前に紅魔館に到着しないとね。スピード上げて、咲夜。」

「御意に。」

170cm以上ある男性を軽々持ち上げないでください、咲夜さん。

結局こうなるのね・・・。

(諦めなさい、運命よ。)

(第九なのかー。)

そんな難解な冗談はいりません。





こうして、俺の紅魔館での一ヶ月間が始まったのだった。





+++この物語は、幻想が執事の真似事をするかもしれない、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



周りに流されっぱなしの男:名無優夢

とても理不尽な現実が襲い掛かってきても、抗えず流される程度の・・・運命?

運命は存在しないからもっと別の何か。具体的には神の意思とか。

愛と勇気とちゃぶ台が盟友。

能力:周りの人間の清算をする程度の能力?

スペルカード:想符『1700万ゼノのブルーツ(笑)波』、思符『デカルトセオリー』、暴符『ドライビングコメット』、思符『信念一閃』など



神社に住む怠惰の化身:博麗霊夢

最早自分で家事をする気が起きない。いいさいいさ~、ゆっくりでいいさ~。

優夢が紅魔館に行ったら、本当に誰が家事をやるのだろうか。

なんだかんだ言って紅魔館に入り浸る可能性大。

能力:主に空を飛ぶ程度の能力

スペルカード:霊符『夢想封印』、夢符『封魔陣』など



謝らない弁償しない:霧雨魔理沙

何故なら自分は悪いと思っていない。お前のものは俺のもの。なんというジャイアニズム。

レミリアとは対等でいたかったので、これ以上弱みを見せたくなかった。

意外というか、当然というか、優夢には結構お世話になってたりする。

能力:魔法を使う程度の能力

スペルカード:魔符『スターダストレヴァリエ』、恋符『マスタースパーク』など



ある意味でロリータコンプレックス:レミリア=スカーレット

子ども扱いされるのを嫌うのもロリコンって言えない?

でも本当は子供のままでいたい。難しいお年頃。

神社ではカリスマぶっても微妙に出ない謎。

能力:運命を操る程度の能力

スペルカード:神罰『幼きデーモンロード』、『紅色の幻想郷』など



側に居る者:十六夜咲夜

台詞が無くてもそこにいる。文句は言わない。だからこそ完全瀟酒。

しかし実は黒幕。「優夢メイド化計画」は潰えていない。

ということは、優夢がやるのはまさか・・・?

能力:時間を操る程度の能力

スペルカード:奇術『ミスディレクション』、幻世『ザ・ワールド』など



→To Be Continued...



[24989] 一・五章二話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/18 23:24
前回理不尽な理由でレミリアさんに拉致られた俺だが、今紅魔館の大広間にいる。

結局魔理沙の追跡はなかった。多分面倒くさくなったんだと思う。やはり魔理沙は魔理沙であり、魔理沙でしかないということだ。

霊夢に関しては期待するだけ無駄だろう。あいつはそういう奴だ。

そんなわけで、道中何の障害もなく紅魔館にたどり着き、現在大広間で俺が与えられる仕事について聞いているわけだ。

「とは言っても、あなたは前に咲夜の手伝いをしたことがあったからほとんど言うことはないけどね。」

つまり、あのときの延長で一ヶ月仕事をすればいいということだろう。

となると俺のすることは。

「西側の掃除と料理の仕込み、フランの遊び相手、美鈴さんの手伝いで門番と。大体こんな感じですか?」

あのときは病み上がりだったり吸血鬼に成り立ての状態だったりしたのでパチュリーさんからの呼び出しもあったが、今は違うのでそれは除外していいだろう。

「それと、一部妖精メイド達の指示もお願いするわ。あの子達は何も言わなかったら使い物にならないから。」

・・・うん、まあわかるけど。ここの妖精メイドは本当に働かない。妖精だから仕方ないっちゃあ仕方ないんだけど。

一応咲夜さんが指示を出して働かせているらしいけど、効果はほとんどない。実質ここは咲夜さん一人で切り盛りしてるようなものだ。

ほとんどの仕事を一人でやっている咲夜さんに妖精メイドを気にかける余裕はない。だったら、増員である俺が面倒を見てやった方がいい。

「わかりました。他にはありますか?」

「特にないわ。咲夜の方からは何かある?」

「いえ、私も特にありません。優夢の能力は信頼していますので。」

嬉しいことを言ってくれる咲夜さん。こりゃ期待に答えないとバチが当たるな。

「それじゃ、早速取り掛かりますよ。」

まずは掃除から。俺は腕まくりをして大広間の階段を昇

「ちょっと待ちなさい。」

ろうとしたところで、レミリアさんに呼び止められる。

「あなた、その格好のまま仕事をする気?」

「え?はい、そうですけど。何か問題ありましたか?」

「あのねぇ。ここは貴族の館なのよ。そんなパッとしない格好のお手伝いがいたらしまらないじゃない。」

そうなんですか?でも前はこのままやってましたけど。

「あのときは療養中の客だったからよ。一時的とは言え今回は正式なお手伝い。もっとちゃんとした格好をなさい。」

・・・つっても、俺これ以外の服持ってないんだけどな~。

「ついでに、もし神社に服を取りに行ったら戻ってこれないかもしれませんよ。」

魔理沙のせいで。

「そう言うと思って、服はこちらで用意しておいたわ。」

それってつまり、俺がお手伝いに来るのは確定だったってことですね?

「うっ・・・。べ、別にいいじゃない!あなたは私の下僕なんだから!!」

下僕って言われるとイメージ悪いなぁ。事実だけど。

「とにかく!仕事はちゃんと着替えてやりなさい。紅魔館のイメージに関わるんだから。」

「そう言われちゃしょうがないですね。」

「よろしい。咲夜。」

「ここに。」

レミリアさんに言われて、パッと咲夜さんの手元に服が現れた。・・・時間止めて取りに行ったのか。

「わざわざすみません、咲夜さん。」

「これもメイドの仕事ですわ。」

なるほど、メイドの仕事ですか。俺は咲夜さんに服を手渡され



手渡・・・





「あ、あの~・・・。つかぬことをお聞きしますが、これは一体何なのでしょうか・・・?」



俺が手渡された服。

もう突っ込みどころしか存在しない。まず一番下から行こうか。

青い布で仕立てられた、ちょっとふわっとしつつすっとした感じの服だ。それだけならまあ、ちょっと高級そうな服で済むだろう。

そう、それだけなら。それは服というには丈が長すぎる。俺の中に某ひとつなぎの財宝と同じ音の言葉が浮かんでくる。

ていうかズボンがありません。確定、これは『ワンピース』だ。

さらにその上。白い布のエプロン。少なくとも男が着るような物ではない。一般に『エプロンドレス』と呼称される物体X。

そしてその二つの上にちょんと置かれているもの。婉曲表現で誤魔化すことすら不可能なそれは、真っ白な『ホワイトブリム』だった。

オプションで真っ赤な『リボン』までついている。

ああ、聞くまでもなかったな。





「咲夜が着てるでしょう?『メイド服』よ。」

そう、これは紛れも無く『メイド服』と呼ばれる西洋の女中さんの仕事着だった。



・・・。



いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや!!!!!

「なんしてメイド服なん!?俺女ちゃうわ、男やで!?」

気が動転するあまり、めちゃめちゃ訛った日本語が出てきた。そして何故に関西弁。

「主人に対して随分な口の聞き方ね。まずはそこから教育したほうがいいのかしら?」

「・・・失礼しました。つい取り乱してしまって。」

むしろ落ち着いてる方が無理。

「とりあえず、何故に男の俺がメイド服を着なければならないか理由を簡潔に説明していただけると凄く助かったりします。」

「面白そうだから。以上。」

短っ!!?

「それに、うちは男がいないからね。仕事着と言ったらメイド服しかないわ。」

いや、さっき用意したって言ってたじゃん・・・。

「何か文句でもあるのかしら?」

いえ、何も!!・・・と言いたいところなんだけど。

「流石にありますよ、これは。」

「あら、あなたならこれぐらい受け入れてくれると思ったのだけど。」

う・・・いや確かに受け入れようと思ったら受け入れられちゃうから困るんだけど。

これを受け入れたら俺の男としての尊厳とか矜持とか、そういうのが根こそぎ崩れ去りそうな気がする。

「何を今更。そんな女みたいな顔をして。」

「それとこれとは別問題です。」

いくら俺が頼りない顔つきしてて女みたいに見えるっつっても、魂は漢そのものなんだよ。

「似合うと思うんだけどな~。」

「それはそれで大問題でしょうが。」

「もう、ああ言えばこう言う。」

「それはこっちの台詞ですよ。」

何故そこまでメイド服にこだわる。

「・・・しょうがないわね。」

レミリアさんがそう言った瞬間、空気が変わった。まさか力ずくで言うことを聞かせる気か!?

「咲夜。」

「はっ。失礼するわよ、優夢。」

咲夜さんと戦えってか?時を止められたら一瞬じゃん。俺じゃ対処できん。

と思ったら、咲夜さんはポケットから懐中時計を取り出した。あれ、弾幕じゃない?

「優夢、この時計をよく見なさい。」

銀でできた懐中時計だ。さぞかし高いんだろうな。

チク、タク、チク、タク。

「メイド服っていいと思わない?」

「いや、そういう人もいるかもしれないですけど、俺は・・・。」

ゆらーり、ゆら~り・・・。

「表面的な話ではないわ。メイド服は従者が働く上で必要な機能が取り揃えられているのよ。」

「・・・へぇ~、そうなんですかぁ。」

「それを身に纏って主に仕えるなんて、従者として最高の幸せよ。そこには男も女もないわ。」

チク、タク、チク、タク、すい~、すい~~・・・。

「もう一度聞くわよ。メイド服っていいわよね。」

「はい~・・・そうですね~・・・・・・。」

「なら、あなたも着るといいわ。ほら、更衣室はあそこだから。」

「ええ~・・・。それじゃあ、行ってきますね~・・・。」



フラフラした足取りで、俺はメイド服を手に更衣室へ向かった。





「・・・やっちまった・・・。」

正気に戻ったのは、手渡された衣装を完全に身に纏った後だった。





***************





「咲夜・・・。確かに方法は任せたけど、いつの間に催眠術なんか覚えたの?」

「今日この日のために、パチュリー様から図書をお借りしました。」

ず、随分と用意周到だったのね。

「メイドのたしなみですわ。」

・・・そ、そう。

ともあれ、これで優夢メイド化計画はおよそ達成できた。あとは出来上がりを見るだけ。

咲夜からこの話を聞かされたときは驚いた。まさかまじめな咲夜の口からこんな計画が聞けるとは思っていなかったからね。

私はとても面白いと思った。

優夢は、肩よりも長い髪も相まって、顔だけを見れば女にしか見えない。

だから女物の服を着させてみるのも面白いと思うが、あいつはあんな飾り気のない服しか着ない。

本人曰く「落ち着くから」らしいけど、もったいないにもほどがあるわ。

そこへ咲夜がこの計画を持ちかけた。私は諸手を上げて賛成した。

優夢を紅魔館へ連れ出す口実を作る。そのために魔理沙を利用させてもらった。

案の定魔理沙はこちらの要求を突っぱねたので、『代替案』を出す。

優夢に諭されて魔理沙が頭を下げてきたときはちょっぴり焦ったけど、あの言葉を聞いた瞬間頭に来ると同時にホッとしたわ。

種明かしをするとこういうこと。私達は初めから弁償が目当てじゃなくて優夢を連れ出すことが目的だった。弁償はそのための方便ね。

さて、どんなものが出てくるかしら。ああ、運命がないっていうのはこんなにも楽しい。

「楽しそうですね、お嬢様。」

「ふふ・・・当然よ。そういう咲夜こそ、声が弾んでいてよ。」

「あら、お恥ずかしいですわ。」

結局、咲夜も楽しみなのね。

まあそれもそうか。この計画の発案者は咲夜。『執事』ではなく『メイド』を強く推したのも咲夜。

ひょっとしたら、咲夜は私よりも楽しんでるんじゃないかしらね。



そろそろ着替え終わる頃か。

私がそう思うと同時に、コツコツという靴音が聞こえてきた。あら、靴もちゃんと替えたのね。

それが、大体角の辺りで止まった。

「優夢?どうしたの。早く姿を見せなさい。」

「えっと、あの~・・・見せなきゃダメですか?」

当然でしょう?でなきゃ意味がないじゃない。

「うぅ・・・、絶対笑わないでくださいよ。」

「笑わないわよ。笑わないから出ていらっしゃい。」

面白かったら笑うけどね。

角の向こうでため息が漏れた。そして意を決したか、スッと足が角から現れた。





それは、『美女』だった。あるいは『美少女』であった。

女性としては少々高すぎる身長だったが、スラリとした体型がそれを自然なものとしていた。

細身の体に、青いワンピースと白いエプロンドレスが調和している。スマートな足が、艶かしさをかもし出していた。

普段適当にばら撒いているだけの髪は、赤いリボンで後ろに一纏めにされている。そして頭にはホワイトブリムがちょこん。

手を前で重ね合わせ、恥ずかしそうに体を隠す。顔もやや下を向けており、必然的に上目遣いになる。

羞恥のためか、頬は朱に染まっていた。

メイド姿になった優夢は、反則的に可愛かった。





ぶしゅうううううう!!

「うわあああああ!?」



だから、それを見た瞬間鼻から赤いカリスマを噴き出したのは必然であり当然なのよ。





***************





やはり私の目に狂いはなかった。この男にはメイドの才能がある!!

お嬢様も溢れ出るカリスマを鼻からお出しになりながらお喜びです。

「ちょ、ええ!?だ、大丈夫ですかレミリアさん!!」

「ええ、平気よ優夢。ちょっと驚いただけだから。」

「で、でも!!凄い量の鼻血ですよ!?」

「いいえ。これは鼻血ではないわ、赤より紅いカリスマよ。」

「どんなカリスマなんですかそれは!!?」

心配無用よ優夢。お嬢様はブラド=ツェペシュの末裔なのだから。

「そういう問題ではっていうか咲夜さんも鼻血ー!!!?」

「これは忠誠心よ。これからここで働くあなたにも分けてあげようと思ってね。」

「そんな恐ろしい忠誠心はいりません!!!!」

あなた本当に吸血鬼?

「さて優夢。これからあなたに仕事を教えるわ。ついていらっしゃい。」

「え、いやあの咲夜さん。俺大体仕事わかって」

「いいえ、あなたはまるでわかっていないわ!!」

がしぃ、と優夢の肩を掴むと、優夢が「ひっ!?」って言って身を縮こまらせた。

小動物みたいなその姿に思わず流れ出る忠誠心が増したけど、そんなことよりも言わなければならない。

「まず一人称。あなたは今メイドなのよ。『俺』などという無作法なものではなく『私』でしょう。」

「け、けど俺は俺で」

「わ・た・く・し。」

「・・・は、はいぃ。」

「そして、お嬢様のことは『レミリアお嬢様』よ。間違えないように。」

「わ、わかりました。」

「その他の言葉遣い、所作。メイドの仕事は奥が深いのよ。教えてあげるからついていらっしゃい。」

「え、で、でもお・・・私は」

「ついていらっしゃい?」

「・・・はい、わかりました。」

物分りが良くて助かるわ。

さぁて、メイドの仕事、メイドの心構え、メイドとは何か。

しっかりと教え込んであげますわよ、優夢?





***************





○がつ×にち はれ

きょうわたくしはいきじごくというものがほんとうにあるのだとしりました。

わたくしの『おとこ』としてのなにかはおともなくこわれました。

ななしゆうむは『おとこ』ではなく『メイド』というべつのいきものになりました。

かおもしらないおとうさまとおかあさま、むすこはいなかったものだとおもってください。

ごめんなさい。ほんとうにごめんなさい。



れいむとまりさへ

ひょっとしたら、わたくしはもうじんじゃへかえることができないかもしれません。





+++この物語は、幻想がメイドへと生まれ変わる、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



受難のメイドもどき:名無優夢

これはひどい。しかし似合っているというどうしようもない事実。

この日一日でメイド魂を叩き込まれたが、受け入れる性質を持ってしても耐え切ることができなかった。

彼の受難はまだまだ続く。これはほんの序章に過ぎないのである・・・。

能力:女装して違和感がない程度の能力?

スペルカード:想符『1700万ゼノのブルーツ(笑)波』、思符『デカルトセオリー』、暴符『ドライビングコメット』、思符『信念一閃』など



溢れ出るものは全てカリスマ:レミリア=スカーレット

たとえ赤かったり液体だったり鼻から出てたりしてもそれはカリスマ。

ちなみにこの後倒れました。介抱したのは当然咲夜。

しかし男の女装を見て鼻血を吹くお嬢様というのもどうなんだろうか。

能力:運命を操る程度の能力

スペルカード:神罰『幼きデーモンロード』、『紅色の幻想郷』など



ただし忠誠心は鼻から出る:十六夜咲夜

二次創作の彼女と言ったらこれに尽きる。しかし完全瀟酒が崩れないという恐ろしさ。

主人が倒れても自分は倒れないのはそういうこと。

ちなみに、レミリアの幼児退行を見ても忠誠心は噴き出る。

能力:時間を操る程度の能力

スペルカード:奇術『ミスディレクション』、幻世『ザ・ワールド』など



→To Be Continued...



[24989] 一・五章三話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/18 23:25
昨日は咲夜さんによる(地獄の)メイド講習のために仕事にならなかったので、今日から紅魔館でのお手伝いが始まる。

それに際し、妖精メイド達を大広間に集合させて集会をすることになった。

咲夜さんが前に立ち、俺がその横に立ってる。

え、メイド言葉はどうしたって?心の中だけは普段の言葉遣いにさせてくれよ。でないと心が砕けそうだ。

(ポロっと出さないようにね。)

最大限気をつけるつもりだよ、レミィ。

「皆、この子は今日から一ヶ月紅魔館で働くことになった新しいメイドよ。一部の部隊はこの子に持ってもらうことになるから、しっかり覚えておきなさい。」

普段遊んでばかりの妖精メイド達だが、メイド長の言葉ともなると静かに聞いている。・・・ただ怖いだけなのかもしんない。

咲夜さんは俺の方を向き

「優夢、自己紹介なさい。」

と言った。

俺は昨日叩き込まれた作法の通り、つま先から足を出して一歩出る。

「今日から皆さんと一緒にお嬢様にご奉仕させていただきます、名無優夢と申します。どうぞ、よろしくお願い致します。」

言葉にも細心の注意を払う。ここで男言葉なぞ使おうもんなら、後でまた軟禁→教育の鬼コンボが待っている。

俺は間違った言葉遣いをしてなかったか。ちょっと不安になる。何せ人前で使うのはこれが始めてだ。

少しの沈黙。すぐに、妖精メイド達からささやかな拍手で迎えられた。

俺はホッと安堵のため息をついた。

「きれーな人だねー。」

「メイド長よりおっきいねー。」

「人間かなー?」

「あれ?『ななしゆうむ』ってどこかで聞いたような・・・まいっか。」

おっと、そういえば一部の妖精メイドは俺のことを知ってたんだっけ。どうやら俺だと気付いてないらしいが。

なら隠し通さないとな。俺が女装野郎だなどと知れるのはあまり好ましくない。

「静かに!!優夢にはブルー隊とアクア隊、それからバイオレット隊の指示を任せます。妖精メイド達はこの子の指示に従うように。」

『はぁ~い。』

咲夜さんの命令に元気良く返事をする妖精メイド達。まるっきり子供だな。妖精だから仕方ないが。

ちなみに、ブルー隊というのが屋敷北西の担当、アクア隊は南西担当だ。バイオレット隊は地下を担当する。

他にも北東担当のイエロー隊、南東のオレンジ隊、そして咲夜さん直属のスカーレット隊が存在する。

まあ存在するだけで機能はしてないんだけどね。スカーレット隊にしたってほとんど働いてないらしいし。

俺が任されたのは屋敷の西の方の掃除とフランの遊び相手だ。そのためにこの三つの部隊の指示を任されたのだろう。

よし、やるんならとことんまでやってやる。

「それでは各自持ち場に戻りなさい。優夢、午前中は西側の掃除をお願い。」

「わかりました、咲夜さん。」

俺は返事をし、ブルー隊とアクア隊を引き連れて大広間を後にした。





屋敷の真西で、ブルー隊とアクア隊に指示を出す。

「それぞれの部隊にリーダーはいますか?」

「はーい、あたしがブルー隊のリーダーのプラネタリアでーす!」

「そして私がアクア隊のリーダー、アクアマリンです。」

青く頑丈そうな羽を持った妖精と、水色の透き通った羽を持った妖精がそれぞれ手を上げた。

「じゃあ、あなたたちに全体指示を出します。他の皆さんはわからないことがあったらリーダーに聞いてください。
二人が分からなかった場合は私のところに来てください。直接指示を出します。」

『はぁーい!!』

返事はいいよね君ら。

「(ひそひそ)この人優しそうだね。」

「(ひそひそ)気楽に仕事できるねー。」

こら、聞こえてるぞそこ。そもそも普段仕事しとらんでしょーが。そのために咲夜さんが大変な思いをしてるということを自覚しなさい。

そうは思いながらも、俺はプラネタリアとアクアマリン――プラネとアクアと略すことにしよう――に全体の指示を出す。

多分細かな指示まで出さないとわからないだろうから、ゴミの置き場所から枕の置き方まで言っておいた。

「覚えきれましたか?」

「ばっちこいです!!」

「楽勝です。」

プラネは元気一杯、アクアは冷静沈着に答える。どうやら妖精にしては能力が高いらしい。自我もはっきりしてるし。だからリーダーを任されているんだろうな。

けど、何でこんなにしっかりしていそうな妖精メイドがいるのに、咲夜さんは全部一人でやってるんだろう?ちゃんと指示を出せば働きそうなもんだけど。

「何か質問があったら今のうちに言ってください。仕事が始まったら中々捕まらないと思いますので。」

これは寺子屋の授業で学んだこと。授業中に質問をするのは確かにいいことなんだけど、たびたび質問されてしまっては進行の妨げになる。

だから、質問はできるだけまとめてした方がいい。それが短い教師経験で得た知恵だ。

ぴっと手を上げたのはプラネ。

「リーダーはどう動くつもりですかー?」

「私は西側を北から順々に見ていきます。近くの人の手伝いをしながら、皆さんでは手の届かないところや難しいところを処理します。
それと、私のことは優夢で構いませんよ。」

リーダーと呼ばれるのはちょっと背中が痒い。Leader――先導する者だもんな。

次に手を上げたのはアクア。

「それだと仕事の進度に差異が出てしまうと思われるのですが。」

「手が空いた人は他の人の所へ行き手伝ってください。担当箇所の判断はリーダーのお二人にお任せします。」

俺の言葉にアクアはこくりと頷く。随分対照的なリーダー二人だな。

(そうねぇ。私も普段妖精メイドとは交流をとってなかったから、結構新鮮かも。)

おいこらレミィ。それは屋敷の主としてどうなんだ。

(別にいいんじゃない?咲夜がやってくれてたし。)

(メイドが有能だと主が怠けるのかー。)

(わ、私は怠けてなんかいなかったわよ!?)

・・・よし、レミリアさんには一回ガツンと言っておこう。だれいむは一人で十分だ。

レミィとルーミアはまた追いかけっこを始めたようだ。仲良くしろっての。

さて。

「それでは、お仕事を始めましょう。皆さん、よろしくお願いします。」

俺はペコリと頭を下げた。連動してポニーテールがピョコンと跳ねた。





俺は北から順番に部屋を周っていった。咲夜さん一人ではやはり限度があるのか、一部汚れている箇所もあった。

しかし基本的に綺麗に掃除されていたところが、咲夜さんの完全瀟酒さが伺える。

さて、そんなこんなでプラネが掃除をしている部屋にたどり着いたわけだ。

が。

「あははははー!!」

俺は頭痛を感じ、頭を押さえた。

うーん、この状況は一体何なんだろう?確かにプラネは掃除をしていた。していたのだが。



掃除をする側から汚くなっている気がするのは俺の気のせいだろうか?



はたきでほこりをはたいたら、あとは床に放置。結果、確かに窓や棚の上の方は綺麗になっているが床は汚れ放題。

別の場所で床のほこりをとるのには、力任せに箒を掃く。そのために空中にほこりが舞い散る。それを気にも止めない。

ついでにいうと、掃除は全体的に雑だった。そう、プラネはとことん掃除が下手くそだったのだ。

――これって、下っ端妖精メイドの方がよっぽどいい働きしてるんじゃ・・・?

でも下っ端は自我があんまりはっきりしてないからなぁ。命令考えたり出来なさそうだし。

結局、この力任せな能天気メイドに任せるしかなかったということか。

「あのー、プラネタリアさん?」

「あ、優夢さん!どう、あたしの掃除っぷりは!!」

最悪です。と言いたいところをぐっとこらえる。

「ええと、元気があっていいのですが、もう少し後先を考えた方が良いと思いますよ?ほら、掃除したばっかりなのにこんなにほこりが・・・。」

「なにー!?ほこりのくせにあたしに逆らおうってかー!!」

とっても体育会系(?)な妖精メイドでした。

しかもやる気がある分きついことが言えないから、余計に性質が悪いかもしれん。

「そんなに力任せに掃除しちゃうからそうなるんですよ。もっと軽ーく掃いてください。」

「えー?」

不満たらたら。うーむ、この子には掃除の仕方から教えなければいけないか。俺も得意とは言えないけど。

「今日は私も手伝いますから、一緒にやりましょう。それで覚えてください。」

「はーい!!」

プラネは元気一杯な返事をした。

反対に、俺は心の中で深ーくため息をつくのだった。





プラネの掃除を手伝った後も他の部屋を片付け、北側は終了。俺は妖精たちに南側の手伝いをするよう指示を出し、俺自身も向かった。

そしてアクア担当の部屋。

「・・・いや、あの、何と言う・・・言いますか。」

思わず声に出たのも許してもらいたい。

アクアはプラネと違って丁寧な掃除をしていた。窓が綺麗に掃除され、その周りにもほこり一つない。



そう、窓の周りだけは。



丁寧は丁寧だ。が、一つ一つを入念にやりすぎているために時間がかかりすぎだ。

「優夢さん。今窓の掃除が終わったところです。」

「・・・ええ、大変綺麗に掃除できていますね。アクアマリンさん。それは大変結構なんですけれども・・・。」

思わず頭を抱えてしまう。そんな俺をアクアは疑問符を浮かべて見ていた。

理解した。咲夜さんが妖精メイドに指示を出さないか。

答えは簡単、自分がやった方が早いからだ。妖精メイド達に任せてたらいつまで経っても終わらない。

この様子じゃ、俺が担当するもう一つの部隊・バイオレット隊も相当なものなんだろう。今から気が重い。

「とりあえず、一つ一つの作業にかかる時間をもっと短縮しましょう。結果的に全部終わらなかったら問題ですから。」

「・・・わかりました、以後気をつけます。」

せめてもの救いは、この子たちの根が素直であることだな。





西側の清掃が終わり、俺は妖精メイド達に休憩を出した。この時点で正午少し前。

俺は調理場へ行った。すると、そこには既に咲夜さんがいた。

「すみません咲夜さん。お掃除に手間取ってしまって。」

「いいわ。ちょっと見てたけど、あの妖精メイド達にちゃんと仕事をさせてたみたいね。中々のリーダーシップだったわよ。」

素直に褒められ、少し赤面する。・・・いかん、この格好をしてから精神も少し女っぽくなってないか?

「って咲夜さん、鼻血出てますよ!?」

「・・・油断したわ。何でもない、少し忠誠心が溢れ過ぎただけだから。」

だから何で忠誠心なんですか!?怖いですよ、鼻から溢れる忠誠心!!

「まあそれはともかくとして、手伝ってくれると助かるわ。」

「もちろんです、そのために来たんですから。」

俺は腕まくりをして、咲夜さんの隣に並び仕上げの手伝いを始めた。



それから程なくして、昼食の準備が完了した。

咲夜さんがレミリアさんを呼びに行っている間、俺は食堂で待機する。

(どう、メイド初日の感想は。)

レミィが話しかけてきた。まだ一日の半分だよ、感想ってほどのものはない。

強いて言うなら、俺が人の上に立つのは無理かなってことだ。やっぱり自分がやらないと落ち着かない。

(あら、だったら咲夜も人の上には立てないってことになるわね。)

そうかもしれない。だってあの人明らかに全部自分でやってるし。

(でもあの子、妖精メイド達から尊敬されているのよ?それは人の上に立つっていうことじゃないかしら。)

・・・それは、そうかもな。

(人の上に立つ方法っていうのは、必ずしも一つじゃないわ。そうやって力を見せるのも一つの方法よ。)

でも、やっぱり俺には無理だよ。俺にはそんな力もない。

(・・・はぁ、これはやっぱり重症ね。)

(今更なのかー。)

おいおい、それじゃ俺が人の上に立つだけの力を持ってるみたいじゃないか。

(そう言ってるのよ。あなたは信じないでしょうがね。)

(難しいことはよくわからないけど、優夢は強いのかー。)

・・・ま、一意見として聞いておくよ。あとルーミア、強い弱いは少し論点ずれてるからな。

(そーなのかー。)



咲夜さんがレミリアさんを連れてきた。

「咲夜、優夢。そんなところに立っていないで一緒に食べましょう。」

レミリアさんは俺達にそう言った。が。

「いえ、お嬢様。私達はメイドでございます。」

「使用人がご主人様とお食事を同席するなど、滅相もございません。」

で、あってるかな?うん、咲夜さんから厳しい視線がないということはあってたんだな。

だが、レミリアさんは不満そうな表情をした。

「従者は主を満足させるものよ。私が一緒に食べようと言っているのだから、素直に従いなさい。」

噴出しそうになるのを堪える。全く、本当に子供っぽいんだから。

「お嬢様がそうおっしゃるのでしたら・・・。」

「そのように致します。」

俺達はレミリアさんの言葉に従い席に着いた。と同時に。

「それと優夢。私達だけのときは普段の言葉遣いでいいわよ。正直堅苦しくて息が詰まりそうだわ。」

「え?いいんですか?」

「そうね、あなたもずっとそのしゃべり方だと疲れるでしょう?」

確かに。

「助かりました。正直言うと、俺ももう息苦しくてしょうがなかったんですよ。」

「ふふふ、やはりあなたはその言葉遣いでこそね。」

俺の本来の言葉遣いに、レミリアさんが可笑しそうに微笑む。

「でも、他の妖精メイド達がいるところでは禁止よ。わかっているわね?」

「ええ、もちろんです。」

俺は微笑みながら答えた。





その瞬間、咲夜さんとレミリアさんが朱よりも赤よりもなお紅い忠誠心とカリスマを噴出したことを記しておく。





+++この物語は、似非メイド幻想の一日の前半を描く、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



問題児達のまとめ役:名無優夢

頭痛が起こるほどの現実を前に、普段よりちょっときつい程度の能力。

本人は人の上に立てないと言っているが、作者はこんな上司だったら喜ぶ。

メイド長より大きいのは身長の話であり、決して胸の話d(ザ・ワールド!!)

能力:無意識に萌え殺す程度の能力?

スペルカード:想符『1700万ゼノのブルーツ(笑)波』、思符『デカルトセオリー』、暴符『ドライビングコメット』、思符『信念一閃』など



問題児達のまとめ役のまとめ役?:十六夜咲夜

頭痛が起こる現実を目の当たりにしない。だって全部やっちゃうから。

妖精メイドは基本的に信用していないので、適当な指示しか出していない。

能力で部下を従えるタイプ。ひょっとしたら主よりもカリスマあるかもしんない。

能力:時間を操る程度の能力

スペルカード:奇術『ミスディレクション』、幻世『ザ・ワールド』など



問題児達の(中略)主人:レミリア=スカーレット

しかしながら一切の交流がない。多分どれだけの妖精メイドがいるのか知らない。

そもそも、家事は咲夜一人いれば十分だと思っている。優夢は観賞用メイド。

ちなみにこの日昼に起きていたのは、咲夜と優夢と一緒にご飯食べたかったから。

能力:運命を操る程度の能力

スペルカード:神罰『幼きデーモンロード』、『紅色の幻想郷』など



体育会系問題児:プラネタリア

紅魔館北西部担当のブルー隊リーダー。結構な力持ち。

その分性格が大雑把であり、細かな仕事には向かない。切り込み隊長タイプ。

羽が非常に頑丈であり、それで日曜大工を出来るのが特技。

能力:大地と対話する程度の能力

スペルカード:なし



文科系問題児:アクアマリン

紅魔館南西部担当のアクア隊リーダー。冷静沈着、必要以上のことは話さないっぽい。

妖精にしては珍しく生真面目――というよりは潔癖症気味な性格をしている。

実はいるだけで結構な効果がある妖精だったりする。

能力:湿度を調整する程度の能力

スペルカード:なし



→To Be Continued...



[24989] 一・五章四話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/18 23:25
昼食を終えた後、俺は地下へと向かった。今度はバイオレット隊への指示と、フランの遊び相手だ。

ちなみに地上のメイド達だが、既に自分達の繕い物とか日曜大工とか読書(!?)とか、思い思いの行動をとっていた。

咲夜さんに相談したところ、別に放っておいていいらしい。

俺の指示によって、普段使い物にならない妖精メイド達がしっかり働いたことで結構な時間短縮になったそうな。

そんなわけで、俺はプラネとアクアに地下にいることを伝えてから、こうやって気兼ねなく地下図書館の前まで来てるわけだ。

前で止まってるけど。何故かって?



それは図書館の前で妖精たちが遊んでたりダベってたりしてるからさ。



あのー、君達?中の掃除は?

「あ、新入りリーダー。何か用?」

バイオレット隊のリーダーっぽいメイド――紫色の硬質だが薄い羽を持った、目つきの鋭い妖精がそう声をかけてきた。何か機嫌悪そうだぞ?

「優夢とお呼びください。それより、バイオレット隊は地下の掃除を任されていると聞いたのですが・・・。」

「なに、あんた聞いてないの?あたしらバイオレット隊は――っとと、あたしはリーダーのアメジストね。で、あたしらは図書館内に入っちゃいけないことになってるのよ。」

どうやらこのリーダー――アメジスト、ジストと略そう――はツンツンした性格のようだな。別に機嫌が悪いわけじゃないみたいだ。

と、それより。

「入っちゃいけない・・・って、どうしてなんですか?咲夜さんからは何も聞かされていませんが。」

「ここ、お嬢様の客人のパチュリーって人が使ってるんだけどね。本を汚されたくないから入るなだってさ。」

あちゃー、咲夜さんじゃなくてパチュリーさんか。確かにあの人なら言いそうだけど。

「ま、あたしらも?堂々とサボる理由が与えられてるんだから別に文句はないけどねー。」

軽い口調とは正反対に、ジストは不満をあらわにしていた。そりゃ、『使えないから入んな』って言われてんだから気分は良くないわな。

んむ。ここは俺が一肌脱ぐしかあるまい。

「でしたら、私から直接パチュリー様に交渉させていただきます。あの方とは顔なじみですので。私が指示をとると知れば、きっと許可を下さると思いますよ。」

「え、そ、そう?」

「ええ。ですから皆さんは、妖精メイドだってやればできるところを見せてあげてください。」

相手の反感を買わないために、笑顔を絶やさないよう努める。ん?ジスト、顔赤いよ?

「べ、別にあたしはいいのよ!?で、でもあんたがやりたいってんならやりなさい、あたしはそれにのっかってあげるだけなんだからね!!」

そっぽ向きながら早口にまくしたてる。わかったわかった。

妖精ってやつは子供っぽいんだねぇ。今度チルノとも遊んでやるか。



※※※アメジストの こうかんどが 5あがった!!※※※



バイオレット隊に先行して、俺は地下図書館の中へと入っていった。

相変わらずでかいな。蔵書の数も半端ない。果たしてこんな量の本を管理し切れているんだろうか。

・・・いるんだろうなぁ。小悪魔さんはドジッ娘だけど、司書としては優秀だってパチュリーさん言ってたし。

さて、と。

「失礼します。」

俺は少し大きめな声で呼びかけた。多分これで小悪魔さんが来るはずだ。

「はいは~い、ちょっと待ってくださいね~。」

予想通り、小悪魔さんが遠くの方で返事をした。飛んでいるらしく足音はしないが、風切り音がこちらへ近づいてくる。

「お待たせしまし~・・・てあれ?新入りのメイドさんですか?てっきり優夢さんだと思ったんですけど・・・。」

小悪魔さんは俺を見るなり目をパチクリさせた。いやいや、小悪魔さん気付いてよ。顔はそのまんまでしょうが。

「小悪魔さん。私ですよ、優夢です。」

「あ、優夢さんっておっしゃるメイドさんなんですね~。人間の方ですか?」

おぉい!?ほんとポヤっとしてるよね小悪魔さん。

「いえ、ですから私ですってば。名無優夢です。」

「名字まで優夢さんと一緒なんですね~。」

埒が明かん。・・・しょうがない。絶対に咲夜さんに聞こえないようにと。

「(こそこそ)いえ、だから俺なんですってば。名無優夢、博麗神社の居候の。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・へっ?」

長い沈黙の後、小悪魔さんは呆けた呟きを漏らした。

多分、今小悪魔さんの頭の中で俺の言葉が反芻されてるんだろう。

そしてそれが思考に行き渡り彼女がとるであろう行動を予測し、俺は耳を塞ぐ。



「ぇえ~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!?」



予感的中。小悪魔さんは図書館の中だというのに、これ以上ないぐらいの大音量で叫んでくれた。耳を押さえなければやられていた。

「え、だって!!あれ!?優夢さんは男の人で、ぇ、ぇえ!?優夢さんが女の子になっちゃった!!」

「違います、違いますってば。とりあえず静かにしてください、落ち着いてください小悪魔さん。」

ほんとにこの娘さんは大慌てするのが得意だよね。初対面の時の出来事は思い出したくもないですよ。

「色々あって、何故か紅魔館でメイドをやることになってしまったんです。」

執事でなしに。

「別に私が女になったとかそんな奇妙な現象は起きてませんから。男のままです。」

・・・でも幻想郷だからなぁ。起こりえないと言えないのが怖いところ。俺は断固として拒否するけどね。

「え、あ・・・。そ、そうだったんですかぁ。びっくりした~・・・。」

ほぅ、と安心したため息をつく小悪魔さん。

しかし今の妖精メイド達に聞かれてないよな?女装野郎と思われるのは避けたいんだが・・・。

「それにしても、言葉遣いもしっかりメイドさんですねぇ。」

「ああ、これは・・・咲夜さんに仕込まれましたので。」

言葉の後半は暗い影を背負いながら。それであらかた伝わったらしく、小悪魔さんは乾いた笑いを上げた。





***************





「失礼します。」

最近すっかり聞き慣れた声。どうやら優夢が遊びに来たみたいね。

「はいは~い、ちょっと待ってくださいね~。」

小悪魔が優夢を迎えるために飛んでいった。

妹様の部屋――力を制御する勉強を始めたとはいえ、万一に備え地下室がそのまま妹様の部屋になっている――へ行くには、この図書館を通る以外に道がない。

咲夜みたいに時間を止められるなら話は別だが、誰かがここを通るということは私は一時的に本を読むことを中断しなければならなくなる。

魔理沙の場合は目的地がここだから、弾幕戦になるため。あの白黒相手は小悪魔じゃちょっと荷が重い。

レミィが来た場合は、私は会話をするために本を置く。応対を面倒くさがるようでは親友とは呼べない。

そして優夢の場合。彼は律儀だから必ず私に挨拶をしていく。私は挨拶を返すために本から目を離すことになる。

私らしくないと思われるかもしれない。だが、こう見えて私は名無優夢という人間/吸血鬼をそれなりに気に入っているのだ。

観察対象として飽きることがない。

吸血鬼化したはずなのに人間の性質を全てそのまま残しているなど、ありえない話だ。

成長の早さも異常。また新しいスペルカードを考えているようだけど、今度はどんなのが出てくるのかしら。

そして何より、彼の存在はそれだけで周囲を癒す。そうとしか表現できないほど、彼の周りの空気は心地よい。

だから私は彼を気に入っている。いや、余程ひねくれてでもいない限り、彼を気に入らない者はいないだろう。何せあの紅白や白黒ですらお気に入りの一人なのだから。

実のところ、彼が妹様のところへ行くのにここを通るのは最近の楽しみの一つでもあった。

「・・・それにしても、遅いわね。」

さっきからそれなりの時間が経ったというのに、小悪魔はまだ優夢を連れてこない。何をやってるのかしら。

蔵書の管理は優秀な子だけど、どこか抜けているからね、あの娘。

しょうがない、私の方から出迎えてやるか。そう思い重たい腰を上げ。



「ぇえ~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!?」



小悪魔の素っ頓狂な叫び声が響いた。ちょっと、図書館の中では静かになさい。耳が痛いじゃない。

そのあと、小悪魔がうろたえる空気。何か粗相でもやらかしたのかしら。

「優夢さんが女の子になっちゃった!!」

・・・はぁ?小悪魔、あなた何を寝ぼけてるの?優夢は男でしょうに。そんな突然女になったり・・・。

いや待て。相手はあの優夢だ。非常識を常識と言い張る程度の能力だ。そんな面白いことになっていないとは言い切れないかもしれない。

よし、急ごう。見てみよう。私は空を飛んで小悪魔と優夢がいる場所へと向かった。

程なく、小悪魔が一人のメイドと会話しているのが目に映った。

ということは、あのメイドが・・・。私は目を凝らし、メイドを観察した。



顔は、確かに見覚えのある優夢のものだった。しかし彼の顔は元々女性と言っても十分通るほど整っている。この格好に何の違和感も感じられない。

いや、違和感が感じられないどころの騒ぎじゃない。はっきり言って似合いすぎだ。

大人の男性であるが故に高い身長は、すらっとした体型のためにスマートさを感じさせる。

体のラインがやわらかいために、メイド服を着込んだその姿は女性そのものだった。・・・まあ、胸は仕方がないか。

そしてスカートのすそから伸びた細い足は、異様な魅力を放っていた。触れれば折れてしまう芸術品のような、そんな魅力が。

小悪魔に何か言われたのか、顔を少し朱に染め俯き加減で上目遣い。



「ぐぼぁ!?」

「パ、パチュリー様ぁ!?」

「パチュリーさん!!?」

思わず見とれて壁に激突したあげく吐血したのは、当然の帰結なのよ。あなたもわかるでしょう?





どうやら優夢は女になったのではなく、魔理沙による損害を弁償するために何故かメイドをやらされているとのこと。

安心したような、もったいないような・・・。

「それで、用件は?」

「はい、妖精メイド達の入館を禁止しているらしいのですが、許可をいただこうと思いまして。」

「嫌よ。」

即答。あんな雑な連中に私の本を触られたくないわ。汚れたらどうするのよ。

「ええと、それでは本には触らないように言っておきます。リーダーのアメジストさんという方は妖精にしてはしっかりした方なので、指示を出しておけば問題ないかと思いますよ。」

ふむ、なるほど。そんなやつがいたのか。

「・・・でもねぇ。」

ちょっと弱いかしら。もっとこう、絶対安心って言えるような要素がほしいわね。

「では、大きな指示は私が出しておきますので、現場監督を小悪魔さんに任せてはどうでしょうか。」

「へっ!?わ、私ですか??」

・・・それなら、大丈夫・・・かしら。

「・・・お気持ちはわからないでもないですが。でも小悪魔さんは蔵書の管理は優秀だと聞いております。余程のことがない限りまず安心だと思われます。」

「ゆ、優夢さんフォローになってません・・・。」

事実でしょうに。でも、確かにそれなら大丈夫かもね。

「何かありましたら私をお呼びください。妹様のお相手をしておりますので。」

うん、わかったわ。

「それなら許可を出すわ。ただし、絶対に本には触らないこと。」

「了解しました。それでは、皆さんを呼んで参ります。」

優夢は一礼して去っていった。頭を下げた瞬間にポニーテールが跳ねたのが妙に可愛かった。

「小悪魔、男を女にする魔導書を探しておいて。」

「・・・優夢さんごめんなさい。私も見てみたいんです、本当に女の子になった優夢さんを。」

あの子、絶対生まれてくる性別間違えてるわ。



程なくして現れた紫色の羽の妖精。どうやらこの子がアメジストとやららしい。

「彼女に全体指示をお話しておきましたので、サポートはお願いします、小悪魔さん。」

「わかりました。よろしくお願いしますね、アメジストさん。」

「別にあんたたちのためにやるわけじゃないわよ、優夢がどうしてもって言うから。!!か、勘違いしないでよ!?別にあんたのことなんかなんとも思ってないんだから!!」

・・・何このベッタベタなツンデレ。優夢、あなた実は女殺し?

「滅相もございません。」

自覚なしかい。ま、わかってはいたけどね。

「けど優夢、あんたは何処行くのよ?あたしたちほっぽってサボる気?」

「いえ、私は妹様のお相手をするというお仕事がありますので。皆さんの監督を出来ませんが、申し訳ありません。」

妖精相手でも律儀に頭を下げる優夢。対してアメジストは『妹様』という単語で硬直してしまった。

ギギギッと首をこちらへ向けてくる。

「マジよ。」

「優夢さんがお相手だと、妹様は一番喜ばれますからねぇ~。」

「・・・ぇえええ!?ゆ、優夢ダメよ!!死んじゃう、死んじゃうから!!」

実際死にかけたんだけどね、この子。

「大丈夫ですよ、アメジストさん。最近の妹様は力の制御を熱心にお勉強なさっておられます。滅多なことで怪我をすることはありませんよ。」

信じられないという表情で優夢を見るアメジスト。まあ、この子達からしたらそうなんでしょうけどね。

「ですから、妹様と会ったら怖がらずお話して差し上げてください。きっと妹様もお喜びなさるでしょうから。」

ニコっと笑う優夢。アメジストの顔が真っ赤に染まった。・・・あー、あの笑顔で落とされたか。

「うぅ~・・・、絶対生きて返ってくるのよ!!約束っ!!」

「はい、お約束します。」

アメジストは目の端に涙を浮かべながら飛んでいった。ツンデレの次は悲劇のヒロインかい。どんだけベタなのよ、あなた。

「それでは小悪魔さん。バイオレット隊の監督、よろしくお願いします。」

「いえいえ~。こちらこそ、妖精メイドをお借りしますね~。」

小悪魔はそう言うと、アメジストの飛んで行った方を追っていった。

残されたのは、私と優夢。

「私もそろそろ、妹様のところへ行ってきます。お待ちになっているでしょうから。」

そう言って、一礼し図書館の奥へと歩を進める優夢。

その背に私は声をかけた。

「妹様の前では普段の言葉遣いにしなさい。泣かれるわよ。」

あの子は、本当にあなたのことが大好きなんだから。

それがわかっているのかわかっていないのか、優夢は体を震わして苦笑した。

「俺だってそのくらいわかってますよ、パチュリーさん。」

普段の言葉遣いでそう言って、優夢は図書館の奥へと消えた。

「・・・全く、わかってるんだかわかってないんだか。」

私も苦笑してつぶやいた。

何だかんだ言いながら、私も普段の優夢のしゃべり方に安心を覚えていたから。





***************





そんなこんなで、俺は今フランの部屋の前にいる。

大きな鉄の扉を二回ノックする。

「誰?」

返ってくる返事。

「俺だよ、フラン。」

「優夢っ!!」

フランの声がパァっと明るくなった。俺は扉についた取っ手を持ち、思い切り引っ張った。

すると、鎖が伸びる。手を離せば歯車が回り、扉が自動的に開くという仕組みだ。

最初はどうやってこんなでかい扉開けるんだと思ったけど、ちゃんと開け方があったらしい。今はパチュリーさんの結界もないから、自由に開け閉めすることができる。

・・・まあ、フランの場合力任せで開けられるらしいんだけどね。すげぇよ吸血鬼。あ、今は俺もそうか。

扉が少しずつ開く。そして人一人が通れるぐらいの隙間が開くと。

「ゆ~む~!!」

その隙間を抜けて、フランが笑顔で突進してきた。

俺は腹部に霊力を集中させて受け止めるために構える。こうやらないと内臓破裂するんだよ。最初は死ぬかと思った。すぐに治ったけど。

少し浮いて体のクッションを使い、フランをナイスキャッチ。

「よ。いい子にしてたか?」

「うん!!だいぶ力も抑えられるようになったよ!!」

確かに、突進力が少し弱くなってたな。

「偉い偉い。」

「えへへ~。」

俺はフランの頭を撫でてやる。するとフランはくすぐったそうな顔をして笑った。

「あれ?優夢どうしたのそのかっこ。まるで咲夜みたい。」

どうやらやっと俺のメイド姿に気付いたようだ。

「ああ、何でか紅魔館でメイドをやることになっちゃってね。こんな格好させられてる。」

「ふ~ん?でも似合ってるよ。すっごく可愛い!!」

・・・あはは、喜んでいいのやら落ち込んでいいのやら。

「あ!それってつまり、これから毎日優夢と遊べるってことだよね?」

「そういうことだな。咲夜さんもその辺のことは考えてくれたみたいだぞ。」

ていうかフランの遊び相手が仕事に組み込まれてた。

「やったー!!」

「おっと、ちゃんと能力の制御を勉強するのは忘れるなよ?」

「はーい。」

これから毎日俺と遊べるということがフランはとても嬉しいようだった。

そう思ってもらえることが、俺にとっても嬉しかった。



「そういえば、フランは俺がいない間外に出ることってないのか?」

「んー、あんまりないかなぁ。パチュリーは本読むので相手してくれないし、咲夜は忙しそうにしてるし、お姉様は・・・何かよくわかんない。」

「あはは・・・、まあレミリアさんも色々と思うところがあるんだろうな。フランのためとは言えずっと地下に閉じ込めてたんだから。」

「別にそんなの気にしなくていいのに。」

「大人は色々と気にすることがあるんじゃないかな。おっと、その理屈だと俺はガキってことになるな。」

「優夢は何にも気にしないもんねー。」

「まあね。受け入れちゃうから。けどこの『メイド』だけは受け入れたくないんだよね。受け入れられちゃうけど。」

「えー?可愛いよ?」

「・・・その評価も問題ありだろ。まあ、褒め言葉と受け取っておくよ。」

「えへへー。」

そんな感じでフランとダベる。っと、そろそろバイオレット隊が掃除終わる頃か?

「じゃあ、俺はそろそろ行くよ。メイドの仕事があるしね。」

「えー、行っちゃうの?」

フランは名残惜しげに俺の服を掴んだ。ごめんな。

「一応、メイドだからね。遊んでばっかりだと後で咲夜さんから・・・。」

ガクガクガクガクブルブルブルブル。

「ゆ、優夢どうしたの!?」

「い、いやなんでもない。思い出してはいけないものを思い出しただけだ。」

俺の力を持ってしても受け入れることが不可能な過去に蓋をする。開けてはいけない、これはパンドラの箱だ。

「まあそういうわけだから、俺はもう行かなくちゃいけないんだ。また明日な。」

「うー、約束だからね?」

「はは、任せとけよ!俺が約束を破ったことがあるか?」

「ないね。」

「だろ?」

「うん!!」

一転、フランは笑顔になった。よし。

「じゃ、また明日な。」

「うん、また明日ー。」

俺は手を振り、フランの部屋を後にした。





***************





優夢がうちのメイドになった!!これから毎日優夢と遊べる!!

意識せずに表情がゆるくなるのがわかる。

毎日が楽しみ。明日は何しよっかな。優夢と一緒だったら、外に行くのも楽しい。

ご飯も一緒に食べたい。ちょっとだったら弾幕ごっこしてもいいよね?

あ、そうだ!お姉様にお願いして、優夢と一緒にお風呂入らせてもらおう。きっと楽しいから。



だって私、優夢のこと大好きだもん!!



私は明日が待ちきれなかった。





***************





「大丈夫!?怪我ない!?実は幽霊とかないよね!!?」

フランの部屋から戻ると、ジストが真っ先に飛んできた。だから大丈夫だと言っとろーに。

言葉遣いをメイドバージョンへ移行。

「はい、万事問題ありません。ご心配はいりませんよ。」

「べ、別にあんたの心配したわけじゃないんだから!!ただ、妹様のご機嫌を損ねたりしたら私達までひどい目にあうから、そ、そう!!そういう心配よ!!」

苦笑。素直じゃないねこの子も。

「ありがとうございます、アメジストさん。私のことを心配してくださって。」

「だ、だからあんたの心配なんか・・・!!あああああもう!!」

知らない!と言ってジストは空を飛んで行ってしまった。照れ屋なんだな。

「あなたは・・・言っても無駄か。」

「何をですか?」

返ってきたのはため息だった。





その後、門番の手伝いに行ったとき。

「え・・・ゆ、優夢さん、ですか・・・?」

「はい、よろしくお願いします。美鈴さん。」

「・・・うぅ、何このまぶしい笑顔。いけない扉を開いてしまいそう・・・。だ、ダメよ美鈴!気をしっかり持つのよ!!」

美鈴さんが奇行に走ったりしたが、今日は魔理沙の襲撃もなく平和な一日だった。

美鈴さん、きっとストレスとか溜まってるんだろうなぁ。今度弾幕ごっこの相手になろう。








これが紅魔館でのメイド生活だ。概ねこんな毎日が続いている。

もちろん、時には魔理沙の襲撃があったり、俺が寺子屋の授業に行ったりと『事件』もある。それはまた後日話すとして。



今日も一日、お疲れ様でした。





+++この物語は、似非メイド幻想の一日の後半を描く、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



問題児から愛される:名無優夢

皆から愛される程度の性格。受け入れるということは残酷であるが優しくもある。

咲夜の(地獄の)メイド講習はトラウマ。それ故にスイッチの切り替えが鋭敏である。

パチュリーと小悪魔の手によって微妙に男としての危機。

能力:非常識を常識と言い張る程度の能力?

スペルカード:想符『1700万ゼノのブルーツ(笑)波』、思符『デカルトセオリー』、暴符『ドライビングコメット』、思符『信念一閃』など



問題児でないように擬態した問題児:小悪魔

腐ではないが、ちょっとやばい性癖が見え隠れしてるっぽい。

問題児なのは性格よりもドジっぷり。再生の魔導書のありかを忘れたのは問題行動そのもの。

しかし、性格はいい人なので強く言えない。ある意味相当な問題児である。

能力:不明

スペルカード:なし



実は相当問題児:パチュリー=ノーレッジ

問題児であることを自覚しつつ改善する気が全くない。

しかし締めるところはちゃんと締める。さすが七曜、俺達n(ry

優夢に対し親愛の情は持っているが、恋愛感情は皆無。

能力:火水木金土日月を操る程度の能力

スペルカード:月符『サイレントセレナ』、日符『ロイヤルフレア』など



厚生中の問題児:フランドール=スカーレット

現在普通に外を歩くための特訓中。少しずつではあるが確実に力加減を覚えていっている。

優夢は私の嫁。邪魔する奴はきゅっとしてどかーん。

ちなみに男と女の差異がよくわかっていなかったりする。

能力:ありとあらゆるものを破壊する程度の能力

スペルカード:禁忌『クランベリートラップ』、禁忌『レーヴァテイン』など



ツンデレ系問題児:アメジスト

紅魔館地下担当のバイオレット隊リーダー。普段ツンツン後デレデレ。

しかしそれはそれ以外に特徴がないということであり、能力は至って普通の妖精メイド。

実は地下図書館で明かりがなくても前が見えるのは彼女のおかげだったりする。

能力:暗闇で視界を開かせる程度の能力

スペルカード:なし



私の名前は:紅美鈴

二度ネタ。出番少なし。頑張れ美鈴。

能力:気を操る程度の能力

スペルカード:華符『セラギネラ9』など



→To Be Continued...



[24989] 一・五章五話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/18 23:26
その日その時、俺はフランの遊び相手をしていた。



「むむむむ・・・こっちだ!!」

「分裂~。」

「くそぅ、千日手だ!!」

「やっぱり分裂なしにしようよ~。」

「いやでも、フランだし。『フォーオブアカインド』だし。」

「なにその理由。」

遊び道具を使わなくてもできる遊び。右手左手の人差し指から始まり、相手の指の本数分加算していく。丁度5になったら負け。

分裂や分配というの特殊ルールが存在するが、これのあるなしによって難易度が格段に変わる。

名前のない遊びなんだけど、意外と面白かったりするんだよな、これ。

俺はこうやって、フランに弾幕以外の遊びも教えている。フランの弾幕は強いからそうそう簡単に弾幕ごっこをすることができない。

だからそれ以外の遊びも教えている。もちろん、時々はレミリアさんと咲夜さんの許可をもらって弾幕することもあるけど。

もう少し人数いれば『いっせーの××!!』(名称不明)とかも相当面白いんだけどな。あとは鬼ごっことかどろけいとか。

寺子屋でやったときは面白かったなぁ。後で慧音さんにめっちゃ怒られたけど。

今度レミリアさんと咲夜さんも誘ってみるか?案外ノリノリでやってくれるかもしれないし。



とまあそんな感じで、俺はフランと一緒に戯れてたんだ。



ずぅんと、上の階から凄い物音が聞こえたときは。



「・・・あー、これ絶対魔理沙だな。」

「だねー。『マスタースパーク』かな?」

「いや、音が短かったから『スターダストレヴァリエ』か・・・もしくはもっと別の何かじゃないか?」

俺は立ち上がりながら言った。やれやれ。

今の俺は紅魔館側。雇われてるメイドっていう立場だ。まあそれなしでも止めようとはするけど。

「しょうがない、ちょっと相手してやるか。」

「じゃあ、私も行っていいかな?」

フランが俺の着てるメイド服を引っ張ってそう聞いてきた。

んー、どうだろ。

「暴れないって約束できるか?」

「う・・・が、頑張る。」

フランは目の前で弾幕ごっこをしてるところを見ると、気分が高揚するのか暴れだしてしまう。

ちなみに、その時止めるのは一番が俺で、二番が美鈴さんだったりする。

「だったら大丈夫だと思うぞ。」

力の制御を勉強してるんだしね。ちょっとは成果もあるだろ。

「ただし、絶対に暴れないこと。それが守れるなら、俺の判断で許可します。」

「・・・うん、わかった。絶対に暴れない。」

「よし!!」

俺は笑顔でフランの頭を撫でてやった。それでフランも笑顔になる。

「じゃ、行くぞ。」

「はーい!!」

フランが俺の首に乗り、肩車してやる。

その状態で俺はフランの部屋を抜け、地下図書館へと飛び立った。



あれ?そういえばこのまま妖精メイドの前に出るのってまずくね?男だってバレるんじゃ・・・。

まいっか。そんときゃそんときだ。





***************





「またあんたは性懲りもなく!!火符『アグニシャイン』!!」

パチュリーがいきなりスペルカードを宣言する。初っ端から全開だな!!

しかし私はスペルカードを使わず、得意の根性避けで火の群れを難なくかわす。

今日の目的は魔導書だ。前回の目的も魔導書だ。その前も以下同文だぜ。

ここの蔵書数は半端じゃない上に、貴重な魔導書も多々ある。だから私はこうやって借りに来てるわけだ。

だというのに、パチュリーはまるで貸そうとしない。ケチくさい奴だぜ、全く。

「あんたは借りたら返さないでしょうが!!」

おっと、声に出てたか。

別にそのくらいいいじゃないか。お前達は私達人間よりもずっと長生きなんだからさ。私が死んだら取りにくればいい。

「屁理屈よ、それは借りるとは言わないわ。盗むって言うのよ。」

「失敬な。着服はしてないぜ。」

「あんたには言っても無駄ね。とにかく、今日という今日は盗ませないわよ!!」

「借りてるだけだぜ!!」

私は密度を増した炎を、鋭角を描いて飛ぶことで回避し続ける。

「くぅ、紅白といいあんたといい、何だってそんなに避けるのが上手いのよ。」

「引きこもってないからだ・・・ぜ!!」

お返しに弾幕を放ってやる。炎の隙間を縫って飛ぶそれは、狙い通りにパチュリーに吸い込まれるように――



当たる直前で、球形の弾幕に弾き飛ばされた。

今のは・・・操気弾。ってことは!!



「魔理沙様。当館におきまして破壊行為・盗難行為を行われた場合、損害請求はきっちりと行わせていただきます。そのことをご了承ください。」

・・・とりあえず、どこから突っ込んだらいいんだ私は。

それは確かに操気弾であり、私の友人である名無優夢の弾幕だ。だから、それ・・が優夢であることは間違いないだろう。

だけど。

「また、当然ながら盗難行為を発見し次第、こちらも防衛行動をとらせていただきます。要約致しますと・・・。」



何でお前はメイド服を着て、メイドっぽいしゃべり方で、おまけにフランドールを肩車してるんだ、優夢?

「ここの本が欲しいのなら、私を倒してからにしなさい。霧雨魔理沙。」

どうやらここが私の限界のようだ。





「あ~っはっはっはっはっはっは!!お、お前、何て格好してんだっはっはっは!!しかも、『わたくし』だってよ!?」

私は腹を抱えて大爆笑した。

優夢が震えながら顔を真っ赤にしてた。





***************





ぐぅぅ、やっぱり笑いやがったな魔理沙!!この名無優夢容赦せん!!

羞恥のために顔に血が昇るのがわかったが、そんなことよりも魔理沙に対する怒りで胸がいっぱいです。

「優夢~、何でそんな変なしゃべり方してるの?」

俺に肩車されているフランがそう言ってきた。・・・よし、何処で見ているかわからない咲夜さんに聞こえないぐらいの声で。

「(こそこそ)メイド中はこうしゃべれって咲夜さんに言われててな。破るときっついお仕置きが待ってるんだ。」

「ふ~ん?」

「そういうことですので、妹様はお下がりください。私は侵入者の相手をしますので。」

と言うと、フランが泣きそうな表情になった。・・・うぐぅ、罪悪感。

「(こそこそ)泣かないでくれよフラン、俺もお仕置きは嫌なんだ。誰も見てなかったら普段のしゃべり方するからさ。な?」

「・・・うん、わかった。」

聞き分けてくれたようで何よりだ。ほっとため息一つ。

フランが俺の首から離れる。よしっと。

俺はなおも大爆笑している魔理沙に向き直る。

「さて、白黒。あなたには二つの道があります。一つは、ここで尻尾を巻いて帰る道。そしてもう一つは私に打ち落とされる道です。」

俺がそう言うと、魔理沙はぴたりと笑いを止めた。

「おいおい、冗談はよせよ。お前が私を落とす?笑えないぜ。」

「そうですね。自分がこれから倒されるというのに、暢気に笑ってなどいられませんよね。」

軽口に軽口で返す。始めの頃は流されるだけだったが、最近では随分様になったものだ。

「なるほど、だからお前はさっきから全然笑ってないわけだ。納得納得。」

「笑いは油断を生みますからね。油断しきったあなたなど、笑うに値しません。」

「残念だったな、油断しててもお前なんか朝飯前の昼飯前だぜ。」

「つまり、あなたは私を強敵と認めているということですね。ランクが上がってますよ。」

「でもまだ昼飯前だぜ。」

「私は既に昼食を終わらせました。昼飯後ですね。」

「おやおや、こりゃ苦戦しそうだ。」

「今ならまだ尻尾を巻いて帰る猶予はありますよ?」

「冗談。面白い戦い前に逃げる奴なんて、人生の八割方を損する奴だぜ。」

「ごもっとも。」

軽口はここまで。俺は操気弾を7つ展開する。

対する魔理沙は、いつもの星型弾幕。だがそのサイズはいつも使っているのよりも一回り大きい・・・?

「どうしたんですか?随分と手の込んだ弾幕のようですけど。」

「お前に手加減するほど抜けちゃいないぜ。今日は本気だ。」

ほっほーう。つまり俺も全力でぶつからなきゃただじゃ済まないと。・・・挑発しなけりゃ良かった。

ええい、ままよ!!

「大きいだけでは私の弾幕は越えられませんよ!!」

「越えてみせるさ、私の恋色マジックでな!!」

そして、俺達の弾幕ごっこが始まった。





***************





やれやれ。私は元の椅子に戻り腰を下ろす。

どうやら魔理沙を追っ払うのは優夢が引き受けてくれるみたいだ。

「あうぅ~、パチュリー様ぁ~。」

黒焦げになった小悪魔がよろよろとやってきた。

この子、最初に魔理沙が扉を破って入ってきたときに巻き込まれたのだ。全く抜けている。

「あなたもその辺で観戦しておきなさい。きっといい勉強になるわよ。」

「・・・はぇ~、やっぱり優夢さんは凄いですねぇ。あの魔理沙さん相手に一歩も引けをとらないで。」

上を見上げると、魔理沙が私に使うような巨大サイズの星型弾幕を惜しげもなくばら撒いていた。

しかし優夢は、いつの間に7個も出せるようになったのか、あの反則弾幕でそれを打ち砕いていった。

普通、弾幕が一つ増えたところで戦力に大きな変化はない。だけどあの弾幕では話が別だ。

たとえば一つの弾幕で一秒間に10の弾幕を砕けるとする。これだけではまだ隙だらけだ。

だがそれが二つ、三つと増えれば20、30の弾幕を砕ける。どんどん優夢の防御は鉄壁になっていく。

それが今や7つ。2つを攻撃にやっても5つの弾幕で守り続けることができる。それは一体どれだけの脅威か。

実際魔理沙は、迂闊に近づけないため遠距離から弾幕をばら撒いている。

あれで自分は弱いとまだ思っているらしい。一回その認識を改めさせなければならないだろう。

そういえばこの間咲夜が催眠術の本を借りていったわね。頼もうかしら?

「ちっ!!魔符『スターダストレヴァリエ』!!」

そう思っていると、早々に魔理沙がスペルカードを宣言した。特に使う場面ではないと・・・見えない弾幕か。

どうやら、目に見える弾幕に苦戦しているうちに見えない弾幕に攻められていたのか。

恐らくはそれで見えない弾幕が相殺され、魔理沙の周りに巨大な星型の弾幕が出現した。

これは優夢の弾幕でも防ぎきれない。さて、どうする?

優夢は巨大な弾幕を自分の近くまでひきつけた。そして宣言する。

夜符『ナイトバード』!!」

主に弾幕相殺用に使っているスペルカードだ。

細かく砕かれた弾幕が隙間無く魔理沙に襲い掛かる。が、魔理沙はそれを得意の根性避けでかわし続ける。

そして再び巨大な星型弾幕を放つ。流石にこれは避けきれず、優夢はスペルブレイクする。

一撃喰らうのをちょっと先延ばしにしただけ・・・いや。

「く・・・いつの間にそんな芸当を覚えたんだ?」

「人間は日々進化するものです。」

見えない弾幕を砕いたのか!!魔理沙もスペルブレイクしていた。

これで両者一枚消費。まだまだ先は読めないわね。

「いいな~魔理沙。私だって優夢と弾幕したいのに。」

いつの間にか、妹様も私達の側で観戦していた。

「あなたの場合、もっと手加減を覚えてからよ。」

「・・・わかってるよぅ。」

まあ、今の調子ならそうかからないって、私は思ってるけどね。魔理沙じゃないけれど。

「恋はパワーよ。」

「え?何か言ったパチュリー?」

「何でもないわよ、妹様。」

頑張れ、女の子。





それはそうとあんたら、下からだとドロワ丸見えよ。

ま、言わないけどね。





***************





優夢のやつ、いつの間にこんなに強くなったんだ!?思わず顔が笑みの形になるのがわかる。

最後に優夢と勝負したのは確か一週間半ぐらい前だったか。その時はまだこんな芸当はできなかったはず。

ということはその間にできるようになったのか。あるいは、以前から出来ていたが今まで使わずにいたのか。

多分前者だろう。こいつの成長速度は正直言っておかしすぎる。あっという間に私や霊夢とタメを張れるぐらいに成長している。

だから優夢だ、だから面白い。こいつと弾幕ごっこをするのは、だから楽しいんだ。

私はギアを上げる。

「そら、行くぜ!!」

星型の通常弾幕を、逃げ場がないほど撃ち放つ。

当然優夢は、弾幕が薄いところを目視で探し出し、そこの弾幕を砕いて回避しようとする。

そこが狙い目だぜ!!

「今だっ!!」

「!? くっ!!」

優夢が私の弾幕を砕こうとした瞬間、レーザー弾幕を発射する。それに気付いた優夢は操気弾を駆使して防御する。

だが、如何に優夢の弾幕が硬いと言っても、圧縮された魔力の直撃を受けて無傷で済むわけではない。

これは初めて優夢と弾幕ごっこをやったときから知っていたことだ。

「弾幕の硬度を上げる訓練をしなかったのは失敗だったな。どんどん行くぜ!!」

「ぐっ・・・このや!!・・・危ない危ない。」

今素が出かけたな。面白い、このまま追い詰めていつもの優夢に戻してやろう。

私はさらに弾幕の密度を上げ、レーザー弾幕も連射し続けた。・・・とと、流石に魔力使いすぎか?一瞬クラっときた。

「こんな手がいつまでも通用すると思わないでください!!」

優夢はスペルカードを手に取った。お、来るか!?

想符『1700万ゼノのブルーツ(笑)波』!!」(操符『ホーミングボンバー』!!)

ちゃんと脳内変換する。視界の中では、徐々に徐々に優夢の弾幕が大きくなっていく。

それが最終的に人二人ぐらいすっぽり包めるサイズになったところで。

「っっっっやあああ!!」

優夢は思いっきり投げた。よし、せっかくだからノーボムブレイクに挑戦するぜ!!

私は出来る限りひきつけ回避行動をとる。異常なまでの操作性を誇る大玉は、当然私の後を着いてくる。

その瞬間、優夢の姿が大玉の影からあらわになる。私はレーザーを撃ち放ち、すぐに回避行動に戻る。

至近距離で破裂する弾幕を回避しきることは難しい。あれは霊夢でもないと無理だ。

だから私は方針を変えることにして、弾幕が破裂する前にスペルブレイクすることを試みたのだ。

だがどうやらそれは向こうも理解していたことのようで、6つの弾幕で防御する。ち、流石にあの数だと隙がないな。

二・三度同じことを繰り返してみるが、結果は同じ。いくら少しずつ削れたとしても、6つもあるのだ。消滅したところで新しいのを作り出されるのがオチだ。

やっぱ根性避けに挑戦するしかないのか!!

「やってやろうじゃないか!来い、優夢!!」

「・・・いいでしょう、ただしスペルを一枚いただきますよ。弾けて混ざれ!!」

ぐっと優夢が手を引く動作をすると同時に、大玉が弾け飛び無数の弾幕と化す。

私は高速で動き続け、次から次へと襲い掛かる弾幕をかわしつづけた。

右、上、さらに上、斜め下・・・!!?

弾幕が弾幕に反射して角度が変わった!?上下左右と前から弾幕が襲い掛かってきた。

ここはいったん後ろに引くしか・・・いやダメだ、後ろには今かわした弾幕が密集してる。余計逃げ場がなくなるだけだ!!

ち、癪だが仕方ない!!スペルカードで一掃するぜ!!

私は懐からスペルカードを取り出し、高々と掲げ。



「恋・・・符、あ、あれ?」

グラリとバランスを崩した。やば、魔力が切れちった。

最初の突入の時に使った彗星『ブレイジングスター』で使いすぎたし、今も手加減なしだったからなぁ。

「え・・・おい魔理沙!?」

優夢がびっくりしたような声を出してる。あの様子じゃ、メイド言葉なんてすっかり忘れてるな。

ま、目的の一つは達成したし、いっか。



私は目を閉じ、優夢の弾幕を『受け入れた』。

薄れ行く意識の中で、優夢が何か叫んでるのが聞こえた気がした。





「・・で・・・よ。」

「・あ・・・が・う・・・ます、パ・・・・さん。」

話し声で意識が浮上した。何かやわらかいものの上に頭を乗せてるみたいだ。

「う~、・・しい・ぁ、・・沙。」

「まあま・・・度妹・・・て・・・・いい・す・。」

「ん、フラ・・して・・・ならす・・ど・・・・・逆・・これ。」

フランドールが物欲しげな声を出してる。それをなだめる小悪魔と、納得がいかないときの優夢の声。

「けど、結構・・・・ってる・よ。」

「はは・・お、目が・・たか?」

む、もうちょっと待て。何故かここで目を覚ますのはもったいない気がするから。

「ほら、起きてるならさっさと目を開けなさい。わかってるのよ、魔理沙。」

・・・しょうがないなぁ。

「・・・おはよ。」

「ああ、おはよう魔理沙。調子が悪いならちゃんとそう言えよ。」

優夢の声が答える。いや、別に調子が悪いわけじゃなかったんだが。

「ただの魔力切れよ。この子の術式だとほころびが多いから、魔力駄々漏れになってるのよ。全く、何のためにここの本を持っていってるんだか。」

まだ読んでないぜ。

「感謝しなさい。優夢が頼み込むから治療してやったんだから。ま、元々大した怪我じゃなかったから、もう大丈夫でしょ。」

あー、そうか。私は優夢の弾幕喰らって落ちたんだっけ。

「悪かった。」

「別に謝ることじゃないぜ。ただの遊びなんだからな。」

「まあそうだけどさ。けど、ほら、アレだよ。」

どれだよ。

「何となくだ。」

「何となくか。」

それならしょうがない。優夢らしくて苦笑が漏れた。

そういや、今私どんな体勢なんだ?とりあえず、天井が良く見えるから仰向けになってることは間違いないんだが。

頭が柔らかいものの上に乗ってるおかげで気持ちがいい。このまま一眠りしたい気分だぜ。

「(・∀・)ニヤニヤ」

パチュリー、何をニヤニヤしてるんだぜ?

「良かったわね優夢。あなたの膝枕、魔理沙はとっても満足してるみたいよ。」

「あ~、その表現はちょっといただけないかと・・・。」

へえ、そっか。これは優夢の膝枕なのか~。



・・・・・・・・・・・・・・・。



「はぁ!?」

私はガバっと跳ね起きた。振り返ると、確かにそこに正座した優夢(メイド服)がいた。

「え、ちょ、なぁ!!?」

「床に直じゃ可哀想だって優夢が膝枕してくれてたのよ。」

私は顔が真っ赤になって言葉が上手く出てくれなかった。

なんだかよくわからんけど、やたら恥ずかしい。

「おい、あんまり動くなよ。怪我治ったばっかなんだから。」

だというのに優夢は全然普通だった。何なんだこの差は!?

「む~・・・。」

そしてフランドールはむくれていた。私か?私が悪いのか?

「ほれ、まだ安静にしとけ。カムヒア。」

ポンポンと膝を叩く優夢。こいつは完全な善意でやってるんだろうが・・・。

「いや、いい。もう治った。平気だ。気にするな。」

「そんなこと言わないで厚意に甘えたら?傷は治したけど魔力は戻ってないはずよ。」

・・・確かに、魔力はまだ空っぽに近い。脱力感を感じてる。

だけどさ・・・。

「(・∀・)ニヤニヤ」

「(´∀`)ニヤニヤ」

パチュリーと小悪魔、お前ら絶対遊んでるだろ!!

「顔色まだ悪いぞ。無理しないで横になっとけ。」

「・・・わかった、横にはなるから膝枕はいらない。」

「何言ってんだ。頭痛くなるぞ。」

「痛くなっていいからそこをどいてくれ。頼むから。」

「勝者の言うことを聞いておきなさい、負け犬。」

「誰が負け犬だ!!」

「あんたよ。」

・・・負けたけどさ。

「体調が万全だったらなんて言い訳は聞かないわよ。」

「・・・はぁ、わかったよ。」

折れた。そしてそのまま体を倒し、優夢の膝に頭を乗せる。

むぅ・・・恥ずかしけど、気持ちいいのは事実だ。

「けど、これって絶対逆だよな。」

「それはさっき俺が言った。」

そか。

「じゃあ、私は本を読みに戻るわ。妹様、あんまり邪魔しちゃダメよ。魔理沙は動けるようになったら大人しく帰っときなさい。」

負けたわけだし、今日は大人しく帰るぜ。

パチュリーが行ってしまうと、優夢は私を膝枕に乗せたまま、フランドールと遊んだ。

時折額に乗せられる優夢の手が、体温が、気持ちよかった。





しばらくすると、フランドールは部屋へ帰ってしまった。力の制御の勉強をするんだそうな。熱心だな。

「ところで優夢、お前すっかりメイド言葉じゃないけどいいのか?」

ふと疑問に思ったので、聞いてみる。それで優夢は一瞬身を固くしたが。

「・・・いや、多分大丈夫だ。周りに妖精メイドいないし。それに友人の一大事だったわけだから、咲夜さんも大目に見てくれるだろ。」

と言った。その後に「多分」と小声で付け加えていたが。

それはフラグだぜ、優夢。



「あら、本当にそう思っているのかしら。」

地獄の使者を呼ぶ、な。この場合は悪魔の狗か。

優夢は唐突に現れた咲夜の声にびしりと硬直した。

私を膝枕に乗せた体勢のまま、ギギギと首だけを動かしそちらを向く。私も一緒にそちらを見る。



そこには、絶対零度の微笑みをたたえた完全瀟酒なメイド長が静かに立っていた。



「あああああああの、咲夜さん!!?こ、これには海よりも深く山よりも高い事情がですね!!!!」

「知ってるわよ。あらかた見ていたからね。」

うわ、ひでぇ。

「さて、随分とメイドの言葉遣いを無視していたみたいだけど・・・。それにメイドとしての作法もね。あまつさえ、侵入者を介抱するなど何を考えているのかわからないわ。」

いや、最初はちゃんと追っ払おうとしたんだから、及第点じゃないか?

「部外者は口を出さない。ともかく・・・お仕置きが必要なようね・・・。

「ひ、ひいいいいぃぃぃぃィィィィ!!?」

ガタガタと体を震わせる優夢。その振動が私にまで伝わってきたが、これはこれで気持ちいいかもしれん。

そこでピタリと、咲夜から漏れていた妖気(誤字に非ず)がやんだ。

「・・・まあ、魔理沙の言うとおり最初の方はしっかりやっていたしね。撃退も一応はできたわけだし、周りへの配慮も合格点。だから今回は不問ということにします。」

「・・・ほぉ~~~~・・・。」

優夢が深く長い安堵のため息をついた。そこまで嫌だったのか、お仕置き。

「ただし、次はありませんよ?」

「は、はい!!わかっております、咲夜さん!!」

咲夜の言葉に、背筋をピシリと伸ばす優夢。

「魔理沙、動けるようになったらとっとと出て行きなさい。悪魔の館は侵入者には優しくないのよ。」

最後に、その言葉と微笑とも苦笑ともとれる表情を残して咲夜は消えた。

「・・・た、助かった。ありがとう、魔理沙。」

「私は別に何もしてないぜ。」

「いや、咲夜さんに進言してくれただろ?あれがなかったらダメだったかもしれなかったからさ。」

あ~、それは普通に一蹴されてたけどな。多分あのメイド、本気でお仕置きする気はなかったと思うぜ。

「でもそうじゃなかったかもしれない。だから、やっぱりありがとうだ。」

そうか。そういうならその礼の言葉、『受け入れて』おくぜ。

そう言うと、優夢は微笑みを浮かべた。



その顔は、まるで『聖母』のようだった。・・・男の浮かべる表情ではなかったな。





***************





その後回復した魔理沙を見送りに外まで行った。

魔理沙は時間をかけて休んだかいもあって、すっかりよくなっていたようだ。

「じゃあな。」と一言言うと、魔理沙は箒にまたがり空へ飛んでいった。

そして、すぐに見えなくなった。

さて、と。残った掃除と夕飯の仕込み、頑張ろうかね。



あれ?



「・・・美鈴さん、すっかり忘れてましたけど大丈夫ですか?」

「・・・うぅ、何で私こんな役回りばっかり・・・。」

魔理沙が進入したということは即ち美鈴さんが突破されていたということであり、ボロボロになった美鈴さんが門のところで涙していた。

合掌。





+++この物語は、とても男には見えない幻想が少女達にフラグを立てまくるような気がする、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



天然女殺しメイドもどき:名無優夢

自覚なし。典型的ギャルゲ主人公。しかし大きな違いは成就させる意思が全くないこと。

自分への好意がLoveであったとしても理解できない。全て受け入れるので。

ハーレムルートが妥当じゃね?とも思うが、多分それはない。ちなみに今の下着はドロワ。

能力:男なのに女らしい程度の能力?

スペルカード:想符『1700万ゼノのブルーツ(笑)波』、思符『デカルトセオリー』、暴符『ドライビングコメット』、思符『信念一閃』など



男前な乙女魔法使い:霧雨魔理沙

どう見ても優夢→女の魔理沙→男です。本当に(ry

別にフラグは立っていない。優夢の膝枕が気持ちいいことに気がついただけ。

しかしそれはそれで砂糖が増えそうな気がする。

能力:魔法を使う程度の能力

スペルカード:魔符『スターダストレヴァリエ』、恋符『マスタースパーク』など



恋する乙女?:フランドール=スカーレット

本人に自覚なし。そもそも本当に恋かもわからない。ただし優夢は大好き。

魔理沙が膝枕をされているのを見て『羨ましい』と感じた。嫉妬ではない。

優夢がフランのお気に入りになったため、二次創作にありがちなフラマリはない。

能力:ありとあらゆるものを破壊する程度の能力

スペルカード:禁忌『クランベリートラップ』、禁忌『レーヴァテイン』など



(・∀・)ニヤニヤ:パチュリー=ノーレッジ

うちのパッチェさんは検閲が入りません。むしろそのままジョージを実況中継してくれます。

だって、100年も生きてるし、ねぇ?でも多分目の当たりにしたら顔を真っ赤にする。

砂糖大好き。物理的な砂糖は控えめ。

能力:火水木金土日月を操る程度の能力

スペルカード:月符『サイレントセレナ』、日符『ロイヤルフレア』など



(´∀`)ニヤニヤ:小悪魔

主人と一緒に傍観する。腐は入ってない。性癖がやばいだけだ。

同じく目の当たりにしたら顔は真っ赤にするが、何かに光景をメモりそう。

精神的にも物理的にも超甘党。

能力:不明

スペルカード:なし



→To Be Continued...



[24989] 幕間六
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/18 23:26
~幕間~





これは、寺子屋の授業の日に起こった事件の話だ。



「おーい、皆静かにしろよー!!」

俺はそれなりに大きな声で皆に呼びかけるが、一向に静まる気配はない。

今は寺子屋の授業中だ。最近は皆聞いてくれるようになっていたが、この日はどうにも違った。

というのも、前の週に俺が授業をできなかったからだ。死にかけてたから。

怪我が治ったのでこうして授業をしに出てきたのだが、一週空くというのは結構大きい。皆元通りになってしまっていた。

一応魔理沙が慧音さんに「急病のため」と言って休む旨を伝えておいてくれた。だからといってこの状況が変わるわけじゃないけど。

ちなみに、皆も慧音さんも俺が吸血鬼化したことは知らない。今のところ知っているのはあの時あの場にいた面々のみだ。

というか、普通に昼出歩いて夜寝てる俺を見て吸血鬼だと信じる者はいないと思う。

閑話休題。皆の落ち着きがないというこの状況を何とか打破せねばなるまい。

慧音さんは所用で出ているし、そもそも今の時間は俺の授業なんだから、俺自身の手で何とかしないと。

「よし、一番初めに静かになった子には俺が弁当作ってきてやるぞ!!」

物で釣ってみる。

まあ、効果はないんだけどね。がっくし。

「あ、あの、先生。お弁当、よろしくお願いします。」

あ、一人着席して静かになった。アユミちゃん、君はいい子だ。本当に弁当作ってきてあげるよ。

しかし静かになったのは一人だけ。他は皆騒がしいまま。

というか魔理沙。お前まで一緒になって騒ぐな。むしろお前が騒ぎの中心じゃないか!!

どうやら魔理沙に対して沸点が低いらしい俺は怒りのボルテージが一瞬でMAX寸前まで達した。

「あ、あー、何だ?ほら!!今日はこんなだし授業じゃなくて『外』の遊びを教えればいいじゃないか!!」

その空気を察知した魔理沙が一瞬顔を青ざめさせ、早口でまくし立てる。

「さんせー!!」

「まりさねえちゃんいいこというねー。」

「せんせー、また『外』の遊び教えてー!!」

そして子供達もそれに乗る。

・・・はぁ。しょうがないか。今日はこれでワンステップ置いて、次回ちゃんと授業をしよう。



こうしてこの日の授業は『外』の遊びを教えることに変更となった。



「けどなぁ・・・遊びを教えるったって、準備してないんだよなぁ。」

前に教えた紙飛行機。あれは事前に香霖堂で大量の色紙を購入して準備をした。

紙というのは、幻想郷においてはそれなりに貴重なものだったりする。何せ明治時代と同じ文明だからね。遊びに使うという発想はない。

だから俺は、『外』で流通してるはずの折り紙を購入したんだ。結構値は張ったけど。

しかし今日はそんな準備をしていない。教えられる遊びなんて限られてくる。

「何かあるだろ?こう、大勢で遊べる遊びとかさ。『外』は人間が多いんだ。だったら、そういう遊びもあるはずだろ。」

確かに、『外』にいる人間の数は知識によれば60億となっている。けどその知識の中には、現在少子高齢化が進んでいるともあるんだが。

それにしたって『外』にいる子供の数は幻想郷の比ではないことは確かだ。遊びも発達している。

大勢で遊べる遊び、ねぇ・・・。

鬼ごっこ・・・これは普通に幻想郷でもあるな。隠れんぼも同じく。大勢でやるといったらこの辺がオーソドックスだ。

となると、これを変化させた遊びなんかどうだろう?確か缶蹴りとかは昭和の遊びだから、幻想郷にはないはずだ。

と言うと。

「カン・・・って何だぜ?」

という答えが返ってきました。・・・そもそも缶蹴りは実行不可能だったか。

缶蹴りの類似物に鬼の拠点を決めてそこにタッチするという遊びがある。これは地域によって名前がまちまちらしいが。

寺子屋の中なら隠れる場所も多い。だから面白いんだが。

「・・・いや、やっぱりこれはやめておこう。」

俺がやったら反則だな。気配を完全に殺して近づけばまず気付かれない。放っといても俺って気配ないから。

となると、隠れんぼの派生はなし。鬼ごっこの派生は何があったかな・・・。

「『どろけい』とか面白いかも。」

そして思い当たった。

「『どろけい』?」

泥棒と警察、略して『どろけい』。幻想郷には警察というのがないから想像が難しいと思うが。

「要するに、盗人と官憲――って言えばわかるか?」

「あー、何となくわかったぜ。」

官憲は通じたか。よし、これで説明がスムーズになるな。

泥棒が逃げる側、警察が追う側――つまり鬼になって遊ぶ。これだけなら普通の鬼ごっこと差はない。

この遊びが鬼ごっこと大きく違う点はいくつかある。一つは、鬼が一人じゃないってことだ。

「え?それだと鬼が有利すぎるんじゃないでしょうか?」

ひょろ長のミツヒコ君が質問してきた。遊び教えるとなると急に静かになるよね君ら。

「確かに、これだけだとそう思えるだろうな。だが、それを解決するためにさらにいくつかのルールがある。
その一つが、『10カウントルール』だ。」

そう、この遊びはただタッチしただけでは捕まえられない。相手の体の一部を掴んで『10数え』なければならない。

ここでミソになってくるのが『10秒』じゃなくて『10数える』ということだ。つまり数えるのが速ければ速いほど捕まえる時間が短くなる。

もちろん、10数える前に振りほどければ捕獲にはならず、再び逃げることができる。ここが鬼ごっこと大きく違うところだ。

「いくつか、ってことはまだあるんだな?」

魔理沙、よく気付いたな。

「その通り。もう一つ、泥棒と警察のパワーバランスを調整するルールがある。それが『脱走ルール』だ。」

この遊びのもう一つの大きな特徴が『捕まった泥棒が復活する』ということだ。

『脱走』の方法は簡単。『収容所』に入れられた泥棒にまだ捕まっていない泥棒がタッチするのだ。

当然警察側はそれを死守しようとする。そこでまた一つ熱いバトルが生まれるわけだ。

大きく言えばそんなところだ。全ての泥棒を捕まえないと攻守交替にはならないが、それは少し考えればわかるだろう。

簡単なルールだが、それ故に奥が深く楽しい遊び、それが『どろけい』だ。

「・・・面白そうかも。」

「やってみたい!!」

「先生、やろー!!」

子供達もノリ気みたいだな。よし。

「それじゃ、今日の授業は予定を変更して『どろけい』にするぞー!!」

『おおー!!』





***************





どうやらこの『どろけい』ってやつは追う側と逃げる側が同数になるらしい。

子供達が隠れグーパー(これも優夢が教えた)で綺麗に等分した。

私はというと、優夢と隠れグーパーをし分かれた。私がグーで優夢がパーだ。

普通に考えて私達が同じチームに入ったら不公平すぎるからな。身体能力が違いすぎる。

また、その関係で私と優夢は空を飛ぶことが許可される。両方のチームに空を飛べる奴がいるから反則にはならないということだ。

もちろん弾幕は禁止だが。

範囲はこの人里全体、但し建物の中は寺子屋以外禁止。人里から出るのも、危ないから禁止だ。『収容所』は教室の中。

私達のグループが『泥棒』になった。私としては追う方をやりたかったんだが。

「何言ってんだ。ぴったりじゃないか。」

それはどういう意味だぜ、優夢。

「言葉どおりだ、本泥棒。」

借りてるだけだぜ。と言ったら、優夢がこれ見よがしに肩をすくめた。何かむかつくな。

「その行動を後悔させてやるぜ。捕まえられるもんなら捕まえてみな。」

「言ったな?よし、お前は俺が直々に捕まえてやる。速さだけで俺から逃げ切れると思うなよ。」

お互いに不敵に笑いながら、私達は激しく火花を散らした。

優夢も最近は私達のようなやり取りに慣れてきた。まだいつもの突っ込み癖が出ることもあるが、軽口に軽口で返せるようになってきている。

弾幕ごっことかは、この会話も楽しみの一つだからな。しっかり慣れてもらいたい。

さてと。

「皆、準備はいいな?」

「はーい!!」

「せっかくだからおれは人里の果てまで逃げるぜ!!」

「ぬかせ、この僕の策から逃げ出せると思うなよ!!」

いい感じに熱くなってるな。

「よし、それじゃあ『警察』が10秒数えている間に『泥棒』は逃げてくれ。よ~い、始め!!」

優夢が大きく叫ぶと、『泥棒』役の子供達がわらわらと寺子屋の外へ出て行った。私は皆が出て行ったのを確認してから外に出る。この時点で5秒が経過していた。

だがそんなの関係ない。

「5秒もあれば、逃げ切るのに十分な時間だぜ!!」

私は箒にまたがり、全速力でその場を後にした。



それから10分。私は通りを堂々と歩いているが、いまだ『警察』役の子供に出会っていない。もちろん優夢にもだ。

「な~んか拍子抜けだよなぁ。」

無目的にブラブラと歩く。少し飛ばしすぎたか、誰もこの辺までは来ていないようだ。

何せ、寺子屋とは人里の中心をはさんで反対側に、端っこの方まで来ているのだから。

――この位置が私の実家の近くじゃなかったのは良かった。

最近では寺子屋によく来るものの、私はあまり人里に出るほうではない。そりゃ生活に必要な物資を買いにくることはあるが、必要最低限だ。

理由は簡単。実家に近づきたくないからだ。

別に家族が嫌いというわけじゃない。だけど、私にだって譲れないものはあるんだ。

「・・・難しいよなぁ、どうにも。」

独り言をつぶやいたが、気に留める者は誰もいなかった。

――いや。

「何が難しいんだ?」

一人だけいた。

私はその言葉を聞いた瞬間、反射的に後ろを振り向いた。だが、そこには誰も――!?

「つーかまーえた。」

下から伸びてきた腕に、私は腕をつかまれる。

得意の気配消しで背後にいた上でしゃがんだのか、優夢!?

「いちにさんしご」

カウントの途中で力任せに腕を引き剥がし、箒に乗って空を駆ける。

本当に油断ならないやつだ。一体いつの間に私背後に立ってたんだ?

というか、思いっきり独り言聞かれてたな・・・。まあいいか、相手は優夢だし。変な詮索をしてくるようなやつじゃない。

私は優夢が追ってきていないことを確認してから地面に降りる。

と同時に。

「まりさねえちゃんだー!!」

「つかまえろー!!」

「ぉお!?」

いきなり、そこらの物陰から『警察』役の子供達がわらわらと溢れてきた。・・・誘い込まれたか!!

「だが甘いぞチビ共!!」

私は再度箒にまたがり宙に浮こうとする。が。

「飛ばせるなー!!」

「箒にしがみつけー!!」

子供達は私の箒にしがみついて飛ばさないようにしてきた。く!!こりゃまずい!!

力いっぱい空を飛べば何ほどのものでもないが、それは確実に子供達を怪我させてしまう。

子供達が私の足を掴もうと腕を伸ばしてくるが、私は箒の上に立ってそれをかわす。・・・ちょっとバランスが悪いが。

徐々に徐々に箒の速度を上げることで、だんだんと皆の手が離れていく。よし、いけるか!?

だが。

「油断大敵ってな。」

私が安心するその瞬間を狙っていた優夢が、気配を完全に殺して私の腕をつかんでいた。

「いちにさんしごろくしちはちきゅうじゅう!!」

そして10カウント。

私は優夢の策にはまって、あっけなく御用となってしまったのだった。



『収容所』の中に入ると、ほとんどの『泥棒』役の子供達が捕まっていた。

・・・凄いな、優夢が私の捕り物をするまでは10分ぐらいしかなかったと思うけど。

「ああ、皆『どろけい』初心者だったからな。まるで示し合わせたように『収容所』まで仲間が捕まってないか見に来たんだよ。」

そこを一網打尽、ってわけか。

「この手の遊びは、情報伝達を如何に上手くやるかも問われるみたいだ。速けりゃいいってもんじゃない。」

「・・・確かに。今回は完全に私の負けだ。だけど、次はこう上手くいくと思うなよ!!」

「はは、返り討ちにしてやるよ。」

私と優夢は、相変わらず不敵な笑みで火花を散らした。

「さてと、これで全員かな?」

優夢はぐるりと教室を見回して言った。全員集まってそうだな。

「せんせー、まだコゴロー君が捕まってませーん!!」

『泥棒』役だった一人のソノコが手を上げて告げる。ついで

「あれ、そういえばキサキちゃんもいないよ?」

と『警察』役だったアユミが言った。

「そーいえばあの二人って仲良かったよな。」

「ひょっとして、二人だけで遊んでるとか。」

「えー、なんだよそれー。」

わさわさと騒がしくなる子供達。

ふーむ、なるほど。そういうことか・・・。これは恋色の魔法使いとしては応援したいところだな。

よし、二人のためにも皆をなだめてやるか。

と思ったときだ。

「おう、優ちゃん。」

八百万商店の店主が戸をガラリと開け、寺子屋の中へ入ってきた。

「あれ、おやっさん?どうしたんですか。」

「いやーよう。今は皆が勉強してる時間だと思ったけど、違ったか?」

「いえ、あってますよ。ただ今日は皆の気が乗らなかったみたいなので、予定を変更して『外』の遊びを教えてるんです。」

「あー、じゃああの二人もそれで外に出てたのか。」

あの二人・・・っていうと、コゴローとキサキの二人組か?

「いや、名前なんか知らねぇけどよ。確か寺子屋で見たような子だなーって思ってよ。
で、俺は注意してやろうと思って声かけたんだけど、二人して逃げ出しちまったんだ。もちろん俺ぁ後追ったよ?でもよ、子供の体力ってなぁ馬鹿にできねぇな、すぐに見失っちまったよ。」

そりゃ凄い。確かおやっさんは自分で食料を仕入れられるぐらい逃げ足が速いって話だけどな。

「だから俺ぁ、慧音先生か優ちゃんに知らせなきゃと思って、店をかみさんに任せて来たんだよ。けどそれじゃあ無駄足だったか。」

「いえ、そんなことないですよ。ありがとうございます、おやっさん。」

優夢はおやっさんに頭を下げた。

「さて、それじゃあ聞き分けのない子たちを捕まえに行きましょうかね。」

優夢はそう言いながら戸に手をかけた。

「おいおい、放っておいていいじゃないか。二人の好きにやらせてやりな。」

こういう機会に人目を盗んで二人っきりになるなんて、初々しい恋じゃないか。

「けどさ、人里から出たら大変だろ?俺は子供達のことは信用もしてるし信頼もしてるけど、万一のことがあったらまずいだろ。」

・・・それもそうか。それに二人っきりになりたいんなら、里の外の方がいいよなぁ。

「しょうがない、私も一緒に探してやる。」

「いいのか?」

「おいおい、私を誰だと思ってる。正義の味方の魔法使い、霧雨魔理沙さんだぜ?」

私は帽子を目深に被り、片目を覗かせた。それを見て優夢は苦笑しながら

「わかった。ありがとう、助かるよ。」

そう言った。





***************





その日私は慧音の元を訪れるために人里へ向かっていた。

けれどその途中で、とある事態に遭遇した。

「うわあああああ!!」

「きゃあああああ!!」

幼い二つの悲鳴が聞こえそちらに走ってみれば、慧音の寺子屋の子供達が獣の群れ――恐らくは妖怪化した――に襲われていた。

私はそれを見た瞬間に手の中に炎を出し、投げつけた。それで獣達は私に気付き、大きく飛び退いた。

一体反応が悪く炎に包まれたやつがいた。牽制程度に威力を絞ったやつだ、別に死ぬことはないだろうな。

その隙に、私は獣と子供達の間に割って入った。

「怪我はない?」

「あ、もこーねえちゃん・・・。」

「あ、あの、わたしたち・・・。」

「お説教は後。とにかく、今は逃げなさい。ここは私がどうにかしておくから。」

「!! もこーねーちゃんうしろ!!」

私が子供達の無事を確認する隙を突き、一体の獣が飛び掛ってきた。

・・・だが甘い!!その程度で私の不意をつけると思うな。私はすかさず炎を出し――



投げつける直前に、空から大量の星の形をした弾幕が振ってきた。それで獣は弾き飛ばされてしまった。

それを追って、今度は球形の弾幕が蛇行して他の獣達をも弾き飛ばす。

獣達はそのまま逃げていってしまった。・・・追う必要はないか。

弾幕が飛んできた方を見れば、箒に乗った魔法使いと空を飛ぶ見たことのある男がいた。

「二人とも、大丈夫か?」

「コゴローとキサキを助けていただいたみたいで。ありがとうございます。」

魔法使いの方は子供達の方へ降りていき、男の方――確か慧音が『名無優夢』って言ってたっけ――は私に頭を下げた。

「いや、私はほとんど何もしていないよ。結局連中を追い払ったのはあなた達だったわけだし。」

「それでも、二人が危ないところに駆けつけていただいたんでしょう?」

あら、わかるの?

「激しい音がしましたからね。弾幕ですか?」

それでここまで駆けつけられたってわけね。

「ええ、そうよ。・・・ああ、自己紹介をしなくちゃね。私は藤原妹紅。」

「霧雨魔理沙、普通の魔法使いだぜ。」

魔法使いの方がいつの間にか会話に入ってきていた。

「俺は」

「あなたは知ってるわ。寺子屋の新人教師の名無優夢、でしょう?」

「え?俺のことをご存知で?」

「あなたが寺子屋で働き始める日に見かけたから。その後慧音に聞いたのよ。」

「ということは、あなたは慧音さんのお知り合いですか?」

知り合い、というよりは相棒ね。けど。

「そんなところよ。」

そこまで詳しく話すようなことでもない。私はそうとだけ答えた。

「妹紅は何でこんなところにいたんだぜ?」

魔法使い――魔理沙が問いかけてきた。

「ちょっと慧音のところに行こうと思ってね。その途中でこの事態に出くわしたってわけ。」

「妹紅さんは人里に住んでいるんじゃないんですか?」

「妹紅でいいわよ。そんなにかしこまらなくたって。」

「いえ、慧音さんのご友人なのに、そういうわけには。」

「私がいいって言ってるの。年上の言うことは聞いておくものよ。」

私のその発言に、優夢は一瞬怪訝な顔をしたが

「はあ、わかりまし――わかった、妹紅。」

すぐにそう言った。――彼が信じられないのも無理はない。私の見た目は、そこら辺の少女達と変わらないのだから。

それでいて私は妖怪ではない。人間だ。ただ年をとらず死ぬこともないだけ。

・・・と、思考がそれちゃったわね。

「住んでるところだっけ?私は竹林の近くに住んでるからね。人里からはちょっと遠いわ。」

「そんなところに住んでるなんて、酔狂なやつだな。」

「お前は人のこと言えんだろうが。魔法の森在住。」

「お前もな。博麗神社在住。」

あら、皆人里じゃないところに住んでるのね。人間なのに。

「ところで、一緒に寺子屋に行くか?俺達もまだ授業の最中だから・・・とと、忘れてた。」

そこで優夢は何かを思い出したようで、子供達に面と向かってしゃがみこんだ。

「君達。里の外はルール違反だろ。危ないからってちゃんと言ったじゃないか。」

「うう、その・・・。」

「せんせぇ、ごめんなさい・・・。」

子供達はシュンとうなだれていた。だが優夢はその頭に優しく手を乗せて。

「けど、何にもなくて本当に良かった。妹紅に感謝するんだぞ。」

『・・・はい!!』



それはどこまでも優しくて、いつまでも見ていたくなるような微笑だった。

そうか。だから慧音は私に彼を会わせようとしたのね。

彼の存在は、周りを癒すから。

ありがとう慧音。・・・でも、私は――。





***************





俺がコゴロー君を、魔理沙がキサキちゃんを運んで、俺達5人は寺子屋に着いた。

戸の前にはおやっさんが腕を組んで立っていた。

「・・・おやっさん?どうしたんですか。」

俺が問いかけると、おやっさんは重々しく口を開いた。

「優ちゃん・・・頑張れ、負けるな。」

「は?それはどういう・・・。」

しかしおやっさんはそれには答えず、逃げるように去っていった。

・・・一体何なんだ?

「とりあえず、入ってみたらどう?」

妹紅に促され、俺は戸に手をかけ開いた。



視界にまず飛び込んできたのは、目の前で腕を組み仁王立ちする慧音さんだった。

明らかに怒っていた。

「え?あ、あの、慧音さん?」

「優夢君・・・私は留守中の授業をお願いしていたはずだが、これはどういうことだ?」

これ・・・ってどういうことだ?

恐る恐る慧音さんの後ろを見てみる。

そこはもぬけの殻だった。

「・・・ましゃか。」

皆、俺達の帰りが遅いから自分達だけで次のゲームを始めちゃったのか?

「えっと、あの、慧音さん。これには事情が」

「言い訳は聞きたくない。君のことは信頼していたんだが・・・非常に残念でならない。」

うぅ、心が痛い。

「(こそこそ)どういうこと?授業中だったんじゃないの?」

「(こそこそ)予定を変更して『外』の遊びを教えてたんだぜ。多分、皆勝手に外に遊びに行ったんだろ。」

後ろで魔理沙が妹紅に解説してたが、今はそれどころじゃない。

何とか慧音さんに俺の話を聞いてもらわなければ。しかしどうやったら聞いてもらえる?

・・・ダメだ、何も思い浮かばん!!このままでは『教職者とは何ぞや』のお説教→お仕置きの頭突きのコンボを喰らってしまう!!

「けーねせんせーまって!!」

「わたしたちがいけないの!!」

俺が説明に苦しんでいると、運んできたコゴロー君とキサキちゃんが俺と慧音さんの間に割って入ってきた。

「お前達。今私は優夢君に話をしているんだ。下がっていなさい。」

「ダメ!!ゆーむせんせーをおこらないで!!」

「わたしたちがいうこときかないでさとのそとにでちゃったから・・・。」

「何?どういうことだ。」

二人の説得のおかげで、慧音さんが聞く耳を持ってくれた。ありがとう、二人とも!!

「えーっと、実はですね。」



この物語は、かくしかの、奇妙奇天烈な混沌としたお話



「なるほど・・・そういうことだったか。」

「ね?そういうわけだから、あまり優夢のことは怒らないであげて、慧音。」

途中から魔理沙と妹紅も慧音さんへの説明・説得に協力してくれた。おかげで慧音さんも角を収めてくれた。

・・・何故だ?この表現がやたらとしっくりくる気がする。

「しかし優夢君、監督不行き届きだぞ。子供達を外で遊ばせるなら、ちゃんと全員の安全を確保できるようにしなさい。」

「・・・面目ないです。」

その点は完全に俺のミスだ。里の外には出ないだろうと甘く見ていた。子供の行動力ってのは馬鹿にできない。

「けれどまあ。」

慧音さんは、少し微笑みながら言葉を漏らした。

「子供達にあれだけ楽しそうな顔をさせてくれたことは、感謝しているよ。」

その視線は俺達の後ろに向けられていた。

振り返ると、そこには子供達がいた。いつの間にか帰ってきてたみたいだ。その顔は一様に楽しそうな笑顔。

「・・・はい!!」

だから俺も、慧音さんに笑顔で返事をした。



ちなみにそのあと、「これはけじめだから」と頭突きはしっかり喰らいました。

とても痛かったです まる





+++この物語は、癒す幻想と擦り切れた永遠が邂逅する、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



教師っていうか保父さん:名無優夢

どっちかっていうと遊びを教える時の方が活き活きしてる。人のことは言えない。

怒るときは怒る、楽しむときは楽しむ。だから子供達からの信頼は厚い。授業聞いてもらえないこともあるけど。

頭突きのあとはしばらく悶絶してた。

能力:自分の周囲を癒す程度の能力?

スペルカード:想符『1700万ゼノのブルーツ(笑)波』、思符『デカルトセオリー』、暴符『ドライビングコメット』、思符『信念一閃』など



実家とは色々ある魔法使い:霧雨魔理沙

実家は勘当された。理由はいまだ不明。二次創作では諸説ある。

この物語で彼女のバックグラウンドに踏み込むかどうかはわからない。ただし、嫌っているというわけではないらしい。

既にガキ大将ポイント32ぐらい。

能力:魔法を使う程度の能力

スペルカード:魔符『スターダストレヴァリエ』、恋符『マスタースパーク』など



竹林の住人:藤原妹紅

とある目的のために竹林に住む。人でありながら人でない性質を持つため、人里には住めない。

と思い込んでいるのは彼女だけ。実際慧音は人里に住んでるだろ。

永い時を生きる中で異能を身に着けたりしている。珍しいことではない。

能力:老いることも死ぬこともない程度の能力

スペルカード:蓬莱『凱風快晴 -フジヤマヴォルケイノ-』など



お仕置きは頭突き:上白沢慧音

喰らって無事な者はいない。いやチルノなら大丈夫かもしれない。

満月の夜は物理的に角を収めることができない。Caved!!

しめるときはちゃんとしめるから守護者としてやっていけるのだろう。

能力:歴史を食べる(隠す)程度の能力

スペルカード:国体『三種の神器 郷』など



→To Be Continued...



[24989] 一・五章六話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/18 23:33
メイド生活をして一週間近くが過ぎようとしていた日。

俺はとあることを思い出した。というか、次の日が『その日』であることに気付いたのだった。

それについて咲夜さんとレミリアさんに相談するため、俺はレミリアさんの自室に訪れていた。

ちなみに、今ここには俺達だけしかいない。だから俺も普段の言葉遣いでしゃべることができる。

「それで、話って何かしら?」

レミリアさんは大きな椅子に座り、俺を見上げながら言った。元々身長差があるため、レミリアさんが座った状態だと結構な高低差があるな。

「はい、実は・・・。」

俺は話を切り出した。



「実は明日、俺が毎週行ってる寺子屋の授業日なんです。」



ここのところ。

朝起きたら食事の支度、妖精メイド達への掃除の指示と自分の仕事。

終わったら昼食の準備、昼食後はフランの遊び相手でその後門番。

晩餐の仕込み、レミリアさんと共に食事を摂って就寝と。

完全に紅魔館メイドと化した毎日を送っていた。

そのため、自分が寺子屋教師をやっているという事実を今日の今日まで忘れていたのだ。我ながら抜けている話だ。

で、気付いた俺は大慌てだ。何せ明日の授業の準備をしていない。急げば間に合うとは思うが、今日一日はかかるだろう。

慧音さんに授業を任されている身だ。勝手に休むわけにはいかない。だから今日一日、明日の準備のために休みをもらおうというのが話だ。

「ふぅん、そういえばそんなこともしてたわね、あなた。」

レミリアさんは、俺が教師をしているということを知っている。フランの騒動の時にも休まず行ってたからな。

「雇われの身で勝手な話だとは思うんですが、慧音さんの信用にも関わりますし。できれば今日は授業準備のために休暇をとらせていただきたいんです。」

「一日も必要なの?」

「はい。俺が行ってる授業は幻想郷では行われていないものなので。」

何せ、近代科学を取り扱っているんだ。理解の基盤がない幻想郷で子供達に教えるとなると、そうそう簡単なことではない。

俺の知識をさらに掘り下げ、身近なことから関連付けて理解できる簡単な内容に直さなければならない。

しかも俺には下手に『外』の知識があるもんだから、どこまで掘り下げなければならないかが完全に手探りだ。

その作業のために、神社のときは大体三日前から準備している。

「・・・今更だけど、あなたってホントまめね。」

「そうでしょうか?俺としてはこれが普通・・・いや、変って言われるのがオチでしたね。」

「あら、わかってきたじゃない。」

こう何度も何度も言われてちゃ、ね。

「で、どうでしょうか?」

「まあ、今までは咲夜一人で切り盛りしてたわけだし。あなたが抜けても平気でしょう。」

・・・咲夜さんの負担を増やしてしまうのは心苦しい。が、背に腹は変えられない。

「それじゃあ」

「けど、条件があるわよ。」

休みはもらえますか、と次ぐ言葉は遮られた。

しかし、条件か。・・・嫌な予感しかしない。

「そんなに嫌そうな顔をするもんじゃないわ。美人が台無しよ。」

「全然嬉しくない評価ですけどね。何度も言いますが俺は男です。」

美人と言われて嬉しいわけがない。

「あら残念。どうせなら本当に女になっちゃえばいいのに。」

「謹んでお断りさせていただきます。」

幻想郷だと現実になりそうなところが怖い。

「そ。じゃあ条件の方を言うわ。何、そんなに難しいことは言わないわ。」

レミリアさんはそう前置きをし、条件を提示した。

「私達も同行させてもらうわ。」

・・・ぇえ~。

「いいんですか?確か人里は妖怪禁止だったような・・・。」

「『人を襲うこと』が禁止なだけよ。出入りしてる妖怪だっているわ。それに、その話で行くとあなたもひっかかると思うけど?」

うっ、確かに・・・。そうは見えなくとも吸血鬼には違いないわけだし。

だったらまあ、魔理沙の前例もあるし大丈夫か?けど、邪魔はしないでくださいよ。

「そのくらいわかってるわよ。子供じゃあるまいし。」

・・・。

「その目は何?」

「何でもありません。」

俺は知ってるだけです。

(う~☆う~☆)

何やってんのレミィ。

「とにかくわかりました。明日寺子屋行く前に声かけますんで。」

ありがとうございますと一礼し、俺はきびすを返す。

その背にレミリアさんの声がかかった。

「何を勘違いしてるの?私は条件が一つとは一言も言ってないわよ。」

その言葉に俺は顔をしかめた。その表情のまま振り向いてやる。

「あらあら、ひどい顔ね。」

「誰のせいです。」

俺の言葉でレミリアさんは笑みを深くした。子供だ、子供がおるぞ。

「それで、条件はなんですか。ちゃっちゃと言ってください。」

もうやけっぱちだ。何でもどんと来い。



その直後のレミリアさんの言葉で、俺はその意志を180度覆すことになるんだけどね。

「授業はその格好のまま行いなさい。」

・・・ごめんなさい、それだけは勘弁して。俺は無言でorzする。

「ていうか何故に?」

「あなたは教師である前に、今は紅魔館のメイドよ。人前に出るときにその格好は当然でしょう。」

何でやねん。

「当然だけど、言葉遣いもメイドのままよ。」

「本ッッッ当に勘弁してください!!」

そこまでして俺を変態にしたいか!!

「紅魔館に『男言葉をしゃべるメイドがいる』なんて噂が広まったら品位が下がるわ。」

うぐぅ、微妙に正論だ。正論だがレミリアさん、あなたはただ楽しんでるだけです!!

「楽しんでるわよ?何かいけないかしら。」

・・・ダメだこの人。どうしようもない。

「条件はそれだけ。じゃ、あなたはさっさと明日の準備をなさい。」

「ブルー隊、アクア隊、バイオレット隊には私から伝達しておきます。それと妹様にも伝えておきます。」

「頼むわ。ふぁあ~、朝起きしたから眠いわ。私、もう一眠りするから。」

そんな感じで、俺はなし崩し的に条件を飲まされお開きとなった。





それから立ち直るのにそれなりの時間を要した。





***************





次の日、私は咲夜とともに優夢の授業風景を観覧――もとい見学するため、優夢の後に着いて人里へと飛んだ。

私自身が人里に来るのはいつ以来だったかしら。咲夜が紅魔館に勤めだしてからは全く行ってなかったからねぇ。

それほど時間もかからず、人里へと降り立った。最後に来たのがいつかは覚えていないけど、そのときから変わってないように見えるわね。

「ぅぅ~・・・せめて道中知り合いに会いませんように。」

優夢が私達に背を向けた状態のままつぶやいた。

けど迂闊よ優夢。それは『運命』を呼び込む言葉よ。

「おぉ~、湖んところのメイドさんじゃねぇか!!」

「おはようございます、弥七さま。」

背後からかけられた男の声に、優夢がびしりと固まった。・・・この反応、どうやら顔見知りみたいね。

「っとぉ、見かけねぇ嬢ちゃんも一緒だな。メイドさんの妹さ・・・ん・・・」

・・・失礼な人間ね。ちょっと妖気を撒き散らして威嚇する。

「ひょ、ひょっとして、妖怪?」

「吸血鬼だ、愚か者。」

私の言葉に小男は顔を青ざめさせた。

「し、失礼しやした!!俺っちはてっきり!!」

そして、その場で地面に正座して米搗きバッタのようにペコペコと謝りだした。・・・なんだか怒るのも馬鹿らしいわね。

「別にいいわ。そんな小さなこと、気にするほどのことでもない。」

「へ、へへぇ!!ありがとうごぜえます!!」

何というか、前時代的な反応をするわね。これはこれで結構面白いかも。

「顔を上げてください、弥七様。こちらは私がお遣えする、紅魔館の主・永遠に幼い紅い月ことレミリア=スカーレットお嬢様です。」

「その矮小な化学的思考中枢にしっかりと刻み込んでおきなさい。今後今のようなミスをしないようにね。」

ま、私はあなたの方を覚える気はさらさらないけど。

「そしてこれが新しく紅魔館のメイドをすることになった・・・あら?」

咲夜がそのまま優夢のことを紹介――多分この男は知ってるでしょうが――をしようとしたところで、あることに気がついた。



優夢はいつの間にか姿を消していた。

「・・・あいつ、こっちで騒いでる隙に気配を消して逃げたわね。」

額に青筋が浮かぶのがわかった。無駄に器用な真似を。

「ふぅ・・・全く、紅魔館のメイドとしての自覚が足りないようですわね。私が追い」

「追う必要はないわ。」

咲夜が時間を止めようとしたが、その前に私が言葉で遮った。

「しかし・・・。」

「咲夜。あなたは一つ大切なことを忘れているわ。」

そしてそれは優夢も同じく。だから追う必要はない。

「はぁ。お嬢様がそうおっしゃるのでしたら、私はそれに従うまでです。」

咲夜は私の言葉を素直に聞きいれ、追走をやめた。

「お前にうちの新人メイドを見せられなくて残念だったわ。きっと腰を抜かしたでしょうからね。
ま、いずれ機会があったら見せるわ。楽しみにしておきなさい。」

「へ、へぇ・・・。」

ことがよく飲み込めていない小男は、頭の上にはてなをいくつも浮かべながら、何とかといった感じで返事をした。

「さ、行くわよ咲夜。」

「承知いたしました。それでは失礼致しますわ、弥七さま。」

私達は、呆ける小男を尻目にその場を後にした。



それにしてもあの男。言動が卑小な割に随分と大きな運命の流れを持っていたわね。

「はい。彼は八百弥七と言って、人里で最大規模の食品店を営んでいます。確か能力が『八百万の神に感謝を捧げる程度の能力』だったと思います。」

なるほど、結構な大物だったということか。人は見かけによらないものね。





***************





まさかあそこでおやっさんに出くわすとは・・・。

だが幸いにも、俺に気付いた様子はなかったな。不幸中の幸いってやつだ。

レミリアさんと咲夜さんがおやっさんに気をとられてる隙に逃げ出せたしな。こういうときは便利の技だ。

そして俺は人目を避けつつ寺子屋へ向かっている。気分はスニーキングミッションだ。ダンボールも欲しいな。

ともかく、人に見られたら誤魔化しようがない。いくら俺の気配絶ちが高性能だと言っても目の前で見えなくできるわけじゃない。

慎重に慎重に。絶対に人に見られてはいけない。誰にも見られず慧音さんのいる職員室に行って、事情を話して着替えを用意してもらわねば。

・・・そういえば二人を撒いたはいいけど、後で絶対何か言われんだろうな~。特に咲夜さん。

(そうねぇ。最初のときの倍は覚悟しておいた方がいいわ。)

心が挫けそうなんですが。ていうかレミィ、その口ぶりだと実はお前もお仕置きされたことあるな?

(・・・ノーコメントよ。)

あるんだな。(あるのかー。)

(う、うるさいわね!!あのときはちょっとお腹が空いてたのよ、魔が差したってやつ。)

主にも厳しいんですね、咲夜さん・・・。

とと、危ない危ない。魔理沙がちょうど真上を飛んでいた。

幸い俺の気配には気付かず下を向かなかったから、見られてはいない。あいつは大爆笑してくれた前歴があるからな。絶対に見られたくない。

――いや、逆に考えるとあいつは既に知っているわけだ。ということは、あいつには見られても問題ない?むしろ協力してもらった方が・・・。

けどどうやって。弾幕で気を引こうにも目立つ。確実に人目を引いてしまう。

飛ぶ。論外。地上からバッチリ見られる。

都合よく適当な石が落ちているわけでもなし。

何か、人の目には触れず魔理沙に意思を伝達する手段は・・・。



あった!!

俺は手の平サイズの操気弾を作り出した。それを放ち、『影の薄い操気弾』を発動する。

元々小さな弾幕は輪郭を薄くしていき、程なく見えなくなる。

自分でも認識が困難になるため、こいつは非常に神経を削る。だが一つだけで、これだけに集中できるなら問題はない!!

姿の無い弾幕を制御し、魔理沙の箒へ――

コンコン。

ノックする。魔理沙は気がついたようだ。動きを止め、辺りをぐるりと見渡す。

今度は箒を下からノックする。魔理沙はそれで下を向いた。同時、俺は気配絶ちと『影の薄い操気弾』を解除する。

魔理沙と目線があった。どうやらちゃんと気付いたらしい。俺は再び気配を絶ち、魔理沙を待った。

「優夢、どうしたんだよお前。その格好のまま人里へ来るなんて、とうとう何かに目覚めたか?」

「人を変態みたいに言うな。諸事情あってこの結果だよ。」

「あー、要するにレミリアの意地悪か。」

「理解が早くて助かったよ。」

というかそれ以外に解がないか。

「で、助けが必要ってか?」

「じゃなきゃあんな手の込んだ呼び方はしない。」

「違いない。」

魔理沙はくっくっと笑った。

「私は何をすればいい?」

「周囲に人がいないかどうかを確認して、俺を寺子屋まで連れて行ってくれ。」

「りょーかい。じゃあ私が先行して確認するぜ。」



こうして俺は魔理沙の協力を得て、無事誰の目にも止まることなく寺子屋の前まで来ることができた。

「ありがとう、助かったよ魔理沙。」

「おうよ、感謝しろ。」

ああ、この埋め合わせは必ずする。

「さて、後は職員室まで急ぐだけだ。」

「私も一緒に行くぜ。慧音への説明が面倒だろ?」

すまん、助かる。

そして俺達は職員室まで行った。俺はその扉に手をかけ、がらりとあける。

「すいません慧音さん!色々と説明すべきことがあるんですがその前に着替え・・・を・・・」





え~っと。

その。

何に着替えるつもりなのかしらね、優夢?



何で扉の前で仁王立ちしていらっしゃるのでせうか、メイド長。

そう、俺が扉を開けてまず目に飛び込んできたのは、我らが完全瀟酒なメイド長十六夜咲夜さんだった。

その奥には、慧音さんと談笑しながら紅茶を飲むレミリアさん。

「ああ、優夢君。話は聞いたよ。今は紅魔館でメイドをやっているそうじゃないか。全く君はまめだな。」

え~、何この状況。何普通に馴染んでんの慧音さん。

「ま、こういうわけだ。諦めろ。」

ポンと肩に手を乗せ、魔理沙が言う。・・・って。

「図ったな!!?」

「魔理沙には優夢の誘導を頼んだのよ。いつまで経っても来ないからね、逃げ出したのかと思ったわ。」

俺はまんまと罠にかかったのか・・・。

「さて優夢。私達を置いて逃げ出したことについてのお仕置きはまた後でしっかりとします。
その前にまず、メイドの言葉遣いがなっていないわよ。」

俺の前に仁王立ちで、笑顔なのにちっとも笑ってない咲夜さんが妖気を振りまいてきます。誰か、助けて・・・。

「あの格好で授業というのはどうかと思うが、そういう事情なら仕方ないだろう。我が寺子屋は来るもの拒まずだ、君達も彼の授業を受けていくといい。」

「ええ、元よりそのつもりよ。私の従者がどのくらいできるのか確かめておきたいからね。」

「くくく、今日の授業はいつもよりも楽しくなりそうだな。」

味方は誰もいねぇ・・・。俺はその場にがっくりと膝を付くことしかできなかった。





結局その格好のまま授業をやりました。

「せんせーどうしたのー?」

「かわいいー!!」

「あ、あの、わ、わたし、そういうしゅみの男の人がいてもいいと思いますッ!!」

死にたくなった。

「いやいやしかし、優夢君は女性の服が似合うな。どうだ?これからはそれを普段着にしては。」

絶対嫌です。





+++この物語は、幻想がどんどん男としての何かを失っていく、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



メイド認知拡大中:名無優夢

現在の既知範囲は紅魔館、魔理沙、寺子屋。しかしどれに対しても高評価である。男としては致命的。

実は紅魔館内においては違和感がなくなってきているという危機感。

ちなみに、お仕置きはしっかり喰らいました。

能力:人前で女装する程度の能力?

スペルカード:想符『1700万ゼノのブルーツ(笑)波』、思符『デカルトセオリー』、暴符『ドライビングコメット』、思符『信念一閃』など



ツンデレのお嬢様に(中略)いじめちゃうカリスマ:レミリア=スカーレット

それは一種の愛情表現。しかし喰らう方としては迷惑極まりない代物である。

優夢の授業に対する評価は「中々面白かったわ、でも人間向けね」と。そりゃそうだ。

実は慧音とは知り合い。

能力:運命を操る程度の能力

スペルカード:神罰『幼きデーモンロード』、『紅色の幻想郷』など



メイドへの執着は並でない:十六夜咲夜

ある種の妄執といっても過言ではない。女中ではなくメイドである。

微妙に天然なので、寺子屋に行けば先回りできることに気がつかなかった。

おやっさんとは知り合い。いつも紅魔館で出る料理の材料は大半がここで買ったもの。

能力:時間を操る程度の能力

スペルカード:奇術『ミスディレクション』、幻世『ザ・ワールド』など



基本的に楽しいことの味方:霧雨魔理沙

楽しいと思った方に味方するのでころりと敵になったりもする。

寺子屋の授業は優夢の回にはほぼ毎回出席していて、結構楽しみにしている。

ちなみに今回授業で騒ぎすぎて優夢を怒らせた。これで三回目。

能力:魔法を使う程度の能力

スペルカード:魔符『スターダストレヴァリエ』、恋符『マスタースパーク』など



頑固者だけど融通はきく:上白沢慧音

それにしてもメイド服で授業ってのもどうなんだろう。

咲夜が紅魔館に勤める前はレミリア自身が里に来ていたので、顔見知り。

人間が絡めば険悪にもなるが、基本的には友好的である。

能力:歴史を食べる(隠す)程度の能力

スペルカード:国体『三種の神器 郷』など



→To Be Continued...



[24989] 一・五章七話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/18 23:34
先日あんなことがあって、俺はメイド服のまま外に行くのは絶対断ろうと心に固く誓った。

というかそもそも、男がメイド服を着ているというこの現実が常識的に考えてありえないんだが。そこは非常識が常識である幻想郷だ、俺は諦めている。

だからせめてもの抵抗に、俺は外に出るときは元の格好をしてやる。

そう心に誓ったのだ。



「今晩博麗神社に行くわよ。あなたも当然来るでしょう?」

昼時に起きてきたレミリアさんが俺の顔を見るなり突然そんなことを言ってきた。

「急ですね。何か御用ですか?」

「行きたくなっただけよ。この一週間はあなたの仕事ぶりを見るのでほとんど付きっ切りだったからね。」

なるほど、霊夢分を補給に行くというところか。

レミリアさんは霊夢を大層気に入っている。曰く「自分を退屈から解き放ってくれた存在だから」らしいが。

しかし俺が紅魔館で働きだしてから一週間、レミリアさんは一度として博麗神社へ行っていない。

「わかりました。確かに、そろそろ霊夢の様子も気になる頃ですし、私もご同行致します。」

周りには妖精メイドの姿もちらほら見かけられるので、メイド言葉を使う。

霊夢がちゃんと家事をやれているかどうかが不安だった。

そりゃ俺が来るまでの間はあいつ一人で生活してたんだろうが、俺が来てからの5ヶ月はほとんど俺に任せっきりだったのだ。

それに霊夢のあの性格。俺の心配に拍車をかける。

実際、俺が寝たきりから復活するまでの数日の間に、神社は結構汚れてたりしたわけだしな。

「わかったわ。それじゃ、行く時になったら声をかけるから。それまでに支度をしておきなさい。」

「了解いたしました。それでは私は仕事の方に戻らせていただきます。」

俺のこれからの仕事は、バイオレット隊への指示出しとフランの遊び相手か。終わってから準備でも十分間に合うな。

念のため、着替えやすい位置に服を出しておくか。ギリギリで慌てるのも嫌だし。

俺は服を準備しておくために、いったん自室へと向かうことにした。





とまあ、そんなフラグとかガンガン立てるような会話やら思考やらしていたためか。

「・・・んな殺生な・・・。」

仕事を終え神社へ行く支度をしようと部屋に戻った俺の目の前に置いてあった服は、見事にすり替えられていた。



ピンク色のゴスロリ服へと。

何?これを着て行けってことですか?こんなん着ていくぐらいなら真っ裸でダッシュするわ。

犯人は言うまでもない。ここまで完全な手際で犯行を達することができるのは、この紅魔館にはただ一人しかいない。

ていうか置手紙あるし。何々?



――お嬢様からの伝言よ。これを着るか、メイド服のままのどちらかを選びなさい。 十六夜咲夜――

無駄に達筆ですね、咲夜さん。墨ですか。

ん?続きが・・・。

――P.S. あなたのセンスの悪い服は責任を持って処分させていただいたわ。――



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

怒りよりも先に、想像を絶する悲しみが俺を襲った。

結局俺は、メイド服で博麗神社へ行くことを選んだのだった。・・・あの服、中々手に入らないのに。





~~~~~~~~~~~~~~~





「そして時間が経つのは早すぎる・・・。」

「何を言ってるのかしら?」

突然の俺の発言に、レミリアさんが問いかけてくる。

「特に意味はありません。受け入れがたい現実を前にしり込みしてるだけです。」

「あら、あなたらしくもないわね。」

それが何故かよーくわかってらっしゃるレミリアさんは、思いっきりニヤニヤしながらそう言った。

「ほら、あと一歩踏み出してしまえばそんなこと考える必要もなくなるわよ。」



そう、ここはもう博麗神社の鳥居の前なのだ。あと一歩踏み出してしまえば、もう神社の領域テリトリーだ。

そしてその一歩を、俺は絶対に踏み出したくない。

けど霊夢の様子を確認しないわけには・・・くぅ、なんというジレンマ。

「自信を持ちなさい。ちゃんと似合ってるわよ。」

「それで余計に自信がなくなるんですが・・・。」

むしろ自信をなくさせるために言ってるでしょ、あなた。

魔理沙には思いっきり笑われた。子供達には面白がられた。今のところ、俺が男だと知ってる人間はよろしい反応を示していない。

果たして霊夢はどう反応するだろう。

魔理沙のように馬鹿笑いする・・・いや、ないな。

じゃあ、馬鹿にしたような目で見られるか。あるいは哀れみの瞳で見られるか。

どっちも嫌だな。

案外霊夢のことだから、何の反応も返さないかもしれない。けど楽観はできない。

・・・考えれば考えるほど行動を取れなくなる。確かに、これは全然俺らしくない。

腹を決めよう。行くか退くか。退くなんて論外だ。俺は恩を仇で返す気はない。

故に俺がとるべき行動は。

「ええい、ままよ!!」

一歩、神社の境内へと足を踏み入れることだ。



「霊夢~、来たわよ~。」

「失礼します。」

レミリアさんと咲夜さんが母屋の玄関を上がる。これは俺が「土足禁止!!」と強く言ったためだ。

だが、二人の言葉に霊夢からの反応は返ってこない。

「・・・留守なのかしら?」

「いや、でも霊夢の履物はちゃんとありますよ。」

俺は玄関を見てレミリアさんの疑問に答える。そこにはちゃんと霊夢の下駄だか靴だかよくわからない履物が置いてあった。

「居留守?」

まさか。理由がないじゃないですか。追い返すならともかくとして。

「・・・ひょっとして、霊夢は今返事をしないんじゃなくて、したくてもできない状況にある?」

俺はつぶやき、閃いてしまった。

「まさか、誰かに襲われた!?」

「それこそまさかよ、あの鬼巫女がやられるなんてことあるわけ・・・って聞きなさい!!」

レミリアさんが何か言っていたが、俺は全てを聞く前に走り出していた。

霊夢の部屋。いない。俺の部屋、当然いない。台所、ここにもいない。

どこにいるんだ、霊夢!!

俺は居間の襖を開けた。



そこに霊夢はいた。



こちらに手を伸ばし、うつぶせになった状態で。



ピクリとも動かず。



「・・・おい、霊夢!!しっかりしろ!!」

俺は駆け寄り、体を揺さぶり大きな声をかけた。脈拍はある。死んではいない。

「・・・ぅ、ぅぅ?」

「霊夢!?俺だ、優夢だ!!何があった!!」

意識を取り戻した霊夢に問いかける。一体誰にやられたっていうんだ!!





「おなかへって・・・うごけない。」





霊夢のその発言は、俺の心に絶対零度のナニカをもたらした。

とりあえず、4人分の晩飯を作った。





***************





「全く、何やってんだか。」

優夢さんが呆れたように言いながら、私にお替りを渡してきた。

仕方ないじゃない、ご飯作るのもめんどくさかったんだから。

ていうかこの状況は優夢さんが神社出て行ったからよ。

「そういうわけで優夢さんが悪いわ。」

「何でやねん。」

「そんなに面倒なら紅魔館まで来ればよかったのに。霊夢ならいつでも歓迎するわよ?」

何でわざわざ虎穴に入らなきゃいけないのよ。

「虎児を得るためよ。」

「いらないわ。そんなものよりご飯。」

「はいはい。」

軽口ついでに茶碗を優夢さんに突き出す。

優夢さんの今の格好は、何を血迷ったのかメイド服。しかし違和感がないというのが何と言ったものか。

そんな格好で私達の給仕をする。

「やたらと似合ってるわね。」

「・・・それはそれで軽く凹むんだが。」

あら、褒めてるのよ?普段からもっと格好気にすればいいのに。

「そうね。あのダサイ格好をやめれば男の100や200は釣れるわよ、あなた。」

「男が男釣ってどうするんですかッ!!」

「いっそのこと女になっちゃえば?」

「全力で断る!!」

むしろそっちの方があってると思うんだけどね。

「はぁ・・・、ほんともう勘弁してください。」

疲れたように優夢さんは言った。これは、毎日相当からかわれてるわね。

「だって面白いんだもの。」

いい性格してるわあんた。さすがは吸血鬼ね。

「ところで霊夢、風呂敷を貸してもらえないか?」

と、優夢さんは唐突に話を切り替えた。

「何で?」

「いやな、実は俺の服が、な・・・。」

言いながら、視線はレミリアの側で給仕をしている咲夜に向かう。

「あんなセンスのない服、ない方がいいでしょう?それに紅魔館では着る機会もないんだし。」

なるほど、そういうこと。優夢さんは苦虫を噛み潰したような表情をした。

「俺は今後外を出歩くときにメイド服でいる気はありません。」

「あら、どうして?似合ってるじゃない。」

「男が着る服じゃないからですッ!!魔理沙なんか大爆笑してましたからね!?」

あー、確かに魔理沙ならやりそうね。

「でも別に似合ってないわけじゃないんだから、いいんじゃないの?」

「霊夢!?お前までなんつうこと言うの!!」

「あの服で出歩くよりかははるかにマシよ。わかってないと思うけど、あれ相当格好悪いわよ。」

「俺はあれが一番落ち着くんだ。別に誰にどう見られようと気にならん。」

「だったら、その服でも同じ理屈が通るんじゃないかしら?」

レミリアの発言で、優夢さんはうぐと詰まる。

「いや、でもこの服は俺が俺として嫌なわけで」

「どうして?あなたは受け入れることができるでしょう。なら何故それを受け入れないのかしら?」

「・・・それは男としての矜持というやつでして」

「つまらないわね。そんなものに固執していては器が知れてよ。」

優夢さんの反論をレミリアはずばずばと切っていく。

「さて、他に何かあるのかしら?」

「くぅ・・・投了です。」

そして優夢さんは白旗を上げた。最近は言葉遊びも上手くなってきたけど、まだまだね。



そんなやり取りをしている間にも私はご飯を食べ続けた。

「ごちそうさまでした。」

都合7杯のお替りをして、私は食事を終えた。もちろんおかずも完食。

紅魔館の手伝いに行って腕を上げたのかしら。以前に比べてさらに味が良くなっていた。

「そうね、前に食べたときよりもおいしくなってたわ。今度晩餐に和食でも作って頂戴。」

「和食は私よりもあなたの方が上みたいね。任せるわ。」

「わかりました。」

あら、じゃあその時には私も遊びに行こうかしら。





その後は当然のごとく宴会の流れになった。

私は日本酒を出し、レミリアは持ってきたワインを出した。

私とレミリアと咲夜は盛大に呑んだ。優夢さんだけは酒に弱いということもあり、チビりチビりとやっていたが。

当然、私達のテンションは急速に上がっていった。

「れみ☆りあ☆う~!!」

「最高です!カリスマ過ぎます、お嬢様!!」

結果、レミリアは完全にぶっ壊れて、咲夜はそれを鼻血出しながらはやし立てた。

この間の『神殺しチェーンソー』が残ってたから、それを使ったのが効いたのかもしれない。私は飲む気にならないから、こういう機会に出さないとなくならないのだ。

「・・・相変わらずの威力だな、おやっさんの酒。」

縁側で一人チビチビと呑んでいる優夢さんが、その光景を見て苦笑した。

この状態になったら、放っておいても二人だけで盛り上がれる。私は優夢さんのところへ行った。

「そういうあなたは相変わらずの弱さね。」

「否定はしないよ、事実だからな。」

私より全然呑んでいないのに、優夢さんの顔はもう赤かった。

「もう少し強くなりなさい。呑み応えがないじゃないの。」

「そう言われると辛いんだが、こればっかりは体質だからな。」

月を仰ぎ見ながら優夢さんは微笑む。・・・格好と相まって女にしか見えないわね。

「けど安心したよ、霊夢がちゃんと・・・ちゃんと?まあとにかく、元気そうで。」

引っかかる言い方ね。

「でも実際倒れてたじゃん。」

「・・・まあね。」

しょうがないじゃない、めんどくさかったんだから。

「これじゃあおちおち神社空けられないなぁ。」

「失礼ね。私だってやるときはやるわよ。」

主に異変のときとか。

「・・・とりあえず、あと3週間だ。」

スルーされた。いいけどね。

「短いようで結構長いわね。」

「ああ。だからその間、ちゃんと生きててくれよ。魔理沙でも呼んで宴会すればいい。」

「そういえば最近アイツ全然来ないわね。」

「え?こっちには結構頻繁に来るけど。」

「ふぅん。優夢さんがいるからかしら。」

「そうでもないだろ。多分図書館目当てじゃないか?」

私は優夢さん目当てだと思うけどね。なんだかんだで、魔理沙は相当気に入ってるみたいだし。

「・・・そんなに俺のスペルカード攻略したいのか?」

ちょっとピントのずれた答えを返してくる。まあ別に違うわけじゃないから、黙っておきましょう。

そんな感じで、私達は呑みながら語らい続けた。



それにしても、この空気も久々な気がする。

この柔らかな、存在するもの全てを無条件で肯定するような優しい空気。魔理沙が入り浸るのも、気持ちはわかる。

結局のところ、私も優夢さんのことは気に入ってるのね。

こうして、月を見ながら静かに酒を呑むというのも悪くはない。

私は無言で杯を傾けた。



「れ~む~!!」

そんなことを思っていたら、背後からレミリアが突撃してきた。・・・何よ、人がいい気分で呑んでるってのに。

「ゆーむとばっかりはなしてないで、わたしともおはなしてよ~!!」

・・・普段気取ってるレミリアをここまでブレイクさせるとは。本当に恐ろしいわね、『神殺しチェーンソー』。

「あなたもそんなにチビチビやってないで、豪快にいったらどうなんです!!」

「ちょ、咲夜さん!俺は酒弱いってば!!」

咲夜の方は優夢さんに絡みだした。絡み酒って性質悪いわよね。

「問答無用!!さあ、ぐいっと行きなさい!!」

「いやそれ一升びんぐぅ!?」

咲夜は一升瓶をそのまま優夢さんの口に突っ込んだ。・・・てそれ、『神殺しチェーンソー』じゃない!!

「ちょ、流石にそれはまずいわよ!?」

「いっき、いっき!!」

「一気、一気!!」

私は止めようとしたが、主従揃ってはやし立てる。あの空恐ろしい液体が見る見る優夢さんの体へと侵入していった。

やがて瓶は空になった。

『おお~!!』

それを見て、レミリアと咲夜はパチパチと拍手をして歓声を上げた。・・・今の内に避難しとこう。

「何、てこと、するん、すか・・・。」

顔がこれ以上なく真っ赤になりながら、優夢さんは言葉をつむいだ。足元がおぼつかないでフラフラしている。

「呑みが足りないから喝を入れたのよ!!」

「きゃははは!ゆ~むかおまっか~!!」

こいつら、全然危険を察知できてないわね。優夢さんから立ち上る異様な気配に気付かないのかしら。

「・・・他者を面白半分で苦しめるもの。人、それを悪と呼ぶ。」

真っ赤だった優夢さんの顔が、一瞬で元に戻る。

「あ、あれ?」

「ど、どうしたのかしら?」

しかしその体から立ち上る気配は、どんどんとまがまがしさを増していく。

「一つ、人の世の生き血を啜り。二つ、不埒な悪行三昧。三つ、みっつ、み・・・みっちゃんみちみちUNKOたれた。」

意味わからん。

「吐き気をもよおす『邪悪』とは!なにも知らぬ無知なる者を利用する事だ、酒を呑めない奴に無理矢理呑ませる事だ!!主人が呑めない『従者』に、てめーだけの都合で!!ゆるさねえ。あんたは今俺の心を『裏切った』ッ!!!!」

「ちょ、ちょっと落ち着きましょう優夢!!」

「意味がわからないわ!!」

もう優夢さんの発言はつながり皆無で理解不能だった。あ、怒ってるところだけは理解可能ね。

ま、一つだけ言えることは。

「俺は怒ったぞ○リーザーーーーーー!!」

『誰ーーーーーーーーー!!?』

あんたら、後でちゃんと掃除しなさいよ。



優夢さんがノータイムで放った九発の操気弾は、レミリアと咲夜をあっという間にノックアウトした。

その後優夢さんも酔いつぶれて寝てしまった。寝顔は満足したような笑顔でちょっと可愛かったが、やはり男の人のする顔じゃないと思う。

そんな感じで、この日の夜は更けていった。





翌日、三人は後片付けをしてから紅魔館へと帰っていった。

再び神社に一人になった私は、お茶を入れて縁側に座った。



幻想郷の空は今日もいい天気だ。





+++この物語は、似非メイド幻想がはっちゃけて吸血鬼とメイド長を懲らしめる、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



軸がブレるメイドもどき:名無優夢

最近メイドとしての自分を受け入れそうで軸がブレている。人としてはブレていない。

一升瓶には4分の1も残っていなかったので大事には至らなかった。しかしレミ咲夜の被害は甚大。

ロ○兄さん、桃○郎侍、J○J○、DBとネタの広さを見せ付けた彼の記憶は、いまだ不明なまま。

能力:優しい空気を醸し出す程度の能力?

スペルカード:想符『1700万ゼノのブルーツ(笑)波』、思符『デカルトセオリー』、暴符『ドライビングコメット』、思符『信念一閃』など



いきをするのもめんどい:博麗霊夢

流石にそこまでではないと思うが、そうとも言い切れないこの不安感。

ちなみに飯食ってない期間は連続して4日間。その前もところどころ抜いていて、結構ヤバかった。

背に腹は変えられないので、頻繁に紅魔館に行くことに決めた。ていうか自分で作れよ。

能力:主に空を飛ぶ程度の能力

スペルカード:霊符『夢想封印』、夢符『封魔陣』など



イジる主人:レミリア=スカーレット

イジり続けた反動が返ってきたのが今回。少しは自重すべき。

しかしゴスロリはいつか本気で着せようと思ってる。

甘える相手は霊夢。カリスマブレイクは決して『神殺しチェーンソー』の効果だけではないはずだ。

能力:運命を操る程度の能力

スペルカード:神罰『幼きデーモンロード』、『紅色の幻想郷』など



イジる従者:十六夜咲夜

酔うと豪快になる程度の能力?ひょっとしたらそれが彼女の本質なのかもしれない。

弾幕喰らってなお懲りない人。ひとえに愛だよ!!

今回はレミリアのう~☆も見れたので大満足。ただし忠誠心は鼻から出る。

能力:時間を操る程度の能力

スペルカード:奇術『ミスディレクション』、幻世『ザ・ワールド』など



→To Be Continued...



[24989] 一・五章八話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/18 23:34
最近いいネタがない。

幻想郷は基本的に変化しない世界だ。だから仕方ないことではあるのかもしれない。

しかし私のジャーナリズム魂がそれを良しとしません。

読者に真実を知る楽しみを!!

そう思って今日も空から大地を見下ろすけれど、やはり変わらぬ幻想郷が広がるのみ。

「本当に困ったわねぇ・・・。」

独り言とため息。実際のところ、かれこれもう二週間も発行が止まっているのだ。

これでは、幻想郷最速の情報という謳い文句に反してしまっている。

「・・・ちょっと場所を変えてみようかしら。」

新しいネタを探すため、私は普段はそれほど立ち寄らない人里へと進路を向けた。



人里は相も変わらず人間でにぎわっていた。

幻想郷に住む人間は――一部の特殊例を除いて――全てがこの里に集中しているのだから、当然といえば当然。

人里の中では妖怪は戦闘行為を禁止される。だから、時々怖がられたりはしても避けられることはない。そこは取材をする上で大変助かっている。

もっとも私はそんな規則などなくても人を襲う気などないけれど。そんな血気盛んな時期はとうに過ぎてしまった。

今の私はジャーナリズム一筋です。

「おお、ブン屋さんじゃねぇか!!」

ネタを探して辺りを見回していた私に声をかける人がいた。

それは私の住む妖怪の山の麓で時々見かける人間。今朝も見かけたか。

「おはようございます、おやっさん。今朝も早かったですねぇ。」

「あらら、見られてたか。でもブン屋さんには負けらぁな。今日もネタ探しかい?」

「ええ、まぁ・・・。」

答えが歯切れ悪くなってしまいました。

この人、八百弥七さんは我が新聞の愛読者の一人です。つまり、私の新聞を楽しみにしているということなのです。

「次のも楽しみにしてっからな。俺ぁ学がねえから読み物なんぞようわからんが、ブン屋さんの絵付きの記事はわかりやすくっていいや。」

と、このように。あとおやっさん、あれは絵ではなく『写真』というものです。

「なるべく早めに出したいと思っているんですが、何分最近事件らしいものがなくって。」

ちょっと前だったら紅霧が発生するという『異変』が起こっていて、それで幾らでも記事をかけたんですが。

恐らくは博麗の巫女が動いたのか、ある日の晩あっという間に消えてしまいました。もう少し待ってくれても良かったのに。

「はは、まあ巫女様も優ちゃんも困ってたみたいだからな。そいつは勘弁してやってくれよ。」

・・・『優ちゃん』?聞きなれない人の名前が出てきましたね。

「おやっさん、その『優ちゃん』というのはどなたでしょうか?私は聞いた覚えがないんですが・・・。」

「ありゃ?俺ぁてっきりブン屋さんなら知ってると思ったんだがな。最近幻想郷に来た若ぇのだよ。」



その言葉を聞いた瞬間、幻想郷最速を誇る私は最速でおやっさんの肩をがっしりと掴みました。

「ちょっとその辺詳しくお願いします!!」

「へ?あ、おおう。」

これは・・・特ダネの予感!!!!





私はおやっさんから引き出せるだけの情報を引き出しました。

その人は『名無優夢』さんという人間で、5ヶ月前に幻想郷にやってきた。博麗神社の居候として生活し、時折寺子屋へ教師として教えに来ることもある。

人里での評判も良く、最近では博麗の巫女の評判も少しずつ回復してきている。

これだけでも十分驚くべき存在です。あの冷血無情で知られる博麗の巫女の評判を上げるなど、生半可なことではありませんからね。

しかし、最も驚くべき点はその後にありました。

「ふむふむなるほど。その優夢さんという方は大層な人物のようですね。」

「おう、俺達も一目置いてる好人物よ。何せこの間の『異変』のときなんか、巫女様と霧雨の嬢ちゃんと一緒に『異変』を解決したぐらいなんだからな。」



な。



「なあああああああんですってえええええええ!!!?」

「おわ、どうした急に大声出して!?」

どうしたもこうしたもありません!!

ちょっと待ってください。『異変』が解決したのが一ヶ月ちょっと前。それでその優夢さんが幻想郷に来たのが5ヶ月前。

『外』の人間で弾幕ごっこを知っているとは考えにくいから、優夢さんが弾幕ごっこを知ったのは幻想郷に来てからのはず。

ということは、5-1=4。4ヶ月で『異変解決』の手助けをできるほどの実力者に成長したということですよ!!

これはとてつもないことです!!霧の湖の氷精が3桁の掛け算を暗算するぐらいとてつもないです!!

「来た・・・来たきたキタキタ―(   )―(゚  )―(∀゚ )―(゚∀゚)―( ゚∀)―(  ゚)―(   )―!!
特ダネですよ、これはこの100年の間一度もなかったぐらいの特ダネです!!」

厄神様でもないのに回転して狂気乱舞したのも許されることです。

ポケーと口を開けて私を眺めていたおやっさんの肩を再びがしっと掴み。

「情報提供ありがとうございます、おやっさん!!では私は早速取材に行ってきたいと思います!!次の文々。新聞を楽しみにしていてください、それでは!!」

早口にお礼の言葉を述べ、私は空高く飛び上がりました。

目指すは博麗神社!!

さて、名無優夢さんというのは、一体どういう『女性』なのだろう。

私こと射命丸文は、期待に高鳴る鼓動を抑えきれず、幻想郷最速で博麗神社へと向かいました。





「あれ、そういえば俺優ちゃんの性別言ったっけ?・・・まいっか、見りゃわかるだろ。」





~~~~~~~~~~~~~~~





びゅんと風を切って、私は博麗神社の境内に降り立ちました。

「さてさて、巫女の記事を書く以外の目的でこの地に訪れる日が来ようとは・・・。新聞記者の腕が鳴ります!!」

私はカメラを構え、神社の中を探しました。

ここには何度か来た事があります。博麗の巫女は色々と記事になるので。

勝手知ったるなんとやら。巫女は居間の縁側でお茶を飲んでいました。他に人影はないみたいですね。

別の場所を探しましょうか。外から台所を覗き込んでみますが、いません。

そういえばこの母屋には部屋がいくつかありましたね。そこにいるのかも。

外から見える部屋を順繰りに見ていきましたが、やはりいません。念のためお風呂も見ましたけどいませんでした。

ということは、外からでは見えない部屋にいるか、もしくは所用で神社を離れているとか。そういえばおやっさんは「寺子屋で働いている」とも言ってましたっけ。

これはいったん人里に戻って寺子屋に行った方がいいかもしれませんね。慧音さんからも話は聞けるでしょうし。

よし、そうと決まれば・・・!?



突然飛んできたお札を、風を起こして反らす。・・・あやや、これはひょっとして、巫女に気付かれちゃいました?

「いつから天狗は泥棒の真似事をするようになったのかしら。」

私の予感は的中したようで、縁側でお茶を飲んでいた巫女はいつの間にか手にお札を持って構えていました。

しかもちょっと誤解してるみたいですね。

「いえいえ、私はただのしがない新聞記者ですよ。泥棒なんて、何処ぞの白黒さんみたいな真似は致しません。」

「あら、魔理沙の知り合い?」

「いえ、一方的に知ってるだけですよ。あなたのこともね、博麗霊夢さん。」

それが新聞記者というやつです。

「ふーん?それで、その新聞記者さんがうちに何の御用かしら。素敵な賽銭箱なら本殿の方よ。」

うーん、いつも通りの守銭奴ですねぇ。

「それはまた今度にするとしましょう。ところでこの5ヶ月の間に『外』の人間が神社に住み着いたという有力なネタを手に入れたんですが、ご存知ありませんかねぇ?」

「あら、5ヶ月経つまで知らなかったのね。新聞記者って割には大したことないわね。」

失礼ですね。この5ヶ月の間にも色々と取材をしてましたよ私は。その間に何故かその人間についての情報が引っかからなかっただけです。

「運が悪いわね。言っとくけどもう里の人間はほとんど優夢さんのこと知ってるから、ネタにはならないわよ。」

「いえいえ、そこは私を甘く見ないでいただきたいですね。私はしっかりと掴んでいるんですよ!」

その人間が只者ではないという特ダネを!!

「まあ、色々と只者じゃないことは確かね。」

「そこんとこ詳しくお願いします!!」

風の速さで私は手帳――文花帖を取り出し、メモを取る体勢を整えました。これぞ新聞記者のたしなみ!!

「説明するのがめんどくさいわ。」

しかし霊夢さんは相変わらずの怠惰っぷりで私の頼みを断りました。思わずずるっとこけてしまいます。

「そんな殺生な~。」

「ええい、鬱陶しい。そんな残念そうな顔するんじゃないわよ。あんたは取材がしたいんでしょう?だったら本人のところに行きなさい。」

「で、本人は何処に?」

「今は吸血鬼のところでメイドやらされてるわ。全く、おかげで誰かが遊びに来るか私が紅魔館まで行くかしないとご飯食べられないんだから、迷惑な話よ。」

いやそこは自分で作りましょうよ。と言いたいところだけど、この巫女が怠惰なことは重々承知しています。というか、以前よりも確実にひどくなってますね。

しかしなるほど、だから神社の境内にいなかったわけですね!!

「わかりました。それでは早速本人へ突撃取材を行ってきたいと思います!いざ、紅魔館!!」

霊夢さんの返事を待たず、私は風の速さで空へと飛び立ちました。

今度こそ、特ダネをこの手に!!





「遊びに来たわよ、霊夢。」

「今さっきここから天狗が飛び立ったと思ったんだけど。」

「へー、あれが天狗なんですか。初めて見ました。」

「・・・そういえば、遊びに来るって言ってたわね。ホント間が悪いわアイツ。」





~~~~~~~~~~~~~~~





私が紅魔館の門前に着くと、門番は居眠りシエスタの真っ最中でした。毎度思うのですが、門番がこれでいいのでしょうか?

「まあ、そのおかげで私は遠慮なく中に入れるんですけどねー。」

その前に門番の寝顔を写真に収めておきましょう。取材の交渉材料はたくさんあった方がいいですからね。

さて、件の人物『名無優夢』さん(職業メイド)はどこでしょうかね。おっと、中ではメイド長には見つからないようにしないと。

あの人は容赦ないですからねぇ。見つかったら多分言い訳の暇はないでしょう。もっとも、今まで一度たりとも見つかったことはないのですが。

それはそれとして、探索探索。優夢さ~ん、どこにいらっしゃいますか~?



それから30分ほど。私は紅魔館の隅から隅まで探しましたが、噂の優夢さんらしき人物は発見できませんでした。

どころか、いつもは見かけるメイド長やこの館の主まで見当たりません。

「ひょっとして、お出かけ中だったのでしょうか?」

それだと、何処へ行ったんでしょうねぇ。う~ん・・・。

ここの主であるレミリア=スカーレットさんは吸血鬼であり、私の知る限り交友関係を持っているのは地下に住む七曜の魔女のみ。だから出かけるなんていうことはないと思うのですが・・・。

地下――そういえば地下には行ってませんね。ひょっとしたら地下でパチュリーさんとお茶会でもしているのかも。

そういうわけで、私は一路地下を目指しました。



「失礼しま~す、毎度おなじみ文々。新聞で~す。」

大図書館の扉を開けながら、私はちょっと大きな声で呼びかけました。

実はこの図書館の主であるパチュリー=ノーレッジさんには時々新聞を見ていただいており、顔見知りなのです。

だから、ここでは特にこそこそする必要はないわけで、私は堂々と声を出したわけです。

しばらく待つと。

「はいは~い。あ、射命丸さん。こんにちは、今日はどのようなご用件ですか?」

パチュリーさんの従者である小悪魔さんが飛んできました。主と知り合いなら、当然従者とも知り合いです。

「こんにちは、小悪魔さん。今日はちょっと取材に来たんですが。」

「取材、ですか?パチュリー様に?」

「あやや、違いますよ~。実は今日、『名無優夢』なる外来人がこの館でメイドをしているという情報を掴みましてね。是非とも新刊のネタにしたいと思っているところなのです。」

「ああ、優夢さんにですかー。それなら納得ですね。」

ぽややんと答える小悪魔さん。

「それで、その優夢さんはどちらにいらっしゃるんですか?」

「ええと、先ほど妹様のお相手をなさって、それからお嬢様と咲夜さんに呼ばれてお出かけしちゃいましたねー。」

ふむふむ、妹様というのは確か地下に幽閉されているという・・・って。

「ええ!?ちょ、その辺詳しくお願いします!!」

「え、あ、えと、何がですか?」

「っとと、失礼しました。つい興奮してしまって・・・。こほん、その妹様というのはレミリアさんの妹君のフランドール=スカーレットさんのことですよね?」

「はい、そうですよ。」

「確か、地下に幽閉されているはずですよね。」

「最近は外に出られることも多くなったんですよー。あ、外と言っても紅魔館の中だけですけど。」

いつの間に!!これは驚きです、帰ったら記事にしなければ!!

「それは何故!?」

「一ヶ月ちょっと前にあった『異変』の時にですね、優夢さんが来たんですよー。そのときどうやらお嬢様に掛け合ったらしくて、色々あって出られることになったんです。」

花が咲いたような笑顔で「良かったですよねー」と言う小悪魔さんはとても悪魔には見えないけど、そんなことよりもまたしても大スクープです!!

天才弾幕士・名無優夢、『異変』に乗じて悪魔の妹を解放する!!ああ、ネタが多すぎてどれにすればいいのやら!!

「情報のご提供感謝します、小悪魔さん!!して、噂の優夢さんは何処へ!?」

「多分、博麗神社じゃないでしょうか。お嬢様は最近博麗神社に良く遊びに行かれるんですよー。」

なんと、ということは入れ違いになったのでしょうか。これは迂闊でした。

「わかりました、それでは私射命丸文は名無優夢さんに突撃取材を行いたいと思いますのでこれにて!」

「頑張ってくださいね~。」

私は小悪魔さんに一礼し、外へ向かって

「ちょっと待ちなさい。」

飛び立とうとしたら、背に声をかけられました。

声の主はパチュリーさんでした。

「予約を入れておくわ。今からちょうど一週間後、もう一度紅魔館へ取材にいらっしゃい。面白いものが見られるから。」

「これはこれはパチュリーさん。そちらの方からネタを提供いただけるなんて、感謝の極みです。」

「ただの交換条件よ。その時にはちゃんとそのカメラを持参しなさい。で、撮った写真の一部を私達にも提供すること。飲めるかしら?」

「ええ、その程度でしたら問題なく!!」

これは面白いことになってきましたよ!一体どんな事件を起こそうというのでしょうか!!

とと、それよりも今は。

「ですが今は優夢さんの取材に向かいたいと思います!一週間後は必ずお邪魔させていただきます、それでは!!」

私は今度こそ、風を切って図書館を抜け出しました。





「さて、ああ言っちゃったんだから何としても一週間で完成させないとね。しっかりと手伝いなさいよ、小悪魔。」

「もちろんです。こちらが集めた資料と魔導書になります。」

「・・・随分と張り切ったわね、あなた。」

「当然ですよ♪」





~~~~~~~~~~~~~~~





再び、博麗神社の境内へ。

見ると、居間で巫女と白黒と吸血鬼と従者が昼間っからお酒を呑んで宴会をしていました。

うらやましいですねぇ、私も・・・ってまだ勤務時間ですね。我慢我慢。

「あら、さっきの天狗。」

今度は正面から行ったので、霊夢さんもすぐ私に気付きました。

「何だ霊夢、知り合いか?」

「違うわよ。何か私らのことずっと嗅ぎ回ってるらしいやつよ。」

「新聞記者、と言ってください。」

「あら、よく見たらあなた、よくうちの地下に来てる天狗じゃない。」

「本当ですわね。」

「あやややや、お二方ともご存知でしたか。では改めまして。」

こほんと咳払いを一つし。

「幻想郷最速の情報をお届けする文々。新聞の記者件編集者の、清く正しい射命丸です。以後お見知りおきを。」

自己紹介とともに一礼。

「あっそ。別にかぎまわるのはいいけど、迷惑はかけないでよ。」

「幻想郷最速ってのは聞き捨てならないな。今度勝負するか?」

「ふーん、新聞記者、ねぇ。」

「紅魔館に危害を加えないようでしたら、排除は致しません。」

四者四様の反応。咲夜さんは意外と話の通じる人でしたねぇ。上方修正と。

しかしここにいるのは知っている四人のみ。肝心の人物がいらっしゃいません。

「ところで、優夢さんはご一緒ではないんでしょうか?」

それが目当てで来たんですが。

「優夢さんだったら今はお風呂よ。」

お風呂ですか、こんな昼間から。

「妖精メイド達の補助をしていたら、ほこりを思いきり被ってしまったそうです。」

「本人は平気だって聞かなかったんだけどね。」

「私達のくしゃみが止まらないから、無理矢理入らせたんだぜ。っくし!!」

言いながらくしゃみをする魔理沙さん。なるほどなるほど。





「それでは、早速取材に行って来ます!お風呂ですね!?」



『・・・はい?』



私は四人の返答を待たず、幻想郷最速を誇るスピードでお風呂へと走りました。

「ちょっと、待ちなさいそこのアホ!!」

「何故か凄く止めなきゃいけない気分だぜ!!」

「時間を止めましょうか。」

「放っておきなさい。面白いから。」

四人が口々に何か言ってますが、当然私に届くはずはありません。

脱衣所の扉を開けると、脱衣かごにメイド服が置いてありました。そして浴室からはお湯の流れる音。

間違いありません!今度こそすれ違いなどなく、優夢さんに取材をすることができます!!

私は脱衣所と浴室を隔てる戸に手をかけ、一気に開き。





「失礼します!初めまして、私文々。新聞記者の射命丸文です!本日は名無優夢さんの取材・・・に・・・・・・。」



中にいた女性・・は驚いたようにこちらを向きました。

・・・女性?



いえ、それは女性ではなく。顔だけ見れば確かに女性に見えなくもないのですが。

その、何と言いますか。

下半身の、大事な部分が。





パオーン!!!!





「い・・・」

「イ・・・」



「いやあああああああああああああああああああああ!!!!」

「イ゛エ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァァァァァァァァァァァァァァ!!!!」





顔を真っ赤にし悲鳴と共に放った幻想郷最速の蹴りは、過たずその男の股間部(金的)に命中しました。

彼――名無優夢さんは、濁った悲鳴を上げてから、泡を噴いて気絶してしまいました。

「まあ、何というか・・・。」

「ある意味お約束か・・・。」

「それにしてもこれはひどい。」

「まあ生きてるでしょ。心配はいらないわ。」





よくよく思い返してみれば、優夢さんが女性だなんて誰も言ってなかったわけで。弾幕ごっこをする――できるのは女性がほとんどだし、メイドと聞いて私が勘違いしていただけで。

そも、人の入浴中に押し入って取材をしようというのが失礼な話だったわけで。反省です。

結局のところ、優夢さんは珍しく男で弾幕ごっこができる人間で、メイドをやっていたのはレミリアさんの、というより咲夜さんの趣味でした。

優夢さんは意識を取り戻したら、まず最初に謝ってきました。どう考えても悪いのは私なんですが・・・。

その後の対応も実に紳士的で、里の人間達が一目置く好人物というのは間違いないとわかりました。

取材には快く応じてくれましたが、そのときに「俺はそこまで大した人物じゃないですよ」と言って皆からため息つかれてました。

何となくですが、優夢さんという人物がどういう人間なのかわかった気がしました。





~~~~~~~~~~~~~~~





「ふ~。今日は色々ありましたけど、収穫でしたねぇ。」

帰り道。既に空は赤く染まる夕暮れ時です。

巫女や白黒に姿を見られたというのは、ちょっとマイナスでしたか。新聞記者として、事実をありのままに伝えるためにあまり取材対象と直接接触をとるのはいけないのですが。

出会ってしまったのは仕方がありません。それに考え方を変えれば、これからは堂々と取材ができるわけですしね。

レミリアさんや咲夜さんに私のことを知られていたのは驚きでした。やはりあの二人は油断なりませんね。

フランドールさんのニュースは、もう記事の構想が出来上がっています。これは今までにない発行部数になりそうで、今から楽しみです。

そして、名無優夢さん。

「・・・新聞記者としてはあまり褒められることではありませんが、またお話をしたいものですね。」

彼の声は、安らぎに満ちていました。取材をしながら心地よいなどというのは初めての経験でした。

あの優しい声音を聞きたくて取材をするなど、記者のすることではありませんが。

「まあ、たまになら、ね。」

自分で言い訳をし、くすりと笑う。さ、今日の新聞記者・射命丸文はおしまい。

元の妖怪・烏天狗の射命丸文に戻ろう。

「今日はネタもたくさん入ったし、一杯やろうかしら。椛でも誘ってね。」

後輩の白狼天狗の幼い顔を思い浮かべて微笑みながら、私は妖怪の山へと帰っていった。





後日発行した文々。新聞は、過去に例を見ないほどの勢いで読まれました。それも人里の人達に。

これはまた優夢さんに取材をお願いしなければなりませんね。

取材の日から一週間後に行く紅魔館での取材が、今から楽しみでなりませんでした。





+++この物語は、烏天狗の新聞記者が幻想郷の空を駆け回る、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



文々。新聞記者件編集者:射命丸文

読み方は「しゃめいまる あや」。通称うぜぇ丸。おお、怖い怖い。

記者としての文と妖怪としての文の二面性を持つが、どっちも基本はうざいいい人。

今回のお話は「幻夢文花帖」というサブタイがあるとかないとか。

能力:風を操る程度の能力

スペルカード:疾風『風神少女』など



新たなる標的:名無優夢

ぎょくは潰れたけど再生した。流石は吸血鬼もどき。ひろしボイスは1オクターブ半ほど高かった。

自称情報通の射命丸をして5ヶ月間気がつかれなかったほどの影の薄さ。

彼の象さんは意外と立派です。お鼻が長いのね。

能力:女難を抱える程度の能力?

スペルカード:想符『1700万ゼノのブルーツ(笑)波』、思符『デカルトセオリー』、暴符『ドライビングコメット』、思符『信念一閃』など



→To Be Continued...



[24989] 一・五章九話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/18 23:34
俺が紅魔館で働き始めて、およそ二週間が経った。

妖精メイド達への指示出しにも慣れ始め、万事順調に仕事を進めていた。

彼女らもだいぶ連携作業や個別でやる仕事の錬度が上がってきたので、そろそろ難しい仕事に挑戦させてもよくなってきた。

実際、仕事の丁寧さに定評のあるアクアには壊れやすい小物の掃除を頼んだり、妖精の割に力持ちなプラネには破損箇所の修理を頼んだりしている。

ジストに関しては、パチュリーさんも彼女の仕事振りを評価して本の掃除を許可した。もっとも、あそこの本は魔法で守られているため、あまり掃除の必要はないんだけど。

俺はというと、皆に指示を出しサポートをする傍ら、掃除や裁縫といったあまり得意ではない家事のスキルを高めた。料理に関しては、和食なら確実に咲夜さんより上手く作れるようになった。

そう、俺は順調に仕事を進めていたと思っていた。



「暇を出す?」

「ええ、そうよ。」

その日俺はレミリアさんの自室に呼ばれ、告げられた。

暇を出す――1.休みを与える。2.奉公人などを辞めさせる。

ええっと、それはつまり。

「あの~、俺なんかまずいことしちゃいました?」

メイドを辞めろってことでせうか?いやまあ確かに最初はノリ気じゃなかったけど。

やってるうちに、妖精メイド達はいい子だしやりがいはあるしで結構楽しくなっていた。

だから、辞めさせられるっていうのはちょっとショックなんだけど・・・。

と思っていたら。

「違うわよ。1の方の意味よ。」

レミリアさんはそう言った。何だ、休みか。

「それなら必要ないですよ。たった一ヶ月なんだから、休みなしで一向に構いません。」

そう、俺が紅魔館で働くのは一ヶ月間だ。寺子屋も休まず行くことを考えると、休む間も惜しいぐらいだ。

「何か勘違いしているようだけど、これは許可じゃないわ。命令よ。」

しかしレミリアさんは俺に強くそう言ってきた。

「やっぱり何かまずいことしちゃってたんでしょうか?」

「だから違うと言ってるでしょうに。何でそう無駄に頑固なのよ。」

理由がわからないからです。

「・・・ちゃんとあなたの承諾を得てから話すつもりだったんだけどね。」

レミリアさんはため息を一つつき、やれやれと肩をすくめた。むぅ、俺何か間違ったこと言ったか?

「昨日、珍しくフランが一人で地上に出てきたのよ。」

「フランが?」

そりゃまた珍しい。

「どうやら私に用事があったらしくてね。あの子も成長してるのね・・・。」

「今まで成長しなかった分、これから成長するんでしょう。いいことじゃないですか。」

手足吹っ飛ばされてまで外に出したかいがあるってもんだ。

「それで、その用事が今の話に絡んでくるわけですね。」

「その通りよ。フランは『一回でいいから、皆で遊びたい』と言ったわ。だから、あなたと咲夜を休ませて、パチェと小悪魔とおまけで門番を集めてフランの願いを叶えてあげたいと思ってるのよ。」

なるほど。なら初めからそう言ってくれれば余計な誤解を招かずに済んだのに。

「そんなもったいぶった言い方してると、また霊夢から『まどろっこしい』って言われますよ?」

「う、うるさいわね!!」

というか、そういう話なら咲夜さんも一緒に呼べば良かったのに。何故に俺だけ?

「あなたはあの子のお気に入りだからね。是非ともあなた自身の意思で承諾してほしいのよ。」

「でも命令なんですよね。」

「あなたは私の命令を聞かないでしょう?」

確かに。思わず苦笑してしまう。

俺はレミリアさんの『子』にあたる吸血鬼(もどき)だ。けれど何故かそこには主従関係が存在しない。

つまり、俺はレミリアさんと対等な位置にいる吸血鬼ということだ。果たして、対等な存在からの命令を必ずしも聞く必要はあるだろうか?

否。俺はそれが間違っていると思ったら反抗するし、正しいと思えば俺の意思で賛成する。

その点咲夜さんは、レミリアさんが白と言えば真っ黒でも白にするからなぁ。多分この場に咲夜さんがいたら俺に選択肢はなかった。

俺はレミリアさんの意図を理解した。

「それで。あなたはどうする?」

「わかってて聞いてるでしょう。」

まあどちらにしても。選択肢があろうがなかろうが、結局のところ俺がとる行動は一つなわけで。

「いいですよ。皆で盛大に遊びましょう。」

「そう言ってもらえて助かったわ。それじゃ、咲夜には私から言っておくから。あなたはパチェと小悪魔の承諾を得ておいて。
明日の朝、フランを地上階に連れてくるのもお願いしていいかしら。」

「万事了解しました。任せておいてください。」

俺は胸を張って言った。さてと、そろそろ仕事に戻るか。

「それでは失礼致しました、お嬢様。」

俺はメイドモードに戻って一礼し、部屋を去った。



パチュリーさんと小悪魔さんは、快く承諾してくれた。

咲夜さんはレミリアさんの言葉に首を横に振るはずもなく、あっさりと了解したそうな。

ついでに美鈴さんは咲夜さんの脅しじみた『説得』に応じ、首を縦に振ったらしいが・・・咲夜さん、もうちょっと美鈴さんの扱い考えましょうよ。

まあそんな感じで色々あったが、『フランと遊ぼうin紅魔館』は、こうして実行に移されることとなった。





***************





私がベッドの中で眠っていると、外からノックの音が聞こえてきた。

まだ眠い私は、夢心地で誰何の言葉を発した。

「・・・誰~?」

そしてその次の言葉で、私の眠気は一気に吹き飛んだ。

「俺だよ、フラン。」

優夢の声。私はそれを聞くと同時にシーツを跳ね除け、大急ぎで身だしなみを整える。

「もうちょっと待ってて!!」

「はいよ。」

鏡に向かって寝癖を直し、服の乱れを正す。

優夢が、こんな朝早くに会いに来てくれた!!嬉しい気持ちといつもとは違うことへの緊張で、心臓がドキドキいっていた。

私はすぐに身だしなみを整え終わった。

「・・・どうぞ~。」

「ん、わかった。」

何故か少し声が震えてしまったけど、ちゃんと伝わったみたい。優夢が扉の取っ手から鎖を引く音が響いた。

程なく、大きな音を立てて扉が開いた。いつもだったら扉が開ききる前に優夢の胸に飛び込むのに、今日はちょっとできなかった。

「おはよう、フラン。吸血鬼にはちょっとキツい時間だったかな?」

「ううん、平気。おはよう、優夢。」

体がカチコチに固まって、短い返事しかできなかった。私、どうしちゃったんだろう?

「・・・元気ないのか?」

そんな私の様子で、優夢に心配させちゃったみたい。

「ううん!そんなことないよ!!」

「そうか?それならいいんだけど・・・。」

うん、私は大丈夫。心配させちゃってごめんね。

「あれ?そういえば今日はメイド服じゃないね。」

優夢の今日の格好は、紅魔館に来てからいつもしてたメイドの格好ではなく、いつもの全身黒尽くめ――とはちょっと違って、下には白いシャツを着てた。けどやっぱり黒尽くめだった。

「ああ、今日はちょいと暇をもらってね。だから今日は一日中フランと遊べるぞ。」

「え、本当!?」

その言葉に私は目を輝かせた。優夢と一日中遊んでいいなんて!!

「ああ、本当だとも。」

「やったー!!何して遊ぶの?また新しい遊びを教えてくれる?それとも弾幕ごっこ??」

私は優夢に駆け寄り服のすそを掴みながら聞いた。

「そう興奮するなって。・・・実を言うとな、今日は地上階へ行こうと思ってるんだ。」

「上で遊ぶの?」

「まあそういうことだな。詳しいことは後ほどってことで・・・行こうか、フラン。」

「うん!!」

私は満面の笑みで返事をして、私の特等席――優夢の肩の上に乗った。

優夢は私を肩車しながら、地上へと飛び立った。



「ここだ。」

優夢が連れてきてくれた場所は、大食堂の前だった。

「・・・ここ?」

「そう、ここだ。」

ここは遊ぶ場所じゃないと思うんだけど・・・。

疑問に思ったけど、優夢は私にかまわず扉を開けた。

「フラン連れてきましたー!」

そして言った。

中にはお姉様と咲夜、パチュリーと小悪魔がいた。あ、おまけで美鈴も。

え、これって、ひょっとして・・・?

「そう、あなたが『お願い』したことよ。」

お姉様・・・。

「でも、昨日「皆忙しいんだから我慢なさい」って言ってたのに。」

「ちょっとレミリアさん、そんなこと言ったんですか?」

「うっ。だ、だってできるかどうかはわからなかったし・・・。」

「お姉様、運命見れるんじゃなかったっけ?」

「・・・イレギュラーよ。」

何のことだろう?

「ともかく、皆こうして集まれたわ。あなたと一緒に遊ぶためにね。」

「私はお嬢様の意のままに。」

「ま、ちょうどよく暇になったからね。明日が楽しみだわ、ふふふ・・・。」

「今日はいっぱい遊んでくださいね、妹様♪」

「ううぅ、忘れられてなかった・・・。私は今日という日を忘れません!!」

皆・・・。

「ありがとう、皆。お姉様、本当にありがとう!!」

私は嬉しくて、お姉様に抱きついた。



その後お姉様は鼻血を出してたけど、ぶつけちゃったのかな?

「なんでもないのよフラン。これはただのカリスマだから。」







***************





「フランには何をするか話さないで地上に連れてきてくれ」という頼みだったから何事かと思ってたら、サプライズをしたかったらしい。

ていうか素直にやってあげるって言いましょうよ。だから霊夢に「まどろっこしい」って(ry

けどまあ、どうやらフランも凄く喜んでくれたらしい。それは何よりだ。

何よりなんだが。



「ほら、あなたの番よ。」

「うぅ~、つまんない・・・。」

こんだけの人数集めてやることがチェス大会ってどうなんでしょ?

俺はフランにチェスを教えたことはない。てか俺自身ルールをよくわかってない。将棋と囲碁ならわかるけど。

だからさっきからフランは負けっぱなしだ。俺もだけど。

そんな感じで、フランにとってはあまり面白くないみたいだ。表情は憮然としてるし、思っくそ口に出してるし。

そんなわけで、俺はレミリアさんに進言してみた。

「あら、チェスは貴族の遊びよ。知略をめぐらせ、相手の将を落とす。これほど面白い遊びもあまりないわ。」

するとそんな答えが返ってきた。いやまあ、レミリアさんにとっては面白いかもしれないけど。

「フランは凄く面白くなさそうですよ。」

「今だけよ。すぐにルールを理解して面白くなるわ。」

そうかなぁ。俺はフランがいやいや打ってるようにしか見えないんだけど。

「楽しいか、フラン?」

「全然面白くない。」

ばっさりでした。

「そんな!?フラン、あなたにはこのゲームの良さがわからないの!?」

「いっつも優夢が教えてくれる遊びの方が面白い。」

がふぅ、とレミリアさんは吐血した。って何故に吐血?それはパチュリーさんの専売特許ですよ。

「ちょっと優夢?今非常に不快な思念を受けた気がするのだけど。」

「気のせいですよ。」

危ない危ない。

「まあまあレミリアさん、人の好みはそれぞれですから。フランはこういうちまちました遊びよりも体を使った遊びの方が好きなんですよ。」

それが俺がこれまでフランの遊び相手をつとめてきて学んだこと。頭を使う遊びにしても、体を使ったものの方がフランは好む傾向にある。

ま、成長してるって言ってもまだまだ嗜好は子供ってことだ。実際は約500歳児だけど。

「じゃあ、あなたには何か良い考えがあるっていうの?」

フランにばっさり切られたため不機嫌なレミリアさんが、その矛先を俺に向けてくる。やめてください、咲夜さんも同調して俺に厳しい視線送ってくるので。

ん~、そうだなぁ。

「前に寺子屋で子供達に教えた遊びなんですが、どろけいっていうのがあるんですよ。」

「どろけい?」



それから俺は、この場にいる全員にその遊びのルールを説明した。

「ふぅん、中々面白そうね。」

「うん、チェスなんかよりずっと面白そう!!」

「『外』にはそんな遊びもあるんですね~。」

「私もそっちの方がいいですね。体術なら任せておいてください!!」

概ね好評であった。が、そこで咲夜さんから質問が出た。

「今ここにいるのは7人だけど、人数はどうするの?どうしても片方が有利になると思うけど。」

む、確かに。このゲームは逃げるにしろ捕まえるにしろ、人数が多いほうがどうしたって有利だ。

俺がちょっと考えていると、パチュリーさんが解決案を提示してきた。

「私は降りさせてもらうわ。しんどそうだからね。」

・・・ああ、まあ確かにパチュリーさんにはキツいかもね。結構運動量は多くなるはずだから。

「じゃあ、せっかくだしパチュリーさんには公平を期すために審判やってもらえますか?二人ほど油断のならない人たちがいるので。」

ちらりと、レミリアさんと咲夜さんに視線を送る。うっとうめく二人。・・・やっぱり何かしらずるするつもりだったか。

「それぐらいならいいわよ。なんなら、全員を監視しましょうか?」

「できるんですか?」

「大したことじゃないわよ。ほら、こんな具合に。『ウォーターリフレクション』。」

一瞬で詠唱を終わらせ、パチュリーさんは手元に6つの鏡を出現させた。名称からして水と金の魔法か。相変わらず凄い。

鏡には俺達がそれぞれ映っていた。

「さすがですね。」

「このぐらい当然よ。」

胸も張らずに言うところが貫禄あるなぁ。ともかく、これで皆ずるはできなくなったわけだ。

「それじゃあ、チーム分けをしましょうか。」





チームは俺が以前フランに教えたあみだくじで決まった。

敬称略。

紅チーム:レミリア、咲夜、美鈴

魔チーム:フランドール、優夢、小悪魔

審判:パチュリー

ゲームの範囲は紅魔館全体。実に広範囲の舞台となる。収容所は大食堂だ。

そして今回は特殊ルールとして、捕獲・逃亡にスペルカードの使用が認められる。ただし、直接ぶつけるのは禁止だ。

また、本来は勝敗の存在しないゲームだが、今回はパチュリーさんが時間を計ってくれるそうで、それで勝敗をつけることになった。

先行は紅チーム。最初は俺達が捕まえる側だ。

「それじゃ、泥棒側は開始から10秒の間に逃げなさい。よ~い、始め!!」

パチュリーさんの合図に従って、紅チームはそれぞれバラバラに散って逃げた。

この中で一番厄介なのは恐らく咲夜さんだな。時間を止められたら捕まえるのは難しいし、収容所からの解放も容易にできることだろう。

一番初めに捕まえるべきだ。そして、俺には咲夜さんを捕まえる術がある。必然、俺が咲夜さんを捕まえることになるな。

そんなことを考えているうちに、10秒が経過した。よし!!

「フラン!!俺と一緒に来てくれ、まずは咲夜さんを捕まえる!!小悪魔さんは美鈴さんを捕まえてください!!無理だったら場所の把握だけでかまいません!!
そして、誰か一人捕まえたら収容所近辺で見張り!!OK!?」

「わかったよー!!」

「わかりました、優夢さんも無理はなさらずに~!!」

俺は二人に指示を出し、フランと一緒に大食堂を出た。

さあ、楽しい楽しい弾幕どろけいの始まりだ!!





***************





私は今、地下の大図書館にいる。本棚の隙間ではなく、上空だ。

何故そんな見つかりやすい場所にと思われるかもしれないが、これは立派な戦術だ。

見つかりやすい、ということは見つけやすいということだ。そして、私は見つけたなら確実に逃げ切ることができる。

候補としてはもう一つ、大広間があった。あそこは逃げ道が少ないので、図書館の方に来たのだ。

さて、誰か来るかしらね。小悪魔だったら軽くいなしてやろう。妹様だった場合は、少し相手をしてさしあげるのもいいかもしれない。

一番の問題は優夢だ。彼の気配のなさで忍び寄られたら、気付く前に捕まってしまう可能性もある。

だからこそこの見通しのいい場所に出ているのだが、油断はできない。

と、視界の中で図書館の扉が開かれた。現れたのは。

「咲夜、見~っけた!!」

妹様だった。それを確認すると、私は身構えた。

「あれ、見つかったのに逃げないの?」

「私は逃げようと思えばいつでも逃げられますので。それよりも、時間稼ぎをした方が得策というものでしょう。」

「それもそうだね。けど、私が簡単に逃がすと思う?」

「難しいでしょうが不可能だとは思いません。私はあなたの姉君、レミリア=スカーレットお嬢様の従者ですよ?」

「じゃあ逃げられないね。私はお姉様よりも強いもの。」

「強ければ捕まえられるというものでもありませんよ、妹様。」

弾幕ごっこの始まりと同じ言葉遊び。しかし今日は弾幕『ごっこ』ではなく弾幕『どろけい』。如何に逃げられるか、如何に時間を稼げるかが勝敗の分かれ目。

「お相手をして差し上げますよ、妹様。失礼ながら、あなた様の時間をわずかばかりいただきます。」

「その必要はないよ。すぐに終わっちゃうからね!!」

叫ぶと同時に、妹様は無数の光の玉を纏って突進してきた。直接当てるのは反則だが、このようにして逃げ場をふさぐのはルール内だ。

私は後ろに飛び、距離を稼ぐ。当然、妹様は追ってくる。

急な方向転換をする。すると妹様は、自分の展開した弾幕が邪魔で上手く曲がれなかった。

「うぅ~!!」

「そういうことです。そちらとしては、如何に逃げ場をふさぎ追い詰め捕まえるかが重要なのですよ。その調子では私を捕まえる前に一日が終わってしまいますよ。」

「ふんだ、すぐ捕まえてやるんだから!!」

妹様は弾幕を消し、スペルカードを一枚取り出した。

禁忌『フォーオブアカインド』!!

宣言と同時に、妹様は4人に分身した。なるほど、このスペルカードの使用は理にかなっている。

4人の妹様はバラバラの動きで私を捕まえようと手を伸ばしてきた。私はそれを身のこなしだけでかわしていく。

本物の妹様以外の動きはあまり俊敏ではない。故にさほど労せず回避行動をとることができる。

注意すべきは本物の妹様のみ。私はそこにのみ集中をし、回避行動をとる。

徐々に徐々に私は後ろへ下がっていき、壁に追い詰められる。

「あは、追い詰めたよー!!」

それを見て、妹様は嬉々として私を捕まえようとする。

けれど、まだ甘いですよ、妹様。

時符『プライベートスクウェア』。

宣言と同時に、周囲が色を失くす。妹様もまるで時間が止まったように停止している。

否、ようにではない。文字通り時間を止めたのだ。

このスペルカードはただ時間を止めるだけのスペルだけれど、その分効果時間はもっとも長い。

停止した4人の妹様の間を潜り抜け、私は妹様の死角へと移動した。

そして、時間停止が解ける。

「捕まえ・・・あ、あれ!?」

妹様が困惑の声を上げた。このところ成長なされているようですが、まだまだですね。

さて、妹様がこちらに気付く前に。

「そう来ると思ってましたよ。」

「!?」

後ろから唐突に聞こえた声に振り返ろうとするが、その前に私は腕をつかまれた。

「いちにさんしごろくしちはちきゅうじゅう!!」

それは、気配を消していつの間にか私の後ろに潜んでいた優夢だった。

「あ、優夢ー!!」

「フラン、ナイスアシストだ!!捕まえたぞ!!」

いえーい、と言って二人はハイタッチした。・・・なるほど、そういうことか。

妹様が私の目の前に現れることによって、意識をそちらへ集中させる。

その隙に優夢は隠し扉かどこかから図書館に忍び込み、本棚の隙間に隠れ気配を絶つ。これでまず私が優夢に気付けることはない。

あとは私が逃げだす瞬間に隙が出来るのを待つのみ。

「あなたはとんだ策士ね。」

「孔明の罠ですよ。」

意味がわからないわ。





***************





どうやら咲夜は捕まってしまったようね。私は大図書館の扉をわずかに開き、中を覗いていた。

実を言うと、私はこのゲームが始まってから優夢とフランの後をつけていた。

まさか追う側が追われているなどと普通は思わないでしょう?ある意味とても理にかなった逃げ方なのよ、これは。

それにしても、フランはちゃんと成長しているのね。以前のように無作為にスペルカードを使うのではなく、ちゃんと効果を考え優夢と連携していた。

姉としては嬉しいけどちょっと寂しい、てところね。フランをあそこまで成長させたのは、間違いなく優夢だから。

私の手にはあまる妹だったけど、できれば私の手で育てたかった。今更言ってもどうしようもないわね。

それにしても、フランは本当に優夢が好きなのね。本人がそれをどういう感情か気付いているかわからないけど。

うーん、優夢をフランの許婚フィアンセにというのは・・・身分の問題があるわね。

いやでも、優夢はもう吸血鬼(には見えないけど)なんだし、種族の問題はクリアしてるわね。身分はどうにかするとして、あとは本人の意思次第かしら。

私としては承諾してくれると嬉しいわね。フランも喜ぶだろうし、私もあの面白いのを手元に置いておけるのはいい。

ああけど、やっぱりフランが誰かにもらわれるというのは嫌だな。けど優夢なら・・・。



いつの間にか、私は悶々と悩んでいて、ここがどういう場所だか忘れていた。

結果。

「何してるんですか、レミリアさん。」「何してるの、お姉様。」「・・・何をなさっているのですか、お嬢様。」

「へっ?」

もろに優夢とフランに見つかってしまった。咲夜がやたらと冷たい目をしていたのが印象的だった。

結局、私は逃げる間もなくあっさりと捕まってしまったのだった。





その後、美鈴は小悪魔を打ち落としてしまい、反則で御用と相成った。

「初めて勝てたのに負けなんて、あんまりだー!!」

うるさい、この中国。





***************





攻守交替して、今度は私達が逃げる番。

優夢は「なるべくバラけて、かつ情報伝達が可能な距離を保つように」って言ってた。・・・優夢と離れ離れなのは、ちょっとイヤだった。

けどせっかく優夢が私達が勝てるように作戦を立てたんだもん。我慢我慢。

私は紅魔館の西側の廊下を歩いていた。東側はまだ日が差し込むから、西側だ。

優夢は中央近辺、小悪魔は大広間の方にいるはず。地下図書館は隠し扉が多いから、逃げ道も多いけど侵入口も多いんだって。

ところで、咲夜と優夢がお仕事休んでるから妖精メイド達もお休みなのかと思ったら、違ったみたい。

皆せっせと働いてた。お姉様から聞いた話と違って、妖精メイド達もちゃんと働くんだね。

その妖精メイドだけど、私の姿を見ると恐ろしいものに出会ったような顔をして逃げていってしまう。

・・・わかってはいる。私が今まで何で幽閉されてたか。皆からどういう風に思われているのか。

わかってはいたよ。でも、それをこうやって目の前に突きつけられてしまうと、少し心が挫けそうになる。

「あれ~、妹様お一人でお散歩ですか~?珍しいですね~。」

ふと、私に声をかけるメイドがいた。青く頑丈そうな羽を持った妖精。

「・・・あなたは私が怖くないの?」

「へ?急にどうしたんですか?」

「いいから答えて。」

「ああはい。いえ、そりゃあたしだって最初は怖いって思ってましたよ?でも、優夢さんが。」

「優夢が?」

「ええ。優夢さんがね、「妹様は凄くいい方だから、皆怖がらないであげてください」って言ってまして。
あたし達も何度か妹様と優夢さんが一緒にいる姿見て、「ああ、妹様は優しい方なんだなー」って勝手に思ったわけですよ。」

まあそれでもまだ怖がる連中はいますけどねー、とその妖精は言った。・・・そっか。優夢は私のことを考えてくれてるんだね。

胸の真ん中があったかくなるような気持ちだった。

「あ、アクアー!!妹様がお一人でお散歩してるよー!!」

と、突然その妖精は奥に声をかけた。そちらを見れば、薄い水色の羽を持った妖精がいた。

「・・・珍しい。」

「でしょでしょ?だからついあたしもお話しちゃったよー。あ、妹様はあたしらのこと知りませんよね。」

「あ、う、うん。」

「あたしは紅魔館北西部担当のブルー隊リーダー・プラネタリア!!」

「そして私は南西部担当、アクア隊リーダーのアクアマリンです。」

対照的な妖精たちだった。片方は明るくて快活、片方はちょっと暗くて寡黙そうな妖精。

でも、いい子たちなんだなって思った。

「プラネとアクアだね。ありがとね。」

「へ?あたしら何かお礼言われるようなことしましたっけ。」

「・・・もったいないお言葉です。」

思わず噴出してしまうほどの反応の違いだった。

「二人とも、あんまり優夢に迷惑かけちゃダメだよ?」

「はい、それはもっちろん!!優夢さんも褒めてくれるんすよー、あたしの仕事っぷりを!!」

「力仕事だけね。他は優夢さんに迷惑かけてるとしか思えない。」

「う、うっさいわね!!そういうアクアだって、重いもの持ってもらったりしてるじゃん!!」

「私は丁寧に仕事してるから、チャラです。」

ぎゃーぎゃーと(プラネが一方的に)言う。それが面白くて、私は声を出して笑ってしまった。



「あらあらフラン、あまりメイドの仕事を邪魔しちゃだめよ?」

それが聞こえてしまったのか、お姉様が私の前に現れていた。

「あれ、お嬢様まで。ひょっとして何かしてる最中だったんですか?」

「そうよ。ちょっとした遊びをね。」

「・・・邪魔しちゃ悪いので、ここらで失礼します。」

「そだね。そんじゃ妹様、また今度ー!!」

アクアとプラネはそう言って去っていった。

私は二人を見送ってから、お姉様と対峙した。

「妖精メイドと仲良くなれたの?」

「うん。二人とも、すっごくいい子だった。」

「そう・・・。」

お姉様は優しい微笑を浮かべた。

けど、私は油断しない。今はゲームの最中なんだから!!

「さてと。フラン、私はあまり手荒なことはしたくないわ。大人しく捕まってくれると助かるんだけど。」

「冗談言わないでよね、お姉様。それじゃつまらないじゃない。」

「正論ね。私もそれじゃつまらないと思うわ。」

「だったら言わなきゃいいのに。そんなんだと霊夢に「まどろっこしい」って言われるわよ。」

「・・・あなたも言うようになったわね、フラン。」

あ、やっぱりこれってよく効く言葉なんだね。お姉様が額に青筋を浮かべてた。

「言葉遊びで時間を使うのももったいないわね。さ、そろそろ始めましょうか。」

「絶対に捕まってあげないから。」

私はそう言うのと同時にスペルカードを一枚取り出した。

しばしにらみ合い。

「ふっ!!」

お姉様が一瞬で間合いを詰めてきた!!だけど私は慌てずにスペルを発動する。

秘弾『そして誰もいなくなるか?』!!

宣言と同時に、恐らくお姉様から私の姿は見えなくなる。これでお姉様から私は見えない、触ることもできない。

「ふふふ、そう来ると思っていたわ。」

だけどお姉様の声は、余裕に満ちていた。

そして一言。

「やりなさい、咲夜。」

!? いつの間に咲夜が!!

「了解しました。申し訳ありません妹様。空虚『インフレーションスクウェア』!!

宣言と同時に、私を隠していたフィールドが破壊された。今の何!?

「咲夜お得意の空間いじりと時間停止の応用ね。本当だったらここで大量のナイフを配置するところなんだけど。」

「今日はどろけい仕様です。」

やられた。これで状況は圧倒的に私の不利。

私のスペルカードは威力重視の傾向があるから、こういう遊びには向いてない。・・・ごめん、優夢。

「それでは、捕まえさせてもらうわよ!!」

「失礼します、妹様!!」

お姉様と咲夜が同時に襲い掛かってきた。避けるのは――不可能。



けれどそれは、突然現れた球形の弾幕によって阻まれた。

「これは!?」

「優夢の見えない弾幕か!!」

それに一瞬怯んで止まる二人。そしてお姉様の言葉を肯定するように。

「あばよ、とっつぁん!!」

優夢が天井すれすれを飛んできて、私を捕まえていった。

必然的に、私は優夢に抱きかかえられる体勢になる。・・・あれ、なんだろう。胸がドキドキしてる。

「あ!!」

「待ちなさい!!咲夜、時間を止めて追いなさい!!」

「先ほどの『インフレーションスクウェア』で力が!もう少々お待ちを!!」

後ろから二人が追いかけてくる。咲夜はさっきのでまだ時間停止ができないみたいだけど、使われたらすぐに捕まっちゃう。

「どうしよう、優夢!!」

私は優夢の腕の中から問いかけた。

すると優夢は少し嫌そうな顔をしながら言った。

「・・・痛いからやなんだけどな~。しょうがない。フラン、しっかり捕まっておけ!!」

「うん!!」

私は言葉に従い、優夢の胸の辺りをしっかり掴んだ。

優夢はポケットからスペルカードを一枚取り出し、宣言する。

思符『信念一閃』!!

同時に、優夢の手の中に小さいけど力のこもった弾幕が生まれた。・・・これって、私に使ったやつ。名前変えたんだね。

それを優夢は後ろに放ち。

「むっ!!」

「その程度で私達が怯むとでも思った・・・の?」

それは鋭角を描き、信じられないスピードで優夢の背中に衝突した。そして発生する急加速。

「うおおおお!くそ痛ええええええ!!」

「きゃああああああああああああ!!」

優夢と私は口々に叫びながら、猛スピードでお姉様たちから距離をとった。

「さあ、観念してください、小悪魔さん!!」

「いやです!私は最後まで諦めませ・・・へ?」

美鈴と小悪魔の声が聞こえた。直後衝撃。

『げふぉおおおおおおお!?』

女の子としてそれはどうなんだろうかという悲鳴を上げて、美鈴と小悪魔は弾き飛ばされた。





しばらくして、停止の術がない私達はそのまま壁にたたきつけられ、伸びてしまった。その間に私達全員捕まったらしい。

けど、その逃げた時間分が良かったらしくて、最終的には私達魔チームの勝ちという形で勝負がついた。

「うぎぎ、この私が負けるなんて・・・。中国!あなた今日から三日飯抜き!!」

「ええ!?そんな、どうしてですかお嬢様!!」

「あなたが反則負けなんていう馬鹿らしいことしなければ勝てたからよ。ああ、私からのお仕置きは別にあるからそのつもりで。」

「こんな扱いあんまりだー!!?」

負けた紅チームは悲壮感漂う有様だった。

「まあまあ、ただの遊びなんだからそこまでしなくったって。ほら、皆仲良く、楽しくでなきゃ。」

それをなだめようとする優夢。

「私は楽しかったですよー。痛かったですけど。」

今日のゲームで一番痛い思いをしたと思う小悪魔は、それでもニコニコしてた。

「私は全部見てたけど・・・いい一日になったんじゃないかしら、妹様?」

パチュリーが(・∀・)ニヤニヤしながら言ってきた。確かに楽しかったけど・・・なんでそんな表情になるのかな?

「しかし、あなたの発想はぶっ飛んでるわね。普通あれを自分に当てようと思う?」

「いえ、俺ももう二度とやりたくありません。」

あはは、確かにね。私も一度喰らってるけど、あれ凄く痛いんだよね。吸血鬼じゃなかったら体が弾けとんでるよ。

「ま、それはともかくとして、勝者魔チーム。紅チームは魔チームの言うことを一つ聞くこと。」

当然、敗者にはペナルティがある。

「・・・ふぅ、しょうがないわね。いいわよ、何でも好きなことをいいなさい。」

「大体のことは中国が聞いてくれます。」

「ちょ、何で私なんですか!?」

美鈴は反論したかったみたいだけど、二人の『ああん?何ぞ文句でもあるん!?』という表情に圧されて黙り込んでしまった。

「えー、それじゃまず俺からいかせていただきましょうか。」

トップバッターは優夢だった。

「俺のはお願いですね。今後俺が外に出るときの格好はこういう普通の格好でお願いします。メイド服とかマジありえない。」

「却下。」

「あなたは何を言ってるのかしら?」

即行で却下された。私も優夢のあの格好は可愛いと思うんだけど。

「まあそれについては満場一致で却下ね。別のにしなさい。」

「ちょお!?なして!!?」

「まあまあ、似合ってますから優夢さん。」

「そうですよ、自信を持ってください優夢さん。」

「この二人まで!?相変わらず四面楚歌だなおい!!」

そんなわけで優夢のお願いは却下され、優夢はがっくりと膝をついた。そんなに嫌なのかなぁ?

「つっても、他に望みなんてないんだけど・・・。」

「そ。じゃあ何か考えておきなさい。あなたは何かある、小悪魔?」

お姉様は今度は小悪魔に聞いた。小悪魔は少し考えて。

「私も特にはありませんねぇ。」

「無欲は美徳ではないわよ。」

「あはは、でもないものはしょうがないですから。」

でも小悪魔らしいかな。小悪魔はいつもニコニコ笑ってて、悩みとかなさそうだもんね。

「となると、残るはフランだけど。」

お姉様が私を見る。・・・実は、私はお願いがあるんだよね。お姉様へのお願いとはちょっと違うけど。

「うんとね。」

私は他の皆に聞かれないようにお姉様の耳元による。

ごにょごにょ・・・。

「ふむふむ、なるほどねぇ・・・。」

「ダメかな?」

「いいんじゃないの?きっと本人も喜ぶわよ。」

私のお願いにお姉様はニヤニヤしながら許可をおろしてくれた。

皆頭に?を浮かべてた。けど、恥ずかしいからちょっと言えない。

「あ、一個思いつきました。」

と、優夢がその空気を断ち切った。

「何かしら?一回だけメイド服なしっていうのもダメよ。」

「・・・何故にそこまで固執しますかね。そういうのじゃないですよ。」

どうやら優夢も諦めたみたい。

「お願いっていうかちょっと違うんですけど、またこうやって皆で遊びたいなってとこです。」

「いいの?そんなことにせっかくの勝利の権限を使って。」

「そんなことってことはないでしょう。大事なことです。」

優夢は胸を張って言った。思わず笑ってしまう。

だけど、優夢っぽいお願いだと思った。

「あ、そういうのがありなんでしたら、私は今日のお昼を皆で作るっていうのがいいです。」

そして追従して小悪魔がそう言った。

「皆って・・・皆?」

「はい!!」

お姉様が私達全員を見回して言った言葉に、小悪魔は満面の笑みで答える。・・・私、料理なんてしたことないんだけど。

「でも、きっと楽しいと思いますよ。」

「うん、確かに。小悪魔さん、いいこと言った!!」

「えへへ~。」

「はあ、何かもう勝ち負けとかあんまり関係のないお願いになってるわね。ま、いっか。」

「そうですね。敗北した私達に何か言う権利はありません。」

「本来私は関係ないんだけどね。いいわ、付き合ってあげるわよ。」

「ああ、久しぶりにまともな食事にありつける・・・。」

皆ノリ気だった。



そんな感じで、私達は皆でお昼ご飯を作った。

献立はハンバーグとシーザーサラダ、それとパンプキンスープ。

私は優夢に手伝ってもらいながらハンバーグの形を作った。

その時間は、とても楽しかった。

そして、皆で食べるお昼ご飯はとても美味しかった。





***************





その後も俺達はフランと遊んだ。体を動かした後だと頭を使った遊びも面白く感じられたみたいで、フランはリバーシを楽しんでいた。

ていうかまあ、最初っからチェスをやろうなんてのが間違ってるわけで。ルールの簡単なリバーシはフランもすぐに覚えて楽しめたみたいだ。

他にもトランプゲームとか、パーティーゲームで遊んだりして、フランは一日中楽しそうに笑っていた。

それを見て、俺はレミリアさんの提案を受けてよかったと思った。



そして時刻は夜。俺は自室にいた。

今日は楽しかった。素直にそう言える一日だった。

だけど同時に疲れもした。まあ、楽しむってのはそういうことだ。

「おっと、風呂にはちゃんと入らないとな。汗もかいたことだし。」

明日の仕事で汗臭かったら、皆から何て言われるか。・・・でも疲れててあんまり動きたくないんだよな~。

「シャワーだけにしておくか。」

この紅魔館、何故かシャワーやボイラーといったものが存在しているのだ。凄い話だ。

もっとも、それは電気を使ったものではなく専用の妖精たちの手によって実現されているらしいけど。

ま、ともかく今日はその恩恵にあずかりましょうか。

俺は重い体を無理矢理起こして、着替えを持ってバスルームへと向かった。



脱衣所で服を脱ぐ。そういえばこの服、咲夜さんの手によって改造された俺の元着ていた服だそうな。

処分ってのはそういう意味だったらしい。ちょっと黒率が減って落ち着きはなくなったけど、メイド服よりはずっとマシだ。

・・・けど、明日からまたメイド服なんだよな~。考えるとちょっと気が沈む。

とりあえず、今はそんなことより風呂だ。俺は服を脱ぎ終えると、戸を開け風呂場へ入った。



「あ、優夢~♪」

そしてその声を聞いた瞬間、俺の目は点になった。

何故ニフランドールガココニイルンディスカ?

そう、俺の目の前にいるのは一糸纏わぬフランだ。そして俺も裸。

「は!?」

その事実に気付き、俺は慌ててタオルを腰に巻きつける。

「何してんの?」

「何してんのじゃない!!何でフランがここにいるんだっていうか前隠せ!!」

ここは俺の部屋に付いてる風呂だぞ!?いつの間に!!

「えー、何で?」

しかし俺の懇願はフランには届かなかった模様。てかフラン、ひょっとしてお前男と女というものがよくわかってないのか?

何かそう思ったら腰にタオル巻きつけてるのが馬鹿らしくなった。子供相手にそこまでする必要もなし。

「まあいいや。それで、フランはなんでここにいるんだ?」

「優夢と一緒にお風呂入るためだよ♪」

「・・・何故にここで待ってたの?」

「え~?お姉様が「こうすればきっと優夢は喜ぶ」って言ってたから。」

レミリアさん、あなたの差し金ですかい。思わず額に青筋が浮かぶ。

「まあ、確かに正面切って来られたらそれはそれで困ったけど。」

「そうなの?」

そうなの。

「いいよ、一緒に入ってやる。」

「わーい♪」

諸手を上げて喜ぶフラン。・・・なるべくその体は見ない方向で。

俺は腰のタオルを取り去った。



「あれ、優夢何つけてるの?私が取ってあげるよ。」

だがその言葉を聞いた瞬間、俺は後悔に襲われた。同時、嫌な予感を覚えた。

「ま、待てフラン!これは男の勲章というか象徴というか俺の体の一部」

しかし俺の言葉はフランには届かず。

「ぎゅっとして・・・」

「や、やめろおおおおおおおおおおおおお!!!!」

「どかーん。」





その後のことは語るべきではないだろう。とりあえず、阿鼻叫喚の地獄絵図が広がったらしいとだけ記しておく。

俺はというと、想像を絶する痛みを感じる前に脳が情報をシャットアウトした。要するに視界に赤が広がった瞬間気絶したわけだ。

意識を取り戻したときには俺はベッドの中だった。服もちゃんと着ていた。

フランは物凄く申し訳ない顔をしていた。泣きそうだったので頭を撫でてやった。したら泣かれた。女の子はわからんとです。

フランに許可をおろしたレミリアさんも「これは読めなかった」と謝罪してきた。まあ、いきなりイチモツを吹っ飛ばすとは思わんしねぇ。

ああ、ちなみにズボンの中を見たらちゃんと生えてたぞ。



しかし、この間の射命丸さんの一件といい、ひどいオチだ。

俺は楽しかったはずの一日の最後に、そんな感想を持った。





+++この物語は、幻想と吸血鬼少女の恋模様を描くかもしれない、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



恋する(?)吸血鬼の女の子:フランドール=スカーレット

恋かどうかはわからないが、優夢に惹かれているのは事実。

今回のことで妖精メイド達と少し打ち解けられた。あと、男と女の違いを教えられた。

優夢の部屋のバスルームへは隠し通路を通って入った。プライバシーなんかねえ。

能力:ありとあらゆるものを破壊する程度の能力

スペルカード:禁忌『クランベリートラップ』、禁忌『レーヴァテイン』など



最近ひどいオチ担当:名無優夢

確実に並みの男では体験できない体験をしている。ひどいという意味で。

これは一体何を暗示しているのだろうか。それは神の味噌汁。

ちなみにフランの好意には気付いていない。お気に入りと思われてる程度の認識である。

能力:局部に大打撃を受けやすい程度の能力?

スペルカード:想符『1700万ゼノのブルーツ(笑)波』、思符『デカルトセオリー』、暴符『ドライビングコメット』、思符『信念一閃』など



ちょっと迷ってるお嬢様:レミリア=スカーレット

優夢をフランの許婚にというのは結構本気で考えているが、やはり妹が誰かのものになるというのは嫌なのである。

いっそのこと自分が優夢とくっついてしまえばとかも時々思うが三秒で「ないわ」に至る。

優夢の服はメイド服以外認める気はない。

能力:運命を操る程度の能力

スペルカード:神罰『幼きデーモンロード』、『紅色の幻想郷』など



全てお嬢様の意のままに:十六夜咲夜

それは一種の思考停止状態であると言いたいところだがそんなことはない。彼女とても反抗するときは反抗する。

それらは全てレミリアやフランのことを考えてのものである。時々自分の楽しみが入ったりもするが。

優夢の服は最早メイド服以外ありえないと思っている。

能力:時間を操る程度の能力

スペルカード:奇術『ミスディレクション』、幻世『ザ・ワールド』など



忘れ去られていなかった門番:紅美鈴

それだけで彼女にとっては感涙物である。

しかし所詮は門番なのであまり脚光を浴びることがない。小悪魔との扱いの差に全俺が泣いた。

誰か彼女に愛の手を差し伸べてやっていただきたい。

能力:気を操る程度の能力

スペルカード:華符『セラギネラ9』など



意外に役立つ図書館司書:小悪魔

もっとも、そうでなければとっくに解雇されていてもおかしくはない。何故なら彼女は致命的ドジッ娘。

しかし戦闘能力は高くないので、美鈴に二度も負けた。彼女の能力は戦闘に非ず。

縁の下の力持ちなのである。

能力:不明

スペルカード:なし



完璧傍観者:パチュリー=ノーレッジ

基本(・∀・)ニヤニヤしてるだけ。頭脳労働派だから仕方がない。

今回使ったオリジナル魔法は「水鏡を作り光の干渉で像を映す」というもの。非戦闘用の魔法。

またしばらく地上に出ることはないだろう。

能力:火水木金土日月を操る程度の能力

スペルカード:月符『サイレントセレナ』、日符『ロイヤルフレア』など



→TO Be Continued...



[24989] 一・五章十話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/18 23:34
紅魔館弾幕どろけい大会の翌日。

俺は朝早く地下図書館に呼び出されていた。呼びに来たのは小悪魔さん。

まだ太陽も昇らぬ時間であり、小悪魔さんも眠たそうに目をこすっていた。

どうやら呼び出したのはパチュリーさんらしい。小悪魔さんも災難だよな、主の都合でこんな朝早くから働かなきゃいけないんだから。

「それで、何の用ですか?」

俺はパチュリーさんを前にして聞いた。ちなみに今の格好は昨日と同じ系統の服だ。業務外でまでメイド服を着る趣味は俺にはない。

パチュリーさんは座ったままの体勢で答えた。

「あなた、昨日の夜妹様に男性自身を弾かれたそうね。」

「うぐ。」

俺は思い出して思わず股間を押さえる。・・・大丈夫、生えてる。なくなってないぞ。

「だ、大丈夫です。一応俺だって吸血鬼なんですから。再生してますよ。」

「けどあなたは人間でもあるわね。どういうわけだか知らないけど。」

そうらしいのだ。パチュリーさんが魔法で調べたところによると、俺は吸血鬼であると同時に人間でもあるらしい。

何がどうなってそんなことになるのか、いまだ理由はわかっていないそうだ。

が、まあともかく、俺は吸血鬼であり人間でもあるという変な存在というわけだ。

「だからひょっとしたら、吸血鬼ならすぐに再生できる怪我だけど実はまだ少し傷が残ってるなんてこともあるかもしれないでしょう?」

いやまあ、確かに可能性はなくはないけど。

「場所が場所だから傷が残っていると嫌でしょう。だからこの私が治癒してやろうと思っているのよ。」

はあ、なるほど。俺もここに傷があるというのはちょっと嫌だ。痛そうだし。

「じゃあ、お願いしてもいいですか?」

「ええ、任せておきなさい。」

パチュリーさんの笑みは、とても頼りになるものだった。



そう思っていた。

だから俺は気付かなかった。パチュリーさんが小悪魔さんとアイコンタクトをして、やたら何か企んでいる雰囲気を出していることに。



俺は魔法陣の上に正座させられた。かつて大怪我をしたときに検査のために座らされていたので、別段違和感を感じなかった。

「それじゃあ、始めるわよ。」

「よろしくお願いします。」

俺の言葉を聞くと、パチュリーさんは目を瞑り高速で詠唱を始めた。呼応して、俺の座った魔法陣が淡く輝きだす。

その光が俺へと流れ込み、俺の体を癒す・・・?

あれ?何か違うな。癒すっていう感じじゃなくて、何ていうか。方向性としては似てるんだけど、何か致命的なところで違う感じがする。

俺の疑念を他所に、魔法は進んでいく。

既に光は俺の全身を包み、俺自身が淡く輝いている感じさえした。

やはり何か違う感じがしてならない。そう、癒すは癒すだが、基準点が真逆に置かれている感じなんだ。

まさかパチュリーさんが魔法を間違えた?いやそんな馬鹿な。しかしありうることかもしれない、何せ従者はドジに定評のある小悪魔さんだ。

俺は意を決し言葉を発した。

「あの、パチュリーさん・・・」

しかし時は既に遅く、魔法は完成した。

「『スキトキメキトキス』!!」

・・・何故に回文?俺の心の中の突っ込みは、まばゆく輝いた俺自身にかき消された。



終わってみれば、違和感はなかった。光に目がくらんで目を閉じてはいたが、体のどこかが欠けたという感じはしない。

「目を開けても大丈夫よ、優夢。」

俺はパチュリーさんに言われ目を開いた。手足に欠損はないみたいだな。

「何だ、俺の杞憂か。」

ホッと一息つき、胸の辺りを押さえる。あれ、俺服に何かつめてたっけ?何か胸の辺りが苦しいぞ。

「ふぅ、術は大成功よ優夢。何か変わった感じはしない?」

変わった感じ?

「いや、ちょっと胸の辺りが苦しいっていうか重いっていうか・・・重い?」

俺は胸に当てた手に感じた違和感に気付いた。

何故こんなに感触が柔らかい・・・・・・・・・・・・・

俺は恐る恐る下を向いた。



そこには、男にはあってはならないものがあった。

大きな桃が二つ。わーい、人間の体にも桃がなるんだねー。

などと現実逃避しても事態は解決しない。現実を見よう、俺。

うん、間違いなくこれはです。OPPAIと言い換えてもよし。

「な、ええ!?ま、まさか!!」

俺は狼狽して、二人に背を向けズボンの中を見た。

そこには、あるべきものがなかった。昨日再生したはずのものが、綺麗さっぱりなくなっていた。

この現象が指し示す現実はただ一つ。

「うん、やっぱりあなたはの方が似合ってるわね。」

そう、俺の体が女になったということだった。



「なん、じゃ、そりゃああああああああああああああああ!!」



俺の魂の叫びは、紅魔館の地下に空しく木霊した。





***************





優夢の叫びが響く。どうやら現状理解が追いつかず混乱しているようね。

私がこの二週間で組み上げた魔法。それは男を女にするというただそれだけのものだ。

細かな理論を言い始めるとそれだけで丸々一ヶ月は語れるだろうから、詳細は伏せておく。簡単に効果を述べておくことにしよう。

性別を変えるだけなのだからさほど難しくないと思うかもしれない。だがこれはそんなに簡単なものではない。

確かに形状を男→女とするだけならやりようは幾らでもある。書物でしか見たことはないが、『外』の世界には『性転換手術』なるものがあるらしい。

けれど私はそれでは満足しなかった。私は優夢を『完全な女』にしたかったのだ。

だから、形状をどうこうするのではなく存在に干渉し結果として女性となる魔法を組んだ。

つまり今の優夢は、正真正銘完全な女性ということだ。このまま放っておけばちゃんと月のものだって来るし、子を産むことだってできる。

ただ、残念なことにこの魔法はまだ不完全なのだ。言わば自然の摂理に真っ向から対立するこの魔法は、世界から修正を受ける。

世界を完全に騙しとおすには、不可能ではないがもう少し時間がかかる。

なので今回は期間限定の女性優夢を楽しもうという魂胆で、優夢を罠にかけたのだ。

で、肝心の優夢だけど、まだ現実に返ってきていない。どんなに探したってあなたの竿はどこにもないわよ。

あら。小悪魔、忍び足で優夢に近寄って何をする気?

「えい♪」

「わひゃい!?」

小悪魔は優夢に後ろから抱きつき、その胸を思い切り掴んだ。

「優夢さん、結構大きいですね~。」

「ちょ、やめてくださ、ひゃ!?」

わっしわっしと胸を揉まれ、戸惑いの声を上げる優夢。・・・いけないわ、吐血しそう。

初々しい反応の優夢は、ただ単純に可愛いと思った。やっぱあんた女の方が絶対あってるわ。

「やめ、て、くださいってば!!」

耐え切れなくなった優夢が、無理矢理体を捻って小悪魔の魔手(言い得て妙ね)から逃げ出す。・・・ちっ、もう少し見ていたかったのに。

「あら~、残念です~。」

小悪魔は名残惜しそうに手をわきわきと握る。その動きを見て、優夢は顔を真っ赤にして胸を隠した。

「い、いきなり何するんですか!?」

「だって、私優夢さんには出会い頭で胸を揉まれてますからね。お返しです♪」

思い当たるところがあった優夢は「うっ・・・」とうめいて何も言えなくなった。

「柔らかくて気持ちよかったですよ♪」

「か、からかわないでください!!・・・ていうより、この状況は一体何なのか説明していただければありがたいんですが。できれば今北産業で。」

何よそれ。

「まあいいわ。簡単に言うとね。」



私達、優夢のメイド姿に萌える

私達、優夢を女にしようと決意する

私達、優夢を魔法で女にする←今ココ



「そういうわけよ。」

「何故にそのような思考過程を経たのかさっぱり理解できません。」

あら、100人に聞けば98人が「把握した」って答えると思うわよ?

「ちなみに残りのうち一人はあなたみたい当事者で、もう一人は所謂『男の娘』が好きな連中ね。」

「俺としてはパチュリーさんが何処からそんな情報を仕入れてくるのかが謎で仕方ないんですが。」

本よ。

「・・・元に戻してください。」

「無理ね。」

「ひでぇ!!」

まあ落ち着きなさい。

「残念ながら、この魔法はまだ不完全なのよ。そんなに長く効果を持続させられないわ。もって今日一日ってところね。」

非常に残念でならないわ。

「良かった、本当に良かった・・・。」

「まあけど、逆に言えば今日一日は女のままってことね。楽しみなさい、素晴らしい性転換ライフを。」

「全ッ然素晴らしさを感じませんがね!!・・・まあ、何とか今日一日誤魔化し通して見せますよ。」

「ああ、言い忘れてたけど後で天狗が取材に来るからそのつもりで。」

「・・・パチュリーさん、あなたは絶対極楽へは行けません。」

あら、上等じゃない。

「そうそう、体以外に何か変わった感じがしないかしら?主に霊力関係で。」

「え?・・・あー、確かにちょっと違いますね。いつもよりもみなぎってる感じが。」

そう。私は何も自分の楽しみのためだけに優夢を女にしたんじゃない。

多分この子は知らないだろうから、説明してあげよう。

「それは正しいわ。本来、霊力や魔力といった『見えない力』とでも称すべきものは、総じて男性よりも女性の方が高いのよ。」

女性は子を成す存在だ。故に存在の強さという意味で言えば男性よりも強くて当然だ。

また、これが弾幕ごっこをする男性がほとんどいないことの要因の一つでもある。

「あなたはその中でも例外中の例外ね。男で私達と渡り合えるやつなんて、人間じゃまずいないわよ?」

「いや、俺はまだまだ渡り合えてるとは思ってないんですが・・・。」

自覚のなさは相変わらずか。これはもう諦めろとしか。

「まあいいわ。で、そんなあなたが女性になれば、男性の状態でも十分強かったのにさらに強くなると。中々面白いことだと思わない?」

「強さとかよりも俺らしくいることの方が大事かと。」

「あなたは女でも自分らしくいられると思うわよ。とりあえずそういうことなのよ。」

話を纏めよう。

「とにかく。その状態で一日生活してみなさい。ひょっとしたら気が変わるかもしれないわよ?そうしたら、本格的に魔法を組んであなたを完全に女にしてあげるから、楽しみにしておきなさい。」

一生に関わる問題なのに、流石に無理矢理やろうなどとは思わない。

「・・・まあ、気が変わることはほぼないと思いますが、覚えておきますよ。」

さて、そろそろ日の出ね。私は壁に立てかけられた時計を見て言った。

「話はそれだけ。さっき言った取材の件だけど、天狗が来たら小悪魔を遣いにやるわ。それまではいつも通り、メイドの仕事をしてなさい。」

「わかりました。それじゃ、失礼します。・・・サラシで何とか誤魔化すか。」

優夢はそう言って去っていった。・・・サラシはやめなさい、せっかく綺麗な形なのに潰れるわよ。

まあ、その辺は咲夜辺りが何とかするか。私はやることはやった。

達成感を胸に、私はいつもの通り読書を始めた。





***************





既に朝礼の時刻は過ぎている。だというのに、優夢はまだ現れていない。

彼に限ってサボりではないと思う。ひょっとしたら、昨晩のアレが実は重症だったのかもしれない。

私は様子を見るため、彼の部屋へと向かった。

優夢の部屋の前に着くと、私はノックをして

「優夢、体調でも悪いの?」

そう声をかけた。

すると中から返ってきたのは慌てた気配と。

「ゲッ!?ちょ、咲夜さん絶対中には入らないでくださいよ!?絶対ですからね!!?」

というやたら切羽詰った優夢の声だった。

? 一体中で何を。

中に入るなと言われたら、入らざるを得ないというものだ。想定される状況だと、床やベッドを汚してしまい汚れを落とすのに手間取っているとかそんなものだ。

私は優夢の言葉を聞かず、扉を開いた。

「一体どうしたって言う、の、よ・・・。」



中の状況は、予想を540度ほど上回っていた。

この時間だというのにまだメイド服を着ておらず、ドロワ一丁の優夢。

その優夢が鏡に向かって。



男ではありえない大きな胸に、サラシを巻き付けようとしていたのだ。



それを理解した瞬間、私は考えるよりも先に行動していた。

「あ、あの、咲夜さんこれは・・・」

優夢が何か言うのを無視してツカツカと歩み寄り。

わしぃ!!

「ひゃん!?」

その豊満な胸を生でがっしり掴む。柔らかい、本物だ。

わしわし、わしわし。

「あう!?そ、そんな風に触らないでくだ、しあ!?」

な、なな、ななななな・・・

「何なのよこれはーーーーーー!?」

「ひぃぃぃ、何か知らないけどごめんなさいーーーー!!」

私は瀟酒さも忘れ、とにかく吼えた。

「どういうこと!どういうことなのよ!!?」

「えっと、あの、パチュリーさんに魔法で女にされて」

「そんなことを聞いてるんじゃないわ!!」

今更あなたが女性になろうと驚くようなことじゃない、むしろ納得の行くことよ。

私が言いたいのはそんなことじゃなくて・・・!!

「何で本来男のはずのあなたの胸がこんなに大きいのよ!!?」

「え、いや言うほど大きくはってか咲夜さんだって十分・・・は!?まさかPA





(イメージ)

「ロードローラーだッ!」

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!」

「もうおそい!脱出不可能よッ!無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァーーーーーッ!!」

「8秒経過!ウリイイイイヤアアアッー!ぶっつぶれよォォッ!!」

「オラアーッ!!!!」

(イメージ終)





「ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ生まれてきてゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイもう言いません許してゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ・・・。」

ふぅ、優夢が女性になっているからついお仕置きにも熱が入ってしまったわ。

まあそれはそれとして。

「サラシの巻き方がよく分からなくて遅刻したのね。」

「ええまあ、その通りです・・・。」

早くも話せるまでに復活した優夢が肯定の答えを返す。

「全く、そういうことなら早く言いなさい。」

そうすれば私が何とかしたのに。先ほどの間にちょっと時間を止めて自室へ取りに行ったものを取り出す。

ブラジャーだ。

「ほら、つけてあげるから。」

「あ、いえいいですよサラシで。」

「何を言ってるの。せっかくいい形なのに潰すつもり?幻想郷中の女性を敵に回すわよ。」

「いやそんな恐ろしいことは・・・、ていうか隠したいんですが。」

「却下。さ、さっさと座りなさい。」

女性になったというのに、優夢の身長は変わらず高いままだった。あと声も全然変わってないわね。元が高いからかしら。

優夢はしばし逡巡したが、諦めて座った。

私は優夢にブラをつけてやった。私のだけど、サイズは大丈夫でしょう。理由?聞いたら殺すわよ。

ブラをつけた優夢は、鏡に映った自分の姿を見て落ち込んでいた。

「落ち込んでる暇はないわよ優夢。さっさとメイド服に着替えなさい。」

「・・・そうですね、仕事もありますし。今日ほどこの服がありがたく思えた日はありませんよ。」

そう言って優夢は、メイド服を身に纏った。

そして、完成した。パーフェクトメイドが。



優夢に与えたメイド服はややゆったりしたデザインなので、胸がなくてもあまり気になるものではない。

だが逆に胸があれば、その膨らみが服を少し押し上げなだらかな流線美を作る。

それが優夢のメイド姿に足りなかったもの。そしてそのピースが今、埋まったのだ。

これを完全なるメイドと言わずして何と言う?

おまけに、優夢は初めてこの服を着込んだ時のように、恥ずかしそうに顔を赤らめ俯き加減で上目使いだった。



私は臨界点を突破し、鼻腔から赤い赤い忠誠心を噴き出した。

その掃除のために、業務に戻るのが少し遅れた。しかしこれは理解されるべきことね。





***************





俺は沈んだ気持ちのまま妖精メイド達の指示に向かった。

気乗りはせずとも仕事は仕事だ。しっかりと全うせねばなるまい。

いつもの集合場所――紅魔館の西部に着くと、既に妖精メイド達が集まっていた。

「皆さんすいません!少しトラブルがあって遅れてしまいました!!」

俺は開口一番謝った。すると、プラネとアクアが

「珍しいねー、優夢さんが遅刻なんて。」

「優夢さんには普段お世話になってるので、気にしてません。」

と、明るく対応してくれた。他の妖精メイド達も似たり寄ったりのようだ。

良かった、普段からまじめに仕事してて・・・。

「本当に申し訳ありませんでした。それでは、早速で恐縮なんですが今日の班割りを」

「あれ?ちょっと待って優夢さん。」

俺の言葉は、途中でプラネに遮られた。

「どうかしましたか、プラネタリアさん?」

「いや、なーんか今日の優夢さん違和感を感じるっていうか・・・。」

・・・鋭い。この服はゆったりしてるからバレないと思ったんだが。

「き、気のせいですよ気のせい。」

「んー、怪しいなぁ。何を隠してるのかな~?」

ジリジリと俺に近寄り、やたらと怪しい笑みをするプラネ。

「べ、別に何も隠してなんかいませんよ?」

「じー・・・。」

誤魔化そうとするが、プラネはそんなことお構いなしに俺を注視する。

そして。

「あ、わかったぁ!!今日の優夢さん、胸を隠してないんだ!!」

か、隠してない?

・・・あ、そういうことか。多分プラネは俺が普段はサラシで胸を隠してると思ったんだ。

何せ彼女らは俺のことを女だと信じきってるからな。・・・だましてるようでいい気分はしないが、俺は一度も「自分が女だ」と言ったことはないぞ?

「なるほどなるほど、いつも隠してるんだから今日は確かに『隠してない』ねえ。こりゃあ一本取られたよ!」

「いえ、そういうわけではないんですが・・・納得したんならそれでいいです。」

俺は隠しきれないと諦め、ため息をついた。

さあ、これでもう気はすんだだろう?

「では納得していただけたところで、今度こそ今日の班割りw」

「えーい。」

またしても俺の言葉は遮られ、プラネが俺の方へダイブしてきた。って何故に!?

俺は咄嗟のことに頭が回らず、『回避する』ではなく『キャッチする』方を選んでしまった。そしてプラネは俺の腕の中へ収まった。

そして。

「ふかふかで気持ちいい~。優夢さん、こんないいもの隠す必要ないよー。」

「いやだから、隠してるわけじゃ、ってやめてくだ、ひゃ!!」

プラネは俺の胸に顔をうずめ、頬擦りなんぞ始めた。所謂『パフパフ』に近いかもしれん。

くすぐったいようなこそばゆいような感覚で、俺はついつい変な声を出してしまう。いかんいかん!俺は男だ、俺は男だ・・・!!

「あ、アクアマリンさん!見てないで助けてください!!」

俺は必死にアクアにレスキューの要請を出した。

が、次の瞬間アクアが取った行動とは!

「てーゐ。」

俺の胸へダイビングだった。ブルータス、お前もか!!?

「これは、確かに気持ちいいです・・・。」

「暖かくて柔らかーい。」

「ちょ、二人とも、やめて、ひゃあ!?」



結局、その後俺は二人から解放されるのに10分以上の時間を要した。

無駄に疲れたぞ・・・。





***************





昼食を摂っている最中に、優夢が大食堂に現れた。

見るからに疲れ果てており、動きがヘロヘロとしていた。

「あら、随分とお疲れみたいね、優夢。」

「いや・・・もうホントいい加減にしてもらいたい気分です。」

パチェから一通りのことは聞いた。その情報の通り、優夢の胸は少し盛り上がっており男でないことが一目で分かった。

「一日限りの女性生活はお気に召さないのかしら?」

「いつもの倍は疲れてますよ。やっぱり男の方がいいです。」

残念ねぇ。今の優夢は本当に似合ってるのに。

「まあ本来あなたは心身ともに男なんだから、そうあるのが自然なのかもしれないわね。とっても残念だけど。

「そうですね。メイドをやっていようと自分が男であることを忘れたことはないようですし。非常に残念ながら。

「残念を強調しないでください!!誰が何と言おうが、俺は男のままでいきます。」

意思は固いようね。それなら仕方ないわ。

「でも、今日のあなたは女の子。私も楽しませてもらうつもりでいるから、覚悟しなさい。」

「何を楽しむ気ですか、何を。」

そりゃ、ナニをよ。

「はあ、何でこの屋敷にはアブノーマルばっか・・・。」

「あら、可愛いものを愛でたいというのは女性として当然の思いよ?」

「さいですか。」

優夢は既に投げやりだった。



その後、私はいつもの通り咲夜と優夢とともに昼食を摂った。

食後の紅茶を楽しんでいるとき、それは起きた。

「? 優夢、どうしたの?」

「あ、いえ、別に何でも、はい。」

? どうしたのかしら。優夢はなにやらモジモジと動いていた。

と、咲夜が理由に気付き優夢に問いかけた。

「あなた、今日ご不浄には行った?」

・・・ああなるほど、そういうこと。

「は、はい行きましたよ!?」

「いつ。」

「・・・朝起きてすぐに。」

つまり、それからは行ってないわけね。それじゃ、行きたくなるのも当然だわ。

おまけに紅茶には利尿作用があるんだから。

「我慢せずに行ってらっしゃい。別に私は気にしないから。」

「いえ、平気です!大丈夫ですよ!!」

嘘でしょうが。本当に大丈夫ならそんなにモジモジ動かないはずよ。

「何をそんなに嫌がってるのよ。」

「・・・魔法が解けるまでは絶対行きません。」

・・・ふ。早速イジる箇所をさらけだしてくれたようね。

「咲夜。優夢が気持ちよく用を足せるように協力してあげなさい。」

「御意に。」

「え!?ちょ、咲夜さんやめてください!!本当に平気ですから!!」

「ダメよ。我慢するのは体に悪いんだから。それで今後の仕事に支障を来たされても困るしねぇ。」

「うぐぅ!?」

仕事熱心な優夢としては、それを引き合いにだされてはぐぅの音も出ない。うぐぅの音は出たけどね。

「で、でもそれなら一人で行きますから離してください!てか何で外れないのこのホールド!?」

「完全瀟酒だからよ。そう言わないの。すぐに気持ちよくしてあげるから・・・。

「HANASEーーーーーー!!!!」

ジタバタともがきながら、優夢は咲夜にがっしりと掴まれ部屋を出て行った。

「たっぷり可愛がってあげなさい、咲夜。」

私は部屋からいなくなった従者に、そう言った。





「アッー!!」





しばらくして二人は戻ってきた。

咲夜は服がボロボロになり(恐らく優夢の逆鱗に触れたのだろう)ながらも、ツヤのあるいい表情をしていた。

対して優夢は、「もうお婿に行けない・・・」とつぶやきながら部屋の隅で暗くなっていた。

安心なさい。きっとフランがもらってくれるから。





***************





連続する精神的疲労のため、動きがヨロヨロとなってしまう。ああ、魔法はまだ解けないのか・・・。

「ちょっと優夢、大丈夫なの?」

見るからに顔色の悪い俺に、ジストが心配そうに声をかけてくる。いけないいけない、心配かけないようにしないと。

「いえ、ちょっとめまいがしただけですから。平気ですよ。ありがとうございます、アメジストさん。」

「べ、別にアンタの心配したわけじゃないからね!?そこんとこ勘違いしないでよ!!」

相変わらず素直じゃないジストにちょっと癒される。ああ、君がノーマルで本当に助かった。

俺は今、ジストの補助をして本を持っている。比較的汚れている本を選別して掃除をするのだ。

ジストは汚れている本を見つけて俺に渡し、本棚の中を掃除している。それが終わったら本の掃除に移る。

パチュリーさんに任されてから二人で相談しこの役割を決めた。俺はこれが終わり次第、フランの遊び相手に向かう。

いつもは危なげなく仕事をこなすジストなのだが、今日は俺がこんなだからチラチラとこちらを見ていて少し危なっかしい。

ジスト、俺は大丈夫だから仕事に集中しなさい。心の中でそう念じるが、それは伝わらずジストはちら見を続ける。

と、そこへ。

「あ、優夢見っけたー!!」

「え、妹様!!?」「フラン!?」

突然、フランが現れたのだ。いつもは部屋にいるのに、今日は出てきたらしい。昨日の遊びが効いたのか。

だが、そのためにジストが振り向きはたきを本にぶつけてしまった。

「あっ。」

「!? 危ない、ジスト!!」

俺はメイド言葉なんかすっかり忘れて、なだれを起こした本からかばうようにジストを抱きしめた。

ジストを捕まえるとすぐに、本のなだれから身をかわす。後ろの方でドサドサと本が落ちる音がする。

・・・後で掃除が大変だな。と、今はそんなことより。

「お怪我はありませんか、アメジストさん。」

俺は腕の中のジストに問いかけた。

ジストは目を丸くし顔を真っ赤にして、口を何か震わせていた。

「優夢の胸、今あたしのことジストって、ドキンドキンて、やわらか、あったか・・・あうぅぅ~。」

「ちょ、アメジストさーん!?しっかりしてくださーい!!」

ジストは頭から蒸気を噴出し、そのまま気絶してしまった。俺は何かまずいことをしてしまったのか、それとも実はジストは今日体調が悪かったのか。

とりあえず、俺はどうすればいいんだ。

「フラン、ちょっと待っててくれ。ジストを介抱しなきゃいけない。」

「・・・む~。」

フラン?なしてむくれてんの?

ジストといいフランといい、どうしちゃったんだ。

「あら~、凄いことになってますねぇ。」

「あ、小悪魔さん。すいません、こんなことになっちゃって。」

「いえいえ、優夢さんはお気になさらずに~。何やら立て込んでるようですし。あ、アメジストさんは私の方で何とかしておきますね~。」

「重ね重ねすいません、小悪魔さん。」

俺はまだ腕の中で気絶していたジストを小悪魔さんに預けた。そのときジストが「あたしもあいしてゆ~」とか言ってたけど、何のことだ?

とりあえず、本がごちゃごちゃになっては俺ではどうすることもできないので、この場は小悪魔さんに任せ俺はフランの相手をする方に移ることにした。





「む~。」

「なあ、いい加減機嫌を直してくれよ、フラン。」

フランはそれからしばらくの間むくれていた。どうやら、俺がジストをかばったのがお気に召さないようだ。

「しょうがないじゃないか、あのままだったらジストが怪我してたんだから。」

「わかってるんだけど~・・・。何かよくわからないけど、胸の真ん中がもやもやするの。」

やっぱり女心はわかりません。俺は男だ、間違いなく。

「よくわかんないけど、機嫌を直してくれないと俺も困っちゃうよ。俺が悪いんなら謝るからさ。」

「ううん、優夢が悪いんじゃないと思うんだけど、何かヤなの。」

「そうなのか?けど、機嫌は直してくれよ。何でもするから。」

「ホント?」

本当だとも。

「それじゃあ・・・、えーい♪」

フランは俺に飛びついてきた。俺はそれを抱きとめる。

「えへへー♪」

「全く、甘えん坊め。」

何だ、要するに自分のお気に入りが取られて拗ねてたのか。最近は成長したって言っても、やっぱりまだまだ子供だな。や、実際は俺なんかよりはるかに年上なんだけど。

「あれ?優夢の胸、いつもより柔らかい気が・・・。」

「ああ、それな・・・。実はな。」



がくがくぶるぶるしかじか。



「それは災難だったねー。」

「まあな・・・。」

話してるうちに何度か鬱になりかけた。ていうかぶっちゃけありえないよねこの状況。

「でも、可愛いよ♪」

「はは、褒め言葉と受け取っておくよ。」

「いえいえ、実際優夢さんはそこらの女性と比べても十分過ぎるほど綺麗ですよ?」

「またまた。女の人と比べたらどうしたって男臭さがありますよ、俺は。」

「そこがまたいい味出してるんじゃないですか。里の人間達にも、優夢さんの人気は男女問わず高いんですから。」

「それはそれで嫌な気も・・・、ていうか。」

俺はいつの間にか会話に加わっていた人物に視線をやった。

「いつからそこにいたんですか、射命丸さん。」

「がくがくぶるぶるしかじかの最中に来てましたよ。いやーしかしメイドさんと吸血鬼少女の抱擁、良い絵ですねー。写真に何枚か収めちゃいましたよ。」

人、それを盗撮と言う。

「優夢、この人誰ー?」

と、射命丸さんと面識の無いフランが、彼女を指差して俺に聞いてきた。

「射命丸文さん。新聞記者をやってる烏天狗だよ。」

「文々。新聞の清く正しい射命丸です。以後よろしくお願いします、フランドール=スカーレットさん。」

「私のこと知ってるのね。」

「それが新聞記者というものです。」

そういえばこの人、霊夢や魔理沙のことも知ってたらしい。恐ろしいよ新聞記者。

「そういえば、パチュリーさんが取材に来るって言ってましたね。」

「はい、そういうお約束でしたので。いやー、これはいいネタですねぇ。『話題の男名無優夢、今度は女性になる!?』今回も飛ぶように売れますよー!!」

「できれば記事にするのは勘弁してほしいのですが・・・。」

「別にいいじゃない。減るもんじゃなし。」

元凶がやってきました。減るもんじゃなしって。

「減りますよ。精神的に色々と。」

「じゃあ受け入れなさい、その現実を。」

「ぐ。」

受け入れたくないなぁ・・・。可能なんだけど。

「それに、それは対価なんだから。」

「対価って何の?」

「射命丸。記事にする許可を出すから、さっき撮った写真とこれから撮る写真焼き増しして。」

「万事了解であります!!」

「何ぞそれぇ!!?」

ありえねぇ!!

「しょうがないじゃない。あなたが男性を選ぶとしたら、女性版名無優夢は今日しか拝めないのよ?写真記録を求めるのは当然のことよ。」

「ああもう突っ込みきれねぇ!!」

「さて、商談が成立したところで優夢さん!これに着替えてください!!」

唐突に射命丸さんが取り出したもの。それはなんとスクール水着と呼ばれるシロモノであった。

「何でそんなものが!?」

「こんなこともあろうかと香霖堂の店主から購入しておいたのです!!」

何を考えてるんですかあなたは!!そして霖之助さん、あなたはなんて商品を陳列しているんですか!!

今度香霖堂の商品をガサ入れしようと心に誓った俺であるが。

「それじゃあ、お着替えのお手伝いは私がしますね。ハァハァ。」

「小悪魔さん!?何か息が荒いんですけど!?ていうかジストはどうしたんですか!!」

「アメジストさんは置いてきました。治療は施しましたけどはっきり言ってこの撮影会たたかいにはついて来れないので。」

あなたは何処の天さんですかッ!!

そして何故か、小悪魔さんの拘束から逃れることはできなかった。

「さあ優夢さん、それでは行きましょう。新しい世界の扉を開けるのです!!」

「いやだ、誰か、助け・・・Help me,REIMUUUUUU!!」

他に思い当たる名がなく、霊夢の名を叫んだ俺。

しかし俺の心に返ってきた答えは

『嫌よ、めんどくさい。』

だった。





その後俺は、スク水に始まりビキニ・体操着・ネコミミセーラー・ウェディングドレスなどなど、肉体精神共に陵辱の限りを尽くされた。

皆楽しそうだったから何よりだと、無理矢理心に言い聞かせた。

後日発売された文々。新聞は、里の男性全員が手にとって読んだそうな。・・・世間的に死んだな、俺。





~~~~~~~~~~~~~~~





その後俺は精神疲労が限界に達し、門番の手伝いに向かうことができず咲夜さんの許可を得て自室へと戻っていた。

「死ぬ、死んでしまう・・・。」

力なくベッドに突っ伏す俺。さっきの取材(という名の陵辱会)において誰も俺の味方はおらず、ただエスカレートするばかりだったのだ。

途中でフランが一緒に写真を撮りたいと言い出して、自分から進んでコスプレをしだした。俺と違って楽しそうだったが。

それはそれで良かったこととして俺の胸に刻まれているのだが、あいにく他が悪すぎて気分はマイナスのどん底だ。

ベッドに圧迫され胸が苦しい。やはり、これは邪魔以外の何者でもない。早く男に戻りたい。

「まだ魔法は切れないのかー・・・。」

つぶやいても返ってくる答えはない。当たり前だ。

外は夕暮れ。もうすぐ一日が終わる。パチュリーさんの話ではこの魔法は今日限定らしいから、もう少ししたら確実に解けるはずだ。

それまでの辛抱か。・・・短いようで長い。思わずため息の一つも出るというものだ。

(ため息をつくと幸運が逃げるわよ。)

と、突然俺の中からレミィが語りかけてきた。

今更だよ。今日の俺は、魔法をかけられた瞬間からツキが逃げてるよ。

(私はそうは思わないけれどね。)

そりゃ、レミィは当事者じゃないからね。

(まあね。けど、あなたは普通だったら絶対に出来ない奇運を体験したのよ。そういう意味ではこれ以上もなくツイていると思わない?)

・・・まあ確かに、そういう考え方もなくはない。

けどやっぱり俺は男なわけで。女でいるってことは苦痛にしかならない。

(やれやれね。あなたがそんな普通のことを言うなんて。)

・・・どういうことだよ、レミィ。

(あなたなら、私やルーミアを『受け入れられた』あなたなら、たとえ自分の姿が変わったとしても受け入れられると思ってたんだけど。見込み違いだったのかしら?)

・・・受け入れようと思えば受け入れられるさ。それが俺なんだから。

だけど俺は。

(『男』だからって言いたいんでしょう?聞き飽きたわ、その台詞。あなたは自分で常識的な人間だと思ってるみたいだけど、それが悪く出たようね。)

・・・返す言葉もないな。確かに俺は『常識』に照らし合わせて現状を「ありえない」と決め付けている。そこに思考は存在しない。

(だったら、考えてみれば?あなたは受け入れられるんでしょう。だったら、『女性であるあなた』も受け入れてあげなきゃ可哀想じゃない。そんなに可愛いのに。)

最後の一言は余計だ。・・・けど、そうだな。

自分のことではあるけれど。俺は男で、今の俺の体は女。だったら、俺と今の体は別物だ。

自分にさえ受け入れてもらえない体なんて、俺はそんな不憫なことをしたくはない。

やれやれ、結局は皆の思うつぼかもしれないが。

俺は、『女としての自分』を受け入れた。

――けどレミィ、俺は女を選ぶつもりはないんで。そこんとこよろしく。

(わかってるわ。あなたは男だもの、そうすべきなのよ。この上なく残念で仕方ないけど。

(私は優夢が思うように行動すればいいと思うのかー。すっごく残念な気持ちでいっぱいだけど。

だから残念を強調するなと。





夕食後。

「さてと、それじゃあそろそろ風呂に入るか。」

受け入れてしまえばなんてことないもので、あれからは何事もなかった。

トイレ行きたきゃ行けばいいんだ。別に自分の体なんだから恥ずかしがることもなし。

咲夜さんやレミリアさんからからかわれても、自然な俺で返せばいいんだ。

流石に胸や尻にタッチするのはやめてほしかったが。つうかオヤジですかあんたら。

ま、とにかく風呂に入って布団に入れば、今日は終わり。それで俺にかけられた魔法も解ける。

『女の俺』には悪いが、俺は男として生きていく。だからこんな狂想曲ラプソディーもおしまいだ。

今日一日の疲れを流すため、俺は衣服を脱ぎ――こうして見ると確かに結構でかいな、小悪魔さんと同じぐらいか?――浴室へと入っていった。

「優夢ー♪」

したらまたしてもフランがいました。フランは俺の姿を見るなり、抱きついてきた。

お互い裸だから肌と肌が直接触れ合う。・・・いや、今は女同士だから別に問題はないと思うんだけど。

「また一緒に入りたかったのか?」

「うん!優夢と一緒にお風呂に入れる機会なんて滅多にないもん。お姉様も、今日は優夢が女の子になってるからって許してくれたよ。」

確かにね。男と女が一緒の風呂に入るよりはよほど健全だ。

それに、昨日はなんだかんだで結局一緒に風呂に入ってあげられなかったしな。

「よし、それじゃ一緒に入るか!」

「うん♪」

このときばかりはパチュリーさんの魔法に感謝しつつ、俺はフランと一緒に風呂に入った。



感想は、フランの羽は洗いにくい、フランの髪の毛は柔らかい、俺の部屋の風呂は二人入ってもまだ余裕と、そんなどうでもいいことだった。





翌朝。目を覚まして確認すると、俺はちゃんと男に戻っていた。

男に戻った俺を見て、咲夜さんとレミリアさん、あとパチュリーさんは非常に残念そうな顔をした。俺は男だと何度言えば。

対して小悪魔さんは変わらずニコニコしていて、フランもまたいつも通り元気一杯だった。

プラネとアクアは突然胸が出現して、次の日になくなった俺に困惑していたが、とりあえずパチュリーさんの魔法でああなったことだけは明かしておいた。俺が男であることを明かせるのはいつの日か。

ジストはというと、俺を見ると顔を真っ赤にして背けていた。そのあとブツブツと「あれは夢だったのかしら・・・ちょっと残念」とか聞こえてきた。うん、その記憶は夢の彼方へと葬りさってくれ。

ちなみに、門番に行けなかったため女性化した俺を見れなかった美鈴さんは「何で来てくれなかったんですかぁ!!」とマジ泣きしてました。そんなに見たかったのかよ。

そんな感じに、紅魔館はいつも通り、ドタバタとした日常へと戻っていった。





~~~~~~~~~~~~~~~





あれからの二週間は、特に事件らしい事件もなく過ぎていった。

時折霊夢や魔理沙が訪れ食べ物や本を強奪していったが、それもまた日常だ。

今日で俺は紅魔館のメイドを勤めて一ヶ月。

そう、約束の一ヶ月が過ぎたのだ。

「今日であなたのメイド生活もおしまいなのね。長いようで短かったわ。」

この一ヶ月を思い返しているのか、レミリアさんはやや遠い目をしながら言った。

「あなたのおかげで、西と地下限定だけど、妖精メイドが使い物になるようになった。礼を言うわ。」

咲夜さんが頭を下げてそう言った。やめてくださいよ、俺は自分がすべきだと思ったことをしただけです。

「またちょくちょく遊びにきなさい。フランが楽しみにしているし、妖精メイド達もあなたを慕ってるみたいだから。
もしあなたさえ良かったら、紅魔館に正式に就職してもかまわないわ。」

「それはちょっと。霊夢の世話もありますし。」

これ以上神社を空けたら、霊夢から何を言われるかわかったものじゃない。

「そう、残念ね・・・。」

「けど、また手伝いには来ますから。そんなに気落ちしないでください。」

「ええ、それはお願いするわ。」

ただ、その時は執事服でお願いします。とそう言ったら。

『あなたは何を言ってるのかしら?』

と声をハモらせて非情な答えが返ってきました。

・・・もう、ゴールしてもいいよね。ゴー・・・



その後、世話になった妖精メイドたちやフラン、パチュリーさんと小悪魔さんに挨拶周りをした。

プラネとアクアは大人な対応だった。妖精メイド隊のリーダーに相応しい別れだった。

その後に俺が男であるということを明かしたら、皆して度肝を抜かれていたが。あれは結構笑えたな。

対してジストは、フランと一緒になって泣きながら俺に抱きついてきて「行っちゃやだ」を連呼した。

二人とも、パチュリーさんと小悪魔さんになだめられて大人しくなった。けどジスト、最後にはやっと心を開いてくれたな。

それが単純に嬉しかった。

最後は、俺が紅魔館で厄介になっていたときと同じように、レミリアさんとフランドール、咲夜さん、美鈴さん、小悪魔さんと今回はパチュリーさんまで出てきて、俺の見送りをしてくれた。

俺は彼女らに深々と礼をし、空へと飛び立った。





「久々にゆっくりできるな~。」

俺は空を飛びながらつぶやいた。

紅魔館でメイドをしていたときは、のんびり過ごすということがなかった。神社に帰ったらそんな日がほとんどだ。

「ま、その前に霊夢のご機嫌取りだな。結局レミリアさんのお付としてしか神社には行かなかったし。」

神社に遊びに行ったときに細かな用事は済ませたが、多分やることは山ほどあるんだろう。

帰ったらまず霊夢にご飯を作ってやってお茶を入れる。それが終わったら境内の掃除だ。

で、夜は。

「お土産もあるし。魔理沙でも呼んで宴会でもするかね。」

俺はレミリアさんからもらったワインを手に、意気揚々と空を駆けた。





+++この物語は、幻想が女になったり男に戻ったりしてメイド生活を終える、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



とうとう性別の垣根すら越えてしまった:名無優夢

しかも大好評である。とりあえず主要メンバーのほとんどは彼の胸を味わった。ご馳走様です。

彼のコスプレ写真を見た里の男はほぼ例外なく前かがみになったという。おやっさんはおかみさんにしばかれた。

今後彼が女になることはあるのか。今はノーコメントで。

能力:男女問わずムラムラさせる程度の能力?

スペルカード:想符『1700万ゼノのブルーツ(笑)波』、思符『デカルトセオリー』、暴符『ドライビングコメット』、思符『信念一閃』など



どうしても女にしてみたかった:パチュリー=ノーレッジ

メイド優夢を見た瞬間に天啓が舞い降りた。彼女を誰が責められよう。

ちなみにこの魔法は何気に七曜全てを使っている凄い魔法だったりする。存在をいじるというのはそれだけ難しいのだ。

文の撮った写真は高画質でいただきました。

能力:火水木金土日月を操る程度の能力

スペルカード:月符『サイレントセレナ』、日符『ロイヤルフレア』など



くさってやがる、はやすぎたんだ:小悪魔

どう見てもコアク=マーです。いや、直接的な行動に出る分それよりも性質が悪いかもしれない。

もちろん着替えを手伝うときにも胸には触りまくった。間違いなく今回の話で一番美味しい役回り。

女性版優夢の胸のサイズは小悪魔よりも大きかったりする。

能力:不明

スペルカード:なし



下の世話も完全瀟酒:十六夜咲夜

トイレのシーンはアナザーストーリーで書いたほどたっぷりねっぷりいじめ抜いた。

サーバーの関係上健全でない話は載せられないので、実に残念である。

優夢に執事服とかマジありえない(鬼畜)。

能力:時間を操る程度の能力

スペルカード:奇術『ミスディレクション』、幻世『ザ・ワールド』など



読者代表紅魔館主人:レミリア=スカーレット

直接絡まず絡みを見て楽しんでいるので、立場的には一番読者に近い。

一応部下の手前自制はしていたが、いなかったら間違いなく優夢の胸に飛び込んでいた。

そういう意味では生殺し状態だったかもしれない。日頃楽しんでいる分の揺り返しである。

能力:運命を操る程度の能力

スペルカード:神罰『幼きデーモンロード』、『紅色の幻想郷』など



健康的に胸ダイブ:プラネタリア

意外と洞察力があることに作者もびっくり。でもぱっと見で分かれという罠。

ちゃんと手でも揉んだ。子供の外見というのは便利なのである。

優夢のことは女だと思って疑っていなかったので、真実を知ったときは驚きでひっくり返った。

能力:大地と対話する程度の能力

スペルカード:なし



控えめに胸ダイブ:アクアマリン

どちらにしろダイブすることに変わりはない。

こちらはじっと顔をうずめた。曰く「おかあさんのかおりがした」だそうな。お前お母さんいないだろ。

真実を知ったとき表情にはあまり出なかったが、とても驚いていた。

能力:湿度を調節する程度の能力

スペルカード:なし



ぎゅっと抱きしめられるのが好み:アメジスト

心の中は乙女そのもの。優夢関連で妹様と仲良くなり始めた。

抱きしめられた拍子に胸に顔をうずめ、その弾力やら優夢の鼓動やらで色々妄想したためにオーバーヒートした。

優夢に対する感情は、どちらかというとLove。

能力:暗闇で視界を開かせる程度の能力

スペルカード:なし



本作正ヒロイン?:フランドール=スカーレット

いつの間にかヒロインのような立ち位置に。念のため言っておくと、幻夢伝にヒロインは存在しません。

作中では優夢と絡んでる描写があまりなかったが、実は胸枕やってみたり吸ってみたり(!?)色々した。

男でも女でも優夢のことが大好きなフランは間違いなく優夢ラヴ。

能力:ありとあらゆるものを破壊する程度の能力

スペルカード:禁忌『クランベリートラップ』、禁忌『レーヴァテイン』など



→To Be Continued...



[24989] 幕間七
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/18 23:32
~幕間~





これは、俺が紅魔館の手伝いから神社に帰ってから、そう経たないうちに起こった出来事だ。





朝、目が覚める。障子の隙間から朝日が零れ落ちている。

カーテンではなく障子だ。そう、俺は紅魔館から博麗神社に帰還したのだ。

長いようで短かった紅魔館でのお手伝い生活。あれもあれで悪くなかったが、やはり俺はこちらの生活の方が性に合っていると実感する日々を送っている。

この朝の日差しを見るのもその一つだ。わずかに開いた障子の隙間から差し入る朝日は情緒を感じさせてくれる。

神社の生活はゆっくりと時間が流れる。それは決して刺激的ではないが、落ち着いていて心休まる時間だ。

俺は一日の始まりにそれを実感し、今日も生きていくのだ。

さ、風流な目覚めを堪能したところで、そろそろ起きるか。

俺は体を起こし、うんと伸びをする。

浴衣の前がはだけ、胸部が露になる。



・・・・・・・・・・・・・・・。



「え゛?」



俺は信ジラレナイ、いや信じたくないものを目の前にして硬直した。

いや、だって、待てよ。

あれはもう終わったはずだ。一日限りだったはずだ。

その一日はとっくに終わってる。あれから少なくとも3週間は経ったはずなんだ。

だからこの現実はありえない。これは今の俺にはついていてはいけないものだ。

アア、ソウイウコトカ。俺ハマダ夢ヲ見テルンダ。早ク夢カラ覚メナイカナー。

だけど中々俺の目は覚めない。やがて珍しく早起きしていたらしい霊夢が俺の部屋の障子を開け。

「優夢さん。そろそろ起きて朝ごはん作ってくれないと・・・」

硬直。そして沈黙。無音の時間が十数秒間続いた。

やがて、一言。

「・・・その胸は何?」

「・・・なんでじゃあああああああああああああああ!!??」

俺は再度女になったという現実を受け入れざるを得ない状況になってしまったのだった。





***************





「はふぅ・・・。」

「どうしたんですかパチュリー様?ため息なんかついちゃって。・・・ああ、写真を見てたんですね。」

小悪魔の問いに私は手に持ったものを見せて示す。

私が手に持っていたもの。それは優夢が女になったときの写真だ。

胸に『ななしゆうむ』と書かれた紺色の水着を着て恥ずかしそうに俯く優夢。

白いビキニで健康的な肢体を見せる優夢。

ネコミミをつけてセーラー服を纏い、スモックを来た妹様と笑顔で移っている優夢(実際はやけくそだったみたいだけど)。

その写真に写っているのは、どれも見ているだけで和むほど可愛らしい少女だった。

けれどこれは所詮一時の幻。彼は男として生きることを選んだ。今後彼が女性になることはないだろう。

そう理屈ではわかっている。だけど感情は別物で、また見たいだとか、無理矢理優夢を女にしてしまいたいという欲求が溢れている。

中々割り切れないものね。こんなとき、彼の受け入れるという性質をうらやましく感じる。

「あのときの優夢さんは可愛かったですよねぇ。」

「あなたはたっぷりと美味しい思いをしてたわね。」

「はい。嫌がる優夢さんを無理矢理着替えさせるのなんて、思い出しただけで・・・ハァハァ。」

ダメだこいつ、早く何とかしないと。小悪魔は思い出し鼻血を出していた。

女装した優夢を見て開きかけていた扉を、女性化した優夢に出会うことによって完全にこじ開けてしまったらしい。

「もうこの際パチュリー様でいいんで、お着替え手伝いましょうか。」

「調子に乗るんじゃないわよ。焼くわよ?」

矛先を私に向けるな。優夢に向けなさい優夢に。

「ほんのちょっとした冗談ですよぅ・・・。」

本当かしらね。

けど、私が持っている感情も小悪魔と大差ない。結局のところ同じ穴の狢ね。



ところで、噂をすれば何とやらという諺が存在することを知ってる?

「パチュリーさん!これはどういうことですかッ!!」

その言葉を体現するかのように、バンと扉を開く音と優夢の声が響き渡った。

「あれ?優夢さんですね。どうしたんでしょうか。」

「さあ。とりあえず小悪魔、あなた出迎えてらっしゃい。」

私の言葉に従い、小悪魔は入り口の方へ飛んでいった。

しばし後。

「ふぇぇぇぇえええええええ!!?」

小悪魔の困惑とも歓喜ともつかぬ叫びが響いた。・・・何事よ。

私は気になりそちらへ飛び立とうとしたが、どうやらいつぞやのように入り口で話し込んだりはせずに、小悪魔は優夢――あと今日は付き添いで霊夢も来たみたい――を連れてきた。

私は優夢の姿を見て、目を丸くした。

「パチュリー様、見てください!優夢さんが女として生きることを自分から選んでくれましたよ!!」

「違いますッ!!ていうかパチュリーさん、どういうことか説明してください!!一日限りじゃなかったんですか!!?」

「そんなことより、私に黙ってこんな面白・・・愉快なことをしてたなんてね。何で私を呼ばなかったのよ。」

「言い直す意味あったのか!!?」

口々にわめき立てる三人の言葉を無視し、私は困惑した。

小悪魔の言葉どおり、優夢は再び女性化していた。咲夜が改造した普段着を着ているため、胸の隆起がはっきりと見てとれる。ついでにノーブラだった。

そのために驚いていいのか喜んでいいのか、微妙な気分であった。





***************





「これは一体どういうことなんですかッ!!」

俺はティーテーブルをだんと叩いて言った。

現在、俺達はパチュリーさんになだめられてとりあえず紅茶を飲みながら話そうということになっている。

だが、この件の当事者である俺にとって落ち着ける状況ではなかった。

それを理解しているのか、パチュリーさんは俺を無理にはなだめようとせず、紅茶を一口してから告げた。

「どういうことと聞かれても、皆目見当がつかないわ。」

「そんなわけがないでしょう。3週間前の大惨事を忘れたとは言わせませんよ。」

大惨事と言うほどではないかもしれないが、少なくとも俺にとっては大惨事だったのだ。

何せこの間里へ出てみると、里の男性連中からの視線が妙に熱かったのだから。油断したら掘られていたに違いない。

「そう言われても、今回は無関係よ。前にも話したと思うけど、世界を騙しとおせない不完全な術式が永続的に効果を発揮することは不可能なのよ。」

たとえば、とパチュリーさんは短く詠唱し、小さな火の塊を出現させる。

「今私は火の塊を出す魔法を唱えたわ。でも、わざと途中で詠唱をやめた。つまり不完全な術式で魔法を発動させたというわけ。そうするとどうなるか。まあ見てなさい。」

パチュリーさんは火の塊を小さな紙に近づけた。すると紙は燃え出した。

だが時間が経つと、火は消えてしまった。パチュリーさんが出した火だけではなく、紙に燃え移った分までもだ。

「ご覧の通りよ。この紙は魔法でしか燃えない特別な紙なんだけれどね。もし術式をしっかり組んだならこの紙が燃え尽きるまで燃え続けたはずよ。
でも私は不完全な術で魔法を使った。その結果、世界は今の炎を『ありえないこと』として修正した。
起こったことは起こったこととして残るから燃えた部分は戻らないけど、炎は消えてしまう。あなたに使った魔法も同じことよ。」

つまり、俺は本来男であり女であるはずがないから世界が修正をして男に戻った。

しかし俺が女になったという事実は消えないから、皆の記憶には残るし写真も残ってる。そういうことか。

「でも俺は現にまた女になってるんです。これはどう説明するつもりですか?」

さっきの説明は俺も重々承知している。疑うつもりもない。だけど今の現実が消えるわけではない。

それにパチュリーさんはしばし思案し黙り込んだ。

「・・・仮説になってしまうけど、いいかしら?」

「どうぞ。」

やがて口を開いたパチュリーさんの言葉に、俺は首を縦に振った。

「魔法とは違うけど、あなたは吸血鬼化したのに人間のままという変な存在だわ。普通だったらこれはありえないことなのよ。
吸血鬼になった人間は、人間であるという情報が吸血鬼であるという情報に上書きされ、人間ではなくなってしまう。けれどあなたはその上書きがなされず、新たに吸血鬼であるという情報が書き足されたのよ。
これを私はあなたの能力によるものだと考えているわ。」

俺の能力はいまだ不明だ。かつてフランに対し『全てを受け入れる程度の能力』だと言ったが、それであるかどうかは定かではない。

「私はそれはあなたの能力の一部だと思っているわ。それだけだと説明がつかない点が多いし。
ところであなた、『女性としての名無優夢』を受け入れたりしなかった?」

「え?あ、はい。しましたけどそれが何か。」

レミィに諭されて、俺は女としての体を受け入れた。・・・だからまあ、現状に不満があるわけじゃないんだけど。

「それが原因ね。私の推測だと、あなたの能力は『存在を受け入れる程度の能力』+αよ。あなたが『女性としての自分』を受け入れることによって、その存在があなたの中に組み込まれてしまった。
だからこうしてあなたは女性になっているんじゃないかしら。」

・・・なるほど、確かに。実際、俺はルーミアとレミィという『存在』を取り込んでいるわけだし。

(流石はパチェね。優夢の中の世界を知らないでそこまで推測するなんて。)

(ちんぷんかんぷんなのかー。)

ルーミアには難しいかもね。レミィ、遊んだげて。

(・・・何で私が。)

(ツンデレー。)

(誰がツンデレよ!!ちょ、待てこの宵闇小娘!!)

(待たないのかー。)

はぁ、やれやれ。

「大体わかりました。つまりこれは俺自身が無意識にやってしまったということですね。」

「そういうことよ。」

今後もこういうことがあるかもしれないってことか。厄介な話だ。

「で、どうやれば戻れるんですか?」

「知らないわよ。自分で探しなさい。」

・・・やっぱそうだよなぁ。思わずため息が漏れる。

これは俺の能力がやったことであり、パチュリーさんの魔法は一切関与していないのだ。つまり戻る方法は俺自身で見つけるしかないということだ。

「能力の使い方は自分で学ぶしかないのよ。ま、気長にやんなさい。」

一緒に来た霊夢が紅茶を飲みながら、他人事のように言った。実際他人事なんだけどさ。

「無意識で発動してしまったんなら、また無意識で発動することもあるんじゃない?そのときにしっかり感覚を掴んでおきなさい。」

「ああ、そうする。となると、しばらくはこのままだなぁ・・・。」

はあ、やれやれ。以前と違って初めから受け入れている状態だから不満はないけど、いつもと勝手が違うから気が重い。

「・・・で、何故にあなたは嬉々としてメイド服を構えてらっしゃるんでしょうか、小悪魔さん?」

というか何処から持ってきた。

「お気になさらず~。痛くはしませんから。ハァハァ。」

「この人ぶっ壊れたまんまだったーーーー!!?」

小悪魔さんはヤバい表情で荒い息を吐きながら俺ににじり寄ってきた。犯られるッッッ!!?

「色々とありがとうございました、パチュリーさん!男に戻ったらまた遊びに来ますので!!行こう霊夢!!」

「え、ちょっと優夢さん、まだ紅茶が残って・・・ああもう、しょうがないわねぇ。」

俺は早口にまくし立て、霊夢を立ち上がらせて全速力でこの場を去ったのだった。



「あらら~、残念ですねぇ。」

「小悪魔。あなたそろそろ本当に自重しなさい。」





***************





優夢さんが紅魔館から早く離れたいというので、私達はさっさと神社へ戻ってきた。

神社へ戻ると魔理沙がいた。

「おお~、霊夢と優夢。留守だったから勝手に上がってるぜ。」

「勝手に上がるな。そして勝手に私の煎餅を食べるな。」

「けちけちすんなよ、減るもんじゃなし。」

「減ってるじゃない。物理的に。」

「ああ・・・平和だ。」

私達の言葉遊びを聞いて、優夢さんはしみじみそう言った。大げさね。

「お前は突然何を言い出してるんだ、優夢。ていうか何胸に詰め物なんかしてるんだよ、何処ぞのPA」

「ダメだ魔理沙!それ以上言ってはいけない!!」

「き、急にどうしたんだよ。」

「いいか、噂をすれば影、だ。今この場にその方をお呼びするわけにはいかないのだ、絶対に・・・。」

「お、おう?わかったぜ・・・。」

優夢さんは辺りをきょろきょろと見回した。それでヤツの姿が無いことを確認すると、安堵のため息をついた。

「で、何で詰め物なんかしてるんだ?」

「・・・詰め物じゃないんだ、これが。」

証拠とばかりに、優夢さんは服の胸元を少し引っ張って見せた。そこには女性らしい谷間が存在した。・・・凄く悔しいわね。

「・・・お前、とうとう・・・。」

「違う!哀れむような表情をするなッ!!事情があるんだよ事情が!!」

優夢さんは、魔理沙に事細かに事情を説明した。そして何度も「これは自分の意思ではない」ということを明言していた。

「そりゃまた、災難だったなぁ。」

「ニヤニヤしながら言うな。お前楽しんでるだろ。」

「当然だぜ。」

隠そうともしない魔理沙の答えに、優夢さんは大きくため息をついた。

「けどまあ、何とかできるんだろ?」

「そこは俺次第らしい。まあ、色々試してみるさ。」

「だったら大したことじゃないぜ。お前らしく受け入れて、今の状況を楽しめよ。」

「軽く言ってくれるな。けどま、確かにその通りではあるよ。」

そう言った優夢さんの表情は、いつも通りの穏やかな微笑みだった。

「じゃ、話が纏まったところで優夢さん。これ、私の巫女服ね。」

「・・・は?」

「『は?』じゃないわよ。着替えなさい。そんな変な格好よりもマシな服があるんだから、着ておきなさいよ。」

「いや変なて・・・。サイズやら何やらが合わないと思うんだけど。」

「我慢なさい。」

有無を言わせない。以前よりはマシになったものの、優夢さんの格好は相変わらず奇妙だ。

だったら私の巫女服を着たほうがいいに決まってる。幸い、代えはまだある。

「おお、それじゃ今度私のお古も持ってきてやるぜ。サイズが小さくて入らなくなったやつだけどな。」

「俺じゃ余計に入らんだろうが!!そこまでして俺を露出狂にしたいのか!!」

「流石に冗談DAZE☆」

いや、あんた本気だったでしょ。

「とりあえず、巫女服はゆったりしてるから着れないことはないはずよ。とにかく着てみなさい。」

「はぁ、わかったよ。」

ため息をつきながら、優夢さんは服を脱ぎ始めた。ってここで着替えるの?

「え?だって女同士なら気にならないだろ?」

「気にならないけど、もうちょっと恥じらいとかを持ちなさいよ。」

この辺は完全に男の発想ね。居間は縁先から丸見えだ。こんな場所で着替える女性はいない――とは言い切れないけど、少ないことは確かよ。

「まあそこは俺が気にしないんだし、いいだろ?」

「・・・はあ、もう好きになさい。」

私はさじを投げた。やっぱり優夢さんは男だ。

優夢さんが服を脱ぐと、豊満な胸が零れ落ちた。

「・・・でけぇ。」

「でかいわね。」

私と魔理沙の感想は見事に一致した。

「ちょっと触るぜ。答えは聞いてない。」

「は?ちょ、魔理沙!?」

「こんな立派なもの持ってる優夢さんが悪いわ。ということで私にも触らせなさい。」

「霊夢まで!?お前は止める係だろ!!」

誰が決めたのかしら?



生乳をさらけ出した優夢さんが悪いということで、何はともあれ私たちは心行くまで優夢さんの胸を揉みしだいた。

柔らかくて暖かくてとても気持ち良かった。

「・・・オチオチ裸にもなれないのか。」

愚問ね。



その後立ち直った優夢さんは私の巫女服を身に纏った。

流石に身長はどうしようもなく、袖の長さや丈が足りずちょっとつんつるてんだった。へそも丸出しだ。

下のスカートも膝下は完全に出ている。全体的に私以上に露出が多かった。

これは優夢さん用の巫女服も用意しないとね。今度人里に頼みに行くか。

「これ、腋が凄いスースーするんだけど。どうにもならんの?」

どうにもならないわ。





こうして、優夢さんは神社では巫女服を着て生活することになった。

後日、男と女を入れ替える感覚を覚え自由に変わることができるようになってからは、男の間はあの服を着て女になったら巫女服に着替えるようにさせた。

博麗神社の光景が、ほんのちょっとだけ変わった日のエピソード。





+++この物語は、全てを受け入れる幻想が受け入れちゃいけないものまで受け入れる、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



博麗神社の新しい巫女?:名無優夢

女性優夢はレギュラーキャラだろ常考。ちなみに、男性状態と女性状態では能力値が変わります。

後日着ている巫女服は人里で頼んだやつ。職人は嬉々として作ったそうな。

だが忘れてはいけない。彼は元々男である。

能力:存在を受け入れる程度の能力+α?

スペルカード:想符『1700万ゼノのブルーツ(笑)波』、思符『デカルトセオリー』、暴符『ドライビングコメット』、思符『信念一閃』など



博麗神社の人気ない方の巫女(悲):博麗霊夢

しかしそれは確実に本人に問題がある。自業自得である。もっとも彼女はそれを気にするようなたまではないが。

優夢が女性化しても動じてはいない。理解に時間がかかっただけ。

なお、優夢が女性状態のときには時々一緒に風呂に入ったりしている。裸の付き合いは大切なのである。

能力:主に空を飛ぶ程度の能力

スペルカード:霊符『夢想封印』、夢符『封魔陣』など



出番が少なくても存在感だけはある:霧雨魔理沙

彼女ほど存在感の強いキャラクターもそう存在しないだろう。

優夢女性化についてはさほどの疑問を持っていない。何故なら相手が優夢だから。

今回の件で最初のお風呂でバッタリは綺麗さっぱり水に流れた。同性になら見られても平気なのだ。

能力:魔法を使う程度の能力

スペルカード:魔符『スターダストレヴァリエ』、恋符『マスタースパーク』など



→To Be Continued...



[24989] 幕間八
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/18 23:32
~幕間~





これは、俺が男に戻るまでの間にあった出来事だ。





その日は寺子屋の授業の日だった。俺は相変わらず男に戻れないでいた。

そんな状態で授業をしなければならないというのはやや気が重かったが、子供達も楽しみにいているのに休むわけにはいかない。

俺は気を引き締め、いつもの格好に着替えて里へ向かおうとしたのだが。

「せっかくその服仕立てたんだから、その格好のままで行きなさいよ。」

と霊夢が言い出した。俺が今着ている服というのは、霊夢のと同じ巫女服だ。違いと言えばサイズと色合いだけ。ちなみに霊夢が赤に対して俺は黒だ。

つまり、腋が思いっきりあいている服というわけだ。紅魔館ではずっとメイド服を着ていたから今更女物の服に抵抗はないが、これがいかんともしがたい抵抗感を生み出している。

魔理沙やレミリアさん、咲夜さんみたいな人たちしか訪れない神社の中でならギリギリ耐えられるけど、里へこの格好でとかどんだけ羞恥プレイだよ。

「そんなこと言ったら、あなたがあの格好で人里へ出られるのは私にとっての羞恥プレイね。」

・・・そんなに格好悪いかな、あの服?

「そんなに気にしなくても、皆気にしないわよ。むしろ喜ぶかもね。」

霊夢はそう言ってニヤニヤと笑い出した。腋から見える俺の胸のことを言ってるな。

ちなみに俺はサラシではなく咲夜さんがくれたブラジャーを着けている。咲夜さんは俺がサラシを着けることを極端に嫌がっているのだ。

何でも「せっかくの胸を潰してしまうから」とか。俺としては潰れて消えてくれると大助かりなんだけどな。この数日で何回触られたよ。霊夢と魔理沙に。

いっそのことサラシで押しつぶしてしまおうか?

「やめなさい。潰さない巻き方ならしてあげるけど、それを潰すのは私も許さないわよ。」

これだよ。お前忘れてないか?俺本来は男だぞ。

「でも今は女よね。しかも存在に女が組み込まれてるんだから本来が男も何もないわ。」

・・・これは何としても「俺が男である」という認識を再度植えつけなければなるまい。そのためにも一刻も早く男に戻らねば。

とりあえず今は寺子屋に行くことが先決だが。結局、この服で行くしかないのか。

「はあ、憂鬱だ。」

「似合ってるわよ。元気出しなさい。」

あっそ。





霊夢とのやり取りのあと、俺は着替えをせずに巫女服のまま教材を持って空へと飛び立った。

と、黒い塊がふよふよと近寄ってきた。ルーミアか。

「おーい、ルーミア。」

「その声優夢ー?」

俺は一応声をかけた。この闇の中ではルーミアも周囲が見えないらしく、こちらの存在には気付けないのだ。

ルーミアは俺の姿を確認するため、能力を解いた。中からいつも通りの黒い少女が現れた。

「・・・あれ~?あなたは誰?」

で、俺の姿を見て第一声がこれだった。まあしょうがないけどさ。

「俺。」

「優夢?」

「そうだ。」

「ふ~ん?」

短い受け答え。納得してもらえたか?

「ところで、あなたは食べてもいい人類?」

「・・・理解できてなかったか、こりゃ。」

俺はルーミアの発言に頭を抑えた。

「えー。だって優夢は男だよー?そんな巫女みたいな格好もしないもん。もっと変な格好してるもん。」

ルーミアまでそう思ってたのか!!俺は内心がっくりと膝を着く。

「・・・変なってとこにはいささか疑念があるが、俺が女だったり巫女服着てたりするのには理由があるんだよ。話せば長くなるけど。」

「そーなのかー。」

「そーなのだー。ってことで証拠!夜符『ナイトバード』!!」

俺はルーミアがいるのとは反対方向にスペルカードを放った。

このスペルカードを使えるのは、所持者であるルーミアと取り込んだ俺のみ。つまりこれで俺が俺である証明となるわけだ。

「あー、ほんとだー。」

「納得したか?」

「うん。」

そうか、そりゃ良かった。

「遊んでー。」

「すまんがそれは無理だ。今日は寺子屋の日だからな。先を急がなくちゃならん。」

「そーなのかー。」

「悪いな。今度神社に遊びに来てくれ。今日の分も含めて遊んでやるから。」

「わかったのかー。」

じゃあなと言って俺はルーミアと別れ、再び人里へ向かって飛び始めた。



男という認識を植えつけるどころか、女としての認識で上書きしてしまったことに気付いたのはかなり後になってからのことだった。





人里へ着くと、早速道行く人たちの視線を浴びた。

俺が初めて人里へ来たとき奇異の視線で見られたのは今も覚えているが、そのときの集中度をはるかに越えている。

ちなみに、端々からこんな声が聞こえてくる。

「うおお!ボンキュッボン!!」

「はぁはぁ、辛抱たまりません・・・。」

「もう少し、もう少し腋のところを!!あと少しで胸が見えるんだ!!」

「ウッ!!」

あんたら・・・俺が本当は男だってこと知ってますよね?それでこの反応ですか??

本格的に貞操の危機を感じた。しかも今の発言が男女半々だというところが余計にだ。

まあとりあえずだ。

俺はこの視線から逃れるため、全力疾走で寺子屋へと向かった。



その道中は戦いだったと言っていいだろう。

進めば進むほど、皆の反応が過激になっていったのだ。

先ほどなど伝説のル○ンダイブで俺を押し倒そうとした輩がいた。心の中で謝罪しつつ、思い切り蹴り飛ばしておいたが。

やはりこの服が悪い。早々に男に戻る術を身に着けなければ。

俺は肩で荒い息をしながら、寺子屋の戸をがらりと開けた。



中では、見知らぬ少女が人形劇をやっていた。

あれ?場所間違えたか?と思ったが、それを寺子屋の子供達と慧音さんが見ている。だから間違ってはいないらしい。

俺の突然の乱入で、劇が一瞬止まってしまい、俺に視線が集中する。・・・しまったな。

「誰?」

「すいません、邪魔をしてしまったみたいで。俺には構わず続けてください。」

「・・・そう。」

少女は冷たい瞳で俺を見て、人形劇を再開した。子供達も再び人形劇に視線を注いだ。

俺はそれを横目で見つつ、慧音さんのところへ行き。

「彼女は?」

と小声で語りかけた。

「・・・君は優夢君で間違いないんだな?どうしたんだ、その格好は。」

「それについては後で詳しくご説明します。皆にも説明しないといけないし。」

「ふむ、そうか。彼女は魔法の森に住む魔法使いで、アリス=マーガトロイドという。人形を扱う魔法使いで時々こうやって人形劇を頼んでいるんだ。」

ふぅん。魔理沙以外にも魔法の森に住んでる魔法使いいたんだな。

アリスさんは確かに人形の扱いが卓越していた。一体どうやってあんなにたくさんの人形を同時に動かしているんだろう。魔法か。

しかしそれだけではない。指がせわしなく動いており、人形を手動で動かしているのがよくわかる。俺の弾幕に通じるものがある。

演目は御伽噺のようだ。少女が不思議な世界に迷い込む話。そう、「Alice in Wonderland」だ。

その劇からは温かみが感じられた。さっきはちょっと冷たい人かなとも思ったけど、どうやらそういうわけではないらしい。

話は佳境に入っていた。ヒロインが女王に向かって無罪の証明をするところだ。

俺はそこから最後まで、子供達と一緒に劇に見入っていた。

小さな舞台に幕が下ろされ、終劇となる。アリスさんが一息つくと、子供達から惜しみない拍手が送られた。

俺と慧音さんも、ともに拍手を送る。うん、今のは素晴らしい劇だった。

子供達はアリスさんに「アリスねーちゃん、面白かったー!」だとか「次もお願いねー!」とか声援を送った。そして口々に今の劇の感想をしゃべりあう。

そしてそれで満足したのか、アリスさんはほんの少しだけ微笑みを浮かべていた。

「素晴らしい劇でした。それと途中で邪魔をしてしまいすいませんでした。」

俺はそんな彼女に歩み寄り、声をかけた。するとアリスさんは元の無表情に戻ってしまった。

・・・やっぱり、ちょっととっつきにくいイメージがあるなぁ。

「で、あなたは誰なの?」

「彼・・・いや、彼女は名無優夢といって5ヶ月ほど前から寺子屋で教師をやってもらってるんだ。」

彼女、という言い方にやや苦笑を浮かべる俺。まあ、この格好じゃ仕方ないか。

「初めまして。名無優夢です。6ヶ月前に幻想郷に来て、今は博麗神社で世話になっています。」

「そう。私は魔法の森の魔法使い、アリス=マーガトロイドよ。」

よろしくお願いします、と俺は右手を差し出した。しかし彼女はそれを一瞥しただけで、手を取ろうとはしなかった。

特に俺に興味を持つこともないようで、アリスさんはそれっきり黙りこんでしまった。・・・ほんとやりづらいなぁ。

アリスさんは一見して可憐な少女だ。金色の髪をショートカットにし、赤いカチューシャをつけている。

服装も西洋人形を思わせるもので、手足はスラリと細長い。触れば砕けてしまうガラス細工のような印象を受ける。

しかし同様に、ガラスの冷たさを思わせるほど無表情であり、青い瞳は冷たい輝きを放っていた。

「それはそうと優夢君。普段の服はどうしたんだ?あの黒い変な服は。確か紅魔館でのメイドはもう終わったんだろう?」

「ええまあ、そうなんですけどね。何か霊夢がこれ着ろってうるさくて・・・。って慧音さんまで俺の服を変と言いますか!?」

「あ、いやすまなかった。しかしあの服は君が思っている以上におかしな格好だぞ?その巫女服の方が余程似合っているよ。」

「・・・味方は何処にもいないのか・・・。」

慧音さんの発言に微妙に凹む俺。

と。

「随分と男っぽいしゃべり方をするのね。何処ぞの白黒みたいに。」

アリスさんが俺に話しかけてきた。なんだ、魔理沙のこと知ってるのか。

って、そりゃそうか。同じ魔法使いで魔法の森に住んでるんだから。

「いやあ、魔理沙はもっとちゃんと女の子っぽいしゃべりしますよ。」

「あれで女の子っぽいっていうのかしら?」

「少なくとも、魔理沙は『俺』なんて一人称を使いません。」

「それもそうね。けど女の子らしいというのは疑念が残るわ。」

うんまあ、確かにね。「だぜ」ってよく言ってるし。

「でも、あいつはあいつで女の子らしいところもたくさんあるんですよ。ご存知ないですか?」

「知らないわ。別に仲がいいってわけでもないんだし。」

へえ、意外だな。俺はてっきり魔理沙の友人だと思ってたんだけど。

「冗談。何が悲しくてあんな泥棒まがいを友達って呼ばなきゃいけないのよ。」

・・・魔理沙、一回でいいからお前これまで迷惑かけた人に謝れ。

「俺が代わりに謝ります。魔理沙がご迷惑をおかけしたようで。」

「別にあなたが謝る必要はないわ。あいつ本人が謝らないと意味ないじゃない。」

それもそうだな。

「じゃあ今度それとなく言っておきます。」

「頼むわ、期待はしてないけど。」

ですよねー。俺は乾いた笑いを浮かべた。

「じゃ、私は帰るわ。冬篭りの支度もしなくちゃいけないし。」

相も変わらず冷たい感じの声で、アリスさんはくるりときびすを返した。

「次もまた頼むよ、アリス。」

「俺からもよろしくお願いします。楽しみにしていますんで。」

俺達の言葉を背に受け、アリスさんは振り向かずに寺子屋の外へと出て行った。

「・・・すまないな優夢君。彼女は少々愛想が悪いが、人見知りなだけなんだ。勘弁してやってくれ。」

「いえ、俺は元から気にしてませんよ。」

その程度で気を悪くするほど、俺の受け入れる容量は小さくありませんから。何せそこだけが命綱。

「そうか。ありがとう。」

「礼を言われるようなことじゃないですよ。・・・それはそうと、そろそろ皆を静かにした方がよくありませんか?」

俺の言葉どおり、子供達は感想話がエスカレートしすぎて先ほどの劇を自分達でやっていた。子供すげぇよ。

「それもそうだな。何故君がまた女性になっているのかも聞かねばならないし。」

「・・・『また』ってことは、慧音さんも読んだんですか?この間の文々。新聞。」

「流石に里の男勢があれだけ騒いでいればな。嫌でも耳には入るというものさ。」

とりあえず、人里で俺を知らない人はいなくなったようです。いいことなのか、悪いことなのか。いや問答無用で最悪だわこれ。

俺は深いため息をつき、手を叩いて子供達を静まらせた。





***************





奇妙な人間だと思った。

『外』から来て、神社に住んでいて、男言葉をしゃべる巫女服の女性。

背は慧音よりもさらに高く、大人の女性を思わせる体をしていた。

どうやら魔理沙の知り合いみたいだ。まあ、神社に住んでいれば当然か。

自分で言うのもなんだけど、愛想の悪い私相手に嫌な顔を見せなかった。ただ優しく微笑むだけ。

狙ってとかじゃなく多分そういう性格なんでしょうね。言葉遣いといい、魔理沙を思わせるわね。魔理沙の方はいつも不敵笑みだけど。

魔理沙とは違って、私は彼女に悪い印象を受けなかった。魔理沙の場合、普段の行いが悪すぎるわ。もっと節度を持つなら、私も友人として見てやってもいいんだけど。

今は魔理沙のことは放っておこう。とりあえず、今は彼女、名無優夢のこと。

「楽しいと言ってくれるなら、またやらないわけにはいかないわね。」

別に彼女の頼みに答えるわけじゃない。元々私は慧音と定期的に人形劇をする約束をしている。

だけど観客が増えることに悪い気がするわけじゃない。

だから私は、新しく増えた観客のために、再演を誓った。

「楽しみにしておきなさい、優夢。」





この後、私は彼女と――いえ、彼と『異変』で出会うことになる。そのときに一悶着あったりするのだが。

それはまた、別の話。





***************





私はこの日、寺子屋に来たことを激しく後悔した。

何故かって?どうやら今日はアリスが人形劇をしに来ていたらしいんだ。

で、あの根暗引きこもり娘は優夢にチクったらしいんだ。何をとは言わない、私は借りてるだけだ。

しかしそれは優夢、そして慧音には通じず。

「いいか魔理沙。何度も言ってるが、借りるというのは期間を定めて他人の所有物を一時的に手元に置くことであり、期間が来たら返却しなきゃいけなんだぞ。」

「いやだから私は、一生借りてるだけで・・・」

「ちゃんと相手の了承は得ているのか?それに返すときは誰が返しに行くんだ。相手に取りに来てもらうなど、筋が通らないぞ。」

「う・・・別にいいじゃないか!あいつらは人間より寿命が長いんだから!!」

「そういう問題じゃない。人間よりはるかに寿命の短い烏に食料を『一生借りられた』ら怒るだろ。誰だってそうだ、俺だってそー・・・いや、俺は怒らないな。」

「優夢君、それでは説得力が・・・。」

二人がかりのこの説教はその後3時間に渡って行われた。

結局私は自分のスタイルを曲げなかった。それを見て、優夢と慧音は大きなため息をついた。

何となくカチンと来たので優夢の胸を思い切り揉んだら、優夢がキレて弾幕の嵐を喰らった。

まったく、今日は厄日だぜ。





+++この物語は、女性化した幻想が七色の魔法使いと出会い女と認識される、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



最早諦めろとしか言いようがない:名無優夢

男に戻れてももう女にしか認識されない。とりあえず人里歩くときは尻に気をつけろ。

巫女服が黒なのは彼のせめてもの要望。しかし肌色率が高いのであまり問題はない。霊夢的な意味で。

アリスには弾幕の操作を教えてもらおうかなーと思っていたりする。

能力:人里の性欲を湧きたてる程度の能力?

スペルカード:想符『1700万ゼノのブルーツ(笑)波』、思符『デカルトセオリー』、暴符『ドライビングコメット』、思符『信念一閃』など



七色の人形遣い:アリス=マーガトロイド

種族としての魔法使いその2。人形を使って弾幕を出す。

基本的に他人に対し興味を持たないが、親切な一面も持っていたりする。

優夢のことは完全に女性として認識。

能力:人形を操る程度の能力

スペルカード:魔符『アーティフルサクリファイス』、咒詛『魔彩光の上海人形』など



→To Be Continued...



[24989] 幕間九
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/18 23:32
~幕間~





これは、俺が幻想郷に来た年の暮れから元旦にかけての話だ。





「ところで、うちは新年の準備しなくていいのか?」

大晦日。空気ももう冷たくなっているというのに縁側の障子は全開だ。

部屋の中を寒い風が抜けるので、俺と霊夢は炬燵に入っている。

「新年の準備って何よ。」

俺の問いに、霊夢は見るからに不機嫌そうな表情をした。

「え?だってここは神社だろ。だったら、初詣の参拝客に振舞う甘酒とかの準備を。」

俺がそう言うと、霊夢は完全にふてくされた感じで告げた。

「ふん。今まで初詣なんて来た奴いないわよ。頭に来るわよ、全く。」

・・・この神社が参拝客いないのは知ってるけど、そこまでだとは思わなかった。

いやまあ、確かに仕方のないことではあるけど。人里からここまでは遠いし、道中は妖怪だって出没する。

元旦ぐらい妖怪もお休みしてくれればいいが、あいにく連中は年中無休だ。

となると、自ずと初詣してくれそうな人間は限られてくる。魔理沙とか。しかし魔理沙は確実に初詣なんてする柄じゃない。

なるほど、誰も参拝には来ないわけだ。

しかし神社が正月に参拝客0というのはどうなんだろう。あまりよろしい状況ではないように思えるが。

「いいわけないじゃない。最悪よ。」

霊夢は身も蓋もなくばっさりと言った。その表情には「賽銭」の文字がありありと浮かんでいる。

・・・普段寝床を提供してもらっている俺としては何とかしてやりたいところだけど、手段がないよなぁ。

と俺が思案していると、霊夢が名案でも浮かんだように手を叩いた。



「いいこと考えたわ。優夢さん、あなた人里で人気でしょう?だからあなたがサービスするのよ。」



サービスって・・・なんだよ。

「まあその格好じゃサービスにならないから、とりあえず女性化して巫女服に着替えてきなさい。」

早速嫌な予感しかしなかった。

とりあえず、参拝客をどうにかしたいのは俺も同じなので、大人しく霊夢の言葉に従うことにした。





「で、サービスって一体何なんだよ。」

俺は嫌な予感がしつつも霊夢に聞いた。既に女性化し巫女服も纏っている。

「そう大したことじゃないわ。ただ単に、優夢さんが参拝客を持て成すってだけよ。」

なんだ、言葉どおりサービスか。俺はほっと安堵のため息をついた。

「で、時々腋の隙間から胸チラしたり。」

「は?」

「ちょっとまでだったらお触りOKにして。」

「おいちょっと待て。」

「あ、お賽銭多く入れてくれた人には揉み放題ってのもいいわね。どう思う優夢さん?」

「何だそれ!?おかしいだろ、神社のやること違うだろ!!揉み放題って何を揉ませる気だ、何を!!」

水商売じゃねえか!!

「そりゃ、優夢さんの胸に決まってるでしょ?」

「全力でお断りだ!!そんなことするぐらいなら俺は男に戻る!!」

「えー?」

何でそんなに残念そうなんだ!!

「はあ、何考えてるんだよホントもう。」

「手っ取り早くお賽銭を集める方法をよ。」

お前は。手段のために目的を見失ってるぞ。

「そんなことして集めた信仰心でお前は満足なのかよ。」

そもそも色欲で集まったお賽銭に信仰心なんかあるのか。

「・・・それもそうね。ちょっとふざけすぎたわ。」

この巫女は。

「まあけど、とりあえず最初の参拝客を持て成すってのは賛成だな。もちろん俺だけじゃなく、霊夢もだけど。」

「えー、何で私がそんな面倒くさいことを。」

「むしろお前が持て成すべきなんだよ!この神社の主はどこの誰だ?」

俺の言葉に霊夢は反論できず、ムスっと黙り込んだ。

「そんな顔をするな。俺も協力するから。で、となると人里に初詣の宣伝に行かないとな。」

いくらこっちで気合入れたからって、里の人たちがそのことを知らなきゃ来るはずもなし。

「じゃ、優夢さんお願いね。」

「何言ってんだ。お前も来るんだよ。」

早速サボりを決め込もうとした霊夢に的確な突っ込みを入れる。

だが霊夢は不満たらたらといった表情をした。

「今言ったばかりだろうが。この神社は誰のものだ、信仰心が欲しいのは誰だ。」

俺が頑張ったって、そればかりは手に入らないだろうが。究極的に言ってしまえば俺はこの神社とは無関係なんだから。

「もう、しょうがないわねぇ。」

やや時間はかけたものの、霊夢も重い腰を上げてくれた。



かくして俺達は、『博麗神社で初詣』の宣伝のために人里へと向かった。





***************





私は新年を迎える準備のため、人里を訪れていた。

おやっさんの店へ行き食料を調達する。大晦日でも活きのいい食材を扱っているから大助かりだ。

他にも、年の暮れでも開いている酒屋に行き、新年用に日本酒を何本か買う。

私はそれらを布袋へ入れ、人里の通りをブラブラと歩いていた。

すると、面白いものを見ることができた。

「初詣に博麗神社へお参りに来ませんかー!?」

「来ないと『夢想封印』するわよ。」

「こら霊夢!来てもらおうってのにそれはないだろ!!」

「この寒いのに出てきてイライラしてんのよ私は。」

それは、珍しく人里に出てきている霊夢と巫女服のまま出てきた優夢が、道行く人々に初詣の宣伝をしている光景だった。

笑顔を振りまく優夢と憮然とした表情の霊夢。実に対照的でおかしな組み合わせだ。

私は冷やかしてやろうと二人に声をかけた。

「よう、霊夢と優夢。こんな年の瀬までせいが出るな。」

「ああ、魔理沙か。お前もどうだ?今年は参拝客を盛大に持て成すつもりでいるんだが。」

「遠慮しておくぜ。二人じゃそう大した持て成しもできないだろ?」

私は仕事を増やさないでやるんだ、優しいだろ?と優夢に言ってやった。それを聞いて優夢は苦笑をした。



私は優夢との会話に集中していて、霊夢から目を離していた。それが命取りとなった。

「隙あり!!」

「何っ!?」

私は霊夢の声に反応して身構えたが、その瞬間には全てが終わっていた。



いつの間にか私は、紅白の巫女服に着替えさせられていた。

「・・・て何じゃこりゃあ!?」

「何で私達だけ働いてあんたは楽してんのよ。気に食わないわ、手伝いなさい。」

「何で私が!?というか、今の一瞬でどうやって着替えさせた!!」

「神業、とだけ言っておくわ。」

全然意味がわからなかった。

「おいおい霊夢、いくらなんでもそりゃひどいだろ。魔理沙は無関係なんだから。」

と、優夢が援護射撃をしてくれた。いいぞ、もっと言ってやれ!!

「何言ってんのよ。いつも神社でただ食いただ飲みしてるんだから、立派な関係者よ。」

「・・・そう言われると、反論の余地はないな。諦めろ魔理沙、日頃の行いだ。」

あっさりと手の平返された。畜生、お前ら後で覚えてろ!!

「おや、霊夢が人里へ出てきているとは。珍しいな。」

私達がそんなやり取りをしていると、声をかけてくる知人がいた。

「慧音さん。」

「やあ、優夢君。今年一年、ありがとう。色々と助かったよ。」

「いえ、俺は大したことをしてませんよ。それに、魔理沙だって色々したでしょう?」

「ああ、確かにな。子供達の面倒を見てくれていたし・・・ところで、そっちの巫女服を着ているのは魔理沙なのか?」

「私はまだ手伝うとは言ってないぜ。」

私は霊夢に毅然と言い放った。

「いや、いいじゃないか。結構似合っているぞ、魔理沙。たまにはいいんじゃないか?」

「慧音!?お前まで私を追い詰めるようなことを言うな!!」

「これはもう、従えっていう天の声よ。」

「まああれだ魔理沙。男は諦めが肝心。」

「私は女だ!!」

男はお前だろ!!私はお前みたいに男女じゃないッ!!

「ああ、そういえば最近女でいる比率が多いからすっかり忘れてたよ。」

自分と同じ性別=男と認識ということか。凄く腹の立つ話だ。

「というか優夢君。いっそのこと完全に女になってしまえばどうだ?そっちの方が似合っているぞ。」

「や、俺の心はもう完膚なきまでに男一色なので。遠慮します。」

「そうか、残念だ・・・。」

やっぱり慧音もそう思うのか。優夢、多分幻想郷中に聞いて周っても、お前が男の方がいいと言う人は圧倒的に少ないぞ。

「・・・とかく世の中ってやつぁ。」

優夢は空を仰ぎ見て遠い目をした。そんなことして現実が変わるわけでもないのになぁ。

「で、どうするの?ああ、ここで断ったらあんたこれから神社の敷地に立ち入るの禁止ね。」

霊夢が話を戻した。そして脅迫してきた。少なくとも巫女のすることではない。

・・・はぁ、しょうがないなぁ。

「今年だけだぜ。」

「よし。労働力ゲットね。」

「そういう言い方をするな。ありがとう魔理沙、助かるよ。」

「話が纏まったようで何よりだ。そうだ、私も少し協力するよ。初詣に向かう人間の護衛をしよう。そうすれば、少しは参拝客も増えるはずだ。」

あまり長く里を離れるわけにはいかないから参拝自体は出来ないが、と慧音は続けた。

「すいません、慧音さんにまでご迷惑をおかけしてしまって。」

「いや、優夢君には普段から世話になっているんだ。気にすることはない。」

「なあ、私と慧音でここまで対応が違うのはなんでだ?」

「日頃の行いね。」

よし、後で優夢には『マスタースパーク』をお見舞いしてやる。

私がそんなどうでもいいことを誓っていると。

「あやややや、これはこれは。面白いことを聞いてしまいましたねぇ。」

もう一人、知人がやってきた。

「射命丸さん。」

「どうもこんにちはです、霊夢さん、優夢さん、魔理沙さん、慧音さん。」

「何の用だ、盗撮女。あいにくとお前に構ってる心の余裕はないぜ。」

「ひどい言い草ですねぇ。私はあなた達に協力しようと思っているのに。」

協力?

「はい!初詣の期間に限り、山の天狗から護衛を出そうと思っているのです。もっとも、私の部下しか出せないからそう多くはないですけど。」

「天狗か・・・大丈夫なのか?」

「そのために私の部下だけなんですよ。」

なるほど。

「で、何を企んでる?」

「あやや、疑り深いですねぇ。ただの親切心ですよ。」

胡散臭いことを言う文。事実その直後に

「まあ私としては?ちょーーーーっとだけ、初詣を取材させていただければと思っている次第ですよ。」

と、本音を漏らした。

「ふむ、確かに博麗神社に参拝客が訪れれば記事になるな。」

「でしょう?納得いただけましたか?」

「ああ、これ以上なく、な。」

「そういうことでしたら、遠慮なく取材していってください。よろしくお願いします、射命丸さん。」

「いえいえこちらこそー♪」

「ちょっと、私に許可を取るとかはしないの?」

「いいだろう。霊夢にとっても悪い話ではないんだから。」

「・・・まあ、確かにそうなんだけどね。」

名実ともに優夢にのっとられつつあるな、神社。



護衛班の具体的な方法は二人に任せて、私は荷物を持ったまま博麗神社へと向かった。

それから、甘酒を準備したりお守りを棚から出してきたりと初詣の準備をした。

そして、夜になった。





***************





私達は早めの年越し蕎麦を食べている。もっと後でもいいと思ったんだけど、優夢さんが『早めにお客さんが来るかもしれないだろ?』と言ったので、ちょっと早くしたのだ。

『ごちそうさまでした。』

私と魔理沙と優夢さんの声が唱和する。

今ここには三人の巫女がいる。もっとも一人はパチモノで一人は男女(女男?)だけど。

ここまで気合を入れた大晦日なんてあったかしら。・・・ないわね。

「よし、じゃあそろそろ皆持ち場に着くか。」

「私は社務所の方だな。」

「私は母屋で待k「お前は俺と一緒に参拝客のお持て成しだ。逃げようとすんな。」・・・わかってるわよ。」

ち、失敗したか。

「本当にわかってるんだろうな?」

「わかってるってば、しつこいわね。甘酒を皆に配ればいいんでしょ?」

「自分で飲むなよ?」

・・・私はそこまで信用がないんだろうか。ちょっとムカっと来るわね。

「甘酒はこの薬缶の中に入ってる。器は数に限りがあるから、飲み終わった人の分の回収も忘れるなよ。手が空いたら俺が洗いに行くから。」

「ええ、わかってるわ。」

「魔理沙、今日のは初詣だからな。変な商売人根性出さなくていいんだからな。」

「何だその変な商売人根性って。任せとけよ、私は霧雨魔法店店主だぜ?」

不安になる肩書きね。あんたんとこ客来ないじゃない。

「お前にだけは言われたくないぜ。」

「お互い様よ。」

「はいはいケンカは仕事が終わってからにしてくれ。これから忙しいんだから。」

それもそうね。

「じゃ、今日明日と大変だとは思うが、皆最後までやり遂げよう。」

「やるとなったら最後までやるわよ。」

「お前こそ途中でへばるんじゃないぞ、優夢。」

私達はお互いに目線を交わす。そして頷き。

「行くぞ!」

「ええ!」

「おう!!」

私達はそれぞれの持ち場へと散った。



私は神社の本殿の前で甘酒の入った器をお盆に乗せ、優夢さんと待機していた。

本当に来るんだろうか。これで来なかったらはりきり損だ。

「大丈夫、来るさ。今年は霊夢がこんなに頑張ったんだ。来ないはずがないさ。」

優夢さんがそう励ましてくれる。

「それに、慧音さんと射命丸さんが協力してくれてるんだ。絶対来るに決まってる。」

私は優夢さんの言葉を信じ、待つことにした。



と、提灯の明かりが神社の石段を登ってきた。

まさか本当に!?

「おう、巫女様、優ちゃん!明けましておめでとう!・・・ちゅうにはまだ少し早いか?」

「あと10分は待ちましょうよ、おやっさん。」

それは人里の食料屋の店主だった。優夢さんの友人であり、この神社に遊びに来ても不思議はない人物。

彼一人だった。

「・・・残念ね。」

私は落胆のため息をついた。

「あれ?どうかしたんですか、巫女様?」

「あー、その・・・もっと多くの人が来ると思ってたんで。」

「別に大したことじゃないわ。いつも通りの大晦日ってだけのことよ。」

そう、別段大した話じゃない。いつもと違うと思った大晦日が、いつもと同じ元旦になるっていうだけの話。

それだけだ。

だけど店主は、私の落胆を打ち切った。

「あ、いやあそんなことないっすよ巫女様。俺ぁ他の若ぇのより足が速ぇから、こうして一足先に来たんでさぁ。優ちゃんの胸を拝みn・・・ゲフンゲフン!!」

「・・・おやっさん?」

「いや何でもねえ口が滑っただけだ忘れろ優ちゃん!!」

店主の発言に優夢さんが冷たい眼差しを送る。

「ちょっと待ちなさい。優夢さんの胸なら好きなだけ拝んでいいから、あなた一人じゃないの?」

「おい待て霊夢!?」

「ああ、ありがてぇこってす!このご恩は忘れませんぜ、巫女様!!」

「そんなことはどうでもいいから、答えなさい!!」

「へぇ。一人じゃねえどころか、里のほとんどの人間が向かって来てますぜ。慧音先生が護衛してくだすってるしブン屋さんも協力してくれてるから、いつもは閉じこもってる連中も安心して来れるんでさぁ。」

「俺の話を聞けぇー!!」

優夢さんが叫んでいたが、私はそれどころではなかった。

確かに、私は参拝客が来てくれればと思っていた。けど、まさかそれが現実になるなんて・・・!!

私は衝撃に前後不覚になりながらも、それを見た。



それは、里の人間達が提灯を手に石段を登ってくる光景だった。

「皆・・・。」

私は柄にもなく、胸が熱くなるのを覚えた。

彼らは私の思いに答えてくれた。ならば今日私は、彼らを持て成してやろう。

そう自然に思えた。





まあ、その直後の彼らの発言で、私の感動なんて一瞬で吹き飛んだんだけど。

「おお、いたぞ!乳巫女だ!!」

「うおお、辛抱溜まりません!いただきます!!」

「待て、早まるな!弾幕で吹っ飛ばされるぞ!!」

「そうだ!まずは年が明けるのを待って、お賽銭入れてお守り買って、それからあの乳を拝むんだ!!それがルールだ!!」

「二拝二拍一拝ですね、わかります!!」

私は、いや私と優夢さんは揃ってその言葉に唖然とした。

そして、後ろから声がかけられる。

「どうですかー?ちゃんと皆さん集めて来ましたよー!」

それは文だった。優夢さんは壊れたブリキ人形のようにギギギっと首だけそちらを向いた。

「・・・射命丸さん?彼らの言葉の意味を翻訳してほしいのですが。」

「ふふん!私の作戦勝ちというやつです!!人里で大人気の優夢さんの知名度を利用して、『初詣でお賽銭を入れてお守りを買ったら、優夢さんの胸を揉み放題』と喧伝してきたのですよ!!」

「・・・へぇ~。あれは射命丸さんの仕業だったんですか。」

優夢さんが黒いオーラを放ち始めた。・・・近くにいたら巻き込まれるわね。私は店主ともども優夢さんから離れた。

文はその異様な気配に気付かず、得意げに話し続ける。

「その通りです!!中々見事な発想だったでしょう、これこそ新聞記者の技です!!あ、感謝の言葉はいいですよ?私は取材させていただければそれで・・・



優夢さん?あなたは何故弾幕を出しているのでしょうか。それも大量に。」

「ええ・・・、今射命丸さんが想像した内容で合っていると思いますよ。」

「ええと・・・その・・・、そ、そう!!これは善意です、善意なんですよ!!日頃取材に応じてくれている優夢さんに感謝の気持ちを込めて!!」

「そうですか。それでは俺の感謝の気持ちも受け取ってください。なぁに、遠慮はいりませんよ。
・・・少し、頭冷やしてください。

「ヒイイィィィーーーー!!!?」

そして巻き起こる爆音。文は優夢さんの30を越える操気弾を受けて、きりもみ回転しながら吹っ飛んでいった。あれは痛いわね。

優夢さんは止まらなかった。ギロリと里の人間達をにらむ。

『ヒィッ!?』

優夢さんの殺気を受け、彼らは息を飲んだ。

「・・・で、誰の胸を拝むって?」

「い、いえ何でもありません!!」

「お、俺じゃないっすよ!こいつ、こいつが言ったんです!!」

「あ、きったね!!お前『あの乳巫女をモノにしてやる』とか言ってたじゃねぇか!!」

「わ、私は関係ないので普通に参拝して帰りますね?」

「待てや!女だからって見逃してもらえると思うな!!お前らの方がもっと過激なこと言ってただろ!!」

「そーだそーだ!!『あの胸に吸いつきたい』とか言ってたのはどこのどいつだー!!」

ギャーギャーとお互いに責任の擦り付け合いが始まった。

まあ、とりあえずよ。

「あんたらは・・・一回医者に脳みそ見てもらえー!!」

吹っ飛んで反省してきなさい。

優夢さんは「俺は男だっつってんだろー!!」と叫びながら、彼らに向かっても弾幕を放った。

威力を弱めているようではあったけど、霊的防御手段を持たぬ彼らには十分な打撃となり、程なく第一陣をノックアウトしたのだった。



まあ、一陣潰しただけでどうにかなるわけでもなく。

その後二陣三陣と次々に同じようなことを言ってくる人間達がやってきた。そのたびに優夢さんは訂正し続けた。

だがあまりにもキリがないので、そのうちに優夢さんは考えるのをやめた。

まあ、それでも揉ませなかったのは優夢さんの最後の意地ね。

そうそう、色欲にまみれた連中だけじゃなく、ちゃんと参拝に来た人もいたわ。こっちの人たちにはちゃんと甘酒を振舞って持て成した。他の連中?放っときゃいいのよ。

他にも子供達もやってきたりした。優夢さんは子供達の相手もしていた。そのときは心底癒されたような表情をしていたわ。

まあ、中には悪ガキも混ざってたんだけど。優夢さんの胸に触ろうとするやつとか。

さっきので神経過敏になってた優夢さんは本気でにらみつけて泣かせてしまったりしてた。けどまあ、概ね平和だったと言っていいでしょう。

魔理沙も一人でお守りを売ってて大変そうだった。普段飲み食いしていってる分よ、しっかり働きなさい。





結局人が途切れることはなく、全ての参拝客が帰る頃には既に日も高くなっていた。

「はあ、疲れた~・・・。」

「眠い・・・。」

「こんなことはもうコリゴリだぜ・・・。」

私達三人は、後片付けの後母屋の居間で着替えもせずに横になっていた。

「ふふ、お疲れ様だったな。」

いつの間にやってきたのか、慧音が縁先に立っていた。その隣には文の姿もある。

「いや~、大繁盛だったじゃないですか。これはいい記事になりますよー!!」

「いい記事にしてくださいよホント。射命丸さんの余計な宣伝のせいで本当に大変だったんですから・・・。」

優夢さんは心底疲れた声で言った。流石に反省したのか、文は頭をポリポリとかいた。

「・・・けどまあ、楽しかったです。そこんところは感謝してますよ、射命丸さん。」

「あやや・・・そう言われてしまうと余計心苦しいですね。」

「これが優夢さんなのよ。素直に感謝されときなさい。」

「・・・そうですね。」

文は柔らかに微笑んだ。

「ああ、そうだった。忙しいからすっかり言い忘れてた。」

と、今にも寝そうな声で優夢さんが言った。実際私達はもう限界で、今すぐにも寝られるぐらいなんだけど。

優夢さんは言った。



「明けましておめでとう。今年もよろしく頼むよ、霊夢、魔理沙。よろしくお願いします、慧音さん、射命丸さん。」

「・・・優夢さんらしい律儀な挨拶ね。明けましておめでとう。今年もお賽銭・・・。」

「何だそりゃ。・・・てもう寝てら。ふぁぁ、私も限界だな。あけおめ、ことよろ、だぜ・・・zzz。」

「おやおや、皆寝てしまったな。」

「三人の巫女の午睡、いい絵ですねぇ。撮っておきましょう。」

「こらこら、盗撮もほどほどにしておきなさい。・・・明けましておめでとう。今年も幻想郷に幸多からんことを。」

「流石は里の守護者ですね。さて、私はと。明けましておめでとうございます!今年もスクープ、よろしくお願いします!!」

「何だそれは。しかし君らしいな。さて、私達もそろそろ帰るか。」

「そうですね、あまりお邪魔しても悪いですし。」



こうして、初詣は大成功に終わった。

今はただ、ゆっくりと眠ろう。この柔らかな空気の中で・・・。





この後私が「お賽銭」という言葉を再び口にするまでそう間を空けなかったことを追記しておく。





+++この物語は、博麗神社が信仰を回復したような気がする、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



最早人里のアイドル:名無優夢

本人は甚だ不本意である。ちなみに、男の時からその兆候はあった。女になって爆発しただけ。

博麗神社の客寄せパンダと思いきや、最近は「神社=優夢」の公式が成り立ちつつある。

しかし本人にその気はない。神社はあくまで霊夢のものなのである。

能力:魅了する程度の能力?

スペルカード:想符『1700万ゼノのブルーツ(笑)波』、思符『デカルトセオリー』、暴符『ドライビングコメット』、思符『信念一閃』など



乗っ取られても気にしない:博麗霊夢

それは流石に行きすぎな気がしないでもないが、優夢のことは身内だと思っている。

参拝客は元旦だけだった。そう簡単に信仰心を回復できると思ったら大間違いだ。

優夢の胸は共有財産だと思ってる。そもそもやつは元々男だ。気にすることはない。

能力:主に空を飛ぶ程度の能力

スペルカード:霊符『夢想封印』、夢符『封魔陣』など



高性能巫女型魔法使い:霧雨魔理沙

主に速さ的な意味で。それ以外は一言で言って雑。神事もパワーだぜ!!

優夢に釘を刺されたので余計なことはせず、ちゃんとお守りを売った。これでも商人の娘なのである。

来年は初詣の手伝いはやりたくないと本気で思っている。

能力:魔法を使う程度の能力

スペルカード:魔符『スターダストレヴァリエ』、恋符『マスタースパーク』など



→To Be Continued...



[24989] 二章一話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/18 23:43
俺が幻想郷へ来て一年が経った。

春に訪れ、夏を経て、異変を乗り越え、秋になり、そして冬を越え。

季節は巡り、また春が来た。

雪が溶け、新芽が芽吹き、新しい命を彷彿とさせる季節。

この国の象徴たる花は今が最盛とばかりに咲き乱れ、人々は花を愛でながら酒宴を開く。

そんな明るい季節がやってきたのだ。








の、はずなんだけど。

「なあ、幻想郷の春ってこんなに寒いのか?」

「んなわけないでしょ。」

俺と霊夢は、相も変わらず炬燵に潜り込んでいた。

外は雪がしんしんと降り積もっている。気温もどう考えても5度を越えていない。

俺が幻想郷へやってきて一年。もしこの場所が俺の常識と同じ季節の巡りをするのなら、もう春のはずなんだが。

「幻想郷の一年は『外』よりも長いとか。」

「そんなことはないはずよ。『外』がどんなところかは知らないけど、幻想郷は日本という国の中にあるはずなんだから。」

うーん、じゃあどういうことだろ?

「今流行りの異常気象ってやつか?」

「何それ、『外』じゃそんなのが流行ってるの?」

いや、流行ってるってのは言葉の綾だけど。

「知識だけで悪いんだけど、『外』じゃ温暖化とかが深刻な問題になっててな。何でも温暖化が続くと逆に寒くなるらしいんだが。」

細かなメカニズムは知らん。知識にはそうとだけあるから。

「ふーん?おかしな話ね。暖かくなってるのに寒くなるなんて。」

「地球全体で見たらそういうこともあるんじゃないのか?俺もよくわからんけど。」

「そ。どうでもいいわ。今寒いっていう現実が変わるわけじゃないし。」

それもそうだ。

「でも、そろそろ食料の備蓄も限界だよなぁ。寒いけど買出し行かないとなぁ・・・。」

やだなー。早く暖かくならんのか。

俺はしばし逡巡したが、背に腹は変えられないので、炬燵から出て重たい腰を上げた。

やれやれ、買出しも一苦労だな。

「そんじゃ、ちょっと人里まで行ってくるわ。何か買ってきてほしいものあるか?」

「お茶。お茶菓子。」

「あい了解っと。」

短い受け答えで了解し、俺はいつも通りの白いインナーシャツと黒いタートルネック(元)で、上に外套を纏って神社を飛び立った。

あー、ほんと寒いわ。





東方幻夢伝 第二章

妖々夢 ~the Border of Human and ...~






寒い雪の中、俺は人里まで飛んだ。

この寒さだ、人里もどこか活気がない。外に出てる人なんてチラホラぐらいしかいない。

寺子屋は休まずやっているのだが、俺もこの寒さの中神社と人里を往復するのはキツい。今は二週に一回にしてもらってる。

「うぅ~、さむさむ!さっさと用済まして神社に帰らにゃ。」

俺は外套の上から腕をさすりながら、小走りで目的地まで行った。

「ちぃ~っす、博麗神社でーっす。」

「はいよー!!こんちわ、優夢さん。」

「こんちわっす、一磋さん。」

ここは霊夢御用達の茶葉屋の『茶竹茶具専門店』。この人は店主の茶竹一磋さん。

ここの茶は美味いんだ。霊夢が毎日飲んでるのも頷けるってもんだ。

俺は一磋さんに用件を伝えた。が、一磋さんはやや難しい顔をした。

「すまないな優夢さん。何分この気候だろ、茶葉が育たなくてな。店に並べられるだけの茶がないんだ。」

「え・・・そこまで深刻なんですか?」

「ああ・・・、茶屋としては死活問題よ。」

一磋さんは苦虫を噛み潰したような表情だった。うーむ、そこまでとは。

「まあけど、巫女様んところにはいつもご贔屓にしてもらってるしな。持ってってくれ。」

「・・・すいません。これ、代金です。」

俺は少し多めに代金を支払った。一磋さんは「こんなに受け取れないよ」と言ったが、押し付けて受け取ってもらうことにした。

供給が少ないんだ、値段を上げるのは当然だろ?

俺は「本当にすまないな」という一磋さんに首を横に振って、店を後にした。



次は食料と茶菓子。これは八百万商店で買う。俺はおやっさんの店へと足を運んだ。

おやっさんは相変わらず寒そうな格好だった。よくあれで寒くないもんだ。

「おう、優ちゃん!らっしゃい!!」

「こんちわ、おやっさん。」

店はやはり客足が少なかった。まあ、この天気じゃね。

「ああ、俺も仕入れが大変で困ってんだよ。いつもだったら、もうこの時期には桜が咲き乱れてるんだがよ。」

「ふーむ、やっぱり異常気象ですかね。」

「早く暖かくなってくんなきゃ商売上がったりだぜ、全くよう。優ちゃんも巫女服になれないし・・・。」

「ははは、おやっさんいっぺん弾幕喰らってみますか?」

「じ、冗談だよ冗談!!」

目が全然笑ってない俺の一言で、おやっさんは大慌てで手を振って弁解した。・・・全く、おやっさんまでこれだ。

俺は男だって何べんも言ってるだろうが。何故誰もそれを理解しようとしない。

「いいじゃないか、女でもあるんだろ?」

「っと、いきなり現れるなよ魔理沙。お前も買出しか?」

唐突に背後に現れた魔理沙に声をかける。確かに女でもあるが、心は男そのものだっての。

「ああ、この天気だから一辺に食料買わないといけないからな。・・・けど、それも今日で終わりだぜ。」

ん?どういうことだ、魔理沙。

「実はな。今日ここに来る前にこんなのを見つけたんだ。」

魔理沙は帽子の中からあるものを取り出した。って何処に入れてんだよ。

魔理沙が取り出した物。それは桜の花びらだった。

「・・・何処でこれを?」

「場所はうちのすぐ目の前だった。けど、うちの周りは同じように雪が積もってたぜ。」

どういうことだ?何でそんな場所に桜の花びらがあるんだ。

いや待て。それはつまり、何処かで桜が咲いてるってことだよな。

終わらない冬、局所の春。

「ひょっとして、これって『異変』なのか?」

「私はそうにらんでるぜ。だから今日、お前と霊夢でも誘ってちょいと『異変解決』にでも出向こうかと思ったわけだ。」

おいおい、『ちょいと』って遊びに行くような感覚で言うなよ。

「けどま、そういうことなら俺達が動かないわけにはいかないか。」

「お、優ちゃん今回も出撃かい?なら精のつくもんたーんと食って、戦の準備しねえとな。よし!今日は5割引だ、好きなもんを買ってってくれ!!」

おやっさんは威勢良く言った。

その言葉に、魔理沙の目がギラリと光ったのを俺は見逃さなかった。

「じゃあこの酒とそれ、あとこの間の『神殺しチェーンソー』を一つに、適当に魚を20匹ぐらいくれ。」

「え、ちょ、霧雨の嬢ちゃん!そいつぁ買いすぎだぜ!!それにあの酒は俺の秘蔵酒で」

「おやっさんは里一番の食料屋だもんなー、やー太っ腹!・・・男に二言はないよな?」

「う、ぐ、むむむ・・・!!あー、わかった!俺も男だ、腹くくってやる!!持ってけ泥棒!!」

言い得て妙だな。と思ったが口には出さなかった。

結局魔理沙は、今言ったのに加えて酒のつまみになりそうな乾物も数点購入していった。・・・いや、買いすぎだろ。食いきれるのか?

「当たり前だぜ。」

さいでっか。



高額商品を安値で買われていったおやっさんの姿は、やけに小さく見えた。

・・・生きろ。





***************





そして私達は神社に向かって飛んでいる。

「やー、大漁大漁!!」

「大漁じゃねえっての。おやっさんの人の良さにつけこんで。ろくな死に方できないぞ、お前。」

「今からそんな先のこと心配しても仕方ないぜ。」

私の答えに、優夢は大きくため息をついた。む、優夢の癖に生意気な。

優夢が女になってればここで胸の一つも揉んでやるところなんだが、あいにく今は男だ。面白くないな。

「もうあれだ、お前私の前では常に女でいろ。」

「何でやねん。」

そういえば、こいつがどうやって女になるかとか私は知らないんだよな。能力らしきものを使ってるって話だけど。

「せっかくだし、今ここで女になって見ろよ。」

「せっかくってなんだよ。・・・まあ別にいいけど、セクハラすんなよ?」

「善処するのぜ。」

私の答えに優夢は深ーくため息をついた。だがどうやらやってくれるらしい。

優夢は手を組み合わせた。そしてただ一言。



「陰体変化!!」



そう言った。途端、優夢の体は淡く発光した。

光の中で、優夢の体は少しずつ形を変えていった。胸が出、体が少しだけ丸みを帯びる。

光がやむ頃には優夢は女性化を完了していた。

「とまあ、こんな具合だ。」

「・・・何ていうか、セミの羽化を目の当たりにした気分だぜ。」

「あー、似たような物かもな。」

実にあっさりと変化したな。

「さっきのが変身の呪文なのか?」

「いや、あれは単なるパスワードだよ。本当はそんなもんなくても出来るんだけどね・・・。」

どうやら、初めの頃は自分の意思一つでできたらしい。だがそれだと暴発が多く、意図せぬときに男女が入れ替わったりしたらしい。

巫女服着てるときに男に戻ったときは死にたくなったそうだ。・・・いやまあ、確かにな。

「で、それだと不便だからパチュリーさんに相談して、咲夜さんの催眠術でパスワードをつけてもらったんだ。」

なるほどな。

仕組みはよくわからんかったが、優夢がどんな風に男女を入れ替えるのかを見れただけで十分だ。

さて、勉強の時間はこれでおしまいだ。

「・・・おい魔理沙。セクハラはしない約束だぞ。」

「何のことだぜ?私は『善処する』といっただけだぜ。」

「卑怯者ーーーーーー!!!!」

とりあえず、私は優夢の胸を気が済むまで揉みしだいた。

あー、やっぱ優夢の胸って気持ちいいよなー。弾力とか凄くてさ。



でまあ、お決まりの反撃食らったりしてたら。

「あれ?あんたいつぞやのしろくろ。」

「あん?」

誰かに声をかけられた。私は声のした方を振り返った。

それは、紅霧異変の時にちょっと相手をしてやった湖上の氷精。

「お前は・・・確か、⑨だっけ?」

「あたいはチルノよ!!なによそのまるきゅーってのは!!」

あーそうだ、思い出した。

「何でもないのぜ。元気にしてるかチルノ。」

「ふふん、さいきょーのあたいは冬になればもっとさいきょーになるのよ!つまりあたいはげんきいっぱい!!」

ああ、そりゃそうか。こいつは氷の妖精だもんな。

「よ、チルノ。久しぶりだな。」

「あんただれ?」

優夢が挨拶をするとチルノはすっとぼけた面でそんなことをのたまった。優夢は空中にも関わらず器用にこけた。

「俺だよ!名無優夢!!」

「ななしゆーむ?はて、どっかできいたような・・・。」

その言葉に優夢はがくりとうなだれた。

まあしょうがないっちゃしょうがないな。あのときだってこいつの相手をしたのは私だし、何よりあのとき優夢は男だった。

「ほら、あのとき一人だけいた男だよ!」

「あんた女じゃん。」

だからしょうがない。

「・・・魔理沙、もう男に戻ってもいいな。」

「ダメだぜ☆」

「何でだよ!?」

「つまらないからだぜ。」

「横暴だなおい!!もういい!勝手に戻る!!」

そう叫ぶと、優夢は先ほどと同じように手を組んだ。

「陽体変化!!」

そして先ほどと少し違うパスワードを口にする。それで優夢の体は発光し、先ほどとは逆の変化をする。

光が収まると、優夢は男に戻っていた。やはりあっさりしてるな。

「ほら、これで見覚えあるだろ。」

「・・・へんたい?」

「ぉおい!?何でそういう結論に至る!!?」

いやまあ、何も知らない奴が女が男に変身するのを見たら、そういう感想もあるんじゃないか?

「はあ、何かもう踏んだり蹴ったりだ・・・。」

「で、こいつになら見覚えあるか?」

「うーん、どこかで見たような・・・。」

ま、妖精の記憶力じゃこんなもんだろ。

「あら、チルノの知り合いかしら?」

と、私達がチルノの話相手をしていると、今度は別の人物が現れた。

・・・冬の妖怪だな。雪女って言った方がいいか?

「レティー、こいつがこのあいだいってたしろくろよ。たしかなまえは・・・きりさめれいむ?」

「霧雨魔理沙だぜ。」

混ざってるぜ。

「そう。私はレティ=ホワイトロック。見ての通り冬の妖怪よ。」

「名無優夢です。チルノとは以前紅霧異変のときに弾幕ごっこをした仲で。」

「それはチルノに聞いたわ。何でも、去年の夏ごろに起こった『異変』の時に戦ったらしいわね。」

「一応言っておくと、しかけてきたのはそっちの方だぜ。」

「別に怒ってるわけじゃないわ。どちらかというと感謝してるのよ。」

感謝?弾幕ごっこで負かしてやったことをか?

「聞いたでしょう?この子、妖精の割に力が大きいから友達が少ないのよ。私みたいな『妖怪』ぐらい。
だから、この子と遊んでくれたあなたにはね。」

なるほどね。妖怪の割に随分と温和な奴だ。

「レティだったな。名前、覚えておくぜ。」

「こちらこそ、人間の魔法使い霧雨魔理沙さん。」

さてと。

「ところで、お前はこの天候について何か知らないか?」

「さあ、全く知らないわ。私もそろそろ春眠したいんだけど。」

「しっかりしろ、この寒さで寝たら殺すぜ。」

「いや殺すなよそこは!!起こせよ!!」

私のボケに優夢が的確に突っ込みを入れてきた。いや、ちょっとずれてるな。

「おいおい、相手は冬の妖怪だぜ。この寒さの中で寝ても問題ないぜ。」

「なるほど。じゃあそのままそっとしておけ。」

「だが断るのぜ!!この霧雨魔理沙の最も好きなことの一つは安眠してるやつを叩き起こしてやることだ!!」

「性質悪いわ!!」

「ふふ、あなたたち面白いわね。いっそのこと、その漫才で幻想郷一を目指したら?」

「嫌な幻想郷一ですね。」

全くだぜ。

「で、本当に知らないのか?」

「ええ、全くよ。さっきも言ったけど私も困ってるの。これが『異変』なら、とっとと巫女あたりに解決してほしいんだけど。」

「だったら、優夢にお願いしておくといいぜ。何せこいつも巫女だからな。」

「・・・男じゃない。」

「それと魔理沙。俺は巫女やってるんじゃなくて、霊夢に巫女服を着せられてるだけだ。巫女じゃない。」

「変態だったのね。」

「だから違うと!!」



その後優夢は再び女性化してレティを納得させた。それを見てレティは

「変態は変態でも、昆虫とかそっちの方のだったのね。」

と言っていた。優夢はかなり落ち込んでいたが。

とりあえずとっとと『異変』を解決してやることを約束して、私達は再び神社へ向かった。





***************





「で、ふぉれがへがかりほ。(で、これが手がかりと。)」

私は優夢さんの作ったご飯をほおばりながら、ちゃぶ台の上に置かれた桜の花びらを見た。

「ああ、ふぉれがほんえひはほほほひはうがある。(ああ、これが飛んできたところに春がある)」

同じく、ご飯をほおばりながら魔理沙が言う。

「春って探すものだったんだな。どうでもいいけどお前ら、ちゃんとご飯は飲み込んでからしゃべれ。」

そんな私達に、優夢さんがずびしと箸を突きつけて言った。それも行儀悪いわよ。

私達は今、『異変解決』に向かう前にご飯を食べている。腹が減っては何とやらだ。

魔理沙が持ってきたのは、間違いなく桜の花びらだった。そして今は幻想郷中が雪に包まれており、桜が咲いているところなどない。

この事実が指し示すことはただ一つ。何者かの手によって春が一箇所に集められているのだ。

そうと決まれば話は早い。その『何者か』をとっちめれば春が戻ってくるのだから。

私はこれを『異変』と判断し、解決に乗り出すことにした。

魔理沙はいつも通り乗り気だし、優夢さんも以前とは違って腹が据わったものだ。二人とも協力するそうだ。

ま、魔理沙の実力はよく知ってるし優夢さんの力は信頼してる。楽にはなるでしょ。

『ごちそうさまでした。』

私達はご飯を食べ終え、唱和した。



さて、それじゃ行きましょうか。

「しっかりと教えてあげましょうかね。私を怒らせたらどうなるか。」

私はいつもの巫女服のまま。

「宴会ができないんで鬱憤が溜まってるんだ。晴らさせてもらうぜ。」

魔理沙はいつもよりも服を着込んでいるが、やはりいつもの白黒姿のまま。

「困ってる人がいるんだ、見過ごすわけにはいかないだろ?」

優夢さんは、黒い服の上に外套を羽織り。

「ちょっと優夢さん。何で巫女服じゃないのよ。」

「そうだぜ、お前の存在意義が半分以上減ってるぜ。」

「あんまりだなお前ら!?あの服は寒いんだよ、俺は寒いのが苦手なんだ。」

「そ。」

「気持ちはわからんでもないからな。」

まあともかく。

私達は春を取り戻すために、立ち上がった。





+++この物語は、巫女と魔法使いと幻想が春を取り戻さんとする、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



早くも異変解決の専門家:名無優夢

最近では霊夢よりも優夢なのである。人里の人間達の信頼度がうかがえる。

『陰体変化』で女性化し『陽体変化』で男性化する。性別によって能力、使えるスペルカードなどが異なる。

巫女服でないのはその関係もある。

能力:男女を入れ替える程度の能力?

スペルカード:暴符『ドライビングコメット』、思符『信念一閃』、???、???など



元祖腋巫女チート風味:博麗霊夢

彼女が乗り出したら『異変』を起こしたものは覚悟を決めなければならない。そのぐらいチート。

強い、速い(?)、死・・・白い賢人シルバーゴレイヌ!!

多分協力なしで一人でも片付けられる。

能力:主に空を飛ぶ程度の能力

スペルカード:霊符『夢想封印 集』、夢符『二重結界』など



割と面倒見のいい白黒さん:霧雨魔理沙

寺子屋でも人気者。子供の面倒見はいいお姉さんなのだ。一緒に騒いで優夢キレさせるけど。

最近では優夢の胸を揉んで怒らせるパターンが多くなっている。女性時限定。

彼女も寒さには弱いので、服をしっかり着込んでいる。

能力:魔法を使う程度の能力

スペルカード:魔符『ミルキーウェイ』、恋符『ノンディレクショナルレーザー』など



おかあさんといっしょ:チルノ

誰がお母さんかは言うまでもない。レティと遊んでた。

別に戦うこともなくささっと会話を済ませてしまったので、今回の出番はここまで。

ちなみに博麗神社には一回も遊びに行ってない。妖精の頭でそんなことは覚えられないのだ。

能力:冷気を操る程度の能力

スペルカード:氷符『アイシクルフォール』、凍符『パーフェクトフリーズ』など



太ましい妖怪冬の妖怪:レティ=ホワイトロック

冬にしか現れない。春~秋はずっと寝てる。4分の1年妖怪。

チルノとはそこまで仲がいいわけではないと思っているが、何となく気になってしまう。お母さん気質。

結局戦わないで去った。一面ボスの割には強いらしいから、それでいいだろう。

能力:寒気を操る程度の能力

スペルカード:寒符『リンガリングコールド』など



→To Be Continued...



[24989] 二章二話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 01:58
~~~魔理沙と優夢がレティに会っている頃~~~



「ふぅ、やっと静かになったわ・・・。」

お嬢様が心底疲れたようにおっしゃられた。それも無理はない。

ここはお嬢様の部屋なのだが、戦いが行われたかのようにボロボロになっている。否、行われたようなのではなく、実際に行われた後だ。

何者かの襲撃?いいえ違うわ。

これは妹様の手によるもの。

お嬢様は妹様と弾幕ごっこをなさって、辛くも勝利を収めた。

妹様の方は、暴れ疲れと泣き疲れ、それと撃墜されたことによってぐっすりとお眠りになっている。

ここのところ安定していた妹様だったが、こうも簡単に暴れだしてしまうとは。

全てはこの天気が悪いのだ。



何故妹様が暴れだしたのか。

今回のは決して突然ではなかった。徐々に徐々に鬱憤が溜まっていき、とうとう今日爆発してしまったのだ。

では何故妹様は、暴れだすほどの鬱憤が溜まってしまったのか。

外は雪が降っている。外に出ずとも寒いというのが一目瞭然だ。

ところで、妹様の大のお気に入りである名無優夢は、寒いのが苦手なんだそうだ。

ここまで言えばもうわかるだろう。冬に入ってから優夢が紅魔館に訪れる回数が極端に減ったのだ。

この一ヶ月など一度も訪れていない。まあ冬に入る前に「俺は寒いの苦手ですからあまり来られないと思います」と断りは入れてたけど。

しかし妹様にはそんな理屈は通用しない。妹様は優夢といつも一緒にいたいぐらいなのだ。

お嬢様は「フランの許婚フィアンセとする考えもある」とおっしゃっていたが、流石にそこまではないと思う。

けれど、そのぐらいお気に入りの人物なのだ。それが全く訪れなければどうなるか。

元々精神の幼い妹様だ。最近は我慢も覚え始めてきたが、限界はすぐに来る。

その結果、暴れだしてしまったのだ。泣き喚きながら。

お嬢様は弾幕ごっこに持ち込み、何とか勝利することができた。その代わり、部屋もボロボロお嬢様もボロボロだ。

「全く、いつになったら春になるのかしら。もう暦の上ではとっくに春よ?」

私はお嬢様の手当てをしながら、愚痴を聞いた。

「大体、優夢も優夢なのよ。ちょっと寒いぐらいで閉じこもって。吸血鬼としての自覚はないの!?」

「多分ないと思いますよ。彼の場合。」

「・・・そうね。」

あの男女に関してこういうことは言うだけ無駄と、お嬢様も理解している。

「それに、それを言ってしまったらお嬢様だって外に出られていないではありませんか。」

「私はいいのよ。偉いから。」

お嬢様も霊夢の元へ訪れようとはせず、紅魔館にこもりきりだ。人のことは言えない。

本当に、いつになったら春が来るのやら。





「ひょっとしたら、『異変』なのかもしれないわね。」

お嬢様がまじめな顔でポツリとつぶやいた。私はそれで、表情を引き締める。

「根拠はおありですか?」

「咲夜。あなた、私の能力はしっかりと理解している?」

「はい。『運命を操る程度の能力』――運命という物事のベクトルを知覚し、干渉することによって変動を促すもの、ですね。」

「その通りよ。私は物事の『流れ』をはっきりとした形で見ることができ、自分の意図したように流れを変えることができる。それがたとえ生物であろうとなかろうと、あるいは事象だろうとね。」

・・・なるほど。つまりお嬢様は、この『訪れない春』に本来ある流れへの何者かの干渉を見たわけですね。

「理解が早くて助かるわ。・・・もっとも、それが誰なのかはわからない。私がわかるのは『誰かが何かしたかもしれない』ってことだけよ。」

私はそれだけで、お嬢様が言いたいことを理解した。お嬢様は私の表情を見て、小さく笑った。

「行ってきなさい、咲夜。春を盗んでる大馬鹿者をこらしめて、春を取り返して来なさい。でないと花見も満足にできないわ。」

「仰せのままに。それでは、春が来るまでの間少々のお暇をいただきますわ。」

私は一礼し、部屋を後にした。

自室へと戻り防寒対策をした上で、冬空へと舞い上がる。



こうして、私の『異変解決』が始まったのだ。





~~~~~~~~~~~~~~~





「とは言っても、何処を探したらいいのやら・・・。」

私は早速途方に暮れていた。

今わかっているのは「何者かが『異変』を起こしているかもしれない」ということだけで、その何者かが何処にいるのかはわからない。

どちらへ向かえばいいのかさえわからないわけだ。

が。

「まあ、適当に探していれば手がかりの方からやってくるでしょう。」

私は気楽に構えていた。



そういう予感というものは当たるものなのだと知った。

「あら、あなたは霧の湖の。こんなところで何をしているの?」

「? あんただーれ?」

紅魔館から――霧の湖からもかなり離れた場所で、湖上の氷精と出会った。

私は人里へ向かう途中に何度か彼女の姿を見ている。だから私は彼女を知っているが、彼女は私に面識がない。

「紅魔館のメイド長よ。湖の近くに紅いお屋敷があるでしょう?」

「そんなのあったっけ?」

・・・それすら知らなかったか。妖精は頭が足りないのが基本だけど、これはひどいわね。

少なくともうちの妖精メイドの方が余程頭がいいわ。力はあるみたいだけど、おつむはからっきしね。

「こんなんじゃとても『異変』は起こせないわね。」

冬、寒い季節。となれば『氷』の妖精である彼女を少し疑ったが、これではそもそも『異変』を起こそうという発想があるかすら怪しい。

私は即座に彼女が犯人である線を消した。

「邪魔をしたわね。もうあなたに用はないわ。」

「む!なによそのいいかた!!もっといいかたってもんがあるんじゃないの!?」

ばっさりと切り捨てる私の言い方に、妖精は眦を上げた。

・・・やれやれ。

「言い直すわ。あなたが近くにいるとただでさえ寒いのに余計寒いのよ。とっとと私から離れて頂戴。」

「むかー!!あったまにきたー!!」

もっとわかりやすく言ったつもりだったのだが、この妖精の勘に触ったようだ。

妖精はいきなり氷の弾幕を放ってきた。全方向への弾幕放射。

だが私は焦らず距離をとり、生まれる弾幕の隙間をかいくぐった。

「うがー!あたれこんちくしょー!!」

「そんな無駄撃ちで当たると思って?」

私はお返しにナイフを一本投げる。

妖精は当然それをかわし

「へへーんだ!そんなヘロヘロだまにあたるもんか!!」

と軽口を叩く。ええ、私は今の弾幕を『直接』当てるつもりはないわよ。

妖精が今度は雪弾を放射してくる。私はそれを一方向にかわし続ける。

「まてー!!」

妖精は私を追いながら弾幕を打ち続けた。それが私の狙い。

私は先ほどと180度入れ替わった位置で移動をやめた。

「ふふーん、あたいのさいきょーっぷりにおそれをなしたのね。いまあやまるんならゆるしてやってもいいわよ!」

今自分が置かれている状況に気付かず、妖精は鼻息荒く勝ち誇った。

ここまで来ると、滑稽で笑えてくるわね。

「ところであなた。後ろ気をつけた方がいいわよ。」

「へっ?」

妖精は『馬鹿』正直に後ろを振り向いた。

ここばかりは、彼女は自分の馬鹿さ加減に感謝すべきだっただろう。



何故なら彼女が振り向いた目の前には。

「ぇええ!!?」

先ほど私が投げたナイフがあったからだ。

私はナイフを投げ、彼女が回避した後にナイフの時間を止めた。

そしてナイフの進行方向に彼女を誘導した。

後は時間停止を解けば、ナイフが妖精に突き刺さるという仕組みだ。

動き出したナイフの位置は、既に妖精が回避できる場所ではなかった。

彼女はそのままナイフに貫かれ――

「と、とまれええええええ!!!!」

る直前に、氷の障壁を張った。それでナイフは止められてしまう。

しかし衝撃までは防げなかったのか、妖精は後ろに吹き飛ばされた。その動きは見るからに気絶している。

このまま放っておけば、彼女は地面に叩きつけられる。そうすれば妖精では死んでしまうだろう。

だが、少しすればまた生き返るだろう。それが妖精というものだ。だから私が彼女を助ける必要はない。

助ける必要はないのだが。

「・・・やれやれ、私もヤキが回ったものね。」

私は自分でも柄ではないと思いながら、妖精をキャッチしようと動き出した。



しかしその必要はなかった。

その前に、彼女を捕まえる存在がいたから。

「あら。もう一体いたのね。」

それは冬の妖怪だった。全身白ずくめの彼女は、氷の妖精を大事そうに抱きかかえた。

「随分とひどいことするのね、あなた。こんな小さな子相手にナイフを投げつけるなんて。」

「仕掛けてきたのはそっちの方よ。それに、妖精相手に小さな子も何もないわ。」

どうせ私よりもずっと長く生きているのだ。そんな相手に遠慮をする必要はもない。

「人でなしね。」

「悪魔の従者ですから。」

さて、それよりもこいつはどうなのかしら。

「ところで、あなたが黒幕?」

「この気候のことを言ってるのかしら。それなら残念だけど大外れよ。私は冬の妖怪。私がいるから冬なんじゃなくて、冬だから私がいるのよ。」

そんな言葉遊び、どうでもいいわ。

「倒してみればわかるわね、その言葉が本当かどうか。ともかく私は早く春を取り返さなきゃならないんだから。」

「話しても無駄なようね。これだから悪魔の狗は。」

そう言って、冬の妖怪は地面まで妖精を置きに行った。逃げられないように牽制したが、どうやら逃げる気はないみたいね。

再び私のいるところまで上がり、弾幕を展開する。応じるように私もナイフを構えた。





そして、第2ラウンドが始まった。





***************





私は雪の弾幕と氷の弾幕を逆回転に放出した。視覚的な錯覚で正常な判断を奪うことが目的だ。

私は妖怪にしてはあまり好戦的ではないが、今日は遠慮するつもりもない。目の前で非道を見せ付けられて黙ってられるほど寛容なつもりもない。

別にチルノとはそこまで仲が良いわけではないけど、この人間は許してはいけない気がした。

そしてこの人間、人間にしては強いみたいね。チルノを落としたこともそうだけど、私の弾幕をことごとくかわしている。どうやらトリックプレーは効かないようだ。

「なら、これはどうかしら?」

次に私は、霧を発生させた。空気の温度を一気に下げ、水分を凝結させたのだ。

「目くらまし?子供だましね。」

「そう思うのなら、あなたの目は節穴よ。」

私の言葉に、メイド姿の人間は怪訝な表情をした。言葉の意味を、その身をもって知りなさい。

私はさらに温度を下げる。霧は氷へ、雪へと姿を変える。そう、弾幕としての能力を持った雪の塊へと。

「目くらまし件弾幕ね。やるじゃない。」

自分の周囲を弾幕で囲まれ、しかしその人間は余裕の表情を崩さなかった。

どうやら何か策があるみたいね。私は弾幕を発射するのを思いとどまった。

「あら。撃たないの?」

「このまま撃っても、あなたはかわしそうだからね。念には念を入れさせてもらうわ。」

ほう、と人間は感心したように息を漏らした。侮ってもらっては困る。私は冬の妖怪だ。一年の四分の一の力を持っているのだ。

それが人間――人ならざる力を持っている者が相手だろうと、そう易々と落とされたりするはずがないでしょう?

私は懐からスペルカードを取り出し、宣言した。

寒符『リンガリングコールド』。

同時、私の目の前に巨大な雪弾が出現する。私は人間めがけてその弾幕を放った。

大きな雪は大きな空気抵抗を受ける。少しずつ形を削られ、無数の弾幕を生み出す。生み出された弾幕も空気抵抗によって不規則な動きをする。

そして先ほど待機させていた弾幕も一斉に放つ。さあ、かわせるかしら?

そう思って眺めていると、人間は不敵に笑った。そしてナイフを一本、こちらへ向かって投げてくる。

苦し紛れかしら?そう思ったが、どうやら違うらしい。そのナイフはまるで雪のように不規則な動きをした。

それでいてナイフは空気抵抗を受けず、私の放った弾幕よりも早く私に到達した。

私は身をかわし、そのナイフを避けた。

すると。

「何っ!?」

不規則な軌道をとっていたナイフが突然鋭角の動きで私に直進してきた。それはとてもかわしきれる速さではない。

「くっ!白符『アンデュレイションレイ』!!

私は早々に次のスペルを発動することでそのナイフの動きを相殺した。

「あの巫女の言うとおりね。『弾幕は能力でするものじゃない。如何に上手く避け、如何に上手く当てるか。』確かにその通りだったわ。」

「・・・いつの間に抜け出したのかしら。」

人間は、いつの間にやら私の弾幕の包囲網から完全に抜け出していた。

「あなたが目を離している隙によ。ミスディレクションは奇術の基本よ。」

「メイドだと思ってたけど、手品師だったのね。」

「タネなし手品ができるメイドよ。」

それは果たして手品というのだろうか。甚だ疑問である。

ともかく、どうやらあの程度の攻撃ではこの人間は落とせないらしい。ますますもって人間離れしてるわ。

「この程度で驚いているようじゃまだまだね。世の中には勘だけで弾幕を避けたり、根性だけで避けたり、避けないで砕いたりするやつもいるのよ。」

「・・・まだまだ私の知らないことがたくさんあるのね。」

長生きしてるという自覚はあるけど、それでもまだまだ知ることはたくさんあるらしい。一つ勉強になった。

それはそれとして。

私は今度こそこの人間を落とすため、雪の華を咲かせた。





***************





冬の妖怪が次に放ってきたのは、白い花弁を思わせる細長い弾幕だった。

どうやら雪の華らしく、先ほどの弾幕と同じように空気抵抗により無数の弾幕を生み出す。

先ほどの弾幕包囲には感心した。もっとも、かつてもっと避けるのが上手い巫女や魔法使いを見ていたおかげで、私は何の苦労もなく脱することができたが。

普通の奴相手には結構な効果があるでしょうね。ひょっとしたら、以前の私だったらスペルカードの一枚ぐらい使ってたかもね。

まあそれはともかく。私は雪の華をかわし、後からやってくる弾幕の残滓をわずかな動きでかわした。

さっきの似非ホーミング弾幕は準備に時間がかかりすぎる。この勝負で次は無理だろう。

となると、大量のナイフで逃げ場を奪うか。・・・先は長いかもしれないんだから、あまり無駄遣いしたくないんだけど。

同じ理由でスペルカードも使いたくはない。こんなところで消耗している暇はないのだ。

さてどうしたものかしら。

「何故せめて来ないの?」

私が攻撃してこないのを不審に思ったのか、冬の妖怪がそんなことを聞いてきた。

腹を探られるつもりはない。私は軽口を返してやった。

「ええ、どうやってあなたに屈辱を味わわせてやろうか考えていたのよ。中々いいのが思い浮かばなくてねぇ。」

「ますますもって人でなしね。だったら、そのまま思考に溺れて落ちなさい。」

妖怪はこれで決めるつもりなのか、同時に13の雪の華を咲かせた。そして視界を覆う無数の雪の弾幕。

どうやらこれが彼女の全力らしい。一年の四分の一の名前を関しているのは伊達ではないらしい。

仕方がない、使うか。



時符『プライベートスクウェア』。



そして、時間が凍った。敵の放った弾幕と敵自身は、まるで嘘のように停止した。

色あせたこの世界で動けるのは、この私ただ一人。

動かぬ弾幕の横を悠々と抜け、私は冬の妖怪の目の前にたどり着いた。

そしてナイフを一本、柄の方を向けて投げつける。それは相手に触れるか否かのところでピタリと空中に縫い付けられた。

もうこの先は見る必要もない。私は妖怪の横を通り過ぎ。

「――そして時は動き出す。」

術を解いた。

「な!?に・・・・・・?」

唐突に視界から消えた私に驚愕し、直後ナイフの柄に腹を突かれて、冬の妖怪は呻き声を上げた。

スペルブレイク。

「で、まだやる?」

背後からかけられた声に、妖怪は驚いた表情のまま振り返った。

そして。

「・・・いいえ、私の負けよ。」

潔く敗北を認めた。



それにしても。私も甘くなったものね、刃ではなく柄の方を向けるなんて。

もっとも、あの時点で勝敗は完全に決していた。必要以上に相手をいたぶる趣味も持ち合わせていない。

だから柄を向けたんだけど、やはり甘いわね。優夢に影響されてしまったかしら?





「それじゃ、とっとと春を返しなさい。」

とりあえず、勝者の権限ということで命令した。まあ私はもうこいつのことは疑っていないんだけど。

「返せと言われても、持ってもいないものは返せないわ。」

「そうだと思ってたわ。」

「・・・じゃあ何で言ったのよ。」

「念のためよ。」

確信が欲しかったのよ。

私がこの妖怪が春を盗んだのではないと確信した理由は、『強いけど弱すぎる』ということだ。

確かに、『冬の妖怪』というだけあって妖力は強い。頭も回る。さっきの氷精に比べればまだ『異変』を起こせる可能性はある。

けれど所詮彼女は『冬』の妖怪。同じく一年の四分の一である『春』をどうにかするほどの力はない。

つまり、十分な強さはあったけどこの『異変』を起こすほどの力はないということね。

「無駄な時間を使ってしまったわね。」

「私は初めから違うと言ってたわよ。」

「でも戦わなきゃわからなかったでしょ?」

「じゃあ無駄ってことはないわね。」

「でも違ったなら無駄ってことじゃない。全く人騒がせな。」

「自分勝手な物言いね、悪魔の従者さん。」

むしろ悪魔の従者だからこそよ。

「でも、あなたが動かなくても多分もうすぐこの『異変』は解決するわよ。」

「あら、何か知ってるの?」

「あなたに会うちょっと前にね。白黒の魔法使いと黒い完全変態に出会ったのよ。」

白黒は魔理沙ね。で、黒い完全変態って・・・優夢?

「どうやら博麗の巫女の知り合いだったみたいだけど、今日から『異変解決』に乗り出すみたいよ。」

「ふーん。それじゃ、とりあえず霊夢達に合流しましょうかね。何か手がかりを掴んでいるようだし。」

「あら、あなたも彼女達の知り合いだったの?世の中って狭いものねぇ。」

「特に幻想郷は閉じているから、そういうことも多いでしょう。」

「それもそうね。」

行き先は決まった。まずは霊夢達と合流しよう。とりあえずは神社に向かえばいいかしら。

「邪魔したわね。明日には安らかな眠りを提供することを約束するわ。」

「縁起でもない言い方ね。期待しておくわ。」

そうそう、と冬の妖怪は飛び立とうとする私を呼び止めた。

「さっきは柄を向けてくれてありがとう。妖怪でも痛いものは痛いからね。案外いい人なのね、あなた。」

「ただの気まぐれよ。」

「意地張っちゃって。私はレティ。レティ=ホワイトロック。」

「紅魔館メイド長、十六夜咲夜よ。」

お互いに名乗る。さて、これで用件は全て終わったはずだ。

「また会いましょう、メイドさん。今度はお酒の席ででも。」

「私はごめん被るわ、寒い中で宴会なんてね。・・・まあけど、雪見酒もたまにはいいかもね。」

それを別れの挨拶として、私は空へと飛び立った。



「チルノ~?いい加減起きなさい。」

「うう、レティがひとり、レティがふたり、レティがさんにん、大ちゃんがよにん・・・。」

「何でそこで大妖精が出てくるのかしら?はあ、全く手のかかる子ね。」





それにしても、黒い完全変態か。中々いいセンスしてるわ、あの冬の妖怪。

私はレティ=ホワイトロックという妖怪の評価を改めた。





一方その頃。

「へっぷし!ペップシ!!」

「汚ねっ!!」

「あー・・・。誰かが噂してるな、こりゃ。しかも悪い方。」

「意外と迷信とか信じるのね、優夢さん。」

どこかの空の下で、黒一色の男が盛大にくしゃみをしていたとか。





+++この物語は、紅魔のメイドと冬の妖怪が激闘の末友情を芽生えさせたりさせなかったりする、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



今日も元気に従僕人生:十六夜咲夜

それが生きがいである。けど妹様が暴れたときは真っ先に避難したとか。

優しいのではなく、怪我をさせると後で話を聞きだすのが面倒くさくなると思っただけ。

レティと少し仲良くなった気がしたけど、そんなことなかったぜ!!

能力:時間を操る程度の能力

スペルカード:幻符『殺人ドール』、時符『プライベートスクウェア』など



湖上のかませ犬:チルノ

意外にも出番あった。しかし結局噛み付いただけ。いいとこなし。スペカ使わせてもらえなかった。

ちなみに気絶したのは衝撃とかじゃなくていきなりナイフが目の前にあってびっくりしたから。

夢の中ではレティと大ちゃんがたくさん出てきた。一体どんな夢を見たんだ・・・。

能力:冷気を操る程度の能力

スペルカード:氷符『アイシクルフォール』、凍符『パーフェクトフリーズ』など



仁義に厚い冬の妖怪:レティ=ホワイトロック

太ましいから人情とかそういうのに熱い人。冬っぽくないとか言うな。

冬だから冷たいなんて誰が決めた。正月行事は暖かいんだぞ。

幻想郷の住人のご多分に漏れずお酒大好き宴会大好き。けど冬にしか出られないから出席率は低い。

能力:寒気を操る程度の能力

スペルカード:寒符『リンガリングコールド』など



→To Be Continued...



[24989] 二章三話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/18 23:45
『異変』を解決すべく神社を飛び立った俺達。目的地は不明だったが、霊夢と魔理沙はいつも通りなんとかなるだろうと気楽に構えていた。

毎度毎度それで大丈夫なのかとも思ったが、意外とそれでなんとかなってるから俺は一切口出しをしなかった。

で。

「そのけっかがこれだよ!!」

「うるさいぜ優夢。叫んでる暇があったらここが何処か調べてくれ。」

「早くしないと私達全員凍るわよ。」

絶賛遭難中です。



空を飛んでるんだから、迷うことはないだろうと思っていた。そんな時期もありました。

いや、実際空飛べるようになってから山とかマジなめてたよ。

空から見ても何処も同じに見えるせいで何もわからん。高度上げればいいんだろうけど、それをやると途中で凍る。

おまけに冬の雪山はどこも同じに見える。木々が雪に埋もれてるせいで判別がつかんのだ。

おかげですっかり道に迷った上に遭難したわけだ。めでたくなしめでたくなし。

「勝手に話を終わらせるんじゃないんだぜ。せめて風雪だけでもしのげるところを探さないと、凍え死ぬぜ。」

そうは言うが、相変わらず雪のせいで視界が悪い。冗談抜きで、数m先の景色さえまともに見えない。ホワイトアウトってやつだ。

はぐれないようにほぼ密着状態なため、探索もまともに行えない。『異変解決』に思わぬ落とし穴があったものだ。

「まったく、魔理沙の言った方に行くからこんなことになるのよ。」

「はぁ?お前だってノリノリでこっちに進んでたじゃないか、私のせいじゃないぜ。」

「あーもうケンカすんな!そんな状況じゃないだろ!!」

寒さのせいで苛立ち始めたのか、霊夢と魔理沙がケンカを始めてしまった。それでは返って状況を悪化させるだけだと、俺は何とか二人をなだめようとした。

だがこの二人に火が点いたら止められないことを、俺はよく知っていた。

「寒さもまぎれてちょうどいい。やるか?」

「いいわよ。けちょんけちょんにしてやるわ。」

霊夢がお札を構え、魔理沙もいつでも弾幕を発射できるように魔力を励起させる。

「だああ!もうやめろっつってんだろお前らわぷ!?」

それでも何とか止めようと懸命に声を張り上げたが、途中で強風が吹き何かが俺の口をふさいだ。

何だ、このやたらと毛深くて生暖かい物体は!?

俺はもがき、顔に張り付いたそれを引っぺがした。そして見た。

それは。

「なーお。」

「・・・何故に猫?」

一匹の三毛猫であった。丸々太っており、猫ながら貫禄のようなものを持っていた。

そして見かけに反し高く細い声で鳴いた。

猫は一声鳴くと、何処か行きたい場所でもあるのか俺の腕の中でジタバタと暴れだした。ってここ空中だぞ!?

「こら、お前危ないからやめろ!霊夢、魔理沙!!アホやってないでこっちを手伝ってくれ!!」

「アホとは何だ、失礼だぜ。」

「あら、暖かそうなナマモノね。私にも貸しなさいよ。」

俺の一声で二人はこっちにやってきた。というか霊夢、その扱いはちょっとひどいぞ。

「馬鹿なこと言ってないでこいつを抑えてくれ。空中だってのに暴れて危ないんだ。」

「あら。何処かに行きたいのかしら。」

「とりあえず、こいつの行きたい場所に行ってみようぜ。ひょっとしたら暖を取れる場所があるのかも知れないぜ。」

なるほど、そいつは一理あるな。

「なら『異変解決』はひとまず置いて、こいつの行きたいらしい場所へ行こう。このままじゃ凍死しちまう。」

「異論はないわ。」

「右に同じだぜ。」

そういうことで、俺達は腕の中で暴れる猫の向く方向へと飛んでいった。





「・・・意外とそういうことってあるもんなんだな。」

「ああ、言った私もびっくりだぜ。」

「まあいいじゃない。とりあえずここで休みましょ。」

猫の指示(?)に従って飛び続けると、徐々に徐々に雪と風がおさまり春――とまでは行かないまでも、それなりに暖かい場所へと出ることができた。

ちなみにその猫だが、既に俺の手から離れ地面で丸くなっている。ありがとう猫。君には感謝している。

ここまで飛び続けと寒さで体力を奪われていた俺達も、いったん休憩することにした。





***************





もう、あの子ったら何処に行っちゃったのよ!

私は空を飛んで地面を見て探し回っていた。私の従者の一匹である三毛猫を探しているのだ。

あれほどこの結界から出ちゃダメだって言ってるのに!!

今ここの外は終わらない冬のために吹雪が吹き荒れている。

ここは私のご主人様が張ってくれた結界のおかげで年中気候が安定しているけど、一歩外へ踏み出せばすぐに猛吹雪だ。

だから私は冬の間はここから出ないし、従者の猫達にも結界からは出ちゃダメって何度も言ってる。

なのにあの子たちは私の言うことを全然聞いてくれない!誰のために言ってると思ってるのよ!!

プンプンと怒るけど、それでもあの子は私の従者。私のご主人様みたいになるために、私はあの子を見捨てたりしない。

私は空を飛び続け探し続けた。



そして『マヨヒガの結界』を一周して元の位置へ戻って来てしまった。

これはつまり、あの子は結界の外へ抜け出してしまったということだ。そうなってしまえば、私の力でどうにかすることはできない。

外の寒さは、普通の猫には耐え切れない。間違いなく凍死してしまう。そう考えたら、心の一部分が欠けたような喪失感を感じた。



「・・・えっ?」

そんな私の視界に、あるものが飛び込んできた。

ふさふさした三色の毛をもつ猫の姿。無愛想な顔に丸々太った体。

それは間違いなく。

「ミケ!!」

私の従者である猫だった。私は思わず名を呼び彼女に駆け寄った。

しかしミケは。

「にゃ!?なーお!!」

「あ、ミケ待ってよー!!」

私から逃げ出すように、走って行ってしまった。

今度は見失わないよう、私は全力でミケの後を追った。

そして。

「わぷ!?またお前かよ、今度はどうしたんだ?」

「お?そいつ妖怪を連れて来たぜ。」

「何の用かしら?」

ミケは見知らぬ人間の頭の上に乗っていた。その人間の隣には、多分博麗の巫女と、多分魔法使いがいた。

「それはこっちの台詞よ!!ミケを誑かして、このマヨヒガに何の用!?」

私は負けじと威嚇した。たかだか人間に負ける気などない。

「誑かしてとは人聞きの悪い・・・。雪山でうろうろしてたら急にこいつが飛んできたんで、連れて来ただけなんだが。」

「え?そうなの?」

一際背の高い人間の発言で、肩透かしを食らう。何だ、ただの迷い人か。

「ちょっと待ちなさい。あなた今マヨヒガって言った?」

「言ったわよ。どうかしたの?」

私は巫女の疑問に答える。その瞬間、巫女と何故か魔法使いまでもがギラリと目を光らせた。

「それってアレだよな。ここの物を持ち帰れば幸運になれるっていうやつ。」

「ちょうど今箪笥が一つ欲しかったのよねぇ。優夢さんの巫女服をもっといっぱい入れられるやつ。」

「ヤメレ!!っつうかお前ら思考が泥棒だぞ!!」

「なぁに、一生借りるだけだぜ。」

「そうそう、一生借りるだけよ。」

「何この悪役ども!!」

「な、何よあんた達!!やっぱりここを襲いに来たのね!!許さないわ!!」

私は再び全身の毛を逆立たせて威嚇する。

すると、頭にミケを乗せた人間――体つきからして多分男――が間に入ってきた。

「とりあえず落ち着け!!霊夢、魔理沙!俺達は泥棒に来たんじゃないだろ!『異変解決』だろ目的は!!
そっちの子!えーっと・・・」

ちぇんだよ!!」

「橙、そういうわけだから俺達は君と戦う気はない!角を収めてくれるとありがたいんだが!!」

男はそんなことをのたまった。戦う気がない、ですって!?

「人の従者を誑かしておいて、よくもまあぬけぬけとそんなことが言えるわね!!」

「だから違うって言ってんだろー!!」

「御託はいいわ。とっととブッちめて、獲物はいただきよ!!」

「独り占めはなしだぜ、霊夢!!」

「覚悟しなさい!ミケは返してもらうわよ!!」

このとき誰一人――いや、目の前の男は聞いてたけど、それ以外は――相手の言うことを聞いてなかった。

そして混沌とした空気のまま、弾幕戦が始まったのだった。

「何でじゃーーーーーー!!」

「なぁお(人生ってのはそういうモンばい)。」





***************





「く、ちょこまかと!!」

「動くと撃つぜ!!」

私と霊夢の放つ弾幕は、全て奴――橙と名乗った妖怪に避けられた。

見た目そのままに猫だ。頭に猫科の耳、二本の尻尾。猫又ってやつだ。

だからすばしっこく、当てるのは一苦労だ。霊夢のホーミングお札も振り切ってかわしている。

そして奴はというと。

「待ちなさーい!!」

「待てるかー!!」

「なぁー。」

三毛猫を抱えた優夢に向かって、素早く細かい、しかし隙間の多い弾幕を撃っていた。

優夢は弾幕も出さずに回避していた。まああのぐらいならあいつなら当然か。

つまり今の状況は私と霊夢→橙→優夢(&三毛猫)という構図なわけだ。冷静に考えてみると、かなりおかしな状況になってるな。

しかし今の私達はヒートアップしてるわけで。

「さっさと当たりなさい!!」

「お宝を渡すんだぜ!!」

「ミケを返しなさい!!」

「誰か一人でも俺の話を聞けー!!」

この始末だ。

しかしこれでは埒が明かないな。何か状況を打開する一手を・・・!

と思っていたら。



ピチューン。

『あ。』

私と霊夢と、橙の声がハモった。

何が起こったかというと、橙の弾幕を避けた優夢の顔面に、私の放った弾幕の流れ弾が当たったというわけだ。

そして優夢の体が大きくのけぞり、そこへ橙が突っ込んで来ているという状況だ。つまりこのまま行くと。

「のげふ!?」

「あぅ!!」

衝突というわけだ。しかも運の悪いことに、二人は頭もぶつけていた。ありゃ痛い。

実際、橙は頭を抑えて痛がっていた。

優夢はというと、二重のダメージを受けたため体勢を立て直せず地面に激突していた。その途中で三毛猫は脱出したようだ。逞しいなあいつ。

人間だったら即死の勢いだが・・・大丈夫だろ、一応吸血鬼だし。

私の思ったとおり、優夢はすぐ起き上がった。ほーら、大丈夫だっ・・・た・・・・・・・



「ふ、ふふ、ふふふふふブルアアアアアアアアア!!」

「優夢がキレたー!!?」

しかも一番最悪なキレ方だこれ!!

優夢のプッツンには、実は何通りかタイプがある。一つは狙った標的のみを攻撃するというもの。言ってみれば理性的なキレ方だな。

一つは己の意思で怒りをぶつけるタイプ。主に女になったとき弄られるとこれになる。

そしてもう一つ。理性がぶっ飛び目につくものを片っ端から攻撃するというもの。これが一番厄介であり、今回はこれに該当する。

何せ、普段あいつは『自分が弱い』と思い込んでいることから攻めきれない場面が多々あるが、それが一切なく超攻撃的な姿勢で向かってくるのだ。

あいつの弾幕は攻撃が最大の防御となる。あの弾幕に阻まれてはこちらの攻撃は届かず、向こうの攻撃は好きなだけ届く。

「というわけで、かなり厄介なんだぜ!!」

「何であんたはそんなに詳しいのよ。」

そりゃ、あいつを一番怒らせてるのは私だからだぜ。

「威張って言うことじゃないわ。」

「ちょ、ちょっとアイツなんなのよ!?あんたたちの仲間なんでしょ、何とかしてよ!!」

橙がキレた優夢に恐れをなして、尻尾を巻いて私達の後ろに隠れた。

だがな、橙。世の中ってのは大抵非情なものなんだ。

「私には無理だぜ。ああなった優夢相手に勝てたことは一度もないからな。」

「私もあの優夢さんは相手にしたくないわ。疲れそうだし。」

「あんたらホントに仲間なの!?」

「そうだぜ。」「そうよ。」

何かおかしなことでも言ったか?

「・・・この場合、おかしいのは私なのかな?教えて藍様・・・。」

橙は遠い目をして誰かに向かってつぶやいた。

おいおい、そんなことしてると危ないぜ。

「ブウウウウウウウウウルルルルルアアアアアア!!!!」

「きゃあ!!?」

橙は間一髪で優夢の放った球体の弾幕をかわした。普段だったらここで常軌を逸したホーミングで叩き落すところだが、怒りに任せた一撃はそのまま真っ直ぐ進んでいった。

この優夢で救いなのはこの一点だな。もっとも、それも数多く撃ち出されるとあまり意味はないんだが。

「命拾いしたな、橙。」

「ホントに何なのよアイツ!!一切手加減なかったわよ!?」

「それだけ怒ってるんでしょう。責任取りなさいよね、あんたら。」

「何で私まで!?」

「最後の一撃はお前だったんだぜ。」

私の一言で橙は「うっ」と呻いた。そもそも私は優夢に当てるつもりはなかったんだが。

「さて、私一人では抑えきれないが・・・霊夢、橙。協力しろ、共同戦線だ。」

「な、何で私まであんた達の手伝いしなきゃ!!」

「ごちゃごちゃ言うんじゃないわよ。全員落とされるわよ?」

「ぐ・・・わかったわよ!!」

よし!!

「橙、お前速さには自信あるか?」

「もちろんよ!猫は素早い生き物なのよ!!」

「なら、こういう作戦で行こう。」

私は手短に作戦を話した。と言っても、作戦というほどのものは何もない。

私と橙でかく乱し、霊夢が決める。この中であの弾幕を越えて優夢に当てられそうなのは、同じくホーミング使いの霊夢ぐらいのものだ。

「こいつは弾幕ごっこじゃない。本気で行くんだぜ。」

「わかってるわよ!」

「来るわよ!!」

霊夢が叫ぶのと同時に、優夢の弾幕が迫ってきた。その数、3!!

「散れ!!」

号令一下、私達はバラバラに避けた。優夢の弾幕は少し行きすぎてから、後ろから追尾するように私達を狙ってきた。

「追ってくる!!?」

「追いつかれるな!一発で落とされるぞ!!」

私は橙に向かって叫んだ。それが届いたのか、橙はスピードを上げて優夢の操気弾と距離をとった。

優夢は橙と私に向かって、さらに一発ずつ弾幕を放ってきた。優夢が纏っている弾幕の数は、残り6。

「何なのよこの弾幕は!!」

「これでもまだ操作が荒い方だ・・・ぜ!!」

「どうなってんのよー!!」

橙は初めて見る異常な操作性を誇る弾幕に驚きながら回避を続けた。そしてもう二発、私達に向けられる。残り4!!

霊夢の一撃で確実に沈めるためには、せめて3以下にしたいところだ。

「橙!もっと早く動けないか!?」

「これ以上はスペカ使わないと無理だよー!!」

「じゃあ使え!このままじゃジリ貧だ!!」

体力が切れれば落とされるぞ!!

「うぅ~・・・!式符『飛翔晴明』!!

カードの提示なしで、橙はスペルカードを使った。

橙は素早い動きで五芒星の形を描き、それぞれの頂点で弾幕を放った。

確かに動きは素早く、優夢の弾幕をかく乱することができた。だが弾幕はまずい。

優夢はそれを見るや否や操気弾を手元に戻し、全て叩き落してしまった。

「何あの弾幕!?私の弾幕が消されちゃった!!」

「あいつのはそういう弾幕なんだ!生半可な攻撃は通用しない!!」

だから今は逃げに徹するしかないんだ。

今の攻撃で優夢の周りの弾幕は6まで戻ってしまった。振り出しに戻らなかったのはまだマシだった。

「とにかく逃げ続けろ!スペルカードルールは気にするな、逃げられるスペカをじゃんじゃん使え!!」

「う、わかった!翔符『飛翔韋駄天』!!

橙は、今度はくるくると回転しながら一直線に飛んでいった。優夢はさながら逃げる者を追う猟犬のように、橙に向かってさらに三つの弾幕を放った。これで優夢の周りは3個!!

「今だ、霊夢!!」

「わかってるわ!霊符『夢想封印 集』!!

霊夢もスペルカードを提示せず、抜き打ちでホーミング霊弾を7つ生み出した。

『集』の名の通り、いつもよりも威力が集まっているようだ。

霊夢はそれを、優夢めがけて放った。当然優夢は防御するため、3つの操気弾を駆使する。

だがこの威力の詰まった霊弾なら・・・!!

「くっ、相変わらず常識外れな!!」

霊夢が苦い表情で叫ぶ。優夢の防御は堅固であり、霊夢の放った『夢想封印』は今にも全て消し飛ばされそうだった。

・・・だったら!!

「威力を足せばいいだけの話だ!!」

私は叫んで、ミニ八卦炉を構えた。使う魔法はもちろん、恋符!!

『マスタースパアアアアアアアアアク』!!

白い閃光が視界を埋め尽くした。以前よりも頑丈になった操気弾は、私の『マスタースパーク』を耐えようと拮抗する。

だが、威力勝負で負けるつもりはない。

「はあああああああああっっっ!!!!」

私はつぎ込む魔力をさらに足した。閃光が一際太くなる。

『夢想封印』で削られた操気弾に、それを耐え切るだけの余力はなく。



「ブルアアアァァァアアアァァァアアアァァァアアアッッッ!!!!」

優夢は閃光に包まれた。

私達は何とか命をつなぎとめることができたようだ。

「大げさね。」

大げさなもんか。





***************





魔理沙の魔砲を受けて、優夢さんは地面に激突した。そのまま何度もバウンドする。

巻き上がる土煙。・・・あれで優夢さんは無事なんだろうか。

「いってて・・・俺は何をしてたんだ?」

と思ったら、あっさりと起き上がった。まあ、一応は吸血鬼だしね。

「本当に何なのよあの人間・・・。」

いつの間にか私達のそばへ戻って来ていた化け猫が呆然と呟いた。

「あれが優夢だ。腕を吹っ飛ばされても足をもがれてもなお追いかけてくるぞ。」

「怖っ!!」

「嫌だったらお宝を全部私に渡すんだぜ。なに、私が死んだら取りにくればいい。」

魔理沙は橙が怯んだのに乗じて脅しをかける。

「そのくらいにしときなさい、魔理沙。みっともないわよ。」

「どうしたんだ、霊夢。さっきまでお前もノリノリだったのに。」

「だって、別にここにあるものを持って帰っても幸運になんかならないんだから。」

「何だって?」

魔理沙が訝しげな表情をする。やれやれ、気付いてなかったのね。

「こいつ、式よ。」

私は橙を指差して言った。

「式って・・・式神ってやつか?」

「そ。誰のものかは知らないけど天然の妖怪じゃないわ。マヨヒガっていうのは妖怪の里なんだから、式なんかが管理してるわけないでしょう?」

それだったら幻想郷の方が余程『マヨヒガ』だ。

「なんだ、パチモンだったのか。紛らわしい。」

「パチモンなんかじゃないもん!ここは藍様が作ってくれた、私のマヨヒガなんだもん!!」

魔理沙の発言に橙は駄々っ子のように噛み付いた。

多分『藍』っていうのがこいつの主ね。

「あんたの主が何を思ってここを作ったのかは知らないけど、偽者は偽者よ。それなら私達がどうこうする意味はないわ。」

「違う!偽者なんかじゃないもん!!」

「あー、一体これは何の騒ぎなんだ?」

優夢さんがこっちに戻ってきた。それを見て橙は「ヒッ!?」と小さく悲鳴を上げ、私の後ろに隠れた。

「・・・俺その子に何かしたのか?」

「凄いことをしてたぜ。」

「何を!?」

「凄いことよ。」

「違う!それは俺の意思じゃない!!断じて違うんだ!!俺は小さな女の子に欲情なんかしないぞ!!」

何かいい感じに勘違いして悶え始める優夢さん。

そんな阿呆らしい光景を目の前にして、橙は警戒を解いた。

「本当にこいつ、さっきのと同一人物なの?」

「こいつはキレると人格変わるんだぜ。」

「・・・そうなんだ。」

何かオカシナモノを見るような目で、橙は優夢さんを見た。

「ふぅー、ふぅー!証明完了、やっぱり俺はこんな小さな子供相手に欲情なんかしないぞ!」

頭の中でどんな理論を展開したのかわからないが、優夢さんはすっきりした表情で言った。

「で、何がどうなったんだ。」

「ここが偽者だったんだぜ。」

「偽者じゃないって言ってるでしょー!!」

「体も暖まったし、そろそろ次行くわよ。」

「わけわからん。」

まあ今のじゃ確かにね。はぁ、めんどくさいわね。



かし



「手抜きすぎじゃないか!?最早何がなんだかわからないぞ!!」

「いいのよ、伝わったでしょ。」

私の言葉で優夢さんは呆れた表情をした。

「で、つまり橙には迷惑かけちゃったってことだな。」

「おいおい、私達にかけた迷惑に関しては何もなしか?」

「お前らは自業自得だ!一回反省しろ。」

優夢さんはそう言うと、橙の方に向き直った。

「悪かったな、騒がしくしちゃって。本当にすまなかった。」

そして、橙に向かって頭を下げた。相変わらず律儀ね。

ほら、いきなりのことに橙も戸惑ってるじゃない。

「それとこいつらの言動についても謝っておくよ。」

む。中々失礼なことを言ってくれるじゃない。・・・確かに色々問題行動は多かったかもしれないけど。

「私はいつも通りだったぜ。」

「なお悪いわ。・・・で、橙。こいつらはここを『偽者』だとか言ったけど、俺はそんなこと思わないぞ。」

「えっ?」

優夢さんの言葉に、橙は目を大きく開いた。

「外は吹雪なのに、こんなに穏やかで暖かい。ここに住んでるやつらも居心地がいいみたいじゃないか。ここはまさに妖怪の『楽園』だよ。」

優夢さんが目を向けた方には、猫の群れがいた。恐らく橙の使役獣ね。

その言葉に、橙は驚いたように口を開けていた。

でも、心の中は嬉しいみたいね。尻尾がせわしなく揺れていた。

「大事にしろよ?また遊びに来てやるから。」

「べ、別にいいわよ!また来てほしいなんて思ってないんだから!!本当よ、本当なんだったら!!笑うなぁ!!」

橙は顔を真っ赤にして強がったが、それを見て優夢さんはいっそう微笑みを深くするのだった。



その後橙に道を聞いて、私達は猫の里――『マヨヒガ』を後にした。

「随分と時間を食っちゃったわね。」

「でも体はすっかり暖まったんだぜ。」

「それに、吹雪もだいぶマシになったみたいだしな。無駄ではなかったぞ。」

それもそうね。

それじゃあ。

「今度こそ、『異変』の元凶を探しに行くわよ。」

「私はあっちの方が怪しいと思うぜ。」

「そっちは魔法の森だろ・・・って人の話を聞けェー!!」

魔理沙はまた一人で飛んで行ってしまった。

やれやれ。元凶にたどり着くのは一体いつになることやら。





+++この物語は、キレた幻想が少女達とバトルロイヤルっぽい何かをする、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



凶兆の黒猫:橙

読みは「ちぇん」。だいだいでもおれんじでもない。黒猫のはず。○○○はつかない。

普通の猫よりは強いはずなのに、カリスマがないため従えられない。

ミケの他にも「ハー」と鳴く猫や体が灰色の子猫がいるとかいないとか。

能力:妖術を扱う程度の能力(但し式神憑依時)

スペルカード:仙符『鳳凰卵』、式符『飛翔晴明』など



シーフオブハクレイ:博麗霊夢

箪笥を持ってどうやって『異変解決』するつもりだったのだろうか。

橙を式だと気付いたのは彼女が巫女であるから。一応能力値は高いのだ。修行不足だけど。

スペカは使ってけど大した消費ではない。

能力:主に空を飛ぶ程度の能力

スペルカード:霊符『夢想封印 集』、夢符『二重結界』など



大泥棒白黒:霧雨魔理沙

帽子の中は四次元。何でも入る。きっと家具も入ることだろう。

もう少しマシな出会い方をすれば、橙ともいい関係を気付けただろうに。

優夢のキレ方の判断には定評がある。全然嬉しくない定評だ。

能力:魔法を使う程度の能力

スペルカード:魔符『ミルキーウェイ』、恋符『ノンディレクショナルレーザー』など



バルバトス=ゲーティア:名無優夢

マジギレするとそうなる。「死ぬか!散るか!!土下座してでも生き延びるのか!!!!」

そういえばどこかの東方キャラもバルバトス化したような・・・?

別に能力値が上がるわけではなく精神的な問題で手強くなるだけ。

能力:英雄を殺す程度の能力?

スペルカード:暴符『ドライビングコメット』、思符『信念一閃』、???、???など



→To Be Continued...



[24989] 二章四話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/18 23:45
私達は今、魔法の森上空にいる。結局魔理沙が言った方角へ来てしまったわけだ。

だけど考えてみれば桜の花びらが落ちていたのは魔理沙の家の前だ。ということは、こちらの方が何かしらの手がかりがあるかもしれない。

そう思って何も言わずに着いてきたんだけど。

「何もないじゃない。」

あたり一面真っ白で、おまけに時刻はとっぷり夜。桜の花びらはどこにも見当たらなかった。

「そう焦るなって。こういうのは地道に探した方がいいんだぜ。」

「いやいや、ここはお前の家行って今日は休んだ方がいいだろ。この寒さは正直参る。」

「三人も寝る場所がないぜ。」

どんだけ汚いのよあんたの家。

「でもそれにしたって今日はもう遅いわ。何とか休める場所を探さなきゃ。」

「だったら、この辺なら私の家よりもアイツの家の方が近いぜ。」

ああ・・・アイツね。

「あいつ?誰のこと言ってるんだ、魔理沙。」

魔理沙の言葉で誰のことかわからなかった優夢さんは頭に疑問符を浮かべていた。

というか、優夢さんは知らないか。

「七色馬鹿よ。」

「意味わからんわ。」

「お前も一度会ったんだろ、優夢。」

あら、優夢さん会ったことあるのね。

「え?誰だ?知り合いに七色馬鹿で連想できる人なんていないけど。」

「おいおい、あいつのことを表現するのにそれ以上的確な言葉はないぜ。」

優夢さんは考え込んだけど、誰のことか思いつかなかったみたいね。

「ギブ。誰?」

「お前はもっと観察力を身に着けるべきだな。」

魔理沙はやれやれと肩をすくめた。それを見て優夢さんはややムッとした表情をしたが、特に文句は言わず先を促した。

「で?」

「あいつだよ。プチ引きこもり娘、友達いるのかわからない人形師。」

「あらあら、随分な言いようじゃない。泥棒まがいの白黒。」



!?

突然現れたその人物は、自分の周りに配置した人形から無数の弾幕を放ってきた。

「ふっ!!」

「よっ!!」

「なんとぉ!!」

けれど私達は、それぞれの回避方法で弾幕をかわした。ああ、優夢さんは砕いたから回避とは言わないわね。

私達は一度バラけ、再び合流してその人物を見据えた。

「・・・アリスさんのことだったのか。」

「あら、私をご存知なの?見たところ初顔合わせだと思うけど。」

あれ?優夢さんとアリスって以前会ってたんじゃないの?

「(こそこそ)どういうこと?」

「(こそこそ)あの時優夢は女だったんだぜ。しかも巫女服。」

なるほど。男の優夢さんに会うのは初めてってことね。

「え?いや俺ですよアリスさん。以前寺子屋であった。」

「あなたみたいな男に出会った覚えはないけど。・・・でもその顔、あの娘に瓜二つね。兄妹?」

優夢さんがどんな性質を持っているのか知らないやつからすれば、この反応が普通かしらね。

「いやいや!その娘が俺だったんですってば!!」

「からかってるの?あなたどう見たって男じゃない。もしあなたが女だったとしても、あの娘はそんな貧相な胸をしてなかったわ。」

確かに、女性時の優夢さんの胸は豊かだわ。思わず触りたくなるほど。

それにしても優夢さん、女性化すればアリスだってすぐ信じるのに、何でしないのかしら?

「・・・どうやらアリスさんの中での俺のイメージは女ってことになってるみたいだからな。払拭したい。」

「諦めなさい。」

「冷淡だなおい!?」

事実を述べただけよ。

「あなたがあの娘の関係者だったとしても、私の友人になりすまそうっていうのは許しがたいわ。」

あら優夢さん、アイツと友達だったの?

「いや、面と向かって言われた覚えはないんだが。やたら冷たくあしらわれた気がするし。」

ああ、勝手に友達だと思ってるのね。ありがちなパターンだわ。

「ちょっと紅白、やたら失礼な思念を感じたんだけど。私の気のせいかしら?」

「気のせいよ。事実を思っただけだから。」

「・・・勘に触る言い方ね。まあいいわ、あなたは後で相手してあげるから。」

何よこいつ。結局寂しかっただけなんじゃないの?別に私はあんたの相手する気はないわよ。

ともかく、アリスは優夢さんに向き直り。

「後悔させてあげるわ。私の友人の名を語ろうとしたことを。」

「・・・この人、こんな人だったかなー?」

優夢さんは釈然としない表情をしたまま、人形を構えたアリスに応じた。



そんな感じに、何だかよくわからないうちに、優夢さんと七色の人形遣い・アリス=マーガトロイドは勝負をする羽目になったのだった。





***************





アリスさんはどうやら、人形遣いらしく人形から弾幕を撃つらしい。

それだけならただ砲台を使っているという認識でいいんだが、前知の通りアリスさんは同時に幾つもの人形を操ることができる。

それはつまり、弾幕を発射する砲台が幾つも存在するということだ。見ただけでめまいを起こしそうな量の弾幕が視界を埋め尽くす。

なるほど、二人の知人だけあって並大抵ではない実力者のようだ。果たして俺で勝負になるのかも怪しい。

だけど俺だって、幻想郷で漫然と一年を過ごしていたわけじゃない。少しは成長したってことを見せてやる!!

俺は瞬時に弾幕の配置を見切り、薄いところへ移動する。そのまま操気弾による弾幕破壊をせずに回避する。

「そのくらいをかわせないようじゃね。」

と、アリスさんは既に第二陣を放っていた。砲台が多いのに、装填も早い!!

先ほどの弾幕に、少し速度のある次の弾幕が入り混じり、一気に密度を増す。くっ。

「さっさとスペルカードを使いなさい。それとも持ってないのかしら?」

さらにもう一段。これは俺ではかわしきれない。

俺はこれまで動作させなかった11の弾幕を嵐のように動かし、周囲の弾幕を消し飛ばした。

「・・・そういえばさっきもそんなことしてたわね。それは何?」

「操気弾ですよ!!」

俺の通常弾幕。使い勝手の悪い防御弾幕。それが俺の唯一の命綱だ。

これの「弾幕を砕く」という性質がなかったら、開始10秒で落とされる自信があるぞ。威張れるこっちゃないけど。

あんまり動かすと神経を使うから、なるべく回避・ダメなら破壊というのが今の俺のスタイルだ。

それに『陰体』のときはこうはいかないからな。もう少し回避上手くならないと。

と、そんなことよりも。

「手強いわね。ちょっと早いけど。操符『乙女文楽』。

視界の中で、アリスさんがスペルカードを宣言していた。この躊躇のなさは以前感じたアリスさんのままだな。

アリスさんは魔力を圧縮し、こちらに投げつけてきた。俺の『信念一閃』と似たようなものか!?

俺はその動きに注視し、回避体勢をとった。が、それはさほどの速さを持たない弾幕だった。

だが、これはスペルカード。楽観はできない。俺は警戒態勢を解かなかった。

するとそれは、俺の目の前で爆発を起こした。中から現れる無数の人形。弾幕の中に人形を隠したのか!!

人形はそれぞれ俺に向かって弾幕を放ってきた。また一部の人形は俺の逃げ場を奪うべくレーザーを放ってきた。

『1700(ry』と『ムーンライトレイ』を合わせたようなスペルだなと思った。

まあつまり、俺には攻略できるってことだ。俺はこちらに向かってくる弾幕を破壊しつつ、一つの弾幕に『影の薄い操気弾』を発動する。

慎重に、バレないように。それは時間をかけてアリスさんの背後に到達した。

狙うはアリスさんが魔力の塊を放射する瞬間。

じっくりと期を伺う俺の目の前で、アリスさんは魔力塊を放った。今だ!!

俺が『影の薄い操気弾』を動かそうとした、その瞬間。

「なっ!!?」

アリスさんの服の中から人形が現れて、俺の弾幕を貫いてしまった。気付かれた!?

「そんなにじっとこっちを見てれば、何かを企んでるのは見え見えよ。それに私の感覚は鋭敏なのよ。
ところでそんなに呆けている暇があるのかしら?」

!? しまっ!!

「つぅ!!」

驚きのあまり、アリスさんが放った魔力の塊から現れた人形を失念していた。そのために一撃を喰らってしまう。

やっちまった。ただでさえ俺は強くないってのに、余計に状況を不利にしちまった。

だがルールはルールだ。後から悔やんでも仕方ない。

俺は一枚目のスペルカードを取り出し、宣言した。

想符『1700万ゼノのブルーツ(笑)波』!!

「何そのセンスないスペカ。」

・・・ここでも不評でした。いい加減これも名前変えようかな。





***************





正直今のは危なかった。上海人形が気付いてくれたおかげで何とかなったけど、あのまま気付かなかったら間違いなくスペルブレイクされていた。

紅白と白黒の知り合いだけあって油断ならない奴ね。

で、件の真っ黒だけど、センスが欠片も感じられないネーミングのスペルカードを宣言した。

次の瞬間、彼の弾幕の一つが肥大化を始めた。大きくなる。まだ大きくなる。・・・ちょっと大きくなりすぎじゃない?

最終的にそれは、大の大人二人を軽く飲み込めるサイズになった。

そしてそれを。

「でえええええいやあああああああ!!!!」

気合一閃、投げつけてきた。しかも速い!!

これはさすがに避けないわけにはいかないわね。私はすぐさま回避行動を取る。

するとそれは、まるで意思でも持っているかのように私の後を追ってきた。ホーミング!?このサイズで!!

しかも、逃げても逃げても追ってくるそれは私の知るホーミング弾幕の常識を超えていた。えげつないわね。

これでは攻撃する暇がない。かといって止まって攻撃しようとすれば、冗談抜きで一撃で落とされる可能性すらある。

ここは策を練るしかないわね。私らしく、弾幕はブレインで。

そうやって、少し思考に沈んだのがいけなかった。

「なっ!?」

「もらった!!」

私の行く手を、彼の弾幕(通常の方)が遮っていた。こっちを忘れてた!!

仕方がない!!

蒼符『博愛の仏蘭西人形』!!

スペルカードを宣言することで弾幕相殺を試みる。

しかし、通常の方は相殺できても、流石に巨大弾幕の方は小粒の弾幕に破壊することしかできなかった。

小粒に変わった弾幕はホーミングを失っており、何とか回避することができた。

となると、あれはホーミングというよりは完全制御と言った方が正しいわね。・・・何よ、ますます持って反則じゃない。

「よっし、一枚ブレイク!!」

彼はガッツポーズを取っていた。気に食わないわね。

「喜ぶのはまだ早いわよ。この仏蘭西人形は今までの比ではないわ。」

私は友人に似たその人物に、絶対に謝らせてやるからと心の中で毒づいた。





***************





「白熱してるなー。」

「一進一退ね。いい勝負じゃない。」

私達はアリスと優夢の戦いを、完全に見物人の立場で眺めていた。

ここでお茶でもあればいいんだが。

「霊夢、お茶。」

「あるわけないでしょ。」

だよなぁ。

優夢がアリスの『変化する弾幕』に動揺し、死角から一撃喰らってしまった。

「あー、あれは目で追うとダメだな。弾幕の軌道を考えて、当たらない場所を探さないとな。」

「あんたは根性避けで普通に避けるでしょうが。」

まあな。あのくらいなら避けられるぜ。

「けどアリスって本気出さないからなぁ。まだまだ上があると思うぜ。」

「まあね。だからあの子友達できないって気付かないのかしら。」

私達の共通意見として、アリスは絶対寂しがり屋の強がりだということになっている。

流石に二度同じ手を喰らうはずもなく、優夢はアリスに弾幕を当てた。スペルブレイクだな。

優夢1枚のアリス2枚。残り枚数だと優夢は6枚――実質使い物になるのは3枚か。

アリスがどれだけ余力を残してるかにもよるけど、ほぼ互角の勝負だな。

アリスも結構強いはずなんだがな。やはり優夢の成長速度は尋常じゃないな。こりゃ私もうかうかしてられないぜ。

私は新しいスペルカードを考えながら、優夢とアリスの勝負を見物し続けた。





***************





白符『白亜の露西亜人形』!!

俺の弾幕に包囲されたアリスさんが、次なるスペルカードを宣言した。

これで俺は1枚でアリスさんが3枚。よし、何とかなってる!!

そう思ってたんだが、次の瞬間俺の顔は青ざめることになった。

「な、なんぞーーーー!!?」

何故なら、俺のすぐ目の前に白い少女人形があったからだ。いきなり現れることがここまで驚くとは露ほども知らなかった。

その人形は、俺の目の前で弾幕をばら撒くと嘘のように消えてしまった。く、何てとこで撃ちやがる!!

俺は弾幕が手元になかったので、回避を試みたが。

「づ!!」

腕に被弾した。右二の腕を貫通し、俺の服に血が滲む。・・・まあ、このぐらいすぐ再生するんだけどさ。この服替えがないんすけど。

ちょっとイラっときつつ。

暴符『ドライビングコメット』!!

スペルカードを宣言する。同時、俺の弾幕が大玉サイズへと膨れ上がる。

ふふふ、おいたが過ぎますぜアリスさん。

「とりあえず、喰らっといてください!!」

俺は大玉を全て同時にアリスさんへ殺到させる。

その途中で、先ほどの人形がふっと現れる。なるほど、それで防御するつもりか。

だが甘い!!俺の弾幕がそんなにもろいと思いましたか!?

「・・・本当に反則ね、その硬さ!!」

防御を失ったアリスさんが逃げる。だが、計11の巨大操作弾幕から逃れることはできず、スペルブレイク。

「いたた・・・、女の子はもうちょっと丁寧に扱いなさい。」

「あ、すみません。大丈夫ですか?」

やべ、カッとなってやった。今は反省している。

けどちょっとは威力考えてたんだぜ?怪我にはなってないはず。多分。

と、俺の力ががくんと抜ける。同時、俺の弾幕は元のサイズへと戻っていった。時間切れによるスペルブレイクだ。

残ってる俺のスペルカードは5枚。けど使えそうなのは――今の状態だと1枚、思符『信念一閃』だけだ。

あれは『ドライビングコメット』同様、消耗がぱねぇカードだ。できれば使いたくないんだが。

何とか残りのスペカを通常弾幕で攻略できることを祈りつつ、俺は再びアリスさんと対峙した。





***************





ここまでで学習したこと。彼に対して通常弾幕は時間と体力と魔力の無駄遣いね。

だったら、ここからはスペルカードでごり押ししてやるわ。

廻符『輪廻の西蔵人形』。

私は次なるスペルカードを宣言した。

私は6体の西蔵人形を配置し、回転させながら無数の弾幕を放った。

当然彼はそれを砕くが、時折回転方向の変わる弾幕に苦戦しているようだ。

「め、目が、目が回る!!」

平衡感覚鍛えなさい。生きて帰れたらね。

私はさらに弾幕の密度を上げた。そしてとうとう、彼のキャパシティを越える。

「げっ!!」

彼の弾幕と弾幕のわずかな隙間を縫って、私の放った無数の弾幕の一つが彼に到達した。

直撃。さあ、もう一枚もらうわよ。

「く、夜符『ナイトバード』!!

彼は宣言したが、次の弾幕はなんていうことのない弾幕だった。

通常弾幕を砕いて小粒の弾幕を放つだけの、つまらないスペルカード。

「まじめにやりなさい。」

私は難なくかわし、逆に当ててやる。スペルブレイク。

「だったら、闇符『ディマーケイション』!!

次なるスペルカードの宣言。だがこれも大して変わらない。直線か螺旋かの違いだけだ。

「いい加減にしなさい。次ふざけたスペル出したら、本気で殺すわよ。」

私はまたしてもすぐにスペルブレイクしてやった。

彼の返答を待つべく、私は弾幕を止めた。しばし躊躇する気配。

やがて彼は大きなため息をついた。

「やれやれ、絶対やりたくなかったんですが・・・。」

何をやろうっていうのかしら?私は何が来てもいいように再び人形を構えた。

だが彼はスペルカードを出さず、宣言する気配も見せず、ただ両の手を組んでこう叫んだ。



陰体変化!!



彼の体は突然、淡い光に包まれた。一体何を!?

私の疑問は、その光の中で起こった彼の変化によって、一瞬で解消された。

そして、私の勘違いもまた、一瞬で理解に至った。



そう。彼は初めから本当のことを言っていたのだ。

「それじゃ、いきますよ。」

「え、ええ??」

彼は――いや、彼女は。

間違いなく、私が以前寺子屋であったナイスバディの女性、名無優夢だったのだ。

突然であまりな出来事に混乱する私を他所に、優夢はポケットからカードを取り出し宣言した。

月符『ムーンライトレイ』!!

「え、ちょ、ちょっと待・・・」

私の制止も空しく、優夢は太いレーザーを二本放った。

多分それは本来逃げ道を奪うためのものなんでしょうけど、私はそれをもろに喰らって。

「きゅう~・・・。」

「・・・あれ?」

落ちてしまった。

キョトンとした優夢の表情が、場違いに可愛らしく見えた。





「どういうことなのか説明してもらえるかしら?」

私は今、凄くいい笑顔をしていると思う。無論言葉どおりの意味ではなく。

その気配に押され、優夢がタジタジになりながら答えた。

「いや、説明するほど難しい話でもないんですが・・・。」

そうね。あなたは男にも女にもなれるってだけの話だものね。理解してしまえば何も難しくはないわ。

でも私が言ってるのはそういうことじゃないのよ。

「どうして黙ってたのかしら?納得のいくように説明してくれる?」

何で初めて会った時、自分が男でもあることを話さなかったのか。

何で今日会った時、女になって見せて自分が私の知る名無優夢であることを示さなかったのか。

それが納得いかなかった。私は彼女――彼と友人であるつもりだったのに、これはひどいんじゃない?

怒り心頭になるのも仕方ないわ。

「えーっと、順を追って話させていただきますね。まず俺が男でもある――本来は男であることを話さなかった件についてです。
アリスさんと会ったときは、まだ女になれるようになったばっかりで、男に戻る方法がわからなかったんです。
で、男だって言っても証明の方法が無かったし。・・・多分言っても信じてもらえないと思ったんで。」

優夢の苦い表情を見て、何となく察した。まあ確かに、あの完全無比な女性(しかも美人)を前にして『自分は男です』と言われたら、まず最初に性同一性障害を疑う。

優夢は続ける。

「それで、今日最初に俺が女にならなかった理由は――アリスさんに、俺が男であるとちゃんと見てもらいたかったんです。」





え?それって・・・。



私は思わず胸が高鳴った。

そんな、私とはまだ会ったばかりなのに、急にそんな。いいえ、確かにあなたは顔もいいし性格も悪くないわ。私だって嫌じゃないけど・・・。



「もう人里の人達は俺のことを女としてしか見ません。けど俺は男なんです。だからせめてアリスさんぐらいには、俺のことを男としてしっかり認識して欲しかったんです。」



・・・・・・・・・・・・・・・。

「え、あれ?俺なんかまずいこと言っちゃいました?目が凄く怖いんですけど・・・。」

「・・・いいえ、別に。」

私は大きくため息をついた。何だか一人で舞い上がってた自分が馬鹿みたいに思えてきたわ。

「でもひどいじゃないの、教えてくれないなんて。私は友達だと思っていたのに。・・・まあ友達の多いあなたからすれば、私なんていてもいなくても一緒でしょうけど。」

私はちょっと自虐的に言葉を吐いた。

私の言葉に、優夢は驚いたような表情を見せた。

「どうしたのよ。」

「いえ。俺、てっきりアリスさんには『どうでもいいやつ』って思われてると思ってたんで。友達って言ってもらえて・・・正直嬉しいんです。」

はにかみながら、頬を朱に染めて優夢はそう言った。

・・・やばい、凄く可愛いわこいつ。何かいけない扉に手をかけてしまいそう。

「(-∀-)ニヤニヤ」

「(`∀´)ニヤニヤ」

「ん、んん!!そ、そう!?ならこれからも友達って思ってやってもいいわよ!?」

優夢の後ろでニヤニヤしながら見てる霊夢と魔理沙を見て、私は無理矢理咳払いをした。見世物じゃないわよ。

「ありがとうございます、アリスさん。」

優夢は顔をほころばせて頭を下げてきた。けどね。

「ねえ、友達って思ってるなら敬語はやめにしましょう。私のことはそのままアリスでいいから。」

「・・・はは、何か会う人会う人に言われてる気がするな。わかったよ、アリス。」

うん、こっちの方がしっくりくるわ。

「良かったなー、アリス。やっと友達できて。」

「ホントね。この調子で友達100人目指せば?」

「し、失礼ね!!私だってその気になれば友達の100や200は!!」

「友達100人て・・・マジレスすると、普通小学校の同学年に100人いることは稀だから物理的に不可能だと思うんだ。」

優夢が何を言ってるのかさっぱりわからなかった。



「で、結局あんた達は何してたの?」

「『異変』を解決してる途中よ。」

「春を取り戻すんだぜ。」

「そろそろ寒いのも嫌になってきたしな。けど今日はそろそろ何処かで休もうと思ってる。」

「あら、それだったらうちに来る?寝床と食料ぐらいは提供できるわよ。」

「おう、お世話になるぜ!!」

「紅白と白黒は呼んでないわよ。優夢だけよ。」

「そんなこと言わないでさ。俺からも頼むよアリス。」

「・・・仕方ないわね。友達の頼みだから聞くのよ。感謝しなさいよね。」

こうして、私は初めてうちに友達(おまけ付き)を呼んだのだった。





***************





アリスが友達だと言ってくれたときは、嬉しかった。

寺子屋での一件で、俺はアリスからどうでもいいと思われていると思っていた。まあそれで傷つくほど俺はヤワじゃないけど。

けど、やっぱり友達と言ってもらえることは無条件に嬉しいんだ。

だからというわけじゃないけど、俺はこの新しい友達を大切にしようと思ったんだ。



思ってたんだよ。ついさっきまで。

「じゃあ優夢。こっちも着てみて。これ、私の最新作なのよ♪」

「・・・なあアリス。そろそろ寝てもいいか?」

「ダメよ。あなたに似合う可愛い服を探さなきゃ。あんなダサイ服なんて、あなたがもったいないわ。」

こう着せ替え人形にされてると、友達づきあい考えちゃうよね。



俺で着せ替えごっこ(誤字に非ず)は、夜遅くまで続いたので。

そのうちに俺は考えるのをやめた。

・・・いいや、受け入れとけ。





+++この物語は、全てを受け入れる幻想が七色の少女趣味をとりあえず受け入れる、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



しっかり噛まずに飲み込む:名無優夢

その結果が今回の騒動。ちゃんと事情説明とかはしとけ。

この分だと吸血鬼でもあることを言ったらあちこちから非難を浴びそうである。

服は結局アリスの服をちょっと大きくして色合い変えたものを着せられたので、この後性別は女性で固定。

能力:無自覚女殺しを発揮する程度の能力?

スペルカード:暴符『ドライビングコメット』、思符『信念一閃』、???、???など



友達いなくて寂しがり屋:アリス=マーガトロイド

ちょっと優しくされたので優夢を友達だと思ってた。

寂しがり屋だったりツンデレだったり忙しい。多分ジストと同士。

とりあえず彼女の人形コレクションに優夢人形が加わることは間違いないだろう。受符『総受けの優夢人形』。

能力:人形を操る程度の能力

スペルカード:魔符『アーティフルサクリファイス』、咒詛『魔彩光の上海人形』など



(-∀-)ニヤニヤ:博麗霊夢

弾幕ごっこはぬぼーっと観戦してた。何という温度差。

アリスでからかうネタが増えたので、これからしばらくはそれで遊べる。

ちなみに夜は飯食ってすぐ寝た。

能力:主に空を飛ぶ程度の能力

スペルカード:霊符『夢想封印 集』、夢符『二重結界』など



(`∀´)ニヤニヤ:霧雨魔理沙

弾幕ごっこを楽しんで眺めてた。後は酒があれば完璧だった。

アリスのことは友達だと思っている。実はアリスも心の底ではそう思っていたりするのだが、表面には絶対出さない。

飯食ってしばらく優夢ファッションショーを見ていたが、途中で寝た。

能力:魔法を使う程度の能力

スペルカード:魔符『ミルキーウェイ』、恋符『ノンディレクショナルレーザー』など



→TO Be Continued...



[24989] 二章五話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/18 23:46
翌日、優夢達はまだ日も昇らぬうちに出て行った。

私はもう少しゆっくりしていけばいいのにと言ったが、彼は「さっさと春を返してもらわないと寒くてやってられない」と返し、先へ進んだ。

私もそろそろ桜を見たい頃だったから、止めはしなかった。

まあ優夢は強いみたいだし、霊夢と魔理沙も着いているから大丈夫よね。

そうは思ったけど、不安だった。

何者かはわからないけど、相手は幻想郷の春を奪うほど強大な敵。ひょっとしたら、優夢にもしものことがあるかもしれない。

だから着いていこうと思ったんだけど・・・。

「何だ、一人で残るのが寂しいのか?相変わらずお子様だな、アリスは。」

この魔理沙の発言で、売り言葉に買い言葉。

「だ、誰が寂しいなんて言ったわよ!ふん、そんなこと言うんならさっさと行きなさい!もう着いて行ってあげないから!!」

着いていけなくなってしまったわけだ。

ああもう、何で私ってこうなのかしら。軽く自己嫌悪。



「・・・。」

「上海?」

いつの間にか、上海人形が私を心配そうに見ていた。

「・・・ありがとうね、上海。私はもう大丈夫。」

そのおかげで、私も少し元気を取り戻すことができた。

大丈夫。優夢は強かったじゃない。もしものことなんてあるはずもない。

だって『もしも』は所詮『もしも』でしかないんだから。

「ちゃんと帰ってきなさいよ、優夢。まだあなたに着せたい服はたくさんあるんだから。」

私は優夢達が飛んでいった方角に、そう言葉を投げかけた。





***************





俺はアリスの家を発ってから、憮然とした表情をし続けていた。

「どうした優夢?ぶっさいくな面して。」

「・・・悪かったな。」

「似合ってるんだから、そんな表情することもないじゃない。」

霊夢の言葉に、俺は眉間のしわを深くした。

そう、俺は今いつもの黒服を着ているのではない。アリスが着ているのと同じ、洋服だ。色はなぜかどピンク。

俺の中の漢成分が断末魔の悲鳴(金切り声)を上げていた。

「何でこういうことになるかな?」

「さあな。運命じゃないか?」

「違うわ魔理沙。優夢さんのは運命じゃなくて、『お約束』よ。」

「ああ、そういえばそうだったな。」

何がそういえばそうなんだかよくわからんが、激しく不愉快だ。

「俺何か対応間違ったか?アリスにはちゃんと男として見るように言ったよな。」

「お前は女になるしかなかったってことだ。諦めろ。」

「別にいいじゃない。女だからって何か不都合あるわけでもないでしょ?」

大いにあるわ!!

「大体元々は男だろうが!何でお前らは揃いも揃って俺を女にしたがる!!」

「似合ってるからだぜ。」「似合ってるからよ。」

同時に同じ答えが返ってきた。もうこれ誰かの意思としか思えないよ。

「はあ、何のためにあの服で出てきたんだろ俺。」

「だから巫女服にしなさいって言ったでしょ?」

霊夢が得意げに返してくるが。

「そういうことじゃない。これじゃ男になれないだろ。」

「何か問題でもあるかしら?」

「あるよ。もうお前ら俺を盾にすることはできないから、覚えとけよ。」

「? 何でだぜ?」

『男』と『女』じゃ性質がまるで違うんだよ。

そう答えたら、案の定霊夢と魔理沙は頭に?を浮かべた。

さて、どう説明したもんかな。



と。

「あ。」「ん?」「お?」

霊夢が視線を上げた先に、あるものがあった。

桜の花びら。・・・なんでこんなところに。ここ空の上だぞ。

空の上。・・・ってまさか。

俺はさらに上を見上げた。

目を凝らせば、そこには大量の桜の花びらが舞っていた。

「・・・そういうことか。」

「なるほど、地上をどれだけ探しても見つからないわけだぜ。」

「まさか空の上だったとはね。」

俺達三人は、同時に解を得た。

さて、これで目的地ははっきりしたな。

後は覚悟を決めるのみ。

「行くか?この先何が待ってるかはわからないけど。」

「愚問ね。この程度で尻込みするわけがないでしょう?」

「むしろ上等だ。空の上で何が待ってるのか、確かめさせてもらうぜ。」

既に二人ともエンジン全開だな。それじゃ、俺も腹くくらないとな。

・・・よし!!

「行くぞ!!」

「もちろんよ!!」

「二人とも、遅れるなよ!!」



俺達は、はるか空高くを目指して飛び始めた。





***************





私達の考えはドンピシャだった。

分厚い雲の中に潜ると、次から次へと妖精が現れてきた。

こいつらは『異変』の妖気に当てられて暴走した妖精たちだ。つまり、この先に『異変』の元凶がいるってこと!!

「撃墜勝負スタートだぜ!!」

私は先陣を切って弾幕を展開した。続いて霊夢がお札を取り出し、優夢が弾幕を・・・。

「!? その弾幕の量は何だ!!?」

私はそれを見て驚きの声を上げた。

今の優夢が出せる操気弾の数は、最大で11のはず。

だが今私の目の前で優夢が展開している数は、その倍を軽く越えている。ざっと数えて40近い。

「言っただろ、男のときと女で弾幕の性質が違うんだよ!!」

性質が違うってレベルかこれ!!女の時の方が圧倒的に強いんじゃないのか!?

「見てればわかる!!来るぞ!!」

優夢が叫ぶ。同時、妖精たちが弾幕を撃ってきた。

へ、そんな弾当たるか!!私は高速で弾幕の嵐を抜け出す。霊夢は慌てずに隙間をかいくぐり、優夢はいつも通り弾幕を破壊――せずに回避行動を取っていた。

どういうことだ?優夢の弾幕スタイルは動かず落とすのはずなのに。

私の疑問は、妖精を落としながら優夢を観察することで氷解した。

「・・・なるほど、質より量ってわけだ。」

「ご明察!!」

優夢が叫び、弾幕の一つで妖精たちの弾幕を受けた。

それは10発ほどを受けたところで破壊された。男のときの優夢の弾幕ではありえないことだ。あれは何発喰らおうがビクともしない。

つまり今の優夢が作る操気弾は、一度に操れる数こそ多いものの威力が低いということだ。

男にしろ女にしろ一長一短ってことか!

「だからあの服で来てたんだよ俺はー!!!!」

悲鳴に近い叫びを上げ、優夢は必死の回避行動を取っていた。あー、あいつ普段回避しないからな。

「ひょ!?のぉい!!おろぁー!!?」

妙な声を上げて避け続けるところを見ると、以前よりは上達してるみたいだが。あとドロワ丸見えだぜ。

「けど、完全に操ることができるってのは便利よね。」

霊夢が涼しい顔で弾幕を避け続けながら妖精を打ち落としつつ言った。

確かになぁ。私もなるべく無駄撃ちはしないようにしてるんだが、どうしたって外れる分がある。霊夢のホーミングにしたってそうだ。

それに対し優夢は、全ての弾幕を確実に妖精に当て続けている。外した弾は一発もない。当たり前と言えば当たり前だが。

撃墜数は、私52の霊夢51、優夢68ってところだ。男だろうが女だろうが、雑魚相手には反則級の威力だ。

私は負けじとエンジンを上げた。

私達は妖精を打ち落とし続け、後には何も残さなかった。



どれくらい飛び続けただろうか。分厚い雲の終わりはまだ見えない。

「どう考えてもおかしいぜ!!」

「ああ、こりゃ『異変』の元凶はこの先で間違いないな!!」

私の考えに優夢が同意した。

その時、霊夢が疑問を顔に浮かべ後ろを向いた。

「どうした霊夢?」

「・・・何でもないわ、ちょっと気になっただけ。」

?一体どうしたんだぜ。

「そんなことより、どうやらそろそろ雲を抜けるみたいよ。ほら。」

霊夢が指を差す。その先には。

「春~、春ですよ~~~!お弁当作ってお花見ですよ~~~!!」

春告精が、笑いながら狂ったように弾幕を放っていた。

そしてその向こうには、春の青空が広がっていた。

「全く、下はいつまでも冬で大変だってのに・・・。春の妖精は頭の中まで春なんだな!!」

「あははー、リリー・ホワイトは嬉しくなるとついやっちゃうんですよ~☆」

妖精の放つ弾幕を、私達はそれぞれ回避する。と、優夢はちょっとグレイズしたか。

お返しとばかりに、私はレーザー弾幕を放ち、霊夢は針を投げ、優夢は嵐のような弾幕を放った。

ちょっとやりすぎな気がしないでもなかったが、そのかいあって春告精は一発で落ちた。

「すまん・・・。」

「気にすることないわよ。妖精だし。」

相変わらず律儀だな、優夢。

ともかく、春告精が最後の関門だったようだ。私達は雲を抜け出し。



今年の冬を越した。





***************





雲を抜けたら一気に気温が上がった。どうやらここはもう春らしい。

元凶は近いわね。

それはそうと、ここは何処なのかしら。空の上にこんな場所があったなんて、知らなかったわね。

そして何より気になるのは、先ほど越えた何か。あれは結界だったんじゃ・・・。

あまりにあっけなく通りぬけられたので気のせいかと思ったけど、それにしては様子がおかしい。

考えはじめたらキリがなかった。いいわ、ここにいるやつをとっちめれば全てわかるんだから。

・・・丁度良く、向こうさんからやってきたみたいだしね。

「何か騒がしいと思ったら・・・人間が結界を通って来たか。」

滅茶苦茶テンション低そうなやつね。見たところ、幽霊みたいだけど。

「正しくは騒霊・・・。」

「ポルターガイストってやつだな。」

「いや魔理沙、それは男版だ。女版は確かクイックシルバーだったかな。」

「どっちでもいいわ。で、あんたが『異変』を起こしてる奴?」

「私達はただのお呼ばれだよー!!」

さらに一人やってきた。こちらはさっきのと対照的にやたらテンションが高い。

そして三人目。

「ちょっと姉さん達速すぎ。もうちょっとゆっくり飛んでよ。」

「リリカが遅いだけ。」

「まあ花見にはちょーっと早いかなー?」

「そっちの『早』いじゃなくて。」

こいつはまともそうね。

「お呼ばれってのは何?花見の盛り上げでもするのかしら。」

「その通り。」

あら、適当に言ったら当たったわ。さすが私ね。

「というかこの場合、それ以外に答えがないと思うが。」

うるさいわね。

優夢さんの言葉どおり、やつらの格好はどう見たって楽団。

テンションの低い奴がバイオリンを。高い奴がトランペットを。普通の奴が鍵盤をそれぞれ持っている。

「花見はどこでやるのかしら。チンドン屋さん?」

「失礼なやつだ。」

「私達は泣く子も黙るプリズムリバー三姉妹よ!!」

「あっちのお屋敷だよ、ほら。」

普通のやつが指を差した方向には、確かに和風の屋敷がかすかに見えた。

その前には気の遠くなるほど続く石段があるけど。

「面倒ね。運んで。」

「それじゃあ三名様、あの世にごあんなーい!!」

「あの世ぉ!?え、何、ここあの世だったの!?」

「気付かないで来てたのか。」

「落ち着け優夢。まだ三途の川を渡ってないぜ。」

「決まり守らなかったら地獄行きだよー。」

「マジで!?超やべぇじゃん!!」

女3人寄れば姦しいと言うけど、6人集まると流石に収拾がつかないわね。まあ私もその一人なんだけど。

「いや待て霊夢。俺は男だろ。」

「? 何を言ってるんだ、この女性は。」

「きっと頭の中が男なんだね、この女の子。」

「それにしても可愛い娘さんだね~。」

「・・・○| ̄|_」

優夢さんは器用に膝を着いた。空中に。

もう諦めなさいってば。

「冗談はさておき、お呼ばれされてない奴は帰りなさい。」

三人のまとめ役らしい、テンションの低いやつがそう言ってきた。

「お呼ばれされてなくても用事はあるのよ。春を返しなさい。」

「私達に言われてもね~。本人に言ってよ。」

「じゃあ本人を呼んでくるんだぜ。」

「無理ね。今宴会の準備の真っ最中のはずだから。」

「しょうがない、やっぱり進むしかないのか。」

「進ませると思ってる?」

「進むわよ。邪魔されようとね。」

「進むぜ。弾き飛ばしてでもな。」

「進むさ。諦めない限りな。」

それを合図に、私達は全員戦闘体勢を取る。

ここからが『異変』の本番。



『さあ、楽しい楽しい弾幕ごっこの始まりだ!!』

全員が異口同音に叫び、動き始めた。

開戦。





***************





向こうは三人、こっちも三人。必然的に1対1の形になる。

「いっくよー!!」

私の相手は、赤い服の鍵盤弾きだった。

赤いのは自分の周りに螺旋状の弾幕を展開した。奴が鍵盤を叩くたびにそれは軌道が変わり、二重螺旋の弾幕となった。

「さあ、かわせるかな?」

自信満々の顔。確かに、並大抵の奴なら避けきれないだろうな。

だが、ここにいるのは全員『並大抵』から大きく外れた奴ばかりだぜ。

「その程度で落ちるかよ!!」

私は得意の根性避けで、弾幕の隙間を縫う。

「おー、凄い凄い!よくその速さで避けられるね。」

「驚くのはまだ早いぜ!!」

私はさらに、自分が放った弾幕も隙間をくぐらせた。

そして敵方に殺到する。

「わっと!危ない危ない。」

さすがに避けられたか。

「あっぶなー。弾幕も速いのね。」

「油断してるとすぐに落とすぜ。」

こいつは一度に出す弾幕が多い。おまけに弾幕の操作性も高い。

女状態の優夢みたいなやつだ。だけどあそこまで鬼畜な動きはしない。

だから私は避けられる。当てられる。

「この程度は慣れてるぜ。」

「ふーん、言ってくれるわね。じゃあこれならどう!?」

奴は今度は輪状に弾幕を展開した。先ほどのように二重の弾幕にしてある。

鍵盤を叩くと、それぞれが別の動きで私に迫ってきた。

縦にも横にも広い弾幕。これは抜け出すのは一苦労だな。

だが。

「だったら抜け出さなきゃいいだけの話だぜ!!」

私はそのど真ん中――弾幕が一番集中しているところに突っ込んでいった。

「嘘ぉ!?」

そして箒を無茶苦茶に動かし全てかわしきる。それが信じられないらしく、奴は驚愕に目を開いていた。

隙だらけだ!

私はレーザー弾幕を一閃させた。それは過たず直撃する。

「まだまだ甘いな。あの程度なら、私にとっては隙間だらけもいいところだぜ。」

「・・・やってくれたわね。後悔させてやるわ。」

言って、スペルカードを取り出し宣言する。

鍵霊『ベーゼンドルファー神奏』!!

同時に、奴は激しく鍵盤をたたき始めた。騒音が響き、振動が弾幕の形となる。

音の数だけ弾幕が生まれ、うねり、辺りを食い散らかそうと無作為に放射された。

「く、こいつは下手な狙い弾よりも!!」

ランダムにグネグネと動くその弾幕は、迂闊にスピードを上げれば喰らってしまいそうだった。

奴はなおも鍵盤をたたき続ける。その動きは最早音楽素人の私には理解不能な域だった。

ていうかぶっちゃけ、ただ叩きまくってるだけじゃないか?とも思ったが、わずかに残った音がちゃんと音楽を奏でている。

なるほど、幽霊楽団というのは伊達じゃないらしい。

私は口元に浮かべた不敵な笑みを、さらに深くした。

「絶対にスペルブレイクしてやるぜ!!」

私は相手の技術に敬意を表し、弾幕の荒波に向かっていった。





***************





メルランがピンクのを、リリカが白黒のを相手にしている。

私の相手は、どうやらこの紅白のらしい。

ここまで来る人間なのだから、少しはやるのだろう。なら、遠慮はいらない。

私は遠隔操作でバイオリンを奏でた。音が弾幕となり、巫女に襲い掛かる。

同時に私自身、小粒の弾幕を放つ。

「へぇ、器用な真似をするじゃない。」

その二重の弾幕を、巫女は涼しげな顔でかわした。まるで何処に弾幕が飛んでくるのかわかっているかのように。

「・・・その言葉、そっくりそのまま返す。」

驚くでもなく、私は淡々と返した。確かにあの動きは驚嘆に値するだろう。

けれど私はそんなことでは驚かない。『鬱の音楽』を奏でるこの私を驚かせるには、あれでは足りない。

「弾幕始まってもテンション低いのね。損してるわあなた。」

「余計なお世話。」

お返しに巫女が放ってきた針を大きく回避する。

「つっ・・・。」

そのかわした先にお札が投げられていた。私はその一撃を喰らってしまう。

「こっちはずっと寒い思いしてイライラしてんのよ。悠長にやる気はないわよ。」

「・・・なるほど。じゃあこっちも全力であの世に送ってやろう。」

「できるんだったらやってみなさい。」

巫女は余裕を崩さなかった。さて、その余裕がいつまでもつか。

神弦『ストラディヴァリウス』。

私はスペルカードを宣言した。遠隔操作していたバイオリンを手元へ戻す。

弦を思い切り引くと、音の塊となる。

それがある程度いったところで、弾け飛んだ。細かな音の弾幕だ。

もちろん、音楽家であるのだからちゃんと演奏することは忘れない。

「随分と凝った弾幕ね。感心するわ。」

全然そんな風に思ってない感じで巫女は言った。まだ余裕そうだな。

私は弦を引くピッチを上げた。ビブラートを効かせ弾幕の数を増やす。

それでも、この巫女はまるで当たる気配を見せなかった。弾幕がどこに来るか分かっているとしか思えない。

強いな。

「落ち着く音色ね。けどあんまり長く聞きたくはないわ。」

「その判断は・・・正しい。」

巫女は私の周囲をお札で囲んだ上で、先ほどの針を投げてきた。避けきれずスペルブレイクする。

見ればリリカもスペルブレイクし、メルランは苦戦していた。

これは協力スペルカードを使うことになるな。

そんなことを思った。





***************





「ちょちょちょちょ!!?」

「あははー、避けろ避けろー!!」

俺の相手はよりにもよってテンション高い娘だった。こういうの相手にするのは魔理沙の役割だと思うんだが。

彼女の弾幕は、テンションの高さに比例して激しかった。

「すぅ~・・・。」

思い切り息を吸い込み。



プァ~~~~!!



手にしたトランペットに吹き込む。それで大気を鳴動させるほどの音量を生み出した。

音は形となり、弾幕となった。レーザー状の弾幕が吹き荒れる。

俺はそれを魔理沙直伝の気合避けでかわし続けている。かわし続けてはいるが。

「ちっ!!」

かすりはする。そもそも俺は本来回避がそこまで得意じゃない。

なるべく動かず、相手の弾幕を砕き、隙を突く。それが本来の俺のやり方だ。

けど今の状態じゃそこまで破壊力のある弾幕を生み出せない。女になった俺は霊力の総量こそわずかばかり上がるものの、一度に放出できる量が極端に少ない。

その代わりと言っては何だが、女は器用な生き物だ。幾つもの弾幕を生み出し、操作しきることができる。

また、男のときにはどうしても使いきれなかったスペルカードも上手く使うことができる。

たとえば月符『ムーンライトレイ』。あれは霊力を垂れ流しにするため、男状態の俺では一発で限界だった。

だが女状態なら霊力もあり余っているので何度か使い続けることができる。もっとも、やはり消費はバカにならないんだけど。

他にもレミィのスペルカードも――形を変えてではあるが、使用可能だ。

が、逆に男状態のときに達者だった力任せの弾幕はからっきしだ。『1700(ry』、『ドライビングコメット』、『信念一閃』はほぼ使い物にならない。

結局のところほぼプラスマイナス0だ。『陰体』と『陽体』を上手く使い分けられれば補えるんだろうが。そこまでの判断力はまだない。

ついでに今の格好で男に戻るぐらいなら俺は死を選ぼう。ありえねぇよこの服。

ともかく、俺はこのレーザーの嵐の中を防御手段なしで飛び回ってるわけだ。

どんな無理ゲーだこれは!!

ってうお!!?へにょった今、レーザーへにょった!!

「難易度落としてくれー!!せめてNormal、Normalで頼む!!」

「ダメだよー♪」

そしてまたトランペットに息を吹き込む。さらに多くの屈折レーザーが俺の四方を囲んだ。

逃げ場なしかよ!!

「・・・一か八か!!」

俺は前方のみに全ての弾幕を集中した。今俺が同時に出せる操気弾の数は、『陰体』で36。出力が弱いが、数でゴリ押す!!

弾幕の盾を掲げ、俺は前進した。周囲からのレーザーは俺が元いた場所に殺到し、通りすぎる。

そして正面のレーザーとかち合った。ガリガリと音を立てて、俺の操気弾の盾は削られていく。

だが弱いと言っても操気弾は操気弾。弾幕を砕くという性質は持ち続けている。その数が40にも迫ろうとすれば。

「突破ッ!!」

「うそぉ!!スゲー!!」

乗り越えられようってもんだ。そして俺は全ての弾幕を攻撃にまわす。

相手の白い娘はかわそうとするが、その圧倒的なホーミングから逃れられるはずもなく被弾した。

「面白いねあなた!冥管『ゴーストクリフォード』!!

スペルカード宣言。こっからが本番だ!!

白い娘がさっきの倍ぐらい息を吸い込み、俺は身構えた。

が。

「メルラン姉!!こっちやられちゃった!!」

「すまない、こっちも。」

彼女の側の二人がスペルブレイクされていた。

「ブー!!ルナ姉もリリカも弱すぎ!!今からいいところだったのにー!!」

文句をたれながらも、少女はスペルを中断し彼女らのところまで行った。

助かった。俺は安堵のため息をつく。

「安心するのはまだ早いわよ、優夢さん。」

「ああ、多分こっからがやつらの全力だ。」

いつの間にかこっちに来てた霊夢と魔理沙が俺にそう告げた。

一難去ってまた一難ってやつか。

「やれやれだな。」

俺は軽くため息をついた。こうなったら、やれるとこまでやってやるさ!!

俺は再び戦闘体勢を整えた。





***************





どうやら奴らが次にやろうとしてるのは、三人同時のスペルカードみたいね。

「合体技か。男の子の永遠の憧れだな。」

そういうもんなのかしら。私は生粋の乙女だからわからないわ。

と言ったら、優夢さんは「あれ?乙女?」と納得いかないような表情をしていた。・・・失礼ね。

そんな馬鹿なやりとりをしていたら。

騒葬『スティジャンリバーサイド』!!

向こうがスペルカードを宣言した。

三人のリーダーと思しきやつが真ん中に配置し、その両側を白いのと赤いのが固めるポジション。

それぞれが同時に楽器を構えた。

そして合奏が始まった。真ん中の奴が弦を引くと、大量の弾幕が生み出される。

その弾幕を、他の二人が演奏で生み出した弾幕で叩き、軌道を変化させた。

混沌とした弾幕の群れが私達に襲い掛かってきた。

が、この程度なら私は大丈夫。魔理沙も特に心配ないでしょう。

問題なのは優夢さんだ。ここまでの道中を見てきてわかったが、優夢さんはまだ『陰体』での戦い方を確立できていない。

だからこのスペルカードで落とされてしまうんじゃないだろうかと、少し心配だった。が。

「無理はしない。」

優夢さんは懐から一枚、スペルカードを取り出していた。

思符『デカルトセオリー』!!

そして宣言・・・って、それ制御できないやつじゃ!?

冗談じゃないわ、味方に落とされたらたまったもんじゃない。私と、魔理沙もそれを察したか、距離をとった。

必然的に敵の弾幕は一人孤立した優夢さんに集中する。

「・・・せい!!」

それが見えない壁に遮られたかのように、全て砕かれた。

え、優夢さんひょっとして意識ある?

「女状態だと色々器用でな。どうやらこのスペルはこっち向きらしい。」

「・・・何が起きた。」

「壁でも作るスペルカードかな!!」

「・・・違う、見えない弾幕だ!!」

敵方がそれを見て、すぐに事実に気がついた。・・・どうやら、隠蔽度は低いらしいわね。輪郭が普段のよりもはっきりしてるわ。

「へへ、こいつは心強いな。」

「言っておくけど、あんまり期待はするなよ。自動防御だけど限界はあるからな。」

「わかってるわ。私達があいつら落とすまでもちなさいよ。」

二三の会話で、私と魔理沙は優夢さんの弾幕を盾に奴らへ向かった。

自動防御の名の通り、優夢さんの弾幕はこちらに向かう弾幕を勝手に落としてくれた。時々磨耗して弾幕が消えたのがわかったけど、この数だ。問題はない。

私はリーダー格の黒いのめがけてお札を投げつけた。

「そうは・・・。」

「させないよー!!」

だがそれは、他の二人の弾幕によって軌道を無理矢理反らされた。魔理沙の星型弾幕も同様。

・・・三人ってのが手強いわね。

たとえば、一人を狙って弾幕を撃ったとする。すると残った二人に弾幕を弾かれ、場合によってはこちらに弾幕を打ち返されてしまう。

幸いこっちに来る弾幕は優夢さんの見えない弾幕が防いでくれてるけど。優夢さんのスペルが切れたときがヤバイわね。

お互い、決め手がない状態だ。戦況は膠着状態に陥った。

「・・・ちっ、仕方がない!!」

痺れを切らせたのは魔理沙だった。懐からスペルカードを一枚取り出し。

恋符『ノンディレクショナルレーザー』!!

全方位に太いレーザーを放った。逃げ道のないその一撃は、弾幕を無効化しながら三人を飲み込んだ。

「あいたた・・・。」

「あなた、本当に人間?」

スペルブレイクした敵の三人は、今の一撃に相当驚いたようだ。

と。

「悪い・・・俺も時間切れだ。」

私達の周囲を飛び交っていた無色の弾幕が色を取り戻す。優夢さんもスペルブレイクしてしまったか。

「随分と早いな。いつもだったらもっと長引くのに。」

「本来制御できないものを制御してるからな。疲れるんだわ。」

なるほどね。

これで勝負ありかしら?

「しょうがない。二人とも、あれいくよ。」

「まさかこれまで使うことになるとはね~!!」

「人間のくせにやるじゃん。」

どうやら最後の一枚みたいね。

敵の三人娘は、同じカードを掲げ宣言した。

大合奏『霊車コンチェルトグロッソ怪』!!

正念場ね。





***************





動きがフラフラするのがわかる。何せ、昨日から一睡もせずに飛び続けているのだから無理もない。

神社に行ったら既に蛻の殻だった。どうやら一足遅かったらしい。

まあどうせ遠くには行かずすぐに追いつくだろうとたかをくくっていたが、それは楽観視しすぎだった。

探せど探せど、巫女も魔法使いもメイドもどきも見つからない。仕方なく、自分で手がかりを見つける方針に変えた。

しかし元々情報が少なかったせいもあり、手がかりらしい手がかりも見つけられず朝が来た。

とりあえず何処かで休もうかと思ったその時、ようやく彼女らを見つけた。

文句の一つも言ってやろうかと思ったけど、そのすぐ後に彼女らは高空目指して飛び始めてしまった。

見れば、空高くに桜が舞っていた。どうやら『異変』を起こした者は空にいるらしい。

疲労感があったが、ここで見失ったら多分追いつくことはできないだろうと思ったので体に鞭を打って後を追った。

それほどスピードは出せなかったけど、彼女らの通った後には妖精が綺麗さっぱりいなくなっているから見失わずに後を追うことができた。

で、やっと雲を抜けたら、彼女らは敵と思しき三人の少女と戦っていた。敵の三人は同時にスペルカードを宣言した。

『大合奏『霊車コンチェルトグロッソ怪』!!』

どうやら三人で協力して行うスペルカードのようだ。

『霊車』の文字通り、連中はぐるぐると回りだした。そしてそれぞれが手にした楽器で弾幕を生み出していた。

おまけに手持ちレーザー弾幕も展開している。どうやらかなり力のある幽霊のようだ。

霊夢は落ち着いて避け、魔理沙は激しく避け、優夢(だと思う、やたら女の子らしい格好はしてるけど)はいつも通り砕かず、必死で避けていた。

展開している弾幕がいつもより小ぶりだが。なるほど、男女入れ替わると弾幕の性質も変わるのか。

しかしこのスペル。何でもないように見えるが、よく考えられている。

常に動き続けているから照準があわせづらい。一人を狙っても、その隙を残りの二人に狙われる。

近距離で撃とうにも手持ちレーザーのせいで迂闊に近寄れない。中々の連携ね。

対する霊夢と魔理沙は個人戦が普通。優夢はどうやら女性体で戦うことには不慣れみたいね。

いくら一人一人が強い彼女らとは言っても、上手く連携できないんじゃそう簡単には勝たせてもらえないでしょうね。

――少し手を貸してやりましょうか。

私は懐からスペルカードを取り出す。

時符『パーフェクトスクウェア』。

私のスペルにより、敵の弾幕の時間が止まる。

「え!?」

「何これ!!」

「・・・新手か。」

敵が私に気付く。同時、霊夢たちも私に気がついた。

「咲夜さん!!・・・どうしたんですか、その目の下のくま。」

「・・・ノーコメントよ。」

寝てないんだから仕方ないじゃない。

「くく、完全瀟酒形無しだな。」

「今あんたと遊んでる暇はないわよ。」

こいつらは無視するとして。

「苦戦してるじゃない。手を貸してあげましょうか?」

「え、いいんですか?・・・ていうか咲夜さんの方が大丈夫ですか?」

「この程度、何ほどのものでもないわ。」

私は時間を操れる。だから、この程度の睡眠『時間』の不足など、大した問題ではない。

「いや、そういう問題では・・・けど助かります。」

優夢は心底安堵したようなため息をついた。

「ちょっとー!私達無視すんなー!!」

「いきなり現れて、あんた何!?」

「・・・というか、いつまで弾幕止めてる気?」

敵の三人娘が口々に叫んでいる。

私は薄く笑い、告げてやる。

「もうあなた達の時間はおしまいよ。だってあなた達の時間はもう既に・・・。」

私が口上を述べている間に、優夢が展開した全ての弾幕を敵の弾幕にぶつける。

そして、私は時間停止を解いた。

「私達のものだもの。」

敵の弾幕が砕かれた。

幽霊どもはそれに驚き、それぞれが警戒体勢をとった。

さて。

「優夢、弾幕の威力がかなり落ちてるわね。」

「ええ、女性状態だとこんなもんです。その代わり数はいけます。」

なるほど、それでか。

するとどうしたものか。もし優夢が男の状態であれば優夢を盾にすることもできるけど、それが出来ないのは痛い。

「・・・仕方ないわ。スペルカードを使う。あなたは敵が避けられないように上手くやりなさい。」

「了解!!」

別段作戦らしいものは立てていない。けれどこれで十分だ。

私は名無優夢という素晴らしい『メイド』を信頼しているから。



私は優夢が敵に向かって突進していくその後ろで、スペルカードを一枚取り出した。

「じゃ、後よろしく。」

「ふー、流石に長くて疲れたぜ。」

・・・ちょっとは働きなさいよ。





***************





咲夜さんの乱入により、俺は一気に心強く思えた。

そりゃ霊夢と魔理沙は強い。けど、複数対複数の勝負に慣れているわけじゃない。

霊夢はオーバースペック。魔理沙は協調性がない。そのために俺は連携が取れないでいた。

けど、咲夜さんなら話は別だ。弾幕じゃないけど、俺は咲夜さんの下で働いたことがあるんだぜ。

だったら、合わせられない方が嘘ってもんだ。

俺は弾間を纏い幽霊楽団に突進をかけた。

「この!!」

赤い娘が俺めがけてレーザー弾幕を振るってきた。おっと危い!!

俺は急制動をかけて後ろに引く。すると、俺のナイフが眼前を過ぎた。

「きゃあ!?」

咲夜さんが投げたナイフだ。それを赤い娘が辛くもかわす。

おし、一段完了!!次はこっちの。

「さっきのお返しだ!!」

「何度来ても同じだよー!!」

白いの!!さっきのへにょりレーザーはマジで怖かったんだからな!!

白い娘は俺めがけて大量の弾幕を撃ってきた。が、全て小ぶり!!

「操気弾バリアー!!」

「何とぉ!!」

前方に弾幕の盾を展開し、敵の弾幕を防ぐ。おお!!これだったら結構防げるんじゃね!?

と思ったら。

「のわっち!!?」

一部弾幕が決壊してこちらに弾を通してしまった。俺は無理矢理体を捻ってかわす。

・・・うん、過信するのはやめよう。

ともかく、接近してきた俺から離れるため、ハイテンション娘は後ろに下がった。よし!二段完了!!

「ちっ・・・。」

と、黒い娘も後ろに下がった。見れば、霊夢が凄い不満そうな顔でお札を投げていた。

「こっちは休んでるんだから、弾幕撃ってくるんじゃないわよ!!」

「理不尽なやつめ。」

諦めてください。それが博麗霊夢です。

けど、これで準備OK!!

「咲夜さん、今です!!」

これで彼女らは

「ちょ、ルナ姉邪魔!!」

「姉に向かってなんて口の聞き方だ。」

「どうでもいいから二人ともどいてー!!」

一箇所に集まった!!

「ふふ、やっぱりあなたはいいメイドだわ。」

咲夜さんは笑いながらスペルカードを掲げた。・・・俺、メイド確定ですか?

幻符『殺人ドール』!!

信じられない量のナイフを投げる咲夜さんを見ながら、俺はそんなどうでもいいことを思ったのだった。

スペルブレイク。俺達の勝利だ。





「騒霊だから死なないけど、あんまりだ・・・。」

全身ナイフの跡だらけになった黒い少女――ルナサ=プリズムリバーさんはちょっと涙目だった。

「すみません、でもどうしても先に進みたかったので。」

「まあ、負けちゃったから仕方ないね~!」

かんらかんらと笑うはハイテンション娘、メルラン=プリズムリバーさん。

「はあ、お花見したかったなぁ。」

ため息をつきながら、リリカ=プリズムリバーさんは呟いた。

「すればいいじゃない。地上で。」

「何かすっごい桜が咲くらしいよ、ここ。」

「そいつはいいな。ここにいるやつらとっちめて、その桜をいただくのぜ。」

「趣旨変わっとろーが。俺達は春を取り戻しに来たんだろ。」

「わかってるぜ。」

本当にわかってるんだろうか、この本泥棒は。

・・・そういえば、咲夜さんがさっきから静かだな。

「咲夜さん、大丈・・・わ!?」

いきなりかくんと咲夜さんの体から力が抜けた。こんなところから地上に叩き落されたら、間違いなく死んでしまう。

俺は慌ててその体を支えた。

「・・・寝てる。」

「限界だったのね。」

「本当に何しに来たんだこいつ。」

助けてもらったのにそれはないだろう。

「別に来なくてもなんともなかったわ。スペルカードは使ってただろうけど。」

「じゃあ温存させてもらったことに感謝しろ。」

さて、咲夜さんはどうしようか。地上に連れて帰るのも骨だけど、背負って戦うのもなぁ。

俺はしばし考え。

「プリズムリバーさん、ちょっと頼みたいんですけど。」

「・・・君の言いたいことはわかった。勝者の頼みだ、引き受けよう。」

ルナサさんが頷いてくれた。俺は咲夜さんをルナサさんに預けた。

よし。

「それじゃ、先に進むぜ。」

「あんたら結構強かったわよ。」

魔理沙と霊夢が先に行く。俺も後を追わなきゃな。その前に。

「ルナサさん、メルランさん、リリカさん。素晴らしい演奏でした。また今度、弾幕なしで聞かせてください。」

俺はペコリとお辞儀をした。それを見て、三人は目をパチクリとしばたかせた。

三人が何かを言う前に、俺は二人の後を追った。話し込んでる場合じゃないからな。

それはまた今度、ゆっくりと。





***************





「変な人だったねー。」

リリカがそんな感想を漏らした。メルランが同意する。

「ずっと男言葉だったしねー。そんなに男の子になりたいのかな?」

「・・・うん、確かにそれは変だった。」

あんなに可愛らしい容姿をしているのに、男言葉はどうなんだろうか。

けど、似合ってはいたな。気にしないことにしよう。

「早めに次の曲を作らないとな。」

「うーん、また聞かせてくれって言われちゃねー。音楽家としては断れないね!!」

「何か私も燃えてきたよー。」

二人ともやる気満々みたいだな。かくいう私もそうなんだけど。

不思議な女性だったな。男言葉を使うのに、他の二人よりもよっぽど丁寧だった。華があったと言えばいいのだろうか。

そして私達は騒霊であるにも関わらず、普通の人間と同じように接した。

何よりも彼女の側にいると、存在が安定する。きっと彼女は多くの妖怪を惹きつけていることだろう。

『名無優夢』と言っていたな。

「次に作る曲のタイトル、『優しく貴い小さな夢』なんていうのはどうだろう。」

「ルナ姉、ちょーっと詩人入っちゃってるよー!!」

「それにあの人、大きかったよー。色んなところが。」

・・・確かにな。ちょっとこれはない。

けど、いつか私は彼女に曲を贈ろう。彼女という存在への、最大限の敬意として。



「まあ、今後のことよりもとりあえずは今のことだな。」

「引き受けちゃったけど、この人どーすんの?」

「食べる?」

「・・・とりあえず、白玉楼の石段の下にでも置いておこう。」

結局そこ以外に場所はないわけで。

私達は博麗の巫女達が去った後を辿って、石段まで行ったのだった。





+++この物語は、巫女・魔女・幻想(・メイド)vs騒霊楽団の、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



ピンク色の悪魔、ではなく幻想:名無優夢

アリスの服は少女趣味。この状態で男になったら、彼は間違いなく岩戸にこもる。

弾幕を砕くという性質は変わっておらず、使いようによっては十分無双できるが気付いていない。

『デカルトセオリー』は女状態に限り制御可能。無意識を操る程度の能力?

能力:メイド長と連携できる程度の能力?

スペルカード:暴符『ドライビングコメット』、思符『信念一閃』、???、???など



紅白の間違いなく悪魔、むしろ鬼巫女:博麗霊夢

スペックがおかしすぎる。チート巫女。本気出したら誰も勝てない。

でも本気を出すことが滅多にないという。だってめんどくさいから。

そろそろ『異変』に飽き始めている。それでいいのか博麗の巫女!!

能力:主に空を飛ぶ程度の能力

スペルカード:霊符『夢想封印 集』、夢符『二重結界』など



白黒の桜泥棒:霧雨魔理沙

流石に本気で盗もうとは思っていない。どうやって持って帰る気だ。

動きが速いので事故る可能性があるのは重々承知している。

『ノンディレクショナルレーザー』はパチュリーからパクった。

能力:魔法を使う程度の能力

スペルカード:魔符『ミルキーウェイ』、恋符『ノンディレクショナルレーザー』など



銀髪の寝不足メイド長:十六夜咲夜

そういえばこの人、髪以外に色要素ないぞ。

我慢せず寝ればいいのに。変なところで抜けている。

とりあえず眠かったのでリタイア。咲夜さん、お疲れ様です。

能力:時間を操る程度の能力

スペルカード:幻符『殺人ドール』、時符『プライベートスクウェア』など



鬱のヴァイオリニスト:ルナサ=プリズムリバー

騒霊楽団のリーダー。長女。黒い服を着ている。

基本的に寡黙、暗い。でも別に人当たりが悪いわけじゃない。

冷静沈着と言った方がいいかもしれない。一家のリーダーに相応しい。

能力:鬱の音楽を奏でる程度の能力

スペルカード:神弦『ストラディヴァリウス』、偽弦『スードストラディヴァリウス』など



躁のトランペッター:メルラン=プリズムリバー

次女、めるぽξ・∀・) ガッ!!

多分騒霊の中で一番やかましい。そして魔力も強い。

落ち着きがないのでいつも姉と妹に呆れられているが、そんなの関係ねぇ。

能力:躁の音楽を奏でる程度の能力

スペルカード:冥管『ゴーストクリフォード』など



幻想のキーボーディスト:リリカ=プリズムリバー

三女。この子だけあだ名がなくて可哀想。

三人の中で唯一ソロで聞いても大丈夫な人。いらない子じゃありません。

プリズムリバー三姉妹の中で一番とっつきやすい。逆に言えば一番普通の子。

能力:幻想の音楽を奏でる程度の能力

スペルカード:鍵霊『ベーゼンドルファー神奏』など



→To Be Continued...



[24989] 二章六話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/18 23:47
「でけぇ・・・。」

俺は見上げて呟いた。

俺達は今、目的地である屋敷に続く石段の下にいる。

これを上っていくのか。大変だなぁ・・・。

「・・・見てても始まらないな。よし、行くぞ霊夢、魔理沙!!」

俺は覚悟を決めて二人に呼びかけ。

「・・・歩いて行く気?」

「戦う前にバテるぜ。」

二人は飛んでました。

・・・あっはっはー、そうだよね。馬鹿正直に歩いて行くわけないよね。

「歩いて行こうとしてたじゃない。」

うるせーよ。石段っつったら『歩く』っていう選択肢が最初に出てきちゃうんだよ俺は。

と言いつつ、俺も浮かび上がる。飛べるんだからこの方が楽に決まってる。

目的を忘れちゃいけない。俺達は石段上り競争をしに来たんじゃなく、『異変』を解決しに来たんだ。

元凶と戦う前に体力なくなりましたじゃ目も当てられないな。

「気を取り直して、行くぞ!!」

「今更だけど、優夢さんって結構天然よね。」

「ホント今更だな。」

うるさいよ。



どうやらここがあの世だっていうのは本当っぽいな。

ここも『異変』の空気に当てられた妖精たちが出没しているのだが、その妖精たちのあり方が今までと大きく違っていた。

「人魂とはまた随分レトロな幽霊だな!!」

そう、人魂が集まって妖精の形を成していた。

かつて慧音さんに教わったことがある。妖精とは自然が形を成したものだと。

分かりやすい例で言えば、チルノは冷気・氷の具現。俺のよく知るプラネ、アクア、ジストでいくとそれぞれ大地、湿度、薄明かりだ。

それぞれがそれぞれに適したあり方をしている。そしてここは死んだ者の行く場所、あの世。

ここにある自然とは『死んだ』自然なのだろう。故に妖精たちも人魂の形をしているわけだ。

まあ、そんな考察はどうでもいい。

俺が今すべきこと、それは・・・!!

「うおおおりゃ!!」

36の操気弾を駆使し攻撃を加える。こっちは手数が多いから、弾幕を放たれる前に叩き落せる。

あっちで立てた戦法はカウンターアタックだったけど、どうやら今は不意打ちアンブッシュの方があってるみたいだ。

「先制攻撃って言いなさいよ。」

「それにそれが普通だぜ。今までのお前のスタイルの方がおかしい。」

おかしくて悪かったな。ついでに言うと、その『おかしい』スタイルが全くできなくなったわけじゃないからな。

俺は弾幕を全て前方に配置し、4枚の盾を作り出す。

そしてそのまま。

「ヒャッハー!汚物は消毒だぁー!!」

某世紀末救世主伝の脇役みたいなことを言いながら、前方の妖精たちにプレスをかける。

妖精たちはギョッとして弾幕を放って来るが、4重の盾に遮られこちらまでは届かない。逆に、俺の弾幕に押されて落ちる。

一つ一つの弾幕は弱くても、幾重にも重ねれば強くなるって寸法よ。

「三本の矢ってやつだ。」

「少し違うような気もするぜ。」

「それと、さっきの妙な掛け声は何?」

最近俺女としてしか見られてないからな。たまには男らしいところをば。

「格好悪いからやめなさい。」

怒られました。

俺がそんな阿呆なことをやっている横で、霊夢と魔理沙は弾幕を撃ち続けていた。

二人とも物凄い勢いで敵を落としている。確かに俺の弾幕も数は増えたけど、この二人にはまだまだ届かない。

俺はまだ素人だと実感する。精進あるのみだ。





どれくらい進んだのだろうか。まだ屋敷には着かない。

実は同じところでずっと滞空してるだけじゃね?とも思って後ろを向いたが、ちゃんと進んだ分だけ石段が並んでいた。

長すぎだろ。普通にここ来るときどうするんだよ。とも思ったが、よくよく考えればここはあの世だ。訪れる人なんていないんだろう。

けど死んだ人大変だな。ここ上んなきゃいけないんだろ?まあ俺は空飛べるからあまり関係ないけど。

そんなどうでもいいことを考えていたら、俺達の目の前に一人の少女が現れた。

銀髪で、脇に剣を二本持った少女。あと付き従うように人魂がふよふよと浮いている。

見たところ、人間のようだが・・・。あの世に生きた人間がいるのか?ということは、この娘も実は死んでる?

「あなた達、人間ね。」

俺の言葉を肯定するかのように、少女は口を開いた。

「そういうあんたは幽霊かしら?そうは見えないけど。」

「半分正解。私は半分は生きている。」

「なるほど、半殺しってことだな。」

「いや魔理沙、それは少し意味が違う気がしてならないのは俺の気のせいか?」

もうちょい言い方あるんじゃないか。半死半生とか。

「半人半霊と言いなさい!」

そう言いながら、少女は傍らに浮く人魂を指差した。あ、あれってそういうことだったのか。

「で、その半分人間が私達に何の用かしら。」

「それはこっちの台詞ね。ここは冥界。生きた人間の来る場所ではないわ。」

やっぱりあの世なのか。ていうか生きた人間が普通に来れる冥界って危なくね?

「結界が張ってあったでしょう。」

「よくわかんないけど、あっさり破れたわよ。」

「ていうかあったのか?気付かなかったぜ。」

「・・・春を集めるために結界を弱めたのがいけなかったか。」

つまり自業自得じゃん。

「勝手に来て勝手に危険なんて言ってるんじゃないわ。もうすぐ西行妖さいぎょうあやかしが満開になる。邪魔はさせない。」

聞けよ。とは思ったけど、構えた少女から立ち上る闘志に、俺は口を噤んだ。

少女は腰に差した剣に手をかけていた。剣使いか。珍しいな。

となると、ここで勝負するのは俺しかいないだろう。俺は一歩前へ進み出る。

「霊夢、魔理沙。ここは俺に任せて先に進んでくれ。」

「優夢さん?」

「何を言ってるんだ。」

「そこの白黒の言うとおりだ。私はこの先に何人たりとも進ませるつもりはない!」

言霊、とでも言えばいいのだろうか。口にした言葉を現実にさせんとする気迫が少女の体から溢れた。

思わず逃げ出したくなるような迫力だ。けど、俺だって負けないさ!!

「いいや、進ませますね!それが今の俺にできる最大の貢献だ!!」

負けじと声をはり、一枚のスペルカードを取り出す。行くぜ、新スペル!!



魔槍『ランス・ザ・ゲイボルク』!!



宣言すると、俺の手に弾幕が集まり始める。小さな弾幕は圧縮され形を変え、一振りの赤い槍と成る。

虚空でそれを掴み、俺は槍を構えた。

このスペルはレミィの神槍『スピア・ザ・グングニル』を変化させたものだ。

俺の霊力ではあれほどの威力の槍を投擲することなどできない。女状態でやっと一発ってところだ。それではあまりに意味がない。

そして考えた。一発限りの槍をどう上手く活かすか。その結果生まれたのがこのスペルカードだ。

これは、言うなれば『装備型』とでも形容すべきスペル。俺はこの魔槍を手に持って戦う。フランの『レーヴァテイン』が形としては近いか。

まああれと違ってこいつはリーチが短いんだが。普通の槍程度の長さしかないからな。

その代わり小回りが効く。近接戦闘にはもってこいだ。

「・・・槍使いか。面白い。」

向こうもどうやら乗ってくれるようだ。剣を抜き放ち、構える。

「そういうわけで、先に行ってくれ。俺はあの娘倒したら追うから。」

「随分言うようになったじゃないか。あの弱気な優夢が勝利宣言なんてな。」

確かに、俺らしくもない強気な発言だ。けど俺だってやるときゃやるんだ。

「俺は博麗霊夢と霧雨魔理沙の弟子だぜ?そう簡単に負けるかよ。」

「・・・そうね。」

「本当に、言うようになったな。」

霊夢は薄く微笑み、魔理沙は帽子を目深に被った。照れ隠しだなあれは。

「それじゃ」

「頼むぜ!!」

二人はそう言って空を駆けた。相手の少女が、させんとばかりに剣を振るおうとするが。



キィン!!



澄んだ音を立てて、俺の槍が防いだ。

「あなたの相手はこの俺です。あの二人は見逃してやってください。」

「・・・いいわ。ここであなたを斬り捨ててあの二人を追えばいいだけだもの。それに、私がやらずともお嬢様に斃される。」

そいつは甘いですね。

「あの二人はこれまで幾度となく『異変』を解決してきている。そう簡単に行くと思ったら大間違いですよ。」

「あなたはそのための捨て駒になろうというの?見かけによらず中々の武士道精神ね。気に入ったわ。」

そう言うと、彼女は大きく後ろへ飛んだ。あと見かけによらずは余計だ。悪かったなこんな格好で。

「私は白玉楼の庭師、魂魄妖夢。名は?」

彼女――妖夢さんは名乗った。ならば俺も名乗り返さないわけにはいかないな。

「博麗神社の居候、名無優夢ですよ。」

「そう。優夢、あなたに一つ行っておくことがあるわ。」

妖夢さんは俺に剣の切っ先を向けて、言った。

「妖怪が鍛えたこの楼観剣に斬れぬものなど、あんまり無い!」

「そこは『何も無い』って言っときましょうよ常考。」

「だってそれだと斬れなかったとき格好悪いじゃない。」

・・・なんだろう、俺は突っ込まなきゃいけないんだろうか。

とまあ、そんなこと思ったりもしたけど。

「参る!!」

「受けて立ちます!!」

闘いが始まることで、その思考は片隅へと追いやられた。





***************





私達は半人半霊の剣士を優夢さんに任せ、石段をさらに登り続けた。

しばらくすると大きな門が見えた。どうやら石段はここで終わりみたいね。

私達は門を開くことなく上を飛び越えて入った。

中からこれでもかという量の死霊妖精が現れ、私達に弾幕を撃ってきた。

「・・・さて、優夢じゃないがここは私が任されたぜ。」

突然魔理沙がそんなことを言い出した。その手には既にスペルカードが握られている。

らしくないわね、どうしたのよ。

「ここに来るまでに私はスペルカードを一枚使っちまってる。魔力もそろそろ限界なんでな。後は霊夢に任せて楽させてもらうぜ。」

・・・なるほどね。確かに今日スペルカードを使ってないのは私だけだわ。ラスボスの相手をするのは私ってことね。

あーあ面倒くさい。

「ま、ほどほどにしなさいよ。」

「ああ、ほどほどにな。」

そう言って、私はスピードを上げた。妖精たちの注意がこちらへ向く。

「おらおら、お前らの相手はこの私だぜ!余所見してんじゃねえ!!」

私は振り向かず。

魔符『ミルキーウェイ』!!

弾幕吹き荒れるその場を後にした。





そこには、一本の老木が立っていた。樹齢千年と言われても信じられる、そんな気配がする。

その枝の先にわずかに咲いた薄紅の花が、それが桜であるということを示している。

桜は愛でるものだ。けれどその桜からは、そんな気を起こさせるものは感じられなかった。

あるのは濃厚な『死』の気配。それともう一つ。

「あらあら。博麗の巫女が来たってことは、妖夢はやられちゃったのかしら。」

そしてその老木の前に、一人の亡霊が立っていた。

柔らかな表情をした、これ以上ない明確な死を感じさせる、女の亡霊。

「妖夢ってのはさっきの半生のこと?」

「くすくす。おかしな言い方をするわね、半生って。そうよ、あの娘は魂魄妖夢って名前なの。名乗らなかった?」

「名乗る前に無視して来たわ。今頃優夢さんと闘り合ってるんじゃないかしら。」

「じゃあ今頃その優夢って子は全霊になってるかもね。」

それはないわね。優夢さんは強いから。

「そんなことより、その木につぎ込んだ幻想郷の春。返してもらうわよ。」

そう、その木からは『春』が感じられた。一つの木が持つべきでないほど大量の春が。

即ち、この目の前の亡霊が此度の『異変』の元凶ということ。

「・・・もう少しなのよ。もう少しで、西行妖が満開になるの。」

西行妖・・・てさっきの半生も言ってたわね。

「それのことかしら。」

「そうよ。うちの妖怪桜。この程度の春じゃ、この桜の封印が解けないのよ。」

「わざわざ封印してあるのに解こうっていうの?酔狂ね。」

「あら、面白いじゃない。宝探しみたいで。」

私はそうは思わないけど。

「で?封印解くとどうなるの。」

「凄く満開になるの。」

張っ倒してやろうかしらこの亡霊。

「・・・と同時に、何者かが復活するらしいの。」

「最初からそっちを言いなさい。何者かって何よ。」

「さあ?」

「なんだかよくわからないものを復活させようとするんじゃないわよ。面倒なのが復活したらどうする気?」

「試してみないとわからないじゃない。」

お話にならないわね。ま、初めから話が通じるなんて思っちゃいないんだけど。

私はお札と針と、陰陽玉を浮かせた。対する亡霊は、扇を一つ取り出した。

そして生み出される無数の霊弾。・・・なるほど、ラスボスらしいわね。

「あなたの持っているなけなしの春をいただくわ。そうすれば、西行妖が満開になる。」

「あなたの持っている幻想郷の春を返してもらうわ。そうすれば、うちで花見ができる。」

私達はお互いにらみ合い。



「花の下に還るがいいわ、春の亡霊!」
「花の下で眠るがいいわ、紅白の蝶!」



今回の『異変』の最後の戦いが始まった。





+++この物語は、この世とあの世が最終決戦を繰り広げる、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



赤い槍使い:名無優夢

きっと真名はクー・フーリン。なわけねーよ。

『ランス・ザ・ゲイボルク』は特に付加効果はなく、頑丈なだけの槍。男状態だと形状変化が上手く行かないので女性専用スペル。

ちなみに夢の中でレミィ相手に練習しているので、腕はそこそこ。

能力:槍術を扱う程度の能力?

スペルカード:暴符『ドライビングコメット』、思符『信念一閃』、魔槍『ランス・ザ・ゲイボルク』、???など



白玉楼の剣士:魂魄妖夢

一本気な半分人間。冗談は通じないけど天然。天然の辻斬り魔。

実はお化けが怖かったりする。お前本当に半霊か。

弾幕よりも剣の方が得意。けどどっちもそこそこの腕前だったりする。

能力:剣術を扱う程度の能力

スペルカード:人符『現世斬』、魂符『幽明の苦輪』など



空飛ぶ最凶巫女:博麗霊夢

最強故にラスボス担当。Exボスでも相手になるわ!!

今まで一回もスペルカード使ってないのは強いからというだけではなく面倒だったから。

『アレ』を使ったら誰も勝てないと思うが面倒だからやらない。

能力:主に空を飛ぶ程度の能力

スペルカード:霊符『夢想封印 集』、夢符『二重結界』など



白玉楼の亡霊姫:西行寺幽々子

実は本編ではまだ名前が出てない。よーく見返してみよう。

能力が反則級の人。しかしそんな強者であることを思わせないほどぽやっとしている。

時々現れるカリスマはお腹いっぱいの時のみ発動可能。

能力:死を操る程度の能力

スペルカード:亡舞『生者必滅の理』、桜符『完全なる墨染の桜』など



主人公の親友的ポジションっていうかまんま:霧雨魔理沙

実際魔力は残り少なかった。けど楽をしたかったというのも事実。

『ミルキーウェイ』で死霊妖精を一掃した後は、持ってきた霊薬(アルコール入り)で桜を見ながら一杯やった。

霊夢と優夢のことは無条件で信頼している。

能力:魔法を使う程度の能力

スペルカード:魔符『ミルキーウェイ』、恋符『ノンディレクショナルレーザー』など



→To Be Continued...



[24989] 二章七話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/18 23:47
カァン!!という音をたてて、霊力の槍が楼観剣を阻む。どうやら見た目以上に強度があるようだ。

そして、その槍を操っている女、名無優夢。

「ふっ!!よっと!!あぶねっ!?」

彼女はどうやら近接戦にはさほど慣れていないらしい。私の剣の動きにやっとという感じでついてきている。

それはある種当然のことだろう。幻想郷で主流となっている決闘方法は弾幕ごっこなのだから。

実際に剣を交える闘いなどほとんどしてこなかったのだろう。ひょっとしたら皆無かもしれない。

それを考慮すると、こうやって私を打ち合えているという事実だけでも驚嘆に値する。

なるほど、彼女だけが残ったのも道理だ。

だが。

「その程度の剣で私に勝てると思うな!!」

私は剣速を上げた。

「俺のは剣じゃなくて槍、って突っ込ませてもくれないか!!」

軽口を叩くだけの余裕はあるのね。

それにしても、先ほどから思っていたが随分と男っぽいしゃべり方をする。見た目はこの上なく女らしい女性だというのに。

彼女が着ている服は、それはそれは女の子らしいものだった。人形のような、と形容する方がいいだろうか。

そして、大人の女性らしいくっきりとした凹凸。・・・うらやましくなどない!!

今は戦闘中だ、集中しろ私!!

私は軽く頭を振り雑念を払う。距離をとるため後ろに飛んだ敵を見据える。

「接近戦じゃ勝てなくても・・・こいつなら!!」

そして彼女は身の回りに10を越える霊力の弾幕を生み出した。それらが一斉に私に殺到する。

私は空に浮き、回避行動を取る。だがそれは。

「・・・ホーミングか!!」

意思を持つかのように、私の後を正確に追ってきた。なるほど、大した腕前だ。

だがそれがどうした。

私は回避をやめ、その場に停滞した。当然弾幕が私に襲い掛かってくる。

それを。

「かわせないなら、斬ればいい。」

神速の抜刀で全て切り落とす。

「・・・マジか!!」

それを見て、優夢は歯噛みした。そんな悠長なことをしている余裕はないわよ。

私は弾幕を切り落とすと同時に、剣先から弾幕を放っていた。彼女めがけて。

「ゲッ!?」

彼女が気付く。慌てて槍を振るい私と同じように弾幕を叩き落した。

遠距離では埒が明かないようだな。私は再び距離を詰めるべく、前へと飛んだ。

「待て!逃げるな!!」

「無茶言わんでください、よ!?」

だが優夢は敵前だというのに思い切り背を向けて逃亡を始めた。先ほどは武士道を感じたが、私の勘違いだったか!!

弾幕を撃ちながら私は追い続けた。優夢はひたすらそれをかわし続ける。

彼女も時折弾幕を放ってくるが、全て切り伏せてやった。

そんな鬼ごっこがどれくらい続いただろうか。そう長くはなかっただろう。

私の堪忍袋の尾が切れた。

「いつまで・・・逃げる気だ!!」

私は自身の一部である半霊を先行させ、霊弾を放った。

「!? くっ!!」

目の前を掠める弾幕に、優夢は体を大きくのけぞらせた。

もらった!!

「覚悟!!」

私は楼観剣を大上段に構え。



直後、真横から弾き飛ばされた。何だと・・・!?

「ふぅ~・・・今のはマジでやばかった。」

彼女が大きく息をつくと、その正体があらわになった。

それは先ほどから彼女が放っていた球形の弾幕。それが透明になって私に近づいていたのだ。

「・・・つまり今まで逃げ続けたのは、私の目を欺くためか。」

「そういうことです。俺は格下なんだから策をめぐらせるのは当然の義務ですよ。」

面白い言い方をするわね。そして、私は敵の評価を改めた。

「もう油断はない。手の内も知った。同じ手が通用すると思ったら大間違いよ。」

「思ってないし、そもそももう無理ですよ。ここに来るまでに神経削り過ぎましたから。」

「油断はないと言った。その手には乗らないわ。」

「・・・話通じないな、こりゃ。」

優夢は肩をすくめた。・・・何か癇に障るわね。

ともかく。私はルールに従いスペルカードを取り出した。

「受けてみなさい!獄炎剣『業風閃影陣』!!

宣言を聞き、優夢は表情を引き締めた。





***************





妖夢さんは宣言と同時、人魂を離れたところに移動させた。

何をする気だ?

そう思った直後、人魂からこれでもかという量の大玉が発射された。ただのオプションじゃないってか!!

そういや、あれは妖夢さんの半身なんだったな。だったら彼女と同等の力を持ってるわけだ。

ただでさえ俺は弱いってのに、実質二対一かよ!!中にいるやつ含めれば三対二なのに!!

(しょうがないでしょ、外に出られないんだから。)

(あ、横危ないのかー。)

おおっとぉ!?ルーミアの助言により弾幕をかわす。危ない危ない。

「はああああああっ!!!!」

と、妖夢さんが物凄い気迫で切りかかってきた。受けきれるか!?

俺は紅色の魔槍を構え、迎撃体勢をとった。

だが、妖夢さんは俺の目の前で停止した。そして妖夢さんに人魂が放った大玉が襲い掛かる。

何やってんだこの人!!自爆!?

困惑する俺。だが妖夢さんの行動は自棄で自爆でもなく。

「はぁ!!」

俺への攻撃の布石だった。

妖夢さんが裂帛の気合とともに放った剣閃は、大玉を無数の弾幕へと斬り砕いた。

「んな無茶な!!」

「この程度、何ほどでもない!!」

そして妖夢さんはそのまま、無数の弾幕とともに俺に襲い掛かってきた。

裁ききれるか!?背筋にヒヤリとしたものを感じながら、弾幕を展開し槍を向ける。

ギィン!!と鈍い音を立てて、妖夢さんの剣が俺の槍とかち合う。にらみ合う俺達の横を、無数の弾幕が通りすぎていった。

当たる弾幕はない。俺の放った10数個の弾幕に阻まれ、ここまで届く弾幕は存在しない。

「・・・随分と変わった弾幕を使う!ホーミングかと思ったら盾にもなるか!!」

「本当はもっと頑丈なんですけど・・・ね!!」

妖夢さんを弾き飛ばし、再び距離をとる。正直あの剣戟を受け続ける度胸は俺にはない。怖いんだもん。

再び大玉を放ってくる人魂。同じく俺との距離を詰めようとする妖夢さん。

だが、あいにくと付き合ってやる義理はない!!

俺は再びけつまくって逃走を開始した。

「あ、こら、逃げるなと言っている!!」

「こっちも無茶言わんでくださいと言ってるでしょーに!!!!」

再び、俺と妖夢さんによる追走劇が始まった。



まあ二度目になると終わりも早いもんで。

「この・・・仕方ない!魂符『幽明の苦輪』!!

「んげ!?」

目の前にもう一人の妖夢さんが現れて動きを止めてしまう。

俺の後ろからは妖夢さんが追いかけ続けている。これなんてドッペルゲンガー?

ともかく、俺は挟み撃ちを喰らう形になってしまったわけだが。どーすんだこれ!?

スペルカード!?いやまだどのくらいあるかわからないんだ、使うわけには!!

男に戻る!?槍が無くなったら剣で斬られて終わるッ!!つうかこの服で男とかないわ!!

ならどうする!!どうすればこの局面を乗り越えられるッ!!?

前と後ろ、両方から攻め込まれて逃げ場が、逃げ場が・・・?

「し、下ーーーー!!!」

『な、何ィーーーーー!!?』

ここ空中じゃん。俺は浮遊を解いて急降下することで逃げ出すことに成功した。ある程度落下したところで、俺は再び浮遊を始めた。

上からは二人の妖夢さんが追ってきているが。

「俺は逃げるぞォーーーー!!」

『く、この、・・・いい加減にしろぉー!!』

妙に共鳴している声を背に受けながら、俺は再び逃走を始めたのだった。



恥も外聞もなく逃げ回った結果。

「くぅ、こんな馬鹿なことで二枚も使ってしまうとは・・・。」

「はぁー、はぁー、た、助かった・・・。」

妖夢さんのスペルカードの時間切れを誘うことに成功した。

笑いたきゃ笑え。





***************





初めはなかなか武士道精神に溢れるやつだと思ったが、私の思い違いだったのか。

やることといったら、向こうから攻撃はせずただひたすら逃げるだけ。槍は突くためには使わず、防御あるのみ。

――巫山戯るな!!

その消極的な姿勢は私に怒髪天を突かせるのに十分だった。

私は次なるスペルカードを取り出し、宣言する。

修羅剣『現世妄執』!!

同時、剣を振る。剣先から放たれた霊力は、魔弾の檻を作った。

今度こそ逃げ場はない!!

「マジかこれ!?」

彼女は、それを見て表情を強張らせた。

私を失望させたその報い、受けてもらう!!

私が手を上げると同時に、檻は弾幕を吐き始めた。

「くっ!!」

やつはそれを弾き飛ばそうと槍を構える。

「よそ見をしている暇はないぞ!!」

だが私がそれをさせてやる義理はない。私は楼観剣を構え突進した。

「頼むからこっちに集中させてくれー!!」

「断る!!」

私は剣を振るい霊力を飛ばした。当然やつはかわす。

だが、このスペルカードはここからが真骨頂だ。

私は左右から放たれる弾幕の雨を剣に纏わせ。

「はぁ!!」

「くぅ!なんちゅう真似を!!」

優夢めがけて投げつけた。その速さは左右から徐々に詰めてきている弾幕の比ではない。

優夢はそれを慌てて弾くが、時間差で左右からの弾幕が襲いかかる。

さらに私の剣閃。程なくして、優夢は再び10数個の弾幕を纏った。

槍と弾幕、それら全てを駆使して、必死に私の弾幕を防ぎ続けた。

「守ってばかりでは私には勝てないぞ!!何故反撃してこない!!」

剣を振るいながら問いかける。この闘いが始まってから、彼女からの攻撃はたったの一回。私は納得がいかなかった。

そして彼女は答える。

「こんな弱い俺がほいほい攻撃できるわけないでしょーが!!」

「ここまで来て弱いわけがないだろう!!本気を出せ!!」

「本気で逃げてますってばー!!」

言葉通り彼女は全力でかわし続けていた。今のところ被弾は一発もない。

だがそんな答えに納得がいくわけがなかった。



私は弾幕を撃つのをやめた。静かに、虚空に静止する。

それを見て優夢も逃げるのをやめた。何事かとこちらを見ている。

「もういい。やめだ。」

私の言葉で、彼女は安堵のため息をついた。

「それじゃあ」

「勘違いをするな。私はあなたと剣を合わせるのをやめると言ったんだ。」

彼女の言葉を遮り、全身から殺気を立ち上らせる。

「いい試合ができると思ったけど、時間の無駄だったみたいね。」

言いながらスペルカードを取り出す。

優夢の表情が固まった。

「だから、この一枚で葬らせてもらうわ。」

「・・・!!」



そして私は。



「な」

一息に優夢の懐へと飛び込んだ。

「人符・・・」





***************





やばい。この状況はやばすぎる!

妖夢さんがスペルカードを取り出したと思った直後、彼女は俺の目の前に詰めていた。速すぎる!

高まる霊力。それがこれから放たれる一撃が文字通り必殺であることを示している。

防御・・・は無理。本気の妖夢さんの一撃を俺みたいなにわかじこみが裁ききれるわけがない。

なら回避・・・遅い。彼女はもう刃を構えている。

迎撃。それしか手は残されていないが、この状態で使えるスペルカードは一枚だけ。後がない。

だが使わねば落とされる。それならば・・・!!

「人符・・・」

妖夢さんのスペルカード宣言。やや遅れてスペルカードを取り出す。

「紅星!!」

俺の宣言が終わる前に、妖夢さんの剣が必殺の一撃――それは一撃にして連撃ではあったが――を放った。



『現世斬』!!

放たれる一閃は、一体どういう芸当かは知らないが、5本の斬撃となった。

それを俺は、スペルカードを宣言することによって相殺した。



『レッドクルセイダー』!!



紅い光が走る。それは俺の放った操気弾だ。

「くっ!?」

すぐ脇を過ぎる紅弾に、妖夢さんがわずかに怯む。よし!!

俺は妖夢さんの方を向いたまま、後ろに飛んだ。一定の距離をとる。

「・・・本当はスペルカード使いたくなかったんですけどね。」

「何故だ。まさか私のことをスペルカードなしで倒せるとでも思っていたのか!!」

まさか。俺は弱いんだから、そんな余裕なこと思えるわけがないでしょう。

「この状態・・・『ランス・ザ・ゲイボルク』を装備した状態で使えるスペルカードは一枚ですからね。つまりこれが破られたら俺の負けってことです。」

「・・・なるほど、今まで逃げ続けていたのは温存のためだったということか。」

や、普通に怖かっただけだけどね。剣怖いよ剣。

けどそれ言うとまた妖夢さん怒りそうだから言わない。

「そういうこと。ただし、こいつの威力にはちょっと自信がありますよ。」

「ほう、それは面白い。」

そう。このスペルはやはりレミィのスペルカードを元にしている。

紅符『不夜城レッド』。吸血鬼の妖力を全身から放つ、容赦のないスペルカード。

俺の霊力じゃそれには足りないから、こうやってスペルカードの重ねがけでどうにかするしかないわけだ。

その分威力は本家に匹敵する。・・・と思う。レミィはそう言ってた。

妖夢さんは好戦的な笑みをたたえ、もう一本の剣を抜いた。

「もう一度言う。妖怪が鍛えた白楼、楼観の二刀に斬れないものなど、あんまり無い!!」

やはりしまらない決め文句だが・・・。

本気ってことだな。だったら俺も。

「この紅い魔槍、『ランス・ザ・ゲイボルク』に貫けないものなど、多分無・・・・・・・・・・・・・・・あると思います!!」

日和った。あ、妖夢さんこけた。

「ちょっと!?何でそこ言い直したの!!?」

「やー、やっぱり無理あると思いますよ。地球とか貫けない自信ありますもん。」

それ考えると、『あんまり』でも斬れないものがないと言い切れる妖夢さんはすごいのかもしれん。

「はぁ、調子狂うわ・・・。」

「よく言われます。」

でも俺は普通だ。



ともかく、俺も妖夢さんも、お互いに必殺の一撃を繰り出そうとにらみ合っている。

妖夢さんはスペルカードを一枚口に銜えている。目が言っている、これが最後の一撃だと。

なら、それに見合うだけのものを見せないとな。正直あんまり自信はないけど。

(自信を持ちなさい。これは私のスペルとあなたの発想から生まれた、最凶の一撃よ。)

(最強ではないのかー?)

(最強は私のスペルよ。フフフ。)

相変わらず賑やかな俺の『中』の世界。

しかし、そうだな。

このスペルは俺とレミィとルーミアと、三人で作り出した必殺技だ。

たとえどんな苦境だろうとも・・・。

「行きます!!」

「来い!!!!」



乗り越えられないはずがない!!





***************





この闘いが始まってから初めて、優夢が私に突進を仕掛けてきた。

迎え撃つは私の持つ最強のスペルカード。

「人鬼・・・」

口からスペルカードを離し、その名を叫ぶ。



『未来永劫斬』!!!!



生まれいずるは十の斬撃。それがさらに十、さらに十と増え続け、未来永劫を斬り続ける。

さあ、これを切り抜けられるか!?

「・・・南無三ッ!!」

優夢は無数の斬撃に突っ込んだ。『未来永劫斬』が優夢の槍を削り、ガリガリという耳障りな音を立てる。

少しずつこちらへ進むたび、槍は目に見えて磨耗した。

このまま行けば、槍は私に到達する半歩前で消える。どうやら私の勝ちのようだな。

そう思い構えを解いた瞬間。

「油断大敵って言葉知ってますか!?」

優夢が不敵に笑い、叫んだ。



「クルセイド!!」

それに呼応し、四方から――先ほど私を通り過ぎていった弾幕から、紅い光がほとばしった。

光は槍に集中し、槍は巨大な紅い十字架と化した。

――あれは私を怯ませるためではなく、このための布石だったのか!!

私は慌てて剣を抜くが。

「もらいました!!」

巨大な十字架は『未来永劫斬』をかき消して、不完全な体勢だった私の二刀を弾き飛ばした。

十字の槍の穂先は、私ののど元にピタリと突きつけられた。

「チェックメイト・・・この場合、王手かな。」

・・・どうやらそのようね。

「・・・私の負けだ。」



私は足掻かず、潔く負けを認めた。

非常に納得のいかない戦闘内容だったけど――



「あー、マジしんどかったわ・・・。」



この女性は、間違いなく強かった。





***************





俺は石段にどっかりと腰を下ろした。すぐにでも霊夢たちに合流したいところだけど、今の俺が行っても役立たずだ。

ちょっと休憩して、回復したら駆けつける。もっともその前に全部終わりそうな気もするけど。

「何故それだけの力を持ちながら、逃げていたの?」

剣を取って戻ってきた妖夢さんが俺にそう問うてきた。

「言ったでしょ?喰らったら後がなかったんですよ。」

「けどあなたは言ったわ。『この状態で使えるスペルカードは一つだ』と。そもそもあの槍だってスペルカードだったわ。
本当は、槍なしで戦えばもっとスペルカードを使えたんでしょう?」

・・・いや、使い物にならないのが何個かだけどね。あ、『ムーンライトレイ』は結構使えますマジで。

男に戻れば、使い慣れたスペカもあるんだけどさ。

「・・・この格好じゃ、ねぇ。」

「その格好がどうしたの?似合ってるとは思うわよ。戦いには向いてないけど。」

ははは・・・。もう乾いた笑いしか浮かばん。

「ま、まあ・・・。俺は弱いです。だったら、恥や外聞を気にして戦うよりも、恥を耐えて逃げてでも勝機を掴んだ方がずっといい。」

この服で男になる恥は流石に耐え切れんけれども。

「そうすれば、こんな俺でも少しは霊夢――博麗の巫女の役にも立てるでしょう?」

俺は忘れていない。この幻想郷にやってきたとき、行き場のない俺を受け入れてくれたことを。

俺に、弾幕で戦う力をつけてくれたことを。

その恩を返すためならなんだってするさ。

「・・・自分のことを『こんな』とか蔑むのはやめなさい。私が惨めじゃない・・・。」

そう思ってたら、何か妖夢さんがすねてしまいました。

「す、すいませんそんなつもりじゃないんです!!妖夢さんは強かったですし、俺が勝てたのも結局のところ作戦とまぐれで」

「まぐれで私の『未来永劫斬』は破れない。あなたにはそれだけの力があったのよ。」

う、うーん。まじめで一本気な方だとは思ってたけど、融通効かなそうだなこの人。

けど、俺が強いとかなぁ。いまだ霊夢には勝てないし、魔理沙には時々は勝てるけどほとんど負けてる。

強いって実感ないんだが。



「・・・私も『俺』と言ったら強くなれるのかしら。」



・・・はい?

「だって、あなた男言葉じゃない。強さの秘訣は実はそこにあるんじゃ・・・。」

「いやいやいやいやいやいやいやいや!!!!ないっすからそんなこと!!それに俺は男です!!」

「馬鹿にしてるの?どう見たって女じゃない。・・・まさか女装?」

女装ではない。ある意味女装だけども。

「今はこんな格好だからアレですけど、俺は男にも女にもなれるんです。そして元々は男です。」

「・・・信じられないわ。元々女って言ってくれた方が信じられるわね。」

泣くぞいい加減にしないと。

「まあ・・・一応信じておくわ。負けたんだし。」

「一応じゃなくて普通に信じてください。」

何でこうなるかな。





そんなこんなしているうちに、俺の体力もだいぶ回復した。

「よし、そろそろ霊夢たちに合流するか。」

俺は立ち上がった。

「待ちなさい。私も行くわ。」

「え?大丈夫なんですか?」

「外傷はないもの。それに、あなたの強さを見極めたいしね。」

・・・俺は妖夢さんに大変目を付けられてしまったようです。

「そうそう、勝者が敗者に敬語を使うっていうのもおかしな話だわ。普通に話しなさい。」

「・・・わかったけど、俺達そっちのボス倒すんだぞ。いいのか?」

「幽々子様がそう簡単に負けるわけがない。」

そうか。

「なら、行こうか。」

「ええ。道中の死霊の相手はしないから。頑張りなさい。」

ですよねー。





結局、道中死霊妖精は出現しなかった。・・・多分、鬼巫女と力魔女に落とされたんだろうなぁ。

そんなわけで、俺と妖夢は何ら問題なく屋敷――白玉楼へとたどり着いたのだった。





+++この物語は、幻想と半霊が格闘漫画バリのガチバトルを繰り広げるはずだった、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



槍使って多分半年:名無優夢

そんな程度で長いこと剣使ってる人に太刀打ちできるわけがない。

結果、今回の優夢さんはとってもヘタレでした。あると思います!!

自分は弱いと決め付けているので、周りが幾ら言っても評価しなおさない。

能力:孔明の罠を張る程度の能力?

スペルカード:暴符『ドライビングコメット』、思符『信念一閃』、魔槍『ランス・ザ・ゲイボルク』、紅星『レッドクルセイダー』など



剣使って云十年:魂魄妖夢

半人半霊って長生きなんだよ。こう見えて霊夢たちより長生きしてる。

だけど基本箱入り娘なので世間知らず。油断も多かったりする。未熟也。

男になりたがるみょんはへんたい東方にて。makotojiさんマジパネェっす。

能力:剣術を扱う程度の能力

スペルカード:人符『現世斬』、魂符『幽明の苦輪』など



→To Be Continued...



[24989] 二章八話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/18 23:48
亡霊の姫は、一見すると逃げ場がないほどの大量の弾幕を生み出した。

まるで舞うように、優雅――あるいは『幽』雅に弾幕を撃ち放っていた。

扇を振るう毎に100の弾幕が放たれる。右へ、左へ、逃げ場を塞ぐように無数の弾幕が襲い掛かってくる。

普通の奴が相手だったら、これだけで終わりでしょうね。

けど残念。

「あいにくと私は、普通の博麗の巫女なのよ。」

私はその弾幕の隙間を見切り、潜り込む。激突必至の弾幕は、私のすぐ横をするりと抜けていった。

「あらあら、凄いわねぇ。今のを抜けられるなんて。」

亡霊はコロコロと笑いながら、そんなことをのたまった。あんた私が避けることわかってたでしょう。

しかし死人のくせになんて霊力かしら。多分総量で言ったら、私よりもはるかに多い。

だってこれだけの弾幕をまるで湯水のごとく撃ち続けて余裕の表情だもの。どこぞの吸血鬼なみね。

私は避け続けお札を放つが、強力な霊力に打ち消され届かなかった。

これはお札攻撃じゃ無理ね。私は装備を封魔針へと切り替えた。

強固な結界を生み出す媒介である封魔針は、霊力に押されることなく相手のところまで届いた。よし。

「怖い怖い。鬼巫女に殺されちゃうわ。」

「あんたは元々死んでるでしょうが。」

「元々は生きてたはずよ。死んだから亡霊やってるの。」

「やっぱり死んでんじゃない。」

「あら、ほんとだわ。」

・・・こいつ、天然かしら?今の本気で言ってたわよ。

天然の亡霊がラスボスか。力は凄いんだけど、なんだかねぇ。

とりあえず、相手の隙間ない弾幕をくぐりぬけ、針を投げつける。

何回かそれを繰り返すことで、私の一撃が当たった。

「本当に強いわねぇ。妖夢もあなたぐらい強ければいいのに。」

さっきの半分死んでた奴のことだったっけ。優夢さんはそろそろ勝ってる頃かしら。

まあ今はそんなこと置いておこう。とっととこいつ倒して帰りたいのよ私は。

「ちゃっちゃとスペルカード出しなさい。ストレートで破ってやるから。」

「大層な自信ねぇ。それがいつまで持つかしら。」

亡霊が怪しげに微笑む。それは、先ほどまでのどこか抜けた空気とは一線を画していた。

天然だろうが、やる気なさそうだろうが。やはりこいつは。

亡郷『亡我郷 -道無き道-』。

今回の『異変』のボスで間違いない。



敵のスペルカード宣言。これまで何も持っていなかった方の左手に、もう一つ扇が現れた。

そして舞う。敵ながら華麗な舞だと素直に思った。

ひとたび扇を振るうと無数の弾幕が生まれ、無秩序に放たれる。

「下手な鉄砲も何とやらのつもりかしら。そんなんじゃ当たってやらないわよ。」

華麗だからといって私がそれに見とれるわけではない。にべもなく言い放つ。

だが亡霊は気を悪くするでもなく、笑いながら返してきた。

「そうねぇ。当たってくれなくてもいいわよ。勝手に当たってくれるから。」

言いながら、もう片方の扇をやわらかく振るった。

すると、それに呼応するかのように、全ての弾幕が軌道を変える。

それもまた無秩序だった。あるものは私に向かってきて、またあるものは逆に私から遠ざかる。

しかし、この変化する軌道はやりづらいわね。

「ほらほら~、ちゃんと逃げないと死なせちゃうわよ~?」

さらに亡霊は、私の逃げ道を塞ぐ意図か、霊力の塊を扇の先から伸ばし薙いできた。

私はそれを上に飛ぶことで回避する。そこにも無数の弾幕。

右へ左へ、上へ下へとゆらゆら舞う弾幕。そして本人が放つ凶悪な霊力。

やるわね。これだけの弾幕、そうそうお目にかかれないわ。

だからと言って、当たってやる義理はないが。私は、やはり危なげなくかわし続けた。

「悪いけど、その程度で死なされたりするほどヤワじゃないのよ。普通の博麗の巫女はね。」

お返しに針を二本投げつけてやる。

「あら?」

それが、目を瞑って舞う亡霊の扇に突き刺さった。その隙を狙って、もう一本の針を投擲する。

命中、スペルブレイク。

「あらあら、この扇高いのに~。」

全くダメージのなさそうな声でそんなことをのたまい、私が貫いたのと同じ扇を取り出した。

いつの間にか、破れた扇は姿を消していた。

「嘘ね。」

「嘘じゃないわよ。多分売れば高いわ。」

売れないわね、扇の『亡霊』じゃ。

私の考えがわかっているのか、亡霊はクスクスと笑っていた。

・・・本当にやりづらいやつね。





***************





さて、まずはこちらが一枚ブレイクね。どうしてなかなか、生きている人間なのに強いわ。

これが博麗の巫女なのねぇ。『あいつ』が肩入れするだけのことはあるわ。

けど、私の道に立ちはだかるっていうなら相手をしないわけにはいかないものね。そう、これは正当な決闘なのよ。

だから悪く思わないでね。

「あなたは強いから、力加減を間違えてしまうかもしれないわ。」

「上等じゃない。全力でかかってきなさい。全部叩き伏せてやるから。」

ただ当然のことを告げるといった表情で、その巫女は宣言した。

クスクス、豪気なことねぇ。それがまかり通るだけの強さがあることが、なお笑いを誘う。

それじゃあ。

「ちょっとだけ、全力を出すわよ。」

私はそう言って、二つの扇を重ね合わせた。

私の一部でもあるそれは、融合し一つの巨大な扇となる。

「全部避けてみなさい。できるものなら。」

その扇で舞を舞い、無数の大玉弾幕を放つ。

「ええ、できるからやってあげる。大きければいいってもんじゃないわよ、色々と。」

色々と?何のことを言ってるのかよくわからないわね。

けれど、ともかく彼女は言葉どおり弾幕同士が衝突しわずかに軌道を変えた隙間に潜り込み、私の弾幕を回避した。

さっきから思ってたけど、よくあんなところに入る気になるわよねぇ。一歩間違ったら大惨事じゃない。

反撃に針を投げてくる。けど、私は扇を一振りしその圧倒的な面積を使って防ぐ。

「大きいっていうのは有利なのよ、色々と。」

「・・・ふっ。」

私の言葉を彼女は鼻で笑った。・・・ムッ、ちょっとそれは頭にきちゃうかしら。

私は弾幕を撃つペースを上げる。だがそれでも博麗の巫女は一切当たる気配を見せず、悠々とかわした。

本当によくかわせるわよね~。

「あんたは何にもわかっちゃいないわ。」

巫女が何かつぶやき始めた。・・・あれ?弾幕の方よりも熱が入ってるような。

「大きいだけじゃダメなのよッ!形、弾力、温かさ!!それらがあって初めて大きさが意味をなすッッッ!!」

な、何の話?私にはどう聞いても弾幕の話をしてるようには聞こえないんだけど・・・。弾幕に弾力は必要ないわよね?

私の疑問に巫女は答えた。

「あんたみたいにただ大きいだけの胸じゃ、私達はもう満足できないのよ!!!!」





・・・・・・・・・・・・・・・。



あんまりな発言に、弾幕を撃つことも忘れポカーンと口を開ける。

その隙を狙って、巫女が針を投げてきた。突然のことで避けられず、喰らってしまう。

「・・・なるほど、そういう作戦だったのね。」

私を油断させて一撃を奪おうとする。悪くはない作戦だけど、随分とこずるいわね。

と、そう思ったんだけど。

「そんなわけないじゃない。今のはあんたが隙だらけだったから当てただけ。私は本心を言ったまでよ。」

・・・少なくとも、女の子のする発言ではないと思うんだけどな~。

一体この娘に何があったんだろうか。推測しても答えが出るわけはなかった。

しまらない話ではあるけど、私は一発喰らった。ルール上スペルカードを宣言しなきゃいけないんだけど・・・。

「納得いかないわねぇ・・・。」

「ぐだぐだ言ってないでさっさと宣言しなさい。」

はぁ、しょうがないわね。まさかこの私がルールを破るわけにはいかないし。

ため息をつきながら、私は次なるスペルカードを取り出した。

亡舞『生者必滅の理 -毒蛾-』。



「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、生者必滅の理を表す。
あなたはこの鐘の音を聞いて無事でいられるかしら?」

私は弾幕を卍状に展開し、回転させた。

同時に大玉も卍状に広げ、彼女めがけて投げつける。

「そこは『生者必滅』じゃなくて『盛者必衰』よ。勉強が足りないわね。」

「私のは『生者必滅』であってるのよ。」

亡霊なだけに。

相変わらず軽口を叩く巫女。無数の弾幕を涼しい顔でかわし続けている。まだ余裕のようだ。

憎たらしいぐらいに強いわねぇ。惚れ惚れするわ。

「言ってること矛盾してるわよ。」

「いいのよこれぐらい。死んでるのに生きていられる世界なら、大した問題ではないわ。」

「それもそうね。」

彼女は言葉とともに針を投げてきている。先ほどは油断して喰らったけど、今度はちゃんと扇で防御する。

しかし、私の攻撃も当たる気配がない。さて、どうしたものか。

・・・ふむ、こんなのはどうかしら。

私は巨大な扇をもう一つ作り出した。それを見て、さすがの巫女も一瞬目を見開いた。

「一つでダメなら二つ。定石よ。それとも、まさかもう一つ作れるなんて思ってなかった?」

「・・・死んでるくせに出鱈目な霊力ね。それとも、死んでるからかしら。」

「あら、博麗の巫女に褒められちゃった♪」

ほとんど考えもせずに言葉を口にし、二重の弾幕を浴びせかけた。

「褒めてないわよ!!」

巫女は抗議の声を上げながら避け続けた。だがいかに博麗の巫女といえど、隙間が0では避けようがない。

彼女は一つ舌打ちして、スペルカードを取り出した。

夢符『二重結界』!!

そして巨大な二重の結界が張られ、私の放った弾幕は全て遮られた。あらあら、人間にしては随分強力な結界ねぇ。

「で、そのスペルカードはそれだけ?」

「これだけよ。」

攻撃用じゃなかったのね。

「それじゃあ私の『理』は破れないわね。そのまま桜の下で眠りなさい。」

私は再び弾幕を展開した。さっきは二重だったけど、今度は四重。あの結界だろうと防げる量ではない。

それを見て巫女は。

「・・・あんたが天然で助かったわ。」

軽く笑った。何を・・・!?

気付いたら私は、後ろから弾き飛ばされていた。

「お札・・・!?」

それは彼女が最初に使っていたお札だった。私の霊力に阻まれ届かないと分かってから使っていなかったもの。

・・・さっきの結界を張った瞬間か!!

「あんたの弾幕がいい感じに目くらましになってくれたからね。言ったでしょ?大きければいいってもんじゃないのよ、色々とね。」

そんな手でくるとは。流石は博麗の巫女。数ある『異変』を解決してきた強者。

「ま、私も一枚使っちゃったわけだし。中々手強いスペルだったわよ。」

そう言って彼女は結界を解いた。当然か、いくら堅固な防御と言っても張り続けていればいつかは破られる。そうなったら狙い撃ちだ。

これで私は2枚、彼女は1枚。やや劣勢ね。





けれど、私は必ずしも勝つ必要はない。

そう、『儀式』が完成するそのときまで、時間をもたせれば・・・。





***************





今度は扇から針状の霊力を飛ばしてきた。骨組みの先から出しているからその発射口は多い。

しかしいくら数が多かろうが直進しかしない霊力の針。避けるのは容易い。

すると、巨大な扇を振り大玉も繰り出してきた。わずかな隙間があるが、その隙間に霊力の針が密集している。

隙間を縫おうとしたら刺されるわね。私は後ろへ飛び距離を稼いだ。

「随分消極的ね。さっきまでの威勢はどうしたのかしら。」

「うるさいわね。これだけの距離をとれば、隙間も出てくるでしょう。」

私の言葉通りに、少しずつ軌道の違う弾幕は距離を進むに連れて隙間が大きくなっていった。

それを逃さず潜り込み、私は弾幕をかわした。

しかしこれだけの距離だ。私が投げる針もお札も、届く前に大扇で弾かれる。

・・・はぁ、しょうがない。疲れるからあんまりやりたくないんだけど。

私は展開した陰陽玉に霊力を込める。すると、陰陽玉は淡い輝きを持ち始めた。

輝きはだんだんと強くなり、それが臨界点に達した瞬間。

「まあ!!」

追尾性の霊力の塊を幾つも撃ち放った。お札よりも威力のあるそれは、敵の霊力に打ち消されることなく到達した。

何個かは扇で消し飛ばされてしまったけど、軌道をバラバラにした追尾弾全てを打ち落とすことはできず。

「・・・クスクス、本当にどうしたら人間がここまで強くなれるのかしら。是非知りたいわ。」

一撃を喰らい、三枚目のスペルカードを取り出しながら、なおも余裕の表情で亡霊は笑った。

本当に底が知れなくて不気味なやつね。何を企んでるのかしら。

「そうね、適度な運動と適度な食事、それから適度な休憩よ。」

「1割の才能と9割の怠惰ね。なるほどなるほど。」

失敬な。



華霊『ディープルーティドバタフライ』。

スペルカード宣言の後、弾幕を大きく放射状に放ち始める。それは巨大な花の模様に見えた。

そして、同時に白い霊気の帯が私に向かって飛んでくる。

それに嫌な感じを覚え、私は大きく距離をとった。

私の予感は正しかった。それは私がいたところに到達すると、まるで花火のように弾けた。

弾幕の花火はある程度広がると収束し、また霊気の帯へ戻る。

そして私の後をつけてきて、再び弾幕の花を咲かせた。

大輪の花と小輪の花、二段構えってとこかしら。

「さっきから思ってたけど、あんたの弾幕って随分形が凝ってるわね。いいとこのお嬢様なのかしら。」

「あらあら、このお屋敷を見てわからない?」

そりゃそうか。

この亡霊の弾幕は、強力であると同時に『幽』雅であり華『霊』であった。

弾幕は強ければいいというものではない。形の美しさも問われる。個人の好き嫌い次第だけど。

その点で考えると、この亡霊の弾幕は強く美しく、非の打ち所がなかった。

「・・・『完全な亡華』ってとこかしらね。」

「おしいわ。」

何がおしいのかわからないけど、亡霊は相変わらずコロコロと笑っていた。

余裕なところも『完全』の要素の一つか。ああ、そういえばこいつはとっくに死んでいるから『完全』で当たり前だったわね。

けれど、完全は、ね。

「面白くないわ。」

私は目を細め、集中力を増した。それにより弾幕の隙間を、まるで予知するかのように的確に縫っていく。

これが私の真骨頂。相手の弾幕の軌道を――たとえイレギュラーな要素があろうが――理解し、かわし、こちらの攻撃を当てる。

それがこの私の弾幕スタイル。

「『完全』ってことは、形が変わらないってことじゃない。」

「それが何かいけない?」

ええ、いけないわ。

「だって、『つまらない』じゃない。」

私は変わらない日常の楽さも知ってるけど、変わっていく人を見る面白さも知ってるのよ。

完全なものの面白さなんて、目にしたその一瞬だけだ。後には何もない。

そんなつまらないものに、この私が負けると思う?

「だから、『完全』なあんたじゃ『不完全』な人間達には――」

私は敵の弾幕が邪魔をしない位置から、針とお札を投げつけた。

わざとタイミングをずらした弾幕は、扇の一振りで消えきらず。

「勝てないわ。」

スペルブレイク。

「・・・ふふふ、確かにあなたの言うとおりかもね。そう、『完全』はつまらないわ。」

これで3枚目。だというのに、この亡霊は相変わらず余裕の姿勢を崩さなかった。

「でも、『不完全』なものを見て楽しむのは『完全』なる者の特権よ。それも永遠のね。」

言ってくれるじゃない。



戦いは、まだ続く。





***************





スペルカードを破られ、通常弾を放つ。今度は放射弾と蛇行弾の組み合わせ。

蛇行弾にはある程度の追尾性を持たせている。もっとも、それは所詮ある程度でしかないけど。

こんな弾幕であの巫女が落とせるなんて初めから思っていない。

私は時間が稼げればそれでいいのだ。さて、あとどのくらいで『儀式』は完成するのかしら。

後ろを見てみると、西行妖はだいぶ蕾をつけていた。これなら、私のスペルカードを全部使う頃には完成するわね。

と。

「私相手に余所見なんて、いい度胸じゃない。」

いつの間にか巫女が私の目と鼻の先にいた。あの弾幕で落とせると思っていなかったとは言え、これには驚いた。

まさかあの量の弾幕を超えてここまで来るとは思ってなかったから。

至近距離から放たれる10本の針。とてもかわしきれる量ではなく、3発ぐらい喰らってしまう。

「鬼巫女ねぇ、あなた。」

「素敵な巫女よ、私は。」

とんだ素敵な巫女がいたものね。内心可笑しげに笑いながら。

幽曲『リポジトリ・オブ・ヒロカワ』。

スペルカードを宣言した。

私は回転する大玉を放射させる。それを見て巫女は私から距離をとった。

さっきと同じように、大玉の隙を狙うつもりかしら。それなら、私はこの娘の裏をかけたことになる。

この『大玉』は、ただの大玉じゃない。

「!?」

それはある程度広がると、一斉に弾け飛んだ。この大玉は『小玉を幾重に重ね合わせて作った塊』。だから本当は『塊玉』ね。

花の形のように弾け飛んだそれは、巫女に向かって襲い掛かる。一瞬目を見開いた巫女は、しかし冷静に弾幕の隙間に潜り込んだ。

「あら、ちょっと驚いてた割には随分と落ち着いたものね。」

「あいにくと、他にもこんなマネする人がいるのよ。それもあんたなんかよりももっとあくどいやり方でね。」

へ~、それは是非見てみたいものだわ。

私はさらに塊玉を連弾しながら、そんな感想を持った。

本来一つ一つの弾幕であるはずのそれは、重なる量が多いために一見レーザー弾幕のようにも見える。

要するに弾幕の壁の役割をするということ。それで彼女の行動範囲を狭め、追撃をかける。

「弾き飛ばすんなら、もっと私の近くでやらないと意味ないわよ。」

しかし彼女は、そんな弾幕の隙間をも易々と潜り抜けた。本当に末恐ろしい娘ね。

お返しとばかりに彼女はお札と針と霊力弾を纏めて放ってきた。それは私の霊弾に衝突すると、バラバラに散った。

お札と霊力弾は追尾性能を持っているため、弧を描いて私に迫る。それらを纏めていた針は、一直線に私に向かっていた。

これはかわしきれないわね。私は甘んじてその攻撃を受けた。

「何考えてるのかしら。」

「さあ、何かしらね~。」

私の様子に巫女が訝しげな表情で問いかけてきた。適当な答えではぐらかしつつ、西行妖を見た。

蕾はもう枝いっぱいになっていた。そして一部は、花開くその時を今か今かと心待ちにするように花弁を震わせていた。

どうやら、もうすぐみたいね。私はクスリと微笑み。

桜符『完全なる墨染の桜 -春眠-』。

最後のスペルカードを取り出した。





***************





敵の様子がおかしい。今の攻撃だってちょっとぐらい足掻いてもいいはずなのに、全くかわそうとしなかった。

余裕のつもりかしら。何か違う気がする。けど、その何かが私にはわからなかった。

いいわ、ぶっ倒せばいいんだから。これで敵は5枚。あと何枚か知らないけど、いくら亡霊だと言っても霊力に限界はある。

そろそろ最後のカードね。

亡霊は惜しげもなく大量の大玉を放った。それは一見すれば逃げ場がない。

けれどよくよく見れば大玉と大玉の間には人一人だけ通れる隙間がある。

私はそれを潜り抜け――



そして見た。

それは、まるで桜の花びらのような弾幕だった。

風に舞う花びらのように、空へ飛び地面へ落ちる、そんな弾幕。

その中心では、今は亡き姫君が優雅に踊っていた。

私は、薄暗い森を抜けた先に楽園を見つけるような、そんな錯覚を覚えた。

それはまさしく、『完全なる美』だった。

一瞬目を奪われたのがいけなかったのだろう。その間に、私のいる場所は弾幕の花びらに覆われてしまっていた。

逃げ場はない。

「・・・しょうがないわね、自分の責任だもの。」

私はスペルカードを一枚取り出し。

霊符『夢想封印』!!

宣言した。それにより、私の周りの花びらは空気に溶けるように消えた。

そして現れる七色の巨大弾幕。追尾性を持つそれを、亡霊めがけて飛ばす。

だが、私の霊弾はまるで目標を見失ったかのように素通りして行ってしまった。何ですって!?

驚愕する私に、無数の花びらが襲い掛かる。花びらにはそれほどの力はないらしく、再び展開した『夢想封印』により蹴散らすことが出来た。

どういうこと?亡霊だろうがなんだろうが、『夢想封印』は狙ったものを追尾し続けるのに。

相手の気配の有無なんかお構いなしだ。それは既に優夢さんで実証済み。

だからこの現象には何らかのからくりがあるはず。

私はそれを知るべく、弾幕を回避しながら敵を観察した。



――ほとけには
     桜の花を
        たてまつれ――



亡霊姫は舞いながら何事か言葉を発していた。あれは・・・呪言?

あの呪言で私の弾幕を惑わしている?・・・内容からすると、そういうことではないみたいね。

じゃあ何故?



――我が後の世を
     人とぶらはば――



そこでふと気がついた。私の弾幕が少しずつ磨り減っていることに。

私の弾幕には花びらの形の跡がついていた。・・・まさか!!

確認するべく、私は敢えて弾幕を花びらに向けて撃った。

花びらを撒き散らしながら私の『夢想封印』は進む。

だがある程度行ったところで、弾幕は推進力を失い、跡形もなく消滅した。

「・・・えげつない弾幕ね。」

それはつまり、私の霊力を食らい尽くしたということ。姿形こそ優雅なれど、やはり亡霊の弾幕だ。

だったら。



――身のうさを
     思ひしらでや
        やみなまし――



私は再び七色の霊弾を展開した。6つを上下左右前後に配置し、中の一つを守るように。

『夢想封印』の霊力を食い追尾性を奪うなら、食わせなければいい。この配置なら、中の一つに花びらの弾幕は当たらない。

私はそれを放ち。



――そむくならひの
     なき世なりせば――



6つはあらぬ方向へ反れていき、一つが激しい衝撃音と共に亡霊に命中した。

これで、スペルブレイク!!

「まだやるかしら。」

これで敵は5枚。私はまだ2枚目を使用している最中だ。状況は圧倒的に有利。



だというのに。



「ふふ、ふふふふふふ・・・。」

亡き姫は笑っていた。それは美しく、生存本能が全力で警鐘を鳴らす怪しさを纏っていた。

一体、何だっていうの!?

「私の勝ちよ、博麗の巫女。」

突然、そんなことを言い出した。

「いきなり何。あんた現実が見えてないの?⑨なの?」

「そんなのじゃないわ。あなた、私の目的を覚えてる?」

確か、西行妖とかいう妖怪桜を満開にする、だったかしら。

「その通りよ。あとは儀式だけだったから、私はその時間さえ稼げればよかったのよ。だから私の勝ち。」

「ってぇ、ちょっと待ちなさい!あんた『この程度の春では』とか何とか言ってなかった!?」

「あら、そんなこと言ったかしら?」

言ってたわよ、思いっきり!!!!

「まあその辺は置いておきましょう。ともかく、儀式は完成したわ。これで『桜の下に眠る何者か』が目覚める。」

私は思いっきり突っ込んでやりたかった。

けど、それはできない。今気を抜けばこちらがやられる。

そんな気配を奴は――いや、奴と西行妖が放っていた。

「あなたも見なさい。西行妖に封印された者が目覚めるその瞬間を!!」

そして奴は。



『反魂蝶』!!!!



光に包まれた。





***************





ここは何処?

私は柔らかなやみの中にいた。

暖かいような、そして冷たいような。

え~っと、確か博麗の巫女と戦っていて、儀式が完成して、西行妖が咲いて――

そこまで考えて、思考にもやがかかった。なんだかとても眠い。

このまま寝てしまいたいような誘惑を感じる。

だけどここで寝てしまったら、私はもう二度と戻れない。そんな気がする。

だから手を伸ばした。伸ばした手は虚空しかつかめなかった。

――誰か、助けて。

何故かは知らないけど、涙が流れていた。本能なのか何なのか。私は助けを求めていた。

誰かに助けを求めても、届くはずなどないのに。

まぶたが重い。頑張って目を開くけど、長く持ちそうにない。

「助、けて・・・、妖夢・・・。」

すがるような気持ちで、私は幼さの残る庭師の名前を呼んだ。

・・・・・・・・・。





***************





「魔理沙、お前何やってんの?」

俺が白玉楼の中に入ると、魔理沙が桜を見ながら一杯やってた。

・・・俺はてっきり、霊夢と一緒に幽々子さんとやらを倒しに行ってると思ったのに。

妖夢から聞いたんだが、ここの主人は西行寺幽々子さんという亡霊の姫らしい。

まあ、それはいいとして。

「私はここの死霊どもの相手を引き受けたんだ。霊夢が先に行ってるぜ。そういうお前こそ、なんで敵と仲良くやってんだ?」

「仲良くなどない!!」

魔理沙が冷やかすように言った言葉に妖夢が過剰反応を示す。

「あー、魔理沙。あんまり妖夢をからかってやるな。どうやら冗談を冗談に取れない性格らしい。」

ここまでの短い会話で俺の冗談が全く通じなかった。そこまで頑固者なのだこの娘。

だが魔理沙は。

「それを聞いてますますからかいたくなったぜ。」

などと言い出す始末だ。俺はため息をつき肩をすくめた。

「失礼な奴だな。そんな奴は胸を」
「揉むな!!」

拳骨入れといた。正当防衛ってやつだ。

手加減なしだったので、魔理沙は微妙に涙目だった。

「った~。本気で殴る奴があるかよ。」

「るさい。男の胸を揉もうとするんじゃない。」

「その話だけど、私にはいまだに信じられないんだが。本当なのか?」

「嘘だぜ☆」

「本当だッ!!迷いなく嘘をつくな!!」

すっごくいい笑顔で親指立てつつ嘘をつく魔理沙。うそつきは泥棒の始まりというが、こいつの場合マジで泥棒だからな。

「やはりか。普通に考えたらそうね、男が女になったり女が男になったりなんてそうそうあるはずがない。」

そして妖夢納得してるしー!!?

「ほれ、半殺しも納得してることだしもう完全に女になっちゃえって。」

「オノレが論理誘導したんだろが!!」

「半人半霊だッ!!」

ギャイギャイと言い合う俺ら。しかし見た目子供な女の子と一緒になって騒ぐ俺、多分成人男性。かなり痛い図な気がするが、今更だな。



――か、助――



「ん?」

そんな時、俺は何か聞こえたような気がしてあたりを見回した。

だが、俺達意外には誰もいない。聞き間違いか・・・?

「どうかしたか、優夢?」

「いや、今何か言わなかったか?」

「私は言ってないわ。」

「私もだぜ。」

やっぱり聞き間違いなのか?でも、何かこう・・・。



――けて、妖夢・・・。



さっきよりもはっきり聞こえた。やっぱりこれ・・・!!



――助けて、妖夢――



助けを呼んでる!!俺はそれを理解した瞬間、走り出していた。

「あ、おい優夢!?」

「待ちなさい、何処へ行く気!!」

後に魔理沙と妖夢が続く。

「助けを呼んでた!誰かはわからないけど、妖夢のことを呼んでた!!」

「何を言っている?私には何も聞こえなかったぞ!」

「空耳じゃないか?」

「空耳なもんか!はっきりと、三回も聞こえたんだ!!」

俺は声のした方を目指し、走った。

「私のことを呼んでいる・・・?ちょっと待て、この方向であっているのか?」

「多分!!」

「こっちがどうかしたのか?」

「まさか、幽々子様の身に何か!?」

「あー?弾幕ごっこだったら何かあるのは当然だろ?」

確かにそうだ。だけど。

「多分違う!弾幕ごっことか、それ以外の何か不測の事態が起きたんだと思う!!」

「何でお前がそんなことわかるんだ?」

「勘!!」

身も蓋もなく言うけど、根拠がないわけじゃない。

だってあの声は。



まるで今際の際に家族を求めるような声だったから。



「・・・そんな、何だこれは!?」

その光景に、妖夢は目を見開いて震えていた。

俺達の視線の先には、まばゆく輝く桜の木があった。多分あれが西行妖ってやつなんだろう。

その前に、意思の無い瞳で妙齢の女性が浮かんでいた。

あれが。

「幽々子様ーっ!!」

妖夢は叫ぶと同時走り出した。

だがその目の前にお札の雨が降り、妖夢は立ち止まった。そして空をにらむ。

「落ち着きなさい。死ぬわよ。」

「貴様・・・!!」

妖夢は霊夢を仇とばかりににらんだ。俺は空を飛び霊夢に近づいた。

「霊夢、これは一体どうなってるんだ!?」

「あいつ、あの桜の木の下に封印されてる何かを起こそうとしたみたい。それでこうなったわ。」

情報が短すぎてよくわからないが・・・。

「やばくないか、あれ!?」

俺はうつろな瞳をする幽々子さんを指差した。

俺の目の錯覚だろうか?彼女は少しずつ、姿が薄くなっていっていた。

「幽々子様、幽々子さまー!!」

「落ち着け半生!!あれに突っ込んだらどう考えても無事じゃすまないだろうが!!」

地上では魔理沙が妖夢を抑えていた。

魔理沙の言葉どおり、西行妖はやばいくらいの妖力を放っていた。多分近寄ったら一瞬で消し飛ぶ。

「間違いなくやばいわね。あのままじゃ、多分あいつ消えるわ。」

やっぱりそうなのか!!

「助けなきゃ!!」

「いいえ、放っておきましょう。」

俺の言葉に、霊夢は冷たく言い放った。

「何で!!」

「わかってる?あいつは敵で、この状況を招いたのはあいつ自身。だからあいつが消えるとしても、それは自業自得でしょ。」

・・・確かにその通りだ。誰かにやれと言われたわけじゃない。彼女がやりたくて幻想郷中の春を集め、そのために消えかかっている。

俺はその非情な事実を受け入れられてしまう。そう、霊夢の言う通りなのだ。



だけど。



「俺は助ける。」

「優夢さん?」

彼女は助けを求めて。

俺は聞いてしまったんだ。

「助けを求められて、その願いを肯定してやれないほど、俺は腐ってない!!」

言いながら俺は、西行妖に向き合った。

「・・・優夢さんのお人よしは、私も知ってるつもりだけど。もう病気と言っていいわね。」

あきれたような霊夢の声。すまん。

「霊夢がやらないなら、俺一人だってやってやるさ。」

「そ。好きにしなさい。」

ありがとう。

「なら私も協力するぜ。」

魔理沙?いつの間にか、魔理沙と妖夢が俺に並ぶように浮いていた。

「私は助けを求められたわけじゃないが、話を聞いて黙っていられるほど大人しくもないんだぜ。」

「・・・お前は正義の味方の魔法使いだもんな。」

「その通り。」

ありがとう。

「私は命に代えても幽々子様をお守りすると誓った。ならばここで幽々子様をお救いすることこそ、私の務め!!」

本当にお前は頑固者だな、妖夢。けどその心意気は買った!!

「じゃあ、やろう!!」

「おう!!」

「幽々子様、この私が必ずやお助けいたします!!」



さて、あれをどうにかするとしてどうしたものか。

普通に考えたら、あれに全開の霊力をぶつけてどうにかするしかないな。

俺の持ってる技で一番威力の高いもの・・・。

「迷ってる暇はない、か。」

俺は腹をくくり、手を組み合わせた。

陽体変化!!

キーワードで男に戻る。女物の服でっていうのは軽く死にたくなるが、今は緊急事態だ。

と、妖夢が目を丸くして驚いてた。

「・・・やっぱり信じてなかったのか。」

「いや、だって・・・。」

「そんなことよりも、行くぜ!!」

魔理沙の喝で妖夢が戻ってきた。よし、行くぞ!!



「思符『信念一閃』!!」

「恋符『マスタースパーク』!!」

「人鬼『未来永劫斬』!!」




俺達はそれぞれ、最強の一撃を放った。

お互いの霊力が飲まれ、融合し、巨大な霊力の塊となって西行妖の放つ妖力の壁に衝突した。

ビシビシと音を立てて、その壁にヒビが入る。

だが、そこまでだ。

「くぅ・・・足りないか!!」

「まだだ、私の力はまだこんなもんじゃないぜー!!」

「幽々子さまーーーー!!!!」

皆全力を超えて力を込めるが、ヒビが少し大きくなるだけで壊れる気配を見せない。

ダメなのか!!



「全く、あなたのお人よしはとどまることを知らないのね。」

絶望的な予感が俺の胸の内に生まれたとき、頼もしい声が背中から聞こえた。

そして。

幻符『殺人ドール』!!

俺たちの弾幕に大量のナイフが混ざる。

「主賓がいないんじゃ宴会もできないねー!!」

「さっきの負け分はこれでチャラだね。」

「・・・私達も手伝う。」

さらに、騒霊三姉妹の声。

大合騒『プリズムライブ』!!

大音量が響く。それは弾幕となって、俺達の力に加わった。

ヒビがさらに大きくなった。あと一押し、あと一押しだ!!

「・・・訂正。あんたら全員お人よしだわ。これじゃ私が悪者みたいじゃない。」

最後に霊夢の呆れたような声が聞こえた。

霊夢が本気を出したようだ。背後から半端じゃない霊力を感じる。

あ、何かヤバイ。

「神霊・・・」

手加減しろ、と言おうとした俺の言葉は。



『夢想封印 瞬』!!



とんでもないスピードで飛び出した七色の霊力弾によって、俺達ごと吹っ飛ばされた。

けれどそれは効果をなし、あの強固だった西行妖の力の壁はあっさりと弾け飛んだのだった。

同時花が散り、幽々子さんは実体を取り戻し地面に落ちた。

俺達全員が霊夢のスペルカードで弾き飛ばされたため、立っているのは霊夢一人だった。



納得いかないところは何点かあったが。俺は理解した。





今回の『異変』は、これで終結したんだと。





+++この物語は、博麗の巫女と白黒の魔女と幻想と愉快な仲間達が亡霊姫を救い出す、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



博麗の冷血鬼巫女:博麗霊夢

別に悪いこと考えてるんじゃなくて無関心なだけ。何ものにも囚われぬ故。

けど自分が悪者になるのは気に食わない。だって素敵な巫女だもの。

地味にラストスペル使ったりしてるけど、まだ本気出してない。だってめんどくさいし。

能力:主に空を飛ぶ程度の能力

スペルカード:霊符『夢想封印 集』、夢符『二重結界』など



彼の世に嬢の亡骸:西行寺幽々子

天然亡霊。これは結構公式設定だったりする。決して二次限定ではない。

けどちゃんとカリスマもあるんですぜ。微妙に足りないけど。

今回のお話は結局のところ、彼女の自滅。あれは彼女にとって開けてはいけないパンドラの箱だったのだ。

能力:死を操る程度の能力

スペルカード:亡舞『生者必滅の理』、桜符『完全なる墨染の桜』など



→To Be Continued...



[24989] 二章九話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/18 23:49
・・・ん。

日差しを感じて、私は目を開けた。

視界にまず映ったのは、見慣れた自室の天井だった。日差しは障子から差し込んだ朝日か。

――えーっと、私、どうしたんだっけ。

ぼうっとする頭に手を当てて、思い出す。

そう、確か私は幻想郷の春を集めて西行妖を咲かせようとした。

十分な春が集まり儀式をしている最中に、博麗の巫女が『異変解決』のために勝負を挑んできた。

時間を稼ぐために応じて、巫女が私のスペルカードを全て打ち破って・・・。

それからどうしたんだっけ。

そこから先の記憶がない。ということは私は落とされて気絶したのかしら?

いえ、確か儀式は完成したはず。落とされてというのは、ちょっと考え辛い。

ん~~~・・・。

私は今こうして自室で横になっている理由を考えようとした。



ぐ~。



だけど、盛大にお腹がなったので考えを打ち切った。とりあえず、ご飯にしよう。

私はノロノロと起き上がり、障子を開けて外に出た。

快晴。気持ちのいい春の朝日が空から降り注いでいた。

私は朝の日差しを浴びて目を覚ましながら、居間へと向かった。

そして居間の障子を開け。

「妖夢~、ご飯~。」

うちの庭師に呼びかけた。



「おう、おひははひゅひゅほ(おう、起きたか幽々子)!!」

「いっほふへほ、あんはおおはんああいあお(言っとくけど、あんたのご飯はないわよ)。」

「少しは自重という言葉を覚えろお前ら!!あ、幽々子さんおはようございます。」

「す、すみません幽々子様!直ちにこの狼藉者どもを追っ払いますので!!」

「行儀が悪いですわねぇ。」



だけどそこは何故か宴会場になっていた。

私と戦った巫女が。白黒の魔法使いが。メイド姿の淑女が。人形のような服を着た女性が。

そして私の従者とも言うべき庭師が、わいわいと騒いでいた。

・・・私が寝てる間に、一体何があったのかしら?

いきなりな状況に少々戸惑うような感覚を覚えたが。

「妖夢、とりあえずご飯。」

「何でそんなに落ち着いてるんですか、幽々子様!?」

私はご飯を所望した。





***************





霊夢の本気の一撃を受けて、妖力の壁は跡形もなく消し飛んだ。

「幽々子様!!」

俺達と同じく霊夢の『夢想封印』に弾き飛ばされ地面に伏していた妖夢が、がばっと起き上がり幽々子さんに駆け寄った。

妖夢が彼女を抱き起こすと、その胸が上下しているのがわかった。どうやら大事ないようだ――亡霊にその表現が的確なのかはわからないが。

「幽々子様!!目を開けてください!!」

だけど、妖夢は気が動転してそれに気付いていない。俺は起き上がり、妖夢に近づき言った。

「落ち着け妖夢。見ろ、寝てるだけだ。」

「え、あ・・・。」

俺の言葉で、妖夢はその事実に気付き安堵のため息を漏らした。

だが次の瞬間眦を上げ、俺達をにらみつけた。

「幽々子様には指一本触れさせない!!」

どうやら、俺達が幽々子さんをどうこうしようとしてるんじゃないかと疑ったらしい。

「だから落ち着けって。俺達はもう戦う気はないって。」

そう、西行妖は散り、ここに密集していた春の気配は霧散した。あるのは場所相応の春のみ。

きっと無理矢理押さえつけられていた春が拡散したのだろう。ということは、それらがあるべき幻想郷にはもう春が戻っているはず。

今頃地上では雪が止んでいるだろう。明日には春の日差しも拝める。

俺達は目的を達成した。だからこれ以上戦う必要もない。

「・・・そう、か。私達は、負けたんだな。」

「そういうことよ。」

俺の後ろから霊夢が歩いてくる。その口調はただ事実を告げるように、淡々としていた。

「『異変』が終われば敵も味方もなし。ただ宴会あるのみだぜ。」

魔理沙、お前はただ宴会がしたいだけだろ。けど、その考え方には賛成だ。

「私も、必要のないお仕事をする気はありませんわ。お嬢様からの言いつけも果たしたことですし。」

咲夜さん。あなた回復早いっすね。時間を操ったのかな?

「あんたは寝てただけじゃない。」

「失礼ですわね、助けてさしあげたのに。」

「別にどうってことはなかったぜ。」

「嘘をつくな。咲夜さんのおかげで助かりました、ありがとうございます。」

「私達はー?」

「そっちのが急にいなくなったから、追いかけて来たんだが。」

「凄いことになってたね。あれ何だったの?」

「プリズムリバーさん達もありがとうございます。ちょっとその辺の事情は霊夢に・・・」

「面倒だわ。」

「ですよねー。」

『異変』が終わった直後だというのに、俺達は和気藹々としたものだった。

その光景を、妖夢はポカーンと見ていた。

「あなたたちは、何というか・・・変ね。」

「あんたがまじめ過ぎるだけよ。」

「そうそう、それに変なのは優夢一人だぜ。」

「俺は普通だと何度言えば!!」

「いえ、あなたほど変な人種はそうそういないわよ?」

「というか、名無優夢?」

「さっきと全然雰囲気が違うねー!!」

「っていうか、この人男・・・だよね。多分。」

あ。

リリカさんの指摘で、俺は自分の格好を見た。

女物の服。下には女物の下着。そして体は男、いや漢。

「・・・変態。」

「変態だー!!」

「変態以外の何者でもないね。」

――鬱だ、氏のう・・・。



俺はしばらくその場に膝を着いて立ち直れなかった。正気を取り戻した俺は、妖夢の指示に従い幽々子さんを寝室へ運んだ後、女性化しておいた。

この服で男とかホントないわ。プリズムリバー三姉妹には弁解しておいた。どうやら冗談だったようで、内心ホッとした。

「主賓がいないんじゃ宴会はできない、また今度」と言って、三姉妹はどこかへ去っていった。

残されたのは、俺達4人と妖夢。

「それで、どうするの?私としてはとっとと帰りたいんだけど。」

「まあ優夢だったら・・・。」

「当然、幽々子さんが起きるの待つぞ。『異変解決』の大義名分はあったけど、俺達は結局不法侵入なんだからな。」

「そう言うと思ったわ。紅魔館の時と同じねぇ。」

俺は幽々子さんに挨拶をするまで帰る気はなかった。

「何というか・・・律儀ね。」

妖夢は驚いたような感心したような表情で俺を見た。そして。

「でも、嫌いじゃないわ。」

やわらかく微笑んでそう言った。

「(-∀-)ニヤニヤ」

「(`∀´)ニヤニヤ」

「( ̄ー ̄)クスクス」

で、お三方は何笑ってんの?

「何が可笑しい!!」

三人の反応に、やたらと顔を赤くして過剰な反応を示す妖夢。

「落ち着け妖夢。この三人に弱みを見せたら果てるまでいじられ続けるぞ。」

「・・・なんでそんなに実感がこもってるの?」

ははは、実感があるからさ。そして俺はこれ以上犠牲者を増やしたくないのさ。

「つまらないわね。」

「空気読めよ。」

「減点よ優夢。お仕置きね。」

そんな俺の態度にブーたれる三人。てか咲夜さん、何故にお仕置きなんですか?

「あなたをお仕置きするのは楽しいんだもの。いい声で鳴いてちょうだいね。

・・・○| ̄|_



まあ結局、俺は妖夢を宥めすかして今日明日と白玉楼に滞在することにしたのだ。

ちなみにその晩、咲夜さんからお風呂で『お仕置き』とやらを喰らいました。

果てました。





***************





ご飯を食べながら事情を聞いた。なるほどなるほど、そういうことだったのね~。

「じゃあ妖夢、お替り。」

「だから何でそんなに動じてないんですか幽々子様!!?」

妖夢は相変わらず未熟ね~。この程度で動揺するなんて。

「ああ妖夢、後の給仕は俺がやるから。お前は幽々子さんと一緒にご飯食べててくれ。」

「え?いえしかし、お客様にやらせるわけには・・・。」

「何でまた不法侵入から客に格上げされてんだろ・・・。俺がやりたいんだって。お前も少しは食べなきゃ。」

「はぁ・・・。すみません、優夢さん。」

「だから何で急に敬語なのさ。」

それだけ言うと、その女性は立ち上がり台所の方へと歩いていった。え~っと、名無優夢、だったかしら。

あの娘が言い出して彼女達はここに残っている。話を聞いてても思ったけど、相当律儀な娘ねぇ。

何やら妖夢も気に入ってるみたいだし。

「ねえ、霊夢。あの娘うちにくれない?」

ちょっと持ちかけてみた。

「はあ?何言ってんの?優夢さんは博麗の巫女その2よ。」

「違うだろ。人里の共有財産だぜ。胸的な意味で。」

「紅魔館の副メイド長ですわ。」

いいように言われてるわね~、あの娘。

「オマイラ・・・俺は男だと何度言えば理解できるんだ。」

と、ご飯を大盛りにして戻ってきた優夢が、そんなことを言った。

男?どう見ても女の子よねぇ。

「彼は男女を入れ替える程度の能力を持っているそうなんです。」

妖夢が答えた。ふーん。

「で、あなたはどう思う?」

本人に聞いてみた。

「働き口を紹介していただけるのはありがたいんですが、やっぱり俺は神社で霊夢の世話してるんで。」

「ちょっと、何で私が世話されてるのよ。」

「霊夢、残念ながら事実だぜ。」

「あなた全然働かないでしょうが。」

どうやら、優夢自身移る気はないみたいね。ちょっと残念。

「?何か。」

ご飯を受け取りながら、私は優夢をじっと見てみた。優夢はちょっと居心地悪そうに身じろぎをした。

なんていうか、行動の一つ一つが扇情的な娘ねぇ。だからこれは、当然の帰結なのよ~。

「えーい。」

「わっ!?」

「幽々子様、何を!!?」

私は優夢の胸に思いっきり飛び込んで見た。服の上からでもわかるほど大きな胸は、素晴らしい弾力だった。

ふかふかで、暖かく、落ち着く感じがした。ほのかに香る石鹸の香りが心地よい。

「きもちい~♪」

「ちょちょ、幽々子さん!!くすぐった・・・あ!!」

「はしたないです!おやめください、幽々子様!!」

私はその胸に顔をうずめた。優夢がピクリと体を震わせ、妖夢が顔を真っ赤にして私を引き剥がそうとした。

「あ~、亡霊すら誘惑するかあの胸は。」

「ま、優夢さんだしね。」

「ありうることですわ。」

そして、それを見る三人の反応は実に平淡なものだった。

日常茶飯事なのね~。



「はぁ・・・なんだかもうなぁ・・・。」

着崩れた衣服を直しながら、顔を真っ赤にした優夢がため息をついた。

そういう行動が周りをはやし立てるんだけど、気付いてないみたいね。

面白いから放っておきましょう。

「これが男だとか、信じがたいわね~。」

「いえ、幽々子様。昨日私が変化を目の当たりにしました。驚きましたけど、本当でした。」

なんだかもったいない話ねぇ。

「何だろう・・・俺はまた一つ男ポイントが下がった気がしてならないんだが。」

その通りよ。





朝食を終えた後、彼女らはもう帰ると言い出した。

もうちょっといればいいのに。

「いえ、俺達の目的は幽々子さんに挨拶をすることだけでしたので。」

「本当だったら『異変』解決した時点で帰ってたわ。」

「あの世に長居は無用だぜ。」

「私も、屋敷のお仕事に戻らなければなりませんわ。」

そう。それなら仕方ないわ。

「また遊びにきますんで。幽々子さんと妖夢も神社に遊びに来てください。」

去り際に、優夢は微笑んでそう言った。

その笑顔は見ているだけで心安らぐような気がした。



だけどそれ以上に、何か言わなければいけないような気がして。

言葉にならず、彼女らは地上へと帰って行ってしまった。

「・・・幽々子様?」

妖夢が私の方を見て、心配そうな表情をしていた。

「ううん、別に何でもないわ。そんな顔をしないで、妖夢。」

私は笑顔を作り、妖夢に向けた。

けれど。



反魂術を発動したあの後。私は西行妖に取り込まれかけたらしい。

その辺りの事実はよくわからないけど、妖夢の心配っぷりを見ると私が消えかけていたというのは真実だと思う。

それを聞いて、うっすらと思い出したことがある。

あの時私は、助けを求めた。誰かに、そして妖夢に。

何で助けを求めたとか、そんなことはわからない。だけど、助けを求めたと思う。

そして最後に、私の手を掴んだ誰かがいた。

・・・ような気がする。ひょっとしたら、ただの思い違いかもしれない。

だけど、あの女性。少女とは言えないけど。名無優夢。

彼女のまとう雰囲気。

あれが、あの手から感じた安心感を想起させた。



まあそんなことを考えても、結局のところ夢と現の話でしかないのだけど。

私は頭を振り、考えを振り払った。

「それにしても妖夢。なんで優夢にだけ敬語だったの?・・・もしかして、惚れちゃった?」

私はちょっと意地悪に笑いながら、妖夢を突っついてみた。

それに妖夢は真っ赤になって反論した。

「ち、違います!!ただ彼は料理の腕が良かったし、周りへの配慮も出来て紳士的だったので!!それに、今度から剣の相手もしてくれると約束してくれましたし!!!!
それだけです、それだけなんです!!」

本当にわかりやすい子ねー。私は声に出さず笑った。

「そ、それに幽々子様を助けたいって言ったのは彼だったんです!だから私は感謝も込めて!!」



期せずして発せられた妖夢の言葉で、私は思わず目を見開いた。

あの娘が・・・?

「どうしてあの娘が私を助けたいなんて言い出したの?見ず知らずの私を。」

奇妙な符号に、私は妖夢に聞き返していた。

「それが、私にもよくわからないんですが・・・。『助けを呼ぶ声が聞こえた』と、そう言ってました。」

・・・夢だけど、夢じゃなかったのね。

私は、急に視界が開けるような錯覚を覚えた。そうだったんだ・・・。

「今度、あの娘にお礼をしなくちゃいけないわね。」

「はい。私もお礼をしたいと思います。」

「そう、じゃあ二人でお礼をしましょう。」

「はい!!」



心の中で、私は彼女に礼を述べた。

ありがとう。名も無き優しい、貴い夢。





+++この物語は、幻想が冥界の主従を落とした気がする、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



天然女殺し娘型漢:名無優夢

妖夢は確実に落とした。どうやったかは不明。

風呂には四人一緒に入った。無理矢理おかられた。ほぼイキかけました。サーセンw

何故幽々子の声が彼には届いたのか。その答えは、いずれわかる。

能力:男女を入れ替える程度の能力と思われる程度の能力?

スペルカード:暴符『ドライビングコメット』、思符『信念一閃』、魔槍『ランス・ザ・ゲイボルク』、紅星『レッドクルセイダー』など



傍観と食事と怠惰の使徒:博麗霊夢

『異変』が終わるとすっかり元通り。バトル以外に彼女の出番はない。

彼女は主に優夢の作ったご飯を食べていた。食べ慣れたものが一番である。

お仕置きを眺めていた人1。それなりに楽しんでいた。

能力:主に空を飛ぶ程度の能力

スペルカード:霊符『夢想封印 集』、夢符『二重結界』など



傍観と食事と宴会の化身:霧雨魔理沙

バトル無ければ宴会で騒ぐ。それが彼女の温もリティー(違)。

二人の料理を等分に食べた。新しいものも美味しいです。

お仕置きを眺めていた人2。顔を真っ赤にしてた。

能力:魔法を使う程度の能力

スペルカード:魔符『ミルキーウェイ』、恋符『ノンディレクショナルレーザー』など



傍観とお仕置きの瀟酒なメイド:十六夜咲夜

今回ほとんど活躍しなかった。涙目。しかしそんなことは気にしていない。

白玉楼では仕事せず。やはり優夢のご飯を食べていた。

お仕置き執行人。やりすぎて最後に弾幕喰らった。

能力:時間を操る程度の能力

スペルカード:幻符『殺人ドール』、時符『プライベートスクウェア』など



ほんのり淡い恋心など抱いていない!!:魂魄妖夢

と自分では思ってるが、どう見ても恋しちゃってます。本当にありがとうございました。

幽々子介抱→ご飯準備→「手伝うよ」→ポッな感じ。多分。

これまで剣の相手をしてくれる者がいなかったので、実はとても嬉しい。

能力:剣術を扱う程度の能力

スペルカード:人符『現世斬』、魂符『幽明の苦輪』など



気に入ったー!!:西行寺幽々子

無論優夢のこと。自分の手元に置きたいと本気で思っている。性的な意味で。

妖夢の恋心は看破した。だけど自分が手を出す気はない。親心というやつである。

とりあえず、優夢ありがとう宴会でも開こうかなーと思っている。

能力:死を操る程度の能力

スペルカード:亡舞『生者必滅の理』、桜符『完全なる墨染の桜』など



→To Be Continued...



[24989] 幕間十
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/18 23:50
~幕間~








これは、俺達が『異変』を解決した直後の話だ。





俺達は冥界の白玉楼を後にし、地上へ向けて飛んだ。

行きほど分厚くはない雲を抜け、一日ぶりの地上へと帰って来た。

「魔理沙、お前どうせまた宴会する気だろ?」

俺は確認程度に魔理沙に尋ねてみた。魔理沙は当然とばかりに頷き。

「聞くまでもないだろ?」

そう答えた。ま、わかってたけどね。

地上はだいぶ雪が溶けていた。空から春の暖かい日差しが溢れているため、気温もそれなりに高い。宴会にはもってこいだ。

「ただ、私はいったん帰るぜ。酒を取りに行かなきゃならんしな。」

「あれ、そういえば神社に色々置いてなかったか?」

「あれはあれだ。せっかく宴会やるんなら、もっと酒を持ってこなきゃだろ?」

呑み過ぎだと思うけどな。どの道俺はそんなに呑めん。

ま、止めたって聞く奴じゃないことはわかってる。

「じゃ、後でな。」

「おう!また後でー!!」

そう言って魔理沙は俺達の一団から離れ、自宅のある魔法の森へと飛んでいった。

一人減り、三人となる。と。

「咲夜さんも来ますか?今回の『異変解決』の立役者の一人なんだし。」

俺は咲夜さんに聞いてみた。この人の場合、レミリアさんも一緒にって言いそうな気もするけど。

「私一人ではなく、お嬢様も一緒にならいいわ。」

ほらね。

「それと優夢。」

何か続きがあるみたいだ。

「神社へ行く前に、私と一緒に紅魔館へ来てくれないかしら。」

「へ?どうしたんですか急に。」

唐突な依頼に、俺は聞き返した。

「あなた、冬の間あんまり来なかったでしょう?妹様のご機嫌が最悪なのよ。」

「・・・あー。」

納得。そういえばこの一月一回も行ってなかったな。

でも、最近はフランも落ち着くことを覚えてきたし、そこまで言うほどなのかなぁ。

「わかってないわね。あなたが来ないせいで妹様が癇癪を起こして、お嬢様の部屋が大破したんだから。」

「マジっすか。」

そこまでか。俺が思っている以上にフランのストレスは溜まっているらしい。

うーん、一体どうしたんだろ。悩みでもあったのかな。

「・・・はあ、あなたって本当に自覚がないのね。」

「今更ね。優夢さんは自覚ないじゃない。色々と。」

何なんだよ。



結局、そんな状況で放っておくわけには行かず、俺は先に紅魔館に行くことにした。

「悪いんだけど、宴会の準備先にやっててくれないか?戻ったら手伝うから。」

「しょうがないわねぇ。」

本当にスマン。





***************





「・・・。」

私は無言で床に座っていた。何もする気にならない。

お姉様の部屋で暴れてしまった後、私は自分から自室にこもり、そのままずっとこうしている。

優夢と遊べない日が続いて、心の中のイライラが溜まって、とうとう我慢しきれなくなった。それで暴れちゃった。

お姉様に落とされて、目を覚ました私は胸の真ん中にぽっかり穴が空いたみたいになってた。

イライラしてたのはすっきりしてたけど、とても寂しかった。

そのせいで私は何もする気になれず、ずっとこうしていた。

「・・・優夢。」

私の心が欲している人の名前をつぶやいてみる。だけど、それで優夢が来ることなんてあるわけ――



「そんなに大変な状況になってたんですか!?」

「そうよこの大馬鹿!!ちゃんと責任取りなさい!!」



その声を聞いた途端、私の心臓の鼓動は急激に速くなった。

え、優夢?・・・本当に!!?

私は扉の方を振り返った。重たい鉄の扉は閉まってるから姿は見えないけど。

「フラン!!ごめん、一ヶ月も来なくて!!でももう大丈夫だから、出てきてくれー!!」

その声は間違いなく優夢の――私の大好きな優夢の声だった。

そう確信した瞬間、私は立ち上がり扉に向かって走り出していた。

優夢。優夢、優夢ゆうむゆーむ!!

鉄の扉をまるで紙か何かみたいに弾き飛ばし「ぶぎゅる!?」私はその向こうにいる優夢に向かって。

「優夢ー!!!!」



飛びつこうとして、そこにお姉様と咲夜しかいないことに気付いた。

え、優夢は?

「・・・フラン?その、何ていうかね・・・足元。」

お姉さまは、凄く気まずそうな顔で私の足元を指差していた。

・・・えーっと。そういえばさっき扉を開けたとき、何か音が聞こえたような・・・。

恐る恐る下を向いてみると。

「・・・まあ、俺が悪いんだから、何も言わんけどね・・・。」

私の足の下に、優夢が仰向けで倒れていた。

「ゆ、優夢ごめんー!!?」

私は大慌てで優夢を起こした。



そんな感じで、本当は嬉しかったはずの優夢との再会は、微妙な空気になってしまったのだった。

・・・うぅ、ごめん優夢。





***************





「本っっっ当にごめん!!」

俺は恥も何もかなぐり捨てて、フランに土下座した。

さっきは俺のことを吹っ飛ばしたためにわたわたしてたけど、俺が長いこと来なかったことを思い出しむくれている。

寒いからって理由で来なかった俺が悪いわけで、これは甘んじて受け入れるべきことだ。

「む~・・・。」

だけどフランは、やっぱり機嫌が悪いみたいだ。一ヶ月分の鬱憤だ、そう簡単に直るとは思ってない。

場合によっては弾幕ごっこも辞さないけど・・・『異変』解決後だからちょっと疲れてる。できればその前に角を収めてもらいたい。

「この通り、反省してるから!!機嫌を直してくれ!!」

米搗きバッタのようにヘコヘコする俺はさぞかし情けなく見えるだろう。だからどうした、これでフランの機嫌が直れば安いもんだ。

「・・・優夢が悪いんじゃないもん。」

と、フランが口を尖らせたまま、ちょっぴり頬を染めて言った。

「優夢は来れないって言ってたし、春が来たらちゃんと来てくれたもん。だから優夢が悪いんじゃない。
でも、優夢が来てくれなかった間ずっとイライラしてたから。」

寂しかったのか。

「本当に悪かった。」

「だから優夢が悪いんじゃないってば。」

「でも、来なかったのは俺の勝手な理由だ。寒いの我慢すれば来れたんだから、やっぱり俺の責任だよ。」

「う~、でも~、でも~!!」

何か言いたいのに言葉にならない感じで、フランは俺の服の裾を掴んだ。

俺が原因で機嫌が悪いけど、俺が悪いっていうとそうじゃないって言う。難儀なもんだなぁ。女心はわからんなやはり。

「よし、わかった!!」

俺はそんなフランの様子を見て、解決策を提案することにした。

「今日一日、俺はフランと一緒に遊ぶ。それで機嫌直してくれるかな?」

「ほんと!?」

俺の言葉を聞き、フランは先ほどまでの曇った表情を一気に輝かせた。現金だなぁ。

「ああ、ほんとだとも。」

「やったー!!優夢大好きー!!」

顔を満面の笑みにし、フランは俺に抱きついてきた。わっと。

ちょうどいい位置にフランの頭があったので、俺は優しく撫でた。フランはくすぐったそうに笑っていた。

「ちょっと優夢、宴会の話はどうなったのよ。」

「あ。」

そんな俺達に、ずっと見守っていたレミリアさんが言葉をかける。それで俺は博麗神社の宴会のことを思い出した。

「優夢、行っちゃうの?」

フランが今にも泣きそうな表情で俺を見上げた。うぐ、そんな顔をしないでくれ。

「う、う~ん・・・。フランを放っておくわけにもいかないし、かといって約束を破るわけにも・・・。」

俺は腕を組んで悩んだ。本気で悩んだ。多分『異変』の最中以上に悩んだ。

ぽく、ぽく、ぽく、ぽく・・・。



ちーん!

「そうだ!!」

しばらく考えた末、俺は妙案を思いついた。うん、これならどっちの約束も守れるし、フランにとってもいい刺激になる!

「フラン、お前も宴会に来ないか?」

「えっ?」

俺が考えた案というのは、フランを博麗に招待し一緒に宴会を楽しむというものだ。

俺の知る限り、フランは屋敷の外に――門の前ぐらいならあるが――出たことは一度もない。

「外に出るのはまだ怖い」と言っていた。だけど、いつまでもそれじゃダメだと思う。

せっかくの機会だし、フランも外に出たらどうだろうか。

「・・・えぇっと。」

フランは人差し指を突っつき合わせて目を泳がせていた。躊躇っているようだ。

「いいじゃない。あなたも参加すればいいわ、フラン。」

と、意外なところから賛同が得られた。レミリアさんだ。

「お姉様・・・。」

「フラン、あなたが能力の制御の勉強を頑張っていることを、私はよく知ってるわ。いつもあなたを見ている私が保証する。行きましょう、フラン。」

フランを説得したとしてレミリアさんにどう納得させようかと考えていたが、これは意外だ。

けど考えてみれば当然のことだ。レミリアさんだって好きでフランを閉じ込めているわけじゃない。

だったら、外に出せる機会があるならそうするのが当然というものだ。

「う、う~・・・。」

けれどフランは、それでも躊躇った。

そこへレミリアさんの駄目押しの一言。

「恐れていては何も始まらないわ、フラン。あなたがこれからも優夢と一緒にいたいと思うなら、外に出るべきよ。でなければあなたは置いていかれる。」

「!! そんなのやだー!!」

「いやなら決めなさい。行くか、行かないか。」

実の妹に対し厳しく言うレミリアさん。だけど俺にはわかった。それは愛情故の厳しさってやつだ。

俺には出来そうもないな。やっぱりレミリアさんは、紅魔館の当主なんだな。

「・・・行く。行くわよ!!ふんだ、お姉様なんて大っ嫌い!!」

「ごはぁ!!!!」

カリスマ溢れる当主様は、最愛の妹君の「大っ嫌い」発言で吐血されました。・・・カリスマ何処行った。

「ち、違うのよフラン!!これはあなたのことを思ってなのよ、決してあなたが憎くてやってるんじゃないの!!!!だからお願い、「大っ嫌い」なんて言わないでぇぇぇ!!!!」

涙目でフランにすがりつくレミリアさんには、既にカリスマはありませんでしたとさ。

俺と咲夜さんで宥めて、俺達は四人で博麗神社へと向かったのだった。





***************





「おーい霊夢、戻ったぞー!」

優夢さんの声。どうやら帰ってきたようだ。

ということは、恐らくレミリアと咲夜も一緒のはずね。ここまで私一人で準備したんだから、後は他のに任せましょ。

とりあえず出迎えるために、私は表へ出た。

「随分時間がかかったわね。ここまで一人でやったんだから、あとお願いね。・・・と。」

表へ出て、そこにいる人物を見て少々驚いた。

声がしたんだから、優夢さんは当然いた。そして予想通り、レミリアも咲夜を従えて後ろに立っていた。

さらにもう一人、予想外の人物がいた。慣れない外のためか、優夢さんの影に隠れてチラチラとこちらを見ている。

「珍しいっていうか、初めてじゃない?フランドールが外に出るのって。」

そう、それはレミリアの妹、引きこもり系究極問題児のフランドール=スカーレットだった。

ていうか、危険はないの?確かこいつの能力って。

「それについては心配いらないわ。能力の制御も相当上手くなってるから、滅多なことじゃ物を壊すこともなくなったわ。」

ふーん、それなら安心かしら。

「なら別にいいわ。さ、じゃ後は頼んだわよ。」

「相変わらず怠惰ね。」

「これが霊夢ですから。じゃ、いっちょやるk・・・おーい。」

優夢さんが前に進もうとすると、後ろから引っ張られ止まってしまった。

引っ張ったのは当然。

「フラン。宴会の準備に行かなきゃいけないから、放してくれると助かるんだが。」

「やだ・・・!」

顔をほとんど優夢さんの背中にうずめて、フランドールは離れることを嫌がった。

やれやれ、力の制御ができるようになったと思ったら、今度はこれか。

「しょうがないじゃない。優夢はフランのお気に入りなんだから。」

「ま、知ってたけどね。じゃあレミリアと咲夜、優夢さんの代わりに準備しなさい。」

「私だけで十分ですわ。お嬢様は先に居間でおくつろぎください。」

「わかったわ。頼むわね、咲夜。」

「ていうかあんたら、ここは私ん家よ。勝手に上がるな。」

咲夜とレミリアは勝手に母屋の中に入っていった。全く、もうちょっと慎み深さというものを持ったらどうなのかしら。この私のように。

「何故だろう。今物凄く突っ込まなきゃいけない気がしたんだが。」

「気のせいよ。」

それはそうと優夢さん。

「さっさと上がれば。」

「や、俺もそうしたいのは山々なんだけど・・・。」

「う~・・・。」

フランドールは真っ赤な顔をして母屋に入ることを拒んでいた。・・・本当に子供ね。

「ちょっと貸しなさい。」

「霊夢?」

「や!?はーなーしーてー!!」

私は無理矢理フランドールの腕を掴み、母屋の中へ引きずり込んだ。そして一言。

「ようこそ、博麗神社へ。適当にゆっくりしていきなさい。」

「あうぅ・・・。」

フランドールはもう答えも返せないぐらい真っ赤だった。

けどまあ、そんなことは私の知ったことじゃないわ。





***************





博麗神社に来てしばらく、私は落ち着けなかった。

いつもと違う場所。いつもと違う風景。いつもと違う匂い。

だけど優夢が一緒にいてくれた。そのおかげで、時間はかかったけど私は落ち着くことができた。

優夢の側は心が安らぐ。壊れていた頃も、優夢と話している時間は落ち着けたことを覚えている。

だから私は優夢と一緒にいることが好き。そしてそれ以上に、優夢のことが大好きだった。

優夢のことを考えると、胸が暖かくなる。優夢の側にいられないと、心がもやもやする。

優夢に対する好きは、他の人たちへの好きとは違った。その感情を何て表現すればいいのか、私はまだ知らなかった。

――おかしな話だよね。『恋の迷路』を使う私が、『恋』っていう感情を知らないなんて。

「おーい、来たぜー!!」

居間で優夢と一緒に遊んでいると、居間からすぐのところに白黒の魔法使いが降りてきた。

「魔理沙、結構早かったな。」

「おう!早く来ればその分長く宴会を楽しめるんだ、当然だろ?」

魔理沙らしい考え方だと思った。うちの図書館に突入するときも、パッと来てパッと帰るもんね。

だから魔理沙はよく地下に来てる。私は魔理沙相手ならあんまり緊張しない。

「おお!?フランドールも参加なのか!!」

「そうだよー。」

「提案俺の説得レミリアさんだ。たまにはいいだろ。」

「全く問題ないぜ。宴会は人数が多い方がいい。どうせだったら、これからも来たらどうだ?」

「そ、それはちょっと・・・。」

正直、まだ外は怖い。太陽の光もあるし、能力も・・・。

「私は別にフランドールのことは怖くないぜ。キレた優夢の方がよっぽどだ。」

「それはお前の自業自得だと言いたい。俺もフランのことを怖がったりはしない。だからフランも、外に出ることを怖がらないで欲しいな。」

二人の言葉は、何故か私の胸をじんわりと暖かくした。

だから。

「・・・うん、ちょっとだけ、頑張ってみる。」

「その意気だ!!よし、今日はお前もとことん呑め!!」

「あんまり呑ませすぎるなよ。俺にもだけど。」

私は、ちょっと勇気が湧いたのだった。



「あら、それじゃあこれ持ってきたの正解だったかしら?」

と、突然外から知らない声が聞こえてきた。

そちらを向くと、知らない少女が立っていた。今優夢が着てるみたいな、お人形のような服を着た少女。

冷たい印象を受ける反面、衣装の装飾はきらびやかだった。

「アリス。どうしてここに?」

その少女に、優夢は声をかけた。知り合いなの?

「ああ、フラン。この人は魔法の森に住んでる人形遣いのアリス=マーガトロイド。アリス、この娘は紅魔館の当主の妹、フランドール=スカーレットだ。」

初対面である私達に、優夢が仲介して紹介する。アリスか。

「天気が回復したし、魔理沙が飛んでいくのが見えたからね。多分『異変』解決宴会でもやるんじゃないかと思って出てきたのよ。」

アリスは、私を一瞥しただけでさして気にも留めず、優夢に話しかけた。・・・ちょっとムッと来た。

「呼ばれてもないのに来るなんて、図々しいやつだな。」

「うるさいわよ魔理沙。せっかく酒を持ってきてやったんだから、ちょっとは感謝しなさい。」

「日本酒って・・・アリスのイメージじゃないなぁ。どっちかって言うと白ワインとか、そっちの方だと思ったんだけど。」

「え、そ、そう!?じゃあ今度は白持ってこようかしら!!」

優夢に言われて、アリスは顔を真っ赤にして繕う様にそう言った。

その瞬間、私の中にある直感が働いた。示し合わせたかのように、アリスが私を注視した。

――負けないわよ。

――こっちこそ。

私達は視線で火花を散らした。何にかは知らないけど、私はアリスに負けたくないと思った。

「戻ったわよ・・・って、何この状況。」

「くくく、さあな。面白いじゃないか。」

「ああ、二人とも仲良くなれたみたいだな。いいことだ。」

「あなたの目は節穴ね。」「お前の目は節穴だな。」





***************





昨日の今日で、というのも少しどうかと思うが、幽々子様の気まぐれは今に始まったことではない。

いつもの通り、私は従った。

眼下の神社では明かりと楽しそうな喧騒が漏れ、とても賑やかだった。

「やってるやってる。さ、私達も行きましょう。」

「しかし幽々子様、いいのでしょうか?彼女らが迷惑では・・・。」

「そんな小さなことを気にしてたら優夢を落とせないわよ、妖夢。」

「はあ。確かに、彼は強いですからね。」

私の返答に、幽々子様は「こっちもこっちで問題ねぇ」とつぶやきため息をついた。むぅ、私何か返答を間違えたでしょうか。

私達は静かに、神社の境内に下りた。

「お邪魔するわ~。」

「お楽しみのところ失礼致します。」

私達の挨拶で、賑やかだった居間が静かになり、14の瞳がこちらを見る。

「幽々子さんに妖夢。どうしたんですか?」

白と黒の巫女姿の優夢さん――胸が大きいため腋の隙間が凄いことに・・・――が代表して、私達に声をかけた。

「知り合い?」

「今回の『異変』の元凶よ。」

「敵じゃない。いいの、来させて?」

「お前が言えた義理じゃないぜ。前回の『異変』の元凶。」

「あらあら、『異変』の首謀者でも楽しめる場所なのね、ここは。」

「妖怪の溜まり場にした覚えはないわよ。」

「まあまあ。幽々子さん、妖夢。二人とも上がってください。」

優夢さんが立ち上がって、台所へと引っ込んでいった。私達はその言葉に甘えることにした。

知らない顔がいくつかある。

咲夜が付き従っている少女。恐らく吸血鬼か。

そして彼女とよく似た少女。姉妹だろうか。当然彼女も吸血鬼なのだろう。

もう一人、人形に酌をさせながら呑む少女。人形遣いか。

「お三方。私は魂魄妖夢。こちらのお方は西行寺幽々子様でございます。以後、よろしくお願いします。」

幽々子様に代わり、私が紹介をしておいた。

「そう。今回の『異変』は冥界で起こっていたのね。」

「ふーん。」

「・・・。」

返ってきた反応は、そっけないものだった。

「お待たせしました。」

優夢さんが幽々子様と私の分の器を持ってきた。

「ありがとう。」

「すみません優夢さん、お手を煩わせてしまって。」

「気にするなって。お客さんなんだから、楽しんでいってくれ。」

優夢さんは微笑んで手渡してくれた。それを見て、少し頬が紅潮するのを自覚した。

彼の声を聞いていると、心が安らぐ。剣士としてそれではいけないとは思うのだが、いつまでも聞いていたくなる不思議な声色をしていた。

そのためか、私は少々表情が緩んでしまった。



その瞬間、殺気のこもった二つの視線を感じ、私は身構えた。

それは二人の少女から放たれたもの。

一つは、歪な羽を持った吸血鬼の少女から。

一つは、人形遣いの七色の少女から。それぞれ放たれたものだった。

――あなたもなのね。

――いいわ、誰が来ようと関係ない。私は負けないわ。

念話は使えないはずだが、その目が何を語っているのかわかった。何に負けるのかはよくわからなかったが。

――こちらこそだ。この半人半霊の魂魄妖夢に、敗北の二文字はあんまり無い!!

私は負けじと視線を送った。三つの視線が絡み合い、まるでバチバチと火花を散らしているかのような錯覚を覚えた。

「あらあら、これはこれは。」

「中々面白いことになってるけど・・・最後に笑うのはフランよ。」

「アリスでも中々面白いことになると思うけどな。」

「うちの妖夢も忘れちゃダメよ~?」

「いっそのこと、全員にしちゃえば?」

「? 皆、何の話をしてるんだ?」

『鈍感。』

私達三人と優夢さん以外全員の声が、見事に唱和した。



その日宴会は夜遅くまで続いた。

私達三人はというと、負けるものかと呑み比べ勝負を始めた。

皆が意地を張り合ったために、全員酔いつぶれてしまったのだった。

そのため、この日は全員博麗神社に泊まることとなった。

「ゆーむはわたしゃにゃいよ~・・・。」

「にゃに~?あんてゃににゃんにょへんりがありゅってにょよ~・・・。」

「わらしのけんにきれにゃいもにょなんれ~・・・。」

「・・・これはひどい。」





+++この物語は、幻想を取り合い三人の少女が火花を散らす、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



元祖優夢の嫁:フランドール=スカーレット

現在一番人気だと思われる。だが僅差なので、いつ追い抜かれてもおかしくはない。

実際問題、優夢が誰かのものになったとしたら確実に病むと思われる。きゅっとして(ry

力は相当安定しているので、意図的に破壊しないかぎり物が壊れることはない。

能力:ありとあらゆるものを破壊する程度の能力

スペルカード:禁忌『クランベリートラップ』、禁忌『レーヴァテイン』など



Ifストーリーで優夢の嫁:アリス=マーガトロイド

フランドールが正統の一番人気だとしたら、こちらは亜流の一番人気。男優夢とIfで絡んだのは彼女が初。

ごっすんごっすんするが、それはツンデレではなくヤンデレだと言いたい。

虎視眈々と狙うタイプ。隙あらば優夢を落としにかかるだろう。自覚すれば。

能力:人形を操る程度の能力

スペルカード:魔符『アーティフルサクリファイス』、咒詛『魔彩光の上海人形』など



清純派優夢の嫁:魂魄妖夢

三人の中で恐らく最も優夢を幸せにできる娘。他がアブノーマルすぎる。

しかしながら、優夢の性格もそれほど濃いとは言えないので、それはそれで面白くないかもしれない。

実直に狙うタイプ。三人の中では唯一病み要素がない。

能力:剣術を扱う程度の能力

スペルカード:人符『現世斬』、魂符『幽明の苦輪』など



鈍感男娘:名無優夢

渦中の人。しかし全く気付いていない。気付いたら逃げる気がする。

逆に、気付かずに三人に迫られたら三人とも受け入れる程度の度量。優夢は幻想郷の嫁。

大穴霖之助。

能力:鈍感力が高い程度の能力?

スペルカード:思符『信念一閃』、魔槍『ランス・ザ・ゲイボルク』、???、???など



→To Be Continued...



[24989] 幕間十一
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/18 23:51
~幕間~








これは、俺が香霖堂のガサ入れをしたときの話だ。





「いらっしゃい。おや、優夢君じゃないか。」

「こんにちは、霖之助さん。」

今日、俺は一人で香霖堂へやってきた。目的は、色々あって大破した服の代わりの購入。

それともう一つある。そしてそのもう一つの理由がために。

「どうしたんだい?不愉快そうな顔をしてるけど。」

俺の顔はしかめっ面になっていた。



およそ一ヶ月前。俺は紅魔館でとある事件に巻き込まれた。

『事件』というほどのものではないかもしれないが、当事者である俺にとっては少なくとも『事件』と呼ぶに相応しいことだ。

パチュリーさんが血迷って俺を魔法で女にした。一日陵辱の限りを尽くされ、その日は精根尽き果てた。

おまけにそれによって俺の存在に女が組み込まれ、俺は自身の性別を入れ替える能力を得てしまった。

能力を暴発させたことによってそれに気付き、今は何とか男に戻ることができた。

戻れるまでの一週間は大変だった。魔理沙からは胸を揉まれ、霊夢は一緒に風呂に入ってきてやはり胸を揉み、人里ではいいように視姦され。

男に戻る感覚を掴んだときは死ぬほど安堵した。

落ち着いた俺は『事件』の日に思ったことを実行に移すことに決めた。

今後俺が女になることもあるだろう。ないに越したことはないが、霊夢とか魔理沙とかの様子を見る限り絶望的だ。

だったらその時の被害をなるべく少なくするように動くのは当然のことだ。

あの日俺の精神疲労を倍増させた極悪物体XYZが、この店にある。それを葬り去るために。

「とりあえず、この間射命丸さんに売った類の衣類全部処分させてください。」

「いきなりご挨拶だねぇ。立ち話もなんだし、座ったらどうだい?ああ、お茶も淹れてこよう。」

俺は霖之助さんと闘う気満々で、差し出された椅子に座った。





***************





ふーむ、困ったな。

どうやら彼は本気のようだ。かなり目が据わってた。いつも柔らかな表情をしている彼とは明らかに違う。

僕としては、コレクショ・・・もとい商品を処分されるのはあまり喜ばしくないんだが。

特に彼が着たアレら。初めはただのガラクタだと考えていたが、彼が身に纏った写真を見た瞬間僕は意見を変えた。

あれはまさしく『美』だ。あの衣類は本来の用途とは別に『美』を生み出すための道具でもあったんだ。

あのときの文々。新聞は大切に保管してある。時々お世話になったりすることmゲフンゲフン。

ともかく、僕は『外』から流れ着いた物の中で、ああいった類のものを優先的に集めるようになった。

新聞には「一日限りの美女」と書いてあったのだが、風の噂で聞いたところによると彼は男女を入れ替える能力を手にしたそうじゃないか。

だったら、ああいった服を数多く用意しておけばいずれまた見られるかもしれない。

だというのに彼はお気に召さないようだ。非情に残念だ。

残念だ。が、だからと言って僕は引き下がるわけにはいかない。

何とか彼を説得しよう。お茶を淹れながら、強くそう思った。

念のために言っておくと、僕は彼をいい友人として見ている。ちゃんと男として認識しているよ。そこは誤解しないでくれ。



お茶を持って戻ると、彼は腕を組んで座っていた。いつ弾幕が飛び出してもおかしくないほど、空気がピリピリしていた。

まあ、彼に限ってそんなことはないとは思うが。

「待たせたね。随分イライラしてるじゃないか。」

「そりゃイライラもしますね。わかってるんでしょう?」

「僕も新聞は読んだからね。まあ、お茶でも飲んで落ち着いてくれ。」

僕が差し出したお茶を彼は一気に飲み干し、湯のみを机の上に置いた。

「何であんな服を射命丸さんに売ったんですか。」

「客が欲しがる物を売るのが商売だよ。それに、ガラクタ同然だと思っていたからね。」

僕が彼女に売った商品。幻想郷ではまず使う機会のない服だ。水着だけはまあ使えたかもしれないが、男である僕が手元に置いておく必要はない。

「自分のとこの商品をガラクタというのはどうなんでしょうか・・・。」

「まあね。ガラクタは少し言い過ぎたか。でも使い道のないものを厄介払いできるから助かるとは思ったよ。」

「そりゃそうですね。」

そこは彼も納得がいったようだ。

「けど、そのために俺は大変な思いをしたんです。小悪魔さんにはまさぐられるわ、新聞ではバラ撒かれるわ、人里では貞操の危機を感じる羽目になるわ・・・。」

「それはご愁傷様だったね。」

軽く同情する。が、それ以上深入りはしない。どうせ僕が本当の意味でわかることはないんだし、彼もそれを望んでいるわけではない。

そう、これは彼の行動の根拠を語っているに過ぎない。彼が本当に言いたいことはこの先だ。

「今後そんなことがないよう、あの手の服は全部処分してください。」

僕を射抜くような強い視線で、そう言葉を吐いた。

答えを返す前に、僕はお茶で口を湿らせた。

さて、ここからはいつか以来の大舌戦になりそうだ。僕は気を引き締めた。

「店主としてはそういうわけにはいかないな。」

「何故です。」

「それが何であれ、この店の商品は商品に違いない。利益も出さずにただ捨てるだけというのは、理にかなっているとは言えないだろう?」

「その通りではありますね。ですが、店には『信用』というものも大事です。購入者が不満に思うような商品を売り続けるよりは、処分をした方がいいでしょう。」

「残念だがその説には穴がある。不満に思ったのは購入者ではなく、購入者により被害を被ったと思った人物だ。」

「しかしそれもまた信用問題に繋がるでしょう。店が相手にする客はその購入者のみではなく不特定多数の人間なんですから。」

一歩も譲らぬ大舌戦が繰り広げられる。僕が彼を友人として認めている点の一つは、これなのだ。

僕は霊力・妖力という観点で言えば、そんなに強い方ではない。一般人よりはあるだろうが、その程度だ。

筋力も鍛えてはいるが、鍛えていない妖怪の方が強いぐらいだ。

その代わり僕はこの知能がある。能力も相まって、僕は恐らく幻想郷でも上位に位置する程度には知能を持っているという自負がある。

それ故、僕のこの論理展開――屁理屈とも言うが――についてこれる人間はそう多くなかった。

だから人を説き伏せることは得意だったが、物足りないという感覚もあった。

だが彼は僕の理屈についてくる。魔理沙のように初端っから聞き流すでなく、僕の言葉を真摯に受け止め、その上で反論を返してくる。

僕はこの論議が楽しみの一つになっていた。

「結局のところ、僕は君の考え方次第だと思うよ。」

「それを言ったらおしまいですよ。・・・では俺も同じ意見で行きましょう。」

優夢君はふぅと一息つき、これまでよりも強く、真っ直ぐに僕を見てきた。

「店主『森近霖之助』としての意見はわかりました。じゃあ友人『霖之助さん』の意見としてはどうなんですか?」

おやおや、これはこれは。中々答えづらい質問をしてくる。

友人としてか。それはもちろん、友人としての僕は彼に大変な思いはなるべくならさせたくないと思っている。

それが半分。

「半分?どういうことですか。」

優夢君が眉を寄せる。

「つまりね。人間という生き物は『美』を求めるということだよ。」

前述の通り、僕は優夢君の水着姿やドレス姿に、輝きにも似た美を感じた。

だから、彼に嫌な思いはさせたくないが、その反面君の綺麗な姿を見たいと思う気持ちもあるってことだ。

「おっと、誤解はしないでくれよ。他意はない。」

一種のファン心理みたいなものだ。

「わかってますよ。他意があるんだったら俺はもうちょっとあなたから距離をとります。」

僕の冗談めかした言葉でやや空気が緩んだ。

「でも、俺は嫌なんですよ。同性から熱視線で見られるなんて、おぞましい以外の何者でもありません。」

確かにね。僕が同じ立場になったら、全力で逃げるだろう。考えるのも嫌だ。

「いいじゃないか。いざとなったらぶっ飛ばせばいい。」

君は僕と違って強いんだから。

「あまり暴力で解決っていうのもいただけないですね。」

「何を言ってるんだい。『異変』解決の立役者さん。」

「あれは霊夢がやったんです。俺は基本おたおたしてただけです。」

優夢君は謙遜する。だけど魔理沙は言ってたよ。「あいつは強い、まだまだ強くなる」って、嬉しそうに。

「それで。霖之助さんの意見は変わらないんですか?」

「ああ、君には悪いと思うがね。友達だからといって本音を曲げるようなことはしたくない。」

「・・・はぁ、仕方ないですね。俺の方で何とか防ぐことにします。」

僕の固い意志を見て、彼は諦めたようだ。

ふむ。彼も少しは自分の美しさというものを自覚した方がいいんじゃないだろうか。

「背筋が寒くなるようなこと言わないでください。俺はナルシストじゃありません。」

げんなりした表情で言った。そうは言うが、やはりどの程度のものかを知っておく必要はあるんじゃないのかい?

「比較対象がないんじゃどうしようもないじゃないですか。」

「ああ、それなら大丈夫だ。」

僕はそう言って、商品置き場を探した。整理されているわけではないが、大体何が何処にあるかは分かっている。

程なくして、僕はそれを見つけた。

「これって・・・『マ○ジン』?」

彼の言う通り、この本にはカタカナで『マガ○ン』と書かれていた。僕の能力によると『人の娯楽となる絵巻』のようだが。

「大体あってますね。正確には漫画ですが。『外』で三指に入る人気週刊漫画雑誌・・・らしいです。」

失われた記憶の中にある知識から引っ張り出したか。しかし週刊・・・となると『外』ではこんな分厚い本が毎週売られているのか。

「凄いことだな。」

「まあ、科学技術で言ったら幻想郷の比じゃないですから。」

それは『外』から流れてくるガラクタを見れば大体わかるが。

おっと、話が反れてしまったな。僕はその中から目的の頁を探し出す。

「ほら、これだ。これと比べれば分かるんじゃないか?」

僕が指差した頁には、水着姿の女性が色写真に写っていた。背景は大きな湖――いや、海というものだろう。

ちなみに、これは僕が見た中で一番レベルが高かったであろう人物だ。それでも、僕の中での評価はいつかの優夢君の方が10倍以上上だ。

「んー、よくわからないですね。」

だが優夢君は難しそうに眉をひそめた。

「ていうか、自分のこと客観的に見ないと比べようがないでしょう。」

「それもそうだね。じゃあ、いつぞやの新聞を」

持ってこよう、という次の言葉は。



「いいえそれには及びません!!この場で新しい写真を撮れば済む話です!!ということで優夢さん、早速始めましょうすぐ撮りましょう!!!!」

バンッ、という扉の音とともに疾風の速さで現れた射命丸文により遮られた。

「な、射命丸さん!?いつからそこに!!」

「初めからですっ!!話は全部聞かせてもらいました!!」

何と。これは驚いたな。

しかし新しい写真か。それもいいな。

「そうそう、この間こんな服を拾ったんだが。」

「ミニスカメイド服ううぅぅ!?これなんてエロゲ!?」

「森近さんグッジョブです!!さあさ、お着替えしましょう優夢さん!!不肖この射命丸文もお手伝いしますので!!ハァハァ!!」

「射命丸さんまで小悪魔さん状態にーーーー!?ていうか俺今男状態っすよ!?」

「もうこの際男でも構いません!!」

「本格的にやべえよこの人!!」

多分それが普通の形だと思うよ。立場は逆だけど。



その後、結局僕達の勢いに押されるがまま、優夢君は女性化し僕の渡した服に着替えた。

悪ノリした射命丸が水着(かなり際どいの)やドレスを着せて写真を撮りまくった。最後には優夢君がキレて弾幕を発射し、射命丸は吹っ飛ばされた。

風の速さで妖怪の山を往復した射命丸に手渡された写真を見ての優夢君の一言は

「やっぱり俺にはよくわかりませんね。」

だった。

「・・・ていうか射命丸さん。このやたらローアングルな写真は何ですか?」

「文々。新聞購読者への読者サービスです!!」

「やっぱり載せんのかコレ!!」



後日発刊された文々。新聞はやはり大人気だった。

・・・ふぅ。





+++この物語は、幻想と店主の友情がよくわかるようなわからないような、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



どんなに頑張ろうがまさぐられる:名無優夢

それが彼のキャラクター性というもの。いいじゃないか、無視されるよりはずっとマシだ。

この頃はキーワードなしで変化できたため暴発が多かった。撮影中の暴発はなかった。

彼の美貌は少なく見積もってグラビアアイドルの10倍以上?

能力:おかずになる程度の能力?

スペルカード:想符『1700万ゼノのブルーツ(笑)波』、思符『デカルトセオリー』、暴符『ドライビングコメット』、思符『信念一閃』など



幻想のよき男友達:森近霖之助

優夢とはいい人間関係を築いている。近すぎもせず遠すぎもせず。

本音で話し合える友人というのは、ありそうでないものだ。大事にしろよこーりん。

新聞を見た後は賢者モード。しょうがないじゃない、男の子だもの。

能力:未知のアイテムの名称と用途がわかる程度の能力

スペルカード:なし



出歯亀転じてHENTAI記者:射命丸文

優夢のことになると見境がない。主に記事的な意味で。

優夢を題材にすると新聞が飛ぶようにハケるので、それも仕方が無い。

男状態の優夢に迫って脱がせようとしたのは正気失ってたから。冷静だったら赤面してる。

能力:風を操る程度の能力

スペルカード:疾風『風神少女』など



→To Be Continued...



[24989] 幕間十二
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/18 23:51
~幕間~








これは、俺が妖夢と剣の稽古をしたときの話だ。





カァン、キィンという金属音を立てて、俺達の持つ武器が火花を散らす。

俺が持つ武器。俺の弾幕で作られた紅い魔槍、『ランス・ザ・ゲイボルク』。

相手の武器は、妖怪が鍛えたという『白楼剣』。

俺達――俺と妖夢は、博麗神社の母屋の縁先で、剣の稽古の真っ最中だった。

白楼剣と楼観剣。妖夢が持つ、魂魄の家に伝わるという妖刀だ。曰く、「斬れない物など、あんまりない」そうな。

そんな剣と打ち合って平然としてる俺の弾幕槍。まあ、男状態ならどんだけ弾幕喰らっても平気なぐらいなんだから、そのぐらいなのかもしれないけど。

「ふっ!!でい!!」

「甘いです!!」

俺の刺突を、妖夢は難なくかわす。槍を伝い、俺に一撃を加えようとしてきた。

「おわっち!?」

それを紙一重で回避する。結構心臓に悪いぞこれ。

俺の場合、別に腕が落ちても再生するから問題ない。が、それはそれとして怖いものは怖いんだ。

「流石ですね!!」

俺の心中を知らず、妖夢は感心した声で次の一撃を繰り出してくる。またも必死に回避し、次の攻撃もかわす。

槍を使い始めてそれほど長くない俺は、妖夢と比べるとどうしたって動きのキレが悪かった。

「く!!紅星『レッドクルセイダー』!!

追い詰められ、スペルカードを宣言した。剣の稽古ではあるが、これは弾幕ごっこでもあるのだ。

俺は弾幕を大きく十字に配置する。

「クルセイド!!」

俺の気合の声とともに弾幕から赤い光がほとばしり、槍は巨大な十字となる。それと同時に全力で突っ込んだ。

「この勝負、もらいました!断迷剣『迷津慈航斬』!!

妖夢はスペルカードを宣言し、剣を大上段に構えた。

そして。

「はぁ!!」

一振りとともに、剣の軌跡よりもはるかに大きく空間が斬り裂かれた。

そのために紅い十字の槍は真っ二つに裂かれてしまう。いかに俺の弾幕と言えど、耐久力の限界を超える一撃を受けてはどうしようもない。

「あ~、負けた~!!」

俺は敗北を認め、その場にどっかと腰を下ろした。



「やっぱりまだまだ妖夢の方が強いわねぇ。」

「剣ではね。優夢さんが槍使いだしたのって、最近じゃないかしら?」

「私は『異変』で初めて見たぜ。まあ何を血迷ったかは知らないが、弾幕だったら優夢のが多分上だぜ。」

「あの子の弾幕は色々と反則だからね。・・・それにしても、ますます似てるわ。」

「そうですわね。一体どんな偶然なのでしょう。」

今まで静かに俺達の勝負を見ていたギャラリーが、わいわいと騒ぎ始めた。

最近はいつもこうなんだ。俺達の剣の稽古は連中にとってはいい見物になるらしく、茶を飲みながら縁側に座って見ている。

「ありがとうございました、優夢さん。」

妖夢が俺の前まで来て手を伸ばしてきた。俺はその手を取り立ち上がる。

「やっぱり妖夢は強いな。全然歯が立たん。」

「そんなことはありませんよ。優夢さんも強かったです。おかげでいい稽古になりました。」

や、んなことないって。今の俺じゃ全く勝てる気がせん。

「でも、『異変』の時には優夢さん勝ったのよね。」

「あー、あれは初見の強みを活かしてだな・・・。」

作戦とまぐれ勝ちだ。

「いえ、あのときの優夢さんは見事でした。謙遜することはありませんよ。」

「だから褒めすぎだ。あんときゃほんとヒヤっとしたんだからな。」

「つまり総合力だったら優夢の方が上ってことだな。なら間接的に妖夢は私より弱いってことだ。」

魔理沙が挑発的な言葉を放つ。すると妖夢は鋭い視線を送り。

「言ってくれるな。だったら試してみるか?」

「お?いいぜ、私はいつでも準備万端だぜ。」

「だー、やめんか二人とも。」

俺は険悪になった二人の間に割って入り止めた。どうやら本気ではなかったらしく、二人ともすぐに矛を収めてくれた。

まあ妖夢も剣の稽古で疲れてるんだ、本気でやる気だったわけじゃないだろう。多分。

「ふぅ。」

妖夢は額の汗をぬぐった。そこまで気温は高くないが、俺も結構熱いな。やっぱり剣の稽古ってのは熱くなる。

「妖夢、風呂入ってこいよ。汗だくじゃ嫌だろ?」

「あ、いえ!私は大丈夫ですから。優夢さんが先にお入りください。」

俺が風呂を勧めると、妖夢は恐縮しきった様子でそう言った。

「いや俺はいいって。男の後じゃ嫌だろ。」

「いえ、別に気にはなりませんから。というか優夢さん今女性じゃないですか。」

そこはそれ。俺は男だよ絶対に。

「それに俺は気にならないから、入って来いって。」

「いえ私も大丈夫ですから。優夢さんが先に。」

俺と妖夢の譲り合いは、互いに譲られなかった。

「どうぞどうぞ。」

「いえいえ、どうぞどうぞ。」

「いえいえいえ、どうぞどうぞどうぞ。」

「さっさとしなさい、うざったらしいから。」

そんな俺達のやり取りに、霊夢が不機嫌そうに言った。

さらに。

「そんなにお互い譲るんだったら、一緒に入ればいいじゃない。」

こんなことを言った。途端、妖夢は音がするぐらい顔を真っ赤にした。

「な、ななななな・・・。」

「何言ってんだ。男と女が一緒に入るなんて、そんな不潔な。」

「何言ってんのよ。女と女が一緒に入るぐらい、なんてことないでしょ。」

「そうよねぇ~。」

俺の抗議はしかしあっさりと棄却され、幽々子さんが霊夢に賛同する。

「大体今更だろ?いつも霊夢と一緒に入ってるんだから。」

「そういえば、前にフランとも一緒に入ってたわね。」



ガシィっと俺の両肩が掴まれた。妖夢から。

「へっ?」

俺は思わず間抜けの声を出した。

そちらを見ると、これでもかというぐらい力のこもった目をした妖夢がいた。・・・て何故に?

「優夢さん!!い、一緒にお風呂入りましょう!!」

「・・・はぁ!?」

妖夢の血迷った発言に、俺の素っ頓狂な叫びが上がる。

いやいや、今お前顔赤くしてたんじゃないのか!?

「気のせいです!!さあ行きましょう、すぐ行きましょう!!」

「ちょ、引っ張るな、妖夢!!」

結局、俺は妖夢に引っ張られるがまま、風呂場へと足を運んだのだった。

見ていた全員がニヤニヤしていたが・・・何だってんだ。





***************





あのフランドールさんが優夢さんと一緒に入浴したことがあるという話を聞いて、私は居ても立ってもいられなくなった。

何故かは知らないが、私はフランドールさんに、そしてアリスさんに負けたくないと思ったのだ。

だから勢いに任せて優夢さんをお風呂に連れて来たのだが・・・。

「あ、あの・・・よろしくお願いしましゅ。」

「落ち着け、噛んでるぞ。」

時間が経ち冷静になった私は現在の状態に気付き、再び恥ずかしくなってしまった。

いや、わかってる。優夢さんは今女性の姿をしている。だから今は女同士で、何も恥ずかしがることなんかない。

そう頭ではわかっているのだ。だけど、私の中で優夢さんは男性であるという認識がある。

初めは女性にしか見えなかった。男になったときも、男性であるということは意識しなかった。

だけどその後の彼の言動を見て。紳士的な対応。女性を気遣い自分が率先するその姿勢を見て。

私は彼に対する認識を改め、一人の紳士として見るようになった。

彼にだけ敬語を使っているのもそのためだ。あそこまで礼儀正しい御仁に礼を欠くことは、武士として恥だ。

まあ、それは置いておこう。今はあまり関係のない話だ。

そう、私は彼を「紳士」として――男性として見るようになったのだ。

そのため、いくら頭で今は女だと言い聞かせても、どうしても彼が男だと認識してしまう私がいた。

「まあ、俺もあんまり見ないようにするから。ちゃっちゃと入ってちゃっちゃと上がろう。」

「は、はい!そうですね!!」

言葉どおり、彼はなるべく私から顔を背けていた。

私はというと、彼の体に視線が釘付けになっていた。

豊満な胸。私なんかとは比べ物にならないぐらい大きな乳房だった。

それだけじゃない。全身が細く、くびれるところはくびれ、大人の女性としての魅力に溢れる体だった。

自分の体を見比べる。小さく、細く、胸は絶ぺ・・・。

鬱だ。

「どうした妖夢?さっさと入ろうぜ。」

「は、はい!すいません!!」

優夢さんに呼びかけられ、私は正気に戻り後に続いた。



先ほどの言葉どおり、優夢さんは私に背を向け体を洗っていた。

・・・そのお気遣いは嬉しいのですが、何というか。味気ないというか。

「あ、あの・・・お背中流しましょうか?」

何となく、その背に声をかけてみた。

「え?いや、いいって。自分でやるからさ。」

「あ・・・そうですか。」

当然ではあるがそっけない返事に、つい声がしぼんでしまう。

「あ~・・・じゃあ、頼めるか?」

そんな私の声を聞きとがめたか、優夢さんが申し訳なさそうな声音でそう言った。

・・・情けない。私は自分の未熟さを恥じた。

「わかりました、喜んで。・・・すみません、優夢さん。」

「いや、俺は特に気にしてないよ。」

その声は本当に気にしていないようだった。

垢こすりに石鹸をつけ、その背を洗う。身長がある分大きな背中だけど、横に細いためそれほど大きくは感じなかった。

「おー、上手いな妖夢。」

「お褒めに預かり光栄です。」

優夢さんが褒めてくれるのが、ただ単純に嬉しかった。

優夢さんの背中を入念にこすり、日頃の疲れを落としてもらえるように頑張った。

そうしていると、あるものが目に入ってくる。というか、この位置だと必然的に気になる位置になる。

「・・・優夢さんの胸は何でそんなに大きいんですか?」

私は腋からでも見えるほど大きな胸を見て、自然とそんな言葉を吐いていた。

「ちょ、妖夢!?」

優夢さんが困惑したような声を上げる。しまった。

「す、すみません!何でもないんです!!」

失礼な発言をしてしまった。私は申し訳ない気持ちになり、謝った。

「や、謝ることはないんだけどさ・・・。んー、俺が女になった時には既にこうだったからな。なんとも言えないが。」

「そ、そうなんですか・・・。」

優夢さんが答えてくれたことを嬉しく感じたが、その答えに少し落胆してしまう。

やはり体つきというのは生まれつき決まってしまうものなのだろうか。

「俺としてはやっぱりない方がいいんだけどね。肩は凝るし事あるごとに揉まれるし、人里では凝視されるし・・・。」

はぁ、とため息をついた。・・・いいじゃないですか、ないよりはずっと。

「そもそも胸――というより乳というのは育児器官の一つであり、自力で食物を摂取できない幼体への栄養供給器官だ。
自分で子供を産むわけじゃない俺についてたって無意味だろうに。」

優夢さんの回答は実にドライなものだった。けど、無意味なんてことはありません。

「皆さん優夢さんの胸を見て目を楽しませているようですし。」

「それが俺には一番理解できん。」

優夢さんは苦い口調で言った。私は苦笑するしかなかった。



「ありがとう、前は自分でやるよ。」

背中を洗い終わった私に、優夢さんはそう声をかけた。

ちょっと残念な気持ちを覚え――それが何故かはやはりわからなかったが――私は垢こすりを優夢さんに返した。

優夢さんが体を洗い始めるのを確認すると、私は元の位置に戻り自分の体を洗い始めた。

しばらくそうしていただろうか。

「なあ、背中洗ってやろうか?」

突然優夢さんからそんな言葉がかけられた。

「え!?だ、大丈夫です!!お気になさらず!!」

「遠慮すんなって。俺だけしてもらうってのは不公平だろ?」

「そ、そんなことありませんから!あれは私がしたかっただけで」

「じゃあ俺も俺がしたいだけだ。前は見ないようにするから。」

そう言われてしまっては、私には断ることができなかった。

頬が紅く染まるのを覚えながら。

「す・・・すみません、それじゃあお願い・・・します。」

「おっし、任された。」

少し、嬉しいと思った。

私の垢こすりを優夢さんに手渡すと、彼は私の背中を洗い始めた。

やわらかな手つきで、壊れ物を扱うかのように優しく。

「・・・んぅ。」

それが気持ちよくて、つい声が漏れてしまう。いけないいけない、そんなはしたないこと。

「はぁ・・・んん、・・・ぅん。」

「ちょい、変な声を出すな。ただ洗ってるだけだろうに。」

「す、すみませ、ん・・・!!」

だけど私の思いとは裏腹に、声は止まらなかった。

「はぁ、何だかな~。ここで射命丸さんとかいたら大変な記事を書かれそうな気がする・・・。」

「誰の話ですか?」

「知り合いの烏天狗。新聞記者で、よく俺達のことを記事にしてる人。」

そんな人がいるんですか。

「それにしても妖夢、背中ちっちゃいな。白いし、まるで日本人形みたいだ。」

「そ、そんなこと・・・。」

「謙遜するなって。肌もきめ細かいし、綺麗にしてるんだってわかるぞ。」

優夢さんにそんなことを言われて、私は顔を真っ赤に染めるしかなかったのだった。





そんな感じで体を洗い終え、私達は湯船に浸かった。

優夢さんが大きく伸びをする。すると、その豊満な胸が水の浮力を受けて湯面に浮かんだ。

・・・なんだろうこの気持ちは。心臓の鼓動がやけにうるさい。

「ふぅ・・・。」

優夢さんは落ち着いたため息を漏らした。至福を感じているんだろう。

その表情は艶やかで、扇情的だと思った。

いけない行動に走りそうになる自分を、鋼鉄の意志で抑えつける。落ち着け私、優夢さんは男の人だろう!!

・・・あれ?私は女だから、別にいいのか?でも今の優夢さんは女の人なわけで・・・あれ?

わけの分からない思考がぐるぐると頭を巡り、私は目の前が回り始めた。

「なあ、妖夢。」

そんな私の思考を優夢さんの一言が押し止めた。

「は、ひゃい!?何でしょうか!!」

「や、とりあえず落ち着け。別に責めてるわけじゃないんだから。」

「は、はい・・・。」

優夢さんの言葉で、私は冷静になる。

「ちょっと、頼みたいことがあるんだ。」

「頼みたいこと・・・ですか?」

「ああ。つっても、ひょっとしたら妖夢は嫌がるかもしれない。もしお前が嫌だと思うんだったら、断ってくれて構わない。そう思って聞いてくれ。」



え?それって、ひょっとして・・・。

私はとある考えに至り、再び心臓がバクバクと鼓動を始めるのを覚えた。

嘘、でも本当に!?

いやいや、待て私。私は武士だろう、武士たるものそんなことにうつつを抜かしてどうする!!

・・・でも優夢さんなら。

一瞬で思考が54ループぐらいする。人間の煩悩が108だというのは本当らしい。

そんな私の内心は知らず、優夢さんは次の言葉を紡いだ。





「俺に妖夢の剣技を教えてくれないか。」





・・・ぷしゅ~~~~~。

そんな音を立てて、頭から蒸気が抜けていくように感じた。

それはそうか。話に脈絡が無さ過ぎる。だけど・・・少し残念だと感じる私がいた。

「どうして突然?」

気を取り直し、私は聞いた。

「いやさ、『ランス・ザ・ゲイボルク』を装備した状態での俺の技って『レッドクルセイダー』しかないだろ?」

そう私は聞いた。優夢さんに限ってそれが嘘だなどということはないだろう。

「つまり、もっと技を増やしたいと?」

「そういうことだ。我流で作ってもいいけど、それよりは腕のいい剣士である妖夢から教えてもらった方がいいと思ってさ。
けど流派のこともあるだろ?だから、妖夢が教えたくないっていうならそれで構わない。」

そういうことですか。

「いえ、いいですよ。お教えします。私としても、優夢さんがもっと強くなれば稽古もより実のあるものになりますし。」

「はは、弱くてすまん。」

あなたは強いですよ。十分過ぎるほどに。



こうして、お風呂の中という少し変わった場所ではあったが、私は優夢さんにスペルカードを伝授することになった。





***************





「二人ともマジメねぇ~。」

「つまらないぜ、何で風呂で剣の話なんかしてるんだぜ。」

「咲夜、媚薬とか持ってない?」

「この間使いきってしまいましたわ。」

「趣味悪いわよ、あんたら。」

二人がお風呂に入ってる間中、この四人は浴室の扉に張り付いていたのだった。

ああ、今日もお茶が美味しいわ。

「霊夢だって聞き耳立ててたじゃないか。」

愚問ね。





+++この物語は、幻想と半人半霊がいつの間にか一緒にお風呂に入っていた、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



風呂が好き:名無優夢

三度の飯よりも風呂。だがそのために彼が大変な目に遭うのは風呂が多い。

今回は珍しく大変な目に遭わなかったが、実は妖夢は暴走寸前だったと。

伝授という形で妖夢のスペルカードを取得。戦術の幅が広がった。

能力:お風呂でキュキュキュする/される程度の能力?

スペルカード:思符『信念一閃』、魔槍『ランス・ザ・ゲイボルク』、人符『現世斬』、???など



風呂も好き:魂魄妖夢

ぶっちゃけ風呂嫌いの女の子は少ない。

優夢とのお風呂は緊張しっぱなしだった。みょんCPU稼動率108%。

勢いあまって前まで洗いそうになったのは彼女だけの秘密。

能力:剣術を扱う程度の能力

スペルカード:人符『現世斬』、魂符『幽明の苦輪』など



→To Be Continued...



[24989] 二章十話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/18 23:52
先日、西行寺の屋敷の使いが訪れた。

私のご主人様に御用だったらしいのだが、あいにくと冬の間起きてこられることはない。

とは言っても、幻想郷にもようやく春が訪れ、もう少しすれば目覚められることだろう。

だが話を聞いて、そう暢気に構えてもいられなくなった。

どうやら冥界と現世を隔てる「幽明結界」が破られたらしいのだ。

この状況を放置していたら、死の世界が生の世界へ流れ込み、一つの混沌が生み出されてしまう。

すぐに、ということはないだろうがあまり楽観もできない。

私はご主人様をすぐに起こす約束をし、使いの者を帰した。

そして。



「いい加減起きてください!!西行寺様からの依頼なんですから!!」

「う~ん、後5年・・・。」

「そんなに待ったら冥界が現世に流れこんでしまいますよ!!さあ、起きて下さい!!」

「・・・zzz。」



結局私の主人は起きなかった。安眠のために結界まで張り出し、とうとう私には手出しできなくなってしまった。

仕方なく、私の力で何とかしようと決意し、『マヨヒガ』を後にした。





「そういえば、仕事の前に橙に会おうか。」

白玉楼に向かう途中、ふと可愛い式の顔が頭に浮かんだ。

大仕事になるのだ。その前に橙に癒され英気を養うというのも悪くはない。

私は橙が住む猫の里――『妖怪の山のマヨヒガ』に向かった。

程なくして私の張った『マヨヒガの結界』に到達し、中へと入り込む。

「ん?」

その瞬間、違和感を感じた。どうやら冬の間に誰かがここへ訪れたらしい。

この結界は私が張ったものだ。故に、結界の『記録』を見ることができる。

ご主人様は『ログを見る』と言っていたが・・・『外』の世界の言葉だろうな。

ふむふむ、一人は博麗の巫女か。どうやら『異変解決』の際に迷い込んだようだ。

一人は白黒の魔法使い。確か霧雨魔理沙という、有名な人間だ。

そしてもう一人。

「・・・見たことがないな。こんな人間、里にいただろうか?」

私は結構里に出る妖怪だ。油揚げなどは里に行かねば手に入らないのだから。

だからと言って里に住む全ての人間を知っているわけではないが、それにしたってここまで奇異な格好をした人間がいたら気付くだろう。

だというのに私は見覚えがなかった。というより、この服装は間違いなく外来人だな。

「見たところ、博麗の巫女と行動を共にしているようだが・・・。」

弾幕を使うことができる外来人なのか。珍しいものだ。

いや、弾幕を使えるからこそ幻想郷に来たのかもしれない。博麗大結界は、そういったものを引き寄せる故に。

どちらにせよ、ここに入ったというのは事実。橙に変なことをしていなければいいが。

「あ、藍様ー!!」

と、私の心配を消してくれるかのように、地上から橙が私を見つけて飛んできた。

「橙。冬の間元気にしていたか。」

「はい!!」

橙は元気よく返事をした。ああ、橙は本当にいい子だ。

「それで、使い魔を使役することはできるようになったかい?」

「うっ、それは・・・。」

この様子ではどうやらまだみたいだな。

「焦らなくていい。ゆっくり、橙のペースで頑張りなさい。」

「で、でも藍様~・・・。」

「橙が焦る気持ちもわかる。だけど「急がば回れ」という言葉があるように、何事も自分ができるところからやらなければいけないよ。」

「・・・はぁ~い。」

橙はちょっとだけ頬を膨らませて頷いた。

その様子が可愛らしくて、私はくすりと微笑んだ。

「あ、藍様今日はここにお泊りですか!?」

久々に会えたためか、橙が嬉しそうに聞いてきた。

私は少々心苦しく思いながら。

「すまない。実は先日、白玉楼から使いがあってな。何でも幽明結界が破られたらしい。その修復に行かねばならないんだ。」

答えた。それを聞いて、橙は耳と尻尾を垂れさせた。

「本当にすまない。帰りにも寄るから、我慢してくれ。」

私は橙をぎゅっと抱きしめ、そう告げた。

「・・・わかりました。藍様はお仕事ですもんね。私がわがまま言って困らせるわけには行きません。
橙はいい子で待ってます!!」

太陽のような笑顔を作り、橙は元気よく言った。

そこが私の限界だった。



「ちぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!!」

「らんしゃまああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

猫の里に、主従の叫びが響き渡った。



気を取り直して。

「ところで橙。冬の間、ここに誰かが来たと思うんだが。」

私は橙に聞かねばならないことがあった。

あの連中が橙にひどいことをしていないかどうか。

「え、藍様なんでそのことを知ってるんですか!?」

心底驚いた表情で橙は言った。ああそうか、橙は知らなかったな。

「この結界は私が作ったんだからな。そのくらいわかる。」

「へぇ~。やっぱり藍様は凄いですね!!」

諸手を上げて私を称える橙。だが今はそんなことより。

「何かひどいことされなかったか?」

私は屈み、目線を橙のところまで落として聞いた。

「別にひどいことはされませんでしたけど・・・。あ、そうだ!」

橙は何か思い出したらしく、表情を輝かせた。

「一人がここを『楽園』だって褒めてくれたんですよ!!」

ほう!!

「黒い服を着た、背の高い人間の男だったんですが。」

男・・・?あの黒服は男だったのか。どちらか判断に迷ったのだが。

しかし、そうすると珍しいものだな。別に人間の男自体は珍しくはない。里に行けばいくらでもいる。

が、その頭に『弾幕ごっこをする』が付くと話は別だ。

元来、霊力というのは女性の方が高いものだ。女性は月の満ち欠け、環境などの自然条件に大きな影響を受ける。

それ故に女性とは霊力・魔力が高く、男性よりも感性が強いのだ。

そうなると、弾幕ごっこという霊力を用いる遊びはどうしたって女性の方が強くなる。

だから、弾幕ごっこをする男性は珍しく、こと人間になるとほぼ皆無だ。

っと、思考が反れたな。今はそんなことよりも。

「その男に何か変なことはされなかったか?」

橙は可愛いからな。その男が手を出してないとは限らない。

だが私の心配は杞憂だったようだ。

「大丈夫ですよ。悪いやつじゃなかったみたいですし。」

橙はニッと歯を見せて笑った。私はそれを見て、ほっと安堵のため息をついた。



「そりゃ、最初は襲われましたけど。」



ピシリと、私は自分の体が硬直する音を間違いなく聞いた。

なん・・・だと?

「でも、そのあとちゃんと謝ってくれましたし。」

橙を襲って、謝るだけだと!?

「ミケとかもあの人間のことを気に入ったみたいで。まあ、私としてはちょっと不満なんですが。」

橙だけでなく、配下の猫にまで手を出したのか!!?

そして橙はちょっと顔を赤らめて、不満そうに頬を膨らませた。

それを見た私は。



ブツン。



何カガ切レル音ヲ聞イタ。

「・・・橙。その男の名は何という?」

「え?ええっと、確か『名無優夢』だったと思います。それが何か?」

名無優夢。私は標的怨敵の名を記憶に深く刻み付けた。

居場所を高速演算で特定。博麗神社、87%。白玉楼、12%。その他、1%。

目指すは博麗神社。私は橙に背を向け、言った。

「橙、いい子で待ってなさい。必ず奴に償わせてやるから。

「・・・へっ?」

橙が理解をするのを待たず、私は猫の里を飛び出した。



名無優夢。

貴様は。貴様だけは・・・!!

「この私の手で葬ってやるッッッ!!!!」



「な、なんだか知らないけど大変なことになってる気が・・・。」

「なぉん?(行かんでいいんと?)」

「あ、そ、そうだね!!ミケ、ハーさん、グレ!!行くよ!!」

「ニャー。(私達が行く意味はあるニャ?)」

「なあぉ。(橙だけに任せるのは不安とばい。)」

「にゃぉぅ・・・。(確かに。)」

「う、うるさいなぁ!!行くったら行くわよ!!」

「ニャー♪」





***************





ぶるりと背筋に悪寒を覚え、俺は背後を振り返った。けれどそこには何もなかった。気のせいかな?

「どうしたの、優夢?」

「いや、何か寒気が・・・。ひょっとして幽々子さん何かしました?」

「あらあら、私が何かしてたらあなたとっくに死んでるわよ。」

・・・確かに。幽々子さんの能力は『死を操る程度の能力』という物騒極まりない能力だ。

んなもん使われたら、流石に吸血鬼でもある俺とて生きてる自信はない。

「誰かがあなたに嫉妬してるんじゃない?」

「嫉妬って・・・。俺が誰かに嫉妬されるほどの人物ですか?」

「される人物よ、優夢さんは。自覚ないだろうけど。」

「少なくとも、弾幕ごっこするやつからは嫉妬されて当然だな。」

霊夢と魔理沙が幽々子さんの言葉に同意する。

まあ、確かに短期間で戦えるようになったかもしれないけど、それは霊夢と魔理沙の指導が良かったからで。

それに俺はそこまで強くないんだから、嫉妬するほどのもんでもないだろ。

『・・・はぁ。』

三人揃ってため息をついた。なんなんだよ。



ここ、博麗神社には今4人の人物がいる。俺と霊夢と魔理沙、そして幽々子さんだ。

今日は妖夢はいない。幽々子さん曰く「お客さんがあるから留守番させてるわ」だそうな。

客が来るのに主人が留守ってのはどうなんだよ、とも思ったが何も言わなかった。幻想郷では気にするだけ無意味だ。

そんなわけで、俺は巫女姿で境内の掃除をし、霊夢と魔理沙と幽々子さんは縁側で和菓子を食べながらお茶を飲んでいる。

こんな光景が日常になっているが、幽々子さんはいいんだろうか?

「冥界の主がほいほい現世に来てもいいんですか?」

気になったので聞いてみた。

「ん~、あんまりよくないかもねぇ。特に今は冥界と現世の境界があいまいになってるから。」

ダメじゃないっすか。

「でも大丈夫よ~。今日結界を張りなおしてもらうから。」

「客ってのはそのことか?」

「そうよ~。」

「それであんたは現世に取り残されるわけね。」

ってそうだよ!結界張られたら出入りできないんじゃね!?

と思ったんだが。

「それなら大丈夫よ~。空高く飛べば問題ないから。」

・・・意外と現世と冥界の行き来って簡単なのな。

「それに、もし行き来が出来なくなるんだったら妖夢が許さないわよ。」

「あー、確かにな。」

「もしそうなったら、むしろあの娘が破りそうね。」

そうかな?妖夢はまじめだから、そんなことないと思うんだけど。

「わかってないわね。あいつは確実にやるわ。」

「そうだな、『斬れない物などあんまり無い!!』とか言い出して。」

「よかったわね、優夢~♪」

何がいいのかはわからないが。確かに、知り合ったばかりでお別れは寂しいけど。

「俺は受け入れられますから。」

「・・・これは妖夢も大変ね。」

「アリスもな。」

「さらにフランドールもよ。」

ほんとになんなんだよ。

「それにしてもあんた、他に行くとこないの?いっつも神社にばっかり来て。」

「そうだぜ、こんなひょんなところに来るなんて、よっぽど暇なんだな。」

「ちょっと待て魔理沙。ひょんなところってなんだ。」

「ひょんなところはひょんなところだぜ。こんな人里離れた神社なんかひょんな場所だぜ。」

「ひょんなところだからいいんじゃないの~。」

「あんたら、うちの神社を何だと思ってるのよ・・・。」

ひょんひょんひょんひょん言ってるとそのうちゲシュタルト崩壊しそうだな。

と。

「見つけましたよ幽々子様!!またこんなみょんな場所にいて!!」

妖夢がやってきた。・・・『みょん』て。

「噛んだな。」

「噛んだわね。」

「噛んだんだぜ。」

「噛んでるわよ~。」

「か、噛んでなどいません!!『妙』って言ったんです!!」

いや、絶対今『みょん』って言った。どうやら俺達の会話の一部が聞こえたらしいな。

ま、それはそれとして。

「妖夢、幽々子さんのこと探してたのか?」

「はい。今日はお客様が来る予定だったのですが、何も言わずに白玉楼を抜け出して!!探すのに一苦労でした!!」

俺はジロリと幽々子さんをにらんだ。幽々子さんは全く動じずに、一言。

「暇だったのよ~。」

「言い訳になってません!!」

全くだ。主人が居ないと問題なのは、幻想郷も『外』も変わらないじゃないか。

「さあ、帰りますよ!!」

妖夢は幽々子の腕を引っ張って、無理矢理立たせようとした。

「やだ~、まだ神社にいるの~。」

「子供みたいなことをおっしゃらないでください!!もうお客様がお見えになる時間なんですよ!!」

ジタバタと暴れる幽々子さんをたしなめる妖夢。・・・これじゃ、どっちが主でどっちが従者なのかわからん。

と、幽々子さんが暴れるのをやめた。

「どうやら行く必要はないみたいよ、妖夢。」

「え?急にどうなされたのですか、幽々子様。」

「だって、ほら。」

幽々子さんが指差した方向には。



もの凄い形相でこちらへ飛んでくる知らない女性がいた。



ずぅんと、地響きを立ててその人は神社の大地に降り立った。

人――否、それは一見して人間ではないと理解できた。

狐の耳、九本の尾。九尾の狐と呼ばれる妖怪だ。

どうやら、幽々子さんの客らしいが。何故博麗神社に?

「藍さん?何故あなたがここに?というか紫様はどうされたので」

妖夢の言葉を遮り、『藍』と呼ばれた女性は妖気を撒き散らす。それはすさまじい妖気だった。

「一つ、聞きたいことがある。」

藍さんは俺と霊夢に視線を向けてきた。それだけで射抜かれるようなプレッシャーを受けた。

「この神社に、『名無優夢』という人物がいるはずだ。出してもらおうか。」

・・・俺?思わず目が点になる。

「えぇっと、俺に何か用でしょうか?」

「・・・あなたが『名無優夢』なのか?」

疑念の声。俺のこと知ってて来たんじゃないのか?

「そうですけど・・・問題が?」

「あなたじゃない。私が探しているのは『名無優夢』という男だ。」

「だからその男が俺なんですってば。」

「馬鹿にしているのか?隠すとためにならないぞ。」

殺気が2割ぐらい増す。うわぁい、信じてもらえてない。

「霊夢、男に戻っていい?」

「ダメ。」

即答だった。何でお前は巫女姿にこだわるんだよ。

「だってそっちの方が可愛いじゃない。」

「そういう問題か!!」

「私を無視して談笑とはいい度胸だな。なら・・・力ずくでも聞き出してやる!!」

そう叫ぶと、藍さんはその場でぐるぐると回転しだした。

同時組んでいた手を放し、服の袖から無数のクナイ弾幕が放射された!!いきなりか!!

皆!!思ったが、既に霊夢と魔理沙は空を飛び、妖夢は剣を抜き、幽々子さんは・・・妖夢の後ろでくつろいでた。

俺も弾幕を出し、クナイ弾を叩き落す。数は多いが威力があるわけじゃない。それだったら女状態の操気弾でも十分落とせる。

「何すんのよ!!」

突然霊夢が怒り出し、藍さんに向かって封魔針を投げつけた。それは過たず藍さんに命中した。

だが。

「大人しく『名無優夢』を出せば危害は加えない。さあ、早く出せ!!」

全く効いた様子はない。・・・出せって言われても。

「だから俺が名無優夢ですってば。他にはいません。」

「優夢さんに用があるんだったら貸してやるから。神社の境内で暴れるのはやめなさい。本気でぶっ飛ばすわよ。」

や、それは流石にやめてあげてくださいな霊夢さん。

けど、霊夢が怒るのも無理ないか。今のは流石の俺もちょっとムッときた。

「わかりました。こうしましょう。あなたが俺を名無優夢であると信じられないなら、俺を倒せばあなたの望む『名無優夢』に会わせてあげます。
神社の裏なら誰にも迷惑がかからない。そこで勝負しましょう。」

「・・・いいだろう、後悔させてやる。」

こうして話は決まり。

俺は藍さんを引き連れて、神社の境内の裏まで飛んだ。





***************





「何だったんでしょうか・・・?」

「さあ。ところで、幽明結界の方はどうしよう。」

「何だ、あれはお前らの知り合いだったのか?」

そうみたいね。それとあいつ、『式』だったわね。いつぞやの化け猫を彷彿とさせるわ。

「誰の式なの?」

「私のお友達よ。」

ふぅん。

「でもおかしいですね。紫様が来るはずだったのですが。」

「あいつのことだから、どうせまだ寝てるんでしょう。」

紫?・・・どっかで聞いた名前ね。

「そんなことよりも、どうにかしなくていいのか?あいつ本気だったぜ。」

「そうねぇ、今にも優夢のこと取って食べそうな目をしてたわねぇ。」

「!! 私、加勢に行って来ます!!」

「野暮なことすんじゃないわよ。弾幕勝負に横槍なんて。」

「しかし!!」

妖夢が食いついてくる。

「安心しなさい。優夢は強いでしょう?」

「・・・はい。」

幽々子にたしなめられ、妖夢は剣を収めた。けど今にも飛んで行きそうね。

「ちょっとー!!」

空から再び誰かが飛んできた。

それは、いつぞやの化け猫の式だった。その腕の中には三匹の猫。

「お前は・・・確か橙だったな。どうした?」

「今藍様来なかった!?」

「ああ、君は藍さんの式か。来たが、今は神社の裏で戦っている・・・。」

「やっぱり!!」

「あんた、何か知ってるの?」

あの化け狐が優夢さんを狙う理由とか。

「よくわかんないんだけど・・・。冬の『異変』の時、あんたたちが来たことを話してたら急に。」

「仇撃ちのつもりか?確かにあのとき橙を相手したのは優夢だったが・・・。」

「私は生きてるよ!!」

「なぁお。(橙が変な言い方するんがいけんとばい。)」

「ニャー。(あれは誤解されてもしょうがないにゃ。)」

「え?私がいけないの!?」

配下の猫に何を言われたか、橙はおたおたと慌てていた。

「なんて?」

「え、えっと・・・『私の言い方が悪かったせいで、藍様が誤解してる』って。」

「ふーん。」

てことは、放っといても平気かしらね。

「じゃあ、とりあえず観戦にでも行きましょうか。」

「暢気ね・・・。いいの?藍様はすっごく強いんだから!!」

「優夢の強さだって半端じゃないぜ。」

「優夢さんにもしものことがあったら・・・たとえ相手が藍さんでも!!」

「妖夢はしっかり抑えておくから、見に行きましょ~。」

そんな感じで、私達は優夢さんたちの弾幕ごっこを観戦することにした。





***************





博麗神社の境内裏。そこは森の中の少し開けた広場だった。

目の前に立つ白黒の巫女服の女性に告げる。

「初めに言っておくが、私は相当強い。素直に『名無優夢』を出すのが得策だぞ。」

最後通告。だが白黒巫女は呆れたようにため息をつき。

「だから俺のことだと何度も言ってるでしょう。俺以外の名無優夢を出せと言われても出せるわけがないでしょう。」

私の忠告を聞き入れなかった。

「俺に勝ったら、『あなたの望む名無優夢』になってあげますよ。今言えるのはそれだけです。」

「・・・いいだろう。」

私は組んでいた両手を放し、いつでも弾幕を撃てる体勢になる。

それにしても。さっきから思っていたことだが、外見とは裏腹に随分と男らしい口調で話す人物だ。

一見すれば可憐な少女。いや、身長が高いから少女というのは無理があるか。だが華を持っていることは間違いない。

だというのにその口から漏れる言葉は、丁寧ではあるが男性的なもの。しかも明らかなミスマッチなのに違和感を感じさせない年季があった。

だが今は関係のない話だ。そういう女性も中にはいるだろう。

私が今すべきこと。それはこの女性を倒し『名無優夢』の居場所を聞き出し、彼の者に償わせること!!

白黒の巫女は30ほどの弾幕を出現させ、自分の周りに配置した。

「それでは・・・いきます!!」

彼女がその弾幕をこちらへ向けて放ってきたことで。



弾幕ごっこが始まった。





***************





藍さんは先ほどと同じように、ぐるぐると回転しながらクナイ弾を放ってきた。妖気で作られたクナイであり、当たればそれなりに痛そうだ。

だが小粒である。それはつまり、女状態の俺の操気弾でも十分に打ち落とせるということ。

放射状に放たれるそれは逃げ場がないようにも見えるが、俺にとっては逃げ場だらけということだ。

俺は36のうち10の操気弾を駆使し、自分に迫るクナイ弾のみを叩き落した。

「珍しい弾幕を使うな。見たところ完全制御のようだが。」

藍さんはぐるぐる周りながら俺の弾幕についての考察を述べる。一見で見破られるとは。

「それに硬度も申し分ないようだ。これは確かに、この弾幕で落とすのは一苦労だな。」

そう言いつつも、藍さんはクナイ弾を撃ち続けるのをやめなかった。

それが俺には腑に落ちなかった。あれだけの妖力を持っている人が何故こんなちっぽけな弾幕しか撃ち続けない?

レミリアさんやフラン辺りなんかは、その妖力を存分に生かした弾幕を撃ってくる。女状態では防ぎきれないほどだ。

この人だって同じぐらいの妖力を持っている。

だというのに、何故こんな簡単にはじける程度の弾幕しか使っていない。

何か裏がある。俺はそう確信していた。

「・・・油断はないようだな。やれやれ、一気に攻めてくるようなら背中からグサリとやるつもりだったんだが。」

やっぱり何か企んでたか。俺は後ろをチラリと見た。

――え?

だけどそこには何もなく。

「人の言葉を全て鵜呑みにするのもどうかと思うがな。」

その愉悦に満ちた声を聞いてはっと前を向く。

その一瞬で俺の目の前には、クナイ弾同士がぶつかりあい反射することによって、弾幕の壁が出来上がっていた。

ブラフ・・・!!

軌道が滅茶苦茶になった弾幕は、俺に弾くことも避けることも許さず。

「ぐっ!!」

一発被弾してしまった。きったねぇ!!

「勝負事に汚いも何もあると思うか?」

「・・・その通りではあるんですがね。」

言い伝えどおり狐とは狡賢いものらしい。俺は確認した。

ともかく、俺はルールに従いスペルカードを一枚取り出し。

月符『ムーンライトレイ』!!

使用した。

幸先の悪いスタートだな。そう思った。





***************





彼女のスペルカード。敵の両側をレーザーでふさぎ追撃の弾幕を撃つというものだ。

それだけなら大したものではないが、彼女の弾幕は完全制御という性質を持っている。

つまり、これを使われたら空間でも跳躍できない限り回避は無理ということ。

私はそれを瞬時に理解し、スペルカードを取り出した。

式神『仙狐思念』。

全ての弾幕を十分にひきつけた上で宣言する。スペルカードの宣言により弾幕は相殺された。

「随分早いですね。アドバンテージを取ろうとは思わなかったんですか?」

「あいにく私は出来ることと出来ないことの分別はついている。蛮勇は勇気とは言わんよ。」

「・・・なるほど。」

だったら、無駄に体力を消費するよりは早々にスペルカードを使用した方がいいというものだ。

私は大玉を放る。それはある程度いったところで爆発・四散する。

八方に散る小型の弾幕。当然ながら、それは彼女に叩き伏せられる。

「随分チマチマした技を使うんですね。その妖力は飾りですか?」

嘲るではなく、慎重にこちらの様子を伺いながら彼女は聞いてきた。ふむ、中々考えているようだな。

「巨大な妖力をもって叩き潰すのは三流のやり方だ。本当に賢いものというのは・・・」

私はそこで言葉を区切り、二発の大玉を放つ。

それはやはり、有る程度の距離を進み爆散し。

「くっ!!?」

「最小限の力で、最大の効率を得るものさ。」

わざと微妙にずらした配置の二段は、避けにくい軌道で小玉を生み出した。

彼女はそれでも何とか弾幕で叩き落し、私に対し反撃とばかりにレーザーを照射する。

しかしもう見切っている。この二本のレーザーは反発するためか閉じきることがない。そのために追撃の弾幕が必要になっている。

私は彼女が追撃を放つ前に大玉を放つ。それは爆散し彼女を・・・!?

「なるほど、一理ありますね。」

いつの間にか、彼女は眼前に9個の弾幕で一枚の壁を作り出していた。私の小玉を防ぎながら、彼女は私めがけて飛んできていた。

そんな使い方もあるか。彼女は三度、レーザーを照射した。

前方から詰められ、両側もふさがれている。当然後ろに逃げるしかないが、そんなもの苦し紛れでしかない。

ならば取る手は一つ。私は彼女が私の眼前に到達するまで待ち。

式神『十二神将の宴』。

「!?」

次のスペルカードを宣言した。それにより彼女の弾幕の盾は消滅し、露になった彼女に私の弾幕が叩き込まれる。

「づぅ・・・!!」

回避行動は取ったようだが、5発ほど被弾したか。

「スペルカードはこう使うこともできる。ただ被弾したら使えばいいというものじゃないぞ。」

「・・・ええ、痛いほど実感してますよ。」

スペルカードを使えば当然自分が不利になる。だが使わずに喰らって結局使うのと、使って喰らわずに済むのとでは体力の消費が違う。

私はスペルカードを2枚使い、まだ彼女の弾幕を受けていない。対して彼女は1枚消費で計6発受けている。

だからこの状況は私にとって有利。そういうことだ。

「さて、この調子でもう一枚ぐらいスペルカードをいただこうか。」

「同じ手が何度も通用するとは思わないことです!!」

私は12の魔法陣を展開し、彼女は36の弾幕を展開した。

タフだな。この勝負、長引きそうだ。





***************





「おー、やってるやってる。」

魔理沙が暢気なことを言った。ま、私も人のこと言えないけど。

「藍様、スペルカードを!!」

「優夢さんの方は使ってませんね。」

「けど、優夢は結構被弾したみたいねぇ。」

幽々子の言うとおり、優夢さんの巫女服はちょっとボロボロになってた。

・・・別に優夢さんにダメージ喰らわせるのはいいけど、その巫女服を傷つけるのはいただけないわね。

「逆じゃないのか!?」

「あー、優夢はタフだからな。平気だろ。」

ああ見えて吸血鬼よ。とは言わない。念のため、そのことを知っている私達以外にはまだ話していない。

視界の中では、横からの弾幕を防ぎきれず優夢さんが被弾をしていた。

「優夢さん!!」

「落ち着きなさい妖夢。一発喰らっただけよ。」

「ですが!!」

「弾幕ごっこは決闘なのよ。あんただって、決闘の最中に横槍入れられたら嫌でしょ?」

「それは・・・そうだが。」

「まあ、大人しく見てることだな。なぁに、あの優夢だ。大どんでん返しが待ってるに決まってるぜ。」

「あんた達、何でそんなに落ち着いてるの!?仲間じゃないの!!?」

橙が困惑した様子で私達に言った。

「仲間だぜ?」

「だったら、助けに入るとかしないの!?」

「しないわよ。仲間だから。」

私の答えが理解できないようで、橙は、そして妖夢はポカンと口を開けた。

「仲間だったら、信頼するものだろ?」

「私は優夢さんがあの程度でどうにかなるとは思ってないわ。信じてるから。」

「妖夢は優夢のこと信じられないのかしら~?」

「そ、それは・・・。」

「だったら、黙って見てなさい。多分また面白いことをしてくれるから。」

私の言葉に、妖夢と橙は黙り込んだ。やっと静かになったわね。

私は目の前で繰り広げられる弾幕ごっこを見た。

優夢さんの放った夜符『ナイトバード』が、狐を追い詰めていた。

式輝『狐狸妖怪レーザー』。

だがその狐はスペルカードを宣言し、『ナイトバード』を相殺した。

なるほど、使い方が上手いわね。

「やっぱり藍様は強いよー。大丈夫なのかな、あの人・・・。」

あれ?こいつあれが優夢さんだって気付いてない?

「え?だってあれ女じゃない。優夢は確か男でしょ?」

「・・・あー、そういえばあの時はそうだったな。」

「優夢さんは男にも女にもなれるんだ。」

「えー?嘘だぁ。」

お決まりの反応をする橙。説明するの面倒だわ。後は妖夢にでも任せておきましょう。



私達は、二人の弾幕ごっこをゆっくりと観戦し始めた。





***************





一直線に放たれた弾幕を起点に、左右にレーザーが放たれる。

レーザーの壁は流石に越えられない。俺は回避行動でやり過ごす。

だが藍さんはレーザーが切れる前に次の弾幕を放ってきた。く、これじゃあ攻撃できない!!

夜符『ナイトバード』の耐久時間は残り30秒ってとこか。それまでには何とか一発当てたいところだ。

再び藍さんが弾幕を放ってきて、それが次のレーザーを生み出す。キリがない。

残り15秒。このままかわし続けてもこっちのジリ貧だ。だったら!!

俺は危険を承知でレーザーの隙間を縫って藍さんに肉薄した。

この至近距離からの攻撃なら!!

俺は前方に弾幕を展開し。



その瞬間、横からレーザーがなぎ払ってきた。レーザーの死角から、藍さんは次の起点を放っていたのだ!!

腕一本だけかわしきれず焼き落とされる。以前フランに切り落とされた右腕ってのが・・・何というかだな。

ともかく、俺はスペルブレイクしてしまった。

「どうやら勝負あったようだな。」

と、藍さんがそう告げて弾幕を下げた。

「人間の身で、その状態では続行は不可能だろう。さあ、大人しく『名無優夢』の居所を吐け。」

・・・なるほど、確かにそうだな。正直俺もやめたいぐらい痛いよ。人間ならとっくに引き下がっておかしくない状況だ。

だけど。

「人間の身では、でしょう?」

「・・・ムッ!?」

俺は右腕に霊力を集中させる。次第に右腕の肉が盛り上がり、形を変え。

焼き落とされた先が再生した。

「貴様!!吸血鬼か!!」

「半分正解。俺は吸血鬼でもある人間です。」

そして、弾幕を下げたのはあなたの油断です!!俺は藍さんに向かって36の弾幕全てで攻撃をしかけた。

全方位を覆われてはどうしようもなく、藍さんも一撃を喰らいスペルブレイク。

「・・・くっ。」

「さっきのお返しですよ。油断大敵です。」

「確かに、今のは私の油断だった。が、貴様の正体を知った今、私に油断はない!!」

正体を知った、てのはちょいと間違いかな。俺の正体は、俺自身知らないんだから。

俺は人間でもあり、吸血鬼でもあり、そして恐らく妖怪でもある。今わかっているのはそれだけだ。

まあ、それは今はあまり重要ではないか。

藍さんは俺のことを『ただの人間』ではなく『吸血鬼』として認識した。

つまり。

式輝『四面楚歌チャーミング』!!

ここからは、油断してもらえないということだ。

俺は改めて、気を引き締めた。





***************





どういうことだ?私は表面には出さず困惑していた。

否、困惑していたというほどではないが、思考にふけっていた。

目の前の女性からは妖気は感じられない。つまりこの女性は妖怪の類ではないはずだ。

だというのに、焼け落ちた腕を再生した。これは人間では出来るはずもない。

妖怪ならできるだろう。特にあの再生スピードは吸血鬼のそれに近い。だから私は彼女が吸血鬼であると判断した。

そして私は問うた。その答えは『半分正解』。

どういうことだ?それは人間と吸血鬼の混血であるということか?いや、それにしたって妖気を持つはずだ。

そもそも、『吸血鬼でもある人間』とはどういうことだ。答えが見つからない。私の知っている事例に該当する項目がない。

そのため私の思考は堂々巡りを繰り返していた。



それがいけなかったか。

「しまっ!!」

私はいつの間にか、やつの放った弾幕の檻に囚われていた。

私の使っていた『四面楚歌チャーミング』が弾幕の檻に捕らえるスペルカードだというのに、何という皮肉か。

避けきれず喰らい、スペルブレイク。く、無駄な消費を!!

「どうしたんですか?急に動きが悪くなりましたが。」

「・・・大したことではないさ。」

腹の内を探られぬよう、努めて余裕の表情を作る。それで彼女は怪訝な表情をした。

どうやら人を疑うことを知らぬ性格みたいだな。こちらの腹を探らないならば、それでいい。

私はすぐにスペルカードを使うことをせずに、クナイ弾を連射した。

彼女は弾幕を動かし、それを叩き落す。私はその動きを観察した。

完全制御という性質ばかりに目が行っていたが、どうやら万能ではないらしい。

制御の範囲にムラがある。彼女が目を向けている方は弾幕がよく動いているが、死角は防ぎ切れないらしいな。

ならば。私は左右に弾幕を振り、念動力でサイドアタックを試みた。

それは効果を成し。

「っつ!!器用な真似を!!」

彼女に一撃を喰らわせることに成功した。

これで彼女は3枚目、私は4枚。ほぼ互角の戦いか。

だが、最後には勝たせてもらうぞ!!

思符『デカルトセオリー』!!

彼女が次なるスペルカードを宣言した。





***************





その瞬間、私は頭を抱えたかった。

「・・・どういうこと?」

幽々子が射抜くような目で私と魔理沙を見てきた。ああもう面倒なことになった。

「優夢さんは人間ではなかったのか!?」

「あーっと、落ち着け妖夢。私達だって上手く説明できないんだ。」

噛み付いてくる妖夢を魔理沙がたしなめる。

「まだ全てがわかっているわけではないわ。だからあまり話したくはなかった。」

優夢さんが幻想郷に来て一年。彼についてわかったことはいくつかある。

酒に弱いとか家事が得意だとかそんなどうでもいいこともあるが、大事な点は二つ。

一つは、全てを受け入れる精神性と能力を持っていること。

そして一つは、優夢さんはどんなことになっても優夢さんのままでいるということ。

変わらないのだ、彼の存在というものは。たとえ吸血鬼が混ざろうとも女になれようとも、彼の存在の主軸は変わることがない。

彼は結局名無優夢という――否、名も知らぬ『彼』という人間のままなのだ。

「名も知らぬ?どういうことだ。」

「言葉どおりよ。彼は記憶喪失なの。名前、経験、人間関係。そういったものが思い出せなくなってる。」

だから私が名前をつけた。その在り様がまるで『優しい夢』のようだったから。

その事実に、妖夢はショックを受けたようだ。目を見開き口を閉じることも忘れ、ただ呆然としていた。

「そのために『彼』の正体はわからない。そういうことね。」

「そうよ。」

わかっていることは少ない。結局のところ、『彼』の正体について私達は何の手がかりも持っていない。

だけどね。

「優夢さんは優夢さんでしょ。」

『彼』が何者だったとしても。

今まで私達と過ごしてきた優夢さんは、やはり優夢さんなのだ。それが変わることは絶対にない。

だったら私達がすることはただ一つ。

「優夢さんが何者であっても、『受け入れ』ればいいのよ。」

さながら優夢さん自身のように。

「そういうことだ。」

「・・・わからない。私にはわからない。」

「妖夢は頭堅すぎなのよ。もうちょっと肩の力を抜けばいいのに。」

幽々子は納得したようだ。けど妖夢は納得がいかないみたいね。

「一体何がそんなに不満なの?」

「色々ありすぎて、何がなんだかわからないんだ・・・。私は優夢さんを信じていいのか?」

「そんなもの、あなたの好きにすればいいわ。」

妖夢の問いへの答えは、あらぬところから返ってきた。

いつの間にかそこには、紅の吸血鬼と瀟酒な従者がいた。

「あなたが信じられないなら信じなければいい。逆に信じられるなら信じてあげなさい。あの子はきっと、誰を疑うこともしないから。」

「たとえ腕を焼かれ足を砕かれ瀕死の傷を負っても、彼は信じ続け受け入れる。そういう人物なのですよ、名無優夢という人は。」

「・・・どういうことですか。」

「そのままの意味よ。あの子は一度フランに殺されかけた。右腕を消し飛ばされ、左足を弾き飛ばされてね。」

また一つ明らかになる事実に、妖夢が目を見開く。忙しいやつね。

「それでもあの子はフランを受け入れられた。フランも今では優夢のことを信頼しきっている。そういうことよ。」

「補足しますと、そのとき彼を助けるために吸血鬼化させました。けれど、どうやら人のまま吸血鬼になっているそうです。」

「ますますもってわけがわからない存在ね。」

幽々子が呆れたようにため息をついた。ええ、そこについては全くの同感ね。

だけど、そこについては私達には共通の、とある呪文めいた合言葉がある。

それは。



『優夢だから。』



「・・・納得ね。」

「そう言われると・・・腑に落ちないはずなのにやたらと納得してしまいますね。」

幽々子も妖夢も苦笑した。どうやら落としどころを見つけたみたいね。

「藍様ー!!私の話を聞いてくださいー!!」

私達の会話の蚊帳の外になっていた橙の声で、再び意識を弾幕ごっこに向ける。



優夢さんが、いつの間にか敵のスペルカードを一枚破っていた。





***************





『デカルトセオリー』の自動防御を駆使して、死角からの攻撃を防いだ。

見づらい弾幕というのは、どうやら藍さん初見の様子。というか当たり前か。

で、上手く当てられた。その後の式輝『プリンセス天狐 -Illusion-』というスペルカードも自動防御で乗り切った。

ていうか『プリンセス天狐』て。テンコーか?天功さんなのか?

あれ?俺の知識の中にあるってことは、『外』のことだよな。この人『外』のことを知ってるのか?それともただの偶然か・・・。

どうでもいいか。

ともかく、『デカルトセオリー』は神経削るのでそこが限界だった。俺もスペルブレイクしてしまった。

これで俺は3枚使い、藍さんは5枚。有利と言いたいところだけど、あってないような差だな・・・。

俺の残りは4枚。しかし『ディマーケイション』が通用するとはとても思えない。実質3枚か。

となると、次に使うスペルカードは自動的に『ランス・ザ・ゲイボルク』となる。・・・正直、戦いきれるかどうか怪しいな。

「手強いな・・・。流石は吸血鬼、といったところか。」

「だから半分と言ってるでしょうに。」

生粋の吸血鬼だったらもっと強いはずだ、多分。

「随分無駄に消費してしまった。あなた相手に通常弾幕は無駄弾みたいだな。」

「おや、最初に言ってた『最小限の力で最大の効率』はどうしました?」

ていうかこっからスペル連打とか勘弁してください。俺の神経が持たねぇ。

だというのに藍さんは。

「時と場合によるさ。この場合、通常弾幕で妖力を消費する方が余程効率が悪い。」

そんなことを言って、スペルカードを取り出した。

式弾『アルティメットブディスト』!!

宣言。同時に、彼女の周りに卍状のレーザーが発生した。

「あなたは予想以上に強かった。だったら、ギアを変えるのが妥当だというものだ。」

その評価は間違っています。その言葉を口にしようとした直後、藍さんから弾幕が放たれたので。

俺は回避行動を取ることにした。



弾幕は中玉だ。女状態の操気弾でも壊せないことはないが、効率が非常に悪い。多分一つで3個壊せるかどうかだ。

だったら回避行動がベストだ。幸い、あの卍レーザーはこちらへ飛んでくる様子はない。

なるほど、ブディスト――『仏教徒』というだけはある。禅を組みそこからは動かないか。

しかし、どうやって攻撃をしかけようか。恐らくあのレーザー相手では、この操気弾は届かないだろう。

盾にして突っ込むか?いや、結果は同じだろう。むしろ体が削られる分もっとひどい。

男に――勘弁してくれ。

そうやって思考をめぐらせていると。

「のあ!?」

いきなり、卍レーザーが『入れ替わった』。

そうとしか表現できなかった。恐らく事前に妖力を張り巡らせていたのだろう、逆回転をする巨大な卍レーザーが発生したのだ。

突然のことに、俺はかわしきれず。

「あっつ!?」

またしても右腕を持ってかれた。・・・呪われてんのか?

再生させながら、心の中で悪態をつく。が、喰らってしまったものはしかたない。

俺は虎の子のスペルカードを取り出し、宣言した。

魔槍『ランス・ザ・ゲイボルク』!!

弾幕が凝集し、一振りの紅い槍と化す。俺はそれを手に取り。

「再生しますけど痛いものは痛いんすよーーーー!!」

突進した。雄たけびを上げて特攻する俺に、藍さんは慌てず弾幕を放ってきた。

だが甘い!!俺は槍を一振りすることで、その弾幕全てを切り伏せた。

「何!?」

「元々弾幕壊せるってことをお忘れなく!!」

凝集すりゃ、女状態でもこんなもんさ!!俺は追撃に10の操気弾を走らせ、藍さんに放つ。

スペルブレイク。至近距離の10発は、流石に防ぎきれなかったようだ。

「・・・やはり強いな。」

だからその評価は間違っていると何度言えば。



藍さんが勘違いしたままなので、戦いはさらに激化する。

やだなぁ・・・。





***************





式弾『ユーニラタルコンタクト』!!

通常弾は落とされるので無駄。私はすぐさま次のスペルカードを取り出した。

私は全身から妖力の針を放射した。貫通性を持つそれは、彼女の弾幕でも防ぎきれないはず。

だがあの槍の硬さはこれまでの弾幕の比ではないらしい。回転させることで簡易の盾を作り、全て弾いてしまった。

あれを突破するのは並大抵の威力では不可能だろう。このスペルでは不可能か。

だがそれなら、突破しなければいい。

「前方だけを注意すればいいというものでもないぞ。」

「なっ!?」

妖力の針はある程度進むと軌道を変更した。私を取り囲むようにぐるりと回転を始める。

回転の半径は徐々に徐々に狭くなり。

「くぅ!!」

彼女は横と後ろから襲い掛かる針の弾幕に苦しめられる。

回転半径が彼女を通りすぎるほど狭くなると、ほっと安堵のため息をついた。

安心するのは早かったな。

「んなあほな!?」

回転半径はある程度まで縮まると、今度は逆に拡散を始める。

後ろと横に注意のいっていた彼女が、前から襲い掛かる針の弾幕に反応しきれるはずもなく。

「あたたたた!?」

針は何本も彼女を貫いた。

「いっててて・・・。」

流石は吸血鬼?といったところか。巫女服はボロボロになり全身血が滲んでいたが、戦闘に支障はないようだ。

「まだやるのか。確かにあなたは強いが、『名無優夢』はそこまでしてかばうほどの人物なのか?」

「・・・だから俺がその当人だって何度言えばわかりますかねぇ。」

こめかみの辺りをヒクヒクさせながら、彼女は答えた。

「大体さぁ、何で本来男のはずの俺が日常的に女になってるわけ?意味わかんねぇよ。つか皆セクハラしすぎじゃね?」

ぶつぶつと、暗い表情で何かをつぶやき始めた。

「おまけに最近会う人は皆俺を女と認識してるし。何なんだよこれ、俺何か恨まれるようなことしたか?」

つぶやきは徐々に怒りを帯び始め。

「挙句わけわかんねぇ理由でケンカ売られるし。いい加減に・・・」

ふっと顔を上げる。その表情は、明確な怒りを示していた。

「しろーーーーーーーー!!!!」

咆哮。ともに溢れ出す霊力。これが彼女の本気か!!

紅星『レッドクルセイダー』!!!!

ボロボロになった服のポケットからスペルカードを取り出し、宣言する。

同時に紅い弾幕が走り、私を中心とする十字の頂点となる。

そして彼女が特攻をしかけてきた!!

私は慌てずに妖力の針を飛ばした。が。

「二度も効くかそんなもん!!」

槍の先端から溢れる霊力の壁に阻まれ、あらぬ方向へ弾き飛ばされてしまった。硬い!!

落とせないと見た私は回避行動を取ろうとするが。

「もう遅い!クルセイド!!」

彼女が叫ぶと同時、十字の弾幕から閃光が走り、槍は巨大な十字架を描く。

「くっ!!」

「だああああ!!」

予想より早く私に到達したそれを避ける術はなく、弾き飛ばされてしまう。

くっ・・・今のはダメージが大きい!その上スペルブレイクしてしまったか。

「もぉ~謝っても許しませんからね。散々俺の話右から左に流して。」

怒り心頭という様子だ。彼女の槍は、再び元のサイズへと戻る。

十字に配置された弾幕はそのまま。どうやらそういうスペルらしいな。

「それはこちらの台詞だ。大人しく『名無優夢』を出せば何もしないつもりだったが。そこまでかたくなに拒むなら」

スペルカードを取り出す。

「叩きのめした上で聞き出してやる!!」

「上等!!あなたには絶対謝ってもらいます!!」

ここからは私の全力だ!!

『狐狗狸さんの契約』!!





***************





スペルカードを宣言すると、藍さんの体は帯上の妖力そのものとなった。

それは俺の周りに纏わりつき、妖力の檻を形成する。

「それがどうした!!」

普段だったら大人しく様子を見る俺だが、色々あったために頭に血が昇り、俺は檻に切りかかった。

だが、不思議な弾力を持つそれは弾幕の槍を弾き返した。

『無駄だ。今の私の体はいかなる攻撃をも受け付けない。あなたは私の攻撃を避け続けるしかない。』

帯が震え声を奏でる。この状態で一体どんな攻撃を。

そう思った瞬間。

「・・・そりゃねえよ!!」

俺は思わず嘆きの叫びを上げた。

妖力の帯が回転しだし、内側に無数の弾幕を吐き始めたのだ。この狭い中で避けろってか!?

こっちからの攻撃はできず、敵からは鬼のような攻撃。なんつういやらしい耐久スペルだ!!

こうなったら、何としてでも抜け出してやる!!

「クルセイド!!」

俺は十字槍のキーワードを口にし、紅の魔弾から閃光が・・・走らない!?

『言ったはずだ。いかなる攻撃をも受け付けないと。外にあるあなたの弾幕も例外ではない!!』

そういうことかよ!!俺の弾幕は妖力の帯の外だ。ここまで届かないんだ。

だったらこれ以上『レッドクルセイダー』を続ける意味はない。が、ルール上続けるしかない。

つまり、この狭い中で『ランス・ザ・ゲイボルク』一本で弾幕を防ぎ続けなければならないということ。

「勘弁してくれぇ~!!」

先ほどの謝らせる発言の強気な姿勢は何処吹く風で、俺は泣き言を叫んだ。

や、だってあれ完璧勢い任せの発言だったもん。んなテンション持続させられるわけないでしょ。

そう考えるのが普通だってのに。

『一体何を企んでいる?』

藍さんはそんなこと言って、弾幕の密度上げてくれるんですよね。マジ死ねます。

冗談抜きに『必死』の思いで、俺は弾幕を防ぎ続けた。そうしているうちに、ようやっと『レッドクルセイダー』の耐久時間を終了する。

俺はすぐさま出せる限界の数の弾幕を展開し、全ての力をもって弾幕を砕き、避け続けた。

そして、藍さんのスペルカード耐久時間が終了し、スペルブレイク。

その時には既に俺は息が荒かった。

「それだけ疲労していれば十分だろう。このカードでしとめさせてもらう。」

藍さんが次のスペルカードを手にしていた。・・・いやらしい手だ。本当に小狡い。



だったら、俺も少々卑怯な手でいかせてもらうぜ。

「幻神・・・」

藍さんがスペルカードを掲げ、宣言をする。

その瞬間、俺はポケットに手を突っ込みスペルカードを握る。

「『飯綱権現」

藍さんのスペルカード宣言が終わるタイミングを見計らって、俺は動き始めた。

素早くスペルカードを投げ捨て、宣言。

「人符・・・」

「降臨』・・・!?」

宣言が終わる頃には、俺は藍さんの懐に潜り込んでいた。

弾幕が放たれるよりも疾く。



『現世斬』!!



俺の放った五本の斬撃は、間違いなく藍さんの体を斬った。

スペルブレイクだ!!

藍さんがスペル宣言を終わると同時に攻撃をしかければ、弾幕を出されるよりも先にブレイクすることができる。

そして俺のスペルカードには、それができるものがあった。それが先日妖夢から教わった人符『現世斬』。

知っていたら通用しない手ではあるけど、知らないんだったらこれ以上有効な手はない。

俺はかけ、そして勝ったのだ。

「くっ・・・小賢しい手を。」

「お互い様ですよ。」

先にやったのは、そっちです。



さて。

この方法には一つ問題がある。

実はこの『現世斬』。俺は修練不足のため一発しか放てない。つまりこの時点で俺もスペルブレイクしてる。

そして女状態で使えるスペルカードは、あとは『ディマーケイション』しかない。

この藍さんにそんな平易なスペルカードが通用するかは怪しい。

つまり、藍さんが余力を残していたとしたら、俺はもう負けているということだ。

けど、流石に9枚だ。もう残しているなどということは・・・。

「・・・仕方がない。この一枚だけは、この戦いでは使いたくなかったのだが。」

ゲッ!?ま、まだ一枚残ってたの・・・?

やばい、やばすぎる!!

俺の背中に冷や汗が走る。そんな俺の心を知らず、藍さんはスペルカードを宣言してしまった。

式神『橙』!!



え・・・?橙、だって!?

最近聞いたその名前に俺は驚いた。

そしてわずかな発光の後、藍さんの目の前に以前見た化け猫の少女が現れた。

「橙!!」

俺はその名を叫んでいた。藍さんが橙の関係者だったなんて!!

ん?じゃあ藍さんが俺のこと狙ってる理由って、ひょっとして・・・。

俺の脳裏にあるシーンが蘇る。『異変』のとき、俺を追って弾幕を放っていた橙の姿。

あのときのことを恨みに思って!?

「橙・・・お前の力を借りることは、できればしたくなかった。だけど私とあなたが力をあわせれば無敵よ。さあ、橙!!」

藍さんの言葉に、橙は動いた。



俺の方に、ではなく、藍さんの方をくるりと振り返った。

「橙?」

その橙の様子に藍さんが困惑の声を返す。

藍さんに構わず、橙は大きく息を吸い込み。



叫んだ。



「藍様の・・・ばかあああああああ!!」



・・・・・・・・・・・・・・・。



ごはぁ!!」

「一撃必殺!?」

橙の一言は、藍さんの心を深く抉り抜いた。そのダメージは藍さんに吐血をさせるほどだった。

そのまま藍さんは地面に落ちていったのだった。

「・・・スペルブレイク、でいいのか?」

答えは誰からも返ってこなかった。





~~~~~~~~~~~~~~~





「本っっっっっ当に、すまなかった!!!!」

俺は現在、藍さんに土下座で平謝りされている。いや、確かに謝ってもらおうとは思ってたけど、ここまでやられると逆に恐縮してしまう。

あの後。俺は服がボロボロになったので普段の黒服に着替えた。ついでに男になっておいて、藍さんとの対話に備えた。

その間に、藍さんは橙から事情の説明を受けた。どうやら何かを盛大に勘違いしていたらしく、次に会ったときの藍さんは顔を真っ赤にしていた。

そして現在に至ると。

「顔を上げてください。藍さんに謝っていただけたなら、それで十分ですから。」

「いやしかしだな。橙が世話になった人物に対し私は非礼を働いたわけで・・・。」

「気にしないでください。俺も気にしてませんから。」

その程度で気を悪くするほど、俺は容量が小さくはない。

「・・・わかった、ありがとう。本当にすまなかった。」

「だからもういいですってば。」

生真面目な姿勢に思わず苦笑する。どうやらこの人、橙のことになると見境がないけど基本はまじめないい人のようだ。幻想郷では珍しいタイプかな。

「ごめんね優夢。私のせいで何かいろいろ大変なことになっちゃって。」

「橙もいいってば。・・・それに、どうせいつかは避けて通れなかったことだから。」



そう。

この場にいるのは俺と藍さんと橙だけではない。

霊夢と魔理沙、いつの間に来たのかレミリアさんと咲夜さん。

そして、俺の秘密を知ってしまった妖夢と幽々子さん。

先の戦いで、俺は自分がただの人間でないことを表に出してしまった。それを二人に見られていたらしい。

迂闊ではあったけど、あれは他にどうしようもなかったことだ。あったこととして受け入れている。

妖夢は、難しい表情で俺を見ていた。・・・結果的にはだましてたことになるんだ、無理もないか。嫌われたとしてもしょうがない。

幽々子さんは・・・わからない。普段よりも張り詰めた顔をしているが、その表情から何かを読み取ることは難しかった。

「・・・説明は、受けました。」

妖夢が堅い口調で言った。・・・そうか。

「その通りだ。俺は去年の夏の『異変』の時、命を落としかけて、吸血鬼化することで一命を取り留めた。それは事実だ。」

「・・・何故、話してくれなかったのですか?」

「説明のしようがなかったってのが一つ。」

吸血鬼化してるのに人間のまま、なんて言って誰が理解できようか。

当人である俺ですら、理解し切れているとは到底言えないのに。

「もう一つは、真相がわかるまではあまり公言しないようにしようって決めたんだ。」

「この子の特性はあまりにも異常だわ。人間としてではなく、妖怪全体で見たとしてもよ。二つの種族を同時に体現するなど、普通じゃありえないわ。」

「得体の知れないものは『受け入れられない』。それは人にしたって妖怪にしたって同じ事。だから、知っている私達以外には話さないことに決めたのよ。」

俺の言葉を、レミリアさんと霊夢が補足する。

「・・・そうですか。」

納得したのかしていないのか、妖夢は顔を伏せた。

・・・やっぱり、嫌われた、かな。

そう思った。

だけど、それはどうやら違ったようだ。

「・・・悔しいです・・・。」

妖夢が絞り出すような声で、その胸中を語った。

「真実を話してもらえなかったことが、悔しいです。優夢さんに信用してもらえなかったことが、悔しいです。」

強く握り締められた手の甲に、水滴が落ちる。・・・涙。

「ごめん。」

「違うんです。優夢さんを責めてるんじゃないです。信用してもらえない未熟さが・・・一瞬でも優夢さんを疑った自分が、悔しいんです・・・!!」

妖夢は嗚咽を必死にこらえながら、言葉を紡いだ。

必死で耐える妖夢がいたたまれなくて、俺は妖夢を抱きしめた。

「ごめんな、本当のこと何も言わなくて。信頼してるのに、明かせなくて。」

「そんな、こと・・・ううううううう!!」

妖夢はそのまま、俺の胸に顔を押し付けて泣いた。

・・・だましてた俺が胸を貸す権利なんてないけど、俺にはこれくらいしかできないから。

「で、幽々子さんは何ニヤニヤしてるんですか。」

「ううん、別に~♪」

さっきの不思議な表情は何処行った。



しばらくして妖夢は泣き止んだ。目と、顔は恥ずかしかったのか、真っ赤だった。

「話を戻すわね。結局、優夢の正体は何一つわかっていないと。そういうことであってる?」

「その通りです。」

幽々子さんのまとめに、俺は肯定の返事を返す。

俺は何者なのか。それはわからないし、実のところ今まであまり気にしてこなかった。

それもどうなんだろうと思うけど、俺は受け入れていたから。気にならなかったのだ。

「けどいつまでもそのままってわけには行かないわよね。」

「まあ、確かに。」

俺は受け入れられるからいい。けど周りはそうも行かない。

何か定義がないと、人に限らず生物ってのは受け入れられないもんだ。

「ふぅむ・・・。」

幽々子さんは少し考えるそぶりを見せた。・・・実際考えてるのかはわからん。この人の表情からは何もわからん。

やがて、幽々子さんは一つの提言をした。

「優夢。あなたは『ゆかり』に会うべきね。」

『紫』・・・?誰だそれ。

「私のご主人様だ。この幻想郷を見守る大妖怪、八雲紫様だ。」

「ああそうだ。何処かで聞いたことあると思ったら、私の作ったスペルカードルールに勝手に手を加えた奴が確かそんな名前だったわね。」

「ていうか超有名人――いや、妖怪じゃないか。」

「・・・お前、奴と親しいの?」

「1000年来のマブダチよ~。」

スケールでかいなおい。

てかそんな有名なのか。この場で知らないのはどうやら俺だけっぽい。

「確かに、奴なら何か知ってるかもね。」

「確か『神隠しの主犯』でしたわね。案外、優夢も彼女に連れてこられたのかもしれませんね。」

マジか!?

「さあ・・・私はそういう話は一切聞いていないが。まああの方は式である私にさえ全てを見せないからな。」

「話を聞いてると、なんだか胡散臭そうな奴だな。」

「というか、実際胡散臭いわよ~。1000年の付き合いだけどいまだによくわからないし。」

「幽々子様もあまり人のこと言えないような・・・。」

ま、まあともかく、その八雲紫さんって人に会えば、何か手がかりがつかめるかもしれないんだな?

「確かに、その可能性はあるな。・・・だが、あいにく紫様は冬眠中だ。目覚めまでもう少しかかりそうなんだ。」

・・・冬眠中て。

「その紫さんて方は、熊の妖怪なんですか?」

「いいえ、『スキマ妖怪』よ。」

ますますもってわけがわからなかった。



話し合いの結果、藍さんが全力で紫さんを叩き起こし、起きたら俺達を呼びに来るということになった。

この一年、全く気にしないで来たことだった。俺の記憶のこと、能力のこと、正体のこと。

それが一つずつ、紐解かれるような、そんな予感がしていた。





***************





『マヨヒガ』へ到着すると、私はいの一番に紫様の寝室へ向かった。

「紫様ー!いい加減に起きて下さい!!」

私は障子を開き、大声で呼びかけた。



私の主人は既に起きていた。身だしなみも整え、私を待ち構えていたようにも見える。

「そんなに大きな声を出さなくても聞こえているわ、藍。」

「やっと起きてくださいましたか。幽明結界を張りなおす約束の期日は今日ですよ。」

「やっと、とは心外ね。3日前にはとっくに起きてたわ。」

ぬけぬけと、我が主は言った。

「狸寝入りとは・・・。困ったものですね、紫様にも。」

「そんなことは言わないの。それに幽明結界の方はいいのよ。」

紫様の言葉に、私は目が点になった。

「冥界が顕界に影響を与えるのは、幽霊が現世に溢れてしまうからよ。だから冥界がその管理をしっかりすれば、結界は本来必要ないのよ。」

コロコロと笑う主の姿に、私は頭痛を覚えた。この方は、一体何を考えている。

「そうすれば、幽々子ももう西行妖を復活させようなんて考えないで済むでしょう?そんな暇もなくなることだし。」

本当にそれだけなのだろうか。もっと奥深い何かを考えている気がするが。

「本当のことなど誰にもわからないものよ、藍。全てを計算で理解しようとすると、いずれどこかに破綻が起きる。肝心なのは『受け入れる』ことよ。」

その口ぶりに、私は引っかかりを覚え尋ねた。

「・・・紫様は、あの『名無優夢』という青年をご存知なのですか?」

「もちろんよ。あの子が博麗神社に住んでいる間、ずっと観察していたもの。」

それはつまり、彼が幻想郷に来た直後から今までずっと、ということか。

「どうだった?彼と対峙した感想は。」

愉快そうな瞳で紫様は私を見つめた。

それで私は合点が行った。何故紫様が狸寝入りなどをしていたのか。

要するにこの方は、私と彼をぶつけてみたかったのだ。その真意はわからないが。

「・・・おかしな青年、というのが一番しっくり来るでしょうね。強いのに弱いと言い張り、女が似合っているのに男だったり、敵に対しても優しかったり。」

「そうね。あらゆる意味で矛盾できるのね、彼は。」

そうだ。彼は在り様があまりに広すぎる。そのため、矛盾している箇所が多数ある。

だというのにそれが当然のように融和している。それはいったいどういうことなのだろう。

「そうよ。それがどういうことか。恐らくはそれが彼の正体の鍵となる。」

「・・・紫様も、彼が何者なのかはご存知ないのですか?」

「ええ、そのために会うんじゃない。」

言う紫様の顔は、愉悦に微笑んでいた。よもやこの時代に新しい物事を知ることになろうとはという、そんな愉悦。

「藍。宴は三日後よ。そのときは彼だけでなく、博麗の巫女と白黒の魔法使い、永遠に幼い吸血鬼とその従者、それから幽々子と妖夢も招待なさい。」

「万事紫様の御心のままに。」

私は跪き、頭を下げた。

「それまでの間私は・・・」

紫様はくるりと私に背を向け――





「寝るわ。」



私は盛大にずっこけた。





+++この物語は、名無しの幻想がとうとう己が存在にたどり着こうとする、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



己を忘れた貴い夢:名無優夢

忘れられがちな記憶喪失。ていうか多分普段はそのこと忘れてる。

今回ひょんなことから幻想郷誇る大妖怪に面会のチャンスを得られた。

彼の正体とは一体・・・?

能力:真実を見せない程度の能力?

スペルカード:思符『信念一閃』、魔槍『ランス・ザ・ゲイボルク』、人符『現世斬』、???など



勘違いした怒りの狐:八雲藍

橙が優夢に暴行された挙句落とされたと思い込んだ。そりゃ居ても立ってもいられませんわ。

事情を説明された今は完全に和解している。が、橙に手を出したら容赦しないと思っている。

橙ラヴ。ちぇぇぇぇぇぇん!!!!

能力:式神を操る程度の能力

スペルカード:式神『仙狐思念』、式神『橙』など



藍様最大の抑止力:橙

藍様は橙に「大嫌い」や「ばか」と言われると血を吐いて倒れます。

まだまだ子供なので、今回の話にはついていけなかった。

藍様を誤解させたふくれっつらの理由は「自分になつかないのに優夢になついたから」。

能力:妖術を扱う程度の能力(但し式神憑依時)

スペルカード:仙符『鳳凰卵』、式符『飛翔晴明』など



→To Be Continued...



[24989] 二章十一話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/18 23:52
約束の三日が経過した。

ここ博麗神社には今、藍さんから伝えられた面子が揃っている。

霊夢、魔理沙、レミリアさん、咲夜さん、妖夢、幽々子さん。

そして俺。

ちなみに今の俺の格好はいつもの黒服で、性別も男だ。

先日の藍さんとの戦いで巫女服が大破しこれを着ざるを得ない状況になったために、霊夢が渋々許諾してくれたのだ。

そもそも俺は本来男なのだ。そして幻想郷の大妖怪・八雲紫さんと会談するのは俺の正体について聞くため。

だというのに、本来の俺の姿じゃないなんておかしな話だろう?

そういう理由もあって、俺は久方ぶりに男でいるというわけだ。

「遅いわね。」

お茶をすすりながら、霊夢がつぶやいた。

無理もないか。ここにこうして皆が集まって、かれこれ一時間は経とうとしている。

だというのに、例の紫さんとやらは一向に現れる気配がない。

「あいつのことだから、寝坊かしら。」

「いいのかよ、大妖怪がそれで・・・。」

「あの方はマイペースだからな。私はいまだによく理解できない。」

「けど、向こうから呼んでおいて遅刻とはいい度胸じゃない。」

「もう約束の時刻を二十八分過ぎていますわ。」

つまり後二分で一時間ということだ。

・・・本当に来るんだろうな?幽々子さんと妖夢の話だと、どうにも信用ならない人物のようだが・・・。

いやでも式である藍さんはまじめな人だったんだ。まさか約束を破るようなことはあるまい。

「何か準備で手間取ってるんだろ、きっと。広い心で待とう。」

「そりゃ、優夢さんは幾らでも待てるでしょうけど。」

「だな。三日ぐらい平気で待ちそうだ。」

いや、いくらなんでもそれは・・・ありそうだった。

「全く。いくらなんでも許容しすぎよ。」

(わかってないわね。それが優夢なんじゃない。)

俺の内側に棲むレミィが、レミリアさんの言葉に突っ込みを入れた。自分に突っ込み入れるってどうよ。

「しかし、優夢の正体とは結局のところ何なんでしょう。」

咲夜さんが俺をジッと見ながら言った。

(果たして判明するかしらね。あの八雲紫でも分かるかどうか怪しいわ。)

(わはー、私は別に何でもいいやー。)

(あなたはね・・・。)

今日も今日とて能天気なルーミアの発言で、レミィがあきれたようなため息をついた。

この通り、俺の中に棲む二人ですら、俺の正体は知らない。俺も知らない。

レミィの言うとおり、紫さんが知っているという保証は何処にもない。だが逆に、知らないとは誰も言っていない。

だから結局のところ、待つしかないのだ。

「どんな正体なのかしらね~。ひょっとしたら、妖怪なのかも。」

「私は、優夢さんの正体が何であれ受け入れるつもりです。」

妖夢がそんな嬉しいことを言ってくれる。ありがとう、妖夢。

「そんなこと言っていいのか~?あとで後悔することになるかもしれないぞ。」

「後悔などするものか。武士に二言はない。」

「じゃあ優夢の正体がゴキブリの妖怪でもか?」

「うっ・・・。」

「待てや魔理沙。何でそこでゴキブリが出てくる。」

「黒いからだぜ。」

「その心は?」

「何でも良く食べます。」

上手い!座布団一枚!!

「何やってんのよ、あんた達。」

暇を潰す俺達のやり取りを、霊夢が冷ややかな目で見ていた。



そして、俺達が集まってちょうど一時間が過ぎた。約束の時刻は既に三十分オーバーしている。

「全くふざけた奴ね。この私を三十分も待たせるなんていい度胸だわ。」

「これは少々、お灸をすえねばならないようですわね。」

気が長いとは言えない紅魔組が、暴発寸前だった。

「あいつと付き合うんだったら、このぐらいで腹を立てちゃだめよー。」

「別に私は付き合うつもりはないわ。今日会ったら今後会う運命はない。」

「そういきり立たないの、お嬢ちゃん。」

クスクスと笑いながら言う幽々子さんを、レミリアさんが殺気のこもった目でにらみつけた。

だが、幽々子さんは意に介した様子もなく、何もない虚空を見ながら。



「それに、もう来たみたいよ。」



幽々子さんがそう言った瞬間だった。

空間に亀裂が入った。そうとしか言いようがない。何もなかった虚空に黒い線が一本走ったのだ。

霊夢と魔理沙と咲夜さん、そして俺は何事かと身構えた。

が、それが開き現れた人物によって、俺達は構えを解いた。

「すまない、遅くなってしまった。」

それは藍さんだった。今日は橙は一緒ではないようだ。

「どれだけ待たせたと思っている。一時間だぞ!!」

「本当にすまなかった。だが、紫様がな・・・。」

言いながらちょっと目を反らす藍さん。どうしたんだよ。

「・・・化粧のノリが気に入らないと何度も化粧直しをされていたんだ。」

・・・。

「わ、私をにらまないでくれ頼むから!!」

「そう言われましてもねぇ・・・。」

何故止めなかったし。

「私は紫様の式だ。主人に意見することはできん・・・。」

「それにしたって限度はあるでしょうが。人を待たせといて何そのふざけた理由。馬鹿なの?死ぬの?」

額に青筋びっしり浮かべて、レミリアさんは藍さんを責めた。

「それに、私が言って聞く方ではない。」

「・・・否定できませんね。」

「下手に意見したらスキマ送りにされちゃうからね~。」

何だそりゃ。

「・・・まあいいです。結局来たわけだし。」

「いや、本当にすまなかったと思っている。紫様に代わり私が謝るよ。」

だからいいですってば。

「で、これだけ待たせておいて談笑してる場合じゃないでしょう?」

レミリアさんの雰囲気が変わる。わがまま少女から、年経た吸血鬼のそれへと。

「その通りだ。これから皆を紫様のところへ案内する。私に着いて来てくれ。」

向こうから来るんじゃないのか?

「紫様は幻想郷全体を見守っておられる方だ。そうそう外に出られることはない。」

「遠いの?人を待たせておいて遠くまで来いとかいうんだったら、本気で殺すわよ。」

「そこは心配いらない。何せ・・・」

藍さんは、先ほど空間に亀裂が入ったところに目線をやった。

途端、再び亀裂が走り漆黒の空間が広がった。

「ここをくぐればすぐだ。」

何とまあ。

やはり幻想郷の大妖怪というだけあって、只者ではないことが理解できた。





藍さんに促されるまま、俺達は漆黒の空間に飛び込んだ。

中は、どう表現すればいいのか。不気味だった、というのが一番近いだろう。

そこら中に溢れる目、目、目。他にもどこから伸びているのかわからない手や、道路標識、信号機などといったものもあった。

「これらは幻想郷から見た『外』の世界のイメージだそうだ。私は行ったことがないからよくわからないが。」

藍さんが解説してくれた。そう聞いたためか。

不気味だとは思ったが、何処か温かみを感じたことに納得がいった。

そこを通った時間はそう長くはなかったろう。



不意に、明るい空間へと躍り出た。

そこは和風の屋敷の庭先だった。周囲を森に囲まれており、どこか浮世離れしている印象を受けた。

後ろを振り返ると、既に漆黒の空間は閉じていた。

「紫様。お客人をお通ししました。」

藍さんの声に、開け放たれた居間に視線を向ける。



そこには、妙齢の金の髪をたたえた女性が立っていた。

ごっちゃりとしたゴスロリ服。妖艶と表現できる容姿と相まって、それはひどく異様を醸し出していた。

「『マヨヒガ』へようこそ。歓迎致しますわ。博麗の巫女、人間の魔法使い、紅い吸血鬼と瀟酒な従者。そして――」

鈴のような音色を奏で、その人は俺達に挨拶をした。

「『失われた幻想』。」



その言葉が意味するところは、今の俺には理解できなかった。





***************





こいつが『八雲紫』みたいね。話通り胡散臭そうな奴だわ。

今こいつは優夢さんのことを『失われた幻想』と言った。

それが優夢さんの正体・・・?

いや、それにしてはあまりに抽象的すぎるわね。

「それが俺の正体なんですか?」

優夢さんは紫に問うた。だが奴はクスクスと笑いながら。

「そう結論を焦らないの。今のは単なる比喩表現よ。」

そんなことをのたまった。

・・・何だか気に食わない態度ね。

「まずは自己紹介といきましょうか。私は八雲紫。幻想郷を見守る者よ。」

「見守る、ねぇ。」

「その通りよ。」

随分上から目線な物言いだが、こいつはそれが当然といった態で笑っていた。

まあ、話によると確かにこいつは幻想郷の生みの親だ。それもある種当然かもね。

でも私には、『幻想郷は自分のものだ』と言われているような気がして、妙に癪に触った。

「で、結局優夢さんの正体は何なの?」

そのためか、私はイライラした声で結論を求めた。

紫は相も変わらず胡散臭く笑いながら。

「そうね。お茶でも飲みながらゆっくりお話ししましょう。さあ、お上がりなさい。」

そう言った。

・・・こいつに従うのは何か癪だ。だけど断る意味もない。

私たちは屋敷――『マヨヒガ』に入っていった。



藍がお茶を持ってきて、私達の前に置いていった。

紫の対面に座る優夢さんから順に、その隣に座る私と魔理沙、レミリアと咲夜、一番紫側に座る幽々子と妖夢。

そして最後に紫の前に置き、藍は紫の横に着いた。

お茶を一啜りする。・・・いいお茶だった。香り高く、それでいて自己主張のない味。

どうやら、一応の歓迎はされているようだ。

「それで?さっさと話しなさい。こっちは長々と待たされてイライラしてるんだから。」

苛立ちを隠さずレミリアが言う。妖気も漏らし、威嚇を込めて。並大抵の妖怪だったら裸足で逃げ出しそうだ。

対峙する並大抵とはとても言えない妖怪にはさほどの意味はなかったみたいだけど。

「そうね。それじゃあまず、この一年の話をまとめてみましょうか。」

「過程はいいから結論をさっさと言いなさい。肉塊にするわよ。」

悠長な物言いにレミリアが明確な殺意を露わにする。

それを紫は、たったの一瞥で鎮まらせた。

「大事なことなのよ。少し黙って話を聞きなさい。」

冷たく鋭い視線を浴び、レミリアは忌々しげに舌打ちをし黙り込んだ。

「まずは一年前。あなたが幻想郷に来たときからね。」



そして、話が始まった。



紫が優夢さんのことを知ったのは、彼が博麗神社に住むことになってからのことだ。


いつものように神社を観察しようとしたところ、見慣れない男がいた。それが優夢さんだった。

「ってちょっと待ちなさい。『いつものように神社を観察』って、あんたいっつもそんなことしてるの!?」

「当然でしょう?言ったじゃない、『幻想郷を見守る者』って。」

言ってたけど。何処ぞのスクープ(笑)天狗より余程性質が悪いわ。

私は納得行かないながらも話を聞き続けた。

「初め見たときは驚いたわ。私に一切気付かれずに幻想入りしたんだもの。そんなこと、この1000年の間一度だってなかったわ。」

「そうなんですか?」

優夢さんの問いに紫は頷くことで答えた。

まあそこは優夢さんだからね。あの気配絶ちはいまだに驚異的だと思う。

「もし幻想郷に危険を及ぼす存在だったら、消えてもらうつもりだったわ。」

「・・・マジですか?」

今明らかになる真事実に冷や汗を流す優夢さん。

「ええ、大マジよ。でもあなたはそんなことはなかったでしょう?だから放って置くことにした。そのつもりだったわ。」

『つもりだった』?

「あなたが記憶喪失でありながら、たったの1日で霊力の扱いを覚えてしまったことで、私は考えを改めたわ。」

そのことを初めて知った私と魔理沙以外は、一瞬目を剥いて驚いた。

「それは危険と思ったってことですか?」

再び身の危険を感じたか、優夢さんは固い声で聞いた。

「ううん、面白そうだと思ったわ♪」

やたら楽しそうな紫の言葉に、優夢さんは腑に落ちない表情をしながらも肩の力を抜いた。

「私はあなたを観察対象の一つとすることに決めたわ。無論初めはそこまで重要視してはいなかったわ。ひょっとしたらあなたは元々霊力を扱えていたのかもしれないし、そんな才能の持ち主だっていないこともない。
人里の寺子屋で『外』の科学を教え始めたときも、あなたは幻想郷を無闇に発展させようとはしなかった。この時点であなたの危険はないと思ったわ。」

そこで紫は一旦言葉を区切った。

「私があなたに対する考えを決定的に変えたのは、去年の『異変』のときよ。」

全員の表情が張り詰めたものになる。どうやらここからが本番のようだ。

「ここにいる皆が知っての通り、名無優夢という人物は吸血鬼化した『はずだった』。ところが彼は、吸血鬼化したのに人間のままだった。」

「あの・・・私は意味がよくわからないのですが。」

妖夢がおずおずと手を上げ意見を述べる。それにはレミリアが答えた。

「こいつは吸血鬼というにはあまりに吸血鬼らしくないのよ。太陽光は平気だし血も飲まない。まるっきり人間そのものだ。だというのに、耐久力や再生能力は吸血鬼。ふざけた話だわ。」

「あなたのところの魔女もそのことが気になった。そこで調べたところ、彼は人間と吸血鬼両方の性質を持っていた。」

「それで・・・『吸血鬼でもある人間』ですか。」

妖夢も合点がいったようね。

でもねと、紫は続ける。

「それよりも前に、彼は異常なことを成し遂げているのよ。そう、『異変解決』に乗り出して間もなくね。」

「ルーミア・・・宵闇の妖怪のスペルカードを使ったことね。」

私は思い当たるところがあり、引き取って言った。

紫は頷いて肯定した。

「その通りよ。彼は初見にも関わらず彼女のスペルカードを『まるで知っていたかのように避け』、あまつさえ『真似てみせた』。」

「・・・どういうこと?」

レミリアが鋭い目つきで紫を射抜いた。まるで真実を見極めようとするかのように。

「言葉通りよ。彼のスペルカード、月符『ムーンライトレイ』、夜符『ナイトバード』、闇符『ディマーケイション』。
あれらは皆、本来は宵闇の妖怪のものなのよ。」

「じゃあ何故優夢が使えるのよ!」

「さあ、そこまでは知らないわ。・・・ただ、推測はできるわね。」

紫は広げていた扇子をパチンと閉め、優夢さんを見た。

「あなた、幻想郷に来たばかりの頃に、あの子の体の一部を取り込んだでしょう。」

再びどよめきが走る。

今まで黙っていた優夢さんは、言葉を選びながら口を開いた。

「何と言えばいいのか難しいところですが・・・ルーミアはそう言ってましたし、実際こっちに来たばかりの頃あいつと会ってます。」

「馬鹿な!!それなら何故あなたは生きているの!?妖怪の肉は人間には致死毒のはずよ!!」

レミリアが信じられないといった様子で、優夢さんに噛みついてきた。

だが優夢さんは落ち着いた様子で。

「だから何かの間違いだと思うんですが・・・。」

「でも実際に、あなたは彼女の能力を手にしたのでしょう?」

「能力を手にしたってのは語弊がありますが・・・そうですね。」

「信じられないわ・・・。」

「あら、あなたはとっくに気付いていると思ったのだけど。」

言う紫。どういう意味?

「・・・まさか、あのスペルカードはやはり。」

「恐らくはね。あなたの神槍『スピア・ザ・グングニル』を元にしているわ。」

『スピア・ザ・グングニル』・・・『ランス・ザ・ゲイボルク』みたいな名前ね。

「紫さんのおっしゃるとおりです。あれはレミリアさんのスペルが原型です。」

「この子に見せたことは?」

「・・・ないわ。」

「あなたはこの子に体の一部、血をあげたわね。」

「・・・・・・疑う余地はないわね。」

どうやらレミリアは納得したようだ。

「『異変』が終わると今度は女の子にされ、1日限りのはずがそのまま能力になった。これも一つの異常性ね。」

「あんまり異常異常と言わないでいただきたいのですが。」

それは無理な話ね。





***************





紫さんはまとめた。

「ここまでの事例を見て、最早この子の種族を断定することは不可能よ。彼は人間であり、吸血鬼であり、そして妖怪である存在。あえて言うなら『名無優夢』というただそれだけの存在よ。」

そうとだけ言って、紫さんはお茶を啜った。

「・・・ふん、結局はお前にもわからないのね。とんだ無駄足だったわ。」

レミリアさんが嘲るようにそう言葉を吐いた。だが紫さんは一向に気にする様子もなく。

「少なくともあなたよりは知ってるわよ。」

「はっ、負け惜しみにしてももっと上等な文句を考えなさい。」

なおも食ってかかるレミリアさん。

だが紫さんは、本当に何事でもないように。

「あなたは彼の中に何が『ある』のか知っている?」

俺がこれまで話さないで来た、一つの秘密に触れた。

この人・・・知っているのか?

(恐らく気付いてはいるんでしょうね。けど、それが何かは知らないはずよ。)

何でそう言い切れるんだ、レミィ。

(膨大過ぎるからよ。)

(私達はこれでも妖怪だよ~。)

なるほど。一人の人間の中に妖怪が二人も、しかも片方は大妖と呼ばれるほどの者がいるなんて、普通は思いつかないってことか。

「一体何があるっていうのよ。出鱈目も大概にしなさい。」

「本当のことよ。・・・そうでしょう?」

紫さんが俺に視線を送り言った。

「・・・はい。」

肯定の返事。レミリアさんが、いや、付き合いの長い霊夢と魔理沙、咲夜さんとさらに妖夢が、驚きの表情を見せた。

「黙っててすまなかったと思ってる。でも、俺自身理解もできてないし上手く説明もできなかったんだ。」

「何なのよ・・・あんた一体、本当に何だって言うのよ!!」

レミリアさんが叫ぶ。それは最早悲鳴に近かった。

――人に限らず全てのものは、定義されてないものを『受け入れられない』。

それは本来当然のことだ。定義されてないものは危険かもしれないのだから。だからそれは一種の防衛本能。

そう。この場合異端なのは、他でもないこの俺だ。

レミリアさんから気味悪がられ心が痛いのに、それすらも受け入れられてしまう俺なんだ。



「何でもいいから、とっとと話しなさい。今まで私達に隠してたこと、全部隠さずにね。」



だけど霊夢は。霊夢だけじゃない、魔理沙も、咲夜さんも、妖夢も幽々子さんも。

「今更何があったって驚かないぜ。優夢なら何でもありだ。」

「むしろ、驚くぐらいが妥当かしらね。驚けなかったら優夢じゃないわ。」

「私はもう優夢さんを疑いません。そう誓ったのです。」

「良かったわね~、こんなに思われてて。」

俺を責めるでも嫌がるでもなく、信じ、受け止めてくれた。

ただ、嬉しかった。

「・・・何よ。私だけが馬鹿みたいじゃない。」

レミリアさんも、やや納得いかない雰囲気ではあったが落としてくれた。

皆、ありがとう。

「それじゃあ話す。俺の中には、実は――」



その瞬間。



「なっ!?」

「くっ!!」

「いきなり何をする!!」

「ご挨拶ね!!」

「どういうことですか!紫様!!」

そう。紫さんが俺、霊夢、魔理沙、咲夜さん、妖夢のそれぞれに向かって弾幕を放った。

俺達はそれを辛うじて回避する。いきなりなんだってんだ!!

俺は紫さんをにらみつけた。

だが紫さんは、相も変わらず、ただ妖艶に微笑んでいるだけだった。

「いえね。このまま話すだけっていうのも面白くないじゃない。」

・・・はぁ?

「だから私と弾幕ごっこをしましょう。今避けたあなた達と私で。」

何だって?

「お嬢様!!」

咲夜さんの叫び声で、俺は反射的にそちらを見た。

レミリアさんは倒れ伏していた。体を起こそうとしているが、力が入らないようだ。

「ぐっ・・・貴様、茶に毒を盛ったわね・・・。」

「ごめんなさいねぇ。あなたが参加すると、弾幕ごっこじゃなくて殺し合いになっちゃいそうだったから。」

「吸血鬼にも効く薬だ。痺れ薬程度の効果しかないから、安心してくれ。」

藍さん、あなたなんちゅうもんを盛ってるんですか!!

「え、じゃあ幽々子さんは何で・・・。」

「面倒くさいじゃない。それに私が参加しても洒落にならないし~。」

・・・うん、まあね。死を操る程度の能力だもんね。

なるほど、だから俺達五人というわけか。

けど。

「それを受ける意味はあるんですか?俺はあんまり無意味に戦いたくはないんですけど。」

これはあくまで紫さんの暇つぶしだ。だったら俺が参加する意味はあまりない。

俺はあまり乗り気じゃなかった。そんな俺に対し、紫さんは効果的な一言を放ってきた。

「それじゃあこういうのはどう?あなた達が勝てたら、優夢も知らない優夢自身のことを話してあげるわ。」

・・・それは、本当なのか?

「ええ。私、あまり嘘は言わないのよ。」

・・・え~?

「胡散臭いわね。」

「明らかに嘘だな。」

「鏡を見てからいいなさい。」

「・・・すみません紫様。フォローできません。」

俺達の散々な反応に対し、紫さんは心底おかしそうに笑った。

何がそんなにおかしいんだか。

だけど、まあ。

「それが本当だとしたら、やらないわけにはいきませんね。」

これ以上皆に不快感を与えないためにもな。

「いい目ね。私を負かして、本当の自分を取り戻しなさい。『失われた幻想』。」

やはりその言葉の意味は、今の俺には理解できなかった。





かくして、『春雪異変』を発端とする最後の戦いの火蓋が、切って落とされようとしていた。





+++この物語は、失われた幻想が取り戻そうとする、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



失われたというより得た幻想:名無優夢

少なくとも、幻想郷で得たことは多いはず。能力とか性別とか。

しかし肝心なことは失ったままなので、やはり失われた幻想というのが正しいか。

果たして彼は、自分を取り戻すことができるのだろうか。

能力:人間で吸血鬼で妖怪な程度の能力?

スペルカード:思符『信念一閃』、魔槍『ランス・ザ・ゲイボルク』、人符『現世斬』、???など



神隠しの主犯:八雲紫

胡散臭い。ゆかりん。回るとほのかに漂う加齢臭少女臭。

幻想郷がまだ幻想郷という形じゃないときから頑張ってた人。実質幻想郷の親。

非常に長く生きている。ばb(この発言はスキマ送りされました)

能力:境界を操る程度の能力

スペルカード:罔両『八雲紫の神隠し』、紫奥義『弾幕結界』など



→To Be Continued...



[24989] 二章十二話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/18 23:53
庭に出た私は、能力で作ったスキマに腰掛けながら彼らを見た。

妖夢は・・・あらあら、すっかり意気込んじゃって。若いわねぇ。

この子が名無優夢に対し持っている感情は知っている。どうやら本人は気付いてないようだけど。

初々しくていいじゃない。成就しようと叶わなかろうと、そういう経験はこの子にとっていい経験になるはず。

視線を転じて、悪魔の従者。殺気を込めてこっちをにらんじゃって。可愛いわねぇ。

どうやら主人に一服盛ったのを恨んでるようだけど。盲目ね、それじゃ一矢報いることも敵わないわよ。

白黒の魔女。この子は純粋に弾幕を楽しもうとしてるわね。ただの、何の変哲もない人間のはずなのに、大した器だわ。

博麗の巫女、霊夢。私がもっとも気にかけている人間。こうしてこの子の前に姿を現すのは初めてだけど、いつもと変わった様子もない。

まさに博麗の巫女ね。何事にも囚われず、雲のように空気のように存在し続ける者。

だからこそ私のお気に入りなのだ。彼女はきっと、これからも私を楽しませてくれることだろう。

そして、今回の騒動の渦中の人物。名無優夢。

彼が何者なのか。それは私にもわからない。だけど推測することならできる。

そしてそれは恐らく正しい。正しいという自信はある。だけど確証はない。

この戦いも、実際のところその確証を得るためのものでしかない。もし私の想像通りなら、彼は見せてくれるはずだ。

その、貴い能力の片鱗を。

彼は目を瞑り、精神を集中していた。彼にとって、自分の正体はさしたる問題ではないだろう。たとえどんな現実であれ、彼は受け入れられるから。

だけど彼が得たもの――彼の友はそうはいかない。そして彼は友の思いを否定することはできない。

私の想像が正しければ、彼は『否定する』ことだけはできないはずだから。

友の思いを『受け入れ』、彼は私に立ち向かうのね。ありきたりな話だけど、彼だからこそ面白いわ。

私はいつものように、怪しく笑い続けた。彼が目を開く。

「・・・さぁ、始めましょうか。」

「そうね。始めましょう。」

血が沸き、肉が踊り、心が騒ぐほどの。



『楽しい楽しい弾幕ごっこを!!』





***************





戦いが始まると同時、紫さんは俺達に向かって弾幕を放ってきた。

「散開!!」

号令一下、全員が散り散りに飛ぶ。同じ方向に逃げてぶつかるんじゃ目も当てられない。

弾幕は藍さんと同じクナイ弾――いや、少し先が細い。藍さんのものより収束されているのか。

だが関係ない。俺の弾幕の前には――

「おおりゃ!!」

全て砕き落とされるのみ!!

俺の放った11の弾幕は、俺のみならず皆に向かう弾幕全てを叩き落した。

「・・・凄い!」

「感心してる暇はないぜ妖夢、次が来る!!」

魔理沙の言うとおり、紫さんは驚いたそぶりも見せず次のクナイ弾を放ってきた。

そういやこの人ずっと見てたって言ってたな。てことは、俺の弾幕のことも知ってるし、スペルカードも全部知られてるって思った方がいいな。

――いや、つい最近完成してまだ使ってない『アレ』は知られていないだろうが。

ともかく、初見の強みはない。よく考えて使わないとな。

「・・・お嬢様の恨み、晴らさせていただくわ。」

と、咲夜さんが一人前に躍り出た。当然彼女にクナイ弾が集中する。

俺はそれを防ぐため、操気弾を先行させようとするが。

時符『パーフェクトスクウェア』。

咲夜さんが弾幕の時間を止め、難なく隙間をすり抜けた。

「あらあら。」

「もらったわ。」

咲夜さんがナイフを後ろに引き、思い切り前へ出す

「結界『夢と現の呪』。」

直前に、いつの間にかスペルカードを手にしていた紫さんが宣言をする。それで咲夜さんは弾かれてしまった。

「ちっ。」

「そう焦らないの。ゆっくりと楽しみましょう。」

「あいにくと私は楽しむ気はないわ。」

「それは残念。」

紫さんは咲夜さんと対峙した。それによりこちらへの弾幕は止む。

その隙をついて。

「私も忘れちゃダメだぜー!!」

魔理沙が弾幕を展開しながら、紫さんの死角から突っ込んでいった。

だが紫さんはそれでも焦らず。

結界『光と闇の網目』。

もう一枚スペルカードを・・・!?

「何だと!!?」

魔理沙が驚愕するのも無理はない。俺も驚いた。

紫さんは咲夜さんにスペルカードを使用したまま、魔理沙に対して別のスペルカードを使用したのだ。

無論、どちらもブレイクはしていない。ダブルスペカ!!

「そんなのアリか!!」

「アリよ。5人も一辺に相手してるんだから。」

紫さんはクスクスと、本当に何事でもないかのように笑っていた。どうやら全然余裕らしい。

この分じゃ、残り三人分も平気で使いそうだな。

俺達が相手をしているのは冗談抜きで最強クラスの妖怪のようだ。





***************





なめられたものね。この私相手に二人同時相手とは。

それとも、それは負けたときの言い訳?

「まさか。お子様相手に本気を出すのは大人気ないでしょう?」

言ってくれるわね、お婆さん。

「・・・あなたに言われたくないわ。PAD長。」

ビキビキ!!私の額に青筋が走るのがわかった。

「ふふふふふ・・・。」

「ほほほほほ・・・。」

私と八雲紫の間に、陽炎のような殺気が揺らめいた。それは幻覚ではないだろう。

「な、なんだか怖いぜお前ら・・・。」

「気のせいよ、魔理沙。うふふふふ・・・。」

「そう、気にすることはないわ。おほほほほ・・・。」

明らかに魔理沙は引いていたが、今の私にそれを気にする心の余裕はない。

こいつは殴ッ血KILL!!

時符『プライベートスクウェア』!!

私は直前まで使っていた『パーフェクトスクウェア』を解除し、完全停止のスペルカードを使った。

同時に世界が色を失くす。この大妖怪とて例外ではない。

「ふふふ・・・私の秘密に軽々しく触れた罰、とくと味わいなさい。」

停止した時間の中で、私はさらにもう一枚スペルを使う。

幻符『殺人ドール』!!

その大量のナイフの前に逃げ場はなく。

「そして時は動き出す。」

私は時間停止を解いた。

八雲紫の目の前で停止していたナイフは一斉に動き出し、奴を貫――!?

「うわ!?ちょ、考えて使え!!」

それは奴を貫くことなく反対側にいた魔理沙まで飛んでいった。魔理沙は慌てて回避行動を取り、辛くも全てをかわしきる。

奴はその直前に何処かへ消えてしまっていた。

どこへ!!

「大盤振る舞いねぇ。いいのかしら、そんな無駄遣いをして。」

声は後ろから聞こえた。振り返ると、そこには何事もなかったかのように八雲紫が浮いていた。

その手に、大玉を作りながら。

「これはお返しね。」

そう言いながら、奴はそれをこちらへ放り投げてきた。速い!!

だが私は余裕をもってかわす。その弾はあらぬ方向へ・・・弾けた!?

「くっ、あの女狐と同じスペルか!!」

私は悪態をつきながら弾幕をかわす。優夢ので見慣れてるけど、やはりかわし辛い!!

だが、何とかかわし切ったか・・・。

「正確には同じじゃないわね。だって。」

言葉を区切り、八雲紫は二つ・・の大玉を作り出した。・・・嘘でしょう?

「私の方が難易度は高いもの。」

だがそれは紛れも無く現実であり、八雲紫は二つの大玉をバラバラの方向に放った。

それはやはり弾け、複雑な軌道の弾幕を生み出す。かわし切れるか!?

絶望的な予感を胸に、私は弾幕の嵐の中に飛び込む。

「ちょぉっと待ったぁ!!」

その直前、優夢の声が響き彼の弾幕が私の目の前に出現した。

それは八雲紫の弾幕を蹂躙し、全て叩き落した。

「俺のことも忘れてもらっちゃ困りますね!」

「あら、凄いわね。」

自分の攻撃が完全に無効化されたというのに、奴はのほほんと言った。・・・底が知れないわ。

「一人で突っ走らないでください。相手は最強クラスの妖怪なんですから。」

「・・・わかったわ。」

この女は私の手で落としてやりたかったけど、どうやらそうするしかないみたいね。

私は体勢を立て直し、改めて八雲紫と対峙した。





***************





咲夜が苦戦している一方で、私も苦戦していた。

「うぉ!?く、よ!!」

とんでもない妖力だ。妖怪の賢者っていう肩書きは伊達じゃないらしい。

こいつが使ってるのは、藍が優夢の右腕を焼いたあのスペルの上位互換だ。

それが、ざっと二倍の量。二つの弾幕で文字通り「光と闇の網目」を作り出している。

こういうのは私は苦手なんだがな。止まってるのは性にあわん。

かといって突っ込めばどうなるかは優夢が以前見せている。迂闊には近づけない。

となると、手段は一つだ!!

魔符『スターダストレヴァリエ』!!

スペルカードを宣言する。それで私の周りのレーザーは消滅し、紫までの弾幕経路が出来上がる。

「これでも喰らええええぇぇぇぇ!!」

私は大型の星弾幕を連続で放った。よし、当たる!!

だがそれが当たる直前で、奴は先ほどのように消えてしまった。ちっ、どうやってんだ!!

私は視線をめぐらせ紫を探した。だがどこにも見当たらない。どこから出てくる!!

「ここよ。」

「んなあ!?」

いきなり目の前に出てきて、私は大きくのけぞった。

それを見て紫は怪しく微笑み、レーザーの基点となる弾幕を手に出した。ヤバっ!!

「引け、魔理沙!!」

その声に反応したわけじゃないが、私は全速力で後方へ飛んだ。

入れ替わりに妖夢が紫に切りかかる。紫は再び消え、元いた位置へと戻った。

「助かったぜ。」

「油断するな。紫様は幻想郷でも1、2を争う実力者だ。本来だったら私達の敵う相手じゃない。」

ああ、わかってるぜ。

「だけど私達は5人だろ?だったら勝てないはずはないさ。」

「それは5人がちゃんと力をあわせればの話だ。突っ走るんじゃない。」

善処するのぜ。





***************





ふふ、仲間思いのいい子たちね。彼らが本当の意味で力を合わせられたなら、きっと私を倒すことも出来るでしょう。

でも今はまだ無理。連携もバラバラだし、協調性が足りない子達がいるし。

だから、全ての鍵は名無優夢が私のにらんだとおりの能力を持っているかどうか。それがなければ彼らが私に勝つことは――。

「私のこと忘れてんじゃないの?」

気付けば、霊夢がこちらに向かってお札と針と、霊力弾まで放っていた。あら、最初から随分と本気ね。

私はそれをスキマを使わずにかわす。当然、お札と霊力弾は私を追尾する。

後ろに下がり続けお札と霊力弾をひきつける。

「今だぜ!!」

「もらった!!」

その私の様子を隙と見たか、白黒とメイド長がそれぞれの弾幕を放ちながら突っ込んできた。

「あ、咲夜さん!!」

「魔理沙、勝手に突っ走るなと言っただろう!!」

二人を止めようと夢々コンビが後を追うが、もう遅い。

私はそれぞれの弾幕を十分に引きつけ。

結界『動と静の均衡』。

次のスペルカードを霊夢に向かって・・・・・・・放つ。これで三枚同時。

私のスペル宣言によって、霊夢と魔理沙と咲夜の放った弾幕は全てかき消されてしまう。

「三枚目ッ!!」

「いい加減卑怯臭いぜ!!」

あら、卑怯とは心外ねぇ。これは立派な戦術よ。

それに、一人相手に複数のスペルカードは使っていないでしょう?

「そうね。この程度だったら楽だわ。」

霊夢は私が放った魔法陣から放たれる無数の弾幕を、何事もないかのように避けていた。

さすがね。勘の強さは見事だわ。彼女は、弾幕の軌道を完全に読みきっていた。この手の弾幕は霊夢には通用しない。

本当は妖夢に使うはずだったんだけど。あの子だったらきっと面白いようにひっかかってくれるから。

多分優夢の差し金でしょうね。妖夢が魔理沙のフォローに回ったのは。

本人が意図したことではないでしょうが、わずかだけど、彼は確実に私の計算を崩した。

だからこそ。

「面白いわ。」

私は虚空を見つめた。否、虚空ではなく、そこには確実に。

「ちっ、バレた!!」

「言ったでしょう。私はあなたをずっと見ていたのよ。」

だからこの、『見えない弾幕』も知っている。

罔両『ストレートとカーブの夢郷』。

スペルカードを宣言することで、彼の弾幕を相殺する。流石にあの隠蔽度では、私もかわしきれる自信はない。

私はカーブする大玉と直進する妖回針を彼に向かって放ちだした。

妖魔針は流石に打ち落とされてしまうけど、大玉の方はそうもいかない。

「性の悪い!藍さんの『四面楚歌チャーミング』の方がよっぽどマシだったぞチクショー!!」

あら、褒められちゃったわ。

「褒めてねぇ!!」





***************





『魔理沙を頼む』。優夢さんには確かにそう言われた。

だけど私は早くも我慢の限界に達しようとしていた。こいつは、私の言うことがわかっているのか!!

「突っ走るなと言っているのがわからないのか!!」

「言って聞くほど純朴少女でもないぜ、私はなあ!!」

魔理沙は私の忠告を聞かず、レーザーの嵐の中へと突っ込んでいった。あれで今まで落ちなかったことが不思議でならない。

こいつはわかっているのか?この戦いには優夢さんの『正体』がかかっていることを。

私は知りたい。優夢さんがどういう存在で、中にあるというのが何なのか。もっと優夢さんのことを知りたい。

だがこいつがこんなザマでは勝てるはずがない。ただ私の足を引っ張っているだけだ。

――いっそ、こいつのことを見捨てて私一人だけでも紫様を倒すか?

そんな考えが頭をよぎる。それでもいいような気がしてきた。

私は魔理沙と距離を取り、別の角度から紫様に攻撃を仕掛けることに決めた。

「はっ!!」

紫様の死角から、剣閃により弾幕を浴びせかける。

だがそれは、再びスキマを使った瞬間移動によりかわされてしまった。くっ!!

「それではダメよ、妖夢。」

「!?」

後ろから現れた紫様に、私は飛び退いた。

魍魎『二重黒死蝶』。

その私に向かって、紫様は弾幕を放ってきた。避けきれない!!

私は被弾を覚悟し、衝撃に備えた。――ひょっとしたらその一撃で落ちてしまうかもしれない。紫様の妖力は強力なのだ。

何という未熟。優夢さんの役に立とうと思ったのに、このザマか・・・!!

私の胸は悔しさでいっぱいだった。

「諦めるのは早いぜ、妖夢!!」

そんな私に、いつの間にか私に接近していた魔理沙が檄を飛ばしてきた。同時、私は魔理沙の箒に無理矢理乗せられた。

「な!?降ろせ!!お前まで巻き込まれる気か!?」

「あいにくとそんなつもりはないぜ!私はなぁ・・・」

魔理沙はそこで言葉を区切り、急加速した。急激な負荷に、私は思わず目を閉じた。

「この程度の弾幕で落ちるほど、ヤワには出来てないんだぜ!!」

上に、下に、右へ左へ。とにかくデタラメに箒を動かす。その間私は、落ちないように魔理沙にしがみついていた。

ややあって動きが停止する。私は恐る恐る目を開けた。

「・・・馬鹿な。」

魔理沙は、私に放たれたスペルの弾幕を全てかわしきっていた。

「今のでよく避けられるわよねぇ。」

「あの程度なら軽いぜ。私は普段もっとドギツイスペルを日々攻略しようとしてるんだ。」

「そうねぇ、あなたの努力は驚嘆に値するわ。間違いなく、努力の天才だわ。」

「何のことだぜ、私は努力をした覚えなんか・・・ない!!」

魔理沙が星の弾幕を放つ。紫様はやはりスキマをくぐりかわし、元の位置へと戻っていた。

・・・私だけだったら、落とされていた。

「くっ・・・礼は言わないぞ。」

「別にいいさ。私だってさっき助けられたんだからな。お相子だ。」

そうか、お相子か。

「それにな。私達は仲間なんだろ?だったら、お互いに助け合うのは当たり前のことだぜ。」

「・・・驚いたな。あなたからそんな言葉が飛び出すとは。」

あまりそんなことを言いそうには思えないが。

「お前は私をどんなやつだと思ってるんだ。」

「白黒の泥棒魔女だと優夢さんは言っていたが。」

「・・・後でシメる。」

それは許さないぞ。まず私が相手になってやる。

だが、今はそんなことよりも。

「なら魔理沙。弾幕避けは任せた。私は攻撃に集中する。」

「私も魔砲をぶっ放したいところだが、妖夢一人で避けさせてたら落ちそうだからな。しょうがないから引きうけてやるぜ。」

不敵に笑い魔理沙は言った。

この白黒は。思わず苦笑してしまう。

結局こいつも、優夢さんのことをもっと知りたいのか。一人の友人として。

なら、目的は同じだ。やるべきこともただ一つ。

「後ろは任せたぜ、妖夢!!」

「心得た!!」

私は魔理沙の箒に乗ったまま、楼観剣を構えた。

そして私達は、レーザーと二重の蝶が混ざり合う弾幕の嵐の中へと突入していった。



それを見て、何故か紫様が笑っていたような気がした。





***************





なんと無様な・・・!お嬢様の恨みを晴らそうと思ったのに、スペルカードを三枚も使用して一発も浴びせられないなんて!!

思いだけが加速し、私は焦りを覚えた。そのため動きにキレがなくなっているのがわかったが、抑えられそうにない。

私はただ、無闇やたらとナイフを投げ続けたが、それは一向に当たる気配を見せなかった。

「咲夜さん、落ち着いてください!!」

優夢が何か言いながら弾幕をかわす。彼もスペルを使われたために回避に追われている。

そのため、優夢の防御がないので私にかする弾幕が増えてきていたが、気にする余裕はなかった。

ただ無我夢中でナイフを投げ続け――。

「あ・・・。」

いつの間にか、手元に残ったナイフは一本だけになっていた。・・・くっ!!

それでも私は、それを投げようとして。

「くっ・・・いい加減にしてください!!」

優夢に腕を掴まれた。

「放しなさい!!」

「放しません!!それを投げたからといって当たるわけないでしょう!!」

「そんなことやってみなくちゃわからないわ!!」

「やらなくたってわかります!!そんないつもの完全さのない咲夜さんじゃ、俺でも倒せますよ!!」

「何ですって!?」

「その通りでしょうが!自分でも気付いてるんでしょう、焦ってることに!!」

優夢に心の内を見透かされ、私は唇をかんだ。

「落ち着いてください。ナイフは、後で何とか回収しましょう。・・・けど『殺人ドール』はこれでブレイクですよね。」

「・・・ええ。」

「スペルは後何枚残ってますか。」

「幻符『インディスクリミネイト』だけよ。」

優夢は視線だけは八雲紫から離さず、何事か思案していた。

八雲紫は私達を観察しながらクスクスと笑っていた。弾幕も撃たずに。・・・何を企んでいる。

「わかりました。それじゃあ咲夜さんはこれからスペルカードは使わず、通常弾幕だけで戦ってください。」

「・・・弾幕を避け切れなかったらどうすればいいのよ。」

「そこは心配しないでください。ここからは俺が盾になります。」

本気?それはつまり、あなたの弾幕で私の分とあなたの分両方のスペカを砕き続けるということよ。わかっているの?

「ええ、わかってますとも。だから俺なんじゃありませんか。」

「・・・それは確かにね。」

通常弾幕で弾幕を砕くなんて、この子ぐらいにしかできない。むしろこの作戦は優夢がいなかったら不可能だ。

「じゃあ、頼んでもいいのね?」

「任せてください、メイド長。」

・・・ふふ、そうだったわね。

名無優夢は、私が認めるほど有能なメイドだったわ。

「まずは弾幕用のナイフの回収よ。それが終わったら八雲紫掃除とお嬢様のお世話。やることはまだまだあるわよ、優夢。」

「ええ、わかっております。万事お任せください、咲夜さん!!」

私は優夢と並び、再び弾幕の檻の中へと飛び込んでいった。



もう私に焦りはなかった。





***************





どうやら立て直したみたいね。

魔理沙と妖夢の方は、勝手に立ち直ったみたいだけど。話を聞いているようじゃ、やっぱり優夢が関係していた。

咲夜は彼の影響をもろに受けたようね。存在感の安定がさっきまでの比じゃないわ。

霊夢は相変わらずマイペースだから、変わりはなしと。

けれど少しずつだけど、彼らは一つに纏まり始めている。バラバラに戦っていたのが、互いの良さを『受け入れて』戦い始めている。

これはきっと彼の能力の片鱗。私の想像する彼の能力ならば、これぐらいはできて当然だ。

私が本当に見たいのはこの先にあるもの。彼の能力が作り出す、『融和した未来』。

だけどまあ、第一段階はこんなものね。とりあえずここらで一区切りつけておきましょう。

私は五つのスペルカード全てを全開にした。三方向に吹き荒れる種類の異なる弾幕の嵐。

「うおっとぉ!!」

「もっとしっかり避けてくれ魔理沙!今かすったぞ!!」

「左舷弾幕薄いわよ!何をやってるの!!」

「そげなこと言われましても、流石にこれはー!!?」

「賑やかね。もう少し静かに戦えないのかしら。」

クスクス、楽しそうだこと。彼らは本当におかしな狂乱劇を繰り広げていた。一見すればののしりあっているように見えなくもない。

だけど本当は、お互いの力を信用し合い、だからこそ要求をする。素晴らしいじゃない。

と。

「いつまでも調子に乗ってるんじゃないぜ!!」

「紫様、覚悟!!」

「今度は外さないわよ!!」

「俺のもおまけで!!」

「今度はあんたが追い詰められたわね。さあ、どうする?」

全員が一斉に、まるで計ったかのようなタイミングで同時に弾幕を放ってきた。これは逃げ場がないわね。

だったら、スキマをくぐるまで。私はその場から消え、何もない空間を弾幕が通り過ぎた。

「また消えやがったぜ!!」

「スキマだ!紫様はスキマを通って移動できるんだ!!」

「反則もいいところね!!」

「く、何処行った!?」

彼らがキョロキョロと探すのがわかる。クスクス、私はどこに出るでしょう。

しばらくあって、私は現世へ顔を出す。



目の前には、札と針と霊気で励起した陰陽玉が浮いていた。

「・・・どうして私の場所がわかったのかしら。」

「勘よ。」

霊夢の後ろに現れた私は、既に張られていた逃げ場のない弾幕の嵐に撃たれた。

スペルブレイクね。

「あいたた、レディーはもうちょっと丁寧に扱いなさい。」

「それを言ったら私もレディーだから問題ないわ。ところでこの場合、スペルブレイクはどうなるの。」

私は今5枚一辺にスペルカードを使っていた。普通は1枚ずつ使うものだから、こういう場合の規定はないけれど。

「5枚全部ブレイクでいいわ。」

「いいの?随分と余裕なのね。」

「それは勿論♪」

この程度で不利になるほど、私の策略は浅くない。

それに。

「今のは皆の力でもぎ取ったスペルブレイクでしょう?」

「それもそうね。」

霊夢は本当に、当たり前のことのように言った。ふふ、わかっているのかいないのか。

私は再びスキマをもぐり、元いた場所へと移動した。

さあ、それじゃあ次のスペルと行きましょうか。

罔両『八雲紫の神隠し』。

宣言を聞いて、彼らは一斉に表情を引き締めた。

こんなに楽しい戦いは、一体何十年、いや何百年ぶりかしら。

私は人知れず、心の底から笑うのだった。





***************





紫さんがスキマとやらに潜り込む。その直前、四方八方へレーザーと大玉が発射された。

「くっ!!これは俺の操気弾じゃ防ぎきれない!!」

「作戦変更よ、優夢!!」

当然の判断だ。俺は二も無く了解した。

俺は盾の役をやめ、それぞれで回避行動を取る。避けるのがそれほど上手くない俺はグレイズしたが、咲夜さんは難なくかわしたようだ。

紫さんは妖夢と魔理沙の目の前に出現し二人を驚かせていた。そして再びスキマにもぐり、直前に弾幕を放つ。

これではっきりした。紫さんが使っているスペルは全て、藍さんのスペルの上位互換だ。

初めに使った『夢と現の呪』は『仙狐思念』と、『光と闇の網目』は『狐狸妖怪レーザー』、『動と静の均衡』と『十二神将の宴』、『ストレートとカーブの夢郷』と『四面楚歌チャーミング』、『二重黒死蝶』と『ユーニラタルコンタクト』といった具合だ。

そして今使った『八雲紫の神隠し』は『プリンセス天狐 -Illusion-』の上位互換。あのとき俺は、確か『デカルトセオリー』で凌いだんだったっけ。

けどこいつはそうもいかない。とてもじゃないけど『デカルトセオリー』で防ぎきれる威力じゃない。

となると、別の突破口を探さないと!!

他にも考えられることがある。紫さんのスペルが全て藍さんの上位互換であるとするなら、藍さんと同じ10枚ということになる。

さっきみたいに5枚一辺にブレイクできれば、あと一回という計算になるが・・・。

そんなに上手い話はないだろう。倍はないにしても、もう二・三枚は持っていると考えた方がいい。

・・・しかしこのスペル!!

「狙いがつけられない!!」

「くっ、ちょこまかと!!」

現れてはすぐに消えランダムに出現するため、何処に弾幕を撃ち込めばいいのかわからない。

藍さんのときは、スペルカードの時間切れを待った。だけどこれじゃ、時間切れが来る前に俺達の方が落ちる!!

スペルカードを使うか?いや、この状況を打破するスペルなんて俺は持ってない。無駄撃ちするだけだ。

どうする、どうすればいい!?

「・・・優夢さん、ここは私達にお任せください。」

「要は避けて、探して、当てればいいんだ。」

いつの間にこっちまで来てたのか、妖夢と魔理沙が俺に話しかけてきた。

・・・そうだな、それが今できる最善策だ。

「危険な役回りだけど、引き受けてくれるか?」

「無論!!この命、優夢さんのためなら捨てても惜しくはありません!!」

や、それは行きすぎです。

「まあ、こいつは私が死なせない。だから優夢は、そこで安心してゆっくりしてるんだぜ。」

ゆっくりしたら確実に落とされますがね。

けど、二人の心が俺には嬉しかった。

「頼む!!牽制は任せておけ!!」

「承知!!」

「さあ、飛ばすぜ妖夢!振り落とされるなよ!!」

魔理沙が叫ぶと、二人はとんでもないスピードで飛んでいった。

あれで落ちないかと心配だが、魔理沙の避けテクは信頼している。多分大丈夫だ。

だから俺は。

「紫さん、あなたの敵はこっちです!!」

紫さんの弾幕の意識を、こっちに集中させることに努めた。





***************





優夢が紫の注意を引きつけてくれたことで、私達への弾幕が明らかに減った。

よし、この隙に何としても一発当てる!!

だけど、一体どうやって出現ポイントを当てればいいのか。奴は本当にランダムに出たり消えたりを繰り返していた。

法則性はない。多分あえて法則からずらしているんだろう。だから読めない。あの胡散臭さは全部計算ってわけだ。

全く本当に性の悪い。真の黒幕っていう言葉はきっとこいつのためにあるな。

ともかく、私では奴の動きは読みきれない。だったら!!

「霊夢!!指示頼む!!」

私は大声で霊夢に呼びかけた。読めない計算に対抗するなら、予知じみた霊夢の勘だ!!

「なるほど、そういうことね。・・・多分右斜め後ろ!!」

霊夢が叫んだ直後、その予測の通り紫は私の右斜め後ろではるか離れたところに現れた。

方向は合っていた。が、少し遠すぎる!!

届くか!?

「はあ!!」

妖夢が剣を振るい弾幕を飛ばす。しかしやはり、届く前に紫は消えた。

惜しい。だが、これならいける!!

「霊夢!どんどん指示を出してくれ!!」

「外しても文句言うんじゃないわよ。あんたの真下!!」

「・・・本当に何でわかるのかしら。」

おわ!?私達の下から突然紫が現れた。それに私も妖夢も思わずのけぞる。

放たれるレーザーと大玉。私は得意の根性避けでかわしきる。

「こいつはお返しだぜ!!」

「紫様、ご覚悟を!!」

反撃に、私と妖夢で弾幕を叩き込む。これは避けられないはず!!

だが紫は怪しげに微笑み、スペルカードを取り出していた。またダブルスペカか!!

罔両『禅寺に棲む妖蝶』。

奴のスペル宣言によって、私達の放った弾幕は相殺されてしまう。

「うわ!!」

「引くぞ魔理沙!!」

同時、奴が展開した卍レーザーが私達に襲い掛かってきた。こいつは近くにいたら落とされる!!

私達は大きく後ろに飛ぶことで、レーザーの効果範囲から逃れた。・・・ふぅ、危ない危ない。

私達が逃げたのを見てとると、紫はやはり怪しく微笑みスキマに消えた。

一撃当てることはできなかった。けど、スペルカードを一枚使わせることはできたんだ。

この調子だぜ!!

「霊夢、まだまだ行くぜ!!」

「元気ね。私に楽させてくれるんならそれでいいわ。」

私は霊夢の指示を受け、再び紫の追撃にかかった。





***************





魔理沙が再び紫へと突っ込んでいく。紫はスキマから出ると同時に卍レーザーを展開するが、そんなこと一切お構いなしだ。

よくあんなことをやる気になるわ。私だったらしない。出来ないわけじゃないけど、正直やるだけ面倒臭い。

ま、今回は5対1だし。最終的に誰かが一発当てればいい。私はゆっくり楽をさせてもらいましょう。

「あら、あなたは優夢の正体が気にならないの?」

魔理沙と妖夢の攻撃をスキマをもぐってかわした紫が、今度は私の目の前に出現した。

当然卍レーザーを照射してくるけど、その前には私は既に効果範囲から逃げている。

「愚問ね。私は優夢さんの正体が何であろうと、知ったこっちゃないわ。」

お返しに、お札と針を投げつける。だが紫はスキマにもぐりかわした。

「別に優夢さんが妖怪だろうと、吸血鬼だろうと、あるいはそれ以外の何かだろうと、お賽銭入れる限り神社に泊まらせてあげるわよ。」

「あらあら、随分と信用してるのね。寝首をかかれても知らないわよ。」

それはちょっと違うわね。

「もしそんなことになるんだったら、私が優夢さんを懲らしめればいいだけじゃない。他の妖怪同様にね。」

結局のところ、相手が何であろうと私は接し方を変えるつもりはない。

だってその方が、あれこれ複雑な面倒臭いことを考えるよりもずっと楽じゃない。

「クスクス、本当にあなたはあなたらしいわ。」

「何かいけない?」

「いいえ、とってもいいわ。」

それはそれで何がいいのか聞きたいわね。

「そう、あなたはそのままでいい。たとえ彼が何であれ、あなたはあなたのまま彼に接し続ければいいのよ。」

「私だけ?」

「ええ、あなただけ。」

それは何でかしらね。

「だって、他の皆は変化するもの。良くも悪くもね。」

「それは私が成長しないとでもいいたいのかしら?」

少々癇に障る言い方だった。

「そうじゃないわ。あなたは博麗の巫女だから、変わらないことが必要なのよ。」

・・・どういう意味よ。

「今はまだ知らなくていいわ。これからも、別段知る必要はない。ただあなたに知る意思があれば、いずれ教えてあげるわ。」

ふーん。どうでもいいわ。

「フフフ、本当にあなたってあなたらしいわ。」

そうとだけ言って、紫は再びスキマへと潜り込んだ。弾幕とレーザーが散る。

私はそれを、当然のようにかわした。

あいつが何を思ってるのかはよくわからない。胡散臭くて、本当のことを言ってるのかも怪しいわ。

だけど、あいつが言ってたこと。「たとえ彼が何であれ、あなたはあなたのまま彼に接し続ければいい」という言葉。

それだけは、その通りだ。別に言われなくとも私はそうする。

彼がありのままに全てを受け入れるように。

私は何ものにも囚われず、彼という存在を受け入れる。

それが必然なのだ。





それにしても、中々当たらないわね。幾ら魔理沙の動きが速くても、攻撃が到達する前に消えられるんじゃ当たりようがない。

優夢さんは回避で手一杯。咲夜はナイフ回収中。

・・・はぁ、しょうがないわね。

私はタイミングを計り、スペルカードを宣言した。

霊符『夢想封印 散』!!

七方向に散る七色の霊弾。追尾性能を持つそれは。

「なるほど、確かにこれなら当てられるわ。」

スキマから顔を出した紫に向かって、一直線に飛んでいった。

それは到底かわしきれるタイミングではなかった。が。

式神『八雲藍』。

奴は次のスペルカードを宣言することで、私の『夢想封印』を相殺した。

紫の目の前に出現する藍。彼女はグルグルと回転しながらこちらへ突っ込んできた。

式そのものを弾幕にするスペルカードなのね。式虐待だわ。

ま、どうでもいいんだけど。私は身をかわし、藍は何もないところを通り過ぎていく。

「・・・そうだったわね、他のスペルも使ってるんだったわ。」

失念していた。藍を盾にして、紫は次の大玉を放っていた。

これは・・・かわせるタイミングじゃないわ。どうしよ。

「伏せろ霊夢!!」

そう考えていると、後ろから妖夢に声をかけられた。私はその指示に従い、空中でかがむ。

断迷剣『迷津慈航斬』!!

妖夢のスペル宣言と、剣の一閃。それで私へ飛んできていた大玉は真っ二つに切られ消滅した。

・・・まさか、助けられるとはね。

「当然だ。今はあなたも紫様を打倒するための仲間だ。」

「ヤバくなったら早く言えよ。お前が落とされたら紫の位置特定は誰がするんだ。」

どうやら、私だけ楽はさせてもらえないらしい。

「しょうがないわねぇ。足引っ張るんじゃないわよ。」

「それはこちらの台詞だ!!」

「さあ行くぜ!!」

私は魔理沙達とともに、紫に一撃を加えるために動き始めた。





***************





霊夢の方は何とかなったみたいだ。大玉が霊夢に接近してきたときは、俺も少々肝を冷やした。

まあ俺も人の心配をできるような状況ではないが。目下全力で回避中だ。

咲夜さんはナイフを回収し終え、先ほど合流した。だが、今は固まっている意味はあまりない。

あの弾幕サイズは俺の弾幕で砕ける大きさじゃない。かと言って、スペルカードが残り一枚の咲夜さんを放っておくわけにはいかない。

いざとなったら俺のスペルカードで相殺するため、一塊になっている。

魔理沙と妖夢だけでなく、霊夢も動き始めた。霊夢は二人に紫さんの出現位置を指示し、自分は別角度から紫さんに攻撃を仕掛けようとした。

だが霊夢は攻めきれなかった。藍さんだ。彼女が常に霊夢を狙っていた。

そのため霊夢は紫さんの放つ弾幕と藍さんの二つの弾幕に注意しながら戦わなければならなかった。

そのため決定打に欠けていた。もし霊夢が本来の力を発揮できていたなら、多分一撃を加えることは容易い。

俺は何とか藍さんの相手をしたかったが、弾幕をかわすので手一杯だった。

それに、咲夜さんを置いていくわけには・・・。

「私のことはいいわ、優夢。」

俺の考えを見透かしたかのように、咲夜さんは言った。

「あなたならあの状況を打破できる。そうでしょう?」

・・・できるかどうかはわからない。けど、多分力にはなれると思う。

「だったら行きなさい。私はこの程度で落ちたりはしないわ。」

咲夜さん・・・。

「わかりました。絶対に落ちたりしないでくださいね。」

「私は完全瀟酒なメイド長よ。そう簡単に落ちたりはしない。」

・・・そうですね。

「じゃ、行って来ます!!」

「気をつけて行ってらっしゃい。あなたが落ちたりしないように。」

俺は咲夜さんと散開し、霊夢のところへ駆けつけた。

「霊夢!!」

「あら優夢さん。落ちてなかったのね。」

落ちてなかったのねって・・・。

「そう簡単に落ちられるかよ。俺の正体がかかってるってのに。」

「少し意外ね。優夢さんなら別に気にしないと思ったのに。」

・・・いや、確かにその通りだ。俺自身、俺の正体についてはさほどの執着はない。

だけど。

「いつまでも皆にもやもやさせるわけにはいかないだろ?」

「・・・優夢さんらしいというか、お人よしというか。」

俺の答えに、霊夢は納得したようなあきれたような表情をした。・・・悪かったな。

「そういうわけだから、藍さんは俺に任せろ。紫さんの方を頼む。」

「わかったわ。」

霊夢はそう言って飛んでいった。その後ろから攻撃をしかけるように、藍さんが飛んできた。

させるか!!

陰体変化!!

手を組み即座に女性化する。間髪入れず。

魔槍『ランス・ザ・ゲイボルク』!!

紅の魔槍を出現させる。

それをもって藍さんの攻撃を正面から受け止めた。

「・・・なるほど、その槍なら私の攻撃も受け止められるな。」

「そういうことっす!」

俺は槍を横に薙ぐ。それをかわすように、藍さんは後ろへ飛んだ。

「だが、私とて紫様の式だ。その魔槍を折れぬ道理はない!!」

そして、これまでとは比較にならない勢いでこちらへと飛んできた。真っ向勝負ってことか。

「いいでしょう!受けて立ちます!!」

俺はポケットからさらに一枚のスペルカードを取り出した。

紅星『レッドクルセイダー』!!

紅の魔弾を散らさず、その場で紅十字を形成する。

「はあああああ!!」

「おりゃああああ!!」

藍さんの妖力の壁と俺の紅十字がぶつかり合い、激しいスパークを起こした。

その衝撃に耐えかねるかのように、俺の槍はミシミシと悲鳴を上げた。

「ふんぬぐぐぐぐぐぐ・・・!!」

「ふぅうううううううう・・・!!」

互いを互いに削りあう、俺と藍さんの力の結晶。若干だが、俺の方が押されている。

以前の藍さんの力とは比較にもならない。これが彼女の本当の力か!!

ニヤリと、藍さんが勝利を確信し口の端を吊り上げた。

・・・負けてたまるかよ。俺には負けられない理由があるんだ!!

「おああああああああああああああ!!!!」

ただ負けられないという一つの意思に従って、俺は全力で霊力を放出した。

「・・・何!?」

それは効を成し、藍さんの妖力の壁に小さなヒビをつけた。

そこからは早かった。槍とはそういう武器だ。

俺の十字槍は、まるでそれまでの拮抗が嘘だったかのように、妖力の壁を貫いた。

「やはりあなたは、強いな。」

藍さんが敗北を認め、そう言った。

時を同じくして、霊夢の『夢想封印』が紫さんを捉えていた。

紫さんは一度に3つブレイクした。これで8枚!!



少しずつだけど、俺達は一つに纏まって戦えている。

そんな気がした。





***************





さっきよりも皆が纏まっている。だけどまだ足りない。私の見たいものはこんなものじゃない。

だったら、物理的に距離を縮めよう。

私は次のスペルカードを手に取り、宣言した。

『人間と妖怪の境界』。

宣言と同時、私の体は妖力の帯になる。

「ゲッ!?『狐狗狸さんの契約』か!!」

そう、これはそれの上位版。一度これで大苦戦した彼は、その恐ろしさがよくわかっているでしょう。

しかも今度は5人同時包囲。一人だけ避けきればいいというものでもないわ。

「皆、できるだけ固まるんだ!!」

「わかってるわ。」

「けど、こんな固まってちゃ避けきれないぜ!!」

「私と優夢さんで出来る限り弾幕を叩き落す!」

「焼け石に水だけど仕方ないわね。」

彼らは一箇所に固まって、撃ち出される弾幕に備えた。妥当なセンね。

でも、本当にそれでいいのかしら?

「くっ・・・数が多い!!」

「落としきれない!!」

私の『人間と妖怪の境界』は藍の『狐狗狸さんの契約』とは弾幕の密度が違う。

藍のスペルですら、一人でも苦戦するのに、ましてや私のこのカードを5人で突破するのは不可能に近い。

そう、ただかわし続けるだけなら。

優夢の槍も妖夢の剣も通さないこの体だけど、一人だけいるはずよ。この妖力の檻を打ち破ることができる人間が。

「優夢、妖夢!下がれ!!私がぶち破る!!」

「え!?でも魔理沙、魔力が」

「私はまだまだいけるぜ!!恋符『ノンディレクショナルレーザー』!!

魔理沙がミニ八卦炉から全方位にレーザーを照射し、妖力の檻を打ち破った。

彼女が一度に放出できる魔力の量はこの中でダントツだ。ひょっとしたら、幻想郷でも5指に入るかもしれない。

だが彼女にはそれに耐えるだけの魔力がない。だから魔砲は正真正銘彼女の切り札なのだ。

さて、ここまでの戦いで彼女が使った魔力の量はどのくらいか。少なくとも一度スペルカードを使っている。

その上で今の全方位魔砲。明らかに彼女の霊力の容量を超えている。

それが証拠に。

「魔理沙!?」

「うっく・・・へへ、大丈夫って、言ったろ?」

「馬鹿!!フラフラじゃないか、無理すんな!!」

「しょうがないわね、私が肩を貸してあげるわ。」

「いいって、気にすんな・・・。」

「そんな状態で動き回られても迷惑だわ。役立たずは役立たず同士、補い合うわよ。」

「自分で役立たずって言ってりゃ世話ないわね。」

魔力が尽きて飛ぶのもやっとになった彼女を、咲夜が支える。憎まれ口をたたきながらも彼女を認めていることが伺えた。

咲夜が魔理沙を支え、霊夢と妖夢、優夢が、実体化した私を見据える。

さらに高まった結束を感じる。だけどまだ、あと一押し。

結界『生と死の境界』。

私は次なるスペルカードを宣言し――。



眼前に、優夢と妖夢が迫っていた。・・・まるで藍のときの焼き直しね。

二人は同じ行動を取ったことに驚いた表情を見せていた。そしてお互いに目を合わせ、苦笑し。

人符『現世斬』!!

同時に、同じスペルカードを放った。

10の斬撃を私はかわすことなく、スペルブレイクした。

「・・・何考えてるの?」

霊夢がそんな私に、冷静に問いかけてきた。何を考えているか、ですって?

「そうね、強いて言うならば、『より良い未来』ってところかしら。」

「胡散臭いわね。」

「胡散臭いぜ。」

「胡散臭いですわ。」

「胡散臭いですよ。」

「・・・すみません紫様、やはり私にはフォローできません。」

クスクス、素直な子たちね。

今この子たちの心は一つになっている。あれほど我が強く協調性のなかった者たちが、お互い協力し、一つの目的のために進んでいるのだ。

これがきっと、彼の能力の本質。受け入れることと、もう一つの貴い能力。

いえ、むしろそれらは本来一つのものなんでしょうね。ただ私が理解するためだけに分離して考えているだけ。

ともかく、そのために彼女らは一つになれている。それは彼女達だけだったら叶わなかった形。

そんな素晴らしい光景を見せてくれただけでも、優夢には感謝ものね。

さて、それじゃあそろそろ。



紫奥義『弾幕結界』。



最後のスペルカードと行きましょうか。





***************





紫さんがスペルカードを宣言すると、俺達の周囲を魔法陣が回転しだした。・・・もうこの時点で嫌な予感しかしない。

「あなた達の結束。見事なものだったわ。私はそれが見たかったの。」

紫さんは優雅にスキマに腰掛け、俺達に言葉を投げかけた。

「そして、それがあなたの能力よ。優夢。」

俺の能力だって?

「そうよ。あなたは自分の能力を受け入れることだと思っているようだけど、実際にはそれだけじゃないわ。」

それは・・・以前パチュリーさんにも言われたことだ。

『存在を受け入れる程度の能力+α』。そう言っていた。

「惜しいわね。少し違うわ。あなたが受け入れ『実行する』のは、もっと貴い何かよ。」

何だそりゃ。わけがわからなかった。

「おしゃべりはここまで。あとは行動で示しなさい。」

あなたの貴い能力を。そう言って紫さんは、自分の周囲に結界を張った。

見るからに頑丈そうな四重の結界だった。



そして同時に、回転する魔法陣から無数の弾幕が展開された!!

それらは俺達の周囲をグルリと囲み、逃がさないよう壁を作った。なるほど、『弾幕』の『結界』だ!

「乗り越えて見せなさい、『貴い幻想』!!」

紫さんの言葉に呼応するかのように、無数の弾幕が接近してきた。砕く以外に手がない!!

「妖夢!!」

「わかってます!!」

俺の槍と妖夢の剣で、迫り来る弾幕の壁を砕く。だが既に第二陣が張られていた!!

その数はざっと先程の2倍。

「くっ・・・、なんつうエグい弾幕だ!!」

さらに一陣。こんどはさらにその倍だ。

これ以上は俺も妖夢ももたない・・・。

だったら!!俺はポケットから一枚のスペルカードを取り出した。『ランス・ザ・ゲイボルク』は破棄することになるが仕方ない!!

だが俺のスペルカードを見て、魔理沙が焦ったように叫んだ。

「お、おい!そのスペカは女のままじゃ!!」

その通り。今から俺が宣言するのは。

暴符『ドライビングコメット』!!

女の状態で使っても活かし切れないスペルだ。確かにこのままじゃ意味がない。

だからこそ。俺はカードをずらし、もう一枚のスペルカードを見せた。

行くぜ、新スペル!!



想符『男女男男女男女』!!



『・・・。』

・・・シリアスな場面なのに、空気が凍ったような気がした。

ま、まあそれはともかく!

俺は36の中玉を操作して、俺達の周囲を囲むようにした。

「ダメだ!防ぎきれない!!」

誰かが絶望的な悲鳴を上げたが、そいつは早計だぜ!!

陽体変化!!

俺は弾幕を展開したままの状態で男に戻った。

すると弾幕は、男時の性質に変化しようとして、徐々にサイズを増していく。

「これは・・・!!」

「流石にやりすぎでしょ・・・。」

霊夢の言葉ももっともだ。

何せ、俺達の周囲を36の――少々大きさは小さいが、それでも十分な大玉が埋め尽くしたのだから。

そう、これはそういうスペルカードなのだ。

俺の弾幕は男性時と女性時で性質が異なり、一長一短なのだ。

何とか両方の特性を活かせないものかと考えた結果生まれたのがこのスペカ。

こいつは弾幕を出した状態で陰陽変化するだけのスペルだ。だが、スペルカードの組み合わせ次第では、このように36の大玉を生み出すこともできる!!

ただし、持続時間はそれほど長くない。弾幕を砕き切ると、操気弾は安定を求め融合し、11の弾幕となる。

そうなったら。

陰体変化!!

再び女に戻ればいい。

融合した弾幕は結合を維持できず、36の弾幕となる。

その繰り返しで、俺は襲い来る弾幕結界をことごとく打ち落とした。

「凄い・・・。」

「まさか、こんな使い方をするとは思ってなかったわ。」

「・・・けど、だからこその優夢だぜ!!」

「その通りだわ。」

霊夢と魔理沙はあんまり驚いてないみたいだ。やっぱり付き合い長いと違うな。

そんなどうでもいい感想を持った。

「見事ね。私もこのスペルは知らなかったわ。でもどうするの?防ぎ続けているだけじゃ、いずれ削り落とされるわよ。」

・・・紫さんの言う通りだ。

このスペルカードは異常なまでに神経を使う。一瞬とは言え、かなりの無理がかかっているからだろう。

おまけに現在俺は『ドライビングコメット』を併用中だ。霊力もガンガン削られている。

だったら。

「先にあなたを落とします!!」

俺はさらに一枚、スペルカードを取り出した。

「三枚目!?」

「馬鹿、やめろ!!いくら何でも無茶し過ぎだ!!」

魔理沙が止めてきた。そうだろうな、俺自身無事で済むとは思えない。

だけど、俺にだって意地くらいあるさ。負けたくないっていう、単純な男の意地が。

「だから、止めてくれんな!!」

俺はスペルカードを、高々と掲げた。

想符『1700万ゼノのブルーツ(笑)波』!!

「何なんですかその名前!?」

初見の妖夢が突っ込んできた。色々台無しだったが・・・気にしないことにしよう。

ともかく、俺のスペル宣言により11の大玉が一ヶ所に集中する。互いに互いを飲み合い、肥大していく弾幕。

「おいおい・・・。」

「言葉もないわね・・・。」

最終的にそれは、普段の10倍は優に越えるサイズとなった。正真正銘、俺の全力だ。これを撃ったら立ってられる自信はない。

だから、俺は大馬鹿野郎だと自分で思う。

思符『信念一閃』!!

この上、さらにスペルカードを使おうというのだから。

最早反応はなかった。俺の馬鹿さ加減に呆れてるんだろうか。

それならそれでいいさ。

半径10mを越す巨大操気弾は、限界の圧縮をかけられ、一気に手のひらサイズまで縮んだ。

見た目こそ情けないが、こいつには文字通り俺の全てが凝縮されている。持っている手が焼けそうな錯覚を覚えた。

「・・・フフ、あはは、あははははは!!あなた、面白過ぎるわ!!」

紫さんが唖然とした表情から大爆笑へと移った。何か面白いことしたのか俺?

「いいわ。かかってらっしゃい。この私が全力で相手をしてあげる!!」

先程までの落ち着いた胡散臭い雰囲気は何処へやら。

今の紫さんは、感情を剥き出しにして心の底から楽しんでいた。

そっちの方がずっととっつきやすいですよ。

全然違った雰囲気を見せる紫さんに、俺はそんな場違いな感想を抱いた。



「いっっっっっけええええぇぇぇぇ!!」

気合一閃、破壊の霊力弾を放つ。

白を通り越して黒くすら見えるそれは。

誰の目に止まることもなく、紫さんの結界に衝突した。

やや遅れて、激しい衝撃音が響く。

「ぬ・・・ぎぎぎぎぎぎぎぎっっっ!!」

「く・・・流石に重いわね。」

全力で力を込める。若干だが結界を押し返したような気がする。


パリン!!


澄んだ音を立てて、一枚目の結界が破れた。

だけど、俺の限界も近かった。

腕が上がらない。意識も朦朧とし、力が込められない。

破壊の魔弾は見るからに勢いを失っていた。・・・ちっくしょう!!

そしてこの状況に追い討ちをかけるように。

「この状態で弾幕結界を持続するのか!?」

魔理沙の言葉に視線を巡らせると、再び俺達を無数の弾幕が取り囲んでいた。

万事休すッッッ!

「いいえ、終わらせないわ。」

絶望的な状況の中で、その声はいつも以上に頼もしく聞こえた。

幻符『インディスクリミネイト』!!

咲夜さんがスペルカードを宣言する。それにより、向かってきていた弾幕の檻は相殺された。

・・・咲夜さん!!

「忘れないで頂戴。あなたは一人で戦ってるわけじゃない。」

「その通りです。」

次は妖夢だ。

人鬼『未来永劫斬』!!

10の数乗の斬撃が、紫さんの結界に激突する。

「私達は見ているだけじゃない、優夢さんと一緒に戦いたいんです!!」

妖夢。

「だから・・・今の私に斬れない物なんて、」

ピシピシと結界が音を立てる。

「ほとんど無いッ!!!」

パァンと、さらに一枚の結界が弾け飛んだ。

残り2枚!

「・・・へへ、こりゃ私も負けてられないな。」

魔理沙。

「お前、フラフラじゃないか・・・。無理すんな。」

「お前ほど無理をしてる気はないぜ。」

確かに。

「それにな。私はお前の師匠だぜ。弟子に負けては・・・」

八卦炉を構え。

「いらんないだろ!!」

魔理沙は吼えた。

ああ、そうだ。お前はそういうやつだ。

だったら、とことんまでやってやろうじゃないか!!

言葉はなかったが、魔理沙は不敵に笑った。そんな気がした。

「恋符!!『マスター・・・・・・・・・スパアアアアァァァァク』!!

極太の魔力の奔流が溢れ、紫さんの結界を軋ませる。

バアン!!と弾け飛ぶような音がした。残り一枚ッ!!!

「やれやれね。せっかくだから、そのまま二枚抜いてくれれば良かったのに。」

こいつだけはいつもと変わらない。本当にお前は、博麗の巫女だな、霊夢。

だからこそ、こいつのいる場所は落ち着けるんだ。

「とっとと終わらせて帰りましょう。そろそろお茶が飲みたいわ。」

「そうだな。帰ったら淹れてやる。」

「あら。これは頑張らないといけないかしらね。」

現金な奴だ。こんなときだというのに、俺は思わず苦笑した。

そして。





『夢想天生』!!





激しく光った。そうとしか形容のしようがない。

だから、何が起こったかは分からなかった。

だけどはっきりわかっていることが一つある。



俺達の勝ちだ。



パリンという音が、光の中に響いた。





~~~~~~~~~~~~~~~





光が収まると、紫さんの結界は全て破られていた。

『弾幕結界』も消えていた。つまり、スペルブレイク。

これが紫さんの最後のスペルなら、俺達の勝ちだ。

そして俺は確信していた。これは紫さんの『奥義』だった。つまりこれが、ラストスペル。

「ふぅ・・・おめでとう。」

俺の考えを肯定するように、紫さんがそう告げた。

か・・・。

「勝てた~・・・。」

俺は地面に降り、その場にどっかりと腰を下ろした。そのまま仰向けに倒れる。

全身をとてつもない疲労感が襲っていた。そりゃそうだ。俺みたいな何の変哲もない奴が、スペルカード4つ同時とか無茶以外の何物でもない。

感覚的に、一部の筋肉が断裂起こしてる。いかに俺が吸血鬼でもあるとはいえ、霊力が回復するまでは再生できそうにない。

それまでは動けない。が。

なんだかとても気持ちよかった。疲労感が心地よかった。

それは多分、あの最後の瞬間皆の心が一つになってたからだろう。不思議な一体感があった。

そのために、皆疲れ果てた表情をしているが、何処となく楽しそうな表情なのだろう。

俺は心地よい疲労感を満喫しながら、目を瞑った。

ああ、勝ててよかった。

心の底から、皆でもぎ取った勝利をかみ締めた。

そして目を開き。





「はっ?」

目の前に紫さんの顔があった。はい?何コレ?何で紫さん目瞑ってんの?

ていうかどんどん近くなってない?ちょ、やばいってこれマジやばいって!!

だが俺の体は筋肉が切れているせいで動かず。



ぶちゅ。



唇ふさがれました。

『・・・・・・・・・・・・。』

痛いほどの沈黙が流れた。

その間も紫さんは珍行をやめようとしなかった。

ジュルジュルと音を立ててなんか吸われてます。否、向こうからも送られてきます。

ああああ、何か頭がボーッとしてきた。ちょ、舌絡ませてきてるよこの人。何か気持ちよくなって・・・。

ていうか酸素。やばいほんと意識飛びそう酸欠マジやばいって酸素早く酸素酸素さんそさんそサンソサンソSANSO――――――――!!!!!!!!



俺の願いも空しく。

「・・・きゅう☆」

俺は疲労の上の酸素不足のため、意識を手放したのだった。

「ごちそうさまでした♪」

「ちょ、ちょっと紫アンタ何やってんのよ!?」

「おいしそうだったからつい♪」

「なな、ななななななななななななななななな・・・・・・!?!?!?」

「離して!!離してください咲夜さん!!たとえ紫様といえど許しておくわけには!!」

「わかったわ、わかったからとりあえずその血涙を拭きなさい!!」

沸き起こった大喧騒をBGMにして・・・。





+++この物語は、幻想と愉快な仲間達が幻想郷の大妖怪を倒したと思ったら襲われていた、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



奪われた幻想:名無優夢

何をとは言わずとも良いだろう。ちなみにファーストキス。でも本人は絶対気にしないだろう。

4枚同時スペルカードは相当無茶をした。全身の筋断裂と毛細血管破裂。

人間だったら死んでるけど、彼は人間でもあり、吸血鬼でもあり、妖怪でもあり、そして・・・。

能力:仲間と協力できる程度の能力?

スペルカード:思符『信念一閃』、魔槍『ランス・ザ・ゲイボルク』、人符『現世斬』、想符『男女男男女男女』など



奪っちゃった大妖怪:八雲紫

奪ったことには理由があるが、おいしそうだったのも本当。

途中までは手加減してたけど、最後の結界だけは本気だった。いつの間にか彼女も飲まれていたのだ。

彼女は境界を操る妖怪。だから優夢の中の世界も予測できている。

能力:境界を操る程度の能力

スペルカード:罔両『八雲紫の神隠し』、紫奥義『弾幕結界』など



最も長い付き合い:博麗霊夢

付き合いの長さで言ったら間違いなく彼女が一番。でも他の娘達よりもフラグ立ってない不思議。

優夢のよき理解者であると言っていいだろう。だからこそ、彼女は変わらない。

最後の最後で一瞬だけ本気出した。

能力:主に空を飛ぶ程度の能力

スペルカード:霊符『夢想封印 集』、夢符『二重結界』など



幻想の弾幕師匠:霧雨魔理沙

優夢に一番最初に戦い方を教えたのは魔理沙だった。だから、彼の戦い方のルーツは魔理沙にある。

最近優夢が強くなってきたので若干焦り気味。新スペルを考えている。

恋色の魔法使いを自称するが、恋愛には奥手。

能力:魔法を使う程度の能力

スペルカード:魔符『ミルキーウェイ』、恋符『ノンディレクショナルレーザー』など



幻想のメイド師匠:十六夜咲夜

彼女が優夢に教えたことと言ったらメイドとしての作法と洋食ぐらい。けどそれが意外と役に立っている。

別に優夢が強くなろうと構わないが、彼が女性化したときに劣情をもよおすのは変わらない。

まさにメイド長。いや、PA(ザ・ワールド!!)

能力:時間を操る程度の能力

スペルカード:幻符『殺人ドール』、時符『プライベートスクウェア』など



幻想の剣技師匠:魂魄妖夢

本人は否定するだろうが、優夢の剣技を短期間とはいえ育てた。それは確実に彼の血肉となっている。

優夢に『与えた者』の中では唯一彼に恋心(らしきもの)を抱いているが、敵は強大。

紫が優夢の唇を奪ったときは本気で切りかかりそうだった。

能力:剣技を扱う程度の能力

スペルカード:人符『現世斬』、魂符『幽明の苦輪』など



→To Be Continued...



[24989] 二章十三話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/18 23:53
目が覚めると――いや、意識がなくなると、かな。

そこはいつもの白い世界。

俺に取り込まれたルーミアやレミィと出会った場所で、毎晩弾幕ごっこをしてる場所。

だから、ここは見慣れた場所だった。それこそ博麗神社並に、あるいはそれ以上に。



そんな場所に。

「あら、やっと来たのね。待ってたわよ。お茶でも飲みながらお話しましょう。」

見慣れない、今日見知ったばかりの紫のゴスロリを着た妙齢の女性が、これまた見慣れない『テーブル』の前で『イス』に腰かけて、優雅にお茶を飲んでいた。

それを見ながら、レミィが震えていた。

「ちょっと優夢!何であいつがここにいるのよ!!色々納得いかないわよ!!」

紫さんを指差しながらレミィが吠えた。だが紫さんは全く気にした様子もなく。

「あら、あなたも見てたんじゃないの?最後のディープキス。」

照らいの欠片もなく言った紫さんとは対照的に、レミィは顔をゆでだこみたいに真っ赤にしていた。

「レミィがスカーレットなのかー。」

誰が上手いことを言えと。

「ていうか、あれはそういう目的だったんですね。」

ここまででわかっていること。この『世界』に取り込む条件は、他者の体の一部を『受け入れる』こと。

そりゃ唾液も立派な体の一部だわな。

「それにしたって、もう少し別の方法はなかったんですか?」

「だってとってもおいしそうだったんだもの♪」

なんじゃそりゃ。意味がわからなかった。

「そんなことより、私は何であんたたちがそんなにあっさりしてるのか聞きたいわ。」

現世?に戻ってきたレミィは、納得いかないという表情だった。

んなこと言っても。

「気にしたってしょうがないだろ。事故みたいなもんだ。」

「ひどいわ。ゆかりん泣いちゃう!!」

ゆかりんって何だ。





なんだかんだで、結局俺達全員紫さんの用意したテーブルにつき、お茶を飲み始めた。

「・・・まさか、外の私にやったみたいに毒が入ってるなんてことはないわよね。」

警戒しながらレミィはお茶を舐めた。緑茶の渋みに顔をしかめる。

「クスクス、そんなことしないわよ。私とあなたとルーミアは、もはや同じなんだから。」

「あなたと一緒にはされたくないわ。」

レミィがつっけんどんに言い放つ。って、どういうことだ?

「言葉通りよ。」

紫さんは湯のみを置いて、表情を引き締めた。

「私とレミリアとルーミアは、等しく『名無優夢』を構成する要素なのよ。」

どうやら本題に入るらしい。

謎解きが、始まった。



「まず初めに、何故私がこんな手を取ったかからお話しましょう。」

紫さんが全員を見据えて語り出す。

「そっちの二人は知ってると思うけど、私は境界を操る妖怪。万物の境界を操り、創造と破壊を意のままに行う者。」

・・・なんとまあ。フラン以上のチートキャラかよ。

「すると、あのスキマなんかはその能力を使ってるわけですね。」

「ご明察。あれは場所と場所の境界を繋げることでワームホールを作ってるのよ。
そんな具合に、一言に境界と言っても色々あるわ。物と物の境界、人と人の境界、人と妖怪の境界とかね。」

物理的な境界だけでなく概念的な境界までも扱えるのか。何でもありだな。

「そうでもないわ。私にもできないことはある。そう、例えば世界の境界を弄くるとかね。」

それは・・・出来たら逆にまずいでしょ。

「そうね。そんなことがまかり通っていいのは創造主ぐらいのものだわ。・・・話が少し反れてしまったわね。」

お茶を一啜りし、間を置く。

「だけど、個人レベルの境界で扱えないものなどない。その程度には強力な能力よ。」

十分過ぎるほど強力じゃないっすか。とても敵う気がせん。

そんな答えの何が面白かったのか、紫さんはクスクスと笑った。

「あなたは私を倒したじゃない。」

「あれは俺だけの力じゃありません。」

皆の協力があってこその勝利だ。

「その通りだわ。・・・だけど考えてもみて。あの我が強すぎると言ってもいい娘達が、そう簡単に協力しあうと思う?」

そ、それは・・・。

「俺の正体っていう共通の目的があったからじゃ?」

自信なさげに答える。

だって霊夢とか明らか気にしないし。



「そうなのよ。」

「・・・・・・・・・はっ?」

予想外にあっさりした答えに、俺は目が点になった。あ、レミィとルーミアもだ。

「何?そんな簡単な理由でいいの?」

「ええ、きっかけになる理由さえあれば、あとは優夢の『能力』がなんとかしてくれるからね。」

俺の、能力?

「それって結局一体」

焦る俺の口元に、紫さんが人差し指を当てた。

「そう焦らないの。順を追って話すわ。」

悪戯っ子をたしなめるような口調に、俺は口を噤むのだった。



「まずはこの『世界』を見てみましょうか。」

テーブルとイスを消し去り、紫さんはこの白い世界に手を広げた。

ただ真っ白に広がる世界。それが多分、俺の心象風景なんだろう。

俺の答えに紫さんは。

「いいえ、そうじゃないわ。」

首を横に振った。

どういうことだ?ここが俺の心の中じゃないとしたら、一体何なんだ。

「あなたはこの世界を何と表現していたかしら。」

え?それは、俺の中の世界っ・・・て・・・。

「その通りなのよ。ここは一つの世界。ある意味において完全なる世界なの。」

ここが、世界・・・?んなアホな。

「ありえないことじゃないわ。人は心の中にすら世界を持つ。複数人が存在できるのならなおさらね。」

・・・否定はできなかった。が。

「根拠はあるの?」

レミィが俺の意見を代弁してくれた。そうだ、それにしたってここを世界だと言い切るだけの根拠はあるのか。

「あなたはとっくに気付いてるでしょう?」

紫さんはレミィを見据えて言った。・・・何の話だ?

「・・・だから運命がないと言いたいの?」

「その通りよ。世界は『あるがまま』だから、初めからレールは存在しない。」

だから、何の話だって。

「優夢、あなた私の能力は知ってるわね。」

ああ、確か『運命を操る程度の能力』だろ。

「そう、その通りよ。私は運命を見ることができる。そして優夢。私はあなたの運命は見えなかった。いえ、あなたには初めから運命がなかった。」

・・・おいおい。話がどんどん大きくなっていってないか?

運命がない俺は、じゃあ何処から来て何処へ行く?

「それは私にもわからない。」

「話が反れてるわよー。」

紫さんの言葉で戻ってくる。

そうだった。今はそれより、俺の正体だ。

「・・・何でこんな切り替え早いのかしら。」

「優夢ならしょうがない。のかー。」

ルーミア、何故変なとこで止めた。



「私の能力も、あなたは適用外だったわ。当然ね、世界の境界を弄くることは出来ないもの。
随分遠まわしになってしまったけど、それがこういう手段を取った理由よ。」

そうか。だからつまり、紫さんも俺の正体は知らなかったのか。

でも、推測はできたんでしょう?

「ええ。見えなくともこれだけの条件が揃えば推測もできる。そして今、それは確信に変わったわ。」

そうですか。

「話を進めるわ。さて、ここが世界だとしたら、一体何の世界なのかしら?」

何のって・・・世界に種類なんかあるのか?

「それはもちろん。さっきも言った通り、人間の心にすら世界はあるのだから。」

なるほどね。

しかし、世界、ねぇ。こう真っ白じゃ、俺にはさっぱりだ。

「あなたの目には、これがただの白に見えるの?」

・・・何だって?

俺は紫さんの言葉に目を凝らし――



何故今まで気付かなかった。感触がやたらとざらざらしてることに。それが多くの粒であることに。

そして、粒ごとに少しずつ色が違うことに!!

「気付いたようね。それらもまた、私たちの同朋。名無優夢を形成するものたちよ。」

・・・なんてこった。この一年間、全く気が付かなかった。

「これは、一体・・・。」

俺はそれらを手に取りながら聞いた。持ったそれは、黒ずんだクリーム色をしていた。

「ここにあるその粒は、大雑把に数えて60億個。」

外の世界人口とほぼ同じ数値・・・。



その時、俺の中で何かが繋がった。

腹を減らさないルーミア。子供っぽいレミィ。胡散臭くない紫さん。

それらは皆、外の本人達があるいは望んだかもしれないこと。

つまり、これらは、彼女らは、俺は・・・。



「全世界の、願いの結晶。」



「・・・その通りよ。」

途方もない真実に、俺は目を回した。





しばらく呆然としていた。受け入れられる俺が、受け入れるのに時間がかかった。

けど時間がかかったってことは、それでも受け入れられたってことだ。

「だからって、俺が変わるわけじゃないですからね。」

「全くあなたってば・・・。とても素体が人間とは思えないわ。」

ん?どういう意味だ?俺の正体は『願い』なんじゃ・・・。

「確かに、あなた自身はそうよ。でも『名無優夢』の元となった人物はいるはずよ。でなかったらあなたは『人間』ではなく『神』として生まれてるはずだから。」

神とは。また大きく出ましたな。もう何が来ても驚かないなこれ。

「神とはそういうものなのよ。そうならなかったということは、『何かの拍子』に全世界からの願いがあなたに集中した。結果あなたという人間が『願いの結晶』になった。
そういうことよ。」

そっか。てことは、やっぱり記憶喪失は記憶喪失なんだな俺。

「何が原因でそうなってるかは知らないけど・・・あなたが『成った』ショックという可能性もあるわ。」

なるほど。

「要するに解決策は、いまだ不明のままと。」

「身も蓋もない言い方してくれるわね。その通りだけど。」

ま、それならそれでいいさ。俺は今まで通り、変わらずやるから。

「ほんとあなたって面白いわねぇ。」

「そんなこと当たり前なのかー。」

「だって、優夢よ?」

「そうね、優夢ですものね。」

三人は楽しそうに笑っていた。

俺の正体は正直ビビったけど、だから何だって話だ。



この少女達が、こんなにも楽しそうに笑える世界なんだから。



おっと。浮遊感を感じる。目覚めか。

「それじゃ、また会いましょう優夢。」

「遊ぶのは私よ。」

「順番なのかー。」

微笑ましい少女達に、俺は実際に微笑んでた。

あ。

「忘れてた!!結局俺の能力って何ですか!?」

俺は消えゆく体で慌てて聞いた。

紫さんが答えた。

「あなたの能力は―――――」



確かに聞き、俺の意識は失せた戻った





~~~~~~~~~~~~~~~





明かりを感じ、目を開く。

で、その瞬間絶句した。

『・・・ジー。』

霊夢が、魔理沙が、レミリアさんと咲夜さんが、幽々子さんと妖夢が。少し離れて、藍さんと紫さんが。

穴が空くほどという形容が合致するほど、俺のことをすげー見てた。

や、これは普通にビビるわ。

どうやら俺は『マヨヒガ』の一室まで運ばれたらしい。布団の中だった。

まあ、なんだ。すっげぇ居心地悪い。

だから、ささっと起き上がり。



「えーっと、『あまねく願いを肯定する程度の能力』、だそうです。」

答えといた、何か聞かれる前に。

「いや何がだよ!!」

魔理沙が突っ込んできた。それを皮切りに、皆が騒ぎ出す。

「結局正体わかったんですか、わからなかったんですか!?わからなかったんですね!!おのれ紫様、許すまじ!!」

「まあまあ、いい加減水に流しなさい妖夢。」

「もったいぶってないで話しなさい、このスキマ!!」

「いけませんわお嬢様、回復したてでそんなに激しく動かれては。」

「・・・何も変わった様子はありませんが、紫様。」

「あら、彼らしくていいじゃない。」

「わかってるわね、あんた。ああ、そういえば覗いてたんだっけ。」

ギャイギャイと騒ぎ出す皆。なんだ、いつもの幻想郷か。

「で。結局あなたは何だった?人間?吸血鬼?妖怪?」

紫さんの一言で、皆がピタリと静まる。息ぴったりだな。

答えは簡潔に。

「『願い』でした。」

「そう、やはりね・・・。」

俺達のやりとりに、周りの皆が?を浮かべた。



俺は、俺の中の紫さんに聞いた話を、そして俺の中の世界についての話をした。



「あー、なんだ?じゃあ結局お前は人間、妖怪、吸血鬼、も一つおまけに妖怪ってことか?」

「そういうことらしい。」

結局のところ、本当の意味では俺も理解できてないし。

なんで俺が『願い』だと人間のまま妖怪だったり吸血鬼だったりできるのかとか。

「なら、別に今までと変わりないわね。」

「そうですね。優夢さんが何か変わったわけでもなし。」

「それに何点か納得もいったし。・・・しかしあなたの中に私が、ねぇ。」

(まだ信用できないのかしら、このお馬鹿さん。)

(自分で言ってりゃ世話ないのかー。)

「何であれ、あなたが優秀なメイドだという事実は変わらないわ。」

「君は・・・そんなことまでしてたのか?」

「そんなことよりおうどんたべたい。」

纏まりねぇなおい。



でも。



受け入れてもらえたという事実が、単純に嬉しかった。





その後程なくして、俺達は『マヨヒガ』を後にし、そのまま何故か博麗神社で大宴会となったのだった。

『春雪異変』を発端とした騒動は、これにておしまい!!





***************





私は、彼らを見送る間ずっと考えていた。

「・・・紫様。彼のことが心配なのですか?」

そんな私の様子に、藍が気付いた。

「・・・正直言うと、少しね。」

『あまねく願いを肯定する程度の能力』。彼はそう言っていた。

本人が気付いているかいないかはわからないが、はっきり言って私以上のトンデモ能力だ。

『願い』にはその存在のメソッドが詰まっている。何故なら、願いは存在の最も奥深い欲求から生まれるから。

あらゆる願いを肯定するためには、あらゆる願いを受け入れることが必要であり、つまりあらゆる存在を受け入れる土壌がいる。

だから彼は全てを受け入れられる。非情なまでに、分け隔てなく。

本来協力することのないもの同士が、願いを軸に協力しあうことさえ可能なほどに。

しかし、願いとは必ずしも綺麗なものじゃない。

全ての願いが綺麗だなんて夢物語、私はとっくに信じてはいない。

中には『誰かを蹴落としたい』だとか『復讐を果たしたい』などという願いもあるだろう。

彼は、それらすら受け入れてしまえる。否、もう既に受け入れてしまっている。

彼の右の瞳。一体何人が気付いているかはわからないが。

一切の光を宿していなかった。

見えていないというわけではない。例えるならあれは、死体の目。

恐らくはあれが、彼が『この世全ての悪しき願い』を取り込んだ証拠なのだろう。

そう。彼は全てを肯定することができるけど、否定することだけは決してできない。

だからこそ貴く、危うくもある。

もし彼が悪しき願いに従い、幻想郷に害を成したその時は――。

自分の思考に嫌気が差し、私は頭を振った。

私だって彼を嫌いじゃない。嫌えるはずがない。多分、全世界の誰もが、彼を本当の意味で嫌うことはできない。

彼は、肯定してくれるから。私達全ての存在そのものを。そんな存在を、どうして嫌うことができよう。

けれどそのときはやらねばならない。一つの憂鬱だ。



「――心配はいりませんよ、紫様。」

思考に耽る私を藍が呼び覚ます。

「彼が友人の『願い』をないがしろにする者に見えますか。」

「・・・だけど、万一ってことはあるわ。」

「おやおや、紫様らしくもない。」

どういうことよ。



「紫様は幻想郷を見守り続けるのでしょう。これまでも、そしてこれからも。
だったら私達で見守り続けましょう。あの『もう一人の幻想郷』を。」



その言葉は、私から憑き物を落とすのに十分だったようだ。

私は目を見開き、藍を見た。やがて微笑み。

「たまにはいいこと言うわね。」

「紫様がもう少ししっかりしていただければ、毎回苦言を言わずとも済むのですが。」

「それは無理ね♪」

歌うように言う私に、藍はため息をついた。

もう私に、陰鬱な気分はなかった。





「これからも楽しませてね。『幻想郷に舞い降りた幻想』。」





+++この物語は、幻想郷に舞い降りた幻想の手により起こされる、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



60億の願いの結晶:名無優夢

その存在を構成するのは、60億人の願い。良くも悪くも願い。

もっとも、彼自体は受け入れるだけなので良くも悪くもない。

能力は抽象的なものから物理的なものまで作用するトンデモ能力。本人気付いてない。

能力:あまねく願いを肯定する程度の能力

スペルカード:思符『信念一閃』、魔槍『ランス・ザ・ゲイボルク』、人符『現世斬』、想符『男女男男女男女』など



腹ペコ少女の願望:ルーミア

少女はお腹一杯人間を食べたかった。だがそれは叶わぬ願い。そんなことをすれば退治されてしまうから。

優夢に取り込まれることで、彼女の願いは違う形で叶えられた。常に満腹という形で。

本人気にしてない。むしろ満足してる。

能力:闇を操る程度の能力

スペルカード:月符『ムーンライトレイ』、夜符『ナイトバード』、闇符『ディマーケイション』



カリスマ少女の願い:レミリア=スカーレット

少女は本当の自分でいられる場所がほしかった。だが貴族である彼女には、それは許されなかった。

だから優夢に取り込まれた彼女は、とても自分らしく在った。

最近退行しすぎて精神年齢がルーミアより下になってる。

能力:運命を操る程度の能力

スペルカード:紅符『不夜城レッド』、神槍『スピア・ザ・グングニル』など



妖怪少女の描いた理想:八雲紫

彼女が少女だった頃、描いた理想があった。全ての人間と妖怪が隔てなく暮らすという理想。

その過程が幻想郷であり、優夢の中の世界こそが彼女の描く究極形だった。

それはそれとして、優夢にはゆかりんと呼んでもらおうと思ってるが、確実に断られる。

能力:境界を操る程度の能力

スペルカード:境符『四重結界』、式神『八雲藍+』など



東方幻夢伝 第二章

妖々夢 ~the Border of Human and All of the Hope ~

End.



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[24989] 二・五章一話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:03
『異変』による長い冬が終わった。季節は春。

今度こそ、桜という桜は咲き乱れ、草花達も我が主役とばかりに芽吹き始めた。

空を春告精が「春ですよ~」と言いながら弾幕を撒き散らして飛ぶところは、幻想郷ならではといったところか。

これが、幻想郷の春の光景だ。

そして人々もまた、春の陽気につられて外へ出る。

桜の木の下に大勢寄り合い、酒と料理を手に花を愛でる。いや、どちらかというと花を愛でる名目で酒を呑んでいるのかもしれないが。

ともかく、人々も春らしく活気に溢れていた。まるで長い冬の間に溜まった鬱憤を晴らすかのように。

そう、季節は正に、春だった。



そしてここ、博麗神社もそのご多分には漏れていなかった。

もっともここの場合、集まる面子が人間ではなく妖怪や幽霊といった人外の方が多かったりするのだが。

かくいう俺も胸を張って『人間だ』とは言いがたい種類だから、人のことは言えない。

それでもやはり、春は活気を与えてくれる。たとえ人ではなくとも、彼女らもまた桜の花を愛で、大いに盛り上がっていた。





んで、そんな中俺はというと。



「うぅ・・・もう呑めましぇん・・・。」

「相変わらず弱いのね、優夢さん。」

「しっかりしろ、こんなもんまだまだ序の口だぜ。」

隅っこの方でぶっ倒れてました。

いや、だって俺そんなに酒強くないもん。何で皆こんなザルなんだよ。

俺か?俺がおかしいのか?

幼児退行したレミリアさん、それを見て鼻血噴く咲夜さん。

酔った勢いで幽々子さんに説教始める妖夢。

フヨフヨと飛びながら「あなたは食べてもいい妖精?」と聞くルーミア。それを聞いて「あたいって食べてもいい妖精?」と聞くチルノ、困惑する大妖精。

一人顔色を全く変えず呑み続けるアリス。酒はそっちのけで演奏を続けるプリズムリバー三姉妹。

そんな賑やかな光景を見ながら、俺はもう少し酒に強くなれないものかと、真剣に思った。





東方幻夢伝 第二・五章

萃夢想 ~Festival of a Great Deal of Sake!!~






何かあれば宴会。何もなくても宴会。何はなくとも宴会。

それが幻想郷の常だということは、この一年間で俺はよく知っている。

やれ夏だ祭りだ宴会だとか、やれ秋だ収穫祭だ宴会だとか、やれ冬だ大晦日だ忘年会だとか、今度は新年会だとか。

春夏秋冬問わず宴会が繰り広げられる。それも月1ペースではなく週1ペースでもなく、週3ペースでぐらいだ。

肝臓大丈夫?と思わず聞きたくなるようなペースだが、幻想郷にいるのは人間も妖怪も逞しい連中ばかり。全然平気なようだ。

で、恐らくは『外』出身の俺は――存在的にはどうだか知らんが、肉体は『外』の平均的な成人男性のはずなので、そこまで逞しくはない。

結果、宴会の度に倒れる俺がいますよと。いや、自制はしてんだよ。けど周り(この場合主に魔理沙)が呑め呑めってね?

「全く、そんな風にあっさり酔いつぶれるんじゃ興醒めだわ。」

現世帰還を果たした(?)レミリアさんが、俺が休んでるところまで来てそんなことを言ってきた。

いやだって。仕方ないじゃないですか。弱いんだから。

「じゃあ強くなればいいじゃない。」

簡単に言ってくれますねぇ・・・。

「けどレミリアの言うことも一理あるぜ。幻想郷で生きてくにゃ、酒呑みも必須スキルの一つだぜ。」

「弾幕は強くなったけど、お酒は全然よね。」

恐ろしい話だが、事実だったりもする。まあ、神話とかでも神や魔物ってのは酒呑みだからねぇ。

そういう神や妖怪が普通に生活してる幻想郷では、ある意味当然のことなのかもしれない。

あと霊夢。俺は弾幕そこまで強くないから。初期に比べれば強くなったけど、まだまだだろ。

「この自覚のなさはもうどうしようもないとして、お酒に強くなる方法は私も存じませんわ。」

普段は完璧超人な咲夜さんだが、どうやら酒に弱い人間を強くする方法は知らないらしい。

「それにしても・・・意外です。」

と、妖夢が言った。意外って何が?

「いえ、私の中で男の人は酒豪というイメージがありますから。男の人なのに酒に弱い優夢さんというのが、ちょっと意外かなって。」

「それは違う。男でも女でも、強い奴は強いし、弱い奴は弱い。」

現にお前さんら皆女なのに強いだろうに。

「それに優夢の場合は男でも女でもあるわけだし~。」

「というか、どう見ても女よね。」

ちなみに今俺は女性だったりする。最近じゃ神社にいるときはほとんど女だ。

あの黒服でいると霊夢が機嫌悪いし、巫女服で男はいやだ。結果女になるわけで。

だから今の服装も、白黒の巫女服だ。

「ですが優夢さんは本来男なのですから。」

そんな俺に対し男だと言ってくれるのは、最早妖夢ぐらいなものだ。

「どっちだっていいけど、もう少し何とかならないの?その弱さ。せっかく白持ってきたのに・・・。」

アリスが割って入ってきた。そして何故か一瞬妖夢と火花を散らした。

「そうですね、私が強くして差し上げます。一緒に特訓しましょう。」

「あら、根性論?いやね、半分死んでる奴は。脳みそ劣化してるんじゃなくて?」

「・・・何だと?楼観剣の錆になりたいのか?」

訂正。火花を散らしたのは一瞬ではなく、散らしっぱなしで会話してました。

この二人、何でだか仲が悪いんだよな。どっちも静かで落ち着いた感じだから、相性は悪くないと思うんだけど・・・。

「こっちの面でもやっぱり鈍いぜ。」

「しょうがないんじゃない?優夢さんだし。」

「それにこの方が味があるじゃない。」

だから何のことだと。

と。

「優夢~、もう呑まないのかー?」

フヨフヨとルーミアが飛んできた。

一年前の『異変』の時に和解して以来、こいつは結構頻繁に神社へ遊びに来ていた。大体週2~3回ぐらいか。

そのため、神社で行われる宴会の出席率は高かったりする。

まあそれで腹が膨れれば、里の人間で襲われるのは少なくなるわけだし。好循環だと思う。

閑話休題。

「ああ、もうちょっと限界でな。」

これ以上呑んだら本気で倒れかねん。

「じゃあ遊んで~。」

目を輝かせて言うルーミア。遊ぶってのは当然、弾幕ごっこのことだ。

けどまあ、ルーミアの場合あまり危険はない。妖怪だから力は人間とは比較にもならないけど、妖力はそこまで高くない。らしい。

吸血鬼化して結構頑丈な肉体になった俺だし、実のところルーミアの手の内は全部知ってる。

(私が教えてるからね~。)

俺の中の『世界』に棲むルーミアの『願い』。この娘がいるから、ルーミアの思考パターンもトレースできるしな。

だから、ルーミアの弾幕の直撃を食らうことはあんまりないし、万一あったとしても致命傷にはならない。心臓か頭でも砕かれない限り再生可能だし。

そんなわけで、ルーミアの弾幕ごっこを受けるのはあんまりハードルが高くないんだが。

「・・・すまん、ちょっとまともに動けそうもないから、もうちょっと待ってくれないか?」

今の俺は酔いどれ親父(笑)な状態なので、しっかり空を飛べるかも怪しいわけだ。

「そーなのかー・・・。」

「本当にすまない。体調戻ったら絶対相手してやるから。」

俺は心底残念そうな顔をするルーミアの頭を撫でてやった。

「・・・えへへ~。」

するとルーミアは破顔し。

「じゃあそれまでここで待ってる~。」

「わっ!」

俺に抱きついてきた。身長差があるので座高差もあり、ルーミアの顔は丁度俺の胸にうずめられる形となった。

「ふかふか~、いい匂い~♪」

「ちょ、ルーミア!そこでしゃべるな、ん!!」

ルーミアの暖かい息が俺の胸にかかる。それで変な声が出てしまった。

『あ~~~~~~~~っっっ!!!!』

今まで火花散らしてたアリスと妖夢は、ルーミアを見て急に叫んだ。な、何だ何だ?

「ちょっとあんた、離れなさい!優夢が迷惑してるでしょう!!」

「そうだ!そんな羨ま・・・もとい破廉恥なことはやめなさい!!」

「やだも~ん。」

「だから、ルーミ、アッー!!」

アリスと妖夢はルーミアを引き剥がしにかかったが、ルーミアは俺にしがみついて離れようとしなかった。

しかもそれでまたルーミアがしゃべるもんだから、俺はくすぐったさに身をよじる。

「ニヤニヤ(-∀-)」

「ニヤニヤ(`∀´)」

「ニヤニヤ( ̄ー ̄)」

「ニヤニヤ(^∀^)」

「ニヤニヤ(^ρ^)」

んで、何をニヤニヤしとるかあんたら。



そして場はさらに混迷を極めることになる。

「ななし~!!のみがたらんぞー!!」

「チ、チルノちゃんダメだってばー!!」

一升瓶片手に俺に突っ込んでくる氷精@酔っ払い。そして後ろから止めようとするが一歩及ばない大妖精。

んでもって、丁度「アッー!!」状態だった俺の口に一升瓶inしたお。

「んぐー!!!!??」

一気に流入するそれが喉を焼く感覚に、俺は呻き声を上げた。だがそれを止めようとするものはいない。何故ならここは幻想郷だから。

いや、妖夢なら止めてくれるはず・・・!!

「く・・・かくなる上は私も!!」

「ちょ、私もよ!!」

何故かルーミアにならって妖夢、そしてアリスまで俺の胸にダイブしてきました。何で!?

至福の表情となったアリスと妖夢が止めてくれるはずもなく、俺はその一升瓶を空にした。

既に頭がガンガンしていた。

「こんの・・・まるきゅ~・・・!!」

「どぉだー!すこしはきあいはいったかこのやろー!!」

「ご、ごめんなさい優夢さん!!チルノちゃんもいい加減にして!!」

大妖精が謝ってたけど、俺はチルノに言いたいことがあった。

「おりぇは、しゃけ、よわひっへ・・・。」

呂律が回らず、視界もグルグルと回転していた。

あ、こらアカン。



「うへぇ。」

俺はアルコールパワーに勝てず、その場で意識を手放したのだった。

「あら、もう倒れちゃったのね。せっかくこれ持ってきたのに。」

「呼んでもないのに現れるな、このスキマ。」

「何々?『鬼殺し火炎ハンマー』?こりゃまた面白そうな酒を持ってきたな。」

「じゃあ皆で呑みましょう。優夢が起きたら優夢にも呑ませましょうね~。」

「う~む、これはこれで面白いんだけど。優夢はフランの嫁・・・。」

「婿ではないのですか?」

「ちょっとあんた、邪魔よ。どきなさい。」

「それはこちらの台詞だ。優夢さんの胸を堪能できないじゃないか。」

「わはー。」

「うっひょいひょい!!」

「・・・もう何が何だか・・・。」





~~~~~~~~~~~~~~~





んで。

「何故にここでも宴会やってるのかね。」

俺は俺の『世界』に降り立ち、その光景を見てまずげんなりした。

「あら、外で宴会をやってるんだからこのくらい当然じゃない。」

「あなた達だけ楽しもうったって、そうはいかないわよ。」

「お酒は紫が出してくれたのかー。」

ルーミアがふよふよと寄ってきて、俺にお猪口を渡してきた。その中には既にアルコール臭のする液体が注がれていた。

――あー、こりゃ明日確実に二日酔いだわ。

そんなことを思った。

「春なんだし、いいでしょう?」

「・・・はぁ、もう諦めました。」

「それでいいのよ。それに、こっちの『世界』でも特訓できれば、外でも強くなるかもしれないでしょう?」

それはどうなんだろう。

どうやら、この『世界』は俺という存在の中に存在しているにはいるらしいが、それは決して物理的な話ではない。概念的な問題だ。

だから、ここで酒に強くなったからといって外でも酒に強くなるとは限らないと思うんだが・・・。

「でもこっちで習得したスペルカードは外でも使えるでしょう?」

そりゃまあ、確かにその通りなんだけど。

「つべこべ言わずに呑みなさいよ。それとも、口移しの方がいい?」

「冗談はやめてください、紫さん。」

俺はキッパリとノーサインを出した。もう吸われるのは勘弁だ。

「クスクス、つれないわねぇ。」

「つれなくて結構。さ、じゃあささっと呑んじゃいましょう。」

「ささっとじゃ勿体無いわ。じっくりと呑みましょう。」

「楽しければいいのか~。」

ルーミアの言葉が一番的を射ていた。それがおかしくて、俺達はそろってくすりと笑うのだった。

そして。

『乾杯ッ!!』

俺の『世界』に棲む、4人と60億の宴が始まった。



どれくらいそうしていただろうか。多分それほど長くはなかったと思う。

俺が酔いつぶれる前だったから。といってもここで酔いつぶれるのかどうかは不明だったけど。

不意に、霧が出てきたのだ。

「・・・って、霧?」

俺はその不自然な現象に、眉をひそめた。

どういうことだ?こんな現象、今まであっただろうか。

俺の世界は、基本的に天候が変わったりはしない。ルーミアが闇を広げたりすれば暗くなったりするが、自然に天候が変わったりすることはない。

だからこれは、異常事態に他ならなかった。

異常事態なのだが。

「別にいいじゃない、霧くらい。」

「そうね、お酒の方が大事よ。」

「優夢の呑みが足りないのかー。」

「わっと、ルーミア注ぎすぎだ!」

別に気にならなかったので、俺達は酒盛りの方に熱中したのだった。

霧は変わらず、この『世界』に満ちていた。

まるで俺達の酒盛りを、一緒に楽しむかのように。





思えばこのとき、既に始まっていたのかもしれない。

後に『三日おきの宴会事件』と呼ばれる、『異変』ですらないささやかな騒動が・・・。





+++この物語は、酒に弱い幻想が酒に強くなっていくかもしれない、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



日本酒は3杯でダウンする:名無優夢

お猪口で3杯。ビールだと一缶か。これでも少しは強くなった。

この後の宴会では確実に特訓させられる。特訓という名目がなくてもいじるために呑まされる。

酔った後着崩れた服が皆をムラムラさせることに気付かない程度の能力。

能力:あまねく願いを肯定する程度の能力

スペルカード:思符『信念一閃』、魔槍『ランス・ザ・ゲイボルク』、人符『現世斬』、想符『陰陽七変化』など



日本酒は10瓶は軽くいける:博麗霊夢

ザル。幾らでも入る。なので彼女を酔わせようというレミリアの画策はことごとく失敗することに。

いい加減優夢の酒の弱さに目をつぶっていられなくなったので、特訓をすることを密かに決めた。

手始めに、食事の後は1瓶空けることに。確実に優夢は逃げるが。

能力:主に空を飛ぶ程度の能力

スペルカード:霊符『夢想封印 集』、夢符『二重結界』など



日本酒は5瓶までは平気:霧雨魔理沙

十分ザル。流石に霊夢には負けるが、十分すぎるほど人間離れしてる。

そもそも魔法の霊薬がアルコール入りが一般的なので、普段から呑みなれているという。

早速優夢強化のために次の宴会のスケジュールを組んでたりする。ある人物の掌の上で踊らされているとも気付かずに・・・。

能力:魔法を使う程度の能力

スペルカード:魔符『ミルキーウェイ』、恋符『ノンディレクショナルレーザー』など



→To Be Continued...



[24989] 二・五章二話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:03
前回の宴会から三日ほど経った日のこと。俺は今度は人里の宴会に呼ばれていた。

俺だけだ。霊夢は呼ばれていない。・・・まあ、霊夢はあまり人里に顔を出す方じゃないし、俺の方が人里での認知度は高いぐらいだ。

だからそれはある意味当然のことだったのかもしれない。

だけどそれが俺には面白くなかった。そのために。

「めんどくさいわねぇ。」

「そう言わないで行こうぜ。たまにはいいだろ?」

俺は何とか霊夢を説得して、人里まで連れ出したのだった。

上手くいけば、霊夢の里での信頼も上がると考えて。





「おーう優ちゃーん!!」

俺達が宴会場に着くと、まず最初におやっさんが気付いた。

俺は軽く手を上げて返事を返した。

「おお、巫女様もおいでなすったんですか?」

「まあね、優夢さんに無理矢理誘われて。」

そう言うなよ。俺はお前がもう少し人里に馴染んでほしいって思ってるんだから。

実際、俺達が、というより霊夢が現れたことによって、少々場の空気が固くなっている。

皆緊張しているのだ。博麗の巫女という、人間でありながら妖怪たちと渡り合える存在に。

以前はこれに畏怖みたいなものがあったけど、そこは何とか改善できたみたいだ。努力のかいがあったってもんだ。

ここからは言うなれば第二ステップ。霊夢が人里の人間達と交流を取り、理解してもらうことだ。

こんなことするのも、霊夢が賽銭――信仰心を求めているからだ。普段世話になっている霊夢には、そのぐらいの恩返しはしたいと思ってる。

「ほら、霊夢。皆と呑んだらどうだ?」

だから俺は霊夢にそう勧めたんだが。

「いいわ。あんまり歓迎されてないみたいだし。」

霊夢はそう言って、酒瓶と器を取って皆の輪から外れていった。

それと同時、人里の輪は再び賑わいを取り戻した。

・・・こりゃ、まだまだ先は長そうだ。

俺は人知れずため息をつき、霊夢の後を追ったのだった。



それでも、霊夢と一緒に呑んだのは俺一人じゃなかった。

まあ、おやっさんと一磋さんと、それから慧音さんという、比較的霊夢と交流のある人物だけだったんだが。

それでも、少しずつ霊夢が人里に受け入れられているという証拠だ。そう感じて安心した。

「だから、私はちゃんとお賽銭入れれば文句はないんだってば。」

「けどよぅ、巫女様。俺達普通の人間にゃ、あの道中はちとキツ過ぎるぜ。」

「うーん。確かに俺も巫女様には贔屓してもらってるからな。行きたいとは思ってるんだが。」

「私が連れていければいいんだが。あんまり里を空けるわけにもいかないからな。」

この人達なら、普通に霊夢と会話できるから。

だから俺は安心して。



「それにしても優夢さん。本当いい加減どうにかならないの?その酒の弱さ。」

酔いつぶれてられるわけだ。

いやね。ほんと無理ですこのペース。霊夢は言わずもがなの酒豪だが、慧音さんも負けず劣らずだ。

そして八百万の神に守られているおやっさんもやはり強い。日本の神様は酒好きだからなぁ。

酒とはあんまり関係の無いはずの茶屋の一磋さんはというと、それでも全く表情を変えずに杯を傾けていた。

改めて幻想郷という場所の酒豪率の高さを思い知った。

「全くだぁな。優ちゃんと呑むとこれがつまんねぇんだ。」

「まあ、酒の強さは人それぞれだ。あまり強く言ってやるな。」

「そうは言うがな慧音先生。この弱さは流石に目をつぶれんぞ。」

「む・・・それは確かに。」

しょーがないでしょー、俺は元『外』の人間なんだからー。幻想郷的一般人レベルに勝手に格上げしないで頂きたい。

「だが君は弾幕ごっこができるのだろう?弾幕ごっこの強者は酒に強いという法則があるんだ。だからきっと君も本当は強いはずだ。」

血液型性格診断かよ。根拠はあるんですか根拠は。

「私達の周りの人妖で、酒に弱いのって誰かしらね。」

・・・俺だけです。

いや、でも弾幕ごっこできないおやっさんや一磋さんも普通に強いじゃん。

「彼らは普通に強いだけだ。弾幕ごっこはあまり関係ない。」

ていうか幻想郷の人は皆強いだけじゃ・・・。

「というわけで、今から優夢君の酒強化訓練を執り行いたいと思う!!」

聞けよ!!そして何だそれ!?嫌な予感しかしねえよ!!

「いいわね。いいこと言うじゃない、慧音。」

「流石は先生だぁ!よっし、そいじゃあいっちょ優ちゃんを鍛えてやるか!!」

「安心しろ、優夢さん。すぐに俺達で酒を呑めるようにしてやるからな。」

何も安心できるわけがなかった。

博麗神社の信仰心回復のつもりで出てきた宴会だったのに。

いつの間にか、流れは俺の酒特訓になっていた。

・・・なんでこうなるの?





***************





優夢君が少し回復するのを待って、特訓を開始することになった。

特訓に必要なので、優夢君には女性化して巫女服に着替えてもらった。

本人は嫌々だったが・・・。あの黒服よりも余程似合っているというのに、一体何が気に入らないのだろうか。

それはともかく、霊夢にも手伝ってもらって着替えさせた。

私達は連れ立って、宴会騒ぎの中心まで行き、そこに陣取った。

皆が何事かとこちらを注視し、さわさわと声を立てる。

私は咳払いを一つし。

「皆、よーく聞いてくれ!!ここにいる名無優夢君についてだ!!」

皆の視線が一斉に優夢君に集中する。それが居心地悪かったのか、優夢君は少し身じろぎをした。

「彼のことを知らない人間はここにはいないだろう。しかし、彼と杯を交わした人間はあまりいないはずだ!!これが何故か分かるか!?」

何故だ?さわさわと小さな騒ぎがさざなみのように広がる。それが全体に広がる頃合を見計らい。

「それはこの優夢君が、幻想郷の住人にあるまじきほど酒に弱いからだ!!」

ええ!?という驚きの声が一斉に上がる。それはどよめきへと変わり、どれだけの驚きだったのかを示している。

「ちょ、そんなに驚くことなのか!?」

「魔理沙が言ってたでしょ。ここでは酒呑みも必須技術なのよ。」

理解できないのか、優夢君は首を捻った。ふむ、やはり『外』ではそこまで呑みは重視されないらしいな。

私達としては、逆にそちらの方が理解できないのだが。文化の差というやつだな。

「皆はこれでいいと思うか!?我々の友人である名無優夢君が、酒に弱いままでいいはずがあるか!?」

良くないぞー!!もっと呑めー!!という声が上がった。うむ、理解が得られたようでなによりだ。

「その通り!我々の友人として、酒が呑めなくていいはずがない!!そこで私は考えた!!」

私はいったん言葉を切り、ためを作った。皆の注意が私に集まる。

「弱いなら鍛えればいい!呑めないならば呑ませればいい!!呑まないなら呑まざるを得なくすればいい!!!!」

「ええ!?俺の意見は!!?」

「諦めなさい。」

「そう、優夢君と呑み比べをするのだ!!それならば彼も呑まざるを得ない!!」

うおおおおおお!!と、血気盛んな幻想郷の漢達の叫びが上がった。よし、いいノリだ!

そして私は、駄目押しの一言を告げた。

「見事彼を負かしたなら、今日一日彼が酌をする!それが景品だ!!」

私のその一言で、宴会場の空気が爆ぜた。そうとしか表現しようがないほどだった。

「うおおおおお!!俺はやる、やってやるぞJ○J○ーーー!!!」

「はぁはぁ、乳巫女のお酌ハァハァ!!」

「お酌をしてもらうときに、不意を装って胸タッチ・・・よし、完璧だ!!」

「酔った勢いで押し倒して・・・辛抱たまりません!!」

不穏当な発言が目立ったが、彼のためだ。それに彼は(物理的に)強いから、大事には至るまい。

「別に酌ぐらい普通にやるのに・・・なんで皆こんなに喜ぶんだよ。」

「愚問ね。」

君は少し自分の人気というものを自覚した方がいいな、優夢君。



呑み比べというと、普通連続で何人抜けるかを競うものだ。しかし優夢君の場合酒に弱いのでハンデをつけることにした。

「優夢君が1杯飲むのに対し、君達は5杯だ。そして優夢君が5杯耐え切ったら、次に交代だ。」

これなら丁度いい勝負になるはずだ。

「・・・5杯も?」

と思ったのだが、当の優夢君はそれでも自信がないらしい。青い顔をしていた。

「やってみなさいよ。別に負けたって酌するだけなんだから。」

「いや、確かにそうなんだが・・・。」

「それに、自分で限界だと思っているところを越えないと、いつまで経っても酒に強くはなれないぞ。」

私の言葉に優夢君は数瞬逡巡したが、深く息をつききっと表情を引き締めた。

「・・・しょうがないですね。俺もいつまでも倒れてるわけにはいかないし。」

「よし、その意気だ。では第一の挑戦者は誰だ?」

「おう、俺だぜ。」

私の呼びかけに答えた最初の一人は、八百万の店主ことおやっさんだった。

彼は中々の酒豪だ。伊達に八百万の神に守られてはいない。普通の呑み比べならそうそう負けることはないだろう。

いきなり強敵だ。さあ、どうする優夢君?

「どうするったって・・・呑むしかないでしょうに。」

優夢君はそう言って、杯を手に持った。おやっさんも不敵に笑いながら杯を持つ。

「それでは・・・始め!!」

合図と同時、二人が一気に杯を煽った!!

「!? がふっ!!」

一気に呑んだために、優夢君が一瞬咽る。だがそれでも目をつぶり、残る酒も無理矢理押し込んだ。

「ぷはっ!!はぁ、はぁ・・・。」

呑みきり、大きく息をつく優夢君。だがその間におやっさんはさらに一杯を呑み干した。

「ほれほれ、優ちゃん!休んでる暇はねぇぞ!!」

「ぐっく・・・、まだまだぁ!!」

おやっさんに挑発され、優夢君も二杯目に手をかける。

「げふぉ!!」

「おらおらー!!俺ぁもう12杯目だぞぉ!!」

「負けるkプルァ!!?」

「20杯目ー!!何だ何だ、優ちゃん俺に酌してくれるのかー!?」

「ブルアアアァァァアアアァァァアアア!!」

謎の雄たけびとともに、優夢君は5杯目を仰いだ。

乾杯。これで優夢君はノルマ達成。自動的に勝ちだ。

「ぜはー、ぜはー・・・。」

「おう、やればできるじゃねぇかよ、優ちゃん。中々楽しかったぜ。今度からもそんぐらい呑みな。」

荒い息をつく優夢君とは対照的に、おやっさんはケロっとした顔で25杯目を呑み終えた。

おやっさんは愉快な時間を過ごせただけで満足したのか、カラカラと笑いながら他の席へ混じっていった。

「の、呑めた・・・。」

「ほら、だから言ったでしょ?」

自分の限界を超えて酒を呑めたことが信じられない優夢君に、さも当然とばかりに霊夢が声をかける。

優夢君はそれに、やや苦しそうではあったが笑顔で答えた。

「さて、それでは次は俺が行こうか。」

その笑顔は、一磋の放った一言で凍りついたが。

「・・・まだ、やるんですか?」

「当然だ。でなければ呑み比べにはならないだろう?」

「俺も酒には少々自信がある。僭越ながら、優夢さんの特訓のお相手をさせてもらおう。」

優夢君は絶望を顔に貼り付けた。

だが理解してくれ。私は、君のためを思ってやっているのだということを。



それから呑み比べ勝負は1刻にも渡って行われた。

「ハァハァ、優夢たーん!!」

「男に『たん』とか言うな!気色悪いわ!!」

その間優夢君はひたすら呑み続けた。

「腋、胸、乳ー!!」

「胸を見るな酒を呑め!!」

恐らく彼が幻想郷に来てから、いやそれ以前にも、これほど呑んだ日はなかったことだろう。

「おっと手がすべぶら!?」

「Japanese Hentaiに用はない!!」

呑んだ。ひたすら呑んだ。呑み続け、彼は色に狂った男達をことごとく蹴散らしていった。

「がばぁー!!」

「うぼぁー!!」

そして彼は。



「こらアカン・・・。」

最後には倒れた。

・・・少し、やりすぎたか?





彼は全ての男達に勝ってから倒れたので、景品はなしだった。だが結果的に彼と杯を交わすことができて、皆満足したようだった。

概ね計算どおりといったところか。彼の特訓にもなり、人里の人間達も彼と杯を交わすことができる。それが私の狙いだった。

まあ、誤算と言えば彼が頑張りすぎて倒れてしまったことか。最後まで粘るとは思ってなかったからな。

けれどやはり彼はその気になれば呑める人間のようだ。今日のような荒療治でなくても、少しずつ呑めるようになっていくだろう。

さて、倒れてしまった彼だが。



「全く、無理なら早めにやめておけばいいのに。」

「うあー、せかいがまわってりゅー・・・。」

現在、霊夢が膝枕で介抱中だ。

彼が倒れたのを見て、それが当然であるように、自分から進んでその役を買って出たのだ。

普段怠惰な霊夢からすれば、これは驚くべきことだ。私は霊夢が動いたとき、我が目を疑った。

しかし、その光景を見ていて納得した。

そもそも霊夢は、決して人に対して無関心だというわけではない。ただ、縛られないだけなのだ。

関心を持っても、それに縛られて行動するのではなく、自分の思ったままに行動するのだ。

今回もそうだ。優夢君が酔いつぶれた。それを自分が介抱するのが当然だと思ったから、彼女は動いた。

それは優夢君に対する関心だとか恩義だとかじゃなく、霊夢がそうしたいからそうしたというただそれだけのこと。

博麗霊夢は、やはり博麗の巫女なのだ。



だけど同時に思った。ではその行動の起点は、一体何処にある?

それは彼女の心だ。見た目相応年相応に、幼いと言ってもいいほどの少女の心。

何者にも束縛されず、浮世離れした感性で生きる彼女も、やはり人間の少女なのだ。

だからだろうか。優夢君を膝枕する彼女の表情が、何処か柔らかく見えるのは。

その霊夢から、暖かささえ感じる気がしたのは。

「あ、あの巫女様?疲れませんか?良かったら、私代わりますけど・・・。」

「別に大したことじゃないわ。」

「そうですか・・・。そ、それじゃあ私、お酌させていただきますね。」

「そう?ありがと。」

だからだろうか。普段は博麗の巫女を畏れる人里の人間達が、彼女の周りに"萃"まれたのは。



代々何事にも縛られず、幻想郷を調停するために存在し続けた博麗の巫女。

その巫女が、今代――歴代の中でも屈指の実力を持つ霊夢になって、こうして人里で宴会をしている。

その光景が私には、とても微笑ましく、貴く感じられた。





***************





頭がぐるぐるする。どう考えても呑みすぎだ。

こんなん続けてて本当に酒に強くなれるんだろうか?甚だ疑問だ。

けど、他に方法がないのも事実。結局これを続けるしかないか。

そしたら俺は、あと何回青天しなきゃいけないんだろーなー。

そんなことを考えていた。





そんな風にぼぉーっとしてた俺は気付かなかった。

空に、俺の『世界』で見たような霧が、うっすらと漂っていることに。





+++この物語は、酒に弱い幻想が少しだけ酒に強くなる、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



いつでも酒の犠牲者:名無優夢

幻想郷において酒に弱いということは死活問題である。冗談抜きで。

今回実はヤバイところまで呑んでいたが、意外と大丈夫だった。

それはきっと、彼の力だけではない。

能力:あまねく願いを肯定する程度の能力

スペルカード:思符『信念一閃』、魔槍『ランス・ザ・ゲイボルク』、人符『現世斬』、想符『陰陽七変化』など



酒の席では意外とはっちゃける:上白沢慧音

今回の発想は酒の後押しもあったが、実は意外とお茶目なのである。

いつか優夢とはタイマンで酒を酌み交わしたいと、心の底から思っている。

その願いは、きっといつか叶う。

能力:歴史を食べる(隠す)程度の能力

スペルカード:国体『三種の神器 郷』など



幻想郷的一般男性よりも上:八百弥七

八百万の神に酌ができる程度の飲兵衛。実際秋の収穫祭にやってくる神様にお酌をするのは彼の仕事。

彼もまた、いつか優夢とサシで呑み比べをしたいと思っているが、まだまだかかりそうである。

戦闘能力こそないものの、実はヒューマンスキルで言ったら幻想郷トップクラス。

能力:八百万の神に感謝を捧げる程度の能力

スペルカード:なし



幻想郷的一般男性:茶竹一磋

人里のオリキャラその2。出番あった。

20代後半の(幻想郷的に)背の高い男性。いつも着物を着て懐手にしている。

茶のエキスパート。栽培・収穫から茶を点てるところまで全部一人でやる彼は、現在独身中。

能力:温度を視覚で理解する程度の能力

スペルカード:なし



→To Be Continued...



[24989] 二・五章三話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:04
外で頻繁に宴会が行われる傍ら、俺の中の世界でも宴会は続けられた。

「かんぱ~い!!」

「ちょっと紫さん、それでもう10本目ですよ。」

「固いこと言いっこなしよ、優夢。」

「まだまだいけるのかー。」

「レミィもルーミアも。倒れても後知らんぞ。」

俺を含めてたったの4人。なのに中々に賑やかだった。

まあ、酒は紫さんが境界をいじくれば簡単に出てくるし、現実とは法則の違った世界だからか皆底なしだし。

それは俺にも言えることで、外でこれだけ呑んだら確実に倒れると、胸を張って言える。

そんなわけで、皆のテンションが下がらないのもごくごく当たり前のことかもしれない。

「ねえゆうむ~、そろそろ私のことゆかりん(はぁと)って呼んでよ~。」

「謹んでお断り申し上げます。ってかなんですか(はぁと)ってのは。」

「親愛の証よ~♪」

「それにしたってその歳で(はぁと)は無いわ・・・ヒッ!?」

「レミィちゃ~ん?ちょっとよく聞こえなかったからもう一度言ってくれないかしら~。」

「BABAA自重しろって言ったのかー。」

「ルーミア!?」

「・・・お仕置きが必要みたいね。フフフ。」

「ぎゃーーー!!?」

紫さんがレミィを追い始め、レミィがルーミアを追う。いつも通りの光景だ。

ここにいる三人は、外にいる本人達とは少し性格が違う。

何故なら彼女達もまた『願い』だから。ひょっとしたら、外の彼女達が望んだかもしれない彼女達だから。

だから、その光景は決して殺伐としたものではなく、微笑ましいものだった。

「ぎゃおー、食べちゃうぞー。」

「それ私の台詞ー!!」

「走り出したら止まってはいけないのかー。」

本当に、微笑ましい光景だ。



「しっかし。」

俺は空――この表現が正しいかどうかはわからないが――を見上げた。

そこには、相も変わらず霧が立ち込めていた。

この間の宴会で俺が酔いつぶれたときに発生した霧。それが今も変わらず漂っている。ここのところずっとだ。

外だったら何かの『異変』かと言うところだが、あいにくとここは俺の『世界』。外とは違った法則に支配される世界だ。

故にこれが何かの『異変』であるということはない。だけど、ある意味では立派な異変だ。

「・・・まあ、害はないみたいだからほっとくけどさ。ほんとに何なんだろ。」

正体不明の霧は、しかし俺達に危害を及ぼすことはなかった。そもそもこの『世界』において危害を加えるという事象が成立するかどうかは甚だ怪しいが。

とにかく、霧はただ霧であるだけだった。時に、まるで霧も俺達とともに宴会を楽しんでいるような錯覚を受けるほどに。

「まあ、それは流石に俺の考えすぎだろうけどさ。」

相手は霧だ。この世界においてそう切って捨てるのは愚かかもしれないが、自我を持っているようには見えなかった。

まあともかく、原因不明の霧は、とにかくもぉ漂っているだけだった。

なので俺達の結論はいつも。

「ま、いっか。」

なのである。



しばらく三人娘(?)の追いかけっこを見ていた俺だが。

不意に、体に浮遊感を覚えた。目覚めか。

じゃあこれで今日の宴会はお開きだな。

「おーい!今日はもう終わりの時間だぞー!!」

俺は疲れを知らず、いつの間にか笑いながら追いかけっこをする三人に声をかけた。

だが夢中になっている彼女らには、俺の声は聞こえなかったようだ。反応なし。

はぁ、やれやれ。

「俺は言ったからなー。じゃ、落ち。」

まるでチャットルーム――記憶の中にある電子談話室――から切断するかのように。



俺は夢と現を反転させた。





~~~~~~~~~~~~~~~





今日は紅魔館で宴会だ。曰く、「魔理沙に出来て私にできないはずがない!!」だそうな。

最近宴会続きすぎじゃないかとも思ったが、皆でフランと遊べるいい機会だ。俺はOKを出した。

ちなみに今回は霊夢も呼ばれている。当然か、霊夢はレミリアさんのお気に入りなんだから。

比較するという意味で、魔理沙も呼ばれている。

幽々子さんと妖夢は呼ばれていない。あの二人はレミリアさんとの接点がまだ薄いからな。

遊ぶなら大勢で遊んだ方が楽しいけど、そこは仕方ないだろう。

まあそんなわけで、俺達は今紅魔館の前にいるわけだ。

「こんにちは、美鈴さん。今日はお招きいただきありがとうございます。」

「いえいえ~、お呼びしたのは私じゃなくてお嬢様ですから。さ、どうぞお入りくだ」

「邪魔するわよ。」

美鈴さんに皆まで言わせず、霊夢はすたすたと門の中へ入っていった。・・・相変わらず容赦ないな。

「・・・いいんです、どうせ私は最後まで台詞言わせてもらえないんです。たまの出番でもいいとこないんです。そう、私は植物なんです。だから私は気にせずお通りください・・・。」

完全に無視された美鈴さんは涙に暮れた。それを見ていた俺も、目から心の汗がにじんだ。

「・・・せめて俺だけは無視しませんから。どうか案内していただけませんか、美鈴さん。」

「うぅ、ありがとうございます・・・。どうぞ、こちらです。」

あまりに憐れに感じた俺は、勝手知ったる紅魔館を美鈴さんに案内してもらうことにしたのだった。



まあこの後、誰もいない門を魔理沙が『ブレイジングスター』して、美鈴さんは咲夜さんからお仕置きを喰らったわけだが。

流石にそこまでは俺も面倒見切れん。強く生きてください、美鈴さん。





***************





さてと、揃ったわね。

この場にいるのは、主賓である私と従者の咲夜、親友であるパチェと小悪魔っていうかコアク・マー(優夢を見たら急に息が荒くなりだしたわ)。

客である霊夢、優夢、魔理沙。・・・優夢は男で来たみたいね、面白くないわ。

そしてもう一人。

「いらっしゃい、優夢~!!」

「おう、元気にしてたかフラン。」

私の妹。フランはもう優夢べったりだった。

前回の『異変』のとき。フランは優夢に会えない日が続いた。

そのために暴れてしまい、私は大変な思いをした。

だけどその日々は、フランの中の優夢への愛情をいっそう深まらせたらしい。それはいいことだと思う。

・・・問題は『異変』を解決してきた優夢が、余計なのまで引っ掛けてきたことだ。見てる分には面白いけど、やはり優夢はフランの相手であってほしい。

そんなわけで、その余計なのは今日は招待していない。今日は優夢はフランのものだ。

「フフフ・・・。」

「何気持ち悪い笑い方してんのよ。」

失礼な。



さて、今日開くのは魔理沙との格の違いを見せ付けてやるためのパーティーだ。

既に咲夜に言って料理の準備はさせてある。酒もビンテージワインだ。これでうならないはずがない。

「お待たせ致しました。」

音もなく、咲夜が料理を運んできた。赤ワインに合う肉料理だ。

さあ、この最高級の持て成しにひれ伏すがいいわ、魔理沙!!

「・・・なーんか宴会とは違うよな。」

だというのに魔理沙はそんなことを言い出した。

・・・ふん、所詮はその程度ね。

そう思っていたら。

「そうね。あんまり面白くないわ。」

思わぬところから攻撃を受けた。

「そんな、霊夢!!あなたにも分からないの!?」

「うーん、確かに悪くないんですけど。宴会の良さはないですよね。」

「そうね、これはパーティーだもの。私は『宴会』というものを期待してたんだけど。」

「パチュリー様、宴会に関する文献読んでましたねぇ、そういえば。」

「ねーお姉様、これこの間の宴会と違うー。」

「がっはぁ!!」

全方位からの一斉攻撃。私は思わず吐血した。

「くっ・・・、思わぬダメージだったわ。だけど私に抜かりはないわ!!咲夜!!」

「御意に。」

私の命令で咲夜が姿を消す。次に現れた咲夜はとあるものを持っていた。

「・・・何これ?」

「ビンゴゲーム、ですか?」

『外』の知識がある優夢はどうやら察したようね。そう、これは『ビンゴ』と呼ばれる『外』の遊びだ。

何故私がそんな遊びを知っているか?このゲームは結構な歴史があるのよ。

そして私はその頃はまだ『外』にいた。だから私が知っているのも当然だし、持っているのも当然なのよ。

「・・・手回しビンゴとは、また随分レトロなもの出してきましたね。」

「昔はこれが普通だったのよ。今はどんななの?」

「いや、俺は知識でしか知りませんが・・・。電気化されて全自動で玉が出てくるようになってます。あと、玉じゃなくて画面表示になってるのもありますね。」

ふーん。凄いけど、味気ないわね。

「それは俺も思います。」

「ちょっと。勝手に盛り上がってないでどういう遊びなのか説明しなさい。」

おっと、そうだったわね。

「これはこっちの紙と対にして遊ぶゲームなのよ。
まず、こっちのかごを回す。すると、中に入っている玉が出てくる仕組みになってるのよ。玉には数字が書いてあって、その数字と同じ番号のところを開ける。
それを続けていって、縦・横・斜めのどれかが5つ揃ったら勝ちよ。」

簡単にルールを説明する。それほど難しい遊びじゃないからすぐに理解できたみたいだ。

「・・・正直あんまり面白そうじゃないな。要するにただの運だめしだろ?」

「そうね。何かかかってるなら話は別だけど。勝ったら何かくれるの?」

ふふ、そう来ると思ってたわ。

「そうね。普通、このゲームは一番で勝った人に何かしらの賞品をあげるものなのよ。貴族だと、土地をかける輩なんかもいたわ。」

「正直こんな家もらっても困るぜ。」

私も手放す気はないわよ。

「それにあなた達の場合、ものをもらっても困るんじゃない?」

「まあ・・・あんまりほしいものはないわね。」

「右に同じく。」

「魔導書。」

「私の図書館を勝手に賞品にするな!!」

安心なさい、パチェに迷惑をかける気はないから。

そう、ここにいるのは揃いも揃って物欲に欠けた者達ばかり。物をかけてもあまり盛り上がらないだろう。

だから、こういうのを考えた。

「一番に上がった人が、絶対命令権を手にするっていうのはどう?」

私の言葉に、霊夢と魔理沙がピクリと反応を示した。

「ビンゴと王様ゲームの融合か・・・。なるほど、悪くないですね。」

その面白さが理解できたのか、優夢は一つ頷いた。

「フランもいいか?」

「ん~、私はよくわかんなかったけど、優夢が面白そうだと思ったんならいいかな。」

フランも賛成。

「動かないんならいいわ。」

「私もそれで~。」

パチェと小悪魔もOKね。よし。



「それではこれより、紅魔館大ビンゴ大会を始めるわ!!」

私は声高に宣言し、ゲームが始まった。

「まあ、別に命令したいことなんてないけどさ。」

「面白ければいいわ。」

「くくく、貴重な魔導書を好きなだけいただきだぜ・・・。」

「絶対命令権ね・・・。強奪禁止がいいかしら。でも他も捨てがたいわよねぇ。」

「ハァハァ、優夢さんのコスプレハァハァ!!」

「ん~、どうしよっかなぁ。あれもしたいし、これもしたいし・・・。」

「では、料理の方は冷めないように時間を止めておきますね。」

波乱の香りがしていた。





***************





ビンゴ用紙――多分手作りだろう、これだけ新しかった――が全員に行き渡り、レミリアさんが手回しのビンゴ機を回転させる。

三回転させて玉が転がり落ちた。レミリアさんがそれを拾う。

「7よ。」

7は・・・お、あったな。俺は左下隅の箇所を空けた。

「ふーん、そうやるのね。」

「私はなかったぜ。この場合どうするんだ?」

「なかったらその回はお休みだ。次に期待ってところだな。」

霊夢はあったらしく、左の上から2個目を空けた。魔理沙はなかったみたいで、口を尖らせていた。

あとはフランと、回したレミリアさん本人。レミリアさんは左の真ん中が空いていた。

・・・ちょっと場所が表現し辛いな。横×縦で表現するか。

俺1×5、霊夢1×2、フラン1×4、レミリアさん1×3だ。

出だしはこんなもんだ。さて、次は。

皆の視線を受けながら、レミリアさんがビンゴ機を回転させる。2回転すると、次の玉が出てきた。

「今度は23ね。」

そう言いながら、レミリアさんは2×3の位置を空けた。2連続か、運がいいな。

他に2連続はいない。あとは小悪魔さんが2×1を空けたぐらいなものだ。

(・・・これは、ズルしてるわね。)

と、そんな光景を見る俺に、レミィが話しかけてきた。

ズルって・・・そうは見えないんだが。

(あなた、私の能力を忘れたの?『運命を操る』のよ。)

・・・えー?そんなこともできるの?

(できるわよ。たとえばポーカーでいきなりロイヤルストレートフラッシュを出すこともできるし、ルーレットで自分の好きな目を当てられるし、麻雀をやれば天和で上がれるわよ。)

何そのチート能力。てかそれじゃ勝ち目ないじゃん。

(そうね、普通なら、ね。)

ん?何か方法があるのか、レミィ?

(忘れてないだろうけど、あなたには運命が存在しない。『世界』としての運命は存在するのかもしれないけど、それは私の能力の範囲外よ。・・・つまり、どうすればいいかわかるわね。)

なるほど、俺に場を乱せってことか。

(その通りよ。座して待つのではなく、自ら行動するの。そうすれば、あなたなら私の能力を打ち破ることができる。)

OK、わかった。何とかしてみる。

別にどうしても勝ちたいとかそんなわけじゃないけど、そういうズルはよくないと思う。

皆でワイワイ楽しむものなんだから、それじゃ場が白けるってもんだ。やっぱりレミリアさんは宴会というものを理解してない。

かと言って、ここで俺がそれを指摘するのも白けるし、何より立証の手立てがない。

何か上手い手はないものか・・・。

俺がそう悩んでいると、レミリアさんは既にビンゴ機に手をかけていた。いかん、レミリアさんは真ん中横が3つ空いてる!次でリーチしてしまう!!

悩む俺を他所に、レミリアさんはビンゴ機を回転させた。



その時、俺に電流走る。



「おっと手が滑った!!」

わざとらしい声と共に、俺が一発の操気弾をビンゴ機に向かって放った。

「なっ!?」

それに驚いたレミリアさんは、ビンゴ機を抱え俺の弾幕を回避する。そのときの振動で玉が一つ落ちた。

「ちょっと!いきなり何するのよ優夢!!」

レミリアさんが怒り、咲夜さんが俺の背後から冷たい視線を送ってきてるのがわかる。うわー、超怖ぇ。

「やー、すみません。何だか無性に弾幕出したくなっちゃって。」

「ケンカ売ってんのあんた!?」

「売ってませんよ、そんな恐ろしい・・・。それより、玉出たみたいですけど。」

「・・・チッ。」

のらりくらりとかわす俺にレミリアさんは舌打ちを一つし、玉を手に取った。

「・・・16よ。」

先ほどまでの嬉々とした様子は何処いったか、レミリアさんは憮然とした表情で数字を告げた。どうやらレミリアさんのカードの中にはなかったらしい。

俺は・・・お、あったあった。2×4の位置に穴を空ける。これで俺も3連状態だ。

他に空いたのは、霊夢と魔理沙とパチュリーさん。それぞれ2×5、2×2、2×3だ。

「ふむ・・・、そういえばそうだったわね。」

「ん?・・・なるほど、そういうことか。」

お?どうやら霊夢と魔理沙はレミリアさんの不正に気付いたようだな。不敵な笑みをたたえていた。

パチュリーさんは気付いてるんだろうか?二人は付き合いも長いし、気付いてもいいと思うんだが。

「・・・私が動く必要はなさそうね。」

ほんと動くの嫌いですね、パチュリーさん。



まあ、俺の取った方法がまずかったのか。そこから先はビンゴ大会とは名ばかりの大騒動だった。

「おっと、手が滑ったわ夢符『封魔陣』!!」

「そんな手の滑り方があるか!!」

「私も手が滑ったのぜ魔符『スターダストレヴァリエ』!!」

「いい加減にしなさい!!紅符『スカーレットマイスタ』!!」

「あはは、ビンゴって弾幕ごっこのことだったんだね♪じゃあ私も!禁忌『クランベリートラップ』!!」

「ぎゃあああ!フランが暴れだしたー!?」

「総員退避ー!!」

「ふぅ・・・退避するのがしんどい。金&月符『サイレントミラー』。」

「パチュリー様一人だけずるいですぅ~!!」

「小悪魔さんこっちに!!暴符『ドライビングコメット』!!」

「お嬢様、ビンゴ機は死守しておりますのでご安心ください。」

「それはもういいから私を守りなsグハッ!?」

こんなである。





結局、騒ぎが収束する頃には皆疲れ果て、ビンゴはうやむやになってしまったのだった。

・・・まあ、それなりに楽しかったからいっか。





~~~~~~~~~~~~~~~





んで、もうパーティーって態でもなかったので、皆で外に出て(レミリアさんとフランは日傘持参)普通に宴会することになった。

その騒ぎを聞きつけて、妖精メイド達――見知った顔もちらほら――や、門番をやってた美鈴さんも"萃"まってきて。

普通に大宴会となったのだった。



「えへへー。優夢、あーん♪」

で、俺はというとフランにつきっきりだ。というか放してくれない。

まあ、それはそれでいいけど。フランももっと色んな人と交流取るべきだと思うんだ。

俺にばっかりっていうのは、もちろん嫌じゃないけど、なんていうかフランにとって勿体ないと思う。

けど、そう焦っても仕方ないってのも事実。

「あー・・・む。」

「どう?美味しい?」

「うん、美味しいな。さすがは咲夜さんの手作りだ。」

「・・・むー。」

「って、何故にむくれる。」

こんな感じでフランと一緒の時間を過ごすのも、俺は嫌いじゃない。

だから、結局俺はフランと一緒にいた。



「優夢と宴会、嬉しいな~♪」

歌うようにフランが言う。そこまで楽しんでもらえれば、俺も嬉しいな。

「フランも博麗神社まで出てくればいいのに。レミリアさんの許可は下りてるんだろ?」

「うん、それはそうなんだけど・・・。」

前回の『異変』お疲れ様会以来、フランが神社へ訪れることはなかった。やはり外は怖いらしい。

けどそれは、少しずつ外に出て慣れるしかない。屋敷にこもってちゃいつまで経っても出られるようにはならない。

こういう宴会で、たまに外に出るくらいならいいのかもしれないな。それで慣らしてくってのも、手段の一つだ。

まあ。

「宴会はいつだってやってるんだ。好きなときに来ればいい。俺はいつだってフランを待ってるぞ。」

「優夢・・・。うん!!」

フランは元気よく頷いた。

彼女が博麗神社の宴会の常連になるのも、そう遠い未来のことじゃないかもしれない。

「ところで優夢、ちょっと気になったんだけど。」

フランがたずねてきた。

「何だ?」

「宴会のときって、いっつもこうなの?」

こうって?何の話だ。

「何て言うか、妖気が漂ってるっていうか・・・。」

妖気?・・・確かに漂ってるけど、ここには人妖も多いし。

「そうなんだけど・・・。気のせいかな。」

フランはそう言って、空を見上げた。

そこには。



「何だか誰かに見られてる気がするの。」



ここのところ宴会のたびに立ち込めている霧が、漂っていた。





+++この物語は、幻想と紅魔が宴会をするのかしないのかよくわからない、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



お呼ばれ上手:名無優夢

顔の広さが尋常でない。人里の次は悪魔の館。次はあの世で宴会だ。

電流が走ったっていうか電波を受信した。結果が大乱闘スマッシュシスターズ。

珍しくセクハラ被害にあっていない。

能力:あまねく願いを肯定する程度の能力

スペルカード:思符『信念一閃』、魔槍『ランス・ザ・ゲイボルク』、人符『現世斬』、想符『陰陽七変化』など



宴会とホームパーティーは同じもの:レミリア=スカーレット

彼女が開こうとしてたのはただのホームパーティー。幻想郷的にはあまり面白くない。

ウケないだろうことは一応理解していたので、念のためビンゴを用意しておいた。結果はご覧の有様。

お子様なので接待とか考えない。自分が勝てばそれでいいのだぁ。

能力:運命を操る程度の能力

スペルカード:神罰『幼きデーモンロード』、『紅色の幻想郷』など



わかってて黙ってる人:十六夜咲夜

完全瀟酒だからわかってる。でも主の顔を立てるために黙ってる。と見せかけて、見て楽しんでる。

レミリアに忠誠を誓ってるくせに薄情だったりする。結局彼女も幻想郷人。

妖精メイド達が宴会に参加したのは容認した。意外と寛容な人なのである。

能力:時間を操る程度の能力

スペルカード:幻符『殺人ドール』、時符『プライベートスクウェア』など



優夢と一緒ならそれでいい:フランドール=スカーレット

重度の優夢依存症。彼が訪れなかった一ヶ月で病んだのも頷ける。

女心を理解しない行動を取る優夢にちょっとイライラしつつ、自分でも理解できていない。

普段はあまり宴会に参加しないから、今の宴会の異常性に気付けた。

能力:ありとあらゆるものを破壊する程度の能力

スペルカード:禁忌『クランベリートラップ』、禁忌『レーヴァテイン』など



動かないことの素晴らしさ:パチュリー=ノーレッジ

基本的に動くものは全てアウト。チェスはいいけど囲碁はダメな人。腕の稼動範囲的な意味で。

オリジナルスペルは盾みたいな鏡を出す魔法。やはり非戦闘用。

レミリアとは絶対に運勝負はしない。けど今回のことでちょっと考え方を変えた。

能力:火水木金土日月を操る程度の能力

スペルカード:月符『サイレントセレナ』、日符『ロイヤルフレア』など



腐悪魔:小悪魔

もう色々と手遅れ。

能力:不明

スペルカード:なし



→To Be Continued...



[24989] 二・五章四話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:05
どういうことだ?

俺は思考に耽っていた。

先日フランドールが指摘したことで気付いたあの霧。

まるで、ここのところ俺の『世界』の中に現れるようになった霧のようなもの。

この二つは、あまりに酷似しすぎていた。

あれは一体何なんだろう。そして、今幻想郷に、俺の『世界』に何が起こっている?

考えた。考えに考えた。だが答えは一向に出なかった。

当然だ。俺はあれが『霧』であるということぐらいしかわかっていない。それじゃわかってないも同然だ。

ひょっとしたら、俺の中に棲む三人なら何かわかるかもしれないが。

(かんぱーい!!)

(優夢も酔いつぶれてさっさとこっち来なさいよ、待ってるから。)

(弾幕ごっこもするのか~。)

これだ。全然疑問に思っちゃいない。ていうか一日中宴会に熱中して気にしようともしてない。

そんなわけで、俺一人で考えているわけだが、所詮俺の知識と思考能力で理解に至るはずもなし。

延々飽きもせず堂々巡りを繰り返しているわけだ。

けれど考えないわけにはいかないだろう?

もしこれが、俺の『世界』の中だけでとどまっているのだったら、何の『異変』でもない。異変ではあるけれども、それは俺自身の問題だ。

だけど外でも同じことが起きている。ひょっとしたらこれは『異変』なのかもしれない。

そして違うかもしれない。結局答えはわからない。だけど可能性がある限り考えなければならない。

そうやって、俺は思考に耽っていた。





そのため、俺は気付かず。

「あだっ!?」

視界に星が散った。そのぐらいの衝撃を頭部に受けた。

「ぼーっとしてるからそうなるのよ。さっきから言ってるでしょ。着いたわよ。」

「あたたた・・・。」

俺は痛む頭をさすりながら(ちょっぴし涙目だったのは秘密だ)、顔を上げた。

そこには、白玉楼の門があった。



今日は前回の紅魔館の宴会から三日後。今度は白玉楼の宴会だ。

流石に宴会続きすぎだろうと思うけど、意外と俺が持ちこたえているのが不思議だ。

ひょっとしたら、マジに俺の『世界』での特訓が効いてるのかもしんない。なんてチート技だ。

まあともかく、行けるならお呼ばれしてるのに行かないわけにもいかず。

最近の三日おきの大宴会に参加し続けているというわけだ。

俺だけでなく、霊夢と魔理沙も呼ばれた。妖夢の話だと、他にもレミリアさんと咲夜さんも呼んでいるそうだ。

それと、聞かなかったけど紫さんも来るだろう。幽々子さんと紫さんは大親友らしいから。

紫さんが来るということは藍さんも来るということだ。ひょっとしたら橙も来るかもしれない。

そう考えると結構な大所帯だな。まさに大宴会だ。

そんなことを考えながら、俺達は開かない大門を飛び越え、白玉楼の中へと入り込んだ。

中へ入ると、まず迎えてくれたのは。

「プリズムリバーさん達も呼ばれてたのか。」

騒霊楽団による合奏だった。

ルナサさんの落ち着く音色。メルランさんの激しい音。リリカさんの不思議な音楽。

それらが見事に調和し、一つのメロディーを奏でていた。

こりゃ素晴らしい出迎えだなと、ちょっと笑った。

「いらっしゃい、名無優夢。それと博麗の巫女。と言っても、私達も招かれだが。」

「こんにちは、ルナサさん。お二人も、素晴らしい演奏をありがとうございます。」

「ちょっと、私はついで?」

『それと』扱いされた霊夢が少し機嫌を悪くしたらしい。

「まあまあ、言葉の綾だろ。」

「ふん、いいわよ別に。大したことじゃないしね。」

気にしてるの丸分かりだった。

「しょうがないよ霊夢ー!何せ優夢はルナ姉のお気に入りだからねー!!」

「こら、メルラン。誤解を招くような言い方をするな。」

「でも事実じゃん?」

姦しい三姉妹。仲がいいってのはいいことだ。

それと、ルナサさんのお気に入りってのはちょっと嬉しかったな。

「ありがとうございます、ルナサさん。」

「む。いや、感謝されることでもないと思うが・・・まあいいか。」

ルナサさんは、相変わらずテンション低かった。うーむ、大人だ。

「こんにちは、優夢さん、霊夢。ようこそ白玉楼へ。」

俺達が少し話し込んでいると、妖夢がやってきた。

「こんにちは。今日はよろしくな。」

「とりあえず飯食わせなさい。それと酒。」

「・・・あなたはもう少し、自重という言葉を覚えなさい。」

全くだ。





それから俺達は、妖夢に連れられ、さほど離れていない宴会場へと移動した。





***************





優夢さんが白玉楼に来ると、いつも心が躍る。それは何故だろう?

剣の稽古が出来るから?否、稽古をしない時でも私の心は躍っている。稽古は関係ないようだ。

幽々子様のお世話を手伝ってくれるから?これも否、私は幽々子様にお遣えすることを至上の幸福だと思っている。

では何故?それは私にもわからない。だけど、優夢さんが来れば嬉しい。

ならば、今の状況は喜ばしいことなのだ。



そう。





数分前までは。





一体、たったの数分でどうやったらここまでの乱痴気騒ぎになるというのだ?わけがわからなかった。

魔理沙がやってきて、『神殺しチェーンソー』なる酒を振舞った。

それで赤い月は幼児退行し何故かしゃがみガードをし、瀟酒な従者は熱血な従者となり忠誠心を火山の如く噴出させる。

笑い狂った白黒は紫様の手から『鬼殺し火炎ハンマー』なる魔酒(誤字ではない)を奪い勢いよく優夢さんに呑ませ、その一撃限りの必殺の威力で優夢さんは倒れた。

慌てて優夢さんに駆け寄ると、酔った橙と従者たる猫達がわらわらと集まって、優夢さんの上やら横やらで丸くなる。

その橙の姿を見て、「私は怒ったぞ優夢ーーーー!!」と叫びだし何故か衣服を脱ぎ捨てた藍さん、もといスッパテンコー。あ、紫様の結界に閉じ込められた。

霊夢は我関せずで普通の酒を呑み続け、幽々子様と紫様はころころと笑い続ける。

そしてBGMは騒霊三姉妹による大合奏。興が乗りすぎてちょっと弾幕出てる。

ここに広がるのは、阿鼻叫喚の地獄絵図だった。

と、とりあえず私が今すべきなのは・・・。

「優夢さん!しっかりしてくださ・・・ってうわ、真っ赤!!」

とりあえずは優夢さんの介抱をしようと思い、橙と猫達には悪かったが押しのけて優夢さんを見た。

優夢さんの顔はこれでもかというほど真っ赤で、完全に目を回していた。

最近は強くなったと言っていたが・・・恐るべし、『鬼殺し火炎ハンマー』。

前回の博麗神社での宴会で、私も呑んだらしい。らしい、というのはその前後の記憶がないからだ。

どうやら一口呑んだだけで気絶したらしい。とんでもない威力だ。酒にこの表現が妥当かは疑問であるが。

ともかく、これを呑んでしまったらしばらくは目を覚まさないはず。その間私が介抱するしかない。



・・・ちょっと嬉しい、かも。



!? 何をふしだらなことを考えている私!!けしからん!!

緩みかけていた頬をピシャリと打ち、自戒する。

優夢さんは倒れているのだ。大変な状況なのだ。それを喜んでどうする!!

そう、優夢さんの介抱だ。地面に直に頭を置いているのでは痛いだろう。

私はその場に正座し、膝の上に優夢さんの頭を置いた。所謂膝枕という体勢だ。

それが良かったか、優夢さんはすぐに健やかな寝息を立て始めた。

周りは大喧騒。だが私には気にならなかった。

安らかな優夢さんの寝顔。私はそれを眺めていた。私の耳に入るのは優夢さんの静かな寝息の音だけだった。



・・・しあわせ~・・・。



「ニヤニヤ(-∀-)」

「ニヤニヤ(^ρ^)」

「クスクス(゚ー゚)」

はっ!!!?だからふしだらなことを考えるな私!!!!

再び頬をピシャリと叩き喝を入れる。力を入れすぎたためにちょっと痛かったが、それぐらいで丁度いい。

「私達のことは気にせず、どんどん二人のラブラブ甘々空間を展開しちゃいなさい~。」

せっかく落ち着きを取り戻したというのに、幽々子様の発言で私の心臓はドキンと強く跳ねた。

「な、何をおっしゃっているのですか幽々子様!!そんな空間展開してません!!」

「そうかしら?見てるだけで胸焼けがしそうな糖分だったけど。」

「初々しくていいわねぇ。見てるだけで若返りそうだわ。」

弁明する私に、霊夢と紫様まで追い討ちをかけてくる。というか紫様、その発言は微妙に年寄
「何か失礼なこと考えてない?」

「ヒィ!?」

紫様がスキマを開き、スキマ越しに顔を近づけて来て、私は思わずのけぞった。

「な、何も考えてません!誓って!!」

「ふぅん・・・。それならいいけど。もし考えてたら、スキマツアーにご招待しちゃうからね。フフフフフ・・・。」

絶対行きたくないですね。紫様の前では思考に気をつけることにしよう。

何せこの人、心の境界を取り除くことで人の考えまでわかるっていうもっぱらの噂だから。下手なことは考えられない。

一呼吸。気持ちを落ち着ける。

紫様に驚かされたことで、私の心は平静を取り戻した。動悸も収まったし、優夢さんの寝顔に心を惑わされることもない。

このまま、優夢さんが目を覚ますまで動かずにいよう。



そういえば。思う。

私は何故優夢さんの寝顔にここまで過剰に反応したのだろう?

確かに私は優夢さんのことを気に入っている。剣の稽古相手として素晴らしいし、気遣いもできてとても紳士的だ。人格的にも徳の高い、私にとって素晴らしい友人だ。

だけど、それで過剰反応を示すだろうか?いや、それは少し考え辛いな。

男だから?それはあるかもしれない。私の周りには男性があまりいないからな。耐性がないのかもしれない。

それは私の修行不足だな。心がまだまだ未熟な証拠だ。精進せねばなるまい。

・・・だけど、それだけじゃない気がする。

私は優夢さんに心を乱されたが、それは決して嫌な感じではなかった。

むしろ、好ましい感じの。・・・好ましい?

まさか、私が優夢さんを好いているとでもいうのか?

バカな。頭を振る。確かに私は優夢さんに対し、友人としての好意は抱いている。霊夢や魔理沙よりはその度合いが大きいかもしれないが、それだけだ。

それだけだと、私は自分に言い聞かせた。

剣の道は険しく果てない。私の剣は、師のものに比べればまだまだ児戯に等しい。

師を越えるまでは、否、剣の道を究めるまでは。私は他のことにかまけている暇などない。

だから――ありえない話だが、それが真実であったとしても。

私は認めるわけには――・・・。



「おーい、妖夢。お前何泣いてんだ?」

相当深く思考に落ちていたのか、いつの間にか魔理沙が目の前に来ていることに気付かなかった。

というか、『泣いて』?

「・・・あれ?」

顔に触れてみると、本当に涙が流れていた。自分でも気付かぬうちに、涙が流れていた。

何故?と思うより、情けないと思う方が先だった。魔理沙に見られた後だったが、私は袖で涙をぬぐい、何事もなかったかのような顔をした。

「見間違いじゃないか?」

「いーや、見間違いじゃなかった。確かにお前泣いてた。私は見たぞー。」

誤魔化す私だったが、この酔っ払いは引き下がらなかった。

これだから酔っ払いは性質が悪い。

「呑みが足らないからそういうことになるんだ!!というわけでお前も呑め!!」

そしてすぐ酒に話を持って行く。魔理沙は言いながらドンっと持っていた一升瓶を地面に置いた。

「見てわかるだろう。今優夢さんの介抱中だ。呑むわけにはいかない。」

「んなもん呑みながらでもできんだろ~よ~。ノリが悪いぞ妖夢~、そんなんじゃ今度からお前のあだ名はみょんだぜ~。」

「何だそのみょんというのは。」

「こないだ言ってたじゃん。『みょん』って。あれがお前の鳴き声なんだろ?」

「違う!というか私は鳴き声なぞ上げん!!」

「半人半霊だから鳴くだろ~?今だって泣いてたし。」

「どういう根拠だ!!それと違うと言ってるだろう!!」

「いいから呑めって!!話はそれからだッ!!」

ぜんぜん引き下がらない白黒の酔っ払い。・・・これは私が折れるしかないのか。

はぁ、とため息を一つつく。

「・・・一杯だけなら呑んでやる。そうしたら何処かへ行ってくれ。」

「おー♪そうこなくっちゃな!!」

「但し!!この間の『鬼殺し~』は呑まないからな。倒れたら優夢さんの介抱が出来ない。」

「わかってるってー。今日はこっちだぜ!!」

魔理沙が一升瓶をずいっとこちらへ出す。そこには『神殺しチェーンソー』の文字。

「・・・また曰くありげな酒だな。というか、あっちで壊れてる面々はこれを呑んでなかったか?」

「細けーこたーイーンダヨー。というわけでささ、一献。」

私の問いには答えず、魔理沙は無理矢理杯を渡して注ぎ始めた。

「とと、入れすぎだ。」

「だいじょびだいじょび・・・とぉ、ほれ見ろ!」

魔理沙は、表面張力の限界まで酒を注いだ。無駄に器用な真似を。

一杯だけだから量を呑ませようというのか?もし魔理沙がそう考えているのなら、それは浅はかと言わざるを得ない。

私が高々これだけの酒で心を奪われると思ったか?私だって酒には強い。たったこの程度の量でどうにかなるほどではない。

さっさと呑んでこいつを追い払おう。

私は、こぼさぬようにそっと杯を傾けそれを呑んだ。



ん?これは中々・・・。

少し強めの酒だが、それを思わせないほどすっきりとした味わいだ。それでいて、濃厚なコクがある。

なるほど、魔理沙が自信を持って勧めるわけだ。

「っくは!中々いい酒じゃないか。」

「そーだろそーだろ。何せこいつはおやっさんの秘蔵酒だからな!」

おやっさん・・・というと、人里で最大の食料店を営んでいる八百弥七さんのことか。

あの人の秘蔵酒なのか。それならばこの見事な味も納得が行くというものだ。

「さぁさ、じゃんじゃん呑めじゃんじゃん。」

「あ、こら!一杯だけの約束だぞ!」

「固ぇーこたぁ言いっこなしってなぁ!」

魔理沙は拒む私を無視して次を注ぎ始めた。だが、私もそれを強く静止しようともしなかった。

・・・まあ、もう一杯だけなら。



だが、私は侮っていた。この酒の恐ろしさを。

「ぷはっ!旨い!!」

「おおー!いい呑みっぷり!!」

「さあ、どんどん来い!私に呑めない酒は、あんまり無い!!」

いつの間にか私は、すっかりこの酒のとりこになってしまっていた。

あと一杯だけ、もう一杯だけ。そう思って、結局やめられず。

いつの間にか本格的に呑んでいた。

いけない、意識が朦朧としてきた。ここらでやめないと優夢さんの介抱が・・・。

ああけど、やっぱりあと一杯だけ・・・。



そう、私は侮っていたのだ。この酒の本当の恐ろしさを。

この酒の持つ性質。『人格を破壊する程度の性質』を・・・。





***************





『神殺しチェーンソー』。酒の殺し屋四天王と呼ばれる珍酒の一つ。今は八百万の店主が受け継いでいるんだったかしら。

その性質は、『呑んだ者の心をおかしな方向に開く』というもの。自分が呑みたくはないけど、見ている分には面白い酒だ。

そんな酒を、妖夢は魔理沙に勧められるままがばがばと呑み続けた。

面白いことになってるわ。私は自分の持ってきた『鬼殺し火炎ハンマー』(10倍希釈)を片手に見物を始めた。

「そりれぇ、ゆゆほひゃまっへばわらひがいふらいっへもきはあいんれふよ?」

「そーかそーか、お前も苦労してるんだな。まあ呑め!今日はとことん呑め!!」

普段幽々子に苦労させられてるせいか、出てくるのは主人の愚痴ばかり。

「もう少し妖夢に気を使ってあげたら?」

無駄とは思いながら、私は共に呑んでいる幽々子に言ってみた。

「あら~、私は結構妖夢には気を使ってるわよ?優夢のこととか優夢とか優夢とか。」

「それもそうだったわね。」

それに気付かず、活かすことにも気付けないのは、妖夢の問題だったわね。

「それが問題なんじゃないの?あとそれ以外のこととか。」

「私はいつも妖夢のことを考えてるわよ。そんな私の親心がわからないの?」

「真実味がないわ。」

幽々子の言葉をばっさりと切る霊夢。流石ねぇ。

霊夢の言葉にも気を悪くした様子を見せず、幽々子はころころと笑っていた。

視線を移せば、妖夢の酔いはさらに加速していた。

「ゆーむひゃんもゆーむひゃんれふよ!!らんれふぐりおんらろひろをおろふんれふひゃ!!」

最早何を言ってるかわからないけど、優夢の話みたいね。

口では否定してても、やっぱり好きなのねぇ。初々しくて可愛いわ。

「ふおひあわらひろほろもれろ・・・。」

「そーだそーだー!!優夢はもっと自分の強さを自覚して、私の相手をすべきなんだ!!」

多分話噛み合ってないわね。そういえば魔理沙も結構呑んでたわね、『神殺し』。



と。



「フシャー!!!!」

「おわ!?」

突然妖夢が吼え(?)、魔理沙に引っかきかかった。たまらずのけぞる魔理沙。

妖夢が動いたことで、優夢の頭が地面に落ちる。ゴチン!と痛そうな音がした。

けど優夢が目を覚ます気配は一向にない。まあ、『鬼殺し』を原酒のまま呑まされてたし、仕方ないか。これは私でも薄めないと呑めない代物なのだから。

妖夢はというと、獣みたいに四つん這いになって魔理沙を牽制していた。まるで優夢に近づかせないように。

・・・なるほど、魔理沙の言葉に反応したのね。

『私の相手をするべき』という言葉で妖夢の――普段は絶対見せることのない独占欲を刺激したみたいだ。偶然だけどいい仕事するわ、魔理沙。

「何なんだよいきなり・・・。」

「まあまあ、こっちに来なさい。一緒に見物しましょうか。」

突然妖夢に襲いかかられた魔理沙は、諦めて退散してきた。

魔理沙が離れるのを見ると、妖夢は満足したような表情で、やはり四つん這いのまま優夢に近寄り。

「にゃ~ん♪」

猫がするように、自分の体を優夢に擦り付けた。

「あらあら、積極的ね~。」

心底楽しそうな幽々子の声。私も、隣で見ている霊夢と魔理沙も、ニヤニヤが止められなかった。

普段だったら絶対に見られない弛緩しきった妖夢の顔は、単純に可愛らしかった。



妖夢はさらに大胆な行動に出た。

「んちゅ♪」

「ん?」

「え?」

「あら。」

「まあ。」

なんと妖夢は。

私達の見ている前で。



優夢にキスをしたのだ。

じゅるじゅるじゅる、という音を立てて。ディープなのを。



『うおおおおおおお!?』

私達のテンションはうなぎ登りだった。

「行ったー!妖夢の奴行ったー!!」

「これはまた・・・後でからかいがいのある。」

「ダメよ~いじめちゃ。弄って可愛がるのよ。」

「大差ないわね。」

「しかしこれはまた部数の伸びそうな!!」



・・・ん?



「ねえ、この天狗呼んだの誰?ていうかいつの間にいたのよ。」

私の言葉通り、誰も呼んでいないはずの鴉天狗が、私達と並んでシャッターを切り続けていた。

「ネタあるところに私あり!臭いをかぎつけ疾風の如くやって参りました!!毎度お馴染み文々。新聞の射命丸文です!!」

あらそう。この娘も相当な大物ね。

「それはそうと、今の写真売ってくれないかしら、新聞屋さん?」

「じゃあ私もお願い~。妖夢のファーストキスだもの、額縁に飾るわよ~。」

「趣味悪いわよあんたら。で、私にはただでくれるんでしょ?」

「お前も人のこと言えない上にケチ臭いぜ。」

いつの間にか優夢を抱き枕にして眠りに就いた妖夢をそっとしておきながら、私達は商談を始めた。



優夢も大変ね。

私は一人増えたであろう彼の『世界』の住人のことを考え、人知れず苦笑した。





ところで。

「れみ☆りあ☆うっう~!!」

「最高ですお嬢様!!今のあなたなら世界を狙えます!!」

・・・二人だけで『世界』を作ってる主従は放っておいた方がいいのかしら?

そろそろうざかったので、とりあえずスキマ送りにしてみた。





***************





外でそんなことがあったとは知らない俺は。

「えーっと、これは一体、どういうことでせうか?」

「私に聞かないでよ。紫は何か知ってるんじゃないの?」

「残念、私も優夢が起きてないと外のことはわからないのよ。」

「でも大体想像つくのか~。」

皆と一緒に途方に暮れてた。



「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい生まれてきてごめんなさいごめんなさいごめんなさい・・・」

突如出現した妖夢を目の前にして。

「あー、とりあえず何でお前がここにいるのか説明してくれないか、妖夢?」

「違うんです違うんです世界はこんなはずじゃなかったんですそう何かの間違いなんです・・・」

聞いちゃいなかった。





起きて事情を知って、そのとき一悶着あったりしたが。

それもまた、春の日の賑やかな一コマである。





+++この物語は、何が何だかわからないうちに幻想の住人が増えている、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



人型集合住宅:名無優夢

これで5人目。一人大家族である。

最近酒に強くなったと思って調子乗って一気飲みした。『鬼殺し火炎ハンマー』の威力を侮っていた。

とりあえず、二日酔いどころか三日酔いは確実。

能力:あまねく願いを肯定する程度の能力

スペルカード:思符『信念一閃』、魔槍『ランス・ザ・ゲイボルク』、人符『現世斬』、想符『陰陽七変化』など



これもある種の幻想入り:魂魄妖夢

まさかの優夢の『世界』の住人化。これは作者も予想してなかった。

何気に他のライバルに比べ一歩リード。知った直後はゆでだこになったが。

生かすも殺すも妖夢次第だが、今のままでは活かせそうもない。どうなることやら。

能力:剣術を扱う程度の能力

スペルカード:人符『現世斬』、魂符『幽明の苦輪』など



大切に思う方法は人それぞれ:西行寺幽々子

妖夢のことを大切に思っているのは事実。しかし弄ると面白いと思っているのもまた事実。

いつか弄りがいがなくなるぐらい妖夢が成長する日が来るかもしれないが、それもまたいいと考えている。

とりあえず、この日の夕飯は赤飯だった。妖夢に作らせて。

能力:死を操る程度の能力

スペルカード:亡舞『生者必滅の理』、桜符『完全なる墨染の桜』など



傍観する者:八雲紫

自分が直接関わることはほとんどない。人を動かし、過程と結果を見て楽しむ。

しかしながら人は必ずしも彼女の意図したとおりに動くわけではない。特に霊夢とか優夢とか。

それはそれで楽しんでいたりする。幻想を見守る者は伊達ではない。

能力:境界を操る程度の能力

スペルカード:罔両『八雲紫の神隠し』、紫奥義『弾幕結界』など



→To Be Continued...



[24989] 二・五章五話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:05
前回の宴会で色々あって――いや、ほんと色々ありすぎてわけがわからないが――妖夢が俺の『世界』の住人となった。

本人最初はかなりナーバスになってたけど、落ち着いたら普段の妖夢だった。というか普段より余程落ち着いて見える。

きっとあれが妖夢が望んだ姿なのだろう。普段のいじられっぷりを考えれば、まあわかるか。



それはそうと。

妖夢が俺の『世界』に来たことで――正確に言うならば、俺の『世界』に取り込まれる瞬間を目の当たりにしたことによって。

俺はある一つの結論を得ることができた。

そう。ここ最近俺の『世界』に発生し続けている霧についてだ。

妖夢が俺の中で姿を得るとき、それはまるで霧が集まるかのようだった。

ここから得られる結論はただ一つ。

あれは、形を得る前の取り込まれた願いだ。

何故今まだ形を得ていないのか、それはわからない。ひょっとしたら、取り込み条件をクリアしてないのかもしれない。

ともかく、そういうことだ。あれは気にするようなことじゃない。しばらく待てば、勝手に形を得てくれるだろう。



だが、だとすると外で発生し続けている霧は何なんだろう。

こちらはいつもというわけではない。宴会のときだけみたいだが。

前述の通り、この霧と中の霧の関連性は否定された。だから、これはこれで切り分けて考えなければならない。

だが、こちらに関しては手掛かりがない。宴会のたびに発生するということぐらいしか。

(それだけわかっているなら十分じゃない。)

唐突に、『世界』の中から紫さんが話しかけてきた。

紫さんは何かわかったんですか?

(というか、初めから知っていたというのが妥当かしら。だから、取り立てて騒ぐ必要がないことも知っている。)

・・・何やねん。知ってるなら教えてくれれば良かったのに・・・。

(だって~。優夢がいつまで経っても『ゆかりん(はぁと)』って呼んでくれないんだもん。)

(紫様、あまり冗談を言って優夢さんを困らせては・・・って本気ですね、これは。)

なお性質が悪かった。愛称考えるならもっとマシなのにしてください。そして語尾の(はぁと)は取ってください。

(もう、注文が多いわねぇ。わかったわよ、『ゆかりん』は諦めるわ。)

そうしてください。

それよりも、知ってるなら教えてください。この霧は何なんですか?

(ん~、それももう必要ないわね。)

俺の問いかけに、紫さんは答えてくれなかった。何故?

(もうすぐあなたの中に答えができるからよ。そうね、今日の宴会後ぐらいにでも。)

それが、どう関係するんですか?

(それは知ってのお楽しみ。でも、そうね。ヒントを与えるとすれば・・・。
あなたは中と外の霧を分けて考え始めてしまったようだけど、少し戻ってみることね。この霧はもう取り込まれている。形にならないのは、今はまだ眠っているからよ。)

・・・わかりにくい。日本語でおk。

(失礼ね、立派な日本語じゃない。そんなこと言う人にはもう教えてあげなーい。)

初めから教える気ないでしょうに。

でも、それなら考えてみるか。今日は宴会だ。宴会の疑問を晴らすのに、これ以上打ってつけの日はあるまい。

今日はじっくり考えさせてもらおう。





布団の中で。



今日は既に前回の宴会から3日が過ぎている。だというのに、俺はいまだに頭痛と吐き気と戦っていた。

原因はよくわかっている。あのヤバい名前の酒を、最近少し強くなったからと調子に乗って一気飲みしたからだ。あそこから後の記憶がない。

気が付いたら俺の『世界』にいて、宴会してたら妖夢がやってきて、起きたら妖夢の抱き枕にされてた。あと何故か頭が痛かったが。

事情は中の妖夢からあらかた聞いたが――酒の席での不幸な事故だ。妖夢も覚えていないようだったし。黙っておくことにした。

まあその辺はいいんだが、起きた俺を襲って来たのは燃え盛るような頭痛とハンマーで殴られたような吐き気だった。

あまりの吐き気に無様にも一回吐いてしまったんだが。

病人の如く神社まで運ばれ、以来三日間寝たきりだ。

恐るべし、『鬼殺し火炎ハンマー』。人間兼妖怪兼吸血鬼兼妖怪2兼半人半霊の『願い』をここまで叩きのめすとは。

ていうかあれだ。俺が調子に乗るとロクなことがない。自重しよう。

まあそんなわけで、俺は今日は宴会参加不可だ。俺に気を使ったか、今日の宴会は博麗神社で行われるから、観察には問題ない。むしろ宴会を外から見られる分好都合だ。

「どう?少しは良くなった?」

思考がだいぶ纏まったところで、折よく霊夢がやってきた。

「ああ、だいぶマシにるぶ!?」

平気だとアピールしようと思ったが、唐突な吐き気に襲われ口元を押さえる。

「・・・最近強くなってきたと思ったらこれか。ちゃんと自分の限界は考えなさいよ。」

いや、面目ない。

「・・・だけどあれ、そういう問題じゃない酒だと思うんだが。」

「人間は1000倍希釈しないと呑めないらしいわよ、あれ。」

・・・なんつう酒だ。劇物指定されても不思議はないな。

しかし、通りで一向に良くならないわけだ。毒を飲んだも同然なんだから。

回復にはまだまだ時間がかかりそうだ。

「世話が焼けるわね。お粥でも作ってきてあげるから、横んなってなさい。」

本当に面目ない。

俺は、珍しく優しい博麗の巫女の背中に、心の中で頭を下げた。





***************





3日前に冥界で行われた宴会にて優夢が倒れたと聞き、私は時間よりも早く神社に訪れていた。

友達の調子が悪いんだもの、お見舞いするのは同然でしょう。

・・・べ、別に変なことは考えてないからね!本当なんだから!!

「誰に言い訳してるのかしら、私・・・。」

自分の心の中での一人ボケに、冷静になって頭を振る。

最近の私はどうもおかしい。気がついたらぼぅっとしてることが多いし(それで人形作りを失敗したのは既に3度に登る)、わけもなく動悸が早くなったり、誰もいないのに一人で言い訳を始めたり。

新しい病気か何かかしら?今度調べるか。

ともかく、今はそんなことは関係ない。優夢のお見舞いが先決だ。

「邪魔するわよ。」

私は母屋の縁側から声をかけた。返事はなかったが、構わずに上がる。

声はかけたんだから勝手に上がったわけではないわ。

「優夢ー。見舞いに来たわよ。」

私は奥へと進んで行った。

何度か訪れたことのある優夢の部屋。その前に立ち、中から人の気配がすることを確認する。

「優夢。体調は平気?」

ノックもなしに戸を開ける。

中には、優夢だけではなく霊夢もいた。

「あら、アリスじゃない。宴会にはまだ早いわよ。」

「優夢が倒れたって聞いたから早めに来たのよ。悪い?」

「ありがとう。すまないな、アリス。」

優夢は霊夢に看病されていた。どうやら大丈夫そうね。



何故か胸に感じた痛みを無視し、私はそう結論付けた。



「あーあ、それじゃ持ってきたワインが無駄になるわね。」

「ああ、白持ってきたんだな。前回のあれ、そんなに気にしてたのか。」

「私達で呑んでやるから、無駄にはならないわよ。」

宴会が始まるまでの時間は結構長く、私は手持ち無沙汰な時間を霊夢と優夢と談笑して過ごした。

「もう少し何とかならないの?そのお酒の弱さ。」

「・・・今回のは酒にして酒じゃないぞ。あれは毒だ。」

「『鬼殺し火炎ハンマー』って言えばわかるわね?」

・・・あれを呑まされたのね。それならまあ仕方ないか。

「最近は『世界』での特訓もあって少しは強くなったんだけどな。残念だ。一緒に呑んでやれなくてすまないな。」

「べ、別にいいわよ。またの機会に期待するわ。」

優夢が私と呑むことを楽しみにしている。そう考えると何故か胸が暖かくなった。

けど同時に、心が冷えて行くのもわかった。

優夢の中にあるという『世界』。そして優夢の正体である『願い』。

そのことを聞かされたとき、何で私はそれが明らかになったときにその場にいなかったのかと悔やんだ。悔しかった。

私は優夢の友達だと思っているのに。また置いて行かれた気分だった。

「・・・?アリス、どうした?暗い顔して。俺何か悪いこと言っちゃったか。」

そんな私の微妙な変化を捉えたのか、優夢が心配そうな表情で私の顔を覗き込んできた。

「!! 何でもないから!気にしないで!!」

優夢の顔が近くにあったため、私は頭に血が昇るのを自覚した。

「具合悪いのか?顔が赤いぞ、無理はするな。」

「病人のあなたに心配されることじゃないわよ!どうやら大丈夫そうね、私居間に行ってるから!!」

早口にまくし立て、私は立ち上がり、逃げ出すようにその場を後にした。

入れ替わりで、宵闇の妖怪と白黒の魔法使いが優夢の部屋に入り込んで行った。

「おう、優夢。生きてるか?」

「優夢ー!倒れたって聞いたのかー!!大丈夫なのかー!?」

「大丈夫だよ。もうだいぶマシだ。」

「はぅ~、良かったのかー・・・。」

「心配させてごめんな、ルーミア。」

聞こえてきたそんな会話で。

「・・・素直になりたいなぁ。」

私はそう、『願った』。





***************





続々と人が"萃"まってきて、宴会が始まる。

俺が幻想郷に来て初めて出会った妖怪。紅霧異変の時に知り合った氷精と親友の大妖精。永遠に幼い赤い月と瀟酒な従者。

この間の『異変』――春雪異変の時の騒霊三姉妹、半生死の剣士と亡霊の姫。彼女の友人である幻想郷の妖怪達の賢者。

集まっている者々に統一性はなく、ただ思い思いに酒を呑み、語らい、笑っていた。

俺はこんな空気が好きだった。だからこそ、酒は呑めずとも、動けずとも、宴会に参加し続けるんだ。



ところで。俺はとある一人について、多少の心配をしていた。

七色の人形遣い・アリス=マーガトロイド。

彼女の纏う雰囲気は独特だ。気高いというか、常に周りと一線を画するような態度を取る。

それは彼女のプライドがそうさせるのか。あるいはもっと別の何かなのか。

そんなこと、彼女ではない俺にわかるはずもなかった。

だけど俺は、アリスと皆をどうにかして打ち解けさせたかった。

だってそうだろ?俺程度が友達で喜んでくれるなら、他の皆ならもっと嬉しいはずだから。

魔法使い同士、魔理沙とだってきっと仲良くなれるはずだ。

しっかり者だから、甘えん坊のルーミアだってきっと懐く。チルノもまた然り。

落ち着いた雰囲気を持つルナサさんとも上手くやれそうな気がする。

その方がアリスにとっても楽しいだろうし、友達が多いってのは決して悪いことではない。

だから俺は、アリスにもっと皆と関わってほしいと思ってる。

だけどアリスは――俺のときは気紛れだったのか――基本的に他者と積極的に関わろうとしない。そのガラスの表情と同じように、他者にも冷たい。本当はそんなことないのに。

だから、何とかしたいと思った。



「何難しい顔してるのよ。」

俺がぼーっとそんなことを考えていたら、霊夢に声をかけられた。

・・・そういえば、霊夢はアリスと以前から知り合いなんだよな。少し聞いてみるか。

「なあ。アリスって昔からあんな感じなのか?」

「そうね。前から高飛車なところはあったけど、あんなつっけんどんな態度取るようになったのは私達に退治されてからね。」

・・・今凄く物騒な言葉が出てきた気がするが、気にしないことにしよう。

ひょっとしたら、『異変』を起こしたことがあるのかもしれないしな。それだったら頷ける話だし。

「元々相当な自信家だったからね。ショックだったんでしょうよ。別に深い付き合いってわけじゃないからそれ以上は知らないわ。」

なるほど、何となくだが見えてきた。

要するにアリスは神経過敏になっているんだな。

負けると人一倍悔しく感じる。だから、何があっても負けないように、自分の手の内は見せたくない。

そのために、人付き合いをしないんだ。

まだ推測の段階だが、アリスのイメージと合致しているので違和感はなかった。

「ありがとう、霊夢。ちょっとだけどわかった気がするよ。」

「そう?それにしても、随分とアリスのことを気にかけてるのね。」

ニヤニヤしながら霊夢が言った。

何でそんな表情するのかはわからないけど、友達なんだからこれぐらい当然だろ?

そう言ったら、とても呆れられた。

「ここまで来ると犯罪級の鈍さね。」

何か間違えたのか、俺は。



さて、するとどうしたものか。

アリスに人付き合いをさせるためには、その過敏な考え方を緩和する必要があるな。そのためにはどうしたらいいか。

『親しき仲にも礼儀あり』じゃないけど、どんな密接な間柄でも全てを知られるわけではないことを示してやればいいか。

となると。

「ふんぬらブルァ!!?」

無理やり体を起こし、吐き気をねじ伏せる。友人のためならなんのそのだ。

「お?優夢、もう平気なのか?」

魔理沙が声をかけてきた。

・・・ちょうどいいな。魔理沙は俺と弾幕ごっこをやっている回数が一番多い。つまり、一番俺の手の内を知っている。

証明してやるにはうってつけの相手だ。

「ああ、動ける程度にはな。んで、この3日程寝たきりで運動不足だったから、ちょいと手伝ってほしいんだが。」

「へぇ・・・、珍しいじゃないか。優夢の方から弾幕に誘ってくるなんて。」

「ダメか?」

「いいや、いつでもどんとこいだぜ!!」

魔理沙は不敵に笑み、箒を手にする。

騒ぎを聞きつけ、皆が何だ何だと俺達に注視している。アリスもまた。

よし。俺は浮き上がり、弾幕を展開した。

見てろアリス。人と距離を取ることだけが強くなる方法じゃないことを、この俺が証明してやる!!

『楽しい楽しい弾幕ごっこの始まりだ!!』





余談だが、このとき俺は浴衣と褌という組み合わせの着物であり。

飛び立った瞬間、大変お見苦しいものを地上の皆に御披露目してしまったことを記しておく。





***************





一緒に呑む相手もいなかったし、誰かと呑もうとも思わなかったので、私は一人で呑んでいた。

そうしていたら、何か騒がしくなって、優夢と魔理沙が弾幕ごっこを始めた。

別段珍しいことじゃない。酒の席での娯楽で弾幕ごっこをする者はよくいるし、あの二人が頻繁に弾幕勝負をしていることも知っている。

それにしても、弾幕ごっこができるぐらいには回復したのね。

そのことを良かったと思う反面、胸の奥がチリチリした。

何で魔理沙なの。何で私じゃないの。

理由なんてわかってる。あの二人は弾幕の師匠と弟子なんだから。それに私が相手になってくれと言われても困ったし。

宴会の席では人目が多い。あまり手の内を見せたくはない。

それで負けるだとか思ってはいないけど、少しは攻略法を知られるのも事実。すると私は、いざ戦う時により『本気』にならなければならない。

私はそれが嫌だった。

以前霊夢と魔理沙と戦ったとき。私は負けたことが悔しくて全力で再戦を挑んだことがあった。

だけどあの二人は強かった。強すぎた。究極魔法を使ったというのに、まるで何でもないことのように私を負かした。

あのときの悔しさと絶望と恐怖は、いまだに忘れられない。後がないとは正にあのことだ。

結局、二人は私を負かしてどうこうするということはなかった。だけどあのときの記憶は、私に深く刻みつけられている。

だから私は全力を出さないし、そのためにあまり人付き合いをしない。まあ、人付き合いに関してはいくつかある理由の一つだけど。

思考が反れたわ。修正。

理性ではわかってる。優夢が私を相手に選ぶ理由などなかったし、それは正当だ。

だけど私の感情は意図の通りに動いてくれなかった。チリチリがズキズキに変わる。

――何なのよ本当に!これじゃまるでやきもちじゃない!!

有り得ない考えに頭を振る。私と優夢は友達なのよ、そんなこと考えてどうするの。

思考を切り替えるために空を見上げ――褌はないわよ、優夢。

ちょっとげんなりしつつ戦いを見た。

優夢が展開した11の弾幕を縫って、魔理沙の放った全方位レーザーの一本が直撃する。

「へへ、どうやらお前はこいつが苦手らしいからな!一気に決めるぜ!!」

「そうは行くか!陰体変化!!

女性化する優夢。浴衣の隙間から豊満な胸が強調された。

その格好で女性化はないわよ。下なんか褌じゃない。

とは思ったけど、優夢にそれが届くわけはなく、そのままスペルカードを宣言する。

魔槍『ランス・ザ・ゲイボルク』!!

優夢の手に赤い弾幕槍が出現した。彼はそれを危なげなく振るう。

「うお!?レーザー弾くか普通!!」

「異常異常って言ってくれてるお返しだこの野郎!!」

頑丈な槍ね。それは魔理沙の『ノンディレクショナルレーザー』を弾いた。

あの密度はあの分散レーザーじゃ無理ね。

「なら・・・こいつで決めさせてもらうぜ!!」

だから、魔理沙がミニ八卦炉を構えたのは当然であり定石だ。

恋符『マスタースパーク』!!

ミニ八卦炉から溢れる、考えるのも馬鹿らしくなる魔力の奔流。あれを喰らったら、たとえ優夢でも落ちるだろう。

さあ、どうするの?

見ると、優夢は全く慌てず、むしろ不適な笑みさえたたえて、スペルカードを掲げていた。

宣言。

断迷剣『迷津慈航斬』!!

聞いたことのないスペル。優夢は槍に霊力を伝わらせ。

「おりゃあ!!」

それを一閃した。巨大な霊力の刃が生まれ、『マスタースパーク』すらも両断してしまった。

「うえ!?お前いつの間にそれ使えるようになったんだよ!!」

「昼の鍛錬と夜の遊びだよ!!人符『現世斬』!!

魔理沙がうろたえた隙に、優夢は次のスペルカードを宣言し、一瞬で魔理沙に詰め寄り一撃を決めた。

それで魔理沙はスペルブレイクし。

「ちぇー、私の負けだぜ。」

軽くではあったけど、負けを認めた。

「俺は3枚使っちゃったから、俺の負けっぽいけど。」

「いいんだよ、『マスタースパーク』を破られたってことは私の負けだぜ。だけど次はそうは行かないからな!!」

そんなことを話しながら、二人が降りてきた。





・・・優夢は、凄いと思う。彼はいつだって全力でぶつかっていってる。

それで負けたときのことなんか気にしていない。多分、受け入れられるからだろう。

それはとても貴いことだけど。

私にはとてもできない・・・。



そう思ったとき、ふと優夢と目が合った。

何故か、心臓がドキンと跳ねた。何・・・優夢は私に何を言いたいの?

私は優夢を見続けた。だけど、優夢は何も言わず。

ふっと、微笑んだ。

ただ、それだけだった。

たったそれだけなのに、私の心の中で何かが落ちたような気がした。

あるいはそれが優夢の能力――『あまねく願いを肯定する程度の能力』だったのかもしれない。

私には、優夢みたいにすることはできない。全力でぶつかり続ける勇気はない。そしてそれを認めたくない。

だけど私にだって――。

「だらしがないわね、魔理沙。この私が鍛えてやってもよくってよ?」

「おお!?今日は本当に珍しいな、アリスまで弾幕をやる気になるなんて。」

『負けたくない』っていう意思はある。



手の内がバレる?それがどうしたっていうのよ。だったらもっと強い手を考えればいい。

相手が私の技を全て知っているなら、組み合わせで翻弄してやればいい。

全力で戦って負けて後がないなら、成長すればいい。

そう。負けたくないなら。





強くなればいい。





「どうしたの?いつものキレがないわよ。咒詛『魔彩光の上海人形』。

「く、よっ!?おいおい、ほんとに今日はどうしたってんだよ!アリスが全力で戦うなんてよ!!」

その後、私は魔理沙と弾幕ごっこをして、久々に本気を出した。

優夢との勝負の疲れもあったか、魔理沙に勝つことができた。

とてもすがすがしい気分だった。

そして、気付かせてくれた優夢に感謝した。

ありがとう優夢。



この感謝をいつか、素直な言葉であなたに伝えられる日が来ますように・・・。





***************





どうやら俺の作戦は上手く行ったみたいだ。

日頃の妖夢との稽古と、夜の『世界』での弾幕ごっこで密かに練習してた技、断迷剣『迷津慈航斬』。

密かに練習してたんだから、当然魔理沙は知らない。

俺の技で魔理沙が知らない技はほぼないと言ってもいいけど、新しく覚えた技なんかは魔理沙も霊夢も知らない。

たとえ親しくなったとしても、己の全てを知られるわけではない。それをアリスに伝えたかった。

それが伝わったかどうかはわからないけど、アリスは魔理沙と弾幕ごっこを始めた。

明らかに俺とやったときとは違う、本気のアリスだった。これでもかっていうぐらいの実力を見せ付けて、魔理沙に勝った。

本気で戦うアリスは、とても楽しそうだった。

その後は普段のアリスに戻って、一人で酒を呑んでいたけど。

多分今日の俺の行動は無駄じゃなかった。そう思うことにした。





んで。

「まあ、すっかり霧のこと考えるのなんて忘れてたんだけどね。」

「とてもあなたらしいけどね。クスクス。」

初めに考えていたことなんかすっかり忘れてた俺。『世界』の住人は呆れたり納得したりだった。悪いか。

「それで。俺の中でできた答えってのは何なんですか?」

俺は紫さんに問いかけた。

そう。宴会が始まる前に紫さんは俺にそう語りかけてきた。つまり、宴会が終わり皆が寝静まった今、俺の中で答えが出ているはずだ。

だが俺は全然答えが出たような気はしないんだが。

「そうね、私も教えてほしいわ。結局あの霧は何だったの?」

「『異変』なら、私達が動かないわけにも行かないでしょう。」

「実際動くのは優夢なのか~。」

レミィと妖夢が俺に賛同し、ルーミアが妖夢に突っ込む。

紫さんは薄く笑み、手にした扇で口元を隠した。

「それじゃあ、『本人』に聞いてみましょうか。この『世界』に現れた、新たな住人に。」

紫さんが視線を転じた。皆が一斉にそちらに注視する。

そこには。





「ぐぉ~・・・、がぉ~・・・、すぴ~・・・。」

真っ赤な顔で大きないびきをかきながら眠りこける、角が二本生えた幼女がいた。

『・・・・・・・・・・・・・・・ぇぇ~。』

紫さん以外の全員の気持ちがシンクロした。

何コレ、と。





+++この物語は、人形師の悩みを解決したり鬼っ娘の悩みの相談に乗ったりする、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



いつでも全力余裕なし:名無優夢

それは自分が弱いと思っているから。だが幻想郷の連中は一癖も二癖もあるのでそのぐらいが丁度いい。

現在徐々にスペルカードの数が増えていってるが、霊力の増加が追いついていないので使える数はそんなにない。

寝るときは褌。レコメンディッドバイこーりん。

能力:あまねく願いを肯定する程度の能力

スペルカード:思符『信念一閃』、魔槍『ランス・ザ・ゲイボルク』、人符『現世斬』、想符『陰陽七変化』など



いつも手抜きの策士家:アリス=マーガトロイド

全力で負けると本当に後がないので、常に相手よりも少し上の力で戦う。

相手の力を見極める能力に長けていないとできないことだが、ロリスならできないこともないはず。

今回はちょっぴし全力で戦ったけど、これからそのスタンスを崩すわけではない。

能力:人形を操る程度の能力

スペルカード:魔符『アーティフルサクリファイス』、咒詛『魔彩光の上海人形』など



酒呑童子:伊吹萃香

いつの間にか優夢の世界に取り込まれていた少女。

頭についた立派な角からもわかるとおり、鬼である。しかし見た目は完璧幼女。

幻想郷に鬼はいないとされるはずだが・・・?

能力:疎と密を操る程度の能力

スペルカード:鬼符『ミッシングパワー』、『百万鬼夜行』など



→To Be Continued...



[24989] 二・五章六話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:06
「ちょっと、いい加減起きなさい萃香。格好つけたの台無しじゃないの。」

紫さんが角幼女に馬乗りになってかっくんかっくん揺さぶる。

しかし幼女は一向に起きる気配を見せなかった。

「・・・えーっと、紫さん宴会前に『実体化しないのは眠ってるから』みたいなこと言ってませんでしたっけ?」

俺の言葉に紫さんは「うっ」と呻く。

確かに霧は消えているが、霧が実体化したと思しき幼女が起きている様子はない。

「・・・間違ってはいなかったはずよ。彼女はあなたに取り込まれたけど、実体化するだけの『密度』がなかったから、霧となって眠っていた。」

「でも、実体化しても眠ってるんですけど。」

「知らないわよー!!もう起きるだけの『密度』は持ってるんだからー!!」

逆ギレされた。俺にキレられたって困りますよ。

「で?結局コイツなんなのよ。」

レミィが話をぶった切った。・・・そうだった。

この幼女が寝てるのはしょうがないとして、だったら彼女が何者なのかを知りたい。

「見たところ、妖怪のようですが・・・。」

「角が生えてるから鬼なのかー?」

「何言ってるのよ。幻想郷に鬼はいないわよ。」

確かに。俺も一年間幻想郷にいるけど、鬼は見ていない。角が生えてるから鬼ってのは、ちょっと安直なんじゃ――。

「ルーミア、正解。」

『・・・へ?』

紫さんの言葉に、俺とレミィと妖夢の声がハモる。

ルーミアの言ってることが正しい?・・・ということは。

「え?じゃあ何?こいつ本物の鬼なわけ??」

レミィが困惑するのも無理はない。俺も妖夢も同じ気持ちなんだから。



鬼――古来より、人を攫い、食み、里を荒らす災厄の象徴として扱われてきたもの。

妖怪と同じく人間の恐怖の対象ではあるが、その度合いは妖怪の比ではない。

現代にも節分という行事があるほど、人々の鬼に対する感情は根が深い。

それが、今俺達の目の前で幸せそうに寝こけている少女を指すなど、誰が信じられようか?

「この子の名は『伊吹萃香』。疎と密を操る程度の能力を持つ鬼で、かつては四天王に数えられたほどの実力者よ。」

「そーなのかー。」

現実を理解しようと努力する俺達を他所に、紫さんは説明を始めた。

そしてルーミアが相の手を打つ。・・・つくづく大物だな、ルーミア。

「疎と密を操るって・・・具体的にどういう能力なんですか?」

挙手をして質問する。それに紫さんは一つ頷き。

「できることの一つは、あなたも既に見ているはずよ。宴会の度に発生する霧という形で。」

なるほど、あれはこの娘の能力で何かを疎にして霧状にしたってわけか。

「結局あの霧って何だったんですか?」

「萃香よ。」



・・・んん?

「もう一回聞きますね。あの霧は何を疎にしたものだったんですか?」

「だから萃香だってば。あれはこの娘自身よ。」

・・・はいぃ!?

俺はとんでもない事実に口がふさがらなくなった。

あの霧は、この娘自身?つまり、自分自身を疎にして霧状にして、宴会に参加してたってことか?

・・・あ。

「そうか、だからこの娘が俺に取り込まれてるのか・・・。」

「ご明察。」

俺の『世界』に取り込まれる条件は、今の段階でわかっているのは『俺の体に取り込まれる』ということ。

霧状になったこの娘の体が呼吸で俺の体内に取り込まれ――多分微量だろうが――その結果この『世界』の住人になったのか。

今まで十分な『密度』が集まらなかったってのは、量の問題か。

気付かないうちに条件って満たすもんなんだな。妖夢といいこの娘といい。

「けど、何でそんな回りくどい真似を・・・。普通に参加すればよかったのに。」

「後ろめたかったんでしょ。」

何で?

「それは、この三日おきに行われている宴会が彼女の手によるものだからよ。」

・・・どういうことですか?

確かに、ここのところ三日おきにどこかで宴会が行われている。けどそれは、誰かが開こうとしているからで、決してこの娘が主催しているわけじゃない。

「そう、それは確かにそうね。でもそれが誰かに操られての行動だったとしたら?」

知らず知らずのうちに、この娘に操作されてたって言うんですか?

「具体的に行動を決められるわけじゃないけどね。この娘の能力は疎と密――密度を操る。だったら、人口密度だって操れるわよね。」

・・・そういうことか。

彼女は宴会を主催していない。だけど、三日おきに密の状態を作り出し、結果として宴会とする。

だから、一連の宴会は彼女の手によって起こされている。

「理解が早くて助かるわ~。流石優夢ね。」

伊達に霊夢と魔理沙に振り回されてませんよ。

ともかく、これで今の状況がわかった。この連続した宴会は全てこの鬼の幼女によって起こされたものであり、発生している霧は彼女自身である。



・・・。

「だから、何なんですか?」

「だから、放っておいても問題ないのよ。」

あー。

何か色々気にしてた自分が馬鹿馬鹿しく思えてきた。肩の力が一気に抜ける。

彼女――萃香の目的はわからないけど、現在やっていることは宴会を続けるように仕向けているだけだ。

こんなもの、『異変』と呼ぶほどのことでもないだろう。無為に騒ぐ必要もない。

「私は最初に言ったじゃない。『別にいいじゃない、霧くらい』って。」

クスクスと笑いながら紫さんは言った。・・・もうちょっと分かりやすい日本語で言ってくれればいいのに。

「初めから答えを与えるのじゃ、面白くないでしょう?」

「まあ、確かにそうかもしれませんが。」

取り越し苦労は勘弁願いたかった。はぁ、と深くため息をつく。

「コイツ全然起きないわよ。」

レミィは萃香のほっぺたをむにーと伸ばしていた。変な顔になりながらも寝続ける萃香を見て、ルーミアが笑う。

「しかし、確かに害になるようなことはしていないとは言え、鬼を放っておいていいのでしょうか?」

妖夢はまだ心配なようで、訝しげな表情をしていた。

「心配ないだろ。俺にはこの娘が皆にひどいことをするようには見えないぞ。」

「あまり見た目で判断するのもどうかと。」

確かにな。

「けど、俺はこの娘を取り込んだ。てことは、たとえ『外』のこの娘が何かを企てたとしても、俺には察知できるってことだ。」

萃香が協力してくれれば、だけど。

「それは・・・そうですね。」

「な?だから特に気にすることはないって。」

俺の説得に、妖夢も肩の力を抜いた。

さてと、それじゃあ。

「今回の行動の目的を聞きたいところだけど、寝てるんじゃどうしようもないしな。」

「萃香が起きるまで、皆で宴会でもしましょう。ひょっとしたら、宴会の気配でこの娘も目を覚ますかもしれないしね。」

「結局はいつも通りね。楽しいからいいけど。」

「異論はありません。」

「むしろ大歓迎なのかー。」



こうして、眠りこける萃香を肴に、俺達はいつもの宴会を始めたのだった。

明日辺りは、この娘とも呑み交わしたいもんだな。





俺はこの日無理矢理にでも萃香の話を聞かなかったことを後悔した。

いや、ひょっとしたら聞いていても変わらなかったかもしれないが。それでも、説得という手段を取ることができたかもしれない。

けれど、後から幾ら悔やんでもそれは遅くて。



俺達は無用な争いの中へと落ち込んで行く――。





***************





「・・・どうにも変な予感がするわね。」

私は縁側でお茶をすすりながら、一人物思いに耽っていた。

ここのところの宴会。どうにも頻繁に起こりすぎている気がする。

いや、これくらいの頻度で宴会が行われることがないわけではない。

けれど、今回は幾らなんでも長すぎだ。

そして、私の予感を裏付けるがごとく、前回の宴会の後に色濃く残っていた妖気。

「『異変』・・・というには規模が小さすぎるけど、誰かが何かを企んでいることは事実ね。」

別に、宴会をするだけなら何も問題はないけど。

誰かの掌の上で踊っているというのは、気に食わなかった。

さて、こんなことをする奴は・・・正直言って思い当たる連中が山ほどいる。

しらみつぶしに探していくか。

「優夢さん。ちょっと私、出てくるから。」

「え?珍しいな。何処まで行くんだ?なんだったら俺も着いていくぞ。」

「いいわ。ひょっとしたら2、3日かかるかもしれないから。その間中神社を空けておくわけにもいかないでしょ。」

「ますますもって珍しいな。けど、それなら仕方ないな。わかった、留守番は任せとけ。」



優夢さんに留守を任せ、私は最初に思い当たる奴の所へ行くことにした。

霧と言えば・・・紅魔館でしょ。





***************





どうにも妙だぜ。

前回の宴会。確かに私は私の意思で開いた。つもりだった。

だけど、心に妙な違和感を感じていた。それは今も感じ続けている。

まるで、『宴会を開かなければいけない』と急かされるような感じ。

「私の心を操ろうとするとは・・・いい度胸してるじゃないか。」

なめた真似をしてくれるな。この霧雨魔理沙さんに対して。

「こりゃあ、世間知らずのお嬢様にお灸をすえてやる必要があるか?」

心を操るなんて真似、私が思い当たるのは一人しかいない。

実際のところできるかは知らん。けど、『人の形弄ぶ』奴はあいつだけだ。

それにあいつなら、理由もありそうだしな。『優夢に会いたい』とかで。

そこんところもガツンと言ってやる必要があるか。もっと積極的にアプローチしろとか。

ともかく、ちょっくら弾幕るか。そう決めて家の外に出て。



「・・・そっちからやってくるとは驚きだな。」

そこに、アリスがいた。

「あんた達がいつまでも動かないから、私が動くことにしたのよ。」

はぁ?こいつ何言ってるんだ?

「色ボケしすぎて頭が⑨になったか?」

「失礼な白黒ね。ちょっとお灸をすえた方がいいかしら。」

「それはこっちの台詞だぜ。」

私は箒にまたがり、アリスは人形を構える。お互いに臨戦態勢だ。

「あんたを倒しちゃったら聞けなくなるから先に聞くけど、あんたは宴会の後に残ってた妖気に気付いてる?」

「あんだけ妖怪がいれば妖気もたまるぜ。」

「・・・無駄足だったかもね。」

御託は無用。こうなったなら理由も不要。

ただ弾幕あるのみだぜ。



魔法の森の一角に、弾幕の花が咲いた。





***************





ここのところ宴会のたびに思っていることだが。

誰かに見られているような気がする。だが、見回してみても誰もいない。

私の勘違いなのだろうか。それにしては感覚がはっきりしすぎている気がするが。

そうである以上、『気のせい』と断定するわけにはいかない。

もしこれが誰かに――幽々子様や優夢さんに危害を加えようとしているとしたら。

野放しにしておくわけにはいかない。少なくとも調査をする必要がある。

だがどうやって?

視線に心当たりがない以上は幻想郷をくまなく探す必要があるが、幽々子様を一人残すわけにはいかない。私は幽々子様をお守りしなくては。

あちらを立てればこちらが立たず。どうしたものか。



そのとき、私に天啓が舞い降りた。



「あ、よーむ~。お腹空いたからおやつ作って~。」

「申し訳ありませんが幽々子様、今日はおやつはなしです。」

「えー!?何でよー!!よーむのケチっ!!」

「間延びした呼び方をしないでください!私は『よーむ』ではなく『妖夢』です。幽々子様にはこれから私とともに現世へと赴いていただきます。」

「えー、面倒ね~。」

「幽々子様の為なのです。お聞き入れ下さい。」

「ヤダッ!!」

頑として聞き入れぬ幽々子様。

――後々考えてみたら、このときの私は正常な判断力を失っていたのかもしれない。

「・・・そうですか。では。」

言葉を区切り、私は白楼・楼観の二刀を抜き放ち構えた。

「力ずくでもお聞き願います!!」

「・・・これは少し、躾直さないといけないわね。いいわ、久々に相手になりましょうか。」



こうして、勢いに任せたまま、白玉楼の主従による弾幕ごっこが始まった。





***************





全く、いい加減にしてほしい。

ここのところ、宴会のたびに私を"萃"めようとしている愚か者がいる。それに気付いているから、私は抗い図書館で引きこもりを続けられているのだが。

けれど、こう何度も何度も『お呼ばれ』されたんじゃ、ゆっくり読書をすることも出来ない。

おまけに。

「ハァハァ、優夢さんの着崩れた巫女服ハァハァ!!やっぱり宴会行きましょうよパチュリー様ぁ!!」

うちの腐悪魔(もうこれは小悪魔じゃないわ)が暴走気味。これにももううんざりだわ。

あんまりうざいんでついつい『アグニシャイン』をたたき込んだけど。今はあっちの方で焦げてるわ。

私は今回の騒動で一番被害を受けているという自信があった。・・・嫌な自信ね。

これはちょっと馬鹿者にガツンと言ってやる必要がある。

そんなわけで、私は久々に外に出ることに決めた。



が。

「・・・一応聞いておきますが、大丈夫ですか?パチュリー様。」

「あんまり、大丈夫、じゃ、ないわ・・・。」

地上に出てちょっと日の光を浴びたら、すぐにバテた。だから外出は嫌なのよ。

結局私は、偶然――というより必然的に通りかかった咲夜(咲夜も愚か者に制裁を加えようとしてたらしい)の肩を借りながら、『鬼退治』に出かけた。

「むきゅ~・・・。」

「お辛いのでしたら無理に出なくても・・・。」





***************





他にも動いた者達がいる。

永遠に幼い紅い月は、自分が宴会のトップに立とうと画策し。

悪魔の妹は、外苦手を克服しようとこっそり外出した。結果として騒動に巻き込まれるのは目に見えている。

天狗の記者は、事件の臭いを敏感に嗅ぎつけたようだ。

里の守護者は――里を離れるわけにはいかないため、悩んでいるようね。

十人十色、千差万別の参戦理由。だけどとうとう彼女達が動き出した。

あの娘はここまで考えていたかしら?恐らく考えていたでしょうね。

たとえ誰が襲いかかって来ても、組み伏せる自信があるからこそ、この騒ぎを起こしたのだろう。

何故なら彼女は鬼だから。

だがそれは浅はかとしか言いようがない。

彼女は知らないだろう。今代の巫女の力が歴代のそれを遥か上回ることを。

彼女は知らないだろう。人の身でありながら狂おしい努力を重ね、巫女と肩を並べる少女を。

他にも、鬼に勝るとも劣らない強者が、今の幻想郷にはひしめいている。

「油断してると、足元からすくわれるわよ。」

私は古い友人に――聞こえはしないだろうが――一応の忠告をした。



とはいえ、彼女が『何処にいるか』を突き止めるのは、彼女らにも難しいことでしょう。

「・・・たまには私も動いてみようかしら。」

誰が見て、聞いているわけでもないのに、私は妖しく笑い続けた。





***************





そんなことになっているとは露も知らない俺は。

「次の宴会は晴れるといいなー。萃香がちゃんと参加したら、霧一つない宴会になるだろうに。」

呑気に神社を掃除していた。





+++この物語は、幻想郷の猛者達が立ち上がる、奇妙奇手列な混沌とした、宴会のお話+++



立ち上がらなかった幻想:名無優夢

基本平和主義者なので争わない。

だが今回はその性格が災いし、皆が暴動を起こしていることに気付けなかった。

確実に巻き込まれるフラグ。

能力:あまねく願いを肯定する程度の能力

スペルカード:思符『信念一閃』、魔槍『ランス・ザ・ゲイボルク』、人符『現世斬』、想符『陰陽七変化』など



一人目の妖怪:ルーミア

賑やかになってきた優夢の中に一番長くいる。ある意味紫よりも上。

上下関係に一番頓着がない。深く考えない故に納得も早い。

ひょっとしたら、優夢の『世界』の影響を一番受けているのかもしれない。

能力:闇を操る程度の能力

スペルカード:月符『ムーンライトレイ』、夜符『ナイトバード』、闇符『ディマーケイション』



二人目の吸血鬼:レミリア=スカーレット

外のは霊夢にべったりだが、中のは優夢にべったり。当然だが。

上下関係を意識しているように見せかけてあまり気にしていない。

優夢の命を助けたので、実は最も重要な存在である。

能力:運命を操る程度の能力

スペルカード:紅符『不夜城レッド』、神槍『スピア・ザ・グングニル』など



三人目の賢者:八雲紫

うさんくさくない紫。綺麗なゆかりんとも言う。

そろそろ優夢にあだ名で呼んでほしい。敬語もやめてほしい。

気を張る必要がないので結構お茶目な面も見せる。

能力:境界を操る程度の能力

スペルカード:境符『四重結界』、式神『八雲藍+』など



四人目の剣士:魂魄妖夢

外よりも成長してる妖夢。肉体的な意味でなく。

優夢の『世界』の住人の中でプラス効果が明確に出た人。きっかけはアレだったけども。

落ち着いているので、優夢との絡みは少ないかもしれない。

能力:剣術を扱う程度の能力

スペルカード:六道剣『一念無量劫』、人鬼『未来永劫斬』など



そして五人目の鬼:伊吹萃香

外の人格も分からなければ、中でどういう風に変わったかもわからない。

現在まだまだ爆睡中。いつになったら目を覚ますことやら。

とりあえず全てに決着が着く前に起きてほしいところ。

能力:疎と密を操る程度の能力

スペルカード:鬼符『ミッシングパワー』、『百万鬼夜行』など



→To Be Continued...



[24989] 幕間十三
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:06
~幕間~





これは、寺子屋のとある生徒との間にあったちょっとした話だ。





「はい、今日の授業はここまでー。」

手作りの教材を伏せ、授業終了の意志を示す。

すると今まで静かに授業を聞いていた子供達が、にわかに騒がしくなる。

「光合成だって。お前知ってた?」

「全然。草って凄かったんだね。」

「光合成できたら腹減らないんだろーなー。」

「ゲン太はいつもそれだよね。」

これが最近の授業風景だ。

俺も子供達の御し方をだいぶ覚えてきた。おかげで静かに授業を聞いてもらえる。

俺の教える内容は幻想郷では一般的ではない知識だ。だから、子供達の知識欲も満足させられる。

それもまた、彼らが授業を熱心に聞く要因だと思う。

そんな感じの好循環。俺の授業もようやく軌道に乗り始めたって感じだ。



ところで、本来だったらこの後慧音さんの授業がある。

しかし今日は用事があるとかで寺子屋を空けている。だから今日の授業はここで全部終わりなのだ。

――里の外に行ってたし、多分妹紅のところかな。

「さて、今日はこれでおしまいだ。寄り道はしてもいいけど、里の外には絶対出るなよー。特にコゴロー君とキサキちゃんな。」

以前里の外に出て騒動を起こした二人に釘を刺すと、他の子供達がどっと笑い出した。二人は照れたように笑っていた。



そんな感じに授業も平和に終わり。

「せんせー、さよーならー!!」

「おう、前に気をつけろよ。」

子供達を見送り、俺も飛び立とうとしたとき。

「あの、先生!!」

呼び止められた。そちらを振り返ると、寺子屋の生徒であるアユミちゃんがいた。その後ろには、魔理沙が見守るような立っている。

どうしたんだ?

「君も帰らないと。他の皆は行っちゃったぞ。」

「えっと、あの・・・。わ、私、先生にお話があって・・・。」

何だろ。

「今日の授業でわからないところでもあったかい?」

「いえ!!先生の授業はいつも通りすごくわかりやすかったです。」

「んじゃあ、何か悩み事でもあるのかな?あんまり力にはなれないけど、相談に乗るぐらいだったら出来るぞ。」

「あの、違くて、その悩みがあるにはあるんですけどそういうんじゃなくて・・・。」

「落ち着きアユミ。深呼吸をするんだ。」

いい感じにテンパったアユミちゃんを魔理沙がいさめる。

魔理沙に従って、2・3回深呼吸をした。

しばし逡巡した後、意を決したか目を開いて。

「あの、今度寺子屋が休みの日に里の外に連れて行ってください!!」

そう言った。

・・・んー。それは遊びに行きたいってことか?

確かに、普通の人間じゃ里の外に出るのは難しい。不可能じゃないけど多少なりとも命がけだ。

それも子供となれば尚更だ。

けど、だからといって外に行ってみたいという欲求がないわけではないだろう。

だからこの頼みは正当だ。

俺や魔理沙なら、妖怪相手だって遅れを取らない。・・・まあ、いきなり大妖怪クラスが出てきたら話は別だけど。

ともかく、俺なら安全に外で遊ばせてあげられる。

けど。

「俺でいいの?魔理沙とかの方が気安いんじゃないか?女の子同士。」

「何言ってんだ、この男女。」

否定できなかった。

「あ、あの!私は男の人が女の子になれてもいいと思います!!」

どういう意味でだ。

「冗談は置いといて、俺よりも魔理沙の方が強いし頼りになるぞ。外に行きたいんなら、魔理沙に連れて行ってもらった方がいいと思うな。」

「ダメ・・・ですか?」

涙目上目遣い攻撃が返ってきた。

う・・・、いや、ダメってことはないけど。

「本当に俺でいいのか?俺はそこまで強くないから、絶対に安全って保証はないぞ。」

「先生がいいんです。」

ここまで言われるとは。

こりゃ、腹を括るしかないなぁ。

「ん、わかった。今度の休みな。約束だ。」

「あ・・・はい!!」

アユミちゃんは満面の笑みで頷いた。

ここまで喜んでくれると、引き受けたかいがあるってもんだ。

当日はしっかり楽しませてあげないとな。



その後、アユミちゃんは俺達に別れの挨拶を告げて、家路に着いた。

「そうそう、当日は私も着いてくぜ。」

ありゃま。

「だったら俺行く意味ないんじゃね?」

「いーんだよ。お前はお前でやることあんだから。」

何だそりゃ。





***************





初め、その相談を受けた時は驚いた。

すぐに微笑ましい思いに変わったそれは、とても初々しかった。

考えてみりゃ、優夢は人気があるんだ。これまでそういう話がなかったことの方が不思議だ。

まあそこは『優夢だから』で納得するとして。

優夢は、実は相当良株だ。器量良し、頭脳明晰、腕っ節もある。おまけに顔も美形(性的な意味で)だ。

自分を過小評価するところと度を越えたお人好しが少々難点だが、性格も決して悪いわけじゃない。

だから、思春期の少女が憧れるのも、何ら不自然ではない。

私?私はあいつの師匠で親友だ。今のところそんな気持ちは持ってない。未来がどうなるかはわからんけどな。

私達弾幕ごっこをする連中は大体似たり寄ったりじゃないか?どっちかって言うと『負けたくない』だろ。

・・・まあ、一部例外はいるけどな。

いやむしろ、弾幕という対等な土俵がある連中でさえそうなんだ。

何の力もない子供からすれば、優夢は眩しく映るんだろう。

ああ、なるほど。眩しすぎるから直視できないのか。納得だな。

だけど、中にはそれでも手を伸ばすやつだっているはずだ。



それが、アユミだったんだ。



幼く淡い恋心。初々しくていいじゃないか。

恋色の魔法使いとして応援しない手はない。だから私は、アユミの相談に乗ってやった。

アユミは優夢と遊びたいって言った。言い換えりゃデートしたいってことだ。

そう直接表現に置き換えてやったら真っ赤になって黙り込んでしまったから、『遊びに行く』ということで落ち着けた。

何処へ?里の中でっていうのはちょっと味気ない。だったら外だ。

アユミはちょっと怖気づいてたが、「優夢と一緒だから大丈夫だぜ」と言ったら勇気が出たみたいだ。

この時点で、念のため私が着いていくことに決めた。優夢にはアユミに集中してほしいからな。

場所は、外を適当に周ることに決めた。最終的には里からちょっと離れた丘の上に行く。

さて、そうしたら何をする?遊ぶという名目上、ちゃんと遊びたいところだが。

里の外でできる遊びなんか、数が知れてる。ていうか私は弾幕ごっこぐらいしか知らない。

アユミも、普段優夢の授業で遊びを教わったりはするけど、思いつかなかったらしい。

・・・まあ、何とかなるだろ。いざとなりゃ、適当にブラブラすればいい。

大まかに場所と行動を決め、次は時間だ。

寺子屋のある日は無理だな。終わった後だったらいけるだろうけど、それじゃ物足りない。

だったら思い切って休みの日一日使うのがいい。

善は急げって言うし、次の休みでいいな。

そう言ったらアユミはうろたえたが、私は無理矢理押し切った。こんなとこでウジウジしても始まらないからな。

予定を決め、後は優夢を誘うだけ。私はアユミの勇姿を見守った。

結果はOK。頑張ったな、アユミ。



こうして、アユミと優夢のデートをセッティングした。今から次の休みが楽しみだ。

それにしても優夢の奴。相変わらず女心ってやつがわかってないな。

いつか分からせてやった方がいいかもしれん。主に弾幕で。





そして、約束の当日がやってきた。

私は神社へは行かず、アユミの元へ向かった。

せっかくのデートだ、しっかりめかし込まなきゃな。

私はアユミの準備を手伝ってやった。

アユミは、普段の動きやすい格好ではなく、ちょっと高い桃色花柄の着物を着た。化粧も薄くだがし、髪には簪。

まだ幼くはあったが、数年すれば美人に化けるという確証を感じさせた。

気合い十分。私達はアユミの家の外で優夢を待った。

「来るかなぁ・・・。」

この期に及んで、アユミは不安になったらしい。

「来るさ。あいつは約束を守らない輩じゃない。」

「そっか・・・。」

私の言葉に、アユミは少しだけ安心した表情を見せた。

「魔理沙お姉ちゃんって、先生のことよくわかってるんだね。」

「ん?あー、まあ他のよりは知ってるだろうな。」

私は――私と霊夢は、あいつが幻想郷に現れたときから付き合いがある。だから、あいつがどんなやつかってことは、他の皆よりよく知っている自信がある。

だからこそ、私も霊夢も安心して背中を任せられる。信頼ってのはそういうもんだ。

「・・・羨ましいなぁ。」

ポツリとアユミは言った。

「一応言っておくが、私や霊夢に信頼以上の感情はないからな。安心していいぞ。」

ライバルは多いけどな。と、心の中で付け足した。



そうやって話をしながら待っていると。

「お、来たな。」

空に黒い点のような影が現れた。

こちらへ近付くにつれ、その影はだんだんと人の形になり。

「魔理沙、こっちにいたのか。こんにちは、アユミちゃん。」

私達のよく知る姿の優夢が、地面に降り立った。

そう、私達のよく知る・・・・だ。

「・・・お前はもう少し空気を読んだらどうだ?」

「ん?俺何かまずいことしちゃったか?」

いつも通りの黒服で現れた優夢は、あっけらかんとそんなことをのたまった。

相変わらず優夢は女心のわからないニブチンだった。





***************





何故か責められた俺だが、どうやら服装のことだったようだ。相変わらずこの『お気に入り』の評価は芳しくない。

だけどさあ。俺これ以外服を持ってないんだよ。巫女服?あんなの普段着じゃねえ。

そもそも俺は男なわけで。そこまで着飾る必要もないと思うんだが。

「それにしたってその服はないぜ。」

「わ、私もちょっと・・・。」

・・・魔理沙はともかく、アユミちゃんにまで言われると軽くなく凹む。

本格的に別の服を考えた方がいいんだろうか?いやいや、大衆に迎合するな。負けるな俺。



今俺達は、霧の湖に向かって飛んでいる。

魔理沙曰く、「せっかく外に出るんだったら普段行けないところのがいいぜ!」だそうな。

俺も異論があるわけではないので、それに従った。

んで、アユミちゃんはというと。

「あううぅぅ~・・・。」

「もっとしっかり掴まらないと落ちるぜ!!」

魔理沙の後ろで楽しむどころじゃない状態である。

俺は自分の体一つで飛ぶから、連れて行く方法は抱えるかおぶるしかない。それだと自由がきかなくて窮屈だ。

その点、魔理沙は箒で飛ぶから余裕もある。だから魔理沙の後ろに乗ることを勧めたんだが・・・。

「大回転だぜー!!」

「きゃー!きゃー!!」

大差なかったかも。ていうか俺が抱えるよりひどいな。

「魔理沙ー、ほどほどにしとけよー。事故ってからじゃ遅いからなー。」

「大丈夫だ・・・」



「わはー?」

「ぜええええ!?」

「なのかー!!?」

言わんこっちゃない。

魔理沙は突然前方に現れたルーミアに、制止できず激突した。

「なんでなのかあああぁぁぁ・・・」

車も真っ青なスピードで衝突されたルーミアは、ドップラー効果を残して星になった。

・・・妖怪だし、生きてるよな?

ルーミアのことはなるべく気にしないようにして(ひどいのかー。)しょうがないだろ気にしたってどうしようもないんだから!!

ともかく、今は魔理沙にお説教する方が先だ。

「人の忠告は素直に聞くもんだぞ、魔理沙。」

「へ、へへ。このくらい、どってことないぜ。」

「お前が平気でも、後ろを気にしろ。」

「あっ・・・。」

俺の言葉に、魔理沙はようやく思い出したらしい。

アユミちゃんはすっかりのびていた。

「あぅぅうう~?」

「・・・スマンカッタ。」

わかったら気をつけろ。全く。





アユミちゃんが復活してからは、魔理沙は俺の忠告を守って安全運転だった。

「くぅ~、かっ飛ばしたいぜ!!」

我慢しろ、このスピード狂め。

それほどスピードを出さずとも、霧の湖は空を飛べばすぐだ。

それが証拠に、俺達は既に霧の湖上空だ。

「ここが・・・。」

初めて見る霧の立ち込めた湖に、アユミちゃんは感激しているようだ。

彼女一人では、決して拝めなかった光景なのだから、感動もひとしおだろう。

「しっかし、ほんとここは冷えるな。⑨め。」

「・・・人が感動してる横でその発言はどうよ。」

さっきは俺のこと空気読めてないとか言ってくれたが、自分もじゃないか。

「私はいいんだぜ。」

「そんな理屈はない。」

理不尽だろ。

「・・・本当に二人とも、仲が良いんだね。」

そんな俺達のやり取りを見て、アユミちゃんはそう言った。

そりゃね。魔理沙は付き合いも長いし、何より俺にとっては師匠だからね。仲良くもなるさ。

「俺としては、もう少し自重って言葉を覚えてほしいがな。」

「その言葉、そっくりそのままお返しするぜ。」

「本当に仲が良いなー。・・・妬ましい。」

・・・今何か、聞いてはいけない言葉を聞いた気が・・・。

き、気のせいだな!!

と。

「あー!!しろくろとななし!!またあたいにむだんでなわばりにはいったなー!?」

折よくか悪くか、霧の湖の⑨ことチルノが現れた。

「またって、しょうがないじゃないか。紅魔館行くにはここを通るのが近道なんだから。」

「それに、こんな開けっ放しのなわばりじゃ入られたって文句言えないぜ。」

「わー、妖精だぁ!!リリーホワイト以外の妖精初めて見たー!!」

「ぉお!?あんたにはあたいのさいきょーっぷりがわかるみたいね!!ふふん、もっとほめなさい!!」

純粋に驚いたアユミちゃんに、チルノが勝手に勘違いして気を良くした。

ほんとにこいつは単純なやつだな~。

「チルノちゃーん!!また人に迷惑かけてー!!」

そしていつも通り、大妖精がチルノを止めにやってきた。

「ごめんなさい、優夢さん、魔理沙さん。あら、今日は見慣れない人も一緒ですね。」

「大ちゃん大ちゃん、こいつみどころあるわよ!あたいのさいきょーさがわかってんのよ!!」

「え?えーっと・・・。」

「こそこそ(勝手に勘違いしてるだけだぜ)。」

「ごにょごにょ(あ、やっぱりそうなんですね)。」

「? なにはなしてんの?」

「大したことじゃない。体力のある奴は風邪引かないって話だ。」

「そーなのかー。」

ルーミアに食われても知らんぞ。

「さてと、霧の湖も見たし、次行くか。」

「そうだな。またな、チルノ、大妖精。元気にしてろよ。」

「はい!!」

「ふん、あたいはいつだってさいきょーよ!!」

いつでも何処でも賑やかな妖精だな。

俺達は二人に挨拶をして、霧の湖を後にした。



「・・・あ!!こらしめるのわすれてた!!」

「もうやめなよー。絶対返り討ちにあうから。」





それから俺達は、一日で回れるだけ、里の外を回った。

博麗神社。香霖堂。魔法の森に妖怪の山の麓。

何処へもただ行っただけで、遊びらしいことはしなかった。

こんなんでアユミちゃんは楽しいかなと心配になったが。

「すごぉい・・・、妖怪の山って大きいんだね!!」

「ああ、私もてっぺんまでは行ったことがないぜ!!」

終始笑顔だった。

どうやら楽しんでくれたらしい。

それだけで俺は満足だった。



やがて日は傾き、夕刻には人里近くの小高い丘に降り立った。





***************





最終目的地に到着した。ここが今日の終着点だ。

人里近くの小高い丘。

来やすい位置にはあるものの、人里の外なので人が来ることは滅多にない。

「きれい~・・・。」

そして、ここから見る夕日は最高なんだ。

アユミは今日一日楽しめたみたいだ。満面の笑みで夕日を見ていた。

それを、優夢は優しく微笑みながら見ていた。

構図的には娘を見守る父親(母親?)のように見えなくもないが。

アユミの勝負はこれからだ。

「(さて、私は消えるぜ。・・・上手くやるんだぜ。)」

「(・・・うん!!)」

アユミにそっと耳打ちすると、力強く頷き返してきた。

「ああ!?忘れ物してきたぜ!!ちょっとうちまで取りに行くから、優夢はアユミのことを見ててくれ!!」

「へ?あ、おい魔理沙!!」

優夢が何か言ったが、私は無視して空へと飛び立った。



んで。

「(くくく・・・、こんな面白そうなシーンを見逃すわけないだろ。)」

私はその場から見えなくなると、二人の死角に回り込み、岩陰に隠れながら近付いた。

「魔理沙の奴、遅いなぁ。何を忘れたってんだよ。」

「そ、そうですね・・・。」

よし、二人の話し声が聞こえる。このくらいで十分だ。

私はその場に腰を下ろし、二人の話に聞き耳を立てた。

「今日は楽しめたかい?」

「あ、はい。とっても。今日はありがとうございました。」

「ははは、俺はほとんど着いてってただけだよ。結局最後まで、魔理沙がアユミちゃんを乗せてたわけだし。」

「で、でも先生の解説もとっても面白かったです!!」

「そう言ってもらえると嬉しいな。こっちこそありがとう。」

「あ、いえそんな・・・。」

なかなか進まないな。ちょっとせっついてやろうか。

私がちょっぴしイライラし始めたとき、不意に話が途絶えた。

何事かと思い、岩陰からこっそりとそちらを見た。



アユミは真剣な表情で呼吸を整えていた。

――行くんだな。

私は固唾を呑んでその場を見守った。

「あの、先生。私、今日は先生に言いたいことがあったんです。」

「ん?何だい。何か悩み事かい?」

真剣なアユミとは対照的に、優夢の声は軽かった。

妙なところで気が利くくせに、人の好意には相変わらず鈍感なやつだぜ。

「悩み事っていったら確かにそうなんですけど・・・何か違うっていうか・・・。」

「そうか・・・。俺で良ければ聞くぞ。」

優夢の声が俄かに真剣味を帯びる。・・・方向性は違うが。

アユミは構わず続けた。

「私、先生にはずっとお世話になりっぱなしです。寺子屋の授業でわからないことがあったときに教えてもらったり、ケンカしちゃった子と仲直りさせてもらったり、お弁当作ってもらったり。」

「うん。それから?」

優夢は焦らさず、先を促した。

「でも私、先生に何にもお返し出来てません。先生に迷惑かけてばっかりです。」

「・・・そういうことか。それなら気にする必要はないよ。俺が好きでやってることだし、教師ってのはそういうもんだ。」

「でも、私が嫌なんです!!お世話になってるんだから、私も何かお返ししたいです!!だから・・・。」

アユミは言葉を区切って大きく息を吸い込んだ。

行け。お前の思いの丈を伝えてやれ!!



「私を先生のお嫁さんにしてください!!!!」



・・・・・・・・・。



おろぁー!?



私も優夢も完っっっ璧にずっこけた。

いや、それは色々すっ飛ばし過ぎだろ!!

しかし流石私の見込んだ娘、一般人にはできないことを平然とやってのける!!そこに痺れる、憧れるゥー!!

「え、ええ?ええー??」

「私、先生に会った時から決めてたんです。この人のお嫁さんになるって・・・。
だから先生!私をお嫁さんにしてください!!」

唐突な出来事にうろたえる優夢に、アユミは畳みかけるように言った。

「ちょっと落ち着こう、アユミちゃん。そう、素数を数えるんだ。素数は自分でしか割り切れない孤独な数字、勇気を与えてくれるぞ。」

「はぐらかさないでください!」

滑ったな。

「・・・ふぅ、わかったわかった。つまり、アユミちゃんは俺と結婚したいと。そういうことだな?」

「はい!!」

優夢はやれやれとため息を吐いた。

それは諦念のため息だったのか。次の優夢の表情は、優しい微笑みだった。

アユミの頬に赤みが増す。

お前は・・・こんなことまでも受け入れられちまうんだな。

ちょっとアレだとは思うけど、親友の幸せだ。私は心から祝福し――





「だが断る。」





『ええーーーー!!?』

思いっきり声に出た。

私の声で二人が反応し、見つかってしまった。

「やっぱりお前の差し金か、魔理沙。人を驚かすのはいいけど、内容はちゃんと考えろ。今回のは洒落にならんぞ。」

優夢は私が仕組んだ狂言だと思ったようだ。

「・・・お前たちを二人っきりにしようとしたのは事実だが、アユミの行動はアユミ自身の意思だぜ。」

「またそんな言い逃れを。」

「本当です。」

アユミの言葉に、再び優夢が目を見開く。

「さっき言った言葉は全部私の本当の気持ちです。・・・だから、答えてください。」

真摯な眼差しを受け、優夢はほんの少しだけたじろいだ。

すぐに優夢は真面目な表情で答えた。

「それでも俺の答えは変わらない。少なくとも今は。」

どういうことだぜ?

「アユミちゃんはまだ子供だ。結婚するにはちょいとまだ早すぎるんじゃないか?」

・・・それは確かに。まだ8つだもんな。

「じゃああと5年したら!!」

「早すぎるっつーの!!ここじゃどうかは知らないけど、『外』では女は16歳からしか結婚出来ないんだぞ。」

随分遅いんだな。

「だから、俺は一つの条件を出す。」

条件?

「『外』では成人は20歳だ。だから、今から20歳までの間、気持ちが変わらずにいたら。
そのときは結婚でもなんでもしてやる。」

・・・なんだかんだで断らない辺り、こいつも実はアユミに気があったんじゃないか?

そんなことを思って、私はニヤニヤするのだった。





アユミは満面の笑顔で帰っていった。

『絶対に先生と結婚しますから。』だそうな。

「ふぅ・・・何でこんなことに。」

「いいじゃないか。よ、色男!!」

「言ってくれるな、他人事だと思って。」

「実際他人事だしな。それに、お前だって断らなかったじゃないか。満更でもないんだろ?」

私はニヤニヤしながら優夢を突っついてやった。



だけど優夢は。

「勘違いしてるみたいだけど、俺は断らなかったんじゃない。『断れなかった』んだ。」

全く笑わなかった。

「・・・どういうことだ?」

「魔理沙。お前は俺について知れる限りを知ってる。だったらわかるだろ?」

優夢について。

弾幕戦の天才で、男にも女にもなれて、家事が得意な変な奴。

律儀で面倒な奴だけど、付き合いが悪いわけでもなく、私は気に入っている。

そして、人でも妖怪でも吸血鬼でもある、『願い』の結晶。

「そうだ。そして俺の能力は、『あまねく願いを肯定する程度の能力』。
・・・ここまで言えば、大体想像つくだろ?」



わかった。わかってしまった。出来ることならわかりたくなかった。

つまり優夢は。





「俺には、人の『願い』を『否定』することだけは、絶対に出来ないんだ。」



・・・何だよそれ。じゃあ、お前は誰がお前に告白しても、肯定することしかできないのかよ。

さっきまでの楽しかった気持ちは、嘘みたいに冷えていた。

「だから、本当なら誰にも俺を慕ってはほしくない。アユミちゃんにも、早めに心変わりをしてほしい。
・・・どう考えたって不幸な結末しか待ってないからな。」

優夢の言いたいことはわかる。実際のところ、こいつを狙ってる連中はいる。

アリスと妖夢。フランドールはよくわからないが。

もしあいつらが優夢に告ったら。優夢は断らない。断れない。

そうなったら、血で血を洗う弾幕戦争が始まらないとも限らない。

だから、優夢が孤独を求めるのは、誰のためでもある。そう理解できてしまった。

だけど、だけどさ・・・。



何故だか、胸の真ん中が痛かった。





結局私は何も言えなかった。何か言いたかったけど、それを言葉にすると薄っぺらくなりそうで。

納得できない表情のまま、優夢と別れた。

優夢は、それについて何も思わないんだろうか。

思わないことはないだろう。あいつだって『人間』だ。人一倍感情が動くし。

だけど、あいつはそれを『受け入れられる』。

それは、とても貴いことだけど。

とても悲しいことだった。



私は、親友として願わずにはいられなかった。誰かがあいつを、『願い』であるという呪縛から解き放つことを。

並大抵のことじゃない。あいつは存在の根幹から『願い』なんだ。願いから解き放つってことは、あいつがあいつじゃなくなるってことだ。

それがいいことだとは思えない。だけどあいつは、優夢自身として幸せになってほしい。

・・・ああ、わかってる。私の『願い』がまた一つ、あいつを縛り付けてることも。

それでも、願わずにはいられなかった。

そして、誓わずにもいられなかった。



「もし、誰もお前のことを解き放つことができなかったら。そんときは・・・。」

私はぐっと、もう暗くなった空に拳を突き上げた。

「この私が、お前の目を覚まさせてやる!!」



目標が、できた。





+++この物語は、幻想が幻想であることを自覚し少女が新たに誓いを立てる、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



拒むことのない幻想:名無優夢

冗談抜きに幻想郷じみてきた。答えはYesのみ。

モノを食べる時はね、誰にも邪魔されず自由で、なんというか救われてなきゃあダメなんだ、独り静かで豊かで・・・

自分の持つ『60億の願い』を一人で背負う気満々。本人別に苦ではない。

能力:あまねく願いを肯定する程度の能力

スペルカード:思符『信念一閃』、魔槍『ランス・ザ・ゲイボルク』、人符『現世斬』、想符『陰陽七変化』など



おせっかい焼きの恋色マジック:霧雨魔理沙

他人の恋を見ると応援したくなる程度のおせっかい。恋色の魔法使いは伊達じゃない。

応援しているうちに暴走するが、気付いたら軌道修正する。

優夢に惚れているわけではないが、親友レベルの好意は持っている。

能力:魔法を使う程度の能力

スペルカード:魔符『ミルキーウェイ』、恋符『ノンディレクショナルレーザー』など



→To Be Continued...



[24989] 幕間十四
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:07
~幕間~





これは、俺が猫の里を訪れたときの話だ。





「あれ~、この辺だったと思うんだけど・・・。」

寺子屋の俺の授業がない日。俺は一人、妖怪の山へ赴いていた。

用件は、橙に会いに行くこと。というか猫の里にまた訪れることだ。

先日の『異変』のとき、橙には迷惑をかけてしまった。その侘びも含めてだ。

それに、約束もしたしな。「また来る」って。

まあそんなわけで、猫の里がある妖怪の山に一人で来たわけだ。

しかし、俺は何度も妖怪の山に訪れたことがあるわけじゃない。地理には疎い。

『異変』のときも、吹雪の中を彷徨った結果たどり着いただけだったしな。正確な場所を覚えているわけではない。

それでも、何とか記憶をたどりながら探してるんだが、一向にそれっぽい場所にたどり着かない。

人に聞ければいいが、こんなところに人がいるはずもなし。もうこの際妖怪でいいから出てきてくれ。そして俺に道を教えてくれ。



と。

「待て、そこの人間!!」

俺は後ろから呼び止められ、振り向いた。

そこには一人の少女が飛んでいた。犬科の耳と尻尾。頭には烏帽子。そして、手には大刀を持っている。

見たところ、白狼天狗かな?刀持ってるってことは、警備の天狗なのか。にしても幼すぎる気もするが・・・。

以前射命丸さんに教えてもらった天狗の知識に照らし合わせ、その少女が何者なのか推測する。

そして俺の考えが正しいことを示すように。

「ここは我々天狗の領域だ!!人間が侵入することはまかりならん!!早々に立ち去られよ!!」

白狼天狗の少女は俺に警告を発してきた。いつの間にか天狗のなわばりまで入ってきてしまっていたらしい。

まあ、そんなこと言われても。俺は天狗の領域に侵入したいわけじゃないので。

「立ち去る前にちょっとお尋ねしてもよろしいでしょうか?」

行き先さえわかりゃ、とっとと帰るさ。

「何だ!!」

「この辺りに猫の里というのがあると思うんですが、何処にあるかご存知ないでしょうか。」

「猫の里?あんな辺鄙なところに何のようだ。」

ひどい言われようだ。いや確かに辺鄙なところには違いないだろうけど。

「友人がおりまして。今日はその友人のところへ遊びに行こうと思って妖怪の山に来た次第なんです。」

「猫の里に、友人が?でたらめを抜かすな、あんなところに人間が住んでいるわけがないだろう!!」

あー、そりゃ人間じゃないっすよ。

「友人は猫の妖怪です。式って言った方が正しいですかね。」

「貴様、でたらめも大概にしろ。人間と妖怪が友人などと。」

頭堅いなぁ。世の中例外ってのは付き物でしょうが。それに俺人間じゃないし。いや人間でもあるけども。

「大人しく出て行け!さもなくば、我々の食料になってもらうぞ!!」

「だーかーらー・・・。」

この人の話を聞かないっぷりは、流石にちょっとイラっときた。弾幕ごっこしかけるか?

最近ちょっと思考がバイオレンスになった気がしないでもない。確実に周りにいる人間のせいだ。

「はいそこまで。」

ちょっと険悪になり始めた空気を断ち切る人物が、風の速さで颯爽とやってきた。

「射命丸さん。」「文様!!」

「優夢さん、こんにちは。天狗の領域に一体何の御用かしら?」

・・・んん?射命丸さん?ちょっと雰囲気が違うが・・・。

「文様!?お知り合いなのですか!?」

「あなたも写真は何度か見ているはずだけど・・・。ああ、服のせいで気付かなかったのね。」

「えーと?射命丸さん?ですよね??」

「ええ、そうよ。ああ、記者やってるときと違うから困惑してるのね。こっちが地の私よ。」

へぇ~。あれは作ったキャラだったんですか。キャラなりおいしいです。

「それで。我々天狗の領域に足を踏み入れるとは、一体どういう御用なのかしら?」

「写真で!?一体誰なのですか、文様!!」

「えーっと、橙って知ってます?猫の里に住んでる八雲の式の式。」

「ああ、橙さんに会いに来たのね。それなら納得だわ。」

「文様!!答えてください、この男は誰なのですか!!」

『うるさい。』

思符『信念一閃』 竜巻『天孫降臨の道しるべ』 ぎゃああああああ!!

流石にプッツンした俺と、手馴れた感じで射命丸さんが放ったスペルカードは、その少女を問答無用でぶっ飛ばしたのだった。



「さて椛。私はあなたに教えたはずだけど?人が話しているときは人の話を聞く。」

「はい・・・すみません・・・。」

射命丸さんに説教され、正座しながらしゅんとうなだれる白狼天狗――犬走椛。

しかし、射命丸さんが言っても説得力がないと思うのは俺の気のせいだろうか?基本的に俺の話聞いてくれないし。

「まあ、説明がなかったのは悪かったわね。この人がいつも記事にしてる『名無優夢』よ。」

「え・・・?名無優夢は確か女性では。」

うおーい。見ず知らずの人もそんな認識かよ!!

「ちゃんと記事の方も見なさい。男にも女にもなれるのよ、この人は。」

「・・・すみません。あんまりにも美人だったので、写真の方ばかりに意識が行ってました。」

「ならよし。」

「いいんですか!!?」

あんまりだった。

「それでは改めて・・・犬走椛です。文様の直属の部下になります。」

「あ、ご丁寧にどうも。名無優夢です。男です。男ですから。男なんですってば。

俺の迫力に気圧され、椛さんはやや後ろに下がった。

「でも記事にするときは女よ。」

「了解しました。」

「了解すんのかよ!!!!」

俺の努力の意味は皆無だった。ああ、なんてひどい世の中・・・。

「で。猫の里に行くのはいいけど、天狗の領域に無断で入ったことはどう詫びる気かしら。」

射命丸さんの目が細く絞られる。・・・これが天狗としての射命丸さんってことか。

「それは完全に俺の過失でした。申し訳ありません。」

素直に頭を下げる。実際、知らなかったとは言え『不法侵入』したのは俺だ。謝るのは当然のこと。

だが。

「謝って済めば世の中争いは起こらないわね。何か対価を出しなさい。」

対価・・・ですか?

「金はそんなに持ってませんよ。」

「そんなもの、天狗には欠片の役にも立たないわ。」

ですよねー。

「じゃあ酒?」

「・・・それも魅力的で捨てがたいけど。あなたはもっといいものを持ってるでしょう。」

嫌な予感しかしなかった。

「・・・わかりました。今度取材を受けます。女状態で。」

「はい、商談成立ですね!!」

俺が折れると、射命丸さんの雰囲気がガラリと変わった。・・・現金な性格は地だな。

「やー、助かりましたよ!実は天狗の仲間内で出してる新聞でも優夢さんの写真評判が良くってー。そろそろ新しい写真がほしかったんですよー。
さて、そうと決まれば今度香霖堂まで衣装を買いに行かねば!!あ、上には話通しておきますんで通っても平気ですよ。ついでに猫の里までご案内しますね。」

できればまともな服でお願いしたいです。・・・多分聞き入れてもらえないな。

俺はその場にがっくりと膝をついたのだった。

「あ、あの・・・強く生きてください。」

「・・・ありがとう、椛さん。」

椛さんの言葉に、何故か目から汗が止まらなかった。





まあそんな感じで紆余曲折を経て、俺は妖怪の山の中腹にある猫の里――橙の『マヨヒガ』にたどり着いた。





***************





「もー!!いい加減私の言うことを聞きなさーい!!」

私は大声を張り上げ従者達へ命令を出す。だけど私の従者である猫達は、私の言葉を聞かず勝手気ままな行動をとり続ける。

今私は、猫に隊列を組ませ統率を取る訓練をしているところだ。だというのにこれでは全く訓練にならない。

せっかく今日は――。



「橙、焦ってはいけない。元来猫とは気ままな生き物なのだから。それはあなたが一番わかっているでしょう?」

藍様が遊びに来てくださったっていうのに。

たまに来てくれる藍様。私は藍様の目の前でちゃんと成長しているところを見せたかったのに。

この子たちと来たらいっつもこうなんだから!!

「せめて藍様にご挨拶しなさーい!!」

「はは、いいよ橙。彼らは橙の従者であって私の従者ではないのだから。」

藍様は優しく笑って許してくれた。

はぁ、今日こそ藍様にいいとこ見せたかったのに・・・。

「なぁお。(普段出来とらんのに、本番だけできると思っとーね?)」

「ハニャー。(藍さんの前だからってええかっこしいしようとするのやめるニャ。)」

「ニャーン。」

「むかー!!何よもー!!」

比較的私になついている三匹。ミケとハーさんとグレも、私に対して辛らつだった。・・・グレはよくわからないけど。

それに藍さんじゃなくて藍様でしょー!!

「ニャー?(藍さんがそれでいいって言ってたニャ。何か問題でも?)」

「藍様!?この子達を甘やかしちゃダメですってば!!」

「ハハハ、すまないすまない。」

もー、藍様のバカ・・・。



そんな感じで、今日もここ猫の里は平和だった。

「・・・ム?何者かが入ってきたな。」

「えっ!?」

唐突に、藍様が反応した。侵入者!?

「いや、この感じは・・・優夢?それと天狗が二人・・・。」

優夢、という言葉に耳がピンと震えてしまった。・・・別に嬉しいわけじゃないんだから!!

「ははは、橙は優夢のことが好きなのかい?」

「そ、そんなことないですよ!!私は藍様が一番です!!」

「そうか、嬉しいな。優夢ざまぁ。」

・・・なんだろう。藍様は優夢のことになるとちょっと怖くなる。何でなのかな?

「しかし優夢がここへ・・・一体何の用だ?」

「わからないけど、とにかく行ってみましょうよ、藍様。」

さっきの言葉とは正反対に、私は尻尾を振りながら藍様の腕を引っ張っていた。

「そう引っ張らないでも行くよ。・・・やはり封印してやろうかあの男女?」

やっぱり藍様が怖かったです。





『マヨヒガの結界』の入り口まで行くと、そこには優夢と烏天狗、それから哨戒天狗がいた。

「やあ、橙。約束どおり遊びに来たぞ。」

三人の中で一際背の高い優夢が、ピッと手を上げて挨拶する。

「約束?そんなのしたっけ?」

そっけない態度をとりながらも、私は尻尾が勢いよく振れるのを抑えられなかった。

優夢は苦笑しながら言った。

「ほら、『異変』のときに言ったじゃん。また来るぞって。」

・・・あ。あんなの覚えてたんだ。私もすっかり忘れてたっていうのに。

やっぱり優夢って律儀だよね。ちょっと変わってるかも。

「そこが優夢さんらしいんじゃないですかー。」

「珍しいな。射命丸殿が猫の里へ訪れるとは。」

そういえばそうだ。優夢はともかくとして、他の二人は何でここへ?

「いや~、実はここに来る途中道に迷って天狗の領域に入っちゃって。」

・・・笑い事じゃなかった。

「ええ!?ちょ、大丈夫だったの!?」

「な、何そんなに驚いてんだよ。ちょっと間違って入っちゃっただけだって。」

それでも十分過ぎるほど危険だ。

天狗っていうのは、凄く縄張り意識が強い。もし人間がちょっとでも足を踏み入れたなら、即座に八つ裂きにされて食べられてもおかしくない。

妖怪の山に住む私だって、滅多なことでは近寄れない危険区域だ。それで無事だったなんて・・・。

「まあ、私の口聞きがあったからですね~。それに最初に見つけたのが椛だったってのも良かったです。もし話を聞かない哨戒天狗だったら、すぐ襲い掛かられてもおかしくないですから。」

「・・・マジですか?」

今更ながらに冷や汗をかく優夢。

「もう、気をつけなよ?」

「ああ、そうする。」

「まあ、下っ端哨戒天狗なんかじゃ、優夢さんの相手にはならないと思いますけどねー♪」

「それは言えてるな。」

「・・・それほど強い御仁には見えませんが。」

「そうですよ。俺は弱いんですから、そんな誇大広告しないでください。信じられても困りますから。」

優夢は相変わらずだった。何であんなに強いのに、自分が弱いって思い込んでるんだろう?

「私に勝っておいてそれはないと思うんだが・・・。」

「あれはまぐれです。最後決めたの橙だったし。」

「私が悪かっただから橙私を嫌わないでおくれああそんな泣きそうな顔をしないでくれさげすむような目で私を見ないでくれ」

「ちょ、藍さん!?どうしたんですか!?」

「・・・変な風にトラウマスイッチが入ったみたいだな。」

「藍さまー!!しっかりしてくださいー!!!」



頭を抑えてカタカタ震えながら青い顔してブツブツとつぶやき続ける藍様を正気に戻すのに、しばらくかかった。





***************





「ふぅ・・・見苦しいところをお見せした。」

「いえいえ、お気になさらず。」

俺はなるべく笑顔を崩さぬように言った。・・・頬を伝う一筋の汗は消せなかったが。

あの出来事は藍さんの中では絶対に触れてはいけない禁忌のようだ。つつくのはやめよう。

「ああそうそう!橙にお土産があったんだ!!」

とりあえず、無理矢理にでも話を反らすことにした。

俺は持っていた風呂敷包みを空け、中からあるものを取り出した。それは・・・。

「お刺身!?」

そう、俺手製の川魚の刺身だ。猫と言えば魚とまたたびだ。そして俺は料理がそれなりに得意だ。

だったら、これが土産としては一番妥当だろう。実際橙も目を輝かせて喜んでいたし。

「ねえ、食べていい!?これ食べてもいい!!?」

今すぐにも食いつきそうな勢いで、橙は聞いてきた。そう慌てるなって。

「まあ待てって。ちゃんと手を洗ってからだ。」

「そんなことしてたら鮮度が落ちちゃうよ!!ああもう我慢できない、いただきまーす!!」

もう刺身以外眼中にないという様子で、橙は飛びついた。



その瞬間、目にも止まらぬ速さで動いた者達がいた。

橙の従者の猫達だ。

彼らは橙が刺身に落下するよりも早く、残さず刺身を平らげていた。

「あああああああああああ!!!?」

そして悲鳴にも似た橙の叫びが上がる。

「・・・あちゃぁ~。」

「ぅぅぅぅぅううううう、あんたたちー!!!!」

「なおん。(よく言うばい?世の中弱肉強食って。)」

「ニャーオ。(隙を見せる橙が悪いニャ。)」

「ウニャー。(ごっちゃんです。)」

「待てー!!!!」

何を言ったかはわからないが、恐らく挑発でもされたのだろう。橙は従者達を追いかけ始めた。そして始まる、猫だらけの追いかけっこ。

・・・ていうか、本当にこいつらただの猫か?滅茶苦茶すばしっこいんですけど。

十分過ぎるほどの速さを持つ橙が翻弄されていた。

「待ちなさいよー!!」

そして橙は涙目だった。

「まだあるのに・・・。」

風呂敷の中には、まだまだ俺の手製の刺身がたくさん入っていた。

「・・・どうやって入れてるんですか、それ?」

「企業秘密です。」

椛さんの疑問に、適当に答えをはぐらかしておく。そう、世の中知らない方が幸せなこともあるんだ・・・。



と。

何故か藍さんからがしぃ!!と肩を掴まれた。

「優夢、この私の前で橙を食べ物で釣ろうとはいい度胸じゃないか。少し、お話しようか?

「は、はいぃ!?」

俺の行動を何かと勘違いした藍さんが、弾幕を展開し始めた。

俺は弁解しようとしたが、問答無用のご様子。

そして始まるもう一組の追いかけっこ。こっちは命がけである。

「待ちなさーい!!」

「なあー。(待てと言われて待つ奴はおらんばい。)」

「ニャ。(そんなに捕まえたければ、もっと鬼ごっこが上手くなることニャ。)」

「ニャ~。(ごっちゃんです。)」

「覚悟しろ優夢!!式神『仙狐思念』!!」

「勘弁してくれ~!!!!」



この日、いつもは静かな猫の里は、大いに賑やかだった。

「これはこれでいいネタに!!」

「文様・・・。何というか、自重なさってください。」





+++この物語は、幻想が猫達の楽園を訪れ一騒ぎする、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



きっと料理人の願いも持ってる:名無優夢

何故なら60億の願いの結晶。彼の作る刺身は、食べると時間が止まるほど美味いらしい。将太の寿司。

ちなみに今の実力は、椛ぐらい瞬殺できる程度。ブチ切れモードなら。

後日の取材では、一日体操着(ブルマ)で過ごさされたそうな。

能力:あまねく能力を肯定する程度の能力

スペルカード:思符『信念一閃』、魔槍『ランス・ザ・ゲイボルク』、人符『現世斬』、想符『陰陽七変化』など



下っ端哨戒天狗:犬走椛

原作ではカットインはおろか、台詞もなかったキャラクター。なのに微妙に人気な不思議。

哨戒天狗の中では比較的温厚だが、侵入者を撃退するというところは間違いない。

文の直接の部下であり、よく文々。新聞の印刷などの手伝いをしてる。

能力:千里先まで見通す程度の能力

スペルカード:なし



実は相当上位の烏天狗:射命丸文

天狗としての文は高慢な態度を取ったりする。スイッチのオンオフが早い。

意外にも公私の区別はついているので、友人知人だからといって天狗の領域に入れてくれるわけではない。

しかし後日の取材では一日中ハァハァしてたそうな。椛がこんな文の姿を見たらどう思うことやら・・・。

能力:風を操る程度の能力

スペルカード:疾風『風神少女』など



カリスマ不足の化け猫:橙

従者を満足に従わせられないのは、主にそれが原因。おぜうさまのカリスマを分けてあげたい。

しかし橙は橙だからいいのであり、カリスマのある橙なんて橙じゃねえ!!

きっと優夢に取り込まれたらカリスマ溢れる橙になることだろうが、多分それは起こりえない。

能力:妖術を扱う程度の能力(但し式神憑依時)

スペルカード:仙符『鳳凰卵』、式符『飛翔晴明』など



カリスマ溢れる親馬鹿:八雲藍

橙のことになるとカリスマブレイクするお人。基本的に優夢に対して悪感情は持ってないが、橙関連では暴走する。

優夢との追いかけっこでは、最終的には撃墜された。決め手は影の薄い操気弾。

それはそれとして、今度優夢に油揚げを作ってもらおうかと思っていたりする。嗚呼食道楽。

能力:式神を操る程度の能力

スペルカード:式神『仙狐思念』、式神『橙』など



→To Be Cotinued...



[24989] 幕間十五
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:07
~幕間~





これは、俺が久々に紅魔館の『お手伝い』をしたときの話だ。





先日紅魔館で一ヶ月ほどお手伝い生活(メイド生活とは言わん)をした俺。

それを終える際に、俺は『またお手伝いをしに来る』と約束した。

聞き様によっては、社交辞令的なものに聞こえもするだろう。何せあのときの俺は不本意だったからな。

けど、やってるうちに俺はやりがいを感じ始めた。最後の方では苦でもなく、むしろ嬉々として仕事していた。

だから、あれは冗談ではなかった。

「というわけで、久々にお手伝いに来ました。」

美鈴さんに門を通され、俺を出迎えてくれた咲夜さんとレミリアさんはポカーンとした表情になった。

「・・・あなたの律儀っぷりは想像を絶するわ。私も忘れかけてたわよ、あんな口約束。」

「記憶にはありますが・・・、まさか本当に実行しにくるとは。」

まーね。普通はそうなんでしょうけどね。

「俺は約束を守るです。」

無意味に胸を張って(特に男の部分を強調して)言ってみるテスト。

「はあ、まあいいわ。あなたのメイドとしての腕前は信頼してるし。」

対抗しているのか、何故かメイドの部分を強調するレミリアさん。

「あなたの仕事着はとってあるわ。着替えてきなさい、メイド服に。」

そして主に追従し、メイド服を強調する咲夜さん。

形としては2対1。俺は不利な状況だ。

だが今回俺は。

「いいえ、それには及びません。」

一枚のジョーカーを持っていた。荷物の中からとある服を取り出す。

「!! 執事服・・・。」

そう。この間偶然香霖堂で見つけた執事服だ。

見つけた瞬間、俺はすぐさま飛びついた。霖之助さんとの交渉を経て、やや安値で購入したのだ。

そもそもの話、俺が何故紅魔館で働くときにメイド服になったか。

本音はどうであれ、口実は『俺の服が貴族の従者に相応しくない』というものだった。

そして執事服がないからメイド服だとも言われた。

ということはどういうことか?

つまり、ここでメイド服しか支給されないなら、俺は別口で執事服を用意すればいい。そうすればメイド服という地獄から解放される。

・・・いやまあ、実際のところ俺はもう女にもなれるわけで、メイド服にさしたる苦痛があるわけではないけど。

そこはそれ。男の子の意地と思っていただきたい。

俺はニヤリと笑いながら、告げた。

「これで俺がメイド服を着る必要はありませんね?」

レミリアさんと咲夜さんは悔しそうに呻いた。・・・悪く思わないでください、自衛です。

「・・・わかったわ。ところで、それがうちに相応しいか確認したいからちょっと見せてくれない?」

「だがお断りします。んなこと言って、手に取った瞬間『おっと手が滑った!!』とか言って破く気でしょう?」

うっと図星をつかれ呻くレミリアさん。侮ってもらっては困る。こっちにはレミィというレミリアさんセンサーがいるのだ。

(誰だってそうだわ。私だってそーする。)

「お二人が何と言おうと、今日はこの服でお手伝いさせていただきます。問題ないでしょう?」

「・・・その通りだわ。」

レミリアさんは敗北を認めうなだれた。・・・そこまで悔しがることもないと思うんだけど。

「仕方ないわね。分担は以前と同じでいいから。早く着替えてらっしゃい。」

主が認めたなら従者も従わざるを得ない。咲夜さんは潔く引き下がってくれた。

・・・何だか罪悪感を感じる気がするが、俺間違ってないよね?





こうして、紅魔館の一日執事・名無優夢が誕生したのである。





***************





あたしのブルー隊とアクアのアクア隊(こう言うと紛らわしいわね・・・)のメイド達がさわさわと何かを話している。

「ねえ、聞いた聞いた?」

「うん。今日一日執事が来るんだって。」

「執事って初めてじゃない?紅魔館始まって以来。」

そんな内容だった。執事?・・・確かに、今まで見たことはないよね。

「アクアは確か私より長くここに勤めてるよね。どう?」

あたしはここの先輩であり親友であるアクアに尋ねた。

「・・・私の記憶にもない。本当に初めてかも。」

流石にここが『外』にあったときのことは知らないけど、少なくとも幻想入りして以来初めてのことかもね。

でも、執事かぁ。ってことは男の人だよね。

妖精は皆女の子だし(男の妖精って見たことないんだよね、何でだろ?)、この館に住んでるのも皆女。

そもそも男の人を見たことが・・・ああ、優夢さんは男だったっけ?びっくりしたけど。

でもあの人女の子みたいな顔してたし、風の噂じゃ女の子にもなれるようになったらしいし。

何にしたって、男の人を見た経験そのものがあたし達は少ない。

だから、「どんな人なのかな~」とか「かっこいいのかな~」とか「かっこいいってどういうの?」って皆が言ってるのも無理はなくて。

「まあ、あたし達も気になるしね。」

「うん。」

アクアも気になるみたいだ。一緒に働けるかどうかはわからないけど、見てみたいとは思う。

もしバイオレット隊に行くんだったら、ジストに掛け合って見せてもらおっかな?

流石にスカーレット隊に行かれたらどうしようもないけど、イエロー・オレンジ隊ならこっそり見に行こう。メイド長に見つからないように。



と、あたしが頭の中で『メイド長』って単語を思い浮かべたら。

「随分と騒がしいわね。もう仕事の時間は始まっていると思ったけど?」

怖ーい怖ーいメイド長がやってきた。それで一気に皆静まった。

基本的に能天気の多い妖精メイドだけど、咲夜さんの前では静かになるしかない。ナイフ怖いわナイフ。

「全く。最近は仕事ができるようになったと思ったらすぐこれね。『彼』をここに連れて来たのは正しかったわ。」

『彼』?・・・ってことは、噂の執事はあたしらのとこ配属ってこと!?

部下のメイド達がざわめき、目が輝いていた。・・・多分、あたしも同じ表情してるだろうけど。

カカカッ!!と音がして、あたしらの目の前の床にナイフが数本突き立てられた。

場が一気に静まり返った。・・・だから怖いですってば。

「さて、『彼』の紹介をしたいのだけど、よろしいかしら?」

「い、イエッサー!!」

「イエスマム。」

あたしが直立不動で最敬礼をしたのに対し、アクアは全く表情を変えずに敬礼した。

メイド長はため息を一つついてから、奥に声をかけた。

ややあって、一人の人物が現れた。

その人は――。



「え?・・・え!?えええ!!?」

あたしはそれを見て、困惑の声を上げた。だって、この人って!!

隣のアクアも、声こそ出てないものの驚いた顔をしてた。

無理もないと思う。だってこの人は。

「どうも。今日一日紅魔館で『執事』をやることになりました、名無優夢です。よろしく!!」

そう。以前あたしらの上について、メイドの仕事を教えてくれたメイドの優夢さんだった。

この人が、執事?っていうか執事を強調しすぎだった。

「それじゃ、後は頼んだわよ優夢。」

「ええ、任せてください咲夜さん。」

困惑するあたしらを他所に、メイド長と優夢さんはささっと話をつけていた。

「さて、それじゃ班分けするぞー。つっても、前とあんまし変わらないけどな。」

急展開すぎて、頭がついていかなかった。





***************





驚く私達にはお構いなしに、優夢さんはよく働きました。

かつて彼の下について働いていた時から知っていたことですが、彼の仕事っぷりは丁寧かつ素早いです。

流石は優夢さんです。なおかつ、それだけの腕前を持ちながら「得意ではない」と言い張るところがさらに流石です。

それにしても――。

「何で執事なんだろう。」

「あ、やっぱりアクアもそう思う?メイド似合ってたのに。」

私の意見にプラネが同意します。

今の紺色の執事服も似合っていないわけではないですが、やはり優夢さんといえば濃紺のメイド服と白いエプロンドレスではないでしょうか。

少なくとも、そう思う人は多いと思います。

まあ。

「新鮮だから、これはこれで・・・。」

かっこいいし。

「そーなの?あたしはやっぱりメイド服の方が似合ってると思うけどなぁ。」

「誰がメイド服の方が似合ってるって?」

唐突に後ろから聞こえた声に、プラネが飛び上がりました。

振り返ると、優夢さんが凄く"いい笑顔"をしていました。

「あ、あはははは・・・。やだなぁ、聞こえちゃいました?」

「君らまでそう思っていたとは・・・。」

コメカミの辺りがひくついていて、ちょっと怖いです。

ここは私がフォローを入れた方がいいでしょう。

「でも、その執事服も似合ってると思います。」

「あー!アクア、あんただけいい子してずるいわよ!!」

せっかくフォローを入れてあげたのに、単純なプラネは台無しにしてしまいました。

「私は本心を言ったまでです。」

「な!だったらあたしだって似合ってると思ってたわよ!!少しは!!」

素直なことは時に残酷なものです。

「・・・ちょっとか。」

プラネの感想に、優夢さんは暗い影を背負ってしまいました。

「えっ!?ちょ、ちょっと優夢さん!?何でそこで落ち込むのよ!!あたし褒めたんだよ!?」

「今のはとどめを刺したと言います。」

「なんでー!?」

わからなくていいです。プラネはわからなくていいのです。わかったら、それはプラネの皮を被った何者かです。

落ち込む優夢さんと慌てるプラネを見ながら、私は表情を変えず笑うのでした。



優夢さんがいれば、仕事の上で問題が起こるわけもなく(相変わらずプラネは迷惑かけまくったみたいですが)、午前のお掃除は無事終了しました。

さて、午後は優夢さん、地下の手伝いと妹様のお相手ですが・・・。

ジストがどういう反応をするのかが見ものです。

私とプラネは、後でこっそり見に行くことにしました。





***************





『それ』を見た瞬間、あたしは目が点になって情けなく口を開けっ放しにした。

でも、だって、しょうがないじゃない!!

「何であんたがまたいんのよ!しかも執事で!!」

顔を真っ赤にしながら、私は『執事姿』の優夢に向かって叫んでいた。

ヤバい。凄く似合ってる。かっこいい・・・!!

いつかのメイド服もよかったけど、身長の高い優夢は執事服も似合ってた。

見てるだけで顔が赤くなって、思わずにやけそうになる。

でもダメッ!!優夢にそんな恥ずかしいとこ見られたら・・・!!

「そう邪険にしないでくれよ、ジスト。邪魔にはならないようにするから。」

あたしが叫んだ意味を勘違いしてる優夢。けど訂正するのは恥ずかしいし・・・。

結局あたしは、真っ赤になった顔を隠すために俯き、にやけるのをこらえるためにプルプル震えるしかなかった。

「・・・なんか、怒らせちゃったか?」

「!! 違っ!!」

「怒らせちゃったなら謝る。ごめん。だから、俯いてないで顔を上げてほしいな。」

・・・ああもう!!

「知らないわよ、バカッ!!」

あたしは表情を隠すために優夢に背を向けた。

それで、優夢は諦めたような溜め息をついた。

・・・ああ、何であたしってばこうなのよ!!

素直になれない自分に嫌気が差した。本当はもっと優夢と話したり、一緒に仕事したり、遊んだりしたいのに・・・。

そう思ったら、今度はあたしが溜め息をつく番だった。

少しの間、気まずい空気が流れた。

「あ、優夢さ~ん。・・・て、どうしたんですかこの空気。ケンカはダメですよ~。」

だから、今日はこのちょっと抜けた図書館の司書が、ありがたく思えた。



初めはちょっとぎこちなかったけど、仕事を始めてしまえば以前の通りだ。

あたしが本をどけ、優夢が持ち、その間に掃除する。

それはあたし達が一ヶ月で育んだ連携プレー。そう簡単に劣化してたまるもんですか。

そうやってるうちに、あたしも本来の調子を取り戻せてきた。

「大体ねぇ、何で一ヶ月だけなのよ。他の妖精メイドじゃこれできないんだから、大変なのよ?」

「すまんすまん。でも俺にも色々と事情がさ。」

「事情って何なのよ。」

「まあ、居候先のお世話ってとこかな。」

「ふーん?だったら紅魔館に引っ越しちゃえばいいのに。お嬢様もあんたのことは気に入ってるんでしょ?」

「さあ、それはわからないけど。嫌われてはいないと思うけど、どうなんだろうなぁ・・・。」

これだけ有能なんだから、気に入られてると思うけど。メイド長にもね。

「それに、俺が幻想郷に来たばっかりの時に助けてくれたのは霊夢だからな。そのお返しが済むまでは神社は離れられないよ。」

・・・何だか胸の辺りがもやもやするわね。不愉快だわ。今度博麗の巫女が来たときは、お茶に虫でも入れてやろう。

そんな感じで、軽快に掃除を進める私達。

「・・・それにしても、ちょっと見ないうちに随分と本の扱いが丁寧になったな。成長したじゃないか。」

私の仕事を見ていた優夢が、不意にそんなことを言い出した。

突然のことに、私は照れて顔が赤くなった。

「と、当然でしょ!?あたしはバイオレット隊のリーダーなのよ!!このくらいできて当然よ!!」

・・・本当のところ言うと、お嬢様の客人が優夢がいなくなった途端あたしに本の扱いを仕込んできたからなんだけど。

最初はうざいと思ってたけど、こうやって優夢に褒められて悪い気はしない。っていうか嬉しい。なので今は感謝だ。

あたしは気分を良くし、踊るように掃除を続けた。

ああ、こんな時間がいつまでも続けばいいのに・・・。



と、そんなことを思ったのがいけなかったのかしら。

突然、激しい揺れが図書館を襲ってきた。

「な、何!?」

あたしはびっくりして辺りを見回した。

優夢は、遠い目をして頭を抱えていた。

「魔理沙か・・・。これはマスパ撃ちやがったな。」

魔理沙・・・って、あの白黒のことよね。あいつまた来たの?

いい加減自重してほしいわね。あいつが図書館荒らすと、その後の片付けの仕事があたしにまで及ぶのよね。

「今日は紅魔館執事だからな。魔理沙の撃退は俺の仕事だ。ジストは下がっててくれ。」

「あ・・・うん。」

優夢に言われて大人しく下がる。

しょうがないわよね。あたしは妖精。あの暴れん坊相手に戦えるだけの力は持ってない。しゃしゃり出たって優夢の足手まといになるだけ。

だから仕方ない。けど。

遠ざかっていく優夢の後姿を見ると、胸がキュンと辛くなって、切ない気持ちになった。

・・・短い幸せだったわ。



「うーふーふーふーふー♪」

本棚の隙間から聞こえた声に、あたしは体がビクリと震えた。

恐る恐る、そちらに視線をやってみると・・・。

「やー、残念だったわねー。もっと優夢さんとらぶ☆らぶしてたかったのにねー。」

「私は、十分お腹一杯です。」

「ぷ、プラネ!!アクア!!」

先輩メイドの二人がいやがった。あんたら、持ち場はどうしたのよ!!

「優夢さんが手伝ってくれたから、午前中でおしまいだよー♪」

「なので可愛い後輩の頑張りを見に来ました。」

「な、なな、なななんな・・・!!??」

み、見られてたの?全部見られてたの?

あたしが優夢の執事姿に見惚れてたとこも。優夢と仕事できて嬉しくて小躍りしちゃってたとこも。

優夢の後ろ姿を、胸を押さえて見守ってたとこも。

そう思った途端、急に恥ずかしくなって、頭に血が一気に昇った。

何か言いたかったけど、それは言葉にもならなくて。



「きゅう~☆」

「あらら、気絶しちゃった。」

「・・・手のかかる子です。」

意識を手放すしかできなかったわ。





***************





地下深くの私の部屋で、能力制御の勉強をしていたとき。

上の方でずずぅんという鈍い振動が聞こえた。

また魔理沙が図書館に侵入したのかな?

魔理沙は、早ければ3日に1回ぐらい、遅くても2週間に1回ぐらいのペースで、パチュリーの本を強奪しにくる。マメな泥棒だ。

なのに本人はいつも『借りてるだけだぜ』とか言ってる。パチュリーも言うだけ無駄と考えてるみたい。

最近じゃ、どうやって自分は動かずに魔理沙を撃退できるか考えてるようだ。自分で動きなよ、とも思ったけど、まあパチュリーだし。仕方ないか。

けど、魔理沙が来たなら私は退屈せずに済む。なんだかんだで魔理沙は結構楽しいし。

一番は優夢だけど。

そういえば、前回優夢が来たのっていつだっけ?確か・・・一週間前だったかな。

としたら、今日辺り優夢が来るかも。優夢は一週間に一度以上、私に会いに来てくれる。

それが私の何よりの楽しみだった。

だから私は。

「えへへー、優夢が来たら久しぶりに弾幕ごっこしてもらおー♪」

喜色を隠さず、パチュリーの図書館に向かうことにした。



そして、それを目の当たりにした。

どうやら優夢は来てたみたいだ。服装が見たこともないのだったけど、似合っててかっこよかった。

でもそれは、今の私には付随情報でしかなかった。

だって優夢は。優夢と魔理沙は。

「くぅ!!お前は私が図書館に来る時に紅魔館の手伝いをするのか!?」

「んなわきゃねー!!ただ単にお前が頻繁に泥棒しに来てるだけだろ!!」

「借りてるだけだぜ!!」

「自重しろ!!想符『1700万ゼノのブルーツ(笑)波』!!

図書館の中を所狭しと飛び回りながら、弾幕ごっこをしていた。

私は目が爛々と輝くことを自覚した。うん、今日はきっと弾幕してもいい日だ。問題ない!!

「ふぅ・・・、魔理沙の相手するのはいいけど、もう少し静か・・・に・・・って。」

「ああ!?妹様何でこんなタイミングで!?」

「ゲッ!?弾幕展開してる!!逃げるよ、アクア!!」

「異議なしです。」

「こいつも連れていきなさい。死ぬわよ。」

外野の声は一切耳に入らず、私は一直線に優夢に飛んでいった。

全身で弾幕をはりながら。

「ゆーーーうぅーーー・・・」

「ん・・・て、ゲェ!?」

「フランドール!?わ、私は退散させてもらうぜ!!」

「薄情者ォーーーーー!!」

「むぅうーーーーー!!!!」

全身と弾幕で、優夢に会えた喜びを表現しながら、私は優夢に飛び込んだ。

「うわらば!?」

優夢は変な声を上げて、壁に激突しちゃった。・・・ちょっと力加減間違えたかも。



まあ優夢も吸血鬼だし。すぐに回復して、私と弾幕してくれた。

とってもとっても楽しかった。





***************





でまあ。

壁に激突したりフランの弾幕の相手になったりして、俺は無事でもただの布が無事なわけはなく。

「・・・結局こうなるんかい。」

「やっぱりあなたはそれでこそよ、優夢。」

「言葉遣いが違うわよ。もう一度教え込まれたいのかしら?」

「くくく、さっきよりも似合ってるぜ、優夢。」

「あんた帰ったんじゃないの?」

「ハァハァ、ハァハァ!!」

「ご、ごめんね優夢。ちょっとはしゃぎ過ぎちゃった・・・。」

「あたしはこっちの方が好きだわやっぱ。」

「どっちにもそれぞれの良さがあります。」

「・・・ちょっと残念かも。な、何も言ってないわよ!!あんたなんてメイド服がお似合いよ!!」



そう、ボロボロになった服の代わりに、俺は今久々のメイド服を着ていた。ついでに、この服で男は嫌なので女になってる。

・・・できることなら、二度と着たくはなかった。

そう思いながら、俺はただただ肩を落とすだけだった。





そうそう、落胆しているのがもう一人。



「だから・・・なんで私だけいっつも仲間外れなんですかぁーーーーー!!」

美鈴さんの叫びは、空しく虚空に吸い込まれて消えた。





+++この物語は、メイドになるぐらいだったら執事になりたかった幻想の、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



多分戦う方のバトラー:名無優夢

しかし従僕としてのバトラーも似合うという罠。彼の家事能力は結構パネェ。

嫌なのは弄られること。だが優夢なら仕方ない。

ちなみに、この後優夢は咲夜さんと小悪魔によって美味しくいただかれました。

能力:巡り巡ってメイドになる程度の能力?

スペルカード:想符『1700万ゼノのブルーツ(笑)波』、思符『デカルトセオリー』、暴符『ドライビングコメット』、思符『信念一閃』など



優夢はメイドの方がいいと思う:プラネタリア

彼女の中で可愛いは正義である。

相変わらずぱわふりゃーなメイド。今日の被害は置物が二つにクローゼットが一つ。後で直した。

アクアの次に古参の妖精メイド。当然だけど結構長く存在してる。

能力:大地と対話する程度の能力

スペルカード:なし



メイドと執事の美味しいとこどりがいい;アクアマリン

とりあえず方法を探すために本を読んでみた。載ってるわけがねぇ。

少しは作業速度も上がったけど、相変わらず遅い。代わりに丁寧。

実は紅魔館最古参のメイドの一人。プラネとジストの良き先輩である。

能力:湿度を調整する程度の能力

スペルカード:なし



(断然執事の方がいいに決まってるでしょ!!):アメジスト

言葉にできない。したら真っ赤になって死ぬ。ツンデレ乙。

パチュリーと小悪魔直伝の本の扱いなので、相当丁寧。多分三人の中で一番掃除は上手い。

結構新参者だったりする。少なくとも、咲夜よりは後。

能力:暗闇で視界を開かせる程度の能力

スペルカード:なし



優夢ならなんでもいい:フランドール=スカーレット

ひとえに愛だよ!!優夢への愛情の深さは紅魔館一だが、自覚がない。

優夢への突進はじゃれついただけのつもりだった。威力が尋常ではなかったが。

最近ジストとマブダチ。いつか恋敵になる日が来るだろうか?

能力:ありとあらゆるものを破壊する程度の能力

スペルカード:禁忌『クランベリートラップ』、禁忌『レーヴァテイン』など



→To Be Continued...



[24989] 二・五章七話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:08
霊夢が用事で珍しく神社から出て、半日ほどが経った。

境内の掃除を終えた俺は、お茶を煎れていつも縁側で霊夢がしているようにお茶をすすっている。あー、和むわぁ。

これで巫女服じゃなければ最高なんだが。って、今霊夢がいないから黒服に戻ってもいいか?

でももし、万が一、誰かが神社を訪ねてきて巫女が不在だったら、それもしまらない話だな。

しょうがないか。

俺はのほほんと、そんな呑気なことを考えていた。



そして、そろそろ昼ご飯でも作るかと思って立ち上がったとき。

「ん?ルーミアか?」

神社に黒い塊が現れた。

それは、いつもルーミアが纏っている能力の闇だった。

『中』のルーミアに聞いたんだけど、あれを展開してると中から外も見えないらしい。若干使えない感じがするが、それだけの遮光力ってことだ。

そもそも闇の妖怪であるルーミアは光が苦手なんだとか。だから、光を一切通さない闇の方がルーミアにとっては都合がいいんだろう。

閑話休題。

「おーい、ルーミアー。」

俺は声を張ってルーミアを呼ぶ。とにかく能力を解いてくれないとコミュニケーションが成立しない。

すると、闇の球体が一瞬ビクリと震えた気がした。・・・どうした?

ルーミアはそのまましばらく能力を解こうとしなかった。ややあってから闇を纏ったまま猛スピードで突っ込んできた。

「ちょ!?」

何事かと身構えた俺だが、ルーミアは直前で能力を解いた。

そして、俺はそのルーミアの姿を見てギョッとした。



「うわーーーん!!優夢ぅーー!!」

「ルーミア!?どうしたんだその怪我!!」

ルーミアは全身傷だらけだった。所々血が滲んでいる。

ルーミアは泣きながら俺に飛びついてきたのだ。



泣き続けるルーミアを宥めながら、傷の手当てをした。

その傍ら、俺はルーミアから事情を聞いた。

所々しゃくりあげながらでイマイチ要領を得ない説明だったが、犯人の正体を聞いた時点で頭を抱えたくなった。



「いきなり霊夢が襲いかかってきたのかー・・・。」



あいつは・・・。何やってんだよ。用事じゃなかったのか?

「霊夢はなんでルーミアを襲ったんだ?」

「知らないのだー!!私を見るなり『こいつもぶちのめしとこうかしら?』とか言い出したのかー!!うぐ、ひく・・・怖かったーーー!!」

そのときの霊夢が余程怖かったのか、ルーミアは思い出して再び泣き出してしまった。

よしよしと背中を撫でてやる。それで少しは収まった。

・・・ったく、しかし霊夢のやつは何を考えてるんだ?それじゃ丸っきし通り魔じゃないか。

用事って言ってたけど、その用事がなんなのかも聞いてない。ひょっとしたら霊夢が通り魔に目覚めて目に映った者を片っ端から張り倒しに行ったのかも・・・。

いや、ないわ。あいつなら3秒後には「面倒だわ」っつって帰ってくる。

じゃあ、何か確固とした目的があって?だけどそれなら何でこんな通り魔的犯行を・・・。

本人でない俺が考えてもわかるわけはなかったが、考えないわけにもいかなかった。

そうしているうちに、ルーミアはようやっと泣き止んでくれた。

さてと、それじゃあ。

「ルーミア。俺は霊夢を探しに行ってくる。あいつにちゃんと謝らせてやるから、待っててくれ。」

俺は立ち上がり、そう告げた。

が。

「一人で待ってたくないのかー!優夢がいない間に霊夢が帰って来たら・・・ガクガクブルブル。」

ルーミアは絶賛トラウマ中のようだ。こりゃ一人にしたら絶対泣く。

やれやれ、泣く子と風邪には勝てないな。

「わかった。じゃあ一緒に行こう。それならいいだろ?」

「・・・うん。」

この提案にはルーミアも頷いてくれた。





かくして俺は、ルーミアとともに霊夢を探しに出かけた。





***************





さて。最近の宴会を仕向けている奴は何処にいるかしらね。

違和感は感じていた。ここのところ宴会の度に視線を感じていたし、参加者の誰のものでもない妖気が残っていた。

わずかではあったが、普段から気配の薄い何処ぞの誰かと付き合いのある私にはわかった。

そしてつい先日の宴会の時。とうとうそれは隠すことすらやめた。恐らく私意外にも大勢が気付いたことでしょう。

彼女らはその曲者をとっちめるために動いているだろう。自分の意志が知らぬ間に操られていたとあっては、彼女らにとって許せることではないはずだから。

・・・もっとも、一人だけ許すっていうか受け入れそうなのがいるけど。

ともかく。これはチャンスだ。誰が一番なのかわからせるチャンスなのだ。

宴会を起こしていた愚か者を私が倒せば、それ即ち私が宴会の頂点に立つということ。

そうすれば、私に「宴会の何たるかがわかってない」と言った魔理沙に目に物を見せてやれる。

霊夢もきっと私のことを見直してくれるでしょう。そしてフランも私を素晴らしい姉と尊敬してくれるはず。



完璧パーフェクトなわけだ。



「クックック・・・、あっはっはっはっは!!」

人のいない森の中、私は一人素晴らしい未来を想像し高らかに笑った。

「・・・ねえ大ちゃん、へんなのがいるよ。」

「シッ、チルノちゃん指差しちゃいけません!!」

と思ったら、先客がいたようだ。氷精と大妖精。神社の宴会の常連ね。

丁度いい。誰が一番なのかはっきりさせる第一段としよう。

「そこのお前。確かチルノといったな。」

「お?ふふん、あたいのことをしってるとは、あんたさてはあたいのファンね!!」

「・・・チルノちゃん、この人レミリアさんだよ。紅魔館の当主の。」

「レプリカ?だれだっけ?」

「レミリア=スカーレットだ。その足りない脳みそによーく書き込んでおきなさい。もっとも、あればだけどね。」

「ムッ!?」

私の挑発に、氷精は眦を上げた。単純で扱いやすい奴ね。

「なによ!!さいきょーのあたいとやろうっての!?」

「最強?誰に向かって言っている。夜の王たるこの私に、高々妖精風情が敵うとでも思うのか?」

「ムッカー!!いちいちあたまにくるいいかたねっ!!いいわ、けっとうしてやるわ!!」

「ちょっとチルノちゃーん!!?」

軽いものだ。氷精はあっさりと戦闘体勢をとった。

さて、それじゃあこれからの本番に向けて、軽い準備運動と行きましょうか。





ちなみに、その氷精はあっさりと敗北したことを追記する。

歯ごたえがないわねぇ・・・。





***************





「『紅魔の主、氷精をいじめる!?』と。これはこれでいいネタになりますねぇ。」

息を殺し、かつ遥か上空から彼女らを見ていました。

レミリアさんはかなり気配に敏感な方なので、こうまでしないと気付かれてしまったでしょう。

植物のように待ち、シャッターチャンスを待ったかいもあり、決定的な場面を激写することに成功しました。

「んふふふふ・・・。今度の文々。新聞は見出しに困らなさそうです。」

レミリアさんが飛び立ち、目を回した氷精と手当てしようとする大妖精だけが残ったことを確認し、私はホクホク顔でその場を後にしました。



一連の宴会が誰かの手によって仕組まれたものであることは、実のところ私は初めの方から気付いていたのです。

他の皆さんは気付かずとも、天狗であるこの私が気付かぬはずがない。

そう、この懐かしくも恐ろしい妖気は、忘れられるはずがない。

「今頃になって再び現れるとは・・・。一体何を考えているのでしょうか?」

彼らはとうの昔に幻想郷を離れた。妖怪の山を席巻していた彼らがいなくなったことで、私達天狗が山の妖怪の頂点に立てたのです。

それが今になって帰ってきたとなっては、天狗としては面白くない。もし私以外の天狗がこのことに気付いていたら、きっと大事になるでしょう。

しかし私は、上に報告する気はありませんでした。

「こんな面白そうなこと、記事にしない手はないでしょう!!」

先日の宴会で、とうとう隠すことをやめた『彼女』。恐らく宴会続きで気が大きくなったのでしょう。

必然、宴会に参加していた猛者達が気付きました。

誰かの手のひらの上で踊らされていたことを、はたして彼女らがよしとするでしょうか?

否。断じて否です。彼女たちはそんなに純朴な少女達ではありません。

だから彼女らは動き始めました。この一連の宴会騒動の黒幕の鼻っ柱を叩き折るために。

そしてそれは同時に、文々。新聞の紙面を飾るべき記事が数々生まれることを意味しています。

このチャンスを逃したら、幻想郷最速のブン屋の名が廃るというものです!!

「うふふふふ、撮りますよ、撮りまくりますよ、激写りますよ!!」

輝かしい未来を想像して、私は空中で小躍りをするのでした。





おっと、記事と言えば、彼はどうなんでしょうね。

彼の場合、害があると判断しないと動きそうにありませんが。

まあ、それでも巻き込まれたりとかで何かしらの記事にはなりそうですね。

私は次なる事件への期待を胸に、まずは博麗神社へ向かうことにしました。





***************





・・・ひどい状況だ。俺はその場を見て、そう感想を覚えた。

辺りの木々はなぎ倒され、所々凍りついている。この場で激しい戦いがあったことを示している。

戦いが行われたとなれば、そこには勝者と敗者がいる。

勝者は誰か分からない。既にここを立ち去った後だったのだろう。

だが、敗者はここから動けず横たわっていたため、すぐにわかった。

「なあ、チルノは大丈夫なのか?」

敗者と思われるチルノの手当てをしている大妖精に、俺は声をかけた。

「わからないです・・・。相当こっぴどくやられましたから。」

「⑨~☆」

大妖精の言葉通り、チルノは完全に伸びており目を覚ましそうになかった。

「ガタガタガタガタ・・・。」

と、俺から離れずついてきたルーミアから震えが伝わってきた。どうやら自分がやられたときを思い出したらしい。

「それで、やったのは誰なんだ?まさか霊夢?」

「いえ、レミリアさんです。紅魔館の主の。」

なんと。ある意味霊夢より性質が悪い相手じゃないか。

(・・・どういう意味よ。)

霊夢は人間だけどレミリアさんは吸血鬼ってことだよ、レミィ。吸血鬼と人間じゃ地力が違うだろ。

少し気を悪くした『中』のレミィにそう言ってやると、途端に気を良くしたようだ。「うっう~☆」って言ってる。

まあそれはともかくとして。

「よく生きてた・・・っていうか、原型留めたな。」

見たところチルノの体に欠損はない。俺がフランとやった時は片手片足吹っ飛んだってのに。

「レミリアさんも本気じゃなかったみたいですから・・・。」

「だよね。」

冷静に考えたらそうだ。でも、手加減してたとしても気絶で済んでることは凄いことだ。

妖精は人間よりも弱い存在だ。俺は慧音さんからそう教えてもらった。

それが、吸血鬼とやり合って、手加減されたとはいえ生きてるんだ。

やはりチルノは妖精としては大きすぎる力を持っているらしい。

っと、思考が反れたな。そんなことよりも。

「どうなってんだ。霊夢だけじゃなくレミリアさんまで暴れてるなんて。」

「え?霊夢さんも、ですか?」

「ああ、ルーミアが被害にあってこの通りだ。」

涙目になりながら俺にしっかりしがみつくルーミアを指差す。

「そうなんですか・・・。本当にどうしちゃったんでしょうか。」

大妖精の問いに答える術は、俺にはなかった。

「ふんがぁ~!!!!」

「お。流石撃たれ慣れてるだけあって、回復早いな。」

俺達が話し合っているわずかな時間で、チルノは目を覚ましたようだ。

そして険しい目つきでキョロキョロと見回し。

「あんのちび~!こんどあったらただじゃおかないわよ!!」

憤慨と共に、恨み言を吐いた。やめとけ、あの人マジで強いから。俺らレベルじゃ相手にならんよ。

さてと。チルノも目覚めたことだし、俺らは先を急ぐか。

「あ!!ちょっとまちなさいよななし!!」

と思ったら、チルノに呼び止められた。何だ?

「あんた、どこいくつもり?」

「ああ、俺は霊夢を探してるところだよ。・・・それとたった今レミリアさん探しも加わったところだ。」

理由は知らないけど暴れまわるのはよくないだろう。

俺がしゃしゃり出てどうこう出来るとは思えないけど、止める努力はしたいところだ。



「ならあたいもついてくわよ!!」

するとチルノは、大声でそんなことを言い出した。

「あのパプリカとかってやつにぎゃふんといわせてやらなきゃきがすまないわ!!」

何故に色付きピーマン。文脈的に考えてレミリアさんだが。「リ」しかあっとらんがな。

(優夢。私が許可するわ。この無礼者を跡形もなく消し飛ばしなさい。)

そして当然のごとくお怒りのレミィ。それはやりすぎです。

(私はピーマンが大っ嫌いなのよ!!)

そこか。

安心しろ、ピーマンとパプリカには決して越えられない壁がある。

「それはそうと、やめといた方がいいと思うぞ。戦ってみたんならわかると思うけど、あの人はマジ半端じゃないから。」

なおもぎゃーぎゃー言い続けるレミィを『世界』の住人に任せ、俺はチルノに忠告をした。

んが。

「ふん!!さっきはゆだんしただけよ!!さいきょーのあたいがまけるわけないじゃない!!」

負け犬の遠吠え丸出しな台詞を、自信満々に言うチルノ。

・・・こりゃ言っても聞かんな。

「わかった。一緒に行こう。ただし、先走った行動はとるなよ。痛い目見ても知らんからな。」

「ふふん!!あたいにこわいものなんかないわよ!!」

「あの、私がしっかりチルノちゃんの手綱を握っておきますので。安心してください。」

大妖精はしっかり者だ。妖精なのに。きっと紅魔館でメイド妖精やっても上手くやれる。

「ぅぅう、いないよりはマシなのだー。」

結構ひどいこと言うルーミアだった。





俺とルーミアとチルノと大妖精という、ちょっと変わった一団は、再び霊夢とレミリアさんを探すため、その場を後にした。





+++この物語は、幻想と珍しい仲間達が騒動を解決しようとする、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



苦労人気質の願い:名無優夢

まだ巻き込まれてないけど、次回かその次ぐらいには巻き込まれそうな予感。

頼りないパーティだが、本人に戦う気はあんまりないのであまり気にしていない。

ちなみに着替えてはこなかったので巫女服。陰体限定状態。

能力:あまねく願いを肯定する程度の能力

スペルカード:思符『信念一閃』、魔槍『ランス・ザ・ゲイボルク』、人符『現世斬』、想符『陰陽七変化』など



第一の被害者:ルーミア

『夢想妙珠』一発で落とされた。相手が悪すぎだ。

光に弱く傷に染みるから闇を纏ってた。神社に来たのは偶然。

泣きじゃくるルーミアを見て、『中』のルーミアは「意外と可愛いのかー」と自画自賛したという。

能力:闇を操る程度の能力

スペルカード:月符『ムーンライトレイ』、夜符『ナイトバード』、闇符『ディマーケイション』



第二の被害者:チルノ

こっちは『不夜城レッド』一発だった。レベルに差がありすぎる。

辺り一体を凍らせて障壁を張ったので原型はとどめた。でなかったら消し飛ばされてた。

現在「パピヨンにぎゃふんといわせてやる!!」と言っている。最早合ってる字が一つもない。

能力:冷気を操る程度の能力

スペルカード:氷符『アイシクルフォール』、凍符『パーフェクトフリーズ』など



チルノのブレーキ役:大妖精

言葉巧みにチルノを納得させ、行動を思いとどまらせることの達人。

妖精なのに賢かったりしっかりしてたりするのは、多分そのせいだ。

戦闘はほとんどできないので、見てるだけ。

能力:不明

スペルカード:なし



→To Be Continued...



[24989] 二・五章八話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:08
「ふぅ、日陰に入ったら少し落ち着いたわ。ありがとう、咲夜。」

「お安いご用ですわ、パチュリー様。」

私は咲夜に礼を言いながら、生えている木の根元に腰を下ろした。

ここは紅魔館からさほど離れていない森の中。とりあえず日の光が当たらなくなったので休憩をとることにした。

外出なんて何時以来かしら。こんなにしんどいものだったっけ。

「パチュリー様、もう少し体をお鍛えなさることをお勧めしますわ。」

でもそれは面倒なのよね、色々と。楽して体鍛える魔法でも作ろうかしら。

「逆に体に悪そうな気がしますわ。」

「私もそう思ったわ。」

なので、私が体を鍛えるって方向はなしね。もっと別の方向で楽しよう。

私が健康的な努力を放棄している姿勢を見て、咲夜はため息をついた。何よ、文句でもあるの?

「諦めただけです。」

それはそれで不快ね。



そんな風に軽口を叩き合いながら休憩していると、思わぬ客が現れた。

「あれ?パチュリーさんに咲夜さん。珍しい組み合わせですね。」

「・・・それはこっちの台詞ね。」

それは私のよく知る男女だった。それが宵闇の妖怪と妖精二匹を連れていた。

「いやまあ、珍しいことは認めますけど。それ言ったらパチュリーさんがこんなところに出てきてることの方が余程珍しくありませんか?」

「否定はしないわ。」

私だって別に進んで出てきたわけじゃない。安寧のためよ。

「ちょっとななし!!こいつらだれよ!ひとりではなしすすめてんじゃないわよ!!」

唐突に、向こうの一団の一人である氷精が優夢に噛みついてきた。

⑨臭がするわ。あんまり関わらないようにしよう。伝染ると嫌だし。

「ああ、チルノ。この人達は」

「それはどうでもいいけど、何でそんな組み合わせで動いてるのか聞きたいわね。粗方想像はつくけど。」

優夢の言葉を遮り、こちらから問う。このタイミングで動いているということは、どう考えても宴会騒動関連だ。

組み合わせが何だかよくわからないけど、成り行きでしょ。優夢のことだから。

「はぁ、そうですか。それじゃあ聞きたいんですけど、霊夢が何処行ったかってわかりますか?」

・・・は?何でここで博麗の巫女が出てくる?ひょっとして違ったのかしら。

「ねえ優夢。あなた今の状況の異常性に気付いてる?」

「は?何を言ってるんで」

「あたいをむしすんなぁー!!」

再び頭の足りない妖精が叫んで、話が中断してしまう。・・・邪魔くさいわねぇ。

「すいませんパチュリーさん。ちょっと待ってもらえますか?こいつこうなったら聞かないから。」

「・・・いいわ。このままじゃまともに話も出来ないから。」

私は一つ嘆息して、一旦話を打ち切った。

優夢達と距離を取り、再び木の根に腰を下ろす。

・・・あ~、楽だわ。

優夢は自分が連れていた面々に向き直り、懇切丁寧に説明を始めた。

他の少女達は『少女』というに相応しい背格好だった。だから、一際背の高い優夢が、まるで引率の保母に見えた。

いい加減こいつも面倒見がいいわよね。子供っぽい連中がこいつに"萃"まるのも頷ける話だ。

「・・・まさか今回の騒動は優夢の仕業かしら?」

咲夜がぽつりと言ったその言葉が、否応なしに私の耳に届いた。

「何か思い当たることでも?」

「いえ、まだ推測の域を出ませんわ。お気になさらないでください。」

「いいえ、聞かせなさい。あなたの考えに興味があるわ。」

たとえただの推測でも、現在の状況を理解する手助けにはなるかもしれない。

「はあ・・・。では私の考えを申し上げます。パチュリー様は、以前私が報告した優夢の能力についてはご存知ですわね。」

「ええ。『あまねく願いを肯定する程度の能力』でしょう?」

優夢の常識外れっぷりに相応しいとんでもない能力だ。それが一体どれほどのことまで可能にするのか、私にも想像がつかない。

「その通りですわ。そして私は先の『異変』で、彼の能力が実行できることの一つを体験しました。」

それも報告を受けた。妖怪の賢者との戦いの際に、不思議な一体感を感じたと。それも、霊夢や魔理沙というお世辞にも協調性があるとは言えない連中に加え、つい最近知り合った半人半霊もいたのに。

妖怪の賢者によると、それは優夢の能力のできることの一つなのだとか。その辺りの理屈については、私も合点がいっている。

「だったら、『願い』を軸に人を"萃"めることだって、可能なのではないでしょうか?」

・・・なるほど、一理あるわね。

「けれど、理由は?あの優夢が進んで宴会を仕組むようには見えないけど。」

それなら、皆に呼びかける方が手っ取り早いし反発も生まない。それくらいのことがわからない優夢ではないはずだ。

「ひょっとしたら、能力を暴走させているのではないでしょうか?前例もあることですし。」

「それはあり得るわね。」

能力を自覚して日の浅い優夢が、そうそう簡単に大きすぎる能力を制御しきれるとは思えなかった。

何にせよ、ことの真偽を確かめる必要はありそうね。



私がそう思った瞬間、突然一塊の氷塊が飛んできた。

確認し、私は炎を出そうとしたが、それよりも先に咲夜が粉々に切り裂いた。

今のを放ったのは当然。

「こんにゃろー!!あたいがやっつけてやる!!」

氷のバカね。何のつもりかしら。

「だああ!やめろっての!!この人たちはレミリアさんとは無関係だから!!」

「なによ、さっきといってることがちがうじゃない。こいつらはあのピカチ○ウとかいうののなかまなんでしょ?」

「何故に電気鼠。ってそうじゃなくて、あの人たちは紅魔館に住んでてレミリアさんの知り合いだけど、今回の件には関係ないはずだ!」

「わけわかんないわね。なかまだっていったりちがうっていったり。もうちょっとわかりやすくせつめいしなさいよ、バカね!!」

「バカはお前だこの⑨ッ!!」

・・・どうやらあの氷精、レミィに痛い目にあわされたらしいわね。

それで優夢の説明を聞いて私達に襲いかかったと。短絡的というか。やはり⑨か。

それはそうと、ちょうどいい口実ができた。私は咲夜に目配せした。

咲夜も同じ考えだったようで、それに頷くことで返事を返した。

「すいません、咲夜さん、パチュリーさん。チルノには俺からキツく言っておきますので。」

「それにはおよばないわ。」

私の言葉に、優夢は首を傾げた。

「私達が売られたケンカなのだから、判断するのも私達。」

「・・・え~、かなり物騒かつ嫌な予感しかしないのですが、もしかして?」

「話が早くて助かるわ。ちょうどいいじゃない、そっちは小物が3匹に大物が一人。いい勝負ができると思わない?」

「ふふん!!あたいのつよさがわかるとはなかなかやるようね!!」

当然だけど、大物というのは優夢のことだ。

「拒否権は?」

「あると思う?」

「・・・ええ、期待なんて端っからしてませんでしたよ!!」

優夢がヤケクソ気味に叫ぶ。いい加減諦めなさい、これが幻想郷なのよ。

それが証拠に、優夢以外の3人は既に戦闘態勢をとり、準備万端の様子だ。

優夢はやれやれとため息を一つついた。

「なんでこうなるか、ね!!」

言いながら、虚空に30を越す弾幕を顕現させたことで。



弾幕ごっこが始まった。





***************





「あたいのうらみ、おもいしれー!!」

チルノが氷弾を環状に展開した。周りにいる俺達にまで被害が及びそうになる。

俺は即座にルーミアと大妖精を抱え、宙に舞った。

「チルノ!周りの事を考えて戦え!!」

俺はチルノに大声で呼びかけたが、どうやら熱くなっているようで聞こえていない。

チルノはそのまま展開した弾幕を一点集中で放った。

一見強力な攻撃だが、あれでは当たらない。

「弾幕ごっこの何たるかをまるで理解していないわね。」

「巫女曰く、『如何に避け、如何に当てるか』だそうですわ。」

実際、咲夜さんもパチュリーさんも危なげなくかわしていた。

「むがー!!」

そして躍起になって次なる弾幕を装填するチルノ。悪循環だ。あれじゃそうしないうちに落とされる。

やれやれ、こんなところで無為に争いたくはないけど。

「まずは一人・・・!?」

チルノに一撃を加えようと迫っていた咲夜さんが急制動をかけた。・・・流石にあの人は見慣れてるし、通用しないか。

「おっ!?あたいにおそれをなしたのね!!いまあやまるならゆるしてやってもいいわよ!!」

そしてやはり勘違いするチルノ。まあ、別にいいけど。

「氷精には目がないのかしら?」

「知覚能力がないのでしょう。」

言ってやるな。

「え?何であの人止まったんですか?」

「優夢の見えない弾幕なのかー。」

ルーミアは知っている。普段からよく使ってるし。けど知らなかった大妖精は驚いたみたいだ。

いい加減これも一発芸じみてきたな。人里の宴会とかでやったらウケるかも。ああいや、誰も気付かないか。

それはそうと、見破られた俺は『影の薄い操気弾』を解き、自在に動く弾幕で二人を牽制した。

「チルノ!一人で突っ走るな、相手は二人いるんだぞ。」

その隙に俺たちはチルノの近くに集まった。

「ふん、あたいにかかればそのくらいかえろをこおらせるよりあさめしまえよ!!」

「帰るのかお前は。ともかく、相手は幻想郷屈指の実力者なんだ。迂闊に近付いたらあっという間にやられるぞ。」

「あたいはさいきょーだからへいきよ!!」

聞いちゃいなかった。思わず頭を抱えた俺は悪くない。

「あの、それじゃあ私がチルノちゃんを止めますんで。」

「・・・すまんが頼む。」

大妖精は今日もいい子です。

さて、すると布陣はどうすべきか。

咲夜さんとパチュリーさんが何を考えてこんな勝負を挑んできたのかまるで見当がつかない。どう考えてもただのいじめだろこれ。

向こうは実力者二人組。こっちは1面ボスと2面中ボス・ボスレベルに、弾幕初心者(中級者かも)が一人。勝負になるわけがない。

・・・ああ、そういえば前にもあったな。観察とか言ってひどい目にあわされたっけ。

パチュリーさんは俺の能力を知ってるはずだ。レミリアさんが伝えないはずがない。

詰まるところまた観察か。俺の能力が何をなせるのか。

つっても、俺自身使いこなせてるわけでもないし、何ができるかなんて知らん。見せようがない。

そう言って引き下がってもらう・・・のは多分無理。パチュリーさんの場合、俺を追い詰めて発動させそうだ。

となりゃ、やっぱり何とか切り抜けるしかないのか。全く、疲れるばっかりの話だ。

だったら見せてやるさ。一年間弾幕に明け暮れて、少しは成長した俺の力を!!

「チルノ、大妖精。お前たちはあっちの紫の人を頼めるか?」

「ふん!!なんてことないわよ!!」

「ええっと、わかりました。」

「うん。あの人は火水木金土日月を操るから、チルノは火に気をつけてくれ。氷の妖精じゃ、火は苦手だろ?」

「うっ・・・あついのか~。でもへいきだもん!!」

「いざとなったら私がチルノちゃんを止めます。」

「ありがとう。倒そうとは考えるな。こっちに集中させてくれるだけでいい。
んで、ルーミア。お前は俺と一緒に来てくれ。咲夜さんを驚かせてやろうぜ。」

「何をするかはわからないけど、わかったのかー。」

言いながら、ルーミアは俺の背にしがみついた。これでこっちは準備OKだ。



俺は操気弾を手元に戻した。俺とルーミアの周りを回遊する36の操気弾。

そして少し離れてチルノと大妖精。チルノは自信満々に胸を張っている。

さあ、始めようか。

「Go!!!!」

俺の号令一下、チルノと大妖精はパチュリーさんへ向かい、俺とルーミアは咲夜さんと激突した。





***************





やはり優夢はこちらを選んだか。

当然ね、パチュリー様ならあの二人が"一瞬"で落とされるようなことはない。

落とされることに変わりはないけど、一瞬でなければそれだけ長く一人の相手に集中できる。そういう判断だろう。

何故なら私の能力は。

「くっ、やっぱりキツい!!」

「なんなのかー!?」

彼女らからすれば唐突に現れたように見えるナイフ弾幕。妖精程度じゃかわすのは到底不可能。

あっちの氷精は以前戦ったわね。向こうは忘れてるみたいだけど。

力は大きいみたいだけど、頭が足りない。あれでは無理ね。

だから、私の能力に比較的慣れている優夢が私に向かって来るのは当然だけど。

「くわッ!!振り落とされるなよルーミア!!」

「目が回るのか~・・・。」

その背に負ったお荷物は何のつもりかしら。そんな状態で私に勝てると思っているのか。

・・・いや、相手は優夢だ。何か裏があると構えていた方がいいわね。

強いくせに弱いと思いこみ、一切の油断をせず策を巡らせて来る優夢だから、何処までも手強いのだ。

だから、私もまた油断はしない。

私は幾たび目かのナイフ弾幕を放ったあと、自分自身も優夢目掛けて突進した。

「うええ!?そう来るか普通!?」

「普通じゃないあなたに言われてもね。」

接近戦。優夢と半霊がよくやっている剣の稽古を参考にさせてもらった。

近距離から振るわれ、放たれるナイフを紙一重で避け続ける優夢。流石に俄か仕込みの接近戦で優夢に一太刀浴びせられるとは思っていない。

だが、時間が経てば経つほど私にとっては有利になる。ちらりと見れば。

「いい加減だるいわね。火符『アグニシャイン』。

「ひーーーー!?」

「チルノちゃん逃げてー!!」

パチュリー様がちょこまかうるさい妖精二匹に『アグニシャイン』を放っていた。あれでほどなく落ちるだろう。

そうすれば、パチュリー様はこちらに加わる。優夢はさらに追い詰められることになる。

今の状況を作っているのが優夢にしろそうでないにしろ、そうすれば何かしらのアクションを起こすはず。

私達はそれを確認したいのだ。

「くっ、だったら!!魔そうわ!?」

油断も隙もあったものではない。流石にあの槍を出されたら私に接近戦で勝ち目はない。

だから、カードを出した瞬間に攻撃をしかけ、宣言させないようにする。舌打ちを一つし、優夢は再び回避行動に移った。

そう、優夢は先ほどから回避のみを行っている。弾幕を使わずにだ。

この子の弾幕は近距離でこそ真価を発揮すると思うのだけど、どうやら気付いていないらしい。飛び道具の一般常識に当てはめているのか。

非常識な存在で非常識な価値観を持ち非常識な能力を持つ非常識の塊が、常識的な判断をしている。その非常識な光景が、場違いにおかしかった。



別にそれで気が緩んだわけではないけど、やはり優夢は優夢だった。

「このっ・・・いい加減に、しろっての!!」

気合いを込めた一言とともに、優夢は一歩踏み込んだ。

その一歩で。たった一歩で、一瞬のうちに私の懐に飛び込んでいた。

――これは美鈴の箭疾歩!?

そういえば、紅魔館で働いてた時に、時々美鈴と組み手なんかしてたわね。そのときに覚えたのか。

相変わらず底の知れない奴ね。

優夢はその状態から、私の手を取り投げ飛ばした。

私は空中で体勢を整え静止したが、今まで背負われていただけの宵闇の妖怪が追撃の弾幕を放ってきた。

それを回避するために、優夢達から距離を取ることになる。

「今度こそ、魔槍『ランス・ザ・ゲイボルク』!!

その隙に優夢は赤い魔槍を手に取った。これで接近戦は不利になったわね。

なら、近づかなければいい。私はナイフを投げるスタイルに変更した。

「相変わらずいい性格してますねぇ!!」

「あなたには負けるわ。」

ナイフを槍で弾きながら、少なくなった弾幕を私に向けてきた。

だがその程度なら私は避けきれる。優夢が間合いを詰めてきたら、後ろへ飛んで距離を取る。

そうやって時間を稼いだ。

妖精二人はまだ逃げ惑っていた。しかしもう時間の問題だ。疲労のためか、明らかに動きが悪くなっていた。

それがわかっているのか、優夢の表情に焦りが浮かんでいた。

そして。

「・・・しょうがない!ぶっつけ本番、やるぞルーミア!!」

「わかったのかー!!」

優夢が背負った妖怪に指示を出した。

するとその妖怪は、闇を展開し私達ごとこの空間を覆い尽くした。

目くらましか!?しかし、この闇は確か奴も見えなくなるはず。無論優夢もそのはずだ。

なら、これは悪手だ。お互いに居場所がわからないなら無駄に時間を浪費するだけ・・・!?



空気がうなるのを感じ、私は咄嗟にナイフを交差させた。

そこに、硬質な何かが衝突する感覚。強烈な一撃のために、両腕に痺れが走った。

今のが何なのか、考えるまでもなかった。この暗闇でどうやって・・・!?

「一つ教えておきましょうか、咲夜さん。」

優夢は位置を変えながら、私に話しかけてきた。声が途切れれば、すぐに居場所がわからなくなってしまう。

そうなれば、元々気配の薄い優夢の居場所などすぐにわからなくなってしまった。

「気配を絶つのが得意ってことは、気配を読むことも得意なんですよ。」

声がし、反対側から槍撃。それを間一髪で気付き、かわす。

・・・なるほど、そんな手段でくるとは。確かにこれは優夢でなくてはできない戦い方ね。

宵闇の妖怪の『闇を操る程度の能力』と、優夢の気配隠蔽・察知能力。それらが合わさって初めて可能な戦闘方法。

それを練習していたわけではないだろう。ひょっとしたら私の知らないところでやっていたかもしれないけど、それは考えづらい。

そもそも「ぶっつけ本番」と言っていたのだから、これは初めての試みのはずだ。

それで、これだけの戦いをできる優夢のポテンシャルに震えが走った。

幻符『殺人ドール』!!

私はスペルカードを宣言し、闇を払った。空中に無数のナイフを静止させる。

「ゲッ!?」

「のかー!?」

あらわになった優夢たちめがけて、私はナイフを解き放った。





***************





咲夜さんが『殺人ドール』を放ってきた。

こいつは数えるのもバカらしくなる量のナイフを敵目掛けて投げつける技だ。はっきり言って、かわしきるのは至難の業だ。

そして当然、霊夢や魔理沙ならともかく、俺にそんな芸当はできない。かわすのは苦手なんだよな。

だったら。

「叩き落とす!!」

それしか俺に選択肢はない。槍を構え、迎撃体制をとった。

ガリガリと激しい音を立てて、無数のナイフと槍がぶつかり合う。

その圧に足が圧されたが、負けるものかと踏ん張り槍を振るう。

その量があまりにも多かったので長く感じられたが、実際にはそれほど長くはなかったろう。

しばしの後にナイフの雨は止んだ。俺は全ての弾幕をしのぎきったようだ。

一息つかず、まずは咲夜さんを確認――!?

「いない!?」

俺が視線をやった先には既に咲夜さんはいなかった。今の一瞬で・・・時間停止か!!

「!? 後ろなのかー!!」

背負ったルーミアの声に驚き振り返る。

「以前言ったと思うけど、もう一度言っておくわ。ミスディレクションは奇術の基本よ。」

そこには既にスペルカードを構えた咲夜さんがいた。

ヤバい!迎撃が間に合わない!!

傷魂『ソウルスカルプチュア』!!

俺の焦りを無視して、咲夜さんはスペルカードを宣言した。

近接用のスペルカードッ!?咲夜さんが腕を振るう度に、赤い閃光とも思える斬撃が走った。

防御が間に合わない!!



夜符『ナイトバード』!!

俺が絶望的な予感を覚えた瞬間、背中のルーミアがスペルカードを宣言した。

スペルカードの宣言によって斬撃は相殺され、その隙に距離を稼ぐことに成功した。サンキュールーミア!!

「そうだったわね。低級妖怪と言えどスペルカードの一つや二つは持ってて当然か。」

スペルの効果範囲から俺達が脱出したことで、咲夜さんは斬撃を飛ばすことをやめた。

弱者を侮ると痛い目にあうんですよ。ちょうど、初めて会った頃のルーミアみたいに。

さあ、反撃開始だ!!

「ルーミア!!」

「了解なのかー!!」

俺の指示で、ルーミアは再び闇を展開する。

「馬鹿の一つ覚えね。同じ手が二度も通用すると思って?」

咲夜さんが暗闇の中で、自分の居場所が割れることもいとわず言ってきた。

・・・生憎と、俺はあなたを侮ってはいませんよ。多分次は通用しない。

さっきの近接スペル。あれはまだブレイクしていない。見えなかろうが、あれを放たれたら避ける術はない。

俺は格下だ。油断はしない。油断は即敗北に直結する。

だったら油断せず、練れる限りの策を練り上げるのが俺の義務だ!!

「(ルーミア、こういう手で行くぞ・・・。)」

「(わはー、相変わらず優夢は滅茶苦茶なのか~。)」

滅茶苦茶じゃないと生き残れないのさ。

手段は決まった。伝達も済んだ。後は腹を決めるだけだ。

逡巡はしない。俺は闇の中で紅い魔槍を輝かせた。

「行きます!!」

「真っ向勝負?あなたらしくもないけど・・・面白いわ、受けて立ちましょう。」

愉悦に満ちた咲夜さんの声。ほんと、幻想郷ってバトルマニア多いよな。

最近は俺も、人のことは言えないけどな!!

「おおおおおおお!!!!」

俺は雄叫びを上げながら突進した。槍が込められた霊力のために一際紅く輝く。

「勝負ッ!!」

「勝つのは私よ!!」

迎撃のために、咲夜さんは再び赤い閃光を走らせた。



激突は一瞬。



咲夜さんの放った斬撃は、俺の一撃を間違いなく切り裂いた。



そう。

俺の放った槍だけを。

「手応えがない・・・!?」

咲夜さんが驚愕の声を漏らした。

俺は激突の瞬間、槍から手を放し上へ飛んだ。慣性の法則に則って、槍は真っ直ぐ咲夜さんへと向かった。

咲夜さんが放った一撃はその槍を砕くことはできたが、上空に逃れた俺までは届かなかった。ルーミアの闇があったからこその戦術だ。

そして、これから使うスペルカードもルーミアがいたからこそ。

「行くぞ、ルーミア!!」

「行くのだー!!」

「!? いつの間に挟み撃ちを!!」

俺は突進をする前にルーミアを降ろしていた。俺がいる位置が咲夜さんの(恐らく)真後ろであり、ルーミアは前方のまま。必然的に挟み撃ちの形になる。

俺達は同時に、一つのスペルカードを放った。



『双月『スパイラルムーンライト』!!』



ぶっつけ本番その2!!二人同時に『ムーンライトレイ』を使うことで、新しいスペルを作る。それが俺の立てた作戦だ。

俺のスペルカードを咲夜さんはほぼ全て知っている。咲夜さんの裏をかくには、新しい技が必要だった。

それがこのスペル。

俺とルーミアの放ったレーザーはその射線の途中でぶつかりあい、そこで激しいスパークを起こした。

スパークは内側へ弾幕を生み出す。それを徐々に徐々に狭めていった。必然的に咲夜さんを襲う弾幕の密度が上がる。

そしてさらに、俺とルーミアは追撃の弾幕を放った。方や直進する多量の弾幕、方や蛇行し追尾する少量の弾幕。

使っている俺がドン引きするほど逃げ場のないスペルだった。咲夜さんは懸命に避け続けた。

が、ダメッ!!

「くあっ!!」

操気弾の一発を喰らい、体勢が崩れたところに弾幕の嵐。それに弾き飛ばされルーミアの方のレーザーに突っ込んだ。

俺とルーミアがレーザーを撃ち終える頃には、咲夜さんは完全に気を失っていた。

・・・あちこち焦げていた。

「よし、気にしないことにしよう。」

「優夢もいい根性してきたのかー。」

気にしたらそこで試合終了だ。



こっちはどうにかなった。チルノ達はどうなってる。

俺はそちらに視線をやり。





驚くべきものを目にした。





***************





たかが妖精程度、すぐに落とせると思っていたけど。どうして中々すばしっこいわね。

氷精だけだったら何とでもなるけど。⑨だから。けどそれに、ブレイン役の妖精――大妖精がついている。

ブレイン、というよりはブレーキか。氷精が突っ走りそうになると、大妖精が止めに入る。

それでも、力でごり押しすれば何とでもなるはずだった。だけどここでまた大妖精の能力が邪魔をする。

瞬間移動。自然が結晶化した妖精にまま見られる能力だ。

この大妖精が何の結晶なのかは知らないけど、瞬間移動が可能なタイプみたいね。風ってところかしら。

ともかく、そのために私の攻撃は寸前で避けられる。瞬間移動なんか無視するだけの威力で放ってもいいのだけれど、それも何だか馬鹿らしい。

高々妖精相手にこの七曜の魔女が本気を出したとあっては、名折れだしね。

そんなわけで、戦いが始まってからずっと、一方的な鬼ごっこが続いていた。

「あついあついー!!こんにゃろめー!!」

「チルノちゃんダメー!!溶けちゃうよー!!」

氷精が放つ氷の弾幕は、私の『アグニシャイン』に阻まれ届く前に溶けて消える。だから、相手はこちらに攻撃できず、こちらは攻撃し放題。

優夢がもし自分の弾幕の有用性に気付いたら、大体こんな感じなんでしょうね。・・・恐ろしい話ではあるけど。

さて、いい加減決めたいところだけど。どうしようかしら。



戦闘を終える思考に入り始めた、その時だった。

『双月『スパイラルムーンライト』!!』

宵闇の妖怪と優夢の声が同じ言葉をつむいだ。同時に、彼女らを包んでいた闇が晴れる。

見れば、宵闇の妖怪と優夢が同じスペルカードを掲げていた。あれは確か・・・『ムーンライトレイ』。

そういえばあのスペルは元々宵闇の妖怪のものなんだっけ。なるほど、同じスペルカードを重ねがけか。

単発では二本のレーザーを出すだけのスペルだけど、重ね合わせるととんでもない威力だった。

レーザー同士が衝突することで生まれる無数の弾幕と、追撃の通常弾幕と操気弾。

あれは咲夜でも厳しいわね。しょうがない、こっちもギアを上げるか。

「うおー!?なにあれ、かっけー!!」

と、唐突に氷精が感嘆の声を上げた。どうやら優夢と宵闇妖怪の合体技に感動したらしい。

「そうだ!大ちゃん、あたいたちもがったいわざやろう!!」

しかもこんなこと言い出すし。そう簡単にできることじゃないわよ、あれは。

「え、ええ!?無理だよう!!私、スペルカードも持ってないし・・・。」

「だいじょーぶよ!!さいきょーのあたいをしんじなさい!!あたいと大ちゃんのあいとゆーじょーのパワーならできるわ!!」

「チ、チルノちゃん・・・。」

・・・意味わかってないわね。大妖精の方は恥ずかしさから顔を赤くしていた。

「・・・わかった、やってみる。」

「そのいきよ、大ちゃん!!」

けど、まんざらでもなかったようね。大妖精は氷精の言葉に頷いた。

さて、何が出てくるのやら。面白そうじゃない。高々妖精、何処までやれるのか見せてもらうわ。

氷精が高々とスペルカードを掲げる。それに大妖精が手を添え、宣言した。



『雪花『ダイヤモンドダスト』!!』



宣言と同時、氷精は自身の周囲に氷の塊を幾つも作り出した。

それに、大妖精がさらに力を加える。するとその弾幕は一気に巨大化した。

・・・どうやら、力の相性がいいみたいね。それは妖精二人の力をはるかに越えた光景だった。

「いっけえええええええ!!」

力一杯叫び、巨大な氷の弾幕を砕く。それは無数の氷弾となって私に向かってきた。

なるほど、強力な技だ。だけど私は七曜の魔女、炎すらも操る。

大きいだけの氷など――!?

「溶けない!?」

その氷弾は炎を受けても溶けなかった。どころか、私の『アグニシャイン』を消し飛ばしながらこちらへ向かってきていた。

ありえない。ただの氷なら、たとえあの大きさであっても一瞬で融解させるだけの熱量を私の炎は持っている。

ということは、これはただの氷ではない。炎に打ち勝てる氷。炎ですら溶けない氷。

「・・・なるほど、『大地』の力か。」

理解した。あの大妖精が持っている力は『大地』の属性だ。

大地は炎程度では溶けない。故に、大地の力が加わった氷はそう簡単に溶けはしない。

恐らくはただの偶然だろう。妖精に属性の相関を考えるほどの力はないはず。本能的に強弱を察することはできてもね。

だったら、私は知をもってあの二人の力を克せばいい。

私は次なるスペルカードを取り出した。

火金符『セントエルモピラー』!!

土生金、そして氷は火に弱い。あなた達の力、逆に利用させてもらうわ。

頭上に高温の炎の塊を掲げ、投げつける。

それが氷の塊に直撃すると、氷に含まれた『大地』の力を『金』が吸収し、膨大な『火』へと転化した。

爆炎。たとえ巨大な氷の弾幕と言えど、その圧倒的な熱量の前には溶けるだけしかなかった。

「うえええ!?あたいたちのさいきょースペルが!!」

「ううう、やっぱりこの人強すぎるよう・・・。」

ええ、今のは妖精の領分を越えた技だったわ。純粋に驚いたわ。

だけど私はそれを越えるだけの力がある。知恵もある。ただそれだけの差よ。

「あなた達はよくやったわ。だけど、これでチェックメイトよ。」

私は既に次の一撃を装填していた。これを投げれば、あの二人に避ける術はない。それだけの威力を込めている。



「そうですね、二人は本当によくやりました。そしてこれでチェックメイトです。」

だから――いや、そうでなくても気付けなかっただろう。

気配を完全に消し、いつの間にか私の後ろに周りこんでいた優夢の存在には。

「なっ!?」

私は驚き振り返ったが。

「ヒャッハー!!汚物は消毒だぁー!!」

その瞬間、弾幕を盾のように展開した優夢が突っ込んできたことで、私は落とされてしまった。

「むきゅ~・・・。」

「優夢さん・・・途中までかっこよかったのに。」

「こものくさい。」

「わはー。」

「・・・orz」





***************





ボコボコになった咲夜さんはともかく、まともなダメージが俺の体当たりだけだったパチュリーさんは早々に復活した。

「それじゃあ話を戻しますけど、今の状況の異常性ってのは一体何の話なんですか?」

「・・・そう何事もなかったように話を切り出されても困るけど。まあいいわ、優夢だし。」

何で俺だと納得するんだろう。

「今、幻想郷で頻繁に宴会が行われていることは知ってるでしょう?」

「ああ、萃香が起こしてる宴会のことですか?」





パチュリーさんの目が点になりました。



とりあえず、俺の『世界』のことやら何やらをかいつまんで説明し、『世界』にてりゅか――紫さんのことだ――から聞いた話をできる限りそのまま伝えた。

「・・・ふーん、鬼、ねぇ。」

「まあ、信じられませんよね。」

だって『鬼』だもん。

「まあいいわ。優夢がそう言うってことはそうなんでしょ。」

「そんな手放しで信用されても。確かに嘘はないんですが。」

「じゃあいいじゃない。」

まあね。

「それで、萃香が起こしてる宴会がどうかしたんですか?」

「それよ。そいつが宴会のたびに私を"萃"めようとするから迷惑してるのよ。」

へ?何で・・・って、聞くまでもなかったか。

「もう少し外出しましょうよ、パチュリーさん。」

「嫌よ、ダルい。」

根は深いようで。

「まあ、萃香が起きたらガツンと言っておきますので。ここは角を収めてください。」

「あなたの中の奴に言っても仕方ないと思うけど・・・。今日のところはそこらで手を打ってあげるわ。」

言って、気を失ったままの咲夜さんを風の魔法で担ぎ上げる。

「そうそう、私以外にも迷惑してる奴はいると思うわ。そいつらにも話してやりなさい。」

「わかりました。霊夢とレミリアさんを探し当てたら、次はそうします。」

俺の返答に頷き、パチュリーさんは紅魔館の方へと飛んでいった。



しかし、やれやれだ。そう大した問題にはならないと思ってたけど、萃香の行動は思ったよりも人の神経を逆撫でしてるみたいだ。

まあ、今回みたいに弾幕するようなことはないだろうけど、謝って周るのは気が重い。

しゃーねーな。俺はいつも通り受け入れることにして。

「うっし。寄り道しちゃったけど、霊夢とレミリアさん探しに戻るぞー。」

「わかったのだー。」

「ライチ○ウとかいうのにぜったいあやまらせてやるんだから!!」

「チルノちゃん、もう原型とどめてないよ・・・。」

元の目的を達成するため、再び移動を開始した。





俺は色々と気付いてなかった。

霊夢が何故神社を飛び出したのかとか。

何故レミリアさんが一人で外出しているのかとか。

そもそも幻想郷の連中が、弾幕なしで会話が成立するわけがないとか。

そういった諸々のことを。





+++この物語は、幻想と愉快な仲間達がタッグバトルを繰り広げる、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



一人よりも二人、二人よりも四人:名無優夢

相乗効果でどんどん強くなっていく。それが彼の能力。合法チート。

初期値が大きい分鬼畜すぎる能力だが、幻想郷の面子は基本単独行動が多いので活かせる機会はあまりないかも。

『中』の紫は『りゅか』に落ち着いた。銀座をザギンと言うのと同じ感覚。

能力:あまねく願いを肯定する程度の能力

スペルカード:思符『信念一閃』、魔槍『ランス・ザ・ゲイボルク』、人符『現世斬』、想符『陰陽七変化』など



今回優夢にべったし:ルーミア

フランが見たらきっと発狂する。ルーミア逃げてー!!

自分では扱いきれない闇を操る程度の能力だが、優夢とタッグを組むことで弱点が克服された。

協力スペカ・双月『スパイラルムーンライト』は、レーザーの檻が弾幕吐きつつ追撃が来るという鬼畜技。Exレベル。

能力:闇を操る程度の能力

スペルカード:月符『ムーンライトレイ』、夜符『ナイトバード』、闇符『ディマーケイション』など



大ちゃんとラブな関係:チルノ

と思われてもおかしくない発言だった。愛と友情のパワー。

元々強力な力を持った妖精だが、大妖精の力を借りることでさらにパワーアップが可能だった。

協力スペカ・雪花『ダイヤモンドダスト』は強化版『ダイヤモンドブリザード』。

能力:冷気を操る程度の能力

スペルカード:氷符『アイシクルフォール』、凍符『パーフェクトフリーズ』など



チルノとは親友だと思ってる:大妖精

でも『愛の』発言はまんざらでもなかったご様子。百合乙。

大地の力を使えるのは、大地の妖精だからではなく力の一つとして持ってるから。

チルノとの相性は抜群。力の波長的な意味で。

能力:不明

スペルカード:なし



近接戦闘は駆け出しレベル:十六夜咲夜

それでも優夢と戦えるレベルというのが、彼女の完全瀟酒っぷりを語っている。

何か企んでいることはわかったけど、反撃できずに終わった。哀れメイド長。

パチュリーに運ばれてる間に気付いて、先に落ちてしまったことを平謝りしたとか。

能力:時間を操る程度の能力

スペルカード:幻符『殺人ドール』、時符『プライベートスクウェア』など



近接はザルでも射撃で寄せ付けない:パチュリー=ノーレッジ

弾幕の量とスピードが異常。流石七曜。

今回はチルノたちを弱火でいじめ続けた。何気にSっ気。

紅魔館についたときには息も絶え絶えだったそうな。

能力:火水木金土日月を操る程度の能力

スペルカード:月符『サイレントセレナ』、日符『ロイヤルフレア』など



→To Be Continued...



[24989] 二・五章九話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:09
風の速さで一っ飛びして、博麗神社までやってきました。

んが。

「ど~見ても留守ですね、こりゃ。」

私はため息一つつきながら肩を落としました。

神社は既にもぬけの殻で、人っ子一人見あたりませんでした。

霊夢さんが動くのは想像がついてましたが、まさか優夢さんも動いているとは。予想外です。

案外優夢さんも腹に据えかねていたのかもしれませんね。あの人お酒弱いですし。

一応もう一度神社と母屋を外からぐるりと見回しましょうか。まあ、人の気配もないし、いないのは確定でしょうが。

「さてさて、としたらお二人が最初に向かいそうな場所は何処でしょうか。」

私はスクープを探すべく、次の目的地を模索しながら、母屋を見回りました。



と。



「ねぇ~、ゆうむ~!!出てきてよ~!!」

あまり聞き慣れない聞いたことのある声が、玄関の方から聞こえて来ました。

・・・不吉な予感しかしませんが、今の声が今にも泣きそうだったので、私は仕方なく玄関の方へ向かいました。

そして私の予想は外れず。

「えぐ・・・ゆ゛う゛む゛ー!!」

半ベソかきながら、悪魔の妹が母屋の中に向かって呼びかけていました。

・・・なんであなたまで動いてらっしゃいますか、フランドールさん。

と、ともかく、何とか泣き止んでいただきましょう。ここで暴れられた日には私がとばっちりを喰らうばかりでなく、幻想郷中を敵に回しかねません。

しかし、だからといって泣く子をあやした経験など私にはないのですが・・・。こういう場合ってどうすればいいんでしょう。

とりあえず声をかけましょう。

「おやおや!!これはこれは、フランドール=スカーレットさんではありませんか!!奇遇ですねえ、こんなところで会うなんて!!」

・・・なんて不自然な。どう見ても不審者です。本当にありがとうございました。

唐突に声をかけられ、フランドールさんはビクリとしました。

しかし私の顔を見て、少し安堵したようです。

「あなた、確か射命丸文・・・。」

「はいはいその通りですよ~。泣く子も笑う清く正しい射命丸ですよ~。」

刺激しないように、努めて明るく。

こんなことを自然にできる魔理沙さんや優夢さんを、改めて凄いと思いました。

「神社・・・というか優夢さんに御用でしたか。残念ながら、今はお留守のようです。」

「・・・ふぇ。」

あああああ!?泣かないで泣かないで(暴れないで)!!

「た、多分そんなに待たないでも帰って来ますよ!!ね?ね??」

私の不用意な発言で再び泣き出しそうになるフランドールさんを何とかなだめました。

何というか、爆発寸前の爆弾を扱っている気分です。非常に精神を削られます。

「そ、そうだ!!フランドールさんは今日はなんで神社までいらしたんですか!?」

無理矢理話題を反らします。どうやら優夢さんの話に向かうと泣き出しそうなので。

「うん・・・。前にね、お姉様から『外に出られるようになれ』って言われたの。それで私、ずっと特訓してたの。ジストとかに手伝ってもらって・・・。」

ジストというのは、確か地下担当の妖精メイドのアメジストさんのことでしたね。

どうやら最近の『妹様』は人間関係も良好な模様です。

「それで、今日は思い切って神社まで一人で来てみたの。」

「それは・・・凄いですねぇ。頑張りましたね、フランドールさん。」

姉君の方でさえ、一人で来ることはあまりないのに。

外を知らぬお嬢様が、勇気を出して外に出た。それはとても凄いことだと、私には理解できました。

だから純粋に褒めたんですが。

「それで私、優夢に褒めてもらいたくて・・・ひぐ!!頑張ったねって、うぐ、頭撫でてほしくて・・・!!」

本当に褒めて欲しい相手が不在なため、フランドールさんは再び号泣寸前に!!

「な、泣かないで下さい!!そうだ、一緒に優夢さんを探しに行きましょうそうしましょう!!」

必死でなだめました。おかげで暴れるのだけは防ぐことが出来ました。

本当に厄介な子供ですね・・・。こんなときに何処行ってるんですか、優夢さんは!!

そう心の中で愚痴りつつ、私はフランドールさんの手を取って神社を後にしました。





で。



「今日は厄日ですか、全く。」

私は目の前に現れた人物を見るなり、天を仰ぎました。

結構失礼な対応ですが、私の心中を察していただきたい。

よりにもよって、フランドールさんという特大の爆弾を抱えた状態で。

「あらあら、人を見るなりそれは酷いわ。」

八雲紫という特大の火種に出会ってしまったのだから。





***************





幻想郷の中には不安分子も存在する。

自分達が存在できる唯一の地を破壊しようとする愚か者はいないが、破壊するだけの力を持っている者がいることは事実。

それは、力ある者達の安住の地であるのだから、ある意味では仕方のないことだけど。

しかも、そういう者に限って力がコントロール出来なかったりするから性質が悪い。

悪意はなくとも可能性はある。だから危険分子ではなく不安分子だ。

そしてその内の一人が名無優夢であり、目の前のフランドール=スカーレットなのだ。

私はこの娘が動き出したのを確認すると、すぐに監視を始めた。

優夢に出会ってから安定し始めたとはいえ、まだまだ精神が幼い。いつ暴走するかもわからない。

そういう意味では優夢よりも優先すべき監視対象ね。だから私はこの娘からは目を離さなかったのだけど。

鴉天狗の新聞屋と接触したところを見て、私は少しばかり遊び心を刺激された。

そういう次第で、スキマを使い二人の前に姿を現したのだ。

「いい天気ね。そう思わない?」

「私の心は雷が落ちそうなほどどんよりしてますがね。」

「あら、さっきまで『スクープ(笑)』とか言ってたくせに。」

「口に出した覚えはありません。覗き見は感心しませんよ。」

「あなたが言ってもねぇ。」

私の言葉にうぐっと詰まる射命丸文。ふ、まだまだね。

「ま、まあその辺は大目に見ましょう。ですが今私達は取り込み中です。出来れば早々にお帰り願いたいのですが。」

「つれないわねぇ、せっかくいい情報を持ってきてあげたのに。」

その言葉で射命丸はピクリと眉を跳ねさせた。

「それはどういう意味でしょうか。」

「言葉通りよ。それ以上でもそれ以下でもなく。」

「はぐらかさないで下さい。あなたは何処にいるか知っているのですか?」

「ええ、もちろん。妖怪の賢者ですもの。」

幻想郷の中のことで、私が知らないことはほとんどないと言っていい。

「そうでしたね。あなたが知らないはずがありませんでした。では教えて下さい。何処にいるのですか?」

「主語をしっかり言ってくれないとわからないわよ。あなたは『誰が』何処にいるのか知りたいの?」

無論、私はわかっている。この鴉天狗が何を知りたいのかも、何故主語を抜いてしゃべっているのかも。

彼の名を出せば、隣ではてなを浮かべている吸血鬼の少女が暴走することなど見えている。

それは私だって望むところじゃないけど。



このまま何もないというのも、味気ないでしょう?



何だかんだで私も刺激がほしいのよ。お年頃の女の子ですもの。

「今凄く突っ込みを入れなければならない脅迫観念に捕らわれた気がしましたが、気のせいでしょうか?」

気のせいよ。何もおかしなことなんてなかったわ。

「ねえおばさん、言いたいことがあるならさっさと言って。私達優夢を探さなきゃいけないの。」









悪魔の妹の言葉の後半部分は、私の意識に届くことはなかった。

ふ、ふふ、ウフフフフフフフフフフフフフフフフフフフ・・・。

「ねぇフランちゃん。お姉さん、ちょーっと言ってる意味がわからなかったから、もう一度言ってもらえないかしら?」

「おばさん、私の名前知ってるのね。」

ビキビキビキ!!額に青筋が走る。

・・・ふぅ、いけないいけない。こんなことで熱くなってどうするの。大人の余裕を持ちなさい、紫。

あと射命丸。後ろ向いてても笑ってるの丸わかりよ。後でしめる。

「フランちゃん。こんなに若々しい女性を捕まえて、おばさんはないわよね?お姉さん聞き間違えちゃったかしら?」

「えー。だっておばさん老けてるよ?1000年ぐらい軽く生きてそう。」





そこが私の我慢の限界だった。

ああ、子供の邪気のない言葉というのは、こんなにも残酷なのね。

そりゃ、私は随分長生きしてるわ。幻想郷において、妖怪の中では一番長く生きているとも思う。

だけど。だけど・・・!!

「私は永遠の18歳なのよー!!」

「それはいくら何でも無理がありすぎです!!」

「弾幕ごっこ?あは♪気が紛れてちょうどいいや。すぐに壊れないでね。

私が目に涙を浮かべながら弾幕を放ったり、鴉天狗が慌てて避けたり、吸血鬼の妹が壊れたりして。

そんな感じでわけがわからないうちに、弾幕ごっこが始まったのだった。

・・・おばさんじゃないもん。





***************





想像してた流れとは随分違いますが、結局こうなりましたか。

私は盛大に弾幕を散らす二人を遠目に見つつ、嘆息するのでした。

「おっと。」

油断は出来ません。

方やありとあらゆるものを破壊する駄々っ子に、方や万物の境界を意のままに操る大人気ない賢者。離れているのに、弾幕がここまで届くのですから。

気を抜いたりしたら一瞬で蜂の巣です。おお、こわいこわい。

っと。

「それはそれとして、これってひょっとして凄いスクープなのでは。」

私は何のためにこの騒動に首を突っ込んだのかを思い出しました。

本来なら、優夢さんの動向を影で見守りつつ巻き込まれっぷりを観察したり、霊夢さんの悪行の数々を暴露したりする予定だったのですが、これはこれで素晴らしい記事になりそうですよ。

そうですね、見出しは・・・。



『妖怪戦争勃発!?究極の駄々っ子VSロリババア!!』



「これは行けるッッッ!!!」

私はその見出しの醸し出す圧倒的な魅力に屈服し、即座にカメラを構えました。

「激写・・・!?」

その瞬間、私は殺気を感じ回避行動を取りました。

直後、私のいた場所に特大の弾幕が、軌跡にさらなる弾幕を生み出しながら通り過ぎて行きました。

今の弾幕は・・・!!

「人の妹で随分遊んでくれたようじゃない。」

私の予想通り、弾幕の発射方向には、永遠に幼い紅い月が、日傘を片手に浮かんでいました。

どうやらいつの間にか同じ場所に来てしまっていたようですね。

「いえいえ、それは誤解ですよ。私はむしろ妹さんに協力して」

「隙あらばスクープを撮ろうという魂胆で、でしょう。」

・・・バレてましたか。

いや、最初は流石にいたたまれなかったので、善意からの行動でしたよ?そりゃ、ちょこっとはスクープのネタもあるかなーなんて期待も持ってましたが。

なーんて言い訳が通用する相手ではありませんね、この人は。

「さて、人様の妹を飯の種にしようとした不届き者を懲らしめなきゃね。」

「失敬な。私は真実を伝えようとしただけです。」

こうなっては戦闘は回避不可能。ならば言い逃れを考えるよりは腹をくくるというものです。

やれやれ、新聞記者として、事件に直接関わるのは好ましくないのですが。

「久々の弾幕ごっこなので、楽しませていただきましょうか!」

「天狗風情で私の相手がつとまるのならそうしなさい!!」



そしてまた一組、弾幕ごっこが始まりました。





***************





優夢に会えなくって、悲しくって寂しくって、イライラして。

そんなときに、何だかよくわからないおばさんが乱入してきて、弾幕ごっこをふっかけてきた。

だから私は、この心のモヤモヤを晴らそうと思ってそれを受けた。

もう周りは何も見えなかった。

ただ、このおばさんを壊してやろうと、それしか考えていなかった。



無数の光弾がおばさんに襲い掛かった。

だけどおばさんはそれを避けようともせず、私の弾幕が炸裂した。

「・・・もう終わっちゃったの?」

自分でもびっくりするぐらい冷めた声で、そう問いかけた。まるで、優夢に会う前の私みたいな声で。

「まさか。この程度で終わるわけがないでしょう?」

声は後ろから聞こえた。何で?とか思う間もなく、私はそちらに弾幕を放った。

今度は炸裂せず、弾幕は虚空を通りすぎていった。敵は既にいなかった。

「力任せな弾幕ねぇ。まるで一年前に戻ったみたい。」

再び前から声が聞こえた。おばさんは空間に空けたスキマを通って移動してるみたいだ。

一年前?そんな前から、この人は私のことを知ってるの?

「一年なんてものじゃないわよ。あなた達が幻想郷に来た数十年前から、私はあなたのことを知っていた。」

その頃私は、幽閉されていた。外の誰も私を知ることなんてできなかったはずだ。

「あなたが何で地下に閉じ込められていたかも、どうして幽閉が解かれたかも、みんな知ってるわよ。」

「・・・何が言いたいのよ!!」

大切な宝石箱を勝手に開けられた気持ちだった。私は言葉とともに再び弾幕を放った。

力任せなだけの弾幕は、やはり苦も無くかわされる。

「あなたは確かに成長した。やたらに物も壊さなくなったし、感情も少しずつだけど発達してきた。」

これ以上一言もしゃべらせたくなかった。全方位に向かって弾幕を吐き出す。

「だけど、あなたの根本が変わったわけではないわ。」

静かに、指を走らせた。それだけで私の弾幕は全て、まるで何もなかったかのように溶けて消えてしまった。

「あなたは相変わらず『壊せる』存在なのよ。この世の万物をね。」

「だから、何が言いたいのよ!!」

私はそれでも全方位に弾幕を撃ち続けた。逃げ場なんてない。

すると今度は、スキマの中にするりと身を隠し、私の弾幕は辺りの木々を蹂躙した。

後には焼け野原が残った。

「こういう光景を簡単に作り出せてしまうのがあなたなのよ。それを理解なさい。」

「そんなことわかってるわよ!!」



私は壊せる。大切なものもそうでないものも、分け隔てなく、全て。壊してしまえる。

それが普通だったし、別にどうこう思うこともなかった。

一年前までは。

私が地下から出てくるきっかけとなった事件。お姉様が起こした『異変』を解決するためにやってきた一団。

その中の一人、名無優夢。優夢が頑張ってくれたおかげで、こうして私は外に出られてる。

あの時私は、大切なものを壊してしまう痛みを初めて知った。

私を止めるために手足を失った優夢の姿は、あまり思い出したくない。胸の辺りが苦しくなる。

もう優夢を壊したくなかったから。ただそれだけの思いで、私は力を制御する術を覚えた。

でも、私の力がなくなったわけじゃない。

優夢の破壊の『目』をちょっと強く握れば。ただそれだけで、私の大切な優夢は壊れてしまう。

花を摘むように無造作に、それができてしまう。

それがとても辛いことなんだって、今の私にはわかる。

だから。



「あなたに言われなくたって、そんなことわかってるもん!!!!」

とても悲しい気持ちになり、この目の前の女性を壊してしまいたかった。

私の放つ弾幕は、スキマに飲まれ消えてしまう。それでも構うことなく弾幕を撃ち続けた。

「そう、あなたはわかっている。私は知っていたわ、あなたがわかっていることを。」

もうこのおばさんの声なんて、私の耳には届かなかった。

「でも、それじゃ足りないのよ。」

不意に、声が後ろから聞こえた。弾幕を撃つのに夢中になって、後ろに周りこまれたことに気付けなかった。

「今のあなたが安定しているのは、優夢がいるから。優夢のためだから、あなたは頑張れる。だけどそれだけじゃダメなのよ。」

じっと見据えられ、私は弾幕を撃とうとしても撃てなかった。

「それじゃあ、もしあなたの目の前から優夢がいなくなったら。いなくならなくても、誰かのものになってしまったら。あなたはどうするのかしら。」

・・・そんなこと、考えたくない。

「でもありうることなのよ。現にあなたが会いに行ったのに、優夢はいなかった。優夢はあなただけのものじゃないのよ。」

「・・・やめて。」

「あなたももう聞いたでしょう?優夢の正体は『願い』。世界中の存在が願った願いの結晶。だから優夢は、願われれば誰かのところへ行ってしまう。」

「やめて。」

「あなたにはそれを止められる?止められないでしょう。誰にだって止められるものじゃないのよ。『願い』は全てが持つものだから。」

「やめてよ!!」

聞きたくない。それ以上は聞きたくなかった。

優夢がどこかへ行ってしまうなんて、想像したくもなかった。

・・・でも、頭のどこかで理解してた。

優夢が『願い』だっていうことはお姉様から聞かされてた。

それがどういうことなのか私にはよくわからなかったけど、何か凄いことだっていうのは理解できた。

そして、少しだけど。優夢が遠くに行ってしまったような気がして寂しい気持ちになった。

それと同じ。優夢は結局、私の想像もつかないような存在で、私に止めることなんてできない。

そんな寂しさを感じた。

「そうなったとき、あなたは安定していられるかしら。・・・どんな数式を駆使しても、その先にはろくな解が出なかったわ。」

自分のことだからわかる。多分そうなったとき、私は何もかも壊してしまう。

大切な、絶対に壊したくない優夢さえも。





「だから私は、幻想郷の守り人として、あなたに次の成長を求めるわ。」

その言葉が不思議と心に響いた。私は伏せていた顔を上げ、見た。

おばさんの表情はとても厳かで、けどどこか優しくて。不思議と暖かかった。

「今のあなたは大切にすることを知った。感情を知った。なら次は、自分のために頑張ることを覚えなさい。」

自分のために、頑張る?

「そうよ。あなたは今まで優夢のために頑張ってきた。だけど、それじゃ結局あなた自身は強くならない。
だから私は、あなた自身に強くなってほしい。そう思ってるわ。」

私自身が、強く・・・。

「そうすれば、もしあなたから優夢が遠ざかっても、あなたはあなた自身のために頑張って、優夢を取り戻そうとできるでしょう?」

「あ・・・。」



そっか。そういうことなんだ・・・。





壊さなければ。終わらせなければ、取り戻せるんだ。





「そっか・・・。」

憑き物が落ちたように、心が安定していくのがわかった。

「ふふ、素直な子はお姉さん好きよ。」

「ありがとう、おばさん!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(TωT###)」

おばさんが涙目になった。





***************





「何を考えてるのよ!!人様の妹を、よりにもよって腐れババアに会わせるなんて!!」

「凄い暴言ですね!?流石にそこまでは私も言えませんよ!!あとそれは偶然です!!」

お互い高速で動きながら弾幕を撒き散らす。流石は鴉天狗といったところで、中々当てるのは骨だ。

まあ、それは相手も一緒でしょうけど。おまけにこっちは的が小さいから、さらに当てづらいことだろう。

そのために、戦況は全く動かず拮抗していた。

はたから見れば異常事態だ。お互い自分が放った弾幕よりも速く動いているため、弾幕を後方に放っているようにも見える。

これでは当たりようがない。無論、逃げ場がないほどの弾幕で埋め尽くせば当たるには当たるが、自分も一緒に巻き込まれてしまうだろう。それでは意味がない。

さて、どうしたものか。

「フランがグレたらあんた責任取りなさいよ!!」

「妹さんに対しては随分と過保護なんです・・・ね!!」

お互いの距離が接近したときに、お互いに罵声を飛ばし合う。



弾幕ごっことしては少々変則的だけど、仕方ないか。このままじゃ勝負がつかないものね。



再び射命丸めがけて空中を疾走する。向こうもこちらめがけて飛んでくる。後ろに弾幕を残しながら。

そしてお互いに交錯する瞬間。

「!? そう来ますか!!」

私が爪を振るうと、射命丸は直角に折れ曲がり回避行動をとった。

だが、お互いの距離が近すぎたせいで完全な回避には至らず、白いシャツの袖が避けた。

「チッ、かわしたか。」

それでも決定的な打撃を与えられなかったことは不快だった。舌打ちをする。

「かわしますよそりゃ!!・・・しかし、なるほど。確かにこれはそうするしかなさそうですね。」

私の行動に抗議の声を上げる射命丸。まあ、これでは何のための弾幕ごっこだということになるしね。

けれど他に決着をつける手がないのも事実。射命丸はすぐに納得し、ヤツデの団扇を取り出した。

「天狗相手に体術で挑もうとは、少々無謀な気もしますがねぇ。」

「ぬかせ。臆病な新聞記者ごときがこの私に勝てると思うな。」

「・・・さっきから黙って聞いてれば随分な言いようじゃない?たかだか500年程度しか生きていない吸血鬼の分際で。」

射命丸の雰囲気がガラリと変わる。へぇ、こっちが本性?

「普段の猫被った顔よりそっちの方が私としては好みね。殺し合いがいがあって。」

「殺し合いになればいいけどね。一方的な蹂躙じゃなくて。」

殺気がピリピリと肌を刺し、不思議と心地よい。ああ、幻想郷に来て久しく忘れていたわ。

この、本気で命をやり取りする緊張感と高揚感を。

「それじゃ、始めましょうか。妖怪同士、古来より変わらぬ戦いを。」

「ええ。力あるものの宿命、強きが弱きを喰らう戦いをね!!」

先ほどとは違う意味で、私と射命丸が激突した。





なるほど、豪語するだけのことはある。

それが一瞬の攻防で私が感じた感想だった。

まず私が爪を振るえばそれを紙一重でかわし、拳を振るえばまるで木の葉であるかのようにいなす。

そして私の攻撃を伝い、拳、脚、ヤツデの団扇で私に攻撃をしかけてきた。

もちろん甘んじて受ける私ではない。回避も防御もした。

だが、奴の攻撃は吸い込まれるように私に当たった。直撃こそなかったものの、その数は私とは圧倒的な差だった。

一撃一撃は重いものではなかったが、あまり喰らい過ぎるとまずい。体力は削られる。

こちらが放つのは吸血鬼の力に任せた一撃必殺だが、当たらなければ意味がない。それは弾幕ごっこと共通する真理だ。

となると、何とか当てなければならないが、あちらの体術はこちらの数段上。やれやれ、結局面倒なことに代わりはないか。

私はとある自分が弱者だと思い込んでいる強者の戦い方を知っている。

あの子が自身の必殺の一撃を当てるためにどうしていたか。それを考えれば、私がとる戦法は自ずと決まった。

一度距離を取った射命丸が再び接近してきた。今度は私は、こちらからは手を出さなかった。ただ防御と回避に専念する心構えで迎え撃つ。

「さっきまでの威勢のよさはどこに行ったのかしら!!」

それを好機と捉えたか、射命丸は私に嵐のような乱打を浴びせてきた。

一部の攻撃は私の防御をすり抜け、私に直撃する。が、軽い。大したことはない。

狙うはただ一点。こいつが本気の一撃を繰り出してくる瞬間。

「諦めたのかしら。つまらないわね、これでおしまいにしてあげる。」

私をなぶるのに飽きたか、射命丸は団扇に風を纏わせ、まるで鋭利な刃物のようにして私の首を狙ってきた。

ここだ!!

私は発動と宣言をほぼ同時に行い、全身から妖気をほとばしらせた。



紅符『不夜城レッド』!!

紅の十字が、私の周囲を完膚なきまでになぎ払った。



土煙が晴れていく。私の妖気で地面がえぐれている。ちょうどクレーターの真ん中にいる感じかしら。

それが、私のスペルカードの威力の高さを物語っている。あれを喰らっては、たとえ大妖といえどただでは済むまい。

まして相手は防御の薄い鴉天狗だ。跡形もなく消し飛んでいる可能性だって・・・。

「・・・なるほど、まんまとしてやられたわけね。」

土煙の向こう側に見えた人影に、私は歯軋みした。

「くすくす、カウンターを狙うつもりならもっと上手くやらないとね。あれじゃ、何か狙っているのがバレバレよ。」

相手の方が一枚上手だったということか。カウンターを狙ったつもりで、狙わされていたか。

「そうね、あなたは少し強者としての余裕に溢れすぎてるわ。カウンターを狙うならもっと追い詰められてる感を出さないとね。」

「そんな無様な真似、嘘でもお断りね。」

「だったらカウンターはやめときなさい。私やあなたの戦い方じゃないわ。」

それもそうだったわね。あれは自分を弱いと思い込んでいる優夢だからこそ成功する戦い方だったわ。

「私だったら、そうね。絶対にかわせない攻撃をするわ。」

こんな風に。そう言って射命丸は、一枚のスペルカードを取り出した。

そして宣言。



『幻想風靡』。



その瞬間、射命丸は風になった。

その速さは、今までの比ではなかった。私の目にすら、閃光が瞬いたようにしか見えない。

私の周囲を閃光が走り、弾幕を飛ばしてくる。私はそれをかわし続けた。

絶対にかわせない攻撃。射命丸はそう言っていた。つまりこれは、このスペルの本領ではないということだ。

とすれば、このスペルの本番の想像は大体ついた。確かに「絶対にかわせない」わね。

少なくとも、弾幕で身動きが取れなくなった状態で風の速さで突っ込んでくるものをかわす術は私にはない。そんな真似ができるのは霊夢ぐらいのものだろう。

だったら迎撃しかない。だがどうやって?『不夜城レッド』はまだブレイクしてないけど、あの様子じゃ妖気の壁も突っ切って来そうだ。

他に何かあったか・・・。

――ああ、あったわね。本来の使い方とは違うけど。

けれど出来るなら実行しない手はない。

『魔の槍』しか知らないであろうこいつに、本物を見せてやろう。

私の周りには、いよいよもって隙間なく弾幕が埋め尽くされていた。脱出は不可能だ。

と、射命丸が私から真っ直ぐ、かなり離れた位置に移動した。助走をつけて一息に貫くつもりか。

「来なさい。貫かれるのがどちらか、思い知るがいいわ。」

私の声が聞こえるはずもないが、まるで呼応するかのように、彼女は私に向かって飛んできた。



そして私は、宣言し。

神槍『スピア・ザ・グングニル』。

この手に、神の槍の名を冠した魔弾の槍を顕現させた。



「なっ!?」

私の槍とぶつかり合い、火花を散らしながら射命丸が驚愕の声を上げた。・・・中々重いわね。

「バカな!!これは優夢さんの『ランス・ザ・ゲイボルク』!?」

「『スピア・ザ・グングニル』よ、覚えておきなさい。それと、私の方がオリジナルよ。」

私の知らない間に、あっちが勝手にパクっただけよ。別に咎めはしないけどね。

それはどうでもいいけど、やはり優夢のようには行かないわね。強度の面だけで言えば、優夢の槍より格段に劣る。既にミシミシと槍の柄が悲鳴を上げていた。

まあ、あの子は弾幕自体が非常識だから、しょうがないといえばしょうがないか。

それにどうやら、こいつの攻撃を防ぎきることには成功したみたいだしね。射命丸は既に助走で得た推進力を失っていた。

「くっ!!」

射命丸は慌てて距離を取ろうとした。だけど、それこそこっちの思う壺だわ。

彼女は勘違いしたようね。これが近接用のスペルカードだと。普段優夢の槍で見慣れてればなおさらか。

けれど、私の宣言はちゃんと聞くべきだったわね。言ったでしょう。

これは、『スピア』なのよ。

私は遠ざかりつつある射命丸めがけて。

「ふっ!!」

巨大な紅い槍を投げつけた。

槍の格好は伊達じゃない。空気抵抗を受けづらいこの投げ槍は、通常の弾幕とは比較にもならないスピードで飛ぶ。

「!? そんな!!」

それは今のスペルカードで力を消費していた射命丸に、避けることも振り切ることも許さず。

ごず、と鈍い音を立てて、その腹に突き立った。・・・どうやら貫けはしなかったみたいだ。

先ほどの拮抗で刃先が削られていたか。悪運の強い奴め。

鴉天狗が一匹、地面にどさりと落ちた。

それが、この勝負の決着だった。





***************





重い一撃だった。体が思うように動かない。

・・・私の敗北か。

「さてと、何か言い残すことはあるかしら?」

動けぬ私の目の前に、悪魔が降り立った。紅い悪魔が。

そう、これは弾幕ごっこではない。古き妖怪同士、命をかけて戦ったのだ。

故に、敗者の末路はたった一つ。・・・やれやれ、千年を生きた鴉天狗が、よもや500年程度の生しか持たぬ吸血鬼に弊されようとは。

世の中とは、わからないものね。

「そうね。うちの若い連中に伝えておいて頂戴。『あんまり平和ボケするんじゃないぞ』って。」

「あら、随分普通な遺言ね。もっと奇抜なのを期待してたんだけど。」

「遺言でウケを狙ってどうするのよ。それに、今の連中はこんな殺し合いなんて縁がないからね。ちょうどいいじゃない。」

「なるほど、一理あるな。」

私の死に様を知れば、少しはあの子たちも気が引き締まるだろう。私は部下の一人の幼い顔を思い出しながら、微笑んた。

「悔いも未練もないようね。安らかな旅になりそうね。」

「ええ、自分でも驚くほどに。」

自分の死をあっさりと受け入れ、私は目を閉じた。



が、いつまで経ってもその時は訪れなかった。

私は不審に思い、目を開けた。そこには変わらず、紅い月が立っていた。

違うのは一点だけ。彼女からあらゆる殺意が消えていたこと。

「やめた。」

そしてそれを証明するかのように、拍子抜けするほど軽い言葉が、彼女の口から滑り出した。

「・・・憐憫のつもり?」

「そんな陳腐なものじゃないわ。安心なさい、あなたを貶めるようなことではないはずだから。」

「じゃあ、何故?」

「簡単なことよ。それじゃあつまらない。理由なんてそれで十分。」

どういうこと?

「どういうことかなんて、あなたにはとっくに分かりきってると思ったけど。」

「・・・そういうこと。」

要するに彼女は、楽しかったのだ。私と同じく、今の戦いが。

何のかんの言っても、私達は妖怪。特に古く血の濃い妖怪だ。

弾幕ごっこは確かに画期的だった。命の危険がなく、それでいてスリリングな戦いが楽しめる。

だけど、私達のような古い妖怪は、それでも完全に満たされることはないのだ。本能が戦いを求め、殺し合うことに喜びを感じる。それが妖怪なのだ。

無論、いつもいつも殺し合いでは疲れるが。たまにはこういうのも悪くはない。

「私と殺し合えるのなんて、せいぜい片手で数えられるぐらいだわ。なのにここで無闇に命を奪うのも、つまらない話でしょう?」

「なるほど、一理あるわね。」

「だから、私は勝者として命令する。生きなさい。そしていつか私に復讐しに来なさい。殺してほしいなら、そのときに殺してあげる。」

「思い上がるな。天狗は二度も同じ過ちを繰り返さない。」

物騒な言い合い。だけどそこには一切の殺意はなく。

命をかけた戦いをした者同士にしかわからない、親近感のようなものがあった。

徒労のようなこの戦いも、無駄ではなかったか。



もっとも。

「新聞記者としては、あまり褒められたものではないんですがねぇ。」

「あら、もう戻るの?私としてはさっきの方が好きなんだけど。」

「それは光栄至極。しかし私はやっぱり新聞記者なのですよ。どこまでいってもね。」

「そう。まあ、それはそれで面白いし、別にいいわ。」

何が面白いのか、レミリアさんは心底楽しそうに笑いながら言いました。

多分、私も同じ表情をしていることでしょうが。

「ところで、立つの手伝ってくれると助かるんですが。妖力もすっからかんだしダメージも大きいしで、色々しんどいんですよ。」

「だらしないわねぇ。カルシウム取ってるの?」

あまり関係ないと思います。

そうは言いつつも、レミリアさんは私に肩を貸してくれました。そして起き上がり。








無数の光弾に、二人して吹っ飛ばされました。








「あー。何か、色々馬鹿らしくなってきたんだけど。」

「奇遇ですね。実は私もなんですよ。」

二人で空を仰ぎ見ながら、無気力に言葉を吐きます。

その視線の向こうでは。

「おばさんじゃないもん!!結界『光と闇の網目』!!

「あはは、おばさん強いね!!禁弾『過去を刻む時計』!!

「キイイイイイ!!」

妖怪の賢者と謳われる八雲紫が、ハンケチ噛み締め弾幕放ち、見た目幼女と遊んでました。

・・・私達、結構シリアスなバトル繰り広げてましたよね。何でお空ではあんなに暢気なんでしょうか。

っていうかフランドールさん。いつの間に機嫌治したんですかあなた。私の苦労を返してください。

「あんなお気楽な二人にあっさり吹っ飛ばされた私達って・・・。」

「気にしないことです。あの二人は規格外じゃないですか。」

「・・・世の中って、わからないわね。」

「ええ、全くです。」

そんな感じで、私達は二人が疲れて弾幕ごっこを終えるまで、仰向けにその光景を眺めていたのでした。





+++この物語は、少女達が戦ったり戦わなかったりする、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



千年クラスの大妖:射命丸文

レミリアの倍以上生きてたりする。幻想郷最強クラスの一人。

今回負けたのは、先入観と少しの慢心が原因。次やったらわからない。

新聞記者としては今までと変わらずだが、妖怪射命丸文としてはレミリアと少し仲良くなった。

能力:風を操る程度の能力

スペルカード:疾風『風神少女』など



495年の幼女:フランドール=スカーレット

精神年齢7~8歳ぐらい?登場キャラクターの中では最低齢。チルノ除く。

彼女が今まで頑張ってこれたのは優夢という他者のためだったが、自分のために頑張ることを覚えた。

言い換えれば、これまで自分のために頑張ることをしてこなかったということ。以外に難しいものなんです。

能力:ありとあらゆるものを破壊する程度の能力

スペルカード:禁忌『クランベリートラップ』、禁忌『レーヴァテイン』など



500年の童女:レミリア=スカーレット

精神年齢は高くないけど、夜の王としての自覚と貫禄がある。故に カ リ ス マ 。

彼女もまた自分自身のためといいながら他者のために頑張るタイプ。フランとかフランとかフランとか。

近接戦闘が苦手なわけではないが、きちんとした技術は持っていない。

能力:運命を操る程度の能力

スペルカード:神罰『幼きデーモンロード』、『紅色の幻想郷』など



ロリバb(この発言はスキマ送りされました):八雲紫

幻想郷最高齢とは言えない。例外いるから。けど最高齢に近いのは事実。

ゴスロリとかを好んで着てるけど、それが時代背景に沿ってるとでも思ってるのか?

一応、フランのことも気にかけていた。彼女は幻想郷に住む全ての存在に対し、気を配っている。

能力:境界を操る程度の能力

スペルカード:罔両『八雲紫の神隠し』、紫奥義『弾幕結界』など



→To Be Continued...



[24989] 二・五章十話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:09
「何だよ、お前じゃなかったのかよ。人騒がせな人形遣いめ。」

「あのねぇ・・・私は最初っからそう言ってたでしょうが!思う存分ボコボコにしてから言う台詞じゃないわよ!!」

まあ、引きこもり魔法使いに負けるほどヤワなアウトドア魔法使いじゃないってことで、私はアリスに勝ったんだ。

ところが、話を聞いてみるとアリスもこの宴会騒ぎの『犯人』を探してたらしい。

んで、しょうがないから私は『真犯人』を探すべく、魔法の森から飛び立った。

名探偵魔理沙の誕生ってわけだ。

「何くだらないこと言ってんのよ。さっさと行くわよ。」

で、何故かアリスまでついてくることになったんだが。まあ名探偵には助手がつきものだしな。

「・・・不愉快だわ。何で魔理沙主役の脇役私な配役なわけ?普通逆でしょ。」

「何を言ってるんだぜ。普段の活躍っぷりを考えたら私の方が主役だぜ。」

「普段の活躍なんて知らないわよ。どうせ霊夢のおこぼれもらってるだけでしょ。」

「失礼なやつだな。むしろ私はあいつを助けてやってるんだぜ。」

「優夢ならともかく、あんたがまともに活躍してるとこなんて想像がつかないわ。場を引っ掻き回すとこなら容易に思い浮かぶけど。」

そら、大活躍じゃないか。そう言ってやったら、アリスは盛大にため息をついた。

ちょっとムッと来たので、突っつき回してやることにした。

「それよりも、優夢が活躍してるとこなら想像できるんだな~。何でだろ~な~・・・。」

「なッ!?べ、別に深い意味なんかないわよ!!ほら、優夢って強くて真面目だし!!」

「ふぅ~んへぇ~ほォ~。」

「な、何よ疑ってんの!?本当よ、本当なんだったらー!!」

クックック、わかりやすいやつめ。

アリスは顔を赤らめて叫んでいた。それが何を意味してるかわからないほど、私は鈍くない。

恋色の魔法使いは伊達じゃないんだぜ。

「まあ頑張れよ。敵は多いがな。」

「敵って何よ!そして何を頑張るのよ!!」

さあてね。

いつまでも素直にならないアリスをおかしく思いながら、私は魔法の森上空を飛び続けた。

ぎゃーぎゃー言ってるアリスをBGMに。





どれくらいそうしていたか。

ピタリとアリスが騒ぐのをやめた。

「どうした?」

「・・・後ろから何か来てるわ。」

アリスの言葉に、私は後ろを振り返り見た。

確かに、遠くに点みたいな人影が二つ、恐らくはこちらに向かって飛んできていた。

遠目ではあったが、その独特な気配のために、それが何なのかはすぐに判断できた。

即ち、纏っている死の気配のために。

「妖夢と幽々子?あいつらも騒動解決に乗り出したのか?」

「・・・ふ~ん、あの子も、ねぇ。」

妖夢の名を聞いた途端、アリスの纏う気配が怜悧なものへと変化した。

・・・こういうところは素直なんだけどなぁ~。どうして本人にはその素直さを向けられないのか。

私はやや嘆息しながら、その二人を迎えた。

「あら~、奇遇ねぇ。こんなところで二人して何をしてるのかしら。」

今にも切りかかって来そうな妖夢とは対照的に、幽々子はゆっくりのほほんと尋ねてきた。

「ああ、ちょいと人の心を操ってる不届き者を退治にな。」

「あら。聞いた妖夢?魔理沙達も騒動解決に動いてるみたいよ。これは私達が出る必要はないわよね。さ、帰っておやつ食べましょー。」

んん?幽々子は自分の意思で来たんじゃないのか?随分乗り気じゃないんだな。

妖夢の返答を待たずにきびすを返した幽々子の襟を、妖夢がガッと掴む。

「このような連中の言うことを間に受けてはなりません、幽々子様。ひょっとしたらこいつらが起こしているのかもしれませんよ。」

このくそまじめ半殺しは何トチ狂ったこと言ってんだ?

「あー、そういや最近暖かくなってきたからな。」

「・・・何が言いたい。」

そのまんまだぜ。

「そういうことなら、その言葉そっくりそのままお返しするわ。冬の『異変』の主犯と実行犯じゃない。」

「耳が痛いわ~。」

目つきを険しくする妖夢とおかしそうに笑う幽々子。

相も変わらず対照的な主従だ。

「私はともかく幽々子様を愚弄するのは許さないわ。どの道楼観剣の錆にするつもりだったけど。」

「半分死んでると発想が物騒ね。優雅さの欠片もないわ、辻切り魔。」

「減らず口を叩けるのも今の内だ。早めに白状するのが身のためよ。」

「それは脅迫というのよ。そっちこそ、知ってることを洗いざらい話せば全霊にするのだけは勘弁してあげるわ。」

「話すだけ時間の無駄か・・・。まあいい、斬ればわかる。」

「本当に物騒。」

言いながらも、アリスは服の中から次々と人形を出していた。

アリスの相手は妖夢。となりゃ、当然私の相手は。

「私は戦いとかどうでもいいから、人里の美味しいお茶屋にでも案内してくれない?」

「私に勝てたら教えてやる。」

「・・・俄然やる気が出てきたわ。」

なんとコントロールし易い亡霊か。

ここまで出てきて、何にもしないってのも勿体無い話だ。

それに、幽々子と弾幕なんて滅多にできないことだ。楽しもうってのは当然の意思だぜ。



「あなたには負けない!!」

「こっちの台詞よ!!」

「お団子~、羊羹~、黒糖抹茶白玉~♪」

「取らぬ狸の皮算用にならないようにな!!」

四者四様、それぞれの理由で、弾幕ごっこが始まった。





***************





私の剣を、アリスさんは人形数体を駆使して受け止めた。

少女趣味な外見だが、それぞれが身の丈ほどもある剣、小剣、鎌などの武器を持っていた。

虜力も小柄な人形とはとても思えない。流石に1対1なら負けるはずもないが、10体同時で抑えられるとなかなか動きづらい。

なるほど、七色の人形遣いという二つ名は伊達ではないらしい。卓越した技術だ。

「だが!!」

私は人形を振り払うと、高速で移動した。それにより人形達は標的を見失う。

その隙を逃さず、私は魔法使いが最も苦手とする至近距離まで詰め寄った。

「守りがなくてはどうしようもないだろう!!」

私は気合いとともに剣を一閃し。

ガキンという金属音を立て、阻まれた。

「守りがないなら?作ればいいのよ。」

まるで何事もないように、彼女は新しい人形を操っていた。

やはり・・・手強い!!

私は反撃を喰らう前に後ろに飛んだ。

どうやら苦手な距離というものはないらしい。

それも当然といえば当然かもしれない。実際に戦っているのは彼女ではなく、彼女の操る人形達だから。

だからこそ、私は彼女に負けたくはなかった。

「戦いは全て人形任せで自分は見ているだけか。程度が知れるな。」

自分で戦わぬ者などに負けたくはないし、負ける気もない!!

「・・・言っておくわ。私は決して人形に戦いを任せてるわけじゃない。私が人形を戦わせてるのよ。あなたにとって剣を振るうのが戦いの場なら、私は指先で人形を操るのが戦いなのよ。

命をかけた研鑽の上に成り立っていることは同じ。あなたの方こそ、上辺だけしか見ないで、たかが知れてよ。」

怜悧に言い放たれた直後、周りの人形達が一斉に剣を、槍を、こちらへ向けて突進してきた。

・・・その言葉に嘘はないだろう。人形は全て、彼女の指先の動きに合わせて動いている。

これが彼女の長年の研鑽の上に成り立つ技巧であることは揺るぎない事実。

だが。しかしやはり。

「ふっ!!」

私は一息に拔刀し、楼観剣を一閃させた。

ただのそれだけで、私目掛けて動いていた人形は、その獲物ごと、両断された。

「あなた・・・!!」

「私が憎い?でもこれが戦うってことよ。斃し斃されるのが戦の本義。

今この場で命をかけず犠牲すら厭い、本気で挑まぬあなたに、この私が負けるはずがない!!」

私はアリスさん――アリス=マーガトロイドに剣を向け宣言した。

「・・・ふん、大層な自信じゃない。見せてみなさいよ、あなたの戦いを。」

「あなたに言われずとも!!」

私は地を蹴り、新たな人形を展開するアリスへ向けて駆けた。





***************





「あっちはいい感じに白熱してるわねー。」

魔理沙の放つ星の形をした弾幕をかわしながら、私は何とはなしに言った。

「お前はいつでもどこでも緩いままだな!!」

対する魔理沙は、私の放つ蝶の姿をした弾幕を根性避けしながら、弾幕を吐き出し続けていた。

霊夢といい魔理沙といい、かわすの上手よねぇ。逃げ場なんてないと思うんだけど。

「私はまだ常識的な方だぜ。霊夢は異常だが。」

うん、そうね。魔理沙はまだ『頑張って』かわしてるってわかる(それでも十分異常よね)けど、霊夢なんて初めからどこをかわせばいいかわかってるとしか思えないもの。

あれが全部勘だっていうのがなお恐ろしい。

普通だったら。

「あら~、逃げ場がないわ。」

こんな風に囲まれたら、喰らうだけだと思うんだけど。

かくいう私も、弾幕を扇の一振りで消してたりする。

「お前だって人のこと言えんじゃないか。優夢かお前は。」

「いやねぇ、私はあそこまで非常識じゃないわ。」

普通の弾幕で弾幕を砕くなんて、少なくとも私にはできない。

まあでも、普通でないことには違いないわけで。

「幻想郷において普通を探すのは、難しいんじゃないかしら。」

むしろ希少価値と言ってもいい。

「おお、なら私は希少ってことだな。何を隠そう私は普通の魔法使いだぜ。」

「普通の魔法使いが千年の亡霊相手にここまでやれるものなのかしら。」

「意外とやれるんだぜ、最近の普通の魔法使いは・・・な!!」

その瞬間、魔理沙は弾幕をレーザーへ切り替えた。

緩急をつけたその攻撃を私はかわすことが出来ず、喰らってしまった。

「あらあら、本当に凄いこと。流石は普通の魔法使いね。」

「おうよ、普通の魔法使いは凄いんだぜ。」

紫の言うとおりだわ。この子は努力の天才だ。

人間として図抜けた魔力を持っているわけではなく、強力な能力を持っているわけでもない。本当に『普通の』魔法使いに他ならない。

だというのに、彼女は拮抗してくる。圧倒的な力を持つ私達に対して。

それがどれほど凄いことなのか、私には理解できる。霊夢よりも優夢よりも、私はこの娘を評価する。

だから私は純粋に『凄い』と思った。

「そんなに凄いなら、ちょっとくらいやりすぎても大丈夫よね?」

私はスペルカードを取り出しながら、彼女に敬意を払った。

死符『ギャストリドリーム』。

「来い!避けきってやるぜ!!」





***************





本当に物騒な半死人だこと。まさか人形を斬るなんて。

いや、彼女の性格からすれば当然か。害と判断した者はばっさり斬り捨てる、ある意味冷酷とも言える性格。

そう考えると、私と似ているかもしれない。必要のないものは全て切り捨てて生活している私と。

だからというわけでもないけど、私は自分の人形達が斬られたことを悲しく思いながらも納得していた。それもある種の天寿だと。

だけど。

「さっきのお返しよ。喰らいなさい。」

「くっ!!」

だからといって怒りを覚えないわけじゃない。

私は一度に操れる全ての人形を駆使し、妖夢に向けて斬りかかった。

ガイン、ギインとけたたましい金属音が鳴り響く。このまま刀を叩き折ってやる。

「・・・ふん、そういう魂胆か。だが甘い!!」

妖夢が刀を一振りすると、逆に人形達の持つ刃が折られた。・・・何て硬さ。壊すのは無理か。

私はそう判断し、人形を斬られる前に手元に戻した。今度は人形を砲台にした無数の弾幕で攻撃。

「ぬるい!!」

だがそれすらも斬り裂き、彼女は弾幕の雨をものともせずにこちらへ突っ込んできた。なんて頑丈な刀なのかしら。

私は後方に下がりながら弾幕を撃ち続けた。妖夢は弾幕を斬りながらこちらへ向かってくる。

「私の体力切れを狙うか?随分消極的な手だ!」

「消極的で結構。勝つためならね。」

根性だけで勝てるなら誰も苦労はしない。弾幕はブレインで。それが私の信条だ。

決して向こうの方で極太の魔砲を乱射している白黒バカの言うように「パワーだ」などとは認めない。

「ふん、臆病者の戯言ね。あなたは逃げてるだけじゃない。」

「あら、ただ逃げてるだけじゃなくてよ?」

妖夢が怪訝な表情をし辺りを見回し。

気付いたようだ。

「・・・いつの間に。」

「今の間に、よ。あなた、視野が狭すぎるわよ。ビタミンA摂ってる?」

彼女を、私の人形が包囲していた。

「あなたには生半可な攻撃はきかないらしいからね。私も覚悟を決めたわ。」

「・・・どういうこと?」

「さっき言ってたわね。『斃し斃されるのが戦いだ』って。だから私も、ある程度の犠牲は覚悟する。」

私にとって人形は半身とも言える。

これから行うカードアタックは、その半身を失う行為なのだ。辛くないはずがない。

だけどそのぐらいしないと、この剣士には勝てないから。

「受けてみなさい。」

私が指をくんっと上げるのに呼応し、人形達が一斉に襲いかかる。

妖夢は身構えたが、そんなことは関係ない。このスペルの前に防御は無意味だ。

私はスペルカードを掲げ、心の痛みに耐えながら宣言した。

あなたたちのことは、決して忘れない。



魔符『アーティフルサクリファイス』。





大爆発が起こった。





***************





幽々子の弾幕は綺麗だと思った。

弾幕ごっこってのは、ただ強ければいいってもんじゃない。その華麗さ、緻密さ、即ち美しさも求められる。

そっちの面でいうと、幽々子の弾幕は完璧だった。なるほど、霊夢の言うとおりだぜ。

幽々子の放ったスペルカード。死符『ギャストリドリーム』って言ったか。

それは幽々子を中心に蝶の弾幕が広がっていくものだった。

それだけなら距離を取れば問題ないんだが、そいつは蝶の外見に違わず自走性を持っていた。ある程度広がると、ひらひらと本当の蝶のように私へと向かってきた。

私は喰らうものかとレーザー弾幕を放った。蝶の弾幕は、硬さはあまりないらしく、レーザーの一閃で散った。

何だ、大したことのないスペルだなと思ったのは、その一瞬だけだった。

二発、三発と弾幕を弾くごとに、レーザーは威力を失っていった。五発目を貫いたとき、私の弾幕は溶けるように虚空に消えた。

「・・・おっそろしいスペルだな。弾幕を『死』なせやがったぜ。」

「ええそうよ。私は死を操るんですもの。」

物騒なことをコロコロと笑いながらのたまう幽々子。ますますもってあの弾幕を喰らうわけにはいかなくなったぜ。

私は立て続けにレーザーを放ちまくったが、如何せん数が多い。全部落とすのも一苦労だ。

近づかれたら回避し、ひたすら撃ち続け、ようやく数えるぐらいの蝶になった。ふう、・・・反撃開始!!

と思ったら。

「それじゃあ次行ってみましょうか。」

「き、汚え!?」

幽々子は第二陣を放ってきた。くそ、まだまだ余裕ってか!?

このまま通常弾幕でいってもジリ貧だ。だったら!!

恋符『ノンディレクショナルレーザー』!!

私は全方位に向かって魔砲を放った。太い魔砲は流石の死蝶でも減衰仕切れず、私の攻撃を通す。

「あらあら、怖いわねぇ。」

だが幽々子はこのスペルの欠点を見切っていた。

『ノンディレクショナルレーザー』は『マスタースパーク』を拡散し全方位に放つスペカだ。

だが全方位とは言っても隙間はある。そして全方位に撃つという関係上狙いは甘くなる。

かなり乱暴に言ってしまえば「当たるも八卦当たらぬも八卦」ということだ。冷静に対処すれば避けられてしまう。

それが証拠に、幽々子の放った蝶は全て落ちたが。

「もう。少しは考えて撃ってよね。」

幽々子は傷一つ負っていなかった。

・・・ちっ。全身に脱力感を覚え、私は舌打ちをした。

「そろそろ体力の限界かしら。だとしたら私の勝ちね。お団子とお茶~♪」

幽々子はもう勝った気でいた。

・・・いや、能天気な奴でなくても、この状況を見たらあいつの勝ちだって思うだろう。

私だって、誰かが同じ状況に立たされているのを見たら、そう思うはずだ。

だけどな。

「何、勝手に勝った気になって、やがるんだぜ。私はまだ、負けてない。」

普通の魔法使いって奴は、諦めが悪いのさ!!

「まだやるの?無駄だと思うけど。もうあなたには弾幕を避けきる体力は残ってない。私を落とすにしても、あなたの切り札一発じゃ、私は落とせない。手詰まりよ。」

・・・切り札、か。

「初耳だな。お前が私の切り札を知ってるなんて。」

「惜しげなく見せてるじゃない。それとも、それ以上の何かがあったのかしら。」

いいや、お前の認識通り、私の切り札は『マスタースパーク』だったぜ。

ほんの少し前までは。

「こいつはまだ試作段階でな。私自身制御しきれる自信がない。だが完成すれば、私の新たな切り札になる。それだけのスペルだ。」

「・・・へぇ。」

幽々子は扇子で口元を覆い目を細めた。

笑っていた。

「つまり私が実験台ってことね。光栄だわ。」

「おいおい、実験台になるのを喜んでどうする。」

「喜ぶわ。あなたの進化の礎になれるなら。これでも私はあなたのことを評価しているのよ、霧雨魔理沙。」

む。それはそれで何か照れくさいな。まあいいか。

「なら、一丁受けてみるか?」

「ええ、全力で査定してあげるわ。あなたの新必殺技。」

幽々子は、これまでとは比較にもならない量の死蝶を展開した。・・・全力か。面白い!

「後悔すんなよ!!」

「必要もないわ!!」

その意気や良し!!

私は八卦炉を構え、魔力を注ぎ込んだ。通常の何倍も注ぎ込んだ。

力は地獄の炎を呼び起こし、今か今かと発動のときを待つ。限界を超えたそれは、スパークすらも生み出した。

暴走寸前――否、暴走そのもののエネルギーを、術式をもって収束させる。

装填完了。発射経路も確保。後は引き金を引くのみ。

私は一枚のスペルカードを掲げ、宣言し。





「魔砲『ファイナルスパーク』!!!!」





圧倒的な光の奔流が、視界を白に埋め尽くした。





***************





なんと無茶な真似をする。人形を自爆させるとは。

しかし確かに効果的なスペルだ。これは剣では防げない。どころかこの爆発は、一撃で相手を落とすだけの威力が込められている。

まともに喰らったら、そこで勝負は決まるだろう。

だったら、まともに喰らわなければいいだけの話!!

人符『現世斬』!!

スペルカード宣言時の霊撃により、爆発の第一波を食い止める。

そして第二波は。

「はぁ!!」

五連の一太刀を数発放つ。爆圧を切り開き退避経路を確保した。

流石に爆発で舞い上がった細かな石や砂塵はかわしきれずグレイズしたが、この程度なら何ほどのものでもない。

それを二度、三度と繰り返し。

「・・・憎たらしくなるぐらい芸達者ね。」

私は爆発から生還した。

無傷でとは行かなかったが、ダメージらしいダメージはほとんどない。今の技には相当な自信があったのだろうが、残念だったな。

「まだやるか?今のがあなたの最高のスペルだったとしたら、これ以上やる意味はないけど。」

ある程度の犠牲を伴った技。なるほど、人形遣いである以上武器は人形だが、その武器を犠牲にした技だった。それなりの覚悟は見て取れた。

だが、それだけだ。私のように半身半霊をかけて戦いに臨んでいるわけではない。

その程度の覚悟で、この私が討ち取られるはずがない。

そしてその程度が最高なら、私が敗北する道理もない。

「決めろ。逝くか、退くか。」

私はアリスに剣を向けた。

彼女は黙って俯くだけだった。

・・・戦意喪失か。勝負あったな。

私はこの少女を見限り、刃を収め。





「こんなものが、私の全力?ふざけないでほしいわね。」



背を向けたその瞬間、私を強烈な魔の気配が襲った。

反射的に飛び退き、反転し身構えた。

人形のような少女は、冷たい冷たい瞳で私を見ていた。何という殺気・・・。

「あなたは私を過小評価しすぎでなくて?こんな人形を人形とも思わないようなスペルが私の本気なわけがないでしょう。」

「・・・ほう、では人形師の全力とはどういうものなのか見せてもらおうか。」

「ええ、見せてあげるわ。人形を操るということがどういうことなのか、とくとね。」

言いながら彼女は、一体の人形を取り出した。

それは他の人形と同様、少女趣味な人形ではあった。

だがそれは首吊りを模しており、呪いにも似た暗い魔力に溢れていた。

「一つだけ言っておくわ。人形師にとって人形とは己の半身、あるいは全てよ。あなたは全く理解していなかったようだけど・・・。だから弾幕バカは嫌いなのよ。」

「奇遇だな。私もあなたのような口先ばかりが達者で、自分は動こうとしない者が気に食わないんだ。」

「言ってくれるわね。口先だけかどうか、その身で知りなさい。」

「その言葉、そのままあなたに返そう。妖怪が鍛えた楼観剣に斬れない物など、あんまり無い!!」

激突は必至。私は楼観剣を抜き放ち、ありったけの霊力を込めた。刀身が霊力のために肥大する。

相対する少女も、己の持つ最大級の魔力を、その人形に注ぎ込んだ。

これ以上言葉はいらない。あとは己の力で正しさを示すのみ。



睨み合いは一瞬。

その次の瞬間には、私達は同時に動いていた。

咒詛『蓬莱人形』!!

断迷剣『迷津慈航斬』!!

そして――――





***************





『これはひどい。』

私以外の全員が口を揃えて言った。・・・いやまあ、自覚はあるが。

けど、そこまで言うことないじゃないか。

「あんたねぇ・・・この状況見て言いなさい!!冗談じゃないわよ、全く!!」

「こ、こら動くな!余計動けなくなるだろ!!」

アリスがもぞもぞと動く気配がして、妖夢がたしなめた。

今私達がどういう状況になっているのか。何故こんな状況になったのか。

そもそも戦いはどうなったのか。

それにはまず、私のスペル発動から語らねばなるまい。



魔砲『ファイナルスパーク』。『マスタースパーク』の威力を極限まで高め、収束した一撃を叩き込むスペル。

理論上回避以外に手段はなく、たとえ霊撃で防御しても貫通する性能を持っている。まさに必殺の一撃だ。

だがこいつは、使用者にとっても厄介極まりない代物だ。

まず発動にあたり、ミニ八卦炉を暴走させなければならない。いつも『マスタースパーク』で使っている威力は、ミニ八卦炉の『道具』としての制限を越えない程度だ。

『ファイナルスパーク』ではその威力を極限まで高めるため、ミニ八卦炉ではなく中に封じ込められた『地獄の炎』の性質をモロに引き出す。そのためにミニ八卦炉を暴走させるんだ。

だが、当然だがこいつは危険極まりない行為だ。暴走ってのは制御を振り切らすことだからな。何が起こるかわかったもんじゃない。

それを術式でもって無理矢理にまとめ上げる。そして放つと『ファイナルスパーク』の完成だ。

んで。今までの私の成功率なんだが、実を言うと最近ようやっと10%を越えた程度だ。とても実践で使えるレベルじゃない。

それでも、今回は上手くいったんだ。魔力も上手くまとめられたし、発射の精度も申し分なかった。

そう、発射まではよかったんだ。

問題はそこからだ。

幽々子との弾幕ごっこで、私はイリュージョンレーザーを撃ちまくっていた。あれは結構魔力の消費が大きいんだ。

さらに、『ノンディレクショナルレーザー』も使った。そもそもの話、私はアリスとの弾幕ごっこでも、『スターダストレヴァリエ』を使っていたりする。

魔力が枯渇寸前の状態で『ファイナルスパーク』を撃ったんだ。文字通り最後の力ってやつだ。

んで、その最後の力を使い切った直後から私の記憶が途切れてる。どうやら気絶したらしい。

なのでここからは三人から聞いた話になるんだが、ああいった魔法は術者が意識失うと制御を失うんだよな。

そりゃもう、盛大に大☆爆☆発☆したらしい。

私は気を失った直後にミニ八卦炉から手を離していたおかげで、幽々子に守られたそうだ。そうじゃなかったら消し飛んでただろうと。恐ろしい話だ。

だけど『ファイナルスパーク』は幽々子の防御を貫通して、私達をぶっ飛ばした。ちょっと距離をおいて撃ち合いしてたアリスと妖夢も巻き込まれた。

で、爆風は辺りの木々をなぎ倒し、運の悪い私達は木と木の間にスッポリはまってしまったというわけだ。

しばらくして私が気が付き、事情の説明を受けて今に至ると。

まあ、あれだ。

「やっちゃったZE☆」

「反省しなさいこの白黒⑨!!」

「だから動くなと言ってるだろう!!」

アリスと妖夢は抱き合う形ではまってるので、否が応にも顔を合わせなければならない。端から見てる分には楽しいがな。

私はというと。

「ちょっと魔理沙~?あんまり動かないでねー、くすぐったいから。」

「おう、悪いぜ。」

後頭部を幽々子の胸に埋める形になっている。

何とかして抜け出してやりたいところなんだが、如何せん身動きが取れん。

「くっ、魔理沙!!幽々子様に不埒な真似をしてみろ、楼観剣の錆にしてくれるわ!!」

「ちょ、あんたこそジタバタしないでよ!!まな板みたいな胸が擦れて痛いのよ!!」

「何だとッ!?あなただって大差ないじゃないか!!」

「無乳と一緒にすんな!!絶壁!!」

「貴ッッッ様~!!!!」

そんな感じにギャーギヤー言い合う二人。あー面白。

そーいや、アリスも妖夢もお互い遠慮がなくなったな。戦い通して少しは打ち解けられたかな。

あんな感じの友情があってもいいんじゃないか。

私は七色の友人と半霊の友人が言い争うのを聞きながら、一人密かに笑んだ。

「ところで、魔理沙から見て私の胸は何点ぐらいかしら?結構自信あるんだけど。」

「75点。大きさは申し分ないが、弾力が足りないな。」

「あら残念。」

ちなみに優夢は90点だ。100点は幻なのだ。

「それじゃあ、私の魔砲は何点だった?」

「そうね、60点ってとこかしら。発射に時間がかかりすぎだし、制御にも難あり。精進あるのみってとこね。」

「だな。」

やることもないし、私達はそんな他愛もない話を続けた。



宴会騒動解決に動いていたはずだったが、不思議と穏やかな時間だった。





その後、私の『ファイナルスパーク』の爆発が気になって調査にやってきた慧音の手で、私達は助け出された。

余談ではあるが、助け出された後も言い合いを続けていたアリスと妖夢は、慧音の頭突きで沈黙した。

すっげーね。





+++この物語は、魔法使い組と冥界組が軽く勝負する、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



一応ポジは準主役:霧雨魔理沙

だからこのぐらいの活躍はあってしかるべき。活躍と言えるかは怪しいが。

『ファイナルスパーク』は現在開発中。完成予定は夏~秋にかけて。

ちなみにミニ八卦炉は無事でした。流石緋々色金製。

能力:魔法を使う程度の能力

スペルカード:魔符『ミルキーウェイ』、恋符『ノンディレクショナルレーザー』など



密かな実力者:アリス=マーガトロイド

おおっぴらにしない性格のため、知ってる人は少ない。実際には魔理沙よりも上。

『アーティフルサクリファイス』は禁じ手の一つ。多分使うことはあまりない。

妖夢に対して持ってる感情は変わらなかったが、少し打ち解けた。けど本人気付いてない。

能力:人形を操る程度の能力

スペルカード:魔符『アーティフルサクリファイス』、咒詛『魔彩光の上海人形』など



実力よりも性格に問題あり:魂魄妖夢

今回の行動は辻斬りそのものである。これと思い込んだら一直線なのが災いした。

白玉楼での戦いは、幽々子が途中でやる気をなくしたために勝てた。

やはりアリスに対する遠慮がなくなったが気付いていない。口げんかする程度の友達。

能力:剣術を扱う程度の能力

スペルカード:人符『現世斬』、魂符『幽明の苦輪』など



実力にも性格にも難あり:西行寺幽々子

ぶっ飛びすぎてるという意味で。本気でやったとしたら霊夢か紫ぐらいしか勝てないが、面倒なので絶対やらない。

死して完全であるが故に、不完全にして頂を目指す魔理沙という存在を評価している。

一番可愛がってるのは妖夢だが、一番期待してるのは魔理沙。なお、一番自分のものにしたいのは優夢(女)。

能力:死を操る程度の能力

スペルカード:亡舞『生者必滅の理』、桜符『完全なる墨染の桜』など



→To Be Continued...



[24989] 二・五章十一話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:11
道中雑魚妖怪達を蹴散らしながら、私は一路紅魔館へと向かった。

宴会は嫌いじゃない。嫌いなら開かせないでとっとと追い出してる。

だから別に現状に不満があるわけじゃないけど、こそこそと人を操ってというのが気に食わない。

「大方、『誰が一番か見せてやる』とか下らない理由だとは思うけど。」

あの吸血鬼ならやりかねない。

何せ「太陽が邪魔」という理由だけで『異変』を起こしたのだ。この程度の事件、起こしても何ら不思議はない。



そう。これは『異変』ではない。

『異変』とは、幻想郷中を巻き込むほどの大事件を指す。それこそ、私が動かなければいけないほどの。

だが今回のはそうではない。確かにあっちこっちで起こってはいるが、幻想郷中というほどではないし、何よりも私が出向くほどのことでもない。

『異変』とはそれこそ異変なのであり、そうと呼ぶには余りに小規模過ぎた。

だから本来なら私が動く必要もないし、どうにもやる気が出ないが。

「・・・まあ、気分は悪いしね。」

結局のところ、「気に食わない」。それだけが理由だった。





気に食わないならぶちのめせばいい。単純なことだ。

そういうことで、私は今紅魔館の前にいる。

「おや、霊夢さん。珍しいですね、お一人でなんて。お嬢様にお呼ばれですか?」

門の前に立ち続けている中華服の妖怪――名前何だったっけ?

紅美鈴ホンメイリンですっ!!」

あーそうだ、中国だったわね。

「ちょっ!?私の言葉ガン無視ですか!?」

まあともかく、雨の日も風の日も門番をしている中国が私に話しかけてきた。

「・・・シクシクシクシク。」

「うざいから泣くな。封印するわよ。」

「ほんと鬼巫女ですよねぇ!!」

人聞きの悪い。素敵な巫女と言いなさい。

「で、私はあんたんとこのボスに用があって来たんだけど。レミリアいる?」

「神社に行ってないなら、お嬢様は館の中ですよ。他には行きませんからね、お嬢様。」

立ち直りは早い。中国は私の問いに簡潔に答えた。

「そう。邪魔するわよ。」

「あ、ちょっと!用ってどんな用事ですか?一応門番としては聞いておかなきゃいけないんですが。」

意外と熱心なのね。普段寝てるくせに。

「き、気のせいですよ気のせい!!」

そうかしら?

「ちょっとぶっ飛ばしに来たのよ、レミリアを。」

「あー、なるほどー。お呼ばれじゃなくてケンカだったんですねー。」

「そういうことよ。じゃ、邪魔するわよ。」



「・・・って、まてーゐ!!!!」

一度は私を通した中国が回り込んできた。

「何平気な顔で宣戦布告してるんですか!?正気ですかあなた!?実はタミ☆フル☆巫女☆とかじゃありませんか!?」

何なのよそれは。私は至って普通よ。

「いや全然普通じゃありませんし!!第一何当然のように通ろうとしてるんですか!!通しませんよ、そんな物騒な人!!」

「・・・へぇ?」

私が目を細めると、中国はたじろいだ。

こいつは以前私にボコボコにされた経験があるから、私ににらまれることの意味がよくわかるんだろう。

「・・・に、にらまれたって通しませんよ。ええ通しませんとも!!」

だけど中国は、気丈にも刃向かってきた。

どうやら精神力だけは十分なようね。

「けど、それだけで勝てるなら苦労はしないわよね?」

言いながら私はお札を構えた。相対する中国は、緊張しながらも隙のない構えをとった。

「私だって強くなったんです。もうあなたにだって負けません!!」

「なら、見せてみなさい。どのくらい成長したか見てやるから。」

「後悔しても・・・遅いですよ!!」

気合いと共に、中国は私の方へ突っ込んできた。





まあ、弱かったんだけどね。





***************





「シクシクシクシクシクシクシクシクシクシクシクシクシクシクシクシク・・・。」

「ええい、いい加減鬱陶しいって言ってるでしょう!」

「だって~・・・。」

少しは自信がありました。

去年この巫女に負けて以来、私は日々の鍛錬を欠かさなかった。それこそ、雨の日も風の日も雪の日も、私はひたすら鍛錬を積みました。

時々来る優夢さんに組み手の相手になってもらったり(最初は全くの素人だったけど、飲み込みが早くすぐに私の良い鍛錬相手になってくれた)、時には弾幕講座を開いてもらったりまでして。

その結果が、前回を遥かに上回る30秒負け。1ターンキルですか?

ていうか、ほんとこの人非常識巫女すぎますよ。近寄ろうとしたらお札乱舞、遠ざかってもお札乱舞。逃げ場ないじゃないですか。おまけにこっちの攻撃は当たらないし。

「霊夢さん、絶対人間やめてますよね。」

「失礼ね、こんなに麗しい巫女をつかまえて。」

見た目は麗しいですけどね。中身は妖怪どころか鬼が裸足で逃げますよ。

そんなわけで、敗者の義務とばかりにお嬢様のお部屋まで案内させられている私だったのです。



「あれ?門番さんじゃん。こんな時間に屋敷の中にいるなんて珍しい。」

「あと、博麗の巫女も・・・。」

館の中を歩いていれば、当然妖精メイド達に会うわけで。

「あなた達、持ち場を離れて何してるの。仕事に戻りなさい。」

咲夜さんに代わり、私は妖精メイド隊リーダーの二人を叱った。

「やー、持ち場を離れてウロウロしてる門番さんには言われたくないねー。」

「うぐっ!?」

思わぬ反撃を、プラネタリアから喰らいました。

「シエスタにだけは言われたくないです。」

? シエスタってなんですか?かっこいい響きですね。

「午睡という意味です。」

「あんたにピッタリじゃない。」

アクアマリンの言葉に霊夢さんが同意し私に追い討ちをかけます。

・・・妖精にまでなめられてる私って一体・・・。

深く考えると悲しくなるので、考えることをやめた。

「私は霊夢さんをお嬢様のところまで案内してるのよ。あなた達は持ち場に戻りなさい。」

「そう言われても、私達も探してるのよー。」

何を?

「・・・メイド長、です。」

「せっかく早く仕事終わったから何か別の遊び・・・もとい、仕事をもらいに来たのにいないんだもん。」

咲夜さんが、いない?お嬢様にお使いでも頼まれたんでしょうか?

咲夜さんに限って、サボリはありえませんからね。

まあそれはともかくとして。

「いないなら探したってしょうがないでしょ。持ち場に戻りなさいってば。」

「だから仕事終わって暇なんだってば~。」

「・・・今から遊んでると、あとがもちません。」

優夢さんと仕事してから、やけに仕事熱心になった妖精達。いいことではあるんですが・・・。

「妖精としてどうなんでしょう?」

「私に聞くな。優夢さんだから仕方ないでしょ。」

確かに。

「あれ?皆して集まってなにしてんの?」

と、もう一人妖精メイドがやってきた。

地下を任されている、天然照明妖精のアメジストでした。

「それはこっちの台詞よ。あなたまで持ち場を離れて。」

「こんなとこうろついてる門番には言われたくないわ。あたしは用事があって上がって来たのよ。」

さらりと毒を吐く妖精がまた一人。・・・私って一体・・・。

「あや~、ひょっとしてジストもメイド長探し?」

「残念ながら、不在です。」

「え?何、メイド長もいないの?」

『も』?

「あたしはお嬢様のお客人の方を探してんの。小悪魔と本の整理してたんだけど、ちょっと厄介な魔導書が見付かって、あたしらじゃ手に負えないから封印してもらおうと思ったんだけど・・・。」

「パチュリー様が不在?そんなまさかぁ。」

あの方に限って外出なんてありえないでしょう。

「嘘だと思うなら、地下に行ってみなさいよ。小悪魔が探してるから。」

・・・本当なんでしょうか?

どうなってるんですか?咲夜さんはいない、パチュリー様もいない。

「ふぅん、ますます怪しいわね。これは本格的にレミリアが犯人っぽいわ。」

今まで静かに事態を見ていた霊夢さんが、ポツリと呟いた。

怪しい?何を言ってるんでしょうか。

「そういえば、霊夢さんはお嬢様にどんな御用だったんですか?」

「言ったでしょ。ぶっ飛ばすのよ。」

いや、そういうことじゃなくて。

「その理由ですよ。何でお嬢様をぶっ飛ばさなきゃならないんですか?」

「あいつが犯人かもだからよ。」

だから何のですか!!

「・・・あんた、ひょっとして宴会の度に"萃"まってる妖気に気付いてないの?」

はい?何ですかそれは?

・・・ていうか。

「私、宴会にはほとんど参加させてもらえてないんですが。」





皆の視線が、やたら生暖かかった。

・・・負けるな、美鈴。





***************





このままじゃ埒が明かないので、簡潔に現状を説明した。

・宴会、頻繁に起こる

・妖気、残ってた

・レミリア、怪しい←今ココ

「ということよ。」

「いや、状況はわかりましたけどお嬢様が疑われる理由がさっぱりわかりません。」

勘よ。

「・・・。」

「何か言いたそうね。」

「いえ、私には何も言えません。言葉にする術がありませんから。」

「勘でうちまで攻め込んできたの?」

妖精の一人が割って入ってきた。名前は・・・アメジストだったっけ。

「問題でもある?」

「大ありよ。そんな不確かな情報で勝手に犯人にしないでよね。」

「別にあんたを犯人にしてるわけじゃないわ。」

「わかってるわよ。けど、主人の悪口言われんのもいやなの。」

それは本心かしらね。どうにもこいつからは、個人的な敵意みたいなものを感じる。

が、まあたかが妖精だ。相手をするほどのことでもないし、何よりめんどくさい。

「こんなところで問答しにきたんじゃないわ。とっとと案内して。」

犯人かそうでないかはぶっ飛ばせばわかる。それが一番手っ取り早い。

「だから、ちゃんと確証を持ってから来なさいっての!」

「そんなことしてたら時間がかかるじゃない。」

「大体、何で門番が案内してるのよ!!こいつ討ち入りよ!?」

「うっ・・・、それはその、止むに止まれぬ事情が・・・。」

「また負けたのこの門番!?使えねぇ!!」

「ガハァッ!!」

紫水晶の妖精の一言で、中国は吐血し倒れた。そのまま動かなくなる。

「・・・こ、これってちょっと、ヤバいんじゃ?」

「しょうがないわね、あんた達案内しなさい。」

「少しは心配しなさいよ!?」

「まごうことなく鬼巫女です。そして止めを刺した本人が言うな、です。」

「か、勝手に殺すな・・・ガク。」

本格的に気絶したわね。こんなところで寝てたら、後で咲夜から何て言われるかしら。

ま、そんなことどうでもいいわ。

「案内する気がないならいいわ。妖精なら死んでもすぐ生き返るしね。」

言って私はお札を三枚構える。妖精ぐらい一撃で落とせる。これで十分だ。

「ちょ!?待った待った!!あたしらは案内しないとは言ってないわよ!?」

「とんだとばっちりです。このツンデレめ。」

「な、何よそれあたしのこと!?そしてあたしのせいなの!?」

「ツンデレ乙。」

「ツンデレ乙です。」

「だから何なのよそれはー!!!!」

妖精三人は私を無視してギャーギャーとわめき始めた。

・・・全く、毒気抜かれるわねぇ。

「案内するならする、しないならしない。さっさと決めなさい。まどろっこしいのは嫌いよ。」

「わかったってば!!する、します!!」

「とりあえず、命は助かりました。」

「・・・くぅ~、いつか見てろよ、博麗の巫女め!!」

だから何であんたは私を敵視する。





そんなこんなで、ようやっとレミリアの部屋の前に着いた。

やれやれ、無駄な時間を使ったわ。

「ねえ、本当にお嬢様とやる気?」

先ほどから何度もこの青い地精――プラネタリアはこう聞いてきている。

「何度も言わせない。私はレミリアをぶっちめて帰る。」

「ますます鬼巫女です。」

本気なのか冗談なのか、水精アクアマリンは淡々と言った。

見れば見るほど、妖精らしくない三人組だ。

見た目はこれ以上ないほど妖精なのに、中身がやたらと老成している。

「さっさと帰っちゃえばいいのよ、こんな奴。」

・・・そうでもないか?明星精アメジストは幼かった。

相も変わらず私を敵視してるけど、力の伴わぬ敵愾心など、微笑ましい以外のなにものでもない。

まあ、以外と面白い奴らなのかもね。

私は優夢さんからの又聞き程度でしか知らなかった紅魔の妖精メイド達に、そんな感想を抱いた。

さてと。

「あんた達はもう行きなさい。巻き込まれても知らないわよ。」

私は少々ゆるんだ気をわずかばかり締め、扉に向き直った。

ここからは妖精達には辛いだろう。あの派手な弾幕を使う吸血鬼相手に、こいつらを巻き込まない自信はない。

だというのに。

「えー?今戻ってもすることないもん。」

「観戦します。」

「パルパルパルパルパルパルパルパルパル・・・。」

最後のはよくわからなかったけど、どうやら残る気満々らしい。

死んでも責任取らないわよ。

「だーいじょうぶだって!これでも生き残ることにかけては自信があるからね!!」

「でなければ、これだけ自我を持って妖精をやってられません。」

・・・なるほど、そういうこと。

「じゃああんた達二人は、そっちの生き残るのが苦手そうな奴をフォローしてあげなさい。」

「いつものことだよ。」

「年中行事です。」

「な、何よ!?何が言いたいのよ!!」

わめきながら、アメジストは両肩をガッチリとプラネタリアとアクアマリンに固められた。

そして今度こそ、私は扉に手をかけ。





空気を焼く何かを感じ、その場を飛び退いた。

直後、私がいた場所に一発の火球が着弾した。そして炎が燃え上がる。

私の後ろの妖精達が放ったものではない。方向が違うし、何より彼女らの中に火の妖精はいない。

私は下手人を確認するため、視線を弾道の方に向けた。

「あ、あんた!!」

プラネタリアがその姿を見て、驚いたような声を上げた。

そこには、金の髪と揺らめく陽炎の様な赤い羽を持った妖精が一人、たたずんでいた。

格好から察するに、妖精メイドの一人だろう。それが、私達全員をにらみつけていた。

「何すんのよ。」

「それはこちらの台詞ですわ。わたくしの記憶が確かなら、今日は博麗の巫女が訪問する予定はないはずですが。」

言葉の端々に高慢さを感じさせる妖精だった。

「ちょっとルビー!!何絨毯燃やしてんのよ!!メイド長に起こられるじゃない!!」

「『ファルビーネ』ですわ、勝手に略さないでくださいまし。このくらい、我がスカーレット隊で直して差し上げますわ。」

プラネタリアの抗議に、灼熱精がこともなく答える。

スカーレット隊・・・って何だったかしら。確か聞いたことあるんだけど。

「メイド長直属の妖精メイド隊です。本人達は『紅魔館きってのエリート部隊』と言っています。」

あっそ。

「あなた方、侵入者を逆に案内して何のつもりですの?これだから古いばかりの妖精は・・・。」

「うぐっ・・・、仕方ないじゃんよー。あたしら弱いんだから。」

「ええそうですわね。所詮は家事しか能のない妖精メイド、何も期待などしてませんわ。あら、あなたは家事もできませんでしたわね。」

「・・・可愛げのない後輩です。」

話から察するに、この灼熱精は三人の後輩に当たるようだ。妖精メイドにも色々あるのね。

まあ、私にとってはどうでもいいけど。

「で?あんたは私とやろうっての?」

「咲夜様のお留守を預かる身として、鼠がお嬢様のお部屋へ入り込むことは許しませんわ。」

言って、そいつはメイド服のポケットから一枚のカードを取り出した。

スペルカード。

「へぇ。妖精のくせにスペルカードを持ってるなんて。力はあるのね。」

「スカーレット隊は戦闘能力に特化してます。主にルビーの方針で。」

「おかげで家事は妖精メイド隊の中で一番できないんだよね~。」

「力任せの家事音痴にだけは言われたくありませんわ。ともかく、逃げ帰るなら今の内ですわよ。」

不遜な笑みで、これ見よがしにスペルカードを見せつける灼熱精。

・・・やっぱり妖精は、このくらい馬鹿じゃないとね。

「その程度の脅しで素直に帰るのはイージーシューターぐらいなものよ。ごちゃごちゃ言ってないでとっととかかってきなさい。」

「その自信、すぐに砕いて見せますわ。
喰らいなさい!赤符『ヴァーミリオンサン』!!

宣言とともに広がる霊力の波。それが、これが本物のスペルカードであることを証明する。

灼熱精は頭上に巨大な熱球を生み出した。

その表面がチロチロと燃えだし、次々に火弾を生み出した。

「をーっほっほっほ!!どうです!?これがわたくしの力ですわ!!」

自分の使った力の大きさに得意満面となる灼熱精。

ええ、確かに「力の大きさ」だけなら妖精レベルじゃないわ。何処ぞの⑨といい勝負だ。



だけどこいつは、何も理解しちゃいない。

私は体を少しずらすことで、あっさりと火弾をかわした。

「大人しく喰らいなさいまし!!」

それを私のささやかな抵抗だとでも思ったか、灼熱精はさらに笑みを深くして追撃を放ってきた。

「二つ、忠告しておくわ。」

私は敵の弾幕を難なくかわし続けながら、告げた。

「スペルカードは切り札よ。一発逆転を狙える、ね。それを端っから使うってことは、それだけ自分を追い詰める行為に過ぎないわ。」

「くっ・・・この!!」

いつまでも当たらない自分の弾幕にイライラし始めたか、奴の声には苛立ちが混じっていた。

「それから、勝負をふっかけるときはね・・・。」

ふっと、私の姿が消える。目の前の灼熱精にはそう見えただろう。

実際は、幻想と空想を繋ぎその間を移動しただけだが、こいつにはそれで十分。

「ちゃんと相手を考えなさい。」

「!? 後ろ!?」

真後ろに現れた私の声に振り返ろうとするが、もう遅い。

私の放ったお札に弾かれ、灼熱精は綺麗な放物線を描き飛んだ。

復活されても面倒なので、私は更にお札・針・霊力弾を叩き込んでおいた。

「あたた!!ちょ、やめ!?ぎゃあああああああ!!」

何か聞こえたけど気にしない。



しばらくして射撃をやめると、ボロボロになった灼熱精が残った。

「ちょっと加減しすぎたかしら。消し飛ばすつもりだったんだけど。」

『この人鬼だ。』

観戦していた三人娘は、完全に同時に、同じ言葉を口にした。

失礼な。





気絶しているうちに三妖精にぐるぐる巻きにさせ、今度こそ私は扉に手をかける。

「うぎぎ・・・このわたくしが負けるなんて~!!」

「ていうか博麗の巫女にケンカ売るとか、身の程知らずもいいとこだから。」

「長生きのコツは、我彼の力量差を知ることです。」

「けどそのファイトは買うわ。次頑張んなさい。あたしは協力しないけど。」

次来ても返り討ちだけどね。あんたは湖上の氷⑨でも相手してなさい。

ともかく、私は扉を開け放った。

「レミリア!いい加減こそこそと人の心を操るような真似は・・・。」



しかし、そこは既にもぬけの殻だった。

「あ、あれ?お嬢様がいない?」

「外出中だったのでしょうか。」

「おかしいですわ。今日は外出のご予定はなかったはず・・・。」

「あの気紛れ当主のことだから、突然外出したんでしょ。驚くことでもないわ。」

「・・・ちっ、逃げられたわね。」

「あ、そう結論付けちゃうんだこの人。」

それ以外に何があるってのよ。

「邪魔したわね。」

犯人がいないなら、こんなところに用はない。私はそれとだけ言ってこの場を後にしようとして。



「あら、霊夢?こんなところで何やってるの?優夢が探してたわよ。」

主人の行方を知っていそうなメイド長が現れた。

ちょうどいいところへ。

「ちょっとあんた、レミリアを何処に隠し・・・って、優夢さんが探してた?」

「ええ。あなた、宵闇の妖怪を叩きのめしたでしょう?それで優夢が泣きつかれて、あなたに謝らせようとしてたわ。」

・・・これは予想外だわ。まさか道中で退治した妖怪がこんな形で反撃をしてくるとは。

まあ、用事が済むまで会わなければいいか。

「それは後でどうにかするとして、あんたレミリアの行方知らない?」

「お嬢様?お嬢様ならお部屋にいらっしゃらなかった?」

「留守だったわ。不用心すぎるんじゃない、この館。」

「・・・お嬢様は全く、私に何もおっしゃらずに外出されるなんて。困った方。」

あんたが言うな。

「あんたも知らないの。役に立たないわね。」

「辛辣ですわねぇ。それより、お嬢様にどんな御用だったの?あまり穏やかな感じはしないけど。」

「こそこそ人を操ろうとするんじゃないってお説教してやろうと思ったのよ。弾幕で。」

「やっぱり物騒じゃない。」

うるさい。

「でも、なるほどね。そういうことなら、それはお嬢様の所行ではないわ。」

・・・何ですって?

「私もパチュリー様からの又聞きだから、詳しいことは知らないけど。優夢が知ってるらしいわ、この事件の犯人。」

優夢さんが?何故・・・。

「それは聞かなかったけど・・・。でも、パチュリー様から聞いた話では、この事件の犯人は『鬼』らしいわよ。」

・・・はぁ?あんた頭大丈夫?幻想郷に鬼はいないわよ。

「知らないわよ。パチュリー様が、優夢がそう言ったとおっしゃってたわ。」

ふぅん。じゃあ本当なのかしら。

まあ、真偽の方は優夢さんをとっつかまえて白状させればいいか。

そうとわかれば長居は無用。私は別れの挨拶を告げ紅魔館を後にし



「その前に聞きたいんだけど、なんでこんなに内装がボロボロになってるのかしら?

・・・ようとして、咲夜に肩を掴まれた。

あんまり振り返りたくないわね。よし、真実を伝えてさっさと行こう。

「そこの、えーっとワインビネガー?が暴れたわ。」

「ファルビーネですわっ!!って、何わたくしだけのせいにして逃げようとしてるんですの!?」

あんただけのせいよ。私は内装には一切傷をつけなかったわ。

「・・・スカーレット隊リーダー、ファルビーネ。」

「は、はい!?何でございましょうか咲夜様!!」



「水攻めと針鼠、どっちがいいかしら?」



「そ、それって・・・、い、いやぁ~~~!!!!」

「まあまあ、お逃げなさんな。あんたの憧れのメイド長直々にお仕置きだよ~?」

「放せ馬鹿力!!」

「私は応援してるです。ファイト、おー。」

「全然心こもってませんわねぇ!?」

「死ね。」

「冷たっっっ!?」

三妖精の裏切り(?)にあい、灼熱精は抵抗虚しく咲夜の手に収まった。

「ありがとう、三人とも。この子は私が再教育しておくわ。

『どうぞどうぞ。』

「薄情者ーっ!!」

息ピッタリねあんたら。

「そうそう、優夢を探すならプラネタリアを貸すわ。その子の能力なら人捜しはすぐだから。
さあ、キリキリ歩きなさい。」

「ああ、もっと優しくしてください。あ、でも激しくされるのもいいかも・・・。」

危ない扉に手をかけた灼熱精を連れて、咲夜は館の奥に消えた。



後に残ったのは、私と三人の妖精メイド。

「何?あんたら本当に来るの?」

「メイド長のお達しだからね~。ま、人捜しなら任せてよ。」

「私は付き添いです。プラネ一人にしたら何をしでかすかわかったものじゃありません。」

「そ、そうよ!そういう理由なんだから!!別にあんたに着いてったら優夢に会えるとか、そんなこと思ってないんだから!!」

『ツンデレ乙。』

今度は私達三人の声がハモった。





こうして、私は奇妙なお供を三人付けて、優夢さんを探すことにした。





+++この物語は、鬼巫女と妖精メイド三人娘が合流する、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



天上天下唯我独尊:博麗霊夢

とりあえず敵はない。そのために美鈴は深い悲しみに包まれる。

あっちこっちで戦闘が起こってるけど、一人だけまともに戦ってない。

進路はレミリアから優夢に変更。

能力:主に空を飛ぶ程度の能力

スペルカード:霊符『夢想封印 集』、夢符『二重結界』など



逞しく生きる無邪気な地精:プラネタリア

実はここ100年ぐらい一度も死んでない。そのため、記憶・意識が連続していて妖精にしては老成している。

んが、基本が幼いのであまり意味はない。

大地に聞けば大抵のことはわかるので、人捜しは得意。

能力:大地と対話する程度の能力

スペルカード:なし



賢く生きる冷静な水精:アクアマリン

プラネタリアに輪をかけて長生き。が、本人はいつから生きているか語ることを嫌っている。

持論は『生きたいなら戦いは避ける』。逃げ足の速さが売り。

霊夢に着いていくことに、別段深い意味はない。単なる暇つぶし。

能力:湿度を調整する程度の能力

スペルカード:なし



猪突猛進純情明星精:アメジスト

明星精は「あかほしせい」と読む。別に光っているわけではなく文字通り「見えるようにする」存在。

実は相当レアな妖精だが、本人自覚なし。

そこまで長生きはしてないが、霊夢よりは確実に年上。

能力:暗闇で視界を開く程度の能力

スペルカード:なし



修造ばりに熱くなる妖精:ファルビーネ

スカーレット隊リーダー。三人の後輩に当たるが、戦闘能力が高いので咲夜直属の部隊長となった。

実際のところ咲夜は全然あてにしてないが、本人は咲夜の右腕だと思ってる。自称副メイド長。

咲夜至上主義のライトM。

能力:灼熱を生み出す程度の能力

スペルカード:赤符『ヴァーミリオンサン』など



→To Be Continued...



[24989] 二・五章十二話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:11
「で、ここは何処だ?」

「知らないのかー。」

「しらない。」

「すいません、私もちょっと・・・。」

何故迷ったし。



パチュリーさん達と一戦交えた後、俺達は再び霊夢もしくはレミリアさんを探すため、歩を進めた。

連れがルーミア、チルノ、大妖精と幼い面子ばかりなので、道中あっちへ行ったりこっちへ行ったりと、落ち着きがなかった(大妖精は比較的マシだったが、やはり妖精は好奇心旺盛なのだ)。

で、その結果がどう見ても魔法の森です、本当にありがとうございました。

「どうやって戻るんだよ・・・。」

「さあ?」

「それにしても気味の悪い森ですね・・・。」

「魔法の森は別名迷いの森といって、一度入ったらそう簡単には出られないのかー。」

いや、アウトだろそれ。

「全く・・・別に急いでるわけじゃないからいいけど。こうなったもんはしょうがない、取りあえず森から抜けることを考えよう。」

『おー。』

霊夢捜索が、いつの間にか魔法の森の探検になっていた。



だが、魔法の森に迷い込んでそう簡単に出られるはずがなく。

「もう何も見えないな。」

日は沈み、夜になってしまった。

参ったな。こう暗くちゃ何もわからない。歩いたら歩くだけ深みにはまる。

かといって、この瘴気の中で野宿ってのは危険すぎる。

「そーなのかー?」

「あたいはいつでもぜっこーちょーよ!やっぱりにんげんってダメね!!」

「私達はむしろ魔力に溢れてるぐらいがちょうどいいので。」

・・・いや、そうでもなかったか。ここにいる人間は俺一人だ。

何か突っ込まれそうだから予め言っとくが、たとえ吸血鬼だろうが妖怪だろうが半人半霊だろうが鬼だろうが、『願い』だろうが、俺は人間だ。俺がそうだって言うんだから間違いない。

(全く。どうしてそこまで人間にこだわるのかしら。いいじゃない、吸血鬼で。私とお揃いの何処が不満なの?)

(そういう問題でもないのかー。)

(まあまあ。優夢なんだからしょうがないわ。ここは寛大な心でいましょう。)

(それに優夢さんが人間でもあるという事実は変わらない。あながち間違っているというわけではありませんよ。)

(くか~・・・。)

いい加減賑やかになった俺の『世界』。つーか萃香、いい加減起きれ。

思考は反れたが、ともかくここにいる人間は俺一人。ということは、この瘴気の中でも平気だってことだ。

ってことは、今日はここで野宿でも問題はないか?

いや、図的には幼い少女三人を野宿させるろくでなしにも見えるな。かといって真夜中の行軍をさせるのも酷い話だ。

どうしたもんかな。

俺がそうやって考えていると。

「なにぼさっとつったってんのよ、ななし!!おいてくわよ!!」

「あ、チルノちゃん一人で行っちゃダメ~!!」

チルノは勝手にスタコラ進み、大妖精がその後を追った。

・・・やれやれ、夜中の森は危ないんだが。

「行こう、ルーミア。」

「いいのかー?」

しょうがないだろ、あの二人を放っておくわけにもいかない。

「それもそーなのかー。」

そう言って、ルーミアは俺の後に着いてきた。

夜中の行軍は進む。





それがよかったのか、甚だ疑問だが。

というか、納得が行かなかった。チルノはただの考えなしだったはずだ。

それが何故。

「ほら、あたいのかんはただしかったわ!!」

「・・・何でこんな森の中に家があるんだ。」

先ほどよりも良い状況を生み出しているのか。俺には納得が行かなかった。

納得は行かないが、目の前に突きつけられた以上受け入れる以外の選択肢はなく。

「まあ、この際幸運だったと思うか。」

この家で――木と一体化した、やや小さめの――宿を借りることに決めた。





***************





この日は特に何もなかった。

運悪く魔法の森に迷い込む人間もいなかったし、からかって遊べる妖怪も現れなかった。

だからいつもどおり、三人でふざけあい、三人でご飯を食べ、そして三人で寝るはずだった。

その夜のことだ。



コンコンと、扉をノックする音が聞こえた気がした。

「? こんな時間に誰か来たのかな?」

「まさか。妖怪だってこんな時間じゃこの辺はうろつかないよ。」

「けど、外で動いてる気配がする。数は・・・2人だね。」

私とルナの言葉を、スターが否定した。スターがそう言うってことは、本当に外に誰かいるんだ。

だからといってどうするわけでもないけど。

こんな時間に外をうろついてるってことは、ろくな輩じゃないことは明白だ。扉を開ける気が起きるわけがない。

「どうする、サニー?」

「決まってるでしょ。無視よ無視。さっさと寝ましょ。」

私は二人にそう告げて自分のベッドへ向かった。

コンコン。無視。コココン。やっぱり無視。コンココンコンコンココンコン。無視ったら無視。

コンコン、コンコン、コココン、ココココ、シャバダバドゥビドゥバgggggggggggggggg

「ってどんなノックしたらそんな音になるのよ!?」

とても木のドアをノックしたとは思えない音に、私は思わず突っ込みを入れて扉を開けてしまった。



そして、私は見た。

「なによ、やっぱりいるんじゃない。」

「あ、サニーちゃん達の家だったんだ。こんばんわ。」

そこには、顔見知りの大妖精が一人と。



妖精の間で悪名高い『湖上の氷精』チルノがいた。



(ッッッッゲエエエェェェェ!!?)

絶叫が声に出なかったのは幸いだった。

ていうか何!?何でコイツがここにいるわけ!!?

氷の妖精チルノ。力はその辺りの大妖精レベルでは比較にもならないほど大きく、性格は単純で短気。

おまけに頭も非常によろしくなく、妖精の間では鼻つまみ者だ。いつも一緒にいる大妖精の気がしれない。

そんなやつが、何故か私達の家の前にいた。

ヤバイ。この状況は非常にマズイ。何とか理由をつけて追い返さないと!!

「へー、けっこうしゃれたいえね。いいわ、きょうはここにとまったげる。」

「いきなり何で!?」

私の内心の苦悩を粉々にするが如く、チルノは私達の家の中にずかずかと入っていった。しかもかなり聞き捨てならないこと言ってたし。

「急でごめんね。今日泊まらせてもらえるかな?」

「え、いや、えと・・・。」

かと思うと大妖精が律儀に許可を求めてきて、私は言葉に詰まった。

・・・あーもう、何なのよコイツら!!

「ゲッ、何で⑨がここにいんの!?」

「あー、珍しいねぇ。」

「いやいや、珍しいどころの騒ぎじゃないでしょこれ!」

「ふふん、こんなへんぴなとこのようせいまであたいをしってるとは!!」

後ろの方でルナとスターが湖上の氷精みかくにんせいぶつと第一種遭遇を果たしていた。

・・・どうやら、首を横に振るのはもう無理みたいだ。そんなことをしたらあの氷精が何をするかわかったもんじゃない。

「はぁ・・・、しょうがないわね。暴れないでよ?」

「あはは、何とか私が止めるよ。ありがとうね。」

大妖精はそう言って、後ろへ振り返り・・・?



「泊めてくれるそうですよー!!」

「そーなのかー。」

「助かったな。」

大妖精の呼びかけに、宵闇の妖怪と巫女服の人間が現れた。

・・・え?何?ツレ??

妖精+妖怪+人間。

おかしすぎる目の前に光景に、私は目を点にするしかなかった。





***************





見るからに妖精の家だったから、交渉は大妖精に任せた。チルノは勝手に着いていった。

チルノが勝手にずかずかと入っていったのにはやや肝を冷やしたが、大妖精は上手くやってくれたみたいだ。

俺とルーミアを見て、相手の妖精の娘が停止してたが。まあ、普通に考えたらおかしな組み合わせだな。何せ人間、妖怪、妖精の一団だもん。とりとめがなさすぎる。

けどすぐに慣れるだろ。別にそんなに驚くことでもないし。

そんなわけで、俺達は三人の妖精――三月精の家にお邪魔した。



んが。

「あのさ・・・いくらなんでも天井低すぎないか?」

妖精は小さい。チルノや大妖精、知り合いの妖精メイド達もそうだが、総じて1mもないぐらいだ。高くて80cmってとこだ。

そのためだろうけど、これはいくらなんでも低すぎる。1mぐらいしかない。

妖精であるチルノや大妖精、小柄なルーミアなら平気だろうけど、170cmを越える俺には少々キツい。

移動方法が匍匐前進というのが情けなかった。

「何?文句でもあるの?だったら出ていきなさいよ。」

現世復帰を果たした少女――太陽のような印象を受ける妖精・サニーミルクが、不機嫌に言ってきた。

不機嫌の理由はわからなくもない。誰だってこんな遅くに訪ねて来られたら、不快に思う。

「いや、文句はないんだけどさ。俺がスペース取りすぎだなって思ってさ。」

「そんなことなら気にしないでいいわよ。私らに迷惑さえかけなければ。」

どうやら場所を取ることは迷惑行為ではないらしい。

「悪いな。」

「別に気にしなくていいってば。変な人間。」

だから俺は普通だと。

「普通の人間は妖精の家に厄介になったりしないのかー。」

むっ。それもそうだ。

「じゃあ妖精の家に厄介になる普通の人間ってことで。」

「ならいいのかー。」

「いいの!?」

「何だかよくわからないけど、面白そうな連中だねー。」

突っ込みを入れる月の少女・ルナチャイルドと、ニコニコ笑う青い印象のスターサファイア。

三人組というところが、プラネ・アクア・ジストを彷彿とさせる。そういや、あいつら元気かな。

彼女らとはまた違った個性豊かな三月精は、仲が良さそうだと思った。

ってか当たり前だな。そうでなきゃ一緒に暮らしてるわけがない。

「とりあえず、あんた達には地下を貸してあげるわ。今日はそこで休みなさい。」

「助かるよ。ありがとう。」

素直に礼を言ったら、サニーは凄く変な顔をした。

「言っとくけど、地下には布団なんてないのよ?雑魚寝よ雑魚寝。」

「でも宿を貸してもらえるんだ。それだけで礼を言うには十分だろ?」

「・・・本当に変な人間。妖精妖怪とつるんでる時点でわかってたけど。」

まあそこは否めないけど。

でも、こうやって種族も価値観も性別も違う奴らが、一所に集まってわいわいやれる。それっていいことじゃないか。

性別・・?」

「みんな女でしょ。」

「あ~、あなたは男になりたいんだね。だから男言葉なんだ。」

・・・仕方ないけどさ。俺の努力ってなんなんだろ。

「そーいえば、ななしってなんでそんなしゃべりかたなの?」

チルノの言葉が止めだった。

俺は匍匐前進の姿勢のまま、がっくりと倒れ込んだ。

お前は・・・俺が男のときに・・・会っただろ・・・。

「ゆ、優夢さんしっかりしてください!!女の子でも似合ってますから!!

「そーなのだー!!優夢は女の方が似合ってるのだー!!

大妖精とルーミアの励ましの言葉は、追い討ちにしかならなかった。





まあそれでも、何とか復活して地下室まで潜った。

地下は地上部分に比べて高さがあった。物置になってるようだから、ある程度の容積が必要なんだろう。

その代わり、面積が狭かった。俺は確実に体を折り畳まなきゃならないし、ルーミア達も重ならなきゃ入りきらないだろう。

「あたいここー!!」

「だ、ダメだよチルノちゃん!!ちゃんとみんなで寝られるようにしないと!!」

チルノがどでんとど真ん中を取り、それを大妖精がたしなめる。

全く、どこでも変わらずマイペースな奴だ。ある意味大物だな。

俺もそういうところは見習わなきゃな。

「てーゐ!」

「へっ?ぎゃあああ、つぶれるー!」

俺は真ん中に陣取ったチルノの上にダイブした。俺の体重が重力加速度を伴って、チルノに襲いかかる。

結構ひんやりしてた。流石氷精。

「なにすんのよ!!」

「しょうがないだろ、場所がないんだから。ほらほら、お前たちも横になれよ。」

俺はチルノを両腕でがっちりホールドしながら、ルーミアと大妖精を呼んだ。

大妖精はちょっと迷っていた。

「わはー!!」

「げふぅ!?」

だがルーミアは遠慮なくチルノの上にのしかかった。潰れた蛙みたいな声を出すチルノ。

「なにすんのよこのまっくら!!」

「冷やっこいのかー。」

「あひゃひゃ、ちょ、くすぐったひゃひゃ!!」

「ほら、大妖精もそんなとこで突っ立ってないでさ。」

「あ、は、はい。」

ちょっと恥ずかしいのか、キョロキョロと周りを見る。そんなことしなくても誰もいないって。

「えーい!!」

「ぎゃー!?」「わはー!!」

ルーミアの上にさらに大妖精が乗っかった。

騒がしかったけど、楽しそうだった。ならこれはいいことだ。

俺はそうやって、戯れる少女達を一番下から眺めていた。

「・・・ちょっとななし。なんであんただけらくしてんのよ。」

と思ってたら、どうやら俺も巻き込まれるらしい。

「優夢の服の中に潜り込むッッッ!!のかー。」

「え、ちょ、おい待てルーミアッー!!」

俺の制止を聞かず、ルーミアは服の隙間からするりと入ってきた。当然居場所は胸の辺り。

「柔らか暖かいのかー。」

「んあ、ちょ、変なとこさわんな!!」

「あ、これ暖かいですね。」

「大妖精ー!?お前もか!!」

「ちょっとちょっと、あたいもなかまにいれなさい!!」

「びゃあああつめてええええ!!」

そんな感じで騒ぎ続けて。



誰とはなしに寝息を立て始め、やがて俺達は眠りについた。





***************





「皆寝た?」

「うん、動いてる人はいないね。」

「念のため姿隠してるし音も消してるから大丈夫だって。」

私達は今、地下室に通じるはしごの前にいた。

私がただ単に親切で泊めると思った?そんなわけないじゃない。それじゃ三月精の名折れだわ。

出会った者には悪戯を。住処にまでやってくるものには、更なる悪戯を。

それこそ私達三月精の信念なのだ!!

「準備はいい?」

「墨よし、筆よし。」

「あは~、起きたら何て言うかな~。」

ベタなところだが一番効果のある、寝顔に落書き。明日の反応を思い浮かべ、私達は一様にニヤニヤした。

さて、それじゃあ行こうか。

ギシ、ギシと小さな軋みを立てるはしご。けど、それは私達から離れれば聞こえなくなるはずだ。

ルナの『周りの音を消す程度の能力』。悪戯にはもってこいの能力だ。

たとえ音に気がついたとしても、私達の姿を見ることはできない。私の『光を屈折させる程度の能力』で、姿は消えている。

そして、あいつらが寝ていることはスターの『生き物の動きを捕捉する程度の能力』で確認済みだ。

万事抜かりなし。悪戯の準備は万端だ。

私達ははしごから降り、抜き足差し足で奴らに忍び寄った。

が。

「あ、あれ?こいつ一人だけ?」

そこにいたのは、巫女服を着た人間だけだった。他の奴らは影も形もない。

「どうなってるの?逃げたわけはないと思うけど。」

「うーん、けど何処にもいないよ?」

じゃあやっぱり逃げたんだろうか・・・。

そういえば、大妖精は瞬間移動が出来るタイプの妖精だったっけ?それを使って逃げた?

いやいや、理由がないじゃない。あの子、妖精のくせにやたらと素直な子だから。私達を疑って、なんて事あるはずがない。

じゃあ皆は何処に消え・・・。



そこでふと気付いた。巫女服の女の胸のところが――元々大きいが、さらに膨れていた。

しかも、形がゴツゴツしてる。こいつの胸がいくら大きいからって、あんな形にはならないはず。

私はある予感を覚え、女の胸元を開いてみた。

「・・・何でこんなところにいるのよ。」

そこには、大妖精と氷精と宵闇の妖怪が、仲良く眠っていた。皆が皆、巫女の胸元に抱きついていた。

その光景を見ていたら、何だか悪戯してやろうって気が失せてきた。何とまあ幸せそうな顔しちゃって。

「どうしようか。」

「どうするって、悪戯するんじゃなかったの?」

「そのつもりだったんだけどさ・・・。」

「まあ、これはねぇ。」

毒気を抜かれるというか何というか。侵すべからざる理想郷って感じなのよね。

だけどルナの言うとおり、ここで引き下がるのもやだ。私達は悪戯してこそなんだから。

何とか、この空気を壊さない悪戯はないものか・・・。



「・・・そういえばこの間、森の入り口の半妖の店で見た本で、『ツツモタセ』っていうのが載ってたんだけど。」

ふと、ルナがそんなことを口にした。

「『ツツモタセ』って何?」

「私も本でチョロッと見ただけだから、よくはわからないんだけど。」

「面白そうだね。聞かせて聞かせて。」

私達はルナの話を聞いた。

どうやら『ツツモタセ』とは、女が男を引っかける類の悪戯らしい。

「それがどうしたのよ。」

「いや、それならいいと思わない?」

「でも男の人がいないよー?」

「この人男みたいな性格してるから、ちょうどいいんじゃない?」

「ふーむ。面白そうね。よし、やるわよ!!」

『オー!!』

そうと決まったら即実行。

私達は力を合わせて、4人を地上の私達のベッドまで運んだ。





***************





ん・・・。朝日を感じ、意識が覚醒する。

あくびをして体を起こす。地下だった割には意外とよく寝れた・・・な?

地下?そういえば地下なのになんで太陽が差してるんだ?

眠い目をこすって周りを見ると、地下ではなく洋装の部屋だった?

・・・あれぇ?確かに昨日は地下で寝たよな。三人が俺の服の中に潜り込んできて・・・。

「・・・え゛?」

そこで気がついた。俺は一糸纏わぬ姿で、シーツの中にいた。

え、ええ、えええええ!?何ぞこれ!?

がばりと跳ね起き、下を確認する。



ドロワはいてない。



ま、ままm待て、落ち着け俺。そうだ、今は女じゃないか。相手がいないだろ!!

いやまさか実は男の妖精とかいて、俺が寝てる内にExtra Virgin Olive Oilロストとか!?嫌だ、そんなの嫌すぎる!!

そ、そうだ、端数を数えるんだ!!端数は一人前に満たない半端な数字、俺に勇気を与えてくれる・・・。

「って何の端数を数えりゃええねん!!」

パニックの余り自分のボケに声を荒げて突っ込みを入れる。

その声に反応したのか、布団の中からもぞもぞと這い出てくる者があった。

「なっ・・・。」

「ふぁ、おはよう。」



それは、俺と同じく一糸纏わぬサニーミルクだった。

俺の中で何かが凍り付いた。嫌な汗がダラダラと出てくる。

「何変な顔してるの?昨日はあんなにアイしあったのに。」





ゴシカァンと音を立てて、俺の中で凍ったナニカは、粉々に砕け散った。



「ソ、ソソンソレハ、オレガキミトセッ・・・」

「ヨカッタわよ。」

さらに別の方向からも追い討ちをかけられる。

見れば、薄いシーツ一枚を纏ったルナチャイルドが、コーヒーを片手に窓辺に座っていた。

そ、そんな馬鹿な。この俺が、童女二人を、そんなアホな・・・。

「ご飯できたよー!あらアナタ、起きてらしたの?」

「・・・ウゾダドンドコドーン!!」

裸エプロンで現れたスターサファイアに、俺は絶叫するしかなかった。

「わはー、朝から賑やかなのかー。」

「きゃあ!?何で私裸なんですかぁ!?」

「ふふん、はだかでねてもかぜひかないあたいはやっぱりさいきょーねっくち!!」

そして次々シーツの中から現れる裸の幼女達。は、ははは・・・。

俺は無言で紅い槍を形成し、自分の心臓に向けた。

「ぇえ!!ちょっと優夢さんなにやってるんですか!?」

「止めてくれるな大妖精!!こうなったら死んで詫びるしかッ!!」

「女の子同士で何かあったりするはずないじゃないですか!!」

「くっっっっっそぉーーーーーー!!!!」

大妖精の正論は止めにしかならなかった。絶望した!男なのに女にしか見られない世界に絶望した!!

「早まった真似はやめるのかー!誰が私の責任を取るのかー!」

「ルーミアちゃんやめてーーー!!」

「ブルアアアァァァァァ!!」

「ねー、あたいおなかすいたんだけど。ごはんまだー?」

カオスが形成されていた。

「これは、悪戯は成功・・・でいいのかな?」

「私に聞かないでよ、リーダー。」

「面白いからいいんじゃない?」

そんなわけで、三月精の言葉が俺達に届くことはなかった。



後でただの悪戯だったと聞いたときは、本当に安心した。

良かった、ユリコンじゃなくて・・・。





流石に反省したのか、それとも元々ご飯時に悪戯をするほどの節操なしでもなかったのか、朝食は実に平和なものだった。

朝食を摂ってすぐ、俺達は三月精の家をお暇することにした。

「あ、もう行っちゃうんだ。」

「ああ、人さがしの最中だったからな。」

「魔法の森に?」

ああいや、魔法の森に入ったのは主にチルノのせいだが。

「ふーん?それにしても災難ね、その捜され人。1日ほっぽっとかれたわけでしょ?」

まあな。けど、あいつはその程度でどうにかなるタマじゃない。

「変な人間だと思ったけど、周りの人間も変なのね。」

「否めないが、俺は普通だ。」

「はいはい。」

軽くあしらわれた。ひでぇ。

「けどどうやって帰る気?言っとくけど案内はしないわよ。」

俺もそこまでお世話になる気はない。流石に心苦しい。

まあ、何とか抜け出すさ。

「ふーん。飛べないと大変ね。」

「へ?飛べない?」

「だってそうなんでしょ?飛べば視界も開けるし、地上を歩くよりもずっと楽なのにそうしないんだから。」

・・・あ。

「ひょっとして、忘れてたとか。」

いや~、ははは・・・。

ほ、ほら!俺ってば普通の人間だから、空を使うなんて思わないんだよ!!

そう言ったら、サニーミルクは軽く呆れた表情を見せた。

納得は行かなかったが、おかげで帰り道の目処が立った。俺はルナチャイルドとスターサファイアと戯れているルーミア、チルノ、大妖精を呼び集めた。

「じゃあな、また来るよ。」

「本当に変な人間。わざわざ妖精の家に遊びに来るなんて。」

それはそうなのかもな。

けど、せっかく知り合えたのにこれで終わりってのも、勿体ない話だろ?

「よくわかんないけど。まあ悪戯される覚悟があるならきなさい。」

「今度はもっと驚くような罠を仕掛けておいてあげるわ。」

「悪戯を宣告するっていうのもどうかと思うけど、そういうことだから。」

三人それぞれの言葉に、俺は苦笑した。

「悪戯はともかく、ご飯美味しかったのかー。」

「あたいをわなにかけようたってそうはいかないわよ!!」

「サニーちゃんもルナちゃんもスターちゃんも、元気でね。」

三月精と随分仲良くなった俺の道連れ。そうだな、次も皆で来よう。

「じゃあな。また会おう。」

俺は別れの挨拶を告げ、扉に手をかけ。





開いた俺の目に飛び込んで来たのは、無数の弾幕だった。

・・・は?





+++この物語は、幻想と小さな旅の連れが三人の星の妖精にお世話になる、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



引率の保母さん:名無優夢

ポジションはまさにそんな感じ。早く男に戻りたい。巫女服で飛び出してきたことを後悔してる。

相手が妖精だろうが妖怪だろうが、一個人として尊重する程度の能力。

今回はジョークですんだが、いつか本当に掘られてもおかしくない。

能力:あまねく願いを肯定する程度の能力

スペルカード:思符『信念一閃』、魔槍『ランス・ザ・ゲイボルク』、人符『現世斬』、想符『陰陽七変化』など



明るく聡明な太陽の精:サニーミルク

くったくなく笑う三月精のリーダー。名前がエロい。

妖精にしては頭も回るが、悪戯が好きで嗜好が子供。妖精らしい妖精。

作者が東方三月精読んだことないので、原作とは違う性格。のはず。

能力:光の屈折を操る程度の能力

スペルカード:なし



妖しい月の妖精:ルナチャイルド

三月精の冷静担当。妖精らしくない妖精。

子供故か残酷であり、反面コーヒーを嗜むなど他の妖精に見られない大人な面を持つ。

それでも三月精やってるのは、他の二人が好きだからである。

能力:周りの音を消す程度の能力

スペルカード:なし



揺らめき惑う恒精:スターサファイア

三月精唯一の黒髪。醤油顔。

ゆらゆらと捉え所のない性格をしているが、本人はどっしり構えてるつもり。

悪戯は好きだが、人が良いため成功したことはない。

能力:生き物の動きを捕捉する程度の能力

スペルカード:なし



→To Be Continued...



[24989] 二・五章十三話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:13
あ、ありのまま前回のあらすじを話すぜ・・・。

『俺は三月精の家から出ようとしたら弾幕に包囲されていた。』

な、何を言ってるのかわからねーと思うが俺にもわからなかった。

頭がどうにかなりそうだった・・・。理不尽だとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。

もっと恐ろしいものの片鱗を今まさに味わってるぜ・・・。

ちなみにこの思考の間、経過した時間はわずか0.05秒だ。我ながら無意味に頭を回転させてる。

「っっっく!!」

それだけどうでもいいことを考えられるだけの冷静さは持っていたというわけで、俺はスペルカードの宣言なしに一つのスペルを使った。

境符『四重障壁』!!

呼応し、俺の体から弾幕が発射され融合し、4枚の隙間ない壁を形成する。

りゅか――つまり紫さんのスペル・境符『四重結界』の劣化スペルだ。

本来なら全方位に4枚の強固な結界を張るスペルだが、俺には前方だけが限界。形としては陰体のときにやってる弾幕盾の強化版だな。

けれど、守りになら自信のある俺だ。前方からの弾幕の嵐を、弾幕障壁によって防ぐ。

「ちょ、ちょっと何!?いきなり何なのよ!!」

突然の出来事に言葉を失っていたサニーが、我に返って問いかけてきた。

「わからんけど、絶対俺より前に出るなよ!!」

「出ないわよ!死ぬわそんなの!!」

「にしても容赦のない弾幕ね。向こうが見えないわ。」

「妖怪かな?」

「・・・ガタガタガタガタ・・・」

「あれ?ルーミアさむいの?あたいはぜんぜんへっちゃらだよ!!」

「そうじゃないと思うけど・・・本当に顔色が悪いよ。大丈夫?」

ルーミアの様子がおかしい。まるでこの弾幕に怯えているような・・・。

俺はそこで、この弾幕を構成しているものが何なのか気付いた。

お札。針。霊力弾。

いつも面倒くさがって全力を出さないあいつらしくない弾幕の嵐だが、こんな弾幕を放つのは一人しかいない。

弾幕が止む。土煙のために向こうは見えないが。



「いきなり何の真似だ、霊夢!!」



俺はその人物の名を叫んだ。

ややあって、土煙が晴れて向こうが見えるようになる。

そこには俺の想像通りの人物がいた。



が、俺はその顔を見て、引き締めた気が明後日の方向にすっ飛んで行くように感じた。

「・・・寝不足?」

「誰のせいよ。」

いや、知らんがな。

ともかくそこには、見慣れた博麗の巫女が立っていた。

目の下に大きなクマをたたえて。

・・・しまらん。





***************





プラネタリアは確かに優秀だった。

大地に問いかけ、優夢さんが向かった方向を知り、私を案内してくれた。迷いなく、正確に。

だが、それは正確過ぎたとも言える。

プラネタリアが大地から聞き出した道は、やたらと曲がりくねっていた。恐らくは、優夢さんが辿った道を正確に聞き出したのだろう。その結果、無用に時間がかかってしまった。

時間がかかった要因はもう一つ。プラネタリアは大地と対話するということだ。

それはつまり、大地に立たなければ対話が出来ないということ。必然、私達の移動方法は徒歩に限定される。

だが他に道はないし、これが一番手っとり早くて楽な方法だと思ったから、大人しく従った。



が、まさか魔法の森に入るとは思わなかった。

いつもは空を飛んで通り過ぎるだけの迷いの森は、歩きでは実に大変だった。

暗くなっても視界を開かせるアメジストがいたので、道を踏み外したりすることはなかったが、それでも足場が悪く移動は困難だった。

優夢さんは本当にこんなところに来たんだろうか?疑問に思ったが、プラネタリアはこっちだと自信を持って歩いた。



そのうちに夜が明けた。私は眠気が限界に達し、イライラのピークはとっくにぶっちぎっていた。

笑いすら漏れてくるわ。うふふふふふふふふ・・・。

「・・・後ろが怖いんだけど。」

「振り向かない方が身のためです。」

「けど、流石に眠いわ・・・ふわあぁ。」

三人の妖精も眠たそうにしていたが、元気は有り余ってそうだ。今はその元気さえねたましい。



そして、森の中に木と一体化した家の前にたどり着いた。

「優夢さんはあの中だって。」

プラネタリアが教えてくれた。

そう、優夢さんはあの中にいるのね・・・。

私が夜通し足場の悪い森の中を歩いて、アクアマリンの湿度で喉を潤してる間、優夢さんはあの家でくつろいでたのね。

許すまじ。

「え、ちょっと霊夢さん?何する気!?」

「何お札と針構えてんのこの人!?」

「どう考えても逃げた方がいいです。」

険を察知し私から離れる三妖精。それを確認せず、私は弾幕を放った。

着弾。轟音と土煙が上がる。

しかし私はそれでも飽きたらず、次々にお札を、針を、霊弾を放った。

土煙は既に木を隠すほどに立ち上っていた。そこに至り私はようやく弾幕を止めた。

この程度でどうにかなるような人じゃないことはわかってる。私は彼が出てくるのを待った。

今のは単なる挨拶代わりだ。人が寝る間を惜しんで探してたのに、ゆっくりしていった優夢さんへ恨みを込めての。

「いきなり何の真似だ、霊夢!!」

今の弾幕で気付いたか、優夢さんの声が私の名を呼んだ。

やがて土煙が晴れ、険しい顔をした優夢さんと、同行していたと思われるルーミア、チルノ、大妖精、それから家の持ち主と思われる三人の妖精が現れた。

優夢さんは脱力したような表情になり。

「・・・寝不足?」

「誰のせいよ。」

若干の怒りを込めて返した。ああ腹の立つ。

「それはともかく、人の家に弾幕をぶち込むな。俺が防がなかったら壊れてたぞ。」

「そんときゃそんときよ。」

「な、何で博麗の巫女がうちに攻撃してくんのよ!!」

「今までの悪戯のせいかな?」

「博麗の巫女に直接悪戯したことはないと思うけど・・・。」

別にあんた達に恨みがあるわけじゃないわ。

「あー、あんた達三月精じゃない!!」

「おや、どこかで見た顔だと思ったら。」

どうやらあの妖精はプラネタリアとアクアマリンの知り合いのようだ。

「え、何?知り合いなの?」

アメジストは違ったらしい。まあ、こっちの二人は古参で、こいつは新人らしいからね。

「何だ、悪魔の館でお手伝いなんかやってる酔狂メイドじゃない。博麗の巫女なんか連れてきてなんのつもり?」

なんかとは失礼ね。退治するわよ?

「まーまー。あたしら、っていうか霊夢さんが用があるのはそっちの巫女メイドさんだよ。」

「いや待てプラネ。何だその巫女メイドって。」

「言い得て妙です。」

「アクアまで!?」

いいじゃない。実際巫女姿でメイドやったことあるんだから。

優夢さんはズーンと沈んだ。

「何でこうさ、俺は男だっつってんのに、皆して俺を女に仕立てようとするんだよ。いいじゃん男で。何かまずいかよ。」

「女だったじゃない。ちゃんと隅から隅まで見たわよ。」

あら、昨晩はお楽しみだったのね。手の早いこと。

「違う!!見られたけど違う!!色々違うッッッ!!!!」

「そうよ!!優夢は男じゃないといけないのよ、色々と!!」

思わぬところからの援護射撃。まあ、アメジストとしては優夢さんが男の方が都合がいいのかもね。

「ジスト、大好きだ!!」

「だッッッ!?」

ノリがおかしくなった優夢さんの言葉で、アメジストの顔が見る見る赤くなっていく。頭から蒸気すら吹き出し。

「キュ~・・・。」

「あらら、気絶しちゃった。」

「手のかかる後輩です。サニー、ベッド借ります。」

「ちょ!?許可を取るとかないの!?」

「この二人には言うだけ無駄でしょ。」

「まともに見えて実はぶっ飛んでるからね~。」

気絶したアメジストを抱え、プラネタリアとアクアマリンは相手の妖精の家へと入っていった。

その後を家主達が、抗議、諦念、傍観それぞれの姿勢でぞろぞろついていった。

バタンと扉が閉められ、後には件の当事者たちが残る。

・・・妖精二人は知らないけど、あっちで怯えてる宵闇の妖怪は私に用事があるだろうしね。

さてと。緩んだ気を一旦引き締める。そうでもしないとこの場で寝そうだった。

「で、何であんな真似したんだ?」

「私のことを探してたくせにしっぽりやってたからよ、色男さん。」

いや、この場合色女か。

「だから違う!!ただの悪戯だったんだよ!!」

「悪戯でやっちゃうのね。とんだプレイガールだわ。」

「そういう意味じゃねえ!!そして男だと言ってる!!」

ま、その辺はどうでもいいわ。

「それよりも優夢さん。あなた、この騒動の犯人を知ってるらしいわね。」

「ん?霊夢もパチュリーさん達と同じクチなのか?」

「その片割れに聞いたのよ。今回の騒動の犯人は『鬼』なんですって?」

「ああ、そうだよ。」

さらりと言う優夢さん。

普段だったらバカバカしいの一言で切り捨てるけど、優夢さんの場合そうとも言い切れない。

何せ非常識を常識と言い張る程度の優夢さんだ。私達の予想の斜め上どころか真後ろをぶっちぎる天然さん(自覚なし)だ。

結局、私にはそれが真実であるかどうか判断する材料はなく、やはり勘頼りになる。そしてその勘は、優夢さんの発言は真実だと言ってる。

けど、納得がいかないこともある。

「何で優夢さんがそんなことを知ってるのかしら。そもそも幻想郷に鬼はいないはずよ。」

「え?そうなのか?」

「そーなのだー。ガタガタ・・・。」

「鬼、ですか?私も見たことないですね。」

「おになんているわけないじゃない。あんたばかね!おばかさんね!!」

優夢さんの連れも、反応は懐疑的だ。こんな与多話、疑って当然。

だけど私は疑っていなかった。

「問題はそこじゃなくて、何で優夢さんがそのことを知ってるのか、よ。ひょっとして、何か企んでるのかしら?」

だとしたら、博麗の巫女として優夢さんを退治しなきゃいけないけど。

「いや別に何も企んじゃいないけど・・・。ってか、そっちの用件ばっかりじゃなくてこっちの話も聞けよ。」

と、そうだった。優夢さんも私を探していたんだった。

「でも今はこっちの方が優先よ。話をそらすなんて怪しいわね。」

「何でそーなる。事情は説明してやるから、まずはルーミアに謝れ。」

「だが断るわ。」

「何で!?」

私は博麗の巫女なのよ?妖怪を退治するのが当然。

なのにそれを謝れだなんて、筋が通ってないわ。

「屁理屈だろ!」

「正当な理由だわ。さ、さっさと説明して。」

「まず謝れ!!」

「断る!!」

「謝れッッッ!!」

「断るッッッ!!!!」

お互い譲らず、謝れ断るを連呼し続けた。

埒があかなかった。

「・・・いいわ。」

お互いの息が切れてくる頃に、私は考えを変えた。

なるたけ穏便に済ませようと思ったけど、優夢さんがこうも頑固なら、私が取る手はただ一つしかない。

私がお札と針を構えると、優夢さんは体を緊張させ身構えた。

「そうよ、初めっからこうすればよかったのよ。留守番頼んだのにこんなとこまで遊びに来る聞かん坊には、お仕置きが必要だもの。」

「・・・それは何処の誰のせいだろうな。いいさ、こうなったら力ずくで謝ってもらうぞ!!」

狼狽なく優夢さんは啖呵を切った。

それに追従するように、ルーミアが優夢さんの背に乗り、チルノと大妖精が互いに手を取り構えた。

4対1。ちょうどいいハンデかしら。

「優夢さんがどれくらい強くなったか。見せてもらうわよ。」

「期待に沿えるかはわからんけどな!!」

「優夢と一緒なら霊夢にだって負けないのかー!!」

「あたいってばさいきょーね!!」

「あんまり突っ走っちゃダメだよ。」





こうして、一見多勢に無勢な、しかし真実は全く逆の戦いが始まった。

さあ、退治してやるわ!!





***************





さて、4対1だ。卑怯にも見えるだろうが、実際はそうではない。

こうでもしなければ、俺達レベルが霊夢に勝つなど万に一つどころか億に一つもない。

勘だけでこちらの攻撃を完全にかわす相手にどうやって勝てと。事実、魔理沙との勝率は3割程なのに対し、霊夢には一度も勝てたことがない。

魔理沙でも勝ったことがあるかも怪しい。ひょっとしたら、今まで負けたことなんてないんじゃなかろうか。

それほどの能力を持つのが霊夢だ。チートと言っていいだろう。

だからこその4対1。いや、これでも勝てるかどうか怪しい。

わかりやすく言えば、裏ボス対序盤のザコ1グループ。勝負になるはずもない。

まともにやったなら。

そう、俺は端っからまともな勝負をする気がなかった。真っ向勝負?死ぬわ。

戦術をもって霊夢の虚を突き、落とす。俺たちに許された手段はそれだけだ。

「皆、俺より前に出るな!!」

俺は声を大にして皆に告げた。視界の中では霊夢がお札と針を手に突っ込んできている。

鬼巫女まんまだ。そんな感想を抱きつつ、俺はスペルカードを取り出し、今度は正式に宣言した。

境符『四重障壁』!!

現れる光の四枚盾。それを見て霊夢は動きを止めた。

「結界術?いつの間に覚えたのかしら。」

「さあて、いつだろうね。」

「紫の『願い』を取り込んでからでしょ?」

バレバレでした。

「頑丈そうな盾ね。けど前方だけってのはどうなのかしら?」

言いながら霊夢は、迂回するようにお札を放った。前方だけの障壁の横を抜け、それは俺達に迫ろうとする。

だがそう上手くいかないぜ!!

「でえい!!」

ぶんと腕を回す。するとそれに引っ張られるように、盾はお札の進行方向を阻む。

分厚い四枚の盾に遮られ、お札は役割を果たせず弾け飛んだ。

「忘れちゃいけないぜ。俺の弾幕の性質。」

「・・・なるほど、形は変わってても優夢さんの弾幕ってことね。」

ご明察。こいつは『ランス・ザ・ゲイボルク』と同様、形状変化を施した弾幕だ。

『槍』に比べて『盾』は精密さが少ない。だから、高速機動とはいかないまでもある程度の操作が可能だ。

「知ってるか?敵を後ろにさえやらなければ、全体バリアより前方バリアの方が長持ちもするし使い勝手がいいんだぜ。」

個人的にはローリングバリアに憧れたりするが。

「知らないわよそんなの。ところで、これで私の攻撃を封じたなんて思ったりしてないわよね?」

まさか。そんなことあるはずがない。

こいつ相手に慢心したら、その隙に『夢想封印』喰らうのがオチだ。

「単なる時間稼ぎだよ。」

俺の言葉に、霊夢が怪訝な顔をする。さあ、見るがいい。これが俺の戦略だ。

「ルーミア!」

「わはー!?」

「チルノ!」

「なによ!!」

「大妖精!」

「は、はい!!」



「全力後退ッ!!」



『・・・は?』

全員の目が点になったが、俺は既に駆け出していた。

チルノと大妖精を小脇にひっつかみ、壁をそのままにケツまくって全力逃走だ。

「あ、ちょ!こら、待ちなさい!!」

一瞬驚いていた霊夢はすぐに我に返り、俺を追おうとした。

その行く手を俺の作った壁が遮る。

「この、邪魔くさい!!」

霊夢は手にしたお札と針を乱舞した。一枚一枚は鉄板程度の強度しか持たない障壁だが、四枚もあればある程度の時間は稼げる。

その隙に俺達は森に身を隠すって寸法だ。

「こんの・・・卑怯者ォー!!」

早速一枚破られたが、そのとき既に俺達は森の木々に身を投じていた。

何とでも呼ぶがいいさ、俺には消えない名前があるから。

「その名前は霊夢がつけたんじゃなかったのかー?」

そういえばそうだった。





***************





まさかそんな手段で来るとは思ってもみなかったわ。

けど考えてみればありうる話だ。ここは森の中。隠れる場所ならたくさんある。優夢さんみたいに策をめぐらすタイプなら使わないこともない。

それに奇襲は優夢さんの十八番だ。見えない弾幕、気配隠蔽。敵の不意を突くにはもってこいの技術だもの。

だけど、私も甘く見られたものね。奇襲なら勝てるとでも思ったのかしら。

横方から氷の弾幕が飛んできた。私はそれを一瞥することもなく、体を軽くずらすことでかわした。

今度は後方から赤い妖力弾。軽く飛ぶことで回避する。

前方から、後方から。弾幕が断続的に飛んできた。それら全てを、見る見ないにかかわらず回避しつづけた。

私の勘は、たとえ寝不足だろうがそう簡単に外れはしない。それは優夢さんもわかってるだろうに。

ひょっとしたら、何とかなるかもという淡い期待でも持ってたのかしら。だとしたらまだまだね。

私は弾幕が飛んできた方にそれぞれお札を放った。追尾能力を持つその弾幕は、たとえ見えなくても居場所を割り出し叩き落す。

だが、いつまで経っても当たった感触がない。・・・優夢さんの弾幕に叩き落されたか。

千日手ね。相手の攻撃は私には当たらない。けれど私の攻撃も届く前に叩き落される。

これじゃいつまでも決着がつかないわ。優夢さんは何のためにこんな作戦を取ったのかしら。これなら優夢さんが単独で出てきた方が勝率はあるはず。

・・・と、ちょっと今意識が飛びかけたわね。眠い眠い。

ああ、そういうこと。要するにこれも時間稼ぎで、私の眠気が限界突破するのを待ってるわけね。何て小狡い手。

なめられたものだわ。そんな小細工で私をどうにかできると思うなんて。

この程度の木で、本当に私から身を隠しきれると思ったの?

私は片手に封魔針を持ち、一枚のスペルカードを取り出した。

針を五方に放ち、宣言する。

夢符『封魔陣』。

同時、針が封魔の結界を発動し、瘴気を帯びた魔法の木々を吹き飛ばす。

すると、木々に隠れていた二人の妖精の姿が露になった。

「ゲッ!?みつかっちゃったわ大ちゃん!!」

「ど、どうしようチルノちゃん!!」

「逃げても無駄よ。すぐに追いついてやるから。」

「ふん!!はじめっからあたいはかくれるひつようなんかなかったのよ、あたいがたいじしてやるわ!!」

・・・へぇ、妖精程度がこの私を退治する、ねえ。随分と大きく出たわね。

「なにがおかしいのよ!!」

「ちゃんちゃらおかしいわよ。妖精が博麗の巫女を退治する?とんだ妄言だわ。」

「むっかーーー!!大ちゃん、あれいくよ!!」

「え、あ、う、うん!!」

チルノと大妖精が一箇所に固まり、ともにスペルカードを取り出す。・・・大妖精はスペルカードなんて持ってなかったわよね?

私の疑問は、同時に宣言されたスペルによって解消された。

雪花『ダイヤモンドダスト』!!

協力スペカか。いつぞやの騒霊三姉妹を彷彿とさせるわね。

この二人、力の相性がいいらしい。このスペルは大妖精がチルノに力を供給するタイプらしいけど、妖力が加算ではなく乗算で増えるのがわかった。

チルノが作り出す氷のサイズが、普段の何倍も大きくなった。それを一斉に砕く。

私に向かって無数の氷塊が襲い掛かってきた。

「へっへーんだ!!あたいらのさいきょーわざでおちなさい!!」

「ご、ごめんなさい!!」

なるほど、確かに今まで見てきたスペルと比べれば、力は大きいわね。

でもそれだけ、私を落とすには至らない。

私は氷塊と氷塊のわずかな隙間を見つけ出し、かするかかすらないかすれすれの回避を続けた。

「え、ええ!?なんでよけられるの!?」

「私が博麗の巫女だからよ。」

言って、チルノに封魔針を、大妖精にお札を投げつける。

大妖精は慌てて瞬間移動するが、ホーミングアミュレットは正確に位置を察知し追尾した。

チルノは再び巨大な氷塊を出現させたが、それごと私の結界が飲み込む。

結果。

「⑨~☆」

「あううぅ~☆」

二人とも落ちた。これでまずは二人。

「ふふふ、この程度で私をどうにかできるなんて思わないことね、優夢さん。」

私はざっざっと足元の土を踏みしめ、次なる標的へ向けて歩き出した。





***************





チルノと大妖精が落とされたみたいだ。だからあれほど近寄りすぎるなって言ったのに。

霊夢の勘は生半可なものではない。『影の薄い操気弾』でさえ、奇襲にならないのだ。

たとえ死角からの不意打ちアンブッシュを仕掛けたところで、かわされるのがオチだ。

だから、この作戦さえも次の作戦を考えるまでの時間稼ぎだ。そのためにチルノたちには出来る限り遠距離から牽制を仕掛けてもらってたんだが。

「これじゃ、俺達が見つかるのも時間の問題か・・・。」

「あううぅぅぅ、ガタガタガタガタ。」

俺の背中でルーミアが恐怖に震える。仕方ないことだ、何せルーミアはあの鬼巫女に落とされたんだから。

なおのこと早く次なる作戦を考えなければ。

俺達のアドバンテージをまとめよう。

まず俺達は現在『隠れている』ということだ。つまり、見つかるまでは攻撃されないということ。

霊夢はホーミング弾幕を使うからそれでも攻撃することは出来るけど、その程度なら女状態の俺の弾幕でも防ぐことができる。

問題なのはどちらかというと、その軌道で俺達の位置を割り出されないかということだ。それを防ぐために、各所に弾幕を潜ませている。

それでも完璧ではない。用心するに越したことはない。

次に、霊夢が本調子ではないということ。いくら霊夢だって人間だ、眠気がたまれば寝る。

寝起きの霊夢は非常に危険度が高いが、眠っている霊夢ならこちらが攻撃されることはない。

あとどれぐらいで寝るかはわからないが、夜通し森を歩いたと言っていた。咲夜さんの例で考えると、そう長くはもたないはず。

その間俺達が落とされずにすむかどうかというのが問題か。・・・厳しいかもな。

そして最大のアドバンテージは、俺達が二人だということ。それも背負ってるのがルーミアだ・・・・・ということだ。

上手くいけば裏をかけるかも知れないが・・・五分五分、いやもっと低い成功確率だ。

果たして上手くやれるかどうか・・・。俺と『ルーミア』次第だな。

全く、お前にはいつも世話をかけるな。

(気にするなー。)

ありがと。

結局、俺が取れる作戦は一つか。

「ルーミア。作戦決めたぞ。」

「・・・どんなのかー?」

そして俺は手筈を話した。





周囲に張り巡らせた操気弾を集中させる。当然、霊夢は俺の位置に気付き。

俺は霊夢と対峙した。

「宵闇の妖怪はどうしたのかしら?」

そう、俺一人だ。

「ルーミアはお前が怖いみたいだからな。安全なところに避難してもらった。」

「あら、そう。やっと腹を括ったのね。」

「ああ、霊夢を負かす覚悟が決まったよ。」

「大きく出たわね。優夢さんが私に勝てたことってあったっけ?」

「お前らしくないな。前例がないからこれからもないなんて誰が決めた?」

「それもそうね。でも、私が油断しない限りそれは難しいんじゃない?」

「抜かせ。油断してても勝てた覚えがねえよ。」

「そうだったっけ。威張って言うことじゃないわよ。」

「まあな。」

軽口の応酬。つまり、これから本気で戦うということを示している。

戦わなければ勝つことはできない。結局それは、どんなに望まずとも不変なのかもしれないな。

俺が操気弾を自分の周りに集め、霊夢が手にお札と針、そして空中に陰陽玉を構える。

「もう一回決めておこうか。俺が勝ったら、お前はちゃんとルーミアに謝る。この際だから迷惑かけた全員に謝っとけ。」

「私は迷惑かけた覚えなんかないわ、素敵な巫女だもの。私が勝ったら、ちゃんとこの事件について説明しなさい。」

ぬけぬけと。だがまあ、俺に勝てたら。俺の策を破れたら、説明してやるよ。

もっとも、俺は勝っても最終的には説明してやるつもりだけど。

ああ、これなら初めっから全部説明しておきゃよかった。後悔先に立たずとも言うが。

「それじゃあ始めましょうか。」

「ああ、始めようか。」





『最高に楽しい弾幕ごっこを!!!!』





***************





今更になって優夢さんが真っ向勝負を挑んできたのには、何か理由があるんでしょう。

恐らくは、それが作戦なのか。考えられるものとしては、私の注意を引いて宵闇の妖怪が不意打ちをしかける。

そんなとこかしら。優夢さんのことだから、私の予想の斜め上を行く何かを考えてるかもしれないけど。

けど、何が来ようと知ったことじゃない。来たらかわせばいいのだ。私の勘に従って。

優夢さんの弾幕が、私を包囲する。一つ一つ正確に操作されるそれは、私を追尾し、あるものは進路を塞いだ。

だけどさっきの壁みたいなのでもない限り、それが私の進行を妨げることはない。この程度だったら体の傾きを変えるだけで回避できる。

お返しに針とお札を投げつける。針はかわされ、お札は弾幕に打ち落とされた。

さすがにもう弾幕の強度を見誤ることはしないか。男性時には針でも落とされるけど。

まあともかく、私は優夢さんの弾幕をかわし続け、優夢さんは私の弾幕を打ち落とし続けている。これがいつもの私達の弾幕ごっこ。

ここで私がペースを上げると、優夢さんがいっぱいいっぱいになってスペルカードを使ってくれるんだけど。

「くっ!!」

それもいつも通り。優夢さんは霊力弾も加わった私の攻撃をかわしきれなくなり、一枚のスペルカードを取り出した。

月符『ムーンライトレイ』!!

宵闇の妖怪のスペル。私の中で何かが引っかかった。

別にこのスペルが珍しいわけじゃない。優夢さんは結構頻繁にこのスペルを使っている。

問題なのは、何故『ルーミアに謝らせることが目的』の戦いでこのスペルを使ったのかということ。何となくだけど、優夢さんならあえて外しそうな気がするけど。

そして、やはり私の勘は正しかった。

それが合図だったのか、木々の茂みからルーミアが現れた。その手にスペルカードを持って。

スペルは優夢さんと同じく。

月符『ムーンライトレイ』!!

私を挟む形で現れたルーミアは、優夢さんと同時にレーザーを放った。

レーザー同士がぶつかり合い、火花のように細かな弾幕を散らした。その数は尋常ではない。

それらが一斉に、内側にいる私に襲い掛かってくる。

「なるほど。既存のスペルカードを重ね合わせることで新しいスペルを生み出したのね。」

「そういうこと!!」

さっきの妖精コンビといい。協力スペカ流行ってるのかしら?

とても低級妖怪のスペルとは思えない難易度だった。不規則で不一定の速度で飛んでくる弾幕は、感覚が錯覚を起こしかわし辛いものだった。

並大抵の奴ならかわしきることは到底無理でしょう。

けど残念ながら、私は並大抵でもなければ大人しく喰らってやるほどのお人よしでもない。

私は一枚スペルカードを取り出し、宣言した。

霊符『夢想封印』!!

ホーミングの性質を持つ霊弾を、ルーミアめがけて解き放つ。

突然のことに反応できず、ルーミアは七色の霊弾を受けて――





爆ぜた。

・・・は?



あるいは、私が本調子なら気付いていただろうか。

そのルーミアからは、優夢さんの霊力が感じられたことに。



「今だ、ルーミア!!」

『わはー!!』

爆ぜたルーミアが再構成し、また一人別のルーミアが現れる。これは!?

三人は、同じスペルカードを構え。



『三月『ムーンライトマーチ』!!』



今度は、六本のレーザーが私を取り囲んだ。

縦、横、斜めと方向を変えるそのレーザーは、前後左右上下全ての方向から私に向かって弾幕を吐き出した。

そこで私は、全てのやる気をなくした。

「・・・寝るわ。」

私は自分から弾幕に突っ込みながら、眠気に身を委ねたのだった。





***************





・・・今、霊夢自分から弾幕喰らわなかったか?相当眠かったんだな。

「霊夢に勝てたのかー・・・。」

「私達凄いのかー!!」

「やったのかー!!」「やったのだー!!」

俺の周りでハシャギ回る二人・・のルーミア。そう、今この場に、確かにルーミアは二人いる。

もっとも、一人は俺の『半霊』をベースにしたルーミアの『願い』だが。



妖夢の『願い』を取り込んだことで、俺は半人半霊でもあるようになった。もっとも、妖夢みたいにいつでも半霊を出してるわけじゃないけど。

最近出来るようになったんだが、魂を一部分離して半人半霊になれる。今回はそれを使わせてもらった。

妖夢のスペルカードに魂符『幽明の苦輪』というのがある。半霊に自分の姿をかたどらせるスペルだ。

それが俺に適用されると、少々事情が違ってくる。

妖夢が半霊に自分の姿をかたどらせるのは、妖夢が妖夢であるからだ。逆に言えば妖夢でしかありえないからだ。

だが俺は?俺はそうじゃない。俺は俺でありながら、60億の願いの結晶。つまり、『願い』の数だけ俺は存在を持っていることになる。

ということは、半霊に取らせる形・力も一通りではない。そう思って研究していた。

それが実を結んだのがこのスペル、現象シリーズだ。シリーズとは言っても、実際はまだ一枚だが。

現象『闇色能天気』。半霊にルーミアをかたどらせ、その力を持たせる。というかルーミアの『願い』そのものを召喚する。

ちなみに成功率は今のところ3割未満。『願い』を現実に『肯定する』ってのは、意外と難しいみたいだ。

この分だと全員を出してあげられるのはまだまだ先になりそうだが。ま、気長にやるさ。

ともかく、そういうわけだ。

最初に霊夢が攻撃したのは、俺の半霊。当然ダメージになるわけがない。

そして、その隙にもう一人――本物のルーミアが出てきて、三人で協力スペカを放つ。

これならいくら何でも霊夢の虚をつけるだろうと思い、実際それは効を成した。

とはいえ、危なかったのも事実だ。もし少しでも俺の計算がずれていたのは、負けていたのはこちらの方だった。

たとえば、霊夢の『夢想封印』が『ルーミア』ではなく俺に向けられていたら。あるいは、霊夢が本物のルーミアの気配に気付いていたら。最後の攻撃の後、霊夢がまだやる気だったら。

俺達にはなす術はなかった。俺もルーミアも、ただ落とされるしかなかっただろう。

それに、勝利というのもかなり怪しいしな。俺は『四重障壁』、『ムーンライトレイ』、『スパイラルムーンライト』、『ムーンライトマーチ』、そして『闇色能天気』の5枚のスペルカードを使用している。

『ムーンライトレイ』シリーズは同じスペカだから同一と考えてもいいけど、それにしたって3枚だ。

それに対し、霊夢は2枚しか使っていない。俺達に対し使ったのなんて1枚だ。

勝ちというのも、かなりおまけしてだな。やはり霊夢は霊夢だった。幻想郷最強の博麗の巫女だ。

『とりあえず勝てた?』という認識にしとこう。

さてと。

「じゃ、ルーミア・・・俺の方のルーミア。そろそろ戻ってくれ。」

「えー?もうなのかー?」

「早いのかー。もっと遊ぶのかー。」

ルーミア二人は早くも仲良くなった様子。当然か、自分同士なんだから。

その願いは叶えてあげたいけど、これ以上『肯定する』霊力が残ってないんだな、これが。

「ならしょうがないのかー。」

「また遊ぶのかー。今度は別のスペカ考えるのかー。」

「そーなのかー。」「そーなのだー。」

うん、そりゃいい。三人協力スペカなんて、プリズムリバー三姉妹みたいでかっこいいじゃないか。

「ま、いつでもやれるんだ。また今度な。」

「そうだねー。また今度ー。」

「また今度ー。」

そう言って、ルーミアは形を崩し、光の塊となって俺の中へ吸い込まれた。

「私の『願い』は優夢の中に戻ったのかー?」

(戻ったのかー。)

「ああ、戻ったよ。」

祭りの後みたいで少し寂しい感覚もあるが。

(早く私達を出すスペカも完成させなさいよ。楽しませなさい。)

(レミィ、あんまり優夢さんを困らせてはダメですよ。ゆっくり、確実にです。)

(クスクス、私達を見た私達の反応が楽しみだわ。)

(ぐがー。)

だから萃香、いい加減起きろと。





霊夢の睡眠は深かった。ちょっとやそっとじゃ起きそうもない。

とりあえず、気絶してたチルノと大妖精ともども、神社に運ぶことにした。

ああ、霊夢と一緒にきた妖精メイド達だけど、何故か三月精の家でグースカ寝てて、その世話を三月精がしてた。

何でも昔世話になった先達だから無下にはできないんだとか。意外と凄い奴らなんだな、お前ら。

そういうわけなので、メイド三妖精は三月精に任せて、俺達は博麗神社へと飛んだ。





もうすぐ、この宴会騒動が終わろうとしていた。





+++この物語は、巫女VS(巫女?+妖怪+(妖精×2))=?の、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



さらりと新能力を出す程度の非常識:名無優夢

新技・新能力を効果的に出すことを知らない。奇襲にもってこいだと思ってる。

現象シリーズは魂符『幽明の苦輪』の派生。もちろん、優夢自身をかたどることも可。

現在使えるのはルーミアのみ。他は能力理解や霊力の関係でまだ無理。

能力:あまねく願いを肯定する程度の能力

スペルカード:思符『信念一閃』、想符『陰陽七変化』、境符『四重障壁』、現象『闇色能天気』など



闇色能天気:ルーミア

『中』は『外』よりも能天気度が増してる。お腹いっぱいだから。

記念すべき外に出た願い第一号。能力値は全体的に低め。

但し、協力スペカはやはりPhantasm級。鬼畜系です。

能力:闇を操る程度の能力

スペルカード:双月『スパイラルムーンライト』、三月『ムーンライトマーチ』など



寝不足巫女:博麗霊夢

とにかく眠かった。とっとと寝たかった。ので、避ける気力が起きなかった。避けられなかったわけではない。

妖精二人、妖怪一人、願い一人が寄ってもなお敵わない相手。マジ最終鬼畜腋巫女レイム・H。

優夢達は『夢想天生』を使われなかっただけ感謝すべき。

能力:主に空を飛ぶ程度の能力

スペルカード:霊符『夢想封印 集』、夢符『二重結界』など



→To Be Continued...



[24989] 二・五章十四話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:14
「あれ?」

「おう、邪魔してるぜ。」

「戸締まりもしないで行くなんて、不用心じゃないかしら。」

「ご安心ください、不逞な輩がおりましたらこの私が斬ります。」

「物騒な発言は置いといて、何で皆が神社にいるんだ?」

俺達が神社に戻ると、そこには文字通り皆がいた。

魔理沙、アリス、妖夢。

「あ、やっときた。優夢ご飯~。」

「あなたはもう少し自重すべきだ。」

幽々子さんと慧音さん(ってか里はいいのか?)

「あ、優夢だ!!優夢~!!」

「フラン、はしたないから落ち着きなさい。」

「まあまあ、好きにさせてあげなさいな。」

フランとレミリアさん、紫さん。

「幻想郷の有力者・実力者達が一堂に会するとは・・・、これはなかなかのスクープですね!!」

「射命丸殿、そのパパラ〇チ根性はどうにもならないのか・・・。つーか橙撮ったらコロス。」

「藍しゃま怖い・・・。」

射命丸さんに藍さんと橙。

俺の知り合い全員というわけではないが、それに近い人数が集まっていた。

そして思い思いに酒を呑み飯を食い、宴会騒ぎになっていた。

何の騒ぎだ、こりゃ。

「魔女に呼ばれてな。どうしてもということだったので、里は妹紅に頼んで来たんだ。」

魔女・・・パチュリーさんが?

「あら、ようやくお出ましね。」

と、パチュリーさんから声をかけられた。

彼女は咲夜さんを伴い、俺に歩みよってきた。

「さ。あなたも呑みなさい。明日は騒げないくらいに呑んじゃいなさい。」

「え、ちょ、ちょっと?いきなり何なんですかこれは。」

流石に困惑し、お猪口を受け取りながら俺は問うた。

するとパチュリーさんは、人の悪い笑みを浮かべ、言った。

「私なりに考えてみてね。ちょっと悔しい思いをさせてやろうと思ったのよ。」

「誰に?」

「姿を現さない愚か者に、よ。」

・・・ああ、なるほどね。そういうことか。

「ちなみに皆はそのことを?」

「もちろん知ってるわ。悪戯は結託した方が面白いでしょ?」

それもまあその通りだな。

ま、しょうがないな。原因を作ったのはお前だ。諦めてくれ、萃香。

(・・・ふぁ~。よく寝たー。)

お?俺の中の小鬼は折良く、漸く目覚めたみたいだ。

(んあ?ここどこ?)

(おはよう萃香。やっとお目覚めね。まあここがどこかとかは置いといて、さあさ、駆けつけ三杯よ。)

(おー、紫~。久しぶり、気が利くねえ。)

早速宴会始めやがった。全く、本当に宴会が好きなんだなお前は。

(とーぜん、鬼だからね。ところで姿の見えないあんたはどこのどなた?)

その辺はそこにいる旧友にでも聞いてくれ。りゅか、説明よろ。

(はぁ~い。)

さてと。

「それじゃ、俺も心行くまで楽しみますかね。」

「私が注いであげるわ、ありがたく思いなさい。」

「ああレミリアさん、これはこれは・・・おっとっと。」





宴会の最中、霊夢達も起きだし参加し。

こうして、主犯不在の宴会は、夜遅くまで続けられたのだ。

このとき、三日おきの宴会は破られた。



「あー・・・嬢ちゃん達は楽しそうでいいなぁ・・・。」

「往生際が悪いぞ、おやっさん。口を動かすよりも手を動かせ。」

ちなみに、給仕係に駆り出された八百万の店主と茶屋の主人は、泣く泣く厨房に立ち続けてたそうな。

・・・スマンカッタ。





***************





ふっふっふーん♪今日は待ちに待った宴会の日だ。

今年はどこかのバカが春を奪ってたせいで、花見の季節が短かった。いつもはバカみたいに宴会騒ぎする幻想郷が、今年は死んだみたいだった。

それが気に食わなくて、私は人を、妖怪を、幻想郷の存在という存在を"萃"め、宴会を開かせた。

三日おきだったのは私なりの譲歩だ。流石に連日じゃ、もたない奴だっているでしょ?

三日だって、私の我慢の限界ギリギリだ。毎度毎度宴会が待ち遠しくて仕方がない。

そして今日は三日目。宴会の日だ。心がわくわくと盛り上がってる。鼻歌の一つも出ようってもんだよ。

それにしても、私達がいなくなってからの幻想郷は随分ふぬけたもんだねぇ。あれだけ堂々とやってるのに気付いた奴らなんて数えるほどしかいない。

これがあいつが望んだ理想郷なんだろうか。私にはわかんないわね。

ま、私は酒が呑めて騒げれば、どっちだって構わないけどね。

さてさて、今日の宴会場所は何処にしようか。大体一回りしたし、神社にでもするか。

私は霧状の体を操り、意識を神社に"萃"めた。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・へ?

私はその光景を見て、目が完全に点になった。

死屍累々、とでも表現すればいいんだろうか。

空いた酒瓶。散乱した衣服。赤ら顔の妖精。折り重なって眠る少女達。

そう、ここは既に宴の後だった。

そんな、何で?どうして!?私はまだ宴会を開いてないのに!!!!

理不尽な何かを感じ、私は思わず実体化した。

「・・・う~。」

じわりと目尻に涙が浮かんだ。が、耐える。私は鬼だ、泣くもんか。

一体誰がこんな、人の楽しみを奪うような真似を。寂しさを乗り越え怒りに転化する。

こんなことして、ただじゃすまさないんだから!!





「はぁ~、やれやれ。宴会するのはいいけど、誰か片付け手伝えよな。」

ふと、そんな声が聞こえた。

私は弾かれたようにそちらへ視線をやった。

それと同時に、母屋の中から巫女服を着た女性――確か、名無優夢がやってきた。

名無優夢はふいと顔を上げ。

「あ、よう萃香。」

教えてもいないはずの、私の名前を読んだ。



その瞬間、悟った。

「・・えの・・・・」

「へ?何か言ったか?」

「お前の仕業かーーーーー!!!!」

「な、何ぞーーーーー!!?」

気がついたら、私は名無優夢に襲いかかっていた。





***************





霧になるのをやめ、ようやく俺たちの前に姿を現した萃香。

人となりは、昨日宴会の間に話を聞いてて大体わかった。相当な宴会好きみたいだ。

結局何でこんなことしたかは記憶が曖昧で(最初のルーミアと同じ状況だ)はっきりしなかった。だけど理由は明白だった。

要するにこいつ、ただ単に宴会がしたかっただけだ。

そうとわかれば、無為に気を張る必要もない。だから、俺は萃香を見たときごく自然に挨拶をした。

したら何故か襲われました。何この理不尽。

「ちょお!待、てや!?」

「うるさい!!全部お前が悪いんだ!!」

何が!?俺は振るわれる萃香の腕を紙一重でかわした。

後からくる強風が、その威力を物語っていた。喰らえば森の奥まですっ飛ばされるだろう。原型が残るかも怪しい。

命がかかっているとなれば、苦手な避けにも熱が入るというものだ。俺は必死で逃げ続けた。

「お前が、ひっく、私を除け者にするから!!」

半ベソかきながら豪腕振るう鬼っ娘、見た目幼女。一見俺が悪者だが、命かかってんのは俺の方。

・・・何かイラッときた。

魔槍『ランス・ザ・ゲイボルク』!!

俺はかわしながらスペルカードを取り出し、紅の槍を顕現させる。

ガンという鈍い音と、ミシミシという嫌な音がしたが、それは萃香の一撃を受け止めることに成功した。

「とりあえず落ち着け。いきなり暴れられちゃわかるもんも分からないだろ。」

「うるさい黙れ。お前以外に誰がいる。」

だから何がだよ!!

「私が開いてた宴会を台無しにしたことだ!!こんなこすい真似しやがって・・・!!」

・・・なるほど。

「確かに俺も乗ったけど、発案者は俺じゃないぞ。それに自業自得だろ。」

「人間の言うことなんか信じられないね。人間は平気で嘘をつく。」

・・・かもな。俺には記憶がないけど、知識としては知ってるさ。

人間が、どんなに汚い歴史を歩んできたか。どれだけ裏切りと破壊を繰り返してきたか。

そうである以上、俺は人間として言い返す言葉を持たなかった。『俺は違う』なんて陳腐な言葉、薄っぺらなだけだ。それにこの娘を嵌めるような真似をしたのも事実。

「けど、だからって俺を恨むのは筋違いってもんだ。君は報復されるかもしれないことをわかってたんじゃないのか?」

「だけどこんな薄汚い真似をされるとは思ってもみなかったよ。」

怒り心頭。話を聞いてもらえそうもないな。

俺は深く、深ぁーく溜め息をついた。

何で幻想郷の連中は、弾幕言語しか持ってないのかねぇ。

槍をしならせ、萃香から弾かれるように距離を取る。

「一応聞いとくけど、角を収める気は?」

「あるわけがないね、鬼だけに。」

角を収めたら鬼じゃないってか。上手いこというね。

「じゃあこうしよう。俺と勝負して、君が勝ったら俺を好きなようにしていい。煮るなり焼くなり取って食うなりね。その代わり、俺が勝ったら皆に謝ってちゃんと宴会に出ること。」

「・・・私が聞くのもなんだけど、正気かい?」

「何を言う。順番通りじゃないか。」

負けたら死ぬなら、否が応にも勝つしかない。

「背水の陣のつもりかい。甘く見られたもんだね、私達鬼も。」

とんでもない。鬼どころか妖怪だって、俺は侮れないよ。

「それでもやらなきゃいけない時があんだよ、男の子にはな。」

「あんた女じゃん。」

あーそう来ると思ってたよ。ていうか男のときに見なかったのかお前は。

「そういや結構男装してたよね、あんた。そういう趣味?」

もういいです。

「勝てたら教えてやる。」

「その言葉、忘れるな。嘘は嫌いだからね。」

「ああ、俺も嘘はあんまり好きじゃない。」

「嘘。あんたはそれでも受け入れる。私はずっと見てた、あんたが人も妖怪も分け隔てなく受け入れてきたことを。
たとえ偽りの言葉でも、あんたは受け入れられるんだろう?」

「よっくご存知で。そうさ、俺は受け入れ肯定する者。だからお前ももう受け入れられてるのさ、酒呑童子伊吹萃香!!」

「ほざけ!人間如きに我ら鬼が受け入れられるものかよ!!その身に太古から刻まれた恐怖、とくと味わうがいい!!」

吼え、萃香は地を蹴り俺に肉薄してきた。

肉弾戦か。これもある意味『弾』幕ごっこかな。

俺は槍を構え直し、そんなことを思った。





***************





力任せに殴りつける。それは、名無優夢が手に持った紅い槍の腹で受けられた。

一回前の宴会でも使ってたっけね。名前は、魔槍『ランス・ザ・ゲイボルク』。

槍の形をしてるけど、こいつはこれを剣みたいに扱ってた。このスペルを使って別のスペルカードも撃ってたな。

工夫の上手い奴だ。私の想像もしないようなスペルカードの使い方をする。

だけど、その程度の工夫で私を倒せると思ったら大間違いだ。

「ぐっ・・・!!」

私は鬼だ。その虜力は並大抵の妖怪の比ではない。

たとえ槍を使っていようが、人間の力で。

「受けきれるかぁ!!」

「がっ!!?」

無理やり振り抜いた腕が、名無優夢を紙のように飛ばす。

かなり吹っ飛ばされてから、奴は空中で体勢を直した。

「ほらほら、ちゃんとふんばんな。うっかり壊しちゃうじゃないか。」

「・・・っはは、洒落んなんねえなこれ。」

頬に汗を垂らしながらも、名無優夢は笑っていた。

「言葉の割に随分余裕そうじゃないか。」

「じょーだん。もういっぱいいっぱいだ・・・よ!!」

奴は地面に降りた瞬間、急加速で私に迫った。

確か大陸の拳法にあったな。『千尻尾』だっけ?それでもって私に槍を向けてくる。

「技術に頼るか!!弱い人間のしそうなことだね!!」

「その通り!俺は弱いから、工夫しなきゃなんないんだよ!!」

名無優夢がそう言った途端、私は違和感を感じた。それは境内に私の『体』を巡らせていなかったら気付けなかっただろうほどの、儚い違和感。

気のせいと断言するには気持ち悪いほどの違和感に、私はその場を飛び退いた。

何かとすれ違い、頬を掠めた。

「へぇ、初見で見抜くか。・・・マジで洒落にならん。」

それは、透明な弾幕だった。・・・ってそんなのあり?

「まあいいじゃん。ハンデだよハンデ。」

「・・・あんた、実は強いだろ。」

「よく勘違いされるけど、弱いぞ。」

それはあんたの勘違いだ。そう言ってやろうとも思ったけど、やめた。

こいつが強いなら、そんな下らない問答をするよりも。

「強いなら遠慮はいらないな。見せな!あんたの全力!!」

「だから違うって言ってんだろが人の話聞けよ誰か!!!!」

今この戦いを楽しむ方が大事ってもんだろう?



口では弱い弱い言いながら、名無優夢はやはり強かった。

「ふんぬお!?」

「ははははは!!よく避けるじゃないか!!」

私の攻撃を、まるで知っていたかのように避ける。

決して華麗とは程遠かったが、それでも当たった攻撃は一発もない。

「こなくそ!!」

お返しとばかり、距離を取った名無優夢が弾幕を撃ってくる。生き物のように動くそれは、逃げることを許さない。

だけど私には当たらない。

「ああああ!また霧化しやがって!!ずっこいぞ!!」

「ずるくなんかないよ、これが私の能力なんだからね!!」

疎と密を操る能力。薄くなり霧となった私を捕らえることはできない。

ずるいと言われるのは心外だ。私はずるはしてないからね。

「それにお互い様だよ!!」

ここまで名無優夢と戦ってわかったが、こいつはただ強いんじゃない。能力が反則級のオンパレードなのだ。

砕く弾幕、見えない弾幕、弾幕完全操作、おまけに気配完全隠蔽。何処のトンデモ人間だと問いたい。

一体こいつの『能力』は何なのか。是非とも暴きたい。

それにしても、これだけ強くて弱いと嘘をつくとは。

「能ある鷹は何とやらのつもりかい!?」

「お前は 何を 言っている。」

大マジな顔でそんな答えが返ってきた。

・・・ただの天然か。

名無優夢は弾幕は無駄と悟ったか、私に接近し足元を払った。

これなら霧化するまでもない。私は軽く跳躍し――



ゴツンッ☆



「~~~~~っっっ!!?」

頭に衝撃を受けて星が散った。な、なんだぁ?

「ふっ・・・孔明の罠大成功。」

名無優夢がわけのわからんことを言うと、私の頭上に弾幕が現れた。

・・・いつの間にそんなとこに弾幕しかけたんだ。狡い手を使う。

「怒るなよ。弱いなりの工夫なんだから。」

「・・・自覚がないことがここまで腹立つとは思わなかったよ。」

本気でふざけた奴だ。

そんな奴には、鬼の怒りを教えてやらないといけないね。

一撃は一撃。私はルールにのっとり一枚のカードを取り出した。

「あんたはきっと後悔する。私に一撃喰らわさなきゃ良かったってね。」

「やるときは思いっ切り。後悔なんかしねえよ。」

いい答えだ。

「それじゃ、とくと見さらしな。この私の、鬼の力を。」

"萃"める力を。

私はそう告げ、スペルカードを掲げ宣言した。



鬼符『ミッシングパワー』!!





***************





俺ってさ。結構勢いで生きてるよね。フランのとき然り、紫さんのとき然り。

まあ、それで後悔したことはなかったし、これまでも何とかなってきたから。だからさっきみたいな台詞がぽっと出たんだが。

「後悔してもいいですかぁーーーーー!!!?」

『あはははは!!嘘は許さないよ!!!』

嘘じゃないっす!!俺は今全力で自分の浅はかな言動を後悔している。

現在、妙に響き渡る声を出している萃香から全力で逃げているところだ。

唐突だけどさ。鬼って大きいイメージあるじゃん。マッチョで巨大なイメージ。

けど萃香って全然それっぽくないだろ?ちっちゃいし細いし。力は凄いけど。

だから、こんな状況になるとはちっとも思ってなかった。萃香はやっぱり鬼なのだ。

『えい。』

「どわっ!?」

萃香が軽く手を振るう。それが地面にたたきつけられ、ずうんという地響きを立てた。

俺は間一髪かわし、潰れるのを逃れる。すると萃香は無造作に脚を投げ出した。それで生まれる乱気流に飲まれ、体勢を崩す。

次の一撃が来る前に何とか建て直し、全力で離脱する。

萃香の一挙手一投足が、俺に命の危機を感じさせる。それはさながら、人間に踏み潰される蟻のように。

そう。萃香のスペルカードは、文字通り巨大化するスペルだったのだ。伝承にあるとおりの大きな鬼となるスペル。

元々力が半端じゃなく強い萃香が、さらに巨大な質量を持ったらどうなるか。その結果がこのリアル鬼ごっこである。

『待て待て~!!』

「待ったら死ぬわ!!」

全力で逃げる。もちろん、的がでかいんだから弾幕を当てようとするんだが。

『てい!!』

と、軽く手で叩き落とされる。そんなのありかよ・・・。

逃げる。まだまだ逃げる。とにかく逃げる。その後を萃香が緩慢な動作で追いかけてくる。

とはいえ、体格差が半端ではないのでゆっくりな動作でも相当なもんだ。あっという間に追いつかれる。

『あははははは!!』

「くそ、楽しそうだなほんとに!!」

気分としては蟻を手や足でいじめる子供なんだろう。向こうは楽しいかもしれないけど、こっちは楽しむ余裕なんぞない。

俺は再び、『世界』の萃香に助言を求めた。

(んあ?ちょっと待って、これ呑んだらね。)

(そーれ一気、一気!!)

俺が必死こいて逃げ惑ってる中、『世界』はやはり宴会の真っ最中だった。・・・ひどくね?

ともかく、萃香が酒を飲み干すのを待つ。巨大萃香の拳がわずかに俺の服を掠めた。

やばい。そろそろ何とかしないと、捕らえられ始めてきた。本格的にまずい。

(ぷはー!!・・・あー、で。『ミッシングパワー』の攻略法だっけ?そんなのないない♪何せ私のスペルだからね!!)

おぉい!!?

(やだなー、冗談だって。)

・・・鬼は嘘言わないんじゃなかったのか?

(少しは言うさ、酒の席での軽い冗談ぐらいはね。あれは大きくなって力とか増すけど、懐に潜られると弱いんだよね。)

なるほどね。自分の至近距離は攻撃できないってわけか。

けどそうすると今度は出られなくなるな。後ろを見せた瞬間に落とされかねない。

(だったら、一撃で落とすしかないねぇ。あれは妖気を"萃"めて大きくなってるわけだから、小さな穴でも空けてやればしぼむよ。)

風船かよ。・・・けど、それならやりようもあるな。

(念のために言っとくけど、生半可な攻撃じゃ通用しないよ。風船は風船でも、岩の風船だからね。)

ああ、わかってるよ。そこを読み違えることはないさ。

俺は一枚のスペルカードを取り出し、槍の穂先を萃香へ向けた。

行くぜ!!

紅星『レッドクルセイダー』!!

展開発動ではなく即時発動。同時、俺は後方に霊力を噴射し急加速で突っ込んだ。

当然萃香は迎撃の一手を撃ってきたが、俺はそれを化勁の容量で受け流した。

巨大な紅十字の槍が、巨大萃香に突き立った。それは巨大な萃香からすれば小さな小さな穴だった。

だが、萃香の『願い』に教えてもらったとおり、そこから妖気が溢れ漏れ、萃香は元のサイズに戻った。

「ありゃりゃ、見破られちゃったか。やるじゃんか。」

「なあに、ちょっとしたチートだよ。」

カンニングに近いな。けどそれ言ったら怒られそうだから黙っとこ。

萃香と戦うにあたって、俺の『中』の萃香が目を覚ましていたのは幸いだった。こうやって攻撃を教えてもらえるんだから。

まあ、弱いなりの精一杯ってとこだ。

(ねえ、優夢って本当は強いでしょ。)

(強いわよ。私が認めるぐらいに。)

(なのに自分を弱いって思い込んでるんだから、非常識よね。)

(それを言ってしまったら、ここにいる私達全員非常識ですがね。)

(常識とは投げ捨てるもの、ナノカー。)

弱いんだってば。





***************





・・・う~ん、頭痛いわ。寝不足なのに呑みすぎたかしら。

起きて早々に頭痛が襲ってきたので、私はとりあえず水を飲むことにした。

「むぎゅ!!」

「ぐえ!!」

そこらで眠りこけてる連中を踏み潰しながら、母屋へ向かう。

その途中、大きな物音が聞こえた。

何事かと思ってそちらを見てみたら、角の生えた巨大幼女と優夢さんが戦ってた。

「・・・あー、何この状況?」

わけがわからなかった。

角ってことは鬼なのかしら?ってことは、あれが優夢さんの言ってたこのくだらない騒動の元凶かしらね。

見ていると、どうやら優夢さんはやや劣勢のようだ。あの巨小鬼、中々強いわね。

さて。

「水飲も。」

だからといって私が行動を変えるわけではない。私はそのまま母屋に入り、水がめの水を飲んだ。





お湯を沸かしお茶を淹れ、縁側に座る。

二人はまだ戦ってた。さっきの巨鬼はすっかり小さくなって、見た目どおりの幼女になっていた。

それが槍を持った優夢さんに肉薄している光景は中々にシュールだった。

「にしても、飽きもせずよくやるわねぇ。」

お茶をすする。

私は弾幕ごっこはそれなりにする。必要であれば、動くことは辞さない。

だけどああも肉弾戦を好んでやる連中の神経は理解しかねる。妖夢然り優夢さん然り、この小鬼然り。

まあ、優夢さんの場合頼まれれば断れない性質だからわからないでもないか。でも他の二人は絶対に理解できない。する気もない。

「私に迷惑さえかけなければ、別にどうこうする気もないけどね。」

一人ごちり、茶をすする。あー、今日もお茶が美味しいわ。

戦う二人が次のスペルカードを掲げるのを視界の端に収めながら、私はのんびり空を見た。





***************





人符『現世斬』!!

萃符『戸隠山投げ』!!

共にスペルカードを宣言する。

岩石が"萃"まって来て、一塊の弾幕を作る私に、名無優夢が一瞬で踏み込んでくる。

そして五重の斬撃を放ってきた。

スペルカード発動までの間を狙ってきたか。その発想はなかなかのものだけど、少々見極めが甘いと言わざるを得ない。

「・・・なんつー防ぎ方しやがる!!」

それを見て、名無優夢は舌打ちをした。

私は手に"萃"まりつつある岩の塊をぶんまわし、全ての斬撃を弾き飛ばしたのだ。

敵の攻撃を弾いてなお、私は腕をぶんぶんと回した。更に"萃"まる岩、加速する岩弾。

それを。

「でえええい!!」

「どわ!?」

力任せに投げつけた。名無優夢は紙一重でそれをかわす。

直進しかしない弾幕は標的をそれても止まらず、地面に着弾した。

ゴウンという低く激しい音を立て、岩弾は爆ぜた。

着弾点は石畳が割れ、深くえぐれていた。それを見て名無優夢は顔を青くする。

「さぁーて、次行くよー!!」

「ちょ、ちょおーーー!?」

名無優夢は絶叫を上げたが、私は構わず次の弾幕を作り始めた。

このスペルカードは発動までが一見無防備に見えるが、実際は攻防一体のスペルだ。

この岩弾を貫くだけの攻撃力がなければ、私に一撃を喰らわせることはできない。そしてそれは、大抵の攻撃を無効化することを意味している。

だが私は油断していなかった。この女相手にそれは危険だ。

現に先程の『ミッシングパワー』を、こいつは的確にブレイクした。

あれの弱点は刺突だ。穴が空けば風船はしぼんでしまう。そこを正確に看破したのだ、こいつは。

今回も何をしでかすかわからない。だから私は、腕をぶん回しながら名無優夢から目を離さなかった。

奴は動かなかった。じっとこっちを見据えて、不動の姿勢をとっていた。

・・・何を企んでいる?投げるまでの少しの間、私は考えてみた。

が、こいつならぬ私にそれがわかるはずもなく、私は考えることを放棄した。

避ける気がないなら、遠慮なく潰させてもらうよ!!

「であ!!」

私は次なる岩弾を放った。それは先程よりも速く、威力の乗った一撃。



その瞬間、名無優夢が動いた。それも後ろにではなく、岩弾の迫る前へだ。

玉砕覚悟の特攻か。もうちょっと頭の回る奴だと思ったけど、私の思い違いだったのかしら。

「そんな方法で私のスペルを越えられると思うな!!」

「・・・何勘違いしてんだ?」

私の言葉に名無優夢が楽しそうに言った。

まるで、悪戯が成功した子供みたいに。

「俺のバトルフェイズはまだ・・・」

奴は体を回転させた。『ミッシングパワー』を破ったときと同じように。

「終了してないぜ!!」

そして、私の岩弾の威力を完全に受け流し、最短距離で私に迫った。

「うっぷ、気持ち悪・・・。」

あー、そりゃまああんだけ回転すればねぇ。

ともかく名無優夢は、そのまま槍を振るった。スペルブレイク。

「なるほど、確かに撃った直後は隙だらけだな。・・・だけど怖いからもう二度とやらん。」



その名無優夢の言葉に引っかかりを覚え、私は聞いた。

「『確かに』?おかしな言い方をするね。まるで誰かに攻略法を聞いたみたいな。」

「あー、まあそんなとこだな。」

「・・・小狡い真似をするね。誰?紫?」

そういえばこいつ、私の名前も知ってたっけ。紫から聞いたのかな。

だが答えは、私の予想とは違ったものだった。

「いいや。俺はお前に教えてもらったんだよ。お前の『願い』が俺に答えを教えてくれるんだよ。」

・・・わけのわからない言い方をするね。

「言ったはずだぜ。お前はもう受け入れられてるんだよ。酒呑童子伊吹萃香。」

「その言い方だと、どうやら裏があるみたいだね・・・。いいだろう、お前を倒して聞き出してやる。」

私は好奇心を刺激され、そしてこの時間を目一杯楽しむために。

私の持つ、最強のスペルカードを取り出した。

『百万鬼夜行』!!

さあ、お前の力、最後まで見せな!!





***************





大気に溢れる霊力、魔力、妖力。そういったものが萃香に吸い寄せられていく。

これが『疎と密を操る程度の能力』の『密』の方か。なるほど、強そうだ。

で、こいつの攻略法は?

(・・・いい加減私に聞くのやめなよ。あんた強いんだから。)

返ってきたのはそっけない返事。・・・まあ、しょうがないか。ちょっと聞きすぎたし。

しかし、こいつはどう攻めたもんかね。これからどんな攻撃が来るかはわからないが、萃香の周りに張り巡らされた妖気の壁はちょっとやそっとの攻撃じゃ通りそうもない。

『ドライビングコメット』か『信念一閃』を使いたいところだけど、生憎今は女で巫女服だ。

となると、女状態の攻撃力であれを越えなきゃいけないわけだが。

「これなんて無理ゲー?」

げんなりした表情で呟いた俺は悪くない。

しかし負ければ死。俺には前に進むしか道が残されてない。

だったら、最後までやり通すしかない。

覚悟を決めた。一撃でダメなら二撃くれてやる。それでもダメなら三。ダメならもっとだ。

俺は妖気の壁に突っ込むべく低くかがみ。





俺が地を蹴ると同時に無数の弾幕が発射された。

それは規則性などなく、ただでたらめに発射されただけだった。俺でもかわせそうな荒さだ。

だがそれが無数に、それこそ無限に沸いてでてきたら。それは回避不能ということだ。

『百万鬼夜行』とはよく言ったものだ。百万対一では、逃げ出すことなどできはしない。

「せや!!」

だが俺も必死だ。ただで落ちてやるものかと、槍を振るい弾幕を叩き落とし続けた。



だが、勝負は余りに多勢に無勢だった。

向こうは大気から無限に妖気を得て、無尽蔵に弾幕を撃ち続ける。対するこちらは、槍が一本。

いくら頑強な槍とは言えど、無限の弾幕を砕き続ける強さはない。形状を維持できず、ボロボロと崩れ始めていた。

このままじゃ削り落とされる・・・!!

「どうやら勝負あったようだね。あっけない最後で少々興醒めだけど。」

萃香は勝ち誇ってそう言った。

・・・確かにそうだな。この勝負、ほぼお前の勝ちだ。

だけど俺だって、ただで負けたりはしない!最後の最後まで足掻き続けてやる!!

俺は一か八かの覚悟で、一枚のスペルカードを取り出した。

それは、俺の力では使い切れない一撃。それ故に『魔槍』という形に落としたこのスペルの、本来の形。

俺は後ろに飛び弾幕と距離を取ってから、槍を後ろに引いた。

「むっ!?」

俺に集まる霊気に、萃香が警戒をした。

さあ、これが正真正銘最後の一撃だ。

「神槍・・・」

さらに槍を後ろに引く。体が弓のようにしなり、ミシミシと悲鳴を上げる。

痛みに耐え、俺にできる限界まで魔の矢槍を引く。

そして。



『スピア・ザ・グングニル』!!!!



戦神の槍の名を冠する一撃が放たれた。

空気すらも飲み込みえぐる一撃は、萃香の放った弾幕を巻き込みながら、一直線に萃香へと向かった。

自分で放った一撃ながら凄い威力だと感心する。流石はレミィのスペルだな。

けれどそれは同時に俺への負荷の高さを意味している。俺は反動に耐えきれず、投げた体勢のまま後ろへ吹っ飛ばされていた。

ずざあと砂煙を上げて、俺の体は地面に落ちた。体中が軋むように痛かった。分不相応な力を使った結果だ。もう身動き一つ取ることはできないだろう。

つまり、この一撃が届かなかったら俺の負け。俺はうつ伏せのまま萃香を見た。

俺の放った紅い神槍は、萃香の妖力壁と真っ向から拮抗していた。

「ふんぬぎぎぎぎ・・・!!」

萃香も弾幕を撃つ余裕はないようだ。"萃"めた力の全てを防御に回していた。

バチバチと火花すら立ててぶつかり合う紅と蒼の力。紅が僅かに押し、蒼にヒビが入った。

いけるか!?





だけど、そこまでだった。

紅の槍が蒼い壁にヒビをいれ、まさに砕こうとした瞬間。

パキィンと澄んだ音を立てて、槍は自壊した。

――考えてみれば、それはなるべくしてなった結果だ。槍は既に崩壊寸前だったのだから。

それが耐えきれないほどの力に耐えきれなかったからといって、不思議なことは何もない。

全てが終わり、異様なほどすっきりした頭で、俺は冷静に分析していた。

この結果を結論付ける言葉は、ただ一言だ。



俺は負けたのだ。



普段から負けなれてるせいか、悔しさはなかった。むしろ全力を出し切った清々しさの方が勝る。

だから俺は、笑っていた。

「・・・変な奴だね、負けて笑ってるなんて。確か命賭けてるんじゃなかったっけ。」

そうだった。負け=死だったな。

けど、確かに死ぬのは俺だって嫌だけど。

「受け入れてるからなぁ。」

弾幕ごっこってやつは、大なり小なり命の危険を伴う。一度死にかけている俺は、他の連中より自覚が強い自負がある。

それでなくても俺は弱いんだ。いつ死ぬかなんてわかったもんじゃない。

だからこそ、俺は自分の死でも受け入れられる。

「その理屈はよくわからないね。全くおかしな奴だ。」

幻想郷の数少ない常識に向かってなんてことを。

「ま、てことは嘘じゃなくて本当に命賭けてたってことだね。これから私に何されても文句は言わないね?」

ああ、言わないよ。

「よし。」

萃香は満足気に頷いた。

「じゃあ、さっさと起きな。呑むよ。」





・・・・・・・・・は?俺の目は今確実に点になっている。

「おいおい、お前が勝ったら俺を煮るなり焼くなり取って食うなり好きにするんじゃなかったのか?」

「それはあんたが勝手に言ったこと。私はうんとは一言も言ってないよ。」

あれ?そういえばそうだったっけ?

「私はその覚悟を気に入ったんだよ。自分の言葉を曲げなかった正直なところもね。」

「そりゃありがたいけど・・・お前俺に恨み持ってなかったっけ?」

「そんなもんもうとっくに晴れたよ。ほらほら、ゴチャゴチャ言ってないでさっさと起きな。」

・・・これでいいのかな~?

なんだか腑に落ちないものを感じながらも、それで済むなら安いものだと思い。

「あだだだだ!?」

起き上がったら全身を激痛が襲った。・・・こりゃしばらく動けんな。

「すまん、もうちょい待って。」

「何だい、だらしがないねぇ。」

しょーがないじゃん。あのスペル使いきらんのよ、俺。

まあ俺が呑めるようになるまでの間、皆と親交を深めてきなよ。

俺が指差した方向には、いつの間に起きてきたのか昨日の宴会に参加していた面々が見物をしていた。

「惜しかったなー、優夢の奴。」

「最後の槍をもっと早めに撃てばよかったのよ。そうすれば、あの程度の壁越えられたのに・・・。」

「優夢ー!!私とも弾幕ー!!」

「いけませんわ妹様。日傘をお持ちになってください。気化してしまいますわ。」

「・・・とうとう私のスペルが丸パクされたわ。ふふふ、この気持ち誰と共有すればいいのかしら。ねぇ、パチェ。」

「知らないわよ。そこの技泥棒に心当たりを聞いてみたら?」

「さて、それではあの鬼を斬ってきますね。」

「待ちなさい妖夢。それよりもこの羊羹を切って。」

「そういう問題なのですか、幽々子様・・・。」

全員ではなかったが、彼女らは酒を片手に俺達の戦いを観戦していたようだ。・・・お気楽なことで。

けど、そのお気楽さが俺は好きだった。

「皆いい奴らだから。お前も仲良くしとけって。あと今回のことは謝っとけ。」

「んー、ま、しょうがないかね。じゃあ行ってくるよ。あんたも早く回復してくれよ、サシで呑みたいから。」

俺はそこまで強くないけどね。瓢箪片手に酒呑みの輪に加わりに行く萃香の背中を見ながら、そう心の中で言った。

萃香が軽く自己紹介をし、すぐ皆に溶け込んだ。酒の力は偉大だな。

ふぅとため息をつき、俺は空を仰いだ。綿雲がいくつも飛んでいる、いつもの幻想郷の空だ。

ふっと、俺に影が差す。影の方向に目をやれば、霊夢が立っていた。

「お疲れ様。」

いつも通りの、何ら変わらない自然な表情で、霊夢はそうとだけ言った。

だから俺も、いつも通り変わらぬ笑顔で。

「ああ。」

短く答えた。





今日も幻想郷は平和だ。





***************





私は今一人で呑んでいる。

さっきまで優夢とサシで呑んでたけど、あんまり強くなかったらしくあっという間に潰れてしまった。

全く、一瓶ぐらいで情けない。

他の奴らのとこに行ってもよかったんだけど、そういう気分でもなかった。

だから私は、皆の和から外れ、一人チビチビとやっていた。

喧騒を見る。なんだかわけのわからないうちに、この宴会の名目は私の歓迎会になっていた。

けれどこうして私が離れてもこいつらはバカ騒ぎを続ける。

結局こいつらはただ騒ぎたいだけなのだ。そして私は、そういう幻想郷の気風が大好きだった。

「隣、いいかしら?」

私に声をかけてくる者がいた。私の古い友人にして、この楽園の生みの親。

「私らの間に遠慮なんかいらないだろ、紫。」

「あら、親しき仲にも礼儀あり、ですわ。」

クスクスと胡散臭く笑い、紫は私の隣に腰掛けた。

私は瓢箪の酒を紫の器に注いでやり、私も瓢箪の酒を呑む。

私たちはしばし、言葉をかわすことなく呑み続けた。



「どうだったかしら。幻想郷の新しい風は。」

木を背もたれにしてた優夢に半人半霊が声をかけた頃、紫がぽつりと聞いてきた。

「・・・さてね、何と言ったらいいのやら。あいつを言葉で表すのは難しいねぇ。」

魔族の娘が半人半霊につっかかっていく。

「強いくせに弱いって言ってみたり、非暴力主義みたいで好戦的だったり、女なのに男みたいなしゃべり方したり。」

「最後のを彼が聞いたら怒るわねぇ。」

『彼』?誰のことだと思ったけど、紫は何でもないと笑った。・・・怪しいねぇ。

「それと、そうだね・・・。戦ってることが、しゃべることがあんなに心地よかったのは初めてだったな。」

それは優夢の雰囲気がなせる技だったのだろうか。

戦ってる相手でさえ、無条件に受け入れるあいつの。

「そうね。それこそ彼の最大の長所であり、短所でもあるわ。」

「『彼』ってのは優夢のことだったのか。後見人とかじゃなくて。」

紫はあいつを男として見てるの?

「ええ、そうでもなければ私のファーストキスをあげたりなんかしませんわ。」

恥じらう乙女のような仕草をする紫は、妖しく笑ってた。

「胡散臭いよ。」

「まあ、失礼ね。」

軽口。

「で、どういうことだい?それがあいつの短所でもあるって。」

「言葉通りの意味よ。彼は良くも悪くも受け入れる。それこそ幻想郷のようにね。」

・・・なるほどね。つまりそれは、たとえ滅びの運命だったとしても、あいつは受け入れてしまうってことか。

私との戦いで、死を受け入れていたように。

「そういうこと。彼は幻想郷を、私の想い描く理想郷にも、悪夢のような暗黒世界にもできる。」

「それがあんたは心配なのかい。」

紫は黙り、静かに頷いた。

付き合いの短い私でもよくわかった。優夢には善悪という基準がない。

誰かが滅びを望めば、あいつは受け入れてしまうんだろう。

「幻想郷は全てを受け入れる。それはとても残酷なこと。・・・だけど私はいまだ決めかねてるのよ。」

「あいつを、このまま幻想郷に置き続けていいのかどうか?」

再び紫は頷いた。

・・・昔も今も変わらないな、こいつは。私では絶対考えないような難しいことを考え、悩み、そして最後に解を出す。



それはある種の信頼だろう。

私は、弾幕ごっこを始めた人形遣いと剣士、優夢に特攻する宵闇の妖怪と吸血鬼の妹を眺めながら、紫に告げた。

「紫が考えて悩んで出した答えなら、間違ってるはずがないよ。」

長い付き合いだからわかる。

紫は、一見胡散臭く何を考えているのかわからなくても、必ず状況がよくなる方向に考える。

かつてなら、全ての妖怪達のために。今ならば幻想郷のために。

なら、その答えがどうして間違っているはずがある?

「私は、紫が考えて優夢を置くんなら、それでいいと思う。紫が考えて追い出すんなら、それでいいと思う。」

「・・・考えることを放棄してるだけじゃない。」

「ああそうさ。紫は考えるのが仕事。私は呑むのが仕事さ。」

「自分勝手ねぇ。なら私も、ちょっと自分勝手させてもらおうかしら。」

紫はそういうと、スキマから『あの酒』を取り出した。

「・・・うえ、私の前でそれを呑むか?」

「いいじゃない、美味しいんだから。それに私も、今日は頭を空っぽにしたいのよ。」

そう言って、紫は『鬼殺し』の異名を持つ酒を、自分のお猪口に注いだ。

空では白黒の魔法使いが乱入し、地上では優夢がメイドに胸を揉みしだかれていた。あれは気持ち良さそうだ。今度私もやろう。

宴もたけなわだった。

私たちはともに笑っていた。こんな時間が、いつまでも続くと信じて。



『幻想郷の夜に乾杯。』

チンと、杯が音を立てた。





+++この物語は、鬼が幻想郷デビューする、奇妙奇天烈な混沌とした、ちょっと暖かいお話+++



受け入れ肯定する幻想:名無優夢

全てを受け入れ肯定し得るが、まだまだその力を使いこなせてるとは言えない。

今回は萃香の助言を聞きまくったが、なしでもそれなりには戦えたはず。

徐々に女でいる時間が長くなっていることに気づいていない。

能力:あまねく願いを肯定する程度の能力

スペルカード:思符『信念一閃』、想符『陰陽七変化』、境符『四重障壁』、現象『闇色能天気』など



一人百鬼夜行:伊吹萃香

その身を万の霧に変えられるので、たった一人で百鬼夜行。

いつもは酔いどれているが、今回は知らぬ間に宴会が終わってたので一瞬で酔いが醒めた。

しかしケンカが終わってしまえば元通りの酔っ払いである。この日は前後不覚になるまで呑んだそうな。

能力:疎と密を操る程度の能力

スペルカード:鬼符『ミッシングパワー』、『百万鬼夜行』など



→To Be Continued...



[24989] 幕間十六
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:14
~幕間~





これは、三日おきの宴会騒動が終わった後の日常風景だ。





***************





私が目を覚ますと、何故か青い空が目に入ってきた。

・・・ああ、そうか。昨日は宴会でそのまま寝ちゃったんだっけ。

ムクリと体を起こすと、累々と横たわる知り合いの人妖達が目に入った。

皆一様に酒臭い寝息を立てていた。



小鬼――伊吹萃香が起こしていた三日おきの宴会が終わった後も、宴会は絶え間なく続いた。

実は萃香の仕業なんじゃないかとか思ったりもしたが、萃香は何もしていないとのこと。

要するに、萃香が何もしなくても幻想郷は宴会で溢れているということだ。何のための宴会騒動だったのか。

そして、そのちょっとした騒ぎの首謀者だが、私のすぐ近くで赤ら顔で寝てたりする。

こいつもまた、毎回出席してるのだ。どれだけ宴会が好きなのかと問いたい。面倒だからしないけど。

しかも性質の悪いことに、こいつは神社に居ついてしまったのだ。

居候しているわけではないが、宴会でなくても神社にいることが多いし、寝泊りすることも多々ある。

神社に妖怪が居つくと人里の人がより来なくなるから、できれば遠慮願いたいところだけど。

こいつはこいつで意外と役に立つのだ。ごみ集めとか。なので、何だかんだで居座らせてしまっている。

ごみ集めで思い出した。昨日の片付けをしなくちゃ。

「ちょっと萃香、起きなさい。もう朝よ、片付けなさい。」

ゲシゲシと蹴って萃香を起こす。萃香は眠たげな目をこすりながら起き上がった。

「も~、人がせっかくいい気分で寝てたのに~。もうちょっと起こし方考えてよ。」

「タダ飯食いが文句言ってんじゃないわよ。ほら、さっさとごみ集め。それと優夢さん起こして洗い物。」

ごみ集めが萃香の仕事なら、その他全般の家事は優夢さんの仕事だ。

私?私は縁側でお茶を飲むのが仕事よ。巫女らしいでしょ?

「あ~い。優夢を"萃"めればいいのね~。」

「集めるのは優夢さんじゃなくてごみよ。」

と私が言ったが、萃香は寝ぼけて能力を発動させた。

疎と密を操る程度の能力は、物理的に人を"萃"めることも出来たりする。

そんなわけで、母屋の寝室の方から優夢さんが引っ張り寄せられてきた。・・・一人だけ寝室に行ってたのね。

「おふう!?」

ずしゃあと土煙を上げて寝巻き姿の優夢さんが着弾した。

「ほい、優夢"萃"めたよ~♪」

「だから違うって言ってるでしょうがこの酔っ払い。・・・まあいいわ、起こす手間が省けたし。」

「・・・何がなんだか知らんが、俺の安眠を返せこのヤロウ。」

残念ね、私は女だから『野郎』じゃないのよ。

ムクリと優夢さんが起き上がり・・・。

「あ。」

「い?」

「ぉお?」

今の着弾のために、寝巻きの帯が緩んでいたようだ。バサリと寝巻きが地面に落ちた。

そして優夢さんは褌一丁の裸体(♂)となった。

「・・・い、いやああああああああああああ!!!!!」

「待て俺は何も悪くなのげろふ!!?」

萃香が顔を真っ赤にして悲鳴を上げ、優夢さんのボディーにいいのを一発叩き込んだ。

鬼の一撃を受け、優夢さんはたまらず鳥居の向こうまでぶっ飛ばされた。

・・・意外に純情なのよね、この娘。





***************





さすがに吸血鬼の『願い』も取り込んでいるだけあって、優夢は回復が早い。

ささっと巫女服に着替え、宴会の後片付けを始めた。

優夢と戦ったとき、優夢の言葉の意味がわからなかったけど、蓋を開けてみればなんてことはなかった。

もう文字通りそのままの意味だ。優夢は確かに『男』だった。そして同時に『女』だった。

『あまねく願いを肯定する程度の能力』。そして『全世界の願いの結晶』。それが優夢の能力と正体だった。

それ故かどうかはわからないけど、優夢は存在が多重化しているそうだ。意味はよくわからないけど。

人間であり妖怪でもある。吸血鬼でも、半人半霊でも、さらには鬼でもある。そして男でも女でもある。

無茶苦茶すぎてとりとめがないのが名無優夢だった。

けどまあ、その辺はどうでもいい。大事なのは優夢が面白くて楽しくて変な奴だってことだけ。

「さてと、洗い物はこれで終わりかな。」

「ごみも"萃"め終わったよー。」

私は宴会で出たごみを、能力を使って"萃"めた。宴会に参加してるんだから、これぐらい安いものだ。

優夢は、家事が仕事だとばかりに宴会で汚れた食器やら何やらを洗ってた。

神社に泊まったりするようになって気付いたけど、優夢は家事をよくやる。霊夢がやらない分優夢がしっかりやってるみたいだ。

洗い物に限らず、神社の境内の掃除、母屋の中の掃除、料理、洗濯と、何でもやる。

その上人里で働いてもいるらしい。働き者過ぎる。

優夢が働きすぎるから、霊夢が怠けるんだと思うんだけど。別に問題があるわけでもないからいっか。

洗い物が終わると、優夢はいそいそと次の家事に取り掛かった。本当に忙しいやつ。

私はごみ集めが終わってしまえばやることはない。縁側でお茶を飲んでる霊夢の横に座り、瓢箪の酒を呑む。

「朝っぱらから酒?いいご身分ね。」

「私にとっちゃ、酒は水と同じだよー。」

宴会が終わったら、一仕事して縁側で酒を呑む。これが私の日課となりつつあった。

「いいご身分はお前もだろ、霊夢。片付けしないで宴会できるんだから。」

「私は場所を貸してるわ。何もしてないってわけじゃないでしょう?」

「・・・それもそうか。」

それでいいのかと思うけど、優夢は納得した。ならいいのだ。



少し経ってから、ようやっと宴会で潰れた面々が起きだし、それぞれの帰路に着く。そして神社は元の通りの静けさを取り戻した。

博麗神社は今日も平和だ。





***************





萃香が神社に居候――定住ではないけど、よく寝泊りするようになったので、食い扶持が増えた。

それはつまり、俺の養う人数が増えたということに他ならない。

霊夢と萃香と俺、三人を養うため、俺は今日も寺子屋へ赴く。

「のはいいんだよ。俺の意思だから。」

そう、それはいいんだ。別に苦じゃないし、むしろやりがいがあると思ってる。

問題なのはそこじゃなくて。



「何で萃香が着いてくることになってんの?」

「固いこと言いっこなしだって。」

俺の隣には、瓢箪から酒を呑み続ける萃香がいた。

何を血迷ったのかこの酔っ払いロリ、俺の授業風景を見たいとか言い出したのだ。

別に今までだってそういうことがなかったわけじゃない。魔理沙は時折俺の授業を受けに来てるし、レミリアさんも何故か見にきたりすることがある。

だけど、こいつはちょっとまずくないか。

別に人里は妖怪禁止というわけではない。人を襲うのが禁止なだけだ。

萃香は鬼ではあるものの、性格は至って温厚。ケンカでも吹っかけられない限り人間を襲うようなことはない。

だから、人里に入ることに問題があるわけではない。

問題は、この『見た目子供』の『酔っ払い』が『寺子屋』に入るということだ。

子供たちに悪影響を与えないかヒヤヒヤもんだ。

「だーいじょうぶだって。優夢はちょっと固く考えすぎだよ。」

「お前ら幻想郷民がゆるく考えすぎなんだ。」

かと思うと、勝負事には『外』よりも――と言っても、『外』の記憶はなく知識だけだが――シビアな考え方をする。

基準が『外』とは全く違うってことだ。まあ、それはわからないでもないし、俺も受け入れてはいるんだが。

「・・・納得はいかないよな。」

「だから、大丈夫ってば。私は優夢がどういう仕事してるのか見るだけだからさ。」

カラカラと笑う萃香とは対照的に、俺の気は重かった。



んで、慧音さんは頑固者のくせに少々大らか過ぎると思うんだ。

「皆、今日一日寺子屋で一緒に学ぶことになった、鬼の伊吹萃香だ。仲良くしてやってくれ。」

『はーい!!』

「どうしてこうなった。」

「いや、まあ、何て言うか・・・。私が言えた義理じゃないけど、とっくに手遅れじゃないか、これ?」

そりゃね。俺の知り合いって妖怪が多いせいで、寺子屋の子供たちが妖怪慣れしちゃってるってのは仕方ないよ。

でも、何で萃香に授業を受けさせる?見学ちゃうやん。

「うん?萃香は正式に勉学に励んだことはないだろう?」

「確かにそうだけどさ。別に頭が悪いわけでも、知識が不足してるわけでもないよ、私は。」

「そうかもしれない。だが、こうやって学び舎で机に向かうというのも新鮮だとは思わないか?」

「それはそうだけど・・・。あんまり気乗りしないなぁ。」

「寺子屋は勉学のためだけに非ず。何事も試してみることが大事だ。」

「しょうがないねぇ。今日限りだよ。」

慧音さんの言うことは一々正論なので、萃香も説得されてしまった。

「さて、今紹介にあったけど、私は伊吹萃香。鬼だ。悪い子がいたら、取って食べちゃうよー♪」

それはなまはげだ。俺は心の中で突っ込みを入れた。

子供たちはキャーキャー言いながら、萃香を受け入れた。

・・・結局ここも、何だかんだ言って幻想郷なんだなぁ。

俺は内心ため息をつきながら、教卓に立った。





***************





子供たちと並んで座り、優夢の授業を受ける。

優夢の教えている内容は、少なくとも私が知っている内容ではなかった。恐らくは『外』の知識か。

この間聞いたんだけど、優夢は記憶喪失で自分が何処から来たかわからないんだとか。けど、『外』の知識を持ってるから多分『外』の人間なんだろうと言っていた。

だから、幻想郷内では知りえない知識を知っている。なるほど、それはためになる。

けど、やっぱり私は興味がなかった。だから私は授業内容とは別のところに意識が行っていた。

「それじゃ、この間教えたことだけど、覚えてる子はいるかな?」

優夢はとにかく教え方が上手い。子供がわかりやすい内容に落とし込んであり、たびたび子供に問いかけることで意識の集中を絶やさせない。

今の呼びかけにしたって、子供たち全員が手を上げている。大したもんだ。

「んー、皆分かってるっぽいなぁ。それじゃ、あえて手を上げてない奴を当ててみようかな、萃香。」

・・・・・・・・・ん?

「え?今私を当てた?」

「もちろん。」

何だいそりゃ!?私は前回の授業には参加してないんだから、わかるわけないじゃないか!!

「そうとは限らないぞー。これは知識問題じゃなくて、論理問題だからな。知らなくても考えればいつかはわかるぞー。」

いつかっていつだよ。・・・けど、そう難しそうな問題でもないね。



Q.X^n+Y^n=Z^nとなる整数X,Y,Zの組み合わせは何種類?(n≧3)



んー、これはいくらでも組み合わせできそうな気がするね。ってことは、何種類ってとこが引っ掛けか。

そういや、「三平方の定理」とかいうのがなかったっけ?紫が昔そんなことを言ってたような気がする。内容は確か、こんな感じだったと思うけど・・・。

となると、答えはやっぱりこれか。私は数度思い出してみて、内容を確認してみた。

うん、間違いないな。

「答えは無限。何種類ってとこは、数が限定されるって思わせる引っ掛けだろ?」

私は自信満々に、不敵な笑みを浮かべて答えた。





『ブー。』

だけど、教室中から不正解を告げる声が上がった。

「・・・嘘は嫌いだよ。式から見るに、これは無数に答えが出るはずだろ?」

「んー、nが2以下だったらな。」

・・・え?

「実はこれ、意地悪問題でな。フェルマーの最終定理っていう、『外』で多くの数学者が証明に頭を悩ませた数式なんだ。
ちなみに、フェルマーの最終定理はさっきの式に加えて『整数の組み合わせは存在しない』っていうものなんだけどね。」

「何それ!?そんなのわかるはずないじゃん!!」

「だから言ったろ?意地悪問題だって。」

それに着眼点は悪くなかったじゃん、と優夢は続ける。・・・まあ確かに、そういう風に考えれば解き様はあったかもね。

「朝に腹パンしてくれたお礼だよ。」

・・・あれは褌一丁になったあんたが悪い。思い出してちょっと頬が赤くなる。

「さて、じゃあ小話はおしまい。授業の本筋に戻るぞー。」

あ?今のって授業の内容じゃなかったの?

「お前が上の空だったから、ちょっと脱線してみただけだ。」

・・・全く、一杯食わされたね。





だからか知らないけど、私はそれからの授業をすんなりと聞くことができた。

別に興味が湧いたわけじゃないけど、優夢の言うことを一言一句逃さず聞いた。

結局、それは優夢の作戦通りだったのかもしれない。けど、楽しかったからいいか。



ちなみに、その後の慧音の授業も受けさせられたんだけど、歴史の授業は私にとっては退屈なものに過ぎない。

なので寝てた。したら頭突きで起こされた。鬼が痛いと思うほどの頭突きって一体・・・。





***************





寺子屋の授業が終わり、萃香とともに寺子屋を後にする。

「またねー、すいねーちゃん!!」

「今度は寺子屋じゃなくて遊ぼうねー!!」

子供たちも、口々に萃香にそう言いながら家路に着いた。

「・・・まあ、あんたの生徒だから不思議はないのかもしれないけどね。」

子供たちはすっかり萃香を気に入ったみたいだ。

「いいことじゃないか。」

「そうかもね。・・・ああ、これが紫が言ってたことか。」

ん?紫さんが何を言ってたって?

「何でもない、こっちの話だ。」

「嘘・・・ではないな、はぐらかしてるだけだか。」

「そ。あんたに聞かれたくない、女の子同士の話なのさ。」

お前・・・いっつも俺のこと女扱いして、都合の悪いときだけ男と言い張るか?

「今のあんたは男さ。」

「そりゃな。」

今は陽体で黒服。神社でもないのに巫女服は着ない。

「じゃあ俺が陰体になったら説明してくれるのか?」

「あんたは自分が男だと思ってるんだろ?だったら教えてあげない。」

あっそ。まあいいさ。誰にだって知られたくないことの一つや二つはある。俺はないけど。

「いや、あんたのはもうちょい秘匿した方がいいと思うけど・・・ま、いっか。」



寺子屋を出たその足で、今晩の食材を買いに八百万商店まで行く。

「おーう優ちゃん!!っと、最近神社に住みついた鬼の嬢ちゃんか。」

「・・・今更ながらだけどおやっさん、実はあんまり妖怪とか怖がらないよね。」

俺と萃香を明るく迎えるおやっさんに、俺は何気なく聞いた。

確か、俺とあったばっかりの頃のおやっさんは『妖怪怖い』みたいなこと言ってたような気が・・・。

「んん?そんなことねえぞ。俺ぁ巫女様や優ちゃんと違って弱ぇ弱ぇ人間だからよう。」

「の割りには全然私のこと怖がってないよね。ってかよく神社の宴会にかり出されてるよね。」

神社の宴会=妖怪ばっかしである。いつの間にか。

「そらーよう、優ちゃんのダチッ子だろ?なら怖がることもあんめえよ!!」

それでいいのか。随分と安易な判断基準だな。

「つくづく人と妖怪の架け橋だね、あんた。」

カラカラと萃香が笑う。・・・まあ、『人と妖怪の境界』のような存在だしね、俺は。

だったら、それもありなのかなと、思った。





俺達は季節物の野菜と魚を数種類、それと酒とツマミになりそうなものを適当に見繕って、神社へと飛び立った。





***************





優夢さんと萃香が帰ってきて、買ってきた食材で優夢さんが晩御飯を作る。

それに舌鼓を打ち、その後は酒とツマミでささやかな酒宴を開く。

それがここのところの日課となっている。

皆で開く大宴会ほどの賑やかさはないが、これはこれで大宴会にはない味がある。

「それでさー、優夢ってば朝のこと根に持って私のことハメてきたんだよー?」

「あれはお前が全面的に悪い。」

「そうね。私はごみを集めなさいって言ったんだから。」

「ひどっ!!霊夢はどっちの味方なのよ!!」

「どっちの味方でもないわよ。」

そんな馬鹿話をしながら、私達は呑み続けた。ペースはそれほど早くはなく、優夢さんでも着いてこれるぐらい。

私はこの空気がそれなりに気に入っていた。だからこそ、萃香もここに置き続けているんだろう。と思う。

ただゆっくりと流れるこの時間が、私は好きだった。



「おーう、やってるな。」

「お前も大概暇人だな、魔理沙。」

「いきなりご挨拶だぜ。せっかく秘蔵酒を持ってきてやったってのに。」

「その心意気やよし。さっさとよこしなさい。」

「おっと、ただでは渡せないぜ。」

「なら、力ずくで奪わせてもらうよ!!」

「上等だぜ!!」

「お前ら暴れるなら外出ろ!!後で掃除するの俺なんだからな!!」

まあ、それも魔理沙が乱入してきて、いつもの通り騒がしくなるんだけど。

それもまた悪くはない。





幻想郷は、変わらず平和だ。





+++この物語は、巫女と幻想と鬼のちょっと変わった日常を描く、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



変われる強さ、変わらぬ思い:名無優夢

っていうキャッチコピーがどっかのゲームであったような気がするが、それを地で行く程度の願い。

人里と妖怪、ていうか神社の架け橋。彼がいる故に博麗神社は信仰心を集められると言っても過言ではない。

でも自覚なし。変わらぬ天然である。

能力:あまねく願いを肯定する程度の能力

スペルカード:思符『信念一閃』、想符『陰陽七変化』、境符『四重障壁』、現象『闇色能天気』など



変わらぬ安定感、変わらぬ怠惰:博麗霊夢

いい加減働かなさすぎ。『異変』意外に出番がないが、『異変』時の活躍が異常なのでちょうどいいのかもしれない。

宴会の時に場所を貸しているのだから、自分は働かなくて当然だと思っている。

そしてそれを周りが許容してしまっているのだが、それで全く問題がなかったりするのが問題。

能力:主に空を飛ぶ程度の能力

スペルカード:霊符『夢想封印 集』、夢符『二重結界』など



千年の変わらぬ鬼:伊吹萃香

博麗神社の居候2。もっとも、優夢のように定住しているわけではない。が、一週間のうち5日を神社で寝泊りしてるのでほとんど居候。

ちなみに残りの2日は幻想郷をブラついている。住所の欄は博麗神社。

仕事はごみ集めと人集め。物理的な意味で。

能力:疎と密を操る程度の能力

スペルカード:鬼符『ミッシングパワー』、『百万鬼夜行』など



→To Be Continued...



[24989] 幕間十七
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:14
~幕間~





これは、暑い夏のとある日の出来事だ。





長い冬と短い春を経て、幻想郷は夏になっていた。

俺にとっては二度目の夏だ。・・・そういえば、去年はこのぐらいの時期紅霧異変が起こってて、結構涼しかったよな。

それに対し、今年の夏の暑いことと言ったら。冬が長かった分か、太陽が思う存分輝いているようにも見えた。

ていうか・・・暑すぎないか?さすがの俺も恒常的に黒服でいられる自信はないぞ、これは。

ちなみに俺の今の格好は例によって巫女服。普段は鬱陶しいだけの服だが、今はありがたい。

腋があいてるために熱がこもらないのが助かる。

だが、それでも暑いものは暑い。霊夢と萃香何ぞ、朝から縁側の日陰で垂れてるぞ。

「あぢぃ~・・・。」

「暑い・・・。」

「あづいよ~・・・。」「みず~・・・。」

「ええい鬱陶しい。暑い暑い連呼するな。それを言ったら俺はどうなる。」

暑いからといってサボるわけでもなく、俺は境内の掃除をしていた。当然、直射日光をガンガンに浴びてる。

吸血鬼でもある俺だが実に健康的である。

「優夢さんは前『暑いのに強い』って言ってなかったかしら。」

「まあな。」

「だったらそのぐらい出来て当然でしょ?」

・・・何だろう、今物凄く腹立たしく感じたのは何だろう。

けれど、確かに言ったことなので俺は反論できなかった。

「あー、しゃべったら喉渇いたわ。水持ってきて頂戴。」

「あ、私も~。」

「ええい!俺は今掃除中だ、後にしろ!!」

「水~!水~!!」「酒~!酒~!!」

あーもう!!てか萃香、さり気に酒を要求するなこの万年アル中!!

「そんなに水がほしかったら水がめの中で垂れてろ!!」

「・・・。」

待て霊夢。今のは冗談だ。その手があったかみたいな顔をするのはやめろ。

「別に水がめに入ってようなんて思ってないわよ。水浴びすんのよ水浴び。」

水浴び、ねぇ。けどこの陽気で井戸水もぬるくなってるぞ?

「優夢さん。この幻想郷には、年中冷たい水が手に入るところがあるでしょ?」

・・・なるほど。合点がいった。

「つまり、霧の湖まで行って水浴びしようって魂胆か。」

「そういうこと。」

確かに、それなら涼しくなりそうだが。

「面倒臭がりの霊夢が遠出をしようと思うとは。これは今年の暑さは余程と見えるな。」

「失礼ね。私だって遠出をすることぐらいはあるわよ。」

『異変』の時ぐらいにな。そう言ってやったら、霊夢は否定しなかった。・・・それでいいのか。



そんなわけで、博麗神社一向は紅魔館のお隣霧の湖まで、水浴びをしに行くことになった。





***************





今年はいつにも増して暑い。冬が長かったせいで一気に気候が変わったので、私がそう感じているだけかもしれない。

が、そんなことはどうでもいい。私はとにかく今暑いんだ。

「だから水浴びに行くぞ。」

「・・・いきなり人の家に入ってきて何よ。唐突過ぎてわけがわからないわ。」

「暑い。一人で水浴びもつまらない。暇そうな奴を誘おう。だから来たんだぜ。」

「勝手に人を暇人扱いするな!!」

人が懇切丁寧に説明してやったってのに、アリスは激昂した。暑くてイライラするのはわかるが、そうカッカするなよ。

「暑いからじゃなくてあんたが失礼だから怒ってんのよ!!・・・今人形作りで忙しいわ。他をあたんなさい。」

こいつは年中やることが変わらない。暇があれば人形作ってる。要するにこいつは暇ってことだ。

「まーまー、そう邪険にしなさんな。怒るとしわが増えるぞ。」

「あいにくと私はしわの一つもないわよ。簡単に老化する人間と一緒にしないでくれる?ていうか間違いなくケンカ売ってるわよねあんた。」

まさか。こんな暑いのに弾幕する気はさすがに起きないぜ。

「・・・まあ、確かに暑いわね。今年はヤケに暑いわね。どうしたのかしら。」

「冬が長かったからじゃないか?」

「ふーん。」

興味なさそうに相槌を打つアリス。

「ま、私は行く気ないわ。こんな暑い中動くのも正直ダルイし。」

付き合いの悪い奴だ。ここのところ少しはマシになったと思ってたけど。

やっぱりこいつには、これを出さなきゃダメだな。



「あーあ、せっかく優夢誘おうと思ってたのになー。それなら仕方ないな。」



ピクリと、アリスの肩が動いた。

「アリスが忙しいっていうんなら、無理に誘うのも悪いな。邪魔したな。」

「ちょ、待ちなさい!!」

血相を変えて私を呼び止めるアリス。・・・なんと分かりやすい奴だ。

「おん?どうしたアリス。行かないんだろ?」

「行かないとは言ってないわよ!?行く気はないけど、友達が行くんなら私も行ってあげないと可哀想でしょ!?」

「優夢が行くとは言ってないぜ。これから誘うんだぜ。」

「同じことよ!!」

だいぶ違うと思うが。

こいつは優夢のことになると人格が変わる。そのくせ、自分では否定する。気付いてないわけじゃないと思うが。素直になれないだけだ。

まあともかく、そんなわけでこいつをコントロールするなら優夢の名前を出すのが一番だ。

「何にしても、行くか?」

「しょうがないから行ってあげるわ。」

本当に素直じゃない。私に顔を見せないように背を向けているが、きっとその顔は真っ赤になってニヤけているに違いない。

私はアリスのへそを曲げないように、クックッと心の中で笑った。

ともあれ、こうして私達は優夢を水浴びに誘うために神社へ向かった。





その道中。

「おお?魔理沙とアリス。どうしたんだこんなところで。」

神社につく前に霊夢と優夢、萃香にバッタリ出くわした。

「お前を水浴びに誘いに来たんだが・・・何か用事でもあったのか?」

「いや、俺達も水浴びしようってことになったんで霧の湖に向かってるところだったんだけど・・・。」

「結局考えることはどいつもこいつも一緒なのね。」

「いいじゃん、一人よりも二人、二人よりもいっぱい"萃"まった方が楽しいに決まってるよ。」

「・・・チッ、余計なのがぞろぞろと。」

この分だとまだ増えそうだなぁ・・・。





***************





暑いと皆考えることは同じになるらしいわね。

「あら、あなた達も?」

「こんにちは、優夢さん。」

霧の湖に到着すると、そこには既に冥界組がいた。

「あんたらも水浴び?」

「そうよ~。この陽気で冥界も暑くなっちゃってねー。リバウンドってやつかしら。」

「元凶が何を言ってんだ?」

「『異変』を起こすならその辺ちゃんと考えなさい。」

「くっ・・・何も言い返せない。」

そういえば、こう暑いのってこいつらのせいかもしれないのよねぇ・・・。

「退治しとく?」

「物騒なことを言うな。今日は弾幕はなしだ。」

冗談よ。ただでさえ暑いのに、これ以上暑くしたくはないわ。

「それにしても、暑い冥界か・・・。」

「どうしたのよ。」

「いや、今年の夏は怪談話すらも肝を冷やさないんだなと思ってな。」

あー、確かにね。暑い冥界ってのもどうなのかしら。

「あら、冥界も暑くなるときぐらいあるわよ。時々は。」

「どのくらい時々なんですか?」

「百年に一度ぐらいかしら。」

じゃ、向こう百年は涼しいわけね。来年からは冥界を避暑地に使わせてもらおう。

「世間話はそれぐらいにして、さっさと水浴びしようぜ。私はもう服が汗で貼り付いて気持ち悪いぜ。」

「じゃあ何だってそんな黒い服着てきたんだよ。」

「魔女のたしなみだぜ。それにお前に言われたくはない。」

何を思ったか、優夢さんは例のださい黒服に着替えて来たのだ。巫女服の方が涼しいだろうに。

「俺はもう神社の中以外で巫女服を着る気はない!!」

似合ってるのに。

「・・・。」

「だ、大丈夫です優夢さん!!あなたは十分男らしいです!!」

「けど、その服はやっぱりないわよ。今度私が作ってあげるわ。」

落ち込む優夢さんを妖夢とアリスが励ました。・・・アリスのは励ましてるのかしら。追撃にしかなってないと思うけど。

まあともかく、魔理沙の言うとおりだ。私も早く水浴びをしたい。



「よーっし、浴びよー!!」

萃香が元気良く叫び、一気に服を脱ぎ捨てた。

「うええ!!?」

それを見て、優夢さんがうろたえ背を向けた。

「何考えてんだ!?男がいるんだからもうちょっと慎み深さを持ちなさい!!」

「なーに、気にすることないって。お互い見るのも初めてってわけじゃないだろ?」

確かに、私達は一緒に風呂に入ることが多々ある。もっとも、その時は優夢さんは女性化してるけど。

初めの頃はことあるごとに恥らってた萃香だけど、最近じゃすっかり免疫がついたのか動じなくなった。

いいことなのかは知ったことじゃないけど、面倒くさくないことはいいことだ。

「というわけだから、優夢さんもとっとと脱ぎなさい。」

言いながら私は服を脱ぐ。

「そうねぇ、いつまでもこのままじゃ暑いし。」

幽々子も服を脱ぐ。

魔理沙と妖夢、アリスはややためらっていた。が、覚悟を決めたかおもむろに服に手をかけた。

「だああああ!!ちょい待てお前ら、頼むから!!」

そこで優夢さんが我慢の限界とばかりに吼えた。背を向けたままで。

「ちょっと待ってろ!服着て!!」

そしてそう言い捨てて、空へと飛び立った。あの方向は・・・魔法の森ね。

優夢さんを放っておいて水浴びを始めてもいいんだけど、妖夢とアリスがうるさかったので待つことにした。



十数分して、優夢さんは帰って来た。手にいくつかの包みを持って。

「はぁー、全く忘れてたぜ。」

「何処まで行ってきたんだ?」

「香霖堂。・・・あの嫌な記憶がこんなところで役に立つとは思いもしなかったよ。」

言いながら、優夢さんは持っていた包みの一つを解いた。

中から現れたのは。

「水着、ですね。」

そう、水着だった。もっとも、私が知っている水着とは少し形が違うけど。

「『外』の水着ってことかしら。」

「多分な。知識にはそうある。」

ならこれは『外』の水着なのね。

「で?これをどうするの?」

「着るの。」

「優夢さんが?」

「お前達がだ!!何で俺が着なきゃならんのだ、変態か俺は!!」

女性化すればいいじゃない。

「・・・俺は男だ。それを捨てるわけにはいかんのだ。」

「手遅れよ。」

「とっくに手遅れだぜ。」

「手遅れよねぇ。」

「ていうか、私の中では優夢は女って認識なんだけど。」

私達の口撃に、優夢さんはがっくりと膝を突いた。

「さ、というわけで優夢さんが最初に着なさい。」

「何で!?」

「言いだしっぺじゃない。」

「・・・残念ながら、水着は人数分しか買ってきてないんだ。つまり、6着しかな。」

「別に私は裸でいいわ。」

「私も別に構わないよー。」

「私はむしろ裸の方がいいわ~。」

「じゃあ幽々子の分で買ってきたのを着ればいいわね。大きさ的に考えて。」

「んー、これだね。はい、じゃあ女性化して着替えな。」

「・・・なんでさ。」

それがこの世というものよ。





***************





「泣いていいかな?」

「ダメよ。笑顔でいなさい。そっちの方が可愛いから。」

結局、霊夢達に押し切られる形で女性化→水着コンボと相成ってしまった。

水着のない幽々子さんは裸で水浴びするとか言い出したので、せめてとサラシと替えの下着を渡しておいた。

ていうかこの水着、サイズが俺にジャストフィットなんですが。霖之助さん・・・初めから俺が着ること前提で渡しましたね?

ちなみに白のビキニ。せめて黒で頼みたい。

「どうしてこんなことに・・・。」

「ま、まあまあ。似合ってますから元気出して下さい。」

「そうよ。それに、あなたも男物の水着を買って来なかったってことは、女物着るつもりだったんでしょ?」

いや、俺は褌一丁で行こうと思ってたけど。もちろん赤フン。

そう言ったら、妖夢とアリスがげんなりした。何か間違ったか俺は。

ちなみに妖夢は黒のワンピースタイプを着ており、アリスはフリルのついた白いセパレートだ。

「大体、男は可愛いなんて言われても嬉しくない。」

「そんな格好して男って言い張られてもなぁ・・・。」

白と黒の競泳水着を着込んだ魔理沙に突っ込みを入れられた。

どんな格好してようが、俺の魂は完膚なきまでに男なんだよ。

「まあその辺は追々矯正するとして、とっとと水浴びしましょ。」

「いっえーい!!」

聞き捨てならんことを言う霊夢――白のワンピースタイプを着てる――に抗議をする前に、スク水萃香が湖にダイブした。

勢いよく飛び込んだもんだから、水しぶきがこっちまでとんできた。

「あ、ずるいぞ萃香!!私も入る!!」

「えーい!!」

「あ、幽々子様!!ちゃんと準備体操を!!」

「死人には意味ないでしょ。」

そして続いて魔理沙、幽々子さんが飛び込み、慌てて妖夢が後に続き、その後にアリスが冷淡に言い放ってから飛び込んだ。

すぐに水の中でハシャぎ始める少女達。・・・やれやれ、元気だな全く。

「ほら、優夢さんも。」

「ああ、わかってるよ。・・・お前らに現代泳法というものを見せてやる!!」

叫び、俺と霊夢も水に飛び込む。

納得がいかないこともあるけど、今この瞬間は楽しい。

とりあえずはそれでいいことにした。



騒ぎを聞きつけたチルノと大妖精も交じり、この日は心ゆくまで水の中で遊んだ俺達だった。





ちなみに。

「楽しそうね。・・・何で私を誘わないのよ!!」

「お嬢様は流水の中には入れないでしょう。」



「うぎぎ・・・何で私は誘われなかったの!?」

「日頃の行いだと思いますよ、紫様。」



「この私が優夢さんの水着姿を撮り逃した・・・だと・・・?」

「文様・・・もう少し自重を覚えられた方が・・・。」



誘われなかった面々は、覗いたり後から聞いたりしてそんな反応を返したそうな。

・・・完全に忘れてました。申し訳ない。





+++この物語は、ドキッ!女だらけの水遊びポロリもあるよ(観客なし)、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



自分では男らしいつもり:名無優夢

しかし最早女としか認識されていない。男と思ってるのは数える程度。

悩ましげなボデーと扇情的な所作が原因。そして自覚なし。

これなんて天○な小生意気?

能力:あまねく願いを肯定する程度の能力

スペルカード:思符『信念一閃』、想符『陰陽七変化』、境符『四重障壁』、現象『闇色能天気』など



男でも女でもあまり関係がない:博麗霊夢

優夢は優夢であるので、その属性にとらわれることはない。

とらわれることはないが、女の方が目の保養になると思っている。胸的な意味で。

ちなみに、神社に池があることはすっかり忘れている。

能力:主に空を飛ぶ程度の能力

スペルカード:霊符『夢想封印 集』、夢符『二重結界』など



男だとまだ恥ずかしい:霧雨魔理沙

意外と純情な娘さんなのである。しかしながら女時には容赦がない。

パワーとスピードが信条の彼女は泳ぎで負けたことが悔しく、しばらく湖通いをしたとか。

ちなみに平泳ぎ。クロールには勝てない程度の泳法。

能力:魔法を使う程度の能力

スペルカード:魔符『ミルキーウェイ』、恋符『ノンディレクショナルレーザー』など



優夢関係だけ付き合いがいい:アリス=マーガトロイド

本人は友達だからと言い張っているが。自覚なしに優夢に気に入られようと必死。

頭のいいバカ。ますますもって妖夢と同レベルである。

ちなみに弱点は優夢のはにかみ笑い。

能力:人形を操る程度の能力

スペルカード:魔符『アーティフルサクリファイス』、咒詛『魔彩光の上海人形』など



優夢関係意外でも割と付き合いがいい:魂魄妖夢

彼女の場合、ちゃんと霊夢と魔理沙を友人として認識している。

何だかんだで冷静さが足りないのでいじられやすい。今回は被害にあわなかったが。

優夢の水着姿に見とれたのは秘密。

能力:剣術を扱う程度の能力

スペルカード:人符『現世斬』、魂符『幽明の苦輪』など



傍観する亡霊:西行寺幽々子

優夢とくっつくのは妖夢だったらいいと思っているが、わりかし誰でもいい。

優夢以上のバストを持ちながら、サラシと下着で湖にダイブ。当然サラシは外れました。

恥とかあんまない。達観してるというか、枯れてる。

能力:死を操る程度の能力

スペルカード:亡舞『生者必滅の理』、桜符『完全なる墨染の桜』など



今を遊び倒す鬼:伊吹萃香

呑む、騒ぐ、遊ぶと、生を謳歌するちびっ娘。

鬼とは基本的にそういう生き物だが、萃香の場合外見に引っ張られてか少々趣向が幼い。酒は呑むが。

霊夢、優夢と並んで風呂に入る姿は正に三人姉妹。そのうち協力スペカとか出そうだ。

能力:疎と密を操る程度の能力

スペルカード:鬼符『ミッシングパワー』、『百万鬼夜行』など



→To Be Continued...



[24989] 三章一話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:28
どんな季節でも、幻想郷は騒がしい。

春なら花見を口実に宴会をするし、夏は陽気とともにテンションが上がっていく。冬はさすがに落ち着くかと思いきや、人里では毎夜毎晩どこかで宴会が行われてるんだとか。

外の知識を持ってる俺からすれば、ここの住人のバイタリティの高さにはうならされる。

そしてそれは、気温が落ち着いてくる秋でも変わることはない。

去年は色々あって、秋の頭頃はあまり人里に顔を出せなかったが、出せるようになってからは結構宴会に駆り出された。

まあ、俺の体力も続かなかったから、断ったのもかなりあったけど。

秋は収穫の時期だ。

人里の人々は大半が自分の田畑を持っており、この時期のそれらは見事なものだ。マルコ=ポーロが『黄金の国』と称した気持ちがよくわかる。

人々はそれを収穫し、盛大に収穫祭を行うのだ。

山から豊穣の神様とかも降りてきて、規模は相当なものだ。去年参加したときは目が回った。

それにこの時期は月見もある。ひょっとしたら、一年で最も宴会が熱い季節は秋なのかもしれない。

そう、季節は夏を過ぎ秋になっていた。



そして明日は十五夜。一年で最も綺麗な満月が見られる日だ。

俺は月を眺めるのも結構好きだ。だから、霊夢の月見をしようという提案を二もなく承知した。

ちなみに霊夢の場合、色気より食い気なのだが。いや呑み気か?

ところで俺の酒の強さだが、幾分か強くなったと思う。焼酎一本空けても平気になったし。

それでも、幻想郷一般レベルには到底及ばないし、そもそも進んで呑もうという気は起きないんだが。まあ、余談だな。

特に誰かを招待しているわけではないが、多分魔理沙とかレミリアさんとフラン、冥界組とか、いつもの面子が集まるんだろうな。それならそれで構わない。宴会は大勢でやった方が楽しいもんだ。

そんなわけで、明らかに三人では食べきれない量の月見団子を、今まさに鋭意作成中な俺だった。





誰もが月見を楽しみにしていた。聞いたわけではないが、俺の知る皆はそんな奴らばかりだ。

だから、月見を邪魔する奴なんかいるはずがない。

このときはそう、思ってたんだ。





東方幻夢伝 第三章

永夜抄 ~All Wishes Full Moon...~






「おー、綺麗な月だなー。」

俺は空を見上げ、誰にともなく言った。

東の空から月齢十四の月が上っていた。ほぼ満月。かさもかかっておらず、明日は晴れそうだった。

幻想郷の月は綺麗だ。『外』の世界のことは知識でしか知らないけど、おぼろげながら頭に浮かぶ映像はあんなに鮮明な月ではない。

幻想郷は『外』に比べて文明が遅れている。それは生活が不便であるということだが、同時に文明がもたらす弊害を受けてないってことだ。

里は眠る。夜の光を駆逐しない。道を走る自動車も工場もなければ、空を汚す排ガスもない。

だから夜空の瞬きは邪魔されることなく俺達の目に届く。宝石箱をちりばめたって表現があるけど、まさにそんな感じの夜空だ。

その中でとりわけ大きな光を放つ、月。

月は人間を狂わすとか言うけど、なるほどこんな綺麗な月なら狂わされることもあるのかもな。

秋の夜空を見上げながら、俺はそんなことを考えていた。

何でそんなことを考えていたかはわからない。けど、ひょっとしたらその月が、失われた記憶の中に眠る月を想起させて郷愁ノスタルジーを感じさせているのかもしれない。

「・・・とか何とか思っちゃったりなんかしてー。」

芸術の秋らしく、詩人になってみた。

ちなみに今は団子作りの休憩中だ。せっかく月が綺麗なので、外に出て眺めてたんだ。

別にイメチェンしたわけじゃない。ただ単に、たまにはこういうのも面白いかなーって思っただけだ。

だからさっきから俺の『世界』の中から笑ってる奴ら、いい加減マジ勘弁してください。

(いや、だって。ねえ?)

(似合わないし。)

(意味もないのかー。)

(大体あなたまだ記憶全然戻ってないでしょうが。)

(ま、まあたまにはそういう気持ちになることもあるんですよね。私はわかってますから。)

励ましてくれる妖夢の言葉が逆に痛かった。あーもう、わかってるよ。全然俺のキャラじゃなかったよ。

全く迂闊に変なことも考えられない。・・・そもそも変なこと考えること自体あんまりないけどさ。



俺の中にある『願いを肯定する世界』。そこの住人は5人だ。

ルーミア。レミィ。りゅか。妖夢。萃香。

種族も能力もバラバラな5人。だがこの5人は、意外と上手くやっていた。

時々は軽いケンカみたいなこともしてるけど、それらは皆冗談の範囲だ。

仲がいいのはいいことだ。が、こうやって皆で結託して俺を笑いものにするのは勘弁してもらいたい。

・・・まあ、悪意がないことはわかってるしいいんだけど。

「それにしても賑やかになったもんだ。」

ここに来て一年と半年。初めはルーミアだけだった世界が、いつの間にか5人だ。

りゅかの話だと他にも60億人の『願い』が俺を構成しているらしいが、それらは皆自我を持たない――言い方は悪いがただの願いだ。

俺の中に明確に存在している『願い』は5人だ。少ないように思えるかもしれないが、それでも十分過ぎるほど賑やかなものだ。

これからまた増えるかもしれないと思うと、憂鬱なような楽しみなような。

「・・・それはいいことなのか悪いことなのか。疑問だなぁ。」

願いが肯定されるなら、それはいいことだと思うけど。

「考えても仕方がないことだよなぁ。」

結局、『俺』という小さな自我がそんな大きなこと考えても答えが出るはずもない。だから俺の答えはいつもそこに行き着いた。

つまりこれらは、どうでもいい無意味な思考。それでも休憩時間の時間潰しには最適だ。

何せいつまで考えても答えは出ず、なおかつ飽きない命題なんだからな。

さてと、そろそろ休憩おしまいにするか。

「残り500個、気合入れて作るぞー!!」

皆が楽しみにしているだろう月見団子。気合も入るってもんだ。

特に幽々子さん辺りがバクバク食うことは目に見えてる。だから数もいっぱい作らないとな。

もっとも、妖夢辺りも作ってきて結局あまることになるかもな。そう思って情景を思い浮かべ、苦笑する。

俺は立ち上がり、腕をまくり台所に戻った。





このとき、俺は全く気付いてなかった。気付けなかった。

月が少し――ほんの少しだけ――歪な形をしていることに。





***************





私は空を見上げた。

空には満月まで後一日に差し迫った月が、高々と浮かんでいた。

そう、見えた。

「何処の誰だか知らないけど、随分な真似をしてくれるわね。」

月を奪うなんて。

空には変わらず月が浮かんでいる。幻想の――偽物の月が。

私はとうに気付いていた。いや、人間ならまだしも、妖怪で気付かぬ者はいないでしょう。

あれは毒気すら含まぬ、ただ照らすだけの月。気分を高揚させることすらない。

形も歪。それは決して満ちることのない月だった。

「全く、幻想郷において月がいかに大事なものかわかってるのかしら。」

誰にともなく――いや誰もいないからこそ、私は大きく嘆息した。

妖怪や神といった幻想の存在にとって、言ってみれば月は第二の酸素だ。

月の光を浴び続けることで妖怪化する動物だっているぐらいなのだ。月は妖怪を妖怪たらしめるのに必要不可欠な要素の一つ。

それが奪われればどうなるか。ろくな未来が待っていないのは想像がつくだろう。

具体的には、幻想の生き物達の緩慢な弱体化。そして死。

それは『人と妖怪が共存する』幻想郷の死を意味する。

幻想郷の守り人として、断じて認めるわけにはいかない。

ならどうすべきか。答えは決まっている。即ち、今度の『異変』を平定すること。

だがこれを『異変』であるとしたら、解決するのは博麗の巫女――大きく言えば『人間』でなければならない。

ここが『人間と妖怪が共存する楽園』である以上、妖怪が起こした『異変』は人間が『解決』しなければならない。逆もまた然り。

・・・本当はそんなことは気にせず自由に『異変』を起こし『解決』できるにこしたことはないのだけど。それを許容するほどには幻想郷は発達していない。

それが私の描く理想の幻想郷。・・・思考が反れたわね。

ともかく、これほどの天変地異を起こせる人間は幻想郷にはいない。妖怪が起こした『異変』というのは確定。

ならば博麗の巫女――霊夢か優夢(私の中ではそれもありかなと思ってる)――が解決しなければならない。が。

「そもそも気付かないと話にならないわよねぇ・・・。」

開いたスキマに目を移す。

霊夢は暢気に縁側で茶を啜り、優夢はせっせと月見団子作り。まるで気付いてない。

唯一気付きそうな萃香はというと、夕飯食べてお腹いっぱい高いびき中。子供じゃないんだから。

・・・やはり私が動くしかないか。本当は幻想郷の発展のことを考えると、私が介入するのはいいことではないのだけど。

「仕方がないか。背に腹は変えられないもの。」

誰も見ていないので嘆息する。藍がクドクドうるさいから、こうやって適度にガス抜きをしないと持たないわ。

「境界の向こう側のあなた。『自業自得だ』とか思ったらスキマ送りにするわよ?」

さて、それでは動こうかしら。

私は空に手を掲げ、『夜と朝の境界』を一時的に断絶させるべく力をこめ。



その瞬間、何処かで力の発動を感じた。



複数箇所で感じられたそれらは、術式も様式もてんでバラバラだったけど、ある一点で共通していた。

それは、『夜明けを出来る限り遅らせよう』としている点。

「・・・なるほど、今回の『異変』は妖怪にとって死活問題だものね。動く奴もいるか。」

私は納得し、力の出所の様子を観察した。

魔法の森の霧雨邸。その前で七色の人形遣いがグリモワールを手に魔法陣を起動させていた。

あれは世界から朝を奪う禁呪か。不完全発動のようだけど、多分意図的ね。

『さてと。これで当面の夜明けは凌げるわ。それじゃ、さっさと片付けに行くわよ。』

『ひゅー、すっげぇ魔法だぜ。終わったらその魔法書、死ぬまで借りるぜ。』

『却下。馬鹿言ってないで行くわよ。』

・・・どうやら、アリスは魔理沙に協力を仰いだようね。

あの子なら優夢に頼みに行きそうだけど、優夢は魔法使えないものね。妥当なところか。

お次は紅魔館の屋上で。

『幻想郷全体の時刻を遅延させました。・・・ただ、この中で時間停止などを使うのは不可能ですね。』

『ふん、構わないわ。今回の相手は随分となめたことをしてくれたからね。この私直々に息の根を止めてやるわ。』

『・・・申し訳ありません。私の力が足りぬばかりに、お嬢様にご足労願うことになってしまい・・・。』

『構わないと言っているだろう。それよりも、遅れるんじゃないわよ。』

『はい!!』

紅魔の主従は妖怪の方が主体となってるみたいね。

あの娘にも一度、幻想郷の成り立ちを教えなくちゃね。・・・守ってもらえるとは思えないけど。

そして最後に冥界の白玉楼。

『・・・幽々子様?本当にこんな方法で朝が来るのを遅らせられるんですか?』

『この本にはそう書いてあるわよー?ほら、『篝火で魔法陣を作り、適当に材料を加え、妖夢が踊れば完成』って。』

『最後の一文明らかにないですよ!?あと色々と適当過ぎます!!』

『細かいことを気にしてちゃ大きくなれないわよ~?』

『ああもう!!とにかく、これでいいならもう行きましょう!!月を取り戻さなければ!!』

『お月見お団子妖夢餅~♪』

『私はお餅じゃありません!!』

・・・不安になる主従ねぇ。



ともあれ、この三組が動き出した。三組とも、ちゃんと人間がいるから問題はないわね。妖夢はグレーゾーンだけど。

これなら私が動く必要もない。

とは思ったけど。

「やっぱり不安よねぇ。」

今回出撃した者達は、協調性というものがことごとく欠けている。一部は私と戦った時に協力しあってたけど、それは優夢の力があったから。

下手をしたら、お互い潰し合ってましたなんてことにもなりかねない。

それでは困る。解決するのは人間なら誰でもいいが、解決はしてくれなければ。

「・・・やっぱり私が出るしかないわねぇ。」

三度嘆息する。そしてこれが本日最後の嘆息だ。

私は無造作に手を振るった。それだけで、夜と夜明けの間に深い溝が出来上がる。

「藍。」

私は自身の式の名を呼んだ。

主の命には忠実な九尾の式は、音もなく私の背後に現れた。

「今回は私も出るわ。あなたはどうする?」

「紫様が来いとおっしゃれば地の果てまでも着いていきます。来るなとおっしゃれば永遠にでも待ちましょう。」

「忠実なのはいいけど、柔軟性がないのはよくないわ。62点ね。」

「手厳しいですね。」

そう簡単に満点は上げられないわよと、妖しく笑う。

「それでは着いてきなさい。地の果てまでもね。」

「御意に。」

「結構大物が釣れそうな気がするから、準備は入念に行っておきなさいな。」

「準備はとうにできております。いつでも出撃の御命令を。」

優秀な式神だこと。

「では。」

私は厳かに告げた。



「化粧直ししてくるから、ちょっと待ってなさい。」

藍が盛大にずっこけてたけど、これは女の子にとって死活問題なのよ。





ちなみに、私がこんなことをしていたがために、私達は大遅刻をしてしまったのだった・・・。





***************





私は何とはなしに月を見上げながらお茶を飲んでいた。秋は月が綺麗なんだから、見ないのは損だ。

居間では萃香がいびきをかきながら寝ているが、別段気にするようなことではない。気にするほどになったら『夢想封印』でもぶち込めばいい。

だから私は、のほほんと食後のお茶を楽しんでいた。



ふと、違和感を感じた。気のせいかもしれないが、そうと断ずるにははっきりしすぎた違和感。

「・・・月が動いてない?」

そう。月がさっきから全く動いてなかった。

ひょっとしたら動いているのかもしれないけど、そうだとしたら余りに遅すぎる。

空を見ていなかったら気付けなかった。余りに些細な、それでいて重大な変化だった。

「ったく。何処のどいつよ。人が気持ちよくお茶を飲んでるときに。」

このまま放っておけば、朝が来ないかもしれない。それは人間にとっては重大なことだ。

ならばこれは『異変』だ。『異変』ならば、博麗の巫女である私達が動かないわけにはいかない。

「ふー、流石に1000個は多かったかな。・・・て、どうした霊夢。険しい顔して。」

折りよく優夢さんが月見団子を作り終えたらしい。

「月見を邪魔する馬鹿が出たわ。行くわよ、優夢さん。」

「は?いきなり何だ。詳しく説明してくれ。」

「夜が明けないかもしれないのよ。」

「んな馬鹿な・・・ってわけでもないらしな。」

私の表情からただ事ではないと察した優夢さんは、すぐさま意識を引き締めた。

「わかった、着替えてくる。」

「そんな悠長なことを言ってる暇があるの?」

着替えてくるとはあの黒服にだろう。今の優夢さんは巫女服だ。

全く、この人には博麗の巫女としての自覚があるのかしら。

「俺は博麗の巫女じゃないだろ。そしてお前に言われたくはない。」

きっぱりと言われた。・・・まだ洗脳不足だったか。

「不穏な発言はスルーするとして、あっちの方が戦術の幅が広がることはわかってるだろ?」

「今のままで十分強いじゃない。世界一でも目指すの?」

「確かにそれは男の子の憧れではあるが、そんな気は毛頭ないよ。弱い奴の精一杯だ。」

強者が謙虚だと性質悪いわね。

私は優夢さんの背中を目で追いながら、そう感じた。



優夢さんは男性状態に戻り、黒服を着て戻ってきた。見た瞬間にテンションがた落ちだ。

「お前な・・・。」

「しょうがないじゃない、つまらないんだから。」

あっちの方が目の保養になるし、何よりいじりがいがある。

「普段思う存分いじり倒してるだろうが!!『異変解決』のときぐらい我慢しろ。」

それもそうね。私は落ちたテンションを無理やり引き上げ、今一度気を引き締めた。

「さて、それじゃあ何処の誰だか知らないけど、幻想郷の夜明けを奪った馬鹿を懲らしめましょうかね。」

「その辺よくわかってないんだが、後で説明頼む。」



こうして私達の『異変解決』――後に『永夜異変』と呼ばれる、互いの思惑が折り重なった複雑な事件の解決が始まった。





***************





スキマをくぐり、博麗神社の境内に降り立つ。

もう寝てしまったのか、神社は既に灯りがなかった。境内を照らすのは、空に浮かんだ偽りの月のみ。

起こすのは少々気がひけるが、やむを得ないというものだ。

「お邪魔しまーす。」

ちゃんと宣言してから堂々と居間に上がる。これで私は不法侵入者ではない。

居間では変わらず萃香が眠りこけていた。お腹を出して。風邪をひいても知らないわよ。

ま、萃香は放っておきましょう。今用があるのは、霊夢と優夢。

勝手知ったる私は、遠慮なく霊夢の部屋の戸を引いた。

「霊夢~、『異変解決』のお時間よー・・・って、あ、あれ?」

だがしかし、そこは蛻の殻だった。

おかしいわね、霊夢の部屋はここであってるはず。

ひょっとしたら優夢の部屋で一緒に寝てるのかしら?

「知らない間に随分と仲良くなってたのねぇ・・・。孫の顔が楽しみだわ。」

「色々突っ込みたいところなんですが、それよりもあまり時間がないのでは?」

おっと、そうだったわね。まだ余裕はあるけれど、無限というわけではないのだから。

私達は霊夢の部屋を後にし、優夢の部屋へと向かった。

「お楽しみのところ失礼しまー・・・。」

だがそこにも二人はいなかった。

・・・どういうこと?数分前までは確かにいたはずだけど・・・。

まさか数分の間に『異変』に気付き、解決しに行ったのだろうか?

有り得ないと言い切れないところが霊夢の恐ろしいところだわ。

「どうしよう。せっかく気合いを入れてお化粧してきたのに。」

「気にする点が間違ってますよ、紫様・・・。」

藍が呆れた溜め息をついた。主人に対し失礼な式神ね。

と。

「ふぁ~あ、何か物音すると思ったら紫だったのか・・・。」

萃香が欠伸をかみ殺しながらやってきた。

「起こしてしまってごめんなさいね。」

「んにゃ、いいよ。私も起きかけだったしね。」

「そう。ところであなた、霊夢と優夢が何処に行ったか知らない?」

「あー・・・、何か『異変解決』とか言ってた気がする。」

そうか。やはり霊夢は気がついたのね。

これはどうやらいらぬお節介だったようね。

私はそう安心し、霊夢の成長を喜んだ。





「しっかし、『朝』を奪うなんてどんな妖怪なんだろうねぇ。大層な力持ちじゃないか。」

その私の感想は、萃香の言葉で粉々に破壊されたが。



「ちょっと待ちなさい萃香。二人は何をしに行ったって?」

「だから『終わらない夜の異変』を解決しに行ったんだって。もっとも、未然に防げば終わらなくもないかね。」

「・・・なんてこと。」

読み違えていた。この私が、完全に失念していた。

霊夢の勘は確かに鋭い。だけどそれは、真実を知るわけでも未来予知ができるわけでもない。

では目の前にわかりやすい難題とわかりにくい難題があったら?

霊夢は間違いなくわかりやすい難題に手を出す。つまり、『終わらない夜』の解決に。

しかも鋭い割に何処か抜けている霊夢のことだから、終わらない夜が明けたら何の疑問ももたないだろう。そもそも人間にとって、月が本物か偽物かなど些細な問題なのだから。

そしてそれらは優夢にも当てはまること。賢い彼だけど、非常識な存在故か常識にすがっている。だから、教えられれば受け入れるだろうけど、自分から思いつくということは期待できない。

さらに性質が悪いのが、両者ともに幻想郷屈指の実力者であるということ。つまり、あの三組を本当に打ち負かしてしまう可能性があるということだ。

そうなったらこの『異変』は誰が解決する?

「まずいことになったわね。」

「誰のせいです。」

藍の冷たい視線を極力気にしない方向で、私は次善の策を模索した。

「・・・あー、話が見えてこないんだけど。ひょっとしてそれ、紫の仕業?」

「私だけではないけどね。説明している時間がもったいないから、終わったら詳しく」



そこで一旦言葉を区切ることとなった。萃香がその豪腕を振るってきたから。

私はひらりと身をかわし、萃香と対峙した。

「何のつもり?」

「いやね、神社の釜の飯を食べてる身として、『異変解決』には協力しなきゃと思ってさ。」

答える萃香の目は、好戦的な輝きを放っていた。

「事情があるのよ。話してる時間ももったいないぐらいの。」

「胡散臭いねぇ。私はあんたのことは信頼してるけど、信用はしてないよ。」

・・・これも日頃の行いというやつだろうか。私は内心で嘆息した。

「藍。この聞かん坊を黙らせるわよ。」

「・・・どうやらそれしかないようですね。」

「1対2かい?私も随分高く買われたもんだねぇ。」

「ええ、時間がないもの。手早く終わらせるためには手段を選んでいられませんわ。」

「へえ。手早く終わらせられるかな?たった二人で、百鬼を相手にさぁ!!」

「百や二百の境界程度で、私達をどうにかできると思わないことね!!」





こうして、急がなければならないというのに、私達は萃香と勝負をする羽目になってしまった。

幸先の悪いスタートね。

私は再び、心の中で密かにため息をついた。





+++この物語は、巫女と幻想が『異変解決』を退治しようとする、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



まだまだ増える願いの結晶:名無優夢

現在5人。今回の『異変』を通しても人数が増えそうな予感。

あんまり増えると処理しきれない。作者的な意味で。なので極力増やさぬ方向で。

能力の最大活用である現象シリーズは、あんまり増えてない。むしろ通常スペカの方が増えてる。

能力:あまねく願いを肯定する程度の能力

スペルカード:???、???、???、???など



いつでも何処でもマイペース:博麗霊夢

それが彼女の生き様というか信条。あるいは性質。

そも、彼女が自分のペースを乱すことなどあるのだろうか。こっちが聞きたいわ。

今回は敵役として動き始めた。果たして、彼女を負かす事ができる者はいるのだろうか?

能力:主に空を飛ぶ程度の能力

スペルカード:霊符『夢想妙珠』、神霊『夢想封印 瞬』など



全ての状況を把握している者:八雲紫

把握してるが故に焦ってるが、そんなことは微塵も思わせない態度。流石ゆかりん、胡散臭いぜ。

他の皆がそれなりに苦労して朝を遅らせている中、ほんのわずかな動作で実行してしまうところが、彼女の力の出鱈目さをうかがわせる。

優夢は彼女公認の博麗の巫女となりつつある。ヤバイぞ優夢。

能力:境界を操る程度の能力

スペルカード:境符『四重結界』、境界『永夜四重結界』など



幻想郷一の苦労人:八雲藍

主人のせいで苦労人。だが彼女も、ある意味で橙を苦労させているので当然の苦労。

萃香にはグルグル体当たりで特攻していった。紫のことは何だかんだ言いながら尊敬しているのである。

今回は紫のパートナー件使い魔としての立ち位置。

能力:式神を操る程度の能力

スペルカード:式神『仙狐思念』、幻神『飯綱権現降臨』など



→To Be Continued...



[24989] 三章二話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:28
「しかし、あの月が偽物ねぇ・・・。」

私は空を見上げながら呟いた。今私達は『本物の月を奪った奴』を探すために空を飛んでいる。

私『達』ということは、一人ではない。今回の私のパートナーは。

「そのくらい自分で気付きなさい。仮にも魔法使いなんでしょ。」

アリス=マーガトロイド。友人の七色の人形師だ。

私が明日の神社の月見宴会に備えて寝ようとしてるところに殴り込んできて、「月が隠された」と言い出したのだ。

月が隠されては宴会ができない、やれ大変だと外へ出てみたが、別に月は隠れてなんかはいなかった。

人騒がせな奴だ、とうとう狂ったかと思っていたら、『よく見なさい、あんたにはあれが本物の月に見えるの?』とか言ってきた。

私にはよくわからなかったが、アリスはグリモワールまで用意して本気のようだった。

だからこうして術にも協力し、アリスに同行しているのだが。

「失敬な。私はれっきとした魔法使いだぜ。」

「じゃあわかるでしょ。あの月からは魔力を感じないって。」

「あー。悪いが私は人間だ。そんな些細な違いは気にならないぜ。」

「・・・ったく、こいつは・・・。」

アリスが呆れたように私を見ていた。本当に失礼な奴だな。

最近は随分付き合いもよくなってきたし、性格も丸くなってきたと思ってたけど、やっぱりこいつは変わってない。七色の引きこもりのままだ。

「失礼はどっちよ。私はあんた達人間と違って、必要以上の関係を作らないのよ。」

「つまらない魔法使いだぜ。」

「魔法使いの鏡、と言ってほしいわ。」



そんな感じでお互い軽口をかわしながら飛んでいたのだが。

「なんか、『異変』のときはうざいほど出てくる妖精が少ないな。」

今回は『異変』と言うには珍しいほど妖精が出て来なかった。

たまに出ては来るが、連中も何処か動きに精彩さを欠いていた。

「この月のせいよ。妖精や妖怪は月の魔力の影響を受けやすいからね。」

「本物じゃないから元気が出ないってわけだ。張り合いのない。」

「幸運だと思いなさい。ラスボスまで楽できるんだから。」

まあな。楽なのはいいことだ。

「だけど『異変』と言ったら撃墜競争だろ?」

「あんた普段そんなことしてるの?野蛮ね。」

んなこたぁない。私は普通だぜ。

証拠に、『異変』のときには霊夢や、あの優夢でさえ撃墜競争に火花を散らすんだぜ。

「嘘おっしゃい。優夢が嬉々としてそんなことするはずがないでしょ。」

「人は見かけによらないもんだぜ。」

「性格にはよるでしょうが。」

ちっ、騙されなかったか。

「けど、優夢も『異変』のときは結構鬼畜だぜ?あの反則弾幕で妖精を蹂躙するんだからな。」

「・・・確かにあの子、自覚なく活躍しそうだけど。」

その通りだ。

「しっかしアリス、お前優夢のことなら何でもわかるんだなぁ~。」

茶化すように言ってやる。するとアリスは、わかりやすいぐらいにうろたえてくれた。

「な、何言ってんのよ!友達なんだからそれぐらい知ってて当然よ!!」

「私達のことはそこまでわからないのになー。」

「あんた達は友達じゃないでしょ。知り合いよ知り合い。」

一瞬で素面に戻るアリス。面白くないやつだ。

「それにあんた達のことだってそれなりにわかるわよ。伊達に長い付き合いしてるわけじゃないんだから。」

「それもそうだな。」

何だかんだで、こいつとの付き合いももう五年近くなる。

「私から盗んだグリモワール計253冊、いい加減返しなさい。」

「借りてるだけだぜ。」

一生な。





「ところであんた、気付いてる?」

唐突にアリスが聞いてきた。だが私には理由がわかっていた。

「これだけあからさまで気付かない方がどうかしてるぜ。」

寄ってきた一匹の『蛍』を指で弾きながら、私は答えた。

先程から一匹二匹と増え始め、今や私達の行く道を照らすほどになった数の蛍。ここまでの異常にさらされて気付かない奴はいない。

「どうやらお招きのようね。」

蛍達は、私達の行く道を指定するかのように飛んでいた。

「そいつが『異変』を起こした奴だと思うか?」

「さあね。話してみないことには本当のところはわからないわ。」

「じゃあ予想は?」

私の問いに、アリスはしばし沈黙した。

「・・・そうね、予測するなら、こいつは『異変』の犯人ではないわ。高々蟲の妖怪程度がここまでの『異変』を起こせるとは思えないし、理由もないわ。」

確かにな。動物系の妖怪って奴は、一般的に弱い。何でかは知らんがそういう傾向がある。

「なら。」

「ええ。」



『無視して先に進もう。』

蟲だけに。





「ちょ、ちょっと!!あんなわかりやすくこっちに来いって言ってるんだから無視しないでよ!!」

まあ、すぐに蟲の妖怪が追って来たんだがな。





***************





何なのこいつら!人が呼んでやってるのに無視するなんて!!

「あいにくだけど、こっちはあんたに用がないの。時間もないのよ。」

「そういうわけだ。大人しく帰ってくれ、ぼーず。」

んな!?

「私は女の子だよ!!」

「はぁ?そんなナリしてか?」

こんな格好だっていいじゃない!蟲の王としての威厳ってやつよ。

「それにそっちに用がなくてもこっちには用があるんだから。」

「蟲の妖怪に用事頼まれる覚えはないんだけど。どっかであったっけ?」

「初対面よ。」

「なら用はないな。とっとと帰りな、キングオブG。」

・・・何そのGって。

「ゴキブリのGだぜ。まさか本当にいるとは思ってなかったが。」

「蛍ッ!!」

「魔理沙、キングオブのあとに続けるならコックローチの方がいいんじゃない?だからキングオブC。」

「あんたも突っ込みどころがおかしい!!」

こいつら・・・!!もう怒った。こいつらには私の目的を遂行させてもらうわ。

「そんで?見ず知らずのキングオブCが私達に何の用だ?」

「だからッ!!・・・いいわ。決まってるでしょ。食事よ食事。」

妖怪は人間を襲い、食べる。そんなこと常識だ。

「こんな夜更けにフラフラしてた自分達を恨みなさい。あなた達は私達の晩御飯になるのよ。」

私の周りを飛ぶ手下の蛍達が、羽音を鳴らし威嚇した。

だけど。

「・・・はっ。」

鼻で笑われた。何がおかしいのよ。それとも恐怖で気でも狂った?

「いやいや、今時そんなルーミアでも言わないようなことを言う妖怪がいるとは思ってなくてな。」

ルーミア・・・ってあのルーミア?

闇を操るちょっと頭の弱い、食欲だけは人一倍旺盛なあのルーミア?

「なんだ、ルーミアの知り合いか。そうだぜ。」

「そう。あいつを知ってるならわかるでしょ?私達は人間を食べるのよ。」

「なら残念だけど他を当たりなさい。私は人間じゃないし、こいつも『ただの』人間じゃないわ。」

「おいおい、私は『普通の』魔法使いだぜ?」

私達は威嚇しているというのに、こいつらは全く動じていなかった。どころか、まるで井戸端で世間話をするかのような気楽ささえ感じた。

何故?ルーミアを知ってるならもっと怯えなさいよ。

あいつは人間と見れば誰彼構わず『あなたは食べてもいい人類?』と聞いて襲いかかる妖怪だ。人里でも恐れられているというのに。

確かに私単体ではルーミアほどの力はないけど、私には手下の蟲がいる。今までにも何人もの人間を食べている。

だというのに、こいつらの余裕は何なの!?

「あー、ルーミアの知り合いなら話は早いな。私達は先を急いでるんだ。今度あいつと一緒に神社に来れば飯を奢ってやるから、ここは帰ってくれ。」

「奢るのはあんたじゃなくて優夢でしょうが。」

白黒の方がそんなことを言ってきた。

そんな嘘に誰が騙されるものか。

「神社って博麗神社でしょ?あの妖怪退治の巫女がいる。そんなところに誰が行くもんか!」

「別にあいつは誰彼構わず退治するわけじゃないぜ。」

「無駄よ。一般的な妖怪の認識ではそうなんだら。」

「そーなのかー。」

・・・馬鹿にしやがって!!

「御託はもう十分。さあ、大人しく食べられなさい!!」

私は蟲の手下とともに、一斉に弾幕を放った。

こうして、弾幕ごっこが幕を開けた。





***************





「よっと。」

「まあ、蟲の妖怪じゃこんなもんね。」

私達は敵の放ってきた扇形に展開する弾幕を難なくかわした。

その後、奴の使役する蟲達が追撃とばかりに多方向から弾幕を吐き出してくる。

だがタイミングはまばらだし量も多くない。かわせないわけがなかった。

「この!!」

敵はそれで躍起になってさらに激しく弾幕を撃ってきた。けれど結果は同じ。

「やーれやれだ。これならチルノの方がやり応えがあるな。」

魔理沙があくびをしながらそんなことを言った。

妖精は一般的に人間より弱い存在だ。それよりも弱い扱いされるこいつも可哀想っちゃ可哀想ね。

まあ、あの氷精は妖精にしてはやたらと力持ちだけど。

「こいつはお前にやるぜ。」

「あら。魔理沙のことだからてっきり圧倒して楽しむんだとばかり思ってたけど。」

「冗談。私は正義の味方だから弱いものいじめは嫌いなんだぜ。」

ひょうひょうという魔理沙の真意を私はわかっていた。

魔理沙はスタミナがない。一度に放出する――垂れ流すと言った方がいいか――魔力の量は尋常ではないが、それに見合うだけの容量がない。

たとえばこいつの代名詞とも言える『マスタースパーク』。あれはこいつの魔力が10だとしたら10全て使い切るような魔砲なのだ。

それを霊薬やらなんやらで補っているらしいけど、それにしたって限度はある。

だからこいつは、戦う回数が少ない方がいいのだ。そんなことは決して、おくびにも出さないけれど。

そういう冷静な判断をできるところは、私は魔理沙を評価している。せめて性格さえまともなら・・・。

まあ、今考えても仕方のないことではある。

「貸し一ね。」

「何で私が借りるんだ。譲ってやったのに。」

「どうせあんたは『一生借りる』でしょうに。」

魔理沙はクククと笑った。全く、何が面白いんだか。

魔理沙にリタイアされては元も子もない。私はこいつを引き受けた。

「? 何のつもり?」

私一人が前に出たことで、蟲の妖怪は怪訝な表情をした。

「別に。あんた一人相手に二対一は大人気ないでしょ。」

「・・・人間のくせに調子に乗って!後悔させてあげるわ!!」

だから私は人間じゃないと言ってるでしょうが。生粋の魔法使いよ。

私の内心の言葉など届くはずもなく、蟲の妖怪はスペルカードを掲げた。

蛍符『地上の流星』!!

そして宣言。同時、奴の周りに使い魔の蟲――妖蛍が集まった。

それらが一斉に八方に散った。弾幕を残しながら。

「やっ!!」

弾幕で逃げ道を塞ぎ、追撃を放ってくる。もう少し密度があればかわせないスペルだけど。

「これじゃ、妖力の無駄使いね。」

追撃の弾幕がまばらでは、逃げ道を塞いだ意味がない。私は弾幕の間に大きく空いた隙間に潜り込み。

「・・・そういうこと。」

先に放った弾幕の檻が、私に向かって詰め寄ってきた。どうやら二段構えだったらしい。

私はスペルで相殺すべく、ポケットに手を伸ばした。

が、それは無意味であると気付いた。

「・・・当たらないなら、スペルを使う意味もないわね。」

そう。敵弾は私には当たらなかった。

私に向かってきていた弾幕は、まるで蛍が寿命を終えるかのように、その途中で消えてしまった。

恐らくは使い魔が放った弾幕だからだろう。奴と比べて妖力が明らかに小さい。これでは維持できなくて当然だ。

要するにこれは。

「ただのこけおどしスペルね。」

慎重に構えていた自分が途端に馬鹿らしくなった。

「こんなので私を落とせるわけがないでしょう。」

パチンと指を鳴らす。

「えっ!?」

既に自分の至近距離まで人形が近づいていたことに気付いていなかった蟲の妖怪は、突然襲ってきた衝撃に目を白黒させた。

「その程度にも気付けないんじゃ、私の相手はつとまらないわ。わかったらさっさと帰りなさい。」

こいつの実力のほどは理解した。宵闇の妖怪以下だ。だったら、相手をするだけ時間の無駄というもの。

だというのに。

「ぐっ・・・、この、人間のくせにぃ!!」

まだ戦う気でいた。

だから私は人間じゃないと言ってるのに。

ため息の一つもつきたい気分だった。





***************





蟲の妖怪に対し、アリスは圧倒的だった。

いつも全力を出さず、必要最低限の力で勝とうとするアリスだが、今回ばかりはそういった微妙な加減も必要ないらしい。

明らかに手を抜いているのに、あの妖怪は手も足も出なかった。

今敵はスペルカードを使っている。宣言された名前は、灯符『ファイヤフライフェノメノン』。

どうやら奴は使い魔の蟲を使った弾幕を撃つらしい。それは人形を配置し、いくつもの砲台を構えるアリスに通じるところがある。

違いは、一度に扱える量と威力。先ほどから奴は使い魔とともに弾幕を撃ち続けているが、アリスには全く当たる気配もない。

対してアリスは、あちこちに配置した人形から縦横無尽に弾幕を撃っている。ああなってはあの程度の妖怪じゃ、抜け出すことは無理だ。

勝負は決まったようなものだった。

「あぐっ!?」

背後から弾幕を受け、前に吹っ飛ばされる蟲の妖怪。

地上に落ちる前に体勢を立て直したが、これであいつは2枚ブレイク。

「おいぼーず。これでわかっただろ。お前じゃ私らには勝てない。今日のところは大人しく帰れ。」

「あんた何もしてないじゃない。」

アリスの突っ込みは無視。

「・・・るさい。」

「おん?」



「うるさいうるさいうるさーーーい!!私はもっと強いんだ、人間なんかに負けるもんかッッッ!!」

烈火の如く吼え、蟲の妖怪は私に向かってきた。それはまさしく流星のような蹴りだった。

だが。

「・・・バカが。」

それがかわせない私じゃない。高速機動であっさりとかわす。

的を見失ったことで、蟲の妖怪は勢い余って体勢を崩す。

そこへ星の弾幕を10発ほど叩き込んでやった。

今度こそ、蟲の妖怪は力なく地面に落下していった。

「ちっ・・・胸くそ悪い勝利だぜ。」

「美味しいとこだけ持ってってそれ?・・・まあ確かに、味気ない勝利ではあったわね。」

あれだけ暴れてそれはないんじゃないか?

「失礼ね。あんなの暴れたうちにも入らないわ。そうじゃなくて、あの子多分全力を出せてなかったわ。」

「・・・なるほど、月か。」

「そういうこと。」

あの月が偽物だから、妖怪は本気を出せない。

助かるには助かる話だが、何とも『異変』らしくない話だ。妖精は出ない、妖怪は弱体化してる。

「私はこんな幻想郷、嫌だな。」

やっぱり幻想郷は皆がやかましく暴れまわってて、賑やかじゃないと。

「・・・そうね。そこは同感だわ。だからこそ、私達が月を取り戻そうとしている。」

「そうだな。急ごう。」

私は頷き、アリスとともにその場を後にした。





***************





何て無様な。私は地に倒れ伏し、屈辱に震えていた。

確かに私は、妖怪としてはそこまで強いわけじゃない。だけど妖怪なのだ。人間なんかよりも、ずっと強い。

なのに今、人間に負けてこうやって地面に落ちている。これ以上の屈辱はなかった。

何故か力が出ないから。だからあいつらに負けたんだ。本気ならあんなやつらに負けるはずがない。

そう自分に言い聞かせ、必死に屈辱に耐えた。



だけど、本当はわかってた。

あいつらは強い。たとえ私が本気を出せたって、あいつらには敵わないって。

わかっていたけど、認めたくなかった。認めてしまったら、私の妖怪としての――蟲の王としてのプライドが、粉々に崩れてしまいそうだったから。

拳を握り締め、体を起こす。

「まだ・・・負けてない。」

折れそうになる心を支えるように、自分に言う。

「私はまだ負けてない。」

そうだ。私はまだ最後までスペルを使っていない。

「私はまだ、負けてない!!」

だったら、やるべきことは一つ。



私は今持てる全力をもって奴らを叩き伏せるべく、再び空を駆けた。



「・・・まだやる気なの?もう決着はついたと思うけど。」

再び現れた私を見て、私と戦っていた方の人間がうんざりしたように呟いた。

「まだよ。私はまだ戦える。スペルだって残ってる。」

「お前の実力じゃ私らには勝てない。わかってるだろ?」

「たとえそうだったとしても、認めるわけにはいかないのよ。」

妖怪が、人間なんかに負けるなんてことは。

「だから私は・・・。はぁ、言っても無駄ね、これは。」

「多分魔法使いと人間の区別がついてないぜ。」

「というか、魔法使いを人間と思い込んでるクチね。学のない。」

「言ってやるな。相手は蟲だぜ。」

「あなた達がただの人間じゃなかったとしても、私は負けるわけには行かない。それが王というものなのよ。」

それが私の負けられない理由。私は自分一人の身ではない。幻想郷にいるありとあらゆる蟲の頂点に立つ存在だ。

蟲は決して強いものではない。鳥獣には食べられ、ちょっとしたことで死んでしまう。

だから群れる。その群れの一番上にいるのが、私。

なら私は長として、勝ち続けなければならない。たとえどんな手段を講じたとしても。

そして一人の妖怪として、人間に負けることなどあってはならない。

だから。

「私は今度こそ全力で、あなた達を倒す。」

私の持てる最強のスペルカードを、宣言した。




「『季節外れのバタフライストーム』!!」





***************





それは、全力と呼ぶに相応しいスペルだった。

使い魔を使わず自分だけで放つスペル。だが、それは今までのスペルカードよりもレベルが高かった。

先ほどからこいつが使っている軌道変化弾幕。そして追撃に放つ放射弾幕。

その量も密度も、これまでの比ではなかった。

これは文字通りの全力なのだろう。月がなく本来の妖力を出せない状態なのによくやる。

「くっ・・・。」

「ほ!!」

私も魔理沙も、紙一重の避けをしている。そうでなくてはこの弾幕に当たってしまうほどの密度だったから。

弾幕のスピードも速く、気を抜く暇がない。

「だけど、やっぱり『異変』はこうでなきゃな!!」

私はどう温存して戦おうかと思案していたが、隣を飛ぶ魔理沙はやっと楽しくなってきたとばかりの表情をしている。

「・・・暢気なもんね。」

魔理沙らしいとは思うが、今は『異変解決』の最中。短慮はやめてほしいのだけど。

「弾幕ごっこは楽しまなきゃ損だぜ!!」

私の心中を他所に、魔理沙は猛スピードで光弾の嵐の中に突っ込んでいった。

「ちょ、待ちなさい!!」

慌てて止めようとしたが、遅かった。というか魔理沙は止めて聞く奴じゃない。

見る間に光の渦の中に埋もれて見えなくなってしまった。

「・・・全く。ここで落とされても知らないわよ。」

それはないとは思っているが、私はいざというときのことを考え、いつでもスペルカードを取り出せるように構えた。





***************





上、斜め、右、また斜め。私は渦巻く弾幕の中心めがけて、根性避けで突っ込んでいった。

徐々に徐々に、弾幕は苛烈さを増していく。

ようやく『異変』らしくなってきた。限界ギリギリまで迫り、心がどうしようもなく高揚するこの熱さ。

やっぱりこれがなくちゃ『異変』とは呼べない。

なら私は、私らしく『異変』を解決しよう。私は始まりから狂っていた歯車を、ようやく自分の元に戻せた気がした。

さらに荒れ狂う弾幕。弾幕は基本的に、外に行けば行くほどかわしやすくなる。弾幕を撃つ奴の近くまで寄れば、逃げ場はない。

それは当然だ。光源に近寄れば明るくなり、遠ざかれば暗くなるのと何ら変わりはない。

だから私は、あえて光源に近づく。この妖怪じゃないが、さながら光に群がる虫のように。

「なっ!?」

そして全ての弾幕を突破し、私は蟲の妖怪の目の前に出ていた。奴は目を向いて驚いた。

「私としたことが大事なことを忘れてたぜ。」

私は高速で動き続けたことによりずれた帽子を直しながら、妖怪に言った。

「私は霧雨魔理沙。魔法の森に住んでるごくごく普通の素敵な魔法使いだぜ。お前の名前は?」

「・・・羽虫の王、リグル=ナイトバグ。」

リグルか。覚えておこう。

「お前のスペル、中々だったぜ。前言撤回だ。お前は結構強いよ。」

使い魔の使役とこの奥の手。あわせたら、ルーミアと同程度かもしれないな。

私の言ってる意味が一瞬わからなかったらしく、リグルはポカンと口を開けた。

「だから、今度お前が本気でやれるときに、また勝負しようぜ!!」

私はこいつの全力に応えるように、ミニ八卦炉を構えた。

そして。



「恋符『マスタースパーク』!!」



光の奔流が、リグルを飲み込んだ。

防御すら許されず、リグルはあっという間に吹っ飛んでいった。

「ふぅ・・・。意外に骨のある奴だったぜ。」

「だったぜ、じゃないわよ!!何のために私が勝負してたのよ!!」

一仕事終えた私に、アリスが噛み付いてきた。

「おおっ!?いきなりなんだぜ。」

「あんた、何のために私にあの妖怪任せたのよ!?いきなり消耗してどうすんのよ!!」

「お前は何を言ってるんだ?」

私があいつを任せた理由は、あんまり面白くなさそうだったからだ。けど、最後の切り札は面白かった。

だから私がじきじきに相手をしたんだ。

「・・・こいつは~!!」

「何を怒ってるんだ?時間がないんだろ、早く行こうぜ。」

「わかってるわよ!!」

プンプンという擬態語が似合いそうなほどの勢いで、アリスは私を置いて先に行ってしまった。

・・・よくわからない奴だぜ。

「おっと。」

私は後を追って飛び立つ前に、リグルが飛ばされていった方角に視線をやった。

「楽しかったぜ、リグル。またな。」

聞こえてるわけもないが、私はそう告げて、アリスの後を追った。





***************





「えーと、こういう場合ってどうすればいいんだ?」

俺は困惑していた。霊夢とともに『終わらない夜の異変』を解決すべく神社を立った俺達だが。

唐突に妖怪の子が降ってきた場合の対処なぞ俺は知らん。

「とりあえず捨てとけば?」

「そういうわけにもいかんだろ。」

妖怪といえど、完全に気を失ってる状態だ。放っておくことはできない。

そういうわけで、俺はこの子を背負って先を急ぐことにした。



「あれ?何か今嫌な予感がしたんだけど。」

「気のせいじゃない?」





+++この物語は、禁呪の詠唱組が蟲の王と一方的な戦いを繰り広げる、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



自己中心的突進娘:霧雨魔理沙

決して後先考えた判断をしたわけではない。もちろん考えるときもあるが。

今回の『異変』は何処か元気がないので楽しめないでいる。さっさと片付けたいところ。

リグルとは友達になれたと思ってる。実に一方的である。

能力:魔法を使う程度の能力

スペルカード:恋符『マスタースパーク』、魔砲『ファイナルスパーク』など



自己中心的慎重娘:アリス=マーガトロイド

後先ばっかり考えて行動を取らない人。魔理沙とは対極の自己中。

『異変』が大人しいことは好機と見ているが、やはりつまらないとは感じている。結局は幻想郷人。

種族としての魔法使いなので、人間ではない。

能力:人形を操る程度の能力

スペルカード:魔符『アーティフルサクリファイス』、魔操『リターンイナトニメネス』など



闇に蠢く光の蟲:リグル=ナイトバグ

羽虫の王。小っちゃいものクラブ。でもリグルは普通の人型。

王とあるだけあって結構プライド高い。妖怪らしい妖怪。でも単騎ではルーミアよりも弱い。

男の娘と間違えられるけど、女の子。れっきとした女の子。

能力:蟲を操る程度の能力

スペルカード:蛍符『地上の流星』、灯符『ファイヤフライフェノメノン』など



→To Be Continued...



[24989] 三章三話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:29
此度の『異変』は随分と規模の大きいものだ。そのくせ、恐らく気付いていない者も多いことだろう。

人ならばその影響はほとんどない。気付ける人間は余程勘がいいか目がいいか神経質かのどれかだろう。

妖怪にしてもそうだ。ちょっと力が出にくくなり変だとは思うかもしれないが、それを「まあいいか」で済ますのが幻想郷の常だ。やはり気付くことはないだろう。

かく言う私も幽々子様に言われるまで気付かなかった。まだまだ精進が足りん・・・。

けれど気付いたのなら動かぬわけにはいかなかった。

幽々子様の発案で朝を出来る限り遅らせ(あんな適当な儀式でそれを実行できてしまったのがいまだ疑問だが)、こうして顕界の空を飛んでいる。

月は幻想にとって切り離せない要素の一つ。つまりこれは、幻想郷の一大事なのだ。

真実の月は必ず取り戻す。この白楼と楼観の剣にかけて・・・。

「早くお月見団子食べたいわ~。」

・・・ちなみに幽々子様の目的は『異変解決』ではなく月見――というか月見の際の料理だ。

確かに月見それも重要なのですが・・・。

「幽々子様、ことは幻想郷の存亡がかかった一大事です。もう少し真剣になられてください。」

「あら心外ね。私は真剣にお月見したいと思ってるわよ。」

自分の主のことながら頭痛がした。



そして現世の空を飛ぶこと数十分。

唐突に、幽々子様がおっしゃられた。

「おなかすいた。」

・・・・・・・・・。

「あ、あの幽々子様。白玉楼を出る前に7合は召し上がったと思うのですが。」

こめかみが引くつくのがわかったが、それを忍耐力で抑え込む。

落ち着け魂魄妖夢。相手は幽々子様だ、我が主だぞ。

「たったの7合じゃない。5分ももたないわよ。」

私の額には青筋が走っているに違いない。

「・・・お願いしますから幽々子様。『異変』が終わるまで我慢なさってください。」

「えー?やだやだー、おなかすいたー。」

「子供みたいなことをおっしゃらないでくださいっ!!白玉楼の主ともあろう方がみっともない!!」

今回は結構我慢した方だと思う。

だがこの非常事態だというのにいつも通り――いや、いつも以上に緩い幽々子様の態度に、私の堪忍袋の尾はブッチンと切れてしまった。

「我慢できないのでしたら、今後のおやつはなしです!!そしてお米も一合まで、当然おかずも減らします!!」

「なん・・・ですって?」

私の突きつけた脅迫に恐れおののく幽々子様。・・・って、そこまで反応なさることでもないでしょうに。

「ああああ・・・そんなことになったら世界は終わりだわ。私はこの先何を楽しみに生きていけばいいの!?」

「とうに死んでますから。」

「だけどお腹はすいたし・・・。くっ!やるわね妖夢。いつの間にかこんなにも腕を上げて・・・。」

「はいはい小芝居はもういいですから。大人しくしていただければご飯は減らしませんから。先を急ぎましょう。」

「はーい。」

やれやれ。

私は己が主人のお気楽さに、しばらくは頭痛が続きそうな気がしていた。





***************





ここは人里と魔法の森を結ぶ薄暗い小道。

かつてはここを、多くはないがそれなりの数の人間が通っていた。

だがそれが、いつしか数少なくなっていき、現在ではまず通る者がいない。余程の急ぎかわけありか、あるいは人間外でもない限り。

それには理由があった。ここを通ると、必ず誰かしらが行方不明になるのだ。

初めのうちは皆偶然だと思っていた。不幸な事故が重なっただけだと。

だがそれは必ず起こった。必ず誰か一人は行方不明になり、帰ってこなかった。

人々は恐怖に駆られた。これは妖怪の仕業ではないかと。妖怪が人をさらっているのではないかと。

しかし彼らにも事情がある。ここを通らぬわけにはいかなかった。

彼らは恐る恐る歩みを進めた。



ふと、歌声が聴こえた。人のものとは思えない、綺麗で澄んだ歌声。

彼らはこの道にまつわる噂を忘れて聞き惚れた。

そして、誰かが気付いた。



目が見えなくなっていることに。



人々は驚き恐怖し、千々に逃げ惑った。

だが目も見えず混乱した状態で逃げられるはずもなく。



彼らは一人残らず姿を消した。

以来この道は、人の消える道として、誰も通らなくなったとさ。





「めでたくなしめでたくなし、あーさっぱりめでたくなしっとぉ♪」

ミスティア=ローレライの一人リサイタルでしたとさー。

もうこれで何度目になるのかねぇ。3つ以上は数えてないんだけど。

ここを人が通らなくなって早ん十年。何処の誰の仕業か知らないけど、とんでもない話だよ。

ああ、昔は良かったなぁ・・・。人が通れば鳥目にして遊んで、お腹がすいたら食べて。何不自由なく暮らせてたのに。

「あ~あ、溜め息つきゃ幸せ逃げる、幸せ逃げりゃ溜め息もつく~♪」

お腹がすいて歌も陰気になるってもんよ。

そりゃ、私だってお腹がすいて倒れそうになれば虫だって食べるし魚も食べる。

だけどたまには人間も食べたかった。あの味を覚えてしまったら忘れろというほうが無理な話だわ。

おまけに何だか今日は力も入らないし。息苦しいっていうか。

「SATSUGAIせよSATSUGAIせよ~♪」

私のテンションは奈落の底へ直降中だった。



「SATSUGAI・・・ん?」

ふと、何者かの飛来音が聞こえた。

大きさからして同業さんとりとかではない気がするけど・・・。

「・・・ひょっとしたら人間かも♪」

昨今の人間は空をも飛ぶらしい。

ならなお結構だ。わざわざ地上に降りて襲う手間が省ける。

「今日は久々のご馳走だー♪」

私は意気揚々と、音の方に向かって飛んでいった。



んが。

「・・・ただの幽霊じゃん。」

「ま。失礼ね。ただの幽霊じゃなくてあんまり普通じゃない亡霊よ、雀さん。」

「それと私は半分は生きている。二度と間違えるな。」

どっちでもいいよ。食べられないなら。





***************





私達の目の前に現れた妖怪。それは夜雀の妖怪だった。

夜雀・・・雀かぁ。

「ところで何の用?私達は急いでるんだけど。」

「やー、用っていうかたった今なくなったっていうか。」

「そう。ならさっさと何処かへ行きなさい。今なら見逃してあげるわ。でなければ斬る。」

「まるっきり辻斬りねぇ。育て方間違えちゃったかしら。」

「ほんとほんと。眉間にしわ寄せちゃって。そんなんじゃ幸せ逃げてくよー。」

「いらない世話よ。」

「まあそう言いなさんなって。ここはミスティア=ローレライのコンサートでも聴いてハッピーになってきなよ!」

「いらないと言ってるでしょう。それとも斬られたいの?」

「まあまあ、落ち着きなさい妖夢。」

「しかし幽々子様・・・。」

「そーだよみょんみょん。ゆゆっちの言うとーり!」

「みょんみょんってなんだ!?そしていきなり馴れ馴れしい!!」

だって相手は鳥類だもの。頭弱いのよ、鳥類。

「ところで、ミスティアさんと言ったかしら?」

「そう!!私は夜雀のミスティア=ローレライ!!みすちーでいいよ、ゆゆりん。」

呼び方変わった。まあいっか。

「そう。みすちー、あなたにお尋ねしたいことがあるのだけど。」

「何だいゆゆちゃん。」

私はニッコリと、多分そうそう見せないほどのいい笑顔で尋ねた。



「あなたは食べてもいい鳥類?」



妖夢とミスティアは私の言っている言葉の意味がわからないようで、停止した。

沈黙。

ややあって、ミスティアが再起動した。

「・・・えーと、もっかいいいかな、幽々子サン。」

「あら、よく聞こえてなかったのね。ならもう一度言うわね。今度は聞き逃さないように。

あなたは食べてもいい鳥類?」

「えー、あのー、それってー、つまり?」

「私が、あなたを、食べてもいいかということよ。」

沈黙。あら、こんなにわかりやすく言ったのにまだわからなかったのかしら。

「・・・つかぬことをお聞きしますが、幽々子様は何故そのようなことをおっしゃるのです?」

「雀って珍味なのよ~。ちょっと小骨が多いけど。」

「・・・食われてたまるか!!」

私が妖夢に説明している隙を突いて、ミスティアは脱兎の如く逃げ出した。

「追いなさい妖夢。今夜は焼き鳥よ。」

「え、あ、はい。・・・って目的が違うような・・・。」

「さあ早く!!逃げられてしまうわよ!!」

「は、はい!!」

こうして私達は、夜雀を追いかけることになった。

ご飯~、ご飯~♪





***************





くそー、こんなことなら声かけるんじゃなかったよ!!

私は今全速力で逃げている。そしてその後ろから、さっきの亡霊と幽霊が追いかけてきていた。

幽霊は刀二本を抜き目を血走らせ、『斬らせろ』とばかりの殺気をこっちまでぶつけてきている。

亡霊は幽霊を楽しそうにせっついていた。風に乗って聞こえる言葉は「焼き鳥」とか「ごまだれ」とか物騒なものばかり。

くそう、焼き鳥なんて作り出した奴はどこのどいつだ!!私が食ってやる!!

けど今食われそうなのは私であり、止まったら裁かれ食われること請け合いだ。逃げるしかない。

妖怪としての誇り?そんなもんで生き残れたら苦労しないよ。大体犬も食わないような亡霊相手にそんな意地張ったってしょうがないでしょ。

とにかく逃げる。ひたすら逃げる。弾幕撃ちながら逃げる。

向こうはひたすら斬る。ってか弾幕斬るな!!反則!!

紫様えらいひとの許可は取ってある、問題ない!!」

「それにこれはまだマシな方よ~。」

これでマシな方って。いつの間に幻想郷はそんな危険地帯になったんだい?

色々と理不尽に対して叫びたいこともあったけど、そんなことしたら追いつかれてしまう。

・・・いや、そんなことをしなくても追いつかれてしまう。このままいったら確実にそうなる。

どうしてだか知らないけど、今日はやたらと力が抜ける。少し飛んだだけなのにもう息が切れている。

亡霊や幽霊には関係ないのか、連中は全然スピードが落ちてない。不公平すぎやしない?

けど、これが現実。このまま逃げてるだけじゃすぐに追いつかれるのがオチだ。

だったら!!

「迎え撃ってやる!!」

「むっ!?」

「あら?」

声符『木菟咆哮』!!

スペルカードを取り出し、宣言した。

私の周りに張り巡らされる弾幕の二重輪。それが奴らの足を止めた。

一度静止した弾幕の輪は、二重螺旋を描きながら拡散していく。

「この程度ッ!!」

だがそれは、幽霊の手にした短い方の刀でことごとく斬り潰された。

自分で言っててなんだけど、斬り潰すって斬るか潰すかどっちかにしてほしいよね。

「っと、そんな場合じゃなかった!」

どうでもいい考えをする私に、幽霊が振った刀の先から弾幕を飛ばしてきた。

私はそれをアクロバティック飛行で回避する。

「っあう!?」

その瞬間、背中を焼かれるような感覚を受けつんのめってしまった。

今のは!?振り返って見ると、そこには人魂が浮いていた。どうやらそれから弾幕が発射されたらしい。

かき消してやろうと爪を振るうが、人魂はふよふよと頼りなげな動きで回避し、幽霊の方へと戻っていった。

「人の半身に物騒な真似をしないでほしいわね。」

・・・刀で私を裁こうとしてる奴には言われたくないわ。

「う~ふ~ふ~ふ~ふ~・・・追い詰めたわよ~。」

亡霊は怪しく笑ってるつもりなんだろうけど、どっか抜けてるせいで全然怪しくない。

けど追いつかれたのは事実ね。追い詰められてはいないけど。

「私だって妖怪だからね。死んでる奴程度にそう簡単に負けはしないさ!」

一撃は喰らってしまったけど、私はもう臨戦体勢だ。いつでも弾幕を撃てる。

次はもう簡単に喰らったりしないし、私の弾幕だって簡単に斬らせはしない。

何故だか息苦しいのは残ってるけど・・・そんなもの、勝負が始まれば気にならない!!

「あら。この子結構やるのかしら?」

「・・・鳥なりにそれなりの年月を積んでいるようですね。」

「その通り。簡単に食べられると思ったら大間違いだよ。逆にあんたらを食ってやる!!」

私が再び弾幕を張り巡らせたことで、亡霊と幽霊は構えを取った。



「ようこそ、ミスティア=ローレライのコンサートへ!!あなた達はもう歌しか聞こえない!!」





***************





夜雀が自分の周り全方位に二重の弾幕を張り巡らせた。

先ほどのスペルカード同様、それはある程度の距離で一旦静止する。下手に突っ込むのもまずいので、私はそれが動き出すのを待つことにした。

「それ!!」

夜雀は手元から鳥型の妖弾を放った。それに呼応するように張り巡らされた弾幕が一斉に動き出す。

ただ放つだけでは斬り落とされるということを学習したか。それだけの知能はあるようだ。

だが甘い。たかだか弾幕が一個二個増えた程度でこの私が裁ききれぬと思ったか!!

「はっ!!」

短い呼気とともに抜刀、一閃。その一撃で鳥の妖弾は両断された。

「・・・本命はこっちか。」

だが、その影から卵のように生み落とされた弾幕が山と現れた。どうやら今の妖弾はこれのための布石だったらしい。

最初に放たれた弾幕と後に残された弾幕の波状攻撃を裁く間に、夜雀は第二陣を展開していた。流石に妖力はなかなかのものだ。

だがこの程度でも私は落ちない。私を圧倒するには不十分な量だ。

不十分な量ではあるが、なかなか攻めに行けない程度の弾幕ではある。

こうしている間にも夜明けは少しずつ近付いている。夜明けまでにこの『異変』は解決しなければならない。

だから、あまり長く勝負しているわけにもいかない。

・・・たまには人のスタイルも参考にしてみるか。

「まだまだいくよ~!せってんてぃー♪」

意味のよくわからないかけ声とともに、夜雀が第二陣を放ってきた。私はそれに、剣を収めて対峙した。

「およ?諦めてくれた?」

「私としては放っておいてもいいんだけど。主命だからね、諦めて成仏しなさい!」

次の一瞬で、私は弾幕と弾幕の隙間に潜り込んだ。

これは霊夢や魔理沙の戦い方と同じ方法。弾幕の隙間を見つけくぐり抜け、思いもよらぬ場所から攻撃する戦闘スタイル。

流石にあの二人のように信じられないような場所に潜り込むことはできないが。

「うっそマジで!?」

この夜雀の妖怪の意表を突くには十分だったようだ。

弾幕の檻を抜け、丸腰の夜雀に向かって直射弾を放つ。

まさに豆鉄砲を食らったと言うのが妥当な表情の夜雀は、迎撃も間に合わず一撃を受けた。

「あいたたた・・・強いねぇみょんみょん。」

「だから何だその呼び名は。私の名は魂魄妖夢。決してそんな気の抜けるような名前ではない。」

「うん、わかったよ。え~っと・・・・・・みょんみょん。」

・・・所詮は鳥頭か。

「こちらには時間制限があるんだ。手早くスペル宣言をしてもらおうか。」

「おっと、そうだった。私が食べられそうになってるんだった。負けないよ!!毒符『毒蛾の鱗粉』!!

自分の身の危険も忘れるとは。

その能天気さがある意味羨ましかった。





***************





妖夢は危なげなく弾幕をかわしていた。

今まで妖夢は弾幕をかわすということがあまりなかった。

どちらかと言えば、剣で弾幕を叩き落とすのが主体。優夢の戦い方に近かったわね。

妖夢の場合、持っている剣の性能が良すぎた。自分の身の丈に合わぬ名器におんぶにだっこだったという感じかしら。

それが今自分の身でかわすという方法を覚えた。まあ、あそこまで霊夢達の真似をする必要はないとは思うけど。

ともかく、妖夢は今己の殻を一つ破った。あの子はこの『異変』を通してますます強くなることでしょう。

――妖忌。あなたの弟子、孫は、立派に育っているわよ。あなたは安心して自分の目的を果たしなさい。

別れの言葉すらなくいなくなった先代白玉楼庭師に、心の中で伝えた。もちろん、それが届くことなどありはしないけど。

――そうそう。あなたが帰って来る頃には、曾孫の顔が見られるかもしれないわよ。

心の中でつけたし、ころころと笑った。

「・・・あんたのご主人、一人で笑ってるんだけど。正直怖いんですけど。」

「言うな、私も正直挫けそうなんだから・・・。」

ミスティアと妖夢が憐れむような目でこちらを見ていた。

「妖夢、鳥料理はまだなのかしら?いい加減待ちくたびれたわよ。」

「!? わ、わかりました幽々子様!!というわけで気の毒だが覚悟してくれ!!」

「んな殺生な~!!」

私の一括に、妖夢が得意の柳弾幕を放った。

柳の枝葉のように揺らめく弾幕は、回避が難しい。夜雀程度にかわせるはずもなく、ミスティアは何発か被弾した。

「くそ、このままじゃほんとに食われちまう!!」

ミスティアは余裕がないのか、妖怪の本性剥き出しの形相で私達をにらんだ。

「いい加減観念してくれ。私達には時間がないんだ。」

「お断りだね!意地でも生き延びてやる!」

吐き捨てるように言い、ミスティアは次なるスペルカードを取り出す。

鷹符『イルスタードダイブ』!!

宣言と同時、ミスティアは歌い始めた。

「あー真っ暗真っ暗、人生50年お先真っ暗~♪」

「・・・なんて酷い歌詞。」

私もそう思うけど、その歌に耳を貸してはまだまだよ、妖夢。

夜雀の歌声には呪いが込められている。

歌声だけをとれば夜雀の声は素晴らしい。透き通るような音色を奏でる。

そのため、かつては人間がその声に聞きほれ、呪いにかかり襲われるなんていうこともあった。

ちょうど、今の妖夢のように。

「何だ?急に視界が狭く・・・!!」

「あはははは!!人間は皆鳥目になっちゃえばいいのよ!!」

夜雀の歌声は人の目から視力を奪う。半分人間の妖夢は、まんまと術にかかってしまった。

やれやれ、これは私が動かないわけにはいかないようね。

今まで傍観に徹していた私は、重たい腰を上げた。





***************





どうやら私の歌は幽霊にも効くらしいわ。試したことなかったけど。

さっきまで私に一直線に向かってきていた緑のは、的を見失ったようにぐるぐると回遊を始めた。

一見とち狂ったようにも見えるけど、これが私の能力。

歌を聞いた者を鳥目にする能力。もうあいつに私の姿は見えていない。

さあて、さっきは随分と痛ぶってくれたねぇ・・・。

「こいつは・・・お返しだよ!」

私は鳥の形をした妖力弾を4つ、幽霊に向かって放った。

幽霊は迎撃の体勢を取っているが、向いているのは明後日の方向。もらった!!



私の弾幕が緑のに当たる直前、光の蝶が射線上に現れた。

何故蝶?と思ったけど、その疑問は一瞬後に氷解した。

蝶がまとわりつくと同時、私の弾幕は恐ろしい勢いで磨耗し、消し去られた。

「何ッ!?」

確実に当たるはずだった弾幕は、砕かれるでも弾かれるでもなく、消滅した。

なんでそんなことになったかはわからないけど、誰がやったかはすぐにわかった。

「もう~。夜雀の歌を聞いちゃうなんて。妖夢はやっぱりまだまだね。」

「あ・・・幽々子様。」

みょんみょんの傍らに、音もなくゆゆっちが現れてた。

「・・・あんたは見えてるの?」

「ええ、亡霊ですもの。『人間を鳥目にする』ことは出来ても『亡霊を鳥目にする』ことは出来ない。道理でしょう?」

「え、でもそいつは・・・。」

「この子は半分人間だから。人間側が鳥目になっちゃったのね。」

そういうことか・・・。

「んで?みょんみょんの代わりにゆゆっちが出てくるのかな?生憎だけど、ゆゆっちには捕まらないよ。あんたのろそうだしね。」

これでもこっちは鳥なのだ。ふよふよと動く亡霊なんかにゃ捕まらないよ!

と、思っていたら。

「ええ、私も捕まえる気はないわ。撃ち落とす方が楽だもん。」

そう言いながらゆゆっちは、ゆうに百を越す蝶の弾幕を展開した・・・・・・・・・って。

「ええ!?ちょ、何それ!?」

「何って、私の通常弾幕。しっかり逃げてね♪」

「ま、待ってーーー!?」

しかし私の懇願も虚しく、ゆゆっちはその手を振り下ろし――



「お待ちください、幽々子様。」



切る前に、みょんみょんがその手を掴んだ。

私の祈りが通じたかとほっと溜め息をついた。

が、どうやら世の中そう甘くはないらしい。

「この戦いは私が受けたものです。最後まで、私の手でやり通させてください。」

・・・・・・・・・。

Oh my god、私が何をした~♪(涙目)





***************





奴の術中にはまってしまうとは、未熟にもほどがあると思う。

挙げ句、幽々子様に助けられてなお「自分の手で」などと言えた義理はないかもしれない。

だがそれでも私は、一度始めたことを投げ出したくはなかった。

「幽々子様。これは私の戦いです。無礼を承知でお願いします。この戦いには手を出さないでください。」

お願いしますと頭を下げる。

幽々子様はどう思われるだろうか。邪魔と感じられるだろうか。私に失望してはいないだろうか。

けれど幽々子様ならきっとわかってくださる。

不安と期待がない交ぜになった思いで、私は幽々子様の答えを待った。

そして答えは。

「別にいいわよ~。」

実に簡潔で軽いものだった。

「ありがとうございます!!」

それでも私は、チャンスを与えて下さったことに、感謝を捧げた。

「けど、いいの?妖夢見えてないんでしょう?」

・・・その通りだ。私は夜雀の歌を聞いた時点で視力を奪われている。今も見えてはいない。

ですがその答えは幽々子様がくださいました。

「あらそう?じゃ、頑張ってねー♪」

幽々子様が遠ざかっていく。

はい、必ずや幽々子様に鳥料理を作ってさしあげます!!

「そういえばそういう名目だったね・・・。ところで、小芝居は終わったの?」

「失礼な鳥類だな。ああ、お前を倒す手筈は整った。」

「言ってくれるねーみょんみょん。その見えない目でどうするのさ。」

「・・・こうするのよ!」

私は一枚のスペルカードを取り出した。

私は人間であり、幽霊だ。今鳥目になったのは人間側。そして幽々子様は鳥目にならなかった。

なら、これからは幽霊の側で見ればいい。

私はカードを掲げ宣言した。

魂符『幽明の苦輪』!!

私の半霊が私と同じ姿を取る。それと同時に、視界が鮮明になった。

これは私の半霊の視界。これでもう、奴の能力は効かなくなった。

「ああ、よく見えるな。お前の間抜けな顔もね!」

「うっそぉ分裂!?そんなのあり!?」

「ありだ。では・・・行くぞ!!」

「うひー、堪忍してー!!」



そこからは早かった。

一人のときの弾幕でさえ苦労していたのだ。当然か。

「くっ・・・逃げ場がない!」

私と半霊が距離をとり、弾幕の檻を作り夜雀の動きを封じ込めた。そして追撃の剣閃を放つ。

紅白巫女とか白黒魔法使いとかならそれでも隙間をかいくぐりそうな気もするが、この夜雀にそんなスキルがあるはずもない。

弾幕は直撃コースだった。

そして夜雀は。



「ただじゃやられない!!夜雀『真夜中のコーラスマスター』!!」



最後の悪あがきに出た。

「SATSUGAIせよSATSUGAIせよ!!」

また酷い歌詞だな。だがもう夜雀の歌は効かない・・・?

いや、少しだが視界が狭くなった。呪力フルパワーといったところか。

そして視界を埋め尽くす弾幕の嵐。それは奴の姿を隠す程の量だった。

これがこいつの本気か。

「・・・面白い。私の剣とどちらが上か見せてやろう、ミスティア=ローレライ!!」

私はポケットからスペルカードを取り出し口に加え、楼観剣を大上段に構えた。

「断迷剣・・・。」

膨れ上がる霊気。宣言と同時、二連の大斬撃が放たれた。

『迷津慈航斬』!!

私の全力の霊力により極限まで肥大した刃は、ミスティアの放った弾幕を全て両断した。



だが、肝心のミスティアの姿はどこにもなかった。

「・・・逃げられた、か。」

最後のは奴のラストスペルだと思うけど、それを目眩ましに使うとは。なかなか侮れない奴だ。

奴の敵前逃亡により、勝ちは私のはずだが。

どうにも釈然としない終わりになってしまった。

「いずれ何処かで会ったら、今度こそ決着をつけたいものだな。」

私は半霊を元に戻し剣を収めた。どうやら視力は戻っているらしく、普通に見ることができた。

「さあ、幽々子様。敵はいなくなりました。参りま・・・って何拗ねてるんですか?」

振り返り見てみれば、幽々子様が仏頂面でこっちを見ていた。

「・・・言ったのに・・・。」

「え、何ですか?」



「必ず鳥料理作ってくれるって言ったのに~!!」

「ええ!?あれ本気だったんですか!?」

私はてっきり幽々子様が私に試練を課しているのだとばかり思っていたのですが・・・。

「うわーん!おなかすいたー!もう飛べないー!!」

「わ、わかりました、わかりましたから泣かないでください幽々子様!そうだ、人里に行けば何か食べられるかも!月見シーズンですし!!」



そうやって、何とか幽々子様をなだめすかし、次は人里へと向かうことになった。





***************





「・・・なあ。今日の俺は憑かれてるのか?」

「さあ。」

先のボロボロな妖怪の子に引き続き、今度はボロボロな鳥妖怪が俺の前に横たわっていた。

何コレ?何で今日はこんな行き倒れ(?)遭遇率が高いの?

「まあ、放っとけないから連れてくけど・・・。もう一人出たら次はもう持てないぞ。」

「着いてこれるんなら何人抱えようが構わないわ。行くわよ。」

霊夢に急かされるまま、俺は鳥妖怪の少女を右肩に背負い、霊夢の後を追った。



・・・嫌な予感が止まらなかったがな。





+++この物語は、庭師が焼き鳥を作ろうと必死になる、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



未熟な庭師:魂魄妖夢

未熟故に猪突猛進。色んな方面において。

しかし未熟なので伸び白も多い。今回は霊夢と魔理沙の避けを足して2で割った感じの避け方を習得した。

弾幕勝負が弾幕にならない人。弾幕使え。

能力:剣術を扱う程度の能力

スペルカード:人符『現世斬』、人鬼『未来永劫斬』など



達観した亡霊:西行寺幽々子

長い年月存在しているために達観しすぎて逆に幼児退行してる。

おなかすいたら駄々こねる。皆の周りにこんなおばあちゃn(死に誘われました)

今回のは妖夢の成長を願うの半分、自分の食欲半分。食う気なのは本気だった。

能力:死を操る程度の能力

スペルカード:死符『ギャストリドリーム』、死蝶『華胥の永眠』など



闇に誘う妖鳥:ミスティア=ローレライ

無論、彼女の住む小道に人が通らなくなったのは彼女の仕業。自覚なし。

人間はここ十年ほど食べてない。食べられていないが正解。

力は結構あるが、いかんせん鳥頭なので上手く使えてない。

能力:歌で人を惑わす程度の能力

スペルカード:鷹符『イルスタードダイブ』、夜盲『夜雀の歌』など



→To Be Continued...



[24989] 三章四話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:30
『異変』だからと飛び出した私だったけど、どうにもこれは面白くないわね。

「咲夜。前回の『異変』のときはこんなに静かだった?」

「・・・いえ、『異変』の空気に当てられた妖精が好き勝手に暴れていましたから。」

ちっと隠しもせずに舌打ちをする。私が望んでいたのはそっちの方だったからだ。

前回の『異変』の話を霊夢や優夢、咲夜から聞いて、私は面白そうだと思った。

それはもちろん、未知なる強敵への挑戦もだし、道中で繰り広げられる妖精撃墜競争もだ。

私は一度、そんなことをしてみたかった。だから今回の『異変解決』に乗り出したというのも、実のところ理由の一つだ。

それがどうだ、この有様は?妖精は出ず、身の程知らずの妖怪も出て来ない。肩すかしもいいところだ。

これは今回の『異変』が、妖怪に対し影響を与えるものだからだろう。そういう意味で今回のこれは特異な『異変』と言える。

だがそう理屈でわかったところで、気分が晴れるわけでもない。

これはもうラスボスに期待するしかないわね。

「けれど少し喉が乾いたわ。咲夜、この辺りで都合良く人間の血が飲めるとこってない?」

「流石にありませんわ。人里につくまでもう少々お待ちを。」

ちっと、二度目の舌打ち。

偽りの月。静かすぎる夜。喉元の不快感。

何もかもが気に入らない夜だった。



そしてそれは、人里――人里であるべき場所についたとき、さらなる不快へと変わった。

「これは一体・・・?」

咲夜が困惑の声を上げる。この子はこの現象の意味を知らなかったわね。無理もないか。

「随分と味な真似をしてくれるわね。人里の守護者。」

私は、地面に一人だけ立っている女性――上白沢慧音に対し、上から声をかけてやった。

私に気付いた慧音は、静かに宙に浮かんだ。

「お前か、レミリア=スカーレット。見ての通りだ。『ここには何もなかった』。お前たちは何にも気付かずただ通り過ぎてくれ。」

表情一つ動かさず言うところは流石だが、今の私には不快なだけだった。

「・・・どういうことですの?確かにここは、人間の里のはず」

「もう一度言う。『ここには何もなかった』んだ。」

咲夜の問いを遮り、慧音はそうとだけ言った。

慧音の言葉通り、ここに人の里はなかった。ただ草の野が広がるのみ。

そしてこれがこいつの能力『歴史を食べる程度の能力』だ。

一見ただの人間にも見えるが、私が幻想郷に来たそのときからこいつは人里の守護者をしており、そしてその時から姿が変わっていない。

こいつの正体について聞いたことはないけど、能力から大体の想像はついている。

こいつがこの能力を悪戯に使うことはない。恐らく人里を守るためだろう。

「野良妖怪でも現れたの?」

「いや、もっと大規模なことだ。」

慧音はすっと指を上げ、天頂に輝く月を差した。

「月があの位置になってから既に一刻以上経っている。なのに月は一切の動きを見せていない。
――幸い気がついている者はいないが、このまま夜が明けなければ皆が惑うだろう。そうなってからでは遅い。」

だから未然に防ぐことにしたと。

「消極的な判断ね。元凶をどうにかするとかの発想はなかったの?」

「それは巫女の仕事だ。私は人里を守る。それを優先する。」

「つまり、人里は消えたわけではなく隠れているだけなのね。」

咲夜が横から納得したように呟いたことで、慧音は己の失言に気付いたようだ。

「・・・少し話過ぎたな。さあ、用がないならもう行ってくれ。」

「なくはないのよ。ちょっと喉が乾いていてね。献血してくれる親切な人間を探しているんだけど。」

私の挑発的な言葉に、慧音の目が鋭くなる。

場合によっては戦いも辞さないという覚悟がありありと浮かんでいる。

「そう怖い顔をするものじゃないわ。今日はもうやめたわ。」

だからと言うわけではないが、私は軽く言った。

こいつの力は知っている。こいつは強い。

決して負けることはないだろうけど、こんなところで無駄に消耗する気もない。事が終わってから存分にいたぶればいいだけの話だ。

「そうか。なら早く。」

「わかってるわ。行くわよ、咲夜。」

「承知致しました、お嬢様。」

私は咲夜に呼びかけ、慧音の横を素通りした。

「そうだ。一つ聞いておきたいんだけど、月の異常について何か知ってる?動かない方じゃなくて、歪な方。」

「偽りの月のことか?それなら竹林の屋敷の連中が一枚噛んでいるとは思うが・・・確証はないぞ。」

竹林、ね。

「わかったわ。そうそう、お礼というわけじゃないけど、いいことを教えてあげる。」

私の言葉に、慧音は怪訝な顔をする。



「終わらない夜を作ってるのはここにいる咲夜よ。だから特に気にすることはないわ。」

「・・・・・・・・・は?」

慧音の目が点になったのを確認すると、私はクックッと笑いスピードを上げた。

久々に慧音のアホ面を見たおかげで、少しだけ溜飲が下がった。





***************





「何だと言うんだ、一体・・・。」

あっさりと白状した紅魔の主従を見送りながら、私は愚痴るように呟いた。

夜が終わらないかもしれない。それは人間にとっては重大なことだ。

無論私も偽りの月には気付いているが、私はこの場を離れるわけにはいかない。私が離れればせっかく隠した里が元通りになってしまう。

そうなったら、夜に生きる妖怪達が力の回復を求め襲ってくるかもしれない。

それは何としてでも防がなければならないことだ。だからこうして、力の出ない体に鞭打って術を行使している。

・・・正直なところ、レミリアに戦意がなかったのは助かった。今の私ではかすり傷を負わせるぐらいで精一杯だっただろう。

私が本調子だとしてもかなうか怪しいものだ。せめて満月ならば話は別だろうが。

その満月を取り戻すためにレミリアは外出していたのだったな。なら戦うのはそもそもの話本末転倒か。

「・・・しかし他に方法はなかったのか。わざわざ夜を延ばさずとも、夜明けまでに決着をつければいいだけではないか。」

おかげで苦労している私としては、愚痴の一つも言いたくなる。聞く相手はいないが。



・・・そういえば、妹紅はどうしているだろうか。

最近は連中との諍いもあまりないようだが、ここのところ音沙汰がない。

無理をしていなければいいが。

「な、何じゃこりゃあ!?」

ふと、頭上から聞こえた声に顔を上げた。

そこには、私のよく見知った顔があった。

「見事に何もないわね。狐に化かされたかしら。」

「にしたって大規模過ぎるだろ。何があったし。」

博麗霊夢と名無優夢。私のよく知る友人がいた。



・・・それと、もう二人。

「ありゃー。誰かを鳥目にしてやろうと思ったのに。」

「それはダメって約束だよ、ミスティア。」

夜雀と虫の妖怪が、彼らに引き連れられていた。

・・・優夢君の人望はよく知っているが、こんな時に妖怪を連れてこないでほしいものだ。

私は一つため息をつき、お決まりの言葉を言うために空に浮かんだ。





***************





「うん・・・。」

「いてて・・・。ここは何処だい?」

俺が背負っていた二人の妖怪が、漸く目を覚ましたようだ。

「気がついたか。よかった。」

「・・・ゲゲッ、人間!?」

・・・何だろう。今物凄く突っ込みを入れなきゃいけないような気がした。

「何でやねん。」

「いきなりどうしたのよ。」

とりあえず本能に従ってみた。

「ここは・・・っていうかあなたは誰?何で人間が私達を?」

虫の妖怪が警戒の色を示す。

「落ち着け、取って食おうっていうんじゃない。俺達が通り過がったところに君らが降ってきたり倒れてたりしたんだ。見なかったことにするのも気が引けたから連れてきた。以上、説明終了。」

簡潔に説明してやったが、二人とも簡単には信用してくれない。

当然だな。人間が妖怪を助けても、普通なら百害あって一利なしだ。

「何を企んでるのかねぇ。」

「何も企んでないって。まあ信用されるとは思ってないさ。」

「優夢さんは度を越したお人好しなのよ。運が良かったわね。」

「!? 博麗の巫女!!やっぱり私達を退治する気なのね!!」

「だぁから違うっつの。んなこと俺がさせないよ。」

第一、弱ってる妖怪相手に追い討ちをかけるほど、霊夢は外道じゃない。・・・と思う。

「大人しくしてる限りどうこうする気はないわ。めんどくさいし。」

「おや、噂の巫女は噂ほど冷血じゃないんだねぇ。」

「どんな噂が流れてるのよ、私は。」

「妖怪見りゃあ見敵必殺、金銀財宝独り占め、ああ巫女よ、いや鬼巫女よ~♪」

「歌って言うな。どこのどいつよ、そんなでまかせ流したの。」

「私だよ~♪」

「お前かッ!!」

日頃の行いがものを言うんですね、わかります。

あっちの鳥の娘は何とか和んでくれたみたいだな。

問題はこっちの虫の子か・・・。

「・・・完全に信用したわけじゃないから。」

そう言ってそっぽを向く。俺は苦笑を浮かべた。

「俺は、できることならお前とは仲良くしたいんだけど。」

「・・・え?」

俺の言った言葉の意味がわからなかったのか、虫の妖怪は呆けた顔で俺を見た。

「俺はお前と友達になりたいって言ったんだ。」

だからはっきり言ってやった。

明らかに嘘じゃないとわかる俺の言葉に、虫の妖怪は激しくうろたえた。

「え、そそんな・・・だって私は妖怪であなたは人間なのに・・・。」

「種族なんて関係ないさ。俺はお前と友達になりたいって思った。理由なんてそれで十分だ。」

真正面から、目をそらさず言った。友達になろうっていうんだから、これも当然。

俺に見据えられ、虫の妖怪は所在なさげに目を泳がせた。

人間の友達なんかいなかったんだろう。それが普通だ。異端なのは俺の方。

だけど俺は、この生き方を曲げたくなかった。

「・・・い、いいの?私は妖怪なんだよ。人間を食べたことだってある。あなたも食べられるかもしれない。・・・それでも友達になりたいっていうの?」

何度も言わせるなよ。そのぐらいが何だってんだ。

「構わないさ。俺はどうしてもお前と友達になりたい。だってさ・・・。」

一旦言葉を切る。虫の妖怪は、俺から視線を離さなかった。

そして、俺は万感の思いを込めて言った。





で弾幕ごっこをやる奴なんて滅多にいないもんな。」





何故か俺以外が停止したような気がしたけど、俺は構わず続けた。

「俺はあんまりそういうの気にしないけど、やっぱり肩身は狭かったんだよな。幻想郷って何故か女が強いし。」

弾幕ごっこをするには霊力、ないしは代替えとなる能力が必要になる。

人間の男では霊力が足りない。俺みたいなのは例外らしいけど、一般的にそうだ。

妖怪の男だと、血の気が多すぎるらしい。弾幕ごっことは名ばかりの『肉弾』幕ごっこになるそうだ。まあ、俺は男の妖怪には何故かあったことがなかったんだけど。

けど、俺は初めて男の妖怪に出会い、そしてその妖怪は弾幕ごっこをする妖怪だった。この・・・。

「そういやお前、名前は何て言うんだ?俺は名無優夢。」

「あ、えと、リグル=ナイトバグ・・・。」

リグルね。覚えたぞ。

「ってそうじゃなく」

「お前もきっと、今まで俺みたいな思いをしてきたんだろう?多数派に虐げられ、辛い思いをしてきたんだろう?」

「いやだから私は」

「だが!!もう何も恐れることはないんだ!!俺達はもう一人じゃない!!」

「え、えうう・・・。」

「さあ、あの月に向かってこの喜びをともに叫ぼう。」

がっしりとリグルの肩を掴む。ビクっとリグルが震えたような気がしたが、問題ない。それが男友達というものだ。

「女尊男卑反対!!俺達は男女同権の社会を主張する!!」

「も、もう何がなんだか・・・。」

「さあ、リグルも!!」

「は、はんたーい!!」

俺達は肩を組み、ともに叫んだ。男と男の熱い友情が、終わらない夜空に響き渡ったのだった。



「・・・あいつ、女よね。」

「女だねぇ、一応。さすがは巫女、よく見てるね。」

「勘よ。」





とまあ、そんなことがあったりしたんだけど、リグルもミスティア(鳥の妖怪の名前だ、教えてもらった)もボロボロだったので、何処かで休憩を取ることにした。

それならと、俺は人里を提案した。人を襲わないのなら、人里は妖怪を拒まない。休むにはうってつけの場所だ。

俺はリグルとミスティア(特にミスティア)に『絶対に人は襲うな』と言い含めてから人里へと向かった。

そこで遭遇したのが先ほどの事態というわけだ。

「しかし、本当に影も形もないぞ。どうなってるんだこりゃ。」

「幻術・・・というわけじゃないわね。」

「人の気配はするのにねー。」

「そうなのか、リグル?」

「う、うん。私たちじゃない気配が、そこら中からしてる・・・。」

だとしたら、これは一体どういう現象なんだ?さっぱりわからなかった。



「こんな夜更けにどういう用件だ?」

そんな俺の疑問の回答を持つ人が、俺達に話しかけてきた。

振り向くとそこには、よく見知った人物が宙に浮いていた。

寺子屋で教師を務め、俺の雇用主となっているその人物。

「・・・慧音さん?」

上白沢慧音が、そこにいた。

「それはこっちの台詞ね。里を消したりして何を考えてるのかしら?」

「・・・何だって?それは本当なのか霊夢?」

「十中八九間違いないわ。状況的に考えて。」

・・・それは確かに、そうかもしれない。

「けど、何で慧音さんが里を消す必要があるんだ。慧音さんは里を守る人なんだろ?」

理由がない。慧音さんが里を消す理由が。何より、俺が信じたくなかった。

「ですよね、慧音さん。今回ばかりは霊夢の勘、外れてますよね。」

俺はすがるように、慧音さんに問いかけた。

だけど慧音さんは目を瞑り、何も答えなかった。

・・・嘘だろ?

「『ここには何もなかった』。今の私に言えるのはそれだけだ。」

そんなことって・・・。

「引っかかる言い方ね。何を隠してるのかしら。」

「・・・上手い聞き方をする。だが答える気はない。」

「ちょっとちょっと!!あんた人間よね。他に見当たらないけど、だったらあんたを鳥目にしてやるわ!!」

「やめなよミスティア!!この人、人里の守護者だよ!?返り討ちにされちゃうよ!!」

「・・・この状態でもお前たち程度なら何とでもなる。やるというなら相手になろう。」

妖怪二人が騒ぎ出したことでにわかに騒がしくなったが、そのほとんどが今の俺の耳には入ってこなかった。



何故慧音さんが。あんなに里を愛していた慧音さんが、皆を消したのか?

信じたくない。そんな事実、なかったことにしてほしかった。

だけど俺の心は。能力は。世界は。

その事実を、非情なまでに受け入れていた。

ああ。皆は消されてしまったんだ。おやっさん。一磋さん。寺子屋の皆。彼らにもう会うことはできないんだと。

受け入れてしまった。それにより生じる悲しみも怒りも、何もかも全て。



俺は今、自分が人でない何かなんだと再確認した。



「言ったなー!?やってやろうじゃ・・・え?」

いきり立つミスティアの前に俺は立った。霊夢達三人と慧音さんを分け隔てるように。

「ちょっと優夢、どきなさいよ。」

「いや、待ちなよミスティア。様子がおかしい。」

リグルがミスティアを抑えてくれた。・・・ありがとう。

「・・・何か言いたそうだな、優夢君。」

「ええ。言いたいことは山ほどあります。・・・けど、今は置いておきましょう。そんなことよりも、俺はあなたに一つ聞かなきゃならないことがある。」

「何だ?」

そう。これだけは絶対に聞かなきゃならない。理由よりも何よりも優先して。

「あなたは・・・上白沢慧音は、何も思わず里を消したんですか?」

俺の問いに、慧音さんは少し驚いた顔をした。何故そんな顔をするのかは不明だったが。

だがすぐに、彼女は元の無表情に戻り。

「私の答えは変わらない。『ここには何もなかった』。それが全ての答えだ。」

「そうですか。」

簡潔な答えに、簡潔に返した。



思い出もある。思い入れもある。俺個人として、慧音さんとは友人だと思ってる。

それでも戦わなきゃいけないことがこんなにも辛いことだと、俺は初めて知った。

その全てを受け入れ。

「なら、俺はあなたと戦わなきゃいけなくなった。」

俺の唯一の武器――操気弾を展開した。

「・・・どうやら、それしかないようだな。やれやれ、君もすっかり幻想郷に染まったな。」

場違いな軽口とともに、慧音さんも弾幕を展開する。





「行くぞ、上白沢慧音!!」

「来い、名無優夢!!」



俺も慧音さんも望まなかっただろう形で、俺達の弾幕ごっこは始まった。





***************





「な、何か私達置いてけぼりなんだけど・・・。」

目の前で急展開した光景に呆然としながら、リグルが呟いた。ミスティアはそもそも話に着いていけてない。

まあ、無理もないだろう。優夢さんと慧音の関係も、慧音の事情も、こいつらの知るところではないのだから。

私はというと、元々着いていく気がなかった。優夢さんの雰囲気が変わった辺りから、戦いは不可避だろうと思ったから。

だったら下手に手は出さず傍観した方が楽だ。

「ま、優夢さんだしそんなに時間はかけないでしょ。」

「・・・優夢ってそんなに強いの?」

「お人好しだって言うし、戦いは好きじゃないんじゃないの?」

好悪と強弱は話が別よ。見てなさい、すぐにわかるから。

「く・・・これが君の弾幕か!確かにキツいな!」

ほら早速。

見ると、慧音が四方に展開した起点弾幕から放たれた数十の弾幕のことごとくを、優夢さんの操気弾が砕いているところだった。

「何アレ!?弾幕が壊されてる!!」

「うっひゃ~、こりゃまたエゲツない・・・。」

慧音は何度か私達の弾幕ごっこを見てる。だからあれを知ってはいただろうけど、受けるのはこれが初めてだ。

外から見てもどんな反則弾幕だと思うけど、実際に相手にするとさらに理不尽に感じる。それを今まさに実感しているのだろう。

「・・・ふっ!!」

弾幕ごっこ開始から全く動いていない(この時点で弾幕ごっことしておかしい)優夢さんが、気合いの呼気を吐き出す。

それに呼応し、優夢さんの周りで弾幕破壊をしていた操気弾の一つが、慧音目掛けて加速した。

「くっ!!」

自分の弾幕を飲み込み迫る球体に、たまらず回避行動をとる慧音。

だかこの弾幕は意思を持つ。意思を受けると言った方が正しいかもしれない。

直進していたそれは、慧音が動くと同時、ぬらりとした動きで標的を追跡した。その動きはさながら蛇のように。

「!? せあ!!」

慧音は驚愕の表情を浮かべたが、一瞬後には起点弾を盾にしていた。

高密度の一撃を受けて、起点弾は弾け飛んだ。が、慧音までは届かない。

「・・・堅いですね。」

「その言葉、そっくりそのまま返そう。これで何処が弱いのかと問いたいよ。」

あら優夢さん、慧音にもそんなこと言ってたのね。相変わらず自覚のない。

「弱いですよ、俺は。このぐらいのアドバンテージがないと戦えないぐらいに。だから・・・。」

この勝負が始まってから無表情の優夢さんが、意識をとある一点に傾ける。

・・・慧音は気付いてないみたいね。これは一発決まったわ。

私の予想と全く違わず。

「何をしでかすかわかりませんよ。」

無表情に言い放った優夢さんが操作した『影の薄い操気弾』によって、真後ろから弾き飛ばされた。

「がっ・・・!?」

まだ慧音は何が起きたかわかっていない。きっと目の前で術が解かれるまで理解できないだろう。

「え?今の何が起こったの?」

「念力じゃない?わかんないけど。」

それはこいつらも同じこと。ミスティアの方は既に考えることを放棄していた。

それが正しいわ。あの人とこれからも交流を持つ気ならね。



ところで、私は何かが引っかかっていた。この状況についてだ。

確かにここは人里で、確かに消えている。

だがあまりにも綺麗に消えすぎている。まるで慧音の言葉通り初めから『ここには何もなかった』かのように。

そのことが、私の中の記憶に引っかかっているのだが、随分古い記憶なのか思い出せなかった。

・・・まあ、思い出せないってことは大したことじゃないんでしょ。

私もまた、考えることを放棄した。

産霊『ファーストピラミッド』!!

一撃を受けた慧音がスペルカードを宣言した声で、私の意識は向こうに戻った。

慧音は起点弾を三角錐の形に配置し、そこから多数の弾幕を吐き出していた。

それだけではなく、慧音自身も力の塊とも思えるほど巨大な弾幕を撃ち放っていた。

15の操気弾を操る優夢さんは、その全てを防御に回し、それらを裁き切っていた。

そのため戦況は膠着状態に入った。

「うわぁ・・・どっちもばけもんだわ。」

「本当にあの二人、人間なの・・・?」

「さあね。」

少なくとも優夢さんは『ただの』人間じゃないけど。説明が面倒だわ。

私は観戦しながら、お茶でも持ってくれば良かったかと、どうでもいいことを考えた。





***************





ここまでとは・・・!!

私はスペルカードを撃ちながら、内心驚愕を抑えるので精一杯だった。

彼の弾幕は何度か見ている。相手の弾幕を砕き、完全に操ることができ、透明にすることもできる弾幕。

反則のオンパレードかと言いたくなるようなその弾幕は、一筋縄ではいかないと思っていた。

しかしこうも手強いとは。想像以上だった。

もし彼が、己の弾幕の強さに溺れ、それのみで戦うようなら、実に組しやすかった。だがそうではない。

己の弾幕を『ただそれだけ』と割り切ることで、彼はその上に戦術を重ね、あの手この手で攻めてくる。

彼は己が弱いと思うが故に、凶悪なまでに強かった。

そも、スペルカードを使って互角など異常事態と言わずして何と言う?あまりにバカバカしすぎて笑いすら漏れてくる。

いくら全力を出せないとはいえ、曲がりなりにも人里の守護者を続けるこの私相手にここまでの攻防を繰り広げる幻想郷の新人に対し、私はただただ感心するのみだった。

・・・そしてその分、こんな形で彼と戦うことになってしまったことが悔やまれる。

出来ることなら、お互い気兼ねなしに、ベストコンディションで戦いたかった。

真実を話せば優夢君も納得してくれるだろう。どころか、この戦いすら意味がなくなる。

だが、彼が今妖怪を連れている以上それはできない。

それが私の能力の限界。歴史を隠すことが出来ても、バラしてしまっては『隠している』意味がなくなってしまう。

だから私はしゃべれない。そして彼にその事実を伝達する手段を持たない。

・・・歯痒いな。この程度で何が賢者かと自嘲した。

「・・・ちっ!!」

一発、彼の弾幕が『ファーストピラミッド』を抜けて来た。

私はそれを身を捻ることで回避したが、それが意味を成さないことを私は知っていた。

わかってはいるが対処法がない。私はその場で直角に曲がった弾幕を、防御も出来ずに受けた。

「ぐぅ・・・!!」

重い一撃だった。彼の思いが乗っている、実に重い一撃。

衝撃と痛みに、体がくの字に曲がる。

だが何故か、優夢君の方が痛そうな顔をしていた。

「・・・何でこんなことしたんですか。」

驚くほど平坦な声が、表情をなくした優夢君の口から漏れる。

・・・すまない優夢君。私には答えることができないんだ。

だから代わりに。

「『ここには何もなかった』。それ以上のことが知りたければ私を倒せ、名無優夢!!」

檄を飛ばした。

何故そんな行動を取ったのか。それは私にもわからなかった。

「・・・わかりました。では俺は、あなたを倒す!!」

だが私の言葉に優夢君が戦意を盛り返してくれたことが、私には嬉しかった。

始符『エフェメラリティ137』!!

だから私は、スペルカードで答えた。





***************





次に慧音さんが放ってきたスペルカードは、地面にぶつかるとともに無数の弾幕を生み出すものだった。

俺の攻撃は俺の意思によって制御を行ってする。そのため、たとえ相手が隙だらけだったとしても安易に攻撃をしかけることはできない。

攻撃が届く前にこちらが受けては意味がない。だから、弾幕が下に向かって撃たれるため無防備になっている慧音さんに、俺は攻撃をしかけられなかった。

慎重に、相手の隙をうかがって。その上で初めて俺の攻撃は成立する。それがいつもの俺の戦い方。

・・・こんな状況下だというのに、いつも通りの思考が出来てしまう自分にやや呆れた。それでもなお俺の目は慧音さんの隙を探していた。

前方。横方。斜め配列、縦配置。毎回軌道を変え、俺にパターンを絞らせないようにしている。

その分、真正面はがら空きだった。直射の弾幕を撃てる者なら簡単に当てられることだろう。

だが俺はそういうわけにはいかない。そちらに注意が行きすぎて自分の周りの弾幕の制御を誤ったら、あの馬鹿みたいな量の弾幕を受けてしまう。

だから慎重に、自分の周りの安全を確保しながら慧音さんの弾幕を見極めた。



その時間はそう長くはなかったと思う。

唐突に、慧音さんが弾幕の手を止めた。

罠?しかしそれにしてはタイミングがおかしすぎる。弾幕の撃ちすぎで霊力が切れたのか?

ありうることだ。慧音さんは妖怪ではなく人間なのだから。

・・・なら、これは千載一遇のチャンス。俺は一発操気弾を走らせた。

間近に迫ったことで、慧音さんはその存在に気がついた。だが時既に遅く、慧音さんは成す術なく俺の弾幕を喰らった。

これで二枚スペルブレイク。慧音さんが何枚持っているかは知らないが、人間なのだからそれほど多くはないだろう。4~5枚といったところか。

・・・しかし、容易すぎる。ここまでの二枚、簡単に取れすぎた。俺が一枚もスペルカードを使わずに取れるなんて思ってなかったんだが。

一体慧音さんは何を企んでいる?何を隠しているんだ。

「俺相手じゃ本気は出せませんか?」

揺さぶりをかける。だが慧音さんは至って本気の目で返してきた。

「まさか。私は本気だよ。まあ、少々体調は優れないがな。」

「言い訳は見苦しいですよ。」

「それもそうだな。失言だ、忘れてくれ。」

・・・いつもの慧音さんだ。いつもの寺子屋で見る、子供たちに優しく、優しいが故に厳しく、そして少しお茶目な慧音さん。

そんな慧音さんが、何故里を消したんだ。わからない。わからなかった。

「そんな調子じゃ、俺に勝つことはできない。確かに俺は弱いけど、一応いくつかの『異変』を越えてきてるんだ。」

「道理だ。そして今の私では君に勝つことはできないだろうな。」

「・・・じゃあ何故!!」

「私が守護者だからだ。私は倒れるまで倒れるわけにはいかない。・・・さあ、続きをやろう。」

無理矢理言葉を切り、慧音さんは次なるスペルカードを取り出した。

慧音さんは慧音さんのままだった。それが俺の混乱をさらに加速させた。

野符『義満クライシス』!!

そして戦いも加速する。スペルカードが宣言されるのを聞き、俺は気を引き締めた。





***************





慧音の動きが明らかに鈍い。どうしたのかしらね。

けど、これなら手早く決着がつきそうだ。

「人里の守護者って大したことないのかなー?」

4×3で配置された起点弾から放たれる弾幕の嵐をことごとく砕く優夢さんを見て、ミスティアがそんなことを言った。

「馬鹿言うんじゃないわよ。あれは優夢さんだからできることよ。」

「えー、でも私だってスペカ使えばあのくらいはー・・・。」

スペカ使わないでだから凄いんじゃない。それにスペカ使ったとしても、あんたじゃ慧音は倒せないと思うわよ。

客観的に見て、慧音は強い。今日はどうにも動きが悪いようだけど、あれが本来の動きになったら確実に強くなる。

単純な霊力弾のみであれだけのことをするのは、相当な技量がなければ無理だ。その点でも慧音の研鑽の高さが窺える。

まあ、だからと言って私が負けるかと言われたらそんなことはないけど。私から見ればあんなもの隙間だらけだ。

「それでも守護者って言うだけはあるわね。あんたら、人里に手を出すのはやめた方がいいわよ。」

「そんな命知らずな真似はしないよ。私だって、あれがどれくらい凄いかわかる。」

賢い選択ね。流石虫の王。

鳥頭は「そうかなー」とか言ってるから、あんたが抑えてやんなさい。



と、慧音の弾幕が一瞬止んだ。またか。

どうしたんだろうか。普段から感じてる慧音の霊力からすれば、あの程度なんともないはずだけど。

明らかに慧音は苦しんでいた。

その隙を逃さず、優夢さんが一発の操気弾を慧音に向けた。そして先ほどの焼き直し。

「・・・ひょっとして、あの人も?」

「あー、リグルもかい?」

「何?慧音の様子に何か心当たりでもあるわけ?」

その様子を見ていた妖怪二匹が、思い当たることでもあるのか相談を始めた。

「いや、何ていうか・・・。よくわからないんだけど、今日はやたらと力が抜けるのよ。」

「私は息苦しかったかね。まあ、全力出せば気にならなかったけどさ。」

・・・力が、入らない?

私は目を瞑り、自分の霊力を見直してみた。・・・異常はない。

優夢さんの動きを見ていても、特に問題らしいものは見当たらなかった。

・・・どういうこと?

通常『異変』というのは、妖怪・妖精の活動が活発になる。それは『異変』により撒き散らされる強者の妖気が原因だ。

だがこの『終わらない夜の異変』は妖怪を弱体化させる?そんなことがあるんだろうか。

いや、慧音が弱体化してるところを見ると影響は妖怪だけというわけではなさそうだ。ということは、私達が影響を受けていないのは運がいいから?

「・・・何にせよ、『異変』の元凶をとっちめれば全てはっきりするわね。」

考えても答えは出ないので、私はすぐに思考を放棄した。

視界の中では、優夢さんが次のスペルを打ち破っていた。これで4枚連続スペルなしだ。

慧音が本調子ではないとしても、出来すぎなぐらいだ。とても弾幕を始めて1年半とは思えない。

「相変わらず天才ね、優夢さんは。」

まだまだ私には届かないけど、いずれ追いついてくる。確信めいた予感が私にはあった。

魔理沙じゃないけど、うかうかしてられないわね。

ここまで来て全く動きに衰えを見せない操気弾を見ながら、私はそんなことを思った。





***************





国符『三種の神器 鏡』が破られた。・・・あのスペルには自信があったんだがな。

かつて彼の戦いを見たときよりも、確実に強くなっている。以前の優夢君にはあそこまでの防御力はなかったはずだ。

だが今の彼は、大玉すらも15の弾幕で砕ききれる。彼に一撃を入れるためには、もっと弾幕の密度を上げなければ無理だろう。

そして今の私にはそれだけの力がない。悔しいが、あと一つ残ったスペルでも一矢報いることはできないだろう。

「・・・終わりですか?」

相変わらず表情を変えない優夢君から、そう言葉が滑り出てきた。

・・・実際のところ、決着はついた。私の負けという形で。これ以上の戦いに意味はない。

だが。

「いや、まだ終わりではない。まだ私のスペルは尽きていない。」

私は最後までやめるわけにはいかなかった。



「・・・やっぱりわからない。慧音さんは慧音さんのままだ。いつもと変わらない。なのに・・・何で里を消したりしたんですか!!」

最後まで貫く私の信念を見て、とうとう優夢君が感情を見せた。

やるせなさ。悲しさ。怒り。疑問。ここまでずっと抑えてきたのだろう、色々な感情が入り混じっていた。

そして同時にわかった。

彼がどれだけ、人里を愛してくれているか。



・・・ああ、そうか。私はそれが知りたかったんだ。

私は彼に、もっと人里のことを知ってほしかった。もっと人里の皆と仲良くなってほしかった。

ただ単純に、私が彼のことを気に入っているから。私が守り続けた里を、愛してほしかったんだ。

なんと単純な話だ。そして納得すると、私の感情は落ちるべきところへ落ちた気がした。

彼なら、きっと里を守ってくれる。たとえここで私が倒れたとしても。

確証のない、信頼のみからなる信用。なのに私は不思議と安心できた。

なら、私が成すべきことは一つだ。

「守るためだ。・・・これ以上は言葉では説明できない。私を倒し、その目で全てを見ろ!!」

私は最後のスペルカードを掲げ、優夢君に最後の檄を飛ばした。

優夢君はなおも何か言いたそうだったが。

「・・・わかりました。あなたのスペル、全て砕く!!」

構えてくれた。私はそれを見て、ふっと笑い。



虚史『幻想郷伝説』!!



最後のスペルカードを宣言した。





***************





守るために消した。意味がわからなかった。

わからなかったけど、慧音さんは倒して全てを見ろとも言った。

そういうことで嘘を言う人ではない。あれがいつもの慧音さんと同じならなおさらだ。

ならば。

「迎え撃つ!!」

俺は操気弾を最大出力にし、迫り来る弾幕に備えた。

慧音さんは3×3の起点弾幕を配置した。そこから、鋭い針状の弾幕が俺目掛けて一斉に発射された。

当然俺は操気弾を駆使しそれをガードする。



そのガードを、貫いてきた!!

「なんつう威力・・・!!」

幻想郷に来たときから少しは成長した俺の霊力は、魔理沙の『マスタースパーク』でも少しは持ちこたえられる程度に成長している。

それをいともあっさり貫通してくるとは!!

「くっ!!」

ガードがきかないならかわすしかない。だが俺はそれほど回避が得意というわけではない。

すぐに逃げ場を失ってしまった。

「・・・これが本気ってことか。」

それはこれまでのスペルカードとまるで違った。これまでのスペルが数を重視したものなら、これは威力を重視している。

弾幕一つ一つに込められている力がまるで違った。何せ俺のガードが紙のように貫かれるのだから。

・・・ならばこれまでのようにスペカなしというわけにはいくまい。

俺はポケットから、新しいスペルを取り出し、宣言した。



「萃符『戸隠山投げ』!!」



それは萃香の『願い』から教えてもらったスペル。

本来は岩を"萃"めて投げつけるスペルだが、俺にはそんなことできない。

だから。

「はああああああ!!」

腕をぶんぶん回しながら、15の操気弾全てをこの手に集中させる。

一つ一つのサイズが大きい操気弾は、"萃"まるごとに見る間に大きさを増していった。

そして当然強度も増す。慧音さんの弾幕は、すぐに俺の弾幕に弾かれるようになった。

「・・・何という!!」

慧音さんが驚愕の声を上げるころには、集合操気弾は一つに纏まっていた。

それを。

「おー・・・・・・・・・・・・りゃ!!」

全力で投げた。慧音さんはそれを防ごうと起点弾を集中させた。

しかしその程度で止まるほど、このスペルは甘くない。

巨大な操気弾に飲み込まれ、あっさりと消えた。

慧音さんはそのことに一瞬驚いたが、すぐにやわらかく微笑んだ。



そして慧音さんも、巨大な光球の中に飲み込まれた。





俺の弾幕が消え去る頃には、地面に横たわる慧音さんのみが残されていた。

俺の勝利だ。・・・だが、とても空しかった。

「・・・勝ちましたよ、慧音さん。教えてください、何でこんなことをしたのか。」

俺は慧音さんの隣まで降りていき、慧音さんに問いかけた。

慧音さんはひどい状況だった。『戸隠山投げ』をまともに喰らったため、全身に火傷のような傷が多数できていた。

霊力も枯渇しているのだろう。意識はあるようだが、答えられるかも怪しい。

だがそんな状態でも、筋を曲げない慧音さんは答えてくれた。

「ふふ・・・、君は強いな優夢君。君になら、『人里』を任せてもいいと思えたよ。」

「だからその人里をどうして・・・!?」





その瞬間、不可思議な現象が起きた。

俺の目の前で、ただ草原だったそこが、突然姿を変えていた。

俺の良く知る、人里へと。

「な!?これは、一体!!?」

「あー、思い出したわ。」

俺の後ろの方でずっと観戦していた霊夢が降りてきた。思い出したって、何を?

「こいつの能力よ。そうよ、それが引っかかってたんだわ。」

「いや、一人で納得してないで説明してくれ。俺には何がなんだかさっぱりわからん。」

「つまり、こいつはここを守ってたのよ。『歴史を隠す』ことによって。」

歴史を・・・隠す?

「『歴史を食べる』・・・『隠す程度の能力』。それが私の能力だ。歴史を隠されたものは『なかった』ことになり、その姿も隠す。」

え、それってつまり・・・てことは。

さっと、顔から血の気が引くのがわかった。

「夜の異常に気付いてな。このままでは妖怪が攻め込んでくるかもしれないと思って里の歴史を隠したんだ。」

「・・・えーと、つまり。慧音さんは文字通り里を守ってたのであって、消し飛ばしたとかそういうんでは・・・。」

「ない。私がそんなことをするはずがないだろう。」

ですよねー。・・・て軽く流していい話じゃない。

「なら、何で話してくれなかったんですか!!戦い損じゃないですか!!」

「話したら効果がなくなる。そういうことでしょ?」

霊夢の推測に、慧音さんは首を縦に振った。

「歴史を『隠している』本人が認めてしまったら、それは隠していることにはならないだろう?その時点で効果は失われるのさ。」

・・・なるほど。つまり話したくても話せなかったと。

丸っきり俺が悪いじゃん。

「・・・すいませんでした!!」

俺は地に膝をつき、その場で土下座をした。

感情に任せてひどいことも言っちゃったし、かなり失礼なことも言った。おまけに、こんなボロボロに叩きのめしちゃってるし・・・。

「いや、気にしないでくれ。伝達手段を考えていなかった私にも非はあるんだ。」

「いやでも・・・。」

「いや、こっちだって・・・。」

「いやいやしかし。」

「いやいやいやだから。」

「ウザい。」

譲り合いになった俺達を霊夢がばっさりと切り捨てる。

・・・気を取り直して。

「けど、やはりこれは俺の非だと思います。だから謝ります。すいませんでした。」

再び頭を下げた。

「はは、やはり律儀だな君は。顔を上げてくれ。怒っちゃいないさ。・・・それよりもむしろ、いいものを見せてもらえたしね。」

顔を上げた俺の目の前では、慧音さんが安らいだ笑顔をたたえていた。

いいものって?

そう尋ねても、慧音さんは笑って答えてくれなかった。



「それで、里はどうすればいいんですか?」

俺のせいで術は解かれてしまった。もう一度貼り直したりとかはできるんだろうか。

「問題はないが・・・ご覧の通り霊力が枯渇してしまってね。」

「・・・マジすんませんっした。」

「いいって。・・・いざとなれば、この身一つで里を守ればいいんだ。」

そう言って、傷だらけの体を無理矢理起こす。

・・・俺のせいだ。俺がもっと察しがよければ、こんなことにはならずに済んだのに。

「霊夢、すまん。あとは一人で行ってくれないか?俺はここに残って里を守る。」

「・・・そう言うと思ったわ。仕方ないわね。」

一緒に出てきたのに一人で行かせることになってしまう。そのことを俺は心の底から詫びた。



「えーっと、つまり人里を守ればいいのね?」

「そのくらいならチョロいチョロい!このミスティア様に任せときなさいよ♪」

唐突に、今まで話に絡んでこなかった二人の妖怪が、名乗りを上げた。

リグルとミスティア。

「お前ら・・・いいのか?人間を守る側に立つんだぞ?」

こいつらは生粋の妖怪だ。出会ったときの反応で、これまで人間を食料としてしか扱ってこなかったことがわかる。

それが、人里のために戦うなんてこと、したいと思うのだろうか?

「別に人里のために戦うわけじゃないよ。・・・と、友達が困ってるから助けてやろうって思っただけ。」

少し顔を赤らめてリグルはそっぽを向いた。

「私は別に人間はどうでもいんだけどねー♪ま、友達の頼みを聞くって感じかね。」

ミスティアは陽気に笑いながらそう言った。

お前ら・・・。

「ありがとう!!友よ!!」

俺はリグルに友情のハグをした。

「え!?ちょ、優夢待って色々心の準備があうう!!?」

「お前の漢魂、確かに受け取ったぞ!!ありがとう心の友よー!!」

「・・・うわーん!!」

「・・・たはは、リグルも大変だねぇ。」

「流石優夢さん。手が早いわね。」

「何だ?そういうことなのか?」

「そうよ。」

「これは・・・幻想郷の未来は明るいな。」



こうして、俺はリグルとミスティアに人里の警備を任せ、『終わらない夜』を終わらすべく先へと向かった。

――余談ではあるが、これがきっかけでリグルは『蟲の知らせサービス』という迷い人を助ける仕事を始め、ミスティアはやつめうなぎの屋台を開くことになったんだとか。

それはまた、少し未来のお話。





***************





妖怪とも本当の意味で友人となれる優夢君の姿を見て、私は己の間違いに気付いた。

私はこれまで、人里の人間を妖怪の魔の手から守ることだけを考えていた。それでいいと思っていた。

私は人間の賢者であり守護者であるのだから、そうするのが当然だと。

だけど彼らを見て、夢物語の実現も不可能ではないのだと知った。

人間と妖怪が手を取り合い、仲良く暮らすという、荒唐無稽な楽しい物語が。

これからの幻想郷はそうなって行くんだろうか。・・・それはそれで楽しみだ。

私は明るい未来図を思い描き、一人で微笑んでいた。



「つってもさー。全然来ないっぽいよー?」

「そういえば何でか力が入らないんだよね、今日。」

「ああ。それは月のせいだな。ほら、少し月が歪だろう?そのせいで力が出ないのさ。」

「あー、そうなんだー。道理で。」

「・・・ん?誰か来た!!」

「妖怪か!?」

「いや、これは・・・亡霊?」

リグルの言葉通り、空から亡霊と半霊の主従がやってきた。

「ほら~、やっぱり人里あったじゃない。」

「おかしいですね・・・、さっきはなかったと思ったんですが。」

「あれ?あんたたち何処かであったっけ?」

「あ、さっきの夜雀!!」

「ジュルリ。」

「はっ!?思い出した!!さっきの亡霊!!たっけて~!!」

「ああ!?ちょ、ミスティア!逃げてどうすんのよー!!」

「妖夢~、今度こそ逃がしちゃダメよ~?」

「はっ!!待て、逃がさん!!」

「・・・やれやれ。」

闖入者によって、俄かに騒がしくなった夜の人里。

私はため息をつきつつも、この微笑ましい光景にどこか安心を覚えていた。

今夜は騒がしそうだと思いつつ。

「お前達、もう皆寝ている時間だ。静かにしなさい。」

私は笑顔で、彼女らのあとを追った。





+++この物語は、幻想が余計なことして最終的には地固まる、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



人と妖怪の架け橋:名無優夢

『私は人と妖怪の架け橋になりたい』と言ってノー○ル平和賞受賞できそうな能力。それが『あまねく願いを肯定する程度の能力』。

何故かけーねと戦うことになってしまったが、結果的にはプラスになったと思われる。

ちなみにリグルは男友達だと本気で思ってる。男が少ないため、同性の友達がほしい。凄くほしい。

能力:あまねく願いを肯定する程度の能力

スペルカード:萃符『戸隠山投げ』、???、???、???など



傍観巫女:博麗霊夢

今回は傍観に徹した。っていうか弱体化けーね相手に優夢・霊夢とか鬼コンビすぎる。死ねる。

慧音の能力は何処かで聞いたことがあったが、何処で聞いたかは思い出せなかった。どうでもいいことなのである。

妖怪とも友人にはなれるが、縛られないため縛ることもなく、架け橋にはなれない。

能力:主に空を飛ぶ程度の能力

スペルカード:霊符『夢想妙珠』、神霊『夢想封印 瞬』など



永きに渡って守り続けた者:上白沢慧音

多分1000年くらい守ってる。流石半獣。

半分人間じゃないだけあって霊力も段違いであるが、今回は全力を出せなかった。もっとも、全力でも優夢とは互角程度。

ラストスペルまでたどり着かなかったが、今回の彼女の力ではあれがラストスペルだったのである。

能力:歴史を食べる(隠す)程度の能力

スペルカード:国体『三種の神器 郷』など



→To Be Continued...



[24989] 三章五話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:30
人里を離れひたすら飛び続ける。すると竹の林が現れた。

「へぇ・・・こんな場所があったのね。」

ここは見たことがなかった。見事なまでの竹林だ。

竹には清浄の作用があるため、私が近付くとやや肌がピリピリと痛む。・・・吸血鬼の弱点の多さにも困ったものね。

まあ、この程度なら何の差し障りもない。抑えている妖気をほんの少し解放してやれば、肌を刺す感覚など消し飛んだ。

「はい、ここは里で『迷いの竹林』と呼ばれているところで、魔法の森に次いで迷いやすいところとされています。」

「ふぅん。まがまがしさはあっちの方が上みたいだけど。」

「まあ、所詮は竹ですから。」

魔法の茸やら何やらの瘴気の方が、私には合っていた。

しかし、ただ迷うという点に関しては魔法の森とタメをはれそうね。

竹は見分けがつかない。細長く千万と生い茂る独特な植物は、方向感覚を狂わせる。

どちらにしろ、ただの人間が入り込んだら迷い死ぬわね。

「まあ、『異変』を起こすような奴ならこんなところにも住むのかしら。」

「ブーメランですわね。」

わかってて言ってるわよ。



さて、こんなところで足踏みをしていても始まらないわ。

「行くわよ、咲夜。今日は月の宴よ。」

「かしこまりましたわ。では、お料理は私にお任せください。」

私の言葉に咲夜は瀟酒に答えた。

確認し、私達は竹林の奥へと飛び立つ。





「動くと撃つ!!間違えた、撃つと動く。私が動くぜ。」

「何をバカなこと言ってんのよ。意味がわからないわ。」

まさにその直前に、聞き慣れた魔法使いと人形遣いの声が聞こえた。

「・・・おやおや、あんた達も動いていたとはねぇ。」

「巫女と一緒ではなく、魔法使い同士とは。珍しい。」

「好きでこいつと組んだんじゃないわ。選択肢がなかったのよ。」

「失礼な奴だぜ。泣いて頼まれたから来てやったのに。」

「平然と嘘をつくな。」

軽口を先行させ、私と咲夜は振り向いた。

そこにはやはり、私のよく知る神社の常連二人がいた。

霧雨魔理沙とアリス=マーガトロイド。

「一応聞いておくけど、『異変解決』?」

「そうよ。ということは、あんた達もなのね。」

「ひょっとして、あなた達も時間を止めていたりするのかしら。」

「おおっ、よくわかったな。こっちは不完全な『朝を奪う』だがな。」

「考えることは一緒みたいね。じゃあ・・・戦る?」

私は好戦的な視線を投げかけてやった。

魔理沙は「お?いいねぇ。」などと言い乗り気だったが、アリスの方はやる気はないようだった。

「私の目的は月を取り戻すこと。無駄に体力を浪費することではないわ。」

「怖じ気づいたの?」

「好きなように取るといいわ。」

どうやらこの手の挑発には乗らないらしい。興が殺がれた私は戦意を潜めた。

「ちぇー。楽しめると思ったのに。」

「あんたは・・・その短絡的行動をやめなさいと何度言ったらわかるのよ!!バディ組んでる側の身にもなりなさい!!」

「断るッ!私は自分に正直に真っ直ぐ生きる!!」

「そういう問題かー!!」

何やら苦労してるようね。同情するわ。

「同情するならバディ交換して!!」

「それは遠慮しておくわ。」

さて、無駄話はこれぐらいにしよう。

「この『異変』は私が解決する。あんた達はさっさとお帰んなさい。」

「・・・はっ。冗談はよせよ。ここからが面白いんじゃないか。」

「そっちこそ早めに帰った方がいいんじゃない?ここからは子供の遊びじゃないわよ。」

「あら、平均年齢はそちらの方が下なのではなぐは!?」

自爆発言をする咲夜の腹部に突っ込みを入れておく。全く、完全なようで抜けてるんだから。

ともかく、あっちも引く気はないみたいね。

「ならこうしましょう。ここからは競争。早い者勝ちよ。」

「なるほど、先に『異変』を解決した方の勝ちか・・・。面白そうじゃないか!」

「私はこの『異変』が解決するならどっちだっていいわ。早く落ち着いて月見もしたいし。」

「本当の目的は『そっち』ではないでしょう。」

「・・・ノーコメントよ。」

あなたには悪いけど、優夢は渡さないわ。あの子はフランの嫁よ。

当のフランには自覚がないし、優夢は鈍感過ぎて困るけどね。



「じゃあ始めましょう。恨みっこなしの一発勝負。」

「上等!スピードはパワーだぜ!!」

「魔理沙、一人で突っ走るんじゃないわよ!!」

「お嬢様も。私がついていける速さで飛んでください。」



競争相手が現れたことで、ようやく私はこの『異変』が楽しくなり始めた。





***************





「はむほむ・・・。」

「幽々子様、そろそろ。団子屋の店主も困ってますし。」

何故か見つけるのに手間取ってしまったが、私達は何とか人里にたどり着き、休憩を取ることにした。

既に寝静まった里で開いている店はなく、団子屋を強制的に叩き起こして(正直すまなかった・・・)夜のおやつにありついた幽々子様。

何故かいたミスティアと虫の妖怪は、どうやら人里を守る側についているらしい。この短時間の間に何があったのだろうか。

「はぁ~、助かった~・・・。」

「そんな大げさな。あの亡霊だって本気で妖怪を食べようとなんてしないでしょ。」

「いいやリグル!!あんたはわかってない!!あれは捕食者の目だった!!・・・ゆゆっちはやると言ったらやる女なのさ。」

「・・・ミスティアってあの亡霊とそんなに深い付き合いなの?」

「いんや、さっき初めて会った。」

はぁ、とため息をつく虫の妖怪――リグル。

『異変』の最中だというのに、随分とゆっくりしすぎている気がするが・・・これでいいのだろうか?

「いいのよ。深く気にすることはないわもぐもぐ。」

「しゃべるか食べるかどちらかにしてください。・・・こうしている間にも、タイムリミットは迫っているのですから。」

「何だ。お前たちも月の異常をどうにかしようとしているクチなのか?」

私達を見ながら里の監視をしていた慧音さんが、話に加わってきた。

「私達『も』?ということは、私達以外にもこの『異変』を解決しようと動いている者がいるんですか?」

「ああ。つい先刻、紅魔の主従が来たところだ。・・・『異変』ということは、霊夢達も同じ用件だったのか?」

珍しい人が乗り出したものだ。紅魔の主従ということは、レミリアさんも動いているのだろう。

「霊夢達ということは、霊夢と魔理沙と優夢さんですか?」

「いや、魔理沙はいなかったが。」

これも珍しいことだ。あの三人は『異変』のときは必ず一緒に行動するものだと思ってたけど。

「そういうこともあるでしょう?あの子達だって四六時中一緒にいるわけじゃないんだし。」

「それもそうですね。」

霊夢と優夢さんはともに神社に住んでいるのだからともかく、魔理沙の住居は魔法の森だ。別行動をとっても不思議はない。

「では、この先は優夢さん達とレミリアさん達と合流すればいいでしょうか。」

「んー、優夢はともかく、吸血鬼のお嬢さんが私達に協力するとは思えないけどね。どの道先に進めば会うことになるでしょう。」

幽々子様のおっしゃることは至極もっともだった。

まあ、優夢さんがいるのなら協力もできるだろう。あの人の能力はそういうこともできるのだと知っている。

とりあえずは優夢さんと合流することを考えよう。・・・そのためにも。

「早く食べ終わってください、幽々子様。」

「あと100個だけ~。」

食べすぎです!!



私にせっつかれたため、幽々子様は食べる速度を上げ、100個の月見団子をペロリと平らげてしまった。

「もっと味わいたかったのに・・・。」

「時間があるときにしてください。さあ、『異変解決』の続きに向かいましょう。」

置いていた白楼・楼観剣を腰に下げ、私は立ち上がった。続いて、幽々子様も立ち上がる。

「突然の来訪でご迷惑をおかけしました。」

「いや、気にすることはない。また来るといい。」

「今度は昼間にお邪魔するわ~。」

「昼間かー。昼間で人間鳥目にできるかな?」

「無理だと思うよ。ていうか、守護者の前でそういう発言やめようよ。」

「そうだな。そんなことをする気なら里には入れんぞ。」

「ははは、やだなけー・・・き?き、き、・・・キモけーね?」

「慧音であってる!!どういう思考過程を踏んだ!!」

「ミスティアには言うだけ無駄だよ。諦めなって。」

「・・・漫才をやってるところすみませんが、私達は急いでいるので。これにて失礼します。」

中々面白いトリオだと思ってしまったが、今はそれどころではないことを思い出した。

「あ、ああそうだったな。では。」

慧音さんが気を取り直し、別れの挨拶をする。私はもう一度会釈をし、たんっと地面を蹴った。





「ぬがっふ!?」

「あぶし!!」

その直後、突然現れた何者かに顔をぶつけ吹っ飛ばされてしまった。

ずざざと地面を擦りながら、私と現れた者は慣性の法則に従い飛ばされた。

「あたたたた・・・、一体何が・・・。」

「ぐっ、ここは人里か・・・?」

私とその者が同時に起き上がる。

「ってあなたは藍さん!!」

顔を上げ確認すると、それは紫様の式の藍さんであった。

見れば、私達が吹っ飛ばされた場所にはスキマが広がっていた。そこから優雅な仕草で、紫様が現れた。

「萃香め・・・余計な時間を取らせてくれたわ。」

しかし何者かと戦った後なのか、紫様の姿はボロボロだった。よく見れば藍さんもだった。

「熊と相撲でも取ってたの、紫?」

「もっと性質の悪い相手と大立ち回りをしてたわ。この忙しい時にね。」

「紫様も藍さんも、何故ここに?もしかして『異変』のことで?」

「ええ、そうよ。」

これはますますもって珍しい、いや、『異常事態』だった。今回の『異変』はそこまで大事だったのか?

「ある意味ではね。規模はともかく、本来なら私が出る必要があるはずもないんだけどね・・・。」

「じゃあどうして?」

「あなたが動くのは規約違反ではないのか、八雲紫。」

話を遮り、慧音さんが割って入ってきた。その目はいつもの寺子屋の教師としてのものではなく、人里の守護者――人間の賢者としてのものだった。

「そうね。確かにその通りだわ。けれどね、上白沢慧音。それは『巫女の手で解決できる、妖怪が起こした異変』に限るということをわかっているでしょう?」

「月が『隠された』だけだ。完全に消えたわけではない。博麗の巫女に解決できないとは思えないが。」

「いいえ、解決できないわ。」

慧音さんが断じた言葉を、紫様があっさりと否定する。だが慧音さんは引かなかった。

「何故そう思う。隠されたということは隠した犯人がいるということだ。そうである以上、霊夢ならば必ず見つけ出し、退治できる。」

「そういう問題じゃないのよ。もっと根本的な問題。」

「・・・どういうことだ。」

慧音さんの疑念に、紫様は焦らず、ゆっくりと答えた。

ちなみに、ここにいる小妖怪二人は突然現れた大妖に完全に萎縮してしまっている。

「確かに霊夢なら、相手が何処にいようが何者であろうが、勘で見つけ出し勘で戦い勘で勝ってしまうでしょう。



もし『異変』に気がついているのなら。」



「なん・・・だと?」

それは一体、どういう・・・?

「気付いてないのよ、あの二人。月が歪なことに。本物の月が隠されていることに。」

え・・・?

「で、でも、二人は『異変解決』のために動いてるんじゃ!?」

「・・・『終わらない夜の異変』。『永夜異変』とでも呼びましょうか。」

幽々子様の言葉に、紫様は静かに頷いた。

どういうこと?それって、つまり、二人が解決しようとしてる『異変』は・・・!!

そう考えて、私は気付いてしまった。

違う。二人が解決しようとしているのは『歪な月』の異変ではない。あの二人が解決しようとしているのは、私達が起こしているこの状況――!!

「急ぎましょう、幽々子様!!」

「そうね。まずいことになったわ。」

幽々子様の目が真剣なものになっていた。それも当然だ。

あの百戦錬磨、不敗の鬼巫女と、反則級の弾幕を持ち本人の能力も非常に高い優夢さんが敵側になっているのだ。

これは冗談抜きで『異変』が解決できなくなってしまう。何とかして二人を止めなければ。

私は振り返らず、幽々子様とともに空を駆けた。



「私達も行くわよ、藍。・・・けれどその前に慧音、あなたにお願いがあるわ。」

「・・・私にできることなら聞こう。何だ?」





***************





月が隠され、妖精も妖怪も弱体化しているが、どうやらここは例外のようだ。

竹林に侵入した私達を出迎えたのは、数えるのも馬鹿らしくなるほどの妖怪兎だった。

「はは、妖精の代わりに兎か!風情があるじゃないか!!」

群れてかかってくる兎を、星の形をした弾幕を撒き散らして牽制する。

敵が一歩引いたところに、アリスが多方向に配置した人形からレーザー弾幕を放った。それで妖怪兎どもはあっさり吹っ飛ばされた。

「どうやらこっちで間違いはなかったようね。」

「だな。『異変』臭がぷんぷんするぜ!」

こいつらはあの月の影響を受けてないみたいだしな。妖怪なのに。

てことは、この先には月がなくても全力が出せるような何かがあるってことだ。もしくは、隠された月そのものが。

「それにしても、月なんか隠してどうする気なんだ?月見を独り占めする気なのか?」

「あんたじゃないんだからそんなわけがないでしょ。」

私達に併走するレミリアが、大玉を飛ばしながら突っ込みを入れてきた。

大玉そのものが数匹の妖怪兎をなぎ払い、弾道に残された小玉が難を逃れた兎を蹴散らした。

「おいおい、やりすぎるなよ。相手は妖精じゃないんだからな。」

「知ったことじゃないわ。この程度で死ぬなら、その程度の運命だったってことよ。」

「生憎と敵にかける情けは持ち合わせておりませんわ。」

咲夜も主に追従して、10本のナイフを放った。

一体どういう制御をかけたのか、不規則な軌道を描き兎を貫く10本のナイフ。それらは最終的には咲夜の手元に戻っていた。

「容赦ないな。死んだんじゃないか、あれ?」

「急所は外しているわ。それに仮にも妖怪なんだから、あの程度何ともないでしょう。」

・・・なるほど、確かにそのようだ。

貫かれた兎は落下の途中無事な兎にキャッチされ、竹林の奥へと逃亡していった。恐らくはそこで回復する気なのだろう。

「何にせよ、この先に妖怪の力になるものがあるらしいな。」

「何だっていいわ。勝てばいいのよ。」

「道理ね。けれどあなた達は私達に負ける。『異変』の元凶に勝つことはできないわ。」

ふん、そうは行くか!

私は紅魔組と差をつけるべく、スピードを上げた。

「ちょっと魔理沙!一人で突っ走るなって言ってるでしょ!!」

「お前が飛ばせ!私は緩める気はない!!」

「こんのスピード狂!!」

アリスが文句を言いながらスピードを上げる。レミリアと咲夜も負けるものかとばかりに加速しようとした。



「!? 魔理沙、止まれ!!」

その瞬間、唐突にレミリアが叫んだ。

普段だったら無視するところだが、その声に含まれる険が気になり、私は急制動をかけた。



直後、私の目の前を信じられない量の札がかすめた。

ややあって、札が地面に刺さり土煙を上げた。

レミリアの声に反応しなければまともに喰らっていた。・・・危なかった。

「助かったぜ。」

「チッ・・・反射的に叫んでしまったわ。」

「慈悲深いですわ、お嬢様。」

「そんなことよりも、今のって・・・。」

ああ、そうだな。

私はアリスに言われ、札の飛んできた方――私達よりもさらに上空にいるそいつに向かって、叫んだ。



「一体何の真似だよ、霊夢!!」

いつもは私と一緒に『異変解決』をする、博麗の巫女に向かって。

「やっと見つけたわ。あんた達でしょ、夜を止めてるの。」

いつもと変わらぬ涼しげな声で、霊夢は答えなかった。





***************





最初、霊夢の言ってることが俺は信じられなかった。

「嘘だろ、レミリアさんがまた『異変』を起こしてるなんて。」

里を離れ、竹林にさしかかった頃、霊夢が唐突に「犯人はレミリアね」とか言い出したのだ。

ありえないと言えないのが何とも言えないが、それでも信じられる内容ではなかった。

「優夢さんは感じないの?あいつ特有の、紅い妖気を。派手に撒き散らしたみたいじゃない。」

・・・いやまあ、確かにそうではあるんだが。別人かもしれないじゃないか。

「思ってもいないことを言うのはやめなさい。」

・・・む。

「確かに、俺だってこれがレミリアさんの妖気だってわかるよ。」

レミィ取り込んでるんだから。

(ま、確かにこれは私と同種の妖力よ。運命から何までね。)

「けど、だからって何でレミリアさんが『異変』の犯人になるんだよ。偶然ここを通っただけかもしれないだろ?」

「こんなおかしな夜に、紅魔館から随分離れたここに?とんだ偶然があったものね。」

・・・否定はできなかった。

けど、無関係ではないかもしれないけど、犯人と断定するのは・・・。

「大体、理由がないじゃないか。」

と言って、かつてレミリアさんが『異変』を起こした理由を思い出し、あったわと思った自分が悔しかった。

「夜は妖怪の時間なのよ。理由大ありじゃないの。」

わかってるからわざわざ言わんでくれ。

「霊夢の考えはわかったよ。・・・だけど俺は友人として、レミリアさんを信じたい。確認が取れるまで俺は戦わないからな。」

「そう言うと思ってたから、気にする必要はないわ。」

霊夢は相変わらずの博麗の巫女っぷりだった。



んで。

「お前何やってんの!?」

レミリアさんと咲夜さん、それから何故かいた魔理沙とアリスを見て、この鬼巫女はいきなり札の豪雨を降らせやがった。

「何って、先制攻撃よ。」

「そういう意味じゃねえ!!話をする前に攻撃をするな!!」

「霊夢、いきなりとはご挨拶だな。やる気か?」

ほら始まる前から話がこじれそう!!

「どういうつもりなのかしら。『異変』の元凶を一人占めするつもり?」

レミリアさんが眦を上げて霊夢に問いかけた。良かった、話は聞いてもらえそうだ。

それにこの言葉からすると、やはりこの『異変』はレミリアさんが起こしたものじゃない・・・。

「とぼけないで。この夜を止めてるのはあんた達の仕業でしょ。」

「ええ、そうだけどそれがどうかした?」

ってうおおい!?肯定しちゃったよこの人!!

「マジですか!?」

「何をそんなに驚いているの?咲夜ならそのぐらいできるってわかるでしょう。」

「いやできるかもしれませんがってか軽くできそうですけども・・・。」

「あなたの中で私がどういう評価なのか是非知りたいわ。」

完全瀟酒なメイド長です。

けど・・・マジなのか?

「おいおい、攻撃しかけといて私は無視か?」

「夜を止めないでどうやってこの『異変』を解決するつもりなの?」

魔理沙とアリスが割って入ってきた。・・・どういうことだ?

「その口ぶりだと、あんた達もこの『異変』に一枚噛んでるみたいね。」

「何のことだぜ。私達は『異変解決』の最中だ。」

「ふざけないでほしいわね。『異変』を起こしておいて『異変解決』とか。」

霊夢の殺気が膨れ上がる。ヤバい、これは臨戦態勢だ。

「落ち着け霊夢。何か様子がおかし」

「優夢さんは黙ってなさい。」

その剣幕に、俺は黙るしかなかった。俺も霊夢を説得する決め手を持っていたわけじゃないし。

「全く・・・あんたたちのおかげで、もう寝るとこだったのにこんな遠出させられて。くだらない理由だったらただじゃ済まさないわよ。」

「・・・ひょっとしてあなた、気付いてないの?」

訝しげな表情でアリスが霊夢に問いかけてきた。

「気付いてるわよ。あんたたちが『異変』を起こしたってことぐらいね。」

「そうじゃなくて、『月の異変』よ。」

「わけのわからないことを言って誤魔化さないで。・・・御託はいいわ。どの道あんたら退治するんだから。」

痺れを切らす霊夢。その手には既に10枚を越えるお札と、10本を越える針を構えていた。

「待て!!まだ皆が『異変』を起こしてるって確証はないだろ!?」

「夜を止めているってことは認めたわ。それだけで十分。私はレミリアと咲夜を叩きのめすから、優夢さんは魔理沙とアリスをお願い。慣れてるでしょ?」

俺は止めたが、霊夢は聞かず一方的に言い放ち、レミリアさんと咲夜さんに突っ込んでいった。

「やらせるかよ!!」

その霊夢に向かって、魔理沙が魔砲を撃とうとしていた。

俺は反射的に、操気弾を魔理沙に向かって飛ばした。それに気付き、魔理沙は回避行動を取る。

その間に霊夢は、紅魔組と交戦を始めてしまっていた。

「・・・お前もやる気なのか、優夢。」

「待てって、俺は状況が把握できてない!まずは話し合いをだな・・・。」

「へ、たまにはこういうのもいいかもな。『異変』中にお前とやったことはなかったな。」

いやいやいやいや、話聞けよ!何で霊夢といい魔理沙といい、人の話を聞かないんだ!

「ちょっと魔理沙、優夢は話をしようって言ってるじゃない。」

「アリス、やりたくないんだったら下がってていいぜ。1対1の方がいいしな。」

「・・・馬鹿にしてるの?いいわ、私もやってやるわ。」

アリスが魔理沙を止めようとしてくれたが、あっさりと挑発に乗ってしまった。

・・・ああ、何で幻想郷はこうなんだ。



「さあ行くぜ優夢!あっさり落ちるなよ!!」

「悪いけど、即行でいかせてもらうわ!!」

「あーもう、どうにでもしろコンチクショー!!!!」

流されるまま、俺はヤケクソで勝負を受けてしまった。

2対1とか、どう考えても負けるんだが・・・。





***************





2対1か。一見有利にも見えるけど、霊夢相手にその考えは捨てた方がいいでしょうね。

お嬢様は強い。私もお嬢様ほどではないにしても、強い自信を持っている。

だがこの巫女はその私やお嬢様に勝っているのだ。しかも連戦で。

この巫女と戦うに当たって、数が多い方が有利という常識は捨てた方がいい。そういった常識をことごとく破壊するのが博麗霊夢なのだから。

「咲夜、長期戦に持っていこうとしてはダメよ。一気に決めるわ。」

それはお嬢様もわかっていること。

通常なら吸血鬼対人間で、どちらが持久戦が苦手かと言ったら、人間の方になるだろう。だがそんな常識はここでは何の役にも立たない。

ただ避けるだけなら、霊夢はなんのコストもなしに避ける。わかっていることをするだけだから、余計な動きが一切ない。そのため体力の消費がないのだ。

対してこちらは、弾幕を撃ち続ければナイフも減るし妖力も減る。戦闘時間が長くなればなるほどこちらが不利になる。

決めるなら一瞬で。一発でスペルカードを使わせ、スペル耐久時間の限界を待つのが望ましい。

なら、この一発に全力を注げばいい。逃げ場のない――文字通り、避けることの不可能な攻撃をしかければ。

「合わせますわ、お嬢様。」

「よろしい。」

お嬢様が向かいくる霊夢に対し、大玉をがむしゃらに撃つ。それだけで、普通の妖怪なら50回は殺せるほどの弾幕。

それを霊夢は、スピードを緩めず隙間に入りこむ。大玉の後に続く弾幕すらも、完全に見切っている。

この弾幕では霊夢は落とせない。そのことは私もお嬢様も重々承知だ。霊夢に逃げ場がある限り。



なら、その逃げ場を潰してやればいい。

お嬢様の弾幕を誤った道筋ミスディレクションとして姿を眩ました私は、既に霊夢の横方に周りこんでいる。

そして霊夢の前方に向かって、両手に持ったナイフを投げつけた。

それがお嬢様の放っている弾幕と交錯し、檻状の弾幕を作り出す。無論、私の弾幕がお嬢様の弾幕と衝突しないよう計算して放っている。

物理的に逃げ場がなければ、いかに霊夢といえども避けることはできない。これなら・・・!!?

「それなら、動かなければいいだけでしょ?」

霊夢はこちらに気づいていた。そしてあざけるようにその場で静止する。

霊夢が進むことを前提に放った弾幕は、かすることもなくただ通り過ぎた。

・・・やはりこの巫女の発想は、私達の斜め上を行っている。

お返しにと霊夢が放ってきた追尾性能を持つ札を、私は手に持ったナイフで切り落とした。

「・・・く!?」

防御手段を持たないお嬢様は、弾幕の隙間を縫って迫った札をかわしきれず、一撃を喰らってしまった。

――しまった!!逆に私がお嬢様から引き離されてしまったのか!!

私はまんまと霊夢の誘いに乗ってしまった自分のふがいなさを悔いたが、今はそれよりもお嬢様だ。

「大丈夫ですか、お嬢様!!」

「ええ・・・、威力の弱い弾幕を喰らっただけよ。」

お嬢様の言葉通り、札を受けた二の腕に軽い火傷のような痕があるだけだ。

「けど、一発は一発よ。さっさとスペル宣言をしなさい。」

・・・く、先にスペルカードを使わせる予定が、こちらから使うことになってしまうとは。

「・・・ふふふ、そうね。あなたはそうでなくては。離れていなさい、咲夜。本気で行くわ。」

「しかし!!」

「温存していて勝てる相手ではないでしょう?それにようやく楽しくなってきたんだから、邪魔をしないで。」

お嬢様の眼光に射抜かれ、私は少し震えてしまった。・・・これはもう何を言っても聞かないか。

「・・・承知しました、お嬢様。しかし援護射撃は致しますわ。」

「当然よ。」

私はお嬢様から離れ、別の位置から霊夢と対峙した。

私が十分離れたのを見ると、お嬢様は一枚のスペルカードを取り出し、宣言した。

紅符『不夜城レッド』!!



この戦いの先行きが、私には全く想像もできなかった。





***************





私とアリスが放つ数を重視した弾幕を、優夢は展開した操気弾で弾く。

こいつ相手に勢い任せは危険だ。下手に近寄ったら問答無用で落とされるし、距離を取ったからといって安心できるわけでもない。

だからこうして弾幕で牽制し、出方を窺いながら作戦を立ててるってわけだ。

「だああ、少しは手加減してくれー!!」

泣き言を言いながら完璧なガードを達成している優夢。冗談、手加減なんかしたら負けちまうぜ。

さて、それはそうとどう攻めるべきか。

以前だったら数で攻めるとか、あるいは『マスタースパーク』級の威力で攻撃すれば、操気弾の制御限界を越えたり防御し切れなかったりで落とせた。

が、今の優夢ははっきり言って鉄壁どころの騒ぎじゃない。

男状態で操れる操気弾の数は15。その場に置いておくだけでも、私達の攻撃を完全に防げるほどの量だ。

おまけに強度も上がってきているようで、以前など『マスタースパーク』との真っ向勝負で防ぎきられたことがある。

もっとも、いつでもできるってわけじゃないらしいけど。今までどおり、高威力の弾幕を防げば操気弾も削られるし、全部の弾幕を使わなきゃ防げないみたいだ。

『ファイナルスパーク』なら、理論上防御は不可能だから抜けるだろうけど――さすがに先のことを考えると使えない。

何とか完成までこぎつけたこの切り札だが、消費が馬鹿にならないことがわかった。一発撃てば、数十分は動くこともできなくなる。

なので『ファイナルスパーク』を使うって選択肢は却下。『マスタースパーク』で決めるしかないか。

「威力でごり押す気?やめなさい、無謀よ。」

その私の考えを察したか、アリスが人形を操りながら話しかけてきた。

「そんなの、やってみなくちゃわからないぜ。」

「心にもないことを言うのはやめなさい。第一、あんたもわかってんでしょ。さっきの『マスタースパーク』で消耗してること。」

・・・まあな。そのくらいは自分のことだからわかってる。

「あの優夢の防御は間違いなく幻想郷一よ。だったら、その方向で勝負するのは間違ってるわ。」

「じゃあ賢いアリス先生はどうお考えなのかな?」

「正攻法じゃ基本的に優夢にダメージは与えられない。・・・だったらセオリーを外せばいいのよ。」

あんまり私の好きなやり方じゃないな。

「負けたいなら好きにするといいわ。・・・けど、私達はここで落ちるわけにはいかない。そうでしょう?」

「ああ、そうだぜ。」

「だったら、ちょっとは私の言う通り動いてみなさい。見せてあげるわ、私のブレイン弾幕を。」



アリスの立てた作戦を簡単に纏めると、こんな感じだ。

・私、囮になる

・優夢、私を攻撃するために操気弾を離す

・アリス、決める

「・・・おいィ?」

「何、文句でもある?」

ありまくりだこの馬鹿。私完全にアリスの引き立て役じゃないか。

「でも、これが一番勝率の高い作戦なのよ。私じゃ優夢の弾幕かわしきる自信ないし。あんたなら慣れてるでしょ?」

「いやまあ、確かにそうだが・・・。」

だからと言ってこの配役は納得がいかなかった。

「わかったらとっとと行く。時間は有限なのよ。」

「・・・ちっ、わかったよ。」

私は箒の進路を真っ直ぐ優夢の方に向けた。

「ああ、そうだ。一つ聞き忘れてた。アリス、囮になるのは構わないが・・・。」

私はアリスに背を向けた状態で、問いかけた。

「何よ?」

アリスが怪訝な様子で返してきたので、私は言った。



「囮になるのは構わないが。別に倒してしまって構わんのだろう?」

「・・・あほなこと言ってないでとっとといきなさい。」

ノリの悪い。



私は弾幕を放ちながら、優夢の近くに寄った。

「ぬあ!?魔理沙ちょうどいい、俺の話を聞け!!」

「だが断るぜ!!」

「何でだ!?」

優夢が話しかけてきたが、私はすいっと進路を曲げて、優夢の後ろ側に周りこむ。

そこから星の形をした弾幕の雨を放射した。

「うおわ!?」

それに優夢は慌てて弾幕を後ろに回す。私の弾幕はあっさりと砕かれた。当然だ、その程度の威力しか込めてないんだから。

「ちょ、ま、やめんか!!」

前と後ろから挟み撃ちにされ、目を白黒させる優夢。あれ?これだけでいけんじゃね?

とも思ったが。

「いい加減に・・・しろっての!!」

やはり優夢は優夢であり、一筋縄で行く相手じゃなかった。

瞬間的に操気弾の軌道半径が大きくなり、私にぶつかりそうになる。慌てて回避した。

その間に、優夢は一枚のスペルカードを取り出していた。私が今まで見たことのないスペルだった。

「2対1は敵わん!こっちも二人にさせてもらうぞ!!」

そう言って宣言した。



現象『闇色能天気』!!



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・また微妙なネーミングを。

私は宣言を聞きながらげんなりしていたが、それはただごとではないスペルだとわかった。

優夢が宣言をすると、優夢の中から妖夢の半霊のようなものが現れた。そういえば優夢は半霊でもあるんだったな。

それが次第に形を変え。

「な、お前は!?」

「わはー!!呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン、なのかー!!」

なんと、ルーミアの姿になったのだ。

このスペルは半霊に誰かの姿を与えるスペルなのか?いやそれにしてはこいつは本物っぽすぎる。

第一スペルの名前は『闇色能天気』。明らかにルーミアを意識して・・・。

「そういうスペルか!!」

私は合点がいった。これは、半霊にルーミアの『願い』を投影するスペルだ。

優夢はルーミアの『願い』を取り込んでいる。そしてあいつの能力は『あまねく願いを肯定する』。このぐらいのこと、出来てもおかしくない。

「ルーミア、お前は魔理沙を頼む。いっつも見てるからわかるだろ?」

「余裕なのかー。」

しかも、どうやら私と優夢の弾幕ごっこを内側から見てたっぽい。本物のルーミアよりも手強いかもしれん。

そしてこの時点で、アリスの考えてた作戦は意味をなさなくなった。さっきまでの作戦は2対1だからできたものだ。

私はアリスに目で抗議した。

(仕方ないでしょ、こんなの知らなかったんだから!)

目で返ってきたのは、大体そんな感じの答えだった。

やれやれだ。が、これならこれで面白い。

「来い、ルーミアの『願い』!!相手になってやる!!」

「ルーミア、無理に戦おうとするな!その間に俺がアリスを説得する!!」

「わかったのかー。」

・・・空気読めよ、優夢。





***************





レミリアはスペルを宣言すると、通常の弾幕を撃ってきた。特徴的な大玉。

それだけでもこいつの強さはわかるし、普通なら十分すぎる。

けれどそれは私には通用しない。去年の『異変』から何度もそのことはわかっているだろうに、何故スペル宣言後も意味のない弾幕を放っている?

何か裏があるわね。何かを待ってるような。

それが何かはわからないけど、私の勘は時間的なものではないと告げていた。

ならじっくり様子を見る必要がある。私はレミリアの放つ弾幕を危なげなくかわしながら、観察した。

「どうしたの?攻撃してこなければ勝てないわよ。それとも怖気づいたのかしら。」

「冗談。」

挑発的な言葉を投げてきた。なるほど、私に攻撃させたいのか。

本人が気付いているかどうかは知らないが、レミリアははっきり行って策略には向いていない。

何かにつけてあからさま過ぎるのだ。恐らく強者としての余裕から出てきているのだろうけど、そのくせ無駄に策をめぐらせようとする。

じゃあ、こっちから攻撃すれば何かボロを出すわね。私はお札を二枚ほど投げつけてやった。

だがそれはレミリアの後ろから放たれたナイフにより落とされてしまう。

「私がいることをお忘れなく。」

・・・そういえば2対1だったわね。忘れてたわ。

ということは、嫌でも攻撃するためには近づかなきゃいけないわけね。ますます狙いが丸分かりだった。

こいつの狙いはカウンターだ。このスペルがどういうスペルかは知らないけど、射程が短いんでしょうね。その代わり威力が高いとか。

それがわかれば十分。絶対に近づいてやるもんか。・・・と言いたいところだけど。

「チッ、針も弾くか。」

「こちらはナイフ。そちらは紙の札と小さな針。どちらの方が頑丈かは目に見えていると思うけど?」

「ほらほら、もっと近づかなきゃ私に攻撃はできないわよー。」

・・・うっざ。何こいつ、滅茶苦茶うざい。

いいわ。罠だろうが何だろうが知ったこっちゃないわ。近づいてかわしてぶちのめしてやる。

私はレミリアと咲夜に近づきながら札と針の乱舞をお見舞いした。それらは全て咲夜の投げるナイフによって弾かれてしまった。

私が近寄るのを見て、レミリアは口を笑みの形に吊り上げた。

「かかったわね!これでも喰らいなさい!!」

かかってやったのよ、という突っ込みは心の中だけに押しとどめられた。

「・・・しまった、ちょっと見積もりが甘かったわ。」

レミリアのスペルカード。それは全身から吸血鬼の莫大な妖力を放射するという力任せのスペルだった。

紅の十字型に広がり始める妖力。それは明らかに、私を飲み込む勢いだった。

後ろに下がっても間に合わない。あれはそのぐらい広がる。普段の言動で忘れがちだったけど、こいつも一応大妖に分類されるんだったわね。

私は舌打ちを一つして、スペルカードを取り出した。

夢符『二重結界』!!

展開される二重の結界。それが間一髪でレミリアの膨大な妖力から私を守る。

外の一枚が破壊され、中の一枚がミシミシと音を立てる。・・・耐え切れるか。

しばらくすると妖力の放出がおさまる。どうやら、何とか耐え切ったらしいわね。

「・・・落ちなかったか。流石は霊夢といったところね。」

「あら、私を評価するならちょっと早いわよ。」

何、と眦を上げるレミリア。その注意が、咲夜の叫びによって後方に向けられる。

「お嬢様!!」

「な・・・に!?」

結界を展開する直前に、大きく迂回させるように投げた弾幕が、レミリアの妖力がおさまった今になって、後ろから攻撃をしかけたのだ。

回避は間に合わない。今放出した妖力から考えると、迎撃もできないだろう。咲夜は巻き添えを畏れて離れていたため、位置が遠すぎる。

数は29枚。私が一度に投げられる最大数だ。運がよければこれで終わる。



だが。

時符『パーフェクトスクエア』!!

咲夜がスペルカードを宣言した。それにより、私の弾幕の時間が停止する。

「ぐっ・・・だ、大丈夫ですか、お嬢様・・・。」

「私は大丈夫だけど、お前時を止めることができないんじゃ・・・。」

「少し、無理をすれば、この程度のこと・・・!」

そういえば、夜を止めてるのは咲夜だったわね。つまり、そっちに力の大半を注いでいるから得意の時止めが出来ないと。

これはいいことを聞いた。

「・・・お前は下がってなさい。今のは助かったけど、お前に落ちられては困るわ。」

「しかし、お嬢様・・・。」

「素直に言うことを聞きなさい。私が暇を出すことなんて滅多にないのだから。」

「・・・すみません。」

美しき主従愛ね。だけど、そんなのに私が心を打たれるとでも思った?

「ふん、思うわけがないわ。あなたはそれでも嬉々として攻撃してくる性質でしょう。」

「人を鬼畜みたいに言わないでほしいわね。それと、ようやく本気を出す気になったみたいね。」

レミリアの全身から立ち上る妖力が、いつかの『異変』の最後のとき並みに膨れ上がっていた。

「ええ、あなた相手に手を抜くのは失礼だったわ。いつかの借りを返してあげる。」

「へぇ。出来るものならやってみなさい。私は貸しを増やすつもりだから。」

どうやら楽はさせてもらえないようだ。めんどくさい。そうは思いながら、そんなことは表面には出さず。

私はさっさと決着をつけるために、次のスペルカードを取り出した。



神技『八方鬼縛陣』!!

紅魔『スカーレットデビル』!!



私とレミリアの宣言が、終わらない夜に響いた。





***************





優夢がスペルを宣言すると、何故か宵闇の妖怪が現れた。それが魔理沙に向かっていく。

「魔理沙覚悟なのかー。」

「はん、お前に落とされるほど落ちちゃいないぜ!!」

気の抜けるほど楽の感情しかこもってないルーミアの言葉に、魔理沙は血気盛んに応じた。

まさかこんな抜け道を持っていたとは。これは作戦を考え直さなきゃいけない。

ルーミアを向こうにやったってことは、優夢は私の相手をするということ。私は気を引き締めながら頭を回転させた。

「ふう、熱血バカはあれで時間稼ぐとして・・・。アリス、ちょっとお話しようか。」

・・・何だろう。何故か今の『お話』というワードが、私の中で警戒心を盛りたてさせた。

が、優夢に限ってそんなことがあるわけないので、私はそれをねじ伏せ問い返した。上手くいけば、戦わないですむし。

「何?降参してくれっていうなら聞かないわよ。」

「そういうんじゃない。どうにも俺には状況がつかめてないように思えてならないんだ。」

ええ、そうでしょうね。でなかったらあなたが私達の前に立ちふさがるはずがないでしょうから。

「確認させてくれ。まず、夜を止めているのは誰なんだ?」

「多分咲夜も止めてるでしょうけど、私達も止めてるわよ。ちょっと禁呪使って。」

「ちょっとて・・・。」

しょうがないでしょう。文字通りなんだから。

「それで、何でそんなことをしてるのか確認したい。理由があるんだろ?」

もちろんよ。ちゃんとこうやって聞いてくるあたりが霊夢と優夢の差ね。

「私達は『異変』を解決しようとしてる。本物の月が隠された『異変』をね。」

「月が・・・隠された?何言ってんだ、月は出てるじゃないか。」

「あれは偽者の月。魔力も何もこもってないわ。・・・結構歪になってるわね、そろそろあなたにもわかるんじゃない?」

私に言われ、優夢は月を見上げた。

「・・・ゲ。」

今気付いたのか、輪郭の歪んだ月を見て優夢はうめき絶句した。

「私達はそれにいち早く気付いたから、こうやって夜を止めて犯人を捜してるのよ。」

「・・・なるほど、よくわかった。確かにこれは大事かもしれないな。」

「そういうこと。あなたの理解が早くて助かったわ。」

私の説明に納得し、優夢は戦意を収めてくれた。――初めからなかったという説もあるけど。

「教えてくれてありがとう、アリス。」

「べ、別にいいわよ!友達なんだから当然でしょ。」

不意に微笑みお礼を言われ、顔の温度が上がるのがわかった。

「魔理沙ー、事情はわかったからとりあえず戦いを中止しよう!」

・・・まあ、すぐに私じゃなくて魔理沙に意識がいったので、何故か不機嫌になるのもわかったけど。

「魔理沙、聞こえたでしょう。優夢は『異変』の実情に気がついてくれたわ。戦う必要はないのよ。」

私も魔理沙に向かって声をかける。

が。



「おお!?ルーミアが私の弾幕を回避した!!?」

「いつも見てるからわかるのかー。お返しなのかー。」

「なんのー!!」



・・・弾幕ごっこに熱中してて全然聞こえてない。

「ねえ、優夢。あれ解ける?」

「あー、うん。解こうと思えば解けるけど。ルーミア熱中してるみたいだし、邪魔するのも気が引けるかなーと。」

「・・・そんなこと言ってる場合じゃないでしょうに。」

気持ちはわからないでもないけど、あのままだと朝があけるまでやってそうな勢いだ。

「それも確かにそうだな。・・・じゃ、ちょっと二人には悪いけど。」

言って優夢は、恐らく術を解いた。すると宵闇の妖怪は姿を崩し人魂となった。

なるほど、半霊を使って・・・。

「て、何で優夢があの半霊娘の『願い』を取り込んでるのかしら?」

「え?あ、いや、何と言うか、酒の席での不幸な事故というか・・・。」

優夢が『願い』を取り込む条件は知ってる。「他者の体の一部を自分の中に取り込むこと」だ。

で、あの半霊は間違いなく妖夢を取り込んだ結果であり、一体どんな方法を用いて取り込んだのか是非知りたいところだった。

優夢が答えをはぐらかすので、私はさらに詰問した。優夢はうろたえるばかりだった。





そうやって魔理沙から目を離したのがいけなかったんだろう。

「何だ優夢!!お前が私の相手をしてくれるのか!!」

声に弾かれるようにそちらを見ると。

何故か魔理沙が嬉々とした表情でミニ八卦炉をこちらに構えていた。

「ちょ、何しとん!?」

「私まで巻き込む気!?」

しまった。魔理沙は今の弾幕ごっこでテンションが上がりっぱなしだ。周りが見えてない。おまけに優夢が術を解いた理由を勘違いしてる。

私は何とか魔理沙を冷静にする言葉を探したが、そんな短時間で見つかるわけもなく。

恋符『マスタースパーク』!!

魔理沙はこちらに向けて、あっさりと魔砲を放ってきていた。

ダメだ、避けられない。防御も無理。優夢は弾幕を展開してないし、私の人形にもそんな防御力があるものはない。

万事休す。



「チクショー!!とっておきのスペカだったのにー!!」

そのとき、優夢が動いた。ポケットから真新しい一枚のスペルカードを取り出す。

それはまだ私の見たことのないスペルだった。

この状況を打開できるスペルなのか。一体どんな・・・。





「思符『南の島の大王 -カメハメハ-』!!」





・・・相変わらずネーミングセンスは最悪なのね。





***************





私と霊夢は、お互いに必殺の一撃を当てようと隙を探していた。

私のスペルは『不夜城レッド』の上位版。あれならたとえ強固な結界を用いたとしても、一撃で落とせる自信がある。

霊夢が使っているのは、以前見せた『封魔陣』の強化のようね。五角の結界を何発も撃ってきている。

よくあれで霊力が枯渇しないものだと感心するが、霊夢だからと言われれば納得できた。つくづく人間離れした巫女だ。

だが、だからと言ってこの私が負けてやる道理はない。

私は通常弾幕を放ちながら、霊夢へと迫っていた。

霊夢の勘のよさは驚嘆に値する。それだけで私の狙いを理解し、近づかせようとしない。

だが、私とても成長する。霊夢相手にいつもの力任せの戦い方ではダメだということは熟知している。

だから私は、弾幕の数を絞って、回避に徹底した。

「随分らしくない戦い方をするわね。」

「あなたに勝てるなら、構わないわ。」

別に霊夢に恨みがあるわけでもないし、怒りがあるわけでもない。

咲夜のことにしたって、あの子が勝手に手を出して消耗しただけだ。感謝はしているが自業自得と思っている。

・・・だが、気に食わなかった。

咲夜は私のものだ。私が生殺与奪の全権を担う、私の可愛い従者。それを間接的にとはいえ、傷を付けられて面白いはずがない。

だから何としても、この一撃も喰らったことのないだろう最強の巫女に、一泡噴かせてやりたかった。

その思いが私をいつになく集中させた。自分でも驚くほど、弾幕の軌道が見える。

なるほど、これが霊夢の見ている世界の一端か。これもまた悪くない。

だが、やはり私は吸血鬼であり、大妖であり、力でもって全てをねじ伏せる覇者だ。

ここは私のいるべき場所ではないと思った。だから力の限りの見切りで、霊夢へと迫った。

「・・・へぇ、やるじゃない。あんた、見切りも結構いけるクチ?」

「さあ、あんまり試したことないからわからないわ。」

あと少しで射程距離だ。霊夢が放つ五角の結界をかわしながら、私は内側に妖力を溜め始めた。

「ところで、あんた私のスペカ宣言覚えてる?」

唐突に、霊夢がそんなことを聞き出した。私は7発目の結界弾をかわしながら答える。

「神技『八方鬼縛陣』・・・で合ってたかしら。」

「そうよ。なんだ、ちゃんと聞いてるじゃない。」

・・・一体何が言いたい?私はさらに一発放たれた結界弾をかわした。

「あんた覚えてる?いつかの『異変』で、私が『封魔陣』の強化版お見舞いしたこと。」



その一言で、私の中のとある記憶が蘇る。

私は自分の周りを見た。そして気付いた。

私の周りに、八角形の巨大な陣が出来上がっていた。

・・・誘い出されていたのか!!

「運命を操るあんたが誘導されてちゃ世話ないわね。」

「・・・全くだわ。」

射程まではまだある。けれど霊夢は即座に陣を発動できる。どちらが優位に立っているかは明白だった。

「努力は認めるわ。けどまだまだね。」

「・・・次は必ず、私が勝つ。」

「はいはい。」

まるで世間話でもする程度の気楽さで、霊夢は返してきた。

「別にそれはいいけど、今はとりあえず落ちときなさい。」

霊夢が霊力を放った。陣の頂点が力強く輝き、点と点を繋ぎ八角形を描く。

そして、陣から凶悪なまでの霊力が吹き上がり、私に襲い掛かってきた。





時符『プライベートスクエア』!!

・・・え?





***************





唐突だが、男の子には三つの憧れがある。

一つは、巨大ロボ。メカニカルなボディでまるで人のように動き、怪獣をなぎ倒す様を見て興奮しない男の子はいないだろう。

一つは、合体技。普段は対立している二人が、共通の敵を倒すために新必殺技を編み出す様は、感動の一言につきる。

そしてもう一つがこれ。某大人気漫画を見ていた世代で、これに憧れを持たない人はいないだろう。

何せ海外では「かめはめ○コンテスト」というぶっ飛んだ催し物まであるらしいのだ。いかにこれが人気かを物語っている。

それをある意味体現していた魔理沙の『マスタースパーク』。憧れないわけがなかった。

だが、俺にできるのはあくまで弾幕を圧縮すること。それとは真逆だった。

いかに頑張っても、『ムーンライトレイ』のように垂れ流すことはできても、砲撃という形にはできなかった。

半ば諦めていた俺に突如降って湧いたイベント。それが萃香の『願い』を取り込むということだ。

萃香は疎と密を操る。つまり、俺のように圧縮することも、魔理沙のように解き放つことも自由自在ということだ。

俺は萃香のラストスペル『百万鬼夜行』を見たとき、天啓を受けたように感じた。

あれは周りから力を"萃"め、限界を超えさせて解き放つというものだ。

そう、そうなんだ。俺の圧縮するという性質を極限まで高めれば、箱にギュウギュウに詰め込んだ荷物がパンクするように、弾幕は自壊し砲撃という形にできるのだ。

そこに思い至った俺は研鑽を積んだ。時には現実で、時には俺の中の『世界』で。とにかく圧縮と崩壊のバランスを研究した。

そして完成したのがこのスペル。その大人気の技の名前を取って、思符『南の島の大王 -カメハメハ-』。

そのままではアレなので一捻り加えてみた。これでもう俺にネーミングセンスがないなどとは言わせない!!

「いや、ネーミングセンスないから。相変わらず。」

アリスの突っ込みを都合よくスルーし、俺は弾幕を手の中に顕現させた。既に圧縮されている。

さらに押し込む。ミシミシと、俺の手か弾幕かわからないが、悲鳴をあげていた。

ピシっと、弾幕にヒビが入った。今だ!!



「かめ○め波ーーーーーーーーーーーーーー!!」

「何なのよそれは!!」

アリスから突っ込みが入りつつ、俺は両手を前に出した。

その瞬間、押し込められた霊力が崩壊し、膨大な奔流となって流れ出した。

それはさながら、魔理沙が放っている『マスタースパーク』のように。

「何!?お前も『マスタースパーク』を!!」

「○めはめ波だ!!」

「だから何の名前なのよそれ!!」

俺の放ったか○はめ波と『マスタースパーク』が拮抗し、激しい撃ち合いとなる。

く・・・さすがに重い。一応追加で霊力を消費することで威力の底上げはできるが、あまり効率はよくない。基本的に最初の放出量で固定だ。

そこのところはまだ改良の余地があり、魔理沙の『マスタースパーク』に劣る点ではある。

「ぬぎぎぎぎぎ・・・!!」

「ぐぐぐぐ・・・!!」

だが、それでも俺が研鑽を積んだ一撃だ。『マスタースパーク』と完全に互角。さすがかめは○波だ!!

「この、負けるかー!!」

キュボ、と音が出るほど魔理沙の魔力放出量が増えた。ぬ、やはり向こうの方が年季は上か・・・少しだが押されてる。

「こっちだって・・・負けらんねーんだよ、男の子は!!」

俺もさらに霊力の放出することで、出力を上げる。が、向こうの出力には追いつかない。

「ぬおあ!!押され始めた!!」

「ちょ、何とかならないの!?」

どうにもならん!すまんがアリス、先に逃げといてくれ!!

「馬鹿言わないでよ!友達放っていけるわけないでしょ!!」

・・・アリス。

なら、俺は余計に負けるわけにはいかない。たとえ少ししか出力が上がらなくても、俺はさらに霊力を放出した。放出しまくった。

それでも押される。だが俺は諦めなかった。

「負ける・・・もんかよー!!」

俺は霊力を放出し続けた。

だが現実は無情であり、俺の砲撃は完全に押し返されていた。

俺の後ろでアリスが衝撃に目を瞑る。・・・すまん、本当にすまない、アリス。

そして・・・。





「させん!断迷剣『迷津慈航斬』!!

まさに激突する瞬間、聞き慣れた声とともに大斬撃が放たれた。

それにより、魔理沙の放った『マスタースパーク』は両断された。

「・・・妖夢!?」

俺はその人物の名を呼び、それは間違いなく俺の剣の師匠でもある友人の魂魄妖夢だった。

「優夢さん、ご無事ですか?っていうかこの状況は何なんですか。」

「・・・はぁ、助かったぁ。」

妖夢の問いに返答できず、俺は全身に脱力感を覚えた。

そりゃ、あんだけの霊力を放出したんだ。しばらくはまともに戦えまい。

けど、それは魔理沙も同じはず。大丈夫なんだろうか。

「おいおい妖夢、せっかくいいとこだったのに邪魔すんなよ。」

・・・ピンピンしてらっしゃるようで。何故だ。

「いいところだったじゃない。優夢さんに手を出すなら、斬るぞ。」

「おお、今度はお前が相手になるか?」

「だー、やめい。せっかく収束したんだから蒸し返すな。」

撃ち合いは心をヒートさせる熱いものだが、連戦は勘弁願いたい。

「ところで妖夢は月を元に戻すのと夜を元に戻すのどっちだ。」

「え?優夢さん月の異常に気がついてらしたんですか?」

「さっき教えたのよ。この私がね。」

アリスの言葉に妖夢が鋭い視線を返す。そのままバチバチと火花を散らす少女二人。お前らもう少し仲良くしたらどうだ。

「あー?何だ、もう戦う意味なかったのか。」

「俺はさっきからそう言ってた。ていうかルーミア消した時点で気付け。」

俺の言葉に、魔理沙が全身から力を抜いた。拍子抜けした、という風にも取れる表情だな。

まあ、仲間内で潰しあうのも馬鹿らしいわけだし。何とかなったことにしておこう。

っと、そうだ。

「霊夢とレミリアさん達の側はどうなってんだ?」

俺はふいと視線をずらした。





俺の目には、驚いた顔をしているレミリアさんと。



八角の結界から伸びる白い腕――咲夜さんの腕が飛び込んできた。





***************





私が陣を発動させた直後、時間がおかしくなった。多分、咲夜が時間を止めたんだろう。

そして、次の瞬間にはレミリアは陣の効果範囲外にいた。代わりに、咲夜が中にいた。

時間を止めて主人を逃がしたか。

レミリアはひどく驚いた顔をしていた。口が何かの形に動こうとして、そのまま止まってしまった。

咲夜の表情はこちらからでは見えない。彼女が今何を思っているか、それは私には想像できなかった。



ともかく、陣は発動した。

咲夜はレミリアを外に出すために突き出した腕だけ外に残して、『八方鬼縛陣』に飲み込まれた。



ただの人間。それも消耗している人間が、このスペルを受けてただで済むはずがない。

陣の光が消える頃には、ボロボロになった咲夜が地面へと落下していっていた。

「・・・!!咲夜!!」

そこに至ってようやく我に返ったレミリアが、咲夜に向かって飛んだ。

無防備。私はレミリアに向かって、投げれるだけの量のお札を投げようとした。



「そこまでにしておきなさい、霊夢。」

それは、背後からかけられた胡散臭い人物の声で止められた。

「・・・何の用、紫。あんたも退治されたい?」

「少しは話を聞くことを覚えなさい。わがまま娘。」

視界の中で、咲夜は藍に抱えられていた。

レミリアが半狂乱になりながら咲夜にすがる。それを何処から現れたか、幽々子がなだめていた。

「今悪者なのはあなたよ。そのぐらいはわかるでしょう?」

「・・・不本意だけど、そうみたいね。」

咲夜に慌てて駆け寄る私以外の全員を見て、私は嘆息しながら紫の言葉を受け入れた。





それから私は、紫から『月の異変』についての話を聞いた。

月が何者かに隠され、そのために幻想郷全体が弱体化してしまっていること。

それを解決するために、ここにいる面子がそれぞれ夜を止めていたということ。

すぐにでも月を取り戻さなければ、幻想郷に大きなダメージを与えてしまうこと。

「つまり、あなたがやってたことは『異変』を助長するだけだったってことよ。」

紫が辛らつに言い放った。しょうがないじゃない、知らなかったんだもの。

「・・・すいませんでした。」

優夢さんは素直に頭を下げた。・・・何よ、私だけ悪者にしようっての?

「ふん、悪かったわよ。」

「本当に悪いわよ。」

・・・何故か私だけ風当たりが強かった。まあ、仕方ないけど。



私の一撃をまともに受けたため、咲夜は戦線離脱を余儀なくされた。

幸い一命は取り留めたものの、全身の衰弱が激しかった。

無理もない。幻想郷全体に及ぶ時間停止と二度に渡る時間停止。その上で、私の渾身のスペルを受けたんだから。

「咲夜ぁ、さくやぁ!!」

そして紅魔の主は、従者にすがりついて泣きじゃくっていた。威厳などあったものではなかった。

けれど普段から威厳なんてないから、普段と変わりなかった。

「・・・お前はこんな状況でも、自然体でいられるんだな。」

何か言いたいのか、優夢さんは私をにらみつけてきていた。

「悪い?」

「・・・いや、お前はそういう奴だ。わかってた。だからこれは俺の勝手な感傷だ。」

そう言って。





パァンと、乾いた音が響いた。





私は最初、何があったかわからなかった。頬に鋭い痛みがあって、徐々に熱くなる。

そこに至って、私は優夢さんに頬をはたかれたのだと気付いた。

私が我に返ったのを確認すると、優夢さんはくるりと背中を向けた。

皆が驚いたように優夢さんを見ていた。・・・そりゃそうね、そんなことをする人じゃないもの。かくいう私も驚いてる。

「レミリアさん。霊夢には俺が後できつく言っておきます。だから、あいつのこと恨まないでやってください。」

「え・・・あ、うん。」

「咲夜さん。レミリアさんのパートナー、後は俺が勤めます。だから安心して休んでください。」

優夢さんの言葉を聞いて、咲夜は少し驚いた表情をしてから。

「・・・頼んだわ。」

確かな信頼を込めて、優夢さんに言った。

「伝えることはもうないわね。それじゃ、咲夜は人里に運ぶわ。慧音には話をつけてあるから、安心なさい。」

紫はそう言って、スキマを開き咲夜を送り込んだ。

咲夜が向こうに送られたことを確認し、スキマが閉じられる。

「・・・それじゃあ、行きましょう。幻想郷の月を取り戻しに。」

紫が無表情に言った。皆異論はないようで、頷いた。

「霊夢。あなたのパートナーは私が務めるわ。今日はもう勝手な行動は慎みなさい。」

「・・・守れるとは思えないけど、聞いておくわ。」

さっきの話を素直に聞いたわけじゃないけど、私は紫の言葉――普段だったら絶対頷かないような言葉に対し、首を縦に振った。



『異変解決』が本格的に始まったというのに。

私の気分は、ちっともすっきりしなかった。





+++この物語は、鬼巫女が度を越して怒られる、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



友達であり兄貴であり親父である願い:名無優夢

「Your daddy, brother, lover and little boy」という曲があった。Mr.Big。

今回の霊夢の目にあまる行動は、兄貴もしくは親父の立場で怒った。そして自分に大ダメージ。

受け入れる存在ではあるものの、怒るときはちゃんと怒れるのである。

能力:あまねく願いを肯定する程度の能力

スペルカード:萃符『戸隠山投げ』、思符『南の島の大王 -カメハメハ-』、???、???など



やりすぎちゃった巫女:博麗霊夢

今回マジでやりすぎた。何事にも縛られないのはいいが少しは話を聞きましょう。

しかし話を聞いてしまったら、それは霊夢の皮を被った霊夢以外の何者かである。

だから優夢もあまりキツく言えないのだが、今回のはさすがに度を越していた。深層心理で反省している。

能力:主に空を飛ぶ程度の能力

スペルカード:霊符『夢想妙珠』、神霊『夢想封印 瞬』など



実はこの人が一番悪い:八雲紫

化粧直しがここまで尾を引いた。もし彼女がそんなことせずにささっと霊夢のところへ行っていれば、こんなことにはならなかった。

けれど怒られていないという事実。後で藍がきっちり怒るので問題はない。

萃香と戦った後なのでかなり消耗している。激しく破れた少女服。

能力:境界を操る程度の能力

スペルカード:境符『四重結界』、境界『永夜四重結界』など



主を止めなかったことを最高に後悔している:八雲藍

最低にロウってやつだ。自己嫌悪の塊と化している。

主への尊敬と失望の境界に位置する存在。最近失望側に傾きすぎている。

けれど主への忠誠を失わない辺りが人の良さを示している。

能力:式神を操る程度の能力

スペルカード:式神『仙狐思念』、幻神『飯綱権現降臨』など



撃ち合いが楽しかったので満足:霧雨魔理沙

まさか優夢がマスパもどきを撃ってくるとは思っていなかったが、いつか撃ってくるのではないかと思っていた。

イメージトレーニングの中では勝ってた。なので今回は勝てたが次回以降はわからない。

『ファイナルスパーク』があるので、まだ砲撃には彼女に分がある。

能力:魔法を使う程度の能力

スペルカード:恋符『マスタースパーク』、魔砲『ファイナルスパーク』など



温存できたことに安心している:アリス=マーガトロイド

優夢と戦ったらただですまないことは知っているので、戦わずに済んでほっとしている。

優夢関連だと判断力が低下するので、何故か最初は承諾してしまっていたが。

妖夢に対する対抗心が異常。だが、霊夢がはたかれるのを見て嫉妬してた。M。

能力:人形を人形を操る程度の能力

スペルカード:魔符『アーティフルサクリファイス』、魔操『リターンイナトニメネス』など



美味しいところに出てきた:魂魄妖夢

急いできたので。レミ咲側でなく魔理アリ側を選んだのは、無論優夢がいたから。

しかし彼女もいい加減消耗してきた。実は『迷津慈航斬』二回目である。

最後までもつかは心配だが、気合で乗り越えようと思ってる。

能力:剣術を扱う程度の能力

スペルカード:人符『現世斬』、人鬼『未来永劫斬』など



今回空気:西行寺幽々子

ゆっくりきたので。泣く子をあやすのは実は妖夢で慣れていたりする。

皆のことはそれなりに色々心配してるけど、あくまでそれなり。何とかなると思っている。

優夢が霊夢の頬をはたいたときは、例のカリスマ崩壊顔をしていた。

能力:死を操る程度の能力

スペルカード:死符『ギャストリドリーム』、死蝶『華胥の永眠』など



まさかのリタイア:十六夜咲夜

スペルカードまともに使うことなくリタイア。まさかの超展開。

彼女亡き後(死んでない)は優夢がレミリアのパートナーを務めるので、数上での帳尻はあってる。

ちなみに外傷はほとんどなく、霊的なダメージが大きい。当然ながら彼女の時間操作は無効になっている。

能力:時間を操る程度の能力

スペルカード:幻符『殺人ドール』、幻葬『夜霧の幻影殺人鬼』など



色々な意味でお子様:レミリア=スカーレット

彼女がもう少し注意深ければ咲夜がリタイアすることもなかった。それは悔いている。

霊夢への恨みは持つ暇もなかった。その前に優夢から謝られてしまったので。

何だかんだで従者思いの主人。

能力:運命を操る程度の能力

スペルカード:紅符『不夜城レッド』、紅魔『スカーレットデビル』など



→To Be Continued...



[24989] 三章六話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:32
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・重い。

俺のせいではあるんだが、一行の空気が非常に重たくなっていた。

いつもはムードメーカーの魔理沙は帽子を目深に被ってしまっていて、表情がわからない。

併走するアリスは、何か言いたげな目でこちらを見てくるんだが、俺の視線に気付くと目を反らしてしまう。

妖夢は『異変』に集中しようと目を瞑っており、幽々子さんは何を考えているかわからない。

レミリアさんはまだ目の回りが赤いけど、どうやら落ち着いたようだ。けれど無言で、何も話そうとはしなかった。

紫さんは無表情。付き従う藍さんも同じく。心を乱さないようにしてるんだろう。

そして、霊夢。見るからに不機嫌な顔をしていた。この重たい空気の中核をなしている。

それは間違いなく俺のせいであり、俺は霊夢に恨まれても仕方ないと思う。

あいつは何事にも何物にも何者にも縛られない。だから、常識だって霊夢を縛ることはできない。

あいつが結果的に咲夜さんを傷付け、罪の意識を感じないのも、ある意味仕方のないことだ。だってそれが博麗の巫女なんだから。

だけど俺がダメだった。他の皆が仕方ないと諦めても、俺だけは霊夢を叱ってやらなきゃって。そう思ったんだ。

それは俺が霊夢の友達であり、兄貴みたいな親みたいな位置にいるからという自惚れ。勝手な感傷から出た感情。

俺の勝手な都合で、勝手に霊夢を打った。だから霊夢が怒るのも、俺を恨むのも当然であり、俺はそれを受け入れるだけの覚悟は出来ていた。

・・・だが、他の皆まで重たい空気に巻き込まんでくれ。皆はこの一件には関係ないんだから。

とは思うものの、原因を作ったのは間違いなく俺であり、俺がそんなことを言い出せるわけもない。

そのため、俺も皆同様に無言で飛んでいた。



そんな重たい沈黙を、今が『異変』中だという事実が破る。

「見えたわ。」

紫さんが視線を前に向け、短く言った。それだけで俺達の視線はそちらに向いた。

視線の先には巨大な和風家屋がでんと現れていた。感じとしては白玉楼に近いか。

そんな家が迷路みたいな竹林にどかんとあれば、怪しいことこの上なかった。

「ここにいるのね、月を奪った奴が。」

霊夢が紫さんに聞く。その声の調子はいつもと変わらないように思えた。

「恐らくね。慧音はそう言っていたわ。」

「こんな怪しい屋敷なら疑いようがないぜ。」

「確かにね。私もこんな建物初めて見たわ。」

「・・・中から魔の気配が多数。間違いないですね。」

「あらあら、それを言っちゃったら私達の半数以上が魔の気配を放ってるわよ~。」

「・・・何でもいい。とにかく、とっとと決着をつけるわ。」

普段だったら、こんなに人数がいたらもっと姦しいだろうに。やはり何処か静かだった。

・・・俺もいつまでも引きずってないで、今は『異変』に集中しよう。後悔はそれからだ。

俺は自分で自分の両頬をひっぱたいた。いい音が竹林に響く。

「よっしゃ、行こう!!」

「まあ落ち着きなさい。バカ正直に正面から行ったら、敵の思うツボより?」

勢い込む俺を、紫さんが止めた。・・・まあ、確かにそうですが。

「ここからは二手に分かれましょう。片方は正面から、片方は裏から。」

「そうね、その方が敵の警備も分散していいわ。」

アリスが紫さんの提案を飲む。

すっと、妖夢が手を上げた。

「では、私達は正面に回らせてください。敵の小細工など、私の剣で斬って見せます。」

頼もしく妖夢は言った。幽々子さんも特に異論はないようだ。

「お、じゃあ私も」

「私達は裏よ、魔理沙。」

性格上魔理沙は表に回りそうだったが、アリスがぶった切って裏にした。

「えー、何でだよ。」

「当然でしょ。あんたは相当消耗してんだから。ちょっとは自覚しなさい。」

そりゃ、裏の方が警備は手薄だろうね。

「・・・。」

ふと、霊夢と目があった。

何か言いたいようで、そうでもないような不思議な目で、俺を見ていた。

・・・そういえば、表裏を同数にするとしたら、俺達はここから別行動になるのか。

なら。

「じゃあ俺達は表で。構いませんね、レミリアさん。」

「ええ、色々たまった憂さを晴らしたいしちょうどいいわ。」

レミリアさんが同意してくれたことで、俺達は表組となる。自動的に、霊夢と紫さん、藍さんは裏となる。

俺が行くより霊夢の方が勝率が高い。単純な計算だ。

「俺達は表から引っ掻き回すから。ボスは頼んだぞ、霊夢。」

「・・・心配しなくても、負けたりなんかしないわ。」

ああ、信頼してるよ。



「それじゃ・・・行くぞ!!」

「はい!!」

「私の足を引っ張らないで頂戴よ。」

「皆、任せたわよ~。」

「あんたも戦いなさい。」

俺の号令一下、表組の突撃が開始した。

さあ、『異変解決』の始まりだ!!





***************





私らしくない話だけど、私は優夢さんにどう接すればいいかわからなくなっていた。

私が叩かれたのは、私が悪いからだと分かる。別にそこにどうこう言うつもりはない。

極端な話、あれで優夢さんに嫌われても、それは仕方のない話だ。そうなってしまったらなってしまったというだけのこと。

私はそういう存在だと自覚している。私を縛るものは何もないし、だから私も何も誰も縛らない。

空のように。そうあるのが私だと、物心がつく頃には自覚していた。

別に誰から強制されたわけでもない。教えられた生き方でもない。私は誰かの意志によってではなく、私自身の意志でこうやって生きている。

だから、優夢さんとの一件も、ただそれだけのことと流せばいい。優夢さんが気にしないなら今まで通り。気にするなら距離を置けばいい。

そう頭では考えている。普段だったら、それを実行するのも容易いだろう。



だけど、あんな今にも泣きそうな顔で叩かれたら。

私にはどう接すればいいかわからなかった。



「・・・自分が嫌な思いするぐらいなら、放っておけばいいのに。」

不意に呟いていた。それを前を行く魔理沙に聞きとがめられた。

「おん?何か言ったか、霊夢。」

「空耳よ。」

中身までは聞こえていなかったらしく、私は適当にはぐらかした。

魔理沙は訝しげな表情をしたが、すぐに前を向いてなかったことにした。

そう、これでいいじゃないか。こういう風にいつも接していたじゃないか。

なのに、優夢さんのあの泣きそうな顔が、頭にこびりついて離れなかった。

「お悩みのようね、霊夢。」

私のすぐ後ろについている紫が、魔理沙に聞かれない程度の声で話しかけてきた。

「別に悩んでなんかいないわよ。」

「嘘をおっしゃい。驚くほど分かりやすく顔に出てるわよ。」

・・・反論出来なかった。

「ていうか、何ホイホイ話しかけてきてんのよ。あんた私に対して怒ってるんじゃないの?」

「ええ、怒ってるわ。勝手な行動を取って『異変解決』を邪魔した挙げ句、貴重な戦略を一人減らしてしまったんだから。」

悪かったわね。

「そう、あなたは博麗の巫女としては許されないことをしたわ。・・・でもまあ、言ってしまえばそれだけのことよ。」

紫はさっきとは打って変わって軽いノリだった。

「いいの、それで?」

「いいのよ。あなたに反省なんて求めるだけ無駄だし、最悪の結果だけは避けられたんだから。」

それでいいのか、妖怪の賢者。

「そんなことよりも私は、あなたがさっきのことを気にしすぎて本来の力が発揮できないかもしれないことの方が心配だわ。」

「あんたこそ嘘を言わないでほしいわね。」

クスクスと胡散臭く笑う紫。

私はそこまで脆くはない。不本意ながらむしろ真逆だ。そのくらいのこと、こいつもわかってるんだろう。

「けど、あなたのことを心配してるというのは事実よ。初めてだものね、あなたが誰かに怒られたなんて。」

・・・まあね。そうかもしれないわ。

今まで私は、誰かに怖がられたり、あるいは畏れられたりしたことは多々あった。幼馴染の魔理沙でさえ、私に対して怒ったことはない。

実家の連中も。今思えば、私は本当の家族にさえ怒られたことがなかったのか。

やりすぎて止められたり、抑えられたりしたことはあっても、まともに怒られたことなんてなかったんだ、私は。

「あの子は本当にあなたのことを大切に思っているということよ。でなければ、あんな自己否定みたいなことをしてまであなたを怒れないわ。」



・・・自己否定?



「気付いてないの?あの子の能力、あの子がどういう存在か。もう一度思い返してみなさい。」

優夢さんの、能力?『あまねく願いを肯定する程度の能力』でしょうが。

どんなことでも受け入れ、誰の願いでもあますことなく肯定する、凄いのか凄くないのかよくわからない能力でしょ。

「・・・はぁ。時々あなたのことが結構わからないわ。」

どっちなのよ。

「いいこと?優夢は『肯定する能力』は持っているけど、『否定する能力』はないのよ。どんなことでも、あの子は肯定することしかできない。
それを無理矢理にも曲げて、あなたの考え方を否定した。並大抵のことではないわ。」

・・・なるほど。だからあんな顔をしてたのね、優夢さんは。

「なら放っておけばよかったのに。」

「放っておけなかったんでしょう。妹みたいに思ってる女の子が、皆から恨まれるのが。」

優夢さんの中で、私は妹扱いか。・・・まあ、悪い気はしないから別にいいけど。

「いいお兄ちゃんを持ったわね、霊夢。」

「兄なら実家のわからず屋で間に合ってるわ。」

別に恥ずかしいわけではないけど、何となく紫と目を合わせるのが嫌で視線を外す。

紫はそんな私を生暖かい目で見守った。正直ウザかった。



けど、いつの間にか私の中でしこりみたいになっていた感情は、綺麗さっぱりなくなっていた。

紫の考えどおりになったのは癪だったけど、別に損したわけでもない。むしろ得たものがあったのかもしれない。

だから私は、特に何も言わなかった。





表の方から爆音が聞こえる。どうやら優夢さん達が作戦を開始したようだ。

「では、そろそろ行きましょうか。」

紫が仕切りだした。あんたが仕切るな。

「ここは私でしょ、博麗の巫女だし。」

「いやいや、お前は今回敵だったしな。私だぜ。」

「何を言ってるのよ。向こうを優夢が仕切ってるなら、友達である私でしょ。」

「いや、ここは一番冷静である人物が仕切るべきだ。というわけで私だ。」

「あなた達ね・・・。」



誰がリーダーをやるかでもめて、突入したのはそれからしばらくしてからだった。





***************





屋敷に突入して初めに思ったのは、「今回の『異変』を起こしたのは忍者か」だった。

俺達を待ちかまえていたのは、外よりもさらに増えた妖怪兎。そして、トラップの数々だった。

弾幕をかわし手を突いたところがへこみ天井が落ちてきたり、鉄球が転がってきたり、落とし穴があいたり(全員空飛んでるので意味なし)、あるいは金ダライなどというのもあった。

当然俺達はそれらをことごとくかわしたり、砕いたり、斬ったり、人任せにしたりして、足止めを喰らうようなことはなかったが。

何処の忍者屋敷だと突っ込みたかった。

「なめられてるのかしら。」

レミリアさんがトラップの一つ(ごく初歩的な縄トラップ)を素手で破壊しながら、額に青筋を立てながら言う。

「いや、結構本気だと思いますよ。」

妖怪兎達が放っている弾幕は苛烈だった。人数にものを言わせ、これでもかという量の弾幕を撃ってきている。

もっともそれらは、俺の弾幕や妖夢の剣に砕かれ斬られ、こちらに届くことはないのだが。

「・・・まあ、レミリアさんの言いたいこともわかりますね。」

「本気でふざけてるのよ、きっと。」

妖夢が言い、幽々子さんが推測する。ってそれはどっちなんですか。

けれど、トラップに関してはどれもこれも『侵入者を排除するためのもの』とは思えなかった。

前述の吊り天井は途中で止まる設計だったようだし、鉄球も中身スカスカだったし(斬ったら「おめでとう」と書かれた紙が出てきた)、落とし穴と縄トラップなんて誰が引っかかるんだ。金ダライなんて遊んでるとしか思えない。

それでいて、妖怪兎の弾幕は本気。どうなってんだこりゃ。

「た、たいちょー!!第三防衛ラインまで突破されましたぁ!!」

「ムムム・・・、やっぱり対零戦悪戯トラップじゃ無理があるか。」

と、都合よく俺の疑問に答えてくれる妖怪兎のリーダーと思しき少女。・・・零戦幻想入りしてたのか。

じゃなくて、これは悪戯用の罠だったのか。納得・・・はしちゃいかんな。家の中に罠を作るな。

対零戦ってのは隠語か?零戦相手に悪戯じゃ意味がわからん。

「あなた達は下がってなさい。ここは私が直々に相手をしてやるわ!」

「た、たいちょー!!」

と、黒髪に兎耳を生やした少女が一団から一人俺達の方へ近づいてきた。

「やあやあ、侵入者諸君。こんばんわ。」

人懐っこい笑みを浮かべながら寄ってくる様は、何故か紫さんの胡散臭さを想起させた。

(あれは何か企んでる顔よ。気をつけなさい。)

りゅかから注意が出された。わかってる。俺だって戦闘中に気を抜くような真似はしないよ。

「隊長自ら斬られに来たか?ご苦労なことね。」

「うわー、物騒なこと言うねぇ。けどそんなんじゃないよ。」

「あら、さっきは『直々に相手をしてやる』とか言ってたけど。あれは嘘だったのかしら~?」

「あー、まあ部下の手前ね。一応これでも長生きしてんだから、秘訣ってもんは知ってるさ。」

やはりこの少女も見た目通りの年齢ではないらしい。恐るべし幻想郷。

「賢明な判断ね。それであなたは、白旗を上げて犯人のところまで案内してくれるのかしら?」

「犯人ってのはよくわからないねぇ。そもそも私としては、あんた達がここに攻めてきた理由もわからないんだけど。」

「屋敷の外にあれだけの兵を配置しておいて。白々しい。」

「てへ、ばれっち?」

あっさりと白状する少女。

「信用ならない奴ね。やはり斬る。」

「まあ落ち着きなよみょんみょんって呼ばれそうなあんた。」

「呼ばれてないッ!!」

「あらあら妖夢、嘘はいけないわ。」

呼ばれるんかい。

妖夢は幽々子さんの言葉にうっとうめいた。

「立場上ご主人のところへは連れてけないけど、あんたらと争う気も毛頭ないのさ、私は。というわけで、ちょいとそこの部屋でお茶でも飲んでかないかい?」

「ふざけたことを。私はそんなことに付き合う義理はないわ。消し飛ばされたくなかったら案内しなさい。」

レミリアさんが殺気を放つ。兎少女はそれを見てやや焦った。

「ちょちょ!?だから私は戦う気はないんだってば!!全く、これだから妖怪は。」

「あなたも妖怪でしょうが。」

「まあね。」

「面倒ですね、斬ればわかる。」

「今夜は兎鍋ね。」

レミリアさんだけでなく、妖夢と幽々子さんも戦意を散らす。これはヤバいと感じたか、少女は何か探すように周りを見た。

と、俺と視線がぶつかる。

「あ、ほらあんたも何か言ってやってよ!仲間が可愛い女の子をいじめようとしてるわよ!!」

「自分で言うか。」

まあ、いじめはよくないよな。

「皆、とりあえず抑えてくれ。何とか俺が交渉するから。」

戦わないで済むならそれが一番だ。

「・・・優夢さんがそう言うなら。」

「全く、あんたのお人好しには呆れるわ。」

「そこが面白いんじゃないの~。」

俺の一声で、ひとまず皆矛を収めてくれた。

さてと。

「君の言い分はわかったけど、俺達はこの先に行かなきゃならないんだ。ことは幻想郷全体に及ぶんだ。だから、君が案内してくれると凄く助かるんだ。頼むよ、ええと・・・。」

「てゐ。私は因幡てゐだよ。」

「そうか。俺は名無優夢。てゐが案内してくれれば、俺はそのことを黙ってる。そうすればてゐが怒られることもないだろ?」

俺の発案に、てゐはパチクリと目をしばたたかせた。

「私が言うのも何だけどさ。敵にそんなお願いをするやつがいるとは思わなかったよ。」

普通だろ?

「まあその辺はいいわ。それを守るっていう保証はあるの?」

まあ、そう簡単に信じられる話ではないよな。

「なら、俺の『あまねく願いを肯定する程度の能力』にかけて。俺は君の『願い』を肯定するよ、てゐ。」

「・・・とんでもないこと聞いちゃった気がするけど、なら信じるわ。」

ジョーカーを一枚切ったが、信じてもらえたようだ。

よかった、無駄な戦いを避けられて。

「優夢さん、おいそれと自分の能力を明かすのは・・・。」

「そうねぇ、後で紫に怒られるかも。」

・・・まあ、先のこと気にしても仕方あるまいよ。それにほら、大した能力じゃないし。

「私やスキマの能力がきかないで大した能力じゃない、ねぇ。」

ああもう、その話は後にしてください!今は『異変』に集中!!

「逃げたわね。」

「逃げましたね。」

「逃げるのはよくないわ。」

スルーで。

「じゃあ、案内するから着いてきて。一応部下の手前だし、私を追いかけてるって感じにしてね。」

「わかった。それじゃあ皆、行こう。」

俺の言葉に皆が頷き、てゐが動き出した。





その瞬間、何故か俺達の周りに鉄の檻が降りていた。

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?』

何コレ。

見回してみると、てゐがすっごく"爽やかな笑顔"で

「ほらほら、逃げちゃうよー。」

と言って手招きしていた。

「・・・騙されましたね。」

「見事にね。」

「まだまだ青いわ、優夢。」

・・・・・・・・・フ。

フッフッフフッフフッフ・・・。



俺の中で大切な何かが切れたッ・・・!



ブォンと音を立て、一度に15の操気弾を顕現させる。

「無理無理。その檻は特別頑丈に作ってあ」

てゐの言葉を皆まで言わせず、俺の弾幕は鉄の檻を蹂躙した。

ギンとかガンとか鈍い音を立て、檻はものの数秒で鉄くずと化す。

「・・・・・・・・・なぁにそれぇ?」

目を点にするてゐだが、『今の俺』にそれらの情報は一切入ってきていなかった。

「ゆ、優夢さん?」

「下がりなさい、半死に。巻き添え喰らうわよ。」

「完璧に怒ってるわねぇ、これ。」

そう、今の俺は。



「こんのクソう詐欺!!ぶっ潰すッッッ!!ブルアアアァァァアアア!!!!」

久方ぶりのブチ切れモードだからッ!!

「ぬえ!?ちょ、待ちなよ軽いお茶目じゃん!!」

てゐが何か言いながら逃げるが、俺は逃がさんとばかりに操気弾を纏わせ突撃した。

雑兵の妖怪兎たちが弾幕を放ってくるが、それは展開した操気弾に阻まれ足止めにもならない。

「そんなの反則ーーー!?誰か助けてぇーーー!!」

「自業自得ね。」

「頑張りなさい、捕まれば死ぬわよ。」

「私達は巻き込まれないように着いていきましょうねー。」

そして、実に一方的な鬼ごっこが始まった。



「これでどう!?自信作のろ-29号!!」

「ブゥゥゥルルルルルアァァァ!!」

「ひぃぃ!?1秒も持たないー!!」

「まあ、とりもちじゃね。」



「ならスペルカードで!!兎符『開運大紋』!!

「だあああああらっっっしゃあ!!」

「スペカ無視とか何その無理ゲー!?」

「優夢だから仕方ないわ。」



「にゃあああああ!?」

「ブルアアアァァァアアア!!」

「ぎゃおーーー!!」

「何してるんですかレミリアさん。」

「乗ってみたわ。」



そんなこんなで追いかけっこは続き。








「ごめんなさい。」

俺が正気に戻ったときには、ボロボロになったてゐがガタガタと震えながら命乞いをしていた。

「いや、その、すまんかった。」

とりあえず謝ったら、凄く変な顔をされた。何でだよ。



プッツンした俺がやらかしたようで、てゐはそれ以上の戦意を見せなかった。

そこから俺達は、素直に『異変』の元凶の元へ案内されることとなった。





***************





どうやら優夢さん達は派手にやってるようね。ここまでどっすんばったんやってる音が聞こえた。

そして、ほとんどの敵はそっちに集中してるみたいだ。私達が侵入しても、誰一人として現れなかった。

しばらく奥へと進んでみたが、一向に誰かが現れる気配がない。楽なのはいいことだが・・・。

「こう何も出てこないと、返って不安になるぜ。」

「同感ね。」

『異変』の元凶に向かっているつもりだが、この方向にいるという保証はない。ひょっとしたら、意外にも最前線に出ているのかもしれない。

「それはないわね。こんな屋敷に住んでるんだもの。『異変』を起こしたのはここの主人かそこらあたりね。だったら、奥で待ち構えているでしょう。」

紫の言うことにも一理あるか。それに、前線に出てるんなら優夢さんあたりが潰してるでしょ。

「あらあら、随分優夢のこと信頼してるわね。」

「当然でしょ。あの優夢さんよ。」

「まあな。とうとう『マスタースパーク』もどきまで使いやがったし。」

「またネーミングセンスなかったけどね。今度は私が考えるわ。」

「いいえ、私よ。」

「私だぜ。」

「お前達、ここが敵の懐中であるということを忘れるなよ。」

っと、そうだったわ。私は表面はせめて引き締めつつ、優夢さんの新しいスペルカード名を考えた。

「・・・それはそれでおかしいわ。」

「心を読むな。」

「覗いただけじゃない。」

同じでしょうが。



ところで、どうやら紫の考えは正しかったようだ。

「あなた達、侵入者ね。」

荘重な戸の前に、兎の耳を生やした妖怪が立っていた。ここは通さないとばかりに。

「ビンゴね。」

「怪しさ大爆発ってとこだな。」

「そこのあなた。すぐ退くなら何もしないわ。痛い目に遭わないうちに何処かへ消えなさい。」

「冗談言わないでほしいわ。あなた達こそ、諦めて帰るのね。全ての扉は封じられた。姫様は連れ出させない。」

そいつが犯人か。

「私としてはとっとと帰りたいところなんだけどね。そいつをぶっ倒さないといけないらしいのよ。ま、私は心が広いから退けとは言わないわ。落ちなさい。」

「お前の方が極悪だぜ。こういうときはこう言うんだ。動くと撃つ、動かなくても撃つ。」

「あらあらあなた達、血の気が多いのはよくないわ。こういう場合は存在の欠片も残さず消滅させてあげるのが優しさよ。」

「生き地獄を味わわさないところが優しさですね、紫様。」

「・・・何か、とんでもない奴らが乗り込んできたような気が・・・。」

私達の遠慮ない発現に、妖怪兎は冷や汗をたらす。だが、そいつは顔を振り怖気を払った。

「そんな連中なら余計姫様に会わせるわけにはいかないわ。帰らないと言うならここで狂ってなさい。」

そう言って、赤い瞳でにらみつけてきた。

ぐにゃりと世界が歪む。幻術使いか。

「上等。こちとら運動不足で退屈してたのよ。本番前のいい予行演習になるわ。」

「私も敵が出てこないんで退屈してたんだぜ。」

「霊夢、あまりやりすぎちゃダメよ。兎は脆いんだから。」

「幻術使いね・・・。研究する価値はありそうね。」

「5対1か・・・。いいわ、相手をしてあげる。あなた達はもう月の狂気から逃れることはできない!!」





私の、この『異変解決』が始まってから初めての弾幕ごっこが始まった。





+++この物語は、『異変』の終焉が見え始める、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



ブチ切れると最強になる程度の幻想:名無優夢

普段の弾幕ごっこでもそのぐらいの勢いがあればまず負けはない。逆に戦略タイプには弱くなるが。

てゐの戦略は浅はかな詐欺レベルなので、優夢を止めることはできなかった。

霊夢を思い自分の能力を否定したことに気付かず、ダメージを負っている。

能力:あまねく願いを肯定する程度の能力

スペルカード:萃符『戸隠山投げ』、思符『南の島の大王 -カメハメハ-』、???、???など



「ここがあの女のハウスね・・・」:博麗霊夢

永遠亭に着いたときの台詞を書いて作者が思った言葉。意味がわからなかったらググってみよう。

実家の話が出たが、幻夢伝霊夢にはちゃんと家族がいる。別居してるだけ。

父母と血の繋がらない兄が一人。

能力:主に空を飛ぶ程度の能力

スペルカード:霊符『夢想妙珠』、神霊『夢想封印 瞬』など



悪戯兎、腹黒う詐欺:因幡てゐ

因幡の素兎。相当古くから生きているが、そういう様子は微塵も見せない幼女。いや妖女。

基本的に他人を陥れることや悪戯に引っ掛けることを日課としており、また生きがいでもある。

対零戦は当然ながら対鈴仙の隠語。

能力:人間を幸運にする程度の能力

スペルカード:兎符『開運大紋』、兎符『因幡の素兎』など



生真面目玉兎:鈴仙=優曇華院=イナバ

他の兎たちとは一線を画す兎。新参でありながら、立場はてゐよりも上。

藤色の長髪にブレザーと清純派アイドルを思わせる格好をしているが、戦闘力は高い。

新参ホイホイの異名を持つが、残念ながら今回彼女が戦う相手に迂闊な新参はいないのである。

能力:狂気を操る程度の能力

スペルカード:散符『真実の月 -インビジブルフルムーン-』、月眼『月兎遠隔催眠術 -テレメスメリズム-』など



→To Be Continued...



[24989] 三章七話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:32
ここを任されているのは私一人。他の皆はてゐに引き連れられて前線の方に出てしまっている。

そもそもの話、私はここの兎達に信用されていないのだから、指揮するなど無理な話なのだが。

だから、それならそれで構わない。単騎で戦うことには慣れているし、下手な連携でリズムを崩されるよりは余程いい。

それがたとえ5対1だろうが、私の狂気に勝るという道理はない。

「かわしづらい弾幕ね。」

「どうやら、正直な弾幕の軌道を見せてはもらえてないようね。」

魔法使いと妖怪が、私の弾幕を距離を置きながらかわして分析する。

私は波長を操る。精神の波長、光の波長、音の波長など、それは多岐に渡る。

彼女らには光の波長を操り、やや波長のずれた像を見せている。

それをランダムに変化させることで、うねるような軌道の弾幕に仕立てあげている。

もっともそれは、銃弾を模した外見同様に、本当は直進しかしていないのだが。

人間に限らず視覚に頼る生き物の大部分は、その情報を歪められただけで正常な判断ができなくなる。直進しているだけとわかっても、かわすことは容易ではない。



・・・はずなんだけど。

「これは新感覚の弾幕だぜ!!」

「ま、所詮は幻術よね。」

何でこの人間二人は普通に避けてるんだろう。妖怪二人は頑張って避けてるのに。

「根性があれば避けられる!」

「勘よ。」

・・・この二人の方が余程妖怪っぽい。

ともかく、こいつらは要注意だ。私は両の人差し指を構え、指先から銃弾の弾幕を乱射した。

指先から離れた銃弾はすぐに私の能力の影響下に入り、周りの空間を巻き込んで光を歪ませる。

避ける側はその周りとの差異から位置を割り出し避けるしかないのだが、何でこいつら普通にギリギリまで寄ってるの?

いよいよもって正常な視界など全くない状態になっているのに、巫女と魔女は平気で避けていた。

どうやらこいつら、避けることに関しては達人らしいわね。注意でなく警戒レベルだわ。

「こっちの番だぜ!!」

「手始めにこのくらいかしら。」

魔女がレーザー弾幕を撃ってきて、巫女が札を数枚投げてきた。

だが、それらが私に届くことはない。

前述の通り、私は波長を操れる。認識の波長をずらしたり、光に干渉したりして、ものの位置を偽ることができる。

あいつらに見えてる私は虚像。魔女が放ったレーザーは虚像を貫き、巫女の放った札は虚空を・・・?

いや、札には追尾の性質が付加されていたようだ。投げた直後から私のいる方に向かって進路を変えていた。

多分妖力を感知するタイプなのだろう。だからこの歪んだ視界の中でも、正確に私を追尾している。

なら、妖力の波長をずらしてやればいい。私が波長変更の対象を変えると、札はそれ以上進路を変えることなく、床に突き刺さった。

「あなた達の攻撃は届かない。私の位置がわかったとしても、月の狂気は甘くないわよ。」

再び両の人差し指を巫女と魔女に向ける。

だが巫女は、不敵な表情を崩していなかった。

「あいにく、あんたの相手は5人なのよ。」

巫女がそう言ってきた。何が言いたい。

・・・待てよ。そういえば狐の妖怪がいつの間にか姿を消している!!

何処にいる!?私は視線を巡らせたが、やはりこの場には4人しかいなかった。

「よくやったわ、霊夢。さすがにあの視界じゃ、私も照準を合わせるのは大変だったわ。」

「別にあんたのためじゃないわよ。そして胡散臭いわ。」

妖怪が言った。照準、ですって?

私がその意味を理解するより早く。

「な!?」

私の目の前で、唐突に空間が裂けた。グロテスクな空間が広がり、その中から狐の妖怪が突撃してきた。

「紫様が式、八雲藍!参る!!」

空気すら飲み込みそうな勢いで回転し、自らが弾幕となった狐を、私は辛うじてかわしきる。

「そこね、見つけたわ。」

だがその直後、いつの間にか展開された人形から雨のような弾幕が降り注がされた。ガードをしたが、その数が多すぎてダメージを負った。

「くっ!!」

「流石に5対1だと楽ね。あんた達、キリキリ働きなさい。」

「お前も働けよ。『異変』のときぐらいしか働かないんだから。」

「私はあんたの部下じゃないわ。自分で動きなさいよ。」

「さっきの連携が嘘みたいな仲の悪さねぇ。」

「今のは偶然ですね。」

奴らは私に一撃を当てたことを喜ぶでも勇み足になるでもなく、日常の光景として捉えているようだ。

ふざけた話だ。こちらは本気だというのに。

そんなふざけた連中に負ける理由はない。

このスペルカードで片付ける!!

幻波『赤眼催眠 -マインドブローイング-』!!

さあ、月の狂気に酔いなさい!!





***************





こいつ、自分の能力使いこなせてないわね。

個人的な考えだけど、弾幕ごっこで幻術というのは、非常に有用な能力だと思う。

何故なら弾幕ごっこというものは、『当てれば勝ち』だからだ。威力の規定はない。

そういう面から見れば、幻術というものは、非常に『当てやすい』のだ。

例えば一見逃げ場がまるでないほどの弾幕を張ったように見せかけ、その中に本物の弾幕をひそませるとか。

あるいは見える弾幕からの回避軌道を逆算して、そこに弾幕を放つとか。やり用は色々ある。

なのにこいつは、馬鹿正直に弾幕を撃っている。それではどんな幻覚を見せたとしても、何処にかわせばいいかなんて丸分かりだ。

初めのうちはそう見せておいて実は、なんてことも考えられるけど、それはないだろう。理由?勘よ。

だからこいつは自分の能力を使いこなせていない。

――いや、使いこなせてないと言うよりはむしろ、『弾幕ごっこに慣れてない』と言うべきか。

こいつの立ち居振る舞いそのものには隙がない。男に媚び売るような格好とは裏腹に、持っている雰囲気は訓練された兵士だ。

能力の使用も危なげかなく、精密だと言える。兎のくせに戦闘能力で言ったら狼にも負けない。

にも関わらず、こいつの弾幕は単純だ。練度の低さが如実に現れている。

となると、こいつは最近幻想入りした妖怪か、もしくはフランドールのように弾幕ごっこをする相手がいなかったかだ。

こうして外を出歩いているところを見ると、恐らく前者か。

どの道私の敵ではないということで、私がわざわざ相手をするまでもないということだ。

適当に位置を教えて、後は皆にやらせよう。

「にしても、芸のないスペルカードね。」

私はするりと弾幕の隙間を抜け出し、奴に聞こえるように言ってやった。

速度に差をつけた弾幕を、幻覚で同じ速さのように見せる。それによって、あたかも弾幕が二つ三つと分裂しているように見えるスペルだ。

はっきり言ってそんな程度では私はおろか、魔理沙にかすらせることすらできない。アリスならスペカの一枚ぐらい使うかもしれないけど。

紫はスキマを使って移動して、奴をおちょくってる。

結局のところ、こいつ一人では私達の誰にも勝つことはできないということだ。

「く・・・何でこんな撃ってるのに当たらないのよ!!」

「下手な鉄砲は何発撃っても当たらないのよ。」

やっきになる妖怪兎の後ろに紫が現れ、耳元でささやくように言った。奴が慌てて振り向き構える頃には、紫は忽然と姿を消していた。

そして、無防備な背中が魔理沙に向けられる。

「へへ、もらったぜ!!」

「あぐ!?」

魔理沙が放った星型の弾幕は、狙い違わず兎の背に衝突した。スペルブレイクだ。

だがこの兎は戦意を喪失しなかった。すぐに持ち直し、振り返ると同時に魔理沙に座薬型の弾幕を放つ。

「のえ!?」

ガッツポーズなんか取っていた魔理沙は、突然目の前に現れた弾幕に反応が間に合わず、その額に座薬弾が衝突した。

「あったたた・・・、油断したぜ。」

「馬鹿ね。どんな弱者相手でも油断だけは禁物なのよ。」

迂闊な相棒をアリスがたしなめた。仕方ないわ、魔理沙だもの。

「それにしても・・・あんた医者?いやむしろ薬師かしら。」

「!? どうしてそれを!!」

あ、やっぱりそうなんだ。

「弾幕の形が座薬型っていうのが珍しかったからね。」

「ざやっ!?これは銃弾の形を模してるのよ!!」

銃弾?何それ。美味しいの?

「人の世で忘れ去られていないものは、まだ幻想入りしないわ。それが人の業というものよ。」

紫は知ってるようだ。けど、一人で納得してないでほしいわね。

しかし、ということはこいつはやはり『外』から来た妖怪か。珍しいわね。

「というか、『外』に妖怪っていたんだ。」

「いるわよ。人目を忍んでこっそりとね。」

・・・紫が『外』のことを知ってるのは、別に不思議でも何でもないか。

「私を無視して会話してるんじゃないわよ!!」

と、蚊帳の外にいた兎妖怪がまた座薬弾を放ってきた。先ほどと同じ、像をずらしただけの単純な幻覚弾。

当然のように私達は回避する。

「おっと、私のスペカ宣言がまだだぜ。ちゃんと待とうぜ、新参者!!」

魔理沙が吼えながらスペルカードを取り出す。

魔符『スターダストレヴァリエ』!!

宣言とともに、魔理沙の周りに幾つもの巨大な星弾幕が出現した。

力任せのその弾幕は、敵の幻覚も弾幕もものともせず、あっという間に兎の目の前に到達した。

「くっ!!」

身をよじって回避する妖怪兎。こいつ、回避にも慣れてないみたいね。体勢が完全に崩れてる。

私が軽く札を投げてやると、今度は回避できず一撃を喰らった。

「くそ、負けるものか!!狂視『狂視調律 -イリュージョンシーカー-』!!

奴は次のスペルカードを宣言した。今度は速さではなくタイミングをずらしてるみたいね。

けれど、それでも同じことだ。こいつが弾幕ごっこの何たるかを知るまでは、どんなに強力な幻覚を使おうが私達の敵足り得ない。



紫が奴の真後ろにスキマを広げ、式弾幕となった藍の突撃を喰らい、スペルブレイク。

・・・ていうか紫、あんたの方が働いてないじゃないの。

「いいのよ私は。参謀さんだから。」

納得いかなかった。





***************





ブチ切れた俺が何をしたのかわからないが、てゐはやけに素直だった。

というか怯えてた。兎よろしく。あ、こいつは兎の妖怪か。

「・・・なあ、てゐ。」

「ヒッ!?な、何?」

「そんなにビクビクするなよ。もう怒ってないからさ。」

俺は何度目かになる言葉を伝えた。まあ、何度目かってことは何度言っても聞いてくれないんだけどさ。

「で、でも・・・。」

「はぁ・・・、まあ俺の自業自得だけどさ。」

「いえ。この場合はこのう詐欺の自業自得です。」

妖夢が厳しく言い放つ。・・・いやまあ、確かにね。

「大体あなた、敵に優しすぎよ。それだけの強さを持ってるんだから、もっと威厳を持ちなさい威厳を。」

「無理よ~。優夢だもの。」

それはそれで非常に納得がいかない話ではあるけど、厳しすぎるのもどうかと。

「あら、霊夢には厳しいのに?」

幽々子さんがクスクスと笑いながら言う。

それで、先ほどのことを思い出してしまった。今更ながらに自己嫌悪に陥る。

あー、俺は何で霊夢を叩いちまったんだ・・・。怒るにしてももっとやりようがあっただろうが、俺。

「ほらほら、何後悔してるのよ。あなたには似合わないわよ。」

「それに、霊夢にはあのぐらいが丁度いいでしょうが。どうせ普段から怒られてないんだから。」

それは、そうかも知れないけど。

「そもそも、普段の優夢さんが霊夢に甘すぎるのです。彼女はもっと日頃から生活態度を正すべきなんです。」

妖夢は霊夢に対するやや厳しめの意見を述べた。それは俺が思ってることでもあるんだけど。

「でも、やっぱり暴力はいけないと思うんだが・・・。」

「あんなもの、暴力のうちにも入らないわよ。大体霊夢が口で言って聞くとでも思う?」

絶対聞かないと思います。

「ほら~、だからいいのよ。あなたの行動は間違ってなかったわ。」

幽々子さんはそう言ってくれた。

・・・だけど、皆にどれだけ正しいと言われても、俺は自分で自分の行動が許せなかった。





全てを受け入れるはずの俺が、自分の行動を受け入れられなくなっていた。

そのことに俺は、気付いてなかった。





「ところであなた。『異変』の元凶についてとか、知ってたら教えてほしいんだけど。」

悶々とする俺を他所に、幽々子さんはてゐに話しかけていた。

「ん~、一応私はその『異変』の元凶側なんだけど。」

「ゴチャゴチャ言わない。敗者は敗者らしく大人しくしゃべりなさい。」

「まあ、そうだねぇ。『異変』を起こしたのは、うちのお師匠様だよ。」

「師匠?剣か何かのか?」

「違う違う、武芸とかじゃないよ。だからそんな血走った目で見るな。お師匠様は薬師だよ。」

「へぇ、幻想郷に薬師なんていたんだ。」

「それもただの薬師じゃない。どんな薬でも作れるのさ。天才ってやつだ。」

「一気に胡散臭くなったわね。でも、こんな大規模な『異変』を起こしている以上は只者ではないわね。」

「それで、その人は何で『異変』を起こしているの?」

「んー、そればっかりは私の口からは・・・。鈴仙のプライベートにも関わることだしねぇ。」

「『鈴仙』?」

「ああ、新入りの妖怪兎だよ。そのくせ立場は私より上なんだよね。」

「こんな低脳な詐欺師じゃ新入りにも抜かされるわね。」

「なにおー?」

どうやら、てゐは俺以外の皆とは打ち解けてくれたみたいだ。・・・よかった。

「・・・優夢?さっきから黙りこんじゃってるけど、大丈夫?少し顔色が悪いわよ。」

と、幽々子さんが少し心配そうな顔で覗き込んできた。

「あ、いや平気ですよ。大丈夫です。」

「しかし本当に顔色が悪いですよ。少しお休みになった方が・・・。」

妖夢も心配そうに声をかけてきた。・・・いけないな、皆を心配させちまってる。

「本当に平気だから。ごめん、心配かけて。」

「あ、いえ・・・。こちらこそすみません、余計な気遣いを・・・。」

「そんなことないから。ごめん、ありがとう。」

自然と手が妖夢の頭に伸び、撫でた。妖夢は少し顔を赤くしてうろたえたけど、拒絶はしなかった。

それが何故か、とても嬉しかった。

「・・・あー、さっきのは私が悪かった、かな。」

その光景を見ていたてゐが、ばつが悪そうに俺に声をかけてきた。

「いや、俺も悪かったよ。もっと自制すればよかったんだ。ごめんな、てゐ。」

「いいよ。あれは間違いなく私が悪かった。あんたは何も悪くないよ、優夢。」

てゐは最初と同じ人懐っこい笑みでそう言ってくれた。

今の俺には、それがありがたかった。

「ところで、さっき出てきた『鈴仙』だっけ?それがこの『異変』にどう関係するのよ。」

まったりとした空気が流れ始めたところで、レミリアさんが空気を読まずにぶしつけに聞いてきた。

「・・・レミリアさん。少しは空気を読みましょうよ。」

「何よ、変なことは聞いてないわよ。」

「いや、さっきてゐの口からは言えないって言ってたじゃないですか。あまり人のプライベートを詮索するのはよくないですよ。」

「そんなこと知ったことじゃないわ。」

全く、相変わらずの暴君だ、この人は。

「んー。まあ、出生以外のことなら大丈夫かな。」

「別にそいつの出自には興味ないわ。それでいいから話なさい。」

「とは言っても、『異変』との関わりを話すためには出身話さないといけないから、あんまり話せることはないよ。」

「ダメじゃない。」

まあまあ。

「この『異変』は、お師匠様が鈴仙と姫様を守るために起こした。私が言えるのはそのぐらいだね。」

「全然わからないわ。というかまた新しい人物が出てきたわね。」

『鈴仙さん』に、『姫様』、それに『お師匠様』か。その三人が『異変』の中核にいることは間違いなさそうだ。

「俺としては、その三人が話の通じる相手だと嬉しいんだけどな。無為に争いたくはない。」

「あー、まともに話通じるのはお師匠様ぐらいのもんだね。鈴仙は頭堅いし姫様は享楽主義だし。」

・・・うわー、先行き不安だ。

「あ、ほら。そこを曲がったら確か鈴仙が見張りしてるはずだよ。誠心誠意話をしたら、ひょっとしたら通じるかもよ。」

もうか。というか、弾幕の音とか聞こえてくるな。霊夢達が先に着いて、ドンパチやってしまってるんだろうな。

どの道、戦いは避けられないか。俺はもしものときの覚悟を決めた。





そして角を曲がり――。





俺達の仲間5人が、ブレザー姿の少女をフルボッコにしてた。



交渉不可能。それが俺の脳裏に浮かんだ五文字だった。





***************





くっ・・・こいつら、強すぎる!!

立て続けにスペルをブレイクされ、残ったスペルは1枚だけ。

5対1という状況は元々不利なんだけど、それでも何とかできると思ってた。

私は元月の兵士。平和ボケした地上の連中とは違う。本物の闘いを知っている私が負けるはずはない。

その考えは、私の傲慢な驕りだったのかもしれない。

地上の奴らは決して弱くなんてなかった。むしろ、道具に頼らず単騎としての戦力を比べれば、平均したらこちらの方が上かもしれない。

私は今ラストスペルを使っている。幻想郷のルールである『スペルカードルール』に照らし合わせると、これを破られたら私の負け。

まだ私に余力は残されているけど、それ以上戦うことは許されない。それが人と妖怪が共存する幻想郷の掟だった。

納得がいかない。戦う覚悟はできているのだから、腕の一本になるまでだって戦ってやるのに。

だから私は、月兎『月兎遠隔催眠術 -テレメスメリズム-』が破られても、戦闘体勢を解かなかった。

「・・・まだやる気なの?正直あんたの弾幕は完全に見切ったから、退屈なだけなんだけど。」

奴らの中で一際弾幕の上手かった巫女が、淡々と告げる。

「私はまだ戦える・・・!」

「けど、あなたのスペルカードは全部破ったわよね?見たところ、もう残ってないと思うけど。」

妖怪が言う通り、私はラストスペルを破られた。幻想郷的に言ったら、私の負けだ。



だったら。

「そんなもの、無視するまでよ!!」

私は宣言もなしに、『赤眼催眠 -マインドブローイング-』と呼んでいるスペルに当たる弾幕を放った。

「! これ、さっき破ったやつじゃないか!!」

「ルールを無視する気か?愚か者め。」

「それに、一度破られた技を放ったって意味が・・・!?」

魔法使いが言い切る前に、私は弾幕を切り替えた。

今度は『生神停止 -マインドストッパー-』と呼ぶ弾幕。これもついさっき破られたスペルだ。

ルールを完全に無視し、私はランダムにスペルカードに当たる弾幕を放った。

もちろん敵も弾幕を放ってきて、何発かは私にぶつかる。だがそんなもの、戦争で放たれる実弾に比べれば、脅威でもなんでもない。

逆に、お返しに炸裂弾を放つ。十分な殺傷能力を込めたそれは、人間なら軽く吹き飛ばせる。

それを察したのか、人間二人は私の弾丸から距離をとる。直後爆発。

「くっ!?本気で殺る気だな!!」

「面倒なことになったわね・・・。」

赤い爆風にあおられながら、魔女と巫女が呟く。

私は殺す覚悟も殺される覚悟もできている。

故郷を逃げ出しここに流れ着き、行き場のなかった私を拾ってくれた姫様のために。

戦い以外に能のなかった私に、薬学と医術を教えてくれた師匠のために。

そのためなら、何も怖くなかった。たとえここで殺されることになろうとも。

これだけのルール違反をしているのだ。そんなことになったとしても、それは仕方のないことだ。

だけどルールのない戦場こそが私の日常だった。そう簡単には殺されてやらない。

せめて、こいつらの内の一人だけでも・・・!!





***************





紫の妖気の質が変わった。今までの妖気が鬱陶しい程度のものだとしたら、これは猛毒なほどだ。

ま、当然かしら。あいつ明らかにルール破ってるし。

「殺すの?」

私は、別に興味があるわけでもなくただ聞いた。

「いいえ、ただお仕置きをするだけよ。一応彼女も幻想郷に住む者ですもの。」

その過程で人格は壊れてしまうかもしれないけどと、紫は獰猛な笑みを浮かべた。

あいつ、終わったわね。

別にそれが可哀想と思うわけでもないし、私に損害が及ぶわけでもない。

「せいぜい私を楽させてよね。」

だから私は、止めるでもなく軽く告げた。

次の瞬間、紫が姿を消した。妖怪兎の背後から現れ、目も眩むような強烈な妖弾を喰らわせる。

反応することすら許されなかった妖怪兎は、まともに喰らいこちらへ吹っ飛んできた。

・・・やれやれ、回避すらめんどくさい。

私は軌道を変えてやろうと、札を数枚構えた。



そのとき、奴の赤い瞳と目が合い。



世界がぐちゃぐちゃに歪んだ。

「・・・『幻朧月睨 -ルナティックレッドアイズ-』。」

――しまった!こいつの術か!!

「殺った!『真実の月 -インビジブルフルムーン-』!!

私に術をかけた直後に何らかの攻撃を仕掛けたのだろうが、視界が歪みすぎて何も見えない。

勘で・・・ダメだ、真っ直ぐ飛ぶこともできない。頭の中が直接混ぜられてる感じ。スペルも出せない。

さっきの一撃を考えると、確実に殺りにくる攻撃だろう。だが、打つ手なし。

――あーあ、これで終わりか。・・・ちゃんと優夢さんと仲直りしたかったけど、仕方ないか。

理解し、私は足掻かず諦めた。

心にひとつまみ程度の未練を抱え――





「霊夢―――――!!」





私のお兄ちゃん気取りの声が、やけに近くで聞こえた。





***************





どうやったかなんてわからない。多分『信念一閃』あたりを自分にぶつけたんだろう。

あれはヤバいと思った瞬間、俺は動いていた。絶対に間に合わない距離を、俺は一瞬で0にした。

けど、そこまでだ。さらに一瞬後には、鈴仙さんが放った弾幕に飲み込まれる。操気弾の展開は間に合わない。

なら、せめて霊夢の盾に――。

俺が霊夢の前で大の字の壁になるのと、赤い極光が輝くのは、ほぼ同時だった。

何故かそれは、巨大な赤い瞳に見えた。





暗い光に飲み込まれ、俺の意識は漂白された。





***************





人間が一人飛び込んできた。

一体どうやったのか、一瞬で私と巫女の間に割り込み、巫女の盾になった。

だけど、そんなこと無意味だ。あれは私のありったけの力を注ぎ込んだ一撃。幻爆ではなく本物の爆撃。

多分巫女の仲間だったんだろうけど、巫女もろとも爆発に飲み込まれた。人間なら、肉片も残さない。

「霊夢ー!!?」

「優夢ッ!?あのバカッッッ!!」

いつの間にか、三人増えていた。てゐがいたとこからして、てゐを負かして来たのか。

一人減らせたけど、三人増えて+2か。あいつらがここの四人ほど強くないことを祈ろう。

私はもう、弾幕の一発を撃つ妖力も残っていない。仲間の敵討ちに奴らになぶり殺されるしか選択肢はない。

「姫様、お師匠様・・・どうかご武運を。」

私は無駄な抵抗をせず殺されることにした。



だが、私の考えは甘かった。

私の放った弾丸の光が徐々におさまる。その中には、何も残っていないはずだった。



だけど、違った。中身はあった。

中からは先程割って入った人間と巫女が、無傷で現れた。

最初に覚えたのは驚愕。そして次に感じたのは無力感だった。

私は、奴らの一人も減らすことができなかったのか。

ごめんなさい、姫様。お師匠様・・・。

私は力なく崩れ落ち、そのまま床に落下した――



その途中で、誰かに捕まえられた。

「まだ気絶するには早いわよ。お仕置き、追加ね。」

それは、さっき私を背中から撃った妖怪だった。

ああ、そうだった。私はこれからなぶり殺しにされるんだった。

絶望を感じた心を無理矢理シャットアウトさせる。

それだけで、妖怪が手に溜める光の塊が冷たいものに思えた。私は何も感じなかった。

「これは、霊夢を――博麗の巫女を殺そうとした分。この程度で壊れたりしないでね。」

そして、光弾が放たれる――。



その直前、妖怪は弾かれるように飛ばされた。

その勢いのまま壁に激突する。壁に大きな穴が空いた。

・・・え?私は、助けられた?

誰に?

顔を上げると、そこにはさっき割り込んできた人間がいた。

私はますます混乱した。こいつは敵のはず。私を助ける意味なんてないはずだ。

なのに何故?

「恩でも売ろうっての?生憎だけど、感謝なんかちっともしてないわよ。」

敵意を向ける。だけど、何も反応がない。



いや、それどころの話ではなかった。

この人間は、表情がなかった。まるで心など初めからないかのように。

くるりと私に視線を転じた。



その瞬間、私は寒気を覚えた。

髪に隠れて右目しか見えていないけど。

まるで死体だと、思った。



そして次の瞬間。

「!? ・・・がはっ・・・。」

私もまた、その拳で腹を捉えられ、弾き飛ばされた。

先程の妖怪よろしく壁に叩きつけられる。その威力は凄まじく、肺の中の空気が全て吐き出されてしまった。

「ぐ、げほ!!」

せき込むと、ビチャリと音がして手が真っ赤に染まる。

内臓が損傷した・・・。人間のくせに、何て力なの・・・・・・・・・・・・。



ニンゲン?



それをそうと形容するなら、自分の正気を疑った方がいい。

ソレは既に人ではなくなっていた。

見間違いでなければ、悪魔の羽が生えていた。気のせいでなければ、鬼の角が生えていた。

先程は隠れていた左目は金色に輝き、その瞳孔は縦に裂けていた。

爪は獣のように鋭く伸び、何故か人魂が浮いている。

どう贔屓目に見たって人間ではなかった。

「な・・・何よ、これ・・・。」

それは私の口から漏れたのか、あるいは奴の仲間であるはずの連中から漏れたのかわからないけど。



こいつは人間なんかじゃなくて、妖怪よりも禍々しいバケモノだった。



私が呆然としてる間にも、バケモノは私に近寄ってきていた。

「・・・あ・・・。」

気付いたときにはもう遅かった。

バケモノは、腕を一振りすれば届くぐらいの距離にいた。

逃げられない。兎の本能が、絶望的な答えを返してくる。

そもそも先程のダメージで私は立ち上がれない。動くことなどできなかった。

それは私だけではなく、巫女も、他の奴らも。誰一人、身動きが取れなかった。



その中で一人だけ動けるバケモノは。

無表情に腕を振りかぶった。

――ああ、もう間違いない。私は殺される。このバケモノにむごたらしく殺される。

私は恐怖と諦念の入り混じった気持ちで、衝撃に耐えるため目を瞑った。





何かが何かを貫く音が聞こえた。



不思議と痛みも衝撃もなかった。そんなもの感じる間もなく絶命したのか。

ああでも、死んでもものって考えられるんだ。私は死んじゃったけど、他の皆はどうなるんだろう。

連中はどうなろうと構わないけど、てゐだけには生き延びてほしい。悪戯ばかりする子だけど、本当はいい子だって私は知ってるから。

それにしても暗いな。あの世って暗いのかな。

そこまで考えて、私は自分が目を閉じていることに気がついた・・・?

ということは、私はまだ生きてる?あのバケモノは私を殺さなかったの?

確認しなきゃ。

私は恐る恐る目を開けた。










「・・・・・・・・・え?」





それが目に飛び込んできたとき、私の思考は完全に停止した。



私の目の前には、あのバケモノと。



「鈴仙・・・大丈、夫?」



腹から背中にかけて、バケモノの手で貫かれたてゐが、立っていたから。





***************





・・・これは一体何なんだ。私の目の前で何が起きている。

爆光の中で、私の前に優夢さんがいたのはわかった。優夢さんはその全ての威力を体で受けて、私を助けてくれた。

人間は殺せる威力でも、吸血鬼でも鬼でもある優夢さんを消し飛ばすには至らず、私は助かった。

けどあれだけの威力を喰らったんだから、もうまともには動けないはず。

そう思っていたら、優夢さんは突然紫に向かって攻撃をしかけた。その直後に、自分が助けたはずの妖怪兎を殴り飛ばした。

それはとても人間に出せる威力じゃない。鬼の――萃香並みの力だ。



そこから、優夢さんの変貌が始まった。

背中にレミリアのような翼が生え、頭に萃香のような角が生えた。

真っ黒な髪には金色のものが所々混じっていた。

そして、半霊の出現。優夢さんがこれまで取り込んできた『願い』の特徴をことごとく体現していた。

――優夢さんはこれまで、取り込んだ『願い』の特性を継承していた。だがそれでも、『人間である』という軸だけは決してブレることはなかった。

だが今の姿は妖怪そのもの。いや、下手な妖怪よりも妖怪らしい姿だった。

優夢さんは妖怪兎に近寄っていった。まさか・・・。

「お、おい・・・優夢の奴どうしちゃったんだ?あいつ、何しようとしてるんだ?」

魔理沙が青い顔をしながら問いかける。問いかけと言うより、それは確信を持った懇願だった。

そんなことをしないでくれっていう。

だけど優夢さんは、ごく自然な動作で妖怪兎の命を刈り取ろうとした。

誰も動けなかった。



「・・・ダメッ!!」

いや、一人だけ動いた奴がいた。いつの間にか現れたレミリア達と一緒にいた妖怪兎。

そいつが、優夢さんと瀕死の妖怪兎の間に割って入った。



ぞぶりと、肉を貫く音がした。

優夢さんは止めなかった。何も動じず、妖怪兎の腹を貫いた。赤い血が散った。

「・・・え?て・・・ゐ・・・?」

「鈴仙・・・大丈、夫?」

助けられた方は、何が起こっているかわかっていない様子だった。目を見開き、口は意味をなさぬ音を吐き出す。

「なん、で・・・?」

「何で、って・・・、鈴仙、に、死なれたらさ、誰が、私の悪戯を、受けるのさ・・・。」

心配させないようにか、てゐと呼ばれた妖怪兎はにっこりと笑っていた。

けど皆わかっていた。あれは致命傷だ、助からないと。

傷を与えた優夢さんは、微動だにしなかった。

「・・・てゐ、てゐ!!血が!!」

我に返った妖怪兎が半狂乱になる。

「あはは・・・こんなの、大したこと、ないよ・・・。健康が、取り柄なん、だからさ。」

咳き込む。血がビチャビチャと飛び散った。

「ねえ、鈴仙。諦めちゃ、ダメだよ。何のために、月を、飛び出したのさ・・・。」

「てゐ!!しゃべっちゃだめ!!」

鈴仙と呼ばれた兎が止めるが、てゐは止めなかった。もう時間がないことが自分でもわかっているんだろう。

「諦めるな、鈴仙。諦めなければ、きっと、こんな状況でも・・・。」



かくんと、力が抜けるようにてゐは崩れた。

「てゐーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」

鈴仙の絶叫が響く。

それをあざ笑うかのように――実際には何も表情を変えず、優夢さんはてゐを投げ飛ばした。

てゐの体は力なく床にたたきつけられ、血溜まりを作った。

優夢さんはそれを無表情に見てから、自分の手についた血を舐めとった。

「ッッッ貴様アアァァァァーーーーーーーーーーー!!!!」

自分も傷は浅くないのに、鈴仙は弾幕を連射した。至近距離から撃たれる弾幕は、既に限界を超えているせいか、優夢さんに何のダメージを与えた様子もなかった。

「ウワアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」

連射される弾丸を浴びながら、優夢さんは再び鈴仙に近づいていった。そして弾幕など関係ないとばかりに、再び死の一撃を振るう――。



人鬼『未来永劫斬』!!

その直前、妖夢が優夢さんに肉薄した。十の数乗の斬撃が優夢さんに襲い掛かり、渾身の一撃を受けて優夢さんは弾き飛ばされた。

「大丈夫かッ!?」

「え、あ、あなたは・・・。」

「自己紹介は後だ!!優夢さんが体勢を立て直す前に離れるぞ!!」

妖夢は有無を言わさず鈴仙の手を取り飛び退いた。

見れば、てゐの方は既に幽々子の回収されている。

「てゐ!!」

「動かさないで。まだ息があるわ。治療できれば助かるかもしれない。聞いたわ、あなた薬師なんでしょう?助けたかったら治療しなさい。」

「治療って・・・でも、私こんなに深い傷治療したことないよ!!」

「助けなければ死ぬわ。あいにくこの中に治癒術が使えるのはいないの、あなたがやるしかないの。」

「でも、でも・・・!!」

「やれよ!!優夢を人殺し・・・いや、妖怪殺しか・・・って、そうじゃなくて優夢にそいつを殺させる気か!!」

いつの間に復活したのか、魔理沙が檄を飛ばす。目に涙を浮かべていた鈴仙がビクっと震える。

「諦めんなって言われただろ!?だったら諦めんなよ!!」

「あ・・・う、うん!!」

まだ震えていたが、鈴仙は頷き、てゐの治療に向かった。

「さて、何か私完全に傍観者になってるけど・・・。」

私の役目は、優夢さんを止めることか。状況は全くわかってないけど、今やるべきことはそれだけだ。

「あんた達、手伝いなさい。私一人じゃさすがに骨が折れるわ。」

「当たり前だろ。私だって優夢をあのまんま放置しておく気はない!」

「そうね。一体何が原因かわからないけど、とにかくそれが先決だわ。」

「しかし、果たしてこちらの攻撃が通じるだろうか。『未来永劫斬』も効いた様子がないが・・・。」

妖夢の言葉通り、優夢さんは既に起き上がりピンピンしていた。表情は相変わらずない。

「それにしても、嫌な姿ねぇ・・・。」

幽々子が眉を寄せながらつぶやいた。その気持ちは、私もわからないでもない。

優夢さんの左目は金眼になっていた。瞳孔は縦に裂け、黒い右目はいつにも増して『病み色』を放っていた。

そして、全身から溢れるのは妖気と霊気。それも吸血鬼、鬼、妖怪と多種多様の。

「・・・勝てるわけないわ。」

ポツリと、普段だったら不遜な態度を取るはずの声が弱気なことを言った。

「何言ってんのよ、レミリア。あんたらしくもない。」

「わかるのよ!!あれは優夢じゃない、もっと別の何かなのよ!!」

どういうことよ。

「・・・運命が見えるのかしら。」

スキマを通って紫が現れた。・・・満身創痍だ。腕が変な方向に曲がっている。

「ええ、そうよ・・・。」

「・・・優夢さんに運命はないんじゃなかったの?」

「優夢の運命ではないわ。だからあれは優夢ではない別の何か。」

何が言いたい。

「多分、さっきの幻術――いえ、波長弄りが原因でしょうね。
さっきも言ったけど、優夢は自分の存在を否定するような真似をしたわ。それで不安定な状態になっていた。
そこへ、あの月兎の能力が加わることで中身が漏れ出してしまっているのよ。」

・・・なるほど。つまりあれは。

「そう。『願い』そのものよ。それも凶悪で極悪なね。」

「ま、そりゃ吸血鬼に鬼の『願い』だものね。」

「わかってないわね。『人の願い』ほど穢いものはないのよ。あの『優夢』は、一片のためらいもなく私達を殺せる。」

でしょうね。さっきからの行動を見てればわかるわ。

「随分と落ち着いたものね。お兄ちゃんがあんな風になっちゃったのに。」

「あんな風になっただけでしょう?てゐも治療すれば助かるし、私達が止めれば優夢さんも元に戻る・・・と思う。何も問題はないわ。」

「ふふふ、流石は霊夢だわ。」

「・・・あんたたち、わかってるの!?あいつのヤバさが!!あれは吸血鬼も鬼も妖怪も人も、何もかも飲み込む存在なのよ!!」

元々優夢さんはそういう存在よ。私はそれをわかってて優夢さんと一緒にいる。

「怖いんだったら協力しなくていいわ。」

「・・・!? 誰がッ!!」

「あら、協力してくれるのね。助かるわ~、猫の手も借りたいぐらいだから。」

「ッッッ!!ああもう!どうなっても知らないから!!」

半ばヤケクソ気味にレミリアが叫んだ。

紫の側に藍が立つ。これでこっちは戦闘準備完了。



「行くわよ!!」

「おう!!」

「たとえ優夢でも、負けないわ!!」

「あなたの『願い』、斬らせていただきます!!」

「『願い』料理は想像してなかったわ~。」

「これも何かの因果でしょうか・・・。」

「・・・さあて、ね。」





***************





これが私の恐れていた光景の一つ。優夢が『悪しき願い』に取り込まれるという事象。

まさかこんなところで見ることになるとは思っていなかった。一体どれだけの確率で偶然が重なればこうなるのか。

通常、優夢の存在――『世界』は安定している。私の能力が通じないほどなのだから、それは当然な話。

それは彼自身が自分の『願い』を否定しない限り揺らぐことはないはず。そして余程のことがない限り彼は受け入れ、否定しない。否定できない。

確率としては、私の計算では0.1%を切っていた。その1000分の1以下の現象が、よりにもよって今日のついさっき起こってしまった。

それでも、誰かが直接優夢の『世界』を揺さぶらない限り崩壊は起こらないはずだ。それにそもそも、そんな能力を持つ者なら、藪をつついて蛇を出そうともしない。

わかるからだ。それがどれだけ危険な行為か。下手をしたら自分の身が危ない。

しかし今回は、偶然にも大きな力を持った未熟者がいた。それが優夢の『世界』に全力で揺さぶりをかけた。

結果的に霊夢は生きていて、今はまだ誰も犠牲になっていない。不幸中の幸いというやつだ。

大きな力を持つ者は絶対数が少なく、その中で未熟者といったらどれほど少数になるだろうか。

0.0000000001%以下の、宝くじが当たるよりもはるかに運が悪くなければ起こりえないことだ。

しかし今起きているのだから100%。考えるだけ無駄な話だ。

そんな詮無きことに思考時間を費やすぐらいなら、今の状況を打破する手段を考えるべきだ。



さて、この優夢だが、恐らくまず間違いなく私達の取り込まれた『願い』の能力を使用できるだろう。

実際に使うのが優夢なのか、それとも溢れた『願い』なのかはわからないけど。大事なのは、『境界を操る程度の能力』を使うということだ。

下手をすれば一瞬で全滅などということもありえるから、私はそれに対抗するために常に気を張っていなければいけない。

・・・少しは楽させてくれてもいいじゃない。優夢のいけずぅ。なんて空しいことを思ってみる。

優夢は今、接近する妖夢とレミリアに向かって、吸血鬼弾幕を放っている。よくレミリアが使っているあれだ。

「くっ、人の猿真似を!!」

「この程度の弾幕では私は落ちません!!」

「言ってくれるわね!!」

いつのまにかわすことを覚えたのか、妖夢は軽業師のような身のこなしで大小の弾幕をかわす。レミリアは弾幕を手で弾き飛ばしていた。

弾幕ごっこのルールには抵触するが、今はそんなことを言ってられる状況ではない。

「これでも喰らいな!!」

レミリアがスペルの宣言なしに『スピア・ザ・グングニル』を放つ。追従して、妖夢が『未来永劫斬』を再び放つ。

だが。

「・・・やっぱりその弾幕も使えるか!!」

「く、硬い!!」

優夢が最も得意とする弾幕――操気弾によってあっさり阻まれてしまう。

今度はこちらの番とばかりに15の操気弾を纏ったまま、『ランス・ザ・ゲイボルク』を出現させる――!!

「バカな!?あれは女性時にしか使えないはずでは!?」

「――そういえば、あれも一つの『願い』の形、だったわね。」

そうか。あれは紅魔館の連中が「優夢が女であれば」と思った『願い』の形。それが七曜の魔女の力によって固着したものだったわね。

つまり、今の優夢は男性女性の区別なく、全てのスペルが使える状態ということか。

しかも弾幕を全開にした状態でさらに使えるってことは、霊力の総量も女性時ということ。・・・厄介極まりないわ。

「くっ!!」

「ちょっと、ちゃんと裁きなさいよ!!」

「あなたも少しは手伝ってください!!」

レミリアは妖夢を盾にしながら優夢の容赦ない斬撃を回避していた。

・・・あれは普段のように、斬られても斬られない斬撃じゃない。本気で斬るつもりで斬っている。

それが証拠に、床板がすっぱり割れている。軽く触れただけで真っ二つだ。

それが分かっているから、妖夢の防御も必死になる。攻撃には転じられないだろう。

・・・おや。

「妖夢、そのままひきつけておきなさい。死蝶『華胥の永眠』!!

幽々子が優夢の背後から、ラストスペルを放った。死を運ぶ千の蝶が、優夢に向かって襲い掛かった。

――だが。

「・・・そんな。」

ありえない、という顔を幽々子はした。

死を運ぶはずの蝶は、全て優夢の半霊が展開した闇に吸い込まれてしまった。

・・・そんな使い方を。あれは間違いなくルーミアの『闇を操る程度の能力』の、本当の使い道だ。

闇は全てを飲み込み、消す。決して姿を隠すだけのものではなく、飲み込んだものを文字通り消してしまう。

それを使ったというだけでも驚愕だが、半霊を介して使うとは。あんな風になってしまっても、やはり優夢は優夢なのか。

私達の思いもよらない方法を思いつく、優夢らしい戦い方。それが私の胸に痛みを覚えさせた。

・・・いけないいけない。今は戦いの方に集中。

優夢に攻撃を完全に防がれた幽々子が後方に飛ぶ。それと同時、妖夢とレミリアも優夢から距離を取った。

優夢は少し止まった。どちらを先に攻撃するか選んでいるようにも見える。

結局、幽々子を追った。間に妖夢が入り、その槍を受け止めた。

「・・・ふむ、どうやら判断力が鈍いようね。」

攻撃に出ると一切の容赦がないが、そこに至るまでの判断が遅い。正常な状態でないからか、あるいはどの『願い』が優先されるか決まっていないからか。恐らくは後者。

優夢がこちらを攻撃してくるのは、間違いなく『悪しき願い』に飲まれているから。質はともかく、絶対量はそちらの方が多い。

だがその『願い』にしても一枚岩というわけではない。何をしたいか、誰を殺すかは、それぞれが違うのだろう。

それが先ほどから一貫しない優夢の行動の理由か。よし。

「霊夢、ちょっと協力して。藍、かき回してやりなさい。」

「・・・なるほど、承知しました。」

「何をするのかぐらい言いなさい。」

「何てことはないわ。優夢が正常に判断できないようだからそこにつけこもうと思うの。」

「なるほど、あんたらしい卑怯な作戦ね。」

効率的、と言ってほしいわ。

「では、行くわよ!!」

「はっ!!」

「全く、今日は賑やかで退屈しないわね!!」



幻想の結界組による、三重奏が始まった。





***************





ふむ、なるほどね。私は瞬時に紫の判断を理解した。

今の優夢――いえ、あれを優夢と呼ぶのはよしましょう、それは優夢に対する冒涜だわ。

『悪しき願い』は、攻撃のときの動きは迷いがない。一直線に「相手を殺す」ということを遂行しようとする。

だが、それ以外のところでの行動が鈍い。止まっていたり、少し動きが遅くなったり。

理由の如何はわからないけど、『悪しき願い』は判断をする状況に弱い。

だから、判断をつけさせないように、つかず離れずの距離から弾幕攻撃を繰り返している。

弾幕が近づけば、防御をするのは当然だから判断はいらない。『悪しき願い』は操気弾を駆使して、全ての攻撃を弾いている。

だがそのために、向こうも攻撃に出ることはない。まずはこれで時間を稼げるわね。

・・・しかし、気になることが一点ある。果たして『悪しき願い』の霊力がつきるということはあるのだろうか?

こちらは間違いなく霊力に限界がある。既に何度か戦いを越えてきている私と魔理沙は、魔力を節約するため後方防衛だ。

霊夢と紫と藍はわからないけど。けど、撃ち続けていればいずれ限界はくる。

だけど、あっちに霊力切れがなければ、ただこっちがジリ貧なだけだ。

理論上無限の霊力などというものはありえない。だけど、ありえないことを実行してきたのが優夢――『願い』だ。

ましてや、60億という馬鹿げた数の人間の『願い』。それが顕現している以上、加算されていると考えた方がいい。

つまり、時間が経てば経つほどこちらの不利になるということだ。

何とかして一撃を通さないと。

「なら、私の出番か?」

魔理沙がずいと前に出るが、私は止めた。

「やめなさい。不本意だけど、あんたの『アレ』が私達の切り札なのよ。確実に当てられるまで温存しときなさい。」

『アレ』――魔理沙の新しい切り札。『ファイナルスパーク』。

その構想を聞いたときは私も魔理沙の正気を疑った。けど、魔理沙は超がつくほど本気だった。

ミニ八卦炉の中に封じられている地獄の業火を解き放ち、暴走エネルギーを砲撃とする魔法。

全ての霊力を喰らうため、防御は不可能。空間の断絶すら越えて直進するため、スキマのような防御手段も使えない。

文字通り『最後の輝き』だ。それは魔理沙の魔力という意味でも。

『ファイナルスパーク』に使う魔力の量は、はっきり言って『マスタースパーク』の比にもならない。魔理沙の魔力の限界などあっさり超えてしまう。

だから、一発限りの大技。それが魔理沙の切り札だった。

そして唯一『悪しき願い』に届きそうな攻撃でもある。本当に当てられるようになるまで、使わせることはできない。

「私が出方を見てみるわ。あんたはそこで兎のお守りでもしてなさい。」

私は必死でてゐの治療をする鈴仙を見た。

そこにいるのは、先ほどの無謀な戦士ではなく、ひたむきに命と向き合う薬師だった。

――あんたは、戦うよりもそっちの方が向いてるわ。頑張りなさい。

表情には全く出さず、私は鈴仙を応援した。



さて、魔理沙に近い攻撃となると、あれぐらいしかないか。

あれは私の魔力を相当使うんだけど、先のことを気にしても仕方ないか。

どの道、ここで『悪しき願い』を倒せなければ私達全員おしまいなんだから。

私は一体の人形を取り出す。手持ちの人形の中で最も禍々しく、魔力のこもった人形。

「頼むわよ、蓬莱人形。」

首吊りを模したその人形は、死んだような動きで首を縦に振った。・・・芸風が理解できないのよね、この子。

ともかく、私は照準をつけるように蓬莱を構えた。めまぐるしく動く操気弾、そして『ランス・ザ・ゲイボルク』。

・・・まだだ、まだ待て。確実に当てられるタイミングで撃たなければ意味がない。

・・・・・・・・・・・・ここだ!!

咒詛『蓬莱人形』!!

タイミングを計り、私は蓬莱から恨みにも似た魔力の塊を砲撃した。

それは弾幕と弾幕の隙間をくぐり、『悪しき願い』に到達する。

さあ、どう出る!?





・・・はは、何このバケモノ。私はもう笑うしかなかった。

自分のすぐ目の前に迫った魔力砲撃を、『悪しき願い』がどう対処したかというと。

物凄く単純で馬鹿げた方法だ。



食ったのだ。私の魔力を。大口あけて。当然ながら、奴にダメージはない。

私の渾身の一撃が全く効かなかい。つまりそれは、私では何もできないということに他ならなかった。

「・・・歯がゆいわね。」

魔力も切れ、弾幕を張ることもままならなくなった私は、大人しく後列に戻った。



戦いは激化する。





***************





魔力を食う・・・だと?

私はそれを見た瞬間、背筋に怖気を覚えた。

こんなのが優夢さんであっていいはずがない。何かの間違いだ。私は目の前の現実を必死で否定した。

だがそれは。悪魔の羽を持ち、鬼の角を持ち、半霊を操るそれは、間違いなく優夢さんの姿をしていた。

嫌だ、そんなの嫌だ。これが優夢さんだなんて、誰か嘘だと言ってくれ!!

「妖夢、しっかりなさい!現実から目を背けても何にもならないわ。」

「・・・幽々子様。」

私の最敬の主君が、私の逃げ道を断った。絶望を感じた。

「しっかりあれを見なさい。あれが優夢の中に隠されていたものなのよ。」

「・・・あんな、バケモノが・・・。」

「そう。優夢はバケモノなのよ。人間が素体であり、『願い』という存在であり、『あまねく願いを肯定する程度の能力』を持ったバケモノなのよ。」

やめてください・・・。

「妖夢は何も思わなかったの?全てを肯定する、そんな非常識が普通だと思ったの?そんなわけがないでしょう。全てを肯定した時点で、それは得体の知れないバケモノよ。」

やめて・・・。

「あなたは今までその事実から目を背けていただけ。今こうして目の前に突きつけられて、初めて気がついた。優夢が、バケモノであると。」



「もうやめてください、幽々子様!!優夢さんをバケモノなどと言うのは!!」



私は先ほどの自分を斬ってやりたかった。

一瞬でも優夢さんのことをバケモノだと思ってしまった自分が、情けなかった。

そんなわけがないじゃないか。確かに優夢さんは存在があまりにも広すぎて定義できない。得体は知れないかもしれない。

だけど、私が優夢さんと一緒に過ごした時間は、とても素晴らしかったじゃないか。

剣の稽古もしてくれた。他愛のない笑い話をしてくれた。私の知らない料理を教えてくれた。

それらの時間は嘘じゃなかったし、私は優夢さんを信じている。

だから、たとえそれこそ60億人がバケモノと言おうとも、私だけは絶対に優夢さんをバケモノなどと言わない!!

「だから優夢さんをバケモノと言わせるあれは、私が斬る!!」

「・・・そう。それでいいのよ、妖夢。」

幽々子様は優しく微笑んでいらっしゃった。・・・私で遊びましたね?

「けれど、怖気は消えたでしょう?」

「・・・ええ。ありがとうございます、幽々子様。」

「お礼なんかいいわ。私達の元へ、優夢を連れ戻してくれるなら。」

「はい、必ずや!!」



優夢さん。私達はあなたが大好きなんです。だからあなたを取り戻したくて戦っています。

だから優夢さん。



『悪しき願い』なんかに負けないで!!





***************





これは何だろう。

暗い海の中に、俺は一人浮かんでいた。

視界には、いくつものスクリーンが浮かんでいた。それぞれに、それぞれの物語が流れる。

中にはケーキとかスィーツ(笑)とか、あるいは子供と一緒に歩いている女の人とか、そういう微笑ましい映像もあった。

けれどそこに浮かんでいる物語には、目を覆いたくなるような悲惨なものもあった。

血だらけになった子供を抱き、慟哭を上げる男の人。

先ほどまで笑顔で一緒に歩いていた恋人が、突然車に轢かれひき肉と化す。

目の前で左半身が消し飛ぶ我が子。戦場でただ生きたいと願った男の、凄絶な最期。

あるいは、吐き気を催すほど薄汚いものも。

ただ自分が美味い汁を吸いたいがためだけに、はした金で他者を働かせる男。

下の者のことなど何も考えず、ただ自分さえ良ければいいと、会社の金で豪遊する中年。

また、その苦を強いられた人間の物語も、ここにはあった。

ここにあるのは、60億人の人生と願い。人の数だけある物語と、物語が形作る思い。

俺の中で眠っていた『願い』が起きだしているのか。何でそんなことになっているのか。

そもそも俺は何をしてたんだっけ。俺ってなんだっけ。

取りとめもない思考が、浮かんでは消えた。俺はただ、願いの映写会を眺めているだけだった。



その中で、一際気になる物語があった。

それは、ある若い男の物語のようだ。

それだけは長い物語だった。恐らくその男がそれだけ長い間願い続けたということだろう。

男は少年のときから、何かを願っていたようだ。だけどそれは人には理解できなくて、子供たちに笑われていた。

それでも男は願い続けた。中学に上がると、今度はいじめの的になった。

男の願いはどうやら現実を見ない途方もないものだったらしく、誰にも理解はできなかった。

誰もが理解しなかったというわけではない。理解しようと努力をしたものもいた。

男の家族。男の親族。幼馴染。幼い少女。――男が友人と呼べる人たち。

だが彼らも、本当の意味でその願いを理解することはできなかった。それはあまりにも途方もなさすぎた。

場面が転じる。高校生になった男。男はもう願いを語るのをやめていた。誰にも理解できないと悟っていた。

だけどその願いを持ち続けていた。それが故に、男は人気者だった。

誰にでも優しく、誰にでも分け隔てなく。その姿勢は、願い故だった。

大学に上がった。男は焦った。自分の願いが消えかけていることに気付いて。

男は、自分の願いを――理想を追い求め、やっきになった。色々なことに手を出した。

それが理想を実現する助けになると信じていたから。

けれど男の理想は全く実現する気配がなかった。当然だ。それは現実ではありえない理想なんだから。

その辺りからノイズがかかり始めた。

男は就職したようだ。小さなコンピューターソフトウェア会社だ。

男の表情が見えなくなった。ノイズがひどい。

しばらくして、何も見えなくなった。男が理想――願いを捨てたのか。



長いような、短い物語だった。ごくごくありふれた、平凡な男の半生、といったところか。

何でそんなものに気を引かれたかはわからない。

現実を少しでも良くしようとして、現実に裏切られた男の物語。やはりありふれた話だ。

そんな人間なら五万といるだろう。実際スクリーンにはそんな光景が浮かんでいるものもあった。

ただ、それらは全て短かった。期間にしたら1~2年程度がほとんどだ。長くても5、6年。

さっきの男の願いは、少なく見積もっても20年だ。だから引かれたんだろうか。

何か違うような気もするが・・・。頭にもやがかかって考えられない。

まあ、いいや。気になるんだったら、もう一度見ればいい。

俺は再び、長く短い物語の始まりを見ようとした。



――で―



・・・何か聞こえたか?いや、ここには今誰もいない。スクリーンからも音はしない。

誰もいない。そういえば、誰もいないんだな。

ルーミアもレミィもりゅかも妖夢も萃香も。いつもはうるさいあいつらがいないなんて珍しいけど。

まあ、いいか。



―け―いで―



まただ。気のせいじゃないのか?

けど、やはり誰もいなかった。

だけど、何だろう。俺は何か大切なことを忘れてる気がする・・・。

・・・そうだ、俺は今『異変解決』をしてるんじゃなかったか。



――けないで――



俺はここで何をしてるんだ。こんなことしてる場合じゃないだろ。

・・・だけど凄く眠い。ダメだ、目を開けられない・・・。



負けないで、優夢!!



聞こえた。アリスの声だ。俺の友人の、アリス=マーガトロイドの。

負けるなって、この睡魔にか?何でだろう。

・・・いや、考える必要はない。友達が必死で応援してくれてるんだ。

ここで応えなかったら、男じゃない!!



「・・・ぉぉぉぉ・・・あああああああああああああ!!」



バチンと音を立てるほどの勢いで目を空けた。





どうやら俺が眠ってる間に、とんでもない状況になってるようだ。

唐突に流れ込んできた外の情報に、俺はそう思った。



何故だか、俺の体は自由が利かなかった。何故か俺は、霊夢達と戦っていた。

血溜まりに横たわるてゐ。必死で治療しようとする、鈴仙さんと思しき人物。

霊夢。魔理沙。アリス。妖夢。レミリアさん。幽々子さん。藍さん。紫さん。

皆が必死に戦っていた。他でもない俺と。

何故か、彼女らの思いが俺に届いた。



――負けないで――



それは先ほど聞こえたアリスと同じ思い。彼女らは皆、同じ思いで戦っていた。

・・・何でこんなことになっているかは知らないけど。

俺が皆を傷つけるなら、俺は俺を許さない。そんな俺に、誰が負けてやるかよ・・・!!





「止ま・・・れええええええええええええ!!!!」





***************





?何だろう、優夢の動きが鈍くなった。

なんだかよくわからないけどチャンスだ。私は『スピア・ザ・グングニル』を構え、投げた。

だが、それが到達する瞬間には優夢の操気弾が阻んでいた。チッ、外したか。

・・・うん?運命が見えづらくなっている?・・・ということは、優夢が元に戻り始めているということか?

「どうしたのよ。」

突然動きを止めた私に霊夢が声をかけてきた。

「優夢の運命が見えなくなってきたわ。つまり、元通りの『世界』に戻りつつあるのかもしれない。」

「・・・へぇ、何がそんなに効果あったのかしら。」

さあね。

「ともかく、もう一押しよ。」

「そうね。」

よし、さくっといこうかしら。

「あんたがさくっといかないようにね。」

私は馬鹿じゃないわよ。



吸血鬼の身体能力を用い、優夢の至近距離まで潜り込む。

いくらこいつが吸血鬼の身体能力を持っているとは言っても、年季は私の方が上だ。扱いは慣れている。

優夢が私の存在に気付き、『ゲイボルク』を振るってくる。それを軽く跳躍することでかわす。

そして、顔面に遠慮のない蹴りを叩き込む!!

「・・・っつ。」

ガン、という音を立てて、私の足は優夢の顔面に突き立った。が、鬼の頑強さを忘れていた。鉄面かこいつは。

『ゲイボルク』が振るわれる前に私は顔面を蹴って飛んだ。

なら、これならどうだ。私は内側に密かに溜めていた妖力を解放した。



「紅魔『スカーレットデビル』!!」



私のラストスペル。発動と同時、周囲を紅い妖気で巻き込んだ。

私の全力の妖力を至近距離で受けて、さすがに優夢はダメージを受けたようだ。大きくよろめいた。

私の仕事はここまで。今の一撃でしばらく力がすっからかんだしね。後は若いのに任せるとしよう。

大きく後ろに跳躍する。同時、妖夢と幽々子が入れ違いで特攻をしかけた。





***************





レミリアが活路を開いてくれた。優夢は今の一撃で大きくよろめいている。

なら、このチャンスを活かさない手はないわね。

「妖夢、遠慮は入らないわ。思いっきりやっちゃいなさい。」

「はい!!」

元気のいい返事。心配はいらないわね。

さあ、悪戯の時間はおしまいよ、『この世全ての悪しき願い』!!



「『待宵反射衛星斬』!!」

「『西行寺無余涅槃』!!」



遠慮なし。私と妖夢の放ったラストワードは、優夢を大きく弾き飛ばした。

道は作ったわ、魔理沙!!

「おう!!」

魔理沙は既に、あの砲撃の準備を始めていた。





***************





ミニ八卦炉に限界以上の魔力を注ぐ。放出口からは既に噴火のような鳴動が聞こえてきていた。

だがまだだ。まだ威力が足りない。もっと、もっと必要なんだ!!

私達の優夢を取り戻すためには、あいつの全霊力を根こそぎ奪うほどの威力が必要なんだ!!

だからまだ撃てない。私は制御できる限界を超えて、ミニ八卦炉に力を注いでいた。



だが、今の優夢は待ってくれなかった。

先刻見せたあのスペカ。それの発射体勢を取っていた。

「魔理沙、何をしてるの!!早く撃ちなさい!!」

アリスから焦ったような叱責が飛ぶ。まだなんだよ!!

既に魔力が少なかったせいか、威力の溜まりが予想より遅い。このままじゃ、先に撃たれる・・・!



そして私の予想通り、優夢は撃ってきた。それはさっきよりも高出力の一撃だった。

・・・ダメだ。私は絶望的な予感を覚えた。



「しょうがないわね、私達が手を貸してあげるわ。藍。」

「御意。」

その瞬間、私の目の前に紫が、さらにその前に藍が現れた。何を・・・。



「境界『永夜四重結界』!!」



藍を起点とする、巨大な四重の結界が出現した。・・・馬鹿力め。

砲撃が結界に衝突するが、結界はビクともしなかった。少し損傷しても、それよりも結界生成速度の方が早かった。

私達との戦いのときにこれをやられてたら、破れなかったな。

私は場違いな感想を持った。

「さあ、やりなさい魔理沙。私達の『願い』を取り戻しなさい。」

紫が振り返り、私に言ってきた。・・・へっ。

「言われなくても!!」

私は紫の上に飛び出て、出力の臨界を突破したミニ八卦炉を構えた。





「魔砲『ファイナルスパーク』!!」



解放とともに、ミニ八卦炉は地獄の炎そのものを吐き出した。

虹の輝きを持つ炎は、優夢の砲撃を飲み込み、弾幕も飲み込み、威力を増して直撃した。

だが優夢は、それでも耐えた。『ファイナルスパーク』を抱えるように、ミシミシと音を立てて。

く、これでもダメなのか!!





そのとき、霊夢が優夢の頭上に現れた。

「こんの・・・。」

ってお前、何する気だ!!

私が止めるよりも先に。

「いい加減にしなさい、バカ兄!!」

霊夢は優夢の脳天に蹴りを叩き込み、それが元で優夢は踏ん張りを失った。

霊夢はそのままジャンプして、『ファイナルスパーク』から逃れた。





そして、優夢は虹色の光に飲み込まれた。





光が止む頃には、優夢は元の姿に戻っていた。

うつぶせに倒れ、意識を失っているようだった。



ともかく。

「ふぃ~・・・。何とか、なったのか?」

優夢が意識を取り戻すまではわからないが。



戦いは終わったんだ。



私は魔力切れのため、睡魔に襲われた。

「あー、後頼んだわ。」

誰にともなく言う。



そしてそのまま、私は爆睡した。





+++この物語は、幻想が暴走し皆で願いを取り戻そうとする、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



善悪の区別なき願い:名無優夢

彼の中に眠るのは、ただ願いのみ。そこに善悪の区別はない。

しかし他の人にはたまったものではないというのが今回のお話。てゐの生死やいかに。

彼が見た物語は、果たしてなんだったのか・・・。

能力:あまねく願いを肯定する程度の能力

スペルカード:萃符『戸隠山投げ』、思符『南の島の大王 -カメハメハ-』、???、???など



→To Be Continued...



[24989] 三章八話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:33
・・・やれるだけの手は尽くした。

止血法と血液凝固剤を併用した止血。傷口の縫合。造血剤の投与。それから心臓マッサージ。

師匠から教わった医術の全てを尽くして、てゐを助けようとした。

そのかいあって、流血は止まり、止まっていた心臓は拍動を取り戻した。

妖怪だから、損傷した臓器もほぼ元通りになっている。潰れた臓器が一つもなかったことも幸いしたか。

・・・だけど、てゐはまだ目を覚まさない。身体的には元通りになったはずだけど、てゐは静かに眠っていた。

そんなにすぐに目を覚ますものでもないとわかってはいるけど、私は不安だった。

このまま、てゐは二度と目を覚まさないんじゃないかと。



師匠から聞いたことを思い出す。脳は酸素不足に弱い。血液が足りなくなって最初にダメージを受けるのは脳だ。

妖怪にだって脳はある。ただ、そこにおける存在依存の比率が人間とは異なるだけ。

脳が大きなダメージを負ったら重篤な症状が現れるのは人間だって妖怪だって一緒だ。・・・場合によっては植物状態になることだって。

そこまで考えて、私は嫌な考えを無理矢理振り払った。

何をバカな。てゐはてゐじゃない。いつもこの永遠亭を元気に駆け回って、私に悪戯をするてゐじゃないか。

大丈夫に決まってる。そう、無理矢理信じ込むことにした。



私がてゐに治療を施している間に、敵方の魔女がバケモノを撃ち落とした。

とんでもない魔砲だった。バケモノを飲み込み、永遠亭の一部を破壊しながら、その魔砲は彼方に消えた。

魔砲が収束した後には、バケモノが人間の姿に戻って倒れていた。そこから感じられるものに、先ほどまでの禍々しい妖気はなかった。

どうやら、死闘は終わったみたいだ。戦っていた人間と妖怪の混成軍は、皆一様に力を抜いて緊張を解いた。

・・・あいつが何なのか、結局わからない。何でいきなり私を殺そうとしたのか、仲間であるはずのこいつらと戦っていたのか。

だけど、一つはっきりわかっていることがある。



あいつは、てゐを殺しかけたんだ。



私はゆらりと立ち上がり、バケモノだった人間に近づいていった。

どんな事情があったにせよ、私はこいつを許せなかった。てゐを、地上で出来た初めての仲間を殺そうとしたこいつだけは。

指を拳銃の形にする。残り少ない妖力をめぐらせ、銃弾の弾幕を形成する。

・・・これだけの力を注げば、それを頭に打ち込めば、今の私でもこいつを殺せるはず。

指先を男に向ける。

「死ッ・・・!?」

そして、致死の一撃を放つ直前、その腕を巫女に掴まれていた。

「くっ、離しなさい!!」

「あんたが優夢さんを殺すつもりなら、私があんたを退治するわ。」

巫女は冷たく言い放つ。・・・こいつだって、さっきまでこのバケモノと殺し合いをしてたのに。

「あなたはこいつのこと信じられるの!?あんな理性の欠片もないようなバケモノを!!」

先ほどまでのこいつは、紛れもないバケモノだった。

人と妖怪の力を持ち、理性を持たず、ただ殺そうとするだけのバケモノ。

そんなもの、私だったら到底側に置いておく気はしない。

なのにこの巫女は、それでもこいつの味方をするというのか?正気を疑いたかった。



だけど巫女は。

「別に。信じる信じないとかじゃなくて、私は優夢さんを優夢さんだと思ってる。そんだけよ。」

何の迷いもなく、言った。

「・・・意味がわからないわよ。」

「わからなくて結構。私もあんたに理解してもらおうなんて思っちゃいないわ。」

「・・・どきなさい。そいつはてゐを殺そうとした。だったら殺されたって文句は言えないはずよ。」

「死んでないじゃない。だったら優夢さんを殺そうってのは筋違いよ。」

「結果的に死ななかっただけじゃない。あのままだったらてゐは確実に死んでたわ。」

「結果的に死ななかったんなら、それが全てよ。ここにはあんたという優秀な薬師がいて、あいつは死ぬことがなかった。『もし』はないのよ。」

・・・巫女の言うことは正論だ。私がこの男を殺そうとしてるのは、結局のところ私の感情によるところが大きい。

「けれどこれから先私のいないところでそいつに殺されそうになったら」

「はい、そこまで。」

私が無理矢理理屈をつけようとしたところで、あの奇妙な空間を通って妖怪が割って入ってきた。そのため、私達の論争は中断させられた。

「霊夢。もうあまり時間がないわ。今の戦いで私達も疲弊してしまったし、これ以上時間を引き延ばせない。あなたは『異変解決』をしてらっしゃい。」

「・・・私一人で?」

「これじゃ行けないわ。」

そう言って、変な方向に曲がった腕を見せる。巫女は納得した。

「しょうがないわね、めんどくさい。」

「我慢なさい。『異変解決』が博麗の巫女の仕事でしょうに。」

「確かにね。」

・・・そうだった、こいつらは『地上の密室』を崩そうとする輩かもしれないんだ。

「行かせると・・・つっ!!」

大きな声を出そうとして、腹に激痛が走る。咳き込むと、血が混じっていた。

「無理はしない方がいいわ。『鬼』の一撃を受けたんだもの。あなたも安静にしてなさい。」

『鬼』?

・・・そういえば、さっきあの男に生えていた角は、鬼を思わせた。じゃあ、こいつの正体は鬼なの?

「そこは説明してあげるわ。巻き込まれたあなたも他人事では済まないしね。そういうわけで霊夢。優夢は私が責任を持って保護するから、あなたは先に進みなさい。」

「しょうがないわね。まあ、うちのバカ兄は頼んだわ。」

短く返し、巫女は宙を飛び、弾け飛んだ戸の奥へと消えた。

私はその後を追いたかったけど、傷の痛みと目の前の妖怪の存在によって、ここにとどまるしかなかった。

「・・・仕方がないからここに残るけど。説明してもらいましょうか。あなた達がなんでここに来たのか、そしてこいつが何なのか。」

「慌てないの。一辺に説明されても、あなたが混乱するだけよ。順を追って一から説明してあげるわ。」

妖怪は妖しく微笑み。



「それと、あなたの身の安全は保証してあげるわよ。月兎・・さん。」



・・・私の素性は、完全に知られているようだった。





***************





「って~。魔理沙の奴、もうちょい手加減してくれても良かったんじゃねーの?」

強制的に俺の『世界』の中に落とし込まれた俺は、全身を襲う痛みに閉口していた。

が、まあ俺が悪いんだ。甘んじて受け入れておくとしよう。

「けど、あんなことになるとは思わなかったのかー・・・。」

ルーミアが疲れきった様子で力なく言った。

ルーミアだけではない。ここにいる全員が、その力の全てを使い果たしたかのように脱力していた。

外とは違う法則を持ったこの『世界』の中では、ありえないことだった。

「私にも抑えられなかったなんて・・・。不覚だわ。」

「皆さんにも多大なご迷惑をおかけしてしまったようですし・・・。」

レミィと妖夢が、別方向に暗い影を背負っていた。

そんな二人を、明るい声で元気づける酔っ払い。

「なぁーに、気にすることなんかないって!私は騒げて楽しかったしね!!」

「あなたはそうかもしれないけど・・・。」

萃香の能天気を越した能天気な発言に、レミィがため息をついた。つーか、人に迷惑かけて「楽しかった」で済ますな。

「・・・この『世界』でも崩壊し得るのね。内側からの防壁を張ろうかしら?でも私個人の力では『世界』の奔流には到底及ばないし・・・。『世界』から力をくみ上げる式でも作ろうかしら?でもそうすると、外で優夢が私達の力を使えなくなってしまうわね。何とか上手く両方どりを実現できる方法は・・・。」

りゅかは先ほどから俺達には理解不能な難解な数式に挑んでいた。ガンガレりゅか、超ガンガレ。俺には応援することしかできん。

りゅかは今、この『世界』の崩壊現象を食い止める方法を模索している。そう聞いた。



そう。さっきこの『世界』は崩壊していたんだ。『願い』と『現実』の境界が崩れ、中身が外に出てしまっていた。

何でそういうことになったのかは、説明を聞いた今でも完全には理解できていない。

けれど『世界』が崩壊したというのは、俺にとって少なからずショックを与えた。それが皆に迷惑をかけてしまったとなればなおさらだ。

俺は自分のふがいなさを悔やんだ。



「まあまあ、そんなこと気にしたって仕方ないって。うちの鈴仙にも原因はあるみたいだしね。」

「ていうか、最後の一押ししたわね。全く、とんだ迷惑な話だったわ。」

そんな俺を励まそう・・・してるのかはわからないが、少なくとも責めないでくれる二人の新しい『願い』。

「元気出しなって。あんたがそううじうじしてたんじゃ私も調子でないからさ。今度から私の悪戯は優夢が受けるんだよー?」

「はは、ほどほどに頼むよ。てゐ。」

因幡てゐと。

「あんたねぇ・・・。あんまし優夢に迷惑かけるんだったら、蝋人形にするわよ。」

「アリス・・・お前『蝋人形の館』って言葉に聞き覚えあったりするのか?」

アリス=マーガトロイド。

俺はその間の記憶がないからどうやってこの『世界』に入ったのか直接は覚えていない。

だが、ちょっと見えたてゐの惨状からしてろくな方法ではないんだろうというのは想像がついていた。

実際。

「殺されてだよ。」

「正確には殺されかけて、ね。私は魔力砲撃食われたわ。」

なんて答えが返ってきたし。それを聞いた俺は激しく落ち込んだ。

てゐはあんまり気にしていなかったが。曰く、「十分長生きしたしねー」とのこと。

けれどやっぱり俺はそんな自分が許せず、激しく自己嫌悪に陥った。

「優夢、外の紫から聞いたことなんだけど、あなたが自分を『否定』することはこの『世界』を危うくするからやめなさい。」

そんな俺を見てアリスはそう言った。真偽はわからないけど、アリスが嘘を言うとも思えない。

なので、俺はなるべく自分を否定する方向に持って行くのはやめた。

それでも悔しいことには変わりなかったが。

もっと俺が、強ければ・・・。

「ほらほらー、後悔したってしょうがないって。私が気にしてないのに優夢が気にしてどうすんのさ。」

「あなたはもう少し気にしなさい。いくらなんでも能天気すぎるわ。」

「それほどでもない。」

「褒めてないわよ。」

軽いな、てゐ。

「別に優夢のこと気にしてとかじゃなくて、本当に私は気にしてないんだよ。あんたがやりたくてやったわけじゃないってのもわかるし、あんたの能力が真実だって確証も得られたしね。」

そうか。

「けど、てゐ・・・お前の方が気にしなくても、鈴仙さんとか外のお前が気にするかもしれない。」

「あー、まあ私は生きてるかどうかわからないけどね。鈴仙に関しては、誠心誠意謝罪すればきっと伝わるよ。」

「というより、あの子が謝るべきなのよ。あの子が余計なことをしなければ、こんなことにはならなかったんだから。」

アリス、それは言いすぎだよ。鈴仙さんは知らなかったんだから。

いや。誰も知らなかったんだ、そんなこと。『願い』なんて存在は俺以外にいないんだから。

だからこそ、俺が自分で抑えられるようになることが必要だと思う。

「全く、優夢は真面目だねぇ。鈴仙みたいだよ。」

「美徳であり欠点でもあるわね、優夢のそういうところ。別に嫌いじゃないけど。」

・・・ありがとう、アリス。



「けど、あなた一人で頑張る必要はないのよ。」

りゅかが話しかけてきた。続いて、他の皆も話に加わってくる。

「そうね、あなたは――私達は一人じゃない。『名無優夢』は私達全員で『名無優夢』なのよ。」

「この願いの身があなたと同一になったときから、私は全力を持ってあなたの力となるつもりですよ。」

「私はまあ、楽しめればそれでいい。だけど楽しめなくなるぐらいだったら、全力で優夢の味方になるさ。」

「皆で力をあわせれば、難しいことなんて何もないのかー。」

レミィ、妖夢、萃香、ルーミア。

皆の言葉が、心強かった。

「・・・本当に、俺はお前らといられて幸せ者だな。」

「あら、今頃気付いたの?」

りゅかがクスクスと笑いながら、冗談めかして言う。

だけど俺は、この『願い』達といられて、本当によかったと思う。

きっともう、この『世界』が崩壊することはないだろうと。わけもなく、確信した。





体の方の修復が済んだのか、俺の意識が現実への浮上を始めた。

「・・・それじゃ、また睡眠時間にでも。皆、てゐとアリスを歓迎してやってくれよな。」

「わかってるのかー。」

「まあ、まだまだ広さには余裕があるしね。別に嫌ではないわ。」

「しかしだんだんと賑やかになりますね、この『世界』。」

「いいことじゃない。きっともっと増えていくわ。」

「よし、それじゃ早速宴会だ!!」

「元気だねぇ、あんたたち。」

「いつものことよ、外でもね。」

7人に増えた俺の『世界』の住人たちを見ながら。



俺は安心して、現実へ戻った。





~~~~~~~~~~~~~~~





目を開けると、和風家屋の天井が見えた。

場所は移っていない。どうやら気絶時間はそれほど長くなかったみたいだ。

「あ、優夢!!」

アリスが俺が起きたことに気がつき、声を出す。

それで、一斉に俺へ注意が向いた。・・・何処か警戒の色を含んで。

しょうがないよな。色々やっちゃったみたいだし。

「大丈夫だ。もう元通りだよ。」

とりあえず、皆の警戒を解くために軽く声をかける。

「・・・そんなこと言っといて、近づいたらガブリ!!なんてことはないわよね。」

「俺は何処の猛獣ですか。大丈夫、そんなことはありませんよ。」

殺気すら含ませて警戒するレミリアさんに、俺は両手をヒラヒラさせて答えた。

それで、皆の緊張が解けた。

「その様子だと、事情はわかっていらっしゃるんですか?」

「ああ、色々聞いたよ。・・・魔理沙は大丈夫なのか?」

最後に俺に大規模な砲撃を加えた魔理沙は、意識がないようだった。

ただ眠っているだけのようだが、あれだけの消費をしたんだ。何も異常がなければいいんだが。

「大丈夫よ、本当に眠ってるだけだから。死に一番敏感な私が言うんだから、間違いないわ。」

幽々子さんの言葉で、俺はホッと胸をなでおろした。

最終的には魔理沙に止めてもらったからな。この埋め合わせはいつかさせてもらうぞ、魔理沙。

「っとそうだ。てゐは」



大丈夫なのか、という言葉は、振り向いた瞬間俺の目の前で指を構えていた鈴仙さんによって飲み込むこととなった。

「・・・色々と聞いたわ。あなたの能力、正体、さっきなんであんなことになってたのか。あなたの意思ではなかったこともわかってるわ。」

髪に隠れて表情は見えない。だけど肩が震えていた。

それは怒りのためか。それとも――。

「だけどやっぱり、私にはあなたを許すことができない。あなたはてゐを殺そうとした。それだけは絶対に許せない。」

声が震えていた。

やり場のない怒りと悲しみと、躊躇い。そんなものが感じられる声だった。

・・・正直なところ、こんな場合俺はどう答えればいいのかわからない。そのことは俺が全面的に悪く、どんなことをしたって鈴仙さんの気持ちを晴らすことなんてできないから。

だったら、てゐに言われたとおりにするまでだ。



「なら、俺を憎んでください。」

「・・・・・・・・・・・・・・・え?」



俺の答えに、鈴仙さんが顔を上げた。赤い瞳で見られ、頭が少々ズキズキと痛んだ。

狂気の魔眼。『世界』崩壊の原因となったもの。にらんだものの『波長』を操り、狂気に陥れる月の瞳。

俺はてゐから、鈴仙さんの瞳についてそう聞いた。

そんなものを直視して、また崩壊を起こしたら話にならない。だけど、目を反らしていい状況ではない。

俺は意識をしっかり保ちながら、言葉を続けた。

「鈴仙さんにとって、俺は恨まれるぐらいしかできません。俺にはてゐを治療することもできないし、ましてや時間を戻すこともできない。ただ肯定することしかできません。」

『あまねく願いを肯定する』――レミリアさんや紫さんはこの能力を過大評価してるみたいだけど、俺はそんなこと思っていない。

この能力でできることなんていうのは、実際のところたった一つしかない。それも自己完結してしまっている。

応用することで色々と用途は広げられるけど、原初はたった一つの能力なんだ。

それが、『肯定する』ということ。

「だから、それが鈴仙さんの願いなら・・・俺を殺したいっていうのが、鈴仙さんの願いなら。俺はそれを肯定します。」

誠心誠意、俺の正直な気持ちを話す。

「それから、てゐを殺しかけておいて説得力は欠片もないんですが・・・。すいませんでした。」

その場で膝を突き、土下座する。

鈴仙さんは指先を俺に突きつけたまま、うろたえていた。

「何よ・・・何なのよあんた!!何でそんなにあっさり受け入れちゃうのよ!!何で自分の罪を否定しようともしないのよ!!」

・・・そんなこと言われてもな。俺がそういう存在だからとしか言いようがない。

「そもそもあなたが暴走したのは私のせいなのよ!?何でそのことについて何も言わないの!!」

「・・・暴走したのは俺のせいですよ。他の誰のせいでもない。鈴仙さんは俺について何も知らなかった。だから、俺が自分についてもっと知ってて、自分で抑えるべきだったんです。」

ちょうど、今みたいに。

「だから鈴仙さんを責めるのは筋違いですよ。俺が受け入れるべきことなんです。」

「・・・ッッッ!!」

鈴仙さんが平手を打とうと腕を振り上げる。



だが、それが振るわれることはなかった。



「何でよ・・・。何でなのよ。あんたがもっと悪人だったら、恨めたのに・・・。これじゃ、私が嫌な子なだけじゃない・・・。」

ポロポロと涙をこぼしながら、鈴仙さんはそうつぶやいた。

――俺はそれを、ただ黙って見ている以外にできなかった。俺には胸を貸す資格もなかったから・・・。





鈴仙さんはしばらく泣いていた。

泣き止むと、仏頂面をして俺から目を背けた。

・・・嫌われちゃったかな。無理もないな。俺はそれだけのことをしたんだ。

「・・・馬鹿みたい。」

鈴仙さんがつぶやく。・・・まあ、そうかもしれないな。

「そういう意味じゃないわよ。・・・はぁ、私のやり場のないこの気持ちはどこにぶつければいいの。」

だから俺にぶつければいいじゃないですか。そう言ったが、鈴仙さんはため息をついて首を横に振るだけだった。

「もういいわ・・・。それよりてゐよ。」

「・・・てゐの状況はどうなんですか?」

俺は鈴仙さんと一緒にてゐを眺めながら聞いた。

・・・服の腹部には大きな穴が空き、黒く変色した血がこびりついていた。どれだけ悲惨な状況だったかがわかる。

けれどてゐの傷はしっかりと治療されて、傷痕はあるものの出血もなく、顔もだいぶ血色がよくなっていた。

「・・・見ての通り、治療は終わったわ。出来る限りのことはした。あとはてゐの生命力次第よ。」

「そうですか・・・。」

「これでもしてゐが目を覚まさなかったら、あなたのことを恨・・・めないわ、ああ腹立たしい。」

「だから恨んでくれて構わないんですってば。」

「端から見てると凄くおかしな会話よ。わかってる?」

「わかってるわけないじゃない。優夢よ?」

「もしあなたが優夢さんに危害を加えようというなら、私は迷わずあなたを斬る。覚えておきなさい。」

「危害は加えないって言ってるわよー。やきもちはダメよ?」

「な、やきもちなどではありません!!」

俺達の会話に、今まで見守っていた俺の仲間たちが加わってきた。

「皆も無事でよかった。霊夢は?」

「霊夢なら、『異変』の元凶を叩きに行ったわ。」

紫さんが俺の疑問に答えた。ってか、敵方の前でそんなにはっきり言っちゃっていいのか?

「いいのよ、もうその子も今回の『異変』は無意味だって知ったからね。」

「・・・へ?」

どういうこと?

「・・・いいわ、ここからは私が話す。」

紫さんの説明を、鈴仙さんが引き取って話し始めた。



「そもそもこの『異変』――あなた達はそう呼ぶのよね。とにかく、この『地上の密室』は、お師匠様が姫様と私を守るために作り上げた秘術なのよ。」

それは、道すがらてゐから聞いた話だ。具体的な内容は教えてもらえなかったが、概要は聞いた。

「守るって言いますが、本物の月を隠すことと守ることの繋がりが、いまいち俺にはつかめてないんですが・・・。」

そもそも、何から守るのか、その対象もわからない。

そういえば、てゐは「鈴仙さんの出自に関わるから言えない」みたいなことを言ってたな。

「・・・順番がおかしかったけど、自己紹介するわ。私は鈴仙=優曇華院=イナバ。月から来た兎よ。」





・・・・・・・・・はい?

「すいません、よく聞こえなかったんでもう一度お願いします。鈴仙=優曇華院=イナバさん?」

「聞こえてるじゃないの。私は月の兎で、そこから脱走してきたって言ってるの。」

・・・えー。月の兎?何この人言っちゃってんの?

「・・・その顔は信じてないわね?」

いや、信じろって方が無理だし。月って結構探索進んでなかったけ?『外』の知識で月で兎妖怪が見つかったなんて話ないんだが。

(でも、それが真実なんだよねー。月には月人と月兎が住んでるらしいよ。もちろん、地上の人間には見つからないようにね。)

・・・マジか。

「いえ、たった今信じさせられました。」

主に内的要因で。

「?・・・いいわ、話を続けるわよ。私は月兎で、脱走犯。姫様はその昔月を追放されて、迎えの使者も皆殺しにしてしまった。月には恨まれる要因があるのよ。」

内容から考えるに、姫様ってのは月人なんだろうな。

「それで、月からの刺客を封じるためにお師匠様が作ったのが、『地上の密室』。本物の月を隠し満月を作らせないことで、地上と月を通じる道を断つというものよ。」

「補足をすると、満月は月と地上を結ぶ橋なのよ。月が満ちなければ、月の連中は地上に降りてくることはできない。」

なるほど。だから『地上の密室』ね。それがこの『異変』の全貌か。

「それで、何でもう無意味なんですか?」

「あなた、幻想郷が何で覆われてるか知ってるわね?」

ええ、もちろん。霊夢にも教えられましたし、紫さんにも口をすっぱくして教えられたじゃないですか。

博麗大結界。『外』と幻想郷を、常識と非常識の境界を隔てることで断絶させる結界。論理の結界であり、通り抜けることは大妖ですら不可能――。

「・・・あー。」

そこまで考えて、俺は合点がいった。

なるほど、そこまでの結界に覆われているなら、月の使者とやらがどれほどの力を持っているかはわからないけど、幻想郷に下りるのは並大抵のことではない。

「まさか『二重の密室』になっているとは思わなかったわ。ばかばかしい話。」

なら、もう俺達が争う意味は・・・。



「って、なら何で霊夢行かせたんですか!?」

あの巫女に話し合いという手段はない。恐らく『お師匠様』か『姫様』と弾幕言語で語り合うことだろう。

無為に争うなんてバカバカしい話だ。今すぐにでも止めに行かなきゃ。

「まあお待ちなさい。事情があるのよ。」

だが、すぐにでも飛び立とうとする俺を、紫さんがやんわり諫める。

事情って・・・?

「あなたを止めるために皆疲労してしまって、これ以上時間を留めておけなくなったのよ。」

・・・全面的に俺が原因でした。よく見れば、紫さんの片腕は変な方向に曲がっている。

「・・・すいませんでした。」

「いいのよ、気にしなくて。このぐらいで助かったんだから、儲けものよ。」

紫さんの言葉には一片の邪気もなかった。

「それに、けじめは必要でしょう?」

つまり、どうあれ相手は『異変』を起こしたんだから、博麗の巫女に退治されなきゃいけないってことか。

「あなたは戦わないことがいいことだと思っているようだけど、戦わなきゃ得られないものもあるでしょう。」

・・・そりゃあ、ね。俺がこうやって色々な人と仲良くしていられるのは、戦いを通してってことがほとんどだ。

俺自身戦いで得たものは多い。だからそのこと自体を否定する気もないし、そもそも否定できない。

「だけど、ケンカしないで済むならそれが一番でしょう?誰だって怪我なんかしたくないんだし。」

「あなたのその理想論は嫌いじゃないわ。むしろ好きな部類ね。だからあなたはそのままでいい。そのまま戦いなさい。」

無茶振りキタコレ。



しかし、理想、か。

何でかわからないけど、その言葉が俺の頭に引っかかった。

俺は理想を語ったつもりもなく、理想を持っているかも怪しい。ただ受け入れて肯定し続けるだけなら、理想は必要ない。

だけど、本当に俺自身にもわからないんだけど。

その言葉は、頭の中で何度も反芻された。



「まあ、どっちが勝っても負けても『異変』は終わる。お疲れ様だったわね。」

紫さんの言葉で俺の意識が現実に引き戻される。

そういやそうだ。今はまだ首謀者の知るところではないが、鈴仙さんが知ったのだ。もう月を隠し続ける意味はないことを。

なら、遅かれ早かれ『異変』は終わる。俺は脱力し、その場に座った。

「はあ。無駄手間ではなかったんだろうけど、釈然としない終わりだなあ。」

結局のところ、今回の『異変』は今までみたいに何かを変えようと起こされたものではなく、終わってみれば一切変化なし。呆れるほど拍子抜けする結末だった。

「あら、じゃあ今から霊夢を追いかけて加勢してくる?少なくとも退屈はしないわよ。」

「ご冗談を。俺が行ったって足手まといになるだけですよ。」

「え、あんなバカみたいに強かったのに・・・。」

「いつもの病気よ。気にするな。」

ちょい、レミリアさん?そりゃどういう意味で?

それにもしさっきの俺が強かったとしても、それは俺じゃないでしょうに。

「ちなみに、あそこまでじゃなくても元々優夢は強いからね~。」

「むしろ戦略的に攻めて来る分、先ほどの『悪しき願い』などより余程手強いわ。」

「・・・なるほど、そういう奴なのね。」

誤解者がまた一人。もう勝手にしてくれ・・・。





「あら、それじゃあ私も一つ、手合わせ願おうかしら。」



突然、聞き覚えのない女性の声が聞こえ、俺はそちらを見た。

そこには、看護士を思わせる青と赤が半分ずつの服を着た女性が、弓を手に立っていた。

優しそうな顔には、優しそうな微笑みを浮かべていた。

「お・・・お師匠様!?どうしてここに!!?」

彼女を見て、鈴仙さんが激しくうろたえた。

この人が・・・。

「初めましてね。既に紹介はあったようだけど、改めて。私はこの永遠亭の医師でうどんげの師匠、八意永琳よ。」

今回の『異変』を起こした人か。



・・・・・・・・・ん?あれ?

霊夢どうした。





***************





そこは不思議な空間だった。

ここは建物の中であるはずなのに、夜空が広がっていた。

重力は確かに下向きにかかっているはずなのに、足の下に夜空が果てなく広がっている。

そしてはるか足下じょうくうには、満月が煌々と輝いていた。

あれこそが恐らく・・・。

「そう。あれがあなた達の求めた真実の月よ。」

前から声をかけられ、足下の月を見ていた目を向ける。

そこには、着物を着た女が一人、堂々たる態度で浮かんでいた。

「あんたがこれをやった犯人かしら。」

「あれをやったのは私の従者。でも命令を出したのは私よ。」

ということは犯人ね。

「5秒あげるわ。辞世の句を読みなさい。」

「いきなり物騒な来客ね・・・。けど、私は辞世の句を読む必要なんてないのよ。それこそ永遠にね。」

大層な自信だわ。

「それにしても、人間がこれほどの『異変』を起こしていたとはね。正直予想してなかったわ。」

「まあ、ただの人間ではないからね。ここまで無傷でやってきたあなたもね。」

「冗談。私はわりと、そこそこ普通よ。」

別に妖怪でも吸血鬼でも鬼でも、『願い』でもないんだから。

「面白いわ、気に入った。あなたはこの私が直々に相手をしてあげる。ありがたく思いなさい。」

「随分高飛車ね。何処ぞの『おぜう』を思わせるわ。」

「当然よ。私は姫様なのだから。」

へぇ。らしい格好だとは思っていたけどね。

「そう、私はあなた達人の間にも名高き永遠の姫。名を蓬莱山輝夜というわ。あなた達には『なよ竹のかぐや姫』と言った方が伝わりやすいかしら。」

「聞いたこともないわね。」

そんな、よろずのことに竹を使いそうな姫なんてね。

「よろずのことに使ったのは私じゃなくてお爺様よ。・・・って知ってるんじゃない。」

「本物のかぐや姫はあばずれだったと。皆が知ったら泣くわね。」

「もう少し歯に衣着せなさいよ。それだけ言うってことは、心の準備はできてるわね?」

「できてない。」

「あなたにも見せてあげるわ、本物の月が持つ毒気を!そして美しき五つの難題を!!」

話聞きなさいよ。ま、私が言えた義理でもないけど。



「あんたを倒して、満月を取り戻して、そして私は寝る!!」

「できるものならやってみなさい。今まで何人もの人間が敗れ去っていった五つの難題、あなたに幾つ解けるかしら!?」

私はお札と針、そして陰陽玉を構え、輝夜は魔弾を生み出した。

『さあ、楽しい楽しい弾幕ごっこの始まりよ!!』



この『異変』最後の弾幕ごっこの、表の戦いが始まった。





+++この物語は、月の民と地上の民の最終決戦が行われる、奇妙奇天烈な混沌とした序章+++



また増えた:名無優夢

そろそろ作者の能力の限界が近い。今回はこれ以上は入らないと思われる。

彼の能力は、『願い』を持つ者に対しては絶大な効果を発揮する。それは取りも直さず全ての存在に効果を持つということ。

そのことに気付かず大したことないと思い込んでいる、理想を持たぬ理想の体現者。

能力:あまねく願いを肯定する程度の能力

スペルカード:萃符『戸隠山投げ』、思符『南の島の大王 -カメハメハ-』、???、???など



戦わないと空気巫女:博麗霊夢

前回あれだけ熱いバトルをしたとは思えないほどの冷静さ。霊夢すげぇ。

何事にも縛られない彼女は、たとえ優夢が『願い』であろうが気にしない。

目下睡眠時間の確保のため、『異変』のボスと交戦中。

能力:主に空を飛ぶ程度の能力

スペルカード:霊符『夢想妙珠』、神霊『夢想封印 瞬』など



月の頭脳、月の天才:八意永琳

かつて月で名を馳せた超絶天才。薬師であるが医術の心得もあり、恐らく幻想郷で唯一手術が可能な医師。

今回は愛弟子と妹のように思っている姫君を守るため、月を隠す大秘術を執行した。『異変』を起こした張本人。

てゐを瀕死に追いやり、鈴仙を傷つけた優夢に対し、彼女がとる行動は果たして・・・。

能力:あらゆる薬を作る程度の能力

スペルカード:操神『オモイカネディバイス』、禁薬『蓬莱の薬』など



語られる永遠の月の姫:蓬莱山輝夜

竹取物語にて、黄金に光る竹から生まれた姫君その人。

彼女の話は、幻想郷にも存在する。幻想郷ができるよりもはるか昔から、彼女はいたのだ。

しかし中身はお子様。永遠を生きるお子様は、ただ退屈を紛らわすために、鬼巫女と戦うことに・・・。

能力:永遠と須臾しゅゆを操る程度の能力

スペルカード:神宝『ブリリアントドラゴンバレッタ』、神宝『蓬莱の玉の枝 -夢色の郷-』など



→To Be Continued...



[24989] 三章九話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:33
輝夜は開戦と同時に色とりどりの弾幕を射出した。きらびやかな弾幕は、星の輝きのようにも見えた。

「悪趣味な弾幕ね。」

「あら、あなたには分からないの?この高尚な美しさが。」

あいにくと、私はそんな単発の見てくればかりを重視した弾幕に当たってやるほど甘くはない。

答えは返さず、代わりに霊力のこもった札と針を投げつけてやる。

「せっかちね。もう少し優雅にいけないのかしら。」

だが、輝夜はまるで何事もないかのように言葉を発した。

その直後、私の弾幕が唐突にゆっくりになった。・・・時間操作か?

「何処ぞのメイドか、あんたは。」

「使用人と一緒にされるのは怒るわよ。時間操作じゃないわ、ただちょっとあなたの弾幕に一瞬の永遠を与えてあげただけ。」

「時間操作じゃない。」

まどろっこしい言い方をする。結局は、結果として時間を操っているのだからそれは紛れもなく時間操作だ。

「まあ、わからないのならいいわ。あなたにはそれこそ、無限に理解する時間を与えてあげるから。」

言葉とともに、輝夜は展開した魔弾を放ってきた。

量と輝きこそ一級品の弾幕ではあるが、無秩序に放たれるそれは私に当たることはない。

「こけ脅しね。」

「そうよ。一発で狙いに行ったのでは、永遠が一瞬で終わってしまう。それはつまらないでしょう?」

「その油断が命取りにならないようにね。」

もっとも、多分もう手遅れだけど。

輝夜が私の言葉の意味を理解するより早く、私は陰陽玉から霊力弾を発射した。

だがそれらは輝夜を狙わず、大きく迂回する軌道をとった。

輝夜は訝しげな顔をしたが、次の瞬間驚き目を見開いた。

私の霊力弾は輝夜を狙ったのではなく。

「・・・そんな使い方もできるのね。」

私が先ほど投げた封魔針。輝夜を取り囲むようにほぼ停止していた封魔針に霊力が充填され、小規模の結界を生み出す。

それが、輝夜を飲み込んだ。結界だから輝夜にダメージはないけど、輝夜が放つ弾幕は全て結界の壁に遮られ外に出ることはなかった。

「やるわね。」

「そいつはまだ早いわよ。」

私は手に札、針、そして宙に陰陽玉を励起させ構えていた。それを見て輝夜の表情が引きつった気がした。

「・・・えーと、この結界ってひょっとして?」

「私の攻撃は通すわよ。」

「あ、やっぱりねー。」

というわけで覚悟はできてる?してなくても攻撃するけど。

「この鬼巫女め。」

素敵な巫女よ。私は攻撃をもって輝夜の不平に答えてやった。

結界の中で幾つもの弾幕が着弾し、爆煙を上げる。すぐに輝夜は見えなくなった。

時間を停滞させることで弾幕を止められるようだから、念には念を入れて、さらにもう一陣放つ。

再び爆煙。そのまま私は、煙が晴れるまでしばらく待った。



「ゲホ、ゲホ、・・・もうちょっと大人しくて綺麗な弾幕を使いなさいよ。」

煙の中からは、輝夜が無傷の姿で現れた。服にすら傷をつけた様子はない。

「・・・外した?」

「いいえ、確かに当たったわ。けれど、『永遠』に傷をつけることはできなかった。ただそれだけよ。」

・・・こいつ、やたらと『永遠』という言葉にこだわるわね。それがこいつの能力か。

「『永遠を操る程度の能力』ってとこかしら?」

「素晴らしいわ。今のちょっとしたやり取りでそこまで見抜けるとは。でも残念、少し外れてるわ。」

そ。まあ、当たらずとも遠からずならいいわ。それだけわかれば十分。

「当たったんなら、スペルを宣言しなさい。まさかあなたまでここの兎みたいにルール無視する気じゃないでしょうね。」

「・・・イナバったら、そんなことしたのね。あとで永琳に言っておかなきゃ。」

「その辺は後で相談しなさい。ともかく、宣言するならさっさとする、しないんなら負けなさい。」

「面白い冗談だわ。ここで終わらせるなんて選択肢、あると思って?」

もったいぶった動作で、輝夜はスペルカードを取り出した。早くしなさい。こっちは眠いんだっての。

「じゃあ、今夜はあなたを寝させないことにするわ。神宝『ブリリアントドラゴンバレッタ』。

宣言とともに、輝夜は先ほどにも増して色とりどりの、それこそ一つ一つが五色に輝くほどの弾幕を出現させた。

ドラゴン・・・『龍の頸の玉』か。

先ほどこいつは「難題を解け」みたいなことを言ってたわね。それはつまり、5つの難題を模したスペルカードをブレイクしろということか。

金持ちの考えることはやっぱりわからないわ。

「それで、私が5つの難題を突破したら求婚でも受けてもらえるのかしら。」

「あなたが望むのならそうしてもいいわよ。」

冗談。何が悲しくて女が女相手に結婚申し込まなきゃいけないのよ。

「遠慮しておくわ。見合い相手なら推薦してあげるけど。」

「あら、嬉しいわ。私を退屈させない殿方を推薦してね。」

退屈はしないと思うけど、ヤキモキはすると思うわ。

軽口を叩きながら、私は大出力の弾幕に向かって、突撃を始めた。





***************





実のところを言うと、私は巫女が先へと進んだときからここにいて、鈴仙がスキマ妖怪から説明を受けている間中隠れていた。

どうやら私の術を続ける意味はないらしい。用事が済んだら術を解こうと思う。

そう考えると、私達は無駄に幻想郷の住人に対し迷惑をかけてしまったのね。これから時間をかけて、じっくり償っていくことにしよう。

手始めに診療所をやるとかもいいかもしれない。

私達はずっと月の連中の目を避けるため、隠れて暮らしてきた。だから、竹林の向こうにあるという人里に出たことはなかった。

輝夜の許可さえ出れば、彼らのためにここの門戸を開けよう。

人里の益となることだったら、あの人間だって協力するはず。あいつに案内役を頼めばいい。

そんな風に今後のことを考えると同時、私は現状についても考察を進めていた。



ひどい状況だった。あちこちの床板は割れたり裂けたりでボロボロだし、壁には巨大な穴が三つ。

穴はなくとも、壁面も相当剥がれ落ちており、ここで激しい戦いがあったことがうかがえる。それを調べるために私はここまで来たのだから、当然と言えば当然か。

その中で倒れている人影が三つ。

一人は、人間の魔法使いと思われる少女。様子からして力を使い果たして眠っているようだ。

一人は、背の高い黒服の人物。恐らくは男。うつぶせに倒れ気絶しているようだ。

そして一人は、この永遠亭の兎の主。因幡てゐ。

大怪我を負ったらしく、あちこちに血の染みができていた。だが鈴仙が治療を施したようで、バイタルは安定しているようだ。

しかし鈴仙自身も怪我を負っているようだ。先ほど巫女を追おうとしたときに苦しそうな顔をしていた。

何故こんなことになっているかはわからない。だから、彼女らの会話から情報収集をしていた。

・・・どうやら、倒れている彼(男だとわかった)がやったらしい。彼は『願い』という特殊な種族であり、鈴仙が波長をいじったことで暴走してしまったと。

彼は鈴仙を傷つけ、仲間を傷つけ、そしててゐを殺しかけた。

なら、この事態に関して彼を責めるわけにはいかない。これは鈴仙が自分で招いた結果だ。

冷静に波長を見れば、彼がただの人間でないことはわかっただろうし、無闇につついてはいけないことぐらい察せただろう。

冷静さを欠いた鈴仙の業だ。今後の修行で矯正することにしよう。

だが、この事態を招いたことは責められずとも、てゐを殺しかけたという事実。この一点に関しては彼が責任を追うべきことだ。

理由の如何はあれど、彼がその手でてゐの命を奪おうとしたのは間違いないのだから。



もし彼が目を覚まして、その罪から逃れようと言い訳をするのだったら、私は彼に命でもって償わせようと思っていた。

それは直接的な方法でなくとも、私の薬の実験体として扱うというのもありだし、一生ここで働かせるというのも償いの方法としてはある。

何にしろ、彼の残りの人生全てをもって、償わせようと考えていた。

だけど彼は違った。彼は全く逃げず、己の罪を認め、背負った。鈴仙から憎まれることすらいとわなかった。

それどころか、鈴仙が背負うべき罪までも自分で負おうとした。

鈴仙は激しく心を打たれたようで、涙をこぼしていた。・・・私はそれを見て、彼に対する敵意の全てを霧散させた。

そして、それが『願い』なのだと、理解した。

彼は何もかもを受け入れ、肯定する。それが綺麗なものであろうと、穢いものであろうとも。

底が知れず恐ろしくもあり、無条件に受け入れ暖かくもある。

私はその男――名無優夢と呼ばれたその男に対し、そう評価を下した。

いや、評価を下したというのはおかしい。私は評価できないものに対し、評価できないと判断したのだから。

私は彼に対し、少なくない興味を持った。一体彼はどれほどのことができるのだろう。能力はどこまでのことをできるのか。

それが知りたくなった頃、話題が輝夜と巫女の話に移った。巫女は弾幕ごっこ以外の手段を持ち合わせていないようだ。

――しかし、それは一番いい手法だ。彼がどれほどのことを可能とするのかを知るには、何かをさせるのが一番わかりやすい。

だから私は。



「あら、それじゃあ私も一つ、手合わせ願おうかしら。」

そう言って、場に姿を現したのだ。





***************





どうやらこの人、霊夢と会わずにここへ来たらしいな。何か今回すれ違ってばかりだな、霊夢。

それはともかくとして。

「鈴仙さんの師匠の永琳さん、ですか。俺は」

「名無優夢ね。聞いてたわ。」

・・・いつからここにいたんだこの人。少なくとも、俺はまだ鈴仙さんに名乗ってはいない。可能性があるとしたら、俺が気絶している間。

あれ?とすると・・・。

「ひょっとして、もう月を隠す意味がないことは・・・。」

「ええ、知ってるわ。姫様と巫女の戦いが終了次第、この地上の密室は解除するわ。」

それを聞いて、俺はホッと安堵のため息をついた。これで間違いなく、今回の『異変』は終わる。

「あ、お師匠様・・・すみませんでした・・・。」

結局は丸く収まったわけだが、鈴仙さんはここを守り通せなかった。そのことを気にしているのか、鈴仙さんはうなだれた。

「気にすることはないわ、うどんげ。さすがに9対1は大変だったでしょうしね。」

「5対1だったのよ、実際はね。」

紫さんが永琳さんの言葉に訂正を入れる。俺達表から入ってきた組は、鈴仙さんと戦ってはいない。

「あら、じゃあちょっとお仕置きした方がいいのかしら。」

「いや、どの道多対1は卑怯でしょう常識的に考えて。」

ハードル高えよ。思わず突っ込みを入れてしまった。

「それもそうね。」

それにクスクスと笑う永琳さん。・・・なんだろう、俺の中で何かが警告を発している。

確かに永琳さんは優しげな表情をしており、まとっている雰囲気も険悪なものはない。

だが、それが場にそぐわないというか、何かの裏返しに思えてならなかった。

「さ、うどんげ。もう戦う意味はないわ。お客様をお客間にご案内して。」

「あ、え、い、いいんですか!?こいつら侵入者ですよ!?」

「それはこちらに非があったからよ。戦う理由もないなら、この方々はお客様よ。さ、ご案内しなさいな。」

「は、はい。わかりました・・・。」

腑に落ちないという表情をしていたが、師匠命令とあっては逆らえないか、てゐを抱え上げて俺達の案内を始めた。



「名無優夢さん。あなただけはちょっと用事があるわ。悪いんだけど、ここに残ってもらえる?」

と、永琳さんは俺を呼び止めた。

「俺だけ、ですか?」

「そう、あなただけよ。」

・・・何だろう。やはり何かが俺の中で引っかかって、それがアラートを発している。

(あー、あれは何か企んでる目だね。優夢のこと実験体にするつもりなのかも。)

マジか。そんな人には見えないんだけど・・・。

「・・・何を企んでいる。優夢さんに危害を加えるつもりなら、この場で斬る。」

俺を呼び止めた永琳さんに一番過剰に反応を返したのは、妖夢だった。既に楼観剣を抜き放っている。

「落ち着け妖夢。すいません、永琳さん。俺一人じゃないとダメですか?」

「ええ。できればあなた一人がいいわ。安心なさい、取って食おうっていうんじゃないから。」

ほら、こう言ってくれてるじゃないか。下手に騒いで無用に争うより、今は従おう。

「・・・わかりました。くれぐれもお気をつけて。」

「何かあったら私を呼びなさい。急いで駆けつけるから。」

妖夢に続いてアリスが言った。それで妖夢がアリスにムッと視線を送り、二人はしばし火花を散らした。

「では皆さん、どうぞこちらへ。」

永琳さんに言われたからか、鈴仙さんは他人行儀な話し方になり、屋敷の奥へと皆を送った。

あとに残されたのは、俺と永琳さんのみ。

「それで、俺に用事ってのは・・・。」

「その前にあなた、私に対して疑問に思っていることがいくつかあるでしょう?」

見透かしたように永琳さんは告げた。・・・確かに、俺は今永琳さんに対しいくつか疑問に思っていることがある。

「いつからこの場に居たんですか?俺は鈴仙さんの前で名前を言った覚えはない。もし聞いたとしたら、俺が気絶してる最中ってことになります。」

「ご明察。私は巫女が姫様のところへ向かう前にはここにいたわ。それからずっと隠れて話を聞いていた。もっとも、スキマ妖怪は気付いてたみたいだけど。」

・・・そうなのか。

それよりも、もう一つ気になったことがある。

「てゐのこと。あなたは何も言及しませんでしたが、全てを聞いたんですよね。」

「ええ、そうよ。てゐが今どんな状態か、誰があんなことをしたのか。全部聞いてるわ。」

・・・なら、何故。

「俺が憎くないんですか?」

「憎かったわ、さっきまでは。でも、あなたは逃げずにうどんげの気持ちを受け止めたでしょう?なら、あなたに対してそのことで言うことは何もないわ。」

そうですか。

「じゃあ、本題に入りましょう。俺に用事っていうのはなんですか。」

「それを話す前に、あなたは私達について何処まで聞いたかしら。」

月から来た、ということぐらいしか。ってそれは『姫様』の話か。

「永琳さんも月人なんですか?」

「ええ、そうよ。」

「じゃあ、そのぐらいの情報しかありません。あとは薬師で、どんな薬でも作れるっていうことぐらいしか。」

「そう。じゃあ、順を追って話すわ。あなた、竹取物語はご存知?」

ええっと・・・『外』の知識の中にあるな。ちょっとあいまいな感じだけど。

「確か、金色に光る竹の中からお姫様が生まれて、月に帰って行く話ですよね。」

「・・・すっごく間端折ってるけど、まあいいわ。そう、その物語よ。じゃああなた、かぐや姫と言えば通じるわね。」

「いや、知りません。」

ずるっと永琳さんがこけた。・・・そんなことしそうな人には見えないんだけど。

(いや、それはお師匠様の反応が正しい。)

(というより、何で竹取物語は知っててかぐや姫を知らないのかが謎だわ・・・。)

悪かったな、古文は苦手だったんだよ。多分。

「はぁ、これは説明が一苦労だわ。」

「・・・何か釈然としないものはありますが、すいません。」



それから俺は、まず竹取物語の概要について聞かされるのだった。





***************





普通とか何とか言ってたけど、やはりこいつは全然普通なんかじゃない。

私が今放っているスペル。神宝『ブリリアントドラゴンバレッタ』は、実際のところ50m四方は更地にできるだけの威力を持っている。

『龍の頸の玉』という秘宝――これは私が想像で言っただけの代物だから、実在するかは知らない。

だけど人々が思い描くその秘宝には龍の力が込められている。私のスペルはそれを体現している。

五色に輝くというその玉のように、私の弾は五色に輝く。力の残滓を帯として残し、まるで細長い針のようにも見える。

そして一度放たれれば、それは地を焼き野を枯らす。それが『ブリリアントドラゴンバレッタ』。

無論弾幕ごっこなのだから、そこまでの威力は込めていない。当たればせいぜい「普通より痛い」だ。

それをこの巫女は。

「随分のったりとした弾幕ね。昔の貴族の考えることはよくわからないわ。」

まるで何事でもないかのように、易々と避けてしまっていた。

細く伸びるこの弾幕は、避けた後も壁のようになり動きを封じる。そこへ第二陣・三陣と次々に攻撃することによって逃げ場を奪う。

だと言うのにこの巫女は、まるでそんなこと初めからわかっていると言わんばかりに、必ず一箇所逃げ道が出来るように避け続けた。

焦ることもなく、ただ淡々と。

これでわりと普通?とんだほら話だ。

「現代人が生き急ぎ過ぎなのよ。余裕というものも必要よ。」

「それはそうね。でも、弾幕ごっこで余裕っていうのは。」

巫女は一旦言葉を切り、札を投げてきた。私はそれらに『永遠の一瞬』を与え、停止させようとする。

「・・・!?」

が、それらは停止しなかった。勢いを減じることなく、一直線に私へと向かってきた。

回避行動を取るが、追尾性能を持っていたらしくかわせなかった。その一撃を喰らってしまう。

「余程我彼力量差が空いてない限り、負け要素よ。」

「・・・凄いわね。一体どうやって私の永遠を抜けたのかしら。」

「別に。知り合いに時間止める奴がいるから、そいつ用に作ってみた札を試しただけよ。」

あっさりというが、それは並大抵のことではない。時間停止を無効化する術など、歴史上一体何人が成しえただろうか。

「天才ね、あなた。」

「さあ、それは知らないわ。よく言われるけど。」

紛れもない天才だ。少なくとも、弾幕戦において彼女は天才だ。

そんな人間と戦えるなんて。私は楽しみに心が躍るのがわかった。

「私は今、とても嬉しいわ。長い長い時の果てに、こんな面白い人間がいたのだから。」

「そりゃどーも。できればそれに免じてとっとと落ちてくれれば嬉しいんだけど。」

「ダメよ。寝させないって言ったでしょ?」

「・・・だと思ったわ。」

ハァと溜め息をつく巫女。

「そういえば、まだあなたの名前を聞いてなかったわね。」

「博麗の巫女、博麗霊夢よ。」

博麗霊夢。私はその名を永遠に忘れないだろう。

「つれないことを言わないで、今を永遠に楽しみましょう、霊夢!!」

私は再び、輝くばかりの魔弾を生み出した。この夜を彩らせるように。

もっと、もっと楽しみましょう、博麗の巫女!!





***************





ふむふむ、なるほど。竹取物語の内容は概ね理解した。

竹から生まれてから月に行くまでに、色々あったんですね。わかりました。

「・・・いや、だからかぐや姫の下りを・・・もういいわ。」

永琳さんは諦めの溜め息をついた。実は既に5回ほど説明された後だ。

ダメなんだ。昔話は何か知らないけど眠くなるんだ。けりとかたりとか意味わかんない。

「あ、あの。とりあえず、そのかぐや姫っていう人が竹から生まれて、何か色々して、それで月に帰ったんですよね。」

「・・・そうよ。」

何か色々言いたいのを抑えて永琳さんは答えた。・・・マジすいません。

「まあ、いいわ。それだけ分かってれば十分よ。ここまで話たのだから、私達がその竹取物語に関わるということはわかるわね。」

ええ、大体想像がつきます。でなきゃこんな話す意味がない。

「それが、どう関わってくるんです?」

「そのまま関わってくるのよ。その『なよ竹のかぐや姫』が私達が『姫様』と呼ぶ人で、私が帰りの使者だったのよ。」








・・・Perdon?

「だから、かぐや姫が私達の姫で、私は帝の所に下りた月の使者の一人なのよ。」

・・・オーケー、落ち着こう俺。何処かで情報の間違いがあったんだ。

きっと、竹取物語ってそんな古くない物語だったんだ。もしくは、俺の言ってる竹取物語とこの人の言ってる竹取物語って別物なんだきっと。

「言っておくけど、私の言ってる竹取物語は間違いなく1000年以上前のもので、私達がその登場人物であると言ってるわよ。」

俺の思考を永琳さんがあっけなく踏み潰した。

1000年て・・・。人間がそんな長生きできるんですか?月人って言っても人間でしょう。

「月には穢れがないのよ。だから月の人間は、地上の人間とは比べ物にならないほど長生きをする。・・・まあ、こんな話はどうでもいいわ。」

マジか・・・。俺には到底理解できない話だった。妖怪ではなく、人間が1000年もの時を生きるなんて。

だけど、永琳さんの目は嘘を言っているようには見えなかった。だから俺は、そのまま受け入れることにした。

「便利ね、あなたの能力。さて、それでこの竹取物語だけど、続きがあるのよ。」

「続き?」

かぐや姫は月に帰ったんじゃ・・・ってちょっと待て。それじゃあ永琳さんや『姫様』がここにいることに説明がつかないじゃないか。

いや待て。それよりも、鈴仙さんはなんて言ってた。



――姫様はその昔月を追放されて、迎えの使者も皆殺しにしてしまった。

「そう、あなたがうどんげから聞かされた通り、姫は私の協力で、迎えに来た月の使者を皆殺しにした。そして月には戻らず地上に残ったのよ。」

「・・・なんでそんなことを。」

物騒な話に思考が急速に冷える。少々語調が荒くなってしまったかもしれない。

けれど永琳さんは全く動じず、淡々と答えた。

「姫様は、地上の生活を気に入っていたのよ。月は確かに穢れがなく、寿命というものが存在しないわ。それは幸せなことであると思っている者もいる。
だけど、言ってしまってはなんなんだけど、とても冷たく無機質で、つまらないものなのよ。」

穢れとは、人が思いを持つことによって生み出されると永琳さんは語った。なるほど、その理屈でいけば月は心がないことになる。

「姫様は、育ての親であった竹取の翁のことを本当の親のように慕っていたわ。今でもお爺様と呼んでいるほど。
・・・それを月は、無理やり引き剥がそうとしたのよ。」

語る永琳さんの表情は、痛みを耐えるようだった。

・・・永琳さんも使者だったんだよな。けれど、『姫様』の計画に協力したってことは、『姫様』のことを思ってる人だったってことだ。

月の命令に従うのは・・・辛かったんだろうな。

「だから私は姫様から計画を持ちかけられたとき、そのお気持ちを尊重し賛同した。そして、他の月の言いなりどもを殺したのよ。」

「・・・わかりました。もう随分昔のことなんだから、蒸し返すのはやめましょう。」

辛そうな顔で語る永琳さんに、俺はそう進言した。

「・・・そうね。そう。見苦しいところお見せしたわね。」

「気にしないでください。それで?」

「地上に残った姫様は、しばらく身を隠されたわ。月の目を欺くために。そしてある程度の時間が経ってから、お爺様のところへと向かった。
・・・だけど。」

そこから先は、聞かずともわかった。それは永遠を生きる者の宿命だ。

「姫様は知ったわ。地上の人間は寿命で死ぬことを。彼女が愛した家族も、彼女を愛した人々も、そのときには既に亡くなっていた・・・。」

それはどれほどのショックだったんだろう。自分を残し、自分を知る人達がいなくなっていく。

俺にはわからない。そう、ちょうど俺がフランドールが幽閉され続けていたとき、あの子の気持ちを本当に理解できなかったのと同じように。

「姫様は各地を転々とし、月の使者の目を欺き続けた。そしてその間、姫様は誰とも関わらなかった。もう置いていかれたくないから。
この永遠亭に移り住み、妖怪兎と共同生活をするようになり・・・人と関わりを持つことはなくなったわ。」

それで、永琳さんの話は終わった。



・・・ここに住む姫は、月の姫で、1000年以上生きていて、・・・人と接するのが怖くて。



俺はそれら全ての事実を理解し、飲み込み、受け入れた。



「それで、俺への用事っていうのは結局なんだったんですか。」

「・・・あなたの能力で、姫様に勇気を与えてくれないかしら。もう一度、人と関わる勇気を。」

・・・俺にそんなことができるんだろうか。俺の能力は、ただ肯定することしかできない。

俺に彼女の勇気を肯定することはできるんだろうか・・・?

「できなくても構わないわ。挑戦するだけでいい。もちろん、責任は全て私がとるわ。・・・どう、引き受けてくれる?」

・・・そこまで言われてしまったら、俺に断ることなんかできない。俺には肯定することしかできないんだから。

「わかりました。あなたの『願い』、俺が肯定します。」

「・・・助かるわ。それじゃあ。」

永琳さんはそう言葉を切り。





何故か弓を構えてきた。

・・・はい?

「えっと?」

「あなたが申し出を受けてくれて助かったわ。それじゃ、姫様に会わせる前に私が査定しないとね。」

「・・・・・・・・・はい?」

「だから、私があなたの実力を測ってあげると言っているの。あれほど言われるぐらいなんだから、相当なものなんでしょう?」

いやあの。今の話からどうして弾幕ごっこに・・・。

「姫様は退屈してるから、きっと弾幕ごっこをしようと言って来るわ。そのときにあなたの実力が足りないんじゃしょうがないでしょう?ほら、何も間違ってない。」

前提条件おかしいから!!

俺は力いっぱい叫びたかったけど、永琳さんは既に矢を番え発射していた。仕方なく俺は弾幕を出現させ、それらを叩き落した。

「・・・ふむ、弾幕を叩き落せる弾幕ね。実に興味深いわ。これはなかなかの検体だわ。」

すっげぇ不穏な呟きが聞こえた。

・・・安請け合いしなきゃよかったかも。今更ながらの後悔だった。





***************





別に先程の話は全て嘘だったわけではない。私達の素性に関しては本当のことだし、起こったことは全て本当のことだ。全てを語ったわけではないけど。

だけど、輝夜の気持ちについては私の『推測』が入っている。

翁が死んでいると知ったとき、確かに輝夜は悲しんだ。三日三晩悲しんだ。だけどその後はケロっとしたもので、「地上の人間は死ぬのね、知らなかったわ。」と軽く言っていた。

その胸中は私には「わからない」。ひょっとしたら輝夜は人間と関わることを「恐れているかもしれない」。

だから、この特異な能力を持った男に「勇気を与えて欲しい」。でも輝夜と会うだけの力を持っているかどうか「私が計る」。

これなら、彼が永遠亭に敵対する理由はない。その上で私は彼を研究できる。パーフェクトプランだ。

もっとも、『推測』の中には私のささやかな『願い』が見え隠れしていたりするけど、それは今はさほど重要ではない。

今大事なのは、この男が一体どんなことを可能にするのか、それを知ること。

『願い』を肯定するとはどういうことなのか。

その能力の影響範囲は物理的なものなのか、概念的なものなのか。あるいは両方なのか。

・・・ふふふ、知的探究心が止まらないわ。

「ちょ、ま、ないわー!?」

先程から彼は、私の撃ち出す魔弓をことごとく打ち落としている。己の弾幕をもって。

これがあまねく願いを肯定する能力?いえ、そうは考えづらいわね。これは彼の霊力の性質と考えた方がいい。

そう考えると、ますますもって興味深い検体だ。是非とも隅々まで調べたいものだ。

私は興奮に比例するように、弾幕の数を増やした。彼はそれを10の弾幕を使って懸命に防御した。

「こんの・・・勘弁、してください!!」

彼が叫んだ瞬間、私の周りに5つの弾幕が出現した。

遠隔発動!?いや、それにしては霊力の流れを感じなかった。今のは文字通り『出現』と言うのがしっくりくる。

私は無駄とは思いながら、魔弓を引き弾幕を打ち落とそうとした。

だが、それらは全く勢いを減じることなく私へと迫ってきた。硬い・・・!!

ならばと、私は一枚のスペルカードを取り出し、宣言した。

天丸『壺中の天地』!!

スペルカード使用による霊力の波が、彼の弾幕を打ち消す。流石にこれは効くみたいね。

「何はともあれ一枚!・・・ああ、何でこんなことになってるんだ俺。」

私にスペルカードを使わせたことでガッツポーズを取り、直後何か理不尽なものに対して愚痴をこぼした。

対する私の答えは決まっていた。

「それが人生よ。」

「・・・含蓄深いお言葉をありがとうございます。」

さあ、あなたの底力、見せて頂戴。

私は彼を追いつめるべく、霊力の塊で包囲した。





***************





神宝『サラマンダーシールド』!!

二枚目のスペルカード。サラマンダーってことは、火鼠の皮衣か。

宣言の直後から、輝夜はこれでもかってぐらいの量の火球を生み出していた。そしてそれらは当然、敵対者である私に向けられる。

が。

「・・・これは、なめられてるととっていいのかしら。」

それらは私に当たる気配はなく、むしろわざわざ私を避けるよう迂回した軌道を取っていた。

先程からの輝夜の弾幕を見ていると、これがこいつの流儀なんだろう。見ようによっては余裕に溢れ優雅な弾幕だ。

しかし私からすれば、実に無意味な、もったいぶった、霊力の無駄遣い以外の何ものでもない。

「別にあんたの流儀にどうこう言うつもりはないけど、付き合う義理もないわね。」

「連れないわね。こんな絶世の美女を捕まえて。」

そういうことは男に言いなさい。

私は答える代わりに封魔針を手に前進をしかけた。



その瞬間、私は背筋に嫌な予感を感じ急停止した。その直後だった。

いつの間にか輝夜が展開していた3×2の火球。そこから針のような火線が閃き、私の目の前の空間を灼いた。

・・・あのまま直進していたら私自身が灼かれていただろう。人であるこの身では灰も残らない。

「随分とエグい攻撃するわね。当たってたら死んでたわよ。」

「死んだらそれまでだったってことでしょう?それにあなたなら避けると思ってたし、現にあなたは避けたし。」

・・・へぇ~、ふぅ~ん、あっそう。

今のはちょっとカチンと来た。

そっちがその気なら、こっちも遠慮はしないわよ。どの道これで最後だし。

霊符『夢想妙珠』!!

スペルカードを取り出し、宣言する。同時、私の周りに紋様の入った霊力球が出現した。

「あら、スペルカード使っちゃうんだ。あなたはとことんまでスペルなしで挑むタイプだと思ってたんだけど。」

「時と場合によるわ。あんたみたいなムカつく奴を叩きのめすときは。」

言葉の途中で、私は『夢想妙珠』を解き放った。追尾性を持つそれらは、バラバラの軌道で輝夜へと迫った。

当然輝夜は展開した火球から火線を撃ち、『夢想妙珠』を撃墜する。

「遠慮はしないことにしてるのよ。」

「!? 早・・・!!」

だが、その瞬間には次弾を装填し、放っていた。対する輝夜は先程の一撃のために火力が弱まっている。

『夢想妙珠』は名が示すとおり『夢想封印』の劣化版だ。弾幕単発の威力という点では『夢想封印』の足元にも及ばない。

だがこれには、力を使わない分高い連射性能が備わっている。今輝夜が使っている単発大威力型のスペル相手にはもってこいだ。

二発目はギリギリ発射まで間に合っていたが、その瞬間には既に三発目が迫っていた。

動きの鈍い奴が当然かわしきれるわけがなく、スペルブレイク。



だが、私はそれでも攻撃の手を止めなかった。

「え?ちょ、待って!!スペルブレイクだってば!!」

輝夜は必死で止めようとしたが、私は聞く耳持たない。何十発もの『夢想妙珠』をお見舞いしてやった。

巻き起こる爆煙。威力自体はさして高くないので、この程度で死にはしない。落ちることはあるかもしれないけど。

それが証拠に。

「ゲッホ、ゲホ、ちょ、ゲッフォ!!ブレイクしたってッホ!言ってるのにッフン!!」

かぐや姫形無しね。私は涙目になって咳き込む輝夜を見て、少しは気が済んだ。

「あら、死んでないからいいじゃない。あの程度で死ぬなんて思ってないし、現に死んでないし。」

「・・・あなた、ほんといい性格してるわ。」

あんたほどじゃないわ。

「けど、そういうこと・・・。」

? 何の話よ。

「あなた、私を『殺さない』ように手加減をしてるんだったら、それはいらない世話よ。私は死なないんだから。」

「へぇ、随分な自信じゃない。」

「そういう意味じゃないわ。言ったでしょう?『永遠』を傷つけることはできないのよ。」

・・・どうやら、何かしらのからくりがあるようね。そのためにこいつは死なないと。

「死んでから後悔しても知らないわよ。私の本気は、甘くはないわよ。」

なら、一切の遠慮は必要ないわね。ちゃっちゃと片付けてしまおう。

「そうそう、そう来なくっちゃ。私はずっと退屈していた。それこそ、永遠にね。私の退屈を、永遠に消し去って頂戴、霊夢!!」

輝夜は次のスペルカードを取り出していた。そして私も、次なるスペルを取り出す。



神宝『ライフスプリングインフィニティ』!!

大結界『博麗弾幕結界』!!





***************





し、死ぬ!!死んでしまう!!

永琳さんの強さは、はっきり言って尋常じゃない。平然とした顔でとんでもない量の弾幕を、自分からも霊力弾からも発射している。

操気弾の防御力をもって無理やりスペル耐久時間まで耐えて、天丸『壺中の天地』、神符『天人の系譜』、蘇生『ライジングゲーム』という三つのスペルをブレイクした。

だが、俺の精神力の方がもうヘロヘロだ。ただでさえ操気弾の制御には神経を削るというのに、あの量を裁ききるのはしんどすぎる。

「あらあら、中々粘るわねぇ。」

だというのに、永琳さんはまるで平然とした顔をしていた。・・・マジでこの人パネェ。ひょっとして鬼巫女レベルじゃね?

俺がそんなことを思ってると、永琳さんは次のスペルカードを取り出していた。ちょ!!休憩時間!!

「ダメよー。しっかりとあなたの実力を測らなくちゃ。これも姫様のためですもの。」

・・・なんだろう。今この人から紫さん臭がしたんだが。何だこの胡散臭さは。

という俺の疑問は、スペル宣言によって流されることとなる。

神脳『オモイカネブレイン』!!

く、人の話は聞いちゃくんないか!!

永琳さんは俺目掛けて弓を引いた。当然俺は、操気弾を目の前に配置しガードする。

が、それは俺の目の前までくると制止し、操気弾に触れることはなかった。

・・・何だ?不発か?

そう思い、操気弾の壁をどけてみたその瞬間。



爆発するような勢いで、矢から弾幕が噴き出した!!

「のわ!?くっ!!」

俺は慌てて操気弾を配置しなおしガードした。ガリガリと音を立てながら、操気弾でガードを続けた。

何とか弾幕が止むまでガードを続けられたが、今ので相当削られちまった・・・。

「さあ、じゃんじゃん行きましょうか。」

「んなぁ!?」

俺が一息ついていると、永琳さんは休ませるつもりはないとばかりに、次なる矢を番えていた。

くそ、次もガードしきれるか?かなり絶望的だ。あの密度だ、少しでも弾幕の制御をミスったらアウト。

・・・しょうがない、手段を選んでる場合じゃないか!!

「せっ!!」

永琳さんが次の矢を放つ瞬間には、俺はスペルカードを親指に挟み、両手を組んでいた。

行くぜ、この『異変』初の!!



陰体変化!!

俺の体が淡い光に包まれ、次の一瞬で体が丸みを帯び胸が膨らむ。

「なっ!?」

その現象が意味するところをすぐに理解するところは流石薬師だ。永琳さんが目を丸くして驚いた。

別に意図はしてなかったけど、こいつはチャンス!!

境符『四重障壁』!!

俺はスペルカードを宣言した。俺の目の前に、4枚の分厚い壁が出来上がる。

一拍遅れて、永琳さんの散弾が発射されるが、俺の作り上げた四重壁により全て阻まれる。頑丈さだけには自信がある。

それと同時、俺は例によって『影の薄い操気弾』を発動していた。姿の見づらいそれらは、永琳さんの弾幕を越えて永琳さん自身へと到達する。

先程の驚愕により精神が揺さぶられていた永琳さんは、気付くのに一瞬遅れ。

「!? しまっ!!」

俺の一撃を喰らった。スペルブレイクだ。

「っしゃあ!!」

「・・・何というか、やはり色々と規格外ね、あなた。まさかこんな隠し玉を持ってるとは思ってなかったわ。」

持ってると思わせたら隠し玉になりませんよ。それに、俺はそんぐらいしないと勝てないほど弱いんだから。

「それにしても、・・・ふふふ、やはり面白い。あなたはとても面白いわね、名無優夢。」

「この勝負ってかぐや姫に会う資格が云々って話じゃありませんでしたっけ?」

「そうよ。あなたは面白いけど、まだ姫様に会うには足りないわ。もっと私を楽しませなさい。」

・・・どう考えてもあなたが楽しみたいだけですよね、永琳さん。

しっかり断っときゃよかったと、今更ながらに溜め息をついた。





***************





あそこで女になるとは思わなかった。というかそもそも、性別が変化するなど誰が考えようか。

その意味も最初はわからなかったけど、彼――彼女が弾幕を出した瞬間に理解した。

すぐに壁に変化してしまったけど、その弾幕の数は36。先程出していた数の2倍以上だ。

なるほど、彼女――彼(面倒ね、彼で統一することにしよう)の弾幕は男女で性質が変化するのね。

まあ、それはある意味当然か。男性と女性は『性』質が違う。自ずと霊力の性質も変わってくる。

通常なら、自力で性別の変化など出来ないから、それを確認する機会はない。私ならそういう薬を作れないこともないけど、なおのこと実戦で使うことはできないだろう。

けれど彼は自力で――恐らく『あまねく願いを肯定する程度の能力』を用いて男女を入れ替えることができる。

だから、それを戦闘に組み込める。とんでもない発想ね。一見戦闘に関係なさそうな事象を、戦闘に結び付けてしまうなんて。

それと、彼の能力についてある程度の考察ができた。

彼はあくまで『肯定する』だけなのだ。願いを叶えるわけではなく、その思い・想いを『受け入れ』『肯定する』。

その結果が物理的な現象として現れたり、人の心を動かしたりするというだけ。それは副次的な効果に過ぎない。

だが、地軸がほんの少し傾くだけで天変地異になるように、願いが動かす事象は、効果は大きい。

誰かが「彼が女であれば」と願った。彼はそれを肯定し、女性となった。

男性が女性になる。あるいは女性が男性に戻る。それがどれほどの異常かなど、語るまでもないだろう。

願いを肯定するというのはそれほどのことなのだ。そして彼はそれに気付いているのだろうか?

恐らく気付いていないのだろう。気付いているなら、自分のことを『弱い』などと称すことはないはずだ。

気付かず、これだけのことをコントロールしている。それは何と面白いことだろう。

私はこの時点で、興味の対象が『願い』という存在でもなく『あまねく願いを肯定する程度の能力』というレアスキルでもなく、『名無優夢』そのものに対して興味を持っていた。

あなたの限界、見せて頂戴!!

天呪『アポロ13』!!

「またスペカか!!くそ、こうなりゃとことんまで防いでやる!!」

とても強い力を持った女性が何故か防勢に回る、その事態がとてもおかしかった。



と。





「えーりんえーりん、たすけてえーりーん!!!」

「逃がさないわよ。」

私の名を呼び、全身ボロボロになった輝夜と、その後を追って巫女が場に割って入ってきた。

・・・あの様子だと負けたのかしら。いや、敗走中って感じね。

やれやれ、せっかく面白くなってきたところだったのに。





***************





まず後悔した。この巫女――否、鬼巫女に本気を出させてしまったことを。

まず、私が放ったスペル、神宝『ライフスプリングインフィニティ』。燕の子安貝を模したスペルは、決して当たることはなかった。

この鬼巫女は、今まで回避も手加減していたのだ。本気を出したこいつを捕まえることができる奴なんて、一体どれぐらいいるだろうか。

何せ、弾幕が当たる直前に姿がかき消えるのだから。そして別のところに現れ、反撃に数えるのもバカらしくなるほどのお札を投げてくる。

かわそうと思っても、今度は私の周りに張り巡らされた結界が容易くは許してくれない。

私の周りには、既に200を越す弾幕が行ったり来たりしている。

先程霊夢が張った結界は、防御結界ではなかった。もっと攻撃的で凶悪な論理結界。

結界の壁面にお札が衝突する。するとお札は、結界を破壊することなく壁面に溶けて消えた。破壊されたのではなく消えたのだ。

そして、反対側の壁面からお札が出現した。壁と壁が対になって繋がっている。そういう論理結界だ。

当然、私の弾幕も同じ運命を辿るから、新しく弾幕を展開することができない。外に配置しているので何とかしなければ・・・。

だけどこの何もかもが滅茶苦茶な鬼巫女相手にどうやって当てればいいの!?

あんまりすぎる一方的な蹂躙に、私は半狂乱だった。

殺すこと、殺されること。殺し合うことには慣れている私だけど、一方的に手も足も出ずやられることには慣れていなかった。

別に負けても大したことはないと頭ではわかっていても、それとは別種の恐怖があった。

そんな状態でとうとう500を越した弾幕をかわせるはずがなく。

「あつっ!!」

体の芯にお札の一撃を受けてしまった。

動きの止まった私に、残りの弾幕全てが襲いかかってきた!!



結界の中に轟音が響き、視界は爆煙のために白一色となった。

永遠を操り押し止めようとしたけど、量が多すぎた。まともに喰らってしまった。

私の『永遠』の能力をもってしても防ぎきれないほどの攻撃を受けて、とうとう私は傷を負った。

「あら、随分とボロボロになったわね。得意の永遠は何処に行ったのかしら。」

「・・・くっ。」

まるで余裕と言わんばかりの様子で、霊夢は浮いていた。既に手には10を越す札が構えられている。

――ダメだ、こいつは手を出しちゃいけない巫女だったんだ。私は理解した。

私は死なない。もちろん肉体が損壊し一時的に死ぬことはあるけど、そんなものものの数秒もあれば完治し復活する。

それが私の永遠の能力と永琳の薬を作る能力の結晶。世に名高き不死の薬、蓬莱の薬の力。

私と永琳と『あいつ』は、この薬を飲んだがために、永遠に死ぬことはない。少なくとも、肉体は。

だが精神はそうではない。確かに長い時間を生きて人よりは強い精神を持つ自信があるけど、心が壊れるときは壊れる。

かつて一度だけあった。心が張り裂けそうになるほど、悲しいことが。

永琳がいたから立ち直れたけど、こいつはそんな生易しいものじゃない。

こいつを怒らせたら、二度と心が立ち上がれなくなるまで、何度でも、執拗に、かんぷなきまでに叩き折られる。

私はそう確信していた。

「さあ、とっとと次のスペル出しなさい。ないんだったら決着してやるわ。」

「ヒッ・・・!!」

後ずさる。情けない話だけど、そんなこと気にする余裕はなかった。

殺されることのないこの身が、殺されると直感した。

そして私は。





「Help me,ERINNNNNN!!」



全力で逃げた。

いやだって鬼巫女よ!?逃げるわ普通!!

「逃がすと思ってんの?私の安眠を邪魔したことは、そんなに安くないわよ。」

そして凄く理不尽なことを言って、霊夢は追いかけてきた。

そして私が永琳のところに辿り着くまで、私達はデスマーチを繰り広げたのだった。





***************





・・・泣き喚きながら逃げる輝夜を追ってたら、何だかバカバカしくなってきた。

私何のためにここ来たんだっけ。『異変解決』だったわよね確か。

少なくとも、泣いて逃げる伝説の姫と鬼ごっこをすることではなかったはずだ。

だが実際にはまんまその通りの状況だ。いい加減やる気め何も失せてきた。

が、こいつが私の安眠妨害をしたことは間違いないわけで、そこはしっかり叩きのめしておきたい。

こいつは死なないというから思いきり叩き潰してやろうと思ったら、ちょっぴり本気出しただけで恥も外分もなく逃げ出した。

あれはただのハッタリだったのか。もし真実だったとしても、情けないことこの上ない。

これが『異変』のラストバトルだとはとても思えなかった。どこからこんなグダグダになってしまったのか。

「・・・あー、本番はもう終わった後だからか。」

私は思い当たる点に気付き、一人納得した。さっきの優夢さんとの闘いの方が余程ラストバトルだった。

ならこれは余興か。下らない、それならとっとと終わらせてしまおう。

決めた私は、輝夜を落とすべく本気のスペルカードを一枚取り出した。

そしてそれを宣言する――



「えーりんえーりん、たすけてえーりーん!!!」

その直前に夜空の回廊が終わり、あの大破した廊下に出た。

そこでは二人の女性が戦っていた。

一人は、今輝夜が泣きついた薬師と思われる女。素性はわからないが、向こう側の人間なのだろう。

そしてもう一人は。

「・・・とうとう目覚めたのかしら。」

「待て、何か不穏な響きがしたが、それは俺の気のせいか?」

いつの間にか目を覚まし、何故か女性化した優夢さんだった。

・・・戦略的な意味でか。残念、洗脳が足りないようだ。

「えーりんえーりん、霊夢がいじめるのー!!」

「もう、落ち着きなさい輝夜。鼻が出てるわよ。姫様なのにはしたない。」

泣きじゃくりながら訴える輝夜とは対照的に、えーりんと呼ばれた女性は実に大人びており落ち着いた物腰だった。

こいつの方が『異変』のボスっぽいけど・・・。

「永琳さんが『異変』を起こした張本人らしいぞ。」

ああ、そういえばそう言ってたわね。なるほど、あっちのはおまけか。

「おまけじゃないもん!私が『異変』起こしたんだもん!!」

「『姫様』、幼児退行してますよ。」

「おっと・・・。ふふふ、調子に乗るのもここまでよ。私と永琳の力、見せてあげるわ!!」

虎の威を狩る何とやらね。さっきまでヒィヒィ言ってた輝夜は、すっかり元気になったようだ。

「まあ、そういうことみたいだから。ここからは二対二ということにしましょう。」

「・・・あのー。その方がかぐや姫で間違いないんですよね。俺戦う意味ないんじゃないですか?」

「さっきまでのは姫様と会う資格があるかどうか。ここからは姫様を満足させるための弾幕ごっこよ。」

「・・・ああもう、何で幻想郷ってのは・・・。」

優夢さんはなおも戦いを避けたかったようだけど、諦めなさいってば。

「弾幕は幻想郷共通言語よ。こういう話のわからない連中には、それが一番なのよ。」

「・・・はぁ、しょうがない。」

優夢さんは溜め息をつきつつも、戦意を持ったようだ。

輝夜一人ならともかく、あっちの女は強い。優夢さんの協力なしじゃ勝てないでしょうね。

「・・・行きます!!」

「来なさい、あなたにも真実の月を見せてあげるわ!!」

「気をつけてくださいね、姫様。彼はやたら手ごわいですから。」

「なら、私達の勝ちね。私も強いもの。」



何はともあれ、仕切りなおし。余興はもう少しだけ続くようだ。





***************





仕切りなおしとは言っても、減った分の霊力が戻るわけじゃないし、削られた集中力も戻らない。

つまり、これ以上霊力と精神力を消費する戦い方はまずいってことだ。

ならと、俺は戦い方を変えることにした。スペルカードを一枚取り出す。

魔槍『ランス・ザ・ゲイボルク』!!

宣言と共に、俺の手の中に紅い魔槍が出現する。

どうやら俺の相手はかぐや姫――輝夜さんのようだ。永琳さんが霊夢に向かっていき、輝夜さんが俺に向かって弾幕を放ってきている。

・・・多分輝夜さん、霊夢に地獄見せられたんだろうな。霊夢を見る目がちょっと怯えてる。

そりゃ、俺は霊夢ほど強くない。どころか弱い部類に入る。だけどな。

「何度か『異変』越えて来てるんですよ、これでもね!!」

槍を振るう。その一閃で、十を越す魔弾を砕き落とした。

「嘘ぉ!?」

「本当です!!」

俺はそのまま、輝夜さんに肉薄する。輝夜さんは驚き、身動きが取れないようだ。この隙に一撃決める!!



その瞬間、途端に世界の動きが速くなった。

・・・いや、違う。これは俺が遅くなったのか!?

「危ない危ない。」

輝夜さんの声がやたらと高速で聞こえた。それを何とか聞き取る。

「あなたが遠距離タイプじゃないのは、返って助かったわ。ちょっとびっくりしたけどね。」

つまりこれは、輝夜さんの能力ってことか。咲夜さんと同じタイプの能力か。

「あなたにはほんのちょっとだけ永遠をあげる。その間に、私の美しき弾幕を思う存分味わうといいわ!!」

そう言って輝夜さんは、色とりどりの弾幕を俺に向けて撃ってきた。その速さは、とんでもなく速く見えた。

く、これは撃ち落せない!!

人符『現世斬』!!

仕方なく、俺はスペルを宣言した。

スペルカードによる霊撃で、どうやら輝夜さんの能力も振り切れたらしい。俺はびっくりした顔になった輝夜さんに向けて、五連の一撃を放つ。

? 何だこの手応え。斬ったのに斬ってないような・・・。

「ふぅん。永琳が手ごわいっていうだけはあるみたいね。だけど、あなたじゃ私の永遠は越えられない。」

これも能力なのか。一体どんな能力なんだ・・・?

「ほらほら、考えてる暇はないわよ!」

俺が思考に耽りそうになったところで、輝夜さんはスペルカードを取り出し宣言した。

神宝『ブディストダイアモンド』!!

俺はそれを警戒し、輝夜さんと距離をとる。輝く宝石のような霊力弾がちりばめられ、そこからレーザー弾幕が四方八方に放たれた。

俺はそれを、死に物狂いで槍で弾いた。

「近寄ってもキツイ、遠ざかってもキツイ。よく霊夢はこんな人相手にしてたな・・・。」

素直に、霊夢の強さに感心するしかなかった。

「ほらほら、防いでるだけじゃ私は倒せないわよー!」

く・・・まさかあんな能力持ってるとは思ってなかったからな。『ランス・ザ・ゲイボルク』を使ったのは失敗だったか。

こいつは遠距離攻撃できるスペルがない。通常弾幕を使っても、それほど数を扱えない。遠距離にはとことん向かないのだ。

どうするか・・・。

(ここは防いでてもジリ貧でしょう?私とあなたのスペルを信じなさい。)

思考の迷路に落ちた俺を、レミィが叱咤する。・・・そうは言うけど、あれはキツいぞ。

だが、他に道はない。宝石レーザーは現在進行形で、俺の神経をガリガリと削っている。ミスるのも時間の問題だ。

やるっきゃないか。

「こうなりゃ、やるだけやってやるさ!!」

俺はさらに一枚、スペルカードを取り出して叫んだ。

紅星『レッドクルセイダー』!!

宣言とともに、四方に散る紅い弾幕。展開しきる前に、俺は輝夜さん向けて突っ込んだ!!

「真っ向勝負?意外と単純なのね!!」

正面突破をしかけた俺に、輝夜さんが例の時間操作を加え、さらに俺を撃ち落とそうとちりばめた宝石に霊力を充填する。

そこに、わずかな隙があった。

「ここだ!!クルセイド!!」

「なっ!?」

輝夜さんは紅星の光を受け巨大化した槍に驚いたが、その前にレーザー弾幕は俺目掛けて撃たれていた。

結果。

「ぐっ!!」

「・・・っつぅ!!」

輝夜さんは巨大な紅槍に弾かれ、俺は全身にレーザーを受けた。相討ちだ。

大出力の連撃を受けたため、俺はだいぶ傷を負った。服もところどころ破れている。

・・・だけど今のはまともに入った。輝夜さんにもダメージはあったはず・・・!?

「ったたた。少しは加減してよね。思いっきりふっ飛ばされちゃったじゃない。」

無傷、だって?んなあほな・・・。

「ふふん、驚いているようね。これが私の永遠。永遠を越えるだけの攻撃でなければ、私にダメージを負わせることもできないわよ。」

「・・・の割には、ここに現れたときズタボロでしたよね。」

「余計なこと覚えてるのね、あなた。」

つまり、霊夢は『永遠』とやらを越えるだけの攻撃をしかけたってことか。・・・恐ろしい、やっぱりあいつ鬼巫女だ。

・・・けど、なるほど。輝夜さんにダメージを与えるには、一定以上の威力で攻撃しなきゃダメってことか。

ますますもって判断ミスだな。男状態ならまだしも、女状態でそれだけの威力を出すのは手段が限られる。

なら、地道に削ってスペルブレイクしてくしかないか・・・。かなり絶望的だな。

今のところ、輝夜さんは1枚、俺は3枚か。・・・霊力的に考えて、あと使えて2、3枚ってとこか。

男に戻ったらスペカは無理だな。やっぱり、女のまま戦うしかない。



なら。

「最後までやり通すだけだ!!」

俺は自分を鼓舞し、槍を構えた。

結局何もしなくてもやられるんだ。それなら、倒れる瞬間まであがく。それがいつもの俺のやり方だ!

それに、俺に力がないのはいつものことだ。奇策を練って、相手の裏をかく。それが俺の戦い方のはずだ。

ただちょっと、いつもよりリソースが少ないだけ。それだけだ。なら、諦める必要が何処にある!!

「・・・真っ直ぐな目ね。ふふふ、そういう目は好きよ。霊夢といいあなたといい、女にしておくにはもったいないわね。」

「それならご安心を。俺は男ですから。」

俺の言葉に、輝夜さんは何を言ってるんだとばかりに目をパチクリとしばたたかせた。

・・・何のために始まった弾幕ごっこかなんて、もう理由はいい。探すだけ空しいと理解した。

弾幕ごっこが始まったなら。



「行きます、『なよ竹のかぐや姫』!!あなたをこの俺が受け入れ、肯定します!!」

「よくわからないけど、できるものならやってみなさい!!」



楽しまなければ損だ!!





***************





・・・どうやらこいつ、優夢さんタイプみたいね。

力は十分。その上で戦略を練るタイプ。その上、こいつは自分が強いことを自覚してて油断がない。

上位版の優夢さんってとこね。まあ、弾幕そのものはあの人ほど鬼畜じゃないけど。

「どうしたの?姫様をあそこまでボロボロにしたあなたの力、私には見せてくれないのかしら?」

避けにくい軌道を計算しつくし、永琳は矢を放っていた。その矢からも、さらに霊力の弾幕が放たれ私の回避軌道を塞ぐ。

・・・こいつ、わかってる。弾幕ごっこでは大きな弾幕というのは、必ずしも有利とは限らない。

隙間が多くなるからだ。それに対し、小粒な弾幕というのは隙間を埋め、避けづらくなる。

弾幕ごっこに勝つためなら、大きな力で大きな弾幕を作るよりも、同じ力で小さな弾幕をたくさん生み出した方が効率がいい。

それがわかってるから、こいつは見た目派手さのかける小さな弾幕で、緻密な紋様を描いているのだ。

・・・優夢さんはよくこんな奴相手に戦えたわね。きっと弾幕の防御力でゴリ押ししたのね。

優夢さんと同じベクトルの強さを持つこいつに、優夢さんの戦略が適うとは思えない。何だかんだで奇策の多い人だしね。

まあ、だからといって落とされる私じゃないけど。避ける隙間さえ存在すれば、私にかわせない弾幕はない。

そのために、私と戦う相手の行動は大体パターンが決まっている。やっきになって撃ち続け、その隙を私が狙う。

だがこいつは落ち着いたもので、まるで焦る気配を見せなかった。・・・本当にやりづらい。冗談抜きで優夢さんみたいな戦い方をする奴ね。

いや、それ以上か。こいつの戦い方の安定ぶりは年季を感じさせる。見た目からは想像もつかないけど、相当な年数を生きてるんでしょうね。

「・・・今、凄く不快な考えを持たなかったかしら?」

「気のせいじゃない?」

それはあんたの自意識過剰というものよ。

しかし、これじゃ埒が明かない。私に弾幕が当たることはないが、弾幕が多すぎて私から攻撃することもできない。

ここはちょっと、揺さぶりをかけて戦況を動かすか。

私は弾幕が緩くなったほんの一瞬を狙って、永琳目掛けて突っ込んだ。

さあ、どう出る?

「それを待っていたのよ。」

永琳は全くブレなかった。落ち着いた動作で矢を番え、一挙動で撃つ。それは真っ直ぐ私に向かってきながら、小粒の弾幕を周囲に撒き散らした。



だが、それこそが私の狙いだ。

霊符『夢想封印』!!

スペルカードを宣言する。霊撃の波が永琳の弾幕を打ち消し、七色の霊力弾の行く手を阻むものはなくなった。

「それだけ大きな攻撃をしたあとなら、隙もできるでしょ?」

追尾性を持ったこの霊力弾は回避を許さない。7つの弾幕は、永琳目掛けて一直線に飛んでいった。

が。

「当然、私もあなたがそう来ることは読んでいたわよ。」

永琳もまた、スペルカードを一枚構えていた。

秘術『天文密葬法』。

十分に弾幕をひきつけた上で発動した霊撃は、私の弾幕を全て無効化した。そして永琳の周囲に現れる不可思議な紋様。

それが霊力の塊だということに気付いたのは、こちらに向かってきたときだった。私は迎撃をすべく、再び七色の霊力弾を顕現させようとした。

しかしその必要はないみたいだ。それらは私の周囲に配置すると、その場で動きを止めた。

「・・・何の真似?これで逃げ道を塞いだつもりなのかしら。」

「まさか。これだけであなたを押さえ込めるとは思ってないわ。これは布石よ。」

クスクスと笑う永琳は、紫臭がした。

・・・やれやれ、どうやらまだまだ楽はさせてもらえないらしい。

私はいい加減だるくなってきたのを隠すことなく溜め息をついた。





***************





この巫女が強いことは、最初の数回弾幕をかわした時点でわかった。

判断に迷いがない。そしてその上で最良の選択肢を選んでくる。

いくら私が天才と称される薬師でも、できることの限界はある。逃げ道のない弾幕を張ることはできない。

だけど、逃げ道が限りなく少ない弾幕を張ることはできる。この巫女は強敵だと踏んだので、私は最初から全力で相手をした。

そして結果は予想以上だった。巫女は、その数少ない逃げ道を最短の時間と距離で的確に掴んでいた。

これは、少しでも手を抜けばやられるわね。かといって、あまり霊力も残っていない。名無優夢相手に使いすぎたわね。

優夢。あの子も強かったわ。本人は否定してるけど、間違いなく彼もこの巫女と同格の強さを持っている。

もし彼が強者としての自覚を持ち、積極的に攻めてきていたら。多分、私はとっくに倒されていたでしょう。そこが彼の難点ね。

現に、輝夜の永遠の防御に手間取っているようだし。もし彼が全力で攻めたなら、輝夜の防御など易々と破るだろう。私の計算ではそう出ている。

と。

「私の相手しながら考え事とは、随分余裕ね。輝夜といい、昔の奴らってのは皆そうなのかしら。」

巫女の放った七色の霊力弾が一発、私の包囲網を突破してきた。・・・追尾性があるみたいね。なら、撃ち落す。

私は一度に5発の矢を番え、同時に発射した。全力を注いだ矢だ。巫女の霊力弾といえどもたまらず消滅した。

そして、私の矢はそれだけにとどまらなかった。

「・・・なるほどね、布石ってのはこういう意味か。」

目の前で起きた現象に、巫女が納得したように呟いた。

矢は霊力弾にかすりながら散った。すると、霊力弾と矢に込められた霊力が、さながら反応を起こすかのように、無数の弾幕を生み出した。

無秩序に放たれる弾幕は、檻の中に閉じ込められた巫女目掛けて襲い掛かる。

ただでさえ狭い空間に、尋常ではない量の弾幕が埋め尽くした。普通なら避ける術はない。

だがこの巫女がそれで落ちるとは思っていない。だから私は、再び矢を番えた。

「えげつないわね。魔理沙だったら落ちてるわよ。」

実際、巫女はそのわずかな隙間を縫って、平静な表情でかわしつづけていた。

とんでもない話だ。これは文字通り『秘術』だというのに。

面白い。実に面白い。優夢ともども、今後の研究材料にしたいところだ。



「クルセイド!!」

私がほんのわずか思考に耽った瞬間、優夢の声が響いた。その瞬間に、紅い光が輝いた。

「くっ!?」

あまりの輝きに、私は思わず目を瞑ってしまった。

その一瞬を、あの巫女が見逃すはずがなかった。

「見つけたわ、あんたの隙。」

七つの霊力弾全てを、その隙に放ってきた。私には防ぐ術も避ける術もなかった。

スペルブレイク。

「油断したわね。何をやらかすかわからないのが優夢さんなのよ。」

「・・・ええ、今しがた実感したところよ。」

まさか、輝夜と戦っていながら私に隙を作らせるとは。もっとも、狙ってやったことじゃないだろうけど。

ふいと視線を転じれば、輝夜は弾き飛ばされながらもダメージはなかったようだ。どうやら、ギリギリ永遠の防御がもったようだ。

対する優夢は、全身に『ブディストダイアモンド』を喰らっていた。服があちこち破れ、だいぶダメージを負ったようだ。

まともに喰らったはずなのにあの程度で済んでいるところが凄い。全弾命中していたようだし、人間ならば跡形も残らないところだ。

よく見れば、傷が早くも塞がり始めている。・・・まるで吸血鬼ね。『願い』の特性かしら。

「優夢さんは吸血鬼でもあり鬼でもある。あの程度じゃ落ちないわ。」

私の心を見透かしたかのように、巫女が答えた。どおりで。

「ますますもって規格外ね。彼も、あなたも。」

「私はそれなりに普通よ。」

巫女の返答がおかしかった。



さて、輝夜は神宝『蓬莱の玉の枝 -夢色の郷-』を使っている。万華鏡のように反射し軌道の変化する弾幕を、優夢は槍の一本で弾いていた。

その戦いっぷりは鬼神の如くだった。雄叫びを上げながら、槍を振るい弾幕を砕く。どうやら霊力が残り少ないようね。

私も今のでもう霊力がわずかだ。輝夜は元気良く弾幕を撒き散らしているけど、限界はすぐね。あの子ったら、体力がないから。

となると、この中で一番力が残っているのは。

「何、もう終わり?それなら私としては大助かりなんだけど。」

このやる気なさげな巫女か。・・・勝敗はついたようなものね。

「ええ。もうスペルカード一枚分ぐらいしか霊力がないわ。姫様が今使ってるスペルが終わったら、それで決着にしましょう。」

「・・・素直に感心するわ。」

巫女が唐突にそんなことを言ってきた。

「この大掛かりな『異変』を起こしたのはあんたなんだって?これだけのことをしたんだから、相当な霊力を喰ったでしょうに。
その上で、優夢さんの相手して、私の相手して、それでもなお力を残してるんだから。」

「買いかぶりすぎよ。私はただの薬師。永遠を持つ姫様の足元にも及ばないわ。」

「それだけの力を持って隠す、か。いいわ、そういうことにしておいてあげる。」

・・・末恐ろしい巫女ね。会って十数分の私のことを、それだけ見抜けるのだから。

「ちなみに、そう思った根拠は?」

「勘よ。」

何とまあ。

と。

「えええ!?何これ!?」

唐突に目の前に出現した弾幕に、輝夜が驚いていた。あの隠蔽弾幕か。

目の前に永遠を展開して弾幕を停止させるが、そちらに気を取られたため背後から襲い掛かったもう一つの隠蔽弾幕に気付けず。

「あうっ!?」

「おっしゃあ!!」

スペルブレイク。勝負ありね。

「さ、終わりにしましょう。迷惑をかけたわね。」

「全くだわ。」

私が弓を下ろし、それを戦闘終了の合図に巫女も札をしまった。

さて、騒がしかった夜もこれで終わりね。



そう思っていたら。

「うぎぎ・・・、えーりん!!こうなったら私達の本当の真の最強の力を見せてやるわよ!!」

輝夜が私の方へ一直線に飛んできて、そんなことを言ってきた。

「姫様。もう夜も遅いですし、これ以上戦う理由もありません。今日はお開きにしましょう。」

なだめすかすように、輝夜にそう言ってやったが。

「やだやだー!!まだ遊ぶのー!!」

この姫は、いつまで経っても子供のままだった。・・・思わず溜め息の一つも出ようというものだ。

「子供のお守りは大変ね、従者さん。」

「・・・ええ、主の言うことには逆らえないのが従者の辛いところだわ。」

どうやら、残った霊力の最後の一滴まで使わされることになるようだ。

私はもう一度溜め息をついて、覚悟を決めた。





***************





輝夜さんが永琳さんのところまで行き、何事か相談を始めた。霊夢はそれを何をするでもなく眺めているだけだった。

「どうしたんだ、霊夢?」

俺は霊夢のところまで行き、問いかけた。

「あの永琳ってやつ、今優夢さんがブレイクしたスペル終わったら戦闘終了するつもりだったらしいわよ。」

え?そうなの?

「けど、輝夜が駄々をこねて、あと一枚分ぐらいやらされる感じみたい。こっちは早く寝たいのに。」

「・・・しょうがないさ、こうなりゃ最後までやるだけだ!」

「何か優夢さんまで火が点いちゃってるし。はぁ、布団が恋しい・・・。」

意気込む俺とやる気のない霊夢の前で、輝夜さんと永琳さんは相談を続けた。

そして。

「待たせたわね、博麗の巫女とその仲間。私の永遠の力と、永琳の薬の力。その真髄を見せてあげるわ!!」

「これが正真正銘私達の最後の一撃。越えられればあなた達の勝ちよ。越えられるのならばね。」

永琳さんが前に立ち、一粒の丸薬を取り出した。輝夜さんが、それに霊力を込め始める。

小さな黒い粒に、圧倒的な量の霊力が流れる。丸薬はミシミシと音を立て、表面にはヒビが入っていた。

そしてそれが限界に達したとき。





『禁薬『蓬莱の薬』!!』





二人の宣言が響き、丸薬が弾け飛び、中からむせるほどの霊力――あるいは『永遠』と表現すべきそれが流れ出した。

「霊夢!俺の後ろに下がれ!!」

そのヤバさを肌で感じ、俺は霊夢に呼びかけたが、そのときには既に霊夢は俺の後ろに避難していた。・・・行動の早いことで。

ともかく俺は、槍を回転させてその波を受けた。霊撃の余波だけで槍が悲鳴を上げた。・・・なんて威力だ!!

だが、絶対に後ろには逃さない。霊夢さえ死守すれば、俺達は勝てる。

俺は槍だけでなく全身で衝撃波を受けた。

そのために俺はさらにボロボロになったが、何とか霊夢だけは守ることができた。

そして、見た。



永琳さんと輝夜さんの間から、まるで永遠を描くような光のループ模様が伸びていた。

それはとても綺麗で、穢れなどないように感じられた。

これが月なんだと、わけもなく理解した。

「・・・まずいわね。」

俺の後ろで同じく見ていた霊夢が、そんなことを呟いた。

「どうしたんだ?」

「参ったわ。輝夜の奴、さっき永琳が持ってた薬で自分の力を増幅してるみたい。あいつらに近づいたら、その瞬間停止するわ。」

・・・例の時間停止か。

「何とかならないのか?」

「無理ね。一応時間停止を無効化する札は持ってるけど、試作品だから。あれは越えられないわ。」

・・・これが、二人の本気なのか。

さっきまでのお遊びみたいな空気とは違う、本気の空気がピリピリと肌を刺した。

そして、当然それで終わるはずもなく。



永琳さんが、無数の光弾を放ってきた!!

「くっ!!」

「・・・霊力残り少ないくせによくやるわね!!」

俺はそれを槍で弾き、霊夢は全て見切りかわしていた。

けど、量が尋常じゃない。俺は防ぎきれず、何発かグレイズした。霊夢も完全な回避はできず、巫女服が一部破れている。

・・・何とか攻撃できないと、こっちが先に落ちる!!

「せっ!!」

俺は操気弾を一発だけ顕現させ、それを永琳さん目掛けて放った。

だがそれは、あまり進まないうちに動きを止め、弾幕の的になって砕け散った。・・・マジで少しでも前に出たらダメなのか!!

「あなた達に永遠は越えられない。世にも美しきこの弾幕で、落ちるがいいわ!!」

輝夜さんが勝ち誇ったように叫んだ。

・・・これが、輝夜さんの言う永遠なのか。なるほど、確かに人の身で越えるのは難しいな。

たとえ越えたとしても、あの無数の弾幕の中心に飛び込まなければならない。それは自殺行為に等しい。

だが、遠距離からの攻撃では届かないことは明白だ。先程俺の弾幕がそれを証明した。

打つ手なしなのか・・・!!





・・・いや、まだだ。まだ終わりじゃない。まだ終われない。

俺はまだ、輝夜さんの願いを肯定していない。

この弾幕ごっこに勝つことが輝夜さんの願いを肯定することになるかはわからないけど、負けてしまったら。

たとえお遊びみたいなこの弾幕ごっこでも、負けてしまったら、もう輝夜さんの願いを肯定することはできない。

何故かそんな気がした。

手がないわけじゃない。気付いた。俺がさっき、輝夜さんの永遠にとらわれたときどうやって脱出したか。

俺はスペルカードを使ったんだ。あれの原理がどうなっているか知らないけど、一定以上のエネルギーを停止させることはできないはずだ。

なら、それほどの威力をもって攻撃すればいい。もし二人を落とせなくても、永遠を越えさえすればあとは霊夢が何とかしてくれる。

そして、それほどの威力を持った攻撃。ちょうど俺の手には『ランス・ザ・ゲイボルク』がある。消さなかったのは正解だった。

神槍『スピア・ザ・グングニル』。この魔槍の本来の形、使い方。この身には余るほどの威力を持ったあれなら、この永遠だって越えられるはず。

越えられるはずだが・・・越えるだけじゃダメなんだ。二人に届かなきゃ。もしくは、永遠を完全に打ち負かさなきゃ。

・・・確率は2割ってとこかな。けど、やるっきゃないんだ。

俺は腹をくくり、霊夢に向かって叫んだ。

「霊夢!俺が何とか道を作るから、後頼む!!」

霊夢が返事をするよりも先に、俺はスペルカードを二枚取り出していた。

宣言・・・!!



「現象『エターナル・スカーレット・CB』!!」



現象シリーズの第二段!

俺から半霊が抜け出し、ある人物の姿をかたどる。

霊夢からも、永琳さんと輝夜さんからも、驚きの声が上がるのが聞こえた。

「っし、成功・・・。」

俺の半霊がかたどったその人物。

「残念ながら失敗よ、優夢。完全な再現はできてないし、もって十数秒ってところね。」

不鮮明ながらもレミリア=スカーレットの姿をとった願い・レミィは、絶望的な答えを返してきた。

「けれど十数秒もあれば十分。あれを越えることはできるでしょう?」

しかし、頼もしいことも言ってくれた。

ああ、そうだレミィ。お前が協力してくれるなら、100人力だよ。

「一万人力の間違いでしょう。・・・時間が惜しいわ、やるわよ。」

「・・・ああ!」

レミィが槍を持った俺の右手に、左手を添えた。そこからレミィの膨大な妖力が流れ込む。

俺とレミィは、極大化した神と魔の槍を、高々と掲げた。

「・・・何よ、それ・・・。」

「優夢・・・やはりあなたは、最高の研究対象だわ!!」

輝夜さんと永琳さんが、キングサイズというのもバカらしくなる大きさの槍を見て、それぞれの思いを述べた。

永琳さんの不穏な発言は後で問いただすとして。

「行くぞ、レミィ!!」

「いつでもいいわ、優夢!!」

俺とレミィは、その槍の名を宣言した。





『神厄『ロンギヌスの槍』!!』





神の落としたる厄災の矢が、放たれた。

俺一人では成しえないその一撃は、輝夜さんの展開した永遠をあっさりとかき消した。

「くっ!?」

「わっ!!」

二人は即座に回避をしたため、直撃することはなかった。槍がまた一つ、永遠亭の壁に大穴を空けた。

けど・・・陣形は崩れた!!

「今だ、霊夢!!」

「あっ!!」

「しまった・・・!!」

「ええ、わかってるわ。これで終いよ。」

霊夢は既に、スペルカードを構えていた。



「神霊『夢想封印 瞬』!!」



勝負は一瞬だった。霊夢の周りに七色の霊力弾が展開されたと思った次の瞬間には、永琳さんと輝夜さんそれぞれに炸裂していたから。

ラストスペル、ブレイク。

これで今度こそ。



「『異変』終了・・・お疲れ様ー。」

「はいお疲れ様。」

俺は霊夢に向かって軽く拳を伸ばした。霊夢はすぐに俺の意図を理解し、拳をこつんとぶつけた。

俺はそれで、一仕事終えた実感を得たのだった。





+++この物語は、蛇足的なラストバトルを少女達が繰り広げる、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



永遠すらも肯定する願い:名無優夢

永琳のほら話は本気で信じてる。実際、そこには彼女の願いも含まれていたから。

輝夜の願いは肯定する気満々だが、まだ輝夜には名前も覚えてもらえてなかったりする。

新しいスペカのCBは当然、「Charisma Break」。

能力:あまねく願いを肯定する程度の能力

スペルカード:萃符『戸隠山投げ』、思符『南の島の大王 -カメハメハ-』、現象『エターナル・スカーレット・CB』、神厄『ロンギヌスの槍』など



永遠すらも縛れぬ巫女:博麗霊夢

全ては彼女を縛ることをできない。友も、家族も、永遠さえも。

それはある意味では孤独なことなのかもしれないが、本人が全く気にしていない。

途中から完全にだれてた。作者の気持ち代弁。

能力:主に空を飛ぶ程度の能力

スペルカード:霊符『夢想妙珠』、神霊『夢想封印 瞬』など



永遠を見守る月の賢者:八意永琳

彼女は輝夜よりもはるかに長く生きている。下手をしたら、紫よりも生きているかもしれない。

そんな彼女でも、人の心を完全に知ることはできない。推測はできても。

彼女の本当の願いは、心の奥底に押し隠されたまま。いつの日か、肯定される日がくるかもしれない。

能力:薬を作る程度の能力

スペルカード:操神『オモイカネディバイス』、禁薬『蓬莱の薬』など



永遠の幼姫:蓬莱山輝夜

確かに千年以上の時を生き続けているが、本質は全く成長していない。それが永遠ということ。

死ぬことがない故に、死ぬことを誰よりも恐れている。かもしれない。

最初カリスマ、中ブレイク、最後カリスマ。中々忙しい姫様である。

能力:永遠と須臾しゅゆを操る程度の能力

スペルカード:神宝『ブリリアントドラゴンバレッタ』、神宝『蓬莱の玉の枝 -夢色の郷-』など



→To Be Continued...



[24989] 三章十話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:34
「・・・遅いわねぇ。」

私はここの妖怪兎に通された一室で、妖夢で遊びながらぽつりと呟いた。

ここの主は霊夢と弾幕ごっこ中だから出てこないのは仕方ないとして、さっき出てきた薬師はまだ話しているんだろうか。

まあ、別にいいんだけど。いい加減妖夢をいじくって時間を潰すのにも飽きてきたし、そろそろ戻ってきて話を進めてくれないと暇でしょうがない。

「あの、でしたらいい加減私の髪を変な風に結わくのをやめていただけないでしょうか、幽々子様。」

「い・や♪中々いい出来栄えだから、もうちょっと遊ぶわよ。」

ちなみに、今妖夢は後ろ髪が逆立ち、前髪がクワガタのようにV字を描いている。ここでカブトムシの角をつければ最高だ。

「あんたの美的感覚は良く分からないわ。」

「幽々子だもの、しょうがないわ。」

そんな私達のやり取りを見て、溜め息を漏らす人形師と妖怪の賢者。彼女らも同じく暇を持て余していた。

アリスは魔理沙のパートナーとして、眠っている魔理沙についている。紫は藍に怪我の治療をしてもらってる最中。

「ところで紫、その腕大丈夫なの?」

「あまり大丈夫とは言いがたいわね。完全にポッキリいっちゃってるわ。」

妖怪の再生能力は高い。人間とは比較にもならないし、生命力も高いからちょっとやそっとのことで死ぬことはない。

しかし、紫が受けたのはただの攻撃ではない。妖怪と鬼と吸血鬼と、そういった強力な存在の力をさらに混ぜ合わせたような一撃だ。

むしろ腕一本ですんだことの方が不思議なくらい。咄嗟に防壁を張ったんでしょうね。

回復に時間がかかってしまうということは、何かしらの呪詛でもこもっていたのか。ありうる話ね、あれは『悪しき願い』だったのだし。

「治るまでに一日はかかりそうね。」

「あら、意外と早いこと。」

「いくら傷が深くて、おまけに治りにくいといっても、私は妖怪の賢者なのよ。」

それもそうね。

けど、あっちの兎。あの子はそうは行かないでしょうね。

紫とは比較にもならないくらい大きな傷を、『悪しき願い』に負わされた。今も月兎が付きっ切りで看病してるみたいだけど、目を覚ます気配は一向にない。

死んでいないことはわかるけど、私にはそれ以上のことはわからない。

「あの子、助かると思う?」

「さあ。私にはなんとも。」

取り出した扇で口元を覆いながら、紫は答えた。・・・おや?

紫がこういう仕草をするときっていうのは、確か・・・。

「な~に~を~隠してるのかしら~?」

「さあ。何のことやら。」

やはり、隠し事をしていたか。こうなってしまっては、紫から事を聞き出すには実力行使ぐらいしかない。

今日はもう疲れたし、遠慮したいところね。

「ま、いいわ。とりあえず今は妖夢で芸術を・・・あらら?」

私が放置していた妖夢のところに戻ると、妖夢は既に髪を下ろし元通りにしてしまっていた。

「いい加減になさってください。あんなところを見られたらどうするおつもりだったんですか。」

「あらあら、怒られちゃったわ。」

しょうがないわねぇ。

「じゃあ魔理沙で。」

「死人に鞭打つような真似は感心しないわよ。死んでないけど。」

矛先を移そうとしたら、アリスにピシャリと言われてしまった。冗談よ。

「それにしても、今回の『異変』で随分魔理沙との中が進展したみたいね。前はあんなに毛嫌いしてたのに。」

「別にそういうんじゃないし、前もそこまでってわけじゃないわ。・・・何と言おうが、今回の功労賞はこいつでしょ?」

そうね、結果として優夢を助けたのはこの子だったわけだし。

あの魔砲を完成させていたとは。やはりこの子は私の睨んだとおりだった。

「魔理沙は私が育てた。」

「何寝ぼけてんの、この亡霊。」

「幽々子様、あまりおふざけをせずに、大人しくお待ちしましょう。」

ぶー、皆わかってくれないんだからー。



ここで待っているのは、ここ――永遠亭の居住者である鈴仙=優曇華院=イナバといまだ眠り続ける因幡てゐ。

それと、私達白玉楼組と魔法使い組、紫と藍の計8人。

レミリアは紫のスキマを通って人里へと向かった。従者の様子が気になるみたいね。

それにあの子は朝が来てしまったら帰れないから、仕方ないでしょう。

「私は今日はここに泊まる気満々だけどね~。」

「・・・図々しい侵入者ね。お師匠様の言いつけだから客として扱うけど・・・。」

そうよ、私お客様。だから泊まるのは自然な流れでしょう?

「亡霊なんか泊めて大丈夫なのかしら・・・。」

「それはそうと、あなたのお師匠様随分遅いわね。何か不備でもあったんじゃない?」

「確かに、話をするだけならこんなに時間がかかるわけないわよね・・・。どうしたんだろ。」

「私、見て来ましょうか?」

「迷わないでしょうね。」

「ここに来るまでの道順は覚えている。問題ない。」

妖夢が立ち上がり、部屋を出ようとした。

そこへ、紫が背中から声をかけた。

「どうやらその必要はないみたいよ。」

「え?」

妖夢が振り向く。それと同時、閉じられていた襖が開けられた。



「スペルカード使った枚数は私の方が少ないんだから、私の勝ちよ!!」

「けど最後落とされてたでしょうが。落とされても負けなのよ、スペルカードルールは。」

「あーもう俺の負けでいいですから。っと、待たせたな皆。あれ?レミリアさんは?」

「うどんげ、ご苦労様。てゐは目を覚ました?」

同時、わいわいと賑やかに男女4人――いや、女性4人が入ってきた。

皆一様に衣服がボロボロだった。・・・結局弾幕になったみたいね。

「優夢さん!そのお姿はどうされたのですか!?」

「あー、まあ色々あって結局弾幕になってな。両者合意の上の決闘だ、気にするな。」

その姿を見て妖夢が殺気立ったが、優夢はそれを手馴れた様子でなだめた。

「で、当然勝ったのよね?」

アリスはそれが当然とばかりに優夢に問いかけた。優夢はそれに歯切れ悪く答え、身なりのいい少女が割って入ってきた。

「スペカはこいつの方が多く使ったんだから、私の勝ちよ!あなたもそう思うでしょう!?」

「なるほど、勝ったのね。」

「だーかーらー!!」

「っていうかあんた誰?」

確かに、まずは自己紹介してもらわなきゃわからないわよねー。

「え?ちょ、え??それ、誰?優夢???」

と、それを見ていた鈴仙が薬を乗せた盆を落とした。・・・ああ、そっか。この子は知らなかったわね。

面白いからこのまま黙っておこう。

「? 何処からどう見ても優夢さんじゃない。あんた、実は鳥目?」

「いや、え?でも、だって確か・・・あれ?」

「おかしなこと言うわね、うどんげ。それともあなたが見た優夢はこれじゃないとでも言うの?」

「物扱いせんでください・・・。どうかしましたか、鈴仙さん。・・・って、あ。」

優夢が気付いたようだ。というか気付かないのね、そういうのって。いい感じに女であることに慣れてるわね。

「これはもが!?」

「(まあまあ、面白いから黙っておきましょう。)」

真実を話そうとした優夢の口を、永琳が後ろから塞いだ。ふむ、彼女とは出会い方が違っていたら親友になれたかもしれないわね。

「あの、姫様?私が会った名無優夢は男性でしたよ。」

「バカ言うんじゃないわ、うどんげ。確かに優夢の口調は男っぽいけど、こんな立派なものこさえた男がいるわけないでしょう。」

「んむー!?」

姫様と呼ばれた少女が優夢の胸をむんずと掴んだ。優夢はジタバタと暴れたけど、霊夢が後ろから羽交い絞めにしたため抜け出すことはできなかった。

「あら、凄い触り心地。ちょっとうどんげ、あなたも触ってみなさいよ。」

「え、ええ~・・・?」

『姫様』に誘われ、鈴仙は恐る恐る優夢の胸に手を伸ばした。その弾力に目を白黒させる。

あれの触り心地は最高なのよねー。大きさといい柔らかさといい、まさに『願いの結晶』に相応しい。

しかも、服があちこち破れていてそこから素肌がのぞいているのがなおそそる。

「ちなみに、優夢をここまでボロボロにしたのは誰?」

「私だけど、何か文句でも?」

いいえ、よくやったわ。

「それでは私も心行くまで楽しませてもらうわね。」

「じゃあ私も。これだけやられたんだから、このぐらいはいいでしょう?」

私と紫が手をワキワキと動かしながら優夢へと迫る。

「ちょ、もが!!やめむー!!」

「ほらほら、暴れないの。」

「別にいいじゃない、触られるぐらい。いつものことでしょ?」

「あら、そうなの?いいわねぇ。」

「あー、癖になりそうなこの触り心地。やるわね、優夢!!」

「・・・止めなくていいの?」

「ああなったら私では止められない・・・。とりあえず、優夢さんが怒るのを待とう。」

「それなんだけど、あれって本当に優夢?男じゃなかったっけ、優夢って。」

「優夢に性別を語るだけ無意味よ。どっちでもあるから。」





その後優夢の我慢が限界に達し、私達全員怒りの弾幕でなぎ倒されたのだった。





***************





気がついたら皆が平謝りしてたってことはまたやっちまったってことだろう。最近キレやすくなってるな俺。

あれか?カルシウム足りないのか?牛乳でも飲むか。

とりあえず何とか解放されたので、これ以上いじられる前に男に戻っておいた。

それを見て、初見である輝夜さんは目を丸くして驚いていた。

「・・・あなたって何なの?」

60億の願いの結晶だそうです。詳しくは紫さんにでも聞いておいてください。

さて、ともあれこれでようやく『異変』終了後の対面となったわけだ。

「初めましてね。私はこの永遠亭の主、永遠の月の姫・蓬莱山輝夜。こちらは従者の八意永琳。」

「改めて、八意永琳よ。今回あなた達が『異変』と呼んだ現象は私が起こしたわ。それについて、既に術は解いてあります。」

「幻想郷は既に強固な結界に覆われているのよね。知らなかったわ。余計な騒ぎを起こしてしまったことを謝ります。」

正座をしている輝夜さんと永琳さんは、ともに俺達に向かって頭を下げた。

「別にいいわ。大事には至らなかったし、幻想郷ではいつものことよ。」

それに対し、紫さんが扇で口元を覆いながら軽く答える。まあ結局は何事もなかったわけだし、そうもなるか。

「そんなことより、私はあなた達のことを知りたいわ。幻想郷を見守り続ける私だけど、あなた達の存在は初めて知った。隠れ住んでいたってところかしら?」

「その通りよ。私達は月の目を欺くため、ずっと隠れて住んでいた。」

「それなんだけど、本当なの?あなた達が月から来たって話。」

アリスが会話に割って入ってきた。俺と同じ反応だな。すぐには信じられないっていう。

「ええ、そうよ。私はその昔月で姫をやってたわ。」

「ふーん。ということは、『アレ』はあるの?」

・・・というわけじゃないみたいだ。何か目がギラリと輝いてるように見える。

「残念ながら。随分昔に処分してしまったわ。」

「そう、残念。研究しようと思ったんだけど。」

魔法使いやなぁ。けど、『アレ』って何だ?

「竹取物語に出てくるでしょ。『蓬莱の薬』よ。」

・・・。えーと。

「その下りもちゃんと説明したわよ?」

「・・・すいません、覚え切れませんでした。」

「だと思ったわ・・・。」

「ひょっとして優夢さん、竹取物語知らないの?」

いや、知らないってわけじゃないんだ。中身わからないだけで。

「まさかこんな日本人がいるとは思わなかったわ。」

「『外』じゃ有名じゃないのかしら、竹取物語。」

「え?優夢って『外』の人間なの?」

多分としか。記憶ないもんで。

「その辺は後で詳しく説明するとして、『蓬莱の薬』ってどういうものなんですか?」

「不死薬よ。」



・・・。



「もう一度。」

「不死薬よ。」



・・・・・・・・・。



「Once more please.」

「不死薬だってば。何でそんな妙に発音いいの?」

・・・えー。

「そんなのあり?」

「ありよ。永琳はどんな薬でも作れるんだから。」

マジか。

「あ、でもなくなっちゃったんですよね。じゃあもう実在したって証拠は」

「そこの二人が身をもって証明してるじゃない。」

・・・はい?幽々子さんの言葉に、俺の目が点になる。

「彼女達には死がない。きっと『蓬莱の薬』を飲んだのね。」

「ご明察。そもそも私が月を追われた理由は『蓬莱の薬』を飲んだからなのよ。あれを飲んだものは穢れを生むからね。
そもそも、そうでなきゃ私達が今まで生きてる理由が説明つかないでしょう?」

月人って寿命ないんじゃ・・・。

「月で生活してる限りはね。穢れがなければ地上人だって寿命はなくなるわよ。」

「逆に、地上で生活すれば月人だろうと年を取る。そういうことよ。」

え、あれ、でも永琳さんの説明・・・。

「騙しましたね?」

「騙してはいないわ。全てを語らなかっただけで。」

そうですか。ま、いっか。別に事実が変わるわけでなし。

「何この軽さ・・・。」

「それが優夢さんよ。」

慣れてください。すみませんが。

「しかし、『かぐや姫』ですか・・・。」

「何というか、御伽噺とは大違いね。」

「御伽噺なんてそんなものよ。書いた人の主観が入るもの。私は別に誰かのために存在してるわけじゃないし、誰かの思った偶像になる気もないわよ。」

俺は竹取物語詳しく知らないんだけど、きっと絶世の美女に描かれてたんだろうなぁ。

「実際当時は絶世の美女って騒がれてたし、私に貢いできた男達は100や200じゃなかったわよ。」

「中身を知らないってのは幸せなことね。」

辛らつなことを言いながらお茶をすする霊夢。どっから取り出したし。

「けど、どいつもこいつも有象無象ばっか。私と釣り合いの取れる男なんて数えるほどもいなかったわ。」

無視して話を続ける輝夜さん。鼻が高く見えるのは、きっと気のせいじゃない。

「その釣り合いの取れそうな男達も、私が出した難題の本質に気付かず。一人とても惜しいのはいたんだけど、あいにく本物は私が持ってたのよねー。」

「まごうことなく外道ね。」

「で、何やかやで月の使者から逃れて、永琳と一緒にこの永遠亭に落ち着いて、最近うどんげがやってきて今に至ると。」

さばさばと輝夜さんは説明を終えた。永琳さんから聞いた話とほぼ一緒だが、随分と印象が違う。

「・・・やっぱり騙しましたね?」

「騙してはいないわよ。姫様の感情についてはあくまで私の憶測だもの。」

さいでっか。ま、いっか。終わったことだし。

「だから何でこんなに軽いのよ。」

「だからそれが優夢さんなんだってば。お茶のお替り。」

慣れてください。お願いします。そしてさり気なくお茶のお替りを要求するな霊夢。





魔理沙は一向に起きる気配を見せなかった。どうやらマジ寝してるようだ。まあ、夜も遅いしね。

そんなわけで、俺達は永遠亭で一泊することになった。

他の皆は一人一部屋ずつ宛がわれた。実に高待遇だった。侵入者としてどうなんだろう。

まあ、いつものことだと割り切ろう。この辺り、俺もだいぶ幻想郷色に染まってきたと思う。

ところで、俺は宛がわれた部屋ではなく、先程の集会場みたいな場所にいた。

何故かというと、そこには看病をする鈴仙さんと、目を覚まさないてゐがいたからだ。

たとえ俺の意識がなかったとしても、てゐを傷つけたのは俺。だから、俺はてゐが目を覚ますまでここにい続けなきゃいけない。

誰かから強制されたわけではなく、俺がそうしなきゃいけないと思った。だからここにいる。

「・・・別にあなたの手を借りる必要はないわよ。」

わかってます。手際を見てれば、鈴仙さんの医療技術が素晴らしいのはわかる。はっきりいって家庭の応急処置程度しか知らない俺じゃ手の出しようがない。

「だけど、ここにいたいんです。俺はここにいなきゃいけないって、そう思うんです。ただそれだけ。」

罪の意識とでも言うんだろうか。そういうのとは少し違う気もするけど、ともかくてゐの側にいてやりたかった。

(優夢ってマジメだねー。それで人生損しそう。)

それで損するなら望むところだよ。結局のところ、それしか俺は生き方を知らないんだから。

眠るてゐを見守りながら、俺の『中』のてゐの言葉に答えを返す。

「・・・そう。邪魔だけはしないでね。」

鈴仙さんはそう言って、再びてゐの看病に戻った。俺はそれを、正座して見ているだけだった。



そこへ。

「どう、うどんげ。てゐは目を覚ましそう?」

永琳さんが襖を開けてやってきた。

「あら?優夢、こんなところにいたの。あなたはお客様なんだから、寝てても良かったのに。」

「いえ、てゐがこんなことになっちゃったのは俺のせいですから。てゐが起きるまでここにいます。」

「明日になっても?明々後日も、そのまた先も、永遠に目を覚まさなくても?それでもあなたは待ち続けるのかしら。」

値踏みするような視線。だが、それは答えがわかっている問いかけだった。

「待ちます。永遠に目を覚まさないなら、永遠に待ち続けるだけです。」

それが、俺なりの『肯定する』ってことだ。

「・・・ふふふ、やはりあなたはとても興味深いわ。」

永琳さんはそう言って、視線を俺でなく鈴仙さんでもなく、寝ているてゐに移した。

「あなたの根負けではなくって?てゐ。」

そして、語りかける。・・・・・・・・・・・・・・・へ?

それに答えるように、てゐの長い耳がピコンと動いた。

「・・・あっちゃ~、お師匠様にはバレてたか。」

「当たり前でしょう。呼吸運動のリズムを見れば、あなたに意識があるかないかなんて一目でわかるわ。」

続いててゐは目を開け、口からそんな台詞が滑り出した・・・・・・っておい。

「お前・・・起きてたのか!?」

「んー、まあちょっと前から。何か起き辛い雰囲気だったから、空気読んでみました。」

空気読んでって・・・。鈴仙さん凄く心配してたんだぞ。起きてるなら早く言ってやれよ。

ほら、鈴仙さんも怒って肩を震わして――

「てゐっ!!」

たわけではなく、がばっとてゐに抱きついた。

「良かった、目を覚まして・・・!!痛いところとかない!?苦しいとかは!?」

「現在進行形で鈴仙に締められて痛くて苦しいです、はい。」

「あ。」

てゐの言葉で、鈴仙さんは気付き、てゐを離した。

「んー、特に問題はないかな。派手にやられたけど、応急処置が良かったのかな?」

それを聞き、鈴仙さんは安堵の吐息を漏らした。今まで力を入れていたのだろう、緊張が解けて床にへたりと座り込んでしまった。

「良かった・・・、本当に良かったぁ・・・。」

鈴仙さんは涙ぐみながら、てゐの目覚めを喜んでいた。

「大げさだなぁ、鈴仙ってば。私、運はいいんだから。そう簡単に死ぬはずないじゃないか。」

「でも、お腹に大きな穴が空いてたんだよ・・・?」

「あー、うん。そこに鈴仙がいたから助かった!ほら運がいい!!」

「・・・てゐのばかぁ。」

「おーよしよし、泣くなってば鈴仙。」

さっきまでとはまるで立場が逆だった。泣きじゃくる鈴仙さんをてゐが慰めていた。

めでたしめでたし、と行きたいところだけど。

「感動のシーンをぶち壊すようで悪いんだけど。てゐ、話があるんだ。」

俺はてゐに言わなきゃいけないことがあった。だから、無粋なのを承知で割って入った。

てゐの視線が俺に向く。・・・そこには、やや怯えの色が見えた。無理もない。形はどうあれ、俺はこの手でてゐを殺しかけたんだから。

払拭できるとは思えない。だけど、言うべきことは言わなければ。

「・・・何?」

「今から言う俺の言葉が信じられないなら、信じなくていい。俺を憎むなら、そうしてくれ。俺はその全てを肯定するから。」

「・・・信じるよ。優夢は『あまねく願いを肯定する程度の能力』を持ってるんだから。それで?」

俺はてゐに向かって真っ直ぐ構え。



両手を地につけ頭を下げた。

「すまなかった!!」

簡潔に。俺の思いの全てを一言に込めた。

「俺は、たとえ自分の意識がなかったとはいえお前を殺しかけた。場合によってはお前は死んでいたんだ。他でもない、俺のせいで。」

誰も言葉を発さない。俺は言葉を続けた。

「だから、お前が俺を怨むのは当然のことなんだ。鈴仙さんからも、永琳さんからも、輝夜さんから怨まれてもおかしくない。
俺はそれから逃げようと思わない。怨んでくれていい。鈴仙さんにも言ったことだけど、俺を殺したって構わない。だから。」

俺は顔を上げ、俺をじっと見るてゐの瞳を見た。

「他の何も怨まないでくれ。そして、すまなかった。」

――俺が暴走したのは、色々な要因が重なってのことだった。そうりゅかから聞かされた。

俺が自分の能力を――存在定義を無視し、枠組みから外れたこと。

鈴仙さんの『狂気を操る程度の能力』により、不安定になっていた俺の世界の波長をいじられたこと。

そして、ここに来るまでの道のりで疲弊していたため、抵抗できなかったこと。

もし何かが違っていたら、今回のことは起こらなかったんだ。そうすれば、てゐが傷つくこともなかった。

少し話を聞けばすぐに知れることだ。そのとき、もしてゐが鈴仙さんを怨んだら。

俺を消耗させた慧音さんを。魔理沙を。俺の存在を不安定にする要因となった霊夢を怨んだら。

俺は嫌だった。それなら、俺が全ての恨みを引き受け肯定するから。

だから、てゐには何も怨んでほしくなかった。今までどおり、悪戯好きの元気な兎でいてほしかった。

俺は再び床に額をこすりつけ、てゐの反応を待った。



「・・・驚くよねー。」

返ってきたのは、そんな言葉だった。俺は顔を上げてゐを見た。

てゐは少し困ったような表情をしていた。

「だって、自分は怨んでいいから他は怨むなって、普通なかなか言えないよ?それもそんなに大マジで。」

大マジなんだから当然だろ。

「私は別に、優夢のことを怨む気はないよ。あれが優夢の意思じゃなかったことなんて、わかってる。
・・・ただ、本能的に怖がってるだけさ。」

ズキリと胸が痛んだ。だけどてゐは、言ってくれた。

「だけどそれも頑張って克服する。優夢はもう二度と、ああはならないんでしょ?」

俺はそのつもりだ。対処法も現在検討中だ。りゅかが。

「なら、問題なんか何もない。私は優夢を怨まないし、鈴仙もお師匠様もそう。それでいいでしょ?」

「てゐ・・・。ふぅ、しょうがないわね。」

「私は初めからそのつもりよ。」

鈴仙さんも永琳さんも、それで許してくれた。

――幻想郷ってところは、何かあればすぐ弾幕で話をつけ、俺みたいな奴はいつもとばっちりを喰らう。普通の人間には暮らしづらいところかもしれない。

だけど、他人を許せる・・・赦せる精神性を持っている。

だから俺は、幻想郷が大好きだった。

「ありがとうな、てゐ。」

「私は何もしてないよ。おかしな優夢だね。」

おかしくて結構。



ともかく、これで全ての話は平和裏に解決した。



かに見えた。



「ところで。」

てゐが口を開く。何だ?

「私をキズモノにした責任は取ってくれるんだよね?」

わざとらしい仕草でもじもじと顔を赤らめさせるてゐ。

過剰反応を示したのは鈴仙さんだった。

「ちょ、てゐ!?何言ってるの!?」

「だってぇ・・・、あんなに激しくされたの、初めてだったんだもの。」

激しく・・・まあ、腹をぶち抜いたらしいですからな、俺の手が。文字通り。

「誤解を招くような表現をすな。」

「よよよ、私とのことは遊びだったのね・・・。」

あのな・・・。

「というわけで慰謝料。1万円でいいよ。」

たっか!?幻想郷の1万ってことは、外の約100万だろ!!

・・・いや、安いのか?相場はもっと高かったような・・・じゃなくて。

「何故に。」

「私のお腹の中をグチャグチャになるまでかき回したじゃない。」

だから何故微妙な表現をする。

あ、鈴仙さん真っ赤だ。薬師だから意味がわかるのか。無論誤解の方の。

「怪我させたのは認めてるんだから、わざわざそういう言い方するのやめい。」

「というわけだから慰謝料。」

話聞けよ!!隠れ住んでたわりにお前も幻想郷の住人だなおい!!

「そういうおふざけなら断る!他を当たってくんな。」

「優夢のいけずー。」

(そうだよ、いけずー。)

内外で声を合わせるな!!

「なら、これでどうだい?ここに買っただけで幸せになれる壷が。」

「今度は悪徳商法かよ!?」

ていうかどっから取り出した!!

「お値段なんとたったの1万円!やーお買い得だねぇ。」

「そのネタは知ってんぞ。中身空のただの壷を売りつけるやつだろ。」

チッチッチと指を振るてゐ。

「新時代のビジネスをなめちゃいけませんぜお兄さん。この壷の中にはなんと、『蓬莱の薬』一年分が!!」

したら逆に安すぎるわ!!ていうか不死薬一年分ってなんだ!!そして『蓬莱の薬』全部処分されてるはずだろ!!

「あーもう、突っ込みどころが多すぎて突っ込み切れねえ!!」

「・・・ちょっと待ちなさいてゐ。この薬、何処から取ってきたの?」

と、永琳さんの表情に緊張が走る。何かヤバい薬なんですか?

「『胡蝶夢丸EX』。全部処分したはずなのに何でこんなところに・・・。」

「あ、やっぱりお師匠様の薬だったんだ。ゴミ箱一杯に詰めてあって勿体無かったので、拝借しました。」

ゴミ箱の中身を売りつけるな。このう詐欺め。

「返しなさい!!」

「おっと!!」

つかみかかる永琳さんを、てゐは軽やかな身のこなしで回避した。怪我の影響など微塵も感じさせない動きだった。

「その反応、余程効果のあるものと見える。ウササササ、こいつはいいものを手に入れたウサ!」

何だその笑い方。兎はそうは鳴かないだろ。

「てゐ!いい加減にしなさんぐ!?」

鈴仙さんが指鉄砲を作り、構えた。が、「いい加減にしなさ」のところで、てゐが指弾で放った丸薬が鈴仙さんの口の中に吸い込まれていた。

「!? ダメよ鈴仙、吐き出しなさい!!」

「も、もう飲み込んじゃいました~!!」

鈴仙さんは涙目で答えた。

「ちょっと永琳さん、この薬どういう効果なんですか?」

「・・・『胡蝶夢丸』っていうのは、言い換えれば『淫夢薬』よ。あれは一種の媚薬なの。」

「ゑ゛っ?」

永琳さんの言葉に、俺は鈴仙さんを見た。何か顔に赤みがさし、目が潤み、息が荒かった。効果早ッ!!

「即効性もさることながら、効果も抜群よ。おまけに、かの迷酒『神殺しチェーンソー』の成分を配合してるから、おかしな方向に積極的になる。その効果故に私は処分を決めたのよ・・・。」

何でそんな薬作ったし。鈴仙さんは早くもブレザーを脱ぎ始めていた。

「鈴仙さーん!殿中でござる、電柱でござるー!!」

「いや、放してケダモノ!!私を脱がしてどうする気!?」

「脱いでんのはあんたじゃー!!」

ブレザーを脱ぐのを押さえようとしたら、今度はスカートに手が伸びた。なので俺はその手を押さえた。

言ってることとやってることが支離滅裂だった。

「あっ!?」

「おわっ!!」

と、鈴仙さんの足が俺に引っかかり、足払いの要領で俺は倒されてしまった。鈴仙さんに覆い被さるように。

「あ・・・。そ、その・・・優しくして・・・。」

じゃねーよ!!しかも魔眼使って誘惑すんな!!

恐るべし、『胡蝶夢丸EX』ッッッ!!

このまま男でいたら、貞操を奪うか奪われるかされかねないので。

陰体変化!!

俺は女性化することにした。ふぅ、これで鈴仙さんの暴走も少しは・・・。

「そういうプレイの方が好みなの・・・?べ、別に嫌じゃないよ・・・。」

悪化しとるー!!?

はっ!?しまった!女になったせいで力が鈴仙さんを下回ってる!!引き離せん!!!

「孔明の罠かぁー!!!」

「あははははははははははははは!!!」

そんな俺達を見て大爆笑するてゐ。くそ、後で覚えてろ!!

「・・・さて、私は巻き込まれないうちに退散するわ。」

永琳さん!?ちょ、見捨てないで!!

「ではではお二人さん。」

『ごゆっくり~♪』

声を合わせ、てゐと永琳さんは襖を閉めた。

そして残された、俺と鈴仙さん(発情中)。

「・・・優夢・・・。」

いや、潤んだ目で波長いじらないであああ何か頭の中が白くなってきたヤバいコレヤバい。

いつの間にか俺下になってるし。鈴仙さんブレザーとスカート半脱ぎだし。女の子がそんな格好しちゃいけません。

という言葉はもう発せないほど俺の波長は乱されていた。



そして。



「いただきます♪」

「アッー!!」





この日俺は、女同士でもセクロスはできると、実にくだらないことを学習をした。

気がついたら朝だった。

鈴仙さんは正気に戻ってて、真っ赤な顔してこっちを向いてくれなかった。

ついでに、俺の『世界』にうどんげinした鈴仙さんも同じ反応だった。

ともかく、『異変』はこれにて全て終結したんだが・・・何なんだこの無茶苦茶なエンドは。

俺はこの世の理不尽を噛み締めながら、帰路に着くのだった。





***************





私は彼らを見送りながら、頭の中である計画を立てていた。

博麗霊夢と名無優夢。あの二人は私が直々に戦ったから強いのはわかっている。

他にいた魔法使い二人、亡霊と半人半霊はわからないけど、彼らとともにいるぐらいなのだから強い可能性は高いだろう。

あと、あの妖怪は桁違いね。あいつは利用できないかしら。

けど、あいつ抜きでもいい。彼らを上手く理由をつけて、『アイツ』にぶつければ・・・。

「ねえ、面白いと思わない、永琳?」

「・・・輝夜。」

永琳は私の名を呼び、ただそれだけだった。

・・・わかってる。こんなことしてもただ空しいだけだっていうのは。

けど、こんなことでもして暇を潰さなければ永遠はあまりにも永すぎる。私にも・・・『アイツ』にも。

「止めたって無駄よ。私はやると言ったらやるんだから。」

「・・・止める気はないわ。あなたは止めたって聞かないんだから。」

流石は永琳。付き合いが長いだけあって、私のことをよくわかってる。

そう、きっと私が、本当はどう思ってるかも。

「やるなら、最後まできっちりやりなさい。私はそう育てたつもりよ。」

「ふふふ、そうよね。それが永琳だもの。」

私と永琳はともに微笑んでいた。

「・・・姫様~、お師匠様~。皆行きました?」

と、鈴仙が戸からちょっとだけ顔を出していた。昨晩はお楽しみだったみたいね。

「ううう~、てゐがいけないんですよー。」

顔を真っ赤にして涙目になる鈴仙。しばらくはこれで遊べそうね。

「さあ、そろそろ中に入りましょう、姫様。」

「そうね、そうするわ、永琳。」

見送りを終え、私達は永遠亭の中へと戻っていった。



次の祭りは、近い。





+++この物語は、終わったと思ったら何かが始まる予感がする、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



無理やり奪われたヴァージン:名無優夢

一応女同士だったので失ってはいないかもしれない。しかし彼の中の何かは確実に崩壊したと思われる。

まさかのうどんげin。セクロスの結果、体の一部を取得するのは確定的に明らか。

とりあえず、狂気の魔眼に対する耐性はついたと思われる。

能力:あまねく願いを肯定する程度の能力

スペルカード:萃符『戸隠山投げ』、思符『南の島の大王 -カメハメハ-』、現象『エターナル・スカーレット・CB』、神厄『ロンギヌスの槍』など



結構前から気がついてたう詐欺:因幡てゐ

運ばれたあとすぐに意識を取り戻していたので、あらかたのことは聞いていた。

鈴仙の行動は正直予想外。しかし収集がつかなくなったので放置した。

優夢のことは本能的な恐怖はあるものの、気に入っている。

能力:人間を幸運にする程度の能力

スペルカード:兎符『開運大紋』、兎符『因幡の素兎』など



やってしまった月兎:鈴仙=優曇華院=イナバ

優夢のことはまだ快く思っていない。と見せかけて、チーム博麗の中で一番気にしている。唯一の男(?)だから当然である。

『神殺し』の成分のせいでおかしな方向に心が開けた。その結果がアレ。

とりあえず、しばらく優夢とまともに顔をあわせられることはないだろう。

能力:狂気を操る程度の能力

スペルカード:散符『真実の月 -インビジブルフルムーン-』、月眼『月兎遠隔催眠術 -テレメスメリズム-』など



色々作ってる元凶:八意永琳

胡蝶夢丸、胡蝶夢丸ナイトメア、胡蝶夢丸EX、胡蝶夢丸A、胡蝶夢丸Dなど色々作っては処分してる。

蓬莱の薬も作れないことはないが、本人も輝夜も二度と作る気はない。スペカで使ったのは蓬莱の薬の素。

輝夜が『彼女』に対してどういう気持ちを持っているかは知っている。しかし、自分が手を出すことはない。輝夜のために。

能力:あらゆる薬を作る程度の能力

スペルカード:操神『オモイカネディバイス』、禁薬『蓬莱の薬』など



悪巧む月の姫:蓬莱山輝夜

平安の世で貴族達をやりこめたのは伊達ではない。

『異変』の終焉は、新たなる騒動の幕開けに過ぎないのである。人、それをExと呼ぶ。

永遠亭組の中で唯一、優夢の異常性に気付いていない。

能力:永遠と須臾しゅゆを操る程度の能力

スペルカード:神宝『ブリリアントドラゴンバレッタ』、神宝『蓬莱の玉の枝 -夢色の郷-』など



→To Be Continued...



[24989] 幕間十八
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:35
~幕間~





これは、俺が霊夢の実家を訪れたときの話だ。





「それにしても、萃香もすっかり神社に居着いちゃったな。」

俺と同じく博麗神社の居候の身と化した萃香に、ご飯どきの軽い話題として話しかけた。

今日の朝ご飯は、白飯、山菜味噌汁、川魚の塩焼きと納豆。日本人らしい朝食だ。

「んー、まあねー。他に行くよりここにいた方が居心地いいし。何より黙っててもご飯が出てくるのが最高だね。」

作ってるのは俺だがな。

萃香は台所から勝手に"萃"めたおちょこに、瓢箪から酒を注ぎながら朝食を食べている。

朝から酒ってのもどうかと思うが、こいつは鬼だ。鬼にとって酒と水は同義らしいので、俺は特に注意しないことにした。

「そういや、お前神社に来る前はどうやって暮らしてたんだ?他の妖怪もそうだけど、実際にどうやって寝床とか確保してるのか気になるぜ。」

何故かごく普通な感じで神社の食卓に混じってる魔理沙が納豆かき回しながら聞いた。

どうでもいいことだが、金髪魔女が手慣れた様子で納豆かき回してる光景って、結構シュールだ。

「私の場合色々だねぇ。霧になって漂ってたり、適当に妖怪殴り倒して寝床確保したり。寝る場所に困ったことはなかったよ。」

ワイルドだ。

「仲間はいなかったのか?」

「あー、そういやもう随分会ってないねぇ。少なくとも、ここ100年はずっと一人さ。それより前は忘れた!」

なら、それでもやっていけたんだろうな。俺は魚の白身を箸で崩しながら納得した。

「まあ、妖怪は個々が強いし、あんまり群れることはないのさ。」

「まあな。けど、妖怪だって生まれたばっかりの時は親に育てられるもんだろ?」

「そんな1000年以上も前のこと覚えてるわけないだろ?」

覚えとけよ、親の顔ぐらい。

「記憶喪失のお前に言われたくはないだろうぜ。」

そうですよねー。

「けど、お前にも言われたくないぞ。家族の話題全く・・・っと、失言だった。忘れてくれ。」

「別に気にすることじゃないぜ。」

以前チョロッと耳にしたことなんだが、魔理沙は実家を勘当同然で飛び出したらしい。

きっとそこには、俺には想像もできないような確執があるんだろう。無闇に触れていいことじゃない。



そこでふと、俺はあることに気づいた。

今の会話に全く参加せず、黙々とご飯を食べ続けている霊夢についてだ。

俺は霊夢の出生や家族について聞いたことがない。

俺自身聞くこともなかったし、霊夢から話すこともなかった。周りの皆が教えてくれたこともない。

考えてみれば、この歳の女の子が一人でこんな人里離れた神社に住んでいるのだ。

それが博麗の巫女だからってのは、耳にタコができるほど聞かされてきたことだけど。普通に考えたら、それは並大抵のことじゃない。

ひょっとしたら、止むに止まれぬ事情があったのかもしれない。そもそもどうして霊夢は博麗の巫女になったのだろう。

考えだしたら際限がなかった。

しかし、聞いていいものだろうか。霊夢の気に障るんじゃないだろうか。

もし話したくないような事情があるなら、聞かれたくもないだろう。いくら何事にも縛られない霊夢でも、怒るときは怒るのだ。

なら、俺はその件について沈黙を貫くだけだ。いつか霊夢の方から話してくれるまで。

俺は心の中でそう結論付け、箸を魚へと伸ばした。



「そういやさ、霊夢の親って私見たことないんだけど。どんな奴なの?」



すてんと、俺はこれ以上ないくらい綺麗にすっころんだ。

萃香ー!!俺が真剣に考えてスルーしたのにお前何やってんのー!!?

俺は内心で叫んでいたが。



「はっきり言ってただのバカよ。正直人様に見せる気はしないわ。」

「いるのかよ!?」

普通すぎる霊夢の返答に、思わず現実で叫んでしまった。

「? 何言ってるのよ優夢さん。私に親がいなかったら、私が生まれてくる道理がないでしょう。」

正論だった。正論なんだが俺の考察時間返せ。

「それは優夢さんが勝手に早合点しただけでしょうが。ちなみに、私が博麗の巫女やってるのは、単に先代博麗の巫女が私の母親だったってだけよ。」

世襲性かよ。いや神社ってそういうもんだと思うけど。そして心を読むな。

「勘よ。」

さいでっか。

「あー、まあ確かにあまり賢いとは言えないかもだけど、何も考えてないだけだと思うぜ。」

「それはそれで問題でしょうが。」

どうやら魔理沙は面識がある模様だ。当然か、二人は幼なじみだって言ってたし。

「けど、術に関してはまだまだお前でも敵わないんじゃないか?」

「別にいいわよ。むしろあそこまでいったら人間やめてるんじゃないかって疑いたくなるわ。」

そ、そこまでなのか。

俺は霊夢のことを何度か鬼巫女と称したことがあるが、どうやら霊夢はなるべくして鬼巫女となったようだ。

「うーん、それを聞いて俄然興味が湧いたねぇ。」

と、萃香が目を爛々と輝かせて妖気をまき散らしていた。こら、食卓で妖気まくな。

「じゃあ今日は、皆で霊夢の実家を訪ねてみよー!!」

だんと萃香はちゃぶ台に足を乗せ(飯は退避済み)、指を天に立てて宣言した。

「ちょっと、何考えてるのよ。」

「ごちそうさまだぜ。また明日来るぜ。」

「逃がすか!!神技『八方鬼縛陣』!!

「ぎゃあああああ!?」

霊夢の放ったスペルで魔理沙は拘束(という名の拷問)され、脱出不可能となった。

・・・魔理沙の反応が気になるところだが、実のところ俺も霊夢の家族構成は気になっている。

それに、大事な娘さんのところに素性の知れぬ男が転がり込んでいるんだ。挨拶をしないわけにはいかないだろう。

そういうわけで、この日は霊夢の実家へ家庭訪問することになった。





霊夢の実家は人里にあるそうだ。

てっきり、霊夢の親なのだから霊夢と同じく人里離れて暮らしてると思ったんだが。

「バカ母はそれでよくても、バカ父がそれじゃ死ぬわ。弾幕できないし。」

そりゃそうだろうな。弾幕できる男は希有らしいから。

「しかし霊夢、自分の家族をバカバカ言うのは感心しないぞ。産みの親なんだから、もう少し敬意をだな・・・。」

「優夢さんも会えばわかるわ。ほんとに何も考えてないから、あの二人。」

そうなのかよ・・・。何か不安になってきた。

「出会い頭に殴られたりしないかな?」

「それはないと思うけど。ていうか優夢さん、親バカじゃなくてバカ親だから。そこんとこ間違えないで。」

・・・微妙で大きな違いだなぁ。

「もしあの二人が親バカだったら、霊夢が『異変解決』をするわけないぜ。」

あー、そりゃそうか。大事な娘が危険なことに首を突っ込むのを、親バカな親が許すはずないな。

「前に会ったのは、確か優夢さんが来る前だから二年前かしら。そのときあのバカ何て言ったと思う?
「霊夢が『異変解決』するようになって楽でいいわ、これからもよろしく」よ。ふざけてるわ。」

・・・すごく、霊夢っぽいです。今確信した、霊夢は母親似だ。

「てか、二年も顔出してないのかよ。たまには里帰りしろよ。」

「優夢さんが来てから人里に出る必要がなくなったからね。買い物は全部済ませてくれるし。」

・・・俺のせいかい。とりあえず霊夢の実家に着いたら謝っておこう。

「ところでこの方向であってるのか?こっちは大体知ってるんだが・・・。」

『博麗』なんて看板を見かけた覚えはないぞ。

「当然じゃない。優夢さんいっつもうちに行ってるんだから。」



はいな?



今霊夢は何と言った?「いっつもうちに行ってるんだから」?

俺は霊夢の実家なぞ訪れた覚えはない。博麗の字は神社以外で見たことはなかった。

「・・・まさか優夢さん、あそこが私の実家だって知らないで行ってたの?」

「霊夢、その前にお前んちが何やってるか、優夢に言ったか?」

「言ったわよ。「あそこのお茶の味はよく知ってるから、そこにしなさい」って。」

「待て。確かにそれは聞いたが何処から実家の話に繋がる。」

それと、『茶』だと?

俺にはそのワードで思い当たる家は、少なくとも幻想郷では一軒しか知らない。

でも待てよ。あそこは『博麗』じゃない。あそこにでかでかと出ている看板は・・・。

「着いたわよ。」

霊夢が立ち止まったその和風家屋の上の方には。



『茶竹茶具専門店』と書かれた看板が、これでもかと自己主張をしていた。



・・・・・・・・・・・・・・・。

「え~。」

んなアホな。どう考えてもおかしいだろ。

だってここ、『茶竹』て思い切り書いとるやん。

「うちの母親が博麗の巫女やってたんだから、今は名字違くて当たり前でしょ。」

当たり前て。軽く言うなや。

いや待て俺。ということは、霊夢の父親ってまさか・・・。

「ただいまー。」

「お邪魔するぜー。」

「同じくー。」

俺が思考に耽っていると、三人は戸を開けて中へと入っていった。

俺も慌てて中に入り。

「一磋さん、あなた見かけに寄らず大きなお子さんお持ちなんですね。」

「待て優夢さん。開口一番何を言ってるのかわからない。」

いつもと変わらず店の中央に鎮座する若店主・茶竹一磋さんに即行で突っ込みを入れた。したら突っ込みが返ってきた。

違うのか。

「何言ってんのよ。これが父親なわけないじゃない。」

「物扱いは酷いな、巫女様。」

「妹に対し名前で呼べない兄なんてこれで十分よ。」

何だ、兄か。兄妹いたのか、霊夢。

「とは言っても、血の繋がりはない。俺は15の時に親父殿の養子になった身だ。そんな俺が巫女様を名で呼ぶのは失礼だろう。」

「誰も気にしないのに。ほんと頭固いんだから、一兄は。」

なるほど、結構ヘビーな事情があるんだな。なら、聞くのは失礼ってもんだ。

「霊夢。きっと一磋さんにも自分なりの考えとかケジメとか、そういったものがあるんだ。あんまり無理強いしてやるなよ。」

「ははは、俺の心中を代弁してくれて助かったよ、優夢さん。」

「実際はバカ親同様何も考えてないだけでしょ。」

これは耳が痛いと苦笑する一磋さん。何も考えてないのかよ。

「茶バカはほっといて奥行こうぜ。」

「私は早く先代博麗の巫女が見たいよ!」

と、魔理沙と萃香は一磋さんを無視して、ずかずかと奥へ入っていった。

「・・・すいません一磋さん。後で二人にはキツく言っておきます。」

「いや、気にするな優夢さん。霧雨のお嬢は昔からあんなだし、もう一人は鬼だろう?俺のような一般人が相手にされるはずもない。」

わかっているとばかりに一磋さんは頷いた。

大人や。やはりあの二人には後でガツンと言っておこう。

「ほら、優夢さん。さっさとうちのバカ親に顔見せるわよ。」

霊夢が俺を急かした。

「おや、巫女様が珍しく帰ってらっしゃったと思ったら、そういうことだったのか。これはお二人も喜ぶな。」

ええ、子供が帰ってきて喜ばない親なんていませんよね。

そう言ったら、何故か生暖かい目でニヤニヤ見られるだけだった。何ぞ?



霊夢に通されるまま奥へ進む。

すると、魔理沙と萃香、それから霊夢とよく似た声の誰かが談笑しているのが聞こえた。

あれがきっと・・・。

「バカ母、帰ってやったわよ。感謝しなさい。」

霊夢は半開きになった戸を開けると同時にとてつもなく高慢な言葉を発した。

だが、そこにいた妙齢の女性は、まるで動じずに応答した。

「一年に一回は帰って来いっつってるでしょ、バカ娘。」

・・・娘に負けず劣らず毒舌である。

その人は、茶屋の奥方であるにも関わらず巫女の姿をしていた。

霊夢そっくりの顔立ちに、足元まで届く長い髪。若々しいその姿は、とても娘がいるとは思えなかった。

そして、ただ立っているだけで溢れ出すのが感じられる研ぎ澄まされた霊気。この人は現役を退いてなお巫女だった。

同時、彼女が霊夢の母親であることに納得した。

「そっちが来なさいよ。里まで出るのはめんどくさいのよ、お賽銭くれるわけじゃなし。」

「いやよ、めんどくさい。」

・・・性格的な意味でもまた。

「っと、また見ない顔がいるわね。魔理沙ちゃん以外にあんたに友達ができるとは。」

「余計なお世話よ。」

「あとちゃん付けはやめてくれ、何か背筋が寒くなる。」

霊夢母の注意が俺に向く。最初が肝心だ、失礼の内容に。

「初めまして。去年の春から娘さんの下に居候させていただいている名無優夢と申します。」

その場で正座をし、礼をする。

そんな俺を見て、霊夢母はちょっと驚いた様子だった。

「・・・まさかあんたにこんな礼儀正しい旦那ができるとは。」

「違いますから。」

ずばっと否定する。居候はしてるがそういう関係ではない。

「流石に冗談よ。記憶のない外来人の名無優夢君。」

・・・ん?

「俺のことをご存知で?」

「あなたここのお得意様でしょうが。」

知ってて当然でした。

「それに、色々噂は絶えないしね。やれ寺子屋を乗っ取っただとか、やれ吸血鬼の館を一夜で廃墟にしたとか、やれ博麗の巫女その2だとか。」

ろくでもない上にデマばっかだなおい!?

「噂には尾ひれがつくものよ。それに巫女っていうより神主だし。」

・・・あー。うん、黙っておこう。それが一番だ。



そんな俺の考えを、魔理沙が一蹴しようとした。

「何だよ、知らないのか靈夢。こいつ女になれるん」

魔理沙の言葉の途中で、霊夢母がお札を放つ。神速で襲い掛かるそれにより、魔理沙は壁に縫い付けられてしまった。

「靈夢『さん』でしょう?年上の女性にはさんをつけなさいと言ったはずよ。」

その言葉に、魔理沙はカクカクと首を縦に振った。・・・って、あれ?

「んん?」

俺の聞き間違いか?今魔理沙、この人のこと『レイム』って・・・。

「だから言ったでしょ。何も考えてないのよ、こいつ。」

「あら、考えてるわよ。どうすれば美味しいお茶が飲めるかとか。」

微妙な・・・。いや、そうじゃなくて。

「ああ、自己紹介が遅れちゃったわね。私は霊夢の母でここの女将の茶竹靈夢よ。よろしくね、名無優夢君。」



幻想郷は何処まで行っても幻想郷であることを確認した。母娘で同音異字って何だよ・・・。





***************





こいつが自分の親だと思うとつくづく頭が痛くなる。

まず、こいつがこの家に嫁いだ理由。ここからしてまずありえない。

父親に惚れたとかそういう理由ならまだわかるけど、「美味しい茶が飲みたかったから」って何よ。

他にも、名前を考えるのが面倒だったからという理由で私の名前を自分と同じ発音である『霊夢』にしたとか。

日がな一日お茶を飲んで過ごしてるかと思いきや、里に危害を加えようとする妖怪をここから動かずに撃退したり。

さりげなくここら一体の主婦層のリーダーだったり。お茶飲んでるだけの癖に。

家庭を持っているくせに自由気ままに生き、その結果が周りが最良と思う結果をたたき出す。

そういう非常識が服を着た存在。それが我が母、茶竹靈夢だった。

子供の頃、まだこの家に住んでいたぐらいの頃は、近所からうらやましがられたこともあった。

けど、一緒に生活してる方はたまったもんじゃない。四六時中こんなペースなのだ。

振り回されるというレベルじゃない。ジャイアントスイングだ。起きて寝るまで、いや寝た後もジャイアントスイングだ。

正直、4歳で神社に一人で生活するようになったときは気が楽だった。そして一年に一回は帰ってこいという母の言葉が、だるくて仕方なかった。

今日萃香が言い出さなければ、それに優夢さんが賛同しなければ、このまま数年はボイコットするつもりだった。

今日も、顔を見せたらさっさと帰るつもりだったのだが・・・。



「へぇー、弾幕ごっこを考えたのは靈夢さんだったんですか。」

「そ。それに霊夢がスペルカードルールっていう面倒なルールを付け加えたのよ。」

優夢さんすっかり馴染んでるし。これでは帰れない。

「スペルカードの何処がいけないのよ。紫だってノリノリで作ってるわよ、スペルカード。」

私は母の言葉に反論した。返って来た言葉は。

「面倒じゃない。技使いたけりゃ好きに使えばいいのよ。」

これだ。様式美というものをわかっていない。

「わかってないのはあんたの方よ。弾幕で美しさを競えばいいんだから、わざわざスペルカードなんて定型化する必要はないのよ。それじゃ逆に可能性が狭まるわ。」

「いやぁ、けど俺は実際のところスペルカードルールには随分助けられてますよ。妖怪と対等に戦うって意味じゃ、有効だと思いますけど。」

お、そうそう。私はそれを狙ってたのよ。

「とってつけたようで嘘臭いぜ。」

「けど実際はそうなのよ。」

もっとも、発想は「何となくかっこよかったから」だけど。

「そうそう、ネーミングも結構楽しいですよ。人それぞれ特色あって。靈夢さんは作らないんですか、スペルカード。」

「一応ルールだから作ったけどね。術の名前そのまんまよ。考えるのも面倒だわ。」

「そこは考えましょうよ。慣れてくると結構面白いですよ。」

「優夢のネーミングセンスは論外だから、常に私と霊夢の監修が入るがな。」

「いやー、私もあのネーミングは正直ないと思うわ。」

そうね。いい加減『1700万~』も名前変えなさいよ。

私達の集中砲火を受けて、優夢さんはがくっとうなだれた。

「何?そんなに酷いの?優夢君のネーミング。」

「最初に作ったスペカは想符『1700万ゼノのブルーツ(笑)波』だぜ。(笑)の意味がわからん。」

「その次は思符『偉い人は言いました -我思う、故に我有り-』だっけ?あんまりだったから『デカルトセオリー』にさせたわ。」

「それから、想符『DaDaDaじゃない方のスチールボール』と思符『DaDaDaの方の~』だっけ?あれは名前変えて正解だったよ。」

「・・・確かに、酷いわね。」

「えー?靈夢さんはいいと思わないんですか、このハイセンス。」

「人類には早すぎるわ。」

ばっさり切られ、優夢さんは力なく崩れ落ちた。

「まあ、問題なのは名前よりも中身よ。名前ばっかり凝ってて中身がしょぼいんじゃ話にならないわ。」

「あら、私は中身ばっかり凝ってて名前がダサいのもどうかと思うけど?」

「・・・言ってくれるわね。二年ぶりに弾幕で決着つける?」

「いい加減私だって前時代の巫女に負けらんないわよ。腋の空いてない巫女はただの巫女だわ。」

「お、やっとかい?私は初めっからそれ目当てなんだから。霊夢に強いと言わしめるあんたの力、百鬼をもって測らせてもらうよ!!」

「へへ、たまには靈夢・・・さんの吠え面も見たいからな。私も協力するぜ!!」

「お前らは・・・弾幕なしで会話できんのか。」

愚問ね。





***************





うへぇ、靈夢さんマジ強ぇ。

基本的な戦術は霊夢と同じだ。敵の攻撃を片っ端から避け、隙を見つけ、攻撃を叩き込む。

どうやら霊夢同様勘は非常に鋭いみたいだ。というか、多分霊夢より鋭い。巫女としての格ってやつなのか?

そして、それを三人同時相手で読みきってるんだ。霊夢だって勘が鋭いんだから上回らなけりゃいけないってのに、3分の1で事足りてる。

さらに輪をかけて凄いのが、靈夢さんは『飛んでいない』。地面に足をつけ、体裁きのみで攻撃全てを回避している。

話によれば、靈夢さんの能力は『霊術を使う程度の能力』であり、空を飛べないんだとか。多分技術を習得すれば飛べるんだろうけど、勉強がめんどくさいんだろう。

それに対して霊夢と魔理沙は遠慮なく空を飛び、空から雨あられと弾幕を撒き散らしている。

萃香はというと、靈夢さんの姿勢に合わせているのかただのガチンコ好きか、地面に足をつけて肉弾と弾幕で攻撃をしかけている。

それら全てを、あるときは誘導し、あるときは潜り抜け、あるときは弾き返し、全て回避してるのだ。尋常な話ではない。

それでいて、彼女の攻撃は確実に三人を追い詰めていた。地対空だったら圧倒的に空の方が有利なのに、そんなことは微塵も感じさせない。

弾幕の配置が神がかっている。別にホーミングをかけていない札が、まるで吸い込まれるように三人を狙い撃つ。

速射が半端じゃない。札を投げ終わって次の札を投げるまでが、霊夢と比べて明らかに早い。俺が戦ったとして、あの早さで投げられたら落としきれないだろう。

一発の量が多く、範囲も広い。そのために一投で三人を同時に狙い撃つことができて無駄がない。

それら全てが合わさって、この人は果てしなく強かった。攻防ともに、霊夢を一回りも二回りも上回っていた。

俺は今まで霊夢が最強巫女だと思っていた。けど違う。世の中上には上がいるんだ。靈夢さんは霊夢よりも強かった。

俺は茶屋の庭で戦いを繰り広げる4人を、一磋さんとともにお茶を片手に観戦しながらそう思った。

「くっ!!人間の癖にちょこまかと!!鬼符『ミッシングパワー』!!

一番初めに限界が来たのは萃香だった。スペルカードを宣言し、巨大化する。

あれはキツイ。俺も萃香の『願い』からヒントを得て、ようやっとブレイクすることができたスペルだ。

果たしてこれに靈夢さんはどう対処する・・・?あ、茶柱立ってる。

「・・・なるほど、大気から妖力を集めて、いや"萃"めて巨大化する術ね。なら、穴空けてやりゃ勝手に自滅するね。」

なんと。初見で見抜いちまった。靈夢さんは洞察力も半端じゃないようだ。

「当然だな。女将さんは巫女様が巫女になるまでの間ずっと一人で戦ってきたし、今でも時折過激な妖怪を撃退している。経験値で言ったら、巫女様の数倍先を行ってる。」

なるほど。そりゃ、重ねてきた年数の分だけ霊夢よりは強いわけだ。

靈夢さんは自分の勘を頼りに、萃香の胴体部分に集中的な射撃を放った。濃密な弾幕を受けて、さすがの萃香も耐え切れなかったらしい。

妖力が散って元のサイズに戻る。そこへさらに靈夢さんの弾幕が追い討ちとばかりに殺到した。

萃香は動けず、全て喰らってしまった。さすがの鬼も元祖鬼巫女の全力を受けて昏倒してしまう。

「ちぃ、だからあれほど先走るなって言ったのに!!」

「構うな、霊夢!!私達だけでも何とかするぞ!!」

魔理沙、それ負けフラグ立ってるぜ。と心の中で呟き、お茶を一啜りする。

何と言うか。

「一磋さん。俺、この一年ちょっとで幻想郷のことは結構知ったつもりでいました。けど、まだまだですね。こんな強い人がいるなんて、思ってもみませんでした。」

俺の狭い世界の中では霊夢が最強だった。その次に紫さんが来て、幽々子さん、レミリアさん、魔理沙って感じで。

でも、ひょっとしなくとも俺のこの考えは間違っているのだろう。霊夢より上がいたように、紫さんより上もいるんだろう。霊夢と魔理沙の間にはもっとたくさんいるかもしれない。

俺は魔理沙よりもずっと下の方にいる。魔理沙の調子が悪いときは勝てるけど、その程度だ。

まだまだ上は高い。そう思ったら、少しめまいがした。

「・・・優夢さん。あなたは少し勘違いをしているようだ。」

一磋さんが突然、そんなことを言い出した。

「勘違い、ですか?」

「ああ。女将さんは確かに強い。弾幕ごっこにおいては、確かに幻想郷最強と言っていいかもしれない。・・・だが、そこまでだ。」

? どういう意味ですか?

「そのままの意味だ。『弾幕ごっこ』というルールの上では、女将さんはその特性を理解し、活かし、妖怪にだって勝つことができる。
だけど、単純な霊力で言ったら今の巫女様の足元にも及ばないさ。」

・・・え?

「女将さんは空を飛ばない。飛ぶ技術を習得していないということもあるが、飛ぶことにより消費する霊力であっという間に枯渇してしまうほどなのさ。」

んな、ばかな。だってあれだけ縦横無尽に弾幕撒き散らしてるのに・・・。

「あれは文字通り撒いているだけさ。中には霊力などほとんどこもっていない。そうやって消費を抑え、好機に全力を叩き込んでいるのさ。」

足りない力を発想と技術と経験と勘で補っているのだと、一磋さんは説明してくれた。

「やばっ!?魔符『スターダストレヴァリエ』!!

それだけで、ああも戦えるものなのか。俺は俄かには信じがたかった。

「けれど真実だ。・・・そして、それは巫女様にも言えることだとは思わないか?」

・・・その理屈だと、確かにそうなる。

確かに霊夢は霊力が半端ではない。人間離れしてると言ってもいい。

だけど、それはあくまで人間から見た話。妖怪で言ったら、ルーミアとどっこいどっこいなのだ、霊夢の力は。

それを、勘と技術で埋めて勝ち続けているに過ぎない。もしルール無用のバリトゥードゥだったら、霊夢とてそう簡単には妖怪に勝てない。

「魔理沙!?ちっ、私一人でも負けないわよ!!」

だから負けフラグなんだってばそれ。

「あの子だって、一人の女の子だ。一人で生きてはいるが、たった一人だけで生きていく力は持っていない。」

「だから、誰かの支えがいる。そう言いたいんですね?」

俺の言葉に、一磋さんはこくりと頷いた。ああ、俺にもわかったよ、一磋さんの考え。

口では何だかんだ言ってるけど、やっぱりこの人は霊夢の『兄』なんだと、そう思った。

「俺は力を持たぬ一般人だからあの子の隣に立って支えてやることはできないが・・・優夢さん、あなたならできる。」

強い意志で俺を見る一磋さん。俺もまた、強い意志を持ってそれを受け止めた。

「巫女様――霊夢を頼みます、名無優夢殿。」

「かしこまらないでください、一磋さん。俺は元よりそのつもりです。」

俺は幻想郷に来てから、ずっと霊夢の世話になっている。その恩もある。

だけどそれ以上に、霊夢と一緒に生活しているうちに、あいつは誰かが側にいてやらないとと思った。

それは別に俺である必要はない。魔理沙でもいいし萃香でもいい。あるいは時々訪れるレミリアさんでもいい。

ただ、彼女らには自分の生活がある。必ず神社にいるわけではない。

だから俺が。少なくとも、霊夢が成長しその隣に立つに相応しい誰かが現れるまでは、行く場所のない俺が霊夢を見守ろうと。そう決めていた。

結局のところ、俺も一磋さんと同じだ。

「まあ、俺では少々心許ないでしょうが。」

「そんなことはない。もっと自信を持て、優夢さん。」

一磋さんの言葉が嬉しかった。

「これでも喰らいなさい!霊符『夢想封印』!!

霊夢がスペルカードを宣言し、靈夢さん目掛けて七色の霊弾が放たれた。

「名前と見てくればっかりね、もっと中身を鍛えなさい。護符『護法陣』!!

それに全く動じることなく、靈夢さんは簡素なスペルカードを掲げた。

そして張り巡らされた結界もまた、霊夢に比べれば簡素な半円形だった。

だがそれは、霊夢の『夢想封印』を受けてなお、ビクともしなかった。

「相変わらずバカみたいに堅い・・・。」

「ホーミングなんてしないでも当てさえすれば、余計な力は使わなくて済むのよ。靈符『博麗封印術』!!

結界を解き、反撃に靈夢さんがスペルカードを放つ。霊夢と同じく七色の霊力弾だ。

それが、一瞬後には霊夢の周囲を取り囲んでいた。速ッ!?

「爆!!」

靈夢さんが指を二本立て喝を入れる。同時、霊力弾は周りを巻き込み爆発した。

あまりに一瞬の早業。その上霊夢がまだ体勢を立て直していない状態での攻撃だったので、霊夢はなす術なく落ちた。

決着。靈夢さんは冗談抜きで幻想郷の実力者三人を相手に勝ってしまった。

「あー疲れた。一坊、お茶。」

「それは親父殿の仕事だ。俺には恐れ多い。」

「あの人今日は帰って来ないのよ。いつものお仕事。」

きっと、これが当然の光景なのだろう。靈夢さんはさっさとこちらに戻ってきて、一磋さんにお茶を要求していた。

「お見事でした。」

「ま、このぐらいはね。・・・それにしてもあの子、また腕をあげたわね。」

靈夢さんは体を起こす霊夢の方を見ながら、そんなことを呟いた。・・・霊力では霊夢の方が上なんだもんな。

「果てさてあと何年抑えられることやら。あの子の手綱取りは任せたわ、優夢君。」

「はは、一磋さんにも言われました。元よりそのつもりです、任せておいてください。」

ほんの少しだけ親の顔になった靈夢さんに、俺は胸を叩いて応えた。

「優夢さん!あなたが入れば多分勝てるわ!!もう一戦よ!!」

珍しくムキになっている霊夢。俺は何だかそれがおかしくて、噴き出してしまった。





霊夢にも家族があって、頭の上がらない人がいて、それから家族直々に霊夢のことを任されて。

幻想郷の知らなかったことを知った、そんな一日だった。





***************





「・・・それで、女将さんから見てどんな人物だと思った?」

神社へと帰る娘達を見送ったあと、一坊がそんなことを聞いてきた。

そうね。

「典型的ないい人だけど、それだけじゃないわね。」

これは元巫女としての勘なのだけれど。

彼はその瞳の奥に、全てを等しく照らす光と底知れぬ闇を持っている。そんな気がした。

そんな人物が愛娘の側にいるという事実は、少々不安ではあるけれど。

「ま、何とかなるでしょ。念も押しといたし。」

「・・・相変わらず軽いな、女将さんは。」

そんなことより一坊。あなたまだ霊夢って呼べないらしいわね。

「いや、それは女将さんが悪い。『レイム』と発音すると、二人とも振り向くじゃないか。何故あんな名前をつけた。」

「面倒だったのよ。」

それにあの名前だったら。私と同じ音を持つあの名前だったら、離れていてもあの子の側にいられるでしょ?

「はぁ・・・結局親バカだな、女将さんは。」

「親バカで結構。我が子が可愛くない親なんていないわ。」

それはもちろんあんたもよ、一坊。

「とは言っても、女将さん俺と10も歳が離れていないじゃないか。」

「そうなのよね、どっちかって言うと手のかかる弟かしら。」

「その言葉、そっくりそのままお返ししよう。」

言うわね。



突然の娘の訪問だったけど、色々と知ることができてよかった。

また一年後、あの子を取り巻く環境がどう変化するか。それが今から楽しみだった。

「しっかりと成長しなさいよ、霊夢!」



なお、一週間後優夢君に言われて実家帰りをする霊夢がいたりした。

・・・ま、いいか。霊夢と過ごせる時間増えるし。





+++この物語は、元祖鬼巫女が大暴れする、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



家族公認超兄貴:名無優夢

ちなみに、家族からの認識は「霊夢の許婚」。よくも悪くもぶっ飛んだ周囲である。

純粋な弾幕戦闘能力は高い。多分元祖巫女と言えども容易くは勝てないだろう。相性の問題で。本人自覚ないが。

今回のことがあって、優夢は霊夢の兄であることを意識しだした。

能力:あまねく願いを肯定する程度の能力

スペルカード:思符『信念一閃』、想符『陰陽七変化』、境符『四重障壁』、現象『闇色能天気』など



今代の鬼巫女:博麗霊夢

『博麗』を名乗るのは博麗の巫女であるから。生まれた当時は茶竹霊夢だった。

博麗の系譜は歴史上色々である。世襲したり、他所から霊力の高い子をもらってきたり。

なので霊夢自身、純系の博麗ではない。しかしそれは、幻想郷では些細な問題なのだ。

能力:主に空を飛ぶ程度の能力

スペルカード:霊符『夢想封印 集』、夢符『二重結界』など



鬼巫女の血の繋がらぬ兄:茶竹一磋

ただのモブキャラかと思いきや、実はこんな素性。

ちなみに、霊夢父に拾われるまでは慧音が世話をしていた。今でも慧音を母親同然に思っている。

茶を入れるのに最適な能力ではあるが、実は魔眼の類。霊力を測ることもできる。人間スカ○ター。

能力:温度を視覚で理解する程度の能力

スペルカード:なし



先代の元祖鬼巫女:茶竹靈夢

博麗靈夢。旧作霊夢とオリキャラの中間。原作とは辿った歴史が違う。

たとえば弾幕ごっこは彼女が作ったのであり、ロリスとは面識ないなどなど。空を飛べないのは旧作通り。

隠れ子煩悩。一見すれば放任のようにも見えるが、実は誰よりも霊夢のことを思っている。

能力:主に霊術を扱う程度の能力

スペルカード:護符『護法陣』、靈符『博麗封印術』など



→To Be Continued...



[24989] 幕間十九
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:35
~幕間~





これは、俺が魔法の森の魔理沙の家に初めて遊びに行ったときの話だ。





「ところでさ、今気付いたんだけど、俺って魔理沙の家に行ったことないよね。」

魔理沙が神社を訪れ、いつも通り弾幕ごっこをした後、茶をすすりながらふと思った。

先週霊夢の実家を訪ね、それが頭に残っていたからだろう。

ちなみに、霊夢は今日は実家に帰らせている。

あのぐらいの歳の娘が年に一回も帰らないなど、あまりにも親不孝だ。なのでご飯を人質(?)に取り、強制的に行かせた。

霊夢はぶーたれていたが。そんなに実家に帰るのが嫌なんだろうか。

「あー?まあ、招待した覚えはないからな。」

友人の中で特定の宿を持つ相手なら、俺が行ったことないのは魔理沙の家ぐらいだ。

「魔法使いは人を家に招待したりするもんじゃないぜ。研究成果を盗まれるからな。」

そうなのか?アリスとか普通に俺呼ぶけど。

「あいつはほら、あれだから。」

「あれってなんだ。」

それに研究成果を盗まれるって言うけど、お前普通にパチュリーさんから泥棒してんじゃん。

「借りてるだけだぜ。」

「はいはいわかったわかった。死んだらちゃんと返せよ。」

もうこいつには何を言っても無駄だと悟った。

「大体、俺は魔法使いの研究盗んだってしょうがないだろ。魔法使いじゃないんだから。」

俺は魔理沙が組んでいる術式の欠片も理解できない。だから魔理沙のように多様な性質のスペルは作れない。

そんな俺が、魔理沙の研究を盗む意味があるか?なくはないだろうけど、それはきっとマイナスの意味だろう。

「大方、全く片付けてないせいで人を呼べる環境じゃないとかそんなとこだろ?」

魔理沙の性格から本当の理由を推測する。結構見栄っ張りだからな、こいつ。

「美少女の部屋に上がりこもうとする男はどうかと思うぜ。」

「自分で言うなや。そして都合のいいときだけ男扱いか。」

普段は俺を女扱いするくせに。

「まあ、別に嫌ならいいさ。気になっただけだし。」

「・・・そう言われると逆に腹立つな。」

どーすりゃえーねん。

「いいぜ、明日うちに招待してやる。首を洗って待ってるんだな!!」

啖呵を切り、魔理沙は箒にまたがり飛んで行ってしまった。

家に招待されるのに、首を洗うはないと思うんだが。トラップでも仕掛けられるのか?



「ということがあったんだ。」

その日の夕食時。俺は逃げ帰ってきた霊夢とどっかに行って帰ってきた萃香と食卓を囲みながら、昼間にあった出来事を話した。

「トラップよりも性質が悪いわよ。あいつんち、足の踏み場ないから。」

やはりか。ということは、明日までに片付ける気か。

「けど魔理沙って、大掃除してたら漫画見つけて読みふけるタイプだよな。」

「あーわかるわかる。」

萃香が同意した。漫画知ってるのか萃香。わからないだろうと思ったのに。

「私は色々見てるのさ、これでもね。」

なるほど。

「それ抜きにしたって、一日で掃除が終わるような量じゃないはずよ。3、4年前の段階で足の踏み場がなかったんだから、今はゴミの中で生活してるんじゃない?」

・・・あいつ、一応店やってたよな。いいのかそれで。

「いいのよ、客なんて来ないんだから。」

ならいいのか。いや納得するなよ俺。

「じゃあ、やっぱり行かない方がいいかな。」

「あら、誘われてて断るのは失礼よ。」

だよなぁ。

「ま、明日はなるようになれ、だな。」

「今から随分と悲壮な覚悟決めてるね。たかだか家庭訪問で。」

気を抜いたら何が起こるかわからないのが幻想郷だろ?





んで、次の日。

「フッフッフ・・・よく逃げも隠れもせずに来たな、優夢。」

自信満々の魔理沙が神社へやってきた。

「いや、来たのお前だし。」

「細けぇこたぁいーんだよ。」

そうかい。

「その様子だと、お片付けは終わったのか。」

「何のことだぜ。私の家は年中無休でクリーンだぜ。」

やはり見栄っ張りだ。だが、それでこそ魔理沙だ。

「それじゃあ拝見させてもらおうかな。お前の家がどの程度綺麗なのか。」

「はっ、神社より汚いことはない。安心しな。」

・・・ほぅ、言ってくれるな。この俺が毎日精魂込めて掃除してる神社より綺麗だと?

「面白い、公正に判断してやるよ。」

「その言葉、後で後悔しても知らないぜ。」

ふっふっふっふっふっふっふ・・・。

俺たちは不敵な笑みで火花を散らした。

「・・・この神社、私のなんだけど。まあいいか。」

「いいの?」

「いいのよ、優夢さんは身内だから。」



俺と魔理沙は神社を飛び立ち、魔法の森にある魔理沙の家へと向かった。





***************





ふふふ・・・優夢の驚く顔が目に浮かぶぜ。こいつのことだから私のことずぼらだとか思ってるんだろう。

それは間違っている。下手にかたしてしまうと何処に何があるかわからなくなるし、そもそも収納スペースだけで居住スペースを埋めてしまう。

だから私は、蒐集物と一緒に暮らしてるんだ。断じて片付けが面倒なわけではない。

だが、優夢にああまで言われては私の自尊心というものが如何ともしがたい片付け精神を呼び起こした。

優夢の目に物を見せてやろう。だが、どうすればいい?はっきり言って私の家のジャングルは、一日で片付け切れるほど楽ではない。それは物理的に不可能だ。

それならばと、私はとある秘策を講じた。

これならば一日あれば何とかなる。私は帰ってから早速作業に取りかかった。

「まあ、別に何するわけでもなし。入れるだけのスペースがあれば十分だろ。」

優夢が私の横を飛びながらそんなことを言う。

「せいぜい今のうちに言ってるんだな。私の家に入ったらその発言を後悔することになるからな。」

「へー、実際はどんなもんかね。」

言ってろ。後悔させてやる。



そんなこんなで、私達は私の家の前にたどり着いた。

「へぇ、思ってたより大きいな。」

「この私が根性で探し出した優良物件だぜ。」

最初はまさか魔法の森にこんな洋館があるとは思ってなかったがな。

「着の身着のまま歩いてたらここを見つけたから、そのまま私の家にしたんだぜ。」

「・・・お前な。なんつーか色々アレすぎるだろ。」

アレって何だぜ。

「まあいいか、過ぎたことをどうこう言っても仕方ない。」

そうそう。それが長生きの秘訣だ。

「・・・とりあえず、中に入らせてもらおうか。」

おお、どんと行け。

私の許可を得てから、優夢はドアノブを回した。鍵?そんなものなくても泥棒なんか入らないぜ。

ガチャリと音をたてて、ドアが開く。

その向こうには。



「あ、あれ?意外と綺麗だ・・・。」

よく片付けられた玄関が現れた。

ゴミ一つ、本一つない普通の玄関。出掛けに香を焚いたため、心地良い香りが家の中からしていた。

「どうだ。」

私は勝ち誇った表情で優夢に言ってやった。

「・・・いや、まだ玄関だけだからな。中はわからないじゃないか。」

おーおー、疑り深い奴だぜ。ま、好きなだけ見るがいいさ。



それから優夢は、家の中探りまわった。

居間に出て。

「朝食食った後は?」

「んなもん、片付けたに決まってるぜ。」

キッチンに行き。

「おい、皿もないぞ。」

「片付けたんだぜ。」

私の私室に行き。

「・・・ベッドしかないんだが。」

「片付けたぜ。」

「いやおかしいだろ!?家の中何もなさすぎだろどう考えても!!」

「これが私の家だぜ。どうだ、綺麗だろ。」

「綺麗すぎるのも問題あるだろ!!・・・さてはお前、何か隠してるな?」

何も隠してないのぜ。

「・・・まあ、いいだろう。そういうことにしておいてやる。」

優夢は何か言いたそうな顔をしたが、すぐため息をつき言葉を引っ込めた。引っかかる言い方だぜ。

「んで、俺を呼んだはいいけど、何する気なんだ?」

・・・あー。

「弾幕ごっこでもするか?」

「室内ですんな。つうか俺らいっつも弾幕じゃねーか。」

そういやそうだな。私が神社に行くと、大抵やることって弾幕か宴会ぐらいなんだよな。

「せっかく魔理沙の家に来たんだからもっと別のことしようぜ。」

「別のことって、何かあるのか?」

「あー、そうだな・・・たとえばお前がこれまで盗んで来た本を見るとか。」

借りてるだけだぜ。

「それはしまっちゃったから見れないぜ。」

「しまったなら取り出せるだろ?」

「取り出せないぜ。」

あそこから取り出すのは正直面倒くさい。

「? お前どういうしまい方したんだよ。」

「芸術的にだぜ。」

「わけわからん。」

お前も見ればわかるぜ。見せないけど。

「じゃあ、何すんだよ。茶でも出るのか?」

「茶器の類は全部片付けたぜ。」

「お前は限度というものを知れ。」

しょうがないだろ、片っ端からかたしたんだから。

「あれだ、お前が私を挑発したのがいけないんだ。だからお前が茶を淹れろ。」

「何この理不尽。つうか茶器なかったら俺だって淹れらんねえよ。」

「買ってこい。」

「ふざけんな。・・・はぁ、やることないみたいだから帰るわ。」

待て、それじゃ何のためにお前を呼んだのかわからないじゃないか。もっと何か考えろ。

「つーか、目的は達成したんだろ?家が綺麗なことは俺に見せたわけだし。」

「だけど何かつまらないじゃないか。お前こういうの得意だろ。」

「いや、確かに寺子屋では子供相手に遊び考えてるけど・・・。」

ほらちゃっちゃと考えろちゃっちゃと!!

「お前なぁ・・・。うーん、何かこういう場合に面白いことは~・・・。」

優夢はあごに手をあてて色々見ていた。面白い何かを探してるんだろうか。

「古典的だが、かくれんぼとか面白いよな。こういう家だと。」

「普通すぎるぜ。もっと何かないのかよ。」

「まあ、大の大人がやることじゃないわな。するってぇと、家内探検ってとこだな。」

ほう?

「魔理沙、この家のことは隅々まで知ってるか?たとえば、開かずの間とかあったりしないか?」

「残念ながらないぜ。開かない扉はぶっ壊したからな。」

「非常にお前らしいがもう少し後先考えろ。そんじゃあ、秘密の地下室とかないか?」

「地下なら・・・おっと、何でもない。」

危ない危ない、ポロっと言うところだった。優夢は怪訝そうな顔をしたが、すぐに元の表情に戻った。

「したらやることない・・・ん?」

と、優夢の視線がある一点で止まった。

何かと思い、私はそれを目で追い――



「あっ。」

気付いた。

そこには一枚の紙切れがあった。ただの紙ではなく、実に写実的な絵が描かれた。

それは写真だった。昔、こーりんが外のゴミの中から見つけ出した写真機でとって、四苦八苦の末一枚だけ現像に成功したそれ。

――私がまだ、実家で暮らしてた頃の写真だ。

私は慌ててそれに近付き、ポケットにしまい込んだ。

「・・・見たか?」

「あー、いやその・・・バッチリ。」

誤魔化そうと目を明後日の方向にそらしたが、それが不誠実だと思ったのか、優夢は正直に答えた。

「そうか・・・。」

私は帽子を目深に被り、表情を隠した。

・・・片付けたのが裏目に出た。しかし、後悔しても後の祭りというやつだ。

「なんつーか・・・、俺が深入りしていいことじゃないよな。」

「・・・ああ。」

私は短く、肯定の意を返した。

そう。これは私の問題だ。私と実家の間の確執。

そんなものに優夢を巻き込むわけにはいかないし、私自身巻き込みたくはない。

どう考えたって、優夢に嫌な思いをさせるだけだ。私はそれが嫌だった。

「なら、深くは聞かないさ。俺が手を出したからって解決するわけじゃないだろうし。」

私の意を汲んで、優夢はそう答えた。

「けど、あんまり一人で抱え込むなよ。自爆する前に周りを頼れ。俺だったら、愚痴ぐらいなら聞いてやるからさ。」

そんな言葉を続けて。

――へ。

「私の愚痴は半端じゃないぜ。全部聞いたら三日はかかる。」

「おお、いいぜ。どんとかかってこい。全部受け入れてやんよ。」

優夢の言葉は、少し沈んだ気持ちを癒やしてくれた。

・・・ありがとう、親友。



それからしばらく、私達はとりとめのない雑談をした。

神社で起きたいつも通りの騒動。妖夢との稽古。アリスの魔法について。レミリアの幼児退行が酷い話など。

何をするでもなく、ただの会話のみ。けれどそんな時間も、決して悪くはなかった。

「まあそんなわけで、俺は霊夢の兄貴分らしい。」

「家族公認だな。もういっそ結婚を前提にお付き合いしちゃえよお前ら。」

「何処からそんな結論になる。第一俺じゃ霊夢が迷惑だろ。お互いそんなこと1ミリも考えてないんだから。」

優夢を霊夢が取ったら、それはそれで大変なことになりそうな気がするな。

まああいつなら実力で周囲を黙らせると思うけど。

「俺はあくまでお前らの兄貴的立場だ。誰かが手綱引いてやらないとすぐ暴走するじゃないか。」

『ら』ってことは、私も入ってるのか?

「心外だぜ。霊夢じゃあるまいし。」

「お前は基本的に霊夢より酷いから。そこんとこよろしく。」

む。そこまで言うか?

「てゆーかお前には霖之助さんって兄貴分がいるんだから、霖之助さんの言うこと聞けよ。」

「お前がどう思ってるか知らないけど、あいつはあいつでぶっ飛んでるぜ。」

まあ、優夢もだが。

「あいつや一磋じゃ私や霊夢を抑えるだけの力はないんだぜ。」

「はぁ、結局俺が見るしかないんかい。やれやれだぜ。」

人の言葉を取るな。

「しょうがない。少なくともお前らがパートナーを見付けるまでは俺が見ててやる。」

「じゃあ一生だな。」

「・・・お前らはもう少し、色恋とかに興味を持ったらどうだ?年頃の女の子なんだから。」

その言葉、そっくりそのまま返すぜ。

「私より強い男だったら考えてもいいぜ。」

「一生独り身やってろ。お前より強い男なんて思いつかん。」

諦めやがった。まあ、私も誰にも負ける気はないからな。

ふと、外を見た。

「うわ、もうこんな時間か。」

外からは夕日が差していた。しゃべってるだけで一日が終わってしまった。

「そろそろ帰って飯の支度しないと、霊夢が鬼巫女になるな。んじゃ、今日はこれで失礼するわ。」

「ん、そうか?別に泊まって行っていいんだが。」

「お前はもう少し自分が女である自覚を持った方がいい。」

別に誰にでも言う訳じゃないぜ。

「お前にそんな甲斐性があるなら、あいつらがヤキモキする必要はないからな。」

「何の話だよ。」

これだ。鈍いにもほどがある。





私は玄関先まで行き、優夢を見送ることにした。

「霊夢は足の踏み場がないって言ってたけど、そんなことなかったな。逆に何もなさすぎだ。」

「おお、そうだぜ。何もないんだぜ。」

自慢してやる。

「それで今日の晩は何を食べる気なんだ?」

そうだな、きのこのあぶり焼きでもおかずにして一杯やるかな。

「調理器具もなしにか?」

・・・あ。

「・・・しまっちゃったぜ。」

「だと思ったよ。何処にしまったかは知らんが、簡単には取り出せないんだろ。だったら神社に来い。飯ぐらい出してやるよ。」

「私もそう考えてたところだぜ。」

「少しは遠慮しろよおい。」

私達の間に遠慮など、あんまり無い。

「まあ、そうなんだけどさ。・・・んじゃ、行くか。」

「おう。」

私達は空に飛び立つため、ぐっと地面に力を入れた。



その瞬間、地面が抜けた。





***************





・・・色々と言いたいことはある。

床が抜けるならわかるが地面が抜けるってなんだとか。この穴深すぎねえかとか。

次から次へと疑問が湧いてくるが、とりあえず俺は一つに集約することにした。

「魔理沙、これはかたしたと言うんじゃない。埋めたって言うんだ。」

俺はうず高く詰まれた本の頂上から顔を出し、言いたいことを簡潔に述べた。

魔理沙の家の中に何もなかった理由。それはただ単に全ての物品をこの玄関下に作られた空間に押し込めたというだけだった。

それに対し魔理沙は悪びれた様子もなく。

「片付けだぜ。」

頭に逆さになったカップを乗せながら、そんなことを言った。

「お前な・・・もっと計画的に行動しろよ。どうすんだよこれ。」

見たところ、生活用品諸々もここに突っ込んであるようだ(下着類も散乱しているが、それはなるべく見ない方向で)。

これからどうやって生活する気だこいつ。

「大体、地下空間を作るならもっと考えて作れ。踏み込んだら抜けるなんてもろすぎにもほどがあるだろ。」

「ここまでもろいとは思ってなかったんだぜ。」

どうやらこの空間、昨日思いついて魔砲で作り上げたそうな。

即席だったため、強度は完全に度外視。そりゃ崩れるわ。

「・・・とりあえず、今日は神社に泊まれ。着替えとかは霊夢に借りてくれ。明日ここをどうにかしよう。」

俺は今後の指針を、ため息をつきながら提示した。



その後、俺達は一先ず物置穴から脱出し、神社へ向かった。

夕食を食べながらどうすべきか相談していたら、意外なことに萃香が協力を申し出てきた。

曰く、「大工仕事は鬼に任せな」とのこと。

そして翌日、再び魔理沙の家へ行き、物置穴から荷物をサルベージした後、萃香による工事が始まった。

そしてその日の内に、霧雨邸から続く地下物置空間が完成してしまった。恐るべし鬼の大工力。

こうして、魔理沙の家にちゃんとした物置ができ、魔理沙は家に収まりきらない荷物を収納できるようになった。



はずなんだが。



「どうして数日でここまで汚せる。」

俺は腐海の森と化した魔理沙の家を見て、頭痛を覚えた。

「あー。よく考えてみれば、しまったら取りに行くのがめんどくさいぜ。」

処置なし。その言葉を聞いた俺は、魔理沙にそう判断を下した。

結局、萃香が作ってくれた地下室は、ただの空き部屋と化すのだった。



結局魔理沙は魔理沙であり魔理沙以外の何者でもないという、そういう話。





+++この物語は、魔理沙は魔理沙であり魔理沙以外の何者でもない、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



魔理沙の兄貴的親友:名無優夢

せっかくだから皆の兄貴分になることにした。他に妹分はルーミアとかフランドールとか妖夢とか。

そんなわけで、魔理沙の家に遊びに行ったからといって別段何かあるわけではない。

霖之助と一磋と合わせて兄貴同盟。

能力:あまねく願いを肯定する程度の能力

スペルカード:思符『信念一閃』、想符『陰陽七変化』、境符『四重障壁』、現象『闇色能天気』など



色恋に疎い恋色の魔法使い:霧雨魔理沙

基本、彼女の頭には如何に強い魔法を作るか、如何に弾幕に勝つかしかない。直球ど根性娘。

しかしそんな彼女だからこそ、恋をしたら物凄いエネルギーになるだろう。相手は大変である。

彼女が提示した条件にちゃっかり優夢が当てはまりそうなのだが、相手も自分も気付いていない。

能力:魔法を使う程度の能力

スペルカード:魔符『ミルキーウェイ』、恋符『ノンディレクショナルレーザー』など



→To Be Continued...



[24989] 幕間二十
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:35
~幕間~





これは、リグルとミスティアが神社に来たときの話だ。





***************





『異変』の夜から数日が経った。

人里の守護者が言っていた『月の異変』とやらは、どうやらあの夜に終結したみたいだ。

あれから私は、減っていた妖力も元に戻りすっかり元気になった。

だから張り切って人間を襲おうと思った。

節操がないと言われようが私は妖怪。人間を食べるのだ。

それに力が溜まるのを待っていたために、ここのところろくなものを食べていない。樹液とかその程度だ。

私の使い魔であり部下でもある妖蛍もお腹を空かせている。ここらで大きな獲物にありつきたかった。

それはごく単純なことであり、自然な流れだった。



はずなんだけど。



「・・・うー、何か人を襲う気になれない。」

眼下を通り過ぎる無防備な人間の子供を、私は見逃した。

普段だったら格好の標的であり、骨まで残さず頂くんだけど。

「やっぱりまだ調子戻ってないのかなぁ・・・。」

言いながら、軽く手に妖力弾を形成してみる。

だけどそれは本調子のときの妖力であり、回復していないという事実を否定した。

一体何だというのか。以前の私だったら、弱くて狙い目の人間を見つけたら迷わず飛びついていたはずだ。

蟲は決して強くはない。食物連鎖の下層に位置する、死にやすい生き物だ。

だからこそ生きることに関してはこの上なくシビアに考えられる。食われる者は、弱いのがいけないのだと。

そう考えていたはずの私が、弱くて注意力もない、食われて当然の人間を逃がす。

有り得ないことだった。

「ほんとにどうしちゃったんだろ。」

地上に降り、調度いい木の根本に座り込んだ。

この間の『異変』から、どうにもおかしい。

そもそも、私達妖怪が人里の側についていたというのがおかしな話なのだ。

何で私はあのとき、人里についたんだったか。冷静に考えてみる。

確かあのとき、私は友人が困っているから助けたかったという、ごく単純な感傷から動いたはずだ。

友人――その夜に出会った人間、名無優夢。

そもそも私は何で優夢と友達になったんだっけ。

ああそうだ。あいつが友達になりたいって言ってきたんだ。しかも私のことを男と勘違いして。

思い返してみれば腹の立つ話だけど、それなら何で私はその申し出を受け入れたんだろう。

私は妖怪であいつは人間。接点なんて何もないはずなのに。

そうだ。あいつは人間だ。それも、力はあるかもしれないけど、無防備で警戒心のない、狙い目じゃないか。

「・・・優夢を食べれば、調子戻るかも。」

私は思い至った結論を口にし――自分を殴りたくなった。

友達を食べようなんて、私は何を考えているんだ。

だけど優夢のために私が調子出ないのは明白だ。

・・・私は一体どうしたらいい?

「ズバリ、恋だね!!」



唐突に聞こえた声に、私は顔を上げた。

「・・・いきなり何?」

そこには見知った夜雀が一匹、陽気に浮かんでいた。

「適当に飛んでたらあんたが見えたから声をかけたのさ。」

その第一声があれか。

「意味わからないから。私は今考え中だから放っておいて。」

ミスティアに素っ気なく返す。私はあなたのように脳天気じゃないの。

だがミスティアは、チッチと指を振り。

「リグルんが抱えてる悩み、それは恋だよ!!」

リグルん言うな。

恋だって?誰が、誰に。

「リグルが、・・・あいつ名前なんだっけ。この間のお人好し。」

「名無優夢だよ、それぐらい覚えときなよ。」

ミスティアは三歩歩いたら三歩前のことは忘れる。鳥頭だから。

「そーそー、そのななしのごんべえさんに。」

優夢だってば。

「そんなんじゃないよ。第一理由がないじゃない。」

私が優夢に恋をしていたとして、そのきっかけは?動機は?

「何となく?」

「論外。冷やかしなら帰って。」

何も考えていないミスティアの発言に、怒るよりも呆れてため息が出た。

ありえない話だ。妖怪が人間に恋をするなど。



「んー、私は結構好きだけどね、ごんべえさん。」

けれど何故か、ミスティアがそう言ったとき、ほんの一瞬だけ胸がもやもやしたのは何だったんだろう。





***************





数日ぶりに見た友人は、意気消沈しているように見えた。

本人は否定してるけど、これは間違いなく恋だ。

ん~、いいじゃないか恋。初々しくて。思わず歌を口ずさむってなもんさ♪

「はぁ、もういいや。勝手にして。」

ほらほら照れるなって~。あんたぐらい若けりゃ、それが正常だよ。

「さり気なく発言がおばさん臭いよ。」

「あんたに比べりゃおばさんにもなるさ。これでも400年は生きてるんだから。」

(確か。)

リグルはまだ100年は生きてないはず。それに比べりゃ、大抵の妖怪はおばさんやらおじさんだ。

けど私はまだピッチピチだよ~♪

「それはどうでもいい。」

ノリが悪いねぇ。

「・・・それにしても、そんなに木材集めて巣でも作るの?」

リグルは私の背に視線を向けて尋ねてきた。

「ああ、違う違う。屋台を作るんだよ。」

「屋台?」

私の答えにリグルは怪訝な表情をした。

まあ、そりゃ私がいきなり屋台とか言い出したら驚くよねぇ。でもこれには、山より高く海より深い事情があるのさ。

「最近どうも、商売根性に目覚めちゃってね。」





きっかけはこの間の『異変』の後だ。

結局私達は、あの後巫女達が帰って来るまで里の警備を続けたんだが、巫女達が帰って来たのは日が登ってからだった。

何でも『異変』の元凶のところで一泊したんだとか。それでいいのか博麗の巫女。

まあともかくそんなわけで、私達は偶然ではあるけど昼の人里を見る機会を得たわけだ。

流石に守護者の目はあるし里内で暴れるのは御法度だから大人しくしてたけど。お腹も空いてたし適当に人間をつまみたくなったのは事実だった。

そんな折、私はとある屋台を見つけた。そこではどうやら、肉を串に刺して焼いているようだった。

肉の焼ける香ばしい香りにつられ、私は思わず注文してしまった。

妖怪が里にいることに、一瞬おっちゃんはギョッとした。

だけど客は客だと差別することなく、私にその肉を一本くれた。

醤油の甘だれにつけられたそれを目の前にし、私は思わず唾を飲み込んだ。

一息にかぶりつく。その瞬間、甘だれの甘じょっぱさと肉の旨味が、口の中でハーモニーを奏でた。

私は初めて感じたその味に、天に上るような心地だった。

それからしばらくして正気に戻った私は、興奮して聞いた。

『おっちゃん!これ何て料理!?』

私の問いに、気の良さそうな筋肉質のおっちゃんは、かんらかんらと笑いながら答えた。

『はっはっは、鳥妖怪の嬢ちゃんが知らないとは思わなかったよ。



これは焼き鳥SA☆



口の中のもの全部噴き出した。

名前は知ってたけど、これが焼き鳥とのファーストコンタクトだった。





「そしてそのオヤジを半殺しにした後、私は誓ったのさ。『焼き鳥以上に美味しい料理で焼き鳥を撲滅してやる』と!!」

涙なしでは語れない私の決意。

それを聞きリグルは感涙を

「ああそう。」

しているわけでもなく、退屈しきった様子で答えを返した。

「反応薄ッ!」

「話が長い上に中身が浅い。要するに『不覚にも焼き鳥に感動してしまったか払拭したい』ってことでしょ。」

そーそー。リグル、あんた頭いいねー。

「はぁ、あんたは何も考えてなくて幸せね。」

「そーなのかー。」

それほどでもない(謙虚)。

「褒めてないわよ。全く、食い意地張ってないだけ何処ぞのルーミアよりはマシだけど。」

「ミスティアは私よりはマシなのかー。」

そーそー、あんたよりはマシ・・・。



・・・・・・・・・。



『いつからいたの!?』

いつの間に現れたのか、宵闇の妖怪が普通に会話に参加していた。

「香ばしい肉の香りの辺りなのかー。・・・ジュルリ。」

待てルーミア。そこで何故私を見る。

「ちょっとした冗談なのだー。」

「その手の冗談はやめなさいマジで。友達やめるわよ。」

「ごめんなのだ~・・・。」

ちょっとマジになると、ルーミアはすぐにシュンとなった。

こいつのこういうところってずるいよね。こんな顔されたら怒るに怒れないじゃない。

「もう怒ってないから。でもそういう冗談はほんとやめてね。」

「わかったのかー。」

「それにしてもあんたまでどうしたのよ。昼にうろついてるなんて珍しい。」

そういやそうだね。ルーミアは宵闇の妖怪というだけあって、活動は基本夜だ。

それが昼間に動いてるなんてねぇ。ま、『夜』雀である私が言えた義理じゃないけど。

「? 最近は結構昼間も起きてるよ~?」

そうなの?

「それに今日は神社の宴会にお呼ばれなのだー。寝てたらもったいないのかー。」

へぇー宴会かー。私も行こうかな。

「ちょ、ミスティア!!今のちゃんと聞いてた!?『神社の』宴会だよ!?」

ん、神社?

「って、ひょっとしなくても博麗神社だよね。」

「そーなのだー。」

ヤバいじゃん。

「ルーミア!やめなって、あそこには鬼みたいな巫女がいるんだよ!?」

「霊夢のことなのかー?」

ん?ルーミアって巫女と面識あったんだ。

「別に大丈夫なのかー。それに霊夢に泣かされたら、優夢が助けてくれるのだー。」

「あんた、優夢を知ってるの!?」

って、当たり前だよリグル。巫女と面識あるんだから。

「むしろリグルが優夢を知ってたことに驚きなのかー。」

「それはそうと、そのななし・・・のごんべえさんは神社に住んでんの?」

「知らなかったのかー?」

なんと。巫女と一緒にいるから関係者だと思ったら同居人か。

「・・・リグル、たった一度の失恋で挫けるな。あんたは若い、あんたには未来があるッ!!」

「頭が春なの?っていうかいきなり何。」

いやだって、ごんべえさんが巫女と一緒に住んでるってことはあれでしょ?

「チンチンかもかも。」

「下品。もうちょっと婉曲的な表現使いなさい。それに安直過ぎるわ。」

ムキになっちゃって。やっぱり恋・・・

「い・い・か・げ・ん・に・しなさい!!」

怒られてしまった。このことには触れないでおこう。

「ともかく、それなら安心じゃない?巫女が何かしようとしてもごんべえさんが止めてくれるだろうし。」

「まあ・・・そうだね。」

リグルは少し考え、納得した。

よし。

「それじゃ、私達も神社の宴会に行ってみよー!!」

「ええ!?何でそうなるの!?」

宴会だよ?むしろ行かないでどうするのさ。

「リグルって宴会嫌いな子だっけ?」

「そんなことはないけど・・・。私達呼ばれてないんだよ?行っても参加できないんじゃ・・・。」

「別にそんなことはないのかー。飛び入り大歓迎なのだー。」

ほら、ルーミアもこう言ってるし。

「え、ええー。で、でも・・・。」

「ああもう、はっきりしないわね!!行きたいの!?行きたくないの!?」

「い、行きたいよそりゃ!!」

うむ、正直でよろしい。

「では、今日の晩御飯は神社でお世話になってみよー!!」

「なのかー!!」

「お、おー!!・・・何か最近私、流されっぱなしな気がする・・・。」

いつものことじゃん。





***************





神社に着くと、既に人妖が大勢集まり騒いでいた。

・・・ていうか、何この妖怪率。人間の方が少ないじゃない。

「いつからこの神社ってこんなに妖怪に対してオープンになったの?」

ここって妖怪退治の巫女が住んでる場所じゃなかったっけ。

「気にしたら負けなのかー。」

「そうそう。諦めたらそこで試合終了だよ!!」

ミスティアは早くも順応していた。・・・その能天気さが今は羨ましい。

神社がこれでいいのかとも思うけど、これなら安全そう・・・。

「ん?蟲風情が何の用だ。ここはお前ごときが来る場所じゃないわよ。」

でもない。何ここにいる妖怪達、皆して大妖と称される連中ばっかりじゃない!!

今私に対し威嚇をしてきたのは、吸血鬼だった。それなりに距離を置いているはずなのにビシビシと痛いほどの妖気を飛ばしてくる。

「こらこらレミリア。宴会の席で弱い者いじめをするものではないわ。」

そんな吸血鬼に平然と話しかける妖怪の賢者。とか言いながらこっちに妖気飛ばさないで!!消滅しちゃう!!

「気安く私の名を呼ぶな。それと、こいつは私の獲物よ。横取りは許さないわ。」

「クスクス、何のことやら。私はただ弱い者いじめを止めに来ただけよ。」

嘘だ!絶対嘘だ!!

二人は軽く小競り合いをしてるつもりなんだろうけど、こっちは渦巻く妖気だけで吹き飛ばされそうだった。

「お嬢様、お戯れはそのぐらいにしてくださいませ。」

「紫様も。宴会の席でそのような妖気を振りまくと耐えられないものもいます故。」

そんな二人の間に割って入る人間と九尾の狐。どうやら両者の従者のようだ。

二人の出現により、妖気の放出をやめる妖怪二人。私はほっと胸をなでおろした。

「このような羽虫程度、ご命令なされば私が始末いたしますわ。」

「紫様が暴れますと無用な被害がでますので。自重ください。」

・・・全然助かってなかったー!!?

メイドはナイフを片手に、妖狐は手に妖力のクナイを顕現させて私に迫ってきた。や、やばい!!

「四人とも、いい加減にしてください。」

二人の動きが、私の後ろからかけられた声で止まる。その声に、私は聞き覚えがあった。

「全く、せっかく俺の友人が訪ねてきてくれたんですから、そういう物騒なことはやめてくださいよ。」

「あら、ちょっとしたお遊びよ。」

「そうそう。あなたの友達を歓迎してあげていたのよ。」

「説得力がありません。」

私を助けるその声は、私と友達になりたいと言った人間のものだった。

私は思わず振り返り。

「優――・・・・・・・・・夢?」

疑問系になった。

「よう、リグル。どうした、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして。」

混乱する私に、優夢?は小首をかしげた。その仕草は実に女性らしいものだった。

というか女だった。それは確かに優夢の顔をしていて、優夢の声をしていて、しゃべり方も優夢だった。

でも女だった。博麗の巫女みたいな服(色だけ白と黒)を着ていた。胸がとても大きかった。

どう見ても女だった。・・・優夢って女だったんだ。あれ?じゃああの時男友達云々言ってたのは何?

「リーグールー?レミリアさん、紫さん。それから咲夜さんと藍さん。リグルに変な術かけませんでした?」

「むしろあなたね。」

「そうね、あなたよ。」

「どう考えてもあなた以外にないでしょう。」

「色香の術でも使っているのかあなたは。」

「は?・・・あ。」

思考がループし目が回っている私の前で、五人は何か色々言っていた。

「リ、リグル!!これはだな、別に俺が女とかそういうわけじゃないんだ!!ただ女にもなれるってだけで、あとこの格好じゃないと霊夢が不機嫌なだけなんだ誤解をするな戻って来い!!」



優夢に肩をゆすられて正気に戻るまで、結構時間がかかった。

「そういうことなら先に言ってよ。この間は何も言ってなかったから混乱しちゃったじゃない。」

「いや、マジですまんと思ってる。あと、俺自身あんまり言いふらしたいことじゃないしさ。」

それにしたって、友達になろうって言うならそんな隠し事はしないでほしい。

「まあ、そこは俺の判断ミスだな。すまなかった。」

「そう素直に謝られてもね・・・。」

優夢らしいとは思ったけど。

「こんな体でも俺の魂は男そのものだ。俺達の友情には一辺にヒビも入らないから安心してくれ!!」

そこはむしろとっとと撤回してほしいんだけどね。私は女だから。

と言っても聞くタマじゃないのはこの間で十分理解したから黙っておく。

「ところで、宴会に参加するなら先に言ってくれりゃ良かったのに。突然だったからびっくりしたぞ。」

「今日知ったの。さっきルーミアに会ってね。」

ルーミアに会わなかったら宴会のことなんて知らなかったし。

「あー、そうだな。そういやリグルに宴会のこと言ってねーや。」

ていうかあなた、私のねぐら知らないでしょ。まあ、不定教えてもしょうがないんだけど。

「それもそうだな。宴会が近くなったら日取りぐらいはわかるから、定期的に神社に来てくれれば教えられるけど。」

ルーミアはそうやって知ってるらしい。あいつ、ここのところあんまり会わないと思ってたら神社に入り浸ってたのね。

「ま、気が向いたらね。」

「ああ、気が向いたらでいいさ。無理強いするわけにもいかないしな。」

そう言って優夢は微笑んだ。・・・何て邪気のない笑顔。思わず理由もなく笑いそうになる。

けど、何だか優夢にそういうところを見せるのは癪だった。努めて表情を変えないようにする。

「あ、優夢見つけたのだー。」

と、さっきから別行動を取っていたルーミアが、優夢に一直線に飛びついた。

「おっと!よっ、ルーミア。元気にしてるか?」

「元気なのだー。」

優夢の背に抱きつき、ルーミアは無邪気な笑顔を浮かべていた。

・・・とても人間を食べることしか考えていなかったルーミアとは思えない。あんなに人間に懐くなんて。

何というか、優夢を見ていると人間とか妖怪とか、弱いとか強いとかのくくりがどうでもよくなってくる。

不思議な人間。それが私の友人への感想だった。



ちなみに、優夢に抱きついてる方の友人は。

「ちょっとルーミア!そこ私の特等席ー!!」

「今日は私の特等席なのだー。」

「フラン、ルーミア。ケンカはするなよー。主に俺の首が危ないから。」

明らかに最強クラスの妖力を撒き散らしてる吸血鬼相手に一歩も譲らなかった。精神年齢的な意味で。

意外と大物だったのね、ルーミア・・・。





***************





ありゃー、ごんべえさんって実は女の人だったのね。こないだは変な服着ててよくわからなかったけど。

こりゃリグルも運が悪い。

「ま、次があるさ。気を落とすなよー。」

聞こえるとは思えないけど、私はリグルに向かってエールを送った。

「・・・にしても。」

見渡す。本当に妖怪ばっかりだ。妖怪だけでなく、騒霊やら亡霊やら半霊やら・・・。

「んん?」

もう一回見渡す。妖怪、妖怪、人間、妖精、騒霊、亡霊、半霊・・・。

「あら。」

「おや?」

「ゲッ。」

奴らと目があい、私は思わずうめき声を上げてしまった。

三日前のこともよく覚えていない私だが、奴らの顔を忘れるはずがない。

そう、私のことを食べようとしたあの亡霊と、お付きの半霊だ。

「あらあらあら~、いつかの焼き鳥屋さんじゃない~。」

「違うから!!むしろこれから焼き鳥撲滅するから!!」

「幽々子様、これは焼き鳥屋ではなく、焼かれる方の鳥です。」

「もっと違う!!!!」

あんまりだった。これはもう、本当に焼き鳥を越える料理を作らねば・・・!!

「あら、あなた何かお料理始めるの?」

「自分の手羽下でも売る気?まあ、止めはしないけど。」

いや断じて違うから。

「何を作ってもいいけど、美味しいものを作ってねー。」

「・・・何であんたが応援するの?」

「だって、美味しいものを食べられるなら楽しいじゃない。」

否定はしないけどさ。何ていうか、つかみ所のない亡霊だねぇ。

「心中お察しするよ、みょんみょん。」

「みょんみょん言うな!!」

「ところでみょんみょん、おつまみが切れちゃったわ。優夢に言ってもらってきてくれる?」

「あ、はいただいま・・・って幽々子様まで!!」

みょんみょんの突っ込みにゆゆっちはコロコロと笑うだけだった。

「全く・・・」とつぶやきながらもみょんみょんはごんべえさんのところへ行った。何のかんの言いながらまじめだねぇ。

「ところで、何を出すつもりなの?」

あ、その話題引っ張るんだ。

「当然でしょう?美味しいものを食べられるなら、協力は惜しまないわ。」

「安い亡霊だねぇ。いいのそれで?」

「いいのよ。」

そうかい。



ゆゆっちは食べるのが好きなだけあって、中々いい話が聞けた。

「ふむ、なるほどね。確かにうなぎなら味もいいし、結構人気出るかも。」

「でしょう?それに栄養も豊富だから、美容にもいいわよ。」

ふぅむ、弾幕ごっこをするのは女の妖怪がほとんどだから、それつながりで宣伝できるかもね。

「あ、それなら八目うなぎはどうだろ?あれって確か目にも良かったよね。」

私の歌で鳥目にしたところで八目うなぎ。何という入れ食い状態!!

「それはずるいわねぇ。けど、知ってる?八目うなぎってうなぎじゃないのよ。全然別の生き物。」

え゛、そうなの?

「確か八目うなぎはうなぎに姿が似てるってだけで、別種の生き物だったはずだぞ。ヒルっぽい魚だったはず。」

と、いつの間にかごんべえさんがおつまみを手に現れていた。へー、そうなんだ。

「けど、幻想郷で八目うなぎって取れるんですか?結構取れる場所限定されてた気がしますが。」

「取れるわよー、妖怪の山辺りで。」

「ふむ・・・だったらおやっさんの店で売ってるかな。今度使ってみるか。」

ごんべえさんはあごに手を当てて何やら考えている様子だった。

「本気でお店やるんだ、ミスティア。」

ごんべえさんに引き連れられるようにやってきたリグルが、私にそんなことを言ってきた。

「当たり前。私は焼き鳥を撲滅するまで続けるよ!!」

「あー、まあ鳥類だもんな。」

「そうそう。だからごんべえさんも鳥は食べちゃダメだよ。」

「・・・ごんべえさんって誰だ?」

「え?ななしのごんべえさんでしょ?」

「『優夢』だ、『ゆ・う・む』!!」

難しいからごんべえさんでいいよ。

「・・・。」

「しょうがないよ、ミスティアだもん。」

「それもそうだな・・・。」

ごんべえさんはため息をついて諦めた。その言い方はひどいよリグル。

「けれど八目うなぎはいいアイデアかもしれないわね。里の店で八目うなぎを商品として出しているところはなかったはずだし。」

お?そいつはいいことを聞いた。

「じゃあ、メインの商品は八目うなぎ料理だね!!」

「それはいいな。機会があったら俺も協力するよ。」

「あら、心強いじゃない。優夢の料理は美味しいのよ~♪」

「お店、か。・・・私も何かやろうかな。」



こうして、私の屋台の方針は決まった。

目指すは幻想郷一の屋台!そして焼き鳥の撲滅!!

私の野望は、今始まったのだ。





***************





その後も宴会は続き、皆真夜中を過ぎても騒ぎ続けていた。

俺はというと、さすがに皆ほどの体力はない。母屋の縁側に腰掛け、騒ぎを外から眺めていた。

リグルとミスティア。リグルに関しては最初はおっかなびっくりという様子だったが、時間をかけて皆とだいぶ打ち解けられたようだ。

まあ、男だもんな。すぐにってのは難しいかもしれないけど、これから徐々に徐々にだ。

ミスティアの方は初めっからテンションが高く、まるで10年来の友のように皆に溶け込んでいた。ああいう能天気なところは見習いたいもんだな。

ともかく、俺はこの二人の新しい友人の訪問を心から喜んだ。



そういえば、ミスティアは八目うなぎで屋台をやるそうだ。妖怪が屋台ってのも珍しい話だとは思うが、俺はいいと思う。是非とも繁盛してほしいものだ。

リグルもまた、そんなミスティアにあてられて何かを始めようという意思を見せていた。今は一人で色々考えてるみたいだから、俺は特に助言はしないことにした。

そういうのは自分で見つけるもんだ。相談されたらアイデアも出すけど、それまではなるべくあいつの力だけで考えさせたい。

・・・ふと、俺の記憶が始まってからの一年半を振り返ってみた。

俺が来た頃の神社は、それこそ誰も訪れなかった。人も、妖怪も。ただ静かな空気と、時折魔理沙が運ぶ陽気な騒音だけがここを満たしていた。

それが今ではこんなに賑やかだ。それがいいことなのか、俺には判断できない。

けれど悪くない。そう感じた。

「そうね。あなたが来てから、神社は騒がしくなったわ。」

いつの間にか、俺の隣には紫さんが座っていた。・・・声に出てたかな。

「そんな遠い目をしながら笑ってたら、考えてることなんてわかるわ。」

クスクスと笑う紫さん。そうですか。

「そうよ。あなたのもたらした風で、幻想郷は大きく変化しつつある。妖怪は人と交流を始め、人もまた妖怪を受け入れ始めている。
永く時の止まっていた月の屋敷も、幻想郷との関わりを持ち出した。そう、全てはあなたの力。」

大げさですよ。俺がいなくても、人も妖怪も変わっていったでしょう。『異変』を越えれば、神社も賑やかになっていったでしょう。

俺という要素はその速さを変えたかもしれないけど、何かを劇的に変えたことはありません。

そう言うと、紫さんは何がおかしいのかコロコロと笑っていた。

「あなたの自覚のなさがあまりにもらしくって。」

・・・引っかかる言い方をしますね。

「いいのよ、あなたはそれで。それがあなただもの。」

わからないなぁ・・・。

「自分のことというのは案外わからないものなのよ。あなたが自分のしたことの大きさを理解できないように。」

・・・そんな大それたことしたかなぁ。

「悪魔の妹と姉の心を解き放った。これはきっと、あなたでなければできなかったことよ。」

む・・・確かに。皆好戦的だからなぁ。

「他にもあなたは色々やったわ。幽々子を助けた。萃香を幻想郷の一員と認めさせた。神社と人里、そして人里と妖怪の架け橋になった。
確かに、あなたでなくてもできたかもしれない。けれどやったのはあなたなのよ。」

・・・それは、まあ。やってないと言い張る気はないし、実際やったし。

「何かまずかったですか?」

「いいえ、とてもいいことよ。少なくとも、私の思い描く理想としては。」

・・・紫さんが言いたいことがわからない。これは何を言おうとしてるんだろうか、りゅか。

(・・・ふふふ、わからないわ。)

いや、わかってるだろ絶対。けど、そう言うってことは黙って聞いてろってことか。

俺は紫さんの言葉の先を待った。

「けれど、この間のようなこともあるわ。」

そう言われて、俺は思い出したくないことを思い出した。

この間――俺の中の『願い』が暴走したこと。

あれはひどかった。暴走中の記憶は俺にはないが、惨状は凄まじかった。

あれを思い出すたび、俺は自己嫌悪に陥る。

「あなたの力は大きいわ。たとえあなたが自覚しなかろうが、あなたの力が小さくなることはない。」

「俺はそんな」

「大したことはない、って言いたいんでしょう?」

紫さんに先を読まれ、口を噤む。

「それではダメよ、優夢。あなたの力は、能力は、幻想郷でも群を抜いて大きいものなのよ。それを自覚なさい。」

力の大きさを、自覚する・・・か。

「あなたには60億という莫大な『願い』が眠っている。普段は良くても、バランスを崩したときはその圧倒的な力に飲まれてしまう。あなたはそれだけの力を持っているのよ。」

反論はできない。60億の『願い』とは、つまり60億の『力』なのだから。

「それだけの力を持った――持ってしまったあなたには、それを御する義務がある。
もう一度言うわ。あなたの力の膨大さを自覚なさい。」

そして、と紫さんは続けた。



「あなたはあなたのままでいて。」



――最後の言葉は、紫さんの願いだったのかもしれない。





力の大きさを自覚しろ。それを制御しろ。

そして、俺は俺のままで、か。

前の二つは難しい話だ。それはとりもなおさず、俺が自分を客観的に見なければいけないということだ。

無論そういう努力はしている。特に制御に関しては、ミスったらこの間みたいなことになるのだから。

けれど俺はそこまでの域には達していない。結局のところ青二才なのだ、俺は。

だけど、最後の一つ。

これだけは約束できる。俺は俺のままで、変わらず受け入れ続ける。『願い』を、『思い』を、『存在』を。

それこそが証明のいらない、俺のたった一つの真実だから。

だから。



「よっしゃ、俺復活!!お前ら、俺の分の酒は残ってるんだろうな!!」

「おお、優夢!!元気みたいじゃないか、飲み比べでもするか!?」

「いいねぇ、鬼の私に勝てるかな!?」

「相変わらず元気ねぇ、あんた達。」

変わらない俺で、再び皆の輪の中に飛び込んだ。





+++この物語は、幻想郷の変化の一面を描く、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



変化の促進剤:名無優夢

彼の言うとおり、彼がいなくとも神社は変わった。だが彼がいたことで賑やかさが増したのは間違いない。

『願い』故に誰からも願われる存在。そのことにまだ、自覚はない。

彼の一番の功績は神社を人里に受け入れさせたこと。まだ参拝客はないが。

能力:あまねく願いを肯定する程度の能力

スペルカード:萃符『戸隠山投げ』、思符『南の島の大王 -カメハメハ-』、現象『エターナル・スカーレット・CB』、神厄『ロンギヌスの槍』など



大きく変化を受けた妖怪:リグル=ナイトバグ

彼女はこれまで人間を食料、あるいは天敵としか見てこなかった。それが今回の一件で大きく変わっている。

まだそんな自分の変化に心がついていけていない状況だが、成長したとき確実に一皮剥ける。

大妖は弱い存在と思うと同時に、常にともにある隣人だと思っているのである。

能力:蟲を操る程度の能力

スペルカード:蛍符『地上の流星』、灯符『ファイヤフライフェノメノン』など



元々が元々な妖怪:ミスティア=ローレライ

彼女は結構長く生きているため、精神は老成している。だが、人間を取るに足らないと思っているところは弱小妖怪らしいところ。

彼女もまた優夢に触れたことで変化をしたが、方向性が若干おかしい。

よくも悪くも鳥類なのである。

能力:歌で人を惑わす程度の能力

スペルカード:鷹符『イルスタードダイブ』、夜盲『夜雀の歌』など



→To Be Continued...



[24989] 幕間二十一
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:36
~幕間~





これは、香霖堂であった、とあるプロジェクト始動の話だ。





その日は珍しく、霖之助さんが神社に訪ねてきた。

何やら興奮した様子だ。いつも冷静で落ち着いている霖之助さんとはとても思えないほどだ。

何せ着いて早々俺の腕をひっつかみ、店に来いと言うのだ。

俺はまだ掃除があったし、巫女服のまま出かけたくないから待ってくれと言ったんだが、全然聞く様子がない。

結局、霊夢が「うざい」の一言とともに放った『夢想妙珠』によって強制的に落ち着かされたのだが。俺を巻き込むなと言いたい。

んで、とりあえず話を聞こうということで母屋に上がり、お茶を淹れて今に至る。

「一体何をそんなに興奮してたんですか、霖之助さん。」

俺は皆がお茶を一啜りするのを待って、そう切り出した。

霖之助さんは興奮のためややズレていた眼鏡の位置を直し、口を開いた。

「その前に確認だが、君は以前僕の店で見た『のーとぴーしー』のことを覚えてるかい。」

「ええ、もちろん。」

あれは確か、幻想郷に来てから1ヶ月ぐらいのときだ。

人里で持ち金が使えないことを知った俺は、霖之助さんの話を聞いて換金に行ったのだ。

そのとき魔理沙が見つけたのがそれだ。機種もしっかり覚えてる。Inspir○n86○○。

そういえばあのときは、俺も純粋に男だったなぁと懐かしむ。何でこうなったし。

「まあその辺りはどうでもいいというか、目の保養・・・どうでもいいのだから言及はやめよう。」

言葉の途中で俺が殺気を放ち始めたのに気付いたか、霖之助さんは口を噤んだ。

男の体で欲情すな。ガチムチ兄貴の画像ばらまくぞ、何とか手に入れて。

「で、それが何かあったんですか?」

もう結論には予想が着いていたが、一応霖之助さんの言葉の先を促した。

そして答えは予想通り。

「ああ、とうとう動かす目処が立ったんだ!!」

ということだった。まあ、話の流れからすれば当然だな。

「おめでとうございます。」

「ありがとう。とは言っても、まだ電気を得ることが出来るという段階だがね。
実際にはこの先、慎重な実験を重ねた上で動かせるかどうか確認する流れになる。」

「それでも、一歩前進じゃないですか。すごいですよ。」

電気の存在しない幻想郷で電気を得る。それがどれだけ凄いことかは、内外の知識を持つ俺なら容易にわかった。

「私はよく話が見えてないんだけど、そののーとぴーしーってなんなのよ。」

と、すっかり蚊帳の外になっていた霊夢が、ぶーたれていた。

「前に香霖堂で見つけたんだ。何と言ったらいいか・・・電気で動く高速計算機ってとこだな。」

あながち間違ってはいないはず。だが霊夢にはいまいち内容が伝わらなかったらしい。

「そろばんあれば十分じゃない。」

「いや、計算機だからって計算しかできないわけじゃないんだが・・・見たことないんじゃわからないよなぁ。」

一応、一番の基礎となっている部分は0と1の計算の世界だ。それが色々な形で計算、出力されることで、用途は多岐に渡る。

それを、そもそも電気の存在を知らない幻想郷民に事細かに説明する術は、俺にはなかった。

「どーでもいいわ。お茶のお代わり。」

「・・・考えてみりゃ、霊夢が興味持つ話じゃなかったな。」

俺は霊夢の湯呑みを受け取りながら苦笑した。



「それで、その報告に?」

二杯目を持ってきて、俺は霖之助さんに訪ねた。

「いや、それもあるんだがな。協力を得られた河童が、君の話をしたら是非一度話してみたいと聞かなくてね。」

なるほど、それで俺を呼びに来たんですね。

「いいですよ。とは言っても、記憶のない俺にそこまで面白い話ができるとは思えませんが。」

「気にすることはない。それに、僕は君と話すのは有意義で楽しいがね。」

そう言ってもらえれば何よりだ。

「そんじゃま、ちょっと着替えて来るんで待っててください。」

「わかった。」

俺は立ち上がり、性別戻していつもの服に着替えるべく、自室へと向かった。

「・・・ところで、優夢君が着替える意味はあるのか?あちらの方がよそ行きにはあっていると思うんだが。」

「知らないわよ。本人が嫌がってるんだから。全く、巫女服着るために生まれてきたような体してる癖に。」

途中、居間の方からそんな会話が聞こえたので、俺は絶対外では女になるものかと決意を固めた。まあ、余談だが。





***************





店主を待ちながら、『発電機』の最終調整をする。

正直、これの構想を聞いた時は驚いた。空に稲光る雷様を、機械で起こそうというのだ。

もっとも、規模は雷とは比べものにならないけど、最初は無茶苦茶なことを言っていると思った。

だけどここの店主から又聞きで得た情報を元に実験を進めていく内に、現実的に実行可能なのだと思い知らされた。

技術者としてこれほどの興奮はない。今まで幻想郷にはありえなかった、全く新しい技術をこの手で体験できたのだから。

一体何処でこんな技術を知ったのだと店主を問いつめた。しかし、「彼のプライバシーに関わるから」と頑なに拒まれていた。

それでも私は食い下がり、とうとう店主も折れてくれた。

何でも、この技術の提供者は『外』の人間なんだそうだ。名前は『名無優夢』。

その名前には何処かで聞き覚えがあったが、そんなことより私は『外』というその一語に強く惹かれた。

彼は『外』の技術者なのか。他にはどんな技術を知っているのか。『外』にはどんなものが溢れているのか。

興味はつきなかった。だから私は、店主に頼み込み、『発電機』の完成というこのめでたき日に、名無優夢氏との会談の場を得たのだ。

だが、そうすると今度は緊張してきた。

彼は恐らく『外』の技術者である。当然、『発電機』というものに関しては私よりもよく知っているだろう。

そんな彼は、私の作った発電機を見て何と言うだろうか。ひょっとしたら酷評されるかもしれない。

あるいは、実は発電機に不具合があって、本番では動かないかもしれない。

そう思うと、自然と手のひらが汗ばんだ。

だから私は、ここに一人残り、こうして入念に最終調整を行っているのだ。動かないなどあってはならない。

「・・・ふぅ、大丈夫っぽいね。」

細部までの点検を終え、私は額の汗を拭った。

準備は万端。最高のパフォーマンスが出せるはずだ。

・・・それにしても遅い。てっきり、点検が終わる前に帰ってくると思ったんだけど。

話込んでいるんだろうか。相変わらずやる気があるのかないのかよくわからない店だ。

「しょうがない、新たな発明の材料でも探しながら時間を潰すか。」

河童の技術力は高い。幻想郷で一番と言っても過言ではないだろう。

それは常日頃からのたゆまぬ研究と開発の成果であり、私もそのご多分には漏れていなかった。

「ふむふむ・・・『外』のものを扱ってるだけあって、よくわからない素材が多いね。電気を使えるようになったわけだし、そっち関係で何か考えようかな。」

私は店内を物色しながら、奥へ奥へと進んでいった。



あまりにも遅いので、私はついつい『外』の本を読み耽ってしまった。

いや『外』の技術とは素晴らしい。我々の最高技術の一つである写真が、こうもたくさん載っているのだから。

電気があればこんな印刷技術が手に入るのだろうか。そうすれば、天狗の発行する新聞ももっと刷れるようになるだろう。

別に新聞のはけがよくなろうがならなかろうが構わないが、技術者にとっては夢のような話だ。

「けど問題はどういう風に使うかだよね。色々と用途はあるみたいだけど。」

研究していてわかったのだが、電気とはとにかく変換効率がいいのだ。

動力、熱、光と様々な形に変化させやすい。発電機とは逆に設計すれば駆動機になるし、炭に通せば熱と光を生む。

きっとだが、それが故に『外』では電気が使われているのだろう。素晴らしきは人間の知恵と言ったところか。

「だけどわからないなぁ。どうしてこの人間達、水の中でもないのに水着を着てるんだろう。」

その点に関しては全くの謎なのだが。

「・・・霖之助さん、ひょっとしてムッツリ?」

「失敬な。ただの研究資料だよ。」

「おおっと!?」

前触れもなしに私以外の声がし、思わずのけぞった。・・・いつの間にか帰ってきていたようだ。

「しかし、感心しないな。店の私物を勝手に見るとは。」

「霖之助さん、結構無茶苦茶言ってますよ。店に置いてある私物ってなんですか。」

店主と一緒にいる、長身の人間。

髪が背中まであって柔和な顔つきをしているので、一見女にも見える。が、体つきが彼が男であることを証明していた。

なるほど、この男が。

「話は道すがらあらかた聞きました。自己紹介します。俺が電磁気学の知識を持ち込んだ多分外来人の名無優夢です。」

丁寧に言い、右手を差し出してきた。

少々引っかかる点はあったが、礼儀正しいいい人だな。

「川河童の河城にとりだ。にとりでいいよ。敬語もいらない。」

「わかったよ、にとり。俺も優夢でいいぞ。」

笑いながら、私は優夢の手を取った。

人間は盟友だ。そして、この新しき盟友との出会いに感謝を。





***************





何というか、こういうのは初めてなはずなんだが。プロジェクトメンバーを紹介されるみたいな感覚。

それを何処か懐かしいと感じたのは、多分俺が記憶を失う前はこんなことをしていたからじゃないかと思う。確証はないが。

それはそうと、河童だ。俺は道中霖之助さんからにとりの話を聞きながら、ありがちな河童を想像していた。

よくある皿・くちばし・甲羅だ。あと全身緑とか。

ところがにとりは全然そんなことはなかった。見た目は普通の人間の少女だ。まあ、妖気を感じるから見た目通りでないことはわかるけど。

そういえば、俺がこれまで出会ってきた妖怪って、皆人間みたいな姿形だよな。

別に妖怪だからおどろおどろしい姿をしていなければいけないという決まりがあるわけじゃないが、もう少しわかりやすくてもいいと思う。

俺の疑問に、にとりはこう答えた。

「そりゃあね、昔の昔はそうだったかもしれないけど。それだと人間に狙われやすいじゃないか。進化してるのさ、妖怪もね。」

妖怪が人間の目を気にする必要があるのかとも思うが、生粋の妖怪であるにとりが言うのだから間違いはないだろう。

「さて優夢。私はあんたの話を聞きたいと思ってる。だがあんたは先に発電機を見たいだろうね。だから、先に発電機の御披露目をして、その後じっくり話をしようじゃないか。」

にとりはそう言ったが、別に俺は後回しでもかまわなかった。

「にとりのやりたい順番で事を進めていいよ。このプロジェクトの主役はお前なんだから。」

「いやいや、見たいだろう?あんたが提供した理論で、一体どんなものが完成したか気になるだろ?」

・・・そりゃまあ、多少は。

「ははは、そんなに言うなら仕方ない。先に私の作った発電機をお見せしよう!」

自分が見せたいだけやん。

「・・・彼女はちょっと変わり者の河童なんだ。気にしないでくれ。」

にとりには聞こえない程度の声で霖之助さんが教えてくれた。

何でも、人間を避ける河童としては珍しく友好的で、「人間と河童は古来からの盟友」と公言しているらしい。

なるほど、変わり者かもしれないな。だけど。

「俺の周りでは結構当たり前なんですけどね。」

「君は自分がごく特殊な環境を築いていることに気付くべきだ。」

んなこたぁないっすよ。

「それでは諸君、店の裏に出ようじゃないか。そこに発電機を置いてある。」

俺と霖之助さんは、にとりに促されるまま、店から外に出た。



河童の技術力とは凄いのかもしれない。

俺はそれを見て思った。

まだ実物を見たわけではないが、布を被ったそれは、初めて作られた発電機にしては小型だった。

一般的に、最初に作るものというのはどうしても大型になる。全体的に荒削りになってしまうせいだ。

まだ物作りに関するノウハウがない段階のため、試行錯誤し無駄がふくらんでいってしまう。

そして形にできるようになったら、今度はそこから無駄をこそぎ落とし、効率化を図る。

小型化とは技術力の結晶であり、無駄のない一つの美なのだ。

それを、最初の段階でここまで達成するとは。霖之助さんに聞いた「河童は幻想郷一の技術屋集団」という言葉が一気に現実味を帯びた。

俺はにわかに期待が高まるのを覚えた。

「じゃあまず初めに、こいつの性能から話そうかね。
初めに私は強力な電気を生み出すことを考えた。単位に関しては計測するものがないからわからないけど、大体炭の棒10本を直列で焼ききることを目安にしたよ。」

かなり強力な電力だな。直列だと電気抵抗が上がるから、ちょっとやそっとじゃ流れないんだが。

「それは実現できたのか?」

「いや、結構いいところまでは行ったんだけどね。私の家が火事になりかけたからやめたよ。」

実験外でやれよ。

「けど、手応えとしてはなかなかだったよ。多分それだけの電気は生み出せる。」

「そんだけあれば十分だな。後は周波数と変電の問題だが・・・。」

「そこは一番気にかけたよ。一応あんたが持ち込んだ『フィードバック』って概念を取り入れたけど、残念ながら手動だね。」

まあ、そこはしょうがない。『外』でも完全な自動化はされてなかったはずだ。

かなり細かな制御理論が必要なのだが、あいにくと俺には基礎中の基礎の知識しかなかった。

「そこはおいおいの課題だね。私としては、完全自動化を目指してる。」

「そりゃ凄いことだけど、そこまでやる必要はないかな。当面は香霖堂でしか使わないだろうし。」

「うーむ、技術屋としては幻想郷中に普及させたいんだけどな。」

ゆっくりでいいだろ。余りに速すぎる変化は歪みを生むもんだ。

「いずれは幻想郷にも電気の恩恵がもたらされてもいいとは思うけど、今は必要ないと思うぞ。」

「実に残念だよ。」

焦るなって。妖怪は長生きなんだから。

「そうだね。
大体性能としてはこんなところだ。じゃあ、早速御披露目といこうか。」

にとりは俺達に自分の発電機さくひんを見せたくて見せたくて仕方がないようだ。思わず苦笑した。



ふと、そこで気になった。

発電機は、大雑把に定義すると『他のエネルギーを電気エネルギーに変換するもの』だ。必ず動力というものが必要になってくる。

にとり作の発電機の動力は一体何だろうか。

火力?それにしては小さすぎる。火を扱うには炉が必要だが、それがあるようには思えない。

では水力?河童というイメージからするとしっくり来るが、あいにくとここらには川がない。

では幻想郷らしく妖力発電とか。霊力・妖力そのものはエネルギーにすることはできないが、それらが引き起こす現象ならば可能なはずだ。

その場合それを妖力発電と称していいのかはわからないが、幻想郷らしくはある。

俺はそんなことを考えて、答えを待った。

「さあ、これが河城にとり作・発電機1号だよ!!」

にとりの手によって布が払われ、それは俺達の前に姿を現した。





そして俺の目は点になった。

自信満々なにとり。そこには一切の戸惑いも迷いもないように見えた。

いや、確かに幻想郷ということを考えたら、これでも相当な技術力である。にとりが誇らしげなのもわかる。

だが俺はそうはいかなかった。『外』の知識を持っているがため、おかしな方向に驚くしかなかった。

発電機本体は、一機のみの発電機ということを考えれば普通のサイズだと思う。大電力を生む必要はないのだから、このぐらいの大きさだろう。

問題は動力だ。

発電機のタービンから伸びたチェーン。それが、ハンドルとサドルとペダルのついた器械に巻き付いていた。

俺は知識の中から、とある単語が自然と浮かんできた。

「・・・自転車?」

そう、自転車である。英語で言えばBycicle、中国語で言えば自行車ツーシンチュアである。

「自転車?何を言ってるんだい、発電機だよ!!」

言い切りよった。何の迷いもなく言いきりよったわ此奴。

そして、俺は動力に察しがついてしまった。

「・・・こぐの?」

「こぐの。」

人力でした。いや、妖怪が動かすなら妖力か?いやんなわけねぇ。

「まあまあ、信じられないのもわかるよ。最初は私も半信半疑だったからねぇ。でも、これでちゃんと電気が生み出せるのさ!!」

いやそれはわかってる。磁界の中で金属を動かせば、誘導起電力が生じるのは物理現象的に考えたら何らおかしなことではない。

俺が言いたいのはそこじゃなく、何でよりによって人力を選んだんだということだ。

「百聞は一見にしかず、実験を始めるよ!!」

にとりは俺の疑問に答えず、実験の準備に取り掛かった。

発電機から伸びた導線の先に炭素棒を10本繋げ、それを木でがっちりと固定した。

続いて自転車もどきにひらりと乗り、スタンバイOK。

・・・これ、発電実験じゃなくてただの運動会だろ。

「いっくよー!!」

にとりは元気良く掛け声を上げ、勢い良くペダルを漕ぎ出した。

ペダルに巻きついたチェーンは動力となり、タービンを回す。

巻き線比などは、にとりの言葉通り気を使って設計されたようだ。発電の効果はすぐに現れた。

少しずつではあるが、炭素棒が確実に赤熱を始めていた。

・・・だが、これは人力である。これでそこまでの電力が生み出せるはずは・・・。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

と思ったら、にとりが目から炎が出んばかりの勢いでペダルを漕いでいた。

この実験に対するにとりの情熱が、俺にも伝わってきた。それほどの気迫だ。

ただしその気迫は、技術者というよりはアスリートのそれだったが。

「おお・・・、素晴らしい!!」

ちなみに霖之助さんはしっかりと感動していた。

俺も感動して然るべき場面なのかもしれないが、あいにくと突っ込みどころの多さのためにそれどころではなかった。

さすがは妖怪だと言うべきなのだろうか。炭素棒が人力とは思えないほどに真っ赤に輝き熱を放っていた。

「いっっっっっけえええええええええええええええええええ!!!!!」

にとり、渾身の一こぎ。表現がおかしいのはわかってるが現実そうなんだからどうしようもない。

信じられないスピードで押しまわされるペダルは、最早俺の目にも止まらないほどだった。

そして。



ジュッと音を立てて、炭素棒は焼ききれた。断線により、炭素棒は電気を流すことをやめ赤熱を止めた。

「ふぅー、ふぅー・・・どうだい!?実験は大成功だよ!!」

額から滝のような汗を流しながら、にとりが誇らしげに言った。

うん、大成功だね。だけど俺は呆れるしかなかった。

何でこんな無茶苦茶な実験で成功しちゃうんだよと。

「よぉーし。それじゃあ早速量産化の研究を!!」

「まあ待て少し落ち着け。」

調子付くにとりに、俺は待ったをかけた。その理由がにとりには理解できなかったらしく、きょとんとした表情で俺を見た。

「どうしたんだい、優夢。安心しなって、技術提供者があんたであることはちゃんと明示するからさ!」

「それは正直どうでもいいんだが、こんなトンデモ機械をどうやって実用化する気だ。」

そしてそのトンデモを使いこなしてしまう妖怪のバイタリティに頭が痛くなった。本気で実用化できてしまいそうなところが怖い。

「む、それは聞き捨てならないねぇ。これのどこがトンデモなんだい!」

俺の批判的意見ににとりは少しムッとした表情をした。

だが俺は、実に理路整然と答える準備が出来ていた。熱くなるにとりとは対照的に、冷静に答えた。

「まず、人力でここまでの電力を得られるのは妖怪に限られてしまう。それも限界まで体力を振り絞ってだ。そんなものをどうやって『幻想郷一般』に普及させる気だ。」

幻想郷一般というと、当然ユーザーには人間も含まれてくる。

「第二に、電力ってのはそのときだけ生み出せばいいものじゃない。使うんだったらいついかなるときも使えなきゃならない。何せ電力は溜めることができないからな。」

蓄電池というものは存在するが、発電した全てのエネルギーを貯蓄しておけるわけではない。自然に放電し減っていくし、寿命もある。

「そして最後に。何で人力って発想が出たのに霊力とか妖力とかいう発想は出なかったんだよ!!」

そこが一番突っ込みたかったところだ。『外』になくて幻想郷にはある『力』なのに、何故活用するという方向が思い浮かばん!!

「? 電気っていう便利な力があるのに、どうしてわざわざ妖力を使わなきゃならないのさ。」

・・・。ああ、当たり前の力だから気付かなかったのか。納得。

「はあ。多分霖之助さんが伝え切れなかった部分が多々あるんだろ。とりあえず実験はここまでにして、店の中に入ろう。」

俺は凄いんだか抜けてるんだかよくわからないこの河童に、少々の頭痛を覚えため息をついた。





***************





ふ~む、なるほどねぇ。電気を生み出すためには、同じだけ以上のエネルギーが消費されているのか。

つまり、炭を焼ききった分のエネルギーを私が消費したことになる。これは非効率的と言わざるを得ない。

「だから、外では火力とか水力とか、そう言ったものを使ってエネルギーを『変換』してるんだ。間違っても電気は無から生み出せる魔法のエネルギーじゃないってことを理解してくれ。」

そこを私は勘違いしてたわけか。なるほど、動力に関しては少々見直す必要があるね。

「せっかく幻想郷には霊力ないしは妖力っていう便利なものがあるんだから、活かせばいいのに。」

「そこが私にはわからないんだよね。妖力使ったら疲れるじゃないか。」

「まあ、精神的にはな。場合によっては肉体に障害出るけど。けど、使いすぎなければ問題はないだろ?」

そりゃまあ。確かに。

「どうやら霊力や妖力ってのは、『エネルギー』ではないらしいからな。どちらかというと『情報』に近い。だから、こっちの方が『エネルギー変換』って意味では素晴らしいんだがな。」

どういうことだい?

「霊力妖力自体はエネルギーではない。けど、存在に干渉しエネルギーの方向性を決めることができる。そうすることで、使われないエネルギーを電力に変換できるのさ。」

まあ、どの道疲れるからあまりお勧めできないけどと、優夢は言った。けれど、それはありかもしれないね。

ただ、妖力ってのは使う奴によって癖が違う。それを考えたら、一つの仕組みで妖力発電機を実用化するのは難しいかもしれないね。

その他にも電力技術に必要なことを優夢は教えてくれた。最後に、「俺は記憶がないから、何処までが真実かはわからないけど」と付け足した。

記憶喪失については既に聞いた。何でも、去年の春幻想郷に現れるより前の記憶が存在しないらしい。

記憶はないが知識はある。だからこうやって、『外』の技術を私に提供することができたのだ。

何にせよ、『外』の知識をもたらしてくれることが、私には何より嬉しかった。

だから優夢が次に言った言葉は、とても嬉しかった。



「今思いつく限りはこんなところだな。後は、今後一緒に研究していく上で気になったら聞いてくれ。」

・・・え?それって・・・。

「俺も研究に協力するってことだ。にとり一人に任してたら、どんなとこで迷走するかわからないからな。」

「本当に!?」

私は身を乗り出して聞いた。

「こんなことで嘘言ってどうするよ。それに、どうにも俺が火を点けちゃったっぽいからな。最後までやるのが筋ってもんだ。」

顔がほころぶのがわかった。私は両手で優夢の手を取り、最大級の感謝を述べた。

「ありがとう、優夢!!」

「礼を言われるほどのことじゃないって。」

「ふぅむ、僕としては『のーとぴーしー』が動いてくれればそれでいいのだが・・・。そういうことなら、資材の協力は惜しまないよ。」

優夢に続き、店主までこう言ってくれた。

「え?いいんですか霖之助さん。」

「構わないよ。友人の助けになるのは当然のことだろう。それに僕の益にもなる話だ。断る理由がないよ。」

「・・・ありがとう、我が盟友達よ!!」

私は二人に、今までで最高の感謝と敬意を表した。





この日、後に『香霖堂プロジェクト』と呼ばれる計画が、産声を上げた。





+++この物語は、幻想郷のちょっとした発展を夢見る青年少女の、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



運営委員長:名無優夢

唯一『外』の科学技術を知っているので、主に舵取りを行う。

ちなみに本人は理論的なところは知ってるが、実際に物作りをする段階は知らない。

技術面では力になれないので、知識面と精神面でのサポート役。

能力:あまねく願いを肯定する程度の能力

スペルカード:思符『信念一閃』、想符『陰陽七変化』、境符『四重障壁』、現象『闇色能天気』など



資材部長:森近霖之助

物は一番持っている。ガラクタからガラクタまで。鉄が豊富。

技術面でのサポートも行えるが、科学技術というよりは鋳造などの職人技術屋。

ただノートPCを動かしたいがために、一大プロジェクトへの参加を表明。趣味人って凄い。

能力:未知のアイテムの名称と用途がわかる程度の能力

スペルカード:なし



技術・実行部長:河城にとり

人間が好きな変わり者の河童。幻想郷の技術屋。

電気を初めて知って初歩的な技術しか知らないのかと思いきや、光学迷彩作ったりする。

幻想郷的な常識人なので非常識人。やはりどっかずれてる。

能力:水を操る程度の能力

スペルカード:光学『オプティカルカモフラージュ』、水符『河童のポロロッカ』など



→To Be Continued...



[24989] 幕間二十二
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:36
~幕間~





これは、『異変』解決後の収穫祭のときの話だ。





寺子屋の教師をやったり買い出しに行ったりで、俺は人里に頻繁に顔を出す。

そのため、結構な頻度で祭などの催しに誘われている。

なるべく参加するようにしてるけど、そこそこ酒に強くなったとは言え相変わらず幻想郷的底辺層の俺だ。参加できないこともままあったりする。

それでも、大きめの祭には必ず参加するよう、体調コントロールには気を使っていた。

そして今は秋の中頃。ちょうど収穫シーズンだ。

「今年もやるんですよね、収穫祭。」

俺は八百万商店で今夜のおゆはんのおかずを選びながら、おやっさんに尋ねた。

尋ねたというのもおかしいか。答えなんてわかりきってるんだから。

「あったり前だろ!雨が降ろうが雪が降ろうが、槍が降ろうが祭は敢行する。それが祭ってもんだろ?」

いや、さすがに槍は待ちましょうよ。死人が出ますよ。

「はっはっは、まあ槍が降るわきゃねえわな。」

そうだと言い切れないところが幻想郷の恐ろしいところだ。若干一名、実行可能な人物に心当たりがあった。

まあ、やらないだろうけど。意味ないし。

(まあ、あなたが望むなら降らせてやってもいいわよ?)

やめい。

「まあけど、やるんですね。今年は霊夢も参加させなきゃ。」

去年は霊夢は参加しなかった。だるいめんどくさいを連呼して。

何だかんだで宴会好きの霊夢にしては珍しいと思うが、あいつは人里にはあまり顔を出さない。

あいつが現れると萎縮してしまう人間達が多いからだ。実際のところ、そんなことを気にする必要なんか何処にもないのに。

だけど、その状況も徐々に変わってきている。春頃の宴会では、霊夢に声をかける人達もいた。

俺の努力は、決して無駄ではなかったってことだ。

「そりゃいいな。巫女様と優ちゃんのダブル巫女アタックだな。」

「意味がわからない上に俺は巫女じゃないと何度言えば。」

今年は是非とも男の姿で参加したかった。



去年の話になるが、俺は収穫祭に例の白黒巫女服で参加した。

それは別に俺が着たかったというわけじゃない。実は慧音さんに頼まれたんだ。

「収穫祭には豊穣の神が来るからな。君には是非とも巫女として神をもてなしてほしいんだ。」

とのこと。

俺は巫女ではないし、巫女服着たってなんちゃって巫女にしかならない。だがそれでも、そういう雰囲気が大事なのだと強く頼まれた。

これまでは巫女がもてなすということはなかったらしい。・・・まあ、巫女があれじゃな。

そこまで強く頼まれては仕方なく、俺は博麗の巫女代理として祭に参加した。

・・・まあ、後は語るまでもないだろう。お約束の大騒動だ。

毎度思うのだが、女なら他にもいるのに何故俺なのだろうか。両性具有が人気なのか?

そんなわけで、今年は是非とも霊夢に参加してもらい、俺は男のまま気軽に祭を楽しみたかった。

「えー、今年は優ちゃん巫女やらねえのか?」

俺の考えを聞き、おやっさんは物凄く残念そうな顔をした。

「おやっさん・・・あなた俺が純粋に男だったときからの知り合いですよね。わかってますよね、俺が本来的に男だってこと。」

「そらー当然だろ。優ちゃんは男に決まってらぁな。」

うん、そこをちゃんと理解してくれてるのは安心だ。

「けどよぅ、優ちゃんみたいな『ぐらまー』は少ねえからよ、目の保養になんだわ。」

ただ単に女に比べれば身長があって、胸が不必要に大きいだけだろ。何がいいのかさっぱりわからない。

「そりゃ優ちゃんよう。考えてもみろ。自分のかみさんが無乳・貧乳・巨乳のどれがいい?男だったら巨乳だろ。」

いや俺はそうは思わないけど。あるにはあるの、ないにはないの良さがあるだろうし。

「俺個人の意見としてはない方がいいです。肩凝るんですよ、あれ。」

「そりゃ優ちゃん自身がだろ。自分のかみさんがって考えてみろ!」

・・・うーん。そもそも俺の隣に誰かがくるってのが想像できないんだが。

とりあえず適当な知り合いで考えてみよう。

霊夢。年相応だ。順調に成長していけばもっと大きくなるだろう。

魔理沙。やや小ぶりだ。成長に期待といったところか。

アリス。上記二人に比べればあるだろうが、あまり強調はしてないな。

妖夢。・・・頑張れ。

(私達が中にいるってわかってるわよね。)

(・・・優夢さん、後でお話があります。)

・・・迂闊な発言も考えもできませんでした。つーかここで『大きい方がいい』っつったら、『願い』の大半からフルボッコフラグだ。

というわけで。

「女の人を胸で判断するのはどうかと思いますよ。幻想郷には強い女性が多いんだから。」

敵に回したら恐ろしい連中ばかりだ。全く、男は肩身が狭い。

「はぁ~、優ちゃんはもっと男らしいと思ったんだけどな・・・。男は黙って巨乳だろ!OPPAIだろ!!誰も好き好んでうちのかみさんみたいな貧乳を愛でたりしねえだろ!!」

「・・・へぇ~、あたしみたいな貧乳は、生きてる価値がないって言うんだねぇ~。」

ビシリと、おやっさんが固まった。・・・だから言ったのに。

「八重さん、お邪魔してます。」

「いらっしゃい優ちゃん。ゆっくり選んでいってね。あたしはちょいとこの田吾作にお灸を据えてやらにゃならんから。」

「や、八重、待て!ちょ、ちょっと口が滑っただけなんだ!!愛してるから!!」

「問答無用!!涅槃で歌ってな!!」

「あぎゃーーーーーーーーーーーー!?」

八百八重。おやっさんの奥さんで、リアル幼妻。当然今の発言に怒る側の人間だ。

おやっさんと幼なじみだというのはとても信じられないほど(過度に)若々しく、能力持ちではないとは信じられないほどに(肉体的に)強い人だ。

おやっさんは現在進行形でコブラツイストを喰らっていた。

それを横目で見つつ。

「うお、松茸じゃん。今日は松茸ご飯にしようかな。」

「ちょ、ゆ、助け・・・ギブギブギブ!腕はそっちに曲がんねえよ!!」

「優ちゃ~ん、そいつはまけとくよ~。このマダオの小遣いからさっ引いとくから。」

「八重ーーーーーーーー!!?」

触らぬ神に祟りなし。俺は異空間を無視して買い物を続けた。



この日は大きめの松茸5つと秋刀魚を買って帰った。

店を出る前に見た、真っ白に燃え尽き突っ伏すおやっさんの姿が印象的だったが・・・自業自得である。気にしてはいけない。





***************





「というわけで、今年はお前も収穫祭出ろ。」

「嫌よ、めんどくさい。」

夕食を食べながら長々と語った優夢さんの言葉を、一言の下に切り捨て、お吸い物を啜った。

松茸の香りが鼻腔をくすぐる。やっぱり秋は松茸ね。

「・・・お前な。俺が何のために長々話をしたと思ってるんだ。」

「私を収穫祭に参加させるためでしょ?わかってるわよそんなの。」

初めからちゃんと聞いてれば、そんなこと容易く想像がつく。

む、秋刀魚も脂が乗ってていいわね。秋は美味しいものが増えるからいいわよね。

「わかってるんなら。」

「だって、人里まで行かなきゃいけないんでしょ?めんどうじゃない。」

「飛んで三十分程度の距離をめんどくさがるな!!そんな食っちゃ寝の生活してると、太るぞ。」

大丈夫よ、素敵な巫女だもの。

「去年は俺が代理でやったんだから、今年こそはお前の出番だろ。」

知らないわよ。博麗の巫女の仕事にはないわよ、そんなの。

「普通に巫女の仕事だッ!」

「じゃあ優夢さんがやりなさいよ。巫女じゃない。」

「巫女じゃねえ!!」

「いや、そんな格好で言われてもねえ。」

萃香の指摘する通り、神社の優夢さんは必ず巫女の姿をする。これで巫女じゃないという人はいないでしょ。

「・・・黒服普段着に戻すぞてめえら。」

「怒るわよ。」

あんな優夢さんの胸と可愛らしさを殺すような格好、私は認めないわ。

「いいじゃないか、霊夢。祭だろ?私は行くよ。」

酔いどれ鬼は、宴会の匂いにつられた。

別にこいつが行く分には構わないと思うけど。鬼でも、こいつは優夢さんにくっついてって人里で上手くやってる。

むしろこいつが行けば喜ぶ人間だっているんじゃないだろうか。

「けど、私は行く理由がないわ。理由もないのにわざわざ疲れたくはない。」

人里に行くのが面倒。行かない理由はそれで十分だった。

「頑固だな。」

「素敵なだけよ。」

お吸い物を啜る。あー、松茸美味しい。

「・・・よし、わかった。」

茶碗を置くと、優夢さんの雰囲気が怜悧なものになった。・・・一体何をする気?

けど、何と言われようが私は行かない。行く気がない。

私を『異変』以外でそう簡単に動かせると思わないことね。





「霊夢が収穫祭に行かないなら、今年はもう松茸なしだ。」



驚愕に目が見開いた。

「なん・・・ですって・・・?」

声がかすれる。この人は今、何て言った?

聞き間違いだろう。そんなことあるはずがない。あってたまるものか。

「よく聞こえなかったわ。もう一度言ってくれる?」

「霊夢が収穫祭に行かないなら、今年はもう松茸なしだ。」

・・・聞き間違いではなかったか。優夢さんは一言一句違わず繰り返した。

私の心は大きく揺さぶられたが、努めて平静でいるようにした。

「何でかしら。理由がよくわからないわ。」

「働かざる者食うべからずって言葉知ってるか?」

「あら、働いてるわよ。ちゃんと神社にいるし、妖怪退治と『異変解決』はしてるし。」

「巫女としての仕事はしてないだろ。ちゃんと神様祀れ。」

私がそんなことしなくたって、人里の連中が祀るじゃない。

「巫女がそれでどーする。・・・ともかく、お前が収穫祭参加しないなら、俺は今年は松茸料理を作る気はない!来年以降もそのつもりだ。」

く、松茸を盾に取るとは・・・。食を押さえるということは、かくも権力を牛耳ることができるのね。

「卑怯者。」

「何とでも言え、怠け者。」

「霊夢・・・松茸を食べながら呑む酒は格別旨いんだ。秋の楽しみなんだ。
もし食べられなくなったら・・・ここで『ミッシングパワー』を使う。」

2対1。形勢は圧倒的に不利だった。

はぁ。

「ったくもう、しょうがないわね。」

仕方なしに私が折れた。松茸を食べられなくなる上に母屋が倒壊したらたまったものではない。

「よろしい。」

「・・・癪に障るわねぇ。」

「俺はお前の親直々にお前のこと頼まれてるからな。兄貴として当然だ。」

今は兄っていうより姉だけどね。



収穫祭への参加が決まり、喜び酒を煽る小鬼と、満足顔で頷く白黒巫女。

それを眺めて憂鬱なため息をつき、私は松茸ご飯を頬張った。

とりあえず、お風呂では容赦しないことにしようと、微妙な復讐を誓いながら。





なので、その日神社の母屋の風呂場から嬌声が響いたのは、ごくごく自然なことなのだ。





***************





秋の日は釣瓶落としと言うが、昼が短いと日が経つのも早い。あっという間に収穫祭の前日となった。

何処の田畑もほぼ収穫を終えており、裸になった地面はやや寂しげだった。

だが、それでいいのだ。常に作物が根付く大地は養分を吸い尽くされ死んでしまう。ときには何もない方がいいときもある。

その間に、目に見えないほどの土壌生物達が大地に命を吹き込んでくれる。これが農耕のサイクルなのだ。

「去年よりも豊作みたいですね、今年。」

打ち合わせのために寺子屋を訪れた俺は、慧音さんにそう聞いた。

収穫の手伝いをすることもあるのだが、その量が去年よりも多かったように思える。

「そうだな。今年はいつになく豊作だったようだ。豊穣の神が張り切ってくれたそうだ。」

へえ。そうなんですか。去年おもてなししたかいがあったな。

「ふうん。で、今年は私がその役をやればいいのね。」

やる気なさげに霊夢が言う。今日は神社総出で人里に出てきていた。

ちなみに萃香はあっちで子供達と相撲をとっているが・・・10対1でもびくともしない。さすがは鬼だ。

「そうだ。できれば今年だけではなく来年以降も頼みたいんだがな。人気はともあれ、博麗の巫女は幻想郷の正当な巫女だ。」

「ま、気が向いたらね。」

相も変わらずやる気なさげ。ていうより早く帰ってお茶飲みたいオーラがガンガンに出てる。

・・・とりあえず、この場を乗り切ることを考えるか。

「そう言うなって。お前ができない年は俺が出るとかするからさ。」

「なら今年も優夢さんやってよ。」

「今年はお前予定ないだろうが。」

少しは働け。

「・・・あー、何だ。非常に申しにくいことではあるんだが・・・。」

慧音さんが何やら口ごもり始めた。どうしたんだ?何か悪いことでもあったんだろうか。

俺は次の言葉を待った。しばしの逡巡を経たあと、慧音さんは言いづらそうに口を開いた。



「・・・すまない優夢君。君には今年も巫女をやってもらうことになる。」





・・・・・・・・・なして?

「いや、私も申し訳ないとは思っているんだが・・・先方たっての頼みでな。」

先方って、秋の神様ですか?

「ああ。どうやら去年の君のもてなしを大層気に入ったらしくてな。今年豊作だったのも、それが大きかったらしい。」

マジか。

「けど俺、大したことしてませんよ。お酌して、話聞いて相槌打ってただけだし。」

「そのときの態度がよかったのだろう。」

・・・まあ、失礼のないように注意したからね。紅魔館でのメイド修行が役に立ったというか何というか。

「やっぱり優夢さんが適任みたいね。なら私は帰っても」

「霊夢は霊夢で頼む。訪れる秋の神様は二人なんだ。いかに優夢君と言えども、一度に二人の相手はできないからな。」

割とそうでもないんだが。現象シリーズの原型となってる魂符『幽明の苦輪』使えば。

まあ、それも失礼ではあるか。二分の一で接待ってのもな。

・・・そうじゃなくて、俺また巫女参加決定ですか?

「ダメか・・・?」

「ぐ。いや、ダメってこたないですけど。」

今年は男で参加したかったなーと、ちょっぴり思う。

けどまあ、そういうことなら仕方ないか。

「なら私は」

「何度も言わせるな。少しは働け。」

またしても帰ろうとする巫女を逃がさないようにする。全くこいつは・・・。

「ふむ、そうだな。靈夢の頃はちゃんと神事もやっていたわけだし、霊夢もそろそろだと思うぞ。」

慧音さんが援軍を寄越してくれた。こいつは心強い。

「ここで逃げたら、靈夢に伝えておこうか。「お前の娘が神事をサボった」と。」

「・・・あんたも卑怯者ね。」

「何とでも言うがいい、怠け者。」

親には勝てない霊夢。まあ、靈夢さんじゃ相手が悪い。諦めろ。

「それに霊夢は収穫祭に参加したことはないだろう?ちょうどいいじゃないか。それに信仰を増やすいいチャンスだ。」

「先に信仰しなさい。そしたらやったげるから。」

得たければまず与えよだぞ、霊夢。



そんな感じに、奇しくもおやっさんが言った通り今年はダブル巫女ということになった。

俺と霊夢は祭で何をするのかを確認した。俺は去年のを覚えてるから、主に霊夢がだな。

途中から子供達との遊びを終えた萃香も話を聞いていた。

「今年は巫女が二人なわけだし、何か催しをやるというのはどうだろう。」

一通り話し終えた慧音さんが、提案としてそう言ってきた。

「催しですか。」

それはどうなんだろう。確かに祭と言えば、様々な催しが行われる。

『外』の知識頼りになるが、神社の祭などでは巫女や神主が舞を奉納したりもする。はずだ。

が、目の前の巫女を見ていると、果たしてそんなことができるのかと疑問に思える。

無論俺にもできるはずはないが。剣舞ぐらいならできるかも・・・いや無理だな。

そもそも俺達って、人様に見せるような芸を持ってなかったな。やることと言ったらせいぜいが弾幕ごっこだ。

「いいじゃん、霊夢と優夢の弾幕ごっこ見せれば。いつも見てるけど、私は結構楽しいよ。」

と萃香が口を挟んで来たが、神様に見せるものではないと思う。

とりあえず、思いつく限りでは舞ぐらいだ。しかし一夜漬けで舞うのはなぁ。

「別に、私は舞えるわよ。奉納演舞くらいなら。」

意外なことに、霊夢からそんな言葉が漏れた。

「・・・マジか?」

「大マジよ。巫女なんだから当たり前でしょ。・・・まあ、10年ぐらい舞ってないけど。」

それでもこいつなら平気でやってしまいそうなのが恐ろしい。

だが、それなら心強い。

「じゃあ、霊夢に舞ってもらいましょう。」

「ちょっと、私だけ?」

俺舞できんもん。

「めんどくさいわねぇ。」

「そう言うな。その分霊夢には多めに酒を出すさ。」

「なら仕方ないわね。」

酒であっさり変わり身する巫女。幻想郷の面子は酒好きが多すぎる。

「がんばれよー二人とも。私は呑みながら応援してるから。」

萃香は暢気でいいな。全く。

「・・・いつぞやみたく、萃香を巫女に仕立ててやろうかしら。」

「さすがに無理があるだろ。」

魔理沙と違って人間じゃないし。





***************





一年で最も心待ちにしている日がやってきた。今日は人里の収穫祭だ。

毎年のこと、私達は里に呼ばれる。その年の豊作を祝って、私達に感謝を捧げるのだ。

私としては、収穫する前に呼んでくれないと頑張れないんだけどね。豊穣は収穫の前に訪れるものだから。

だけど、今はちょっと違う考え方ができる。

去年の収穫祭では、いつも私達にお酌をする八百万の店主ではなく、博麗神社に住む白黒の巫女が私達へのもてなしを務めた。

そのとき彼女が言った言葉。「なら、今年の人間達の笑顔と信仰を糧に、来年の豊穣を約束してはどうでしょう」という意見に、私はなるほどと感心した。

そんなわけで、私は来年の糧を得るために、今年の収穫祭に参加するのだ。

「いいわよね穣子は。自分が主役のお祭りがあるんだから。紅葉祭っていうのも作るべきなんだわ。」

道すがら、姉さんがそんなことを言った。もっとも、これも毎年のことだ。

いつもいつもそんなことを言っては、勧められた酒を呑み、一番テンション高くして、陽気に帰っていくのが私の姉さん、秋静葉だ。

多分私よりも楽しんでるんじゃないかしら。それなら、別に無理にお祭りを増やすことなんかないでしょう。

祭はたまにあるから楽しいのよ。

それに。

「そんな楽しそうな顔して言っても、説得力ないわよ。」

姉さんの顔はにやけっぱなしだ。余程去年のあの巫女を気に入ったと見える。

人里の守護者に聞いたところ、今年もあの巫女が来るそうだ。おまけで博麗の巫女も来るらしいけど。

自分で逆じゃないかと思うけど、あの巫女――名無優夢と比較してしまったら仕方のない話だ。

言動は丁寧でソツがなく、細やかなところに気が利く。それでいて、建設的な話を聞かせてくれる。

そして何より、色気があった。女神である私をして、思わずドキッとさせられる。ぶっちゃけて言えばエロい体をしていた。

まあ、最後のは約半分冗談だけど、見た目を抜きにしても名無優夢は好人物だった。後で聞いた話だが、里の男達の間で一番人気の女性だそうだ。

あの騒ぎなら納得も行くわね。将来の旦那さんには困らないだろう。

「そういえばあの娘、博麗の巫女ではないんだよね。いっそのこと私ら祀ってもらって秋の巫女にしちゃう?」

姉さんがそんなことを言った。それは名案ね。今日の宴席で掛け合ってみましょう。



里は既に宴もたけなわだった。

人々は酒に酔い、陽気に歌い、踊り、語らっていた。

明るく愉快な幻想郷の風景。お馴染みの光景だ。

「静葉殿、穣子殿。ようこそ祭へいらしてくれた。」

祭というよりは大規模な宴会場と化したそこに現れた私達を、守護者の上白沢慧音が迎えてくれる。

その後ろには、優しげな表情をたたえる白黒巫女と、仏頂面の紅白巫女が並んで立っていた。

凸凹で真逆な二人の巫女を見た瞬間、思わず吹き出しそうになった。姉さんはこらえきれずちょっと吹き出してた。

「? どうなされた、秋殿。」

「い、いや。何でもないよ、気にしないで。」

平静を装い何でもないことにした。

しかし、見事に歓迎の意志がないね。博麗の方。今にも口をついて「だるい」という言葉が出そうだ。

「だるい。」

っていうかモロ出た。優夢がそれを聞きとがめ、博麗を叱る。

「すみませんでした、静葉様、穣子様。」

「いや、いいよ。気にしてないさ。」

博麗の巫女とはそういうものだと、以前より知っている。有名な話だ。

そんなことに目くじらをたてていては、神様なんてやってられない。

「それで、私らの仕事はあんた達をもてなすことなんだけど。ボーっと突っ立ってないで上座に行きなさい。」

もてなす気0よね、あんた。優夢と慧音は冷や汗をかいてた。

だから気にしないってば。

「そうね、博麗の巫女にお酌してもらうなんて何年ぶりかしら。楽しみにしてるわよ。」

博麗の巫女は博麗の巫女で、面白いことに違いはないのだから。





優夢は姉さんのお酌をした。必然的に、私のお酌は博麗の巫女がすることになる。

今代の巫女の名は霊夢と言うそうだ。確か、先代の巫女も字は違ったけど『レイム』の音を持ってたと思ったけど。

「それはうちのバカ親よ。」

「あら、今代は血縁なのね。」

確か先代は血縁ではなく、霊力の強い孤児を巫女としていたはずだ。先々代は子供いなかったし。

「そう、あの子ちゃんと家庭を持てたのね・・・。」

そう思うと、何だかホッとしたような気がした。

博麗の巫女は、血縁だろうがなかろうが、何故か周囲から浮いた存在になる。恐らく、そうなり得る存在を巫女に据えてるんだろう。

先代もそのご多分に漏れず、宙に浮いた存在だった。

だから私は、彼女について多少の心配をしていた。人の縁を知らず、孤独なまま生涯を終えることになるんじゃないかと。

私程度の力の弱い神が幻想郷の中心たる博麗の巫女の心配をするなど、愚かなのかもしれない。

だけど、それでも私は神であり、人の幸せを願う者だ。彼女の幸せを願うことに、不自然なことなんて何もない。

「靈夢は元気にしてる?」

「あいつが元気じゃない時なんて想像がつかないわ。」

どうやら健康に暮らしているようだ。それならいい。それが聞ければ十分だった。

「そういえば、うちのバカ親は昔こういうことやってたんだって?」

「ええ、そうよ。何、お母さんの昔話でも聞きたいの?」

「別に。あんたは私の親知ってるんだなって思っただけよ。」

あら?知らない人がいるの?

「いるも何も、知ってる人間の方が少ないわよ。博麗の巫女は自然発生するって勘違いしてるんじゃないかしら。」

あらまあ。それって結構大問題じゃない。

「そうでもないわよ。別に思ってるなら思ってるで好きにすればいいし。」

・・・どうやら、今代の巫女は歴代の中でもぶっちぎりで浮いているようだ。

正直、こうやって面と向かって会話しているのに、空に向かって話しているようだ。つかみ所がなくするりと抜けていってしまう、そんな感覚。

きっと彼女を縛るものは何もないんだろう。家族も、友人も、将来連れ添う伴侶でさえも。

自由で、空気のように。歴代の中で最も『らしい』博麗の巫女だ。

彼女が作る幻想郷は、一体どういうものになるんだろう。この自由の体現者が生み出す楽園は、素敵なんだろうか。

私の中に、大きな期待と少しの不安が生まれた。

「時代は動くのねぇ。」

「いきなり何よ、年寄り臭い発言して。」

実際年寄りなのよ、あなたよりはずっとね。



「あはははは!!ほらほらゆーむものみなよー!!」

「わっと!!静葉様、少しお酒を加減された方がよろしいのでは・・・。」

「いーの!!わらしかみさまだから!!」

向こうは向こうで盛り上がってるわねぇ。姉さん絡み酒入ってるし。

「あんたの相方性質が悪いわよ。」

「言わないであげて。普段は物静かなのよ、姉さんは。」

酒が入ると気が大きくなってしまうだけ。

「それは十分性質が悪いでしょうが。」

「・・・まあ、そうね。でも止めるのも野暮よね。」

「愚問ね。」

ノリいいわね。よし、一緒に観察しましょう。

「うーふーふーふーふー、ゆーむちゃんのきもちいーところはどこでしゅかー?」

「あ、あの、静葉様?手つきがいやらし・・・いえ、お戯れはご遠慮願えればとても嬉しいのですが。」

「だーめ!おねえちゃんといっしょにぬぎぬぎしましょうねー。」

「あ、そこ触っちゃダメ・・・あう!!」

桃色空間が展開されていた。ううむ、優夢の生肌は目の保養になる。

いつの間にやら周りに人垣が出来て、男が中心に観察をしていた。気持ちはわからないでもない。

それを鬼?(何で普通に妖怪が人里にいるんだろう)が整理して、観覧料として酒をもらっている。

何処で騒ぎをかぎつけたのか天狗までやってきた。上空から荒い息をしながら写真を撮っている。

「優夢さんって絶対フェロモン出てるわよね。」

「かなり強烈なのがね。同性を惹きつけるほどだから相当なものよ。」

かく言う私も、もし自分の酌をするのが優夢だったら、同じことをしていたかもしれない。恐ろしい話だ。

姉さんは腋の隙間から優夢の豊満な胸に直接触れていた。

公衆の面前であるため頑張って声を抑えているけど、優夢の顔は真っ赤だった。

「とりあえず、あんたの姉さんが死んでも恨んじゃダメよ。自業自得だから。」

「・・・へ?」

いきなりこの巫女は何を言い出すんだろう。私は一瞬理解ができなかった。





その次の一瞬で強制的に理解させられたけど。

「こ・・・の。いい加減に、しろ!!」

「ぎゃん!?」

虚空に出現した霊力の塊によって、姉さんは横殴りに吹っ飛ばされた。

今のをやったのは・・・優夢?

姉さんは霊力弾がぶつかった箇所を押さえながら、何が起こったのかわからず頭にはてなを浮かべていた。

皆呆然とそれを見ていた。・・・いや、慧音と小鬼、あと天狗が「やっちまった」とばかりに頭を押さえている。

着崩れた衣装を直し、優夢はゆらりと立ち上がった。その身から立ち上る霊気は凄まじかった。思わず身震いしてしまうほど。

「え?何コレ?どうなってるの??」

姉さんは相変わらず状況がつかめていないようだ。酔いは醒めたみたいね。

「静葉様・・・いくら神様とはいえ、やっていいことと悪いことは存在するでしょう?」

ゴゴゴゴゴという擬音がしっくり来るほど、優夢は全身から怒気を溢れさせていた。

「・・・よく優夢さん、私のこと鬼巫女とか言うけど、優夢さんも大概よね。」

言い得て妙だった。

「あ、あの?優夢??あ、あれはほんのおちゃっぴーって言うか何て言うか・・・。」

「ふふふふふ、ほんのおちゃっぴーですか、ふふふふふ・・・・・・・・・。」

姉さん、私達長い間一緒だったけど、私これから一人でも頑張るよ。

渦巻く霊力とともに弾幕を展開した優夢を見て、私は姉さんに心の中で別れを告げた。

そして。



「反省しろーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」

「にゃあああああああああああああああああああ!!??」



人里の広場に、爆発音が響き渡った。南無。




***************





やっちまったものはどうしようもないと思うが、それでも自己嫌悪せずにはいられなかった。

まさか神様相手にブチ切れてしまうとは・・・。

けど、静葉様しつこかったんだもん。男心としてはブチ切れてしまうのも無理はないだろ?

ああ、来年不作だったら俺のせいだ・・・。

「その辺は気にしないでもいいんじゃない?姉さんは紅葉の神だから。豊穣は私の担当。」

姉がボコボコにされたというのに、穣子様はまるで気にしていなかった。・・・実は姉妹仲悪かったりするんだろうか。

「それを聞いて、少し心が楽になりました。」

「そうそう、気に病んじゃダメよ。今回のは誰がどう考えても姉さんの自業自得だから。」

それはその通りだと思うんだが、俺もいい加減キレやすくなりすぎだと思う。もう少し抑えられるようにならなければ。

「それにしても優夢って強かったんだねぇ。私達力は弱くても一応神様なのに、あそこまでやるとは思ってなかったよ。」

穣子様はそう言いながら、包帯でグルグル巻きになった静葉様に視線を移した。

ちなみに現在治療を行っているのは永琳さん。わざわざ永遠亭から出てきてくれたそうだ。

「すみませんでした、永琳さん。わざわざご足労願うようなことになってしまって。」

「別に気にすることはないわ。私も祭の空気を味わえたわけだし。・・・それに、神様なんだからこのぐらいどうってことないでしょうが。大げさなのよ。」

言いながら永琳さんは静葉様をゲシっと蹴った。

「ひ、ひどい!一応怪我神なのに!!」

「話は聞いたわ。酒に飲まれたあなたが悪いと思うんだけど。」

「うぐ!?・・・い、いやだって、優夢だよ?」

「・・・理解したわ。」

理解せんでください。何その納得がいったって表情。

いくらなんでもあんまりだった。

「そうだそうだ、今のうちに聞いておきましょう。ねえ優夢、あなた私達を祀って秋の巫女にならない?」

穣子様がいきなりそんなことを言い出した。何を言い出すんですか?

「だってあなた、博麗の巫女ではないんでしょう?だったらフリーの巫女ってことになるわね。」

「・・・そもそも私は本来巫女ではないんですが。」

これは主に霊夢の趣味と慧音さんの依頼の結果であり、断じて俺の意思ではありません。

「そうなの?」

「そうなんです。ですから、身に余るほどありがたいお言葉なのですが、遠慮させてください。」

「ふーん、残念。」

ちなみに、失礼のないようにということを意識して、俺は秋様の前では『私』というメイド時代使っていた一人称を使っている。ついでに本来は男であることも明かしていない。

明かしていないんだが・・・さっきのようなことがあると明かしたくなってくる。それに、遅かれ速かれいずれはお二人の知るところにもなるだろう。俺が幻想郷で暮らす限り。

けどまあ、別に今じゃなくてもいいか。穣子様も上機嫌になってるわけだし、水を差す必要は何処にもない。

――こんな考え方だから、皆の中で俺が女というのが定着していくのだが、俺はそれに気付くほど鋭くはなかった。



ふいに場が静まる。どうやら霊夢による奉納演舞が始まるようだ。

演奏はおやっさんと八重さんが担当するらしい。たった一日で打ち合わせをして音を決めてしまったそうだ。さすがは幻想郷だ。

不思議な音色。それにあわせ舞う霊夢の姿は、相応に巫女であった。

まるで、そこにいるのに何処にもいないかのような雲を掴むような舞。

ああ、これが博麗の巫女なのかと思わずにはいられない、そんな演舞だった。

ゆっくりなのか、激しくなのか。やわらかくなのか力強くなのか。霊夢は舞い続け、見物人は誰一人言葉を発することもなくただ見とれていた。

「ならさ、私のお願い、聞いてくれるかな?」

舞からは一切視線を反らさず、穣子様が俺に言う。

「何でしょうか。」

「私達の巫女にはならないでもいい。あなたが巫女じゃないっていうんなら、それも仕方がない。だけど、今代の博麗の巫女を支えてくれないかな。」

・・・元よりそのつもりだが、何故穣子様が?霊夢と会ったのはこれが初めてなんでしょう?

「ええ。だけど、あの子が博麗の巫女であるということがよくわかったわ。だからよ。」

その展開はよくわからなかった。多分穣子様は、俺には想像もつかないような奥深い思考を経てその結論に至ったのだろう。

俺は何だか嬉しかった。霊夢は一人ではない、ちゃんと見てくれている人がいるのだ。

きっと穣子様だけじゃない。ここにいる慧音さんも萃香も、ここにはいないけど魔理沙も、紫さんも。当然だが一磋さん、靈夢さんだって。

そのことを感じ、胸の中が熱くなるのを覚えた。

「お任せください。私でどこまで霊夢の隣にいられるかわかりませんが、最大限の努力をします。」

だから、そう答えた。

「・・・ふふふ、霊夢は恵まれてるわ。一人なのに、こんなにも頼れる家族がいるんだから。」

穣子様は優しく笑った。

家族・・・か。俺が霊夢の家族といえるのかは甚だ怪しいけど、穣子様が言うんだからきっとそれなりに家族なんだろう。

居候で記憶も目的もない俺だけど、だったら霊夢の側に居続けられるだろう。



俺は『妹』の演舞を見ながら、静かにそう思った。





+++この物語は、収穫祭を通して何か色々あった、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



秋の巫女候補:名無優夢

しかし穣子は既に諦めた。静葉はまだ諦めていないが、暴走すれば操気弾の餌食である。

男性でもあるので女性を惹きつけることができるのかもしれない。逆に言えば、男状態でも寄ってくる男はいる。CAVED!!

周囲は既に博麗の家族であるという認識をしていることに気付いていない。

能力:あまねく願いを肯定する程度の能力

スペルカード:萃符『戸隠山投げ』、気砲『シュプーリングスター』、現象『エターナル・スカーレット・CB』、神厄『ロンギヌスの槍』など



人々に感謝される豊穣の神:秋穣子

秋姉妹の妹の方。不人気。

しかしながら、人里の人間達の間では最も信仰されている神の一柱。それでも力があまりないのは、戦いの神ではないから。

先代巫女である靈夢を知る者の一人。人々とともにある神故、そういうことには詳しいのである。

能力:豊穣を司る程度の能力

スペルカード:秋符『オータムスカイ』、豊符『オヲトシハーベスター』など



人々に愛でられる紅葉の神:秋静葉

秋姉妹の姉の方。妹に劣る姉。

ちゃんと信仰はされてるものの、豊穣に比べると生活への寄与度が低いため、若干影が薄い。その反動か暴走しやすい。

当然彼女も先代巫女を知っているが、穣子に比べると思い入れが少ない。

能力:紅葉を司る程度の能力

スペルカード:葉符『狂いの落葉』



→To Be Continued...



[24989] 三章十一話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:37
『異変』の影響もなく、およそ一月が経った。月齢は一巡し、今日は満月だ。

中秋の名月と呼ぶに相応しい満月が東の空から昇っていた。実際のところ、名月は一月前に過ぎたけど。

あのときは実に賑やかだった。月の毒気に当てられたか、皆が皆大騒ぎした。

一月前の『異変』で知り合った永遠亭の面々も、飛び入りで参加した。てゐなど、病み上がりとはとても思えないほどはしゃぎ回っていた。

まあ、その分俺や妖夢や鈴仙さんが大変だったんだけど。楽しかったからチャラだ。

今日は流石に先月ほど騒がしくなることはないだろう。先月は少々事情が特殊だった。

何せ『異変』解決直後で皆テンションがアッパー気味だったし、久々の『本物の月』だったんだから。

けど、今日はただの月見だ。のんびり団子でも食べて、楽しもうじゃないか。

そう考えていた。



いい加減俺も学習した方がいいのかもしれない。

幻想郷は、そう考えれば考えるほど、逆に騒がしくなる場所だってことを。





「おーっす、準備出来てるかぁ?」

一番乗りは魔理沙だった。いつも通り行動の速い奴だ。

「悪い萃香!今手が離せないから相手してやってくれ!!」

俺は台所から居間にいる萃香に向かって叫んだ。俺はまだ酒盛りのツマミを作っている最中だった。

「あいよー。まあそんなとこに突っ立ってないで、先に一杯どうだい?」

「お、気が利くじゃないか。」

どうやら萃香は酒で魔理沙の相手をするようだ。宴会前に潰すなよ。

「ちょっとあんた達、早く着いたんなら手伝いなさいよ。」

「この神社の主はお前らだぜ。だから私が手伝う必要はない!」

その理屈はおかしいが、もう大して仕事は残っていない。料理や菓子は先日のうちにあらかた準備しておいたし、酒もいつでも出せる。

実際のところ霊夢だって大した仕事をしたわけじゃない。外に敷物を敷いて、重しを乗せただけだ。

台所仕事はすっかり俺の仕事になってしまっているが、まあいいか。

「こんばんは。」

「来たわよ~。」

しまりのある声と緩い声。妖夢と幽々子さんだな。

「む、食べ物を持ってるわね。」

「ええ、大人数だしたくさん必要になると思ったから。」

「もちろん、お酒もね~。」

「おお、そういえば私も持ってきてるぜ。」

「よろしい。台所に持ってっといて。」

「では私が。」

足音が近付いてくる。

「こんばんは、優夢さん。やっぱりその格好なんですね。」

「こんばんは、妖夢。これじゃないと霊夢がうるさいからな。」

手慣れた感じで酒瓶などを手渡す妖夢に、俺はいつも通りに返した。

「手伝いましょうか?」

そしてこれも、いつも通りの言葉だ。俺はそれを受けたり受けなかったりまちまちだ。状況による。

「んー、もうそんな仕事残ってないし、妖夢も皆と一緒にくつろいでてくれ。」

「そうですか。ではお言葉に甘えます。」

妖夢は素直に俺の言葉に従った。よく頑固だと言われる妖夢だけど、ちゃんと人の言うことは聞けるのだ。

「おお?何だ妖夢、追い出されたのか?フラれたな。」

「フラれ・・・!?何を馬鹿なことを言っている、ただくつろいでくれと言われただけだ!」

「暇を出すってクビにするって意味もあるよね。」

「お前達、斬る。話はそれからだ!」

・・・割とそうでもないかも。そんなジョーク軽く流さなきゃ、いつまで経ってもいじられキャラだぞ。

「そうそう、斬るだけしか能のないやつなんか追い出されて当然よ。女なら全部できなきゃ。」

「ごく普通に現れてごく自然に会話に紛れ込むなよ、アリス。」

お、アリスも来たのか。続々集まるな。

「私を見習いなさい。人形を操ることで一度に複数の作業が可能なのよ。あなたが野菜を刻んでいる間に、私は立派なシチューを作ることができるということよ。」

「そのぐらい私だって、半霊を使えば。」

「所詮あなたは一人二役、私の二割八分六厘にも満たないのよ。」

「よしわかった。楼観剣の錆にしてやる。妖怪が鍛えた楼観剣に斬れないものなど、あんまり無い!!」

「えーかげんにせい。」

今にも弾幕ごっこを始めそうだった妖夢とアリスを、後ろからポコンとお盆で叩く。

準備が終わって来てみりゃ何をしてる。

「アリスが挑発してきたのでつい・・・。」

「ほんの挨拶じゃない。」

敵意剥き出しの挨拶だったなおい。仲良くしろ仲良く。

「それは無理ね。」

「いかに優夢さんの頼みとあっても。彼女とは根本的にソリが合いません。」

そうかなー、性格は近いと思うんだけど。

(まあ、色々あるのよ。)

(そう、色々あるんです。)

実際『中』のアリスと妖夢はそれなりに仲がいいし。

「仕方がないわ。両方とも噛ませ犬だもの。」

また一人新たに現れた人物が、またしてもかなり攻撃的な発言をした。

「やめてくださいよレミリアさん。せっかくいさめたんだから。」

「騒いでる方が賑やかで楽しいじゃない。」

俺はできるだけ穏やかな日常がいいんですがね。独り静かで豊かで・・・。

「そんな寂しいことを言わないで、楽しみなさいよ。」

「いや、楽しんではいますけどね。」

楽しまなけりゃ、この面子と付き合うのは相当大変だ。楽しんでも大変だけど。

それはそうと、あとは永遠亭組だけか。

今日の宴会の参加者はほぼ揃っていた。そして、この面子で待てるはずもなく。

「これだけ揃ってるなら、もう始めてもいいんじゃない?遅れてくる方が悪いんだし。」

「その通りですわ。お料理をお運びします。」

「あ、咲夜さん俺も運びますよ。ていうか出す料理わからないでしょう。」

「私も手伝って参りますので、幽々子様はお先に楽しんでいてください。」

「じゃあまずは私の酒で乾杯といこうか!!」

「そのひょうたんも便利だよな。無限に酒が湧き出てくるとか。一生借りていいか?」

「禁断症状の鬼が出来上がるからやめておきなさい。」

「始まる前から賑やかで楽しいわね~。」

「あんたら、ちょっとは詫び錆びってもんを理解して最初に注ぐのは私の器よ。」

騒がしく、宴会が始まった。



「ところで、何か忘れてる気がするんだが。」

「あー?下着つけるのでも忘れてきたか?どら、ちょっくら私が確かめて」

「気砲『シュプーリングスター』。」

「なんの!恋符『マスタースパーク』!」

「あー、宴会って感じするわねー。」

「やっぱりこれがなくっちゃね~。」

ちなみに、俺と魔理沙の弾幕ごっこは、最近では宴会名物になってたりする。





***************




準備は万全に整えてきた。一ヶ月もかけたかいがあるってものだわ。

あとは上手いこと理由をつけて、奴らを『アイツ』にぶつけるだけ。

『アイツ』の泡食った顔が楽しみだわ。くくくくく・・・。

「こら、輝夜。顔に出てるわよ。」

おっと、いけないいけない。これじゃ何か企んでるのがバレバレだわ。

咳ばらいを一つし、自然な表情を作る。

今私と永琳は博麗神社へ向かっている。宴会に参加するためだ。

今日は満月。私達の故郷は完全な円を描いていた。

要するに今日はお月見の日ということね。

ちなみにイナバとてゐだけど、今回もお休み。

どうやらイナバ、『異変』直後にヤっちゃったことをいまだに引きずってるらしい。最初の一回は何とか連れ出したけど、以降は『絶対に行きません』の一点張り。

イナバをいじることを至上の娯楽としているてゐも、当然ながらお休み。つまらない話だわ。

まあ、あそこの人妖はぶっ飛んでるのが多いから、退屈はしないんだけど。

「恥ずかしがってるだけなら、思い切ってくればいいのに。どうせ優夢は気にしてないんだから。」

「それもそれで不憫な話ねぇ。」

イナバが薄幸なことなんて、今に始まったことじゃないわ。



彼女達の中で唯一男『でもある』(私はあれは女だと思っている)存在、名無優夢。

彼女は、私を除く永遠亭の面子に大層気に入られているようだ。

聞いた話では、てゐを殺しかけたりイナバを思いっきり殴ったり、永遠亭が崩れるかと思うほど大暴れしたらしいけど。一体どんなマジックを使ったのやら。

イナバの恥ずかしがりだって、それこそ彼女を何とも思っていないなら気にしないはずだ。好意故ってところかしら。

だけど、私にとってはそんなことはなく、あくまで『彼女達のうちの一人』に過ぎない。それを言うのだったら、霊夢の方がよっぽど『特別』だわ。

もちろん優夢の正体についても聞いた。

『全世界の願いの結晶』。60億にまで膨らんだ人間達の穢れの掃きだめ。

けどやっぱり、私にとっては「だから何?」となってしまう。

私に願いなんてない。そんなもの、永遠の前には邪魔にしかならない。

永遠を生きる私達は、本質的に永遠に孤独だ。

今は皆がいるけど、何千何万の年月を重ねた後には、私と永琳、それと『アイツ』ぐらいしか残らない。

だったら下手な願いなど、持つだけ無駄だ。

――持てば、また傷付くだけだから。

っと、少しそれてしまったけど、そういうこと。私は『願い』という存在には何の魅力も感じない。

退屈しないとは思うけど、それだけでは特別とは言えないわ。

まあけど、今回は強ければいいのよ。あの子の強さはそれなりに理解してるから。



神社に着くと、既に宴会は始まっていた。

メイドが吸血鬼に酌をし、人形師と半人半霊がガチバトルをし、優夢が慌てて止めに入ろうとして、魔法使いと亡霊と鬼はそれを見て大爆笑する。

いつも通りの宴会だった。

「ひどいじゃない、私達を差し置くなんて。」

「遅刻する方が悪いのよ。」

遅刻はしてないわよ。

私は少し離れたところで呑んでいた霊夢に近付いた。

「隣、いいかしら。」

「あんたには誰かいるように見えるの?」

霊夢の言葉がおかしかったので、私はクスクスと笑った。

「スキマ妖怪はどうしたの?見当たらないけど。」

「あんな奴呼んだら酒がまずくなるじゃない。優夢さんが忘れてて助かったわ。」

どうやらあの胡散臭い妖怪、結構嫌われてるようね。こちらの戦力が減ったのは少し残念だわ。

が、まあこれだけいれば十分でしょう。

「何を企んでるの?」

出し抜けに霊夢がそんなことを聞いてきた。

・・・おかしいわね、顔には出さなかったはずだけど。相変わらずこの子の勘は侮れないわね。

「企んでるなんて人聞きの悪い。ちょっとしたイベントを考えているだけよ。」

「イベント?何よ。」

「それは後で。今は月見を楽しみましょう。」

別に今すぐにやる必要はないんだから。

「そ。まあ、私に迷惑かけないでよね。優夢さんなら好きなだけ貸すから。」

「あなた、人でなしってよく言われるでしょう。」

あっさり身内を売るとは。



それからしばらく、私と永琳は皆とともに宴会を楽しんだ。

毎度思うことなんだけど、よくもまあこれだけ騒げるものだ。

半霊と人形遣いの勝負は飲み比べに移行した。それを周りが囃し立てる。

顔も真っ赤で明らかに限界突破してるのに、何を意地張ってるのかこの二人はどっちも止まらない。お互い倒れるのも時間の問題だろう。

一方で、吸血鬼は霊夢に突撃をしかけていた。しかし霊夢はうざがって弾幕を飛ばし、吸血鬼は呆気なく撃沈される。

それに怒った悪魔の狗が、何百本というナイフを霊夢に向ける。弾幕ごっこの始まりだわ。

さらに一方では、酒で勢いづいた魔法使いが優夢にセクハラし、怒りの弾幕を喰らっていた。それを見ながらゲタゲタ笑う鬼。ひたすら食べ物をぱくついている亡霊。

これで普通だと思っている私も、大概毒されているんだろう。喧騒を肴にお酒を味わってるわけだし。

「けど、いいの?そろそろ言わないと、皆本格的に潰れちゃうわよ。」

おっと、そうだった。楽しんでる場合じゃなかったわ。

私は一つ咳ばらいし。

「あー、ちょっと皆、聞いてくれる?」

ワイワイガヤガヤ、ドタドタシュイーン。

「ちょ、聞いてって言ってるでしょ?静かにしてよ。」

ザワ、ザワザワ、ギャハハハハ、俺は怒ったぞ魔理沙ー。

「だから、人の話を・・・。」

うおおおお!?わあああああ!!ピチューン!



「話を聞けっつってるでしょ!言葉がわからないのこの愚民ども!?」



大声で叫び、ようやく静かになった。全く、これだから地上の人間って奴は・・・。

「こほん。えー、宴もたけなわというところだし、ここらで一つ趣向変えなんていうのはどうかしら?」

集まる視線に、私は本題を切り出した。

そして私の予想通り、皆の反応は悪かった。

「らにするちゅもりか知りゃにゃいけろ、邪魔しらいれくれる?今こいつと勝負ろ最中らのよ。」

「あと少しれ勝てりゅんれす。止めらいでくらはい。」

いや、相打ち見えてるから。呂律回ってないから。

「今日こそ霊夢を私のものに~・・・。」

「しつこい。いい加減にしないと本気で封印するわよ。」

「そんなそぶりを見せたら、あなたの心臓を私のナイフが貫くものと思いなさい。」

殺伐としすぎだから。あと私の話聞いて。

「ぐへへへへ、よいではないか、よいではないか~。」

「おま、それ完璧酔っ払い親父!つーか揉むな!!」

「ゆーむ、おかわりまだー?」

「酒のおかわりもってこーい!!」

ガン無視?ねえ、何これ。新手のいじめ?私M違う。

「たすけてえーりん。」

「・・・まあ、これは流石に、しょうがないわね。」





永琳が大変な薬を散布しております。そのままゆっくりしてお待ち下さい。





皆の顔が青くなったり緑になったりしてるけど、静かにはなった。流石は永琳の薬ね。

「・・・それで?趣向変えって何する気なのよ。面倒だったらやんないわよ。」

一人だけ平気な顔をしていた霊夢が、心底面倒くさそうに言う。

「さっきも言ったけど、ちょっとしたイベントよ。そんなに面倒なものじゃないから安心なさい。」

私の言葉に、霊夢はとりあえず聞く耳は持ってくれたようだ。

他の連中は・・・半霊と人形師は今ので気絶してしまったみたい。吸血鬼も同じく。メイドはそれの介抱。

残ったのは霊夢と優夢、魔法使い、亡霊、それと鬼か。・・・結構減っちゃったわね。

けどまあ、これだけいれば大丈夫でしょう。



「ちょっと、肝試しをしてみたいと思わない?」

「思わない。」

・・・だから聞いてってば。





***************





肝試し、か。もう季節は過ぎたよなぁ。

輝夜さんの話では、何でも竹林には丑の刻に恐ろしいものが出るんだとか。それで誰が一番肝が据わっているか勝負しようということらしい。

それはいいんだけど・・・。

「ダルい。」

「酒。」

「私が肝を試して意味があるのかしら?」

人選ミスだと思いますがな。

霊夢はいつも通りやる気なし。萃香は酒を呑んでいるだけ。幽々子さんは・・・そもそも肝試せない。本人が亡霊じゃね。

で、乗り気なのが。

「おー、いいねいいね肝試し!!この私の肝を冷やせるなら冷やしてみろってんだ!!」

酔っ払った魔理沙。何か宴会の隠し芸大会のノリになってる。

まあ、そんなわけで肝試しに参加するのは魔理沙一人となったわけだが・・・不安だ。こんなに酔ってて一人で行って帰ってこれるんだろうか。

「こ、こんなはずでは・・・。」

で、肝試し主催者の輝夜さんはというと、ものっそい落ち込んでる。まーねぇ、せっかく考えてきたのに、これじゃあね。

「強く生きてください。幻想郷ではよくあることです。」

俺は輝夜さんを何とか元気付けようとした。この程度のことで落ち込んでいたら、幻想郷で生きぬくことが難しいのは確定的に明らかだから。

元気付けようとしたんだが。



いきなり魔理沙に首根っこを掴まれた。

・・・は?

「そんじゃ行こうぜ、優夢!!霊夢、優夢を借りてくぜー!!」

「ちょ、おい魔理沙!?せめて服を着替えさせt」

「行ってらっしゃーい。」

俺の抗議も空しく。



「ひゃっほーい!!!!」

「ぬわーっ!!?」

俺は魔理沙に引っ張られるまま、中空に飛び出すこととなったのだった。

・・・だからせめて服。



俺は――俺達はまだ、知らなかった。

今日何が起こるのか。竹林で何が待っているのか。

一年半も人里に通い続けていたのに、全く知らなかった真実を。





***************





・・・あんまりといえばあんまりな結果だったけど、とりあえず全滅はさけられた。

あの魔理沙って子の実力はどの程度か知らないけど、いつも優夢と弾幕ごっこをしてることを考えたら、それなりの実力は持っているでしょう。

優夢×2を送り込めたって考えることにしましょう。そうしたら、これは上々な成果じゃないかしら。

そう考えて自分を納得させようとしたけど・・・やっぱり惜しいことをした。

ここにいる面子を上手く全員送りこむことができれば、『アイツ』なんかあっという間にケチョンケチョンにできたのに。

こいつらときたら、全く動こうとしないんだから。私が「怖いの?」ってせっついてやっても、まるで動じない。

「それは仕方ないわ。そう簡単にあなたの思い通りに行くほど、この子達は甘くはないもの。」

・・・心を読むな。そして前触れもなく現れるな。

「またあんたは、呼んでもいないのに現れて。」

「あら。私だけ仲間外れなんて、酷いじゃない。私だって楽しみたいのよ。」

「けど、ここまで現れなかったってことは、何か考えがあってなのよね~?」

亡霊がのほほんと言った言葉に、スキマ妖怪は胡散臭い笑いを返すだけだった。

・・・こいつら、ひょっとして初めから私の考えがわかっていたんじゃないだろうか。その上で、私が動くのを眺めて嘲笑ってたのだとしたら。

何と趣味の悪い。そしてその考えはあまり外れてはいなさそうだ。

「食えない連中ね、ほんと。」

「あなたには敵わないわ、永遠のお姫様。」

「? あんたら、何の話してるのよ。」

霊夢は気付いていないようだ。つまりさっきのは掛け値なしに本音だったということか。

全く私の思い通りになってくれない、面白い巫女だわ。

「それで?あなたは何のために現れたのかしら、八雲紫。死屍累々の宴会場で静かに呑むために来たわけではないんでしょう?」

永琳がスキマ妖怪に向かって問いかけた。

「あなたは本当に賢いわね。」

「あなたには敵わないわ、妖怪の賢者。」

「あらあら、返されちゃったわ。」

「それで?」

「その通りよ。ただあの子達を待つのも暇だし、物見遊山といきましょうか。」

言って、スキマ妖怪はその名の通り、スキマを開いた。

その向こうには、高速で疾走する魔理沙と、箒に掴まりながらついて行っている優夢の姿があった。



「永遠を生きる呪われた人間と、全てを肯定する願いの結晶の戦いをね。」



――どうやら、こいつには全て見抜かれていたようだ。

本当に、食えない奴。





+++この物語は、満月の夜に繰り広げられる肝試しの始まりを描く、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



巻き込まれてEx:名無優夢

巫女服のまま肝試しへゴー。女限定の制約がかかったが、いっぱいいっぱいになればきっとそのまま男になる。

『南の島の大王~』は気砲『シュプーリングスター』となった。男女兼用だけど、男の方が威力は高い。

前回の失敗を糧に、とあるスペルカードを試作した。

能力:あまねく願いを肯定する程度の能力

スペルカード:気砲『シュプーリングスター』、???、???、???など



酔っ払ってEx:霧雨魔理沙

まさかの魔願コンビ。威力重視と防御重視。あれ、結構バランスよくね?

師弟コンビでもあるため、息はピッタリ。あれ、実は一番リードしてんの魔理沙じゃね?

ちなみに、飛んでる間に酔いは醒めましたとさ。

能力:魔法を使う程度の能力

スペルカード:恋符『マスタースパーク』、魔砲『ファイナルスパーク』など



→To Be Continued...



[24989] 三章十二話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:37
どうやらこの竹林、普通の満月の日は妖精で溢れ返ってるみたいだな。

『異変』のときは偽物の月の影響か影も形もなかった妖精達が、私達を見るや否や狂ったように弾を撃ってきた。

数が数だけにその密度は尋常じゃない。『異変』のラスト並だ。

これが輝夜の言ってた『世にも恐ろしいもの』か?だとしたら、肝試し失敗だぜ。

こんな弾幕で私達が肝を冷やすはずがない。

「はっはっは、楽しくなったな、優夢!!」

「楽しかねーよ、ド畜生!!」

熱くなるばかりだぜ。

私は妖精の放つ弾幕をかわしながら、反撃の星型ショットを飛ばす。

いかに苛烈な弾幕を放つとは言え、妖精は妖精だ。私の弾幕を受け、一発で落ちた。

優夢はというと、襲い掛かる弾幕を操気弾を使ってそらしながら反撃をしていた。一発の威力が落ちたなら砕くではなくそらせばいい。

時折逃げ場がないほど弾幕が密集することもあったが、そういう場合は優夢が全力で防御し、私が全力で妖精を落とす。

この辺のコンビネーションは慣れたもんだ。伊達にいつも弾幕ごっこで遊んでないぜ。

「あーもう!これの何処が肝試しだよ!!普通に弾幕ごっこじゃねーか!!」

「いつものことだ、気にしてはいけない。」

幻想郷といえば弾幕、常識だろ?

「嫌過ぎる常識だが納得してる自分が恨めしい。」

お?肝試しなだけに「恨めしや」ってか?

「ちげえよ。つーかな魔理沙、俺は行くとは一言も言ってないのに何故連れてきたし。」

「あー?消去法だ消去法。」

他の連中は行けなかったり行かなかったりだっただろ。

「俺も行くとは一言も言ってないし、そもそも連れてくなら着替えさせろ。俺は神社以外で巫女の格好する気はないってなんべん言えばわかる。」

そんなこと知らないぜ。

そう答えてやると、優夢は深く、深ーくため息をついた。

いい加減諦めりゃいいのに。私達の間で優夢は女の方がいいってのは共通認識だぜ?

「諦めたらそこで試合終了だってデビルが言ってた。」

悪魔がそんなこと言うのかよ。



そういえば優夢の奴、女状態での戦い方にだいぶ慣れてきたな。

さっきもそうだったけど、砕けない弾幕のかわし方を編み出したみたいだし。それだけでなく、弾幕の操作性と速さも上がってないか。

「怪我の功名ってやつだ。」

よくわからんが。まあ、優夢が強くなる分には私も大歓迎だ。今度から、こいつとの弾幕ごっこがもっと面白くなるぜ。

「ほどほどにしてくれよ。お前ほどは強くないんだから。」

・・・あとは、この意識の問題だよなぁ・・・。





***************




「ふぅん、やっぱりあいつも強かったのね。」

輝夜は、縦横無尽に飛び回り弾幕を撒き散らす魔理沙を見ながら、淡々と言った。

強い、とは言っているけど、自分の方が強いと暗に言ってる気がするわね。

多分単純な霊力ちから比べだったら、私や魔理沙みたいな普通の人間では輝夜には太刀打ちできないでしょうね。何せ、1000年を生きた幻想なんだから。

だけど、そういう判断では計れないのが、私や魔理沙の強さだ。

「弾幕でなら、あんたよりも強いわよ。」

だから、そう言ってやった。

実際、魔理沙と弾幕ごっこをしたときと、輝夜としたときを比べたら、明らかに魔理沙のときの方が大変だ。

あいつは努力と根性だけで私レベルの弾幕能力を持ち、私と肩を並べて『異変』を解決してきた。そういう奴ほどしつこく、強く、手に負えないということを私は知っている。

それが屋敷に引きこもってばかりのお姫様と勝負になるだろうか。少なくとも私は、この蓬莱人に白黒の悪友が負けるところは想像できない。

まあ、だから何だと言うわけじゃないけど。ただ思っただけのことだ。

「それは聞き捨てならないわね。あんな野良魔法使いに私が負けるっていうの?」

けれどどうやら、それは輝夜の癇に障ったようだ。うざいわね。

「負けるわね。あんたは所詮温室育ちだもの。」

「へぇ、言ってくれるじゃない。」

「あなた達、騒ぐなら他所でやって頂戴。気付かれちゃうじゃない。」

別にいいじゃない、気付かれたって。

「だって、普段からこんなことしてるってバレたら、優夢に嫌われちゃうじゃない。」

・・・普段からやってんのかい。

「私にやったら一生庭石の下に封印するわよ。」

「そう言われると思ったから、霊夢にはやってないわ。」

よし。

「あ、いいんだ。相変わらず薄情な巫女だねぇ。」

「霊夢らしいじゃない。」

そこの鬼と亡霊、あんたらの中で私はどんな評価なのよ。全く、こんな素敵な巫女に向かって。

「素敵な巫女なら、こんな覗きまがいのことはしないわね。」

「最近の素敵な巫女はするのよ。」

優夢さん限定で、ね。

「結局あなたもなのね。少し興ざめだわ。」

輝夜がわけのわからないことを言い出した。ぼけたのかしら。

「そんなわけがないでしょう。・・・あなたも、優夢を見てる。あの子は皆から見られてる。そんなに『願い』がいいものだと思ってるの?言い換えればあの子は穢れの塊じゃない。」

? 何を言い出すのかしら。

「今更そんな当たり前のこと言って、何得意げになってるの?やっぱあんた⑨?」

「怒るわよ。・・・わかってるなら、何故。」

「言っとくけど、私は一度だって優夢さんのことを『願い』だと思って接したことはないわよ。」

輝夜はポカンと口を開けて目をしばたたかせた。

私だけじゃない。魔理沙も咲夜もアリスも妖夢も萃香も、そんな括りで優夢さんを見てはいないはずだ。

そんな風に見た瞬間、あの人の面白さは10分の1以下になる。

願いだから面白いのではない。記憶喪失だからでも、外来人だからでも、ましてや男女だからでもない。

「優夢さんは『優夢さん』だから面白いんじゃない。あんたこそ、『願い』って一点にこだわり過ぎよ。色眼鏡取ってみるといいわ。」

「・・・ふん、じゃあ見せてもらおうじゃない。優夢が優夢だからこそ面白いってところ。」

少々不機嫌になりながら、輝夜はスキマに目を向けた。

「そういえば、この先には何があるの?さっき紫は『永遠を生きる呪われた人間』って言ってたけど。」

永遠を生きる――それは確か、この輝夜と永琳もそうのはずだ。ということは、こいつらの関係者かしら?

「それはある意味で正しいわ。ただ、関係者と言っても『敵対者』と言った方が正しいけど。」

「要するにあんた、肝試しにかこつけて私らをそいつにぶつけようと思ったのね。」

「そうよ。何か悪い?」

いいえ別に。ただ、その割にはあっさりと認めたわね。

「まあね。そこの妖怪と亡霊にはすっかりバレちゃってるみたいだし、こうなったら隠す必要もないでしょう。それに二人は送り込めたわけだし。」

意外と潔いわね。

「けど、そいつは何が原因で不死なのよ。敵対者ってことはあんたらの持ってた蓬莱の薬が原因ってわけじゃないでしょ?」

「あなた、竹取物語の最後は知ってる?」

私の問いに答える代わりに、永琳はそう尋ねてきた。

「確か、帝に蓬莱の薬渡してあんたらは月に帰るのよね。実際は地上に残ったみたいだけど。」

「そうよ。つまり、私達の手元以外にも蓬莱の薬はあったということよね。」

ああ、なるほど。そういうことか。

帝に渡った蓬莱の薬。その後、それらはこの国で最も月に近い山で処分される。蓬莱の薬が焼かれた山は、不死の炎により不死の火山となった。

だが、帝に渡されてから処分されるまでの間にはタイムラグがあったはずだ。もしその間に、誰かが薬を持ち出し服用したとしたら。

「『アイツ』は私達のことを快く思ってなかったみたいだしね。永遠をかけて恨みを晴らそうって魂胆だったんでしょう。」

「馬鹿ね。」

私はそいつの行動を一言の元に切って捨てた。

永遠を生きる――聞こえはいいが、言い換えれば永遠に死ねないということだ。どんなに疲れても、だるくても、生きるのが面倒な歳になっても、その生は続く。

たった一時の恨みと天秤にかけて割に合うはずがない。何とも愚かしい行動だわ。

「そう、地上の民は愚かだわ。足ることを知らず、求め続け、結果自分の首を絞めるんだから。」

輝夜の発言は正しい。その通りだわ。

人間の欲望はとどまることを知らない。そしてそのしっぺ返しを受けてなお、自制することを知らない。

私もその辺りのことは心当たりがなくもないからわかる。

だけどね。

「だからこそ、人間は強いのよ。」

私もまた、スキマに目線をやる。

魔理沙と優夢さんは、馬鹿みたいな量の弾幕をかわし、防ぎ、圧倒的な物量差を物ともしなかった。

この二人を見て弱いと思う奴は目が節穴だ。こんなに強い人間を、私は他に知らないもの。

とは言っても、私の方が強いけどね。まだまだ優夢さんにも負ける気はないわ。

「・・・確かにね。だからこそ、地上は面白いのかもしれない。」

「1000年も地上にいて知らなかったのね。やっぱりあんた⑨だわ。」

「そこは否定するわ。」

あっそ。





「しかし、見事に妖精ばっかりね。全然肝試しの肝が出てこないじゃない。」

いい加減、魔理沙と優夢さんの妖精いじめショーも見飽きてきたんだけど。

「仕方ないわ。あの二人、思いっきり迷ってるもの。」

「さすがは迷いの竹林ってところだね。」

まあ、何処も同じに見えるから仕方ないと言えば仕方ないけど。

「さすがに飽きたわよ。紫、何とかしなさい。」

「私に言われても、できることとできないことがありますわ。」

胡散臭い。できるんでしょ。さっさとやりなさい。

「おぉ、こわいこわい。・・・でも、その必要もなさそうよ。」

ほら、と紫はスキマから見える向こうを指差した。

・・・確かに、妖精ではない何かが飛んできている。そのシルエットが徐々に徐々に大きくなっていく。

それは、頭に鬼に似た角を生やした妖怪だった。・・・けど、何処かで見たことがあるわね。

「ま、いいわ。楽しませてくれれば。」

私は深く気にすることはなかった。





***************





「お前達!こんな時間にこんなところで何をしている!!」

唐突に、どこかで聞いたような声が聞こえた。俺は咄嗟にそちらを振り向き警戒した。

そこには、二本の角と尻尾を生やした妖怪の女性がいた。

角というと鬼を想起するが、尻尾と相まってそれは牛に近いように思える。牛の変化か?

・・・が、どこかで見たような気がするのは俺の気のせいだろうか。

「・・・と、何だ、優夢君と魔理沙か。どうしたんだ、こんな夜更けに竹林に来るなんて。」

と思ったら、何か俺らのこと知ってるみたいなんですけど。

いや、これ完璧見たことある顔だよな。

「ひょっとして、慧音さん?」

「ひょっとしなくとも私だ。どうした、そんな鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をして。」

その女性――慧音さんは事も無げに俺の言葉を肯定した。

・・・慧音さんって人間じゃなかったん?

「ああ、そういえば優夢君には言ってなかったか。そういえば、すっかり言ったつもりになってたな。」

そう言って慧音さんは苦笑した。

「私は半獣なんだよ。半分は人間で、半分は白澤ハクタク。ワーハクタクというやつさ。」

ワーハクタク・・・人狼ワーウルフみたいなもんか?

しかし、知らなかったな。慧音さんが人間じゃなかったなんて。俺は完璧に普通の人間だと思ってたんだが。

「すまんな、人里では当たり前に知られていることだから忘れていたんだ。」

「いや、別にいいですけど。ていうか慧音さんこそこんなところでどうしたんですか?」

「私はちょっとな。それより、見ての通りここは凶暴化した妖精が溢れていて危ない。怪我をしないうちに帰ってくれ。」

「なーに、私も優夢も強いからな。心配はいらないぜ!!」

どんと胸を叩く魔理沙。確かにお前は強いかもしれないけど、俺を巻き込むな。

「・・・そういえばそうだな。心配はいらないか。だが今日は日が悪い。君達が平気なのはわかっているが、今日は帰ってくれないか?」

「おお?何を隠してるんだ、怪しいぜ。」

俺達を帰らせようとする慧音さんに、魔理沙はニヤニヤしながら詰め寄った。

「隠しているわけじゃない。だが、今日は大切な用事があるんだ。たとえ二人と言えども、ここを通すわけにはいかないんだ。わかってくれ。」

「隠してるわけじゃないなら、通っちゃいけない理由はないだろ?私達は通るぜ。」

「やめろっての。慧音さんが大切な用事があるって言ってるんだから、そういうことだろ。だったら帰ろうぜ。」

しつこい魔理沙を俺が止める。というか、いい加減この格好でうろつくのが嫌になってきただけだったりするんだが。

「何だよ優夢。ここまで来て怖気づいたのか?」

「そうじゃないけど、俺は初めから乗り気じゃなかっただろうが。」

大体、日頃から幽霊とか亡霊とか見慣れてるのに今更肝試しをして何になる。

「面白そうじゃないか、世にも恐ろしいものが何なのか。」

「いや、本当に世にも恐ろしいんだったら俺は見たくないぞ。」

「やっぱりただの臆病か?なら優夢の臆病を直すために先に行こうぜ。」

「あーもう、ああ言えばこう言う!!」



「待て。今何と言った?」

ふと、今まで俺達を見守るように静止していた慧音さんが、言葉を挟んできた。

何か変なことでも言ったかな?

「あー、優夢が臆病って話か?」

「違う、その前だ。」

「世にも恐ろしいもの、ですか?」

「そう、それだ。何故君達がその言葉を知っている。」

え?いや、何故って。そりゃ、輝夜さんがそう言ったからだけど・・・。

何この反応。何かまずい言葉なのか?

「・・・そうか。君達はそちら側についたのか。」

「あの、慧音さん。どうかしたんですか?」

「そちら側ってどちら側だぜ。もう少しわかりやすく言ってくれ。」

俺はわけがわからず、慧音さんに質問した。だが慧音さんは首を横に振り。

「なら、なおさらここを通すわけにはいかない!悪いがここで落ちてもらうぞ!!」

出し抜けにスペルカードを取り出した。

って、ちょっと待て!!

俺は抗議をしたかったが、それよりも先に慧音さんがスペルカードを宣言したことで。



旧史『旧秘境史 -オールドヒストリー-』!!

「うおわ!?けーねさーん!!」

「はは、せっかくだしいっちょやるか!!」

強制的に弾幕ごっこへと突入したのだった。

・・・厄でも溜まってるんだろうか。





***************





ほぉ、こいつはすげえ!!私は初めて見る慧音の弾幕に、素直に感心した。

ただ弾幕を出すだけでなく、弾幕から弾幕を出すという器用な真似をしてる。ちょうどアリスみたいにいくつも砲台がある状態だ。

それだけでなく、起点弾から放射される弾幕で逃げ道を塞ぎ自分からも大粒の弾を発射している。明らかに威力の乗ったいい弾だ。

人間が喰らったら、文字通り一発で落とされるだろう。人里の守護者ってのは伊達じゃないってことか!

私は根性避けで大粒小粒の入り混じった弾幕の隙間を潜り抜けた。かわしきれず、グレイズしたのも何発かあったが。

一方優夢は、先ほど同様に弾幕に弾幕を当て威力をそらそうとしていた。が、数が多すぎて対応しきれていない。

一部の弾幕はその防御をすり抜け、巫女服にかすめる。・・・霊夢辺りが見たら怒りそうだな。

「っく!!慧音さん、やっぱりこの間は手加減してましたね!?」

「それは違う。あれはあのときの私の精一杯だ。私はこの通り半獣の身だから、月の影響を強く受けるのさ。」

お?優夢と慧音は『異変』のときにやり合ったのか?

連れないぜ、私も呼んでくれればよかったのにな!!

私は弾幕の隙間を縫いながら、反撃のレーザー弾幕を放つ。が、それは多重に張られた起点弾の数個を破壊する程度で威力を失った。

頑丈さでは男優夢の弾幕よりもはるかに下回ってるが、その数が尋常じゃない。

さすがは半獣と言ったところだ。霊力の量に関しては人間と比較にもならないな。

だが!!

「その程度なら、何度でも超えてきてるぜ!!」

「・・・く、流石は霊夢に並ぶ『異変解決』の専門家だ。」

私は一発だけではなく、何発もレーザーを放った。そのたびに慧音の弾幕は削られ、慧音は新たな弾幕を作っていった。

削る速度と作る速度が拮抗し、慧音の意識は完全にこちらへ向いていた。

そしてそれこそが私の狙いだ!!

「今だ、優夢!!」

「ちょっと卑怯臭いけど・・・勘弁してください!!」

「!? しまっ!!」

私に全ての注意が向いている状態で、優夢の透明操気弾に気付けるわけがない。

慧音は気づいた瞬間に一撃を受けていた。それでスペルブレイクだ。

今は1対1ではなく2対1。私も本当は1対1の方が好きだが、状況は有利に使わなきゃな。

「流石に君達相手に2対1はしんどいな・・・。」

「こっちもいっぱいいっぱいなんで。」

「私はまだまだ余裕だぜ!!」

もちろん、一人でも負ける気はないぜ!!

「そうか。なら、遠慮はしないぞ!!」

「ちょ、だから慧音さん!!」

優夢の抗議を無視し、慧音は次なるスペルカードを取り出した。こいつも大概いい性格してるよな。

転世『一条戻り橋』!!





***************





私のにらんだ通りだ。普段から弾幕ごっこをやっていていくつかの『異変』を乗り越えてきているだけはある。

魔理沙は避けるのが上手いな。まるで若りし日の靈夢を彷彿とさせる。

いや、あれほど華麗な避け方ではないな。気合と根性でそれに匹敵する動きを得ているのか。

それならそれでなお凄い。彼女の負けず嫌いっぷりがよくわかる。

負けず嫌いでそこまでできるなら、それは既に一芸の領域だ。誇っていいぞ、魔理沙。

そして優夢君。何故か今日は女性だが(本人は女状態で外に出るのが嫌だと言っていたはずだ)、男性時とは違う方向で、やはり強い。

弾幕をまるで自分の手足のように操作し、私の攻撃をそらしている。弾幕の威力で弾幕を破壊する男性時を剛とするならば、こちらは柔の戦闘スタイルだ。

どちらにしても、普通ではないやり方だが。やはり優夢君に一般的な常識は当てはまらないようだ。

弾速も男性時より速いような気がする。弾幕ごっこという面で見たらこっちの方が手強いかもしれない。

2対1でやるにはあまりにも強敵。1対1でも勝てるか怪しいというのに、これでは私に勝ち目はないだろう。

・・・だが、通すわけにはいかない。今日はとても大事な日なのだ。あいつにとっても、永遠亭の姫にとっても。

輝夜の差し金だろうが、余計な横槍を入れさせるわけにはいかないんだ!!

今の私はきっと、鬼気迫るというのが妥当な顔をしているだろう。それだけの力を込め、弾幕を放っている――いや、『戻して』いる。

満月の夜のみに使える私の能力。歴史を創る――操る程度の能力。それをフルに使ったスペルが転世『一条戻り橋』だ。

普段は歴史を隠す程度のことしかできない私だが、月が満ちるときは白澤としての能力を行使し、歴史を消すも創るも意のままにすることができる。

それを使い、弾幕の歴史を『創り』、そこへ行くまでの歴史を『戻している』のだ。

すると、世にも不思議な逆行弾幕の完成だ。いまだかつてこのスペルカードを破ったものはいなかった。



そう、最早それは過去形でしかなかった。今まさに打ち破られようとしているのだから。

私の弾幕を手強しと見て取った二人は、即座に陣形を取ったのだ。優夢君が後ろに配置し、魔理沙がその前になる。

ちょうど優夢君が展開した弾幕で魔理沙を覆うように。それはまさしく弾幕の盾だった。

優夢君は自分の弾幕全てを防御に回し、魔理沙を『一条戻り橋』から守った。そして魔理沙は優夢君を信頼し、一切の迷いなく私に向けて弾を撃ってきた。

二人の連携は見事だった。師弟だという話は聞いていたが、素晴らしいコンビネーションだ。

そんな彼女らに、一人の私が勝てる見込みなど、初めからなかったのかもしれない。

「ぐっ!!」

「っしゃ!スペルブレイクだぜ!!」

「ふいー、生きた心地がせん・・・。」

魔理沙の撒き散らした星型の弾幕をかわしきれず、喰らってしまった。

・・・ふふふ、本当に幻想郷の先が楽しみになるほどの強さだ。こんな状況だというのに、思わず笑みが漏れてしまう。

「おお?慧音が笑ってるぜ。何か気味が悪いぜ」

「余裕ってことかよ・・・。」

おっと、不審がられてしまったな。いかんいかん。

「そういうわけではないさ。・・・しかし、これ以上先に進ませないと言ったはずだ!!」

今は戦闘中だ。意識を切り替え、最後のスペルカードを取り出す。

私はきっと勝てないだろう。だがそれでも、私にはやらなければならないことがある。



あいつのため――妹紅のために。





***************





新史『新幻想史 -ネクストヒストリー-』!!

休みなく、慧音さんはスペルカードを宣言した。何つうスタミナだよ・・・!!

慧音さんが放ったスペル。それはさっきの旧史『旧秘境史 -オールドヒストリー-』ってやつの強化版だった。

起点弾、それらから放たれる弾幕、そして慧音さん自身から放たれる弾幕の密度、威力、速度。全てが尋常でなく強化されていた。

文字通り慧音さんの全力のスペルなんだろう。これは、防ぎきれない・・・!!

「回避は苦手なんだけどな!!」

俺は弾幕による防御を不可能と判断すると同時、回避行動に移った。だが、俺が避けるのは苦手ってのは前知の通りだ。

無茶苦茶にかわして直撃はないものの、グレイズしまくってる。服があちこち破れているのがわかった。

魔理沙も似たような状況なんだから、そんなんでよくかわせていると思う。頻繁に弾幕ごっこをやっている成果はちゃんとあるみたいだ。

でも、儚い抵抗だ。すぐに俺は逃げ場を失った。

前後左右上下、どこにも逃げ場がない。弾幕で切り開こうにも、分厚すぎる!!

万事休す。スペルカードを使う以外に道がなかった。けどそれでも間に合うかどうか。

いや、やらなきゃ落とされる。だったら、やるしかない!!俺は懐からスペルカードを取り出し。

「かがめ、優夢!!恋符『マスタースパーク』!!

魔理沙の叫び声が聞こえ、反射的に身をかがめた。

直後、俺の背中すれすれのところを極太の『マスタースパーク』がかすめた。・・・あっぶねぇ。

けど、その砲撃を受けて慧音さんの弾幕が無事なわけがなく、俺の包囲網はあっさりと解かれた。

「何と!!」

「ついでに喰らっとけ!!星符・・・」

いつの間にか、魔理沙は空高く飛んでいた。俺や慧音さんよりも、はるかに高く。

その状態で、ミニ八卦炉を構えていた・・・って、待て!!

「うおおおおおおおおおおおおお!!!?」

次の瞬間魔理沙がやることに想像がつき、俺は全力で退避した。

そしてあいつは、やりやがった。



『ドラゴンメテオ』!!

天から地上に向かって降り注ぐ光に、逃げ道はなかった。

起点弾を防御に回すが、そんなものが何だとばかりに光は蹂躙し。

慧音さんは落ちた。

「・・・お前、もうちょっと加減ってものをだな。」

「私の辞書にそんな文字はないぜ。」

だと思ったよ。



魔理沙の新スペル『ドラゴンメテオ』を喰らった慧音さんは、完全に気を失っていた。

このスペルはいつぞやの地下物置騒動をヒントに魔理沙が作り出したスペルだ。空から地上に向かって『マスタースパーク』を放つというスペル。

正面からではなく真上から放たれる一撃は、実にかわしにくい。おまけに何故か威力も上がる。重力のせいだろうか。

ともかく、そんな一撃を受けてただで済むはずがない。気を失うだけで済んだ慧音さんは、流石半獣と言ったところだ。

けど、こんなところに放置していくわけにはいかないよなぁ・・・。

「しょうがない、俺が運ぶ。」

「相変わらず律儀な奴だぜ。」

悪いか。





俺は慧音さんを背負ったまま、先へと進んだ。本当は帰りたいところだったんだが、魔理沙がやはり聞かなかった。

・・・けど、実際のところ俺も少し気になり始めてたんだ。この先に一体何が待っているのか。

慧音さんは俺達をこの先に進ませたくなかったみたいだ。それはとりもなおさず、この先に何かがあるということ。

その何かが何なのか、俺には想像もつかないけど。ひょっとしたら輝夜さんが「世にも恐ろしいもの」と形容した何かかもしれない。

それに慧音さんの言葉も少し気になる。「そちら側についた」と言ったそちら側ってのはどういう意味なのか。

そういう思いが、俺の好奇心を刺激したのかもしれない。

ともかく俺達はしばらく飛び続け。



やがて、開けた広場に出た。竹林の中にぽつんとできた、小さな広場だった。

そこだけは竹が生えておらず、粗い地面がむき出しになっていた。まるで、長い間争われた地であるかのように。

その真ん中に、一人の人物が佇んでいた。俺も魔理沙も、一度は言葉を交わしたことのあるはずの人物が。

一瞬、別の誰かかと思った。以前会ったときと雰囲気があまりにも違い過ぎたから。

あの時は、気のいい姐さん的な少女だと思った。子供たちにも好かれ、面倒見のいい女性だと。

だが、今の彼女から感じられるのは、今にもこの世から消えてしまいそうで――いつまでもそこにいるような、矛盾した空気。

その姿形は変わらず、ただ纏っている雰囲気だけが大きく違う。

だから一瞬、俺は声をかけるのに戸惑ってしまった。



「妹紅、か?」

背を向けていた彼女は、俺の言葉に振り返った。

幼さを感じさせ、それでいて年季を帯びたその顔は、間違いなく藤原妹紅だった。

「あなた達・・・魔理沙と、優夢?」

以前とは格好どころか、性別も違う俺を見て、妹紅は眉をひそめた。

「こんなナリだけど、俺だ。」

「・・・ああ、そういえば慧音が言ってたわね。優夢が女にもなれるようになったって。」

苦笑し、妹紅は言った。

「慧音が優夢に背負われてるってことは、あなた達が慧音を?」

「不可抗力だぜ。」

「何か知らんけど、強制イベントが発生した。」

決して俺の意志じゃない。

「そう、なら仕方ないわね。」

「そんなことより、何で妹紅がこんなところにいるんだ?竹林に住んでるってのは聞いたけど・・・。」

「私は、そうね。呼び出されたってところよ。」

呼び出された?こんな場所に?

「あなた達こそ、どうしてここに。」

「私達は肝試しの最中だぜ。何でも、世にも恐ろしいものが見られるらしいからな。」

「・・・そういうこと。」

世にも恐ろしいもの。その言葉で、慧音さん同様に妹紅は何かを納得したようだ。

話が全然わからなかった。

「なあ、説明してくれないか。慧音さんもそう言ったら襲い掛かってきたんだ。世にも恐ろしいものって何なんだ?妹紅はそれを知ってるのか?」

「ええ、もちろん。」

妹紅は頷き、そして続けた。



――とても、儚く消えそうな、哀しい笑顔で。



「それって、私のことだもの。」





+++この物語は、幻想と魔法使いが肝を試す、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



女であることに慣れた幻想:名無優夢

だいぶ慣れてしまった。弾幕で弾幕をいなすという離れ業が可能に。

弾幕の速射や操作性は、取り込んだ『願い』の指導の下向上した。その結果の技術。

なお、女性時でも攻撃力に関しては上位に部類されるという。鬼畜仕様。

能力:あまねく願いを肯定する程度の能力

スペルカード:気砲『シュプーリングスター』、???、???、???など



力任せな魔法使い:霧雨魔理沙

それで色々解決できてしまうという非常識。霊力はなくとも知恵はある。

優夢が強くなれば弾幕ごっこが面白くなるので嬉しい。もっと強くなってほしいと思ってる。師匠バカ。

実は優夢との協力スペカを考えていたりいなかったり。

能力:魔法を使う程度の能力

スペルカード:恋符『マスタースパーク』、魔砲『ファイナルスパーク』など



守護する歴史の半獣:上白沢慧音

実はただの人間ではなかったことを教えてるつもりで教えてなかった。ごく自然に忘れてた。

知らない人からしたら結構ショッキングな事実なはずがあっさり受け入れられたことに何の疑問も持っていない。優夢に毒されてる。

妹紅のところに行かせたくなかったのは、妹紅が輝夜にとても大事なお話をする予定だったから。

能力:歴史を創る程度の能力

スペルカード:旧史『旧秘境史 -オールドヒストリー-』、新史『新幻想史 -ネクストヒストリー-』など



世にも恐ろしき怪:藤原妹紅

と言っているのは輝夜だけ。普通に気のいい姐さんである。もっとも、本人は不死故に人里に顔を出すことは滅多にないが。

当然輝夜に呼び出されたのだが、本人は争うつもりで出てきたのではなかった。

1000年間殺し合いを続けてきた妹紅に、一体何があったのか・・・。

能力:老いることも死ぬこともない程度の能力

スペルカード:蓬莱『凱風快晴 -フジヤマヴォルケイノ-』など



→To Be Continued...



[24989] 三章十三話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:38
最初の理由が何だったか、今ではもうはっきりしない。

父を愚弄されたから?父が家族を省みなくなったから?あるいは、難題を解けなかったがために父が蔑まれ、没落してしまったから?

どれも当てはまるようで、どれも当てはまらない気がする。

それこそ、当時の私に聞かなければわからないだろう。私がどんな理由で、『死』を捨てたかなんてことは。

けれど、どんな理由であったにせよ。

それが私に永遠の生と天秤に乗せ選ばせるだけの理由であったことは間違いない。



久方ぶりにあった友人二人――果たして向こうがそう思っているかは知らない。たった数時間の付き合いだったし、深く絡んだわけじゃない。ただ、慧音の又聞きで私がそう思い込んでいるだけかもしれない。

ともかく、私は二人に語り始めた。私と輝夜の関係を。

どうやら二人は知らされていなかったようだし。輝夜お得意の『難題』みたいだ。肝試しという名目でここまできたらしい。

相変わらず性根の悪い。よくあんなんで京の男達を誘惑できたものだ。

いや、だからこそか。あまりに輝夜らしいと思い、私は内心苦笑した。

「まさか妹紅が輝夜さんと知り合いだったなんて驚きだな。」

優夢は初めて知ったと頷いた。そりゃ、私も言ってないし輝夜も言ってないだろうから当然よね。

「んで、お前達はどういう関係なんだ?」

「そうね・・・。一言で言い表すなら、殺し合う仲ってところかしら。」

物騒な物言いに、優夢と魔理沙は目を丸くした。

だけど、これが一番しっくりくる表現だ。

二人は輝夜を知ってるから、蓬莱の薬を知っていた。だから話は早かった。

「私は1000年ほど前に蓬莱の薬を飲んだ身でね。こんなナリだけどあなた達の何十倍も生きてるのよ。」

「・・・マジ、なんだよな。」

もちろん。私は輝夜と違って回りくどい比喩表現を使ったりはしない。

文字通り、私は老いることも死ぬこともない。これまでも、これからも。

だからそれは、正しく殺し合いでありながら、決して終わらないただのケンカだった。結局どっちも死なないんだから。

「初めて輝夜と死合ったのは、私が不死になって200年ほどした時のこと。」

当時は各地を点々としていた輝夜を見つけた瞬間、私は襲い掛かっていた。

100年以上の時間はただの人間に妖術を覚えさせるのに十分な時間だった。私は怒りの炎を纏って輝夜に突っ込んだ。

馬鹿正直な突撃は魔弾の的だった。私は輝夜の放った虹色の弾幕は、私を殺した。

だけど私は止まらず、私の炎も輝夜を焼き殺した。相打ちだった。

それが最初の殺し合い。それからずっと、場所と時代を変えながら、私達は殺し合い続けた。

時には一方的に殺し、時には一方的に殺されることもあった。

そんな時間が、1000年。あるいはそんな1000年だったから、私は正気を保ち続けたのかもしれない。



「そうだったのか・・・。」

そんな私の過去を聞き、優夢は驚くでもなく受け入れた。

あのときと同じだ。私達が出会ったほんの数時間と。

あのとき優夢は、何をしたわけでもない。ただ笑っていた。笑って、受け入れてたんだ。

子供達を、魔理沙を、私を。

それと全く同じく、彼は私を受け入れた。

「おかしな人ね。普通、知ったら気味悪がるわよ。」

「俺は普通だ。不老で不死なぐらい、普通は気味悪がらないだろ。」

「その普通は私達の普通だな。私達の中で気にする奴がいないことは確かだ。」

どうやらおかしなのは優夢と魔理沙だけじゃなく、周辺人物皆みたいね。思わず苦笑が漏れた。

「まあ、事情はあらかたわかったよ。てことは、妹紅がここにいる理由ってのは輝夜さんとケンカするためってとこか?」

「しつこく呼び出されてね。ちょっと、そんな気分じゃなかったんだけど。」

私の言葉に、優夢は怪訝な顔をした。

――そう。私は今日ここへ、殺し合いに来たんじゃない。輝夜に大事な話をしにきた。

それはひょっとしたら、私とあいつを『殺す』結果になってしまうかもしれないけど。

それならそれで最高の復讐になるじゃないかと、自嘲めいた笑みを浮かべた。

「それにしても、輝夜本人が来るかと思ったら、まさかあなた達に代役をやらせるとはね。」

「・・・あー、そういうことだったか。あの女狐め。」

してやられたと、魔理沙は天を仰いだ。まだまだね。

「輝夜も私に戦う気がないなんて予想してなかっただろうね。それと、二人と私が顔見知りだってことも。」

「まあ、言ってないからな。」

そもそも、私と輝夜が知り合いであることを知らなかったんだから、当然と言えば当然ね。

お互い様ってとこかしら。

「したら、輝夜さん呼んでこようか?俺達じゃしょうがないだろ。」

「いいわ。事情を聞いたら出てこないだろうから。だから、代わりにあなた達が話を聞いて、輝夜に伝えてくれる?」

「おいおい、大事な話じゃなかったのかよ。」

「いいのよ、どうせこれを逃したら話す機会なんて永遠にないんだから。」

「そうなのか?なら、聞くけど。」

ありがとう。私は礼を言い頭を下げた。

「それじゃあ聞いて。私の話。」



私は私の意思を、輝夜のメッセンジャー二人に話し始めた。

今日だけじゃなく、今後輝夜と争う気はないことを。



そう。



1000年続いた私達の殺し合いは、終わってしまったことを――。





***************





最初、あのバカが何を言ってるのか、意味がわからなかった。

『ワタシハカグヤトアラソウキハナイ』という、意味を持たぬ音の羅列に聞こえた。

だけどそれは、理解したが故に脳が納得を拒否しているだけであり、すぐに訪れるものが訪れた。

理解した私は、歪んだ笑みを浮かべた。性質の悪い冗談だと。騙し討ちでもする気かと。

隣では永琳も息を呑んで驚いていた。あの妹紅が?私と争わない??

ありえない。ありえなさすぎて笑いしか出ない。

あいつは1000年間、飽きもせずに私を恨み続けたのよ。殺したことも殺されたことも一度や二度じゃないわ。

ただひたすら私と殺し合いを続けるためだけに不死になった藤原妹紅が殺し合いを捨てるなんて、どんな天変地異よりもありえなかった。

「ふーん、あんた達も飽きないわね。」

ことの重大さを理解せず、霊夢は軽く言う。

霊夢だけじゃない。下調べをしたであろうスキマ妖怪以外の部外者は全て同じだ。

腹が立つ。何もわかってないくせに。

だけどそれを言葉にする方法を、私は持っていなかった。ただ頭の中で「何故?」を連呼しながら、押し黙るだけだった。

私の心中を他所に話は進む。

『それは、いいことだと思うけど。何で急に?』

『輝夜を恨む理由がなくなったからよ。いえ、恨めなくなった、と言った方が正しいわね。』

またしてもありえないことをほざく妹紅。

あんたは何のために不死になったの?私に、あんたの父親の無念を晴らすためじゃなかったの?

私を恨まないということは、それはあんたの1000年を全否定してるのよ。あんたはそれでいいの!?

何もかもが納得いかなかった。突然殺し合いをやめた妹紅も、今目の前のスキマに移る妹紅も。信じられなかった。

私が何でこんなにうろたえているのか、それは私自身がよくわかっていた。

蓬莱の薬を飲んだ人間――蓬莱人は永遠を生きる。それはたとえこの星と月が生を終えても、夜空が膨張の果てに凍てつく世界となっても。文字通りの永遠を生きるのだ。

そんな私達にとって、殺し合いはこれ以上ない暇つぶしだ。生きているのに死んでいるのと同じ私達にとって、それこそが最も簡単に生を感じる手段。

最初は頭に来た。二度目の時は、すぐに生き返れなくなるまで殺しつくしてやった。三度目は逆にやり返されたけど。

けれどそれを十度、二十度と繰り返すうちに、殺し合いを楽しんでいることに気がついた。相も変わらずあの子は私を恨み、叫び、殺しに来たけど、私はそれすら楽しんでいた。

それがここ数ヶ月、全く音沙汰もなかった。殺し合いはぱったりと止んでしまっていた。

そして数ヶ月ぶりに妹紅の口から聞いた言葉が、「殺し合いをやめる」。納得がいくわけがなかった。



ぐるぐると回り熱くなる私の思考に、そんな妹紅の一言が冷や水を流し込んだ。

『この間、あいつの手記を見ちゃってね。』



一気に思考がクリアになる。それと同時、背筋から嫌な汗が噴き出すのがわかった。

あの子・・・アレを、見たの・・・?

『最初はあいつの弱点を探るつもりだったんだ。いつまで経ってもただの殺し合いで、あいつに参ったって言わせられなかったからね。卑怯だとは思ったけど、永遠亭に侵入したのよ。』

ドクンと、心臓が嫌に鳴る。呼吸がおかしい。脳に酸素がいかないために焦点が定まらない。

ふらりと傾いた私の体を、永琳が支えた。

『それで、あいつが部屋を空けてるときに家捜しして・・・結構あっさり見つけちゃったんだ。』

手記は普段から結構書いている。過去を記すことにあまり意味はないけど、時間はそれこそ無限にあるのだから、暇つぶしにはなった。

だから、机の上に出しっぱなしになっていることがほとんどだ。

『二人は竹取物語の概要は知ってる?』

『ああ、この間永琳さんに教え込まれたよ。輝夜さんが月から落とされて、おじいさんとおばあさんに育てられて、蓬莱の薬渡して月に帰ったふりする話だろ?』

『私の知ってる竹取物語とだいぶ違うぜ。その間に色々やらかすはずだぜ。平安京のエイリアンを誑かしたり、帝の館でサンバを踊ったり。』

『・・・二人はどんな竹取物語を聞いたのかなぁ。』

うん、さすがにそれはないわ。あんまりな内容でちょっと正気に戻れた。

ていうか魔理沙、私は何者なのよ。エイリアンって、私はゲテモノ趣味はないわよ。サンバ踊る姫って何よ。

『一応解説しておくと、輝夜が誑かしたのはエイリアンじゃなくて京の貴公子達で、帝に見初められて館へ行った、だから。』

うんうんそうそう、やっぱり妹紅は遠巻きとして見てたからよくわかってるわ。

・・・って、妹紅に迎合してる場合じゃなかったわ。

「紫。今すぐスキマを閉じて。」

「何故?ここからが面白いんじゃない。」

スキマ妖怪はクスクスと笑って粘つくような視線で私を見た。

こいつは、きっと知ってるんだろう。どういう手段をとったか、私と妹紅のことを調べたぐらいなのだから。

「わかってるならすぐ閉じて。人に聞かれて嬉しいものじゃないことぐらいわかるでしょう。」

「あら、そうしたらあなたは本当に『永遠の暇つぶし』を失ってしまうことになるかもしれないわよ。」

・・・くっ。

「今は目を反らさず、成り行きを見守りなさい。」

切り捨てるような一言に、私は何も言い返せなかった。

『それで、輝夜に難題を出された5人の貴族がいたの。』

『あー、思い出したぜ。それが5つの難題ってやつか。』

『そういえば輝夜さんがスペカの説明するときにそんなこと言ってたな。』

『そう。ここまで言えばわかると思うけど、その5人の貴公子のうちの一人が私の身内だったのよ。』

大伴御行、多治比嶋、阿倍御主人、石上麻呂。そして、藤原不比等。

それぞれが『龍の頸の玉』、『仏の御石の鉢』、『火鼠の皮衣』、『燕の子安貝』、『蓬莱の玉の枝』の難題を与えられた者達。5人の貴公子。

名からもわかるように、『蓬莱の玉の枝』の難題を与えられた藤原不比等こそが、妹紅の父だった。

『あいつはその全員を振ったわ。世にも惨めでむごたらしい方法で。その辺りのことは、魔理沙なら聞いたことぐらいはあるんじゃない?』

『ああ、何でも絶対に見つかりっこない物を探させられたんだろ?あいつも性根が曲がってるぜ。』

『そして俺は完全に知らない扱いなのね。実際知らんけど。』

『そう。あいつは私の父を誘惑しながら、振って、それが元で私の家族はバラバラになってしまった。・・・許せなかったわ。』

語る妹紅の目は、一瞬だけいつもの復讐心を火と燃やす目だった。だけどそれは本当に須臾のこと。

『だから私は帝の遣いに着いていき、隙を見て蓬莱の薬を奪い取ったわ。』

『それで、妹紅は不死になったのか。』

優夢の言葉に妹紅は頷いた。

そして、とても疲れたため息をついた。

『だけどね。それって結局、私一人で勝手に盛り上がってたんだって気づいちゃったのよ。』

『あー?どういうことだ?』

『さっき言った、輝夜さんの手記か。』

『そう。そこに真実が書いてあったの。それを見たら、私はもう輝夜を恨めなくなってた。』

『・・・一体、何が書いてあったんだ?』

優夢が先を促した。妹紅は何かを諦めたような、達観したような、今を生きていない瞳で口を開いた。



私はその言葉を聞きたくなかった。耳を塞ぎ目を瞑り、その場にうずくまった。



『―――――――――――――。』





長い、長い沈黙が訪れた。

目を開けたくない。誰の顔も見たくない。何も聞きたくない。このまま石になってしまいたかった。





***************





妹紅からその話を聞いたとき。

ああ、何て悲しいすれ違いだったんだろうって。そう思った。

もし連鎖した出来事の歯車がどこか一箇所でも違っていたなら、竹取の悲劇は起こらなかったんじゃないだろうか。

けど、それを言ってしまったら今この場にいる妹紅はいなくなってしまう。ひょっとしたら、そもそも生まれてこなかった可能性だってある。

何が良くて何が悪いのかなんて、俺には言えない。結局、起こってしまったことは変えようがないんだ。

だから俺は、受け入れる。だけどそれはあくまで俺だけの話だ。

一体今妹紅の胸にはどれだけの後悔とやるせなさが去来していることだろう。果たして妹紅がその事実を受け入れることができるんだろうか。



自分の1000年間を、無意味だったと否定されたことを。



俺ならきっとできるんだろう。俺はそういう能力だ。

だけど妹紅は違う。妹紅の能力は、蓬莱の薬を飲んだことによる不老不死と、長い年月をかけて習得した妖術。それだけだ。

それ以外は、長く生きた人間という程度。あまりに長い1000年を、自分の存在をかけた1000年を否定されて、ただの人間が受け入れられるだろうか。

「本当、くだらないよね。輝夜も、お父様も、・・・私も。」

ギュッと妹紅の掌が握り締められ、爪が食い込み血が流れ出す。

妹紅は死なない。死ぬことができない。だから、どんなに辛くても生きるしかない。

それは一体どれほどの地獄なんだろう。俺には想像することもできなかった。

だから、俺も魔理沙も、妹紅にかけるべき言葉を見つけられなかった。

「・・・話が長くなっちゃったわね。そういうこと。だから、私はもう輝夜とは殺し合えない。」

深く息をつき、湧き上がる何かに耐えながら、妹紅は言葉を紡いだ。

・・・妹紅の意志はよくわかった。



だけど。

「なあ。妹紅はそれで、どうするんだ?」

「どう、って?」

「1000年間続いた輝夜さんとの大ゲンカは終わった。お前の人生の大半を締めた大事業が幕を閉じたわけだ。そしたら、永遠を生きるお前が次にすることは何なんだ?」

それが気にかかった。

俺自身、争いごとはよくないと思う。殺し合いなんていう物騒なものならなおさらだ。

だけど妹紅は死なない。輝夜さんは、死なない。だったらそれはきっと、定期的に行われる行事みたいなもんだったんだろう。

そしてそれが、妹紅が現世にとどまり続けた唯一の理由。その理由が、なくなった。

だとしたら妹紅はどうするんだ?どうやって、残りの永遠を生きるんだ?

「・・・さあ。何も考えてないよ。」

「何もって・・・。」

「本当に考えてなかったんだよ。永遠に輝夜を恨み続けるつもりだったし、輝夜も永遠に生きるからね。」

不毛かもしれないけど、恨みや憎しみって感情は人を生きながらえさせるのに一番効果的らしい。そういう意味では、間違いではなかったんだろう。

妹紅の場合、それが長すぎたけど。

だけどその支えを失った妹紅は、道を見失っている。俺にはそう見えた。

不老不死だから自殺なんてことはないだろう。しても意味がない。

「さてね。行くあてもないし、竹林で細々と暮らすとするさ。」

だけどその目は、間違いなく生気を失っていた。



俺の記憶のない知識の中に、とある話があった。

『植物には余計な感情がない』という話だ。

植物は動くこともなく、長い月日を生きる。そのために余計な感情を発達させなかったのだとする説。

蓬莱人は、言ってしまえば植物だ。それも、何があっても枯れることのない植物。

ならば、感情とは余計なものなのかもしれない。生きがいなんて、初めからない方がいいのかもしれない。

だけど俺は、それを是としたくはない。それが正しい生き方だなんて、そんな悲しい人生を妹紅に送ってほしくない。

――わかっている。これは俺の勝手なエゴイズムだ。妹紅はもうそれでいいと思っているのかもしれないのに、俺が勝手に押し付けようとしてるだけだ。

あるいはそれは、俺が『願い』故なのかもしれない。

植物が水と肥料と光を求めるように。動物が食料を求めるように。『願い』である俺は、『願う心』を求める。

そういうごく単純な欲求が、俺を突き動かしているだけなのかもしれない。だとしたら、妹紅にとっては何と迷惑な話だ。

だけど、俺の感情も理性も、同じ意見だった。だから――。





「妹紅。今からここで、俺と『殺し合い』をしないか?」



俺は言った。妹紅にもう一度、『生きる』ということを願ってもらうために。





***************





我が耳を疑った私の反応は、間違いじゃないと思う。

優夢は今間違いなく、「殺し合いをしよう」と持ちかけてきた。それが聞き間違いでない証拠に、優夢は唖然とする魔理沙に背中の慧音を渡した。

そして。

「・・・本気でやるんだったら、これは邪魔だな。」

言いながら胸を押さえている下着を取り外し、それも魔理沙に預けた。

陽体変化!!」

手を組み言葉を紡ぎ、優夢の体が発光する。一瞬のそれを終えた後に、優夢は男になっていた。

「巫女服で男ってのはヴィジュアル的に少々アレな気もするけど、まあ我慢してくれ。」

「・・・本気?」

私はつい問いかけてしまった。そんなこと分かりきっているのに。

優夢を中心に渦巻いている霊気。その質が変わった。柔らかな印象から、硬質な何かへと。

それは優夢が本気の勝負を挑みかけている証拠に他ならなかった。

だけど、何故?

「わかってるでしょう?私を殺すことはできない。本気で『殺し合』ったとしたら、死ぬのはあなたの方よ?」

「そいつはどうかな。妹紅、慧音さんから俺のことは何処まで聞いた?」

「・・・ちょっと変わった人間ってことぐらい。」

「じゃ、訂正。どうやら俺は『願い』らしい。」

その意味は最初わからなかったが、優夢は簡潔に説明してくれた。

優夢の正体。それは、世界中の願い。それが名無優夢という人間に上乗せされた結果。

そしてこれまでに妖怪や吸血鬼といった異種族の『願い』を取り込んでいるため、最早人間という枠に収まり切らなくなっていること。

『あまねく願いを肯定する』という能力のことを。

「まあ、俺自身は大したことではないと思ってるんだけど。紫さん・・・妖怪の賢者に『自分の力の大きさを自覚しろ』って言われてね。」

「それは賢者が正しいわ。何よその反則能力。」

それでよく大したことはないと言えるわね。

「まあその辺は議論の余地があると思うが、言いたいことはそこじゃない。俺は吸血鬼の再生能力も鬼の頑丈さも持ってるってことだ。」

つまり、そう簡単には死なないと?

「そういうことだ。死ぬ人間と侮ってると、痛い目見るぜ。」

手首を軽く回しながら、優夢は言った。不敵な笑みをたたえながら。

「・・・わからないわ。何故私とあなたが勝負しなきゃならないの?理由がないわ。」

「理由なら、たった今できたよ。」

何?と問う前に、優夢はビッと私の目を指差した。

「そんな死んだ目をした藤原妹紅は俺の知ってる妹紅じゃない!俺の友人を返してもらうぜ!!」

優夢が言ったその言葉に、私は唖然とした。

そんな理由で、死なない私と殺し合いをするつもりなの?分の悪い戦いに打って出ようっていうの?

ほんの一日、ほんの数時間言葉をかわしただけの私を、友達と呼ぶの?

そのこと自体は嬉しいと思わなくもない。不死の化け物を相手に友達と言ってくれるその思いは。

だけど、私はもう――。



不意に、視界を白一色が覆った。突然出現したそれは、霊力の塊だった。

あまりに突然のことに私は反応しきれず、頭を潰された。

「――!!何!?」

即座に再生し、炎の翼を展開する。

見れば、優夢は既に弾幕を展開していた。白い、いつか見たのよりも大きな球の弾幕。

私の頭部を砕いたのは、そのうちの一つだったと確信する。

「不意打ちとは随分卑怯ね。」

「あいにくと、弱い俺は防御と奇襲が主な戦法なんだよ。にしても冗談抜きに反則だな、不死ってのは。頭砕いて即時再生ってどんなチートだよ。」

「むしろ私としては、躊躇いなく頭部を狙ったあなたに驚きだけどね。」

つまり、それだけ優夢は本気ということか。

全てを失い炎を失ったはずの私の心に、ほんのわずかな火種がともる。

――もっとも、今の私にそんなことを気付けるはずもなかったんだけど。

「面白いじゃない。なら、その身で受けて知るがいいわ。輪廻から解き放たれた世にも美しき弾幕を!!」

「何だかんだでノリノリじゃねーか。・・・だが、そっちの方がいいぜ、妹紅!お前の『願い』、俺が絶対に肯定してやる!!」



『さあ、楽しい楽しい弾幕ごっこの始まりだ!!』





***************





私はしばらく経ってから恐る恐る目を開けた。

皆は私を蔑んだ目で見ているだろうか。あるいはバカにしているだろうか。哀れんでいるかもしれない。

そのどれでも私は嫌だった。だけど永遠を生きるこの身は、石になどなれなかった。また動き出すより他はなく。



だけど予想とは正反対に、皆スキマに食い入るように見入っていた。

・・・妹紅は、言わなかったのかしら?『真実』を。

「いいえ、ばっちり言ったわ。あなたが藤原不比等を」

「わかったわ皆まで言うな頼むから。」

スキマ妖怪の言葉を強制的に中断させる。

けど、なら何故?

「あなたよりも向こうの方が面白い事態になってるのよ。」

面白い事態?何なのよそれは。

「優夢が藤原妹紅に殺し合いを挑んだわ。」



・・・・・・・・・。



「はあ!?」

私は弾かれるように見物人を押し退け、スキマを覗き込んだ。



弾、弾、弾。炎、炎、炎。『弾幕ごっこ』にしては余りに強烈な弾幕が飛び交っていた。

弾は自由自在に飛び回り、妹紅の右腕を潰した。炎はその隙に優夢の左腕を焼き落とした。

直後、二人とも再生。そしてスペルカードを掲げ、宣言した。

時効『月のいはかさの呪い』!!

萃符『戸隠山投げ』!!

そして再び、相手を殺そうと弾幕を放つ。

・・・一体どうなってんのよ!?

「あら、あなたはそうなるように差し向けたんじゃなかったの?」

そう、だけど。あの二人って知り合いだったみたいだし、さっきの流れでどうやったら殺し合いに発展するのか想像もつかない。

「いつものことよ。優夢さんはお人よしの度を越えてるから、予想の斜め45度をやや上回る行動を地でやるのよ。」

いや、いくらなんでも斜め過ぎるわこれ。お人よしだと何で妹紅と殺し合うのよ。

「彼は永遠すらも肯定しようという気らしいわ。」

私の疑問に答えたのは、永琳だった。

「どうにも、生きる目的を失った妹紅に喝を入れるつもりみたいよ。やり方は荒っぽいけど。」

「平和主義のくせにねぇ。」

「いいことじゃない。優夢も幻想郷に染まってきたってことだし。」

・・・そんな無茶苦茶な。

だけど、そんな無茶苦茶をするのが名無優夢という女――今は男か――なのね。

「優夢さんの面白さ、少しは理解できた?」

「少しは、ね。このまま犬死にするかもしれないじゃない。」

「ああ、それについては全く心配いらないわ。優夢さんだから。」

「そうそう、優夢だし。」

「何だかんだで最強道まっしぐらな子なのよね~。」

「本人に言ったら絶対否定するけれどね。」

なるほど、優夢は強いから大丈夫と。そういうことね。

「・・・予定は色々変わっちゃったけど、楽しませてよね。」

「あの子に関わって予定通りにことが進むと思ったら大間違いだわ。」

実感中よ。



「それにしても、輝夜があいつの父親をねぇ・・・。」

「意外だよねー、絶対そんな風に見えないのに。」

「あら、可愛いじゃない。」

思い出したように連中は私をいじりだした。

・・・だから知られたくなかったのよ。





***************





なるほど、こいつは殺し合いだ。スペルカードルールに則って宣言はしているものの、お互い狙っているのは必殺の攻撃。

さっきの妹紅の攻撃を見て、それを強く感じた。

妹紅は一切の防御をせず、全ての霊力を攻撃に回している。まともに喰らえばアウトだ。

だけど、末端だったら。腕か足なら、吸血鬼でもある俺なら再生できる。だから俺も、防御は最小限。

互いに相手を殺そうと全力をぶつける、原始的な闘い。

これが妹紅が1000年続けた闘い。何て殺伐とした1000年だったんだろう。

だけどそれは間違いなく妹紅が望んだことであり、間違いだったとしても嘘ではない。

なら、後悔する必要がどこにある。この険しい人生を1000年も貫き通せたそのことを、誇ってもいいぐらいだ。

なのに、捨てようとしている。妹紅は、全てのつながりを。

そんなこと、俺が許してやらない。許せるかよ。



だってそれは、慧音さんとの出会いもなかったことにするってことなんだから。



妹紅が慧音さん伝てで俺のことを聞いたように、俺も妹紅のことを聞いていた。

もっともそれらは、決して核心的な話ではなかったが。ほんの日常の些細なことだ。

妹紅はどんな食べ物が好きだとか。意外と手先が器用で繕いものをしてくれるだとか。大きな筍が取れたから分けてくれただとか。

それだけで、慧音さんが妹紅をどれだけ大切に思っているかわかる。

なのにそれを捨てるなんてことが、許せるわけないだろ。慧音さんも妹紅も、俺の大切な友人なのに!

だから俺は妹紅を本気で殺しにかかってる。

弾幕ごっこじゃダメだ。それじゃ、妹紅の心には届かない。それこそ妹紅が1000年間続けてきた殺し合いでないと。

無論リスクはある。俺は妹紅と違って不死じゃない。単に人より死ににくいってだけの話だ。

弾幕の強さに関してはそれなりだが、それだけだ。別段俺が強いわけではない。

対する妹紅は1000年間闘い続けてきたんだ。輝夜さんクラスの力はあると見ていい。

条件としては圧倒的に不利。はっきり言って負ける可能性の方が高い。そして今回は、いつぞや以来に負ける=死だ。

それだけのリスクを負った闘いだ。

だけど、それがどうした。俺は今まで、リスクを取らなかったことがあっただろうか?

少なくともこういうケースでは、俺は必ずと言っていいほど無謀な賭けをしてきた。今回も同じことだ。

退く理由なんて、俺にはない。友達を取り戻すためなら、殺し合いだってしてやるさ。



妹紅が使ったスペルカード、時効『月のいはかさの呪い』。

その名前にどんな謂れがあるのかは知らないけど、油断はしない。

たとえどんなスペルであったとしても、当たり所が悪ければ一撃で死ぬ。気を抜けば死ぬってことだ。いつもと同じように。

妹紅は儀礼用と思われる短剣を複数本取り出し、こちらへ向かって投げてきた。

数も少なくまばらなそれを、俺は撃ち落とさずにかわす。防御は最小限だ。

妹紅からの追撃は、同じ短剣の投擲。それを三度、四度と繰り返す。

何本持ってんだ?疑問には思ったが、妹紅はそれ以外に攻撃をしてくる様子はない。

誘われている。そう考えるのが妥当だろう。殺し合いだというのに、意味もなくこんな緩い攻撃をしてくるとは思えない。

しかし、誘いに乗らなければこちらの攻撃を当てることはできない。・・・しかけるしかないか。

できるだけ慎重を期して、回遊する15の操気弾のうち一つを妹紅に向かって放った。

それを見て、妹紅は舌打ちを一つしながら印を組んだ。

その瞬間、俺は背後に冷たいものを感じ、背後を守るように操気弾を配置した。

直後、後方から無数の刃。さっきから妹紅が投げていた短剣だ。

一部操気弾にぶつかって砕け散る。よく見れば、それは符で作られた短剣だった。

妹紅の妖術は、火だけではないらしい。

俺は防御のために身動きが取れなくなった。先程射出した操気弾もその場で停止だ。

「どうやら、攻撃と防御は同時にできないみたいね。ならこのチャンス、もらうわ。」

後方からの剣撃に加え、前方からも短剣が投げつけられる。量が多い!!

だが、俺もまたスペルカード使用中だ。攻防一体のな!!

俺はわずかな隙を見つけだし、その瞬間に操気弾を右手に集めた。そのまま霊力の塊を振り回す。

「なッ!」

弾幕としてはあまりに巨大なサイズとなったそれは、頑強さも相まって妹紅の放つ短剣全てを砕き、符に戻した。

がら空きの妹紅と巨大な弾幕を持つ俺の間に、遮蔽物はなく。

「おー、りゃ!!」

「・・・くっ!!」

全力で投げたそれは、わずかに回避行動をとった妹紅を追尾し、正面から捉えた。

バキボキと、妹紅の全身の骨が砕ける音が響いた。

「ゲホッ・・・、遠慮がないねぇ。」

血を吐き、妹紅は苦笑した。

不死というのは凄いもんだな。全身の骨を砕いたはずなのに、この一瞬でしゃべれるぐらいに回復するなんて。

「殺し合いだからな。それに、そいつは鬼のスペルだ。遠慮する方が難しいよ。」

「へえ、優夢は鬼の技を使えるんだ。」

まだ一つだけだけどな。

「1000年間色んな人妖を見てきたけど、ここまで変なのは初めて見たよ。」

「俺は普通だ。それにここには鬼よりも強い連中がゴロゴロといるだろうが。」

「それもそうだったわね。」

今の軽口の間に、妹紅は回復リザレクションを完了していた。口元の血を拭い、元通り全回復した妹紅が再び立ちはだかる。

「回復するまで待つなんて優しいじゃない。それとも余裕の現れ?」

「冗談。俺の何処に余裕があるってんだ。」

いつだって俺はギリギリだよ。待ったのはただのフェアプレーだ。

「そういうの嫌いじゃないけど、殺し合いでは命取りよ。」

かもな。まあ、俺が納得いくように行動してるだけだ。気にするな。

「さて、それじゃあ・・・。」

「仕切直しと行こうか!!」

俺は弾幕を展開し直し、妹紅は再び炎の羽を纏った。





***************





優夢の奴、本気みたいだな。

二人の戦い――いや、闘いを見ながら、私は初めて見る優夢の本気に戦慄した。

今まで優夢は、弾幕ごっこでは本気を出してきた。本気を出し続けてきた。

だがそれは、あくまで『遊び』の本気レベルだ。洒落で済む程度と言えばいいだろう。

危険を伴う弾幕ごっことはいえ、遊びは遊びだ。あいつは相手がなるべく怪我をしないように、弾幕の威力を調整している。

それは、基本的に誰にでもいえることだ。でなきゃ、力の強い妖怪の一撃を受けただけで、人間なんて消し飛ぶ。レミリアあたりは平気でそんな攻撃をしてくるし。

優夢のあれは、特に強度に特化している。弾幕さえ砕くあの弾幕を、もし全力でぶつけたなら。

たとえ魔力で肉体を強化したとしても、骨の一本は持っていかれるだろう。当たり所によっては文字通りの『一撃必殺』だ。

そんな危険な弾幕が、あいつの通常弾だ。

その辺りのことは鈍いあいつでも自覚があるらしく、普段は制御している。

だけど今の相手は妹紅。不死者だ。そんな遠慮はいらない。第一これは『殺し合い』なんだ。

だから優夢は本気だった。本気の威力で、妹紅に弾幕をぶつけにいっていた。

優夢は既に二回妹紅を殺している。それぞれ一発ずつでだ。

相変わらずふざけた威力だ。いや、いつも以上にか。

そして、威力を抑えなくていい優夢は、普段よりも動きがよかった。いつも気を使っている部分を他に回せるんだから、当然っちゃ当然だ。

その上妹紅の弾幕を喰らうことを気にせず攻撃しにいっている。防御は最小限で。

いつかだったか私は、「優夢が積極的に攻めたら誰も勝てないほどの強さになるんじゃないか」と考えたことがある。

それがまさしく、今の優夢だった。



妹紅はスペルカードを破られ通常弾幕へ。優夢は『戸隠山投げ』が続いている。

『戸隠山投げ』は強烈なスペカだ。弾幕発射までの数秒間は、あの高密弾幕によって攻撃が弾かれる。ひとたび放たれれば、操気弾の性質で追尾してくる巨大な弾幕となる。

だが、その性能故の弱点もまたある。全ての操気弾を一まとめにしてしまうため、追撃ができない。放ってしまえば防御もだ。

つまり、カウンターに弱いんだ。そしてそれを、妹紅は見抜いている。

妹紅は一定の距離を取りながら、まばらに炎を纏った符を撒き散らしていた。当然優夢には届くはずもない。

つまりこれは、優夢が放った瞬間に全力の攻撃を仕掛けるつもりだ。骨を折らせて肉を焼くってところか。

だけどそれはきっと優夢もわかっている。あいつだって、伊達に何度も反撃の『マスタースパーク』を喰らってるわけじゃない。

何か、考えがあるはずだ。私が想像もしないような突拍子もない考えが。

そして。

「でりゃ!!」

二発目の巨大弾幕が放たれた。そして予想通り、妹紅はその瞬間を狙って尋常じゃない量の炎弾を繰り出した。

どうする気だ、優夢!!

私の心の声が聞こえたわけでもないだろうに、優夢は不敵に笑った。

即座に手を組み。

陰体変化!!」

女性化を完了した。――そういうことか!!

優夢は男性時と女性時で弾幕の、霊力の性質が異なる。

男のときは、霊力の総量と精密な操作ができなくなる代わりに、強力な一撃を繰り出せる。それこそ、さっき見せたように一撃必殺の通常弾幕を生み出せるほど。

逆に女のときは、威力はない代わりに霊力が上がり器用になる。一度に出せる弾幕の数も増える。

つまり。

「! そんな方法で!!」

「リソースの有効活用だ!!」

『戸隠山投げ』を放った後でも、追加で弾幕を展開することができるってことだ。

優夢は展開した10前後の弾幕を駆使し、致命傷を避けた。

流石にその量は裁ききれるものではなく、手足に軽い火傷を負ったようだが、優夢なら10秒もあれば再生する程度だ。

対する妹紅は、女性化した影響で形状を維持できなくなった『戸隠山投げ』の細かな弾幕を避けきれず、数発を喰らった。ダメージはほとんどなかったようだが。

「・・・性転換を戦闘に組み込むなんてね。あなた、やっぱり普通じゃないわ。」

「俺は普通だっつーの。皆俺の立場になれば、きっと同じ行動を取るはずだ。」

いや、そもそも思い浮かばないと思うがな。

ともかく、これで優夢はスペルブレイクしてしまったが、妹紅は次のスペルカードだ。

一歩リードってところか。『弾幕ごっこ』としては。

不死『火の鳥 -鳳翼天翔-』!!

妹紅が次のスペルカードを宣言する。優夢は再び、表情を引き締めた。



・・・しかし、生殺しだなぁ。私も弾幕やりたいぜ!!!!

気絶した慧音を抱えているため、一切の手出しが出来ない状況が恨めしかった。肝試しなだけに、「恨めしや」ってか。





***************





不死『火の鳥 -鳳翼天翔-』。このスペルは、優夢の砕く弾幕でも防ぐことはできないはずだ。

まず、サイズが大きい。弾幕というには相応しくないほど巨大な火の鳥の形をした弾幕。砕くには大きすぎるサイズだ。

そして、この火の鳥には呪をしかけてある。空間を焼き、炎の残滓もまた弾幕とする。大本を砕いても更なる炎が襲い掛かる。

つまりこのスペルは回避するしかないということ。そしてここまでの攻防を見ていて、優夢が回避が得意でないことは想像がついた。

最初に私の右腕を潰したとき、優夢は回避できていなかったもの。ひょっとしたら、『避ける』という考え自体がないのかもしれない。

それなら、このスペルはうってつけだろう。かわすことでしか回避できない弾幕なのだから。というか、普通はそういうものだと思うけど。

運がよければスペルカードの二枚ぐらい使わせることができるかもしれないし、当たれば落とすことができるかもしれない。

優夢は私を本気で殺そうとかかってきている。だけど私はそうではない。

ちょっとぐらい傷つけても平気かもしれないけど、殺しまでする気はなかった。

輝夜なら殺しても生き返るけど、優夢はそうじゃない。さっきの再生はあくまで『再生』だった。

霊力を消費し、肉体に影響を与え、回復させただけ。私達が行うような『復活リザレクション』ではない。

優夢は死んだら死んだきりなのだ。なら、優夢を殺すことはない。殺し合いという名目だけど、私は殺さないよ。

だから、優夢。できればこれで落ちて頂戴。

私はささやかな願いを込めながら、三羽の火の鳥を放った。

猛火を撒き散らしながら迫る三羽の不死鳥は、女性となり少しサイズの小さくなった優夢の弾幕では砕けないように思えた。



実際、砕けなかった。優夢は弾幕を放ってきたけど、それを受けても火の鳥はまるで揺るがなかった。

減速することもなく、三羽は優夢へと迫り。

直撃する直前で、あらぬ方向へとそらされた。

「何ッ!?」

「砕けないんなら、受け流せばいい。常識的だろ?」

何という離れ業。優夢がさっき弾幕をぶつけてきたのは、このためだったのか。

恐らくは合気の要領だろう。こちらの力の流れを、軸を作ることで方向を大きく変える。

それを、弾幕で再現するなんて。十分な硬度と精密な操作性を持つ優夢の弾幕だからこそ可能な技か。

考え方は理にかなっているかもしれないけど、それは立派な異常性よ。

猛火の残滓も、方向をそらされたことで明後日の方向へと流れていった。完全に防がれてしまったようだ。

だが、ならば数でせめるのみ!!

「はあああ!!」

「チッ!さすがに1000年生きてるだけはあるな!!」

10を越す火の鳥を同時に放つ。これなら、40を越す優夢の弾幕でもいなし切れない。



だが私は、一つの見落としをしていた。優夢からも攻撃をしてくるということだ。

唐突に、後頭部に衝撃が走る。

「――ッ!?」

先ほどのように砕かれはしなかったが、かなり痛かった。普通の人間ならば脳内出血を起こすレベルだ。

「やっぱり、女だとどうしても攻撃力が落ちるな。」

私の様子を見て、優夢が言った。ということは、今のは優夢の攻撃?

「さっきも見せたと思うけどな。『影の薄い操気弾』。俺の一発芸だよ。」

「・・・最初のか。」

唐突に現れた優夢の弾幕。あれはそういうことだったのね。

そういえば言ってたわね。防御と奇襲が主戦法だって。なるほど、こんな透明な弾幕を持っていれば奇襲も可能ね。

「つくづく非常識だわ。」

「だから普通だと・・・いや、これはさすがに普通とは言えないんだったな。」

あら、ようやく認めた?

「『影の薄い操気弾』についてだけだ。他は普通だっての。」

「普通って言葉ほど定義の難しいものもないわね。」

こんな異常も、ひょっとしたら普通で片付けてしまえるかもしれないんだから。



優夢は本気で殺しに来ている。しかしやはり私は殺しにはかかれなかった。

スペルカード一枚分の差をつけられ、『殺し合い』は続く。





***************





・・・ん、何だか激しい物音がするな。どうやらその音で叩き起こされたらしいが。

というか、私は寝ていたのか?

私は記憶が途切れる前のことを順々に思い出していった。

妹紅から輝夜との殺し合いをやめるという話を聞き、余計な邪魔が入らないように竹林まで着いてきた。

不意に大きな物音がし、そちらへ行ってみたら優夢君と魔理沙がいた。二人の話を聞いていると、どうにも輝夜が放った刺客のようだった。

妹紅の話し合いの邪魔をさせるわけにはいかないから、分は悪いと知りながら勝負を挑み――魔理沙の魔砲で落とされたんだったか。

・・・そうだ、話し合いはどうなってしまったんだ!

私は勢いよく体を起こした。と、そこで誰かの肩に支えられていることに気付いた。

「よう、いいとこで目を覚ましたな。」

「魔理沙か。・・・妹紅は?」

「あそこだぜ。」

魔理沙は空の方を指差した。

そこには、激しい炎を撒き散らす妹紅と、自在に動く白い球体を操る優夢君の姿があった。

見るからに争っている。話し合いはどうなってしまったんだ・・・。

「あー、それなら初めから失敗だぜ。輝夜の奴、私らを妹紅にぶつけて自分は高見の見物する気だったらしい。」

・・・そう、か。

「ああけど、話は聞いたぜ。妹紅は輝夜と同じ不老不死で1000年ぐらい大ゲンカしてて、飽きたんだろ?」

「簡略化しすぎな気もするが、概ねその通りだ。」

では、話を聞いたなら何故二人が戦っているんだ。

「優夢のいつものお人よしだぜ。突っ込まなくていい事件に首突っ込むのがあいつだ。」

「・・・それは伝聞だけでも十分分かるが、それで何故戦いになる。普通逆じゃないか?」

「なあ、慧音。お前から見て今の妹紅はどう思う?」

私の疑問に答える代わりに、魔理沙は問い返してきた。

今の妹紅、か。1000年の妄執から解放された、『本来』の妹紅。

実に落ち着いていて、いいことだと思うが。

「確かに落ち着いてるな。まるで老い先短いばーさんみたいだったぜ。」

「実際年齢としてはそんなものではないからな。」

「1000歳越えの人間だもんなあ、妖怪でなしに。」

だから何なんだ。

「つまらないじゃないか、そんなの。」

つまらない・・・?

「ああ、つまらないぜ。こーりんのつまらない蘊蓄話よりもなおつまらないぜ。」

「・・・つまらなくとも、争わぬならそちらの方がいいじゃないか。」

「それが優夢は気に食わなかったらしいぜ。」

彼が・・・、幻想郷において平和な日常を望む数少ない人妖である彼が?

俄かには信じ難かった。平和の意義を理解する彼が、そんな行動に出るなど、誰が想像できよう。

「優夢の考えなんぞ、理解できるやつはいないぜ。あいつと同じトンデモでない限りな。」

「・・・それが『願い』ということか。」

「なんだ、知ってたのか。」

ああ、優夢君から聞いたよ。もっとも、本人はよく意味を理解していないようだったが。

『外』の世界にいるという60億の人間の想い。それら全てを肯定するという能力。

ならば彼は、妹紅と戦うことで、妹紅の願いを肯定しようというのか。

妹紅が真に何を望んでいるかなど、結局私にはわからない。できることと言えば、せいぜいが今を少しでも過ごしやすくしてやることぐらいだ。

やはり、私にはこの争いを傍観する以外の手段がなかった。・・・相棒、失格だな。

「何落ち込んでるんだ。弾幕ごっこは楽しむもんだぜ。やるにしろ、見るにしろな。」

魔理沙は言葉通りに楽しんでいた。炎と符と霊力の飛び交う戦場を、まるで物語の舞台を見つめるかのようにキラキラした瞳で見ている。

興味の対象が殺伐としているが、この歳の少女らしい一面だった。

藤原『滅罪寺院傷』!!

と、妹紅がスペルカードを宣言した。対する優夢君は、48の弾幕を展開しているだけで、スペルカードを使っている様子はない。

やはり彼は強い。妹紅は私より強いというのに、一歩も引けをとっていない。どころか押しているように見える。

しかし、妹紅も1000年間闘い抜いた身だ。たとえ優夢君でも、易々と勝てる相手ではない。

この勝負の行方はどうなるのか。過去を刻むこの身に、未来のことなどわかる道理はなかった。



「ところで、優夢君は何故下着を外しているんだ?さっきから胸の上下が凄いことになっているのだが。」

「本気には邪魔だってさ。私が預かった。着けてみるか?」

「いや、その選択肢はおかしいが・・・やはり凄いな。私より大きいぞ。」

「やっぱあいつ女であるべきだよなぁ。」

そっちの方が自然に思えてしまった私は、正常なはずだ。





***************





・・・あいつ、手加減してるわね。

酒の肴に優夢さんと妹紅とかいう蓬莱人の弾幕ごっこ――殺し合いを見物しながら、私はそう思った。

優夢さんは威力を抑えず、当たり所も考えずに空恐ろしくなる威力の弾幕を当てにいっていた。対して妹紅は、なるべく優夢さんの急所を避けて攻撃をしているように思える。

まあ、優夢さんは頑丈・再生可能なだけで死なないわけじゃないから、別に不思議なことじゃない。普通なら当然の配慮だわ。

けど、これは『殺し合い』なのだ。だったら殺し『合』わなきゃ成立しない。

今のところ行われているのは、優夢さんによる一方的な虐殺だ。

妹紅が放ったスペルカードは、結界を張り内部をバウンドする符を放つというもの。威力はさほどなく、手数で押すタイプの弾幕だ。

けれどそんなものが優夢さんに通用するわけがない。

圧倒的な密度の弾幕でもない限り、手数勝負で優夢さんの防御を突破することなんてできない。現に妹紅の弾幕は、女性状態のままの優夢さんが展開している弾幕の10個程度で、完全に遮られてしまっていた。

逆に、残りの38の弾幕が蛇のような動きで襲いかかり、妹紅は回避を余儀なくされる。

だけど、操作性が反則球の弾幕を、不死身の人間が避けきれるわけもなく。

「づっ!!」

やや圧縮のかかった弾幕に全身を貫かれ、スペルブレイク。

・・・それにしても優夢さんの弾幕、少し変わったわね。弾速が上がったわ。

よくよく見ると、弾幕が進行方向に向かってわずかに細長くなっている。形状変化か。

抵抗を減らすことで速度を得たのか。また厄介に成長したわね。

まあ、あの程度ならまだかわせるわね。全弾『信念一閃』並の速度になったら流石に無理だけど。

・・・と、今は私のことじゃなかったわ。優夢さんと妹紅。

妹紅はまた一度死に、復活した。本当にキリないわねぇ。

いい加減本気を出さないと、殺されっぱなしのまま終わるわよ。本人がいくら否定しようが、優夢さんは『鬼』のように強いんだから。

「興ざめね。不老不死っていうからどれだけのものかと思ったら、ただの腰抜けじゃない。」

くいっと残りの酒を煽り、吐き捨てた。

「・・・そうね。あんなの、全然妹紅らしくないわ。」

「でしょうね。本気だったとしたら、あんなせせこましいスペルなんか使わないでさっきの火の鳥なんちゃらに全力注いでたでしょうし。」

「私とやるときはそうだわ。というか、私とやるときはスペルカードルールなんて無視だし。」

「本当の殺し合いならそうでしょうね。」

弾幕ごっこにしろスペルカードルールにしろ、危険がないように作られたものだ。殺し合いとは対極になる。

「けど、そんなんで優夢さんが諦めるとでも思ってるのかしら。」

あいつが本気を出さない理由なんて分かりきってる。要するに全てに対しやる気を失ってるだけ。

だから優夢さんは殺し合いなんて、慣れない無粋なものを仕掛けたんでしょうね。刺激は一番だもの。

妹紅からすれば大きなお世話なんだろうけど、優夢さんはどんなことがあろうと諦めない人なのよ。

それこそ、再生も出来ない状態で手足をもがれ死の危険と直面しても、ね。

あのときから優夢さんの本質は一切変わっていない。それは一年半あの人の隣に居続けた私が知っていること。

あの人は受け入れ、肯定する。人を、妖怪を、願いを、何もかもを。

そんな優夢さんが、受け入れず諦めるなんて選択肢を選ぶと思うの?そんなこと、蓬莱人が死ぬよりもありえないことだわ。

「とっとと本気出さないと、生まれてきたことを後悔するまで叩き潰されるかもね。」

そんな優夢さんだから、やるときは容赦がない。

スキマの向こうでは、男に戻った優夢さんの操気弾が妹紅の弾幕を蹴散らし胴体を貫いていた。また一回死んだわね。

「・・・これが優夢の本気なの?」

今までじっと優夢さんを観察していた永琳が、私に問いかけてきた。

そんなこと、私に聞くんじゃないわよ。

「あの人の本気なんて、私も知らないわよ。ひょっとしたら、優夢さん自身知らないかもね。」

自分を弱いと思っているから。自分にあった最適な戦い方を知らないから。あるいは勘違いしてるから。

「そう、じゃあやっぱり、まだまだ先があるのね。」

「あら、あんたは優夢さんの強さを知ってるの?」

「知っているわけじゃないけど、計算してるのよ。あの子は一体どれほどの『願い』なのか。」

・・・優夢さんも厄介な奴に目をつけられたわね。こいつは隅から隅まで優夢さんを調べなきゃ気がすまない気がするわ。

一応の同情をし、私は再びスキマに目をやった。

優夢さんはさらに一枚、スペルカードを破っていた。また一度、妹紅を殺しながら。





***************





どうにも様子がおかしい。余りにも一方的な内容だ。

初めこそ妹紅は本気でかかってきてると思ったが、1000年の本気がこの程度のものなんだろうか。

これじゃせいぜい魔理沙よりも弱いレベルだ。いや、あいつはあいつで強いんだけど。

もし本気で殺しにきてるとしたら、もっと手強くていいはずじゃないか?少なくとも俺が一瞬でも「勝てるかッ!」って思えるぐらいには。

つまり、妹紅には俺を殺す気がない。俺と殺し合いをする気はないってことだ。

考えてみればそれは当然なのかもしれない。これは俺が勝手に挑みかけた殺し合いなんだから。

妹紅としては放っておいてほしいところにちょっかいを出しただけだ。付き合う必要もないだろう。

この疑念が確信に変わったのは、妹紅が次のスペルカードを宣言することになったとき。



男状態の俺が現在操作する操気弾は全部で15。うち3つを防御に回し、残り全てで妹紅に攻撃をしかけた。

12の包囲網。しかし、男時の弾幕は避けにくさという観点でいけば、女状態よりも低い。

初見なら弾幕破壊と弾幕制御というアドバンテージが強いものの、大抵の強者には二度目以降が通用しない。

彼女らはそれでも避け方というものを持っているからだ。霊夢なら勘で軌道を読んでくるし、手動である以上魔理沙の素早さには対応しきれない。

威力はあるものの精密な動作はできない。それが陽体の長所と短所だ。

だが妹紅は、その短所がいい加減わかっているだろうに、正面突破を試みていた。あえなく一撃を受け、スペルカードの宣言。

虚人『ウー』!!

これで俺が一枚に対し、妹紅は五枚目。いくら何でもおかしすぎる。

妹紅が本気で殺す気できているなら、俺がここまで攻勢に出ているわけがない。もっと防戦を余儀なくされるはずだ。

妹紅の実力を知っているわけじゃないけど、この間の輝夜さんとの戦いと符号しなかった。

本気を出していないなら、俺でも簡単に倒せるだろう。つまり俺は生存できるということだ。

――だけど、そんな勝利に意味があるのか?否、そもそも俺の目的は勝利することじゃない。

そう。これはフランドールのときと同じだ。

俺の勝利条件は、弾幕ごっこに勝利することじゃない。行き場を失った妹紅の想いを『受け入れ』『肯定する』。それこそが俺の勝利条件。

弾幕ごっこの勝利なんてのはおまけでいい。最後に頭と心臓だけでも残ってりゃいいんだ。

つまり俺がするのは、本気でない妹紅を打倒するのではなく。



思符『信念一閃』!!

妹紅に本気を出させること!!

「? この状況でスペルカードを使うの?」

「ああ。誰かさんは俺のことを舐めきってるみたいだからな。俺でも少しはやるってところを見せてやるのさ。」

「へぇ・・・、それは怖いね。」

妹紅は言いながら、炎の翼の両翼から細かな弾幕を生み出した。それらは連なり、一閃となって俺に襲い掛かる。

だが、遅い!!

「っけぇ!!」

「!?」

俺の放つ一閃は、命中率を度外視した圧倒的な加速弾。それの生み出す霊力の乱流に飲み込まれ、妹紅の弾幕は霞に散る。

だが、命中率の甘い初弾は、生成・発射を一連で行ったことによってあらぬ方向へそれた。

「・・・速さは凄いみたいだけど、そんな狙いが滅茶苦茶で当たると思うの?」

「いいんだよ、狙いは滅茶苦茶で。」

だってこいつは。



「が・・・は!?」

「加速とホーミングの二段構えなんだよ!!」

しかも、今回はお徳用版だ。妹紅を背後から貫いた一閃はさらに方向を反転し。

「がっ!?ぐぅ!!」

何度も何度も妹紅を直撃する。それこそ、原型をとどめなくなるまで。

両の手足を切断し、内臓をズタズタにし、左の脳天を消し飛ばしたところで、俺のスペルは威力を失った。

『信念一閃』は威力の分使う霊力の量も馬鹿にならない。これでスペルブレイクだ。

まあ、向こうもそれは同じ。どころかオーバーキルもいいところだ。

「・・・好き勝手、やってくれる、ねぇ。」

流石にこれだけやられれば回復も遅くなるらしく、ようやく脳が復活ししゃべれるようになった妹紅が途切れ途切れに言う。

「ああ、お前が本気を出さない限り好き勝手やらせてもらう。」

「私は、本気で、やってんだけどね。」

「その本気はどの本気だ?子供をあやす程度の本気なら、いくらなんでも俺の相手は務まらないぞ。」

「・・・ははは。」

その笑いは、肯定と取っていいんだな?

暴符『ドライビングコメット』!!

「スペルが終わってまたスペルかい。本当に容赦ないね。」

「当然だろ。」

容赦なんかしたら、お前は絶対本気を出さないんだから。





***************





今度のスペルは、巨大な弾幕をぶん回すという力任せのスペル。

優夢は男のとき、結構でたらめに弾幕を動かしている(動かしているという表現をしている時点ででたらめだという説はあるけど)。

そのため、避けようと思えば避けられるはずだ。動きに緩急をつければ、優夢の意識を攻撃に割かせ反撃することだってできるだろう。

だけど私はここまでそれをしてこなかった。闘いが進むにつれ、私の心はさらに冷えるだけだった。

こんなことをして何になる。優夢の有限な時間を無駄に消費しているだけじゃない。

だったら、さっさと私がスペルブレイクして、この不毛な闘いを終わらせればいい。そう思い始めていた。

だから私は死ぬこともいとわず、優夢の弾幕を避けず喰らう方向でことを進めていた。

・・・が。

「がう!?」

そもそもかわすことが無理じゃないかと思うほどの大きさの追尾弾を喰らい、私は吹っ飛ばされる。その進行方向には既にもう一つの弾幕が配置してあり、私が直撃する。

優夢の弾幕の硬さと私の体の硬さなど比べるべくもないだろう。当たった瞬間、私の全身の骨が砕ける。

それだけで飽き足らず、その一撃もまた私を別の弾幕へと弾き飛ばし、骨の砕けた体に大きな衝撃。全身から血が噴き出した。

それを延々と繰り返し、私の体が四散するまで弾幕でトスを繰り返された。

最初の一撃で普通の人間なら死ぬけど、私は死なないからなぶり殺しだった。

蓬莱人といえど痛覚がないわけじゃない。人並みに神経は通っている。

ただ、痛みに、死に慣れてしまっているというだけの話。1000年も争い続けていれば、死んだ回数は万を越えるのに十分だ。

だから私は、死ぬ程度の痛みではなんとも思わない程になっていた。



普通に死ぬ程度の痛みなら、ね。流石にさっきのとこれと、原型すらとどめない程の殺され方をして、何も思わない程心は広くない。

そう思い出したら止まらなかった。そもそもこの身は、恨みを糧に1000年を生き抜いた呪われた体だ。

何で私がこんな痛い思いをしなきゃならないんだ。不老不死だからっていくら何でも殺しすぎじゃないか。

大体、何で弾幕ごっこ――もとい殺し合いなんか始めたんだっけ。言い出したの優夢よね。

優夢の口車に乗せられてしまったが、私がこんなことする必要もメリットも、何処にもないじゃない!

凄く腹立たしかった。

「こっ・・・の!!ガキがいつまでも調子乗ってんじゃないよ!!不滅『フェニックスの尾』!!

怒りを吐き捨てながら、私は全力でスペルカードを宣言していた。

いつの間にか、私の中には優夢に対する怒りが満ちていた。

「ほぉ!!やっとか、妹紅!!お前の『願い』を見せてみろよ!!」

だというのに、優夢は楽しそうに踊るような声で、構えをとった。

それが私の態度の変化によるものだったというのは、考えればすぐにわかったけど。

今の私には、それがただの余裕にしか見えず、非常に気に食わなかった。

「殺す!!」

「その意気だぜ、妹紅!!」



いつの間にか、優夢の思い通りの展開になっていることに、私は気付けなかった。





***************





「おおー!!妹紅の奴もやっと本気だな!!」

魔理沙の言葉は耳に入らなかった。

止めなければ。私はすぐにそう思い、空を飛ぼうとした。

が。

「1対1の決闘に横槍とは無粋ね。」

私の目の前に、一人の妖怪が現れたことでその動きは止められる。

「八雲紫・・・!!」

「ご丁寧にありがとう。今ご紹介に預かりました八雲紫ですわ。」

「おいおい紫、ぼけたか?私はお前の知人だぜ。」

「人間は皆同じ顔に見えるんですもの。」

「私も妖怪の種族の見分けがつかないぜ。今度教えてくれよ。」

「見ていたなら何故止めない!!」

漫談を始めた八雲紫と魔理沙を遮り、私は叫んだ。

「何を、かしら?」

「あの二人の闘いだ!このままでは優夢君が取り返しのつかないことになるぞ!!」

「どうして?」

心底わからない、という表情で、八雲紫は問い返してきた。

何故わからない!激昂しそうになる感情を抑える努力を要した。

「妹紅は死なない。どんなに傷をつけようが、次の瞬間には回復する。殺せば霊力ごと全回復する。無限の命と無限の霊力を持っているんだ。」

「だから、それがどうしたの?」

「いくら優夢君が『願い』といったって、限界はあるだろう!!さっきまでなら妹紅にその気がなかったから死ぬ危険はなかったが、今は負ければ死だ!!」

「だから、それの何が取り返しのつかないことなのかと聞いているのよ。」

冷たい、つまらないものを見るような目で、妖怪の賢者は私を見ていた。

「・・・あなたは、優夢君を気に入っているんじゃなかったのか?」

「もちろん、霊夢の次ぐらいにお気に入りよ。だからあの子の意志は最大限尊重するわ。」

「なら何故!!」

「死ぬことなんて、あの子は既に覚悟の上だわ。いえ、違うわね。あの子には覚悟も必要ないのよ。」

受け入れるから。

その言葉が、あまりに彼をよく表していたので、私は二の句を次げなかった。

「なら、ここで彼が死ぬことは大したことではないわ。それに、ここで死ぬならその程度だったということですし。」

「・・・やはりお前は、妖怪の味方なのだな。」

妖怪にとって、人間とは取るに足らない隣人だ。人間がいなければ妖怪は存在できないといっても、特定の一を尊重するわけではない。

人間を『人間』というくくりでしか見ない。それが妖怪の常だ。

わかりきっていたことだが、八雲紫もまたそうであると理解し、言葉が少し硬くなるのを覚えた。



だが。

「それは違うわよ、私の良き友人。私は『幻想郷の味方』よ。」

紫は何の迷いもなくそう言った。

「それが幻想郷のためになるなら、私は全力で味方をする。幻想郷の存在を危うくするなら、全力で排除する。」

「・・・では、優夢君は?」

「私でも計り切れぬ、最大級のイレギュラー。そういうことにしておきましょう。」

引っかかる物言いだったが、彼女は優夢君の味方であるつもりらしい。そう感じられた。

「可愛い子には旅をさせよ。あの子ならこの程度の旅、難なくこなしてくれるわよ。」

「・・・そうかもしれないな。」

紫に言われ、私は不思議とそんな気がした。

視線を上に上げれば、優夢君が腹に風穴を開けられながらも、妹紅の右肩を弾き飛ばしていた。

あれは吸血鬼でもあるとはいえ、結構な傷ではなかろうか。すぐに再生したようだが、顔色は少々悪くなった。

ここまでは優夢君の快進撃だったが、ここからはそうは行かないだろう。妹紅も右肩を再生して、既にスペルカードを構えている。

それを見て、優夢君もスペルカードを一枚取り出す。

蓬莱『凱風快晴 -フジヤマヴォルケイノ-』!!

想符『1700万ゼノのブルーツ(笑)波』!!

・・・。

と、ともかく!!私はこれからキツくなるであろうこの勝負で、優夢君が最後まで生きていることを切に願った。





***************





はは、きっつ。やっぱり強いんじゃないかよ、妹紅。

さっきまでのリズムとは明らかに勢いの違う攻撃に、俺は対応しきれなかった。

妹紅が放った『フェニックスの尾』というスペルは、炎の羽からまるで羽毛を飛ばすかのように炎の塊を撒き散らすというものだった。

その威力は、さっきの『火の鳥 -鳳翼天翔-』よりは劣ると思う。単発での話なら。

だけど『フェニックスの尾』は一発じゃない。数えるのも馬鹿らしくなるほどの炎の塊を乱射する、普通に考えたら逃げ場のないスペルだ。

その炎の羽根の一発が、操気弾と操気弾の隙間を通りぬけた。そして俺の腹に大穴をブチ抜いてくれたわけだ。

幸い急所――心臓には損傷がなく、吸血鬼の再生力を持って瞬時に回復したが、損傷箇所が大きかったせいで体力の消耗が大きい。

つうかぶっちゃけ痛い。熱い。

あれだ。内臓を直に焼かれると半端じゃなく熱くて痛い。発狂したくなるほどだ。

俺が狂うことはないんだが。狂う前に、内側からりゅかと鈴仙さんが抑えてくれる。

だけど痛いことには変わりないので、俺の消耗は激しかった。

さっきまでは優位に立ってたけど、一瞬でイーブンどころか不利になったな。だから油断は禁物なんだよ。

そして次のスペル。俺が選んだのは『1700(ry』だ。

最初に作ったスペルの割に、燃費と難易度のバランスがいい。まあ、あの霊夢と魔理沙に初期の俺の霊力で一矢報いようとして作ったスペルだから、当然っちゃ当然なんだが。

妹紅のスペルがどんなものなのかはわからないけど、これなら遅れを取るようなことはないはずだ。

俺は操気弾の中から適当に一つ選び、霊力を追加注入した。それは見る間にサイズを増す。

だがそれを見ても、妹紅は何のリアクションも見せなかった。ただ俺が何をしているのか見定めるように。

・・・まあ、ここまでも結構色々やっちゃったからな。今更この程度で驚くはずもないか。

なら、別に構わない。俺は相手が驚くことを初めから計算に入れていない。驚いて反応が遅れてくれれば儲けもん程度にしか考えていない。

そんな取らぬ狸の皮算用で痛い目は見たくないからな。

弾幕の完成を待ち、俺はそいつを妹紅に投げつけた!

「ふん、巨大化する弾幕ならさっきも見たよ!!」

吐き捨てるように言い、妹紅は回避行動を取った。大きくなれど操気弾、『1700(ry』は俺の意思に従って妹紅を追尾する。

だがそれも当然読まれていた。ここまでの攻防で俺の特性はしっかりと把握されたみたいだ。

だからと言って諦めるわけじゃない。俺はさらに、通常の操気弾を9個攻撃に回し、妹紅の動きを封じようとした。

「今度はあんたの方が見落としたね。私もスペルを使ってるんだよ!!」

が、それが妹紅に到達する前に、妹紅は一抱えの霊力塊を瞬時に生成し、こちらへ投げつけてきた。

直進するそれは、スピードも大してなく、容易く回避することができた。

それだけではないはずだ。これはスペルカード、何かしらの仕掛けがあるはずだ。

そう考え、俺は何が来てもいいように注意を欠かさなかった。

そして。





それは、爆ぜた。とんでもない音響と炎と熱量を撒き散らして。

「ぐぁ!?」

直撃を食らったわけではない。余波を受けただけで、俺は思わず呻き声を上げていた。・・・なんつう威力だよ、おい!

まともに喰らうわけにはいかない。あんなもん喰らったら、一発で塵だぞ!!

「そら、まだまだ行くよ!!」

恐るべきは妹紅の霊力量か。今のと同じ霊力塊を5つぐらい一辺に作り出し、順次俺の方へ放り投げてきていた。

それは丁度打ち上げ花火のようだった。俺目掛けて、幾多の花火が打ち上げられ、花を咲かす。

俺は逃げるだけで必死になっていた。衝撃波までは操気弾で防ぐことはできない。危険域から逃げるしかない。

そのため、攻撃用に作った巨大な操気弾を妹紅にぶつける余裕なんてなかった。

「おらおらどうした!さっきまでの勢いはこっちが甘い顔してる間だけかー!?」

「ぐッ!なろ、さっきまではしおらしい顔してたくせによ!!」

けど、妹紅の顔は笑っていた。獰猛な、相手を取って食わんとする凶暴なものだったけど。

目に、ちゃんと光がともっていた。

なら俺の目論見は第一段階クリア。次は俺が生き残ることを考えないとな!

妹紅が本気を出して一気に絶望的になった俺の生存率。これを引き上げるには、奇策が必要だ。

それこそ、1対1の闘いなのに2対1になるような奇策が。

かと言って現象系は使えない。

『闇色能天気』では妹紅相手じゃ目くらましにもならないし、『エターナル・スカーレット・CB』は成功率が低すぎる。こんなところで賭けには出られない。

・・・秘密兵器投入の時間だな。

俺は現在使っているスペルを破棄すべく。

「弾けて混ざれ!!」

巨大操気弾を自壊させた。小弾となり四方に飛び散る弾幕。

それはちょうどよく妹紅の目くらまし程度にはなったようだ。よし!!

その隙をついて、俺は二つの物を懐から取り出した。

一つは、真新しいスペルカード。そしてもう一つは、レミリアさん――レミィをかたどった人形・・

いくぜ、新スペル!!



「人形『エターナル・スカーレット・CB』!!」



宣言。そしてただの物であった人形に、俺の『力』が注ぎ込まれる。

人形はピクリと動き、それはひとりでに動き出した。

「人形劇かい?まるで魔法の森の人形師だね。」

「正解。俺はアリスでもあるんだよ。」

俺の言葉に、妹紅は眉をひそめた。意味がわからないようだな。

(その言い方じゃわからないわよ。ま、正しくはあるけどね。)

説明は、俺が生き延びられたらしてやるか。

「紅魔の吸血鬼に似せて作ったようだけど・・・何か意味でもあるの?」

「とーぜん。見せてやるよ、俺のとびっきりの手品!」

(こんなにも月が綺麗だから、本気で殺してあげるわ!蓬莱人!!)

俺の中でレミィが咆哮する。すると、まるで呼応するかのようにレミィ人形は弾幕を展開した。



現象系スペルの劣化版というか変化版である『人形系』スペル。

当然ながら、アリスの『願い』を取り込んだことにより実現したスペルだ。

人形に『願い』の動き・弾幕をトレースさせるというもので、当然ながら現象系に比べれば再現度は低い。

だが、こいつの利点は現象系と同様、一人で二人分の戦いができるってところにある。

そう、この人形はフルオートなのだ。俺は一切の命令を与えていない。

当然だ。あの人形を制御しているのは、あくまでの俺の中の『願い』なんだから。

つまり、俺は人形が消費する霊力を肩代わりするだけでいい。二人で戦うという点だけを考えれば、こっちの方が余程燃費がいい。

そうはいいつつ、現在のところ『闇色能天気』と『エターナル・スカーレット・CB』しか作ってないんだが。人形作りが大変なところが欠点だな。

ともかく、これで2対1!!

「ちっ、この人形、中々手強い!」

(当然だろう。貴様とは格が違うんだよ、人間!!)

レミィが放つ吸血鬼弾幕は、確実に妹紅の動きを制限していた。

さらに行くぜ!!

現象『闇色能天気』!!

「わはー!!」

ルーミアを呼び出す。これが人形系の最高の利点だ。

消費する霊力が少ないから、こうやってルーミアみたいに霊力消費が少ない『願い』なら、並行して肯定することができる。

「『願い』ってのはそんなこともできるのか!!」

「優夢を常識的に考えたら負けなのかー。」

(そんなことにも気付けないとは、人間とは愚かね。)

・・・内側から非常識言われると軽くへこむんだが。まるで俺自身が認めてるみたいじゃないか。俺は常識を捨てた覚えはない。

覚えはない。だけど。

「そうだな。俺を常識で考えてると痛い目にあうぞ、妹紅!!」

「上等!ならその非常識と私の1000年、どっちが上か見せてやるよ!!」

お前の願いを肯定してやるためなら、非常識にだってなってやるさ!



多対一の戦いは、俺に圧倒的に有利な状況を作り出した。

ルーミアが『ムーンライトレイ』で妹紅の動ける範囲を限定させ、レミィが『スピア・ザ・グングニル』(縮小版)で狙い撃つ。

当然妹紅はそれでも回避するが、俺の操気弾が追撃をしかける。

端から見たらどんなイジメだと思うような光景だ。俺だったら絶対妹紅の立場に立たされたくない。

今度はさっきと逆だった。俺達の休みない攻撃に妹紅は防戦一方になっていた。

そしてとうとう、俺の操気弾の一発が妹紅を捕らえる!!

「チッ、ならこうするまでよ!滅罪『正直者の死』!!

その直前に、妹紅は現在のスペルカードを破棄。次のスペルカードを宣言した。

霊撃の波が操気弾をかき消し、同時馬鹿みたいな量の弾幕が張り巡らされた。

その弾速はあまりにも速く、ルーミアとレミィは反応することができず。

「わはー!?」

(チッ!?ぬかったわ!!)

弾幕に散らされてしまった。

俺の半霊を使っているルーミアは俺の近くで再構成したが、レミィ人形は布と綿で作っている。再生は不可能だ。

たとえ人形体といえど、レミィの力は強大だ。これでこっちの戦力は激減してしまった・・・。

「ルーミア、俺から離れるな!操気弾の軌道半径からは絶対出るなよ!!」

「わかったのかー!」

あんまりルーミアの体を破壊されると、俺の霊力が持たない。操気弾で妹紅の放つ弾幕を散らしながら、俺はルーミアに注意を促した。

ルーミアはそれに従い、俺に寄り添い弾幕を放つ。

だが、妹紅が放つ圧倒的な量の前に、届く前にかき消されてしまう。攻撃の意味はほとんどない。

俺の攻撃なら届くだろうが、今は防御でいっぱいいっぱいだ。攻撃にまわす余裕なんぞあるわけがない。

戦況はこう着状態となった。





***************





どういうからくりかはわからないけど、優夢は宵闇の妖怪を出現させた。一度弾き飛ばしてやったが再構成したところを見ると、どうやら肉の体を持った本物ではないらしい。

今は優夢の防御に隠れてこちらへ弾幕を放ってきているが、それは『正直者の死』に阻まれて届くことはない。なら、脅威ではない。

今一番怖いのは、優夢が次のスペルカードを取り出すこと。

優夢は、弾幕にしろスペルにしろ型にはまらない。能力からして一定の型にはまる系統ではないのだから、当然かもしれないが。

だから、読みにくい。次に何が飛び出してくるか、次は何をしてくるか。だから手強い。

本人は「弱い」とか何とか言ってたけど、それは嘘だ。優夢は強い。

いや、それも違うか。自分の強さを理解せず、「弱い」と思い込み工夫することで、誰よりも手強くなるのか。

けど、それだけじゃない。優夢の真価は、きっとそこじゃない。

それが何なのか、今はまだわからないけど。今楽しいから。

それで私の気持ちとしては十分だった。

――全ての関わりを絶とうとしていた私の考えを、戦の快楽が塗りつぶしていた。



優夢が防戦に回ってくれるなら、こっちとしては思い通りだ。このスペルは敵に防戦を強いらせ、必殺の一撃を当てる。

実際のところ、今放っている弾幕は中身のない形だけの霊力弾。当たってもちょっと痛い程度だ。

だがそれを見抜けず、馬鹿正直に防御していたら、必殺の一撃を受けて死に至る。故に『正直者の死』。

優夢は今のところ見抜けていないようだけど。私は既に一撃を放てるだけの霊力をこの手に溜めていた。

放つ前までに見抜けなければ、優夢は死ぬ。塵にされて復活するのは、妖怪でも不可能だ。

『願い』が不可能かどうかはわからないけど、多分できないだろう。できない可能性の方が高い。

なら、優夢はこのまま死ぬのか。確かに今私は優夢が死ぬことすらいとわない攻撃をしている。

だけど。本気で攻撃しているはずなのに何故か、優夢が死ぬ未来が想像できなかった。

本当に何故かわからないけど。

それはある種の信頼だったのかもしれない。ほんのわずかな交流の中で、名無優夢という存在に対し私が得た信頼の証なのかもしれない。

だから私は。



「んな!?」

「危ないのかー!?」

遠慮なく、その一閃を放った。

時間をかけて練り上げられた霊力は太い光の筋となり、私はそれを横に一閃させた。

その扇上のもの全てが、光に蹂躙される。大地も、竹林も。そして優夢達も。

――いや。

「・・・あっぶねぇ!!」

優夢は今の一瞬で女性化し、自分の目の前に盾を展開していた。スペルカードか。

見るからに強固な四枚の盾で、優夢は私の攻撃を防ぎきったようだ。

けれど間に合ったのは優夢の分だけ。宵闇の妖怪はその一撃をまともに受け、四散したようだ。

再構成はしなかった。意図的なのか限界なのかはわからないけど、スペルブレイクと見て間違いない。

「頑丈ね。」

「まあ、守りには定評のある俺だからな。とは言え今のは危なかったぜ。」

一発で落とせなかったのは痛い。このスペルは、性質上一度見られたら二度目がきかない。『正直者』にしかきかないスペルなのだから。

だったら、スペルを変えるまでだ。私は次のスペルカードを取り出し、左手に構えた。

「おいおい、もう破棄するのか。勿体ないな。」

「さっき無駄遣いしてたあなたには言われたくないわ。」

違いない、と優夢は苦笑した。そして。

「なら、俺もスペル変えさせてもらうぜ。正直言うとこのスペルでどうやって攻撃しようか迷ってたんだ。」

そりゃ、どう見ても防御用のスペルだものね。

優夢も一枚のスペルカードを取り出し、右手に構える。

そして示し合わせたかのように、私達は同時にスペルを宣言した。

『蓬莱人形』!!

魔槍『ランス・ザ・ゲイボルク』!!



私は、心の底から楽しんでいたのだ。





***************





私はいつの間にか、固唾を呑んで勝負の行方を見守っていた。

白熱した戦いだった。見ているこっちの方が熱くなるほどに。

どっちが勝ってもおかしくはない。それほどの実力を、名無優夢という女性は有していた。

というか、反則すぎる。能力が色々と反則すぎる。それをフルに使ってるところがなお反則すぎる。

私が言えた義理じゃないけど、優夢の能力はとてつもないものだと知った。『願いを肯定する』ということを甘く見ていた。

あれなら霊夢と同じ――下手をしたらそれ以上の強さを持っている。

「そうね。純然たる『強さ』で言ったら、多分私は優夢さんの足元にも及ばないわよ。」

「あっさり認めるのね。」

「私は人間。誰が何と言おうとただの人間よ。その領域の存在でしかない。けど優夢さんは、あらゆるものの『願い』。勝てるわけがないのは道理でしょ?」

確かに。それはとりもなおさず、優夢は人間でありながら妖怪であり、人間という領域を超えているということを示している。

「まあけど、弾幕ごっこなら負ける気はないわよ。」

「あなたはあなたで反則よねぇ。」

「てゆーか、霊夢に勝てる奴なんて・・・いたわ。」

「いるの?それは凄いわね。是非一度見てみたいわ。」

「ふんむぐぐぐぐぐ!!?」

人形師と庭師は既に目を覚ましている。

半霊は目を覚ましスキマを見た途端、勝負に乱入しようとした。それを人形師が人形操り用の糸でがんじがらめにした上で猿轡をかませた。

当然の処置だわ。あれは乱入してはいけない闘いだもの。

「・・・優夢って、どういう存在なの?」

「元人間・男で今は女にもなれて、妖怪、吸血鬼、妖怪、半人半霊、鬼よ。」

「あと多分妖怪兎と私も入ってるわね。この間の一件で。」

節操ないわね。何その一人多国籍軍。

「優夢さんだから仕方ないわ。」

「そうね、あの子を言葉で定義するのは無理よ。」

いつの間に目を覚ましたか、吸血鬼が言った。

追従するように、その従者が語る。

「何はともあれ、彼は素晴らしいメイドだということを認識しておけば間違いありませんわ。」

「違うわね、博麗の巫女ツヴァイよ。」

「あら、未来の白玉楼庭師ツヴァイよ。」

「それなら人形操りの魔法使いの方が妥当よ。私の『願い』を取り込んだなら。」

好き放題言う連中。これも優夢が願いであるということの証明の一つなのかしら。



そもそも『願い』って何なんだろう。

私は1000年の時を経て、人々を知り願いを知った。それで願いとはどういうものなのかを理解した。

だけどそれは、理解した気になっていただけなのかもしれない。

「・・・まだまだ、世の中には私の知らないことがあるのね。」

そのことを強く感じ、私は声色に楽しさを隠さなかった。

「1000年程度で地上を知った気になってたの?甘いわね。」

「1000年じゃ知れないほどの謎が、この世には満ちているのよ~。」

「あの世の住人が言うねぇ。」

「表面をさらうだけでは理解したとは言えない。かと言って、深くを知ろうとすれば時間がかかる。難しいのよ。」

「ふんぐぐぐぐぎぐぐ・・・!!(優夢さんは私の剣の同士です!!)」

「あ、その話題とっくに過ぎたわよ。空気読みなさい。」

半霊の言うことがわかったのか、永琳が突っ込みを入れた。さすがえーりん。

「あんたがすることは、まず優夢さんの面白さを理解すること。あの人ほどネタに事欠かない人も珍しいのよ。」

「・・・そうね。ちょっと、興味湧いてきたわ。」

いつの間にか獰猛で、今までで最高に楽しそうな笑顔で闘う妹紅を見て、私は素直に感想を述べた。

あのお馬鹿妹紅をあそこまで立ち直らせるなんて。1000年間思い込みだけで行動した妹紅の『思い込み』を、ほんの十数分で断ち切るなんて。

凄い奴。そう思わずにはいられなかった。

「ここまで大事にしたんなら、最後までちゃんとやりなさいよ。優夢。」

不思議と彼女なら完遂しそうな気がした。だから私は、一切の疑いなく、聞こえはしないだろうけど呟いた。



二人の『殺し合い』は、最終局面へと移行する。





***************





妹紅が放ったスペル、『蓬莱人形』。これは外に簡易式を配置し、弾幕を射出させながら、内側から自分も弾幕を散らすというものだった。

弾幕の特徴を述べるだけなら、平易なスペルと言うこともできるだろう。だがこれは、1000年の研鑽を積んだ基本的な弾幕。

高められた基本ほど恐ろしいものはない。緻密に、計算されつくした軌道の弾幕は、ホーミングなしに吸い込まれるように俺に向かってきた。

俺はそれらを槍を使って弾いた。が、中と外を同時に弾き飛ばせるわけではない。

必然回避行動を要したが、何度も言うように俺は回避が得意ではない。

「ぢっ!!」

そのため、せっかくの槍の性能を活かしきれず背中に一発被弾してしまった。

幸い威力はそれほど高いものでなく、背中を火傷する程度で済んだ。

が、これでスペルブレイク。『レッドクルセイダー』や『現世斬』などのスペルが使用不可能になってしまった。とんだ凡ミスだ。

・・・俺の手持ちのスペルで、あと妹紅に通用しそうなもの。

ルーミアのスペルは通用しそうにないな。『デカルトセオリー』・・・子供だましだな。『陰陽七変化』もまた。

現象『エターナル・スカーレット・CB』は霊力がヤバい。『シュプーリングスター』も同様に。

となると、霊力を消耗せず、かつ妹紅の裏をかけるスペル・・・。

一つだけ、該当するかもしれないスペルがあった。新技だ。

まだ性能テストもまともにやってない代物だけど、やるっきゃない。

腹を決め、一枚スペルカードを取り出す。そして宣言!



「霊丸『無双散弾 -ショットガン-』!!」



スペル宣言と同時に、俺は残っていた操気弾も全て消した。そのため、妹紅が訝しげな表情をした。

「何のつもり?」

「さあて、何のつもりだろうね。」

手の内は見せられない。見られたら、当てることさえ困難だろう。

妹紅はすぐには攻撃してこなかった。警戒しているようだ。

だがしばらくのにらみ合いの後、ともかく攻めるのみと判断したか、妹紅はついに撃ってきた。



それこそが、俺の狙い!!

俺は西部劇のガンマンの様に、指を銃の形にし素早く妹紅に向けた。

そして俺の指先から。

「っら!!」

「!?」

弾丸状に加工された霊力塊が発射された。

鈴仙さんの『願い』を取り込み、形状変化を駆使したことにより使用可能となった弾幕だ。

こいつの特徴としては、速射性と弾速の向上、射程距離の延長などが上げられる。通常の操気弾の弾速が上がったのもこれの応用だ。

今まさに弾幕を撃とうとしていた妹紅は、無防備だった。突然のことに反応できない。

その一撃は妹紅の体の中央に突き刺さり、爆ぜた。妹紅の体は跡形も残らず消し飛んだ。

ちょっとやりすぎな気がしないでもないが、これでスペルブレイク。そして少し時間が稼げるはずだ。

今のうちに回復を・・・。

『跡形もなく消し飛ばす、か。やってくれるね。蓬莱人じゃなかったら死んでたよ。』

――!?

復活リザレクションまでの時間を稼いで、回復しようと思った?甘いよ。私は不滅の魂を持つ。この程度で時間稼ぎができると思うな。』

どこまで、何でもありなんだよお前は・・・。

『あなたには言われたくないよ。・・・問答の時間で回復されても面倒だね。一気に行くよ!!』

俺の周囲の熱が上がる。妹紅の魂は、今どこにいるんだ!

俺の疑問は、妹紅がスペルを宣言した瞬間に解消された。



『パゼストバイフェニックス』!!

「なっ!?」

妹紅が宣言をした瞬間、俺の背中に炎の翼が生えた。俺と重なってるのか!!

俺はそれを振り切るように、がむしゃらに動いてみた。が、どうやら俺の肉体に掴まっているようだ。振りほどけない。

羽は今にも莫大な熱量を放射せんと赤熱を始めていた。ヤバイ、このままじゃまともに喰らう!!

俺は瞬時に様々な策を練った。しかしどれも防げそうにない。時間がなさすぎる。

焦った俺は、イチかバチかの賭けに出ることにした。

翼の炎が収縮する。爆発する!!

その瞬間に。

気砲『シュプーリングスター』!!

俺は霊力の砲撃を、四散させた。方向性を持たせず、まさにこちらも爆発させるように。

意図した爆発と意図せぬ爆発は、ほぼ同時だった。

霊力の爆圧は、炎の波を押し返すことに成功した。だが、それで俺が無事で済むはずがない。

爆炎が晴れる頃には、俺は慢心創痍になっていた。

全身傷だらけ。しかも今の『シュプーリングスター』で霊力も枯渇気味。冗談抜きで後がない。

「・・・とんでもない防ぎ方をするもんだね。死ぬのが怖くはないの?」

「怖いに決まってんだろ。ただ受け入れてるだけさ。」

「なるほど、ね。」

半分くらい実体を取り戻した妹紅が、納得したように頷いた。

「けど、今ので勝負ありかな?その傷じゃもう続けられないよね。」

妹紅の言葉通り、俺の負った傷は浅くはない。その上、霊力の枯渇により再生ができない。

普通に考えれば、俺の負けだった。

だけど。

「何言ってんだ妹紅。俺はまだ生きてるだろ。」

「・・・まだそんなこと言ってるの?最初に言ったことを律儀に守る気?」

「そうだ。文句あるか。」

「いいえ。正直、私もまだやり返し足りないと思ってたとこ。散々殺されたからね。一回ぐらいこっちも殺したいってもんよ。」

「そいつはいただけないな。俺の命は一つだから。」

「なら、最後まで生き抜いてみなさいよ。あなたには責任とってもらわなきゃならないんだから。」

責任?

「全く、せっかく人が覚悟決めたってのに。こんなに楽しい思いしちゃ、決心が鈍っちゃうじゃない。」

「おお、なら俺の目論見は大成功ってとこだ。そのままその腐った決心を捨ててくれるとありがたいんだが。」

「言ってくれるわね。なら、私を負かしてみなさい。そうしたら考えてあげる。」

「その言葉、忘れるなよ。」

妹紅の言葉を聞いて、俺は元気が湧いた。空元気かも知れないけど、もう少しだけ頑張れる。そんな気がした。

妹紅と俺は、互いにスペルカードを構える。あと少しだ!!

気合を入れ、歯を食いしばり、俺はスペルカードを宣言した。

思符『デカルトセオリー』!!

『インペリシャブルシューティング』!!





***************





「ずっこ!!」

「ずるくはないわよ。確認しないあなたが悪い!」

半実体状態の私に肉の体はない。つまり、今ここにあるのは幽体だけ。当然ながら優夢の弾幕は当たらない。

とは言っても、私から優夢の弾幕は見えない――非常に見づらくて判断に困るんだけど。

優夢の使った『デカルトセオリー』というスペルは、どうやらあの見えない弾幕を全ての弾幕に適用するものらしい。

もし私が実体あるときに使われていたら、かわしきれなかっただろう。それほどの見づらさだ。

だからこの状況は私にとって有利。・・・と言いたいところなんだけど。

どうにも今の優夢は防御力が尋常じゃないらしい。優夢から一定距離内に弾幕が入ると、問答無用で打ち砕かれた。

今までの見解から行くと、優夢の弾幕は男性時には強固となり、女性時には緻密となる。そして今の優夢は女。

女の時の優夢の防御方法は、弾幕の軌道をそらすというもののはず。なのにこれは男状態の防ぎ方だ。

ということは、どういう仕組みかは知らないけど、透明な弾幕を適用すると防御力が上がるということだ。厄介極まりない。

優夢が使っているスペルは耐久スペルを相手にするにはもってこいの弾幕だ。相性が悪いにもほどがある。

今の私の状態を長く維持できるわけではない。肉の体を持ってしまったら、この弾幕を越えられる自信がなかった。

だから早々に決着をつけてしまいたかった。



私は、心の中で一つの賭けをすることにしていた。

私の今後の身の振り方を、この勝負の勝敗に委ねようと思うのだ。

もし私が勝ったなら。予定通り、全ての関わりを絶ち、残りの永遠を一人で暮らそうと。

だけどもし私が負けたら。優夢が勝ったなら。

優夢の言うとおり、腐らないで――この表現も私としては文句の一つも言いたいところだけど――人の和に加わってみようと思う。

本当に迷惑な奴。人が一大決心をしたってのに、いきなり現れていきなりケンカ吹っかけてきて、私の決心を揺るがせるなんて。

本当に、変な奴。私は思わずくすりと笑っていた。そんな風に思っているはずなのに、すっかり優夢への恨み言が消えている自分がおかしくて。

だけど、私は一度決めたんだ。なら、私としてはそれを貫き通すのが筋というものだろう。

だから全力で優夢に挑む。本気で優夢を殺しにかかってやる。

彼ならきっと、最後まで生き抜ける気がするから――。





結局優夢は凌ぎきった。私のラストスペルを、その非常識な防御力で。

「はぁ、はぁ、・・・終わり、か?」

「ええ、終わりよ。あなたは私のラストスペルをブレイクした。」

「よっしゃ・・・。」

息も絶え絶えだったけど、優夢は私の言葉を聞き、ガッツポーズをとった。

そう、これで殺し合いという名目の弾幕ごっこは終了。

「ねえ、優夢。一つだけ教えて。」

「なん、だ?」

「『願い』とは何?」

それは優夢を表す言葉であり、誰もが一度は抱き、多くは破れていくもの。

悲しい思いをするなら、初めから持たない方がいい。なのに人は何故願い、望むのか。

願わなければ、私がこんな思いをすることもなかっただろう。だから私は、知りたかった。

あるいは、願いそのものである優夢なら答えられるかもしれないと思ったから。

だけど答えは。

「さあ、俺自身、よくわかって、ないんだってば。」

そんな答えだった。

私は少しの落胆を覚えた。

「だけど、俺の考えと、してはだな。」

優夢の答えには、先があったようだ。

「原動力、じゃないか?」

「原動、力?」

それは、どういう?

「願うからこそ、人は強くなれる。願うから生きられる。何かを成せる。だったら、生きる限り、願うんじゃないか、ってこと。だから妹紅。」

優夢は、決定的な言葉を私にくれた。



「お前の1000年の『願い』は、決して無意味でも無駄でもなかったんだぞ。」



私の『願い』を、肯定してくれた。



私から、何か憑き物が落ちたような気がした。

「・・・ありがとう、優夢。」

これで心置きなく。

「全力で、あなたを殺せるッ!!」

「!!」

弾幕ごっこは終わった。だからここからは、本当の意味での殺し合い。

スペルカードルール無視の、本気の技を魅せよう。

それこそが、私の願いを肯定した優夢に唯一報いる手段だから。

私は再び炎の翼を纏った。生き返ったことで全回復した霊力をフルに使い、枯渇させん勢いで炎を生み出す。

さあ、行くわよ。これが私のラストワード!!



「『フェニックス再誕』!!」





***************





これが、妹紅の本気なんだと理解した。弾幕ごっこというルールの上での殺し合いでなく、本当の本気の殺し合い。

妹紅が放ってきたのは、『火の鳥 -鳳翼天翔-』と同じ巨大な炎の怪鳥。それが尋常でない量で襲い掛かってきた。

一つ一つの密度も凄まじく、その勢いを減じることができない。

俺の防御を易々と貫いて、怪鳥は俺の手足をむさぼった。それはまさに、俺の命を奪わんとする勢いだった。

妹紅は俺の本気に答えてくれたんだ。差し迫った危険がそこにあるというのに、俺は何故か嬉しかった。

しかし妹紅もよくやる。衣服もはじけ飛んだため、再生した体は一糸纏わぬというのに、これだけの弾幕を連射してくるんだから。・・・あまり関係ないかもしれないが。

さて、どうしようか。このまま放っておけば、俺は確実に死ぬ。弾幕に当たっても死ぬし、体力切れでも死ぬ。

何とか妹紅を落とさないことにはどうしようもないが、今の俺にそんな手段があるだろうか。

霊力はない。体力もない。ついでに今さっき手足もなくなった。

まさに万事休すってところだ。普通に考えたら死ぬしか選択肢がないな。



――実際のところ、俺には一つの秘策があった。

この間の『異変』から作った三つのスペルカード。その最後の一枚。

紫さんに「自分の能力の大きさを自覚しろ」と言われ、試作したそれ。

これは俺の能力を行使するだけ。霊力も体力も消費しない、俺だけのスペルカード。

この間の一件で、感覚は理解していた。あとは実行するだけだ。

・・・が、果たして上手くいくかどうか。上手く行かなかったら、きっとこの間みたいに暴走する。

妹紅は死なないから死ぬことはないけど、この勝負に水を差してしまうことになる。

それだけは避けたかった。俺は俺のまま、このスペルを発動しなければならない。

今まで危険性故に使ったことすらないこのスペルを、ぶっつけ本番で試さなければならない。

恐ろしい話だ。

(何も怖がることはないのかー。絶対上手くいくのだー。)

・・・ルーミア。

(あなた一人でやるわけではないのだから。私達を信じなさい。)

(いざとなりゃ、あすこで見物してる紫にでも止めてもらやーいいのさ。)

レミィ、萃香。

(私があなたを守ります。たとえ悪しき願いに飲まれたとしても、必ず救います。)

(大体、あなたはどんなときでも結局上手くやるんだから。少しは自分を信じなさい。)

妖夢、アリス。

(私ら新参ホイホイには何とも言えないけどねー。ま、気楽にやんなよ。)

(この間みたいになったら、怒るからね。絶対成功させなさいよ!!)

てゐ、鈴仙さん。

(大丈夫よ、優夢。計算結果では100%ってなってるから。本当よ。)

りゅか。

・・・ああ、そうだな。このスペルは、絶対上手くいく。俺達のスペルカードなのに、上手くいかないはずがない。

腹を括った。既に手足はないからカードを掲げることはできないが。

代わりに俺は妹紅を真っ直ぐ見た。スペルカードを使うことを、目で伝える。

「やってみろ」と、妹紅は言ったような気がした。



皆、行こう。

これが俺達のラストワードだ!!







〔『願い星』。〕





***************





白い世界だった。ただ白く、果てなく白く。60億の白が続く世界だった。

それが唐突に、私の目の前に展開された。

あまりに唐突だったので、私は弾幕を出すことも忘れて見とれてしまった。

何が起きた?優夢がスペルを宣言した。そうしたら、辺り一面白くなった。

わけがわからなかった。

これが優夢の、ラストワードなの?

何かが起こる気配はなかった。ただ静かに、世界はあるだけだった。

私の視線の先には、白の中に浮かぶ優夢がいた。手足は再生していた。

「何を、したの?」

私は優夢に問いかけてみた。すると優夢は、世にも優しい笑顔で。

「あまねく願いを肯定したのさ。」

そうとだけ、答えた。

その意味がわからなくて、私はさらに言葉を続けようとして。



不意に、これまでの1000年を思い出した。

最初の思い出は他愛もない、ごくごく平凡な日常生活。それが愛しくて、いつまでも続けばいいのにと願っていた。

次は輝夜を初めて見たとき。その美しさに同性ながら見惚れ、私もあんな風になりたいと願っていた。

お父様が輝夜に求愛をした。そのために我が家は荒れた。昔のように平和な日常を、切に願った。

輝夜の難題が解けず、お父様は自棄になった。とうとう一家は離散してしまった。私はこんな仕打ちをした輝夜を、殺したいと願った。

それから1000年間、それだけを願い続け――不意に、別の願いに変わった。

ああ、そうか。これは私が願ってきた思い出なんだ。優夢は言葉通り、あまねく願いを肯定しただけ。

そう、肯定してくれただけ。それだけで私の願いは、全て収まるべきところへと収まった。

それは1000年の妄執を解き放ってなお、私の原動力となる。そう感じられた。

こうして見ると、我が人生ながら不思議と愛しくなってきて。



涙がこぼれた。



何だか気が遠くなってきた。一気に霊力を使いすぎて眠くなってきたのかな。

けど、この優しさの中に身を委ねるのも、悪くないかもしれない。

私は抵抗せず、まぶたを下ろした。

あ、そうだ。優夢に言わなきゃ。私の、今の思いを。

「ゆう、む・・・。」

眠気で上手く言葉が出ない。ああ、もうダメ。これ以上意識を繋ぎとめておけない。

一言で、私の思いを・・・。



――ありがとう、優夢。――





そして私の意識は、優しい白の中へと消えた。

それは、私の負けを意味していたけど。

そんなことはもう、どうでもよかった。





+++この物語は、60億の願いが永遠の願いすらも肯定する、奇妙奇天烈な優しいお話+++



全てを肯定する願い:名無優夢

ラストワードはまさかの固有結界展開型スペル。ちなみにあの後『願い』からの一斉攻撃がある予定だったが、霊力の過剰供給で妹紅が倒れてしまったので「あれぇ?」状態。

副次効果として世界の範囲内全回復があるが、今回はこれが攻撃効果を発揮してしまった。使い勝手が非常に悪い。

妹紅も一糸纏わぬ姿だったが、優夢もOPPAIポロリ状態を気にしない男女。

能力:あまねく願いを肯定する程度の能力

スペルカード:気砲『シュプーリングスター』、人形『エターナル・スカーレット・CB』、霊丸『無双散弾 -ショットガン-』、『願い星』など



1000年遺恨:藤原妹紅

1000年間恨み続けた人。ある意味凄い人。よく恨みが風化しなかったものである。

普通に弾幕ごっこも強いけど、今回は優夢が殺し合い挑んできたので殺す勢いで戦った。

優夢に肯定された願いは、彼女の存在すらも肯定した。彼女がこれからどの道を選ぶのか。それは妹紅次第である。

能力:老いることも死ぬこともない程度の能力

スペルカード:蓬莱『凱風快晴 -フジヤマヴォルケイノ-』など



→To Be Continued...



[24989] 三章十四話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:38
『そこにおられるのはどちら様ですか?』

簾の向こうに人の気配を感じたので、私は誰何の言葉を投げかけた。

既に時は子の刻を回っている。人が訪れるには遅すぎる時間だった。

もしかしたら盗人の類かもしれないので、見過ごすわけにはいかなかった。

しかし返ってきたのは人のよさそうな声。

『まだ起きておられましたか。よかった、これでもしお休みになられていたら、私はただの愚か者になるところだった。』

まだ若いと言ってもいいぐらいの男の声だった。

『若い娘の寝室へこんな遅くに尋ねる時点で愚か者ではありませんか?』

『これは手厳しい。だが、昼間ではお話する時間もほとんどありませぬ。姫とゆっくり話をしたかった故、このような無礼を働いたことをお許し願えますか?』

何と厚顔な。無礼であるとわかっていながらこのようなことをして、あまつさえ許しを請うとは。

しかしその厚顔さが、昼間私に色目を使ってくる貴族連中とは違う面白さを持っていた。それが私の笑いを誘った。

『あなたの誠実さに免じて許しましょう。何用ですか?』

『今申したとおり、一度姫とじっくり話をしたかっただけでございます。』

『その話とは?』

『他愛のない世間話でございますよ。』

ほう。私に求愛でなく世間話をしにくるとは。なお面白い。

『あなたの名は?』

『おっと、私としたことが名乗っておりませんでしたな。私は藤原不比等。皆からは車持御子と呼ばれております。』

以後お見知りおきを、と車持御子は簾越しに頭を下げた。

その男からは他の貴族達とは違った何かを感じた。

奴らは色欲でのみ私を見ていたが、この男からはそんなものを感じなかった。本当に、ただ世間話をしにきただけなのだ。

それが私にはとても新鮮で、普段はあまり開けぬ簾をあっさりと開き顔を見せた。

『初めまして。私がなよ竹のかぐや姫と呼ばれる者。蓬莱山輝夜と申します。』

『これはこれは。噂の通りお美しい方だ。私ごときにご尊顔をお見せいただけたことを感謝します。』

車持御子は優しげな、それでいて力強い顔をした若者だった。



これが、私と車持御子――藤原不比等の出会い。

そして、後にその六女・紅姫くれないひめ――妹紅との長きに渡る因縁の始まりだったのかもしれない。

今はもう、1000年以上も昔の出来事。

だけどこの思い出だけは、いつまでも色あせずに私の中に在り続けた。





***************





――ん。

騒がしい何かを感じ、私の意識が浮上する。どうやら眠っていたようだ。

頭がぼんやりとして、思考が鈍かった。そのため、ここが何処だとか、何で寝てたのかとかを考えられなかった。

そこに考えが回ったのは、目をうっすらと開けて彼の顔が視界に入ってきたときだった。

「お、妹紅。気がついたか?」

えーっと、優夢?

「おう、優夢さんだぞ。まだ眠いか?」

少し。けど、もう大丈夫だよ。体の調子はいいから。

「いや、無理はしないでいいぞ。辛かったら横になってろ。」

横に――ああ、今私は横になってるのか。通りで夜空がよく見える。

騒がしいのは、どうやらここが神社だからみたい。宴会をしているようだ。

「俺達の勝負が終わってから、紫さんに運んでもらったんだ。俺もお前もボロボロだったからな。・・・服が。」

優夢の言葉を聞き、だんだんと何をしていたかを思い出してきた。

そうだ、私達は確か『殺し合い』をしてたんだ。それで、最後に優夢のラストワードを受けて――

あれ?受けたんだっけ?何だか記憶が判然としなくてよくわからないんだけど。

「いや、弾幕出す前に妹紅が気絶しちゃったから。」

・・・あー、そういえばそうだったような気がする。白い世界が広がって、急に気が遠くなったんだっけ。

あの白い世界は結局なんだったんだろう。

「あれは俺の中にある『願いの世界』だよ。頑張って外側に展開してみたんだが、結構上手くいってただろ?」

いや、それは知らないんだけど。

けど、そっか。

「私、負けたんだね。」

気絶してしまったということは、そういうことだ。

闘いの最後に言った言葉を思い出す。

『なら、私を負かしてみなさい。そうしたら考えてあげる。』

優夢の言うところの『腐った決心』を捨てる。そう約束した。

私が負けたということは、私は一度した決心を捨て、人の和の中で生きなければならないということ。

・・・えらい約束しちゃったなぁと、今更ながらに少し後悔をした。

「あー・・・、やっぱり無理か?」

「ううん。ちょっと大変だって思っただけ。約束は守るよ。」

「そっか。」

うん、私は頑張るよ。何でだか知らないけど、今の私は挫けない気がするから。

「ありがとう、ごめんな。」

「何で優夢が謝るのかな。」

突然謝りだした優夢がおかしくて、少し笑う。

「いや、やっぱ暴力はいけないことだし、服消し飛ばしちゃったし。」

「時には暴力も必要なんじゃないかとお姉さん思うよ。服にしてもいつものことだよ。」

殺し合いなんかしてたら、不死身の私達はともかく服は無事ではすまない。服が破れることなんか気にしてたら1000年も殺し合いできないよ。

「妹紅は強いな。」

「あなたには負けるわ。」

その1000年は、あなたの『願い』の前に完膚無きまでに破れたんだから。

――そう。1000年続いた殺し合いの最後に、私は負けた。輝夜ではなく、優夢に。

もう輝夜に恨みはないけど、輝夜に負けたわけではないことに私は満足がいっていた。ただの意地の問題かな。

「そうそう、服は俺のを貸したよ。男物だけど、我慢してくれ。」

「ん、いいよ。貸してくれただけでも感謝だよ。」

流石に素面の状態で全裸は、私も嫌だ。優夢の心遣いに感謝した。

しかし・・・ちょっと大きいかな。手とか足とか、服の中に完全に隠れてしまっている。まあ、優夢の背の高さを考えたらそうなるけど。

贅沢は言ってられない。後で袖と裾を折りたたんで何とかしよう。

「起きたのね。」

と、聞いたことのない少女の声。ふいと視線を移せば、紅白の巫女が私を見ていた。

博麗の巫女か。

「お邪魔してるよ。」

「いいわよ、別に。特に出入り禁止してるわけじゃないんだし。とりあえず素敵な賽銭箱はあっちだから、動けるようになったら入れときなさい。」

・・・初対面の相手に遠慮ないわねぇ。噂どおりの『素敵な』巫女だ。

「全く、あなたはとんでもないことをしてくれたわ。」

彼女は実に深刻な声色で切り出した。

・・・何か、優夢に重大な後遺症が残るようなことをしてしまったんだろうか。

「いいえ。優夢さんなら別に手足もがれたって最終的には何とかなるからいいわ。」

「扱いひどいな。もう少し心配してくれたっていいじゃないか。期待はしてないけど。」

「ならいいじゃない。」

「まあな。」

いいんだ。

「そんなことより、もっと重大なことよ。優夢さんは再生するけど、優夢さんの巫女服は再生しないのよ。おまけに一着しかないんだから。」

「いや、丁度良く大破してくれて俺は大いに助かってるよ。これでしばらくは正当な理由でこの格好でいられる。」

・・・凄くくだらないわね。けど、二人にとってはとても重要なことなんだろう。

二人は真剣に火花を散らしていた。

「優夢さん、あなたは巫女服を着るために生まれてきたのよ。着なさい。」

「意味がわからない。俺は男だと何百回言わせる気だ。」

「百や二百で済むと思わないことね。優夢さんが折れるまで何度だって言ってやるわ。」

「俺を構成する60億の『願い』にかけて、それはありえないと誓ってやる。」

なるほど、優夢のあの格好は博麗の巫女の趣味なのね。似合ってたと思うけど。

「あなたはどう思う?優夢さんは巫女服の方がいいと思うでしょう?」

博麗の巫女が傍観者である私に振ってきた。

「似合ってたとは思うけど、優夢がしたい格好をするのが一番だと思うね。」

「チッ、あんたは何もわかっちゃいなかったわね。」

聞いておいてひどいな。

「お前はなあ・・・もうちょっと遠慮とか気遣いとか、そういうものを持てないのか。」

「愚問ね。」

「威張るな。」

博麗の巫女と言い争う優夢は、実に自然だと思えた。

これが、優夢という存在なんだね。人を受け入れ、妖怪を受け入れ、私のような人と妖怪の境界すらも受け入れる。

それは決して「受け入れよう」と思うのではなく、ごく当たり前に自然に受け入れてくれる。

何と優しくて、残酷なんだろう。

たとえ否定してほしくても、優夢は否定しない。肯定する。それは優しくもあり、残酷なことだ。

1000年を生きた私だから、実感を伴ってわかる。優夢がどれだけデタラメな存在なのか。

ひょっとしたら、彼は受け入れても他が受け入れないなどということもあるかもしれない。人は、自分と違うものを避けるものだから。



だけど、私は違う。誰が何と言おうと、私は優夢に救われたと思っている。

たとえ残酷なことだったしても、優夢は私の心を軽くしてくれた。それだけは、絶対間違いではないから。

だから私は、優夢がそうしてくれたように。私もまた、優夢を友達だと思う。それは永遠に変わらないだろう。

「・・・で、あんたはいつまでそうしてる気?」

優夢との言い争いに負けたのか、仏頂面の巫女が私に言う。

そうしてるって?

「いつまで優夢さんの膝枕の上に乗っかってるのかって聞いてんのよ。」





・・・・・・・・・・・・・・・。





え?

がばりと身を起こし、私は振り返った。

そこには確かに優夢が正座しており、今の今まで私の頭を膝の上に乗せていたことがわかった。

「ひょっとして、私が気を失ってる間ずっと?」

「石畳の上に直は痛いだろ?」

いや、意識ないからわからないと思うけど。

「ところで、もう動いて大丈夫なのか?まだダメなら横になっててもいいぞ。」

「いや、うん。大丈夫。大丈夫だから膝枕はもういいよ。」

本気で私の体を気遣ってくれてるんだろう。優夢は少々心配そうな顔つきで言ってきた。

だけど私は不死身であり、どんな怪我だろうが時間さえおけば治る。死という怪我でも例外ではない。

だから丁重に断った。決して微妙に心拍数が上がってたこととは関係がない。

「あなたのラストワードを受けて体調がよくなることはあっても、悪くなることはないと思うわよ。」

「そりゃどういう意味ですか、紫さん。」

妖怪の賢者が、私達の話の輪に加わってくる。

そうだ、あのとき私はいきなり気絶してしまったが。あれはどういうことだったんだろうか。

「単純なことよ。お腹が空っぽのところに極上のご馳走をたらふく食べさせられて、お腹がびっくりしちゃっただけ。」

「・・・えーと、つまり?」

「あのときこの子は霊力が枯渇寸前の状態だった。そこに、あのラストワードにより莫大な量の純粋な霊力が供給されて、一時的にオーバーフローを起こしちゃったのよ。」

つまり、優夢のラストワードは相手を攻撃するものではなく回復させるものだったってこと?

「それはちょっと違うわ。回復はあくまで世界展開による副次効果ね。あの後、恐らくだけど優夢の中に棲まう『願い』による総攻撃があったんじゃなくって?」

「いやまさにその予定だったんですがね。その前に妹紅が気絶しちゃったんで。」

何とまあ。ちょっと情けない話だった。

「それにしても、あなたも無茶をするわね。下手を打ったらこの間みたいに暴走してたわよ。」

「ええ、俺もその辺りは想像ついてたんで、今まで試したことすらなかったんですよ。正直ひやひやもんでした。」

全く、と賢者が頭を抱える。・・・よくわからないけど、何か大変なことだったみたいね。

「とりあえず、あのスペルは当分使用禁止。危険すぎるわ。」

「異論はありません。今回だって、本当なら使う気はなかったわけだし。」

今回のことは、優夢にとっても不測の事態だったってことか。

・・・だったら、殺し合いなんて無茶、挑まなければいいのに。

「そこで挑みかかるのが優夢さんなのよ。」

「とんだお人よしね。」

ほんの数時間話をしただけの赤の他人のために、命を張れるなんて。

私は、胸の真ん中に暖かい何かを感じた。それは決して不快なものではなかった。

何度も死んで、何度も生き返っている私が今更生まれ変わったという表現をするのも変だ。

だけど私は、確かに今日生まれ変わった。己の1000年間を受け入れ、胸を張って前を見られる。

だからこの暖かさも、大切にしておこうと思った。これもきっと、私の一部なのだから。





「妹紅。」

ふと、私に声をかける者がいた。

それは、私のよく知った声だった。顔を確認するまでもない。

1000年間、片時も忘れずに殺し合いを続けた相手なのだから。

「こんばんわ、輝夜。呼び出しておいて本人がこないというのは、少し酷くない?」

私は、本当に何気なく話しかけるように輝夜に言葉を返した。



1000年間いがみ合い続けた相手は、とても複雑な表情で私を見ていた。





***************





『――して、私の6女の紅姫だが、これがまた中々に腕白でしてな。』

車持御子はたびたび私の寝室を訪れた。夜、皆が寝静まった頃に。

そのぐらいの時でないと、私と会話をする時間などないからだ。日が出ている間は、私は貴族連中の見世物になっているから。

いつの間にか、私はこの闖入者との会話を楽しみにするようになっていた。

彼がするのは、どれも本当に他愛のない世間話だ。

今年は不作だったために、屋敷の食事を全て粟飯にしたら皆から非難轟々だったとか。

息子達が軟弱で困るとか、あるいは娘達が強すぎてやっぱり困るとか。

だけどそれらは、私に求愛を迫る地上人からは聞けない、面白い話だった。

私はこれを求めて、わざと地上に落とされたのだ。楽しまぬ手はない。

『それはそれは。車持殿も大層苦労なされているのですね。』

『うむ、紅姫にはもう少しでいいからおしとやかさというものを持ってほしいと思っております。全く、姫の爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。』

『あら、車持殿は私のことを大層評価なさっているのですね。ひょっとしたら、私もそんなおてんばな一面を持っているやしれませぬよ?』

『ほう。それは一度是非見てみたいものですな。』

声を潜めて車持御子は笑った。釣られて、私も笑ってしまう。

『・・・ふむ。ひょっとして姫は、この日常に退屈なさっているのでは?』

『どうしてそうお思いに?』

『今の姫の笑顔ですよ。私も何度か遠巻きに姫に貴族が言い寄っているところを見ておりましてな。そのような笑顔はついぞ見たことがありませぬ。』

『・・・ふふふ、中々の洞察力。恐れ入りますわ、車持殿。』

車持御子の言うとおりだった。私は退屈していた。

月での暮らしに飽き、私の教育係であった薬師・八意永琳に蓬莱の薬を作らせ、飲んだ。

蓬莱の薬を飲んだ者は、永遠の命の代償に穢れを身に纏う。それ故私は月にいられなくなり、地上へ落とされた。

だというのに、地上で待っていたのは連日やってくる欲の皮の突っ張った醜い有象無象による求婚の連続。

これで退屈にならないわけがなかった。

『姫のように人並み外れた美貌をお持ちの方は、満足に人の世も歩けませぬか。』

『そうですわ。屋敷から一歩外へ出れば、すぐに人が群がる。これでは屋敷から足を踏み出すだけで日が暮れてしまいます。』

『因果なものですな。女は誰しも美しさを求めるという。しかし生まれ持ったそれがために、自分の思うような生き方ができぬとは。』

『これでも、そのための犠牲は幾分か払ってきたつもりなのですが。どうやら天はそう甘く認めてくれはしないようですわ。』

ふむ、と車持御子は何やら考え始めた。一体何を考えているのやら。

ややあって、車持御子は驚くほど軽い調子で、言葉を紡いだ。



『姫、私の妻にはなりませぬか?』



それがあまりにもあっさりとしていたので、私は思わず呆けてしまった。

『と、いきなり言われても困惑するでしょうな。まあ、私の考えをお聞きなさい。』

それがわかっていたようで、車持御子は落ち着いた様子で説明を始めた。

『以前お話したと思うが、私は先の大乱でそれなりの武勲を上げている。それなりの身分を与えられているわけだ。』

確かに、以前そんな話を聞いた。そのために、彼は二人の妻がおり、息子が4人、娘が6人いるそうだ。

初めは若いと思ったけど、それはあくまで見た目が若いだけであり、実際には既に30を数える歳だそうだ。

それはともかくとして。

『つまり、ある程度の自由は利く身なのだ。さすれば、姫を我が妻として迎え、自由気ままな暮らしを提供することも可能でしょう?』

なるほど、一理ある。しかし。

『それをすることによって、車持殿は何らか利することでも?』

彼にとって利益があるのだろうか。そうでなければこの話を信用することはできない。

無償の愛など、私は信用できなかった。

疑う私に、やはり彼は実に簡潔に答えた。

『姫が我が家にくれば、紅姫の相手ができる。理由はそれだけで十分でしょう。』

『・・・なるほど。』

彼が家族を大事にする人間だということは、これまでの話を聞いていてよく分かっていた。だから、とても納得のいく理由だった。

・・・正直なところ、私自身彼に対して悪い印象を持っていなかった。

彼は誠実な人間であり、私はその人間性を信頼していた。

私の元へやってくる方法は褒められたものではないけれど、それも状況を鑑みての選択だったわけだし。

だから、この誘いに乗るのも決して悪いことではないと思った。



だけど。

『誰かの妻になるのを、そう易々と決めるわけには参りませんわ。』

『む、それはそうですな。』

これは一生の問題――私の場合、その生が尽きることはないから彼の一生涯ということになる。そう簡単に決めていいことじゃない。

『こういうのはどうでしょう。あなたが私の夫たるに相応しい人物か計るため、私の言ったものを探してきてもらう。あなたが見事それを見つけてきたら、私はあなたの妻になる。』

『ふむ、それは面白そうですな。』

私の言葉に、車持御子は子供のように目を輝かせた。・・・男の子ね。

『そういうことでしたら、私一人だけにというのはいささか不公平かと。広く、他の貴族達にも同じように問うてはどうです?さすれば、あるいは彼らも諦めがつくやもしれませぬ。』

『自信家ですわね。ご自分が私の難題を必ず解けるとお思いで?』

『一応、それなりの知恵と胆力の自信がありますからな。』

控えめな発言ながら、車持御子は自信に溢れていた。

あるいは彼なら、本当に難題を解いてしまうかもしれない。なら、彼に『奪われる』のも、悪いことではないかもしれない。

『それでは、明日自信のある貴公子を募り、明後日難題を発表致しましょう。』

『心得た。ならば私は、正々堂々全力をもって解答に当たらせていただくとしよう。』

そう言って、車持御子は去って行った。



そして、世人の知らぬ秘密の逢瀬は、これが最後となった。

後は竹取の話にあるよう、彼は深い考察の末『誰も見たことのない秘宝ならばその手で作り出せばよい』という正解にたどり着き、・・・最後の最後で詰めを誤った。

蓬莱の玉の枝のレプリカ――今私が蓬莱の『弾』の枝と呼んでいるそれが完成した車持御子は、喜び勇んで私の前へ現れた。

しかし彼は、勇むあまりすっかり忘れていたのだ。それを作るのに協力した細工職人に報酬を出すことを。

そのため彼らは私のいる屋敷に押しかけ、『偽物』であることが露見してしまった。

後一歩のところで、彼は難題を解ききれなかったのだ。



彼が屋敷を出る前、私は彼に声をかけた。

『何故、私の下へこなかったのです。』

彼が持ってきた蓬莱の弾の枝を見たとき、私は彼が気付いていることを知った。

私が肌身離さず持っている玉の枝こそ、本物の蓬莱の玉の枝であることを。

ならば彼は、秘境に赴く必要も、危ない橋を渡って正解を答える必要もなく、いつものように私の寝室に尋ねて借りればよかったのだ。

なのに彼はそれをしなかった。私には解せなかった。賢い彼がそのことに気付かぬはずがないだろうと。

彼はゆっくりと首を振り、言った。

『他の者達が危険を犯してまで秘宝を探しに行っているのに、私だけ卑怯な手を使うわけには行きますまい。これはあなたの夫に相応しい人物を計るための難題のはず。私はあなたの夫足り得る人物ではなかったということだ。』

・・・わかっていたはずだった。彼は誠実な人間であると。

だからこそ、私が持っている秘宝を難題として出したのではなかったか。

絶対に探し出せっこない秘宝が難題ならば、彼は必ずや正解を導き出すと思っていたから。

『すまない、姫。私の力が足りぬばかりに、あなたの身を自由にして差し上げることができなかった。』

その消沈した車持御子は、まるで別人のように小さく見えた。私は何故かそんな彼を見るのが嫌だった。

『あなたは難題を解けなかった。よって、この屋敷にこれ以上留まることは許されません。早々にお帰りください。』

『約束を違えるつもりはない。敗者は去るのみ、早々に立ち去ろう。』

彼はくるりと私に背を向け。



『ああ、だが悔しいな。姫にも紅姫にも、笑顔をやれなんだ。』



そう言って去って行った。

風のように。淀みを残さず。最後まで高潔な精神だった。

そして、私は自分が涙していることに気付き――自分の想いの在り処を知った。

結局のところ、私は慕っていたのだ。車持御子――藤原不比等という男を。

飾らない、地上の暖かさをもったあの男を。いつの間にか好きになっていたのだ。

それをもっと早くに気付いていれば、それからの1000年は全く違うものになっていただろう。

私が不比等に結婚を申し込まれたとき、変なことを言わず首を縦に振っていれば。あるいは難題の答えを不比等に渡しておけば。

たとえ彼の気持ちが私に対する憐憫でも、私は彼の側にいたかったのだと気付いてしまった。

でも全ては遅すぎた。彼は解答をし、間違った。約束を違えることはできない。

ここで私がなりふり構わず彼の下へ駆け込んだとしたら、大騒ぎになってしまう。彼にもきっと多大な迷惑がかかってしまう。

結局、私には勇気がなかったのかもしれない。彼に恨まれることになっても、彼の隣にいる勇気が。

いくら考えても、最早手遅れだった。過去は確定してしまったのだから。



あとは物語の通りだ。

私は帝に求婚され、それさえも断った。

やがて私の刑期が終わり、月へ帰還――恐らくその後は幽閉される手筈になっていたのだろう――するときがやってきた。

土産という名目で蓬莱の薬を処分し、月の使者は私を連れ帰った。

『かぐや姫は月へ帰り、悲しんだ帝は蓬莱の薬を月にもっとも近い山で焼きましたとさ。めでたしめでたし。』



正直、帝とかはどうでもよかった。強引な手段で地上に残った私は、お爺様とお婆様、誰よりも不比等のことが気にかかっていた。

月の警戒が京から外れたときを見計らって、私達は平安の都を訪れた。



人には、齢がある。蓬莱の薬を飲まなかった彼らに、200年の時は長すぎる。

そのときには既に、藤原不比等という人物像を知る者は、誰一人としていなかった。

私は悲しみ、三日三晩泣いた。



悲しむ私の側を、永琳は片時も離れずいてくれた。

だから少しは悲しみも癒え、次の場所へ行こうとした。



そんなときだった。

藤原紅姫――妹紅と出会ったのは。





***************




こうして改めて輝夜と向き合うと、あまり言葉は出てこなかった。

恨み言なら腐るほどあったはずだ。それこそ、1000年どころか10000年かけても語りきれないだけのことが。

だけどそれは、嘘みたいに小さくなっていた。

まだ消えてはいない。恨みはなくなったものの、もっと上手くやれたのではないかという疑念は残っているから。

「この間の変な月は輝夜の仕業だったんだって?あんたも暇よね。」

「うっさいわね。こっちにも事情ってものがあったのよ。」

輝夜は目線を合わせなかった。・・・ひょっとしなくとも、これはもう知ってるわね。

「・・・手記を見たことは謝るわ、ごめんなさい。でも、あなたがどういう気持ちで1000年間を過ごしていたかはわかった。だから、もう終わりにしましょう。」

「随分と上から目線ね。自分からケンカ振っといて勝手に終わらせるとか、何様よ。」

「本当、バカみたいね。」

ひょっとしたら、出会い方さえ違ったなら、母娘になっていたかもしれない。

それを最悪な形にしたのは、他ならぬ私自身。

それなのに、私が勝手に輝夜を許して終わらせるなんて。身勝手極まりない話ではある。

「だけど、もう決めたから。勝手は承知の上よ。」

「・・・取り消す気はないのね。」

「おかしなことを言うね。私との殺し合いは、あんたにとって利益があるとは思えないんだけど。」

「わかってて言ってんでしょ、あんた。」

まあ、ね。けど。

「そんな殺伐とした暇潰しは、本当に何もすることがなくなったときだけでいい。とりあえず、優夢との約束でもあるし、人の中で生きてみようと思う。」

「本当にバカよ、あんた。私達が人間の中で、本当にやっていけると思ってんの?」

・・・わかってるわ、それがどれだけ無茶なことなのかってことぐらい。

けど、私達には無限の時間があるんだから、少しぐらいは無駄かもしれない時間を過ごしてもいいんじゃないかな。

「・・・はぁ、何かすっかり落ち着いちゃったのね、あなた。」

「そう?自分としてはいつも通りなんだけど。」

輝夜以外の人間と話すときは、大体こんなものだ。

「私はおバカな妹紅の方が好きだったわ。」

「ちょっと待ちな、誰がバカだって?」

「あんたよあんた。私を殺したくて永遠に手を染めるとか、バカと言わずして何て言うのよ。」

それを言われると反論できないな。

「それにしても。」

「何よ。」

「輝夜の口から私に対して『好きだった』なんて言葉が出てくるなんて思ってもみなかったわ。」

「んなっ!?違うわよ、そういう意味じゃなくて!!言葉の綾よ、文脈を考えなさい!!」

もちろんわかっている。意趣返しという奴だ。



なんだか、あっけないな。

こいつと笑い合う日なんて、絶対に来ないと思っていた。私はずっと恨む気でいたんだから。

だけど、私は今輝夜を見て笑っている。周りの皆も一緒になって。

現実は小説より奇なりとは言うけど、ここまで異なものとは私も想像すらしてなかった。

「はぁ、笑った笑った。輝夜、あなたって意外と面白かったのね。」

「『なよ竹のかぐや姫』に向かって面白いはないでしょうが!もー怒った、あんたには絶対『お母様』って言わせてやんない!!」

「いや、初めから言う気ないから。あんたを母と呼ぶなんて、ぞっとしないよ。」

多分それは、出会い方が違ったとしても変わらないんじゃないだろうか。

「うぎぎ・・・。助けてえーりん!!」

「こんな中途半端なところで投げ出す子に育てた覚えはないわ。」

「そんなぁ~!」

「すぐ従者に頼るのは悪い癖よ。この際だから、あんたも何か誓約立ててみたら?」

「いいこと言うわね、妹紅。私も最近甘やかしすぎたかと思ってたのよ。何がいいかしら。」

「そうね、まずは自分で動く癖をつけるっていうのがいいんじゃない?ちょっと太ってるみたいだし。」

「私は姫だから太らないのよ!!」

そんな理屈はないと思うんだけど。

「優夢!傍観してないで何とかしなさい!!あんたのせいなんだからね!!」

「ええ?何でですか?」

「あんたが妹紅に火をつけるから、こんないらんことになってるのよ!!」

「いやだって、これは輝夜さんの日頃の生活態度がですね。」

「大体なんであんた男になってるのよ、皆女なんだから女に戻りなさい!!」

「俺は元々男だと・・・。」

そんなことをして矛先を優夢に向けようとしても無駄よ。八意も乗り気みたいだし、ここは大人しく従っておきなさいな。

「くぅ~・・・この恨み、必ず晴らしてやるわ!!」

「ははは、気長に待ってるわ。」

余程悔しいのか、輝夜は地団駄を踏んでいた。全く、1000年経っても子供なんだから。

本当は私よりも長く生きているのに、私よりも子供な輝夜がおかしかった。それが私を笑わせ、さらに輝夜を躍起にさせた。

「ああ、そういえば妹紅。さっきの最後の責任がどうのって奴。あれはどうすればいいんだ?」

優夢が思い出したように聞いてきた。ああ、そういえば言ったわね。

あれはその場の軽口というかそんなものだったんだけど、優夢はやっぱり律儀ね。

「んー、そうね。こうなったのも優夢が原因だし、一生私の面倒でも見てもらおうかな。」

「おいおい、そういう言い方はまずい。誤解されるぞ。」

冗談よ。

「まあ、何か適当に考えておくk」「優夢!!」

私が断りを入れようとしたタイミングで、輝夜が優夢の後ろから大きな声をかけた。

何事かと優夢は振り返り。





輝夜が優夢の唇を奪った。



・・・は?



「ふふふ・・・。妹紅・・・・・・もう優夢とキスはしたのかしら?まだよねェ。優夢の初めての相手は妹紅ではないッ!この輝夜だッ!ーーーーッ!」

何故か非常に勝ち誇った笑みで、勝どきの声を上げる輝夜。

・・・一体何がしたいのコイツ。

「いや、いきなり何すんだと言いたいところだけど・・・初めては多分紫さんなんだよなぁ。」

「なん・・・ですって・・・?」

ほんとに何がしたいのよあんた。

と。

「輝夜さん・・・少し、お話しましょうか。」

「大丈夫。話すのが面倒でも話せるから安心なさい。」

輝夜の両肩を、剣士っぽい半分幽霊な奴と魔法の森の人形師がガッシリと掴んだ。その顔は、最高に『イイ笑顔』。

・・・ああ、なるほど。そういうこと。ご愁傷様、輝夜。

「え、あれ?ちょ、何コレ??」

「さあ、行きましょう。楼観剣に斬れないものは、あんまり無い。」

「今日は特別に本気でOHANASHIをしてあげるわ。」

二人の逆鱗に触れた輝夜は、抵抗も空しく神社の裏へズルズルと引っ張られていった。

まあ、死にはしないでしょ。あいつも不老不死だし。

「何だったんだろ。」

「さあ。」

いきなりの出来事だったのに、優夢はまるで何事もなかったような様子だった。

それがとてもらしかったので、自然と私は笑みを作っていた。





これからもきっとやっていける。理由もなく、そんな確信があった。





***************





雨降って地固まるじゃないけど、色々と何とかなったのかな。

俺は神社の境内の様子を傍観しながら、そんなことを思った。

輝夜さんが妖夢とアリスのタッグと弾幕ごっこをし、追い込まれている。それはここでは良く見られる、微笑ましい光景だ。

妹紅は永琳さんと楽しげに会話をしている。そこに、幽々子さんや紫さん、慧音さんが加わり、会話の輪は広がる。

魔理沙と萃香は騒がしく呑み比べており、それを冷ややかな目で見ながらレミリアさんと咲夜さんは別で呑んでいる。

そろそろ夜も遅く、妖怪の時間になってくる。そうすると、ルーミアやリグル、ミスティアといった常連達もやってくる。

そしてここは、いつも通りの大宴会。少しメンバーが増えたりして変わったこともあるけど、それだけは決して変わらない。

幻想郷は全てを受け入れる。それは人や妖怪という意味でもそうだし、喜びや怒り、哀しみや楽しみ、そういったもの全てもだ。

だからいつもあるがまま。ここはその中心なのだから、なおのことそうなんだろう。

変な話だけど、幻想郷は俺の大先輩だ。その在り方は、きっと俺の在り方と同じだから。

俺は幻想郷のようになれているだろうか。全てを受け入れ、その『願い』を肯定できているだろうか。

わからない。きっと、俺がそれを知る日は来ないと思う。俺は俺の視点でしか物事を見られないから。

だけど、思う。

こんな光景を見ていると。人も妖怪も永遠も入り混じり、同じように肩を組んでいる光景を見ていると。

きっと俺も何かの力にはなれているんだろうと。なら、それで十分だ。



「はい。」

一人、輪から外れた霊夢が俺の隣へやってきた。そして、酒の入った器を俺に手渡してくる。

「ん、サンキュ。」

礼を言い、器を受け取った。酒の表面には月が浮かんでいた。

綺麗な月だった。

「優夢さん。」

「ん?」

「お疲れ様。」

「おう。」

本当に自然な短い受け答え。

それで俺は、一仕事終えたことを実感した。





今夜はいつにも増して楽しい宴になりそうだ。





+++この物語は、1000年の月の物語が終わり新しい地上の物語が始まる、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



永遠を肯定した願い:名無優夢

妹紅を肯定することで、連鎖的に輝夜と永琳も肯定した。彼自身自覚はないが、ある意味で幻想郷以上の肯定力を見せている。

故にこそ、変化を受け入れてなお、彼は変わらないのだ。

彼の願い肯定珍道中は、まだまだ続く。

能力:あまねく願いを肯定する程度の能力

スペルカード:気砲『シュプーリングスター』、人形『エターナル・スカーレット・CB』、霊丸『無双散弾 -ショットガン-』、『願い星』など



千年恋物語:蓬莱山輝夜

実はそういうことだった。彼女らの1000年は、想いのすれ違いが引き起こした悲劇。

しかしそれでもなお、その願いは肯定された。だから決して無駄ではない。

ちなみに、優夢にキスしたのは妹紅が優夢に気があると思って腹いせに。三回ぐらい殺されましたとさ。

能力:永遠と須臾しゅゆを操る程度の能力

スペルカード:神宝『ブリリアントドラゴンバレッタ』、神宝『蓬莱の玉の枝 -夢色の郷-』など



解き放たれた蓬莱人形:藤原妹紅

妹紅というのは本当の名ではなく、人を捨てたときにつけた名。紅姫というのも、ひょっとしたら父親がそう呼んでいただけなのかもしれない。

しかし彼女もまた姫であったことには違いないのだ。

妄執から解放された二人の永遠の姫は、どんな物語を紡いでいくのか。未来のことは誰にもわからない。

能力:老いることも死ぬこともない程度の能力

スペルカード:蓬莱『凱風快晴 -フジヤマボルケイノ-』など



東方幻夢伝 第三章

永夜抄 ~All Wishes Full Moon Princesses Immortally.~

End.



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[24989] 三・五章一話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:41
物事の始まりには、特定のパターンというものがあるようだ。俗に言うテンプレというやつだ。

探偵物語は事件にまつわる過去話から始まり、バトル物の長編は新たなる強敵の出現が熱い。

マンネリの危険性はあるものの、やはり鉄板の安定感は中々得がたいものだし、見慣れたものの安心感も悪くはない。

まあ、現実に物語の法則を適用するのもどうかと思うが。現実は小説より奇なのだ。

それはともかくとして、幻想郷の常とは非常識――常ならぬものだ。デフォルトで事件頻発だ。

それでも平穏を感じる時間があるのがなお非常識なのだが、そこは別に文句があるわけではないので今は言及しないでいいだろう。

宴会、異変、日常の些事と、幻想郷では事件に事欠かない。しかも大規模なものから思わず笑ってしまうほど小さなものまで、スケールも選り取りみどりだ。

繰り返しの日常に退屈しているというのなら幻想郷を訪れるといいだろう。命の保証は絶望的にできないが。

ここではそれが繰り返しであったとしても、楽しめるようにできる連中がいる。繰り返し繰り返し馬鹿騒ぎをして、最後には丸く収まってしまう。

そんな場所だから、俺はここが好きだ。自己暗示でも何でもなく、これは俺の素直な気持ちだ。本当だってば。





決して何やら既視感デジャビュを感じるこの状況を目の前にして現実逃避してるわけではないんだってば。

「・・・。」

「・・・。」

「ふぅ、お茶が美味しいわ。」

「優夢ー、つまみ切れたー。」

「私は酒のお替りを要求するぜ。」

完全に我関せずの三人は置いておいて、今この博麗神社の居間ではかなり緊迫した空気が流れていた。

それは霊夢や俺が出している空気ではない。霊夢は無関係組であり、俺は何とか仲裁に入ろうと隙を伺っている。

萃香と魔理沙は当然ながら関せず組。つまみを所望したのは決して尽きることのない酒瓢箪を持つ萃香であり、有限の酒を風情を味わい飲んでいるのが魔理沙。

じゃあ、ここに住む者でもよく訪れる友人でもなく、一体誰が緊迫した空気を醸し出しているのかと言うと。

「・・・姫様。もう一度言います、いい加減駄々をこねるのはおやめになって、永遠亭にお戻りください。」

「嫌よ。永琳が意見を曲げない限り、私はここに居続けてやるわ。」

迷いの竹林に住まう月の主従、蓬莱山輝夜さんと八意永琳さんだった。

実は今朝方、珍しく一人で輝夜さんが神社へとやってきたのだ。だが様子がおかしかった。どうにもご機嫌斜めな様子だったんだ。

俺は疑問に思ったんだが、その後を追ってやってきた永琳さんの様子を見て、俺は答えを得た。

そしてその予想は大正解で、輝夜さんは永琳さんに小言を言われ、怒って永遠亭を飛び出してきたというわけだ。

何故神社に来たのかは疑問だが、仲たがいはよくない。当然のことながら、俺は仲裁に入ろうとした。

が、お互い一歩も譲らず、もう昼時になろうかというのにずっとこの様子なのだ。

永遠を生きる二人なだけあって、どちらも意志が強い。果たしてどちらかが折れるのは、いつになることやら。

輝夜さんの言葉ではないが、このままではそれこそいつまでもここに居ることになってしまう。

だから俺は何とか仲裁の隙を伺っているのだが、二人とも中々隙を見せてくれなかった。

御伽噺に名を残す『絶世の美女』と、月の頭脳と謳われるほどの『大天才』は、まさに百戦錬磨の戦士のようだった。





まあ、俺としては。



「姫、いい加減にしてください。私はあなたのためを思って言ってるんです。家に引き篭ってばかりいないで、少しは働くことを覚えてください。」

「嫌と言ったら嫌なのよ。私は姫なのよ、姫が働いたら滑稽そのものじゃない。絶対嫌。」



そのエネルギー別のところに向けろよと、思わなくもなかったが。

そんなところが幻想郷らしくて、俺はため息をつかずにはいられなかった。





東方幻夢伝 第三・五章

放蕩記 ~He Lives Here and There and Overthere.~






で、二人は俺が二人分のつまみと魔理沙の酒(昼間っからは不健康なので水で薄めた)と霊夢のお茶のお代わりを取ってきてもなお睨み合いを続けていた。

よくもまあ飽きもせずやるもんだと思ったが、考えてみれば輝夜さんは妹紅と1000年も殺しあいを続けたぐらいなのだから、4・5時間程度の睨み合いは何ともないのか。

「働いてください!」

「嫌よ!!」

内容はどうしようもないほど下らないけど。

「これが噂のNEET侍ってやつか。」

いや、剣さんがそんなこと言うわけはないが。何で「働きたくないでござる」という言葉はこうも知識に焼き付いているんだろうか。

「あー?何だにーとって。」

「Not in Employment, Education or Traning・・・就業も教育も訓練も受けてない人のことだ。ぶっちゃけ無職のこと。」

まあ、無職って言葉よりは定義が広いけど。

「あー、なるほどな。ピッタリじゃないか、輝夜。」

「うるさいわね!私は姫なのよ、働く方が無作法というものでしょうが。」

「しかし、それにも限度がありますわ。自分の生活の最低限すら下々にやらせるのは、姫としての品格に関わるのでは?」

・・・それは流石にまずいだろ、人間として。

あの我が儘が服を着て歩いてるレミリアさんでさえ、自分の身なりだとかそういう最低限は自分でやっているというのに。

(私の場合はそういうことを任せたくないだけよ。センスない格好させられたら嫌じゃない。)

けど、結果として自分で行動してるわけだし。

「口を挟ませていただきますが、現在輝夜さんはどの程度人任せな状況ですか?」

とりあえず現状を確認するため、俺は永琳さんに尋ねた。

そして返ってきたのは。

「衣食住全て従者に依存しているのは当たり前で、寝起きも人任せ、着物の着付けも一切やろうとしない、挙げ句一日中ゴロゴロして本を読んでいるだけ。これが姫の生活ですか?」

・・・うわぁ、としか言いようがなかった。

これは、やはり輝夜さんの意識を何とかしなければならないんじゃないだろうか?

「しょうがないじゃない。面白いのよ、J○J○。」

・・・何故輝夜さんが持っている。しかも文学とかでなく漫画かい。

「たまにイナバ達が拾ってくるのを没収してるのよ。今は第二部に入ったところよ。」

「気の遠くなる話ですがそういう話じゃないですから今。」

「あら、優夢は知ってるのね。J○J○。」

知識にあるだけです。何度も言いますけど俺自身は記憶喪失なんだってば。

しかし、これは酷いな。怠惰、自堕落、ジャイアニズムと三拍子揃ってしまっている。

「だから私は何とかしなきゃと思ってるんだけど・・・。」

永琳さんがため息をつく。実に正常な反応だ。

「しかし、輝夜さんは前からこんななんですか?」

「こんなとは何よ」と輝夜さんが反論してくるが、今はスルー。

「前はもう少しマシだったんだけど。やっぱり妹紅との殺し合いがなくなったのが原因かしら。」

あー、それはあるのかもしれませんね。



先日の一件で、二人の間にあった確執は解消された――とまでは言わないが、緩和されたことは事実だ。

実際、彼女らと知り合ってもうすぐ二月になるが、噂の殺し合いは一度も見ていない。

それ自体はとてもいいことだ。平和が一番だ。

だが、それはこのお姫様にとっては大層な退屈を生み出す結果となってしまったようだ。

殺し合いなどというある意味最高の刺激を1000年も楽しんできた輝夜さんだから、すぐには順応できないのかもしれない。

が。

「でも妹紅は普通に生活してますよ。最近じゃ頻繁に里に顔を出すようになったし。」

あの闘いの後俺と立てた誓いを、妹紅は確かに守っていた。

いまだ居は竹林に構えたままだが(どうやら妹紅なりの思惑があるらしい)、あいつは人の間で生きるようになっていた。

最近じゃおやっさんが「不老不死の嬢ちゃん」などという矛盾した呼び方をするほどだ。

殺し合いを終わらせ、少なくとも今のところはあいつにとってプラスになっていると思う。



ということはだ。

「性格の問題だと思いますね。」

「・・・言ってくれるわね、優夢。」

いやぁ、怠惰は霊夢で慣れてますから。結構厳しいですよ、俺。

「本当に厳しいなら、とっくに霊夢の怠惰癖治っててもいいと思うんだが。」

「そりゃ魔理沙。何だかんだで優夢は甘いからね。結局世話焼いちゃうんだよ。」

るせぃ。

「まあともかく、そういうわけです。妹紅に負けたくないなら、永琳さんの言うことを聞くのがいいと思いますよ。」

「妹紅に負けるのは嫌です、でも働くのはもっと嫌です。」

引っ越しセンターのCMかよ。しかも随分ネガティブな。

筋金入りの怠け者だ。霊夢といい勝負かもしれん。

「・・・はぁ、しょうがないわね。この手は使いたくなかったんだけど。」

と、永琳さんが諦念のため息をついた。

輝夜さんの頑固っぷりがとうとう永琳さんに火を点けたようだ。

「姫様、――いいえ、輝夜。」

永琳さんの語調が一気に鋭いものへと変わった。

それは輝夜さんにも少なくない影響を与えたようだ。表情が強張っている。

「何、実力行使でもする気?いいわよ、やるっていうなら相手になるわ。」

そしてそれを覚られまいとしてか、輝夜さんは臨戦態勢を取る。

だが永琳さんはそれには応じず。





「この間の永遠亭一斉健康診断の結果がここにあるんだけど。」

一枚の紙を取り出した。・・・オチは見えたな。





数分後には、こんなはずじゃなかった現実に打ちのめされた輝夜さんの姿があった。

「嘘よ・・・絶対何かの間違いよ・・・・・・。私は『なよ竹のかぐや姫』なのよ、永遠に美しい姫なのよ・・・・・・・・・。」

いかに美しかろうと維持しなきゃそんなもんでしょう。増してや食っちゃ寝以外することがなければ。

「ちなみにこれが去年とその前のデータなんだけど、ほとんど変わらないのよねぇ。つまり変わった要因が出たこの一月の間に」

「皆まで言うな!!」

今までは定期的に妹紅と殺し合って減量できたけど、完璧にやることなくなってひまn・・・もといぽっちゃりしてきたと。

このままのペースでいくと、輝夜さんが自力で起き上がれなくなるまでどのくらいなものか。

「メタボリックシンドロームな昔話のヒロインってのは、ある種怪談ですね。」

「上手いことを言うわね。けど、あと二月もしたら現実になるわ。」

永琳さんの死刑宣告とも言える酷薄(誤字にあらず)に、耳を塞ぎちゃぶ台に突っ伏す輝夜さんはガタガタと震え始めた。

「いやしかし輝夜さん、これは正直ヤバいですよ。体重ほとんど俺と変わらないじゃないですか。」

身長は20cm以上も違うと言うのに。

と、俺の言葉に輝夜さんは勢いよく起き上がり。

「ほ、ほら!!優夢の方が重いわ、優夢の方が不健康よ!!」

現実に対して必死の抵抗をしてみせた。

だが輝夜さん、現実ってのは曲げてくれないんですよ。受け入れるしか手はなく。

「あの身長だとやや足りないぐらいなのよ、優夢の体重は。それに彼の場合ほとんど筋肉なのに対して、あなたのは脂肪なのよ。」

非情とも思える宣告に、輝夜さんは崩れ落ちた。

「不様ね。」

「明日は我が身って言葉、知ってるか?」

傍観者を貫く霊夢に対し、俺は突っ込みを入れた。

こいつの怠けっぷりも非常識的過ぎて常識になってしまっているからな。今は平気でも、いつ同じ穴のムジナになってもおかしくはない。

「私は輝夜ほどデブじゃないわ。」

遠慮なしの発言が崩れ落ちた輝夜さんに突き刺さるが、返事がない。あまりのショックに屍と化しているようだ。

「今はよくても先はわからないだろ。それでなくともお前は普段から食い過ぎるし。」

「太ってから考えるわ。」

「その結果が今の輝夜さんなわけだが。」

「私はあそこまで不様を晒さないわ。」

・・・かもしれないところが納得いかない。

この際だから、輝夜さんと一緒に霊夢の怠け癖を治したいところなんだが。

しばらくして、ようやく輝夜さんは生き返った。

「で?少しは改善する気になったかしら。」

そんな輝夜さんに永琳さんは遠慮なかった。というか、今日の議題は輝夜さんのひm・・・ぽっちゃり化ではなく、脱NEET姫だ。

密接に繋がった二つの事象は、片方を解決すれば自動的に解消される。

つまり、輝夜さんが自分のことを自分でやるようになれば、h・・・ぽっちゃりは解消されるということだ。

そのぐらいのことがわからない輝夜さんではないだろう。

流石の彼女もこれだけの現実を突き付けられれば、首を縦に振らないわけには



「嫌でござる!働きたくないでござる!!」



・・・最早病気としか。

ていうかこれ、憑かれてるんじゃないか?今『ござる』って・・・。

「・・・姫じゃなかったら匙を投げてるわ。」

「あ、まだ匙投げてなかったんですね。」

「一応、こんなでも私達の主だもの。」

それでもいい加減永琳さんも頭に来てるみたいだな。主に対し『こんな』呼ばわりだ。

「とは言え、こうも頑なだと、いい加減万策尽きたわ。」

まあ、ダイエットってのは本人のやる気と根気の勝負だからな。あの手この手でやる気を起こさせようとしてるのに、これじゃなぁ・・・。

「何て言うか、こうなったら自分で何とかせざるを得ない状況を作るしかないんじゃないですか?」

「簡単に言うけどねぇ。それが難しいのよ。」

色々言ってるけど、永琳さんも過保護だよな。聞いた話だけど、永琳さんは輝夜さんの育ての親も同然だとか。

ここは心を鬼にしなきゃいけないところだけど、難しいんだろうなぁ。

「優夢さん、お腹空いたわ。ご飯。」

「つまみのお替りー。」

「今日は酒が進むぜー。」

お前らも見てるだけじゃなくて何か考えてくれよ。そして魔理沙、それは酒が薄いからだ。気付いてないみたいだが。

「まあ、そろそろ昼だしな。取り合えず作ってくるわ。」

言って俺は台所へ。



「待ちなさい優夢。閃いたわ。」

永琳さんに呼び止められた。

閃いた・・・って何を?

「この話の流れで言ったら一つしかないでしょう。輝夜に自分で動いてもらう方法よ。」

マジですか?

「ふふふ、自分の天才ぶりがたまに怖くなるわ。」

「永琳さんが思わずキャラ変わるほどの名案・・・興味ありますね。」

「お?何だ何だ、面白い話か?私も混ぜろい。」

「あんたが言うならさぞかし名案なんだろうね。詳しく聞こうじゃないか。」

さっきのさっきまで傍観に徹していた魔理沙と萃香が首を突っ込んできた。面白そうな話なら何でもいいのか。

まあ俺も興味がないわけではない。上手く流用できれば、霊夢の怠け癖も治せるかもしれないし。



そして永琳さんは言った。

「輝夜。」

「何よ。」

「優夢。」

「? はい。」

腕を交差させ。



「チェンジ。」

と。



『・・・・・・・・・・・・は?』

理解できず、俺達全員の目が点になったのは、ごくごく自然なことだった。





***************





いきなり何を言い出すのかしら、永琳は。疲れてるのかしら?

「・・・えーと?永琳さん、『Change』とはどのような意味でせうか?」

優夢も理解できなかったようだ。そして無闇に発音が良い。

「そうね、和訳すると『変換する』、この場合だと『入れ換える』だからトレードの方が正しくはあるわね。」

そういう問題ではなくて。

「永琳さんは何を入れ換えようと?」

そう、それよ。いきなりチェンジとか言われても混乱するわ。

「文字通り、あなた達二人を入れ換えるのよ。」

私達を入れ換える、て。

「もちろん、中身や体を物理的に入れ換えるという意味ではないわ。やればできるけど。」

「できるんすか。」

永琳は大抵のことはできるわよ。

「それでは根本的な解決にはならないわ。だから、二人の立場を入れ換えて、しばらく過ごしてもらおうと思うわ。」

「えーと、つまり?」

「優夢、あなたは何かしら?」

『願い』でしょ。

「博麗神社の居候です。」

「えらく小さく出たわね。」

「いいのよそれで。普段を見てるとどっちが居候なのかわからなくなるけど、今はそっちの方が都合がいいわ。」

「まあ、別にいいけど。」

優夢も優夢だけど、霊夢もほんとこだわらないわね。

「では輝夜。あなたは?」

「永遠亭の姫、主よ。」

私の答えは満足いくものだったようで、永琳は首を縦に振った。

・・・ん?つまり?

「察しがついたみたいね。

そう、しばらくの間輝夜が博麗神社の居候となり、優夢が姫になればいいのよ!!」





・・・・・・・・・・・・・・・。



『異議ありッッッ!!』

私だけではなく、優夢も魂の叫びを上げていた。

その理由も気になるところだけど、私から言わせてもらうわ!

「ちょっと永琳、何を考えてるのよ!私は永遠亭の主なのよ、それがこんな神社の居候なんかして世間からなめられるわよ!?」

「そのためにその間優夢を姫に据えるんじゃない。それに、このままだとメタボリックプリンセスとしてなめられそうだし。」

うぐはぁ!!?

永琳の返す刀で斬られ吐血した。物理的に。

「いや、それよりも何で俺なんですか!他にもいるでしょ他にも!つうか男が姫はありえない!!」

そんな私の屍を越えて、優夢が永琳と合戦する。頑張れ優夢、負けるな優夢。

「あなたでなければならない理由はたくさんあるわ。まず、あなたは他にもいると言ったけど、他の連中がそれだけの品格を持ってるかしら?そこの紅白とか白黒とか。」

「うっ。」

「それを考えれば、男であることに目をつぶってもあなたが適任でしょう。幸いあなたは女でもあるんだし、あなたが姫でも文句を言う輩はいないわ。」

「ぐぅっ。」

「それに何より、あなたがいると結局世話を焼いてしまうから変わらないのよ。そういうわけで、少なくともあなたはここから離さなければいけないわ。」

「ぐへぇ。」

完 全 論 破 。優夢は永琳に打ち負かされてしまった。使えない・・・。

「それにね、あなたにとっても悪い話じゃないのよ。あなたがここを離れると、輝夜と霊夢の二人になる。そうすると、少なくともどちらかは働かなければいけなくなるじゃない?
上手くいけば、両方のサボり癖を矯正できるわよ。」

「・・・。」

待ちなさい優夢。何その「確かに」って顔は。懐柔されてんじゃないわよ!

「安心なさい、そんなに長くあなたを姫にするわけではないわ。ほんのちょっと我慢してくれるだけでいい。そうすれば霊夢と輝夜の怠け癖が治るのよ。どう、乗ってみる価値はあるわよ。」

「・・・そうかもしれませんね。」

いけない、優夢が永琳側に大きく傾いている。このままでは大変不本意なことに・・・!!

「ちょっと待ちなさい、それは聞き捨てならないわ。」

と、ここで立ち上がった援軍がいた。

博麗霊夢、今この場で私と同じ窮地に立たされている少女だった。

そう、優夢がいなくなればこの子が自分で働かなければいけないことになる。そんな状況で霊夢が黙っているわけがなかった。

永琳は一つ間違いをおかした。それは、この場にいる最強のカードを読み違えたことだ。

いや、永琳に限ってそれはないか。となると間違いは、最強のカードを敵に回してしまったこと。

ふふん、今回は少し肝を冷やしたわ。流石は永琳ね。でも甘いわ、永遠の姫に敵うと思ったら大間違いなのよ!

「残念ながら霊夢、あなたの意見を聞き入れることはできないわ。」

「こっちこそあんたの意見は聞いてないわ。優夢さんを連れて行くのは勝手だけど、せめて優夢さんがいない間のご飯を作らせてから連れて行きなさい。」

「お話にならないわ。それじゃ本末転倒よ。どちらにせよ、優夢は神社から連れて行かせてもらうわ。」

「させると思ってる?」

霊夢はお札と針を指に挟み、構えた。永琳が妙な行動を取ればすぐにでも攻撃を開始するだろう。

まさに王手。永琳は諦めざるを得ないはず。私の勝ちよ、永琳!!



だけど永琳は、全く動じた様子を見せず、静かに口を開いた。



「茶竹靈夢さん、と言ったかしら。あなたのお母様。」



霊夢の動きがビシリと凍った。

「・・・あんた、あいつを知ってるの?」

「薬に使えそうなお茶を探しに里へ行った時にね。年長者同士、仲良くさせていただいてるわ。」

「・・・卑怯者。」

「あらあら、まだ何も言ってないのに。」

永琳は静かに笑っていた。が、その笑みは勝ち誇ったものだと私には理解できた。

さっきの言葉が霊夢にとってどれだけの意味を持つのかわからなかったけど、最早霊夢に戦意はなかった。子は親に勝てないということなのか・・・。

「一週間。それが最大の譲歩よ。」

「わかったわ。では一週間経ったら様子を見に来ます。」

霊夢が諦めてしまったことで、話がついてしまった。・・・って!!

「ちょっと待ちなさい!まだ私はやるとは」

「鎮静剤が必要ね。」

私の言葉を遮り、永琳は手早く注射の針を私に刺した。

筒の中の薬液が私の中へ注入されると、不思議と心が静かになった。

「さて輝夜。一週間経ったら迎えに来るから、それまでいい子にしてるのよ。」

「うん、わかった。」

今ならどんな要求でも快く頷ける気がする。私は永琳の言葉を、深く考えもせず承諾した。

「さて、それでは行きましょうか、優夢。」

「わかりました。・・・けど、姫ってのはどうにかならないんでしょうか?できれば男でいたいんですけど。」

「我慢して頂戴。大儀のためよ。」

「・・・仕方ありませんね。」








私が正気に戻ったときには、既に永琳と優夢の姿はなかった。永遠亭に行ってしまった後だった。

永琳との約定を無視して帰ってもいいけど、きっと門前払いされる。永琳はそれぐらいやってのけると知っている。

もう、後には引けなくなってしまったのだ。

「うう、何でこんなことに・・・。」

「仕方ないでしょうが。こうなったらとことんあんたの怠け癖を治してやるわ。」

「ちょ!私だけ!?」

「あんたがしっかりすれば、少なくとも永琳は満足するわ。私にまで被害を散らさないでよね。」

博麗の巫女は、いつもと変わらず薄情だった。



「まずは私の昼ご飯作りなさい。まずかったら『夢想封印』だから。」

「そんな殺生な!お米の炊き方ぐらい教えてよ!!」

「ははは、こりゃあ面白いことになってきたな。傍観して楽しませてもらうぜ。」

「あー、私は一週間永遠亭の方に厄介になろうかねぇ。ご飯期待できそうにないし。」



そんなこんなで、よくわからないうちに私と霊夢の共同生活が始まることになってしまった。

・・・本気で大丈夫なのかしら、これ。





+++この物語は、神社の居候と永遠の姫が立場チェンジする、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



何故か姫:名無優夢

ちなみに今回はずっと女だった。神社では陰体がデフォ。

珍しく自分から『女』を使う計画に賛同した。それも全て霊夢の性格矯正のため。

しかし彼女の性格が矯正されるのはあまり期待していない。ダメで元々、である。

能力:あまねく願いを肯定する程度の能力

スペルカード:気砲『シュプーリングスター』、人形『エターナル・スカーレット・CB』、霊丸『無双散弾 -ショットガン-』、『願い星』など



何故か居候:蓬莱山輝夜

ご飯?待ってたら勝手に出てくるでしょ?パンがないならお米を食べればいいじゃない。な人。

永琳が手塩にかけて育てた娘だが、少々手塩にかけすぎた感が否めないので、今回精進修行をすることに。

体重はkg換算で5(削れている、『ブリリアントドラゴンバレッタ』を使ったようだ)

能力:永遠と須臾しゅゆを操る程度の能力

スペルカード:神宝『ブリリアントドラゴンバレッタ』、神宝『蓬莱の玉の枝 -夢色の郷-』など



→To Be Continued...



[24989] 三・五章二話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:41
あれよあれよと言う間に話は決まってしまい、神社の居候をすることになってしまった私。蓬莱山輝夜です。

永琳が私を置いて永遠亭に帰ってから、ほぼ二刻(昔ながらの時間基準なので幻想郷一般の倍で考えてほしい)が経っていた。冬の日は短いから、もうすぐ日が沈んでしまう。

そんな中私達は、ようやく昼ご飯にありつけていた。

「遅すぎるわ。私を飢え死にさせる気?」

一切を私にやらせ、自分は居間で茶を飲み続けていた霊夢が、私が悪戦苦闘の末に作り上げた御膳を前にして言った一言目は、そんな悪態だった。

人が頑張ってやっとの思いで作ったご飯なのだから、労いの言葉の一つをかけても罰は当たらないというのに、この巫女は・・・。

文句を言ってやりたい気分だったけど、疲労困憊のため言葉にならない。・・・もういいから、とっとと食べて。

霊夢は言っても無駄と思ったか、それ以上は文句を言わずご飯を口に運んだ。



ジャリ、という音がした。

「・・・・・・・・・。」

「に、睨まないでよっ!私何も変なことはしてないからね!」

ひょっとしたら砂糖と塩を間違えたり、分量を多く入れ過ぎたりしたかもしれないけど・・・。

「チッ、背に腹は変えられないわね。」

甚だ不本意という顔で霊夢は食べ続けた。

そしてあっという間に完食。よほど空腹だったと見える。

「あ、味は良かったでしょ?」

自分でも全然思っていない言葉が滑り出したのは、精一杯の虚勢だった。

ゆらりと、霊夢は幽鬼のように立ち上がり。



「『夢想封印』貯金簿を作らないとね。」



ぼそりと、空恐ろしいことを呟いた。

どうやら今すぐ制裁ということはないみたいだけど・・・。今ので何点たまったのかしら。

考えたくなかった。



その後も。

「居候なんだから、境内の掃除ぐらいしなさい。」

「え、ちょ!外もう真っ暗なんだけど!?」

「知らないわよ、昼ご飯作るのに四刻もかけるあんたが悪い。」

寒い中境内の掃除を押し付けられたり。

「ちょっと、お風呂まだわかしてないの?鈍いわよ。」

「ま、まだ掃除終わってない・・・。」

次から次へと難題を課され。

「つまみぐらい作りなさいよ。気が利かないわねぇ。」

「・・・ッ!・・・ッッッ!!」

今日が終わる頃には、最早一言も発せないほどに疲れ果ててしまった。

こんな生活が、あと1週間も・・・?

いっそ一思いに殺してほしかった。しかし私は死ぬことができないので。



考えることをやめられれば、どれだけ楽だっただろうか。

「ひもじいよぅ、寒いよぅ・・・。もう許してよ、えーりん・・・。」

この日私は、枕を涙で濡らすのだった。





***************





輝夜さんの方でそんなことがあることは露知らぬ俺だが、こっちはこっちでピンチだった。

俺は今、輝夜さんが普段使っている部屋に通された。どうやらマジで一週間輝夜さんの代わりをやるようだ。

俺は主って柄じゃないけど、これは輝夜さんと霊夢のためなのだ。そのくらいのことは耐えるべきだと思う。

なら、一体何がピンチなのかと言うと。



「マジで着るんですか?」

「マジで着るのよ。」

目の前にあるのは、『女物の着物』であった。

輝夜さんが普段着ているようなやつ。確か十二単とかいう。

・・・今更何をと言うかもしれないが、俺は極力『女装』をしたくなかった。

そりゃ、俺は神社の境内ではほとんど巫女の姿をしているし、かつては純正の男だったというのにメイドなんぞやらされたこともあった。

だがそれらは全て俺の意思ではなく、レミリアさんと咲夜さんの思惑であったり、霊夢の好みであったりだ。

誰が何と言おうが俺は男であり、一番落ち着く格好というのは男の格好なのだ。

さて、そこで話を目の前の物体Xに戻そう。着物である。

俺の知識の中では、成人式とかにしか着ないようなもの。それを数段レベルアップさせたような、薄紅色の十二単が目の前に鎮座していた。

俺の主観として、抵抗感は前述二つの3倍を優に超える。そして永琳さんは、『着ろ』と言っている。

何を言っているのかわかりたくないが、これ以上わかりやすい命令もないわけで。

「・・・拒否権は?」

「これが『姫』の仕事なのだから、あると思って?」

ですよねー。・・・ちくせう。

ああしかし、何とか着ない選択肢を選びたい。何か妙案はないものか・・・。



まあ、一度承諾してしまった身である以上、断る手段など有り得るはずもなく。

「ほら、似合ってるじゃない。」

「・・・ははは、もう笑うしかない・・・。」

結局着ている俺がいた。

・・・何て言うか、ショックだった。すんなり受け入れてしまう自分が。

(あなたは元々そういう能力なんだし、自然なことよ。それに最近女としての自覚も出てきたみたいだし。)

んなもん永遠に出てこねぇよ。りゅかの言葉に、心の中で力いっぱい反論した。





巫女服から姫着物へ女装(笑)を完了した俺は、永琳さんに連れられいつぞやの集会所へと案内された。

そこには既に永遠亭中から兎達が集められていた。・・・凄い量だ、こんなにいたのか。

彼らは一様に彼らの主と同じような格好をする俺に対し、疑問符を浮かべていた。状況がよく飲み込めてないという。

そしてその中で、唖然とした表情をする二人がいた。てゐと鈴仙さんの二人だ。二人は俺のことをよく知っているから、驚きも他より大きいんだろう。

正直なところ、あの二人には見られたくなかった気がしないでもないが。・・・まあ、無理な話だな。永遠亭にいる限り。

ざわめきがさざなみのように広がり、永琳さんが手を叩いて静まらせる。この辺りは咲夜さんと一緒だな。

「静かになさい。皆が混乱するのも無理はないから、順を追って話すわ。」

手馴れた様子で、永琳さんは皆を落ち着かせた。

「まず、姫様――輝夜様のことだけれど、やんごとなき事情のためにしばらく永遠亭を離れることになったわ。とは言っても、早ければ一週間で戻って来られるから、心配はいらないわ。」

やんごとなき事情、か。物は言い様だな。そして永琳さんの言葉通り、皆心配している様子はなかった。

・・・輝夜さんの人望がないのではなく、永琳さんの人心掌握術が上手いんだろう。そうであると信じたい。

「それで、姫がいない間永遠亭を統括する人間がいなくなると困るので、こちらにいる姫の友人である名無優夢さんに代理を頼むことになったの。彼女については知っている者もいるでしょう。」

少なくとも鈴仙さんとてゐは知ってるはずだからな。鈴仙さんは兎達との仲があまり良くないらしいから、てゐから話は広まってるかもしれない。

「一週間とは言えその間はあなた達の主。粗相のないようにね。・・・さ、優夢。あなたからも何か一言、挨拶を。」

「え、ああはい、そうですよね。」

いきなり話を振られて一瞬戸惑ってしまった。そりゃ、短期とは言え主代行を務めるわけだから挨拶なしってわけにはいかんよな。

しかし、何話せばいいんだろ?メイド時代には下っ端参入だったから返ってやりやすかったけど、上に立つのは初めてだからな・・・。

あの頃も最終的には西部・地下担当メイドのリーダーになってたわけだが。大体そんなつもりで話せばいいかな?

「えー、今ご紹介に預かりました名無優夢です。短い間ではありますが、皆様のリーダーを精一杯務めさせていただきますので、どうぞよろしくお願いします。」

言って、頭を深々と下げる。

だが、それに返ってくる答えはなかった。シンとした静寂が、しばらく辺りに満ちた。

・・・ダメだったかな?やっぱり人の上に立つってのは苦手だ。



そう思っていたら。

――パチ、パチパチ、パチパチパチパチパチパチ・・・。

まばらにだが、徐々に拍手が返ってきた。

どうやら、何とか歓迎してもらえたみたいだ。俺は頭を上げ、ホッとため息をついた。

拍手はしばらく続き、それが少し照れくさかった。

「・・・ふふ、やはりあなたは、人の上に立つ器ね。」

「? 何か言いましたか、永琳さん。」

「いいえ、何も言ってないわ。『姫様』。」

・・・ちょっと背中が痒くなった。





***************





それを見たとき、私は言葉を失った。驚きすぎたために思考が停止してしまった。

師匠は天才というだけあって、その考えは常人である私には理解できないことが多々ある。今回もそうだった。

永遠亭の兎達が師匠に呼びかけられて、皆広間に集められた。何か皆に話すことがあると。

そして待つことしばし。師匠はやってきた。・・・姫様の服を身に纏った優夢を連れて。

何で?と思ったら、どうやらしばらく姫様が留守になり、優夢が代役をするらしい。

いきなり過ぎてわけがわからなかったけど、永遠亭の皆は優夢のことを迎えいれた。・・・まあ、礼儀正しくはあるから、ひょっとしたら姫様より受けがいいかもしれない。

けれど私はそうも言ってられなかった。知人というのもあるし、その・・・ゴニョゴニョ。

と、ともかく!!他の兎達が納得しても私は納得できない。会合の後私はお師匠様の部屋へ突貫をしかけた。

「お師匠様!どういうことですか!!」

師匠の診察室の障子を勢いよく開き、中にいるお師匠様に抗議をぶつけた。

「うどんげ、いつも言ってるでしょう。診察室では静かにすること。怪我人がいたらどうするの。」

「あ・・・すみません。」

「まあ、今はいないからいいけどね。それで、どういうことっていうのは何が?」

「そう、それでした。優夢が姫様の代わりっていうのは、一体どういうことなんですか。」

少し勢いを失ったものの、私は強気の姿勢を崩さずに問いを投げた。

だけど、師匠も全く動じる様子はない。というより、お師匠様がうろたえるところなど、私は見たことがなかった。

「あの場で言った通りよ。裏はないわ。」

「裏がない分、ますますわかりません。」

「あの子が姫様の代わりでは不満?」

・・・別に、不満、というわけではないけど。

「主の代理を立てるというのがよくわかりません。そういうものじゃないでしょう、主って。」

「うどんげ、ここは幻想郷なのよ。常識に囚われていては、命を落としかねないわよ。」

「大袈裟過ぎますよ。」

とは言いつつも、心当たりがないでもなかったりする。某スキマ妖怪とか。

「それはあなたがルール違反したからでしょうが。異郷に入りてはその地の習わしに従うのが、上手くやっていくコツよ。」

「わかってますよ、反省してます。」

・・・って、話が反れてる!

「今は私のことじゃなくて主代行というシステムについてです。いいんですか?」

「いいのよ。どの道姫様は最低一週間は帰ってこれない。その間主不在では、下の者達に示しがつかないでしょう?」

「まあ、ここぞとばかりに悪戯しまくる子がいそうですけど。」

てゐとかてゐとか、あとてゐとか。

「でも、あの子は姫様がいたって悪戯するじゃないですか。」

「あなたは知らないだろうけど、あれでかなり自重してるのよ。ちゃんと誰かが首輪をつけておかなくちゃダメなのよ。」

あれで、自重してたんだ・・・。

「昔はもっとひどかったのよ。姫様はあんな性格だから、てゐもなめきっちゃっててねぇ。」

「まあ、わからないでもないですが。」

「あまりにひどかったから、姫様も堪忍袋の尾が切れてしまってね。永遠亭を修復してる最中、二人とも石畳の上で正座させたわ。」

・・・はてさて、今の話で一番恐ろしいのはお師匠様ではと感じるのは、私だけだろうか。

けれど、今の話からするとてゐが姫様のことを警戒してるのは多分間違いないだろう。永遠亭を修復しなければならないほど暴れたということだから。

よく言えば温和な、緩い姫様だけど、その力は永遠の姫の二つ名に違わぬものだ。それを自分に向けられてなお姫様に悪戯をしかけるほど、てゐは命知らずではない。

なら、主代行は必要な措置なのかもしれない。力のある代行ならば。

「でも、よりによって優夢なんて・・・。」

お師匠様の考えは理解したけど、私にはその点だけが納得いかなかった。

今でこそそれなりに上手くやっている私達だけど、優夢はかつての敵。たとえ彼の意思ではなかったとしても、私達に危険を与えた存在だ。

それを永遠亭の内部に招き入れ、あまつさえ姫の真似事までさせるなんて。

「そこについては、あなただって理解してるでしょうに。余程の想定外がない限り、彼に危険はないのよ。どころか、周りに益を与えるわ。
少量の毒は薬になり、多量の薬は毒になる。薬師の見習いなのだから、あなただってわかっているでしょう。」

「それは、そうですが・・・。理屈ではわかってても、感情はそうはいきません。」

「その感情も、別に危険からくるものじゃないでしょうに。」

含み笑いをするお師匠様。私は顔の温度が上がるのを自覚した。

「あ、あれはてゐがいけないんです!!私の意思はありません!!」

「本当にそうなのかしらねぇ。兎って性欲が強いし。」

「お・し・しょ・う・さま!!」

「はいはいわかったわ。そういうことにしておいてあげるわ。」

全く、少し弱みを見せるとすぐにいじってくるから困る。

「他に疑問は?」

「ありません。何を言っても、お師匠様には正当化されてしまいそうですから。」

「あなたの心の壁を取り払ってあげてるだけよ。」

よく言いますね。



「それでは、置き薬の配布に行ってきます。」

師匠の診察室に訪れた理由はもう一つあった。それがこれ。

隠れ住む必要がないとわかった師匠は、永遠亭と人里の交流を始めると言い出した。

私達はずっと一切の交流を断ってきたから、幻想郷という地についてうとすぎる。何処に何があるかもわからないのでは不便すぎると。

今まではそれでも何とかなっていた――してきたと言った方が正しいか。

ここには大勢の兎が住んでいるから、労働力には事欠かない。自給自足で何とかしていた。

しかしそれは、便利とは程遠い不便な生活。脱せるなら脱したいと思うのは、ごく当然な心理だ。

・・・という風に私は解釈しているけど、実際のところの師匠の思惑はわからない。特に今までの生活に不自由していたようには思えなかったし。

私としては、実のところあまり乗り気ではなかった。私は少々見ず知らずの他人が苦手なのだ。

敵として相対するなら別に平気だ。ただ倒せばいいんだから。

でも、そうではなく普通に面と向かって話すとなると、何を話せばいいかわからないし、寝癖立ってなかったかとか、顔にゴミがついてないかとか、変なことが気になってしまう。

あとはまあ、何となく恥ずかしいし。軍人としての訓練はしたけど、対人折衝能力の訓練なんてなかったから。

さらに言えば、私は人と視線を合わせられない。この目で人を狂わすことには慣れてるけど、狂わさないことには慣れていない。

そんな諸所の事情により、私は密かに交流反対派だったんだけど、師匠の意見に逆らえるわけもなく。

一応そういう事情を考慮してくれたのか、置き薬という形態は取ってるけど、やはり大変なものは大変だ。

里で人間から声をかけられても、何と返せばいいかわからない。それで永遠亭の評判が下がってたらと考え出すと、うんうん悩む羽目になる。

私の態度は決してよくはないけど、それでも薬を使ってくれるのは師匠の薬がいいからだ。となると、薬は置きに行かなければならないわけで。

薬を扱うのは薬師の仕事。しかしお師匠様はお師匠様の仕事があり、置き薬を配りに行くのは私しかいない。

結果、毎度毎度置き薬配布前の気持ちの重さを味わっている。一応お師匠様の前ではそんなそぶりを見せないようにしてるけど。

ため息の一つもつきたいけど、それは置き薬を配り終えるまでの我慢だ。でないと、心が折れてしまいそうだから。

「行ってらっしゃい、うどんげ。あなたもそろそろ里の人達と仲良くなさいな。」

「できればとっくにやってますよ。」

師匠は軽く言ってくれるけど、人には向き不向きというものがある。多分私にとってこれは不得手な領域なんだろう。

「あなたはただ自分でそう思い込んでるだけよ。あなたは自分の思った波長になれるのだから、上手くやりなさい。」

確かにそうなんだけど。波長を操るのと性格を操るのはまた別の話ですよ。

私の言葉にお師匠様は、「困った子ねぇ」とつぶやき、それ以上は何も言わなかった。

話はこれで終わりのようだ。私は里へと向かうべく、診察室の戸を開き。



「あれ、鈴仙さんじゃないですか。」

「!?!? ゆぅ!!?」

そこに。まさに戸を開いた目の前に、優夢がいた。

私はびっくりして、思わずその場で腰を抜かしてしまった。

「あ、だ、大丈夫ですか鈴仙さん!」

私の様子に、優夢が慌てて手を貸してきた。まだ驚きから醒めていない私は、差し出された手をそのまま掴んだ。

優夢は細身の体から想像するより力を持っている。一応人間であるから妖怪の私ほどではないにしても、私の体重程度なら軽々持ち上げられる。

「あ、ありが、と。」

「いえ、おr・・・私が驚かせちゃったみたいですし。」

いつも使っている一人称を言いそうになって、言い直す。・・・どうやら、ちゃんと『姫様』をやるつもりらしい。

「優夢。私達しかいないときは、普段の言葉遣いでいいわ。あなたも始終姫様の真似では疲れるでしょう?」

「・・・実は既に参り気味でした。」

師匠の言葉に、優夢は全身に張っていた緊張を解き、顔を弛緩させた。

そんなに緊張するぐらいなら、初めからやらなければいいのに。

「ふぅ、姫ってのも疲れるもんですね。皆が何処にいるかを把握しなくちゃならないし、仕事ぶりをちゃんと見なきゃならないし。」

「・・・少なくとも、姫様はそこまでやらないわね。」

優夢、『姫』というものを勘違いしてるんじゃないだろうか。

「え?いやだって、主と言えば、会社で言えば社長、現場で言えば主任でしょう。ということは、集団の全体像を把握し、適切な人員配置を行うのが」

「待ちなさい。あってるんだけど間違ってる。」

優夢の言ってることの意味が半分ぐらいしかわからない。

つまり優夢は、『姫』というのが『指導者』であると思ってるってこと?

「そういうことね。間違ってはいないんだけど、この場合大きく間違ってる気がするわ。」

・・・何だか優夢らしいと思ってしまったのが、やけに悔しかった。

「とりあえず、あなたは少し肩の力を抜きなさい。全く、霊夢が怠け続けられるはずだわ。」

「俺はこれでも自重してるつもりなんですが。」

「前言撤回。あなたみたいな人間が上に立ったら、慌しくて敵わないわ。」

「瀟洒さが足りないか。俺もまだまだだな。」

上を目指さなくていいから。

「それで、ここに何の用かしら。お薬でも御所望?」

「いえ、そういうわけではないです。前に来たときは一部しか見てませんでしたから、全体を把握しようと思いまして。」

探検中だったってことか。

「そう?残念ね、お薬がほしかったらいいのをあげたのに。」

「何故か凄く不安になる台詞ですね。なるたけここのお世話にはならないようにします。」

「あら、遠慮しなくたっていいのよ?あの日によく効く鎮痛剤とかもあるし。」

「そのタイミングは男になるようにしてるので心配ご無用です。ついでに先週でした。」

「・・・チッ、あと一週行動を早めておけば。」

「不穏なことを。まさか計画的行動だったりしませんよね、これ?」

「そんなわけないでしょう。」

お師匠様と優夢は、会話に花を咲かせていた。・・・私は邪魔だろう、さっさと置き薬を配りに行こう。

「あ、鈴仙さん。」

「!!」

そっと出て行こうとした背中に、優夢の声がかけられた。思わずビクッと体が震えた。

な、何過剰反応してるの、私!ただ声をかけられただけじゃない!!

「な、何っ!?」

努めて平静になろうとするも上手くいかず、声が裏返ってしまった。

落ち着きなさいってば、私!

「驚かしちゃってすみませんでした。怪我とか、ないですよね。」

「あ、う、うん。大丈夫。平気。」

なるべく優夢の方を見ないように、私は返事を返した。

「そうですか。」

私の答えを聞き、ややほっとした様子で優夢は言った。



「それと、この間のアレ。どうもすみませんでした。ずっと謝りたかったんで。」



~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!



意味を理解した瞬間、私の頭から蒸気が噴き出すような錯覚を覚えた。

そしてその勢いのまま。

「あ、鈴仙さん!?」

文字通り、脱兎の如く、私はその場から走り去っていた。

置き薬を忘れなかったのは、幸いだったと思う。

走り走り、走り続けた。私の頭が冷静さを取り戻すまで。

永遠亭の玄関を抜け、方向感覚を狂わせる竹林を無視し、平野を抜け。



私が正気に戻る頃には、私はいつの間にか人里に着いていた。

・・・・・・・・・何やってんだろ、私。





***************





全く、鈴仙ったら。いい加減割り切ればいいのに、まだ引きずってるのね。

優夢の方はもうすっかり割り切ってしまっているようなのに。そう、あれはあの子が勝手に気にしているだけ。

少し不憫な気がしないでもないけど、それならそれであんなにビクビクする必要もないのに。

「・・・許してもらえないんでしょうかね。」

「そういうのじゃないと思うわよ。そもそも、あの一件はあなたに非があるわけじゃないんだから。」

「かもしれませんがね。やっぱりこういうのは男の方が謝るのが筋かと。」

女性の体をして、完膚なきまでに女性の姿をして、男と言い張る彼の律儀さが面白かった。

「あなたが気に病んでも解決する話ではないわ、あの子の問題なんだから。少し時間を置けば、きっと解決するわ。」

「そう願いたいものですね。」

まあ、そう時間はかからないわよ。あの子だってあなたが嫌いというわけではないのだから。

「それはそれとして、霊夢と輝夜さんは大丈夫ですかね。」

優夢が話題を変える。どうやら優夢は神社の心配をしているようだ。

やっぱり過保護ね。私も決して人のことを言えるわけではないんだけど。

「そうね、決して大丈夫ではないと思うわよ。だってあの二人ですもの。」

「・・・やっぱりちょっと神社に行って様子を見に。」

「ダメよ。それではこの計画の意味がないでしょう。一週間、あなたは永遠亭から離れてはいけない。短期とは言え、今のあなたは紛れもなく『姫様』なのだから。」

「輝夜さん結構神社来てますよね。宴会とかで。」

「代行に本来の主と同じ権限を求められても困るわ。」

それもそうかと、優夢は納得した。

「さっきもちょっと話に出たけど、あなたは逆に働きすぎ。上に立つのなら、どっしりと構えていなさい。」

「・・・難しいですね。やっぱり俺は、一日に何時間かは働かないと落ち着かない性分みたいです。」

「あなたはあなたで、難儀な性格をしてるわ。」

まあ、わかりきっていたことではあるけど。



「おっしょーさまー、鈴仙見ませんでしたー?」

私と優夢が会話をしていると、てゐが診察室へと入ってきた。

「っと、優・・・じゃなくて姫様。」

「てゐ。頼むから俺らしかいないときは姫様と呼ばないでくれ。色々挫けそうだ。」

「そう?本物より似合ってると思うけど。」

てゐのもっともな発言に、優夢は嫌そうな顔をした。さすがにそこまでは言わないが、私も似合ってるとは思う。

着物というのは、丈が長く作られている。優夢の身長は輝夜よりもはるかに高いけど、それでも十分に余るだけの大きさだ。

だから優夢でも全く問題なく着られている。これが終わったら、輝夜が着なくなった着物の幾つかを贈呈してもいいかもしれない。

「鈴仙なら、今しがた置き薬を配りに里まで行ったわよ。」

「ありゃ、入れ違いだったかー。」

ちょっと遅かったかー、とてゐは困った表情を見せた。何か用事だったの?

「ええ、まあ。ちょっと鈴仙に伝達したいことがあったんですけどね。そういうことなら、帰ってきてから伝えます。」

「そう。ごめんなさいね、手間を取らせてしまって。」

「いえいえー。鈴仙もお仕事なわけですしねー。」

「・・・何ていうか、前から思ってたけどてゐって鈴仙さんより大人っぽいときあるよな。」

ふと、気付いたように優夢は言った。

「ん?まあね。一応これでも、長生きだけはしてるから。」

「見た目からは全然想像もつかん。鈴仙さんの方が年上に見えるけど・・・。」

「私から見たら、鈴仙も優夢も大差ないぐらいだよ。」

「どんだけ長生きしてるんだお前。」

「女の子に歳を聞くのは野暮ってもんだよ。」

「それもそうか。」

「てゐは永遠亭の兎の中でも最古参の部類に入るわ。私の知る限りでは500年以上は生きてるかしらね。」

実際はその倍以上でしょうけど。

「うへぇ。ナチュラル詐欺師だ。」

「人聞き悪いね、こんなチャーミングな兎ちゃんを捕まえて。」

自分で言うほど胡散臭く聞こえる言葉ね。

少し心配していたけど、てゐはもう平気みたいね。優夢と自然に会話をすることができている。

やっぱり問題は鈴仙だけか。

「本当に困った子ねぇ。」

「てゐの悪戯好きの話ですか?」

こっちの話よ。気にしないで。





少しの間雑談をし、てゐは診察室を後にした。何やら企んでいる様子だったけど、別段邪気らしきものはなかったので放置することにした。

「てゐも別にいっつも悪戯ばかりしてるってわけじゃないんですね。」

「それはそうよ。ネタ切れのときは大人しくしているし。」

何より、彼女のメインターゲットは鈴仙だ。鈴仙が不在のときは、てゐは基本的に大人しい。

引っかかってくれる人がいて、反応してくれなければ面白くないことを、てゐは知っているのだ。

「さて、と。じゃあ俺もそろそろお暇しますね。いつまでも仕事の邪魔しちゃ悪いし。」

「あら、別に気にしなくていいのに。」

怪我人や病人がいない限り、私に仕事はないのだから。

「それに、他も見て回りたいですしね。一週間の主代行なんだから。」

「そう。なら引きとめはしないわ。」

私がそう言うと、優夢は立ち上がった。

「それじゃ、また後で。」

そう言って優夢は、戸の方へ歩き。



「急患だよー・・・・・・・・・・・・って。」

戸が開けられ、永遠亭への来客が姿を現し――目の前の優夢を見て目を点にした。

その来客は、人里で怪我人・病人が出た際に永遠亭まで案内することを買って出た人物。竹林の入り口に住む案内人。

「あ、妹紅。宴会ぶり。」

藤原妹紅。かつて輝夜と骨肉の争いを繰り広げ、和解した彼女が、そこに立っていた。

彼女に対し、優夢は何の気負いもなく挨拶をした。

彼の言葉で、妹紅は再起動を果たす。

「優夢、だよね?どうしたのその格好・・・。」

「しばらく輝夜さんが留守にするから、その間の代理らしい。俺じゃなくてもいいんじゃないかとは言ったんだけどね。」

「あ、そう・・・。」

優夢の言葉に、妹紅はそれ以上の言葉を失った。

「そんなことより急患ね。運んでくれてありがとう、妹紅。」

「あ、ああ。そうだった。あんまりにも予想外なものを見たせいで忘れてたよ。」

我に返った妹紅は、背負った老人を診察室のベッドに寝かせた。

「それじゃ、私は適当にブラついてるから。治療が終わったら呼んでよ。」

「あ、俺も行くよ。すぐに出るつもりだったし。」

「そうね。治療に集中したいし、お願いするわ。」

私の言葉に従い、妹紅と優夢は診察室から出て行った。

さて、と。仕事ね。





***************





永琳による治療が終わるまで、私は暇だ。

案内人が患者を置いて帰るわけにもいかない。行きがあれば帰りもあるんだから。

もし今日中に終わらないというのであれば、後日案内をするために日時を聞いておかなければならないし。

どちらにしろ、永琳の診断結果が出るまで私は永遠亭を離れるわけにはいかない。

だから、普段は一人で永遠亭の中をブラブラしていることが多い。こことの付き合いも随分長くなるというのに、実のところ入ったことはほとんどなかったから。

まあ、それも当たり前か。私はずっと輝夜と敵対してた――と思い込んでたんだから。

こうやって永遠亭を敵としてではなく普通に歩きまわる日がくるとは夢にも思ってなかったけれど、やってみると割と新鮮で楽しい。しばらくはこれで暇を潰せそうだった。

そんなわけで、今日もいつものように永遠亭をぶらりぶらりと歩き回っている。時折輝夜と出くわしちょっかいをかけられることもあるけど、いつもこうして過ごしてる。



だけど、今日はいつもと違う点がある。それが。

「そっか。妹紅は永遠亭に病人運ぶのを始めたのか。」

隣を歩く優夢。何故か輝夜の衣装を身に纏った、神社に住むはずの友人だった。

話を聞いたところ、とある事情で一時的に輝夜と立場を交換することになり、今は永遠亭の主代行としてここにいるのだそうだ。

ということは、輝夜は今神社にいるということだけど・・・大丈夫なのかな?霊夢と輝夜の組み合わせって、ある意味のカタストロフしか思い浮かばないんだけど。

まあ、いいか。私が心配する義理もないし、いつもダラダラしてる輝夜にはいい薬だろう。

「そうね。あなたに言われたことを、私なりに考えた結果よ。」

「うん、いいことだと思うぞ。妹紅の評判、人里でいいみたいだし。」

人里の評判は狙ったわけじゃないけど。行動を取れば、自ずとついてくるものなんだろう。

今の私は、恐らくこの1000年の中で一番安らかなときを送れていると思う。憎しみではなく、普通の日常を糧に日々を生きていられる。

きっと、それが『生きる』ってことなんだろう。そういう意味では、私はこの1000年間、死に続けていたも同然だし、実際何度も死んだ。

永遠を生きることは不自然だけど、死に続けることもまた不自然。どちらがいいも悪いもないだろうけど、今の私は生き続けることの方を選ぶと思う。

以前の私が今の私を見たらどう思うだろうか。きっと快くは思わないだろう。腑抜けめと罵るかもしれない。

自分自身、随分丸くなってしまったと思う。殺し合いをやめてほんの数ヶ月だと言うのに、平和がここまで人を変えるとは知らなかった。

だけど、今の私はそれも有りだなと思えるから。昔の私も一つの生き方だったと思えるから。

成長したんだろう、私は。隣を歩くお人好しのせいおかげで。

「・・・どうやって、責任とってもらおうかな。」

「ん?何か言ったか、妹紅。」

「何も。」

疑問符を頭に浮かべる優夢に、私は軽く微笑みを返した。



「あ、『姫様』。」

「こんにちは『姫様』、亭内の散策ですか?」

優夢と歩いていると、そこかしこで働く(ここの兎達は悪戯もするが、実は結構働き者だということを知った)妖怪兎が親しげに話しかけてくる。

短期の代理とは言っても、兎達は優夢をちゃんと主と認識しているようだ。呼び方は一様に『姫様』だった。

優夢は彼らにちゃんと答えた。恐らくは輝夜を真似ているつもりだろう、丁寧な言葉で仕事の様子だとか、何をしているかなどを尋ねた。

「ええ。私も早めにあなた達の主として働けるようになりたいですから。」

「そんな、姫様に働いてもらうなんてとんでもない。」

「私は主と言っても輝夜様の代理です。あの方が戻って来られたときに、皆さんが怒られても面白くないでしょう?」

柔らかな物腰で、輝夜の代わりを務めた。私の主観としては、輝夜以上に主してる気がする。

優夢は『男』だから、私は男としての話し方しか聞いたことがなかったけど。こんな話し方もできるんだ。

兎達と別れ再び二人の散策に戻ったとき、私は優夢にそう感想を述べた。

「あー、慧音さんから聞いてないのか。俺って紅魔館でメイドしてたことあるんだよ。その影響だな、多分。」

そうしたら、そんな答えが返ってきた。

普段から自分のことを男だと言っておきながら、ひょっとして優夢って女であることもまんざらでもないって思ってるんじゃないかな?

「寒いこと言うな。俺の意思だったことは一度だってないよ。」

優夢は心底嫌そうな顔をした。別に似合ってるんだし、そんな顔する必要はないんだけどねえ。





そうやってブラブラ時間を潰していると、永琳からの知らせが舞い込んだ。

「お~い、もこもこー、姫様ー。」

もこも・・・。

「てゐ、人の名前は正確に呼んで。私はモコモコしてないから。」

「それとあんまり大きな声で『姫様』とか言わないでくれ。かろうじてもってるんだから。」

「私は『妹紅妹紅』って二回言っただけだよ~。あと姫様、人目人目。」

ニシシ、と声を漏らし笑うてゐ。コイツ、確信犯ね。

「で、要件は?」

「そーそー、お師匠様からの伝言だよ。『今日一日安静にした方が良いから、明日また来てほしい』ってさ。」

「そんなに悪いの、マツさん。」

「ギックリ腰だって。動かしちゃダメだから、今日はうちに泊まりってさ。」

あー。マツさん、歳も考えずにハッスルするから・・・。

「また踊ったんですね、マツさん・・・。周期から言って、今回はどじょうすくいでしょうか。」

「おしい、新しく考えた『モグラすくい』だってよ。」

私も想像はつかないんだけど、この二人もどんな踊りか想像ができなかったようだ。何ソレって顔をしてる。

「まあ、そういうことならしょうがないね。また明日来るよ。」

今日案内できないなら、これ以上永遠亭にいる必要はない。私は別れの挨拶を告げて、永遠亭を後にしようとし。

「あ、そうだ妹紅。あんたこの後暇?」

てゐに呼び止められた。

「まあ、やることはないけど。」

「そりゃそうか、姫様と同じ蓬莱人やることのないひとだもんね。」

・・・いやまあ、否定はしないけど。

「ならさ、ちょーっと帰るの待って、この後付き合ってくんない?人は多い方がいいし。」

「? 何かやるの?」

「まあ、ちょっとね。」

てゐはチラチラと優夢の方を見ながら、バチコーンとウィンクを送ってきた。

・・・ああ、なるほど。そういうことね。てゐの言いたいことは、それで理解できた。

人が多く居た方がよくて、なおかつ優夢に知られたくないことと言えば、思いつくものは一つしかない。

そういうことなら、協力することもやぶさかではない。別に泊まっても構わない。

「わかったよ。で、場所は?」

「四半刻後に広間だよ。んじゃ、よろしくねー。」

伝えるべきことを伝えると、てゐはたたたっと元気良く廊下を駆けて行った。

「何だったんだ、妹紅?」

優夢は一連の会話の意味を理解できてなかったようだ。鋭いくせに抜けている、ある意味空気の読めてる奴だと思った。

「さあね。そんなことよりいいの?人目。」

「あっと、そうでしたね。」

だから私は、答えをはぐらかすことにした。どの道、30分後にはわかることだしね。








そして。



『優夢姫、永遠亭へようこそ!!』



広間へ着くと、予想通りの光景が広がっていた。

広すぎる広間に所狭しとならべられた料理の数々、酒、そして迎える永遠亭中の妖怪兎達。

これを全く予想していなかったのか、優夢は目を丸くしパチクリとしばたたかせた。

「えと、あの・・・これは、一体?」

「見てわかるでしょう。あなたの歓迎会ですよ、姫様。」

混乱する優夢に、永琳が答えを教えた。

「ありがとうね、妹紅。連れてきてくれて。」

「いいよ。どうせ暇だったからね。」

「え、って妹紅!!・・・さん。知ってたんですか?」

「さっきのてゐので察しはついてたよ。全く、鋭いんだか鈍いんだか。」

唖然、と優夢は口を開けていた。本当におかしな奴。私は思ったことを隠さず笑った。

「むっ・・・知ってたのなら、教えてくださればよかったのに。」

「教えちゃったら意味ないでしょ?こういうのって。」

「まあ、確かにその通りですが。」

釈然としないながらも、優夢は納得したようだ。面倒がなくていい。

「さあさ、『姫様』。上座へどうぞ~。」

てゐが優夢の手を引っ張り、入り口から最も離れた上座へと連れて行った。

上座の脇には、カチンコチンに固まった月兎――鈴仙。

「うどんげ、『姫様』にお酌をして差し上げなさい。」

「あ、えと、は、はい。よ、よろしくお願いしまうs、『姫様』。」

噛んだ。

「あ、ありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願いします、その、れ、鈴仙。」

「(姫様の真似をするなら、そこは『うどんげ』よ)。」

「あ、と、その、うどんげ。」

「お師匠様っ!!」

・・・何だか微笑ましい光景だなぁ。私はその光景を見ながら、思わずニヤニヤとしていた。

見れば、永琳もてゐもニヤニヤと見ていた。そりゃ、そうもなるか。

今日はこれを肴に酒を飲もう。多分あの二人も、そう思ったに違いなかった。





『乾杯!!』



この日永遠亭は、少し下弦が欠けた月が天頂に昇るまで、宴会騒ぎが続けられたのだった。

当然、私も最後まで参加し――この日は永遠亭に泊まることとなった。

優夢と知り合って、友達になって、闘って。

本当に良かったと思える私だった。





+++この物語は、主に永遠亭の姫代行の一日を描く、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



多分本物の姫より姫:名無優夢

カリスマは全然足りてないが、働きっぷりは本物顔負け。何だかんだで姫の働きをしてる。

一応輝夜を意識した発言を心がけているが、馬鹿丁寧な言葉遣いになってしまっていることに気付いていない。

嫌だと言ってはいるものの、女であることに慣れてしまっていることにも気付いていない。幻想郷の喝采。

能力:あまねく願いを肯定する程度の能力

スペルカード:気砲『シュプーリングスター』、人形『エターナル・スカーレット・CB』、霊丸『無双散弾 -ショットガン-』、『願い星』など



いつも通りの薬師:八意永琳

輝夜のことを気にかけてはいるものの、表面に出すことはない。その程度で動じるほど、彼女は未熟ではない。

永遠亭の稼ぎ頭であり、公然の裏ボス。しかし優夢はそのことを知らないし気付いてもいない。

輝夜のことを心配してはいるものの、今の状況を楽しんでいる者の一人。

能力:薬を作る程度の能力

スペルカード:操神『オモイカネディバイス』、禁薬『蓬莱の薬』など



思いきり動揺した薬師の弟子:鈴仙=優曇華院=イナバ

いつぞやのことをいまだに引きずっている。それはとりもなおさず優夢のことを多大に意識しているということだが、やはり気付いていない。

自分の願いが既に優夢に取り込まれていることを知らない。知れば少しは緩和されるかもしれない。

お酌をしながら思考停止状態だった。

能力:狂気を操る程度の能力

スペルカード:散符『真実の月 -インビジブルフルムーン-』、月眼『月兎遠隔催眠術 -テレメスメリズム-』など



大いに楽しむ兎大将:因幡てゐ

永琳以上に楽しんでいるかもしれない。彼女の立ち位置は基本傍観者なのである。

鈴仙に悪戯を仕掛けるのが日課であり、この一週間は優夢にも悪戯しようかと思っているが、反撃の可能性があるので慎重。

今回の宴会の指揮をしたのは彼女。立場は鈴仙の方が上だが、兎達の大将は彼女なのである。

能力:人間を幸運にする程度の能力

スペルカード:兎符『開運大紋』、兎符『因幡の素兎』など



大きく変わった蓬莱人:藤原妹紅

原作から大きくかけ離れた人。輝夜との争いが終結した時点で見えていた未来だったが。

1000年を生きた者として、実に落ち着いた物腰をしている。それでも、今回の優夢はかなりビックリしたようだが。

優夢に対し何らかの形で責任を取らせようお礼をしようと思っているが、今のところ模索中。

能力:老いることも死ぬこともない程度の能力

スペルカード:蓬莱『凱風快晴 -フジヤマヴォルケイノ-』など



→To Be Continued...



[24989] 三・五章三話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:42
博麗神社を出て早一刻。私は当てもなくブラブラと漂っていた。

霊夢と輝夜の共同生活を見物しようかとも思ったけど、やはりあまり面白いものではなかった。

輝夜はとにかく家事がダメだった。霊夢にご飯を作れと命令されて、二刻経ったのにまだ出来ていなかった。

時間が経つに連れて霊夢の満腹度と怒りのメーターが反比例するのが見えるようだった。

とばっちりを喰らう前に私はこっそり逃げたんだけど・・・逃げ遅れた魔理沙は多分『夢想封印』の餌食になった。悲鳴が聞こえたからね。

それを華麗にスルーして、私は永遠亭にでも行くかと針路を決めた。

だが、しばらく飛んだところで、ふと気がついた。

優夢は輝夜の代わりとして――『姫』として永遠亭に行ったということに。

人間社会を見てきた私だからよくわかる。優夢はきっとどんなに働きたくても働かせてもらえない。

となると、永遠亭に行っても優夢の料理うまいもんを口にすることができる保障はない。

気付いた私は軽く落胆し、体を霧化させてその辺を漂い始めた。それがつい一刻前の話。



そしてそれからの一刻を、こうして無意味に過ごしたわけだ。

昼を食いっぱぐれた私は、何かを食べたかった。優夢の手料理並に美味いものを。

最近少々贅沢に慣れてしまった感があるが、これは仕方がないことだ。

以前の私なら、旨い酒さえあれば料理の質を多少は目を潰れた。酒が旨ければそれでよかった。

だが、優夢に飼い馴らされたというか。優夢の作る料理は、酒にも合って実に美味いんだ。多分、酒を飲むのに合うような味付けを考えて調理してるんだろう。

人の『気持ち』やら何やらにはとことん鈍感な癖に、そういうところは気が回る。霊夢がだらけてる要因の一つに優夢があるのは、決してただの言い訳とは言えないだろう。

こう言ってはなんだが、優夢は人を怠けさせる才能がある。ほぼ全てをやってくれるから、私達はただ楽しく騒いでいればいい。そしてそのことに文句を言わない。

多分、優夢は優夢でそれが楽しいんだろう。私には想像もできないけど。

今回は輝夜の奴が発端だったけど、遅かれ早かれこんな日は来たんじゃないだろうか。いくら博麗の巫女とは言え、やり過ぎれば紫は止める。

まあ今回のことは霊夢には反面教師にしてもらって、少しは自重を覚えてもらいたいもんだね。私の腹具合のために。

とは言いつつも、私もあの巫女にはほとんど期待してないんだがね。

まあ、それはさておき。

「腹ぁ減ったよ~。」

相変わらず私は空腹だった。

昼飯直前で逃したというのが痛い。下手に期待を持ったもんだから、余計に空腹感がある。

適当な妖怪の食い物でも掻っ払うかねぇ。昔みたいに。

今の私に『人間を襲う』という発想はない。少し前までだったら、関係はなかっただろうけどね。

今は里中の人間が私の知り合いだ。今の幻想郷の人間は、妖怪を排斥しようとしない。

無論、力ある者に怯える者がいないわけじゃない。私と初対面の奴は、私の正体を知ると一瞬顔が強張る。

だがそうすると、すかさず知人が入るのだ。里の、私を知ってる連中だとか。最初の頃は優夢とか。

そうすると、彼らは決まってホッとした顔をして、手を差し出してくるのだ。

悪く取れば、なめられているということだ。鬼のこの私を、高々人間が。

だが、たとえ一瞬そう思ったとしても、次の一瞬にはその考えなど空の彼方に消え去る。彼らの、裏表のない笑顔を見れば。

私は嘘は嫌いだ。私に限らず、鬼は嘘が大嫌いだ。嘘をつくのは人間だけ。だから私は嘘をつく人間は嫌いだ。

だけど、正直な人間なら。正々堂々正面からぶつかって、真っ正直に意見を交わせる人間なら。

何処ぞの変な河童ではないが、そいつは私の盟友だ。嫌う理由など何処にある。

――紫曰く、人里が変わりはじめたのは優夢が来たのと時を同じくしてらしいけど。まあ、あいつならそういうこともありえるさ。

人里は盟友だけど、それならば優夢は親友だ。あいつの前に立ち塞がる愚か者がいたなら、この私が蹴散らしてやると思えるほどの。

・・・っと、思考がちょっと熱くなっちゃったね。歳かねぇ。

ともかく、私は人間をさらって食うなんてこと、少なくともこの先百年はしないだろう。

となると、やはり妖怪から掻っ払うのが一番なんだけど。

「・・・あー、最近あちこち顔出し過ぎたかねぇ。」

私の気配が近付くと、辺りから引くような気配がする。

私の疎くなる能力は、知らない奴らからしたら脅威だろう。音もなく現れ、気がついたら目の前にいるんだから。

だけど、そのことを知っていたら。たとえば、一度見た奴が二度その状況に遭遇したら。あるいは、私の能力が広く知れ渡ったとしたら。

その結果が今の状況だ。少しでも私の気配がすると、辺りから生き物の気配が消える。逃げて行くのだ。

腰抜けめ、となじってやりたいところだけど、相手が鬼じゃしょうがない。私のことだけど。

妖怪がいないんじゃ掻っ払うも何もない。仕方なく、私は実体化し適当な木の幹に腰を下ろした。

「あー、もう何でもいいから食わせろー!!」

軽く吠えてみたが、余計に腹が減るだけだった。

こうなったら、ここで疎くなって適当な妖怪でも待ち伏せてやろうか。追いはぎみたいで格好悪いけど。

そう思って、何の気なしに空を眺めてみた。



「・・・を?」

すると、とあるものが私の視界に飛び込んできた。鳥ではないが、人の形をした鳥の妖怪。

大昔は私達鬼の部下だった烏天狗だ。

それもあいつは何度か顔を見た奴だ。大昔ではなく、つい最近の話で。

あんまり印象に残ってないのは、私の前では極力影を薄くしてるんだろうね。あいつらにしても、今更私には関わりたくないだろうし。

私も別に、妖怪の山を再度席巻する意思なんてさらさらない。今は博麗神社が一番居心地がいいんだから。

だから、普段の私だったらそのまま見逃すところなんだけど。

「・・・この際、烏天狗でもいいか。」

何度も言うようだが、今の私は非常に腹が減っているのだ。背に腹を変えられる状態じゃない。

そうと決まれば私の行動は早かった。

私は自身を霧に変え、烏天狗を逃がさぬように覆いはじめた。

さあ、狩りの時間だよ。





***************





一時期は盛り返した我が文々。新聞ですが、最近また発行部数が落ちてきています。

というのも、ネタ倉庫である博麗神社が、迂闊に記事に出来なくなったためです。

幸いなことにして、まだ上の方々は彼女の存在に気付いていませんが、下手に記事に彼女の写真を載せてしまっては混乱を招きます。

向こうもその辺りのことを考慮に入れているのか、目立った行動を取ってはいません。たまに野良妖怪の被害報告ぐらいなら聞きますが。

ともかく、それなら安心と言いたいところなのですが、困ったことに彼女優夢さんに餌付けされてしまったようなのです。

一週間のほとんどを神社で過ごし、たまに外出したと思ったら優夢さんと一緒に人里まで出掛けたり。私のネタの源泉は主に優夢さんですから、それでは意味がありません。

一度霊夢さんを記事にしましたけど、あまりに何事もなさすぎて過去最低部数を更新しましたからね。やはり彼女は『異変』時以外は期待できません。

そんなわけで、清く正しい射命丸は現在大絶賛スランプ中なのです。

「う~ん・・・何とかこう、彼女と優夢さんを分けられればいいんですが。河童に頼んで特定種族だけ写らないフィルムを作ってもらいましょうか。」

「おいおい、それじゃその特定種族とやらが可哀相じゃないか。幽霊でも写真におさめるのが天狗の仕事だろ?」

「いや、そんなここ百年ぐらいの間に開発されたものを天狗の仕事にされ、て・・・も?」

はてさて、私は一体どなたと会話をしているのでしょうか。今までここには私しかいなかったはずですが。

それに当人の姿も見当たらないし。空耳ですね、そういうことにしましょう。

「ちょいとちょいと。そいつはひどいんじゃないかい?あんたいっつも神社を覗きに来てるくせに。」

「人をストーカーみたいに言わないで下さい。たまにです、たまに。」

それに、あなたを記事にした覚えはありません。

「何だ、やっぱり私が誰かわかってるじゃん。」

「・・・しまった、自分で逃げ道を塞いでしまいました。」

「何言ってんだい。私に見つかったら逃げ道なんて最初からないよ。」

いやまあ、わかってますけど。

一体今日はどんな星の巡りなのでしょうか。考えごとに耽っている間に、いつの間にやら私は霧に包囲されてしまっていました。

気付いたときにはもう遅く、逃げ道は塞がれていると考えて間違いないでしょう。

これまで私に接触してこなかったのは、ただの気まぐれなんでしょうかねえ。

「どちらかと言うと、今日声をかけた方が気まぐれさ。」

「どちらにしろ気まぐれには変わりないんですね。全く、混乱を避けるために自重してる記者の身にもなってください。」

「あはは、悪い悪い。まあ、固いことは言いっこなしってね。」

徐々に徐々に、私を覆う霧が一ヶ所に集まり、疎く広がった妖力が密となっていく。

一応周りに見られないよう配慮してくれているのか、私達を覆う霧はそのままに。

彼女は本来の姿をとり、私の前に現れた。

「相変わらず酔っ払ってらっしゃいますね。酒呑童子殿。」

「そりゃ、私は酒呑童子だからね。えーと、うぜえ丸、だったっけ。」

射命丸ですよ。どんな間違い方してるんですか。

小さい体に巨大な力を持つかつての上司に、私は文句を言いたかった。



酒呑童子・伊吹萃香。

まだ幻想郷が幻想郷と呼ばれるよりも前のこと。鬼が妖怪の山で頂点に立ち、天狗がその下で働いていた頃。

彼女は山の四天王と呼ばれていて、その名が示す通り鬼のトップの一人だった。

その小さい体からは想像もつかないほどの力を持ち、霧となって何処へも現れる神出鬼没。そして、他に敵う者がいないほどの大酒呑みだった。

酒呑童子という二つ名は、そんな様子を表したよく出来た名だと思う。

何せ誰も彼女の素面を見たことがないのだ。無限に酒の湧く瓢箪をいつも持ち歩き、呑み続けていたのだ。

他の鬼でさえそこまでは呑まないのに、彼女はまさに底無しだった。少なくとも酒に関しては、彼女は鬼の中でも一番だったと思う。

そんな彼女だが、人望は割とあった。鬼にしては少し特殊な性格をしており、気さくで下の者だろうが構わず接してくる。

かくいう私も、昔は密かに憧れていたこともあったりする。昔の話だけど。

まあそんなわけで、私は彼女のことをよく知っていますが、酒呑童子殿が私のことを覚えていないのは当たり前なのです。私の中では唯一と言っていい存在ですが、彼女にとって私はその他大勢の一人でしかありません。

・・・にしても、少しひど過ぎる間違いだと思いますが。悪意感じましたよ。

「いやー、悪気はなかったんだって。嘘はつかないよ。」

「あなたが嘘をつかないことはよく知っています。むしろ余計ひどく感じました。」

「えー。」

悪意のない悪口ほど惨いものもありませんよね。

「それで。こんな真似までして、今日はどのようなご用件でしょうか?私としては、早めに解放していただけるとこの後の取材に助かるのですが。」

「取材の予定なんてないだろうに。嘘は嫌いだよ。」

・・・嘘ではありませんよ、今は記者ですから。ネタがなくとも、探すのが新聞記者魂というものです。

「あんまり読んでる人いないのに、よく頑張るねぇ。」

「そんなことはありませんよ。楽しみにしてる人はいるんですから。」

おやっさんとかパチュリーさんとか。・・・ぐらいしか思い浮かばないのが悲しいですが。

「ふーん、まあいいや。私の用件を聞き入れてくれたら、さっさと解放してあげるよ。」

「内容にもよりますがね、善処します。」

さすがに、妖怪の山に戻りたいなどと言われた日には、聞き入れるわけにはいかない。勝ち目があるかどうかも怪しいが、そのときは私も戦いを辞さない。

そんな幾分かの緊張をはらみ、私は酒呑童子殿を見た。

「そう恐い顔をするなよ。大した用件じゃない。」

妖怪の山を(物理的な意味で)動かしたあなたの基準は、あてになりませんよ。

「本当に大した用件じゃないって。実は昼飯を食いっぱぐれちゃって、腹が減ってるんだ。何か食い物を持ってたら、くれないかな。」

「食べ物、ですか?」

彼女の言葉に、体の緊張が抜けていくのがわかりました。どうやら、本当に大した用事ではなかったようです。

「と言われても、残念ながらないですね。お昼はもう三刻も前に過ぎてますから。」

お弁当の梅干しおむすび、美味しかったです。

「そうかー。残念だったな。」

「申し訳ありませんが。他にご用件がないなら、私は失礼しますね。」

会釈をし、私は反転し。





「まあまあお待ちよ。話はまだ終わってない。」

背中にかけられた声を、やけに冷たく感じた。

「・・・まだ何か?」

私は再び警戒を前面に押し出しながら振り返った。

「私の用件は『食い物がほしい』。あんたはその用件を満たしてないじゃないか。」

「とは言われましても。先ほども言いました通り、私は食べ物の持ち合わせがありませんから、満たしようがないじゃないですか。」

「嘘。あんたはまだ一つ差し出せるものを差し出してない。いや、気付いていないと言った方が正しいか。」

・・・何を言っているのでしょうか。こんなところで嘘をつくほど、私は堕ちていませんよ。

「だから言い直したじゃないか。気付いてないって。」

「わからないですよ。その持って回った言い方、妖怪の賢者の癖が移ってませんか?」

「ありゃ、あいつと一緒になっちゃってたか。それは嫌だね。」

酒呑童子殿は賢者と親友だと聞いていますが。遠慮なく言いますね。

「なら単刀直入に言う。飯がないならあんたを食わせな。」





・・・・・・・・・・・・・・・。

「ぱーどうん?」

「優夢の真似したってあいつほど上手くは言えてないよ。食い物がないならその身を差し出せって言ってんのさ。鬼らしいだろ?」

理解ができない私に、彼女はさも当たり前と言った調子で言いました。

「そもそも鬼ってのは、昔は人間の異性をさらって食ってたんだ。その時代から生きてるあんたが驚くことでもないだろう。」

「いえあの、私烏天狗な上に同性なんですけど。」

「この際気にしない気にしない。」

気にしますよ!何でそこでアバウトなんですか!!

「腹が減ってるんだ、仕方がないだろう。というわけで観念しな。」

「いやいやいやいやいや!!」

いけません。酒呑童子殿の空腹はヤバい域に達しているようです。言動が目茶苦茶です。

酒さえあればご飯はいらないような人だと思っていたんですが・・・。優夢さんの餌付けの影響か。

彼女は嘘をつかない。だから、やると言ったらやる。そういう人なのです。

ということは、何か上手い方法を考えないと、本当に私が焼鳥に・・・。



『焼鳥』?



「・・・そうだ!酒呑童子殿、私を食べるのは待ってください。」

あることに思い至り、私は待ったをかけた。

「辞世の句でも詠む気かい?」

「違いますよ。美味しい話を思い出したんです。」

「ほぉう?」

私の話に、酒呑童子殿は興味を持ってくれたようです。張り詰めていた妖気がわずかに弛緩するのがわかりました。

「あなたは、ミスティア=ローレライという夜雀をご存知ですよね。」

「ああ、最近神社の宴会に来てる陽気な鳥娘だろ?少し頭の足りない。」

「バッチリですね。彼女、この間から八目鰻の屋台を始めたんですよ。まだ知名度がないから客は少ないですが、味は割といけますよ。」

「へぇ。そういえばそんな話をしてたような気がしないでもないね。」

彼女の声は大きくてよく通るから、あの場に来てるほとんどが知っているはずなんですがね。

幻想郷の強者達はよくも悪くもマイペースだから、そのことを気に止めるのは数えるぐらいです。彼女もまた気に止めなかった側のようです。

「何処でやっているかは日替わりみたいですけど、大体の位置なら案内できますよ。私を食べるより、八目鰻の方が美味しいと思いますけど。」

「一理あるね。烏は食べたことないけど、鰻は酒の肴に合うからねぇ。」

八目鰻は鰻じゃないらしいですが。まあ、ここは黙っておきましょう。

どうやら彼女の興味も、そっちに移ったみたいですしね。

「んじゃ、案内はよろしく頼むよ。えーと、きめぇ丸?」

「射命丸です。本当にわざとじゃないんですかその間違い方。」

「心外だねぇ。」

それはこちらの台詞です。



とにもかくにも、どうにか危機は脱したようです。

辺りを覆っていた霧は晴れ、私達はミスティアさんの屋台を目指すことにしました。





***************





「だ~れがころした~クックロビン~♪」

陽気に口ずさみながら、私は屋台を引いていた。つい先日完成したばかりの焼き八目鰻屋台だ。

さすがに開店して間もないから客はまだまだ少ないけど、今のところのウケは上々だ。

リグルとルーミアが協力してくれて、少しずつ客層も広がってきている。私の野望に着々と近付いてる実感があるよ。

けれどやっぱり、私としては一番来てほしい客層は人間だ。この屋台は焼鳥撲滅のために始めたんだから。

そういう意味で言えば、私はまだ野望の一歩を踏み出したところで足踏みしているだけかもしれない。

リグルにしろルーミアにしろ、もちろん私もだけど、人間との繋がりが少ない。せいぜいが神社の連中ぐらいなものだ。

だから、口コミで広がっていくのは主に妖怪であり、人間はまだ一度も来たことがない。

まあ、これは仕方ないことさ。私達は生粋の妖怪なんだから。

それに、全く関わりがないわけじゃないんだから、そのうち広がっていくかもしれない。そう考えれば、別に悲観することなんて何もない。まだまだ始めたばかりなんだから。

難しく考えないで、楽しんだ方がいいに決まってる。だってそっちの方が楽しいし。

「さーて、今日はどの辺で営業するかねー。」

私は移動屋台という形式を取っている。色々なところでやった方が、色んな妖怪に味を知ってもらえるからね。

時には平原で、時には森の中で。割と物好きってのはいるらしく、何処でやっても客0ってことは今のところない。

だから決めるのは完全に私の気分次第。今日は遠くまで見たい気分だから平野にしよう。

しばらく歩き、適当な平野を見つけた。そこで屋台の脚を固定し、提灯に火を入れる。

まだ日は少しあるみたいだ。じゃあ日が沈むまでの間、仕込みでもしようかね。

あらかたの準備を終えると、私は包丁を手に取り、今朝取ったばかりの八目鰻を捌き始めた。



しばらくその作業に没頭していると、空から降りてくる気配があった。

お客かな?と思っていたら、その予感はあっていたようだ。暖簾をわけ屋台に入ってくる者があった。

「お客さん、ちょいとごめんねー。まだ仕込みの最中・・・おや?」

包丁の動きを止め顔を上げると、ここのところ度々訪れてくる客の姿があった。

三歩歩けば忘れると揶喩される私だけど、頻繁に訪れる客ぐらいは覚えてる。

「文々丸さんじゃないかい。今日も来たの?」

「いい加減名前を覚えてください。私は文々丸じゃなくて射命丸です。」

いいじゃんいいじゃん、あだ名だよあだ名。

「むぅ、何だか今日は踏んだり蹴ったりです。」

「はっはっは、いいじゃないか。左遷丸なんて縁起の悪い名前よりはさ。」

「『射命丸』ッ!!」

文々丸さんは、どうやらお友達を連れてきてくれたようだ。

「いらっしゃい、新顔さんだねぇ。見たところ、牛の妖怪かい?」

角の生えた少女を見て、私はそう尋ねた。私は何かまずいことを言ったのか、突然文々丸さんがわたわたしだした。

「あんた、面白いねぇ。角を見てまず牛を連想したか。」

「いやー、普通じゃないかい?」

「その豪胆さ、気に入ったよ、夜雀。私は伊吹萃香。どうせあんたは覚えてないだろうけど、博麗神社によくいる鬼さ。」

あー、そう言われれば何処かで見た顔な気がしなくもないかもしれない。

「ごめん、よく覚えてないや。」

「だろうね。そのぐらいわかってたから、別に気にしなくていいよ。」

あ、そう?んじゃ、お言葉に甘えて。

「ああ、忘れてた。私はこの屋台の女将のミスティア=ローレライさ。・・・って、あんたは知ってんだっけ。」

「まあね。その辺はいいさ。とにかく私は腹が減ってるんだ。何か適当に食わせてくれよ。」

「今まさに仕込みが終わったところだよ。お客さん、運がいいね。」

さて、腹が減ってると言われちゃあ黙ってらんないね。あんたも八目鰻の味を知るといい。

「意外と大物だったんですね、ミスティアさん・・・。」

ん?何のことだい?



ちっこい鬼のお客さんは腹が減ってるとのことだったので、ささっと焼き上げた八目鰻を先に出してあげた。

他のつまみやらはゆっくり作るとして、まずはここのウリの八目鰻を味わってもらうことにしたのだ。

「ふぅん、香りは悪くないね。この醤油ダレの香りは何処かでかいだような気もするけど・・・とりあえずいただこうか。」

ジロジロと八目鰻を見てから、小切れになった身を一つ取り上げ、口に運ぶ。

それをじっくりと咀嚼し、飲み込む。すると、彼女の目が大きく開かれた。

そこから彼女はガッツガッツという勢いで八目鰻を食べ、あっという間に全て食べ切ってしまった。

「ありゃりゃ、もうちょい味わってちょーだいよ。せっかく作ったんだから。」

「あ、いやすまん。あんまりにも美味しかったからつい。」

そーだろそーだろ♪

「いや、確かに美味しかったけど・・・・。この味、優夢の味付けにそっくりだ。」

「え?そうなんですか?」

優夢?・・・って、ああ。ごんべえさんの名前だっけ。

「そりゃ、この醤油ダレはごんべえさんに教えてもらったんだもん。」

私が屋台を開くと言ったら、あの人やたら協力してくれたからね。料理の手ほどきとか、全部あの人からだよ。

「あー、そりゃ美味いわけだ。」

「なるほど、そういうカラクリでしたか。これはメモですね。」

そう言って、文々丸さんは取り出した手帳にメモを始めた。

文々丸さんってよくああやってメモ取ってるけど、何なんだろうね?やっぱり、物忘れが激しいのかな。鳥妖怪だから。

「わかってるわかってる。私はわかってるよ、文々丸さん。」

「? 何の話をしてるんですか、ミスティアさん。」

わかってるから皆まで言うな。あんたは私の友達だよ。こいつは私からのサービスさ。

「あ、射命丸にだけずるいぞ!私にも!!」

「って、ちゃんと私の名前覚えてるじゃないですか!!」

「はいはいちょっと待ってねー。」

ギャーギャーと騒ぎ始めたお客二人に、私は次の料理を出すべく調理を始めた。

どうやら、鬼のお客さんもうちを気に入ってくれたようだ。一歩前進だね。





すいっち(と呼ぶことにした)は出す料理全てを美味い美味いと言って食べてくれた。そのため、私もだいぶ気がよくなって、次から次へと料理を出していった。

気がついたら、いつの間にか月が天頂に来るぐらいの時間になっていた。

「あー、こりゃ今日は他にお客さん来ないかねえ。」

このぐらいの時間が境目なのだ。この屋台は夜間営業だけど、深夜を過ぎる前までが客入りの時間。

以降は、入った客が私の料理と酒でドンチャン騒ぎをする時間だ。興が乗ると、私の歌を披露したり、一緒に呑んだりもする。

で、今日は私も一緒に呑んでる日だった。新しいお客さんとの出会いに乾杯ってことでいいかな。

「そうなの?まだ宵の口なのに。」

「宵の口だからさ。こっから騒ぎ出すと、一番盛り上がるところで朝になっちまうのさ。」

「なるほどねー。」

これは私がちょっとの屋台経験から学んだことだ。

今この場にいるのは、私とすいっちのみ。文々丸さんは仕事があるとかで帰ってしまった。

まあ、仕事は大事だよね。私もこうして働いてみてよくわかるよ。

「すいっちは何か働いてるー?」

「何だい、藪から棒に。今はー・・・時々神社の掃除の手伝いをするぐらいだねぇ。昔はそれなりに働いてたけど、今じゃ全くそんな気はおきないね。」

「そうなのかい。ま、そんな生き方もあるかな。」

「そーそー。働くのは若いうちさ。」

すいっち、見た目は私よりも幼く見えるんだけどねえ。妖怪の見た目が当てにならないのは、今に始まったことじゃないか。

「だから霊夢もしっかり働くべきなのさ。私の安定した食事のためにも。」

「すいっちも何やら苦労してるみたいだねぇ。応援してるよ。」

「そりゃ、こっちの台詞だね。あんたの料理は優夢の手ほどき受けてるだけあって美味い。是非とも続けてくれよ。」

うん、そのつもりだよ。

「っと、そうだ。それならすいっちにもちょーっと頼みたいね。」

「ん?私にできることなら何でもいいなよ。あんたの頼みなら聞いてやる。」

そりゃ心強い。

「大したことじゃないよ。この屋台を、もっと皆に広めてほしいのさ。もっと多くの妖怪、それからできれば人間にもこいつを知ってほしいからね。」

言いながら、焼き八目鰻を口に放り込む。魚肉の旨みと醤油ダレのハーモニーが口の中に広がる。我ながらこれはナイスアイデアだった。

「まあ、人間は難しいけどね。妖怪の私らじゃ人間との接点ってあんまりないし。」

「だったら私がやってやるよ。」

どん、と酒の器を台の上に置き、すいっちは力強い目で言った。

「こう見えて、私は人里で顔の効く方でね。こんな美味いものなら、自信を持って勧めてやるよ。」

「・・・ははは、まあ、期待しておくよ。」

「本当だよ。鬼は嘘をつかない。明日はここを人間でいっぱいにしてやるって約束する。」

すいっちの目には、一切の迷いがなかった。今言ったことを、現実にしてやるという強い意志が、そこにはあった。

・・・そこまで言われちゃ、信じないわけにはいかないね。

「わかったよ。明日は楽しみにしておくよ、すいっち。」

「ああ、任しときな。・・・というわけで、今日は前夜祭だ!呑もうよ、みすちー!!」

「当然!秘蔵の一本も出しちゃうよー!!」

すっかり意気投合した私達は、月が山に隠れるまで呑み続けた。

私達は、とても愉快な時間を過ごした。





翌日。

すいっちは、本当に大勢の人間を連れてきてくれた。その量の多さに、私は唖然としたほどだった。

それだけの人数を裁ききるのは骨だったけど、リグルとすいっち、それから何と人里の守護者がヘルプに入ってくれて、何とか全員を裁くことができた。

大変だったけど、とても嬉しかった。皆が私の焼き八目鰻を食べてくれたことが。

私は、すいっちに心からの感謝をした。



以来私達は、時折屋台とか関係なしに飲み交わすほどの友人になったのだが。

それはまた、もう少し未来の話だ。





+++この物語は、鬼と鳥の妖怪が出会いケミストリーする、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



欠食童子:伊吹萃香

欠食児童でなしに。酒も呑むし大食らい。こう書くと性質が悪く思えるが、萃香だと微笑ましく感じる不思議。

ミスティアのことを気に入った。料理の腕もそうだが、何より明るく裏表のない性格がいいと思ってる。

ちなみに射命丸に関しては、最後にやっと覚えただけ。嘘はついてないよ。

能力:疎と密を操る程度の能力

スペルカード:鬼符『ミッシングパワー』、『百万鬼夜行』など



鬼と鳥の仲介天狗:射命丸文

今までなるたけ萃香に関わらないようにしてきたため、影が割と薄かった。

ちなみにこの日は取材にならなかった。何せ解放されたのが夜9時ぐらいだもの。天魔からこっぴどく叱られたとか。

梅おむすびは自作。料理の腕は悪くないはずだが、天狗故にレパートリーが少ない。

能力:風を操る程度の能力

スペルカード:疾風『風神少女』など



幻想屋台の主:ミスティア=ローレライ

厨房と客席完備の高性能屋台を持ち歩く夜雀。食材は自分で狩りに行っている。

確かに優夢の教えは受けたが、彼女の料理の腕は才能によるところが大きい。隠れ名料理人。

歌って踊れて料理が出来て弾幕戦も割と強い、実は相当能力の高い妖怪。それを使いこなすだけの頭脳が足りないが。

能力:歌で人を惑わす程度の能力

スペルカード:鷹符『イルスタードダイブ』、夜盲『夜雀の歌』など



→To Be Continued...



[24989] 三・五章四話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:43
珍客、という言葉が頭に浮かんだ。

最近は客自体はそれほど珍しいことじゃない。幻想郷には医者が足りていないため、病気や怪我をした人間がこの永遠亭にやってくることはよくあることだ。

そして、今やってきたこの人物が珍しいかと言われれば、それほどでもないと思う。

『異変』以来、師匠に連れ出される宴会で何度か顔を合わせているし、彼女が永遠亭にやってくることも何度かあった。

まあ、それほどの頻度ではないから、そういう意味で言えば珍しいかもしれないが、珍客というほどではないだろう。通常なら。



「よう、鈴仙。お前の師匠いるか・・・へくちっ!!」

そう、通常ならである。

「魔理沙・・・馬鹿は風邪を引かないんじゃないの?」

「心外な。私は馬鹿じゃない・・・へっぷち!!」

いつも元気な健康が取り得みたいに思っていた白黒の魔法使いが、真っ赤な顔をして鼻を垂らしながらカタカタ震えているのを見て、私は一瞬人違いかと思った。

けれどそれは寸分違わず私の知っている魔法使いであり、一目で分かる通り風邪を引いていた。

何かの天変地異の前触れだろうか。

「変な茸でも取って食べたの?」

「茸ぐらいでこうはならないぜ。『夢想封印』喰らって気絶して一晩外に放置されたんだぜ。」

・・・ああ、なるほど。やはりこいつは霧雨魔理沙か。

このだいぶ寒くなってきている時期に外で寝るなどという馬鹿をやって、風邪を引く程度で済むとは。人間なのに。

「やっぱりあんた馬鹿でしょ。」

「私の意思じゃない。霊夢の癇癪だ。」

どっちにしろ馬鹿よ。あの鬼巫女と長期間に渡って付き合いを持ち続けてる時点で。

「そんなことより、頭がガンガンしてフラフラするんだ。早くお前の師匠呼んでくれ。」

「ただの風邪で師匠を頼られてもね。・・・まあ、病人目の前にして放っておくわけにもいかないんだけど。」

私が診られればいいんだけど、あいにくと勝手に患者を診る権利は与えられていない。てゐの時は緊急事態だっただけ。

「着いてきなさい。診察室まで案内するから。」

「あー、肩ぐらい貸してくれ。ここまで自力で飛んできたから、頭がフラフラと・・・。おっとっと。」

全く、世話が焼けるわねぇ。妹紅に連れてきてもらいなさいよ。

って、こいつはそのことを知らないのか。優夢も知らなかったみたいだし。

やれやれとため息をついて魔理沙に肩を貸し、私達は診察室へと歩いた。



「38度5分。完全にただの風邪ね。」

魔理沙から体温計を受け取り、師匠が読み上げた。私はそれをカルテに記していく。

ここまでの魔理沙の診察結果全てがこのカルテに記されているが、それらを統合して出される結論はまさに『ただの風邪』だった。

経緯を聞いた師匠が『何か変な病気を患ってるといけないから』と入念に診察した結果のただの風邪だ。呆れる他はない。

「この時期にそんな格好で一晩外に放り出されて風邪だけなんて。あなたも大概人間やめてるわね。」

「別に普通だろ。んなことより早く治してくれ。」

風邪であることはわかっているとばかりに、治療を催促する魔理沙。

しかしお師匠様は首を横に振った。

「ただの風邪なら薬を処方するわけには行かないわね。今日は帰って安静にしてなさい。」

「えー?何だよそれ。」

「確かに、風邪を治す薬ならあるわ。だけど薬には必ず副作用があるものよ。自然に治るならそれが一番いいの。まだ若いんだから、薬に頼らないことよ。」

お師匠様の正論に、魔理沙は口を尖らせて不平不満を言う。

薬は、裏返せば毒だ。微量の毒は薬となり、過量の薬は毒となる。だから、自分の力で治せるなら薬を処方しないのが一番正しい治療だと、お師匠様は言っていた。

薬師として、薬を処方しないのが正しいというのは少し納得が行かなかったけど、薬を作る能力を持つお師匠様が言うのなら間違いないはずだ。

「こんなに鼻も出て頭も痛いのに見殺しにするのか。やぶ医者め。」

「何と言われても薬は出さない。栄養のあるものを食べてしっかり休みなさい。」

色々と文句を言う魔理沙に、お師匠様はただ一言ピシャリと言い切った。

魔理沙は取り付く島なしと理解したようで、大人しくなった。

そこでお師匠様は一息つき。

「まあ、あなた一人でまともな料理が作れるとも思えないし、体調がマシになるまでなら入院しててもいいわよ。」

少しの譲歩を見せた。

「へん、私も甘く見られたもんだな。料理ぐらいできるぜ。」

「そんなフラフラな状態で?やめておきなさい、火事になるわよ。」

「なら火を使わなきゃいいだけだぜ。邪魔したな。」

何を意固地になっているのか、魔理沙は立ち上がりフラフラとした足取りで外に出ようとした。

・・・全く。

「魔理沙。ちょっとこっち見なさい。」

「何だ・・・ぜぇ?」

私は狂気の瞳で真っ直ぐに魔理沙を見た。私の言葉に反射的に顔を上げた魔理沙は、私の目を真っ直ぐに見てしまった。

健康な状態なら抵抗もできるだろうけど、風邪っぴきの魔理沙に私の狂気をレジストできるはずもなく。

「うえぇ?」

コテンと倒れてしまった。

「助かったわ、うどんげ。それじゃ、この娘が目を覚ます前にベッドに運ぶわよ。」

「了解しました。」

私は師匠の命に従い、魔理沙をベッドに運び寝かせた。

本当に面倒臭い人間だわ、こいつ。





***************





――頭がボーッとする。何だか熱っぽい。そのために思考がはっきりしない。

目が覚めた私は、自分の現状を考えるということに気がつくまでかなりの時間を要した。

何で体が熱いのかと考えてみたら、そういえば自分が風邪を引いていることを思い出した。

どうやら私はどこかに寝かされているようだ。ベッドの上だ。

視界に入ってきた天井と壁の色は白一色だった。穢れなど一切ないような色で、清潔だがつまらなかった。

ここでじっとしていると、体が内側から腐っていくような気がする。そのぐらい単調な部屋だった。

だから私は、少々体がだるいながらも、上半身を起こした。

「あら、結構時間かかったわね。」

起きた私に声をかける者があった。私の知る人物の声だ。

・・・ああ、ちょっとずつ思い出してきた。

「風邪引いてるんだ。このぐらい当たり前だろ、人間として。」

「そうね、ここで即復活するようだったら完全に人外認定してるところよ。」

優夢じゃあるまいし、そんなことできるか。

「で、ここは?」

「診察室の隣。病人用の入院施設よ。」

私の問いに、私をここに押し込んだ張本人であろう八意永琳は簡潔に答えた。

そうか。入院施設か。そういえば、安静がどうのとか言ってやがったな。

「で?」

「一日安静にしてれば、あなたの若さなら風邪なんか治るわよ。料理はここの兎がくれるから。」

やっぱり薬はなしなのか。

「当たり前でしょう。どんなに効能のいい薬だったとしても、その裏に毒が存在することは代わりないの。要は毒を取った方がマシなのかどうかよ。
あなたのはただの風邪なんだから、薬は必要ないのよ。死ぬわけじゃないんだから。」

わかったよ。頭の堅い医者だぜ。

「どっちがよ。それと、私は医者だけどどちらかというと薬師なのよ。」

ああそうかい。知ってるか、植物の名前だぜこれ。『亜阿相界』。

「それだけ元気があれば平気ね。じゃあ、私はカルテをまとめなきゃいけないから。何かあったら呼んで頂戴。」

私の軽口にはとりあわず、永琳は隣の部屋へ引っ込んでしまった。ノリの悪いやつだ。



そして、この白いだけの部屋に私一人が残されたわけだが。

「・・・つまらん。」

実につまらない。ベッドの上で寝ているだけなんて。

これが嫌だったから私は永琳の薬をあてにしてわざわざここまできたんだ。なのに結局じっとしてるだけなんて、ふざけた話だ。

かと言って、熱で頭がボーッとするのは事実だ。抜け出そうにも飛んでる途中で墜落しても嫌だし、そもそも酒盛りができる体調でもない。

だから永琳が薬を出さない限り、私はこうしているだけしか手段がないわけで。

医者ってのはずるい奴だ。私は手段がないのに、自分の都合で出し渋れるんだから。ああ、永琳は医者じゃなくて薬師か。どっちも一緒だ。

私はじっとしてるってのができない性分なんだ。幻想郷をところ狭しと飛び回り、厄介事に首を突っ込んで解決する正義の魔法使い、それが私だ。

それがこんな何もないところで一日を潰すなんてありえない。あってはいけない。

というわけで。

「えーりーん。」

それほど大きな声は出ないが、できる限りの声で永琳を呼ぶ。届かなかったらもう一度声をかけてやるつもりだった。

だけどそれはちゃんと届いたようで、しばらくあってから診察室とここを隔てる障子が開かれた。

「何?お腹でもすいたのかしら。」

「腹も減ってるが、暇だ。」

分かりやすく言ってやったのに、永琳は額にしわを寄せた。

「じっとしてるとやることがなくて暇だから、薬をくれ。」

「・・・あなたには風邪薬じゃなくて人格矯正薬をくれてやりたいわ。」

真顔で物騒なことを言うな。ていうかそれ確実に魔法薬だろ。

「魔法薬も作れないことはないわよ、薬である限りはね。そういうわけだから、強制的に人格変えられたくなかったら大人しくしてなさい。」

「やだ。暇だ。せめて話相手ぐらい寄越せ。」

頑とした私の態度に、永琳はため息を一つついた。

「ご指名は?」

「優夢。」

「だと思ったわ。けど、あの子は今は永遠亭の主よ。病人の相手なんてさせるわけにはいかないわね。」

えー、いいじゃんかそのぐらい。私と優夢は親友だぜ。

「そんなことは関係ないわよ。てゐを寄越してあげるからそれで我慢しなさい。」

私はまだ不満を連ねたが、永琳は聞く耳を持ってくれなかった。やっぱり医者はずるい奴らだ。

そして永琳は戸を開け。



「あ、永琳さん。魔理沙が入院したっててゐから聞いたんですけど・・・本当みたいですね。」

その向こうの、診察室と廊下を隔てる戸を開けて、輝夜っぽい服の奴が立っていた。

それを見て永琳は物凄く渋い顔をした。ざまあみろと、私は心の中でほくそ笑んだ。

馬子にも衣装ではないが、普通に和服の似合ってるそいつに向かって、親しげに話しかけた。

「よう、風邪引いたぜ。」

「見りゃわかるけど、今度は何をしでかしたんだ。」

「『夢想封印』喰らって一晩放置された。」

「何やってんのお前ら。」

輝夜の代わりに永遠亭の姫をやることになった、私の親友・名無優夢に向かって。





***************





魔理沙が風邪っていうのは、正直なところ耳を疑った。あいつほど病気が似合わない奴も珍しいからな。

けど、経緯を聞いて逆に風邪を引いたことに納得したというか。風邪で済んだことに納得した。魔理沙だし。

「お前も言ってくれるな。私は普通の人間だから、風邪をこじらせて死ぬことだってあるぜ。」

「風邪っ引きが縁起でもないことを言うな。」

そら、妖怪とかは風邪で死んだりはしないだろうけど。あ、いやどうなんだろう。

「妖怪といえど、生き物は生き物。病気をすることはあるし、それが元で命を落とすことはあるわよ。」

と、俺の疑問に永琳さんが答えてくれた。なるほどね、妖怪には妖怪の病気があるのか。

「そんなことより、何であなたがここにいるのよ。永遠亭の主である自覚はあるの?」

「? 友人の見舞いはいけないことですか?」

「いけなくはないけど・・・しょうがないわね。」

ああ、なるほど。『永遠亭の主が病人の世話をする』っていうシチュエーションが体裁的に悪いと思ったわけか。

「なら、このことは他言無用にしておきますよ。それで問題ありませんよね。」

「結局こうなるのね。まあ、あなた自身の意思で来たのなら問題ないか。」

どうやら永琳さんも納得してくれたようだ。

「けれど、今は姫だということを忘れないでね。」

「わかってますよ、永琳さん。」

甚だ不本意だけど、何とか頑張ってますから。

俺の答えに一応の安心をしたか、永琳さんは診察室の方へと戻っていった。

「ひひひ、なかなか似合ってるじゃないか。」

「何がだよ。」

「その格好だよ。いっそ、普段着をそれにしたらどうだ?」

冗談。何が悲しゅーて女物の服を普段着にせにゃならん。

「それに第一、この服は輝夜さんの服だ。もらうわけにはいかないだろ。」

「そうか?案外二つ返事で譲ってくれそうだけど。」

いや、それはないだろ。こんな高そうな服。

「そうでもないわよ?姫様が着なくなったお古なら、あげてもいいわ。」

「向こうに行ったんじゃなかったんですか、永琳さん。」

「一つ魔理沙に聞き忘れていたことを思い出したのよ。姫様と霊夢の様子を聞こうと思ってね。」

あ、確かに。それは俺も気になるな。上手くやれてるんだろうか?

「さあな。私は昨日の夕方頃からの記憶がぶっ飛んでるからな。ただ今朝見た様子だと、輝夜はこき使われてたぜ。」

・・・霊夢は相変わらずということか。わかっちゃいたことだが。

「とことん働かないわね、あの巫女は。」

「まあ、それが霊夢ですから。」

ふむ、と永琳さんは何事か思案を始めた。輝夜さんだけでなく、霊夢にちゃんと働かせる方法を模索してくれているんだろうな。

俺がここに来た理由として、『霊夢の怠惰を矯正できるかもしれない』ということがある。それを永琳さんは守ろうとしてくれているんだろう。

「けどまあ、それはできたらの話ですよ。あいつはそうそう変わるタマじゃない。」

「それは私もわかってるわ。あの巫女の能力の性質上ね。」

はて、霊夢の能力?確か『空を飛ぶ程度の能力』だったよな。

「表面だけをとらえればそうなるでしょうけど。難しい話になるから割愛するわ。」

「そうですか。」

それならそうしよう。理解できるかどうかも怪しいし。

「あなたにはこうやって姫様の代役を立派に務めてもらっている。私としては、何とか応えたいところなのよ。」

「無理に応えようとしなくてもいいですよ。上手くいったらいいなぐらいにしか思ってませんから。」

「そう言われると、やってやりたくなるのが人情ってものよね。」

そうかもしれませんね。永琳さんの気持ちがわからないでもなく、俺は少々苦笑した。

「ちょっと働きかけるぐらいしてみるわ。少しの間留守にするけど、大丈夫よね。」

「ええ。何かあったら、てゐ辺りに言えば多分何とかできますから。」

「どうやら大丈夫なようね。行って来るわ。」

永琳さんはそう言って、診察室の向こうの戸から出て行った。何を考えているのか、永琳さんのような天才でない俺にはわからないが、きっと物凄い奇策を考えているんだろう。

こうして、この部屋には俺と魔理沙のみが残された。

「なあ、何でてゐなんだ。鈴仙の方が役に立つんじゃないか?」

「鈴仙さんは今人里まで仕事に行ってる。ついでに、兎を纏めてるのはてゐだから、何かことがあった場合はてゐから兎に指令を出せばいいのさ。」

「へー。」

俺が永遠亭の主代理をやってから得た知識に、魔理沙は意外とばかりに感心した。

ああ見えて、結構やり手なんだぞ。てゐは。



それからしばし、俺は魔理沙の話相手になってやった。

病気をしているときに何が辛いかと言えば、じっとしていなければならず退屈なことだ。

過去の経験が思い出せない俺だが、そのぐらいのことは容易に想像がついた。

そういえば、俺幻想郷来てから病気してないな。『願い』ってのは病気しないんだろうか?

「で、私は永琳に薬を出してくれって言ったんだがな。難癖つけて薬を出してくれなかったんだ。」

「どうせまた失礼な態度でも取ったんだろ。」

「そんなことはないぜ。私は事情を説明して薬をくれって言っただけだ。」

そうなのか?お前の場合、自覚がないだけでやりそうだからなぁ。

「今回は本当だぜ。」

「そうか。んー、だとすると、薬が必要なかったってことじゃないか?」

過去が思い出せずとも知識はある。薬を使いすぎると、薬の成分を分解するために肝臓がダメージを受けたり、免疫力が低下するって話だ。

それに、あるデータ(情報元は知らん、知識から引っ張り出しただけだ)では、風邪の治りが一番遅いのは薬を使ったときだってのがある。

「そこまで考えて、永琳さんは薬を処方しなかったんじゃないか?」

「お前までそういうのかよ。薬師は薬出してなんぼだろうが。」

まあ、そういう考え方もあるかもしれんけど。

「正しいタイミングで正しい薬を出すのが、薬のプロフェッショナルってもんじゃないのか?」

「上手く誤魔化されたって感じだなぁ。」

まあ、プロの感覚ってのは素人にはわからないもんだからね。そうもなるかもしれない。

それに、永琳さんなら副作用のない薬ぐらいは作れそうな気もするがな。多分そういうのを使わないことにも理由があるんだろう。

だから、俺が至ったこの考えは魔理沙には話さないことにする。それを知ったら永琳さんに要求するだろうから。

「ふああ、難しい話してたら何だか眠くなってきたぜ。」

「それなら寝た方がいいな。風邪の対処法は、薬よりもまずしっかり寝ることだ。」

「けど、寝てる間は何もできないから、昼から寝るのは勿体ないぜ。」

病気のときぐらい我慢しろ。普段からお前らは好き勝手やりすぎなんだから。

「お前がちゃんと寝るまで、俺がここで見張っててやる。」

「しょうがないな。なら、お前が離れるまで狸寝入りしてやる。」

宣言するもんじゃないだろ、そういうこと。

それからしばし、魔理沙は目を開けて天井を見ていた。言葉通り、起きているつもりなんだろう。

だけど、次第に目が閉じられている時間が長くなっていく。少しずつ、魔理沙の意識が眠っていく。

時間にして五分も経っていなかっただろう。魔理沙は目を閉じ、静かに寝息を立て始めた。

どうやら、ちゃんと眠ったようだ。狸寝入りではなく。

「・・・こうして寝てりゃ、歳相応の女の子なんだがな。」

魔理沙の幼い寝顔を見て、俺は苦笑した。とても普段の勝気な態度、弾幕ごっこの勇姿からは想像できない姿だった。

何とはなしに、魔理沙の髪を梳いてやる。本当に何となくで、その行動に特に意味はなかった。

そこで俺は、ああ、俺も暇してるのかと気付いた。再び苦笑する。

主というものは、全体を把握していなければならない。それは凄く大変なことだと思っていた。

だけど、ここの兎達は全く手がかからない。紅魔館の妖精メイド達とは違って、指示を出さずとも働けるし、指示が必要な場合はてゐが指示を出す。

実に統率が取れており、はっきり言って俺の出る幕はなかった。そうである以上、俺は暇を持て余す結果となった。

なるほど、輝夜さんが妹紅との争いを終えてから自堕落な生活を送ったのも、わからないでもない。この暇さ加減は確かに人をダメにする。

これは輝夜さんが問題なのではなく、この環境がいけないんだと思う。同じ状況に置かれて初めて、俺は何とかしてあげなければと思った。

・・・まあ、輝夜さん自身が自分のやりたいことを見つけるのがいいんだけど。多分わからないんだろうな、そういうことが。

輝夜さんは生粋の姫君だから。それに、1000年間妹紅との殺し合いだけを続けてきたから。

この一週間の入れ替え生活を終えたら、そこのところの相談に乗ろうかと、そう思った。

「・・・ふあ。」

欠伸が出た。そういえば、昨日は宴会があってあんまり寝てなかったっけ。ちょっと眠い。

魔理沙はすっかり寝入っている。しばらく起きることはないだろう。

なら、少しの間なら眠っても問題はないだろう。少しだ、少し。

「んじゃ、俺もおやす~。」

誰に言ったわけでもないが、俺はそう言って魔理沙の寝ているベッドに頭を乗せ。

すぐに、眠りの世界へ旅立った。





ちなみにこの午睡は少しでは済まず夕方ぐらいまで寝てしまい、後で永琳さんにこっぴどく叱られた。

そして俺が魔理沙が寝ている横で眠っている姿を鈴仙さんやらてゐやらに見られたらしく、色々とあらぬ嫌疑をかけられたが。

それはまた、別の話である。





+++この物語は、風の子が風邪を引いて幻想が看病してみる、奇妙奇天烈な混沌とした物語+++



風邪を引いた普通の魔法使い:霧雨魔理沙

普通の人間だから普通に風邪を引く。それぐらい普通の魔法使い。

まだ冬の頭だから、外で一晩過ごしても死なない。と思う。ひょっとしたら死ねるかも。

まあ、そこは幻想郷的一般人なので。逞しいのである。

能力:魔法を使う程度の能力

スペルカード:恋符『マスタースパーク』、魔砲『ファイナルスパーク』など



結果的に看病してた主代行:名無優夢

友人なんだしそれぐらい大目に見てくれてもいいが、永琳は見てくれなかったようだ。正座させられて説教された。

あらぬ嫌疑とは、魔理沙とデキているという話。しかし本人達に全くその意思がないため冷静に否定されたという。

少しだが、輝夜の気持ちが理解できたようである。輝夜のやりたいことを探す手伝いをしようと思っている。

能力:あまねく願いを肯定する程度の能力

スペルカード:気砲『シュプーリングスター』、人形『エターナル・スカーレット・CB』、霊丸『無双散弾 -ショットガン-』、『願い星』など



→To Be Continued...



[24989] 三・五章五話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:43
「ふぅん。なるほどね。」

魔理沙から現状を聞き出した私は、手を打つべく人里までやってきていた。

「魔理沙から聞いたから間違いないと思うわ。ごまかすことはあっても、嘘をつくような子ではないから。」

「その辺りのことは、あなた以上に私は知ってる。初めから疑ってはいないわ。」

彼女はそう言うと、湯呑みのお茶を一啜りした。

「だけど、昔からあの子が私の言うことを聞いた試しはないわよ。せいぜいが神社に出たことぐらい。」

「私もそう簡単に行くとは思ってないわ。けれど、彼との約束のためにも出来るだけ手を打っておきたいのよ。」

「気持ちはわからないでもないわ。けれど出来ないものは出来ない。」

一切の淀みなく言う彼女に、私は少々の落胆と、博麗の巫女は自由の体現者なのだという再確認をした。

「あなたでも抑えられない、か。縛られないことは、これほどまでに厄介なのね。」

「まあね。私が言えた義理ではないかもしれないけど、あの子はこれまでの博麗の中で最も厄介だと言い切る自信があるわ。」

それは卑下なのかしら。それとも自慢?

「後者に決まってるでしょう。私の霊夢がそう簡単に理解されてたまるもんですか。」

苦笑し、なるほどと思った。彼女は意外と独占欲が強いのかもしれない。

「そう。・・・そろそろ永遠亭に戻らなきゃまずいわね。ごめんなさいね、無理なことをお願いして。」

既にここに来て四半刻――幻想郷一般で言うところの半刻が経っている。

あまり長いこと永遠亭を開けておくわけにはいかない。優夢を信用してないわけじゃないけど、過信しているわけでもない。

私は挨拶を告げ、立ち上がった。



「まあ、お待ちなさいよ。八意先生。」

ここを去ろうとする私の背に、彼女が声をかけた。

私は立ち止まり、振り返り彼女を見た。

その顔には、『異変』時に見た霊夢を彷彿とさせる、不敵な無表情が浮かんでいた。

「出来ないとは言ったけど、やらないとは言ってないわよ。」

「出来ないのにやるの?あなた、面倒なことが嫌いなんじゃなかったかしら。」

「ええ、面倒なことは大嫌い。でも楽しいことは大好きなのよ。」

彼女の物言いが、きっと霊夢が成長したらこうなるだろうと思わせるような、当たり前だが不思議な繋がりを帯びていたことが、少しおかしかった。

「それでは、やってくれるのね。」

「ええ。まあ、結果は期待できないけど。」

あなたが動いてくれるだけで、私としては大感謝よ。

彼女はゆっくりと立ち上がった。その堂々たる所作は、とても100年も生きていない人間とは思えず、背筋に寒気が走るほどだった。

ある意味私達は運が良かったのかもしれない。もし月がもう20年ほど早く私達を捕捉していたら、私達を『退治』したのは彼女なのだ。

彼女を相手にしなくて良かったと思えるほどの迫力を、彼女はたたえていた。

だが、今は味方なのだ。これほど頼もしいことはない。

私は彼女に、感謝と敬意を込めて、依頼の言葉を述べた。



「よろしくお願いします、靈夢さん。」

「任されたよ。さあて、久々に楽しませてもらいましょうか。」

博麗霊夢の母、先代博麗の巫女・博麗靈夢。今は茶竹の家に嫁ぎ茶竹靈夢となった彼女が、動き出した。

鬼が出るか蛇が出るか。それは私にもわからない。





***************





空腹で目が覚めた。優夢さんが永遠亭に行ったため、神社の食料事情は一気に悪化した。

輝夜が作ったものは料理と呼べる代物ではなく、一時しのぎにもならなかった。

永琳には一週間と言ったけど、それでも譲歩し過ぎたかもしれない。そもそもこれは、私には何のメリットもないんだから。

そう考えたらイライラしてきたので、私は寝巻のまま輝夜が寝ている部屋まで行き。

「ぎゃん!?」

叩き起こした。

「いつまで寝てる気?そろそろ朝ご飯作らないと、私が飢え死にするじゃない。」

「う、うぅぅ・・・もう少し優しく起こしてよ。昨日の仕事であちこち痛くて。」

日頃から怠けているのがいけないのよ。

「自業自得なんだから我慢しなさい。さっさと起きて朝ご飯作る。昨日の調子じゃ、今からでもお昼になっちゃうじゃない。」

「れ、霊夢も手伝ってよ!私、家事は永琳やイナバ達に任せてたからからっきしなのよ!」

知ったこっちゃないわよ。それを覚えるための強化合宿でしょうが。

「それに、永琳は私だけじゃなくて霊夢も働けって言っ」

「ごちゃごちゃ吐かしてると『夢想封印』叩き込むわよ。さっさとやんなさい。」

「うぅ・・・鬼巫女めぇー!」

捨て台詞を残し、輝夜は台所の方へ走って行った。

とはいえ、私はあいつの料理には何の期待もしていない。ちょっと腹に納められる程度のものとしか思っていない。

全く気の重い一週間だこと。私はため息を一つつき。

「ご飯ができるまで、煎餅でごまかしましょ。」

虎の子の煎餅とお茶を取りに行くために、私も台所へと歩いて行った。



台所で悪戦苦闘する輝夜を尻目に、私は手早くお湯を沸かし茶を煎れ、煎餅の入った木皿を手に縁側まで来た。

ちょっと見た感じだけど、流石に一度やっただけあって少しは手際が良くなっていた。昼より前には出来上がるだろう。

まあ、味の方は相変わらず期待できないだろうけど。私の願いを肯定する優夢さんじゃないんだから、多くを望むものではないだろう。

下手だろうが何だろうが、働けばそれでいい。一週間すれば、お互い元の生活に戻るんだから。

まあ、せいぜい今回で懲りて、今後こんな面倒なことを起こさないでもらいたいものだ。

「丸っきり対岸の火事ねぇ。明日は我が身かもしれないのに。」

・・・爽やかな朝が台なしだわ。

「事実向こう側の話だもの。私には何の関係もないわ。」

「そうかしらねぇ。いつも見ている私から言わせてもらえば、あなたの方が酷いぐらいよ。」

「一番性質が悪いのはあんたよ、覗き妖怪。」

こいつに比べれば、盗撮天狗の方が遥かにマシだと断言できる。

「心外だわ、いつでも見守ってあげているのに。」

「楽しむついでに、でしょう。見世物じゃないのよ。」

「私の手にかかれば、世界中の全ての事件はただの見世物ですわ。なら、大して気にすることでもないでしょう。」

クスクスと怪しげに笑う、隙間に座る妖怪。それが私をイラつかせた。

「何の用よ、紫。用事がないならとっとと冬眠しなさい。」

「今年はもう少し粘ってみようと思うのよ。年末年始はイベント盛りだくさんだし。」

「今までだってそうでしょうが。何で今年に限ってなのよ。」

「さあ、何ででしょうね。私にもよくわからないけど、今年は楽しみたい気分なのよ。」

相変わらず何を考えているのかわからない奴だわ。まどろっこしくて面倒くさい。

私は面倒なことが大嫌いだ。紫のことは別に好きでも嫌いでもないけど、この面倒くささは歓迎できない。

「そ。私に迷惑さえかけなければ、別にどうでもいいわ。」

「あなたも相変わらずねぇ。流石は博麗の巫女と言ったところかしら。」

何が流石なのかよくわからない。

「そう。あなたが博麗の巫女を継いで、もう10年以上も経った。いくつもの『異変』を越えて、あなたは強くなったわ。」

「いきなりまじめな話?」

「ただの世間話よ。」

とてもそうは思えないけど。

「あなたは初めから一人前と言っても良かったわ。それほどの才能を持った巫女だった。」

「褒めても煎餅はあげないわよ。」

「もう、話の腰を折らないでよ。まじめな話なんだから。」

どっちなのよ。

「些細なことでしょう?」

「・・・まあね。それで。」

「あなたは才能に満ち溢れている。そのことは疑いようもないことだし、誰もが認めている。この私も、そこは事実としているわ。

だけど、それだけよね。」

紫の目が細く絞られる。・・・何が言いたい。

「あなたが修行もしない怠惰な巫女だと言いたいのよ。」

「妖怪退治と『異変解決』はできるんだから修行は必要ないわ。それと、仕事はしてるんだから怠惰と言われる筋合いもない。」

「だとしたら、今台所で奮闘しているあの娘も怠惰とは言えないわ。『姫』としての務めは果たしているのだから。」

そうかもね。結局あれは、永琳がそれではいけないと思ったからやらせているだけだ。

「それはそのまま、あなたにも当てはまるのよ。」

「どういう意味よ。」

「それくらいは自分で考えなさい。・・・もっとも、考えずともすぐに答えは出るでしょうけどね。」

そう言って、紫は隙間から地面に降り立った。

「そうそう、用事だったわね。あなたにこれを引いてほしくてね。」

と、紫は何処から取り出したか、立方体の箱を持っていた。紙で出来ており、上の方に丸い穴が空いてある。前面に?がコミカルに描かれている。

「何よ。」

「ほんの運試しよ。まあ、引いてみなさいな。」

おみくじかしら。神社でやることだけど、私にやらせることではないわね。

そうは思ったけど、別に引かない理由もない。私は穴から箱に手を突っ込み、適当に掴んで引いた。

中に入っていたのはやはり紙だった。私は紫に確認も取らず、四角に折られた紙を開いた。

「・・・『白』?」

おみくじかと思って開いたその紙には、しかしただその一文字が描かれているだけだった。

「ふむふむなるほど、白か。」

「ちょっと紫、これは何なのよ。」

「言ったでしょう。ほんの運試しよ。」

「意味がわからないわ。これの何処が運試しなのよ。」

「いずれわかるわよ。そうね、一週間ほどすれば。」

本当に何だっていうのよ。

「私の用事はこれだけ。それではまた、一週間後ぐらいにでも。」

「ちょっと待ちなさい。これはどういう意味なのよ。」

「そうそう、忠告だけれど。」

紫は私の問いかけなど聞こえないかのように、マイペースに言葉を連ねた。

「あなたの母親って、あなた以上に容赦なかったのよ。」

「・・・それって忠告なの?」

「さあ、どうでしょう。」

最後に奇妙な言葉を残し、紫は妖しく笑いながらスキマに消えていった。

・・・意味の分からない奴だわ。あいつのことは一生理解できなくていいや。





私の読み通り、輝夜は昼前にはご飯を作り終えることができた。それでも時間がかかりすぎなぐらいだけど。

そして、こちらも読み通り。

「・・・まずい。」

「そんなこと言うんだったら霊夢が作ってよ。家事できないって言ってるでしょう。」

威張って言うことじゃないわね。

しかし酷い。魚がこげているとか、米もこげているとか、そういうレベルじゃない。

米が甘かったり、魚がすっぱかったり、味噌汁が妙に粘っこかったりするのだ。調味料の使い方も入れている具材も滅茶苦茶だ。

できないならできないなりに無難に作れば、こんなことにはならないと思うけど。

「何よ。せっかく作るんなら色々人が考えないようなことをしてみるのも悪くないでしょう?」

「それは基本を理解してる人がすることね。あんたみたいに基本がまるでなってないのにそんなことしたら、生ごみが増えるだけだわ。」

「むっ!」

「事実よ。それとも何?あんた、このご飯が美味しいと思うの?」

「・・・次回に乞うご期待よ。」

誰も期待しちゃいないわよ。

「だからそこまで言うならあなたが作りなさいよ。本当はあなた全く料理ができないんでしょう。」

「笑わせてくれるわ。優夢さんが来るまで、私はずっと一人で暮らしてたのよ。できないわけがないわ。」

「じゃあやってみせなさいよ。」

「嫌よ、めんどくさい。」

美味しい料理は人の心を和ませるけど、まずい料理というものは人の心をすさませるものだ。

私も、作った張本人である輝夜も、恐らく一目でわかるほどに機嫌が悪いだろう。

「大体ねぇ、私は姫なのよ?何でイナバ達にやらせているようなことを自分でやらなければならないの。理にかなってないわ。」

「その姫としての責務も満足に全うできないから、こうやって解雇されてるんでしょうが。まずは下働きからやり直せってことでしょ。」

「だったらあなただって巫女としての責務を全うできてないじゃない。ここに参拝客が訪れてるところなんて見たことがないわよ。」

・・・いい度胸してるわね。あんたは今、絶対に言っちゃいけないことを言ったわ。

「事実を言ったまでよ。それともあなた、現実が見えてないのかしら。」

「いいわ。そこまでボコボコにされたいなら相手になってあげるわよ。表に出なさい。」

「上等よ。今度こそ私の永遠の力で、あなたに身の程というものを思い知らせてあげる。」

地雷を踏まれた私は勝負を仕掛け、ストレスがたまっているであろう輝夜は受けて立った。

誰も止める者はいない。そして言ったことを実行しない私達でもない。

私達は縁側へ飛び出し、空に浮かんだ。

私は陰陽玉を浮かせ、輝夜も色とりどりの魔弾を出現させる。お互い臨戦態勢だ。

「私が勝ったら、ここから先の家事は全部あなたにやってもらうわよ。」

「なら、私が勝ったら家事だけじゃなくて、永遠亭の私財全部お賽銭として寄付してもらうわ。」

視線が火花を散らす。静かな神社の境内に暴れるような霊気が充満し、大気が悲鳴を上げる。

私は今、ここが境内だということを意識できていない。もしそれを意識していたら、弾幕ごっこをしようなどと思っていないはずだ。

けれど意識していないから、私は全力だった。全力で輝夜を叩きのめす意思を持っていた。

そしてそれは恐らく輝夜も同じこと。あれだけの魔弾を展開しているのだから、恐らくは全力。

この下らない入れ替え生活に、ほんのわずかな楽しみを感じた瞬間だった。皮肉な話だけど。



『さあ、楽しい楽しい弾幕ごっこの始まりよ!!』

私達は互いに叫び、己の弾幕をもって相手を駆逐すべく接近した。

そして、二つの力が激突する――



その直前で、私達は動きを止めざるを得なくなった。

私達二人の間に、七色に輝く巨大な光玉が出現したために。

輝夜から驚愕の声が漏れる。私は一瞬の硬直の後に、それの正体に思い至り。

ヤバいと思い退避をしようとしたときには、既に致命的に遅かった。

「神社の境内で暴れんなって、あれほど教えたでしょうが!!」

できる限り聞きたくない、私とよく似た声が境内に響く。そして。

「散ッ!」

光玉は七色の弾幕と散り、私と輝夜目掛けて容赦なく降り注いだ。

その速さは、私が回避行動を取れる程に回復するのを待たず。輝夜には初めから回避できるはずもなく。

二人とも、直撃を喰らった。

それほど高く飛んでいなかったのが幸いして、私は地面に叩きつけられても怪我をしなかった。少し痛んだが。

打ち付けた箇所をすりつつ、私はその声が聞こえた方向に目を向け。



「・・・・・・・・・・・・何でいるのよ。」

「あんたが来ないから、こっちから来てやったまでよ。バカ娘。」



我が最悪の母の言葉に、私は愕然と肩を落とした。

誰よ、呼んだ奴・・・。





***************





いきなり現れたその存在に初めは驚いた。

次にそれが私達の勝負に水を差したことに気付き、腹が立ち――その顔を見て一瞬言葉を失った。

それは霊夢とうりふたつの顔立ちだった。いや、こちらの方がやや大人びているか。

格好もまた霊夢に似ていた。違いと言えば、リボンの位置と腋の空いてない巫女服ぐらいか。

彼女の出現で、霊夢は表情を曇らせている。そして彼女の発言で、彼女が噂の霊夢の母親なのだろうと推測できた。

・・・それがわかったから何だと言うのか。邪魔をされたことに対する怒りは残っていた。

「進歩のない子ね。気に入らないことがあったら弾幕?」

「何か問題があるの?勝負は弾幕でつけるってのが、ここのルールでしょう。」

「話し合いで決着の着かない相手にはね。まあ、話し合いで済む奴なんて滅多にいないんだけど。」

「だったら何も間違っちゃいないじゃない。」

「それもそうね。でも周りぐらいは見なさい。神社の境内で暴れる巫女が何処にいるのよ。」

「ちょっとあなた!いきなり割り込んで攻撃してきて、どういうつもりよ!!」

私をそっちのけで会話を始める霊夢と霊夢母(仮)に、私は声を荒げた。

それでやっと気付いたとばかりに、彼女はこちらを向いた。

「あなたが八意先生の言ってたお姫様か。なるほど、話通り怠惰臭がするわ。」

「失礼ね。質問に答えなさいよ。」

「ここは神社で、私は元ここの巫女。神社を壊されたらたまったものじゃないから止めただけよ。やるんなら境内の外でやりなさい。」

淡々と、当たり前のことを話すように、彼女はそう言った。

正論ではあるかもしれないけど、納得はいかなかった。

「弾幕ごっこは決闘よ。如何な理由があったとは言え、あなたはそれを邪魔した。覚悟は出来てるでしょうね。」

怒りとともに霊気を溢れさせる。地上にて1000年の歴史を経た、永遠の月の毒気を。

並大抵の妖怪なら逃げ出すであろう、下手をすれば消し飛ばされるほどの霊気。

しかしその波動を浴びてなお、目の前の巫女は一切怯まなかった。隣の巫女もだけど。

「なるほどね、1000年生きりゃ人間でもそうなるか。あなたは人間というより妖怪に近いかもね。」

だから何よ。

「別に。なら、私が退治しても苦情は出ないなって思っただけよ。」

言って彼女もまた、霊気を放つ。決して強烈なものではないが、研ぎ澄まされ練磨された霊気。

力の大きさで言えばこちらの方が上なはずなのに、何故か寒気がした。

「境内で暴れんじゃないわよ。・・・と言いたいところだけど、ちょうどいいわ。相方が輝夜ってのが不安ではあるけど、今日こそあんたに勝つ!!」

霊夢もまた、霊気を励起させ戦闘態勢をとる。

相手の力量は知らないけど、2対1。それもあの霊夢が今は味方だ。

負けるわけがない。なのに、やはり寒気が止まらなかった。

「ふむ、二人がかりか。賢明ね・・・と言ってもいいけど、本当に賢明なら私とは戦わないものよ。特に、神社の境内では。」

彼女は一旦そこで言葉を切った。



「そうでしょう、玄爺。」

静かなのに透き通る、何処までも響くような声。

それに呼応するかのように、神社の裏手から激しい水音がした。

何事かと思い、私は振り返った。空の上の方に何かが飛んでいるのがわかった。

それがどんどん私達の方へ近づいてくる。

最終的にそれは、霊夢母(仮)の前に降り立った。

それは亀だった。それも、人一人が簡単に乗れるほど巨大な。

「お久しぶりでございます、ご主人様。10年ぶりでございましょうか。」

亀がしゃべった。こいつ、妖怪か。

「もっとね。霊夢が巫女を継いで以来だから。」

「はて?靈夢はご主人様の名では?」

「字が違うのよ。私の娘。」

霊夢母(確定)は霊夢を指差した。亀がそれに従い霊夢を見る。

「・・・? !おお、思い出しましたぞ。10年前に一度だけ池にきたお嬢さんですな。」

「この亀、しゃべれたんだ・・・。」

どうやら霊夢はこの妖怪亀の存在を知ってはいたが、どういうものかを把握していなかったようだ。

だらしがないわね。私なら、そういうことはきちんと把握してるわよ。

それはともかくとして。

「こっちが二人だから、そっちも二人ってわけね。それで互角になったつもり?」

私は嘲りを含めて言ってやった。

あんな亀を呼んで、何の役に立つというのか。盾にでもする気か。

「あいにく、端っから互角とは程遠いのよ。私とあんた達じゃね。ただ境内ではあんまり暴れたくないから。」

言いながら霊夢母は、その亀の上に乗った。

そして、絶対の自信とともに。



「一瞬でケリ着けてやろうっつってんのよ。」

言い放ち、亀が浮かんだ。

どうやらこの亀は乗り物扱いのようだ。ということは、こいつ飛べないの?

「楽勝ね。空も飛べないような巫女に、私達が負けるはずがないわ。」

「・・・じゃ、輝夜後頑張って。」

・・・・・・・・・・・・・・・待ちなさいよ。

「何いきなり逃げ腰になってんのよ!相手は空も飛べない前時代的巫女なのよ!?私達の敵じゃないでしょう!!」

「あんたは何も知らないからそんなことが言えるのよ。あいつはねえ、空も飛ばないで私と魔理沙と萃香の三人がかりに圧勝するような化け物なのよ?それが空を飛んだってことがどういう意味か考えなさい。」

霊夢と魔理沙と、確か鬼の名前。・・・て、それ本当なの?

「私は勝ち目の全くない勝負はしないのよ。やりたきゃ一人でやって。」

とても霊夢とは思えない弱気な発言だった。本当にあの巫女はそんなに強いのかしら。

霊夢と同じような空気を醸し出しており、よくわからないが。

ふと気付いた。もしここで私がこいつを倒せば、どうなるか。

霊夢の話の真偽はわからないけれど、もし本当だったとしたら間接的に霊夢を超えることになる。

もしそうなったら、霊夢の態度ももう少しまともになるのではないだろうか。少なくとも、今よりはましになるはずだ。

そうと決まれば答えは一つ。

「いいわ、なら私一人でやってやるわ。あなたが越えられない親という壁を、軽々と越えてやるわ!」

「威勢がいいのは悪くないけど、一人で突っ込んでくるのは蛮勇ね。まあ不老不死だって話だし、死にはしないでしょ。」

私は霊夢母に向き直り、再び魔弾を展開する。それを見て、彼女は札を構えた。

戦い方は霊夢と一緒だろう。なら、彼女よりも力の感じられないこいつに、私が負ける道理はないわ!

「さあ、真実の月の魔力、その身で味わいなさい!」

「空中戦は久しぶりね。移動は頼むわよ、玄爺。」

「全てご主人様の意のままに。但し、やり過ぎぬように注意してくだされ。」

「善処するわ。」

そして、世にも美しき弾幕ごっこが始まった。





そして終わった。ごくごくあっさりと。

結果は・・・鬼巫女の親は鬼神巫女だったと言っておく。

「だから言ったのよ、勝ち目の全くない戦いだって。」

よく理解できたわ・・・。





***************





輝夜を好き放題圧倒した我が母は、何を思ったかそのまま神社の居間にいた。

勝手にお茶を煎れ、勝手に人の煎餅を食べてる。

「・・・何しにきたのよ。」

私は不満を一切隠さずに言ってやった。言外にとっとと帰れと含めて。

だがヤツは一切意に介した様子もなく。

「ちょっと面白くない話を聞いてね。あんたの様子を見に来てやったのよ。感謝しなさいよ、バカ娘。」

バカ親にバカ娘呼ばわりされたくないわ。

「面白くない話って何よ。」

「あんたが優夢君に逃げられたって話よ。あんな良株逃がしてんじゃないわよ。」

・・・誰よ、こいつに漏らした奴。紫?

「あんちくしょうが私の前に現れるわけないでしょう。現れた瞬間封印してやるから。」

あいつも大概嫌われ者ね。

「八意先生よ。あんたがあんまりにもだらしないから、優夢君が愛想つかしたって聞いてね。」

「違うわ、その永琳が無理矢理連れていっただけよ。」

輝夜があんまりにもだらしないから、私にまでとばっちりがきたのよ。

「まあ、知ってるけどね。」

知ってたんかい。

「話は全部聞いてるわ。そこのかぐや姫とあなたの怠惰癖を直すために、優夢君と立場を入れ替えさせたってことも。あんたがそれでも怠けてるってこともね、霊夢。」

怠けてるわけじゃないわよ。のんびりしてるのよ。

「最低限やることをやってからのんびりしなさい。ここのところ、掃除すらしてないらしいじゃない。」

ちょうどいい人足が手に入ったからね。鬼だから鬼足かしら。

「別にいいでしょ。妖怪退治と『異変解決』はやってるんだから。」

博麗の巫女としては働いてる。

「巫女の仕事はそれだけじゃないわよ。博麗の巫女は幻想郷唯一で正統な巫女なのよ。他の神事もちゃんとやりなさい。」

めんどくさいわねぇ。いいじゃない、そんなことしなくても。どうせ神様は秋には収穫をくれるわよ。

「あなたがそんなだから、いつまで経っても参拝客0なのよ。賽銭箱がひもじい思いをしてるわ。」

じゃあそっちから先に来なさいよ。そうしたら祀でも何でもしてやるから。

「まあ、あんたが話を聞くタマだとは初めから思ってないわ。」

母はそう言って湯呑みを置いた。

次の瞬間、奴は鋭い視線で私と輝夜を射抜いてきた。慣れていない輝夜は一瞬ビクリと体を震わせた。

「だから当然、あんたもわかってるわよね。私が言葉だけで引き下がるほど甘くはないってこと。」

・・・やっぱりか。幼き日々の記憶がフラッシュバックする。

私がまだ茶竹の家にいた頃。嫌だと言ったのに叩き込まれた家事の数々。使う機会の全くない奉納演舞。そして何故か凶悪な妖怪や悪霊と戦わされた日々。

断れば、母の弾幕が飛んできた。いくら嫌がろうが、最終的には力ずくでやらされていた。

確かにおかげで一人でも生活できるようになったし、修行もなしに妖怪退治をする強さはこのとき培えたと思う。

だが、少なくともあの頃の私にさせることではない。私が神社に出たのは4歳の時だから、推して知るべし。

あれから10年ぐらいが経った。いつまでも大人しく聞いているだけの子供だと思ったら大間違いだ。

「当然わかってるわ。だけど、そう簡単に行くと思わないことね。」

「上等。そう簡単に行くんだったら、わざわざ出てきた意味がないじゃない。」

私と母の間に火花が散る。蚊帳の外となった輝夜は、所在なさ気に私達を見ていた。

「えーと・・・私はもういいみたいだから、そろそろ永遠亭に帰るわね。」

「何言ってるのよ。当然あんたもやるのよ、かぐや姫。」

一人で逃げようったってそうはいかない。それに、こいつからはそう簡単に逃げられないわよ。

「私が来たからには覚悟しなさい、二人とも。茶竹さんち流のしつけは厳しいわよ。」

「・・・ひょっとして、状況悪化してる?」

「愚問ね。」



それから、奴と私達の戦いの日々が始まった。

「手際が悪い。先に火にかけてお湯を温めておきなさい。あと、米に砂糖入れるな。」

「そんな、こと、言われても・・・火を起こすので手一杯なのよ!」

「霊夢、くつろいでないで掃除しなさい。夜にやらせるわよ。」

「あんたがしなさいよ、命令してるだけでしょ。」

「そう。『縛』。」

「何の!霊符『夢想封印』!!」

「と見せかけて靈符『博麗封印術』。」

「ぎゃあああ!!」

「あの霊夢が一方的にやられるなんて・・・。」



敵は強大だった。私達の力では、敵わないのは自明の理だった。

「まだ風呂の掃除もできてないの?いくら何でも時間かかり過ぎよ。」

「そんなこと言ったって・・・なんでこの神社のお風呂は無駄に広いのよ!!」

「霊夢、暇してるんだったら買い出し行ってきなさい。そろそろ食材が切れるわ。」

「・・・チッ。」

「ふむ、素直でよろしい。」

符をちらつかせながら命令する奴に、いつの間にか私は子供の頃のように従っていた。



いけない。このままではいけない。

もう私は、あのときの子供じゃない。博麗の巫女なのだ。

今の私は茶竹霊夢ではなく、博麗霊夢なのだ。

いつまでも先代の影に敷かれる私ではいけない。奴は倒さなければならない壁だ。

だから私は、決意した。



「殺るわよ。」

母が神社に来て三日目の夜。私と輝夜は床に就くふりをして本堂に集まっていた。

「本気?相手はあなたのお母様でしょ?」

「関係ないわよ。あいつは私が越えなきゃいけない壁、だから叩き潰す。それだけよ。」

親子の情などを持っていて勝てる相手じゃないし、そもそも私達の間にそんなものはない。

「いくらあいつでも、寝ているときは無防備なはずよ。そこにあんたと私ラストスペルを叩き込めば、さすがのあいつも一たまりもないはず。」

「・・・まあ、それならどんな相手だろうが耐え切れないと思うけど。」

何よ、歯切れ悪いわね。今のまま、あいつにこき使われてていいの?

靈夢ははおやにこき使われなくなったら霊夢あなたにこき使われるじゃない。気が乗らないわよ。」

あんたは仕方ないわ。日頃のツケよ。

「その言葉、そっくり返してやりたいわ。・・・あなたは否定するかもしれないけど、親というものは子を思うものよ。少なくとも、私の知る人の親はそうだった。」

それは、藤原不比等のこと?

私の問いに、輝夜は無言で頷いた。

「伝説のお姫様のお眼鏡にかなうような人物とうちのバカ親を一緒にしないでよ。あいつにその法則は当て嵌まらないわ。」

「だけど・・・。」

まどろっこしいわね。はいかいいえではっきり答えなさいよ。

「・・・わかったわよ、やるわよ。その代わり、その後の私の扱いをもう少し考えてよね。」

善処しておくわ。



それから半刻ほどして、母屋の明かりが消えた。

用心のためさらに一刻経ってから、私達は突入を開始した。

「(足音は絶対立てちゃダメよ。気付かれる可能性があるから。)」

「(あんたの親は何処の忍者よ。)」

霊力が感知される恐れもある。私達は極力霊力を使わないように、低速低空で飛んでいた。

寝ているとはいえ、相手はあの母だ。一切の油断はできない。

「(曲がり角よ。罠に注意しなさい。)」

「(罠はないでしょ。てゐじゃないんだから。)」

わからないわよ。何せ奴は、茶竹の家から一歩も出ずに妖怪退治をするほどだからね。

私は慎重に、神経質なぐらい慎重に、静かにゆっくりと進んだ。あとから輝夜がついてくる。

曲がり角に差し掛かった。・・・別段異常はないように思える。

確認し、私は輝夜に合図を出した。それに従い、輝夜も曲がり角へ差し掛かる。



その瞬間だった。私の巫女としての勘に引っ掛かる何かが出現したのは。

私は咄嗟にその場から飛びのいた。

「(へ? ちょ、何。いきなりどうし)」

困惑する輝夜は、言葉を最後まで続けられなかった。

その瞬間、黒い何かが輝夜に激突したため。大きな質量を持っているであろうそれに弾かれ、輝夜は外まで飛ばされてしまった。

やはり罠が!私は警戒しながら前方を向き。



「玄爺にはね。寝てる間に『賊』が襲ってこないように、見張りをさせてたのよ。」

・・・そこに、我が最悪の母が立っていた。

どうやら奴は、初めから眠ってなどいなかったらしい。

「気付いてたわけ?」

「遅かれ早かれ、辛抱のないあんたが襲ってくることは予想してたわ。まあ、今日は何となく来るかなって思ったのよ。」

何となく、か。丸っきり私と同じ判断の仕方だ。

「蛙の親も蛙ってことか。」

「そういうことね。で、どうするの?」

・・・こうなっては、私一人でこいつに勝てる自信はない。

たとえ相手が紫であろうと引けを取らない自信はあるけど、こいつは別格だ。絶対に相手に回しちゃいけない。

「これで勝ったと思わないことね。」

「典型的な負け台詞よ、それ。」

うるさい。

私はその場で踵を返し、弾かれた輝夜を回収しに行こうとしたが。

「まあ、待ちなさいよ。」

私の背に、母が声をかけた。

「何よ。」

「そんなに不満そうな顔しなくてもいいでしょ。たかだか一回失敗しただけで。

まあ、それは置いといて。一杯やって行かない?」

・・・あまりに唐突な誘いに、私は珍しく困惑の表情を浮かべていた。





言われるがまま、私は縁側に腰を下ろし、お猪口の酒を呷っていた。

一体、何のつもりよ。

「別に。月見酒をしたかっただけよ。」

簡潔に答えて、母も酒を呷る。

「それに、あなたと呑んだことはなかったしね。」

「まあ、ね。」

何度も言うが、私が家を出たのは4歳のとき。いくら私とは言え、そんな小さかった頃から酒を呑んでいたわけではない。

年に一度実家を訪れてはいたが、長居することはなく、親と呑むようなことはなかった。

「新鮮でいいじゃない。」

「そうかしらね。」

私としては、あまり面白くはない。

私はこの親を快く思っていない。それはこいつに振り回された記憶というのもあるだろう。

だけどこの感情の根本がそんなことではないことは、とっくに気付いている。

こいつは、親子という関係を考慮に入れたとしても、あまりに私に似過ぎているのだ。いや、私が似過ぎたのか。

顔、仕草、性格、癖。戦い方まで。

その上で、歳を考えれば当たり前なのかもしれないが、こいつは私の一つも二つも先を行っている。

それが私には気に食わなかった。まるで私が、こいつの劣化コピーみたいだから。

無論、そんな下らないことに縛られる私ではないけど、不愉快なものは不愉快なのだ。

こうして隣で酒を呑むと、まるで未来の自分と呑み交わしているようで――言葉に表せない何かを感じた。それをあまり不快に感じない私がまた、不愉快だった。

「どうしてあなたは、そこまで私に似ちゃったのかしらね。」

母からそんな、問い掛けとも独り言とも取れる呟きが漏れた。

「知らないわよ。そう産んだのはあんたでしょ。」

「まあね。けど、あなたはあの人の娘でもあるはずなのに。もう少し真面目な娘に産まれても良かったわ。」

失礼ね。私は真面目よ。

「まあ、真面目過ぎないだけマシか。」

「そうよ。真面目は家の男二人で十分。」

「それもそうね。」

意見が合った。

本当に私達は、よく似ている。

もし私がこいつの娘でなく、同い年の知人――ちょうど魔理沙みたいな関係だったら。

私達は、友人になれただろうか。

・・・やめよう。意味のない夢想だ。私らしくもない。

「正直なところを言うとね。」

少し耽っていた私を、母の言葉が呼び戻す。

「私は別に、あなたがのんびりしていようが、それでいいと思ってる。昔は私もそうしてたからね。」

あんたがまだ博麗靈夢だった頃?

「そうよ。うるさく言う家族もなく、好き放題やってたわ。一人だったからね。」

少し、聞いたことがある。母は身無し子だったそうだ。

先々代の博麗が子もなく没した折、たまたま霊力が高かったという理由で妖怪の賢者――つまり紫によって博麗の巫女の座に就かされた。

そして当時の人間の中には、魔理沙のような変わり種がいなかった。だから母は正真正銘の独りだった。

「別にそれで寂しいなんて思ったことはないし、自由で気楽だった。だって私は家族というものを知らなかったんだから。」

つまり、今は違うってこと?

「まあね。手に入れて、初めてわかるものってあるもんよ。今思うと随分花のない少女時代だったわ。」

花、ねえ。今もないと思うけど。

「昔に比べれば十分よ。ちゃんと周りに誰かがいるんだから。」

そういうもんか。

「そういうものなのよ。初めから持っていたあなたにはわからないだろうけど。」

そうかもね。何だかんだで私の周りにはちゃんと人がいるし。

魔理沙に優夢さん。人間じゃないけど、レミリアや幽々子は頻繁に訪ねてくる。

改めて考えてみると、意外と私の周りは常に賑やかだった。

別に私が望んだことではないけど。

「あなたは恵まれてるのよ。初めからそれだけが揃っているなんてのはね。」

「知らないわよ。そのために動いたつもりはこれっぽっちもないわよ。」

「だから恵まれてるって言ってるのよ。」

母は少し笑った。そして酒を呷る。

「私は何も持ってなかったから、得るだけだった。けど、あなたは持っているから失うだけ。私はね、娘が失ってから後悔するのを見たいと思うような特殊な趣味は持ってないの。」

後悔、するかしらね。

「それはそのときになってみないとわからない。あなたなら後悔しない可能性も多分にある。だけど、後悔する可能性も決して0ではない。

だから、後悔するようなことはしないでほしいっていう、ただそれだけのことよ。」

それは当然ね。私は後悔するようなことは、一度だってしたことがないわよ。

「どうだか。こうやって優夢君に逃げられてるし。」

「だから言ってるでしょ。それは永琳の陰謀なのよ。」

優夢さんがその程度のことで人を見捨てたりするような人じゃないことは、私が知っている。私がどれだけ優夢さんと一緒にいると思ってるのよ。

あの人は、私のもう一人の兄なんだから。

「・・・こりゃ、いらない心配だったかしらね。」

「何よ、あんた私のこと心配してたの?」

「親は誰だって子の心配をするものよ。それが親の仕事だもの。」

無表情に言う母の言葉は、本当かどうかわからなかったけど。

とりあえず、今は信用しておいてやるか。

「ちょっとあんた、もう空じゃない。もっと味わって呑みなさいよ。」

「たくさん呑んだ方がたくさん味わえるでしょ。」

いつの間にか、不快感は消えていた。こいつが私とは違うということを理解できたからだろうか。

・・・まあ、いいか。楽しめるときに楽しまなければ損だ。

私は、母と二人という不思議な状況の下、しばしささやかな酒宴を楽しんだ。





「ちょっと・・・、私のこと、完璧に忘れてない・・・?」

「あそこに入り込むのは野暮というものですぞ。我らはここで亀のようにじっとしておりましょう。」

「確かにあなたは亀だけど・・・。」

仙亀の下敷きになった輝夜のことを、その日のうちに思い出すことはなかったことを記しておく。





翌日、母は帰って行った。あの小さな酒宴で、気が済んだということだろう。

嵐のような三日間だったけど、終わってみれば不思議とすっきりしていた。

相も変わらず、出鱈目な奴だ。自分が好き勝手した結果が、こういう結果になるんだから。いつもいつも。

「何というか、あなたの親だったわね。」

「初めからそう言ってるでしょ。1000年生きてボケた?」

「そういう意味じゃないわよ。あなたという子が、あの親から産まれてきたのなら納得がいくって話よ。」

あっそ。

「・・・前にも思ったことだけど、世の中は広いわね。まだまだ私の知らないことがたくさんある。」

「幻想郷だけでも、きっとあんたの知らないことは1000を下らないわよ。」

「そうね。とても愉快な話だわ。」

そういう輝夜の表情は、言葉通り楽しそうだった。

「それで。次あいつに挑戦するのはいつなの。」

「・・・あんた、また挑むつもり?」

「当然。負けたままで引き下がるなんて、なよ竹のかぐや姫の名が廃るわ。」

なるほどね。

「なら、次は私とあんたと魔理沙と萃香、それから優夢さんも加えて挑んでみましょうか。」

「いいわね。ちょっと卑怯な気もするけど、まずはそれで一勝を目指しましょう。」

私と輝夜に、奇妙な共通の目標ができた。

「さてと。それじゃ、朝ごはんの支度よろしく。」

「いいけど、その間に掃除をしといてよ。私も神社の縁側でお茶っていうのをやってみたいわ。」

「善処するわ。」

やれやれとため息をついて、輝夜は台所へ引っ込んでいった。こいつも何だかんだで、しごかれたおかげでレベルアップしてる。

全く無茶苦茶な母親だと思う。私達は、その母親を越えようとしているのだ。

それは並大抵のことではないと理解している。『あの』茶竹靈夢を越えようというのだから。

だけど、私はもう決めた。私はあいつじゃない。あいつも私じゃない。なら、私があいつを越えられない道理が何処にある。

私は一度鳥居の方――母が帰っていった方を振り返り、言葉にした。



「絶対越えてやるんだから。」

幼い日から掲げていた、一つの目標を。





+++この物語は、鬼巫女とお姫様の住まいに鬼子母神がなだれ込む、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



結局変わらぬ巫女:博麗霊夢

彼女は何者にも縛られない。たとえ相手が強者だったとしても、本当の意味で彼女を束縛することはできない。

故に彼女は一貫して変わらなかった。変化したとしたら、それは彼女自身の意思による成長である。

変わらない彼女だからこそ、『願い』の隣に居続けられるのかもしれない。

能力:主に空を飛ぶ程度の能力

スペルカード:霊符『夢想妙珠』、神霊『夢想封印 瞬』など



成長できるお姫様:蓬莱山輝夜

1000年生きているが、経験が浅いためまだまだ成長の余地がある。今回はある程度の家事を覚えた。

本人は今だけと思っているが、一度焼き付いたこの習慣を払拭することができるだろうか。

打倒靈夢という新たな目標を得て、お姫様は今日も頑張る。

能力:永遠と須臾しゅゆを操る程度の能力

スペルカード:神宝『ブリリアントドラゴンバレッタ』、神宝『蓬莱の玉の枝 -夢色の郷-』など



未来の姿の一つの形:茶竹靈夢

それはひょっとしたら、霊夢が取り得る未来の一つの形を体現しているのかもしれない。

しかしながら、彼女と霊夢では色々と差がある。靈夢の方が孤独というものをよく知っている。

だからこそ我が子を心配して来たが、いらぬ心配だったと理解しホッとしている。

能力:主に霊術を扱う程度の能力

スペルカード:護符『護法陣』、靈符『博麗封印術』など



→To Be Continued...



[24989] 三・五章六話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:43
「・・・ふぅ~。」

ゴロゴロ。



「・・・・・・はぁ~。」

ゴロゴロゴロゴロ。



「うへぇ~。」

ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ。





超絶暇だ。あまりにやることがない。

輝夜さんとの入れ替え生活も今日で4日目。折り返し地点だ。

だが俺は、3日目にして永遠亭で俺ができることはないと悟り、残りの4日間を暇を持て余さざるを得ない状況に陥った。

神社で過ごす日々では、家事は俺の担当だった。週に一日は寺子屋へ教えに行く日もあった。

そのため、俺は時間を余らせるなどということはなく、有意義に過ごせていた。

しかしここでは家事も身の回りの世話も、全て兎達がやってくれてしまう。いや、やってくれているのにこの言い方は失礼か。

初日は遠慮したのだが、その後永琳さんから『主とは何か』と教え込まれ、少なくとも永遠亭にいる間は拒むことができなくなってしまった。

そうすると、俺には何もすることがない。家事をやらせてもらうなど論外だ。永琳さんにまた怒られてしまう。

こうしてすることもない時間を過ごすことで、俺は初めて「自分には趣味がない」ということに気がついた。

・・・まあ、気がついたからどうなるというもんでもない。趣味がないならすることがないのは代わりない。

趣味、か。輝夜さんに勧めるの、仕事じゃなくて趣味ってのもありだな。むしろ輝夜さんには仕事よりも合ってる気がする。

そっち方面でも何か考えてみるか。それはそれとして。

「・・・せめて掃除ぐらいしようかな?」

俺が主代行を務める期間割り当てられたこの部屋。輝夜さんの部屋ではないぞ、念のため。

今ここには俺一人しかいない。見咎める人妖は誰もいないわけだ。

別に部屋が汚れているわけではないが、何もせずじっとしているというのは、働き詰めよりも辛いものがある。

それでなくとも俺は働かないことに慣れていないのだ。ワーカーホリックというほどではないにしても。

そうとなれば行動は決まりだ。俺は掃除用具を取りにこっそりと部屋を抜け出すべく障子を開け。



「姫様、どちらへお出かけでしょうか?」

・・・開けたその向こうに、小柄な妖怪兎が立っていた。

てゐではない。あいつはあいつで大勢の妖怪兎を統括する『隊長』なのだ。俺にかかりきりというわけにはいかない。

この子はてゐに俺の世話を任された雄の妖怪兎。名前は。

「・・・いえ、少しお散歩をしに。六兎りくとさん。」

「私どもは従者でございます、姫様。呼び捨てで構いません。」

鋭利な刃物のような口調。冷たい印象を持った彼の名は『千夜六兎せんやりくと』という。

雌の多い妖怪兎の中で数少ない雄であり、・・・とても事務的な態度を取る兎だ。

まあ、それも個性だとは思う。そっちの方が仕事できそうな印象はあるし。

けれどこっちとしては物凄くとっつきにくいわけで。

「そうですね、六兎。」

「お散歩でございましたか。それでは姫様がお部屋を空けられている間に、我々どもでお部屋のお掃除をさせていただきます。」

え、ちょ・・・。

「何か?」

「・・・いえ、何でもありませんわ。それではよろしくお願いしますね。」

「かしこまりました。」

丁寧にお辞儀をする六兎に、俺は心の中でorzを描いていた。

世の中ままならんねぇ・・・。



結局俺は、六兎に告げた通り永遠亭の散策に出かけることにした。





***************





僕は、あの名無優夢という姫様の代理が気に食わなかった。

初め八意様が『主代行』などと言い出したときは驚いた。部外者にこの永遠亭のトップをやらせるのかと。

そう思ったのは決して僕だけではなかったはずだ。少なくとも10人単位でいたと思う。

だけど、僕達下っ端の妖怪兎に逆らう権限などあるはずもない。表面を取り繕って歓迎の意思を見せた。

勿論内心は面白くない。姫様や八意様のような永遠を生きる人間ではなく、ただの人間が妖怪兎の主であるなど、認められるわけがない。

僕の目に映った名無優夢という女性は、人当たりがいいだけのただの人間だった。

少し考えれば『あの』姫様と親交があるのだから、ただ者でないことは想像できる。本当にただの人間なら、姫様が興味を持つはずがない。

だが彼女が永遠亭の主を代行し始めてからのこれまでを見ていると、それ以上の存在には到底思えない。少なくとも、ただの人間以上には。

主としての威厳を持っているわけでもない。力を見せ付けるでもない。ただニコニコと笑っているだけ。

もし彼女が主としてではなく姫様の友人として訪れていたなら、印象は違ったかもしれない。それ自体は好ましいものだ。

だけど今の状況だと、それは僕に不愉快を感じさせた。

さらに気に食わないのが、その人当たりの良さだけで皆が彼女を主と認めてしまったということ。今や反対派は僕一人だ。

『一週間なんだからそれほど目くじらを立てることでもなかった』というのが彼女らの意見だ。

あっさりてのひらを返しやがった。これだから女は信用ならない。



いや。たった一人だけ、僕が命をかけて信用できる女性がいる。

鈴仙=優曇華院=イナバ様。月から来たという、穢れを持たぬ兎。

彼女を一目見た瞬間、僕は雷に打たれたようなショックを覚えた。この世に、これほどまでに美しい兎がいるのかと。

陳腐な言い方をすれば一目惚れだが、僕は運命を感じた。

この人になら、純潔を奪われていいと。

(妖怪兎は雌の方が圧倒的に多いから、雄が初めてを奪われる側なのだ。)

彼女を快く思わない兎どもは多い。まあ、僕はひがみだと思っているが。

あの方の怜悧な美貌を前にしては地上の兎など霞んでしまうのだから、当然といえば当然か。

流れるような藤色の髪。地上の兎とはちがう細い耳、スタイリッシュな体。

そして宝石を思わせる赤い瞳。

その全てが地上の兎とは比較にもならないほど美しかった。玉兎とは、あの方のためにある言葉だ。

こう言うと僕が鈴仙様の容姿に惚れ込んでいるように思えるかもしれないが、そんなことはない。

あの方は性格までも美しいことを、僕は知っている。

姫様から暇潰しに無理難題を押し付けられても。

因幡隊長から悪戯の罠にかけられても。

あの方は彼女らを、永遠亭を愛し続けているのだ。でなくて何故今もここに居続けることができよう。

その高潔で清廉な精神もまた、僕を引き付ける。たとえ幻想郷が彼女を敵としようとも、僕は最期まであの方の味方であり続けることだろう。



少し話がそれてしまった。今はあの名無優夢という人間のことだ。

一週間――残り3日もすれば、奴は永遠亭を去る。ならば別に気にせずにいればいいというのも、あながち間違いとは言えない。

だがそれでも僕は我慢ならなかった。あんなただの人間が僕らの主であるなど・・・!

いや、本音を言えばそれは些細なことかもしれない。気に食わないが、それだけで我慢できないなどということはない。

本音を言えば・・・。

「あれ。優・・・じゃなくて姫様は留守?」

凛とした声に、僕は掃除の手を止め弾かれたようにそちらを向いた。

そこに立っていた――立っていらっしゃったのは、僕の憧れの玉兎。

「鈴仙様。姫様のお部屋にご用ですか?」

何気ない様を装い、僕は鈴仙様に話しかけた。

至福のとき。天に昇る気持ちとは、まさにこのことを言うのだ。

僕の問いに、鈴仙様は名前通り鈴のような声でおっしゃった。

「あ、別に用事ってほどじゃないんだけど。そっか、留守か・・・。」

鈴仙様の綺麗なお顔が、落胆に曇った。

それに比例するかのように、僕の中である感情が高まるのを感じた。

嫉妬。

あの冷たい美貌を崩さなかった鈴仙様を、こうまで心動かした人間、名無優夢。

鈴仙様は以前から名無優夢をご存知だったようだが。つまり、僕の知らぬ間に奴は鈴仙様を変えたのだ。

以前よりも表情豊かになった鈴仙様。そのこと自体はとても素晴らしいことだ。

だが、何故なんだ。何故僕ではなく、あいつなんだ。何故兎妖怪の異性でなく、人間の同性なのだ。

それはつまらない意地かもしれない。だけど僕には何物にも変えがたいほどの悔しさだった。

・・・だがそれを鈴仙様に見せるわけにはいかない。僕は得意のポーカーフェイスで表を繕った。

「何かお言付がございましたら、何なりとお申しつけ下さい。」

「ううん、いいよ。ありがとう。」

素っ気なく言って、鈴仙様は踵を返した。

そして振り返ることもなく、この場を去ってしまった。

・・・わかっている。僕はあの方にとって永遠亭に数多く住む兎の一人に過ぎない。わかってはいる。

だが、それで感情が言うことを聞いてくれるわけじゃない。僕の中のざわつきは一層激しさを増した。

――あの女に思い知らせてやらなければ。永遠亭にいる間に。

僕の中で密かに立てていた計画の実行を決めたのは、この瞬間だった。

必ず、思い知らせてやる。





***************





「・・・はぁ。」

ここのところ恒例になっている溜息をつく。

私の心に鬱積する重たい何か。その解消法を見つけられないまま、私は歩いていた。

今日も今日とて置き薬の配布なので、今私は師匠の部屋へ向かっている。

できることなら、仕事に行く前に優夢に会っておきたかった。会って何か話せば、少しはすっきりしたかもしれないから。

私の気持ちが重たい原因なんて、自分でもわかりきっていた。

私達が起こした『異変』のあと。私は彼の前で泣いたり怒ったり、挙げ句押し倒して・・・ゴホン!

と、ともかく、情けなかったり恥ずかしかったりするところをいっぱい見られてしまった。

だから優夢に会うのが恥ずかしくて、優夢と会話するのが怖くて、でも逃げられなくて。

それが私の心に重圧となってのしかかっている。

無論私も対処はしている。自分の波長をコントロールして平静を保つように。

だけどそんなものは所詮ごまかしに過ぎず、ちょっとしたことで簡単に崩れてしまう。

さっきだって、優夢がいないって聞いただけなのに、妙に残念な気持ちになっていた。

おかしな話だ。私は優夢に会いたくないはずなのに。

狂気を操るはずの私が、狂気に陥らされているような錯覚。とても嫌な感じだった。

「・・・しっかりしなさいよ、鈴仙。」

気持ちが沈む自分を、頬を叩いて叱咤する。これから仕事に行かなければならないのだ、いつまでも落ち込んでいられない。

私は師匠の部屋へと続く廊下へと角を曲がり。



「あ、鈴仙さ・・・鈴仙。」

「っ!?」

予想だにしていなかった。そこに優夢がいた。

私はあまりに驚いたため、思いっきり後ろに下がってしまった。

「すみません、驚かせてしまったようですね。大丈夫ですか?」

「は、はい・・・。」

柔らかな口調でしゃべる優夢に対し、私は緊張したまま返事をした。

「そんなに緊張しなくてもいいですよ。いつも通りにしてくれれば。」

どうやら優夢は、私の緊張を『主に対するもの』と解釈したらしい。

いつも通りって・・・いつもこんな感じなんだけどな。気分のいい話じゃないけど。

「今からお仕事ですか?私は応援ぐらいしかできませんが、頑張ってくださいね。」

毒気なく言ってくれる。だったら変わってくれと言いたいけど、それはできない。優夢は今私達の主なんだから。

「? どうしたんですか?何だか具合が悪そうですが。」

・・・妙なところで鋭い。別に具合が悪いわけではないんだけど。

「大したことじゃありません。それでは姫様、私仕事がありますので。失礼します。」

探られるのは面白くない。少し強い言い方になってしまったが、私はそう言い捨て優夢の横を通り過ぎた。

すれ違う瞬間、優夢の表情が目に入ってきた。



残念そうな、少し寂しそうな笑顔が。



やっぱり私、嫌な子だな。

置き薬を取り人里へ移動している最中、私は自己嫌悪した。





***************





「・・・というわけなんですよ。」

俺は鈴仙さんと別れた後、しばしぶらぶらと歩いてから、永琳さんの診察室を訪れた。

もちろん今話している内容は、鈴仙さんについて。

俺としてはどうにか鈴仙さんとの関係を修復したいのだが、どんな行動を取っても全て裏目に出てしまう。

だから、鈴仙さんについてよく知る彼女の師匠である永琳さんに相談してみることにしたのだ。

一通りを話し終えた後、永琳さんは軽いため息ついた。

「本当にもう、あの子ったら。変に頑固なんだから。」

それだけ意思が強いってことなんだろう。それはいいことなんだけど、取り付く島もないのはなぁ。

「気にしなくていいわよ。単に意地張ってるだけなんだから。」

まあ、そうなんだろうけど。

「だからっていつまでもこのままはまずいと思うんですよ。」

「いつまでもなら問題でしょうけど、まだあなたはうどんげと会ってから三ヶ月足らずじゃない。まだ焦るような段階じゃないわ。」

そりゃまあ、そうですけど。

ああこのもどかしさ。一体何と言えば伝わるものか。

「性急な行動は失敗の元よ。女の子を落とすときは、焦らずじっくり。」

「すみません永琳さん、何の話をしてるんですか。」

「あら、違ったの?」

何処をどう捉えたらそういう話題になる。

「俺は鈴仙さんと良き友人でありたいと思っています。だから、避けられている今の状況を払拭しようとしてるんじゃないですか。」

「わかってるわよ、ほんの冗談。」

全く、人で遊ばないでもらいたい。

「でも。」

と、永琳さんは言葉を区切った。なんだ?

「私にはほんの冗談だったけど、もしうどんげにとって冗談ではなかったとしたら。あなたはどうする?」

・・・と、言いますと?

「言葉通りよ。もしうどんげがあなたのことを好いていたとして、その裏返しであんな行動を取っていたとしたら。」

馬鹿な、有り得ないじゃないですか。俺は鈴仙さんに怨まれこそすれど、好かれるようなことは一度だってしてないですよ。

「それは早計というものよ。この世で最も単純で難しいものは、女の子の心なんだから。あの子でない私達に、どうして有り得ないなどと断定できて?」

むっ・・・。それはまあ、確かに。

「男を自称するなら、女の子のことをわかってあげなきゃダメよ。」

自称してるんじゃなくて事実です。それと、それをわかってしまったら俺の場合取り返しがつかないような気がします。

「まあ、男は女を大切にするって意味では賛成ですが。」

「そうね、そのぐらいでいいかもしれない。あまりこっちに来られても、皆が不憫な思いをするだけだから。」

よくわかりませんが。まあ俺は男を捨てる気はありませんよ。

「で、どうなの?そうだったとしたら。」

永琳さんは話を戻した。随分こだわるな。

もしそうだったとしたら――鈴仙さんが俺に好意を持っていたとしたら、か。

「そりゃ、嬉しいですね。」

誰かに好かれるってのは、無条件に嬉しいもんだ。だから俺もきっと、喜んで受け入れるだろう。

「嬉しくて、どうするの?」

だが俺の答えに永琳さんは満足しなかったようだ。よくよく見れば、それは研究者としての好奇が半分ほど滲み出ていたが、俺はそのことに気がつかなかった。

「そりゃ、好かれた分俺も好意を行為で返しますよ。何か困ったことがあったら助けるし、宴会したいっていうなら料理作るし。」

「・・・それが『願い』ということなのかしら。」

さあ。そこら辺りはよくわからないんで、紫さんとかに聞いてください。

「俺自身としては、単なる感情の問題ですよ。そうしたいからそうするっていう、ただそれだけです。」

「なるほどね。」

永琳さんはようやく納得してくれたようだ。

俺の回答は満足のいくものだっただろうか。

「そうね。探究者が求める回答としてはまずまずといったところね。ただ・・・。」

ただ?

「うどんげの師匠としては、不満たらたらよ。もう少し女心を勉強なさい。」

難しいことを。男にゃ一生かかっても無理ですよ。

「一生かけて勉強なさいよ。それに、あなたは女でもあるんだから、そこらの男よりも理解できると思うわよ。」

・・・まあ、そうかもしれませんね。納得は行かないけど、事実としては。

「それはおいおいの課題として、最初に俺が相談した内容に対する回答は?」

「最初に言ったでしょう、時期を待ちなさい。」

それっきゃないか。やや気が重く、俺は息を漏らした。

「いつも通り受け入れることで何とかします。」

「あなたらしい答えだわ。」

永琳さんは、苦笑とも取れる笑みをした。



ゾクリと、僅かではあったが殺気のようなものを感じた。

俺は振り返り――次の瞬間には霧散していた。

・・・気のせいかな?

「どうかした?」

「いえ別に。何か感じた気がしたんですが、気のせいでした。」

俺の勘違いだと思ったので、俺は永琳さんにそう答えた。

永琳さんも別段疑問に思わなかったようで、この話は次の話に流されていった。

俺は、とにかく暇だった。





***************





どうやら見た目通りの抜けた姫様というわけではないようだ。まさか、僕が聞き耳を立てていることに気付きそうになるとは。

だが、僕はそう簡単に尻尾は出さない。その場に行かずとも、この耳が持つ『千里の音を聞き分ける程度の能力』で離れた場所の音を拾える。

「しかし、何という無作法な喋り方だ。あっちがあの女の本性か。」

やはり女という奴らは信用できない。信用できるのは鈴仙様のみだ。

何故八意様はあんな男女を主に据えたのか。僕には理解できない。

ともかく、やはりあの女は懲らしめなければなるまい。永遠亭の風紀のためにも。

どういう手段を取るか。それは既に考えている。

――以前因幡隊長が八意様からくすねた薬。曰く、絶対飲まない方がいい薬。

全て八意様によって回収されたはずのその一部を、僕が持っていた。

永遠亭に敵対する者が現れたとき、力を持たぬ僕でも戦えるように拝借しておいたのだ。

効果の方は知らないが、かなり強力な薬であることは間違いない。

これを、奴の食べ物に混ぜ込むなりして飲ませれば。そして醜態を皆に晒せば。

皆気付くだろう。奴が、永遠亭の主に相応しくないことに。

そう、これは聖戦なのだ。永遠亭を、名無優夢という悪女の手から救うための。

そして、鈴仙様を魔の手から解放するための。

「フッフッフッフ・・・。今に見ていろよ、名無優夢め。」

僕は頭の中で綿密なシミュレーションを重ねながら、一人ほくそ笑んだ。



「りくちゃんってほんと表情変わらないよね。何考えてるんだろ。」

「顔は可愛いのにねー。」

兎達のそんな言葉は、僕の耳には届かなかった。



そして、晩餐の時刻となった。永遠亭の食事は、基本皆一緒でだ。

来客時などは僕達従者は別だが、それ以外の場合はこうやって主人と従者が同じ場所で食事をとる。

日本的というか、和を大事にする文化性が現れている。

そしてそれは、僕の計画には好都合だった。

食事に薬を混ぜるにしても、入れるタイミングがなければならない。

調理の段階で混ぜるなど論外だ。皆に薬が渡ってしまう。ターゲットをピンポイントで狙えなければならない。

かと言って、出来上がった料理に仕込むのも難しい。何故なら、それが誰の手に渡るかは、実際に配られる段階にならないとわからないからだ。

となると、薬を入れるタイミングなど一つしかない。

即ち、食事のときに誰にも気付かれずに料理に仕込む。

そうである以上、僕がこの場にいなければならず、それが不自然でない状況でなくてはならない。

僕が食事に参加するのは当然のことだ。だから、何ら不自然はなくこの場にいられる。第一段階はクリアだ。

問題はここからだ。どうやって名無優夢の近くまで行き、料理に薬を仕込むか。

一応僕は名無優夢のお世話係を担当しているが、それは日常の身の回りのことだ。具体的には、部屋の掃除と警護。

食事中のお世話までは命じられていない。それは鈴仙様の仕事だった。

そこにも理不尽な怒りを感じずにはいられないが、計画実行の邪魔になる。今は心の底に眠らせておこう。

ともかく、何とか姫様用の上座までたどり着き、この薬を料理の中に混ぜなければならない。いや、料理でなくても構わない。何だったら酒でもいい。

名無優夢が口を運ぶものに、ごく自然にこの薬を混入させなければならない。

どんな些細なきっかけでもいい。僕があの場へ行くのに自然な理由が作れれば。

そのための一切の情報を逃さないよう、僕は全ての神経を上座に注いでいた。

「仕事熱心だねー、六兎。」

突然後ろから声をかけられ、僕の心臓は一瞬飛び上がった。

だが表情は一切崩さず。これが僕の特技だった。

表情を崩さなければ、一瞬崩された体勢を立て直すのも早い。僕はすぐに声をかけた人物に当たりをつけ。

「勿論です、因幡隊長。姫様のご友人であり、今は我らの主。万一のことがあっては困りますので。」

振り返り、僕とさして背の変わらぬ因幡隊長に、冷静に答えた。

「相変わらずあんたはつまんない答えを返すね。もうちょっと面白みのあること言えないの?」

「失礼ながら、これが性分ですから。」

「全く、これだから男って奴は。」

それはこちらの台詞ですよ、悪戯隊長。と心の中で返しておく。

「んで、本音は?」

僕の答えはお気に召さなかったようで、因幡隊長は食い下がってきた。

・・・案外、この底の知れない隊長は僕の考えなど見抜いているのかもしれない。

だが僕はそれをおくびにも出さなかった。

「変わりません。私は自分の仕事をするだけです。」

「ふぅん。ま、そういうことにしておいてあげるよ。」

僕の頑とした態度に、因幡隊長は興味をなくしたように去っていった。

この計画は誰にも悟られてはいけない。この件に関して、永遠亭に僕の味方はいないのだから。

鈴仙様は八意様に命じられ、名無優夢に酌をしていた。その表情は明らかに嫌がっていた。

――待っていてください鈴仙様。僕が必ずあなたをお助けします。

僕はその光景を一瞬も見逃さず、決意を新たにした。



そして、その瞬間は訪れた。

「あ。」

「! ご、ごめんなさい・・・。」

震える手で酌をしていた鈴仙様が、手を滑らせてお酒をこぼしてしまったのだ。

僕はその好機を逃さなかった。

「姫様、鈴仙様。失礼を。お召し物にはかかっておりませんか。」

「う、うん。私は大丈夫。」

「こちらも大丈夫です。ありがとうございます、六兎。」

「当然の勤めです。」

僕は普段と同じように片付けをする様子で近づいた。不自然のないように、まず二人の衣服にお酒がかかっていないことを確認する。

確認を終えると、床と食卓にこぼれたお酒を拭き取る。・・・ここがチャンスだ。

僕に対する意識がそれた瞬間に、手に持っている粉末状の薬を名無優夢の器に入れられれば。僕は丁寧に掃除をしながら、その時を注意深く待った。



ほんの一瞬だった。一瞬、名無優夢と鈴仙様の注意が僕から反れた。その瞬間を僕は見逃さなかった。

机を拭く手の動き。それをなるべく自然で崩さない形に、左手を名無優夢のお猪口の上に持って行き、薬を落とす。

時間にしたらそれこそ瞬きの間だったはずなのに、僕にはそれが2秒にも3秒にも感じられた。

これで上手く行くのか。気付かれるのではないかと。

けれどそれは本当に一瞬のことなので、結論から言えば気付かれるはずもなかった。

『仕事』を終え、僕は一礼をしてその場から離れた。僕の所作に一切異常なところはなかったと思う。

それが証拠に、二人とも僕に疑念を抱いている様子はなかった。名無優夢は相も変わらずニコニコとしているだけだし、鈴仙様は緊張のために固まっている。

僕は事の成り行きを見守るため、離れた場所から再び観察を始めた。

「す、すみませんでした、姫様。」

「いえ、気にしないでください。少し、固いですね。」

「申し訳ありません・・・。」

「謝ることではありませんよ。少しお酒を呑んでリラックスしてください。」

「は、はぁ・・・。」

そう言って、名無優夢は自分のお猪口を鈴仙様に渡し、そこにお酒を注ぎ始めた・・・って!!

「ッ!!」

僕は言葉にならない叫びを上げた。いや、叫んではいけないから一切の音を漏らしはしなかったが。

何ということだ。あの中には僕が今しがた入れた薬が入っている。何の薬かは知らないが、決して良い効果をもたらしはしない薬が。

止めなければと思ったが、どう止めればいいかわからなかった。まさか馬鹿正直に薬を入れましたなどとは言えないし。

僕は考えた。わずかの時間で、鈴仙様に薬入りの酒を呑ませないようにするための方法を考えた。

しかし、兎の小さな脳で短時間で素晴らしい考えが思い浮かぶはずもなかった。

僕が再び視線を戻したときには、鈴仙様はお猪口に口をつけていた。

効果は劇的だった。鈴仙様はお猪口のお酒を飲み干すのとほぼ同時に、意識を失ったように名無優夢に倒れかかってしまった。

「わっ、と。大丈夫ですか、鈴仙?」

鈴仙様を心配しているのか、名無優夢は名を呼び肩をゆすった。しかし鈴仙様はぐったりとしたまま動く様子がなかった。

やってしまった。僕は顔から血の気が引くのがわかった。流石の僕も、このときばかりはポーカーフェイスを維持していた自信はない。

僕はすぐさま鈴仙様の元へ駆け寄った。

「鈴仙様、しっかりしてください!」

慌てた様子を隠すこともなく、僕は鈴仙様に声をかけた。当然だが反応はない。

「六兎、落ち着いてください。」

名無優夢が落ち着いた声で、僕をいさめようとする。激昂しかかった。

だがそれは八つ当たりに過ぎない。怒りを抑え、彼女の言う通り表面は落ち着くことにした。

そのやり取りを終える頃、八意様がやってきた。

「何があったの?」

「わかりません。お酒を呑んだ途端、倒れてしまって。酔ったという様には見えないのですが。」

「・・・診せて頂戴。」

八意様は鈴仙様の倒れたことに対し、疑惑を持ったようだ。

彼女の手にかかれば、恐らく原因などたちどころに判明してしまうだろう。あの薬を作ったのは、他ならぬ八意様だ。

とすれば、鈴仙様はすぐに元に戻ると思っていい。そのことに思い至り、僕はやや安堵した。

問題なのは、僕がやったのだとバレないかということだ。永遠亭の兎大勢その一である僕に目が向くことは可能性が低いと思うが、もし僕に意識が向けられた場合何とか切り抜けなければ。

僕はそう思って、慎重に成り行きを見守った。



と。

「あ、鈴仙。良かった、気がついたんですね。」

唐突に、鈴仙様はむくりと起き上がった。それを見て名無優夢は安堵の息を漏らした。

少し癪だが、僕も同じ気分だった。良かった、大事に至らなくて・・・?

「・・・うどんげ?」

目を覚まされた鈴仙様は、どこか様子がおかしかった。目が虚ろというか、心を何処かに落としてきたような。

まさか、そういう薬だったのか?僕は再び血の気が引いていった。

永琳様は警戒する様子で鈴仙様から目を離さなかった。だが、名無優夢は鈴仙様の状態に気付いた様子もなく、いともにこやかに声をかけた。

「大丈夫ですか、鈴仙。ごめんなさい、無理にお酒を飲ませてしまって。」

そう言って、鈴仙様の肩に手を置こうとして。





本当に何の前触れもなく、鈴仙様は指先を名無優夢に向け、弾幕を撃ち放った。



・・・え?

突然の出来事に、僕は呆然とするしかなかった。

炸裂性を持つ鈴仙様の弾幕は、全く反応できなかった名無優夢の目の前で破裂し、その衝撃波で奴は庭まで吹き飛ばされてしまった。

誰も反応できなかった。あまりに一瞬のことだったため。

晩餐の喧騒に包まれていたこの場が静寂に包まれる。皆、今起こったことが理解できていない様子だった。

僕だって理解できているわけじゃない。ただ今目の前で起こったことをありのままに説明したらこうなるというだけの話だ。

「っ鈴仙!!」

最初に硬直から解けたのは、八意様だった。彼女は鈴仙様に近づき、取り押さえようとした。

だが鈴仙様は俊敏に反応し、八意様を牽制するように指先を向けた。そのために八意様は動きを止めてしまう。

これは、どういうことなんだ?鈴仙様が、師匠である八意様に敵意を向けるなんて。

そう、敵意だ。鈴仙様の目は相変わらず虚ろで、まるで心がここにはない様子だった。だがその体からにじみ出る気配は、紛れもなく敵意だった。

いや、八意様だけじゃない。すぐ近くにいる僕にも、それからこの場にいる全ての兎達にも。

この場にいる全員に対し、鈴仙様は敵意を向けていた。

「・・・これはひょっとして。」

その鈴仙様の様子に、八意様は何か思い当たる様子があるようだった。

・・・当然か。これは疑いようもなく、僕が仕込んだ薬の効果なのだから。その薬の作り手である八意様がわからぬはずもない。

そんな僕の胸中を知ってか知らずか、八意様は解説をしてくれた。

「胡蝶夢丸ナイトメア。服用者に悪夢を魅せる、胡蝶夢丸シリーズの一つ。そういえば以前てゐがくすねてたわね。回収漏れがあったのかしら。」

そういう薬だったのか。なるほど、絶対飲まない方がいい薬だ。

ということは、鈴仙様は悪夢を魅せられているためにこのような敵意を撒き散らしているということか。一体、どんな悪夢を・・・。

「あの子は元月の兵士。兵士の悪夢と言ったら、戦場に相場が決まってるわね。」

つまり、僕らが敵に見えているということか。

「どうすれば鈴仙様を悪夢から救うことができるでしょうか。」

罪悪感もあった。僕は自分の身を張ってでも鈴仙様をお救いしたかった。

「解毒薬はあるわ。ただ、手元にはないから取りに行かなければならない。持ってきたとしても、あの子を取り押さえて飲ませる必要がある。」

「なら、その取り押さえる役目は私が仰せつかり」

「無理よ。ただの兎、それも雄のあなたじゃ、あの子を取り押さえるだけの妖力ちからはない。てゐ、あなたならどのくらいいける?」

「私っすか。いやー、鈴仙が本気出したら、私なんか一秒も持ちませんよ。」

「600倍に引き伸ばしなさい。」

「無茶言わんでくださいよ、お師匠。」

僕を視界の外に置き作戦を練る八意様と因幡隊長を見ながら、僕は拳を握り締めた。

わかってる。僕が無力なことぐらい。そのためにあの薬を所持していたのだから。

雄は妖力が低い。それはどの種族をとっても同じことであり、それゆえに弾幕ごっこが『女の子の遊び』となっている。

僕だって弾幕ごっこをするだけの弾幕を張ることはできない。せいぜいできて一度に2、3個の妖力弾を撃つぐらいだ。

その程度では鈴仙様を取り押さえることなんてできるはずがない。犬死は目に見えている。

だけど。だからと言って、鈴仙様をお救いするのを人任せにして自分は見物だけなど、納得できるはずもなかった。

「因幡隊長。私が盾になれば、どのくらい伸びますか。」

「ちょ、六兎。滅多なこと言うんじゃないよ。他に手段がなかったら、本当に盾にされるよ。」

「覚悟の上です。鈴仙様をお救いするために、どうぞ私をお使いください。」

僕の本気に、因幡隊長がうろたえる。八意様は難しい顔で思案をしていた。

やがて、他に手立てなしと判断したのだろう。口を開き。

「待ってください。私が盾になれば問題はないでしょう。」

その言葉を、別の声が遮った。

それは、先ほど吹き飛ばされたはずの臨時の主。もう回復したのか。

「姫様、ご無事で。」

「ええ。弾幕の直撃には慣れてますから。」

慣れで何とかなるものなのか。

「それよりも、話は聞かせてもらいました。10分押さえられれば、何とかなるんですね?」

「薬を持ってくるまでにはそれぐらいの時間がかかると思うわ。・・・だけど、本当にあなたがやる気?」

「問題はありません。直撃の一発や二発でどうにかなるほど、やわな体はしてませんよ。」

ぐるぐると腕を回し、体の状態を確認する名無優夢。・・・少し話し方が雑になってきている。地が出てきているのか。

しかし、可能なのか?こんなポヤっとした印象の、ただの人間に。月の兵士であった鈴仙を取り押さえることなど。

「あなたの実力は信用しているけど・・・仮とはいえ主に前線に出てもらうなんて」

「下を抑えるのは、主の仕事でしょう?」

鮮やかに切り返され、八意様は口を閉じた。そして、納得したように頷いた。

「それでは、お願いしますよ。姫様。」

「任されました!」

八意様がそう言って動き出すと、その背に向かって鈴仙様が弾幕を発射した。

だがそれは、現れた別の弾幕によって打ち砕かれてしまう。その弾幕は、八意様のものでも、因幡隊長のものでもなく。

「あなたの相手はこちらですよ、鈴仙。」

いつの間にか40にも上る数の弾幕を自分の周りに回遊させる、仮初の姫君だった。

――少し考えれば、わかっていたはずだった。この女が本当にただの人間なら、姫様が興味を持たれ友人となるはずがなかったことなど。そうわかっていたはずだった。

だけどこうして目の前に見せられると。僕と比較すると圧倒的な霊力を見せ付けられると。

驚きより、悔しさの方が心を満たした。

結局僕は、こいつをただの人間と思うことで、自分よりも下に置いておきたかっただけなのかもしれない。

認めたくなかった。鈴仙様を変えたこいつを、自分よりも上だなどと。

だけど、暴れ始めた鈴仙様の弾幕全てをことごとく打ち落とすこの女を目の前にして、僕はもう認めざるを得なかった。



名無優夢という人間は、妖怪兎・千夜六兎よりも上位の存在であると。





10分はあっという間だった。皆は既に避難を終え、ここにいるのは名無優夢と因幡隊長、それと自主的に残った僕のみ。

名無優夢の強靭な弾幕は、鈴仙様の弾幕を一切後ろに漏らさなかった。

危なげなく、的確に弾幕を打ち落とし続けた。弾幕を打ち落とす弾幕ごっこというのは知らなかったが、そういうスタイルらしい。

10分して、先の宣言通り八意様が戻ってきた。その手には小さな薬瓶。

あれが解毒剤か。

「これを飲ませれば、普通の睡眠に入るはずよ。ただ、経口投与だから・・・。」

「あの苛烈な弾幕を潜って、鈴仙さんの口に突っ込まなきゃいけないってことですね。」

名無優夢が苦笑する。どうやら、僕がここにいるということを忘れて地が出ているようだ。

「何か鈴仙さんの動きを止めるいい方法ありませんかね。」

「それができたらこんなに悩まないわ。まさか痺れ薬を散布するわけにもいかないし。」

「確かに。じゃあ、被弾覚悟で突っ込むしかないですね。」

「その役目、私にやらせてください。」

僕が名乗りを上げると、三人が僕を見た。どうやら皆、いたことをすっかり忘れていたらしい。

「あなた・・・。」

「やらせてください、八意様。それが僕の罪滅ぼしです。」

僕の言葉に、三人とも疑問符を浮かべた。

もう僕に隠す気はなかった。僕は名無優夢を真っ直ぐに見た。

「姫様――いや、名無優夢。僕はあなたが気に入らなかった。ただの人間であるあなたが、一時とは言え永遠亭の主であることを許せなかった。」

名無優夢は鈴仙様の弾幕を打ち落とし続けながら、僕の話を聞いた。

「それをあっさり認めてしまった永遠亭の兎達の態度にも納得がいかなかった。だから僕は、皆の目を覚まさせようと思って、あなたに薬を盛った。」

「・・・あなただったのね。」

非難する調子ではなかったが、八意様の声は重たかった。

僕は続けた。

「この上あなたにおんぶにだっこは僕自身を許せない。それが一番危険な役回りだというなら、僕が引き受ける。」

それが僕にできる、鈴仙様への罪滅ぼしだから。

僕の告白に、皆一様にしばし黙り込んだ。それぞれが別の意味で黙っているのがわかった。

八意様は、表情からはわからないが、恐らく僕の処罰を考えるために。だが後悔はない。それだけの覚悟はしていた。

因幡隊長は普段見ている僕とは違う僕に少し驚いたようだ。だが何処か納得しているようにも見えた。

そして名無優夢は。



笑っていた。僕の悪意を知ってなお、この女は笑っていた。

嘲笑だとか、そういうことじゃない。まるで本当に喜んでいるように笑っていたのだ。

何故?

「いやー、安心したっつうかなんつうか。六兎、お前案外熱いな。」

そんなつもりはない。思ったとおりを言っただけだ。

「いやいや、永遠亭にもまともな感性した奴いるんだなって思ってさ。それが正しいよ、六兎。会って数分の奴を主とか言われて納得するのはどうかしてる。」

自分を否定されてなお、僕の意思を肯定した。何故そんなことができる。

「あー、こういう感性だよ。俺が求めてたのは。幻想郷の皆ってどっかずれてるというか、良くも悪くも大らか過ぎるんだよな。うん、お前とはいい友達になれそうだよ、六兎。」

奴の言葉に、僕は困惑するばかりだった。いつの間にか地のしゃべり方で僕に話しかけていることに疑問を持たぬほどに。

「・・・全く、あなたは。大らか云々であなたに言われたくはないわよ。」

「ほんとほんと。一番ずれてる奴にまともを語られたくないよねー。」

「いいんだよ俺は。根っこはまともなはずだ。」

『説得力がない。』

隊長と八意様は声を揃えて言った。

・・・何なんだろう。僕は名無優夢を気に入らなかったはずだ。ただの人間が主をやるなど、気に食わなかったはずだ。

なのに今は、不思議と納得している。つまらない嫉妬は残っているが、それ以外は霧散してしまっていた。

素の名無優夢を前にしたら、そんな感情が嘘みたいに消えていたのだ。

だからだろうか。

「それじゃ、特攻役は任せたぜ。六兎。」

「任されずとも。」

素直にそう言えたのは。



名無優夢は僕の周りに5つ程の弾幕を張った。どうやらそれで僕を守ろうということらしい。

「心配はいらない。自分の身ぐらい自分で守れる。」

だが僕だって妖怪の端くれだ。弾幕ごっこで負かすことは出来なくても、自分を守ることぐらいならできる。

それに対し名無優夢は。

「固いこと言うなって。今は確実性を重視しよう。」

そう言って引き下がらなかった。

・・・ここで問答しても時間の無駄か。

「ならせめて、僕の邪魔だけはしないでくれ。」

「任せとけよ。『こっち』の俺は、弾幕のコントロールは得意なんだからな。」

こっちというのが何を指すのかはわからなかったが、とりあえず信用しておこう。

タイミングを見計らい、僕は鈴仙様の方へと駆け出した。

接近をすることで、鈴仙様は僕に対し注意を向けた。そして放たれる、座薬型の散弾。

僕はそれをよく見て、回避行動を取ろうとしが、その必要はなかった。

名無優夢の弾幕は、彼女の言葉通り襲いくる散弾を全て叩き落とした。コントロールに自信があるというのは嘘ではないらしい。

だからというわけではないが、憶することなくさらに鈴仙様へ接近する。それに伴い、鈴仙様が撃ってくる弾幕の数も増えた。

さすがにこの数になってくると、名無優夢の弾幕でも防ぎきれないようだ。隙間を縫って、僕に襲いくる弾が増えてきた。

それでも僕は前に進み続けた。回避はしているものの、手足や顔にかすり傷が出来ている。それらは一切構わずに。

細かな傷は負ったものの、僕は鈴仙様の眼前に迫ることに成功した。あとはこの薬を飲ませるだけ・・・。

「・・・どうやって飲ませるんだ。」

しまった。ここに来て肝心なことを失念していた。

この薬は経口投与。一体どうやって、口を真一文字に結んだ鈴仙様に薬を飲ませるというのだ。

何とか口を開かせて飲ませなければならないが、現在進行形で弾幕の嵐を作っている鈴仙様に手で口を開かせて飲ませるなどということはできない。

ではどうするのか。

一つ思い浮かんだことはあるが、果して実行して良いのかどうか・・・。

迷ってる暇はない、か。

「失礼します、鈴仙様。」

僕は鈴仙様に謝り、薬を思い切りあおった。



僕が取った行動を端的に言うなら、口移しだ。

余裕などないこの状況で、最も手っ取り早い方法がそれだったのだ。

非常事態だったとは言え、余りの恥ずかしさに世界の音が消えたように感じた。

――否、消えたようなのではなく、実際先程までの騒がしさは嘘のように消えていた。

八意様の薬の効果は、それだけ劇的だった。今まで暴れていた鈴仙様は、それが嘘だったかのように静かな寝息を立てられていた。

どうやら、何とかなったようだ。

そう思ったら全身から緊張が抜け、情けなくもその場にへたりこんでしまった。

怖かった。それが今の正直な感想だった。

「お疲れさん。ナイスファイトだったぞ、六兎。」

そんな僕に対し、名無優夢はごく軽く声をかけてきた。僕がこんなに疲れてるのに、こいつが全く平気なのが少し悔しくて。

「いえ。ほとんど姫様お一人でなされたことです。お構いなく。」

憎まれ口を叩いた僕に、名無優夢はやはり苦笑するだけだった。

ああ、こいつはただの人間じゃないんだなと、そう思った。

このとびっきり変な人間に対して。





さて、事態は収束した。となると、次にやることと言えば責任の追求だ。

僕の想像していた通り、八意様は僕を叱った。理由は先程話した通りだから聞かれはしなかったが、軽率な行動は取るなと。

「薬の恐ろしさを知らぬ者が薬を使うべきではないわ。今回はこれで済んだから良かったけれど、もしあれが猛毒だったりしたら、あなたはどうするつもりだったの。」

因幡隊長が持っていたのだから、そこまではないだろうと思っていた。言ってしまえば、甘く見ていたということだ。

もし八意様の言った通りだったとしたら、僕は今頃後悔では済んでいない。

一時の感情で愚かしいことをしてしまった。今回のことは猛省せねばなるまい。

と、そう思っていたのだが。

「まあ、あなたなら今後はこんなことしないでしょうから。今回はお咎めなしということにしましょう。」

八意様はあっさりと引き下がった。いいのですか?

「私は主の側近ですもの、あなたがどんな人物かは把握してるわよ。千夜六兎。」

・・・なんと。僕のことなど見ていらっしゃらないと思っていたのに。

どうやら本当に、僕は仕える方々の力量を見誤っていたらしい。

「お見それしました。」

「あなたのように優秀な兎の上に立っているのだから当然よ。」

それと。と、八意様は続けられた。

「今回の件は私にも非があるのだから、私があなたを非難するのはお門違いよ。」

八意様が?

「元はといえば、私があなた達に何も言わずに主の代理を立てたことが原因なんだから。私らしくもなく、少し性急になりすぎたわ。」

・・・それは原因の一つに過ぎないのだが、言わないでおこう。流石にこれを言う気はしない。

「今更だけど、勝手な真似をしてごめんなさいね。」

八意様は僕に対し頭を下げた。

「いえ、八意様に責任はありません。私が己の不満を抑えられなかったこと、従者としての未熟さが招いた事態です。」

「こういう場合は素直に謝られておきなさい。あなたが真面目だということはわかってるから。」

「いいえ、この上八意様にご迷惑をおかけしては、今度こそ従者失格です。私をお裁きください。」

「もう・・・。」

変な譲り合いになってしまった。話が進まない。

「はいはい、そこまでそこまで。もう原因は全部俺ってことでFAにしましょうよ。」

そしてさらに割り込んでくる厄介者が一名。

「優夢、あなたは関係ないでしょう。被害者なんだから。」

「そうです、姫様。この件は私が処理しますので、お部屋にお戻りください。」

ちなみにこれは嫌味ではなく本心だ。この期に及んで彼女が主に相応しくないなどと言い張るつもりはなかった。

「いやいや、そうは問屋がおろさへん。この名無優夢が全責任を負いますよ。」

地の喋り方の名無優夢は、おっとりというよりは快活だった。相対するには気楽だ。

だが、何故ここで彼女が出てくるのかは理解できなかった。

「さっき永琳さん言いましたよね。六兎がこんな行動を取ったのは永琳さんが勝手にことを進めたのが原因だって。」

八意様は肯首した。

「ならそれをさらに遡れば、永琳さんが性急な行動を取ったのは輝夜さんの自堕落な生活が原因だし、それも元を正せば俺が妹紅と輝夜さんの仲を取り持ったのが原因なわけで、最終的には俺に行き着くじゃないですか。」

「どんな三段論法よ。最早屁理屈のレベルよ。」

「直近の原因から少しでも遠ざけようとした時点で全て屁理屈ですよ。んでもって六兎に責任取らせたくない人が多いんだから、民主主義に則って直近の原因からは遠ざける。したら後はどれだけ屁理屈こねられるかですよ。」

つまり、姫様は僕に責任を取らせたくないから、自分が責任を取ろうということか。

「結論言っちゃえばそうだ。」

「何故ですか。私はもうあなたを主と認めました。そこまでする必要はありません。」

「おっと、そう言われたら尚更俺が責任取らないとな。主、つまり最高責任者ってのは、部下の責任を取るのが仕事だろ?」

・・・この人は。何と頑固なんだろう。もう何を言っても聞かない気がする。

「本当にもう。あなたにつける薬はないわよ。」

「遠まわしにバカって言いましたね今。」

「自覚は?」

「勿論。」

勿論、ないんだろうな。八意様は大きなため息をついた。



こうして、僕はこの件について一切の責任を問われず、全て丸く収まった。

姫様には大きな借りが出来てしまったな。いずれ、返したいものだ。





それからの三日間は、事件もなく過ぎた。当然か。平穏無事な日々が過ぎるのが、永遠亭なのだから。

三日経ち、姫様の入れ替え生活の終わりがやってきた。

長かったような、短かったような。僕にはどちらとも言えた。

あれから姫様は、他に兎がいないときは素のしゃべり方で僕と会話をした。男のようなしゃべり方をすると思ったが、そういう女性もいるのだろうと僕は気にしなかった。

繕わない姫様――いや、優夢はとても好感の持てる人物だった。相変わらず嫉妬心は燻っているものの、所詮は鈴仙様と同性だ。致命的なものではない。

女は信用できないけれども、優夢なら友人として信用してもいいかと、そう思えた。



そして。

「お世話になりました。」

その日の朝餉が終わったとき、姫様は皆に対して礼を述べ頭を下げた。

来たときと同じように、皆は拍手で送った。因幡隊長は朗らかに笑い、鈴仙様は少し苦笑気味に。

僕もまた、本心からの拍手で、優夢を見送った。





八意様と帰ってきた姫様――輝夜様がやたらしっかりとして帰ってきたのが少し気になったけど。

永遠亭は、いつもの日常に戻ったのだった。





+++この物語は、一永遠亭の住人から見た入れ替え生活を描く、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



ベビーポーカーフェイス:千夜六兎

オリキャラの妖怪兎。雄。鈴仙にぞっこん。しかし相手にされていない。ネーミングは某厨二の星の技から。蹴り穿つ・・・!!

雄は霊力・妖力が低いため弾幕戦は弱いが、当然力は強い。単純な力比べなら男状態の優夢よりも上。

優夢が男でもあることを知らないが、知ったら嫉妬の炎がメラメラになるのは確定的に明らか。

能力:千里の音を聞き分ける程度の能力

スペルカード:なし



あまねく責任を請け負う程度の主:名無優夢

主とはそういうものだと思ってる。間違ってはいないが間違ってる。

永琳との会話で出てきた好意は、友人としての好意。ラヴの方にはとんと疎い。

流石のニブチンも、自分の防御力が異常であることには気付き出したらしい。但しまだ優秀な防御力という程度の認識。

能力:あまねく願いを肯定する程度の能力

スペルカード:気砲『シュプーリングスター』、人形『エターナル・スカーレット・CB』、霊丸『無双散弾 -ショットガン-』、『願い星』など



不安定な狂気:鈴仙=優曇華院=イナバ

セクロス以来浮き沈みの激しい月兎。何だかんだで初心。

やっちまったから優夢と顔をあわせるのは恥ずかしいのだが、何とかしたいと思って何とかできない思春期。

六兎に関しては名前も覚えてない。不憫也。

能力:狂気を操る程度の能力

スペルカード:散符『真実の月 -インビジブルフルムーン-』、月眼『月兎遠隔催眠術 -テレメスメリズム-』など



→To Be Continued...



[24989] 三・五章七話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:44
「なあ、霊夢。」

「何、優夢さん。」

何でもないお昼過ぎの博麗神社。冬になったとは言えこの時間帯はまだ陽射しが暖かい。

雲一つない空。天気の良いこの日、俺は久々に家事をし、充実した時間を過ごしていた。

今日は萃香も何処かに出ているようで、神社にいるのは俺達二人だけ。

二人とも騒ぐような気質ではないので、何とも穏やかな午後だった。

縁側で茶を啜り、ほうと溜息をつく、そんな時間の中で。

俺はふと発見した些細な事実を霊夢に伝えた。



「巫女服って、割とマシな方だったんだな。」

「あら、ようやく優夢さんも良さに気が付いたのね。」

良いと思ってるわけじゃないけど。

俺はしみじみと、今言った事実を感じていた。

この一週間、俺は永遠亭で輝夜さんの代わり、姫の真似事をやらされていた。

その間俺が着ていたものはというと、女物の着物。しかも十二単とかいうごっちゃりしたやつ。

その動きづらさたるや亀の甲羅や重い道着に匹敵する。冗談ではなく。

物理的に100キロあるわけではないが(それでも普通の服よりはずっと重い)、精神にのしかかる重圧は1トンは軽い。

俺の魂の悲鳴を聞かせられるのなら聞かせてやりたい。それほどまでに、あの女装はありえなかった。

それに比べればこの巫女服は遥かにマシだ。腋が空いてるから動きやすいし、神道に入れば男でも似たような格好をすることがあると自分をごまかせる。

普段着にする気は相変わらずないが(既に普段着だろという突っ込みは断固拒否する)、そこまで拒む理由もないかと思えた。

「けどだいぶ冷えてきたな。もうそろそろあっちに着替えないとな。」

「あのお土産のこと?」

「ちゃうわ。」

霊夢の一言で、思い出したくもないことを思い出した。

俺が永遠亭を出るときに持たされたお土産のことだ。前に永琳さんと話していたときにちょろっと話題に出たことはあったが、まさか本気だったとは思わなかった。

現在俺の部屋の箪笥の中には、似つかわしくないほど豪華な着物が眠っている。売ったら『外』の通貨でン百万はするようなのが。

いっそ一思いに捨てたい気分だが、まさかそんなことをするわけにもいかず、箪笥の一番下はパンドラの箱と化している。

あれは絶対に開けてはいけない。開けたなら、百鬼夜行が溢れ出して俺を爺さんにするに違いない。

「何か色々混ざってるわよ。」

いいんだよ、昔話はよく知らないから。

「俺が言ってるのは黒服の方だ。前から言ってるだろ、寒いのは苦手だって。」

「わかってるけどね。やっぱりあの服はないわよ。」

どうしてあの服の良さがわからんかね。落ち着くじゃん。

「・・・ズレてるのは今に始まったことじゃないか。」

「俺がズレてるんじゃなくて皆がズレてるんだと思う。」

「言い訳の典型例ね。」

そうとは言い切れないのが幻想郷だと思うが。



失って初めてわかることがある、ではないが、しばし神社から離れて生活し改めて思った。

この神社は何と居心地がいいのだろうと。

永遠亭での俺は、あそこの皆には悪いけど、偽りだった。『輝夜さんの代理』という皮を被った俺だった。

俺が永遠亭の品位を下げるわけにはいかない。だからそれは当然取るべき言動ではあった。

だけどあの窮屈さは大変だった。自分のことさえ自分でしてはいけないというのは、ある種拷問に近い。

俺はそういう人種ではないのだとつくづく思う。やはり俺は働いてこそのようだ。

俺がどんな言動をしようとも、ここでは聞き咎める者はいない。霊夢も、今はいないが萃香や魔理沙も、そんな細かなことは気にしない。

空気のような空気というか。俺はここの気軽さが好きだった。

引きこもりはよくないからここにいっぱなしってのはまずいけど、しばらくは外泊とかなくていいやと、熱いお茶を一啜りした。やはり冬はこれがなきゃな。

「そういや輝夜さん、帰るときは随分しっかりしてたけど。一体どんなマジックを使ったんだ?」

「あー。人間目標が出来ると変わるらしいわよ。」

そりゃそうだろうな。何だ、輝夜さん何か目標を見つけたのか。

「いいことじゃないか。」

「悪くはないだろうけど、納得はいかないわ。」

何がだ?

「別に。」

・・・ふむ、こりゃ俺がいない間に何かあったな。輝夜さんの話題を出すと、霊夢は微妙に不機嫌になった。

ここは一つ、お兄ちゃんとして悩みを聞いてやろうか。

「輝夜さんとケンカでもしたのか?」

「私とあいつでケンカになるわけないでしょ。一方的にボコるだけよ。」

うわぁ、鬼巫女だ。

「それじゃあ、ご飯があんまり美味くなかったとか?」

「最初は殺意湧いたけどね。途中からは別にそうでもなくなったわ。」

「んじゃあもう根本的に働くのが面倒だった?」

「家事は全部輝夜にやらせたわ。しつこいわよ。」

むう、怒られてしまった。そんなに触れられたくない内容だったのか。

「悪かった。」

「別にいいわよ。」

そうか。

しかし何があったかは気になるな。霊夢が聞くなというなら聞かないけど。

「あら、気になるの?あんまりレディーの秘密を探っちゃ失礼よ。」

「気にはなるけど探る気はありませんよ。」

「助け舟を出したつもりかもしれないけど、あんたの分の茶菓子はないわよ。」

「・・・もうちょっと驚いてよ。」

俺と霊夢は、後ろから聞こえた声に振り返らずに答え、声は心底残念そうに返してきた。

いや、驚いてくれと言われても。いい加減慣れちゃったからなあ。

「もっと意外性がないと、芸の世界は厳しいですよ。紫さん。」

「うーん、エ○タの神様は毎週チェックしてるんだけど。」

だからその手の話じゃ驚きませんって。紫さんなら普通にやりそうだし。

「何それ。新しく幻想入りした神様?」

「いや、『外』でやってるお笑いの番組――あー、見世物みたいなもんだ。」

「ああ、大道芸ね。」

何か凄く違う気がするけど。ま、いっか。

「もう、二人とも反応薄いわよ。そこは『幻想郷の監視者が何をしてる』って突っ込むところよ。」

「今更過ぎて言うことなんか何もないわよ。カロリーの無駄遣いだわ。」

辛辣な霊夢の物言いに、『ゆかりんショック!』と言う紫さん。

・・・何か今日の紫さんやたらハイテンションだな。キャラ崩れてるぞ。

「いい加減こっちを振り向いてくれてもいいじゃない。」

紫さんの声がちょっと拗ねた。

そう。俺達は音もなく居間に現れた紫さんに背を向けたまま、縁側に腰掛けた状態のままで会話をしていたのだ。

最早会話ってレベルじゃないんだが、何となく振り向く気にならない。俺の第六感が振り向いてはいけないと言ってる気がする。

霊夢と一緒に生活しているうちに、俺も勘が良くなって来たんだろうか。

「というわけで霊夢、お先にどうぞ。」

「嫌よ。こいつが出てきた時点でろくなこと考えてないのは目に見えてるんだから。ここは居候が身を呈して主を守るところじゃないかしら。」

「都合よくそれ出したな、普段は居候の『い』の字も言わないくせに。」

「不毛な相談はいい加減にして、そろそろこっちを向きなさい。本気で怒るわよ。」

互いに譲り合う俺達に、業を煮やした紫さんの語気が強まる。少し妖怪の賢者モード入ってた。

やれやれ、こんな下らないことでスキマに落とされたくはないな。

諦め、俺は振り返り。





硬直した。『何の御用ですか』と尋ねようとしたそのままの形で。

俺はそのまま動けず、不審に思ったか霊夢も振り返り。

停止した。あの霊夢が、それはもう完膚なきまでに。

俺達二人は、振り返ったそのままの姿で停止し、『ソレ』から目を離したくとも離すことが出来なかった。

『ソレ』は、驚いた俺達の姿を見ると満足したように微笑み。



「少し早いけど、メリークリスマス!」

そう言った。

俺は停止したままの思考の中で、『ああ、もうそんな時期か』と、少しズレた位置で納得しようとしていた。

洋教の始祖の誕生日を讃える日の決まり文句を口にした紫さんの姿は。

何と言えばいいのだろうか。思考が言語野に直結してくれない。

真っ赤な衣服。それと同じ色の帽子。下はミニスカートでオプションに黒いニーソックス。

ああそうだ、これはあれか。

「鮮血のジョーカー・・・」

「何でよ。普通にサンタコスって言えばいいじゃない。」

自分でコスって言うんかい。

しかし紫さんの言葉が、一番彼女の現在の格好を的確に示していた。

紫さんが今している格好は、『外』ならばサンタガールと呼ばれる格好だった。

「どう?なかなか可愛いでしょう。藍に作らせてみたんだけど、いい仕事してるわ。」

紫さんの言葉は、藍さんに対する同情を強く想起させた。

俺も霊夢も、ご満悦の様子の紫さんに返せる言葉はなかった。

そしてきっと、心の中で思った言葉は間違いなくシンクロしていただろう。

(歳を考えましょうよ。)
(歳を考えなさいよ。)

俺達は、ただただドン引きするばかりだった。

・・・ああ、嫌な予感しかしねえよ。





***************





珍妙な格好で現れた紫は、その変な服を見せびらかすだけ見せびらかすと、勝手に湯呑みを出してお茶を飲みはじめた。

格好のせいで、はっきり言って違和感しか感じなかった。

「冬はやっぱり熱いお茶よねぇ。」

自分の家でやれと言いたい。

「ていうかあんた、普段は冬眠してるんでしょ?やっぱりも何もないでしょうが。」

「あら、気の遠くなるぐらい昔なら、私も冬を起きて過ごしていましたわ。」

年寄りめ。

「そういえば紫さん、何で今年は冬眠してないんですか?」

紫の格好についてはなるべくスルーということで受け入れた優夢さんは、紫の茶菓子をわざわざ持ってきた。

こいつにはあげなくていいって言ったんだけど。まあ、想像通り聞くわけなかったわ。

「たまたまよ、たまたま。」

どんなたまたまよ、本当に。迷惑だからこっちはとっとと冬眠してほしい。

「たまたまですか。」

「そう、たまたまよ。」

あんまりたまたまたまたま言ってると、ゲシュタルト崩壊するわよ。

「そうねぇ、年頃のレディーがあんまり連呼しても下品よ。」

「その発想はおかしい。」

あんたが一番下品だ。

「下らない漫談をしにきただけならとっとと帰ってほしいんだけど。あんたの相手してるほど私は暇じゃないのよ。」

「縁側でお茶を飲んでるだけじゃない。」

それに忙しいのよ。縁側でお茶を飲むのは、私の趣味と言ってもいいわ。

「そういう趣味もないことはないだろうけど、茶を趣味っていうならせめて茶を点てるぐらいはしたらどうだ。」

「あれはあれで悪くないけど、面倒だわ。」

茶道の所作は一通り叩き込まれてるから、できないことはないけど。

「それにそれはキャラ被るからやりたくないわ。」

「? よくわからんけど、そうなのか。」

正に『お茶を濁す』だったけど、優夢さんはそれで納得したようだ。

「そういうわけだから、とっとと帰りなさい。でないと封印するわよ。」

「せっかちねぇ。」

何処から取り出したか、紫は扇を取り出し口元を隠して笑った。相も変わらず安心の胡散臭さだ。本当に安心するわけではないけど。

「私の用件は、これよ。」

そう言って紫は、自分の着ている服を指した。

全体的に赤い印象の、端の方に白が付いた服。私の服と被るから遠慮願いたいところなんだけど。

「その服がどうかしたの?」

「これはね、『サンタクロース』という人の着る衣装なのよ。クリスマスは知ってるでしょう?」

ああ、西洋宗教の預言者の誕生日でしょ。酒を呑む口実にはうってつけよね。

「あれ、幻想郷にもクリスマスはあるんだ。」

「概念自体はそう新しいものじゃないもの。ある意味『外』よりも原義に近いんじゃないかしら。」

「それもそうですね。」

まあ、うちはバテレンじゃないから、普通に宴会するだけだけど。

「『サンタクロース』は、クリスマスに良い子の皆にプレゼントを配るのよ。」

「へえ、それはありがたい話ね。」

「霊夢、残念ながらお前には縁のない話だ。『良』い『子』の元にしか来ないんだから。」

失礼ね、まるで私が悪党みたいな言い方を。

「少なくとも、神社の仕事もまともにやらず日々呑んだくれてる巫女には来ないわよ。」

「うるさいわね。別にいいじゃない。」

お説教なら今のところ間に合ってるわ。

「それもそうね。」

紫は妖しく笑う。・・・こいつ、絶対何か企んでるわ。

「今この服を着ているということは、私はサンタクロース役。良い子にプレゼントをあげにきたのよ。」

「あんたからの贈り物?恐ろしくて受け取る気もしないわ。」

絶対何か仕込んであるに決まってるんだから。

「つれないわねぇ。でもある意味ちょうどいいわ。」

? どういう意味よ。プレゼントを配るんじゃなかったの?

「ええ勿論。でも今はまだプレゼントが手元にないわ。」

「あんたほんとに何しにきたのよ。」

「だからそれが用件なのよ。」

もっとわかりやすく言いなさい。いい加減にしないと『夢想封印』かますわよ。

「おぉ、こわいこわい。」

薄っぺらな言葉を返す紫に殺意を覚えたのは、至極当然な反応だと思う。

「紫さん。霊夢の夢想天生ゲージが6まで溜まってるんで、そろそろ本題に入ってください。」

「しょうがないわねえ。つまり私はプレゼントを配りに来たんじゃなくて、回収しにきたのよ。」

何、まさかあんた、神社の物を掻っ攫って行く気?

「神社の物には手を出さないから安心なさい。ここは大結界の基点なのだから、私が不用意にそんなことをするはずがないでしょう。」

それもそうね、腐っても妖怪の賢者なんだから。

「腐ってはいないけどそういうこと。」

「じゃあ何をプレゼントにする気なんですか。神社の物に手を出さないって、神社に来た意味ないじゃないですか。」

「そんなことはないわよ。他にもプレゼントになりそうなものがある――いえ、いるじゃない。」

『いる』?そういえば池の亀喋れたのよね。あれかしら。

「あなた達は親子そろって亀の扱いがひどいわね。」

「亀?いたっけ?」

いたのよ、私もすっかり忘れてたけど。

「彼は先代のときに巫女を助けて駆け回ったのだから、余生はゆっくりさせてあげましょうよ。」

亀は万年と言うけど、あの亀は何年ぐらい生きるんだろう。

「まあ、どうでもいいか。じゃあ何なのよ、あんたが回収しにきたものって。」

「サンタクロースは子供達の『願い』を聞いて希望を与えるものよ。」

・・・ああ、理解したわ。当の本人は全く理解してないみたいだけど。

けどね。

「ダメよ。これ以上私の生活を荒らされたらたまったもんじゃないわ。」

「あなたの許可は聞いてないわ。これはもう決定事項なの。」

鋭い視線で睨みつける私に、しかし紫は全く動じず薄ら笑いを浮かべていた。

こんなところだけ賢者らしいというのだから、腹の立つ。

「優夢が永遠亭でお姫様をやってる間中、結局ほとんどあの子任せだったじゃない。」

「ちょ、何で紫さんが知ってるんですか!」

思い出したくなかったのか、その話題を出された優夢さんは大いにうろたえた。

そんなもの、どうせいつもの覗きに決まってるじゃない。前に公言してたしね。

「・・・プライバシーとか欠片もないんすか。」

『愚問ね。』

見事に息のあった言葉に、優夢さんはちゃぶ台に崩れ落ちた。

優夢さんは放置するとして。

「少しはやったわよ。不本意ながらね。」

「そうね、少しはやったわよね。茶竹霊夢・・・・ちゃん?」

かなりイラッときた。

「で、だから何なのよ。次ふざけたら、警告はないわよ。」

スペルカードルールから逸脱する気はないが、容赦をする気もない。

私はスペルカードを取り出し、いつでも『夢想封印』を撃てるように霊力を解放した。

「そうカリカリするものじゃないわよ。境内で暴れるなと言われたでしょう?」

「境内に無断で侵入するような妖怪相手なら問題ないわ。正当防衛よ。」

「困った子ねぇ。もう先方に話はつけてあるの。今更やっぱりダメ、は通用しないのよ。」

「知らないわよ、あんたが勝手にやったことでしょ。あんたが怒られてきなさいよ。」

「嫌よ。それに向こうの頼みでもあるんだから、何としてでも叶えてあげたいのよ。」

私も紫も、互いに一歩も譲らなかった。どちらにも折れる気がないのだから、当然と言えば当然だ。

当事者であるはずの優夢さんがちゃぶ台に突っ伏している中、私達の舌戦は熱を増した。

「必要なことなのよ、理解しなさい。」

「絶対嫌。」

そして、結局最終的には交わることのない平行線だった。

引く気のない私の表情を見て、紫は疲れたようなため息をついた。



「この子はこんなこと言ってるんだけど、どうしようかしら。ねえ、幽々子。」

「それにしても面白い格好してるわね、紫。」

ッ!?

私は驚いたように振り返った。紫との言い合いに熱中していて気付かなかったようだ。

いつの間にか、私の背後には冥界の主が立っていた。音もなく、静かに。

幽雅なたたずまいで、紫の問いにズレた答えを返した。

「あ、幽々子さん。こんにちは。」

「こんにちは、優夢。聞いたわよ、一週間うちで働いてくれるのよね。」

「・・・・・・・・・はい?」

なるほど、紫が優夢さんを連れて行こうとした先は白玉楼だったのか。

確かに、あそこには優夢さんを連れて行けば喜びそうな半分死んでる奴がいるわね。

「えーと?いきなり何の話でせうか?」

「もう、とぼけなくてもいいのよ~。霊夢の怠け癖を矯正するために、これからしばらく神社から離れてみるんでしょ?」

「え、いやそれはもう終わった話じゃ・・・。てか何で幽々子さんまで知って??」

「・・・凄く嫌な予感がするんだけど。紫、あんた他に何処でそんなデタラメ触れ回ったの。」

「主要な箇所には大体。映えある第一回優夢争奪戦の勝者は冥界の白玉楼さんに決定しました。」

いつの間にやったのよ、そんな勝負。

「あら、この間あなたに決めてもらったのよ。ほら、引いてもらったじゃない。」

引いて・・・?

「! あのときのくじか。どういうことかと思ったら。」

そういえば、確かにあのとき引いたくじには『白』と書いてあった。あれは白玉楼の『白』か。

「永遠亭のときはあの子が優夢の代わりにここにいたんでしょう?だったら私も優夢と入れ替わってみようかしらね~。」

「待ちなさい。あんたが神社に来たら食料的に危険が危ないわ。」

冗談抜きで。私の本気具合が、おかしくなった言葉に表れていた。

「あ、あの。俺全然そんな話聞いてないんですけど。」

「それはそうね、あなたには言ってないもの。」

「俺の意思とかは?」

「考慮してもらえると思った?」

「・・・いえ。」

優夢さんは早々に諦めてしまった。確かにこいつが人の話を聞くとは到底思えない。

「待ちなさいよ。まだ私は首を縦に振ってないわよ。」

「あなたの許可は聞いていないと既に言ったわよ。優夢も納得してくれたみたいだし、早速行ってもらいましょうか。」

「え、いやちょっと、俺もまだ納得しては」

優夢さんの言葉を皆まで言わせず、紫は優夢さんの足元にスキマを開いた。

「させない!!」

だが私は、優夢さんが重力に従い自由落下を始めるよりも速く空を飛び、優夢さんの腕を掴んだ。

「うお!?た、助かった、霊夢。」

落下の止まった優夢さんは、ホッと安堵に胸をなでおろした。

「あらあら、邪魔をしちゃダメよ。」

だが紫も甘くはない。優夢さんをスキマに吸い込もうと、さらに吸引力を上げた。

「ぬあ!?は、腹が裂ける・・・!!」

「ちょっと紫、中身が飛び散ったら掃除が大変でしょ!」

「そっちの心配!?俺の身の心配は!!?」

そのぐらいじゃ優夢さん死なないでしょう、再生するし。

「ならあなたが手を離せばいいじゃない。」

「断るわ。」

「痛い痛い裂けるマジで裂ける!?!?」

ミチミチと本格的にまずい音を立て始めた。しかし、私には手を離すという選択肢はない。

「これはちょっとまずいわね・・・。幽々子、手伝ってくれない?」

「そうね~。妖夢のためだもの、一肌脱ぎましょう。」

紫の救援要請に幽々子がゆったりと動き始めた。

その緩慢な動作で私の手を離させようというのかしら。甘いわね、逆に打ち落としてやるわ。

そう思っていた。が。

幽々子は私の方に近寄ってくる途中で、空気に溶けるように忽然と姿を消してしまった。

そういえばこいつは亡霊だった。最近すっかり忘れてたけど。

次に現れたのは、私のすぐ後ろ。勿論私の勘はそのことを察知し、すぐに迎撃を取ろうとした。

「って近!?」

しかしそれは、幽々子が予想外に近く出現したためできなかった。

そして幽々子は。

「ほらほら腋ががら空きよ~。」

「わひゃ!?」

あろうことか、私の腋をくすぐってきた。腋の開いた巫女服のために露になっている腋を直接。

そのくすぐったさに私は調子の狂った声とともに腋を抑えた。



優夢さんを掴んでいた手を離して。

『あ。』

一瞬の間。私と優夢さんは同じ言葉――言葉ですらない音を漏らした。

スキマの吸引力は的確に優夢さんを捕らえていた。私には一切影響を与えず、優夢さんだけを吸い込んでいた。

結果。

「のおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ・・・・・・・・・」

支えを失った優夢さんは、なす術なく暗いスキマの奥底へと吸い込まれていった。

・・・くっ、やられた。

私は殺気のこもった目で、紫と幽々子を見た。

しかし二人は、方や大妖怪。方や冥界の主たる亡霊。その程度で怯むような連中ではない。

「それじゃ、霊夢の方はよろしくね。」

「わかったわ~。」

まるで何事もなかったかのように、紫は軽く言ってスキマに消えた。

後に残されたのは、家政夫ゆうむさんを奪われた私と、幽々子おおめしぐらいのみ。

・・・。

「じゃ、ご飯よろしくね~。」

「やっぱりかッ!!」

早速ご飯を要求してくる幽々子は、どう考えても役に立ちそうになかった。

ああ、私の平穏がまた崩れていく・・・。





***************





その日は珍しく、幽々子様が出かけられた。私がお供しますと言ったら、『一人で出かけてくるから留守番を頼む』とおっしゃられた。

主の護衛に出ないというのは従者として如何なものかとも思ったが、『たまには一人でお出かけしたいわよ』とおっしゃられた幽々子様の御意思を尊重することにした。

ならばと、私は幽々子様のお留守をしっかりと守ろうと思い、お屋敷全体の手入れをしていた。

普段は掃除しないようなところまでしっかりと掃き、雑巾がけもした。心なしか、床が輝いているようにも見えた。

屋敷の中の手入れは満足し、今はお庭を掃いているところだ。とは言っても、庭師として庭の手入れには気を使っているから、そこまで落ち葉も積もっていない。

ほう、と息を吐くと、まるで私の半霊の様に白く、天に昇って消えていった。

もう冬だった。今年も一年が終わる。

そのことを思い、この一年を振り返ってみた。思えば、今までよりも随分と濃密な一年だった。

始まりは幽々子様の思いつきから。幻想郷の春を奪い、西行妖を咲かせようとし、『異変』となった。

それを解決しに来た霊夢と魔理沙、咲夜さん、それから優夢さんと知り合い、戦いの後に友となった。

その後優夢さんの正体を巡って一悶着も二悶着もあり、春先の『異変』は終わり――『異変』とも呼べない騒ぎが始まった。

それを起こしていた鬼も、今ではすっかり神社の居候だ。優夢さんの人望だろうか。あるいは霊夢の懐の広さか。

そして長かった冬のために冥界すらも茹る夏を過ぎ、秋の『異変』。

月を奪った不届き物を成敗すべく夜を止めたら、霊夢と優夢さんはそっちを『異変』だと思って動き始めてしまった。

今思うと笑えるぐらいの話だが、あれは大変だったなと思い、やはり私は笑ってしまった。

本当に濃い一年だった。二度も『異変』があり、そのどちらにも参加していた。

それらを通して、私は成長できたんだろうか。お爺様――お師匠様に、少しは近づけたんだろうか。

確かに強くはなったと思う。優夢さんと手合わせをして、ともに強くなっていっているという実感はある。

しかし、お師匠様の強さはそれだけではなかったと、今になって思う。あの強さに届くには、一体何が必要か・・・。

私は答えのない禅問答を頭の中で繰り返しながら、雲一つない空を見上げていた。



ふと、視界の中に黒い裂け目を見つけた。

あれは・・・紫様のスキマか。それは私の見慣れたものだったので、すぐに正体に合点が行った。

しかし、せっかくいらっしゃったというのに幽々子様はお留守。お帰りいただくしかないだろうことを少々心苦しく思った。

だが、少し様子が変だ。いつもならすぐにスキマから出てこられるのに、今は開きっぱなしのまま何も起こらない。

それにいつもならもっと地上近くで現れるはずだ。それで私を驚かしたことは一度や二度ではない。

何かあったのだろうか?それとも、間違えてここにスキマを繋いで、閉じ忘れているとか?

いやそもそも今は冬だ。何故紫様が起きていらっしゃる??

疑問に思い始めたらとどまることを知らず、私は開かれたスキマから視線を外せなかった。

5分ぐらいあっただろうか。そのスキマはようやく動きを見せた。

赤い何かを、吐き出したのだ。そうするとスキマは、仕事は終えたとばかりに閉じてしまった。

赤い何かは重力に従い、真下――白玉楼の庭に落ちた。近寄ってみるとそれは、赤い巨大な靴だった。



それが、モゾモゾと蠢いていたのだ。中に何かいるのか?

私は警戒をしながら、それに近づいた。

紫様のことだから危険なものを落としていくとは思えないが、わからない。ひょっとしたらやりかねないのがあの人だ。

ぐるりとそれの周りを回ってみて、おかしなことがないか確認する。

おかしなことはなく――いや、その存在自体がおかしいのだが――それは間違いなく、巨大なだけの赤い靴だった。それも、人一人がすっぽりと入るぐらいの。

中にいるのがなんなのかは、開けてみないことにはわからないようだ。怪しげな妖怪とかが入っていなければ良いが。

腰元の楼観剣にいつでも手をやれるようにしながら、私はそれの口をバッと開いた。





そして、それを見て目が点になった。

結論から言うと、それは危険なものではなかった。むしろ安全極まりないと言ってもいい。

だが、目が点になった。何で?と、意味がわからなかった。

それは。



「あ、よ、妖夢・・・。すまん、何でもいい、着る物をくれ、寒いぃぃぃぃぃ・・・!!」



一糸纏わぬ艶やかな姿に、赤いリボンで体を縛り付けられ――克明に語るならリボンは蝶結びで結わえられており、冬の寒さに体を震わせる優夢さん(陰体)だった。

何で?と、同じ疑問が頭の中をグルグルと回り。



私が正気に戻ったのは、優夢さんがヘクチ、と可愛らしいくしゃみをしたときだった。

本当に、あなたは何を考えておられるのですか。紫様・・・。





+++この物語は、人類の願いがクリスマスプレゼントにされる、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



激流に身を任せ、同化する程度の主人公:名無優夢

同化しきれてないが。実はこの章が始まってからこっち、一度も男になれてない。

寒さに弱いので、白玉楼に落とされたときは縛られてなくても身動きとれなかった。

平穏を望むが、平穏が遠ざかっていくのは物語の主人公の宿命である。頑張れ。

能力:あまねく願いを肯定する程度の能力

スペルカード:気砲『シュプーリングスター』、人形『エターナル・スカーレット・CB』、霊丸『無双散弾 -ショットガン-』、『願い星』など



休むことを知らない人その2:魂魄妖夢

主がいないときぐらい気を抜けばいいのに、相変わらず固い従者。残念ながら、瀟洒とは程遠い。

優夢の裸体(特に胸)に見とれて身動きが取れなかったのは、内緒のしみつ。

あまりに普通の性格をしているため、ぶっちゃけ次回以降のネタがねえ(作者の本音)。

能力:剣術を扱う程度の能力

スペルカード:人符『現世斬』、人鬼『未来永劫斬』など



ホイホイ冥界を離れる亡霊嬢:西行寺幽々子

それでいいのか冥界の主。しかし冥界の管理といっても、普段はただいるだけなのであまり問題はないようだ。

紫が何故こんな行動を取ったのかわかっているのかわかっていないのか、全くわからないつかみ所のなさ。

ちなみに裸リボンは幽々子の発案だったり。曰く、『妖夢がきっと喜ぶわ~』。

能力:死を操る程度の能力

スペルカード:死符『ギャストリドリーム』、死蝶『華胥の永眠』など



→To Be Continued...



[24989] 幕間二十三
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:45
~幕間~





これは、私が博麗の巫女の家族のことを知ったときのお話です。





先日はひどい目にあった。まさかあんな遅くまで飲みに付き合わされるとは思ってもみなかった。

怒らせず、波風立てず、何とか夜雀の屋台を抜け出した頃には、既に月も高くなっていた。

幻想郷最速を自負するこの身をもってして、最速の最速で妖怪の山へ急いだ。

しかし、如何に私が素早くとも、時間の針までは逆行できない。

その日あるはずだった天狗の重鎮による定例会は当然ながら終了しており、集会場には天魔様しか残っていらっしゃらなかった。

その後は語るまでもないことですが、記者として事実を語りましょう。それはもうこっぴどく叱られました。

まさか齢千を超してからお尻百叩きの目にあうなんて思ってませんでしたよ、ええ。

私の美尻(これ重要)を満足行くまで叩いた後、天魔様は私に理由を尋ねられた。

これには焦った。本当の理由を言うわけにはいかない。そんなことをしたら、妖怪の山に雷撃が走ってしまう。

だから私は『取材をしていて遅くなった』ともっともらしいことを言ったのだけれど、結果は百追加だった。

新聞のネタは集まらないし、まさに踏んだり蹴ったりという言葉がぴったりな一日だった。



さて、先日そんなことがあったばかりで、今日私は天魔様直々にお呼びをかけられた。

正直なところを言うと、椛を盾にして逃げたい気持ちだった。もう百叩きは嫌だ。

だけどそれをやってしまえば、一万叩きにならないとも限らない。私は先の不安に緊張しながら、天魔様の呼び出し場所へとやってきた。

「おぉ、今日は遅れなかったじゃないか。」

そこに着くと、天魔様は既にいらっしゃった。私を見るや否やそうおっしゃられたので、私はちょっと眉を歪めた。

「先日のは、ただの不慮の事故と言いますか。私が時間にルーズな方ではないというのは、ご存知でしょう。」

「それは最近の若者の言葉かい?まあ、性格はともかく諸々の能力に関しちゃ、あんたを信頼してるよ。」

「それは光栄至極。しかし性格はともかくとはどういう意味でしょうか。」

「言葉通りだよ、聞かん坊。」

天魔様は体を反らせからからと笑った。

彼女の性格を一言で言い表すなら、豪放磊落。小さなことはすぐに笑い飛ばしてしまう。

しかし、細やかな気配りも忘れない。皆の気付かぬような形で、それとなく。

相反する二つの魅力が同居する彼女だからこそ、曲者の多い天狗を纏め、妖怪の山の頂点に立てるのだろう。

ちなみに、天魔様も天狗であるはずなのだが、私ですらその種別を知らない。知っているのは、ひょっとしたら側近の蔵馬殿ぐらいしかいないかも知れない。

閑話休題。

「それで、私が今日ここに呼び出された理由は何でしょうか。まだ私は用件を伺っていないのですが。」

私は、気になっていることを天魔様に尋ねた。

「こないだ、あんた定例会を無断欠席しただろ。その分の罰だよ。」

「罰ならもう目一杯受けたと思うのですが・・・。」

「あー、まあそうだったね。じゃあその分の労いだ。」

どっちなんですか。矛盾してますよ。

「細かいことはいいんだよ。小さいこと気にしてると、大きくなれないよ。」

とおっしゃって、天魔様は自分のある一点を強調させた。即ち、その豊満な胸を。

私も大きさにはそれなりの自信があるが、この方には敵わない。一体何を食べればあそこまでになるのか。

「セクハラですよ、それ。閻魔様に訴えられるレベルです。」

「おやおや、いっつもあんたが部下や博麗んとこの居候にやってることじゃないか。」

ぬぐっ。よ、よく見てらっしゃいますね。

「あんたら上の方の妖怪を抑えておかなきゃ、末端まで秩序の枝を伸ばすのは無理だからね。・・・少し無駄話が過ぎたな。待たせると悪いし、そろそろ行こうか。」

言って踵を返し、天魔様は歩きはじめた。その後を私も着いていく。

この先に何があるというのだろうか。長年妖怪の山に住んでいる私だけど、こっちの方には来たことがない。

それというのも、この先には何もないはずだからだ。周りの地形から考えて、岩壁で行き止まりになっているはずだ。

その上道も険しく――天狗としての基準で険しいのだから、推し量ってほしい――余程の酔狂でもない限り、こちらにはこないだろう。

故に警備の必要もなく、人気がない。私も、新聞のネタにもならぬものに興味はなかったので、来たことはなかった。

そこにどしどしと、天魔様は足を踏み入れているのだ。しかも、ごくごく慣れた様子で。

どうやら天魔様は、何度となくここに足を踏み入れているようだ。生い茂る草木に足を取られることもなく、迷いなく歩を進めている。

その後に続いているのだから、私も楽なものだ。天魔様が歩んだところを私も歩けば良いのだから。

そういえばさっき天魔様は「待たせると悪い」と言っていた。誰かと待ち合わせでもしているのか。

天魔様が待ち合わせる相手となると、余程の大物だ。天魔様は妖怪の山を統べる大妖怪なのだから。

紅魔の主レベルではない。それこそ、妖怪の賢者と同等だ。

となると相手は八雲紫?いやしかし天魔様と彼女に交遊があるという話は、聞いたことがない。

八雲紫を快く迎え入れそうな人物と言ったら、亡霊姫か乳巫女ぐらいしか想像がつかない。それほどあの胡散臭いスキマ妖怪は嫌われている。

では他に誰がいる?天魔様と同格となると、思い浮かぶのは魔界神とか閻魔様とか。流石にこれは行き過ぎか?

ともかく、そのくらいの大物であることは違いない。ひょっとしなくとも大ニュースだ。

はっ!!まさか天魔様は私の日頃の働きを評価してスクープのネタをくれたのでは!?

そうだ、きっとそうに違いありません。この清く正しい射命丸にさらなる罰などありえない。

そう思い至ったら途端に足が軽くなりました。思わずスキップもしようというものです。

「いきなり跳びはねたりしだしてどうしたんだい。気持ち悪いよ。」

おっと、いけないいけない。平常心平常心。





鬱蒼とした森を抜けると、少し開けたところに小さな庵があった。巨大な岸壁を背後に立つ庵は、何処か頼りなげに見えた。

まるで背景に溶け込むかのような庵は、それでも確固とした存在を持ってそこにあった。

「ここは他の天狗も来ないからね。静かでいい。私のお気に入りだよ。」

・・・なるほど。確かに、耳が痛くなるほど静かだ。

天狗は愚か、動物の声一つしない。ここへやってくるのは、小動物でも難しいのか。

静謐な空気の中で、ぽつんとある庵。実に風流だった。

「ここを知ってるのはあんたで4人目だ。普段は蔵馬がついて来る。」

天魔様と蔵馬殿と私。となると、残る一人が待ち合わせ相手の。

「そういうこと。じゃあ、さっさと中に入ろうか。」

私がそれを理解したと見ると、天魔様はずかずかと庵に向けて歩いて行った。

私はその後を追いながら、ここの景色を見た。清浄な空気の中で、生えている植物さえも清い気を放っているような気がした。

妖怪の山には妖怪だけでなく神々も住む。神気とでも呼ぶべきものが溢れている。

ここは特にそれが濃いのかもしれない。正に自然の生み出した神秘か。

天魔様が庵に入るのに続く。すると、ある香りが私の鼻腔をくすぐった。

この香りは・・・。

「よう、待たせたね。」

中にいる誰かに、天魔様は気さくに声をかけた。私よりもやや上背のある天魔様に隠れて、向こう側にいるその人物は見えなかった。

だがこの香りは間違いなくお茶の香り。件の人物は、どうやらお茶を点てて私達を待っていたようだ。

「いや、それほど待ってはいない。ちょうど最高の茶が淹れられる程度に湯が沸いたところだ。」

天魔様の言葉に返ってきたのは、太く低い男性の声。とても平坦で、感情の起伏が見えないような声だった。

「最高の茶が淹れられる程度か。それはいいな。」

「ああ、とてもいい。」

向こうも天魔様に遠慮をするような言葉遣いはせず、完結に要点のみを返す。

天魔様が前へ出て、ようやくその人物の姿が私の目に飛び込んできて。



私は驚愕した。



それは、人間だった。どこからどう見ても、間違いなく人間だった。

人間の中年男性が一人。驚くほど冷静な印象を受ける様子で、そこに座っていた。

人間が、この妖怪の山の中に、である。

まさか人間のフリをした妖怪などということはないだろう。この場でそんなことをする意味は全くない。むしろ命を狙われる危険さえある。

しかし天魔様は、この人間を排除するようなそぶりを見せず、相変わらず親しげに話しかけている。

山の秩序を守る天魔様がそれでいいのかとも思うが、先の様子から見ていれば彼が天魔様が会いに来た人物であることはわかる。恐らくは友人なのだろう。

ならば天魔様が彼を追い返すようなことはありえない。つまり、私の目の前で繰り広げられていることはごく自然な光景なのだ。

だが、やはり人間である。妖怪の山の妖怪の頂点に立つ天魔様と、目の前のこれといった霊力も持たぬ人間が、私の中では結びつかなかった。

混乱する私を置いて、天魔様と人間は会話に花を咲かせていた。もっとも、花を咲かせているのは天魔様だけで、人間の方は相変わらず無表情だったが。

「おっと、紹介が遅れたね。こいつは私の次ぐらいに偉い天狗で、射命丸文っていうんだ。」

「天魔殿。あなたの次に偉い天狗は何人いるんだ。側近は蔵馬殿じゃないのか。」

「私が一番偉いんだ。重鎮は大体皆同じぐらいさ。それにこいつは側近ではないしね。」

蔵馬殿と同格にされてしまった。実際には天狗の間の上下関係はかなり厳密であり、蔵馬殿は私達と天魔様の間に立つ位階だ。

っと、それはともかく。

「山の情報伝達を主に担当している、鴉天狗の射命丸文です。以後、お見知りおきを。」

「これはご丁寧に。あなたは人里でも有名だから、儂もよく知っているよ。確か文々。新聞という絵入りの文を配っている。」

「ご存知でしたか。」

どうやらこの男性はここに住んでいるわけではなく、普段は人里に住んでいるようだ。まあ、人間なのだから当たり前か。

「名乗られたなら名乗り返さねばな。あまり自分のことを語るのは得意ではないが。」

相も変わらず平坦な調子で、男性は告げた。

それは老木のようだと感じた。まだそこまで歳を経ているわけではないのに、それほどの精神性を感じたのだ。

その一点に関して、この時点で既に彼を認めていたと思う。しかし、ただそれだけのこと。

彼は名乗った。



「儂は茶竹一文ひとふみという。人里で茶屋の隠居をしている。」



当たり前のことだが、この時点では彼が何者なのか――勿論天魔様とどういう関係なのかは気になるが――それほど気には留めていなかった。





彼―― 一文氏が茶を点てている間に、ざっとことのあらましを聞いた。

始まりは今から5年前。いつものようにここへ息抜きに来た天魔様は、何故か人間がいるのを発見した。

それがこの茶竹一文氏だった。

当然天魔様は、初めは追い返すか食い殺すかのどちらかを選ぶつもりだったそうだ。脅しをかけるために声をかけた。

ところが彼は、力も持たぬ人間だというのに、妖怪の山の最高責任者に対し全く臆せず言ったそうだ。

『今から茶を点てよう。話は茶を飲みながらゆっくりと聞く。』

今と同じ、何とも平坦な調子だったそうだ。

絶対的強者たる妖怪に声をかけられ、そんなピントのずれた答えを返す彼を、天魔様は大層気に入った。

以来彼は天魔様によって特別にここにくることを許され、時折茶を楽しむという。

「まあ、下の者に対する面子ってのもあるから、流石におおっぴらにやるわけにゃいかないけどね。」

「なるほど。だから蔵馬殿だったのですね。」

蔵馬殿なら、天魔様が最も信頼を置いているあの方なら、決して口を割ることはないだろう。

「けれど、私は良かったのですか?私はジャーナリストです。報道するかもしれませんよ。」

「言っただろ。私はあんたの性格はともかく、諸々の能力は信頼してるって。空気の読めないやつだとは思ってないさ。」

・・・まあ、確かに。相手が魔界神とかだったならともかく、これは記事にすることはできません。残念ながら。

「それにしても、天魔様に声をかけられて『茶を飲もう』、ですか。」

何とも肝が座っている。

「そうでもない。あのときは儂も死を覚悟した。茶をすすめたのは、死ぬ前に茶が飲みたかったからだ。」

「前もそんなこと言ってたね。とてもそうは見えなかったよ。」

天魔様はからからと笑った。死を覚悟してそれだけのことを言えるなら十分凄いことだが。

「そういえば、茶竹さんと言いましたか。というとひょっとして、人里の茶屋の茶竹さんですか?」

茶に纏わるものだったら何でも置いていると評判の。確か店主をしているのは一磋という名の若者だったか。

「一坊を知ってるのか。」

「ええ、割と有名なお店ですから。」

ということは、一文氏は彼の父親か?その割には、容姿が似ていないが。

「一坊は養子だからな、血縁ではない。儂の跡取りに相応しい子を、上白沢先生からいただいた。」

なるほど。

「そういえば、あんたの弟子はどんな塩梅なんだい?その子の茶も早く飲んでみたいんだがね。」

天魔様は一磋さんの話題で思い出したように尋ねられた。

「・・・だいぶ力をつけてはきたが、まだだな。今天魔殿の前に出しては八つ裂きにされてしまう。」

「ほーう、中々期待できそうだね。」

「しかし素材を最大限に活かすということに関しては、既に儂を超えているだろう。儂は所詮、素材の善し悪しを見分ける能力しか持たん。」

聞いた話ではあるが、霊力を持たぬこの男性は、しかし魔眼とも言える能力を持っていた。それが、『物の性質を見極める程度の能力』。

鑑定屋などをやれば儲かりそうな能力だが、彼はそれを茶のみに使うことに決めているようだ。一磋さんに対しても思ったことだが、大概茶バカだ。

「そりゃそうさ。何せこいつがここに入ってきた理由だって『最良の茶葉を探しに』だよ。とんだ茶バカさ。」

そのためだけに命をかけられるか。ある意味凄いと言えなくもない。

「儂は自分の思った通り行動しているに過ぎん。さて、話は一旦ここで切ろう。折角の茶が冷めてしまう。」

「おっと、そうだね。あんたとの会話も面白いが、今は茶だ。」

話をしながらも手は一切休めず、いつの間にか一文氏は二人分の抹茶をこしらえていた。

流れるような、あまりにも自然な動作だったため、いつ完成したのかわからなかった。

茶の道は専門外だけど、これは期待出来るかもしれない。

居住まいを正しながら、茶碗を手に取る。熱すぎず、暖かな熱が伝わってきた。

温度は正に適温ということか。

茶碗に口をつけ、音を立てぬように中の緑を啜った。



・・・これは、本当に茶なのか!?

私は啜ったその瞬間に、言いようのない衝撃に襲われた。

軽い。あまりにも触感が柔らか過ぎて、いつ口の中に入ってきたのか、全くわからなかった。まるで空気を飲んでいるようだ。

私に気付かれることなく口中に忍び込んだ液体は、次の衝撃を私に与える。

甘いのだ。茶の香りを残しながら、私はそれを甘いと感じた。

それも甘露のような甘さではなく、優しく心を満たすような仄かな甘さ。

その甘味は、口中から喉に燕下した後も続いた。体の内側から茶の薫りが立ち上る錯覚すら覚える。

それを全て飲み干すのは、とても勿体ないと感じた。まるで宝物、天狗の隠れ蓑や龍の玉を独り占めするような満足感と罪悪感。

時間にしてはほんの短い間だっただろう。私はそれを飲み干し、ほうとため息をついた。

夢心地とでも言えばいいだろうか。私はしばし言葉も出せずに呆けていた。

「・・・・・・・・・結構なお点前で。」

ようやく出た言葉には、一文氏の素晴らしい技量に対する完全な敬意が込められていた。

同時、理解した。何故天魔様ともあろうお方が、妖怪の山への人間の出入りを許可しているのか。

この茶の味の虜となったのだ。目の前の人間は、力ではなく味でもって、妖怪を屈服させたのだ。

その事実に気付き、私は畏怖すら感じた。よもやこれほどの人間がいるとは。

「うん、うまい。やっぱり一文の点てた茶は最高だね。」

・・・と人がまじめに分析している横で、天魔様はあの玉の湯をがばがばと飲んでいた。それはもう豪快に。

「ああああ、天魔様!そんな勿体ない!!」

「うまいんだからいいだろ?あんたこそ遠慮せずにもっと飲みなよ。」

「射命丸殿。心配せずともまだまだある。心行くまで茶を楽しんでくれればそれが良い。」

止めるのは私だけ。天魔様は全く聞く気がないし、一文氏はむしろ煽ってる。茶の湯ってこんなに賑やかなものだっただろうか。

天魔様の押しに逆らえるわけもなく、私は茶でお腹が膨れるぐらい飲まされたのだった。

何だか最近『飲む』とか『呑む』との相性が悪い気がする・・・。





ひとしきり騒ぐと、天魔様は一文氏の見送りを私に任せ、さっさと帰られてしまった。

一文氏によると、いつもああなんだそうだ。普段の見送りは蔵馬殿の仕事だと。

そういえば、結局何で私を連れてきたのか聞いてなかった。後で機会があれば聞いておこう。

一文氏の帰り道は、これまた険しい道のりだった。行きは一人だったというのだから、健脚なものだ。

「しかし、よく哨戒天狗に見つかりませんでしたね。人気のない場所とはいえ、彼らがそう簡単に人間の侵入を許すとは思えませんが。」

「ああ、普通なら難しいだろうな。だが、儂が訪問する日は天魔殿がそれとなく警備を緩めてくれているそうだ。流石に帰りは危険だと言われているが。」

それはそうだ。要塞とは、侵入するよりも脱出する方が難しいのだから。

「それにしたって、何度もここを訪れるなんて、正気の沙汰とは思えませんよ。命が惜しくはないんですか?」

いくら警備が緩められているとはいえ、危険がゼロなわけではない。こんな奥地まで来ていたら、間違いなく問答無用で攻撃される。

彼のように戦う力を持たぬ人間ならば、即ち死を意味する。それなのに何故。

「あそこに自生している茶は格別だ。うちの畑で育てても、どんなにやってもあそこには届かない。きっと特殊な条件が必要なのだろう。ならば、体を張ってでも取りに行くのは、茶屋として当然の意地だろう。」

「あなたは既に隠居の身でしょう。」

「そうだったな。なら、儂の性分だと思ってくれ。」

何と意志の固い。これはきっと、どうしようもないことなのだろう。

「なら私は何も言いません。覚悟もおありのようですし。」

「そうならないよう努力はするが、なったらそのときだ。」

驚くほど起伏のない声で、彼は淡々としゃべった。

表明だけを見れば、感情などないように見える。しかしその裏には、確固とした彼の人間性があった。

表に出さないことは、彼の美徳なのか。高潔な精神だと感じた。

「それにな。」

と。私が考えていると、初めて向こうから話し掛けてきた。

「たまに帰ってくる娘のために、この茶は切らしたくない。」

ほう、娘さんがいらっしゃるか。そちらは実子の?

「妻に似て可愛らしい娘だ。今は離れて住んでいるが、時折帰ってきてな。この茶を大層気に入っているのだよ。」

言う一文氏の顔には、ほんの少しだが表情が出ていた。心なし、声の調子も弾んでいる。

なるほど、彼はそういう人間なのか。決して感情が表に表れないのかと思ったが、そういうわけでもないようだ。

子煩悩というか。きっとその娘が大切なのだろう。

「喜ぶといいですね、娘さん。」

「ああ。」

短く返す一文氏の顔には、間違いなく笑顔が浮かんでいた。



話をしながら歩き続けていると、それほど経たずに天狗の領域を抜けた。

ここからなら一人でも大丈夫だろう。

「ああ、助かった。感謝するぞ、射命丸殿。」

「いえ、天魔様の言いつけでしたので。それにおいしいものもいただきましたしね。」

「機会があったらまた来るといい。今度は違う茶をお出ししよう。」

「それはなかなか楽しみですね。しかし、それならこちらから遊びに行きましょう。その方が安全でしょう?」

「ふむ。だがそれでは天魔殿が楽しめないな。天狗の最高権力者が人里に出るわけにもいかんだろう。」

「あやや、そうでしたね。では、次は私も及ばずながらあなたの入山をお手伝いしましょう。うちの若いのにそれとなく言っておいてね。」

私は、営業笑いではなく心からの笑顔で一文氏にそう言い。

「それは心強い。重ね重ね感謝する、射命丸殿。」

一文氏は、元の無表情で私の言葉に答えた。

さあ、今日はこれでお別れだ。

「ここからの道中も、弱小とは言え妖怪が出ます。お気をつけて。」

「ああ、わかっている。それではな。」

言って、一文氏は私に背を向け。





「これからも、娘と仲良くしてやってくれ。」





最後に、そんな謎の言葉を残していった。



「・・・んん??」

しばらく経ってから、その謎に気がついた。

はて?『これからも』と言っていたか。『これからも』と使う以上は、私は彼の娘に会ったことがある?

そして彼はそのことを知っているということになるけど・・・。

「誰かしら?」

彼が私のことを知っていたのは、新聞を配っていたからであり、それ以上は知らないはずだ。

ということは、新聞に関連した人物?人間で新聞に関連していると言ったら、数は限られてくると思うけど。

いや、新聞と関係なく私の知人で、その人から私のことを聞いた・・・いやいや、新聞と関係なしに付き合いのある人間なんて、さっきまでいなかったはず。

「うーん・・・思い浮かばないわ。」

天魔様はその辺りのことを知っているだろうか?とりあえず聞いてみるか。

『娘と仲良く』と言われたのに「わかりませんでした」は失礼だから。



「で、誰なんですか?彼の娘って。」

「・・・相変わらず、仕事は早いんだよね。あんたって。」

そりゃ、幻想郷最速ですから。

「聞かなかったのかい?あいつに。」

「聞く前に帰ってしまいましたよ。」

「・・・あいつも相変わらずってことだねぇ。」

人間なのに、と最後の部分は声を潜めて。誰が聞いているかもわからない。

「それで。天魔様はご存知なんですか?」

「ご存知も何も。それだから今日あんたをあそこに連れてったんじゃないか。」

どういうことでしょう?

「あんた、今代になってから随分ご執心だったろう。」

「??? わかりませんよ。はっきりとおっしゃってください。」

「・・・はぁ、仕方ないねえ。ちょっと耳貸しな。」

どうやら余り大きな声で言えることではないらしい。つまりそれは、誰かが聞いたら一発で人間だとわかるほど有名ということ。

一体誰だろう?期待に胸を膨らませ、私は耳を天魔様へ近づけた。





数秒後、妖怪の山の頂上近くから驚きの絶叫が響き渡ることとなりました。





シュビーン!!スタッ、バタバタバタバタバタ・・・

「れ、れれ、れれれれれれれれれれれれれっれれれれrれれれれ・・・」

バタン!!



「霊夢さん!!あなた、人の子だったんですか!!?」

「神霊『夢想封印 -瞬-』!!」

一直線に神社までやってきた私は、大急ぎで居間へと向かい障子を開き、何故か亡霊嬢とご飯を食べている霊夢さんに向かって驚きの感想を投げかけました。

そしてその返事は、間髪入れず放たれた彼女のラストスペルでした。

「あら、そうだったの?意外ねぇ。」

そんな私達を眺めながら、白玉楼の主は笑っているのでした。



今代博麗の巫女、博麗霊夢さんの意外な事実を知った一日でした。



・・・ん?あれ?ひょっとして、意外でも何でもない??

す、スクープだと思ったのに・・・。





+++この物語は、とある茶屋の古主人が天狗のお茶会を盛り上げる、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



妖怪の山自警団のリーダー各:射命丸文

でもある。実は偉い人なので、割と役職を兼任している。ただし新聞だけは趣味の仕事。

酒はよく呑むが茶はあまり飲まない。多くの天狗、というより妖怪全般はそういうものである。

今回一番驚いたのは霊夢に親がいるという事実だが、考えて見れば当たり前の話だったという。

能力:風を操る程度の能力

スペルカード:疾風『風神少女』など



妖怪の山の総大将:天魔

原作にも設定だけはある。幻夢伝ではグラマーな姉ちゃん。漆黒の髪に闇色の瞳。射命丸と似たような服装だが、烏帽子は被っていない。

天狗ではあるはずなのだが、その正体が一切謎に包まれている。強さも不明であり、かつて鬼に従っていたようだが鬼より弱いとは限らない。

社会性を重んじる天狗にしては、細かいことを気にしない。その代わり時間にはものすごくうるさい。

能力:???

スペルカード:???



博麗の父、茶の匠:茶竹一文

霊夢の父親であり靈夢の夫。歳は40半ばほど。靈夢とは10以上歳が離れている。

見ていてびっくりするほど表情がない人だが、実は単に恥ずかしがり屋なだけという。

妖怪すらも懐柔するほどの茶の腕前。能力は関係なく純然たる技術である。

能力:物の性質を見極める程度の能力

スペルカード:なし



→To Be Continued...



[24989] 幕間二十四
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:45
~幕間~





これは、あるとき人里のあるところで行われた、とある会議の様子だ。





薄暗がりの室内。決して夜というわけではない。外には太陽がさんさんと輝いており、今は昼の時刻。

そもそも幻想郷の住人は基本的に日の出とともに起床し、日の入りとともに就寝する。

無論宴会好きな住人達は、日が沈んでもドンチャン騒ぎを続ける。それでも、日の入りとともに生活に関係する活動を終えるのだ。

ともかくとして、昼なのに薄暗いこの部屋の中には、幾人もの息遣いがあった。

2人3人ではない。10人、20人という単位で、人が集まっていた。

まだ仕事のあるこの時間に、それをほっぽりだして。若い人間達が集まっていたのだ。

部屋が暗いのは、窓に暗幕がかけられているからだった。そのために、外から中は見えないし、中から外を見ることもできない。

内外の情報を遮断して、彼らはここに集まっていたのだ。

何のために?

その前に彼らの共通項を述べなければならないだろう。



まず一つは、彼らが里の人間であるということだ。これは間違いのないことだ。

幻想郷には数多くの妖怪が住み、最近では一部人間に友好的な者達も出始めているが、もし彼らがここにいたとしたら、狭い室内で妖気を隠すことはできないだろう。

それに里に住まない人間といったら、必然的に力を持つ者達に限定され、そういう人間は幻想郷でも有名人となる。

ここには、そうした一目でわかるような有名人はいなかった。だから彼らは里の人間なのである。

もう一つ。奇妙な特徴が共通していた。

それは彼ら自身の特徴ではなく、身に着けているものの特徴だった。

彼らは一様に、覆面をしていたのだ。白い、袋状の、顔全体をすっぽりと覆い隠せるような覆面を。

顔の面にはでかでかと『罪』の文字。

それが何を表しているのか。それはきっと、彼らしか知らないことだった。



一種異様な空気が場を支配していた。霊力を持たぬはずの人里の彼らの体からは、それとは別の『熱』が、間違いなく立ち上っていた。

それらが室内を満たし、彼らの熱はさらに高まる。さながら、第一種永久機関のように。

「・・・それでは、会議を始めたいと思う。」

今にも爆発せん熱気の中、司会と思われる罪の袋が、重々しく口を開いた。若い男の声だった。

「事前の知らせも届いているだろうとは思うが、ここで今一度今回の議題を共有しておこう。」

蝋燭に火が点けられ、真っ暗な室内にほのかな明かりが灯った。

その明かりに照らされ、彼らの姿が浮かぶ。皆一様に司会の男に注視を注いでいた。

――いや、彼にではない。彼の後ろにある黒板に。

黒板にはまだ何も書かれておらず、司会の男の手には白いチョークが握られていた。

彼はおもむろに背を向け、黒板と向き合い。

『今回の議題』を書き始めた。

単純明快であり、誰が見ても一目瞭然。大きな字で、それは書かれていた。



そう。

「今回の議題は――」





「我らが清らなる巫女、名無優夢を如何にして巫女姿で人里に出てこさせるかである!!」



熱気とともに、歓声が上がった。

それは、狂信的と言ってもいい熱だった。





場の熱狂はしばらく続き、司会の男性はそれがおさまるのを待ってから口を開いた。

「既に皆も知っていることだが、最近優夢さんは正装で里に来ることがない。あの黒い、よくわからない服でやってくる。」

厳かに、激しくどうでもいいことをとても重要であるように語り始めた。

否、彼らにとってそれはどうでもいいことなどではないのだろう。それが証拠に、皆が真剣に彼の発言に耳を傾けている。

「それも男状態でだ。優夢さんは女性である方が良いというのは我々の共通認識だと思っているが、相違はないか?」

「いや、男状態でもそれはそれで良さが・・・。」

「罪袋C!!貴様それでも『名無優夢を愛でる会』の人間か!!」

「す、すみません!!僕も女の方がいいと思います!!」

「ふん、わかっているのなら最初からつまらぬ口答えをするな。」

司会の男性に強く言われ、力なく項垂れる罪袋Cと呼ばれた青年。

彼らの間の鉄の規律と、それを遵守しなければならないという意識による連帯感が見てとれる。

「無論、私も優夢さんが男性でいることによさはあると思っている。だが、我々『愛でる会』が愛でる対象は『女性の優夢さん』なのだ!!」

司会の言葉に、再び場が盛り上がりを見せる。だが今度は先程のようになる前に司会が手で鎮めた。

「諸君の気持ちはわかるが、今は会議の場だ。少し落ち着こう。」

その言葉に従い、皆が落ち着く。まるで訓練されたような統一性だった。

「よろしい。さて、本題に戻ろう。ともかく、我々は優夢さんが巫女服で里にやってこれない現状を何とかしなければならない。」

自分達が原因だとは露ほども思っていない彼らは、一様に頷いた。

「三人寄れば文殊の知恵。ならば我々が集まればきっとすばらしい妙案が浮かぶことだろう。早速意見を募ろう。何かいい案はないか?」

司会の男が呼びかけた後、しばしの沈黙。誰も動かなかった。

しかしそのしばしを過ぎると、ちらりほらりと手が上がり始めた。

司会は鷹揚に頷き。

「では罪袋A。君の意見から聞こう。」

皆のアイデアを集め始めた。



「俺が思うに、巫女さんの格好は動きづらいんじゃないかと思うんスよ。」

「ふむ・・・。確かに黒服の時は動き易そうだな。しかしあの巫女服だって、そこまで動きづらくはないと思うが。」

「多分着慣れてないんじゃないスかね。慣れない人には違和感あるもんスよ。」

「なるほど。さすがは呉服屋のめそ・・・もとい罪袋Aだ。」

罪袋Aと呼ばれた青年の中身は、どうやら呉服屋のようだ。

「そこで!!」

突然彼は荷を取り出し、目の前の卓にそれを置いた。

「この改良型巫女服を優夢さんにお渡しすれば万事解決!!」

彼の言葉通り、それは白黒の巫女服だった。

改良型ということだろうか、それは現在の巫女服よりも全体的な露出が高くなっていた。布面積が減ったそれを果たして巫女服と読んでいいのかは、甚だ疑問だった。

「具体的には、袖の布地を減らし軽量化。下もミニスカ状にすることで、稼動域の増加を図ったス。これなら、優夢さんが動きづらいなんてことはないはずスよ。」

「見事な腕前だ、罪袋A。」

「へへへ・・・。それにこれなら、スカートの翻りや胸チラのサービスショットが増えr「愚か者ォオオオオオオオ!!」

司会の男が激怒とともに拳を放ち、罪袋Aは「へぶっ!?」と言って宙を舞った。

「貴様はっ!!優夢さんをっ!!邪な目で見る気かッッッ!!!」

それでも紳士か。恥を知れ。と、周りからも罵声が浴びせられる。

「我々は他の直情的な行動を取る連中とは違う!『愛でる会』だッ!!貴様の言葉は、その品位を下げるものと知れ!!」

「す、すいやせんでした!サー・ギルティ!!」

床に倒れこんだ罪袋Aは、司会――サー・ギルティと呼ばれた男に向かって土下座をした。

「謝る相手は私ではない、優夢さんだ。今日の祈りの時間は3倍にするが良い。」

「へ、へえ!!」

「・・・しかし迂闊な発言だったとはいえ、お前の仕事は素晴らしかった。我々からのお咎めはなしだ。」

「ありがとうごぜえやす・・・!!」

罪袋Aは、床に額を擦りつけたまま、司会の男の温情に礼を述べた。

「さあ、他にも何か案はないか?」

男の呼び掛けに、再びチラリホラリと手が上がる。

「うむ。では罪袋D。」

「おう。」

ガタイの良い男が、指を差され立ち上がった。

「俺っちの考えは、周りから働きかけたらどうだってこった。」

「将を射んとすればまず馬を射よ、ということか?」

「あーっと?」

「つまり、本人のガードが固いから、まず周りの人間に声をかけてみようということかと聞いているのだ。」

「あー、そうそうそういうこと。」

どうやら罪袋Dは少し頭が足りないようだ。司会は軽くため息をつき。

「しかし周りの人間と言っても、優夢さんの周りには曰くつきしかいないぞ。」

本当はそんなことはないのだが、里の人間達にとって霊夢や魔理沙は妖怪達と同等の脅威のようだ。

罪の覆面に隠され知ることは適わないが、それでも声色だけでわかるほど乗り気でないのが見て取れた。

「私には連中が話を聞いてくれるとは到底思えないが。」

「いやあ、そんなこたねえよ。すいっちとか気のいい奴だし。」

「すいっち・・・とはもしや鬼の伊吹萃香嬢か?」

「そーそー。」

「貴様ッ!!愛でる会の一員でありながら特定女子との特別な交遊があるのか!?」

罪袋Dの発言に――やはり見えないが――司会の男は目の色を変えた。

「え?お、おう。すいっちは飲み友達だからよ。」

「オ・ノーレ!婦女子との交流があるだけでうらやま、もとい妬ましい、いやいやけしからんのに、あまつさえ優夢さんのご友人に手を出すとは!!許さん!!」

司会の男がパチンと指を鳴らすと、他の罪袋達が立ち上がり、罪袋Dに向かって襲いかかった。

「ちょっ!?!?何すんだかず」

「シャーラッッッップ!!私のことはサー・ギルティと呼べ!!」

「この野郎、この野郎!!」

「ペドフェリアは犯罪だ!!」

「リア充死すべし!!」

数にものを言わせた猛攻で、いくらガタイの良い罪袋Dとはいえ耐え切れず、あえなく袋だたきの刑となった。

哀れ罪袋Dは、ボロボロになるまで叩かれたあげく、縄で縛られてしまったのだった。

「裏切りは許されんことだ。諸君らにこのような愚か者がいないことを願う。」

彼らには、鉄の掟と鋼の結束があった。



「でもDの言うことも一理あるかもだよ。」

「そうそう。前は巫女様ちょっととっつきづらかったけど、最近はそんなこと全然ないし。」

今度は若い、少女とも言っていい女性の声が二つ。

前述の通り、ここには10人オーダーの人間がいる。その中には女性も混じっていた。

『愛でる会』とやらには、性別の垣根はないようだ。ある意味で恐ろしい話だが。

「そうなのか?私は巫女様と言葉を交わしたことがないから知らんのだが。」

「そうだよ。それに巫女様じゃなくてもまりちゃんとかだっているし。」

「・・・霧雨嬢か。彼女も他と負けず劣らずだと思うが。」

「まあ、負けず嫌いだとは思うけど。」

「ちえ・・・じゃなかった、I。そういう意味じゃない。」

どうやら彼らの中には魔理沙の知り合いもいるようだ。年頃の娘なのだから当然ではあった。

しかし魔理沙が人里を去ったのは随分前の話であるはずだから、その性格は昔からのことなのだということが理解できる。

「私達は巫女様やまりちゃんと話できるから、Dの案採用してもいいんじゃない?」

「む・・・。実行してみて損はないか。運が良かったな、罪袋D。処分だけは勘弁してやる。」

「・・・後で覚えてやがれ。」

「何か言ったか?」

「いーえ、何も。」

今後の日常生活に不穏な影を落しながらも、どうやら話に決着は着いたようだ。

「今のところ出た案は、改良巫女服作戦と将馬作戦か。他に案があるものはいるか?」

司会が三度呼び掛ける。しかし彼らの考えは前述二つと被っていたようで、今度は中々手が上がらなかった。

「他にはないのか?この二つだけでは決定打に欠けると思うのだが。」

再度声をかける。だが、やはり反応はない。

と。

「あ、あの~。」

一人の若者が怖ず怖ずと手を上げた。

「ん?君は確か新入会員の罪袋AEか。意見があるならはっきり言いたまえ。」

「あ、は、はい。えと、そもそもの話、優夢さんが巫女服で来ないのって、何でなんですか?」

「残念ながら、まだわかっていないのだよ。今のところ最有力なのが、さっきの罪袋Aの動きづらいという意見だが、それもあくまでまだ試していないというだけの話だ。」

「そーなんですか・・・。」

「しかしながら、神社では巫女姿で働いているということだ。人里へ巫女服でやってくる可能性が0というわけではない。だから我々は、あの手この手を試しているのだ。」

どうやら、彼らはこれまでも影で色々と暗躍し、失敗し続けていたようだ。

幻想郷民のバイタリティは実に高い。間違った方向にも、だが。

「僕は別に、巫女服にこだわらなくてもいいと思うんですが・・・。」

「何!?貴様、愛でる会の一員でありながら『乳巫女優夢』を否定する気か!!」

彼らにとっては聞き捨てならない発言で、俄かに空気の温度が高まった。

皆――やはり見えないのだが――剣呑な表情をしているように思えた。

身の危険を感じたか、罪袋AEは大慌てで否定した。

「ち、違いますよ!!ただ、巫女さん以外の格好も見てみたいなーって思っただけです!!」

「本当か?もしその言葉が嘘だったときの覚悟はできているだろうな。」

「誓って本当です。」

司会の男はしばし罪袋AEに向き、見定めているようだった。

「・・・ふむ、いいだろう。確かにお前の言うことにも一理はあるからな。」

嫌疑が晴れ、罪袋AEはほっと安堵のため息をついた。

「だが、忘れるな。我々が何故集っているのか。我々が共通して何に心を奪われたか。



そう!!我々は皆、名無優夢さんの巫女姿に憧れた者達!!それは年齢身分性別、ゆくゆくは種族の垣根すら越える!!それこそが我々のアルティメットトゥルース!!!!

なれば我々が唯一絶対究極的に求めるものは、あの方の巫女姿をおいて他にはない!!」



司会の男が切った啖呵で、場がわっと盛り上がった。皆の一体感を感じているのか、今度は止められることがなかった。

熱叫は、皆の体力が切れ自然に治まるまで続いた。

しばしあって。

「ふぅ・・・。そういうわけだ、わかったかな。罪袋AE。」

「はい、目からうろこが落ちました。」

何故そんなことでうろこが落ちるのか甚だ疑問だったが、若者が今一般人から逸般人へと足を踏み出したことはわかった。

「僕が間違っていました。そうですよね、僕がここに入ったのだって優夢さんの巫女姿がキレイだったからだし。」

「そうだ、若人。初心を忘れることなかれだ。」

そんな初心は早いうちに忘れた方がいいだろう。

「しかし、だ。確かに君の言うことも正しいかもしれない。確かに我々は、優夢さんの巫女姿に憧れて集った者達だ。だが優夢さんも、時には巫女服以外を着たいときだってあるだろう。」

何かを納得したように、司会の男がそう言った。その意見に賛同するように、女性陣が口々に言い出す。

「そうよね。私らだって、いつも作業着じゃなくてたまにはキレイな格好したいし。」

「キレイな着物とか西洋のドレスとかねー。」

「結婚のときは、和風がいい?洋風がいい?」

「私は洋風かなー。和風だとありきたりだし。」

「優夢さんって洋服も似合うんじゃない?」

「そういえば悪魔の館でメイドさんやったことあるらしいよ、優夢さん。」

わいのわいのと口々に盛り上がる女性陣。司会の男は大きく手を叩きたしなめた。

「君達!今は会議の場だ、私語は慎みたまえ!!」

『え~?』

「え~じゃない!全く、女という生き物は・・・。」

司会は疲れたようにため息をつきながらもそれ以上は言わなかった。どうやら彼女らに対する理解はあるようだ。

「細かな内容は君達で決めていいが、まずは方針を固めよう。優夢さんに他の服をお勧めするにしても、方法をどうするかだ。」

「そんなの簡単だよ~。女の子はキレイな格好したいって思うものなんだから。」

女ではないのだが。というより、心の中は男そのものなのだが。

「そういうものなのか?・・・いや、当人達がそう言うのだから、そういうものなんだろう。」

「そうそう。」

「では、具体的な内容は全て任せよう。優夢さんが気に入るような服を用意してくれ。」

「てことは、俺の出番スね!腕によりをかけて作るっスよ!!」

「うむ、お前の業には期待しているぞ。罪袋A。」

「あ、じゃあついでだから私らの分も作ってよ。優夢さんとおそろい着たいし。」

「えー。まあ、いいっスよ。気は乗らねースけど。」

「ちょっと何よそれー!」

和やかな(?)雰囲気となってきた。どうやら会議はこれで終わるようだ。

「さて諸君。今回は素晴らしい案が3つも出た。次回こそは、優夢さんが快く巫女服でやってこられることを祈ろうではないか。」

『おう!!』

司会の言葉に、この場にいる皆が熱い言葉を返した。

司会の男が徐に手を合わせると、皆も続いて合掌した。

そして。



『乳巫女優夢サイコー!!』



唱和した。それが彼らの合言葉のようだった。

それぞれ思い思いに帰り支度をしたり、隣の者と会話をしたりしていた。





さて。



そろそろいいか。





「それでは皆の者、今日の会議はおしまいだ。また後日、召集の知らせを・・・」

司会の男の言葉が終わるのを待たずして、戸を開く。

それにより皆の覆面に書かれた罪の字がこちらを向き――次の瞬間驚愕の気配に変わるのがわかった。

「なっ!?そ、そんな、あなたは・・・!!」

「よーう、よくもまあ俺に断りもなく好き勝手言ってくれてたなこの野郎。」

俺はコメカミの引くつきを抑えられず、恐らく攻撃的な笑みを顔に張り付かせていただろう。震える声で言った。

「あ、あなたが何故ここにいるのですか!?優夢さん!!」

俺の顔を見て驚愕した司会の男は、狼狽のままに問うてきた。

理由は実に簡単なものだ。

今日は寺子屋の日で、今は授業をしてきた後。

授業の後、アユミちゃん――俺の生徒の一人が、神妙な顔つきで話しかけてきた。

『実は、先生のことをどうにかしようとしてる人たちがいるんです。』

そして、ここの場所を教えてくれたという次第だ。

何故アユミちゃんがそんなことを知ってるのかは疑問だったが・・・気にしないことにしよう。黒い笑みでキルサインをしているアユミちゃんなんて見えない。絶対見えない。

が、まあこの連中にそれを教える義理はない。

「んなこたどうでもいい。それより、最初から最後まで話は聞かせてもらったぞ。」

全て聞いたという俺の言葉に、司会を務めていた男はびくりと体を震わせた。

まあ、かなり好き放題言ってたからなぁ、こいつら。他の皆も大体同じ反応だった。

「こ、これはそのっ!!や、やましいことは一切なく、我々は実に紳士的な集団です!信じてください!!」

「いや、そんなあからさまに怪しい格好して信じろって言われても困るけど。」

「な!何処が怪しいというのですか!?」

覆面覆面。

「この覆面には理由があるのです!そう、我々は美しさを求める罪深き者達なのです!!だからこそ、その欲望を隠すために罪の覆面をしているのです!!」

「それっぽいこと言っても怪しさが変わるわけじゃないんだが。・・・まあ、その辺は正直どうでもいい。けど、俺としては勝手にこんなことされても困るんだがな。」

彼らは色々分析していたが、俺が巫女の格好でこない理由なんぞ単純明快で覆しえない事実だけだ。

即ち、「俺は男であり女装は好きじゃない」というそれだけのこと。

なのに色々分析されてあれこれ言われても、どうしようもない。俺が困るという結果が残るだけだ。

「何度も言ってるけど、俺は元々男だろうが。何でそんなに俺にこだわる。」

「それは優夢さんが美しいからで・・・。」

いや、いい。聞いたら背筋が寒くなってきた。

「ともかく!!お前達がどんな作戦練ろうが関係ない。当分の間俺は神社以外で巫女の格好をする気はない、諦めろ。」

『そ、そんな~!!』

俺の宣告に悲壮を浮かべる面々。いや、覆面つけてるから相変わらずわからんのだけど。

「くっ・・・、そんな、馬鹿な・・・。」

「俺たちの幻想は、こうも容易く砕かれてしまうのか・・・。」

「嘘ですよね?嘘だと言ってください、お願いします優夢さん!!」

項垂れる者、信じられない者、すがってくる者。その反応は多様だったが、一貫して悲哀に満ちていた。



・・・俺は、『願い』という存在だ。彼らには公表していないが、俺は人の願いを肯定する存在だ。

彼らの『願い』は――俺には納得しがたいものではあるが――真実だ。嘘じゃない。俺はそれを否定することは本来的にできない。

だが、俺の気持ちとしてはとても否定したかった。俺は男なのだから。気持ちとしては、否定したかった。

が、それはできないことだ。できなくはないかもしれないが、それをすることは俺の『世界』を不安定にする。

こんな馬鹿馬鹿しいことで『世界』の安定を崩すのは。その結果俺が暴走する危険をはらむのは、それこそ馬鹿馬鹿しい。

ああ、何て不便な能力なんだろうか。自分のことながら、ため息が漏れた。

・・・これは俺の意思じゃない、能力のせいなんだと何度も何度も自分に言い聞かせ。

「・・・勘違いするな。当分の間って言っただろ。」

俺の言葉に、室内に溢れていた呪詛とも取れるような嘆きの声がぴたりとやんだ。

「今は嫌だけど、その内慣れることもあるかもしれない。そうなったら、俺も抵抗なく巫女姿で里にこられるかも知れないだろ?焦らないで、それを待ってくれ。」

「・・・じゃ、じゃあ!!」

「まあ、そのときはお手柔らかに頼むぜ。あんまりジロジロ見られるのも気持ちのいいもんじゃないし。」

彼らが直情的な行動を取る連中とは違ったこともあるだろう。俺は自然とそういう言葉を言ってやることができた。

そして、まるで勝どきでも上げるかのように、室内には雄たけびが上がった。

そんなに嬉しいことかねと、俺はその光景を眺めながら、割と安らかな心持ちで思っていた。





「それでは、この会合も許してもらえるのですね!!」

「いや、それはダメだろ。」

司会やってた奴が調子に乗ってそんなことを言い出した。俺はすかさずダメを出す。

「な、何故です!?」

「俺が許容したのは、お前達が俺の巫女服を期待することだけ。こんな謎の集会でさっきみたいに好き勝手言われたらたまらん。」

改造巫女服?ドレスや着物??これ以上はもう勘弁してくれ。

「巫女服だって、俺の許容量限界ギリギリの譲歩なんだから。少しは我慢しろ。」

「・・・しかし!美の感動は個人で所有するよりも複数人で共有した方がより高まるのです!!」

ええい、美の感動とか言うな!

・・・たく、親はもっと単純な人なのに、どうして子はこんなに理屈っぽくなるんだ。幻想郷の七不思議か?

「いい加減にしろ、『一八かずや』。」

俺の言葉に司会――いや、一八はピシリと硬直した。

「・・・だ、だだ誰のコトですかな?私はサー・ギルティといいマシテ」

「声で気づかれないとでも思ったのか、八百一八。」

一八の反論を皆まで言わせず、ピシャリと言った。それで一八は完全に動きを停止させた。



覆面に隠されて顔は見えないが、こいつは間違いなくおやっさん――八百弥七さんの息子の一八かずやだ。

何度か顔をあわせて会話をしたことがある程度だが、この声には聞き覚えがある。間違いではない。

よもやここまで狂信されてるとは思ってもみなかったが・・・人は見かけによらないということか。

というか、こいつならなおさらわかってるはずだよな、俺が男だってこと。だって俺が純正の男だった頃から会ってるんだから。

・・・おやっさんと同じ理屈か。当事者である俺にはさっぱりわからない話だ。

とりあえず。

「八重さんにはこのこと知らせないでおいてやるから、これっきりにしろよな。」

「ぐ、ぐぐぐ・・・。」

釘を刺しておく。八重さんはスーパーおっかさんだから、これで聞かないことはないだろう。聞かなかったときのお仕置きは半端ないから。

他の皆は特に異論はないみたいだ。これで一件落着かな。





こうして、『名無優夢を愛でる会』という背筋の寒くなるような一団を巡る騒動は幕を閉じた。

だが、俺にはとある予感があった。一匹見れば百匹ではないが、第二第三の『愛でる会』が出現するのではないかという。

幻想郷の人間達はたくましい。たくましすぎて、時折おかしな方向へと突っ走っていく。

その根性は、一度や二度でめげるものではない。今回潰した芽は、ほんの一箇所に過ぎないのだから。

そう思い――少々気分が重くなるのを感じた。





後日、萃香に聞いた話だが。

「いや~、ほんとびっくりしたよ。あんな人間もいるもんなんだねぇ。」

霧になって漂っていたら、人里で『伊吹萃香を愛でる会』とやらの会合を見つけ、聞いてて背筋が寒くなったので潰したのだとか。

どうやら、幻想郷にはまだまだ知らないことがたくさんあるようである。

・・・あまり知りたくはないが。





+++この物語は、幻想の虜がうんちゃらファンタジア☆カオスフルを奏でる、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



完璧に人里のアイドル:名無優夢

本人がいくら否定しようが、もはやこれは確定した現実となってしまった。南無。

彼が『願い』という特異な存在であることを知る人はまだ多くはない。実はおやっさんも知らない。

なお、彼が里で一番人気というだけの話で、実は霊夢や魔理沙のファンクラブがあったりもする。

能力:あまねく願いを肯定する程度の能力

スペルカード:気砲『シュプーリングスター』、人形『エターナル・スカーレット・CB』、霊丸『無双散弾 -ショットガン-』、『願い星』など



八百万の息子:八百一八

818。八の字が多い一家である。なお、16、7ぐらいのメガネをかけた青年で、父母には似ず運動はからっきし。

橋の下から拾われた子と揶揄されることもあるが、ちゃんと二人の子供である。しかし劣等感は強い。

頭はいいがそのことに気づいておらず、微妙に変態の気が見え隠れしている。

能力:なし

スペルカード:なし



→To Be Continued...



[24989] 幕間二十五
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:45
~幕間~





これは、今代博麗の巫女、博麗霊夢が生まれた時のお話。



「まだ生まれないの?」

今日も今日とてうちへやってきた花の大妖怪は、開口一番そんなことを言ってきた。

毎日毎日妖怪が人里へやってくるなと言いたいけど、こいつは人間に危害を加える気がないらしい。だからその点については放っておいている。

けれどそれにしたって、他にやることはないのかしら。飽きもせずよく来る。

「人間はそんなに早く生まれないわよ。十月十日待たないと。」

「時間かかるわねぇ。妖怪はもっと早いわよ。」

妖怪と一緒にするな。

こいつの名前は『風見幽香』。人間と変わらぬ姿をした妖怪だけど、力はその辺の妖怪とは比較にもならないほど大きい、幻想郷最強の一角を担う大妖の一人だ。

何でそんな奴がうちにやってきているのかというと、こいつはかつてコテンパンに伸したことがある。そのときにどうにも気に入られてしまったらしい。

それからというもの、節目節目には神社に訪れるようになり、神社に住み着いた悪霊やその辺のバケバケとかと一緒に宴会をすることもあった。

今は私は結婚して、子供を産むために神社を離れた身であるというにも関わらず、こうして毎日訪れてきているほどだ。

「あなたは長いこと生きてきた大妖怪でしょう?だったらもうちょっと辛抱を知りなさいよ。」

「普段ならそうも言ってられるけど、ことはあなたの子のことだからねぇ。気が逸るのも仕方がないわ。」

全く、私の何をそこまで気に入ったのか。大妖から見たら、博麗の巫女と言えどただの人間には違いないだろうに。

「女の子かしら。女の子よねぇ。博麗の巫女の子だもの。」

「勝手に決め付けるな。半々よ、半々。」

そんなもの、生まれてくるまでわからないでしょうが。

「あなたの子供なんだから、女の子に決まってるわ。そうじゃなかったら捩じ切って女の子にするわ。」

「相変わらずのサドい発言をありがとう。男の子だったら、まずあんたを封印することにするわ。」

「あら、つれないわね。きっと楽しいわよ?」

人間はそんなことしても楽しくないわよ。大体我が子の一物を捩じ切る親が何処にいるのよ。

「あなたがやれば、きっと人間としては一人目ね。」

「論外。馬鹿なこと言いに来ただけなら、悪いけど帰ってもらえるかしら。」

こっちだって楽なわけじゃないんだから。

出産を一月後に控えた私のお腹は丸々と出ており、動くのも一苦労だった。

「心外ねぇ。可愛い可愛い靈夢の様子を見に来てあげたって言うのに。」

「頼んでもないし、あんたに言われると寒気がするわ。」

風見幽香は、前述の通り大妖怪と呼ばれる存在だ。大人しげでおしとやかな外見とは裏腹に、残虐性・凶悪性ともに一級品。

能力こそ「花を操る程度の能力」というパッとしないものだが、能力なしの純粋な力だけで、こいつは吸血鬼でさえ軽く殺せる。

そんな奴が、博麗の巫女とはいえただの人間をさも大事そうに扱う様は、一体なんの気まぐれかと問うてやりたい。

「あら、本当のことよ?あなたは私にとって可愛い可愛い、妹みたいな存在なの。」

「あんたと関係を持った覚えはないわよ。」

「あんなに激しい夜を過ごしたのに。本当につれない子。」

こいつが言っているのは、この腐れ縁の始まりである『異変』のことだろう。

夢幻の狭間に住んでいたこいつらは、ほんの気まぐれで幻想郷中に妖怪やらバケバケやらを撒き散らした。

ある夜余りの煩さに我慢出来なくなった私は、こいつが住んでいた『夢幻館』まで乗り込み、力の限りボコボコにしてやった。

それがことの次第であり、こいつと関係性を持たされる要因は何一つない。

「『異変』を起こした側と解決した側の関係ぐらいしかないわね。」

「立派な関係だわ。私とあなたのベクトルは、『異変』の時から交わったのよ。」

まるで運命を信ずる乙女であるかのように、幽香は言った。

男ならばドキリとくるのだろうけど、生憎と私は女で人妻で妊婦だ。

「なら、今この場でそのベクトルとやらを方向転換してくれると嬉しいんだけど。」

「い・や♪」

歌うように断る幽香に、私はため息をつき頭痛を覚えた。





私の名は博麗靈夢。幻想郷の素敵な巫女だ。

博麗大結界に阻まれ外と分かたれたこの地を平定するものであり、大結界を守る『御役目』でもある。

物心ついたときには既に神社で一人生活し、妖怪を退治するのが当たり前になっていた。

私が解決した『異変』の数は覚えていない。余りにも多すぎて数えていないのだ。多分三桁はいってるんじゃないかしら。

とはいえ、それら全てが大きな『異変』だったというわけではない。中には「秋の神様が信仰心不足で仕事をボイコットした」などというよくわからないものもある。

だけどチリも積もればなんとやら。息をつく時間もまともにありゃしない。もっとゆっくりお茶を飲む時間がほしかった。

この茶竹の家に嫁いだのは、そんな背景もある。まあ、私自身二つ返事でOKもらえるとは思ってなかったから、ちょっとびっくりしたけど。

しかし、私に博麗の巫女なんぞという厄介事を押し付けたスキマババァはその程度じゃ見逃してくれなかった。

結婚してすぐ引退というわけにはいかず、博麗を名乗り続けなきゃいけない。そりゃ、そうそう次の巫女なんぞ見つかるもんじゃないと思うけどね。

ならいっそのこと後継者を作ってしまおうと毎晩頑張った結果、結婚2年目にして子供を授かったという次第だ。

・・・まあ、だから私も女の子の方がいいにはいいんだけど。こいつやスキマババァの思い通りになるのも癪な気がしてきた。

「大体あんたは何で女の子の方がいいのよ。同性愛好者?」

「それも面白いわね。でも生憎、私は今のところ色恋には興味がないの。」

一生独り身やってなさい、植物妖怪。

「そうじゃなくて、弾幕ごっこは女の子の遊びだもの。男の子だと遊んであげられないでしょう?」

人間の子供で遊ぼうとするな、大妖怪。

「ていうか、私の子供にまで纏わり付く気?やめてよ、変態が伝染るから。」

「クスクス、酷い言われようね。さすがにへこむわ。」

嘘をつけ。

「安心しなさいよ、必要以上に接触する気はないから。『姪』の生き方に口出しするほど野暮じゃないわ。」

「分別があって助かるわ、幽香『おばさま』。」

嫌味を込めて言った言葉は、しかし軽く笑って流された。まさに柳に風だわ。

「ったく。わけわかんないわよ、あんた。」

「私にはあなたの方がわからないわ。人間なのに妖怪退治をして、力もないくせに私よりも強くて。」

過大評価もいいところだ。私は作戦を練って上手くやってるだけだと言うのに。

余り変な噂を立てられると、里中も満足に歩けなくなる。私の食材調達はどうする気だ。

あ、別に今はいいのか。身の回りの世話は一文さんがやってくれるし。

「そんなあなたの子供なら、さぞかし強い子が生まれると思わない?なのに男だなんて、勿体ないじゃない。」

全ての種族に共通して言えることだけど、男は女よりも腕力に優れ、女は男よりも霊力に優れる。

だから弾幕ごっこは女の子の遊びであり、相撲は男の子の遊びなのだ。

幽香が言っているのは、つまりそういうこと。結局こいつは自分の遊び相手が欲しいだけなのだ。

「まあ、もし女の子だったら死なない程度に遊びなさい。」

だからどうというわけでもない。こいつが私に付き纏わなくなってくれるなら、それはそれで万々歳だ。

まだ見ぬ我が子が可愛くないわけではないけど、女の子なら次代の博麗の巫女だ。大妖怪の遊び相手ぐらい軽くこなせなくては務まらない。

だから別に止めはしない。さすがに命に関わるような状況になったら止めるだろうけどね。

「ええ、そうさせてもらうわ。もっとも、私は手加減の必要なんてないと思ってるけど。」

「我が子のことながら、波瀾万丈な人生になりそうね。」

私は大きくなったお腹を撫でながら、ほんの少しだけ、この子の未来を案じた。



「風見殿。もうお帰りか。」

幽香が帰り支度を始めたぐらいに、一文さんが二人分のお茶を持ってきた。

「ええ、今日の日課は済ませましたもの。」

「ふむ。茶を入れて来たのだが、無駄になってしまったか。」

「いいえ、いただいてから帰るわ。」

立っていた幽香は、一文さんのお茶を見ると座り直した。

気持ちはわからないでもない。一文さんの入れるお茶は絶品だから。

「私は紅茶派なのだけど、あなたの煎れる緑茶だけは別だわ。」

「それは光栄至極。しかし儂は風見殿の眷属を糧にしていると考えると、少々心苦しい。」

「とんでもないわ。むしろあなたに煎れていただくことでお茶の葉が生まれ変わるのだから、感謝をしたいぐらい。」

狂暴が服を着て歩いているような幽香がここまでベタ褒めするのだから、大したものだ。

まあ、私も一文さんのお茶で結婚を決めた口だから、同じ穴のムジナなのかもしれないけど。

思いながらお茶を啜り、その至高の味に直前までの考えをどうでもいいやと放棄した。

ああ、幸せ。



飲み終え「明日も来るわ」と言い残し、幽香は帰っていった。

「全く、あいつには遠慮ってものがないのかしら。」

「お前もあまり人のことは言えない。」

そうかしら?

「それに友人が子宝を祝福し尋ねて来てくれるのだから、嬉しいことだろう。」

「まあね。」

驚くほど無表情な一文さんに、私もまた淡白に答えた。

自分で言うのもなんだけど、よく似た夫婦だと思う。しかし面倒がなくて気楽でいい。

だから私は、今の生活をそれなりに気に入っていた。

「この子は幸せ者だな。幻想郷中が、誕生を祝福してくれている。」

「そうね。幻想郷中ってのは言い過ぎだけど。」

けれど少なくとも、幽香や某スキマ妖怪は喜び祝福している。幻想郷でも名だたる大妖怪達が、だ。

そういう意味では、ある意味幻想郷中なのかもしれない。だってあいつらが脅せば祝福しないわけにはいかないもの。

そう考えると、この子は幸せ者だ。私とは違って私という母と一文さんという父がいて、大勢の人――正確には妖怪だが――から祝福されるのだから。

「早く産まれてきなさい、私の子。皆待ってるわよ。」

「靈夢、人間はそんなに早く産まれない。きちんと十月十日待たなければ。」

わかってるわよ。

と。

「あーやれやれ、あの道具屋の赤子にはすっかり懐かれちまったよ。よう、靈夢。まだ産まれないのかい?」

また一人祝福している知ってる悪霊がやってきて、私はやれやれとため息をついた。どうして皆、落ち着きがないのかしらね。





そんな風に、皆からの祝福を受け。

それから一ヶ月後の晴天の日。一年のちょうど真ん中の日に、私は女の子を産んだ。

次代の博麗の巫女となる、その子を。





「可愛いわねぇ。昔の靈夢を思い出すわ。」

私が子を産んだ翌日も、幽香は当たり前のようにやってきた。

産まれたての柔らかな肌を守るため毛布に包まれた私の子を眺めながら、そんなことを言い出した。

「私があんたと会ったときはもっとずっと大きかったわよ。」

何度でも言うが、こいつと出会ったのは『異変』のときであり、赤子の私は知らないはずだ。

「そうだったかしら。」

「そうよ。スキマババァじゃないんだから、まだボケるんじゃないわよ。」

「あいつと一緒にはされたくないわね。」

とことん嫌われ者の賢者だ。

会話の間中、幽香は指で私の子をつつきながら恍惚の笑みを浮かべていた。

「楽しい?」

「ええ、とっても。」

あっそ。

「それにしても、あなたも元気ね。とても昨日出産を終えたとは思えないわよ。」

「そうでもないわよ。だるいし眠いし。」

正直、陣痛は洒落にならなかった。二人目はいらないわ。

「そう。残念ね。」

「何がよ。」

「円満な家庭には、一姫二太郎よ。」

知らないわよそんなこと。なら、どっかから適当に子供拾ってくればいいわ。

「大体、円満な家庭なら間に合ってるわ。」

「それもそうね。あなた達ほど争いを面倒臭がりそうな夫婦も珍しいわ。」

失礼な。素敵なだけよ。



「ところでこの子、名前は何と付けたの?」

幽香の言葉で、私はすっかり忘れていたことを思い出した。

「・・・あー。」

「その反応はまだ付けてないのね。あなたらしいとは思うけど、さすがに酷いわ。」

うるさい。子供産むことばっか考えてたから、つい頭の中から消えてただけよ。

「やれやれ、面倒見がいのある妹だこと。」

「いいから、あんたが名前考えなくていいから。」

「あら、まだ何も言ってないわよ。」

今の流れはその気満々だったでしょうが。

「まさか。ちょっと助言をしてあげようと思っただけよ。」

本当かしらね。

「本当よ。たとえばフローレンとかどうかしら。」

「あんた真面目に考える気ないでしょ。」

「もちろん。」

頭痛がした。自称『幻想郷の枯れない花』だそうだけど、私的意見を言えばこいつは柳以外の何ものでもない。

「名は親から子への贈り物だもの。口出しするほど無粋じゃないわ。」

「・・・礼を言ってもらえるとは思わないでよ。」

「当たり前じゃない。当たり前を口にしただけなんだから。」

本当にこいつは、わかってるんだかわかってないんだか。



「一文の意見は聞かないの?」

「あの人はお茶のこと以外はあてにならないわ。『茶子』とかつける気じゃない?」

「・・・そんなにまずい名前なのか?」

適当に言ったら当たったわ。





それから一週間程、私は娘の名前を決められなかった。

名前をつけるとは、意外に難しいものだ。あまり安直なのも嫌だけど、変に凝ってるのも趣味が悪い。

お婆ちゃん風吹かした何処ぞの悪霊とスキマは悪趣味な名前を持ってきたので、とりあえず退治しておいた。

一文さんは時折チラチラとこちらを見ていたけど、あえて無視。あの人のネーミングセンスの無さは最早常識外だ。

幽香はというと、毎日来ては娘と戯れて一文さんの淹れたお茶を飲んで帰るだけ。本当に力を貸す気はないようだ。

まあ、私も力を貸してほしいとは思わないからそれでいいんだけど。押しても引いても手ごたえのない奴だわ。

周りのことはいいとして、私自身は相変わらずいい名前が思い浮かばなかった。ひょっとしたら、私も一文さんのことは言えないかもしれない。

「困ったわ・・・。」

本気で困って、思わず言葉に出てしまった。それを聞いてか、娘に構っていた幽香はクスクスと笑った。

「博麗の巫女にも弱点があったのねぇ。」

「・・・うるさいわね。名前つけられないぐらい大した問題じゃないわよ。」

「そんなことはないわ。名前はそのものの真実を表す。あるいは虚を持って実体を示す。名をつけるとは、それだけ大きな意味を持っているのよ。」

わかってるわよ、そんなことぐらい。伊達に巫女をやってるわけじゃないのよ。

「だったら、そうやって考えればいいじゃない。幸い実体は目の前にいるのだから、その真実を言葉にしなさい。」

「真実って何よ。」

「私が知るはずないじゃない。」

ええい、中途半端な。

心の中で毒づきながら、私は今まで幽香に相手をされていた娘を見た。

スヤスヤと、まるで私の苦悩など関係ないかのように眠る私の子。とても静かに眠っていた。

「・・・そういえばこの子、泣かないのよね。」

ふと、気づいたことを口にした。

赤子といえばよく泣くものだ。実際、ここからはかなり離れているはずの霧雨道具店からは、連日の様に火の点いたような泣き声が聞こえる。

けれどこの子はそんなことはない。泣いたのは産声を上げたそのときだけで、あとは寝ているときも起きているときも静かなものだった。

「『静香』は安直だからね。」

「・・・誰も言ってないでしょうが。」

いや、ちょっと思ったけど。それだとあんたと一文字被るじゃない。私は嫌よ。

静かだから『静香』ってのはなし。それに、静かなだけがこの子の本質というわけじゃないだろう。根拠は勘だ。

では、それでなければ何か。

・・・私と一文さんの子供なのだから、恐らくとてものんびりした子になるだろう。そう、『ゆっくり』とした・・・。

「今、凄く変なこと考えなかった?」

「何も考えてないわよ。」

今のは私の考えじゃない。そう、きっとスキマ妖怪の仕業よ。

脳内に浮かんだ混沌カオスを妖怪の賢者に責任をなすりつけ、再び思考に沈んだ。

だが、そうそう簡単に思い浮かんでくれるはずもなし。やはり私の思考は迷走するだけだった。

「・・・やれやれ、これは相当な時間がかかりそうね。」

うんうん唸る私を見て、幽香はまるで楽しむかのようにため息をついた。



「あら?」

どれぐらい考えていただろうか。ふと幽香が漏らした声に、意識が一気に現実まで引き戻された。

何よ、と言おうとしながらそちらを振り向いて。

言葉が止まった。

「・・・え?」

代わりに、意味のない音が漏れる。

目の前の光景があまりにも唐突で常識外れだったために、私の思考は一瞬完全に停止していた。

だって、普通考えないわ。生まれてたった一週間の子供が。たとえ博麗の子とは言え、まだ歩くこともできない赤ん坊が。



空を飛んで、私の方に向かって来るなんてことは。



本能的に母親を求めたのか、私の娘は幽香から離れて私の腕の中に納まった。そしてすぐ、健やかな寝息を立て始めた。

私はその一部始終を呆然と見守っていた。

「あらあらまあまあ、凄いじゃない。さすがはあなたの娘ね。」

半ば放心気味の私とは対照的に、幽香は実に朗らかな調子で私の娘を褒めた。

おかげで、私の意識も現実へと引き戻された。

「で、名前は決まったのかしら?」

「って普通に流すな!今この子飛んだのよ!?」

「静かになさい、靈夢。その子が起きてしまうわよ。」

・・・と。

「別に飛ぶぐらい普通じゃない。人間だって魔法を覚えれば飛べるでしょう?」

「そうだけど、私は飛べないし一文さんも飛べない。大体この子は生まれてまだ間もないのよ?」

「なら、そういう能力を持って生まれてきたってことでしょう?」

・・・確かに、そういうことになる。そのこと自体はありうることだ。

だけど、生まれて一週間で空を飛べるようになる能力なんて、思い当たらない。能力を用いたとしても、相応の理論を打ち立てなければ空は飛べない。

それこそ、呼吸をするのと同じように空を飛べる能力でなくては・・・。

「つまり、この子の能力は『空を飛ぶ程度の能力』ってこと?」

思い至り、私は幽香にたずねた。けれど幽香はあいまいに笑い。

「そうと決まったわけじゃないけど、そのことが含まれる能力ではあるわね。」

そう言った。

『空を飛ぶこと』が含まれる能力。それは一体何なのか。今の私には、それを知る術はなかった。

けれど。私の巫女としての勘が告げていた。

この子の能力は、きっとただ空を飛ぶだけではないと。もっと広い、私の手が届かなくなるような能力だと。

・・・何だか、寒くなってきたように感じた。今は夏だというのに。

「何をそんなに怖がっているの?あなたの娘が只者ではないということがわかったのに。」

「別に怖がってなんかないわよ。」

嘘だ。私は怖がっている。何か漠然としたものに対し恐怖していた。

だけどそれを隠すために虚勢を張る。

「ちょっと、びっくりしただけよ。」

「ふぅん。」

まるで見透かすかのように、幽香は目を細めた。多分、わかっているんだろう。



私は、所謂孤児だったそうだ。「そうだ」というのは、当然のことながら私自身がそれを確認したわけではないから。

親も兄弟もない赤子。そんな私を、「人よりわずかに霊力が高い」という理由で、幻想郷を見守る賢者は博麗の巫女という大役に据えた。

当時は「ふーん」という感じで聞き流し、博麗の巫女という面倒な仕事を押し付けた紫にちょっとした殺意を覚えた。

一人であることが当たり前だった私が、一人であることに疑問を持つことなど、あるはずがなかった。



だけど。

私は――理由はどうだったにしろ、結婚した。家族を持った。

今は人里に住み、私は一人ではなくなった。家族がおり、わずかばかり友人もいる。

そうなって、私は気がついた。

一人は怖い。人間は人の間で生きるからこそ人間なのだと。

私は一人で生活をしていたけど、決して一人で生きていたわけではなかった。

食材を調達するためには、人里へ出てきて誰かが得た糧を分けてもらっていた。

多くの『異変』があったからこそ、私は『寂しさ』に煩わされることはなかった。

もしそれらが何もなく、本当の意味で一人だったとしたら。この幻想郷に――いや、この世界にたった一人だけ取り残されたとしたら。

今の私は、生きていけないことを知っていた。孤独は人間にとって致死毒だと知った。



そこで、私の娘だ。この子は、今わかっている限りで『空を飛ぶ』という能力を持っている。

呼吸をするのと等しく、歩くよりも簡単に空を飛ぶことができる。

それは素晴らしい才能だと思う。そのこと自体は、私も喜ばしいと思える。

だけど、この子は何処まででも飛んでいける。私が地を這うことしかできなくとも、この子は空の彼方へ飛んでいける。

この子が私の娘だから、私にはわかった。そうなったらこの子は、何処まででも飛んでいくだろう。

人の間から宙に浮き、誰の手も届かないところへ。全くの自覚なしに。

そしてこの娘は、きっと孤独の毒に気がつかない。気づかないうちに蝕まれ、やがて――。



自然と、我が子を抱く力が強くなった。

勝手に想像して、勝手に私が怖くなって。世話のない話だわ。

「・・・靈夢。」

幽香が言う。私は、いつの間にか俯いていた顔を上げた。

「人間は、弱いわ。そのことに関しては、私は今も昔も同じ意見よ。あなたに負けたけど、それでも私は人間が強いなどとは思っていない。」

幽香の言っていることは、真実だ。実際こいつがその気になれば、私と娘の命など風前の灯火に過ぎない。

「それでも私はあなたを認めている。あなたは力などなしに、私を負かした。それが、『力』でない人間の強さだと、あなたに教えられたのよ。」

私は、たとえ妖怪が相手でも負けない。私が作った弾幕ごっこというルールを駆使し、作戦を練り、最小限の力で絶対的強者を屈服させることができる。

それが人間の強さかと言われれば、そうだとは言い切れない。それはあくまで私限定の話。

けれど、人間だから妖怪に劣るわけではないということは、私が証明してきた。

「そうよ。でなければ、私達が細々と隠れ住む必要はない。でもやっぱり人間は弱いのよ。」

一見すれば矛盾しているように聞こえるが、幽香が語っているのは全て真実だ。

人間は強い。しかし人間は弱い。その両方の側面を持っている。

「私は『強い』だけで気に入ったりはしないわ。『強さ』だけなら、いくらでも上はいるもの。」

絶対的強者としての威厳を持って幽香は言う。

「私はあなたが『人間でありながら妖怪を圧倒する』という存在だったから気に入った。だから、あなたが人間以外の何者でもないことも理解している。」

・・・一体、何が言いたいのよ。

「素直になりなさい。私はその程度であなたに幻滅したりはしないわ。」

一転、慈愛に満ちた表情で私を見た。

前にこいつが言っていたような、妹を見守るような優しげな瞳で。

「似合わないわよ。」

「あら、残念。怖がる靈夢を慰めてあげようと思ったのに。」

絶対にごめん被るわ。



幽香の言う通りだ。私は我が子の行く末を思い、幻視し、恐怖を覚えた。

根拠は勘のみという、人が聞いたら呆れそうな話だけど、私は確信を持って言えた。

この子はいずれ、人々から忘れ去られる。博麗の巫女という器だけが残り、この子自身は記憶からするりと抜け出し宙を舞うだろう。

それはある意味で、とても博麗の巫女らしいのかもしれない。

一切のしがらみに縛られず、人と妖怪の中立を守る幻想の平定者。それが博麗の巫女なのだから。

だけど、この子は人間だから。私と一文さんの娘だから。

そんなことになるのが恐ろしく、悲しかった。

・・・ああ、何のことはない。結局私は、早くも親バカなのだ。

親バカだから、この子には幸せになってほしい。独り寂しく消えないでほしい。

そう思っていることを、自覚した。



「・・・ねえ、幽香。それと一文さんも、そんな柱の影から見てないで。」

幽香の助言がきっかけというのが少し癪だったけど、おかげで考えは纏まった。

「どうしたの?」

「儂も行っていいのか?」

「ええ。大事なことだから、一文さんもこっちに来なさい。」

私の言葉に従い、一文さんは柱の影から出てきて、私の隣に座った。

「それで?」

「決めたわ。」

「何を?」

「この子の名前。」

唐突に飛び出した私の言葉に、二人の目が点になった。

まあ、その話の流れじゃなかったからね。しょうがないかもしれない。

「そうか。それで儂の考えた名前は」

「一文さんのは最初から却下だから。『抹茶』なんて名前つけられたら、この子がグレるわ。」

「・・・何故それを。」

勘よ。

「一体、今の流れでどんな名前が浮かんだのかしらね。」

とても素敵な名前よ。そう、私に匹敵するぐらいに。

名は体を表す。あるいは、虚をもって実を示す。

けれど、親が子につける名前は、親から子への贈り物でもある。

なら私は、この子へ最初の贈り物を。私の願いをあげよう。

たとえどんなに離れても、決して独りにならない名前を。

「この子の名前はね――」



私の言葉を聞いて、幽香も一文さんもバカみたいに口を開けた。呆然、という言葉がよく似合う。

「・・・ああ、儂の聞き間違いか?もう一度言ってくれないか、靈夢。」

私は再び同じ名前を口にし、一文さんは再び停止した。

普段感情を滅多に出さない人が狼狽している様は、実に愉快だった。

「・・・あはは、なるほど。そういうことなのね。」

幽香が再起動を果たした。私の考えていることがわかったのかしら。

「いい名前じゃない。確かにそれなら、あなたがいる限り一人じゃないわね。」

「私がいなくなっても、よ。だって私は、その名前の中に残りつづけるんだから。」

私の願ったことは、娘を独りにしないこと。だったら、それを贈るのは道理というものだ。

「ええ、まさにその通りだわ。あなたらしく常識に囚われない発想ね。」

「いいというのか、風見殿。その名前ではあまりにも・・・。」

「いいじゃない。これ以上素敵な贈り物はないわよ。」

そこには同意なのか、一文さんは押し黙った。

どうやら、決着はついたようだ。

私は、腕の中で眠る我が子を撫で、囁く風のように。





「どんなに離れてしまうことがあっても、お母さんが一緒にいてあげるからね。『霊夢』。」



私と同じ音を持つその名前を呼んだ。





+++この物語は、今代博麗の巫女の誕生秘話を語る、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



幻想郷の素敵な巫女:博麗靈夢

今代博麗の巫女の母。霊夢が4歳になるまでの間は、彼女が引き続き博麗の巫女をしていた。

空を飛べずとも圧倒的な技量と勘で妖怪と対等以上に戦う、孤独な巫女だった。

彼女が手にした幸せの形は、きっと今の霊夢へと受け継がれていることだろう。

能力:主に霊術を扱う程度の能力



今昔幻想大妖怪:風見幽香

花の妖怪。当時はまだ夢幻館にいることも多かった。根っからのドS。

『異変』を通し知り合った靈夢を妹のように思っている。嫌がられても気にしない。ドSだから。

当時はまだ髪が長かったが、これからしばらくして彼女は髪を切った。

能力:花を操る程度の能力



素敵な茶屋の寡黙な主人:茶竹一文

靈夢の夫。「美味しい茶が飲みたいから結婚して」と言った靈夢の言葉を「うむ」で返した強者。ロリコン。

当時はまだ20代だったはずだが、当時から一人称が儂だった。若年寄。

地味に恥ずかしがり屋。確かな腕を持っているのにあまり有名じゃないのはそのせい。

能力:物の性質を見極める程度の能力



幻想郷の新しい巫女:茶竹霊夢

次の博麗。そして今の巫女。しかし当時はまだ博麗の巫女ではなかったので茶竹霊夢である。

生まれた当時から当たり前のように空を飛べた。それが空を飛ぶ程度の能力ということである。

何事にも縛られない彼女だが、唯一親の愛だけには縛られているのである。

能力:主に空を飛ぶ程度の能力



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[24989] 三・五章八話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:46
冬の清涼な空気の中、一本の糸を張り詰めたような凛とした気迫が満ちていた。

息をするのも慎重になるほどの緊張の中、俺は座して見ており、気配の主――魂魄妖夢は、目を閉じ楼観剣の柄に手を添えていた。

そのままじっと、期が熟すのを待っていた。既にこうなって2分は経過している。

俺は急かさず、ただ黙ってその光景を見ていた。



そして。

「――はっ!!」

さらに2分ほど経過したとき、妖夢が呼気とともに楼観剣を抜いた。

時間にして一瞬。いや、一刹那にも満たなかったかもしれない。

その間に白い閃光が無数に走る。そうとしか思えないほどの速さだった。

気がつけば、妖夢は既に剣を鞘に納めていた。チン、という刀独特の澄んだ音が響く。

それと同時に、妖夢が向かい合っていた相手――白玉楼の庭に植えられていた松や牡丹の枝葉が、バサリと落ちた。

それらの芯となる部分には一切の傷をつけず、無駄となっている部分だけを一瞬で切り落としたのだ。

「お見事っ!」

俺は妖夢の仕事、即ち白玉楼の庭の剪定が終わったのを見て取ると、拍手をして妖夢をたたえた。

妖夢は恥ずかしそうに頭を下げていた。





スキマ経由で白玉楼へ落とされた俺だったが、何故か衣服全部剥ぎ取られて縛られていた。

いつの間にとかどうやってとかそんなことよりも、寒さの方が洒落にならなかった俺は、もう女物でもいいからと妖夢に服を頼んだ。

俺が入ってた靴(クリスマスのアレだ)の中で待つことしばし、妖夢は服を持ってきてくれた。

それは男物の着物だったので、二もなく着替え男に戻った。やっと落ち着いたという感じだ。

んで、紫さんから聞いたことの顛末を話すと、妖夢は疲れた顔をしながらも納得してくれた。

さて俺は何をすればいいのかと思い妖夢にたずねたら、『幽々子様は普段は特に何もされませんので・・・』という答えが返ってきた。

何をすればいいかわからない俺は、とりあえず妖夢の行動を見ていることにした。

妖夢はよく働いていた。屋敷の中の掃除、整理整頓、食事の下ごしらえと、主不在でも普段どおりのようだった。

そして庭の剪定へと移り、今に至るというわけだ。

「いやー、前々から凄い凄いと思ってたけど、やっぱり妖夢の剣の腕は凄いな。」

俺は思った率直な感想を述べた。居合いによって庭の剪定を一瞬で終わらせるとは。俺にはとてもできん。

「い、いえ。私などまだまだ未熟なもので・・・。」

「いやいや、俺からみたら十分過ぎるほどの腕前だよ。まあ、俺みたいに未熟どころの騒ぎじゃない奴に言われても喜べないかもしれないけど。」

「そ、そんなことありませんよ!優夢さんの剣の腕も日々上達していますし、優夢さんに褒めていただいて嬉しいですよ。」

妖夢はそう言ってくれた。

だけど実際のところ、俺はまだまだ弱い。こと剣に関しては、妖夢の足元にも及ばないと実感している。

妖夢は俺の剣の師匠だ。もっとも、俺が使う武器は『槍』であり、妖夢とはスタイルが違うんだが。

それでも武器を使った武術の稽古は、妖夢につけてもらってる。だから妖夢が俺の師匠というのは間違いじゃない。

師匠に上達していると言われるのは、喜び半分、激励半分だな。

「お互い精進あるのみってことかね。」

「ふふ、そういうことですね。」

武芸ってのは、そう簡単に極められるもんじゃないからな。

そういえば、俺には色々な分野の師匠がいるなと、今更ながら思った。

弾幕では霊夢と魔理沙。体術では美鈴さん。メイd・・・家事では咲夜さん。そして剣では、妖夢。

考えてみれば凄い話だ。全員、それぞれの分野で相当な力を持った人達であり、その師事を受けているのだ。

霊夢と魔理沙の弾幕ごっこの強さは、言葉にするまでもないだろう。あの二人に勝てる人物は靈夢さん以外では見たことがない。

美鈴さんは、あまり知られていないことだが、体術に関しては右に出る者はいない。弾幕ごっこは弱くとも、ガチンコだったら負けなしだろう。

咲夜さんのハウスキーピングは、完全という言葉以外に形容する方法が見当たらない。

妖夢の剣腕は、さっき見た通りだ。

それほどの人物達の指導を受けているのだから、俺は色々な分野においてもっと能力を持っていていいと思うが・・・いまいちパッとしない。

まあ、天は二物与えずと言うしな。欲張るのがいけないのかもしれない。

でも、教えてくれる皆の期待には答えたいしな。やはり精進あるのみだ。



・・・そういえば。

「なあ、妖夢って剣を誰に習ったんだ?」

自分の『師匠』のことを考えていたら、師匠の師匠はどうなんだろうと何気なく思った。

俺は誰かに習って色々なことを覚えているけれど、じゃあ他の皆はどうなんだろう。

霊夢と魔理沙は・・・誰かに習ったという風ではないよな。あいつらは自己流か?

けれど、美鈴さんや妖夢のように武術をやっている人はそうはいかないだろう。流派の開祖というならともかく、通常は師匠から習うと思う。

妖夢の剣は洗練されている。とても自己流だとは思えない。

そして俺の考えた通り。

「あ、私は祖父に習ったんです。」

妖夢はそう答えた。

「おじいさんか。やっぱり、剣の腕って凄かったのか?」

「それはもう!私もかつてよりは腕を上げたという自負がありますが、お師匠様にはまだ届きません。」

それほどなのか。うーん、一度見てみたいな。

師匠の師匠ってことは、俺にとっては大師匠ということになるし。妖夢の剣技をスペカとして使わせてもらってるわけだし、多分その人の剣技でもあるわけだし。

「どんな人なんだ?やっぱり半人半霊なのか?」

「はい。祖父は幽々子様よりも西行寺のお屋敷についてよくご存知でしたから。」

それだけ昔から生きてたってことか。そら普通の人間であるわけがないな。

「祖父は、端的に言えば自分にも他人にも厳しく、それでいて優しい方でした。優しいが故に厳しいというか、一切手を抜かない人でした。」

なるほどね。甘やかすだけが優しさではないからな。

「幽々子様でも強くたしなめることがありましたね。思えば、お師匠様がいたときの幽々子様はもう少ししっかりしておられた気が・・・。」

・・・ん?ちょっと待て。

「妖夢のおじいさんって、今は白玉楼にいないのか?」

「え?ええ。今ここに住んでいるのは、私と幽々子様、それから転生待ちの幽霊達のみですよ。」

「何処にいるんだ?」

「さあ・・・。私達には一切を告げずに、姿を隠されてしまいましたから。」

そうなのか。一度会って見たかったんだが・・・。

「もう随分前の話ですがね。以来私は、祖父の後を継いで幽々子様の身辺警護と白玉楼の庭師に従事しているというわけです。」

そっか。妖夢にも色々あるんだな。

「それほどでもありませんよ。ともかく私は、次にお師匠様がおいでなさるときまでに、できるだけ精進しておきたいのです。」

「本当に、妖夢はまじめだなぁ。」

でも気持ちはわからなくもないな。結局のところ、俺も同じだし。

「優夢さんと出会ってからは、一人の修行だけではなく稽古もしていただけるようになりましたから。本当に、優夢さんにはいくら感謝してもし足りないぐらいです。」

「大げさだよ。むしろ俺が礼を言いたいぐらいだって。」

妖夢のおかげで戦術の幅が広がったし。女性時限定だけど。

むしろ、当時の俺は女状態での戦術がほとんどなかったから、ものすごく助かった。

今じゃ陰体も立派な戦術の一つだ。・・・恒常的に女でいたいとは思わないが。

「あ、そういえば白玉楼に住んでるのは幽々子さんと妖夢だけだって言ってたけど、てことはこの服って?」

「ええ、祖父のものです。勝手に使ってしまいましたが、あの状況なら祖父も許してくださるでしょう。」

ありゃあ。会う前から借り一つだな。しっかりと覚えておこう。



俺はまだまだ妖夢のことを知らない。友人だからといって全てを知っているわけじゃない。

新しく知る妖夢の一面はとても新鮮で、またとても妖夢らしいと思った。

おじいさんがいなくなっても後ろ向きにならず前向きで。

その真っ直ぐな姿勢は、まるで美しい刀剣のようだと思った。





***************





その後私は、屋敷周辺の見回りを行った。

優夢さんにはお屋敷の方に残っていていただこうと思ったのだけれど、どうやらじっとしてはいられないらしく、私の後に着いてきた。

「前回も思ったけど、やっぱ俺って人の上に立つのに向いてないなぁ。」

見回りをしながら、ふと優夢さんがそうおっしゃった。

「突然どうしたんですか?」

「いや、昨日まで永遠亭で輝夜さんの代わりやらされてたんだけどさ。」

ええ、それは先ほど聞きました。

「俺は何か働いてないと落ち着かないなー、と。」

「なるほど。」

確かに、優夢さんは神社でも霊夢に代わり色々と働いている。霊夢が働かないと文句を言いながらも、優夢さんは嬉々として働いているように見えた。

それが彼の性分であり、私は美徳だと思っている。極端に人が良く、誰かの世話を焼ける、とても優しい人。

名前の通りだと思ったけれど、よくよく考えてみればその名前は霊夢が彼のイメージに合わせてつけたものなのだから、当然だった。

「けれど、それが人の上に立てないのとどう関係が?」

「主ってのは従者に仕事をさせるだろ?」

ああ、なるほど。自分がやってしまうからということか。

確かに、そういう意味では優夢さんは主向きではない性格だと思う。

幽々子様にしろ、レミリアさん、輝夜さんにしろ、従者がすべき仕事は従者に任せている。下の者に仕事を振り分けるのは、主の務めだ。

それに対し優夢さんは自分で全てやってしまう。人の分まで仕事をしてしまうという見方もできる。

だけど、それが人の上に立てないということなのかと言われれば、私は疑問だった。

「優夢さんは、上に立つ者として十分な器を持っているように思えますよ。」

許容量という意味では、優夢さんは他の主達に比するべくもないほど大きい。全人類の願いという、途方もなく膨大な存在なのだから。

だからこそ、彼の周りには色々な人が集まる。彼はその全てを受け入れ、肯定してくれるから。

結局は私も同じなのかもしれないな。

「そうかねぇ。」

「そうですよ。少なくとも私は、優夢さんが主だったら嬉しいですよ。」

もちろん幽々子様が主であることに不満があるわけではないけれど。どちらか一方を主に選べと言われたら、一瞬迷ってしまうだろう。

「そう言ってもらえれば嬉しいけどね。」

「ええ、もっと自信を持ってください。」

優夢さんの唯一の欠点といえば自信がなさ過ぎることか。あれだけ有能で強いんだから、もっと自信を持てばいいのに。



屋敷に戻ってからは、休憩時間だ。普段なら自室で刀の手入れをするか、幽々子様のお話相手になる。

今日は幽々子様の代わりに優夢さんだから、私はお話をすることにした。

「まあ、そんなことがあってね。人里もなかなか油断ならないよ。」

「それは・・・大変でしたね。」

優夢さんは、人里でも人気が高いようだ。何でもファンクラブ的なものが作られており、巫女服で来ることを望まれているとのこと。

私もあの黒服よりは巫女服の方が似合っていると思うが、優夢さんは本来的には男の人だから、女物の服をあまり着たくないというのはわかる。

けれど、その人たちの気持ちもわからないでもなかった。

「優夢さんも、もう少し男の人としておしゃれをしてみてはどうですか?」

「男のおしゃれって・・・正直微妙じゃないか?」

いえ、優夢さんなら似合いますよ。絶対に。

「ん~、どうにもイメージできないなぁ。てか、俺はおしゃれとかよくわからないんだよな。」

「ふふ、そうでしょうね。」

優夢さんは実用を重視する傾向がある。あの黒服だって、機能性を重んじた結果だろう。巫女服は確か霊夢の趣味のはずだし。

「では、他の誰かに助言をもらってはいかがでしょう。私も少しばかりはお助けできるでしょうし。」

「えーっと・・・、あはは、まあ考えておくよ。」

優夢さんはあいまいに笑い、答えをはぐらかした。これは改める気はありませんね。

「そ、そんなことよりも、妖夢のおじいさんの話を聞きたいな!ほら、俺の大師匠になるわけだし!!」

そして逃げましたね?

「はあ、まあいいでしょう。おしゃれ云々に関しては、私も人のことは言えませんし。」

「いや、妖夢は十分おしゃれだと思うけどなぁ。」

不意に、何の気なしに言われた一言で、俄かに私の顔の温度が上昇するのがわかった。

「か、からかわないでください!!」

「からかってるわけじゃないさ。楼観剣に花を飾ってあったり、ちゃんと女の子してるなって思うよ。」

「と、とにかく今はお爺様の話ですね!!」

「逃げたな。」

お互い様でしょう。

「それで、優夢さんはお爺様――お師匠様の何を知りたいのですか?」

「あーっと、そうだな。まず名前を教えてくれないか?」

そういえば、さっきは名前を言ってなかったか。

「お師匠様の名は『魂魄妖忌』と言います。」

「妖忌さん、か。覚えた。それで、妖夢はさっき妖忌さんの剣の腕は妖夢でも届かないって言ってたけど、実際どんなもんなんだ?」

どんな、と言われても。そういうのを言葉で表すのは難しい。

「そうですね。私の知る限り、お師匠様に斬れないものは何もありませんでした。幽霊は勿論、石だろうと岩だろうと鉄の塊だろうと、空気でさえも斬ることができました。」

「空気もか。そりゃ凄い。」

剣を扱う者なら、その凄さがわかるだろう。岩や鉄を斬るよりも、無限の空気を斬ることは難しいことなのだ。

「あと、お師匠様が口癖のように言っていた言葉があります。『相手の正体がわからぬときは、まずは斬れ。斬れば解る。』と。」

「そらまた、妖夢のおじいさんらしいな・・・。」

どういう意味ですか?

「まあまあ。で、それから?」

「ええと、後は先ほどお話したとおり、厳格で優しい方でした。私が型がわからないときは、急かさずわかるまで見ていて下さりました。」

思い出すのは、幼少の日々。あれは・・・そうだ。『現世斬』の型を練習していたときのこと。

一太刀を五連にしなければ『現世斬』にはならない。私はお爺様の型を見て、何度も何度も練習をした。

しかし、いくら太刀を振っても斬撃は五つにならず、私はやっきになって剣を振り続けた。

熱くなって周りが見えなくなった私に、お爺様は静かにおっしゃった。

『妖夢よ。激しい心では何も斬れない。激情は思考を鈍らせ刃を鈍らせる。流水のように、流れるままに剣を振るが良い。』

そう言って、私の側で見ていてくださった。

そのためなのかどうかはわからなかったが、不思議と心が静まり、風にそよぐ枝葉の音が耳に入ってきた。

刀と一体になったような、そんな感覚とともに、私は剣を振り。

『現世斬』を体得した。

あのときお爺様が見ていて下さらなければ、私はもっと時間をかけていただろう。会得できなかったとは思わないが、かなりの時間を必要としていただろう。

ひょっとしたら、お爺様が白玉楼を出るまでの間に『未来永劫斬』までを会得することができなかったかもしれない。

「だから私は、お爺様に感謝し、尊敬しているのです。」

そうでなければ、今幽々子様をお守りすることはできなかったかもしれない。優夢さんと戦うこともできなかったかもしれない。

こうして、日々を優夢さんとともに精進することも、できなかったのかもしれないのだから。

「そっか。」

「はい。」

語る私を、優夢さんは優しげな瞳で見守り続けてくれた。

それはまるで、遠い日のお爺様のように・・・。



「あ、そうだ。」

私は、昔話をしたことで、とあることを思い出した。

その昔、私がお爺様に稽古をつけていただいていたときのこと。当時はまだ、私は白楼・楼観の二刀を持っていなかった。

その頃は二つの剣はお爺様のものであり、私はお爺様からいただいた小さな太刀を扱っていた。

その、懐かしい小太刀のことを思い出したのだ。

「優夢さん、刀はお入用ではありませんか?」

未熟とは言え、私は優夢さんに剣を教えて差し上げている。ならば私は優夢さんの師匠ということだ。

女性状態の優夢さんは槍を使えるが、男性状態では無手だ。

無論、それでも優夢さんが強いことは知っている。男性状態でのあの弾幕は脅威だし、紅魔の門番に体術を習っていたことも知っている。

しかし、せっかく剣術を知っているのだから、男性状態でも使ってほしいと思った。

「刀か?いや、俺は『ゲイボルク』あるからさ。」

「しかしあれは女性時限定のスペルでしょう。それに、武器を使うために消耗するのも、勿体ないと思いますよ。」

「・・・まあ、確かにな。」

「私が幼少の頃に使用していた小太刀がありますので、それを持って参ります。少々お待ちください。」

そう言って、私は自室へと向かった。





普段から整理をきちんとしていたおかげで、それはすぐに見つけることができた。

箱に入れたそれを手に取り、私は再び優夢さんの待つ居間へと向かった。

「お待たせしました。」

「いや、そんなに待ってないよ。」

そそくさと座り、優夢さんに箱を手渡す。優夢さんは目で確認し、私が頷いてから箱を開いた。

中から現れたのは、鏡の様に透き通る二本の小太刀。

「銘を、乱れ刃の方が『桜花』、直刃の方が『梅花』と言います。」

使われず数十年の時を経た二刀は、しかし昔と変わらぬ輝きを放っていた。

たとえ白楼と楼観を使うようになったとは言え、この二つは今でも変わらぬ私の大切な刀なのだ。手入れを欠かしたことはなかった。

「凄くいい刀じゃないか。受け取れないよ。」

人の気持ちを汲める人だからこそ、優夢さんがそう言うのは当然だったかもしれない。

けれど、いいんですよ優夢さん。そんなあなただからこそ、私は使ってほしいと思ったんです。

「そう思っていただけるなら、なおのこと優夢さんに使っていただかなくては。使われず眠るだけでは、この子達も悲しいでしょう。」

私の言葉に、優夢さんは言葉を詰まらせた。理にかなった正論だから、賢い優夢さんは反論できないのだろう。

やや逡巡したものの、優夢さんは折れた。

「しょうがないなぁ。ありがたく受け取っちゃうぞ?」

「ええ、ありがたく受け取っちゃってください。」

優夢さんの言葉が何かおかしかったので、私も笑いながらそれに乗った。

こうして、私の幼少の思い出とともに眠っていた小太刀は優夢さんの手に渡り、再び目覚めを迎えたのだった。



さて。優夢さんが刀を手にしたことだし。

「それでは優夢さん。一試合、如何ですか?」

「いきなりかい。」

はて?何かおかしなことでも言ったでしょうか。

「いやまあ、別にいいけどさ。」

他にやることはないのか、と優夢さんは頭を抱えた。

「剣の稽古は、有意義ではありませんか?」

「有意義だけど。何かが間違ってる気がしてならない。」

気のせいですよ。





それから私たちは庭へ出て、刀と刀で勝負をした。

小太刀という初めて持つ武器に優夢さんは少々手間取っていたようで、普段よりも動きが悪かった。

だから私は、いつもどおりの全力でぶつかるのではなく、優夢さんが小太刀に慣れるように戦いを組み立てた。

かつてお爺様が私を鍛えてくれた、あのときのように。





***************





一週間後、俺は妖夢とともに神社に戻ってきた。妖夢は幽々子さんのお迎えをするつもりだったらしい。

俺が戻ってくるのを待っていたのか、霊夢は神社の境内に立っていた。その隣には、俺の代わりに神社で過ごしていた幽々子さん。

普段の幽々子さんの様子を考えるに、霊夢は疲労困憊で当然――と思っていたが、どうやらそうでもないらしい。

「ご飯の量が多いこと以外は無茶な要求してこなかったわ。」

「だって、妖夢と違っていじりがいがないんだもん。」

実に納得のいく理由だった。

「納得しちゃうんですか!?」

「妖夢、受け入れるんだ。受け入れてしまえば何も怖くない。」

「いやですよ!!」

受け入れは最大の防御なんだが。まあ、受け入れてしまったらそれは妖夢ではなく妖夢の皮を被った何者かだから別にいいのか。

(・・・優夢さんの中で、私の評価はどうなっているんですか。)

打てば響く素直な子。悪い意味じゃないよ。

「はてさて、この一週間は妖夢にとってどんな一週間だったかしら~?」

幽々子さんはニヤニヤとしながら妖夢にたずねた。何でそんな表情になるんだ。

それに対し、妖夢は。

「はい!とても有意義な時間を過ごさせていただきました!!」

蒼天のように晴れやかな笑顔で、簡潔に告げた。

「・・・これは、進展なしなのね。やれやれだわ~。」

だというのに、幽々子さんはため息とともに天を仰ぐだけだった。

・・・何かいけなかったのか?



その後、幽々子さんと妖夢はすぐに冥界へと帰って行った。

「それにしても、どうしたのよその格好。巫女服はどうしたの。」

「ああ、何かスキマの中で脱がされたらしい。気づいたらなかったから、妖夢に借りた。」

後で返さなきゃな。

「ふーん。その箱は?」

「これは妖夢からのもらい物だ。男状態でも剣を使えるようにって。」

「あっそ。思われてるわね、優夢さん。」

ああ、本当にすばらしい師匠だよ、妖夢は。

そう言ったら、何故か霊夢もため息をついたのだった。本当にどういう意味だ。

「ふう、幽々子は結局働かなかったから疲れたわ。とりあえず優夢さん、お茶。」

「はいはい、ちょっと待っt「その前に、次のくじをいかが?」」

俺の言葉をさえぎり、紫さんが現れた。

・・・俺の背中にスキマを開いて。

「どっから現れてるんですか、紫さん。」

「あなたがちょうどいい位置にいたのよ。で、霊夢。レッツトライ☆」

「あのねぇ。私が引く意味ないd「あら、お母様と一緒に過ごしたいの?靈夢が喜ぶわね。」・・・チッ。」

靈夢さんの名は本当に強制力が強い。自由の体現者は仕方なくくじ箱に手を突っ込んだ。

「『神』って書いてある紙を引ければ、優夢は神社残留よ。」

「『神』よ来い!!私は新世界の『神』になるわ!!」

そこはかとなくダメフラグ立てながら、霊夢はくじを引いた。

・・・眺めながら、俺は気づいていた。あの中には多分そのくじは入っていない。もしくは、入っていても引けないようになっている。

でなければ、霊夢は引いてしまうからだ。過程や方法などホップステップジャンプどころか空を飛んで悠々とすっ飛ばすのが霊夢だから。

少し考えれば行き着きそうな結論だけど、霊夢は全く気づいた様子がない。ありゃ熱くなってるな。

けれど、俺はそのことを口出ししようとはしなかった。

紫さんが何の考えもなしにこんなことをするはずがない。何かしらの意図があるはずだ。

それに、結局霊夢の怠け癖もまだ直ってないみたいだしな。

なら、しばらくはこの放蕩生活に翻弄されているのも、悪くはないかもしれない。決してつまらなくはないから。

霊夢には悪いけど。



「はい、残念。次は『紅』魔館に決定しました~♪」

「くっ!この私が、たかがくじごときに!!」

悔しそうに地団駄を踏む霊夢を見ながら、俺は今の状況を楽しむことにした。

さて、紅魔館では何が起きるのやら。





+++この物語は、半霊の少女が幻想とちょっと親密になれた、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



着流しの侍風:名無優夢

を意識してみた。しかし女顔のために全然様になっていなかったという。

妖夢が昔使っていた練習用の小太刀をゲット。練習用とは言っても妖夢の刀なので、その辺の刀よりは余程優れている。

男状態でも剣技が使えるようになったが、そもそも使える剣技がほとんどないという罠。現在『現世斬』のみ。

能力:あまねく願いを肯定する程度の能力

スペルカード:気砲『シュプーリングスター』、人形『エターナル・スカーレット・CB』、霊丸『無双散弾 -ショットガン-』、『願い星』など



達人クラスの剣士:魂魄妖夢

実はそのぐらいには腕が立つが、箱入り娘だったため精神が未熟。妖忌との一番大きな差はそこ。

実際のところ、弟子を取れるだけの実力はある。幻想郷では刀を使うことがあまり一般的ではないというだけ。

妖忌が姿を隠したことに関しては一切引きずっていない。自分が一人前になったときに帰ってきてくれると信じている。

能力:剣術を扱う程度の能力

スペルカード:人符『現世斬』、人鬼『未来永劫斬』など



→To Be Continued...



[24989] 三・五章九話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:46
そんなこんなで、やってきました紅魔館。

今回は俺も合意していたので、スキマに落とされたりはしなかった。ちゃんと黒服に着替えなおして準備をしてから出てきた。

なので、今回はメイド服に着替えさせられたりすることはないはずだ。そのための準備はしっかりしてきた。

・・・思えば、いつからあそこは俺にとって鬼門(メイド的な意味で)になってしまったのだろう。最初はごくごく普通の『異変解決』だったのに。

ん?『異変解決』にごく普通も何もないか。『異変』なわけだし。

ともかく、俺は好き好んでメイドの格好をしてるわけではない。避けられるのならば避けるに越したことはない。

そういう意味では、今回は実に助かった。また前みたいにひん剥かれたらたまったもんじゃない。確実に冥土服へ直行だ。

まあ、さすがの紫さんも男をひん剥く趣味はないか。女だからひん剥くってのもおかしな話だとは思うが。

おかげで久方ぶりの俺らしい俺を満喫していた。思わず鼻歌の一つも出ようってなもんだ。

「あ、優夢さんこんにちは。お話は伺ってますよ。」

「やあ、美鈴さん!今日もいい天気ですね!」

挨拶も明るくなろうってなもんだ。

「・・・?え~っと、優夢さん、ですよね。何かやたらとテンション高くありません??」

「そりゃ、空がこんなに青けりゃテンションも上げ上げになるでしょう!」

俺の返答に、美鈴さんは苦笑いしながらも相槌を打った。この人も苦労人だから、俺の苦労が理解できるのだろう。

「ところで、俺の代わりに博麗神社に行くのって誰だか聞いてます?俺はまだ聞かされてないんですけど。」

いつまでもテンション高いのもあれなので、一瞬で素に戻った俺は美鈴さんに尋ねた。

これまでの流れだと、俺の代わりに誰かが博麗神社に逗留し、霊夢に世話をさせ怠け癖を強制するという段取りなはずだ。

今回の俺の行き先が紅魔館であるという話は聞いたが、交代要員が誰かというのは聞いていない。

順当に行けばレミリアさんだろうが。しかし他の主達よりなお『主』というものにこだわりを持ったレミリアさんが、そう簡単に動くだろうか。

「さあ。ていうかそういう話なんですか?私は優夢さんが紅魔館に来るとしか聞いてないんですが・・・。」

しかし美鈴さんは詳しい内容を聞いていなかったようだ。俺の疑問を解消する答えは返ってこなかった。

・・・前々から思ってたんだが、ちょっと美鈴さんの扱いひどすぎないか?よし、もしレミリアさんが俺の代わりだったら、もう少し美鈴さんの待遇をよくしよう。





そんなことを思ってたんだが。

「よく来たわね、優夢。それじゃあ私と咲夜が留守の間、代理はよろしくね。」

「信頼しておりますわ、優夢様。」

予想の斜め上を行く現実が待っていると誰が考えようか。二人分の代理ってなんだよ・・・。





***************





「何を考えてるのよ。」

紫にいいようにことを進められ不機嫌だった私は、さらに不機嫌な声を二人組に投げかけた。

だが、レミリアはさも当然といった様子で。

「向こうは『60億』、こっちは二人。逆に数の釣り合いは取れてないわ。」

そう返してきた。

まあね。紫によれば、優夢さんは『60億の願いの結晶』。60億人の願いで構成されているのが優夢さんらしいから。

だけど、私は世界にそれだけの人間が溢れていることを見たわけじゃないし、優夢さんを『願い』という色眼鏡で見たこともない。

優夢さんは優夢さんという人物であり、そうである以上一人だ。

家政夫ゆうむさんを取られて厄介者二人組あくまとじゅうしゃが来るんじゃ、釣り合いは取れてないわね。」

「狭量ねぇ。優秀なメイドを連れてきてあげたというのに。」

メイド対巫女メイドじゃ、後者に軍配が上がるわ。

「手厳しいですわねえ。」

「まあ、一度言ったことを覆す気はないから、別に追い出したりはしないけど。私のお茶の時間だけは邪魔しないでよね。」

こうなってしまっては、私の平穏はお茶の時間のみだ。せめてこれだけは大切にしたい。

私は挨拶なしに奴らに背を向け、お茶を煎れに台所へと引っ込んだ。

「やれやれ、相変わらずの怠惰巫女ね。咲夜、境内と母屋の掃除をしておきなさい。」

「お嬢様の仰せのままに。」

どうやら、楽はさせてもらえそうだ。



「ふう。」

お茶をすすりため息をつく。抜けるほどの快晴で気持ちがよかった。

ここで優夢さんがいれば、羊羹の一つでも持ってきてくれて、他愛のない話の相手になってくれるのに。

「どうぞ、召し上がれ。」

「今日はいい天気ね、憎たらしいほどに。」

・・・確かにそう望んだけど、こいつらだと全然嬉しくないのが不思議だ。

「今日は霊夢に合わせて緑茶にしてみようかしら。咲夜、お願い。」

「かしこまりましたわ、お嬢様。」

咲夜は一礼すると姿をかき消した。時間を止めてお茶を煎れにいったようだ。

「風情のない奴。」

あいつは時を止めて、何でも一瞬でやってしまう。完全に、瀟洒に。

それは優秀ではあるかもしれないけど、私を楽しませるものではなかった。

「あら、咲夜では不満?」

「ええ。やっぱりお手伝いさんは優夢さんに限るわ。」

「お手伝いさんというか、神社の表ボスね。あの子の場合。」

・・・まあ、別にいいけど。優夢さんは身内みたいなものだし。

「博麗の巫女ともあろう者が、随分と一人に執着したものね。」

唐突にレミリアの口調が変化した。それは、何処か嘲りを含んでいた。

だが、それでムキになるような私ではない。

「別に。博麗の巫女だから家族がいちゃいけないなんて決まりはないでしょう。」

「あら、優夢は霊夢の夫だったの?」

「兄気取りよ。」

本人曰く。

「そう。それを聞いて安心したわ。」

「フランドールのこと?」

「ええ、勿論。優夢にはいずれフランを妻にしてもらわなければならないもの。」

「人の色恋にあんましちょっかいを出すもんじゃないわよ。」

馬に蹴られて死んでも知らないわよ。

「で?」

「何だったかしら。ああそう、あなたが優夢に執着しているという話だったわね。」

執着というほどではない。ただ、いると色々楽で、何より落ち着くだけだ。

いなかったからといって――不自由しないわけではないけれど、別段困るようなことではない。

「そうかしら?」

「そうよ。」

子供の頃からそうだが、私は何かに執着したりすることはない。ただ自然体に、思った通りに行動しているだけ。

そんな私が、いくら優夢さんだからといって執着するかしら。

『あまねく願いを肯定する程度の能力』は、私を束縛できるのかしら。

「・・・ふうん。これは紫の勘違いだったのかしら。」

? どういう意味よ。

「あなたは、紫が何も企まずにこんなことをしていると思ってるの?」

勿論思っているわけがない。あいつは四六時中ろくでもない企み事をしてるに決まってる。

「あいつは『私の怠け癖を直すため』とか言ってたわ。」

「私もそう聞いてる。あなたの場合、それで通りそうだからおかしいわ。」

うっさい。

「けど、あんたはそれで納得してないわけね。」

「私の能力、忘れたわけではないでしょう?」

なるほど。つまり紫に何らかの『運命』を見たってわけね。

「たとえ境界を操ると言えど、奴も運命に縛られる一人に過ぎない。運命というレールからは誰も逃げられないのよ。」

不遜に言うレミリア。だけど、あんたは大事なことを忘れてるわよ。

「優夢さんには運命はないんでしょ。」

「ええ。名無優夢――いえ、願いの結晶には運命は存在しないわ。それはきっと、あいつ自身が運命みたいなものだからでしょうね。」

まあこの話は置いておきましょう、とレミリアは話を戻した。

「ともあれ、あいつの持ってた運命の流れは、もっと別の方を向いていたわ。」

「別の方って?」

「さあ、そこまではわからないわ。」

すっとぼけた回答が返ってきた。

「さっきあんた紫の勘違いがどうのって言ってなかった?」

「さて、何のことやら。」

要するにぶちのめされたいってことね。

私は抜き打ちで至近距離から封魔針を放った。だがレミリアは読んでいたのか、日傘を差しながら飛びのいた。

「もう、短気なんだから。」

あんたがまだるっこしいだけよ。

「そう。いいわ、昼間だけど久々に全力で相手をしてあげる。そろそろあなたに私の力を刻み込んでもいい頃合いだわ。」

「言ってなさい。妖怪だろうと吸血鬼だろうと、私のお茶を邪魔するなら撃ち落とすだけよ。」

「あらあら。では、お二人が戦っている間お茶が冷めないよう時を止めておきますわね。」

そんな感じで。

博麗神社の上空に、弾幕の花が咲いた。



無論のこと、勝負は私の勝ちだったけど。いつものことだわ。





***************





まあ、やると決まったらやるしかないか。がたがた言っても仕方がない。

紅魔館の主兼『執事』長を任された俺は、少々面喰らったもののすぐに腹を括った。

持ってきた執事服(前回の失敗を考慮に入れて霊力でコーティング済み)に着替え、紅魔館の妖精メイド達を広間に集合させた。

微妙に戸惑いのような空気が流れていたが、かつて俺が受け持った隊は特に動揺した様子もないようだ。

これは非常に助かる。皆が皆混乱していると収集がつかないが、少しでも落ち着いた者がいれば、そこから場を静めることも可能だ。

なら、特に気負う必要もない。落ち着いて咳ばらいを一つ。

「あー、この様子だと聞かされてないみたいだけど、これからしばらくここの主と『執事』長の代理を任された名無優夢です。俺を知らない子は、ブルー・アクア・バイオレットのどれかの隊に聞いてくれ。」

何故かプラネやアクアが得意そうな様子だったが、子供ならそういうものだろう。子供ってのはちょっとしたことで優越感を満たせるものだ。

それはそうと、咲夜さんの代理を任されたということは、妖精メイド部隊全ての管理を任されたということだ。

今ここには、かつて俺が担当していた三隊の他にも、イエロー、オレンジ、そしてスカーレット全ての隊が揃っている。

誰も彼も妖精なもんだから皆幼女の姿(男の妖精っていないんだろうか)だけど、それでもそれぞれの隊長は癖がありそうな感じだ。

「俺は咲夜さんみたく完全瀟洒ってわけにはいかないから皆の力を借りることになるけど、協力してくれれば非常に心強い。よろしく頼むよ。」

就任挨拶というよりは協力要請になってしまったが、まばらながら拍手が返ってきた。

どうやら協力的な妖精もいてくれるらしい。

そのことに、少々安堵を覚えた。



それからしばらく、簡単な質疑応答を行った。

協力するとは具体的にどうすればいいかとか、俺はどうするのかなどを聞かれた。

俺のやり方は前と同じだ。人員各位に持ち場を儲け、俺はそれを見回り、助けが必要そうなら手伝う。

前と違って担当範囲が紅魔館全域だから、一つ一つの場所にかけられる時間は少ないだろうけど。

・・・んー、『幽明の苦輪』でも使うか?でもあれ、そこまで長持ちしないしなぁ。

それに二つの体を一人の意思で操作しなきゃいけなくなるわけだし、効率は返って落ちるか。

かといって現象シリーズはもっと持続時間が短いし、今肯定できる『願い』に家事手伝いができそうなのがいない。

(食べるのは得意だけど、掃除は無理なのかー。)

(玉座に座っている役ならやってあげるわよ。)

力消耗するだけだわ。

というわけで、やり方は以前と同じにするしかないだろう。成長してないなぁ。

まあ、それはそれとして、意味ある質問は大体そんなとこ。後は他愛のない俺に関する質問(前述の通り、俺を知らない妖精メイドも多数いる)に答え、収束した。

「んじゃ、質問がなければそろそろ仕事を始めよう。各自持ち場に散っt」

「あの、私は何処につけばいいのかな?」

俺の言葉を遮り質問してきたメイドが一人。

「それは自分の隊の隊長に聞い・・・て・・・・・・・・・?」



目が点になった俺を誰が責められよう。

あまりに予想外な光景がそこにはあった。予想外過ぎてそれと認識していなかったらしい。

だって、誰がそんなことを予想する?

「えっと、その、どの隊につけばいいのかな~って意味、なんだけど・・・。」

妖精でもなく、メイドでもなく。本来ならば正統な貴族であり、この場にはいないはずなのに。



悪魔の妹・フランドール=スカーレットが、メイド服を着て妖精に混じって立っていることなんて。

誰も想像できるわけがなかった。





***************





紫おばさんの計画をお姉さま伝手で聞いたとき、私はふと思いついたことがあった。

それが「優夢と一緒にメイドの仕事をしてみたい」ということだった。

何でそんなことを思ったのかはわからなかったけど、多分ジストやプラネ、アクアと仲良くなったからだと思う。

あの子達は妖精メイドで、優夢もメイドをやってた。私だけやったことがないのが、ちょっと寂しかったのかもしれない。

だからお姉さまにそう言ってみたんだけど、お姉さまは私の頼みを一蹴した。

「バカなことを言わないの。あなたは私と同じ貴族なのよ?それが下々と一緒に働くなど、許されることではないわ。」

そんなことを言ってたけど、私にとって優夢は大切な人だし、ジスト達も友達だ。一緒に何かをしたいっていう気持ちが許されないのは納得がいかなかった。

だから私は、お姉さまには内緒でジスト達に協力してもらって準備をして、こうしてこっそり私用のメイド服を用意してもらっておいたのだ。

優夢は目を点にして口をポカンと開けて驚いていた。優夢を驚かせられたというのはちょっと楽しかった。

それと、普段の格好じゃない、メイドの格好で優夢の前に出るのは、ちょっと恥ずかしかった。

「ねえ、優夢?」

「あ?あ、ああ。」

固まっていた優夢に声をかけると、ようやく復帰してきた。疑問がありそうな顔をしてはいたけど、今はグッと堪えて。

「そうだな、とりあえず、一番仲の良いジストが面倒を見てやってくれ。俺は地上階を時計回りに回っていくから、後から見に行くから。」

「あ、うん。わかったわ。」

ジストに指示を出し、ジストも頷いた。

優夢と一緒に働きたかったからちょっと残念だけど、我慢我慢。優夢は私がやりやすいように考えてくれたんだから。

それに、後で見に来てくれるって言ったし。いっぱい働いて、いっぱい褒めてもらお♪

「それじゃあ、他に質問がなければ仕事に入ろう。皆、一緒に頑張ろうな。」

優夢はそう言って、その場を締めた。さあ、頑張ろう!!



・・・とまあ意気込んだはいいけど。



「やるぞー!」

「って妹様壊してるから!掃除する前から箒壊してるから!!」



「けほっけほっ。埃っぽい・・・。」

「巻き上げちゃダメなのよ。こうやって拭き取るといいらしいわよ。」



「この本何だろ。」

「!? それは禁断の!妹様見ちゃダメってもう遅かったー!!!」

「あははははは!皆壊れてしまえばいい!!」



こんな感じで、ジストの足を引っ張るばかりで、全然お仕事できなかった。

「その結果がこれってわけか・・・。」

上の見回りを終え地下に下りてきた優夢は、ここの状況を見て引き攣った苦笑いを浮かべた。

具体的に言うと、ジストと小悪魔は床にへたりこみぜいぜいと息を切らしており、パチュリーは俯せに倒れピクリとも動いていない。

図書館自体もあっちの石畳が割れていたり、本棚がドミノ倒しになっていたりと、むしろ片付けの手間が大幅に増えてしまっている。

「ごめん、優夢・・・。」

私は消沈してた。優夢のお手伝いをしようと思ったのに、結局邪魔をする結果になってしまった。

「・・・いや、気にするなよ。初めてやったんだから、じ上出来上出来。」

今噛んだよね?

「・・・本当にごめんなさい。」

迷惑をかけるだけでなく、優夢にフォローまでしてもらっている自分が、無性に恥ずかしかった。

「そんなに落ち込むなって。フランが頑張ってくれたっていう、その気持ちだけで俺は嬉しいよ。」

そう言ってくれるのは心が少し軽くなるけど、不甲斐なさっていうか、そういうのは逆に増える。

そのために私は暗くなってしまい、優夢を困らせてしまう。

ダメだな、私。しっかり働いて優夢に笑ってもらおうと思ってたのに。

「ん~・・・。よし、わかった。」

優夢は何かを考え、そして納得したように言った。

「俺がフランに掃除の仕方を教えてやる。そうすれば、フランだって絶対できるようになる。」

・・・できるのかな?

「勿論だとも。プラネとアクアとジストに掃除のイロハを教えたのは俺だからな。」

そういえば、そうなんだっけ。

「普段はレミリアさんや咲夜さんの目があるから、そういうことを学ぶ機会がなかったんだろ?なら、せっかくだしこの機会に覚えちゃおうぜ。」

誰だって初めから上手くはやれないんだから、と優夢は言った。

・・・本当は、もっと上手くやって、偉かったねって頭を撫でてもらいたかったんだけど。

「きっと、フランなら上手くできるようになるよ。」

こう言って頭を撫でてくれる優夢の手が暖かかったから。

さっきまでの暗い気持ちは何処かへ行ってしまった。



「そういえばさ。」

私にはたきの使い方を説明しながら、優夢はふと尋ねてきた。

「何でいきなりメイドやろうなんて思ったんだ?レミリアさんとか反対しそうなもんだけど。」

思いっきり反対してたよ。

「反対されたのにか。何がフランをそこまでつき動かしたんだ?」

「んー、私にもよくわからなかったんだけど。何となく、かな。」

「幻想郷的だな、その発想は。」

そうかな。

「ああ、ジスト達と仲良くなったのもあるかも。何となく楽しそうだったの。」

「まあ、慣れれば家事は楽しいもんだよ。」

優夢が言うと説得力があるよね。

「ふーん。」

「何?」

「フランも成長してるんだと思うと、お兄さんちょっと感動。」

「忘れてるかもしれないけど、一応私優夢よりもお姉さんだからね?」

大した問題じゃないけど。



けど、優夢の言う通りだ。

私は変わった。成長できるようになった。

以前の壊すだけの私と違って、今の私は作っていける。私の望む未来を。

きっと私は成長したから、そういうことができるようになったんだと思う。

それに気付かせてくれたのは、他でもない優夢。私の大切な・・・何て言えばいいかわからないけど。

とにかく、大切な人。私は優夢のことが大好きだって胸を張って言えるぐらい大好きだ。

気付かせてもらったからとかじゃなく、あの地下室から外へ連れ出してくれたからでもなく。

優夢だから。答えはそれで十分だった。

だから今こうやってお掃除の仕方を教えてもらうのも、私にとってはとても幸せな時間。

永遠にこんな時間が続けばいいのにって。そう思った。



ふと、少し前のことを思い出した。



『それじゃあ、もしあなたの目の前から優夢がいなくなったら。いなくならなくても、誰かのものになってしまったら。あなたはどうするのかしら。』



紫おばさんの言葉。何で今頃思い出したんだろう。

勿論あのときの出来事はしっかりと覚えてる。あれからだ、私が『自分自身のため』に成長を始めたのは。

ひょっとしたら、紫おばさんはずっとタイミングを計ってたのかな。私達が幻想入りしたときから見てたみたいだし。

あの頃の私なら、きっと聞く耳なんか持たなかったと思う。目に付いた瞬間、破壊の目を握り潰していたかもしれない。

なら今の私はどうか?絶対にそんなことしない。紫おばさんのことも、私は結構好きだ。

紫おばさんとの弾幕ごっこは楽しかったし、ちょっと胡散臭いけどいい人だから。

優夢と紫おばさんだけじゃない。お姉さま、咲夜、パチュリー、小悪魔、美鈴。ジスト、プラネとアクア。霊夢、魔理沙、ルーミア。

皆と過ごす日々が、私は大好きだから。もう絶対に『壊し』たくないから。

だから私は、自分自身で成長しようと思ったんだ。

・・・ああ、なんだ。そういうことか。

私はそこまで考えて、何でこんなことをしようと思ったのかに気付いた。

私は自分で変わろうとしている。もう優夢を壊すことのない自分へと。優夢と一緒に歩ける自分へと。

今は頭を撫でてもらうだけでいい。一緒にご飯食べたり、時々遊んでくれたりするぐらいでいい。

けどいつかは、優夢の隣に立てるように。何も壊すことのない私で、優夢と一緒に未来を作れるように。

そんな私でありたいから。

だから、優夢がやることを一緒にやりたいって。そう思ったんだ。



「ねえ、優夢。」

気がついたら、言葉になっていた。

「優夢は私のこと好き?」

口から出た言葉を自分で聞いて、自分でびっくりしてしまった。

「あ、えとその・・・。」

きょとんとした目で私を見る優夢に、私はわたわたと何か言い繕おうとしたけど、咄嗟にそれらしい言葉は出なかった。

結局何も言えず、真っ赤な顔で俯いてしまう。うぅ、何やってんだろ私・・・。

「俺はフランのこと好きだよ。」

優夢からは何の気負いもなくそう返ってきた。

それはとても嬉しい言葉だったんだけど・・・何かが違うような気がした。私がほしい「好き」と優夢の「好き」は、違うような気がする。

けど、その差は今の私にはわからなくて。

「う、うん!ありがとう!!」

「? どうしたんだよ。おかしなフランだなぁ。」

やっぱり嬉しいものは嬉しいから、真っ赤な顔で笑顔を返した。

撫でてくれる優夢の手が、とても心地よかった。



私が私の『恋の迷路』の入り口にたどり着くのは、もう少し後のお話。





結局この日はお掃除の仕方を教わるだけで一日が終わってしまった。

夜は優夢の提案で、妖精メイド達も皆集まって食堂で宴会を開いた。

とても楽しい夜だった。





+++この物語は、悪魔の妹が徐々に成長していく姿を描く、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



悪魔だって愛し愛される願い:名無優夢

願いとは分け隔てのないものである。善悪すらも超越して受け入れ肯定するのが彼。

だからこそ皆が彼の周りに集まるのかもしれないが、今のところ彼の人格によるところが大きい気がする。

当然ながらフランに対する好きはLike。彼のLoveは、今のフランには少し重過ぎる。

能力:あまねく願いを肯定する程度の能力

スペルカード:気砲『シュプーリングスター』、人形『エターナル・スカーレット・CB』、霊丸『無双散弾 -ショットガン-』、『願い星』など



自分の気持ちにまだ気付かない少女:フランドール=スカーレット

優夢に対し明確な好意を持っているものの、本人がまだそのことに気付けていない。もう少し成長が必要。

妖精よりはタッパがあるので、妖精メイドに支給するメイド服ではサイズが合わなかった。メイド・バイ・ジスト。

家事能力に関してははっきり言って壊滅的。とりあえず掃除から覚えることにした。

能力:ありとあらゆるものを破壊する程度の能力

スペルカード:禁忌『クランベリートラップ』、禁忌『レーヴァテイン』など



何かを知る運命の吸血鬼:レミリア=スカーレット

優夢争奪戦に名乗りを上げたのは彼女。当然ながら、フランと優夢を二人っきりにする作戦だった。パチュリーとかがいるけど、空気を読むと思ってる。

それとは別に、今回の紫の行動には何か裏があると思っている。が、その真意まではつかめていない。

ちなみに彼女的には霊夢が優夢に『縛られている』と思って面白くなかったが、実際のところレミリアの思い違いでしかなかった。

能力:運命を操る程度の能力

スペルカード:紅符『不夜城レッド』、紅魔『スカーレットデビル』など



→To Be Continued...



[24989] 三・五章十話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:47
「解せません、解せませんわ。」

誰に向かってでもなく、わたくしは呟きを繰り返していました。

何故お嬢様は、あのような人間に紅魔館を任せたのでしょうか。何故咲夜様はわたくしのを信用してくださらなかったのか。

わたくしは紅魔館で働き初めてもう五年にもなるというのに、何故あのぽっと出の人間の方が信用されているのか。

わたくしにはどうしても納得することが出来ませんでした。

よもやこのわたくし、紅魔館の妖精メイドの中でもトップエリートを誇るスカーレット隊、その隊長を務めるファルビーネが人間に劣ると?

そんなことはありませんわ。たとえ妖精という種族そのものが人間よりも弱いとしても、わたくしだけはそうでないという自信があります。

そのわたくしが、咲夜様でない人間に劣ることなど有り得ませんわ。

「絶対に解せませんわ。」

右の親指の爪を噛みながら、何度目になるかもわからない呟き。

証明しなくてはなりませんわ。あの人間よりも、わたくしの方が有能であることを。

そもそも『男』が家事においてわたくしの上に立つなど、おかしな話なのです。

妖精はすべからく少女です。『男』は不浄であり、『大人』は不純だからです。

不浄であり不純であるあの人間が、純粋なる自然の結晶である妖精メイドの上に立つなどあってはならないことなのですわ。

何としてでも立場をわきまえさせなければ。いいえ、一刻も早く紅魔館から追い出さなければ!!



「どうしたのさ総隊長。おっかない顔して。」

「しっとのほのおがめーらめら~。」

廊下を足速に歩くわたくしの背に、そんな二つの声が投げ掛けられた。

振り返れば、そこには二人の妖精。

「アンバーエルモさん、トルマリンさん。自分の持ち場を離れて何をやっているのですか。」

オレンジ隊隊長のアンバーエルモと、イエロー隊のトルマリンの両名が、並んで立っていました。

元々真面目とは掛け離れた妖精メイド達ですが、どうやらあの男が来てからますます不真面目になったようです。

と、思ったら。

「おっと、そう目くじら立てなさんな。私らの持ち分はもう終わりさ。」

「さっさのほいほい。」

そんなことを言い出した。

・・・一応隊長に据えられている以上、この二人も他の妖精メイド達よりは少しだけ家事上手だけれど、そんなに早く?俄かには信じられませんわね。

アンバーエルモさんはがさつで大雑把。トルマリンさんは面倒くさがりで飽きっぽい。

この二人が働いて、咲夜様からOKが出たことは一度だってない。結局最後には咲夜様の手を煩わせることになる。

どうせ今回もそうに決まっていますわ。あの男は監督責任すらまともに果たせないようですわね。

「咲夜様が帰ってらしたときがっかりなさらないように、ちゃんとやっておきなさい。」

「信用ないねぇ。私らだってちゃんとやったのに。」

「普段が普段でしょう。」

否定できないからか、アンバーエルモさんは苦笑いをしながら琥珀色の髪をいじった。

トルマリンさんは抗議でもあるのか、黄色いツンツン頭をバチバチと放電させながらこちらを睨んでいました。

「何か?」

「・・・ぷーい。」

わたくしが問い掛けると、トルマリンさんはそっぽを向いてしまいました。

扱い辛い部下ですわ。

「今回はマジなんだよ。いやあのお留守番さん凄いよ、実際の話。」

お留守番さん、というのはあの人間のことだろう。ええと、名前は何といったかしら。

「ななしゆーむ。」

「そうでしたわ。ところでその名前、どこかで聞いた覚えがあるような気がするのですが、あなた方ご存知ないかしら?」

「さあ?私は今日初めて聞いたような気がするけど。」

アンバーエルモさんの記憶は大雑把だから初めから当てにしていない。

けれど・・・やっぱり何処かで聞いたことがありますわね。一体何処だったのかしら。

「今朝方の挨拶での会話から推測するに彼はかつてブルー・アクア・バイオレットの三隊と活動をしたことがあると考えられる。また私の記憶によれば以前ここに一日執事が訪れたことがある。以上の情報を統合して得られる結論は『当時の一日執事と彼が同一人物であり、そのときに名前を聞いた可能性がある』ということだと考えられる。」

唐突にトルマリンさんの目の色が変わり、早口に何事かをまくし立てた。突然のことだったからびっくりしてしまったけれど、いつものことなのですぐに冷静になる。

一通りしゃべると、トルマリンさんはいつものやる気なさげな瞳に戻った。

「・・・ありがとう、大体理解できましたわ。」

「ぷいにゅー。」

相変わらずよくわからない娘ですわ、全く。

つまり、あのときから既に布石は打たれていたということですわね。『名無優夢』・・・きっと計画犯に違いありませんわ。

「由々しき事態ですわ。」

「本当にどうしたんだい、総隊長。いつも変だけど、今日はいつも以上に変だよ。」

失敬な。わたくしはいつも優雅ですわ。

「あなた方は現状について何も思わないんですか?」

「現状?って何さ。」

「あの人間が紅魔の主と咲夜様の代わりを務めていることについてですわ。悪魔の館のトップに一時的とは言えただの人間が立つなど、みっともないと思いませんの?」

「そうかな?」

「そうですわ。里の人間どもが知ったら、きっと侮ってきますわ。」

「それならそれで別にいいじゃん。紅魔館がなくなるわけじゃないんだし。」

「あなたには貴族というものがわからないんですのね。なめられたら終わりですのよ。」

「そんなもんかなー」と言いながら、アンバーエルモさんは再び髪をいじり始めた。

「でも、あの人お嬢様とメイド長が認めたんでしょ?なら、別に私らが気にすることじゃないような気もするけど。」

「咲夜様は純真なお方だから、きっと騙されていらっしゃるんですわ。お二人のお目を覚まさせて差し上げる必要がありますわ。」

「しっとおつ。」

トルマリンさんの発言は聞き流し、私は決意を固めた。

「お二人とも、協力してくださいまし。わたくし達で紅魔館の秩序を守るのです!!」

「・・・はあ、気乗りはしないけどねぇ。リーダーがそういうならしょうがないっか。」

「たのしければそれがジャスティス。」

わたくしの協力要請に二人は従った。これは言うなれば『聖戦』なのだから、当然ではありますわね。



かくして、わたくしは紅魔館の臨時トップに敵対することを決意したのです。





***************





昨日から紅魔館の主とお手伝いの代理を兼任しているわけだが、よくよく考えてみれば何ぞこれという話だな。軽く矛盾してる。

けど代理ならいいのかと納得し3秒で考えることをやめた俺は、早くから起きて皆の朝食を用意している。

朝早いのには弱い俺だけど、俺は咲夜さんみたいに時を止めて調理したりとかはできないから、仕方のない話だ。

まあ、妖精は皆食が細いし、フランもそんなに食べる方じゃない(主食は血だからな)。パチュリーさん小悪魔さんも然り。

というか妖精とパチュリーさんに関しては、本来食事は必要ないらしいんだが。

唯一よく食べるのは美鈴さんぐらいなもんだが、それだけならたかが知れてる。

そう考えれば大した仕事ではないが、だからと言って手を抜いたりするわけじゃない。

ほとんどが食事を必要としない者達なんだから、これは娯楽としての意味合いが強い。なのに手を抜くってのは失礼ってもんだろう。

だから俺は朝早くから、丹精込めて料理をしているわけだ。

ちなみに今日の朝食はイチゴジャムトースト、スクランブルエッグ、シーザーサラダにフルーツジュースと洋食にしている。

俺は和食の方が得意だし好きだけど、紅魔館は基本的に洋食だから、それに合わせている。

朝だからボリュームは控え目にしてあるが、朝でもしっかり食べる美鈴さん用に小籠包でも作ろうかと思っている。仕込みは昨日のうちに終えたし。

そんな感じで、鼻歌混じりに一人厨房に立つ俺がいるわけだ。

「あ、優夢様。」

と、そんなことをしていたら妖精メイド達が起き出す時間になったようだ。

一応厨房番を任されている妖精メイド(普段は咲夜さんが一人でやってしまうため、実質仕事がないらしい)が、厨房に立つ俺を見てびっくりしたような声を上げた。

「す、すみません。優夢様の手を煩わせてしまって。」

一応主代行である俺が自分より先に起きて調理をしていたからか、サフィー――この娘の名前で、フルネームはサファイア――は謝ってきた。

「気にするなよ、俺がやりたくてやってんだ。」

「しかし、お嬢様の代わりである優夢様に働いていただくなんて・・・。」

一応の調理番を任されているだけあって、サフィーは無難な性格をしている。妖精を逸脱し過ぎない程度に真面目だ。

「咲夜さんの代わりでもある。だったら何も問題ないだろ?」

「あ、そう言われればそうでしたね。」

こんな感じに。

「もうすぐできるから、皆を食堂に集めてくれるかな。ご飯は皆で食べた方が美味い。」

「はい、わかりましたー。」

二つ返事で、サフィーは青いアゲハ蝶のような羽を羽ばたかせ、ふらふらと厨房を出ていった。

・・・結局俺も自分でやっちゃってるけど、まあ仕方ないか。博麗神社の台所番として、この役だけは譲れないからな。



そして俺が朝食を作り終えて食堂に運ぶときには、大勢が既に集合していた。

プラネ、アクア、ジスト。三人が率いるそれぞれの妖精メイド達。

あと、朝なのに起きてきているフラン。吸血鬼なのに実に健康的だ。俺も人のことは言えないが。

さすがにパチュリーさんは出てきてないけど、許可をもらったのだろう小悪魔さんは来ていた。そしてちゃっかりいる美鈴さん。

美鈴さんは、実は皆でご飯を食べることを渋っていた。

曰く、「私が門を離れてしまったら門番の意味がない」とのこと。

確かにその通りなのだが、そこまで神経質になることでもない。

紅魔館というのは、実は人里でも結構有名な場所なのだ。危険な場所という意味で。

そんなわけで、門番がおらずとも中まで入ってくる命知らずはそうそういない。それこそ、余程の実力者か⑨でもない限り。

「よう優夢。朝飯もらいに来たぜ。」

「あれ?あんたどっかでみたことあるよーな・・・。」

「優夢さんだよ、チルノちゃん。」

・・・いるし。余程の実力者と⑨がいるし。

「何で当たり前のようにお前がいる、魔理沙。」

「優夢の飯があるところに私あり、だぜ。ついでだからチルノ達も拾ってきたんだ。」

ハイエナみたいな奴だ。門番をしていたはずの美鈴さんは乾いた笑いを浮かべながら頭をかいていた。

「永遠亭から帰ってきたと思ったらすぐ冥界行って、今度は紅魔館だろ。いい加減私の味噌汁を作ってもいい頃合いだ。」

どういう理屈だ。

「あいにくと今日は洋食だよ。残念だったな。」

金髪魔女という洋風な外観とは裏腹に、魔理沙は大の和食派だったりする。

「たまには洋食も悪くはないぜ。」

「そうかい。なら食ってけばいいけど、暴れたりとかすんなよ。」

目を反らすな。

「いただきまー」

「つまみ食いはダメだよ、チルノちゃん。お行儀が悪い。」

チルノが並べている最中の料理に手を出そうとして、大妖精にたしなめられていた。

けど、確かにそろそろ腹も減ったな。そんじゃま。

『いただきます!』

朝ごはんにしようか。



それにしても。

俺は隣に座るフランと談笑しながら、思っていることがあった。

ルビーとエルモとマリン――スカーレット、オレンジ、イエロー隊の隊長達だが、また参加してくれなかったな。

俺としては皆と仲良くしたいんだが、中々認めてもらえないみたいだ。

けど、それもしょうがないことだ。皆が皆、すっと受け入れられるわけじゃないんだから。

六兎の時のように気長に構えるか。

そんな風に考えていた。





***************





あの男は貴族の食事というものを理解していないように見受けられますわ。

下々の者達と賑やかにする食事など、庶民のそれと何ら変わらない。貴族の取るべき行動ではありませんわ。

そんなものにこのわたくしが参加する謂れなどないので、サファイアさんが呼びに来たとき丁重にお断りしました。アンバーエルモさん、トルマリンさんにもそのことを言い含めておいたので、二人も欠席。

昨日確認したところ、プラネタリアさん、アクアマリンさん、アメジストさんの三名は既に篭絡されていた模様なので出席しているのでしょうが。紅魔館の品位を下げるような真似は謹んでいただきたいですわ。

特にアメジストさん。新人のメイドか何かは知りませんが、ちゃんと部下ぐらい抑えられなければ何のための隊長ですか。

・・・そういえばあの新人、お嬢様に似ていたような。妖精でもなかったようだし。

まあ、いつものお嬢様の気まぐれでしょう。そのことについては後々考えるとして、今はあの男、名無優夢ですわ。

やはりあの男に紅魔館の主は相応しくありません。レミリアお嬢様が主を務め、咲夜様が身の回りのお世話をし、そしてわたくしがその補佐をする。それこそが健全な紅魔館。

何としてでも追い出さなければなりませんわ。最悪実力行使も辞さない方向で。

「あーあ。私も出たかったな、大宴会。」

「しょぼーん・・・。」

わたくしが紅魔館の明日を憂いているというのに、その横で二人は暢気なことを言い出した。

「何を馬鹿なことを言っているのですか。そんなものに参加しては紅魔館のメイドとしての品位を疑われますわよ。」

「どうせ誰も見てないんだから、気にする必要ないじゃん。ほんと頭の堅いリーダーだよね。」

「ごっつんごっつん。」

「誰も見ていないときこそ品格を持つべきですわ。」

まあ、ただの妖精にそこまでの期待をするというのは、酷な話でしょうけれど。



わたくし達は今、食堂で皆が騒いでいる隙を見て、先回りして掃除を済ませてしまっています。

あの男にさせる仕事などありませんわ。お役御免になってとっとと追い出されればいいのです。

既に東半分は終えており、これから地下に入るところです。まあ、わたくしが本気を出せばこんなものですわ。

「よく言うよ。ほとんど私とマリン任せだった癖に。」

「リーダーとは上に立ち指示をするものですわ。おかげであなた達がまともに働けたんでしょう。」

「まあ、否定はしないけどさ。」

「えらそーに。」

性格には難の多い二人ですが、ちゃんと指示を出せばできるのです。

「はぁ、あの人から教わった技術であの人を追い出そうってのは、何だかねえ。」

「いぬもあるけばおんをあだでかえす。」

「お静かに。もう地下図書館ですわ。ここのお客人はうるさいのが嫌いなのですから、おしゃべりはおやめなさい。」

会話しながらも進み続け、わたくし達は地下図書館の扉の前に来ていました。

「知ってるよーそんなこと。私らだって伊達に長くここで働いてるわけじゃないんだから。」

そういえば、アンバーエルモさんもトルマリンさんも、10年以上も前からここで働いてらしたんだったかしら。

「もっとすずしくなれよー。」

それだけ長く働いていてパッとしないのは、能力と性格の問題ですわね。トルマリンさんは相変わらず意味がわからないし。

「開けますわよ。お二方とも、失礼のないように。」

「リーダーこそあんまり高飛車な態度とんないでよ。パチュリー様怒らしたら、私らは逃げるから。」

「こけつにいらずんばちかよらず。」

二人の返事を了解と取り、わたくしは図書館の扉を開きました。





「ちい!何でお前は私がここに来ると邪魔をするんだ!!」

「当たり前だッ!いい加減泥棒癖を直せ!!」

「借りてるだけだ、ぜ!!」

・・・何故かそこは、いきなり戦場でした。白黒の泥棒が忍び込んでいた様子です。

名無優夢は空を飛んで魔女に応戦していました。どうやら彼は戦闘能力を保有していたようです。

数個の弾幕を自分の回りに待機させて、泥棒の放つ星型の弾幕を回避していました。そこまで霊力が高いというわけではないようですわね。

「わー、すっごいね優夢さん。あんな大量の弾幕をかわせるんだ。」

「パーヘクトしつじ。」

「何を言ってるんですの。あれぐらいわたくしでも余裕ですわ。」

それにわたくしなら、あそこまで追い込まれる前に打ち落とす。灼熱の妖精の戦闘能力を侮ってはいけませんわ。

「そりゃ、リーダーはパワーを買われてリーダー任されてるんだからねぇ。」

「パワーばか。」

「品のない言い方をなさらないで。」

わたくしは戦闘能力『も』高いのですわ。

「ならリーダー止めてくれば?これじゃお仕事にならないよ。」

むっ、確かにその通りですわね。

「やれやれ、荒事は好きではありませんが、仕方ありませんわね。」

「と言いつつ乗り気で行く我らがリーダーであった。」

「それにしてもこのしゃくねつせいノリノリである。」

仕方なく、ですわ。



わたくしはアンバーエルモさんとトルマリンさんと距離をとり、戦う二人に近づきました。

二人は弾幕ごっこに夢中なようで、わたくしの存在に気付いた様子もなく戦い続けていました。

さて、どう止めたものでしょうか。

・・・言葉で言っても聞かないでしょうし、弾幕以外ないですわね。

少し考えてそれ以外のアイデアがでませんでしたので、わたくしは二人を打ち落とすべく両の手のひらに炎弾を一発ずつ作り出しました。

それを二人にめがけて投げつける――

「!?」

直前、わたくしの眼前に水の壁が作られたので、あわてて後退しました。わたくしは水に弱いのです。

「無粋な真似はやめなさい。落とされても知らないわよ。」

声のした方に鋭く視線を向けると、それはお嬢様の客人のパチュリー様でした。

ということは、わたくしの邪魔をしたのはパチュリー様?

「あなたじゃ犬死するのが落ちよ。まあ、そうしたいなら止めはしないけど。」

「お言葉ですがパチュリー様、わたくしでは力不足だというのでしょうか。」

「そう言っているのだけど、わからなかったかしら。」

侮られたものですわ。わたくしはスカーレット隊の隊長、紅魔館の妖精メイドのエリート中のエリートだというのに。

「ちゃんと相手と自分の力の差ぐらい把握しておきなさい。隊長を務めているのなら尚更ね。」

まあ言ったところで妖精には無理でしょうけど、とパチュリー様は言った。

・・・わたくしをそこいらの妖精と同じに扱われるのは少々気に食いませんわね。

「そのぐらいちゃんと把握していますわ。その上で、あの二人を止めるのはわたくししかいないと判断したのです。」

「下手に自信があるとこれだから困るわね。」

わたくしの言葉に、パチュリー様はため息をつき。

「じゃあ、そっちじゃなくてあっちをお願いできるかしら。」

そう言って、図書館の奥を指しました。



そこにはまたしても何故か、妖精メイドでないと思われる妖精が二人ほどいました。

「大ちゃーん、このほんおもしろそうだよ!!」

「ち、チルノちゃん勝手にダメだよ!!ちゃんと元の場所に戻して!!」

氷精と大妖精。見たことのない顔でした。格好からもメイドでないことは一目瞭然です。

その周りには、散らかされた本の山。どうやら勝手に本を引っ張り出してはあっちこっちに置いている模様です。

「白黒と違って本を盗みに来てるわけではないんだけど、さっきからずっとあの調子なのよ。静かに読書もできないから、適当に黙らせておいてくれないかしら。」

「そのくらいお安い御用ですわ。さっさと片付けて、上の二人も静かにして差し上げます。」

パチュリー様の要望を聞いて、わたくしは奥で好き勝手やっている二人を黙らせるために歩き出しました。

わたくしの後ろの方でパチュリー様がため息をつかれたような気がしたのですが・・・なんだったのでしょうか。





「ちょっと、そこのあなた方!!」

氷精と大妖精の前に立ちはだかり、私は大きな声で呼びかけました。

二人はそれで私に気付き、こちらを見た。

「なに?あんただれ?」

「わたくしは紅魔館メイド妖精スカーレット隊隊長のファルビーネ。」

わたくしの名乗りに、氷精は頭に?を浮かべていました。随分と頭の悪い妖精ですわね。

こんなのがいるから、妖精は人間よりも弱い存在とバカにされるのですわ。迷惑極まりない話です。

「あなた方のやっていることは迷惑なのです。即刻この館から立ち去りなさい。」

「す、すいません!ほら、チルノちゃんが散らかすから怒られちゃったよ!!」

「きにしないでいーのよ大ちゃん!あたいはさいきょーだから、こんなやつおっぱらってやるわ!!」

氷精はわたくしの警告に従わず、氷の塊を作ってこちらに投げてきました。

血の気の多い妖精ですわね。けれど、そんなものわたくしには何の意味もありません。

「溶けなさい。」

わたくしの能力――灼熱を操る能力の前に氷精の力が敵うはずもなく、氷弾は熱の壁に触れた瞬間溶け消えた。

「うええ!?」

「あなたは氷でわたくしは灼熱。どちらが上かなど戦うまでもありませんわ。もう一度だけ言います、この場で溶け消えたくなければ即刻立ち去りなさい。」

最後の警告。これで従わなければ、言葉どおりわたくしの灼熱で消滅させてやるまでです。

「チルノちゃん、は、早く行こう?!この人目が本気だよ!!」

「だ、だいじょーぶよ大ちゃん!あたいたちのちからをあわせれば、こんなやつかえろをこおらせるよりかんたんだよ!!」

侮られたものですわね。わたくしは紅魔の妖精メイド、そのトップに立つ存在ですわよ?

それがたかだか氷精と大妖精が束になった程度で勝てるとでも?ありえない話ですわ。

それと、こいつらはわたくしの警告を無視した。ということは、消滅させられる覚悟はできているということですわね。

「いいでしょう。わたくしの力で、あなた方を自然に還して差し上げますわ。次の生ではもう少し賢明に生きなさい!」

わたくしは言い放つと同時、スペルカードを取り出しました。そして宣言。

「赤符『ヴァーミリオンサン』!!」

わたくしの頭上に巨大な熱球が出現し、その表面にチロチロと炎が燃え出す。

そこから炎弾が発射されるより前に、向こうの二人もスペルカードを掲げる。

「いくよ、大ちゃん!!」

「うう、戦いたくないけど・・・。」

そして、二人同時に宣言しました。

『雪花『ダイヤモンドダスト』!!』

協力スペルカード。・・・ふん、そんなものでどうにかなると思われるとは。

わたくしのスペルカードはそんなに甘くはなくてよ!!

こちらの熱球から炎弾が発射されるのと同時、向こうの作り出した氷塊が自壊する。そして、大粒の氷弾となってわたくしの炎弾と拮抗した。

大きさ故か、氷弾は一発の炎弾では消えませんでしたが、わたくしの熱球からは次々と炎弾が生み出されている。

二発三発と激突するうち、氷弾は溶けて消える。

こちらの熱球は砕いていないから、弾幕の生成速度は向こうよりも速い。手数で上回るこちらは、徐々に徐々に押していった。

「ええ!?あたいと大ちゃんとさいきょーわざがっ!!」

「氷と炎じゃ相性が悪すぎるよぅ・・・!!」

「当然の結果でしたわね。それではこのまま・・・消えなさい!!」

わたくしは連中を殲滅すべく、頭上の熱球にさらなる霊力を与えました。熱球が一回り大きくなり、生み出す炎弾の数も早さも増す。

氷弾の生成が追いつかなくなった向こうの二人は、炎弾が殺到する前に慌てて二手に飛びのきました。

もらった!

「まずはあなたですわ、氷精!!」

わたくしは態度の悪かった氷精の方を先にターゲットにしました。熱球を二つに分け、その片方を氷精に向けて投げつける。

「ゲッ!?」

氷精は熱に弱い。己の弱点である巨大な熱の塊を見て、氷精は顔を青ざめさせました。

「あ、あついのきらいだーっっっ!!」

そして氷の障壁でささやかな抵抗を見せました。そんなもの、わたくしの灼熱の前には毛ほどの意味も持ちませんわ。

抵抗も空しく、氷の壁は溶け消えて――。



消え・・・ない!?

「バカな!?」

氷精の張った障壁は、『ヴァーミリオンサン』を真っ向から止めていました。そんなバカな。

・・・少し熱量をけちりすぎただけですわ。追加でもう半分の熱球を投げつける。

しかしそれでも氷の障壁は破れず。

「お、押され・・・!?」

少しずつ、熱球が凍りついてきました。

そんな、ありえませんわ。わたくしの力がこんな野良妖精に・・・。

「うわああああああああああああああああん!!!!」

絶叫――恐怖のあまりに泣き出した氷精の声とともに、一瞬にして『ヴァーミリオンサン』は凍りつき。



わたくしまで、氷に閉ざされてしまいました。

――わたくしが、負ける・・・?

薄れ行く意識の中でわたくしは、この現実を信じられませんでした。








「・・・とリー・・、・っかり・・・!」

「あ、・・・。」

・・・ん、何だか騒がしいですわね。何事ですの。

っと、そもそもわたくしはどうしたのかしら。

「そう騒ぐなよお前ら。気持ちはわからなくもないけど、怪我人?の前だぞ。」

「あ・・・ごめん優夢さん。」

この声は・・・。えーと確か、最近何処かで聞きましたわね。

「ルビー、大丈夫か?一回死んだりしてないか?」

! 思い出しましたわ。紅魔館の秩序を乱す、にっくき名無優夢!!

わたくしは勢いよく目を開け――たつもりだったのですが、何故だかゆっくりしか目が開きませんでした。

けれどともかく、何とか目を開き今の状況を見ました。

どうやらわたくしは仰向けに寝ているようです。天井――図書館のでしょうか――が見え、アンバーエルモさんとトルマリンさん、それから名無優夢がわたくしの周りにいる。

・・・何故、倒れているのかしら。

「覚えてないか?チルノ――氷精に氷付けにされてたんだよ、お前。」

「全くもう、びっくりしたよ。リーダーが負けるなんて。」

「ざまぁプゲラ。」

そういえば。

「あの氷精はどうしまして・・・?」

「やり過ぎだったから拳固くれて正座中。ごめんな、俺の友人が迷惑かけて。」

あの妖精はこいつの知り合いだったんですのね。迷惑千万な。

「体大丈夫か?フランに頼んでなるはやで解凍してもらったけど。」

「・・・ええ、重い以外特に問題はありませんわ。」

「そか」と言って、名無優夢は邪気なく微笑みました。・・・何だか気に食いませんわ。

けれど文句も思い浮かばないし、体も重いので特に何も言えず。

「妖精って、死ぬと記憶とかがリセットされちゃうんだってな。大事なくて本当に良かったよ。」

額に当てられる名無優夢の手が気持ちよかったので、わたくしは再び眠りの世界へ旅立ちました。





「・・・不覚。」

そして次起きたとき、わたくしは己の迂闊さを恥じました。

何ということでしょう。このわたくしが、名無優夢に懐柔されそうになるとは・・・。

やはりあの男、油断してはなりませんわ。一刻も早く紅魔館から追い出さなければ!!

「次こそは、必ず目にもの見せてやりますわッ!!!!」

「えー、まだやるの?」

「つーぎはなーにがおこるかなー。」

わたくし達は紅魔館の秩序を守るべく、決意を新たにしたのでした。





+++この物語は、紅魔館主代理に反勢力を上げる紅魔妖精達による、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



妖精メイドの総隊長:ファルビーネ

位置づけとしては永遠亭のてゐだが、てゐよりもずっと求心力がない。性格の問題。

そもそも妖精は妖怪兎以上に気ままな存在だから、統率を取ること自体が難しいのかもしれない。ことに本人気付いてない。

チルノとは別方面で⑨。力もチルノとどっこいどっこいで、今回負けたのは油断によるところが結構大きい。

能力:灼熱を操る程度の能力

スペルカード:赤符『ヴァーミリオンサン』



インテリ妖精ならぬインテリア妖精:アンバーエルモ

琥珀色の髪を持つオレンジ隊の隊長。ショートカット。

大雑把で適当な性格をしており、そのために仕事があまり上手ではない。やればできる子。

別に優夢と敵対する気はないのだが、リーダーであるファルビーネに引きずられて反対勢力に。やる気はない。

能力:光の収束と拡散を操る程度の能力

スペルカード:???



進ぬ、電波妖精:トルマリン

黄色のツンツン頭という何処ぞの傭兵を彷彿とさせる妖精。イエロー隊隊長。

普段はやる気なさげな目をしているが、時々電波を受信して目をかっぴらく。ひょっとしたらそっちが地かもしれない。

アクアマリンと同じ『マリン』の音を持つが、向こうはアクアでこっちはマリン。

能力:帯電する程度の能力

スペルカード:???



→To Be Continued...



[24989] 三・五章十一話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:47
私ってば貧乏くじ引いてると思わない?ちょーっと普段ルビーと親しくしてるってだけで勝手に部下扱いされたり、変な仕事押し付けられたり。

挙句、人が短期のお留守番さんと仲良くして楽しようとしてるのに、妙な意見押し付けられて勝手に敵対させられたりで。

私はさ、別に紅魔館が人里からなめられようがどうたっていいのよ。そりゃ紅魔館の存続が危ぶまれるってんなら全力出すけど、そういうわけじゃないんだから。

とにかく楽がしたいのさ。そのためにここにメイドとして就職したんだから。

ここはいいところだ。一応仕事は与えられてるけど、ほとんどメイド長一人でやってくれるし、ちゃんと三食昼寝がついてくる。

メイド隊の隊長なんて役職を与えられてはいるけど、実際のところやることなんて何もない。

楽に生活するならもってこいの場所なんだ、ここは。だからこそ、こうやって10年以上もメイドをやってる。

だというのに、あの熱血バカはわざわざ騒動を持ち込んでくる。こっちとしては勘弁願いたい話だよ。

いいじゃん別に。お嬢様が短期の代理立てようが、メイド長が留守にしようが。本人達がいいって言ってるんだから、私らが介入する話じゃない。

だというのに、あの熱血バカは好き好んで首を突っ込んでは厄介事を起こす。付き合わされる方の身にもなってほしいよ。

まあ、私は私で出来る限り安全なところから傍観させてもらうから、いいっちゃいいんだけどね。





「こうなったら、わたくし達皆の力を合わせて追い出すしかありませんわ!!」

巻き込むなと、声を大にして言いたかった。



「つまりはどういうことさ。」

いやーな予感がプンプンしてたけど、一応聞いてみた。

そして私の予感通り、返ってきた答えは。

「勿論、わたくし達で弾幕ごっこを挑んで追い出すのです。」

物騒極まりない発言だった。

「・・・あのさリーダー?私らはリーダーと違って普通の妖精なんだけど。」

ルビーは妖精にしては力が強い。炎――正確には灼熱だけど――という破壊的な自然の結晶だから、当然なのかもしれないけど。

だから人間相手に弾幕ごっこを挑めるぐらいではあるけど、私らは普通の妖精。人間よりも弱い妖精だ。

とてもじゃないけど、あんな凄い戦いをしてた優夢さんに挑めるレベルじゃない。

「何をおっしゃってるの。あなた達だって、わたくしほどではないにしろ、スペルカードを持てる強力な妖精ではありませんか。」

いやまあ、持ってるけど。何となくノリで作っただけで、効果の方は通常弾幕にも劣るなんちゃってスペカなんだけどね。

所詮は光の妖精。目を眩ます程度が精一杯だ。

「マリンはともかくとして、私は戦力外で考えてくれると凄く嬉しいんだけど。」

「にげよったわこやつ。」

盾にされたマリンが抗議の声を上げる。けど、実際マリンは私より強力な妖精だ。雷精だからね。

マリンがいるなら私はいらないと思うんだけど。

「(あの娘はよくわからないから、あなたが着いていた方が安心なのですわ。)」

声を潜めてルビーが言う。

普段のマリンの言動を見てれば、まあそうかもね。

私もマリンの本音を理解してるわけじゃないけど、実は凄く頭のいい妖精なんじゃないかと思うんだよね。だから、心配は無用だと思うけど。

「(大丈夫、あなたならできますわ、絶対できます。どうしてそこで諦めてしまうのです、そこで。)」

単に私にいてほしいだけにしか思えないんだよね。

・・・まあ、こいつ友達少ないしね。高飛車な性格のせいで。

そのくせ寂しがり屋の見栄っ張りだから、性質が悪いったらありゃしない。

そんなこいつを見捨てられない私の性分も、困ったもんだね。

「しょうがないねぇ。」

自慢の琥珀色の髪をいじりながら、私は苦笑して答えた。

「ふふふ、やはりわたくしの求心力はあの男より上ですわ!!」

「やめるわよコラ。」

ほんとにこいつは・・・。



「おっと、面白そうなことを聞いちゃったな~。」

と。こんな廊下で話してたら壁に耳あり障子に目あり、誰に聞かれてもおかしくはないわけで。

「!? プラネタリアさん!!」

私らのしていた会話は全て、いつの間にか現れていたプラネに全て聞かれていたようだ。

「穏やかじゃないね、優夢さんに弾幕でケンカ売る気?やめときなって、あの人強いから。」

「わたくしも強いですわ。スカーレット隊リーダーであるこのわたくしが、あの男に負ける道理があって?」

止めに入ったプラネの言葉は聞かず、ルビーは強気の姿勢を貫いた。

いやま、別にあんた一人ならいいけどさ。私らの心証まで下げるのはやめてくれないかな。

プラネは戦う力を持たない妖精だけど、ここでは私らの先輩だ。あんまり印象を悪くしたくないんだけど。

「友達がこれだと大変だね、エルモ。」

「ええ、全くっすよ。先輩。」

ちゃんと理解してくれていることに少々ほっとした。

「友達ではなく上司ですわ上司。あなたも、少しはわたくしのことを敬ってはいかが?」

「その言葉そっくりそのまま返すよ、新入り。」

そう言いながら、プラネは肩を竦めた。ルビーに関しては処置なしと思っているみたいだ。

「・・・癪に触りますわね。あなたは名無優夢側につくおつもり?」

「当然だね。あたしはあの人にはお世話んなってるからね。」

「紅魔妖精としての誇りもないのですわね。これだから古いだけの妖精は。」

「勢いがあるのは結構だけど、もうちょい周りも見えないと長生きできないよ。」

食ってかかるルビーだけど、プラネはのらりくらりとかわす。妖精らしい妖精だけど、こういうところは流石老獪って感じる。

「わたくしは戦う力を持った妖精ですわ。あなたのように細々と生きる必要などないのです。」

「の割りには結構死んでるよね、あんた。」

「う、うるさいですわ!!まずはあなたから消し炭にして差し上げましょうか!?」

痛いところを突かれ、ルビーは手に熱球を作り出し実力行使に訴えようとしだした。

だけどプラネは実に落ち着いた様子で。

「まあまあ落ち着きなさいよ。別にあたしはあんた達を止めようって思ってるわけじゃないんだから。」

どうせ止めらんないしね、と軽い口調で言った。

まあ、プラネでは止められないよね。下手に止めようとしたら殺されてしまう。

けれど何もしないわけじゃないだろう。それなら、わざわざ出てきた意味はない。後でこっそり優夢さんにチクっておけばいいんだから。

何をする気なんだろう。そこまで長く生きているわけではない私には、プラネの考えを読み取ることはできなかった。

「どういうことですの?」

プラネの言葉に、ルビーは警戒しながら熱球を消して、話を聞く姿勢を見せた。

それをしっかりと確認してから、プラネは言葉をつむいだ。

「あたしは、双方納得いく形で結果を出せばいいんじゃないかと思うんだよね。つまり、あんた達の意見を優夢さんが飲むか、あるいはあんた達が優夢さんを認めるか。」

「その通りですわね。もっとも、後者は絶対にありえませんけど。」

「それは実際にやってみないことにはわからないけど、まあそういうことにしておくよ。で、あんた達は弾幕で決着をつけようって考えてたんでしょ?」

「その通りですわ。」

自分が負けるはずがないという絶対の自信を持って、ルビーは頷いた。

それを見て、プラネは何故かニヤリと笑った。

・・・本当に、何を考えてるのさ。

この私の疑問は、次のプラネの言葉によって晴らされた。





「なら、そうすればいいじゃない。紅魔館の全員の目の前で、優夢さんとあんた達で一騎打ちをするのよ。」



同時に、予想外の驚きを覚えたけれど。





***************





あたしの提案に、連中は驚いたようだ。いつもはやる気なさげな目をしてるマリンも、面白さを嗅ぎ取ったのか目が輝いているのがわかった。

まあ、こいつらからすれば驚きだろうね。優夢さんの側につくと言ったあたしが、けしかけるような発言をしたんだから。

でもあたしの言葉は、よくよく考えてもらえば実に当然のことだとわかるはずだ。

だって、あの優夢さんだよ?図書館を頻繁に訪れる弾幕狂の泥棒と対等に渡りあえるだけの実力を持ったメイドさんだよ?

いくらルビーとは言ったって、妖精が敵う相手じゃない。こいつらが優夢さんをどうこうしようとするなら、あたしは遠巻きに眺めて楽しめばいいじゃない。

「・・・一体、何を考えてますの?」

あたしの言葉に納得がいかなかったようで、ルビーは警戒するように尋ねてきた。

「何も。強いて言うなら、どうすれば楽しくなるか、かな。」

「あなたは名無優夢につくのではなくて?」

だからと言って、必ずしも協力しなければならないというわけではないでしょ。むしろ協力した結果、足を引っ張ることだってあるんだし。

「あたしは優夢さんのことを信頼してんのさ。色んな意味でね。」

何より、万一のことがあろうがあの人にとっては痛くも痒くもないはずだ。あの人の受け入れっぷりの見事さを、あたしは知っている。

その辺を全く知らないルビーは、やはり疑うようにあたしを見てた。何企んでんだって顔だね。

うーん、白黒はっきりつけさせるために言ったんだけど、こう疑われたんじゃねぇ。さてどうしたもんか。

「あー、ほらほらリーダー。先輩もこう言ってくれてることだし、試してみりゃいいじゃん。別にそれに文句があるわけじゃないっしょ?」

あたしが考えあぐねてると、エルモが緩衝に入ってくれた。

別にルビーと仲がいいわけじゃないあたしの言葉では納得できなくとも、友達であるエルモの言葉にはある程度の理解を示したみたい。

「・・・そうですわね、元々そのつもりだったわけだし。プラネタリアさん、何を企んでいるかは知りませんが、わたくし達には通用しないということを見せて差し上げますわ!!」

ずびしっ、とこちらに人指し指を立てるルビー。それって行儀悪いらしいよ。優夢さんが言ってた。



まあ、とりあえずは思惑通りってことかな。果てさて、こいつの泡食った顔が今から楽しみだわ。





で。

あたしとしては、そこまでビッグなイベントにする気はなかったのよ。

ただ単に皆の前で優夢さんの力を見せることで、妖精メイドの中にチラホラいる優夢さん反対派を一掃しようっていう、ただそれだけの考えだったんだけど。



「それでは、ただいまより『第一回紅魔館メイド隊、誰が一番強いのか!?』を開催致したいと思いまーす!!」

司会の小悪魔のアナウンスに、大広間に所狭しと集まった妖精メイド達の歓声が上がった。





あの後、ルビー達の戦いの場を用意すると約束したあたしだったけど、隊長とは言え一介の妖精メイドにそんなイベントを起こす権限はない。

考えたときはナイスアイデアって思ったけど、完全に後先を考えてなかった。

そこであたしは悩んでしまった。一度言った手前やっぱり無理でしたはかっこ悪すぎる。

どうやったらそんなことが実現可能だろうと考えに考えたあたしだけど、全く思い浮かばなかったのでアクアに助けを求めた。

アクアは妖精なのに小難しい本を色々読んでる。知識が妖精のレベルを逸脱してると言ってもいい。

かくいうあたしも、死なずに生き続けられるようになったのはアクアと会ってからだ。アクアの知識には何度も危険から救ってもらった。

まあ、その話をするとそれこそ100年はかかりそうだから置いといて、ともかくあたし的知恵袋のアクアに助言を求めた。

アクアは、『私達に権限がないなら、権限のある人を動かせばいいのです。』と言って、ジスト、妹様、パチュリー様と次々と動かしていき、ルビー達の戦いの場を設けた。

相変わらずアクアの行動力は凄い。アクアは大人しくて行動を取らないと思われがちだけど、それは違う。やるときはやるのだ。

そんな感じで、あたしはルビー達との一応の約束を果たすことができた。



ここまでなら良かった。そう、ここまでなら良かったのよ。

この後小悪魔が言った不用意な言葉が、このカオスを招いたのよ。



『せっかくだし、プラネさん達も力比べをしてみたらどうですか?あ、いっそのこと妖精メイド全員でっていうのも面白そうですね。』



あたしが「無理」と返すよりも早く、パチュリー様の目が好奇に光った。

そしてあれよあれよと言う間に。

「時間の関係上全ての妖精メイドでとは行きませんので、今回の参加者はそれぞれの隊の隊長さん達となります。
トーナメント方式で戦っていただき、最後まで勝ち進んだ方が、優夢様への挑戦権を得られます。
それでは皆さん、最後までがんばってくださいね。」

全く不本意ながら、連中と戦う羽目になってしまっていた。

・・・どうしてこうなるのよ。





***************





何だか知らないけど、プラネに任せたら大変なことになっていた。これなんてカオス。

まあ、別にいいけど。楽しければそれでおーるおっけー。

私個人としては、正直な話優夢さんがトップであろうがなかろうがどっちでもいい。気にしてるのなんてルビーぐらいしかいない。

別段ルビーの行動に反対しないのだって、そっちの方が退屈しなくて済みそうだからという、ただそれだけ。それ以上の理由なんてないし必要もない。

私も戦わなきゃいけないってのが少し不満だけど、トーナメント方式というのは都合がいい。早々に敗退して観戦モードに入らせてもらおう。

「それでは早速始めましょう。第一戦、アクア隊代表アクアマリンさんVSイエロー対代表トルマリンさん!!」

っと、早速私の出番か。対戦相手は戦闘能力がほぼ皆無のアクア。

これはちょっと負けるのが難しいか。けどまあ、アクアだって弾幕が出せないわけじゃない。適当に当たって負ければいいか。

私が広間の真ん中、戦いの会場となった場所へ進み出ると、アクアも同じように出てきた。

アクアは特に緊張した様子も狼狽しているでもなく、普段どおりの眠たげな目をしていた。力のない妖精のはずだけど、さすがと言ったところだ。

アクアは、私の知る限り紅魔妖精の中では最古参に当たる。数十年前ここが外の世界から引きずりこまれた直後から働いてるんだとか。

一説によれば、この300年一度も死んでいないという。力が弱くすぐ死んでは生き返る妖精としては、異例なことだ。

そういう意味ではアクアは妖精らしくない妖精だけど、性格・力という意味で考えたらこれ以上なく妖精だ。

となると、妖精でありながら長生きできるだけの『力』があるということに他ならない。それがどういうものなのかはわからないけど。

なら、きっと私が負けても不自然じゃない。上手くアクアの策を読み取り、自分からかかっていこう。死なない程度に。

「それでは・・・始め!!」

小悪魔が号令を出す。それと同時に、私は様子見に妖力弾を10個ほど展開した。

さて、アクアはどう出るのか・・・。



「負けました。」

アクアは3個ほどの水弾を展開してから、いきなり敗北宣言をした。

・・・って。

「あの、アクアマリンさん?ちゃんと戦ってくれないと盛り上がらないんですけど・・・。」

「見ての通り、これが私の全力です。戦うの苦手です。」

小悪魔の注意に、アクアは何故か自信に溢れた様子で断言した。

・・・なるほど、そういうことか。私はアクアの作戦を理解した。

アクアはその辺の妖精と同程度の力しか持っていない。下手をしたらもっと小さい力しかない。

そんなアクアがどうやって今まで生き抜いてきたか。答えは実に単純だ。

危険には近づかず、適度な距離をおく。アクアは危険を察知するのに長けているのか。

そんなアクアが、こんなガチンコ勝負に勝てるはずがない。がんばっても怪我をするのがオチだ。

だったらどうするか。皆が納得できる形で負ければいい。結局私が考えていたのと同じ方法だ。

私は適当に弾幕を喰らって負けようと思ってたけど、アクアはそこまでする必要もない。だって戦う前から敗北を納得させる程度の力しか持ってないから。

私が10個の妖力弾を出した時点で、アクアは自分の敗北を宣言するだけの材料を得ていたのだ。

完全に先手を打たれてしまった。これは覆せない。

「えーっと・・・。何だか釈然としませんが、勝者トルマリンさん!!」

微妙な表情のまま、小悪魔が私の勝利宣言をする。

「・・・ぶー。」

私は不満たらたらだったけど、何も言えないのでふくれっつらになるだけだった。



「き、気を取り直して第二戦!バイオレット隊のアメジストさんとオレンジ隊のアンバーエルモさん、どうぞ前へ!!」

気勢をそがれた小悪魔は、何とか気分を持ち直して次の戦いの組を呼んだ。

ちなみに、今回参加してる妖精メイドは6人。プラネとルビーがシードになっており、前回の勝負で勝者となってしまった私は、プラネと戦うことになる。

プラネも戦う力――霊力・妖力はそんなに大きくないけど、代わりに腕力が凄い。何せ大地の精だから。

多分弾幕ごっこにはならないんだろうなぁ。ああ、今から気が重い。

・・・まあいいや。適当に負ければいいんだから。今はとりあえず、この二人の勝負を観戦して楽しもう。

さて、ジストはどのくらい戦えるだろうか。ルビーに次いで新入りのジストに関して、私はあまり情報を持っていない。

特にジストが任されているバイオレット隊は地下区域の担当であり、地上で遊ぶ(間違ってはいない)私達とはあまり交流がない。

そのため、他の隊長と違ってどんな能力を持っているのかも知らない。どんなものを見せてくれるのか、楽しみだ。

対して、エルモに関してはよく知っている。私と同期で入った妖精メイドだから。

多分妖精メイド・隊長合わせて一番交流が深いのはエルモだ。あの娘だけは私の本質をある程度理解してるんじゃないだろうか。

それはともかくとして、エルモ自身は面倒くさがってるけど、実際のところかなりやる。

純粋な力という意味で言ったら、ルビーに敵うことはないだろうけど、その代わり絡め手が強い。

エルモは光精。純粋な光の妖精だ。熱などを伴ったりしない、光そのものを操ることができる。

光は物体を認識する上で非常に重要な要素を占めている。それを操れるのだ。

エルモの放つ白い妖力弾は、彼女が発する光によって不可視と化す。背景と同化した弾幕の正確な位置を知ることは難しい。

威力自体は大したことないけれど、そうやって見づらくなった弾を何発も受ければ、普通の妖精ならまず落ちる。

そんなエルモ相手に、ジストはどうやって戦うだろうか。期待しない程度に楽しみだ。





と、思っていたら。

「うぎゅ~・・・。」

ジストも戦う力はそれほどなかったらしく、エルモの迷彩弾幕を全弾受けてあっさりと落ちてしまった。

「あちゃー、せっかくアクアが見本見せてくれたのに。」

「まだまだ青い若造です。」

観戦していたプラネとアクア――ルビー曰く『反逆者組』の二人は、今の勝負にそんな感想を漏らしていた。

なるほど、ジストはこの二人と同じようなものか。まだまだ経験が少ないから、無鉄砲に突っ込んでいくことがあると。

「えーっと?今の、私の勝ち・・・ってこと?」

「あー、はい。そうですね。」

あまりにも手ごたえなく勝ててしまったエルモは、困惑の表情を小悪魔に向けていた。

小悪魔も、二戦連続こんな内容だったからか、苦笑いを浮かべていた。

「全く、弱い者ほどよく吼えるとはよく言ったものですわ。」

優夢さん側についた二人の体たらくを見て、ルビーはふんぞり返ってた。『そら見たことか、自分が正しかった』とばかりに。

自覚はないだろうが、今ルビーが言った言葉はそのままルビーにも当てはまる。昨日氷精に負けたことももはや覚えていないか。羨ましい限りの能天気さだ。

さて、ジスト対エルモがあっさり終わってしまったため、あっという間に再び私の出番が来てしまった。

「つ、次の試合は準決勝です!!対戦者のお二人にはがんばっていただきたいですねっ!!」

小悪魔ががんばって場を盛り上げようとするけど、この状況でそれは難しい。観戦してる皆のテンションは下がりっぱなしだ。

妖精は元来気ままな種族だから、既に試合を見ずに好き勝手しゃべっている連中もいる。

別に誰かが見てるからがんばるというわけではないけど、誰も見る気がないならかけら程度のやる気も起こらない。

私は既に適当に負ける気満々だった。

「さて、と。やっとあたしの出番か。よーっし、あたしは普通にがんばるよー。」

けれど、プラネの方はまだやる気があるようだった。まだ自分は動いてないわけだから、当然かもしれない。

それならそれでいい。さっさと私を負けさせてくれ。



「第三戦、ブルー隊隊長プラネタリアさんVSイエロー対隊長トルマリンさん・・・始めっ!!」

小悪魔の開始宣言を聞くと同時、私は最初の試合と同じように妖力弾を10個ほど展開した。

まさかあれだけ自信に溢れていたプラネがこの程度もできないとは思えない。今度こそ適度な様子見のはずだ。

・・・と思ったら。

「・・・えーと、プラネタリアさん。弾幕出さないんですか?」

プラネは全く弾幕を出そうとする気配がなかった。アクアと同じなのか?

「あー、いいよ。あたしは弾幕なしで。」

私はプラネの意図を探ろうと思考をめぐらせたが、彼女はきっぱりと言った。

・・・これは、なめられているということだろうか。私程度なら、弾幕なしでも十分に倒せるとでも?

それは少々不愉快だった。いくらやる気のない戦いとは言え、なめきられて愉快に思える神経はしていない。

なら少々痛い目にあって、その上で本気を出してもらおう。それなら私の不愉快も解消できるし、ここで敗退もできる。

言葉にも表情にも一切出さず心の中だけでそう決めた私は、懐から一枚のカードを取り出した。

私のスペルカード。

「電符『ラジカルチャージ』。」

宣言とともに、私の弾幕が空気中の電気を吸い込み帯電する。一つ一つは微量の電気でも、集めれば火花を散らすほどの力になる。

帯電した弾幕は、その表面でバチバチと火花をはじけ散らしていた。

「おっほ!当たったら痛そうだね。」

プラネは奇妙な声を出して笑った。けど、表情は引きつっていた。

「静電気は電力こそ小さいものの電圧は自然界の雷と同じく2億ボルトでありこのスペルカードはそれをかき集めたものである。即ち静電気に足りない電流を補い擬似的な雷を纏わせている。」

一応警告として、スペルの性質を伝えてやる。私の言っている意味はつまり、触れたら終わりだということ。

「えーと、つまり?」

けれどプラネにはよくわかっていなかったようだ。・・・わざわざ二度言ってやる気はない。めんどくさいし。

避けなければ死ぬ、ただそれだけのことだ。別に私はプラネの長寿記録を更新する手伝いをする気などないのだから。

答える代わりに避けれるものなら避けてみろと弾幕を一斉に放つ。直線軌道のそれらは、さすがにかわされた。

だけど。

「おお!?散った火花も弾幕になるのねっ!!」

このスペルは別に高威力の一撃を叩き込むためのものじゃない。本領はどちらかというと、火花放電により散った細かな弾幕にある。

残りカスみたいな弾幕だけど、当たれば当然痺れる。そうやって自由を奪うのが目的のスペルだ。

プラネは地面についていた足を蹴り、空へと飛んだ。そしてヒラリヒラリと細かい弾幕をかわそうとする。

「あったた、完全回避は無理か!!」

だけど細かく散った火花は見づらいし、量が多いから把握しきるのは困難だ。避け切れなかった火花はプラネの肌の上で弾け散った。

早く弾幕を出さないとそのうち直撃を喰らうことになるよ。



「・・・なら、突貫!!」

だというのにプラネは、弾幕を出すどころか一直線に私の方に向かってきた。

とち狂ったのか。それとも単に浅はかなのか。これなら狙い撃ちだ。

私はさらに出現させた10の帯電弾を、狙いを定め一直線にプラネめがけて放った。

長いこと生き続けた妖精が死ぬというのは少しもったいない気もするけど、しょうがない。これも一つの摂理だ。

「狙い通り!!」

しかしプラネは笑みを作り、そんなことを言い出した。何を・・・!?

プラネは自分の背中から生えている青岩石の翼を前に持ってきて盾にしていた。そういうことか。

大地の力を多分に含んだ翼は硬く、鉄にさえ負けることがない。私の妖力弾程度では傷一つつけることはできないだろう。

また、大地に電撃は効かない。流れないのではなく、その広大な地平に全て受け流してしまうから。

私の弾幕を受け一時的に帯電した翼は、プラネが床に下りると同時大地に全て受け流されてしまった。

「・・・しってたの?」

「ん?電気のこと?いやー、雷って地面に落ちるけど平気じゃん。だからなんとなく上手くいくんじゃないかなーってね。」

感覚で理解していた、か。そういえばプラネは私よりもずっと長く生き続けている妖精だったか。そのくらいのことは知っているか。

「やっぱあたしには弾幕勝負は向いてないね。あんたみたいに10個も20個も出せないし、そんな使い方もできないし。」

だから、と言ってプラネは姿をかき消した。瞬間移動!?

「あたしはやっぱり、こっちが性にあってるのよ。」

いつの間にかプラネは私の後ろに回りこみ、ガッチリと私の胴をつかんでいた。

・・・これからプラネが何をするのか予想がついた。多分今のも瞬間移動じゃなくて、ただ単に素早く走っただけ。

こいつは弾幕よりも体術の方が得意みたいだ。

・・・とりあえず。

「ゆっくりなげていってね!!!」

「だが断るわぁ!!」

私の懇願は空しくも却下され、気持ち悪い浮遊感を感じた。

そして。



頭から叩きつけられ、星が散った。

プラネは弾幕もスペルカードも使わず、バックドロップで私を倒したのだ。

「むきゅ~・・・。」

その衝撃は強烈だったため、私はその場で意識を手放したのだった。





***************





あちゃ~。マリンの奴負けちゃったよ。ていうかプラネ、それもう弾幕ごっこじゃないよね?

「私とプラネとジストはスペカ持ってないのです。」

私が疑問に思っていると、アクアが教えてくれた。てことは、最初からこの三人は弾幕ごっこできなかったってこと?

「そうよ。なのにわけもわからず駆り出されて・・・いたたた。」

「あっと、ごめんよジスト。あんたの力がどんなもんか知らなかったからさ。」

初っ端から全力で相手したジストは、私の弾幕がぶつかった箇所を押さえながら不満を口にした。

とは言っても、私も霊力は強い方じゃない。ちょっとあざになってる程度で、大した怪我にはなってないはずだ。

「私達は生き残り特化型妖精なのです。」

「それって逃げるって意味だよね・・・。」

紅魔館の妖精、しかもメイド隊長としてどうなんだろう。

「エルモは逃げないのですか?」

「いや、逃げるけどさ。」

「何よ、同じ穴のムジナじゃない。」

私はちょっと戦ってからすごすごと逃げ帰るのさ。いつぞやの襲撃の時は全く手出しできなかったけど。

「そういえばルビーって、あの『異変』の時落とされてるよね。何で記憶が持続してんの?」

さあ。執念じゃない?メイド長への偏愛による。

「プラネタリアさん、おめでとうございます!敗者のトルマリンさんにも、健闘の拍手を!!」

小悪魔のアナウンスとともに、観戦していた妖精メイド達から拍手が返ってきた。

まあ、今までの勝負と違って退屈するないようじゃなかったからね。現金なもんだ。

「それでは次の試合に入りたいと思いますが、アンバーエルモさんは大丈夫ですか?」

っと、次は私の番か。相手はルビーだっけ。

ルビーに協力するって話のはずが、何でかルビーと戦うことになってるこの状況はいかがなものなんだろう。

・・・ま、いっか。別に進んで協力してたわけじゃないし。

「ん。私は別に疲れてないしいいよ。ルビーの都合に合わせて。」

「わたくしは初めから最高潮ですわ!!」

今まで出番がなかったためか、気炎を吐くルビー。あー、手加減はしてよね。

「手加減なんてとんでもない。わたくしはあなたのことは認めてますのよ、アンバーエルモさん!!」

熱血やめろ。認めなくていいから、楽をさせてくれ楽を。

私の発言を謙遜ととったのか、ますます暑苦しくなるルビー。こいつはこいつで性格に難ありよね。

やれやれとため息をつき、私は広間の真ん中のバトルフィールドに進み出た。

・・・自衛のために暴れさせてもらうか。ルビーの本気は、私みたいな妖精にはちときついから。

「スカーレット隊隊長ファルビーネさんVSオレンジ隊隊長アンバーエルモさん・・・始めてください!!」

試合開始の宣言とともに、私はスペルカードを取り出す。ルビーが攻撃を仕掛けてくるよりも早く、私は宣言した。

「光符『フラッシングレイ』!!」

それと同時、私を中心にまばゆい光が全方位に照射された。

これが私の持ってる唯一のスペカ。攻撃力皆無の目くらましだ。

あまり攻撃向きではない、どちらかというと逃走目的に使いやすいスペルだけど、上手くやれば攻撃にも使える。

私の放っている光は白。そして私の弾幕の色も白。全く同じ色の二つは、重なり合うと区別がつかなくなる。

そうやって私は弾幕を当てる。私はホーミングができるわけでもないし、弾数が多いわけでも素早いわけでもない。

見えなくして、避けられなくして数を当てる。それしか私が勝つ方法はない。

だから、正直言って私は戦うのが嫌いだ。時間がかかるし疲れるし。

「あっつ!?」

「ふふふ、そのスペルの弱点は知っていましてよ。あなたは必ず光の中心にいる。」

・・・何より、強いわけじゃないから。

ルビーはさすがに付き合いがそれなりあるだけあって、私のスペカの弱点なんてお見通しだ。今は私のすぐ近くを熱弾が掠めた結果だ。

直撃はしなかったけど、大体の目安はさっきルビーが言った方法でつけられる。数を撃たれたらそれでおしまいだ。

情けない話だけど、あの威力の一撃をまともに喰らったら、私じゃ生きている自信がない。多分炭くずになるだろう。

だから、絶対喰らえない。

妖精は死んでも生き返る。自然の一部である妖精は、自然が死なない限り何度でもよみがえる。

だけど代償も存在する。

生きている間に蓄積した知識・経験の一部ないし全部がリセットされてしまう。それは弱体化を意味するし、あんまり死に続けると自我も薄れていく。

私は楽をするのが好きだ。楽をするには自我を持っていなければいけない。何故なら、自我を持たぬ妖精は簡単に使役され、働かされてしまうからだ。

そのためだけに私はこの数十年一度も死なずにがんばってきた。ここで、ただの遊びで一度でも死ぬのは面白くない。

だから、何としてでもこの試合は生き延びなけりゃいけない。勝とうが負けようが。

「でええええい!!」

気合とともに、弾幕を散らす。2発ほどわざと光の外に打ち出し陽動にする。そして残りの5発でルビーに攻撃をしかける!

「くっ!!」

まばゆい光の中から襲い掛かってくる弾幕は、さすがのルビーもてこずるみたいだ。顔をしかめて動きを鈍らせた。

これは、ひょっとして勝てる?

そう私が淡い期待を持った瞬間。

「仕方がありませんわ。赤符『ヴァーミリオンサン』!!」

ルビーがスペカを宣言。霊撃の波に押され、私の光と弾幕はかき消されてしまった。

後に残ったのは、巨大な熱球を頭上に掲げるルビーと、弾幕を全て撃ちつくし丸腰となった私。

勝敗は明確だった。

「・・・ふぅ、参った参った。私の負けだよ。」

私は両の手を上にあげ、降参の意を示した。

「そこまで!勝者、ファルビーネさん!!」

小悪魔の試合終了のアナウンスを聞いて、ルビーは熱球を消した。

「ふう。スペルカードを使わされるとは思いませんでしたわ。」

「こっちも使われるとは思ってなかったよ。正直焦ったね。」

自尊心が服を着て歩いてるようなルビーが高々光精相手に本気を出すなんてね。

「あなたは強くなりますわ。もっと弾幕ごっこをすればいいのに。」

「や、私は楽が好きだからね。遠慮しとくよ。」

微妙にバトルジャンキーの気を見せたルビーにやや引きつつ、私は遠慮をした。



とにもかくにも、これで最終戦に出る妖精は決まった。





***************





順当なのか、それとも大番狂わせなのか。最終戦はわたくしとプラネタリアさんの勝負となりました。

最初に組み合わせを聞いたとき、最後はトルマリンさんと当たるものだと思っていましたが、考えてみればプラネタリアさんは古い妖精。トルマリンさんといえどそう簡単に勝たせてはもらえない相手でしたわ。

そもそも地精とは防御に特化しているものですから、トルマリンさんの攻撃力では勝てなかったのかもしれませんわね。

・・・しかし、あの戦い方はないですわ。スカートが翻るのも気にせず体をそらせて。何とはしたない。

こんな恥も知らない妖精に負けるわけには行きませんわ。

「さあさあ盛り上がって参りました!最終戦は、青き地精プラネタリアさん対赤い灼熱ファルビーネさん!!どちらが勝ってもおかしくありません!!」

実況・解説・審判を務める小悪魔がはやしたて、場が盛り上がりを見せました。

それがあなたの仕事なのでしょうが、少々納得行きませんわ。

わたくしがプラネタリアさんに負けることなど、ありえるでしょうか?このわたくし、紅魔館の妖精メイドのエリート、咲夜様の右腕であるこのわたくしが、ただ古いだけの妖精に負けるなど。

あってはなりませんんわ。全ての紅魔妖精の頂点に立つものとして、その秩序を乱させるわけにはいきません。

負けませんわ。その意志を視線に乗せ、わたくしはプラネタリアさんを睨んだ。

「さーて、どうやって生き延びようかなっと。」

しかしプラネタリアさんは特に意に介した様子もなく、準備体操をしていました。

・・・その余裕、今に後悔させて差し上げますわ!

準備を終えたプラネタリアさんは、ようやっと舞台に上がりました。

「それでは両者とも、準備はよろしいですか?」

「もちろんですわ。」

「んー、まだ作戦決まってないけど、なるようになるでしょ。」

わたくし達の返答を合意と取った小悪魔は一つ頷き、巻き込まれないように離れました。

そして。



「始めッ!!」

試合が開始すると同時、プラネタリアさんは地に足をつけて特攻してきました。

予想通り。彼女の攻撃は白打が基本。弾幕ごっこを満足にするだけの霊力もないんですわ。

だからその行動は予想していました。わたくしは慌てず、熱球を生み出しながら空に浮かびました。

「ちぃ、やっぱ読まれてたか。」

「当然ですわ。」

答えとともに、空中から3発の熱弾を放つ。プラネタリアさんは軽やかな動きでそれらを回避しました。

わたくしの弾幕はトルマリンさんのように細かな弾を撒き散らすものではないので、先程よりも簡単にかわしている。そのすばしっこさがプラネタリアさんの強みなんでしょうね。

しかしそれなら対処は簡単。近づかせなければよいのですわ。

「・・・性の悪い!!」

弾幕を回避したプラネタリアさんがこちらに向けて飛ぼうとするのにあわせて、わたくしはさらに3発の弾を発射しました。

タイミングを外されたプラネタリアさんは進行方向を急変更し、横にころげてわたくしの弾幕をかわしました。

「ちぃ、せめて1秒でも時間があれば・・・!」

さらに2度、3度と同じことを繰り返し、プラネタリアさんに反撃の暇を与えない。プラネタリアさんは毒づきましたが、1秒も時間を与えるはずがない。

このまま体力を奪い、素早さを失ったところで止めを刺させていただきますわ。

さらに10、20と同じような攻防を繰り返し。

「あっ!?」

とうとうプラネタリアさんは、ミスをしました。広間の床の凹凸に足を取られて、転んでしまったのです。

そこは狙い目でした。わたくしは見逃さず、彼女を仕留めるべく渾身の力を注いだ熱弾を作り上げ。

「終わりですわ!!」

それを彼女目掛けて投げつけ――!?

「水!?」

突然、わたくしの目の前を3発の水の弾が掠めました。水が苦手なわたくしは思わずのけぞってしまう。

今のは・・・!?

「勝負あり、です。それ以上は無意味です。」

やはり、アクアマリンさん。大した力を持たないくせに、わたくしの苦手な属性を持つ彼女。

彼女がわたくしの邪魔をしたのですね・・・。

「なら、まずあなたから消し炭にして差し上げますわ!!」

勝負に文字通り水を差されたわたくしは、矛先をアクアマリンさんに向ける。それを見て彼女はギョッとした表情を見せました。

普段はほとんど表情を動かさず冷静な彼女がうろたえる姿は、わたくしの溜飲を少々下げました。

しかしその程度で止まるはずはなく。

「消えなさい!!」

わたくしはプラネタリアさんに放つはずだった熱球をアクアマリンさんに向けて放ちました。

彼女は避ける間もなく、熱球に飲み込まれました。

「を~っほっほっほ!!身の程もわきまえず無礼を働くからこうなるのですわ!!」

わたくしの高笑いが、広間に響いた。



そしてわたくしは、完全に忘れていたのです。

わたくしの対戦相手を。

「ルビー・・・あんた・・・。」

ただの弱小妖精のはずの彼女の声に、思わず寒気を覚えて振り返る。

そこには、拳に岩を纏わせたプラネタリアさんの姿がありました。

「あたしの親友に・・・!!」

「ヒッ!?」

その剣幕に、わたくしは思わず怯んでしまった。

そこからは一瞬だった。

「何してんのよッッッ!!!!」

「へぶっ!?」

一瞬でわたくしのところまで飛び上がった彼女は、勢いのまま岩を纏わせた拳でわたくしのあごを打ち抜きました。

その衝撃で、わたくしは意識を手放してしまいました。

そんな、バカな・・・。








・・・ん。

意識が覚醒すると同時、あごと後頭部に強い痛みを感じた。それで気を失う前何があったのかを思い出した。

すぐに思い出せたということは、それほど長い間気絶していたわけではないということでしょうか?

「あ、ファルビーネさん起きましたよ!」

「リーダー、大丈夫?」

「じごうじとく。」

小悪魔、アンバーエルモさん、トルマリンさんの声。うっすらと目を開けると、アンバーエルモさんの心配そうな姿と、やる気なさげなトルマリンさんがいました。

「わたくしは・・・負けたのですね・・・。」

既に何があったか思い出したわたくしは、二人の姿を見たことで悔しさを覚えました。

紅魔妖精のリーダーであるこのわたくしが、戦闘能力を持たない妖精メイドに負けたなんて・・・。

二人はわたくしをどう思うでしょうか。さげすむでしょうか。見下されるのでしょうか。リーダー失格と思われているのは間違いないでしょう。

そう思うと、急に怖くなってきた。立場を追われるというのは、ここまで怖いことなんですのね。

罵倒や謗りに耐えるため、わたくしはキュッと目を閉じました。



「はぁ~、よかったよ大事なくて。結構やばい落ち方してたからね。」

覚悟を決めたわたくしにかけられた言葉は、しかしアンバーエルモさんの安心したような声でした。

・・・え?

「何?その『何言ってるかわからない』って顔。」

「え?あ、いやだって、わたくし、負けて・・・。」

「しょせんおあそび。」

わたくしが何を恐れていたのか理解しているのか、トルマリンさんは簡潔にそう言いました。

「勝ち負けより生きてることの方が大事っしょ?一緒に働く仲間なんだから。」

「アンバーエルモさん・・・。」

何故だか、アンバーエルモさんの言葉が胸に染みた。何だか暖かい。

それに、とアンバーエルモさんは続けた。

「あんたは負けちゃいないよ、リーダー。」

「最後のは既に試合が終了した後だったので、無効ですよ。」

小悪魔が補足した。

「この勝負は1対1が原則です。プラネタリアさんの攻撃の前に、アクアマリンさんから妨害行為がありました。よって、プラネタリアさんは反則負けということになります。
どの道、あの状況ではプラネタリアさんの降参負けという形になっていたでしょうが。」

・・・ということは?

「優勝はファルビーネさんです。おめでとうございます。」



・・・ほ。

「を~っほっほっほ!!当然の結果ですわ!!」

「『当然の結果』じゃないわよ、このバカルビー!!」

高笑いをするわたくしの頭を、プラネタリアさんが叩いた。

「な、何をなさるの!?」

「やかましい!あんたアクアを殺しかけたってこと忘れてんじゃないわよ!!」

「あ、あれはアクアマリンさんが勝負に横槍を入れたから・・・。」

「その程度のことでリーダーが癇癪起こしてんじゃないわよ!!」

む。そう言われてしまっては何も言い返せませんわ。

「・・・まあ、優夢さんが防いでくれたから大事には至らなかったけど。今後は気をつけてよね。」

「ええ、そうしますわ。」

プラネタリアさんの言葉通り、アクアマリンさんは全く傷も負っていない様子で彼女の隣に立っていました。

・・・それと、もう一つ思い出しましたわ。

何故わたくしがこの勝負に参加していたのか、その理由を。

名無優夢。あの男を負かして、紅魔館の秩序を取り戻すため。そのための挑戦権を得るために、わたくしは戦っていたのですわ。

会場はまだ片付けられていない。つまり、約束はまだ有効ということですわね。

「さて、ファルビーネさん。優勝者は優夢さんと戦ってもらうことになっていますが、大丈夫ですか?」

「もちろんですわ。そのためにここまで来たのですから。」

気絶したわたくしの体を気遣ってか小悪魔は言いましたが、ここで引き下がるなど論外ですわ。

わたくしの返答に小悪魔は一つ頷き。

「優夢さんも、準備は大丈夫ですか?」

アクアマリンさんの後ろに立っている名無優夢に問いかけた。

小悪魔の言葉に、名無優夢は難しい顔をしました。

「いや、準備は大丈夫ですけど。本気でやるんですか?危険なんじゃ・・・。」

「あら、怖気づきましたの?」

弱気な名無優夢に、わたくしはたっぷりとあざけりを含めて言ってやりました。

が、名無優夢は実に冷静にこう返してきました。

「いや、別にそんなんじゃないけど。俺、手加減とかできねーぞ?いっつも全力でしかやってないから。」

・・・随分となめられたものですわね。

「そんなもの必要ありませんわ。わたくしをそこらの妖精と同じと見たら痛い目を見ますわよ。」

名無優夢に指を差し、そう言ってやった。

このわたくしが、紅魔妖精の頂点に立つわたくしが、咲夜様でない人間に負けるなどありえませんわ!!

「・・・なあエルモ。ひょっとしてルビーって、⑨?」

「残念ながら、ね。」

? ⑨って何ですの?



こうして、わたくしと名無優夢の勝負は実現したのです。





が。





この先は、多くを語りたくはありませんわ・・・。

「まあ、そりゃ、ねえ?」

「ピチュン10回同じスペル何度も使わせてもらってブレイクされること20回挙句最後は半ベソかきながらでわざと負けてもらった。」

「だから言ったでしょ?優夢さんのことは色々な意味で信頼してるって。」

「優夢さんは、激強、です。」

「身の程知らずね。」

うるさい言わないでそっとしておいてっっっ!!!!



・・・名無優夢は、ちゃんと主の器でしたわ。これで満足なんでしょう!?





+++この物語は、妖精達が何故か天下一武道会を開催する、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



はた迷惑な灼熱精:ファルビーネ

猪突猛進なため、回りを心配させることもしばしば。回り=エルモぐらいなものだが。

今回はプラネタリアと小悪魔によって大変な暇つぶしにされました。本当にありがとうございました。

彼女のスペカは優夢の通常弾幕すら越えられない程度。彼女が弱いのではなく優夢の弾幕が反則なだけ。

能力:灼熱を操る程度の能力

スペルカード:赤符『ヴァーミリオンサン』



振り回される光精:アンバーエルモ

面倒臭がるくせに面倒見がいいため。ルビーの行動には毎度毎度ハラハラさせられている。

ひょっとしたら紅魔館妖精メイドの中で一番いい人かも。他はどっかぶっ飛んでるし。

スペカにより照射される光に当たり判定はない。完全にただの目くらまし。

能力:光の収束と拡散を操る程度の能力

スペルカード:光符『フラッシングレイ』



実は色々考えてる雷精:トルマリン

地の語り部分が彼女の本質。基本的には冷静に客観的情報を処理している。

言葉が意味不明なのは、しゃべるための言葉にするのが面倒くさくて核心部分しか言わないため。それを考えるのも面倒になったら考えた中身をそのまま全部言う。

ルビーに次いで攻撃力の高い妖精。普通の人間には勝てるレベル。

能力:帯電する程度の能力

スペルカード:電符『ラジカルチャージ』



体術に閃き特性のある地精:プラネタリア

スペカは持ってないけど、体術技はいっぱい持ってる。キック、ジャイアントスイング、バックドロップ、キン○バスターetc

弾幕ごっこよりもプロレスごっこの方が得意な人。多分体術に関しては美鈴の次ぐらいにできる。

ちなみにルビー戦での決め技には『大地昇龍拳』という名前がついているとかいないとか。

能力:大地と対話する程度の能力

スペルカード:なし



戦闘力はほぼ皆無:アクアマリン

完璧逃げ専。長生きの秘訣は危険を察知し回避すること。そのために彼女はたくさんの知識を身につけている。

死ぬとそれらがリセットされる可能性がある、即ち死に続けていた昔に戻るということなので、割とヒヤッとした。

人間にも負ける妖精だが、知識はパチュリーの次ぐらい。

能力:湿度を操る程度の能力

スペルカード:なし



戦闘力は不明:アメジスト

レア妖精のため、実は能力値の判定ができていない。自分でも力の使い方がわかっていない。

幻覚系の能力を覚えれば相当な力を発揮するのではないかと思われるが、やってみないことにはわからない。

最近優夢との絡みが少なくてちと寂しい。

能力:暗闇で視界を開く程度の能力

スペルカード:なし



→To Be Continued...



[24989] 三・五章十二話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:48
優夢さんが紅魔館へ行って三日が経った。

その三日間、私は何をするでもなく過ごしていた。

朝起きてお茶を飲み、咲夜が作ったご飯を食べお茶を飲み、ご飯を食べてお茶を飲みながらレミリアを撃退し、ご飯を食べて酒を呑んで寝る。

優夢さんはいなかったけど、咲夜が家事を全てやったので、私は普段通り過ごすことができた。

まあ、唯一レミリアが弾幕ごっこを吹っかけてくるのが邪魔くさかったけど、普段は一週間に一度なのが毎日なだけ。大した問題ではない。

今日も不意打ちとばかりに襲い掛かってきたレミリアを返り討ちにし、縁側でお茶を飲んでいた。

「ふぅ、それにしてもめっきり寒くなったわね。」

息を吐く。白い軌跡が空へと上って行った。

今は師走の中旬。季節は冬の真っ盛りだ。

こう寒いと春先に起こった『異変』を思い出す。あのときは幽々子を倒したら春が戻ってきたのよね。

「冬将軍を倒せば暖かくなるかしら。」

「冬将軍というのは妖怪ではありませんわ。」

私の呟きに、お茶のおかわりを運んできた咲夜が突っ込んだ。

知ってるわよ。簡単に暖かくなればいいなーって思っただけよ。

「それぞれの季節が等分にないと歪みが生じますわ。今年の夏は暑かったでしょう?」

「まあね。」

あの暑さは正直なかった。春夏連合軍が襲い掛かって来ているような暑さだったわ。

「それに、冬は冬で元気になる生き物もいるのだし、少しは譲歩してあげても良いでしょう。」

どんな生き物よ。

「氷精とか、あとは雪女とか。」

「妖怪じゃない。妖怪に譲歩してやる義理はないわ。」

私は博麗の巫女なんだから。



そんな他愛のない会話をしていると、空から白い粒が降ってきた。

・・・冷えると思ったら。

「あんたが雪女とか言うから、降ってきちゃったじゃない。」

「私のせいにされても。気象は空の気分次第ですから。」

軽口を叩き、私はお茶を飲み暖を取った。

全く、今日は寒いわね。





***************





雪、か。季節が経つのは早いものね。今年も一年が終わろうとしている。

私が紅魔館に勤め始めて、どれだけの月日が経ったのかしら。それほど昔のことじゃないはずだけど、もうあまり覚えていない。

それは大して意味のあることではなかった。

私は十六夜咲夜。紅魔館の完全瀟洒なメイド長。レミリアお嬢様に忠誠を誓い、飢えと暑さ寒さを凌ぐ者。

悪魔の従者をやっているというと何かしらドラマチックなエピソードを想像されるかもしれないけど、実際はそんなものだ。

私は生きるために働いており、暖かい布団で寝るために紅魔館にいる。それ以上でもそれ以下でもない。

勿論お嬢様には忠誠を誓っているから、命令されれば何処へだって行くし、死ねと命令されれば自害もしよう。そこに私情は挟まない。

それが完全瀟洒ということ。メイドの嗜みというものですわ。

私は仕事に私情は挟まない。

だけど、全くの無感情というわけではない。ここの巫女のように何事にも無関心なわけでもない。

私にはそれなりに感情はあるし、時には感傷に浸ることだってある。誰にも気付かれないように、だけど。

今もちょうどそんな感じ。雪の降り始めとは、何処か胸をときめかせるものがある。寒いだけ、雪掻きが大変だ、そうわかっていても。

「あーあ、何かだるくなっちゃったわ。積もったら雪掻きお願いね。」

霊夢はそう言って、寒さを逃れるべく居間のこたつへ潜りに行った。

やれやれ、働かないとわかってはいるけど。これは優夢や八雲紫がどうにかしようと思うはずだわ。

まあ、別にいい。お嬢様も同じように命令するだろうし、霊夢が働かないからといって私がどうこうするものでもない。

「雪が積もる前に、落ち葉を掃いておかなくてはいけませんわね。」

私は普段通り、メイドの勤めを果たすだけだ。今日も明日も生きていくために。



さて、冬・雪というと、珍妙なお客さんがやってくることもあるようだ。

「お久しぶり。」

かけられた声と吹き抜けた冬の風に箒の動きを止め、声のした方を振り向いた。

そこには一人の妖怪が立っていた。白い雪のようなイメージの服を着た、ふくよかな体型の女妖怪。

「この神社にお参りかしら?やっぱり妖怪には信仰される神社なのね。」

「やっぱりって。そういう神社なの、ここ?」

「私の知る限りではそういう神社のようですわ。」

「変な神社ね。悪霊でも祭ってるのかしら。」

短く軽口のやりとりをする。さて、本題に入ろうか。

「もしここで暴れようというのなら、ご遠慮願いたいわ。お嬢様のご迷惑になるし、鬼畜巫女が乱心するわ。」

「ご挨拶ね。私はそんな無節操な妖怪ではないわよ。」

「あら?ならやっぱり参拝?」

「・・・ひょっとして、本気で忘れてるのかしら。」

? はて、私は何か忘れていることがあったかしら。

「・・・ああいけない。お嬢様のお昼前のティータイムを忘れていましたわ。」

「いっそ清々しいまでに忘れられたわね。」

違うのか。私の言葉に、妖怪は引き攣った笑いを浮かべた。

・・・ああ。やっと思い出した。

「氷精とセットじゃないからわからなかったわ。」

「あの子の相棒は私じゃなくて大妖精だと思うんだけど。」

私は別にあの氷精と深い知り合いではないから、そんなことは知らない。

ともかく。



「お久しぶりね、レティ=ホワイトロック。春眠したまま目覚めなければよかったのに。」

「相変わらず元気そうで安心したわ、十六夜咲夜さん。その憎まれ口がまた聞けて嬉しいわ。」

私は春先の『異変』で知り合った冬の妖怪、レティ=ホワイトロックと再会した。

どうやら、もうすっかり冬らしい。





***************




一年の4分の3を眠って過ごす私は、今日の寒さで目が覚めた。空気の冷たさに、私の季節がやってきたのだと知った。

早速ねぐらを飛び出し、適当に食べられるものを探しに出たら、神社の境内に何処かで見た顔を見つけた。

寝起きで頭ははっきりしなかったけど、近づくにつれてだんだんと思い出した。

彼女は私が眠る直前に起きていた『異変』の時に会った人間。悪魔の従者をしていると言っていたか。名前は『十六夜咲夜』。

人間にしては大きな力を持っていて、『異変』当時は私のことを負かした。

悪魔の従者というにふさわしい人でなしっぷりだったけど、私に情けをかけるだけの甘さもあった。

冷たい大理石のようでいて、多分本人も気付いていないだろう暖かさを持っていることが何だかおかしくて、私は彼女と名を交わした。

友達、というほどではないにしても、たまに顔を合わせてもいい知り合いぐらいにはなった。だから私は、こうして神社の境内に降り立つことにした。

久方ぶりにあった咲夜は、以前会ったときと変わらない咲夜だった。相変わらず性格がいいようで悪く、悪いようでいい。

「ところで、あなたは悪魔の館で働いているんじゃなかったかしら。ひょっとして解雇されたの?」

「まさか。お嬢様がしばらくこちらに逗留されるので、私はそのお世話について来たのですわ。」

悪魔が神社に逗留、ねぇ。

「どうなのかしら?」

「別にいいのではないでしょうか。」

まあ、目の前の現実が全てよね。

「それで、本当に何のために訪れたのかしら。巫女曰く素敵な賽銭箱はあちらですわ。」

「そうね。入れてもいいんだけど、妖怪だから持ち合わせはないわよ。」

私がお金を持っていても、何の役にも立たないでしょう。

「久方ぶりに知人を見たから来た、ではいけないかしら。」

「私にとっては久方ぶりかもしれないけれど、あなたにはそれほどでもないでしょう。」

まあね。昨日会って今日も会った感覚だわ。

「だけどあなたにとっては久方ぶりなのだから、やはり久方ぶりだわ。」

「あらそう。けれど私は別に再会したかったわけではないんだけれど。」

でしょうね。全く歓迎の意志がないもの。

「そこは私の自己満足よ。」

結局は私が知人に挨拶をしに来たというただそれだけの話なのだから。

「冬は短いのだから、その有限の時間を有効に使ってはいかが?」

「有効に使ってるわよ。私が満足するように使ってるんだから。」

「それもそうでしたわね。」

さてと、挨拶は済ませたから特に用事はないのだけど。じゃあさようならでは少し味気ない。

「ところで、あなたのご主人様もここにいるのよね。少し挨拶して行ってもいいかしら?」

せっかくなので、彼女の主を見てみることにした。

「やっぱり討ち入り?」

「違う違う。本当に挨拶するだけよ。」

どうしてそういう発想になるのかしら。

「あら、何か企んでいると考えるのは当然でしょう?妖怪相手なんだから。」

「知り合いに対して危害を加えようなんて考えたことはないわよ。」

それにあなたの主も広義の妖怪でしょうが。悪魔なんだから。

「お嬢様は貴族ですから、しっかりと企みますわ。」

「従者が従者なら、主も主なのね。」

何と油断できない主従なことか。

「私はごく普通の妖怪だから、企むことなんて何もないわ。だからご主人様に会わせてくれると嬉しいんだけど。」

「それなら別にいいけど、まずはお嬢様のご意見を伺わなければなりませんわ。しばしお待ちを。」

一応私の言葉は信用してもらえたのか、咲夜はそう言って姿をかき消した。

・・・そういえば、あの子の能力が何なのか結局聞いてはいないのよね。大体想像はついてるけど。

もし私の考えが正しかったとすれば、咲夜はなんと人間離れした能力を持っていることか。

それほど待たず、消えたときと同じように咲夜は唐突に姿を現した。

「運がいいわね。お会いになっていただけるそうよ。」

「あら、良かったわ。」

彼女の主は、話を聞いている限り気難しいと思ったけど、それほどでもないのかもしれない。



まあ、実際に会ってみて。

「ふぅん。あなたが咲夜の言ってた冬の妖怪?わざわざ私に挨拶に来るとは殊勝な心がけね。褒めてつかわすわ。」

少なくとも、やたら偉そうではあると思ったわ。





***************





こいつがいつかの『異変』のとき咲夜が言っていた冬の妖怪か。名前は確かレティ=ホワイトロック。

私は『春雪異変』の後咲夜から受けた報告の中で、こいつの話を聞いていた。「『異変』とは関係なかったが道中で戦闘になった妖怪」ということで。

咲夜の話に上ったということに関して、こいつに少し興味を持っていた。

もしそれこそどうでもいい、雑魚妖精や雑魚妖怪と同列なら、わざわざ咲夜が報告するはずがない。どうでもいい報告で私の時間を奪うような娘ではないわ。

ということは、こいつは何らか印象に残る妖怪であったから、咲夜の報告にも上ったということだ。興味を持つのはごく自然なこと。

だが私はこいつを目の前にして、既に半分以上の興味を失っていた。

弱い。感じられる妖気も、強者としての貫禄もない。覇気というものが欠片もなかった。

一体咲夜はこいつの何を買ったのか。現状では全く理解することができなかった。

「どうも。会わせてくれて感謝するわ。」

おっとりと冬の妖怪が言う。まるで邪気のない表情だ。

「ただの気まぐれよ。本来ならお前ごときに割いてやる時間はないのだから、存分にありがたがるといいわ。」

「ええ、そうさせてもらうわ。」

遠回しにおとしめてやったにも関わらず、こいつはおかしそうに笑うだけだった。

・・・気に食わないわね。

「それで。今日は何を企んでこんなところに来たのかしら。」

「主従で同じことを言うのね。何も企んでなんかいないわよ。」

「こんなとは何よ」と霊夢が言っているが、気にしない。どうせただのポーズなんだから。

「企みもなしに挨拶に来るのは何処ぞの願いだけよ。」

「言ってる意味はよくわからないけど、単に知人に会うのにいちいち企み事なんかしてられないわ。一年の4分の1を企んで過ごすことになるじゃない。」

それもそうね。

「けどそれなら、咲夜と会った時点で帰れば良かったのではないの?わざわざ私と会う意味はない。」

「知人の主に興味があったから、ではいけないかしら。」

ほら、やっぱり企んでた。

「乱暴な考え方ねえ。単なる興味本意よ。」

まさかこんな大物だとは思ってなかったけど、と奴は付け足した。

こいつの感想ももっともではある。吸血鬼というのは、悪魔の中でも最上位の種だ。

人間は当然のこと、大抵の妖怪では歯が立たない。鬼にさえも負ける気はない。吸血『鬼』なのだから。

当然だが、目の前の冬の妖怪程度では何をするも敵わない存在。それがこの私だ。

ということは。

「自殺志願者?生憎とそういうのは受け付けてないんだけど。」

「どういう発想をしたらそうなるのかしら。」

冬の妖怪は苦笑を漏らした。

・・・やはりただの妖怪ね。境界を操るようなこともなく、死をもたらすようなこともない、ごくごく普通の妖怪だ。

雑魚というほどではないにしろ、脅威になり得ることは決してないただの妖怪。運命に聞いてみても、何一つ面白いものは見えてこない。

暇潰しという意味では完全にスカを引いた気分だった。

だというのに、何故咲夜はこいつに興味を持ったのだろうか。

何故こいつは。

「あなたに挨拶できたのは幸運だったわ。これからは毎冬よろしくね。」

「ふん、冬は寒いから嫌いだよ。」

こんなにも手応えがないのだろう。

相変わらず興味はわかないが、そのことがほんの少し気になった。





そしてなんやかやで。

「さあ、レティさん特製クリームシチューよ。たんと召し上がれ。」

何故かこいつは今日神社に泊まることになっていた。

運命を操る私でも理解できなかった。まさに過程や方法などどうでもよかったわ。

「何で当たり前のようにうちの台所使ってんのよ。よこしなさい。」

「ダメよ。皆で仲良く食べましょう。」

そして霊夢は霊夢で相変わらず気にしていない。普段通りに欠食巫女だ。

「あなた、冬の妖怪なのに温かいもの平気なの?」

咲夜が疑問に思ったか、そう尋ねた。

「咲夜、こいつは雪じゃなくて冬の妖怪よ。シチューは冬の風物詩でしょう?」

「あらあら、答え言われちゃったわ。」

先に言葉を取ってやったというのに、こいつは全く意に介さずころころと笑っていた。

一瞬、某亡霊を思い浮かべたが、こいつは決して掴み所がないわけじゃない。

どちらかと言うと、幽々子というよりは――。

「ほら、レミリアも座ってないで手伝って。皆で準備をしましょう。」

「・・・名を呼ぶことを許可した覚えはないわよ。」

「呼べないと不便じゃない。勝手に呼ばせてもらうわね。」

勝手に呼ぶなと文句を言ってやろうと思ったけど、それよりも先に奴は台所へ引っ込んでしまった。

・・・本当に手応えのない奴だ。受け流しが洗練されている。

言葉が宙ぶらりんになった私は、不機嫌に座り込んだ。

「何をイライラしてんのよ。」

私と同じく食事が並べられるのを待っているだけの霊夢が、私に声をかけた。

「別に。」

けれど私は明確な理由があって不機嫌なわけではない。ただ何となく、掴めそうで掴めない感覚が気持ち悪くてイライラしているだけ。

だから、短く答えにもならない答えを返した。

「そ。食事がまずくなるからご飯までには落ち着いときなさい。」

そして霊夢も、別に深く気になったわけではないのだろう。そう言って再び視線を食卓の方に戻した。

この巫女は何も気にしていないんだろう。

一応神社としての体裁を保つために賽銭を要求してはくるけれど、そこまで熱心だとは思えない。そもそも博麗の巫女にとってお金など無意味なのだし。

そう考えれば、紫の企み――本人に確認を取ったわけじゃないけど、私は確定だと思っている――は無意味だ。



あいつが何を考えてこんなことをしているのか。「霊夢の怠け癖を直すため」と言っていたけれど、それは建前だ。

本当の目的はきっともっと深い。

優夢が来る前の霊夢を私は知っているわけじゃないけど、少なくとも私と出会った頃の霊夢はもっと冷たい印象を持っていた。言うなれば孤高。

それが今ではすっかり緩くなってしまい、博麗の巫女という言葉の重みは徐々に軽くなっている。

それを憂慮したのだろう。だから原因となった優夢を一度遠ざけ、霊夢に再度博麗の巫女としての自覚を持ってもらおうと。そういう魂胆だろう。

だが、霊夢は結局霊夢なのだ。考えてみれば緩い部分は元からあったし、冷たい印象も浮いている感じも以前と変わらず備えている。

そもそもの話、霊夢に元から博麗の巫女としての自覚があったかも怪しい。

そうである以上、紫の企みは意味をなさないものであり、このイベントは一風変わった暇潰しでしかない。

だからどうというわけではないけど。単に私がそう認識しているというだけの話。

ともかくも今はあの冬の妖怪だ。ただの妖怪ごときにこうもイライラさせられるとは。不愉快だわ。

「これで全部ね。さあ、冷めないうちにいただきましょう。」

こいつには私のイライラは伝わっていない。当たり前だけど。

白ずくめの妖怪は相も変わらずマイペースに言った。

「言っておくけれど、私の舌はそう簡単に満足させられないわよ。もし少しでもまずいと感じたら、覚悟はできているでしょうね。」

「出来てないけど早いうちに食べた方が美味しいわよ。」

・・・チッ。私は隠さず舌打ちをし、スプーンでクリームシチューを口に運んだ。

「どう?」

「・・・決してまずくはないわ。」

むしろおいしかった。悔しいけど。

「それは良かったわ。さ、霊夢も咲夜もしっかり食べてね。」

「言われるまでもないわ。」

「私はお嬢様がお食事をお済ましになるまで遠慮させていただきますわ。」

「あら、それは残念ね。シチューは暖かいうちが美味しいのに。」

「咲夜、主命よ。今すぐ席について食べなさい。癪だけど、冷めるともったいないわ。」

「・・・お嬢様がそうおっしゃるのでしたら。」

私の命令に素直に従う咲夜は、すぐに席についた。



そして、この日の晩餐はいつになくにぎやかなものになった。





そう、私が神社に来てからの晩餐の中で、もっともにぎやかに行われた。

・・・ああ、そうか。そういうことか。

私は、レティ=ホワイトロックという妖怪に対して感じていたものの正体を、なんとなくだけど理解した。

霊夢はそれほど騒ぐタイプじゃない。いつも冷静沈着で、宴会の喧騒を一歩引いたところから見ている。

咲夜もまた騒ぐことはない。酒が入ればその限りではないけど、いつでも完全瀟洒に働いてみせる。自分が騒ぐということはあまりない。

そして私もまた。私は自分から騒ぐことはない。みっともなく、無様だからだ。貴族である私がすることではない。

ここにいるのは、皆自分から騒ぐことはない、騒ぎを見て楽しむタイプだ。あまり会話もない。

だから静かな食事風景となる。刺激のない、ただの食事。

それはあまり楽しいとは思えなかった。私が神社に遊びに来るときは、もっと楽しかったはずだ。

何のことはない。霊夢ではなかったのだ。神社と優夢を結びつけて考えていたのは。

彼女はいつだって同じ。何にも執着することはなく、ありのままでい続ける。

霊夢ではなく、私達だ。私や咲夜、よく遊びに来ている魔理沙。いつもは居候している鬼。宴会に参加する面々。

周りの人妖たちが皆して神社に優夢がいるのが当たり前と思っていた。

彼は決して、『博麗の巫女』ではないのに。

ひょっとしたら、紫はそっちの方を企んでいたのかもしれない。霊夢をではなく、優夢に対する私達の考え方を是正するために。



レティ=ホワイトロックの――包容力とでも言えばいいか。それは、何処となく優夢を連想させた。

底が深く、暖かみのある妖怪。冬の妖怪という言葉から連想されるものとは似ても似つかないけれど、彼女は確実にそういうものを持っていた。

それが「私の中の博麗神社」にあるはずで、今の博麗神社に足りなかったものを補った。

優夢であるはずのそれが見ず知らずの妖怪だったから、何だか腑に落ちなかったのか。

・・・あいつの思い通りになるのは癪だけど、この私がそんな錯覚に陥っていたというのも屈辱ね。

いいわ。今は思い通りに動いてあげるわ、八雲紫。優夢が神社に縛られているのは、私も望むところではないもの。

けれど、最後に彼を手に入れるのは私の妹よ。他の誰にだって渡してやるものか。

あの子以上に優夢を好きな女なんて、世界中の何処にもいないんだから。

「お替りを持ってきなさい、レティ=ホワイトロック。」

宣言代わりにシチューのお替りを要求する。レティはパチクリと目をしばたたかせた。

「お嬢様、それなら私がお持ちいたしますわ。」

「いいのよ咲夜、私が頼まれたんだから。」

「頼んではいないわ、命令よ。」

勘違いを訂正してやると、レティはクスクスとおかしそうに笑った。その意味を理解した私は、もう気にならなかった。

「そうね。承るわ、レミリアお嬢様。」

「よろしい。」

笑顔で器を受け取るレティに、私は軽く微笑みを返してやった。



その懐の広さという点に関して、私はレティ=ホワイトロックという妖怪を認めた。

まあ、その一点だけだけどね。





翌日。

レティは「チルノに会いに行くから」と言って、早々に神社を出て行った。

私達は誰も特に引き止めなかった。本当に他者への関心が薄い面々だわ。

そして、ここはまた静かな神社へと戻った。今までがうるさかったわけじゃないけど、そんな印象を受けた。

たまにはああいう妖怪と接するのも悪くはないかもね。もしあいつが紅魔館を訪れることがあるようなら、客として向かえてもいいかもしれない。

まあ、それも私の気分次第だけどね。

「あなたはいつ来てもいいのよ、霊夢。あなたは私のものだもの。」

「私は誰のものでもないわよ。咲夜、お茶。」

「私はお嬢様のものなのですが・・・。」

私の軽口は流され、霊夢は咲夜にお茶を要求し、咲夜は一言言ってから姿を消す。いつものやり取りだ。

決して楽しくはないただの日常。

だけど。



「さあ、霊夢!今日こそあなたに私のものであることを自覚させてあげるわ!!」

「全く、朝っぱらから元気ね。吸血鬼のくせに。返り討ちにしてやるわよ!」



とても面白くて、今の私が気に入っている日常が、また流れ出した。

だから私に不満などあるわけがなかった。





+++この物語は、冬の妖怪が目を覚まし神社の面々とパヤパヤする、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



何処でも完全瀟洒なメイド:十六夜咲夜

神社でも紅魔館と同じように働く完璧超人。実は宴会で神社に来てるときからこれを見越して食器などの位置を把握していたという。\すげぇ/

晩御飯はレティと共同作業。彼女は補佐に回った。まさに完全瀟洒。

個が薄いわけではないが、メイドとしての作法にのっとっているため一歩引いている。

能力:時間を操る程度の能力

スペルカード:幻符『殺人ドール』、幻葬『夜霧の幻影殺人鬼』など



神社で骨休めする吸血鬼:レミリア=スカーレット

神社に泊まる吸血鬼というのもどうなんだろうか。が、本人が気にしてないからいいのだろう。

レティに関しては「弱いけど精神は成熟している妖怪」という認識。可もなく不可もなくなレベル。

個はめちゃくちゃ強いが、貴族としての威厳やら何やらを重視するため、自分から騒ぐことがあまりない。かも。

能力:運命を操る程度の能力

スペルカード:紅符『不夜城レッド』、紅魔『スカーレットデビル』など



冬になると目を覚ます妖怪:レティ=ホワイトロック

そして冬の間だけ起きている妖怪。だからと言って暑さに弱いわけではなく、寒気を操る彼女の存在意義が春夏秋にはないだけ。

家事能力はかなり高い。一年の4分の3を眠って過ごすために特定のねぐらを持っている妖怪故。

決して個が強いわけではなく、その包容力を持って各人の個を引き出してくれる。まさにお母さん。

能力:寒気を操る程度の能力

スペルカード:寒符『リンガリングコールド』など



妖怪神社の頓着しない巫女:博麗霊夢

妖怪が神社に来るなと声を大にして言っているが、実際そこまで頓着しているわけではない。気まぐれに近い。

何だかんだでレミリアやらを神社に泊まらせてるのは、いい人なのではなく追い返すのも面倒なだけ。

個が強いのに縛られることがなく浮いているせいで、まずにぎやかにならない人。

能力:空を飛ぶ程度の能力

スペルカード:霊符『夢想妙珠』、神霊『夢想封印 瞬』など



→To Be Continued...



[24989] 幕間二十六
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:48
~幕間~





これは、私・紅美鈴の、割と平均的な日常のお話です。



私の一日は、日課の太極拳から始まる。

太極拳は気の流れを清浄にするだけでなく、拳法の鍛練にもなるのです。

ただの健康法としての認識が広まっているような風潮があるけど、これは立派に理に叶った修練法なのです。

紅魔館の門番として、鍛練を欠かすことはない。外敵の侵入を防ぐため、有事の際にはあらゆる危険からお嬢様方を守るため、私は日々精進しているのです。

ビシッ、と最後の型を決め、朝の鍛練は終了です。

普段だとこのぐらいの時間に、まるで計ったかのようなタイミングで咲夜さんが朝ごはんを持ってきてくれる。というか、多分計ってるんでしょうね。

けれど今は、お嬢様に付き添って博麗神社に逗留中なので。



「朝の鍛練は終わりましたか、美鈴さん。ご飯できてますよ。」

お嬢様の代理件咲夜さんの代理を務める優夢さんが、私を呼びにやってきました。

彼は、「食事は皆で食べるものだ」と、門番である私も食事の席に呼んでくれる。

だけど私としては、門番である以上ここを離れるわけにはいかない。だから最初は断った。

けれど、普段の私の努力のおかげか、紅魔館を襲撃しようという人間・妖怪はそう多くはない。

優夢さんにそう諭され――実際のところ誘ってもらえたのは嬉しかったし、私は食事の席に着くことにしたのです。

「わかりました。いつもありがとうございます、優夢さん。」

「いえいえ、主兼執事長代理として当然のことですよ。」

お決まりの文句なんだけど、毎度毎度思う。優夢さんは執事に思い入れでもあるんだろうか、と。

燕尾服は似合ってると思うし、長身で綺麗な姿勢の優夢さんは『出来る』空気を纏ってる。

だけど、ごく個人的な意見を言えば、メイド姿も見たいなぁ。私はあんまり見てないし。

まあ、特に言うべきことというわけでもないし、私の希望は飲み込むことにしました。現状に文句があるわけじゃないし。





最初は出席していなかった妖精メイドの半分が出席するようになったことで、パチュリー様を除く全員が一度に食事をするようになった。

パチュリー様は基本的に図書館から動くことはない。一番最近地上に出てきたのは、三日おきの宴会騒動のときだから・・・半年以上前か。

それで短いと思うのだから、パチュリー様の引きこもりっぷりは見事なものです。だから体弱いんじゃないかな。

それはともかくとして、紅魔館の食堂は広い。咲夜さんが空間をいじっているため、外から見るよりもずっと広くなっている。

それだけの広さがあっても、屋敷中の妖精が集まると手狭だ。お嬢様も、使いもしないのによくこんなに集めたものです。

私用の朝食に用意された肉まんをぱくつきながら、何とは無しにそう感じた。

「・・・朝からよく食べますわね。見ているだけで胸やけがしますわ。」

と、私に話しかけてくる妖精メイドが一人。

えーと、この顔はあまり古くないですね。ここ最近で入ったメイドと言ったところですか。

古いメイドなら、何度か顔も合わせるから自然に覚えもするが、5年かそこら以内に入ったメイドに関してはそこまで記憶にない。

「朝はしっかり食べないと、昼間の仕事に差し支えるわよ。ええと。」

「ファルビーネですわ。スカーレット隊隊長の。いくら門の前に立っているだけとはいえ、わたくしのことぐらい覚えておいてはいかが?」

スカーレット隊・・・というと、咲夜さん付きのお嬢様護衛隊ですね。妖精メイドの中では最高位にあたるはず。

あまり古い妖精ではないと思ったんだけど、思い違いかな?

「いいえ。あなたのおっしゃる通り、わたくしは5年ほど前に勤めはじめたメイドですわ。古ければ良いというものではありませんわ。」

・・・なるほど、力を買われて隊長を任されているクチか。

そう考えてみれば、この妖精から感じられる霊力は、妖精にしては大きい。霧の湖の氷精と同じぐらいか。

属性も火とかなり攻撃的だし、有事の際に戦うことはできそうだ。

しかし。

「まあ、わたくしほどの器量を持った妖精など早々いるものではありませんけれど。期待される身は大変ですわ。」

頭の中身は、その辺の妖精とどっこいどっこいですね。まあ、しょうがないでしょう。妖精とは元来そういう存在なのだし。

調子に乗って高笑いする灼熱の妖精を、私は生暖かい目で見守った。

「ルビーが自分から誰かに話しかけるなんて、珍しいね。」

「どうびょうあいあわれむ。」

おっと、妖精メイドの電波コンビじゃない。

「電波コンビ言うな。私は違うんだから。」

「でんぱみょんみょん。」

「まあまあ。ところで、この娘はそんなに内気なの?」

「そういうわけではありませんわ。考えの足りていない妖精と一緒くたにされたくないだけで。」

と言いながら踏ん反り返るファルビーネ。なるほど、こういう子なのね。

友達少なそうだなぁ。

「あなた達は友達でいてあげてね。でないと不憫だわ。」

「不憫の極みの門番さんに言われるとは。ルビー、よっぽどだね。」

「失礼ですわね。いつも白黒に門を抜かれるあなたと一緒にしないでくださいまし。」

うぐっ!!い、痛いところを。

私だって抜かれたくて抜かれてるわけじゃないし、止める努力を怠ったこともない。単に止められないだけだ。

というか、何で魔理沙さんといい霊夢さんといい、神社関連の人間はああも人間離れしているんでしょうか。私は一応妖怪なんですが。

下手な妖怪より余程妖怪らしい彼女らと比べられても、困ってしまう。本人に言ったら絶対怒られるから言わないけど、レミリアお嬢様とタメを張るだけの強さは確実に持っている。人間なのに。

「わたくしに任せていただければ、あんな人間10分で灰にして差し上げますのに。」

知らぬというのは幸せなことだ。彼女の力は知らないけど、もし戦ったら逆に5秒以内に灰にされる方にかける。

彼女が魔理沙さんと戦うことがないことを祈るばかりだった。



プラネやアクア、ジストの三人組とも会話したりして、にぎやかな朝食を終える。

私はすぐに門の前に戻り、門前の警備にあたる。どうやら侵入者はなかったみたいですね。

ただ門の前を見張っているだけなのは退屈なので、その間も私は鍛錬を怠らない。

もちろん、敵の襲撃があった際に疲れ果てて戦えないのでは意味がないから、加減はする。

有事の際に対応でき、かつ十分な鍛錬強度を得る。これはなかなか難しいことです。

しかし私は、ここの門番を務めて数十年。歴史だけなら咲夜さんよりもずっと長いのです。

そんな私が加減を間違えることは、百日あって一日あるかどうかというものです。もしやりすぎてしまっても、仮眠を取ることで体力を回復できるし。

・・・まあ、そのことを理解してるのは咲夜さんぐらいだけど。妖精メイド達には「不真面目な門番」と思われているようだ。

別にいいですけどね、理解してくれる人はちゃんといるんだから。

「せっ!!」

私の拳が空を切る。周りの大気には影響を与えず、拳を突き出したところだけの空気を切り裂く。

これには中々の技量を要する。鍛錬をサボったら、この感覚を思い出すのは難しいだろう。

だから私は毎日鍛錬をする。紅魔館に害をなす敵が現れたときのために。何かがあった際にお嬢様達を守れるように。



そう。



「よーう中国、今日も精が出るな。」

こういう、明らかに「門を突破するぜ!!」という気配をかもし出してる人を追い払うために。

「私の名前は紅美鈴ホンメイリンだって何度言えばわかるんですか。」

空から降りてきた魔理沙さんが放った一言に、私は額に青筋を立てながら返した。

何でこう、皆して私の名前をちゃんと言わないんでしょうか。そんなに覚え難いんでしょうか、私の名前。

「お前の特徴を一番現してる言葉じゃないか、中国。そんな日本語じゃない名前覚えるよりよっぽど楽だぜ。」

「・・・私の特徴ってそれしかないんですか?」

ちょっと挫けそうになった。

「まあ、一番の特徴はヘタレってとこだがな。お前ほど力の割りに弾幕勝負が下手くそなのも珍しい。」

「ぐっ。言い返せない・・・。」

私は決して力の弱い妖怪というわけではない。妖力もそれなりにあるし、気を操る能力を使った攻撃は強力なものが多い。

けれど、弾幕勝負というものに関しては、決して強いわけではない。

私はどうにも、遠隔攻撃というのが苦手らしい。威力が出せないというわけじゃないんだけど、上手く当てることができない。

接近戦ならどんな攻撃だろうと、いなし、かわし、こちらの攻撃を当てることができるんだけど。

遠いと上手く相手との距離感覚がつかめないせいか、狙いが荒くなってしまう。

そのために大雑把で数の多い攻撃になってしまい、隙間を潜り抜けられて攻撃されてしまう。

・・・だけど。

「だけど、いつまでも同じだと思ったら大間違いですよ!私は日々鍛錬し、強くなっていっているんです!!」

「その台詞も何回聞いたかわからんがな。けど、私を楽しませてくれるなら信じてやってもいいぜ!!」

ビシと構えを取る私に対して、魔理沙さんは箒に跨った。あれが彼女の臨戦体勢。あの状態から星の弾幕をこれでもかと散らし、音速を超えるスピードで突っ込んでくる。

いつもいつもそれでやられてしまうけど、今日の私は一味違いますよ!!

「せいぜい粘れよ、門番!!」

「こちらの台詞です、白黒泥棒!!」



『さあ、楽しい楽しい弾幕ごっこの始まりだ!!』





射程は向こうの方に利がある。だから先制は向こう側から。

最初の頃は、あまりのスピードで飛んでくるそれに対応しきれず、5発目をかわせず落ちてしまっていた。

しかし今はその程度なんのその。私は弾幕をいなすような動き(触ってはいけないので実際は触れてないのですが)で回避する。

すると、弾幕を目くらましとして魔理沙さんが近距離に近寄ってくる。遠距離で落とせないなら近距離から撃つというのは、道理だ。

そのまま近寄ってきてくれるなら私の射程ですが、あいにくと向こうも私の射程は熟知している。そう簡単に近寄ってきてはくれません。

私の射程スレスレの距離を回遊しながら、魔理沙さんは星の弾幕を撒き散らした。全体的に速いながらも緩急がつけられたそれらは、時間とともに密度を増していく。

目的はわかってる。私をいぶりだす気だ。

私の射程は短い。だから私が攻撃しようとなると、どうしても接近する必要がある。

こうやって回避経路を限定されてしまえば、私が何処から抜け出そうとするかなんて簡単にわかる。その瞬間を彼女は狙っているはず。

なら、誘いに乗らないか。いやいや、それではいずれ落とされてしまう。私のいる場を覆う弾幕の密度は現在進行形で増大中だ。

結局私に取れる選択肢は一つしかない。誘いに乗って、接近する。あえて魔理沙さんが狙っている魔砲の的になる。

勿論、ただ喰らう気はない。何度も何度も喰らってるけど、だからこそ私は既に対策を立てている!

魔理沙さんは、弾幕の星座を抜け出した私を見るとにやりと笑った。

「学習能力が足りないな!魔符『スターダストレヴァリエ』!!」

そしてスペルカードを撃ってくる。大粒の星弾幕が、私の視界を覆った。逃げ場はない。

だけど、逃げる必要なんか初めからない!

「あなたこそ、バカの一つ覚えという言葉を知っていますか!?」

私は対策用のスペルカードを掲げ、宣言した。

「彩符『彩光風鈴』!!」

霊撃が広がり、大粒の弾幕の一部をかき消すが、全てをかき消すことはできない。残りの星弾は弾速を緩めず私に迫ってくる。

だけど、これでいい!!

私はその場で気を纏い回転を始めた。それにより気の渦が出来上がり、私を守る鎧となる。

残った星弾は気の渦に巻き取られて、あらぬ方向へと散っていった。

「おお!?中国が私のスペルを防いだ!!」

「伊達に何度も喰らってませんよ!ていうか、中国って呼ぶのいい加減やめてください!!」

「だが断るのぜ!!」

ああそうですか!なら、撃ち落とします!!

私は回転の遠心力で気で形成した七色のクナイ弾を乱射した。魔理沙さんは当たるものかと回避行動を取る。

今度はさっきと逆の立場。攻撃が私で防戦が魔理沙さん。私だってちゃんと成長してるんです!

今日こそ初白星を上げさせてもらいます!!

弾幕を目くらましとし、私は自分がもっとも得意とする距離――至近距離まで一気に詰め寄った。

「おお!?」

速さには自信がある。弾幕回避に集中していた魔理沙さんは、私が迫っていることに驚き声を上げた。

この一発で落とす!!

「三華『崩山彩極砲』!!」

さらに一枚スペルカードを宣言する。私の持つスペルカードの中で、もっとも威力のある一撃。

この一撃を喰らえば、いくら魔理沙さんと言えども落ちるはず!!

私は両腕に気を纏わせ。

「破ァッ!!」

思い切り振るった。それにより散る気弾の嵐。驚きでのけぞっていた魔理沙さんは、私の弾幕を回避しきれず何発か喰らう。

もらった!!

腕の勢いで散る気弾は、どうしても細かくなってしまう。だから威力はそれほどなく、魔理沙さんもちょっとひるんだ程度だ。

けれどそれでいい。これはあくまで目くらましなのだから。

このスペルの接頭辞にある『三』華の名は伊達じゃない。三連の攻撃で一つのスペル。それが三華『崩山彩極砲』。

あとの二発で魔理沙さんを完全にしとめる!!

私は次なる一撃――気を纏った貼山靠による追撃を仕掛けるべく、さらに距離を詰めた。

これは・・・勝てる!!

私は確信し、全力の一撃で持って魔理沙さんに仕掛けた。

これでもう私のことを中国とは呼ばせない!!



・・・決して油断はなかったはずなんですが。

「っと、そんな大振り、誰が喰らってやるか!!」

予想よりも早く立ち直った魔理沙さんは、回避行動を――取らなかった。

その代わり、こちらに八角形の物体を向け、左手にはスペルカードを持ち。

「恋符、『マスター・・・』」

「え、ちょ!?」

勢いのついた私の体は、止まることも横に反れることも敵わず。



「『スパーーーーーーーーーーーーク』!!」

「にぎゃあああああああああああああああ!!?」

魔理沙さんの魔砲に、真正面から突っ込み。

当たり前ですが、そのまま吹っ飛ばされて気絶してしまいました。

・・・今回は勝てると思ったのに・・・。





「うーん、何で勝てないのかしら・・・。」

1分ほどで起きた私は、魔砲で壊れた門を見てげんなりしながら、何故毎回毎回魔理沙さんに勝てないのかを考えてみました。

今回は結構いけたと思ったんですが。実際、二回も魔理沙さんを驚かすことができました。

だけど手ごたえとしては薄皮一枚に手が届いたという程度。まだまだ彼女に届いている気がしない。

「やっぱり射程の短さが問題かなぁ。でも私の力は遠距離攻撃に向いてないし。」

気を使った攻撃は近距離でこそ真価を発揮する。周囲を気の流れで吹き飛ばしたり、直に相手に叩き込み内側から破壊したり。

けれど距離が遠くなると、どうしても制御が利かなくなるし、そもそも気はそうやって使うことに向いているとは言えない。

気を固めてクナイ状にして飛ばせば、結構な飛距離は出るんですが。一直線な軌道は魔理沙さんには通用しません。

となると今度は操作性の話になってきますが、前述の通り近距離に寄らないとまともな制御もできない。

「もー、私も優夢さんの操気弾みたいなのがほしいよ~!!」

「いや、あれはあれで結構しんどいんですけどね。」

「ひゃあ!?」

び、びっくりした・・・!

いきなり後ろから声をかけられたことで、私は飛び上がり振り返った。

そこにいたのは、今私が名前を出した優夢さん。・・・相変わらず気配のない。

「魔理沙が屋敷の中に侵入してたんで、ちょっと様子を見にきました。怪我はないですか?」

「え、あ、はい。ちょっと膝小僧をすりむいちゃいましたけど、もう治りました。頑丈が取り柄ですから。」

「膝小僧で済むんだ・・・」と、優夢さんはちょっと苦笑を漏らした。鍛えてますから。

「あ、その魔理沙さんは?放っておいたら図書館で泥棒を働くんじゃ・・・。」

「餌で釣っときました。今はフランの話相手をしてるはずですよ。」

手際いいなぁ。妹様相手なら、魔理沙さんも無碍にはできないだろうし。

頻繁に悪事を働く魔理沙さんだけど、小さな子の面倒見は何故かいい。妹様のお相手をするのが多いのは、一番が優夢さん、二番が小悪魔、そして三番が魔理沙さんだったりする。

「美鈴さんは体術が素晴らしいんだから、操気弾みたいな防具はいらないと思いますがね。」

それは武器だと思うんですが。まあ、防具でもあながち間違ってはいないか。

「体術では弾幕ごっこの役には立ちませんよぉ~。」

弾幕ごっこは弾幕を当てなければいけないんだから、いくら体術が達者でも攻撃には関係ない。

「そんなことありませんよ。美鈴さんに教えてもらった体術で助かったことも何度かあるし。」

「けど、優夢さんはそれにプラスして凄い弾幕があるじゃないですか。」

「凄いってほどのもんでもないですけど・・・まああんまり普通ではないらしいですね。」

いや、凄いですから。普通ではないってレベルじゃないですから。相変わらず自覚のない人だ。

「弾幕が特殊なだけじゃ弾幕ごっこ強くはなれませんから。現にいまだに霊夢には勝ててないし、魔理沙相手の勝率も5割を上回らないし。」

「それはまあ、そうなんでしょうけど。」

「何があったって弾幕ごっこでは無駄にならないと思いますよ。使い方の問題だと思いますね。」

「それってつまり、私の気を操る能力や体術の使い方が下手っぴってことですか?」

「能力自体は高いと思うんですけどね。」

うーん、そう言われてみると、優夢さんは色々工夫してますよね。弾幕の形を加工してみたり、性質を変えてみたり、武術と組み合わせてみたり。

「能力と体術の単体ずつでの使用を足し算とすると、組み合わせは掛け算ですから。上手く組み合わせられれば一気に強くなると思いますよ。」

「本当ですか!?」

「まあ、俺の個人的意見でしかありませんけどね。素人意見ですいません。」

いえいえ、実のある話でしたよ。

「それじゃ、俺は仕事があるので。また後で、鍛錬のときに。」

「ええ、また。」

挨拶を交わすと、優夢さんは空を飛んでお屋敷の方へと戻っていった。

弾幕と体術の融合、かぁ。うん、優夢さんとの鍛錬のときに試してみよう。





そしてお昼を過ぎ、館の方の仕事が一段落した頃。

「お待たせしました。」

燕尾服から武道着に着替えた優夢さんがやってきました。

以前怪我をして逗留していたときや、普段遊びにくるときに私の訓練相手をするときは普段着の優夢さんですが、今は普段が運動には適さない服なのでこうして着替えている。

何というか、律儀な優夢さんらしいと思います。

「いえ、待ってないですよ。こうやって相手をしてもらえるだけで私は大満足ですよ。」

「妖夢にも言われますよ、それ。」

妖夢、というと、確か冥界のお屋敷に住んでる半人半霊のお嬢さんのことでしたっけ。

私は実際に会ったことがないから、又聞きでぐらいしか知らないんですが。

「あれ?美鈴さんって妖夢と面識ありませんでしたっけ?」

「私はあまり門の前から離れませんから。」

となると、私が知り合う人と言ったら紅魔館を訪れる人ぐらいのものですが、彼女は紅魔館には一度も訪れていないはずです。

「あー、そういえばレミリアさん、自分のとこでやる宴会には何故か冥界組呼びませんからね。」

冥界組だけでなく、むしろ呼ぶのが神社組ぐらいなだけなんですがね。

「妖夢も凄腕の剣術使いですから、きっと美鈴さんと仲良くなれると思いますよ。」

「あはは、いつか機会があれば会ってみたいものですね。」

会話をしながら、優夢さんは体を動かし鍛錬の準備を進めました。二、三度跳躍し、体の動きに異常がないかを確認。

「よし、と。それじゃ始めましょうか。」

「はい、よろしくお願いします。」

「こちらこそ。」

そして、私が一日の中で一番楽しみにしている時間が始まった。



一年前の『異変』のときは、体術に関してはそれこそただの素人だった優夢さんですが、その成長スピードには目を見張るものがありました。

初めは「怪我のリハビリのため」と聞き(詳細を聞いていたわけではなかったので、手足がなくなるほどの大怪我をしたとは思ってもみませんでしたが)、簡単な型を教えていました。

簡単とは言っても、武術の経験がない人が習得するにはそれなりの時間――長くて1~2週間はかかるものです。

しかし優夢さんは私の動きを一目でしっかり覚えてしまい、一日もしないうちに型を習得していきました。

ちょっと面白くなった私は、次々に型を難しくしていき、優夢さんもちゃんとそれについてきました。

もちろん優夢さんは武術の天才というわけではなかったので、難しい型になれば体がついていかず、習得にも時間がかかるようになっていきました。

しかしそれでも普通の人が覚えるよりはずっと早かったと思う。

弾幕を始めて4ヶ月で妹様に勝ったというのは、そういった飲み込みの速さがあったからこそなんでしょう。

ともかく、逗留期間で色々と型を教え、一週間に一度ぐらい遊びに来るので組手をしているうちに、いつの間にか優夢さんは私の良き鍛錬相手となっていた。

一人で鍛錬を行うのと二人で組手を行うのでは、鍛錬強度も楽しさも段違いなのは語るまでもないでしょう。

だから私はこの時間が一日の中で最も好きで、最も心躍る。

「せい!!」

「よっと!!」

私の繰り出した崩拳を化剄で受け流し、逆に寸剄を仕掛けようとしてくる。それを引いた左手で受け止め。

『破ッ!!』

互いの寸剄が激突し、大気を震わすような衝撃が走った。

これはさすがに私もちょっと無理があった。腕に走った衝撃のため、動きが停止してしまう。

しかしそれは優夢さんも同じことだったらしい。むしろ優夢さんの方がダメージは大きかったようで、顔をしかめていた。

――ちょっと試してみようかしら。

先ほど優夢さんからアドバイスをもらった『体術と弾幕の融合』。それを試すならここしかない。

私は素早く引いた右手でスペルカードを引き。

「虹符『烈虹真拳』!!」

「!?」

宣言と共に広がった霊撃の波で、優夢さんは驚愕の表情を浮かべた。

それには構わず――構っていたら抜け出されてしまう。それぐらい優夢さんは油断のならない人だから。

私は気を纏った拳の連撃を放った。

「破ァーーーーーーー!!」

「ぐっ!!」

それとともに飛ぶ弾幕を、優夢さんは両の腕でガードした。有効打にはならなかったようだけど、弾幕ごっこならスペルブレイクだ。

「いっつー・・・。容赦ないですね。」

「容赦しちゃったら鍛錬の意味がないじゃないですか。」

それもそうかと、優夢さんはすぐに納得した。

「それより今のって、ひょっとして体術と弾幕の融合ですか?」

「そうですよ。中々考えたでしょ。」

私は得意満面の笑みを浮かべた。これなら当てるのが下手な私で有効な一撃を加えられる。

「そうですね、びっくりしました。けど、相手の懐に飛び込めないと意味ないですよね。」

うっ。

「そ、そうなんですよねー。そこは相変わらずだし、どうすればいいんでしょうねー。」

そう。このスペルは、確かに一撃を加えるという意味で言えばかなり有効な攻撃だけど、射程がさらに短くなってしまった。

私の最大の弱点の一つである射程の短さをカバーする別の方法が必要になってくるんだけど、それは現在も模索中。

それを聞いて優夢さんは、ちょっとの間考えた。

「なら、ちょっと俺もやってみましょうかね。」

そう言って、操気弾を12個ほど展開し、それらを私達のいる空間にまばらに配置した。

? 操気弾で攻撃してくるんじゃないんですか?

「それじゃ鍛錬にならないでしょう。」

それもそうですね。

「ちょっと、懐に飛び込む方法を試してみようかと。俺も近接攻撃多い方ですし。」

なるほど。どういう方法で来るかはわかりませんけど、そう簡単には踏み込ませませんよ!!

「ええ、しっかり妨害してくださいね。じゃ、行きます!!」

言って優夢さんは地を蹴り。

私のいるのとは全く別の方に飛んだ。

「へっ?」

その意図を瞬間では理解できず、間抜けな声を漏らしてしまった。

しかし次の瞬間。

「よっ!!」

「!?」

優夢さんが急加速で方向転換し、私の懐へ飛び込んできた。そのまま一撃を繰り出してくる。

「くっ!?」

私はそれを反射のみでかわし反撃しようとしたが、そのときには既に優夢さんは大きく飛びのいていた。

そしてまた急加速での接近。

これは・・・どういうこと?私は二度目の攻撃を回避しながら心の中でつぶやいた。

優夢さんの飛ぶスピードはそれほど速くはない。霊夢さんよりも少し遅いぐらいだ。

けれど今のこのスピードは、お嬢様のそれと比較しても遜色がない。あのスピードのまま攻撃を仕掛けてくるだけで十分な打撃となり得る。

一体どんなからくりが・・・。

私の疑問は、優夢さんが私の方向ではなく真上に跳躍したことで氷解した。

「弾幕を足場にして!!」

「そういうことです!名付けて、『地獄の弾幕プロレスごっこ』!!」

・・・ネーミングセンスは相変わらずみたいですが、これはまたとんでもない発想をする。

優夢さんはただ弾幕を足場にしているわけではない。着地の瞬間に少し引き、跳躍の瞬間に弾幕で自分の体を押し出している。

そのために、通常の優夢さんではありえない急加速を得ている。

そして、足場にしているのは弾幕。優夢さんの意思に従って動く操気弾だ。

ということは、移動しながら足場の位置を変えることができるということ。上下左右前後斜め、自由自在に跳躍の方向を変えられる。

自由自在に神速で相手の懐にもぐりこみ、一撃を加えて離脱する。なんと見事な弾幕と体術の融合でしょうか。

これは優夢さんの発想力に対し、さすがという評価をする以外にはないでしょう。

しかし。

「残念ですが優夢さん、その攻撃には弱点が一つありますよ!!」

私は再び突進を仕掛けてくる優夢さんに視線をしっかりと合わせながら、スペルカードを取り出した。

この手の技の弱点は、タイミングを合わせられれば簡単に対処できてしまうということ。

「彩符『彩光風鈴』!!」

宣言とともに、私は気を纏い回転を始めた。それを見て優夢さんはギョっとした表情を見せた。

そして案の定。

「あたたたたた!?」

私の張った気の乱流に巻き込まれ、撃墜されてしまった。

「ふふふ、まだまだ功夫が足りませんね、優夢さん。」

「いやー、いい考えだと思ったんですがね。」

痛むところをさすりながら、優夢さんは苦笑を返してきた。

けれど、いい考えだったのは確かですね。私も参考にしたいと思います。

とりあえず。

「あの技の名前は『跳躍弾』ということにしませんか?さっきのはないですよ。」

「いや、いい名前じゃないですか?即興にしてはいいと思ったんですが。」

そのトンデモネーミングセンスも、さすがと言わざるを得なかった。



そんな感じで鍛錬を行い、1時間ほどで終える。

あまりお互い体力を消費しても、他の仕事に差し支えてしまう。

私は門番の仕事に戻り、優夢さんは屋敷の仕事に戻る。晩はまた大食堂で食事をして、夜は門の前で寝ながら番をする。

これが私の一日です。充実してるでしょう?








「つまらないわ。」

神社での逗留生活を終え紅魔館に帰って来たレミリアお嬢様が「私のいない間に面白いことがなかったか報告しなさい」とおっしゃるので、私の過ごした一日をご報告したのですが、どうやらお気に召さなかったようです。

「えー、楽しかったですよ?」

「別にあんたの感想を聞いてるんじゃないわよ。優夢とフランに何か進展があったのかを知りたいのよ、私は!!」

怒られてしまいました。・・・とは言いましても。

「私は基本門の前にいますから。お屋敷の中のことはわからないですね。」

「使えないわね。」

うぐっ。しょ、しょうがないじゃないですか。

「中のことでしたら、パチュリー様や小悪魔にお尋ねすればよろしいのでは?」

「パチェも小悪魔も揃ってだんまりなのよ。全く、何だっていうのよ・・・。」

ブツブツ言いながら、お嬢様はお屋敷の方へ戻って行かれた。

・・・そういえば、お嬢様がお留守の間、妹様はメイドの仕事を体験なさってたんだっけ。パチュリー様や小悪魔が黙ってるのもそのためか。

なら、私も黙っていよう。お嬢様は反対なさるかもしれないけど、きっとそれは妹様にとってよかったことなんだから。

「お嬢様も妹様のことばかりでなく、少しはご自分のことを気になさればいいのに。」

いつか妹様に色々な点で追い抜かされてしまうかもしれないですね。まあ、それはそれでお嬢様らしくていいかもしれません。

とりあえず。

「ん~・・・。今日もいい天気ですねぇ。」

私は冬の正午の暖かな日差しを浴びながら、いつもと同じ充実した一日を満喫することにした。





+++この物語は、紅魔の門番の普通に充実した一日を描く、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



紅魔の怠惰で勤勉な門番:紅美鈴

わかる人には真面目な門番であることがわかるが、多くの人には不真面目と思われているが実際は真面目なんです。

格闘技に関しては達人クラス。上手く使えれば幻想郷上位陣を脅かすだけの力を持っているはずなのに、工夫が足りない。

現在自分の射程を伸ばすか相手の懐に入る方法を開発するかで模索中。

能力:気を操る程度の能力

スペルカード:華符『セラギネラ9』など



飲み込みのいいマルチ弟子:名無優夢

基本的に何でも飲み込みがいい。が、才能が高いというわけではないので体が追いつかないこともしばしば。

今回開発したのはスペルカードではなく弾幕を利用した技法。緋想天的に言えばスキルカード。

どれだけ人のスペルカード見てもネーミングセンスが一向によくならない程度の発想力。

能力:あまねく願いを肯定する程度の能力

スペルカード:気砲『シュプーリングスター』、人形『エターナル・スカーレット・CB』、霊丸『無双散弾 -ショットガン-』、『願い星』など



→To Be Continued...



[24989] 三・五章十三話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:49
さすがに年末は忙しいので、紅魔館から帰った俺は二週間ほどを神社で――まあ、その間にも色々あったんだが――過ごし、年は明けて新年。

再び紫さんの手による霊夢の怠け癖矯正プログラムが始動した。

予想通りというか、今回もまた霊夢は当たりを引けなかった。恐らく紫さんが仕組んでいるのだから、当然と言えば当然の話だ。

そして紫さんが考えなしにこんなことをする人ではないと理解している俺は、現状を受け入れ楽しむことにしている。

だから、現状に文句は特になかった。



特にはないんだが。



「いらっしゃい、人間がこっちに来るっていうのは最近じゃ珍しいわね。」

『向こう』と『こっち』を隔てる境界の向こう側に立っている門番と思われる少女が、俺の姿を見て言葉をかけてきた。

「話は聞いてるわ。あなたのことは攻撃するなって言われてる。けど、ここを任されてる身として言っておくけど、向こうであんまり騒ぎを起こさないでね。」

「ええ、俺が起こす気はありませんよ。」

向こう側がどんなところかは知らないけど、できれば争いごとは避けたい。

・・・けど、果たしてそう上手く行くかどうか。名前からして物騒だからな。

冥界みたいに、名前は物騒だけど陽気でノリのいいところだといいなぁ、とちょっとした希望などを持っていたりはするが。

あんまり希望を持ちすぎて後で痛い目を見るのも嫌なので、それなりの警戒はしている。けれど招待されたのに警戒しっ放しも失礼な話なので、それなりにリラックスもしている。

現在の俺の心持ちを語るとしたら、大体そんな感じだ。なんとも形容しがたい。

まあ、とにもかくにも。

「一週間、よろしくお願いします。」

俺はこれからしばらく厄介になる身として、頭を下げた。

「よろしくするのは私じゃないけどね。変な人間。」

返ってきたのは苦笑混じりの言葉だった。



「『魔界』へようこそ、幻想郷の人間さん。私は門番のサラよ。」

「博麗神社の居候、名無優夢です。」

そんなわけで、次の俺の逗留先は魔界だったりするのである。





霊夢が引いたくじに書いてあった文字は「魔」だった。

それを見て最初、魔理沙もこの話に乗ったのかと思った。俺の作った飯が食えないってぼやいてたしな。

美味いと言ってもらえるのは作りがいもあるってもんだが、あいつの場合ちょっと図々しすぎるかなと思ったりもする。まあ、正直なところ俺はあんまり気にしない性質なんだが。

しかし紫さんから返って来た答えは俺の考えを否定し、まさかの魔界行きということだった。

・・・まあ、冥界やら月世界やら、普通だったら一笑に付されるような世界が実在していることを知っているわけなので、今更魔界があるということで驚いたりはしなかったんだが。

しかし魔界に知り合いはいない。当然だ、俺は魔界に行ったことはないんだから。

だから何で魔界が出てきたのか理解できなかった。俺は紫さんに理由を聞いた。

紫さんは怪しく笑うばかりで答えてくれず、何とか食い下がってようやく引き出した情報は「行けばわかるわよ」のみ。

ルールはルールだから行かないという選択肢はないけど、場所が場所だけにその辺の情報はほしかった。先行きが少々不安だ。

「えーっと、サラさん、でしたっけ。」

俺は先を行く魔界の門を守る少女に尋ねた。彼女は今、人がいるところまで案内してくれている。

問いかけに少女はくるりと振り返った。

「そうだけど、何?」

「いえ、大したことではないんですが。魔界ってどんなところなんでしょうか。」

せめて安全な場所であることを確認したかったので、そう聞いた。

「魔界神様が作った世界だってこと以外は、幻想郷とそう変わりない世界よ。」

それを聞いて、ちょっと安堵する。

「まあ、幻想郷よりは魔物も多いし、住人達の魔力も比べ物にならないけれどね。」

「ちょっと不安になりました。」

安心させてから不安にするとか、この娘も性格いいなおい。

「刺激さえしなければ安全よ。そっちだって、好き好んで戦闘しかける奴なんて早々いないでしょう?」

・・・いやぁ、思い当たる連中が結構、割と、少ないというよりは多いですよ。

「ああ、そういえばあなた神社在住なんだっけ。てことは、あの鬼巫女の縁者か。」

「その言葉で思い当たる人間は一人しかいないんですが、縁者ってほどのもんじゃないですよ。ただの居候です。」

魔界に来たことあったのか、霊夢。そういえば俺の魔界行きを聞いたとき、やたらしかめっ面してたな。

魔界に嫌な思い出でもあるんだろうか、あの霊夢が。

「ふーん?」

霊夢の話が出た途端、サラさんは俺の方をジロジロと見てきた。・・・大体考えてることはわかるけど、霊夢と比較されても困りますからね、俺は。

「まあ、人間にしては霊力持ってるみたいだけど、あなた男だしね。あそこまで常識を無視してはいないか。」

そう、俺は常識的ですよ。周りからなんと言われようとも。

(相変わらず自覚がないわねぇ。あなたほど非常識な存在は類を見ないのに。)

(まあ、いいんじゃない?自覚がなくたって非常識なもんは非常識なんだし。)

(むしろ自覚がない方が運命を面白く引っ掻き回してくれるからいいじゃない。)

(私は面白ければ何でもいいよ~。)

(同じくなのかー。)

(まあ、これが現実よね。厳しいけれど。)

(・・・すみません優夢さん。私にもフォローしきれません。)

常識的なんだってば。



皆がにぎやかだったので、俺の中に棲む『願い』の一人がやたら静かだったことに、俺は気付かなかった。

そも、あいつはいつも物静かだから、いつもと変わりないように思えたのかもしれない。

余談という奴だ。





***************





久方ぶりに故郷に帰って来た私だが、気分はあまりよろしくなかった。

別にここが嫌いだとかそういうことではない。幻想郷の住人には受けが悪い土地だけど、私はそれなりに気に入っている。

また、ここに住まう人々のことが嫌いというわけでもない。乱暴に言ってしまえば、彼らは私の兄弟に当たるのだから意味なく嫌う道理もない。

では何故私は不機嫌なのか。それはここに帰って来た原因に問題があった。

先日、故郷から手紙があった。魔法通信を使わず伝書鳩という方式で。

何かしら連絡がある際は魔法による通信が普通だったから(土地柄魔法という技術は幻想郷以上に発達しており、日常の些事は基本的に魔法で処理される)、私は訝しく思いながらも手紙を開けた。

そこには簡潔にこう書かれていた。



『ハハキトク、スグカエレ。 ユメコ』



見たとき、私は何のことかすぐには理解できなかった。文面の表すのが「母危篤、すぐ帰れ」という意味であると解読してからも、それが具体的に何を示しているのかに結びつかなかった。

そして軽い動揺から復活した私の脳裏に浮かんだ言葉は、「ありえない」だった。

これが人間や普通の妖怪だったなら、ありえることかもしれない。しかしあの方は我々の神だ。信用に足る内容とはとても思えなかった。

思えなかったけど。もし万一そうだったなら。そういえば魔法通信でなく伝書鳩なんて方法で手紙を送ってきたのは何故なのかしら。ひょっとしたら向こうの魔法に何か不具合が発生しているのかもしれない。

そうも考えられてしまい、「ただの冗談」で済ませられなかった。

とにかく、そうである以上じっとしているわけにはいかなかった。私は急遽里帰りをすることにした。



で、それで何故気分が良くないのか。あの文面が真実だったなら、それは良い気分にはならないだろうけど、このような表現にはならないだろう。

そう、やはりというか、思った通りあの手紙の内容は「ちょっとした冗談」だった。

私が不機嫌になるのも理解の得られることだと思う。

「ごめんねぇ~。でも、こうでもしないと帰ってきてくれないでしょ?」

少しの心配をしながら急いで帰ってきた私に、ピンピンした様子でこんなことを言ってきたのだから。

手紙の真相は、「私に帰ってきてほしかった」というただそれだけのことらしい。それにしたってもう少し方法を考えてほしいものだ。

内容が不謹慎すぎるし、夢子さんまで巻き込むなんて。・・・夢子さんなら嬉々としてやりそうな気もするけど。何だかんだで自分が楽しいこと好きな人だし。

ともかく、帰ってきてほしいなら素直にそう言ってくれればよかったのに。

「そうは言うけど、幻想郷に出てから一度も帰ってきてくれなかったじゃない。」

「それは帰ってくる必要がなかったからです。特に大きな用事もなかったし。」

「今回もそう言って断られると思ったのよ~。」

・・・否定はできないわね。

「けど、危篤はないですよ。神が危篤になるってどういう状況ですか。」

普通ではありえないし、もし実際になったら天変地異だ。

「だって~、こういう場合はこうするって夢子ちゃんが・・・。」

夢子さんの入れ知恵だったのか。

「その夢子さんは何処に消えたんですか?一言文句言いたいんですけど。」

「ああ、夢子ちゃんなら神社に行ってもらったわ。そういう条件なの。」

神社?ってひょっとしなくとも博麗神社のことよね。何でそんな場所に夢子さんが。

「いや、それよりも条件って何の条件ですか?そもそも今日は何のために私を呼び出したんですか。」

そういえば、私はまだ用件を聞いていない。あんな不可解な方法で私を呼び戻したんだから、何か重要な用事があるはずだ。

私は少々目に力を込めて、生みの親である彼女を見た。

「え~っと、どうしよっかな。やっぱりこういうのって黙ってた方が面白いわよね。」

「・・・帰っていいですか?」

「あ~ん、ちょっと待って~。もうすぐ来るはずだから~。」

涙目になりながら本気で帰ろうとする私を引き止めてくる。これで魔界の神だというのだから、知らない人が見たら信じられないだろう。

けれどこの方は紛れもなく魔界の創造主であり、私達魔界の住人全ての生みの親である。保有する力も魔法も、それこそ人知の及ぶものではない。

普段のこの様子と力のギャップは、魔界の住人である私達をして時についていけない。完全についていけるのは側近を務める夢子さんぐらいのものか。

それはそれとして、どうやら用事があるのは彼女ではなく、これから来る誰かということらしいわね。

・・・いいわ、すぐ来るみたいだし。そこまで待たされるわけじゃないというのなら、待ってもいい。

しかし今頃私に用事なんて、誰かしら。ユキとマイの二人ぐらいしか思い浮かぶ人物がいないけど。

あの二人ならロクな用事ではないでしょうね。悪戯好きだし。

それならあんな手紙で私が呼び出されることもないだろうし。あの二人ってことはないわね。

となると誰かしら。お世辞にも付き合いがよかったとは言えない私に用事がある人なんて思い浮かばないけど。

「誰ですか?」

考えても思い浮かばなかったので、私は問いかけた。

「もうすぐよ。もうすぐだから、そんなに焦らないの。」

まるで子をあやすような調子で――実際、私達は皆彼女の子となるわけだけど――そう言われ、私は口を噤んだ。

別に焦っているわけではないけど。まあ、すぐというのならそこまでしつこく聞くことでもないと思った。

「あ、ルイズちゃんこっちこっち~!」

どうやら用件がある人物も到着したようだし。

件の人物は私が背を向けている側から来たようで、魔界神様はそちらに向かって声をかけた。

私は振り返りながら「何の用?」と言うため口を開き。





そのまま硬直した。





え?どういう、え??ここ、魔界であってるわよね???

まとまらない思考が暴走し、私は見るからに狼狽した。けれどそれは私だけじゃない。

魔界の住人に引き連れられやってきた『彼』もまた、私の姿を見て困惑の様子を見せていた。

「全くもう、神殿にいらっしゃらないから探しちゃいましたよ。こんなところにいるなんて。」

「ごめんね~。でも久しぶりの子とお話するのに、神殿はちょっと息苦しいでしょ?」

「それはまあ、確かに。」

混乱する私達を他所に、ルイズさんと魔界神様は二言三言会話を交わしていた。

ルイズさんは役目は終えたと、私達全員に「ごきげんよう」と挨拶をして去って行った。

広場に残されたのは、私と魔界神様と『彼』の三人のみ。



「ほら、『アリス』ちゃん。お友達なんでしょう?ちゃんとご挨拶しなきゃ。」

魔界神様に呼ばれ、私はようやく正常な思考に戻ることができた。

理由の如何に疑問はあるけれど、どうやらこれが現実らしい。

・・・ともかく。

「いらっしゃい、優夢。魔界はどう?」

「明けましておめでとう、アリス。名前から想像するよりずっといいところだな。」

私、アリス=マーガトロイドは、自身の生まれ故郷で友人の名無優夢と対面することになった。

・・・全く本当に、性質に悪い悪戯ね。





***************





サラさんからルイズさんという優しげな表情の女性に案内役が交代され、道中血の気の多そうな魔物やら妖精(魔界にも妖精っているんだな)やら双子(?)やらにちょくちょくちょっかい出されながら、俺達は魔界神が住むという神殿にたどり着いた。

が、そこはもぬけの殻だった。ルイズさんによると魔界神はちょくちょくこうやって神殿を抜け出すことがあるらしい。

何というか、自由奔放な神様なんだなと思った。そこらは幻想郷の神様と同じなのかもしれない。

ともかく、ここにいなければ近くの公園か食事処だろうと二、三件尋ね周り、少し大きめの広場でその人物を発見することができた。

その傍らに見知った意外すぎる人物を発見して驚いたが、彼女はそれほど驚いた様子があるようには見えなかった。

しかし同時に、なるほどと思った。アリスならば俺を呼ぶ可能性もあるだろう。それもまた意外なことに変わりないけど。

「私は初対面だから、ちゃんと自己紹介しなくちゃね。魔界神の神綺よ。」

俺が思考を整理していると、アリスと並んで立つ女性――銀髪でサイドテールを作った3対6枚の荘厳な羽を持つ、それでいてあどけない顔をした女性が、俺に声をかけてきた。

「ご丁寧にありがとうございます、神綺様。俺は幻想郷でアリスの友人をやらせていただいております、名無優夢と言います。」

「あら、様なんて付けなくていいわよ。『神綺ちゃん』で。」

「そ、それはちょっと。では、神綺さんと呼ばせていただきます。」

しょうがないわねぇ、と神綺さんは妥協を示した。・・・神という肩書きの割に子供っぽい人だな。

悪いことではない。どちらかと言えば好感が持てると思う。立場とのギャップは大きすぎるが。

「あなたのことは紫からちょっとだけ聞いたわ。神社で居候してて、むしろ神社の表ボスで、アリスちゃんのお気に入りなのよね。」

「神綺様!!」

最後の一言にアリスが声を荒げた。まあ、友人っていうのにその言い方はちょっとどうかと思うな。

「アリスにとってはどうかわかりませんけど、俺にとってはアリスはいい友達ですよ。いい娘ですからね、アリスって。」

「でしょう~?」

自分の宝物を褒められたかのように、神綺さんは表情を緩ませた。

当のアリスはというと、パクパクと言葉にならない言葉を漏らしていたけど。何か変なことでも言ったか?

「あと神社の主は博麗の巫女ですから。俺は単なる居候ですよ。」

「あら、ここも聞いた通りね。」

聞いた通りって?

「度を越したお人よしで、謙虚過ぎて自覚がない。そんなイメージだわ~。」

・・・俺としては普通なつもりなんだけどな。誰だって俺の立場に立たされれば同じことをするはずだ。

「まあ、その辺はおいおい意識を訂正させていただくとして。何はともあれ、一週間よろしくお願いします。」

「こちらこそー。」

「え?一週間??何の話ですか、神綺様。」

どうやら、アリスは事の次第を知らないらしい。・・・ということは、これは話を聞いた神綺さんの独断か。

「えっと、霊夢の怠け癖を直すために俺を神社から離れさせて、一週間滞在させるってことらしい。去年の暮れから始まったんだ。」

「・・・あー。」

納得がいったという表情をするアリス。霊夢の怠けっぷりは周知の事実であるということがよくわかる。

「あの子ったら、相変わらずなのねー。」

「あれ?神綺さんは霊夢をご存知なんですか?」

「もちろん。」

そういえば、霊夢こっちに来たことあったみたいだしな。どうせ暴れたんだろう。

「その節は霊夢がご迷惑をおかけしました。」

「やっぱり相変わらずみたいね。」

今も昔も変わらないんだなぁ、霊夢。やっぱりと言う他ないけど。



その後、いつまでも立ち話もなんだしということで、近くの喫茶店に入ることにした。神綺さんお勧めのお店なんだそうな。

道中も思ったことだが、魔界は幻想郷に比べて文明が進んでいる。『外』の基準で言うと昭和後期から平成、部分的には『外』以上に進んでいるところさえある。

この世界は魔法が幻想郷以上に日常にありふれているものらしい。そのために、魔法を使った文明の発達が著しい。

話を聞くに神綺さんが一から全てを作ったということだそうなので、秩序もしっかりと取れているようだ。

『魔界』という名称でマイナスイメージが強いけど、とても過ごしやすい環境だと思う。

そういった率直な感想を述べたら、神綺さんはコロコロと笑った。

「あなたは変わってるわね。幻想郷の人妖の大勢は、魔界をあんまり好ましく思ってないのに。」

「そうなんですか。まあ、人間自分の住んでる環境が一番でしょうから。」

幻想郷の皆からすれば、魔界は進みすぎているんだろう。人によっては好ましく思わないのかもしれないな。

「俺は、ちょっとはっきりしないんですけど、多分『外』の出身ですから。」

神綺さんは俺の言い方にクエスチョンマークを浮かべながらも「あら、そうだったの。」と納得をした。

そんな感じで会話をしているうちに、注文した紅茶と茶菓子が運ばれてくる。あー、何かこういうの新鮮だな。

幻想郷で茶屋と言ったら緑茶と和菓子だ。洋菓子が食べられるのは紅魔館ぐらいのものだ。

どっちがいいということは特にないが、こういう洋風の店で洋菓子を食べるというのは、幻想郷では味わえない。

そういえばいつだったか、魔理沙とアリスが言い争ってるときに都会派だの辺境だの言ってたな。なるほど、これはアリスが都会派と言うのも頷ける。

味も良く、しばしここの菓子に舌鼓を打ちながら神綺さんの話を聞いた。内容は、霊夢が魔界を訪れたときの話だ。

何でも今から5年ほど前、魔界の民間旅行業者が幻想郷側の了解を取らずに旅行ツアーを組んでしまったらしい。

魔界の住人を快く思っていなかった幻想郷の住民はこれに怒り、『魔界異変』として霊夢が平定することになったそうだ。

話を聞いていると、確かに確認を怠った魔界側に問題はあるように思えるが。

「ふーむ、俺の見てる幻想郷からは想像できませんね。」

おやっさんやら慧音さんやらを見ていると、そんなことをしたとはとても思えない。彼らは妖怪に対してだって寛容だ。

「あの頃は幻想郷も魔界も幼かったのよ。多分ね。」

そういうもんなのか。

「それに博麗の巫女はどっちかというと、往来が活発になるせいで漏れる魔界の魔物の退治が面倒だったからみたいだし。」

凄く霊夢らしい理由だな。けど、民間業者がやったことなら神綺さんが責められるのは筋違いの気もするけどなぁ。

「私も言ったんだけど、『神様なら自分とこの住人ぐらい抑えておきなさいよ』って言われちゃった。」

・・・まあ、道理ではあるけど。霊夢が言うと面倒ごとを全部人に丸投げしようとしてるように思えるのは何故だろう。

結局神綺さんがツアーを組んだ業者に頭を下げに行き、事態を収束させたらしい。

その後幻想郷ツアーはなくなってしまったらしいんだが・・・何もなくす必要はなかったんじゃないか?紫さんあたりに許可取れば。

「大勢が巫女にトラウマ持っちゃったのよ。それで幻想郷に旅行したいって人が少なくなっちゃって。」

霊夢が霊夢過ぎて俺にはもう何も言えなかった。とりあえず一度魔界に謝りに来させよう、あの鬼巫女め。



ふと、アリスがさっきから何もしゃべってないことに気が付いた。

「? アリス、どっか調子でも悪いのか?」

「え?あ、ううん、大丈夫。平気よ。」

俺が声をかけると、今までの話を一切聞いていなかったような反応が返ってきた。本当にどうしたんだ?

――そういえば、『中』のアリスもこっち来てからほとんどしゃべってないよな。せっかくの故郷だってのに。

(・・・そうね。けど、故郷に帰るのが必ずしもうれしいこととは限らないのよ。)

そういうもんなのか?

(私はあなたの中にいるからもう『わかってる』けど、そこの『私』はまだ不安なのよ。)

不安?何を不安に思ってるってんだ。

(私の口から言うことじゃないわ。ともかく、『私』を安心させてあげられるのはあなただけ。ちゃんと言葉にして安心させてあげなさい。)

『願い』の皆はどうしてこうある意味で空気を読むのかね。

けれど、こんな方法で理由を聞きだしたって不誠実なのも確かだよな。それは友達に対する態度じゃない。

正々堂々、正面から聞こう。

「アリスは、ひょっとして魔界と自分を結びつけて考えられるのが嫌なのか?」

一気に切り込むような俺の言葉に、アリスが驚いた表情を見せた。・・・ちょっと言葉がきつかったかもしれないな。

だが、謝るよりも先にアリスが口を開いた。

「そういうわけじゃないわ。ただ、結局今まで優夢のこと騙してたってことになるし・・・。」

「言う必要のないことを話さなかったってだけだろ?友達だから何でもかんでも話せばいいってもんでもないよ。」

「けど、言わなかったのは私の勝手な都合で・・・。」

「話す話さないを決めるのは俺の都合じゃなくアリスの都合なんだから、問題なんてない。」

俺はアリスの気持ちを軽くしようと言っているんだが、どうやらどんどんアリスを追い込んでいってしまってるらしい。表情が曇ってきた。

・・・何をやってるんだ俺は。

「ごめ」「優夢が謝ることじゃないわよ。謝るとしたら私の方。」

言葉を遮り、アリスが観念したように言葉を吐き出した。

「ごめんなさい。私、友達だとか言っておきながらあなたのことを信じられてなかったのかもしれない。」

どういうことだ?

「聞いたでしょう?幻想郷の住人は魔界の住人を嫌ってる。もう昔のことかもしれないけど、今も嫌ってる人はいるのよ。」

・・・なるほど。それで俺がアリスが魔界出身であることを知ったら、俺がアリスを嫌うんじゃないかって思ったのか。

「あなたはそんなことないって思ってたけど、どうしても信じ切る勇気がなかった。・・・友達を疑うなんて最低ね、私。」

アリスは自虐的に言った。・・・そんなことはないだろ。

「友達だからって何もかも信じるのもおかしい。それはアリスがどうしても秘密にしたいことで、友達にも秘密にしておきたかったってただそれだけのことだろ?
それでアリスが自分を責めるのはおかしいよ。もっと自信を持ちなって。」

何の自信かはよくわからないけど。そう言ったら、アリスはようやくくすりと笑ってくれた。

「全くもう・・・。あなたっていつもそうよね。」

「まあな。受け入れて肯定することだけが、俺にできることなんだから。」

お前の『願い』はもう受け入れ肯定されてるんだから、当然のことだろ。なあ、アリス?

(ふふ、そうね。)

決して激しくはなく、やわらかく暖かな微笑みが、魔界の喫茶店の一角を満たした。

それはきっと、アリスが気にしていた『何か』を一つ解消できたってことなんだろう。

だからだろう。俺はとても心地よい午後の一時を感じることができた。



「ふ~ん。」

と。何故か神綺さんがニヤニヤしながら俺とアリスを交互に見た。・・・何でしょうか。

「アリスちゃんと優夢ちゃんって随分仲良しみたいだけど・・・ひょっとして恋人?

「ブッ!!」「んなっ!?」

神綺さんの一言で、俺は飲んでいた紅茶を噴き出し、アリスは顔を真っ赤にして反論を始めた。

「いいのよいいのよ、お母さんわかってるから。あ、それじゃあ優夢ちゃんの泊まる場所はアリスちゃん家の方がいいかしら?」

「し・ん・き・さ・ま!!!!」

アリスの怒りの咆哮が、魔界の喫茶店の店内にこだました。





この後陰体変化も見せたりして何とか誤解を解くことができた。

アリスがホッとしたよう残念なような微妙な顔をしていたが・・・感情表現が豊かなアリスってのも珍しかった。

ともかく、こんな感じで俺の魔界逗留はスタートした。



あ、そういえば神綺さん俺のこと優夢『ちゃん』って呼んでたな。この歳になって『ちゃん』付けは抵抗あるんだが・・・。

まあ、実際の年齢は相変わらずわからないんだけどな。





+++この物語は、まさかの安心魔界神が優夢の逗留先となる、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



適応能力が高い家政夫:名無優夢

普通はこんなにあっさり魔界の空気に順応しません。道中襲ってきた魔物が普通にうようよしてるので、危険は危険だが全く気付いてない。

彼の中の『願い』は、普段はうるさいけど大事なときには静かにしてる。出歯亀してるとも言うが。

アリスが魔界出身だということを聞いてびっくりしたのは一瞬、すぐ納得した。さすが願い。

能力:あまねく願いを肯定する程度の能力

スペルカード:気砲『シュプーリングスター』、人形『エターナル・スカーレット・CB』、霊丸『無双散弾 -ショットガン-』、『願い星』など



都会派の七色魔法使い:アリス=マーガトロイド

魔法使い的に言うと魔界は都会。だって魔法の本場だもの。

一応対外的には人間から魔法使いになった者ということにしているが、余計な外敵に煩わされないためと割り切っている。

その癖優夢に知られたときはうろたえた。何このツンデレ。

能力:人形を操る程度の能力

スペルカード:魔符『アーティフルサクリファイス』、魔操『リターンイナトニメネス』など



魔界万物の母神:神綺

魔界という世界の全てをたった一人で作った神。即ち、魔界そのものが彼女の子である。

そのため魔界の万物は全てが兄弟と言って差し支えない。が、兄弟間での温度差はあって当たり前。

彼女的には皆のお母さんのつもりだが、側近を務める夢子以外の全員にとって恐れ多い神様なのである。

能力:創造と破壊を司る程度の能力

スペルカード:???



→To Be Continued...



[24989] 三・五章十四話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:49
何やかやあって、結局俺は当初の予定通り神綺さんの神殿の一室を借りることになった。

考えてみれば実際に神様が住んでる神殿に泊まるっていうのは中々とんでもないことだと思うが、若い男女が一緒に寝泊りするよりは健全なはずだ。

ともあれ、一夜明けて魔界二日目である。



「おはようございます、神綺さん。」

「おはよう、優夢ちゃん。ちゃんと眠れた?」

神殿内には生活設備が作られている。まあ、ここは『祀る施設』ではなく『実際に神様が生活する居住空間』なのだから、必要ではある。

そういうわけで食堂が存在するのだが、俺がそこへ行くと既に神綺さんは食卓についており、俺の分の食事も用意されていた。

「はい。すみません、何か色々してもらっちゃって。」

「いいのよ~。優夢ちゃんはお客様なんだから。」

頭を下げたら、全く邪気のない笑みが返ってきた。本当にこの人――神か――は大らかだ。こんな神に創造され見守られているこの地は、平和なんだろう。

「いえ、客という身分に甘えるわけには行きませんので。何か俺にできることがあったら、遠慮なさらず言ってください。」

「う~ん、お客様に働いてもらうのもねぇ。けど、優夢ちゃんの意志は尊重したいわね。」

考えておくわ、と神綺さんは言って。

「それはそうと、お腹空いてるでしょう?希美のぞみちゃんにご飯作ってもらったから、冷めない内にどうぞ。」

「ありがとうございます。いただきます。」

希美さんというのは、夢子さんという普段神綺さんの側近を務めている人の下についている見習いさんだそうだ。見習いという割には随分腕がいいように思えるが。

きっと夢子さんは咲夜さんのように完全瀟洒なんだろう。希美さんの腕を考えるとそうとしか思えない。

まあ、朝からローストビーフはちょっと胃に重かったりするんだが。美味しいから問題はない。

「本当はアリスちゃんも呼びたかったんだけどねぇ。」

俺が食事を始めてしばらくしてから、神綺さんはため息とともにつぶやきを漏らした。

アリスは魔界に住んでいた頃の家へ戻っている。俺を魔界観光へ案内するために魔界に残ってはいるものの、神殿に泊まる気はないらしい。

まあ、気持ちはわかる。昨日一日話を聞いてて思ったことだが、神綺さんとアリス――魔界の住人の間には、認識のズレがある。

神綺さんにとっては魔界人は皆可愛い自分の子なんだろうけど、魔界人にとって神綺さんは敬うべき神だ。気安く接することはできないんだろう。

そうである以上、神殿に寝泊りするのはごく一部の『特別な人々』であり、一般的な魔界人であるアリスには恐れ多い場所なんだ。

「あまり無理を言っても仕方ないですよ。アリスにもアリスの都合があるだろうし。」

「そうなんだけど、残念よねぇ。」

はぁ、と再びため息をつく神綺さん。

どちらの認識が正しいということもない。どちらもあって然るべき価値観だ。

もし問題があるとしたら、お互いの妥協点をまだ見出せていないということだ。神綺さんと魔界人の間で、意見の中間点を見つけることが必要だ。

「幻想郷と魔界が5年前の『異変』から成長したのと同じように、魔界全体が成長する必要があるんですよ。きっと。」

「そうね。まだまだこれからよね。」

俺のフォローというかアドバイスというか率直な意見に、神綺さんはやる気の炎を燃やした。

魔界は人間の世界と違って一人の神様が生み出した世界なんだから。きっと、俺達の世界より素敵な世界になるに違いないだろう。

どちらがより優れているとか、そんな基準はないけれど。そんな魔界を見てみたいと思った。





食事を終え、神殿の外に出る。さすがに神綺さんは魔界神としての仕事があるので、俺を魔界案内へ連れていくことはできない。

だからその役はアリスが買って出たんだが。

「優夢、おはよう。随分早いけど、昨日はちゃんと寝られた?」

そこには既にアリスが来ていた。

「お前こそ早いな、アリス。おはよう。」

「人形を作ってないときは規則正しい生活をしてるのよ。」

なるほどね。いいことだ。

どうやら、久々の魔界でもアリスは普段どおりのようだ。

俺はアリスの後に続き、魔界観光へと出かけた。





***************





神殿の一室。私が住人の皆から送られて来る申請書類やら、各所から送られてくる報告書類やらを処理する、言わば仕事部屋。

そこで私は、山と折り重なった書類と向き合いながらため息をついた。

「どうなさったんですか、神綺様。ため息なんかつかれて。」

部屋の掃除をしていた希美ちゃんが、それに気がついてやや心配そうな声をかけてきた。

「ううん、何でもないの。ただ、私も魔界案内に行きたかったなーって。」

「ああ・・・。」

納得がいったような声。

仕事があるから仕方のない話ではあるけど、やはり私も行きたかった。行って、アリスちゃんの応援をしたかった。

本人は否定していたけど、私にはわかってる。アリスちゃんは間違いなく優夢ちゃんに気を持っている。

気付いていないのか、気付いてて恥ずかしいだけなのかはわからないけど。それは間違いないってわかった。

だってアリスちゃんの目。優夢ちゃんを見るときだけ、とても輝いていたんですもの。そう、「恋する乙女」って感じで。

あの魔界でも孤高を貫いていたアリスちゃんに好きな人ができるなんて夢にも思ってなかった。

もちろん私はそれを否定したりなんかしない。子は可愛いけれど、恋愛は自由にするべきだと思う。

優夢ちゃんの方も実際に会って話してみて、想像以上にいい人だった。だから私は反対する気なんて微塵もない。

「大丈夫ですよ。あの冷静沈着なアリスさんなら、つつがなく魔界案内を遂行してくれるでしょう。」

問題なのは、その冷静さなのよ。

アリスちゃんは冷静過ぎる。それは物事を感情に流されず解釈し処理することができるということだけど、恋愛は理屈でするものじゃない。

それでなくともアリスちゃんは自分の気持ちに気付けていないのだから、優夢ちゃんに想いを伝えられない。

優夢ちゃん、鈍そうだったしなぁ。いい人って鈍感なものなのかしら。

察してくれる可能性が絶望的である以上、アリスちゃんが真っ向勝負するしかないんだけど、アリスちゃんは策を練るタイプだしそもそも気付いてないし。

私でなくても応援したくなるというものでしょう?

「うにゅーん。」

「そんなに心配でしたら、書類を片付けてしまえばよろしいのでは。神綺様なら造作もないことでしょう。」

それはもちろん。お母さん、神様だから。

「でも、自分でこんな秩序を作っておいてなんなんだけど、神の力を書類仕事に使うのってどうなのかしら。」

「神力の無駄遣いだとは思いますけど、必要なことだとも思いますよ。」

世の中って難しいわよね~。



「ねえねえ希美ちゃん。優夢ちゃんについてどう思った?」

なんのかんの言いつつ書類に目を通しながら、私は希美ちゃんに聞いてみた。

「幻想郷にもあのような人間がいるのですね。私はてっきり、幻想郷の人は皆魔界を嫌っているものと思っていましたから。」

「そうよね~。優夢ちゃんってばいい子よ、ほんと。」

「その点は全面的に同意できますね。」

そんないい子ならアリスちゃんが好きになるのも当然だわ。

正直なところ、お母さんもクラッときたもの。あの笑顔は反則よね。

まあ、私は分別のあるお母さんだし、何より魔界の神だもの。手を出したりしないわ。

・・・ただ。

「やっぱりモテるのよねぇ。」

「へっ?」

気になる点としては、彼に想いを寄せている人妖がどれくらいいるかということ。

幻想郷には年頃の少女も多いでしょう。となると、彼のあの性格だと無自覚に2、3人落としてても不思議はない。

もしそうだとしたら、悠長に構えてる余裕はない。アリスちゃんには何としても優夢ちゃんを手に入れてもらわなければ。

お母さん、あんな感じの男の子がほしかったのよ。女の子にもなれて一挙両得だし。

「ふふふ・・・。邪魔者は排除してでも手に入れなくちゃね。そうは思わない、希美ちゃん。」

「あの、私には何のことだかさっぱり・・・。」

もしアリスちゃんの障害となるような馬の骨がいたとしたら。久々にがんばっちゃおうかしら。

アリスちゃんと優夢ちゃんの明るい未来を想像し、私はクスクスと笑った。

「こ、怖いですよ神綺様・・・。」

あら、そう?





***************





・・・?

「どうしたの、優夢?」

「いや、悪寒が・・・。」

気のせいかな?

とりあえず、今俺達は神殿からだいぶ離れた公園で休憩をしている。

さすがは都会(魔法的な意味で)というか、見所がたくさんあった。アリスの話だとこれがほんのさわりだというのだから、とてもじゃないが一日で見切れる量ではないな。

ファストフード店でサンドイッチとコーヒーをテイクアウトし、休憩をしながら昼食を取っていた。

「いやしかし、これはアリスが都会と主張するのもわかるよ。」

俺はハムとレタスのサンドを食べながら、公園を眺めて言った。

それに対しアリスは、やや誇らしげに返してきた。

「でしょう?正直なところ、幻想郷が何で発展を拒んでいるのかが私には理解できないわ。」

「幻想郷にも幻想郷にしかない味があると思うよ。」

アリスの言うこともわからないわけではないけど。俺だって幻想郷がもう少し発展してもいいとは思ってるし。

ただ、急激な発展が危険だということも理解している。『外』の歴史がそれを証明しているから。

魔界のように一から全てが神綺さんの手によって作られ、技術と秩序のバランスが取れているなら話は別だろうけど、あいにくとあそこは種族の坩堝だ。

そこらは慎重に、種族間の精神性や法を成長させていきながら、それにあわせて技術の進歩をしなければ。

「そこらのことは、多分紫さんが考えながらやってることなんじゃないかな。聞いたわけじゃないけど。」

「ふーん。」

アリスはわかったようなわからないような返事を返した。

実際に見てみないことにはわからないことだよな。もっとも、俺も見た記憶があるわけではないんだけど。知識があるというだけの話で。

そんな他愛のない世間話をしながら、俺達は昼時を過ごした。



「そういえば、魔界の人って皆アリスのこと知ってるな。有名人なのか?」

ふと、俺は今日の今までの行程を振り返りながら思ったことを口にした。

「別にそういうわけではないわ。」

俺の疑問に、アリスは簡潔にわかりやすく答えた。

「優夢も聞いたでしょう。この世界は全て神綺様によって作られた。人も、魔物も、世界そのものも。言ってしまえば、私達は皆血のつながらない兄弟なのよ。」

ああ、なるほど。そりゃ兄弟のことを知らないやつなんていないよな。

「まあ、人数が多いからさすがに全員を把握してるわけじゃないけど。私はやってることがやってることだから、それなりに顔も知れてるはずよ。」

「なんだ、やっぱり有名なんじゃないか。」

「有名人という言葉に語弊を感じたのよ。」

確かにちょっと違うイメージはあるな。

「やってることがやってることってどういうことだ?」

アリスは人形を遣う魔法使い。人形に武器を扱わせたり弾幕を張らせたり、炊事洗濯掃除と日常の家事を手伝わせたりしている。

それは素人目に凄いことだと思うけど、魔法の本場である魔界でも凄いことなんだろうか。

「人形遣いそのものは他にも何人か知ってるわ。けど、私がやってる研究は他の人達から見たら少し特殊なのよ。」

「研究って、確か前に聞いたな。完全自律人形の作成、だっけ?」

「そうよ。」

アリスが普段使用している人形達。彼女らは命令を与えられないと動くことができない。まるで生きているようにも見える上海人形達だけど、単独で思考することはできないと聞いた。

アリスが目指しているのは、そういった人形とは一線を画す。自分で思考し、判断し、行動する、「完全に生きている人形」だ。

それを聞いたとき、「心を持ったロボットの話みたいだな」と思ったのを覚えている。

確かに凄い研究をしていると思う。だから有名なのか。

「いいえ、技術的にもっとはるかに高度な研究をしている人もいるわよ。私の研究は、中の上か上の下ってところよ。」

・・・凄いな、魔界。完全自律人形の話だって夢のような話なのに、さらに上があるのか。

魔法の本場は伊達じゃないらしい。

「けど、なら何で有名なんだ?」

「私の研究している技術が『子を生み出す技術』だからよ。」

「? どういうことだ?」

「つまり、私の研究は魔界に変革をもたらすかもしれないということよ。」

アリスは立ち上がりながら言った。

「さっきも言ったけど、魔界の住人は皆が兄弟だわ。好き好んで兄弟と子供を作ったりするかしら?」

・・・それは、ちょっとぞっとしないな。

「目下魔界で問題となっている事柄の一つに出生率の悪さがある。だって神綺様しか作っていないんだもの。」

「ほとんど0ってことか。」

「そう。けど、もし私が完全自律人形の技術を確立させれば、それを転用することで子を作ることができる。」

なるほど、ね。アリスの研究は、魔界のためにしていることだったんだな。

何処ぞの死ぬまで借りていくわがまま魔法使いにも聞かせてやりたい話だ。

「まあ、研究してる一番の理由は「私がやりたいから」だけどね。」

「それがいいことにつながるなら、それが一番だと思うよ。」

俺の言葉に、アリスはちょっと照れた。





「あれ?アリスじゃん。」

「それと昨日の黒いの・・・。」

談笑していると、話しかけてくる人がいた。

って、この二人は・・・。

「ユキとマイじゃない。」

「昨日の双子じゃないか。」

昨日ルイズさんに案内されてる最中に、俺を幻想郷の住人であると見て襲い掛かってきた二人の少女だった。

「双子ってわけじゃないよ。単にいっつも一緒の仲良しってだけさ。」

「・・・ウザ。」

「そんなことより、あんたまだいたの?てっきり逃げ帰ったと思ったのに。」

白い子のブラックなつぶやきは、黒い方の子には届かなかったらしい。

「ああ、一週間滞在することになってる。って、この話昨日もしたと思うけど。」

「そんなことどうでもいいわよ。幻想郷にはロクな人間がいないんだから、私はとっとと帰ってほしいのさ。」

「ちょっと、ユキ。」

黒い子――ユキというらしいな。彼女の攻撃的な発言に、アリスが批難の声を上げようとした。

が、俺はそれを手で制した。俺の意図を理解してくれたかどうかはわからないけど、アリスは口を閉じた。

「そいつは誤解があると思うぞ。幻想郷にもいい人はたくさんいる。」

「口ではなんとでも言えるわね。証拠を見せてよ。」

証拠はないな。そもそもこういうのって証拠を見せて納得してもらうものでもないし。

「ほら、やっぱり嘘なんじゃない。ルイズ姉さんは騙せても私達は騙せないわよ。覚悟しなさい、幻想郷人!!」

公園の中ということにもかかわらず、ユキは炎の弾幕を作り出した。どうやらあれが彼女の魔法らしい。

俺は迎撃すべく操気弾を展開――

「頭冷やせ、この馬鹿。」

する前に、白い方の子がユキの首から下を氷漬けにした。・・・凄い早技だな。

「ちょ!?マイ、邪魔しないでよ!!」

「公園で暴れて無関係な人巻き込む気?少しは考えて動いてよ、私まで怒られるんだから。」

「あ・・・と、ごめんごめん。」

マイと呼ばれた少女にたしなめられ、ユキは謝った。

なるほど、そういう二人組なのか。火の魔法を使うユキがアクセル役で、氷の魔法を使うマイがブレーキ役。

相性の良さそうな二人だな。

「まあ、そういうわけなので。私も幻想郷の人間は信用できないし、正直出て行ってほしいわ。」

が、今は二人とも俺に対し敵対している状況だ。呑気に感心してる場合じゃないか。

「それはちょっと困るな。一週間はこっちにいるって約束なんだ。大目に見てくれないかな?」

「一週間も?馬鹿言ってんじゃないわよ、幻想郷の人間が一日いるのだって納得がいかないわ!」

「あなたの都合は知らない。勝手にこっち来たんだから、勝手に怒られて。」

・・・こりゃ、こっちの意見は聞き入れてもらえそうにないかな。

「どうしても居座るって言うんなら、力ずくで追い出させてもらうよ。」

「やるっていうなら、場所は変えるけどね。」

「・・・どうやら、納得してもらうためにはそれしかないみたいだな。」

全く、やっぱりこうなるのか。いつもと変わりないなぁ。魔界の住人も幻想郷の住人と通じるところがある。

「へぇ?言っておくけど、手加減してもらえるとは思わないでよ。」

「いいよ。ただし、俺は強いわけじゃないから、俺の方も加減はできないんで。そこんとこよろしく。」

ユキが力のこもった目で俺を見てくる。決して侮る気はないけど、見た目年端も行かない少女だからなぁ。やりづらい。

「近くに誰もいない平野がある。そこなら誰にも迷惑がかからない。」

「わかった、案内してくれ。」

「待ちなさい。私も行くわよ。」

話を進める俺達に、アリスが割って入ってきた。

「けどアリス、これは俺の問題だから・・・。」

「いいえ、私も一緒にやらせてもらうわ。二対一なんてフェアじゃないでしょ?」

そりゃまあそうかもしんないけど。

「何?アリスはそこの幻想郷人をかばうわけ?」

「幻想郷に行って染まったみたいね。」

「そういうわけじゃないわよ。これが紅白やら白黒だったら放置してるわ。けどね、彼は私の友達なの。見てるだけってわけには行かないわよ。」

「そ。好きにしたら。」

「え、いいのマイ?」

「本人がやりたいって言ってるんだから。それにアリスが加わったところで、大したことじゃない。」

「随分な自信ね。一人ずつだと私に勝てたことないくせに。」

・・・何か、俺とは関係なしにアリスとマイが火花を散らしてるように見えるが。

しかし、目の前の少女達はやはり見た目通りというわけではないらしいな。あのアリスが二人がかりとは言え負けたことがあるなんて。

こりゃ、本格的に油断はできないな。元々する気もないけどさ。




場所を移動し、青い草が地面を埋め尽くす広場に出た。周りには建物もなく、人気も魔物気もない。

誰にも迷惑はかからなさそうだ。

「さーて、謝って逃げ帰るなら今のうちだよ。」

これが最後通告と、炎の帯を装備したユキが俺に言ってきた。

だが俺も引くわけにはいかない。そういう約束だし、俺自身もうちょっと魔界を見たいと思い始めてるんだから。

「悪いけど、そういうわけには行かないな。だから手加減もできない。怪我させたらごめんな。」

答えとともに、俺は17の操気弾を展開する。この弾幕、威力だけは危険物だからな。

「自信家ね。二人なら私に勝てると思ってるの?」

俺の言葉で機嫌を悪くしたか、雪の羽を広げたマイが眉を跳ね上げる。

「『達』でしょう、二人合わせて一人前。優夢はバカみたいに強いし、私も幻想郷で成長してきてる。自信がない方がおかしいわ。」

挑発的な言葉を返しながら、上海人形を初め多種多様の色の人形を動かすアリス。

「いや、俺は弱いけど。まあ戦う前から負けを考えないようにはしてるかな。」

「あなたの『弱い』って言葉ほど恐ろしいものはないわよ。少しは強さを自覚してくれた方が、相手をするのも気が楽だわ。」

「なんだかよくわからないけど、あなた達じゃ私達に勝てないってことを思い知らせてやるわ!!」

「・・・役立たずが足を引っ張らないでよね。」



『さあ、楽しい楽しい弾幕ごっこの始まりだ!!』

そして、二対二の戦いの火蓋は、切って落とされた。





***************





「先手必勝!!」

戦いが始まると同時、ユキが優夢に突進していく。ユキが得意とするのは、近距離からの爆発攻撃だ。

それだけならはっきり言って何の脅威でもない。接近される前に弾幕を当ててしまえばいいだけの話。

けれど、マイと手を組むことによってそう簡単にはいかなくなる。

「む!?」

ユキを死角とすることによって、後ろに控えたマイから氷の弾幕が放たれる。これが厄介だ。

猪突猛進なユキと違って、マイは冷静で冷酷。仲間を盾にすることだってあるし、ユキのことを「役立たず」と平気で断言する。

その代わり単騎だと決定力に欠け、手数勝負に持ち込めば弱い。

単体だけなら二人とも大したことはないんだけど、お互いの性質が見事に欠点を埋めている。正反対な性格がこの二人のもっとも厄介なところだ。

そのため、私が魔界で生活している間二対一で勝てたことはなかったんだけど。

「なら、こうだ!!」

今は優夢という頼もしすぎるパートナーがいる。負ける気は全くしなかった。

優夢が前方に9個の弾幕を使った壁を展開する。それで私達に向かってきていたマイの氷弾は全て溶け、ユキも足止めを食らう。

「な!?何よこの弾幕、反則よ!!」

「んなこと言われても、俺にはこれしかできないんだ、よ!!」

弾幕を防ぎきると、9個の操気弾は壁を解きユキに襲い掛かった。慌てて後退するユキ。

隙だらけ。その隙を見逃す私ではない。私は露西亜人形を先行させ、ユキに追撃をしかける。

「簡単にやらせると思ってる?」

露西亜人形がユキに届く前に、今度はマイが前進してきた。ユキに加勢するのではなく、私の方に。

だけどあいにく予想通りだ。

「思ってるわけないじゃない。」

私は露西亜人形を引っ込めながら、マイが放ってきた氷弾を回避した。

私の攻撃の本当の目的はこっち。隙を見せれば、目ざといマイなら絶対に来ると思っていた。

弾幕を回避すると同時、私の服の中から仏蘭西人形が飛び出しマイを取り囲んだ。

これで分断は完了。何度も言うようだけど、一対一なら如何様にでもしようがある。

「・・・誘い出されたってわけね。」

「そういうこと。弾幕はブレインよ。」

裏のかき合いなら、私は負ける気はないわよ。

「ふん、足手まといが離れてくれた分好都合だわ。むしろ感謝したいぐらい。」

言いながら、マイはスペルカードを取り出した。

そういえばスペルカードルールができてからこいつらと戦り合ったことはなかったわね。さて、どんなものが出てくるのやら。

「雪翼『フロギスティックソアー』。」

「蒼符『博愛の仏蘭西人形』。」





***************





何コイツ・・・!?弱いって言うほど弱くないじゃない!!ていうかむしろ強い!!!!

私は逃げても逃げても追いかけてくる弾幕を必死で避けながら、心の中で愚痴た。

弾幕ごっこが始まる直前こいつは「自分は弱い」みたいなこと言ってたけど、それは大嘘だ。こんな理不尽な強さが弱くてたまるか。

弱いと思わせておいて、油断させて叩き潰すつもりなのかしら。だとしたら何て性根のひん曲がってる奴だ。

やっぱり幻想郷の人間は信用できない。

「でえい!!」

私は回転しながら全方位に向けて炎弾を撒き散らした。悠長に狙いをつけてる暇はない。そんなことをしていたらこっちが落とされてしまう。

「この密度なら!!」

だけどそれは、奴に届く前に奴が展開した弾幕によって粉々に散らされてしまう。

弾幕を破壊する弾幕。しかも何処までもホーミングしてくる弾幕。こんな反則、許されていいのか。

文句の一つも言いたかったけど、聞いてくれる人は誰もいないし、言ったからといってこの弾幕が緩くなるわけでもない。

とにかく、必死で逃げ打つ手を探した。

が。

「!? しまった!!」

「っしゃ、上手くいった!!」

いつの間にか、前後左右上下の行く手を弾幕によって阻まれていた。誘い込まれた!!

六発の弾幕は私から一定の距離にあり、それらが六方向を塞いでいる。隙間はあるものの、抜ける前に喰らってしまうだろう。

弾幕で相殺して通り抜けようにも、前述の通りの頑強さ。とてもじゃないけど突破できる自信はない。

何よ、めちゃくちゃ強いじゃない。あのアリスが自信満々になるわけだわ。

私はこの男に対する認識を改めた。・・・だからと言って、認めるわけじゃない。

ますますこいつを魔界に置いておくわけにはいかなくなったわ!

「爆熱『セルフバーニング』!!」

ならと、私はスペルカードを宣言した。さすがに霊撃に耐えられるだけの強度はなかったようで、宣言とともに弾幕は掻き消えた。

今度はこっちの番。あなたは油断ならないから、一発で落とさせてもらうよ!!

身に纏っていた炎の帯が形状を変え、私を守る鎧となる。これならあの弾幕にも耐えられるはず。

私は飛ぶ方向を一転させ、あの男に真っ直ぐ突っ込んで行った。

当然防御に弾幕を張って来るけど。

「チッ、やっぱこれは無理か!!」

鎧となった炎の密度は今までとは段違いだ。あの弾幕といえど、砕くことはできず弾かれた。

このまま叩き落す!私は突撃をしかけるべく速度を上げた。

「わっちゃ!?」

紙一重で回避されたけど、炎の残滓が彼にダメージを与える。よし、いける!!

私は再び方向転換し、彼を照準に合わせ突撃をしかけた。紙一重の回避をされるけど、動きは確実に鈍っていた。

あと二、三度で落とせるだろう。同じ攻撃を繰り返すため、私はさらにもう一度方向を敵に合わせた。

「・・・仕方がない!頼むぜ、桜花、梅花!!」

と。突撃する私の視界の中で、奴はカードを口にくわえ両手を腰の後ろに持っていっていた。

・・・何をする気かはわからないけど、私の炎は鉄よりも硬い。破れないよ!!

奴は避ける気配を見せなかった。なら好都合。そのまま打ち落とす!

私は加速し。

「人符・・・」

彼は宣言した。



「『二刀現世斬』!!」



交錯は一瞬。一瞬の後に、私と彼の間は離れていた。

振り返ると、彼はまだ空に浮かんでいた。今の攻撃も紙一重でかわされたのか。

その手にはいつの間にか二本の小さな刀が握られていた。多分、その刀で攻撃してきたんだろう。

けど残念。私の炎は刃物なんか通さない。当てが外れて残念だったね。

私は再び突撃を仕掛けるべく加速し。

「・・・・・・・・・・・・・・・へっ?」

不意に、周りの気温が下がった。

・・・違う、気温が下がったんじゃなくて私の炎が消えてる!?そんな馬鹿な!!

「さっすが妖夢が手入れを続けた刀だ。切れ味が桁外れだな。」

私の炎が、切られたっていうの!?そんな、そんな馬鹿な!!!

自慢の炎をかき消されたことで動揺する私とは対照的に、彼は冷静に次のカードを手にしていた。

「暴符『ドライビングコメット』!!」

宣言を聞き正気に戻ったときには既に遅かった。

「う、うそ・・・。」

私の周りは、巨大な弾幕で覆われてしまっていた。

「君は強いな。正直ヒヤヒヤしたぜ。けど俺も負けられないんだ。悪いけど、全力で行くぜ!!」

そして次の瞬間、それらが全て私に襲い掛かってきた。

逃げ場も全て塞がれ、スペルカードを宣言する余裕もなかった私は。

「きゃああああああああ!?」

避けることもできず弾幕をまともに喰らい、意識を手放した。



「と、大丈夫か?って気絶してら。ちとやりすぎたかな。・・・とりあえず、下で横にしとくか。」





***************





ユキは落とされたか。全く、本当に使えない奴。

これは、今回は負けるかもしれないと思った。自棄ではなく、冷静な判断として。

口ではああ言ったけど、私一人の力でアリスに敵わないのはよくわかっている。あいつが幻想郷に行ってる間私も成長したけど、向こうだって成長してるはずだ。

雪翼『フロギスティックソアー』は、巨大な氷の羽を作り出し羽ばたきによって羽根を飛ばすスペル。前方広範囲に弾幕を散らすタイプのものだ。

無論それだけでアリスを落とせないことはわかってるから、追撃として私自身が氷弾を作り発射している。

その全てを、アリスが展開した人形達が受け止めていた。

これがユキの炎とかだったら、人形を燃やして強行突破とかもできるんだろうけど。氷では人形を行動不能にすることができない。

しかも、ある程度損傷すると人形はアリスの手元に戻り、目にも止まらないスピードで修復を施され、再び前線に復帰してくる。

こっちの手数の多さのためにアリスも攻撃に転じられてないけど、戦況は完全に膠着状態。ここであの男に加勢されたら、私一人じゃ処理しきれないでしょうね。

「怪我はしてないか、アリス。・・・全然大丈夫そうだな。」

「もちろんよ。これなら魔理沙を相手にしてる方が大変だわ。」

・・・来た、か。これは負けたわね。

私は羽ばたきを続けながら、内心諦めていた。

「加勢は必要か?」

「別にいいわ。優夢はマイを相手にしてたんだから、下で休んでなさい。」

おや?アリスは一人で戦う気みたいね。余裕のつもりかしら。

「別にこっちは二人相手でも構わないんだけど?」

「強がるのはよしなさい。あなたがいっぱいいっぱいなのはとっくにわかってるわよ。」

でしょうね。こう言えばあなたは絶対協闘しないと思ったから言ったのよ。

それが証拠に、相手の男は少し困った顔をしながら下に下りていった。

「本当に良かったの?あなたじゃ私を落とせないことは理解できてると思ったんだけど。」

「それは私を過小評価しすぎね。あなたの中の私は、5年前から成長していないんじゃなくて?」

あれから成長していないとは思わないけど、こいつに決定力がないのは変わってないと思う。

人形遣いというのはそういうタイプの魔法使いだからだ。人形を砲台にできるため弾数は多いけど、大威力による決定打に欠ける。そういうものだ。

アリスが人形遣いを続けている以上、そこに変化はないはず。

「多分こう思ってるんでしょうね。『人形遣いだから決定打がないはずだ、持久戦に持ち込めばまだ勝ち目はある。』」

・・・弾幕はブレインと言い張るだけあって鋭い。だからこいつの相手は嫌なのよ。

「何処ぞのパワーバカ魔法使いじゃないんだから、強力な攻撃なんて必要ないのよ。人形遣いの長所は砲台の数なんだから。」

「その手数で私を押し切れてないんじゃない。」

私の言葉に、アリスはやれやれと肩をすくめた。・・・癪に触る。

「全力じゃないとでも言い張るつもりかしら。」

「言い張るも何も、全力なんてまだ一回も出してないわよ。」

・・・へぇ。じゃあ見せてみなさいよ。あなたの本気とやらを。

「そんな安い挑発に乗る気はないけど・・・。いいわ、古い知人との再会だから、特別にちょっとだけ見せてあげるわ。」

言って、アリスは展開する人形の数を増やした。

その数、30。

「ふん、その程度で・・・。」

まだ増える。50。

「私が驚くとでも・・・。」

さらに増える。100。

「思って・・・。」

さらに・・・てちょっと待ちなさい。どれだけ出す気!?

アリスが出している人形の数は、一般的な人形遣いが操る数をはるかに上回ってる。操れて70が限界のはず。

けれど今アリスが展開した数は、既にその倍を超えていた。こいつ・・・幻想郷でどれだけ成長してきたのよ!!

「で、まだ見たい?」

「・・・降参。あなたいつの間にか、あの巫女とかの同類になってたのね。」

「それは心外ね。」

私は氷翼を解き、負けを認めた。さすがにあの砲台の数で攻められたら、10秒と持つ気がしない。

朱に交われば赤くなるというか。こいつは私達の知ってる魔界人・アリス=マーガトロイドではなく、最早幻想郷の住人のアリスなんだ。

少し、悔しかった。



「ふう、あなたが負けを認めてくれて助かったわ。さすがにあの数は動かし切れないもの。」

「・・・ブラフかい。」

騙された。こいつはやっぱりアリス=マーガトロイドだった。



「ムッキー!悔しいー!!」

目を覚ましたユキは、私達の負けを知るや否や地団駄を踏んだ。みっともない奴だ。

「まあ、そういうことなんで。一週間よろしく頼むよ、ユキ、マイ。」

「よろしく頼まれたくなんかないわよ!あと勝手に名前呼ぶな!!」

別に私がこの男とよろしくするわけではないんだけど。生真面目な性格みたいね。

そう考えれば、以前魔界にやってきた幻想郷人よりは幾分マシな奴なのかもしれない。あいつらは色々と理不尽だった。

とりあえず、向こうはこっちの名前を覚えてるみたいだけど、正式な自己紹介はまだだったわね。

「私はマイ。氷の魔法使い。」

「・・・ユキ。炎の魔法使いよ。」

「ありがとう。俺は名無優夢、博麗神社の居候やってる外来人(?)だ。」

(?)って何よ、(?)って。

「優夢は記憶喪失なの。『外』の知識があるから一応外来人じゃないかって話だけど、はっきりしてないのよ。」

アリスが補足を入れたことで、私の疑問は解消された。

「あなたも苦労してるのね。」

「いや、そうでもないよ。記憶喪失で不便したこともないし。」

「そう言えるのはあなたぐらいのものね。普通はうろたえるぐらいすると思うわよ。」

「そういやうろたえはしなかったけど・・・まあ、受け入れて肯定するのが俺だし。」

「それもそうね。」

この男が悪人ではなく同時にとびっきり変な奴であることを理解した。それなら別にいい。

すぐに順応しアリスと優夢と談笑する私とは対照的に、ユキはムスっとした表情のまま黙り込んでいた。

いつまでやってる気かしら、こいつ。

「・・・ユキ、ひょっとして最後の一発で怪我とかしちゃったのか?」

で、この見るからにお人よしはそんなユキの様子を「元気がない」と受け取ったようで、勝手に心配しだした。

「別にそんなんじゃないわよ。あの程度で怪我するほどやわじゃないわ。」

「そっか。それならいいんだ。悩みがあるなら相談に乗るぞ。もう俺とお前は友達だからな。」

「だからそんなんじゃないって言ってるでしょ。」

絵に描いたような親切で鈍い男ね。別に言う義理はないんだけど。

「気にすることなんかないわよ。どうせあっさりと負けて拗ねてるだけなんだから。」

「ちょ、マイ!!」

ユキが抗議の声を上げるけど、知ったこっちゃない。ていうか鬱陶しいからいい加減やめなさい。

「あっさりってことはなかったけどな。結構手ごわかったし、次やったら俺が負けるかもな。」

「そうよ、私は負けてなんかいないんだから!!」

いや、どう考えても負けてたでしょうが。思いっきり落とされてるとこ見たわよ。

「まだスペカ全部使ってなかったのよ!全力出してないの!!」

「まあ、出されると怖いから出す前に勝たなきゃと思ったからな。」

その時点で優夢の作戦に負けてるじゃない。

「再戦ならいつでも受けて立つぞ。俺は神綺さんの神殿に泊まってるから。」

・・・神綺様の客だったのね、こいつ。よし、全部ユキがやったことにしよう。

「言ったわね!?絶対負かしてやるんだから!!」

「お手柔らかにな。」

気炎を吐くユキ。柔らかく笑う優夢。ため息をつくアリス。

三者三様の感情図がまるで喜劇のように滑稽で、私は無表情に笑っていた。

こいつらを見てるのは、割と面白いかもしれない。少なくとも一週間の間は楽しませてもらえそうだ。

そんなことを思っていた。





アリス達と別れてから。

「ねえ、マイ。」

「何よ。」

ユキがこんなことを言い出した。



「優夢って、案外いい奴なのかも・・・。」



ちょっと頬を赤らめながら言ったその言葉を聞いて、私は思った。

ああ、こいつ落とされてやがる、と。

まあ、私には関係のない話である。





+++この物語は、幻想郷の天然ジゴロが着々と魔界に勢力を伸ばす、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



天性のスケこま師:名無優夢

本人が意図してやっていることではないが。笑顔が綺麗なのは得なのである。畜生、少し寄越せ。

普通だったら男にパルパルされて然るべき存在だが、むしろ男に尻を狙われているので洒落にならない。

将と馬を同時に射る離れ業を無意識にやってのける。魔界神相手でも例外ではなかったようである。本人に自覚は何処までもないが。

能力:あまねく願いを肯定する程度の能力

スペルカード:気砲『シュプーリングスター』、人形『エターナル・スカーレット・CB』、霊丸『無双散弾 -ショットガン-』、『願い星』など



魔界の変革候補者:アリス=マーガトロイド

全ての存在が一人から生み出されるということは、決して健康的ではない。そのことは魔界の住人皆もよく理解している。

そのため、彼女の研究は魔界の皆から注目されている。魔界人にとって難しい幻想郷行きが成立したのはそんなバックグラウンドもあった。

もっとも、本人は「自分がやりたいからやっているだけ」なのだが。照れ隠しではなく本心で。

能力:人形を操る程度の能力

スペルカード:魔符『アーティフルサクリファイス』、魔操『リターンイナトニメネス』など



炎の黒い魔法使い:ユキ

雪なのに炎とはいかなることぞ。マイとごっちゃになる程度の名前と能力。

普通に戦えば相当強い魔法使い。ストライカータイプ。しかし強敵と戦った経験が少ないため、今回は優夢に落とされてしまった。

当たり前だが恋愛経験も皆無であり、そっちの意味でも優夢に落とされたっぽい。

能力:主に炎の魔法を操る程度の能力

スペルカード:爆熱『セルフバーニング』など



氷の白い魔法使い:マイ

服は白いのに腹黒い。むしろユキーブラック。それも相まってユキとごっちゃになる人。

ユキのことを足手まといと平気で言ったりするが、実際のところユキの方が強い。ただしこっちの方が策略家ではある。

氷の魔法を使うためか冷淡であり、感情も薄い。とりあえず何か面白い三人を傍観して楽しむことにした。

能力:主に氷の魔法を操る程度の能力

スペルカード:雪翼『フロギスティックソアー』など



→To Be Continued...



[24989] 三・五章十五話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:49
「おーい優夢~!今日の魔界観光行くよー!!」

神殿の外からユキちゃんの声がする。この食堂は建物の奥の方にあるのに、元気がいいわね。

「もう来たのか。すいません希美さん、せっかく作ってもらったのにゆっくり味わってる暇なさそうです。」

「いいんですよ、気になさらないでください。」

希美ちゃんの返答を待たず、優夢ちゃんは大急ぎで朝ごはんをかきこんだ。

なお、三日目の朝食から和食になっている。優夢ちゃんの好みを聞いたら和食が好きだってことだったから、希美ちゃんに頼んでそうしてもらった。

「ごちそうさまでした、晩御飯は味わって食べますんで。それじゃ、行ってきます。」

「行ってらっしゃい、優夢ちゃん。」

「行ってらっしゃいませ、優夢様。」

慌てて出て行く優夢ちゃんに、私と希美ちゃんは顔をあわせてくすりと笑った。

「もぉー、優夢遅いー!!」

一際通るユキちゃんの声。その後にちょっと優夢ちゃんの声とアリスちゃんの声がして、やがて聞こえなくなった。

「・・・随分と仲良くなったものですね。」

「そうねぇ。」

私達は微笑みを浮かべながら、彼らの行った方向を見つめた。



優夢ちゃんが魔界に滞在を始めて三日目のこと。普段はあまり神殿には来ないユキちゃんとマイちゃんがやってきた。

話を聞いてみると、前の日に弾幕ごっこをして仲良くなったそうだ。それで優夢ちゃんのところへ遊びに来たということだった。

私としてはお母さんに会いにっていうのの方が嬉しかったけど、そこはぐっとこらえた。だって神様だもの。

仲良くすることは悪いことではないけれど、疑問もあった。

確かユキちゃんとマイちゃんは、前に博麗の巫女がやってきたときにひどい目にあわされたことがある。それ以来、幻想郷に対して快く思っていなかったはず。

それが、一緒に遊んだからといってこうも簡単に打ち解けられるなんて思いもよらなかった。

もちろんそのこと自体は喜ばしいことだ。文句なんか言う気はないし、むしろ優夢ちゃんには感謝している。

だけど一体どうやって頑なな彼女達の心を溶かしたんだろう。それが不思議だった。

優夢ちゃんの人の良さと言ってしまえばそれまでだ。あの子の心根の真っ直ぐさ、一緒にいる人の心を安らがせる優しさは、確かに素晴らしい。

けれど。私にはどうしても、それだけとは思えなかった。話しているだけで私の心をこんなにも元気にさせてくれること自体が、何かの能力に思えた。

もちろんあの子がいい子だってことは疑いようがないけれど、私は単純な好奇心で気になっていた。

この魔界でよく思われていない幻想郷の住人が、どうしてここまで気持ちよく「受け入れられている」のかが。

・・・紫に聞けばわかるかもしれないけど、教えてくれなさそうね。あいつ、秘密主義だから。

けど、彼自身に聞くのも何となくはばかられる。まるで彼の人のよさが作り物であると言ってしまうような気がして。

そんな感じで、疑問に思いながらも今日まで聞かずじまいだった。明後日は優夢ちゃんが帰る日なんだけど。

うーん。気にはなってるんだけど、あくまで私の好奇心でしかないよねぇ。別に知らなくたって損はしないと思うけど、でもでも聞かないと気になるし・・・。

「本当にどうしようかしら。」

「? 何がですか、神綺様。」

私の独り言に、希美ちゃんは疑問符を浮かべた。

・・・まあいいわ。お仕事しながら考えましょう。

「さ、希美ちゃん。お仕事お仕事♪」

「??? はぁ・・・。わかりましたから押さないでください、神綺様。」

考え事は後回しにして、私は希美ちゃんの背を押しながら仕事部屋へと向かった。





***************





「ほらー!凄いでしょ!?」

「おー、絶景だな。」

ユキとマイに案内されて着いたところは、ビルっぽい建物の屋上だった。

俺の知識の中にある『外』のビルとは形が違っており、話によると天文台に使われているそうな。

魔界にも太陽はあるし、星空も見える。空に関しては、幻想郷や『外』の世界と同じものを見ているんだそうだ。

他の建物よりも上背のあるこの天文台の屋上からは、遠くまでがよく見えた。幻想郷と魔界をつなぐ門も見えるんじゃないだろうか。

ここがユキのとっておきの場所らしい。誇らしそうにしていた。

「夜に来るとすっごく綺麗なんだよ。町の光がパァーってなって、まるで宝石箱みたいで。」

「それは是非とも見たいな。」

「んー、優夢にはまだ見せられないかな~。」

勿体ぶるなぁ。まあいいけど。ユキが見せたくなったときで構わない。

しかし、良かった。一時はどうなることかと思ったけど、ユキも打ち解けてくれたようで。

初めは「幻想郷の人間」ということで邪険にされていたけれど、次の日からは普通に接するようになってくれた。

誠実に話したのがちゃんと伝わったんだろう。やはり誠実さは大事だ。

マイは物静かなタイプであるためよくわからないが、嫌われてはいないようだ。それならそれで十分。

魔界において、俺は平和な人間関係を築けたと思う。

幻想郷の人は魔界をよく思っていないって聞いたけど、きっとそれも払拭可能な問題だ。そのための力になるなら、俺は喜んで手を貸したいと思う。

いや、むしろ両方の内情を知っている俺が進んで交流の場を設けるべきかな。俺一人の力では無理だろうけど、慧音さんとかに声をかけてもらって。

うん、幻想郷と魔界の関係はきっと今よりよくなることができるはずだ。

俺は明るい未来を想像しながら、ここから見える景色を得意そうに説明するユキの言葉に耳を傾けた。



いつかの公園で昼食をとっていた時。

「そういえば、優夢が幻想郷に帰るのっていつだっけ。」

サンドイッチを口いっぱいに頬張ったユキが尋ねてきた。

「えっと、今日が五日目だから、明後日だな。」

指を折りながら数え、答えた。

するとユキが膨れっ面になりながら。

「えー、すぐじゃん。もっといなよー。」

こんなことを言ってきた。俺は思わず噴き出してしまった。

「な、何よ!!」

「いやいや、最初「幻想郷の人間が魔界にいるのは一日だって許せない」って言ってたユキの言葉とはとても思えなくてさ。」

「わ、悪かったわね!あのときの私は若かったのよ!!」

「短時間で随分と老けるのね。」

「マイッ!?」

マイがユキいじりに加わった。ユキは鋭くマイを睨んだが、マイはどこ吹く風といったところだ。

「悪い意味じゃないよ。単純に嬉しいんだ。」

互いにいがみ合うのはバカバカしいことだ。その理由が単なる思い込みや誤解だったとしたら、なおのこと。

ユキは俺を受け入れてくれた。「幻想郷の人間皆が皆魔界を嫌ってるわけじゃない」って理解してくれた。

なら、それは喜ばしいことだろ?

そう言ったら、ユキは照れたのかちょっと赤くなった。

「・・・前々から思ってたけど、あなたってよくそんな恥ずかしい言葉を平気で言えるわね。」

「そうか?俺は思ったことを真っ正直に言ってるだけなんだけど。」

「普通はそれを恥ずかしがるわよ。ほんと変な奴。」

変なんじゃなくて、まともなだけだと思う。少なくとも俺はそう思ってるんだけどな。

そう言うと何故か大抵「やっぱり変な奴」と言われるので、黙っておこう。まあ、「まとも」の定義も人それぞれ違うだろうし。

「いてくれって言ってくれるのは嬉しいけど、向こうでの生活もあるしな。多分そろそろ霊夢の奴も懲りただろうし。」

「霊夢・・・って、あの巫女のことだっけ。」

「アレのところに帰ろうとするなんて、あなたも物好きね。」

・・・ほんと霊夢ってこっちだと悪名高いよな。

しょうがない、兄貴分として誤解の一つや二つ解いておくか。

「あいつは決して悪い奴じゃないよ。ただちょっと面倒くさがりで、敵対した相手に容赦がないだけで。」

「それを聞いていい奴だとは思えないわね。」

「アリスから見たらどうなの?」

マイは同じ魔界人であるアリスに意見を求めた。今まで黙って見ていただけだったアリスだが、話はちゃんと聞いていたようだ。

アリスはしばし考えて。

「・・・まあ、悪人ではないわね。善人とも言いがたいけど。」

凄く微妙な顔をしながら、そう答えた。俺も同じような答え方になるだろうな。

あいつは中庸の存在なんだ。全ての物事から浮き、常識にとらわれずありのままで考える。

だから、あいつには善も悪もない。強いて言うなら、「面倒くさい」と思うことがあいつにとっての悪なんだろう。

「ちなみに魔理沙は?」

「あいつは真っ黒々の悪でしょうが。」

そう言うと思ってたよ。あいつもいい加減「借りる」癖を直した方がいい。

「そんなわけで、霊夢は決して悪い奴ではないよ。」

「けど、いい奴でもないんでしょ?だったら何で優夢はあいつと一緒にいるの。」

ユキが少々不機嫌になりながら聞いてきた。何で不機嫌になるのかはよくわからなかったが。



俺が霊夢と一緒にいる理由、か。初めはそもそも俺に行く場所がなかったことが発端だ。

けれど空を飛ぶことを覚えてからは、人里に行くことができた。そのまま住み込みで働くことだってできたはずだ。

何故そうしなかったか。それは確か・・・恩を返さなきゃって思ったんだ。

俺が記憶を失って流れ着いた先で、あいつは俺をかくまってくれた。俺に霊力の使い方・・・戦い方を教えてくれた。

生かしてくれたそのことに対して、俺は恩を返したかった。

だけどそれもとっくに返したはずだ。それぐらいのことをしてきたって自負はある。

それでも俺は神社を離れる気がない。

理由はいろいろある。俺が神社を離れると、暴れだしそうな連中がいる。家族から任された。

けど、「それだけ?」と聞かれたら首をかしげるだろうな。それだけで、神社に留まり続ける理由になるだろうか。それも自発的に。

それだけなら、俺は他に行っているかもしれない。人里にいた方が、寺子屋の授業もやりやすいわけだし。

じゃあ何故?自分で自分に問いかけてみた。

「・・・結局のところ。」

大本の答えは、一つだった。

「俺があいつを放っておけないから、だろうな。」

『妹』として。一人の家族として。俺は霊夢のことをそう見ていた。

あいつは手がかかる。ご飯を作ってやらなきゃ食べないし、最近じゃ掃除も中々しない。神事は俺が引っ張りだしてやらなければ「面倒くさい」でやらない。

だから、あいつが一人前になるまで俺が見てやらなきゃならないって。そう思ったんだ。

それはきっと、結局は俺もあいつと同じだからだろう。

あいつには善悪がないって言ったけど、俺も人のことは言えない。善だろうが悪だろうが、願いであれば俺は受け入れてしまう。

『あまねく願い』ってことはそういうことだ。願われたら、俺には否定することはできない。受け入れ、肯定するか肯定を保留するかしか選択肢がない。

俺と霊夢の違いは方向性だけだ。あいつは全ての物事から浮き、俺は全ての物事へ向かう。

それがわかるから、俺はあいつが一人でやっていけるようになるまで一緒にいようって。そう思うんだろうな。

「まあ、手のかかる妹を放って遊びに出られるほど、無責任な性格はしてないんだよ。難儀なことに。」

苦笑しながら、その言葉にまとめた。

「・・・ちぇー。残念。」

ユキは口を尖らせながらも、理解してくれたようだ。ごめんな。

「諦めなさい。これが優夢のいいところであって、融通の利かないところでもあるんだから。」

「そりゃわかってるけどさぁ・・・。」

「ごめんって。代わりに、定期的に魔界には遊びに来ることにするよ。」

許可が出れば、だけど。

けど、俺の言葉はユキの表情を晴れさせるのには十分だったようだ。ならそれでいいだろう。





それからもうしばし、俺は魔界見物を堪能した。

太陽が西に沈み始める頃、俺はアリス、ユキ、マイと別れ、神綺さんの神殿へと戻った。





***************





「ただいま戻りました。」

「お帰りなさい、優夢ちゃん。」

本日の魔界観光を終え、優夢ちゃんが帰ってきた。私達も今仕事を終え、これから希美ちゃんが晩御飯の支度をするところだ。

「ごめんなさいね、もうちょっと時間がかかりそうなの。」

「構いませんよ。何だったら、俺もお手伝いしますよ。」

それはダメ。優夢ちゃんはお客さんなんだから。

紫から、優夢ちゃんは働きすぎるきらいがあるからなるべくゆっくりさせるようにって言われてるもの。

「だから、ご飯ができるまでの間、優夢ちゃんは私とゆっくりおしゃべりでもしてましょう。」

「はあ、わかりました。」

そこまで働きたかったのか、優夢ちゃんはちょっと残念そうな顔をした。紫の言った通りね~。



せっかく優夢ちゃんとゆっくり話す機会ができたので、私は色々なことを聞いた。

今の幻想郷のこと。アリスちゃんの活動、交友関係。優夢ちゃんの普段の生活。

アリスちゃんは割りと人里にも顔を出しているようで、人里の皆もアリスちゃんのことを受け入れてるそうだ。

それを聞いて、私はちょっと安心した。昔から一人でいることが多いアリスちゃんだったから、幻想郷で仲良くやれているか心配だったけど、上手くやれてるみたい。

優夢ちゃんっていう素晴らしいお友達もいることだし、あんまり心配せずともいいのかもしれないわね。嬉しさ半分、寂しさ半分。

優夢ちゃんは、やはりというか、ものすごい働き者なんだと思った。

やってることは、神社の家事と巫女の世話、寺子屋では子供達に勉学を教え、友人達のところへ顔を出すのもかかさない。

霊夢ちゃんが神事をやらないものだから、自分から進んで神事を行い霊夢ちゃんを働かせたり、あるいは宴会の準備や後片付けまでしたり。

話を聞いているだけで、神社の表の顔は優夢ちゃんになっちゃっているんじゃないかと思うほど。

それでいて優夢ちゃんはごく当たり前の顔をしていた。優夢ちゃんの意識としては、やって当然のことをしているだけみたいね。

「ちょっとしっかり者すぎるわね~。もうちょっと肩の力抜いてもいいのよ?」

「いやぁ、俺としては普通にしてるだけのつもりなんですが。」

うーん、優夢ちゃんそっちの方が落ち着くというなら、その方がいいのかしら。

そういえば。

「優夢ちゃんって、『外』の出身だったのよね。確か。」

ふと、そのことを思い出した。

せっかく時間もあることだし、『外』の話も聞こうかしら。滅多に知れることではないし。

「ええ、まあ。多分、一応。」

けれど優夢ちゃんから返ってきた答えは、はっきりしないものだった。そういえば最初にもそんなことを言ってたわね。

どういうことなのかしら。



「えーっと、端的に言うと、記憶喪失なんですよ。俺。」

・・・・・・・・・・・・・・・へ?

「記憶喪失です。記銘・想起の機能に欠損が出来て過去が思い出せなくなるっていうアレですよ。」

「いえ、それはわかってるんだけど・・・。誰が、記憶喪失なの?」

「だから俺ですってば。」

・・・・・・・・・・・・全然そんな風には見えないのに。

「まあ記憶喪失っても、想起の方に一部欠陥が出てるだけで、他はいたって健康そのものですから。」

「そう、なの?」

一応の理解はできたけど、いまいち実感には結びつかなかった。

「そういうわけで、これはあんまり言わないことにしてるんですよ。変に気を使われても嫌ですし。」

「ああ、なるほどね。」

それならわかるわ。

「俺が思い出せなくなってるのは、二年前の春以前に経験した全てのこと。知識とかは普通に思い出せます。だからこの名前も、霊夢につけてもらった仮のものなんです。」

そう・・・だったのね。通りで彼の性質を表しすぎている名前だと思ったわ。

「じゃあ何故優夢ちゃんは『外来人』なの?」

自分のことがわからない以上、それだって確証を持って言えることじゃないはずなのに。

「今言った通り、知識は思い出せます。その知識は幻想郷ではなく幻想郷が『外』って呼んでる世界の事柄で、それを知ってる俺は『多分』外来人だろうっていうことですよ。」

「そういうことね。」

それなら確かに、『多分』外来人となるでしょうね。

「・・・このことはアリスちゃんは?」

「知ってます。友人連中は大体知ってますよ。」

「そう。ならいいの。こんな大事なことを隠してるんだったら、優夢ちゃんを怒ってるところだったわ。」

優夢ちゃんは苦笑しながら頭をかいた。

「ということは、今まで苦労してきたでしょう?大変だったわね。」

「いえ、それほどではなかったですよ。知識はあったんで、仕事をするのに支障はなかったし。」

「でも、自分のことが思い出せないっていうのは恐怖でしょう?」

私の言葉に、優夢ちゃんは「ああ」と言って初めて気がついた様子を見せた。

・・・怖くなかったの?

「怖くないことはありませんよ。けど、それで別段うろたえるわけでもない。『受け入れて』ますから。」



『受け入れる』。その言葉が、私の中でひどくひっかかった。



「何故?」

思ったら、私は問い返していた。少し語調が強くなってしまっていたかもしれない。

優夢ちゃんは別段気にした様子もなく。

「それが俺に出来るたった一つのことだからですよ。」

優しげに微笑んで、言った。

そのとき初めて、私は優夢ちゃん――『名無優夢』という存在の大きさの片鱗を見た。

それは、人間というよりは私達神寄りの存在性。あるいはそれ以外の何かですらあるかもしれない。

その事実に、私は戦慄すら覚えた。

私は彼のことをずっと人間だと思ってきた。本人もそのことを否定しなかったし、紫からも何も聞かされていなかった。

だけど、違う。彼は人間というにはあまりに広大すぎる。自身の喪失すらありのままに受け止めるなんて、神だってできることではない。

「優夢ちゃんは、一体、『何者』?」

乾いた喉で、言葉の一つ一つを探りながら声を絞り出した。

間もなく、優夢ちゃんから返ってきた答えは。



「『願い』。60億に膨れ上がった願いの全てを集めた結晶。あまねく願いを受け入れ肯定する者、だそうです。」

私の考えを『肯定』した。



そういう、ことだったのね。

彼の正体を聞いたことで、私の疑問は完全に氷解した。解け出た疑問が私の背筋に流れ込んでいるような気がした。

私の考えは当たってしまっていた。それも予想をはるかに超える形で。

彼が魔界でも受け入れられたのは、その能力ゆえ。全てを受け入れる彼は、全てから受け入れられ得る。

もちろん人によっては最初は受け入れられないでしょう。受け入れられることを拒む人だっている。

だけど彼は、初めから立っている土壌が違うから。彼は『願い』そのものだから。

自分の願いを捨て切ることなんて、そうそう簡単にできることではない。だから結局、最後には彼を受け入れざるを得ない。

それは何て残酷なことなんだろう。どんなに苦しい願いでも、どんな悪心の持った願いでも、彼は構わず受け入れ肯定してしまう。

彼はなんて――

「え、し、神綺さん???」

悲しい存在なんだろう。

気がついたら、私は優夢ちゃんのことを抱きしめていた。

彼がいい人であることに疑いはない。とても優しい、私達の生きる力になってくれる人。

だけど、だからこそその存在があまりにも残酷で。受け入れ肯定し続けるだけという道の残酷さが苦しくて。

私は涙を止められなかった。

「泣いてる・・・んですか?」

「ごめんなさい、優夢ちゃん。聞かなければ、幸せなままでいられたかもしれないのに。勝手に聞いて、勝手に悲しんでごめんなさい・・・。」

これは私の勝手な感傷。私が神という存在であるのと同じく、彼は『願い』という存在であるというそれだけのこと。

現実はいつだって目の前にあることが全てだ。それはもう変えようがない。

だけどそれでも。私はこの悲しみを捨てたくはなかった。自分勝手な話だけど。

きっと『そのこと』を理解できる人はそう多くはないから。同列である神か、あるいは紫ぐらいの大妖怪でないと理解できないわからないから。

私は優夢ちゃんを抱きしめながら、涙をこぼし続けた。

彼はそれを黙って『受け入れた』。





しばらくそうして、私は優夢ちゃんを離した。

「・・・すいませんでした、いきなりこんな話をしてしまって。」

優夢ちゃんは申し訳なさそうに謝ってきた。それはさっきまでの『願い』の表情ではなく、優夢ちゃん自信の表情に思えた。

「ううん。私が聞いたんだもの、優夢ちゃんはそれに正直に答えてくれただけ。むしろいきなりこんな質問をしちゃった私がごめんなさい。」

ポケットからハンカチを取り出して涙を拭きながら、私は謝った。

「いやでも」

やはりというか、謝り倒そうとしてきた優夢ちゃんの口に人差し指を当て、制した。

「あなたはいつだってそうするだろうから。お母さんの前でぐらい、楽をしてもいいのよ。」

私の言葉に、優夢ちゃんはパチクリを目をしばたたかせた。その様子がおかしくて、私はくすりと笑った。

「ねえ、優夢ちゃん。あなた、アリスちゃんは好き?」

答えはわかりきっている。だけど私は聞かずにはいられなかった。

返ってきた答えはやっぱり。

「ええ、好きですよ。あいつはいい友達です。」

・・・あーあ。お母さん、こんな男の子がほしかったんだけどな。女の子にもなれて一挙両得だったのに。

「さ、優夢ちゃん。そろそろご飯が出来てもいい時間だわ。希美ちゃんが呼びにくる前に食堂に行っちゃいましょう。」

「え、あ、はい。???」

優夢ちゃんは頭にクエスチョンマークを浮かべながら、私についてきた。

それがとてもおかしくて。



私はもう一滴だけ、涙をこぼした。





***************





それから二日。俺が魔界を離れる日がやってきた。

俺が魔界を去るのにあわせて、アリスも幻想郷へ帰るようだ。

結局神綺さんは涙の理由を語ってはくれなかった。聞いても微笑みが返ってくるだけだった。

だから、俺は深く聞くのをやめた。いつもどおり『受け入れ』て。

「どうも、本当にお世話になりました。」

俺は神綺さんと希美さんに深々と頭を下げた。結局何にも仕事やらせてもらえなくて、最後までお世話になりっぱなしだったからな。

「いいのよ、気にしなくて。普段アリスちゃんがお世話になってるお礼なんだから。」

神綺さんは全く邪気のない笑顔でそう言った。やっぱり子供っぽい神様だなって思った。

「アリスちゃんも、もうちょっと里帰りしてもいいのよ?」

「大きな用事があるなら帰ってきますけど。あんまり私が魔界と行き来してたら怪しまれるじゃないですか。」

もうー、と神綺さんは笑顔のままでため息をついた。器用だな。

「けど、最近は霊夢も里帰りしてるんだし、そこは見習ってもいいかもな。」

「優夢まで!!」

笑いが起こる。アリスはちょっと赤い顔をしながら「全く・・・」とつぶやいた。

「まあ、許可さえ下りればまた魔界に来るつもりだから。そのとき一緒に魔界に来てくれると、ありがたいかな。」

「・・・ほんと無自覚でこういうこと言うんだから。」

「ん?何だ?」

「何でもないわよ。」

? 何で急に不機嫌なんだ。

「絶対だからね!まだあなたに見せたいところがたくさんあるんだから!!」

見送りに来てくれたユキが、声高に言った。

「おう、絶対許可もらってくるぜ。したらまた弾幕やってもいいかもな。」

「お!?言ったなー、そんときは私とマイのコンビネーションで今度こそ勝ってやるんだから!!」

「・・・私としては一人でやりたいんだけど。」

「それはまず一人で魔物の洞窟制覇できるようになってからね。」

ワイワイと騒ぐ見送り人達と俺達。

そして。



「それじゃまた!今度は霊夢も連れてきますんで!!」

「次に帰ってくるときには、完全自律人形の技術を完成させておくわ。」

「またね~。」

「また会う日まで。」

「絶対また来なさいよー!!」

「・・・じゃあね。」



俺の魔界逗留生活は、終わりを告げたのだった。





+++この物語は、魔界生活の中で『願い』が気付く、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



60億の願い、そして一人の人間:名無優夢

忘れてはいけない。彼は人間が素体であり、彼の人格は彼自身の人間性によるものである。

とはいえ『願い』ゆえの部分も多々あり、神綺様の懸念ももっともな話である。

魔界での釣果は、フラグ一人、攻略一人(!?)。

能力:あまねく願いを肯定する程度の能力

スペルカード:気砲『シュプーリングスター』、人形『エターナル・スカーレット・CB』、霊丸『無双散弾 -ショットガン-』、『願い星』など



人形に生きる少女:アリス=マーガトロイド

残念ながら優夢関連で神綺様の後ろ盾がなくなってしまいました。デロデロデロデロデロデロデロデロデーンデン(呪いの音楽)。

しかし元々後ろ盾を利用する気はなかっただろう。彼女はブレインを旨とはするものの自分の力で物事を処理する。

そもそも自分の気持ちに一切気付いていないが。彼女の中でも、優夢はいい友人。

能力:人形を操る程度の能力

スペルカード:魔符『アーティフルサクリファイス』、魔操『リターンイナトニメネス』など



熱血純情女の子:ユキ

フラグ立っちゃった子。しかしまだ確定ではない。言動は完璧深みにはまっていく方向だが。

元気がいいので声も大きい。正直近所迷惑ではあるが、魔界は皆が兄弟なので許容されているという。

魔界的に一人前の魔法使いであることを証明する魔物の洞窟をマイと協力して攻略可能な程度。まだまだ未熟。

能力:主に炎の魔法を操る程度の能力

スペルカード:爆熱『セルフバーニング』など




冷静沈着無感動な子:マイ

優夢のことは友人認定したが、だからどうということもない。

一人ではきっとあまり行動を取らない。文句を言いながらもユキについていっているのはそのため。

やはり魔物の洞窟をユキと協力しないと攻略できないが、そろそろ攻略できるんじゃないかと思ってる半人前。

能力:主に氷の魔法を操る程度の能力

スペルカード:雪翼『フロギスティックソアー』など



お母さん頑張っちゃうから(色んな意味で):神綺

実は攻略されちゃった人。優夢=願い→アリスには荷が重過ぎる→神様の私が一肌脱ぐしかあるまい!!

『優夢みたいな男の子がほしかった』が、諦めるとは一言も言っていなかったりする。

魔界神だけあってかなりの豪傑であるため、今後優夢は気を引き締めなければならないだろう。

能力:創造と破壊を司る程度の能力

スペルカード:???



→To Be Continued...



[24989] 三・五章十六話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:50
今回ばかりは、優夢さんにも少々の同情を覚えた。よりにもよってあのろくでもない世界に行かなきゃならないんだから。

魔界の連中は、基本高飛車だ。アリスなんかを見ていればよくわかると思うけど。

自分達の世界が発展しているからと何かと偉そうにしている。幻想郷を見下している節がある。

まあ、見下したきゃ勝手に見下せばいいと思うけど、相手にするのが非常にめんどくさい。

何せこっちでは普通にやるようなことをするとすぐ「訴える」とか「賠償を要求する」とか言い出すんだから。やかましいから叩き潰すけどね。

私は基本魔界との交流は好きじゃない。面倒だもの。

しかしあの胡散臭いスキマ妖怪は何を思ったか、優夢さんの逗留先に魔界を含めていたのよ。ふざけた話だわ。

それはつまり、優夢さんの交代要員として魔界の奴が神社に来るってことなんだから。

私はため息の一つもつかずにはいられなかった。

「あら、ため息なんかついちゃって。幸せが逃げるわよ。」

「誰のせいよ、似非メイド。」

縁側でお茶を飲む私の後ろを忙しそうにあっちへ行きこっちへ行きしている魔界人の言葉に、不満を返す。

「魔界神の側近の奉仕を受けられるんだから、もう少し嬉しそうにしてもいいんじゃない?」

「別に頼んじゃいないわ。」

恩着せがましい。優夢さんならニコニコしながら働くわよ。

「全く、これだから辺境の巫女は・・・。」

ブツブツと言いながら、夢子はまた何処かへ行った。

あいつが優夢さんの交代要員。魔界神のメイドをやってる高飛車娘。

いつぞや魔界がやらかした時にやりあった時から思っていたことだけど、あいつのことはあんまり好きじゃない。あれならアリスの方がまだ可愛いげがあるというものだわ。

まあ、それならそれで気にしなければいいだけの話なんだけど。どうせ一週間だけなんだから。

私はそう思いながらお茶をすすり、もう一つため息をついた。



この奇妙な生活が始まってもうすぐ二月。私としては、いい加減もとの生活に戻してほしかった。

こう入れ替わり立ち替わり人が出入りしたんじゃ、落ち着いてお茶を飲む暇もありゃしない。

人が変われば生活のリズムだって当然変わる。生活リズムが変われば、慣れるのには時間がかかる。

こんな生活では慣れ前にリズムが変わってしまう。落ち着くというのは無理な話だ。

そもそも何でこんな生活が始まったんだっけ。・・・ああ、輝夜と永琳が厄介事を持ち込んだのがきっかけか。

輝夜が怠けすぎていて、そのとばっちりが私にまで及んで。便乗した紫が仕組んだんだ。

理由は『私の怠け癖を直す』とか言ってたけど、素敵なだけだと言いたい。

それにその理由も真実なのか。今となっては疑問だった。

だって、もし私に働かせたいなら、優夢さんを除いてそのままにしておけばいい。それなら私だって、自分のことを自分でやらざるを得ない。

これはむしろ、優夢さんを『神社にいさせないこと』が目的な気がしていた。

あいつの行動は基本的に信用がならない。絶対に何か裏がある。

でなければ年末のときだって、わざわざ優夢さんを『外』に飛ばす意味なんかなかったはずだ。

そう考えると、あれも企みの一環だったんじゃないかという気もしてくる。

・・・だからといってわかるわけではないけど。結局あいつの口から真意を聞くしか方法はない。

だから私はそのことだけを気に止めておいて、思考を放棄した。

ああ、今日もお茶が美味しいわ。

「よーう霊夢!優夢が紅魔館からいなくなったら途端に本を借りやすくなったぜ。」

「あんたは能天気そうでいいわね。」

優夢さんが神社を離れるようになってから余り来なくなった魔理沙を見て、まあ暇しないだけマシか、と思った。





***************





博麗の巫女は働かない。話には聞いていたけど、これほどまでとは予想していなかった。

炊事洗濯掃除をしないのは当たり前、神事も一切やらないときた。おまけにそのくせ「お賽銭が集まらないわね」などと言っている始末。

今は神綺様の命令で私がついているから生活できているけれど、普段はどんな生活をしているのか。

私と交代で魔界に行った「名無優夢」という人間が巫女の代わりに全ての仕事をやっていると聞いたけど、どうなのかしらね。所詮は幻想郷の人間でしょうし。

まあ、神社の中が綺麗に保たれているということを考えると、その人間は日ごろ丁寧に仕事をしてるんでしょうね。

どうだっていいか。どうせ一週間すれば、私は魔界に帰れるのだし。

唯一惜しいと思うのは、せっかく幻想郷に来たのに観光ができないってことかしらね。この巫女を放って行くのは契約違反だから。

以前のときは結局休暇を取る前に巫女が攻め込んできてツアーがなくなっちゃったし、見物したかったんだけどね。

まあ、しょうがない。いずれまた機会があったらにしましょう。

ともかく、巫女は働かなかった。これでもかというぐらいに。

これは確かに、博麗の巫女の怠惰癖を直すためにというのが『いい口実となる』。



あの八雲紫に限って、そんなくだらないことのために動くとは思えなかった。

妖怪の賢者なら、たとえ巫女が怠惰だったとしても「何とかなってるからいいじゃない」と通すだろう。私にはそう思えた。

そうである以上、この一件が額面通りの目的で仕組まれたものであるはずがない。必ず裏があるはずだ。

私が大人しく従っているのは、それが原因だ。無論、神綺様の命令であったからというのはあるけれど。

八雲紫の企みが、魔界に関係があるかどうか。魔界の秩序を乱す可能性があるか否か。

その一点が私の気がかりであり、もしその可能性があった場合未然に防ぐ必要がある。

神綺様が妖怪ごときに負けると思っているわけではないけれど、公務で忙しい方だから負担は減らしたい。

そのために私は、こうして最前線まで来たのだ。

「・・・私が気になるのかしら?」

背後に生まれた視線の気配――ごくごく巧妙に隠され、普通ならば気付くことはないだろう――に、私は言葉をかけてやった。

「あらあら。さすがは魔界のエリートさんってところかしら。」

だがそれはまるで予定調和といった様子で、まるで意に介さず返事をした。

溶け消えてしまいそうなほど薄く隠蔽された空間の裂け目が開く。ギョロリとした瞳がいくつも浮かぶ空間から、一人の大妖怪が滑り出てきた。

八雲紫。

「わざと気付かれるようにやってたんでしょう?それなら気付くに決まってるわ。」

「そんなことはないわよ。現に気がついたのはあなたが初めてだし。」

なるほど。こいつは今まで入れ替えで来た奴に対しても同じことをしていたのね。趣味の悪い奴。

しかし、この粘つくような嫌な気配を見抜けないなんて。幻想郷の連中も大したことはないわね。

「あるいは、気がついていながら無視していたのかもね。あの子達って薄情だから。」

「よっぽど嫌われてるのね、あなた。」

私も無視した方がよかったのかしら。・・・そういうわけにもいかないか、私の場合は。

「あなたにはちょっと確認したいことがあったのよ。ちょうどよかったわ。」

「『私の企みが魔界に影響を与えるかどうか』でしょう?」

読まれていたか。まあ、こいつなら当然の話でしょうね。仮にも賢者を名乗る身なのだから。

「わかっているのなら話が早いわ。答えてもらおうじゃないの。」

「人に物を聞く態度ではないわよ。」

「幻想郷の妖怪相手ならこれで十分でしょう?」

未開の地の野蛮人なんだから。

「魔界の住人は理解していないわね。その態度が幻想郷との不和を呼んでいるのよ。」

「事実を言っているまでよ。答える気があるの?ないの?」

「答えるまでもないでしょう?」

・・・なるほど、答える気はなしか。

「どうやら、痛い目にあってもらう必要がありそうね。」

私はその場で銀のナイフを作り出し、いつでも投擲できるように構えた。

神綺様はこいつと交友関係を持っているけれど、私は関係ない。正直なところ、個人的にはこいつのことは好きじゃない。

だから戦闘だって辞さない。けれどこいつは、戦闘態勢をとる私とは対照的に構えることすらしなかった。

「何のつもり?」

「何のつもり?見ての通りですわ。」

戦う気はないとでも言う気なのかしら。・・・ふざけてるわね。

「余裕のつもりか知らないけど、いつまで持つかしらね。」

私はナイフを手から離し、スペルカードを取り出した。

「銀符『アルジェントペンデュラム』。」

宣言と同時、銀のナイフは鎖を伴って八雲紫へと襲い掛かった。

それらが当たる直前に、八雲紫はスキマへと逃れた。銀の振り子が空を切る。

だが、それで逃げられると思ったら大間違いだ。少し離れたところに八雲紫が出現すると、ナイフは即座に進行方向を変えて奴を追った。

「なるほど、有線制御ってところかしら。」

一瞬でこのスペルの性質を見極めるとはさすがね。

奴の言ったとおり、このスペルは銀の鎖で私と繋がったナイフを意のままに操るというもの。そのために何処まででも敵を追っていくことができる。

欠点としては、私が認識できないことには追跡することができないことと、有線である以上鎖を狙われると弱いということ。

しかし動きは俊敏であり、かわすことは容易ではない。鎖を狙われると弱いとはいっても、簡単に狙えるスペルではない。

いかに八雲紫と言えど、いつまでもかわし続けていられるものではない。

反撃させ、その瞬間を狙う。それが私の作戦だった。

だが、いつまで経っても八雲紫は反撃に出てこない。・・・なめられているのかしら?

なら数を増やす。最初に動かしていた10に加え、さらに10のナイフが狭い室内を縦横無尽に駆け回る。

「あら、増やせるのね。凄い凄い。」

パチパチと拍手をしながらスキマ移動を繰り返す八雲紫。おちょくられているのは明白だった。

――その余裕、後悔させてあげるわ。

私は奴を打ち落とすべく、さらに20本のナイフを構え。



「あんたらは・・・室内で何やってんのよ!!」

突然聞こえたその声に振り返ると、そこには巨大な陰陽玉を構えた博麗の巫女の姿があった。

・・・しまった、ここが何処であるかすっかり忘れていた。どうやら完全に彼女の怒りを買ってしまったらしい。

今の私は攻撃姿勢であり、回避は不可能だった。

「宝具『陰陽鬼神玉』!!」

そして私はすさまじい勢いで飛んできた陰陽玉に跳ね飛ばされた。

「ほうらね。人の話を聞かない子には罰が当たるものなのよ。」

「あんたもね、紫。」

どうやら巫女は私を吹っ飛ばしただけでは満足しなかったようだ。怒りの矛先が賢者へと向き、八雲紫は「アレ?」と首をかしげた。

「神技『八方鬼縛陣』!!」

「あ~れ~。」

吹き上がる霊力に吹っ飛ばされ、八雲紫は天井をぶち抜いて空高く舞い上がった。

「こんなところで暴れるなんて命知らずだな、魔界人。」

そういえば遊びに来ていた白黒の魔法使いは、私の様子を見てクックッと笑った。

・・・少し焦りすぎたかもしれないわね。





***************





「で。どういうことか説明してもらいましょうか?」

夢子と紫をふん縛り縁側に正座させ、私は問い詰めた。さっき母屋の中で暴れていた件についての追求だ。

裁判官は私、傍聴人は魔理沙とさっき来た萃香だ。

「私は無罪よ~。」

「黙らっしゃい。あんたの言うことほど信用ならないことはないわよ。」

どうせあんたがけしかけたんでしょうが。普段の言動を見てたらそうとしか考えられない。

「日頃の行いが物を言うってことだね~。これを気に改めたら?」

「ひどいわ萃香、旧友を見殺しにするの?」

「助けるだけが友人じゃないさね。」

「それに、紫の性格がまともになれば・・・・・・・・・恐ろしいな。」

魔理沙の言葉に、私は同意せざるを得なかった。

「ま、そういうわけだから。あんたが胡散臭いのは世界の始まりから終わりまで決まってることだから、キリキリ吐きなさい。」

「ひどい扱いだわ、今回に限っては私は何もしてないのに。」

「・・・こいつの言ってることは本当よ。私の方から戦闘をしかけたから。」

・・・あら、そうなの?

「チッ、紛らわしいわね。」

「・・・何かしら、今本気で泣きたくなったわ。」

「日頃の行いだって、諦めな。」

紫はシクシクと泣き出した。正直うざかった。

「で?何だってあんたはこんなことしたのよ。」

「それを答える前に、あなたは八雲紫が何か企んでいることを知っている?」

「こいつが企みごとをしてないときの方が知らないわ。」

「・・・それもそうだったわね。」

シクシクと泣き続ける紫。私達はそれを完全にスルーし。

「今回の件、私はそいつが何か企んでいると確信しているわ。それが魔界の秩序を乱すのが好ましくないから問い質した。そうしたら答えなかったから、力ずくで聞き出そうとしたのよ。」

なるほどね。

「やっぱりあんたが悪いんじゃない。」

ドキッパリと紫に言い放ってやる。すると何故か夢子の目が点になった。

「え?今の流れでそうなっちゃうの?」

「あー、まあ霊夢だからな。紫が話せば面倒にはならなかったと思ってるんだろ。」

「実際そうだしねぇ。」

魔理沙と萃香は神社に入り浸ってる時間が長いからよくわかっているようだ。

けれど事実そうなのだ。こいつがもう少しわかりやすい態度を取っていれば、こんな面倒なことにはならなかったはずだ。

「いい加減、私も聞きたいしね。何でこんな真似を続けているのか。」

私は紫をしっかりと見据え、言った。

シクシクと泣いていたはずの紫はぴたりと止まり、薄い笑みを浮かべた。

「嘘泣きかい。」

「勿論。」

やっぱり食えない奴ね。

「そうね。私も十分に見させてもらったわ。『イレギュラーのない博麗神社』を。」

言って紫は、私の施した封印を、まるで最初から縛られてなどいなかったかのように解除した。・・・やっぱりね。

「初めから話す気だったんじゃない。だったら、回りくどい真似はやめてよね。」

「いいじゃない、こっちの方が面白いんだから。」

そこにいたのは、いつも通りの八雲紫だった。





「それじゃあ、説明してもらいましょうか。」

夢子にかけた封印も解除し、私達は紫と対峙した。

「じゃあまずそこの魔界人さんの疑問にお答えしようかしらね。安心なさい、魔界をどうこうするつもりはないから。」

紫の言葉に、今まで警戒を露にしていた夢子はようやく体の力を抜いた。

こいつはこれで終わりでも、私はこれから先を知りたいのだ。

「で?」

「あなたも気付いている通り、私の目的はあなたの怠け癖を直すことではなく、『優夢を神社から引き離すこと』よ。」

やっぱりか。それを聞いて、私の疑問は解消された。

けれど、新たに別の疑問が生まれる。

「何故?」

その理由が不明だった。優夢さんが神社にいるのといないので何かが変わるだろうか。

もちろん私の生活的な意味では変わるかもしれないけれど、この妖怪がそんなことを気にするとはとても思えない。

こいつが気にするとしたら、それは幻想郷全体のことだ。つまり優夢さんを神社から引き離すことが幻想郷全体に影響を与えることになる?

その理屈が理解できなかった。

紫は私の疑問に答えた。

「あなたはちゃんと気付いている?この神社にとって、優夢の存在が日増しに大きなものとなっていることを。皆が博麗神社と聞いてまず思い浮かべるのがあの子で、その次に巫女であるあなたに思い至ることを。」

「それが何だって言うの?別に問題はないでしょう。」

「ええ、結界のありようとしては問題ないでしょうね。けれどあなたも知っているでしょう。忘れられることは、力を失っていくのよ。」

・・・まあ、確かにね。神の力ってのはそういうものでしょう。

「あの子は博麗の巫女ではない。人々が持っている博麗の巫女への畏敬――言い換えれば信仰をあの子に奪われてしまえば、確実に結界は弱くなるでしょうね。」

「だったら本格的に優夢さんを博麗の巫女にしてしまえばいいじゃない。」

「できると思って?人間ならまだしも、『願い』という膨大な存在に。逆に博麗の巫女が願いに取り込まれてしまうわ。」

反論はできなかった。

「まあ、あの子の努力で博麗の巫女に対する純粋な信仰心は回復してきているし、いざとなればあの子への信仰心を大結界に回すことでも維持できるんだけど。」

「なら、やっぱり大した問題じゃないんじゃない。」

一体こいつは何が言いたいのか。相変わらず回りくどい言い方をする。

「大事は必ず小事より成る。小さな問題のうちに潰しておく方がいいでしょう。」

「それは本心かしら?」

「本心の4分の1ぐらいかしらね。」

・・・しまいにゃ『夢想封印』するわよこいつ。

「あなたは私が幻想郷規模のことでしか動かないと思っているのかしら。」

「違うの?」

「大抵はそうでしょうけど、時々は私情で動くこともあるのよ。」

ふうん?

「私はこう見えても、あなたや優夢のことをとても大事に思っているのよ。」

見物して楽しんでるようにしか見えないんだけど。

「もう、話の腰を折らないの。」

「はいはい。で?」

「私は確認したかったのよ。あの子がいなくなっても、博麗神社が博麗神社のままでいられるかどうか。あなた達がいつもの通りでいられるのかを。」

問題ないに決まってるじゃない。あの人が来る前も、博麗神社は博麗神社だったのよ。

「人も場所も変わっていくものよ。一つとして同じものはないし、一度として同じこともない。あの子が来る前の博麗神社にはもう戻れないのよ。」

確かにそうね。でも。

「だからといって私が優夢さんなしで生活できないとでも思ったの?バカバカしい。」

私は博麗霊夢、楽園の素敵な巫女。

私がたかだか一人の人間に縛られ身動きが取れなくなるようなことがありうるだろうか。それがわからない紫ではないだろうに。

「霊夢。あの子は『願い』なのよ。ただの人間ではない。あの子は全てを余すことなく受け入れる。それはあなたも例外ではない。」

「あの人が何を受け入れようが知ったこっちゃないわ。私にとっては単なる神社の住人の一人よ。」

「その発想が既に彼に受け入れられ『縛られている』とは考えないの?」

・・・否定はできないわね。

まあけど、と紫は続ける。

「その辺りがどうであれ、あの子がいなくてもあなたがやっていけるということは確認できたわ。」

「ならグダグダ言う必要はなかったじゃないの。まどろっこしいわね。」

「仮定と結論よ。確認する必要はあったわ。」

ま、どうだっていいわ。

「要するに、この下らない茶番も終わりってことでいいのね。」

「そういうことね。お疲れ様。」

やれやれ。私はため息をついた。



「そういえば。」

ふと、魔理沙が思い出したように言った。

「紫はなんで急に『優夢が神社を離れる』なんてことを考えたんだ。あいつが神社を離れたいって言ったのか?」

そういえば。あの優夢さんがそんなことを言うとは考えられないわね。

「別に言ってないわよ。ただの仮定の話よ。だってあの子は、元『外』の人間でしょう?」

・・・ああ、なるほどね。

すっかり幻想郷に馴染んでしまっているせいで忘れてたけど、あの人は元々はここの人間じゃない。

神社にいるのだって「記憶が戻るまで」という約束だった。私としては、もうそんな約束どうだっていいんだけど。

律儀なあの人のことだから、記憶が戻ったら神社を離れるかもしれないわね。

いえ、むしろ。

「記憶が戻ったら、優夢さんは『外』に帰るかもしれないわね。」

「そういうことよ。」

あの人にだって元の家族がいるだろう。バカ母のように孤児というなら話は別だけど。

家族を大切にしろって言ってるあの人が、家族を思い出してそのまま放置するだろうか。きっと『外』に帰るだろう。

「私たちは、彼自身もだけど、『彼』についてまだ何も知らないのよ。彼がどんな行動をとるか、誰にもわからないのよ。」

「何者かがわかったとしても、あの人の行動なんて予想できないけどね。」

素で予想の斜め上を行く人だから。

「だったら打てるだけの手を売っておいて損はないでしょう。」

「まあ、な。」

魔理沙は歯切れ悪く返した。何よ。

「いやな。私にはどうしても、あいつがここを離れるのが想像できないんだ。



確かにあいつは家族を大切に考えるやつだけど、霊夢だってあいつにとって家族だろ?」

・・・。

「そういえば、そうだったわね。」

「ん?何だ?私の言葉はそんなにおかしかったか???」

何だか妙に笑えた。縛るだの縛られるだの言ってたのがバカバカしく思えた。

そうだ。あの人は私のことを『妹』と言い、私もそれを悪く思っていない。ならば私たちは既に家族。

私たちの関係は、ただその一言でよかった。

「たまにはあんたもいいこと言うじゃない。」

「何を言う、私はいつだって金言の宝庫だぜ。」

はいはい、そういうことにしといてあげるわ。

「そういうことよ、紫。あんたの心配事は全部ただの杞憂よ。」

「・・・ふふふ、そうみたいね。安心したわ。」

優夢さんがここを離れる云々はともかくとして、あの人が私の家族なら。

たとえ離れたとしても、私は私の通りでいられるに決まっている。



だって家族なら、離れていようが何だろうが、互いに信じるものでしょう?



紫は一つ笑うと、「ごきげんよう」と言ってスキマに消えていった。

さてと。あとは優夢さんの魔界逗留期間が終わるのを待つだけね。

「その間、ちゃんと働きなさいよ。」

「わかっているわ。手を抜く気はないわよ。」

「やーれやれ、長かったような短かったようなだな。」

「いつまでもみすちーの世話になってるんじゃ悪かったからね。助かったよ。」

私はお茶を飲み始め、夢子は掃除を始める。魔理沙と萃香は勝手に居間に上がり酒宴を始める。

いつも通りの神社の姿だった。





程なくして、優夢さんは帰ってきた。

「お帰りなさい、優夢さん。」

「ただいま、霊夢。」

私達の受け答えも、いつもの通り当たり前のもの。

それでいい。それが一番いい。



優夢さんには、やはり神社が一番よく似合う。





+++この物語は、神社における願いの意味を確認する、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



楽園を守る素敵な巫女:博麗霊夢

博麗の巫女がいるからこそ、博麗大結界は成り立つ。そういう意味では、彼女は立派に幻想郷を守っている。

彼女にとっての優夢とは、兄のような存在。それ以上でもそれ以下でもなく。

だから彼がいてもいなくても、彼女は何ら変わりないのである。

能力:主に空を飛ぶ程度の能力

スペルカード:霊符『夢想妙珠』、神霊『夢想封印 瞬』など



魔界のメイド:夢子

神綺の最高傑作と名高い魔界人。戦闘能力のみを取れば、神綺さえ超える。

幻想郷のメイド代表である咲夜と比較すると瀟洒さが足りない。能力的にはどっこいどっこい。

基本は真面目だが、時折お茶目な面を見せたりする。

能力:銀の魔法を操る程度の能力

スペルカード:銀符『アルジェントペンデュラム』など



神社を見守る大賢者:八雲紫

結局今回の一件は、来るべき日に霊夢と優夢の二人が傷つくことのないように慣らすことが目的だった。が、ぶっちゃけ杞憂だったと言わざるを得ない。

今回語った内容以外に、彼女はとあることを画策している。こちらは幻想郷規模の事である。

そのことに関しては、まだ時期ではないので静観を保っている。彼女が再び動き出すのはいつのことか。

能力:境界を操る程度の能力

スペルカード:境符『四重結界』、境界『永夜四重結界』など



→To Be Continued...



[24989] 幕間二十七
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:50
~幕間~





これは、年末に行われた大忘年会のときの様子だ。



俺への感謝ということで開かれた宴会は三日三晩続いた。時期も時期だったし、ついでに忘年会もやってしまおうということらしい。

『外』で体験したちょっとした事件の土産話なんかも出尽くし、俺も普通の宴会モードになっていた。

「優夢、楽しんでるかしら。」

俺が霊夢達と談笑していると、レミリアさんが声をかけてきた。

「ええ。ありがとうございます、俺のためにわざわざ宴会を企画してもらって。」

「別にいいわ。あなたにはフランがいつも世話になっているもの、このぐらいはね。」

自分の考えた企画が大成功だったためか、レミリアさんは上機嫌なようだった。

「もし何か返したいということだったら、今後もフランと仲良くしてあげて頂戴。あの子は本当にあなたのことを気に入ってるから。」

「ありがたい話です。勿論、今後も仲良くさせてもらいますよ。」

基本的にレミリアさんはフランには甘い。妹思いな姉なのだ。

それを考えると、不安定だったフランを地下に幽閉せざるを得なかった495年はとても辛かったことだろう。

フランが解放されてもう随分経った様な気がするが、実際にはまだ一年半も経っていない。二人にはもっとたくさん幸せな日々を満喫してもらいたい。

その助けになれるなら、俺は嬉しかった。

「あなたももうちょっと遊びに来てもいいのよ、霊夢。」

ところで、そんなレミリアさんのお気に入りは霊夢だったりする。曰く、「人間なのに妖怪よりも強くて面白い」だそうな。

霊夢だもんなぁ。本当にあいつは何処まで強いんだか。少しは強くなってわかったことだけど、あいつの強さはマジで天井知らずだ。

正直なところ『異変解決』はあいつ一人で事足りると思うんだが・・・俺や魔理沙が楽してるのが気に食わないんだろうな。

「面倒。」

そんな霊夢なので、レミリアさんの言葉をその一言で切って捨てた。

まあ、それで引き下がるレミリアさんならとっくに諦めてる、来い行かないのやりとりを始める二人。お決まりの光景だ。

「レミリアの奴もよく飽きないもんだな。怠け者の霊夢がそう簡単に動くわけがないのに。」

「だからこそだろ。レミリアさんは難しい方が燃えるみたいだから。」

圧倒的な力を持つ吸血鬼故だろうな。力任せでどうにもならない霊夢は琴線にジャストヒットだったんだろう。

「邪魔しちゃ悪いし、ちと挨拶周り行ってくるわ。」

「おう、なら私もパチュリーでもからかってくるかな。あいつが宴会に参加することって滅多にないし。」

「なら私はみすちーの八目鰻でも肴にするかね。」

「ちょっとあんたら、行くならこいつ持っていきなさいよ。」

「連れないこと言わないでよ霊夢。夜はまだまだ長いのよ?」

そんな感じで、俺達は一度解散した。

何やかや集まっては散りが繰り返される、いつもの宴会風景だった。





さてさて、挨拶周りをするとは言っても、宴会も今日で三日目。全員に顔は見せた。

さて何処に顔を出したものか。

「あら優夢。一緒に飲む?」

うろうろしていると、誰かから声をかけられた。そちらを振り向くと。

「幽々子さん。・・・と、妖夢は何をやってるんですか?」

「踊ってるのよ。騒霊楽団の演奏に合わせて。」

いや、踊ってるけど。足元が覚束なくて危なっかしい。

剣の達人の妖夢らしくもないが、これはちょっと無理があるよなぁ。

「わっ、とと、ゆ、幽々子様。やはりワルツのリズムで剣舞は無理ですよ。」

プリズムリバー三姉妹が奏でているのは、独特なリズムのワルツ。剣の足運びでするものじゃない。

「あら、諦めちゃうの?剣舞の新境地を開くって息巻いてたのに。」

「言ってませんよそんなこと!?幽々子様がやれっておっしゃったんじゃありませんか!!」

いつもの無茶振りだったようだ。この二人らしいと言うか何と言うか。

「全く・・・」と呟きながら妖夢は幽々子さんの隣に戻った。プリズムリバーさん達は構わず演奏を続けていた。

俺も座り、騒霊三姉妹の合奏をBGMに酒盛りを始める。

「幽々子さんは相変わらずみたいですね。」

「あら、どういう意味かしら?」

言葉通りの意味です、と返しておく。

それは決して悪いことじゃない。幽々子さんのマイペースっぷりは、妖夢も見習うべき点だ。

まあ、度は過ぎてると思うが。それが幽々子さんの個性である以上、仕方ない気もする。

この二人と知り合ってまだ一年が経っていないなんて、嘘みたいだ。そのくらい幽々子さんと妖夢の個性は強烈だ。

幽々子さんだけではなく、妖夢もだ。

妖夢には余裕が足りていないと思うが、己の信念を真っ直ぐに貫き通す強さを持っている。それこそが妖夢のいいところだ。

「大丈夫だ、妖夢。お前はそのまま大きくなれ。」

「・・・急にどうしたんですか、優夢さん。ひょっとして酔ってますか?」

かもな。三日目だし、いい加減テンションもおかしい。

「宴会だから仕方がありませんが、あまり呑み過ぎて飲まれないで下さいね。」

「大丈夫だって、そこまで呑めるほど強くはないから。」

「お酒は飲まれてなんぼよ~。飲まれるほど強くなりなさい。」

丁重にお断りします。

「それにしても、優夢さんも随分とお酒強くなりましたよね。出会った頃は一杯で倒れていたのに。」

いや、さすがに一杯はないけどな。

しかし、妖夢の言う通り俺も随分呑めるようになったものだ。

まあ、特訓とか言って毎食後呑まされたりしたしなぁ。強くならない方が嘘か。

「あと、萃香の『願い』を取り込んだのが効いたんだろうな。種族特性は肉体に反映されるみたいだし。」

「ああ、そういえばそんなこともありましたね。」

春頃のちょっとした騒動のおかげってことかな。犯人は今ミスティアと酒を呑みながらバカ笑いしてるわけだが。

世の中何が役に立つかわからないもんだ。

「じゃあいろんな妖怪の『願い』を取り込んだら面白いことになるわね。」

「やかましくて俺が死ねますね。」

今でも十分一人多国籍軍状態なのに。けど、あまねく願いを肯定するなんて能力持ってる以上、まだまだ増えてくんだろうなぁ。

ややげんなりした。

「そ、そんなことより桜花と梅花は役に立ってますか!?」

俺の表情がやや曇っていたのか、妖夢が話題を変えてくれた。

気を使わしちゃったか。悪かったな。が、それでこっちが気を使っていつもの譲り合いになってもいけないな。宴会なんだし。

「ああ、まだ使う機会がないからな。『異変』があったわけでもないし。」

「『外』で『異変』もどきに遭遇したっておっしゃってませんでしたか?」

ああ、あれね。いや、紫さんに強制連行されたせいで荷物まとめさせてもらえなかったし。

「『外』に刀なんか持ってったら銃刀法違反で捕まっちまう。持ってかなくて正解だったよ。」

「銃刀・・・?はあ、『外』にはそんな面倒な決まりごとがあるんですね。」

安全のためにな。幻想郷みたいに斬られても死なない連中ばっかりじゃないんだよ。

「けど、手入れはちゃんとしてるよ。無碍に扱う気はないから、安心してくれ。」

「その辺りは信頼しています。だからこそお渡ししたんですよ。」

それはありがたい。信頼にこたえられるようにしないとな。

「ぶ~・・・。」

そんな会話をしていたら、幽々子さんがブー垂れていた。何故?

「もう~、二人とも宴会でまで剣の話なんてもったいないわよ~。お酒が美味しくなくなっちゃうわ。」

「あ、すいませんでした幽々子さん。つい。」

妖夢と会話してるとどうしてもこっちに流れてしまう。それ以外だと料理や家事の話とか。どっちにしろ宴会でする話題ではないが。

「それは仕方がないと思う。優夢は真面目だし、妖夢は真面目すぎる。」

と、いつの間にやら演奏をやめていたプリズムリバー三姉妹が合流してきた。

「不真面目ではない自負はありますけど、真面目というのはどうでしょう?俺はそれなりにやりたいようにやってますよ。」

「その結果が真面目になっちゃってるんじゃないの?」

リリカさんの言葉に反論はできなかった。

「真面目であることが悪いことではないと思いますが。」

「悪くはないけど、過ぎたるは及ばざるが如し。余裕がなければいい音楽も奏でられない。」

うーむ、ルナサさんは達観してるな。実に正論だった。

「というわけで、みょんみょんもお酒呑んでもっとハッピーになろうなろう!!」

「誰がみょんみょんだ!!」

ミスティアが呼ぶような呼び方で妖夢に無理やりお酒を持たせるメルランさん。そういえばミスティアと仲良く話してたな。

陽気な者同士話が合うんだろう。

「まあ、そこに関しては俺も同意見だから。妖夢はもうちょっと肩の力を抜くといいと思うぞ。」

「しかし、私まで脱力してしまっては白玉楼が緩くなりすぎます。幽々子様はあの調子ですし・・・。」

「主のことを悪く言うのはこの口かしら~?」

「むがむが!?」

妖夢の迂闊な発言を格好の口実とし、幽々子さんは妖夢いじりを始めた。やんややんやとはやし立てるプリズムリバー三姉妹。

さてと・・・、巻き込まれないうちに退散するかな。

「んじゃま、俺はこの辺で。他のとこにも周るつもりなんで。」

「あらそう?残念ねぇ、優夢で妖夢をいじりたかったのに。」

俺『で』かよ。退散することにしてよかったかもしれん。

俺は手持ちの酒を飲み干すと、お猪口を置いて挨拶をし、冥界組の席を離れた。

さてと、次は何処にしようかな。





「あ、優夢~!!」

次の飲み場所を探していると、俺の背中に突撃してくる者があった。

この行動パターンを取るのは二人いる。フランとルーミアだ。

フランは正面からが多く、ルーミアは後ろからが多い。二人は仲がいいみたいだから、ひょっとしたらそうやって住み分けを行ってるのかもしれない。

そして今回は後ろからであり、突撃してきたのも。

「ルーミア。ちゃんと食べためてるか?」

「えへへ~、うん!!」

最近では人を襲うことがめっきりなくなったルーミア。

慧音さんから聞いた話だが、ルーミアが神社に遊びに来るようになる前は人里でも結構被害があったらしい。

それは仕方のない話だ。妖怪は人間を襲う。そういう存在なんだから。

けれど、俺の友人が俺の知人を襲うっていうのはあんまり起こってほしくはない。起こってしまったらしょうがないことだけど、起こらないようにする努力はすべきだ。

だから、俺のやっていることは正しいと信じてる。

まあそれはそれとして。

「最近神社にいなかったから会えなかったけど、元気でやってたか?」

「うん。ミスティアが屋台始めたから、そこでご飯食べさせてもらってたのだー。」

ああ、そういえばルーミアはミスティアと親交があったんだっけ。

萃香も気に入ってるみたいだし、八目鰻屋台はミスティアにとって天職だったんじゃなかろうか。

「それならよかった。ちゃんとご飯あげないと人間襲うからな、お前は。」

「人間は美味しいからね~。あ、でも優夢のことは食べないよ。」

友達として好かれてるということなんだろう。しかし俺は人間であるわけで、何と言っていいかわからず苦笑した。

「人間襲うのは極力避けてくれよ。お前を退治するなんて嫌だからさ。」

「わかってるのか~。」

さすがに慧音さん辺りに依頼されてしまったら、俺では断れないからな。俺じゃなくて霊夢が動く可能性だってあるし。

まあ、実際のところそこまで心配はしていない。ルーミアは人を食う妖怪でこそあるが、友達を大切にできるいい子でもあるから。

だからフランとも仲良くやれるんだと思う。

「あー!!ルーミアずるい、私もー!!」

「ぷぎゃ!?」

「おうっ!?」

背中に重みが増した。こりゃフランが突っ込んできたか。ルーミアの潰れたような声も聞こえたし。

「フランー、ちゃんと力加減しろよ。」

「うう、ご飯飛び出すかと思ったのだー。」

「あ、ごめん。」

どうやら平気だったようだ。妖力の低い妖怪の割に、ルーミアの体は頑丈だ。

――実際のところ、俺は理由を知ってるわけだが。

ルーミアの『願い』は俺の中に取り込まれており、戦力を把握する関係上りゅかに秘密を教えられている。

彼女の頭につけられているリボン。あれは封印の符であり、その昔紫さんが施したものなんだそうだ。

何でもルーミアの能力は本来強大すぎるものであり、コントロールが難しい類の能力らしい。それを抑え、ただの『闇を操る程度の能力』にするための封印だ。

そのことをルーミアは知らない。ルーミアの物心がつく前に封印が行われ、変な気を起こさないように秘密にしているということだ。

俺としては、ルーミアの性格だったら教えても平気だとは思うんだが。まあ時期がくれば紫さんの口から伝えられるだろう。俺がでしゃばるところじゃない。

そういうわけで、実のところルーミアとフランは共通項を持っていたりするわけだが、二人ともそれは知らない。

ということは、仲がいいのは二人の性格がいいからだってことだ。

自分のことではないが、そう考えると何故か嬉しかった。

「よっし。そんじゃこのまま適当な場所に突っ込むぞー!」

「おー!!」

「わーい!!」

親子亀状態になった俺は、その体勢のまま挨拶周りを続けることにした。

酒呑みのテンションというよりかは、子供と遊ぶ保父さん状態だった。





で、さらにうろうろしていたら。

「らりよ!あらいっればさいきょーらんらから!!」

「あははは、チルノ真っ赤ー!」

「なのかー。」

ベロンベロンに酔っ払ったチルノの手を引いている状態になっていたりする。

こいつもなぁ。変に背伸びして酒なんか呑まなけりゃいいのに。何というか、魔理沙とタメを張るほどの負けず嫌いだからな。

妖精は皆子供の姿形をしている。身体能力なんかに関してもそこからそうかけ離れていないと聞いた。

こいつは妖精にしては力持ちだけど、だからと言ってアルコール処理能力が高いとは思えない。見た目的に。

「すいません優夢さん。チルノちゃん、止めたんですけど聞かなくって。」

前後不覚に陥ったチルノを今まで見ていた大妖精。彼女もある意味で妖精らしくないと思う。

妖精と言えば、プラネやジスト、あるいは目の前のチルノみたいにお子様なのが一般的だ。

しかしこの子は、趣向が子供っぽいところはあるものの、全体的に大人びている。しっかり者と言えばいいか。妖精には珍しいタイプだ。

「そういえば今更だけど、大妖精って妖精なのにしっかりしてるよな。」

少し気になったので、聞いてみた。

「そうですか?だとしたら多分、チルノちゃんと一緒にいるからですね。」

「なるほど。」

チルノがいっつもこんな様子だから、大妖精がしっかりしなきゃいけなかったと。

「あんまし友達に迷惑かけんなよ、チルノ。」

「めいわく?かけるららイチゴろほうがおいしいろよ~。」

何の話だ。

「あら、優夢。妹様も。」

「咲夜さん。それとレティさん。」

声をかけられた方を見ると、珍しい組み合わせ――というか片方はレアキャラだ――の二人が酒を呑み交わしていた。

「あらあら、ひょっとしてチルノお酒呑んじゃったの?」

「そうらしいです。ちょっと母屋の方で休ませようと思って。」

「私が付き添いで行きますんで、レティさんは心配しないでください。」

チルノと仲のいい冬の妖怪であるレティ=ホワイトロックさんに、大妖精は心配させまいとした。ちょっと気を張ってる感じだな。

「その子の心配は無用だけど、母屋で寝させるとなると周りの物が心配ね。寝相悪いから。いいわ、私もついていく。」

「え、でもメイド長さんと一緒に呑んでたんじゃ・・・。」

「別に話し込んでいたわけじゃないもの。そういうわけだから、また今度お話しましょうね、咲夜。」

「金輪際ないことを願いますわ。」

ニッコリといい笑顔をしながら毒舌を吐く咲夜さん。・・・これがこの二人のコミュニケーションの形なんだろうか。

まあ、レティさんは気にしてないみたいだし、別にいいのか。

それにしても、この二人って仲良かったんだな。大人キャラ同士だし波長が合うんだろうか。

「さ、行きましょう。ええと、確か黒い完全変態の・・・」

「名無優夢です。その不名誉な二つ名は二度と聞きたくなかったです。」

なるほど、天然同士なのか。咲夜さんも結構天然なとこあるしな。

チルノと大妖精をレティさんに任せ、レティさんの代わりに俺とルーミアとフランで咲夜さんのところについた。

喧騒の輪から少し離れたところで、宴会場全体がよく見える位置だった。

「なるほど、こうやって全体を見て、何かあったらすぐ対応できるようにしてるんですね。咲夜さん、さすがです。」

「え?私は全体の騒ぎを見て楽しんでるだけよ。」

・・・やはり咲夜さんは、どこかずれてる。完全瀟洒なんだけどずれてる。





「そういえば、うちの妖精メイドがあなたのことを高く評価していたわよ。」

ルーミアとフランが二人で遊び回っていたので、ほぼ咲夜さんとサシで杯を傾けていると、そんなことを言ってきた。

ああ、この間の紅魔館滞在か。

「俺は結局皆の補助をしただけですよ。そこまで大したことはしてません。」

「その補助がよかったんでしょうね。私にはできないことよ。」

まあ、咲夜さんは一人で完璧に仕事こなしちゃうからな。そもそも必要ないんだろう。

「皆の力を引き出しただけです。皆の出した結果を俺一人の成果みたいに言うのは、ちょっと違うと思います。」

だから、褒めるなら妖精メイドの皆にしてください。

「・・・全く、あなたってばわかってるんだかわかってないんだか。いいわ、あなたがそういうならそうする。」

「是非ともそうしてください。」

皆咲夜さんとレミリアさんのために頑張ったんだから。

「そういえばふと思い出したんですが、美鈴さんは?」

「留守番よ。紅魔館を空けるわけにはいかないもの。宴会準備は手伝わせたし、それで十分よ。」

・・・不憫だ。



と。

突然空の上で爆発が起きた。

何事かと思って視線を上に向けると、箒にまたがり疾走する魔理沙と、魔導書片手に種々の弾幕を撒き散らすパチュリーさんの姿があった。

何だ、いつものことか。様子からしてまた魔理沙がパチュリーさんを怒らせたってところか。

あいつも懲りない奴だ。あれで何度か痛い目を見てるだろうに。

紅魔館では騒ぎを聞き付けるとすぐに魔理沙の排除に動く咲夜さんだが、先程の言葉通り動く気は全くなさそうだ。

弾幕ごっこは一種の決闘でもあるから、横槍は原則厳禁だ。宴会の華でもあるし、放っておくという選択肢もなきにしもあらずだが。

「二人とも、ちょっと派手に暴れすぎじゃないですかね。」

「そうかしら?」

いつもより派手に魔法を使うパチュリーさんと、いつもより多めに弾幕を撒き散らす魔理沙。屋外だってのもあるだろうし、連日の宴会でテンションが上がってるのもあるだろう。

日頃の恨みとばかりに『アグニシャイン』を乱射するパチュリーさんと、これぞ宴会とでも言うかのように『スターダストレヴァリエ』を放つ魔理沙。

いつ周りに被害を出してもおかしくない状況だった。

まあ、流れ弾が当たったぐらいじゃ怪我しないのがほとんどだろうけど、神社に当たったら『夢想天生』でテーレッテーしてしまう。

「・・・しょうがない、ちょっと行ってきます。」

「あなたも面倒見がいいわね。」

しょうがないでしょう。俺がいかなかったら誰も止めないんだから。

結局、これもまたいつものことなのだ。ため息の一つもつかずにはいられないが。





さて、止めるにしてもあの嵐のような弾幕に突っ込む勇気は俺にはないわけだが。

となると、遠距離から二人を分断するのが最も手っ取り早い。そしてそれを実行する手段を俺は持っている。

持ってはいるが、あんまり気は進まない。きっといつになってもこれは変わらないだろう。てか変わっちゃまずい。

それでもやらないわけにはいかないところが神社の保護者の辛いところだ。覚悟はいいか、俺は出来てる。

というわけで。

陰体変化!!」

指を組み、パスワードと共に鍵を解いた。

精神の枷によって封印されている『あまねく願いを肯定する程度の能力』の一部が解放され、俺の存在がある願いに塗り変えられて行く。

胸が出、体が丸みを帯、俺が男である象徴が消える。

俺の体は、誰かが『名無優夢が女であれば』と願った形を肯定した姿へと変化していた。

眼下の知り合い達の中で、俺の行動に疑問を持つ者はいないだろう。皆が知っていることだ。

だがあえて何故と聞かれたら、答えは簡単だ。

男と女では使えるスペルが違う。今から使うのは女状態じゃないと使えないから女になった。それだけのことだ。

ポケットからそのスペルカードを取り出し、宣言する。

「境符『四重障壁』!!」

それと同時、俺の展開した36個の操気弾が融合し、4枚の壁となった。

一枚一枚が頑丈な鉄板並の頑強さを持つそれらを、今なお弾幕を打ち続けている二人の間に差し挟んだ。

ガンガンと音を立てて弾幕は壁に激突したが、何とか壊れずに済んだようだ。

「何の真似?」

パチュリーさんが鋭く睨んできた。決闘の邪魔をされたんだから当然だろうな。

「魔理沙を怒りたい気持ちは非常によくわかりますが、神社の中で本気で暴れるのは勘弁してください。霊夢鬼巫女化の序章になりますんで。」

「おいおい親友、私のフォローをしに来たんじゃないのかよ。」

むしろお前に説教しに来たんだよ、悪友。

「どうせまた何かパチュリーさん怒らせることしたんだろ。いい加減借りるとか言って窃盗するのはやめろ。何処の剛田た○しだお前は。」

「誰だぜ。まあともかく、今回は真逆だぜ。」

・・・一応聞いておこうか。

「いつも本を借りてばっかりで悪いから、私の書いた本を図書館に置いてやるって言っただけだ。」

「『いくらがいい?』が抜けてるわよ。」

盗っ人猛々しいって言葉がこいつほど似合う人間はいないな。

「さてパチュリーさん。俺は『シュプーリングスター』を使おうと思ってるんですがどうでしょう?」

「おいっ。」

「いいわね。じゃあ私は久々に『ロイヤルフレア』でも使おうかしら。」

「お前も乗るのかよ!?」

やかましい。お前は元気だとろくなことをしないから、少し痛い目を見ろ。

「にゃろう。そっちがその気なら、私だって!!」

魔理沙はミニ八卦炉とスペルカードを取り出した。あれは・・・『ファイナルスパーク』かよ。

ええい、負けるか!!

「気砲『シュプーリングスター』!!」

「日符『ロイヤルフレア』!!」

「魔砲『ファイナルスパーク』!!」

やる気になってしまった俺達を止める者は誰もおらず、三人が三人全力のスペルカードを放った。

神社の上空で、一際大きな爆発が起きた。



結局余波で神社の瓦が一枚はがれ、俺達全員『夢想封印』の刑となったわけだ。

天生じゃなかっただけマシとしよう。





「あーいてて・・・。」

「止めに行って自分も一緒に暴れてりゃ、世話ないよね。」

霊夢の怒りの一撃を受けてちょっと怪我した俺の手当ては、落ちた先にいたリグルがしてくれた。

この程度なら永琳さんのところに行くほどでもない。

「まあな。けど、話聞いたら黙ってられなくてな。」

「あの白黒性格悪いし、仕方ないか。」

性格は悪くはないと思うけどな。手癖と根性が悪いだけで。

「あれ?リグルって魔理沙と話したことあったっけ?」

「少し前の『異変』のときにね。ていうか私吹っ飛ばしたのあいつよ。」

そうだったのか。あいつも大概迷惑かけすぎだな。ちょっと謝らせて周った方がいいかもしれない。

けど、魔理沙がリグルを吹っ飛ばさなかったら、この友人との出会いはなかった。感謝した方がいいんだろうか。

・・・それは何か違うか。

「そういえば、結局リグルは何か始めたのか?」

ふと、いつかの宴会での話題を思い出した。ミスティアが屋台を始めるというのをきっかけに、リグルも何か働くことに手を出してみようということを話していた。

「まあ、ね。今のところ開店休業状態だけど。」

「? 何を始めたんだ、ミスティアみたいな客商売?」

「秘密。」

む、気になるな。少しの間食い下がってみたけれど、リグルは教えてくれなかった。

まあいいか。開店休業状態って言ってたし、営業が始まったらそのうち教えてくれることもあるだろう。

それまでは聞かないでおくか。



「八目鰻~♪八目鰻はいらんかね~♪」

「ついでに鬼の酒はいらんかね~。」

しばしリグルと会話を楽しんでいると、ミスティアと萃香がやってきた。

「おお、ミスティア、萃香。サンキュ。」

「ありがと。ミスティアに料理の才能があったのは意外だったよね。」

八目鰻の串焼きを手渡され、それに舌鼓を打った。うん、美味い。

「いや~、ほんと始めてよかったって思うよ。色んな人に美味い美味いって言ってもらえるのは、弾幕とはまた違った楽しみがあるし。」

博麗神社の台所を担う身として、俺もそれはよくわかることだ。美味いと言ってもらえれば作りがいがあるってもんだ。

「何より、私が食いっぱぐれないからね~。」

ああ、それはあるかもな。

「そういや、俺のいない間萃香の食事の面倒みてくれてたんだってな。悪いな、手間かけさせちゃって。」

「いいっていいって♪すいっちはいい呑み友達だからね~。」

「ね~。私も楽しんでるんだから、優夢は気にしないでいいよ。」

この二人が仲良くなるってのは考えてなかったけど、本当に気が合ってるみたいだ。いいことだ。

「そりゃ助かるな。食い扶持が減って俺の負担も軽い。」

「嘘。あんたはちょっと寂しいって思ってるね。一緒に生活してんだからそのぐらいはわかるよ。」

バレたか。





リグル達としばらく談笑してからまた徘徊を始めた。

だいぶ色んなところに周ったか。そろそろいいような気もするな。

そう思って霊夢たちのところへ戻ろうと歩き始め。

「ちょっとちょっとー。私達のところは無視?」

てゐに呼び止められた。

いや、別に意図的にってわけではないけど。永遠亭組のところはもう挨拶に周ってるし。

「他のところだって周ってたじゃない。いいからいいから、ちょっと来なって。」

「別にいいけど・・・お前に言われるとそこはかとなく不安になるのは何故だ。」

いいからいいからと言って俺の意見は黙殺し、てゐは俺の腕を引っ張って行った。

まあ、無碍に断ることもないかと、俺はてゐに従うことにした。

「てゐ!!いきなりいなくなって何処に行っ・・・て・・・。」

てゐを探しに来たのだろう、鈴仙さんがやってきて、俺を見て固まってしまった。

『異変』の一件以来、鈴仙さんはどうにも俺に苦手意識を持ってしまっているようだ。この間も払拭しようとがんばってみたんだが、結局ダメだったし。

不幸な事故だったと割り切るのが一番だと思うんだが。幸いあのときはお互い女同士だったから、大事には至ってないのだから。

「およよ?鈴仙のために優夢呼びに言ってたんだけど、余計なことだったかな~?」

「な、何で私のためで優夢呼ばなきゃいけないのよ!ほ、ほら優夢だって迷惑してるし!!」

「いえ、別に俺は迷惑とかないですよ。挨拶周りの最中でしたし。」

鈴仙さんが言葉を詰まらせてしまった。うーむ、歓迎されてないみたいだな。

「あの、迷惑でしたら言ってください。俺も無理に割り込んだりする気はないんで。」

「い、いやあの、迷惑とかじゃその、・・・ゴニョゴニョ。」

「あー、そういえば姫様が優夢呼んでこいって言ってたのよねー。だから優夢呼びに来たんだった。」

そうだったそうだったと今思い出したかのように言うてゐだが、顔は明らかにニヤニヤしてた。あんまり鈴仙さんで遊んでやるなよな。

「そ、そういうことは早く言いなさいよ!怒られるところだったじゃない!!」

「いやーごめんごめん。ついつい忘れてたんだよねー。」

「もう!!」と言って、鈴仙さんはプイとそっぽを向いて俺の腕をつかんだ。

「ほら、行きましょう!姫様を待たせたら悪いわ!!」

「あの、鈴仙さん。自分で歩きますのでそんなに引っ張らないでください。」

聞いちゃもらえなかった。苦手なのか強気なのか、どっちなんだ。



「来たわね優夢!早速芸をなさい!!」

そして輝夜さんの目の前まで連れてこられた俺は、早速無茶振りされた。芸て。

「俺がそんな芸達者に見えますか?」

「できるかできないかじゃないわ。やるかやらないかよ。」

言葉だけ見ればかっこいいんだけど、内容が内容だからしまらないな。

「やれって言ったって、何をすればいいんですか?」

「あなたなら何だってできるでしょ。男になれるぐらいなんだから。」

男になれるんじゃなくて、女になれて男に戻れるんです。この辺輝夜さんは誤解してるんじゃなかろうか。

「そりゃ能力の関係でできるだけですよ。俺自身そこまでマルチスキルってわけじゃないし。」

「家事全般できて弾幕強くて武芸の心得まであってマルチスキルじゃない、ねえ。」

何がおかしいのか、永琳さんがクスクスと笑いながら突っ込んできた。

いや、家事はできるだけだし弾幕はそこまで強いわけじゃないし武芸は習ってるだけですってば。

永琳さんに限らないけど、何でこう俺を過大評価したがるかな。

「御託はいいから、早く芸を見せて頂戴。ほら、ハリィハリィハリィ!!」

芸をすることは決まりみたいだ。俺の意見が無視されることに悲しさを感じないのは、俺が慣れ切ってしまったからだろうか。

・・・深く考えるとどつぼにはまりそうだから、受け入れておくか。

しかし芸となると、手持ちはそんなに多くないな。

――ここはあれ行くか。寺子屋の子供達にやったらバカ受けだった、あのネタを。

人の猿真似に過ぎないが、プロフェッショナルの技を借りるのは間違いじゃないはずだ。よし。

「では行きますよ。」

「ええ、楽しませて頂戴。」

輝夜さんはワクワクという擬音があいそうな表情で俺を見た。

その期待に応えるべく、俺は呼吸を整え、期を測った。

俺の中のボルテージが高まっていく。今なら最高の技を見せられそうだ。

行くぞ!!



「悔しいですッッッ!!!」



・・・。

・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・。

「・・・うん。何かその、ゴメン。」

目をそらされた。凄く気の毒そうな顔をされてから目をそらされた。

「名無優夢にもできないことがあるのね・・・。」

永琳さんからは哀れみを向けられた。

見てみれば、周囲全体からイタイモノを見るような目で見られていた。

・・・だから言ったじゃねえかよぅ・・・。

「全く、何をやっているのよ。」

あきれたようなため息とともに、アリスが割って入ってきた。

「いや、輝夜さんが芸を見たいって言うから、『外』のネタを。」

「やめなさい。せっかくの美形なのに台無しだわ。」

むぅ。美形云々には突っ込みを入れたいが、それはともかく数少ない男なんだから、体を張ったギャグは俺の仕事だろう。

「今のあなたは女の子でしょうが。男に戻るの忘れてるわよ。」

「・・・ほんとだ。」

すっかり忘れてた。いかんいかん、最近自分が女であることに違和感がなくなってきてる。

「それに、そんな真似をしないでも笑いは取れるのよ。見てなさい。」

言ってアリスは、懐から数体の人形を取り出し、その場で人形劇を始めた。

内容はありがちな英雄譚だったが、時折上海人形達がする滑稽な動きがおかしくて、何故だか笑えた。

いつの間にか観衆が集まり、小さな人だかりになっていた。

長さとしては10分ぐらいだったが、とても面白かった。終わるときには皆が拍手喝采をしていた。

やはりアリスは凄い。芸達者という言葉は、俺じゃなくアリスにこそふさわしいと思う。



しかしアンコールを断るのは、何というかアリスらしかったな。思わず噴き出してしまった。





「いや、久々にあのネタを見たな。」

「蒸し返さないでくださいよ、慧音さん。」

霊夢のところに戻ると、霊夢は慧音さんと妹紅と一緒に呑んでいた。

俺はその輪に加わり、一緒に酒を呑み交わすことにした。

「まあ、子供達に受けそうなネタではあるよね。宴会芸としては微妙なところだけど。」

「文句なら輝夜さんに言ってくれ。俺は断ったんだから。」

大体予想できた結果だ。

「じゃあ、そうするかね。ちょっと永遠亭組のところまで行ってくる。」

そう言って、妹紅は一升瓶片手に輝夜さんのところまで行った。

言葉どおりの意味ではないだろう。妹紅にしろ輝夜さんにしろ、1000年もの間すれ違い続けたんだ。お互い話したいこともたくさんあるだろう。

だから俺は、何も言わずその背を見送った。

「・・・本当に、君には感謝しなければならないことばかりだな。」

慧音さんが唐突にそんなことを言い出した。

「何言ってんですか。俺こそ慧音さんには感謝しっぱなしですよ。働き口を与えてもらってるんだから。」

「それは私の希望でもある、持ちつ持たれつだよ。・・・私ではあの二人の確執をどうこうしてやれなかった。君がいなければ、どうなっていたことか。」

「俺がいなくても、最終的にはどうにかなってたと思いますよ。妹紅はちゃんと人の話を聞ける奴です。そうでしょう?」

俺の言葉に、慧音さんは笑って答えなかった。

「君の力は、残酷でもあるがとても優しい。私は好きだな。」

「そうなんですか?」

実際のところ、俺自身能力の全てを把握してるわけじゃない。拒絶することなく、あまねく想いを受け入れるということぐらいしかわかってない。

けれどそれが誰かのためになっているなら。俺の意思ではなくとも、誰かが満たされるなら。それで十分かなと思った。

「そうだとも。君の力は、ひょっとしたら幻想郷だけにとどめるのではもったいないかもしれないな。」

「買いかぶりすぎですよ。」

俺はそんな大層な人間じゃない。自分の周りの世界を心地よくするので精一杯だ。

幻想郷だってこれだけ広いのだ。まだまだ俺の知らないところがたくさんあるだろう。

――けれど。慧音さんの言うことを絵空事と断ずる気もしなかった。

仮の話だけど。もし俺の力を使うことで、今も世界の何処かで起こっている戦争を終わらせることができるなら。

そんな風に力を使うのもいいかなと思った。まあ、仮定の仮定でしかないけれども。

「案外、紫の奴もそういう考えなのかもな。」

「どうでしょうかねぇ。あの人の考えは深すぎて、俺には理解しきれませんよ。」

「それは勘違いというものよ、優夢。この世で最も大事なものは、案外単純なのよ。」

本当に神出鬼没が好きな人だなぁ。

「そうかもしれませんがね。それはきっと複雑なことの向こう側にあるものなんでしょう。その手前で止まってる俺には、やっぱり理解できませんよ。」

「そう、残念ね。」

言いながらも、クスクス笑いながら酒をあおる紫さん。

「で、結局のところどうなんだ、紫。」

「近くて遠い未来までお預け、というところでどうかしら?」

「ふむ。今はそれで手を打つとするか。宴会の席でする話でもないしな。」

慧音さんも深い詮索はしなかった。これ以上は、今は必要ない。

今はただ、楽しむときなんだから。

「橙も藍さんも、こっち来て一緒に呑みましょう。裏方仕事も疲れたでしょう?」

「む。誘いは嬉しいが、私達が働かなかったら宴会が滞ってしまう。」

「藍。主賓の誘いよ、言うとおりになさい。」

「紫様もああ言ってますし、そろそろ休憩にしましょうよ藍様。」

「むぅ・・・。しょうがないですね。」

ずっと働きっぱなしだった橙と藍さんも加え、俺達の輪は一際賑やかになった。



次の日の朝まで、神社の大宴会は続いた。

俺は色々な人に支えられ、立っているのだと確認した。そんな宴会だった。





+++この物語は、願いがこれまで触れた幻想と対話する、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



皆から願われる願い:名無優夢

願いとは願われる存在なのである。逆に言えば、願う存在なくして願いはない。

実際のところ、彼の能力で世界平和に貢献することは可能かもしれないが、それにはそれなりの下準備がいる。

紫が画策し現在行っているのは、そのことかもしれない。

能力:あまねく願いを肯定する程度の能力

スペルカード:気砲『シュプーリングスター』、人形『エターナル・スカーレット・CB』、霊丸『無双散弾 -ショットガン-』、『願い星』など



→To Be Continued...



[24989] 幕間二十八
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:50
~幕間~





これは、俺の中にある『願いの世界』の最近の日常風景だ。



俺の能力、『あまねく願いを肯定する程度の能力』は、俺の中に『願いの世界』という形で保持されている。

最初はこの世界のことを俺の精神世界なのだと思っていた。寝ている間に見る夢の代わりがこの世界だったから。

けれど、りゅかがここに来てから分析してくれた結果によると、そういうものではなく俺という存在の構成情報を表現した世界なんだとか。いまいちよくわからなかったが。

ともかく、それ以来俺はここのことを『願いの世界』と呼ぶことにしている。

『願いの世界』には、俺がこれまで取り込んだ『願い』が棲んでいる。今のところ明確に自我を持って存在しているのは8人だ。

ルーミア、レミィ、りゅか、妖夢、萃香、てゐ、アリス、鈴仙。この8人は、現実世界の彼女らと同じ姿形・性格をし、この中で生活をしている。

また、彼女ら以外にも世界中の人間の願いがここにはある。この世界を埋め尽くす白――正確には少しずつ色の違う粒となって存在している。

8人と違って何故彼らは姿を持たないのか。りゅかの推測によると願いの一部しか取り込まれなかったためではないかということなんだが、実際のところはわかっていない。

まあ、その辺は正直あまり気になっていなかった。というか、彼らまで姿を持ってしゃべり倒していたら、起きている間の俺がうるささに耐え切れない。

彼らもまた『名無優夢』の一部であるということだけを頭に入れ、俺はこの世界と上手く付き合っていた。

『願い』がこの世界に取り込まれる条件は、対象人物の肉体の一部を俺の肉体に取り込むこと。判定は結構アバウトみたいだ。

肉体の一部を経口摂取してもOKだし、血を送り込まれるのでも可。肉体ではなく魔力でもいけるし、口ではなく下の口(この表現自体は不本意ではあるが)からでも大丈夫だ。

とにかく、『相手の一部を自分に取り込む』ということさえ満たせば、願いは確実な形を持ってこの世界に取り込まれる。

偉く簡単な方法ではあるが、むしろこんな条件を(意図せず)8回も満たした俺の生活がどうなってるんだろう。普通に生活してたら満たさないだろ。

まあ、起こってしまった事実にいくらグダグダ言っても変わらないものは変わらないので、受け入れてしまってはいるが。

それに、悪いことではない。住人が増えれば、住人同士が退屈しないで済む。人は大勢いた方が楽しいもんだ。

俺も困ったときにアドバイスを聞けたりするし、あるいは『現実に肯定』という手段をとって力になってもらうこともできる。

また、俺の肉体は取り込んだ『願い』の種族を反映する。吸血鬼を取り込めば俺の肉体は吸血鬼の要素を持つし、鬼なら鬼、半霊なら半霊の性質を得る。

だから今の俺は、人であり妖怪であり吸血鬼であり大妖怪であり半霊であり鬼であり妖怪兎であり魔法使いであり月兎であるというわけだ。

自分で言って「何だこれ」と思ったが、仕方が無い。そうであるものは仕方が無い。こっちだって凹みそうなんだからあまり突っつかないでほしい。

それに反映されるのはあくまで種族の特性であり、元となった人物の能力を得られるわけではない。能力はあくまで『あまねく願いを肯定する程度の能力』でしかない。

『願い』から話を聞き、技術を習得することはできても能力を得るには至らない。世の中そんなにうまい話はないということだ。

大体こんなところが、今わかっている俺――『全世界の願いの結晶』についての情報だ。



そして俺は日に一度、睡眠の時間に夢を見る代わりに彼女らと交流をする。表層意識がオフになるのをスイッチとして、俺は『願いの世界』に姿を得ることができる。

今日もまたいつもと同じように、霊夢と萃香の世話をし一日を終え、就寝とともにこの世界へとやってきた。





「おはよう。もうやってるのか。」

就寝してからおはようというのもどうかと思うが、俺は既に宴会をしている皆に挨拶をした。挨拶は大事だ。

宴会好きの萃香がこの世界に来てからというもの、就寝後の宴会が絶えたことはない。萃香の瓢箪からは無限に酒が湧くし、ツマミはりゅかが用意してくれる。どうやってかはわからないが。

俺が起きている間は現実での俺の行動をサポートして、就寝したら宴会で楽しむというのが彼女らの日常だ。

「そりゃあね。宴会は楽しいんだから、長い時間やってたいでしょ?」

「なら俺が起きてるときでもやればいいのに。」

「あんたの行動はそれはそれで面白いのさ。」

人で楽しむのはやめてほしいんだがなぁ。止めはしないけど。

「さあさ、優夢も席について。乾杯しましょう。」

りゅかが虚空から座布団を一枚取り出し、皆の輪に加わるように置く。俺は促されるままに座り、手際よく用意されたお猪口を持つ。

「そんじゃま、今日も一日お疲れ様。」

『かんぱーい!』

俺の音頭で宴会が仕切り直される。『願いの世界』でのお決まりだった。

ここでならいくらでも飲むことができる。酔っても、それは現実の俺にはフィードバックされない。

俺の肉体そのものがここにあるわけじゃないからな。当然のことだ。

同様に、俺がここでいくら鍛えても現実に筋力や霊力が増加するわけではない。

けれどシミュレーションという意味で考えるとこれ以上有効なことはないわけで、新しいスペカを作ったりするのはこの世界でということが多い。

まあその辺りのことは今は関係ないか。大事なのは、何の気兼ねもなしに酒を呑み続けられるということだ。

俺は萃香の持つ鬼の酒やりゅかが記憶の中から引きずり出してくる銘酒をしっかりと味わいながら、宴会を楽しんだ。



「にしても、随分増えたよなぁ。」

宴席の軽い話題として、俺は皆の顔を見ながら何の気なしに言った。

最初はルーミアだった。俺の記憶が始まり、右も左もわからない状態でルーミアと遭遇し、わけもわからないうちに条件を満たしていた。

それから4ヶ月間はルーミアと一対一でこの世界と付き合っていた。思えば、ルーミアとは生死をともにするという可能性もあったんだよなぁ。

一番長い付き合いで、苦労もいっぱいかけたな。

「?」

当の本人は、俺の視線の意味に気付かず上機嫌に肉を食み続けてたが。非常にルーミアらしくておかしかった。

その次は、レミィ。死にかけた俺を救うためにレミリアさんが血を送り込み吸血鬼化させようとしたことで、結果的にその願いがこの世界へやってくることになった。

レミィには正真正銘命を助けられた。おまけに、俺にいくつもの力を与えてくれている。感謝しないわけにはいかない。

「そうねぇ。一年ぐらいは静かでよかったのに、今年の春頃からやかましくなって。」

憎まれ口を叩くレミィ。それに対しクスクスと笑ったりゅか。

紫さんも大博打を踏んだものだと思う。俺の能力の正体をはっきりさせるためとは言え、自分の一部をよくわからない存在に与えたんだから。

りゅかの知識に助けられたことは何度もある。この『二人』にも感謝しなければいけない。

「けれど私達がいなければ、こうして宴会を開くこともできなかったのよ?」

「まあね。その点については感謝してやらないでもないわ。」

「本当にあんたは素直じゃないね。素直になれないことが正直ってのは、味があっていいもんだね。」

萃香の言葉に、レミィは顔を真っ赤にして反論を始めた。が、酔いどれ鬼っ子は馬耳東風といった様子だ。

この中で最も必然的に取り込まれた『願い』が誰のものかと言ったら、それは萃香だろう。

『春雪異変』によって短くなった幻想郷の春。花見の時期が短くなって宴会が減ることを嫌ったこいつは、ちょっとした悪戯を実行した。

三日おきに人を"萃"め、宴会とする。その様子を人知れず見るために、萃香は霧となって幻想郷中を漂っていた。

そうなれば、呼吸で俺の体内に入ることは当然だ。萃香がこの悪戯の決行を決めた時点で、こいつが『願いの世界』に入るのは決定事項だった。

そして、萃香の悪戯の中のちょっとしたアクシデントでここに来た者もいる。

「数だけ見るとそれほど多く感じないのに、実際には結構多いものですね。」

「実感ってのは数じゃ得られないもんだ。100KBとか50000文字とか言われてもピンとこないだろ?」

「・・・そのたとえは一体なんでしょうか。」

苦笑する妖夢。彼女は、まあ、何というか、『宴席での不幸な事故』によってここへやってきた。

具体的な内容は言うのがはばかられるので割愛するが、まあけど彼女のおかげで俺の剣の腕はある程度マシになった。

現実の妖夢にも剣は教えてもらっているが、それだけで着いていけるほどの才能は俺にはなかった。だからある意味、幸運と言えば幸運だっただろう。

・・・妖夢の中でトラウマになってなければいいが。まあ、様子を見る限り平気そうだし、大丈夫だろうとは思っている。

ここまでが今年の春までにここに入った『願い』達。

「8って数は結構大きいもんだよ。八百万でたくさんを示すぐらいなんだから。」

見た目にそぐわぬ落ち着いた様子でそう言ったのは、秋の『異変』でここに入った願い。因幡てゐだった。

彼女がここに来た事件のことを思い出すと、今でも心苦しくなる。

他の『願い』達と違って、てゐだけは俺に殺されかけて入ってきた。形としては搾取に近い。

『願いの世界』の崩壊、そして暴走。その結果として、俺はてゐの腹部を貫いたそうだ。

俺自身には記憶がないけれど、そのことを聞いたときは自己嫌悪で自分を殺したくなった。

けれどそうすることはこの世界の安定を崩すことになると。また崩壊の危険性を孕む可能性があるとりゅかと紫さんに口を酸っぱくして聞かされた。

現在のところ外的要因で崩壊を防ぐ手立てはない。だから俺がしっかりと抑えなければいけない。

あの事件のことも反省はしているものの、今はなるべく気に病まないように努力している。けど、思い出すとどうしても気持ちが重くなってしまう。

まあ、当のてゐは今現実でピンピンしてるし、何の障害も残ってないみたいだ。そう考えれば、俺は普通でいることができた。

あの死闘の中でここに入ったのはてゐだけではない。アリスもまた。

「けれど幸運の数字は7よ。一人余計ね。」

俺を止めようとがんばってくれた霊夢たち。アリスは『蓬莱人形』で俺を止めようとしたらしい。

けれどその砲撃は俺に食われ――魔力を食うってのも化け物じみた話だが――結果アリスが俺の世界へ入ってきた。

アリスは役に立たなかったと言っていたけど、そんなことはない。俺を呼び覚ましてくれたのは、他でもないアリスの叫びだったんだから。

「8だって十分縁起のいい数字じゃない。人間は八十八歳を米寿って言って祝うぐらいなんだから。」

そして最後の一人、鈴仙。

彼女は妖夢にも増して不幸な、不幸過ぎる人災によってここに来た。

あの出来事に関しては、俺の気持ちとしても多くを語る気がしない。受け入れ、記憶の奥底に封印しておくのが一番平和だ。お互いのために。

「これからどんどん増えていくんだから、今の一点をとりあげても詮なきことよ。」

りゅかの言葉は、俺に苦笑を誘った。そんな頻繁に取り込むような事件が起こったんじゃたまらないな。



それでも、本当に増えたものだ。この記憶が始まってからまだ2年も経っていないというのに。

俺は元々『外』の世界の人間だったはずだ。何年の時を生きたかは知らないけれど、その間は俺は俺でしかなかったはず。

それが今や60億人の願いを基礎として、8人の人妖の願いを抱えている。

本当だったら色々思うべきなんだろうか。「俺は俺だ、他の誰でもない」とか。「どうして俺なんだ」とか。それだけとんでもないことになっているんだから。

けど俺はそれら全部を受け入れている。俺は俺でありながら他の『願い』でもある。それは事実なんだから。

受け入れ、肯定し、共存してる。こうやって宴会をして、バカ騒ぎをして楽しんでいる。

俺は皆が好きだ。ルーミアもレミィもりゅかも、妖夢も萃香も、てゐ、アリス、鈴仙も。

だったらそれでいいじゃないか。それが俺の結論だ。

グダグダ自分を定義したりする必要なんてない。俺は今、幸せなんだから。

だから、願いが増えていく言ったりゅかの言葉に苦笑はしたけど。

俺は、それもありかなと思っている。





さて、ところでさっきから萃香に噛み付いているレミィだが、相変わらず萃香の側はのらりくらりとかわし続けていた。

「誰が素直じゃないのよ!それじゃ私が寂しがり屋みたいじゃない、撤回しなさい!!」

「まあまあ、そういきり立ちなさんな。ムキになればそれだけ説得力がなくなるよ。あ、紫。そのツマミ気に入ったからもうちょっと出してくれない?」

「はいはい。」

「人の話を聞けー!!」

『願い』の中でいじられる確率が一番高いのは、実はレミィだったりする。かっこつけたがる癖に中身がお子様だから、格好の的だった。

その次は鈴仙。これはてゐから限定なんだが、回数としては既に結構な数に上っている。

現実では皆からいいようにいじくられる妖夢だが、ここでは意外といじられないでいる。

オリジナルの彼女らと『願い』は、微妙に性格に差異がある。多分本人が「こうでありたい」と望んだ姿が多少なり現れているためだろう。

妖夢はきっと心のどこかでは自分に足りないものに気付いてるんだろう。だから、ここにいる妖夢は言ってみれば完全体妖夢であり、いじる隙があまりないのだ。

逆にレミィはレミリアさんが抱えている幼心を解放しているために、いじりがいがある。それが原因だろう。

いじる萃香、いじられるレミィ。そしてほほえましく傍観する俺達。

萃香の位置にくるのは毎回違うが、これは最早お約束と言っていいぐらい繰り返された光景だ。



当然。

「ぐっ・・・このお!!」

こうやって、レミィが吸血鬼弾幕を発射することも俺達は予想済みだ。既に宴会セットの退避は完了している。

「ほっと。」

萃香は自身の弾幕を爆発させてそれらを相殺する。手馴れたものだ。

「人が黙って聞いてりゃ好き勝手ぬかして!叩き潰すわよ!!」

「黙ってなかったじゃん。」

萃香の言葉に俺達全員が頷いた。全然黙ってなかったな。むしろ一番騒いでたのレミィだったし。

「うるさいうるさいうるさーい!!こうなったら実力で思い知らせてやるわ!!」

そう言ってスペルカードを取り出すレミィ。止める者は誰一人いない。

だって、弾幕ごっこは宴会の華だろ?それは現実でもここでも変わることじゃない。

それが証拠に、勝負を吹っかけられた萃香は上機嫌だった。

「いいねいいね、やっぱ宴会はこうだよね!」

萃香もまた、スペルカードを取り出す。とりあえず、宴会セットを結界で死守するようにりゅかに指示を出した。

「紅符『不夜城レッド』!!」

「鬼符『ミッシングパワー』!!」

「月符『ムーンライトレイ』!!」

――ほーら、やっぱり思った通りだ。

二人ではない声がした方を見れば、いつの間にかルーミアもスペルカードを取り出して近寄っていた。

「二人だけずるいのかー。私も混ざるのだー。」

「ふん、火傷じゃすまないよ!!」

「威勢がいいのは嫌いじゃないよ!!」

戦意は飛び火する。こうやって、徐々に徐々に皆に拡大していく。

最終的には、結局皆が入り乱れて弾幕で『遊ぶ』。

それが、この世界の常なんだから。

物騒と思うかもしれない。だけど俺は、そのことが決して嫌ではなかった。



だって、皆で遊ぶのは楽しいだろ?



そして。

「あてて!!何で俺が集中攻撃受けてんの!?」

「だって、こうしないとあなたの弾幕ってば怖いんですもの。」

「同感。というわけで、手加減はしないから覚悟してね。魔操『リターンイナニメトネス』。」

「にゃろ!!暴符『ドライビングコメット』!!」

「てゐ!!待ちなさい私のパンツ返しなさーい!!!!」

「ウササササササササササササ!!」

「不埒なのは感心しませんよ。六道剣『一念無量劫』!!」

「ギャー!?」

「ぎゃおー!!」

「うおおおおお!!」

「なのかー!!」

もう何が何やらわからないのに、何故だか楽しい時間が刻まれるのだった。





+++この物語は、全世界の願いの結晶の中に潜む世界の謎に迫る、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



始まりの幻想:名無優夢

『彼』という存在が生まれたからこそ、この奇妙奇天烈な混沌としたお話が生まれた。彼こそ最初の願いなのかもしれない。

言うなれば『願いの世界』の管理人格であり、彼がいないことにはその世界は成り立たない。

それでいて、名無優夢という存在は内包する全ての願いを含めて指すのである。

能力:あまねく願いを肯定する程度の能力

スペルカード:気砲『シュプーリングスター』、人形『エターナル・スカーレット・CB』、霊丸『無双散弾 -ショットガン-』、『願い星』など



最初の住人:ルーミア

まだ何もわかっていないときに入ってきた願い。故に、優夢とともに成長した願いでもある。

いつも優夢を影から支えた存在。実はこの話のヒロインは彼女なのかもしれない(嘘)。

満腹生活が願いであった彼女に、今の生活に対する不満などあるはずもなかった。

能力:闇を操る程度の能力

スペルカード:月符『ムーンライトレイ』、夜符『ナイトバード』、闇符『ディマーケイション』など



命の恩人:レミリア=スカーレット

彼女がいなければ、彼の物語はフランに壊された時点で終わっていた。彼の存在の要と言っていい。

度々優夢の力になり、窮地を救ってきた。功労賞は間違いなく彼女。

いじられることに不満はあるものの、実はそれほど嫌なことだとは感じていなかったりする。Mではない。

能力:運命を操る程度の能力

スペルカード:紅符『不夜城レッド』、神槍『スピア・ザ・グングニル』など



世界の知恵:八雲紫

三人目の住人にして優夢のあり方をはっきりさせた人。彼女を取り込んだことで彼の方向性が決まったかもしれない。

優夢が本気で悩むとき、知恵を貸すのは彼女の仕事。彼女の能力は優夢に理解できるレベルではなく、力そのものを貸すことができないので。

現実の八雲紫が幻想郷を見守るように、彼女もまたこの世界の成長を見守るのである。

能力:境界を操る程度の能力

スペルカード:境符『四重結界』、式神『八雲藍+』など



不慮の事故:魂魄妖夢

原因はそうであったが、ちゃんと力になれているという。彼女自身の力ではなく、優夢自身の力を上げることで。

それはまるで彼女の師匠のようなあり方となっているが、本人がそれに気付いているかどうかは定かでない。

彼女の望みは剣の道を極めることであり、『願いの世界』に入った今でも鍛錬を続けているという。

能力:剣術を扱う程度の能力

スペルカード:六道剣『一念無量劫』、人鬼『未来永劫斬』など



宴会の主犯:伊吹萃香

一番現実との差異がない。宴会を望む彼女の願いは、現実でもここでも肯定され続けている。

存在感はあるものの、実際のところ優夢にはほとんど力を貸していない。それは自分のすべきことではないと思っている。

彼女がいるから宴会が起こる。幸運な存在なのである。

能力:疎と密を操る程度の能力

スペルカード:鬼符『ミッシングパワー』、『百万鬼夜行』など



悲劇の新参者:因幡てゐ

経緯としては悲劇そのもののはずなのに、全然そんなことを感じさせない元気な推定1000歳超えのオンナノコ。

新参であるため優夢に何かをしたということはないが、実は幸運がちょっぴし増してたりする。本人が何事も良くとらえるため効果がはっきりしていないが。

彼女の願うはただ一つ。鈴仙をいじり倒すことのみである。

能力:人間を幸運にする程度の能力

スペルカード:『エンシェントデューパー』など



死闘の中の偶然:アリス=マーガトロイド

実は優夢の暴走を止めた一番の功績は彼女にあったりする。彼女の声が優夢の意識を呼び覚まさなかったら、そのまま暴走し続けていただろう。

人形操術で優夢の力になろうとしたが、優夢が魔法を使えないので人形シリーズの考案という形で代用した。

彼女の目指していたのは完全自律人形の作成だったが、願いは平穏な生活だったという。

能力:人形を操る程度の能力

スペルカード:戦符『リトルレギオン』、注力『トリップワイヤー』など



不慮すぎる事故:鈴仙=優曇華院=イナバ

正直あの事故はありえなかったと今でも思っている。が、現実の彼女と違ってこっちは既に割り切っている。

優夢の狂気への耐性を上げているため、暴走の可能性をある程度軽減している。しかしあくまである程度なので、暴走するときはする。

アリスと同じく平穏を望んでいたため、結構仲が良かったりする。

能力:狂気を操る程度の能力

スペルカード:弱心『喪心喪意 -ディモチヴィエイション-』、幻爆『近眼花火 -マインドスターマイン-』など



→To Be Continued...



[24989] 幕間二十九
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:51
~幕間~





これは、今回の初詣についての話だ。





大晦日の日。私と優夢さんと萃香、それから当たり前のようにいる魔理沙とコタツを囲んでいたときのこと。

「そういえば、この神社ってやっぱり初詣はやらないもんなの?」

萃香が何気なくそう言った。

・・・ふっ。

「え?何、私何か変なこと言った?」

「魔理沙、去年の戦果を発表してあげなさい。」

「何で私なんだ。お前の神社なんだからお前が言えよ。」

「あと何で偉そうなんだ。」

仕方ないわね。

「去年は人里中の人間が参拝して、大好評だったのよ。」

ノリの悪い魔理沙と優夢さんに代わり、私自ら教えてやった。

すると萃香は目を丸くして驚いた。

「意外だねぇ。てっきり、年末年始も普段と同じく参拝客0なのかと思ってたのに。」

余計なことは言わないでいいのよ。

「あんたが考えてるより、この神社は信仰されてるのよ。」

胸を張って堂々と言ってやった。

「それより前はやっぱり参拝客0だったけどな。優夢が来てからだぜ。」

「ああ、なるほど。」

納得すんな。

「神社の信仰集めるのに主に活動してるのが俺ってのはどうなんだろう。協力するのは居候として当然としても。」

「別にいいのよ。居候とは名ばかりの身内みたいなもんなんだから。」

優夢さんが集めようが私が集めようが、信仰心は信仰心。なら何も問題はないわ。

しかし、それはそうと萃香はいいことを思い出させてくれた。

そう、明日は元旦。初詣の日だ。すっかり忘れていたけど、腰の重たい人里の人間達が参拝にくる絶好のチャンスじゃない。

「明日は賽銭箱を開けるのが楽しみだわ。」

「楽しみにするのはいいけど、ちゃんと参拝客をもてなしたりねぎらったりしろよ。」

えー。

「えー、じゃない。去年だってやっただろうが。」

いいじゃない、今年はやらなくたって。去年やったんだから。

「毎年やるもんだ、バカ者。お前が全然動かないから、準備は済ませてあるんだぞ。」

「面倒くさいわね・・・。」

「普段働かないんだから、こういうところでちゃんと働け。だから紫さんがあんなこと言い出したんじゃないのか?」

・・・仕方ないわねぇ。

「ははは、日ごろの行動が物を言うってことだな。私は見物させてもらうぜ。」

「何バカなこと言ってんのよ。当然あんた達もやるのよ。」

確かに私は働かないかもしれないけど、それを言ったら魔理沙と萃香だって神社でタダ飯食いしてる。手伝ったってバチは当たらない。

「えー?またかよ。」

「またってことは、魔理沙は去年初詣の手伝いをしたってことかい?」

「運悪く霊夢につかまって、な。けどまあ、魔理沙も神社の滞在率高いんだから、そのぐらいしてもいいんじゃないか?」

「ちぇー。」

文句は言いながらも、今回は逃げなかった。魔理沙も案外気に入ってるのかもしれない。

「ふぅん、面白そうだね。なら、私も手伝わせてもらうよ。」

こっちの小鬼は既に乗り気だった。妖怪が手伝うというのはアレかもしれないけれど、こいつは人里でも人気がある。何も問題はない。

今年は優夢さんと魔理沙と萃香か。私は楽させてもらえそうだ。

「だからお前も働くんだって言ってるだろうが、神社の主。」

チッ。



「霊夢ー、優夢君ー。いるかー。」

と、そんな会話をしていたら、玄関口の方から慧音の声が聞こえてきた。

縁側から入ってこない辺りあいつらしいと思いながら、コタツから出たくないからいっそ縁側から来いと心の中でつぶやいた。

まあ、私が動く必要はないんだけど。

「はいはい、ちょっと待ってください。」

優夢さんは名残惜しそうにコタツから出て、玄関の方へ歩いていった。

「慧音か。何の用事だろうな。」

「さあね。初詣関係の何かじゃない?」

そういえばと思い出してみれば、去年の初詣のときは慧音とブン屋の鴉天狗の協力もあったんだっけ。今年も協力する気かしら。

玄関の方からちょっとの間話し声がした。慧音以外にも誰かいるみたいだ。文も一緒に来たのかしらね。

ややあってから戸の閉まる音がした。縁先から見ると、文が神社から飛び立つのが見えた。どうやら私の予想はあってたらしい。

廊下を歩いてこちらへ来る足音。けれどそれは一つじゃなかった。

慧音は帰らなかったのか。私に直接用でもあるのかしら。

・・・いや、何か違う気がするわね。何となくだけど、この足音は慧音じゃない気がする。

となると、去年の具合を鑑みて助っ人でも要請してくれたのかしら。だとしたら私の仕事量が減るから素晴らしい。

優夢さんが戻ってくるまでの間、私はそんなことを考えていた。

「おーい、助っ人の到着だぞ。」

どうやら私の勘は当たっていたらしい。優夢さんは部屋に入ってくると、私達にそう告げた。

「おお、妹紅じゃないか。」

「誰かと思ったら不老不死の人間じゃないか。」

「話は聞いたよ。初詣の人手が足りないんだって?神事の心得はないけど、まあ手伝わせてもらうわ。」

妹紅か。まあ、こいつなら無駄に長く生きてるし、それなりに働けるかしらね。

「しっかり働いて私を楽させて頂戴。」

「・・・霊夢らしいとは思うけど、せめてこっちを向いて言ってほしいわね。」

苦笑交じりの声。私からだと廊下は背中側となっているので、実はこの会話は全て背を向けて行っている。

「いやよ、めんどくさい。」

「それすらめんどくさがるってどうよ。」

しょうがないじゃない。そっち向くためにはコタツ出なきゃいけないんだから。寒いのはごめんよ。

はぁ、と優夢さんがため息をついたのがわかった。

「どうすればいいと思います、靈夢さん・・・・。」



・・・・・・・・・・・・・・・は?

私は一瞬優夢さんが何を言ってるのか理解できなかった。

優夢さんは私に対して敬語を使わない。初めの頃は使っていたけど、やめるように言ってから全くナリを潜めた。

ということは、今のは私に向けたものではありえない。優夢さんの頭の中が出会った当時にでも戻らない限り。

では、今の言葉が指し示すのは何なのか。答えは一つしかない。

幻想郷で私以外に『レイム』の名を持つ者は一人しかいないんだから。

「・・・何であんたまで一緒にいんのよ、バカ母。」

私は振り向きながら、全力で悪態をついた。

「助っ人に来てやったってのに、感謝の一言もなし?再教育が必要かしら。」

そこには見紛うことなく私の母であるところの茶竹靈夢が立っていた。

――こいつ、最近動くこと多くない?暇なのかしら。

今から嫌な予感しかしなかった。



優夢さんに話によると、去年は大急ぎで準備をしたためろくなもてなしができなかった(あれで十分だと思うけど)ので、今年は一月前から動いていたらしい。

必要なものをそろえ、足りなさそうなお守りを作り、物資に関しては不足なく準備を進めていた。

ただ、優夢さんとしてはそこで懸念点があった。人手の問題だ。

去年は私と優夢さん、それから道で拾った魔理沙の三人で全てをこなしたけど、実に大変だった。全ての参拝客を裁くのに元旦の昼までかかってしまった。

これでは参拝客一人一人に割く時間も多く取れないので、優夢さんとしては人手を増やしたかったらしい。

そこは大いに賛成だ。人が多ければ、私が楽できる時間も増える。

そこで初詣の共同企画者である慧音に相談をした優夢さんだったが、そこで立候補してきたのがこの二人だった。

妹紅は優夢さんに世話になったのでその恩を返したかったらしい。本人は全くそんなこと考えてないんだから、気にしなければいいのに。

この母はというと、「何となく」という理由で手を挙げたそうだ。何となくならそのまま帰ってほしいものだ。

「そういうこと言うな。せっかく来てもらったんだから。」

優夢さんは、母が来たことを頼もしいと感じているようだ。まあ、先代の博麗の巫女だし、知識は持ってるでしょうね。

「すいませんでした、靈夢さん。」

「別にいいわよ。この子はいつものことだしね。」

私の言葉を謝る優夢さんだったけど、こいつが気にするわけがない。こいつは私と同じなんだから。

だから、こいつの気を悪くさせて帰らせるっていうのが無理というのも、私にはよくわかっていた。

「そんなことよりも、私としては優夢君の格好についてどういうことなのか聞きたいわね。女装趣味だったの?」

・・・ああ、そういえばこいつ、知らないんだっけ?

「えーと、俺の能力と霊夢の趣味、が正解です。」

「ふぅん?」

まあいいわ、と母は興味をなくした。私以上に驚きのない奴だ。

「手伝うはいいけど、私は何をすればいいのかわからないのよね。その辺教えてもらえるかしら。」

「ああ、そうだったな。」

妹紅の問いに、優夢さんは初詣の概要を説明し始めた。

今回は私と優夢さん、それから母で参拝客の対応をし、魔理沙と萃香と妹紅は社務所の担当だそうだ。

「参拝客の皆さんに振舞う甘酒の容器は俺が洗いますので、霊夢と靈夢さんは参拝客の相手に専念してください。」

特に霊夢、と私に対し強く念を押す。わかってるわよ、去年だってサボらなかったでしょうが。

「去年よりお前のサボり癖が進行してるからな。念のためだ。」

素敵なだけよ。

「今回はお守り販売が三人か。助かるな、正直去年はしんどかったぜ。」

まあ、あの人数相手に接客するのは一苦労でしょうね。そう考えると、さすがは商売人の娘ってところなのかしら。

「ああ、魔理沙が経験者なのね。それなら実際の仕事は魔理沙に聞いた方がいい?」

「そうだな、そうしてくれ。さすがに内容に関してまでは俺も把握できてない。」

優夢さんの言葉で、妹紅と萃香は魔理沙の所へ集まった。

口では色々言っていたものの、魔理沙は熱心に説明を始めた。何だかんだでこいつも楽しんでるわね。

「それで、私達は他にすることないの?」

こっちはこっちで説明が続く。母が優夢さんに質問をした。

「ええ、特にはありません。こっちは臨機応変に対応する必要がありますので、マニュアルはないですよ。」

去年もそう言って特に方針は立てなかったけど、意外に何とかなった。今年も何とかなるだろう。

そう思っていたら。

「うーん。」

母は何か不満でもあるのか、唸り始めた。何か言いたいことがあるなら言いなさいよ。

「やることがこれだけって言うのは、ちょっと味気ないわね。私の代はもっと色々やってたわよ。」

「まあ、俺はできることが少ないですし、霊夢はやる気がないですからね。」

「要するにやっぱりこの子が問題なのね。あんまり優夢君に迷惑かけるんじゃないわよ。」

うるさいわね、余計なお世話よ。

「ちなみに靈夢さんの代ではどんなことをやったんですか?」

「そうねぇ。主には今やってることに加えて、お守りの焚き出しと奉納演舞かしらね。」

「奉納演舞ですか。そういえば霊夢って奉納演舞踊れたよな。」

「踊らないわよ。」

面倒だって言ってるでしょうが。

だが、優夢さん一人ならこれで通せてもさすがに母には通用しなかった。

「いいじゃない。たまにはちゃんとした巫女だってところを見せておきなさいよ。信仰心集まらないわよ。」

「ちゃんとした巫女だってところは収穫祭で見せてきたわ。一年はゆっくりするわよ。」

「皆が働いてる中あなたが働いてなかったら、また元の木阿弥じゃない。しっかりやっておきなさい。」

何を言ってもこの母は引かない。結局優夢さんの加勢を得て押し切られてしまった。

こうして、今年の初詣では奉納演舞を行うことになったのだった。

ああ、やっぱり面倒くさいことになった・・・。



予定と詳細の伝達が済んだところで、次に衣装の話になった。

「俺と霊夢と靈夢さんはそのままでいいとして、魔理沙は去年みたいに霊夢の予備を借りるか?」

「他に手段もないしな。それでいくぜ。」

「着替えの場所は知ってるでしょ。勝手に着替えてきなさい。」

勝手知ったる神社の母屋。魔理沙は私の言葉の通り勝手に私の部屋の方へ向かった。

「となると、問題は萃香と妹紅か。どうする?」

萃香は小さいが、私のお古を使えば何とかなりそうだ。しかし妹紅の方はそうはいかないわね。

私よりも身長が高く、かと言って優夢さんのサイズだと大きすぎる。ちょうどいいサイズの巫女服はうちにはない。

「うーん、困ったわね。」

「無理だったらそのままの格好でも構わないと思うぞ。あくまで手伝いに来てるだけだし。」

「そうもいかないでしょう?他の皆は巫女姿なんだから。」

まあ、あの魔理沙でさえ着替えてるんだからね。あいつの場合はあのままの格好だと浮きすぎるからなんだけど。

妹紅の格好はそこまでではないけど、他の皆が巫女服だったらやっぱり浮くわね。さてどうしたものか。

「しょうがない、面倒だけどうちから取ってくるわ。私のだったら、あなたでも大きさ合うでしょ。」

そこで提案してきたのは母だった。確かに母は私よりも一回り大きいので、同じぐらいの大きさの妹紅でも合うでしょうね。

けど。

「旧時代の巫女服か・・・。」

「文句でもある?」

あるわよ。ダサいじゃない。

私は正直母の衣装が好きではない。腋は閉まってるし全体的に重苦しいし、息が詰まりそうだ。

「あんたの衣装が軽薄なのよ。何で腋が開いてるのよ、意味がわからないわ。」

「時代の最先端は腋よ。」

「えーその辺は正直どうでもいいんで、妹紅の意見と靈夢さんの許可で決めたいです。」

私と母のファッション大論争が始まろうとしたところで、優夢さんが水を差した。・・・まあ、確かにそんなことしてる場合じゃなかったわね。

「ん。靈夢が貸してくれるっていうならそれで。」

「いいわよ。・・・あー、取ってくるの面倒だから妹紅一人で行ってくれる?場所はわかるわよね。」

「茶竹茶具専門店でしょ。大丈夫よ。」

二言三言交わし、妹紅は神社から飛び去って行った。

「あんた、妹紅と知り合いだったの?」

「慧音先生と交流があれば、そりゃね。」

なるほど。そういえば一兄は慧音のところからもらわれたんだったわね。

萃香はさっさと魔理沙の後をついて行っていたらしい。既に姿がなかった。

「じゃあ俺は荷出ししてくるんで、二人は時間まで自由にしててください。何かあったら言いますんで。」

優夢さんもこう言って、居間から姿を消した。

ここに残されたのは、私と母のみとなった。



「・・・で?」

最初に口を開いたのは私だった。

「ん?」

「何か言いたいことでもあるんじゃないの?」

私は、大変不本意ながら、こいつのことをよく知っている。「何となく」というだけの理由で、わざわざ神社まで来るとは思えない。

理由は簡単。面倒だからだ。事実、こいつはさっき自分の家に帰るのを「面倒だ」と言い切った。

私はこいつが何がしか目的を持ってここに来たと踏んでいる。

「言いたいことねぇ。そういえば、優夢君のアレ。どういうことなのかよくわかってないんだけど。」

「優夢さんは男にも女にもなれて、せっかくだから巫女服着てもらってるだけよ。」

「へー。そんな面白そうなこと、もっと早く教えてくれればよかったのに。」

・・・そうじゃなくて。

「何か言いたいことでもあったから来たんじゃないの?」

「何か言いたいことがなきゃ娘に会いに来ちゃいけないなんて法でもあるかしら。」

ないけど、あんたらしくない。面倒臭がりのあんたが茶竹の家を出てここまで来るなんて、余程のことでもないとありえない。

「それは勘違いね。私は楽しいことが好きなのよ。楽しいことだったら、面倒を取るのは大したことじゃないわ。」

「言っておくけど、楽しいことなんか何もないわよ。参拝客の相手するだけなんだから。」

賽銭箱を開けるのは楽しみだけど、それだけが億劫だ。

「まあ、確かにそれだけなら大変なだけでしょうね。」

それ以外に何かあるの?

「ええ。娘と一緒に何かをできる機会なんて、滅多にないでしょう?」

「・・・普通の親子だったら、割とあるとは思うけどね。」

「あら、私達は普通の親子だったのかしら。」

「あんたは知らないけど、私は割とそれなりに普通よ。」

「なら、私達は普通の親子ね。私も割合そこそこ普通だから。」

ああそう。なら勝手にしなさい。

私はそう言って、母に背を向けた。

・・・ちょっと照れたりなんか、してないんだから。





そして夜も更け、年明け前となった。

人の入りは去年よりも早かった。何でも、今年は天狗の警備以外に人里に友好的な妖怪の協力があったため、移動がスムーズに行えたんだそうな。

「多分リグル達だな。後でお礼言いにいかなきゃ。」

向こうが勝手にやったことなんだから、放っておけばいいのに。優夢さんらしいけど。

「よう、巫女様、優ちゃん。明けましておめでとう!」

八百万の店主が私達に声をかけてきた。

「相変わらず気が早いですね、おやっさん。もう15分待ちましょうよ。」

「細けぇこた気にするなって。」

「そうね。早く来て早く帰ってくれるなら、私も楽だし。」

「ははは、巫女様らしいやな。・・・っと。」

彼は私達の後ろを見て、目を点にした。

「あらぁ?今年は先代様も引っ張りだしたのかい。」

「引っ張り出したんじゃなくて、向こうから勝手に来たのよ。呼んでもいないのにね。」

「へぇ。最近すっかりお見かけしなくなったから、俺ぁてっきり隠居なすってるもんだとばっかり思ってたんですがね。」

隠居と言えば隠居でしょうけど、人里の中で暮らしてるのを隠居って言うのかしらね。

「あれ、おやっさんって靈夢さんのこと知らないんですか?」

「? 霊夢は巫女様のお名前だろ。優ちゃん、ボケたか?」

無駄よ優夢さん。人里の人間にとって博麗の巫女ってそういう扱いだから。

「ようわからんけど、俺っちは家内と倅の分も参んなきゃならんから、これで失礼するわ。またな!」

優夢さんが説明しようとしたけど、それよりも早くおやっさんは参拝者の列に戻ってしまった。

「・・・むぅ、何だかなぁ。」

「しょうがないわよ。人間にとって博麗の巫女は『博麗の巫女』って存在でしかないんだから。」

大事なのはその器だけ。中身が何だって、結局一緒なのよ。たとえば私じゃなくて魔理沙が博麗の巫女だったとしても、誰も気にしないでしょうね。

まあ、そんなこと私にはそれこそどうでもいいこと。信仰してお賽銭入れてくれりゃそれでいいわ。

「今のお前はそれでいいかもしれないけどさ・・・。」

何よ。

「靈夢さんやその前の博麗の巫女は忘れられてる。お前だってこの先忘れられるかもしれない。そんなの、俺は嫌だな。」

優夢さんが嫌でも、それが現実なのよ。いつも通り受け入れておきなさいよ。

「まあ、できないことはないけどさ。・・・それは最終手段に取っておくよ。」

そう言った優夢さんの目は、何かを決めたような光を持っていた。何をするでもいいけど、私に面倒はかけないでよね。

その言葉に返って来たのは、困ったような苦笑いだった。

・・・やれやれ、また面倒なことになるわね。

言っても聞かない優夢さんだから、私は何も言わなかった。代わりに一つ、ため息をついた。



年が明け、列が流れ始めた。それはつまり、私達の仕事の始まりを意味していた。

次から次へとやってくる参拝客に甘酒を配り、飲み終えた容器を回収し、優夢さんに渡す。

時には話しかけてくる里の人間に適当に対応し、話相手になったりもした。

自分で言うのもなんだけど、私は結構働いたと思う。一年分は働いた。これで一年間ゆっくりする権利もらえないかしら。

優夢さんは私以上に動いていた。甘酒の容器を洗う仕事もあるはずなのに、いなかったときがないようにさえ思えた。

まあ、優夢さんはメイドでもあったわけだし、そのぐらいするか。別に不思議なことじゃない。

魔理沙をリーダーとした社務所組も、客の流れを停滞させることなく裁いていた。三人になったから効率が上がったみたいね。

萃香と妹紅は人里で人気があるみたいだったから、客も好感触だった。鬼が売り子をしてても誰も疑問に思わなかったらしい。

で、母はというと。

「・・・あんたも働きなさいよ。そのために来たんでしょ。」

「しょうがないじゃない、近所の連中につかまっちゃったんだから。」

あんまし働いてなかった。基本人とダベっていた。

本人の言い分としてはそんなことを言っていたけど、私には言い訳としか思えなかった。

「周りの人間との付き合いも大事なものよ。大人になるっていうのはそういうことなの。」

「どうでもいいから働きなさい。」

母はやれやれとため息をついたが、私の方がため息をつきたい気分だった。

そんな感じで、一部納得はいかないものの、初詣の行事は順調に進んでいった。



そして年明けから半刻。奉納演舞の時間となった。

これをすることに決まったのは昨日の昼頃だったというのに、何をどうやったのかいつの間にかプリズムリバー三姉妹に話をつけて演奏を担当してもらうことになっていた。

相変わらず、無駄に行動力があるんだから。振り回される方の身にもなってもらいたい。

あんた達もそう思うでしょう?

「私達は音楽家。頼まれた演奏を行うのが仕事だ。」

「仕事にいいも悪いもないよ。私達は頼まれたら演奏するだけ。」

「難しいこと考えないで、楽しく演奏すればそれでいいのよ!」

・・・音楽バカどもじゃ話にならなかった。本当にやれやれだわ。

私は緩んだ精神を引き締め直すため、目を閉じた。

一本の糸を張り詰めるように神経を研ぎ澄ませ、再び目を開く。雑音は耳に入らなかった。

私の集中状態を見て、騒霊楽団は静かに演奏を始めた。

それに合わせ、私は足を一歩前に出す。まるで空気に溶けるように。

厳かに足を運び、手を舞わせる。ゆっくりと、静かに、それでいて力強く。

時に片足を軸に回転し、方向を変える。その動きを、私は一切の考え抜きに行っていた。

――奉納演舞は幼い頃に叩き込まれている。使う機会などまるでなかったけれど、その動きの全てを私の体は覚えていた。

だから私の動きは一切の無駄がなく、流れるように自然だった。

ふと、何も考えていなかった私の頭に、この場に舞を叩き込んだ張本人がいるのだということが浮かんだ。

だからどうということはないけれど。奇妙なような、必然であるような、不思議な感覚があった。





凛、と。鈴の音が聞こえた。

その音に、いつの間にか閉じていた目を開く。

私の目の前には、私とともに舞うもう一人の巫女がいた。

私の母。茶竹――いや、博麗靈夢。

私の前の巫女で、忘れられた巫女。とうに博麗を退いたはずの母が、私とともに舞っていた。

何故?という疑問は当然浮かんだけど、それで私の舞が乱れることはなかった。この程度のことで動じることはない。

むしろ彼女は私の動きに合わせ、ごく自然に、それが当然であったかのように二つの舞を融合させていた。

私の舞は彼女から教えられたものだから、当たり前のことではあったけど。



母の目が開かれる。一瞬私と目が合い――その視線を、別の方向へそらした。

それを追ってみると、その先には微笑む私の『兄』がいた。

――なるほどね。私はそれだけで、彼の意図を理解した。

彼はさっき言っていた。「博麗の巫女が忘れられることが嫌だ」と。私や母が、『博麗の巫女』としてしか必要とされないことが嫌だと。

だから彼は、こうやって先代の――必要とされなくなった巫女を、演舞に組み込んだ。

全く、相変わらず余計なことをする人だ。私達は気にしていないというのに。

別に博麗の巫女としてしか必要とされなかろうがなんだろうが、私には関係ない。お茶を飲み、時に宴会を開き、そして『異変』を解決し、日々を暮らすだけ。

だからこれは、全く余計なお節介だった。

余計なお節介だったけど。悪い気はしなかった。

『兄』に、家族に思われ、母と舞うのも、悪いものではなかった。



だから私達は、最後まで舞い続けた。今と昔の二人の巫女で。母と娘という普通の人間として。





終わってみれば大盛況だった。突然先代の博麗の巫女が舞に乱入するというハプニングはあったものの、皆そういう演出だと思ったみたいだ。

私は舞を終えると、休憩するために社務所の裏まで引っ込んだ。

「あー、疲れたわ。」

「お疲れさま。砂糖水、元気が出るわよ。」

妹紅から飲み物を受け取り飲む。砂糖の甘さが疲れた体に染みた。

母は舞を終えた後から再び参拝客対応の方へ戻っていた。あの化け物体力には敵いそうにないし、敵いたくもなかった。

「いい舞だったわよ。靈夢にも伝えておいて。」

「どうでもいいけど、口頭だとどっちを指してるのかわからないわよね。」

本当に、何を考えて自分と同じ音の名前をつけたんだか。

私の言葉に妹紅は苦笑し。

「わかりにくいとは思うけど、慣れたらそうでもないんじゃない?」

「まあね。文脈で大体わかるし。」

この名前とはもう10年以上の付き合いだ。いい加減慣れてはいる。慣れてはいるけど不便に感じなかったことがないわけではない。

「自分と同じ名前をつけたいほど、あなたのことが好きだったんじゃない?」

「あいつに限ってそれはないわね。もし本当だったら寒気がするわ。」

「ひどい言い様ね、実の親に対して・・・。」

実の親なら、遠慮の必要もないわ。

「あはは・・・。けど、靈夢があなたのことを大事に思ってるっていうのは、本当のことなのよ?」

「ありえないわね。あんたがあいつの所業をどこまで知ってるかは知らないけど、あいつは2、3歳だった私を花の大妖怪と死合わせたんだからね。」

我がことながら、あの極悪妖怪を相手にしてよく生きていたものだと思う。

「うーん、博麗の巫女として十分な実力をつけてほしかった、とか。」

「限度があるわよ。それで死んだら元も子もないでしょうが。」

反論できず、妹紅はただ苦笑いを浮かべた。

けれどキリと表情を変えて。

「でもね。親はいつでも子を思ってるものなのよ。たとえ子の側から疎ましく思っても、ね。」

「輝夜にも同じようなことを言われたわよ。」

「あら、先に言われちゃってたか。でもそういうものなのよ。あなたも母親になればわかるんじゃないかしら。」

どうかしらね。ていうか、あんたには言われたくないわよ。1000年独身。

「それだけ。私にとっては霊夢も靈夢も友達だから、親子仲良くしてほしいのよ。たまには素直になってあげなさい。」

私はこれ以上なく素直よ。そう言おうと思ったけど、妹紅はそそくさと社務所の中へと逃げ込んだ。

・・・全く、どいつもこいつも。そんなに私達を「仲良し親子」に仕立てたいのかしら。

「ゾッとしないわね。」

その光景を思い浮かべ、私は一言つぶやき、参拝客対応の仕事へと戻っていった。



日が昇る頃には全ての参拝客がいなくなっていた。今年は去年よりも早く裁くことができたみたいだ。

母と妹紅は、軽く挨拶だけして帰って行った。

そして私達神社組は、今年の戦果をかみ締めながら、新年最初の昼寝としゃれ込むのだった。





+++この物語は、博麗神社の初詣模様2ndを描く、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



一年の楽しみは賽銭チェックから:博麗霊夢

初詣の後はウッハウハなので、賽銭箱を開けるのが楽しみ。決してお金ではなく信仰心を喜んでいるのである。絶対そうなのである。

自分が博麗の巫女としてしか見られなかろうが何だろうが知ったことではない。日々お茶が飲めてまったりできればそれでいい。

何だかんだで自分は恵まれていることに3秒ぐらい気付くが、どうでもいいことなのですぐ忘れる。

能力:主に空を飛ぶ程度の能力

スペルカード:霊符『夢想妙珠』、神霊『夢想封印 瞬』など



とりあえず娘と年明けを過ごしたかった:茶竹靈夢

ぶっちゃけ今回の行動原義はそれ。親バカ大爆発。しかし周りには悟らせない冷静さが素晴らしい。

近所の主婦層のリーダーなので、主にそこら辺りにつかまっていた。彼女らは靈夢が先代博麗の巫女であることを知りつつ付き合っている。

多くの人からは既に忘れられた存在ではあるものの、家族や地元とのつながりが彼女に意味を持たせている。

能力:主に霊術を扱う程度の能力

スペルカード:護符『護法陣』、靈符『博麗封印術』など



親子を見守る博麗の家族:名無優夢

彼にとって霊夢は『妹』。ということは、靈夢は『母』なのかもしれない。

自分の家族がただのお役目でしかないというのは、彼の感情が許さなかった。

霊夢と靈夢が幸せであってほしいいうのは、彼自身が持つ『願い』の一つなのかもしれない。

能力:あまねく願いを肯定する程度の能力

スペルカード:気砲『シュプーリングスター』、人形『エターナル・スカーレット・CB』、霊丸『無双散弾 -ショットガン-』、『願い星』など



→To Be Continued...



[24989] 四章一話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:52
朝起きたら、境内に春夏秋冬四季折々の花々が咲き乱れていた。





唐突で申し訳ないが、俺にも何が起きているのかよくわからなかった。目が覚めたら既にこうだったんだから。

確かにそろそろ桜が咲いてもいい時期だったが、昨日まではまだ一つも咲いていなかったはずだ。

それが今朝起きてみたらいきなり満開十分咲きになっており、桜だけじゃなくてヒメジョオンやらコスモスやら時期のズレた花まで咲いている始末。

今年の春告精リリーホワイトは張り切りすぎたんだろうかと思うぐらい、視界いっぱいの花吹雪だった。

俺は寝巻のまま、しばし呆然とその光景を見ていた。



やがて空腹感で我に帰る。

「っと、いけね。見取れてる場合じゃなかった。」

博麗神社の居候である俺は、朝から三人分の朝食を作るという仕事がある。それに今日は寺子屋で授業をする日だ。

花のことは気になるけど、あんまりもたもたしている暇もない。

少々眠気の残る頭で欠伸を一つし、俺は着替えるために自室へと戻った。



桜の下には、彼岸花が咲き誇っていた。





東方幻夢伝 第四章

花映塚 ~Flowers Invite Lively Accident and...~






「ふーん、何事かしらね。」

朝食を摂りながら、俺はこの現象に関して霊夢に尋ねてみた。

が、霊夢は特に興味はないらしく、漬物を食みながら相槌を打つのみだった。

「軽いなおい。」

「だって気にしたってしょうがないじゃない。原因は見当もつかないんだし。」

まあ、確かにその通りではあるかもしれないけど。

これだけの異常をそれで済ますのは、博麗の巫女としていかがなものか。

「害があるわけじゃないじゃない。だったら放っておけばいいのよ。」

「けど、これって『異変』じゃないのか?明らか季節外れの花まで咲いてるし。」

「まあまあ。『異変』だったとしても、花を堪能してから解決すりゃあいいじゃん。こんな贅沢な花見は中々できるもんじゃないって。」

言って萃香は、縁側に見える色とりどりの花を見ながら酒を煽った。

・・・まあ、確かに二人の言う通りではあるんだが。

確かにこれは異常事態には違いないが、花が咲きまくっているというただそれだけの話だ。

別に桜が食人植物になったとかそういうわけではないんだから、放っておいても問題なさそうではある。

けど、もしこれが『異変』だったとしたら、博麗の巫女である霊夢が平定すべきものであるわけで。

「調査ぐらいはした方がいいんじゃないのか?本当に害がないかどうか。」

「めんどくさい。気が向いたらやっとくわ。」

全くもって、こいつは博麗の巫女だった。



あまり問答で時間を潰して授業が遅れてもまずい。

霊夢に言いたいことは多々あったがそれは飲み込み、朝食の後片付けと着替えと教材の準備を終え、俺は神社を後にした。

どうでもいいことだが、どうせ朝食の間だけなんだから巫女服じゃなくてこっちの黒服でよかったんじゃないだろうか。

・・・多分霊夢は怒るだろうな。容易に想像できるその現実に、空を飛びながらため息をついた。





***************





花で、『異変』ねぇ。

実を言うと、この二つで結び付けられそうな人物が、私の知る中に一人存在する。

自称幻想郷最強の花の大妖怪である『あいつ』なら、このぐらいは造作もないことでしょうね。

優夢さんに言われた通り調査をするとなると、そっち方面に当たることになるけど。

「・・・驚くほど気が進まないわね。」

やる気のある方じゃない自覚はあるけど、『あいつ』に顔を見せると考えただけで、グングンと萎えていくのがわかる。

ぶっちゃけ母に会うよりも嫌だ。いや、同じぐらいかしら。

ともかく、そのぐらいやる気が起きない。何が悲しゅうてあのド真性変態に会いに行かなきゃなんないのよ。

「霊夢、どうしたの?仏頂面が酷くなってるよ。」

「悪かったわね、無愛想で。」

私の気持ちを知るはずがない萃香の能天気な言葉に、ややきつめの答えを返す。

萃香は「おお、こわいこわい」と肩を竦めた。

「せっかく花も綺麗に咲いてることだし、もっと明るい表情すれば?勿体ないよ。」

「わかってるわよ。」

まあ、会いに行くのが嫌なら会いに行かなければいいだけの話だ。母と違って、私は『あいつ』とは何の関係もないんだから。

いざとなったら叩きのめしにいけばいい。そう考え、この件は忘れることにした。

「せっかく花も盛りなことだし、昼間から酒も悪くないわね。」

「お?いいねいいね、わかってるじゃん。」

花を酒で楽しむため、私は一旦席を外し、酒と器を取りに台所へ向かった。



戻って来ると、ちょうど縁先に魔理沙が降りてくるところだった。

「よう、霊夢。花が咲いてるから来てみたぜ。」

「花が咲いてなくてもあんたは来るでしょうが。お目当てはこれね。」

「だぜ。」

こいつの考えることは想像がつく。大方この満開の花で私達が宴会をすると踏んで、御相伴に預かりに来たんだろう。

まあ、別に邪険にすることでもないし。

「器は自分で取って来なさいよ。場所はわかってるでしょ。」

「勝手知ったる神社の台所ってな。邪魔するぜ。」

「あいよいらっしゃい。」

靴を脱ぎ縁側から上がる魔理沙に、萃香は歓迎の意を示す。あまり目立ってはいないけど、実際のところこの二人は結構仲が良かったりする。

二人とも明るくてオープンなタイプだからね。あっちこっち行ってるせいでこの組み合わせはあんまり見ないけど。

魔理沙と入れ替わりで、私は縁側に座り。

「ああそうそう。」

器に酒を注ごうとしたところで、魔理沙の声がかかった。



「霊夢、お前に珍しい客が来てたぜ。本殿の方にいるから、会いに行ったらどうだ?」



その言葉に、私は言いようのない嫌な予感を感じた。こう、背筋を這い登る悪寒というか、何処までも執拗に追いかけてくる蛇のようなそんな感覚。

「・・・誰よ。」

「会えばわかるぜ。」

私の問いに、魔理沙は含み笑いをしながら答えを返さなかった。その反応で私は大体の察しがついてしまった。

迂闊なことを考えなきゃよかったかしら、と少々の後悔をする。

会いに行きたくはないんだけど、向こうからこっちに来られた場合の被害(私の精神的な意味で)を考えると、行かざるを得ない。

非常に気が進まなかった。

「ん?なになに、私の知らない二人の知り合い?ちょっと見てみたいんだけど。」

「ダメだぜ。あんまりいじってやると、霊夢が立ち直れなくなる。」

魔理沙、あんた後で覚えてなさいよ。視線に殺気を込めて魔理沙をにらみつけたが、魔理沙は視線を逸らして口笛を吹き、無関係の姿勢を見せた。

・・・ここで魔理沙を懲らしめても、現状が変わるわけではない。私は諦めとともに深いため息をついた。

「ちょっと行ってくるわ。覗いたら封印するわよ。」

「そんな命知らずな真似はしないぜ。」

「見てみたいけど、封印は嫌だね。しょうがないから呑んで待ってるよ。」

釘を刺してみたけど、その必要はなかったみたいだ。二人とも既に酒の方に興味が移っている。

それならそれでいい。こっちも助かるというものだ。

私は縁側から縁先に出て――やはり憂鬱な気分はあったけど、本殿の方へと足を進めた。

恐らくは、母並に会いたくない人物がいるであろうその方向へ。





本殿の前に、果たして奴はいた。

それほど日差しは強くないというのに、白い日傘を差したそいつ。こちらに背を向けて、神社の境内に咲き誇る種々の花を鑑賞していた。

顔は見えないけれど、服装が以前と変わらぬ赤いチェックのコートとスカート。特徴的なその格好は、見間違えるはずがなかった。

「珍しいわね、あんたがここに来るなんて。ひょっとして初めてじゃない?」

こいつとは会話もしたくないが、そういうわけにはいかない。こいつの気を済ませて帰らせなければいけないんだから。

声をかけると、奴は私の存在に気付き振り返った。健康的な花の葉を思わせる緑の髪がふわりと舞った。

「そんなことはないわよ。あなたが生まれる前は、ここで毎晩のように宴会を開いていたのだから。」

可憐な花ような、あるいは力強い草木のような響きを持つ声。妖怪だから当然かもしれないけれど、こいつはあの頃と全く変わっていないようだ。

温和で柔らかな笑みをたたえながら、奴の赤い瞳が私の目線と合う。

すると、綻ばせるという表現がぴったりなほど、奴は表情を崩した。

「大きくなったわね、霊夢。」

「10年も経てば、人間は成長するものよ。」

「それもそうね。」

何がおかしいのか、コロコロと笑う妖怪。不快、というわけではないけれど、面白くはなかった。

「何の用よ。」

そのため、少々語調が荒くなってしまった。しかしそれを気にするような相手ではない。

「あなたの成長を見に来た、ではダメかしら?」

「今更ね。こっちはいい感じにあんたのことを忘れてたんだから、できれば現れてほしくはなかったわ。」

「手厳しいわねぇ。」

大体、あんたが私の成長を見に来る理由がないじゃない。

「そんなことはないわよ。あなたは私にとって、可愛い可愛い姪みたいなものだもの。」

「博麗の巫女の伯母が妖怪だなんて、ゾッとしないわね。」

「あら、とっても素敵じゃない。」

何処がよ。

「で?本当のところ何の用なのよ。こんな『異変』まで起こして。」

「心外ね。この花に関しては、私は無関係よ。」

「信用できないわね、花の大妖怪。」

符を向けながら言った私の言葉に、花の大妖怪――風見幽香は、困った笑みを浮かべるだけだった。



風見幽香。自称幻想郷最強の妖怪。花を操る四季のフラワーマスター。幻想郷の枯れない花などなど。

こいつを表す二つ名は数多く存在する。それだけ名の知れた、強力な古い妖怪だ。

強力な妖怪というと3つのタイプが存在する。強力な能力を持っているか、純粋な力そのものが強大なのか、あるいはその両方か。

幽香は2つ目のタイプだ。純然たる力に関して、こいつ以上の妖怪を私は見たことがない。あのレミリアの力でさえ、こいつの前にはかすむ。

幻想郷最強という自称も、あながち間違いではない。

何故そんな大妖怪が私に対してこんなに親しげかというと、母の代からの腐れ縁だ。

本人達曰く、「可愛い妹」「纏わりついてきた厄介者」。どっちがどっちの意見かは言うまでもないだろう。

ともかく、母に退治されて気に入ったという変態っぷりを発揮したこの妖怪は、母だけでなく私にまで手を伸ばしてきた。

その昔、私がまだ茶竹の家に居た頃は、魔理沙ともども死ぬような目に遭わされた。こいつとしては、「ほんのお遊び」だったらしいけど。

特に私はよく「可愛がられた」。おかげで強くなれたかもしれないけれど、おかげでこいつが大の苦手になったのも無理はないはずだ。

ところで、こいつの能力は花を操る程度の能力だ。花を咲かせることも、新しい種を生み出すことも意のままにすることができる。

妖力の割に平和的な能力だが、全力でその力を行使すれば、今のように幻想郷中を花で満たすことだって可能なはずだ。

だから私は真っ先にこいつを疑ったんだけど・・・どうにも反応が薄い。

「・・・まあ、いいわ。特に害はないみたいだし、何かあってから叩きのめせばいいんだから。」

「そうねぇ。久しぶりにあなたと遊べるなら、この『異変』の首謀者になってもいいんだけれど。」

どうやら本当に違うみたいね。今の反応で確信を持ち、私は符を収めた。

「あら、信じてくれるのね。」

「癪だけどあんたの性格は理解してるからね。もしあんたが犯人なら、もっと堂々と「自分が犯人です」って言うはずだから。」

「本当にあなたって可愛いわね、霊夢。」

何故その結論に至ったのか私には理解できないけど、とりあえず聞き流す。

「それで?三度目だけど、結局何の用なの。」

「最初に言った通り、あなたの成長を見に来たのよ。この『花の異変』で、あなたに会わなくなって随分経ったことを思い出したから。」

この『異変』で?どういうことかしら。

気になったので聞こうと思ったが、「それと」と幽香が続けたので口を噤む。

「あなたに悪い虫がついてないかどうか、確認しておこうと思ってね。聞けばあなた、外来人を居候させてるそうじゃない。」

「優夢さんのこと?」

「名前は知らないけど。風の噂だけじゃ男か女かもはっきりしなかったから、こうして視察に来たというわけ。」

別にあんたに視察される必要はないと思うんだけど。

「そういうことなら間が悪かったわね。優夢さんは今日寺子屋の日よ。」

「あら、そうなの?残念ね。」

余程一目見ておきたかったのか、幽香は軽く嘆息した。

「ならしょうがないわね。霊夢の成長も見れたことだし、また今度来ることにしましょう。」

また来るんかい。私はあんたとは会いたくないわよ。

「まだ太陽の畑にいるんでしょ?だったら、優夢さん単独で会いに行かせるわよ。」

「この『異変』の間は幻想郷を周っていようと思うのよ。四季折々の花が楽しめるし。」

あっそ。ならさっさとどっかに行ってくれると助かるわね。

「つれないわねぇ。昔は『ゆうかおねえちゃん』って言ってくれてたのに。」

「つまらない過去を掘り起こすな。封印するわよ。」

思い出したくもない記憶を思い出し、昔の自分に恥ずかしさが湧いた。

符を構える私に対し、幽香はクスクスと笑って背を向け、石段の方へ歩き出した。

どうやら帰るみたいね。それならそれで構わない。一秒でも早くお帰り願おう。

・・・っと。

「そうだ、一つ聞き忘れてたわ。あんた、この『異変』が起こることを知ってたの?」

さっきこいつは言った。『花の異変』で時間の経過を思い出したと。

ということは、幽香は『異変』が起こることを知っており、その時期も予測できていたということになる。

それは何故?幽香が花の妖怪だから?勘だけど、何となく違う気がしていた。

「『花の異変』は、60年に一度の幻想郷の開花。今頃彼岸は大忙しでしょうね。」

それだけ言って、幽香は地面を蹴って宙に浮かび、神社を後にした。

・・・また分かり難い言い方をする。まどろっこしいのは嫌いだって言ってるでしょうが。

けど、今の言葉でわかったこともある。この『異変』は60年おきに起きているということ、それはあの世が関係しているということ。

つながりはさっぱりわからないけど、とりあえずの情報は得られたとしよう。

――それにしても。

「珍しい奴が動き出したものね。何かの前触れかしら。」

幽香は基本的に太陽の畑から動かない。あのぐらいの大妖怪になると、自分からはあまり行動を起こさないそうだ。

そんなあいつが動き出したということ。それは一体、何を意味することやら。

ほんの気まぐれに浮かんだ考えを放り捨て、私は花見酒を楽しむために母屋へ戻って行った。





なお、その後寺子屋から帰ってきた優夢さんの話によると。

「慧音さんに聞いたんだけど、この『異変』って60年に一度必ず起こるもので、放っておくと勝手に収まるらしいぞ。」

ということだそうだ。どうやら私が動く必要はないみたいだ。

面倒がないっていうのは素晴らしいことね。





***************





この世ならざる大法廷に、木槌の音が響く。判決が決した。

「・・・以上の説法をもって、あなたの罪を赦しましょう。来世ではもっと自分を戒め欲望に抗いなさい。」

私は目の前にいる人魂――生前わずかな罪を残し、死ぬまでにそれを償えなかった者の幽霊にそう告げた。

今まで微動だにせず説法を聞いていた人霊は、やや疲労の色を見せながらも、先導の死神に自ら従って退室していった。

あの様子なら、来世は罪を残すことはないでしょう。全ての幽霊がああなら、私ももっと気が楽なのですがね。

半刻ほど説法を続けていただろうか。連続して裁判を続けた疲労もあり、少々肩の力を抜き息を吐く。

わずかな時間の休憩をとり、私は再び気を引き締め直した。

「次の死人しびとを。」

法廷門前の死神に向け声を張る。

「今の死人で彼岸に運ばれてきている幽霊は最後です。」

だが、返ってきたのは打ち止めという答え。それを聞いて、私は今度こそ全身の力を抜いた。

「ふぅ・・・、今日は幽霊が多いですね。」

「お疲れ様です、四季様。次の幽霊が運ばれてくるまでの間、しばらくお休みください。」

「ええ、そうさせてもらうわ。あなたもそろそろ交代の時間でしょう?働き詰めだったのだから、しっかりと休息を取ってきなさい。」

「わかりました。」

失礼します、と一礼をし、案内役を務めていた死神は大法廷を後にした。

ふうとため息をつき、窓の外を眺める。

「・・・どうにも幽霊が多いと思ったら、もうそんな時期なのですね。」

視界に入ってきた紫の桜に、今日の忙しさの理由を得た。

幻想郷は60年に一度の周期に入ったのですね。



私は四季映姫。幻想郷の閻魔Yama-Xanaduを務める、地獄の裁判長の一人。

日々こうして死者を裁き、時に地獄へ、時に天界へ、そして時に今のように次の生への流転を指示することを仕事としている。

私は自分の仕事に誇りを持っている。私達が死者を導き、裁き、転生させているからこそ、輪廻が巡ることができるのだから。

少しでも人々に幸せな人生を送ってほしいから、私は厳しく判決を下す。些細な罪でも厳格に、公平に裁く。

それが私に出来る最大の善行であると、私は信じている。

それはそれとして、幻想郷では『花の異変』の周期に入ったようですね。

『花の異変』――その原因は、幻想郷内に流れ込んできた、大量の幽霊達。自分の死を受け入れられない幽霊達は、躯を求めて花に取り憑く。

その結果草は花開き、罪の色を咲かせる。ここから見える紫の桜には、罪人の魂が纏わりついているのがよく見える。

「今回もまた、何かが起きてしまったのですね・・・。」

幻想郷に大量の幽霊が流れ込んでくるということは、『外』で溢れるほどの幽霊が発生したということに他ならない。

その原因がなんなのか、『外』はおろか現世でもないここにいる私に知ることができるはずもないけれど。

「人の業とはそう簡単にはぬぐえないものね。」

『大量死』という事実は、物悲しさを感じさせる。はるか昔から説法を解き、業から解き放てるように努力を続けているけれど、まだまだ人の業は深いようだ。

物悲しくはあるけれど、いつまでも感傷に浸ってはいられない。

私は裁く者。感情ではなく、罪と功績を公正に評価し、判決を下す者。法廷で判断を鈍らせるような真似をしてはいけません。

そうすることこそが、人を業から解き放つ助けになるのだから。



大法廷の椅子に座り待つことしばし。

「おかしいですね。そろそろ次の死人が来てもいい頃合いのはずですが・・・。」

しかし、待てども待てども次は来ない。この調子では、幻想郷が幽霊で溢れてしまわないだろうか。

危惧を感じ、私は椅子から立ち上がり法廷の外へと出た。

「そこのあなた。次の幽霊はまだ来ないの?」

廊下を忙しそうに歩いていた死神の一人をつかまえ、尋ねてみた。

「あ、四季様。すみません、三途の渡し守からの連絡がまだで。」

・・・やっぱりあの子だったか。思った通りではあったけど、たまには外れてほしいものですね。

決して無能というわけではないのですが、あの子は少し人情味に溢れ過ぎている。それを捨てろとは言わないが、もう少し公私の区別をつけてもらいたいものね。

「わかりました。それでは私が直々に催促をしてきましょう。」

私の申し出に、案内役の死神はギョッとした顔を見せた。

「そ、そんな、四季様自らお出向きになるなんて!私達の方で何とか説得しますので!!」

「あの子の性格は私の方が熟知しておりますよ。それに、あの子が幽霊を運ばなければ、私にも仕事がありませんから。何も問題はありません。」

理路整然と説き、死神を納得させる。面目ありません、と言ってその子は去っていった。

「・・・さて、あの子には少しばかり説教が必要ですね。」

私は彼女を見送ると、彼岸の問題児を叱るために、あの子がいるはずの此岸へと向かった。





やはりと言うか、此岸は幽霊で溢れていた。思った通り、幻想郷は『花の異変』の周期に入っているようだ。

こんなときこそ私達がしっかり働き、輪廻の巡りを活性化させなければならないというのに。

「小町!!」

咲き乱れる彼岸花を寝床としてたかいびきをかく死神に対し、叱責を飛ばす。

「・・・ふぁ~。なんだい、人が気持ちよく寝てるっていうの、に、・・・、えーと。」

目を開け、私の姿を見た彼女――三途の川の渡し守である小野塚小町は硬直した。

「ええ、大変気持ち良さそうに眠っていましたね。ときに小町。今あなたが何をすべきなのか、あなたは承知していますね?」

「こ、これはそのっ!べ、別にサボっていたとかじゃなくて!!」

「死者の愚痴を聞いているうちに疲れてきたから休憩をしていた、でしょう?」

言いたいことを先に言われ、小町は言葉に詰まった。

やれやれ。私は一つため息をついた。

「全く、あなたは仕事ができないわけではないのに要領が悪すぎます。徳の高い死霊から運ぶようにすればもっと効率が上がるでしょう。」

「いやぁ、悪人の話も味があって結構面白いんですよ。」

「それを後回しにすればいいでしょう。あなたは少し欲求に忠実すぎる。正直なのは美徳ですが、我慢は覚えなさい。」

耳が痛いです、と小町は笑いながら頭をかいた。・・・改める気はないようですね。

死神の仕事とは何か、我々がすべきことはどういうことなのか、それをしないことがどれだけの損害なのかを延々説教してもいいのですが、今はあまり時間がない。

仕方がありませんね。

「では、あなたがちゃんと仕事をするかどうか、私が付きっ切りで監視をしましょう。」

「え゛!?」

「当然でしょう。あなたは人の目がないとすぐ欲に流されるのだから。」

「い、いやそんな、四季様直々に監視をしなくたっていいじゃないですか。」

「死神では言いくるめられたり流されたりしますからね。あなたの能力自体は評価しているのですよ、小町。」

その能力の使い道をもう少し考えなさいといつも言っているのに。

「そ、それに死者の裁きだって・・・。」

「あなたが幽霊を捕まえてこないことには開廷できません。それに、定期的に戻って裁判はしますし、最悪五節君に任せるという手もあります。あなたが心配するほどのことではありませんよ。」

言い逃れようとする小町の考えを先回りし、正論をもって説き伏せる。

さらに何かを言おうとした様子だったが、私は一挙手一投足を見逃さない。その眼力に、小町は折れた。

「さて、それではまずここ一帯に溢れている幽霊達を送りましょうか。あなたが仕事を終えるまで、私はここでちゃんと見ていますよ。」

「うう、わかりましたよぅ・・・。」

涙目になりながらも、小町は徳の高い幽霊を探し始めた。仕事さえ始めれば、決して無能な死神ではないのです。

その、『仕事を始める』というところに難があるわけですが。

「『花の異変』が終わるまでは、こうやってあなたの仕事振りを見てあげますよ。安心して仕事に励みなさい。」

私のありがたい宣告に、小町は深いため息をついた。



幻想郷にはまだまだ幽霊が溢れている。しばらくの間はこっちに来ることが多くなりそうですね。





+++この物語は、博麗の巫女ではなく閻魔が『異変解決』に乗り出す、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



幻想郷三年目:名無優夢

幻想郷に来て二年が経過。相も変わらず博麗神社の居候中である。

神社にいる間は巫女服を着なければいけないことに閉口しながらも、最早違和感を感じていない。

『異変』とは全く関係なく花の大妖怪に目をつけられた。死亡フラグわぁい。

能力:あまねく願いを肯定する程度の能力

スペルカード:想符『1700万ゼノのブルーツ(笑)波』、思符『デカルトセオリー』など



今回は動く気なし:博麗霊夢

実害がなく勝手に収束する『異変』と聞き、元々なかった動く気が一切失せた。

実際のところ、今回に限っては彼女が動く必要は全くない。あの世が頑張ればいいだけの話なのだから。

しかしながら、『異変』とは別の何かが起こるような予感がしている。

能力:主に空を飛ぶ程度の能力

スペルカード:霊符『陰陽印』、霊符『博麗幻影』など



動き出した大妖怪:風見幽香

幕間で既に登場済みだが、本編では初登場。親の世代なので少々毛色が違う。

定住場所である太陽の畑を動き出したのはほんの気まぐれだが、彼女ほどの妖怪になるとそれだけでも大事件。

『神社に居候する外来人』に少なくない興味を持ったようだが、真意はいかに。

能力:花を操る程度の能力

スペルカード:花符『幻想郷の開花』、幻想『花鳥風月、嘯風弄月』など



幻想サボマイスタ:小野塚小町

決して仕事ができないわけではない、やる気がないだけ。ある意味もっと性質が悪い。

普段はそれでも他の死神が頑張ったりしてるため仕事が回っているが、幻想郷に幽霊が溢れているためそうも言っていられなくなった。

上司である映姫のことを敬ってはいるが、やっぱり自分の欲に忠実。死神生じんせいってそんなものさ。

能力:距離を操る程度の能力

スペルカード:投銭『宵越しの銭』、死神『ヒガンルトゥール』など



楽園の裁判長:四季映姫・ヤマザナドゥ

是非曲直庁勤務の閻魔。元々の閻魔ではなく地蔵出身。二交代性の閻魔で、相方は後輩の五節正示(♂)。

自身にも他人にも厳格であり、仕事には一切の妥協を見せない。そのため恐れられてはいるが、実際は優しさ故の厳しさである。

能力はあるのに何かと不真面目な小町に業を煮やし、幻想郷に出向いて監視をすることにした。

能力:白黒はっきりつける程度の能力

スペルカード:罪符『彷徨える大罪』、審判『ラストジャッジメント』など



→To Be Continued...



[24989] 四章二話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:52
はぁ、と本日何度目になるかわからないため息をついた。

あたいは今、三途の川を遠く離れ、瘴気立ち込める森の中へとやってきている。

鬱蒼とした木々、じめじめと生える草、胞子の粉を撒き散らす何だかよくわからない茸etc...

ここは幻想郷内の『魔法の森』と呼ばれる場所だ。

年中を通して日の光が入らないのであろう、空気が重く淀んでいる。こんな場所に好き好んでやってくる人間はそうそういないだろう。

まあ、人間以外には返って魔力が溢れていい環境なのかもしれない。そこかしこに妖怪やら妖精やらの気配がある。

それにあたいのような死神にはそもそも関係のない話だ。この世の理には縛られない身なんだから。

それはともかくとして、暗く湿気に満ちた空気の森も、『異変』の例外ではない。

前述の木々、草、果ては茸に至るまで、体に悪そうな色の花を咲かせている。人に優しくない森は、いつにも増して毒々しい色をしていた。

まあ、これはこれで乙なもんだ。状況が状況じゃなければ、一風変わった花見酒を楽しみたいところだ。



そう。

今が『業務中』でなければ。



『花の異変』。60年に一度、『外』の世界で起こる大量死によって、溢れてしまった幽霊達が幻想郷に流れ込むことによって引き起こされる『異変』。

何で60年おきなのかはわからない。一説には、十干十二支が一回りするため、世界が一巡するための残分を消化してるって話だけど。

あたい達あの世の住人は、これの度にあちこち駆けずり回って幽霊を捕まえなきゃならない。たまったもんじゃない話さ。

『異変』じゃなけりゃ死者が出ないかって言ったら、そんなことはない。いつだって、何処かで誰かが幽霊になっている。

死神は彼らを彼岸へ送り届けなくてはならない。そうしなければ、輪廻が滞って正常な循環が起こらなくなる。

だから死神はいつだって忙しい。それに輪をかけた忙しさになるんだ。察してもらいたい。

実際、働きすぎで労働恐怖症になって休職せざるを得なくなる死神だっているんだ。あの世はいつだって人手不足だ。

だからあたいは適度に息を抜く。働きすぎでつぶれるなんて、面白くないだろ?

あたいはこの仕事を気に入ってる。三途の河を渡らせてる間、幽霊達から色々な話を聞ける。それは面白い時間だ。

これは実益と娯楽を兼ねた仕事だ。だから、この仕事をやめる気はさらさらない。

逆に言えば、あたいが息抜きをするのは、仕事を続けていく上での処世術の一つなのさ。

真面目に仕事をするのは結構な話だけど、現実はそういう奴ほどつぶれやすいもんさ。

やるときはやる。でも肩の力は入れずに気楽にやる。これが長く仕事を続ける秘訣だ。

あたいはそう考えている。



「ええ、あなたの言う通りです。けれどあなたの場合は、少し休憩が長すぎる。もう少し休憩を減らす努力をなさい。」

幽霊を集めながら、あたいの監視を続ける四季様に考えを述べたところで、休憩の嘆願は一蹴された。

いやまあ、わかっちゃいたけどね。

四季様はヤマザナドゥという責任のある立場を任されているお方だ。だから、己の意見を曲げることは絶対にない。そう、絶対だ。

白黒はっきりとつけられたその判決を覆すには、それこそ閻魔という仕組みを根底から覆す力が必要だ。そんなことが出来るのは、この世界に一体どれだけいることやら。

だからあたいの休憩時間は、四季様が初めに決めた通りぽっきりしかもらえない。ああ、シエスタタイムが恋しい・・・。

「睡眠時間はたっぷりとっているでしょう。この上さらに寝て、あなたは牛にでもなる気ですか?」

「あー、牛って地方によっては神聖な生き物らしいですね。私は日本から出たことないから話にしか聞いたことないですけど。」

「ヒンドゥー教では牛は神の乗り物とされています。ですから、印度や涅巴爾ではその通りですが、今は関係ありませんね?そうやってさりげなく休もうとしない。」

やっぱりバレたか。

まあ、大体こんな感じで四季様をごまかすのは並大抵のことじゃない。ていうか、あたいはいまだかつてそれに成功した者を見たことがない。

幽霊の中には判決に納得がいかず抗議をする者もいる。そういう奴は大体口が達者で、自分の功績について実際以上に見せようとしたりする。

だけどそんなことは逆効果だ。その程度のことを閻魔ともあろう者が見落とすはずもなく、それを踏まえた上での判決なんだから。

結果己の罪を深くしてる奴を、あたいは何人も見ている。

そんな四季様が、あろうことかたかだか渡し守あたいの監視に付いているのだ。

気が休まらなかった。

「あなたがちゃんと働けば、最初に言った分の休憩時間は取ります。口を動かすのではなく、手を動かしなさい。」

「わかってますよぅ~。」

一介の死神が四季様に逆らえるわけがなく、あたいは魔法の森の距離を操り幽霊を探した。

ああ忙しい。





それからしばらく働き、あたいは四季様から休憩を言い渡された。

「私が裁判を終え、戻って来るまでの間を休憩時間とします。大体二刻ほどね。」

あの量の幽霊をたったの二刻で裁くんだから、四季様の仕事は速いもんだ。あたいにゃ真似できん。

「でしたら、私が距離を操ってお送りしましょうか。」

「それには及びませんよ、小町。移動時間があった方が、あなたの休憩時間も長くなるでしょう?」

そして、こんな部下思いなところも。

四季様は閻魔という職業柄、冷酷無情と見られることが多いけど、実際はそんなことはない。長く付き合ってればわかるけど、あの厳しさは人を思えばこそだ。

だからあたいは、どんなに怒られても四季様の下で働き続けているのだ。

「今はしっかり休んで休憩後の業務に備えなさい。それが今あなたに出来る最大の善行よ。」

「お言葉に甘えさせていただきます。」

あたいの答えに、四季様は満足そうに頷き、彼岸の方角へ飛んでいった。

さて、と。

「あ~、疲れたつっかれたぁ。」

大きく伸びをし、張った肩を軽く回す。

監視されるのも楽じゃない。四季様に見張られると考えただけで、自然と力が入ってしまう。

おかげで働いた以上に疲れていた。いつもこれじゃ、身がもたないね。

どこかで腰を落ち着けて、一眠りしたいところだ。

「・・・とは思ったものの、ここじゃ無理だね。」

ここは瘴気立ち込める魔法の森。こんな場所で寝るなんて、ゾッとしない。

あたいは死神だから関係ないといえばそうだが、やはり休むなら寝やすい場所がいい。

「何処かにそんな都合のいい場所があるかねぇ。」

そう一人ごちり、ぶらりぶらりと歩き始めた。



それほど歩きはしなかったか。あたいは距離を操れるせいで、その辺りの感覚が曖昧だ。

ともかく、鬱蒼とした森には似つかわしくない、明るい広場にたどり着いた。

「探せばあるもんだねぇ。」

日の光に溢れた一角に、多少の感動を覚えた。

しかし、どうやらここは偶然に出来た場所というわけではなさそうだ。自然が作り出した必然とでも言うか。

広場の中心には、大きめの木が一本あった。その木には窓や扉がついている。

どうやらここは、妖精の住処のようだ。にしても、随分立派な住処だが。

明らかな生活の臭いがしながら、その様は何処までも自然だった。

「暗い森でこれだけ明るいとは。よっぽど強力な妖精でも住んでるのかね。」

まあ、その辺りのことはどうでもいいか。大事なのはここが休息に適した場所だということだ。

「こりゃ、心地好い陽気だねぇ。」

適当な木に腰を下ろし、死神の鎌を立てかけ、あたいはぼんやりと春の魔法の森を眺めた。





***************





宣言どおり、きっかり二刻で小町が連れてきた幽霊達を裁き終えた。

部下にあれだけのことを強いているのだから、私がしっかりと仕事をしないわけにはいきませんからね。

「では、また法廷を空けます。留守をよろしくね。」

「了解しました。それにしても、今日の四季様は生き生きとしてらっしゃいますね。」

そうかしら?自覚はないけれど、彼女がそう言うのならそうなんだろう。

「小町が久々に真面目に仕事をしているからかもしれませんね。」

「そうですか。だとしたら、やっぱり彼女の影響力は凄いものですね。」

そうね。良くも悪くも、あの子は周りを動かす力を持っている。それをもっと有効に使ってもらいたいものだ。

「いっそのこと、小町を研修生に戻してしまうとかどうです?四季様が一緒に着いて行かれれば彼女だって頑張るわけだし。」

「あの子の能力で研修生というのは無理があるわね。」

彼女もほんの冗談だったのだろう、私の言葉に「そうですね」と笑った。

「そろそろ行きますね。小町に頑張らせているのに、私がこんなところで時間を潰しては申し訳ないですから。」

「はい、お気をつけて。」

法廷番の死神に挨拶をし、私は彼岸を後にした。



小町の能力を使わずに彼岸と此岸を行き来すると、現世とあの世は実に遠いのだと思う。渡し守を介さずに三途の河を渡るのは久しく、すっかりそのことを忘れていた。

「いけませんね、幻想郷のあの世を裁く身がこれでは。私も少々気持ちを入れ替えた方がいいのかもしれない。」

冥界の幽明結界が取り払われた昨今、あの世とこの世の境が緩くなっているのだから、せめて気持ちだけでもしっかりと区別しておかなければならない。

私は幻想郷へ出て説法を説くこともあるが、今度からは渡し守の手を借りずに自分の力でこの河を越えた方がいいかもしれない。

人によって長さの変わる三途の河。私ならばそれほどはかからないとは言え、渡り終えるのに数分を要する。

河を渡り終えると、中有の道へと出る。ここでは年中幽霊と死神たちによる縁日が行われている。

今は幽霊も増えているため、特に活気が溢れている。仕事を終えたら、ここに散策に来るのも悪くありませんね。

この道が終わると現世――幻想郷へと至る入り口、無縁塚にたどり着く。さらに彼岸花の咲き乱れる再思の道を越えて、ようやく小町がいる魔法の森へとたどり着く。

小町に与えた休憩は二刻でしたが、移動時間も含めれば三刻になるでしょう。そのつもりで休憩時間を二刻と告げたのだから、問題はありません。

三刻と言われて三刻休むのと、二刻と言われて三刻休む。気分的には後者の方が得だと感じるでしょう。

小町はそれだけの休憩を与えていいだけ働きましたから。あれだけの能力を持っているんだから、普段からもっとしっかり働いてくれると、私も気が楽なのだが。

「今回の件で心を入れ替える・・・なんてことはないわね、あの子は。」

容易に想像でき、私は空を飛びながらため息をついた。

そうこうしている内に、中有の道が終わろうとしていた。ぼんやりとした景色の向こうに、暗い墓所の幻影が見える。

あれが無縁塚――行き倒れた縁の分からぬ死者達の眠る墓所。その性質上、あそこは幻想郷と『外』とあの世全ての境界が薄くなる。

故にあそこは、幻想郷とあの世の境界なのだ。

「さて、そろそろ気を引き締めないとね。」

境界を越えることを仕事のオフとオンを切り替えるスイッチにするがごとく、私は気持ちを切り替えた。



そして私は、境界を越えた。





現世へと渡った私の目に、無縁塚に流れ着くガラクタの山の中で動く何かの影が飛び込んできた。

あれは・・・。

「妖精?しかも複数ですね。こんな場所に、珍しい。」

無縁塚は、場所柄とても陰気だ。陽気な妖精が訪れることはほとんどないはずだが・・・。

少々気になり、私は妖精達に近寄った。

「もし。少しよろしいでしょうか。」

一心不乱にガラクタを掻き分ける金髪の快活そうな妖精に声をかける。

「何?今忙しいのよ。」

しかし彼女は私の方は見ず――余程集中した様子で『外』からの漂着物に向かって言った。

「それは失礼。手短に聞きますが、あなた方はこんな陰気な場所で何をしているのですか?」

「何って、見りゃわかるでしょ。宝探しよ、た・か・ら・さ・が・し。ここには珍しい物がいっぱい落ちてるのよ。」

なるほど。彼女達はどうやら、ここに『外』からの物が流れ着くことを、何処からか嗅ぎ付けたのですね。

前述の通り、ここはあらゆる境界が薄い。『外』との接点にもなっているため、忘れられた物が流れ着くこともある。

それは彼女達にとっては珍しいものだろう。けれど。

「残念ながら、ここにあるのは幻想郷に有る限り役に立つことはないものばかり。あなた方には無用の長物しかありませんよ。」

「そんなの実際に探してみなきゃわからないじゃない。ていうかあんたも口ばっか動かしてないで・・・。」

そこで彼女は振り返り、初めて私を見た。

「・・・・・・・・・誰?」

「四季映姫・ヤマザナドゥ。幻想郷を担当する閻魔の一柱ですよ。悪戯妖精の『サニーミルク』。」

初対面である彼女の名を口にする。『サニーミルク』はギョッとした顔を見せた。

驚くようなことではない。閻魔とは死者の生前の功罪を見て判決を下す裁判官。一目見れば名前はわかるし、その名を使って浄玻璃の鏡に人生を映すこともできる。

それは何も人には限らない。妖精も妖怪も悪魔でさえも、生きとし生ける者に例外はない。

私は彼女との会話の間に名を調べ鏡を見た。ただそれだけのことなのだ。

だというのに、彼女は見るからにうろたえた。

「な、何よ!?何で私の名前知ってんのよ!!?」

「先程も言った通り、私は閻魔ですよ。自由奔放なのは大変結構ですが、もう少し周囲に注意を向けなさい。そう、あなたは頭がいい割に単純すぎる。」

彼女の人生を見るに、今日ここへ来たのは『いつもどおり』彼女の仲間に乗せられたからのようだ。

「何よサニー、素っ頓狂な声出して。」

「あ、誰かいるね。サニーのお友達?」

「んなわけないでしょ!」

サニーミルクの叫び声に反応し、手分けしていた仲間達――『ルナチャイルド』と『スターサファイア』か――が集まってくる。

「初めまして、光の三妖精。早速ですが、早めにお帰りなさい。ここは万世の境目となっている場所です。長居していては、幻想郷から放り出されるかもしれませんよ。」

「えっ!?それ本当!?」

「もぉー、サニーが宝探しに行くなんて言うから。」

「ちょっと!行くって行ったのは私だけど、行きたいって言ったのはスターでしょ!?」

「私はこんな場所があるみたいだよって言っただけだよ~。」

私の忠言に、三人は騒ぎ始めた。

三人寄れば姦しいとは言ったものね。彼女達の言い争いは止まることがなかった。

・・・やれやれ。

「スターサファイア。あなたは人を利用して楽をしようとする悪癖がありますね。あなたは人心掌握が上手いから、それをかさに着ている。今は良くても、いずれ不和を生むことになりかねませんよ。」

「うっ。」

「ルナチャイルド。ここの情報を持ってきたのはあなたのようですね。見聞を広めるのはよろしいですが、あなたは少し妖精らしくない。このままでは妖怪になるやもしれませんよ。」

「むっ。」

口を挟むように忠言を下す。サニーミルクには先程伝えたのでよし。

「しかしながら、あなた達三人ならば調和が取れている。空を彩る光は、太陽と月と星なのです。これからも仲良くいること、それがあなた達に積める徳です。」

「は、はぁ・・・。」

私の説法は妖精には少々難しかったようで、サニーミルクは困った表情になった。

まあ、仕方がありませんね。賢いと言っても妖精。元々高度な存在ではありません。

故に彼女達をここから離れさせることはあっても、とうとうと説く気はない。

それが必要なのは、彼女達ではなく。

「・・・もう二人も出ていらっしゃい。いるのはわかっていますよ。」

私は三月精の後ろのガラクタの山に向けて声を張った。

すると、ガラクタの山から何かが動く気配があった。

「なによ、てつだえっていったのはあんたらでしょ・・・・・・・・・って、だれ?」

「知らない人だね。サニーちゃん達のお友達?」

先程の三月精と全く同じような反応を見せる二人の妖精――大妖精。

片方は霧の湖周辺森羅の大妖精。どうやら名前はないようだ。

そして彼女と同じく霧の湖を縄張りとする、力の大きい――大きすぎる氷の妖精。

「しつこいのは私も好きではありませんが、もう一度名乗りましょう。私は幻想郷の閻魔、四季映姫・ヤマザナドゥです。」

彼女らに三度、素性を告げる。

名乗りに、名無しの大妖精は驚いた様子を見せ、氷精は何もわかっていないようだった。

「大ちゃん、えんまってなに?」

「え、閻魔様だよチルノちゃん!悪いことする人の舌を抜いちゃうっていう!!」

「それは嘘をつく死者に対する処罰ですね。嘘ばかりつかれては裁判になりませんから。」

事実を述べただけなのだが、大妖精は顔を引きつらせ、氷精はやや引いた。

「な、なによ!あたいのしたをたべたっておいしくないんだからね!!」

「食べるわけではありません。裁判が終わればちゃんと返しますよ。もっとも、嘘が過ぎればそれがそのまま刑罰になりますが。」

ひぃ、と大妖精は小さく悲鳴を上げた。怖がらせるつもりではなかったんですがね。

「おびえなくてもよろしいですよ、名無しの大妖精。あなたは妖精とは思えないほど徳が高い。妖精であるあなたを裁くことはありえないけれど、もし私が裁くならあなたは天界へ行くことになるでしょう。」

「え、ええっと、その、ありがとうございま、す?」

困惑しながら頭を下げる大妖精。なだめただけだったんですが。まあ、この子はいいでしょう。

問題なのは。

「しかしあなたはそうはいきませんね、湖上の氷精『チルノ』。」

こちらの、大きすぎる力を持ち、それを自覚しない愚かな妖精。

「お?あんたあたいのなまえしってるのね。やっぱりあたいってばさいきょーね!!」

「閻魔は見た者の名を瞬時に知ることができる。その人生もね。あなたほど罪深い妖精を、私はいまだかつて見たことがないわ。」

妖精は幻想郷において最弱とされる存在だ。それは、妖精が自然の具現であり、自然が持つ以上の力を持てないからだ。

しかしこの氷の妖精は違う。その力は人間はおろか妖怪にすら匹敵し、自然というにはあまりに『不自然』なほど巨大な力を持っている。

そのことを、この氷精は気づいていない。ただ能天気に「最強」という言葉を口にしているだけで、その本当の意味をまるでわかっていない。

「あなたは自分が何故『妖精』なのか、考えたことがありますか?最強という言葉の意味を考えたことがありますか?
あなたが今のままの生活を続けるのであれば、私はあなたを地獄に送らざるを得なくなる。」

「な、なによ!おどしたってむだなんだからね!妖精はしなないのよ!!」

「その通り。妖精は死にません。正確には、死んでも生き返るのです。」

自然の結晶である妖精は、自然から力を受け、自然によって生かされる。だから、たとえその身を砕かれようとも、自然がある限り妖精は復活するのだ。

『普通の』妖精は、だが。

「しかし自然の力を大きく越えた存在は、最早自然が生かすことはできない。肉体が滅んでしまったら、人間と同じように死ぬしかなくなる。
あなたの力は今も増え続けている。灼熱の妖精を氷漬けに出来たとき、変だとは思わなかったのですか?あなたは世界から愛されたがために、自然を超越してしまおうとしているのです。
そうなってしまったら、自然があなたを再生することはできない。いつか取り返しのつかないダメージを受けて、あなたは死んでしまうでしょう。」

私の言葉の合間に、チルノは何か言おうとして、しかし何も言えずに呻くのみ。

説法は続く。

「それが明日になるか、一年後になるか、はたまたは百年後になるか。それは私にもわかりませんが、今のままではいずれ確実に訪れるでしょう。
そうなる前に、あなたは妖精の領分に戻らねばなりません。あなたは自分の領域である霧の湖から離れることが多いですね。まずは自分の居場所にいることから始めなさい。
それと、蛙を凍らせて遊ぶのもやめなさい。妖精は自然と生きるものなのですから、自然を虐げてはなりません。
最悪戻れなくなったときのために、徳を積むことも努力しなさい。あなたは大妖精に心配をかけすぎている。彼女に心配かけないこと、それがあなたにできる善行よ。」



それから、と続けたところで、「ぷちん」という音が聞こえた気がした。

すっかり説教に集中していた私は、そこでふと我に返りチルノを見た。

「ながいわーっっっ!!!!」

その瞬間、彼女は四方に向かって氷針を飛ばしてきた。他の妖精達は彼女の様子を察知し、既に避難済みのようだ。

私も即座に反応し後ろに下がる。そして、氷針と氷針の隙間を縫って回避する。

「さっきからだまってきいてりゃいみのわかんないことをべらべらべらべらべらべらべらべらとっ!!あんた、せっきょう妖怪ね!!」

怒り心頭の様子で、チルノは気炎を吐いた。

・・・私としたことが、つい説教に熱が入って悪い癖が出てしまったようですね。

しかしこれは無理からぬことだと言っても良いでしょう。目の前に大罪を下げられたら、閻魔なら誰しもそうするはずだ。

「私の言葉が理解できませんか。これは骨の折れる裁判になりそうね。」

見るからに頭に血の昇った氷精は、もう話を聞く耳も持っていないだろう。否、ひょっとしたら初めから諭そうというのが無理だったのかもしれない。

氷の妖精・チルノ。力は凄まじいが、とにかく頭が悪い。それが浄玻璃の鏡に映った彼女の人生だった。

「よろしい。それでは、この私が相手をして差し上げましょう。罪を映すヤマの弾幕で、己の罪の大きさを知りなさい。」

ならば実力行使あるのみ。私は悔悟の棒を構え、霊力を込めた。

「あなたは、少し力を持ちすぎたことを自覚せよ!」

「じょーとー!あんたなんて、英吉利牛といっしょにれいとうほぞんしてやるわ!!」



無縁の塚に、幻想郷の華――弾幕ごっこの華が咲いた。





***************





あたいが氷のだんまくをはると、せっきょう妖怪はめのまえにくろいもやみたいなナニカをゆらめかせた。

くろいもやは、そのままそこにういてるだけで、こっちにむかってくるとかはない。

「ふんだ、それならこっちからいくよ!!」

こうげきしてこないんなら、こっちはえんりょしない。おもいっきりだんまくをたたきこむ!!

あたいはひろげた氷のだんまくを、せっきょう妖怪めがけていってんしゅうちゅうでなげつけた。

くろいもやにふれたけど、ゆらゆらゆれてるだけのそれは氷をさえぎることもなく、あたいのだんまくはせっきょう妖怪にせっきんした。

せっきょう妖怪はあわてることもなく、ほんのちょっとよこにずれるだけでだんまくをかわした。

「よゆうかましてると、いたいめみるよ!!」

だったらなんぱつもうつだけだ。あたいはつぎのだんまくをはった。

「余裕というわけではありませんよ。無論、負ける気はありませんが、私は『罪を裁く者』です。」

わけのわからないことをいうせっきょう妖怪。かまわず、あたいはつぎのいっぱつをはなった。

やっぱりくろいもやはだんまくをさえぎることなく、だんまくはあいつにたどりつく。

たんなるめくらましだ。あたいはそうかんがえて、てきをおいつめるためのさんぱつめをうった。



そのさんぱつめがもやにふれたしゅんかん、かぞえきれないぐらいのぼうみたいなだんまくをはきだしてきた。

「えええ!?」

とつぜんのことにおどろいて、あたいはよけるのがいっしゅんおくれてしまった。いっぱつをかわしきれずにくらった。

「それはあなたの弾幕の罪を裁く鏡。あなたが攻撃をすればするだけ、弾幕裁判の罪は重くなるのです。」

だんまくがあたったかしょをさするあたいに、せっきょう妖怪はまたわけのわからないことをいってきた。

「ここは幻想郷よ!にほんごをしゃべりなさいよ!!」

「私が話しているのは日本語です。分からないのは、あなたの理解力が足りていないから。だからあなたは自分の力の意義を理解できないのです。自分の力に打ちのめされて、少しはそのことを理解しなさい!」

ああもう、いちいちせりふがながいわよ!!

こいつのいうことはもうぜんぶむししよう。きめた。

たぶんこいつがねらってるのは『かうんたー』ね。あたいがこうげきして、スキができたときにたまをうってきてるのよ。

そうとわかればかんたん。こうげきしたあともきをぬかなきゃいいんだ。

「凍符『パーフェクトフリーズ』!!」

このスペカでいっきにいくよ!

あたいは氷ののうりょくをぜんかいにして、あっちこっちに氷のたまをはっしゃした。

それはてきにあたることはない。かくらんようだもの。こんなたたかいができるなんて、あたいってばやっぱさいきょーね!

「とまれー!」

あたいはぜんしんから冷気をだして、こおりのたまにめいれいをした。

だんまくを凍らせるのうりょくはだんまくのうごきをとめさせる。そしてすこしすると、あっちこっちにとびちりはじめる。

びびってくらうといいわ!!

「空間ごと弾幕を『凍らせる』。一介の妖精がもっていい能力ではありませんよ。これは最早概念に干渉するレベルです。
あなたは気付いていないだけで、あなたは『凍る』と名のつく事象をことごとく生み出すことができる。それがあなたの力の大きさなのです。」

またわけのわからないことをいうせっきょう妖怪。ていうか・・・なんであたらないのよ!?

「初めに言いましたが、私はあなたの人生を見ることができる。当然この『完全停止』も知っています。私の虚をつくことは不可能と知りなさい。
それよりも、いいのですか?」

? なにがよ。

「今のあなたの攻撃は、力が大きい。力の大きさは則ち罪の大きさ。弾幕裁判は公平にそれを赦しませんよ。」

さっきからこいつがいってる『だんまくさいばん』っていうのがよくわからない。

けど、おもったとおりあたいのこうげきのあとに、くろいもやからきのぼうが・・・。

「って、おおっ!?」

あたいのよそうをこえた、おおすぎるぼうのだんまくが、くろいもやからはっしゃされた。

よ、よけきれない!

「あた!てっ!いたた!?」

こんどはなんぱつもくらってしまった。うう、あたまがいたい。

「どうです、少しはわかりましたか?あなたが力を使えば使うほど、あなたの罪は重くなる。強い力には、相応の責任が伴うのです。
それを理解できぬ妖精は、己の領分を弁え、悔いを改めなさい!」

だから、わけわかんないわよ!だいたいさっきからあんたえらそーなのよ!!

もうおこったわ。とっておきだけど、あたいのしんひっさつわざでボッコボコにしてやる!!

「凍符『コールドディヴィニティー』!!」

あたいがスペルカードをせんげんすると、もやからはっしゃされてたきのぼうがとけるみたいにきえた。

「・・・まだわかりませんか。仕方がありませんね。妖精相手にあまり大それた裁きを下したくはなかったのですが。」

あたいのスペカせんげんをきいて、あいつもなにかいってから、いちまいのスペカをとりだした。

「罪符『咎人断罪の槌』。」

そしてせんげん。ふん、かつのはあたいよ!

りょうてをうえにかかげ、ちからをいれる。おもいっきり、ぜんりょくで。

あたいのちからでできた氷は、ぐんぐんおおきくなっていく。

それがでっかいつららになったところで。

「でやあああああ!」

それをなげつけた。

おおきなつららはまっすぐせっきょう妖怪につっこんでいった。これはあたる!

このいっぱつには、いちげきでおとせるだけのちからをこめた。あたいのかちね!!



ぜったいかったって、そうおもった。

「とても妖精の弾幕とは思えませんね。受け止めるのも骨が折れる。」

なのに、なんでおちないのよ!!

やつはあたいのはなったさいきょーのいっぱつを、バリアみたいなのでとめていた。

「っ、いっぱつでおちないなら、もういっぱつうちこむだけよ!」

さらにこうげきをしかけるため、あたいはりょうてをうえにあげ、ちからをこめた。

「愚か者よ。大きな力は、あなた自身を傷付けることさえある。閻魔の一撃をもって、そのことを身に刻みなさい。」

そういって、せっきょう妖怪はみぎてにもったきのぼうをかかげた。すると、やつのバリアにささっていたあたいのつららは、すいこまれるようにきえてしまった。

・・・なんかわかんないけど、なんかヤバい!!

せなかにチリチリをかんじたあたいは、うしろにおおきくとんだ。

「喝ッ!!」

せっきょう妖怪がぼうをふりおろした。

そのしゅんかん、あたいのうえから、レーザーみたいないちげきがふってきた。

よ、よけ、よけられなっっっ!?!?

「みぎゃっ!?」

ぜんりょくでとんだのに、それはしんじられないスピードでふってきて、あたいのあたまにたたきつけられた。



とてもいたくて、あたいはそのままきをうしなった。





***************





「あっちゃ~。これ、死んでるんじゃない?」

「ち、チルノちゃーん!?」

戦いの終わりと見て取ると、隠れていた妖精達がわらわらと氷精に集まってきた。

罪符『咎人断罪の槌』は、受けた攻撃の威力を私の力に加算して、天空から叩き落とすスペル。

もし全力で撃っていたとしたら、死んでいてもおかしくないけれど、今回はあの子の力のみを打ち返した。死んでいるということはないでしょう。

「安心しなさい、気絶しているだけです。閻魔はこの世の存在を『裁く』ことはありません。」

私の宣告に、大妖精はほっとし、三月精は微妙な表情を見せた。

「これで生きてるとか、同じ妖精として信じられないわ。ほんとにこいつ妖精なの・・・?」

その言葉には、多分に畏れが含まれていた。

きっと、これもまた彼女の力を肥大させる原因の一つでしょう。

畏れは、言うなれば信仰心。信仰を集めた幻想は、神や妖怪となる。それは妖精とて例外ではない。

元々の力が大きい彼女は、それが畏れを呼びどんどん肥大していってしまう。悪循環だ。

「サニーミルク。この子は紛れも無くあなたと同じ妖精なのです。妖精同士、つまはじきにするようなことがあってはなりませんよ。」

「・・・まあ、付き合ってみたら悪い奴じゃないってのはわかったから、別に仲間はずれになんかしないわよ。」

「ありがとう、サニーミルク。あなたの太陽の優しさに、この子に代わって礼を述べます。」

頭を下げると、サニーミルクは見るからにうろたえ、顔を真っ赤にした。可愛げのある妖精だ。

さて、こんな場所で長話もよろしくありませんね。

「あなた達の住処は魔法の森でしたね。では、チルノは私がそこまで運びましょう。ちょうど部下を魔法の森で待たせておりますので。」

妖精が妖精を持つのは、ちょっとつらいものがあるだろう。

「すみません、閻魔様。お手を煩わせてしまって。」

申し訳なさそうに頭を下げる大妖精。まだ顔を赤くしているサニーミルク。そんな彼女の様子を見てニヤニヤと笑うスターサファイア。我関せずのルナチャイルド。

妖精とは、実に個性的で表情豊かな種族である。



三月精の住処にたどり着くと、その近くで小町が気持ち良さそうに眠っているのを見つけた。

「あらあら、こんなところで眠ってるなんて。探す手間が省けましたね。」

縁の不思議というものか。私はこの偶然に、微笑ましい何かを感じ、クスリと笑った。

この陽気だ、午睡には絶好だろう。小町はすぐに起きる様子はなかった。

・・・もうしばらく寝かしておいてもいいですね。そう、こんな陽気なんだから。

「あ、あの。私、閻魔様ってもっと怖い人なんだと思ってました。けど、本当はとても優しいんですね。」

私の様子を見て、大妖精がそんなことを言ってきた。

優しい、ですか。閻魔としてその評価はどうかと思うが、しかし悪い気はしませんね。

「ありがとう。あなたもとても優しい子ですよ、大妖精。」

だから、私は素直に礼を述べた。

「チルノちゃんを運んでくれてどうもありがとうございました。今度は一緒に遊びましょうね。」

そう言って、大妖精はチルノを寝かせてある三月精の家の中へと入っていった。

・・・本当に、妖精というものは面白いものですね。

彼岸には妖精はやってこない。妖精は死なないから、向こうで妖精と話すことはまずない。

だけど、たまにこうやって言葉を交わすのも、新鮮で悪くはない。

「そうですね。今度は一緒に『遊びましょう』。大妖精、三月精、そして氷精。」

誰が聞いているわけでもないけれど、私はそう言葉にした。





なお、小町はいつまで経っても起きなかったので、無理やり起こした上惰眠をむさぼることの不利益と最適睡眠時間についてみっちりと説教をしておいた。





***************





「ん?」

「どうかしたの、優夢?」

「いや、何か犬の遠吠えみたいなのが聞こえたような気がしたんだけど・・・。」

「何も聞こえなかったよ?それよりほらほら見て見て、花輪作ってみたよ!!」

「おー、凄いなフラン。似合ってるぞ。」

「えへへー。」



魔法の森でそんなことが起こっているとは露も知らない俺は、花が溢れた紅魔館に招かれ、フランと一緒に遊んでいるのだった。

ああ、平和だ。





+++この物語は、閻魔が大きな力を持った妖精を裁く、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



幻想を裁く者:四季映姫・ヤマザナドゥ

とにかく話が長い。チルノじゃなくても痺れを切らすわ。

当然ながら、全力は出していない。いくらチルノの力が大きいとは言っても、閻魔の力に届くわけはなかった。

オリジナルスペル・罪符『咎人断罪の槌』は小町の死符『死者選別の鎌』の上位互換。

能力:白黒はっきりつける程度の能力

スペルカード:罪符『彷徨える大罪』、審判『ラストジャッジメント』など



三途の河の渡し守:小野塚小町

今回は仕事をして寝ただけ。基本的に楽をすることが信条である。

世界を美しく見ることを心得ており、世界に感動する感性を持っている。

なので、『花の異変』に関しては、幽霊とかは抜いて割と楽しんでいたりする。

能力:距離を操る程度の能力

スペルカード:投銭『宵越しの銭』、死神『ヒガンルトゥール』など



湖上の孤独な氷精:チルノ

力の強すぎる彼女は、妖精だけでなく自然からも孤立してしまいかねない。映姫はそれを危惧した。

けれど、彼女を理解してくれるものが0というわけではない。親友の大妖精と三月精も理解してくれている。

彼女らがいる限り、チルノが妖精を逸脱することはない――かもしれない。

能力:冷気を操る程度の能力

スペルカード:凍符『パーフェクトフリーズ』、凍符『コールドディヴィニティー』など



→To Be Continued...



[24989] 四章三話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:53
花の咲き乱れる幻想郷を歩く。この『時期』の幻想郷は何処へ行っても四季が入り乱れた花を見ることができる。

『花の異変』の原因は知っている。その真実を知れば、人によってはこの花達に恐怖を持つかもしれない。

けれど私にとってはその真実よりも、『花が咲く』という事実の方が価値がある。そもそも幽霊程度に恐怖を持つ必要も感じない。

私は花が大好きだ。花を育てること、咲いた花を愛でることが大好きだ。

だから、今の幻想郷は私にとって至福のとき。60年に一度の至福だ。

「せっかくの大開花なんだから、靈夢と一緒に見ようかしら。」

私の可愛い妹分。本人に言ったら否定よりも先に封印術が飛んでくるだろうけど。

彼女と出会い、彼女が生きているこの時間に大開花が訪れたのは、何という幸運だろう。

この『異変』が終わる前に、一度彼女が嫁いだ茶竹の家へ訪れよう。そして彼女の夫の入れたお茶を飲みながら、彼女と花を愛でよう。

そう思った。



「それを実行するためには、まずはここから抜け出さなければね。」

腰を落ち着けていた適当な岩から立ち上がり、日傘を差しながらつぶやく。

花を眺めながら、方向もろくに確認せず適当に放浪していたら、いつの間にかこんな場所にたどり着いてしまっていた。

鬱蒼とした木々、じめじめと生える草、胞子の粉を撒き散らす何だかよくわからない茸etc...

毒々しい色の花が所狭しと咲き誇る、明らかに人間には優しくない森の中。

私は今、魔法の森に来ていた。

「珍しい花だからって、調子に乗りすぎたかしら。」

ここの花は他に類を見ない、珍しいものが咲いている。何せ茸にまで花が咲いているのだから。

魔法の森で花が咲くことは滅多にない。日の光の届かぬこの森の中では、花は咲く意味がない。

ここまで花に溢れた魔法の森は、『花の異変』の間しか見ることができない。だからここに来るのは組み立ててもいない予定のうちだったんだけど。

「さてと、帰り道はどっちかしら。」

この森は、妖怪でさえも道に迷う。元々森というのは迷いやすいものだが、ここは幻覚作用を持った茸なども生えているため、方向感覚が狂いやすい。

もっとも、人間なら脱出不可能だろうけど、妖怪ならちょっと迷い込む程度だ。そこまで大した問題ではない。

それに、上空まではそれらも及ばない。いざとなれば空を飛べば、難なく森を抜けられる。

今はそれをする気はないけれど。やはり花は、大地から見るのが一番美しい。

ともあれ、道に迷ってはいるけれども、別に困ったことではない。適当に歩いていれば、いずれは森の外にたどり着くだろう。

深く考えず、勘で道を選ぶ。ここは進めそうな道が四つ。十字路になっている。

元来た道を戻るのはあまりに馬鹿馬鹿しいので、左折することに決めた。

さて、この先ではどんな花と出会うことができるかしら。



私は花の大妖怪。何処でだろうと、花を愛でる。





花を探して歩いていたら、珍しいものに出くわした。

「森の中で洋館とは珍しいわね。幽霊でも出るのかしら。」

なら、中はさぞかし花で溢れているでしょうね。幽霊は躯を求めて花を咲かせるのだから。

ちょうど歩き飽きたところだ。ここらで一休みすることにしよう。

さて、この洋館は無人なのかしら。それとも誰かが住んでいるのかしら。

見た感じ手入れはされているようだから、誰か住んでいるわね。けれど生活の気配というものがない。

ということは、住んでいるのは魔法使い――種族としての魔法使いだろう。魔法使いは食事も睡眠も必要としない。生活の気配も薄くなる。

まあ、何が住んでいてもいいか。少しの間休憩場所を借りるだけだから。

私はドアに近付き、ノックをした。

無音。しばししてから、再度ノックをしたが、やはり反応はない。

留守かしら?もし住んでいるのが魔法使いなら、外出はあまりしないだろうと踏んでいたんだけど。

魔法使いは、己の研究に没頭する者が多い。だから外に出ることはせいぜいが素材集めぐらいで、大抵は工房にこもっている可能性が高い。

・・・ああ、最近の魔法使いはアクティブなのもいたわね。もっとも、あれは『普通の』魔法使いだけど。

三度目のノック。どうやら留守みたいね。あの子みたいにあっちこっち駆け回っているのか、それとも偶然素材集めに出かけていたのか知らないけど。

主の留守中に招かれもせず上がるほど礼儀知らずでもない。適当に休憩できる場所でも探そうと、私は踵を返した。



そのときになってようやく、扉の向こうで物音がした。パタパタと急いでこっちに駆け寄ってきているような音。

「ごめんなさい、ずっと工房にこもってたから気付かなかったわ。今開けるからちょっと待ってて。」

それでいて落ち着いた声。どうやらこの家の主のようだ。

しかし、はて。何処かで聞いたことがあるような声ね。つい最近、大体四年か五年ぐらい前に聞いたことがあるようなないような・・・。

思い出そうとしてみたけどあまりに些細なことだったのだろう、一向に思い出すことはできなかった。

そうしているうちに、洋風のドアがガチャリという音を立てて開き、この家の主人が姿を現した。

「何か御用かし・・・ら・・・・・・・・・?」

そして、私の姿を見て目を点にした。

金髪碧眼の少女だった。人形のような七色の服を見に纏った、人形のような魔法使い。

人形――何だったかしら。確かに記憶にはあるのよね。それとこの娘も、何処かで見たような・・・。

「・・・何の用かしら、風見幽香。」

彼女は攻撃的な目で私をにらみつけてきた。

その目で、ようやっと私は思い出した。

「誰の家かと思ったら、身の程知らずの魔界人の家だったのね。」

「冷やかしなら帰ってほしいのだけれどね、幻想郷の野蛮人代表。」

この少女の名は、確かアリス=マーガトロイド。かつて『魔界異変』のときに、私が完膚なきまでに叩きのめした人形遣いの魔法使いだった。



今から五年くらい前になるだろうか。幻想郷に魔界から魔物が溢れたことがあった。

それは、魔界の旅行会社だか何だかが幻想郷ツアーを勝手に組み、幻想郷側の許可も取らずに門を開いたため、抑えが利かずに流れ込んできたもの達だった。

私にとっては大した連中でもなかったので、最初は特に気にも留めず太陽の畑で向日葵達の世話をしていた。

ところがある日、連中は私の畑に入り込んできた。向日葵の茎を折ったそいつらを跡形もなく消し飛ばし、折られた花を供養した後、私は魔界を壊滅させてやろうと思い乗り込むことにした。

まあ、今も魔界はあるのだから、結局私が魔界を壊滅させることはなかったんだけど。

私が魔界に行ったときには、どうやら既に霊夢が話をつけた後だったらしい。幻想郷から魔界の住人を引き上げさせて、門を閉じる作業を行っている最中だった。

花を折られた怒りはあったものの、それなら別に壊滅までさせる必要はない。溜飲は下がらなかったけれど、何もせずに幻想郷へ帰ることにした。

そんなとき、幻想郷の住人である私を見て、呼び止める者があった。

炎と氷の魔法使い、そしてこの人形遣いの少女。

彼女達は霊夢にボコボコにやられたクチらしく、同じ幻想郷に住む私を見て勝負をふっかけてきたのだ。

後は語るまでもないでしょう。鬱憤のたまっていた私が、手加減などするはずもなかったんだから。

三人の魔法使いを動けなくなるまで叩き潰した後、私は少しスッキリした。そうして私は魔界を後にした。

そう。あのときもちょうど今みたいな目をしていたわね。見た目や漏れ出る魔力の多寡からして、以前より成長はしているみたいだけど。

「まあ、別に誰だろうといいわ。ちょっと歩き疲れたの。一休みする場所を貸していただけないかしら。」

だからと言って私が気にするレベルの話ではない。襲い掛かってくるならまた叩きのめしてやればいい。この程度なら負ける気はしない。

向こうも力の差は理解しているのだろう。敵意のこもった瞳を向けてくる以外は、特に行動を起こす様子もなかった。

「さすがは野蛮人ね、太陽の畑からはるばるこんな辺境までやってくるなんて。」

「あら、それならそんな辺境に好き好んで住んでいるあなたはもっと野蛮人ね。」

「私のは研究のためよ。好き好んで住んでるわけじゃない。」

あらそう。

「・・・休憩場所程度なら貸してあげるわ。『迷い人』には宿を貸すことにしてるから。その代わりおかしな真似はしないでよね。」

心外ね。あなたは私をどういう風に見ているのかしら。

「工房には立ち入らないわ。以前興味本位で魔法使いの工房に入り込んだら、罠がうざったかったのよ。」

「そう。理解できてるならいいわ、上がりなさい。」

歓迎の意志はなかったが、人形遣いの少女は私に促した。お言葉に甘えさせていただくわ。



花に連れられて魔法の森まで来て、珍しい人物と過ごす機会を得た。





***************





とんだ来客だわ。まさかこんな奴が来るとは。

私はテーブルの対面に座る花の大妖怪に目線を合わせないようにしながら、内心でため息をついた。

花の大妖怪――風見幽香。かつて魔界に攻め込んできた、私の知る限り最悪の妖怪。

純粋な妖力の大きさで言ったら、こいつ以上の妖怪を私は知らない。あの紫でさえこいつには届かないだろう。

性格は残忍で残酷。機嫌を損ねさせれば、その圧倒的な力で執拗に虐め抜いて楽しむという加虐嗜好を持ち合わせている。

傍若無人が服を着て歩いているというのが、こいつに対する私の印象だ。

さらに性質が悪いことに、こいつは頭が切れる。決して感情に任せた短絡的な行動を取るのではなく、しっかり考えた論拠に基づき行動する。

慢心せず油断をしない、かつ性格の悪い虐めっ子がどれだけ厄介なものかは、私じゃなくたって想像がつくでしょう。

だから私は、ただこいつと一緒の空間にいるというだけなのに、少しも気が休まらなかった。

上がらせなければよかったが、一応こいつも道に迷っていた。魔法の森で迷った人間と、立場的には変わりない。

助力を求めるのに理由もなく断るというのは、私のプライドが許さない。だから、上がらせないわけにはいかなかった。

幽香は、上海人形が運んできた紅茶を啜り、優雅に窓の外を眺めていた。

そういえばと気付く。いつの間にか外が花でいっぱいになっていたということに。年中光の差し込まない魔法の森では珍しい光景だった。

「60年おきにね。」

ふと、私が窓の外に目を向けたことに気付いたのか、幽香はつぶやくように言った。

「こうして、幻想郷は花で溢れるのよ。魔界人のあなたは知らないだろうけど。」

「そう。それはまた随分と風流な周期ね。」

そっけなく返す。別に私はこいつと話がしたいわけじゃない。

「つれないわね。少しの休憩の間、話相手になってくれてもいいんじゃない?」

「お断りするわ。あなたと話せる話題がないもの。」

こいつの趣向なんて知らない。せいぜい人や妖怪を虐めて楽しむということぐらいしか。

「そう、残念ね。」

私の態度に、幽香は早々に諦めた。元々そこまで会話をしたいというわけではなかったんだろう。

なら、私も黙る。休ませるだけ休ませて、こいつを追い返すだけだ。

しばらくの間、ただひたすらに沈黙が流れた。



再び会話を切り出したのは、向こうだった。

「どうでもいいことだけど、魔界にいるはずのあなたが幻想郷にいる理由、聞かせてもらえないかしら。」

「どうでもいいことなら、私が答える必要はないんじゃないかしら。」

「どうでもいいことだから、暇つぶしには最適でしょう?」

私がここにいることは、こいつにとっては暇つぶしでしかないらしい。癪に障る。

「魔法使いが自分の研究内容を簡単に話すと思ってる?」

「そう、研究のために来てるのね。内容に関しては興味もないからいいわ。」

・・・本当に人の神経を逆撫でするのが上手いわね、こいつ。

けど、それで激昂するのもこいつの思い通りになっているようで嫌だ。努めて平静を振舞う。

「引きこもりね。」

・・・この程度の挑発に乗ることはない。

「引きこもりではないわよ。人里に出ることもあるし、友人もいるもの。」

「あら、あなた友達いたの?言っておくけど、人形はお友達に入らないのよ?」

「人間の友達よ、あいにくね。」

正確に言えば『人間でもある』だけど。こいつにそんな詳しく話す義理はない。

私の発言に、幽香は目を丸くした。

「妖怪でも魔法使いでもなく、人間を友達って言えるのね。てっきりあなたは人間のことを見下してると思ったんだけど。」

「あなたに言われたくないわ。あなたからすれば、人間なんて取るに足らない存在なんでしょう?」

こいつは大妖怪。ただの妖怪でさえ、人間に対し『食料』という認識しかしないのだ。自称最強も伊達ではないこいつなら、言うまでも無いはず。

私の発言の何がおかしかったのか、幽香はクスクスと笑った。

「何よ。」

「私はあなたよりもずっと長く人間を見ているのよ。当然、あなたよりも人間について知っているのよ。」

だから、私の知っている人間の強さぐらい知っているとでも言いたいのか。

「人間は脆い。だけど人間は時に妖怪を越える。だからこそ私は人間が好きなのよ。」

これは意外な話を聞いた。あの風見幽香が、人間を好きだとは。

「別に不思議な話ではないでしょう。私だって女の子ですもの。」

「性別は関係ないわね、この場合。まあ、あなたの言い分もわからないでもないわ。」

限定的な人間達だけど、妖怪と比べて何も劣らない連中がいることを私は知っている。あいつらを見ていると、飽きないのは確かね。

「相手の力量も計れなかった未熟者がこうも成長しているのを見ると、来るものがあるわね。」

否定はしない。当時の私は、確かに身のほど知らずだったのだから。

人間を認める人間以外という共通点を見付けたためか、少し空気が軽くなったような気がした。





それからしばらくの間は、お互い黙ることはなく、コロコロと話題が変わった。

風見幽香という存在を身近に感じたためか、私はそれほどプレッシャーを感じなくなっていた。

それにこいつの話も、長く生きているだけあって興味を引くものもあった。

取り分け興味を引いたのが。

「へえ、霊夢って親がいたのね。」

考えてみれば当たり前の、それでいてあの自由そのものとは結び付かない事柄だった。

幽香は、今代ではなく先代の巫女から博麗と縁があるそうだ。曰く、妹のような存在なんだとか。

すると霊夢は、産まれたときからこの天災と関わりがあったのか。少し同情するわね。

「あの子は家族のことをあまり話さないのね。あの子らしいけど。」

「そうね。魔理沙――霊夢の友人なんだけど、あいつの家庭事情は小耳に挟んだことはあるけど、霊夢に関してはとんとないわね。」

「あら、あなた霧雨のお嬢さんとも親交があるの?」

「泥棒と被害者よ。」

少なくとも、私はまだ友人とは認めてない。奪われたグリモワール286冊を返してもらうまでは。

「ふぅん、結構神社と関係してたのね。」

「まあ、時々宴会には参加してるわ。そういうあなたこそ、宴会では一度も見たことないわね。」

「子の代に親の代が割り込むのは無粋でしょう?」

そういうものかしらね。

「なら、一つ聞きたいことがあるけどいいかしら。」

「内容によるけど、何?」



「神社の居候について。」



幽香がそう言った瞬間、私は背筋に緊張が走るのを感じた。

「酒呑み鬼のこと?」

「そっちじゃないわ。男なのか女なのかも定かでない外来人。霊夢が『優夢』と呼んでいた人物についてよ。」

意図的にミスリードをしたが、幽香は釣られない。いつの間にか、奴は妖気のプレッシャーを纏いながら私を見ていた。

その顔に浮かんだ笑みが、薄ら寒く見えた。

「優夢が、どうかしたの。」

平静を装おうとしたが、声が掠れてしまった。

何故こいつが優夢に関して質問し、このプレッシャーを放っているのか、理由はわからない。

ただ一つわかることは、返答を間違えればアウトだということだ。私は表情を引き締め、目の前の脅威に向き合った。

「色々と情報がほしいところではあるわね。噂だけじゃ、矛盾ばっかりで何一つ実像が掴めなかったから。」

幽香が聞いた噂というのがどんなものかはわからないけど、多分それらは全て優夢の一面を正しく表したものだろう。

彼に関して事細かに説明したら、矛盾しないことなんて不可能だ。

「色々と言われても、私もそんなに多くを語れるわけじゃないわよ。語ることが多すぎるもの。」

「ええ、噂だけでも想像はつくわ。でなきゃ、あんなに噂が錯綜しないでしょう?・・・そう、それは実際に『優夢』に会って私自身の目で確かめればいい。」

そう言って幽香は、一旦言葉を区切った。

「私が知りたいのは、『優夢』という人物が『何』かということよ。」

核心を突いたその一言に、私は思わず息を飲んだ。

彼を知らない人物に、彼の『正体』が知れているはずはない。私達はしっかりと黙っている。

優夢自身は事の重大さを理解していないせいかポロっと言ってしまうこともあるけど、不用意に言い触らしたりすることはないはず。

だから、こいつがそのことを知っているはずがない。なのに、何故・・・。

「その反応を見ると、やはり件の『優夢』は訳ありの人物なのね。」

しまったと思ったときには既に遅い。私は動揺を顔に出してしまっていた。

「彼をどうするつもり。」

「彼、ということは、『優夢』は男なのね。ますますチェックが必要だわ。」

「答えなさい!」

のらりくらりとしたことを言う幽香に、声を荒げてしまった。けれどそんなことを気にする余裕もない。

「何を熱くなってるのよ。クールなふりをしたあなたらしくないわよ。」

グッと歯を噛む。やはりこいつは、本当に嫌な奴だわ。

「落ち着きなさい。別に取って食おうと考えているわけじゃないから。」

今にも彼女の胸倉を掴みそうな私とは対照的に、幽香は優雅な仕種で少し温くなった紅茶で唇を湿らせる。

「さっきも言った通り、靈夢――霊夢の母親は私にとって妹みたいなもの。だから霊夢は、私とって姪も同然なのよ。」

レイムと連呼する幽香。その意味を解読するのに、先程彼女の母の名を知ったばかりの私は、わずかに時間を要した。

「姪に変な虫が着いていないか心配するのは、ごく当たり前のことでしょう?」

「子の代に親の代が出てくるのは、無粋なんじゃなかったの?」

「看過出来ないこともあるものよ。」

自分勝手な理屈だが、相手は大妖怪。言っても無駄というか、むしろ当然のことか。

「もし彼が霊夢にとって何でもない存在なら、それはそれで別に構わないわ。けれどもし霊夢に相応しくない存在だったとしたら・・・。」

皆まで言わず、幽香は薄く笑うだけだった。それで彼女の意図を理解するには十分だった。



優夢は――私にもその存在を理解しきることは出来ない。あまりにも抽象的で、あまりにも広大な定義。それが彼の『正体』だから。

だから、彼がこの柳の枝のような妖怪からどう見られるか、私には想像することもできない。

さっきの質問をしたことから、こいつが彼の表面的な部分――親切だとか、お人好しだとかいうことに誤魔化されることはないだろう。

きっとこいつは彼の正体、『願い』にたどり着く。

そのときこいつは、果たしてどういう行動を取るんだろう。その力を利用しようとするだろうか。危険視して殺そうとするだろうか。

わからない。こいつの行動は、全く読めなかった。

そして、そのことが何よりも恐ろしく感じた。



だけど。

「もし優夢に危害を加えようって言うなら。」

怖気を払い、私は指を動かす。その動きに従い、私の従者たる人形達が集まってくる。

人形達は既に得物を手に持っており、臨戦態勢だった。

「私の大事な友達を傷つけようなんて考えを持ってるなら。私はあなたを彼のところへ行かせない。」

毅然と言い放つ。膨大な力、まともに戦えば勝ち目などない相手に向けて。

そんなことは関係ない。私の最初の友達に危害を加えようというなら、絶対に許すわけにはいかない。

それがたとえ『風見幽香』さいきょうのようかいでも、私は一歩も引く気はなかった。

幽香は動かなかった。手を組み、その上に顎を乗せ、私をじっと見据えていた。

しばしのにらみ合い。

ふっと、幽香が小さく笑った。それで彼女が纏っていたプレッシャーが一切霧散する。

「そんなに怖い顔をしないでもいいわよ。別に危害を加えようなんて思ってないから。もしそうだったら金輪際神社には近付かないでもらうだけ。」

「・・・それは、本音?」

「当然よ。殺したりしたところで私にメリットがないじゃない。」

それは、確かに。幽香の言い分を満たすためだけなら、今幽香が言ったことで十分だ。

短い間、緊張を続けた。だが幽香は一切の動きを見せなかった。

それでようやく、私は臨戦態勢を解いた。ほんの一分程度のことなのに、まるで一時間ぐらい緊張していたように疲れた。

改めて、こいつとの力の差を思い知らされた。

「それにしても、ふふ。」

幽香は息をつく私を見て、ニヤニヤと笑っていた。

「あなたみたいに孤高を貫きそうな女が、守ろうとするなんてね。ひょっとしてあなた、『優夢』に惚れてるの?」

「そんなんじゃないわよ。優夢は私と最初に友達になってくれた子なの。もし彼さえ否定しなければ、一番の親友だと思ってるわ。」

「あらそう。」

信じてないわね、こいつ。まあ、どう思おうと勝手だけどね。





それからもうしばらく、幽香は私の家にいた。優夢の話題を出すことはなく、本当に他愛のない会話をした。

最初に言ったとおり、休憩を終えると、彼女は風のように去っていった。

・・・今年の春風は、奇妙な花を運んできたものね。





***************





珍しい人物とは話すものね。おかげで、神社に住む居候について少しだけわかった。

噂の段階で、彼が只者ではないことは理解できていた。

『弾幕のできる外来人』、『三人目の異変解決家』、『博麗と並ぶ者』、『神社の真のボス』などなど。

勿論、噂には尾ひれがつくものだと知っている。いくらか伝聞による誇張もあるでしょう。

けれど、火の無いところに煙は立たない。少なくとも霊夢と一緒に『異変解決』をしているということは真実なんでしょう。

だから私は聞いた。『優夢』とは『何』かと。

あえて『何者』ではなく『何』と聞き、返ってきたあの反応。恐らく、ただの人間ではないのだろう。

出来ればその『正体』まで聞いておきたかったけど、あの様子じゃ話してくれなかったでしょうね。

もし私がそこまで突っ込んで聞けば、きっと彼女は彼を守るために、己の身を犠牲にしてでも立ち向かってきたでしょう。

今でもあの娘に負ける気はしない。だけど、誰かを守るために発揮される本気は、何よりも手ごわいことも私は知っている。

それだけの覚悟を、あの娘から感じた。だから『優夢』について聞くのをやめたのだ。

今回の会話で、『優夢』について分かったこと。

それは、彼がただの人間ではなく、かと言って妖怪や幽霊という安直な存在でもないということ。

そしてもう一つ。きっと彼は、とても人や妖怪を惹き付ける存在なのだということ。

でなければ、あのプライドが服を着て歩いているような頭の固い魔界人が、あそこまで感情をむき出しにするはずがない。

「さて、実際はどんな人物なのやら。この目で見る楽しみが増えたわね。」

果たして彼はどんな魅力を持っているんでしょうね。私が靈夢に感じた輝きを、『優夢』は見せてくれるかしら。

まだ見ぬ『幻想』に期待をしながら、私は春の魔法の森を歩いて行った。



無論、その『幻想』が期待外れだったときは。

フフフ・・・。





+++この物語は、花の大妖怪が不思議の森へと迷い込んで人形師と対談する、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



気ままに彷徨う大妖怪:風見幽香

花の様に風に流される様に流離うのが彼女の風情。無論道中の妖精虐めも忘れずに。

アリスの見立て通り、妖力の大きさで言ったら紫でさえ遠く及ばない。能力が能力なため、何でもありの戦闘では敵わないが。

花は地面から見上げるものという美学に則り、基本的には歩いて幻想郷を移動中。

能力:花を操る程度の能力

スペルカード:花符『幻想郷の開花』、幻想『花鳥風月、嘯風弄月』など



自宅に篭る人形師:アリス=マーガトロイド

ここ数日家から一歩も出ていなかったので、『花の異変』に気付いていなかった。気付いてからもあまり興味は持っていない。

幽香と過ごした時間は正直心臓が縮む思いだった。でも頑張った。エライ。

彼女が友達と思っているのは、現在優夢と霊夢と萃香。魔理沙は数に入っていない悲しさ。自業自得だが。

能力:人形を操る程度の能力

スペルカード:魔符『アーティフルサクリファイス』、魔操『リターンイナトニメネス』など



→To Be Continued...



[24989] 四章四話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:53
春のうららかな陽気の下、今年もたくさんの花が咲く。

あ、いや去年は何か『異変』があったせいで一面雪景色だったんだっけ。ん?一昨年だっけ??

まあいいか。どうせ過ぎた話だし。

ともかく、今年は花が咲いた。去年だかいつだかあまり咲けなかった分、いっそう気合いを入れて咲いているように見える。

この景色、この陽気。自然と気分も高揚してくる。

だから私は、理由もなく上機嫌に八目鰻を捌いた。

「五人囃子の首取れた~♪」

「相変わらず歌詞が酷いね、ミスティア。」

口ずさんだ歌に、客席で八目鰻を待つリグルが突っ込みを入れてきた。

このセンスがわからないなんて、まだまだお子様ね。

「十人に聞いたら九人は言うわよ。十人に一人は理解しそうで怖いけど。」

「じゃあ大人は十人に一人しかいないってことね。」

「変人が十人に一人もいるってことよ。」

変人は酷いよ、リグル。



去年の暮れ頃から始めた焼鳥撲滅運動、移動八目鰻屋台は、各方面の協力もあって中々人気になっていた。

はるばる遠くからやってくる者もいるし、偶然近くでやっていたために暖簾をくぐる者もいる。人里の近くでやれば、戦う力のある人間を中心に人間も集まってくる。

私は、妖怪の間でも人間の間でも、名の知れた夜雀となっていた。

それはつまり、それだけ焼鳥撲滅運動が浸透したってこと。計画通りだ。

それでもまだ私の戦いは終わらない。この世から焼鳥が消えるまで、私は八目鰻を焼きつづける。

ちなみに私をこの道にのめり込ませた張本人の焼鳥屋だけど、先日商売敵宣言をしてきた。上等だわ。

いつか必ず、ごめんなさいって言わせてやるんだから!!

まあ、私は大体そんな感じ。歌って弾幕おどれる焼き八目鰻屋の女将、ミスティア=ローレライなのだ。

「ミスティアの成功は認めるけどさ・・・この屋台の名前はどうなのよ。」

ただ、屋台の名前だけは不評だった。いい名前だと思うんだけどね、『珍々亭』。幻想郷中を回る屋台なんて珍しいじゃん。

「友人にセンス×が二人もいて、私は気が重いよ。」

失礼な。

「そういうリグルの方はどうなのさ。そろそろ客の一人でも寄り付いたかい?」

リグルのやっている仕事――私が仕事を始めたのに触発されて始めた、『虫の知らせサービス』。森の中で道に迷った人や妖怪を蛍の光で導き、助けるというものだ。

何でそんな仕事にしたか聞いたら、『蛍の光を使った仕事が他に見つからなかった』と言っていた。

けど多分本音は、ごんべえさんに気に入られたいからだと思ってる。あの人、人助けとか好きそうだしね。

同性だということがわかったのに、リグルはまだごんべえさんのことを諦めていないようだ。

まあそんな恋もあるさ。私は応援してる。

と、話がそれちゃったね。今はリグルの仕事の具合だ。

私の問いに、リグルはブスッとした表情をして。

「・・・客なんてあるわけないじゃない。今時わざわざ人里を抜けて迷う人間なんていないし、妖怪なんて迷っても平気じゃない。」

そう答えた。

確かにねえ。一昔前は、力のない人間が里を抜けて妖怪に襲われることもあったけど、昨今じゃ滅多にないし。人間も強くなったもんだ。

そう考えると、リグルは仕事の選択をミスったかな。

「年末年始に神社の参拝客の誘導をして以来、開店休業よ。」

まあ、仕事が全くないわけじゃないみたいだね。

「いっそ、リグルもごんべえさん達と一緒に『異変解決』すれば?」

「できるわけないでしょうが。大体、妖怪の起こした『異変』は人間が解決するルールでしょうが。」

おっと、そうだっけ?

そんな感じで他愛のない会話をしながら、私は時折陽気に歌を口ずさみ、八目鰻を焼く。

焼きあがった八目鰻をリグルに出し、酒の瓶を一本取り出した。

今日はまだ客も来ない。一杯やっても問題はないだろう。

「客が来るまで付き合ってくれるかい?」

「別にいいけど、客が来たときベロンベロンで商売にならないとかないようにね。」

わかってるって。だいじょーぶだいじょーぶ。

私は器を二つ出し、リグルの分と私の分を注ぎ、春の昼間の酒宴を開いた。



そうやって、しばらく二人で飲みあっていた。

ふと、暖簾の向こうに気配を感じた。お客かね。

暖簾に隠れて見えないけど、どうやら複数いるみたいだ。何やら相談してるような話し声がする。

うちに入るか入らないかで話し合ってるみたいだね。ってことは一見さんかな。

だいぶ有名になったとは言え、さすがに幻想郷中いたるところで知られているわけじゃない。まだ知らない妖怪や寄り付かない人間だっている。

最終的には『珍々亭』と言ったら誰もがうちを思い浮かべるぐらいになりたいもんだ。

それはともかくとして、私は暖簾の向こうに声をかけなかった。こういうときは、変に声をかけるよりお客の方の意志で決めてもらった方がいい。

リグルと談笑をしながら、いつお客が入ってきても大丈夫なように、私は仕込んだ八目鰻を火にかける準備を始めた。

そしてややあり、暖簾を掻き分け二人の人物が入ってきた。

「はいよ、いらっしゃい。お客さん初めてだね。」

「ああ、此岸にこんな屋台が出来てたなんて驚きだね。いつからあるんだい?」

「小町、最初に言った通り半刻だけですよ。」

「わかってますって、四季様。」

身長の低い、荘厳という表現をしたくなるような衣装の少女と、長身でスタイルの良い和服姿の女性。

そんな凸凹コンビが、私の店にやってきた。

さて、お仕事お仕事。





***************





魔法の森に溢れていた幽霊達はあらかた彼岸へ送り、花こそまだ散っていないもののほぼ元通りの魔法の森となった。

すると四季様は、「では今度は魔法の森を抜けた先の平野の幽霊を回収しましょう。あそこも溢れているでしょうから」と言って、あたいの活動範囲を広げた。

・・・いやまあ、わかっちゃいたけどね。『花の異変』はまだ終わってないから、あたいの仕事も終わってはいないことぐらい。

でも、もうちょっとゆっくり仕事をしたいかなーなんて思ったりもしなくもない。初日はちょっと優しめだった四季様だけど、二日目からはいつも通り、いやいつも以上に厳しかった。

どうやら所定の休憩時間を越えて昼寝をしてたのがまずかったらしい。

あの日は特に陽気が良かったからねぇ。魔法の森の枝垂桜を見てるうちにうとうととして、そのまま本気寝に入ってしまった。

で、気が付いたらすっかり日が傾いていて、その後四季様からみっちりと説教を受けた上、夜になってからも働かされてしまったわけだ。

それからは四季様は厳しかった。あたいの休憩時間はきっちり一刻で、定めた幽霊を彼岸に送り終えるまで業務時間は終了なし。睡眠時間は一日6時間まで。

朝昼晩の食事から歯磨きに至るまで、生活のありとあらゆるところまでをきっちりと管理された。

それが五日間。五日かけてようやく魔法の森の幽霊を回収し終わったと思ったら、今度は活動範囲拡大だ。

いい加減そろそろまともな休憩がほしかった。一日一刻で昼寝も酒も禁止されたんじゃ、休んだ気にならない。



そんな折、あたいは幽霊を集めているとき、ふとあるものを見つけた。

屋台だ。それもこんな人里離れた、魔法の森近くの何もない平野で。

人間にとっちゃ随分と危険な場所だ。人の集まるところから離れれば離れるほど、妖怪に襲われる可能性は高くなるんだから。

となると、あの屋台は妖怪の屋台か?妖怪が屋台をやっているなんて話、今までに聞いたことはないが。

まあその辺は別にいいか。あたいだって人間以外なんだから。人間じゃないから、別に襲われるなんてことはないだろうし。

大事なのは、あれが何の屋台かということ。まさかこんなところまで来て刃物研ぎや洗濯屋の屋台なんてことはないだろう。

となると、導き出される結論は一つ。酒がそこにある。

あたいは口内に涎が溢れるのを自覚した。

いやいや落ち着け小町。今は業務時間中、四季様が許すはずがない。

そう、あたいの取るべき行動は。



ここでいつものノリで暖簾をくぐるのではなく、四季様を口説き落としてから一緒に店に入るということ!!

「あの、四季様。」

「業務時間中ですよ、小町。」

あたいの算段を瞬時に推し量ったか、四季様はあたいが言葉を紡ぐ前にピシャリと切るように言った。

・・・これが生半な説得にはならないことは、初めからわかっていることだ。何せ相手はあの四季様なんだから。

白黒はっきりつけられてしまったら、あたいにはどうすることも出来ない。だからこそ、白黒はっきりつけられる前に、四季様にあたいの要求を呑ませる!!

四季様が『判決』を下す前に説得をすべく、頭をフル回転させた。論理の端がいくつも浮かび、それを瞬時にトレースし、終着を判断する。

休憩時間を早めてもらう?いやダメだ、四季様は初めに決めた通りのタイミングでしか休憩をくれない。これはもう既に白黒はっきりつけられている。

情に訴える?やり方が思い浮かばない。その上、四季様は情に流される閻魔ではないから、逆効果になりかねない。

駄々をこねる?説教コースに直行に決まってる。

数多の仮定を同時並行で処理し、最適解を探し出す。か細い糸を見つけるような、そんな難問だ。

だがあたいは見つけた。これならば四季様を説得できるというマジックを。

この間わずか0.6秒。素晴らしい思考スピードだったと自負できる。

「ええ、わかっています。ですから、業務として一緒にあの店に入りませんか?」

あたいの申し出に、四季様はわずかに表情を崩した。意図を理解しかねるという顔をしている。

しかし、十分な手応えを感じた。四季様がすぐに『判決』を下すのを回避したのだから。

「何故あの屋台に入ることが業務になるのです?あなたの業務は幻想郷に溢れた幽霊を彼岸へ送ること。これは既に決定していることです。」

そう。いくら口八丁で誤魔化しても、決定した事実を四季様が捻じ曲げることはない。

だから、これを本当に業務にする必要がある。

「確かにその通りです。けれど、あの店に入った方がその業務効率を上げられると私は踏んだんです。」

「・・・ほう?」

「よく見てください、四季様。あの屋台、ちょっと変だと思いませんか?」

そう、それがあたいの気付いたこと。

ここは辺り一面が花畑となっているけど、あの屋台の周りは特にそれが顕著だ。目を凝らせば、屋台の周りの幽霊密度が濃くなっているのがわかる。

「なるほど。つまり小町は、あの屋台が幽霊を引き付けているのではないかと、そう考えたのですね。」

「その通りです。」

屋台が幽霊を引き付けるなら、ちょっと屋台主に話をつけて協力してもらえばいい。それであたいは業務を遂行しつつ、屋台への『礼』ということで酒を呑むことができる。

「確かに、一理ありますね。」

四季様の返事に、あたいは心の中でガッツポーズを取った。

が。

「しかし、この一件は彼岸で解決すべきこと。此岸の――幻想郷の住人に協力してもらうというのは、筋が通っていません。」

うっ。まさかそう返してくるとは。

確かに、『花の異変』を解決できるのは、博麗の巫女ではなくあたい達あの世の住人だ。となると、この問題は彼岸の問題ということになる。

そして彼岸の問題に此岸の住人の手を借りることを、四季様が善しとするか。ほとんどの場合、四季様は首を横に振ることをあたいは知っていた。

これは、ダメか・・・。



「ですので半刻だけ、協力してもらいましょう。確かに今は猫の手も借りたいほど忙しい時ですから。」

半ば諦めたあたいの耳に、四季様のそんな言葉が聞こえた。

や・・・。

「やったー!!」

「業務として、ですからね。くれぐれも忘れないように。」

「わかってますって。」

喜ぶあたいを見て、ため息混じりにいさめる四季様。初めからあたいの意図は見抜いていたんだろう。

その上で、あたいの説得は四季様を動かすのに十分な説得力を持っていたってことだ。

表面上は平静を装ったけど、内心は感激を抑えるのに苦労した。





暖簾をかきわけ中に入ると、虫の妖怪が卓について酒を飲んでおり、卓の向こう側の夜雀と談笑していた。

どうやら夜雀が屋台の主らしい。あたいの読みは当たっていたようだ。

「はいよ、いらっしゃい。お客さん初めてだね。」

あたい達の姿を見て、夜雀は威勢よく言った。いいね、この夜雀は客商売ってのをわかってる。

「ああ、此岸にこんな屋台が出来てたなんて驚きだね。いつからあるんだい?」

あたいも親しげに夜雀に返した。こういうやりとりがあってこその飲み屋だ。

「小町、最初に言った通り半刻だけですよ。」

ちょっと気が緩んだのを見抜かれたか。四季様の注意に、わかっていますと答えた。

「まあまあ、半刻とかつれないこと言わないで、お客さんもゆっくりしていきなって。」

人当たりの良い夜雀の言葉にあたいが相好を崩す前に、四季様がずずいと前に出た。

「そうは参りません。我々はまだ仕事中なのですよ。この屋台にも仕事の関係で立ち寄ったまでです。」

「ありゃ、仕事なら仕方ない。仕事は大事だからね。」

四季様の言葉に夜雀はあっさりと納得した。あたいとしては四季様を説得してほしかったけど、まあ無理か。

「あなたは勤労の素晴らしさを知っている。つい最近知ったのですね。それは良い傾向ですよ、ミスティア=ローレライ。」

「およ?自己紹介してないのに私のこと知ってるってことは、お客さん噂を聞いてはるばるやって来てくれたクチ?」

「残念ながら違います。自己紹介が遅れましたが、私は四季映姫・楽園の閻魔ヤマザナドゥ。こちらは部下の三途の川の渡し守で小野塚小町と言います。彼岸の者です。
実は私達は、今幻想郷で起きている『異変』を収束させるため、あなたの力を借りるために参ったのです。」

ほう、と夜雀は相槌を打つ。この辺の説明は四季様に任しておこう。その方が正確で確実だしね。

「『異変』が起きてたなんて初耳だね。それにしちゃ、博麗の巫女が動いてない気がするんだけど。」

「それは仕方がないでしょう。『異変』とは言ってもあくまで彼岸の問題。此岸が解決できることではありませんから。」

「ふうん?何かよくわかんないや、ごめんね。ともかく、私の力を借りたいって?」

「その通りです。この屋台の周りは幽霊が集まりやすい。私達は彼らを彼岸へと導き、裁かなくてはいけないのです。あなたが協力してくれれば、我々の助けになるのです。」

夜雀は鳥の妖怪だ。頭はそれほどよろしくない。今の説明で、だいぶ混乱しているようだ。

「つまり、あんた達はあの世から来てて、現世で起きてる問題を解決したい。そのためには幽霊をあの世に連れていく必要があって、ミスティアの屋台が幽霊を引き付けるみたいだから、ここで仕事をすると効率がいい。そういうことでしょ。」

あたいが夜雀にもわかるようにかみ砕いて説明するよりも早く、静観していた虫――蛍の妖怪が言った。

「わかりやすくまとめていただき感謝しますよ、リグル=ナイトバグ。」

「やっぱり私の名前もわかるのね。薄気味悪い奴。」

どうやらこっちの方にはあまり歓迎されてないみたいだね。ま、仕方ないか。彼岸――ぶっちゃけて言ってしまえばあの世なんだから。

「あー、つまりゆゆっちの同業さんね。お客さんじゃないのか、残念だね。」

「ぬか喜びをさせてしまって申し訳ありませんが、こちらも先を急ぐ身。協力してはもらえませんか?」

「んー、どうしよっかねぇ。」

夜雀は難色を示した。あっちにとっちゃ、あたい達に協力したって利益はないんだから。

ここであたいの出番だ。

「ならさ、協力してくれたら、あたいがあんたの営業に貢献するってのはどうだい?あんたに幽霊を集めてもらう代わりに、あたいが飲み食いする。これなら悪くないんじゃない?」

「お?いいねいいね。その案乗った。協力しようじゃないの!!」

「・・・結局こうなりましたか。まあ、私もわかってて許可を出したのだけれど。ただし、業務の一環であるということを忘れてはなりませんよ。」

『だーいじょうぶ』だって。」ですって。」

あたいと夜雀の声が見事にハモり、四季様は軽くため息をついた。

あんまし羽目を外しすぎないようにしないとね。





***************





夜雀が歌いながら八目鰻を焼く。人ならばその呪力により視力を奪われる歌声は、我々には何ら影響を及ぼさない。私達の中に人間はいないのだから。

しかし歌声は、『呪』という陰を含みながら陽気な旋律を持っていて、躯を亡くした幽霊達を確実に引き寄せていた。

「あなたは歌が好きですか、ミスティア=ローレライ。」

「んー?ミスチーでいいよ。そうだね、好きっていうか反射みたいなものかな。雀は歌うもんさ。」

提示された愛称は丁重に断る。

なるほど、確かに雀は歌う。朝のメロディーを奏でるのは、雀の仕事だ。

しかし陽気に歌う彼女の様子は、歌を愛すが故に思えた。本人が気付いていないだけで、きっと彼女は歌が好きなのだろう。

そんな彼女にこんなことを言うのは少々心苦しいが。

「あなたの歌は、幽霊さえも狂わせる。陽気なメロディーに陰気な歌詞を乗せ、陰気を好む幽霊達が陽気になる。それはある種高度な芸術性を持っていますが、不調和であることには違いないのです。」

その彼女の力を今は借りているわけだが。あまり多用されても歪みを生んでしまう。

「歌うな、とは言いません。しかし時には霊を慰めることも覚えなさい。あなたの歌には、それだけの力があるのだから。」

彼女には力がある。だからこそ、こうして忠言を下したのだが。

「あー、ごめん。よくわかんなかったや。」

所詮は鳥妖怪。三歩歩けば忘れてしまう。彼女はそれなりに賢い方だけど、種族の業から逃れられるほどではない。

「何となく心に留めておきなさい。」

「ん、そうしとく。何かよくわからなかったけど、私のために言ってくれたっぽいし。ありがとね、・・・えーと、山座波田さん?」

「四季映姫です。ヤマザナドゥ、しかもそれは役職名ですから、私を呼ぶには適しませんよ。」

「難しいし、山田さんで勘弁しといて。」

・・・全く、仕方のない夜雀だ。

「はっはっは、四季様に山田さんとか、あんた肝が据わってるね、ミスチー。」

「そうかい?私としては、ただのしがないその日暮らしの鳥妖怪のつもりなんだけど。」

「案外そういう奴の方が大物なもんさ。」

小町は早くもミスティアと意気投合していた。まあ、陽気な者同士波長も合うでしょう。

話も盛り上がっているようだし、しばらく放っておくことにしよう。

私は賑やかな二人組から目を逸らし、一人静かに八目鰻で酒を呑む蛍妖に視線を合わせた。

「・・・何?」

それで彼女は警戒を顕にする。

虫とは、警戒心の強い生き物だ。でなければ厳しい自然の中で生き抜けないほど、単体での力が弱い。

虫の妖怪はその特性を如実に表す。彼女の反応は、当然のことなのです。

「いえ、別に。意味はありませんよ、リグル。」

彼女の方を向いたことには、本当に意味などなかった。ただ小町とミスティア以外に視線をやると、必然的に彼女に焦点が合うだけだ。

けれど彼女は、表情を険しくした。

「閻魔ってのはわかったけど、自己紹介もしてない私の名前をほいほい呼ばないでよ。気味が悪いわ。」

「それは失礼しました。死人を裁くときは必ず名を呼ぶので、癖になっているようです。」

人によっては、好まないのかもしれませんね。この蛍妖のように。

「別にもういいけど。あの世の住人が隣で呑んでるってのは、気分良くないわ。お迎えが来てるみたいで。」

「ならばその不安は払拭しましょう。私は勿論、小町もお迎えの死神ではありません。あなたの寿命を刈り取るようなことはありませんよ。」

「そう」、と小さく呟き、リグルは私から視線を外した。

・・・ふむ。

「何か悩みでもあるのですか?私で良ければ相談に乗りますが。」

「閻魔様に相談してもしょうがないわよ。私の問題だもの。」

どうやら、『地獄の裁判官』という肩書のために、個人的な相談には向かないと思われているようね。

「察するに、あなたの悩みは『人と妖怪の境界』ですか。」

図星だったようで、リグルは驚いた様子でこちらを見た。

「閻魔に隠し事が出来ると思いましたか?」

「・・・考えてみれば、無理ね。」

「話してごらんなさい。案外それだけで解決することもあるかもしれませんよ。」

私の言葉に、リグルは参ったと両手を上げ、彼女の胸のうちで溜まっている悩みを打ち明けはじめた。



話を聞き、私はリグルの悩みの概要を理解した。これはまた、虫の妖怪が厄介な難問に当たったものだ。

彼女には、人間の友人がいる。彼女は、率直に言ってしまえば彼(男だそうだ)のことが好きだ。その好きがラブなのかライクなのかは、本人もわかっていないようだが。

しかし彼女は自分が妖怪である自覚がある。妖怪が人間を襲うものだということも重々承知しているし、その生き方を曲げたこともない。

だから彼女は、妖怪として人間を襲いたくもある。けれど、彼という友人のことを考えると襲いたくなくもある。

非情な世界で生きてきた彼女は、人間から向けられた優しさに戸惑っているのだ。

どちらが正しいということはない。どちらも正しいのだ。だからこそ、これは判断を下すのが難しい。

「私は妖怪だ。その誇りを捨てた覚えはない。・・・だけど、優夢に嫌われたくないって思う私もいる。どっちが本当の自分なのか、どっちの自分を信じればいいのか。私にはわかんないのよ。」

まだ100年も生きていない蛍妖には、少々重過ぎる問題だった。

それでリグルの話は終わった。しばらくの間、私は黙って彼女の様子を見た。

「こんなこと、閻魔様に言ってもしょうがないわね。結局は私自身が解決しなきゃいけない問題なんだから。」

「否定はしません。それに関して、最終的な決断をするのはあなた自身です。」

これは彼女の心の問題。私が断じていい問題ではありません。

「けれど、助言ぐらいはできましょう。閻魔ですから。」

「閻魔の助言には、随分と役不足な問題ね。いいわ、何を教えてくれるの?」

「判断基準を差し上げましょう。」

私の一言に、リグルは目をしばたたかせた。

「あなたは言いましたね。あなたの友人――名無優夢という名でしたか。彼の望む自分でもありたいし、自分の求める理想の妖怪像でもありたいと。それは両方とも、あなたにとって真実です。
だから、どちらで物事を判断すれば善いかわからない。それがあなたの悩みの原因となっている。ですから、そのどちらを優先するか、それを判断する判断基準を設けるのです。」

「何だか随分遠回りなことをするのね。それで?」

「まず最初に両方で判断をし、『徳の高そうな方』を選びなさい。それが自ずから、あなたをあなたの望む未来へと導くでしょう。」

妖怪は人から恐れられなければいけない。それが妖怪という存在だからだ。

人から恐れられ、かつ人に好かれる。それは徳が高くなければ成しえない偉業だ。

だからこそ、徳を積むこと。それが彼女にできる最大限の努力なのです。

「また、難しいことを言ってくれるわね。」

「この世のことというのはどれも単純であり、だからこそ途方も無く難しいのです。どの道難しいことには変わりないのだから、私の助言を実践するのも手の一つだと思いますよ。」

「・・・ええ、参考にさせてもらうわ。ありがとう、四季映姫・ヤマザナドゥ。」

リグルは素直に頷いた。その表情は、先ほどよりは少し柔らかくなっていた。

実際のところ、彼女の徳は中々に高い。これまで自分の存在というものを誇張も矮小化もせず、慎ましく妖怪らしく生きてきたためでしょう。

彼女ならばきっと、彼女が望む姿になれることを、私は予感として感じた。



――それにしても。

彼女に助言をする上で、私は彼女の人生を見た。そこで、恐らくは名無優夢と思われる男性の姿も確認した。

彼の姿は、この間私が説法を説いた湖上の氷精と、徳の高かった大妖精の人生の中にも度々現れていた。

初めは特に気にしていませんでしたが、リグルの話によると彼は神社に住んでいるらしい。あそこは大結界の基点ですから、あまり博麗以外の人間が住みつくのは好ましくないと思うのですが。

これは、この件が終わったら八雲紫を捕まえて、どういう意図なのか問い詰めなければならないかもしれませんね。

私は少し笑顔を見せるようになったリグルに微笑みながら、心の中でそう決めた。





『わははははははははは!!』

そんな私の考えを、少々やかましくなりすぎた小町とミスティアの笑い声が押し飛ばした。

「小町、少し気を緩めすぎですよ。今はまだ業務時間だと言っているでしょう。」

「いやでも四季様、ミスチーって面白いんですよ。」

「いやぁ、こまちんには負けるねぇ。」

「またまた~。」

「ま~たまた~。」

「またまたまたまた~~。」

『わははははははははは!!』

・・・完全に酔っ払ってますね。私はふうとため息をつき、暖簾の隙間から太陽の位置を確認した。

半刻ですね。

「さて、小町。約束の半刻ですが、その様子では業務に差し支えるでしょう。私が酔いを醒まさせてあげましょう。」

私の宣言に、小町がピシリと動きを止める。どうやら私の意志を理解したようだ。

ギギギっと首だけをこちらに向け、脂汗をかきながら引きつった笑いを見せた。

ええ、あなたの思っている通り、私は『一度決めたことは絶対に曲げません』よ。

「裁符。」

「四季様勘弁をををををををを!!?」

問答無用。



「『幻想裁判』!!」

「ぎゃん!?!?」

屋台の構造は一切傷つけず、小町の頭上にだけ『裁きの雷』が落ちたのだった。



それから私達は、ミスティアの歌声に引き寄せられた幽霊を連れて、屋台を後にした。

小町は少し焦げていましたが、自業自得というもの。私は一切の情けをかけずに業務遂行を命令した。

『花の異変』の解決は、まだ遠い。





+++この物語は、彼岸の住人達が仕事のついでに夜雀の屋台に立ち寄る、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



人生相談受け付けます:四季映姫・ヤマザナドゥ

閻魔は人間の業とか徳とかによく触れているので、人生の何たるかを客観的に知っている。

自分が主観としてのそれを知らないということを理解しているので、あくまで助言するだけ。生かすも殺すも聞き手次第。

人の人生を知ることで、その人物に関わった人物のことも知れるが、関わった人物の人生までは知れない。

能力:白黒はっきりつける程度の能力

スペルカード:罪符『彷徨える大罪』、審判『ラストジャッジメント』など



人情話聞かせてくれよ:小野塚小町

人情話は大好き。ミスティアの話はそういうのが多かったので、小町を満足させた。

さりげなくミスティアにまた行く約束をした。まるで10年来の友人のようである。

あだ名はこまちん。

能力:距離を操る程度の能力

スペルカード:投銭『宵越しの銭』、死神『ヒガンルトゥール』など



人生楽ありゃ苦もある:リグル=ナイトバグ

妖怪だけど。その辺は言葉の綾というものである。

現在思春期真っ最中人間と妖怪の友情について絶賛悩み中。優夢から友達と思われることは嬉しかったりする。

しかし彼女自身は妖怪らしい妖怪であり、それ故に悩む。悩むことがある種彼女の強さなのかもしれない。

能力:蟲を操る程度の能力

スペルカード:蛍符『地上の流星』、灯符『ファイヤフライフェノメノン』など



人情溢れる夜雀の女将:ミスティア=ローレライ

すっかり屋台の女将が板についた。彼女の屋台『珍々亭』は人里でもかなり人気。

物腰が柔らかいので、映姫の説教も軽く受け入れ弾幕を回避した。

萃香の件と言い今回の映姫の件と言い、つくづく大物である。

能力:歌で人を惑わす程度の能力

スペルカード:鳥符『ヒューマンケージ』、鳥符『ミステリアスソング』など



→To Be Continued...



[24989] 四章五話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:54
「・・・ってなことがあったのさ。」

数日ぶりにミスチーの屋台(あえて名前は言わない)に来た私は、酒を呑みながらつい最近あった事件の話を聞いた。

何でも、あの世からのお迎えがやってきて、協力を求められたんだそうだ。物騒な話だねぇ。

「ミスチーもとうとう寿命か。短い付き合いだったけど、あんたはいい奴だったよ。」

「ひどいよすいっち。私ゃ普通に生きてるから。」

冗談だと笑う。ミスチーの方もわかっていて、一緒に笑った。

「まあ、何だかよくわからなかったけど、面白い話を聞いたもんだよ。こまちんとはまた呑みたいね。」

「お、ミスチーが名前覚えたってことは、相当愉快な奴ってことだな。次の機会は私も呼んでくれよ。」

「すいっちがいればね~。」

しばらくはこの屋台に私の一部を常駐させようかと、本気で思った。

「それにしても、『異変』かぁ。霊夢と優夢もそんなこと言ってたけど、こういう『異変』なら大歓迎なんだけどね。」

「同感だね。けど、山田さんの話によると、あの世はのっぴきならない状況らしいよ。」

山田――えーと、山座波田ウッキッキだっけ?閻魔をやってるっていう。

変な名前だと思うけど、あの世のセンスだからね。ひょっとしたら私達とは感性が違うのかもしれない。

それにしても、Yama-Xanaduヤマザナドゥはいつの間に代替わりしたんだろうね。

「あの世はちょっとぐらい忙しい方がいいのさ。そうすれば、私達は煩わしいお迎えを気にせずに花見が出来るじゃないか。」

「なるほど、そりゃ確かに。」

だけどこの辺りの花はもうおしまいかな。少しずつ散り始めてるし。

まあ、あの世の連中が来たなら仕方がないか。

ミスチーからの又聞きだけど、この『花の異変』は幽霊が原因だそうだ。

何で幽霊が花を咲かせるのかはいまいちわかんないけど、確かに今の幻想郷は幽霊に溢れている。

その幽霊を、三途の川の渡し守が連れていったのだから、季節外れの花がこれ以上咲いている理由もない。

「散るから花は美しいってことかね。」

「お、すいっち詩人だね。その調子で一句詠んでみなよ。」

「よぉっし。春風や、ああ春風や、酒寄越せ。」

何だそりゃと、私もミスチーも爆笑しながら酒をあおった。

春うららの今日この頃。私とミスチーは屋台で花と酒を楽しんでいた。



「ごめんください。」

二人の酒宴は飽きることなく続けられていた。そこに、暖簾を掻き分けて入ってきた客が一人。これで三人の宴会になるね。

「お、いらっしゃーい!ようこそようこそ、まあ駆け付け三杯と行こうじゃないか。」

「おいおいすいっち、ここは私のお店だよ。おまえさんが接客してどうするのさ。」

わっはっはと笑い声。いい感じに酔いが回っていた。

入ってきた客は、いきなりのテンションについてこれなかったか、静かなものだった。

「おっとごめんよ。けど、宴会は楽しくやるもんだから、あんたも一緒にどうだい。」

ちょっと調子に乗りすぎたかと反省し、改めてその客を迎え入れる。

するとその客――赤眼緑髪の女は、小さく笑った。

「相変わらず呑んだくれているようね。山鬼。」

そしてそう言った。

山鬼という呼び方に、私は懐かしい何かを思い出した。

そう。遠い昔、幻想郷がその名で呼ばれる前のこと。現実と幻想に境がなく、魑魅魍魎が人の世を我が物顔で跋扈していた時代。

私達鬼がまだ妖怪の山の頂点におり、隆盛を誇っていたときの話だ。

自分のねぐらを持たず、各地を転々とする流浪の妖怪がいた。

花を愛し花を操る見目麗しい容姿とは正反対に、強大な力で気に食わない存在をかけらも残さず消し飛ばす、悪名高き恐怖の妖怪。

その妖怪が、流浪の途中で妖怪の山に立ち寄ったことがあった。

大きな力を持った妖怪と、妖怪の上に立つ鬼。出会ってしまえば、戦いになるのに理由はない。

赤眼緑髪の女妖怪と鬼の戦争は、そうして起こったのだ。

山鬼とは、そのとき奴が呼んだ私達の総称。そう、思い出した。

やはり表には出て来るもんだね。こんなに懐かしくて小気味のいい奴に、また出会えるとは。

「そういうあんたは呑まないのかい、花師。」

「ときには呑むけど、あなたのようにだらしなくは呑まないわよ。」

口の減らない大妖怪に、私はクックッと笑う。

「? こっちのお客さんはすいっちのお友達かい?」

私と妖怪のやり取りに、ミスチーが尋ねた。

友達ではないね。

「加害者と加害者ってところかしら。」

「こっちは被害者だと思うけどねぇ。あんたに屠られた下っ端天狗や下っ端鬼も結構な数だ。」

「虐めただけじゃない。それにその後そっちのトップ四人がかりで襲って来たんだから、お相子よ。」

「人聞きの悪いこと言うね。そっちが戦いたがったくせに。」

「あー、よくわかんないけど、すいっちのお友達ってことで。」

だから違うって。まあ別にいいけどさ。

「せっかく飲み屋に入ってきたんだから、一杯やってくんだろ?いつまでも立ってないで、座ったらどうだい。なあ、風見幽香。」

奴の名を、はっきりと呼んだ。すると奴――幽香は薄く笑って。

「そうね。たまには花見酒もいいでしょう。相手があなたじゃ不服だけど。」

ぬけぬけと言い、私の隣の席に腰を降ろした。

「お久しぶりね、酒呑童子の伊吹萃香さん。」

そして、私の名を呼び返した。

やはりこいつは小気味がよく、相も変わらぬ強者の余裕に満ちていた。





***************





花に誘われ歩いていると、景色に不釣り合いな屋台を見つけた。

違和感バリバリだったけど、その周りは特に花に満ちていた。

どうやらここの幽霊は既に回収された後らしく、既に散り始めていた。それを差し引いてなお、見事に咲いていたものだ。

その屋台に見覚えはなかったが、聞き覚えがあった。

何でも、人間の消える道に住む夜雀が焼き八目鰻屋を始めたとか。それが意外なことに、味も雰囲気もよく、大層評判だとか。

人里を遠く離れたこんな場所に、人間が屋台を出すはずがない。間違いなく夜雀の屋台だろう。

物珍しさと、噂の評判でも確かめるかと、私は暖簾をくぐった。

そこには想像通り夜雀と――想像していなかった旧い知った顔があった。

伊吹萃香。かつて、今妖怪の山と呼ばれている場所を寄ったときに争った山鬼の四天王の一人。

鬼というのは、妖怪よりも強い存在だ。特にトップの四人は気違いじみた強さを持っていた。

当時は血気盛んだった私は、奴らに勝負を挑み、敗北した。

今よりは弱かったとはいえ、私を負かしたというその事実がその異常性を物語っているだろう。

奴らは、とにかく硬い。まるで鉄の塊を相手にしているような錯覚を覚えたことを、今でも鮮明に覚えている。

そして、力が強い。特に四天王の一人であった力の化身は、大地すら割るだろうという怪力を誇っていた。

そして何より怖いのが、決して怯まないということ。どんなに強力な攻撃を加えたとしても、怯えや硬直を一切見せない。どころか、余計に笑みを深くしてかかって来るという狂気を持っていた。

善戦はしたと思うけれど、その勢いに押し勝つことはできなかった。

この私の数少ない敗北経験の一つだった。だから、私がこの飲ん兵衛のことを忘れるはずもない。

「おや、ちゃんと名前を覚えてたかい。忘れてるんじゃないかと思ったよ。」

「忘れるわけがないでしょう。動けない私にここぞとばかりに樽のお酒を呑ませたこと、忘れたとは言わさないわよ。」

私の言葉に、萃香はあははと軽く笑った。

こいつには、戦いのときよりもその後の宴会で酷い目にあわされた。

妖怪の山に攻め入ったというのに、鬼は豪気なものだった。天狗の反対を無理矢理押し切り、歓迎の宴会など開いたのだ。

まあ、あのとき私は精も根も尽き果てた状態で、暴れる気もなかったしね。敗者に選択権などあるわけもなく、「好きにしなさい」と承諾した。してしまった。

そこで大ハッスルしてくれたのがこの小鬼だった。

彼女は、「まあ挨拶だ」と言って私の口に酒の樽を突っ込んだ。しかも鬼の酒――並の妖怪ではそれだけで潰れるほどの酒を。

まともに動けなかった私は、なされるがままだった。死ぬ思いでそれを呑み干すと、追加の樽がやってくる。

こいつはそれ以上の酒を呑みながら、饒舌に語り続けた。やれお前ほど威勢のいい妖怪は見たことがないだの、やれ私の娘になれだの、色々言ってた気がする。

勿論、話してきた内容なんてこれっぽっちも覚えちゃいないわ。そんな余裕あるわけがなかったもの。

連日宴会に強制参加させられ、小鬼から大量の酒を呑まされる。おかげで私は、三日ももたず妖怪の山を後にした。

後にも先にもない屈辱の思い出だわ。

「まあ、そのことは酒に流して呑もうじゃないか。」

裏表のない鬼らしく、そんなことは何でもないと言わんばかりの様子だった。

まあ、別に私もいつまでも引きずっているというわけではないけれど。

「あなたのペースに付き合わされないならご一緒するわよ。女将さん、私にも八目鰻を頂戴な。」

「あいよー、ちょいとお待ちー。」

威勢のいい掛け声とともに、夜雀は手際よく八目鰻を焼きはじめた。なるほど、噂になるわけね。

「ひょっとしてあんた、ミスチーの屋台の話を聞いて来たのかい?」

「ここに来たのは偶然だけどね。噂だけなら、風に乗っていくらでも来ますもの。」

「ふーん、そいつぁ運が良かったね。ミスチーの焼き八目鰻は絶品だよ。」

「そんなにおだてるなよすいっち~。」

照れ笑いをする夜雀。どうやらこの二人、仲が良いみたいね。

私はそのことに関して「意外だ」という感想を持った。

短い付き合いだったけど、その中で感じた伊吹萃香の印象は、「強い者にしか興味を示さない」。

下っ端の鬼や天狗にも気さくに話しかけていたこいつだけど、それは体裁を気にしないという意味だ。決して彼らに興味を示していたわけではない。

彼女だけではなく、鬼は皆そんな感じだったかしらね。居れば一緒に騒ぐけど、いなければ別にそれで構わないといったスタンス。

だからこそ、鬼はあっさりと山の頂点というポジションを捨て、姿を隠したんでしょうね。

そんな鬼が、大妖とは程遠いただの夜雀とあだ名で呼び合う光景は、私の想像の外だった。

「長生きはしてみるものね。」

「そうさ、長生きしてりゃ酒と戦い以外の楽しみだって見付けられるもんだ。」

いつの間にやらこの小鬼は、酒を呑まない楽しみを見付けていたのね。

変わらぬ存在のようであっても、時は変化を生むという証明ね。

不変などこの世には存在しない。自由の体現者である博麗の巫女も、この地の要である神社も、あるいは幻想郷そのものも。

何もかもは変化する。だからこそ、私は今も変わらぬ風見幽香なのだ。

まあ、その辺りのことは今は関係のない、思考の気まぐれね。

頭の片隅にそんなことを思い浮かべながら、私は萃香と言葉遊びを交わしていた。

「はいお待ち。焼きたてのほやほやだよ。」

そうして時間を潰していると、程なくして夜雀が八目鰻を焼き上げた。

醤油のタレがかかった暖かな香りが食欲をそそる。「いただきます」と一言言って、私はそれを口に含んだ。

「あら、噂で聞いてたより美味しいわ。」

「あんたの聞く噂は味まで伝えるのかい。」

「そうよ。想像という満たされない味を伝えてくれるわ。けど、これはちゃんと私を満たしてくれる味ね。」

「そりゃ作ったかいがあるってもんだ。満足してもらえたようで何よりだよ。」

私に美味しいと言われて喜んだか、夜雀は笑顔を見せた。

そういえば、まだちゃんとした名前を聞いてなかったわね。

「私は風見幽香。あなたの名前は?」

「ミスティア=ローレライ。ミスチーでいいよ、ゆうかりん。」

「あなたの味も屋台の雰囲気も気に入ったけど、そのあだ名だけは絶対ごめんこうむるわ。」

某スキマババァみたいで嫌だわ。

私の断固とした拒否に、ミスティアは少々残念な顔をした。

あいにくと、私はあだ名で呼ぶ気もないし呼ばれる気もない。

名前は、それだけで十分過ぎるほどの意味を持つ。ならそれを歪める意味が何処にあるのかしら。

別に彼女らが親愛として呼び合うのは勝手だけど、私まで巻き込まないでもらいたい。

まあ、靈夢や霊夢が呼ぶなら、考えないでもないけどね。

「相変わらず気の強い奴だねぇ。気に入った、呑み比べしよう!」

「あなたのペースには付き合わないって言ってるでしょう。」

断る私だったが、萃香は「いいからいいから」と押してきた。本当にマイペースな小鬼ね。



・・・ふむ。

「なら、呑み比べじゃなくて力比べはどうかしら。弾幕ごっこが出来てから、あなたとやりあったことはないし。」

「そりゃ、随分長いこと会ってないからねぇ。それもまた面白いね。」

私はとある思いつきに萃香を誘い、戦い好きな鬼のこと、彼女は二つ返事で乗り気になっていた。

彼女の噂は、風に乗って聞いている。今は神社で厄介になっているはず。

ということは、例の居候――『優夢』のこともよく知っているはずだ。先日の人形遣いよりもずっと。

上手くやれば、更なる情報を聞きだせるかもしれない。そして、私はこの鬼に勝つだけの自信があった。

単純な力比べならわからないけど、私は弾幕ごっこが出来た当時から博麗の巫女の側にいた。なら、弾幕というルールの上で私が負けるはずはないでしょう?

「いいよ、やろうか。」

その事実を知ってか知らずか、萃香は腕をグルグルと回して意気込んでいた。

「そーいや、私すいっちの弾幕勝負見たことないんだよね。楽しみだわ。」

「へへ、私は強いよ。なんてったって鬼だもの。」

「それは結構だわ。あなたが弱いんじゃ寂しいもの。」

勝つのは私だけど、歯ごたえのある勝負がしたいものね。



かくして、私が屋台に入った瞬間から企んでいた勝負・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は、現実のものとなった。





***************





一暴れするために屋台の外に出る。幽香も続いて出てきて、私達の勝負を見たいというミスチーも『準備中』の看板を立てて出てきた。

幽香は自信たっぷりな様子だ。まあ、こいつの力はよく知っている。その自信も当たり前のものだと思うね。

腕力ならば負けることもないだろうけど、純粋な妖力に関して言えば、大昔の若りし頃で私と同等クラスだった。

きっと今はそれよりもさらに成長している。妖力だけで言ったら、紫でさえも凌ぐだろうね。

けどまあ、負ける気はない。弾幕勝負は『力』でやるものじゃないってのは、霊夢や魔理沙からしっかりと学んでいる。

もしこいつが私を力任せの一本調子だと思っているなら、その考えを正してやらないといけないね。

そういや、昔はこいつのことを養子にしようと思ってたんだっけ?酒の席での勢いで言っただけだけど、鬼は嘘を言わない。言ったならその通りにしなきゃね。

だというのにこいつは、山に来て三日目に忽然と消えたんだったね。よーく覚えてるよ。

その分も、しっかりと払ってもらおうか。

「準備はいいかい?言っとくけど、始めから全開で行くから油断してると死ぬよ。」

「あら、そう?だったら私は、殺さないように気をつけなくちゃね。ふふふ。」

減らず口を。だが、その威勢のよさは買った!!



「行くよ!!」

叫び、私は地を駆ける。それが戦闘開始の合図となり、幽香はふわりと宙に浮かぶ。

それに合わせて私も地を蹴り宙に浮かんだ。まずは小手調べ!!

「でりゃ!!」

その勢いのままに、一瞬で掌に"萃"めた妖力塊を投げつける。ダッシュの速度が加算された一発は、甲高い風切り音とともに幽香に迫った。

「そんな馬鹿正直な攻撃、大人しく喰らうと思って?」

だがその直線的な軌道はあっさりと見切られ、ほんの少し体の軸をずらすだけで回避される。

そうくると思ってたよ!

「爆ぜな!!」

「・・・なるほどね。」

私が指を弾くと、それに従って妖力弾は弾け散り、無数の小粒の弾となった。元々が高圧縮した妖力の塊だから、小粒とはいえ一発一発がそれなりの威力を持っている。

幽香は、さすがにそれらを一々かわすのはめんどくさかったか、大きく横に移動して弾幕の効果域から逃れた。

攻撃の手を休めず、さらに私は幽香に接近し。

「おりゃ!!」

至近距離から、妖力を爆発させる。確かな手ごたえを感じた。

が。

「大雑把な戦い方ねぇ。もう少し優雅に戦いましょうよ。」

その一撃は幽香が持っている日傘に遮られ、あっさりと防がれてしまった。

さすがは大妖。込められた妖力のために、日傘には傷一つついていない。軽く凹めるね。

「私は楽しい方が好きなんでね。好きなだけ動きまわって、好きなだけぶん投げるのさ。」

「あなたには弾幕ごっこより相撲の方があってるわね。」

かもね。けど、女に生まれたこの身なら、弾幕ごっこだって楽しむさ!!

「なら、私も弾幕を楽しまないとね。女の子ですもの。」

言って、今度は幽香が構えた。攻撃をしてくるか。

「そうさ、私を楽しませてくれよ!!」

熱く叫び、しっかりと幽香を見据えた。私がかわす番。神社の釜の飯を食ってる身として、見せてやろう。

幽香は、砲身のように構えた日傘の先から、花の形をした妖力弾を発射してきた。

その妖力の大きさに見合った大量の弾幕だった。こいつはかわすのに骨が折れる・・・が。

「ほっ!!」

私は霧化もせずに弾幕の中へと突っ込んでいった。この程度なら、霊夢のホーミング弾幕より易しい!

私と同じく一発一発に込められた力も強いが、当たらなければどうということはない。

「突破ァ!!」

神社で遊ぶうちに身に付いた回避技術をもって、私は花の嵐を傷一つなく突破した。



そこで己の失策に気付く。

「!? いない!!」

弾幕をかわすのに集中する余り、幽香への注意が完全におろそかになっていた。幽香の姿を見失ってしまった。

隙は見せないように注意していたが。

「くっ!!」

いつの間にか回り込まれていた。背後から撃たれ、被弾した。

「驚いたわ。まさかお得意の霧化もせずに馬鹿正直に弾幕に突っ込んでいくなんて。」

「いやー、私も回避できるんだってところを見せようと思ってね。」

「その結果喰らったんじゃ、お粗末よ。」

「違いない。」

カラカラと笑う。まあ、一発喰らっちゃったものは仕方ない。ここから取り返せばいいんだ。

「本当に相変わらずね。お調子者なところもそのまんま。」

「別にいいだろう?」

「まあね。」

なら、それでいいさ。

さてと、それじゃスペルといこうかね。ここからは、あんたも覚悟を決めた方がいい。

「鬼符『ミッシングパワー』!!」

宣言とともに、私は一瞬のうちに巨大化する。観戦していたミスチーから「すげー!?」と驚きの声が上がった。

「巨大化ねぇ。的が大きくなっただけじゃない。」

だが幽香は全く驚いた様子を見せず、無表情に弾幕を放ってきた。

そいつはちょっと早計って奴だね。

『どりゃ!!』

迫ってきた弾幕を、平手のみで打ち落とす。それだけでなく、その勢いのまま幽香にまで攻撃をしかけようとした。

「面倒くさいスペルねぇ。」

が、さすがに読まれていたか。幽香は既に私の手が届かないところまで逃れていた。

まあいいさ。一発でダメなら二発、それでもダメなら何発でも撃ってやる。

『さあ、あんたに私の百鬼夜行を止められるかな?』

「止められないとでも思って?」

いいね、それでこそあんただ!!

さらなる追撃をかけようと、歩を進める。『ミッシングパワー』の最大の欠点は、飛んで移動するだけのスペースがなくなるってことだ。

だがそんな欠点はこの巨体の前には関係ない。どうせ少し移動して手を伸ばせば、何処にでも届くんだから。

幽香は私の射程から逃れるべく、こちらを向きながら後ろ方向に飛んだ。飛びながら、こちらに向かっての射撃も忘れない。

それらは平手で打ち落とす。打ち漏らしがあっても、これだけ力を萃めた体には効果がない。

「本当に面倒くさいわね。並の妖怪なら10回は殺してお釣りが来る弾よ?」

『あいにくと私は並の妖怪とは程遠いのさ!』

不平を漏らす幽香の顔は、しかし薄く笑っていた。相も変らぬ余裕の表情。これを突破する手立てがあるとでも言うのかい。

面白い、やってみなよ!!

私は右腕に全力を込め、振りぬいた。衝撃波で少し離れた森の木々が激しく揺れる。

幽香はそれを避け、私の懐へともぐりこんできた。

一年前の宴会騒ぎのときの記憶が浮かぶ。優夢と戦ったときの記憶だ。

至近距離から一撃を加えて、萃めた妖力を霧散させようってのか。

だが、そいつは甘い。あれから改良が加えられたこのスペカは、そんなに簡単には破れない!!

予想通り、幽香は私の胴体に日傘の先を突き立ててきた。だがそれは、鋼の肉体の前にキィンという音とともに弾かれた。

「硬いわね。」

『鬼の体だからね、鉄より硬いよ。』

「それもそうね。」

当てが外れたというのに、幽香はなお余裕の様子だった。何か秘策でもあるのか?

「じゃあ、これも防いでみて頂戴な。」

言って幽香は、一枚のカードを取り出した。スペルカードか!!

そして宣言。

「幻符『月下美人』。」

それとともに、幽香の構えた日傘の先に、濃密な妖力が収束していった。

・・・これは、似た技を見た覚えがある。あれは確か、魔理沙の十八番の・・・!!

私がそれに思い至った瞬間。



信じられない太さの極太レーザーが、私の全身を貫いた。

さすがにその一撃は耐え切れず、私の術は解けてしまう。スペルブレイク。

「・・・驚いたね。あんたも使うのかい、『マスタースパーク』。」

「私の方が本家本元よ。あの子は私のこれを見て、道具を使って再現したの。」

なるほど、通りで威力が段違いなわけだ。

こいつの放った今の一撃は、魔理沙の『マスタースパーク』よりもはるかに強烈だった。でなければ、一撃で『ミッシングパワー』が破られるはずがない。

それにしても、こいつ魔理沙と知り合いだったのか。人の縁とは奇なるものだね。

こりゃ、勝負が終わったら酒の肴にその辺りのこと、洗いざらいしゃべってもらおうかね。

スペルを破られた私は、それでも怯むことは全くせず、再び幽香に向けて突進をかけた。





***************





本当に、あの頃と全く変わらず厄介な奴だわ。

スペルカードを一枚使用し、私はそう感想を持った。正直なところ、今の萃香のスペルは私にも手ごわかった。

穴を開けてやれば妖気が霧散するということは想像がついたけど、そのために必要な威力も馬鹿にならなかった。

攻撃力の乏しい妖怪では全く歯が立たず、落とされるだけでしょうね。

幻符『月下美人』。私の持つスペルの中で、特に威力に特化した一撃。悪霊の弟子が憧れて習得した元祖の技であるコレでなければ、突破は出来なかっただろう。

こいつと戦うのは、やっぱり割に合わない。だからこそ戦う価値があるというものだわ。

表面はただ微笑みを浮かべながら、心の中は未熟だったあの頃みたいに、熱く高揚していた。

萃香は、今度は己の肉体で接近してきた。先程までの弾幕勝負とは一転、拳や足での攻撃を繰り出してくる。

あれに当たってもルール上スペルブレイクにはならないんだけど。

「鬼の力でこれは、反則ね。」

「まあまあ、そう堅いこと言いなさんなって。あんたを信頼してやってんだから、さ!!」

ボッという空気を弾き飛ばす音とともに拳が突き出される。それを日傘の柄で受け流す。

攻撃には一切の遠慮がなかった。当たればその一撃だけで骨が砕けるだろう。体で受けるわけにはいかない。

彼女の言葉通り、私が喰らわないとわかっているからやっているんでしょうね。つまりこれは、牽制攻撃。

私のスペルはまだ続いている。極光の一撃を放たせないために、こうして近距離戦に持ち込んでいるってことね。

けど。

「甘いわ。」

「のえ!?」

私は零距離から、構わず極太の光を放った。放出までの一瞬で、萃香は回避し難を逃れた。

光は、ただ大地を深く蹂躙するだけに終わった。

「あっぶなー。この距離からでも撃てるのかい。」

「当然、その程度のコントロールはできてよ。」

あの子じゃこんな真似はできないでしょうけど。どうやら予想外だったみたいね。

「けど、放出までに溜めがあるのは魔理沙と変わらないね。その一瞬は命取りだよ。」

ニヤリと笑いながら萃香は言う。まあ、普通はそう考えるでしょうね。

「それはどうかしら。」

けれどお生憎様、私は『最強の妖怪』なのよ。

私は日傘の先を萃香に向け、その先端から花型に整形した妖力弾を放つ。

先ほどのように弾幕の中へと潜り込み、回避行動を始める。

それを見て、私は『一瞬』で妖力のチャージを完了させ。

「なっ!?」

三度極太の砲撃を撃ち放った。

確かにあなたレベル相手に一瞬は命取りでしょうけど、こういう使い方なら問題はないでしょう?

勿論、弾幕を撃ちながら砲撃をするなど生半可なことではない。私の妖力だから可能な技だ。

光は今度こそ萃香を飲み込んだ。

「・・・外したわね。ようやく本気?」

『まあね。流石に俄仕込みの回避じゃあんたには通用しないみたいだから、ここからは出し惜しみしないよ。』

光が収まるよりも先に、私の背後に『霧』が集まる。自分を"疎"くして逃げたみたいだ。

私は前に飛び、振り返る。萃香はちょうど実体化し、スペルカードを構えているところだった。

「『百万鬼夜行』!!」

宣言し、彼女に向けて大気中に霊力が"萃"まり始めた。

彼女の周りに壁が形成され、その壁の表面から"萃"まった霊力が弾幕となって打ち出され始める。疎と密を操る彼女らしい攻撃ね。

無作為に放たれる弾幕を、私は回避する。狙いも何もないその攻撃は、容易くかわすことができた。

しかしあまり時間をかけてもまずいわね。今もなお、彼女に向けて霊力が"萃"まり続けている。放っておいたら、そのうち逃げ場が全くないほどの弾で埋め尽くされるでしょうね。

私は日傘の先を彼女に向け、『月下美人』を再度撃つ。

大地すらも容易く穿つその極光は、しかし彼女の張った壁により遮られてしまう。

どうやら先ほどの言葉通り、出し惜しみはしていないようだ。恐ろしいほどの防御力ね。

一応出力を上げれば破れそうなものだけど・・・さすがにそれは疲れるし、何よりその隙を見逃してはくれないでしょうね。

やれやれと、私は軽くため息をついた。

「どうした、もう終わりかい!!」

萃香が威勢良く叫ぶ。そうね、そろそろ終わりにしましょうか。

「あなたの敗北という形でね。」

私は後ろに引くのではなく、あえて密度を増していく弾幕の嵐の中へと飛び込んだ。「ほう!!」という萃香の感嘆の声が聞こえた。

あなたに見せてあげるわ。これが本当の『回避』というものよ。

私は迫りくる色とりどりの弾幕を、全て紙一重で回避した。ときにそれは服を掠めることがあったが、一切構わず。

そして私は、壁の眼前までたどり着き。

「・・・ふっ!!」

日傘の先端を、思い切り壁に突き立てた。

既に『月下美人』がチャージされた日傘は、激しい手ごたえとともに壁を貫通した。

「これの内側なら、通るでしょ?」

砲身が彼女の領域の内側に入ると同時、私は妖力を解放した。日傘から溢れた妖力が、まばゆい輝きを放つ。

それを見て萃香は、何故かニカッと笑った。

「やっぱあんた、面白いわ。」

そして、そう一言だけ言った。

・・・この勝負は私の勝ちだけど、こいつに『敵う』ようになるまではまだまだかかりそうね。



極大の光が彼女を飲み込みながら、私はそんな感慨を覚えた。





「ってて、もうちょっと手加減してくれても良かったんじゃないかなぁ。」

勝負は私の勝利ということで決着し、私達は夜雀の屋台へと戻ってきていた。

萃香は、私の砲撃にまともに飲み込まれたため、全身に擦り傷を負っていた。擦り傷で済むというのが非常識な話だけど。

「あなた相手に手加減をするほど自惚れてはいないわ。身の程はわきまえていますもの。」

「自称『最強の妖怪』が言うねぇ。」

否定はしないわ。今でも言い続けていることだし。

「やー、二人ともつっっっっっよいねぇ。私にゃとても着いていけん。」

勝負の一部始終を見ていたミスティアはやたらと感動していた。このぐらいハイレベルな戦いは初めて見たんでしょうね。

「どーだいミスチー、見直したかい?」

「見直した見直した。すいっちが男だったら、私ゃ間違いなく惚れてるね。」

「何だいそりゃ」と言って、萃香はミスティアとともにわっはっはと笑った。

なるほど、彼女はこういう性格なのね。どおりで萃香が気に入るわけだわ。

ミスティアは、萃香と私の力の大きさを知ったからと言って態度を変えるようなことをしなかった。ただの妖怪が、裏表なく私達に接しているのだ。

私もそういう性格は嫌いじゃない。むしろ好きな部類ね。

「ゆうかりんもねー。これは私のおごりさ、いいもん見せてくれたお礼だよ。」

「ありがたくいただくけど、あだ名は断ったはずよ。虐めるわよ。」

ただし、あだ名で呼ぶのだけは勘弁してもらいたいものだわ。

私の返答に、ミスティアは「ちぇー」と口を尖らせた。

「おいおい、私の前でミスティアを虐めるなよ?あんたと言えど、それは許せないね。」

「半分は冗談よ。あだ名で呼び続けるなら冗談じゃなくなるけど。」

「しょうがないね。わかったよ、幽香。」

それでいい。

「そうそう萃香。勝負は私の勝ちだったんだから、お願いを一個聞いてもらってもいいかしら。」

「おん?ああ、そうだね。いいよ、あんたの頼みなら大体は聞いてやる。」

それは心強いわ。

「実は私、神社の居候についての情報を集めているのよ。」

「私?・・・じゃないね、優夢のことか。」

「そう。『優夢』という彼についてね。あなたが最近神社に居つくようになったという話は聞いてるわ。あなたなら、色々知ってるんでしょう?」

「まあ、ね。けど何だってあんたが優夢について知りたいんだい?」

「姪の身を心配するのは、当然のことでしょう?」

私の言葉に、萃香ははてなを浮かべた。ちなみにミスティアは始めから着いていけていないようで、我関せずと陽気に歌っていた。

・・・本当にあの子ったら、私のことを全く話していないのね。

「いいわ。まずはそこから話しましょう。」

やれやれとは思いつつ、私は人形遣いにしたのと全く同じ説明を始めた。



「・・・ふぅん、靈夢の知り合いでもあったのかい。あんたも随分前から博麗と関係してるもんだね。」

彼女は、アリスよりは霊夢の家庭事情に詳しかった。靈夢とも面識があるようだ。

「なるほど、それならあんたが優夢について知りたいのは納得だね。」

「理解してもらえて何よりだわ。」

これは好感触ね。彼女ならば、アリスよりも深く彼について教えてくれそうだ。

「けど、それはいらんお節介って奴じゃないかね。霊夢も納得して優夢を神社に置いてるんだ。あんたが口出しすることじゃない。」

そう思ったんだけど、萃香から帰ってきたのはそっけない返事だった。

「かもしれないわね。けど、姪の無事を確認できないことには安心できないでしょう?」

「そういう心配は親の義務だと、私は思うけどねぇ。」

「おっと、あんたは親じゃなかったか」と、萃香はカラカラと笑った。のらりくらりとかわされてるわね。

「それに、優夢の性格なら安心だし、霊夢の安全も保証できる。あいつ以上に博麗を任せて安心できる奴はないよ。」

「結局、『優夢』については教えてもらえないのね。残念だわ。」

「いいや、教えてやるよ。鬼は嘘をつかない。だから約束を反故にすることもないよ。・・・ただね。」

そこで言葉を切り、萃香は目を細めて、鋭く言った。



「親友の身を、易々と売る気はないのさ。」



同じだ。アリスのときと同じ。彼のためならば、本気も辞さないという覚悟。それが言葉から痛いほどに伝わってきた。

「・・・降参。あなたに誓うわ。『優夢』に対して、害を成す真似は絶対にしないと。」

「そいつを聞いて安心した。あんたは私達と同じで嘘が嫌いだ。あんたを信頼するよ、風見幽香。」

本当にやれやれね。何処まで見透かされたかわからないけど、これでもしものとき『優夢』を強制的に排除することは出来なくなってしまったわ。

まあ、それならそれで別にいい。彼が信頼に足る人物であれば、それでいいのだから。

しかし、これで『優夢』の正体からまた一歩遠ざかってしまったわね。本当に、彼は一体何者なのかしら。

「私から教えられるのは、そうだね。優夢の性格や戦闘力、あと仕事ぐらいかな。」

「それでいいわ。教えて頂戴。」

「よしきた。」

そして私は、萃香から『優夢』に関する情報を聞き出した。



それにしても。

私は萃香の話を聞きながら、頭の片隅で思考した。

プライドの塊の魔界人だけでなく、強大な鬼さえも仲間に引き込んでしまう『優夢』――『名無優夢』という存在は、一体何なんだろう。

それは最早、人間的魅力という言葉では片付けられない。博麗の巫女と同じく、人間でありながら人間離れした何かの成せる技だ。

それが一体何なのか。想像が浮かんでは消え、私の中の幻想は大きくなっていくばかりだった。

今回の『花の異変』は、本当に楽しいものね。

私は萃香の語るエピソードに笑いながら、深くなった楽しみに笑みを浮かべた。



その日は一日中萃香の話に付き合い、ミスティアの屋台で夜を過ごすことになった。



・・・あいつとは、二度と一緒に呑みたくないわ。うっぷ・・・。





+++この物語は、大妖怪と小鬼が再開し何故かバトる、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



ふらりと立ち寄った大妖怪:風見幽香

そうしたら旧い知人である萃香がいたので、0.6秒で作戦を考え出した切れ者。さすがは大妖怪。

オリジナルスペカ・幻符『月下美人』は元祖『マスタースパーク』。魔理沙と違って連射できる上に、まだ上があるんだとか。マジパネェ。

酒は決して弱くはないが、萃香のペースで呑まされるのは無理。

能力:花を操る程度の能力

スペルカード:花符『幻想郷の開花』、幻想『花鳥風月、嘯風弄月』など



夜雀の飲み友達:伊吹萃香

たびたび『珍々亭』に来ては馬鹿騒ぎをし、訪れた客に接待したりして、実は営業に相当貢献していたりする。

今回は全力を出したが、本気の本気は出していない。殺し合いではなく弾幕ごっこだったのだから。

見た目は幽香の方が年上だが、実際は彼女の方が年上という謎状態。

能力:疎と密を操る程度の能力

スペルカード:鬼符『ミッシングパワー』、『百万鬼夜行』など



→To Be Continued...



[24989] 四章六話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:55
夜雀の屋台を後にし、二日ほどはまともに動けなかった。1000年前の悪夢の再来ね。

二日間、あまり動かず木陰でじっとし、時に身の程を弁えない妖怪を痛い目にあわせながら、回復するのを待った。

そのおかげもあって、二日後には全快していた。

動けるようになった私は当初の予定通り、宛てもない幻想郷散策を再開した。

それから三日ほど。幻想郷をぐるりと大回りし、私は迷いの竹林へとたどり着いた。

噂では、ここの奥には腕のいい医者が住んでいるのだとか。古くから幻想郷にいたのだけど、最近になって開業医を始めたらしい。

真偽のほどはわからないけれど、もし真実だったとしたらどういう心境の変化かしらね。それはつまり、交流を絶っていた者が突然人前に現れたということなのだから。

変わらぬ者はない。永遠でさえ、永遠でありながら変化する。

この間の山鬼と夜雀の宴会で浮かんだ瑣末な考えが再び浮かぶ。

――ひょっとしたら、幻想郷は今大きな変化の時期を迎えているのかもしれない。善くか悪くかはわからないけれど。

まあ、その辺りのことは紫が勝手に画策していることでしょう。私には関係のないことだわ。

思考を割り切り、私は改めて眼前の視界に意識を向けた。

絶景、という言葉は、こういうときに使うものだ。

竹は滅多に花を咲かせない。そして咲かせれば枯れる。だから竹の開花というのは、そうそう見られるものではない。『花の異変』だとて、毎回咲かせるわけじゃない。

それが今回は見事に満開十分咲き。私も初めて見る光景だった。

白から紅の淡い花を見つめながら、私は恍惚のため息をついた。

しばらくはこの竹林の中で過ごそうと思い、細い道へと歩みを進めた。

迷いの竹林。入った者を迷わせ出られなくする魔性の植物。しかし花を操る私には、恐怖が起きるはずもなかった。



「まあ、迷いはするけどね。」

入って半刻もしないうちに、完全に方向感覚を失った。竹は見分けがつきにくいから、進んでるうちに真っ直ぐなのか曲がっているのか分からなくなる。

それを分かっててあえてここに入ったのだから、悲嘆も文句もありようがない。

中から見る竹林は、外にも増して見事なものだった。上を見上げれば、紅白のアーチが広がっていた。

紅白といえば博麗の巫女の色ね。あの子達は今頃どうしているかしら。

山鬼――伊吹萃香との勝負に勝って聞き出せた情報の限りだと、『名無優夢』は神社の家事一切の実権を握っているそうだ。

彼女の話では彼の家事の腕前は見事だそうだけど、はてさて実際はいかがなものか。

まあ、料理の腕だけは間違いなくいいんでしょうね。あの夜雀の『師匠』だそうだから。

だから霊夢が食いっぱぐれることはないでしょうけど。意地悪されてないといいわね。

あ、でも意地悪されて涙目になる霊夢も可愛いかも。あの子が赤ん坊の時なんてそれはもう・・・。

ああでも、やっぱり私以外の誰かに意地悪されるのは気に食わないわね。もしそんなことになっていたら、『優夢』にはお仕置きをしなきゃ。

竹の花から連想ゲームで思考を千々に散らせ、私はなお竹林の奥へと進んで行った。



ところで、竹林に入ってからずっと違和感を感じている。何と言えばいいかしら。

『事実を曲げられている』とでも表現するような違和感を、竹林に足を踏み入れた瞬間から感じ続けていた。

論理結界か、あるいは幻術か。どちらにしろあまり友好的なものではないわね。

迷っているだけでなく、右と左の区別がつかないのはそのせいもあるだろう。竹林の複雑な単純さも相まって、脱出するのは事実上不可能と考えてもいい。

だからどうというわけもないけど。最初から私の意思は変わらず、ただ竹林を楽しむだけ。

それにもしここから抜け出したくなったら、元凶となっている者を懲らしめてやればいいのだから。

問題は何もなく、私はただ歩き続け、花を愛でる。





***************





私は竹林を駆け回りながら、苛立ちを抑えられなかった。

「全くてゐの奴っ!!」

思わず言葉になる。そのぐらいイライラしていた。

私が何をしているかというと、そのてゐを探しているのだ。あの子の奔放っぷりには参らされる。

ここのところ、竹林は竹の花で満開になっていた。

竹の花は滅多に咲かない。大体60~120年に一度ぐらいだから、これは極めて珍しいことだ。

そのため竹林に居を構える私達永遠亭は、毎日のように宴会を開いている。姫様や師匠、兎達と、永遠亭に住む全員での大宴会だ。

当然終った後には片付けがあるし、散った花びらの掃除もある。今はまさにその時間だ。

だというのにてゐは、兎の統括もあるというのに、『ちょっと外の様子も見てくるよ』と言って勝手に出て行った。

当然私は引き止めるつもりだったんだけど、逃げるてゐを追おうとした瞬間足元が抜けた。要するに落とし穴だ。しかもご丁寧にとりもちまで敷いて。

罠にかかった私を見ててゐは爆笑し、怒った私が穴から抜け出る前にスタコラサッサといなくなってしまった。

そしてそのことを師匠に報告したら、何故か私が怒られるし。監督不行き届きだとかで。

師匠にてゐの連れ戻しを命令され、永遠亭の兎の一匹(雄でかなり真面目な珍しい奴)に現場を任せ、こうして竹林を駆け回っている。

思わずてゐを罵りたくなるのも仕方がないわ。何で私ばっかりこんな目にあうのよ!

とりあえず、てゐを逃がさないように竹林全体の波長を捩曲げてるけど・・・あの子の場合、『運の良さ』で普通に脱出しそうなのよね。

何であの子はあの性格であんなに運がいいのよ。憎まれっ子世に憚るってやつなの?

色々と納得が行かず、私はただただイライラを募らせるしかなかった。

紅白の竹の花を掻き分け、とにかく先へ先へと進む。そうしていれば、少しは苛立ちも紛れた。

こんな生活を続けてたら、いずれ胃に穴が空きそうだわ。師匠なら一瞬で治しそうだけど。

この前姫様に見せてもらった漫画じゃないけど、『死にたいと思っても死ねないので、そのうち考えるのをやめた』になりそうだ。冗談抜きで。

本当に、何処かで癒しがほしいところだわ・・・。



――・・・・・・・・・だからそこで何で優夢の顔が浮かぶのよ、私。

そりゃ、確かに優夢は名前の通り優しいし、本質に違わず安らぐと思うわよ。だけど何だって彼なのよ。

忘れてはいけない。彼がやったことを。彼が私達にしたことを。

その事実を水に流す気はないし、彼自身もなかったことにするのを望んでない。

もう危険はないことは分かっているし、彼と交流を取ることに反対する気もない。

けど、あった事実だけは絶対に否定しちゃいけない。だから、彼の能力に甘えることを、私は良しとしない。

――心の奥底ではわかっている『本当の理由』からは目を背けた。それもまた納得がいかないんだもの。

ともかく頭に浮かんだその顔を思考から追いやる。今はてゐよ。

竹林中を捜し回って、どうやらてゐはここにはいないらしいことがわかった。本当にすばしっこい奴。

ならこれ以上ここの波長を弄る必要はない。私は気が重くなりため息をつき、能力を解除――――



「見ーつけた。」



瞬間、背筋にこれ以上ない悪寒が走り、私は前方に転がった。

直後、私のいたところの地面が爆ぜる。あのまま突っ立ってたら、私が吹き飛ばされていた。

土煙が上がり、それが晴れると、底が見えないほどの穴が地面に穿たれていた。

体が震えた。喰らってたら、命はなかった・・・!!

「誰ッ!?」

怖気を無理矢理押さえ付け、私は誰何の声を張り上げた。

土煙の向こう側から、緑髪赤眼の日傘を差した美女が、ゆっくりと現れてきた。

・・・人間ではない、妖怪だと一目でわかった。それだけ尋常ではない妖力を、彼女は纏っていた。

「風見幽香。」

そいつは、私を見てそう言葉を発した。

「・・・はっ?」

意味がわからず、意味のない音が口から漏れた。

「風見幽香。私の名前よ。『誰』、と聞いたでしょう?」

「は、はぁ・・・。」

相手の意図が理解できない。いきなり何なのよこいつは。

「こちらが名乗ったのだから、あなたも名乗るべきではなくって?兎さん。」

「・・・鈴仙=優曇華院=イナバ。」

「長い名前ね、優曇華院と呼ぶことにしましょう。」

別にどう呼ばれようと構わないけど、あえてそこを選ぶか。

全くの予断だが、私は自分に与えられた三つの名前の中で、真ん中が一番苦手だ。

優曇華つきのはな』だなんて大層なものではないし、響きが微妙で弄られやすい。

イナバだとてゐとごっちゃになるから、たいていは一番上の『鈴仙』で呼ばれることになる。

なのにわざわざそれを選ぶとは・・・こいつ、わかっててやってるのかしら。

救いと言えば省略してこないことか。『うどん』と呼ばれるのは我慢できない。

「あなたね、竹林を歪めていたのは。」

女――風見幽香は、いきなり本題に入ってきた。

・・・なるほど、こいつは竹林で迷ってたのね。それで、原因である私に攻撃してきたと。

「確かにそうだけど、悪意じゃないわ。うちの兎が一匹逃げたから、竹林から出られないように波長を曲げたのよ。」

「あらそう。まあ理由なんてどうでもいいわ。」

じゃあ、何よ。

「滅多に見られない竹の大開花なのに、変な違和感で花見の邪魔をされてはつまらないのよ。」

「こんなところに花見に来るなんて、変わった奴ね。」

ここは妖怪でさえ迷う。だから誰も近づかないというのに。

「けど、それは悪いことをしたわね。あの子は竹林を抜け出しちゃったみたいだし、今すぐ術は解除するわ。」

「別にどっちだっていいわよ。どっちにしたって、あなたを虐めることは決定事項だから。」

・・・さらりと不吉なこと言ったわね、こいつ。

「何でよ。私は術を解くって言ってるのよ。争う理由がないじゃない。」

「勘違いが三つあるようだから言っておくわ。まず一つは、私達が見ず知らずの他人同士だということ。そんな妖怪の言葉を鵜呑みにできると思うかしら。」

まあ、確かに疑うのが普通ね。私ならそうする。

「もう一つ。私とあなたじゃ勝負にはならない。一方的な虐待になるだけよ。」

「そんなこと、やってみなければわからないでしょ。」

この女の不遜な態度にイラッときた。つい売り言葉に買い言葉を発してしまう。

風見幽香はクスクスと笑った。

「そして最後に。私があなたを虐めるのは波長を歪めてたからではなく、私の目に止まったからよ。」

決定。こいつはロクでもないだけの危険な妖怪だ。

判断するや否や、私の手は銃の形を作り、指先から赤の魔弾を放っていた。

風見幽香はそれを見て、ゆっくりとした動作で横にずれた。

あるいはゆっくりに見えただけなのか。抜き撃ちで放った速射弾は、たったそれだけでかわされた。

こいつ・・・できる。

「あらあら、ケンカっ早い兎ね。これだから獣は野蛮で困るわ。」

「先にケンカを売ってきたのはそっちでしょうが。いいわ、そっちがその気なら、私はあなたを竹林から追い出すだけよ!」

感じた戦慄に呑まれぬように、私は声を張って狂気の瞳を行使した。

私の真紅の瞳のような赤い錯覚が、私達のいる場所を満たす。これでこいつは私の幻覚からは逃れられない。

「中々の力ね。ふふ、一方的な蹂躙よりは楽しめそうね。」

だというのに、風見幽香は初めから変わらぬ微笑みを浮かべ続けるだけだった。

余裕を後悔させてやる、とは言えなかった。だってただ微笑んで立っているだけなのに、私の狂気が押し負けそうな凶気を、あいつは放っていたから。

・・・負けるものか!

「行くわよ!!」

「来なさい。遊んであげるわ、偽兎。」

私は地を蹴り、指先から銃弾を発射しながら空中を疾走した。

――誰が偽兎よ!

叫びは心の中に押し止めながら。





***************





竹林を歩いていると、激しく動き回っている存在があることに気付いた。

どうやら歪みはその動いているものから出ているらしく、私はそちらに向かった。

そこには一匹の兎妖怪がいた。真紅の瞳を持った、穢れの薄い兎。

一目見た瞬間、私の中に電撃が走った。「こいつは虐めがいのある奴だ」と直感的に理解した。

それが歪みの原因だとかは、その瞬間には既にどうでもよくなっていた。そして、迷いなくその娘に攻撃をしかけた。

驚いたことに、その兎は見た目の弱々しさとは裏腹に、私の攻撃にちゃんと反応した。先制攻撃もしてきた。

どうやら、無抵抗の弱者を虐めるのではなく、戦える私よりも弱いある程度の強者を虐められるらしい。こんなに楽しいことはないわね。

私は自然と笑みが深くなるのを自覚した。

「っ余裕そうね!!」

現在進行形で座薬型の弾幕を乱射している兎――優曇華院が、空中を滑りながら叫ぶ。どうやら彼女にはそのように見えたようだ。

まあ、実際のところ回避にそこまでの苦労はしていないんだけど。

彼女が撃ってくる弾幕は、幻覚よって軌道が曲がって見えてはいるものの、真実はただの直射弾。それさえ分かっていれば、回避するのにさほどの労力は必要ない。

もうちょっと難易度を上げてもらった方が楽しいわね。

「そうね。この程度ならそこらの妖精の方が面白みのある弾を撃つわ。」

だから挑発してみる。そしてこの兎は単純らしく、私の挑発に引っかかってくれた。

「なら、本当にそうか試してみなさい!!」

そう吐き捨て、優曇華院は弾幕の密度を濃くしてきた。

隙間無くびっしりと埋め尽くされた弾は、幻覚によってそれこそ隙間がないように見えた。

けれど実際にはわずかな隙間があることを、古強者の私には肌で感じ取れる。

そのわずかな隙間に、私は目を閉じて飛び込んだ。

「なッ!?」

弾が触れるか触れないかのすれすれで、肌でそれを感じ取りかわす。私には見ることは敵わないけれど、かつてそれを見た友人は「幽香は弾幕の中で踊る」と評した。

数秒の暗闇。目を開けば、全ての弾幕は私の後ろにあった。

「で?もう終わり?」

ニッコリと微笑み、日傘を構える。「終わりならこちらから行くわよ」という脅迫を込めて。

「ッッ!化け物め!!」

化け物は酷いわ。こんなうら若き乙女をつかまえて。

優曇華院は後ろに飛び私との距離を取りながら、スペルカードを一枚取り出した。

「波符『月面波紋 -ルナウェーブ-』!!」

宣言。彼女を中心に霊撃の波が広がる――。

いや、違う。これは霊撃じゃない。これは霊撃に見せかけた弾幕か!

言うなればこれは、弾幕式の抜き撃ち。宣言と同時に弾幕を張ることで、相手の不意をつくという戦法か。

獣にしては中々考えているわね。だけど。

「奇策を講じるなら、もっと凝らなくてはね。」

結局撃たれた弾幕は先程と同じ直射弾。確かに意表は突かれたけど、ただそれだけ。次にはつながらない。

私は先程と同じ、紙一重の回避で弾を正確にかわす。そして反撃に花型の妖力弾を優曇華院向けて解き放った。

が。

「幻ですって?」

私の弾が貫いたそれは、彼女の姿を映しただけの虚像だった。確かに妖力も気配も感じるのに、それはただの映像。

どうやら彼女は幻術の腕は弾幕よりもはるかに高いらしい。

「とった!!」

後ろから声。それと共に、先ほどのばら撒きとは比較にならない力が放たれる。

振り向くと、私の眼前には赤い魔弾が迫っていた。その向こう側で、兎が勝ち誇った顔をしている。

・・・甘いわね。

私は右手を日傘から離し、魔弾をその右手で受け止めた。触れると同時、弾丸は爆発し赤い光を放った。

ふむ、ちょっと手が痺れたわね。

「力はまずまずってところかしら。けど使い方が下手すぎるわ。」

「・・・あなた、一体何なのよ。」

余程自信のあった一発だったのか、彼女は防がれたという事実に放心しているようだった。

この程度で驚いてるんじゃ、この先の私のスペルには耐えられないかもね。

「まあ、一発は一発。私もルールに則って、スペルを使わせてもらうわね。」

その一言で我に返り、優曇華院は大きく後ろに飛びのいた。

ちょこまかした彼女の姿が、まさに逃げる兎のように滑稽で、私はクスリと笑った。

「花符『四季の風花』。」

せっかくの弾幕ごっこ、楽しませてもらうわよ。





***************





私の渾身の一撃をたったの腕一本で防いだ怪物は、スペルカードを宣言した。

怪物――こいつを形容するにはこの言葉以外思い浮かばなかった。

無論見た目は幻想郷の他の妖怪達と同じく、所謂『妖怪然』としたものではない人型。人の世の進化に着いていった力ある妖怪の姿をしている。

しかしその力が妖怪の範疇では考えられない。今の一撃を正面から受けて全くの無傷なんてありえない。

最初に相対したときに感じたこいつから溢れた妖力。濃密で息苦しささえ感じるあれでさえ、力のごくごくほんの一部なのか。

まさに危険人物だ。ここで食い止めて追い返さなければ。

気を抜いたらやられる。私は一瞬呆けた自身に喝を入れて、よりいっそう集中を増して風見幽香を見た。

風見幽香の周りには、宣言と同時に四つの『花』が出現していた。赤、青、黄、緑と四色の花。

それらは風に揺れるかのように、ゆらゆらと漂っているだけだった。が、油断はできない。あそこから一体どんな凶悪な攻撃が飛び出してくるかわかったものじゃない。

「来ないの?チャンスよ。」

誰が行くものか。今行ったらどう考えたって的になるだけじゃない。

「さっきこっちが攻撃してたときは、あなたは見てるだけだったでしょう。」

「まあ、フェアプレーを心掛けてるのね。嬉しいわ。」

クスクスと笑いながら絶対に思っていないと断言できる言葉を吐いてくる。しゃべるとあっちのペースだ、黙っておく。

「それじゃあ、さっき私がやってみせたみたいにかわしてみなさい。」

攻撃宣言。すると、宛てもなく漂っていただけの花々の三つが、いっせいにこちらを向いてきた。来る!!

私の予想に違わず、三つ――赤、青、黄の花のうち、青い花から弾幕が放たれた。・・・ゆっくりと。

その花から撃たれた弾は、数こそ尋常ではなかったけど、あまりにも遅かった。あれならかわせないことはないだろう。

これは、なめられているのかしら?まあそれならそれで別にいい。油断してくれるならそれだけこちらの勝率が上がる。

青から放たれた白い弾幕は、ようやく私の近くまでたどりついた。

私がそれをかわそうと移動を開始した瞬間、赤が私に向けて真っ直ぐ弾を発射する。

――速い!?

それは青から出た弾とは比較にならないほど速かった。鏃のような形の橙色の弾は、あっという間に白弾を抜き私に迫る。

「くっ!性格の悪い弾幕を!!」

「計画的と言ってほしいわね。ほら、次が行くわよ。」

橙と白が入り乱れる弾幕をかわす私に、今度は緑の花そのものが襲ってきた。

花は高速で回転しており、触れた弾幕を切断・粉砕しながら突き進んでいる。

あれにだけは絶対触れてはいけない。私は弾に衝突するのを覚悟した上で、大きく飛びのいた。

幸い掠りはしたものの、被弾なく回避することができた。

「恐れたわね。」

安堵する私の様子を見て、風見幽香は薄く笑った。

それが何故かとても気持ち悪く――ゾクリと背筋に寒気が走る。私は本能的に後ろに大きく飛んだ。



その瞬間、頭上から巨大なレーザーが降ってきた。黄の花がいつの間にか私の頭上に来ていたのだ。

ギリギリ効果域から逃れることには成功したが、強烈な衝撃波で竹に強かに打ち付けられた。

「ぐっ!!」

「初撃から思っていたけど、危険から逃げるのは中々ね。草食動物の本能ってやつかしら。」

遠隔であれだけの砲撃を放ったというのに、妖怪は涼しげな顔で独り言のように言った。

『フェアプレー』のつもりなのか、それとも私をなぶり殺しにするつもりなのか、風見幽香は私が立ち上がるまで律儀に待った。

私が再び宙に浮かぶと、奴はまた四つの花を出現させた。さっきは気付かなかったけど、あの花自体が強烈な妖気を放っている。

あれだけの攻撃を放ち、二撃目を準備し、それでなお平然としていられるものなのか。そういえば出会い頭に大地を穿つほどの攻撃をしてきたから、それも含めれば三発か。

桁外れな妖力だ。とんでもない奴に目をつけられてしまったと、今さらながらに嘆く。

・・・そんなことをしたって、状況は全く変わらないけれどね。

「もうちょっとだけ待ってあげるから、その間に動けるようになりなさいな。このスペルがどういうものかはもうわかったでしょう?」

「・・・ご親切に。」

「淑女の嗜みよ。」

クスクスと笑う風見幽香。決して優しさではなく、わかっててもかわし切れないということがわかっているからだろう。

波長をずらしたところで、さっきの砲撃を撃たれたら、幻覚もろとも消し飛ばされる。あれだけの密度の弾幕を展開されたら、まぐれで二度も三度もはかわせないだろう。

完全に詰みだった。

「さあ。せっかくの弾幕ごっこなのだから、あなたも楽しみなさい。」

風見幽香はそう言って、青の花から再び白弾を放ち始めた。

彼女は強者の自信に満ち充ちており、優雅であり、己の勝利を毛ほども疑っていないようだった。

それは当然だ。だって彼女にはそれだけの力がある。私と彼女の間には、それだけの力の差がある。

何とか立ち上がることは出来たけど、私の心は既に折れていた。



なのに何故か、私の体は勝手に弾幕をかわしていた。

そのことに、私自身が驚いていた。

もう喰らって落ちた方が楽だ。あれは天災みたいなものだから、死んだふりをしてやり過ごそうって、そう思ったはずなのに。

戦意はとっくに失ったはずなのに、私は戦っていた。

風見幽香が大規模砲撃を放つ。衝撃波にあおられながら、それでも私はしっかりと狙いをつけ、速射の一撃を放った。

意外な一撃だったのか、彼女は回避もせずにまともに喰らった。スペルブレイクだ。

「・・・やるじゃない。」

凄みのある笑顔で、奴は私に言った。私に向けて、しっかりと。

まだ、終わってない。私はまだ戦えるんだ。

自分でも驚いて呆れるほどのタフさだった。肉体も、精神も。

何でだろうと疑問に思い、・・・ほどなく解を得た。

――ああ、なんだ。私、あの神社の連中に関わってるうちに、すっかり幻想郷染みちゃったのね。

いつの間にか心の中に浮かんでいた高揚感。それは、彼女らが弾幕ごっこで遊んでいるときの表情と、直感的につながった。

それに気付いた私は、いつの間にか笑っていた。

「へぇ。そんな顔もできるのね。」

「あなたが言ったんじゃない。せっかくの弾幕ごっこを楽しみなさいって。」

「そうだったわね。」

クスクスと笑う幽香。何故だか、さっきほどの寒気は感じなくなっていた。

そして、まるで申し合わせたかのように、それぞれ一枚ずつのスペルカードを取り出した。

こうなったなら、最後まで戦い抜く。それが今の私だ!!

「散符『栄華之夢 -ルナメガロポリス-』!!」

「花符『幻想郷の開花』。」





***************





宣言とともに、彼女の姿がブレる。得意の幻覚か。つまり、ここからが本気ということね。

彼女の持つ空気が変わった。先ほどまでは、ただ怯えて逃げるだけの子兎だった。今あそこにいるのは、私達と同じ相手を喰らおうとする獣だ。

勿論力は私には遠く及ばないけれど、いずれはわからない。そういう予感を秘めていた。

兎妖怪が、中々やる。ひょっとしたら、あの子は兎でなく兎の皮を被った狼なのかもね。

思い浮かんだ冗談に一人笑う。だとしたら、これほど楽しいこともない。

ただ震えるだけの弱者を捻り潰すより、強者と戦ってその鼻を手折る方がよっぽど楽しいもの。

分裂に分裂を重ね、既に数十の幻覚となった彼女が、いっせいに指先をこちらに向けてきた。

幻覚は幻覚。たとえ幻の弾に撃たれたとしても、ダメージにはならない。だから、これは一見見事なフェイク。

・・・と、普通なら考えるでしょうね。だけど私はこれをただの幻覚だとは思っていない。きっと何かしらのからくりがあるんだろう。

いいわ、かかってきなさい。たとえ数千の弾で撃たれても、全てかわし抜いてあげる。

数十の兎は、予想通り全方位から弾を撃ってきた。やはり、そのどれもに存在感を感じた。

実体を持った幻覚。それが彼女の奥の手のようだ。

最初の会話から彼女の能力には察しがついている。恐らく彼女が操るものは、ありとあらゆる波長。

なら、幻覚の波長を限りなく現実に近づけてやれば、それは幻覚にして実体。ちょうど今のように。

まあ、これほどの量を操るとは思っていなかったけどね。やはり彼女は、弾幕よりもこっちの方が得意みたいね。

楽しくなってきた私は、日傘を閉じた。幻想郷の枯れない花は、しばしの間閉じましょう。

そして襲い掛かってくる数百の弾幕を、目を閉じ舞うようにかわす。そこに弾が見えようが見えなかろうが関係ない。私は『当たる弾』を回避する。

向こうも本気だ。弾は一向に止む気配を見せなかった。

撃つ、撃つ、撃つ、撃つ、撃つ。避ける、避ける、避ける、避ける、避ける。優曇華院の攻撃と私の回避は、止まることなく続いた。

彼女自身としては駆け引きなしに全力でかかってきてるんだろうけど、その判断は正しい。彼女の猛攻は私に攻撃の暇を与えない。正直なところ、攻撃に移る隙がなかった。

せっかくスペルを宣言したんだから、使いたいんだけどねぇ。まあ、これはこれで楽しいからいいわ。

『底なしね、怪物め!!』

「心外ね。そこまでじゃないわよ。」

普通の妖怪からしたら底なしと大差ない妖力である自負はあるけどね。

攻防は続く。どれだけ続いているだろうか。少なくともこれだけで10分は費やしているわね。

ところで、初めから感じていたことだけど、彼女は弾幕に対して慣れていないような印象を受ける。ひょっとしたら、最近幻想入りした妖怪なのかしら。

そんな彼女が、そう長く戦い続けられるだろうか。弾幕戦は妖力を派手に消費するし、何より「当たったら負け」というルールが神経をすり減らす。

加えて、私という恐らく彼女が初めて戦うレベルの大妖が相手。限界は既に見えていた。

『くっ!!』

幻覚は疲労せずとも、肉体を持つ優曇華院は疲労する。とうとう精神の限界が来たか、数いる彼女の中で一人だけ腕を下ろした者がいた。

見つけた。

「ふっ!!」

私は閉じていた日傘を開き、見つけた本体に向けて動き出した。当然幻覚達がその進路を塞ごうとこちらへ弾を向けてくるが。

「邪魔よ。」

言葉とともに放ったスペルアタックで、まるで花が散るかのように幻覚が消し飛ぶ。幻覚を貫いた花弁の弾幕はそれで止まることもなく、どんどんと幻覚を貫き消し飛ばしていった。

そして私は、彼女の目の前で静止した。

「・・・善戦はできたかしら。」

優曇華院は、笑った。悔しそうに、しかし晴れやかに。

「ええ。それなりに楽しい時間だったわ。次はもっと楽しませて頂戴。」

「次があるなら、ね。」

きっとあるわ。あなたが幻想郷に住む限り。

そう告げて、この勝負に幕を引くべく、私は彼女に向けて花型の弾幕を放った。

高威力の一撃を受け、既に妖力の尽きていた彼女は、気絶し地上へと落下を始めた。

私は下に回りこみ、彼女を抱きとめた。

「面白い勝負をしてくれたお礼よ。」

聞いてはいないだろうけど、私は優曇華院へ向けてはっきりと言った。





地上へ降りる。空を見上げ、長いこと戦っていたかと思ったけど、実際はそれほど経っていなかったと知った。

さて、スッキリはしたけど、これからどうしようかしら。

優曇華院は術を解いたとは言ってたけど、この竹林はそれ抜きにしても迷い易い。竹の花見物という目的もまだ続行中なので、別に竹林を出る気はないんだけど。

下手に動いて迷いすぎても面白くないわね。せっかく弾幕勝負にも勝ったことだし、この子が起きるまで待って竹林案内でもしてもらおうかしら。

彼女は私の腕の中で気を失っている。私の弾を受けたとはいえ、致命傷にはなっていない。だから、本当に眠っているだけだ。

何のかんの言って私はこの子を気に入った。私は、弱くとも強さを持った者を好む。

最初はただの力を持った弱者だったはずだ。彼女の言動からはそういう印象を受けた。

だけど、戦いの最後には違った。彼女は己の弱さを認め、乗り越え、強者である私に立ち向かってきた。己の持てる力の全てを使って。

戦いの中で急成長したのか。それとも、今まで眠っていた何かが花開いたのか。理由はわからないけど、私は一つの変化を目の当たりにした感動を覚えた。

彼女を見る目にそういう補正がかかっていることは認めましょう。だけど、別にどうでもいいことよ。

私が鈴仙=優曇華院=イナバを気に入ったという事実は変わらないし変わりようがないのだから。

だから、しばらくは彼女の近くで彼女を虐めて楽しむのも悪くは無いと、そう思った。



ダメージはそれほど大きくなく、優曇華院はすぐ目を覚ました。

弾幕勝負の勝敗を条件に出し、彼女が住むという永遠亭にしばらく逗留することを認めさせた。

そこには彼女の師匠と彼女の主がいるんだとか。こんな変わった兎の師匠と主なのだから、きっととても変わった人物なんだろう。

今から見るのが楽しみだわ。フフフ。





+++この物語は、緑色の災害が竹林に押しかけ永遠亭壊滅フラグが立つ、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



気がついたら竹林にいた大妖怪:風見幽香

何処をどう歩いたかは覚えてない。見た花だけはしっかりと覚えてる。

鈴仙のことを(嗜虐的な意味で)気に入った。鈴仙のストレス要素が増えた!!

オリジナルスペカ・花符『四季の風花』は四色の花から様々な弾幕を出しまくるスペル。実は今回のはバリエーションの一つに過ぎないという。

能力:花を操る程度の能力

スペルカード:花符『幻想郷の開花』、幻想『花鳥風月、嘯風弄月』など



薄幸な月兎:鈴仙=優曇華院=イナバ

てゐには逃げられるわ幽香には目ぇつけられるわ。てゐに運吸い取られてるんじゃなかろうか。

実際のところ、彼女の位置づけは『未熟な強者』。精神的な弱さが特に大きい。

今回のことで一皮剥けたが、一皮では足りないぐらい未熟なのであったァ。

能力:波長を操る程度の能力

スペルカード:波符『月面波紋 -ルナウェーブ-』、散符『栄華之夢 -ルナメガロポリス-』など



→To Be Continued...



[24989] 四章七話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:55
竹林の外は、花で満ち溢れていた。いや、竹林の外「も」か。

ここのところ、竹の花が一斉に咲いたということで、うちでは毎日のように宴会が開かれていた。竹の花は珍しいからね。これほどの大開花は私も一・二度見たことがあるだけだ。

連中は何も気にせず紅白の花で騒いでたけど、私には一つ思うことがあった。

幻想郷は、60年に一度花で溢れることがある。もう500年以上も前から続く周期だ。

ずっと屋敷に引きこもってた姫様やお師匠様はそのことに気付いてないかもしれないけど、こと幻想郷に関しては彼女らよりも長い私はそのことを知っている。

前回の『花の異変』がいつだったかは覚えてないけど、そろそろ周期の時期なんじゃないだろうかと思い出した。

そこで私は鈴仙の追跡を振り切り、こうして竹林の外へと出てきた。そして案の定幻想郷は『花の異変』の真っ最中だったというわけだ。

姫様達も馬鹿だよねー。竹の花の気を取られて、こんな凄い花吹雪に気付かないなんて。

竹の花も別にいいと思うけど、私はそれ以外の花もみたい。60年に一回しかないんだから、色々な花を楽しまなけりゃ損だ。

楽しむ前に鈴仙につかまったんじゃつまらないので、二度三度寄り道をして行き先を特定されないように気をつけた。

けど、鈴仙が近くに来てる感じはなかった。上手く撒けたのか、それともまだ馬鹿正直に竹林を探しているのか。

どっちでもいいか。これで私は、心おきなく幻想郷の花巡りができるんだから。

さーって、まずは何処に行こうかな。



「兎妖怪がこんなところにいるのは珍しいですね。こんにちは。」

適当にふらふらと飛んでいたら、紅い屋敷の前に出ていた。紅魔館だったかな。

その大きな門の前で仁王立ちしている中華服の妖怪が、私の姿を見て声をかけてきた。

「こんにちは。せいが出るね。」

「いえいえ、門番ですから。」

のほほんと挨拶を返すと、のほほんとした答えが返ってきた。人の良さそうな妖怪だねぇ。

確かここはあの吸血鬼の住まいのはずだから、この娘も関係者のはずだけど・・・主人とのギャップが凄いね。

ある意味で屋敷の顔役を果たしてるのかな。

「ここは竹林とはだいぶ離れてるけど。もしかして迷子?」

こちらを気遣うように言ってくる門番。本当に人が良いね。これは騙しがいがありそうだ。

「いやいや、そんなんじゃないよ。私は因幡てゐ、竹林の兎のリーダーさ。今日はちょっと日頃の激務の疲れを癒しに暇をもらって散歩中なのさ。」

「へ~、こんなにちっちゃい子がリーダーなんて。偉いのね~。」

身長差があるため、ややかがんで私の頭を撫でる門番。多分実際は私の方が年上だけどね。

その辺は黙っておいた方が色々お得なので黙っとく。

「私は紅魔館の門番、紅美鈴ホンメイリンです。よろしくね、てゐちゃん。」

「ああ、よろしくね。」

差し出された手を握り返しながら、さてこの門番をどう騙してやろうかと考える。

「そういえば、うちの主とあなたの主は顔見知りなんだけど、散歩のついでに挨拶に寄ってもいいかい?」

「え?うーん。アポなし訪問は禁止されてるんですよねー・・・。」

「ああ、アポならうちの主が取ってるはずだよ。」

「あ、そうなんですか。」

二つ返事であっさり信じた。何この騙しやすさ。色々考えた手段が全部無意味じゃない。

ちょっと肩透かしを喰らいながら、門番が開いた門の内側に案内され、吸血鬼の領域に入り込んだ。

まあいいや。屋敷の中で悪戯でもすれば。

そう思い直し、今度は吸血鬼の館に施す悪戯のアイデアを考える。さて、どんなのがいいか。

「いらっしゃいませ。お嬢様がお待ちです。」

考え始めた瞬間、いきなり目の前に人間のメイドが出現し。び、びっくりした・・・。

「あ、咲夜さん。お疲れ様です。こちら、竹林の兎妖怪のリーダーの因幡てゐちゃんです。永遠亭でしたっけ?の主さんに言われて、お嬢様に挨拶に伺ったそうです。」

「伺っておりますわ。ありがとう、美鈴。あなたは持ち場に戻りなさい。」

了解しましたと言って、門番は門の方へと戻っていった。

・・・ていうかちょっと待って。姫様またはお師匠様のアポの話はでまかせだったんだけど、何で本当にアポを取ってることになってるの?

嫌な予感がしてきた。一刻も早く、ここから退散しないと。

「それではついてきてください。」

「あ、あーっと。ごめんメイドさん、私急用を思い出しちゃった。せっかくなんだけど、急いで竹林に戻らないと」

「でしたら、その急用は私が処理しておきましょう。内容をお伝えくだされば、一瞬で行って戻って参ります。」

有無を言わせぬ勢いで言うメイド。適当な内容で誤魔化してもいいけど、確かこのメイドは時間を操る。本当に一瞬で行って戻ってきかねない。

逃げ場はなかった。どうやら私は、騙すつもりがはめられてしまったようだ。

「えっと、考えてみればそこまで大した用事じゃないね。ごめんごめん、何でもないよ。」

「そうですか。でしたら、私の後についてきてください。中は迷いやすいですので、くれぐれも離れぬように。」

それだけ言って、メイドは屋敷の大きな扉を開け、中へ進んで行った。

私にはため息をつくことしかできなかった。



「よく来たわね、因幡てゐ。」

案内された先に、紅の吸血鬼・レミリア=スカーレットが踏ん反り返っていた。本当に会うつもりはなかったんだけどなぁ。

「これはこれは、レミリアさん。ご機嫌麗しゅう。」

「謙虚ね。よろしい。」

あんたの機嫌を損ねると、私程度じゃ塵も残されないからねー。分はわきまえてるよ。

「じゃ、挨拶もしたし、私はこれにて。」

「まあまあ、せっかくこの私を訪ねてきたのだから、もう少しゆっくりしていきなさいな。」

一刻も早くこの場を立ち去ろうとする私の肩を、レミリアががっしりと掴んだ。脱出不可能か。

何でこう、私の行動を先読みしたかのように待ち構えていたのかね。逆に罠も張っていたようだし。

となると、あの門番もグルか?・・・いや、何となくだけどそれはなさそうだね。天然そうだったし。

「あなたが今日ここを訪れたのは、『必然』なのよ。だからそんなに固くなる必要はないわよ。」

・・・運命操作か。レミリアの一言で、私は理由を理解した。

レミリア=スカーレットは運命を操る。他者の運命を見て、その流れを操ることができる。

つまり、偶然ここへ訪れた私の行動は、実際のところこいつに操作された結果だったってことだ。癪に障る話だね。

だからと言って私にどうこうできることじゃないけど。前述の通り、私とこいつの間には天と地ほどの力量差がある。不興を買って自分の寿命を縮めたんじゃ目も当てられない。

「そうなんですかー、さすがはレミリアさんですねー。」

とにかく、こいつの気分を悪くさせないように下手に出ておくのが大切だ。

「そう。だから当然あなたに用事がなくても、私にはあるということよ。」

「あー、まあ私に出来ることはあんまりありませんから、期待はしないでください。」

「大したことではないわ。ちょっとフランの遊び相手に」

「失礼しました。」

皆まで言わせず踵を返し、またしても肩を掴まれる。

「まあまあ、そんなに遠慮せずに。」

「いや、遠慮とかじゃなくてほんと勘弁してください。無理ですってどう考えても。」

私にあの最強街道まっしぐらの吸血鬼の相手をしろと?冗談じゃない。

あの娘の弾幕ごっこは何度か見てるけど、正直言って私が相手できるレベルじゃない。文字通り力の桁が違いすぎる。

魔理沙とか優夢とかは相手をしてるけど、私はあの辺の主役組とは違うのさ。

「無理かできるかを決めるのはお前じゃないわ、この私よ。」

何その理不尽。聞きしに勝る暴君だわ、ほんと。

「彼女のお相手をできると判断していただいたことには感謝しますが、真実私はか弱い兎なのでございます。どうかお見逃しを。」

「そんなに怯えなくても大丈夫よ。あの子、最近手加減の練習をしてるのよ。だからその相手になってほしいというだけ。お前ならちょうどいいレベルでしょう?」

・・・本当かなぁ。けど、フランドール=スカーレットの経歴を聞いてると、全くの嘘とも思えないねぇ。

ちょっぴし戦ってみて、ダメそうだったら降参しよう。そうすれば私の身も安全だ。

「危険はないですよね?」

「通常の弾幕ごっこ程度の危険はあるけど、まあその程度よ。安心なさい。」

よし、それなら引き受けようじゃないの。用事を終わらしてさっさとここから逃げ出そう。

そして私は、悪魔の妹と弾幕ごっこで遊ぶことになった。



気付いておくべきだったんだけど、フランドール=スカーレットは手加減の『練習』をしてる段階で、手加減ができるわけじゃなかったのよね。

まあつまり、死ぬ思いしました。しかも降参しようとするとレミリアの方から刺すような視線が飛んでくるし。

結局、フランドールが飽きるまで逃げ回る羽目になり、何とか弾幕ごっこが終了したときには疲労困憊な状況だった。

『花の異変』最初の訪問先での成果は、フランドールとちょっと仲良くなったことだけだった。

・・・割に合わない。





紅魔館で誰も騙せなかった私は、今度は人里に来ていた。ここで、今度こそ誰かを騙そうと考えていた。

この私が誰も騙せないなんてこと、認めていいわけがない。紅魔館はちょっと難易度が高かったけど、ここなら上手くいくはず。

兎妖怪は肉食ではない。食べられないことはないけど、必要とはしない。そのことを分かっているから、人間も兎妖怪に対する警戒は薄い。

実際、人里に入ってきた私を見て見咎める者は誰もいない。「何だ、兎妖怪か」と素通りしている。

つまり、騙し易いってことだ。さあ、一体誰を騙してやろうか。

私は標的を見定めるべく、視線をめぐらし通行人達の顔を見た。

友人同士で仲良さそうに歩く少女達。忙しそうに小走りで去っていく中年。買出しを終えてねぐらに戻っていく大人しそうな妖怪。

この辺りは話しかけても無駄だ。私に対して興味を示すことはないだろうということが容易にわかる。

ねらい目なのは、暇そうにしている中年~老年の男だ。私の容姿はそういう連中を引っ掛けるのに向いていると知っている。

・・・お、あれなんかよさそうだ。両手を着物の袖に入れてゆらゆらと歩いている中年の男。見るからに暇そうであり、怒ることがなさそうな顔をしてるのもグッドだ。

「ねーねー、ちょっとそこのお兄さん。お時間いい?」

決めてから声をかけるまでに間はなかった。私の呼びかけに、中年男はこちらを振り返った。

無表情な奴だというのが、そいつと相対した私の印象だった。

「? 儂を呼んだのか、兎のお嬢さん。」

「そうだよー、人間のお兄さん。」

「生憎と儂は『お兄さん』と呼ばれる歳ではない。もう娘も10を越したしな。」

無表情ながら、何処か温和な空気を持って言った。好感触だね。

「して、儂に何の用かな。」

膝を屈め、視線を私のところまで落として男は言った。内心「かかった」とほくそ笑む。

さて、どう騙してやったもんか。

「実は私、神社のお遣いで来たんだけど、ちょっと道に迷っちゃってね。」

せっかくなので、人里で名前を出して最も効果のありそうな博麗神社の名前を出すことにした。

すると、男は驚き慌てる――ことはなく、何故か親しみ深い様子を見せた。

アレ?予想と反応が違う・・・。

「なるほど、博麗神社から来たのか。遠いところからご苦労様だな。」

「あ、いやいや、それほどでもないよ。んで、ちょっと場所を聞きたいんだけどね。」

「儂が案内できるところなら連れて行ってやろう。何処だ?」

「えっと、神社がいっつも贔屓にしてるお茶っ葉の店――確か、『茶竹茶具専門店』だったかな?」

記憶の中から神社に関係ありそうな場所を引っ張り出して名前を出す。ぶっちゃけ場所は何処でもよかった。

が、間もなく私は、これが失策であったということに気付かされた。

「おお、うちに用事だったのか。」

――関係者だったーーーー!!?

私が適当に選んで話かけたその人物は、なんと件の茶屋の人間――年の頃を考えれば店主か――だった。一体どんな確率だよ。

後悔先に立たず。もう後には引けなくなっていた。

・・・ええい、ならば貫き通すまでよ!!

「そ、そうそう!神社に遊びに行ったらお茶っ葉が切れたとか何とかで一緒に遊びに行ってた私の主人から命令されてこうしてやってきたってわけさ!」

一息に捏造した事実を捲くり立てた。一瞬で考えた割には中々筋が通っていそうな話だった。

そして、それは男を納得させるのに十分な説得力を持っていたようだ。

「そうだったのか。なるほど、わかった。では案内するので着いてきてくれ。」

「あ、ありがとね。」

何とか急場は乗り切れた。危ない危ない・・・。

しかし状況はまだ終わっていない。店に着く前にこの場を離脱する方法を考えないと。あるいはこの店主?をどうにか騙す方法を・・・。

「着いたぞ。」

「って早ッ!?」

歩き始めて1分もしないで、私達は『茶竹茶具専門店』とでかでかと書かれた建物の前に立っていた。どうやら私がうろうろしてた場所は、既に店の近くだったらしい。

当然のことながら、まだ現状を打破する手段なんて思い浮かんでない。

ど、どうしよう・・・!?

「中に一磋という儂の息子がいる。彼奴に用件を伝えてくれ。ではな。」

と、茶竹の主人と思しき人物は、それだけ言って踵を返そうとした。

「え?この店の主人はお兄さんじゃないの?」

「儂はお兄さんと呼ばれる年ではない。つまり、店主の座は息子に継がせてある。今はただのしがない隠居よ。」

相も変わらず無表情に淡々と言う人間。・・・言うほど歳食ってないと思うけどねぇ。

けど、これはチャンスだ。ここでこの男が去るのを待って、店に入らず逃げ出せば事なきを得られる・・・!

と思っていたら。

「おや、親父殿。散歩はどうしたんだ?」

中から若者が現れた。顔は私を案内した男に似ないけど、この人間のことを『親父殿』って呼んでるってことは、彼が一磋という名の茶竹の店主のはず。

何この測ったようなタイミング。私はまたしても窮地に追いやられた。

「何、出た先で神社の遣いだというこの娘に出会ってな。うちまで案内したのだ。」

「なるほど、つまり客か。いらっしゃい、子兎さん。」

父親と同じく淡々とした、それでいて父親よりは無表情ではない声色で、一磋(仮)は私に目線を合わせるように屈んだ。

「ではな。しっかりと接客しろよ。」

そうこうしてる間に、私を案内した男は踵を返し、さっさと歩いて行ってしまった。

「さて、中で用件を伺おう。春とは言え、あまり長く外にいると冷えるからな。」

「あ、えっと・・・。あ!!そうだ、お財布忘れちゃったからちょっと取りに戻るよ、うん!!」

私は咄嗟に思いついた逃げ文句を口にした。店の中に入ってしまったら、今度こそ逃げ道がない。

だが、今日は何をやっても上手くいかないらしい。

「それなら心配はいらない。神社――というか優夢さんにはいつも多く払ってもらっているからな。お代はいらない。」

あんの超絶お人好しがッッッ!!!!優夢の美点と言えるそれに対し、私は心の中で全力で悪態をついた。

退路なし。結局私は、店主に促されるまま店の中へと入ることになってしまったのだった。



店の中は、茶葉だけではなく茶に関するあらゆる品々に溢れていた。

湯呑、急須、棗、茶杓、茶碗、etc・・・

『茶』に関連するものなら、何でも置いてある。茶葉も勿論一種類ではなく、多種多様のものを揃えていた。

まあ、私には違いなんかわからないんだけど。

けど、少なくともここの店主の腕がいいことは、出された煎茶を啜ってわかった。

「あ、美味しい・・・。」

思わずつぶやきが漏れるほどだ。神社で飲むお茶よりも美味かった。

「ははは、そう言ってもらえれば、淹れたかいがある。」

店主―― 一磋は軽く笑い、そう言った。

うーん、好人物だね。歳は25、6ってとこかな?茶の道は厳しいって聞くけど、これなら店主を任されるのもわかるかな。

「さて、それじゃあ用件を聞こうか。」

・・・まあ、今はその人の良さが私を追い詰めてくれてるわけだけど。

さあ、どうはぐらかして切り抜けたものか・・・。

「えーっと、今日神社に遊びに行ったら、お茶っ葉を切らしたって言われてね。」

とりあえず先ほど捏造した通りのことを話す。が、それを聞いて一磋は怪訝な表情を見せた。

「おかしいな、つい三日ほど前に優夢さんが買い出しに来たばっかりだったと思うが・・・。」

ゲッ、マジで!?ここに来てまさかの落とし穴が発覚した。

南無三、と心の中で覚悟を決めたが、一磋はまだ思案顔だった。

「・・・まあ、巫女様の場合それもありうるか。それに、花見客が大勢訪れれば、茶葉の減りも早くなるのが道理か。」

どうやら自分の中で落としどころを見つけてくれたようだ。・・・セーフ。

「葉はいつものでいいかな?」

「あー、その辺は私聞いてないから、それでいいんじゃない?」

よし、疑われてない。このまま茶葉をもらってさっさとトンズラすれば、事なきを得られる!!

「わかった」と言って席をはずす一磋を見ながら、私は内心で安堵を覚えながら、悪戯の成功にほくそ笑んだ。

そうして待っていると、店の奥の戸が開かれた。どうやら一磋以外にも人がいたらしい。

私はそちらを振り向き――――硬直した。

・・・え?な、何で??何でこいつがここにいるの!!?

「一坊お茶のお替りー・・・って、お客?」

それは、神社の主にして『異変解決』の専門家、博麗霊夢。

――いや、あいつなわけがない。あいつは基本的に平時は神社を離れないはずだ。面倒くさがって。

やる気なさげな瞳で私を見るそいつ。・・・よくよく見れば、ちょっと違う。霊夢とうり二つな顔をしてるけど、こっちの方がちょっと大人びてる。それに、腋も出てない。

けど、見れば見るほどそっくりだった。他人の空似にしては似すぎてる。

「ああ、女将さん。もうちょっと待っててくれ。」

「しょうがないわね。それにしても、兎妖怪のお客なんて珍しい。」

そして何故か、私の対面に座ってきた。・・・居心地が悪い。

「あなた、名前は?」

「あ、えっと、因幡てゐ。竹林の兎のリーダーだよ。」

いきなり問われ、私は反射的に答えを返していた。しまった、素性までしゃべっちゃったよ。

私の答えに、霊夢そっくりのそいつは「ふーん」と頷いた。

「じゃあ、八意先生のとこの子ね。」

「あんた、お師匠様を知ってんの?」

「ごく懇意にさせてもらってるわ。そう、あなたが『てゐ』ね。」

・・・何か、私のこと知ってそうな気配なんですけど。すっごく嫌な予感しかしない。

「色々聞いてるわよ。同僚の兎を罠にかけて遊ぶ困った兎、とかね。」

「あ、あはははは・・・。」

乾いた笑いしか浮かばない。やばい、これは非常にやばい。

今度こそ終わったか!?と再度覚悟を決める。

「ま、騙しはほどほどにしときなさい。時と場合を考えないと、痛い目にあうわよ。」

が、さらりと流す霊夢似の女将。とても生きた心地がしなかった。

「とりあえず、注文の品はちゃんと神社に届けなさいね。真偽はともかくとして。」

「・・・イエッサ。」

完璧見抜かれてるね、こりゃ。一体いつの間に人里はこんな魔境になったのさ。

ダラダラと気持ち悪い冷や汗が溢れるのを感じながら、私は心の中でつぶやいた。



その後色々と暗に釘を刺され、一磋から荷物を受け取るときには精神的な疲労が溜まりに溜まっていた。

はあ、これどう説明して渡せばいいんだろ・・・。

「それじゃ、よろしく頼む。」

「あいあい、任せときなって。」

表面は明るく振舞ってみたが、心の中は大嵐もいいところだった。

あー、軽く人を騙して「嘘ウサ!!」ってやるだけのつもりだったのに、どうしてこうなったのかね。

「そんじゃ、また機会があればー。」

別れの挨拶を言い、私は地面を蹴り空へ舞い上がった。

その背中に。

「うちのバカ娘によろしくね。因幡てゐ。」

そんな言葉が投げられた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・えっ?

しばしあってそれの意味するところに思い当たった私は、振り返り茶屋を見た。

けれどそこには既に人はおらず、二人とも店の中へと戻った後だった。

ってことは、あれが霊夢の・・・?

「どおりで。」

ある種の納得を覚え、私は茶竹の女将――後に名を靈夢と知った――を、要警戒リストに加えたのだった。

ありゃ敵う気がしないね。霊夢もいつかああなるんだろうか。





その後私は神社に行き、受け取ったお茶っ葉を優夢に渡し、何か言われる前に神社を去った。

既に太陽は地平線の少し上ぐらいまで下がり、夕刻になっていた。

この時間まで出歩いて誰も騙せていないとは・・・。一部騙せてはいるけど、あれは騙せたうちに入らない。ほんの触り部分だけだし、何よりその後に私が酷い目にあってる。

このまま引き下がれるものか。この私が、淤岐嶋から和邇を騙して渡ったこの私が、誰も騙せず今日を終えるなんて、認められるか!!



「その結末に自身が被った被害をあなたは忘れたのですか?そう、あなたは浅はか過ぎる。」

唐突に背後から声をかけられ、驚き振り向く。

そこには、やたらと華美な格好をした、身長的には私と大差ない、しかし明らかに強大な力を宿した少女が浮いていた。

っていうか、今こいつ私の心を読んだ?いや、それよりももっと以前の大昔のことを、こいつは知ってる・・・?

「『誰?』という顔をしていますね。私は四季映姫。幻想郷の閻魔と言えばわかりますね?」

「あ、これはこれは。閻魔様でしたか。」

相手の素性を知るや否や、私は一気に腰を低くした。危ない危ない、こういう手合いに張り合ってもしょうがない。

閻魔なら私の過去を知っていてもおかしくはないはずだ。確かそういう能力があったと思う。

・・・って、それまずくね?

「さて、因幡てゐ。今あなたが思った通り状況はあなたにとって非常にまずいでしょう。ですが、私はあなたに対し情状酌量をする気はありません。先に言ったとおり、あなたは浅はかな嘘をつきすぎる。その結果が自身に跳ね返ってくると知ってなお、それを改めようともしない。それはこの世で最も低俗にして低級の悪徳です。私がこれからみっちりと説教をしてあげますので、これを機に心を入れ替え嘘を減らす努力をするのです。それではまず」

「あ、ちょ、あの、閻魔様!!何故閻魔様が現世にいらっしゃるんですか!?」

いきなり始まった閻魔の説教に、私は何とか逃れようと思いついた疑問を口にした。

「『花の異変』を平定するためです。しかし今は説法の最中、話を逸らそうとするのはやめなさい。まずあなたが嘘をつく理由ですが・・・」

全然止まらないー!?な、何か、何かこの状況から逃げ出す手段は・・・。

「こらそこ!余所見をしない!!」

「きゃん!?」

辺りを見回し始めた私を、閻魔が手に持った木の棒ではたいた。見た目にそぐわぬ激しい衝撃で、視界に星が散る。

「そうやって楽な方に逃げようとするのが、あなたの悪徳の元なのです。楽をすること自体は決して悪徳ではありません、ですが方法を考えなさい。人を騙し、陥れ、その上で得た楽など、最終的には自身を破滅へと導くだけなのです。あなたは同僚や上司から自身がどう思われているか気にしたことはありますか?そう、あなたのついている嘘はどんどん自身の首を絞め、肩身を狭くし、最終的にはあなた自身の手で居場所を喪失させることになるのです。これは自殺と並ぶ大罪に匹敵すると言っていいでしょう。要するにあなたが行っているのは低俗極まりない詐欺行為に他ならないのです。騙すことで人より上位に立とうなどとは言語道断、騙そうとした瞬間あなたは騙そうとした相手よりも下位の存在となっているのです。騙しに騙しを重ねたあなたは、たとえ立場的には竹林の兎のリーダーであろうとも、真実最下位に位置すると言っても過言ではないのです。そのことをしっかりと心に刻み、悔いを改めなさい!!それから・・・」

閻魔の説教は止まることがなかった。私の注意がそれると、その手に持った棒で頭をはたく。聞いてないと同じ部分を延々リピートする。

無間地獄。まさにそう言わざるを得ない状況だった。

――ああ、そうか。そういえば今日仏滅だったな。

遠くなり始めた意識でそんなことを思い、また私の視界に星が散った。

「四季様ー・・・って、うわ、近年稀にすら見ることのないハイパーモード四季様。ありゃ近付かない方がいいね。くわばらくわばら・・・。」



結局私が解放されたのは、日がすっかり落ちきり、月が天頂に差し掛かった頃のことだった・・・。





あー・・・、こんなに遅くなるつもりはなかったんだけどねぇ・・・。

私は重い体を引きずりながら、竹林へと帰ってきた。既に辺りは真っ暗であり、明かりは月明かりだけ。

本当は日が落ちる前に永遠亭に戻って、怒ってるだろう鈴仙に「ごめーん☆」で許してもらうつもりだったんだけど。

こんなに遅くなっちゃ、それも通用しないだろうなぁ。下手したらお師匠様にまで怒られるかも。

説教地獄から解放された後なんだから、これ以上の説教は勘弁してほしいね、ほんと・・・。

そう思いながら、私は竹林を進み、やがて永遠亭が見えてきた。

灯りがついてる。そういえば、ここのところずっと宴会通しだったっけ。今日もやってるのか。飽きないもんだね。

これなら、今帰っても怒られないかな。一握りの希望を持って、私は永遠亭の門をくぐった。

「ただいま~。」

広すぎて誰にも聞こえないだろうけど、私はそう言って廊下へ上がる。

と、一匹の兎が私の姿を見て、涙を浮かべながら駆け寄ってきた。・・・心配してくれてたのか、ありがたいねぇ。

閻魔の説教で心が寒くなっていた私に、その兎の優しさは染みるようだった。

ああ、ありがとうお前達。やっぱり私は、お前達のリーダーでよかった・・・。





「そうたいちょーーー!!助けてくださいー!!」

しかしそれは一瞬で突き崩され、私はただ泣きつかれただけだった。

「えっ?えっ??何なにナニ???」

「もう私達じゃ手に負えないんですぅー!!総隊長の力で何とかしてやってくださいぃーーー!!」

要領を得ない説明でわけがわからないまま、私は手を引かれるままに大広間へと案内された。



そこには何故か、幻想郷でも悪名高き花の妖怪・風見幽香が、これまた何故か鈴仙にお酌をさせながら、上座のど真ん中に鎮座していた。

その手前には姫様が膝を屈して悔しそうにしており、その傍らにはお師匠様が険しい表情で立っている。

「クスクス、どうしたの?そんなんじゃ、優曇華院は私のものになるわよ。」

「くっ!!」

「姫様、落ち着いてください。集中を乱して勝てる相手ではありません。」

・・・・・・・・・何この状況。さっぱり読めなかった。

「総隊長、お帰りになられましたか。」

「六兎・・・これ、どゆこと?」

「端的に説明しますと、総隊長を探しに出た鈴仙様が風見幽香に目をつけられ、永遠亭までやってきて、鈴仙様をかけて姫様に勝負を挑み、勝ってしまったという状況です。
実質永遠亭をのっとられつつあると言っていいでしょう。」

何ソレ。何でそんな厄介なことになってるの?意味がわからない。ワタシニホンゴワカラナイヨ。

現実逃避をする私。しかし六兎は無情にも告げた。

「こうなったのは、総隊長が仕事をサボって遊びに出たのも一因にあります。責任を持って、得意の舌先三寸で風見幽香を追い払ってください。」

そして、肩をポンと叩かれた。

もはや私に自分の体重を支える力は残っておらず、その場にへたり込むことしか出来なかった。

――ああ、今日は何て厄日なんだろう。



ちなみに風見幽香の申し出は本気ではなかったらしく、二・三日滞在してからあっさりと永遠亭を去った。

そのおかげで私の外出やら何やらはうやむやになったってのが、私にとって不幸中の幸いだったかな。

とりあえず、しばらくは嘘は自重しよう。心底そう思うのだった。





+++この物語は、嘘つきう詐欺が自分の嘘で痛い目を見る、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



神話にも残る嘘つき菟詐欺:因幡てゐ

そして痛い目を見るのは神話の頃から変わっていない。それでもやめない辺りが彼女の性格をよく表している。

今回は嘘をついたら片っ端から跳ね返ってきて自分が痛い目を見たというお話。『異変』関係なし。

けれど実際、彼女は結構運が良かったりする。紅魔館や人里の有力者とパイプが出来たのだから。

能力:人間を幸運にする程度の能力

スペルカード:兎符『開運大紋』、兎符『因幡の素兎』など



→To Be Continued...



[24989] 幕間三十
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:56
~幕間~



これは、『花の異変』の最中の宴会の話だ。



60年の周期で訪れるらしい『花の異変』。『異変』とは言っても、実際のところ害は全くないし、放っておけば勝手に収束してくれるそうだ。

まあ、慧音さんの物言いだと『博麗の巫女が何もしないでも』という意味だったから、本当に勝手に収束するのかは定かじゃないんだが。

慧音さんが嘘を言うとも思えない。俺達が何もしなくていいってのは、結局のところ真実なんだろう。

だったら、せっかくの満開の花。楽しまなければ損だ。

そんなわけで俺達――神社在住の三人と、頻繁にやってくる白黒の魔法使いは、人里で開かれた春の大宴会に招かれやってきたのだった。

「やあ、四人ともよく来たな。」

既に酒と喧騒に溢れた宴会場につくと、慧音さんが出迎えてくれた。

「遅くなりました。出掛けに霊夢がごねまして。」

「私は嫌だって言ってたでしょうが。わざわざ人が大勢いるところに出て何が楽しいってのよ。」

俺達の中で、唯一霊夢だけ宴会への参加を渋った。まあ、霊夢の性格を考えれば無理もない話なんだが。

「紫さんからも言われてるんだよ、ちゃんと霊夢を表に出せって。こうでもしないとお前面倒くさがるだろ。」

「しょうがないじゃない、実際面倒なんだもの。」

体力は使うけど、それはしょうがない。人付き合いってのはそういうもんだ。

「しかし、面倒くさがって人前に出なければ、それこそいつまで経っても信仰が集まらないだろう。紫はそう考えていたのではないかな?」

さあ、その辺は俺聞いてませんし。

「何にせよ、春だというのに神社に引きこもってばかりいるのはよくない。若いのだから、もっと出歩かなくては。」

「かったるいこと言うわね。」

やれやれだ、全く。若いのに若さが足りてない。

「何でもいいさ、私は酒が呑めりゃそれでいい。」

「喜べ萃香。今日はタダ酒がたらふく呑めるぞ。」

こいつらみたいにエネルギーが変な方向を向いてるのもどうかと思うが。

魔理沙と萃香は、「突撃~!」と言って適当な輪の中に突っ込んで酒を呑みはじめた。その間わずか7秒。無駄に迅速な行動だ。

「あれの半分ぐらいでもやる気をもったらどうだ?」

「1万分の1なら考慮してやらないでもないわ。」

本当に、何処までも博麗の巫女だ、こいつは。



結局、去年の春と同じような輪が出来る。要するに、俺と霊夢は慧音さん、一磋さん、おやっさんとともに輪を作り、酒を呑んでいた。

まあ、しょうがないか。この面子が一番気兼ねしないし。

去年の今時分は知らなかったが、一磋さんは霊夢の義兄。おやっさんはあの性格だから、遠慮の必要がまるでない。

面倒を嫌う霊夢でも面倒がなく呑める相手と言ったら、人里ではこんな感じになってしまうだろう。

俺としては、霊夢にはもっと色んな人と交流を持ってもらいたいところだが。

「里に友達とかいないのか?」

「いるんならもっとお賽銭が集まってるわよ。」

だろうな。聞いてみただけだ。

「優ちゃんよう、そいつぁ無理な話だべ。巫女様ぁ里で生活してるわけじゃないんだし。」

「けどおやっさん。昔は人里で暮らしてたんですよ、霊夢は。」

「そりゃ初耳だ」と本気で驚くおやっさん。博麗の巫女はそう認識されているとは聞いているが、悲しい反応だな。

「もう少し長く里で生活していれば違っただろうが、巫女様が神社に出たのは4つのときだ。それでは友達を作る間もなかっただろう。」

「あっても全部叩き潰されただろうけどね。一兄は知らないだろうけど、あのバカは私が一歳になる前から修行を仕込んでたのよ。」

「・・・さすがは女将さんと言ったところか。」

博麗の巫女を育てるんだから仕方なかったかもしれないけど、もうちょい手加減してもよかったんじゃないっスか、靈夢さん。

「あれ?じゃあ魔理沙はどのタイミングで知り合ったんだ?」

「生まれてすぐよ。物心着いたときには、あいつとは知り合ってたわ。」

「俺が茶竹の家に貰われた時には、既に当たり前のように霧雨のお嬢が遊びに来ていたよ。」

なるほどね。魔理沙っていう友人がいただけでも十分奇跡的なことだったんだな。

「たまには魔理沙に感謝した方がいいかもな。」

「結局神社で好き放題やってんだから、差し引きゼロよ。」

それもそうか。

「はぁ~、やっぱ巫女様は違ぇなぁ。一歳になる前から修行とか、普通じゃできんぜ。」

「やりたくてやったわけじゃないわよ。私だってもうちょっとのんびりとした幼少期を送りたかったわ。」

おやっさんは『博麗の巫女』の過去話という新鮮な話題に目を輝かせていた。

うん、こういうのはいいことだ。霊夢が『博麗の巫女』という偶像でなく、一人の人間である博麗霊夢として見られるってことなんだから。

それは里の人間により霊夢を知ってもらうということ。俺はずっとそのために動いて来てるんだ。

だって、一人よりは大勢の方が楽しいじゃないか。疲れはするかもしれないけど、人生が楽しいのなら安い代償だ。

家族からも任されてるんだ。俺は霊夢を独りにさせる気は全くない。そのために、人里と霊夢の距離を縮める努力を惜しむ気もない。

今はこういう近しい人間だけだけど、博麗霊夢がどういう人間なのかということを、いずれは里中の人間に知ってもらいたかった。

賑やかに昔を語る霊夢と一磋さん、楽しそうに話に耳を傾けるおやっさんを眺めながら、俺は――慧音さんも、恐らく思いは一緒なんだろう――微笑を浮かべていた。

「あんまり人の過去を詮索しないでよ、わずらわしいわね。」

「まあまあ、巫女様の昔話なんて滅多に聞けるもんじゃないんでさぁ。酒の肴にこれ以上の話はねーんですわ。」

「だったら優夢さんの日常を聞きなさいよ。そっちの方がネタに溢れてるし、よっぽど酒の肴にはなるわよ。」

おっと、飛び火してきた。しかしそりゃどういう意味だ。

「俺はごくごく平凡な人生を歩んでるぞ。ネタにしていじられるほどのことは何もない。」

「『異変』のたびに毎度毎度大活躍しておいてよく言うわ。」

大活躍はしてないだろ。お前達の後を追っかけてるだけだ。

「いや、あれだけの強さがあれば活躍していると言われてむしろ納得がいくぞ。先の『異変』では私の全力ですら歯が立たなかったからな。」

「あれは魔理沙と協力したからです。俺一人じゃ慧音さんには到底敵いませんよ。」

「お?何だ何だ、優ちゃん慧音先生と弾幕ったのか?ケンカはいけねーぜケンカは。」

「二人が戦うならそれなりの理由があったんだろうが、俺も同感だ。慧音先生を困らせてやるなよ、優夢さん。」

わかってますって。



一番大きな輪の方から一際大きな歓声が上がった。何事かと見てみれば、里の男と萃香が呑み比べをしていた。

「勇気あるな、萃香相手に呑み比べ挑むとか。」

「蛮勇ね。結果は見えてるわ。」

ほら、と霊夢が言ったとおり、程なく男は崩れた。萃香はまだまだ余裕で入りそうだ。ていうか酒に関してあいつに底なんてあるんだろうか。

「ほらほらどーしたぁー!もっと強い奴はいないのかい!?」

更なる挑戦者を求め萃香は声を張った。それに相応じる男達がチラホラといた。好きだねぇ。

「そういや、去年は優ちゃんを鍛えるために、呑み比べとかしたな。」

「ああ、そういえばありましたねそんなこと。」

あんときゃハンデつきだったんだよな。そのぐらいしないと呑めないぐらい、俺は弱かったから。

あれから色々と鍛えられたりして、俺もだいぶ強くなったんじゃないかな。現に既に5杯目に入ったというのに、全く酔いを感じない。

萃香ほどは呑めないにしろ、幻想郷的一般人のちょい手前ぐらいにはなったかな。

「優ちゃんが呑めるってないいことだよな。こうして酒を交わして腹も割れらぁ。」

「ま、元々俺は割るほど抱えてるものもありませんがね。」

隠し事はなしのフルオープンが俺の信条だ。『願い』云々に関しては止められてるせいもあって明かしてないけど。

「しかし、我々は楽しませてもらってる。色々無理を言ってすまなかったな、優夢君。」

「いえ、おかげで強くなれましたから。気にしないでください。」

「あとは敬語さえ取れれば言うことなしだ。」

それはちょっと無理かな。これは俺なりの礼儀なわけだし。

「対等に見てくれるのは嬉しいですけど、俺は若輩者です。目上に敬意を払うことを忘れてはいけないと思うんですよ。」

「君の実際の年齢はわからないだろう。だったら気にするほどのことでもない。」

その理屈もどうかと。

まあ、慧音さんの言うことも一理あるんだよなぁ。俺は自分の年齢がわからないから、どの程度の人生経験を積んでるのかもわからない。

けど、だったら余計に全員が目上だ。少なくとも今の俺は2歳児もいいところなんだから。

「というわけで、はっきりするまでは敬語を貫く所存にござりまする。」

「ま、それだけ遊べるなら問題はないか。」

俺の変な物言いに、慧音さんが苦笑する。敬語だから固いというものでもないはずだ。

「しかし優夢さんの年齢か。気にしたことはなかったが、実際どのくらいなのだろうな。」

一磋さんが何気なく言う。うーん、俺もあんまり気にしてないんだが。

「40とか50ってことはないと思いますね、さすがに。」

「その容姿でそれだけ歳が行ってたら反則だぞ、優夢さん。」

まあ、確かに。自分で言うのもあれだけど、そこらのティーンっぽい連中とあんまし変わらんように見えるし。

「しかし霊夢と同じぐらいと考えるには、少し知識が充実しすぎている気がするな。」

慧音さんが冷静に分析する。知識ベースで考えるのはちょっと基準が曖昧だが、少なくとも高校は卒業してそうな感じではあるな。

「見た目から言ったら16、7というところだが、少し高く見積もって20前後というところか。」

「そんなものだな。」

そこらが妥当なところか。とりあえず、俺は20歳(仮)ということにしておこう。

・・・これでおやっさんより年上でしたとか言ったら、軽く笑えないな。

「年齢と言えば、『外』ではアルコールは20歳になってからっていう法律があるんですが。」

これ以上深く考える話題でもないので、話を転換する。『外』の事情を知らない幻想郷の面々は、俺の言葉にちょっと驚いたようだ。

「なんと。若者は呑まないという話は聞いたことがあったが、決まりごととしてあったのか。」

「ええ、まあ。何でも、若いうちからアルコールを取ってると発育が止まる可能性があるから呑んじゃいけないんだとか。」

「そうなんか?まあ、俺っちはとっくに成長なんか止まってるから関係ないけどよ。」

おやっさんはそうでしょうね。もうすぐ40でしたっけ?

「しかし、言われてみれば優夢さんは身長が高いな。その決まりごとのせいか。」

いや、それは知りませんが。しかし幻想郷一般より身長が高いのは間違いない。

「幻想郷は『外』の非常識が常識となるところだ。しかしその情報は少し興味深いな。」

寺子屋にて子供を見る立場にある慧音さんは、俺の出した根拠ある話題に食いついたようだ。

「呑んでも成長する人は成長すると思いますけど、あんまり無理やり呑ませない方がいいかもしれませんよ。」

「確かに。子供達には、身長が伸びきるまではあまり呑まないように言っておくか。」

それがいいと思いますよ。



「おいおい、さっきから何小難しい話してるんだ?酒がまずくなるぜ。」

と、俺達が寺子屋の運営方針にまで発展した話題を繰り広げていると、魔理沙がやってきた。

「あっちの輪でやってたんじゃないのか?」

「ああ、あっちは皆つぶれちまったからな。萃香は次の相手を求めてどっかいっちまった。」

全員潰すなよ。本当に底なしだな、萃香。

「ほれ見ろ。おやっさんも一磋も霊夢も蚊帳の外になってるじゃないか。」

「あっと。すいませんでした、つい熱くなってしまって。」

「いんやぁ、いいって。見てるだけで十分面白いからな。」

「それに、寺子屋の運営なら俺も他人事ではないからな。止める気はなかったよ。」

そういえば、一磋さんは茶竹家に入るまでは慧音さんのところにいたんだっけ。

「いえ、後で寺子屋ですればいい話題でした。失礼しました。」

「そうだったな。私としたことが、つい乗ってしまったよ。」

それでも酒の席ですることではなかった。俺と慧音さんは頭を下げた。おやっさんと一磋さんは「いいって」と言ってくれた。

ちなみに霊夢はというと、この話題になる前から話を聞いてるのか聞いてないのかわからない表情で、花ばかりを見ていた。

・・・やれやれ、本当につかみ所のない奴だ。





魔理沙も俺達の輪に加わり、他愛のない馬鹿話が飛ぶ。

その間も、やはり霊夢はただ話を聞いているだけだった。





***************





皆が楽しげに会話をしている中、私は一人花を眺めていた。

会話に取り残されたとかではない。別に参加する気も起きなかったし、傍聴だけで十分だった。せっかく花が盛りなのだから、そっちを見る方が得でしょう。

正直なところ、花見を口実に酒を呑んで馬鹿騒ぎする意義が私にはわからない。花を見ることはそれだけで楽しいんだから、わざわざ他のことをする意味もない。

だったら、静かに酒を呑みながら、花を愛でる方がいい。

――と、そこまで考えて、私のこの考えが誰の『英才教育』によるものなのかを思い出した。

不愉快な話だけど、別に間違ってるとも思えない。だから、無理に捻じ曲げる気もなかった。

魔理沙も一緒にその心を叩き込まれたはずだけど、あいつは性分に合ってないんでしょうね。あいつは馬鹿みたいに騒いでなきゃ、むしろ気持ち悪い。

萃香にしたってそう。酒を呑まない萃香がいたら、絶対偽者だと断言してやってもいい。

別に皆の楽しみ方を否定するわけではない。私は私の楽しみ方をするという、ただそれだけの話。

だから、本当は別に人里まで出てくる必要はなかった。優夢さんと萃香が出たとして、私一人だけ神社に残ればよかっただけだ。

結局のところ、いつもの優夢さんの度を過ぎたお人好しが原因だ。だからと言って文句を言う気はないけど。

悪意からの行動でないことはわかってるし、こうして静かに花を楽しみ呑めている。出てくるのが面倒くさかった以外には嫌なことはない。

皆は皆で楽しめばいい。私は一人で私の楽しみ方をするだけだから。



そう考えていたけど、やはり世の中そうは問屋が卸さないものだ。

「歳といえば、そういや俺霊夢と魔理沙の正確な年齢聞いたことないんだよな。今更だけど。」

優夢さんが気を使ったのか(余計な気の回し方だと言いたいけど)、私に話を振ってきた。

・・・めんどくさいわね。

「レディーに歳の話をするのは厳禁よ。」

「そうかも知れないけど、気にするほどの歳でもないだろ。」

まあね。私自身そこまで老けている気も無い。何処ぞの長寿妖怪じゃないんだから、別に気にするほどでもない。

「まあ、大体そこそこよ。」

「割合そこそこだぜ。」

「わけわからん。・・・さっきの会話から推測するに、15、6ってとこか?」

いいセン行ってるわね。まだ16にはなってないはずよ。

「まだってことは、もうすぐか。てことは、霊夢は15か?」

「大体そんなところよ。私もよく覚えてないからはっきり言えないけど。」

10から数えるのはやめたわ。

「おいおい、自分の歳ぐらい覚えておこうぜ、後輩。」

「たかが数ヶ月誕生日が早い程度で年上面しないでほしいわね、おばさん。」

「魔理沙も同じぐらいか。てか魔理沙の方が誕生日早かったんだな。」

ほんの数ヶ月よ。同い年なんだから。

「ていうか、いきなり何よ。」

「いや、さっきアルコールと成長の関係について話してたからさ。お前達の年齢と成長のバランスを知りたかっただけだ。」

あっそ。で、結果は?

「やっぱアルコールは発育不良につながるかもな。まだ若いんだし、もうちょい控えたらどうだ?」

「そいつは無理な相談だぜ。幻想郷で酒を呑まない奴なんかいない。」

そうね。何だかんだで結局皆呑むし。

優夢さんもそこまで本気ではなかったらしく、しょうがないと苦笑を浮かべるだけだった。

別にそこまで大きくなりたいとも思わないし、別にいいのよ、私は。

「そーそー、大きいのは優夢の瓜二つだけで十分だぜ。」

「セクハラ発言やめい。つーか今男だからな。」

「私の目は節穴じゃないぜ。」

男でも女でも、優夢さんは優夢さん。いじられるのが当然の摂理よ。

今の発言を皮切りに、魔理沙が優夢さんに「何で男なんだ、女になれ」と迫り、優夢さんが抵抗を始める。それをおやっさんやいつの間にかできたギャラリーがやんややんやとはやし立てる。

私から注意がそれたのを好機として、私は輪を離れ一人の花見酒に戻った。

優夢さんの怒りが有頂天に達し起こる暴動をBGMとして呑む酒も、乙なものだ。



「楽しめているか?」

と、慧音も騒動から逃げてきたのか、木にもたれかかっていた私に声をかけてきた。

「そこそこね。」

「それは良かった。霊夢も、こういう場は苦手なんじゃないかと少しばかり心配してたんだがな。」

私『も』?

「靈夢――お前の母の方だが、彼女は人の集まる場所が苦手だったようだからな。神事などの折は、仕事を終えると早々に帰っていたんだよ。」

へえ、あのバカ母にも弱点があった――わけはないわね。結局私と同じ、わずらわしいのが面倒で逃げてただけか。

私にも増して人付き合いのなかったはずのあいつが、よく結婚できたものだと今更ながらに思うわ。

「私も当時は驚いたよ。茶竹一文と言えば、当時は有名な若き茶の匠として、一部の女性から頻繁に求婚されていたからな。まさか博麗の巫女と結婚するとは思っていなかった。」

我が父のことながら、大層な恥ずかしがりっぷりだこと。

理由としてはそんなところだと思う。父は寡黙キャラに見られがちだけど、実質単なる極度の恥ずかしがり。母は色気のないタイプだし、そんなあいつなら父でも平気だったんでしょう。

それでいて深く気にすることのない二人だから、まるで友達と遊びに出る感覚で結婚したんだろう。今も昔も無茶苦茶な両親だから、容易に想像ができる。

「あんた達それでいいんかい」と突っ込みを入れたくなる話だけど、二人が結婚してなかったら私は生まれていないわけで。何とも言いがたい微妙な気分になる。

「まあ、慧音が気にするほどのことは何にもないわよ。両親にしろ、私にしろ、ね。」

「かもしれんな。世の中とはそういうものだ。だが、だからこそ私は気になってしまうのだよ。」

性分というものだ、と慧音は言い、私の隣に腰を下ろした。

優夢さんといいこいつといい、優等生タイプは苦労が絶えないわね。私には関係のないことだから、別にどうでもいいけど。

「――もう2年になるのか。」

「ええ、そうね。もう3年目だわ。」

何を言いたいかはわかる。神社が私一人でなくなってからの話だ。

優夢さんが神社に住み始めて、もう2年が過ぎた。この2年は今までよりもあっという間に過ぎた気がする。

時間というのはそういうものだ。小さい頃は1年がとても長く感じられるけど、人生経験を重ねていくにつれて1年は短くなる。自分の生きた年月に対する割合が小さくなっていくんだから、それが道理だ。

けれどそれで考える以上に、この2年は早かった。『もう』2年という慧音の言葉が実感を持っている。

それだけ私は楽しく過ごせたってことなんでしょうね。なら、別に悪い話じゃない。

「正直なところを言えば、最初は不安だったのだよ。博麗以外の人間が、博麗神社で生活できるのかどうか。」

まあね。普通の人間には少々過酷な環境だからね、あそこは。何処へ行くにも、妖怪が住みついた森を越えなきゃいけない。

神社に参拝客が来ない一因に、そういうことがあるっていうのは私も理解している。

「それだけじゃない。あそこは幻想郷を覆う結界の基点だ。何があるかわからない。」

神社に博麗の巫女以外がいると、何か影響があるとでも?

「いや、それはわからない。わからないこそ不安だったんだ。」

言い分はわかるわ。けど、それを言ったら結局博麗の巫女だってそう決められただけのただの人間。特別な存在じゃない。

「古くから里を守ってるっていうあんたなら、そのぐらいのことわかってるでしょう?」

「まあな。わかってはいるが、何せ前例がないからな。」

頭固いわね。もっと柔軟に考えればいいのよ。

大体、私自身博麗の巫女としての仕事なんて、『異変解決』以外やったことがない。

母から叩き込まれた内容だと、他にも結界を開いて『外』から迷い込んだ人間を送り返すとかあるらしいけど、私が博麗になってからは一度もない。

結界の補修とかもないし、やってることは日がな一日お茶を飲むことだけ。

それでも何も問題ないんだから、人間が一人や二人増えたところで不都合が起こるとは思えない。

「まあ、あんまし増えてうるさいのも嫌だから、今のところ優夢さん以外の外来人は募集してないけど。」

「お前は少し彼に甘えすぎだな。」

別に甘えちゃいないわよ。

「そう。とても幻想郷に馴染んでるせいで忘れてしまうが、彼は外来人だったな。」

「私は忘れちゃいないけどね。」

気にしてないだけだ。

「彼は、記憶が戻ったらどうするんだろうか。」

それは、優夢さんが『外』に帰るかってこと?

「ああ。彼が神社にいるのは記憶が戻るまでという約束だろう?だったら、記憶が戻ったら神社を離れることになるじゃないか。」

「別に優夢さんが『外』に帰りたがれば、帰らせればいいじゃない。」

「だが彼は、外来『人』ではあるが『願い』だ。そう簡単に帰れるものだろうか。」

・・・まあ、確かにね。幻想郷が幻想の流れ着く場所なら、彼の居場所はここかもしれない。

その辺の小難しいことは考えないことにしている。そうなったときは全て優夢さんの選択に任せ、私は成り行きに任せるつもりだ。

「お前らしくはあるが、適当すぎやしないか。」

「私は別に構わないわ。優夢さんは家人みたいなものだけど、いなくなったとしたらそれはそれでしょうがないもの。」

永遠に同じものなんて、一つとしてない。人も、場所も。ひょっとしたら『願い』も。

「・・・強いな。白状すると、何で私がこんな話をしているかと言うと、私が怖いんだ。彼が幻想郷からいなくなってしまうこと――私達と別世界の存在になってしまうことがな。」

賢者失格だな、と慧音は自嘲した。別に、それが普通なんじゃない?

きっと別れを悲しまないのは、優夢さん自身と私だけ。優夢さんは受け入れ、私は受け流す。私達はそういう性格なのよ。

まあ、何にせよはっきりと言えることがあるわ。

「? 何だ?」

「もし優夢さんが『外』に帰りたいって言ったら、私が送り出すってことよ。」

この仕事だけは譲る気はなかった。もっとも、私にしかできない仕事ではあるけど。

優夢さんは私に恩を感じてるらしいけど、それを言ったら私も同じだ。何も感じず優夢さんの世話になってるわけじゃない。

優夢さんとともに過ごした時間の全ては、ちゃんと覚えてる。感じたことも、ちゃんと胸に刻んでる。

だからせめて最後に送り出すのはこの私の手で。そう思っている。

私の、決意というほどでもない決定事項に、慧音は目を丸くして驚いていた。そんなに驚くことかしら。

「いや、まさか霊夢がそんな風に考えていたとは、少々意外でな。」

「そりゃ残念ですこと。こう見えて、私はそこそこ普通なのよ。」

「・・・言い得て妙、といったところか。」

慧音は苦笑し、視線を私から暴動に移した。どうやら言いたいことは終わりみたいだ。

やれやれ、しゃべったらちょっと疲れたわ。陽気もいいし、たまにはこういう場所で昼寝も悪くないかもね。

そう思ってから私はすぐに目を閉じ、ほどなく眠りについた。





帰りまでに私は目を覚まさず、優夢さんが負ぶって帰ったそうだ。

――たまには、外出するのも悪くないかもしれないわね。本当にたまにだけど。





+++この物語は、酒の席で現在の状況やら何やらを整理する、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



この物語の主人公:名無優夢

久々の出番。最近ほんと出番なかった。けど今回もほとんど状況語ってただけっていう。

年齢の方はあくまでも推測。実際の年齢がどうなっているかは、蓋を開けてみないことにはわからない。

記憶が戻ってからどうするかは、今のところ決めていない。記憶が戻ってから決めようと思ってる。

能力:あまねく願いを肯定する程度の能力

スペルカード:想符『1700万ゼノのブルーツ(笑)波』、思符『デカルトセオリー』など



元にある歴史の主人公:博麗霊夢

やっぱり久々の出番。しかし元々あまり出番のない主人公故、別に違和感を感じない不思議。

何事にも縛られない=何も感じない、ではない。ちゃんと日々の物事に感情は動いている。面倒なので顔に出したりしないだけ。

優夢に対し恩義らしきものは感じているらしいが、それ以上の感情はない。

能力:主に空を飛ぶ程度の能力

スペルカード:霊符『陰陽印』、霊符『博麗幻影』など



→To Be Continued...



[24989] 幕間三十一
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:56
~幕間~



これは、永遠亭の宴会に招かれたときの話だ。



先日人里での宴会に出席したばかりだったが、今度は永遠亭からお呼ばれがかかった。

俺と、霊夢も呼ばれていたんだが、あいつはさすがに面倒くささが勝ったのか、決して腰を上げることはなかった。里に出たのも、あいつにしては頑張った方だ。まあ仕方ない。

というわけで人の頼みやお誘いを断ることができない俺は、ホイホイ竹林にやってきたのだった。

「うわっ、すげ。」

そして普段は見ることの敵わない竹の花に、思わず声が漏れた。

確か竹の花って滅多に花を咲かさないって話じゃなかったっけ。うろ覚えだけど、100年に一回とかそんな感じ。

そんな竹が花でアーチを作ってる。『花の異変』すげえな。

「別に『花の異変』のときは毎回こうなるってわけじゃないよ。今回は初めて見るぐらい咲いてるね。」

と、俺を案内する妹紅が解説してくれた。

妹紅も宴会に呼ばれたみたいだ。というか、この話を持ってきてくれたのは妹紅だ。

去年の秋の一件以来、妹紅は輝夜さんとそれなりに上手くやれてるみたいだ。いいことだ。

「そうなのか。てか、妹紅もこの『異変』については知ってるんだな。」

「当然。私がここで何年間殺し合ってたと思ってるのよ。」

確かに。過去形であることも相まって、俺は思わず苦笑した。

「原因については全く知らないけど、ほっとけば勝手に終わるのは毎度のことよ。」

「やっぱそうなのか。慧音さんもそう言ってたよ。」

慧音さんは原因の方も知ってそうな感じだったが、何だかんだで聞きそびれてるんだよな。

「慧音は色々と知識が豊富だからね。でなきゃ、寺子屋なんてやってないさ。」

「それもそうだな。」

俺も何故か色々と雑多な知識を持っているが、慧音さんには敵いそうにない。同じ教師としてもっと精進しなきゃな。

「あなたは慧音とは別方面の知識じゃない。十分だと思うけど。」

「知ってて足りないことはあっても、知りすぎるってことはないんだぞ。こういうのは。」

「そんなもんかな。私にはさっぱりわからないよ。」

とは言っているけど、妹紅も長く生きているだけあって色々なこと――特に経験則をよく知っている。

結局は、知識も十人十色なのかもしれない。

「まあ、教える上での引き出しは多いにこしたことはないんだよ。」

「それはそうかもね。」

軽く笑いながら、俺達は薄紅色の竹花のアーチを進んでいった。



一人だと空からでもだいぶ迷う迷いの竹林だが、妹紅が案内してくれるから永遠亭まではあっという間だ。

いつかの『異変』のとき、俺達が如何に遠回りしていたのかを思い知らされるな。

「にしても、妹紅はほんとに迷わないな。何を目印にしてるんだ?」

ちょっと気になったので聞いてみた。

すると妹紅から返ってきた答えは。

「目印なんかないよ。あそこには何万回と行ってるんだから、そんなものなくても大体の感覚で辿り着けるわよ。」

というものだった。反復は何とやらだ。

「いらっしゃいませ、ようこそ永遠亭へ。」

門前に着くと、一人の兎妖怪が出迎えてくれた。

表情を動かさない、一見すれば冷たく事務的な雄の兎。しかし去年の冬友人となったそいつが、それだけじゃなく熱いものを持っていることを、俺は知っている。

「よ。呼ばれたんで遊びに来たぜ、六兎。」

だから俺は、軽く手を上げて挨拶をした。んだが・・・。

「・・・?はぁ、何処かでお会いしましたでしょうか。」

一瞬怪訝な表情をしすぐに戻した六兎は、事務的な口調でそんなことを言った。

おいおい、冷たいな。

「数ヶ月会わなかったから、忘れちったか?オレオレ、オレだよオレ。」

ちょっとふざけて知識の中にあった詐欺の常套句でしゃべってみる。六兎の視線が怪訝から不審に変わった。

むう、冗談も通じんのか。

「って、ひょっとして本気で忘れられてんのか俺。」

「あなたとは初対面のはずですが。人違いではないでしょうか。」

ガーンという擬音が似合うほど、俺はガックリとうなだれた。

友達になれたと思ってたのは俺だけなのか・・・。

「んー。私にはどうにも二人の認識にズレがあるような気がしてならないんだけど。」

妹紅が俺達を見て、苦笑というかむしろ噴き出すのを堪えていた。

何だよ。

「聞くけど、あなたがこの兎に会ったときの性別は?」

「・・・あ!!」

そうだ、あんときゃずっと輝夜さんの代わり務めて『姫』やってたんだった。思い出した思い出した。

再び怪訝な顔をする六兎。こっちとしては、性別ぐらいで見分けつかなくなるってのはどうかと思うんだが。

陰体変化!!

話がややこしくなる前に、俺はあのとき六兎に見せていた性別――女性体に変身した。

「ふぅ。これなら分かるだろ、・・・って、どうした六兎。」

一瞬淡い光に包まれて、即座に陰体変化を完了した俺を見て、六兎は目をむき出すほどに見開いていた。

「あ、あなたは・・・優夢だったのか!?」

そして、事務的とは程遠い素っ頓狂な声で、その驚きを表現した。

「だったのかって、見りゃわかるだろ。」

「いや、だって今あなたは男で、優夢は女性で・・・」

「俺は女にもなれるだけで、元は男なんだって。前話しただろ?」

「聞いていない」と六兎はまだやや呆けた調子で答えた。・・・話さなかったっけ?

「話したつもりで忘れてたんじゃない?あなた、結構抜けてるところあるし。」

「抜けてるとは失敬な。まあ、確かにたまに迂闊なこと言ったりするけど。」

「もろじゃない。」

すーいーまーせーんーでーしーたー。

「・・・何が何やらわからないが、ともかく今はお客様でしたね。ご案内します。どうぞ着いてきてください。」

ここですぐに気持ちを切り替えられるところが、六兎の優秀なところだ。さすがと言いたい。



そして俺と妹紅は、六兎に案内されて皆が大宴会を開いている宴会場へと通された。

なお、このとき男に戻るのを忘れていたために、早速輝夜さんとてゐの連合軍から悪戯をされ軽プッツンしたのは、まあご愛嬌と思っていただきたい。





しかし、案内しているときの六兎の向こう側に見えた、陽炎のような幻影は何だったんだろう。

・・・まあ、気にすることはないか。今は宴会を楽しむことに全力を尽くそう。





***************





優夢が男だという事実は、少なからず僕を動揺させた。

確かに彼女――いや、彼は素の時は男っぽい口調でしゃべっていて、珍しいとは思っていた。だが、まさかその正体が本当は男だったなどとは誰が思うだろうか。

いや、そもそも男になったり女になったりするなど、普通は考えない。そんな人間がいることを、今初めて知ったぐらいだ。

ともかく、僕は真実を知った。あいつは男だ。性格から言葉遣いまで、完膚なきまでに男だ。彼自身の認識としてもそうだということも分かった。

ここで、かつて僕の中で鎮火したはずの嫉妬の炎が再燃するのは、ごく当然の流れだ。

僕の憧れの玉兎・鈴仙様が気にかかっている存在である名無優夢。彼女が女性ならば鈴仙様の友人と割り切ればよかったが、彼が男であるというならば恋敵だ。

一度は気を許した友人と言えなくもない人物に対し、僕は全力で妬みの視線を投げ飛ばした。

僕の視線を感じとったか――そういえば、以前僕が聞き耳を立てていたことに気付いたんだったか、見た目に反して鋭い奴だ――優夢はこちらを向き、ニヘラッと笑って手招きをした。

・・・鋭いんだか鈍いんだかわからない奴だな、これだけわかりやすく敵意を込めているというのに。それとも、わかっていてあえてやってるのか?

あいつなら十分ありえそうだ。薬を盛った僕の害意すらもあっさり受け入れたあいつなら。

けれどそれはそれで不愉快だ。僕は手招きする優夢に応じず、視線をそらした。

優夢は少し残念そうに笑ってから、藤原殿の方に向き直った。

・・・むぅ、何故か良心が痛い。こう、捨てられた子犬を見捨てたような感覚がある。

いや、僕だってわかってはいる。これは僕の勝手な嫉妬であり、善い悪いで判断したら悪いのは僕だ。

けれど理屈上の判断で感情を御しきれるなら、歴史上の戦は半分以下に減ると断言できる。

だから僕は、己の感情に従い、痛む良心をなかったことにした。ポーカーフェイスは得意なんだ。

そうだ、優夢に驚かされてしまったせいで意識がそれていたが、鈴仙様は何処だ。

ぐるりと視線を巡らせると、姫様に無茶難題を申し付けられて困っている鈴仙様の声を発見した。

姫様の難題の内容までは聞いてなかったが、この焦ったような困った声はいつものだ。

我らの姫君にも困ったものだ。最近はしっかりしてきたと思うが、享楽趣味なところは全く変わりがない。

確かにやることのない姫という立場にあるのは退屈かもしれないが、鈴仙様を巻き込まないでほしいものだ。

それを考えると、輝夜様より優夢が一時的にトップに立っていた時の方が、永遠亭全体として見たら平和だったんじゃないだろうか・・・。いやいや、何を考えているんだ僕は。敵を賞賛するような真似を。

「なぁーに難しい顔してんだよ、六兎。」

鈴仙様に意識が集中し過ぎていたため、僕は背後に迫った音に気付かなかった。

突然声をかけられたことに驚いて振り向くと、そこには酒の器を持った優夢が立っていた。

「生来の顔ですので。お気になさらず。」

驚いたという事実は顔に出さないように、答えを返した。

油断のならない奴だ。他に気を取られていたとは言え、僕に気付かれずに背後を取るとは。

「そうか?サシで話してたときは、もうちょい笑ってたと思うけど。」

「そうでしょうか。あまり笑みを見せるのははしたないので、努めてはいますが。」

「それもわかるけど、もうちょい表情柔らかくしてもいいんじゃないか。誰もそこまで気にしないって。」

「ありがたいお言葉ですが、これが私の従者の努めですので。」

もし感情を顕にしたならば、きっと僕はとても『いい笑顔』をするだろう。嫉妬のために。

僕の嫉妬を、この男は気付いていないようだ。・・・主代理時代ならともかく、今は思い知らせた方がいいかもしれない。

だが、一体どうやってわからせたものか。直接口に出して言うわけにもいかないし。

「けど、主や客に笑顔を見せるのも従者の務めだ。もっとハッピーに行こうぜ。」

「名無様は主だけでなく従者の心得もあるのですね。感心致しますよ。」

わざと嫌味な言葉を使う。自分で言っておいてあれだが、何て気分の悪い言い方だろう。

だが、優夢はどこ吹く風といった調子だ。

「まあ、以前紅魔館でメイd・・・『お手伝い』やったことがあるからな。その辺は叩き込まれたよ。」

呑気に返答してきた。・・・今『メイド』って言いかけたな。優夢は本来的に男だと思っていたが、実は違うのか?

「そういや、悪かったな。俺の本当の性別伝えそびれてて。最近じゃあんまり区別しなくなってたから、すっかり忘れてたよ。」

と思ったが、優夢自身の口からその考えを否定する言葉が出て来た。

口ぶりから察するに、元々が男で、あるときを境に女性になれるようになったのか。

恐らくは何らかの能力だろう。ということは、能力に目覚めたのがきっかけでとか、そんな感じか。

まあ、こうして男性の優夢を見ても中性的な顔立ちをしているし、見合った能力だったんだろう。

それはともかくだ。

「いえ、別にそれが元で不自由したわけでもありませんので。お気になさらず。」

冷たい口調で言葉を返す。知らなかった事実には驚かされたが、それだけだ。本音とポーズを混ぜた言葉だった。

それで何故か優夢は苦笑を浮かべた。だから何なんだ。

「宴会のときぐらい、羽目を外してもいいと思うんだがな。」

「遠慮させていただきます。私の務めですので。」

皆が皆羽目を外したら、誰が片付けをするんだ。

優夢はもう一度苦笑し、「ほどほどにな」とよくわからないことを言ってから、因幡隊長の方に行った。

・・・結局僕の心中を察した様子はなかったか。仕方がない、もし鈴仙様に手を出すような真似をしたら、邪魔をしてやることにしよう。

僕は心の中で固く誓い、再び鈴仙様に視線を向けた。

鈴仙様は首をぶんぶんと横に振り、「無理だ」と姫様に向かっておっしゃっていた。

だが姫様は構わず「やりなさい、命令よ」と言うばかり。間を聞いてなかったせいで何が何だかよくわからない。

しょうがない、話を知ってそうな兎をつかまえて、成り行きを聞くか。

「うーん、あの様子だと鈴仙も満更じゃなさそうだね。」

と、僕が動き出そうとすると、因幡隊長が優夢とともに僕の方に歩いて来るところだった。

因幡隊長は彼女達の会話を聞いていたんだろうか。

「満更ではない、とはどういうことですか?」

「言葉通りさ。それよりも六兎、優夢を振ったそうじゃない。ダメだよ~、女の子には優しくしなきゃ。」

「俺は男だって何度も言うのもしつこいけどあえて言うぞ。俺は男だ。」

「えっじゃあ優夢は男色!?」

「そっち系の趣味は毛頭ないッ!!」

僕の発言はさらりとかわし、因幡隊長は優夢と漫談を始めた。

用事がないなら来ないでほしいところだが。

「でも優夢ってば、周りに私みたいな可愛い娘がいっぱいいるのに、てんで見向きもしないじゃん。そう思われても仕方ないって。」

「そういうのは見た目じゃなくて中身だろ。それに、俺自身今のところ浮ついた話には興味が薄い。」

「全く、皆が苦労するわけだよ。」

「何のことだよ」と優夢は頭にはてなを浮かべていた。

つまり優夢は、涼しい顔をして他にも女性を引っ掛けているのか。何とけしからん奴だ。

「んじゃあこんな話はどうだい?



この六兎は、何を隠そう鈴仙にホの字なのさ!!」

「ブッ!?!?」

因幡隊長が投下した特大爆弾発言に、僕はポーカーフェイスも忘れて思いっきり吹き出してしまった。

な・・・何を言ってくれてるんだこの人は!?

「えっうそうそマジで??」

「ほんとほんとー。びっくりっしょ?こんな仕事一筋に見えて。」

因幡隊長だけでなく、優夢の目も爛々と輝いていた。楽しそうだな!?

「そうだったのかー。あ、そうかだからあのとき特攻役を買って出たのか。」

「そういうことさ。やっと気付いたかい。」

「・・・コホン。お二人がおっしゃっていることの意味がよくわからないのですが。」

惚けたが、この脊椎反射で嘘をつく老練の妖怪兎をごまかせるわけはなかった。

「へー、そう?じゃあ、私は鈴仙を優夢とくっつけようと思ってるんだけど構わないよね?」

「な!?ふざけ・・・!!・・・ないでください、因幡隊長。」

一瞬激昂しかかってしまった。その反応だけで、僕は「はい」と答えたも同然となってしまった。

因幡隊長は、ニヤリと笑った。

「おいてゐ。冗談でもそういうことは言うなよ。六兎の気持ちも考えてみろ。」

「その言葉、そっくりそのまま返すよ。ニブチン。」

「だからどういう意味なんだよそれは。」

くっ・・・知られてしまった。

僕の嫉妬はわからせるつもりだったが、この恋心までは知られたくなかった。これでは弱みを握られたも同然だ。

僕は羞恥と悔しさのために歯噛みをした。怖くて顔を上げられない。

すると、僕の肩に優しく、しかし力強く手が置かれた。誰のものかと思ったら、それは優夢だった。

彼は力強く不敵な笑みをたたえていた。・・・何だ、何なんだ一体。

「事情はわかった。俺はお前の恋を応援するぞ、六兎。」

やたら力強く言われた言葉は、僕の目を点にさせた。何故そういう結論に至った。

以前の晩餐での騒動のときもそうだったが、こいつの思考回路は一体どうなっているんだ。一度叩き割って見てみたい。

「優夢ならそう言うと思ったんだよねー。だから言ったんだけど。そっちの方が面白いし。」

「人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られるらしいけど、邪魔してるわけじゃないからいいのか?」

「いいのいいの。」

「何なに?面白い話?」

この会話を聞きつけた藤原殿が混じる。優夢は人の気持ちも知らず、止める間もなく藤原殿にあっさりと真実を話した。

「へぇー、この子がね。」

「応援してやりたくなるだろ?」

「どっちでもいいけど、酒の肴にはいいわね。私も協力するわ。」

そして何故か増える『味方』。・・・ダメだ、脳がまともに働いてくれない。何がどうしてこうなったのか理解できない。

僕にできること。それは、激流に身を任せ同化し、考えることをやめることしかなかった。





***************





思った通り、非常に面白いことになってきたね。やっぱり火種に投げ込むなら優夢に限る。

混じりっけのない善意って奴は、往々にしてことを大きくするもんだ。何せ本人に自覚がないからね。色々と。

六兎はというと、既に思考を放棄したようだ。ただ成り行きに身を任せるように虚ろな表情をしている。

身の振り方としては正しいけど、それはつまらないね。もっと色々反応してくれないと、私がつまらないじゃないか。

「まず、鈴仙さんにおける六兎の位置を確認しないとな。現在どの段階にあるのかを確認しないと、アプローチの取りようもない。」

「んー、多分だけど名前も覚えられてないんじゃないかな。ここの兎って多いし、私自身この子の名前は初めて知ったよ。」

「む、結構道のりは遠いな。長期戦を想定しなきゃまずいか・・・。」

で、そんな六兎を放っておいて、優夢と妹紅はどうやって六兎の恋を成就させるか相談している。本人の意見も聞きなよと言いたいところだけど、当の本人はあっちの世界にイっちゃってるから、まあ仕方ないかな。

にしても、優夢はともかくとして妹紅が結構本気で乗ってるのは意外だね。あんまり他人に干渉とかしないタイプだと思ってたけど。

『殺し合い』が終局を迎えて、姫様も――あんましよろしくない方にだけど――変わったんだから、妹紅も変わったってことなのかね。

そういえば、その件に関しても優夢が絡んでたんだっけ?お師匠様がそれっぽいことを言ってたような気がしたけど、断片的な情報だったしよく把握できてないんだけど。

・・・ま、今はいいか。後で当事者達に聞けばいいんだから。

今はそんなことよりも、六兎でどうやって遊ぶか――もとい、六兎と鈴仙でどうやって遊ぶかの方が大事だ。

あーでもないこーでもないと相談をする二人。まあ、優夢は女心がわかってないし、妹紅は恋愛経験なんて皆無だろうし、難航するのは目に見えてたかね。

これはこれで面白いけど、進展がないんじゃつまらない。というわけで私も口を挟んだ。

「ちょいとお二人さん。そんなんじゃダメダメ。もっと積極的なアプローチを取らないと、鈴仙を振り向かせることなんてできないよ。」

「そうは言うけど、いきなりあんまりなアクションを取ると鈴仙さんが引くだろ。」

チチチ、と指を振る。あんたは何もわかってないよ、優夢。

「いいかい、恋愛において敗北とは『好きでも嫌いでもない』ことなんだよ。『嫌い』は興味の裏返しだからまだチャンスがあるけど、興味を持たれなかったらその時点でアウトなのさ。」

その辺りの理屈はわかるのか、優夢はちょっと唸った。

「むぅ。けど、あんまり嫌われてもダメだろ。修復可能なラインを超えちゃってもアウトだ。」

「だからと言って無難にやってるんじゃ、先には進まないよ。それでなくても六兎はリード取られちゃってんだから。」

「? 鈴仙さんが気にしてる誰かがいるのか?」

あんたのことだよ、優夢。とは思っても言わない。言って自覚されても面白くない。自覚がないから、優夢は面白いんじゃないか。

「こっちの話。で、ともかく六兎にはハイリスクハイリターンで挑んでもらわなきゃならない。なぁに、こいつだって兎妖怪の端くれなんだ、やるときゃやってくれるよ。ね、六兎?」

「え??あ、はぁ・・・。」

いきなり話を振られて全く意味がわかってなかったようだが、今こいつは了解を示した。優夢に意見を飲ませるには十分な材料だ。

「というわけさ。六兎もこう言ってんだ、もうちょいアグレッシブに行こうよ。」

「本当に大丈夫なのか、六兎。こいつのことだから、とんでもないこと言い出すぞ。」

あんたには言われたくないなぁ、天然でめちゃくちゃやるくせに。

「いや、そもそも僕が何の話か理解してないんだg」

「さあ!!そうと決まったらちょっと私の話を聞いてもらおうじゃないの。」

六兎の言葉を皆まで言わせず、私は少々声を張った。さすがの六兎もこれだけ無茶苦茶な状況になれば素が出るみたいだね。

ともかくとして、私はこの状況をさらに面白くすべく、因幡流・恋のマジカル☆テクニックの概要を話し始め――



「優夢・・・!!」

ようとしたところで、乱入者があった。

誰かと思ったら、それは鈴仙本人だった。一旦話は中断だね。

「あ、鈴仙さん。えっと、何か御用でしょうか?」

優夢がちょっと慌てた様子で、誤魔化すように対応する。今まで鈴仙の話をしてたわけだし、まあそうなるね。

しかし鈴仙の方もどうにも様子がおかしい。何というか、視線を優夢に合わせないようにして、モジモジしてるというか。て、いつもと同じか。

けど、やっぱりいつもと様子が・・・そうか、顔が赤くなってるんだ。何かを恥ずかしがってるように。

「あ、あのね、そ、その・・・。」

「えと、はい、何でしょう?」

しどろもどろになりつつ言う鈴仙と、ちょっと落ち着きのない優夢。傍から見てる分には面白いんだけど、これって・・・?

しばし視線を泳がせていた鈴仙だったけど、やがて目を瞑り唇をギュッと噛み、覚悟を決めて顔を上げた。

「優夢ッ!!」

「は、はいっ!!」

名を呼ばれ、背筋を伸ばし居ずまいを正す優夢。

そして鈴仙は言った。



「好きです!付き合ってくださひっ!!」

「は、はぃ・・・、って、ぇぇぇええええええ!!?」

鈴仙の電撃告白に、優夢だけでなく私達も目をむき出しにして驚いた。

というか、私達は歓喜に湧いた。『おおおおお!!?』というどよめきが部屋中に響き渡る。

が、それも束の間。

「姫様!言われた通りやりましたからね!!」

「すぐバラしちゃったら面白くないじゃない。そのままくんずほぐれつまでいってから言いなさいよ。」

「絶ッッッ対、嫌です!!」

鈴仙は言い終わるとすぐに振り返り、姫様に向かって叫んだ。どうやら何かの罰ゲームの類だったらしい。

皆口々に、「なーんだ」「つまんない」「酒の肴にしようと思ったのに」などなど言っていた。

「え、あ?あ、ああ、何だ、冗談だったんですね。あーべっくらこいた。」

「将棋に負けた罰ゲームよ!ほ、本気にしないでね!!」

「大丈夫です、わかってますって。」

優夢は本気で安堵のため息をついていた。それはそれで鈴仙に対し失礼なんだけど、当人達が気付いてないみたいだからいいか。

・・・やれやれ、本当に手がかかって飽きさせない連中だね。

実のところ、私は鈴仙の気持ちについて知っている。鈴仙自身は否定してるし、多分本気で気付いてないんだろうけど、心の奥底では優夢を求めていると。

理由までは知らないけど、そうであることぐらいわかる。伊達に人の顔色を伺いながらこの歳まで生きてはいないよ。

今のもそのままにしておけば、鈴仙にとってはよかったのかもしれないのに、自分からふいにしてしまった。

まあ、だからこそ面白くて、いつまでも見ていたいと思うのかもしれないけどね。

もっともっと私を楽しませてくれよ、優夢。でないと殺されかけたかいがないってもんだよ。

っと、そういやもう一人手のかかる子分のことを忘れてたわ。

「おーい、六兎ー。生きてるかー?」

横を見ると、今の光景にショックを受けたのか、小柄な雄兎は項垂れ暗い影を背負っていた。ちょっとこの子には刺激が強すぎたかもねー。

まあ、正気に戻ったところでちゃんと誤解を解いてやればいいか。早々にリタイアされても面白くないし。



・・・と、思っていたんだが。

どうやら私はこの感情をあまり表に出さない部下のことを、よく理解できてなかったらしい。

元気付けるために肩に手を置こうとした瞬間。

六兎は、一瞬にして優夢の懐に潜り込んでいた。

『・・・へっ?』

優夢と、鈴仙と私、それから妹紅がその光景を見ていて、一様に間抜けな声を漏らした。

「蹴り・・・」

その中で、何故か六兎のつぶやきだけがしっかりと聞こえた。

そして。

「穿つ!!」

「おぐは!?」

屈めた身を思い切り伸ばす勢いで放たれた高速の蹴りが、過たず優夢の腹部に突き立った。

さすがの優夢もその威力には耐え切れず、蹴り上げられ、天井に張り付けられたのだった。そのまま床に落ちて、つぶれた蛙みたいな声を出す。

「え、ちょ、優夢ー!?だ、大丈夫ー!!?」

「斬刑に処す・・・!!」

「うわ!?ちょ、落ち着け六兎!!」

慌てて駆け寄る鈴仙、追撃をかけようとする六兎、跳ね起き逃げ出す優夢。

何というか、まあ。

「面白いし、別にいっか。」

「いいの?まあ、私も止める気はないんだけど。面白いし。」

彼らの騒ぎ声も宴会の喧騒というBGMの一つだ。それを止める必要は、何処にもない。

だから私達は、三人が追い掛け回している光景を、楽しく眺めているだけだった。



ああ、本当に『今』は楽しいね。そうは思わないかい?





+++この物語は、竹林の屋敷の宴会で収集がつかなくなる、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



あっちこっちにお呼ばれする人:名無優夢

顔が広く人当たりもいいため。YUMUなら仕方が無い。

六兎とは親友だと勝手に思ってる。男友達に餓えてるため、ややもすれば男色に見えるかも。

六兎の恋心を知ったため、以降全力で彼の『願い』を肯定しようと思っている。

能力:あまねく願いを肯定する程度の能力

スペルカード:想符『1700万ゼノのブルーツ(笑)波』、思符『デカルトセオリー』など



鉄面ベビーフェイス:千夜六兎

まさかの再登場オリジナル雄兎。売りは驚いても眉一つ動かさないポーカーフェイス。しかし今回結構表情崩れてた。

あまり知られていなかったが、兎の脚力で放たれる体術が結構脅威。そして厨二の星乙。

優夢のことは一応友達という認識だが、ちょっと理解できないでいる。頭が固い。

能力:千里の音を聞き分ける程度の能力

スペルカード:なし



娯楽のためなら仲間も巻き込む:因幡てゐ

今回は嘘はついてないよ。しかし今回は嘘をつくよりも永遠亭を震撼させた。

正直なところ、鈴仙とくっつくのはどっちでもいいと思ってる。最終的に丸く収まれば御の字であり、それまで事態を引っ掻き回して楽しむ気満々。

ちなみに彼女自身の恋愛経験は皆無。

能力:人間を幸運にする程度の能力

スペルカード:兎符『開運大紋』、兎符『因幡の素兎』など



→To Be Continued...



[24989] 幕間三十二
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:57
~幕間~



これは、香霖堂プロジェクトミーティングのときの話だ。



「・・・以上。何か質問は。」

優夢の説明が終わった。少々長かったが、寺子屋で子供達に勉学を教えているというだけはあり、不明な点は一つもなかった。

「いや、私の方からは特にないよ。実際に作って動かしてみないことには、疑問になりようがないしね。」

「まあ、物作りってのはそんなもんだな。霖之助さんは?」

「科学は門外漢なのでね。感心こそすれ、疑問に思うことはないよ。」

私達の反応を見てから、優夢は講義を終えた。

最初の顔合わせから既に数ヶ月が経っている。あれから優夢は月に一度、こうやって香霖堂で私のために講義をしてくれる。

今回の議題は交流電流と直流電流の違いについてだ。発電機で起こせるのは、機構上交流に限られてしまうらしい。

直流と交流では扱い方が違う。間違えると機器を破損してしまうこともあるということだ。

なるほど、今度からそれも踏まえて実験しなきゃいけないね。

「お疲れさん。ためになったよ。」

「あいよ。このぐらいでしかにとりの助けになれないからな。そう言ってもらえれば嬉しい。」

なんのなんの、あんたにもらった画期的な知識に比べりゃ、私はまだまだ何も出来てないさ。



講義が終わった後、店主が淹れてくれた豆の茶――珈琲だったかな?でお茶会を開く。これもここ毎月のお決まりだ。

「しかし、にとりは本当にキャッチアップが早いな。余計な知識がない分柔軟に考えられるし、教えがいがある。」

「ははは、それほどのもんじゃないよ。」

『キャッチアップ』とは、確か理解して追いつくという意味だ。何でも、『外』のこの手の業界で使われる言葉なんだとか。

始めの頃、優夢がポロッと口にした言葉だ。意味がよくわからず、質問したところ、そういう答えが返ってきた。

優夢は過去の記憶がないから、『外』にいたときに何をしていたかはわからないけど、やっぱりエンジニアをやっていたんだろうと想像ができた。

「多分来年の今頃には、知識でも俺を追い抜くんじゃないか?」

「またまた。頼りにしてますよ、センセ。」

ポンと肩を叩いてやると、彼は恥ずかしそうな苦笑を浮かべた。

こういう表情を見ると思うんだけど、優夢って男なのに女っぽいよね。何ていうか、もったいない程に美人だ。

本人が気にしてるといけないから口に出したことはないけど、毎度のこと心の中でそう思っている。

「僕からしてみれば、話についていくだけで精一杯だよ。以前から思っていたことだが、優夢君は実に賢い。」

「それは言い過ぎですよ、霖之助さん。確かにバカではないと思ってますけど、賢いと言われるほどじゃないです。」

そうかねぇ。人里の守護者が代理を任せるほどなんだから、賢者と呼んでいいぐらいだと思うけど。

「紫さんの言ってることの半分も理解できない俺が賢者なわけがないだろ?」

紫――『妖怪の賢者』の八雲紫か。

優夢は交遊関係も変わっている。幅広いというか、知人の種類に節操がない。

人間はもちろんのこと、妖怪、妖精、吸血鬼、果ては亡霊とまで付き合いがある。

話じゃ博麗の巫女と一緒に『異変解決』なんかをしてるらしいから、その関係なんだろうけど。それにしたって見事なものだ。

強者は凡百の存在には興味を示さない。それだけの連中と付き合いがあるっていうのは、それだけの特異性がこの友人にはあるってことなんだろう。

まあ、私には些細なことだ。優夢にそんな特異があろうがなかろうが、盟友なんだから。

それはともかく。

「妖怪と比べちゃあいけないよ。特にあの妖怪は、私達ですら気の遠くなるような年月を生きてるんだから、わかろうってのが無理な話さ。」

「それに、僕の考察だと彼女の話す内容は半分以上が意味のない言葉遊びだ。気にするだけ浪費するだけだよ。」

おや?店主、あんた八雲紫と面識があったのかい?

「こんな店を開いているからね。たまにガサ入れをしにくるよ。」

「なるほど。」

そりゃ納得だね。



そんな感じに、雑談と情報交換が入り混じりながら談笑するのがこのお茶会だ。

いつもは大体2、3刻ぐらいでお開きになる。

ところでこの店『香霖堂』だが、私以外の客が来るのを見たことがなかった。それで商売として立ち行くのかが気になるところだが、店主自身は気にしてる様子もない。

まあ、道楽商売みたいなもんだし、問題はないんだろう。そう思うことにしている。

つまり、私達のお茶会が来客によって中断することは、今まで一度もなかったのだ。

しかし、どうやらこの日は違ったらしい。

「おいーっす、こーりんいるかー?」

勢いよく扉が開けられ、ドアベルがけたたましく鳴る。そしてそれに負けないぐらいの元気のいい少女の声が、狭い室内に響いた。

「魔理沙。ここは僕の店なんだから、いないわけがないだろう。あとドアは静かに開けなさい。」

店主が立ち上がり、応対をする。どうやら知り合いみたいだ。

「私の店はよく留守になってるしドアを乱暴に開けても平気だぜ。・・・と、優夢もいたのか。」

「お前ん家のドアは寿命が来てるだけだ。今度直してやるから、もうちょい丁寧に扱え。」

おっと?どうやら優夢の知り合いでもあるらしいね。初対面は私だけか。

「あと一人、知らない妖怪だな。河童か?」

「川河童の河城にとりだ。そういうお前さんは誰だい、人間さん。」

「普通の魔法使いの霧雨魔理沙さんだぜ。」

帽子をくいっと持ち上げ、少女は不敵に笑いながら言った。

一言一言に勢いのある奴だ。私はこういう人間を嫌いじゃない。

「覚えたよ、魔理沙。今日からあんたは私の友達だ。」

「お?気が早いな。けど、悪くない。優夢の友達なら、お前も私の友達だ。」

私が差し出した右手を、魔理沙はしっかりと握った。うん、気持ちのいい奴だね。

この友人との出会いに感謝を。

「んで、三人で頭つっつき合わせて何やってたんだ?お、コーヒーじゃん。私ももらうぜ。」

「今淹れてやるから、人の分を取るんじゃない。いつまで経っても子供だな。」

やれやれといいながら、店主は店の奥へと入っていった。どうやら、魔理沙と霖之助は付き合いが古いらしいね。

「で?」

「お前が聞いても多分面白い話じゃないぞ。どうやってアレを動かそうかって話だ。」

「アレ?・・・って、ああ。アレか。」

魔理沙は知ってるようだね。このプロジェクトの発端となった『ノートPC』のことを。

「何だ何だ、お前達私を差し置いてそんな面白そうなことしてたのか?そういうことは早く言えって、私も混ぜろ。」

「お前が真面目に授業を聞けるようになったら混ぜてもいい。趣味みたいなもんだけど、結構真面目な話だぞ。」

「まあまあ優夢。そう邪険にしないで、話ぐらいしてやってもいいじゃないか。」

どうにも優夢は、魔理沙をこの話から遠ざけたいらしい。

けど、これは上手くやれば幻想郷全体を豊かにすることができる話だ。そういう意味では、魔理沙も関係なくはない。

だったら、話してやって理解させてあげてもいいんじゃないかと、そう思った。

けれど優夢は難しい顔をした。

「そうは言うけどなぁ・・・。こいつ、寺子屋の授業でもちょっと話が難しくなるとやる気なくすんだよ。」

「あれは趣味だからだぜ。好きなときに学んで好きなときに遊ぶぜ。」

快活に言う魔理沙に対し、優夢は深くため息をついた。

話から察するに、魔理沙は人里の寺子屋で優夢の授業を受けてるんだろう。そのときの様子から、優夢は魔理沙には向かないと判断したようだ。

きっと普段の授業でも魔理沙に振り回されてるんだろう。その光景が、付き合いの短い私にも何故かありありと想像でき、なんだかおかしかった。

「じゃあ説明するけど・・・寝るなよ?」

「善処するのぜ。」

「っはは。あんた達、面白いねぇ。」

こらえきれず笑った私を、優夢と魔理沙は不思議そうに見た。





「というわけだ。以上、何か質問は?」

本日二度目の講義。もっとも内容はさっきよりも単純な話で、『ノートPC』を動かすのに必要なもの、それの起こし方、私達の現状というざっくりとしたものだった。

話を聞き終え、魔理沙は大きな伸びをした。

「んー?要するに雷様を起こそうってんだろ?だったら、空から落ちてくるのを待てばいいじゃないか。」

「2年前の説明をもう一回させる気かい。」

「あー、そんな前のことは忘れたぜ。」

なるほど、と苦笑した。これは確かに、優夢が乗り気にならないわけだ。

魔理沙は自分で『魔法使い』と言っていただけあって、科学に対する興味が薄い。あくまで興味があるのは『ノートPC』を動かすことであって、その過程はどうでもいいみたいだ。

「で、いつ動くんだ?」

「だからまだ電気を起こす研究の段階だって。そんな簡単に人類の英知の結晶にたどり着けると思うなよ。」

「ちぇー、つまんないな。」

椅子の背もたれに背を預け、魔理沙は珈琲を啜った。

「まあ、魔理沙は実際に動いた結果を見れば満足だろう?そのときになったら呼べばいいさ。」

「お、にとり分かってるな。」

「・・・まあ、分かっちゃいたけどな。」

優夢は軽くため息をついた。この結果は予想できてたみたいだね。そんなに気にした様子もなかった。

「あとどれぐらいかかるんだ?一ヶ月か?」

「だからそんな早くいかんて。そうだな、安定した電力を得られるようになるのに、最短で一年ってとこか。さらに他に制御理論やら何やらが必要になってくるから、どんなに急いでも二年以上は確実に必要だな。」

「長いなー。やる気続くのか?」

「続けるさ。新しい技術に触れられるってことは、技術者にとってはとても面白いことなのさ。」

ふーん、と魔理沙はわかったようなわからないような返事を返した。

「お前に分かりやすく言えば、新しいスペカを攻略してるようなもんだ。」

「おお、それ分かりやすいな。」

そのたとえはどうかと思うけど、魔理沙には伝わったみたいだ。目が歳相応の少女らしくキラキラと輝いていた。

なるほどね、魔理沙は弾幕ごっこが好きなのか。なら、今度勝負してみるのもいいかもしれない。

「なら、私はお前達がアレを動かせるようになるまでの間、新しいスペカでも開発してるかね。」

「つながりがないな。」

魔理沙の言った理屈が変で、しかしとてもらしいと思えて、私は笑った。





***************





優夢はにとりとしゃべっていた。内容はちんぷんかんぷんだが、どうやらまず電気を起こすことを考えてるみたいだってことはわかった。

優夢も相変わらず変なことをすると思ったが、それを言ったらにとりもか。

私の記憶じゃ、河童はあんまし人間に友好的じゃなかった気がする。以前河童の子供を見たことがあったが、声をかけたら一目散に逃げられてしまった。

まあ、単にあの河童が人見知りするだけだったのかもしれないが、人間と河童が古くからの盟友だなんて話は聞いたことがない。

となると、やっぱりにとりは変な河童だ。面白い奴だと思う。

けど話はさっぱりわからなかったので、今はつまらなかった。

「なー。そんなつまらない話やめて弾幕しようぜ弾幕。」

なおも話し合いを続ける二人に、私はテーブルに垂れながらぶーたれて言った。

「いつも神社でやってるだろ。たまには休んどけ。」

「お前に言われたくないぜ。少なくとも私はお前が働いてない日を見たことがない。」

「たまには休んでるぞ。一月に一回ぐらい。」

少なっ。この仕事中毒につける薬はないな。

「優夢は働き者だねぇ。」

「言うほどじゃない。世の中俺より働く人なんて五万といるはずだ。」

『外』の話か。それが真実だったとしたら、随分と落ち着きのない場所だな。

「なるほど、そりゃ幻想郷が切り離されて100年ちょっとの間に、驚くほど進歩するわけだ。」

にとりは何事か納得してた。きっと技術者にしかわからん何かだろう。

「けど、精神性に関しては幻想郷の方が進んでるって俺は感じるよ。『外』じゃ多分妖怪は受け入れられないだろうな。」

「そりゃ、『外』で忘れられたから私達はここにいるんだからね。けどその割に優夢は妖怪に対しても友好的だよね。」

そら優夢だからな。この点に関しては、多分こいつの能力とかは関係ない。単なるお人よしだ。



ふと思った。

そういえば、にとりは優夢の『正体』を知ってるんだろうか。

あんまり人に言うなと紫直々に言われてる優夢だが、割とあっさり漏れることがある。

今のところこーりんとか射命丸とか、あとは人里の人間は知らないと思う。真実どうかはわからないけど。

けど、さっきから見てる様子だと、にとりは優夢とだいぶ仲が良さそうだ。こういう相手に、優夢はあっさりとバラす傾向が強い。慧音然り、妹紅然り。

ちょっと気になったが、まさか正面から「お前は優夢の正体を知ってるか?」とか聞くわけにはいかない。知らないかもしれないからな。

紫の企みは知らんが、私は私として、優夢の『正体』を黙っている。

だってそんなの、「面白くない」じゃないか。

優夢は優夢だ。記憶がなく何処の誰かもわからないが、私の親友だ。

病的に人が良く、素でぶっ飛んだことをして、すけこましで鈍くて、どこまでも面白い名無優夢という『人間』だ。

それが、たとえ私がそう思わなくても。皆から『願い』という色眼鏡で見られることが。

そう考えただけで、私は激しくつまらない気持ちになる。

だから私は、優夢の正体については極力黙ってる。

優夢は人間だと思う方が、断然面白いに決まってる。

なので私は、一瞬浮かんだその考えを無理矢理消し去り。

「妖怪と言えば、この間チルノから面白い話を聞いたぜ。最近説教妖怪が出るらしい。」

話題を変えた。

「説教妖怪?そんな妖怪いるのか?」

「さあ、私も聞いたことないけど。」

「あいつの説明じゃ要領を得なかったけど、三月精って連中と遊んでたらいきなり襲われたらしいぜ。」

「ほう?霧の湖の氷精は彼女らと交流があったのか。初耳だな。」

「霖之助さん、サニー達のこと知ってるんですか?」

何だ何だ、お前ら二人ともその連中のこと知ってるのか。お前らの顔の広さはどうなってんだ。

「いや、サニーミルクとスターサファイアに関しては名前だけしか聞いていないよ。ルナチャイルドがここの常連でね。」

「へえ、ちょっと変わった感じの妖精だとは思ってましたが。俺は去年の萃k・・・宴会騒動のときに、ちょっとな。」

萃香が起こしたあの馬鹿騒ぎの話だよな。何で今名前出すのやめたんだ?

・・・まあいいか。優夢なりの考えがあるだろう。だったら、沈黙は金也だ。

さすがににとりはその妖精のことは知らなかったようだ。これでにとりまで知ってたら、ちょっと寂しかったぞ。

「何でも、『お前は最強だからぶちのめす』みたいなことを言われたらしい。」

「物騒だな。しかもそれ説教か?」

チルノからの又聞きだからな。あいつの誇張が9割9分ぐらい入ってるだろ。

「んー、妖怪が妖精を相手にするとは思えないんだけどねぇ。何かの間違いじゃないのかい?あるいは、その妖精が嘘を言ってるとか。」

「あいつに嘘をつくぐらいの知能があるなら、大妖精もあんなに苦労してないぜ。」

「・・・なるほど。」

今のやりとりで、にとりはチルノの性格を理解したようだ。優夢みたいに理解の早い奴だな。

「大方妖怪ってのがあいつの思い込みなんだろ。説教って言ったら、やっぱ神だぜ。」

「神様を怒らしたってか?あいつの場合十分ありそうだから困るな。お前も気をつけろよ、魔理沙。」

私はやましいところなんか何もないぜ。

そう言ったら、何故か優夢とこーりんが頭を抱えてため息をつき、それを見たにとりが苦笑いをしていた。

・・・何なんだよ。



話は転がり、再び電気を起こす話に戻ってきた。

今度は私に配慮したのか、優夢もにとりも専門的な話はあまりせず、今までにあった笑い話や苦労話をしていた。

それだったら私にもわかるし、面白い話もある。飽きずに聞いていた。

「いやしかし、最初の発電機を見せられたときは、俺はどういう顔をすればいいかわからなかったよ。しかも実験成功させちゃうし。」

「しょうがないだろ、あのときはまだエネルギー保存の法則なんて知らなかったんだから。」

何でも、にとりが最初に作ったのは人力の発電機だったそうだ。こいで回して電気を起こす(仕組みは知らんがそういうものらしい)タイプのやつで、大きな力を生むには向いていない。

「確かに『外』にも手回し発電機ってのはあるけど、理科の実験で使うような玩具だ。持続的に一定の電力を作るのには向かない。」

ってことらしい。それで木炭を焼ききってしまったというのだから、にとりも大概変な妖怪だ。

「けど、動力はやっぱり問題だねぇ。一番現実的なのは、以前優夢に教えてもらった水力発電だけど、それじゃ河童の集落ぐらいでしか使えないし。」

「火力は公害の問題もあるしな。中々障害は色々とあるもんだ。」

「私にゃよくわからん。その辺は専門家達に任せたぜ。」

親指を立て、私は思考を放棄した。私には魔法しかわからん。

「・・・うーん。」

と、にとりは人差し指を額に当て、唸り始めた。どうした?

「いや、今ちょっと閃いたと思ったんだけどね。魔法でどうにか動力を得られないかとも思ったけど、そんな回りくどいことしてもロスが大きくなるだけかな。」

ほう?ちょっと面白そうだな。

「まあ、霊力発電は以前考えたよな。効率的にタービン回すのには全然向かなくて諦めたけど。」

「だねぇ。私の水でも、川の流れに任せた方がよっぽど効率がよかったし。」

「諦めんなよお前達ー。どうしてそこで諦めるんだそこで。」

霊力発電、面白そうじゃないか。それなら私の魔法実験にもなる――もとい、魔法の力を役に立たせることもできる。

「よっしゃ、動力は任しとけ。普通の魔法使いの底力、見せてやるよ。」

どんと胸を叩き、私は宣言してやった。優夢とにとりはきょとんとし、こーりんは苦笑していた。さすがに付き合いが長いだけあって、私のことをわかってるな。

「いいのかい?あんたはさっき面倒くさがってたじゃないか。」

「気が変わったのさ。この計画、私も乗ったぜ。」

訳のわからない科学の話ならともかく、魔法なら私の専門分野だ。だったら、私が受けない道理はない。

「けど、徒労になるかもしんないぞ。さっきも言ったけど、霊力発電は失敗だったんだから。」

「けど、魔法は試してないんだろ。だったら、魔力発電は成功するかもしれないじゃないか。」

優夢の目を真っ直ぐに見て、私の自信を伝えてやった。5秒、優夢は私の目を見続けた。

そして、肩の力を抜いた。

「こうなったお前は貫き通すって知ってるよ。止めはしない。」

「おう、任せとけ。」

「・・・なんだか面白いことになってきたね。よぉし、俄然やる気が湧いてきた!!見てなよ、この私が見事魔法の力を電力に変える発電機を作り出してみせよう!!」

私のやる気がにとりに飛び火し、勢いよく立ち上がった。

「よく言ったぜ、にとり。この私の魔砲を受け止められるだけの器を作れよ!!」

「任せな。幻想郷一の技術者の力、見せてやるよ!!」

「言っておくけど、作るのは発電機だからな。脱線するなよ。」

「ふむ、魔理沙が加わったか。これは、我々にとっては心強いかもね。」



こうして私は、幻想郷の電気化計画――香霖堂プロジェクトに参加したのだった。

「よーっし、そんじゃあ私の加入記念パーティーだ!こーりん、酒!!」

「おいこら魔理沙、昼間っからしかも人の家で酒を強請るな。」

「まあまあ優夢、固いことは言いっこなしさ。」

「全く、いくつになってもしようのない子だ。」

そして、この日は夜になるまで、香霖堂で小さな宴会を開いたのだった。





+++この物語は、春の『異変』時に魔理沙がプロジェクトメンバーになる、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



プロジェクトリーダー:名無優夢

現在のところ知識が一番あり、また大局を見ているため方向を指示できるため。物を作るだけが仕事ではない。

賢者というにはまだまだ人生経験が足りないが、長じればそう呼ばれてもおかしくない程度ではある。

IT系企業マンの臭いがするが、何をやっていたのかはやはり謎のまま。

能力:あまねく願いを肯定する程度の能力

スペルカード:想符『1700万ゼノのブルーツ(笑)波』、思符『デカルトセオリー』など




プロジェクトエンジニア:河城にとり

唯一のエンジニア。一人で発電機作るとか、河童の技術力マジパネェ。

日頃から発電機以外にも色々と発明をしている。光学迷彩とかマジックハンドとか。

理解力が高いのはそのせいもある。幻想郷に数少ない理系タイプ。

能力:水を操る程度の能力

スペルカード:光学『オプティカルカモフラージュ』、水符『河童のポロロッカ』など



プロジェクトオーナー:森近霖之助

基本的に何もしない。資材の提供をしているだけ。しかし、物を作る上でボトルネックになりやすいので、実は相当貢献してる。

自分の発見してきたノートパソコンが発端でここまで大事になるとは思っておらず、感慨深いものを感じている。

ほとんどしゃべっていないが、話の内容は全部覚えている。さすがこーりん。

能力:未知のアイテムの名称と用途がわかる程度の能力

スペルカード:なし



新規参入者:霧雨魔理沙

主に動力の開発を担当する。手始めに、魔法の森の茸の組み合わせで巨大なエネルギーを生み出せないか模索を始めた。

実はどうやって電気を生み出すか理解していないので、動力開発は難航しそうな予感。

優夢を『人間』として見るのは、一年前のあの事件が確実に効いているため。

能力:魔法を使う程度の能力

スペルカード:魔符『スターダストレヴァリエ』、魔符『イリュージョンスター』など



→To Be Continued...



[24989] 四章八話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:57
永遠亭での愉快な時間を終え、私はまた放浪の身に戻った。

あそこで優曇華院や輝夜をからかって遊んでいる間に、いつの間にか『花の異変』も収束に向かっているようだった。

歩いた道は全くもって覚えていないけれど、花だけはしっかりと覚えている。

その花の記憶と比べて、明らかに量が減っていた。もうほどなく今回の『異変』は平定されることでしょう。

今のところ博麗の巫女が動いたという話は聞かない。私の言葉の意味がちゃんとわかったみたいね。

これで何も考えずに動くようだったら、ちょっと仕込み直す必要があったけど、無用な心配だったわね。ちゃんと成長しているみたいで安心したわ。

それはそうと、少し急がなければいけないかもしれない。『花の異変』の間に靈夢と呑み交わしたいし、あまりゆっくりしている暇はない。

「そろそろ人里に向かおうかしら。」

ここから人里まで、それほどの距離はない。飛べば十数分、歩いても二刻はかからないでしょう。

寄るなら丁度いい距離だ。この足で人里へ行き、今日は茶竹の家で宿を借りる。そして明日辺り、再度神社を訪れよう。

大雑把に今後の行動指針を立て、とりあえずは里に向かうため、私は歩みの方向を直角に曲げた。



数分後、私は何故か一面の鈴蘭畑の前に立っていた。

「・・・私って、実は方向音痴だったのかしら。」

少し自信を無くしながら、目の前の見事な花を見る。

道は覚えていなくても、花はしっかりと記憶している。だから、これが私が今まで一度も見たことがない光景であるということはすぐにわかった。

『花の異変』の影響には違いないはずだけど、それだけなら毎度『異変』のたびに幻想郷を歩き回る私の記憶に全くないという道理はない。

つまりこれは、私が全く見知らぬ土地に出てしまったか、あるいはこの花畑がここ数十年のうちに出来たかのどちらかだった。

そしてこの鈴蘭。

「妖毒か。長居は無用かもね。」

花自体が妖気を持つ――妖怪化した鈴蘭だった。

これなら、数十年どころか数年単位でこれだけの花畑を形成出来てもおかしくはないわね。

私が方向音痴だったわけではなかったことに少し安堵する。

そうと決まれば、さっさとここを抜けて里へ行きましょう――といきたいところだけど、本当に見事ね。もうちょっと見て行こうかしら。

たとえ妖怪だろうが、花は花。私にとっては愛おしいもの達。

『花の異変』も、もう少しの間は続くでしょう。だったら慌てないで、少しの間だけこの花を愛でていてもいいでしょう。

「それにどの道、長居はできないでしょうしね。」

ここの妖花の持つ毒素は妖怪の体すら蝕む。一刻もいれば、しばらくまともに動けなくなってしまうでしょうね。

だから、ちょっとだけ。私は先を行く足を止め、文字通り毒々しい花を眺めた。





そうやって眺め始めて数分もしないうちに、あることに気がついた。

「~~~♪」

「・・・声?こんな毒々しい場所に、誰かいるのかしら。」

鈴蘭畑の中遠くからかすかに、しかし確実に声が聞こえてくる。

人間ではありえないだろう。人間だったら、ここでそんなに元気よく声を出すことなどできっこない。

まして声が聞こえてくるのは、鈴蘭畑の中から。そんな場所に人間などいられるはずもなし。

となると、妖怪かしら。しかし妖怪でさえ蝕む毒の中にいる妖怪とは、いかなるものなのか。

警戒1割、好奇心9割ってところかしら。

「ともかく、退屈はしないわね。」

私に退くという選択肢があるはずもなく、私は鈴蘭畑の中に入って行った。

外にいるよりも、中に入った方が当然ながら毒は濃い。迂闊に吸い込んではいけないので、全身に妖力の層を作り突き進む。

・・・どうやらここの鈴蘭は誰かに使役されているらしいわね。試しに私の力で毒の放出をやめさせようとしたけれど、彼らは私の言うことを聞かなかった。

これはつまり、この鈴蘭達は誰かの命令で毒を放出しているということ。恐らくはこの鈴蘭の中心にいる声の主なんでしょうけど、好き好んで妖毒の中にいるってことかしら。

よほど毒に対して耐性が強いんでしょうね。果てさて、どんな妖怪なのやら。

鈴蘭を傷つけないように進み。

「コンパロコンパロ~♪」

件の人物と思しき少女の前に出た。

「こんにちは。綺麗な鈴蘭ね。」

私の接近に気付かず夢中で何かの呪文を唱えていた少女は、その言葉でピタリと動きを止めた。

そして、まるで人形の様にギシギシという音を立てて、人形のような動きでキリキリとこちらを向いた。

――ような、ではないわね。少女の姿を正面から見て、私は少女の正体を瞬時に判断した。

球体関節。体のところどころにある節目。そして青い瞳の作り物の眼球。

それは、妖怪化した人形だった。

「!? スーさん、知らない人がいるよ!!」

作り物の少女は、作り物の動きで体全体を使って本心の驚きを表現した。どうやら本当に今まで私に気付いてなかったみたいね。

しかし『スーさん』とは誰のことかしら。見たところ、ここには私と彼女しかいないのだけど。

「私の名前は風見幽香。花の妖怪よ。これで知らない人じゃないわね。」

雰囲気的にそれほど長く生きてはいないだろう彼女に対し、私は邪気なく挨拶をした。

少女はそれが理解できなかったらしく、ギシリと首を傾げ頭の上にはてなを浮かべた。

なるほど。これまで自分以外の人妖に出会ったことはなかったのね。

「初めて会った人には、自分の名前を言って知ってもらうのよ。あなたのお名前は?」

「私の名前?私の名前はメディスン。」

私の簡単な問いかけに、少女――メディスンは淀みなく答えた。簡単な受け答えはできるみたいね。

「あなたはここで何をしているのかしら。ここの毒は妖怪にも辛いものよ。」

私の言葉に、やはり全身を使って『きょとん』を表現するメディスン。そして答えた。

「スーさんの毒は私の力。辛くなんてないよ。」

スーさん、というのは鈴蘭のことだったのね。そして毒がこの子の力ということは、この子の体は毒でできている。妖毒で妖怪化した人形ってことね。

短い受け答えの中から確かな情報を拾い集め、メディスンの素性を推測していく。

「そう、ここの毒はあなたのものだったのね。凄いわ。」

「そうだよ!!私はこの力を使って、人間達に復讐してやるんだ!!」

毒を褒められて上機嫌になったのか、メディスンは突然饒舌に聞いてもいないことを語りだした。

しかし、復讐とは。物騒な話ね。

「あなたは人間に対し恨みでもあるの?」

「人間は私を捨てた。勝手に作って、自分達の都合で勝手に捨てた。凄く悲しかった。だから私は、この毒を使って人間達から全ての人形を解放するの!!」

喜怒哀楽が激しいのは、幼いためか人形故か、あるいは彼女が毒で動くせいか。

しかし、人形解放ね。志が大きいのはいいことかもしれないけれど。

「・・・何よ、何かおかしいの。」

その微笑ましい夢にクスクスと笑ってしまい、メディスンに見咎められる。

「いいえ、何もおかしくなんかないわ。大きくていい夢ね。けど・・・。」

「けど?」

やはりこの子は生まれたばかりなんでしょうね。視野が狭い。

「人間から解放された後、どうするの?」

「え、どう・・・って、解放されたら嬉しいじゃない。」

「あなたはそうかもね。けど、他の人形はそう思っていないかもしれないわ。人間から大事にされている人形だってあることでしょう。彼らがもし人間から切り離されてしまったら、あなたを恨むのではなくって?」

「うっ・・・け、けど、いつかは人間から捨てられちゃうわ!!」

「捨てられたとしても、それを天寿として受け入れる人形だっているかもしれない。あなたは死者に鞭打って望みもしない解放を強制するの?」

「うぅ・・・。」

人間とは何か。それは私達妖怪にとっての命題と言ってもいい。

人間を軽視しすぎた妖怪は、駆逐される。人間を重く見すぎた妖怪は、妖怪である意味を失くす。

人間は取るに足らない隣人だけど、人間がいるからこそ妖怪は妖怪でもある。

メディスンは自分の境遇だけしか見えていないから、大局を見ることができない。もし本当に全ての人形のことを考えているなら、人形が人形であるために必要な人間を駆逐することなど考えないはずだわ。

未熟。だから私は、この子が面白いと思った。

「人形はね、『人の形』と書くのよ。人間なくして人形はありえない。本当に恨みを晴らしたいなら、もっと別の手段を考えた方がいいわ。」

「じゃ、じゃあどうしろっていうのよ!!」

さあ?それは知らないわ。私は人形じゃないもの。

「か、勝手なことばっかり!!」

「しょうがないわよ。所詮は他人事ですもの。」

でなければ、楽しめないでしょう?

「ッ!一々癪に障る奴ねっ!!こうなったら、あんたを人形解放の第一歩にしてやるわ!!」

メディスンが両手を大きく広げる。それとともに、鈴蘭から大量の毒気が噴出され、その濃度のためにここら一帯が紫に見えるほどだった。

さすがにこれをまともに喰らったら、私でもひとたまりもないわね。私はすぐさま地を蹴り空へと逃れた。

そして、その後をメディスンが追ってくる。毒を纏い、それで私を倒そうと迫ってきていた。

恐らくは弾幕ごっこのルールも知らないでしょう。きっと本気で私を殺しに来る。

それはそれで面白い。私は愉悦のために笑みを深くした。

「っ!?」

私の顔を見て、メディスンは静止した。そんなに怖がることはないじゃない。

「安心なさいな。私にあなたをどうこうする気はないから。ただ、ちょっと弾幕で遊ばせてもらうだけよ。」

「弾幕?」

思った通り、弾幕ごっこを知らないみたいだ。一から説明してもいいんだけど、それも面倒ね。

「まあ、あなたは気にしなくていいわ。あなたは本気でかかってくればいい。私の方で勝手に弾幕ごっこをさせてもらうから、それで覚えなさい。」

「・・・よくわかんないけど、油断してるとあっという間に毒の餌食だよ!!」

油断はない。彼女の力そのものは、生まれて数年とは思えないほどに強大だから。

だからこそ私は、この勝負を受けて出るのだから、何も問題はなかった。

「さあ、楽しい楽しい弾幕ごっこの始まりよ。」



鈴蘭畑の上空に、私の弾幕が花開いた。





***************





私の記憶の始まりは、今から数年前のこと。いや、記憶自体はもっと昔からあるから、物を考えられるようになったのがそれぐらいだ。

私は人間のほんの気まぐれから作られ、好き勝手遊びに使われ、飽きられてこの鈴蘭畑に捨てられた。

捨てられたときは、捨てられたってことがわからなかった。それがわかるだけの考えを私は持っていなかった。

それから幾年かの間、私はここにいた。雨風にさらされながら、また使われる日を待って。

けれどその日が来ることはなく、それよりも前に私はただの人形ではなくなっていた。

スーさんの毒が私の中に入ってきたことで、私は自分で動き自分で考える力を得た。

そして私は、使われることのバカバカしさを知り、自分勝手な人間達に復讐をしたいと思うようになった。

それから数年、私は復讐のためにスーさんの毒を集め続けた。

今年は特にスーさんが元気で、毒の集まりもよかった。そろそろ人形解放に向けて動きだそうとしたところで、この妖怪が現れた。

花の妖怪、風見幽香。そう名乗っていた。

あいつは私の考えを「浅い」と否定した。「人形は人間がいるから人形だ」とか、わけのわからないことを言っていた。

おまけに言うだけ言って後は知らんぷり。その自分勝手さが頭に来て、私はスーさんの毒を集めた。

けれど奴は、それを見ても平然としていた。どころか、薄気味悪い笑みを浮かべている。

気持ち悪い奴だと感じ、一刻も早くこいつを倒したかった。

「いけー!」

私の号令で、スーさんから吐き出された紫色の毒気が、風見幽香目掛けて集まっていく。スピードこそ遅いけど、濃密な毒の煙には逃げ道がない。

さっきは避けられたけど、今度は捕まえた!

「やはり浅いわね。毒でも煙は煙でしょう?」

そう思った瞬間、風見幽香は光の弾を全身から飛ばした。それは毒の煙に触れると、爆発して煙を散らしてしまった。

「うぅ・・・。」

「あなたの毒は確かに凄いわ。だけど当たらなければ意味はない。弾幕ごっこではごく基本的なことよ。」

また『弾幕』。意味がわからないけど、多分今あいつが撃ったもののことだ。

なら、私だって!

「へえ、学習能力は高いわね。」

毒を固めて固形にし、さっき風見幽香が放った弾幕みたいにする。それを見て、奴は暢気にそんなことを言った。

・・・思い知らせてやるわ!!

手を振り下ろすと、奴に向かって全方位から毒の塊が発射される。今度こそ逃げ道はないはず!!

「そうそう、これが弾幕ごっこよ。」

逃げはしなかった。風見幽香は迫って来る毒の弾幕を、触れるか触れないかギリギリのところで回避していた。

あれをかわせるの!?

「難易度としては初級の上ってところね。数と速さはまあまあだけど、配置と狙いが甘すぎる。」

避けながら、奴は私の弾幕を冷静に分析してきた。

こいつ・・・ちょっとマジで強いかも。

私はスーさんの毒で浮かれていた気分を一回落ち着け、慎重に風見幽香を見た。

「そう。そうやって相手をしっかりと観察するのよ。『見る』のではなく『観る』。『聞く』のではなく『聴く』。そうしなければ・・・この一枚で決着がつくわ。」

言いながら、奴は一枚の紙切れを取り出した。あれで攻撃してくる気か。

私は警戒を解かないで、緊張しながら風見幽香を見続けた。

「これはスペルカードと言って、私の可愛い姪が作った弾幕ごっこのルールの一つよ。『これから大技を使いますよ』っていう宣言ね。」

戦闘中だっていうのに、風見幽香は丁寧に説明してくる。・・・なめられてる?

「だってあなた、弾幕は初めてでしょう?なめるなめない以前の問題よ。」

「弾幕なんたらが出来なくても、私は戦えるもん。毒で地面にはいつくばらせてやるよ!」

威嚇する。しかし風見幽香はクスクスと笑った。

「あなたが望むのならそうしてあげてもいいけど、まだ壊れたくはないでしょう?」

不気味な威圧感があった。何か言い返したかったけど、何も言えなかった。

奴は、やはり笑っているだけだった。

「お利口さん。これは遊びなんだから、楽しんだが勝ちよ。」

何が楽しいのかさっぱりわからなかった。こいつを倒せば少しは楽しいのかな?

「さあ、それでは存分に楽しみなさい。」

そして奴は、『スペルカード』を『宣言』した。

「刺符『荊人形』。」



虚空に刺のある蔓が出現し、それが絡まりあって人形となる。いくつもの人形は、完成するとそれを示すかのように、頭に赤い花を咲かせた。

「あなたにはうってつけのスペルでしょう。ブレイクしてみなさい。」

『ブレイク』?壊すって、この人形を壊せばいいのかな。

さっきからの風見幽香の言動から、こいつは私で遊んでいるってことはわかる。

非常に気に食わないことだけど、飄々とした空気のために何を考えているのかがいまいちつかめない。

確かに遊ばれてるんだけど、ただ遊ぶだけとは何かが違う気がする。

さっきからいちいち『弾幕ごっこ』とやらのルールを教えてくるし、わざわざ私の攻撃を待って採点してくるし、今も私の観察時間を待っている。

何て言えばいいのか。まるで私が新しいスーさんが咲くのを待っているみたいに。

「それでは行くわよ。」

風見幽香の声でハッと我に返る。少し考え込んじゃってたみたいだ。

奴が指をパチンと鳴らすと、荊の人形達は私に向けて一斉に動き出した。

「えいっ!!」

毒の霧を撒く。それで、迫ってきていた人形達の一部が枯れ落ち、一部は動けなくなり、だけど大半は全く動きを止めなかった。

数が多すぎる!!

「ほらほら、私のお人形はまだまだいるわよ。人間に復讐するんでしょう?彼らの数はこんなもんじゃないわよ。」

愉快そうに笑う風見幽香の声が頭に来る。けど、姿までは人形に阻まれて見えなかった。

私は懸命に毒を撒きつづけたけど、全部を枯らすことは出来ず。

「あうっ!」

毒霧を抜けてきた一体の拳をまともに受けてしまった。受けた腕の部分がみしりという音を立て、刺も何本か刺さっていた。

私の体に触れたことで直接毒が流れた一体は、その瞬間に枯れ腐った。

「うっ・・・くっ。」

「壊れてしまったかしら。ちょっと力加減を間違えたわね。」

衝撃でふらつく私を見て、風見幽香は残念そうに呟いた。

ふんだ、この程度!

「スーさん、力を貸して!!」

眼下に咲き誇るスーさんに呼び掛けると、私に向かって毒の霧を吹き付けてきた。

私の躯は毒で出来ている。だから、スーさんの毒があれば、どんな傷だって直ってしまう。

紫の霧で洗い流された腕は、既にひび割れもなかった。

「あら便利。毒があなたの栄養ってわけね。」

「そうよ。だから毒が溢れたここで、あんたに勝ち目なんかないんだから!!」

勝ち誇って言ってやったけど、やはりというか特に反応は見せなかった。

本当に何を考えてるのか分からない奴ね。

「本来ならここであなたがスペルカードを使うところなんだけど・・・持ってるわけがないし、普通に攻撃してきていいわよ。」

また『弾幕ごっこ』のルールか。よくわからないけど、交代でさっきのを使うのがルールなのかしら。

変なルール。

「言われるまでもないわ!!」

ともかく、私が攻撃の手を緩める理由はない。再びスーさんの毒を集め、固形にする。出し惜しみのない量で、今度こそ逃げ場はない。

「あらら、そういえば大事なルールを伝え忘れてたわね。弾幕ごっこでは『物理的に絶対に避けられない攻撃』は禁止されてるのよ。」

だから何?私は『弾幕ごっこ』とやらをやってる覚えはないわ。私の攻撃は、あなたを倒すためのものよ!!

「別に今はいいわよ。今後のために教えただけ。私以外にこれをやったら、大顰蹙を買うからね。それに・・・。」

言葉を切り、風見幽香はまた全身から大量の弾幕を放った。ふん、私の毒がその程度の苦し紛れでどうにかできるとでも・・・!?

「『物理的に絶対に避けられない』なら、避ける道を作ってやればいいだけだものね。」

ありえなかった。たかだか妖気の弾の一つ一つ、スーさんの毒ならそれさえ腐り溶かすことができるはずなのに。

毒弾に食い込んだそれらは、逆に毒を栄養とするかのように吸い取り消し去り、純白の花を咲かせた。そんな、バカな!!

「鈴蘭は毒でも花には変わりが無い。だったら、四季の花を操る私に咲かせられない道理があって?」

風見幽香が咲かせた花はこちらを向いていた。花自体が妖気を持っている妖花。私達の毒がこいつに奪われてしまった。

「か、返しなさいよぉ!!」

「ダーメ。ルール違反する悪い子には、お仕置きよ。」

せっかく集めた毒なのに。私の抗議は、歌うように却下された。

風見幽香が指を弾く。それに従って、白い花達は一斉に弾を吐き出し始めた。数が多い!!

私は必死に逃げ惑ったけど、その量の多さはかわしきれるものじゃなかった。腕と、足に二発被弾した。

すぐに直るから問題ないけど、あんまりダメージを受けたら回復で毒を使い切っちゃう・・・!!

「お粗末な避け方ねぇ。あなた、避けるセンスはないわ。」

「うるさいっ!!」

一々癪に障る言い方をする。

けど、こいつは間違いなく強い。強敵だ。油断なんかできないし、気を抜く暇がない。

一体どうやって倒せばいいのか。まるで先の見えない迷路に迷い込んだみたいな錯覚を覚えた。

「ほら、攻撃してきていいわよ。私に一発でも当てられたら、あなたの勝ちにしてあげる。」

「余計なお世話よ!!」

しかしムカつくのも本当だから、私は絶対こいつを倒してやりたかった。

一発と言わず、百発でも毒を喰らわせてやるわ!



スーさんに呼びかけ、毒を集める。その毒で、私はまた弾幕を作り出した。





***************





ふむ、だいぶ弾幕を張るということを学習したみたいね。やはりこの子、学習能力は高いわ。

三度毒の弾幕を作り出すメディスンを見て、私は評価を下した。

彼女が次に作りだしたのは、刺状に加工された弾幕。さっきの『荊人形』を意識しているわね。

私の言動から容易に想像できるように、私は本気を出してはいない。彼女を壊す――殺す気で戦っているはずもない。

『指導碁』という言葉が浮かぶ。老練の棋士が初心者にどう打てば強くなるかを実戦で教える対局。まさにそんな感じね。

私と彼女の間には、圧倒的な力の差がある。年季も相まって、もし私が普通に戦ったとしたら、弾幕ごっこだろうが殺し合いだろうが、まずメディスンに勝ち目はない。

彼女の毒は確かに危険だ。私でさえ、触れてしまえば危ないでしょうね。

でもただそれだけ。その程度の脅威、幻想郷ではちょっと掘れば山ほど湧いてくる。

子供が鋏を振り回して遊んでいるのを見て、危ないとは思っても恐怖は感じないでしょう?それと同じこと。

そんな赤子と勝負をしても何も面白くない。だったら、ここは熟れるまでじっくりと待つのがいい。

だから私は、メディスンの成長を促すような戦い方をしている。

多分メディスンの側は遊ばれているとでも思っていることでしょうけど、それは別に構わない。むしろ成長の糧としてくれれば、願ったり叶ったりだわ。

花を育くむが如く。私は、メディスンという鈴蘭の花人形を育てていた。

「今度こそ!!」

刺状に圧縮された毒弾は、一つ一つに使っている毒の量が少ないんでしょう。数が今までよりも多かった。

弾幕が何故『弾幕』なのか。それは弾を並べ幕として、逃げ場を封じるからだ。

当たれば負けの弾幕ごっこは、限られた回避経路をいかに有効活用するかが命となる。逃げ道を残し、かつ避けにくくするのが弾幕を張る側の腕の見せ所。

だから彼女の張った弾幕は、まだまだ初心者の臭いはするものの、ちゃんとセオリーに則っていた。

「そうそう、それが弾幕ごっこの楽しみ方よ。あなた、理解が早いわね。」

「何で当たらないのよー!」

それはあなたの弾幕が馬鹿正直に真っ直ぐしか飛んでないからよ。これなら私でなくとも簡単に避けられるでしょうね。

刺の形になって空気抵抗が少なくなった分弾速は上がったけれど、軌道が単純過ぎる。緩急をつけなければ掠らせることすら難しいわよ。

メディスンは闇雲に毒針を乱射し続けていた。・・・ふむ、このまま避け続けてもいいんだけど。

「よいしょっと。」

私はあえて動きを止め、左手を前に突き出した。必然、毒針は私の左手に刺さる。

その行動が予想外だったのか、メディスンは全身で驚きを表現し、動きを止めた。

受け止めた左手は当然のことながら毒を浴びた。私の左腕に鈴蘭の毒が浸潤してきて、次第に痺れが走ってくる。

やはり毒自体の威力は高いわね。たった一発受け止めただけでこれとは。

放っておいたら毒が回って身動きが取れなくなりそうだ。妖力を左腕に集中させ、毒の侵攻を食い止める。弾幕ごっこの間はこれで平気なはず。

「な、何を考えてるのよ・・・。」

メディスンが警戒を顕にしながら問い掛けてきた。私の行動の意味がわからないらしい。

まあ、当然かしらね。自分から不利な状況に追い込んだわけだし。普通は理由の想像がつかないでしょう。

わかるとしたら、靈夢と霊夢の二人ぐらいね。あの子達ならきっとわかってくれるわ。

「理由はいくつかあるわ。まず、今のままじゃあなたが私に一発当てることなんて不可能だから、ちょっとサービスしてあげたのよ。」

「余計なお世話よ!!」

事実ぐらいはわかっているんだろう。メディスンは悔しそうだった。

「それに伴って、私がちょっと退屈だったの。だからちょっと趣向を変えようと思ってね。」

変えるなら過激に、がモットーなのよ。

「そして最後に。弾幕ごっこでスペルカードを使う条件は、本人の任意か攻撃を受けるかの二択。あなたに身をもってルールを教えるためよ。」

言いながら私は、二枚目のスペルカードを取り出した。さっきの『荊人形』の記憶が新しいメディスンは、それを見て警戒を深めた。

「藪を突くと蛇が出てくるのよ。覚えておきなさい。」

「・・・上等じゃない、だったらその蛇も毒漬けにしてあげるわよ!」

勢いは合格点。けど言葉遊びは赤点ね。そっちも勉強しときなさい。

「蔓符『蛇苺の顎』。」

宣言。先程毒を受けた私の左腕から、蔓が伸びはじめる。

それは私の腕に絡まり、私の体を土台とし、巨大な花を咲かせた。

しなる蔓の肉体を持つそれは、さながら蛇のよう。その動きで敵を追い詰め、花の牙で喰らうのが『蛇苺の顎』。

「中級スペルってところね。あなたにはちょっと難しいかもしれないけど、頑張ってみなさい。」

言うだけ言って、私は蛇苺を縛り付けていた枷を解いた。すると巨大な蔓は、それと思わせないほど軽やかに、そして獰猛にメディスンに襲い掛かった。

「毒で・・・!?」

毒霧で蛇苺を枯らそうとするメディスンだけど、無理だった。これは花であると同時に、蛇でもあるのよ。毒には耐性を持っている。

うねり、牙を向く草花の大蛇を、メディスンは体勢を崩しながらも大きく横に避け、回避した。

「ふ、・・・ふん!この程度、かわせないわけがないんだから!!」

今までいいようにあしらわれていたお返しのつもりなのか、自信満々に胸を張った。

ええ、それだけなら誰だってかわせるわね。けど。

「スペルカードは『必殺技』。普通の弾幕とは違うのよ。だから、一回かわしたぐらいで油断しない方がいいわよ。」

「何言って・・・!?」

メディスンが言葉を飲み込む。空中で体を捻じ曲げ、執拗に追ってくる蛇苺を目の当たりにしたからだ。

これの本当に恐ろしいところは、牙ではなくその肉体。蛇のような体は伊達ではなく、どんな体勢にも体を捻らせ、何処までも敵を追いかけていく。

一度かわした程度で諦めてくれる簡単なスペルなわけがないでしょう?中級ぐらいのスペルなんだから。

まだまだかわすということに慣れないメディスン――それは当然のことかもね。恐らく彼女は今まで人妖に会ったことはないでしょうから。

それはつまり、攻撃を受けたことがないということ。攻撃をする練習は一人でできても、受ける練習は二人以上いなければできない。

ましてやあの子の場合、己の力を過信していた。そんな彼女が、誰かから攻撃されるということを考え、それに備えているわけがない。

だから、私の蛇苺を完全にはかわしきれず、その顎に体を削られるのは、当然の流れだった。

「ぐっ・・・このぉ!!」

毒の塊を乱射する。しかしそれは、蛇草の身を枯らすには至らない。物理的な威力としてはそれほど高くない彼女の弾幕は、植物の蛇を止めることもかなわなかった。

これは『詰み』かしらね。

このまま彼女が噛み砕かれても面白くない。しょうがない、ギリギリのところでスペルを解除してやるか。

そう思い、人形少女の限界を見定めようと、冷静な瞳で彼女を見た。

と。

「この・・・なめるなぁ!!」

少女の中で力――妖力が一瞬にして高まる。これは・・・!!

彼女の妖気の励起に伴って発生した霊撃は、蛇苺の体を構成する妖力と反応・無効化し、毒への耐性をなくした花は枯れ落ちていった。

「や、やった・・・。」

この短時間でスペルカードの基本、霊撃の発生による弾幕無効化を覚えたのね。

これは、思っていた以上に学習能力が高いかもしれない。なんと育てがいのありそうな人形かしら。

「スペルブレイクね。今の感覚、忘れないようにしておきなさい。」

「今の?な、何がなんだかわからなかったよ??」

感覚を覚えておきなさい。口で言って説明できるものじゃないから。

この子は気付いているかしら。自分がこの弾幕ごっこの中で急激に成長していることを。

弾幕ごっこは、ただの遊びには違いないけど、実戦のメソッドが多量に含まれている。でなければ妖怪の多い幻想郷で、ここまで流行るはずがない。

如何にして避け如何にして当てるか。その点だけを取り上げれば、普通の戦闘よりも余程高度なことを要求される。

そしてこれは実際の戦いにも言えることだけど、どんな強力な攻撃も『当たらなければ意味がない』のだ。

避けて当てるというのは、実のところ勝負の最も基本的で重要な要素の一つだ。

その種を、私はこの子に植えた。それは短い時間ですくすくと成長し、小さいながらも立派な花を咲かせた。

面白い、率直にそう感じた。この子が行き着くところまで、この手で育ててみたいと。

「それじゃあ、そろそろ終わりにしようかしら。」

「え?あ・・・、ふん、怖じけづいたのね!」

私の言葉にメディスンは得意になった。けれど残念ながらそういうわけではない。

「もう決着はついたのだから、だらだらと続けても仕方ないでしょう?この一撃で終わりにしてあげると言っているのよ。」

「何勝手に勝った気になってるのよ。もうあなたの弾幕は通用しないわ!」

勝った気にはなってないわよ。それに、霊撃を覚えた程度じゃ超えられない『弾幕』も、世の中には存在するものよ。

それをこの子に、今から教えてあげましょう。

「しっかりと避けなさい。でないと、無事は保証できないわ。」

「避ける必要なんかないわ、また掻き消してやる!!」

愚かね。まあいい、ここで壊れてしまうなら、彼女はその程度の存在。そう思うことにしましょう。

これは試金石だ。彼女は私が認めるに足るかどうか、判断するための。

だから遠慮はしない。この一発だけは、全力で撃たせてもらう。

私は傘を前に突き出し、痺れのある左手にスペルカードを持ち、落しながら宣言した。

必殺の一撃たるその名前を。



「幻符『月下美人』。」

一瞬の収束。次の瞬間には、大出力の妖力砲撃が、日傘の尖端から放たれていた。

「えっ・・・?」

呆けた彼女の声。どうやら予想外だったらしく、全く反応出来ていない。

それを待つ一撃ではない。構わず『月下美人』はメディスンへ向けて直進し。

彼女を飲み込み、光は遥か妖怪の山に突き刺さった。

まともに入ったわね。避けた様子もなかったし、今の一発で消し飛んだかもしれない。

「残念ね。生け方を間違えちゃったわ。」

構えていた傘を差し直し、嘆息した。所詮は人形だったか。

ならもう興味はない。私はその場で振り向き、人里へと続く方向を探した。

「・・・ち・・・・ぉ・・・。」

――弱々しい声がした。消し飛んではいなかったか。

くるりと振り返れば、爆煙でよく見えなかったが、確かに何かの影があった。

「まち・・・よぉ・・・。」

煙が晴れるまでしばし待つ。やがて中から彼女の姿が現れた。

両の手は痕跡すらなく、下半身は消し飛び、顔も中の機構が見えるぐらいにボロボロだった。

「待ちな、さいよぉ・・・。」

カタカタと音を立てながらしゃべるメディスン。人形だから涙はないけれど、今にも泣きそうな雰囲気だった。

その状態で、彼女は私に向かってこようとしていた。

何と執念深い。実力は見た通りでしかなかったけど、意志の力は確実に強かった。

その執念が彼女を生かしたのだろう。

私は彼女の損傷具合から、どうやって『月下美人』から生還したのかを理解していた。

あの一撃は、メディスンの貧弱な霊撃では無効化しきれない。だから、頭部が残っているためには他の防御手段が必要になる。

恐らくは毒で防壁を張ったんだろう。それも、全ての力を込めて。咄嗟の判断で、攻撃しか知らなかった彼女が全力で防御をした。

生き物でない彼女が見せた生存本能が、たまらなく可愛かった。

「私は、まだ・・・動け、る・・・。」

ゆっくりと――それが今の彼女にできる一番の速さなんでしょう、私の方へと向かってくるメディスン。毒が集まってきており、それが彼女を直そうとしている。

・・・いえ、私への攻撃用に集めているのね。早く直した方がいいだろうに。

あくまで私を倒したいということみたいね。

「言ったでしょう。もう勝負はついている。これ以上は必要ないわ。」

「まだ、動ける・・・。まだ負けてない・・・!!」

ええ、あなたは負けていないわ。

「負けたのは私の方よ。」

「・・・・・・・・・え?」

私の言葉の意味が理解できなかったか、しかしメディスンはピタリと動きを止めた。

「私は一度言ったことを曲げる気はないのよ。」

軽口の一つとはいえ、確かに私は言った。『一発でも当てられれば勝ちだ』と。

私の方から受けたとはいえ、一発は一発。だから勝負はこの子の勝ち。最後の二枚はおまけみたいなものだ。

「そんな勝ち・・・情けをかけられたようなもんじゃない!私は、嫌よ・・・。」

「あら、勝てれば喜ぶんじゃないかと思ったけど、そうでもないのね。」

意志が強いというか、頑固ね。

・・・ふむ。

「では、こういうのはどうかしら。ここは引き分けということにして、またいつか再戦をする。そのときには、私も本気で相手をしてあげるわ。」

私は負けを認めている。この子は勝ちを認めない。平行線なら、交わるときが来るまで待てばいい。

「今日のところはそれで手を打ちましょう。あなたも、早く体を直した方がいいでしょう?」

自分の状態がわからないほど愚かだとも思わない。事実メディスンは、悔しそうにしながらも攻撃の意志を消した。

「・・・次は絶対、勝つわ・・・。」

そしてそう言って、地面に向けて落下を開始した。限界だったのね。

この高さから落ちたら、人形の身である彼女は砕け散ってしまうかもしれない。

だから私は、毒に侵されることも厭わずその身を抱きとめた。

「な、何の真似?」

「下りるまでは手を貸してあげるわ。手のかかる子ね。」

「誰のせいよ・・・。」

そうだったわね。





大地に立つ頃には、すっかり毒が回ってしまっていた。命に関わるほどではないけど、しばらく身動きは取れないでしょうね。

はしたないとは思いながらも、地面に尻餅をついて休むことにした。

「何で助けたの?」

そんな私とは対照的に、空よりも毒に満ちた地上に降りたメディスンは早くも回復してきたようだ。消し飛んだ手足は再生していないものの、顔の皮膚(と言えばいいのかはわからないけど)は元通りになっていた。

「再戦をするんでしょう?だったら、こんなつまらないことで壊れられても面白くないじゃない。」

「・・・よく分からない奴。私を壊そうとしたり、助けようとしたり。何を考えてるの。」

何を考えている、ねぇ。また難しい質問ね。

何も考えないことは愚かかもしれない。けど、考えすぎて動けないのはもっと愚かだ。

だから私は必要なこと以外は考えない。あとは自分の感性に従って行動するだけ。

強いて言うなら「面白いと思った方向に事態が動くように」考えているってことかしらね。

傍から見たら一貫性がないように見えるかもしれないけど、その一本だけは曲げていない。

「何もしないのはつまないから、最後は本気で攻撃したわ。けどあなたに壊れてほしくはないと思ったのも事実よ。」

「意味が分からないわよ。矛盾してるじゃない。」

矛盾なんて言葉、知ってたのね。そう笑うと、メディスンはムッとした表情を見せた。全身では表現できないから、顔だけだ。

あなたにはまだわからないわ。長く生きて、世の中の酸い甘いを知らないと。あなたには絶対的に経験が足りていないのよ。

だからね。



「物は相談なんだけど、私の『娘』にならない?『弟子』でもいいけど。」

突然の提案に、メディスンは目を点にした。まあ、そう来るのが普通よねぇ。

と思っていたら。

「ムスメ?デシ?って何?」

そんな答えが返ってきた。

そうだった。この子は自我を持ったばかりの妖怪、知識が少ないのね。親子や師弟というものを、そんなものがいなかった彼女にはわからないのも道理。

「分かり易く言えば、私の教えを受けてみないかと言っているのよ。」

「あなたの教え?」

頷く。するとメディスンは疑わしい顔をした。気持ちはわかるわ、結構酷いことをしたという自覚はあるもの。

「あなたは強くなる。私は花の妖怪、育てるのが大好きなの。だからあなたを育てたい。お分かり?」

「いつかまた戦うんでしょ。何で戦う相手を育てるのよ。私だったらそんなことしないよ。」

「今のあなたならね。けど、私の立っている地平までくれば、きっとあなたにも見えてくるわ。」

私怨や復讐、あらゆるしがらみがいかにちっぽけで取るに足らなく、世界がこんなにも美しいということが。

「強くなりなさい、メディスン。私を負かすほどに。私はそれを望んでいるのよ。」

それほどの強者なら、きっと勝負が楽しくなるから。

「やっぱりよく分からない奴だわ。風見幽香は変な奴。」

いつの間にやら再生していた右手で、私のことを指差した。もう彼女に敵意はないらしい。

穏やかな笑顔を浮かべて。

「でも、風見幽香はちょっとだけ優しい奴。」

そう言った。





こうして、私は10年ぶりぐらいに弟子を持つことになった。

さて、この子はどう育てたものかしら。霊夢とは違う方向に育てがいがありそうで、今から楽しみだわ。





+++この物語は、花の大妖怪が花の化身に出会い育成シミュレーションを始める、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



色んな意味でドS:風見幽香

ドS(サディスト)でありドS(親切)でありドS(ストレート)。ラリアットは超越している。

意見が二転三転してるようにも見えるけど、実際は一貫している。即ち、「面白いは正義」。

『月下美人』は遠慮なしに撃ったので、妖怪の山は騒然である。

能力:花を操る程度の能力

スペルカード:花符『幻想郷の開花』、幻想『花鳥風月、嘯風弄月』など



スイートポイズン:メディスン=メランコリー

毒人形。人形が意志を持ったのか、毒が人形の意志を持ったのかはわからないが、毒で回復できる体質。

今回結構酷い目にあったけど、手足はちゃんと元通りになりました。人形だって妖怪だよ!!

幻夢伝では弾幕ごっこを知らなかったが、なんと幽香が直々に教えてくれることに。第二のUSCの誕生か。

能力:毒を操る程度の能力

スペルカード:なし



→To Be Continued...



[24989] 四章九話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:58
その日、取材を終えて妖怪の山へ帰ると、麓が騒然としていた。

何事かと思い、天狗の領域へと向かっていた私は寄り道をした。降り立ったところは、大体河童の集落の辺りか。

そこで河童や、その近辺を見回っている哨戒天狗が人だかりを作っていた。火事場の野次馬というか、そんなイメージだ。

何か事件でもあったんでしょうか。私は山の天狗としてが半分、新聞記者としてもう半分、ことの次第を確かめたいと思った。

誰か見知った顔がいれば楽に聞けるのですが。いなければ最悪適当な哨戒天狗から聞くことにしましょう。

そう思い、私は野次馬を見渡し。

「あ、文様!どちらへいらしていたのですか!!」

背後から声をかけられた。振り向けば、私が手塩にかけて育てている哨戒天狗が、大慌ての様子でこちらへ向かってきているところだった。

「今日は取材の日ですよ、椛。出掛けにそう言ったでしょう?」

「いえ、そういうことではなくて!あ、いや確かに聞きましたし、私もにとりと大将棋をしてたんですが・・・ってそうじゃなくて!!」

はい、落ち着きなさい椛。そんな慌ててしゃべられたんじゃ、何が何だかわからないわ。

私の言葉に、椛は一旦言葉を切って深呼吸をした。

そして。



「事件なんです!!」

そう、はっきりと言った。



「あやや~、これはこれは・・・。」

椛に案内されたどり着いた先で、私は驚きですぐには言葉が出なかった。

「なんじゃこりゃあ!?」とでも言えばよかったんでしょうか。そのぐらいぶっ飛んだ光景が、私達の目の前に広がっていました。

河童の集落からそれほど離れていない渓谷。大小の岩が連なり、滝や急流を作っていた場所。風光明媚というに相応しく、秋は紅葉が美しい河童の観光名所の一つ。

それが、見るも無残にクレーターと化していました。チョロチョロと湧き出す水が名残を残しているだけで、最早渓谷とは呼べません。

これは、確かに。

「事件ですね。」

「事件なんです!!」

再び同じ言葉を繰り返す椛。まあ、彼女の気持ちもわからなくはない。

まだ50年も生きていない彼女にとって、こんな光景に遭遇したことはないでしょうし。私自身、こんな大事件は二桁程度しか見たことがありません。

「それで、何が何してどうなったらこんなことになったんですか?にとりさんがまたやらかしましたか?」

記憶に新しいのは、変人と知られる川河童の一人が自宅で小火騒ぎを起こしたこと。何でも、新しい技術の研究をしていたそうな。

そのときは河童だけで鎮火させることができ事なきを得たと、後日取材をして知りました。

それがグレードアップして、渓谷をクレーターに変えたとか。うーん、ありえないと言い切れないところが怖いですね。

しかし、さすがにそれはありえなかったようで。

「いえ、先も申しました通り、にとりは私と大将棋をしていましたから。対局の最中、ドーン!!っていう凄い音が聞こえて、何事かと思って見に来たらこうなってたんです。」

ふむ、詳細不明、ということですか。

不幸中の幸いなのが、河童の集落でなく無人の渓谷が破壊されただけだったということですが、もし少しでも場所がずれていたら大惨事です。

人妖の手によるもの、というのはちょっと考えづらいですが、自然現象でこんなことが起こり得るでしょうか。星でも降ってこなければこんなことにはなりませんよ。

それに、人妖の手によるものとは考えづらいですが、考えられないわけではないですからね。一部はこんなことが出来てもおかしくない力を持っています。

これは、調査をする必要があります。下手人は誰なのか、何の目的での犯行なのか。それを明らかにしなければ、妖怪の山に住む妖怪達が安心して眠れる日は来ません。

そう、これは正義のための調査なのです!!

「さて、準備はいいですか椛。」

「え?え??文様、いきなりなんですか???」

説明時間も惜しいです。とにかく出動してから話しましょう!

「それでは行きますよ!!」

「え!?ちょっ!?!?」

椛の意見を聞かず、私は彼女の首根っこを掴み、大空へと舞った。



疾風探偵・射命丸文、必ずや真実を突き止めて見せましょう!!





「もう・・・説明ぐらいなさってください、文様。」

首根っこを掴まれていたため痛むのか、椛は首をさすりながら愚痴た。

「それに、一介の哨戒天狗でしかない私がこんな行動を取ったら、後で怒られてしまいますよ。」

「大丈夫ですよ、椛。今日あなたオフでしょう?だからこれは天狗の仕事ではないのです。」

新聞記者探偵と助手による正義の調査なのです。

「確かに非番でしたが、緊急時には招集をかけられます。今だって、その件で文様を探し回ってたんですから。」

「なら、上司命令に従ったということにしておきなさい。大丈夫、真実を突き止めれば上だって理解してくれますよ。」

まあ、椛にとっての直属の上司は私なんですけどね。

私の言葉に、椛は深くため息をついた。

「なら早く終わらせて早く戻りましょう。正直、無断で妖怪の山を離れるなんて生きた心地がしません。」

そういえば、椛は妖怪の山から出たことはありませんでしたっけ?ちょうどいい、真実を突き止めるついでに、社会勉強をさせてあげましょう。

「しかし、文様は本当にアレが誰かの手によるものだと思っているんですか?」

「勿論です。違うという根拠でも?」

「いえ・・・。ただ、あれほどのことができる妖怪が存在するのか、私には疑問なんです。崩落と言われた方がまだ信用できますよ。」

椛、あなたは知らないのです。世の中には、地面を殴って大地震を起こすような妖もいるんです。

「それほどでなくても、あの程度のことができる人妖なら何人か心当たりがあります。世の中はあなたが思っている以上に広いんですよ、椛。」

「は、はぁ・・・。」

半信半疑といった様子。まあ、実際に目の当たりにしてみないことには理解し得ないでしょうね。

ではまず、容疑者Aのところへ向かってみましょう。



「犯人はあなたですね、レミリアさん!?」

お夕飯のデザート(プリン)を食べようとしているレミリアさんの前に出た私は、開口一番にそう告げた。

「・・・咲夜、虫がいるわ。即刻駆除しなさい。」

「御意に。」

「まあまあ穏便に。咲夜さんもナイフなんか構えないで、ほらお嬢様のご夕食の最中ですよ。」

「私は血がしぶくのを見ながらプリンを食べるのも乙なものだと思うわ。」

さすがは吸血鬼。ではなく、今は戦いに来たのではなく調査に来たのです。一戦交えるのは詮無きこと。

「ご夕食の最中に失礼しましたが、こちらもちょっとのっぴきならない状況なので。少しお話し願えないでしょうか。」

「愚問ね。咲夜特製のプリンとあなたのつまらなそうな話、どちらを選ぶかなんて決まりきっていることでしょう?」

「(だから言ったじゃないですか!こんなやり方は不興を買うって!!)」

椛が小声で抗議してくる。初めて見る吸血鬼という存在に萎縮してしまっているようですね。

「おや、今日は子連れかい?珍しいわね。」

「あいにく私はまだ伴侶もいないのですよ。この子は助手といったところでしょうか。」

「残念。鴉から犬が生まれたら、さぞかし面白かっただろうに。」

一瞬椛に興味の視線を向けたレミリアさん。しかし数瞬後には興味を失ったようだ。まだ彼女を楽しませられるような存在ではないですからね。

「実はですね、今私達は妖怪の山で起きた事件に関して、調査をしているところなのです。」

「あなたは耳が腐っているの?言ったでしょう、あなたのつまらなさそうな話より目の前のプリンの方が大事だわ。どうしても話がしたいっていうなら、食べ終わるまで待つのね。」

皆までは言わせてもらえず、話を切られてしまう。

困りましたね、さっきはああ言いましたけど、実際のところ時間が押しているのは事実。天魔様は時間に厳しいお方ですからね、定例会に遅刻はしたくないのです。

何とかすぐに話を聞いて、シロなら次の容疑者のところへ向かいたいところなんですが・・・。

ふむ、ではこうしましょう。

「今からうちの椛が咲夜さんと弾幕ごっこをします。それを余興に提供致しますので、交換条件としてお話していただけませんか?」

「ちょっ、文様!?」

勝手に条件に持ち出され、椛は抗議の声を上げた。が、どうやらこれはレミリアさんの琴線に触れたようです。

「ほう、それは面白いわね。咲夜。聞いたとおりよ、その犬を食材にしていいわ。」

「承知いたしましたわ、お嬢様。」

「ご理解いただき何よりです。」

「人を無視して話を進めないでください!!・・・それに私とて天狗、人間では相手になりませんよ。」

淀みなくナイフを構えた咲夜さんを見て、椛も背負った大太刀を抜く。

まあ、当然これも彼女の社会勉強の一つなわけです。

「ええ、相手になりませんわね。天狗の犬と悪魔の狗では、格が違いますもの。」

「ほざけ、人間!!」

咲夜さんの挑発にのり、特徴的な「の」の字弾幕を展開して突進する椛。

彼女には学んでもらわなければなりません。世の中必ずしも、人間だから弱いとは限らないと。

「!? くっ!!」

明らかにおかしな軌道から放たれるナイフに、椛は足を止め太刀で弾くことで防御した。

彼女の顔には驚愕の色が浮かんでいた。こんなナイフ弾幕、知らないでしょうからね。当然です。

さて、椛の教育は咲夜さんに任せてと。

「それでですね、今日のお昼頃になるんですが、渓谷が丸々一つクレーターに・・・あやややや、本当においしそうなプリンですね。一口分けていただけません?」

「ダメ。」

私はレミリアさんに聞き込みを始めた。



結論から言うと、レミリアさんはシロだった。その時間帯は神社に行っており、霊夢さんと優夢さん、それから酒呑童子殿が証人になってくれるとのこと。

私は、『人間は弱い』という常識ごとボロボロになった椛を引き連れ、夕刻の紅魔館を後にしたのでした。





レミリアさんがシロとなり、私達は次なる容疑者の下へと向かっていた。

「っとと、フラフラしないでください、椛。咲夜さんは手加減してくれてたんですから、しっかりしなさい。」

「手加減・・・人間に手加減されて負けた・・・私は、哨戒天狗失格です・・・・・・・・・。」

肉体的にはダメージはほとんど残ってないはずなんですが、どうやら精神に深く傷を負ったようです。

未熟ですねぇ、たかだか一回の敗北で落ち込むなんて。1000年生きたら、敗北は1000じゃ済みませんよ。

その敗北を乗り越えて強くなったからこそ、私達古い妖怪はあるのです。

「今日の敗北はしっかりと覚えておきなさい。それと、慢心もしないこと。天狗が一番強いなんていうのは、幻想ですらありませんよ。」

「・・・はい。」

やれやれ、これは回復に時間がかかりそうですね。

けれど無理もないことかもしれません。この子達のような最近の天狗は、妖怪の山から出ないせいで「天狗が世界で一番偉い」と思っている節がある。

そんなことはないのです。歴史を紐解いてみれば、天狗が妖怪の山の頂点に立つ前には「鬼」という存在がいました。私達天狗は、元々使われる側の存在だったのです。

それを知る天狗は、決して慢心しない。強者としての余裕は持ちながら、必ずごくわずかな敗北の可能性ということを認識している。

天狗よりも強い存在がいるのだと知っているからです。それがたとえ『人間』であっても、例外ではなく。

そのことを知らない今の天狗達は、硝子の自尊心を持っているのかもしれません。

これは、ちょっと意識改革に動いた方がいいのかもしれませんね。

今回の事件とは全く関係ないけれど、私は一つの問題意識を持った。まあ、今は余談に過ぎませんが。

さて、椛を励ましながらそんなことを考えているうちに、目的地に到着したようです。

「着きましたよ。」

「はい・・・って、何か鬱蒼としてますね。」

そりゃあもう。何せここは『魔法の森』ですから。

「ここの幻覚茸は妖怪にも効果がありますからね。気をつけなさい。」

「は、はい。わかりました。」

ちょっと表情を青ざめさせながら、姿勢を正す椛。素直でよろしい。

「けれど、何故こんな場所に?」

「こんな場所に、厄介な人間が一人住んでいるんですよ。」

『人間』に痛めつけられた椛は、「また人間・・・」と暗い顔をしてつぶやいた。あなたより強い人間は結構いますよ。

「彼女の名前は『霧雨魔理沙』。博麗の巫女の幼馴染であり、巫女とともにいくつもの『異変』を解決している、人間の魔法使いです。」

「その人間が容疑者なんですか?・・・ハッ、だとしたらひょっとして今回の騒動は巫女が妖怪の山を乗っ取ろうと!?」

いや、それはないでしょう。霊夢さんだったら十中八九どころか十の割合で「めんどくさい」と一蹴しますよ。

「もし彼女が犯人なら、単独の犯行でしょう。何せ彼女、先の紅魔館の本を強奪することで有名ですから。」

『異変解決家』と一口に言っても、皆が皆白じゃないんです。少なくとも彼女は白黒です。

・・・よくよく考えてみたら、白の方が少ないかもしれません。霊夢さんは紅白だし、優夢さんは黒一色だし。

まあ、それは置いておきましょう。

「彼女なら、魔法の実験と称して妖怪の山の地形を変えてもおかしくありません。」

「け、けど人間であれほどのことができるのでしょうか?確かに人間が必ずしも弱くないことはわかりましたが、それだけでは無理ですよ。」

ええ、確かにそうでしょう。しかし、魔理沙さんはその点もクリアしているのです。

「彼女が最得意とする魔法は『砲撃』。しかもその威力は幻想郷の人妖合わせてトップクラスです。おまけに、最近じゃ地獄の炎そのものを召喚する魔法を習得したそうです。」

「本当に人間なんですかそれ!?」

一応人間のはずですよ。威力は凄いですけど、スタミナありませんし。

私の説明に、椛は言葉を失った。まだまだこんなもんじゃないですよ、幻想郷の七不思議は。

「さて、そうこうしているうちに、ここが件の魔理沙さんの家です。」

「ヒッ!?」

十分に恐怖心を煽った後に出現した洋館に、椛はビクっと震えた。こう素直に反応が返ってくると嬉しいですよね。

「ノックしてもしもぉ~し。」

「あ、文様!やっぱりやめましょう!!捕まって魔法実験の材料にされちゃいますぅ!!」

大丈夫、私は彼女の知り合いですよ?今まで捕まって魔法実験の材料にされたことは一度もないんだから。

椛を宥めすかす間に出てくるかと思ったけど、返ってくる反応はなかった。

「留守でしょうかね。」

「・・・よ、よかったぁ。」

レミリアさんの話だと、魔理沙さんは神社にいなかったみたいだから、てっきり自宅にいるのだとばかり思ってましたが。

基本的に、彼女の行動パターンは少ない。神社に行って騒いでいるか、紅魔館に行って騒いでいるかのどちらかぐらいなものです。

・・・となると、これはきっと居留守ですね。

「私達が昼間の件の追及に来たと知って、いない振りをしているんですね。」

「そ、そうですか?でも、もう夜になるのに明かりもついてないし・・・。」

「巧妙に隠しているのです!!」

断言する。彼女は家の中にいると!!

「そちらがその気ならば、こちらにも考えがあるというもの。無理やりにでも家から出して差し上げましょう!!」

「あ、文様!?」

私はスペルカードを一枚取り出した。椛がギョッとした表情を見せ、止めようとしてきた。

しかし、私はそれを意に介さず宣言した。



「竜巻『天孫降臨の道しるべ』!!」

「キャーーーーーーーーーーー!?」

巻き起こる竜巻。それは椛を巻き込みながら、目の前の家を蹂躙した。

猛烈な風が止む頃には、瓦礫の上で伸びる椛のみが残った。

「・・・これは、ひょっとして本当に留守だったんでしょうか?」

「おお、家人の留守中に家を破壊するとは、昨今の強盗は大雑把になったもんだな。」

ギックゥ!!と飛び上がり、背後からかけられた険のある声に振り向くと。

『凄まじい笑顔』でミニ八卦炉を構える魔理沙さんが、そちらにいらっしゃいました。

「あ、・・・あはははは。わ、私はてっきり中にいるのだとばかり・・・。」

「不意打ちで私を倒そうってか?随分とせこいことを考えるもんだな、射命丸。」

「いえいえそういうわけではないんですよ!大技を使おうとすれば、中から飛び出して私を止めようとするんじゃないかなーって・・・。」

「で、その結果が私の住まい全壊なわけだ。」

あ、あははははー。もう乾いた笑いしか浮かばなかった。

「・・・必要悪です!!」

「意味がわからんから、とりあえずぶっ飛ばすぜ。魔砲・・・。」

私の苦しい言い訳を無視し、魔理沙さんはミニ八卦炉を突き出して宣言した。

「『ファイナルスパーク』!!」

「ギャーーーーーーーーーーー!!」

召喚された地獄の炎そのものに、私は防御の手段もなく、文字通りぶっ飛ばされたのでした。



で、結局は魔理沙さんもシロでした。その時間帯、魔理沙さんは今晩の宴会用の食材を人里で買い出していたそうです。

今留守にしていたのも神社で宴会をしていて、酒を取りに自宅まで戻ってきたんだそうです。

私の考えはあながち外れてもいませんでしたが、時間にずれがありました。魔理沙さんがもう少し早く、あるいは私達がもう少し遅く来ていればこうはならなかった。

つまりこれは不慮の事故だったのです!!

「じゃあ不慮の事故で私が射命丸を月まで届かせても問題はないわけだ。」

「それは是非ともご勘弁を。」

平謝りする。まあ、そんな詭弁で誤魔化せるとは思ってませんよ。

「全く、どうしてくれるんだ。しばらく神社に厄介になるしかないじゃないか。」

「どうもすみませんでした。うちから腕の立つ天狗や河童を派遣しますので、それで平にしていただけるとありがたいのですが。」

「あー、そっちの件は別にいいぜ。もっと腕の立つ知り合いがいるからな。」

腕の立つ・・・ああ、彼女ですか。確かに彼女ならこの程度、一日もあれば再建できそうですね。

しかし、酒呑童子殿をそんなに簡単に動かせるとは。やはり魔理沙さんもただものではないですね。

そんな魔理沙さんを前に、椛は相当緊張した面持ちだった。先ほどの『ファイナルスパーク』も見ていたようですし、彼女に対しどういう印象を持ったのかは想像に難くない。

「家の方は建て直すからいいとして、代わりになるもの何かよこせ。それでチャラだ。」

「やはりそう来ましたか。」

「当然だろ?」

まあ、私でもそうしますね。

「では椛を」

「お断りします!私は止めようとしました!!」

あやややや。

「私もそいつをもらったところで困るだけだぜ。何かあるだろ。こう、天狗だけの秘蔵酒とか。」

「まあ、あるにはありますが。」

酒蔵担当に怒られそうですねぇ。まあ、仕方ないんですが。

「分かりました。それで手を打っていただけるというのなら、今すぐに取ってきましょう。」

「いいのですか、文様。」

「非があるのはこちらですよ、椛。仕方のないことです。」

抗議の声を上げる椛を宥める。さてと、時間もあまりないことですし。

「それでは行って参ります。疾風『風神少女』!!」

私は全速力で魔法の森を後にし、妖怪の山へと向かった。



そして文字通り、あっという間に戻ってきました。

「早いなおい。まだこいつの名前ぐらいしか聞いてないぜ。」

「幻想郷最速は伊達ではないのですよ。」

「ほぉーう。この私を差し置いて幻想郷最速を名乗るか。面白い、勝負するか?」

「それは大変魅力的なお誘いなのですが、今は時間も押していることですし、またの機会に。」

「しょうがないな。まあ、私もとっとと神社に行きたかったところだ。」

私の手から酒の瓶を受け取ると、彼女は宙に浮く箒に腰掛け。

「じゃあまたな、文、椛。」

風のようにあっさりと去っていった。

・・・ふう、相変わらず嵐みたいな人です。

「それは完全にこちらの責とは思いますが・・・あのような人間もいるのですね。」

そう言った椛の表情は、何処かすっきりして見えた。最初に魔理沙さんに対し持っていた恐怖心は、どうやら消えたようですね。

あれが彼女の美徳なんでしょう。細かなことは気にせず、豪快に笑い飛ばすあの強さこそ、魔理沙さんのもっとも特徴的な性格だと、個人的に思っています。

そうそう、天魔様に似ていますね、あの性格は。大人物の資質の一つなんでしょうかね。

「さてと、残る容疑者は二人ですね。そろそろ時間も厳しくなってきましたし、飛ばしますよ!」

「って、だから首を掴まないでください!私は犬じゃありません!!」

おっと、つい。





残るは二人、とは言ったものの、この二人は先の二人よりは厄介です。

というのも、この二人は居場所がよくわからないからです。

一人は、幻想郷の賢者。境界を操る隙間の妖怪、八雲紫。

彼女があのようなことをするのかと問われるとわかりませんが、力を持っているというところは間違いありません。容疑者と言えば彼女も含まれる。

しかし彼女が住むという『マヨヒガ』は、この私でさえ場所を知りません。知っている人物が八雲紫以外にいるのかどうかもわかりません。

それでなくとも、彼女は神出鬼没なのですから。捕まえるのは並大抵ではありません。

そしてもう一人は、幻想郷でも超がつくほど有名な悪辣妖怪。花の大妖怪風見幽香。

彼女もまた、太陽の畑にいることが多いものの、基本的には住所不定。気ままに幻想郷を練り歩く彼女を捕まえるのは、やはり生半可なことではありません。

おまけにこっちは、捕まえたはいいが攻撃をされるという可能性も大きい。できることならあまり接触したくない手合いではあります。

まあ、八雲紫は八雲紫で、あまり話したくないんですが。あの薄気味悪い感じはどうにも好きになれない。

ここで犯人が現れて『自分が犯人だ』と言ってくれたらどんなに楽なことか。しかし現実はそう甘くはなく、彼女らに会わないことには真相を掴めない。

さあ、どうしたものか。

「あの、文様。何も無理に私達だけで犯人を捕まえる必要はないんじゃないでしょうか。原因を究明して、それから専門の部隊を派遣してもらえば・・・。」

甘いですよ、椛。それだけのことをするのに、どれだけの時間がかかると思います?

その間私達山の住人の安全を脅かした犯人は、のうのうと平和な日常を満喫しているのです。

正義の心でこれを許せますか?否、断じて否!!

「だからこそ、我々の手で一刻も早く真相を掴み、明日の文々。新聞号外のトップに載せる必要があるのです!!」

「やっぱりそれなんですか!?」

当然でしょう。私は新聞記者ですよ。ほら、今だって記者モードじゃないですか。

「いや、それは最初から気付いてましたが・・・。」

「ちなみに犯人が捕まらなかった時用に、椛が咲夜さんにやり込められてるシーンは撮影済です。」

「ひどいぃ!?」

あなたのためですよ、椛。もっと世間を知って、山の一角を担えるだけの天狗になりなさい。

「『誰かのため』というのは便利よね。どんな汚い理屈でも美辞麗句に早変わりするのだから。」

「・・・出ましたね、神出鬼没の謎妖怪。」

「謎はあなたにとってだけ。私にとっては私という当たり前の妖怪ですわ。」

唐突に現れたその存在――妖怪の賢者・八雲紫は、スキマの上に優雅に座っていた。

本当に何の前触れもなく現れたため、耐性のない椛は尻尾の毛を逆立てて硬直していた。

「さて、こうして現れたということは、用件はお分かりと見てよろしいでしょうか?」

「ええ、勿論。けれどこうして現れたのだから、私にも用件があることをお分かりと見てもよろしいかしら。」

「ええ、勿論。」

だから今の私の表情は、実に苦いものでしょう。

「そんな顔をしなくても良いわ。それほど大したことを頼むわけじゃないから。」

「そう願いたいものですね。して、あなたは?」

「シロよ。あなたにとっては残念ながら、ね。」

証拠は、と聞くまでもないでしょう。この妖怪のこと、問えば必要以上の証拠を嫌がらせのごとく提示してくるに決まっている。

となると犯人は。

「ご想像通り、妖怪の山の地形を変えたのは、花の大妖怪よ。鈴蘭畑での弾幕ごっこの際に使用したスペルの余波が、妖怪の山にまで届いたのね。」

相変わらず呆れ返る他はないですね。狙ったわけではなく、「ついで」で山の形を変えるとは。

「相手の妖怪のご冥福をお祈りします。」

「その必要はないわね。相手の妖怪は、今幽香の膝で眠っているから。」

・・・何が何なのやら。何故そのようになっているのか、状況が皆目見当もつきません。

「情報は提供したわ。後はこちらの用件ね。」

「まだ受けるとは言ってませんよ。」

「あらあら、情報をただ取りする気?新聞記者であるあなたが。」

・・・ええ、そうくることは想像がついてましたよ。寸分違わないのだから、嫌になる。

「あなたに他人の都合を視野に入れるだけの裁量があるかを確認したかっただけです。言ってませんでしたが、もうすぐ天狗の会合があるのです。」

「半刻後でしょう?だったら問題ないわ。あなたの足なら、寄り道しても5分前に到着するわ。」

何と計画的なことでしょう。つまり、ギリギリの時間まで私を泳がせていたということですか。

「相変わらず、性の悪い。」

「それほどでもないわ。」

あなたほど性根の曲がった妖怪は他にいませんよ。



伝えるだけ伝え、八雲紫は「頼んだわね」と言ってスキマの中に消えていった。

・・・真意はさっぱりわからないけど。

「椛、あなたは一足先に帰って、今回の顛末を報告しておきなさい。」

「あ、はい。しかし文様は・・・?」

「聞いていたでしょう。寄るところができました。」

「あの妖怪の言うことを正直に実行するのですか!?」

仕方がありませんよ、椛。新聞記者のプライドを盾に取られたら、私には従う以外の方法がありません。

「しかし・・・。」

「なら鴉天狗射命丸文として命令するわ。行きなさい、私は後から向かう。」

有無を言わさぬ私に、椛はやや青くなった。ちょっときつくなってしまったけど、この子にはこれが一番効果的だ。

「・・・了解致しました。文様も、あまり遅くならぬよう。」

「わかったわ。」

返事を受け、椛は夜空へと飛んでいった。

「私の方も悠長に見送ってる場合じゃないですね。」

一人ごちり、私もまた、一番星の輝き出した空へと舞い上がった。





光の乏しい夜の幻想郷でも、今彼女がいるという鈴蘭畑はあっさりと見付かった。

むせ返るような毒気が目印となっており、並の妖怪ならば決して近寄らない場所。

そこに、私は風のベールを纏い毒を避けながら、降り立ちました。

「鴉天狗が何の用かしら。」

彼女の声。暗くてよく見えませんが、どうやら座っているようです。八雲紫に聞いた情報だと、弾幕ごっこをした相手に膝を貸しているんだとか。

「少々のインタビューと、不本意ながらのメッセンジャーというところですよ、幽香さん。」

答えを返す。彼女からは「ふぅん」という気のない反応が返ってきた。どうやら彼女は私に対して全く興味を示していないようです。

半分ぐらい安心してしましたが、今はそれではいけないのです。

「今日のお昼頃、妖怪の山河童の集落近くの渓谷がクレーターに変えられました。幽香さんはご存知ですよね。」

「さあ、興味がないから知らないわ。」

撃ったら撃ちっぱなしですか。この人らしくはありますが、こっちとしては迷惑な話ですね。

「実はタレコミがありまして。それは幽香さんがここで弾幕ごっこをして、そのときのスペルの余波が妖怪の山に届いたんだとか。」

「ああ、あれ。残念ね、集落の方に当たってたらさぞかし面白かっただろうに。」

怖いことを平然と言わないでください。

「見たところ、その少女がそのとき勝負していた相手ですか?」

暗い中何とか視認したところ、彼女の膝で眠るのは人形の妖怪と思しき少女でした。あどけない顔をしており、見た目相応に子供であるように思える。

「ええ、そうよ。」

「そんなに強かったんですか、彼女。妖怪の山に届くほどの攻撃が必要なぐらい。」

「必要はなかったけど、ある意味では必要だったわ。この子が私の教えを受けるに足るか、あの子の妹弟子足り得るかどうか。それを判断するためにね。」

『あの子』というのが誰を指しているのかはわかりませんが・・・これはちょっと偉いことを聞いてしまったかもしれません。

「つまり、あなたはその妖怪を育てようという気なのですか?」

「何か問題でもあるかしら。」

クスクスと笑う幽香さん。どうやら本気のようです。

「いえ、幽香さんがそう決めているのでしたら、一新聞記者の私から言えることは何もないのですが。意外だと思いまして。」

「あなたは私のことをそれほど知っているわけじゃないでしょう、ブン屋さん。私はあなたが思っているよりも、誰かに興味を持ったりすることがあるのよ。」

なるほど、確かにその通りですね。

「話はそれだけ?だったら、さっさと消えてもらいたいんだけど。あんまり長話をしていたらこの子が眠れないわ。」

「あやややや、お休みのところ失礼致しました。インタビューの方は以上です。」

大体のところの原因はわかりました。大妖怪の気まぐれとあっては、原因を究明してもどうこうすることはできません。

私は今聞いたとおりに報道するのみです。

「あと、メッセンジャーの件ですが、私に質問はしないでくださいね。私は聞いたとおりに伝えるだけです。」

前置きをし、咳払いを一つ。

「『あなたがどう思おうと、彼は彼。余すことなく受け入れてくれるでしょう。』だそうです。」

「・・・それは、誰に?」

「八雲紫ですよ。全く、相変わらず意味のわからない人なんだから。」

『彼』が何を指すのか、受け入れるとは誰が何を受け入れるのか。省略が多すぎて何を言ってるのかさっぱりわからない。

けれど、私が知る必要のないことなんでしょう。幽香さんが理解できればいいんだから。

彼女は、暗闇でもわかるほどはっきりと、しかし薄く微笑んでいました。・・・伝わった、と見ていいでしょうね。

「確かに伝えましたよ。ご質問はマヨヒガにお住まいの八雲紫さん年齢不詳独身までお願いします。」

「あいつと言葉を交わすなんてごめんだわ。耳が腐ってしまうわ。」

安心と信頼の嫌われようですね。ま、日頃の行いってやつですね。

「それじゃ、私はこれで・・・っと、そうそう。」

「何?」

怪訝な声をかける幽香さん。私はそれに構わず、振り返りシャッターを切った。

暗闇でもしっかり取れるスグレモノなこれは、幽香さんと人形妖怪のツーショットをしっかりと写真に収めたはずです。

「明日の記事の見出しに使わせてもらいますよ。花の大妖怪の子守姿なんて、滅多に見られるもんじゃないし。」

「・・・好きにしなさい。」

許諾は得られた。これは明日の新聞の反応が楽しみです。

「それでは、今度こそ失礼します。」

そう告げ、私は鈴蘭畑を後にした。





なお、帰り道。

「そう、あなたは少し好奇心が旺盛すぎる。その結果事件に首を突っ込み、かき回し、大きくしてしまうのです。これでは真実など伝えられるはずもなく、また事件が大きくなるだけあなたの罪も重くなる。悪循環なのです。新聞というものが何か、事実を伝えるとはどういうことか、あなたはそれを知らなければいけない。そもそも事実そのものは言葉で伝えられるものではなく・・・」

私は何故か、本当に何故か、この『花の異変』を収めに来ている閻魔様にとっ捕まり、長い長いお説教を受ける羽目になってしまった。

「あ、あのー、私先を急いでるんですけど・・・。もうあと3分で定例会が始まっちゃう・・・。」

「刻限を守ろうとするのは良い心がけですが、私の説法はまだ終わっていません。あなたの罪の大きさが原因なのです、自業自得と思いなさい。あなたが伝えた歪んだ事実がため、あなたはこうして説法を受けているのですよ。それを理解なさい。あなたの新聞で被害を受けた人の気持ちに比べれば、お尻百叩きが何ほどのものなのですか。そもそもあなた達天狗は、全体的に少し傲慢すぎる。秩序を持つことは大変に結構なのですが、その上に胡坐をかいていては秩序を腐らすだけです。進化をなくした人間、妖怪、組織あらゆるものは、衰退する運命なのです。今ある秩序をよりよくしようとする努力をすること、それを山の天狗にも伝えなさい。しかしそれは天狗全体の話、今はあなたの罪の話です。さて、話は戻りますが事実を伝えるということにはどうしても話手の主観が入るため・・・」

「同情するよブン屋さん。ま、あんたならそこまでかからないでしょ。」



結局私が解放されたのは、定例会が始まって半刻ほど過ぎてからのことでした。閻魔様も冥界へ向かう途中だったようで、あまり時間はなかったようです。

あわやお尻百叩きかと思いきや、『妖怪の山襲撃事件』の全貌を明らかにしたことで何とか難を逃れましたが・・・もう閻魔様の説教はこりごりです。





***************





・・・一体どういうつもりかしらね、紫の奴。

射命丸が伝えた内容。それは私が情報を集めている『名無優夢』に関することなんだろうということは、容易に想像がつく。

つまるところ、あいつは私の行動を知っていたということ。まああいつならありうることだし、別に驚きはしないけど。

それを伝える意図が、私には読めなかった。あいつの思う通りには動きたくないんだけどねぇ。

けれど他にしようがないのも確かなわけで、私は私の思った通りに動く。他の人妖の介入なんて知ったことではないわ。

『あなたがどう思おうと、彼は彼。余すことなく受け入れてくれるでしょう。』

気になるのは、『受け入れる』という一節。これが彼の本質を表す一語だということは間違いないでしょう。

この言葉は、紫が幻想郷を表すときによく使う言葉だ。『幻想郷は全てを受け入れる。それはそれは残酷なこと。』

では彼――『名無優夢』は幻想郷のように『全て』を受け入れるとでもいうのかしら。

もしそうだとしたら、やはり彼は人間ではありえない。ましてや妖怪でも、神ですらも。

もしそうだとしたら。彼は正しく『幻想郷』ね。人格を持ち、一人歩きしだした幻想郷。

もしそうだとしたら――それは何て面白そうなんでしょう。

私は眠るメディスンの髪を梳きながら、一人微笑みを浮かべるのだった。

今より先にあるだろう楽しみに、愉悦を感じて。



まあ、今はそれよりも、この子を外に連れ出せるだけの力のコントロールを覚えさせて、靈夢のところに遊びに行くのが先決ね。





+++この物語は、大妖怪の戦闘後の処理に幻想ブン屋が奮闘する、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



新聞記者、時々山の天狗:射命丸文

公私の区別がはっきりついてる。『私』である新聞記者としては、あまり立場に物を言わせた行動は取らない。

パパラッチと言われながらもある種の信念を持って報道を続けているため、徳はそれなりに高い。おかげで映姫様の説教もあまり長引かなかった。

優夢の正体については知らない。

能力:風を操る程度の能力

スペルカード:風符『風神一扇』、風符『風神少女』など



哨戒天狗、何故か探偵助手もどき:犬走椛

大変不本意ながら、今回探偵ごっこの助手をやらされた。しかしながら、文にはこの娘の世間知らずなところを何とかしようという思惑も少しあった。

人間は取るに足らない存在だと思っている、典型的な天狗。今回思いっきりその常識を突き崩されたが。

今回の経験が今後彼女の成長にどのように影響するかが見ものである。

能力:千里先まで見通す程度の能力

スペルカード:なし



→To Be Continued...



[24989] 四章十話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:58
現世にて『花の異変』を平定するため幽霊を集めていた私達ですが、現在冥界の白玉楼へと向かっているところです。

ようやっと本気を出した小町のおかげで、幻想郷の迷える幽霊もだいぶ減った。程なく此度の『異変』は終焉を迎えることでしょう。

しかし、少々思わしくないことが起きていることに気がついた。確かに小町はしっかりと働いているが、集めた量以上に幻想郷の幽霊が減っている。

これがどういうことなのか、すぐに察しがつきました。私達以外の誰かが幽霊を『成仏』させているのです。

確かに幽霊は最終的には成仏に行き着くのですが、それは私達が判断して行っている。成仏に足る幽霊でなければ、天界の均衡が崩れてしまう。

そしてそれが可能な人物は、私の知る限り幻想郷に一人しかいない。

冥界の剣豪、半分幻の庭師。三界最強の剣士とも名高い半人半霊、魂魄妖忌。

彼ならば、それこそ一息に百を越す幽霊の妄執を断ち、成仏させることもできましょう。

しかし、これまでの長い歴史の中で、彼がそのような暴挙に出たことは一度としてありません。彼はちゃんと、輪廻というものを理解している。

だとすれば何かの理由があるのだとは思いますが・・・やはり気になるのは事実。

だから、こうして冥界へ赴き、事の次第を確かめようとしているのです。

道中、罪と徳の両方が高いという変な鴉天狗を見つけたため少々時間を費やしてしまいましたが、私達は今のところ順調に進んでいる。

目の前に、白玉楼へと続く長い長い石段が見えてくるところだった。

「しかし、私にはどうにも信じられませんね。本当に妖忌さんなんでしょうかね。」

道中ずっと難しい顔をしていた小町が言った。その気持ちはわかります。むしろ私も同じ気持ちだと言って良いでしょう。

「しかし、幻想郷の幽霊が裁いた以上に減っていることは事実なのです。少なくとも確認は必要だわ。」

「数え間違いってことは。」

「あると思いますか?」

「いえ。」

閻魔がその手のミスをすることは、基本的にありません。ミスをするようなら、初めからヤマの職は任せられない。

それでも一人二人レベルなら再計測をしますが、百や二百となったら外的要因を疑わない余地はありません。

誰かが幽霊の数を減らしているというのは断言できる。

ただ、誰がそれを行っているのか。目的は何なのか。それがわからないから、こうして直々に調査に参ったのではないですか。

「いや、それはわかっているんですが。やっぱり腑に落ちないというか・・・。」

「確かめればいいだけの話です。さあ、白玉楼まで飛びますよ。」

今の会話の間に、石段の下にたどり着いていた。

ここが長い石段となっていることにも意味はあるのですが、今はそんな悠長なことを言っている場合ではないので、私達は歩かず飛ぶことを選ぶ。

ここは幻想郷と冥界の境目になりますが、ここもやはり花と幽霊に溢れている。『花の異変』の影響下にはあるようだ。

確かにそうなのだが、他と比較して幽霊の密度が低い。たまたまなのかもしれませんが、この状況だと関連を疑わざるを得ませんね。

一体妖忌氏に何があったのか。正直に言うと、私も一刻も早く真実を確かめたかった。

だから私達は、出来る限りのスピードを出し、冥界の空を飛んだ。



その途中、ふと私の視界に入ったものがあった。

・・・あれは。

「? 四季様?どうしたんです、急に止まったりして。」

制止した私に小町が声をかけた。遠くのあれらに、小町は気付いていないようですね。

「用事が出来ました。あなたは先に行って、真実を確認しておきなさい。状況によっては戦闘も許可します。」

「いきなりどうしたんです。これは一刻を争うことだって、四季様言ってたじゃないですか。」

だからあなたを向かわせるんですよ。

「不明瞭な幽霊の減少も重大ですが、あちらも軽い問題ではありません。説明は後でします、とにかくあなたは幽霊減少の原因を突き止めなさい。」

「・・・了解しました。その代わり、後でちゃんと説明をお願いしますよ。」

勿論。私は約束を違えません。

それだけ言うと、小町は真っ直ぐ白玉楼に向かった。本当に、真面目にしていれば優秀な子なんですが。

「さて、こちらも早く済ませねばなりませんね。」

私は私でやるべきことがある。石段の道を外れ、桜の舞い散る緑地へと出た。

私には見えている。この陽気に乗じて、姦しく気ままに演奏をする者達の姿が。

その方向に向かって真っ直ぐ飛ぶと、陸地が終わりを告げ桜色の雲を眼下に望む、冥界の上空に飛び出した。

そこに、彼女らはいた。

「あなた方は本当に手がかかる。手遅れになる前に川を渡りなさいと言ったでしょう。」

声を張り上げ呼び掛ける。鳴り響く音楽に負けないように言った言葉は、彼女らに演奏することをやめさせた。

「・・・誰かと思ったら、閻魔様じゃないか。」

陰鬱な表情でバイオリンを弾いていた少女が言う。言葉ほど驚いた様子はなかった。

「お久しぶり~!閻魔様も花見に出て来たのかな!?」

これ以上なく陽気な少女は、無意味に声を張りトランペットを吹いた。

「メルラン姉うるさい。そんなわけないでしょ。多分、何故か幻想郷に溢れてる幽霊にお説教しにきたってとこじゃない?」

「当たらずとも遠からずというところですよ、リリカ=プリズムリバー。」

鍵盤に手を当てたまま、唯一まともな調子でしゃべる少女――リリカ。

ルナサ、メルラン、リリカ。冥界を彩る騒霊の楽団、プリズムリバー三姉妹だった。

「けれどそれ以上に、今はあなた達にお説教をしなければなりません。・・・理由はお分かりですね。」

半眼でもって三人をにらみつける。しかしこの三姉妹は容易い相手ではありません。

次女のメルランはカラカラと笑うばかり。楽の感情ばかりが行き過ぎた彼女には、こちらの言い分を理解させることが難しい。

長女のルナサは無表情。一番話が通じるものの、物事を暗い方向に考えることに長けているため、正しく伝えることが難しい。

三女のリリカは一番まともですが、どこか達観してしまっているため、彼女自身の意志に訴え、自発的に動かすことが難しい。

一人一人でも説法に骨が折れるのに、それが三人。一筋縄ではいかないということは明白でしょう。

「さあ、さっぱりわからないな。」

「閻魔に平然と嘘をつくその度胸は評価しましょう。それともそれは、諦めからなのかしら。」

「諦めっていうのは何かを続けてるから言うもんだよね。だから私達は、初めから諦めるも何もないさ。」

「存在するものは、存在しているだけで存在することを続けている。全ての存在は初めから何かを続けているのですよ。」

「小難しいことはどうでもいいよっ!私達は今が楽しいんだから!!」

「明日滅ぶ身と知ってなお、あなたはそう言い続けられるのですか?・・・私としたことが、愚問でしたね。」

「そういうことだ。私達には『覚悟』がある。」

そう、彼女達の一番厄介なところはそれだ。

彼女達は、滅びの運命を受け入れているのです。





昔々、あるところに4人の姉妹がいた。

少女達はそれなりに豊かな家に生まれ、何不自由なく過ごしていた。4人が4人ともを大切に思い、固い絆で結ばれた姉妹だった。

それがある日、突然終わりを迎えることになる。

貿易業を営んでいた彼女らの父は、景気の悪化に伴い業績が落ち込み、経営していた会社は破産、屋敷すらも手放せねばならなくなった。

家がなければ人は生活できない。4人の少女達は、互いを大事に思いながらも、現実によって引き離されてしまった。

いつでも冷静で4人のリーダー役を務めていた長女・ルナサ=プリズムリバーは、親戚の農家へと引き取られた。

明るい笑顔を絶やさず皆を元気付けた次女・メルラン=プリズムリバーは、引き取り手がいなかったために孤児院に預けられた。

ややもすれば暴走しがちな少女達のブレーキ役だった三女・リリカ=プリズムリバーは、遠く海の向こうへと行ってしまった。その後どうなったのか、姉妹が知ることは生涯なかった。

そして4人の末っ子。当時まだ10にも満たない幼子だった少女。レイラ=プリズムリバー。

彼女は近くに住んでいた親戚に預けられた。元々住んでいた屋敷の近くならば、少女もすぐに慣れるだろうという配慮だった。

けれど彼女は決して預けられた家に馴染むことはなかった。姉を求め夜遅くまで外を徘徊し、何度怒られてもそれをやめなかった。

あるときとうとう、レイラは家に帰ってこなかった。家人達は必死になって行方を探したけれども、一向に姿を見つけることはできなかった。

レイラはそのまま行方不明となり、彼らの前に姿を現すことは二度となかった。





「ええ、それは知っています。あなた方が『彼女』を私の元に連れてきたとき、確かにその覚悟を聞きました。」

「なら、今更あなたがしゃしゃり出てくることは、余計なお世話じゃないか?」

冷たい瞳で言葉を放つルナサ。一介の騒霊が閻魔に見せる目ではありませんね。

もっとも、騒霊ポルターガイストとは本来魔法の一種。ならば彼女らが私に対し畏れを持たないのは、ある意味当然かもしれない。

「そうかもしれませんが、お節介を売るのが閻魔の役目。あなた方が首を縦に振るか、あるいはそのときが来るまで、いつまででも言い続けます。」

「閻魔ってのも面倒なもんね。私達はただ最後の瞬間まで音楽を奏で続けたいだけなのに。」

私の心情としては、最後の瞬間のその向こうまでも、あなた達には奏で続けてもらいたいのですよ。

「まあまあ、難しい話はそこまでにして、閻魔様も音楽楽しむ?」

「せっかくのお誘いですが、私は今重要案件の調査に来ているのです。その時間を割いてでも、あなた方を説得したいのですよ。」

「くどい。」

ルナサはピシャリと切るように言った。やはり、言葉では中々通じないものですね。

閻魔失格かもしれませんが、私が彼女達を『救い』たいというのは個人的な感傷によるところが大きい。

元々輪廻の輪の中にない彼女達を放っておいても、文句は何処からも出てこない。冷静な判断をするなら、三人が滅びを受け入れているのだから、その通りにさせるのが道理でしょう。

けれどやはり、『彼女』の最後を送った身としては情が移ってしまうのか。私はどうしてもこの三人を見捨てる気にはなれませんでした。

百度以上自問自答し、千の真理をもってして自身を説き伏せようとしましたが、それでもダメでした。

これはもう私の中で白黒はっきりついた問題。私はどうあっても彼女達を消滅させたくない。それが私の答えです。

そうであるなら、私は閻魔として、そして四季映姫個人として、三人を滅びの運命から救い出さなければならない。そうすることこそが私の役割です。

しかしこの問答も、既に何度目になるのか。・・・これで5302度目か。

いい加減埒が明きませんね。

「もう一度言います。考え直しなさい。無為に消滅することはないのです。輪廻を廻り、次なる生で新しい音を奏でなさい。」

「何度でも答えよう。諦めてくれ。レイラの思い出を亡くすぐらいなら、このまま消滅する道を選ぶ。」

やはり言っても聞いてはもらえない、か。

・・・たまにはやり方を変えてみましょうか。

「そうですか。ならば・・・。」

言葉とともに、私は悔悟の棒を正面に構え、全身に霊力を漲らせた。

それを見て、反射的とも言える速さで、三人の騒霊は一塊になりそれぞれの楽器を構えた。

「話を聞かないから実力行使?ちょっと見ない間に随分乱暴になったね、閻魔様。」

「先にも言いました通り、今は少々急ぎの身なのです。しかしこのまま終わったのではあまりに不完全燃焼。ですから、手っ取り早く『コレ』で白黒つけましょう。」

「負けたら素直に転生しろ、と?」

「そこまでは言いませんが、譲歩はしてもらいましょう。あなた方が勝ったら、私はもう何も口出ししません。」

「お説教はおしまいってこと?やったね♪」

「油断するなよ、メルラン。負けたらきっとお説教が倍だ。」

倍で済めばいいですが、私もあなた方に溜まってる鬱憤はそれなりにあるのですよ?10倍は覚悟してもらわなくては。

「あなた達は自己を知っている。行く末も理解している。だというのにそれを改善しようとしない。それこそがあなた達の罪の重さだと知りなさい!」

「罪が何ぼのもんよ!私達は騒霊、音楽とともに消える身だ!」

「たとえそれが罪であろうとも・・・私は変わらない道を選ぶ。」

「さあさあ!楽しい楽しい弾幕ごっこが始まるよ~!!」

私と三人が弾幕を展開するのは、同時だった。





***************





それぞれがそれぞれの楽器を手に、音を奏でる。三つの不協和音が響き合い、霊力の塊となって散りばめられる。

閻魔は既に『鏡』を展開していた。付き合いが長い分、お互い手の内はわかっている。

「わかっているとは思うが、私達は音楽を自在に操る。『鏡』に触れないようにあなたに攻撃を届かせることもできる。」

「わかっていますよ。これは公平を期すための陪審員。元より自分を戒めるためのものです。」

言って閻魔は、全く遠慮なしに悔悟の棒から霊力弾を発射した。弾速は速く、『鏡』を貫いて真っ直ぐに私達に向かってきた。

『鏡』を盾に攻撃してくるつもりか。思いながら散会しそれぞれに回避する。そして再び閻魔を見たとき、私は自分の予想が違ったと知った。

閻魔もまた避けていた。私達の弾幕を、ではない。私達はまだ待機させている。

あの『鏡』の性質は知っている。彼女に対する攻撃に対し、反撃の『罰』を与える。

だが、まさか自分の攻撃にも反応するとは知らなかったな。

「何考えてんの。閻魔様って、実はマゾ?」

「そういうわけではありませんが。敢えて言うなら、裁判官としての義務ですよ。」

意味はよくわからないが、何らかの策だと思っておこう。彼女が無意味な行動を取るはずはない。

「油断は、しない。」

「懸命ですよ。あなた方と言えど、手加減をするつもりはありません。」

迂回させ『鏡』を越えた私の弾幕をかわしながら、閻魔は再び直射の弾を撃つ。必然、跳ね返った『罪』が彼女に襲い掛かる。

私だけではなく、メルランとリリカもまた、彼女に弾を向けていた。4人分の弾幕によって、閻魔の周囲の弾幕密度は尋常なものではなくなっていた。

それを閻魔はなるべく最小限の動きで回避していた。掠り弾もあったが、それらは意に介さず、当たることだけを避けていた。

・・・一体何を考えている。カウンター狙いにしても、余りに無防備すぎる。

狙いを定めて撃てば容易く当てられそうだが、その不気味さのためにはばかられた。ある意味、その行動自体が私達の意識に枷をかける防御方法となっているな。

「隙だらけだよー!!」

しかしそれを意に介さぬ者も、私達の中にはいた。メルランは彼女の不可解な行動などまるで気にせず、力一杯トランペットを吹いた。それにより生まれる音と霊力の湾曲弾幕。

真っ直ぐではなくあえて曲がりながら突き進むメルランの弾は、非常にかわしにくい。避けるスペースが十分にあれば冷静に対処できるものの、今閻魔が包囲されているだけの弾幕の中で、果たしてそれが実行可能かどうか。

そして案の定、メルランの弾は閻魔の逃げ道を完全に塞ぐように迫って行った。

だが、それでもやはり閻魔は涼しい顔をしていた。・・・リリカの言ではないが、本当にマゾなのか?

「そろそろ良いでしょう。」

閻魔が何事かつぶやき、悔悟の棒を頭上に掲げた。ここに来て彼女はようやく動きを見せた。

「喝ッ!!」

振り下ろされる罪を刻む一撃。それとともに、彼女の周りを包囲していた弾幕――今メルランが放った一撃も、動きを正反対へと向けた。

即ち、閻魔を襲っていた全ての弾幕は、一斉に私達めがけて飛んできたのだ。

・・・そういう戦法か!!

他者の弾幕を操作するとは、反則じみた方法だ。しかし、ある意味納得の行く戦い方でもあるな。

閻魔とは、人間の人生、その功罪をもって裁きを下す者。言い換えればその人物自身の行いを跳ね返す鏡だ。

ヤマという職に誇りを持ち、厳粛に裁きを下す彼女らしい戦い方だった。

迫り来る無数の――私達自身が張り巡らせた弾幕に身構えながら、私はそんな感想を持った。

「くっ・・・。」

「いてー!!」

「あたた・・・。マゾじゃなくてSMハイブリッドだったのね。」

私達は全力で攻撃をしかけていた。量も尋常ではなかったため、かわせるわけもなく全員被弾した。

「私は裁きを下すのに一個人としての感情で判断したことはありません。よって、サディストにもマゾヒストにも区分はできませんよ、リリカ。」

「だからSMハイブリッドじゃん。」

違いない、どちらにも区分できないなら新しい区分に分ければいい。

リリカの言葉に、彼女は小さくため息をついた。閻魔たる彼女としては珍しい光景かもしれないな。まあ、それだけ私達は彼女に負担をかけているわけだが。

そのこと自体に何も思わないわけではないが、私達の信念と彼女の信念は対立している。そうである以上、同情も譲歩もするわけにはいかない。

「スペルを宣言しないのなら、私の勝ちということで譲歩をしてもらうことになりますが?」

「そう簡単に首を縦に振ると思ってんの?まだまだ、こんなの序の口よ!」

「これで終わったんじゃ楽しみ足りないよ!」

そうだな。あなたの言葉を百年以上も拒み続けた私達が、そう簡単に折れると思うなよ。

私達は三人それぞれ、別のスペルカードを取り出した。そして、ほぼ同時に三つのスペルカードが宣言された。

「騒符『ノイズメランコリー』。」

「騒符『ソウルゴーハッピー』!!」

「騒符『ソウルノイズフロー』!」

青と白と赤。それぞれの色の弾幕が、冥界上空の桜色を染めていく。





***************





トランペットを手放す。トランペットの幽霊は、自分で動く力を持っているから、本当は私が持って手で吹く必要はない。

じゃあ何でいつもは吹いてるかって言ったら、そっちの方が楽しいから。やっぱり遠隔で操作するよりも、自分の手で演奏した方が気持ちがいいもん。

けどスペルアタックの時は本気を出す。本気を出すとき、手がふさがってるのはちょっといただけない。だから私はトランペットを手放した。

私だけじゃない。ルナ姉もリリカも、それぞれの楽器を手放している。

3対1で、3つのスペルカードを同時に使う。ちょっと卑怯な気がしないでもないけど、相手は閻魔様だもんね。問題ない問題ない。

それに私達だって負けられないんだから、遠慮なんて必要なし。

「いっくよー!!」

口火を切ったのは私。幽霊トランペットは私の魔力でいくつにも分身し、それぞれが弾幕を放ち始めた。

螺旋を描くように蛇行する何本もの弾幕線は、ちょっとした竜巻のように思えた。

当然閻魔様はかわす。さっきもそうだったけど、派手に動かないでチョン避けが基本みたいだね。閻魔様って小っちゃいし、それでも十分かわせている。

けど、今度はさっきにも増して強烈だよ!そう簡単にいくかな?

「下は任せろ。」

ルナ姉がいつの間にか閻魔様の下に楽器を配置していた。そして遠隔操作で弦を引く。

振動と霊力が形になり、ゆっくりと上る、しかし少しずつ加速する弾幕となる。これえげつないのよね。油断してるとあっという間に詰むから。

まあ、閻魔様が油断することはないと思うけど。さあ、どう出るか・・・!?

驚くべきことに、閻魔様が取った行動は、ルナ姉の張った弾幕の中に飛び込むことだった。いくら今はゆっくりとは言え、密度が半端じゃない。避け切るのは一苦労なんてレベルじゃない。

やっぱり閻魔様って、マゾ?

「飛んで火に入る春の閻魔ってね!!」

ルナ姉の弾幕で行動を制限された閻魔様に、リリカの鍵盤から交差弾が発射された。これは避けられないね。

三位一体の連携攻撃は、閻魔様の逃げ道を完全に封鎖した。

「・・・先ほどのようには行きませんか。」

「これはスペルアタック。つまりそれだけの力を込めている。あなたでも、容易くコントロールはできまい。」

ああ、なるほど。閻魔様はさっきのを狙ってたのね。けど残念でした、二度も同じことをするほど馬鹿じゃないのよ。

私は自分でもちょっと空気読めてないかなーって思うことがあるけど、それはあえてそうしてる。空気を読んで発言を控えるなんて、つまらないじゃん。

だから、とにかく明るく。場にそぐわなくても、場をそぐわせるぐらいに明るくするのが、私の音楽。

そのために私のことを考えなしだと思う奴もいるでしょうけどね。あいにくと、これでも私は結構考えてるのよ。考えた上で、あなたの提案を断ってるんだ。

私達は、どう現実を美化したところで『本物のプリズムリバー四姉妹』にはなれないのよ。現実に生きていた『メルラン』は、あの子と一緒に転生か何かしてるはずでしょ。

だったら、そこに私達が割って入るのはあまりにも無粋じゃない。私達はあの子の幸せのために生まれてきたのに、それじゃあ本末転倒もいいところだわ。

だから私は、転生よりも消滅を選ぶ。それが私達『プリズムリバー三姉妹』の決断。

邪魔は・・・。

「させないよー!!」

トランペットを手に戻し、ダメ押しの一発を放った。弾幕の竜巻は、それでもチョン避けを頑張る閻魔様の避けるスペースさえ完全に封じる勢いだった。

「仕方ありません。罪符『彷徨える大罪』!!」

限界と見て、閻魔様はスペルカードを宣言した。広がる霊力の波で、私達の弾幕は完全に消し飛ばされてしまった。

凄い霊撃だわ。やっぱ閻魔様は強いよね。

「ようやく一枚消費させることができたか。やれやれ、本当にお堅い人だ。」

「お堅いだけに防御も固いってね。けど、いつまでそのペースが持つかな?」

「最後まで持たせて見せましょう。ここからは、私も攻撃をさせてもらいます。」

そういえば、今のスペル中閻魔様弾幕撃ってなかったね。ダメだよー、弾幕ごっこは撃ち合いが楽しいんだから。

「もっともっと楽しんで、皆でハッピーになるのよー!!」

言葉とともに弾幕を張る。ルナ姉もリリカも、そして閻魔様も。

皆が楽しいということ。それが満たされるなら、私はそれで十分だった。





***************





先程の言葉通り、閻魔は攻撃を繰り出してきた。卒塔婆の形をした、強烈な霊気の塊。

それを幾本も幾本も放ち、私達の攻撃をことごとく粉砕し、私達の方へと直進してきた。

さすが閻魔と言いたい威力ね。直進しかしないから、かわすのは問題ないけど。

それにしても、これじゃ勝負がつかないわね。向こうの攻撃は当たらないけど、こっちの攻撃も届かないんだから。

さっきまでとは打って変わって、閻魔は景気よく弾幕を張っていた。全方位からの攻撃に対応するように、自分も全方位への射撃を行っている。

あれでよく霊力切れにならないもんだ。閻魔には霊力切れってないのかもね。

だとしたら、持久戦に持ち込まれたらこっちが不利。こっちは三人だけど、多分霊力の総量で言ったら向こうの方が上だ。

何とか切り口を見つけて攻め崩したいところね。

「戦いは数だよー!!」

痺れを切らしたか、メルラン姉が分裂トランペットから大量の弾幕を、これでもかというぐらいに放った。

さすがメルラン姉。魔力の量と空気の読めなさ姉妹一は伊達じゃなかった。

これを切り口に私とルナ姉が畳み掛けようとする。展開する弾幕の数を増した。

だが、そこで動きを止められた。

どうやらこの膠着状態は閻魔の作戦だったようだ。メルラン姉が動くのを予想していたかのように、奴は姉さんの目の前に『鏡』を張っていた。

全力で攻撃に傾注していたメルラン姉にそれが回避できるわけはなく、スペルブレイク。だけにとどまらず、反射で生まれた弾幕は私達の方にまで向かってきていた。

攻撃を撃つ前で止まっていた私達には余裕で回避することができたけど・・・。

「メルラン姉の間抜けー。」

「うわっ、リリカひどっ!!」

とりあえず毒を吐いておいた。全く、こっちは力で負けてるんだから先走るなっての。

まあ、メルラン姉が動かなかったら、先に私が動いてたんだけどね。

三人の一人が欠けたんじゃ、これ以上スペルを続ける意味はない。私はスペルを解き、それを見てルナ姉も解いた。

「何故解くのです?ブレイクしたのはメルラン一人でしょう。」

「そりゃあれだよ、私達姉妹思いだから。」

別にそんな理由で解除したんじゃないけどね。

「あなた相手に、こんな子供だましを単発で使っても意味ないでしょ。」

「右に同じく。私達のみでは牽制程度の意味しかない。」

色々あれだけど、うちの主砲はメルラン姉なのよ。

「そうでしたね。あなた方は自分というものを理解している。互いに互いを理解している。だからこそ私は言い続けているのですよ。」

転生しろ、て?言い分はわからないでもないけどね。

「私達は今だけで十分満足してるって言ってるでしょう。義務でもないのに、わざわざ次を求める必要なんかないわよ。」

正直な話をすれば、彼女の気持ち自体は嬉しいと思う。厳格で、感情で判断することのない四季映姫・ヤマザナドゥが、私達には好意で言ってくれてるんだから。

だけど、彼女には悪いけど、私達にその意志がない。ルナ姉やメルラン姉みたいにあの子がどうとかじゃなく、私は私自身の意志として言う。

あの子に対する情がないわけじゃないけど、私達は本来存在しない者。役目を終えたら消えるのが自然な流れでしょ。

だったら、次を求めるなんておこがましい話だ。今のままで十分。

「今更言葉で説得なんて無理だって分かってるんでしょ。弾幕こいつで語りなよ。」

言いながら、私はスペルカードを取り出した。ルナ姉とメルラン姉も、同じ行動を取る。

今度はバラバラじゃなくて、一つのスペルカード。それが私達の意志をよく表していた。

「対立した二者が言葉で分かり合うことはない。世の真理と言ってもいいですが・・・物悲しいものね。」

彼女もまた、カードを取り出す。お互いがお互いの信念に従って戦っているということ。

白黒はっきりさせるのが彼女の能力だけど、この戦いに限っては白も黒もない。どっちもが白で、どっちもが黒。

結局は勝って筋を通した方が白ってことなんでしょうね。決着のみが、私達に白黒をはっきりつける方法。

なら、負けるわけにはいかないし、負けたくもない。

常に傍観者である私だけど、これだけは譲りたくなかった。

そして、それは私の二人の姉も同じこと。だから私達は、合図もなく全く同時に宣言することができた。



『創霊『プリズムライトメロディーズ』!!』





***************





宣言とともに、三人の騒霊は三色の光の塊となった。黒と白と赤、それぞれを表す色に。これは彼女達自身を弾幕と化す、最初の魔法にして彼女達のラストスペル。

より本質的な言い方をするならば、彼女達を騒霊という形を取る以前の原初の姿に戻す術。

――そう、レイラ=プリズムリバーが願った『絆』の魔法へと。

それだけ彼女達が本気ということなのでしょう。彼女達はどうあっても、そのあり方を変える気はないようだ。

その意志を尊いとは思います。己の存在意義に全力を注ぐその姿に、感動すらも覚える。

だけどそれでも、私はそれを是としない。私の正義は彼女達を消滅させることを選ばなかった。

たとえ世界から見れば三人の姉妹が偽りだったとしても、確かにそこに存在している魂なのです。

私は閻魔です。しかし、その前は地蔵でした。仏道の身にあり、人々の救済を願う者でした。

自ら進んで消滅する者達を黙って見過ごせるわけがないでしょう。彼女らの幸福こそが、私の本願なのだから。

だから今は心を鬼にして、あなた達を裁く!!

「裁符『真実の天秤』!!」

私もまたスペルを宣言した。それとともに、悔悟の棒に極大の霊力が注がれる。

その力がため、棒の先から巨大な球体が生えているようにも見えるでしょう。

私が力を溜めていると見るや否や、三色の騒霊はそれぞれに襲い掛かってきた。白は素早く一直線に私に向かい、赤は弾を撒き散らしながら蛇行する。黒はゆっくりと弾の壁を作っていた。

この姿になっても彼女らの性格はよくわかる。個性的な騒霊達だ。

「疾ッ!」

悔悟の棒に溜められた霊力の塊で、白の弾幕を弾き飛ばす。勢いが勢いだったため、棒を伝って私の腕にも少し痺れが走った。

そして次に迫りくる赤の弾幕を、当たりそうなもののみ弾き飛ばす。本体は激突を避け、私の周りを迂回していった。

黒はまだ攻撃をしかけてこない。じっくりと弾幕を展開しているようだ。

一撃では止まらず、白も赤もしつこく攻撃をしてきた。白は体当たりを繰り返し、赤は弾幕を張って私の動きを封じようとしてきた。

そしてそれを何度か繰り返したとき。

「やはりそう来ますか!!」

黒の弾幕が動きを見せた。巨大な塊のようにも見えるほど膨大に展開されたそれが、私目掛けて振ってきた。

巻き込まれぬよう、白と赤が退避する。私は今から回避したのでは間に合わない。

迎え撃つしかない。

「来なさい。その罪、裁いてあげましょう。」

しかし動揺もない。私は元よりそのつもりなのだから。

棍のような霊力塊を前に突き出す。勢いよく突き出されたそれは、真っ向から黒の弾に拮抗した。

――重い。これが彼女達の全力。そこに詰まった思いの密度を感じる。

しかし私も負けてはいない。このスペルは『真実の天秤』。この棍で真実をはかるのです。

『黒』に対するならば、私は白。ならば、白と黒を判決するこの私に、裁けぬ道理はない!!

「破ァ!!」

悔悟の棒に込められた霊力を励起させる。それにより発生する、スペル宣言とは違う種類の霊撃。

それは衝撃波となって黒弾を押し返した。向こう側にいた黒――ルナサは、跳ね返ってきた霊力の塊から逃げるように大きく動いた。

「逃しません!!」

私は追撃をかけるべく、悔悟の棒を彼女に向け。

『もらった!!』

『隙だらけだよー!!』

その瞬間を狙って、赤と白――リリカとメルランが私に迫ってきていた。

三重のフェイントか!!

最初の二人の攻撃は、ルナサの攻撃までの間をつなぐためのもの。そして今のルナサの大規模攻撃は、私に隙を作らせるためのもの。

本命は、メルランとリリカの合体攻撃。本来は一つであった三人のうち、二人が一つとなって行う流星のような体当たり。

そのスピードは、先程までの攻撃の比ではなかった。視認から激突まで、1秒もあったか怪しい。

私はその一撃を受けて、まともに弾き飛ばされてしまった。

「くっ!!」

大きくよろめきながら何とか体勢を整える。しかし、今度は三人が一つとなり、更なる追撃をしかけようとしてきていた。

あれを喰らったら、いくら私といえども耐え切れないでしょう。率直に凄まじい力だと思います。

これが騒霊――いえ、『創霊』の本気ということか。



そう、でしたね。これは本気のラストスペル。本気には本気でもって答えるのが礼儀というもの。

「非礼を詫びましょう、プリズムリバー。私としたことが、あなた達の力を見誤るとは。」

全く、この三人を前にするとどうしても判断が甘くなる。閻魔失格ね。

これは信念と信念の戦い。己の筋を通すための、白と黒を決するための。

だったら私が本気を出さないでどうする。心の中で己を叱咤し、新たに一枚のスペルカードを取り出した。

私のラストスペル。

「あなた方の意志と私の意志。どちらを貫き通せるか、勝負です!!」

悔悟の棒を高く掲げる。込められた霊力が抑えきれずあふれ出す。

光の束を纏め上げ、一筋の裁きとする。

そして私は宣言した。



「審判『ラストジャッジメント』!!」



裁きの光は、三位一体となったプリズムリバーを飲み込んだ。





その一撃にはさすがに耐え切れず、プリズムリバー三姉妹の合体は解けてしまった。

ラストスペル、ブレイク。私の勝ちということで決着はついた。

正直負けたらどうしようかと思っていましたが、勝ててよかった。

「・・・まあ、普通に考えたら、騒霊と閻魔じゃ勝負になるわけがないな。」

合体が解けたところで『ラストジャッジメント』は止めましたが、余波で三人はボロボロになっていた。

煤けた顔で憮然としながら、ルナサはそう言った。

「そうでもありませんよ。メルランとリリカの一撃を受けたとき、私は負けを覚悟したぐらいです。」

「およ、そうなの?割と平然としてたように見えたけどねー。」

「あのまま押し切ってたら勝てたかな・・・いや、『ラストジャッジメント』出されたらその時点で決着するわね。」

あれは私もそうそう出すスペルではありません。ラストスペルですからね。

「それはそうと、とりあえず勝ちは勝ち。譲歩はしてもらいますよ。」

「・・・そうだな、少しぐらいは譲歩しよう。まあ、首を縦に振ることはないだろうがな。」

ええ、そう来るでしょう。わかっていましたよ。一朝一夕にあなた達の意識を変えられるとは思っていません。

「徐々に変えていきなさい。あるいは、世界が違って見えるかもしれませんよ。」

あなた達は決して、レイラの生み出した『ただの幻影』ではないのですから。





レイラは、住んでいた家に戻ってきていた。彼女の父が決死の思いで手放した家は、何故か買い手がつかなかった。

あるいは、それはレイラの力の片鱗によるものだったのかもしれない。

彼女は姉を求めた。優しく、自分を可愛がってくれた三人の姉を。

しかしもうそこには誰もいない。三人の姉は、それぞれがそれぞれの土地に行き、それぞれで人生を歩んでいた。

姉の影を求め、屋敷の中を歩き回ったが、何もなかった。誰もいなかった。

来る日も来る日もレイラは泣き続け、姉の名前を呼び続けた。

そんな生活が続き、食料も底をついたある日のこと。

レイラは空腹の中、あるものが目に飛び込んできた。

長女が好んで弾いていたバイオリン。子供の腕ではそれほど上手くは弾けず、何度も耳を押さえたのを思い出した。

次女が吹いていたトランペット。勢いよく吹いていたため、調子っ外れの音が鳴り、よく皆で笑っていた。

三女が背伸びをして弾いていたピアノ。手が小さいから指が届かず、皆で力を合わせて弾いたときは楽しかった。

それらを見たとき、レイラは心の底から思った。もう一度、四人で音楽を奏でたいと。



その思いが、彼女の才能を呼び覚ました。

彼女には類稀なる魔力があった。思い描いた物を形にするだけの、強力な魔力が。

力は彼女の意志を正確に汲んだ。バイオリン、トランペット、ピアノに思い描いた形が宿った。

そして生まれたのが、今のプリズムリバー三姉妹だった。

初めは戸惑っていたレイラだが、姉達と同じ優しさを持つ彼女らに、いつしか心を満たされていった。

幻想の力を得たレイラは、そのうち洋館ごと幻想郷へと引きずり込まれ、『外』の歴史から姿を消した。

それでも彼女は幸せだった。大好きだった姉達――本物ではないにしても、本物以上に大好きな『姉』達と一緒に暮らしていたのだから。

そして老いない三姉妹とは違って人間であるレイラは齢を迎える。最後は幸せの中、生涯に幕を閉じた。





その後彼女を私の元に連れてきたのは、お迎えの死神ではなく三姉妹だった。『妹』の最後を自分の手でという、『姉』らしい思いだった。

確かに本物のプリズムリバー四姉妹には、あの三人は決してなれない。彼女らはプリズムリバー『三』姉妹なのだから。

けれど、彼女達は『本当の』姉妹だった。ならそこに真偽を問うだけ無意味というものでしょう。

彼女達を生み出したのはレイラ=プリズムリバーだけど、彼女達の意志は彼女達自身のものなのです。

だから私は、彼女達をあるべき存在として扱いたいと思っている。

既にプリズムリバー三姉妹は去っており、私は一人この場にいた。そして彼女らのことを考えていた。

そう。私は何もあの三人を特別扱いしているわけではないのです。むしろ逆。普通に扱いたいからこそ、こうしてしつこく言っているのです。

「分かってもらえるのはいつの日か。・・・まあ、まだ猶予もありますしね。」

少なくとも、明日すぐに彼女達が消えることはない。あと百年ぐらいは、その存在ももつだろう。

けれどレイラの魔力も無限ではない。いずれ尽きる日が来る。その日が来る前に、何としてもあの三人を転生させなければならない。

それが目下のところの重要案件の一つ。

「忙しいのは仕事の華。とりあえず今は、もう一つの重要案件ですね。」

すっかり遅くなってしまったが、小町は上手くやっているでしょうか。真面目にやりさえすれば、仕事は早いですからね。

案外、私が行く頃には解決してくれているかもしれませんね。

そう思いながら、私は元来た道を戻り、白玉楼へと続く石段を再び上り始めたのだった。





+++この物語は、閻魔様が騒霊三姉妹に情けをかける、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



たまには情も見せる:四季映姫・ヤマザナドゥ

原作でもプリズムリバー三姉妹にはどちらかというと同情的。説教する理由が「あまりにもかわいそう」だった。

今回はちょっとヒヤっとしたが、全力を出せばあんなもん。しかし慎み深い彼女なので、全力は滅多に出さない。

プリズムリバー三姉妹に関することは全然諦めていない。

能力:白黒はっきりする程度の能力

スペルカード:罪符『彷徨える大罪』、審判『ラストジャッジメント』など



バイオリンに宿った長女の形:ルナサ=プリズムリバー

音楽に依っているようでいて実は一人の人間に依っている幽霊その一。幻夢伝では三人ともそのことを自覚している。

かつて生みの親である妹を送ったとき、このままでは消滅すると映姫に言われている。しかしそれを運命として享受する気でいる。

生まれついての幽霊であるため、輪廻から外れた存在である。

能力:鬱の音を演奏する程度の能力

スペルカード:騒符『ノイズメランコリー』、騒符『ルナサ・ソロライブ』など



トランペットに宿った次女の姿:メルラン=プリズムリバー

馬鹿ではない。しかしテンション上げすぎて馬鹿になってることもある。

彼女がテンションを上げている理由は、皆を幸せにしたいから。スペルカードにも「ハッピー」って入ってるしね。

幻想郷の面子はどいつもこいつもマイペースなので、実はあんまり意味がなかったりするがめげない強い子。

能力:躁の音を演奏する程度の能力

スペルカード:騒符『ソウルゴーハッピー』、騒符『メルラン・ハッピーライブ』など



鍵盤に宿った三女の心:リリカ=プリズムリバー

実はレイラと一番仲が良かったのは彼女だったりする。だって姉二人が個性的過ぎるんだもん。

傍観者気取り。割と毒舌。ひょっとしたら、レイラも毒舌だったのかもしれない。

彼女がいなかったら、上の二人は何処まで暴走することやら。

能力:幻想の音を演奏する程度の能力

スペルカード:騒符『ソウルノイズフロー』、騒符『リリカ・ソロライブ』など



→To Be Continued...



[24989] 四章十一話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:58
ここの桜は見事なものだと、毎度のことながら思う。

前に来たのは何年前だったか。確か、前回の『花の異変』よりも前に、四季様による視察の送迎役を仰せつかったとき以来だから・・・100年ぐらいってとこか?

随分と長いこと来てなかったもんだ。平和だったってことだから、悪かあない。

あ、けどちょっと前に西行寺の親分が何かやらかしたんだっけ。確か幻想郷の春を集めてどーたらこーたらとか。

『異変』として巫女が平定したって聞いてるけど、あれから幽明結界開きっぱなしなんだよね。

まあ、冥界も管理を怠ってないみたいだし、今のところ大きな問題は起きてないけど。何を考えてるんだろうねえ、あのスキマ妖怪は。

四季様も頭を抱えていたし、あんまり負担をかけないでほしいもんだ。

ま、あたいが言えた義理じゃないかもだけどさ。

「さてと。花見もいいけど、四季様の言い付けも守らなきゃね。」

しばし思考に耽っていたが、それをやめて気を引き締め直す。

あたいとしてはやっぱり半信半疑だけど、四季様の言う通り幽霊が異常に減っているのは事実だ。妖忌さんに何かあったのかもしれないというのは、あながち冗談とも言いきれない。

ひょっとしたら、娘を人質に取られて幽霊を斬らざるを得なくなってるのかもしれない。あの人に娘がいるかは知らないけど。

ていうか、誰がそんな悪役チックなことをするんだろうか。・・・幽々子さんならやりかねないかも。

そうそう、冥界と言えば管理を任されている西行寺の幽々子さんだ。あの人ほど『是空』を体現した人も珍しい。

何を考えているのか全くわからず掴み所がない。正直、あたいはあの人が苦手だ。嫌いじゃないんだけど。

そんな幽々子さんも、妖忌さんには頭が上がらなかったっけ。まあ、雲すら斬るような妖忌さんだから、やはりというか流石というか。

てことは、幽々子さんが元凶ってセンはないか?・・・考えてもわかるもんじゃないね。

ともかく、今は前進あるのみ。

「お邪魔さまーっと。」

あたいは、決して開くことのない門の上空を越え、白玉楼の敷地内へと入っていった。





数分後、あたいは何故か件の幽々子さんが放つ数百の死蝶に追い回されていた。

「ちょ、何が何して何とやら!?」

「食べ物の恨みは恐ろしいのよ~。」

いやまあ、確かに食べたけどさ。

ここには基本的に意志の薄い幽霊と、主と庭師しかいない。敷地に入ったあたいは、自分の足で二人を探し始めた。

そして庭に着いたとき、あたいは縁側に置かれている饅頭に気がついた。そういえば晩飯まだだったなと思ったら、盛大に腹が鳴った。

腹が減っては何とやら。二も無く饅頭に手を伸ばした。作った人物の腕は中々良いらしく、大変に美味かった。

気がついたら全部食べてしまっていて、そこへ幽々子さんがやってきた。そして次の瞬間には、この状況に陥っていたわけだ。

どうやらあれは幽々子さんのものだったみたいだけど、高々饅頭6つでここまですることあるかな!?

「6つじゃないわ、8つよー。花月見酒に楽しもうと思ってたのに。」

「8つでも饅頭ですよ!?追い回す程のもんですか!!」

「当然じゃない、あれは私のために作ってくれたものなのよ~。」

間延びしたしゃべり方をしているけど、よくよく見れば額に青筋が走っている。かなり怒り心頭といった様子だ。

食べ物の恨みとは、かくも恐ろしきものなのか。

「ていうか、あなた亡霊でしょう!食事必要ないでしょ!!」

「それはそれ、これはこれよー。」

ああもう相変わらずだねこの人は!!

のんびりした見た目とは裏腹に、西行寺の親分の霊力は凄まじい。人間の時分から高かったと聞いているが、1000年の亡霊生活で最早神クラスの霊力になっている。

まあ要するに、当たればただじゃ済まないってことなんだけど。

よくもまあこれだけ景気よくぶっ放せるもんだ。あたいの周りには、最早逃げ場なんてないほどの死蝶が舞っている。

それをどうやってかわしているかといえば。

「『瞬』ッ!!」

距離を操って、瞬間移動もどきを行うことで何とか難を逃れている。印を組むと同時、あたいは元いた場所より数歩離れた位置に移動する。

そして今までいたところに無数の蝶が群がる。一旦はそれでよくても、本物の蝶よろしく舞い踊る霊力の塊は、すぐさまあたいに狙いをつけてくる。

どっちが優位に立ってるかは言うまでもない。

「せめて、せめて弁解だけでもー!!」

「判決は黒と出たわ~。」

ニコニコと言う幽々子さんは、今度こそあたいがかわせないほどの蝶をこの場に敷き詰めた。こりゃ、いくら距離を操っても、逃れることは無理だ。

南無三・・・!!



「何をしているのですか、幽々子様!お庭で暴れないでくださいませ!!」

あたいが諦めと最後の希望を持ったとき、少女の声が響いた。

その声に、幽々子さんが動きを止めた。どうやら命拾いしたようだ。

・・・けど、あれ?ここって、幽々子さんと妖忌さんしかいないはずじゃ。

そう思い至り、声のした方に目を向けると、そこに立っているのは白髪の少女。

腰には二本の刀――遠目からでもわかる、妖忌さんの持っていた白楼と楼観の二刀だ――を携え、半人半霊の特徴である人魂が周囲を漂っている。

「そんなこと言ってもー。妖夢が作ったお饅頭、食べられちゃったのよ~。」

「饅頭一つで駄々をこねないでください。そのぐらい、私がまたお作りしますから。」

「一つじゃなくて8つよ~!」

さっきの饅頭はあの娘が作ったものだったのか。しかし、『妖夢』?ひょっとしなくとも、彼女は妖忌さんの・・・。

「見たところ彼岸からのお客様のようですが。我が主が失礼を致しました。」

立てますか?と腕を伸ばしてきた彼女の手を取る。

「ああ、助かったよ。ありがとね。」

どうやら、色々と話を聞かなければなりそうだ。

名前を告げながら、あたいは少女――魂魄妖夢に対し、そう思った。





***************





彼岸からお客様が見えるというのは、今までの記憶になかった。白玉楼庭師が私の代になってからは、初めてではないだろうか。

祖父がまだここにいた頃話には聞いていた。そもそも幽々子様は、彼岸から冥界の管理を一任されているのだと。

言い方を変えれば、彼岸は冥界の雇い主のようなもの。ならばそこからのお客様とあれば、丁重に扱わなければならない。

だというのに幽々子様ときたら、そのお客様に向けて遠慮のない弾幕攻撃を仕掛ける始末。いくら幽々子様とは言え、やっていいことと悪いことはあるでしょうに。

「だってその子が私のお饅頭を~。」

「悪かったとは思ってますよ。けど、私も晩がまだで空腹には勝てず。」

この時間まで彼女――三途の川の渡し守をしているという小野塚小町さんは、幻想郷に溢れている幽霊を回収していたのだそうだ。

何でも、現在幻想郷中で咲き乱れている四季折々の花は、その幽霊達が原因なのだとか。そのままにしておくと溢れてしまうから、彼女がこうして現世に出てきているのだと。

なお、閻魔様も一緒だったそうなのだが、石段を上っている途中何事か用事を見つけたらしく、小町さん一人でここまで来たのだそうだ。

「それで、白玉楼に何の御用でしょうか。」

こんな夜遅くに遠く彼岸から冥界までやってきたのだ。余程の事情があるのだろう。

「あーっと、その前に聞きたいんだけど、妖忌さんは?」

「祖父はかなり前に放浪の旅に出られましたが。ご存知ありませんか?」

なるほど、と小町さんは何事かを納得した様子だった。どうしたんだろうか。

「だから今はあんたなのか。」

「はい。先ほどもご説明しましたが、もう一度自己紹介致します。祖父の後を継いで三代目白玉楼庭師となりました、魂魄妖夢と申します。」

再びお辞儀をして、名を告げた。

「あー、そりゃそうだよねー。妖忌さんなら、うんまあ、そりゃそうか。」

? 本当にどうしたというんだろう。

「祖父に御用だったのですか。それでしたら、誠に申し訳ありませんが、私達も祖父に連絡をつけることができませんので。」

「ああいや、大丈夫だよ。たった今、妖忌さんへの用事はなくなったから。」

「はあ・・・?」

「ところで妖夢。あんた、幽霊を斬ったりしてないかい?」

小町さんは唐突に話題を変えた。幽霊を斬ってないか、だって?それは勿論。

「斬ってますよ。でないとこの量です、冥界がパンクしてしまいますよ。」

「本当は知らない幽霊が怖くて斬ってるだけでしょう~?」

「ち、違いますよ!!幽霊が怖いとかそんなわけないじゃないですか、私だって半分幽霊なんだから!!」

そりゃ、素性の分からない幽霊に対して警戒したりはしますけれども。

「あー、やっぱりか。」

「あちゃー」と言いながら、小町さんは顔に手を当てた。・・・私、何かまずいことでもしたんでしょうか。

「なあ妖夢。あんた、輪廻についてはちゃんと理解してるかい。」

「ええっと、人が死ぬと罪を背負って来世に向かうという程度にしか。」

「まあ、それでも十分さ。じゃあ妖夢、あんたの持ってる白楼剣はどういう剣かわかってるか?」

それは当然じゃないですか。私は剣士ですよ。

「人の迷い、妄執を断つ剣です。だから幽霊も斬れるんです。」

「それだけわかってるなら、何故あんたは幽霊を斬る。」

さっきまでは人の良い表情を浮かべていた小町さんが、いつの間にか私をにらんでいた。

「何故、って。」

「罪を背負った人間が来世に向かうのは、来世こそはその悔いを晴らすためだ。あんたが斬った幽霊は、悔いを残さないから来世に向かえない。成仏しちまうのさ。その意味をちゃんと理解してるのかい。」

「妄執を断つことが悪いと言うのですか?あなたは幽霊に苦しめと言うのですか。」

「そうじゃないさ。その剣があるってことは、その剣が使われることにも意味がある。だけどあんたがやってるのは、無意味に振り回してるだけだ。」

ッ!!

「何故そこまで言われなくてはならないのです!確かに私は未熟、そのことは承知しています。けれど何も知らないあなたからそこまで言われる筋合いはない!!」

相手が彼岸からの客だということも忘れ、私は声を張り上げていた。しかし、抑えることができなかった。

彼女の言葉が、まるで祖父の教えを否定しているように、私には聞こえた。

「つまりそれだけあんたが未熟ってことだろう。そうじゃないなら、よーく考えてみな。あたいの言ってることが単なる世迷言かどうか。」

「もういい。これ以上あなたと交わす言葉はない。斬れば分かる。」

彼女の言葉で怒りが振り切れた私は、白楼剣を抜いていた。

それを見て、小町はやれやれとばかりに首を竦めた。気に入らないな。

「幽々子さーん。この未熟者、ちょっとお灸すえても構いませんか。」

「どうぞ~。困っちゃうぐらいに未熟だから、思いっきりやっちゃって構わないわよー。」

「そいつは重畳。あたいも結構頭に来てるからね、遠慮なくやらせてもらえた方がすっきりするってもんだ!」

「言っていろ!白楼剣の錆にしてやる!!」

加熱した私達二人は、白玉楼の居間から飛び出し、庭にて対峙した。



先にしかけたのは私だった。

「破!」

霊力を込めた剣閃を飛ばし、魔弾とする。

一撃で当てられるとは思っていない。事実波のような動きで奴は回避している。だから私は、返す刃でもう一撃を放つ。

それだけでなく、私自身も奴に向かう。剣を使う故、地を蹴る速さには自信がある。弾幕の到達と私の攻撃はほぼ同時。

それと見ると、小町は大きく後ろに飛んだ。だがそれは失策だ。

奴の跳躍の瞬間、私は一瞬足を止め、再び弾幕を生み出した。倍の弾幕と私の剣撃、さらに退くならさらに倍だ。そのうちに奴は逃げ場をなくす。

あれだけの大言を叩いたのだ、臆さずにかかってこい!

だが小町はまたも退く。どうやら攻撃の意志はまるでないらしい。

所詮口先だけか。そのような者に、私の道を曲げられてなるものか!

「破ァ!!」

ダメ押しに全力で弾幕を飛ばす。これで貴様に逃げ場はない。

動きを止めた小町に、私は斬り掛かった。

刃を振り下ろす瞬間、小町がニヤリと笑った気がした。が、構う必要はない。私は迷わず振り下ろした。

手応え、・・・なし?

「猪突猛進。少しは周りも見たらどうなんだい。」

後ろから頭を小突かれた。驚いて振り向くと、そこに奴がいた。

逃げ場はなかったはず。どうやって。

「相手の能力も確認せずに突っ込むのは無用心じゃないのかい。あたいは距離を操る、あの程度から抜け出すのは造作もないよ。」

なるほど、咲夜さんみたいなものか。あちらは時間を止めて『瞬間にして』移動するが、こいつは距離を0にして『瞬きの間に』移動するのか。

「構うほどのものではない。それに、斬ればわかる。」

「あたいにはあんたがその言葉の意味をちゃんと理解してるとは思えないけどね。」

黙れ、貴様と交わす言葉はないと言ったはずだ。

「迷符『纏縛剣』!!」

答える代わりにスペルカードを宣言する。小町は大きく後ろに飛び、私との距離を取った。

それには構わず、私は全力でこの場を駆け抜けた。奴をぐるりと囲むように剣で軌跡を描く。

剣閃が循環を描いた瞬間、霊力が回転を始め内側に弾幕を吐き出す。

距離を操って逃げるというのなら、逃げ場を無くすだけだ!

私は、小町が瞬間移動をしたら再度円弧を描くべく、足に力を込めたまま睨んだ。

「へえ。白楼剣を託されるだけはあって、腕前だけは見事なもんだね。」

減らず口を。すぐにその口を叩けなくしてやる。

「だけど、甘い。」

言って小町は姿を掻き消した。予想通りだ。

さあ、何処にでも現れるがいい。何処に出ても、再び『纏縛剣』で・・・!?

「くっ!?」

唐突に振るわれた一撃を、剣でもって防ぐ。奴が現れたのは、私の目の前だった。

「あたいが逃げるだけだと思ったかい?その程度なら恐れるに足りないよ。」

「ほざけッ!!」

奴の得物――死神の鎌を弾き、今度は私が飛びのく。そして着地と同時、反動を利用するようにして一直線に小町へ突撃した。

十分に威力の乗ったそれは、奴にも防げないはず。

しかしその一撃が触れるか否かのところで、またしても姿を消す。

ちょこまかと狡い真似を!

「妖忌さんはよくこう言ってたもんだ。『一流の剣客とは、全てを斬れる故何も斬らぬ』ってね。あんたも、あの人の孫なら聞いたこともあるだろう。」

「それが、どうした!」

姿を現した小町を見付けた瞬間に、弾かれるように斬り掛かる。だがその剣先を、奴は紙一重でかわし続けた。

「あんたの剣は斬るだけだ。斬らないことなんて出来やしない。こんなんじゃ、妖忌さんが帰ってきたときがっかりするだけだね。」

「知った口を!貴様に剣の何が分かるッ!!」

「そりゃあたいは剣のことなんかわからないさ。でもね。」

かわし続けていた小町が、手にした鎌を翻す。刃と刃が噛み合い、火花を散らした。

「あたいはあんたよりも昔から妖忌さんのことを知ってんだよ。その程度のことが・・・わからいでか!!」

勢いに任せ、鎌を振りぬく。長い鎌は遠心力だけで私を弾き飛ばす力を持っていた。

空中で体勢を立て直し、――直後私の腕が軽く裂けた。

鎌鼬か・・・!!

「妖忌さんだったら、その程度あっさりと斬ってたね。斬ることに関しても未熟なんじゃないの?」

「ッ!!」

言葉の代わりに、私は奴に打ち込んだ。怒りに任せたその一撃は、鎌であっさり止められる。

それがどうした。なら何合でも打ち込んでやるだけだ!!



いつの間にか、私はすっかり冷静さを失ってしまっていたのだった。

――後から思い出せば、実に未熟な話だ。





***************





これ以上あたいと話す言葉はないってか。未熟もここまでくれば、ある種の可愛げを感じないでもないな。

けど、それはそれとしてあたいも怒鳴りつけたい気分ではある。この娘のようになるのはみっともないから、抑えてるけどね。

こいつは自分のやったことの意味をまるで理解しちゃいない。異なる事象に対する理解は各々あるのに、それがつながった結果どうなるのかを全くわかってない。

ここにいるのは、迷わずたどり着いた裁判待ちの幽霊か、裁判を終え転生を待つ幽霊かのどちらかだ。大半は成仏には至らない幽霊ばかり。

この世への未練、と言えば辛いものに聞こえるかもしれないけど、言い換えればそれは来世への希望だ。今生では果たせなかったものを、来世こそ果たそうという意志だ。

白楼剣は、そういったものさえも斬ってしまう。迷いを断つ剣は、迷いの善悪を判断できない。

それは言ってしまえば、気力を無気力に変えるということだ。夢も希望も断って、まだ行くべきではない終着点へと無理やり向かわせてしまうということだ。

だから、白楼剣の持ち主は常に物事の真理を見抜く眼力を持っていなければいけない。

あたいにはとてもじゃないけど、この未熟者がそれだけの経験を積んでいるとは思えない。

本来なら妖忌さんが指導して、その力を正しく使えるようになるまで抜かせないべきなんだけど・・・あの人も何かやるべきことがあるんだろう。

そう、妖忌さんに責任転嫁したってしょうがない。結局はこの娘が責を負わなきゃならない。

裁くのは四季様の仕事だけど、あたいだって言いたいことの一つや二つはある。

あたいにとって幽霊ってのは、客であり友達みたいなもんだ。

人生の酸い甘いを経験した幽霊達の話は、実に楽しい。時に波乱万丈だったり、時には奇妙奇天烈だったり、あるいは道化芝居のようだったり。

それを斬られて頭にこないあたいじゃない。だからこうしてケンカを吹っかけたのさ。

そうしたらもう大当たり。いやあ、打てば響くってのは楽しいね。

ああいや、怒ってはいるよ勿論。怒ってるんだけど、やっぱ可愛いなこいつ。

可愛い子って、いじめたくなるよね。

そんなわけで、あたいは今絶賛妖夢いじりで楽しんでいた。

「そらそら、その程度があんたの全力なのか?だとしたら、やっぱり未熟だな。」

「な、めるなぁ!」

烈火の如く打ち込んで来る妖夢の剣撃を、死神の鎌で弾き続ける。確かに剣のことは分からないけど、相手をしたことは何度かあるんだよね。

自分を律することに厳しかった妖忌さんは、そのために稽古相手に事欠いていた。あの人の相手ができる奴なんてそうそういない。

だから、ここに遊びに来たときはよく遊ばれたもんだ。あたい自身はわからないけど、あの人のお目がねにはかなってたってわけだ。

そんなわけで、勢いに任せただけの剣に苦戦するわけもなし。多分涼しい顔をしてるんじゃないだろうかね。

「よっと。」

「くっ!」

時折反撃も繰り出す。リーチに癖のある鎌は、扱いも難しいが受ける方はさらに難しい。妖夢は苦しそうに受けていた。

ここもまた未熟だねぇ。剣相手に馬鹿正直に剣で勝負するとは限らないだろうに。武芸を極めたいんだったら、もっと色んな場合を考えなきゃ。

・・・けど、その割にはよく防げてるね。慣れていないだけで、剣とは全く違う射程に対応は出来てるみたいだ。

てことは、考えるだけは考えてたのかね。練習相手がいなかっただけで。

「この程度・・・優夢さんの槍に比べれば!」

ありゃ、逆か。ちゃんと練習相手はいたのね。

けど、『優夢』って何処かで聞いたねぇ。確かこの『異変』の最中に。

はて、何処で聞いたんだったか。

「戦いの最中に考えごとか!余裕なものだな!!」

さすがに思考をそらしたのはまずかったらしい。鎌は扱いも難しいんだから。

「ゲッ!?」

ミスって受けそこなってしまった。当然、その一撃はあたいを袈裟斬りにしてきた。

「っつぅ!!」

咄嗟に飛びのきはしたものの、刃先には触れてしまう。迷いを斬るそれは、実体を持った霊体であるあたいの体を斬った。

血こそ出ないものの、これは痛い。

「ふん、あなたも未熟ではないか。戦闘中に余計なことを考える暇があるとでも思っているのか?」

「あたいは未熟じゃないなんて一言も言ってないさ。それにほれ、ほんのかすり傷だ。」

まあ、場所が(自慢の豊満な)胸のあたりだから、ちょっと嫌なんだけどね。

着物を少しはだけさせて傷を見せると、妖夢は茹蛸みたいに真っ赤になった。おや?

「ふ、ふしだらな!?!あなたに恥はないのか!!」

おやおや、うぶだねぇ。別に女同士、気にすることもないだろうに。

ああ、やっぱこいつ可愛いわ。

「そんなに見たいなら、ここからは全裸でやってやろうかい?」

「ふ、ふふふざけるな!決闘を何だと思っている!!」

さすがに冗談だ。そこまでやったら、さすがにあたいと言えど恥ずかしい。

冗談は置いといて、あたいは服を着直しながら自分の状態を見た。

傷は軽い。本当にかすり傷みたいなものだ。だけど、霊力に負ったダメージが大きい。

霊を斬る白楼剣は、形のない部分を斬る。つまり、あたいの実体ではなく本質――霊力を斬ったのだ。

ほんの刃先のみとはいえ、霊験あらたかな剣に込められた力は凄まじいものだ。結構な量を削られてしまった。

まあ、達人が使えばそれこそ一太刀で千を超す幽霊を成仏させちまうような剣だ。そんなもんだろう。

あの娘はそれほどじゃないにしても、あんまし喰らい過ぎるのはまずいね。

とりあえず、ルールはルール。あたいは、いつの頃からかそれが幻想郷の公式ルールになっていたために作った一枚のカードを取り出した。

「あんまし数はないんだよねぇ。名前を考えるのも一苦労だよ。」

「何枚だろうが関係ない。全て斬り潰すまで!!」

言ったね?そんじゃ、やってもらおうじゃないか。

「死神『ヒガンルトゥール』!!」



宣言とともに、あたいは宙に浮かんだ。妖夢は地に足を付けたままだ。

あの娘は足に自信があるみたいだ。空を飛ぶよりも、地を蹴る方が速かった。バリバリの肉体派だね。

まあ、基本一直線だけどね。それであたいのスペルを攻略できるかな?

「さあ、行くよ!」

「来い!」

鎌を振るう。それにより生まれる鎌鼬が、妖夢に襲い掛かった。

不可視の刃は、さすがに二度は通用しなかったようだ。妖夢は刀身を鎌鼬に垂直に向けることで、あたいの攻撃を斬った。

「同じことが何度も通用すると思うなよ!!」

ああ、まあそりゃ別に思ってないよ。こいつはさっきと同じじゃない。

「あんたこそ気をつけな。さっきの一撃と同じだと思ってたら、痛い目を見るよ!!」

叫び返し、再び鎌を振るう。生まれた真空刃を、先ほどと同じようにしてやり過ごそうとする妖夢。

だが、今度はここからが違う。見えない刃が妖夢の剣に触れた瞬間に、それは起こった。

「な、に・・・!?」

触れていないはずの真空刃に腕を裂かれ、驚愕の声を上げる。防いだはずの一撃がすり抜けてきたんだから、前情報なしだったら驚くだろうさ。

原理は簡単。今放ったのは元々が細かな風の集まり。それなら、妖夢の剣に遮られたところで、元の細かい一撃一撃に戻るだけだ。

その分威力は分散するが、弾幕ごっこは当てりゃ勝ちってのが気楽でいいね。

「死出のお迎えが、剣一本で防げると思ったのかい?寿命は全てに訪れる、遅いか早いかの違いだけだ。」

「・・・言ってくれる。だがそれがどうした。寿命が来たなら、全霊となって剣を極めるのみ!」

元々が半分死んでるあんたにゃ、生きてるってことの意味がわからないか。死ぬってことの意味がわからないか。

それも仕方ないかもしれないね。結局あんたはどっちつかず。全部生きて全部死ぬ幽霊の気持ちはわかってやれない。

「まあ、あたいはお迎えの死神じゃないからあんまし関係ないけどね。」

「そういえば最初に渡し守だと言っていたな。大した死神でもないじゃない。」

おやおや、役職一つで態度を変えるのかい?そういう奴は、裁判で悪い判決しか出ないよ。

「私があなたを気に食わないのは、その程度で祖父の剣を否定したことだ。身を持って雪いでもらうぞ。」

「勘違いを教えてやる。あたいは妖忌さんの剣は素晴らしいと思ってる。否定したのはあんた自身の剣のあり方だ。自分の責を、師匠に押し付けてるんじゃないよ。」

「そんな言葉遊びで言い逃れが聞くと思うなよ。」

やれやれだ。最初からわかってたけど、言葉じゃ通じそうにないね。なら。

「だったらまず、このスペルを越えてみな!!」

弾幕ちからで語るのみ!!

あたいは三度真空の鎌を振るった。それも一発じゃない。距離を操り同時に多面からの攻撃だ。

当然放った弾は二発目と同じこまかな真空刃の集まり。今のあんたに、これがかわせるか!?

あたいが見る中、妖夢は迷わずスペルカードを宣言した。

「人符『現世斬』!!」

あれは、魂魄の剣の代名詞。五連一太刀の神速剣を放つ豪快な技だ。

あの娘が習得してるとはねぇ。剣の才能自体は、結構あるのかもね。

「ハァ!!」

呼気と共に放たれる神速の抜刀術。五連の一撃は鎌鼬を欠片も撃ち漏らさず、それでいて全ての方向からの攻撃を叩き潰していた。

やるね。

「やはりあなたは油断が多い。だからあなたは底が知れるというのだ!!」

何を・・・!?半霊がいつの間にかいない!!

いつの間に!あたいはあの娘から目を離してない。つまり、あたいの意識がそれた何処かの一瞬をついて、半霊を離脱させたってこと。

あまりに何気ない動きだったんだろう。でなきゃ、いくらあたいだって気付く。

そして、半霊を動かした理由は当然。

「あっつ!?」

背中に熱が走る。やはり、半霊はあたいの背後に回りこみ、霊力の弾を吐き出していた。

役目を終えるとあの娘の半身は、素早い動きであるべき位置へと戻った。

「私が剣を振るうには邪魔だからという理由で半霊を離したとでも思ったのか。」

「ああ、その瞬間だったのか。」

「・・・それすら気付いていなかったのか。緊張感ないわね。」

緊張すればいいってもんじゃないだろ。この世でもあの世でも一番脆いものは、ピンと張った糸なんだよ。

それにしても、意外だと思った。この娘の性格からして、不意打ちなんて真似はしないと思ってたんだけどね。

ひょっとしたら、あたいが言うまでもなく、こいつの周りには既にこいつを成長させたがってる奴がいるのかもね。

それならそれでいいことだ。あたいは何の気兼ねもなく、この弾幕ごっこを楽しむことができる。

これだけ暴れりゃ怒りも冷めるってもんだ。そもそもあたいは怒りを持続させるのが苦手なんだ。

だって、疲れるじゃん。

まあつまるところ、あたいとしてはもう目的を達成したわけだ。四季様から言われた原因調査も完了してるし、頭に上った血もすっかり下がった。

あとはせっかくの遊びなんだからしっかり遊んで、上手いもん食って酒呑んで寝る。それで十分だ。

だから遠慮はしないよ、妖夢!!

「そらそら次だ!霊符『何処にでもいる浮遊霊』!!」

「言っただろう、全て斬り潰すと!断迷剣『迷津慈航斬』!!」

あたいら二人は同じようにスペルを宣言し、何度目かになる激突を繰り返すのだった。





***************





「で、その結果がこの惨状ですか。」

私は荒れ果てた白玉楼の庭で倒れている小町と、今回調査に来ることになった原因――妖忌の孫娘である魂魄妖夢から話を聞き、ため息混じりに言った。

「いやー、いつに間にか楽しくなっちゃって。」

「私は本気だったというのに・・・不愉快な奴だわ。」

笑いながら言う小町と、憮然としながらも落ち着いた様子でつぶやく妖夢。

二人の弾幕ごっこは引き分けだったそうだ。二人ともラストスペルまで出しつくし、霊力も体力も尽き果て、同時に倒れたのだと。

「小町。いつも言っているでしょう、あなたは少し欲求に正直すぎる。妖夢の気持ちも汲んだ上で忠言を下せば、このようなことにはならなかったでしょう。」

「あのときは私もちょっと怒ってたもんで。」

「だからそれを我慢なさいと言っているのです。あなたにできないことを、私は言いません。」

いつも我慢しろと言っているわけではない。我慢すべきときに我慢して、欲求を発散してもいいときに発散すればいいのです。

しかし小町は苦笑いするばかり。全く手のかかる・・・。

「そして妖夢。あなたも少し冷静になるべきだった。冷静になって妖忌の言葉の意味をしっかりと考えれば、小町の言葉も理解できたはずです。そう、あなたは少し素直すぎる。」

「面目次第もございません・・・。」

小町とは対照的に、妖夢は己の行いを恥じている様子で暗くなっていた。

これなら同じ行いを繰り返すことはないでしょうが・・・これはこれで将来が心配になる。

それと、私が説教すべきなのがもう一人。

「さて、西行寺幽々子。あなたには冥界の管理を一任してあるはずなのに、あなたの部下が幽霊を斬っていた。これはどう処理するつもりなのです?」

彼女相手に遠慮した言葉を言う必要はないしする気もない。きつい言葉になるのを承知の上で、私は問うた。

そして予想通り、幽々子はのらりくらりと。

「だって~、妖夢にも気持ちよく過ごしてもらいたいでしょう?」

こんなことをのたまった。頭痛がする。これで不思議と管理能力は高いのだから、なおのこと頭が痛い。

「成仏した幽霊を元に戻すことは出来ません。彼らの中には来世への未練を持つ者もいたでしょう。彼らの無念――最早無念もありませんでしょうが、それをどう責任を持つのです。」

「ああ、その点に関してなら大丈夫よ~。未練ありそうな子は、妖夢に見つかる前に避難させてたから。」

・・・ああもう。本当にこの人は。

「ならちゃんと報告ぐらいはしなさい。妖忌が旅に出たことも報告を受けてませんし、管理体制に問題があると言わざるを得ませんよ。」

「ちゃんと理由があるのよ~。映姫ちゃん、いっつも大変でしょう?妖忌が旅に出たなんて聞いたら、心労溜まっちゃうかと思って~。」

この呼び方についてはもう諦めるしかない(それでも非常に不本意ですが)として、それは確かに気にはかかるでしょう。しかし心配は無用です。私は閻魔なのですから。

「その程度、心労のうちにも入りません。次からはちゃんと報告しなさい。」

「は~い。」

「して、今回の分はどう説明をするつもりですか?」

まだ眼力は緩めない。以前の分はそれで通るとしても、今回のはそうは行きません。是非曲直庁の体制に関わる問題なのですから。

しかし、それでもなお幽々子は浮いた雰囲気を崩さなかった。

「それは紫の指示だったのよー。『妖夢が幽霊を斬ってる件、彼岸に報告する必要はないわよ』って。」

「八雲紫の?何故そこで彼女が出てくるのです。」

「さあ、知らないわ。私にだって、あいつの考え全てがわかるわけじゃありませんもの。」

・・・確かに、もし幽々子が八雲紫の考えを全て理解しているようだったら、いくら私でも話かけるのを少しためらうでしょう。

全く、何を考えているのか。相変わらず手の内が読めない。

「けど、ひょっとしたら、そういうことなのかしら?でもあいつも回りくどいことするわね~。」

? 何ですか。言いたいことがあるならはっきり言いなさい。

「いいえ、別に。せっかくだし、映姫ちゃんにも紫にも、もうちょっと踊ってもらうわ。」

「・・・あなたも大概いい性格をしている。」

結局、彼女の考えもつかみ所がない。あえてこちらがわかりにくいように言葉を削っているのか、天然なのか。それは私にはわからないけど。

いくら彼女を問い詰めても、答えてはくれないでしょう。・・・それに、今日はプリズムリバーの件もあって少々疲れました。

「では、あなたのお望み通りもう少々踊ることにしましょう。『花の異変』が終わるまでは現世に出なければなりませんからね。
今日はこの辺りで失礼します。行きますよ、小町。」

「あ、四季様酷い。私怪我人ですよ。もうちょっと待ってくださいよ。」

知りません。自業自得でしょう。



色々と文句を垂れる小町を説き伏せ、私達は春の冥界を後にし、彼岸へと帰って行ったのでした。

今回の『異変』には、一体何が隠されているのやら。





+++この物語は、渡し守と庭師がマジギレファイトする、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



幽霊の友:小野塚小町

彼女にとって幽霊とは近しい存在であり、彼女自身も実体を持った霊体であるため、親近感を持っている。

そんな友人や友人候補を斬られて、今回の小町は結構マジギレしてた。しかし怒りは10分ぐらいで萎むので、結局今回は遊んだだけだった。

あたいはこの半人半霊を偉く気に入りましたッ!!

能力:距離を操る程度の能力

スペルカード:投銭『宵越しの銭』、死神『ヒガンルトゥール』など



半分幽霊:魂魄妖夢

そのくせ幽霊が怖い。本人曰く「知らない人に話しかけられたら気持ち悪いじゃないですか、それと同じこと」だそうな。

本気で戦ったが老練な小町を倒すには至らなかった。それでもかなり善戦出来たのは、やはり日頃の鍛錬のおかげだろう。

今回の件はしっかりと反省し一流の剣士となる糧にしようと考えているが、まだまだ妖忌の教えの本質はつかめていない。

能力:剣術を扱う程度の能力

スペルカード:迷符『纏縛剣』、迷符『半身大悟』など



完全なる亡霊:西行寺幽々子

映姫ですらその考えを読みきることができない超強者。まともに戦うことがあまりないため知られていないが、実際のところ戦闘力は神クラス。

妖夢の行動は把握していたが、紫から言われたのと「まあ大した問題じゃないだろう」の二つで彼岸へ報告しなかった。

彼女はどうやら紫の考えの一部を理解したようだが、はてさて・・・?

能力:死を操る程度の能力

スペルカード:死符『ギャストリドリーム』、死蝶『華胥の永眠』など



→To Be Continued...



[24989] 四章十二話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:59
先日の冥界の一件からは特に事件もなく、幻想郷の幽霊密度もほぼ元通りになったと言っていい状態になりました。

恐らくは今日をもって私が現世に赴く必要はなくなるでしょう。即ち、『花の異変』は今日で終わるということ。

花自体は取り憑いた幽霊がいなくなってからもしばらくは咲き続けるため、今しばらくの間は四季の花を楽しむことができるでしょうが。

季節外れの花から先に散り、量を逸した季節の花が散り、そして季節が過ぎれば残った花も散る。それで全ては元の循環に戻るのです。

正しいことをしているという自信はあります。・・・しかし、散り行く花を見ていると、物悲しい気持ちになるのはどうしようもありませんね。

言うなれば祭りの後のような気持ち。色々お説教もしましたが、結局私も『異変』を楽しんでいたということなんでしょうか。

閻魔がこれではいけませんね。しっかりと自分を持って業務を全うしなければ。

「さあ、小町。ここの幽霊を集めればおしまいです。もう私が見ている必要はないかもしれませんが、最後まできっちりと働きなさい。」

「わかってますって、四季様。」

私の言葉に小町は笑いながら返した。どうやら、もうサボる気はないようですね。

本当に、いつもこうならいいのですが。真面目に働きさえすれば、私が文句を言う必要は全くないだけの能力を、小町は持っているのです。

けれど彼女の性格は、それはそれで稀少な美徳を持っている。無理やりに押し付けるようなことをしたくもありません。

あちらを立てればこちらが立たず。彼岸はいつも問題が山積みですね。

小町が一生懸命に幽霊を集めている姿を見て――早いもので、既に私達の周囲50mに関しては集め終わったようだ――私は一人苦笑するしかありませんでした。

この分ならそう時間はかからないでしょう。今日はゆっくりと死人に説法を説くことが出来そうですね。



それはそれとしていいことですが、私には気にかかっている点が二点ほどありました。それは、この『異変』とは全く関係のない話です。

一つは、冥界の一件での幽々子の言葉。『妖夢が幽霊を斬っていたことを報告しなかったのは、紫の指示だった』ということ。

結局あれからは何もなく、八雲紫の真意は理解できぬままでした。何か企んでいたとしても、それを遂行した気配もありません。

考えられるのは、私が冥界に赴くことで発生する何かを目論んでいたか、私が彼岸を留守にしている間に何かを企んでいたかですが、どちらも何かが変わった様子はない。

それに幽々子の口ぶりからすれば、私が冥界に行ったあの時点では、紫が何かを達成できていたわけではないようです。

となるとやはり、紫はまだ何かを企んでいるはず。しかし彼女からの接触は一切なく、何かを通じての行動も見られない。

そのため、私には彼女の意図がつかめずにいました。

そしてもう一つ。これもまた、八雲紫に関係しています。

幻想郷を包む常識と非常識の境、博麗大結界。その基点となっている博麗神社に、博麗の役目を与えられた以外の人間が住みついているという事実。

細かな原理は私も把握しているわけではありませんが、あの神社は博麗への信仰を結界へと供給するための柱となっているはず。あの位置にあることにも意味はあるはずなのです。

勿論、博麗の役目を与えられた人間とて、元を正せばただの人間です。特別な存在でも何でもない。

しかし『役目』を与えられた瞬間、それが意味を帯びる。博麗はただの人間ですが、同時に結界の柱の一部でもあるのです。

となれば、やはり神社に博麗以外が『住みつく』というのは、警戒して然るべきことです。それが結界にどのような影響を与えるのかがわからないのだから。

紫は結界を作った人物のうちの一人です。それがわからぬというはずはないでしょう。

にも関わらず、彼女はそれを許容している。これもまた、八雲紫の意図を把握しかねるということでした。

幻想郷の生みの親とも言っていい彼女が、何故幻想郷の存続を危うくするような真似をしているのか。

彼女の意志とはかけ離れて、幻想郷は最早一つの秩序です。そしてそれは、『外』の秩序とは大きくかけ離れています。

もしこの二つの境があいまいになり崩れ去ってしまったら、一体どれほどの被害が及ぶのか。私には想像することさえできません。

だからこそ、幻想郷は絶対に崩れてはならないのです。少なくとも、『外』が『幻想』を受け入れられるだけに成長するまでは。

――もしや紫は、二つの境界を取り払うことによって『中』と『外』の進化を図ろうとしている?

もしそうだったとしたら、それは性急のあまり愚行を犯しているに他なりません。一刻も早くやめさせなければ。

今の状態で壁が崩れてしまえば、そこに生まれるのは混沌カオス。たとえその先に進化があったとしても、生まれる犠牲は計り知れません。

幻想郷と『外』の価値観は、それだけ食い違っているのです。――博麗大結界が常識と非常識を隔てている以上、それは当然なのかもしれないが。

何にせよ、紫に会って直接話をするしかありませんね。

とは言え、彼女は神出鬼没。いつ何処に現れるのか全くわかりません。以前マヨヒガを探し当てて押しかけたこともありましたが、待てども待てども彼女は現れなかった。

ひょっとしたら、彼女はマヨヒガに住んでいるわけではないのかもしれない。あそこは一時の仮宿で、本当の住処は現実には存在していないのかもしれない。

探すのも骨ですが・・・探さないわけにはいかないでしょう。放っておいたら大変なことになるかもしれないのだから。

小町の働きを監視しながら、私は心の中で一つの決意を固めていました。



八雲紫に意識が行くあまり、私は神社に住まう『彼』が何者かなど、全く考えてもいなかった。





ふと、ある気配を感じた。それは唐突に現れたようにも、初めからここにいたかのようにも感じられた。

この気配は――人間ですね。こんな人里離れた場所に、珍しい。

「私達に何か用ですか?」

振り向かず、背後に生まれた気配に問いかける。この場に現れたということは、そういうことでしょう。

その人間は、恐らくはお辞儀をしながら、静かに答えた。

「初めまして、閻魔様。私は紅魔館のメイド、十六夜咲夜と申しますわ。お嬢様からお茶会のお誘いをお伝えするために参りました。」

澄んだ声だった。振り向けば、10代程度と思われる人間の少女がそこに立っていた。

白銀を思わせる髪。端整で凛々しいと言える顔立ち。服装は彼女の言葉通り、西洋のメイドの姿をしていた。

「お茶会、ですか。しかし私は現在『花の異変』を平定するという仕事の最中です。申し訳ありませんが、またの機会にしていただけますか。」

「それは残念です。しかし私は現在お嬢様の命令を遂行するという仕事の最中です。申し訳ありませんが、無理にでもご同行いただけますか。」

・・・ほう。中々の手練のようですね。

「あなたにとってはあなたの仕事も大事でしょうが、私の仕事は公の仕事なのです。あなたの意見だけで中断するわけにはいかないのです。」

「それでも、お仕事をなさっているのは閻魔様です。あなた様の意見で中断するのなら、構わないでしょう?」

「交渉をしようと考えているのなら予め言っておきます。これは既に白黒はっきりついたこと、後から変えることは不可能です。そう、いかにあなたが時を操れようと、遡ることはできないのです。」

静かな表情を浮かべる彼女がピクリと反応を示した。言外に含めた意味に気付いたようだ。

「あなたが他者に対し冷たいのは、ある意味仕方のないことかもしれません。しかしあなたはそれを知っている。なら何故改善しようと考えないのです。」

「論点がずれていますわ。私はお茶会のお誘いに参っただけで、閻魔様のお説教を受けることはお仕事には含まれていませんの。」

「私の仕事ですから、あなたの仕事ではありません。あなたの義務です。力ある者として生まれてしまったあなたには、相応の義務が課せられている。それを享受する努力をなさい。」

「ご忠告ありがとうございます。善処致しますわ。」

・・・上っ面だけの言葉ですね。全く、力のある者とはどうして皆こうなのでしょうね。

「それで、私のお仕事は遂行させていただけるのでしょうか。」

「先ほども申しました通り、今は『異変解決』の最中。とはいえそれほど長くもかかりません。小町が死人を集め終え、私の裁きが終わったら受けても構いません。それまで待ちなさい。」

「それはどのくらいのお時間をいただくことになりますかしら。」

「そうですね・・・。今のペースだと、早ければ半日というところでしょう。」

「それでは時間がかかりすぎてしまいますわ。お嬢様は我慢の出来ないお方、半日の半分も待てないことでしょう。そうなっては、私の首が物理的に飛んでしまいかねません。」

あの吸血鬼も、やはり変わらずですか。まあ、あの娘は悪魔ですから、私の言うことなど元から聞く気はないでしょうが。

そんなレミリア=スカーレットだから、今彼女が言った通り思い通りに行かなかったら目の前の少女で憂さを晴らしかねない。

・・・仕方がありません。

「小町。私はしばらく外します。その間、サボらずにしっかりと幽霊を集めておきなさい。私が戻ったときには開廷できるように。」

「え!ちょ、ハードル上がってません!?」

私はあなたにできないことは言いませんよ。それに、紅い吸血鬼との対談がそんなに早く終わるとも思えませんしね。

あの娘がただのお茶会に私を呼ぶわけがない。きっと何かしらの企みがあるのでしょう。

勿論それに乗る気はありませんが、不穏な企みならば潰しておかねばならない。

「信頼していますよ、小町。あなたの能力と、この『異変』で磨いた勤務態度を。」

「うわーん、横暴だァーーー!!」

失敬な。

「話は纏まりました。それでは参りましょう、――『咲夜』と、今の名前で呼べば良いですか?」

「その名前、気に入っておりますの。」

二つの名を持つ少女は、初めて少女らしい微笑みを浮かべた。



かくして、私は『異変』の最後に、少々趣向の変わったお茶会に参加することになったのでした。





***************





何故だかあちこちに花が溢れたこの春、紅魔館も例に漏れず花で溢れていた。

少々鬱陶しくは思ったけど、別に植物ごときにそこまで神経を割く必要はない。フランも喜んでいたし、悪いことばかりではなかった。

だから、私は特に伐採を命じずにそのままにしておいた。

その花だけど、ここのところ元気がなくなってきていた。何事かと思い咲夜に原因を探らせ、今回の『異変』の概要を知った。

花が咲いていたのは、花に人間の幽霊が取り憑いていたから。幻想郷中に幽霊が大量発生したのが『異変』の原因であり、急速に減少したために花は散った。

増えた方の原因は結局わからなかったけど、減った原因はあの世の連中がなにやら動いているためだと知った。

特に驚いたのは、あの口うるさいヤマザナドゥが自ら動いているということ。

同時に私は、ふとあることを思いついた。だからこうして、招きたくもない奴を私の館に招いたのだ。

「よく来たわね、四季映姫。歓迎するわよ。」

「とてもそういう様子には見えませんが。業務時間を割いてきたのです、用件は手短にお願いしますよ。」

咲夜に連れられてやってきたそいつ――私が幻想入りしたばかりの頃、口うるさい説教をしにきた幻想郷の裁判官は、当時と全く変わらぬ姿をしていた。

ヤマと言えば強面で罪人を八つ裂きにするようなイメージがあるけど、その実体がちんまい娘の姿をしているというのは、いまだに慣れないものね。

「まあそう焦ることはないわ。紅茶でも飲みながらゆっくりとお話をしましょう。」

『四の五の言わずに座れ』という意味を込めて、静かに脅す。それに屈したわけではないだろうけど、映姫は素直に卓についた。

よろしい。

「咲夜。映姫の分のお茶を出しなさい。」

「かしこまりました、お嬢様。」

一礼し、咲夜は姿を消す。時間を止めてお茶を淹れに行ったのだろう。

「前々から思っていたことですが。」

咲夜の気配がこの場になくなったことを確認してから、映姫は口を開いた。

「あなたは吸血鬼として見ても変わっている。運命を操るという強大な力を持っているにも関わらず、無理やりに全てを自分の意のままにしようとはしない。
力を使うということの意味を理解して自重している、というわけではないのでしょう?」

ええ、勿論。使いたいときに使わせてもらっているわ。

「単に面白いか面白くないかの問題よ。全部分かっていて全部思い通りにできる、これほどつまらないことがこの世にあって?」

「なるほど、実にあなたらしい答えです。では、あの娘を自分の側に置いていることも、同様の理由ですか。」

「そうよ。かつて私の命を狙っていた者が、今では私に絶対の服従を誓っている。とても面白いじゃない。」

きっとこいつは、あの娘の過去を見たんでしょうね。初対面の相手の人生を覗き見るのがこいつの趣味だし。

まあ、今はその方が都合が良い。

「あなたならそう感じますか。そう、やはりあなたは吸血鬼らしくなさすぎる。」

「何か悪い?」

「そういう面は悪くありません。しかし、中途半端に悪魔らしくあろうとするところがいけない。どちらかにしなさい。」

「それはできない相談ね。」

どちらも私の外せない面なのだから。

「まあ、あなたへのお説教は置いておきましょう。本当は言いたいことは山ほどあるのですが、今は時間もありませんから。」

「それは助かったわ。あなたのお説教は眠くなるんだもの。」

私が笑んで言った言葉に、映姫は軽く息を吐いた。

「お待たせ致しました。」

それを見計らったかのようなタイミングで、咲夜が戻ってきた。時々思うんだけど、本当はずっと状況を見ていて頃合を計ってから来てるんじゃないだろうか。

「それほど待ってはいませんよ。ありがとう、咲夜。」

「もったいないお言葉ですわ、閻魔様。」

咲夜は答えながらも、映姫の分と私の分のお替りを入れ、傍に待機した。

さて、準備は整ったことだし、早速始めましょうか。



「あなたを呼んだのは他でもないわ。ちょっとばかり、あなたに会ってもらいたい人物がいるのよ。」

紅茶を啜りながらの私の言葉に、映姫は眉一つ動かさなかった。

「その程度なら別に構いませんが、それだけではないのでしょう。」

「そうね、会った『感想』を私に報告していただきたいわ。」

「・・・なるほど。」

どうやら私の言いたいことは伝わったようだ。さすがにヤマというだけあって、自分のことをよく理解している。

「その人物にとって不利益にならない程度の『感想』ならばお話しても構いませんが。」

「連れないわね。いいじゃない、たかが『感想』なんだから。何を言ったって減るもんじゃなし。」

「私の『感想』はただの感想ではありませんからね。自身の言葉の影響力は知っているつもりですよ。」

堅い態度を取る映姫は、紅茶で唇を湿らせた。

まあ、元より一筋縄で行くとは思っていないわよ。

「報酬なら取らせるわよ。うちのだらしない門番を貸してあげるから、好きなだけお説教をしていいわ。」

「閻魔を報酬で釣ろうとする厚顔さには感心します。しかし、乗るとでも思っているのですか?」

「まさか。」

今のはただの冗談。この堅物が餌で釣られるわけがない。

こいつが動くのは、義務とか責務とか、そういう面倒臭くて融通の利かない、つまらないものが大抵だ。

となれば、こいつが動かざるを得ない状況を作ればいい。

まあ、あの子の心証は悪くなってしまうかもしれないけど、仕方がないわ。その程度、あの子なら恐ろしいほどあっさりと受け入れてくれるでしょう。

「実は、私の妹がとある男にたぶらかされていてね。」

ピクッと、わかりやすいほどの反応を映姫は示した。

やっぱりこいつを動かすなら、この手の話題よね。

「あなたの妹は地下に幽閉されているはずでは?」

「一昨年の夏に解いたわ。もう必要もなくなったし。」

「・・・そうですか。特に問題が起きていないなら、それがいい。」

多分、私の人生を必要最低限見て確認したんでしょうね。

裁判官というだけあって、こいつは公平を心掛けている。人生を覗き見されると言っても、周辺関係を何から何まで暴くわけじゃない。

そもそも死後を裁くという立場上、現世の存在には一線を引いているようだし。それに私も全くの嘘はついていない。

だから、気にすることは毛ほどもなかった。

「しかし、たぶらかされているというのは穏やかでない。あなたの言葉が本当ならね。」

「嘘ではないわよ。そういう捉え方も間違いなくできるわ。」

「単にフランドール=スカーレットがその男――名無優夢に懐いているというだけでしょう。」

あら、優夢のことを知っていたの?こいつの能力では、名前まではわからないはずだけど。

「虫の妖怪リグル=ナイトバグから聞いていたのですよ。彼女の人生を見て、彼の容姿も知っています。」

「ああ、あの羽虫。」

全く、まさに優夢にたかる害虫ね。

「事実を自分に都合のいいように解釈し捩曲げるのは、嘘と同等の罪ですよ。悪魔に言っても詮なきことかもしれませんが。」

そうね、悪魔の契約とは大抵そんなものだから。

けど、私はあなたの言うところの『変わった吸血鬼』よ。そんな安っぽい真似をするわけがないでしょう。

「奴が、うちの妹以外にも女を引っ掛けているとしても、同じことが言えるかしら。」

「・・・何ですって?」

やはりこいつも女だ。纏う空気が明らかに変わった。

「私の知る限り、奴はフラン以外に4、5人ほど引っ掛けているわ。嘘だと思うなら、私の生涯を少し覗き見てみなさい。」

「いえ。あなたがそこまで自信を持って言うなら、それは真実なのでしょう。ならば、それは実に度し難い。」

「ご理解が得られて何よりだわ。」

私は嘘は一切言っていない。事実フラン以外にも優夢に好意を持っている泥棒猫が何人かいる。

まあ、別にあの子が意図的に引っ掛けたわけじゃないんだけどね。単にあの子の人の良さに馬鹿みたいに惚れ込んだ連中がいるというだけの話。

言っちゃ悪いけど、うちのフランと優夢の絆は、そんなポッと出の連中とは比較にならない。連中がフランを差し置いて優夢とくっつこうなど、おこがましい話だわ。

だから優夢が一緒になるのはフランでなくてはならない。そのためなら、私はどのような手でも使う。



そう。この真面目で融通の利かないヤマを利用して、優夢の秘められた過去を暴くことだって辞さないわ。



私の企み事とはまさにそれだ。

ヤマの能力の一つ『浄玻璃の鏡』は、相手の人生を映し出す。そこには一切の隠し事は通用しない。この私でさえ抵抗ができないのだから。

そこに相手の記憶のあるなしは関係ない。記憶ではなく功罪を映す鏡、それが浄玻璃の鏡。

最初に私達の目の前に現れたとき、こいつ自身が自慢気に言ってたんだから、その情報に間違いがあろうはずがない。

それさえあれば、優夢が記憶を失う以前だって知ることができるはず。彼をそれだけ知るということは、フランにとってそれだけのアドバンテージになる。

――勿論、私自身興味がないわけじゃないけど、それは二の次。妹のためなら、私は鬼にだってなれるのよ。

「強制はしないわ。けれど今の話を聞いて、あなたが幻想郷の女性を守るために立ち上がってくれるというなら、止めもしない。そのついでに『感想』を聞かせてくれればいい、ただそれだけの話よ。」

損はないでしょう?と、私は薄く笑みを浮かべながら、眼光を鋭くし言った。

これだけ言われて動かないこいつではないはず。私はもう確信していた。

こいつは、優夢に会ってその人生を見ると。

「・・・いいでしょう。伝聞では些か情報に不安がありますので、直に見て決めます。」

そして予想通り、四季映姫・ヤマザナドゥは己の正義というエゴを満たすために立ち上がった。

意志の強固なものほど、その実御しやすいという事実の表れね。

私は計画の成功を確信し、内心でほくそ笑んでいた。





「ただし、あなたへの情報提供は一切しません。これは私の意志で行うことですから。」

・・・何ですって?

「当然でしょう。今の話の流れで、あなたに彼に関する情報を伝える必要性はなかった。ならばできる限り彼という個人は個人として尊重すべきでしょう。」

「お話にならないわ。私は情報提供者よ。聞く権利ぐらいはあるでしょう。」

「逆に聞きます。何故彼の情報をそこまで知りたがるのです?もしあなたが言った通り、彼があなたの妹をたぶらかすだけの軟派男ならば、縁を切りそれでおしまいにすれば良いでしょう。」

・・・こいつ、冷静に見てたのね。てっきり怒りに燃えて前が見えなくなると思ったんだけど。

何処ぞの死に損ないとは違うというわけか。

「事後対策よ。もし性懲りも無くフランに迫ってきたとき、弱みを握っておけば安心でしょう。」

「それなら心配には及びません。もしそうだったとしたら、彼が二度と女性をたぶらかすことがないよう骨の髄まで説法をしますので。」

「あなた任せじゃない。自衛もしておきたいわ。」

「所詮相手はただの人間、あなたの相手ではないでしょう。そうなれば力ずくでどうにかすれば良い、いやむしろ既にそうしていてもおかしくない。ならば何か企んでいると考えるのが自然でしょう。」

・・・チッ、ちゃんと見てるわね、こいつ。

「彼は私が責任を持って裁きましょう。しかしあなたに彼を断ずる権利はない。分をわきまえなさい、吸血鬼。」

「言ってくれるじゃない、ヤマザナドゥ。」

ギリと奥歯を噛む。途中までは読み通りだったけど、まさかこう切り返されるとは思っていなかった。

鬱陶しいわね。

「仕方が無いわ。本当は交渉のみでどうにかしたいと思っていたけど、こうなっては他に手はないわね。」

「私の力は必要でしょうか、お嬢様。」

「いいわ、咲夜。こいつ相手に手加減なんかできないからね。あなたを消し飛ばさないようにする加減はできないわ。」

「実力行使ですか。実に悪魔らしい。つまり、あなたは完全な悪魔の道を選ぶのですね?」

「私が選ぶのはいつだって私だけの道よ。くだらない定義をするなよ、お役所仕事。」

既に私は腹を決めていた。私の周囲に紅い妖気が陽炎のように揺らめき、そのために日光さえ屈折していた。

昼間なのに、まるで夜のような気配に満ちていた。

「どうやら本気のようですが・・・吸血鬼の身で『正』たる閻魔に勝てるとでもお思いか?」

それに対して映姫は、決して力で威圧するような真似はしなかった。ただその身に鍛え抜かれた霊力を蓄え、奴のいる周りだけは紅の妖気も避けていた。

相手の力量を甘く見て痛い目を見るほど、私は未熟ではない。だから、できれば交渉のみで話をつけたかったのよ。

こいつと戦えば、どちらもただでは済まないから。それがわかってるのに、戦って無駄に疲れるのも馬鹿馬鹿しいでしょう。

けれどこいつは私の話を蹴った。こうなったら力ずくでも私の要求を飲ませるしかない。

「勝てないとでも?たかだかあの世の役人風情が、夜の王たるこの私が。」

「あなた程度では、あの世では役人にすらなれませんよ。そう、あなたは少し高慢すぎる。」

「高慢は貴族の特権でしょう。」

「悪癖の間違いでしょう。何にせよ、あなたは私に戦闘を仕掛けた。その意味をしっかりと理解し、私の裁きを受けるが良い。」

上等ね。裁かれるのがどちらか、思い知らせてあげるわ!

私は足に力を込め、いつでも飛びかかれるように構える。映姫はその私を見据え、不動の構えを取った。

睨み合いがしばし続く。

そして、咲夜が後ろに下がった瞬間、私は地を蹴り――





「お姉さま、お客さん?」

駆けようとした瞬間、扉を開いて現れた人物によって、私達の戦いは始まることも許されなかった。

・・・毒気抜かれちゃったわね。





***************





レミリア=スカーレットの容姿をそのままに、髪と羽を別物に変えたような少女。

レミリアの人生の中では何度か姿を見ていたけれど、実際に会うのはこれが始めてだった。

彼女がレミリアの妹の。

「あなた、知らない人ね。誰?」

少女――フランドール=スカーレットは、私を見るとすぐそう尋ねてきた。

幽閉生活が長かったと聞いているから、もう少し人見知りをするものだと思っていましたが。

「私は四季映姫。幻想郷の閻魔を務める者ですよ。悪魔の妹、フランドール=スカーレット。」

「私の名前を知ってるの?紫おばさんみたい。」

・・・不謹慎とは思いますが、ちょっと噴き出しそうになってしまいました。よもやあの妖怪の賢者を「おばさん」呼ばわりするとは。

「フラン。下でお勉強をしているのではなかったの?」

「飽きたから館の中を探検してたの。さっきまでジストと一緒だったよ。」

「あなたは貴族なのよ。使用人との関係を良くするのはいいけれど、友達感覚でいるのははしたないことなのよ。」

「いいじゃない、そんな小さなこと気にしなくたって。」

今にも襲い掛かって来そうだったレミリアはすっかり戦意を失っていた。どうやら、彼女も妹という存在は可愛いみたいね。

それにしても、このフランドールという少女。レミリアよりも徳が高い。悪魔という生まれながらに、そのありようを『破壊』しているようでさえある。

彼女が幽閉されていた理由は、『ありとあらゆるものを破壊する』という凶悪な能力と、それに付随した不安定な精神故だったはず。

幽閉が解かれたということは、それだけの成長を彼女がしたということ。数年の間に何があったのか、その人生を見てみたいとは思う。

けれど私情で使って良い力ではありませんからね。好奇心を抑え、目の前の事実のみで判断をした。

「今はお客さんの相手をしているところなのよ。だから悪いんだけど、今はこの部屋から出てほしいの。」

「けど、映姫は私のことを知ってるみたいだよ。話ぐらい聞かせてもらってもいいでしょ?」

どうやらフランドールは『閻魔』というものがよくわかっていないようですね。

「フランドール。閻魔とは、生きとし生ける者の死後を裁く、あの世の裁判官です。ですから、一目見ただけで名前を知ることができるし、その名を使って人生を見ることもできるのです。」

「だから、私のことを知ってたの?」

「そういうことです。」

前述の通り、あなたの姿形については、レミリアの人生を通して知っていましたから。

私がそう言うと、彼女は驚いた顔をした。やはり閻魔というものに関する知識を、欠片も持っていなかったのでしょう。

・・・しかし、それにしては驚きの質が違うような気がする。重要な何かを発見したような、そういう驚き。

「・・・ねえ、映姫。ちょっと質問してもいい。」

「構いませんよ。私に答えられることなら、何でもお答えしましょう。」

「あなたの見る『人生』っていうのは、人の記憶を覗いてるの?」

そういうわけではありません。記憶には、その人物の感情も含まれている。記憶で物事を見たら、客観的な判断はできません。

だから浄玻璃の鏡はその人物の功罪を。人生の真実を映し出すのです。

「つまり、それは記憶のあるなしには関係がないってこと?たとえば、記憶喪失の人の『人生』だって見られるの?」

「勿論です。たとえ記憶がなかろうが、功績と罪が消えることはありませんから。」

忘れたからお咎めなし、などという話がまかり通るはずはない。たとえ本人が忘れた罪でも、あるいは認めずなかったことにした功績でも、私は厳正に評価する。

そう、あくまで評価のために使うだけです。私情に使うことは、閻魔といえど許されることではないのです。

「だから閻魔の力を何かに利用しようなどと考えてはいけませんよ、フランドール。」

「・・・言ってることは、わかるよ。だってそんなのズルいもんね。」

そういうことです。この娘は姉よりも物分りが良いですね。

「でも・・・。」

――けれど意志の強さという面で言ったら、妹は姉よりも数倍強かったようだ。

「それでもお願い。あなたの力を使って、優夢を助けてあげて。」

毅然とした表情で、少女は告げた。その意志の強さのあまり、私と彼女以外が一瞬停止していたほど。

しかし、停止は一瞬。すぐにレミリアが動き出した。

「ちょ、ちょっとフラン!?何を言ってるの!!」

「だってお姉さま!映姫の力があれば、優夢の記憶が戻るかもしれないんだよ!!」





・・・記憶が、戻る?優夢――名無優夢は、記憶喪失なのですか?

いえ、先のフランドールの話の流れからすれば、それは当然の流れなのでしょう。しかしその事実は、私にとってあまりに突飛過ぎて、一瞬理解ができなかった。

「フランっ!!」

「優夢はいいって言ってた、受け入れてるって言ってた!でも、やっぱりそんなのよくないもん!!自分が思い出せないなんて、絶対嫌だよ!!」

「・・・そういう、ことですか。」

その瞬間、私はこの度のレミリアの言動全てに納得が言った。

彼女の狙いは、それだったのか。神社に居候しているという男、名無優夢の失われた記憶。それを知ることが目的だったのだ。

何故そのようなことを思ったのか。恐らくそれは、フランドールのためなのでしょう。

今の言動を見ていれば、いかに彼女が彼を思っているかはわかる。幼い妹を喜ばせるために、彼を助けようとしていたのか。

方法こそ問題だらけだったけど、その思いに罪はない。本人に言えば否定されるでしょうが、それは間違いなく『愛』故の行動なのだから。

「あなたも妹には甘いのですね。中々に新鮮でしたよ、レミリア=スカーレット。」

「・・・悪かったわね。」

仏頂面にやや頬を赤くして言うレミリアは、見た目相応に少女に見えた。

「さて、フランドール。あなたの言い分はわかりました。確かに記憶喪失というのは大変なことですね。」

「引き受けて、くれるの!?」

「しかし、今あなたは言いました。『彼は受け入れている』と。ならばそれは彼にとっては余計な働きかけということにはなりませんか?」

「そ、それは・・・。」

真偽のほどは知りませんが、本人がそういう意志を持っている以上、それを尊重するのが筋というものでしょう。

「それに、先ほども言いました通り閻魔の力はそういうことに使うものではありません。彼だけが特別な記憶喪失というわけでないのなら、それは公平な裁きではない。」

「そう、だけど・・・。」

フランドールは悔しそうに歯を噛んだ。彼への思いの強さが、そのまま無念になっているように。

・・・彼女にこんな顔をさせたということは少々心苦しいですが、仕方の無いことなのです。

彼だけを特別扱いするわけにはいかない。記憶喪失の人間は、彼以外にもいることでしょう。

彼らは皆、自分の力で記憶を取り戻す。あるいは取り戻せぬまま生涯を終える。閻魔の手による『助け』は存在しないのです。

結局は、優夢自身が自力で記憶を取り戻すしかないのです。

私の説に、フランドールは完全に消沈してしまった。

「・・・私じゃ、優夢に何も返せないの?」

目に涙をにじませ、つぶやいた。・・・何も思わないわけではない。私にも感情というものはあります。

しかし私は、感情ではなく論理で判決を下す。その論理がその行動を黒と断じた以上、私が彼の人生を見て記憶を取り戻させることはありません。

「申し訳ありません、フランドール。あなたを悲しませるつもりではなかった。けれど、判決は絶対でなくてはいけないのです。わかってください。」

「・・・ゆうむぅ・・・。」

とうとうフランドールは、涙をこぼし始めてしまった。その背を優しく抱きしめる姉。

私には、何をすることもできませんでした。

「・・・もう行ってもよろしいでしょうか。小町が待っていますので。」

「ええ、とっとと失せなさい。あなたにもう用はないわ。」

レミリアの怒りももっともだった。もし私が彼女の立場でも、きっとそうすることでしょう。

そうしないのは、私が閻魔だから。この職に誇りを持ってはいますが・・・やはり、ままならないものね。

「それでは、失礼致します。」

そう告げて、私は扉へ向けて歩き出した。





「待ちなさいよ。レミィと妹様の話は終わったけど、まだ私は一言もしゃべってないわよ。」

その私の背に、一人の少女の声がかけられた。

振り向けば、そこにはいつの間にか七曜の魔女とその使い魔――名前は伏せた方が良いでしょう――がいた。

「あなたも私に御用ですか、パチュリー=ノーレッジ。」

「ええ、そこの二人と全く同じ用件でね。」

でしたら、もう分かりきっているでしょう。私がその判決を覆すことはないと。

私の言葉を、パチュリーは鼻で笑った。・・・どういう意味ですか?

「判決っていうのは、物事を論理的に考えた結果行き着く結論のことでしょう。だったら、前提条件に間違いがあったら、その判決に妥当性はないじゃない。」

「あなたは何を言いたいのです。私の判決が間違っていると、そう言いたいのですか?」

「率直に言えばそうよ。」

これはまた、七曜の魔女ともあろう者が妄言を。魔の道を極めているあなたなら、閻魔というものがどういうものか理解していると思っていましたが。

「理解しているからこそよ。閻魔っていうのは、言ってしまえばただの関数よ。色々な条件を与えてやれば、常に一定の結果が返ってくるだけの箱と変わりないわ。」

「否定はしません。しかし、その条件の妥当性まで正確に評価する箱です。そう簡単に間違いは犯しませんよ。」

「『絶対』という言葉を使っていない時点で、あなたもわかっているじゃない。絶対に間違えない関数は存在しないのよ。」

ほう、では私は間違いを犯した、と。

「ええ、とっても単純で、とっても重要なところでね。」

「・・・待ちなさいパチェ。あなた、・・・止めなさい!それが何を意味するか、わかってるの!?」

レミリアが唐突に口を挟み、慌てた様子でパチュリーを止める。何がどうしたというのですか?

「わかっているわよ、レミィ。とっておきのジョーカーを一枚切る、それだけじゃない。」

「だけどそれは・・・!!」

「彼にとっては、少々痛いことになるかもしれないわね。けど何ほどのことでもないはずよ。彼は『受け入れ肯定する者』なんだから。」

彼――他にいるはずもない、優夢ですね。それはどういう意味ですか?

「言葉通りの意味よ。彼は何でも受け入れる。まるで幻想郷みたいにね。」

「何でも、ですか。それはありえないでしょう。人間の許容量には限界がある。全てを受け入れれば、やがてパンクし崩壊してしまう。受け入れ続けることは、人間には不可能です。」

「ええ、『ただの』人間には、ね。」

名無優夢は、人間ではないと言うのですか?

「いいえ、人間よ。正しい表現としては、人間『でもある』だけどね。」

ますます意味がわからない。それではまるで、彼が人間でありながら別の存在でもありうると言っているようなものではありませんか。



「その通りよ。」



「・・・・・・・・・は?」

今、彼女は何と?

「その通りよ、と言ったのよ。彼は人間。しかし同時に吸血鬼でもあり、妖怪でもあり、あるいは半霊でもある。確か魔法使いでもあったわね。」

なん、ですって?

「混血、ということですか?」

「そういうわけじゃないわ。血筋としては間違いなく人間ね。存在として、彼は多重化している。それら全てをひっくるめたものが『名無優夢』という存在なのよ。」

それは一体・・・、どういうことです!そんな判例はありませんよ!!

「なくて当然。私だって知らなかったぐらいなんだから。知においてだけなら、私はあなたに勝っているという自負があるのよ。」

「・・・確かに。では、彼は一体何なのです。」

「それはご自分の目で確かめてきたら?ほうら、彼の人生を見ないわけにはいかなくなったわね。」

――やられた。まさかそんな存在が神社に居候しているなど、夢にも思っていなかった。

確かにこれは、前提条件から丸々覆されてしまいましたね。さすがは七曜の魔女、鮮やかな一本と言ったところでしょうか。

「パチェ・・・。」

彼にとっての重大な秘密だったのでしょう。それをもらしたパチュリーを、レミリアは強くにらんだ。

けれどパチュリーは全く気にしていなかった。

「レミィ、あなたがチェスで私に勝てない理由は、最強のクイーンを出し惜しみするからだと何度も言ったでしょう。時には捨て駒にすることも必要なのよ。」

「・・・ええ、おかげで私達の目的は達成できそうだから、言うことは何もないわね。」

説き伏せられ、レミリアはため息をついた。

結局は、彼女もまた彼のことをこれっぽっちも悪くなど思っていなかったということですね。

彼女だけでなく、終始無言を貫いた咲夜もまた。この紅魔館全体が、彼の味方をしているようにさえ思えた。

「対価を払うか払わないかはあなたに任せるわ。けど、欲を言えば彼の本当の名前ぐらいは知りたいわね。私達全員彼の友人だから。」

「・・・わかりました。せめてそれぐらいはお伝えしましょう。」

パチュリーの言葉に、私は首を縦に振った。契約は成立した。



全く、おかしなことになったものです。『花の異変』を解決して、これから幻想郷が平和な循環に戻ろうというときに、よもやこれほどの一大イベントが待ち構えているとは。

あるいは、私が今の今まで全く気付いていなかった問題が、今になって噴出しただけなのか。それは私にもわからない。

とにもかくにも。

私の現世での最後の仕事として、『名無優夢に関する調査』という重要案件が加わることになったのだった。





その後紅魔館を後にし、小町と合流後彼岸にて開廷をしました。

この日は鬱憤が溜まってしまったせいか、説法にもやたらめったら熱が入り、終わったときには既に日付をまたいでいたのでした。

・・・名無優夢の調査は、明日ですね。





+++この物語は、彼岸の閻魔様の耳にとうとう願いの情報が入ってしまう、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



ここからが本当のEx:四季映姫・ヤマザナドゥ

とうとう優夢に対して閻魔様のSEKKYOUフラグが立ってしまった。あな恐ろしや。

『花の異変』は終焉したが、紅魔館から聞き捨てならない情報を拾ったので、この後日神社へ向かうことに決定した。

ちなみに優夢の女たらし説は割と信じてる。

能力:白黒はっきりする程度の能力

スペルカード:罪符『彷徨える大罪』、審判『ラストジャッジメント』など



話の後ろで完全瀟洒:十六夜咲夜

原作自機キャラとは思えないほどの影の薄さ。しかしそれが彼女の完全瀟洒ということ。

色々言いたいことはあったが、使用人としての分を弁え何も言わなかった。

どうやら過去に色々あった模様。それに関して触れられることは、多分ない。

能力:時間を操る程度の能力

スペルカード:時符『プライベートヴィジョン』、時符『ミステリアスジャック』など



色々画策して結局ダメだった人:レミリア=スカーレット

策の練り方としては上々だったが、閻魔を罠にかけられるほどではなかった。逆にひっくり返されてしまった。

優夢に対して悪い感情は持っていないが、別に遠慮をすることもなかった。それだけ彼に対し信頼を持っているということに他ならない。

それでいて、優夢の秘密は守り通したいと思っていた。

能力:運命を操る程度の能力

スペルカード:紅符『不夜城レッド』、紅魔『スカーレットデビル』など



直球勝負で説き伏せられちゃった人:フランドール=スカーレット

着々と成長中。子供特有の純真無垢な思いで突進したが、閻魔様の固い意志を崩すことはできなかった。

優夢には色々と世話になってるので、何かしらの恩返しをしたいと常々考えている。

自分の感情には、まだ気付いていない。

能力:ありとあらゆるものを破壊する程度の能力

スペルカード:禁忌『クランベリートラップ』、禁忌『レーヴァテイン』など



七曜流逆一本:パチュリー=ノーレッジ

実は前の二人が討ち死にしたのでジョーカーを切る踏ん切りがついたという。さすが七曜、マジパネェっす。

優夢の正体を形容する言葉を並べただけで、正体については一切触れていない。最後の一枚は残したままである。

彼女も勿論優夢を友人と考えているが、同じぐらい実験動物的に考えていたりする。魔法使い怖いよ。

能力:火水木金土日月を操る程度の能力

スペルカード:月符『サイレントセレナ』、日符『ロイヤルフレア』など



→To Be Continued...



[24989] 四章十三話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 00:59
「・・・割と珍しい奴が来たもんね。」

珍しく自分から玄関口に出てきた彼女は、私の姿を見るや否や、非常に嫌そうな顔をして言った。

私はクスクスと笑いながら。

「珍しい『異変』ですもの。せっかくなんだから、あなたに会いたくなるというのが道理でしょう?」

「そんな道理、さっさと捨てて花の肥やしにでもしてくれると、私としては非常にありがたいんだけど。」

「連れないわねぇ。たまにお姉ちゃんが訪ねて来たんだから、もっと喜んでもいいのよ?」

「ありえん(笑)」

まあ、酷いわ。

「ねえ幽香ー。この人間が前に言ってた幽香の『イモウト』ー?」

私の隣にいる毒の人形妖怪が、指先で彼女を差しながら聞いてきた。

「そうよ。」

「即答で大ボラぶっこくんじゃない。ていうか、その娘は誰よ。」

「メディスン=メランコリーだそうよ。鈴蘭畑で拾ったわ。」

最初は名前と苗字がよくわかってなかったらしく、フルネームを聞き出すのには苦労したわ。

「あっそ。暴れないなら別にいいわ。で、用件はなんなのよ。」

やや不機嫌になりながら彼女は問い掛けてきた。答えは分かりきっているじゃない。

「あなたとお茶をしに来たのよ、靈夢。今回の『花の異変』の終わりを眺めながらね。」

私の言葉に彼女――先代博麗の巫女・茶竹靈夢は、軽く嘆息したのだった。



メディスンの飲み込みはやはり早かった。余計な知識がない分、私の言うことをすんなりと実践出来たようだ。

元々攻撃や防御・回復と、自分の力をある程度自在に使いこなせていたメディスンは、『力を使わないこと』もすぐに覚えられた。

相変わらず人間に対する復讐心は残っているものの、無闇に毒を散布することもなくなった。本格的な仕込みはこれからだけど、人里に出る分には問題ない。

だからこうして花が散ってしまう前に、靈夢に会いにやってきたのだった。

「全く、ここのところあんたもあんまり来なくなって平和だったのに。」

「あら、もう少し来る頻度を上げた方がいい?」

「博麗封印術奥義の餌食になりたいならどうぞ。」

冗談よ。今をそれなりに幸せに生きているあなたの邪魔をする気はないわ。

「さっさと上がんなさい。茶なら一坊に煎れさせるから。」

「一文じゃないの?あの子もだいぶ腕を上げたと思うけど、まだ一文の方がいいわ。」

「生憎とあの人はお仕事よ。『例の』ね。」

・・・あの男も結構な変わり者よねぇ。ただの人間なのに、何度も何度も妖怪の山に行って。

まあ、つまらない男なら靈夢との仲を認めてるわけがないんだけどね。

ともかく、そういうことならしょうがないわね。

「くれぐれも美味しく煎れるように伝えて頂戴。でないと虐めたくなっちゃうから。」

「わかったわ。ちょっとでも渋かったら『月下美人』と伝えておくわ。」

何だかんだでこの子も悪乗りするわよね。





一磋に散々プレッシャーを与えながら煎れさせたお茶を片手に、私達は茶竹家の縁側に腰を下ろした。

「・・・ふむ、また腕を上げたわね。まだまだ一文には及ばないけど、今日はこれで勘弁してあげるわ。」

「何とか命拾い出来たか・・・。」

憔悴しきった顔で、一磋は肩を下ろした。靈夢の伝えた「少しでも渋かったら『月下美人』」が余程応えたみたいだ。

けど、実際のところ一文という圧倒的先駆者を除けば、一磋の腕は幻想郷一と言っても間違いはないわね。

私達がお茶を啜るのを見て、メディスンも真似をする。

「・・・苦ぁ。」

しかし、生まれて初めて飲むお茶の苦さに顔をしかめた。お子様ねぇ。

「親父殿が煎れればこうはならない。やはり俺はまだまだだな。」

普通の観点から見れば十分だと思うけどね。あの子はただ慣れてないだけなんだから。

けど腕を上げてくれるというなら願ったり叶ったりだ。ここへ来る楽しみが増える。

「その調子で頑張りなさいな。一文を超えたら、一人前として認めてあげるわ。」

「そのつもりで励めと言われているが、一体いつになることやら。」

あなたならいつかできるわ。いつかはわからないけど。

「私、甘いのの方がいい。」

メディスンはようやく苦味から立ち直り、湯呑みを一磋に突っ返しながら要求した。

「それは困ったな。うちは茶屋だから、甘いものは置いていない。」

「えー。」

「・・・仕方がない。できるかどうかはわからないが、親父殿の『甘露の茶』に挑戦してみよう。」

しばし待てと言って、一磋は奥へと下がった。

それに興味でも持ったか、メディスンは待てと言われたにも関わらず、一磋の後を追って家屋の奥へと入って行った。

止めることもないわね。好きにさせておきましょう。あの子にはもっと経験が必要なのだから。

「それにしても、あんたも物好きね。妖怪を育てようとするなんて。」

私と二人だけになった靈夢は、あまり興味もなさそうに言った。

そうね、物好きには違いないわ。

「けど、元々育てるのは好きよ。花の妖怪ですもの。」

「そーいやそうだったわね。霊夢育てるのも結構手伝ってもらったっけ?」

主に実践方面でね。ついでに霧雨のお嬢さんもだったけど。

「当時はまさか魔理沙ちゃんが『異変解決』をするようになるとはこれっぽっちも思ってなかったわ。」

「あなたはずっと一人だったものね。いくら私が手を貸そうとしても拒むんだもの。」

「冗談。何が悲しゅうて妖怪の手を借りなきゃいけないのよ。」

霊夢も言いそうだと、私はくつくつと笑った。

「そうそう、先日霊夢に会って来たわ。立派に成長してて、先生として鼻が高かったわ。」

「ま、私の娘だから当然ね。」

娘自慢をする靈夢。親バカね。

「子を持つ親はそんなもんだと思うわよ。あんただって、あの妖怪を育てる気ならいずれわかるわ。」

「それは楽しみだわ。」

私にとってメディスンがそこまで可愛く思える日がくるというなら、本心から楽しみだ。

「けど、まだ霊夢の方が可愛いわ。何せあの娘が生まれた直後からの付き合いですもの。」

「の割には10年間ほったらかしてたじゃない。」

あまり頻繁に訪ねても面白くないでしょう?10年経ったから、あそこまでの成長を感じられたんだから。

「まあ、これからはそうも言ってられない年頃かしら。悪い虫が着き始める頃だし。」

「その心配ならいらないんじゃない?優夢君以外の男に引っかかるとは思えないし。」

あら、彼はちゃんとあなたのところに挨拶に来てたのね。

「うちの常連だからね。そんなことよりも、あんたが優夢君のことを知ってたのが驚きだわ。」

「色々と噂だけは聞くからね。」

しかし、これはちょっと面白くない。まさか靈夢が二人の仲を認めているとは。

まあ、私自身名無優夢という彼について詳しく知っているわけではないけど、アリスと優曇華院を落としてるはずなのよね。

二人とも否定はしてたけど、それが本心なのか隠しているだけなのかの区別ぐらいつく。

そんな女たらしだということを、靈夢は知っているのかしら?

「それはその娘達が勝手に好いてるだけでしょう?優夢君の相手は霊夢以外認めないわよ、私は。」

「普通逆じゃないかしら。」

あなたは霊夢の親でしょうに。

ふぅむ、根はだいぶ深いようね。掘り起こすとなったら厄介なことだわ。

・・・まあいいわ。ひょっとしたら、掘り起こす必要はなくて、逆に埋める必要が出てくるかもしれないし。そうなったらそのときに考えましょう。

お茶を啜る。静かな一時、鶯の鳴き声が響いた。

茶竹家の庭の桜は、もう見頃を過ぎてしまったようね。寄り道をしたからしようがないけど、少し残念。

「そういえば、この春は花が凄かったわね。お茶の花が一面に広がってて、二人が辟易してたわ。」

「あら、楽しまなかったの?」

「あの二人じゃしょうがないわ。茶馬鹿だもの。」

それもそうね。

「それにしても、あんた何がしたかったの?害もなさそうだし放っておいたけど。」

「あら、あなたは私がやったと思ってるの?」

「冗談よ。慧音先生から大体のことは聞いてるわよ。あの世がバカやらかしたんでしょう?」

別にあの世に責任があるわけじゃないけど、いつまでも収まらなかったら文句は言うところね。

まあ、今回はだいぶ優秀だったみたいね。開花から一月待たずに終わらせたようだし。

「けど、あんたなら便乗して咲かせそうだからね。」

「意味もなく花を咲かせたりはしないわ。」

私が花を咲かせるのは、私が花を愛でたいときよ。

そう言ったら、「大差ないわ」と切り返された。ふふ、そうかもしれないわね。



私達二人はそんな感じに、平和に春の一時を過ごした。





「で。」

他愛のない話を切り、唐突に靈夢は尋ねてきた。

「あんたは優夢君をどうしようって考えてるわけ?」

私の考えを読んだがごとく、核心を突いてきた。・・・さすがは元博麗の巫女ね。

「どうしてほしい?」

「別に。あんたが危害を加えたいって考えてようが、私は放っておくだけよ。娘達の事情に親がしゃしゃり出て行くもんでもないわ。」

それに彼も一筋縄じゃいかないだろうしね、と続ける。靈夢は彼のことを高く評価しているようね。

その認識は私も大して変わりない。霊夢や魔理沙と肩を並べて『異変』を解決しているという噂が流れるほどなのだから、甘く見る気はない。

「けど、それは彼を買いかぶりすぎているかもしれないわよ。あるいは、私を甘く見ているんじゃない?」

「そうでもないわよ。あんたは気に食わない奴が相手なら遠慮なく殺せる奴だし、霊夢が間近で彼を見て認めているっていう事実もある。単純な引き算で私の出る幕がないだけよ。」

なるほどね。やはりあなたは現役を退いてなお、博麗の巫女ということか。

少し安心したわ。

「危害を加えるというほどのことはしないわ。萃香ともそう約束してしまったもの。」

「へえ。あの娘もやっぱり、優夢君のことは大事に思ってるわけか。」

つぶやき、靈夢は楽しそうに笑っていた。

「おかしな子ね。さっきは優夢の相手は霊夢でなければ認めないとか言ってたくせに。」

「それはそれ。最終的にそうなればいいなってだけで、それまでは色々とかき回してくれた方が面白いでしょう?」

「違いないわ。」

私も一緒になって笑う。・・・ふむ、なるほどなるほど。

「それなら、こういうのも悪くないかもしれないわね。」

私の中で、一つの考えが生まれた。当然靈夢はそれに食いついた。

「面白い話なら聞かせてもらうわよ。」

「いいわよ。この後、私はもう一度神社に行くつもりなのよ。前回行ったときは『優夢』がいなかったから確認できなくてね。もし彼が霊夢に相応しくない相手だったら、手段を選ばず彼を排除するつもりだったわ。」

「そうなってたであろうことはないけど、もしそうなってたら私があんたを封印しなきゃいけないところだったわね。」

それは命拾いしたわ。

「まあ、その考えは今も変わっていないんだけど。危害を加えないってだけで、金輪際神社には近付かないでいただくってことはありうるわ。」

「その辺のことについてとやかく言うつもりはないわ、あんたの考えだしね。で?」

ここまでが前提条件。ここからが、今私が思いついたアイデアだ。

「彼がその程度なら、今言ったとおりよ。けれどもし、彼が霊夢に相応しい相手だったとしたら――」



春風が、私の言葉をさらった。その言葉は――元々この場には他に誰もいないけれど――私と靈夢にしか届くことはない。

そして私の言葉が届いた証拠に、靈夢は目を点にしていた。

「どう、中々面白そうな話でしょう?」

声をかけてやる。すると靈夢は驚きから復帰し、次の瞬間には私と同じ性質の笑いを浮かべていた。

「なるほど、ね。確かにそれはアリだわ。」

「無論そうなったら、私だって手を抜く気はないわ。全力で事に当たらせてもらう。ひょっとしたら、あなたの望まない結果になるかもしれない。それでもそう思える?」

「当然でしょう。私は霊夢のことは色んな意味で信じてるし、もしそうなってもそれはそれだし。」

本当にこの子は話が分かる、可愛い妹だわ。キスしてあげたくなる。

「お断り。あいにく私は人妻よ。」

「女同士なら問題にはならないんじゃなくて?」

「それはそれで別の問題になるわね。私はあんたと違ってそういう性癖は持ってないのよ。」

それは実に残念だわ。

さて、了承は得たということでいいかしら?

「いいわよ。その代わり、やるなら一切手を抜くんじゃないわよ。それは彼に対しても霊夢に対しても失礼だから。」

「当然。久々に思いっきりやれるんだから、手を抜くなんて選択肢はないわ。」

本当に彼が霊夢に相応しいかどうかを知るためには、そのぐらいでなくては意味がない。

そのことは靈夢もわかっている。彼女は私の意向を認めるように、不敵な笑いを浮かべていた。

ここに、名無優夢をめぐる一つの企みが始まったのだった。



締結完了を見計らったかのように、家の中からドンガラガッシャンという音が聞こえた。

「熱いー!!」

「だから気をつけろと言ったろうに。大丈夫か?」

どうやら、メディスンが何かやらかしたようね。まあ、一磋もついてるし平気だろうけど。

「一磋の妻に人形妖怪ってのは、面白いかしら?」

「さすがにそれは反対しとくわ、親として。」

それは残念。





私達は茶竹家での一時を過ごし、この日は泊まった。

メディスンも、人形解放を謳っていた割には一磋に大いになつき、特に反対もしなかった。

翌日、彼らに別れを告げて、私達は茶竹家を後にした。



さあ、それでは行きましょうか。

博麗神社――待ちに待った『名無優夢』との対面の場へ。





***************





紅魔館での対談の翌日、私は小町を引き連れて神社へとやってきていた。

パチュリーの話によれば、ここにいるという居候はただの人間ではないということ。曰く『吸血鬼でも妖怪でも半人半霊でも魔法使いでもある人間』。

その意味するところが、いまだに私には理解できなかった。ただの混血だとか、そういった話ではないらしい。

彼女によれば『存在が多重化している』ということだが、そもそも『存在が多重化する』とはどういうことなのか。

わからない。私の持つ数多の判例にも、該当する事象は一つとしてありえなかった。

だから私は、『花の異変』も終わり既に来る必要がなくなった現世に赴いたというわけだ。

「四季様ー、もう『異変』は終わったじゃないですかー。通常運行にさせてくださいよー。」

その辺の説明はしたはずなのですが、小町はこの様子。・・・もうしばらく仕事に監視をつけようかしら。

「事実をこの目で確認しなくてはなりません。彼女の言葉が真実か否か。真実ならば、『彼』は何者なのか。確認を怠ることは許されないのです。」

「それにしたって私はもういいでしょう。私は見たってそいつの寿命ぐらいしかわかりませんよ。しかも当てにならないし。」

念のため、というやつですよ。もしかしたら、私ではわからずあなたならわかるかもしれない。

他の死神でも良いですが、私の評価の中で荒事に一番向いているのはあなたなんですよ、小町。

「荒事になるんですか?人間を確認するだけで。」

「わかりません。何せ判例がありませんので。」

となれば、できるだけの備えはした方が良いというもの。かと言って、進んで荒事にはしたくありません。

お迎えの死神など連れてきては返って助長することになりかねないから、渡し守の中で最も戦闘能力に優れたあなたなのです。

理路整然と説き伏せ、反論こそ返ってこないものの、小町はやはり乗り気ではないようです。

まあ、この子からすれば必要のない仕事につき合わされているようなものですからね。

「仕方がありません。これが終わったら、私の奢りで一杯ご馳走しましょう。それだけの報酬はあって然るべきです。」

「え!?ま、マジ・・・いや本当ですか!?」

私の珍しい提案に、小町は瞳を輝かせた。現金な子ですね。

「私が嘘をついたことがありましたか、小町。」

「いや、ないですけど・・・。すげー、夢みたいだ。」

ですから、是非協力してください。

「了解でっす!!いやー、こりゃ夜が楽しみだ♪」

一転、やる気を出してくれたようです。やれやれ。

話がまとまったところで、私は『彼』を確認すべく、人の気配がある母屋の方へと歩を進め――





「こんなところに閻魔がいるなんて、珍しいを通り越して縁起が悪いわね。」

後ろからかけられた声に、足を止める。この声は・・・。

「それはあなたも同じでしょう。神社に纏わりつこうとする妖怪よ。」

「そのことであなたに迷惑をかけたことでもあったかしら?」

振り返ると、そこには長く生き過ぎたただの妖怪――風見幽香。

その傍らに、生まれて間もない人形の妖怪・・・メディスン=メランコリーですか。

二人が、私達の居たところと全く同じ、鳥居の前に立っていた。

「幽香ー、この人達誰?人間??」

「ある意味妖怪よりも性質の悪い連中よ、メディスン。目を合わしたら尻小玉を抜かれちゃうわ。」

「色々と混ぜた嘘をつくのはやめなさい。しかし私達は彼岸の住人、確かにある意味で妖怪より畏れられる存在と言えるでしょう。」

「その一番上がこんな小娘じゃ、恐ろしくもなくなるわね。」

クスクスと笑いながら、私の神経を逆撫でようとする幽香。

あなたのお得意でしょうが、私には通用しませんよ。

「珍しいね、あんたが誰かといるなんて。大抵は一人で花と戯れてるんじゃなかったかい?」

「たまにはこういうこともあるわ。それにこの娘は私が育てているの。一緒にいるのは当然でしょう?」

「あなたに任せては末恐ろしいですね。ただの妖怪が、世界を動かせると勘違いしてしまいかねない。そう、あなたはただの妖怪なのに強すぎる。」

風見幽香は、特段珍しい能力を持っているわけではない。花を操るという能力、平凡で平和な能力だ。

それが何の因果か、凶暴で凶悪な、膨大な妖力を持つ大妖怪へと変貌してしまった。

自称『幻想郷最強の妖怪』。しかし本質から見れば、ただの妖怪の一に過ぎないのです。

「力のみで世界は動かせない。あなたにその能力はない。それなのにあなたは、自尊心が強すぎる。分を弁えなさい。」

「やはりあなたはつまらないわ、四季映姫。その程度のことを私が考えたことがないとでも思った?面白くないのよ。」

「面白い面白くないで判断するのはやめなさい。それは正常とは言えない。」

「正常でいようとも思わない。私は花の妖怪、風に誘われるがままに流れていくのみよ。こんなつまらない会話、メディスンの情操教育にもよくないから、そろそろやめてくださる?」

ええ、私も長々とあなたに構っている気はありませんよ。

「して、あなたは何用でここに訪れたのです?ここは結界の基点、用がないなら早々に帰りなさい。」

「用がなくて訪れるとでも思って?あなたに話すほどのことでもありませんわよ、閻魔様。」

答える気はない、ということですか。やれやれ、急いでいるわけではありませんが。

「ならば力ずくでお帰り願いましょう。その方が、じっくりと検分ができる。」

「あなた何様かしら。ここは私の可愛い姪の居場所、あなたに指図される覚えはないわ。」

私が霊気を高めると、応じるかのように幽香も妖気を溢れさせた。小町はおろおろとしながら私達を止めようとし、メディスンは何が何やらわかっていない様子。

そもそも風見幽香を言葉で説けるなど思っていない。ある意味分かりきった図でしょう。

彼女は既に数多の魔弾を形成しており、私も悔悟の棒に込めた霊力で断罪の刃を形成している。いつ戦いが始まってもおかしくはない。

ピンと糸を張るような緊張が、場を満たした。

そして――








「くおらあんたら!!境内で暴れんなって私に何回言わせりゃ気が済むのよ!!」

「面白そうだな、私も混ぜろ!!」

私達が動き出すよりも先に、母屋の方から巫女と魔法使いがやってくる。

「ただいまー・・・って何だこの空気。」

さらに、鳥居の向こうに下りてくる一人の人物。この神社に居候するという男性。

彼が、件の――



まるで誰かが図ったかのように。

今この場に、全ての役者がそろえられたのでした。





+++この物語は、最終戦争が勃発しそうなやばい空気の、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



超企んでる:風見幽香

言い訳のしようがないほどに企んでる。そして隠そうともしない。だから靈夢があっさりと見破った。

靈夢の話を聞いてさらなる企み事を思いついた様子。何を考えていることやら。

圧倒的な力を持ってしまった、ただの花の妖怪。

能力:花を操る程度の能力

スペルカード:花符『幻想郷の開花』、幻想『花鳥風月、嘯風弄月』など



世間知らずの人形娘:メディスン=メランコリー

実質幽香の娘状態。当人はその概念についてはわかっていないが、幽香にはなついている。

今回一磋と何かいい雰囲気になっているが、あくまで年上のお兄さんとちっちゃい娘の関係である。

幽香の後にくっついてきているだけなので、状況は理解していない。

能力:毒を操る程度の能力

スペルカード:毒符『神経の毒』、毒符『憂鬱の毒』



ただ見ているだけ:茶竹靈夢

己が現役を退いた身であることを理解しており、特に口出しもせず見守っている。

とはいえ自分も楽しみたいので、今回幽香の企みに乗った。どうなることやら。

大きな力を持つこともなかった、最強の人間。

能力:主に霊術を扱う程度の能力

スペルカード:護符『護法陣』、靈符『博麗封印術』など



→To Be Continued...



[24989] 四章十四話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 01:00
ここ博麗神社の主である、幻想郷の結界の柱、博麗霊夢。

彼女の古い友人であり、長らく共に『異変解決』を遂行してきた魔法使い、霧雨魔理沙。

先代の巫女から博麗に纏わりつき始め、霊夢と魔理沙の修行の相手だった妖怪、風見幽香。彼女が連れた人形妖怪、メディスン=メランコリー。

そして、我々彼岸の住人がここへやってくる原因となった人物、・・・『名無優夢』。

私達は、まるで誰かが仕組んだのではないかと疑いたくなるほど計ったようなタイミングで、一堂に会することとなった。





博麗神社の居間で。



それほどは大きくないちゃぶ台の上に、所狭しと並べられる料理の数々。突然の『来客』にも、彼は慌てることなく的確に対応した。

「すいません、こんな大勢になるとは予想してなくって。有り合わせで申し訳ないんですが、よかったら召し上がってください。」

「え、ええ・・・。」

料理のためにしていた前掛けを外して畳みながら言う彼に、私は戸惑った返事しかできなかった。

そう、この料理は彼が私達全員のために作ったものです。霊夢と魔理沙、それから遠慮のない小町は、既に食事を始めていた。

幽香は興味深そうに料理と彼を交互に見ており、メディスンは『食事』というのがわからないらしく幽香に質問している。

何故今このようなことになっているのか。それを語るためには、少し時間をさかのぼらなければなりません。





一触即発の空気の中に現れた、私達の目的の人物。名無優夢。

彼が現れたことで、その場にいた全員の意識が彼に向いた。それと同時に、風見幽香が私に向けていた害意が霧散するのがわかった。

それで理解した。彼女もまた、『名無優夢』という存在を識るためにここへやってきたのだということを。

視線を一斉に向けられた彼は、少しの間面食らったという表情を見せた。

「えと、・・・霊夢アンド魔理沙ー、状況説明ぷりーず。」

「何か暴れそうだったから張っ倒しにきたわ。以上。」

「面白そうだったから暴れにきたぜ。以上。」

「さっぱりわからないということがわかった。」

確かに今の説明では全くわからないでしょう。そのため彼は、今度は幽香と小町――私が一見すると小さな少女に見えるからでしょう――に向けて尋ねた。

「神社に御用でしょうか?ここの主はそこの霊夢なんで、何かあるなら彼女に聞くといいですよ。」

「この様子を見てそんなことが言えるなんて、あなた結構図太い神経をしているのね。」

「あーっと、あたいらが用あるのは神社じゃなくて『名無優夢』っていう人間なんだけど・・・ひょっとしてあんたのことかい?」

「俺に御用ですか?霊夢じゃなくて。」

「私よりも優夢さんへの用事でくる奴の方が多いんだから、今更驚くことじゃないでしょうが。」

心底驚いた表情を見せる彼に対し、博麗の巫女が突っ込みを入れた。・・・それは色々とまずい状況ではないでしょうか。

「あ、すいません。自己紹介がまだでした。俺はここで居候させてもらってる、名無優夢っていいます。それで、俺に用事っていうのは?」

「えーっと・・・それはあたいじゃなくて四季様の口から直接聞いた方がいいかな。」

「そうですね。私の方も自己紹介を致しましょう。私は四季映姫・楽園の閻魔ヤマザナドゥ。こちらは部下の三途の川の渡し守である小野塚小町。あなたに用事というのは」

「私は風見幽香。霊夢の古い知り合いよ。」

私の言葉を遮り、幽香が割って入ってくる。あくまで私の邪魔をしますか。

「霊夢の?そうなのか、霊夢。」

「不本意ながらね。私としては、とっとと縁を切りたいわ。」

「まあ、そんな連れないことを言わなくてもいいじゃない。あなたの妹弟子も連れてきたのよ。」

「ほう?幽香、お前弟子取ったのか。」

「あなたの妹弟子じゃないわよ。」

「わかってるぜ。私の師匠はお前じゃない。」

「あー、魔理沙の知り合いでもあるのか。ってことは、ひょっとして相当古い知り合いですか?」

「その子が生まれたときから知ってるわよ。」

なるほど、と納得をする彼。――七曜の魔女の言葉が思い出される。『彼は何でも受け入れる。まるで幻想郷のように。』

気にしていなければ気付きませんが、この納得の早さは確かに異常ですね。

そして、先ほどから気になっていること。彼を一目見た瞬間、驚愕せずにはいられない事実があった。

彼は一体・・・。

「それで、幽香さんの御用は霊夢ですか。」

「この子の様子を見るのも用事の一つではあるわね。けど、私もやっぱりあなたに用事があるの。」

「幽香さんも?それは一体・・・」

「風見幽香、順番を守りなさい。先に彼への用事を述べようとしたのは私です。」

「みみっちいことを気にするもんじゃないわ、四季映姫。ほしいものは奪い取ってこそよ。」

「奪い取るという行動そのものが罪であると知りなさい。そう、あなたはあえて罪に走りすぎる。」

「はいはいケンカはやめましょう、境内で暴れると霊夢がテーレッテーしますから。とりあえず、お二方とも俺に用事ってことなんですね?」

再び険悪な空気を作り出した私と幽香の間に、彼が割って入る。・・・煮え切らないものはありながら、私達は頷いた。

「わかりました、それならお受けしますんで少々お待ちください。今買い物から帰ってきたところで、これから昼食を作らなきゃならないんですよ。」

そう言って彼は、初めから気にはなっていたが、手に持った麻袋を持ち上げた。中には食材が山と詰め込まれていました。

昼食を作るとは、彼が?・・・何と家庭的な。

この場面だけを切り取ると、彼がパチュリー=ノーレッジが言うほど大層な人物には、到底思えませんでした。しかし目の前の事実も否定できない。

不動の裁きを下す閻魔の身でありながら、私は少々この男に翻弄されているようでした。

私がわずかばかりの困惑を抱えている中、彼は「そうだ」と何か思い浮かんだように手を打ち。

「皆さんお昼まだですか?だったら、一緒に作りますんで食べて行ってください。腹が膨れれば、気分も落ち着くでしょう。」

こんなことをのたまったのだった。



そして冒頭の平和な食事風景へとつながるのです。・・・回想してなお、納得が行きませんが。





勢いよくご飯をかき込む霊夢、魔理沙、それから小町を眺めて、彼は満足そうに頷いていました。

「四季様と幽香さんとメディスンも、どうぞ召し上がってください。味にはそれなりの自信がありますから。」

「・・・そうね。それではいただきましょうか、メディスン。」

「うー・・・お箸持ちづらい。」

そう言って幽香は、おみおつけに口をつけた。メディスンは箸に悪戦苦闘しながら、白飯を口に運ぼうとしていた。

「あら。」

茶碗から口を離した幽香は、パッと明るい表情をして、驚いたように声を漏らした。彼女の感想を聞くまでもなく、美味しかったのでしょう。

「霊夢、あなた日頃からこんなものを食べていたの?ずるいわ、私にも教えてくれればよかったのに。」

「はんへあんふぁひおふぃえはははああいおひょ。」

「だから飲み込んでからしゃべれって。何言ってるかわからんから。」

「・・・何であんたに教えなきゃならないのよ。優夢さんを拾ったのはこの私よ。」

「物扱いかよ。別にいいけどさ。」

・・・やはり、あっさりしすぎている。彼の受け答えを見て、私は彼への疑念を強くしていた。

彼は一体、何者なのか。

「四季様も、どうぞ遠慮なさらないでください。閻魔様のお口に合うかどうかはわかりませんが。」

「そこまで無闇に丁寧な言葉を使う必要はありませんよ、名無優夢。一々それでは大変でしょう。」

「いえ、そうでもないですよ。以前その辺りの教育はみっちりと叩き込まれていますから。」

そうなの、ですか。

「けどそうおっしゃるなら、お言葉に甘えさせてもらいますよ。どうぞ、冷めないうちに食べてください。」

「・・・では。」

会話のペースを彼に握られているというのが少々気持ち悪いが、断る理由もなく私は焼き魚の身を箸でつまみ口に運んだ。

・・・確かに、幽香が羨ましがるのもわかる腕ですね。ただ魚を焼いただけのはずなのに、焼き加減が絶妙です。

私が彼の料理に舌鼓を打っている様子を見て、彼はニコニコと笑っていた。

彼は私達が料理を楽しんでいるのを見て、本気で喜んでいるようだった。

――人の幸せを喜べるという人格そのものは、徳が高いと言えるでしょう。しかし彼に限っては、私にはそうと断定することができなかった。

私は人間の功績と罪を等しく裁き、評定を下す。功績と罪がわからなければ評価などできようはずもないのだから。

『名無優夢』。パチュリーから話を聞いた時点で一筋縄ではいかないと思っていましたが、予想通りでしたね。

「食べられないー!無理ー!!」

「ありゃりゃ。しょうがないな、ちょっと待っててくれ。確か宴会用にスプーンがあったはず・・・。」

箸を扱いきれず駄々をこねだしたメディスンのために台所に下がる彼を見ながら、私はそんなことを思っていた。

・・・む、この漬物は素晴らしい。一体どういう漬け方をしたらこんな味が出るのか、聞いておきたいところですね。



食事を終え、食後のお茶が皆に配られる。私もまたそれを手に取り、一啜りした。

ああ、何と平和な一時でしょう。ほぅ、とため息をつき、安らかな神社の空気を感じた。

――そうではないでしょう、四季映姫。何を流されているのですか。

弛緩し始めた自分の気持ちを叱咤し、気を引き締め直す。いけないいけない、完全に彼のペースに飲み込まれていました。

しかしそれも彼の料理の腕前を考えれば仕方のない話と言いましょうか。・・・いえ、言い訳はやめましょう。

「それで、御用というのは?」

彼の方から切り出してくれた。ある意味空気を読めているのかいないのか。

再三邪魔をされた幽香に牽制の視線を送ると、彼女はやんわりとした表情で私に促してきた。

何を企んでいるのか。散々私が話を進めようとすると妨害をしてきたくせに、ここで私に先を譲るとは。

まあ、良いでしょう。何か企んでいても、彼女ならば裁ける。

「では私の方から失礼を。回りくどい言い方はしません。私の用事というのは、あなたに関して調査をすることですよ、名無優夢。」

「俺の調査、ですか?」

鸚鵡返しに聞いてくる彼に、私は頷くことで答えた。

「先日、とある情報筋からあなたのことを聞きました。それを聞いて、私はあの世の秩序を守るものとして、確かめなければならないと感じたのです。」

「俺のことって・・・ああ、まあ確かに閻魔様相手ならしょうがないですよね。」

? 何か問題でもあったのですか?

「俺のことを知ってる知人の間で取り決めたことなんですけど、俺の『正体』に関することはなるべく口外しないようにするって。俺自身はよくわかってないんですけど、前例がないからどーたらこーたらだとか。」

「なるほど、一理ある。」

だからレミリアも言いたがらず、パチュリーも『ジョーカーを切る』という言い方をしたのですね。それだけ秘する意味があるものだということは、『正体』を知らぬまでも概要を聞いた私にも理解できる。

「ちなみにそれを漏らした奴って何処のどいつ?」

博麗の巫女が不機嫌そうな顔で尋ねてきた。どうやら彼女も彼の『正体』を暴くような真似は許せないようですね。

それだけ彼に対し博麗の巫女が親交を持っているということ。・・・人としては良いことかもしれませんが、お役目の人間としてはいただけませんね。

「とある情報筋、という言い方から察していただきたい。無闇に個人情報を明かす気はありませんよ。」

「情報セキュリティーですね。」

彼自体は私の考えに理解を示しました。・・・しかし、言い方が幻想郷らしくない。もしや彼は、外来の存在なのですか?

「ええ、多分外来人です。ご存知なかったんですか?」

「あなたが記憶喪失である、ということは聞いています。」

「あら、そうなの?私は外来人であるということしか知らないわ。」

「お二人の認識を足せば、大体合ってます。」

これはまた、厄介な話になってきましたね。

彼が外来人であるならば、『外』に帰すという手段も考えられる。しかし彼が『ただの人間』でないことは既に明白。そう簡単に判断できるものではない。

「・・・ちょっと待ちなさい。映姫、あなたらしくない発言だと思ったんだけど、どういうことかご説明願えるかしら?」

幽香から言葉が挿し挟まれる。・・・やはり、彼女は気付きましたか。

彼自身と魔理沙、それからメディスンは幽香の意図が理解できないようで、霊夢は何かに気付いた様子。小町は「あ」と小さく声を上げていた。

「・・・そうか、そういえばそうね。あんたは閻魔なんだし。けど、紫の前例もあるし、そういうこともあるんじゃない?」

「八雲紫でも、彼についてはわからなかったのですね。」

確信を持った問いに、霊夢は頷いた。それは仕方がないでしょう、私でも骨が折れるのだから、妖怪でしかない彼女に手出し出来るレベルではない。

「えっと、つまり四季様は、俺に何かしようとして出来なかったってことですか?」

「そういうことになるでしょう。閻魔はその人物の名を見て、功罪を鏡に映し、判決を下す。噛み砕いて言えば、他者の人生を見ることが出来るのです。」

何と、と彼は驚きを見せた。だが驚きたいのはこちらです。

「しかしよもや功罪を映し出すこと自体が事実上不可能な存在がいるとは、夢にも思っていませんでしたよ。」

「『事実上』?おかしな言い方をするわね。出来ないなら出来ないと言えばいいのに。」

「実行が不可能というわけではありません。彼の『真名』さえ分かれば、映し出すことは可能です。」

問題なのは、真名を得ることが容易ではないということなのです。



私が一目彼を見たときにまず驚愕したのが、名が一切見えないということでした。

普通の存在ならば、それが神であれ悪魔であれ、閻魔の瞳は名を映す。映像として見えるのではなく、具体的なイメージとして――字や音として、瞳の中に映りこむのです。

その部分が、彼は完全に傍白でした。字も音も一切なし。名無しの存在だったのです。

勿論、この世の中には名を受けないで存在し続けるものも居ます。しかし彼らの場合、その旨を示すダミーの情報が流れ込んでくるのです。

それすらもないということは、それはそこに存在していないのと等しい。彼が目の前に存在している以上、それはありえない事実です。

だから私は、意識的に波長をずらしました。見えないということは、私の視界に彼が同化してしまっていると考えられたからです。

案の定、そうすることで名前を見ることは出来ましたが・・・そこでもまた驚愕せざるを得ない状況に陥りました。



名前を複数持つ者は、確かに存在します。先の『十六夜咲夜』にしろ、元は別の名を持っていて、後からレミリアにその名を与えられたのです。

そういう場合は、二つの名前が見える。たとえ捨てた名であっても、過去の功罪が消えることは決してないのです。

多い場合には7つの名前を持つ者などもいますが、それでもその全てを私は裁く。それだけの力を閻魔は持っている。

ですが、もしその名が一万を超す量であったならどうでしょう。

裁ききれない、とは言いません。しかしそれには時間がかかる。一瞬で判決を下すことは、私とて不可能です。



では、それが一億すらも越す量であったなら。



この世界には60億の人間が生きていると言われています。それだけの膨大な量を把握しきることは、是非曲直庁でも成しえていません。

それだけ、『億』という数は膨大なものなのです。当然一人の人間がそれだけの名を持つことなど想定されていません。

当然でしょう。たとえば一億の名前を持つ人間がいたとして、人生はおよそ30000日。一日に3000個以上もの名を名乗ることになる。

そんなことが、現実的に考えてありうるでしょうか?答えは否。それならば、いっそ全ての名を捨てる方が易い。

だから私は、彼の深淵を見るまでは、そんな存在を夢にも想像していませんでした。

そう。彼は一億どころか全世界の人類を足しても足りないのではないかと思えるほど、膨大な量の名前を持っていたのです。

あまりの情報量に頭が割れそうになり、私は彼の名から目を逸らした。

リチャード=スティーブン。長黄竜。モハメド=シター。覚えられたものは他にもありましたが、どれも彼の名とは思えない。

もし彼が過去にあれらの名前全てを名乗っていたとしたら、狂っているとしか言いようがない。

だから現実的に考えて、あれらは全て彼の名ではない。必ず何処かに『真名』が存在する。

けれど、あの膨大すぎる情報の中から本当の名を探し出すのは、骨が折れるどころの騒ぎではありません。だから『事実上』不可能という言い方になるのです。

「なるほど、ね・・・。」

私の説明に、幽香は興味深そうに頷いた。

ここまでの説明で、彼が普通の人間であるなど到底思える話ではないでしょう。

だから私は、こう問う。

「『名無優夢』よ。あなたの『正体』とは、一体何なのですか。」

閻魔たる威厳を持って、私は言葉を発した。

彼はそれに一瞬気圧された。助けを求めるように霊夢と魔理沙に視線を送る。が、彼女らは諦めたように首を横に振った。

一つため息をつき――次の瞬間には、まるで私と同じ位置に立っているような、あるいは何処にも存在しないような不可思議な存在となって。



「『願い』。全世界からの願いが俺という人間に集まり結晶化した存在、だそうです。」

ごくあっさりと、その事実を『肯定』した。



「そうですか・・・。」

彼を見た瞬間から驚愕続きであったため、最早私は驚くことさえできませんでした。本当に、何という存在があったものでしょう。

やや疲労を感じため息をつき、再び気を引き締める。

彼がそういう存在であるということが分かったなら――それでなくても、ここに博麗以外の人間が定住しているという状態は思わしくないのです。

ましてや彼のような『願い』という、私でさえ比較対象にならないほど膨大な存在が居続けるなど言語道断。

彼はやはり、ここにいるべきではない。

判定は決しました。私はそれを告げるために立ち上がった。

そして口を開こうとした瞬間。

風見幽香が、私の目の前に閉じた日傘を突き出していた。

「何の真似です、風見幽香。」

ここまで静観を保っておきながら、ここに来て私の邪魔をしようというのですか?

「さっきも言ったことだけど、ここは霊夢の場所よ。あなたに判断する権利はないわ。」

「確かにここの守護は博麗の巫女に任されています。しかし同時に、ここは幻想郷全ての住人にとって大切な場所。ならば秩序を守る者として」

「その下らない文言は聞き飽きたわ。言葉遊びを覚えてから出直して来なさい。」

「ちょ、ちょっとお二人とも・・・。」

『あなたは黙ってなさい。』

「・・・はい・・・。」

三度険悪な空気を放ち始めた私と風見幽香の間に彼が割って入ろうとしたが、私達が一語一句違わず放った同じ言葉に消沈する。

やはり、最初の段階であなたを排しておくべきだった。

「いえ、今からでも遅くはないですね。彼の判決は私が下します。真実は知ったのだから、あなたはもう去りなさい。」

「断るわ。私はまだ、何も知っていないのだから。」

そんな一瞬でボロが出る嘘はおやめなさい。これ以上罪を深くしてどうするのです。

「いいえ、何も知らないわ。私が知ったのは彼の正体、その一点のみ。まだ大事なことを知っていないわ。」

「それ以上に大事なことなどあるのですか?」

「ええ。面白いか否か。そのことに比べれば、彼の正体など取るに足らない些末事だわ。」

「もう一度言います。その判断は正常ではない。好奇心は猫をも殺す、そのことを身をもって体感したいのですか。」

「それはそれで面白いじゃない。刺激を避けて生きるぐらいなら、好奇心に殺される方がはるかにマシというものよ。」

「・・・えーっと、これって多分、俺に関してなんだよな。」

「多分ね。」

当事者を完全に蚊帳の外とし、私と風見幽香は視線に火花を散らしていた。

やはり彼女を言葉で説くことはできない。彼女に理解させるためには、彼女が至上と信じて疑わないそれ、『力』で示すのみ。

「わかりました。最早これ以上の言葉は不要。力ずくであなたを排除し、私は私の仕事をする。」

「さすがあの世のトップ、野蛮極まりないわね。いいわよ、その勝負受けて立つわ。」

「わー!ストップストップ!!ケンカはやめてくださいって!!」

今度こそ、私と幽香の間に彼が割って入ってきた。

「一緒に食卓を囲んだ仲なんだから、もうちょっと仲良くしましょうよ。どうして幻想郷の人は皆こうなるかなぁ。」

あなたが原因ですよ、『願い』。

「ちょうどいい。幽香を裁くのと一緒に、あなたも裁いて差し上げましょう。聞くところによれば、あなたは数人の女性を自覚もなく篭絡しているとか。実に破廉恥である。悔いを改めなさい。」

「え゛!?ちょ、誰がそんなデマを!!?」

「丸っきりのデマでもないじゃない。」

「お前が天然女殺しってことは、私達の共通認識だぜ。」

「んなアホなーーーー!?」

悲鳴を上げる彼。ですが、私はそれで恩赦を与えるほど甘くはありません。

「さあ、構えなさい。罪深きあなた達の死後の裁きが少しでも軽くなるよう、今この場で私が裁いて差し上げます。」

そう告げ、私は全身に霊力をみなぎらせた。その力に、幽香は笑みを深め、彼は顔を青ざめさせた。

「ちょ、無理無理ムリムリ!こんなん相手したら俺死ぬわ!!」

「優夢さんなら平気でしょ?もっと無茶苦茶なことをいつもしてるじゃない。」

「あら、そうなの?それは実に面白そうだわ。」

彼の意思とは正反対に、流れは戦いへと進んでいく。

「幽香がやるなら、私もやるよ!」

「いいな、そんなら私も一枚噛むぜ!!」

便乗し、立ち上がる人形と魔法使い。

「さすがにこれだけの相手は骨ですね。小町、あなたも手伝いなさい。そのために連れてきたのですから。」

「・・・いやまあ、わかっちゃいましたけどね?はあ、しゃーないか。」

いやいやながらも、小町も死神の鎌を手にする。

「あんたらがやるのは勝手だけど、神社の敷地内でやられるのは迷惑だわ。やるなら外でやってよね。」

やる気を一切見せない博麗の巫女・・・はまあいいでしょう。

ともかく、この場にいるほとんどの人妖が、戦意を見せていました。こうなれば彼一人の意志で状況が変えられるはずもなく。

「・・・結局こうなるんかい。」

泣く泣く、勝負を受けたのでした。





霊夢の意見を聞き入れ、私達は神社の石段前へと出てきました。ここならば結界の柱に影響を及ぼすことはない。

「懺悔の必要はありませんよ。あなた方は今より裁かれるのだから。」

「それは助かるわ。やれと言われともやり方がわからないし。自分の行いを後悔したことなんてありませんもの。」

「それでも俺はやってない・・・。俺は無実だ・・・。」

往生際が悪いですよ、『名無優夢』。

「いえ、名も知らぬあなたよ。あなたが裁かれなければならないのは、あなたの行いのためではない。あなたという存在の罪のため。存在を続けるということは、それだけで罪なのです。」

それが全人類の願いをその身に集めた存在ならば、どれほどのことかは語るまでもないでしょう。

「あなたは受け入れ、肥大し過ぎた。秩序なき無限の自由こそがあなたの罪。そう、あなたは無条件に受け入れ過ぎる。」

「・・・。」

思い当たるところはあるのか、彼は黙って聞いていた。

「今のままでは、私があなたを裁くことすらできない。自身が生み出した混沌に飲まれ永遠に苦しむことになるでしょう。肯定し続けることは、決して正しいことではないのです。」

「・・・でしょうね。だけど、俺はそれ以外を知らない。」

「ならば、知りなさい。己というものを。肯定しかできないあなたが、否定する術を。」

私はそこで言葉を切り、悔悟の棒に霊力を込めた。それにより、断罪の魔弾が数多形成される。

「私の『弾幕裁判』で、少しはその方法を考えなさい。」

「・・・いいですね、それ。」

彼は少し笑った。そして生まれる、純粋な霊力の完全なる球体。

「正直俺も、この不自由な性質はどうにかしなきゃいけないと思ってました。勝負事は得意じゃないですけど、そういうことならやらないって選択肢はない。」

いつの間にか、彼は不敵に笑んでいた。『願い』などという呆れる他ないほどの膨大な存在が、弱いはずがないのです。

あなたはそれを自覚すべきなのですよ。

「やる気を出してくれて嬉しいわよ、優夢。あなたにやる気がないんじゃ、何のために戦いを仕組んだのかわからないわ。」

「・・・閻魔すらも利用しますか。あなたも実に罪深い。」

狂喜の妖気を纏った幽香の言葉に、私はやや嘆息した。どうやら彼女は初めからこれを狙っていたようだ。

その知略よりも、思考の凶悪さに感心すら覚える。

「まあ、小難しいことはどうでもいいさ。弾幕ごっこは幻想郷の華、楽しまなきゃ損だぜ。」

便乗した魔法使い。彼女もまた罪深い存在なのだから、私の裁きに加わることに異論はない。

嘘つきは泥棒の始まり。では泥棒は大罪の始まりであるということを、身をもって教えて差し上げましょう。

「弾幕ごっこ!ちゃんと覚えたよ、弾幕ごっこ!ルール通りに人形解放を頑張るよ!!」

毒気を纏う人形の少女は、まだ幼い。彼女の罪はまだ小さいのだから、今のうちに教えてあげるのが良いでしょう。

「あんたら全員好き者ね。とりあえず、この線越えたら私刑だから。」

博麗の巫女。我関せずを貫いている彼女だけど、彼女にも言いたいことは山ほどある。

けれど、今は置いておきましょう。さすがにそこまでは手が回らない。

今はこの目の前の4人の罪人を裁かなければいけないのだから。

「小町、私の補助を。細かな判断はあなたに任せます。」

「了解です。・・・いつ以来ですかね、私が四季様の裁判を手伝うの。」

ふふふ、いつだったでしょうか。



それぞれがそれぞれの構えを取る。公平を司る私は全員のそれを見て、開戦を告げた。

「それでは始めましょう。」

世にも奇妙な、『弾幕裁判』を。





+++この物語は、閻魔が幻想を裁く、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



己の記憶に手をかけた幻想:名無優夢

映姫の能力で記憶が明らかに出来る可能性が見えてきた。しかし本当の名前を探すことが難しい。それさえクリアできれば、彼の過去が明らかになる。

別に弾幕ごっこに勝ったら記憶が戻るとかそんな話はないので、完全に映姫の都合と幽香の思惑で始まった弾幕ごっこだった。

自分の否定できないという性質をどうにかしたいと考えている。

能力:あまねく願いを肯定する程度の能力

スペルカード:想符『1700万ゼノのブルーツ(笑)波』、思符『デカルトセオリー』など



傍観を貫く中立の巫女:博麗霊夢

まさかの不参加。今回の『異変』に出番はないのか。しかし本人は楽ができればそれでいいと思っている。

幕間でもあったとおり、優夢のことはそれなりに大事にしている。しかしそれは別に特別なことでも何でもない。

映姫的に言うと、彼女も真っ黒。さすが怠惰巫女。

能力:主に空を飛ぶ程度の能力

スペルカード:霊符『陰陽印』、霊符『博麗幻影』など



騒ぎに混じる宴会好き魔法使い:霧雨魔理沙

楽しければ細かいことは割と気にならない。とはいえ、現状優夢の記憶を一番気にかけてるのは彼女だったりする。

優夢が肯定しか出来ないという現実を変えたいと心の底から思っている。超友人思い。

けどやっぱり楽しいのが優先なので、今回の弾幕ごっこに混じることとなった。

能力:主に魔法を使う程度の能力

スペルカード:魔符『スターダストレヴァリエ』、魔符『イリュージョンスター』など



弾幕ごっこ学習中:メディスン=メランコリー

やっとルールを覚えたので試してみたい。お子様一直線。

自我を持って数年しか経っていないため、積み重ねた罪は多くない。

幽香の指導の下、二枚のスペルカードを作ったので、早く撃ってみたくてうずうずしている。

能力:毒を操る程度の能力

スペルカード:毒符『神経の毒』、毒符『憂鬱の毒』



戦を仕組んだ者:風見幽香

映姫の思考を読み、戦いになるように流れを誘導していた。それというのも、優夢がどういう存在なのかを測りたかったから。

『願い』という正体には思っていたよりもあっさりとたどり着いたが、それで満足してはいないようだ。

多くの経験を持つ彼女は、そんな概念よりも具体的な能力の方が大事だと分かっている。

能力:花を操る程度の能力

スペルカード:花符『幻想郷の開花』、幻想『花鳥風月、嘯風弄月』など



実はおいしいとこだけいただいている:小野塚小町

優夢の飯は大層気に入った。味付けが何処かで味わったことがあるような気がしている。案外味覚は鋭いのかもしれない。

実はさらりと映姫の片腕を努めるほど有能。何故ベストを尽くさないのか。

一番先入観を抜きに物事を見ているが、彼女にはそれほど重大なことだとは思えていない。

能力:距離を操る程度の能力

スペルカード:投銭『宵越しの銭』、死神『ヒガンルトゥール』など



幻想を裁く者:四季映姫・ヤマザナドゥ

今回のことを少々過剰に意識しているきらいがあるが、それは彼女が全てを愛しいと思っていればこそ。ある意味霊夢や優夢と同じなのかもしれない。

だからこそ今ここで優夢の道を是正しなければならないと考えている。彼女の中で、彼を神社から離れさせることは決定事項。

正しくない名で呼ぶことに抵抗があるので、優夢のことをなるべく呼ばないようにしている。

能力:白黒はっきりつける程度の能力

スペルカード:罪符『彷徨える大罪』、審判『ラストジャッジメント』など



→To Be Continued...



[24989] 四章十五話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 01:01
「司法『三権の分画』。」

戦いが始まると同時、四季様がスペルカードを宣言した。

いきなりか、と思ったが、どうやら攻撃用のスペカではないらしい。

宣言直後、四季様の持つ棒――卒塔婆のような、座禅のときに使うアレのような棒から、赤・青・黄の三色の光が放たれた。

それらは俺達には向かわず、その間を隔てるように走った。

魔理沙とメディスン。幽香さんと小町さん。そして、俺と四季様。

その三つのグループに分かれたと思った瞬間、光の筋は天地に向けて伸び、壁を作り出した。

光の壁は、向こうが透けては見えるものの、込められた力が大きい。越えることは無理そうだ。

俺達全員を三方に分けるのが目的だったようだ。

「あなた方を同時に相手するのは、私と言えどさすがに骨が折れる。ですので、こういう手を取らせていただきました。」

「何だよー、これじゃ普通の弾幕ごっこじゃないかよー。」

壁の向こうから魔理沙が文句を言う。俺としても、魔理沙の援護射撃がないのは痛いな。

けど、これは俺一人で乗り越えなきゃいけない戦いらしい。だったらこれも致し方ないことだ。

・・・にしても、初っ端から俺を選ぶか。どうやら俺は四季様に大層目をつけられてしまったらしい。

いきなり『異変』のラストバトルに巻き込まれた気分だ。もうちょっと段階的に来てほしいもんだが、現実はそうもいかないか。

それに、弱いところから来たって負けるときは負ける。結局どっちだって同じことなんだろう。

だったらやるだけやる。いつもと同じだ。

「行きます!」

腹を決め、俺は俺の唯一の弾幕――操気弾を纏い、突進を仕掛けた。

四季様は俺を真っ直ぐに見ながら、棒をこちらに向けて霊力を込めた。

勝負!!



四季様が弾幕を放とうとした瞬間、激しい破砕音が響いた。余りの大音響に、思わず俺は制止した。

音のした方を振り向くと、そこには幽香さんが立っていた。フルスイングしたような体勢で。

その奇妙な行動よりも驚くべきことに、俺は目を剥いた。

ついさっき分断され、越えるのは不可能とも思えた光の壁――赤色の一枚が、あっさりと破壊されていた。

なんつう馬鹿力・・・!!

「空気読めてないわね、こんなの張るなんて。それじゃ何も面白くないじゃない。」

唖然とする小町さんには目もくれず、幽香さんは悠然とこちら側へ歩を進めてきた。

「この子と遊ぶには、まずあなたが邪魔ね。」

俺の隣まで歩いてきて、幽香さんは四季様に向けてそう言った。だが、四季様は眉一つ動かさなかった。

あれだけの障壁を張って、それを破って。この二人にとっては何事でもないってのか。俺との格の違いを思い知らされる。

「急かずともあなたも後でちゃんと裁いてあげます。それまでは小町が遊んでくれますよ。」

「あの死神じゃ、私の相手には不足だと思うけど?」

「そうでもありませんよ。あの子は能力だけ取ってみれば優秀ですから。」

ほら、と四季様が目線で示す。そちらを見てみると、小町さんが何やら鎌を回転させていた。

何事かと思った次の瞬間、俺の隣にいた幽香さんが元いた場所――光の壁で分かたれていた向こう側に移動していた。

「んな!?」

「へぇ、私の『距離』を操ったのね。」

「一目でわかるかい。やっぱりあんたは恐ろしい奴だ。」

なおも平然としている幽香さんと、苦笑する小町さん。そして、光の壁が再生する。

「あなたの裁きが終わるまでは彼女に手出しさせません。安心なさい。」

何に安心すればいいのかはわからないけど、どうやら救援も撤退も許されないらしい。まあ、元々考慮の外だけど。

「当面はあなたで我慢するわ。けど、その分私を楽しませて頂戴。」

「あんたのお眼鏡にかなうかはわからんけど、ね!!」

壁の向こう側で、幽香さんと小町さんの戦いが始まる。いつの間にか、魔理沙とメディスンも盛大に弾幕を撒き散らしていた。

戦っていないのは俺達だけだった。

「邪魔が入りましたが、仕切り直しと行きましょうか。」

「・・・そうですね。」

今の一連の流れを見ていて、圧倒的な実力差を感じずにはいられなかった。果たして、俺でこの人の『弾幕裁判』を越えることが出来るんだろうか。

恐れではないが、不安が生まれる。・・・だけど、俺はこの話に乗ったんだ。誰のためでもない、俺自身のために。

だったら、逃げるなんて選択肢は初端っから無意味。俺はこの戦いを越えて、変わらなきゃいけないんだ。

肯定しかできない、不安定な『願い』でなくなるために。

そのためには。

「では改めて、突貫!!」

「来なさい。そして自分を見つめ直すのです!」

今はただ、前進あるのみだ!





***************





優夢のところが賑やかになり始めた。どうやらあっちもおっぱじめたみたいだな。

ったく、しかし映姫の奴もノリが悪いぜ。この流れはバトルロワイヤルだろ常識的に考えて。

そりゃ、あいつ的には優夢を裁きたいんだろうけどさ。あいつの在り様ってやつに関しては、私だって思うところがある。

今のままじゃ、あいつはまともに生きることなんてできやしない。自分に想いを寄せてくる連中全てを肯定しかできないなんて、どう考えたって健康じゃないだろ。

ちょうど一年前頃の出来事を、私はいまだに鮮明に覚えてる。あいつの教え子の一人――今でまだ九つの女の子があいつに告って、断れなかったってことを。

あいつの意志じゃない。あいつの能力が、あいつ自身を縛り付けた。

願いを肯定するって言えば確かに聞こえはいいし、表面だけ見りゃ素晴らしい能力だろうな。

だけどそれじゃ、あいつの『願い』はいつになったら肯定される?いや、あいつの願いなんか私が知るわけないんだが。

その辺の言葉の綾は置いておくとして、そんなんじゃあいつは苦しみ続けるだけだ。映姫の言ったことは、決して間違いじゃない。

だから私は思う。肯定するばっかりじゃなくて、時には否定してくれって。

おかしなことかもしれない。否定と肯定、普通どっちが望まれるかって言ったら、肯定されることだ。あいつはそんな『願望』を体現してるってのに。

けど、あいつは私の友達だから。『人間』の名無優夢だから。それだけでいてほしくないんだ。

そういう意味じゃ、映姫には感謝してもいい。あいつは考えて動けない私とは違って、面と向かってあいつを『否定』したんだ。優夢に変わるきっかけを与えてくれてるんだ。

感謝はする。・・・だけどやっぱり、せっかくの弾幕でこれはないぜ、映姫。

「余所見なんて、余裕ね!!」

私が今回の件に思い耽っていると、一緒の区画に分離された人形妖怪――確かメディスンとかいう奴が、私に向けて紫色の弾幕を放ってきていた。

「おっと、私はそう簡単に当たらないぜ!!」

空中で一回転しながら、私は避ける。このスピードを相手にするのは初めてなんだろう、全くついて来れてない。

幽香の弟子っつってたな。霊夢の例を考えてどれほどのもんかと思ったけど、まだまだ弱いな。

多分幽香が引き取って日が浅いんだろうな。この間神社に来てたときには、連れてる様子はなかったし。

それを考えたら、さすが妖怪ってとこか?私や霊夢じゃ初めの頃からこうはいかなかったんだから。

だから油断はするはずもなし。油断して負けるなんてのは、何処ぞの吸血鬼だけで十分だ。

「そぉら、スピードを上げるぜー!!」

私はメディスンの放った弾幕を引き離すべく、さらにスピードを上げた。

「!? おっとぉ!!」

すると唐突に私の目の前に謎の霧が出現した。迂闊に触れる私じゃない、直角に曲がることでそれを回避した。

「上手くいったと思ったのにー!」

今のはやっぱりお前の仕業か。何をしようとしたかは知らんが、そう簡単に引っかかる私じゃないぜ。

「攻撃ってのは・・・こうやるんだ!」

反撃に星型の魔法弾を多数おみまいしてやる。

本物の星よろしく瞬きながら散るそれを、メディスンはたどたどしい動きで回避した。

避けたってのは評価していいが、ぎこちないな。弾幕ごっこの経験もあまりないみたいだ。

「あー。何だ、もしあれだったら手加減してやろうか?」

何というか、最初の頃の優夢とやり合ってる気分だ。あいつには操気弾なんて反則技があったが、こいつにはない。ってか普通の弾幕よりやわっこい印象だ。

本気を出すのも大人気ないか。何かこいつ、子供っぽいし。

と思ったら。

「ふん、人間に手加減される覚えはないわよ。人間なんか、スーさんの毒で動けなくなっちゃえばいいのよ!!」

そう言って、奴はさっきの霧――言葉から考えて毒の霧を、徐々に充満させてきた。

スーさんが何処にいるかはわからんが、どうやらこいつは毒を操るらしいな。妖怪ならまだしも、人間の私に毒はきつい。

結構広範囲に渡って操れるようだし、気をつけないといけないな。

まあ、だからどうしたというほどのもんでもないが。

「弾幕も毒も、喰らわなきゃ一緒だぜ。」

「言ったわね。避けれるもんなら避けてみなさいよ!」

どうやらあいつは自分の力に余程自信があるらしい。謙虚バカにも分けてやりたいぐらいだ。

「毒符『神経の毒』!!」

メディスンの宣言を聞きながら、そんなことを思った。



さて、どうやらあいつが操る毒ってのは、主に鈴蘭の毒らしい。

何でそんなことがわかったかというと、今あいつが宣言したときに発生した霊撃だ。

痺れるような感覚。それが霊撃の波に乗って空間に広がるのがわかった。

私は色々なものを調合して魔法薬を作ってる関係で、毒の種類にはちょっと詳しい。

直接触れずとも痺れを感じさせるほどの麻痺毒と言ったら、妖怪鈴蘭と相場が決まってる。

単にあいつが鈴蘭好きなのか、それとも鈴蘭に特別な思い入れがあるのかはわからんけど、酔狂な奴もいたもんだ。

鈴蘭の毒は、私でも扱いに困る代物なんだから。

「このスペルを見ても、さっきみたいなことが言えるかしら?」

さすがは幽香が弟子に取るだけはあるってことか。

だがな。

「何べんでも言ってやるぜ。当たらないなら問題ない。」

「なら、避けてみなさいよ!!」

私だって一時期幽香にしごかれたことがある。別に師匠ってわけじゃないが、こいつよりもずっと以前にあの常識の埒外と戦ってたんだ。

その私が、この程度でひるむわけがない。

吼えると同時に、メディスンはこちらに向かって毒色の弾幕を放ってきた。軌道は馬鹿正直な真っ直ぐだが、妖毒の波動の影響で少々私の動きが鈍い。

それでもやっぱり問題はない。多少速さが鈍ったところで、私の速さは幻想郷一(仮)だ。文との勝負がつくまでは(仮)だが。

ともかく、こいつの弾に比べれば、少しぐらい遅くなったところでまだまだ私の方が速い。そして私の真骨頂は、速さを活かした根性避けだ。

「だから、避けてやるぜ!!」

宣言どおり、私は飛び来る紫色の弾の隙間を縫って、一切それらに触れることなく乗り越えた。

それを見てメディスンは驚いた顔をしていた。私みたいな避け方を知らなかったようだな。

こんなのまだ序の口だぜ。世の中にはまるで知ってるかのように悠然とかわす奴や、どんなに打ち込んでも全部砕くような奴だっているんだ。私のはまだ常識的な方だぜ。

「こいつは授業料代わりだ、受け取っときな!!」

優夢辺りに「払うのは向こうだろ」と突っ込まれそうなことを言いながら、私はメディスンに向けて星の弾幕を撒き散らした。

「うわっと!?」

今度はしっかりと狙いをつけて、当たるように撃った。が、それらは微妙に照準がずれていたらしく、メディスンは辛うじて難を逃れる。

・・・この毒のせいか!どうやら、私の動きが鈍っている影響でいつもと感覚が違うため、照準が合わせづらいらしい。

私の動きを制限する攻撃的な意味だけでなく、自分の身を守る防御的な面でも考えていたのか。だとしたら、こいつは手ごわい。

「ふう。あなた、射撃の腕は下手なのね。助かっちゃった。」

・・・いや、これ偶然だな。偶然の結果として、防御効果を生み出してるだけだ。

けど、偶然に過ぎなくても結果が伴ってるんだ。やはり手ごわいことには変わりないか。

まあ、いいさ。その分こいつとの勝負が楽しくなるってことなんだから。

目の前に美味そうな餌をぶら下げられた状態でお預けくらってるんだ。せいぜい私を楽しませてくれよ、メディスン=メランコリー!

「数撃ちゃ当たる。弾幕はパワーだぜ!!」

「パワーでだって負けないよ!私だって妖怪なんだから!!」



三色の一角で、私とメディスンは盛大に弾幕を撒き散らした。





***************





四季様の人遣いの遠慮なさにも困ったもんだね。まさかあたいに、この大妖怪の相手を任せるなんて。

四季様の意志を考えたら、まあしょうがないけどさ。あの方は何しにここに来たかって言ったら、『名無優夢』という存在を確認するためだったんだから。

にしても、よくわからないんだよね。あの男は『願い』とか言ってたけど、それってそこまで大したことなのか。四季様があそこまで執着する意味が、あたいにはさっぱり読み取れなかった。

けど、四季様がそう言うならそうなんだろう。あの方はそういう大事なところで判決ミスをする人じゃない。

だからこれは順当な組み合わせ。あの人形妖怪の相手を魔法使いの嬢ちゃんがしてくれてるんだから、助かってるっちゃ助かってる。

だけどこいつは、それでも十分過ぎるほど厄介な相手だ。できれば相手にしたくない妖怪1、2を争うんじゃないかね。

花の妖怪・風見幽香。幻想郷でも名高い強力な妖怪だ。自称「幻想郷最強の妖怪」だったか。

けど、その自称もあながち間違いじゃないんだよねぇ。何せ力の大きさだけなら妖怪の賢者をぶっちぎってのナンバーワンだから。

四季様は「力が肥大しただけのただの妖怪」って言ってるんだけど、それは四季様だから言えることであって、あたいみたいな普通の死神にゃとてもそうは思えない。

でかすぎる力ってのは、種類問わず恐ろしいもんだ。こいつは花を操る力しか持ってないけど、十分すぎるほどの脅威だ。

その相手があたいとか、何の因果なのかねぇ。

まあ、今更思っても仕方ないことだ。もう勝負は始まっちゃってるんだから。

あたいは懐から幽霊から渡し賃として受け取っている六文銭を取り出し、霊力を込めて投げつけていた。

ただの銭と思うなかれ。死人の六文銭は、その死人の功績がこもっている。言うなればそれ自体が想念の塊みたいなもんだ。

そいつにあたいの――曲がりなりにも『神』とつく死神の霊力が込められてるんだ。当たれば石を割ることだって出来る。

それを、幽香は実に平然とした顔で、まるで踊るようにかわしていた。

勿論あたいだってただ投げてるだけじゃない。投げる一銭一銭の速さには緩急をつけ、さらに距離を操って多面攻撃をしかけている。

けど奴はそれでも足りないとばかりに、一見すると緩慢な動作で軽く避けていた。

攻撃だけでなく回避まで一級品とか、もう呆れる他はない。あんたは何処の完璧超人だい。

「閻魔が認める死神の力っていうのは、この程度なのかしら。だったら興ざめだわ。」

そんなに優夢と勝負したいのか、幽香は「とっとと落ちなさい」と言って待機させている弾幕の一部をあたいに向けて発射してきた。

これだけ離れていてもビリビリと感じるほど強烈な力がこもった弾幕。当たれば相当痛いだろうね。

だから、あたいもかわす。距離を操って、大げさとも思えるほど遠くに離れた。

それだけ離れれば密集した弾幕にも大きな隙間ができるってもんだ。それを冷静に回避する。

「死を司る死神が、妖怪相手に逃げ腰とはね。」

「おっと、挑発かい?それなら残念、あたいはあんたの力を認めてるし、自身もわきまえてるよ。」

だから、あんたの挑発には乗らないよ。あたいに与えられた仕事は、四季様が優夢の裁きを終えるまであんたを抑えておくこと。それ以上は必要ない。

正直なところ、あたいは逃げてるだけでいいのさ。それでいてあんたに邪魔をさせなければね。

それを悟られるとこいつがどう出るかわからないから、戦ってるフリをしてるだけなのさ。

「逃げ腰だろうが、最終的に勝てればそれが正義ってね。」

「クスクス、とても頭の固い閻魔の部下とは思えないわね。あなたはどちらかというとこちら寄りの存在だわ。」

それはちょいといただけないかな。あたいとしては、バリッバリ彼岸の住人のつもりだからね。

「それじゃあ、存分に逃げて頂戴。出来ると思うならね。」

幽香は愉悦に満ちた顔をしながら、スペルカードを取り出した。・・・あれ、地雷踏んだ?

「花符『幻想郷の開花』。」

どうやら今の会話で幽香の琴線に触れてしまったようで、奴は必要もないだろうにスペルカードを宣言した。

同時、あたいの回りに花が咲く。禍々しい妖気に満ちた妖花が。

花は、全てこちらを向いていた。・・・おいおい、あたい如き相手に盛大過ぎやしないかい?

「あなたが私を認めるというのなら、私もあなたを認めるわ、小野塚小町。だからこの程度で落ちたりしないでね。」

信頼しているわ、と無責任に言い放ち、幽香はタクトを振り下ろした。そして妖花からの一斉射撃が始まった!

「くっ!?よほっとぉ!!」

至近というほどではないけど、近距離から放たれる嵐のような弾幕。それをあたいは距離を操り到達を遅らせることにより、何とか回避を続けた。

避け続けりゃいいだけ。とはいえ、こいつ相手にはそれさえも一苦労だ。

何せ油断をしようもんなら。

「これはおまけよ。」

さらに畳み掛けてくるんだから。

幽香が放ってきたのは、レーザー状の一撃だった。威力の収束された、見るからに貫通性の高そうな一撃。

あれだけは絶対に喰らえない。とはいえ、この上あれまで避けるスペースはない。

だからあたいは被弾覚悟で体を捻り、一撃を回避した。そのために花から撃たれた魔弾を数発身に受けてしまう。

収束砲は四季様の壁をあっさりと貫通し、春の空へと消えて行った。・・・恐ろしいったらありゃしない。

「よく避けたわ。偉い偉い。」

「・・・ははは、完全に遊ばれてるねぇ。」

あれでもこいつとしてはほんの戯れに過ぎないんだろう。まるで童女のようにはしゃいでいた。

苦笑する以外になかった。

「さあ、次はあなたの番よ。スペルのネーミングを聞くのも、割と楽しみなのよ。」

「あんたが気に入るかどうかはわからんよ。あたいは名前をつけるのが下手でねぇ。」

あたいのスペルが少ない理由の最たるものが、名前が思い浮かばないことなんだから。

けどルールはルール。法を守る四季様の部下であるあたいが破るわけにはいかない。

せいぜいあがかせてもらうよ、最強の妖怪!!

「死符『死者選別の鎌』!!」





***************





私の放つ悔悟の棒を、彼は己の弾幕でもって破壊していた。

なるほど、あの弾は操作性と強度に富んでいるらしい。妖怪の放つ妖弾ですら貫通する私の弾を砕いているのだから、その強度は推して知るべし。

あれは彼の能力――『あまねく願いを肯定する程度の能力』によるものなのか。・・・おそらくそうではないでしょうね。

つまり、あれは彼自身としての力。彼の性格と技術が組み合わさってできた結果のただの霊力弾。

言動からも察することができましたが、余程几帳面で生真面目な性格をしているのでしょう。でなければ、あそこまでの操作性を持ち密度も高い霊弾を作ることはできない。

今のところこの戦いで彼が能力を使っている様子はない。そも、彼自身己の能力を扱いきれてはいないでしょうが。

彼は気付いているのでしょうか。己の存在感が、他者に認識されづらいその理由を。

『願い』とは、意志あるものならば誰もが持つもの。何かを成そうと思った瞬間、人はそれを『願っている』ことになる。

彼の存在は、それと同化することができる。だから初め私の瞳に名が映らなかったのです。

私とても意志を持つ。『生者が業から解き放たれる』などという大それた願いを持っています。それに振り回されるほど未熟ではありませんが、願いを消すことはできない。

人間ならばどうかは、言うまでもないことでしょう。

願いに限らず、概念とはそれだけ大きなものなのです。それを、己の存在すらも理解できていない彼に扱いきれるのか。順当に考えれば、恐らく持て余していることでしょう。

だから彼は肯定しかできない。己の能力に振り回され、無制限に肯定し続けることしか知らない。

その行く末は、どう考えたって良いものではない。だからこそ、彼はここで知るべきなのです。

己とは何か。『願い』とは、肯定するとは、一体どういう意味を持つものなのかを。

「っ重い!!」

何発目かの弾幕を砕きながら、彼はそうこぼした。当然でしょう、私も手加減は一切していないのだから。

全力で裁かなければ、意味はない。裁けない相手を裁こうとしているのだから。

「あなた自身の存在の重さと思いなさい。あなたは自分を軽視する傾向があるようですが、謙虚も度を越えれば罪となりますよ。」

「俺としては、そんなつもりは、ないんですけどね!!」

己のこととは中々わからないものですよ。あなたにその意志がなくとも、周りはそう思ってくれないかもしれない。

「それにこれだけの力を見せ付けておいて「自分は弱い」というのは、何かから目を背けているようにしか見えませんよ。」

苦しそうな表情をしながらも、彼は一度も被弾していない。当たりそうなものに関しては、的確に全てを砕いている。撃ち漏らしはない。

もし相手を油断させるために言っているとしたら、それは詐称行為に当たります。彼の罪が一つ増えますね。

「俺はもっと強い連中を知ってますから、ね!!」

彼より強いとなると、妖怪の賢者ぐらいか。確かに彼女と比較すればそういう結論が出なくもないでしょうが。

しかし『連中』となると複数いることになる。一体他にどんな強者がいるというのでしょう。

それはおいおい追求するとしましょう。

「公平な観点から見れば、あなたは十分過ぎるほど強い部類に入る。そう、あなたは自分を知らな過ぎる。」

「記憶ないんだから、その辺は勘弁してください。」

そういう意味ではありませんよ、言い得て妙ですが。

「過去ではなく、今を見た結果です。たとえ過去がどうであったにしろ、今のあなたが強いということは事実なのです。もう一度言います。私の弾幕裁判で、自分を見つめ直しなさい!」

再度悔悟の棒を分身させ、弾幕の雨として彼に放った。それを見て、舌打ちを一つする。

彼は再び弾幕を盾とし、あるものはかわし、あるものは砕き、その身に迫る脅威を『否定した』。

――そう、戦いには必ず『否定』の相が含まれる。多少の差異はあるにしても、『相手を倒す』という行為にはどうしたって『否定』が必要になってくる。

よもやこの幻想郷にあって、彼が妖怪と戦ったことがないということはないでしょう。実際、話によれば彼は何度か『異変』を越えてきているらしい。

霊夢と魔理沙の証言から、その上で彼が勝利をもぎ取っていることも分かる。となると、彼は戦いにおいては『否定』を完遂しているはずなのです。

何も全ての物事を受け入れ肯定する必要はないのです。オンとオフを切り替えれば、肯定せずに否定することだって可能なはず。

そして、彼は無意識にそれをやってのけている。できないことはないのです。

彼が知るべきは、まずそのことでしょう。自分がいかにして『否定』を実行しているのかを、意識して自覚することを。

それまで私は一切手を抜くつもりはありません。霊力の限界がこようと、この身を尽くして彼に弾幕裁判を続けましょう。

それが閻魔たる私の身にできる、最大限の善行であるから。



ふと、違和感を感じる。何かが変わった。

気のせいということはない。何かはわからないけれど、変化は確実に感じ取りました。

何が変わったか、私は意識の波長を切り替えて見た。

「なッ!?」

その瞬間目の前に現れたソレに、私は思わず驚きの声を上げてしまう。

どうやら、私が思った以上に彼は自分の能力を活用できているようだ。よもや弾幕にまで、『願いの同化』を適用できるとは・・・!!

「くっ!!」

咄嗟に後ろに退く。彼の意思に従って動くそれは、蛇のようにしつこく私を追ってきた。

しかし、彼からある程度離れたところで、それは動きを止めた。どうやら一定距離までしか動かせないようですね。

「やっぱり真実を見る閻魔様には通用しませんかね、これ。」

「・・・いえ、正直驚きましたよ。『弾幕を見えなくする』とは、その発想には驚かされる。」

実際には見えなくなっていることはないのでしょう。意識と同調しているために、それと認識できないだけで。

「これだけは自信あったんだけどなぁ・・・。」

私に見破られ、彼は苦笑した。落ち込む必要はありませんよ。もし気付くのが一瞬遅かったら、間違いなく喰らっていましたから。

・・・なるほど、そういうことか。

私の中で、ある一つの解が浮かび上がる。彼が『弱い』と言い続けるのは、己を理解していないだけではない。

彼は向上心が強い。より高みに上ろうとし、それがために今の自分に満足をしない。この戦いを受けたのがいい例でしょう。

だから、『今の自分は弱い』と、そう自分に言い聞かせる。慢心はせず、常に新しい発想を持ち、次の一歩を踏む。

それは実に徳の高い生き方だと言えるでしょう。・・・ほんの少し、彼がただの人間でないことが残念に思えました。

だが今それを思っても詮無きこと。過去を変えることは、誰にも許されることではないのだから。

ならば私がすべきことは。

「理解しました。あなた相手には全力の弾幕ですら生ぬるい。ここからはスペルカードを使用しましょう。」

さらなる全力でもって、彼を裁くこと!!

「乗り越えなさい、『願い』!!」

「ええ、もうなるようになれですよっ!!」

半ばやけくそ気味に叫ぶ彼の滑稽さが、物悲しく感じられた。

「裁符『幻想裁判』!!」

その感情を隠すかのごとく、私は宣言した。

弾幕裁判は、さらに苛烈さを増す。それでもきっと彼は乗り越えるでしょう。

根拠のない確信が、私の中に生まれていた。





***************





死符『死者選別の鎌』は、あたいの持つスペルの中では最強の攻撃力を誇る。

力任せに空から一撃を振り下ろすだけの技だから当てるのは難しいけど、当たれば大抵の奴は一撃で落とせる自信がある。

いかに相手が風見幽香とはいえ、こいつを喰らえばただでは済まないだろう。そして、そのことはこいつの選球眼ならすぐに察しがつくことだろう。

何故こんな場面で切り札とも言えるスペルを使用したかといえば、理由はそこだ。あたいは幽香の警戒を誘うためにこいつを選んだ。

別に勝つ必要はないんだから、時間さえ稼げればいい。そういう意味じゃもってこいのスペルだろう?

そう、あたいは考えていたんだが。

「随分と余裕そうだね!!」

「ええ、実際余裕ですもの。」

奴は全然警戒しなかった。警戒して攻撃の手を緩めるなんて考えが甘かったかね。

空から降ってくる一撃を、初撃から読んでいたかのように回避したのだ。そして遠慮なく弾幕を撃ってくる。

それらを避けつつ、あたいは二発三発と鎌を振り下ろしている。けれどそれもやはり軽く位置をずらすだけでかわされている。

あたいだって馬鹿じゃない。当然振り下ろす位置は必ず幽香の上空とは限らない。時には前方に、あるいは引くと読んで後ろに撃ち落とすことだってある。

それでも当たらない。こいつはあたいの攻撃が振ってくる場所を的確に読んで、的確に回避してきているのだ。

強者の勘とは恐ろしいもんだ。今日まで勝ち続けてきた奴の勘は、根拠のないものであっても実績を伴っている。『勘がいいだけ』とはとても言えない。

それに、ただの勘とも言い切れない。こいつは切れ者ということでも有名だ。ひょっとしたら、それほど多くないあたいとの会話ややり取りの中で、あたいの癖を理解しているのかもしれない。

それであろうとなかろうと、手ごわいことには変わりないけどね。とにもかくにも、あたいの攻撃は牽制にすらなってないってことなんだから。

だからこいつとは、出来ればやりたくなかったんだ。どう転んだって楽はできないんだから。

「力押しも嫌いではないわ。けど、もう少しトリッキーなのを期待していたんだけど。」

「そいつぁ残念、あたいはそこまで頭回らんよ!!」

「クスクス、嘘をおっしゃい。」

どうにもこいつ、あたいを買いかぶってるんじゃないかね。あんまし期待値を大きくすると、リバウンドがきついからいやなんだけどねぇ。

とはいえあたいの意志じゃないところで膨らむ期待なぞ、あたいにどうこうできるわけもなし。四季様の裁判が終わるまでは全力で抑え込むしかない。

優夢の裁判はあとどれぐらいで終わるんだろう。ふとその考えが浮かび、赤の光で遮られた向こう側にチラリと目をやる。



その瞬間、雷鳴が轟いた。見やれば、その一角には見ただけで目を灼かれそうなほど眩い稲光が満ちていた。

あれは・・・四季様の『幻想裁判』!?

あの男、四季様にスペルカードを使わせたのか!!つまり、あの男はそれだけ強いということか。

人の良さそうな顔をしてたから弱いのかと思ってたけど、人は見かけによらないもんだ。

「あっちは楽しそうねぇ。羨ましいわ。」

お互いに攻撃の手を止め、幽香もまたその光景を見ていた。その姿は、不思議なことにまるで恋する乙女のようにも見えた。

美しくも見え、不覚にも一瞬見とれてしまった。何て表情をする妖怪だ。

「力任せならあれぐらいはやってもいいのよ。あなたはできないの?」

「・・・ああ、あたいは一介の渡し守さ。そこまでの力は持ってないよ。」

声をかけられ、現実に引き戻される。いけないいけない、隙なんか見せたら殺されちまう。死神が殺されたとあっちゃ大事だよ。

「そう、残念だわ。・・・やっぱりとっととあなたを撃ち落として、あっちに混ざろうかしら。」

「そいつはいけないね。四季様の裁判は、何人たりとも邪魔はさせないよ!!」

それがあたいに与えられた仕事。それを越えて働く気はないけど、与えられた分は全うさせてもらうよ!!

あたいは再び死神の鎌を振り下ろし、空から霊力の一撃を叩き落した。幽香は実に優雅にそれをかわしたものだった。

「邪魔をするなと言われると邪魔をしたくなる。それが人情というものよね。」

「否定はしないさ。」

薄く笑う風見幽香に、あたいは寒気を感じずにいられなかった。

一体、何を企んでいるのやら。





***************





私はその三つの勝負を全て見ていた。映姫の張った障壁のせいでこっちに来ることはないでしょうが、もし来たら即行で叩き潰すつもりだから。

魔理沙は人形妖怪が放ったスペルをブレイクしていた。まああの程度、魔理沙なら苦も無くブレイクできるレベルでしょうね。

魔理沙の動きが妙に悪かったのが気になったけど、多分そういう効果が付加されたスペルだったんでしょ。それぐらいじゃあいつの手癖の悪さを封じるには至らなかったってこと。

幽香の奴は『私の妹弟子』とか言ってたけど、そもそも私はあんたの弟子になった覚えはないと言いたい。

確かに実戦相手はほとんどあいつだったけど、術の基礎を叩き込んできたのはうちのバカ母だ。幽香じゃない。

それに教えられたのもほんの基礎だけで、発展させたのは全て私自身。私の師匠というのは存在しないと言っていい。

だから、別にあの人形妖怪には何の感慨も覚えない。強かろうが弱かろうが、私の知ったことではない。

それはそれで結論づいたことだけど、あの幽香が拾って育てると判断したということは、それとは別に考える必要があるわね。

つまり、あの大妖怪がそれだけの成長性を見込んだってこと。変な『異変』は起こさないでもらいたいものね。面倒臭いから。

視線を転じる。先ほど幽香はスペルを宣言していた。被弾した様子もなかったし、苦戦してるようでもなかった。いつもの気まぐれね。

相手方の死神さんも結構やるみたいだけど、幽香には届かない。不意打ちに放たれた高威力の一撃をかわすために、別の攻撃を喰らってしまった。

あの程度、私ならちゃんとかわすわよ。意識を分散して集中すれば、別に大したものでもなかったでしょうに。

そして死神の宣言。空から鎌の一撃を叩き落すというごく単純なスペルだった。

あれじゃ幽香には当てられない。当たれば凄いんだろうけど、大振りすぎて初動から攻撃までが丸分かりだ。

本人が気付いてるかどうかはわからないけど、一撃を落とそうとする場所に意識がいってるし。タイミングも場所も分かってしまえば、幽香の回避劇は当然の流れだわ。

ラッキーヒット狙いだったのかしら?あの死神さん不真面目そうだったし、結構適当なのかもしれない。

けど、考えが足りないとも思えない。閻魔が認めた死神ってことは、それだけの能力を持ってるはず。

ということは、あれで彼女の狙いを達成する気なのかもしれない。・・・なるほど、そういうこと。

まあ、わかったところで幽香に教えてやる義理はない。本人が気付くまで、私は石段に腰をかけてお茶を啜るだけだ。気付いてもくつろがせてもらうけどね。

何杯目かのお茶を薬缶から注いだところで、雷が鳴った。今日は晴天のはずだったけど。

お茶を注ぎ終わって戦いに目をやれば、中央の、優夢さんと閻魔がバトってるところに雷光が轟いていた。

優夢さんのスペルにあんなものはない。ということは、あれは閻魔のスペルか。さっき見たところだと戦いは膠着してたようだし、優夢さんの力を認めてってところかしら。

あの人は決して認めないけど、優夢さんの力は凄まじい。扱える霊力はまだ負けてないと思うけど、『願いの肯定』という切り札を出されたら私では勝ち目がない。

まあ、勝ち目がないのは使える霊力の量だけで、弾幕勝負ではまだまだ負ける気は無いけどね。さっきの師匠だ何だの話を持ち出すなら、私は優夢さんの師匠なんだから。

力の多寡で優夢さんのことを判断するなら、それはあの人を理解していないという証拠。あの人の本当の怖さは『何をしてくるかわからない』ってことだ。

神社に住みついて早二年。弾幕ごっこを始めたのもそのぐらいのはずだから、二年間私はあの人の戦いを見てきた。

戦い方の基本は確立している。だから、それが軸になっていることは間違いない。

だけど彼は一度として同じ戦いを繰り広げたことはなかった。必ず一箇所以上、前と違う何かを出してくる。

予想を外れたその行動は、時に肝を冷やされることがある。勘で察知している私でそうなんだから、他の連中では言うまでもないでしょうね。

きっと映姫はそれを感じたんでしょう。パターン的に考えると、『影の薄い操気弾』でも使ったのかしらね。

相も変わらず原理不明な優夢さんお得意の裏技。あれは初見だと冷やっとする。

降り注ぐ雷を、操気弾を頭上に集めることで防御する優夢さん。結構重そうね、あれ。映姫の奴、遠慮なしね。

まあ、だからと言って文句があるわけでもなし。優夢さんを追い詰めれば追い詰めるほど、また何か面白いことをやらかしてくれるんだから。

いつからか彼が戦うときの楽しみになっているそれを待ちながら、私はお茶をもう一啜りした。



それはそうと、私は私で映姫と勝負しなきゃいけないということを、思考の片隅で理解していた。

この戦いが始まる前、映姫は優夢さんに何かを言おうとしていた。幽香に邪魔されたために言えなかったけど、その内容には大体察しがついている。

ああいう頭固い連中が考えそうなことだわ。慧音も最初はそう考えていたぐらいだからね。

即ち、優夢さんを神社から追い出すということ。あれだけの説明を聞いて、あいつがそう考えないはずがない。

恐らく結界の基点がどうのこうのとか、下らない理屈で考えてるんでしょうね。本当に下らない。

その程度で砕ける結界なら、今砕けてしまった方がいい。それが自然な流れってもんでしょう。

そうすれば、もし紫が幻想郷を維持する気があるなら、より強固な博麗大結界を作るだろう。たとえ『願い』であろうと破壊できないような、そんな結界を。

そうじゃないとすれば、それはそれで一つの流れ。結局ここがどうなったって、私のやることはいつだって変わらないのよ。

だからある意味では優夢さんがいなくなるということも、一つの流れと割り切ることができる。

けどね。一つだけ私には納得できないことがあるのよ。

優夢さんが私に愛想つかしたとか、私が優夢さんを置く気がなくなったとか、そういう理由でなくてどうして優秀な家政夫を手放さなきゃならないのよ。

許せるわけがない。私が楽をするためなら、閻魔が相手だろうと関係ない。

優夢さん達の勝負にはそんな条件は含まれていなかった。ただ優夢さんが肯定しかできないという現実を、映姫が気に食わなかっただけで始まった弾幕ごっこだ。

ということは、私自身が動かなければならない。それは面倒なことだと思った。

だから今は考えないで、暢気にお茶を飲んで戦いを見物している。

優夢さんが弾幕でごり押して、一撃を喰らいながらもスペルブレイクするのを見ながら、私は恍惚のため息をついた。



・・・しかし、このままただの弾幕ごっこで終わるとは思えないわね。勘だけど。





***************





こいつ・・・強い。幽香のときと同じだ。私の攻撃が全然当たらない。

あれから少しだけ弾幕ごっこのことを教えてもらった。最低限のルールとか、スペルカードについてとか。

弾幕ごっこは、基本的に当てれば勝ち。だから上級者は、攻撃よりもむしろ回避が上手いんだって。

こいつはきっと上級者なんだ。だからこんなに避けるのが上手いんだと思う。

弾幕ごっこじゃなければ、こんな人間程度簡単に毒殺できるけど、幻想郷ではそれは許されない。って幽香が言ってた。

このルールを破ると、世にも恐ろしい『妖怪スキマババァ』が現れて違反者をスキマにしまっちゃうんだって。それは嫌だから、私もルールは守ることにした。

とにかくそうである以上は、人間と言えどこいつは強敵。鈴蘭畑から出たことがなかった私は、こんな人間がいるなんて初めて知った。

悔しいけど、幽香の言う通りだ。今の私じゃまだまだ人形解放には至れない。人間一人に苦戦してるようじゃ、もっと大勢の人間から全ての人形を救い出すことはできない。

こんなとき、幽香はきっとこう言うだろう。『学ぶ機会を得たと前向きに考えなさい』と。

だから人間。あなたには感謝してあげる。感謝しなさいよ、この私が感謝してあげるんだから。

スペルカードを一枚破られた時点から、私の戦い方は変わった。相手の一挙手一投足も逃すまいと、懸命にあいつを見た。

この人間はとにかく動きが速かった。私の放つ弾幕が、まるで後ろに流れていくかのように空を駆け回っていた。

その状態で弾幕を撃つもんだから、当然狙いは荒い。速さに負けて私に届く前に流れていってしまうか、逆に行き過ぎるかということが多い。

それを補うように、広範囲に星の形をした弾幕をばら撒いていた。さっきはちょっと気が逸れた瞬間、あれに当たってしまったんだ。

今の私にはあの量を避け続けるだけの回避力はないらしい。となると、どうやって避ければいいのかな。

考える。幽香が言ってた、落ち着いて本気で考えれば、どんな窮地に見えても必ず活路はあるものだって。

弾幕っていうのに慣れてない私は、直線的な弾ぐらいしか避けられない。逆に言えば、直線なら避けられるってこと。

あいつがばら撒いてる弾幕は、速さのせいで曲がって見える。それが避けづらい原因だ。

となれば・・・こうすればいいんだ!!

「おっとぉ!バカの一つ覚えに毒霧か!?」

私があいつの目の前に張った毒の幕を、人間は大きく曲がることで避けた。あのスピードでよく曲がれるよね。

構わず、もう一度目の前に毒霧。回避、毒、回避、毒。そんな繰り返しを何度かする。

5回ぐらい繰り返したとき、奴は動きを止めた。顔には楽しそうな笑い。

「なるほど、な。人形なりに、頭を使ってるじゃないか。」

どうやらあいつは私の考えを読んだみたいだ。けどもう遅いよ。

あいつの上下左右、そして後ろを、私の毒が遮っていた。ちょっとした毒の鳥かごだ。

スーさんから遠く離れたここでは、使える毒の量があんまりない。だから、少ない毒でこいつの動きを封じる必要があったけど、上手くいったみたい。

「それだったら、人間のあなたは前に出るしかないでしょ。」

「確かにな。息を止めてもこの毒はしんどそうだ。自分から毒に突っ込んでく趣味はないぜ。」

追い詰めたというのに、人間は不敵だった。随分と自信満々ね。

「逃げ場はないよ。大人しく私の毒で地面にはいつくばりなさい。」

「そいつは無理な相談だな。私はじっとしてるのが嫌いなんだ。」

なら、好きなだけ逃げ回りなさいよ。あなたはもう毒を喰らうしかないのよ!

「行くよ!!」

掛け声とともに、作って空中に止めてあった毒の弾幕を、魔法使い目掛けて解き放った。小粒の毒弾はそれほどの威力はないけど、逃げ場を塞ぐし人間相手ならこれで十分。

どう見ても私の勝ちだった。なのに、あいつは不敵な表情を崩さずに。

「おう、こっちも行くぜ!!」

こちらに向けて、八角形の物体を構えた。

それを向けられた瞬間――何故か、幽香の砲撃を受けたときのことを思い出した。

反射的に前方に毒の障壁を張る。結果的にはそれが正しかった。

「恋符『マスタースパーク』!!」

スペルカードを取り出し宣言した瞬間、八角形からいつか見たような眩しい光が溢れ出した。

「キャアアアアア!?」

思わず声を上げてしまった。目を瞑る。激しい衝撃が毒の盾に伝わってきた。

耐え続け、しばらくすると衝撃は止んだ。恐る恐る目を開けると、全ての毒弾を叩き落し悠然と浮かぶ魔法使いの姿があった。

「おお、マスパ防いだのかお前。やるな。」

「・・・と、当然よ!!」

一瞬呆けてしまったが、次の瞬間には私は自分を持ち直した。いけないいけない、人間相手に弱みなんか見せちゃダメよ。

「ふむ、なるほどなぁ・・・。」

人間は何やら考え込んでいた。私の一瞬の動転には気付かなかったみたいね。よかった。

それにしても今の技、幽香の『月下美人』に凄く似てた。・・・思ったよりも強いのね、人間って。

私はこの戦いで、また一つ学習した。人間は決して弱くはない。私の毒でも、そう簡単には倒せないみたいだ。

人形解放はまだまだ遠い。けど、焦らない。こうやって一つ一つ学んでいって、いつかはたどりつける。幽香がそう言ってたんだから。

諦めはしない。けど今は行動を起こすべきときじゃない。私は心の中で一つの区切りをつけた。

「なあ、メディスン。お前悪戯は好きか?」

唐突に魔法使いがそんなことを聞いてきた。

「いきなりね、人間。」

「私の名前は霧雨魔理沙だ。覚えとけよ、お嬢ちゃん。」

「人間にお嬢ちゃんとか言われたくないわよ。イタズラって何?」

「あー、悪戯を知らんか。悪戯は・・・そうだな、とても楽しいことだ。」

人間――魔理沙の顔が本当に楽しそうだったので、私はちょっと興味が湧いた。

「楽しいの?とっても??」

「ああ、とっても楽しいぜ。嘘じゃない。」

本当ね?信じるわよ。

「で、何をすればいいの。」

「話が早くて助かるぜ。これはお前の毒の力を見込んだから思いついた悪戯だ。」

あら、あなた見る目があるわね。そうよ、私の毒は世界一強いスーさんの毒なんだから!

「おお、心強いな。じゃあ、まずはだな・・・。」

魔理沙は自分の考えたイタズラ――『企み』を、私に話始めた。

何が面白いのかはよくわからなかったけど、想像してみると確かに楽しそうだった。

乗ってみるのも、悪くないわね。

「いいわ、やりましょ。」

「その意気だぜ。さすがは幽香の弟子、話が分かるな。」

いつの間にか、私の顔には魔理沙と同じような笑いが浮かんでいたそうだ。このときの私には、分からなかったけど。





***************





強烈なスペルだった。防いでも、防御に回した操気弾をガリガリと削り、俺のなけなしの霊力を奪っていった。

苛烈な攻撃は、俺に反撃を許さなかった。だがあのままじゃじり貧だったので、ダメージを覚悟の上で特攻をしかけた。

攻撃の瞬間を狙った一撃は、雷撃に押されながらも何とか四季様に通った。が、攻撃に意識を割いた俺はかわし切れず、幻想を裁く雷を身に受けた。

防御の上からでも十分分かっていたが、とんでもない威力だった。喰らった瞬間跳ね飛ばされ、わずかの間気を失ったほどだ。

自分が何をしていたのかわからず、我に返り今が戦闘中であることを思い出した俺は、慌てて体勢を立て直した。しかしどうやら四季様は追撃を仕掛けてこずに待っていたらしい。

そういやこれは俺が成長するための試練なんだったか。なら、俺の意識がない間に攻撃を仕掛けても意味がないな。

まだガンガンと痛む頭を押さえながら、四季様の意図を推測した。

「起きましたか?」

「ええ、何とか。」

よろしい、と四季様は頷いた。そして取り出すスペルカード・・・ってちょっと待った。

「何でまたスペルカード取り出してるんですか。」

「決まっているでしょう、使うためです。」

スペカ連戦っすか!?

「先程言いましたように、あなたに通常弾幕は温いと判断しました。ここからはスペルカードのみでいきますよ。」

「いやいやいやいやいやいやいやいや!!死ねますよ買い被り過ぎですよ!!」

今のスペルで四季様の力が半端ではないことは十分に伝わった。それが俺相手にスペルカードを連続使用とか、文字通り地獄過ぎる。

だが四季様は静かに首を横に振った。

「あなたは己の力を知るべきです。己が何を出来るのか、知るべきなのです。断言しましょう、私はあなたに負ける。」

・・・は?

四季様のいきなりの敗北宣言に、俺は思わず目が点になった。

「あなたにはそれだけの力が備わり、今なお成長し続けようとしている。そんな相手に、既に終着点へと達している私に勝てる道理はないのです。成長すること、それこそが人間の強さなのです。」

それは・・・理解できますけど。

「しかしあなたには自覚があまりにも足りない。如何に成長を旨としていても、今の自分を知らねば、正しい成長ができるはずもありません。あなたが理解するまで何度でも言いましょう。『己を知りなさい』。」

――それはいつだったか、紫さんにも言われた言葉だ。『自分の力を、存在の大きさを自覚しろ』と。

俺はそれを実践しようとした。自分は何なのか考え、ラストワードとして表現も試みた。

けど、やっぱり俺にはわからなかった。『俺は強い』と言われても実感はわかなかったし、『願いを肯定する』ということさえ、実際には理解できていない。

四季様が求めているのは多分そのことだろう。今の俺にはわからないけど、きっとそれが『不自由な願い』でなくなる一歩なんだろう。

けど、今の俺じゃそれは難しい。四季様に言われずとも俺は知ってる。結局俺は未熟なんだ。

自分を客観的に見ることすらままならないただの若造に過ぎない俺が『願い』なんて存在をやってることが、ひょっとしたら間違いなのかもしれない。

実際にどれだけの時間を生きたのかは知らないが、少なくともこの記憶が始まってから2年しか経っていない以上、俺はどうしようもないほどガキだ。

自分のことすら知らない俺が、自分のことなんか知れるんだろうか。甚だ疑問だ。

だけど同時に「このままじゃいけない」とも思っている。だからこそこの戦いを受けたんだ。

・・・なんだ、やっぱ逃げ道はないんだな。思わず苦笑が漏れた。

「? 何か面白いことでもありましたか?」

「いえ、ちょっと己の『奇運』とやらを理解しただけですよ。」

弾幕のときは、なんだかんだで不可避なんだから。結局はいつも通りだ。

俺の言葉に四季様は、面白かったわけではないだろうが、少し微笑みを浮かべた。

「そうやって少しずつ自分を理解しなさい。・・・これを乗り越えて、また一つ自身を理解するのです!」

だが、次の瞬間には威厳溢れる閻魔の表情となって、スペルカードを掲げた。

俺も対抗するように、取り出したスペカを掲げ。

宣言――!!



その瞬間、世界に破砕音が響いた。それにより、俺も四季様も宣言を止める。

音は二つだった。そして、俺はこの音に聞き覚えがある。

そう。戦いが始まってすぐ聞いた音と同じものが二つ。それが意味するところは・・・。

「イヤッホーーーーーーーウ!私達も混ぜろー!!」

「混ぜろーっ!!」

箒の後ろにメディスンを乗せた魔理沙が、バカみたいな魔力を纏いながら『壁』を突き破り。

「ああ、しまった!!」

「もう、あなたが上手く誘導されてくれないから先を越されちゃったじゃない。」

逆方向からは、鎌を振り下ろした姿勢の小町さんと、それにより崩れたと思われる壁の向こうからこちら側へ歩いてくる幽香さん。

最初に分けられた二つの戦いが、俺達の勝負に乱入してきたということだった。

――考えてみりゃ、魔理沙は最初から乱戦狙いだったし、幽香さんは幽香さんで何故か俺と勝負したがってたし、これはなるべくしてなった結果なのかもしれない。

「・・・全くあなた達は、本当に罪深い。」

四季様の大きなため息が、やたら印象的に思えた。





***************





魔理沙とメディスンの方は、協力して壁を破ったようですね。

メディスンの操る妖毒は、霊気や妖気すらも蝕む。私の壁を破壊するには至らないでしょうが、弱体化させることはできる。

そこに魔理沙が全力の魔力突撃をしかければ、破れるのも道理というもの。

どうやら魔理沙の方がメディスンをそそのかしたようですね。全く、あの子には少しきつめのお説教が必要ね。

幽香の方は、小町の『死者選別の鎌』を上手く利用したようだ。あれは威力だけなら相当なものだから、『三権の分画』程度なら軽く砕けることでしょう。

それを見抜き、再生がきかないほどに壁を破壊することを思いついたのですね。さすがというか、賢しい真似をする。

彼の裁判はまだ終わっていない。ここで彼女らが乱入してくるのは喜ばしくないですね。

しかし、言ったところで最早手遅れ。止むを得ません。

「あなたへの裁判は後でじっくりすることにします。その前に、まずは彼女らを止めなければなりません。協力してくれますね?」

ここは一旦休廷して、先に彼女らを裁きましょう。初めからそうすればよかったかもしれませんね。

私の提案に、彼は目を白黒させて驚いた。何か変なことを言いましたか?

「いえ、あの。一応俺達勝負の最中なんですが。」

「何も敵対しているというわけではないでしょう。当然の申し出だと思いますが、不服でも?」

「不服ってことはないですが・・・何か変な感じが。」

合理的ではないですか。

「何だ何だ、お前ら組むのか!?いいじゃないか、まとめて相手してやるぜ!!」

「半分こだからね、魔理沙!!」

どうやら魔理沙とメディスンは完全に手を組んだようだ。人生を見ても分かるとおり、彼女は小さな子供を手なずけるのが上手いですね。

「あら、魔理沙ったら随分メディスンと仲良くなったわね。でも、獲物を横取りさせると思って?」

「コラ!あたいを無視してんじゃないよ!!」

小町はなおもスペルを継続しているが、幽香は涼しい顔で落ちてくる一撃を回避していた。よくもまあ見ないで避けられるものです。

彼が協力すると考えて、私と彼と小町の組。魔理沙とメディスンの組と、幽香は協力しないでしょう。

となると、まずは幽香から無力化したいところですが・・・難しいところですね。正直言って、私の力でもそう簡単に止められるかは怪しい。

存在として見れば、彼女はただの妖怪です。特別な力を持たない、ごく一般的な妖怪に過ぎません。

しかしその内に秘められた膨大すぎる妖力を軽視することは出来ない。彼女一人の力で、その気になれば幻想郷を壊滅させることができると言って過言ではないでしょう。

私に同じことが出来るかと言われれば、答えは否。もっとも、戦いは力だけでするものではありませんから、単純にそれだけで判断はできませんが。

しかし相手は彼女一人ではないのです。二人目の『異変解決』専門家である霧雨魔理沙と、幼いながらに高いポテンシャルを秘めたメディスンがいる。

風見幽香に集中しすぎれば、彼女達の的となることでしょう。幸いこちらは三人ですので、私が風見幽香の相手をしている間、彼と小町に二人を抑えてもらえばあるいは・・・。

私がそう策を練っていると。

「私の目の前で考え事とは、油断ね。」

幽香が小町の鎌を回避しながら、こちらに向けて花の弾幕を放ってきた。狙いは――私。

数が多い。これを全部かわすのは至難の業ですね。・・・本当は彼に向けて使うつもりでしたが、ここはスペルカードで。

「危い!!」

そう思っていると、今度は彼が動く。彼は彼の弾幕――操気弾と言っていましたか――を用いて、私に迫り来る弾幕を撃ち落とした。

さすがの硬さですね。今のは幽香も驚いたようで、目を丸くしていた。

「しかし、正しくは『危ない』です。送り仮名が違いますよ。」

「何故に文字までお分かりに。・・・ってそうじゃなくて、お怪我はありませんか。」

安心なさい、あの程度で怪我をするほどやわにはできていませんよ。それにあなたが全部撃ち落としました。

・・・ふむ。これはひょっとするとひょっとしますね。

「よろしい、こうしましょう。あなたが風見幽香を抑えなさい。その間に、私と小町であの二人を何とかします。」

私は先程まで考えていた作戦を撤回し、彼に告げた。その言葉に、彼はギョッとした表情を見せた。

しかし、これが一番理にかなった策だと私は理解しています。

彼は、強い。先ほど彼に言った言葉に嘘はありません。彼は間違いなく私よりも強い。そして何より『成長する』。

ならば、たとえ今風見幽香よりも下に位置したとしても、戦いを通せばわからなくなる。

ジョーカー――七曜の魔女が言ったものとは違う意味になりますが、彼を表現するにこれ以上当てはまった表現はないでしょう。

「え、で、でも!幽香さんほどの人の相手は、四季様ぐらいじゃないと!」

どうやら『最強の妖怪』という肩書きと、先ほどのやり取りに圧倒されているようですね。

「自分を信じなさい。それが自分を知る一番の近道ですよ。」

私が認めたあなたの力を信じなさい。私は彼に一方的に告げ、幽香に向いた。

「あなたの相手は彼が務めます。あなたもそれがお望みだったのでしょう?」

「ええ、そうよ。話が早くて助かるわ、閻魔様。」

結果的には彼女の意見を飲むことになりますが、問題ないでしょう。それ自体は悪徳ではありませんから。

彼の意見は黙殺され、話は決まった。

「それではまた後で。ちゃんと生き延びるのですよ、『願い』。」

「なるほど、これが自分を知るということか。・・・悲しすぎる。」

良い傾向ですよ。



小町に呼びかけ、彼女はスペルを中断した。距離を操り私の隣に現れ、共に魔理沙とメディスンに対峙する。

「あなた達の相手は私達です。特に魔理沙、あなたはもっとしっかりと裁きたかったところですが、時間も無限ではない。手短に済ませていただきますよ。」

「ほお、随分と自信家だな。そんなに強気で大丈夫か?」

大丈夫です、問題ありませんよ。

「お子達の相手たぁ嬉しいね。何を隠そう、あたいは子供が結構好きなのさ。」

「む、子供扱いしないでよね。人形でも妖怪だよ!!」

どうやら小町は幽香の相手から解放されたかったようですね。実にイキイキと少女らを見ていた。

メディスンには小町の言葉が挑発と聞こえたのでしょう。敵意の篭った瞳で私達をにらんでいる。

喜怒哀楽が見事に分かれていますね。これはこれである意味調和が取れている。

スペルカードを構えながら、私は冷静にこの場を見ていた。

「嘘言『タン・オブ・ウルフ』。」

私の宣言とともに、彼女達は動き出した。

さあ、裁判の始まりですよ!!





***************





「いきなりですが、行きます!!」

対戦相手が私に変わった直後、優夢はスペルカードを取り出した。そういえばさっき一発喰らっていたようだし、続きのつもりかしら。

別に相手は違うんだし、カウントリセットしてもいいと思うけど。やはり律儀ね。

まあいいわ。スペルの名前を聞くのも、このルールの楽しいところ。さすがは私の姪だわ。

あなたはどんなスペルを使ってくるのかしら?

「想符『1700万ゼノのブルーツ(笑)波』!!」

・・・・・・・・・。聞かなかったことにしましょう。

ともあれ、宣言をした彼は回遊している弾幕の一つに手を伸ばした。どうやら追加で霊力を注ぎ込んでいるようね。

弾はみるみる内に大きくなっていった。小町のスペルを避けながら観察していたけど、彼は威力重視タイプのようね。

さっき映姫に向けて放った弾幕を防がれたのには驚いた。私の妖力で放たれる弾幕は、弾幕といえど一発一発がスペルのような威力を持っている。

それを全て防いだというのだから、優夢の弾幕の硬さは常軌を逸していると言っていいでしょうね。

代わりに数が出せないというところが難点かしらね。見たところ、20個以上は出せないようだし。

それだけならば、たとえ一発一発が強烈だったとしても、私なら回避できる。そう、普通の弾幕なら。

「いっっっっけえ!!」

巨大化した弾幕を、私に向かって解き放つ。それと共に彼の周りに浮いていた弾幕も一斉に向かってきた。

速さはそれなり。私は一直線に飛んでくるそれを、大きく横に避けることでかわす。普通ならこれで終わりだ。

けれど彼の弾幕は、それが何だと言わんばかりの勢いで、軌道を大きく横に捻じ曲げる。私を追ってくるように。

恐らくはこれこそが彼の最大の強みなんでしょう。彼は『弾幕を意のままに操作することができる』。

原理としては非常に単純なものね。普通は作ったらすぐに切り離す霊弾とのパスをつなぎっぱなしにすることで実現しているんでしょう。

正直言って正気の沙汰とは思えない。それはつまり、あれだけの弾幕の動き全てを、自分の処理能力の中で行っているということなんだから。

想像してみて頂戴。体が二十個あって、その全てを同時に、別々に動かすということがどれだけ難しいことなのか。

だから私達は、弾幕は作ってすぐに切り離す。術式などを組んで動きをプログラムすることはあっても、常に制御下に置くというようなことはしない。

そんなことに気を割いていては、数の多い弾幕を避けきることなんて出来はしないんだから。

――なるほど、それが『願い』の大きさということなのね。

私は迫り来る10の弾幕と、蛇のようにしつこく追いかけて来る一つの巨弾を軽やかに回避しながら納得した。

彼がそれだけの弾幕を制御することができるのは、それだけ彼の精神が大きいということに他ならない。『存在の大きさ』という面だけで見たら、ひょっとしたら幻想郷一かもしれないわね。

そのことを、きっと彼は気付いていない。神社での会話からずっと観察し続けてきたけど、彼は自覚のない発言が大いに目立つ。

それはなんて面白いんでしょう。世にも奇妙で巨大な樹木が、自分を雑草だと信じているその姿は、なんと滑稽なんでしょう。

・・・でもね。

「この程度?」

私はかわしながら、優夢に向けて一度に生み出せる最大量の弾幕を放った。さっきの量じゃ防ぎきられるということはわかってるから、出し惜しみはなし。

「くっ、数が多い!!」

それでも彼は何とか防ぎきった。とは言え、一部掠った弾もあったようだ。防ぐことはできるみたいだけど、避けるのは下手くそね。

彼の存在性そのものは面白いかもしれないけど、それだけでは何も面白くない。特殊な存在なんて幻想郷には五万といるわ。

私が見たいのはそんなものじゃない。彼が霊夢の隣に立つに相応しい『輝き』を持っているかどうか。

それがないのなら、彼は『願い』というだけの存在。その程度ならお呼びではないわ。

このまま彼が何も見せないというのなら、映姫の判決も止める気はない。

――けど、それだけじゃないんでしょう?さあ、見せてみなさいよ。

私は冷静な思考と期待の相反する思いを抱きながら、追撃の弾幕を放った。

遠慮はない、先ほどと同じ全力の弾幕。さっきはギリギリで全部防げたけど、今度もそう上手く行くかしら?

優夢はそれを見て、舌打ちを一つした。そして弾幕で防御――はせず、腰の後ろに手を伸ばした。

スペルカードかしら?そう思ったが、私の予想は外れた。出てきたのはスペルカードではなく。

「頼むぜ、桜花、梅花!!」

二本の小太刀。弾幕だけでなく、剣術もたしなむのね。

彼は手に持った双刀を閃かせた。相当な業物であるようで、私の放った弾幕はことごとく切断された。

やるわね。

「本当は、もっともったいぶりたかったんですけどね。」

「秘密兵器というわけね。」

確かに、あの攻撃力は驚嘆に値するわね。けれど射程が短すぎる。ここぞというときに使おうという彼の判断は間違いではない。

だからか、彼は今使った二本の小太刀を腰の後ろの鞘に納め直した。

「あら、しまっちゃうの?もっと見たかったのに。」

「残念ながら、剣の腕はそれほどよくないですから。自分が怪我しても嫌ですしね。」

そう、残念だわ。非常に彼らしいと感じる言葉を聞きながら、私は薄く微笑んでいた。

今のは面白かったわ。けど、まだ足りない。もっともっと、あなたの底力を私に見せて頂戴。

彼の限界を引き出すべく、私は三度弾幕を張った。





***************





幽香の相手を逃れることをできたのは嬉しいけど、こいつら――いや、魔理沙も中々尋常じゃないね。

一体どうやったらあんな避け方が可能になるのか。コツがあったら教えてもらいたいもんだね。

四季様の使ったスペカ、『タン・オブ・ウルフ』は細かな弾幕を散らす。隙間は狭く、慎重にかわさないと被弾してしまう。

弾幕を避けるために動きが鈍くなったところに、仕留め用の直射弾を放つ、というのがこのスペルの特性だ。

えげつないことこの上ないんだけど、元々は嘘つきを裁くための術だって聞いてる。口八丁で煙に巻こうとしても、多面的な全ての真実を誤魔化すことはできない。必ずボロが出る。

四季様が二人相手にこのスペルを使ったのには意味があるんだろう。あの魔理沙って奴はお調子者みたいだし、結構調子のいいこと言って人を乗せたりしてんのかね。

嘘つきには効果的なスペル。けどそれをあいつは、定石を真っ向から覆す避け方をしていた。

「そらそらー!!」

「キャー、速い速いー!!」

箒の後ろに妖怪人形を乗せた奴は、まるで遊戯か何かのように四季様の弾幕の間を高速で駆け抜けた。緻密で隙間ない弾幕を、高速でだ。

迷いなんか一切見えない動きだった。それだけあいつは自分に自信を持ってるってことなんだろう。

あんなに好き勝手動かれたんじゃ、追撃を当てることはできない。四季様はひたすらばら撒きの弾を吐き出すのみだった。

どうやら、あたいも楽はさせてもらえないらしいね。

「ほっ!!」

鎌を振るい鎌鼬を起こす。不可視の刃は、四季様の弾幕と交錯しながら二人に迫った。

まさか見えているわけはないだろうに、魔理沙はそこで急旋回。あたいの放った真空刃をあっさりと回避してしまった。

「あいにくと、見えない系の弾には慣れてるんだぜ!!」

「・・・なるほど、彼の『あの弾幕』に日頃から触れているあなたなら、不思議はない。」

『あの弾幕』?彼って、優夢のことだよね。あいつは見えない弾でも撃てるってのかい。無茶苦茶だな。

「しかし、霧雨魔理沙よ。あなたの罪は、このスペルでも裁けぬほど深いものなのですね。あなたは無自覚に罪を重ねすぎている。」

「何のことだぜ。私は疚しいことをした覚えなんか、ない!!」

言葉に乗せて、魔理沙はレーザー状の魔力を発射した。人形の方はさっきからあたいの方を見ており、魔理沙の攻撃と同時に毒の雨を降らせてきた。

あの距離からの攻撃なら、四季様は難なく回避できる。あたいも距離を操って、毒弾から逃れた。

「だからこそ無自覚に罪を重ねているというのです。あなたは単に自己を正当化しているだけで、それはより罪を深くする。これよりの全生涯を人のために使うぐらいしか、己の罪を雪ぐ方法はないと知りなさい。」

「あいにくだったな。私は自分が面白いと思ったことのためにしか動く気はない。」

「それで地獄に落ちても構わないというのですか。愚か者よ、地獄はそんなに甘い場所ではありませんよ。」

厳しい言葉をかける四季様に、魔理沙は何処吹く風といった調子だ。ありゃ痛い目にあうまではわからないんじゃないかね。

それに、四季様はああ言ってるけど、あたいは魔理沙の性格は嫌いじゃないかもだ。ああいうすっきりした性格は悪くない。

だからそこまで言う必要はないと思うけど・・・まあ、四季様は厳しいお方だからね。しょうがないっちゃしょうがない。

あたいはその四季様の下で働いてる。それ自体間違ったことだとは思わない。

だから魔理沙。あんたには悪いと思うけど、ここは勝たせてもらうよ。

「魂符『魂の遊戯』!!」

あたいもまたスペルカードを宣言する。

「ほぉう、お前もスペカ使うか!いいぜ、かかってきな!!」

「ねえ魔理沙、本当にスペル使わなくていいの?」

「大丈夫だって、任せとけ。」

どうやらあの二人はスペルを使う気はないようだ。余裕なのかはわからんが、その隙利用させてもらうよ。

四季様に目線を送る。それだけであたいの意図は伝わり、四季様は頷いた。

「集まりな、亡者ども!!」

死神としての力、魂を操る力を駆使し、近くの幽霊達に呼びかける。すると、すがるものを求める肉体無き者達は、あたいに向けて集まってきた。

それが形となって見えてくるぐらいの頃に、四季様が直射弾を発射する。――あたい目掛けて・・・・・・・

四季様の行動の意味がわからないようで、魔理沙とメディスンが驚いている。どうやらあたいの作戦は大成功のようだ。

「換!!」

印を組む。これが距離を操る能力の真骨頂さ!!

光があたいと、魔理沙とメディスンの二人組みを包み込む。そして次の瞬間には、あたいと二人の位置がまるっきり入れ替わっていた。

『なッ!?』

唐突に入れ替わったことで、魔理沙とメディスンは完全に反応が遅れた。前述の通り、あたいのいた位置には近隣の幽霊、そして四季様の一撃が間近に迫っていた。

決まったと、そう確信を持った。



が、どうやら魔理沙は、あたいが思っている以上に手練だったようだ。

「何の!恋符『ノンディレクショナルレーザー』!!」

その一瞬で、奴はスペルを宣言するという判断を取った。霊撃と、全方位に放たれる魔力光線のために、あたいらの攻撃は全て相殺された。

結果、あいつらは無傷。・・・やるね。

「ふいー、今のは肝が冷えたぜ。位置を入れ替えるとか完全に予想外だった。」

「・・・あ、あれ?弾幕が来てない??」

「中々の判断力です。さすがは二人目の『異変解決家』と言ったところでしょうか。」

今のは完全に決まったと思ったんだけどねぇ。これが百戦錬磨ってことかい。面白いじゃないか。

楽をしようと考えていたあたいの瞳に闘志が宿るのを自覚した。人間でこれほどまでできる奴ってのは、滅多にいない。

面白い。あたいは魔理沙に対し、素直にそう感じた。

「この戦いに参加できたことを嬉しく思うよ。博麗の巫女以外にこんなに強い人間がいるなんて、全く知らなかった。気に入ったよ、魔理沙。」

「おお、そいつは良かった。ならお前の聞かん上司に私の無実を訴えてくれないか?正直うるさくてかなわん。」

「それは無理な相談ですよ、魔理沙。そんなことをされては、小町にまで説教をしなければならない。」

「ちょっとー、私は無視ー?」

軽口を叩きながら、あたいらは全員次の攻撃を仕掛けるための備えをしていた。こんなに面白いのは、本当に久しぶりだ。

さあ。もっと楽しもうよ、魔理沙!!

あたいの心の呼びかけに応じるがごとく、魔理沙とメディスンが動き出す。あたいと四季様はそれに合わせるように弾幕を展開し。





唐突に、場の中央に巫女が現れた。





『・・・は?』

「あんたら全員、連帯責任だから。」

理解できない一言を言い、博麗の巫女は呆気に取られるあたいらを無視してスペルカードを宣言した。

「霊符『夢想封印』!!」

反応できたのは、四季様と魔理沙だけだった。あたいは放たれた一撃に対処することができず、七色の霊弾をまともに喰らった。

魔理沙は後ろに下がったが、追尾性能を持ったそれを振り切ることはできず被弾。一緒にメディスンも喰らって落ちた。

唯一四季様だけが、その一撃を弾くことに成功した。博麗の巫女は、いきなり乱入したかと思ったら三人を叩き落したのだ。

一体なんで。そう思い、薄れ行く意識の中であたいは見て――理解した。

神社に続く石段の一部が、破壊されていた。

・・・さっきの魔理沙の全方位砲撃。

巫女の逆鱗に触れた魔理沙は、あたいとメディスンを巻き添えにし――そこで意識を失った。

理不尽な話があったもんだよ。





***************





スペルカードを一発放ってなお、霊夢は戦意を解かなかった。どうやら魔理沙の行いの責を私まで問うて来ているようですね。

そのこと自体は否定しません。彼女があのスペルを使わざるを得なくなったのは、間違いなく私達の攻撃が原因ですから。

「しかし、それならばもっと離れた場所で戦わせればよかったのではないのですか?私に責を問うというのなら、まず自分の判断に誤りがなかったかを考えた方がいい。」

「だって、遠出するのは面倒くさいじゃない。」

その程度を面倒がるものではありません。それに、あなたは戦う意志を見せなかったのだから、わざわざついてくる必要はなかったでしょうに。

「私が見てなかったら、あんたが優夢さんに何を吹き込むかわかったもんじゃないでしょう。」

・・・ほう。

「あなたは私の判決を理解しているのですね?」

「まあね。あんたみたいな堅っ苦しい奴の考えることなんて、大体相場が決まってんのよ。」

なるほど、一理ある。

「しかし、ならばあなたも理解はしていますね。彼を神社に置き続けるということがどういうことなのか。」

「何となくはね。紫にもあんまり優夢さんに信仰心持ってかれるなって言われてるし。」

博麗の信仰が減るということは即ち、博麗大結界の力が弱まるということ。多少程度ならばどうにかなることはないでしょうが、だからと言って放置していい問題ではない。

「それを分かっていながら、何故あなたは彼を置き続ける。『役目』としての自覚は・・・ないのですね。」

「人様が勝手に決めた『お役目』とやらに、私が縛られるとでも思ってんの?」

『自由の体現者』。それが博麗の巫女の絶対条件でした。ならばこれは、必然たる業か。

八雲紫も何故このようなシステムにしたのでしょう。もっと安定した結界を組むことも出来たでしょうに。

今更言っても詮無きことか。

「しかし見過ごすことはできません。幻想郷はあなたの私物ではない。無論、八雲紫のものでもない。ここはここに生きる全ての存在の最後の居場所。守らねばならぬものなのです。」

「そのことに意義を唱える気はないわ。自分のだって主張してもいいことなんてないし。」

ならば理解できるでしょう。彼を神社に置くことは、マイナスにしかならないということを。

「そんなことはないんじゃない?少なくとも、私は楽をさせてもらっているわ。」

「全ての家事・神事を彼に任せて、ですか。」

これらもまとめて、彼というイレギュラーの弊害と言っていいでしょうね。

「大体話が飛躍しすぎなのよ。私の生活と大結界を何で天秤にかけなきゃならないわけ。」

それがあなたの責務だからですよ、幻想の平定者よ。力ある者には、必ず責務が付きまとうのです。

博麗の巫女となるべく生まれたあなたには、たとえ万物から縛られぬ力があったとしても、ここを守るという逃れ得ぬ責任があるのです。

「・・・もっとも、あなたに言ってもわかってもらえるとは思いませんが。」

「わかってるじゃない。」

本当に、何故こんなシステムにしたのやら。

「お説教はもうお腹一杯。ここからは、私なりのやり方で意見を通させてもらうわよ。」

私の説得を切り捨て、彼女は霊気を励起させた。人の身には余る、人の器を決して越えることのない力を。

力の大きさならば幽香の方が圧倒的。しかし彼女が纏う歴戦の空気は、幽香を越えた何かを感じさせた。

やれやれですね。神社に関わる者の裁判とは、全て一筋縄ではいかないものなのでしょうか。

「では、私も同じ方法で行かせてもらいましょう。覚悟なさい。あなたの業は、この場にいる誰よりも深い。」

「上等。全部踏み倒してやるわ。」

それでは始めましょう。



「さあ、楽しい楽しい弾幕ごっこの始まりよ!!」

今代博麗の巫女・博麗霊夢の、奇妙奇天烈な裁判を。





***************





幽香さんからの苛烈な攻撃を防ぎつつ、『1700(ry』の「弾けて混ざれ」で虚を突くことで、何とか一発を通すことができた。

手応えとしてはやっとの思いで入れたってとこだが、幽香さんは全くダメージがあった様子もなく薄く微笑んでいた。タフだな。

「色々と考えているのね。けど、まだ物足りないわ。」

「とは言われましても、これが俺の精一杯ですよ。」

人に比べて手数の少ない俺は、どうしたって防戦になりやすい。だから、一瞬の勝機をモノにするために策をめぐらし戦術を組む。

しかし良案が次から次へと思い浮かぶわけでもない。これだって、苦心の末に編み出したスペルだ。

大妖怪である幽香さんからしたら、小手先の小細工に過ぎないだろうが。

「嘘をおっしゃい。本当はまだまだ隠してるんでしょう?」

・・・まあ、そりゃあるけどさ。

「隠してるわけじゃなくて、順番に出してるだけです。相手の不意を突かないと、俺じゃ勝てませんから。」

「クスクス。本当に自覚がない子。映姫からも自覚しろだの何だの言われたんじゃなくて?」

色んな人から言われてますけども。けど事実ですよ。

「弾幕ごっこは力でやるものじゃない。如何に避け、如何に当てるか。俺は霊夢からそう教わりました。」

だから、たとえ皆が言うように俺の力が強かったとしても、それは何の助けにもならない。相手の裏をかく努力をするってのは、当然のことだ。

俺の言葉に、幽香さんは「へえ」と頷いた。

「ちゃんとわかってるじゃない。妖怪連中はその辺がわかってなくて、力任せな攻撃ばかりだから、張り合いがなくってね。」

あー、そうかもしれませんね。力のある妖怪ほど、確かにそういう傾向が強い。

「けど、幽香さんはそうじゃないみたいですね。避けるの上手いし。」

操気弾の操作性には、いい加減自信もついてきた。初見の相手ならアドバンテージを取ることもできる。

なのに幽香さんは、初見で避けてきたんだ。まるで霊夢のように。

力ある妖怪――それもこれだけの妖気を放つ大妖である幽香さんは、決して力任せの印象を受けなかった。

「当然でしょう。ちょっと考えればわかることよ。どんな巨木だって、風雨にさらされればいつかは倒れるものよ。」

慢心しない、それでいて自信に満ち溢れている幽香さんは、今までに見たことのないタイプの妖怪なのかもしれないな。

「勝負に勝つのに便利な能力は必要ないわ。観察して、避けて、当てればいい。」

「霊夢みたいなこと言いますね。そういえば、あいつが小さい頃からの知り合いだって言ってましたね。」

「あの子にこれを教えたのは私だもの。まあ、弾幕の成長に関しては想像以上だったけど。」

そうだったのか。通りで霊夢みたいに感じるわけだ。

・・・しかし、それだけじゃない。この人からは、もっと何か別のものを感じる。

以前に見たとかそういうんじゃないんだが、この人は誰かを連想させるんだ。

それが、俺の中で幽香さんに対する親近感を生んでいた。

「そう、あの子は私にとって、可愛い可愛い姪のようなもの。とても大事なのよ。」

そんな俺の考えとは裏腹に、幽香さんは微笑みを薄く――寒気さえ感じるような表情になっていた。

・・・ああ、皆まで聞かずともその意志はわかった。

「だから、霊夢の近くにいる俺が邪魔だと。」

「そこまでは言わないわ。けど、あなたが彼女の隣にいるべきかどうか、それぐらいは知りたいわ。」

「だから、見せて頂戴」と言って、幽香さんはスペルカードを取り出した。おしゃべりはおしまいみたいだ。

「花符『四季の風花』。」

宣言とともに、『花の大妖怪』の二つ名に相応しい四つの大きな風の花が咲く。既に充填されている強烈な妖力に、俺は気を引き締めた。

俺が身構えたと見ると、花はそれぞれに弾を吐き出した。青の花からはゆっくりと、赤の花からは速射の弾幕が放たれる。

弾幕で防御をと考えたが、その次を見て俺は考えを改めた。緑の花が、まるでチェーンソーのように回転しながら俺に迫ってきていた。

あれは操気弾でも防ぎきれない。かわすしかない。

――だが、何か腑に落ちないものがあった。何かが引っかかる。

力任せを旨としない幽香さんが、力で押すような真似をしてくるだろうか?となると、これらの攻撃は全てフェイク。

ならば迂闊に避けることはできない。飛びだした瞬間を狙って、本気の一撃を撃たれたんじゃ溜まったもんじゃない。

迎え撃つしかない。またまた桜花と梅花の出番だな。

俺はスペルカードを放り投げながら、腰から二刀を抜きつつ宣言した。



「想符『桜切る馬鹿梅斬る馬鹿』!!」

「・・・あなたのネーミングセンスが最悪だということは、とりあえず理解したわ。」

宣言したそばから幽香さんにダメ出しされた。ちょっと凹んだ。

が、今はそんなことをしてる場合じゃない。今俺がすべきことは、迫り来る緑の花を防ぐこと!!

「せあ!!」

梅花を一閃する。剣閃が緑の花弁と噛み合い、甲高い金属音を奏でる。本当に花かこれ。

とにかく、やはり硬い。となれば!!

「弾幕?あいにくだけど、それはあなたの弾幕でも防げないわよ。」

操気弾を展開した俺を見て、幽香さんは忠告してきた。ご安心を、これで防ぐ気はありませんよ。

ここからが新スペル『桜切る馬鹿梅斬る馬鹿』ですよ!!

「おりゃあああ!!」

雄たけびと共に、俺は桜花を振るった。それにより両断される俺の弾幕・・・・

ミスじゃない。これでいいんだ。

「・・・なるほどね。」

その後に展開された光景に、幽香さんは納得したようだった。

両断された弾幕は、その切断面の霊力が『飛ぶ斬撃』となって緑の花に切りかかった。何発か回転の勢いで弾かれはしたものの、それは確実に花にダメージを与えた。

桜の花びらを思わせる桜花により放たれた霊斬は、最終的にチェーンソー花をバラバラに解体した。よし!!

あとは迫って来てる弾幕を桜花と梅花で砕き切れば・・・。

「・・・まだか!!」

そこまで考えて、見落としに気付く。幽香さんが展開した花は全部で四つ。今来ているのは三つ分の攻撃だ。

となると、最後の一つがまだ攻撃してきていない。いつの間にか黄色の花は何処かに消えていた。

――考えろ。俺なら一体どうする。前方からの攻撃に集中させて、相手の不意を突くとしたら何処から攻撃する。

自分に当てはめて考えて、俺は上を見上げた。

ビンゴ。そこには黄色の花が、まるで『マスタースパーク』のような妖力を溜め込み、今にも撃ち出そうという状況で待機していた。

「よく気付いたわね。でももう遅いわ。」

幽香さんの言葉はその通りだ。俺の周りは現在進行形で赤と青の弾幕が迫っており、抜け出すためには弾幕を砕きながら進まなければいけない。

しかし上空では黄色の花が俺をロックオンしており、それを防ごうと思ったら周りからの攻撃を防げない。

まさに万事休すの状態だ。・・・普通なら。

忘れちゃいけない。俺は今スペル続行中だ。新スペルの一連の攻撃は、まだ終わっちゃいない!!

「だったら、こうします!!」

先ほど切断した弾幕の残滓に梅花を突き刺す。すると、霊力は梅花に纏わりつき、長い一本の刀と化した。

ちょうど断迷剣『迷津慈航斬』のような形だが、俺は男状態ではあのスペルを使えない。これが梅花の特性なんだ。

梅花は霊力を刀身に変える。さっきの霊斬は桜花の特性『霊力を斬撃に変える』によるものだ。

二刀の特性を存分に活かしたスペル。だから『桜』と『梅』の字が入ってるんだ。

巨大な刀身となった梅花を、横一閃に振るう。その一太刀で、迫り来る全ての弾幕を斬り潰す。

それと同時、俺は全力で前に飛んだ。一瞬後、俺の後ろに特大の砲撃が叩き落される。間一髪だ。

だが、まだ終わりじゃない。

「わかってるじゃない。」

間髪入れずに操気弾を数個生成した俺に、既に一瞬では数えられないほどの花弾を展開した幽香さんが、笑いながら言った。



交錯は一瞬。弾幕の強度に任せた俺の一撃は、確かに幽香さんに届いた。しかし俺の方も手数を防御しきれず被弾。

両者スペルブレイク。

「・・・ふふ、やるわね。」

だが幽香さんは涼しい顔をしていた。何ほどのものでもないってか。

あれだけ大規模な攻撃を放ってなお、幽香さんの妖力は減ったように感じない。とんでもないな。

果たして俺はこの人を抑えきることができるんだろうか。

四季様が幽香さんを俺に任せた理由が、いまだ俺にはわからなかった。

「まだ足りないわ。もっとあなたを見せて頂戴。」

「見せるほどのものはあんまり無いですけどね。」

言いながらも俺は弾幕を展開し戦意を見せる。幽香さんは満足そうに笑みを深くした。

――否定するってのは、難しいなぁ。

結局無意識のうちに幽香さんの要求を『肯定』してしまっていることに気付き、俺は内心苦笑した。





***************





彼は色々な「技」を持っていた。剣術だけではなく体術も駆使してきたし、見えない弾幕という裏技も使ってきた。

スペルカードも性質の読みにくいものばかり。彼がいかにして弾幕ごっこに勝とうとしているのかがよく現れていた。

とりわけ驚かされたのが。

陰体変化!!

この『性別の変化』というスキル。彼は『彼』であると同時に、『彼女』でもあった。彼について知った中で、一番面白いと思った一面かもしれないわね。

私の言葉に従い、彼は手の内を次から次へと見せてくれた。

勿論、私も無傷というわけにはいかない。いくら自分では弱いと思っていようが、現実に彼は強い。何枚かスペルカードを使うこともあった。

しかし、それを払うだけのことはあったと思う。そのたびごとに新たに知る彼の一面は、確かに『面白かった』。

だけど私はまだ満足していない。彼は肝心の部分を見せてくれていない。

それは彼に対して膨らみすぎた期待値そのものかもしれない。でも満足できない以上、しょうがないことでしょう?

烏天狗伝手で聞いた紫の言葉。『あなたがどう思おうと、彼は彼。余すことなく受け入れてくれるでしょう。』

「幻想郷のようだ」と感じたあなたの性質を、私はまだ見せてもらっていないわ。

だからさらに厳しい弾幕を放つ。彼の能力では避けることはできない、砕ききることも難しい弾幕を。

「境符『四重障壁』!!」

そのたびに彼はスペルカードを使う。私が見たいのは、そんな小手先の技じゃないわよ。

しかし、小手先とは言え確かな実績を持った能力で放たれる技は、一筋縄ではいかない。彼・・・『彼女』が前方に張った四枚の結界は、大粒の花弾を防いでなお健在だった。

硬いわね。元が彼のあれだけ硬い弾幕なのだから、当然と言えば当然。

「まるでスキマババアの結界ね。」

「・・・凄いですね、あの紫さんにそんな暴言を吐けるなんて。」

事実だからしょうがないわ。

「似てるのはしょうがないですよ。元々は紫さんのスペルですから。」

なるほど、参考にしたというわけね。

幻想郷の連中は、基本的に自尊心が強いためか、他者の戦い方を参考にするということが少ない。まあ、各人戦い方の癖がまるで違うから、そもそも参考にならないというのもあるけど。

彼はそうではないらしい。既にブレイクしてしまったけど、『ランス・ザ・ゲイボルク』というスペルも彼の印象とは合致しなかった。

まともなネーミングだということにも違和感を感じないでもないけど・・・他の誰かがつけたんでしょうね。

ともかく、彼は人の戦い方を取り入れるらしい。飽くなき向上心ね。

「それが『受け入れる』ということなのかしら。」

自分で言った後に思った。そんな単純なわけがないか。魔理沙でさえ私の技をパクってるぐらいなんだから、そんな簡単なことではないわね。

私がそう思っていると、彼から答えがあった。

「俺は紫さん――りゅかでもありますから。」

よくわからない答えだわ。どういうことなのかしら。

「幽香さんも聞いてたでしょう。俺の『正体』について。」

「『願い』ね。それがどうかしたの。」

「俺にもよくわかってないんですが、それのせいで俺の存在は多重化してるんだとか。だから、紫さんの『願い』を取り込んだ俺は、紫さんでもあるんです。」

・・・へぇ。そんなこともできるのね。むしろそっちが、『あまねく願いを肯定する』ということの真骨頂かしら。

私の言葉に、彼は難しい表情をした。どうでもいいことだけど、女性体だと可愛いわね、この子。

「肯定することが、必ずしも正しいとは限らない。時には否定することも必要だって、四季様から言われてましてね。」

「俺は肯定しか出来ないから」と、そう言って苦笑を浮かべた。

「それは確かにそうね。気に入らないことまで肯定していたら、何も面白くないわ。」

「それが正常だと思いますよ。だから俺は、何とかしたいと思ってるんです。」

「下らないわね。」

彼の悩みを、私は一刀の下切り捨てた。あの閻魔の言うことを真に受けて悩んでいたなんて、どうしようもない真面目ちゃんね。

あいつの言うこと全部を一々実践していたら、1000年かけても終わらないわ。右から左に聞き流すぐらいでちょうどいいのよ。

「あなたが肯定しか出来ないというなら、それでいいじゃない。私がそうなるのはごめんだけど、見ている分には面白いわ。」

「そりゃそうかもしれませんが・・・。」

無責任に言い放った私の言葉に、彼は特に反論をしなかった。『否定はできない』んだったわね。

なら、何処までも私の『願い』を肯定してもらいましょうか。

「私がみたいのはうじうじ悩んでいるあなたではなくて、『全てを受け入れる』というあなたよ。言ったでしょう、「あなたが霊夢の隣にいるべきかどうか」を見せろと。」

あの子の隣にいるなら、むしろそれぐらいの存在でなくては納得がいかないわ。あの子は『全てに縛られない』のだから。

「受け入れてみなさい。この私を、『幻想郷最強の妖怪』を。」

言い放ち、私はスペルカードを取り出した。私の持つスペルの中で最強の威力を誇る、そのスペルを。

宣言。

「幻符『月下美人』。」

間をおかず、日傘の先端を彼に向ける。そこには既に砲撃を放てるだけの妖力が満ちていた。

彼の表情がこわばるのが分かったが、私は一切構わなかった。

光が、彼を結界ごと飲み込んだ。



『紫でもある』というのは伊達ではないらしく、その一撃は彼には届かなかったようだ。全てが結界に阻まれてしまった。

しかし届きはしなかったけど、うざったい四枚の壁を全て消し飛ばすことはできたようだ。スペルブレイクね。

「何つう威力・・・!」

「当然でしょう。あの子の魔砲とは年季が違うのよ。」

ずっと神社で生活してきた優夢は、魔理沙のアレを知っているに決まっている。きっと頭の中ではそれとの対比が浮かんでいることでしょう。

彼女があれだけの威力を生み出したというのは、正直驚嘆に値する評価を下していい。それだけの偉業をあの子は成し遂げた。

だけどそれはあくまで人間として見た話。私という圧倒的な力を持つ妖怪からすれば、児戯ね。

私のスペルはあの子の比ではない。連射性能で見ても、私の方が一枚も二枚も上手だ。

「一撃だけとは思わない方がいいわよ。」

「スペル継続!?んなアホな!!」

私がすぐさま次の一撃のために妖力を溜めたことで、彼は悲鳴に近い声を出した。今は女の子だけど、男の子なんだから我慢なさい。

「くっ!陽体変化!!

彼は歯噛みし、手を組み呪文を唱える。すると、一瞬光に包まれた後に男に戻った優夢が現れる。

変化にかかるロスなどはないらしいわね。既に彼の手には、次なるスペルカードが握られていた。

「気砲『シュプーリングスター』!!」

彼は掌に霊力の弾幕を集中させた。それらは融合し、圧縮され、高密度の霊力となって空間を軋ませた。

――狙いは読めた。撃ち合おうと言うのね。

「やってみなさい。出来るのならね。」

それで私の自信が揺らぐわけでもなく、私は彼の術の完成を待った。

そして、双方から光の奔流が放たれる。盛大な衝撃音を響かせて、二つの砲撃は激突した。・・・重いわね、あれだけの硬度を持つ霊弾を圧縮しただけはあるわね。

けど、私からすれば「その程度」という現実でしかない。放つ妖力の量を増すと、拮抗は破れ彼が押され始める。

どうやら、優夢のスペルは弾幕を無理やり砲撃にしているらしく、力の加算が出来ていない。考え方は上手いけど、まだまだ研鑽が足りないわね。

つまり、押され始めれば彼に打つ手はない。その顔には焦りの表情が浮かんでいた。

それでも何とか粘ったけど、現実は甘くない。最終的に、優夢は光に飲み込まれた。

・・・いや、ギリギリで回避に移ったみたいね。あのタイミングで避けきれるものではないから、余波はまともに食らっていた。

私が彼と戦い始めてから、初めて均衡が破られた。

「っつぅ・・・。」

「そう。あなたはこの程度なのね。」

少し、がっかりした。高まっていた熱が急速に冷めていくように感じる。

今の一撃で、彼の程度は測れた。結局は彼も凡庸の域を出ない存在か。『願い』というからどれほどのものかとも思ったけど、大したことはないのね。

結局彼は、私という存在――『力だけのただの妖怪』を受け入れることすらできない程度だったんだから。

残念でならないわ。

「もういいわ。私の中で結論は出た。あなたは霊夢の隣に立つには足りない存在に過ぎなかったわ。」

「・・・そりゃ、そうでしょうね。俺だって、あいつを支えてやれるだけの力を持っているなんて、端っから思ってませんよ。」

服がボロボロになり、全身に傷を負い、霊力も相当量を消費した彼は、やっとという様子で立っていた。

「だけど、だからと言って支える努力を放棄していい理由にはならない。俺はあいつを間近で見てきたから、今は俺が出来る限りを尽くしているだけですよ。」

「そんなことをしなくても、あの子は平気よ。一人でも立つ力を持っているんだから。万が一にもありえないことだけど、あの子が挫けそうになったら私がいるわ。」

あなたの出番はないのよ。元々幻想郷にはいなかったあなたに、この神社に割って入る役割は存在しない。

私の言葉に彼は口を開こうとし――何も言わなかった。本当に『否定はできない』のね。

彼が何を言おうとしたのかは気になるけど、どうでもいいわ。金輪際彼と関わり合いになることはないだろうから。

「失せなさい。そして二度と神社には近付かないこと。それを守れば、あなたに危害を加えることはないわ。」

私は切り捨てるように優夢に言った。もう彼に対する興味感心など、一欠片ほども残っていなかった。

彼は否定できない。なら、私の言葉も肯定するしかないでしょう。

確認する必要もない。今を持って彼は神社を去る。私はそう確信し、彼に背を向けた。

そして彼は――








「お断りします。」



否定した。



その事実に――普通ならば当然であり、彼においては異常とも言えるその事実に、私は足を止めた。

理解にはその一瞬を要した。理解し・・・驚いた。

散々肯定しかできなかった彼は、今私の言葉を否定したのだ。

驚き、振り返った。



そこにいた優夢は、まるで別人のように力の篭った瞳をしていた。

私の中で冷めた熱が、もう一度燃え上がるような錯覚を感じた。





***************





ずっと、考え続けていた。俺はどうやったら幽香さんの言葉を否定することができるんだろうと。

俺が取るに足らない存在であるということは、俺自身理解している。たとえ皆がそうではないと言ってくれても、俺は俺の認識しか取ることができない。

だから、彼女が言い続けた俺への否定の言葉は、何一つ否定することなんて出来やしない。それは俺が『願い』なんて存在でなかろうが、同じことだったろう。

けど、一つだけ許容できない言葉があった。それに気付いた瞬間、俺の視界が開けたような気がした。



俺はこの神社を去りたくない。何故と聞かれれば、理由はいくらでも挙げられる。

俺はここの空気が好きだ。ここで開かれる宴会が好きだ。訪れる人達皆が好きだ。

俺がいなくなったら、困る人がいる。霊夢一人じゃ、お世辞にも信仰心を集めるとは思えない。あいつの世話をしないと、いつかみたいに干からびるんじゃないだろうか。



霊夢の本質を理解する俺が、どうして霊夢を見捨てられる。



幽香さんは理解できていない。霊夢の本質って奴は、俺と同じところにある。それでいて真逆を向いてるってことに。

確かにあいつは一人でも何も感じないだろうけど、一人で平気なわけじゃない。そのことに、あいつ自身気付いていない。

『全て』に関わる存在は、『全て』が存在しなければ存在し得ないんだ。

『全てに向かう』俺は、願いという『全て』がなければ成り立たない。同じように、『全てから浮く』霊夢は、周囲が存在しなければ浮くも何もない。

勿論その周囲が俺である必要なんてないけど。だけど、他の周囲がそのことを理解できているとは、俺にはとても思えなかった。

だから少なくとも、霊夢の隣に立つ奴が現れるまでは、俺が見守っていこうって。そう決めたんだ。

幽香さんは一つ勘違いをしている。俺は最初っから霊夢の隣に立つ気はない。それは俺の仕事じゃない。

・・・そうか。幽香さんが誰かを連想させるって思ったけど、何のことは無い。俺自身を連想してたなんて、気付かないわけだ。

俺のいる位置は、幽香さんと同じ。決して隣には立たずに、近くから、遠くから、霊夢を見守るということ。



俺が否定をする方法はただ一つ。肯定を超えて貫き通すことのみ。

結果的には、それもまた肯定の一つの形なのかもしれないけど。そんな言葉遊び、今は必要ない。

理解した。同時、頭にかかってた霧も晴れた。全く、幽香さんの言うとおりだ。俺は何をうじうじ悩んでいたのやら。

「ありがとうございます、幽香さん。おかげさまですっかり目が覚めました。」

「・・・へえ、ようやくなのね。」

一度は俺に対する全ての興味を失った幽香さんが、再び獰猛な意志の篭った瞳で俺を見てきていた。けれど、俺はもう動じなかった。

だって、結局俺がやることは何も変わらない。いつも通りだ。

即ち、幽香さんを『受け入れて』『肯定する』。俺と同じ意志を持ったこの人の思いを、否定する必要なんて何もない。

「ええ、ようやくです。長らくお待たせしましたが、これからあなたを見事受け入れ、肯定しつくしてみせましょう。」

「・・・ふふふ、そうよ。私が見たかったのはそれよ、優夢。見せて頂戴、あなたの力を!!」

幽香さんは高揚を抑えず、日傘の先端を向けてきた。スペル続行中だったな。

こっちもスペルを使わせてもらう。使うスペルは当然。

「思符『信念一閃』!!」

俺の最強のスペル!!

既に掌の中に収められている圧縮された霊弾は、瞬きの間に幽香さんに到達する。今まさに砲撃を撃たんとしていた幽香さんはかわせずに一撃を喰らった。

「っ!・・・まだこんなスペルを残していたのね。」

「奥の手は最後までとっておくもんでしょう。まだまだありますよ、奥の手。」

確かに今のは俺の最強のスペル。だけど、あくまで俺自身の最強ってだけだ。

俺の本領発揮は自力じゃない。願いの肯定による力の合算なんだ。

だから、こっからが本番だ。

「現象『闇色能天気』!!」

惜しげなく、次なるスペルを宣言した。ルーミアの『願い』を現実に肯定するスペルを。

「わはー!呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん!なのかー!!」

「こんなことも可能なのね。クスクス、もっと早く見せてくれればよかったのに。」

この手品は幽香さんにも受けたようで何よりだ。けど、さっそく行くぜ、ルーミア!!

陰体変化!!

「おっけーなのだー。」

俺が女性化したことで、ルーミアは意図を瞬時に把握。スペルカードを取り出した。

これが俺『達』の本領だ!!



『双月『スパイラルムーンライト』!!』



二つの月光により生まれる力のスパークが、幽香さんに襲い掛かった。

こいつの難易度は先の霊夢戦で実証済み。まあ、あのときはあいつがやる気なかったおかげで何とかなっただけだけど。

「・・・ふふふ、面白い発想だわ。これがあなたの本気ということなのね。」

幽香さんはかわしていた。危なげはなく、だけど一瞬も気を抜いていない。

効果は確実にあるけど、これじゃ落とせないか。

「早計だったわ。あなたの底はまだまだ深い。私が全力を出させてあげるから、ついてきなさい。」

が、どうやら俺は幽香さんに認めてもらえたようだ。先ほどまでとは比較にならない妖気を纏いながら、幽香さんはスペルを宣言した。



「幻想『花鳥風月、嘯風弄月』。」



宣言とともにとてつもない規模の霊撃が広がる。それは、俺達の放つ『ムーンライトレイ』さえも無効化し、もう一つの戦い――いつの間にか始まっていた四季様と霊夢の勝負にも届くんじゃないかと思えた。

来る!思った瞬間、まるで彼女を中心に花が咲くがごとく、全方位に強烈な大玉が放射された。

「くっ、交代だ、ルーミア!!」

「しょうがないのかー。」

これはルーミアじゃ手に負いきれない。封印を解けばどうかはわからないけど、ラストワード同様気軽にやっていいもんじゃない。

となれば、別の『願い』で乗り越えるのが妥当なセン。この間肯定できるようになったばっかだが、タイミングがいいな。

願いが解け元の半霊となった俺の一部を、俺の意思でこちらに戻す。迫り来る大玉を砕くことはできないから、操気弾の『弾幕合気』で軌道を逸らす。

数が多すぎるためあまり長くは持つまい。だから俺は、手早くそのスペルを宣言した。



「現象『白玉魂魄スタイル』!!」



「・・・もっといい名前なかったんですか。」

現実に肯定された瞬間、半霊がさらに二分割し、半分が霊体に、半分が実体になりながら、妖夢は言った。

何を言う。いい名前じゃないか。かの有名な「飛天○剣スタイルー」を参考にしたんだぞ。

「まあ、この際しょうがないですね。」

俺の言葉に、妖夢はため息をついた。むう、このセンスがわからんとは。

「文句は後で聞くとして、とにかく今はこれを乗り越えるぜ!!」

「承知!!」

軽口はそこまでにして、俺は梅花を抜いた。妖夢もまた楼観剣を抜き、そしてスペルカードを宣言した。

「魂符『幽明の苦輪』!!」

半霊――この場合は4分の1霊だが、妖夢の姿を取る。これで都合三人となったわけだ。

俺達は同じスペルカードを持っていた。この一撃で、まずは活路を切り開く!!

宣言。

『断迷剣『迷津慈航斬』!!』

放たれる三つの大斬撃。それが幽香さんの放つ妖力弾と真っ向から衝突する。

硬い。込められた妖力のために、生半可な硬さじゃなかった。操気弾もびっくりの硬さだ。

それがこれだけの量というのだから、幽香さんの最強の妖怪っぷりは半端じゃない。

だが、こっちは三人。しかも幻想郷最強の剣士が二人分も憑いてるんだ。

越えられない道理は、ない!!

三つの相乗された斬撃は、こちらに向かってくる弾全てを斬り砕いた。

「クスクス、反則じみてるわね。けど、一波抑えた程度で安心してはダメよ。」

わかってますよ。幽香さんの力なら、次の弾を間髪なく撃てることぐらい。

だから俺は、俺達は既に次のスペルカードを構えているんだ。

「人符『現世斬』!!」

『剣伎『桜花閃々』!!』

踏み込み、一瞬にして幽香さんの懐に潜り込む。妖夢の方は、そのあまりの速さのために俺の目には映らなかった。

一太刀五連の斬撃と、桜の花が散る如き斬撃は、ほぼ同時に散った。それを幽香さんは、まるで自分から受けるように防がなかった。

スペルブレイクだ。・・・一体何を考えてるんだ。

「ふふふ・・・、いいわ。あなたとてもいいわよ、優夢。私はこんなもの知らなかった。これが、あなたの力なのね。紫が言う通りだったわ。」

紫さんが?一体何を聞いたんですか。

「『あなたがどう思おうが、彼は彼。余すことなく受け入れてくれるでしょう。』あなたはまるで幻想郷のようだわ。優しく、残酷なまでに。」

・・・以前も言われたことがあるな。あれはいつだったか。

そうだ、『紅霧異変』のとき。パチュリーさんに、俺の考えを話したときに言われたんだ。

俺自身、幻想郷の在り方を参考にしている節はあるけど。そう言われるのがいいことかどうかは、よくわからなかった。

けど、と幽香さんは区切った。

「あなたはそれだけじゃない。幻想郷のようであると同時、あなたはあなたという個人でもあった。その存在の奇妙さが、とても面白いわ。」

「微妙な気分ですが、どうも。」

一応認めてもらえたってことなんだろうからな。礼は言う。

「私が認めた以上、私とあなたが戦う意味はもうないんだけど・・・このまま終わったんではちょっと味気ないわよね。」

「いや、ここでやめてくれれば正直ものすっごく助かるんですが。正直いっぱいいっぱいです。」

「嘘おっしゃい」と笑いながら言う幽香さん。本当だってば。

「だから、この一撃で終わりにしましょう。正真正銘本気の一撃、私も相当な力を使う技よ。乗り越えてみなさい。あなたならできるはずだから。」

俺一人じゃできませんよ。『願い』と力を合わせるから、俺は強くなれるんです。

「だから、越えてみせますよ。俺と、こいつの力で。」

既に妖夢は『願いの世界』に戻っている。俺はさらに一枚、今肯定できる最強の幻想を呼び出した。

「現象『エターナル・スカーレット・CB』。」

「侮るなよ、花の妖怪。お前程度の本気、乗り越えるどころか叩き潰してやるわ。」

現実に出てきたと思ったらいきなりケンカ売んなよ。まあ、レミィならしかたないが。

「それは嬉しいわね。それほどの強敵なら、是非本物のあなたとも戦いたいわ。」

物騒なことを言いながら、幽香さんはスペルカードを取り出した。まだ宣言をしていないのに、地面から蔦が伸び人の形――幽香さんの形を取り始める。

その一つ一つから、まるで幽香さんと同等の力を感じる。こいつは確かに幽香さんの本気のようだ。

レミィはああ言ってたけど、果たして乗り越えられるかどうか。ちょっと不安になってきた。

「自分を信じなさい、優夢。私達を統べるあなたが、この程度でどうにかなるわけがないでしょう。」

「あなたを信じる私達を信じなさい」と、レミィだけでなく全ての『願い』から言われた。

・・・ああ、そうだな。

「んじゃ、一丁やるか!」

「その意気よ、優夢。」

こちらもスペルカードを取り出し、俺の右手をレミィの左手と合わせ、高々と掲げた。



宣言は、完全に同時だった。



「幻想『風花雪月、羞月閉花』!!」



「神厄『ロンギヌスの槍』!!」



幽香さんと、幽香さんが作った蔦人形から放たれた、『マスタースパーク』を越える大規模砲撃。

そして俺とレミィが放った、音すらも断つ災厄の槍。

高すぎる威力を持った二つの業は、正面から衝突した瞬間光すら飲み込む爆発を起こした。

その衝撃波に、俺だけでなく幽香さんもあおられる。今の一撃で互いに力を使い果たしているため、吹き飛ばされてしまった。

爆発自体はそんなに長くはなかったが、爆光に目をやられしばらく前が見えなかった。

ようやく目が回復し、見えるようになったときには、幽香さんは俺と同じように地面に膝をついていた。蔦人形は全て消滅したようだ。

・・・引き分け、かな。

「そうみたいね。楽しかったわよ、優夢。」

満面の笑みを浮かべる幽香さん。俺は体に力も入らない状況だったし、正直それどころじゃなかったけど。

彼女の意志を肯定したかったから、同じように満面の笑みで答えることにした。



どうやら俺は、そこで緊張の糸が切れてしまったようだ。

疲労と安心から気絶してしまい、そこから先のことは覚えていなかった。



ある春の日の、ちょっと変わったお話だ。





+++この物語は、幻想的なバトルロワイヤルが繰り広げられたようなられなかったような、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



乗り越えた幻想:名無優夢

映姫が与えた課題も、幽香の評定もクリアすることができた。いきなりだったのに頑張った。

彼がどんなに頑張って否定しようが、最終的には肯定に行き着く。それが『願い』の持つ業。

だからこそ、否定できない彼に代わって周囲の人物や彼の中の『願い』が否定するのである。

能力:あまねく願いを肯定する程度の能力

スペルカード:想符『1700万ゼノのブルーツ(笑)波』、思符『デカルトセオリー』など



試練を与えた幻想:四季映姫・ヤマザナドゥ

優夢が幽香の要求を否定する場面を見て安心した。彼女でも『願い』という存在は測れない。

作中で霊夢との戦いは描かれなかったが、どうやら負けた模様。優夢は神社残留決定である。

パチュリーに頼まれた優夢の記憶の件は忘れていない。どうしようか現在調査方法を模索中。

能力:白黒はっきりつける程度の能力

スペルカード:罪符『彷徨える大罪』、審判『ラストジャッジメント』など



彼を認めた幻想:風見幽香

紆余曲折を経て、優夢という存在を認めることにした。それは『願い』という側面ではなく。

優夢が霊夢の隣に立つに相応しい存在だと認めたのだが、同時に彼女のとある企みに触れる。

どうやら彼の安息の日々は逆により遠のいただけのようである。頑張れ優夢、負けるな優夢。

能力:花を操る程度の能力

スペルカード:花符『幻想郷の開花』、幻想『花鳥風月、嘯風弄月』など



→To Be Continued...



[24989] 四章十六話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2010/12/19 01:01
閉じたまぶたの裏に光を感じる。目を閉じている・・・ってことは、どうやら俺は寝てるみたいだ。

何でだっけ?と思い、何があったのかを思い出そうとした。

――ああ、そうだ。確か彼岸の閻魔様である四季映姫様と三途の川の渡し守の小野塚小町さん、それから霊夢の古い知人の風見幽香さん、連れ子(?)のメディスン=メランコリーがやってきたんだったか。

それで、何か険悪な雰囲気だったから昼ご飯に招待して・・・と順々に思い出し、その後に何があったのかも思い出した。

そうだ、弾幕ごっこ。途中までは思い出せたけど、最後がどうなったのか思い出せない。

寝てる――気絶してるってことは、俺は負けたのか?そもそも、俺は誰と何のために戦ってたんだっけ。

寝起きで判然としない思考の中で、「とりあえず起きよう」という結論が出る。

まぶたを開けようとするが、どうにも重い。体も重い。よっぽど疲れたんだな、俺。

それでも何とか気力を振り絞り、少しずつまぶたを開ける。

「あら?ようやくお目覚めね。ご機嫌はいかが?」

まず視界に飛び込んできたのは、今日知ったばかりの緑髪の女性。幽香さんだった。

彼女が、とても優しげで穏やかな表情でこちらを見ていた。

「・・・ええ、ぼちぼちです。た、あたたたた・・・。」

起き上がろうとすると、全身に筋肉痛みたいな痛みが走った。霊力使いすぎの状態か。

「まだ動くのは無理みたいね。しばらくはじっとしていた方がいいわよ。この私と真正面から打ち合って、引き分けに持ち込んだんだもの。無理もないわ。」

「引き分け、ですか・・・?」

俺の疑問に幽香さんが頷く。・・・ああ、だんだんと思い出してきた。

弾幕ごっこの最後に、俺は四季様が与えた課題の答えを見つけた。そして俺の意志を貫き通すために、フルパワーの『ロンギヌスの槍』を放ったんだったか。

いくらレミィの協力があるからって言っても、あれは元々俺に扱いきれる力じゃない。『スピア・ザ・グングニル』を使った後、しばらく動けないのは今も変わってないからな。

それの規模が大きくなれば、当然俺の無理も増す。それがこの結果ってわけだ。

けど、何とか引き分けには持ち込めたらしい。・・・ていうか、吸血鬼の本気で引き分けにしかできない幽香さんの力はどうなってるんだ。

しかも、幽香さんは今も涼しげな顔をしている。今回の引き分けは、相当おまけしてもらった結果だな。

「そうでもないわよ。私だってそれなりに疲れたわ。だから、あなたとの勝負は楽しかったわよ。満足したわ。」

「そう言っていただければ。」

戦ったかいがある・・・んだろうか。ちょっとわからない。

「誰か起きたのですか?・・・ああ、あなたですか。」

障子が開かれ、四季様が俺を見るなりそう言った。まだいらっしゃったんですか。忙しそうだし、てっきり帰ったとばかり思ってたんですが。

「そこで小町が伸びているでしょう。彼女を置いていくわけにはいきません。その子も彼岸の住人ですから。」

四季様に示された場所を見てみると、そこには確かに見知ったばかりの小町さんが眠っていた。・・・着崩れた衣服が非常に目の毒だ。

「あなただって大差ないじゃない。『月下美人』の余波で服は破れてるし。」

俺は男ですから。・・・今は女になってるけど。そういえば、気絶したときは女状態だったんだっけ。

「『願い』とは何処までも混沌とした存在ですね。考えるのが馬鹿らしく思えてきますよ、全く。」

この特性に関しては特に伝えていなかったので、四季様が知ったのはあの戦いの最中のはずだ。

どうやらこれも彼女的にはお気に召さないらしい。呆れたようにため息をついた。

「あら、いいじゃない。可愛いし。」

「否定はしませんが、男女を自由に入れ替えるなど、最早生物の摂理すら無視しています。是とするわけにはいきません。」

「せっかくだから最初の部分も否定してくださいよ、四季様。」

男は可愛いなんて言われても嬉しくないんだってば。



どうやら、ここにはあの勝負で気絶した面々が詰め込まれているようだ。俺達以外に、魔理沙とメディスンも寝こけていた。

メディスンだけ俺の布団が出されてその上で眠ってるんだが・・・まあ、子供に雑魚寝をさせるのもな。

俺が気絶するまでに動いていたのは、俺と勝負していた幽香さん。それから霊夢と四季様だけだったはず。

そうだ、霊夢と四季様の勝負はどうなったんだ?

「巫女の勝ちですよ。正味の話、弾幕勝負で彼女に勝てるのは、彼女の母君ぐらいしかいませんよ。」

「あ、やっぱりそうなんですか。」

あいつの最強っぷりは天井知らずにもほどがあるな。閻魔様より強いとかどうなってんだよ。

・・・それを言ったら、そんな霊夢よりも霊力が少ないのに強い靈夢さんはもっと「どうなってんだ」だが。

「そういえば、四季様は何故霊夢と勝負していたんですか。あいつはやる気なかったと思いましたが。」

「あなたのため――いえ、彼女自身の利益のためでしょうね。その辺りは、皆が目を覚ましてから正式にお話しましょう。」

そうですか。わかりました。

後で話してくれると言ってるんだから、無理に今聞き出す必要もないな。

「結局諦めたのね。それが懸命よ。」

「あなたには関係ありませんよ、風見幽香。あなたはあなたで、後ほどお話があります。心しておきなさい。」

「気が向いたら考えておくわ。」

クスクスと笑いながら、まるで中身のない言葉を放つ幽香さん。四季様は疲れたようにため息をついた。

・・・さっきまでは俺に対してもこんな感じだったな、そういえば。今はそんなことないみたいだけど。認めてもらえたってことなのかな。

だとしたら、無駄な戦いではなかったってことなんだろう。終わった今は、もうそれで十分だ。

「霊夢は何処に?大体想像はつきますけど。」

「恐らく想像通りでしょう。縁側でお茶を飲んでいますよ。」

やっぱりか。ほんと、何処までもマイペースだな。

「感謝なさいね。あの子と一緒にお茶を飲む時間を蹴ってまで、あなたの側に居てあげたのだから。」

四季様の言葉を受け、幽香さんはそう言った。そうだったんですか?

「すいません、何かご迷惑をおかけしてしまったみたいで。」

「謝罪はいらないから、感謝がほしいわ。」

「っと、そうですね。ありがとうございます、幽香さん。」

「どういたしまして」と言って、幽香さんは満足そうに微笑んだ。それを見て、四季様は三度ため息をついた。

・・・何なんだ一体?



程なくして、小町さんと魔理沙とメディスンも目を覚ました。その間に俺は着替えて男に戻っておいた。

これから真面目な話をするのに、ボロな格好で本来じゃない性別でいるなんておかしいだろ?

「いいじゃないかよ、別に。最近お前が女でいる率が減ってるから、私はあんまし見てないんだぞ。」

「その前に、性別を変えるということが異常なのです。日頃から気軽に入れ替えているから、周りがこういう認識になるのです。慎みなさい。」

俺としては礼儀を尽くしたつもりなんだが、魔理沙からも四季様からもダメ出しされる始末。非常に悲しくなってきた、どうしよう泣きそうだ。

「受け入れておきなさいよ、面倒だから。」

しょうがない、そうするか。

「・・・さて、関係者が全員目を覚ましたことですし、判決を下すことにしましょう。」

納得がいかない表情ながら、四季様は無理矢理話を進めた。まあ、いつまでもグダグダやってても仕方ないしな。

「まず、霧雨魔理沙。これが死後の裁判だったら、あなたは地獄行き確定です。もっと他人の立場に立って物事を考えるよう努力しなさい。」

「え~、何で私が地獄行き確定なんだよー。納得行かないぞー。」

いや、魔理沙。悪いんだが俺にもよーくわかるぞ。とりあえず、『一生借りる』癖はいい加減治せ。

「メディスン=メランコリー。あなたは白です。しかし、それはあなたが黒になるだけの人生を歩んで来ていないだけに過ぎません。自分が成すべきことを考え、健全に生きなさい。さすれば、あなたは白のままでいられるでしょう。」

「難しくてよくわかんない。とりあえず、よく考えて人形解放をしろってこと?」

「そもそも人形を解放することが必ずしも良いかどうかを考えなさい。・・・もっとも、この件に関して私が言う必要は特にないでしょう。」

幽香さんを見遣りながら、四季様は告げる。メディスンの指導者は幽香さんだから、任せるってことか。

「博麗霊夢。あなたが黒くては話にならないでしょう。もっと自分に依りなさい、自由の体現者。」

「面倒じゃなかったら考えておくわ。」

説明不要。こいつの怠惰っぷりを四季様は見抜いているようだ。

そして半ば処置なしということもわかっているようで、霊夢の気のない様子も仕方ないと流した。

「風見幽香。先程も言いました通り、あなたの判決は別口で下します。あなたの罪は大きすぎて、今この場で裁くには時間が足りません。」

「酷い言われようだわ。私が何をしたっていうのかしら。」

「獣や妖怪を気に入らないというだけの理由で消し飛ばす。嗜虐嗜好を満たすだけのために虐める。この間は、妖怪の山の渓谷の形を変えてしまった。数え始めたらキリがありませんよ。」

「大したことではないじゃない。むしろ私ほど妖怪らしく生きている妖怪はいないわ。」

「ある意味ではそうでしょうが、あなたの場合逸脱しきっている。裁くには相応の時間が必要になるでしょう。」

まるで水と油だな。ああ言えばこう言うの世界で、見てるこっちの神経が擦り減るぐらいの口論を繰り広げる四季様と幽香さん。

しかしそれはあまり長くは続けられなかった。四季様の方が退いたからだ。

本人が言っている通り、幽香さんの件は後に回すんだろう。

「小町。あなたにはこの『異変』での総括になりますが、普段からあれの3分の1で構いません。とにかくちゃんと働きなさい。」

一人だけ毛色の違う判決。まあ、小町さん相手に『裁判』をしてもしょうがないわな。死神だし。

たはは、と笑いながら頭をかく小町さんは、霊夢や魔理沙とダブって見えた。どうやら改める気は全くないようだ。

そういえば、四季様が前面に出てるせいで、あまり小町さんと話をしてないな。彼女に関してあまり理解していないことに気付いた。

四季様は事あるごとにに小町さんを『有能』と言っていたから、てっきりバリバリ働いて死人をあの世に連れていってるのかと思ったんだが。

けど、どっちかというと『息抜きをしながら気楽にやる』という方が小町さんのイメージには合っていた。本当に有能な人っていうのは、そういうものかもしれない。

俺にはとても出来ないことだ。

「他の皆に関してはこんなものでしょう。・・・さて。」

満を持して、というか何と言うか。そもそもあの弾幕ごっこは、四季様が肯定しか出来ない俺を断ずるために行ったものだ。俺がとりに持ってこられたのは当たり前だな。

それは取りも直さず俺に対する判決が一番厳しいということを示す。俺は心を構えるように、居住まいを正した。

「『願い』よ。戦いを通して、少しは己を理解出来ましたか?」

「ほんの少しだけ、ですけどね。」

しかし、しっかりと答える。少しではあるけど、前進したことは間違いないんだから。

俺の答えに、四季様は満足して頷いた。

「あなたの中にある存在は膨大です。その混沌は、秩序を保つ者としては是としかねる。・・・しかしもしもの話、あなたがそれを御することが出来るというのであれば。」

そこで四季様は一旦言葉を切った。目を閉じ、何かを考えているようにも思える。

いや、考えているわけではないか。何かを・・・恐らくは自分の『願い』を、心の中に浮かべているんだろう。

それそのものである俺には、そのことが何となく理解できた。

そして四季様は、万感の思いを込めて。

「あなたの力はきっと、人々を業から解き放つことすら可能でしょう。」

「だから、邁進しなさい」と、確かな『判決』を下した。

「はいっ!!」

俺もまた、はっきりとした答えを返した。



こうして、花に溢れる『異変』のあった春の日の事件は静かに終わり――



・・・って、待て。まだ終わってないだろ俺。何綺麗にまとめようとしてんだ。

「そういえばまだ聞いてないんですけど、四季様と霊夢が勝負してた理由って?」

結局疑問のままとなっていることを尋ねる。まだ疑問はいくつも残ってるんだ。ここで終わってどうする。

「そうですね、これからお話しましょう。そもそも今の判決は本題の前置きのようなものですから。」

しっかりとした判決を下されたと思うが。それで閻魔様的には前置きなんだ。

「簡単な話ですよ。私の下そうとした判決と彼女の利害が食い違ってしまった。それだけのことです。」

「まどろっこしい。『優夢さんを神社から追い出そうとしてました』ってはっきり言いなさいよ。」

「それだと語弊が生じるでしょう?」

俺を神社から追い出そうと・・・って、ええ!?

「マジですか!?」

「真実ですよ。というか、本気で気付いていなかったのですか?」

全く気付いてなかった。だって四季様そんなそぶり全く・・・あ。

「そういえば、幽香さんが割って入る前に何か言いかけてましたけど・・・。」

「本来ならばそこで白黒はっきりつける予定だったんですがね。風見幽香、あなたは実に罪深い。」

「その程度で罪にカウントされちゃたまらないわよ。」

・・・結果的には、幽香さんに助けられたってことなのか。でも、幽香さんも俺のこと追い出そうとしてたんじゃ。

「私はあなたを見定めたかっただけ。まあ、気に入らなかったら追い出してただろうけど。結局あなたはそうじゃなかったでしょう?」

四季様の目的とは違ったってことか。けど、四季様は何故俺のことを追い出そうなんて考えたんですか。

「少し考えれば簡単に行き着く結論だと思いますが。念のために聞いておきますが、あなたは博麗神社が何のための場所であるかはわかっていますか?」

「えっと、確か紫さんから『博麗大結界の基点』って聞かされてますけど。」

「その通り。では、もしそこに『願い』などという不確定で膨大な要素が加わった場合、結界への影響を懸念しませんか?」

・・・まあ、確かに。俺自身にはまだまだ自覚がないけど。

「幻想郷は私の管理下ではありませんが、秩序を守る者としては見過ごせません。ですから、あなたという不安定要素を排除しようと思ったのですが。」

「んなことしなくても平気だっての。実際、この二年間優夢さんがいても今までと何も変わらなかったのよ。そもそもが神経質過ぎなのよ。」

四季様の論をばっさりと切り捨てる霊夢。実際そうだからか、四季様も反論はしなかった。

「実際のところ、私も越権行為は承知していました。ですから、霊夢に負けた今あなたをどうこうする権利はないのです。」

なるほど。弾幕ごっこは決闘だ。そこで取り決められたことを破ることは、四季様ならなおさら許せないことだろう。

「しかし命拾いしたな、映姫。もし優夢を神社から追放なんぞしたら、幻想郷中を敵に回したぜ。」

くっくっと笑いながら魔理沙が言った。けどそれはないだろう。何で俺を神社から追い出したら四季様が責められなきゃならない。

むしろ、話を聞いて納得の行く理由だった。もし俺が結界に負荷をかけてしまって破壊してしまったらということを考えたら、責められるべきは俺だろ。

「その辺は別にどうでもいいと思ってる奴が多いんじゃない?宴会のネタを潰されて怒る奴の方が多いでしょ。」

「それもどうなんだよ。」

大結界がなくなったら、幻想郷は幻想郷でいられなくなる。妖怪とかが認知されていない『外』に混じってしまう。

そうなったら間違いなく混乱が起こる。それは避けるべきだろう。

それだけでなく、幻想郷は妖怪達の最後の居場所だって聞いてる。なのに幻想郷の存続に無関心ってのは、ありえるんだろうか?

・・・ありえそうな連中もチラホラ思い浮かぶのが困るよなぁ。萃香とかミスティアとか。

「やっぱり俺が神社を去った方が・・・」

「しばき倒すわよ。そんな下らない理由で神社を出てったら、首輪つけてでも引きずり戻すわ。」

ちょっと考えの揺れた俺に、霊夢は遠慮なく言ってきた。恐ろしい巫女だ。

とりあえず、霊夢としては俺に去ってほしくないと思ってるみたいだ。ありがたいことだが、理由は家事全般その他諸々だろうな。素直に喜べん。

「そうね。私としても、あなたには神社にいてもらった方が都合がいいわ。被虐趣味があるなら止めないけど。」

それもそれで楽しそうね、と薄く笑う幽香さん。・・・神社から去ったらどうなるか、考えるのも恐ろしい。

揺れたのはほんの一瞬だ。ここで去ったんじゃ、何のために幽香さんに俺を認めさせたのかわからない。

「まあ、何とか大結界に負荷を与えないようにしますよ。どうやったら負荷がかかるのかもわからないけど。」

「その辺りのことは、八雲紫に直接聞けばいいでしょう。



――ちょうど聞き耳を立てているようですしね。」

四季様の言葉に、俺は驚きはしなかった。あの人が神出鬼没なのは、毎度のことだ。

いや、そもそもこれだけの騒動にあの人が関与してこなかったということが、今更ながらに不思議だ。

何を考えているのか、相も変わらずわからない。彼女の『願い』を取り込んだ俺にも、さっぱり読めなかった。

「お取り込み中のようでしたから、空気を読んで姿を現さなかっただけですわよ?」

神社の居間の空間に亀裂が入る。それはすぐに広がり、中から紫さんが現れる。

門としての役割を果たしたスキマは、今度は簡易の椅子代わりとなる。紫さんはそれに腰をかけた。

「減らず口を。まあ良いでしょう。私もあなたには聞きたいことがあったから、ちょうどよくはあります。」

「私程度で閻魔様にお答えできることがあるなど、とても思えませんわ。」

紫さんが現れた瞬間から、四季様が纏う緊張感が変わる。幽香さんと四季様の間の緊張感だけでお腹いっぱいだっていうのに、勘弁してもらいたい。

「そうねぇ。あなた程度、お呼びではないわよ。理解しているのなら二度と現れないでくれる?」

「あらあら、ただの妖怪程度がお調子に乗っちゃって。可愛いわねぇ。」

だけでなく、紫さんと幽香さんの間にも発生する緊張感。・・・というか敵意。

紫さんの登場により、神社の居間は一瞬にして魔境と化した。何これ怖い。

「うざい。空気汚染しに来ただけなら、あんたら全員外でやってなさい。」

その空気を、空気巫女が破った。三人の額にお札を投げつけ貼り付けたのだ。さすが霊夢。

「・・・話が進まないのでお互い下らぬ言葉遊びはやめましょう。私があなたに聞きたいことはわかっていますね。」

「『何故優夢を神社に置き続けるか』でしょう?」

紫さんの言葉に、四季様は首を縦に振った。

・・・そうか。確かに、考えてみれば俺の存在が結界にとって負荷になる可能性があるのなら、紫さんが俺をここに置き続けるはずはない。何かしらの対処をしているんだろうか。

四季様の問いに対し、紫さんは答えた。

「だって、面白そうじゃない。」

とても軽く、まるで歌うように。幽香さんが物凄く同意してた。

「妖怪の賢者がそれでどうするのです。幻想郷を維持するという役割持っている以上、あなたが享楽に走ることは許されません。」

「そんなことはないのではなくて?享楽に走りつつ役目を全うしているのなら、文句を言われる筋合いはありませんわ。」

「全うしているのですか。彼という不確定要素を神社に置き続けていて。」

斬りつける様な四季様の糾弾にも、紫さんは全く動じなかった。

「確かに彼は不確定要素だけれど、幻想郷の維持を危ぶませるものではありませんわ。『今の』彼では、常識と非常識の境界を一つにすることはできませんもの。」

『今の』と紫さんは言った。じゃあ、俺が成長すればそんなことが可能になるってのか?とても信じられなかった。

信じられなかったが、全く根拠のないことを言う人でもない。とすれば、真実なんだろうか。・・・俺にはわからん。

「今の彼は非常識寄り、むしろ結界を安定させてくれます。でなければ、いくら私でも気軽に膨大な存在を神社に置いたりしませんわ。」

「・・・嘘はありませんね。しかし、目的を話していない。私を誤魔化し通せるとお思いですか?」

そういえば、今紫さんは『俺が神社にいても平気な理由』しか話さなかった。『何故』俺を置き続けるのかという問いの回答にはなりえない。

まさか紫さんが、ただ単純に面白そうだからという理由で行動するとは思えないしな。

「今はまだ秘密にしておかせていただけませんこと?道化を見ることは好きだけど、自分が道化になるのは好きではありませんの。」

だが、紫さんははぐらかした。手応えからして、どうあっても答えたくないようだ。

四季様もそれを感じ取ったか、この件に関してはそれ以上の追求をしなかった。

「わかりました。では、もう一つの質問をさせていただきましょう。」

その代わり、一拍置いて別の質問を投げかけた。むしろ、普通はこっちが先だろう。

「何をしに来たのです。全ての裁判が終わった後に。」

「全ての裁判が終わった今だからこそ、ですわ。もうあなたも優夢のことを認めてくれたでしょう?」

四季様は否定しなかった。確かに、さっきの判決を聞く限りだと四季様も俺のことを認めてくれているはずだ。

「それが何か。」

「そうでなければ頼めないことですのよ。」

そう言って、紫さんは妖しく微笑んだ。あれは何かを企んでいるときの表情だ。

今度は何を企んでいるのやら。あまり俺を巻き込まないでほしいところだけど、多分俺絡みなんだろうなぁ。

半ば諦めにも似た感情とともに、特に貫き通すこともない俺は、それを受け入れ肯定することにした。



そして、紫さんは告げた。



「共に力を合わせて、彼の過去を暴きませんこと?」



長らく謎になったままのそれを、前へと進める一言を。





***************





八雲紫の意図は理解できた。彼女は、私の力を持ってしても彼の人生を見ることができないことを、初めから知っていたのでしょう。

彼女にはその力はなく、境界を操る力も彼の存在の大きさのために無意味となってしまう。

だが、もし彼女と私が力を合わせたならば。彼女が『願いと人間の境界』を操り、私が彼の『人間の部分』を見ることができれば、彼の名を知ることも可能かもしれない。

そして名がわかれば、浄玻璃の鏡に映し出せぬ功罪は存在しない。十王から与えられたこの鏡は、実のところ私の力などはるかに及ばぬものなのです。

しかし、だからこそ無闇に使っていいものではありません。大きな力には相応の義務が生じる。この力を使うには、妥当な理由が必要なのです。

「私は既に判決を下しました。故に、鏡を使う理由は存在しない。」

「過去の功罪を見ぬ不完全な判決で、あなたは満足なのかしら?」

「それを言ってしまえば、彼自身不完全な状態です。完全な判決は、彼が完全な状態となってからでも遅くはないでしょう。彼自身が思い出せるなら、それが最も良い方法なのです。」

「ならば優夢がずっと不完全なままであったとしたら、判決は不完全なままということ。閻魔として、それで良いのですか。」

「そも、『願い』に対する判例というものは存在しません。それはこれから作っていくもの。ならば、ひょっとしたらそれが妥当かもしれません。」

彼女が理屈で私を動かそうとするが、私の意志は不動を貫く。これは既に白黒はっきりついたことなのです。

彼女としたことが、タイミングを見誤りましたね。もう少し早く出てきていれば、判決は決していなかったというのに。

・・・いえ、あれより早ければ、私が彼を認めていない状態。どの道彼女が私の助力を得るタイミングはなかったと言えるでしょう。

仕方なく彼女は賭け、外した。そういうことなのです。

全く動こうとしない私を、八雲紫はなお説得しようとしていた。が、いくらやっても同じこと。白黒はっきりついた判決は、決して覆らないのです。

それを理解しているため、彼女は言葉を切り嘆息した。

「頑固なお方。禿げますわよ?」

「余計な心配です。」

「面倒ね。ぶっ飛ばして言うことを聞かせるっていうのはどうかしら。」

風見幽香が動く。彼女も彼の過去には興味があるのでしょうか。・・・『出来た』のでしょうね。

「あなたが返り討ちに逢うだけですよ、幽香。白黒はっきりついた今、あなたに負ける道理はない。」

「そんなこと、やってみなければわからないでしょう?」

特殊な能力を持たない『ただの妖怪』である彼女は、この手のことに反抗をしたがる傾向がある。

・・・仕方がありません。ちょっと揉んであげましょうか。

「落ち着きなさい、幽香。力ずくでどうにかできる相手ではないのよ。」

「あなたが指図しないで頂戴。どうして私があなたなんかの言うことを聞かなければならないの。まずあなたから血祭りに上げてやろうかしら。」

紫が止めようとするが、幽香は言うことを聞かない。紫にすら矛先を向けようとした。

度し難い。力を持ってしまった妖怪とは、かくも罪深きものか。

少し予定が早まったが、やはり幽香の裁判は今行おう。そう決め、私は立ち上がり。



「俺からもお願いします。」

私の動きを、彼が止めた。

彼は正座をした姿勢で土下座をしていた。その姿は、まさに嘆願でした。

すっかり思考の外となっていましたが、彼は当事者です。今見る見ないで議論しているのは、彼の人生。ならば、もっとも尊重されるべきは彼の意見でしたね。

しかしだからと言って首を縦に振るわけには行きません。前述の通り、この力を使うには相応の理由が要る。

「面を上げてください。理由を聞かせてもらっても良いですか。」

「はい。まず俺の正直なところから言うと、過去にはあまり頓着がないんです。それじゃいけないとは思いますけど、『受け入れて』ますから。」

それがあなたの能力ですからね。善い悪いは別として。

「そう思っているなら、何故。」

「四季様はおっしゃいました。『邁進せよ』『己を知れ』と。なら、自分の過去を知ろうとすることも、前に進む一つの手段じゃないかって思ったんです。」

一理ありますね。頓着しない己自身に対し、そう考えることで向き合うのは、決して悪いことではありません。

「しかし、あなたが頼んでいるのは他力による解決。記憶喪失というのは、最終的には自力で思い出すべきものなのです。」

「・・・確かに、そうでしょうね。けど、自分が本当に外来人なのか、それとも実は幻想郷の人間なのか、それすらわかってない現状では、他に手段も思い付きませんよ。」

「それでも考えるべきではありませんか。少なくとも、カンニングをしていい理由にはなりません。」

私の正論に、彼は言葉を続けることが出来なかった。

――率直な感情の話をすれば、それは私だって知りたい。認めはしましたが、依然彼が不確定であるという事実は変わりない。白黒はっきりついたとは言えないでしょう。

それでも私は動かない。感情ではなく論理でもって判断する。それが閻魔たるということなのですから。



しかしあるいは、その感情に隙があったと言えなくもない。

「なら俺は『願い』として、四季様の意志を肯定しましょう。四季様自身はどう『したい』のですか。」

鮮やかな切り返しでした。論ではなく、私の感情を判断基準に持ち出す唯一の手段を、彼は行使した。

私は驚いて彼を見た。いつの間にか、彼は不敵に笑っていた。今の発言が『意図』したものであることを伺わせる。

何という成長速度。幽香との対決は、そこまで彼を成長させたのですか。

「勿論、はっきりさせたいと思っています。・・・やりますね。」

「まだ何となくのレベルですよ。」

それでも、自分の能力を制御してみせたのは大きい。彼が『あまねく願いを肯定する能力』をあまねく御することも、あながち夢物語ではないのかもしれない。

「俺が肯定したということは、理由として足りませんか?」

「いいえ、十分ですよ。」

私は彼の意志に合意した。『肯定』されてしまってはどうしようもありませんからね。

見ていた中で理解出来たのは、紫と幽香、あとは霊夢のみ。残りの面々は彼が能力を行使したことにさえ気付いていませんでした。

「なるほど、ね。まさか全てあなたの計算通りというわけ?」

幽香が嫌そうな顔で、半ば確信を持って紫に問いかけた。妖怪の賢者は扇で口元を隠しましたが、直前に見えた表情は間違いなく笑っていました。

「幽々子が全てを語らないでくれたおかげで、上手い具合に調整ができましたわ。これ以上なく大成功ですわね。」

・・・そういうことですか。今まで静観を保っていたと思ったら、何のことはない。今日この場に皆が集まったことすらも、彼女の企み通りだったというわけか。

「驚嘆には値しますが、あまり人を利用するものではありませんよ。それは悪徳です。」

「人聞きの悪い。私は皆の力を合わせただけですわ。」

白々しい。



ともかく。

私は、紫の力を借りて彼の功罪を鏡に映すという考えに、賛同することとなった。



そうと決まり、私達は場所を母屋の居間から境内へと移した。実行するには、室内よりも屋外の方が都合がよかったのです。

まず私が前へ出て、悔悟の棒をかざす。そして棒に霊力を込め、黒い霧を作り出した。

それは、人一人がちょうど中に入れる程度の大きさとなった。

「これは?」

彼がそれを見て、私に問いかけてきた。そういえば、先の勝負では見せていませんでしたね。

「これが『浄玻璃の鏡』。死者の功罪を余すことなく写し取り、その者の人生を映し出す、閻魔に与えられた力です。」

浄玻璃の鏡とは実体のある鏡ではない。人生を反射するその様がまるで鏡のようであるため、この力がそう呼ばれているのです。

これだけはっきりとした密度で具現することは、通常の裁判ではまず有り得ません。そこまでせずとも、人の人生全てを見ることは可能なのです。

しかし彼は自分を知らない。名もわからない。それを知るために紫が協力するのですが、上手くいくとは限らない。

だから、これだけ大掛かりな儀式として、映しだそうとしているのです。

「何か綿飴みたいだな。味見していいか?」

「食べられるわけがないでしょう。触ることもなりません。あなたが過去の恥を大暴露したいというならば別ですが。」

「・・・そいつは勘弁だぜ。」

くわばらくわばら、と魔理沙は『鏡』から離れた。好奇心が強いことは悪くないですが、時と場合は考えなさい。

「つまり、優夢さんがこの中に入れば、あんなことやそんなことが私達にも見られるってわけね。」

「あなたが想像しているようなことはないと思いますが、そういうことです。」

「あら、私は『あんなことやそんなこと』としか言ってないわよ。何を想像したのかしら。」

「死者の中には強姦殺人を犯したような大罪人もいましてね。当然地獄行きなわけですが。」

「・・・つまらない奴。」

博麗の巫女とはいえ、閻魔を手玉に取ろうなど、百年早い。

「さて、『名無優夢』。いえ、名も知らぬあなたよ。もう一度確認しますが、覚悟はよろしいですか?」

「何度確認しても結果は変わりませんよ。いつでもやれます。」

最後の確認に、彼は首を縦に振った。迷いはないようですね。

霊夢と魔理沙、それから幽香は、この光景を興味深そうに見ていた。

メディスンは既に飽きて寝ており、小町は起きてこそいるが眠そうに欠伸をかみ殺している。

別に見ることを強制しているわけではないので構いません。彼と、最低でも私と紫が見れば十分なのです。

「さあ、早くして頂戴。いつまで待たせる気。」

幽香が遠慮なく文句を言う。別に彼女に従うわけではありませんが、そろそろ始めましょう。

「八雲紫。」

「わかっていますわ。」

パチンと、紫が扇を閉じる。別にその動作は必要なかったのだろうが、とにかく境界を操る力を行使したようだ。

意識に同化してしまうため、認識しづらかった彼の気配が、ほんの少しだけはっきりとする。どうやら、それが彼女の能力限界のようだ。

・・・果たしてこれで名を読めるだろうか。意図的に波長をずらし、彼を見た。

先に見たときよりは少なくなりましたが、まだ多い。100は越えている。

「もう少し、何とかなりませんか。」

「無茶をおっしゃる。これでも相当な無理をしてますわ。」

その言葉が真実である証拠に、彼女らしくもなくびっしりと玉のような汗を額に貼り付けていた。

これ以上の要求は酷というものですね。

「わかりました。後は私が何とかしましょう。あなたはもう少しだけ、今の状況を維持してください。」

「そう長くは持ちませんわ。あと10秒。」

短い。それだけ短い時間の間に、彼の本当の名を探さなければならないのか。

・・・いいでしょう。それならば、私のできる最大限をお見せしてさしあげましょう。

これが閻魔の本気です。

残り10秒という言葉を聞いた瞬間から、私は既に処理を開始していた。

まず、彼は間違いなく日本人であり、それ以外の名前は一切を除外。これで半数。

その後、明らかに女性の物も除外。如何に今は女性にもなれると言っても、昔は生粋の男だったはずです。

これでさらに半数。およそ20強の名前が候補となる。

そこからさらに奇をてらったようなありえない名前を除外し、また過去に裁いた記憶のある名前も除外。

残り5つ。しかしこれ以上は論理的な手法で除外することができない。この時点で残り3秒。

あとは、名前の密度で決めるしかない。しかしほとんど差異はなく、誤差という程度――。



いや。

見つけた。一つだけ、揺れることなく確固としてある名前を。恐らくは、これが彼の名前。

確信し、私はその名を覚え――しかし、覚えきる前に膨大な情報が押し寄せてきた。時間切れか。

「ふぅ・・・。どうです、読めまして?」

「不完全に、ではありますが。それらしきものは見つけられました。」

覚え切れたのは苗字の部分だけ。残念ながら、名前の部分までは読めなかったし、読めたとしても覚えるだけの時間はなかったでしょう。

「本当ですか!?」

本人である彼が、驚きに声を上げる。だが私はそれをいさめた。

「まだ確定ではありません。それに、本題はこれから。この名を試してみて、あなたの人生が映し出せるかどうか。ここからは、あなたが頑張る番ですよ。」

「・・・わかりました。いつでもドンと来てください。」

彼は表情を引き締め、『鏡』へと向かった。

さあ、鬼が出るか蛇が出るか。それは私にも試してみるまではわからない。

皆が、緊張の面持ちで鏡を見ていた。



そして。

「審判『浄頗梨審判――」

私は宣言をし。



彼は、『鏡』の中に飲み込まれた。





***************





突然黒い靄――『浄玻璃の鏡』が俺に覆いかぶさってきたから何事かと思ったが、どうやらそうやって映し出すようだ。

俺は抵抗なく、靄の中に飲み込まれた。

『鏡』の中は不思議な空間だった。外から見た感じだと、人一人が入ったらそれでいっぱいになりそうな程度の体積しかなかったのに、中に入ってみると無限とも思えるスペースを感じた。

その中を、俺は高速で前へと進んでいた。特段意識しなくても勝手に前に進んだ。

あるいは、後ろに下がっているのか。これは『その人間の功罪』を映し出すらしいからな。

つまり四季様が『宣言』した名前は、俺の本当の名前だったんだろうか。靄に隠されてしまったせいで聞くことができなかったんだが。

ともかく、俺は黒の深淵の中へと進んでいた。・・・いや、これは落ちているんだろうか。前も後ろも上も下もわからない。そんな空間だった。

進んで進んで、とにかく進んで。





不意に、視界が開けた。光が溢れ、眩しさに思わず目を瞑る。

だが、不思議とすぐに目は慣れた。眩しいと思ったはずなのに、目は全く眩しいと認識していなかったようだ。

まるで夢の中であるように。ひょっとしたら、俺は既に夢の中にいるのかもしれない。

現実と夢があやふやな感覚の中、俺はそこに立っていた。



幻想郷ではありえないその場所。今の俺にとっては新鮮な――すっかり慣れきってしまったアパートの一室。

不思議だ。俺は今新鮮だと思ったはずなのに、妙にこの場所が板に着いていた。俺は知らないはずなのに、俺の深い部分がここを知っていた。

何処だとか思うこともない。ここは間違いなく俺の部屋だった。

複数人で住むには狭く、一人で住むには快適なだけの空間がある、ワンルームの借家。これで月々5万という破格の物件だ。

一人で暮らすために、家具は一通り揃っている。特に料理器具に関しては、ちょっとは料理に自信もあったのでそれなりの金をかけて買い揃えていた。

キッチンにはガラスが散らばっていた。コップが割れでもしたんだろうか。それにしても量が多く、危ないな。

寝室の方を見ると、そちらも荒れている。まるで台風の後であるかのように、本が散乱し、布団が破れ、本棚や箪笥も倒れていた。

ここで何かあったんだろうか。たとえば、強盗が押し入ってきて退治した後だったとか。・・・ないか。

俺の城は、理由はわからないが荒れ果てていた。それも昨日今日の話ではなく、数日前からそうだったのだろうということが、積もった埃の量から推測ができる。

今の俺なら『掃除しがいがあるな』と言葉遊びの一つも出てくるだろう。

だけど、このときの俺にはそんな余裕がなかったらしい。



まるで自分の心と体が分離したみたいに、俺は『このときの自分』を冷静に見ていた。

俺は荒れた自分の部屋の中で、仕切りに床を叩いてた。

理由なんかない。ただの癇癪だ。床でなければ壁を叩き、時には自分も傷つけた。

一体何がそんなに気に入らないのか、そこまでは思い出すことができなかったが。

とにかく俺はイライラしてたんだ。何かに当り散らさなければ耐えられないほどに。

いや、ひょっとしたら悲しかったのかもしれない。やり場の無い悲しみが、怒りの発露となって攻撃性を剥いただけかもしれない。

そんな心地よくない感情が、当時の俺を埋め尽くしていた。

自分の様子を客観的に見て、俺は何故か安心した。何故か――ああ、そうか。俺も昔は普通の人間だったんだなって思ったんだな。

当時の俺は受け入れられなかった。その現実を。それが怒りや悲しみを生んで、負の連鎖を巻き起こしていることにも気付かずに。

気付いたとして、どうしようもなかっただろうが。ただの人間は、自分の感情をコントロールすることさえ難しいんだから。

何の力も持たない、ただの弱い人間でしかない俺は、ふらりと立ち上がった。暴れるだけ暴れて、少し頭も冷めただろうか。

だがじっとしていればまた黒い感情が襲ってくる。それがたまらなく恐ろしく、その現実が嫌で、俺は自室から逃げるように飛びだした。財布だけは持ったみたいだ。

どれだけ逃げたって変わらないというのに。敵は俺の中にいる。いくら遠くに逃げようとも、心を置いていかない限り付き纏ってくるというのに。

走り、電車に乗り、また走り。

出来るだけ遠くまで逃げ続けた。



場面が変わる。いつの間にか、俺は人気のない廃ビルの屋上にいた。何処をどう走ったらこんな場所に出るんだか。

走り続けたせいで息が上がっている。疲労で膝が笑う。まともな思考に回すだけのエネルギーもなかった。

何故こんなことになったんだろう。答えが出るわけでもないのに、俺は同じ問いを何度も何度も自分に投げかけていた。

何故と聞かれても、今の俺に答えられるわけがない。何がどうなったのかの経緯すら、俺はまだ知らないんだから。

もっとも、これは俺の過去の記憶。俺の行動に付き合ううちに、少しずつだが記憶が戻ってきてるらしい。いまだ名前すらも思い出せない、過去の俺の自問に過ぎない。

だから、今の俺がもし答えられたとしても、記憶の中の俺には何の助けにもならない。

息が整ってきた。すると、またあの何とも言えぬ黒い感情が襲ってきて、恐怖を感じる。

逃げるように立ち上がり、足を前に踏み出す。



青い空が、見えた。

そしてその瞬間、まるで天啓が降りてきたかのように、俺の中にある発想が浮かぶ。

――ヤメロ。



そうだ。逃げる必要なんか何もなかった。初めからこうすればよかったんだ。

それじゃ何の解決にもならない。早まるな。



そうすれば俺は、『俺』に絶望しなくても済む。これ以上誰も憎まずに済む。

残された人達はどうなる。その程度の苦しみから、逃げようとするな。立ち向かえ。



決めた俺の行動は早かった。先ほどまでの疲れが嘘のように、軽い足取りでビルの鉄柵を越える。

眼下に、はるか遠い地上の風景が広がった。廃ビルだから周りには何もなく、まるで荒野の中に俺一人だけいるようだった。

ヤメロ。やめろ。やめろ、やめろやめろやめろ!!



俺の生存本能がうるさく制止を訴えるが、俺の信念を曲げるには至らなかった。

だから、俺は。





実に安らかな心持ちで、足場を蹴った。

俺の体は自由落下を始め、頭から地面に向かった。

そして――――――――








「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?!?!?」

情けなくも悲鳴をあげ、俺は『鏡』の中から撥ねだされた。

それとともに黒い靄は霧散し。俺の居場所は、見慣れた博麗神社の境内だった。

だけど、俺の動悸は収まらなかった。いくら今は飛べるようになったからと言って、あんな体験を思い出させられたら誰だってそうなる。

――そう。そうだ。俺は、あの時。

全てを思い出せたわけじゃない。だけど、四季様が見せてくれた『人生』は、間違いなく俺の過去で。

他の皆も見ていたはずだ。それが証拠に、魔理沙は愚か霊夢も言葉を失っている。四季様は、非常に難しい顔をして俺をにらんでいた。

そりゃそうだ。俺はあの時に、・・・死んでいたはずなんだから。

「通りでいつまで経っても思い出せないわけだよ。ったく・・・。」

よもや、俺の願いを俺が肯定し続けていたなんて、夢にも思っていなかった。



「立てますか、『白鳥しらとり』。」

四季様が俺の近くまで歩み寄ってきて、そう声をかけてきた。

「ええ、何とか。それが、俺の本当の?」

「まだ苗字だけしかわかってはいませんが。その反応を見ると、どうやらあれがあなたの人生で間違いはなかったようですね。」

「ええ・・・。」

その苗字にも、何故だか覚えがあった。だから多分、本当に俺の苗字ではあるんだろう。

けど、名前は空白。そこはやはり思い出せなかった。

「・・・言いたいことは山ほどありますが、ひとまず置いておきましょう。あれがあなたが幻想郷に入る前の最後の記憶ですか?」

「はっきりはわかりませんけど、多分。あそこから生還するなんて、幻想入りって反則ぐらいしか思いつきませんよ。」

「恐らくそれは間違いないでしょうね。あれなら、どんな非常識が起こっても不思議ではない状況ですもの。」

紫さんは特に何も感じていないようだ。紫さんからすれば、高々一人の人間の生き死にの問題程度、何でもないんだろうな。

「非常識は博麗大結界によって、幻想郷へと誘われる。だから優夢は生存して、今こうして『願い』としてここにいる。」

「その名で呼ぶのはやめなさい。本当の名がわかったのだから、仮の名はもう必要ない。」

「まだ苗字だけでしょう?それに、彼のこの名は気に入っていますの。」

紫さんは楽しげにそう言った。俺の回想録に、面白い場面でもあったんだろうか。

「どちらでもいいですよ。優夢ってのも呼ばれ慣れちゃったし、白鳥って呼ばれても何か反応できそうです。」

「当然でしょう、あなたの名ですよ。」

それもそうですね。

「軽いですね。あなたは、あれほど罪深い己の過去を知ってなお、今まで通りに振舞えるのですか?」

責める様に、四季様は目線で俺を射抜いてきた。確かに、そう見られても仕方が無いことだ。

けど。

「今の俺は、受け入れられるんです。それが俺の最強の武器ですよ。」

あのときの俺は――何をかは知らないけど、受け入れられなかった。その結果、自分の命を断つという愚行に踏み切ってしまった。

四季様の言う通り実に罪深く、愚かしいことこの上ないと自分でも思う。

だけど、今の俺はその事実さえ受け入れ、肯定できる。おかげで俺は、こうして皆と知り合えたんだ。

だったら、あれはあったこととして受け入れるべきだと、そう思えた。

「まあ、勿論反省すべきだとは思いますけどね。」

「当然です。この後その件についてみっちりとお説教しますので、覚悟しておきなさい。」

四季様の宣告に、俺はうへぇとため息をついた。それを皮切りに、霊夢と魔理沙が寄ってきた。

「よう、自殺志願者。もうこの世に未練はないか?」

「冗談言うなよ、魔理沙。お前ら放ってあの世に行ったら、後が恐ろしくて敵わん。」

「それだけ言うなら一安心ね。まあ、これからも償いのつもりで神社の掃除とか家事とかよろしく。」

「償いとかあんま関係ないよな、それ。」

こいつらは既にいつも通りだ。あれは過去に過ぎたことであり、今の俺の在り様を変えるような事件ではない。

だったら、気にすることは何もない。そう思えるこいつらが、俺は大好きだ。

俺達を見て、四季様は一つ息を吐いてから、少しだけ表情を柔らかくした。

そのちょっとした騒ぎで、いつの間にか寝ていた小町さんは目を覚ました。何とも自分のペースを守る人だ。

明らかになった過去は重かったかもしれないけど、ここの空気は何も変わらなかった。



「優夢。」

明らかになった俺の名ではなく、以前からの仮の名を呼ぶ。幽香さんだ。

後ろから声をかけられたので、俺は「何ですか」と言いながら振り返り。



がっしりと頭をホールドされた。

「は?」

その行動の意味がわからず、俺は頓狂な声を出した。だが、俺の疑問は次なる幽香さんの行動で解消される。



幽香さんは唇を俺の唇に押し付けてきた。のみならず、舌まで入れてきた。

所謂ディープキスというやつだ。正式にはフレンチキスと言った方がいいか。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。



『はぁ!?』

解放された俺と、見ていた霊夢と魔理沙と小町さん、それから四季様までもが驚き叫んだ。だが、幽香さんは満足したように笑んでいた。

「あらあらあら、まあまあまあ。そういうこと?」

「ええ、そういうこと。」

紫さんだけは何か理解したようだ。・・・ひょっとして、紫さんと同じく俺の『願いの世界』に自身を介入させるために?

(そんなことはないわ。私は今こうなって、初めて知ったのだから。)

内側から、早くも俺の中で形となった幽香さんが俺の疑問を否定する。じゃあ、何のために・・・。

「霊夢。楽はさせてあげないから、覚悟しておきなさいね。」

「意味がわからないわよ。」

霊夢の言葉ももっともだった。ぶっちゃけ意味がわからない。

内側の幽香さんに聞いても答えてくれないし、他の『願い』も何かニヤニヤしてる気配がするし。

「それでは皆様、ごきげんよう。また会いましょう、優夢。」

そうとだけ言って、幽香さんはメディスンを背負い神社を後にした。その背に向けて、霊夢が「二度と来んな」と暴言を吐く。

・・・何がどうなってこうなったのか、俺にはさっぱりわからなかった。

「・・・そういえば、あなたは女たらしということで有名でしたね。自殺云々の前に、まずはそれについてお説教が必要です。」

「え゛!?いや、だからそれは根も葉もないデマだって・・・」

「たった今私の目の前で風見幽香を口説き落としておいてそんな言い訳が通用すると思っているのですか?そう、あなたは無自覚に女性を魅了しすぎている!」

「ちっとも口説いてないじゃないっスかー!!?」

「まあ、優夢さんなら仕方がないわね。落とした人数分しっかり絞られなさい。」

「にしても、幽香の奴が優夢に、ねえ。マジなのか?」

「多分ね。何だかんだであの子、情熱的なのよ。」

「目を覚ましたら、そこは修羅場だった。うーん、これは面白いかもしんないね。」



そして、俺は四季様の文字通り『地獄の』お説教の餌食となり、それは一日だけでは終わらなかった。

皆はそれを眺めて宴会を開いたり、酒の肴にして騒いだり、騒ぎすぎて一緒に説教されたりして。

とにかく、しばらくは解放されなかった。

「こら!聞いているのですか、白鳥!!」

「聞いてますからもう勘弁してくださーい!!」

めでたいのやらめでたくないのやら。





***************





「そう、優夢君の過去にそんなことがね・・・。」

本当なら、あのまま太陽の畑に帰ろうと思っていたんだけど。やはり誰かに話したくて、私はもう一度茶竹の家に寄っていた。

夜の縁側。私と靈夢は並んで腰掛、彼女の夫が淹れたお茶を飲んでいた。

一文の腕は、やはりまだまだ一磋のかなり先を言っている。この間飲んだのよりも、非常に美味に感じられた。

私が伝えた内容は、靈夢にとってはだいぶに衝撃的だったようだ。まあ、私もそれなりに驚いたことなんだけどね。

何でも受け入れるという今の彼からは想像もつかない、酷い過去だった。現実を拒絶し、ついには自分の命すらも拒絶してしまった彼の最期。

そして、そんな自分の愚かささえも受け入れてしまった今の彼が、私にはこれ以上もなく面白かった。

だから私は、昨日靈夢に言ったことを実行することにした。



『もし彼が霊夢に相応しい相手だったとしたら――そのときは、私が奪っちゃおうかしら。』

あのとき私は、そう言った。

実際彼は、魅力的と言うには十分だった。何が、と問われても答えはしない。言葉にしてしまったら、その瞬間この愉快な恋心がつまらなくなってしまいそうだから。

こんなにも人を恋しいと思ったのは、いつ以来だったかしら。

だから私は、彼にキスをした。その意味が伝わった様子はなかったけど・・・元々一筋縄で行く相手だとは思っていないもの。関係ないわ。

私はもう決めた。彼が生きている限り、私は彼を愛する。邪魔をするなら、スキマだろうが大結界だろうが叩き潰してやるわ。

勿論相手が霊夢でも容赦しないけど・・・あの子と二人でなら、悪くないかもしれないわね。

他の連中はどうでもいいわ。友達付き合い程度なら許すけど、もし優夢に色目を使うような真似をしたら虐めてやろう。

「全く、あんたって奴は・・・。まあ、ある程度想像はついてたけどね。」

「あら。あなたは彼が私を魅了するって思っていたの?」

「別にそうじゃないけど。どんな形であれ、彼があんたの興味の対象になることは間違いないと思っていたわ。」

「この私や霊夢が興味を持つのよ?」と彼女は言った。フフ、確かにそうね。

色々あったけど、これからが楽しみだわ。

花の『異変』の向こう側に待っていた新しい世界を、私は歓迎して迎え入れたのだった。



「こら、メディスン。女の子が裸でうろうろするんじゃない。」

「だってお風呂熱いんだもんー。」

メディスンをお風呂に入れていた一磋が、手ぬぐいを腰に巻きつけながら裸で歩くメディスンを追いかけていた。

あの子もすっかり一磋になついちゃったみたいね。私達はクスクスと笑いながらその光景を見ていた。

「やっぱり、一磋の妻にメディスンを。」

「だからやめろっての。」





+++この物語は、彼の過去が一つ紐解かれる、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



生涯の終わりを越えた者:名無優夢(本名:白鳥??)

長いこと謎のままであった彼の記憶が、とうとう一つ紐解かれた。本当の苗字は『白鳥』。下の名前は不明のまま。

彼が自分の記憶を思い出せなかったのは、他でもない彼自身が『自分でなくなること』を願っていたため。彼の能力は、善悪の区別なくその願いを肯定した。

己の存在に対する自覚はまだまだ足りていないが、彼もようやく未来に向けて動き始めたのだ・・・。

能力:あまねく願いを肯定する程度の能力

スペルカード:想符『1700万ゼノのブルーツ(笑)波』、思符『デカルトセオリー』など



東方幻夢伝 第四章

花映塚 ~Flowers Invite Lively Accident and His Lost Memories.~

End.



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[24989] 四・五章一話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2011/06/05 13:50
『幻想郷縁起』という書物がある。幻想郷に住む妖怪や妖精、力を持った人間なども記されている、遥か昔より書き続けられている絵巻だ。

人と人ならざる者が共存する幻想郷において、それは人間にとっての生命線でもある。

力を持つものと持たぬものが共存するためには、互いを——少なくとも持たぬものが持つものを知る必要がある。知は両者の隔たりをある程度埋めてくれる。

たとえば危険な人食い妖怪がいたとしよう。もし何の知識もない、戦う力を持たない人間が彼らに遭遇してしまったとしたら、何の対処も出来ぬまま食われてしまうだろう。

しかし、もしその妖怪の出現場所を知っていれば、そもそもの遭遇を回避できる。その妖怪が苦手なものを知っていれば、撃退できるかもしれない。趣向を知っていれば、味方に引き込むことも可能だ。

幻想郷縁起には、そうした妖怪達の風貌、縄張り、嗜好、さらには危険度や友好度までを記されている。

もちろん、人間の中にも読まないものはいるし、読んだから確実に安全とも言えない。

それでも私は、この書物が人の助けになっているという自負を持っている。たとえこれが閻魔様からの指示でなかったとしても、私は幻想郷縁起を書き続けるだろう。





自己紹介が遅れてしまいましたね。失礼しました。

私は稗田阿求。九代御阿礼の子であり、一代から連綿と書き続けられてきた幻想郷縁起の後継者にして、これの最初の編纂者でもある者です。

以後、お見知り置きを。














東方幻夢伝 第四・五章

夢絵巻 〜Who is he?〜









わざわざ章として設けられたこの話がそれだけであったなら、特段語るべきことはないだろう。そも、私の執筆風景に興味を持つ人間がどれほどいることやら。

当然、事件と言って然るべきことが起きたのである。

この書を読んでいる諸兄にとっては既に知るところであるだろうが、幻想郷縁起に書かれた一部の妖怪達の仔細を変更することになった。

記述の変更はそれほど珍しいことでもない。長い年月の間に、妖怪と言えど変容していく。数は少ないものの死去する妖怪もいる。

新たに生まれた妖怪に関する追記は幻想郷縁起編纂の主たる目的と言ってもいい。既存の妖怪でも、これまで知られていなかったような内容は追記の対象となる。

だが、今回のそれは今までのものとは全く違う。一部とは言え内容が激変し、最早改編と言っていいほどだ。

一例を挙げよう。諸兄が人食い妖怪と聞いてまず思い浮かべるのは『宵闇の妖怪』ルーミアだろう。

闇を操る彼女の領域に入ったものは、逃げ道を失い餌食となる。毎年のように犠牲者が出ている、凶悪な妖怪だ。

それが一昨年頃からだろうか。彼女に襲われたという報告がパッタリとなくなった。どころか、道に迷った者が遭遇したとき、親切にも神社まで案内してくれたという。

あまりにも急激な変化だ。私の記憶が間違うことはないが、正しければ、彼女は一代前の時から貪欲に人を食らう妖怪だったはずだ。それがたった数年の間に、真逆の存在に変化してしまった。

もう一つ。これもまた諸兄のよく知ることであろう、移動八目鰻屋台『珍々亭』の話だ。

あの屋台に行った者はその目で見たであろうが、女将を勤めるのは『人の消える道の夜雀』ミスティア=ローレライ。彼女もまた、凶悪なことで有名だった。

今でこそ彼女の犠牲者になる者はいないが、二代前のときは運び屋の一団が丸々消えたこともある。

そんな恐ろしい妖怪が人里でも人気の屋台を開くなど、当時の人間の誰に予想が出来ただろうか。



変化のない時代は存在しないものだが、それにしても此度は激動だ。

一体何が原因なのか。私は疑問に思い調査を始めた。

答えは、最近人里に来ることが多くなった烏天狗が持っていた。





「あやややややや。そこに見えるは稗田の阿求さんではありませんか?」

大きめの通りを闊歩していると、唐突に後ろから呼び止められた。

この特徴的な喋り方は姿を見ずとも誰だか分かる。

「そうですよ。こんにちは、文さん。」

「こんにちは。珍しいですね、阿求さんが一人で出歩いてるなんて。物書きのネタでもお探しで?」

排他的な天狗には珍しく、人間に友好的な烏天狗。私の想像通り、声の主は射命丸文さんだった。

「そういう文さんは、取材ですか?」

「取材をしに遊びに来たってところでしょうか。」

おかしな言い方に、私はくすりと笑った。

文々。新聞という情報冊子の記者をしている彼女は、こうして人里に記事の種を求めて来ることが多い。実を言うと、私も数回ほど取材に協力したことがある。

裏表はあるものの、彼女のはっきりとした性格は好ましいものだし、私の役目としても彼女との繋がりは嬉しいものだ。

幻想郷縁起編纂に当たって何より大事なものは、情報だ。何処に何の妖怪がいるか。直接見に行くにしても、知っているのと知らないのとではかかる労力が大きく違って来る。

私が取材に協力するというのは、そういった情報の対価でもある。持ちつ持たれつということだ。

「そうですか。私も似たりよったりといったところですよ。」

「おやや?当たっちゃいましたか。というとやはり、幻想郷縁起の?」

こくりと頷く。決して外れているわけではない。

「う〜ん、幻想郷縁起の完成は私も毎回楽しみにはしてるんですが、たまには別のものも書いてみたらどうです?阿求さんならきっと面白いものが書けると思いますよ。」

「お気持ちは嬉しいですが。私はこれに生涯をかけなければならないんです。そのためにこうして続けているんですから。」

「それは知っていますが。ほら、たまには息抜きってことで。」

「大変魅力的ですが、息抜きなら十分いただいてます。これ以上はこの身には分不相応というものですよ。」

「仕方がありませんね」と文さんは苦笑をした。

「ということは、新しい妖怪の情報でも出ましたか?もしそうだったら、私にも一枚噛ませてもらえませんかね。最近また部数が伸び悩んじゃって・・・。」

「あら?ちょっと前は里のあちこちでも新聞を見ましたけど。一体どうしたんですか?」

「まあ、ちょっと事情がありまして。神社の記事が書きづらくなってしまったんですよ。」

そういえば、最近は神社の記事が多かったか。博麗の巫女とは別に外来の居候の巫女がいるようになったのだと記事には書いてあった。

写真もあり、美人だったことを覚えている。・・・ああ、だから人気だったのか。

「それはご愁傷様でした。けれど私の方も、生憎と新しい話ではないんですよ。申し訳ないですが、文さんのお力にはなれそうにないですね。」

「あやや、そうですか。残念です。」

そうは言うものの、文さんは特に落胆した様子もなかった。これが彼女の魅力的な一面だろう。

「しかし、では何故?」

「実は、幻想郷縁起に書かれている妖怪の情報と伝聞の内容が一部著しく食い違っておりましてね。真偽の究明と原因の調査ですよ。」

私の言葉に、文さんは心底驚いた表情を見せた。幻想郷縁起の性質を知る彼女には、その重大さがわかったのだろう。

「それって結構大問題じゃないですか?」

「ええ、ですからこうして調査をしているのですよ。」

「なるほど、ご苦労様です。」

「当然のことですよ」と告げ、私も先を急ぐ身。この場を後にしようと思った。

「しかし。それならそれで、一つ記事にはなりそうですね。お急ぎとは思いますけど、少々お時間よろしいですか?」

しかしどうやら、この事は彼女の琴線にいたく触れてしまったようである。言う彼女の瞳は輝きに満ちていた。

元々邪険にするつもりはなかったが、少々判断を誤ったかもしれないと少々の反省をし。

「わかりました。その代わり、文さんも何かご存知でしたらお知らせ願えるでしょうか。」

「無論ですとも。」

彼女は力強く頷き、私達は近場の甘味処に腰を落ち着けることになった。



とは言え、まだ原因を調査している段階であり、私自身多くを知っているわけではない。縁起に載っている情報と風の噂に差異のある妖怪を挙げ、差の部分を伝えるのみだった。

それほど長くもない話を聞き終え、文さんは難しい表情をした。

「・・・とまあ、これでは記事にならないでしょう?」

彼女の心中を慮り、締めの言葉を一つ。

しかし、文さんの考えていることは、私の予想から少々外れていたようだ。

「いえ、そういうんではなく・・・。あ、これだけじゃ記事にするには情報が少な過ぎるというのは確かですよ。しかし、う〜ん・・・。」

歯に物が詰まったような言い方に、私は何事かと尋ねた。

答えは実にあっさりとしていた。

「・・・実は、原因に心当たりがありすぎるのが一件あるんですよ。っていうかほぼ確定ですね、こりゃ。」

「本当ですか?」

彼女が嘘をついているとは思えないが、反射的に聞き返していた。

しかし、それならば何を悩んでいるのだろう。

「これって、結局神社の記事になっちゃいますから。最近神社の記事が書きにくいっていうのはさっきお話しした通りですから、はてさてどう記事にしたものやら・・・。」

神社?博麗神社が一体どう関わって来るのだろうか。

「今代の博麗が、妖怪達に睨みをきかせているんですか?」

噂でしか聞いていないが、今代は歴代でも稀に見る冷血巫女だとか。それが真実だとしたら可能性はあるが、返ってきたのは否定。

「確かに抑止力としては申し分ないでしょうが、基本やる気ありませんからね、霊夢さん。」

なるほど。

「そちらではなく、もう一人居候の方がいらっしゃるんですが。」

「文さんがよく記事にしている方ですね。」

「ご存知でしたか。・・・て当たり前でしたね。」

文さんに限らず大勢の人妖に、御阿礼の子が持つ『求聞持の能力』は知られている。千年以上も続けていれば有名にもなるものだろう。

「それなら話は早いです。簡潔に言うと、今回キャラクターが大幅に変わった妖怪は、皆彼に関わりを持っているんですよ。阿求さんの耳に及んでいないだけで、まだまだいますよ、該当しそうな人達。」

『彼』?はて、神社の居候は女性だったはずだが。もう一人いたのだろうか?

まあいい、おいおい聞けばいいだけの話。今は目の前の新たな事実の方が重要だ。

「それは捨て置けない事実ですね。該当する方々をお尋ねしても?」

「構いませんが、纏める時間はくださいね。私には一度見聞きしただけで覚えられるような便利な能力はありませんので。」

言いながら文さんは、懐から手帳——文花帖を取り出し、頁をパラパラとめくりはじめた。

彼女が語る一語一句の全てを正確に記憶しながら、これから待っている仕事を思い、目眩を覚えたのだった。



「・・・大体こんなところですね、彼が関わった人妖は。」

「随分と大勢ですね。それに、種族や位もまちまちで。」

彼女から聞かされた内容に、私は正直驚きを隠せなかった。

宵闇の妖怪や湖上の氷精、虫の妖怪と、所謂弱小妖怪(それでも私のような普通の人間には十分過ぎる脅威だが)に始まり、吸血鬼のような大妖や妖怪の賢者、冥界のお姫様とまで交流があり、果ては最近魔界神と文通を始めたとか。

顔が広いという言葉では済ませられないほどの交友関係の広さだった。

「話だけ聞いてると何かの冗談みたいですね。」

「それを素で実際にやってるところが、彼の『幻想郷の住人らしさ』ですよ。」

上手い言い方をするものだ。

「さてしかし、となるとこれは大仕事ですね。全ての影響範囲を調べるとなると、命が九個あっても全然足りません。」

「危険な場所もありますしねぇ。あ、申し訳ありませんが私は協力できませんよ。自分の分の取材もありますし、山の仕事も放っておくわけにはいきませんから。」

「わかっていますよ。文さんはお忙しい方ですから。」

しかし、誰かの協力なしには成しえない仕事になるだろう。

里の守護者・・・は離れるわけにはいかないだろうから無理。博麗の巫女に頼むのは、聞いた限りの話では現実的ではない。

護衛を頼むとしたら、人里出身の魔法使いか、竹林の不死人が妥当だろうか。しかし彼女らも気まぐれな幻想郷の住人、聞き入れてもらえるかは五分五分か・・・。

そうやって今後の方針に悩んでいると、文さんから提案が出された。

「そうだ、それならいっそ彼に頼んではどうでしょう?」

彼とは・・・間違いなく今まで話題に上がっていた彼のことだろう。しかし、何故?

「彼は病的なまでのお人好しですからね。事情を話せば、きっと二つ返事で引き受けてくれますよ。」

「それは大変助かりますが、彼ということは男性でしょう?男性の霊力では・・・。」

「そこも心配いりません。何せ彼は、今までに3つの『異変』を巫女と共に解決してきているんですから。」

男性で、『異変解決』だと?その言葉に私は言いようのない衝撃を覚えた。

一般に女性の方が男性よりも霊力が高いというのは周知の事実だ。弾幕ごっこのできる男性を、私は見たことがない。『人間の男性』では。

「彼は人間じゃないんですか?」

「人間ですよ。所謂れあけーすって奴ですね。だから当然、幻想郷縁起にも載せなければいけないでしょう?」

・・・なるほど、そういうことか。私は文さんの提案の意図に合点がいった。

「そういうことなら、当たってみるのも悪くないかもしれません。情報のご提供、感謝します。」

「いえいえ、こちらも幻想郷縁起の改訂という大事件を聞かせていただきましたし。とんとんですよ。」

もちろんわかっているが、感謝の意は示したい気持ちだった。

「そうそう、情報提供ついでにもう一つ。依頼をするなら明日寺子屋に行くといいですよ。彼は毎週一日、寺子屋で働いていますから。」

「了解しました。では、明日寺子屋にお邪魔して、そこで話を持ちかけてみます。」

「改訂が上手く行くことを期待してますよ」と言って、文さんはお勘定を済ませて空へと飛び立っていった。相変わらず行動の早い妖怪だ。

さて、と。寺子屋か。なるほど。

「・・・それなら、こうしましょうかね。第一印象というのも大事ですし。」

私は明日、寺子屋に行くときのことを考えながら、まだ残っていた私の分のみたらし団子を口に運んだ。





こうして私は、幻想郷縁起に新たに名を連ねることになった人物——名無優夢こと白鳥××(名前は不明なので後に追記する)と出会う機会を得たのである。





「・・・それにしても阿求さん、あんまり文々。新聞読んでないんですね。ちょっとガッカリしました・・・。」





+++この物語は、幻想を語り紡ぐものから彼を観察する、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



九代目御阿礼の子:稗田阿求

阿礼乙女と呼ばれる初代稗田阿礼の転生体。とは言っても、初代の記憶・経験・性格を忠実に継承しているわけではない。

10代前半と思われるが、脈々と受け継いできた一部の記憶によってそうは思えないほどの聡明さを持っている。

ちなみに文々。新聞は意図的に読んでいないのではなく、編纂作業を優先しているため積みあがっている状態になっているだけ。

能力:一度見た物を忘れない程度の能力

スペルカード:なし



→To Be Continued...



[24989] 四・五章二話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2011/06/05 13:51
思えば、寺子屋の教師も長くやっているものだ。幻想郷にやってきて一月が過ぎてから始めたのだから、ちょうど二年ぐらいか。

初めは子供たちに振り回されるだけだった俺だが、今ではすっかり慣れ、時には一緒にバカをやったりもしている。

教師と生徒の信頼関係って奴は、少なくとも築けているはずだ。俺一人の感覚だったら『気のせい』と自分で切り捨てるだろうが、この点に関しては慧音さんも認めている。今日のように慧音さんが忙しいときなどは、俺一人で寺子屋を切り盛りするよう委譲されているぐらいだ。

色々な点で至らない俺だけど、こうして信頼してくれるのは嬉しいことだし、応えたくもなる。だから『俺は寺子屋の教師だ』と、自信を持って胸を張っている。

とは言え、もちろん俺が未熟であるという意識は捨てていない。これは何事にも言えることだが、自信と慢心は紙一重だ。そして言うまでもなく、慢心は失敗に繋がる。

言い訳がましく聞こえるかもしれないけど、弾幕ごっことかでいくら俺が『強い』と言われてもそれを是としないのは、そういう理由もある。まあ、実際問題周りを見てると強いなんてこれっぽっちも思えないがな。

ちょっと話は逸れたが、教える側の俺も生徒達から学ぶことは多い。どう教えれば皆が理解できるかっていうのは、教えてみないことにはわからないものだ。

それが教職の醍醐味だという慧音さんの言葉は、今の俺にはよく理解できた。教えることと学ぶことは本当に楽しい。

きっとこれからも、俺は教え教えられていくんだろう。今のところ辞める気が全くない、この教師という職を続けている限り。



とまあ、ちょっとそんな気分だったのでこれまでの振り返りとこれからのことに思いを馳せてみたわけだが、授業中は授業中に集中しないとな、と自分を叱咤する。

俺は今、寺子屋の事務室で教材をまとめているところだ。後五分もすれば、授業を開始する。

先にも述べたとおり、今日は慧音さんが授業を出来ない。俺一人で切り盛りしなきゃいけないってことだ。

慣れてきたとは言え、一人で切り盛りというのは結構大変なものだ。俺が来るまでずっと一人でやっていたという慧音さんには、本当に尊敬の念を抱かずにはいられない。

慧音さんは俺の目標だ。いつかはあの人のような偉大な教師になりたいものだ。

それはそうと、慧音さんの話では、今日は一人見学者がいるそうだ。名前は聞いていないが、11、2ぐらいの少女なんだと。

俺の授業は時折見学者がいる。それは俺の知人達であり、レミリアさんだったり萃香だったり妹紅だったり、様々だ。

けれど、今回の見学者は彼女らとは違い俺と全く面識がない。そのぐらいの歳の人間の少女で、知り合いはいないからな。

身内が見ているだけという気安さはない。ヘマをやらかして寺子屋のイメージを下げるわけにはいかない。そう考えると、ちょっと緊張した。

あまり緊張しすぎてもいけない。最初の頃の失敗は、教えるということを堅く考えすぎてつまらない授業になっていたってことだ。

だから出来る限りいつものようにやるだけだと、自分に言い聞かせる。・・・そろそろいい時間か。

トントンと生徒達に配る今日の授業の資料を揃え、俺は机から立ち上がり、教室の方へ向かった。



「授業始めるぞー。席につけー。」

教室の戸を開けると、いつもの通り子供達が騒いでいた。騒ぎ声に消されない程度の声で呼び掛ける。

戸を開けるだけでも、大体の子供は静かになる。俺の授業を楽しみにしてくれてるってのは嬉しいことだ。

だが、今日は少々勝手が違った。俺が声をかけても席に戻らない生徒がちらりほらりといた。

彼ら彼女らは皆一所に集まっていた。新しい見学者が珍しいんだろうな。

俺も気持ちはわからないでもないので、叱ることもない。代わりに、騒がしくなっている一角に足を運ぶ。

「皆、新しいお友達はちゃんと歓迎したか?」

「あ、先生。はい!」

元気よく答えるミツヒコ君は、頬がほんのり赤かった。

件の見学者は可愛らしい少女だった。身なりが良く、立ち居振る舞いが洗練されている。きっといい家の娘さんなんだろうと想像できた。

寺子屋にはいなかったタイプの娘だから、ミツヒコ君もちょっと憧れたんだろう。

「けど、あんまり歓迎が過ぎると授業が始められないぞ。彼女は見学に来てるんだから、皆の授業風景を見せてあげなくちゃな。」

「あ、す、スイマセンっ!!」

俺の言葉に、ミツヒコ君は慌てて席に戻った。ドッと笑いが起こる。

さて、と。

「君が慧音先生の言ってた見学者だね。俺はここの教師をやってる名無優夢だ。慧音先生はお休みだから、今日は俺一人で授業をやることになってるんだ。すまないね。」

初対面の少女に向かって、伝えるべきことを伝える。俺の身内でもないのに見学にやってきたということは、どちらかというと慧音さんが目当てだろう。

そう思ったんだが、少女は全く気にした様子もなく。

「お構いなく。慧音さんから、今日お留守にしている旨はお聞きしていましたから。」

ゆったりとした空気を纏って、答えた。今までの知り合いにはいないタイプの娘だな。

じゃあ、別に日にした方が良かったんじゃないか?そう尋ねたところ、驚いたことに俺の授業を聞きに来たのだと回答された。

元々授業の手を抜くつもりはなかったが、こりゃますます気が抜けなくなった。

「まあ、慧音さんほど上手くはできないけど、お手柔らかに頼むよ。」

「ご謙遜なさらず。楽しみにしていますよ、名無先生。」

クスクスと笑って言う彼女に、授業前にこの挨拶はなかったかなと自身に苦笑をした。

「申し送れましたが、私は稗田阿求と申します。よろしくお願いします。」

「ああ、こちらこそよろしく。」

彼女——阿求ちゃんが頭を下げるのに倣い、俺も頭を下げ、自己紹介を終え。

「さ、それじゃ本当に授業を始めるぞ。」

楽しい楽しい理科の授業の始まりだ。





***************





彼の第一印象は『絵に描いたような優しい大人』だった。

教室に入ってくる彼は、言葉を先行させた。子供たちの質問に答えながらその声を聞いたとき、私は不思議な安心感を感じた。

男性と聞いていたが、女性としても通りそうな声音。顔も中性的であり、柔和な表情をしていた。背中にかかるほどの長い髪も相まって、一瞬美人女性と見紛うほどだ。

しかし体つきを見れば男性ということは一目瞭然であり、その格好も珍妙なものだった。

上も下も黒一色で覆われた、奇妙な出で立ち。この幻想郷の中では見たことのないものだった。ひょっとして、彼は外来人なのだろうか?

私のその疑問は、始まった授業の内容からも深まった。それは、『私の知らない内容』だった。

私は一度見聞きしたものならば、それが何であれ覚えている。十代に及ぶ転生により、私の持つ知識の量は膨大なものになっている。

その中に、一切合切影も形もないのだ。それは即ち、幻想郷では知り得ないことを教えているということになる。

そういえば、彼の顔は一度見た文々。新聞に載っていた外来の巫女に非常に似ている。ということは、彼は彼女の肉親か何かだろうか。

そう考えれば辻褄は合う。彼は彼女とともに幻想入りし、こうして寺子屋で教師をすることで生計を立て、『異変』の折に巫女とともに退治に出かけているとすれば。

——無論のこと、真実は違う。神社の居候は一人であり、彼と彼女は同一人物であった。今思えば身近に答えは転がっていたのだから、ちゃんと調査して行けばよかったと反省している。

ともかく、彼の行う授業は多くを知る私にも十分楽しめるものだった。私はいつの間にか彼の授業に聞き入っていた。

「・・・とまあ、こんな具合に気体の体積と気体が持つ圧力は比例関係にあるわけだ。細かな数字はわからなくても、感覚は掴めたかな?」

彼の確認の言葉に、子供達が元気のいい返事を返す。聞いていない生徒はいないようだ。

感覚的には知っていることだが、こうやって体系的な説明を受けると納得ができる。図を用いた彼の説明は実に分かりやすかった。

「それじゃあここまでで質問のある人ー」との彼の問いに、少し間があってから手が上がり始める。

「はい、それじゃアユミちゃん。」

「先生は、圧力は体積に比例するっておっしゃいましたよね。この間の授業で空気が気体の一種だって聞いた記憶があるんですけど、じゃあ私達の回りっていつも空気の圧力があるんですか?」

当てられた少女の質問に、私は思わず唸らされた。確かに、彼の授業から連鎖して考えればそういう話に繋がる。

見た目10程度の少女なのに、深く考察されていると感じた。

「うん、いい質問だ。結論から言っちゃうと、その通り。地上にいる俺達にはそれ相応の空気圧に常に圧されてる。この力の単位を『1気圧』って表現するんだ。」

「でも先生、空気に圧されてるって言っても、何も感じねーぜ?」

体の大きな男の子が心底わからないという調子で質問を次ぐ。彼の問いは皆も感じていたようで、一様に頷いていた。

「よく勘違いされてるけど、感覚っていうのは万人共通の物差しではないんだ。たとえば、皆は熱した油に指を入れることは出来ないと思うけど、料理人とかはそれが出来るんだ。」

「そーいえば、うちの母ちゃんがやってた。熱くないのかって聞いたら『慣れてる』って。」

「その答えが教えてくれている通りなんだよ。君達、俺達は皆、『1気圧』に慣れてるんだ。」

小さな驚きのざわめきが教室に広がる。私もこの考えは今まで持ってみたことがなかったので、驚きを感じた。

「とは言っても、中々実感が湧かないと思う。だから今日はこんな実験道具を用意した。」

満を持してという感覚を持たせ、彼は教卓に置かれていた透明な筒を立てた。

硝子性かと思っていたが、机に置いたときの音はトンと軽かった。あれは?

「これは『外』の理科の授業なんかで使われる道具だ。香霖堂で買ってきたんだが、今日の実験にはピッタリだぞー。」

説明をしながら、手際よく円柱形に切り取られた白い何か——恐らくは馬鈴薯を、筒の先端と後端に詰めていく。

「筒の中をよーく見てろよ。」

後ろの弾に木の棒を宛がい、彼はそれを勢いよく押した。

次の瞬間、先端の弾が何かに押されるように筒から押し出された。子供達から「おー」という声が上がる。

「見てたと思うけど、前の弾は押してないのに押し出されたよな。今の話に当て嵌めて考えると、前の弾は押されて小さくなって圧力の増した空気に押し出されたんだ。」

「へー。」「面白そう。」

子供達は興味津々の様子で、かくいう私もちょっとやってみたかった。

そして、彼の授業の最も楽しいであろう時間がやってきた。

「というわけで、ここからは実験タイムだ。さすがに人数分は買って来れなかったけど、何個かあるから回して使ってみてくれ。」

その言葉に、生徒達は待ってましたとばかりに教卓に群がって行った。初見の私は呆気に取られてしまった。

しばしあってから、私は冷静に思った。なるほど、これは面白い授業だ。

彼が扱っているのは守護者のような歴史や文学ではなく、身近にある物や現象に関して考察する類のものだ。言い換えるなら科学か。

それは幻想郷ではあまり馴染みのないものであり、故に新鮮だった。

もちろん、それだけではここまで授業を面白くは出来ないだろう。質問を許容し対話という形で行っているからこそ、子供たちの注意が一時も逸れない。

(慧音さんが安心して寺子屋を空けられるわけですね。)

言葉には出さず、私は今頃里の定例会に出席しているであろう守護者に納得を示した。

「ほら、阿求ちゃんも。」

窓の外を見ていると、声をかけられ振り向く。彼が私に透明な筒と馬鈴薯の弾を差し出していた。

「私も、やっていいんですか?」

「当然だろ。今は阿求ちゃん、俺の生徒なんだからな。」

微笑みながら言う彼は、人を安心させる空気に満ち溢れていた。文さんが『病的なお人好し』と形容したそのままのイメージだった。

「それでは、お言葉に甘えて。・・・この筒、不思議な素材ですね。何で出来てるんですか?」

「プラスチック——樹脂って言った方がいいかな。『外』産の、特殊な油から作られる人工的な合成素材だよ。本当はあんまり環境によくないんだけどね。」

気になったことは全て彼に問いかけ、私もまた一時の楽しみを味わうことにした。



ところで、名無優夢氏に道具の使い方を教えてもらってる間、敵意の篭った視線のようなものを感じたのだが・・・。

子供達の誰かが放ったものだったとしたら、頼もしいのやら末恐ろしいのやら。





実験の後は授業のまとめ、それから休憩があってから今度は数の授業。彼の授業は論理的なものに傾倒しているようだ。

後に聞いた話だが、慧音さんの授業が文化的なものに偏っているため、意図的に分業しているのだそうだ。

それは正しい判断だと思う。彼が人間である以上、長年里を守ってきた守護者に文化的な知識量で敵うはずはない。逆に最新の論理を知っている彼ならばこそ、ここでしか受けられないような授業が可能となるのだろう。

そして、彼の人格と授業のわかりやすさは、生徒達との間に十分な信頼関係を築き上げていた。授業が終わった後もしばらく、生徒達は彼に今日の授業でわからなかったところや、日ごろの気になっていることなどを質問する。

彼に用事がある私は、全員が質問を終え満足して帰るまで待っていた。

「先生、また今度ねー!!」

「気をつけて帰れよー。」

最後の生徒が教室を出て行く。それを見送ってから、彼は一つ息を吐いた。

「悪いね、待たせちゃって。」

「気にはしてませんよ。それがお仕事でしょう?」

「ちょっとサービス残業は入ってるけどね。」

自分で言いながら彼は苦笑した。私も少し微笑む。

「今日の授業はどうだったかな。慧音さんがいない分、ちょっと頑張ってみたんだが。」

「とても分かりやすかったですよ。見学をした甲斐がありました。」

「そう言ってもらえると助かる。」

「また時々見学に来てもよろしいですか?」

「勿論。何なら、阿求ちゃんも寺子屋に入塾しちゃいなよ。歓迎するぞ。」

名無氏は朗らかに笑った。申し出は嬉しいが、私は首を横に振った。確かに彼の授業は楽しいが、それにばかりかまけている暇はない。

「そっか。残念だけど、無理強いは出来ないな。」

「ごめんなさい。その代わり、本当に見学には来ますから。」

「了解。」

それでこの話は終了。ようやく私は本題に入った。

「さて、今日寺子屋にやってきたのは、二つの用件があったからです。一つはあなたの授業の見学のため。そしてもう一つは、あなたに用事があったからです。」

「俺に用事?」

鸚鵡返しに問う彼に、私は頷いて答えた。

「その前に、優夢さん——こうお呼びしてもよろしいですか?」

「いいよ、好きなように呼んでくれ。」

「優夢さんは、幻想郷縁起をご存知ですか?」

彼の反応から見るに、どうやら知らないようだ。そういえば、恐らくは外来人なのだから、知らないということもあるか。

「幻想郷縁起は、一言で言えば『人間のための幻想郷図鑑』です。妖怪や妖精、力のある人間についての詳細が書かれています。」

「へえ、そんなものがあったのか。全く知らなかったな。」

「里の人間では知らない者はいないんですがね。力のある人にはあまり必要のないものですから、仕方ありません。」

「それなら俺も知っておかなきゃな。何を隠そう、俺は大変弱い。」

またまた、ご冗談を。

「あなたのご高名は私の耳にも届いていますよ、名無優夢さん。『紅霧異変』、『春雪異変』、『永夜異変』。これらの『異変』に関わって、巫女とともに解決に導いたと聞いています。」

「俺は右往左往してただけだって。全く、世の中の人はすぐ噂を誇張する。」

「火のないところに煙は立ちませんよ。」

私の言葉の意味するところを理解したか、彼は苦笑いをして見せた。

「用事というのは他でもない、この幻想郷縁起に関する依頼なのです。」

「・・・ん?ちょっと待った、何で阿求ちゃんがその書物関連で俺に依頼に来るんだ?こういう場合、書いてる本人が話しに来るもんじゃないか?」

・・・ああ、そうか。彼は幻想郷縁起を知らないんだから、このことも知らなくて当然か。

まずはその説明から始めようか。

「改めて自己紹介します。私は1500年ほど前から幻想郷縁起を書き続けている稗田阿礼の末裔。始祖の転生である九代目御阿礼の子、稗田阿求です。よろしくお願い致します、名無優夢殿。」

私の言葉に、優夢さんは目をパチクリとしばたたかせた。それは滑稽で、思わず笑いそうになる光景だった。



一通りの説明を終え、優夢さんはその事実を理解した。

「はあ、1000年以上もの間転生を繰り返して、ねぇ・・・。」

「真似できん」と呟く。この事実を初めて聞く人はまず真偽を量りかねることが多いが、彼はそんなことはなかった。ただ私の言葉をありのままに『受け入れた』。

「あ、それじゃあ阿求さんって呼んだ方がいいのかな?」

「今までどおりで構いませんよ。少なくとも、今の私になってからは10年ちょっとしか生きていませんから。」

生まれたときから膨大な知識を持っているだけで、前の私とはほぼ別人だ。そう考えたら、普通の転生との差異はそれほど多くないだろう。

「今の話で重要な部分は、だから私が幻想郷縁起を書き続けているという一点のみ。それ以外は『その程度のこと』と理解してください。」

「ん、わかった。」

教師をやっているだけあって理解が早い。これは助かる。

「話を戻しますが、あなたへの依頼とは二つ。一つが、あなたを幻想郷縁起に載せるため、調査をさせていただきたいということです。」

「え、俺を載せるの??」

彼は驚きを見せた。幻想郷縁起の説明はしたのだから、この結論は予想できると思ったのだが。

「あなたは巫女と一緒に『異変解決』に出て、生還するだけの力を持った『人間の男性』。載せない道理はないでしょう。」

「ぐ、正論だった・・・。」

この人、察しはいいようだが自分のことになると途端に鈍くなるらしい。自分の見られ方はわからないというが、そういうレベルでもない。

見ていて飽きなさそうだと思った。調査の同行者としては、申し分なさそうだ。

「それともう一つ。幻想郷縁起には数多くの妖怪の情報が載っていますが、近年内容に食い違いが出て来たそうです。たとえば、宵闇の妖怪が人間を食わなくなった、とかね。」

「・・・あー。」

「納得いただけたと思いますが、その原因となったのがあなたと聞きました。誤解のないように言っておきますが、文句を言いたいわけではないですよ?妖怪が人を襲わなくなれば、私だって助かるんですから。」

私は戦う力を持たぬ側の人間。一部の妖怪は私の存在意義を知っているが、そうでない野良の妖怪などに襲われてはひとたまりもない。

そう考えれば、彼が妖怪の人間友好度を上げ、襲われる可能性を低くしてくれるのは非常にありがたい。だが、幻想郷縁起の編纂者としてはそれで「めでたしめでたし」とは行かない。

「妖怪の情報が変わったとなれば、今回の私が生きている間は幻想郷縁起に反映しなくてはなりません。しかし、ご覧の通り私はただの人間。虎穴に入るだけの力を持たないのです。」

「なるほど、そういうことか。つまり、俺にその調査の協力をしてほしい、と。」

結論を理解した彼に、肯首で答える。本当に理解が早くて楽だ。

「まあ、俺にも原因の一端はあるみたいだしね。断るわけにはいかないか。」

「そうでなかったとしても、あなたは断らないんじゃないですか?」

「・・・まあね。」

苦笑して答える彼に、私もクスリと隠さずに笑った。この会話で、何となく彼という人物が見えたような気がする。



ともかく、契約は無事成立し。

「それでは、しばらくの間よろしくお願いします、優夢さん。」

「こちらこそ。あんまり小っ恥ずかしいことは書かないでくれよ、阿求ちゃん。」

これからしばらくの間、私は名無優夢氏と行動を共にすることになるのだった。





+++この物語は、求聞持の瞳から幻想の授業を見る、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



寺子屋の名物理系教師:名無優夢

実際のところ、教師としての彼の知名度もかなり高い。子供たちの親からは、安心して子供を任せられると評判である。

これまで教材として使った道具やプリント(手書き)は、全て神社の私室に保管してある。

相変わらずのようだが、春の『異変』を通して少し自分に対する意識が変わったようである。

能力:あまねく願いを肯定する程度の能力

スペルカード:想符『1700万ゼノのブルーツ(笑)波』、思符『デカルトセオリー』など



知識を持つ知らぬ少女:稗田阿求

転生により蓄えられた知識は膨大なものだが、それでも彼女の知らないことはまだまだ多い。

特に幻想郷は精神文化の発達が著しかったため、優夢が持つ科学の知識や考え方は新鮮だった。

これから妖怪の調査が始まるが、不安もあるものの彼を見る楽しみもあったりしている。

能力:一度見た物を忘れない程度の能力

スペルカード:なし



→To Be Continued...



[24989] 四・五章三話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2011/06/05 13:52
「で、引き受けたわけね。相変わらずお人好しだこと。」

優夢さんが寺子屋の授業をしてきた日、帰って来た彼の口から「明日来客があると思う」と告げられた。

何の話かと聞いたところ、幻想郷縁起の編纂者に会ってきたそうで、調査に協力することになったらしい。

よくまああんな面倒な書き物に協力する気になるものだ。

「しょうがないだろ。原因は俺なんだから。」

ちゃぶ台に茶碗を並べながら、巫女服に身を包んだ優夢さんが言う。萃香は話には興味がないらしく、鮎の塩焼きをつまみ食いしようとしてたしなめられていた。

「気にしすぎなんじゃない。あんなものなんて、どうせ時代が変われば書き直さなきゃならないでしょうが。」

「そうかもしれないけど、やっぱ協力はすべきだろ。頼まれたんだから。」

まあ、私に迷惑をかけないんならいいけどね。

「正月でもないのに来客とか。ダルいわ。」

「いつも魔理沙とかレミリアさんとか幽香さんとかが来てるじゃないか。」

あいつらは客じゃなくて厄介者。ぞんざいに扱っても角は立たないわ。

「あと、幽香は優夢さんの客でしょ。」

「霊夢に会うのも楽しみにしてるんだぞ、幽香さん。」

「私は?」

「・・・正直苦手だと言ってた。」

「なんだよー」と駄々をこねだす萃香。幽香の弱点は萃香と。覚えておこう。

ともかく、連中とは違う奴が来るっていうのは、あまり気安くない。それが私に気怠さを感じさせる。

「誰が来ても何も変わらないじゃないか、お前は。」

「適応するのが面倒なのよ。」

私の回答が気に入らなかったか、優夢さんはため息をついた。何よ。

「まあ予想の範囲内だよ。愛想よくしろとか言うつもりはないけど、邪険にはしないでやってくれよ。」

気が向いたらね。

その答えで十分だったのだろう、優夢さんは晩御飯を並べ終え卓に着いた。それに倣って萃香も座る。

とりあえず今は、この絶品料理に舌鼓を打つことにしよう。

『いただきます。』

何度となく繰り返してきた私達は、息ピッタリに食事を始めた。



翌日。優夢さんは朝ご飯を終えると、例の黒服(いい加減巫女服だけにすればいいのに)に着替え里へと向かった。件の編纂者をうちへ連れて来るそうだ。

妖怪の調査なら他でやればいいのに、『まずは神社』らしい。どういう意味だと言いたい。

「いや、うちはピッタリなんじゃない?人間よりも人間以外の方がいること多いし、その割に安全だし。」

「やかましい。大体あんた、うちに定住してるわけじゃないのに寝泊まりし過ぎ。」

「酷い扱いだねぇ。一緒に風呂入ったのも一度や二度じゃない仲なのに。」

「優夢さんとはもっと多いわよ。」

「おやおや、お熱いねぇ。」

「下らないこと言うなら封印するわよ。」と軽く脅すと、萃香は飄々と何処かに逃げて行った。気配も消えたところを考えると、また夜雀の屋台にでも遊びに行ったのだろう。

別に構わない。いてもいなくても、どうせまた戻って来ると分かりきっているのだから、何も変わらない。

そう、誰が来ようが何が起ころうが、私がやることは変わりがない。縁側に腰をかけ、煎餅を食べながらお茶を飲むだけだわ。

来客の対応も幻想郷縁起の編纂協力も優夢さん一人のやることだ。ただ帰ってくるのを待ちながらお茶を飲んでいればいい。

彼が帰ってくるのをゆっくり待ちながら、私はお茶の一時を楽しむのだった。





それほど待つことはなかった。背中に誰かを乗せた優夢さんが、空を飛んで帰ってくるのが視界に入る。

地上に降り立つと、その人物は背中から降り。

「初めまして、今代博麗の巫女。私は九代目の幻想郷縁起編纂者、稗田阿求と申します。本日はよろしくお願いします。」

そう名乗った。私自身はあまり興味がなかったが。

「博麗霊夢よ。確かに博麗の巫女だけど、何代目とかは知らないわ。」

一応名乗り返しておく。私の名前は『博麗の巫女』ではなく『霊夢』なのだから。

「わかりました。それでは霊夢さんとお呼びしますね。」

「好きにしなさい。」

それだけ確認し、私はまたお茶を飲む作業に戻った。優夢さんは苦笑して、そして阿求は愛想よく笑いながら、それ以上特に言うことはなかった。





***************





優夢さんに背負われて、昨日言った通りに神社へとやってきた。移動は大丈夫そうだ。

今日神社へやってきたのは、妖怪神社と名高いここの見学と、移動性の確認のためだ。

一般的な霊力しか持たない私は、空を飛ぶことなどできるはずもない。遠くまで行くとなると、自分の足で長時間かけて行くか、誰かに運んでもらうぐらいしか手段がない。

そこで優夢さんが「なら俺が運ぶよ」と申し出てくれたのだが、上手く行くかが不安だった。

勿論私の体重が重いわけでは決してないが、人一人を抱えるというのはそれなりに不安定だ。その状態で空を飛ぶならなおのこと。

しかし優夢さんは、何かを抱えながら空を飛ぶということに慣れている様子だった。きっと神社の荷物運びなどは彼の仕事なのだろう。

これなら移動方法の心配はなさそうだ。

となると今日やる予定の残りは、この神社が噂通りの『妖怪神社』であるかということだ。

どうやら今は妖怪はいないようだが、まさか四六時中妖怪に溢れているわけではあるまい。

とりあえずしばらく様子を見るために、ここに腰を落ち着けようと考えた。

「粗茶ですが。」

「ああすみません、わざわざ。」

優夢さんがお茶の入った湯呑みを持ってきた。そういうつもりではなかったので、やや恐縮しながら受け取る。

「・・・あら、おいし。」

「里で一番の茶葉を使ってるんだから当然でしょ。」

「それは自慢か?」

「単なる事実よ。」

霊夢さんの言葉に納得を見せる優夢さん。里で一番というと、茶竹の店か。良い葉を使っている。

「あそこのお茶は、うちでもよく使っていますよ。しかしこれだけの味は中々出せません。優夢さんは得意なんですか?」

「そこそこね。一応、ここの台所事情はほぼ任されてるから。」

なるほど、通りで。

「あんた、調査しにきたんじゃないの?まったりしてていいの?」

「とりあえず今は様子見ですよ。そうだ、お茶の話に霊夢さんの『異変解決』を聞きたいですね。お願いしても?」

「別にいいけど、面倒になったらやめるわよ。」

目の前にいるのに、まるで雲を掴むように捕え所がない。此度の巫女は、歴代でも類を見ないほど自由人であるようだった。

よくわからない。それが私の彼女に対する印象だった。



そうして話を聞いていることしばし。

「飽きた。」

と言って、霊夢さんは話を放り投げた。思わず滑ってしまうほど華麗な切り返しだった。

ちなみに、話自体は最初の『異変』の半分ぐらいしか聞いていない。

「あのな・・・。」

「だって、面倒くさいじゃない。私がしゃべらなくても、優夢さんだって『異変解決』してるじゃない。優夢さんが話しなさいよ。」

「言っとくが『魔界異変』の話はさっぱり知らんからな。」

「魔界と言えば、あの変な機械は何とかならないの?邪魔なんだけど。」

「しょうがないだろ、あれがないと神綺さんと文通できないんだから。それに邪魔ってほど大きくもないだろ。」

「縦はいいけど横が大きすぎ。バランス取りなさいよ。」

すっかり話が逸れてしまった。何とも自由な人だ。

私が生きている時代の巫女は、皆幻想郷縁起に載っている。霊夢さんも今回載ることになるだろう。

彼女一人の説明を書くだけで、相当頭を悩ませることになりそうだ。

・・・そうやって時間を潰していたのがよかったのか悪かったのか、私のお目当ては唐突にやってきた。

「あ、ルーミアだ。」

「!?!?」

優夢さんの一言は完璧に不意打ちだった。飲んでいたお茶をむせてしまう。

それと同時、全身に緊張が走った。『あの』宵闇の妖怪が現れたのだ。私の心中を察するのは、人間にはそう難しいことではないだろう。

優夢さんの視線を追うと、そこに昼間に相応しくない漆黒の球体が存在していた。間違いなく、彼女だ。

「本当だわ。どう見てもルーミアね。」

「ああ。こんな昼間にあんな真っ暗なのは、ルーミア以外にありえないな。」

緊張する私とは対比的に、霊夢さんと優夢さんは日常的な様子を見せていた。

彼らの力からすれば、宵闇の妖怪程度脅威ではないのか。幾つもの『異変』を超えてきた猛者というのは伊達ではない。

「おーい、ルーミアー!」

しかし予告もなしに声をかけるのはやめてほしかった。まだ気持ちの準備が出来ていない私は、やや焦りを感じた。

私の都合を待つはずもなく、彼女は闇を解き、こちらの姿を確認して寄ってきた。

前世から継承している情報では、彼女は光に弱く常に闇を展開しているのだが、闇の中にあっては彼女も他者の姿を確認することができないのだ。

「いつの間にか神社だったのかー。優夢、霊夢、おはようー。」

「おはようさん。」

ルーミアは優夢さんに親しげに挨拶をし、優夢さんもまた返す。霊夢さんはお茶を飲むことに傾注しており、反応はなかった。

妖怪相手にも優しげな空気は一切崩れていない。・・・なるほど、確かに『病的なお人好し』だ。

「? ニューフェイスがいるのだー。」

「ああ、こちら幻想郷縁起の編纂をしてる、稗田阿求ちゃん。知ってるか、幻想郷縁起。」

「聞いたことはあるのかー。初めましてー。」

「・・・初めまして、というのは妥当でしょうか。一応、先代の時に自己紹介はしていますが、今の私としては初めてですので、改めて。九代目阿礼乙女、稗田阿求です。以前の時は『阿弥』としてお会いしましたね、ルーミアさん。」

「あれ?何かどっかで聞いたことある名前なのだー。」

緊張感を持つ私に対し、宵闇の妖怪は変わらぬ能天気な姿勢だった。これに騙され警戒を忘れ、パクリと食べられる人間が多いのだ。

・・・いや、一応今回は『無害になった』という彼女の調査なのだから、警戒はしないでもいいのかもしれないが。やはり長年の習慣とは抜けないものだ。

「先代っていうと、150年前だっけ?わかっちゃいたがお前案外長生きしてるん」

「女の子に歳の話題は厳禁なのかー!!」

顔を真っ赤にして優夢さんの口を抑える彼女。まだ達観するレベルまでは行っていないようだった。

彼女が発生したのがいつのことだか、詳しくは知らない。確認できたのは先代のときだ。

もし発生したのも同時期ぐらいだったとしたら、大体あんな感じの反応になるか。これがもう少し歳を経ると、もう気にしなくなるのだ。喉元を過ぎるというやつか。

それにしても、とても彼女が人を喰らう妖怪だとは思えないほど、彼女には害意がなかった。友人のところに遊びに来ただけの少女の姿だった。

「少々、質問をしてもよろしいでしょうか。」

「? 私にかー?」

「ええ。以前会ったとき、私はあなたに問いました。『あなたにとって人間とは何か』と。」

そのときの彼女の答えは、実に妖怪らしいものだったことをしっかり覚えている。

「今ここで改めて質問をさせてください。『今の』あなたにとって、人間とは何ですか。」

私は力を持たぬ人間。しかし幻想郷縁起の編纂者として、この問いをしないわけにはいかない。

視線の力は緩めず、私はルーミアを見続けた。

彼女はやや考えていた。以前は即答だったが、彼女の価値観に変化が起こったということがありありと浮かんでいた。

そして、答えた。

「食べちゃいけない人間もいる。人間は美味しいけど、優夢を食べちゃったら二度と遊んでもらえないもん。」

しっかりと、はっきりと己の考えを述べた。いつもの流れるような調子ではなく、そこに確固として『ルーミア』がいた。

嘘ではなく本当に、彼女は言ったのだ。人間を『友人』であると。

「答えにくいことを聞いてしまったかもしれませんが、申し訳ありませんでした。」

「別にいいよー。今まで食べてきた人間は、全然そんなことなかったし。」

「それでも、あんまし人間食われても退治しなきゃいけなくなるからな。腹減ったら飯は作ってやるから、なるべく人間は襲うなよ。」

「わかってるのかー。」

・・・こっちが真相か。彼女が人間を襲わなくなったのは、優夢さんに餌付けされたからか。

しかし他の人間がそうであっても、少なくとも彼女が優夢さんを襲わないのは、先に述べた真実があるからだ。それは間違いなく今の彼女の価値観故。

この事実は改訂版幻想郷縁起に反映すべきことだろう。彼女は既に『人間友好度最悪の絶対に近づいてはいけない妖怪』ではないのだから。

「お話してたらお腹空いたのだー。優夢、ご飯ー。」

「はいはい、ちょっと待ってな。阿求ちゃんも食うか?」

「是非。」

「私ももうちょっとしたら食べるから。」

「じゃあ私ももらうぜ。」

「私の分もね。」

「たまには権兵衛さんのご飯も食べたいねぇ。」

「・・・お前らどっから湧いた。」

いつの間にか、白黒の魔法使いと幻想郷から消えたはずの鬼と夜雀の妖怪がおり、揃って優夢さんに食べ物を要求していた。あまりにいきなりだったので、私は呆気に取られた。

どうやらここは、幻想郷の中でも特に常識を捨てなければいけない場所のようだ。





現れた彼女らについても話を聞き、その中でこの神社は定期的に妖怪が集まり大宴会を開くという話を聞いた。

しばらくは、この神社を拠点にして調査をするのもいいかもしれない。そう思った。





+++この物語は、阿礼乙女の幻想郷調査が始まる、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



力を持たぬ人間:稗田阿求

弱小妖怪と言われているルーミアでさえ、彼女にとっては命の危険を感じる存在なのである。

先代『阿弥』のときにルーミアと対談したときは、慧音に付き添ってもらった。他の妖怪を調べるときも、基本的には護衛付き。

心の中では文章が硬いが、割とお茶目な性格をしている。

能力:一度見たものを忘れない程度の能力

スペルカード:なし



人を喰わなくなった人喰い妖怪:ルーミア

以前の彼女を知る者が今の彼女を見たら、その差に驚くだろう。それほどまでに彼女の価値観は激変してしまった。

かつて幻想郷縁起の調査の際、阿弥から問われ返した答えは『食べ物』と即答だった。

今回の件で、幻想郷縁起の彼女の項には「人間友好度:中、危険度:微弱」となった(相変わらず人間を食う妖怪ではあるため)。

能力:闇を操る程度の能力

スペルカード:月符『ムーンライトレイ』、夜符『ナイトバード』、闇符『ディマーケイション』など



→To Be Continued...



[24989] 四・五章四話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2011/06/05 13:52
あれから一週間、私は博麗神社に通い続けた。その甲斐あって、様々な妖怪達の話を聞くことができた。

宵闇の妖怪を初め、千年前に消えた鬼、人の消える道の夜雀、羽虫の王など、危険度が高くこれまで調査が出来なかった者や、そもそも情報が得られなかった者に関しての情報が得られたのは、想像以上の収穫だった。

彼女らに関しても、幻想郷縁起の頁が増えそうだ。

一週間、入れ替わり立ち代り妖怪がやってくるので、このままここで調査を続けたいと考えていた。が。

「ねえ、あんたいつまでうちに来るわけ?」

霊夢さんの機嫌は、時間の経過に伴い急激に下降していっていた。曰く、『私が妖怪の調査に神社に入り浸っているという噂が立つと、参拝客が来なくなる』とのことだ。

それ以前に元々参拝客がいないとは思ったが、それは口には出さない。霊夢さんの不興を買ったら、ここでの調査が継続できなくなる。

「大丈夫だって、元々参拝客なんていない」

「霊符『夢想封印』!!」

ちょうど私の思った通りのことを言った鬼児が、霊夢さんのスペルカードで吹っ飛ばされているように。あな恐ろしや。

しかし、本当に霊夢さんの不興を買わない術はここでの調査を終了することぐらいしかない。どうやら潮時のようだ。

「そうですね。だいぶ収穫もありましたし、そろそろ他へも行きましょうか。ご協力ありがとうございました、霊夢さん。」

「妖怪調査の協力って考えるといい気はしないわね。けどま、一応受け取っておくわ。」

こちらは見ずに、縁側に腰掛けお茶を飲みながら霊夢さんは言った。感謝は本音なので、そう言ってもらえればありがたい。

「何だ何だ、もう妖怪調査は終了なのか、阿求。」

毎日のように神社にいた白黒の魔法使い——人間の魔法使いの霧雨魔理沙さんは、耳ざとく聞きつけ話しかけてきた。

噂には聞いていたが、彼女の戦闘能力もこの目で見させてもらった。幻想郷縁起に彼女の項が出来ることは確定だろう。

「ここでの調査を終了するだけですよ、魔理沙さん。まだ調べられていない妖怪は多いですから。」

文さん情報だと、他にも紅魔の吸血鬼や永遠の姫——妖怪ではないが——なども調査が必要な対象だ。彼女らはこの一週間、神社にはやってきていない。

神社での調査がダメとなると、彼女らの拠点に乗り込むことになるだろう。優夢さんが口利きしてくれるそうなので、いきなり襲われるようなことはないだろうが、不安はある。

その私の心中を察したわけではないだろうが、魔理沙さんは何かを思いついたように不敵に笑った。

「なら、私も着いて行くぜ。阿求は飛べないんだから、足が必要だろ?」

突然の申し出に、私は少々驚いた。が、彼女は友人思いな節がある。会った直後で私を友人と認めた彼女ならば、あり得る話か。

「言っとくが、遊びに行くんじゃなくて調査に行くんだからな。」

「分かってるぜ。真面目に遊べばいいんだろ?」

と思ったが、彼女が動きたくて仕方がないだけなのかもしれない。

「一応、移動は優夢さんの背中に負ぶわれてでも可能ですが。」

「優夢の背中より、私の箒の方が乗り心地がいいに決まってるぜ。」

「否定はしないが、お前の場合スピードを出しすぎるのが怖いんだよ。」

確かに。彼女の速さは、ここで行われた弾幕ごっこを見学している際に見ている。私が後ろに乗った状態であの速さを出されたらと考えると、少々怖気を感じる。

・・・しかし、だからと言って優夢さんの背中に負ぶわれて移動するのが平気かと言われると、それもまた微妙なのだが。安定性には問題ないが、考えてみればかなり恥ずかしい図になっている。

「もし魔理沙さんが問題ないのであれば、お願いします。但し安全運転の方向で。」

「承ったぜ。」

「まあ、魔理沙がスピード出しそうになったら俺がブレーキするから。安心してくれよ、阿求ちゃん。」

承諾。魔理沙さんが私の調査の旅に同行することが決まった。

「あんたも好きね。ちゃんとご飯時に優夢さん返してよ。」

そんな私達を見て、霊夢さんはとことん興味なさそうに言った。私達は揃って苦笑するのだった。

そしてこの翌日から、私の幻想郷再調査が本格的に始まることになる。



しかし、気になることが一つあった。

一週間神社に通い続けたわけだが、文々。新聞をにぎわせたというあの外来の巫女には、一度も会わなかった。

一日中神社にいたというわけではないので、私がいない間に何処かへ行って帰ってをしていたという可能性はあるが、それにしても一度ぐらい対面できてもよさそうなものだが。

住人達も特段気にした様子がないので、あえて口にすまいと思って黙っていたが、何かの機会聞いてみることを覚えておこう。





***************





「・・・ふぅ。」

長時間集中して作業を行っていた。一区切りつき、私は溜め息をつく。

どのぐらいの時間集中していただろうか。工房にこもっていると太陽の位置が分からないから、時間感覚が薄れてしまう。

さすがに疲労を感じ、私は工房を出た。外を見ると、太陽はまだ天頂にかかっていた。いや、もう天頂に、か。どうやら丸一日工房にこもっていたようだ。

別に根を詰めているつもりはないが、私は作業を始めると周りが目に入らなくなる傾向がある。今回もどうやらそのようだ。

私達魔法使いには、通常食事も睡眠も必要ない。極度に疲労でもしていない限り、あくまで生活にリズムを作り研究の手助けとするためのものでしかない。

だからごく自然にこういうことができてしまうが、リズムが狂うと研究に差し障ることもある。あまり好ましいことではない。

まあ、既に過ぎてしまったことをあれこれ考える気はないけれど。

「とりあえず、お昼を作りましょう。」

今日はリズムを整えようと、私はキッチンに向かった。



簡単に済ませようと、サンドイッチに挟む野菜を切っていると、コンコンという音が聞こえた。

振り返り、聞き間違いかと思ってしばらく待つと再び音が聞こえる。玄関の方からだ。来客かしら。

汚れた手を水で洗ってからタオルで拭く間に、3回ほどノックの音が続いた。根気良く呼び出し続けているようだ。急がなければ。

玄関に続く廊下に出た辺りで、コンコンというノックの音はドンドンという大きなものに変わった。来訪者が出てこない私に痺れを切らしたか。

音が大きくなっただけでなく、頻度も上がった。ドンドン、ドンドンと立て続けにノックが続けられる。

無作法な客とは思いつつも、居留守をするようなことでもない。私は玄関へ行き、扉を開けた。

「・・・開けなきゃよかったかしら。」

扉の向こうに現れた満面の不敵な笑みに、私は少々気持ちがげんなりするのを感じた。

「開口一番失礼な人形遣いだな、すぐに出てこないし。こりゃ幻想郷縁起のお前のページには、人間友好度最低って書いてもらうしかないな。」

「失礼はどっちよ。品のないノックをして。」

来客——魔理沙の軽口に軽口を返す。こいつが顔を見せると、ロクなことがないのよ。主に本を盗られたり本を盗られたり朝食を盗られたり。

私の心中も察してもらいたいものだわ。

それはそうと、今彼女は何と言ったかしら。幻想郷縁起?

「一応、私は止めたんですが。」

苦笑しながら、魔理沙の後ろに隠れて見えなかった少女が言う。見れば、件の書物の執筆者がそこに立っていた。

「阿求じゃない。この不良魔法使いに拉致られでもしたの?」

「人聞きの悪い。私は協力者だぜ。」

こいつと話していても埒があかないので、私はもう一人の同行者に尋ねた。

「どういうことなの、優夢。」

「いきなり押しかけて悪かったな、アリス。」

律儀な彼は、私の問いに答える前に、まず魔理沙の所業を謝ったのだった。



立ち話をするのも疲れるし、私もブランチを取るところだったので、二人の来客と一人の厄介者(変なことをしないように人形の監視付き)を家の中に招き入れた。

作ったサンドイッチをすすめ、私は阿求と優夢から話を聞いた。

「幻想郷縁起の改訂、ねえ。また面倒なことを始めたわね。」

私自身、人間の里によく顔を出す人間以外なので、話を聞かれたことがある。書には私の頁も存在しているはずだ。

「確かに大変ですけど、これが私の仕事ですから。不満はありません。」

「趣味人は大変ね。」

もっとも、私も人のことは言えないだろうが。

「それで、優夢はその手伝いと。」

「まあ、原因は俺らしいし。当然だろ?」

「あなたならそう言うのは大体想像がつくけど、そこまで気にする必要はないんじゃない?」

優夢が多くの人妖に影響を与えているのは知っているけど、彼が変化を与えずとも、時間は確実な変化を与える。なら、妖怪達の変容は自然の流れとは言えないかしら。

「そうかもしれないけど、頼まれたらさ。」

「だろうと思ったわ。」

予想通りの友人に、私は吹き出した。優夢も阿求も、釣られるように笑った。

「協力はしないけど、応援はしておくわ。」

「その気持ちだけで十分だ。ありがとう、アリス。」

優夢に礼を言われるのは、やっぱり嬉しいわね。

「おいおい、私は無視なのかよ。」

「あら魔理沙、いたの?」

「私にだけ物騒なもん突き付けといて、そりゃないだろ。」

さすがに冗談だけどね。

「あなたが元気だとロクなことないから、ちょっとはしおらしくしてなさい。案外女の子らしくて可愛いかもよ。」

「私は元気っ娘キャラだ。そういうのはお前の大親友に頼め。」

誰よ、大親友って。優夢?

「妖夢に決まってるだろ。」

「そういえば、人形の武装を変えてみたんだったわね。あんたで試そうか?」

「今日は弾幕な気分じゃないから断るぜ。」

全く、あいつは敵よ敵。勝手に友達扱いするんじゃないわよ。

「アリスもいい加減妖夢と仲良くしなよ。波長は近いんだから、合わないことはないだろ?」

「たとえそうだったとしても、あいつとは主義が合わないわ。脳筋は嫌いなのよ。」

妖夢とも良好な友好関係を築けている優夢は、私の言葉に困ったように笑った。

・・・そういえば、私の『願い』もあいつの『願い』も、優夢の中にはいるのよね。衝突とかないのかしら。

ちょっと疑問に思ったけど、今は阿求ぶがいしゃがいる。残念ながら聞くわけにはいかない。またの機会に、覚えてたら聞きましょう。

私達の様子を見て、阿求はクスクスと笑った。

「何かおかしなところでもあった?」

「いえ、皆さん仲がよろしいなーって思って。」

冗談はよしてよ。優夢とは友達だけど、この白黒は泥棒よ?

「友達少ないお前の友達になってやってるのに、友達甲斐のない奴だな。」

友達付き合いは選んでるだけよ。都会派はあなたみたいに雑食じゃないの。

普段のノリで言葉遊びを交わす私達三人は、ひょっとしたら周囲から見たら仲良く見えてしまうのかもしれない。・・・別に、いいけどね。

「少し、驚きました。」

会話が少し途切れた後、阿求が語り始める。

「以前お話を伺ったときのアリスさんは、言葉は悪いかもしれませんが、もう少し冷たい——硝子のような人でした。」

「否定はしないわ。今だってそういう部分は変わってないと思ってるし、変える気もないもの。」

「そう、確かにそうですね。そういうところとかは前のまま。でも、何て言ったらいいんでしょうか・・・。」

阿求はしばし言葉を切って探し、やがて得心の行く答えが見つかったのか。

「以前よりも穏やかになりました。」

はっきりとそう言った。

それを聞いて、私は正直複雑な気分だった。私は研究をするタイプの魔法使い。研究には、非情とも思えるような決断を下さなければいけないときがある。

それこそが日進月歩の発展を支える研究の姿勢だと、私は信じている。

阿求が言った言葉は——本人にその意思はないだろうが、言い方を変えれば「甘くなった」ということだ。私の信じる理想の研究とは対極に位置する。

私には一つの理想、目標がある。完全自律人形という、まだ誰も成しえていない偉業。鈴蘭畑の人形のように偶発的な存在ではなく、人間のような人形を意図的に作り出すこと。

そのためには、時に犠牲を払わなければいけないかもしれない。今の私に、それができるだろうか。たとえば研究のために、件の毒人形を解体するというようなことが。

以前の私なら確実に出来た。だけど、今はわからない。

こんな体たらくで、本当に私の目標は達成できるんだろうかと、若干の不安を覚える。

・・・でも。

「そうかもしれないわね。」

私は甘くなったかもしれないという事実を、非とする気は全くなかった。

何だかんだ言って、今の私は人生を楽しいと思えている。優夢との語らいは楽しいし、時折魔理沙と弾幕で勝負をするのも悪くはない。神社に行って霊夢を冷やかすのも、生活のいいスパイスになる。

結局私も、変わったんでしょうね。彼との出会いを境に。

「お?今日のアリスはやたら素直だな。こりゃ明日は夏の雪でも降るのか?」

「私はいつだって自分に正直に生きてるわ。泥棒とは違うのよ。」

「嘘つきが泥棒の始まりなら、泥棒はもう嘘つきを超えてるな。」

「借りてるだけだぜ。」

「やっぱり仲がいいじゃないですか。見てて楽しいです。」

今度は、阿求の言葉を否定することはしなかった。私も今は楽しいから。



彼と出会って、私の考え方は大きく変わった。多分それは良い方向だったんでしょうね。

以前の私は、技術力で押し通していたところがある。それだけの技術力が私にはあったから、それで通れる部分は通していた。

当然の話だけど、そこには飛躍がない。新しい技術が飛躍から生まれるというなら、そのやり方では完全自律人形の作成という『新しい技術』は生み出せないことになる。

彼の姿勢というのは、常に新しい何かを生み出そうとしていた。そしてそれを支えているのは、彼の前向きな人間性。そう、私は彼から学んだのだ。

たとえ私の「甘さ」が壁になろうとも、それを乗り越えればいいだけだということを。

弾幕はブレイン、それが私の信条。だけど、私のそれには霊夢や魔理沙のような『飛躍』がなかった。彼はその身でそのことを教えてくれた。

多分彼は気付いてないでしょうけど。だから私は、優夢にいくら感謝してもし足りない。

もし彼に何かを返せるとしたら、私には友達でい続けることぐらいしか出来ない。

もし彼が力を必要としたら、私には力を貸すことが出来る。

こんな考えを持つこと自体、以前の私ならきっと「甘い」と切り捨てるところでしょうね。そう考えると、人知れず苦笑が漏れる。

甘い?上等じゃない、だったらその甘さで、私は以前の私を超えてやるわ。

自分の指先しかなかった以前の私に、今の私が負けるはずはないんだから。



阿求が言った一言に、私は今の自分というものを再確認した。

「これは魔理沙さんの言った通り、アリスさんの項も修正が必要かもしれませんね。」

「それは勘弁して。」

まあ、その事実を世間に知らしめられるのは、ちょっと恥ずかしいんだけどね。





***************





文さんから聞いたリストの中には、アリスさんはいなかった。彼女から見たら、アリスさんの変化は微妙すぎて気付かなかったのだろう。

実際、注意していなければ気付かないほど微妙な差異だった。だがそれと気付いてしまえば、その劇的な変化は一目瞭然だった。

今日魔理沙さんが「まず最初に魔法の森へ」と言わなければ、きっと気付かないままだっただろう。アリスさんは否定していたが、彼女にとって魔理沙さんは良き友人であるようだ。

結果的には、本人の強い希望で修正がなされないため無駄足ということにはなったが、彼女の新しい一面を見れただけでも私は満足だった。

何故なら、彼——優夢さんが人妖に与える影響というものを、再確認できたから。

実は今日アリスさんのところに行くまでに、箒の上で私は魔理沙さんからある事実を聞かされていた。

『今から行くアリスだが、実は優夢に惚れてやがるんだ。本人には言うなよ、面白くなくなるからな。』

聞いたときは半信半疑どころではなく、全て疑っていた。あのアリスさんが恋など、信じられようがない。

しかし今日会ってみて、少なくとも何かの感情を持っていることはわかった。結局それが恋なのかはわからなかったけれど。

きっとそれが、彼女を変えた原動力なんだろう。それを何と形容すればいいのか、今の私にはわからないが。

名無優夢。外来人の『異変解決家』。しかし私の中で、彼はきっとそれだけではないという予感が、ひょっとしたらこのときに生まれていたのかもしれない。



ちなみに魔理沙さんの話によると、優夢さんに想いを寄せている(魔理沙さん調べ)人物は、他にも数名いるそうだ。まずはそちらから当たってみるのも悪くないかと思った。

まだ調査は始まったばかりだ。大変だが、これから楽しくなりそうだ。





+++この物語は、語り部が人形遣いの恋を知りそっと応援する、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



孤独でなき人形遣い:アリス=マーガトロイド

『春雪異変』以前は、あまり他者とは関わらずに生きていたことは周知の事実。そのスタンスは、今も基本的には変わっていない。

以前との大きな違いは、他者との関わりに否定的でなくなったこと。何だかんだで妖夢と会話をすることも多い。

彼女の願いは『平穏』であった。ひょっとしたらその願いは、現実に肯定されているのかもしれない。

能力:人形を操る程度の能力

スペルカード:魔符『アーティフルサクリファイス』、魔操『リターンイナトニメネス』など



幻想を観る瞳:稗田阿求

アリスは人間友好度が高だったので、今回はあまり緊張していなかった。しかしここからが本当の地獄だ・・・。

長らく人妖を見てきたので、観察力は非常に高い。アリスの表情の微細な変化も逃さなかった。

年頃の少女らしく、人の色恋には興味がある。今後はアリスの動向から目が離せなくなりそうである。

能力:一度見たものを忘れない程度の能力

スペルカード:なし



→To Be Continued...



[24989] 四・五章五話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2011/06/05 13:52
白楼剣を構える。視線の先には、既に私の托した二刀を抜き構えた優夢さんの姿。

私は目線で、優夢さんは全身で。油断なく、相手の隙を伺うように意識を向け合っていた。

臨戦体勢を取る私達の間には、細い糸をピンと張り詰めたような鋭い緊張感で満たされていた。

息苦しいような、それでいて高揚感を感じるほど心地好いような感覚。それが証拠に、私達の表情は真剣そのものでありながら、笑っているようでさえある。

それが既に一分ほど続いている。互いにいつ始まっても動けるだけ心身の準備が整っていた。

冥界の庭園は、耳が痛くなるほどの静けさに包まれていた。



「始め〜。」

間延びした、しかしはっきりとした幽々子様の合図。その瞬間、優夢さんの体は深く沈み込んだ。

そしてその次の一瞬で、彼は私の眼前へと迫り、右の小太刀・桜花から鋭い一閃を放った。

大陸の拳法にある歩法を用いた一撃。何の想定も出来ていない剣士ならば、この一撃で決着がつくだろう。

私は構えた白楼剣を縦にし、横からの一撃を受け止める。澄んだ金属音が響く。

攻撃が防がれたと見て、優夢さんは一切の動揺なく後ろに飛んだ。一瞬、反撃に出ようという衝動に駆られ、それをぐっとこらえた。

私が動かぬのを見ると、優夢さんは後退を止めた。やはり誘いだったか。

彼相手に短絡な攻撃は危険だ。何処から予想外の反撃が飛び出してくるかわからない。たとえ剣の実力で勝っていても、してやられたことが何度もある。

罠は失策に終わったが、だからといって揺らぐようなことはなく、私の周りで孤を描きながら牽制を続ける優夢さん。

油断も慢心もなく、私は彼の方向に体を向けつづける。

しばしの睨み合いの後、私に隙無しと判断した優夢さんは、桜花に霊力を通し斬撃を飛ばしてきた。

冷静に、それを白楼剣で叩き落とす。一発ではなく、二撃三撃と続くが、優夢さんへの注意は一切逸らさず対処した。

この攻撃は何かの布石。私はそう踏んでいた。幾度となく剣を合わせ、優夢さんは決して意味のない行動は取らないと理解している。

そして、私の予感は的中する。彼は何回目かの霊斬を飛ばした次の瞬間、先ほどを超える急加速で私に迫った。

優夢さんがいた位置には、いつの間にか球体状の霊弾があった。どうやらそれで加速を倍にしたようだ。

予想外の速度。しかしその行動事態は、私の予想の範疇だった。既に迎撃の準備は出来ている。

私は彼が間合いに到達する瞬間を計り、剣を一閃する構えを取った。

「!?」

驚きは優夢さん——ではなく、私のものだった。私がこう来ることこそ、彼の想像の域を超えていなかったようだ。

私の眼前に到達する直前、彼は弾かれたように直角に跳躍した。彼が生み出せる自在弾幕は一つではないのだ。

タイミングをずらされ、体勢が崩れる。そこへ先程優夢さんが放ち、追い抜いた斬撃が襲い掛かる。

「くっ!!」

苦しい体勢ながら、無理矢理にでも剣閃を放ち霊力斬を叩き落とす。今の一陣は何とか防ぎきった。

だが、これで彼の攻撃が終わりなわけがない。確認もなく、私は白楼剣を頭の上で横に掲げた。

ギイン、という二重に振動した金属の音が響く。上空から降りてきた優夢さんの二刀が、白楼剣と噛み合った音だ。

読みきれていなければこの一撃で決まっていただろう。小回りがきく代わりに重量のない小太刀は、防ぐことさえできれば押し切られることはない。

「今のは上手くいったと思ったんだが・・・。」

「ええ、少々肝を冷やしました。」

さすがに今のは、私も紙一重だった。悠長に確認をしていたら勝負はついていた。

剣を横に一閃すると、優夢さんは防ぎながら弾かれるように後ろに飛んだ。再び私達の間に距離ができる。

「では、今度はこちらから!!」

彼が着地した瞬間、私は地を蹴った。先ほどの優夢さんほどではないが、踏み込みのために鍛えた足は開いた距離を一気に詰める。

「ハッ!!」

「くっ!!」

一息に彼を間合いに収め、白楼剣を振るう。その一撃は、交差された桜花と梅花によって完全に防がれる。

小太刀とは防御に優れた武器だ。楼観剣なら別だが、白楼の一撃だけではそう簡単に通すことは出来ないだろう。

だから私は防がれたと理解するよりも疾く、剣を引き次なる一撃を繰り出す。そして優夢さんもまた、考えるよりも先に防御をする。

私が連続で繰り出す攻撃を、彼はひたすらに全て防ぎ続けた。のみならず、時折反撃さえも繰り出してきた。十合、二十合、百合と打ち合いは続く。

折れることを知らない三つの刀剣が、高く、低く、鈍く、澄んだ金属の音を奏でる。

先に限界が訪れたのは、優夢さんの方だった。力を込めた一撃に、疲労の蓄積した腕が防ぎきれずくの字に曲がる。

私はその機を逃さなかった。

「もらった!!」

スペルカードを投げ捨てながら宣言し、必殺の一撃を放つ。

「人符『現世斬』!!」

五連の斬撃を一太刀に束ねた一閃を、一切の遠慮なしに優夢さん目掛けて撃ち出した。先ほどの一撃で怯んでいる優夢さんには回避できない。

——はずだった。だがそれは、優夢さんの罠であったことを知る。

剣の衝撃を受け引かれた刃は、彼を守るようにぴったりと体にくっついていた。そのまま回転運動を取り、『現世斬』の上を滑るようにこちらに迫ってきた。

ここに来て、私は失策に気付かされた。優夢さんは読んでいたのだ。必殺の瞬間に、私が『現世斬』を使うということを。

彼に初めて教えた剣技が『現世斬』であり、その錬度は慣れない二刀流での使用が可能なほど。それはつまり、それだけこの技を理解しているということに繋がる。

そうであれば、彼ならばこの技の避け方を研究していてもおかしくはない。

今まで見たこともない方法で、優夢さんは私の——魂魄の必殺剣を回避したのだ。

そして大技を放った直後で隙だらけの私のすぐ眼前に、優夢さんが迫っていた。が、近すぎる。これでは彼も攻撃を繰り出せない。

当然今までこの避け方を試したことはなかったのだろう。斬撃から身を守るために私の攻撃が不可能な深さまで潜ってしまったのが失敗だった。

そのことにやや安堵を覚えたが、それを自覚する前にすぐさま緊張を張る。

そしてほぼ同時に、激しい衝撃が体を襲った。優夢さんが『貼山靠』という背面を利用した至近距離からの体当たりの技を仕掛けてきたのだ。

直前に自分から後ろに飛んでいたからそれほどダメージはなかったが、あのまま突っ立っていたらそこで勝負は決まっていただろう。

そして、追撃の霊力斬。さすがにそれは叩き落し、私は体勢を立て直した。

「今度こそいったと思ったんだけど、やっぱり妖夢は手強いな。そう簡単にはいかないか。」

「あんな避け方をされるとは思ってませんでしたよ。優夢さんは相変わらずみたいで、安心しました。」

「そりゃどういう意味かな。」

言葉通りの意味です、と互いに戦闘体勢は解かずに、軽口を叩き合う。

さて、どうやら「好機を見てスペルカード」という基本的な戦術では、いい加減優夢さんには通用しなくなってきたようだ。彼と剣を合わせることは頻繁なのだから、ある種当然かもしれない。

ではどうすればいいだろうか。彼が本当に疲労で参るまで打ち込みを続ける——出来ないとは言わないが、それでは意味がない。それに、先ほどのような罠だということもあるだろうし、前述の通り小太刀は防御に適している。あまり賢い選択肢とは言えない。

かと言って、彼のような奇策を講じることが私に出来るだろうか。・・・難しいな。

そうなると、勝つためには「防ぐこともかわすことも出来ないタイミングで攻撃をしかける」か、「彼の知らない攻撃を繰り出す」の二つに一つ。

後者は構想はあるものの、今は所与の条件によって使用不可。必然、方法は前者に限られてくる。

しかし、言葉で言えば簡単だが、実際にどうやればそんなことが可能だろうか。ちょっとタイミングをずらした程度では彼の虚を突くことなど出来ないし、小太刀の防御を抜けることは容易ではない。

これらの条件から導き出される結論としては、優夢さんが攻撃をしかけてきた瞬間に反撃を仕掛けるという方法しかない。

・・・ふと、とある戦法が頭の中に浮かんだ。それはあまりにも分の悪い賭けになることが必至だった。

だがここで賭けなければ、一体何処で賭けるというのか。私は自分の直感を信じ、それに乗ることにした。

「・・・む?」

私の様子に、彼は疑念の声を漏らした。立場が逆だったとして、相手の心情がわからなければ、私もきっと優夢さんと同じ反応を返すだろう。

私が取った行動。それは、剣を鞘に収め、全身の力を抜き、ただ佇むことだった。

「『無形の位』・・・って奴か。怖いな。」

私の様子に、優夢さんは表情を険しくした。一見無防備な私の姿勢に警戒を持ったのだ。

洞察を怠らない彼らしい反応だった。

「漫画的に言うと、こっちの攻撃が倍とかになって返ってくるんだよな。迂闊に手出しできないな。」

「そんな単純な話ではないと思いますが・・・。」

妙な物言いに、思わず笑ってしまう。これもまた彼らしい一面というか。

緩んだのは一瞬。すぐにまた神経を、剣先よりもなお細く研ぎ澄ませる。

この戦術は剣の道における防御の最高峰。必要なものは、相手の思考を二手も三手も先読みするだけの剣の技量と刹那を見切る集中力。

剣を使わない剣の技であるが故、そこに必要とする集中力は常軌を逸する。果たして今の私でその境地にたどり着けるかは、甚だ疑問なのだが。

「これは私も初の試みです。失敗する可能性も高い。恐れず、構わず仕掛けてきてください。」

「その自信が怖いよ、全く。」

恐れや自分への信頼の欠如こそが、失敗に繋がる。だから少なくともこの場限りは、私は自身を信じることにした。

そして再びしばしのにらみ合い。優夢さんは優夢さんで、私に勝つために神経を集中させている。

——不思議な感覚だ。優夢さんの呼吸が、まるで手に取るように理解できる。

優夢さんが息を吸う。それと同調するように、私も息を吸う。彼が息を吐けば、私も吐き出す。

それが一度、二度、三度・・・。

四度目。

「ッ!!」

息を吐くタイミングで、優夢さんは仕掛けてきた。そこから先の全ての動きがゆっくりと見える。

右手の桜花に霊力が通されている。だがそれは囮で、本命は左の梅花。剣を振るう瞬間に霊力が右から左へと移動していく。

霊力を刀身とする梅花は、巨大な太刀と化す。それは、小太刀の間合いの外からの攻撃を可能とした。

ほんのわずかに左に体をずらす。それだけで霊刀は空を斬った。一瞬、攻撃を仕掛けようという意志が生まれかけ、それを気力でねじ伏せる。まだ早い。

優夢さんは一撃が回避されたと見て、瞬時に右手に霊力を集めた。梅花の刀身となっていた分に、瞬発的な力が加算される。

「『月牙・・・」

それを彼は、一息に振りぬいた。

「天衝』!!」

下から上に大きく振りぬかれた弧閃は、その名に違わぬ巨大な月型の牙を生み出す。至近から放たれた全力の一撃は、私の視界を目いっぱいに塞いだ。

ここで体を強張らせたら、私の負けだ。ただ冷静に、氷のような集中力でもってそれを見た。

そして見つけた。この初めて見る新技の、小さな綻びを。

瞬間的な動きで、私は白楼剣を抜き、そのまま上に向けて振りぬいた。

上方向に流れる霊力の斬撃は、同方向に力を加えることでまるで滝が割れるように二分した。間にいる私には、一切傷をつけることはない。

大技を放った直後のため、優夢さんの体は硬直していた。上に振り上げた剣を返し、その頭上目掛けて振り下ろし——。



直前で、ピタリとその動きを停止させた。

「——・・・あー、負けたー。」

私の動きの意味するところを介し、一気に空気が弛緩する。私も張り詰めていた緊張を解き、体がどっと重くなるような疲労を感じた。

「お疲れ様でした。」

「くっそー、最後の技は面白いと思ったんだけど。漫画そのまんまじゃやっぱダメか。」

「手強かったですよ。実りある鍛錬になりました。ありがとうございます、優夢さん。」

「いやいや、結局楼観剣は抜かせられなかったし。まだまだ精進が足りんよ。」

確かに、二刀流に慣れていない優夢さんに合わせて、ここのところは白楼剣のみで戦っているが、今日は楼観剣を抜いても苦戦していただろう。私が二刀でお相手をする日も、そう遠くはない。

鍛錬を終え、お互いを讃えそれぞれの反省点を言い合っていると、屋敷の縁側の方から一人分の拍手の音が聞こえる。

それで私は、今が来客中であることを思い出し、慌ててそちらを向いた。



「えと、こんな感じです。参考になりましたか、阿求さん。」

「はい。とても面白いものを見させていただきました。ありがとうございます、妖夢さん。」

珍しい客——幻想郷縁起という妖怪大全を編纂している転生者・稗田阿求さんは、そう言いながらニコニコと笑っていた。

しかし・・・これが本当に妖怪大全を編纂することの役に立つのだろうか。思った疑問は、鍛錬自体は実りあるものだったこともあり、飲み込むことにした。





***************





本日訪れたのは、通常ならば生きている限りはまず立ち入ることの出来ない冥界の白玉楼というお屋敷。一年前に起きた春が訪れない『異変』の際、出入りが可能になったのだそうだ。

とは言え、私自身は冥界を訪れること自体は初めてではない。転生を繰り返している私は、死後彼岸にてヤマザナドゥの下で働く。120年の労働を対価に、30年の人生を繰り返しているのだ。

もっとも、最近は人間の寿命が延びており、30年はあまり平均的な寿命ではなくなってしまったが。この辺りは交渉すべきところかもしれないが、今は置いておこう。

彼岸へ行く前、裁判を受ける者が多い時などは、一時的に冥界で待機させられることがある。九回の死後にも何度かあったことだ。

そんな冥界へ訪れた私は、別に死んだ訳でも死期が近い訳でもなく、幻想郷縁起の編纂資料を集めにきたのだ。

顕界と冥界が分かれていた以前ならともかく、幻想郷との交流が可能になった現在は、彼女らを書にしたためることも必要だろう。

——表向きの理由としてはこんなところだ。勿論これも真実だが、今日ここへ来ることに決めた最大の要因は、例の『魔理沙さん情報』である。

何の知らせもなく訪問した私達だったが、ここの庭師である魂魄妖夢さんは客として迎え入れてくれた。

彼女は人間であるようにも見えるが、ここが冥界である以上はただの人間ではありえない。彼女は半分生きていながら半分死んでいる、半人半霊という存在だった。

半霊というと、かつて死後に冥界を訪れた際、案内をしてくれた老剣士がいた。名は魂魄妖忌。妖夢さんは、彼の孫娘に当たるのだそうだ。

彼の姿は今の冥界には見られなかった。何でも、随分と昔にふらりと姿を消してしまったそうだ。

それを聞き、私は残念に思ったものだった。彼の達人芸を、今度は生きた身で見たいと思ったのだが。

私がそのような昔語りをしていると、魔理沙さんが思い付き指を弾いた。

『せっかくの機会だし、お前らの訓練を阿求に見せてやったらどうだ?いい見世物になるぜ、あれは。』

その言葉に同調した冥界の主・西行寺幽々子に命令され、妖夢さんはうろたえながらも優夢さんに訓練を申し出、彼は当然のように承諾し。

冒頭の図と相成ったわけである。



「お疲れ様でした、優夢さん、妖夢さん。侮っていたわけではありませんが、予想を超えた迫力でした。」

彼女が妖忌殿の孫ならば、当然剣術の腕は優れているのだろうと思ってはいた。しかしそれは、私の予想を大幅に上回った技量だった。

優夢さんにも驚かされた。その妖夢さんと、互角の勝負を演じたのだから。弾幕が出来ることは知っていたが、剣術も学んでいたとは知らなかった。

「楽しんでもらえたなら何よりだよ。正直、俺の実力じゃ妖夢の腕には届かないから、いい勝負になるか不安だったんだけど。」

「ご謙遜を。十分過ぎるほど戦えていたじゃないですか。どちらが勝ってもおかしくなかったですよ。」

これは正直な感想。最後、優夢さんが巨大な斬撃を放った瞬間、私は優夢さんの勝利を確信したほどだ。

だが優夢さんは曖昧に笑った。

「妖夢の方は白楼剣一本で、俺の方は何でもあり。そんだけハンデもらって勝てないんじゃ、まだまだだよ。」

そういえば妖夢さんも二本の刀を持っていたが、片方しか使っていなかった。扱いにくいからというのではなく、手加減だったのか。

「優夢さんは小太刀を扱い始めて日が浅いですから。それにしたって、たったこれだけの期間であれだけ動けるんだから、相変わらず驚かされます。」

「動きはほとんど美鈴さんに習った中国拳法の応用だよ。純粋な剣の腕じゃ、一体どれだけの開きがあるやら。」

「その総合的な力こそが優夢さんの力じゃないですか。私は同じことをやれと言われてもできません。」

優夢さんはこの上拳法まで嗜んでいるらしい。引き出しの多い人だ。

「ところで、最後のアレは何だったんだ。新しいスペカか?」

と、魔理沙さんも話に加わってくる。というか、さっきから聞きたかったことを聞きに来たという感じか。

「新しいスペカ案ってとこだな。あのままじゃ弾幕には使えないだろ?」

「まあ、ただの大振りじゃ当たらんだろうな。そうじゃなくて、私が聞きたいのは名前の方だ。お前もようやくまともなネーミング出来るようになったのか?」

「ようやくって何だよ。ありゃ漫画のパクリ技だから、そのまま叫んだだけだ。あとは『卍解』が出来れば男の子の夢に一歩近付く。」

「・・・ちょっと、よく分かりません。」

苦笑する妖夢さんの気持ちはよく分かる。優夢さんの言っている意味はさっぱりだった。恐らくは『外』の用語だろうか?

「スペカにするときは流石に名前変えるさ。版権とか怖いし。」

「別にいいじゃんか。『月牙天衝』だっけ?いい名前だと思ったぜ。」

「そりゃ全国の小中学生を沸き立たせた技だからな。けど、それは俺の技じゃない。」

「細けーこたぁいいんだよ。」

「細かくないだろ、そこは。」

そのまま、スペルカードの名前でやいのやいのとやり始める二人。

何故二人がこんなにもスペルの名前で白熱しているのか妖夢さんに聞くと、「優夢さんのネーミングは、ちょっと・・・アレなので」と返って来た。つまり、アレなのだろう。

ともかく、しばらくは帰ってこなさそうだった。それでは私は、調査の方に移らせてもらおう。

「妖夢さんはお疲れでしょうから、しばらくお休みください。それでは改めまして、本日はよろしくお願いします、幽々子さん。」

「別にいいのよ〜。他ならぬ阿世ちゃんの頼みじゃ断れないもの。」

余談だが、幽々子さんは私のことを初めて会ったときの名前で呼ぶ。一々転生の度に呼び名を変えるのも面倒なのだろう。





疲れてはいないと主張する妖夢さんに、幽々子さんが命令という形で無理やり休ませ、彼女は渋々とだが自室に戻った。

今なお議論に白熱している二人から遠ざかり、ここには私と幽々子さんのみがいる。

二人になったのは当然、他に人がいると聞きにくい話をするため。

「ここに来る前、魔理沙さんから話を聞きました。それで今日は冥界に来ることにしたんですが。」

「そうねぇ。妖夢の作る料理は美味しいけど、優夢のも甲乙つけがたいわよ〜。個人的には紅魔のメイドさんの料理も食べてみたいんだけど。」

「それはそれは、一度味わってみたいものです。確かに妖夢さんの話ではありますが、料理の話ではありませんよ。」

「あら、じゃあ剣の腕かしら。あの通り、まだまだ未熟な娘でね〜。」

「一般人である私から見れば、十分達人の域でしたよ。あなたの従者は立派な従者だと、たまには褒めてあげてくださいね。」

もちろん、こんな話をしに来たわけではない。この人は、相手の言いたいことをわかっていながら蝶の様に舞い遊ぶ癖がある。

それはこの人の自由奔放な性格をよく体現している。良い点でもあるが、話が一向に進まないため悪くもある。

だから私は話を前に進めるため、断言することにした。

「彼女が、優夢さんに抱いている想いに関してです。」

「あら、あの娘ったらそんなことを言ったの。そのうち馬に蹴られちゃいそうね。」

分かりきっていた内容に、彼女は冗談とも本気ともつかぬ様子でのたまった。

慣れぬ人には、あるいは不快な空気かもしれない。しかし何度か彼女と言葉を交わし慣れた私には、ごく自然に受け答えすることが出来た。

「それはつまり、魔理沙さんの言葉が真実であったということでいいでしょうか。」

「私はあの娘が馬に蹴られちゃいそうって言っただけよ〜。」

誤魔化す意志も持たずに誤魔化す幽々子さん。もともと柔らかな空気がさらに軟化するようだ。

「じゃあ逆に聞くけど、阿世ちゃん——今は阿求ね。あなたの目から妖夢は、どうだったかしら。」

幽々子さんは笑顔を一切崩さず聞き返してきた。既に私が確信を持っていることは、見抜かれているようだ。

「そうですね・・・。『幼い恋心に戸惑う少女』、というのがしっくり来る表現でしょうか。」

「わかってるじゃない。さすが阿世ちゃん。」

コロコロと笑う幽々子さんに同調し、私も微笑を浮かべた。

これは推測になるが、妖夢さんはずっと剣の道だけで生きてきたのだろう。他のことは最低限必要なものだけを取り、己を磨くことに腐心してきたはずだ。

そも、ここは冥界。去年の『異変』で境界が崩れ去るまでは、顕界との行き来は出来なかったのだから、この世の煩悩とは切り離されていただろう。

だから、これは彼女にとって初めての恋であるはず。いや、それにすら彼女は気付いていないかもしれない。

私は人を見る目には自信がある。1500年もの間、ただひたすらに人妖を見続け、その性質を見極め書にしてきたのだから。

その私から見て、彼女が優夢さんに注ぐ視線の熱は、他の人へのものとは一線を画していた。あるいは「憧れ」と表現してもいいかもしれない。

恐らく本人は「ともに剣の高みに上れる同士」とでも考えているんだろう。先ほどの会話からその程度は推測できる。

何とももったいない話だと、私は思う。

優夢さんが魅力的な人間であるという点に関しては、最早私は疑いを持たない。彼には人や妖怪を惹きつける何かがある。

それと同時に、妖夢さんも魅力的な女性なのである。正確に言えば、魅力的になる資質を持っている。

あれだけ性格の良い少女は、幻想郷ではあまり見たことがない。仕草の一つ一つも洗練されており、剣の道を知る故に芯が通った精神と礼節を持つ。

もし彼女が里で——半霊であるという素性を隠してだが——結婚相手を募ったならば、大勢が手を上げることだろう。

しかしいくら彼女に素養があるとは言え、磨かなければそれは原石のままでしかない。それもまた需要がないとは言わないが、もっと上を見てみたいと思うのは当然の人情だ。

女性を磨く経験は、何と言っても恋愛だ。恋愛は女性を強くし、綺麗にする。綺麗であることは、何事にも穢されない強さであると同義であると言ってもいい。

彼女にはその自覚がない。種は蒔かれているのに、蒔かれていることに気付いていない——いや、恐らくはその事実から目を背けている。

「道を極めるためには、様々な道を知っておくことが大事だと思いますがね。」

「そこがあの娘の未熟たる所以よ。可愛くていいじゃない。」

それは自慢なのだろうか。言う幽々子さんの表情は、実に誇らしげだった。

「あなたは彼女を成長させたいとは思わないのですか?」

「今はまだ、未熟なあの娘を愛でている方が楽しいんですもの。」

「・・・難儀ですね、あなたも。」

思わず苦笑が漏れた。彼女にとって甲故に乙という論理は通用しない。甲ならば敢えて子に飛ぶような人なのだから。

ならば、私が言うべきことは何もないだろう。時が来れば、彼女はきっと妖夢さんを導く。そのとき私の寿命が尽きているかいないかわからないというのは、残念な話だが。

「欲を言えば、私が生きている間に決着をつけてくださいね。あと20年弱です。」

「急いては事を仕損じる。慌てはしないけど、あの娘次第ね。」

仕方がないですね。



「そういえば」

その会話をしていて、ふと頭に疑問が引っかかった。

「優夢さんも、20年もすればいい御歳になるでしょう。彼は人間ですから、その歳になる頃には既に伴侶を得ているかもしれませんよ。」

妖夢さんは確かに半霊。人間よりもはるかに長命であり、ゆっくりと歳を重ねていく。20年という歳月は大した長さではないだろう。

しかし彼はそうはいかない。そうなれば、どの道早く勝負を仕掛けなければいけないとは思うのだが。魔理沙さん情報になるが、恋敵は多いのだから。

そう思って言ったのだが、幽々子さんは全く動じず。

「その点なら大丈夫よ〜。」

と答えた。

「自信がありますね。何か、根拠でも?」

「そうねぇ。簡単な話なんだけど、優夢の隣に誰かがいることって、想像できる?」

質問を返され、想像してみる。・・・しかし、私の頭の中では何故か、彼の隣に伴侶がいるというその情景を想像することが出来なかった。

彼ほど穏やかで人の好い人物が、ただ一人を愛する姿を私は想像できないとでもいうのだろうか。

「『それ』は生半可な覚悟ではたどり着けない境地。それこそ、全てを呑み込み全てに呑み込まれる、そんな覚悟が必要ね〜。」

「・・・どういうことですか。」

「さあ、どういうことかしら。私に言えるのはここまで。だから、今はまだ何も心配する必要なんかないのよ〜。」

はぐらかされてしまった。しかし、何らかの秘密があることは示唆してくれた。

何故優夢さんの伴侶たることが、『全てを呑み込み全てに呑み込まれる』ということになるのか。今の私にはその意味が全く理解できなかったが。

それは追々彼や周りの人物から聞き出すことにしよう。





その後、幽々子さん自身のことを聞き対談は終わった。妖夢さんを呼び出し、彼女の口からも色々と吐かせ、この日は中々愉快な一時を過ごさせてもらった。

なお、優夢さんと魔理沙さんはその間中ひたすらスペルカードの名前で議論を続けていた。よく飽きないものだ。

噂の妖夢さんと優夢さんの合作料理に感動を覚え、また来てみたいものだと贅沢なことを考えた。



そうして私達は、冥界を後にしたのだった。





+++この物語は、冥界の人間模様を幻想郷縁起に描く、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



冥界と幻想郷の数少ない良心:魂魄妖夢

基本的にいい人。礼節をわきまえているため、性格が非常に良い。しかしバトルジャンキー。

一応幽々子直々に作法とかも教え込まれているため、所作にソツがない。でもやっぱりバトルジャンキー。

優夢との模擬戦を命じられたときは、うろたえつつも嬉しかった。バトルジャンキー恋する乙女。

能力:剣術を扱う程度の能力

スペルカード:迷符『纏縛剣』、迷符『半身大悟』など



従者を弄りつつ見守る主:西行寺幽々子

基本的に妖夢のことは大事に思いつつ弄り倒すのが至上の娯楽だと思っている。

それでいて、彼女の成長はちゃんと見守っている。それができるからこそ冥界の管理を任されているのだとヤマザナドゥは信じている。

御阿礼の子とは四代目から面識あり。当時の名前は稗田阿世であり、その名で統一することにしている。

能力:死を操る程度の能力

スペルカード:死符『ギャストリドリーム』、死蝶『華胥の永眠』など



生きて冥界を訪れた一般人:稗田阿求

優夢と魔理沙という協力者があったおかげで、冥界観光が実現した。今回はそれだけで十分満足。

幽々子、妖忌と面識はあったが、妖夢とは初対面だった。彼女が前回冥界を訪れたときは、まだ生まれていなかった。

優夢の持つ秘密の巨大さには、まだ気付いていない。

能力:一度見たものを忘れない程度の能力

スペルカード:なし



→To Be Continued...



[24989] 幕間三十三
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2011/06/05 13:53
〜幕間〜




これは、優夢さんが幻想郷縁起の編纂協力で神社を空けているときの話だ。



そういう理由で、最近優夢さんが神社を空ける時間が長い。顔が広いから色んなとこに出張ってて、元々神社を空けることは多かったんだけど。

「冒頭の言葉を使わないでちゃんと、説明しなよ。」

面倒臭い。それに何度も説明しないでも分かることでしょ。

何だかよくわからない会話を萃香としながら、私はお茶を口に運ぶ。萃香も単に思ったことを口にしただけらしく、特に気にもせず酒を煽る。

今博麗神社の境内には、私と萃香しかいない。ひっきりなしにやってくる妖怪連中も、今日はお休みのようだ。

これで萃香がいなければ完全に一人で気楽なんだけど。まあ、今更こいつに気兼ねすることなんて何もないけどね。

「あんたはまた夜雀の屋台とかに行かないの?」

「今日はみすちーお休みだってさ。新作料理の研究するんだと。」

あの妖怪も変わったもんね。去年の秋頃見たときには妖怪妖怪した妖怪だったと思ったけど、今じゃすっかり人気料理人だ。

妖怪退治の仕事が減ったと考えれば、気楽なもんね。

「この調子で幻想郷中の妖怪が全部大人しくならないかしら。」

「それじゃ物足りないだろ?たとえ変わったとしても、妖怪は人間を襲ってこそさ。」

あっそ。まあ、私もそんな妖怪はゾッとしなくてつまらないんだけど。



誰もいない神社の境内とは静かなものだ。人里からは離れてるから、人間達の生活異音もしない。

する音と言えば、空を飛ぶ小鳥達のさえずりと夏の木々を撫でる風の音。それから私と萃香が会話をする声程度。

ここのところ優夢さん目当てで出入りする連中が多かったから、こんなに静かなのは久しぶりかもしれない。

別に連中がいようがいまいが私の行動は変わることはないんだけど、やっぱり一人の時間は落ち着くわね。

「ちょいちょい。私がいるのは完全無視?」

あんたはもういてもいなくても一緒でしょうが、居候でもない居候。

うちに来る妖怪連中の大半は、優夢さんが目的だ。私にちょっかい出しに来る連中もいるけど、そういう奴らは叩きのめすので問題ない。

優夢さんがいなければ、普段から神社はこのぐらい静かなのかもしれない。それは私にとって心落ち着く時間だ。厄介な連中が来ないというのは、実に気楽でいい。

だからと言って優夢さんを手放すつもりはないんだけど。彼ほど有能なお手伝いさんは滅多にいない。

どっちを取るかなら、私は楽を取る。妖怪が来るのは気にしなきゃいいだけの話だからね。

「霊夢も大概適当だよね〜。妖怪が来れば、里で『妖怪神社』って言われるのに。」

「あらこんなところに小鬼が一匹。退治しとこうかしら。」

暴力はんたーい、と萃香はとてとて逃げ出していった。その一点だけは勘弁ならないんだけど、それでも大晦日には参拝客でにぎわうから妥協することにしている。

要するにどういうことかと言うと、博麗神社は概ね平和であるということだわ。



することもないので、萃香はひっきりなしに私に話しかけてくる。別にその程度でどうこう言うことではないので、私はお茶のお替りをしながら適当に相槌を打っている。

話はちゃんと聞いてるわよ。この間里で『伊吹萃香を愛でる会Mk−�』とかいうのが出来てたから叩き潰したとか、射命丸を誘って呑みに行ったとか、そのときに出てきた毛虫の丸焼きがつまみにイケたとか。

「私も料理とかやってみようかねぇ。」

「やめなさい。大惨事が見えてるから。」

萃香が料理とか、絶対ありえない。こいつは料理と称して器や調理器具を破壊する。絶対そんなタイプだわ。

ただの推測ではなく、こいつが力加減を誤って壊した皿や酒器が山ほどあるという事実だ。

「料理を甘く見るんじゃないわよ。結構テクがいるのよ。」

「偉そうに言う割に、私は霊夢が料理してるとこって見たことないんだけどね。」

だって面倒じゃない。それに、うちは黙ってても優夢さんが料理出してくれるでしょ。

私が口にした紛れもない事実に、しかし萃香はニマリと笑った。

「そんなこと言って、本当は料理なんて出来ないんじゃないの〜?だから私が料理できるようになるのが怖いんじゃないの〜??」

「優夢さん来るまで一人で生活してたんだから、自炊出来ないわけがないでしょ。」

「じゃあ証拠見せてよ証拠。」

かったるいわね。しかし萃香の方は「証拠〜しょうこ〜」とうるさく、ちょっと解放してくれそうにない。

全く、しょうがないわね。

「それじゃ、久々に料理してあげるわよ。感謝しなさい。」

「やったー!!で、何作るの??」

萃香は興味津々で聞いてきた。心なし目が輝いてる。

んー、そうね。今は夏だし。

「素麺ね。」

私の返した言葉に萃香は見るからに落胆を見せた。何よ、美味しいじゃない、素麺。それにバカにも出来ないんだからね、素麺。



そして10分後、食卓の上に二人分の素麺が並び、私達はちょっと早めの昼ご飯を摂った。

うん、いい茹で加減。腕は落ちちゃいないわね。

「美味しいんだけど・・・美味しいんだけどさ・・・。」

萃香は納得がいかないという様子で、それでも勢いよく素麺をすすり続けていた。





昼食後、お茶を飲みながら私は思った。

「やっぱり素麺じゃ食べた気がしないわね。」

「素麺にしようって言ったの霊夢じゃん・・・。」

美味しかったでしょ?しっかり食ったんだから文句は言うな。

萃香の文句は黙殺しつつ、しかし私自身が食べ足りていない。優夢さんが作ると、彼は手を抜くことを知らないから、いつも満足の行く昼食が食べられる。それに慣れてしまったせいか。

彼に文句を言う気はないんだけど、慣れというのは怖いものね。

「かと言って、今更他に何か作るのは面倒ね。あんた、つまみとか持ってないの?」

「酒しか持ってないよ。つまみは持ってなくても、いつも最上のが来るからね。」

本当、慣れって恐ろしいわよね。

「しょうがない、虎の子のごま煎餅でも開けるか。」

「あ、じゃあ私もー。」

「自分の分は自分で調達しなさい。」

「えー、ケチー。」

ブーブー言い始める萃香。あんたは能力使えば色々"萃"められるんだから、横着しなけりゃいいじゃない。

「それをあんたが言うかね。」

「今の発言であんたの分の煎餅はなくなったわ。残念だったわね。」

「元々くれる気なかったんだろ。鬼巫女め。」

鬼に鬼って言われたくはないわね。素敵なだけよ。

そう言って私は立ち上がり、台所の戸棚にしまってある煎餅を取りに向かおうとした。



「あら、今日のお昼は質素だったの?珍しいわね。」

そこに縁先からかけられた声で、私は立ち止まった。・・・嫌な来客ね。最近また来るようになったっていうんだから、全く煩わしいことこの上ない。

「今日はうちのおさんどんが外出中だから、仕方ないでしょ。笑いに来たの?」

「ここで何が起こっているのか知る術もないのに、笑いに来れたら凄いわね。けど残念、優夢はいないのね。」

「あの男、留守なの?」

声は二つ。振り返ればそこには、日傘を差した緑髪の花の妖怪と、それに手を引かれる毒人形の姿があった。

幼い頃から因縁のある風見幽香と、その弟子であるメディスン=メランコリーだ。

せっかく妖怪もいない静かな神社を満喫してたってのに、面倒な奴らが来た。

「そうよ。あんたらがここにいる意味はないから、とっとと帰ってくれると助かるわ。」

「それは誤解ね。確かに私は優夢に会いに来たけれど、あなたにも会いに来たのよ?」

私は会いたくないのよ。何が悲しゅうてドS妖怪に身内扱いされなきゃいけないのよ。

「悲しいわねぇ。」

クスクスと笑いながら言う幽香は、絶対悲しんではいなかった。

「まー、そう邪険にするもんじゃないよ、霊夢。ほれ幽香、こっちに来なよ。せっかくだ、一緒に呑もうじゃないか。」

私が立ち入りお断りをしようとしているのに、萃香は勝手にそんなことを言い出す。余計なことを言うなと思ったが、途端に幽香の表情が曇った。

・・・そういえばこいつ、萃香のことが苦手なんだったっけ。案外好手だったかもしれない。

「ねえ霊夢。そいつ、どっかにやれない?今日はお酒抜きで過ごしたいんだけど。」

「どっかにやれないから、そのままお引取り願おうかしら。」

「・・・何か最近私の扱い悪くないかい?」

いつも通りよ。気にすることはないわ。

そう言ってやると、萃香の表情は憮然とした。ちょっと怒らせちゃったかしら。

と。

「ねえ幽香。そいつが邪魔なら、弾幕で追っ払っちゃえばいいじゃない。」

メディスンが、萃香を指差してそんなことを言い出した。何も知らない子供らしい反応ね。

「へえ、言ってくれるねぇ毒人形。誰が誰を弾幕で追っ払うって?」

不機嫌になっていた萃香は、普段なら笑い飛ばすところだが、今日はメディスンに敵意を返した。

幽香に鍛えられていること、またこいつ自身がそれなりのポテンシャルを秘めていることもあって、並の妖怪なら裸足で逃げ出すような怒気に当てられても、メディスンはまるで意に介さず答えた。

「私が、あなたをよ。私は幽香に鍛えられてるんだもん、ただの妖怪には負けないよ。」

「面白いねぇ、言うに事欠いて、鬼のこの私に向かって『ただの妖怪』かい。図に乗るなよ、クソガキ。」

あ、地雷踏んだ。そうは思ったが、私は一切口を挟まなかった。幽香も、いい勉強になるとでも思っているのか、メディスンを止めることはしなかった。

確かに、自信過剰の人形にはいい薬になるでしょ。

「表に出な。鬼の記憶のないその躯に、鬼の恐怖を刻み込んでやるよ。」

「いいわよ、あなたこそ教えてあげるわ。人形の底力とスーさんの毒の力を!」

「予め言っとくけど、境内でやったらはっ倒すわよ。やるんなら神社の敷地の外でやること。」

「その点については同意だから、ちゃんと霊夢の言うことは聞くのよ、メディスン。」

萃香が先行し、その後にメディスンがついていく。私の注意を聞き、二人ともちゃんと鳥居の向こうに消えていった。

しばらく静けさがあってから、爆音。弾幕勝負が始まったみたいだ。

「命があって及第点、五体満足で御の字ってとこね。」

「そんなところかしら。まだまだ発展途上だからね、あの子。」

「相変わらず鬼も驚くスパルタ教育ね。」

まあ、間違いなく強くはなるでしょうね。命さえ残れば。



幽香はあまりしゃべるタイプじゃない。聞かれれば答えるけど、萃香や魔理沙のように飽きもせずしゃべり続けるようなことはない。

必然的に、私達は会話もなく縁側でお茶を飲んでいた。時折向こうの方で爆音が聞こえるから、決して静かではないけれど。

それにしても、あの毒人形もよくもっているものだわ。弾幕ごっこはまだ続いてるようだから、致命的な攻撃はもらってないんでしょう。

一応、幽香の教育は効果があったってとこなんでしょうね。過去の自分のことを考えると、まあ結果が出ないわけではないだろうし。

「妹弟子が心配?」

私がそんなとりとめもないことを考えていると、幽香が薄く笑いながら尋ねてきた。ありえないことを言う。そしてこいつもそのことは分かってるでしょうに。

「別に。そもそも私はあんたの弟子になった覚えはないから、あいつとは無関係よ。前にも言ったわよね。」

「それでも、私の指導を受けたことはある。あなたがどう思おうとその事実はあるんだから、関連性を無視することはできないんじゃない?」

まあね。過去の自分を振り返って見てみたりもしたわけだし。けど、結局ただそれだけのことよ。

「少なくとも、心配とは程遠いわね。」

「ふふ、そう。実を言うと、私もあまり心配はしていないの。」

へえ。それは随分とあいつを信頼してるわね。

「それもあるし、ここで死ぬならそこまでだったってことでしょう。」

「そうね。あんたが最悪の妖怪って言われてることを思い出したわ。」

私に対してはそんな面を見せたことはないけれど、こいつは基本的に他者に対して冷たい。淡白であると言った方が正しいかもしれない。

それは実に妖怪らしい個人主義だった。こいつの拠り所は自分のみであり、他者は自分を楽しませるだけの玩具だ。その高慢を通すだけの知恵と力も持っている

これを最悪の妖怪と形容せずに何と言えばいい。

それが何でただの人間の私だけ——いや、母と私だけに対しては『こう』なのか。これはこれで気持ち悪いから勘弁願いたいんだけど。

「誤解してるようね。私はちゃんとメディスンのことを可愛がってるわよ?ただ、これは教育方針。」

理由は別にどうだっていいわよ。私に迷惑さえかけなければ、ね。

「正直、あんたがここにいるだけで私にとっては迷惑なんだけど。」

「嘘をおっしゃい。何もしなければ、あなたは別に何とも思わないでしょうに。」

・・・見透かされてるようで気分悪いわね。実際、その通りなんだけど。

面と向かっては色々と言ってるけど、基本的にそれは過去の経験から言っている話であり、ただこうやって並んで茶を飲むだけなら、こいつは私にとって無害だ。ならば私が何かを思う必要はない。

ただこいつが変なことを思い浮かんで、それに私が巻き込まれたら嫌だなと思っているだけの話だ。

「巻き込むのは優夢さんだけにしてよね。」

「彼なら喜んで巻き込まれてくれそう。ふふ、やっぱりあの子は愛しいわ。」



こいつが優夢さんに会いに来る理由。それがこれだった。

凡そこの妖怪に最も似合いそうにない理由。幽香は優夢さんに恋をしているのだ。

優夢さんだったら別に不思議はないんだけど、幽香がというところがあまりにも不思議すぎる。

まあ、こいつの感覚なんて知らないし知りたくもないから、真実のところは何もわからないでいいんだけど。

本当に厄介な奴を引っ掛けてくれたものだと、私は珍しく心の中で優夢さんに文句を言った。それだけ私が幽香を苦手としているということだ。

——そうそう、厄介な奴と言えばもう一人。

「・・・あら?」

幽香の声。視線を追ってみれば、私達の目の前に光が発生していた。

光が描くのは魔法陣。何処かで誰かが魔法を使っているようだ。

害意を一切感じさせないそれは、その上空に徐々に人物の姿を映し出していった。

幻想郷の住人ではない、規定によって易々と越境できない世界で数少ない権利を持つそいつ。

「ふう。はろー、霊夢ちゃん。優夢ちゃんはいるかしら?」

魔界の創造主。六枚の黒翼を持つ神・神綺が、博麗神社の境内に転移してきたのだった。

「・・・全く、何で優夢さんがいない日にこう厄介な連中が次から次へと・・・。」

頭痛を覚え、私はこめかみを人差し指で押さえた。

こいつがもう一人の厄介な奴だ。優夢さん目当てで、魔界を嫌う幻想郷に暢気にやってくる能天気神。

ありえないことにこいつも優夢さんに惚れてるというのだから、彼の懐の広さはどうなっているのかと小一時間問い詰めたい。

「誰かと思ったら負け犬世界のお子様神じゃない。あなたには残念だけど、優夢はあなたに会いたくなくて遠くへ逃げてしまったわ。」

「こんにちは、野蛮な妖怪の大統領。そう、優夢ちゃんはあなたから逃げたくて何処かへ行っちゃったのね。可哀想に。」

そして、元々仲の悪いこいつらが、その上優夢さんを取り合って火花を散らした日にゃ私の寿命がストレスでマッハだわ。

神綺はそんなに幻想郷に訪れられる身ではないらしく、この二人が顔を合わせた機会はそれほどない。しかし合わせれば毎度こんなものだ。

いつもは優夢さんが間をとりなしてくれるのだけど、今日の彼は冥界で半死にとしっぽりよろしくやってるはずだ。

この不穏な空気の中で私は過ごさなければいけないわけで。

「・・・だるっ。」

思わず溜め息をつく。二人をいさめるなんてそんな面倒すぎる真似、私に行動を起こす気力があるわけもなかった。

無言で笑みを浮かべながら火花を散らす二大妖怪を視界から外し、私はお茶を飲みながら現実逃避をすることに決めた。

ああ、お茶が美味しいわ。





その後、とうとう勃発した『第二回・最強の妖怪VS魔界神、史上最強の決戦』と、ヒートアップして舞台が境内に移動した萃香達に、私の我慢が限界に達した。

何があったかは、帰って来た優夢さんがまず言った言葉で想像して頂戴。

夏草や つはものどもが 夢の跡

ああ、お茶が美味しいわ。





+++この物語は、楽園の素敵な巫女の単独ホリデイを描く、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



縁側でお茶を飲み続けるだけの簡単なお仕事:博麗霊夢

今回ほとんどそれだけしかしてない。とことんまで事件に関わろうとしない主人公である。

彼女にとって大事なのは、三食昼寝と食後のお茶、入浴と大体そんなもの。周りがいくら色ボケようとも関係ないのである。

最後にプッツンして放ったのは当然テーレッテー。

能力:主に空を飛ぶ程度の能力

スペルカード:霊符『陰陽印』、霊符『博麗幻影』など



→To Be Continued...



[24989] 幕間三十四
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2011/06/05 13:54
〜幕間〜





これは、あたいが以前よりもさらに賢くなったときの話だ。



「前々から思ってたんだが・・・。」

あついなつのひ。あれ、なついあつのひだっけ?あたいは霊夢をからかいに大ちゃんといっしょに神社にきていた。

霊夢はあつさでたれてた。だらしないのであたいがすずしくしてやったら、「寒くしすぎよ!」とおこられた。せっかく冷やしてやったのに、かんしゃしないやつだ。

しかえしに「びんぼうみこ」っていったらほんきでおこった。あれはあいてをころそうとするめだった。ひゃっぱつひゃくちゅうのあたいは、それをはだでかんじとった。

(正しくは百戦錬磨だった。けど、弾幕が百発百中なら結果的にそうなるから、間違いではないよね?)

あたいもみがまえたけど、ななしがとめにはいった。霊夢はまだきげんがわるかったけど、弾幕はやめた。ふん、あたいはへいきだったよ!!

そうおもったんだけど、ななしはあたいの氷でカキ氷をつくってくれるらしいので、だまって氷をわたしてやった。ななしのカキ氷は、なぜかおいしいんだ。

しばらくして、ななしがもってきたカキ氷をたべてるさいちゅう、神社にやってきてた魔理沙がなにやらいいだした。

「チルノって何でそこまでバカなんだ?」

「あたいはバカじゃないよ!!」

まったくしつれいなしろくろだ。あたいのどこがバカだっていうのさ。

「いきなりだな、魔理沙。そこまでストレートに言わなくてもいいだろ。」

「つまり、お前もそう思ってるんだろ?私もお前伝手で紅魔館のチビどもと話すことがあったからわかったけど、普通の妖精はここまでじゃないだろ。大妖精だってそうだし。」

「・・・まあ、確かに。度を越してはいると思うけど。」

なによななし、あんたまであたいをバカっていうき!?なんかいってやってよ、大ちゃん。

「ご、ごめんねチルノちゃん。さすがに否定できないかな・・・。」

「その舌っ足らずさが助長してるよね。それ抜きでも十分バカだけど。」

「むっかー!なによ、みんなしてあたいのことをバカにして!!」

「バカにしてるんじゃなくて、お前がバカなんだぜ。」

あたいはバカじゃないのよ!たんにあんたらがあたいのかんがえかたをりかいできてないだけでしょーが!!

「・・・うーん。確かに、何か不自然だよな。だってほら、妖精の自我って基本的に連続生存期間に比例するだろ?チルノぐらいの力を持ってりゃ、そうそう簡単に死んだりはしないと思うし、実際自我も他にないぐらいはっきりしてる。だとしたら、もう少しマシだとは思うんだが・・・。」

ななしがなんかこむずかしいことをいいだした。こいつはときどきわけのわからないことをいいだす。

たぶんじぶんでもかんがえきれないようなことをかんがえようとしてるんだわ。そんなこと、むだだとおもうんだけど。

「自我とバカは関係ないだろ。要するにこいつは勉強嫌いってだけなんじゃないのか?」

「それこそ勉強できないのとバカは関係ないぞ、魔理沙。」

べんきょうべんきょうって、人間はめんどうね。

「あたいは妖精で、妖精は人間みたいにへんなどうぐとかにたよるひつようがないのよ。だったら、べんきょうするよりあそんだほうがゆういみってやつでしょ。」

「有意『義』な。」

そうそう、それそれ。

「・・・そうだよな、決して頭が悪いってわけではないはずなんだよ。弾幕も妖精なのにあれだけ強いんだから。」

ななしはあたいのことばをきいてそうみとめた。ふん、はじめっからそういえばいいのよ。

「優夢は『頭が悪いわけじゃない』って言っただけだぜ。依然お前がバカだって事実には変わりない。」

「もー、さっきからべんきょうができないとかバカとかあたまがわるいわるくないとか、わけわかんないわよ!あたまがわるくなかったらバカじゃないでしょ!?」

「語感って奴は大事だよ。まあ私も、あんたが頭悪くないってこととバカであるってことの両方に同意だねぇ。」

萃香はケタケタとわらいながら、そんなことをいった。むー。

それからさんにんは、あーでもないこーでもないと、あたいをぬいてはなしあいをはじめてしまった。つまらない。

「ねー霊夢。あたい、バカじゃないよね。」

「何言ってんのよ�妖精。あんたがバカじゃなかったらこの世にバカな奴がいなくなるわ。」

ずっとだまっておゆをのんでた霊夢もみかたじゃなかった。



あきたので、大ちゃんといっしょににわで雪だるまをつくってたら、ななしたちがあたいのほうにやってきた。

「よしわかった。チルノ、お前の教育は俺がしてやる。」

そして、そんなことをいいだした。どうしてそうなった。

「三人で話し合った結果として、お前に足りてないのは一般教養——基本的な知識だ。だから知識を覚えさせれば、バカっぽく見えないんじゃないかって推論が出たんだ。」

なにかおぼえなきゃいけないの?あたいはべんきょうきらいだってば!

「まあそう早合点するもんじゃないよ。私も何度か優夢の授業を見学に行ってるんだけどね。わかりやすくて、わかると面白いんだよ。」

「私ら二人ともが認めてる。自信のなさが最大の欠点の優夢がこれだけ言ってるんだ、信用には十分足るんじゃないか?」

萃香と魔理沙がななしのかたをもつ。べんきょうがたのしいとか、いみわかんない。つくえのまえでせいざのなんて、かんがえるだけでもいやになるのに。

「いや、別に正座する必要はないんだが・・・っていうかそれ勉強関係ないだろ。」

「大方『勉強はつまらないもの』って先入観でも持ってるんだろ。妖精じゃ仕方ないね。」

む。なによ、あたいのことバカにしてるなー?

「まーしょうがない。だったらお前は永遠におバカ妖精のままだが、アイデンティティが守られてちょうどいいかもな。」

「あたいはバカじゃないよっ!!」

「主張するだけなら犬でもできるさね。」

「おいおい、それじゃ犬が可哀相じゃないか。犬の方がよっぽど賢いぜ。」

『わっはっはっはっは!』

むっか〜、あったまきたわこいつら!

「じょーとーじゃない!ななしのきょーいくなんかかるくけちょんけちょんにして、あんたらにごめんなさいっていわせてやるわ!!」

「おー、言ったな?その日が来るかはわからんが、楽しみにしてるぜ。」

こんなかんじで、あたいはななしの『じぎょう』とやらをうけることになった。

「サンキューな、魔理沙、萃香。」

「なあに、いいってことよ。」

「私も、賢くなったチルノって奴を見てみたいしね。」

(考えてみると、魔理沙と萃香は初めからあたいを引っかけるつもりだったのかもしれない。思い出したら腹が立ってきたので、今度背中に氷を入れてやろう。)





そうときまったら、ななしのじゅんびははやかった。いえのなかからでっかいくろい木のいたをもってきて、しろい石みたいのでなにかをかきはじめた。

「それではこれより、『チルノ強化授業』を始める。委員長、号令!」

「任せとけ!きりーつ!!」

「え?あ、あわ、はいっ!!」

魔理沙がなんかさけんでたちあがった。萃香もたちあがり、大ちゃんもあわてておなじことをした。

ひとりだけすわってるとなんだかきもちわるかったので、あたいもたった。

「きをつけー!!」

こんどはみんなピシっとした。あたいもまねする。

「れいー!!」

「よろしくおねがいしまーす。」

「お、おねがいします!!」

「??? おねがいします?」

「ちゃくせーき!!」

みんなすわる。なんだったんだろう。

「全員授業という形をとってはいるが、基本はチルノ集中の授業だ。皆はチルノのサポートに回ってもらいたい。厳しいミッションになるとは思うが、協力してほしい。」

「大丈夫だ、問題ないぜ。」

「これが終わったら、一番いい酒を頼むよ。」

「わ、私も頑張ります!!」

なんかみんながはりきってた。あたいはじたいのすいーがはやすぎて、ちょっといみわからない。

「チルノも頑張れよ。予定としては、一週間で基礎を叩き込む。その後は慧音さんに頼んで寺子屋に通えるようにしてやる。」

「えー。てらこやってべんきょうするとこでしょ?だからあたいはべんきょうきらいだってば!」

「教えてやるぜ、チルノ。優夢の授業は勉強だけじゃない。遊べるんだ。」

「しかも今まであんたが知らなかったような遊びをね。」

・・・ほんとうに?あたいははんしんはんぎってやつだった。

「ほら、チルノちゃん。優夢さんは色んな遊び教えてくれるでしょ?きっと本当なんだよ。」

大ちゃんがそういうなら、ちょっとしんじてやってもいいけど。

「楽しんで学べる、が俺のモットーだ。これに関してだけは期待してもいいぜ。」

「うそだったら氷づけにするからね。」

そこまでいうならしんようしてやろう。そうだ、あたいは『かんたい』なのだ。

「チルノが納得したところで本題に入るぞ。まずは、現在の学力を知るための簡単なテストを作ってみた。これを解いてみてくれ。」

ななしはそういって、あたいのめのまえのつくえにいちまいのかみをおいた。すこしおおきめのじで、すうじとかがかいてある。

ふん、たいしたことないわね。あたいのパーフェクトなずのうで、みごとぜんもんせいかいしてやるわ!!

「それじゃ・・・始め!」

ななしのあいずで、あたいはもんだいをときはじめた。



『これはひどい。』

こたえあわせがおわって、あたいいがいのぜんいんがそういった。・・・なによなによ、なにがまちがってたってのよ!!

「1+1が11って・・・2進数でも10にしかならんぞ。」

「また高度な解釈をするな。特技の欄に『かゐろをこあ5せろ』ってあるが、これは前衛芸術か何かか?」

「水を冷やすとどうなるか・・・『あたい!!』って、ある意味合ってるのが性質悪いね。」

「チルノちゃん・・・だから勉強もしようよって言ったのに〜・・・。」

よっつのほうこうぜんぶからこれでもかってぐらいにいわれた。あたいはけっかじゃなくてどりょくをほめるべきだとおもいます。

「少しでも結果が出てりゃ褒めることもできるが、これじゃ話にならん。入園したての幼稚園児に教えるつもりでやらにゃいかんな。」

そこはかとなくバカにされてるとはおもったけど、いまのかみをピラピラとされてなにもいえなかった。

「これから一週間で、この辺のことは苦もなく答えられるようにしてやる。その分ちょっと大変になるかもしんないけど、まあ覚悟してくれ。」

「えー!?たのしくべんきょうできるっていったじゃん!!うそつきー!!」

「分かるようになったらって前提条件付きだ。弾幕ごっこだって弾幕できなかったら楽しめないだろ?同じことだ。」

うぅ、そうかもしんないけど・・・。

「まずは平仮名の書き取り。それが終わったら足し算を教える。今日中に50音全部と一桁の足し算は出来るようになってもらうからな。」

「はは、いいじゃないかチルノ。基礎からみっちりと教えてもらえ。」

「1+1は2だけど、酒を飲むと3にも4にも見えるんだよねぇ。」

「私も一緒にやるから頑張ろう、チルノちゃん。」

いつのまにか、あたいはすっかりべんきょうをしなくてはならなくなっていた。



そして、あたいのべんがくのひびがはじまった。

「ろくご30ってやっておきながら何で30より減るんだこの・・・ド低脳がァーーーーー!!」

「だって、だってさっきは、24だったんだものっ!!」

「チルノちゃん、丸暗記じゃ意味ないよ・・・。」



それはけっしてへいたんなみちのりではなかった。

「『うふんくすぐったい。だめよ、もうすぐままがかえってくるんだから。』と、まーがれっとはいったのだが、ぼぶはごういんに・・・。」

「おいこら教材にこんな本混ぜたの何処のどいつだ正直に出て来い。」

「すまん、私が悪かったから弾幕を引っ込めてくれ。」



なつの日は、ときに雨もあり、それでもまけず・・・。

「今日は屋内授業を行うー・・・っていきなり酒盛り始めてんじゃねーよ!?」

「まあまあ優夢。今日は雨だし酒でも呑んでパァーっとやろうよ。」

「ていうか、室内でまでやらなくてもいいでしょ。私はのんびりしたいのよ。」



毎日の勉強は、まちがいなくあたいの血肉になっていった。

「1+1=田んぼの田・・・なんだろう、ふざけるなって言うべきところなんだけど、何故か感動を覚える・・・。」

「ああ、まさかチルノが漢字を使えるようになるとは・・・。」

「な、何よ。前からちょっとだけなら使えたわよ!!」



そして一週間。優夢が予定してた、特別授業の最終日だ。

この日は確認テストが行われた。あたいがどの程度勉強が出来るようになったのかを確認するための。

初日にやった内容に比べて、あたいから見ても明らかに難しくなってた。

だけど、あたいは全く悩まなかった。難しくはなってたけど、あたいに解けない問題はなかった。

そして当然の如くの全問正解。大ちゃんも魔理沙も萃香も、優夢までもがそのことにとても驚いていた。そして、あたいはとても満足してた。

やっぱり・・・あたいってばさいきょーね!!



「まさか、本当にここまでやれるようになるとはな・・・。」

テストの後。あたいはいつもの通り用意された机の前に座って、優夢の話を聞いていた。

「だから言ったでしょ。あたいはバカじゃないのよ!!」

胸を張って宣言してやる。これでもう誰にもあたいのことをバカだなんて言わせないんだから!!

「決して頭が悪くないことはわかってた。だけど想像以上だったよ。頑張ったな、チルノ!!」

優夢があたいの頭をガッシガッシとなでる。ちょっと痛かったけど、褒められてるってことがわかったので、あたいは笑顔だった。

が。

「けど、残念だったな。」

優夢は一転して声を落とした。え、何?

「うん、残念だったよ。」

「非常に残念だが、これが現実だぜ。」

「ごめんねチルノちゃん・・・。」

「え?え??」

他の皆も同じ様子だった。なになに、何が残念なの??

皆の反応にあたいは困惑するばっかりだった。

「いや、な。俺の仮説は一面的には正しかった。お前に教養が足りてないっていう点はその通りだったし、教えていくうちに話が通じるようになっていった。馬鹿ではなくなっていったんだよ。」

だけど、と優夢はさっきのテストを取り出した。何よ、だからそれ全問正解だったでしょ?

あたいがそういうと、しかし優夢は首を横に振った。・・・へ?

「正解って言えば、確かに正解なんだよ。けどな・・・。」

な、何よ。何がおかしかったっていうのよ!!

「『Q1.水を熱するとどうなるか答えよ A.けむりみたいになる けむりっていっても水のけむりだよ!!』何で水蒸気って言葉が出てこなかったんだよ・・・。」

「『Q2.2×5を計算せよ A.2+2+2+2+2だから10!!』間違っちゃいないが九九を使え。教わっただろ。」

「『Q3.自分のスペルカードを一枚、漢字を交えて書け A.豆腐『パーフェクトフリーズ』』いつからあんたは大豆加工職人になったんだい?豆は嫌いだよ。」

「最後のに関しては『正しく』って書いてなかったから一応正解にしといたけど、おまけだからな。」

せ、正解なんだからいいじゃない!結果が大事よ結果が!!

「この授業始める前に努力を褒めるべきって言ってなかったか?」

「うっ。」

余計なことを覚えてるわね・・・。

「まあ、つまりだ。確かに難しい言葉も理解できるようになったし、ある程度論理的な考え方もできるようになった。お前が元々頭悪くないってことは証明された。だけど・・・。」

優夢は一度皆と顔を見合わせ、頷いてから。

「やっぱりバカだった。」

「バカは治らなかったな。」

「おバカ妖精の面目躍如だね。」

「うぅぅ、チルノちゃん頑張ったのに〜・・・。」

口をそろえてバカだバカだと言ってきた。

「バカじゃないもんッッッ!!」

あたいは、ちょっと涙目になってた。



こうして、あたいの勉強強化週間は終わった。

この結果を見て優夢は、「けどまあ寺子屋に通えないレベルじゃないし、今後ゆっくり覚えていこう」と、人里の守護者とかいう奴にあたいの入塾を頼みに行きOKをもらった。

優夢の授業の最後の方は、確かに楽しかった。だからあたいは、一週間に一回寺子屋に通うことにしたんだ。





「・・・っと、こんな感じかな。」

書いた内容を読み返し、あたいは頷いてから本を閉じた。

この日記帳は、授業が終わってから優夢があたいにくれたものだ。「お前は新しいことを覚えると古いものが抜けるから、その予防に」とか言ってた。

そこまでしなくても覚えられるって言ったんだけど。・・・まあ、覚えた漢字も使ってみたかったし、とりあえずは書くことにしてる。

勉強は面倒くさいけど、知らないことを知るのは面白いと思う。何だか探検をしてるみたいな気分になる。

明日は初めて寺子屋に行く日。正直に言うと、ちょっとわくわくしてる。授業を受けてる人間がどんな奴なのか気になる。

早く明日にならないかな。そうだ、一緒に授業を受ける奴らに凍ったカエルをプレゼントしよう。

そう思って、あたいはカエルを探しに湖に飛び出した。



あたいは、未知への探求という新しい「遊び」を発見したんだ。





+++この物語は、やっと氷精の台詞が書きやすくなった、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



勉強妖精(笑):チルノ

にわか。今回これだけ成長したのは、チルノ自身の元々の理解力以上に優夢の教え方によるところが大きい。人里の名物教師マジパネェ。

勉強は嫌いだが優夢の授業は割と好き。わかりやすくて賢くなった気になれるから。実は自分がバカであることを認めていることに気付いていない。

なお、後日寺子屋で配ったカエルの氷漬けは大変不評だった。さすが�。

能力:冷気を操る程度の能力

スペルカード:凍符『パーフェクトフリーズ』、凍符『コールドディヴィニティー』など



→To Be Continued...



[24989] 四・五章六話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2011/06/05 13:55
「それがまた臭くってさー。」

「あー、わかるぜ。私も前にやらかしたことがある。」

「・・・お二人とも、逞しいですね。私には到底真似できそうにありません。」

「なーに言ってんのさ、盟友。人の身で妖怪の山に入ろうってあんたも、十分過ぎるほど逞しかろうに。」

「幻想郷中を調べ回ろうってんだから、ひょっとしたら里でも一番逞しい人間なんじゃないか?」

「それはそうかも知れませんが。お二人のような蛮勇は出来ませんよ。」

「そんなに褒めるなよ〜。」

「照れるぜ。」

「とりあえずお前ら、ドン引きされてるだけって気付け。」

三人を先導しながら、俺は後ろで姦しくしゃべるうちの二人に向けて言った。

阿求ちゃんを箒に乗せる魔理沙と、途中で合流した知人の川河童の河城にとりだ。俺達は今、妖怪の山に向かっている。

正確には妖怪の山のある一箇所だ。さすがに天狗の領域に入るほどの度胸は俺にはない。

今日の目的地は妖怪の山の中腹にある『猫の里』。俺の友人である八雲の式の式・橙の住んでいる場所だ。

場所が場所だけに、俺も滅多に訪れることはできない。せいぜい行けて月に一度ぐらいだ。

阿求ちゃんが調査したい妖怪リストに橙の名前も挙がっていたから、今月の機会を幻想郷縁起編纂のために宛てたんだ。

で、それで妖怪の山の麓まで来たところで、俺達の姿を認めたにとりが「何しに行くんだ、危ないよ」と止めにきたというわけだ。

事情を話すとにとりは納得し、「間違って天狗様のところに出られたら怖いしね」と言って着いてくることになった。

人間を盟友と豪語するにとりは、阿求ちゃんともすぐに打ち解けた。そして現在に至るというわけだ。

込み入った事情もない回想をしつつ、俺はにとりの注意を受けて方向を修正する。にとりが誘導してくれればいいとは思うが、言わない。女の子同士の会話を楽しんでもらおうという配慮だ。

「それにしても、幻想郷縁起か。話には聞いてたけど、まさか自分が編纂に立ち会うことになるとはねぇ。」

長生きはするもんだ、と感慨深げに頷くにとり。まあ、幻想郷じゃ年齢と見た目が一致しないことはよくあることだ。もう気にはすまい。

「そういや、にとりは今まで幻想郷縁起に取り上げられたことはないのか?」

「ないね。河童に限らず妖怪の山の妖怪は、まあ閉鎖的な奴が多いのさ。」

なるほど、じゃあ妖怪の山は幻想郷縁起手付かずな部分が多いってことなのか。

幻想郷縁起の性質を考えるとそれでいいのかもしれないな。「妖怪の山には近づくな」ってしておけば、こっちから手を出さなければ向こうから危害を加えてくることもない。

こう考えてみると、妖怪の山と言えば恐ろしく聞こえるけど、案外平和な場所なのかもしれないな。

「それでは、にとりさんには妖怪の山の第一号さんになってもらいましょうか。」

「いいね。聞きたいことがあるなら何でも聞いてくれよ。人間と河童は古来からの盟友なんだからね。」

一般的な河童とは違った意見をさも当然と言うにとりに、俺はもちろん阿求ちゃんも苦笑した。



阿求ちゃんがにとりにインタビューをしている間にも場所は移っていく。天狗の領域には入らないよう注意し、俺達はようやく猫の里にたどり着いた。

結界を抜けると、今の季節はそれほどの差異はないが、それでも快適と思える空気に満ちていた。橙の主である藍さんの張った『マヨヒガの結界』の効果だ。

彼女らは、これを使って厳しい冬の寒さを乗り越えたり、あるいは侵入者の感知を行ったりしているそうだ。

そこでふと思ったんだが。

「なあにとり。天狗は結界とか張ったりしないのか?そうすりゃ、もう少し境界も分かりやすくなると思うんだが。」

疑問を、同じ妖怪の山に住むにとりに聞いてみた。

「そんなでっかい結界、誰が維持するんだい。天狗様の領域は広大なんだよ。」

実に納得の行く理由だった。そりゃ博麗大結界みたいにはいかんか。

そう考えると、あれを維持してる霊夢と紫さんは、とんでもないことを軽くしてるんだな。あな恐ろしや。

(別に常に力を使ってるわけじゃないわよ?補修したりとか、その程度よ。あとは勝手に持続出来る仕組みにしているの。)

訂正。恐ろしいのは紫さんの発想力だった。一体何をどう考えたら、んな永久機関みたいな真似を思い付くのか。

さて、そんなこんなしているうちに、俺の友人は俺達の存在を感知して出て来たようだ。

「あ、優夢久しぶりー!」

「おーっす橙。ちゃんと使い魔従えられるようになったかー?」

猫のように——実際猫なんだが、飛びついて来る橙を受け止め、頭を撫でてやる。橙は猫らしく喉をゴロゴロと鳴らした。

「・・・彼女は?」

「残念ながらシロだ。ありゃ単に懐いてるだけだな。」

後ろでよく分からない会話を繰り広げる魔理沙と阿求ちゃん。

と、魔理沙の存在を認めると、橙は警戒を露にした。

「どうした、橙。」

「なんで魔理沙が一緒に来てるのよ。」

「礼儀のなってない奴だな。わざわざ来てやったってのに。」

「泥棒に来られたって嬉しくない!」

何だ、ただの魔理沙の日頃の行いか。

「まあまあ、俺の目の届くところでは泥棒させないから。」

「借りてるだけだぜ。ここで借りるものは何もないな。」

「・・・本当かしら。」

少し警戒を薄くはしたが、解くことはなかった。魔理沙なら仕方ない。

「あと、今日は見ない顔がいるわね。河童と人間?」

「河城にとりだ。優夢の友人というか、志を同じくする仲間さ。」

「初めまして。幻想郷縁起を編纂している、稗田阿求と言います。」

初対面の二人に対しても、やや警戒をする橙。これはしょうがない、猫は元来警戒心の強い生き物だ。

しかし、魔理沙に対する警戒よりは薄いようだ。

「ここの主、化け猫の橙よ。よろしく。」

きちんと自分の名を告げた。

「何だか理不尽だぜ。」

「自業自得だ、大泥棒。」

ぶーたれる魔理沙は放置することにした。





***************





今日優夢がやってきたのは、稗田阿求という幻想郷縁起を編纂している人間を連れてくるためだったそうだ。

幻想郷縁起は知ってる。藍様から聞いたことがあるだけだけど、幻想郷そのものを記録している書物だって。

私に会いに来たのがついでだっていうのが癪に障るけど、元々今日は来るつもりだったから、まあ許してやるわ。

「うにゃっ(ツンデレ乙ばい)。」

「にゃおん(ツンデレ乙ニャ)。」

「にゃー。」

「うっさいわよっ!!」

好き勝手言ういつもの三匹に向けて怒鳴る。誰がツンデレよ誰が。

別に私は優夢のことが好きなわけじゃない。いや、好きは好きだけど、何ていうかこの三匹の言ってるのとは違う。

何て言ったらいいのかな。好きは好きでも、藍様みたいな好きじゃなくて、またたびとかお刺身みたいな、そっちの好きだ。

優夢の正体については聞かされてる。紫様から絶対人には言ってはいけないって言われてるけど。

『願い』っていう、よくわからない存在。だけど何でだか落ち着ける、そんな不思議な奴が私の友人だ。

だから何なのかはよくわからないけど、とにかくそんな感じ。決してツンデレと言われる筋合いはないのよ。

「どうかしましたか?」

「ああうん、何でもない。そこの三匹が茶々入れてきてうるさかっただけ。」

人間の少女——阿求の言葉に、私は事実を答えた。すると阿求は感心したように

「当たり前の話かも知れませんが、猫の言葉が分かるのですね。」

そう尋ねてきた。当然だとは思うけど、人間からしたらその感覚が不思議なのかもね。

「そりゃ、私は猫だもの。それとも言葉は人間だけのものだとでも思ってるの?」

「そんなことはありませんよ。これでも、数多くの人妖を見てきたのですから。」

何でもこの阿求という少女は、1500年もの間転生を続け、そのたびに幻想郷縁起を書いているんだとか。普通の人間にしか見えないんだけど。

「だから、私はちゃんとあなたに少なからず恐怖を持っていますよ。」

こんなことも言ってくるしね。

私と交流のある人間を見てるとつい忘れがちだけど、人間は妖怪を恐れるものだ。私自身、藍様の式としてそうありたいと思っている。

そう考えると、阿求の反応は、変な話かもしれないけどありがたい。私が『妖怪である』ということを再確認させてくれる。

「そう?それはいい心がけね。油断するとペロリといくよ。」

「あんまり阿求ちゃんのこと脅かしてやるなよ、橙。」

「・・・もー、何でそうやって雰囲気壊すのよー!」

せっかく妖怪らしい空気を出しているのに、変わらぬ人懐っこい笑みであっさりと破る優夢に、不満を感じないではなかった。

だけど「悪い悪い」と言いながら頭を撫でられると・・・、あー、なんかどうでもよくなってきたわ。

これが優夢のずるいところだ。こっちが不満に思ってても、あの笑顔を見せられると許せてしまう。

「こういうところを見せられると、ついつい油断してしまいそうになりますがね。」

苦笑する阿求の言葉も、ついつい許してしまうのだった。





***************





私はそれを見ながら、それが我が友人の知らない一面でありながらも、何故だか納得できていた。あれは、いつも開発の話をしている優夢の延長線上にあった。

「あいつは、誰に対してもああなのかい?」

気になって魔理沙に尋ねてみた。

「大体あんなもんだな。おかげで騙されてる女も多いぜ。」

「だろうねぇ。」

あれは確かに惹かれる女も少なからずいるだろうよ。私は技術革新という第一目的があるからそんなことはないけれど、もしなかったら同じ轍を踏んでいるかもしれない。

プロジェクト外の我が友人は、私に技術を教えるときそのままの、優しく親切であり気が利く名無優夢だった。

「しかし、話には聞いてたけど、本当に妖怪が友人なんだねぇ。」

化け猫と猫じゃらしで遊ぶ優夢を見ながら、以前から聞いていた話が真実であったことに、今更ながらの感心を覚えた。

「疑ってたのか?あいにく私は嘘はつかないぜ。」

「魔理沙の信憑性はともかくとして、疑ってたわけじゃないさ。簡単には想像できなかっただけだよ。」

人間は盟友と謳っている私だが、一般常識がないわけじゃない。妖怪は人間を喰らい、人間は妖怪を退治する。古来から続くこの図式は、今も崩れてはいない。

そんな現実がある中、妖怪と対等な交友関係を結んでいるという優夢は、彼を知らなければ信じられる話ではなかった。

無論私は、あいつと深い交友があることを自負している。技術者と指導者の立場なんだから、浅くてはまずいだろう。だから、あいつのこともよくわかっているつもりだ。

それでもやはり一般的な通念というのは大きいもので、それを真っ向から覆す優夢の姿は中々に衝撃的だった。

「本当、長生きはするもんだ。」

「にとりは優夢争奪戦には参加しないのか?」

「もうちょい若けりゃ考えたかもね。」

感情に陶酔できるほど若くもないのさ。そう答えてやると、魔理沙はつまらなさそうにしていた。

「そういう魔理沙はどうなのさ。ずっと優夢と一緒にいるんだろ?あんたも年頃の女の子だ、恋の一つぐらいあるだろ。」

「あいにく私の青春は魔法と弾幕にかけることにしてるんだ。色恋は眺めて楽しむもんだろ?」

それでいいのかい、恋色の魔法使い。



私は優夢について、よく知っているつもりだ。先にも言ったが、私達はチームなのだから上手く連携していかねばならない。お互いについては知っているはずだ。

だが、何から何まで知っているわけではない。当たり前の話だが、互いを知るのに互いの全てを知る必要はない。それは非効率的だ。

実を言うと、私は優夢があいつ自身の何かについてを、意図的に黙っているのではないかと思っているところがある。

疑いというわけではない。単に、あいつがしゃべりたくないと分かっていて、私があえて聞かないでいるだけだ。誰にだって知られたくないことの一つや二つはある。

私は我が盟友を信頼している。あいつがしゃべらないということは、今はしゃべる必要がないってことだ。だったら、私が無理に知る必要もない。

知るときがくれば自ら話してくれる。そう信じ、私は優夢の『秘密』について距離を置くことにしているのだ。

そう、いつでもいいように心構えはしているつもりだった。

まあ結局のところ。



「あやややや、姿が見えたと思ったらやはりここでしたか。今回は阿求さんも随分と遠出されましたね。」

それがいつ来るかなんてのは、そのときになってみないと分からないもんだってことだ。





***************





猫の里に来訪した私達以外の客は、私を今回の旅に立たせたきっかけの人だった。

「文さん。」

「はい。文々。新聞の清く正しい射命丸文ですよー。」

まずは一枚、と猫じゃらしにかぶり付こうと必死な橙さんを写真に収める。私はそう来ると予想して、少しだけ位置をずらしておいた。

「あ、いつかの天狗!いきなり撮らないでよ!!」

「こんな魅力的な被写体を前に撮るなとは。私に死ねと言うのですか?」

その意見には全面的に同意したい。優夢さんと遊ぶ橙さんの姿はまさに猫そのもので、見ていて癒されるものだった。

しかしどうにも、人に見られるのは恥ずかしかったらしく、我に返った橙さんは見る見る顔が赤くなっていった。実に愛らしい。

「相変わらず元気みたいですね、射命丸さん。最近は俺の取材に来ることもなくなってたし、どうしたのかと思ってましたが。」

「おや優夢さん、私に取材に来て欲しかったんですか?やー、これは嬉しいことを聞いてしまいました。是非ともまた文々。新聞の一面を飾ってもらわねば。」

「それは謹んでお断りさせていただきます。」

えー、と不満の声を上げる文さん。優夢さんは新聞に載ったこともあったのか。

ふと、例の外来の巫女のことを思い出した。相変わらず対面することは出来ていないが、なるほど、彼女が新聞に載ったことがあるのだから、彼もまたそうであってもおかしくはないか。

「優夢さんは、新聞に載るのは嫌なんですか?」

「ん?いや、なんてーかな。新聞に載ると、どうしても目立つだろ。何か居心地悪くてさ。」

里では天狗の新聞を読む人間はそんなにいないのだから、そこまで気にすることはないと思うが。

「それは違いますよ、阿求さん。優夢さんを記事にすれば、人里の読者数千人突破も夢ではないのです!!」

・・・それはまた、何とも豪快な。しかし、一体何故。

「それだけ優夢さんへの人間達の関心が高いということでしょう。外来人で、『異変』の度に巫女と一緒に解決に回り、おまけに里との親交も厚いとなれば、そうもなるでしょうね。」

「なるほど、確かに。」

物珍しさもあるし、身近でもある。一種の偶像状態なのだろう。その気持ちは、彼の戦いを間近で見た私だから、わからないでもない。

「私達の活躍には興味ないくせに、都合のいい奴らだぜ。こんな美少女が幻想郷の平和のために戦ってやってるっていうのに。」

同じく『異変解決』に乗り出している魔理沙さんは、その事実に口を尖らせた。彼女らしい反応だと思った。

「それは仕方ありませんよ、魔理沙さん。確かにあなたと霊夢さんは見目麗しい少女と言えなくもないですが、優夢さんは『大人』なんですよ。」

はて?大人だと何か特典でもあるのだろうか。私見で言えば、子供が活躍している方が人情としては応援したくなるものだと思うが。

そう尋ねたところ、文さんから意外な答えが返って来た。

「何を言ってるんですか、阿求さん。大人の方が、男性の受けはいいに決まってるじゃないですか。」

「・・・優夢さん?」

「待て何だその汚らわしいものを見るような目は。俺はノーマルだからな俺は!」

いや、これには驚いた。確かに優夢さんは、女性と見紛うほど端麗な容姿をしているが、よもや本当に男性を引っ掛けているとは。

「なるほど、そういうことだったのかい。そういう顔してるとは思ってたけど。」

「にとり、お前までか!?」

にとりさんは冗談めかして言った。ニヤニヤとしている表情から見るに、優夢さんをからかう気満々らしい。

「だから俺の意志じゃねーんだっての!!」

「そうかねえ?少なくとも、あんたが載ると里の男達が泣いて喜ぶのは真実らしいじゃないか。」

「アリスさんや妖夢さんが知ったら悲しみますね・・・。」

「あーもう!!」

私もにとりさんに乗り、優夢さんをからかうのに参戦した。魔理沙さんも文さんもニヤニヤとしており、橙さんはよくわかっていない様子。彼に味方はいなかった。



さて、私は冗談で遊ぶつもりであり、本気ではなかった。もしそういう男性がいたとして、特殊な性癖というのが存在することも理解している。それは優夢さんの非ではない。

これが冗談のまま流れていき、すぐまた別の話題に移り変わっていくものだと思っていた。

だから、ここからの一連の流れは完全に予想外の不意打ちだった。

「・・・ええい、このままじゃ埒が明かん。ここらが潮時か。」

「このまま隠し通すつもりだったのか?青いぜ。」

「やっぱり話してなかったんですね。広めたくないのは知ってますけど、とっくに手遅れなんだから諦めればいいのに。」

「人間最後まで諦めちゃいけないと思うんですよ。」

唐突に、優夢さんと魔理沙さん、それから文さんの間で話が切り替わった。

私は——それからにとりさんも、その意味が分からず小さな困惑を浮かべた。

そしてそれは、次の瞬間には驚愕に塗り替えられた。



陰体変化。

指を組み、解きながらそう呟いた瞬間、優夢さんの体は一瞬淡い光に包まれた。

そしてその次の一瞬で、彼の体は変化をした。鮮やかに、蝉が蝶に変わるかのように。

彼の着ている、首までを覆う上半身にピッタリくっついた黒い衣服。その胸部が、大きくふくよかな膨らみを作る。

肩の辺りもやや丸みを帯びた。全身像が柔らかな印象を持つ。

その変化が意味するところを理解するのに——無意識としてはきっと理解していたのだろうが、その衝撃があまりにも大きすぎて、思考が止まってしまっていた。

「・・・つまり、こういうことなんだよ。」

そんな私の気を知らず、優夢さんは先ほどの延長であるように弁明してきた。答えるだけの思考は回復していなかった。

「え、えと、優夢、だよね?」

「俺が何処かに行くところでも見えたのか?」

「うっそぉ・・・」と呟くにとりさん。私の心中もまさに同じだった。

名無優夢。外来人。その性別は男性であるはずだったのに、私の目の前で逆の性別へと変化してしまった。

・・・どういうことなんですか、それは。

「誤解のないように言っておくが、俺の性別は男だ。ただ、パチュリーさん——紅魔館の七曜の魔女が「やらかした」せいでこうなっただけで。」

「お前もこだわるな。いいじゃないか。男も女もお前なんだろ?」

「それでも俺の魂は男気に溢れて止まないんだよ。」

どうにも、彼女——彼は後天的にこの能力を手にしたらしい。その辺りのことは、今後調査を進めていく上で知る必要がありそうだ。

「ね?美人でしょう?」

「中身が男だって分かってるはずなのに、里の男には何故か俺にアタックしてくるBAKAMONODOMOもいる。だから俺は、男で通してたんだよ。」

「あー、納得したわ。」

勿体ない話ではあるが、彼の精神が男であるということを考えると、気持ちはわかった。

「さ、じゃあ男に戻るぞ。女でいるのは落ち着かないんでな。」

私達が理解したのを見ると、優夢さんは再び指を組もうとした。

その両肩を、魔理沙さんと文さんががっしりと掴んだ。

「まあまあ。」

「そうは言わずに。」

「・・・非常に嫌な予感しかしないが、もしかしてコスプレですかァーッ!?」

『Yes!Yes!Yes!Oh my god...』

悲鳴を上げながら、しかし欲望に忠実な魔理沙さんと文さんは信じられない膂力を発揮し、彼——彼女をひん剥いていくのだった。

「ほぉ、中々いいカラダしてるね。」

「眼福です。」

「楽しそうだなぁ・・・。」

そして私達は誰一人止めないのだった。





その後、優夢さんに色々な服を着せ替えたりして、私達は一日中楽しんだ。

途中から虚ろな目をしていた彼がとても印象的だったが、またやってみたいと思った私は間違ってはいないはずだ。



それにしても、奇妙で面白い事実を知ったものだ。よもや、新聞に載っていた女性と私が今まで一緒にいた彼が、同一人物だったとは。

彼は一体何者なのか。この好奇心は、今このときをもってはっきりと私の心に生まれていた。





+++この物語は、御阿礼の子が猫の里にて幻想の秘密の一つを知る、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



久々に弄ばれた:名無優夢

阿求・にとりの前で初の陰体変化。出来ればやりたくはなかった。話の中でセクハラにあったのは、実に久々。

毎月猫の里にやってきている律義者だが、そこそこ天狗の領域に迷い込んで文の世話になっていたりする。

人々の願いを肯定する彼は、コスプレさせたい彼女らの欲望を肯定するしかないのかもしれない。違うかもしれない。

能力:あまねく願いを肯定する程度の能力

スペルカード:想符『1700万ゼノのブルーツ(笑)波』、思符『デカルトセオリー』など



優夢と遊ぶのは好き:橙

ほとんど動物好きのにーちゃんに遊んでもらう野良猫状態。野良ではないが。

相変わらず猫達を使役することは出来ていないが、例の三匹だけはそれなりに話相手になったりする。『協力』という形でなら実現できそう。

決して人間に友好的な妖怪ではない。

能力:妖術を扱う程度の能力(但し式神憑依時)

スペルカード:仙符『鳳凰卵』、式符『飛翔晴明』など



変わっていることを自覚する河童:河城にとり

彼女の願いは、ひょっとしたら「人も妖怪もなく仲良くできる世界」なのかもしれない。

そんな彼女は、まだ優夢の正体は知らない。だが今回の一見で、彼の存在の一端を知ることができた。

自分に会うときに、時々女性体で会ってほしいと希望。彼女も女性なので、女性同士で話したいことがあったりもするのである。

能力:水を操る程度の能力

スペルカード:光学『オプティカルカモフラージュ』、水符『河童のポロロッカ』など



真実に近づいた傍観者:稗田阿求

まだ深淵は見ていないが、その一端を知った。これが今後幻想郷縁起の優夢のページにどう影響するのかは不明。

少なくとも、今後彼女の編纂調査に彼に関する調査が加わった。また仕事が増えたが気にしていない。

幻想郷縁起の完成こそが彼女の存在理由だが、普通に人生を楽しんだりもする。

能力:一度見たものを忘れない程度の能力

スペルカード:なし



→To Be Continued...



[24989] 四・五章七話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2011/06/05 14:01
魔理沙さんの箒に相乗りし空を駆けることにも、随分と慣れたものだ。ここまで連日で遠出したのは、初めてかもしれない。

しかしその甲斐もあって、幻想郷縁起の修正資料・追加資料は着々と集まっていた。あとは竹林の屋敷と悪魔の館に訪問し情報を集めれば、この旅は終わる。

そう考えると少し名残惜しくもあるが、物事の終わりとはそうあるものだ。それでいいと思っている。

さて、今私達が向かっている最後の二つのうちの片方は、竹林の永遠亭。最近人里で置き薬をやっている医師の拠点だ。

長い間隠れ住んでいたという彼女らが人前に現れるようになったことにも、やはり優夢さんが絡んでいるらしい。そうである以上は調べぬ訳には行くまい。

先日の一件もあり、私の中で優夢さんへの興味はうなぎ登りだった。これは、余すことなく調査した上で大々的に取り扱わぬ手はない。

その優夢さんであるが。

「・・・。」

目をつむり固い表情をし、私と魔理沙さんの横を並走していた。

いつも温和な彼女にしては、珍しいことであった。

「どうした、優夢。そんな顔してたら幸が逃げてくぜ。」

笑いを噛み殺しながら、魔理沙さんはからかった。優夢さんの顔に刻まれた不機嫌が増したような気がする。

「・・・とっくに逃げてってるよ。これ以上何処に幸があるってんだ。」

「お前を見て楽しんでる私と阿求のところにはたくさんあるぜ。」

「俺の分。」

「一生借りたぜ。」

ピキピキと、彼女の額に青筋が走る。・・・まだ笑うな。まだ早い。だが、しかし・・・。

「・・・ったく。」

溜め息を一つつき、優夢さんは再び前を向いた。ぐっと不満を飲み込んでいるのだろう。

先ほどから『彼』でなく『彼女』と表現している通り、現在の優夢さんは女性である。私の希望で、新聞に載っていた巫女の姿でいてもらっているのだ。

例の件の後、家に帰り着いた私は詰みあがっていた文々。新聞を読んでみた。一目読めば記憶することが出来るのだから、それほど時間はかからない。横着せずに読んでおけばよかったのだが。

優夢さんの陰陽変化(と名付けているそうだ)は、ちゃんと新聞に書いてあった。彼女が説明したとおり、初めは七曜の魔女の魔法実験によるものだったようだ。

本来は一日限りのものだったようだが、何の因果かそれが能力として固着してしまったらしい。以後彼は彼女でもあるようになったのだと。

彼女自身はそのことをあまり好ましく思っていないようだ。私は転生の過程で男性だったこともあるので、その気持ちはよくわからないが。実感を伴わない記憶だからかもしれない。

しかし、私見を言わせてもらえば、彼女は彼であるよりも彼女であった方がより良いように思える。

まず容姿の面から言っても、男性よりも女性である方がしっくりくる。性格も、気立てが良く世話焼きという父性というよりは母性に溢れている。

それに何より注目すべきは、胸だ。大きさ・形の両方から見ても、幻想郷でも十指に入るのではないか。何の十指かはよくわからないが。

以上のような要素を統合すると、彼女である方がその母性と包容力を活かせるのではないかというのが私の結論だ。

そう、まさにこういうことだ。

「生まれてくる性別を間違えましたね。色んな意味で。」

「わかってるじゃないか、阿求。」

横を飛ぶ優夢さんが、大きく溜め息をついた。

「楽しそうね、あなた達。」

私達がそんな談笑をしていると、前を行く案内人から声がかかった。

藤原妹紅。慧音さんの友人であり、不老不死である竹林に詳しい人間だ。

私はそれほど話をしたことはないのだが、向こうは私のことをよく知っているようだ。慧音さんには調査の協力をしてもらうことが多々あったのだから、当然か。

「ええ、とても楽しいですよ。生きているというのは、それだけで楽しいことです。」

「そうね、そうかもしれない。私も最近はそう思うよ。」

彼女もまた、その価値観を大きく変えたのだと、慧音さんから聞いている。言う妹紅さんの表情は裏のない朗らかさを持っていた。

不老不死という終わりのない苦しみの中でそう思えるというのは、とても貴いことだと思う。

何のおかげで吹っ切れたかはわからないが、1000年間殺し合い続けたという月の姫の下へこうして行けるのだから、きっと和解できたのだろう。

「だとしたら、妹紅さんは贅沢ですね。永遠に楽しいんだから。」

「冗談。不老不死なんてなるもんじゃないよ。」

私の言葉がほんの言葉遊びだとわかっているから、妹紅さんは快活に笑った。



程なく、行けども変わらぬ竹林の景色が終わりを告げた。現れたのは、我が稗田亭すら比較にもならないほど巨大な和風屋敷。

その門前に、見なりのよい——平城から平安の時分に見たような十二単を纏った少女が立っていた。

「来たわね、妹紅!おまけで優夢も!!」

「私らは完全無視みたいだな。」

「まあ、私は初対面ですが。」

初対面相手にこれだけ不遜な態度を取れるのだから、当然見た目の通りではないのだろう。

それにしても彼女は、今日この時間に妹紅さんがやってくるということを知っていたのだろうか。まるで計っていたかのように門前にいたが。

「式を使って知らせておいたのよ。輝夜はともかく、永琳と鈴仙は仕事で屋敷を空ける可能性があったから。」

「私はともかくってどういうことよ。私だって外出するときはするわよ。」

どうやら、彼女が噂の主・蓬莱山輝夜——則ち竹取のかぐや姫であるようだ。

お伽話に残るような伝説の姫君に出迎えてもらえるとは、光栄であるような気もする。

「御託はいいから、ちょっとこっち来なさい。」

が、彼女は私達ではなく妹紅さん、それから優夢さんを待っていたようだ。二人の袖を掴んでずんずんと屋敷の奥へと入って行った。

門前に放置されるのも手持ち無沙汰なので、私と魔理沙さんも後に続いた。入って良いと言われてはいないが、咎められてもいないわけだし、問題はなかろう。

通されたのは、少し広めの客間だった。兎妖怪の少女と、その床に敷かれた紙製の何か。

「さあ、勝負するわよ!今日こそ私の方が上だってことを証明してあげるわ!」

「人生ゲームでですか?つーか何故に俺まで。」

「人数は多い方がいいでしょ。こっちはてゐ付けてるから、一緒の条件よ。」

「まーまー、姫様に噛まれたと思って。」

「丸っきりそのままね。」

紙は遊具であるようだ。見た所双六様で、優夢さんはこれを知っていたようだ。

「しょうがないわね。付き合ってあげましょう、優夢。」

「それが一番手っ取り早いか。断ると輝夜さん泣くし。」

「泣かないわよっ!!」

まるでお決まりのことであるかのように、優夢さんと妹紅さんは座った。

「まーそういうわけだから、すまんが調査は待ってくれ。終わったらすぐ始めるから。」

優夢さんがこちらを向き、そう言った。・・・ふむ。

「いえ、それなら構いませんよ。付き添いは魔理沙さんにしてもらうことにしますから、優夢さんはかぐや姫のお遊戯を楽しんで下さい。」

ならば、こうするのが一番早いだろう。私は自分の考えを述べた。

それに対し、優夢さんはやや不安そうな表情を見せたが、魔理沙さんが親指を立てると、諦めたようにため息をついた。

「どういう意味だぜ。」

「そういう意味だぜ。くれぐれも永遠亭の皆に迷惑かけんなよ。」

「善処するのぜ」と言った魔理沙さんに、優夢さんはもう一つため息をついた。





優夢さんは不安がっていたが、いかに唯我独尊な魔理沙さんとはいえ、他人の屋敷でそこまで礼を逸したことはしなかった。

しばらく人間観察をしていて分かっていることだが、何だかんだで魔理沙さんは、神社の主な4人の中では一番まともな感性をしている。ただ遠慮がないだけだ。

「まあ、案内っても、私が知ってるのはこの宴会場と医務室だけだ。優夢だったらもっと知ってるんだろうけどな。」

100人は軽く入れるだろうという大宴会場にて、魔理沙さんはそれだけ説明して次へ行こうとした。

「その前に、少しいいですか。」

私は、彼女を呼び止めた。

「何だ。面白そうな本でも見付けたか?」

「残念ながら、魔理沙さんの気に入りそうなものは。そうではなく、少々お聞きしたいことがあります。」

「私にか?生憎この屋敷については詳しくないぜ。」

「この屋敷について聞きたいわけではないから、ご安心下さい。」

いつもの通りふらふらとした言葉遊びを交わす魔理沙さんに、私は直に投げかけた。

「私がお聞きしたいのはあなたのことですよ、魔理沙さん。正確に言えば、あなたの考えていることです。」

唐突な問いかけに、魔理沙さんは目を一つしばたたかせた。

「急だな。いきなり何だ。」

「魔理沙さんにとっては急かもしれませんが、私にとっては以前から気になっていたことですよ。」

そう。彼女を見ているうちに分かったことだが、彼女はあらゆる意味で「普通の」魔法使いなのだ。

それが、何故。

「あなたは何故、優夢さんに着いてきたんですか。」

「私はお前の調査に協力してるだけだぜ。」

「優夢さんを見守るついでに、ですよね。」

返事は無言。どうやら正解だったようだ。

それがずっと気になっていた。彼女は最初、確かに「私の調査に協力する」と言った。

しかし、彼女の言動を見ていると、基準は幻想郷縁起の編纂ではなく、全て優夢さんのことだった。

ただの偶然と言ってもいいし、魔理沙さんは友人を重んじるタイプだ。それ故と判断しても良い。

だが、果たしてそれだけで「普通の」——言い換えれば、己の魔法を極めることを旨とする魔法使いが、自分の時間を割いてまで友人に付き合うだろうか。

現に彼女は、霊夢さんに対してはそこまで時間を使わない。会いたくなったときに来て、そうでないときは自分の家で研究をしているそうだ。

優夢さんの魅力に魅せられて・・・とは考えづらい。無論、彼女とて優夢さんに感じ入るものはあるだろうが。せいぜいが友情止まりだ。

では、何故。そう気付いてしまったら、私は尋ねずにはいられなかった。

私の視線を受け、魔理沙さんはバツが悪そうに頬をかいた。

「・・・阿求は優夢を見ててどう思った?」

「いい人ですね。誰にでも優しく、頼りがいのある大人の方です。色んな人妖が彼女——彼に惹かれるのも、無理はないと思います。」

それが何か。

「危なっかしいとは思わないか。」

「そうかもしれませんね。ひょっとしたら、嫉妬のあまり誰かに後ろから刺されてしまうかもしれません。」

まあ、そうなったとして彼が簡単に刺されるとは思わないが。むしろ刺そうとした人間が返り討ちにあうだろう。

だが私の返した答えは、魔理沙さんの求めたものではなかったようだ。

「あいつはさ。変に人が良くて、余計なことに首を突っ込みやすいんだ。それで命を落としかけたことだってある。それも、私達の目の前でだぜ。」

「あんなん二度とごめんだ」と、魔理沙さんは帽子を目深に被りなおした。思い出したくないことに触れてしまったか。

「すみませんでした。」

「別にいいぜ。まああいつも懲りてるだろうし、そんなことは二度と起こらないだろうからな。」

ええ、起こらない方がいいに決まっている。

「けど、やっぱりあいつは危なっかしいんだよ。」

「そんなことは二度と起こらないのに、ですか?」

「そんなことは二度と起こらないから余計に、だぜ。毎回、前回の一歩先まで踏み込みやがるからな、あいつは。」

・・・なるほど、それは実に危なっかしい。

「だから、出来るだけ誰かがあいつについてた方がいいってのが、私達の共通見解だ。今回はたまたま私だったってだけの話だ。」

「そういうことでしたか。ぶしつけに変な質問をしてしまい、すみませんでした。」

「別にいいぜ」と言って、魔理沙さんは再び歩き始めた。今度は呼び止めることはせず、私もその後に続いた。



実を言うともう一つ、私には気になっていることがある。

それは魔理沙さんに聞くべきことではない。優夢さん本人に尋ねるべきことだ。

幻想郷に住む実力者には、必ずと言っていいほど何かしらの固有能力を持っている。

たとえば、霊夢さんならば「空を飛ぶ程度の能力」。魔理沙さんならば「魔法を使う程度の能力」。僭越ながら私にも、「一度見たものを忘れない程度の能力」というものがある。

優夢さんのだけは、まだ聞いていない。それを調べなければ、幻想郷縁起の彼の頁の完成は成しえない。

・・・しかし私には、何故かそのことに対する不安があった。それを聞いてしまうと、何かが決定的に変わるような予感があった。

それ故、本来ならばとっくに聞き出せていてもいいそれを、いまだに尋ねることが出来ないでいた。

ひょっとしたら「能力なし」という意外で普通な回答が返って来るかもしれない。あるいは、「男女を入れ替える程度の能力」が彼の能力になるかもしれない。

けれど、きっとそうではないのだろう。本当に何故なのかはわからないが、そんな漠然とした予感があった。

それが恐ろしくもあり、私の好奇心の源泉にもなっているのだろう。

彼は一体何者なのか。少なくとも私は、彼が外来人であることしか知らない。

彼のあの、「魔力」と言ってもいいほどの魅力は、一体何が原因なのか。

彼は、彼女は、優夢さんは——。

月の医師と月兎に話を聞きながら、私の頭の中は大半がそんなことを占めていた。

一度見聞きしたことは忘れないので、後で思い返せばいいのが幸いした。



「うぎぎ・・・何であなたそんなに強いのよ・・・。」

「何でって言われても。上手くルーレットとサイコロで狙った目さえ出せれば、簡単でしょう?」

「ごく普通に言われてもねぇ。それをやるのが簡単じゃないよ。」

「寺子屋の子供達の間では必須技能みたいだからねぇ。」

戻ってみると、先ほどの遊びで優夢さんと妹紅さんが圧勝していた。

二人は悔しがる輝夜さんを宥めた。勝者が敗者を宥めるというのも、奇妙な構図だと思った。

しかしこの日は輝夜さんが調査どころではない機嫌になってしまったので、後日改めて永遠亭に訪れることにして、私達は屋敷を後にしたのだった。

残るは紅魔館のみ。





+++この物語は、永遠の屋敷で求聞持が不可思議に気がつく、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



違和感に気付いた御阿礼の子:稗田阿求

優夢の自然な不自然さに気がつくことが出来たのは、冷静な瞳で人間観察をしていたから。普通ならばまず見逃す点に気がついていた。

外部ばかりではなく、内部の人間観察も欠かしていない。優夢と魔理沙は特に彼女の観察対象として注意を向けられていた。

彼女は、優夢の正体にたどり着くことは出来るだろうか。

能力:一度見たものを忘れない程度の能力

スペルカード:なし



→To Be Continued...



[24989] 四・五章八話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2011/06/05 14:01
「えー、それでは阿求の幻想郷縁起改定作業が終わったことを祝して・・・かんぱーい!!」

夜の神社の境内。魔理沙さんの音頭が響き、それに呼応して集まった人や妖怪達が歓声を上げる。

そして始まる、人と妖怪が入り混じった神社の宴会。皆が思い思いに酒を飲み、種族関係なしに語り合っている。

私の編纂調査に協力した人妖。全く無関係に宴会の臭いをかぎつけてきた妖怪。取り止めがなく集まっている。

それを見て、霊夢さんは疲れたように溜め息をついた。まあ、勝手に神社を宴会場に仕立て上げられ、こうも妖怪が集まっているのだから無理もないかもしれない。

彼女はそれだけで、他は特に何もなかった。出て行けとも言わないし、むしろ注がれる酒を次から次へと呑んでいる。結局はいつものことなのだろう。

魔理沙さんはさっきの調子だし、紅魔館のメイドである十六夜咲夜さんも静かに楽しんでいる様子。妖怪の方が人数的には多いが、人間も負けないぐらい楽しんでいた。

そしてもう一人の神社の人間。今回一番私に協力してくれた優夢さんは、巫女の姿で料理や飲み物を持ってあちこち駆け回っていた。世話焼きな彼/彼女らしい姿だった。



一週間前、私は紅魔館を訪れた。悪魔の館だという話を聞いていたので、十分に警戒を怠らずに向かったのだが、実際に中に入ってみるとそれはあまり意味がないことだと悟った。

確かに、そこは悪魔の館だった。主人は吸血鬼という最高位の悪魔であり、住人の中に悪魔もいた。

しかし、悪魔=人間の敵かというと、必ずしもそうではなかった。館の主人であるレミリア=スカーレットは、私を客として迎え入れてくれた。

先に述べた咲夜さんも、悪魔の従者でありながらも人間だった。

彼女らは何も館に踏み入る人間全てを喰らおうとするわけではない。客として招かれれば、危害を加えられるようなことはない。

礼さえ逸さねば、彼女らが我々に危害を加えることはないのだ。そこだけを注意すれば良いと知った。

里では危険度最高と認識されているが、正しい認識に修正しなければならないだろう。

さて、実際に噂に聞く彼女らと対面して、色々と知らなかった部分や、間違った認識をしていた部分が明らかになった。

レミリアさんは意外と人間好きだった。本人の口から聞いたわけではないが、優夢さんや霊夢さん、魔理沙さん、自身の従者である咲夜さんの話になると、途端に饒舌になるのだ。

それから、強者にありがちな自己中心的な性格かと思いきや、実は部下や周囲に対してそれとなく気を回していたりする。魔理沙さんの話を聞くに、大体裏目に出ているようだが。

勿論前評判通りの部分もあった。地下に篭る魔女は私を一瞥しただけで一切の興味を示さなかった。魔道の極地を目指す者らしく、必要外のものには関わろうとしないようだ。

とりわけ驚かされたのが、慧音さん伝手に聞かされていたレミリアさんの妹君だ。彼女は不安定な精神と膨大な力のために危険視され、地下に封印されていると聞いていた。

ところが実際にはそんなことは全くなく、ごくごく普通に地上階に遊びに来る主と瓜二つの少女がいたりした。膨大な力というのはわからないが、幼くこそあれど少なくとも精神不安定ということはなかった。

慧音さんが誤った情報を伝えたということは考えづらい。ということは、彼女は『変わった』人物なのだろう。

私の知らぬところで、知らぬ人が知らぬ間に変化していた。当たり前のことかもしれないが、以前の彼女を確認できなかったことを悔しくも思う。

とは言え、もし前情報が真実ならば、私が彼女の前に立つことは出来なかっただろう。それはつまり、私の死を意味するのだから。

そうなると、むしろ「彼女と対面することが出来るようになった」と考えるべきか。そうすれば得をしたと言える。

ともあれ大事なことは、彼女が危険度こそ高いものの人間に対してはかなり友好的であったということだ。とりわけ、優夢さんに対して。

確認を取ったわけではないが、恐らく彼女もまた優夢さんによって変えられた妖怪の一人なのだろう。彼女の彼に対する様子から、そのことは察することができた。

フランドール=スカーレットが優夢さんに向ける感情は、親愛、信頼、恩情、そういった揺るぎない気持ちだった。それらは魔理沙さんに向けるものとは大きく違っていた。

前情報との差を考えると、これほど劇的な変化を優夢さんは誘発したということになる。一体どれほどの労力を払ったのか、私には想像することもできない。

そして私には、その労力を喜んで支払う優夢さんの姿が容易に想像できた。どうやら私もいい感じに彼に『毒されて』いるようだ。

彼は、まるでそれが生きがいであるかのように、『誰か』を立てようとする。霊夢さんを、魔理沙さんを、彼の友人達を。そして、私を。

今彼女がやっているように、尽くし続ける。調査行脚を通して、そのことを強く感じた。

それは彼の美徳であると同時に、魔理沙さんが言っていた「危なっかしい」ということを一層強く理解させた。

「優夢〜!一緒に食べよ〜!!」

「のかー!!」

「はいはい、もうちょっと待てな。これ運び終わったら相手してやるから。」

そこが特等席であるかのように、悪魔の妹と宵闇の妖怪は彼女の肩車に乗る。人に、人の畏怖の対象である妖怪が、近くあるのだ。

これを危ないと言わずして何と言う。

勿論、彼女らが優夢さんに危害を加えることはないだろう。そんなこと、私の貧困な想像力では思い浮かべることすら難い。

しかしそれは今の結果論であり、かつて人間に敵対的であった彼女らに彼は手を差し延べたのだ。

そう。彼は相手が自分をどう思っていても関係ないのだ。たとえ相手が自分を殺そうとしても、喜んで友とするだろう。それが彼の、文さんの言うところの『幻想郷の住人らしさ』だと知った。

魔理沙さんの気持ちはよく分かった。確かにこれは、見ている側からしたらたまったものではないだろう。何処へ行くにも手綱を付けたくなる。

——私がこう感じている時点で、私は既に彼女らと同じ穴のムジナということだ。

当然、分かっている。それはつまり、幻想郷縁起の彼の頁の完成が遠退いた、あるいは不可能となった可能性を示している。

友に対しては、少なからず情が入る。そしてその時点で、私の言葉は客観性を欠くことになる。冷静に努めることは可能だが、完全に排することは難しいだろう。

幻想郷縁起には事実を連ねたい。だから私は、彼の項を書くことをほぼ断念していた。

無念なことではあるが、致し方のないことだ。私自身、彼との交友関係を快く感じているのだから、それをわざわざ無機質なものに変える気は起きない。

彼には「幻想郷縁起に載せる」と一度言ってしまっている。手の平を返すようなことになってしまい、申し訳ない気分だ。もっとも、彼は笑って「気にするな」と言ってくれたが。

だからこうして、彼に関する様々な謎を残したまま、改定作業を終える運びとなったのだった。





先ほどまで魔理沙さんと萃香さんの相手になっていた私は、彼女らが霊夢さんのところに押しかけたことで解放された。

今は一人で宴会の場を眺めながらチビリチビリと呑んでいる。未成熟なこの体は、酒の分解力が未発達だ。

視界の中では、相も変わらず人と人以外の者が入り混じって狂乱の騒ぎを繰り広げていた。宴の楽しみ方は十人十色だが、皆一貫して言えることは「楽しそうだ」ということだ。

今までこんな奇妙な宴会に参加したことはなかったなと、今の私になる前を思い返す。以前までと現在とで、私自身の価値観も大きく変えられたのかもしれない。

少なくとも、『阿弥』までの私は妖怪と宴会に列席することはなかった。それは私だけ特別言えることではなく、人里に住む人間の多くに言えることだ。

しかし今や妖怪と飲み交わしたことがない者の方が少ないだろう。何故なら、萃香さんは人里の宴会にも出席するそうだ。

人と妖怪が共存する幻想郷。しかし長い歴史を見てみると、それは相互理解による共存ではなく、喰う者と喰われる者、退治する者とされる者という力の均衡でしかなかった。

その有り様は、今まさに変わりつつあるのだということを身をもって体感した。

「呑んでますかな、稗田殿。」

ふと、私の隣に座りながら声をかけてくる者があった。私はそれを機に、思考の中にもぐりこんでいた意識を現実に戻した。

「少しずつですが。いかに転生を重ねても、肉体の成長は普通の人間ですから仕方ありません。」

「それでなくとも、あなたの家系は酒に強くはなかったと記憶しているが。」

放っといて下さい。そんな現実、忘れたくても忘れられないのだから。

「この度はお疲れ様でした。すみませんな、調査に協力することができず。」

「お気になさらず。慧音さんが人里を守ることで忙しいというのは分かってます。」

以前は主に彼女が協力を申し出ていた。だから今回協力できなかったことについて、思うことはあるのだろう。

しかしこれは以前から思っていたことだが、人里を守ることを気にしながら私のわがままを聞いてもらうというのは、彼女にとって負担が大きい。回避策を講じられたのは、むしろ良かったと思っている。

人里には自警団もあり、今日のように慧音さんが里を空けるときには彼らが守るが、頻繁に空けていたのでは守護者の意味もないだろう。

「そう言っていただければ助かる。して、彼は上手くやってくれましたかな。」

言うなれば自身の代理を務めた寺子屋の同僚の首尾は気になるようで、慧音さんはそう尋ねてきた。

「ええ、とても。おかげで普段は行けないようなところまで行けました。大変満足です。」

「それは良かった。まあ、私もその辺りのことについては一切心配はなかったのだが。」

互いに軽く笑う。

「・・・どうですかな、彼自身は。」

少しの間の後、慧音さんはケンカを始めたアリスさんと妖夢さんをなだめる優夢さんを見ながら、軽く聞いた。

・・・もしかして、慧音さんは前述の通り私が彼の掲載を諦めることを初めから分かっていたのだろうか?

深く考えすぎかもしれないが、幻想郷縁起の性質と彼の性格を知っている彼女なら、それぐらいはあるかもしれない。

「いい人ですね。いい人過ぎて、見ているこっちがハラハラするぐらいに。」

「言い得て妙だな。」

私の答えに、慧音さんは苦笑を禁じえなかった。

「八雲紫は、彼を『幻想郷の新しい風』と表現していた。稗田殿にも新鮮な風を感じていただけただろうか。」

「これ以上もなく。」

賢者の言葉は正に的を射ていた。そう、確かにその表現はしっくりくる。

彼は幻想郷に多大な変化をもたらした。それはきっと良い方向に。実に爽やかな、まるで風のように。

「私は彼にもっと幻想郷を知ってもらい、幻想郷にもっと彼を知ってほしいと思っている。稗田殿のことを彼に任せたのは、そういう意志からですよ。」

「そういうことでしたか。」

聞き出そうと思ったわけではないが、慧音さんは心中を語ってくれた。彼女も呑んでいるようだ。

「彼の周囲はとても優しい空気に満ちている。それこそ、妖怪と人が手を取り合う夢物語が可能なほどに。」

異論はなかった。私もその通りに感じているのだから。

しかし、と彼女は続けた。

「それは彼におんぶに抱っこになっているのと同じことだ。だから少々心苦しくもある。・・・おかしな話ですがな。」

「いえ、分かりますよ。慧音さんが優夢さんを対等に、友人と見ているということが。」

慧音さんは人里の守護者であり、賢者の一人だ。その彼女が対等な友人であると見ているということが何を意味するか、わからない人はそう多くはないだろう。

名無優夢という人間は、本当に奥の深い人物だ。

「ははは。少し話がそれてしまいましたな。つまり私は、稗田殿にも知ってほしかったのですよ。その理想は夢物語であっても、決して『絵空事』ではないと。」

その通りだ。現に彼は、限定的な範囲ではあるものの、その夢物語を体現している。

私がその夢物語の実現する日に、この世にいるかどうかは分からないが。ならば来世——『阿遠』であろうか——の時には見てみたいと思う。

「障害は少なくないだろうが、彼ならきっと現実にしてくれると信じている。彼が望む望まざるに関わらずな。」

「そういうことを素でやってしまうところが、彼の『幻想郷の住人らしさ』ですからね。」

「正に。」

私達はともに、声を立てて笑った。



「そういえば。」

しばし無言で呑んでいた私達は、慧音さんが言葉を発したことで沈黙を破った。

「稗田殿は、彼について何処まで聞きましたかな。」

「何処までとは?」

「彼の来歴について、彼は何処まで話しましたか。彼はあまり自分のことを語りませんのでな。」

そういえば、そうだったか。女性になれるということを隠したがっていたようだし。いや、これには理由があったのだが。

「私が知っているのは、彼が外来人であること、寺子屋で働いていること、『異変』を解決していること、性別を入れ替えれることぐらいですよ。それと、色々な場所で色々とやっていることも。」

そうそう。この行脚で知った彼の活動は、実に広範であった。紅魔館のメイドに始まり、美鈴さんの拳法や妖夢さんの剣の稽古の相手や永遠亭の姫代行。香霖堂では何やら技術開発のリーダーをしているとか。

ネタの尽きない人とはこういう人のことを差すのだろう。

「それが何か?」

間違った認識でもあっただろうか。

「いや、概ね正しいな。ただ、やはり彼はしゃべらなかったか・・・。」

つまり、私の情報の中には抜けがあるということか。

「彼自身気にされたくないから黙っているようだが、友人に対してまで黙っているというのはいただけないな。人が好い故の弊害とでもいうか。」

あとで言っておくか、と慧音さんは肩を竦めた。

「あなたは、彼の名を聞いて違和感を感じませんでしたかな。」

違和感?確かに、あまりない名字だとは思ったが。『名無』など、まるで「名が無い」と言っているようだ。

彼が『外』出身であるということを考え、あちらでは普通にある名前なのだと考えていたが、どうやら違うようだ。

「つまり、それは彼の本当の名ではないと。」

「ああ。これはあくまで霊夢が付けた仮の名だそうだ。」

何故仮の名を名乗るのだろう。本当の名を知られることに何か問題でも?

「そういうわけではない。彼は自分の本当の名を知らないのですよ。」

慧音さんの言葉は私に困惑を誘った。自分自身の名を知らないなど、そんなことがありうるだろうか?

私の疑問は、慧音さんの次の言葉で解消されることとなる。

「もっと言えば、彼は自分が何処の誰であり、今まで何をしていたのかを全く知らない。幻想郷に来るまでの彼を、彼自身が知らないのだそうだ。」

「・・・それはつまり、記憶喪失ということですか?」

慧音さんは頷いて答えた。・・・そんなバカな。

とてもそうは見えなかった。彼の言動はどう見ても己を失った人物のものではない。

「稗田殿が驚くのも無理はない。私も最初聞いたときは驚いた。全く普通にしていたからな。」

時間が解決したということも考えたが、どうやら彼は初めからああだったようだ。

あるいは彼らしいのかもしれないが、一体それをどう言葉に表せばいいのか見当もつかない。

私は慧音さんの言葉を聞いて、阿呆のように口を開けることしかできなかった。

「彼も悪意で隠していたわけではない。ただ、自分が気にしていないことで気にされたくなかったのでしょう。」

呆然とする私に、慧音さんは冷静に分析を告げた。

「だから稗田殿も気にせず、今まで通りで彼に接してほしい。」

「・・・なら、黙っておけばよかったのでは。」

「それは不義というものでしょう。あなたにとっても、彼にとってもな。」

否定はしない。しかし、こちらの心構えももう少し考えてほしかった。

・・・いや、それは無理な話か。どんなに身構えようと、これは驚かされる。

だとしたら、今慧音さんが話さなかったら、その事実が私の耳に入ってくることはなかったのかもしれないのだから、素直に感謝しておこう。

「ありがとうございます、慧音さん。すぐには難しいですが、何とか落とし所を見つけたいと思います。」

「そうしてやってくれ。だから、幻想郷縁起に彼のことを書くのはしばらく待ってはくれませんか。」

「それなら安心してください。元より私は今のところ彼のことを書く気はありませんよ。」

今度は彼女が驚く番だった。私の返した答えは、彼女予想外だったようだ。

「どういうことですかな。」

「幻想郷縁起の性質と彼の性格。こう言えば、慧音さんなら大体分かりますか?」

「・・・なるほど、そういうことか。いや、考えてみればそうなる可能性は十分にあったか。」

余計なことをしてしまったかな、と慧音さんは苦笑をした。しかし、おかげで私はまた一つ彼に関する真実を知ることが出来た。驚きはしたものの、感謝している。

さて、と。

「では、行ってきますね。」

私は少々酔いを感じたものの立ち上がり、慧音さんにそう告げた。

彼女は私の意図するところがわかったのだろう。黙って頷き、私はそこへ向かって歩き始めた。



彼女は、一息つきながらルーミアさんとフランドールさんが遊んでいる方を眺めていた。

「優夢さん。」

呼びかける。すると彼女はこちらに気付き、朗らかな笑みを見せた。

「阿求ちゃん。改訂完了おめでとう。っていうのは、何か変かな?」

「いいえ、ありがたく受け取っておきますよ。」

こちらも笑みで返す。

「悪かったな、いきなりこんな宴会開いちゃって。魔理沙がやるって聞かなくてさ。」

「私は楽しめていますよ。お気になさらず。」

「そか。」

わずかな沈黙の間。ぐだぐだと引き伸ばしても仕方がないので、私は端的に結論を述べた。

「先ほど、慧音さんからあなたの記憶に関して聞きました。」

「・・・あ〜。そっか、そういえば阿求ちゃんには言ってなかったんだっけ。」

悪い悪いと、忘れていた様子だった。それが本当にそうなのか、それとも慧音さんの言うとおり、気を使ってほしくないが故なのかはわからないが。

「つまり、真実なんですね。」

「ああ。俺は幻想郷に来るまでの記憶がなかった。最近はちょっと思い出せたんだが。」

けれど、最近まで全く思い出せなかったということだ。やはり俄かには信じがたいことだった。

「その辺のこと、詳しく話す必要はあるか?つっても、語れることなんてそんなに多くないんだが。」

「いえ、特には。全て思い出したとき、優夢さんが話してくれるというなら別ですが、今無理に聞こうとは思いませんよ。」

私はただ、伝えに来ただけだ。慧音さんが言った通り、たとえ彼に記憶がなかったとしても、私は今まで通り変わらず接するつもりだと。

それが、幻想郷縁起に書くことも難しくなってしまった友に対する、私に出来る数少ない礼だから。

「そっか。ありがとな。」

「礼を言うのはこっちなのに、相変わらず変な人ですね。」

歯に衣を着せぬ私の言葉に、彼女はカッカッと笑った。








これが、第百二十一季幻想郷縁起第二版を執筆したときの全ての出来事である。

この場で改めて、編纂に協力してくれた名無優夢氏を初め、調査を受けてくれた人妖達に謝辞を述べたい。

以上のような経緯から、名無優夢氏を幻想郷縁起に記載することは客観性を欠く可能性があったため、見送りとした。追記の目処は今のところ立っていない。

代わりにこうして叙事記として残すことにしたということを、皆に理解していただきたい。

あるいは、この形式が一番良かったのかもしれない。彼/彼女を客観的に表現しようとなると、他とは比較にもならないほど膨大な分量になりそうだという手応えを感じている。

これは、彼という人物の交友関係の広さ、活動意欲の高さに起因するものだろう。友となって一層わかったが、彼は妥協というものを知らない。常に前へ前へ進もうとする。

それが彼が多くの人々を惹きつける魅力の正体なのではないかと、私は推測している。故にこそ、私も彼の友人となったのだろう。

彼は——



「ふぅ・・・。」

息を吐き、筆を置く。少々根を詰めすぎたようだ。肩が凝った。

立ち上がり、伸びをした。長時間座りっぱなしだったため、背骨がパキパキと音を立てた。

「難しいものですね、物を書くというのは。」

誰もいない書斎で一人ごちる。幻想郷縁起以外で筆を取るのは何代ぶりだろうか。

こんな形で文さんが言ったことが現実になるなど夢にも思わなかった。まさに現実は小説より奇なるものだ。

こうして筆を取っていれば、彼について何か見えるかとも思ったが、まだまだ全然だ。やはり彼を表現するのは難しい。

考え過ぎでぼうっとする。頭を冷やすべく、私は窓の障子を開けた。

部屋の中を晩秋の冷たい風が吹き抜けた。

幻想郷縁起の改訂作業から既に三ヶ月以上が過ぎた。月日が経つのは早いものだ。

あの後すぐに思い立った私は、せめて別の形で彼を記すことにした。

しかし三ヶ月経った今でもまだこれだけしか書けていない。今後どんどんと増えていくであろう彼が関わる事件を考えると、果てさて完成はいつになることやら。少なくとも私が生きている間には完成させたいものだが。

彼は今日も、何処かで何かをやらかしていることだろう。神社で、紅魔館で、冥界で、竹林で。あるいは、最近できた妖怪の山の神社で。

そして私は、そんな彼の話を聞くのが、いつの間にか楽しみになっていた。その一つ一つを書にしたためて行くのも、悪くはない。

そんな思いを込め、私は今書いていた書——『夢絵巻』を閉じた。今日の執筆はここまでにしよう。

私は再び窓の外を見た。紅葉した木々が赤や黄色の彩りを見せ、何とも風情ある様子だ。



「今度も楽しみにしていますよ、優夢さん。」

今日も何処かの空の下、人や妖怪に振り回される彼を想像し、私は一人小さく笑うのだった。





+++この物語は、幻想が幻想のままに幻想郷縁起が集結する、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



深淵にたどり着かなかった賢者:稗田阿求

優夢と友人のままであるために、彼を深く調査することをやめた。その判断は正しいのかもしれない。

代わりに、彼について別の書物を残すことにした。それは彼への親愛の形でもある。

寺子屋に出席するのは週課となった模様。

能力:一度見たものを忘れない程度の能力

スペルカード:なし



記録に残らぬ60億の願い:名無優夢

彼について別の記録は残るので、この表現は語弊があるが、公式の記録としては残らない。それが幻想郷のあるべき姿であるが如く。

秋にあった『異変』紛いのゴタゴタでは、やはり何かをやらかした模様。

それは、また次の章にでも・・・。

能力:あまねく願いを肯定する程度の能力

スペルカード:想符『1700万ゼノのブルーツ(笑)波』、思符『デカルトセオリー』など



→To Be Continued...



[24989] 幕間三十五
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2011/06/05 14:01
〜幕間〜





これは、紅魔館であったちょっとした出来事の話だ。



俺が紅魔館に訪れるのは、大体週に一回ってとこだ。

他にも顔を出す場所もあるし、霊夢の世話もある。だから、このぐらいのペースがちょうどいい。

レミリアさんとかは「他はいいからもっとうちに来なさい」とか言ったりしてるんだが。招いてくれるのは嬉しいが、そうもいかないもんだ。

俺の体が二つ三つあればいいんだがな。・・・出来なくはないが、疲れるし何よりコントロールしきれない。

もっとも、注文をつけてくるのはレミリアさんだけで、他の皆はそれで納得してくれている。

ちなみに、俺が紅魔館に行ってすることは、一にフランの遊び相手、二に美鈴さんの稽古の相手だ。時々咲夜さんや他の妖精メイド達の手伝いをすることもある。

そういう場合にはいつぞやの執事服を持参するわけだが、今日はいつも通り黒のタートルネックにジーンズ。ただの客としての訪問ということになる。

というのも、今日はお茶会をやるんだそうで、俺はそれに招待される形になっている。霊夢も誘われており、面倒くさがってはいたが、何とか説得して重たい腰を上げさせた。

そこに何処からかぎつけたのかわからないが魔理沙が加わり、面白そうだからと萃香がくっついてきて、途中でチルノと大妖精まで何故か一緒になり。

「・・・大所帯ですねぇ。」

門のところで、予定の三倍の人数になった俺達を見て、美鈴さんが苦笑しながら門を開けた。正直すまない気持ちでいっぱいだ。

まあ、俺がしっかり見ておけば大丈夫だろう。多分、恐らく、・・・そこはかとなく。

「さてと、今日借りる本は・・・。」

「当然酒は出るんだよね。なかったら私ゃ暴れるよ〜。」

「ふふん、ここの妖精メイドどもにあたいのさいきょーっぷりを見せつけてやるわよ!!」

「チルノちゃん騒ぎは起こさないでよ〜!!」

ごめん無理かも。この面子で騒ぎが起きないことの方が想像できるわけもなく、軽く眩暈がした。

軽く諦めと覚悟を決め、俺達は紅魔館の敷地内へと足を踏み入れた。



「で、この騒ぎというわけね。」

「いや、何ていうかもう、ごめんなさいとしか。」

予想通りというか何というか、魔理沙は図書館に行こうとするし、チルノはその辺の妖精メイドにガンつけようとするし、萃香は酒を求めてあっちへフラフラこっちへフラフラ。

霊夢は我関せずの姿勢であり、大妖精はチルノを止めようとするので手一杯。俺一人でこの問題児どもを抑えきれるはずもなく、お茶会の会場になっているテラスにすら辿りつかなかった。

騒ぎを聞きつけたレミリアさんと咲夜さんがやってきて、咲夜さんが時を止めて魔理沙、萃香、チルノの三人組を壁に縫い止めて、ようやくおさまったという次第だ。

「別にあなたが謝る必要はないけど。余計なのもぞろぞろと連れてきたわね。」

「まあ、成り行きで。」

「す、すいませんレミリアさん。突然お邪魔することになっちゃったりして・・・。」

この中で最後の良心である大妖精が、恐縮しきって頭を下げた。その様子にはレミリアさんも毒気を抜かれた様子だ。

「この程度でどうにかなるほど私の館は脆くも狭くもないわ。お前如きが気にすることではない。」

「す、スミマセン・・・。」

レミリアさんの遠まわしな許容の言葉に、さらに小さくなる大妖精。この人も素直じゃないよなぁ。

「何でもいいから、とっとと始めなさいよ。用が済んだらとっとと帰りたいわ。」

「連れないわねぇ。結局あなた、『異変』以来一回もうちに泊まってないじゃない。たまにはいいのよ?」

「冗談。何が悲しゅうて悪魔の館に泊まらなきゃいけないのよ。」

そして霊夢とレミリアさんのいつものやり取り。ほんと、変わらないよなぁ。

不平不満をブーブー言う三人を解放する咲夜さん。しかし三人はこれ以上暴れようという意思は見せなかった。また縫いとめられるのは嫌だろうしな。

「お前達。私は今からお茶会をする。私を訪ねてきたその殊勝さは買ってやるけど、相手にはしてやれないわ。だからとっとと帰りなさい。」

招かれていない三人に向かい、レミリアさんは冷たく言った。だが、それで大人しく帰るような連中ではない。

「別にお前を訪ねてきたわけじゃないぜ。本を借りに来たんだ。ついでにお茶もいただくがな。」

「ここには洋酒があるんだろ?それさえ出してくれれば文句は言わないよ。」

「ここの妖精メイドにあたいの偉大さを見せ付けるまで帰らないよ!!」

三者三様にふんぞり返る。魔理沙と萃香は論外だが、チルノは俺が勉強を教えた影響なんだよなぁ。俺が言ったからって聞くような性格でもないし。

レミリアさんは頭痛を覚えたか、こめかみを抑えた。

「よくこんな連中と付き合いを持ち続けられるわね。素直に感心するわ。」

「それがこいつらの個性ですから。」

確かにやかましいし自重しろとも思うが、否定する気は一切ない。

しかし、だからといって野放しに出来るというわけでもない。特に魔理沙に単独行動を取らせるのは危険すぎる。

というわけで、俺がする提案は。

「仕方ありませんし、こいつらもお茶会に参加させてやってください。萃香にはワインでも出して。」

「・・・それが一番易いか、しようのない奴ら。」

俺はもう一度頭を下げ、レミリアさんは溜め息をつきながら少しだけ笑っていた。





レミリアさんの厚意もあり、お呼ばれでない魔理沙、萃香、チルノと大妖精もテラスの会場へとやってきた。

そこには既にフランがおり、最も仲の良い妖精メイドであるジストが話相手となっていた。

「あ、優夢!!」

「ゲ、氷精!?」

フランは俺を見てすぐに飛びついてきた。懐かれてるってのは悪い気分はしないが、もう少し他の皆にも意識をやってもいいんじゃないかな。

対して、ジストはチルノの姿を見て思い切り引いていた。チルノは妖精の間では有名らしいからな、悪い意味で。

けど、最近は話も通じるようになってきたし、もうそんな反応をする必要はないだろう。その辺のとりなしもやってやろうかなと思った。

「改めて、紅魔館のお茶会へようこそ。好きなところに座るといいわ。アメジスト、フランの相手をありがとう。もう下がっていいわよ。」

「は、はい!それでは妹様、失礼します。」

「うん、後でね。」

レミリアさんの指示で、これ幸いとジストは館内へ逃げていった。

それを皮切りに、皆ゾロゾロと椅子に座り始める。俺はフランの隣に座り、俺とは逆の隣には魔理沙が座った。

霊夢は適当な場所を取ろうとしたが、レミリアさんの強い希望により彼女の隣に座ることになった。そしてその隣に萃香。必然的に、俺と萃香に挟まれるように大妖精とチルノが座る。

「咲夜。」

「すぐにお持ち致しますわ、お嬢様。」

レミリアさんの命に従って、咲夜さんが姿を消す。時間を止めてお茶と、萃香用のワインを取りに行ったようだ。

「時間止めるのって便利ですけど、風情がないですよね。」

「あなたも言うようになったわね、優夢。その通りよ。」

何とはなし思ったことを口にしたら、意外にもレミリアさんから同意が得られた。去り際の姿ってのも演出の一種だしな。

ちなみにこんな会話をしていたのを聞かれたのか、これ以降咲夜さんは姿が見えている間は時間を止めなくなったりしたんだが、それはまた別の話だ。

「ところで、さっきから一つ気になってたんだけど、いいかしら?」

お茶を待つ間、レミリアさんから俺に質問がかけられた。

「何でしょうか。」

「そこの氷精——チルノといったわね。以前見たときよりしっかりはっきりしゃべってる気がするんだけど、気のせいかしら。」

「おお!?あんた、しっかり見てるじゃない。そうよ、あたいは以前よりもさらにパーフェクトになったのよ!!」

胸を張り鼻を高くするチルノに、レミリアさんは胡乱な一瞥を送り、俺に視線を戻した。説明を求めているようだ。

「何故俺が関わってると思いますか。」

「こんな怪奇現象、あなた以外に起こせる奴がいるわけないでしょう。」

怪奇現象って言うほどでもないと思うが。・・・多分。

「確かに俺がチルノに勉強を教えたんですが。いくら何でもアレじゃアレでしょう?」

「まあね。けど、アレはアレで結構面白かったのに。」

「何よ、あんたら何の話してんのよ。」

ほら、話は通じるようになりましたけど、根本的な部分はこのままですし。それで何とか妥協していただければ。

「・・・仕方がないわね。」

「チルノ、優夢に勉強教えてもらったの?いいな〜。」

フランが話題に食いついた。そういえば、フランに遊びは教えても勉強教えたことはなかったっけ。

「もし許可が下りるなら、フランも寺子屋に来てみるか?楽しいぞー。」

「うっ・・・。も、もうちょっと外に慣れてからで・・・。」

まあ、そうだろうな。ゆっくりと慣れていけばいい。

そんな感じで、話題が移ろっていくことしばし。

「お待たせしました。」

時を止めて現れた咲夜さんが持ってきたお茶とお茶菓子、萃香用の酒類で、一度話は中断される。

しばし、紅魔館メイド長の確かなお茶の腕を堪能することにした。



紅茶を楽しみながら談笑を楽しむ。神社で緑茶を飲みながらまったりするのも好きだが、この時間も俺は好きだった。

だが、それは皆に言えることではない。じっとしているのが苦手なチルノは、途中から座りながらではなく立ち歩きを始めた。

咲夜さんの淹れた紅茶は楽しんでいたようだが、話すだけにはすぐに飽きた様子で、大妖精と一緒に館の中へ探検に出てしまった。

俺は止めようとしたんだが、レミリアさんは「別に放っておけばいい」と言った。少々不安はあったが、チルノも寺子屋の勉強を通じて分別を身につけてきたし、主人がこう言うんだからと従うことにした。

それからさらにすると、萃香がいい感じに酔っ払い始め、そうしないうちに高いびきをかいた。

レミリアさんは咲夜さんに「適当に客室で寝かせておけ」と指示を出し、この場にいるのは俺と霊夢と魔理沙、レミリアさんとフランと咲夜さんだけになった。

不意に俺は感づいた。

「ひょっとして、能力使いました?」

「あら、気付かれるとは思ってなかったわ。」

俺の疑問にレミリアさんは肯定の言葉を返した。やっぱりか。

彼女の『願い』を取り込んでいる俺は、他よりも少しだけ彼女の能力について知っているという自負がある。

「運命を操る程度の能力」は、他者の運命に干渉できる。それを使えば、この場からレミリアさんが不要だと思っている人物を除くことぐらい、わけはないだろう。

元々呼ばれていたのは俺と霊夢。他の皆は後から後からくっついてきただけだ。

魔理沙は、それでも俺達に近しい部類に入ると思っている。何せ、俺が幻想郷に来て二番目に会った人間が魔理沙なんだから。

だから魔理沙だけは残された。レミリアさんがしたい話の邪魔になるから、萃香とチルノ、大妖精はこの場から『排除』した。そう考えれば筋は通る。

「何だ?あいつらに聞かれちゃまずい話でもするのか?」

レミリアさんが力を使った意味を感じてか、魔理沙が問い尋ねた。しかしレミリアさんは、そこまで深刻な様子ではなく。

「話に横槍を入れられたくなかっただけよ。特に、あの妖精達にはね。」

「要するに、小難しい話をするわけね。そうと知ってたら来なかったわ。」

「そうだと思ったから、何気なくお茶会を開いたのよ。大変だったのよ?優夢は運命がないし、あなたは運命を無視するしだから。」

「ああ、そういえばそんな話もありましたね。」

どういうわけか、俺には運命がないらしい。レミィ&りゅかに聞いたところ、「願いという存在が運命を作り出すせいでわけがわからないことになっている」そうだ。よく分からなかったが。

霊夢が運命を無視するってのは、まあ分からないでもない。チート巫女だからな、こいつは。自由人にもほどがある。

三人を除いてこの三人を残した。それで俺は、レミリアさんが何の話をしたいのか、大体の想像がついた。

「『願い』という存在についてなら、以前から分かってることに進展はありませんよ。」

「わかっているわ。もう一つの方よ。」

まあ、そうだろうな。・・・正直、あまり進んで話す気は起きないんだが。

「もう分かっているとは思うけど、春にヤマザナドゥにあなたの調査を依頼したのは私よ。あの堅苦しいお役所仕事はあなたの本当の名字だけを教えてくれたわ。」

「優夢の本当の名前。ファーストネームは分からないけど、ファミリーネームの方は『白鳥しらとり』、なんだよね。」

レミリアさんの言葉を引き取り、フランが問う。俺は頷くことで肯定を示した。

これだけではまだ片手落ちの状態だ。だから、俺が「名無優夢」という仮の名を捨てるには至らない。

だけどそれでも、「俺が誰なのか」を示すという意味では、これはかなり大きい。0が0.5になったんだからな。

だから近しい人達——二人と咲夜さんやパチュリーさん、妖夢と幽々子さん、慧音さんと妹紅などには、この事実を共有していた。

それを話したとき、紅魔館組の反応が薄かったのを覚えている。だから俺は、四季様に依頼をしたのが誰なのかは察していた。

「たとえそれを知ったところで、私達は今まで通りにあなたを呼ぶ。だから大したことではない。私達が本当に知りたかったのは、あなたの記憶の方よ。」

レミリアさんが真剣な眼差しで俺を射抜いて来た。威圧するではなく、ただ単純に「知りたい」という意思を込めて。

レミリアさんだけではない。フランもまた、同じだった。咲夜さんも瀟洒さを崩さず、それでも瞳にこもった力は強かった。

・・・どうやら、「話したくない」なんては言っていられないようだ。こんなにも、俺のことを思ってくれてる人達に、俺はそんな不忠な真似は出来そうにない。

「わかりました。ただ、本当に一部しか思い出せてないんです。それも、多分皆の気分が悪くなるような内容で。それでもよければ。」

「それで構わないわ。私は知りたい。咲夜も、フランも同じ気持ち。たとえそれがどんな不快な内容だろうと、私達は『受け入れ』あったこととして『肯定する』わ。」

敵わないな、全く。

「それじゃ、お話します。俺がどうやって幻想入りしたか、その原因になったと思われる事件の記憶を。」

そして俺は話し始めた。俺が文字通りただの人間だったときの、恐らく最も愚かな記憶の話を。



「そう・・・。」

全てを聞き終え、レミリアさんは苦虫を噛み潰したような表情で呟いた。フランも泣きそうな顔になりながら、俺の服の裾を掴んでいた。

——変な話かもしれないが、俺はその反応が嬉しかった。だってそれは、この人達がそれだけ俺のことを思ってくれてるってことなんだから。

けどそれは俺にとっての話であり、やはり不愉快な思いをさせたという感覚はあった。

「すみませんでした。」

「謝る必要はないと言っているでしょう。私達が聞きたかったのだから、納得済みよ。」

「・・・うん。」

二人がそう言うので、俺はそれ以上は言わなかった。

「で、それを知ったあんたらはどうするの。優夢さんとの縁を切る?」

この話をそう何度も聞きたいわけがない。二度目である——特に前回俺とともにあの気分が悪くなるだけの記憶を見ていた霊夢は、不機嫌そのものだった。

霊夢と魔理沙がこの場に残された理由は、多分二人から話を聞くためではなく、レミリアさん達がその記憶を知ったということを共有するためなんだろう。

それが分かっているから、霊夢は機嫌の悪さを隠さなかった。

「どうして?」

「優夢さんにはただの人間であった過去がある。そしてその過去は、凡そ今の優夢さんからは考えられない酷い代物だわ。あんたなら幻滅してもおかしくないと思うけど。」

「その過去があったからこそ今の優夢がある。運命を否定する必要はないわ。」

毅然と言うレミリアさんを見て、霊夢は「そ」とだけ呟いて矛を収めた。

「・・・優夢・・・。」

フランがじっと俺を見ていた。瞳は揺れ、本気で俺のことを案じてくれている。

嬉しくもあり、罪悪感も感じる。だから俺は、そっと頭を撫でた。

「ごめんなフラン、こんな話で。面白い過去が話せなくて。」

「・・・ううん。それが今の優夢の意志じゃないってことは、私にも分かってる。だから、いいよ。」

ありがとう。

「だけどね。・・・ごめんなさい、やっぱり私不安だよ。優夢が、いつか何処かに消えちゃうんじゃないかって。優夢が私の知らないところで壊れちゃうんじゃないかって。」

それは、どうなるか分からない。未来のことなんて誰にも分からないんだから、この過去を知った俺が「大丈夫だ」なんて無責任に言えるわけがなかった。

だからと、フランは言った。

「約束して。もう絶対自分のことを壊そうとしないで。絶対、私のところに帰ってきて。」

それはフランの精一杯がこもった言葉だった。この娘にとっての願いが——おかしな話だが、ようやく分かった気がする。

重複しちゃったなぁと、何処か他人事のように思った。きっと何とかなるという自信だったのか、それとも単なる思考の放棄だったのか。

そんなことはもうどっちだってよかった。

「俺は『あまねく願いを肯定する』んだぜ、フラン。泥舟に乗ったつもりで任せとけ。」

「・・・本当、変わらないよね、優夢って。」

いつか言ったのとよく似た言葉に、フランはようやく笑みを見せてくれた。

緊張に満ちていた空気が弛緩していく。この話はこれで終わりみたいだ。

「これにて一件落着、ってか?よぉっし咲夜、気分転換に酒だ酒!!」

それを感じ取ってか、魔理沙が勢い良くそんなことを言い出した。お前は何処の親父だと言いたい。

しかし、誰も異論はないようだ。むしろレミリアさんなんか乗り気で

「咲夜、このめでたい日にはアレしかないわ。『2000年物のヴィンテージ』を。」

「『キリストの血』ですわね。畏まりました。」

何かとんでもないものを咲夜さんに取りに行かせた。

「・・・ちなみに、計画通り?」

「計画以上だったわ。フフフ、この先が非常に楽しみね。」

そして、物凄く不穏な言葉が聞こえてきたりした。非常に外堀を埋められた気分だ。

・・・まあ、別にいっか。





お茶会はいつの間にか大宴会に変わっており、寝ていた萃香は起き出し、チルノと大妖精も帰ってきて、さらにはパチュリーさんと小悪魔さん、美鈴さんまでもが参加していた。

明日二日酔いは確実だが、こんな日もたまには悪くない。そう思った。





+++この物語は、願いが吸血鬼少女の願いに気付く、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



少し成長した願いの結晶:名無優夢

実は記憶が一部回復したことによって、少しだけ性格に変化が現れている。良くか悪くかは分からないが。

それでも彼の根本であるところの『60億の願いの結晶』という事実には変化がないので、実に微々たるものだが。

フランの想いには感づいたが、それがそのまま進むとは思っていない。未来は不確定。

能力:あまねく願いを肯定する程度の能力

スペルカード:想符『1700万ゼノのブルーツ(笑)波』、思符『デカルトセオリー』など



運命通り:レミリア=スカーレット

運命を操作せず謀略で優夢の将来を約束させようと画策した。今回の戦果は想像以上。

フランが自分の気持ちに気付いていないためやきもきしているが、時間の問題だと思っている。

なおこの日の宴会では、咲夜に「結納」やら「式段取り」やらを相談したという。おい悪魔。

能力:運命を操る程度の能力

スペルカード:紅符『不夜城レッド』、紅魔『スカーレットデビル』など



彼を想う悪魔の少女:フランドール=スカーレット

あくまで優夢に言ったのは、「何処へ行ったとしても死なずに帰ってきて、私と遊んで」という意味。実は他意はなかった。

が、それはあくまで表面上の問題であり、その深層にある意識を優夢の能力は汲み取った。

ともあれ、意図せず周囲に対し一歩以上のリードをした。頑張れフラン、負けるなフラン。

能力:ありとあらゆるものを破壊する程度の能力

スペルカード:禁忌『クランベリートラップ』、禁忌『レーヴァテイン』など



→To Be Continued...



[24989] 幕間三十六
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2011/06/05 14:02
〜幕間〜





これは、まあ何て言うか、近況報告みたいなもんだ。



「ふぁ・・・、朝か。」

障子の間から差し込む日差しで、俺は目を覚ました。眠い目をこすりながら伸びをする。

眠ってる間は大抵『願い』の皆と酒盛りをしているせいか、どうにも朝が辛い。・・・十中八九、単に俺が朝に弱いだけだが。

ともかく、朝なら起きなければ。うちには欠食児童が二人いるからな。

のそのそと起き上がり布団を畳み、着替えをする前に変化を行うべく指を組む。

毎日のことではあるが、この瞬間が一日の中で一番気が重い。

霊夢は基本的に神社の中では俺に巫女服を強要する。曰く、「変な服を着られるよりよっぽどいい」だそうな。あれの何処が変だと声を大にして言いたいところだが、今のところ賛同は得られていないので口を噤むしかない。

巫女服を着るなら女になりなくちゃいけないわけだが、俺はいまだ平時に変化することに抵抗がある。

俺にとって、このスキルは戦術としての長所はあっても、女として日常生活を営むことはデメリットでしかない。

男と女では勝手が違うのだ。色々と。

その苦労を知ってか知らずか(どうせ考えてすらいないだろうが)、霊夢と萃香は俺が女でいることを希望している。

数の上でも多勢に無勢だし、家主の意見に逆らえるわけもなし。結局、「ダメ、絶対!」とは言えないでいる。

初期に比べれば慣れたし、随分マシにはなった。だが俺はこのことに疑問を感じなくなってはいけない。

何故なら、俺は男だからだ。男は男らしくあるべきものだろう?それが美徳ってもんだ。

と、心の中で色々と自己正当化をしつつ、虚しくなってため息をつく。これも毎度のこと過ぎて悲しくなってくる。

考えているうちにどうでもよくなって、印とパスを切る

「・・・おや?」

その直前に、俺はあることに気付いた。

部屋の一角に置かれた機械。勿論電気のない幻想郷で電気機械が存在するわけはない。あれは魔力で動く魔導機械だ。

神綺さんからもらった通信機で、魔力で動くファックスみたいなものだ。あれを使って、俺は魔界にいる神綺さんと文通をしている。

それが、新しい手紙を吐き出していた。俺は変化を中断し、それを手に取って見た。

「ふむふむ、なるほどなるほど・・・。」

どうやら今日は神綺さんが遊びに来るらしい。そこまで見たところで、内心ガッツポーズを取った。

いつでも使えるわけではないが、実は俺が女性化を断る方法がないわけではない。

まず一つが、所謂『アノ日』だ。それを経験してしまうと、俺の男としての最後の砦が陥落してしまう。さすがに霊夢もその辺りは理解してくれたようで、その期間は男のままを許可してくれている。

そしてもう一つが来客。「客が来るのに本来でない姿でいるのは失礼だろう」という俺の理論武装により許可が下りた。欠点としては、客が俺が女であることを希望した場合、俺の意志は無効になる。

神綺さんの場合はそうではない。ちゃんと俺の意志を尊重してくれる。なので、今日一日は男のままでOKということだ。

俺にとっては貴重な『休日』だ。心が弾まぬわけがない。

「そうと決まりゃ、こっちだな。」

出しておいた巫女服をしまい、黒服セットを取り出す。そのまま、俺はそちらに着替え始めた。



「おはよ・・・って優夢さん、何でその格好なのよ。」

予想通りというか、起きてきた霊夢が台所を通りかかったところで、調理中の俺に文句をつけてきた。

「来客だよ。さっき通信機見たら、神綺さんから連絡が来てた。今日遊びに来るそうだ。」

「チッ、余計なことを。」

人の客にそれはないだろ。

「それでも、あいつが来るまでにまだ時間はあるんでしょ。だったらそれまでは巫女服着てなさいよ。」

「いつ来るかわからんから、いつ来てもいいようにしておくのは当然だ。」

「もうあれだから咲夜の願いでも取り込んできなさいよ。そうすりゃ時止めて着替えでも出来るようになるでしょ。」

「言っとくが願い取り込んでも能力は習得できないからな。第一、んな滅茶苦茶な理由があるか。」

霊夢も俺の能力の性質は分かっている。ほんの冗談のやり取りだ。

別に本気で俺にあの格好を強要する気ではなかったようで、やれやれと言いながら居間の方に向かった。それは俺の台詞だと言いたいところだが、今は朝飯作りに集中だ。

「おはよー・・・って優夢、何でその格好なのさ。」

「以下同文。」

萃香が起きてきて先程の繰り返しだった。全く、この小鬼もすっかり霊夢に似たものだ。

そんな邪魔というほどでもない会話を差し挟みながら、今日の朝食が完成した。白米、味噌汁、焼き魚と玉子焼きにちょっとしたサラダという、オーソドックスなものだ。

朝はこんなもんでいい。朝からガッツリ食ったら、後にこたえてしまう。

「ふむ・・・味噌汁の味付け変えたかしら。」

霊夢が味噌汁を啜りながら、そう尋ねてきた。よく分かったな。

「おやっさんの店で鰹節が手に入ったから、出汁を変えてみたんだ。まずかったか?」

「いいえ、いつも通り美味しいわよ。そっちの違いの分からない鬼を見てればわかるでしょ。」

「・・・まあな。」

「ん?何か言ったかい?」

萃香はというと、うまうま言いながらご飯をかっ込んでいる。美味そうに食べてくれるのは嬉しいが、もうちょっと味わって欲しかったりもする。

しかし、鰹って海の魚じゃなかったっけ?幻想郷には海はないはずだから、多分俺の記憶違いなんだろうが・・・。

ま、いっか。



朝食後、俺は霊夢にお茶を、萃香に酒を与えてから、境内の掃除を早めに済ませることにした。

お客さんが来るのだから、掃除はしっかりしておきたい。家に客を招いたりするとき、ついつい掃除に力が入ってしまうというのは、広く理解できる感覚だと思う。

まあ、普段から掃除はしっかりしているから、そんなにせずともすぐに綺麗になるんだが。

「人の仕事を取るなんて、ずずずっ、全く神経の太い居候だわ。もぐもぐ。」

「今更だしくつろぎながら言う台詞じゃないな。」

霊夢の場合、掃除をしているというのは「働いている」というポーズだったわけだから、そのポーズすらなくなった今完全に怠惰巫女と化している。

そのことに対して文句を言うのは、実際のところ俺ぐらいしかいなかったりする。俺のも文句というよりは問題提起だし。

やるべきときに最低限やるべきことはできるわけだし、むしろそれはこいつにしか出来ないことが多い。だから結局、誰も何も言わないんだろう。

「そんなに言うんならお前も家事するか?」

「いやよ、めんどくさい。」

ただ、これだと信仰は集まらない気がするが。・・・やっぱり、ゆっくり考えるしかないか。

そうこうしているうちに、掃除は終わった。朝食の片付けは洗い物まで終わってるし、私室で出しっぱなしの教材とかもない。準備は万端だ。

タイミングを見計らっていたわけではないだろうが、ちょうどそのとき、本殿前に魔法陣が出現した。神綺さんが移動時に使う空間転移魔法のものだ。

魔界と幻想郷という、隔てられた二界を自由に飛び越えられるのだから、魔界神という肩書きは伊達ではない。冷静になると、とんでもない人と交友関係持ってるなぁと思わなくもない。

まあけど、肩書きは肩書き。神綺さんは神綺さんという、母性愛に満ちた優しい女性だ。

「優夢ちゃん、おひさ〜。」

「お久しぶりです、神綺さん。」

こうして普通に挨拶を交わすほどに。現れた神綺さんは、いつも通りの元気そうな神綺さんだった。良いことだ。

と、今日の客は神綺さんだけではなかったようだ。

「よっ、久しぶり。元気してたかこのやろ〜!」

「おお、ユキじゃないか。それにマイも。」

「・・・久しぶりね、タラシさん。」

「『優夢』な。」

魔界人のユキとマイ。以前魔界観光をした際に友人となった二人の少女も、神綺さんに連れられて幻想郷にやってきたようだ。

こちらに飛び掛ってきて拳を繰り出してくるユキをいなしつつ、マイの発言に突っ込みを入れ、俺達は半年ほどぶりの再会をした。

「二人ともどうしたんだよ。よく幻想郷に来れたな。」

この二人は特に幻想郷を嫌っていたはずだ。それがこうしてやってきているというところを見ると、感慨深いものがある。

「神綺様にお願いしたのよ。私達の朗報をあんたにいち早く伝えるためにね。」

「こいつが聞かないから来たの。間違っても幻想郷に来たかったわけじゃないんで、悪しからず。」

マイはこんなことを言ったが、それでも俺は嬉しかった。魔界が幻想郷の良さを知るいいきっかけになるに違いないから。

「ありがとうございます、神綺さん。」

「いいのよ〜、皆のためだもの。」

本当にこの人には頭が上がらない。

「何よ、やかましいと思ったら魔界神以外の奴まで来てるじゃない。」

「おー、大所帯だね。一家総出でお出ましかい、神綺。」

「・・・ゲゲッ、鬼巫女!?」

「確かに鬼と巫女ね。」

こちらが騒がしいのを聞きつけて、霊夢と萃香も縁側からこちらへとやってきた。ユキとマイは霊夢を確認すると、見るからに嫌そうな顔をした。

「いい機会だ。霊夢、この二人には謝っとけ。」

「何でよ。こんな失敬な輩、退治こそすれ謝る必要はないわね。」

「ふん、以前のようにはいかないよ!こっちだって成長したんだから!!」

一触即発の空気を醸し出すユキと霊夢。マイは我関せずで、萃香は二人をたきつける。困った連中だ。

「二人と」

「二人とも、そこまでにしておきなさいな。対決は後でゆっくりやればいいでしょう?今は久しぶりにあった友人との再会を楽しみましょう。」

俺が止めようとする前に、神綺さんが二人の間に割って入った。・・・言いたいことは全部言われてしまった。

ユキは神綺さんに言われたことで消沈し、霊夢は神綺さんの邪気のない笑みに毒気を抜かれた。

「あなたには敵いませんよ、神綺さん。」

「それはこっちの台詞よ〜、優夢ちゃん。」

お互いに浮かべた表情は、何故か苦笑だった。





***************





現在私の機嫌は急降下の真っ最中だ。このまま行けば世界新記録を更新するかもしれない。何の記録かはわからないけど、ぶっちゃけどうでもいいわね。

優夢さんが誰と付き合いを持とうが知ったことじゃない。魔界とよろしくやるならよろしくすればいい。

しかし、そこに私まで巻き込まないでもらいたい。めんどくさいじゃないの。

神綺がやって来るというだけで面倒だというのに、今日は更におまけが二人ばかしついてきた。面倒の三乗だわ。

分かっていたなら断りを入れたものを。それを分かってあえて何も言わないで来たんだろうから、神綺もいい性格してるわ。

追い出すのも面倒くさい。だから私は、居間の奴らは放置で一人縁側に腰掛けお茶を飲んでいた。

それでも、連中の一人——黒い帽子を被った奴がこちらに敵意を向けて来るから、鬱陶しいったらありゃしない。

私に何か恨みでもあるのかしら。まあ、以前魔界に行ったときは片っ端から薙ぎ倒したから、恨みを買ってても不思議はないんだけど。

そんな古いことをいつまでも引きずってるなんて、みみっちい奴だわ。

「それにしても驚いたぞ。二人が来るなんて、神綺さん教えてくれなかったから。」

「教えちゃったらサプライズにならないじゃない。優夢ちゃんをびっくりさせたかったの。」

ほのぼのと会話をする魔界神とうちのおさんどん。それで黒帽の注意が優夢さんにでも移ったのか、こちらへの敵意がなくなった。

さっきの様子を見るに、あいつらは優夢さんが魔界に行ってる間に知り合った連中ね。特に黒い奴は優夢さんに懐いてたようだけど・・・見境ないわね、『願い』の能力は。

「そういえば、二人は何で来たんだ?さっき朗報があるみたいなこと言ってたけど。」

優夢さんが尋ねた。背中越しでも分かるほどの黒いのの喜びが暑苦しい。

「聞きたい?ねえ聞きたい?」

(うざっ。)「うざっ。」

私の心の呟きは、白い方の口から漏れたものと完全に一致していた。

黒いのはともかく、白いのは面倒がなさそうね。

「ああ、聞きたい聞きたい。」

それに馬鹿正直に乗ってやる優夢さんの人の良さに、思わずため息が漏れた。

満足したか、黒帽はわざとらしく咳ばらいをし、十分な溜めを作ってから。

「聞いて驚け!何と私とマイは、一人前の魔法使いとして認められたのだ!!」

そう言った。おー、と優夢さんは感嘆の声を上げた。私にはよくわからないんだけど、それって凄いの?

「凄いじゃないか。よく分からないけど。」

誰かがこける気配がした。優夢さんも魔界人じゃないし、分かるわけないわね。

「前に話したでしょ!?魔物の洞窟に一人で行って帰ってこれたら一人前って認められるって!!」

「あー、帰りがけにそれっぽい話は聞いた気がしないでもないけど。」

「少なくとも、私の記憶にある限り説明した覚えはないわね。」

「・・・あれ?」

抜けた奴。ま、話口調から大体想像はついてたけどね。

「改めて説明すると、魔界には『魔物の洞窟』と呼ばれる野生の魔物が住み着いてる場所がある。そこの魔物は生半可な魔法じゃ通用しないから、行って帰ってこれたら一人前ってわけ。」

「なるほど、凄いじゃないか。」

「・・・む〜。」

説明を受けて納得する優夢さんに対し、盛大なボケをかました黒帽は唸った。

「それって、あの人形師も突破してるのかい?」

今まで黙って話を聞いていた萃香が口を挟む。そういえば、あいつも魔界人なんだっけ?どうでも良すぎてすっかり忘れてたわ。

「アリスちゃんは幻想郷に来る前に突破してるわよ〜。だから、今から5年ぐらい前ね。」

「なんだ、じゃああいつ以下か。つまんないの。」

それを聞いて萃香は興味を失ったようだ。その態度を受けて、ああいう手の奴が取る言動は大体想像がつく。

「何よ、あんた私のことバカにしてんの?」

ほら、噛み付いた。

さっきまで上機嫌だった黒いのは、一気に気分を害した様子で萃香に敵意を向けた。だが、あんなもので鬼が動揺するはずもない。

「バカに?とんでもないよ、バカにするほどのこともないじゃないか。」

「世間一般じゃそういうのをバカにしてるっていうのよ!これだから幻想郷って嫌いよ・・・!」

勝手に萃香を幻想郷一般にしないでほしいわね。鬼は幻想郷からいなくなって久しいんだから。

「まーまーユキ、落ち着けって。萃香、今のはお前の言い方が悪い。謝っとけ。」

「何でだい?私は思ったままを言っただけだ。嘘は嫌いだよ。」

「こんのクソチビッ!!」

優夢さんがいさめようとするが、萃香は奴の態度を見て面白がり、助長した。諦めなさいよ、どうせ避けられっこないんだから。

それが分からない優夢さんじゃないから、深く諦念の息を吐いた。

「いいわ、そのケンカ買った!表に出なさい!!」

「あんたと勝負しても結果が見えてるから面白くないねぇ。そこの白いのも一緒なら、考えてやってもいいけど。」

「お断り。」

萃香の魂胆は、さすがに冷静な奴には見抜かれていた。白い方は乗らなかった。

どうあっても勝負には誘えない。そう理解した萃香は、そこで妥協点を見出すことにしたようだ。

「ならしょうがない。せいぜいあんたで楽しませてもらうことにしようか。」

「上等じゃない。その余裕、後悔に変えてやるから!」

萃香VSユキ(名前合ってたかしら?)のカードが決まり、二人して私の横から縁先に飛び出す。

・・・そこで暴れられると、私が迷惑ね。注意するか。

「あんたら、そこで暴れるんじゃないわよ。でないと」

「でないと、いじめるわよ。」

私の言葉を引き取り、鳥居の方からかけられた声があった。・・・あいつ、今日も来たのか。最近多いわね。暇なのかしら?

「!? あんたは・・・!!」

あいつの顔を見て、黒い奴は驚愕の表情を見せた。さっきまでは見てたわけじゃないけど、こいつコロコロと表情が変わる奴ね。声だけでも十分に分かったわ。

「ご機嫌よう、魔界の害虫。美しい幻想郷に湧いたのかしら?」

いつも通り、おっとりとした様子とは真逆の毒を吐く妖怪、風見幽香。あいつ、毒人形育てるようになってから毒舌に磨きがかかってないかしら。

それを聞いて黒いのは、額に青筋を立てた。精神鍛錬が足りないわね。魔法使いのくせに。

「幻想郷の野蛮人に言われたくはないわよ!ケンカ売ってんなら、あんたの分もまとめて買うわよ!」

「あいにくだけど、あなたにかかずらわう暇はないのよ。霊夢と優夢と過ごす大事な時間を、魔界人ごときに邪魔をされたくはないわ。」

私としてはあんたに気軽な時間を邪魔されたくないわね。どうせ聞かないだろうけど。

未熟な魔法使いは、憤懣やるかたなしと地団駄を踏んだ。石畳傷つけたら封印するわよ。

「いらっしゃい、幽香さん。今日は千客万来ですよ。ところで、メディスンはどうしたんですか?」

「あの子は今日は茶竹の家にお泊りよ。一磋のことをすっかり気に入っちゃったのでね。」

「ちょっと優夢、何でそいつと仲良さそうにしてんのよ!!」

最悪の妖怪相手に普通に接する優夢さんに突っ込みを入れる黒帽。そんなこと、優夢さんと付き合いがあるならすぐにわかることでしょうが。

「何でって、幽香さんは俺達の友人だし。」

「私を含めないでよ。単なる腐れ縁なんだから。」

返答を聞いて、あいつはあんぐりと口を開けた。まだまだこの人に対する理解が足りてないわね。

「そういうわけだから、邪魔者はさっさと神社の外に消えなさい。そっちの鬼も連れて行ってくれるなら万々歳だわ。」

「〜〜〜ッ!後でギャフンと言わせてやるから!!」

何か言い返そうとしたが、今は萃香と勝負をすることの方が優先だったようで、黒い魔法使いは鼻息荒く鳥居の向こうに行った。

萃香はその後に鼻歌混じりについていった。あいつも好き者ね。

「あー、幽香さん。あいつはユキといって、俺が魔界に逗留したときの友人です。出来れば仲良くしていただきたいんですが。」

「それは無理ね。」

優夢さんはため息をついた。幽香がこう言ったら、説得するのは難しいと彼も理解している。

「ごきげんよう、霊夢。」

「おかえりはあちらよ。」

「ま。来たばっかりなのに、帰れないわよ?今日は泊まるつもり。」

・・・今日は厄日だわ。

「あら、あんまり優夢ちゃんに迷惑かけちゃダメよ、野蛮人さん。」

「安心なさい。あなたよりはかけてないからね、負け犬さん。」

神社の中で妖気を撒き散らすなと言いたい。とりあえず、優夢さんが止めに入ったので、後は彼に任せることにしよう。

「どいつもこいつも、バカみたい。」

「言うわね、自分とこの神も含まれてるのに。」

「言うときゃ言うわよ。」

私の隣に避難してきた白い奴——マイは、騒ぎに加担する気はないようだった。

皆が皆こういう奴なら、苦労はしないんだけどね。





で、結局勝負は萃香の方が勝ったり、泊まるとか言い出した幽香に対抗して神綺も泊まるとか言い出したり、魔理沙が遊びに来たことでさらに騒がしくなったり、成り行きで宴会になったり。

ともかく、やかましい一日だったわ。まあ、結局はいつものことだけど。

要するに、神社は相変わらずだということね。もう少し信仰が集まってくれればいいんだけど。





+++この物語は、少し変化した彼らの住まう博麗神社の変わらぬ日々を描く、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



変わらぬ願い、変われる人間:名無優夢

やはり少し変化している。具体的には、以前よりも落ち着きが増した。

バックボーンがある程度はっきりしたことによって、彼が経過した年数に想像がついたためかもしれない。

肯定と否定の使い分けは、まだまだ練習中。

能力:あまねく願いを肯定する程度の能力

スペルカード:想符『1700万ゼノのブルーツ(笑)波』、思符『デカルトセオリー』など



変わらぬ人間、変わらぬ傍観者:博麗霊夢

何を知り何を経験しても、何も変わらない。彼女自身が自分の在り様を理解している。

彼女が変わらない限り、たとえ幻想郷に変化が訪れても、神社だけは変わらずあり続けるのである。

だからこそ彼女は博麗の巫女であり、幻想郷の柱としてあり続ける。

能力:主に空を飛ぶ程度の能力

スペルカード:霊符『陰陽印』、霊符『博麗幻影』など



→To Be Continued...



[24989] 五章一話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2011/06/15 12:13
道を行き交う人々。忙しそうに走るスーツ姿の男の人。規則正しく並んだ信号待ちの車。

休むことなく続く、人々の営み。その上に気付かれた栄華は、歴史上類を見ないものなのだと授業で習った。

確かに、現代社会は便利だと思う。スーパーに行けば食べ物は簡単に手に入るし、壊れた道具はすぐに買い換えることが出来る。インターネットがない生活も考えられない。

私もその恩恵を受けて生活しているのだから、それに対して文句を言ったりするのは筋が通っていないと思う。

だけど、ここに至るまでに人々が捨ててきたものは数多い。古い物に対する畏敬の念や、見えない者への恐怖と尊敬。精神的な文化は、物質的な世界に取って代わられた。

電灯を開発した人類は、夜の闇を駆逐した。ここも昔は星空がよく見えたと言うけれど、私は生まれてから満天の星空を見たことがない。

人々の心は全て即物的なものとなり、価値のない物や考え方は次々に捨てていった。結果として、資本文化として優れたものだけが残り、これだけ煌びやかな世界になったんだろう。

捨てられたものは、忘れられていく。まるで最初から存在しなかったかのように、消えていく。

それが果たしていいことなのか。私はとても疑問だ。

だからと言ってどうにか出来るわけではなかった。忘れたものを思い出してもらおうとしても、皆興味を持たなかった。

彼らにとって、それは価値のない文化なんだろう。彼らにとって、神はガスや電気よりも意味がないんだろう。

より便利に、より便利にと進化をした結果、人々は心を置き去りにした。子供がはぐれて泣いていても、見向きもしない大人はあまりにも多い。

私には、そのことがとても物悲しく感じられる。何の力もないことが、とても悔しかった。



登校途中の雑踏の中、私はそんなことを考えていた。普段はこんなに強く思わないのに。

きっと今日が最後だからだろう。そう、今日でここの生活は終わってしまうんだ。

別れが辛くないわけがない。私だって、特殊な力を持っていることを除けば、普通の女子高生と変わらないんだから。

だけど、耐えなければ。私が祀る二柱の神様を、私のエゴで消してしまうわけにはいかない。

最後の望みにかけて、私達はこの地を旅立つ。私は希望に向かうのだと、自分を奮い立たせた。

私は普通の女子高生だけど、ただの女子高生ではないのだから。



私――東風谷早苗こちやさなえは、守矢の神社にて、八坂様と洩矢様を祀る風祝で、現人神なのだから、と。








東方幻夢伝 第五章

風神録 ~The Last Piece...~









「おはよう」と、登校してきた生徒達が挨拶を交わす。私もそれに混じっていく。

朝の学校の変わらぬ風景。きっと私がいなくなった後も、この風景が変わることはないだろう。

何人かの級友達と出会う。彼女達も、今日で私がいなくなるということは知っていた。

別れを惜しむ言葉をかけてくれるのは、嬉しくもあり悲しかった。だけど彼女達を心配させるわけにはいかないから、私は終始笑顔を貫いた。

「トーフヤー!!」

級友達と別れると、今度は後ろから覆いかぶさってくる友人が一人。

何度訂正してもこんな風に呼び、何度やめてほしいと言ってもこんなことをするのは、一人ぐらいしかいない。変わらない友人に、少し心が和んだ。

「おはようございます、鷹美先輩。」

「ほんとに行っちゃうのかよ!?」

私を解放した友人――赤毛のショートカットで私よりも少し上背のある鷹美マコ先輩は、涙目を隠さずに言った。

こういうストレートな感情表現が出来る人だから、下級生から慕われている。特に私は、「緑の髪!超珍しい!」と言われて、とても親しくしてもらってきた。

彼女の表情がとても面白かったので、思わず笑ってしまった。

「ごめんなさい。・・・はい、もう決めましたから。」

「親か何かの転勤か知らないけど、何でトーフヤまで一緒に行かなきゃいけないのさ!?」

私が去る理由は、周囲には「保護者の都合で」と話してある。さすがに「私は現人神で、祀る神の新しい信仰を求めるために」なんて説明はできない。・・・「信じて」もらえないから。

親しい鷹美先輩にも、もちろんそんなことは話せていない。もし話していたら・・・何かが変わっただろうか。

「色々ご親切にしていただいた鷹美先輩には、本当にごめんなさい。でも、私の都合でもありますから。」

「あんたなら一人暮らしだって余裕で出来るじゃん!もし住む場所がないんなら、あたしン家に泊まってもいいから!」

「鷹美先輩はよくても、ご家族の方が困るでしょう?それに、そういう問題でもないんです。」

私の指摘に、鷹美先輩は口を噤んだ。何か説得する方法を考えているようにも見える。

少なくとも、この学校に入学して財産と呼べるものは得た。こんなにも人を思える先輩に出会えたんだから。まるで幼い頃に出会ったあの人のように。

「ありがとうございます、鷹美先輩。私のために色々と悩んでくれて。でも、もういいんですよ。」

「・・・でも、だって・・・。」

「私は平気です。鷹美先輩から受けたご恩の数々は決して忘れません。あとは、鷹美先輩が私のことを忘れないでいてくれれば、それだけで十分ですよ。」

先輩はとうとう泣き出してしまった。少し悪戯心が湧いて、手を伸ばして先輩の頭を撫でてみる。「子供扱いするな」と振り払われてしまった。

「・・・あんたの決意が固いのはよーく分かったよ。そこまで言うなら、もう止めない。だけど、一つだけ言わせてもらうよ。」

彼女は私の肩を掴んだ。泣いたために赤くなった目で、私のことを真っ直ぐに見た。

「あたしも、絶対あんたのことを忘れない。この学校を卒業しても、大学生になっても、社会人になっても。死ぬまで、ずぅーっとだ。」

そこで一旦言葉を切り。

「あたしは一生トーフヤの味方だ。だから、苦しくなったらあたしの名前を呼べ。どんなところにいたって助けに行ってやる!!」

出来るのかとか、どうやってとか、そんな迷いは一切なく、力強く宣言した。

・・・思わず、涙がこぼれそうになった。だけど涙は見せられない。それはぐっと飲み込んだ。

代わりに私は、いつも通りを言うことにした。

「こちや、ですよ。鷹美先輩。」

「いいんだよ、言いやすいから。」

先輩もまた、いつも通りに返してくれた。ありがとうございます、鷹美先輩。



「・・・もし、ですよ。鷹美先輩。」

彼女の言葉に心を打たれたからだろうか。私は先輩に一つの質問をした。

「もし神様がいたとしたら、先輩はどうしますか。」

「トーフヤ?」

「もしもの話ですよ。」

彼女はしばらく、真剣に考えた。ややあって返ってきた答えは。

「あたしは叶えてほしいことなんかないからね。トーフヤを引き止めるのを手伝ってもらうかな。」

「・・・そう、ですか。」

彼女は強い人だ、ということだった。





ホームルーム。担任の先生が、今日で私が最後だということを改めて告げた。一限までの短い休み時間の間に、皆が私の席の周りに寄ってきた。

口々に「元気でね」だとか、「たまには連絡してね」と言葉をかけてくれる彼女達に、私は曖昧な笑みを返すことしか出来なかった。

『向こう』に言ったら、こちらとの交流はまず取れないだろう。そう聞いていた。だから、彼女達とはこれが今生の別れなのだ。

鷹美先輩ともだ。考えないでいたその事実が不意に頭をよぎり、胸の辺りが苦しくなる。

決心したはずなのに、私の気持ちは揺れた。ひょっとしたら、こっちに残っても何とかする方法があるんじゃないかって。

――そんな方法がないことは、とうに分かっているのに。ありとあらゆる手をつくしたけど、信仰を回復することは出来なかった。

だから私は行かなければならないのだと、必死に自分に言い聞かせた。

一限の鐘が鳴る。時間に厳しい英語の先生は、時間ぴったりに教室に入ってきた。

「始業の鐘は鳴ってるぞ・・・と。そうか、今日で東風谷は最後なのか。」

普段ならこの時間に席についていなかったら怒る先生なのに、そのことに気がついて急にしんみりとした表情になった。

「東風谷がいなくなると、寂しくなるな。」

「そんなことはありませんよ。皆、元気いっぱいです。」

「教師的には優秀な生徒がいなくなると寂しいんだよ。やかましいのを抑えてくれるのは東風谷だったしな。」

「ひどーい」とクラスメイト達が声を上げる。皆冗談だと分かっているから、本当に批難はしていなかった。

先生なりの心遣いだったんだろう。少ししんみりとしていた空気が、普通に戻っていた。

「まあ、何処でだって東風谷は上手くやっていけるだろう。お前たちも、東風谷がいなくなったからってクラス平均を下げるなよ。授業はもう始まってるんだからな。」

先生に言われて慌てて席に戻るクラスメイト。皆が席につくと、授業が始まった。

この日は、今までで一番授業の内容が身に入ってきた。最後だからこそ一語一句聞き逃さないように。

初めからこうだったら一回ぐらいは学年一位を取れたかなと、皮肉なことを思った。



集中していると、授業はあっという間に終わってしまった。気が付けば帰りのホームルームだ。

それはつまり、私がこの学校にいる最後の時間ということ。

クラスメイト達は、私のために寄せ書きをしてくれていた。クラス委員長がそれを手渡してくれたとき、腕が震えてしまった。

思わず涙が零れてしまいそうになったけど、必死で堪えた。涙を流してしまったら、この決意も一緒に流れてしまいそうだ。

だから私は笑顔のまま、「ありがとう」と言った。皆は何も言わなかった。

彼女達の無言の後押しが、今は何よりもありがたかった。



こうして私は、卒業は出来ぬままに、高校生活を終えた――。





「あっ。」

自宅のある守矢神社に続く石段を登る途中、鳥居の前に人の姿を見付けた。

参拝客――というわけではない。ある意味ではそうだけど、あの人達はそれよりも私に近しい二人だ。

自然と私は駆け足になった。私の足音で、二人はこちらを振り向いた。

いわおおじさま、澄子すみこおばさま。」

「よう、早苗ちゃん。元気みたいで何よりだ。」

「こんにちは、早苗ちゃん。」

私がまだ幼い頃から、家族ぐるみでお付き合いのある中年のご夫婦。私の両親が亡くなってからも、ずっと面倒を見てくれたお二人だった。

落ち込んだ気分が、お二人に会えたことで少し軽くなった気がした。

「この時間だったら、お二人とも普段はお仕事中のはずなのに。」

「ばっきゃろう。早苗ちゃんの出発の日だってのに、仕事なんかしてられっかよ。」

「ゲンちゃんったら、社長さんのこと殴りそうになっちゃったのよ。早苗ちゃんからも何か言ってあげて。」

照れくさそうに鼻をかく巌おじさまの言葉を受けて、澄子おばさまは笑いながら言った。

この二人といると、本当に心が安らぐ。二人とも、私を本当の娘のように可愛がってくれた。

そんな大切な人達だから、私は――。



「・・・それに、『幻想郷』って場所に行くと、二度と帰って来れないんだろ。だったら、仕事なんかより早苗ちゃんの顔を見る方が大事だってばよ。」

全てのことを、お二人には話していた。

この神社のこと。祀る神様のこと。私のこと、持っている特殊な力のこと。そして、守矢神社が向かう先について。

信じてもらえるとは思わなかった。だけど、この二人にだけは、絶対に嘘をつきたくなかった。隠し事はしたくなかった。

二人は驚きはしたものの、私の言葉を信じてくれた。それだけでなく、二人は「自分達もついていく」とまで言ってくれた。

そのときは嬉しさのあまり、思わず泣いてしまった。こんなにも私を思ってくれる人がいる、信仰を忘れないでくれる人がいることが、本当に嬉しかった。

だけど、私は申し出を断った。お二人にはこの地を離れるわけにはいかない――正確に言えば、幻想郷には行けない理由がある。

「行くしか、ないんだよな・・・。」

「・・・はい。」

巌おじさまはそう言って、黙ってしまった。私にかけるべき言葉を選んでいるみたいだ。

「その、さ。あんまり気負い過ぎんなよ。信仰ってやつを集められなかったのは、絶対早苗ちゃんのせいじゃない。一人になっても、あれだけ頑張ってたんだから。」

「早苗ちゃんのお母様の代から、もう人は減っていたの。だから・・・。」

「わかっています、おじさま、おばさま。もうこの世界に「神は必要なくなってしまった」んですよ。」

結局のところ、一番の原因はそれだと理解している。人間の力で何でもできるようになってしまった現代で、神に頼る必要はなくなってしまった。

儀式はただの形式へと変化した。意味を持たぬ祭りは、力を持つにはあまりにも足りないものが多い。

そうなっては、いくら私が呼びかけたところで、人々は振り向かない。人間だけの力で何とかできると知っているのだから。

言うなれば、それが時代というものなんだろう。もう社を建てるだけで信仰が集まる時代ではない。

結局私達は、「現代の神社の在り方」というものに適応できなかったのだ。

「だから私達は、幻想郷へ行くんです。神が当たり前に存在できる場所、私達が必要とされる場所へ。」

「早苗ちゃん・・・。」

おじさまは口の中で小さく呟いた。おじさまの口癖である「ばっきゃろう」と。

「自分が必要とされてないみたいに言うんじゃねえよ。少なくとも、俺もスミも早苗ちゃんを必要としてる。あいつだって、絶対そうだ。」

おじさまは苦しそうに、しかしはっきりと言った。・・・今の言葉に、おじさまがどれだけの気持ちを込めたのか、痛いほどに伝わってくる。

「・・・ごめんなさい、軽率でした。」

「早苗ちゃんが謝るこっちゃねえよ。あいつがどっかでバカやってるのがいけないんだから。」

「でも、私も同じ気持ち。絶対に自分を見捨てないで、早苗ちゃん。でないとおばさん泣いちゃうわよ?」

「おばさまを泣かせるのは、物凄く罪悪感ですね。」

おばさまは、とてももうすぐ50に届くとは思えないほど若々しい。身長も私より低く、下手をしたら中学生で通ってしまう。

そんな彼女を泣かせたとなれば、私は悪者だ。そんなことはとても出来ない。

「分かりました。今みたいなことは、今後絶対に言わないと誓います。」

「ん、いい子♪」

背伸びをして私の頭を撫でるおばさま。ああ、この人には敵わない。

「さて、と。そんじゃまあ、そろそろお暇するかな。」

おばさまが私を解放したところで、巌おじさまはそう言った。

「えっ、もう帰られてしまうんですか?せめてお茶ぐらい・・・。」

「あんまり長居して、早苗ちゃんを引き止めても悪いからな。顔を見たら帰るつもりだったんだ。」

それは確かにその通りかもしれない。でも、だけど・・・。

「早苗ちゃん。」

揺れる私に、おじさまは真っ直ぐな目を向けた。射抜かれたように、私はその目から視線をそらせなかった。

「あのバカは来れないから、あいつが言いそうなことを代わりに言っとく。『決めたら最後まで貫き通せ。最後まで貫けたものに、間違いなんてあるはずがない。』」

それが不思議と、あの人から言われたような気がした。・・・ああ、親子なんだなぁ。

「確かに、言いそうですね。」

「まあ、帰ってきたらゲンコ確定だがな。一体どこほっつき歩いてんだか、あの青二才は。」

「暴力はダメよー。私泣いちゃうかも。」

「おっと、そいつはいけねえな。じゃあデコピンで勘弁してやる。」

「それなら私も、シッペぐらいした方がいいわね。」

「シッペ、デコピン、馬場チョップってな。あとハンバーグと往復ビンタだっけ?」

「『全部』っていうのもあるらしいわよー。」

「じゃあ全部だな。」

「お二人とも、ほどほどにしてあげてくださいね。」

あまりにいつも通りな二人の会話に、思わず笑いが出た。

――本当はお二人だって辛いだろうに。たった一人しかいない息子が消息を絶って、辛くないはずがない。両親を失った私だから分かる。

それでもこの二年半、お二人はこれっぽっちもそんな様子を見せなかった。きっと、私に変な気を使わせないために。

お二人にはどんなに礼を尽くしても足りない。一体何をすれば、私はこの二人に恩を返せるだろうか。

そこで、ふと思いついた。

「そうだ、待ってください。せっかくだから、お二人に私の力を見せて差し上げます。」

これなら、ひょっとしたら二人に何かを返せるかもしれない。どんな形になるかは私にもわからないけれど。

「早苗ちゃんの力ってーと、確か・・・『奇跡を起こす』んだっけ?」

「はい。とは言っても、今の信仰では奇跡の種を植えることぐらいしか出来ませんけど。」

「いいの?そんなことをしたら、信仰が・・・。」

「大丈夫ですよ。向こうについたら、すぐに信仰を集めますから。」

それにこのぐらいしなければ、今まで二人から受けたご恩なんて返せない。これでも足りないぐらいなんだから。

私にはもう時間がないから、せめてこのぐらいはしたかった。

学校の鞄を鳥居に立てかけ、私は両手を組んだ。目を瞑り、掌に光が集まるイメージを持つ。

それは現実に光となり、指の隙間から輝きの線を描いた。

そして、掌を解く。そこには小さな光の結晶が二つ浮かんでいた。

私の意志に従い、それらはお二人の胸元へすぅっと飲み込まれた。

ふぅ、と息を吐く。どっと体に重みがのしかかった。少ない信仰で力を使った反動だ。

「大丈夫?」

おばさまが心配そうに私に問いかけた。少し疲れたけど、私はそんな様子を見せなかった。

「このぐらい平気ですよ。何せ私は現人神なんですから。」

私が元気な様子を見て、おじさまもおばさまも安堵の表情を見せた。もう二人に心配はさせたくない。

「今お二人にお渡ししたのは、奇跡の力の結晶、種です。いつ何処で効果が発揮されるかはわかりませんけど、いつか必ずお二人の力になります。」

「・・・ありがとうな、早苗ちゃん。わざわざこんな。」

「お礼を言うのはこっちの方ですよ。」

今まで、そしてこれからもきっとそうするだろう、私を思ってくれたことを。こんなちっぽけな恩返しでも、させてくれたことを。

本当にありがとうございます。あなた達は、私のもう一人の父と母でした。

「いつの日か、また家族三人で暮らせる日が来ることを、心からお祈りします。」

「本当に、・・・ありがとう。あいつの分まで、俺達が礼を言う。ありがとうな、『ナエちゃん』。」

それは、小さい頃からあの人が私を呼ぶ名前。不意に吹いた懐かしい風は、私に一滴だけ涙を零させた。



おじさまとおばさまは、それから多くは言わず帰っていった。もう交わすべき言葉は全て交わしたから、それでよかった。

鳥居から小さくなる二人の背中を見送る私に、後ろからお声がかけられた。

「・・・本当にいいのかい、早苗。」

振り返りはしなかった。あの背中が見えなくなるまで、私は彼らを見ていたかった。

「言ったはずですよ。決めたって。」

「後戻りは出来ないんだよ。あんた一人だけでもこっちに残りたいっていうなら、私らはそれでも構わない。向こうで得た信仰は、離れていても共有出来る。」

「でもそうしたら、私はあなた様をお祀りすることが出来ません。祀るべき神を祀れない風祝なんて、滑稽なだけです。」

「そうかもしれない。だけど、本当に未練はないのか?」

ない、と断言することは出来ない。正直に言えば、この段になってなお未練たらたらだ。

鷹美先輩のこと。クラスメイトの皆。残りの高校生活。おじさまとおばさまにしても。

そして何より心残りなのが――。

頭に浮かんだそのことを振り払う。思い出せば、また決心が鈍ってしまうから。

「あなた様をお祀りすることよりも優先すべきことはありませんよ、八坂様。」

二人の背中が見えなくなり、私は振り返った。私が祀るべき神様は、「すまない」という顔をしていた。

「そんなお顔をなさらないでください。私達が向かう先は、希望なのですから。」

「・・・その通りだ。今宵我らは新天地を目指し、旅立つ。我が風祝よ。ならばその身、栄枯盛衰を我に預けることを誓え。さすれば我らが手にする栄光を約束しよう。」

「では、改めて宣誓致しましょう。私、東風谷早苗は、八坂神奈子様を奉り、生涯をかけて広くご威光を行き渡らせるよう務めます。この身は、常にあなた様とともにあることを誓います。」

神と現人神による契約。私は戻る道を自分で断った。これでもう、未練は私を縛らない。

「すまないねぇ、早苗。お前には本当に苦労をかける。でも、これで最後の苦労にするから・・・。」

神奈子様は私の体を強く抱き、そうおっしゃった。それは、神奈子様の決心だったのだと思う。

――神奈子様。私は決して不幸ではありませんよ。あなた様という素晴らしい神様にお仕えすることが出来るのですから。

だから、私も決心を新たにした。絶対に守矢神社の信仰を回復させようと。





その夜。守矢神社は秘術によって、隣接する湖ごと地図から消えた。

人々から忘れられた神社は、誰の目にも止まることなく、公式の記録から消えたのだった。



さようなら、私の生まれた町。

さようなら、鷹美先輩。さようなら、私の学校。さようなら、皆。

さようなら、巌おじさま。さようなら、澄子おばさま。



そして――



――さようなら、・・・ジュン兄ちゃん――





+++この物語は、最後の幕が開く少し前の、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



俗世を捨てた風祝:東風谷早苗

守矢神社の巫女のようなもの。その実体は人でありながら神でもある現人神。

信仰を回復させようと色々画策したが、全て実らなかった。祭神である八坂神奈子の提案を受け、最後の望みにかけて幻想入りすることに決めた。

全ての人達との関わりを断つ決心をした彼女の心境がいかほどのものなのか。思いを知るのは、彼女のみ。

能力:奇跡を起こす程度の能力



→To Be Continued...



[24989] 五章二話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2011/06/15 12:14
「凍符『パーフェクトフリーズ』!!」

「ええい、やめんか!!」

室内でスペルカードなんぞ使うチルノに叱責を飛ばしながら、俺は弾幕を展開し流れ弾を砕いた。

弾幕の出来ない人間の生徒達は、皆落ち着いて退避済み。肝の座った子供達だ。

だからと言って、寺子屋の中で弾幕ごっこをしてもいいという理由にはならないわけで、俺は目下チルノと萃香を止めるために奮闘中だった。

ことの始まりはよくわからない。俺が他の生徒にかかっていると、気がついたらチルノが大声を出していた。

恐らくは萃香が挑発し、我慢を知らないチルノが乗せられてしまったんだろう。

不穏な空気を敏感に察し、子供達はスタコラサッサと逃げた。そして弾幕ごっこが始まったというわけだ。

「今日という今日は我慢なんないわ!あんたなんか氷漬けにしてやる!!」

「へぇ~、面白いこと言ってくれるねぇ。出来るんならやってみなよ、おバカ妖精。」

「ムッキー!!」

萃香とチルノじゃ力の桁が違う。いくらチルノが強いと言っても、それはあくまで妖精にしてはという話であって、鬼と比較するレベルじゃない。

が、相変わらず子供っぽく、それ故の自尊心に溢れたチルノがそんなことを気にするはずがない。構わず氷弾を撒き散らしながら突っ込んでいった。

だから寺子屋ん中で弾を散らすな!物が壊れるっ!!

幸いにして、今のところ全ての流れ弾を砕いているから被害はないが、この集中力がいつまで持つかわからない。早々にやめてもらわなければ。

「ほっ、よっと!バカみたいに散らすだけじゃ私には当てられないよ!おっと、みたいじゃなくて正真正銘のバカか。」

「こんの、これ見ても同じことが言えんのかー!!」

チルノが喝と一緒に冷撃を放つ。すると、暴れ回るように撒き散らされていた弾幕が、凍ったように空中に縫い止められた。

チルノの十八番の『凍結弾幕』だ。確かによく考えられた攻撃だが、周りに被害出さないように腐心してるこっちの身にもなってもらいたい。リズムを崩されれば迎撃もしにくくなる。

「おおっと。相変わらず肝を冷やすスペルだけど、使い手がバカじゃ宝の持ち腐れだね。タイミングが丸分かりだ。」

「あたいの宝物は凍ってるから腐らないんだよ!やーい、バーカバーカ!」

会話がすれ違ってる。いつものことだが。

確かに言葉も覚えてある程度会話が成立するようになったチルノだが、まだまだ論理的な会話をするには程遠い。俺にとっても今後の課題だ。

などと冷静に分析している場合ではない。無作為に散り出す氷の弾を慌てて砕く。

「お前ら、やるなら里の外でっ!!」

「追撃の氷符『アイシクルフォール』!!」

「ぬわー!?」

「おっとぉ!?前より考えてるみたいじゃないか。けど、まだまだだよ!霧符『雲集霧散』!!」

「人の話をををををーッッッ!!」

チルノが放った氷柱を半ばヤケクソの勢いで砕き、萃香の霧で飛ばされた机と椅子を必死にキャッチする。

俺の苦労など全く意に介さず、二人はスペルカードを連発した。教室の中がいまだ無事なのが奇跡的なほどだ。

「これで決めるっ!氷塊『グレートクラッシャー』!!」

「もっと楽しもうぜェ!四天王奥義『三歩壊廃』!!」

テンションが上がりきった二人は、同時に大技を繰り出した。チルノの手から巨大な氷塊が生み出され、萃香は徐々に巨大化しながら拳を振りかぶる。

そしてどうやら、俺の怒りのボルテージも、ここがマックスだったようだ。

ガシッ。

「へっ?」

「ほっ?」

「てめえら・・・いい加減に・・・。」

攻撃が繰り出されるよりも疾く両者の頭を左右の手で掴んだ俺は、そのまま二人を叩き付けた。

「人の話を聞けーーーーー!!」

『ペボ!?』

ゴシャッといい音を立てて、二人の頭は激突し、ともに床に倒れ伏したのだった。

「バカな奴らだ。優夢の授業中に騒ぐなんて、自殺行為だぜ。」

「妙に実感こもってますね、魔理沙さん。」

今まで観戦を決め込んでいた魔理沙と阿求ちゃんの言葉は、プッツン状態の俺に届くことはなかった。





その後、荒れるだけで済んだ教室を二人に片付けさせ、小一時間説教をした後、俺達は神社への帰路に着いた。

「うー、頭痛い。足痛い~。」

「もうちょっと手加減してくれたっていいじゃないか。大人気ないねえ。」

「やかまし。お前に言われたくはないわ。」

横を飛ぶチルノと萃香のぼやきに突っ込みを入れる。自業自得だ、全く。

「もーチルノちゃん、これに懲りたら優夢さんの授業中に騒ぐのやめなよ。」

「今回はあたい悪くないもん!!」

それはつまり、毎度騒がしくして俺に怒られてる自覚はあるのか。チルノが参加するようになってからというもの、静かに授業が出来た日は一度もない。

チルノを教育しようと言い出したのは俺だが、割と早まったかもしれない。まあ、今更投げ出す気はないんだが。

「しかしまあ、サボるかと思ってたがちゃんと来るもんだな。見てる分には楽しいからもっとやれ。」

「優夢さんの授業内容なら納得ですよ。分かりやすいし、面白いですから。」

無責任に囃し立てる魔理沙と、魔理沙の箒に相乗りし我関せずで楽しそうな阿求ちゃん。味方が大妖精ぐらいしかいない現実に、ため息も出ようってもんだ。

俺達は今6人組で空を行くという、割と大所帯だ。チルノと大妖精、魔理沙と阿求ちゃんは、神社に遊びに来るそうだ。

魔理沙は元々頻度が高かったが、チルノと大妖精はそうでもなかった。宴会のときはほぼ毎回出席していたが、毎回遊び場が変わる妖精に神社の境内は狭い。

それが、俺がチルノの教育を受け持つようになってからというもの、よく来るようになったんだ。

今は神社では授業を行っていない。あれは初期の強化トレーニングの時期だけだ。だから、純粋に遊びに来ることが増えたってことだ。

これも一つの「懐かれた」ってことなんだろうか。やかましくはあるが、悪い気はしない。

阿求ちゃんは、夏前にあった幻想郷縁起の編纂以来、交友関係が続いている。毎週の俺の授業を必ず見に来るし、たまにこうして神社に遊びに来ることもある。

頻度はそう多くないが、それもまたしょうがない。阿求ちゃんはこれで稗田家の当主なのだ。やるべきことも多いんだろう。

だから、たまに遊びに来る時間は大切にしたい。そう思っている。

相も変わらず参拝客こそ少ないが、徐々に徐々に訪れる人妖は増えている博麗神社だった。閑話休題。

「魔理沙、お前も止めるの手伝ってくれよ。今日こそは物が壊れるんじゃないかとひやひやしたぞ。」

「何言ってんだ、私が止めに入ったら教室が消し飛ぶぜ。主に私の魔砲で。」

ありありと想像できてしまう自分の重ねてきた経験に、虚ろな笑みを浮かべるしかなかった。

「そういう意味では、自在に動かせて弾幕も砕ける弾幕使いの優夢が一番の適任なんじゃないの?」

「暴れた張本人が得意気に言うな。まあ、適任はそうかもしれないが・・・。」

「そーいえば、優夢の弾幕って何で弾幕を壊せんの?」

チルノが何気なく尋ねてきた。何でって言われてもなぁ・・・。

「初めて霊弾作ったときにはもう壊せてたから、何とも・・・。」

「映姫は、お前の律儀な性格が原因だって言ってたぜ。」

何じゃいそりゃ。そうしたら、律儀な人の弾幕は皆頑丈ってことになるじゃないか。

「と思ったけど、考えてみりゃそうかも。慧音さんも四季様も弾幕硬かったし。」

「だろ?つまり、その二人よりも頑丈な弾幕を作るってことは、お前はとんでもない堅物ってことだぜ。」

「そんなことはないはずだ。真面目さで慧音さんや四季様に敵う自信はないぞ。」

こう言っちゃ何だけど、あの二人よりは融通利く自信あるぞ、俺。

と言ったら、魔理沙だけでなく萃香と阿求ちゃんまでもが「分かってない」とばかりに肩をすくめた。・・・何だよ。

「優夢の自覚のなさはともかくとして、真似しようとしてできるもんでもないぜ。」

「べ、別に真似しようなんて考えてないよ!?」

考えてたのか。いやー、これはこれで難があるから、やめた方がいいと思うけどな。

「俺は俺で連射型の弾幕に憧れてたりするんだけどな。ほら、シューティングの自機っぽいし。」

「そのたとえはよく分からんぜ。」



そんな他愛のない会話をしながら、俺達は神社に辿りついた。

「ただいまー。」

「邪魔するぜー。」

「さいきょーのあたいが遊びに来てやったぞー!」

口々に挨拶だか何だか分からない事を言いながら、境内に降りる。当然ながら、あの霊夢が応答をするわけはないが。

どうせ母屋の縁側で茶でも飲んでるんだろう。あいつは酒と同じぐらい茶を飲むからな。茶屋の娘は伊達じゃない。

「あれ、れーむー?」

だが俺の予想、というより俺達全員の予想は外れた。いつも通り縁側に座ってると思ったんだが、誰もいなかった。

居間の中かとも思ったが、そこにもいない。お茶を取りに台所に行ったわけでもなく、自室で昼寝をしているわけでもなかった。

留守か?珍しいこともあるもんだ。『異変』やお呼ばれでもないのに霊夢が神社を空けるとは。

いないんじゃ仕方がない。とりあえず、こいつらの昼飯でも作るか。

そう思ったとき。

「ゆーむー!!れーむ見っけたー!!」

チルノの声が、本殿の裏手の方から聞こえた。

何でそんな場所で?とりあえず、俺達は全員で声のした方に向かった。

果たして、霊夢はそこにいた。だがその隣に浮かぶチルノは、困惑した表情でこちらを向いていた。

「どうしたんだ?」

「わかんない・・・。でも、霊夢が止まっちゃったよー!」

は?

チルノの言っている意味が分からず、俺は霊夢の前に回り込み――理解した。

霊夢は、まるで俺達が見えていないかのように遠くを見、俺達の声が聞こえていないように虚な表情をしていた。

要約すると、霊夢は立ったまま呆然としていた。

・・・何事にも動じない霊夢がこんなになるとは、一体何が。

「おい、霊夢。」

声をかけてみる。反応は返って来なかった。

薄ら寒いものを感じ、俺はちょっと切羽詰まった。霊夢の顔をペチペチと叩きながら呼び掛けた。

「おい、霊夢起きろ!こんなとこで寝たら風邪引くぞ!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ、優夢さん。おはよう。」

そこまでやれば何とか通じたようで、霊夢はようやく反応を返した。

だが、些か心許ない表情だ。まるで本当に寝起きのようだ。

一体何が起きたら、霊夢にこれだけの衝撃を与えられるのか。

「霊夢、俺の留守中に何があったんだ。説明出来るか?」

ただならぬ何かを感じ取った俺は、霊夢に質問をした。皆もそれは分かったようで、茶化すようなことはしなかった。

霊夢は間を空けた。経緯を思い出しているようだ。

ややあって、霊夢はおもむろに口を開いた。

「何か、神社の営業停止を命じられたわ。」

そうか、そんなことが・・・――



・・・。

・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。



『Oh...』

「ちょっと何よその「とうとう」みたいな顔は。ていうかあんたら息ピッタリっつーか何であんたらまでいる。」

俺達の気持ちの揃った反応に、ようやく霊夢は再起動を果たしたようだ。

とりあえず大事には違いないので、昼飯を食いながら話を聞くことにした。





***************





そいつは、本当に何の前触れもなくやってきた。

今日私は一人で縁側に座ってお茶を飲んでいた。優夢さんは寺子屋、萃香もそれについて行くということだったので、私としては久々に一人でのんびりできる時間だった。

いつものんびりしていると言うかもしれないが、それは違う。周りに人がいてのんびりするのと、一人でのんびりするのでは、のんびりの密度が違う。

まあどうでもいいことなので置いておくけど、ともかくそんな一人の気ままな時間に無粋に割り込んでくる客がいた。

「もし。あなたがこの神社の巫女ですか?」

遠くの雲を眺めていると、聞いたことのない女の声がした。誰かと思い、視線を下に降ろす。

そこには、緑の長髪を蛇と蛙を模した髪留めで結わえ、青と白の巫女服を着た、同年代ぐらいの女がいた。

私の目を取り分け引いたのが、私とは対極的な色使いの巫女服。当然だろう、私と母と優夢さん以外に、日常的に巫女服を着る人間なんて知らないんだから。

「そうだけど・・・あんた誰?」

「人の名を尋ねるときは、まず自分から名乗るものだと思いませんか?」

その物言いが少々癇に障った。が、とりあえず名乗るだけ名乗っておこう。

「博麗神社の巫女、博麗霊夢よ。素敵な賽銭箱は本殿の方だから、よろしく。」

「来客の用件も聞かずにお賽銭を要求するとは、浅ましいですね。」

「いきなり高慢ちきな態度で話しかけてくる奴にはこの程度で十分よ。で、あんたは名乗らないわけ?」

「あら、失礼しました。私は守矢神社の風祝、東風谷早苗。まあ、巫女みたいなものだと思ってください。」

ふぅん、同業者ってわけね。しかし、守矢神社ねえ。聞いたことないけど。

「少々お聞きしたいことがあって山の頂上からはるばるやってきました。お時間はよろしいですか?」

「めんどいって言ったら、あんたはどうする?」

「力ずくで聞いてもらいます。私、結構凄いんですよ?」

・・・相手にするのは面倒くさいけど、無駄に暴れるのはもっと面倒くさいわね。

「手短に話すなら聞かないでもないわ。」

「ご理解いただけて感謝します。」

私の態度に、何故か奴は笑みを深めた。何を考えてるのかしらね。

「私がお聞きしたいのは、この神社の祭神と参拝客の状況です。可能であれば、この神社は信仰されているのかどうかも。」

「客は普段はあんまり来ないけど、年末年始は里中の人間が来るわよ。信仰は、まあそこそこなんじゃない?祭神は知らないわ。」

「・・・自分のところの祭神を知らないんですか?それで何故神社をやっているのですか。」

私に聞かないでよ。私はバカ母の役目を継いだだけなんだから。

「これが幻想郷唯一の神社とは・・・。嘆かわしいものです。」

「その言い方、あんたは幻想郷の人間じゃないわね。外来人?」

「それが幻想郷の外の人間を指す言葉なら、その通りです。先日神社とともに幻想郷にやってきました。」

中々豪快な幻想入りをするわね。規模としては近年最大なんじゃないかしら。

そして、通りで聞いたことがないわけね。『外』の神社じゃ知るわけがない。

「それで、『外』の神社がわざわざうちの営業成績を聞いて何がしたいの。敵情視察?」

「そのつもりでしたが、気が変わりました。」

どういうことよ。

「あなたのように神社の何たるかを分かっていない巫女と同列に見られるのは、私が不快だということです。」

「奇遇ね。私もあんたみたいに自分が特別であることを鼻にかけてる奴は、あんまし好きじゃないのよ。」

特別が特別を気取ったって何も面白くない。やはり特別は、うちの家政夫みたいに謙虚(笑)でなければ。

既にこいつが『普通の人間』でないことぐらい想像がついている。普通の人間にしては、あまりに霊力が大きい。低級な神などより余程持っている。

そして『外』出身ということを考えると、さぞチヤホヤされてきたんでしょうね。『外』にはそんな力を持った人間いないらしいし。

「あなたに好かれる気はありません。私も長話をする気はありませんので、単刀直入に言います。」

そこで奴――早苗は一度言葉を区切った。

「神無き神社に意味はなし。祀らぬ巫女にも意義はなし。我が祭神八坂神奈子の下、博麗霊夢に命じます。即刻この神社を立ち退き、八坂様に謙譲しなさい。」

己の信ずるものを疑わぬ目で、早苗は宣言した。自分の言葉が正しいものと信じている目だ。

だからといって、はいそうですかというわけにはいかないけどね。

「それはつまり、私にここを出て行けって言ってるのかしら。」

「その通りです。あなたが使うより、私達が使った方が有意義ですもの。」

確かにそうかもしれないけど、この態度は気に食わないわね。

「交渉ってもんを学びなおしてから出直してきなさい。話になんないわ。」

「私は交渉をしに来たのではありません。これは警告です。神を祀らぬ神社と、古き戦神を祀る我が神社。どちらの神徳が大きいかなど、比較するまでもないでしょう?」

つまり、出て行かなかったら力ずくで排除するってわけね。

「出来るとでも思ってんの?たかが神が、この私を追い出すなんてことが。」

「出来ないとでもお思いですか?たかが巫女一人、それも職務を放棄しているような巫女を追い出すことが。」

上等じゃない。そのケンカ、今なら特別に買ってやるわ。

こいつの高慢な態度にイライラしていた私は、だいぶ気が短くなっていた。

「今日は争いに来たわけではありません。一日だけ猶予を差し上げます。その間によく考えるといいでしょう。大人しく出て行くか、痛い目にあってから出て行くか。」

こちらの色々言いたいことを無視して、早苗は風を巻き起こしながら空に浮かんだ。演出過多な奴だわ。

「逃げる気?」

「何とでも。ともあれ、明日また来ます。色の良い返事を期待していますよ、博麗霊夢。」

そう言い残して、幻想郷に現れた新たな巫女、東風谷早苗は去って行った。



あいつが去った後、私は考えていた。もちろん、あいつの高慢な態度を許す気は一切なかった。

しかし、冷静になって考えてみると、私は好き好んでこの神社で巫女をやっているわけではない。母の後を継ぎ、『博麗』という役職についているだけだ。

何故辞めないかと言われたら・・・別に辞める理由もないから。やることと言ったら、せいぜいが落ち葉を掃くこととお茶を飲むことぐらいだったしね。

大結界のことはあるけど、私がいなくなったら今度は別の誰かが博麗をやるだろう。もしかしたら、あの早苗とかいう奴を据え置くかもしれない。

そう考えると、あいつと争うのは面倒なだけで、この神社を明け渡した方が楽かもしれない。

だがそれはあいつに屈したというように見えて気に食わない。形の上でもあいつに負けるのは納得がいかない。

そもそも、その守矢神社とやらは何故ここを狙うのか。話から察するに、ちゃんと神社はあるだろうに。わけがわからない。

考え出すと、次から次へと湧き出してきてキリがなかった。

「・・・お腹空いた。」

そのうちに私は、考えるのをやめた。





「つまり、考え事してるうちに腹が減って面倒になって、立ったまま寝てた、と。」

「そういうことね。」

味噌汁を啜りながら答える私に、優夢さんは呆れたような顔をした。

「そんだけの大事に対して、何でそんな緩くいられるんだか。わかってるか、この神社が狙われてるんだぞ?」

そうなるわね。狙うほどの価値があるとは思えないんだけど。人来ないし。

「面白い奴が来たもんじゃないか。まさか博麗神社に手を出そうとする命知らずとはな。」

「文字通り知らないだけだろ。知ってりゃ出来ないよ、そんな真似。」

魔理沙と萃香は対岸の火事を見るが如く、他人事だった。

いくらこいつらが神社に入り浸っているとは言っても、神社に帰属しているわけではない。当然の反応だわね。

「ってことは、霊夢が無職になるってことね。ケケッ、日頃の行いね。」

難しい話についていけるようになって調子に乗っているチルノは、得意顔になって嘲笑した。

ちょっとイラッと来たので符を投げつけようとしたんだけど、それより早く大妖精の注意が入った。

「でもチルノちゃん。神社がなくなっちゃったら、神社で遊べなくなるよ。」

「へっ?・・・あ。な、何とかしなさいよ、霊夢!!」

「神社に遊びに来ることを当たり前みたいに話してんじゃないわよ。」

優夢さんに懐いてからというもの、チルノが神社に来る頻度が高くて割とうざい。こいつ、うるさいんだもの。

「しかし、立ち退きとは。穏やかじゃないですね。」

一人だけ真面目くさった顔で、阿求は呟いた。

「別に気にする必要ないんじゃない?来たなら追い返せばいいんだし、立ち退くときは立ち退くしかないでしょ。」

「わかっているんですか?あなたとここは、幻想郷の柱なんですよ。」

らしいわね。けど、支えるだけなら私じゃなくてもいいんじゃない?

「話を聞く限りですと、その連中が博麗の役目を理解しているとは思えないし、理解出来るとも思えません。」

「でしょうね。」

でなければ、私に立ち退きを命じたりなんかしないだろう。誰だってこんな面倒な役目、受けたくはないでしょうし。

「『博麗の巫女』は、博麗神社の巫女でなくては務まりません。その守矢神社の『かぜはふり』とやらでは。」

だから、何なのよ。

「私は反対です。ここが幻想郷である以上、博麗神社はなくてはなりません。断固として抗戦すべきです。」

毅然とした表情で、阿求は言った。まあ、その直後に。

「とは言っても、戦う力を持たぬ私に出来ることは少ないですが。」

と、落ちをつけたけど。その意見を持ったのは、阿求だけではなかったようだ。

「あたいもはんたーい!何かよく分かんなかったけど、神社で遊べなくなるのは嫌だ!!」

「わ、私も・・・。この神社には霊夢さんがいるのが自然っていうか、何ていうかその・・・。」

チルノと大妖精。

「私も別に、出て行った方がいいなんて思っちゃいないぜ。面白いことを言う連中だとは思うが、本気でこの神社を奪うってんなら話は別だ。」

「ここがなくなると、宴会がしづらくなるじゃないか。それは困る。」

魔理沙と萃香も。全く、こっちの気も知らないで好き勝手言ってくれるわね。

そして、優夢さん。彼は静かにこちらを見ていた。

「優夢さんは何か言わないの。」

「俺はお前の決定に従うだけだよ。一蓮托生、俺はお前の兄貴だろ。」

「兄っていうより、今は姉だけどね。」

「うるせ。」

ここの家主は私。だから決定するのも私。結局はそういうことなんでしょうね。

・・・やれやれ。

「どうやら、まだまだ引退して楽にってわけにはいかないらしいわね。」

「もう引退する気だったのか?気が早いぜ、その前に元気な子供を作らないとな。」

「相手がいないから当分無理ね。」

適度な軽口を交わし、私は連中――守矢神社と戦うことに決めた。



戦うはいいが、一体どうしたものか。放っておいても明日は早苗がやって来るらしいけど、後手に回っているようで面白くない。

「というわけで、こちらから出向いてやるわよ。『異変』じゃないけど『異変解決』の乗りでね。」

「いいじゃないか。それなら私が行かないわけにはいかないな。」

帽子で片目を隠しながら、魔理沙は不敵に笑っていた。ま、あんたは来るんじゃないかと思ってたわよ。

それと、私と一蓮托生を決め込むつもりの居候さんもね。

「乗りかかった船って奴だな。俺も言いたいことの一つや二つぐらいある。」

「いいのか?今回の相手は妖怪じゃなくて神社、要するに神だぜ。」

「神が絶対正しいとは限らないだろ。」

妙に実感のこもった優夢さんの言葉に、そういえば去年影の薄い神にイロイロされてたことを思い出した。

結局、神なんて言っても絶対ではない。絶対なものなんて、この世界には存在しないんだから。

その程度のものをかさに着て威張ってたから気に食わなかったのかと、私は納得した。結局やることは変わらないけどね。

さて、他の連中は・・・。

「あー。私パス。」

と、荒事ならば真っ先に飛びつきそうな萃香は、予想に反して乗り気でなかった。

「何よ。あんたともあろう者が、まさかビビッてるわけじゃないわよね。」

「まさか。そうじゃなくて、問題は連中がいるって場所だよ。」

場所?確か早苗は「山の頂上」って言ってたわね。幻想郷で山なんて言ったら、まず間違いなく妖怪の山を指すわけだけど。

「妖怪の山に疚しいことでもあるわけ?」

「まあ、そんなとこ。一応烏天狗との約束でもあるからね。妖怪の山に入るのは勿論、天狗に姿を見られるのもまずいのさ。」

「長生きすると面倒なもん抱えるわね。」

行きたくないというなら無理強いする気もない。萃香は戦力外。残った奴は。

「よーっし、あたいのさいきょーっぷりを見せて、信仰は一人占めよ!!」

「チルノちゃん、目的が違ってるよぅ・・・。」

「私は戦力外ですので。」

・・・。

「結局いつもの三人か。代わり映えないわね。」

「ちょっと!?あたいら無視かい!!」

やかましい。妖精が物の数になるわけがないでしょ。あんたらのやってるお遊びの弾幕ごっことは違うのよ。

「あたいにかかれば、『異変』なんてちょちょいのちょいよ!」

「あんたレミリアに勝てたっけ?あいつも『異変』の首謀者だよ、確か。」

いくら普通より強かろうが、所詮妖精は妖精。『異変』じゃないけど、相手が神ならそれは『異変』と大差ないということ。妖精が首を突っ込んだところで何の力にもならない。

萃香に痛いところを突かれ、チルノは呻き黙り込んだ。大妖精は初めから着いて来る気はない。賢明ね。

「さて、善は急げと言うし、早速行きましょうか。準備はいいわね?」

「おっと、それならちょっと待て。着替えてくる。」

「却下するわ。」「却下に決まってるぜ。」

血迷ったことを言い出す優夢さんの襟を私と魔理沙で掴んで止める。いい感じに極まったらしく、優夢さんは思い切り咳き込んだ。

「ダディヲ、するっ!!」

「それはこっちの台詞よ。これは神社の存続をかけた聖戦なのに、神社代表の優夢さんが巫女服じゃなくてどうするのよ。」

「最近弾幕するときはお前、いっつも黒服じゃないか。たまにはサービスシーンぐらい見せろ。」

「相変わらずの横暴だな!?だからこの服だと戦略の幅がッ!!」

「別に平気でしょうが。最初の頃ならいざ知らず、今なら男でも女でも、癖が違うだけで十分過ぎるほどの脅威だわ。」

男のときだとこっちの攻撃は一切通らないし、女だと間合いを狂わされる。いまや優夢さんは、紫以上に戦いたくない相手だわ。

その辺のことを自覚して活かしてるから強いのに、強いという事実をちっとも自覚しようとしない。これはもう病気と言っていいわね。

「準備はいいみたいね。それじゃあ行きましょう。あんた達、留守中に変なことしたら封印するから。」

「人の話を聞け引っ張るな!!」

「帰ってきたら宴会をしようぜ、この神社でな!!」

優夢さんの諦めをつかせるために、私達は無理やり引っ張って空に浮かんだ。

「いってらー。美味しい土産を期待してるよー。」

「ぐぬぬぬぬ・・・これで勝ったと思うなよー!!」

「チルノちゃん、大人しく留守番しようね。」

「皆さんいってらっしゃい。ご武運を。」

居残り組の声援を受け、私達は進路を妖怪の山に向けた。



さあ、神退治の始まりよ!!





+++この物語は、博麗の巫女が結果的に皆の居場所を守るために立ち上がる、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



幻想郷の正統な巫女:博麗霊夢

たとえそれが単なる世襲であったとしても、霊夢は間違いなく幻想郷で唯一の巫女だった。

彼女自身は巫女というものにそこまでの思い入れはなかった。しかし、自分の在り方信ずる彼女は、それが正しいことを証明するために立ち上がる。

彼女はまだ知らない。それは本来巫女があるべき姿とはかけ離れていることを。

能力:主に空を飛ぶ程度の能力

スペルカード:霊符『夢想封印』、夢符『封魔陣』など



巫女の旧い友人:霧雨魔理沙

彼女にとっても、多くの時間を過ごした博麗神社は大切だった。それを奪われるかもしれないということで立ち上がった。

今まで戦った妖怪とは違う「神」という存在に、未知への期待を膨らませている。

彼女はまだ知らない。神とは、人とは比するべくもない力を持っていることを。

能力:魔法を使う程度の能力

スペルカード:魔符『スターダストレヴァリエ』、恋符『マスタースパーク』など



そして、神社の居候:名無優夢

忘れられがちだが、彼はあくまで神社の居候に過ぎない。つまり、本来は霊夢の決定に逆らうことは出来ないのだ。

そんなわけで、ここのところ大目に見られていたが、とうとう女性オンリーでの参戦となってしまった。南無い。

彼は知らない。この先待ち受ける真実を、彼はまだ知らない・・・。

能力:あまねく願いを肯定する程度の能力

スペルカード:想符『1700万ゼノのブルーツ(笑)波』、思符『デカルトセオリー』など



→To Be Continued...



[24989] 五章三話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2011/06/15 12:14
神社に戻って着替える気が失せる頃、俺はようやく解放された。

「ったく、相変わらず強引な奴らだな。」

長いこと引っ張られっぱなしでしわの寄った服を直しつつ、霊夢と魔理沙に文句を言う。

しかし、こいつらがそれで反省をするとはこれっぽっちも思っていない。実際、二人ともいつもと変わらぬ楽と楽の表情だ。

「やると決めたときの優夢さんには負けるわよ。それに、折れたってことは私の説得にも一理あったってことでしょ。」

まあな。あの格好じゃ神社と関係ないのは、確かにその通りだ。この格好で巫女紛いのことをしたのも事実だし。

友人代表として行く魔理沙はともかく、俺は一応神社に身を預けている。なら、神社組として行くのが筋ってもんだ。

となれば俺も神社に関係のある者に相応しい格好が必要だが、手持ちにはこの服しかないわけで。

「なーんで俺は男物の神職衣装を用意しておかなかったかね。」

「そんなもの許可するわけないでしょ。」

「似合いそうではあるが、お前には巫女服がベストマッチだぜ。」

「1mmも嬉しくない褒め言葉をどうも。」

毎度思うんだが、巫女服が似合うって言われるたびに俺の男としてのプライドとかがガンガン凹んでることに、こいつら気がついてるんだろうか。・・・多分気がついてるんだろうな。

それに気付いても、俺が本気で嫌がらない限り、返って楽しむのがこいつらだ。いい加減理解もしている。

「これは、チルノで実績のある教育メソッドを用いて二人の性格を矯正すべきか・・・。」

「無理ね。」

「別にあいつ性格変わってないじゃないか。」

まあ、冗談なわけだが。



さて、俺達が今向かっているのは、件の守矢神社があるという妖怪の山。まずはその麓に向かっている。

いきなり上の方に入ろうとするのは危険だ。山を統治する天狗に見付かれば、侵入者と見られ攻撃されてしまう。

だから、まず麓の八百万の神様の領域から安全な道を探し、なるべく天狗の領域を避けて頂上に向かう必要がある。

「けど、広いんだよな。妖怪の山。」

問題はそこだ。広大な面積を持つ妖怪の山は、当然ながら麓も広い。入り口を見つけるだけでも一苦労だ。

「お前、橙のところに行くのによく来てるだろ。秘密の抜け道とか知らないのか?」

「知らないな。猫の里に行くときには、里に行くまでの道しか通らないし。」

そして、妖怪の山に住むわけでもない俺達が、その場所を知っているわけがない。足で(飛んではいるが)当たって探すしかない。

しかし、あまり時間をかけてもいられない。守矢神社の人が来るのは明日だから、何としてでも今日中に決着をつけなければならない。

道中で哨戒天狗に遭遇した場合の霊力消費も考えると、こんな場所で無為に消耗するわけにはいかなかった。

「お前ら巫女だろ。誰か神様連中とかで知り合いいないのかよ。」

「だから俺は巫女じゃねえっつってんだろ。」

「そんな都合のいい話があるわけないでしょ。」

俺は神職じゃないし、霊夢は怠惰な巫女だ。そっち側にツテがあるわけ・・・。

「っと、待てよ。二人だけ心当たりがあるじゃないか。」

「秋の神のこと?そういえば、そんな季節だったわね。」

錦に染まった山を見て、俺は去年一昨年と収穫祭でおもてなしをさせてもらった秋様のことを思い出した。この時期なら見つけることも可能なはずだ。

普段この時期はあえてコソコソと移動してるんだが、まさか逆にこちらからお探しすることになるとはな。

「静葉様と穣子様なら何か知ってるかもしれない。お二人を探すのがまずは先決か。」

「でも面倒なことには変わりないわね。連中が山ぐらい大きければ面倒もなかったのに。」

「手分けして探そうぜ。何か特徴とかあるか?」

特徴か。難しいな。静葉様は紅葉の神で、穣子様は豊穣の神。そのぐらいしか特徴と呼べるものは・・・。

「姉の方は気分の上下が激しい影の薄い奴で、妹の方は芋っぽいわ。」

「把握したぜ。」

「乱暴な表現だなおい!?しかも伝わったのかよ!!」

この幼馴染ども、侮れん。まだまだ俺の知らない暗号化通信がこの二人にはあるな。単なる共通のイメージかもしれないが。

「まあ要するに、秋っぽい二人組の神を見つければいいんだろ?楽勝だぜ。」

「・・・間違っちゃいないか。とりあえず、見つけたら目印を飛ばそう。信号が見えたらそこに集合。それでいいか?」

「おう。」

「分かったわ。」

算段を決め、俺達は入山の手がかりを得るために散会した。





このときは気付いていなかったんだが、ある言葉を思い浮かべるたび、頭の芯がわずかに。ほんのわずかに痛みを覚えていた。

気付いていない俺に、その意味を推し量る余地があるわけはなかった。





***************





守矢神社の境内に降り立ち、私はため息をついた。気を張るのはやっぱり疲れる。

確かにあの博麗霊夢という巫女は巫女としての責務を全うしていないけれど、他人の存在意義を否定するというのは心苦しい。

本当は手を取り合ってともに頑張って行きたい。そうは思うけれど、私達はそうも言っていられない状況だ。ああするしかなかったんだ。

自分の心にそう言い聞かせるけれど、気分の悪さは拭い去り様がなかった。

「戻りました、神奈子様。おっしゃられた通り、向こうの巫女に宣戦布告をしてきました。」

「おかえり、早苗。すまないね、嫌な役をやらせてしまって。」

「いえ、これは私の意志でもありますから。何処までも着いていくと言ったじゃないですか。」

こちらに来て一週間。幻想郷の信仰事情については、大体把握した。

この一週間は大変だった。まず、こちらには電気も水道もガスもない。向こうからそのまま持ってきた電子レンジやガスコンロは使い物にならなくなってしまった。

食料の備蓄はあったけれど、調理できなければ食べられない。その方法を考え出すのに、だいぶ時間を使った。

幸いうちには飯盒があったので、お米は飯盒炊爨で何とかなった。水の確保も、山を流れる川の水が使えた。『外』と違って、こっちの川は汚れていないから助かる。

それで食料事情は何とかなったけれど、今度は第二の問題が襲い掛かってきた。幻想郷ならではの問題が。

つまり、この山に住むという妖怪達が、突然現れた守矢神社を警戒して攻撃をしてきたのだ。話には聞いていたけど、本当に妖怪がいるなんて。

彼らは『天狗』という、『外』でも有名な妖怪だった。私の知ってる天狗とは姿が違ったけど、本人達はそう言っていた。

襲い掛かってきたのはそれほど強くない天狗だったようで、調伏するのは簡単だった。だけど神奈子様の命令で、殺さないように退治した。

神奈子様の深いお考えは私には想像が及ばない。一体何をお考えになられているのかはわからないけれど、きっとこれは何かの布石なんだろう。

彼らからの攻撃は今も断続的に続いている。どんどん強い天狗がやってくるようになってきているけれど、何とか追い返せている。

大変だけど、得るものがなかったわけではない。彼らから、幻想郷の神社の話を聞きだすことができたんだから。

幻想郷にある神社はただ一つであるということ。『博麗神社』というところだそうだ。

そこの巫女は妖怪が暴れだしたとき、その首謀者を退治して事件を調停する。言わば幻想郷のバランス棒なのだと。

幻想郷はそうやって、妖怪が人を脅かし、人が妖怪を退治することによって、共存がなされているのだということ。

そんな話を聞きだすことが出来た。



そしてそれらの情報を得て、神奈子様は今回の作戦を打ち出した。『博麗神社に圧力をかけ、撤退させる』という作戦を。

勿論、そんなことをして大丈夫なのかと尋ねたが、神奈子様は「博麗神社がなくなったら、我々が調停者となればいい」とおっしゃった。

確かにその通りではあるけど、何も追い出す必要があるのだろうか。神奈子様に従うつもりではあるけれど、疑問は残っていた。

「神奈子様。そろそろ私にもお考えを聞かせてください。」

だから、神社に帰ってきた私はその疑問を投げかけた。

しかし神奈子様はいつも通り。笑って何も答えなかった。

私にその話をしないことにも意味はあるんだろう。神奈子様は軍神。作戦に意味のないことはしない方だから。

ならば私は黙って従うだけ。それが神奈子様をお祀りする私に出来る最大の貢献であるはずだ。

「分かりました、なら聞きません。けど、これから何が起こるかぐらい教えてください。そのときになってうろたえるのは嫌なので。」

だけど私なりに対策をしておきたいという気持ちはあった。だから私は、質問の形を変えることにした。

神奈子様はしばし考えた。

「ふむ、確かにそうだね。早苗にも気兼ねなく働いてもらいたいし、そのぐらいなら教えても問題はないだろう。」

どうやら、この問いには答えていただけるようだ。

神奈子様は、これから起こることの予想をおっしゃった。

「早苗。博麗の巫女に立ち退きの期日はいつだって伝えた?」

「明日までと。本当に立ち退いてもらうなら、早い方がいいと思ったので。」

「確かにね。じゃあ、多分今日中に博麗の巫女はうちに殴りこみをかけてくるだろう。」

「えっ!?」

神奈子様のお言葉に、私は頭を金槌で殴られたような衝撃を覚えた。

「話を聞く限りじゃ、博麗の巫女は妖怪を退治する者だ。つまり、それだけ腕に覚えのある猛者ということになる。そんな奴なら、取る行動は一つだろう?」

「じゃ、じゃあ何で!?」

「落ち着きなよ早苗。それが狙いなんだから。」

わけが分からなかった。あえて攻撃をさせることが信仰を得るための作戦にどう結びつくのか、私には想像もつかない。

「勿論、それに屈することが目的じゃない。早苗には本気で戦ってもらいたい。」

「け、けど・・・。」

「それとも、我が風祝は幻想郷の巫女に勝てる自信がない臆病者なのか?」

「そんなことないです!」

たとえ相手が妖怪だったとしても、私に負ける気はない。当然、相手が妖怪を退治するという博麗の巫女だとしても。

「私を信じなさい、早苗。博麗の巫女が私の想像通りなら、この作戦は間違いなく成功する。」

「・・・分かりました。神奈子様がそうおっしゃるのでしたら、私が信じないわけにはいきません。」

やはり疑問は残ったものの、それは作戦のうち。お聞きしても答えてはもらえないだろう。私はそこで妥協した。

一体この先どうなるのか、私には想像できなかった。



私の疑問はもう一つあった。

「ところで、諏訪子様のご容態は・・・。」

私が祀る、もう一柱の祭神。洩矢諏訪子様のことだった。

一つの神社が複数の神を合祀することは珍しいことではない。守矢神社もその通りで、天津神である八坂様の他に土着神の洩矢様をお祀りしている。

どういうことかというと、諏訪子様は土地の影響をもろに受ける。信仰が減って一番ダメージが大きかったのは、諏訪子様だった。

ここ数ヶ月はろくに外にお出になることも出来ず、神殿の中に篭りきりだったのだ。

幻想郷に来て少しはよくなっただろうか。そう思ったが、神奈子様は首を横に振った。

「やっぱり、ちゃんと信仰を集めないとダメだね。あの子はそもそもが信仰で成り立ってる神だから。」

「そう、ですか・・・。」

元々の力が大きい天津神に比べ、土着神は信仰による力の割合が大きい。以前神奈子様と諏訪子様からそう習った。まさにその通りの状態だった。

私が信仰を集められなかったことの責任が、心に重くのしかかった。

「大丈夫だ、早苗。私達はここで信仰を集められる。だからそんな顔をするな。」

「神奈子様・・・。すいません、そうでしたね。」

つい俯いてしまった私に、神奈子様の叱責が飛ぶ。気を持ち直し、前を見た。

もう大丈夫だ。

「早く信仰を集めましょう、神奈子様。」

「そう焦るでないよ。まだ時間はあるんだから、じっくりと確実に行こう。」

意気込む私に、神奈子様は苦笑を返してきた。





積もる話が終わった頃、まるで見計らったかのようにそれは起きた。

「・・・どうやら件の巫女が攻め込んできたらしいな。」

神奈子様が麓の方を見ながらそう言った。緊張が走り、私もそちらを見た。

はるか遠く。その上空に、白い球体――霊弾が浮かび上がり、破裂するところだった。

それはまるで、向こうからこちらへの反撃の狼煙のように見えた。

「来るなら来なさい、博麗霊夢。どちらの姿が巫女としてあるべきなのか、見せてあげます。」

まだ遠く、しかし確実に来るあのやる気のない巫女に対し、聞こえることはないだろうが宣言した。





***************





優夢さんからの合図があったのでそちらに向かうと、いつか見た二人組の神が優夢さんの対面に浮かんでいた。

思ったよりも早く見つかったわね。

「久しぶりね、霊夢。大体一年ぶりぐらいかしら?」

「大体そんなものね。」

親しげに話かけてくる豊穣の方に、私はやる気なく返した。それが失礼なことだとでも思ったんだろう、優夢さんは慌てて頭を下げた。

別にそんなにヘコヘコしないでも、こいつは気を悪くするタマじゃないのに。言うなれば、「分をわきまえた神」よ。

「そんなに謝らなくてもいいわよ、優夢。それとも、私達がそんな小物に見える?」

「いえそんな、滅相もない。」

「まあ、小物には違いないわね。所詮は秋の神だし。」

「霊夢ッ!!」

「だからいいってば。むしろ博麗はこのぐらい元気がなくちゃね。」

むしろ楽しそうな穣子・静葉の表情に、優夢さんは納得がいかないながらも言及をやめた。

「今日は二人で私達を訪ねに来てくれたの?だとしたら、凄く嬉しいわ。」

「申し訳ありませんが、そういうわけではないんです。もう一人来るので、少々お待ちください。」

あいつならそう待つ必要もないだろう。案の定、優夢さんがそう言ってからものの数秒で甲高い風切り音がする。

「よっとぉ!!そいつらが噂の秋の味覚か?」

「何でお前らは二人してそう神様に対する敬意とか抜け落ちてるわけ!?」

急停止しながらの魔理沙の言葉に突っ込みを入れる優夢さん。優夢さんが馬鹿丁寧すぎるだけよ。

「いいのいいの。このぐらい親しく話してくれる方が、私達も嬉しいぐらいよ。」

「優夢もいい加減普通に話していいのよ。別に収穫祭とかじゃないんだから。」

「はぁ。・・・何だかなぁ。」

幻想郷に来て2年半。優夢さんの神に対するイメージはまだまだ叩き足りてないわね。接する機会もあまりなかったし、しょうがないか。

優夢さんが気を取り直す。これで役者は全員揃ったわけだし、話を進めよう。

「それで?今日は何のためにこんなところに来たのかしら。優夢は私達に聞きたいことがあるって言ってたけど。」

「単刀直入に聞くわ。妖怪の山に入る方法を教えなさい。」

三人を代表して私が問う。私の問いかけに、秋姉妹はいぶかしげな表情をした。

「何のために?知ってるとは思うけど、人間が入って安全な場所じゃないし、面白い場所でもないわよ。」

「別に遊びに入ろうってんじゃないわ。身の程知らずのバカどもを懲らしめるために、頂上まで行きたいだけよ。」

「頂上までとは、また物騒な話ね。天狗に戦争でもしかける気?」

「天狗は関係ないぜ。むしろ天狗を避けて頂上に行きたいから、こうして聞いてるんだぜ。」

しかし、二人は教えることに乗り気ではないようだ。別にいいじゃない、あんたらに迷惑かけるわけじゃなんだから。

「見知った人間を危険に晒すほど薄情でもないのよ。あなた達は山の恐ろしさを甘く見てるんじゃないの。」

「侮る気はないわ。けど、やらなくちゃいけないのよ。この上なく面倒だけどね。」

「・・・霊夢がこれほどまで言うってことは、相当大事な用事なのね。」

去年の収穫祭で少し私と話した穣子は、私の様子が通常ではないことに気付いたらしい。

「ちょっと穣子、教える気!?」

「仕方ないわよ、姉さん。幻想郷の調停者が、引けないというほどの用事よ?」

「秋の巫女候補を危険に晒すってことなのよ、分かってるの!?」

「ちょっと待ってください。その秋の巫女候補って誰のことですか。」

静葉は無言で優夢さんを指差した。さすが優夢さん、モテモテね。

「去年断りましたよね!!」

「え、そうなの穣子?」

「残念ながらね。博麗の巫女2号をやってる方が性に合ってるって。」

「言ってません!!」

こいつらも中々いい性格をしているもんだわ。自分の欲求に真っ正直なんだから。

優夢さんは額に青筋を浮かべながら、荒れた息を落ち着けた。

「・・・とにかく、私は巫女ではありませんので。」

「その格好で言っても説得力ないわよ。」

「それとその一人称は何だ。寒気がするぜ。」

そうね、いい加減この二人の前で猫被るのはやめなさいよ。人には失礼とか言っておきながら、優夢さんのそれも失礼なんじゃない?

私の忠言に、優夢さんは諦めのため息をついた。

「話を戻しますけど、俺達は何としてもこの先に進まなきゃならないんです。入山の方法を教えてください、静葉様、穣子様。」

二人は、初めて見る素のしゃべり方をする優夢さんに目を丸くした。見た目からは想像も出来ないしゃべり方でしょうからね。

「それが優夢の普段のしゃべり方?イメージ違うけど、しっくりくるわね。」

「私はこっちの方が好きかも。ねえ、やっぱり秋の巫女に」

「なりません。無限ループになるからやめましょう。」

様子が変わった優夢さんに、穣子と静葉も表情を変えた。

「それでなくとも、私はやっぱり反対ね。人間は私達にとって友人だもの。特に、霊夢と優夢はね。」

「姉さん。全く、困った人。」

「教えていただけないということですか?」

「姉さんを裏切るわけには行かないの。ごめんね、優夢。」

そうですか、と穣子の言葉を受け止める優夢さん。もうこの人がどう出るか予想がついたわ。

私の予想通り、優夢さんは鋭い視線で二人の神を見た。

「なら俺はお二人に決闘を申し込みます。幻想郷の正規ルール、スペルカードルールで。」

何だかんだあったけど、優夢さんもいい感じに染まったものだわ。

申し込まれた二人は、一瞬面食らった顔を見せた。

「おっと、なら手が必要か?」

「いや、お前達はこの先に備えて温存しておいてくれ。ここは俺がやる。」

「本気?下級とは言え、私達は神。それを二人一辺に相手をするなんて。」

「勿論。」

彼の力量を知らなければ、驚くのも無理はないかもね。普通二対一なんてやろうと思わないだろう。

けど彼の力を知っていれば、一対二でもやりたくはないわね。何の気休めにもなりゃしないんだから。

「それは私達をなめているとも取れるわね。いくら優夢でも、流石に怒るわよ。」

「とんでもない。お二人を侮る気はありませんよ。だけど、やらなきゃいけないときがあるんですよ。特に、男の子にはね。」

隠すことをやめた優夢さんの言葉に、二人は困惑の顔を見せた。今度男の姿でも会ってやんなさい。

構わず、優夢さんは弾幕を展開した。弾幕を砕く弾幕、自在に操ることが出来る彼の唯一の弾幕、操気弾を。

「・・・本気みたいね。どうする?」

「やるしかないわね。せっかく優夢が遊んでくれるって言ってるんだから。」

「そういえば、弾幕ごっこは遊びでしたね。俺にとっちゃ生命線だから、すっかり忘れてたけど。」

相手の承諾により、決闘が成立する。邪魔にならないように、私と魔理沙は三人から距離を取った。

相手方も準備万端。二人とも、神の名に違わぬだけの力をその身にみなぎらせていた。

しかし私は一切の心配をしていなかった。今の優夢さんに、そんなものは無用の長物だ。

信頼以外に何の感慨も覚えず、私は事の成り行きを見ていた。





穣子が尋常じゃない放射弾を放ったことで、弾幕ごっこが始まった。





***************





目線で姉さんに、まずは私が行くことを示すと、姉さんは頷いた。

優夢がどのぐらいの強さなのか分からないけど、まずは小手調べ。基本的な放射弾幕だ。

基本的とは言え、私の霊力をフルに使った弾幕は数が多い。秋が無数の実りを届けるように、私の弾幕も小粒な面制圧型になる。

かわす隙間がないわけじゃないけど、それなりに難しい。さあ、優夢はどう出る?

私が予想できるのは、これを回避してこちらに弾を飛ばしてくるという、ごく一般的な方法。というかそれ以外に知らない。

だからそれは当然だったかも知れないけれど、優夢が取った行動は私の知らない方法だった。

「っこれぐらいなら!!」

優夢が展開した球の弾幕。それらのいくつかが前方に動き、私の弾幕へと向かう。

そしてあろうことか、優夢の霊弾は私の張った弾幕に触れた瞬間、粉々に砕いてしまった。

「って、そんなのあり!?」

「審判の許可はもらってます!!」

審判誰よ。ともあれ、優夢は当たりそうな弾をことごとく叩き落し、無傷で切り抜けた。なるほど、確かにこれは一筋縄ではいかなさそうね。

「今度はこっちから行きますよ!!」

弾幕を抜けると、優夢は回遊していた弾幕のうち3つを私に、3つを姉さんに向けて射出した。

動きはゆっくり。けれど、今の防御を見ていると何かしらの仕掛けがあるんだろう。油断はせず、大きく後退した。

「あっだ!?」

と、姉さんの方から声がした。どうやら今の攻撃を避けきれず喰らってしまったようだ。

「ちょっと、何やってるのよ姉さん。」

「だ、だって穣子!今弾がグニャって!?」

? どういうこと?姉さんの言葉に疑問を持った直後、優夢の弾の動きを見て氷解した。

私を追っていた弾幕は、ある程度の距離まで来るとピタリと動きを止め、元来た道を引き返し始めた。

「・・・自在に動かせるってこと?」

「ご明察。連射が出来ない代わりに、ある程度の距離までなら思った通りに動かせて、ある程度弾幕も砕ける。それが俺の『操気弾』ですよ。」

何とまあ。反則みたいな弾幕ね。それってつまり、かわしようがないってことじゃない。

「そんなことはありませんよ。霊夢や魔理沙は普通に避けます。」

「侮れないわよね、人間って。」

どうやったらあれを避ける方法が思いつくのか。元が弱い故に考え、新たな力を生み出す。だから私は人間が好きだ。

それはともかく、少なくとも私や姉さんじゃあれをかわす方法はないに等しい。幸い一定距離より遠くへは飛ばせないみたいだから、退避すればあの子の攻撃は届かない。

代わりに、こっちからの攻撃も届かないだろう。あの鉄壁を抜くには、もっと至近距離から隙間なく撃ち込むしかないだろうから。

結局、一か八かで特攻を仕掛けるしかないってことか。確かにこれは、一人で私達二人を相手取るだけはあるわ。

だからと言って、みすみす友人を危険に突っ込ませたくはない。勝ちたいという気持ちはある。

だから、時には非情な判断も必要よね。

「前衛は任せたわ、姉さん!!」

「ちょ、この薄情者!」

既に一発被弾し、スペルを宣言しなければならなくなった姉さんを盾にする。これで優夢に接近し、至近距離からスペカを叩き込む!

「ええい、なるようになれよ!葉符『狂いの落葉』!!」

姉さんのスペル宣言。すると、何処からともなく赤や黄色の葉っぱが集まってくる。

紅葉した葉や木は姉さんの呼びかけに応える。それが姉さんの『紅葉を司る程度の能力』の一端だ。

「それっ!!」

集まった紅葉は、姉さんの意志を受けて真っ直ぐ優夢目掛けて飛んだ。この弾速は私には真似出来ない。

私の弾幕に目が慣れていた優夢は、咄嗟のことに霊弾を反応させることはできなかった。

隙間をくぐりぬけた紅葉は、優夢に直撃――するかと思いきや、彼女は体を捻らせてそれを回避した。反応いいわね。

「危ない危ない。当たったら死んでましたよ?」

「そうならないように手加減してるから、大丈夫よ。」

まあ、さすがに威力は手加減してるわよ。私も、姉さんもね。それは私達の目的じゃないんだから。

見た目には葉っぱの刃のようにも見えるけど、当たってもかすり傷で済むはずだ。

「なるほど。けど別にマゾじゃないので、喰らうのは遠慮したいですね。」

「じゃあ、避け続けてみなさい。出来るなら、ね!!」

再び放たれる『狂いの落葉』。今度は優夢も反応し、それらを正確に叩き落す。

私も姉さんに加勢し、面制圧弾幕を放つ。優夢はそれを横目で見ると、回遊している弾幕のうちの数個をこちらに回して防御した。

私と姉さんの攻撃を、同時に裁いていた。・・・器用ね、以前からの彼女の印象どおりに。

姉さんはさらに落ち葉を集め、私も弾幕の密度を増す。それがため、彼女は先ほどのように反撃に出ることが出来なくなった。

それとともに、私達は徐々に徐々に距離を詰め始めた。至近距離から必殺の一撃を撃つために。

まだまだ、じわじわと。さらに近づく。そのことに彼女も気付いているだろうが、手を緩めぬ私達の攻撃に止めることも出来ない。

そして、私が一息飛べば彼女の弾壁に接することが出来るぐらいの距離になったところで。

「姉さん!!」

「任せなさい!」

私が呼びかけるまでもなく、姉さんは既に準備していた。最高の一撃を放つための、多量の紅葉を。

姉さんの周りに漂う全ての紅葉が、優夢目掛けて放たれた。ひょっとしたら弾幕ごっこのルールに抵触するぐらいの逃げ場のない紅葉が、彼女の眼前に迫る。

それでも彼女は避けきるだろう。彼女の弾幕は、それが可能な弾幕なのだから。

だから、これは盛大な囮だ。彼女の注意を完全に姉さんにひきつけるための。

紅葉が霊弾に着弾したのを見て、私は突撃を仕掛けた。手にはスペルカード。

「秋符『秋の空と乙女の心』!!」

宣言とともに広がる霊撃により、優夢の弾壁が一部瓦解する。そこに渦巻く乱流のような弾幕を叩き込んだ。

「くぅっ!!」

私の霊弾が彼女の服を掠める。至近距離から放たれた一撃にも、彼女はしっかりと反応しかわしていた。これでも通らないか。

いや、まだだ。ここまで来たのなら、後は攻めるのみ。紅葉を使い果たしてしまった姉さんが次の一撃を撃てるようになるまで、今度は私が時間を稼ぐ。

私が撃つ。優夢がかわす。至近距離で繰り広げられる攻防は、私の粘りもあって姉さんに次の一撃を許した。

「行くよ穣子、引きなさい!」

姉さんの指示に従い、私は後ろに引いた。



その瞬間こそが、優夢の狙いだった。

私が後ろに引いた瞬間、優夢は爆発的な勢いで私に接近した。あまりに唐突な行動に、私は一切の反応を取れなかった。

「すいませんが。」

「へっ?」

ガシッと腕をつかまれ、そこからどんな動きをしたのか私には分からなかった。

気がつけば私は、凄い勢いで姉さんの方に投げられていた。

「キャアアア!?」

「うわっ!?」

ドン、という衝撃。姉さんに衝突してしまったようだ。攻撃の体勢に入っていた姉さんは、避けることも受け止めることも出来なかった。

そして、彼女がその隙を逃すはずはなかった。私と姉さんに一発ずつ、あの自在弾幕――操気弾を当てた。

私達二人ともがスペルブレイクしてしまった。

「・・・今のは?」

「一本背負いをしただけですよ。一応拳法の心得もあったりしますけど、弾幕ごっこで殴ったり蹴ったりはやっぱり、ねえ?」

ねえ、って言われても。弾幕ごっこで体術使う奴なんて見たことないから、知らないわよ。

それにしても・・・やっぱり強い。それが彼女と弾を交えた私の率直な感想だった。

ひょっとしたら、私達程度で彼女を止めようっていうのが、そもそも筋が通っていないのかもしれない。私のしている心配は、無用なものかもしれない。

正直、勝てる気がしなかった。霊力の量では流石に負けてないだろうけど、弾幕ごっこの上手さが尋常じゃない。

それはあの特殊な弾幕がということではなく、それを戦術的に使いこなしている彼女自身がということ。弾幕ごっこが人と妖怪の戦い方というルールがある以上、彼女はそう簡単に負けたりはしない。

「どうやったら人の身でそこまで強くなれるんだか。」

「俺は弱いですよ。まだまだね。」

どの口が言うかと突っ込みを入れると、彼女は苦笑した。



私の中ではもう答えは出ていたけど、姉さんはまだやる気のようだ。しょうがない、最後まで付き合ってやるか。

さてと、もう一踏ん張りね。





***************





こうして外から冷静に見ていると、あいつも成長したもんだと思う。師匠としては喜ばしいもんだ。

初めの頃からあいつの作る他にはない霊弾には一目置いていた。だけど、今思うと最初はそれにばかり目を取られていた気がする。

あいつの真骨頂がそこではないと気付いたのは、いつ頃だっただろうか。多分『紅霧異変』の辺りかな。

あいつは、やると決めたらとことんまでやる。力が足りないなら、急激な成長をして力を身につける。それでもダメなら、策を巡らせる。最後には根性で乗り切ってしまう。

「思ったことを何が何でも現実にする」という姿勢こそが、あいつの本当の強さだ。他は全部おまけに過ぎない。

だからあいつは『異変』を乗り越え、経験した全てがあいつの力になった。いつの間にか、あいつは私達と対等に、肩を並べて『異変』を解決している。

今でまだ出会って二年半。こんなに早いとは、正直私も予想はしてなかった。相変わらず人のプライドをへし折るのが上手い奴だ。

まだ勝率で下回る気はないが、何もしなかったらじきに抜かされるな。また新しい魔法を開発せにゃ。

「くっ!紅葉『鹿山の錦』!!」

「豊作『穀物神の約束』!!」

優夢の方にばっか注目してたら、いつの間にか秋の神二人組がスペルを宣言していた。どうやら二人して被弾したらしい。

あいつらも決して弱いわけじゃないが、相性が悪すぎる。ばら撒き型の弾幕は、あいつの格好の餌食だ。

優夢に一撃を通す方法は何通りか存在する。あいつの防御を上回る攻撃をしかけるか、あいつの防御が間に合わない速度で攻撃するか、あいつの集中が途切れるまで攻撃をしかけるか。

私の場合は一つ目と二つ目、霊夢の場合は三つ目と反則技。それぞれに勝つ手段を持っている。それでも中々困難を極める。

今二人が放ったスペルは、姉の方が地上から紅葉を巻き上げての攻撃、妹が霊網を張って内側に弾をばら撒くというものだ。

バリエーションではあるものの、やはりばら撒きに分類される。そうである以上、優夢に攻撃が届くことはない。ばら撒きであいつに通すなら、あれじゃ密度が足りない。

そう考えると、あの二人のは弾幕としては「普通」に分類されるか。あんまり弾幕勝負とかしたことないんだろうな。

「これでもダメなんて・・・!」

それじゃあ優夢は倒せない。どころか、スペルを使わせることすら無理だろう。優夢は冷静に、自分に当たりそうな弾のみを砕いていた。

あいつが今展開している操気弾の数は10個。今操れるのは、女状態だと50強ってとこだったか。つまり、それだけ余裕で対処できているということだ。

4個で防御し、残りの6個で攻撃をしかけている。相手もだいぶあれの動きに慣れたみたいだが、そろそろ次の一手が投下される頃だろうな。

初見殺しな奴だと、つくづく思った。

「あッ!?」

「なっ!!」

『何もないところで』横殴りに弾き飛ばされる秋姉妹。もちろん、本当に何もないわけじゃない。

あいつの十八番、『透明操気弾』。最初の頃に開発して今も愛用している、あいつの奇襲戦術だった。

自分達を攻撃したものの正体に気付き、二人は驚いた。そして姉の方は、愕然とした表情をしていた。

まあ、そうもなるわな。それはつまり、どうあがいても自分達では優夢に勝てないって宣告を受けたようなもんだから。

「まだ続けますか?」

スペルブレイクした二人に、優夢は告げた。もうあいつらの中で答えは出ているようだった。

「・・・いいわ。私達の負けよ。とてもじゃないけど、私達じゃあなたに勝ち目がない。」

姉の方――静葉は、その名の通り静かに敗北を認めた。

結局あいつは、本当にスペルを使わずに勝ってしまったのだった。





***************





「ここよ。」

勝負に勝った俺達は、約束通り妖怪の山に入る道を教えてもらった。そこは秋に彩られた木々がアーチを作る、山の小道だった。

「ここから行けば、天狗の領域を通る時間は短いわ。けど、頂上に行くってことは天狗の領域に入るってことだから・・・。」

「わかってます。天狗にケンカを売るような真似はしませんよ。それは俺だって本意じゃありませんから。」

天狗と言えば、射命丸さんと椛さんだ。あの二人は俺にとって知人なんだから、関係を悪くしたくはない。

俺の言葉を聞いて、穣子様はおかしそうに笑った。何か変なこと言ったか?

「本当、見た目に合ってないしゃべり方なのに、凄く優夢に似合ってるわね。おかしいわ。」

「まあ、俺はこう見えて男なので。」

「何処からどう見ても女の子じゃない。去年の感触は忘れてないわよ。」

・・・ええい、黒歴史め。

「その件については追々。ともあれ、ご迷惑をおかけしました。教えていただき、ありがとうございます。静葉様、穣子様。」

「しょうがないわよ。まさか優夢がこんなに強いなんて思ってなかったし。」

「けど、本当に無事で帰ってきなさいね。まだ今年は収穫祭きてないんだから。」

ええ、ちゃんと収穫祭に出られるよう、無事に帰ってきますよ。そのときは元の姿でお会いしたいものだ。

「霊夢、魔理沙。ここから先は妖怪の棲家だ。生半可な場所じゃない。心の準備はいいか?」

俺は二人に向き直り、改めて尋ねた。返ってきたのは、呆れを交えた溜め息だった。

「おいおい、誰に向かって言ってるんだ。私達がその程度で芋を引くように見えるのか?」

「幻想郷で生きた年数は私達の方が長いのよ、外来人さん。」

「それもそうだったな。」

大丈夫そうだな、いつも通りの二人だ。もっとも、今のは俺の気持ちに区切りをつける意味で言ったんだが。

俺は改めて秋様に向き、頭を下げた。

「それでは、行ってきます。」

『いってらっしゃい。』

双子神の祝福を受け、俺達は飛び立った。幻想郷で最も危険な場所と言われる、妖怪の山の本山へと。





+++この物語は、幻想が秋の神と一時の交流をする、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



三人目の『異変解決家』:名無優夢

いくつかの『異変』を越えた経験により相当強くなっている。恐らく、もう一人でも『異変解決』は可能だろう。

今回の勝負で消費した霊力は飛んでるうちに回復するレベル。実質消費なしで勝ったようなもの。マジパネェ。

秋姉妹の前では女言葉をしゃべるようにしていたが、今回の件でなくなった。今年の収穫祭がどうなるか、楽しみである。

能力:あまねく願いを肯定する程度の能力

スペルカード:想符『1700万ゼノのブルーツ(笑)波』、思符『デカルトセオリー』など



寂しさと終焉の象徴:秋静葉

という肩書きとは裏腹に、割と人懐っこい性格。物静かではあるけど、寡黙というわけではない。

八百万の神、即ち雑多な神のうちの一柱ではあるが、信仰はされているのでそれなりに力はある。但し、弾幕勝負はあまり経験がない。

いまだ優夢を秋の巫女にしようと企んでいる。

能力:紅葉を司る程度の能力

スペルカード:葉符『狂いの落葉』など



豊かさと稔りの象徴:秋穣子

何だかんだで姉は立てる妹。姉妹仲は決して悪くない。

姉よりも信仰されている分力は大きいが、静葉のように素早い弾を飛ばすことはできない。典型的な数で押すタイプ。

姉よりも博麗の巫女という存在に対する理解が深かったので、道を教えることに反対はしなかった。

能力:豊穣を司る程度の能力

スペルカード:秋符『秋の空と乙女の心』、豊作『穀物神の約束』など



→To Be Continued...



[24989] 五章四話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2011/06/15 12:15
秋の神に教えられた道を進んでいくと、どんどん木々が増えていった。いつの間にか太陽の光も遮られ、下に目をやれば土壌は沼になっていた。

全体として陰鬱な、気持ちの悪い道だった。

「あんまり喜ばしい感じの場所じゃないわね。」

なるほど、天狗が領域を延ばさないわけだわ。こんな場所を縄張りにしても、何の自慢にもならないわね。

天狗が足を伸ばさないということは、ここには奴らの統制が及ばない野良妖怪がいるだろうということだ。そうしないうちに襲い掛かってくるでしょうね。

有象無象がかかってきたところで大したことではない。だから、私達は一切気にせず先に進んだ。

「にしても、あいつらもいい根性してるわね。こんな変な道を教えるなんて。」

人間が大事だとか言ってるくせに、微妙な道を教えるわね。もうちょい気持ちのいい道を教えてくれたっていいじゃない。

「けど、確かにこれなら天狗は出なさそうだぜ。」

「俺達だから平気だろうって判断したんだろ。天狗に遭遇するよりは軽い。」

「まあね。」

まあ、ちょっと考えれば確かにわかったかもね。「妖怪の山を統治する」天狗の支配が及ばない山の一部なんだから、それなりに曰くつきの場所に決まってる。

今更思っても詮無きことだし、他に方法はなかったのではあるけれど、やはり気分は重かった。

「だるいわ。」

「我慢しろ。」

私は溜め息をついた。



予想通り、しばらくすると獣姿の妖怪どもが襲い掛かってきた。人化しきれていないということから、こいつらが雑多な妖怪であることが容易に想像できる。

基本的に妖怪の強さは、そいつがどれだけ人に近い姿をしているかで推し量ることが出来る。元々が人型をしているということもあるけど、そいつらはそいつらで元々ある程度強かったりする。

何故かというと、人の姿は人間を油断させやすいからだ。人間を襲うのが妖怪なのだから、人間を油断させた方が襲いやすいに決まっている。

人の姿をした妖怪は、人間を襲いやすい。そして力を蓄えることが出来る。

紫とか幽香とか、全く参考にならないレベルもいるけど、少なくとも獣型の妖怪と人型の妖怪の間にある境界ははっきりしている。

だからこいつらは単なる雑魚妖怪。私が符を投げつければ蜘蛛の子を散らすように逃げていくし、魔理沙が投げる魔法薬の爆発にあおられてあっさり気絶している。

優夢さんはというと、爪で斬りつけてくる狼型の妖怪の足を掴み投げ飛ばしている。さっき秋の連中にやったみたいに、敵の体を攻撃手段にしていた。

妖怪相手に肉弾戦を平気で繰り広げられる優夢さんには感心させられるわ。私だったら絶対やる気がしない。面倒くさいもの。

ともあれ、雑魚妖怪ごときに消耗する必要はない。私達は霊力の消費を最小限にして突き進んでいた。

「・・・しかし、思ったよりも妖怪が少ないわね。」

霊力をほとんど込めていない退魔符を投げつけながら、先ほどから気になっていることを口にする。

妖怪の山で天狗の勢力が及ばない場所がそんなに多いとは思わない。そして、野良妖怪がそんなに少ないとも思わない。

だとしたら、こういう場所はもっと野良妖怪が多くたっていいと思うんだけど。

「こんな気持ち悪い場所は妖怪も住みたくないんだろ。私だったら絶対に住まないな。」

「消費を抑えられるんだから、いいことじゃないか。」

まあ、そうだけど。何か引っかかるのよね。

喉に何かが引っかかるような感覚を覚えたけど、考えることが面倒臭くなってきた。何かが起こったらそのとき対処すればいいわと、思考を放棄した。

そして私は再び符を撒くだけの簡単な作業に戻ることにした。



ふと、妖怪からの攻撃が止んだ。何事かと後ろを見ると、ある線からこっちには妖怪が来ていない。

それだけでなく、ここに入ってから続いていた陰鬱とした空気が、さらに濃くなっている。どうやらこの空気のせいで、妖怪はこちらへ来れないようだ。

「・・・やっぱり、喜ばしい場所じゃなかったわね。」

妖怪すら近寄れないほど気持ちが悪い場所とはね。天狗には会わないかもしれないけど、変なものをもらいそうだわ。

けど、それだけじゃないわね。妖怪が近寄れず私達は中に入ることが出来たということは、ここには魔を退けるだけの力があるということに他ならない。

ということは、ここには何がいるのか。答えは大体想像がついていた。

「出てきなさい、えんがちょ神。」

「厄神って言いなさいよ、麓の巫女。」

私の呼びかけに対する答えは、地面の黒い泥――厄の中から聞こえてきた。

呪いの泥が竜巻のように吹き上がる。それがおさまると、中から一人の女の姿をしたものが現れた。

どうやらこいつがこの領域の主――厄神のようだ。

実際に会うのは初めてだが、話に聞いたことぐらいはある。人間達の厄をその身に集め蓄えるという、変態染みた神がいると。

見ると不幸になるらしいから、聞いたときは絶対会いたくないと思ったのを覚えている。まさかこんなところにいるとは思っていなかった。

「あなた達はこんな場所で何をしているのかしら。ここは人間の来る場所ではないわよ。」

表情は微笑。しかし厄神は私達をここから追い出そうという意志に満ちていた。

「見たところ、博麗の巫女とそれ以外の巫女と、あとは魔法使い?私にお供えをしにきたというわけでもなさそうだけど。」

「そうね。私も別に好き好んで来たわけじゃないわ。」

「なら、さっさとお帰りなさいな。厄があなた達に移っても知らないわよ。」

それは勘弁願いたいわね。けど、帰るわけにもいかない。

「私達はこの先に用があるのよ。邪魔をする気がないなら、さっさとどきなさい。」

「それを聞いたらますますお帰り願わなくては。この先は人間にとって危険なだけの世界ですよ。」

そんなことは百も承知。言ってるじゃない、好き好んで来たわけじゃないって。

どうにも平行線だ。私達は先に進みたいけど、こいつは例によって先に進ませたくない。言って聞く相手でもないらしい。面倒くさいわね。

「二・三発痛い目にあえば、大人しくなるかしら。」

「ま、乱暴ね。私は親切心から言ってあげてるのに。」

ありがた迷惑って言葉、知ってる?

「仕方がないわね。荒事はあまり好きじゃないんだけど。」

引かぬ私の態度に業を煮やした厄神は、黒い泥に手をかざし、命じた。

「出なさい、『流し雛』。この者達に、少しばかり厄を返してあげるのよ。」

それに従い、泥の中から数多の人形が飛び出してくる。その数は目算で100以上。

「私の名は鍵山雛。流し雛の頂点に立つ厄神。自ら厄を背負おうとする者よ、ならば厄の重さを知り、それでも進むかを選びなさい。」

奴――雛が指を弾くと、呪いの雛人形どもは一斉にこちらに向かってきた。

あれに触れられるとまずいわね。私はすかさず符を構える。

だがそれを投げるよりも速く、魔理沙が魔力光線を、優夢さんが操気弾を飛ばし、襲い来る人形達を叩き落した。

「私はもらえるものなら風邪以外なんでももらうが、厄は遠慮しておくぜ。」

「露払いは任しとけ。霊夢は厄神様の相手を頼む。」

どうやらこの二人は雛人形の相手をしようというようだ。私は本体を叩けと。面倒ね、代わってよ。

「本厄にはまだ早いんでな。霊夢に任せた。」

「俺も争いごとは反対だけど、この場合仕方ない。適材適所で役割分担と行こう。」

「しょうがないわね。こっちにそらさないでよ。」

注文をつけてから、私は再び雛の方を向いた。

「そういうわけで、あんたの相手は私みたいね。私を差し置いて高みの見物をしようったって、そうはさせないわよ。」

「困った人間。私が戦えば、あなた達に過剰の厄が注ぐから流し雛に任せたというのに。恨むのなら、厄を軽く見た自身を呪いなさい。」

生憎だったわね。私は幻想郷一素敵だから、自分を呪うなんてできっこないわ。

魔理沙と優夢さんが呪い人形どもを引きつけて行ったため、この場には私と雛のみが残った。

私は右の手に封魔針を、左の手にホーミングアミュレットを構える。雛も周りに黒い厄を纏い始めた。

お互い準備万端。



さあ、始めましょうか。





***************





先手を打ったのは私だった。厄を集めるときとは逆方向の回転により、人々から集めた厄を弾として放射する。

固めてはいるから、これに触れたからといって致命的な不幸が訪れることはない。だけど人間が触れれば、衝撃と流れ込む膨大な負の情報により、気絶は免れないだろう。

下に溜まる泥は、未浄化の厄そのものだから、落ちればそれだけで死ぬことさえ考えられる。それは私の本意ではない。

私がこの人間――博麗の巫女と戦うのは、彼女達を守るためなのだから。博麗の巫女とはいえ、妖怪の山に入ってただで済むはずがない。

だから、出来れば早々に引いてほしいというのが私の思うところだけど、そう上手くは運んでくれなさそうだ。

「こんなばら撒くだけの弾に、この私が当たるとでも思ってんの?」

彼女は危なげなく、華麗に舞いかわしていた。さすがは『異変解決家』と名高い博麗の巫女といったところかしら。

私も威嚇のつもりで撒いてるから当たられても困るけど、見事なものだわ。思わず見惚れてしまいそうなほど。彼女なりの奉納演舞と取れなくもないわね。

だからと言って通すわけにはいかないけれど。

「なら、これでどう?」

少し難易度を上げても良さそうなので、私は弾の種類を増やした。針状に圧縮された厄が、舞い散る弾に混ざる。

球形とは抵抗が違うため、弾の中に速度の緩急が生まれる。回避のリズムが狂えば、難しくなるのが基本というもの。

しかし、あるいはやはりと言うべきか。この程度の小細工は彼女には一切の効果を見せなかった。

「何も変わらないわね。小細工するなら、撃った弾を吸い込むぐらいはしなさい。」

全く変わらず回避をしながら、巫女は軽口とともに針を放ってきた。

高速で飛翔するそれは、厄弾を貫通しながら私に向かってきた。あれに当たるのは痛いわね。

当然私は回避行動を取り――何かに弾かれた。

「当てるための小細工ってのは、こうするのよ。」

それは針とともに巫女が放っていた符だった。針の死角に潜ませて、追尾性のある符を投げたのね。

確かに有効な手段ね。でも。

「私の目的はあなたを追い返すこと。打ち落とすことではないのよ。」

「ぬるいわ。その程度の意識で、私を思ったとおりに出来るなんて思わないことね。」

私の意見をばっさりと切り捨て、巫女は再び符と針を構え、待った。私がスペルを宣言するのを待っているようだ。

言うことは無茶苦茶だけど、ルールを逸脱することはないようね。・・・当たり前か、彼女がこのルールを作り出したのだから。

なら、ちゃんと乗らないとね。それが幻想郷に生きる全ての者に課せられたルールだもの。

「そう。なら、もうちょっと本気を出すわよ。」

「来なさい。本当の本気まで出させてあげるから。」

言ったわね。じゃあ、試させてもらうわ。



「厄符『厄神様のバイオリズム』。」

スペルの宣言とともに、場に満ちる厄の空気が一層濃くなる。それを感知し、巫女は身構えた。

「なるほどね、厄神というだけはあるわ。」

それを見て、彼女は何事か納得したようだ。少しぐらいは驚いてくれてもいいのに。

濃くなった厄は、一定のラインを超えることで実体化する。そして、厄の弾丸となって彼女に襲い掛かる。

それはちょうど私を起点として彼女をぐるりと取り囲むように張り巡らされている。

場の厄を固めているため、弾と弾の間には大きな隙間が出来る。けれど、上下左右前後から断続的に襲い掛かられれば、その隙間をくぐることさえ容易ではない。

しかし、彼女は冷静だった。どのタイミングでどの方向から、どの位置に飛んでくるかまで正確に把握しているようでさえある。

「けど、この手の弾幕じゃ私に一撃を食らわすことは無理よ。」

見事なまでに動揺がない。どうやら、このスペルでも彼女を追い返すには至らないようだ。

豪語するだけはある。そして、何故彼女がこのルールを幻想郷標準にしたのか、何となく理解できた。

彼女は得意なのだろう。恐らくは幻想郷で一番と言えるほど、弾幕ごっこが。

「どうやらそのようね。」

これはギアを入れ直す必要がある。そう判断し、私はスペルを一旦解除することにした。

「あら?痛い目にあいたくないから、自分から解除したのかしら。」

「そういうことではないわよ。ただ、あなたの言うとおりだったと理解しただけの話。」

彼女の言うとおり、たとえ本意ではなくとも、彼女を叩き落とすぐらいの意志でやらなければ、彼女達を守ることは出来ないらしい。

改めて私は厄の鎧を纏った。先ほどまでとは明らかに違う、濃密な黒色の衣。

巫女は相変わらず緩いながらも、少しばかり表情を引き締めた。

「ようやくか。危機感足りてないんじゃないの?」

「かもしれないわね。弾幕で人間の相手をするのなんて初めてだったから。」

「でしょうね。好き好んでこんな場所に来る奴がいるなら見てみたいわ。」

いるにはいるけどね。彼は弾幕はできないし、ここまでは踏み込んでこないけれど。今は関係ない話なので割愛する。

「もしかしたら加減を間違えてあなたを死なせてしまうかもしれない。そうなってしまったら、ごめんなさいね。」

「安心なさい、絶対ありえないから。」

言ったわね。信じるわよ。



今度こそ、私は本気の弾幕を撃ち始めた。





***************





雛人形の相手をしていると、流れ弾の密度が増えた。何かと見やれば、厄神様――鍵山様が黒い何かを纏い、そこから弾幕を乱射していた。

さっきも纏っていたが、明らかに密度が違う。霊夢の奴、挑発でもして本気を出させたな。

秋様のときで十分分かっていたことだが、神というのはたとえ戦闘を生業としていなくとも、人とも妖怪とも比するべくもない力を持っている。

信仰を集めるということは、少なくとも妖怪以上の力を持っていなければならないはずだ。だとすれば、それは当然のことか。

本気の鍵山様は、やはり神というに相応しい力を持っているようだ。霊夢は大丈夫なんだろうか。

「そりゃ、いらん心配って奴だぜ。あいつが負けるところなんて想像できるか?」

「いや、確かにそうなんだがな。」

力でもってあいつを屈服させることは不可能だ。恐らくそれを可能とするには、あいつと同じ土俵に立つ必要がある。

つまり、いかに避けていかに当てるかの世界。どんなに強力な攻撃も当たらなければ意味がないし、どんな微弱な攻撃でも当て続ければいつかは巨岩を穿つ。

とは言え、同じ土俵に立ったからと言って、あらゆるものから浮き続ける霊夢を捉えることは生半可なことじゃない。俺の知る限りそれが出来るのはあいつの母親だけだ。

だから、霊夢が負けるところなんて想像できるはずもない。だがそれと心配はまた別の話だ。

これから俺達が向かうという守矢神社には、どれだけの力を持った神がいるのだろうか。もし戦を生業とするような神だったなら、恐らくこの比ではないだろう。

そうなったとき、果たして俺達に勝ち目はあるんだろうか。霊夢が負けることなど想像できない俺だが、秋様と鍵山様の力を見せ付けられた俺には、完全勝利する姿も想像できなかった。

「これは本格的に覚悟を決める必要があるかもな。」

「女として生きる覚悟か?」

「あえて話の流れを無視するな。・・・いざってときは、霊夢の捨石となる覚悟だよ。」

こちらの強みといえば、俺達は三人であるということ。つまり、俺が盾になって霊夢に勝利をもぎ取らせるという方法が取れる。

何処まで上手くできるかはわからないが、方法の一つとしては考えておいた方がいい。もっとも、多分霊夢からは「邪魔するな」と怒られること必至だが。

とは言え、目下の心配事はここを切り抜けることと、どうやって天狗の領域を突破するかってことだな。

「しかしほんとキリないな、これ。」

いくら叩き落しても次から次へと湧いてくる雛人形に、俺は割と辟易していた。

「本体を落とさないとダメなんだろ。時間の問題だぜ。」

「だろうけどな。」

相手が神でも容赦のない霊夢は、既にもう一発鍵山様に叩き込んでいた。

そう長くはかからないだろうが、やはり大変だ。安請け合いしすぎたかもしれない。

・・・ま、いっか。





俺はまた、頭の奥に走った痛みに気付かなかった。





***************





「疵痕『壊されたお守り』。」

雛の二枚目のスペル宣言。今度は実体化した厄の弾丸が乱反射する弾幕だった。

どうやらあいつの弾幕は、厄神というだけあってこちらの不運狙いのようだ。

反射角の一定しない反射弾は、衝突するまで進行方向がわからない。運が悪かったら当たってしまうかもね。

だからと言って避けられないわけじゃないけど。私に一撃を通そうって言うなら、まだ小細工が足りないわね。

っと、こいつは私を落とすことが目的じゃないんだっけ?ならとっとと退いて先に進ませてほしいものだ。

「凄いわね。よく弾を見ないでかわせるわ。どうやっているの?」

「勘よ。」

私は弾幕の軌道程度なら、見なくても直感で大体分かる。予め分かっているのだから、避けるのに必要な労力なんてたかが知れている。

私の返答に、雛は呆れた顔を見せた。何よ。

「そんな適当な方法で厄を避けられたら、私の存在意義がないじゃない。」

「厄神なんて物騒なもん、ない方が平和でいいじゃない。」

厄なんてものがあるから厄神がいる。なら、厄神が必要ない方が喜ばしいってもんだわ。

「それに、避けてるだけマシだと思いなさい。私は叩き壊したり、捩曲げたりはしてないんだから。」

何処ぞの吸血鬼なら平気でやりそうだ。

「皆が皆あなたのように強かったら、私は必要ないでしょうね。それはとても喜ばしいこと。だけど、私が消えることはないのよ。力を持つと、あなたみたいにより大きな厄に突っ込もうとするから。」

平気だと言ってるのに。人の話を聞かない奴ね。

「なら精々頑張って厄払いをしてなさい。」

「そうさせてもらうわ。」

雛はそう告げ、再び弾幕を張った。

私もまた、アミュレットを構える。この弾幕はもう見切ったから、後はブレイクするだけだ。

このスペルの名前は、確か『壊されたお守り』だったわね。

「博麗のお守りが本当に壊せるかどうか、試してやるわ。」

私はあえて乱反射する弾幕と拮抗するように、誘導性を持った符を投げた。

反する念の篭った弾幕同士は、衝突とともに消滅する。構わず、私は何枚もの符を投げつけた。

力押しというのはあまり好きじゃないけど、案外行けるものね。

手数の多さで勝った私の符は、ついには雛に一撃を喰らわせた。スペルブレイク。

「スペルは使わなかったけど、大盤振る舞いだったわね。符の枚数は大丈夫なの?」

「気にするほどの量じゃないわ。」

どうせいつも最後には100枚ぐらい余ってるんだから。

しかし、こう考えるとあのバカ母はもう化け物と言うしかないわね。今私がやったのと比較にもならない量を、たったの一息で投げるんだから。

少しあいつの戦い方を真似してみたけど、何も参考にならないわ。やっぱり私は私の戦い方が一番性に合う。

「続けましょう。それとももう終わり?」

「まさか。まだあなた達を追い返せていないのに、このままでは終われないわ。」

言って奴は、次のスペルを取り出していた。元気なものね。

「上等。全部叩き潰してやるわ。」

「やってみなさい、出来るものならね。」

宣言。

「悲運『大鐘婆の火』。」





***************





突然ここの温度が上がった。厄神の新しいスペルカードの効果だ。

あいつが纏ってる黒いのは厄だろうが、それを燃やしてるみたいだ。色々使い手がありそうだな、厄。

まあ、私が使うのはごめんだが。こんな気持ち悪いのは触れたくない。

「優夢、流れ弾の防御は任せたぜ。」

「おうよ。」

こっちはもう作業と化していた。雛人形どもは大した強度がなく、ちょっとした魔法弾を撃つだけで簡単に壊れる。

するとすぐに泥の中から新しい人形が現れるから、それの繰り返しだ。気にすべきはどちらかといえば霊夢達の勝負の流れ弾の方だ。

一応私の魔法でも相殺できないことはない強度だったが、それなら優夢の操気弾の方が効率がいい。私が攻撃をして、優夢が防御する。

私達自身このスタイルには慣れているから、実に手馴れたものだ。さっきから合間合間に霊夢対厄神の観戦をしているほどに。

それにしても。

「何ていうか、お前みたいな神だな。」

私は厄神と背中を預ける親友を交互に見ながら、思ったことを言った。

「どういう意味だ?」

私の言葉の意味は、優夢には分からなかったらしい。相変わらず自覚のないお前らしい。

「どっちも嫌なことを喜んで引き受けるだろ?」

「俺は嫌なことは断ってる。鍵山様ほどじゃない。」

それでも、何だかんだで最終的には引き受けるだろうに。お前が頼まれごとに断りを入れるところなんて見たことがないぜ。

渦巻く厄のお焚き出しに隠され、霊夢の姿が見えなくなる。私達は一切の心配をしていなかった。

「最近はそうでもないぞ。・・・多分。」

「例の肯定を超えた否定って奴か。私から見りゃ、まだまだだぜ。」

そんな面倒な真似をしなくちゃ否定できないんじゃ、普通の人間には程遠い。結局こいつは、何処まで行っても『願い』なんだろう。

今までどおりの優夢であってほしい私と、普通の人間らしく生きてほしい私。どっちもあるから困りもんだ。

けどな、親友。私はお前が気持ちよく生きてほしいと思ってるんだぜ。これだけは一本通った真実だ。

「だからお前も、早く女として生きる決心を」

「つけるか。久々だと随分絡むな、お前は。」

そりゃそうだ、随分と久々だからな。楽しまなきゃ損ってもんだ。

「・・・ありがとな、魔理沙。お前が親友でよかった。感謝してる。」

「いきなり何だぜ、気持ち悪い。」

「何となく、そんな気分だったんだよ。」

こいつなりの意趣返しって奴かね。難儀な奴だ。

炎の中から霊夢が現れ、厄神に向けて封魔針を放った。これであの厄神は3枚ブレイクだ。流れ的に、次でラストだろうな。

流れ弾もこれまでで一番多くなるだろう。頼んだぜ、優夢。

「あいよー。」

私達はいつも通りだった。





***************





そして、奴はラストスペルを宣言した。

「創符『流刑人形』。」

来るなら来いと、私はいつでも動けるように構えた。だが雛はすぐには撃ってこなかった。

「・・・正直、予想外だったわ。博麗の巫女なんて言っても人間なんだから、これほどとは思ってなかった。」

「理解できたかしら。」

「ええ、とても。」

なら、とっととどいて通してほしいんだけど、スペルを解除する気はないみたいだ。やれやれね。

「本当はあなた達を守るために追い返したかったんだけど、どうにも私では力不足みたいね。だから代わりに、あなたに立ちはだかる試練となることにするわ。」

どうしてそういう結論に至った。いいじゃない、認めたなら通せば。

「そういうものなのよ、神というものはね。」

「不自由ね。それの何がいいのかしら。」

「巫女なのに、巫女らしくないことを言うわね。」

私の言葉に、雛は苦笑を返してきた。うるさいわね、そんなこと誰も教えてくれなかったのよ。

「人は、人の力の及ばぬ試練を前にしたとき、神にすがって乗り越える。信仰は私達のためではなく、人々のためにあるのよ。だからこそ神は不動でなければいけない。」

「だから、一度私達を追い払うと決めたあんたは、結果に関わらず最後まで戦わなきゃいけないと。」

「その通りよ。」

面倒な奴。私は隠さずに嘆息した。

「いいわ、こうなったら面倒ついで、とことんまで魅せてやるわ。博麗霊夢の神退治をね。」

「よろしいわ。では魅せてみなさい、『博麗霊夢』!!」

宣告とともに、奴はとてつもない速さで回転を始めた。それは地上の呪いの泥を巻き上げ、竜巻状の鎧を作った。

当然それだけではなく、泥は遠心力に従って無作為にこちらへ飛んできた。勢いによって針状に固められたそれらは、当たればただではすまないことが明白だった。

――だったら、当たらなければいいだけの話。私は緩めていた意識を張り詰めさせ、極限の集中状態を作り出した。

その瞬間、まるで世界が静止したかのように、全ての弾幕の位置、形、進行方向が手に取るように把握した。

もちろん実際に止まってはいないので、それらは一部私に向かって飛んでくる。それがコマ送りのように見えた。

掠るか掠らないかのスレスレのところで、それらを回避する。全身の感覚が鋭敏になり、ミリ単位で正確な動作を可能にした。

前を向く。あの厄の鎧の勢いは凄まじい。生半可な攻撃では弾かれてしまうだろう。だが、完全ではなかった。

地面の泥を巻き上げているという性質上、どうしても厚薄が出来てしまう。場所によっては内側が丸見えになっていた。

だがそれは瞬間単位の話であり、一瞬の後には密度が移動する。一瞬前に防御のなかった場所も、次の瞬間には防御されている。

当てるのは至難の技。しかし不可能ではない。今の私ならば出来るはず。

さらに集中する。今の状況だけでなく、少し先の未来までもが、私の手の中におさまった。

持つのはイメージ。私の投げる封魔針が、奴の鎧の隙間を射抜くという確固としたイメージ。

極限の集中と勘が織り成す未来図と、私の中のイメージが完全に一致したとき。

「――ハッ!!」

私は、針を投げた。後は確認する必要もなかった。

パァンという何かが弾ける音が、戦いの終了を告げていた。

「・・・あー、しんどかった。」

全身の集中を解いた私は、まずは猛烈にだるかった。





厄の泥が弾け散った後には何もなかった。雛は何処に消えたか。もしかして、今の一撃で消し飛んじゃったのかしら。

「というわけでもないみたいね。」

ふと下を見れば、泥の中に厄神のリボンが咲いていた。どうやら厄の中に戻っただけらしい。

「おーい、霊夢。」

「終わったみたいだな。お疲れさん。」

魔理沙と優夢さんが私に寄ってきた。二人とも今まで雛人形どもの相手をしてたんでしょうが、疲れた様子はなし。

「いいわね、楽出来て。」

「何言ってんだ、私らもそれなりに大変だったぜ。」

「そっちが遠慮なく弾幕散らすから、流れ弾の処理が大変だったんだからな。」

「つまり、魔理沙は楽をしてたというわけね。次何かが出たら、魔理沙一人に任せることにしましょうか。」

「お、別にいいぜ?ここまで私の出番はほとんどなかったしな、ちょうどいい。」

なら、決まりね。

戦いの後だというのに日常を全く崩さぬ軽口を叩き合いながら、私達はこの気持ち悪い空間を抜けるべく、先へと進んで行った。



しかし、神の在り様、ね。私は今の戦いの最後に厄神が言っていたことを反芻していた。

それは、何処ぞのお節介焼きさんの在り方に非常に酷似していると思った。『願い』と神は、ひょっとしたら同一のものなのかもしれない。

だからどうしたというわけでもないけど。もしそうだったとしたら。

博麗神社の祭神は、名前を忘れた優しい夢でもいいかもしれないわね。

ほんの気まぐれに、そんなことを思ったりもした。





+++この物語は、博麗の巫女と厄神の戦いを通して神の在り方を考えてみる、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



楽園の素敵な巫女:博麗霊夢

一応祈祷やら何やらは叩き込まれているが、信仰だとか神だとかの知識は足りてない。バリバリの実践派。

今回の一件を通し多くの神に触れることになるので、神とは何かをちょっと考え始めている。

彼女は知らないが、『願いの世界』の紫がかつて言った通り、『願い』は本来神として生まれるべきだった。

能力:主に空を飛ぶ程度の能力

スペルカード:霊符『夢想封印』、夢符『封魔陣』など



秘神流し雛:鍵山雛

厄という危険なものを溜め込む神だが、だからこそ人間の味方。常に人々から厄を集め、呪いの泥として溜めている。

今回は霊夢達を危険な妖怪の山に行かせないために立ちはだかった。

弾幕以外まともなコミュニケーションをとっていない珍しいキャラクター。

能力:厄をため込む程度の能力

スペルカード:厄符『厄神様のバイオリズム』、創符『流刑人形』など



→To Be Continued...



[24989] 五章五話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2011/06/15 12:15
厄神を倒してしばらくの間は、相変わらず薄暗い道が続いた。大体あそこはこの道の中間地点ってとこだったんだろう。

厄がたまってたあそこを越えると、再び野良妖怪どもが襲い掛かってきた。例によって例の如く蹴散らす作業だったわけだが。

だがそれも進むに連れて数が減っていくのがわかった。つまり、天狗の領域が近いってことだ。

連中もよくわからんよな。何が楽しくてこんなバカでっかい山を管理してんだか。しかも関係者以外立ち入り禁止だし。

私の知ってる天狗と言えば、射命丸文と犬走椛の二人ぐらいだ。椛の方は分からんが、文の方はそんなこと気にしそうな感じには見えないんだがな。

まあ、その辺りは今度の宴会の席でちょろっと聞けばいい。今は守矢神社を目指すだけだ。

「出口みたいだな。」

優夢の声で前を見ると、薄暗い森にだんだんと光が差し込んできていた。その向こうに、眩しい光が溢れていた。

「ルーミアを連れてくりゃよかったな。目が痛いぜ。」

「我慢しろ。じきに慣れる。」

「やっとこの気分悪い道が終わるわけね。やれやれだわ。」

三者三様に軽口をたたきながら、私達は速度を緩めず前に進んだ。



そして、厄神様の通り道を抜けて。

私達はとうとう、妖怪の山の中に出た。



視界いっぱいに秋の美しい山の光景が広がった。まるで今までの陰鬱をそっくりひっくり返したような光景だ。

秋の日差しに溢れた妖怪の山。木々は紅葉し、落葉を始めている。山の外でもそうだったが、こっちの方が綺麗だな。

眩しさの原因は、遠くの滝がキラキラと光っているせいだった。目が慣れた今は、いつまでも見ていたいぐらいだ。

人の足が入らぬ山は、自然そのままの統率の取れた美しさを持っていた。

なるほど、こりゃ独り占めしたくもなるかな。けど独り占めはずるいぜ。

「こりゃ、この山を一生借りるしかないな。」

「やめろ、空恐ろしい。」

さすがに冗談だ。けど、やっぱり独り占めはよくないと思うんだ。

「今度優夢から言ってやってくれよ。大天狗だろうが、お前の言うことなら聞くだろ?」

「どういう理屈だよ。それに面識ないぞ、大天狗。」

大丈夫だって。行ける行ける、絶対出来るって。どうしてそこで諦めるんだそこで。

しかし、「出来るか」と一蹴された。しょうがない、私が直談判してやるか。

「あんた、目的忘れてはいないわよね。観光に来たんじゃないのよ。」

「分かってるぜ。妖怪の山開放運動だろ?」

「微妙に掠ってそうなのがアレだが、直談判する相手は山の上の神社だからな。」

おっと、そうだったな。いかんいかん。

「まあ、別にいいけどね。いざとなったら何とかするし。主に優夢さんが。」

「おいこら待て神社の主。」

今までの『異変』も、最終的に何とかしたのは、そういえば優夢だったな。今回は『異変』じゃないが。

「俺は余計なことに首突っ込んで、最後に余計なことしてただけだ。」

「自覚はあったんだな。」

フランのとき然り、妹紅然り。別に『異変』とは関わりないところで、『異変』の延長を戦うのが優夢だ。

また今回も何かやらかしてくれることを期待してるぜ。

「今回は『異変』じゃないんだから、大丈夫だろ。・・・多分。」

「世の中そんなに甘くはないぜ。」

「もし何も起こりそうになかったら、ラスボスを優夢さんに任せれば安泰ね。」

最早決定事項と言ってもいい私達の未来予想に、優夢は重く溜め息をついた。諦めろ、それがお前だ。





そんな軽口を叩いていると。

「何か聞いたことのある声がすると思ったら、優夢と魔理沙じゃないか。こんなところに何でいるんだい?」

こっちも聞いたことのある声がした。横を見ると、見知った顔がいた。

ああ、そういえばこいつ妖怪の山在住だったっけ。

「おう、にとりじゃないか。」

「何、この河童二人の知り合い?」

「見たところ、それが博麗の巫女みたいだね。まさか妖怪の山に殴りこみ?」

「その通りだぜ。」

「違う。山の頂上に神社が出来たっていうから、ちょっとな。」

ああ、とにとりは手を打った。どうやら知っているようだな。

「あのいきなり現れて頂上を占領したっていう神社か。哨戒天狗から聞いてるよ。」

「にとりはその神社について何か知らないか?どんな神社なのか、とか。」

優夢の質問に、にとりは難しい表情をした。

「う~ん。私もあくまで又聞きだからねぇ。ただ、天狗様が追い出そうとやっきになってるんだけど、中々出て行かないところを見ると、かなり手強いみたいだね。」

「でしょうね。巫女であれだけの力を持ってるんなら。」

「何だ、博麗のはあっちの巫女に会ったことがあるのかい。」

「今日ケンカを吹っかけてきたわ。それと私の名前は博麗霊夢よ、河童さん。」

「おっと。私は川河童の河城にとり。今後ともよろしくね、盟友。」

相変わらずおかしなことを言う河童だと思った。が、今は関係ないな。

「ケンカを吹っかけてとは、穏やかじゃないね。連中は何者なんだい?」

「『外』からやってきた神社だそうよ。守矢神社っていうね。」

「大方連中の狙いは、幻想郷の信仰の独り占めだろうな。にとりからも天狗に言ってやってくれよ、山の独り占めはよくないって。」

「話摩り替わってるよね。ていうか、天狗様はあくまで山の統治をしてるだけで、独り占めはしてないよ。」

なんだ、そうなのか。

「なるほど、そりゃ確かに一大事だね。博麗神社の信仰がなくなると、何かとんでもないんだろ?」

「えーと、『大結界の維持に影響がある』だそうだ。『直ちに影響はない』らしいが。」

優夢の言葉。ああ、紫の『願い』に聞いたのか。

「そういうことらしいわ。だから、連中にちょっとお灸を据えなきゃならないってわけ。」

「確かにねぇ。大結界が消えたとなったら、私達も他人事じゃいられない。」

さすがににとりは物分りがいいな。技術屋やってるだけはある。

「そういうわけだから、例の神社に行く道を教えてくれ。」

「具体的に何処かはわからないけど、頂上に行くならあの滝を昇ると早いよ。」

にとりは、ここに抜けた直後から見えている大きな滝を指差した。なるほど、源流は頂上ってことか。

だが、とにとりは言葉を区切った。

「当然だけど、あそこまで行ったら天狗様の領域だ。人間が立ち入ったら殺されてしまう。」

「だから行くなってか?安心しろよ。私達はここにいるのに殺されてない。」

「ここは天狗の領域内河童の自治区だからね。ある程度の融通は利くのさ。」

何だ、まだ本当の意味で天狗の領域には入ってなかったのか。ちょっと拍子抜けしたぜ。

「確かにここを通れば天狗様の領域を通るのはあの滝だけだ。だけど、侵入することは不可避なんだよ。悪いけど、諦めてもらえるかな。」

「冗談。私は今日中に守矢神社とやらを懲らしめなきゃなんないのよ。」

「諦めるなんて選択肢、正義の味方の霧雨魔理沙さんにはないんだぜ。お前はよく知ってるだろ?」

「・・・まあ、その通りだったね。」

こいつとは『香霖堂プロジェクト』で絡みがあるからな。私の諦めの悪さは重々承知している。

だから理解して、深い溜め息をついた。

「つまり、あんた達を天狗様の領域に行かせないためには、力ずくで追っ払うしかないわけだ。」

私を止めるには、それしかないということを。

「そういうことになるな。が、力ずくなら私の方が得意だ。弾幕はパワーだぜ。」

前回からの約束だ。今回は私が出よう。

「あんたの魔法には、何度も煮え湯を飲まされてるからねぇ。ちょうどいい。今日こそはその力、科学的に利用させてもらうよ!!」

「おうよ。私の魔砲、しっかりと受け止めろよ!!」

私達の間で合意が取れる。それを見て、霊夢と優夢は下がった。

二人が十分な距離を取ったことを確認し、私は魔法弾を展開した。にとりもまた、水を操る能力を駆使して、大地を流れる川から水球を生み出す。

こいつとの弾幕ごっこは初めてだ。初めて戦う相手って奴は、いつだって胸が躍る。

こいつはどんな弾幕を撃ってくるんだろう。こいつはどれぐらい強いんだろう。私の力はどれだけ通用するんだろう。

未知へのわずかな恐怖と、最大限の好奇心。故に私は、人間だぜ。



『さあ、楽しい楽しい弾幕ごっこの始まりだ!!』

私の星弾とにとりの水弾が、激しく飛び交い始めた。





***************





正直にとりと争うのは気乗りがしなかった。秋様のときもそうだが、知人と戦うのは本当に気が重い。

まあ、戦いとは言っても弾幕ごっこ。つまりは遊びの決闘ではあるんだが。

だから、魔理沙が勝負に出てくれて、俺としては非常に助かっている。あいつはどんなときでも楽しそうに弾幕をするからな。

にとりは妖怪ではあるが、争いを好まず非常に友好的であるから、今まであいつの弾幕は見たことがなかった。

しかし、友好的とは言えやはり年経た古い妖怪だ。魔理沙に対し全く引けを取っていない。

この場合古い妖怪相手に互角に戦える魔理沙に驚くのが筋なんだろうが、霊夢と魔理沙に関しては人間でありながらむしろ妖怪以上であると考えなければならないことを知っている。

幽香さんの『願い』を取り込んで知ったが、あいつらは物心つく頃から弾幕で戯れていた、言わば弾幕ごっこの英才児だ。ことこれに関しては、人間の中で最強レベルと言って過言ではない。

最強レベルの人間と一般的な妖怪を比較すれば、さすがに人間の側に軍配が上がるだろう。

だから、その魔理沙と互角に撃ち合うにとりは、少なくとも一般的な妖怪よりは強いってことだ。

「力の強い妖怪は人間に友好的なものなのかね。」

幽香さんも何だかんだで優しいし。

「優夢さんに対してなら、どんな妖怪だろうが友好的でしょうよ。」

「さっき襲われたじゃないか。」

「あんなの妖怪の内にも入らないわ。獣よ獣。」

厳しいな。

さて、にとりの弾幕――まさに弾『幕』という表現がぴったりなほど見事な弾の壁に、魔理沙は攻めあぐねているようだ。

にとりの側も、かなりの速度で魔理沙を狙い撃ってるんだが、魔理沙の飛翔速度の方が速く当たらない。

魔理沙が事故るのが先か、にとりが防御を抜かれるか。俺は後者だと思っている。

でたらめに動いているように見えて、魔理沙はあれを全て自分の意思で制御しきっている。あいつの言うドラテクってのも、あながち間違いじゃなかったりする。

まあ、見てる方や後ろに乗せられるのはたまったもんじゃないが。

「ふうん。やるわね、あいつ。何で知り合ったの?」

「香霖堂でな。例の発電機の件だよ。」

「ああ、あれね」と霊夢は思い出し、それっきり興味を失ったようだ。こいつも相変わらずだ。

「隙がないなら、作るまでだぜ!!」

魔理沙は叫び、にとりの放つ弾幕の中に飛び込んだ。それを見てにとりはギョッとした。

普通あれだけ濃密に弾幕を張ってるところに飛び込むとは考えないからな。毎度肝が冷える。

しかし魔理沙は慣れたものだ。特に、にとりの弾幕は規則正しくランダム性がない。的確に弾の隙間を潜り、あっという間ににとりの眼前に踊り出た。

「ほいっと。」

「あて。」

でこぴんを一発。余裕だな、魔理沙。

「てて。傷付くねぇ。」

「人間のでこぴんぐらい、妖怪のお前なら大したことないだろ。」

「そういう意味じゃないさ。まあ、あんたらしくはあるけどね。」

「だろ?」と不敵に笑う魔理沙。にとりもよく分かっている。

「一発は一発。スペル宣言だ。離れときな。」

「言われるまでもないぜ。」

にとりがスペルカードと、何やらスイッチらしき物を出す。・・・って、何故にスイッチ。

「河童の技術力はここまで進化した。試行錯誤の機会を与えてくれたあんたには感謝してる。だから、あんたで実験させてもらうよ。」

「光栄だぜ。どんと来い。」

香霖堂プロジェクトの産物か!理解し、俺は俄かに興奮を覚えた。

にとりの自信から、恐らく余程のものが出来たのだろう。技術を伝えた者として、わくわくせずにはいられなかった。

霊夢が呆れたように俺を見ていたが、気になるわけもなし。さあにとり、見せてくれ。

「なら、行くよ!!」

にとりは右手をスイッチに当てながら、左手でカードを掲げ、宣言した。



「光学『ハイドロカモフラージュ』!!」

『うおっまぶし!?』

何か物凄く光った。発明って白熱電灯かい。

「ふはははは!どうだい、我が光学迷彩スーツの威力は。私の姿も見えまい!」

確かに見えないが、これは光学迷彩言わん。ただの目眩ましや。

「くっ、場所は丸分かりだけど直視できないぜ!」

まあ、効果はあるみたいなんだけど。・・・やっぱりにとりはにとりってことか。あの人力発電機を開発したときから何も変わってない。

と、馬鹿みたいに光ってる中心から、にとりの放った水弾が飛んできた。だいぶ避けづらそうにしているが、魔理沙はちゃんと見てから回避した。

かわせないほど眩しいってわけでもないが、あんまり長いこと相手にしてたら目が悪くなりそうだ。

しかし、これだけの電力をにとりは何処から得ているんだろうか。まさか、小型かつ強力な電池でも開発したのか?

にとりならありえなくもないが、これは多分・・・。

「魔理沙、にとりからコードが延びてないか調べるんだ!有線なら、それを断てば電力の供給が止まる!!」

「なるほど、探すぜ!!」

俺の指示に従い、魔理沙は大きく迂回を始めた。にとりからはなおも水弾が放たれているが、避けに徹した魔理沙を打ち落とすことは生半可なことではない。

「こら優夢、助言とは卑怯だぞ!!」

「やかましい、こっちまで眩しいんじゃ!!」

相手をしてる魔理沙への攻撃というならしょうがないが、この『流れ弾』はあまりにもひどい。というわけで、このスペルは早々にブレイクしてもらいたい。

「あったぜ!にとりの背中から水が伸びてる!!」

「ゲッ、いつの間に!?」

魔理沙は自慢の高速移動を駆使して、にとりが俺と問答している間に後ろに回りこんでいた。にとりが何かをするよりも早く、魔理沙はその手からイリュージョンレーザーを放った。

そして俺の予想通り。水で作られたコードが断たれると、強烈な発光は止んだ。恐らくは川の方に水力発電機を置いて、そこから伝導率の高い水を通して電力を得ていたんだろう。

ともかく、これでスペルブレイクだ。

「ぐぬぬ、やはり有線だとコードを狙われると弱いか・・・。まずバッテリーの開発から力を注いだ方がいいかもしれないね。」

「その前に今のは光学迷彩とは言わん。省エネかつ効果的な迷彩方法を考えた方がいいぞ。」

「なるほど、つまり?」

「おいおい、今は弾幕ごっこの最中だぜ。そういうのは後にしてくれ。」

魔理沙から注意が飛び、にとりは「おっと」と言って体勢を立て直した。

「なるほどね。」

霊夢は一連のやり取りを見て、何事か合点が言ったようだ。それについて尋ねると、こう返ってきた。

「優夢さんの知り合いだけあって、おかしな奴だわ。」

「どういう意味だよ。」

「どういう意味さ。」

「墓穴掘ってるぜ、霊夢。」

色々と緩い弾幕ごっこだった。





***************





魔理沙もそうだけど、あのにとりって河童も楽しそうに弾幕をやるわね。それだけ二人は気の置けない友人だってことか。

別に不思議なことでもない。妖怪に気に入られるのは、何も『願い』の特権じゃない。あいつだって、手癖の悪ささえなければ人に好かれるタイプだわ。

もちろん、あの河童がおかしな奴ってこともある。

普通の河童は、臆病で他種族に姿を見せることが少ない。人間に盟友と言い、肩を持つような河童は初めて見た。

発電機の件には魔理沙も絡んでるとは聞いてたけど、随分と仲良くやってるみたいじゃない。

まあその辺はどうでもいいんだけど、毎度毎度面倒だと私は思っている。

ここまでで遭遇したそれなりに力を持っていた奴は、秋の神に厄神、それから目の前のおかしな河童。全員私達に友好的と言っていい連中だ。

友好的なら素通りさせてくれればいいのに、だからこそこいつらは私達に立ちはだかる。

正直な話、ありがた迷惑以外の何物でもない。私達は危険は承知の上で来てるんだから。

かと言って、こいつらが全員私達の敵としてあるなら、今度は侵入を許さないという意味で襲ってくるだろう。

どの道戦いが避けられないことは私もよく知っているけど、『異変』でもない今回の騒ぎでこれは時間の無駄にしか感じられない。

本当に、私達を止める連中はこれで最後にしてもらいたいものだ。・・・まあ、多分その心配はないけどね。

さっきにとりは言った。あの滝を昇れば頂上だと。そして、あそこは確実に天狗の領域であると。

つまり、ここから先は本気でぶちのめせる連中しか出てこないということだ。それなら、何の遠慮をする必要もない。元々しないけどね。

今は魔理沙とにとりの勝負をのんびり観戦して、魔理沙の勝利を待てばいい。いくら相手がそれなりに古い河童だとしても、私がよく知る幼友達の力を超えているとは思えないもの。

ほら、こんな風に。

「あらよっと!」

「!? 時間差で!!」

魔理沙のイリュージョンレーザーを水弾で屈折させたにとりは、その直前に放たれていたマジックミサイルをかわすことが出来なかった。

正面突破が多い魔理沙で本人もそれを旨とはしているけど、こういうことが出来ないわけじゃない。ちゃんと相手によって戦い方を使い分けるだけの判断力を持っている。

でなきゃ、私と同じ歳から『異変解決』が出来るわけがないでしょう?

マジックミサイルは衝撃が結構ある。まともに喰らったにとりは、ちょっとよろめいた。

「あたた・・・遠慮ないねぇ。」

「私らの間にそんなものが必要か?」

「くくっ、違いない。じゃあ、私の方も遠慮はしないでおくよ。」

言いながら、にとりはスペルカードを取り出した。さっきのは無駄に眩しかったから、ああいうのなら遠慮してほしいわね。

「今度はどんな発明だ?」

「あいにくと、新しい発明はさっきので打ち止めだよ。ここからは、河童としての力で戦わせてもらう。」

ならいいわ。とっとと宣言しなさい。

私の言葉に出さない要求が聞こえたわけではないだろうが。

「洪水『デリューヴィアルメア』。」

奴の宣言。この場にある水弾に加え、地上の川から波のような大量の水が立ち上ってきた。ここからが本番みたいね。

せいぜい見てる私達を退屈させないでよね。そう心の中で呟き、私は優夢さんにお茶を要求した。

「あるわけねーだろ。」

当然出てくるわけはなかったけど。今度から『異変』のときとか、水筒持ってこようかしら。





***************





水を使っているだけあって、にとりの弾幕はよく波を打つ。避けられなくはないが、通り過ぎるのを待つのがまどろっこしい。

私も遠慮なく戦っているが、にとりも同じだな。水に込められた妖力が半端じゃない。信頼されてるってことか。

なら、信頼には応えなきゃな。

「いつでも自信満々。あんたらしいねぇ。」

不敵な笑みを浮かべる私を見て、にとりは私と同じような顔をした。

「お前も同じだろ、盟友。」

「おっと、こりゃ一本取られたね。その通りだ。」

にとりのような研究者を、私は嫌いじゃない。

あいつが自信満々なのは、失敗しないからじゃない。むしろ大抵は失敗する。失敗してなお自信を失わないから、あいつは素晴らしい。

私も、方向は真逆だが、研究と開発をする者だ。失敗の恐さは知っている。

だが、私もあいつも決して諦めることはない。失敗から学び、一歩ずつ成功に近付き、達成することを諦めない。

種族も生きた年月もまるで違うが、根っこのところで私とにとりは共感できる。だから私はこいつが好きだ。

「行くよ!!」

にとりの気合いの声とともに、水の帯が左右から私を拘束しようと伸びてきた。その様はまるで押し寄せてくる洪水だ。

当然、ただで捕まってやる気はない。前に、横に移動し、私は水の帯を回避した。

勿論これで終わりとは思っていない。相手はにとりだ。有象無象とは違う。

にとりの方を注視しつつ、私は避けつづけた。前へ、さらに前へ。

「おっと、それ以上は近付かせないよ!」

さすがに私の絶対射程距離に入らせるほど甘くはない。にとりは正面から妖弾を飛ばしてきた。

「甘いぜ!」

だが、真正面からの弾を馬鹿正直に受けてやるほどお人よしでもない。私は即座に直角に折れ曲がり、それを回避した。

私が避けたのを見て、にとりは――笑っていた。何か仕掛けがある!!

思った瞬間だった。

「水がッ!!」

妖弾は水の帯に触れた瞬間、水に溶け消えた。それと同時、水の帯の一部が高圧力の弾丸となって私の方に飛んできた。

そういうことか!私はこのカラクリを理解した。

にとりの能力は水を操る。河童であるあいつの妖力は、水と同化し意のままに形を変えることが出来る。

つまり、私に向けて撃った妖弾は、私を近付けないという意味と、妖力を溶かし反射水弾を生み出すという二つの意味があったということだ。やるな。

さらに直角に曲がることで、間一髪水弾を回避する。速さはあるものの、軌道は直線的だ。

「ひゅい、見事だね。あんたは何回曲がれるんだい?」

「何回でも、だぜ。直線攻撃で私を落とせるとは思わない方がいい。」

感心の口笛を吹くにとり。正確には、私の魔力が続く限り何回でも、だが。

「なら、避け続けてみな。出来るものならね!!」

カラクリを隠そうともせず、にとりは一度に大量の弾幕を放った。狙いは、私の後ろに張り巡らされた水の帯。

あいにくだな、予想通りだぜ!!

「マジックミサイル!!」

既に私は、迎撃の用意が出来ていた。展開した魔力のミサイルでもって、今にとりが撃った弾目掛けて発射する。

全弾を叩き落すとはいかないが、半数は落とした。残り半分が、高圧の水線となって襲い掛かってくる。

それでも私は落とせないぜ。

「何と・・・!!」

「さすがのお前も、すぐには撃てないだろ!」

ギリギリまでひきつけた私は、直撃の直前に急加速で前に出た。的を失った水弾はそのまま虚空を貫通する。

そして私の手には、一発だけ余らせておいたマジックミサイル。それを、まだ次の弾幕を生み出せていないにとりに向けて投げつけた。

当然、にとりは避けようとしたが。

「弾けて飛びな!!」

回避したにとりの近くで、マジックミサイルを起爆する。にとりは爆風に飲み込まれ、スペルブレイク。

優夢の『ホーミングボンバー』(私称)みたいな仕掛けだ。元々爆発性のあるマジックミサイルの起爆を任意に行う式を組んであった。

まあ、タイミングが難しくて一度に一発しか扱いきれないのが難点だが。上手くいったぜ。

「ゲッホ、ゲホ。全く、相変わらず派手な魔法使いだねぇ。」

「違うな。私は普通で恋色でとびっきり素敵な魔法使いだ。」

霊夢から文句が飛んできたが、無視する。素敵はお前の専売特許じゃないぜ。

「どうにも勝てそうにないねぇ。さすがは二人目の『異変解決家』と名高いあんただけはある。」

「おいおい、弱気か?お前らしくもないな。」

「冷静な判断だよ。けどね、だからと言って負ける気はないよ。少なくとも、あんたにあのスペカを使わせるまではね。」

ほお?いい度胸をしてるじゃないか。なら、私は絶対に使わないでやるぜ。

「言ったね。絶対に使わせてやる。」

「面白い、じゃあどっちの絶対が本当の絶対か、勝負だ!」

「望むところ!!」

これで終わりかと思ったが、にとりはやる気を出してくれたようだ。そうでなくちゃ困る。

弾幕ごっこは最高の遊びだ。だったら、心行くまで遊ばなくちゃ損だろう?特に気の置けないような友人なら、尚更な。



にとりは再び水弾を展開し、私は私で星弾を展開する。仕切り直しだ。





***************





さっき私が言った言葉に偽りはない。そもそも、端っから私が魔理沙を止められるとは思っていない。

魔理沙と弾幕勝負をしたことはないけど、あいつの魔法を発電機に活用しようということで、何度か見たことがある。

あの魔法の威力は本当に凄まじかった。とても一人の人間が出す出力とは思えなかった。

もちろん、それは魔理沙一人の力ではない。ミニ八卦炉という、地獄の炎を封じているという道具があってこその魔法だ。

だがそれでも、それを扱いこなしているのは魔理沙だ。道具を使いこなすことも力の一つであるということを、技術者である私は理解している。

私は、現実をありのままに言うなら、どっちつかずだ。妖怪であり、力を持った存在でありながら、道具や技術に心を惹かれる。

河童は技術者が多い。けれどそれは裏を返せば、力を持たない故に道具を使う者が多いということだ。

では私はどうかというと、そんなことはない。こう見えて鬼が幻想郷に居た頃から生きているし、その昔は妖怪としての力一本で戦っていた。

つまり、それだけの力に自信がありながら、私は技術者をやっているのだ。

初めは人間の道具を見て、「それがどうした」と思った。我々の持つ水の力の方が余程優れていると思っていた。

次第に人間の道具――武器は発展していき、それにより殺される妖怪も出てきた。徐々に私達の中で人間への恐怖が生まれていった。

それと同時、私は人間達の知恵に羨望も覚えていった。力なき者達が、知恵を使い過酷な世界を生きていく様には、感銘すら覚えた。

そして私は気付いた。いかに私の力が大きかろうが、それより上は必ず存在する。中位以上の天狗様には敵わないし、鬼などもってのほかだ。

力は、より大きな力を持った者の前では「無力」なのだ。

それに比べて人間の持つ知恵は素晴らしい。力がなくとも、力のある者と対等に渡り合うことを可能とするんだから。

だから私は力の道を捨て、技の道を選んだ。だから私は、まだまだ中途半端だ。

だから、技で力の道を一本通す魔理沙に私が敵うことはないと、戦う前からある程度の予想はついていた。こんなこと言ったら怒られそうだけどね。

だけどやはり、私にも意地がある。幻想郷一の技術集団としての意地がね。

私は、優夢率いる『香霖堂プロジェクト』の技術者だ。幻想郷に新エネルギーをもたらす使命を持つ私が、せっかく魔理沙が用意してくれるエネルギーを使えないなど、私のプライドが許さない。

何としでもアレを活用したい。そのためにも、私は魔理沙に一矢報いたかった。

「・・・ほぉう?」

被弾したわけでもないのにスペルカードを取り出す私を見て、魔理沙は帽子を深く被りなおした。

この場には、今まで私と魔理沙で撒き散らしまくった星と水の弾幕で溢れている。準備は整った。

「あんたの魔法、利用させてもらうよ。」

「なるほど、な。面白い、見せてみろよ。」

私の意図するところを理解し、魔理沙は不敵で楽しそうな笑みを見せた。ああ、あんたのお眼鏡にかなうといいな。

「水符『河童のフラッシュフラッド』!!」

宣言とともに、私の水は魔理沙の星を飲み込むように集まった。星の光は水に溶け、強烈に発光する水の完成だ。

「で、当然これだけじゃないんだろう?」

当然。光ってるってことは、エネルギーが高いってことだ。つまり。

「行け!!」

「ッ速いな!!」

魔理沙の魔弾のエネルギーを持った水は、とてつもない勢いで魔理沙に迫った。それは当たり前のようにかわされ、通り過ぎる。

だが、まだだよ!!

「・・・追って来るか!!」

行き過ぎた光の洪水は激しいうねりを作りながら、避けた魔理沙を追尾する。元はあんたの魔力なんだから、このぐらいはできるさ。

魔理沙は箒で疾走し、後ろから追いかけてくる洪水を避け続けた。その差が開くことはなく、縮まることもなかった。

「なるほどな、私の速さか!!」

「そういうことさ!!」

魔理沙の力を飲み込んだ水ということは、魔理沙と同じだけのスピードが出せるということに他ならない。つまり、止まればアウトだ。

もちろん、それでお終いじゃない。

「もういっちょ、行くよ!!」

魔理沙を追う洪水とは別に、水の弾幕をいくつも作り出す。それを魔理沙目掛けて投げつけた。

前門の虎、後門の狼。さあ、スペカを使うしかないよ!!

だが、私の読みはまだ甘かったようだ。

「何のこれしき!!」

前からの弾幕を、全くスピードを緩めずに突き抜けた。魔理沙に当たらなかった水は洪水に着弾し、徐々にスピードを緩めてしまう。

これでもダメかい。若干の疲労感と、本当に楽しそうな魔理沙に、それでも私も気分が高揚してくる。

いいさ。なら本当に全力を出し切ってでも、スペカを使わせてやる!!

私はさらに一枚のスペルカードを取り出し。

「河童『のびーるアーム』!!」

背中のリュックに仕込まれた巨大なマシンアームを起動する。私の能力の水圧で動く、必殺アイテムだ。

機械の腕を大きく振りかぶる。振るわれた剛腕は、直前で魔理沙が直角の回避をしたことで空を切る。

「そんな大振りに・・・ッ!?」

「当たるとは思っていないさ!!」

本命はこっち。左からのフックだ。

わざと右めに繰り出した一撃は、私から見て左に魔理沙を逃げさせた。そこへの狙い済ました一撃だ。

後ろは洪水。今度こそ逃げ場はない!!

私は魔理沙のスペル使用を確信した。



・・・が。

「やれやれだ、こいつは取っておきの新技だったんだが。」

魔理沙は下がった。そこに溢れんばかりの大水を意に介さず。

何をと思った瞬間、私は魔理沙の狙いを理解させられた。

魔理沙の魔力が溶けた洪水は、段々と動きを止めていた。徐々に徐々に、気づかぬうちに。

私のスペルは、完全に『凍り付いていた』。

「・・・参ったね、あんたが氷の魔法を使うなんて。」

手癖の悪さはさすがと言うべきか。いつの間にか魔理沙は、氷属性の魔力球をフラッシュフラッドの目の前に配置し、冷やし続けていたのだ。

「覚えたてほやほやだぜ。やはり性に合わん。」

「の割にゃ、随分見事に凍らせてくれたじゃないか。案外氷の相性いいんじゃない?」

「氷精との相性はそれなりだがな。」

何だいそりゃ。

軽口を交わしながら、私は機械の両腕をだらりと下に垂らした。こりゃ敵わないな。

「おお?何だ、もう終わりか。」

「アレを凍らされちゃねぇ。あんたにスペカを使わせる準備が足りないよ。」

「そうか、残念だったな。」

私は目的を達成できないまま、敗北を認めた。次は絶対に使わせてやるよ。





***************





にとりらしい潔さだった。敗北を認めると、すぐスペルを解除し道を空けてくれた。

悪いなにとり。お前の気遣いは嬉しいんだが、俺達にはやらなきゃいけないことがある。

「くっそー。次は絶対マスパを使わせるような凄い発明をしてやる。」

「その前に、マスパに耐えられるだけの動力容器を作れよ。私は待ってるんだ。」

・・・何か、どうにもにとりは本気で俺達を止める気はなかったようだ。ありがたいんだか何か言うべきなのか。

「さっきも言ったけど、あの滝を昇れば頂上だ。滝つぼまでが河童の自治区だ。だから滝を昇り始めたら、哨戒天狗からの攻撃が始まるだろう。」

なるほど。それはつまり、哨戒天狗が天狗の上位種を呼ぶ前にあそこを昇りきれ、ということか。

ここから見ただけでも結構な高さがある。100mできくだろうか。

烏天狗の速さを、俺達はよく知っている。・・・かなり難しいだろうな。

「なぁーに。烏天狗が出ようが、蹴散らしゃいいだけだ。」

「軽く言うがな・・・。」

俺自身烏天狗の弾幕ごっこを見たことはない。だが、この山を統治しているという天狗の上位に位置しているのだから、そんなに簡単に行くことはないだろう。

――最悪、俺が盾になってでも行かせるか。この中で「人間」じゃないのは、俺だけなんだから。

心の中で軽く決意する。最終的に霊夢さえ守矢神社に送れば、あとはどうにでもなると踏んでいた。

「まあ、妖怪の山に住む私らとしても、連中が我が物顔してるってのは面白くない。あんた達に託すことにするよ。」

「おうよ、任せとけ。私の魔砲が火を噴くぜ。」

そりゃ怖い、とにとりはおどけた。サンキューな。

「じゃあ、行こうぜ。世話になったな、にとり。」

俺はにとりに挨拶を告げ、先行して滝に向かい始めた。

「・・・あ、そうだ。」

その俺の背に、にとりの声がかかる。呼び止められ、俺は振り返った。

「そういや優夢に頼まれてた『アレ』、試作型だけど完成してるよ。」

『アレ』?・・・って、え、まさか『アレ』!?

「マジか!?」

「河童は嘘つかない。ここで装備していくかい?」

「ニア はい」

信じられないが、嘘を言う奴でもないことは知っている。まさか、冗談のつもりで言った『アレ』が本当に完成するとは・・・。

「? おい、何の話だ?面白い話なら聞かせろ。」

魔理沙が食いついてきた。・・・が、こいつに言うと壊されそうな気がする。霊夢も然り。

なので俺は。

「閲覧権限がありません。再度トップページからアクセスし直してください。」

「何処だよ、トップページ。」

苦しい誤魔化しだったが、魔理沙はそれ以上突っ込んでくることはなかった。霊夢は初めから興味なし。とりあえずは助かったか。



にとりが背負ったリュックの中から腕時計の形をしたそれを取り出し、俺は左腕に巻きつけた。

使い方の簡単な説明を受け、今度こそ俺達はにとりと別れた。

さあ、ここからが妖怪の山本番だ。気合を入れていこう。





***************





博麗の巫女が襲ってくると分かったときから、私は準備を始めていた。境内を覆う結界を強化し、符も追加で書き始めた。

迎撃に抜かりがない状態を保つようにしていた。

「そこまで神経質にならなくたって平気だよ、早苗。」

神奈子様はそうおっしゃられたが、こういうことは前準備が大切だと思う。社会の調査発表の時は、どれだけ準備をしても緊張がおさまらなかったんだから。

今回はそれよりも規模が大きい。負けてしまったら、全てが水の泡なのだから。準備にも気合が入る。

「まあ、気持ちの落ち着け方は人それぞれだけどね。あまり根をつめすぎるんじゃないよ。」

「大丈夫です。さすがにそこまでバカじゃありません。」

準備で気力を使い果たして、実際の迎撃は出来ませんでしたではお話にならない。

対戦勝利のお守り、神気のおみくじ爆弾、秘文字で書かれた秘術の符、etc...

これだけあれば十分だろうという量を作り終えたところで、ようやく私は筆を置いた。

本当は参拝客の方に神奈子様の神徳を与えるための物。こんな使い方は、本当ならあまりしたくはない。

だけど、背に腹は変えられないというか、勝たなければ生き残れないのだから。

考えていると、気分がだんだんと重くなってきた。・・・いけない、こんなんじゃダメだ。

心に溜まったものを吐き出すように息を吐く。それで、少しは胃の辺りが軽くなった。

いっそ早く博麗の巫女がやってくればいいのにとも思ったりする。来てほしくない、だけど来てほしい。

高校入試を受けたときの気持ちによく似ていた。



リィン、と澄んだ鐘のような音がして、私は心臓が飛び上がった。

今のは誰かが結界に進入したことを表す音。もう博麗の巫女がやってきたのか。

慌てて符とお守りなどをまとめ、祝棒を持って外に出る。

しかし、そこにいたのは博麗の巫女ではなかった。

「あんたがここの巫女かい?いい神社だね。」

そこにいたのは、強烈な魔の気配を放つ二人の妖怪。

長身で漆黒の髪をしたラフな和装の女性と、彼女よりもさらに背が高く、同じく黒い長髪をした大河ドラマの武士のような服を来た男性だった。

天狗。その正体を、ここ数日の経験から私は即座に察知した。

「この神社では風祝かぜはふりというのですよ、天狗のお客さん。」

気圧されぬよう、私も不遜な態度を取る。妖怪相手に隙は見せられない。

「へぇ。というと、結構由緒のありそうな神社だね。それなのに、何で幻想郷に?」

「妖怪の知ったところではありませんよ。知ってどうにかなるものでもないでしょう。」

「違いない」と言いながら、彼女はカラカラと笑った。・・・何ともつかみにくい相手だ。

「ときに、親御さんはいるかね。ちょいとお話があるんだがね、現人神さん。」

!? この人、一目で私の正体を・・・。今まで現れた天狗は皆、私を「人間」と見て油断していたというのに。

只者ではない。一筋の汗が、私の頬を伝い流れた。

「私の両親なら数年前に他界しましたよ。お話なら、死後の世界へどうぞ。」

「あー、違う違う。そういう意味じゃなくて、つまりはここの祭神って奴に会いたいのさ。・・・どうやら言葉遊びは初心者みたいだねぇ。」

今度は苦笑が返って来た。分からない。この人は本当に、天狗なの・・・?

「妖怪が参拝とは、殊勝なことです。しかしここは人間のための神社。あなた方に立ち入る隙はありませんよ。」

「まあそう硬いこと言わずに。信仰で豊かになるのは、人も妖怪も神も一緒だろう?」

「ならば妖怪の神に祈ってください。去らぬと言うなら、力ずくで追い出させていただきますよ。」

女性は困ったように頭をかいた。

と、そこで男性の方が女性の前に出た。よく見ると、腰に刀を持っているようだ。いつの間にか、それに手をかけていた。

「その刀が私に届く前に、私の秘術があなたを調伏します。無駄なことは・・・ッ!?」

最後まで言えなかった。その瞬間、男性から恐ろしいほどの妖気が溢れ出て、私は言葉を飲み込まされた。

妖気――いや、あれは殺気だ。あの人の目は、私を殺そうとしている・・・!!

「やめな、蔵馬。」

女性の鋭い声。それで、男性から放たれる殺気はピタリと止んだ。

まるでフルマラソンに出場でもしたみたいに、滝のような汗が流れ、動悸が荒くなる。

「ごめんねぇ。こいつは遮那王蔵馬といって私の側近なんだが、ちと融通が利かなくてね。別にここを攻撃しに来たとかじゃないから、安心しとくれよ。」

今私に向けて殺気を放った男性の頭を、女性がペシリと叩いた。それでも彼の表情は一切動かず、終始口を開くことはなかった。

「会わせてもらえないってんなら、しょうがないから日を改めるさ。けど、そっちはそうも言ってられないと思うんだがね。」

・・・この人はひょっとして、私達が幻想入りした理由を知っているんじゃないだろうか。彼女の言葉は、そう思わせるに十分だった。

どうするべきか。この人は妖怪。間違いなく天狗で、つまり今まで私達を追い出そうと攻撃してきた人達と同じ。

だけど、何かが違う。この人自身はこちらに敵意を見せようとしないし、あくまで神奈子様に会いにきたと言っている。

その言葉を信じていいのか、悪いのか。・・・私には判断が出来なかった。



だが、我が祭神は全てお見通しだったようだ。

「何、改める必要はないさ。私はここにいる。」

私の真後ろから、神奈子様の声がした。

「八坂様!?」

「良い、早苗。下がっていなさい。彼らは私に話があると言っている。守矢神社の祭神として、拒むことはしない。歓迎しよう。」

「あんたが祭神か。お宅の巫女――かぜはふりだったか。よく教育されているよ。山の若造どもにも見習わせたいもんだ。」

神奈子様は、彼女に親しげに話しかけ、彼女もまたその通りに返した。

私には何が起きているのか理解できなかった。しかし、神奈子様はこうして対面することを選ばれた。なら、私はそれに従うしかない。

「私の名は八坂神奈子。こちらは風祝の東風谷早苗。話の用件は何かな、天狗――いや、『魔王』よ。」

・・・え?私はその言葉の意味が分からず、神奈子様を見た。表情は、真面目そのものだった。

言われた彼女は、「あー」と曖昧に唸りながら、頷いた。

「うん、こっちも隠し事はできないね。さすがは天津神ってとこかい。」

「まあね。一目見て天狗との違いは分かったよ。それだけの禍々しい妖気を持って、天狗で済むはずがない。」

え?え??私の理解の及ばぬところで、意思の疎通が計られ話が進む。この場の唯一の男性――遮那王蔵馬も、目を瞑り表情を見せないため、何を考えているのかわからない。

彼女は自己紹介をした。



「私は妖怪の山の統括者。天狗の頂点に立つ者。人呼んで、第六天魔王。まあ、気軽に天魔と呼んでおくれよ。」

・・・幻想郷は、やはり一筋縄では行かない場所のようだ。そう強く感じた。





+++この物語は、神社一行と河童が和気藹々とする、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



普通の魔法使い:霧雨魔理沙

にとりとはだいぶマブダチ。所謂××マリの中では、一番仲がいいかも知れない。

マスパを撃とうとも思ったが、先に新魔法『コールドインフェルノ』を試すことにした。

これでここまで道中の神社組のスペル使用回数は0。

能力:魔法を使う程度の能力

スペルカード:魔符『スターダストレヴァリエ』、恋符『マスタースパーク』など



水棲の技師:河城にとり

香霖堂プロジェクト技術担当。そこで得た技術を流用して、既存の発明を改良していたりする。

今回飛び出した改良版スペカは、『ハイドロカモフラージュ』と『河童のフラッシュフラッド』。一応、元スペカは『オプティカルカモフラージュ』と『河童のポロロッカ』。

止めようとしたが「まあ止められないだろうな~」程度には思ってた。割と楽観主義者。

能力:水を操る程度の能力

スペルカード:光学『ハイドロカモフラージュ』、水符『河童のフラッシュフラッド』など



→To Be Continued...



[24989] 五章六話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2011/06/15 12:15
にとりから品を受け取った俺は上機嫌だった。ここが妖怪の山であるということを忘れる勢いだ。

「キモいぜ。」

したら、魔理沙からそう言われた。失礼な奴だ。

「一体何なのよ、それ。そんなに喜ぶほどのものなの?」

左腕に巻かれた腕時計状のものを指差し、霊夢が問う。勿論だとも。

何せ、これがあれば俺は『憂い』から解放されるんだから。

「いい加減何なのか教えろ。トモダチだろ?」

「お前にとってトモダチは脅しながら頼み事をするものなのか。」

ミニ八卦炉向けんな。ここまで消耗温存してこれてんだから、無為に消費するのはやめよう。

まあ冗談ではあったようで、魔理沙はすぐに腕を下ろした。

・・・しょうがないな、ヒントぐらいやるか。

「まず、お前達にとっては余り魅力的じゃないかもな。」

こいつの効果は、俺だから意味がある。ひょっとしたら、「その道」の人達は重宝するかも知れないが、そういう趣味がこの二人にないことを俺は知っている。

「次に、こいつは魔導機械に分類される。」

「魔導機械ってーと、魔界通信機みたいなもんか?」

頷く。今のにとりの技術力で、これだけ小型な電気機械は作れないからな。

「最後に、これの作成にはアリスが関わっているので、後でお礼を言いに行く。お疲れ様宴会はその後だ。」

「んなもん売っちゃっとけよ。宴会以上に大事なもんがあるか。」

宴会も大事かもしれないが、礼節は大切だぞ。お前も少しは妖夢を見習え。

魔理沙は「善処するのぜ」と言うだけだった。聞く気はないな、こりゃ。

「とりあえず、さっぱりわからん。」

「残念ながら、ヒントタイムは終了だ。」

「そ。どうでもいいっちゃどうでもいいわね。」

霊夢は既に興味を失っていた。話振ってきたのお前だからな。

まあ、雑談にはちょうどよかったかもしれないな。

「さて、このラインを越えたら天狗の領域だ。二人とも、準備はいいか?」

俺達はにとりが教えてくれた滝の滝壺まで来ていた。滝壺の領空からが、本当の天狗の領域の始まり。

とてものどかな山の風景だが、ここを越えれば天狗の攻撃が始まる。二人に問うたのは、その心構え。

返ってきたのは、頼もしいぐらいに迷いない返事だった。

「出来てないとでも?退屈してたぐらいだから、ちょうどいいわよ。」

「お前こそ、今更出来てないなんて言わせないぜ。」

愚問だったな。分かりきっていて聞いたんだが、思わず自分で笑ってしまった。

「じゃあ・・・。」

霊力を凝集させ、身に10の霊弾を纏う。

「いっちょ派手に。」

魔理沙は魔力球を前方に配置し、深い前傾姿勢を取った。

「やりましょうか。」

気怠げに、霊夢は自然体で符を指に挟み、しかしきっぱりと言いきった。

霊夢の言葉を合図として、俺達は一斉に飛び出した。

その瞬間、待ち構えていたように、川から天狗の使い魔が現れ、こちらに向けて発射してきた。

魔理沙は突進し、空から魔力の爆弾で爆撃を開始した。俺は魔理沙を、そして俺自身を守るために、己の霊弾で弾幕を砕く。

霊夢は弾の間をかい潜り、的確な射撃で敵を撃ち落としていた。



俺達は、とうとう天狗の領域に侵入をした。





***************





「・・・む?」

哨戒をしている最中、私は何かの気配を感知した。

地を伝う振動。遠く聞こえる爆発音。これは・・・戦闘の音。

まさか、侵入者か?そう思い、私は己の能力を行使した。

私は千里先までを見る能力を持っている。所謂千里眼というものだ。

しかし、いつでも千里を見ているわけではない。近くを見るときは近くに焦点を合わせなければならないし、同時に色々な距離のものを見れるわけでもない。

遠くを見るときは、こうして目に霊力を通して視力を調節する必要があるのだ。

察知から若干の時間差を経て、私は先の光景を視認した。

森の中――異常なし。何かが通った形跡もない。

河童の自治区――異常なし。さっきの音はもっと近かった。

では、河童の里に流れ込む滝。

「・・・人間だと!?」

そこに侵入者はいた。そしてそれは、まさかの人間だった。

人の姿をした妖怪は存在するが、それらは一目で人間だと分かった。

何故ならば、彼女ら三人のうち二人は巫女の姿をしており、二人は見覚えのある顔だった。

「名無優夢と霧雨魔理沙・・・。」

何故、彼女らが。名無氏に関しては、文様が贔屓にしている人間だ。妖怪の山に敵対する理由が想像できない。

霧雨魔理沙の方は、以前「別に妖怪の山に興味はない」と言っているのを聞いている。その前言を覆す気なのか。

残りの一人――巫女の姿をしているのは、恐らくは博麗の巫女。妖怪退治を生業とする、幻想郷の人間代表。

彼女だけは、妖怪の山に攻め入ってもおかしくないのかもしれない。となると、巫女と交友のある二人は、巫女とともに攻め込んできたのか。

明確な理由は分からない。しかし、侵入しているということは、少なくとも事実。

「・・・排除しなければならないな。」

口にし、その難しさに頬を流れる汗を止めることが出来なかった。

霧雨魔理沙の魔法は、一度この目で見ている。名無優夢は、文様が認める強者だ。博麗の巫女の強さは、音に聞いている。

それほどの連中が、三人。果たして、私一人で排除し切れるのか・・・。

――以前の私なら、そして他の哨戒天狗なら、きっとこう言っていただろう。「人間ごとき、束になったところで天狗の相手ではない」と。

しかし今の私は知っている。妖怪よりも強い人間が、天狗よりも妖怪らしい人間が、幻想郷には存在するのだ。

理解している分、引けないことには変わりないのだから、気分が重かった。

「行くしかない、か。」

逡巡の後、ため息をついた。下っ端は辛いものだ。

私は地を蹴り空を駆けた。このまま行けば、三人と激突するのは滝を昇り終えたところか。

そういえば、頂上に何処からやって来たのか神社が出来ていたな。他の哨戒天狗が排除にあたっているはずだが、去ったという報告は今のところない。

あちらにもそのうち行かなければならないかもしれないが、私には予感があった。

きっとそこの巫女も、博麗のと同類なのだろう。やはり気が重く、ため息をつかざるを得なかった。



予測は的中した。私が滝の流れ口に飛び出すと、すぐに三人の人間が現れた。

ここにも多量の見張り使い魔がいたはずだが、そんなもので奴らの侵攻を止めることが出来るわけもなし。全くの無傷だった。

私の姿を認めると、奴らは制止した。

「人間どもよ!ここを我ら天狗の棲処と知っての狼藉か!早々に立ち去るがよい!!」

口上をあげる。が、向こうは全く意に介さず。

「あ、椛さん。お久しぶりです。」

「誰かと思ったら、文んとこの小童じゃないか。元気か?」

「何、また二人の知り合いなわけ?そんなんにしか会わないわね。」

ごく日常的な挨拶やらを返してきた。・・・くじけるな、私。

「立ち去らぬというならば、ここで斬り捨てる!我らの糧となりたくなくば、大人しく引き返すのだ!!」

「お仕事、ご苦労様です。」

「ゾッとしないな。そんなんじゃチルノも追い返せないぞ。」

「脅して脅される人間なんて今日びいないわよ。そこんとこ、考えときなさい。」

堪えない人間達だった。もっとも、私自身効果の期待はしていなかったが。

そもそも妖怪に恐怖しない人間達を、口上のみで追い返せるなら苦労はしない。結局は実力行使が必要となってくる。それも、生半可ではない実力行使が。

「警告はした。では、行くぞ!!」

遠慮はこちらの首を絞めるだけ。私は初めから全力で妖気を解放した。

哨戒天狗とは言え天狗は天狗。そこらの妖怪とは比するべくもない妖力を持った私の放つ弾幕の密度は、かなりのものを誇ると自負する。

さらに私なりの工夫として、射出のタイミングをわずかにずらすことによって、単純な円状には広がらないようにしている。ちょうど「の」のような形になる。

簡単には避けられないはずだ。だというのに。

「変な弾幕。綺麗ではないわね。」

まるで何事もないかのように自然体でかわす巫女。

「はは、面白いな。弾幕で拗ねてやがるぜ。」

弾が飛んできているのに全くスピードを緩めずかわす魔法使い。

「ほっと。凄い密度ですね、俺じゃかわせない。」

と言いながら私の弾を砕いて安全を確保する巫女姿。

はっきり言って、全く通用している様子はなかった。・・・本当に人間なのか、こいつら。妖怪の弾をあっさり砕くなと言いたい。

「こ、の・・・なめるなアァァァァァ!!」

さらに妖気を高め、私は巫女に向け突進をしかけた。弾幕でダメならば、この太刀で!!

「おっとっと。ダメですよ、霊夢は肉弾戦嫌いですから。叩き落されます。」

私と巫女の間に名無氏が割って入る。彼女の言葉の通り、私が突進をしかけた瞬間博麗の巫女は手に数え切れないほどの符を構えていた。あのままだったら攻撃されていただろう。

ある種助けられたと言えなくもないが、不快だった。戦場で敵を助けるなど。それも本気で殺しにかかってきている相手を。

だから私は、遠慮なく彼女に向かって太刀を振り下ろした。

彼女は私の太刀の動きを見て、わずかに体を横にずらした。それだけで、私の渾身の一撃は回避され、逆に腕をつかまれてしまった。

「くっ!離せ!!」

「ちょっ、暴れないでください。女状態だとあんまし力出ないんだから。」

言葉通り、力では私の方が勝っているようだった。だが彼女は一瞬のうちに私の腕をしっかりと極め、一切の身動きを取れなくさせられた。そういえば、名無氏は体術の心得もあるんだったか。

「あんまり知人と戦うのは好きじゃないんですよ。だから、ここらで引いてくれると物凄く助かるんですが。」

間近に迫った距離で、彼女は平常な様子で私にそう願い出た。・・・確かに、私ではこの三人に敵うべくもない。

だが、そうすることはまかり通らない。組織に属するということは、自由な行動を制限されるということだ。

私は哨戒天狗。山を見回り、侵入者を排除するのが仕事だ。だから、目の前にいる侵入者を見なかったことにすることはできない。

「真面目ですね。」

「お前には言われたくないだろうよ。」

名無氏と霧雨魔理沙は、何故か苦笑していた。

私の腕を拘束し続ける彼女は、すぐ真面目な表情に戻った。

「椛さんの立場ということも分かります。しかし、俺達も引けないんです。ご存知とは思いますが、山の上に出来た神社に、一言物申さなきゃならないんです。」

彼女らの目的は山の侵攻ではなく、あの神社だったのか。博麗神社にも手を出していたのか、命知らずな。

それを聞き、一瞬「ならいいのか」とも思ったが、そんなわけはない。理由はどうあるにせよ、彼女らは妖怪の山に攻め入ったのだから。

「それでも、私は私の責務を全うしなければならない。お前たちの目的の邪魔をする気はないが、この山からは排除する!!」

力任せに拘束を振りほどき、私は再び妖気を高めた。名無氏は後ろに下がり、残念そうな顔をしていた。

「この手合が話を聞くわけないでしょ。いい加減に分かってるでしょうに。」

「無駄な争いを避ける努力は必要だろ?・・・仕方ない。椛さんには悪いけど、倒して通ろう。」

今のは名無氏なりの心遣いだったんだろう。そのことには感謝しよう。

私が弾幕を展開すると、三人は今度こそ私を倒すために動き始めた。霧雨魔理沙が魔弾を打ち込んでくる。

爆発を生みながら直進してくるそれを大きく回避すると、今度は巫女から符を投げつけられた。紙で作られたそれを太刀で斬り落とす。

私が展開した弾幕は、名無氏が放った不可思議な動きをする弾幕によって破砕され、彼女らに届くことはなかった。

それでも私は妖弾を生み出し続けた。それを目くらましとして一太刀入れるために、巫女に接近する。

魔弾を斬り伏せ、符を断ち、いざ巫女に斬りかかろうとしたところで、私は彼女らの策にはまっていることに気がついた。

「!? 太刀が!!」

振りかぶった太刀が動かない。何事かと見ると、名無氏の弾幕が纏わりついて、太刀を完全に抑え込んでいたのだ。そんなことまで出来るのか!?

そして、そこに巨大な隙が出来た。

「じゃあね。修行して出直して来なさい。」

巫女は、私に向けて過剰量の退魔の符を構えていた。・・・ここまでか。

己の敗北を悟り、私は驚くほど心静かだった。そも、初めから勝てるとは思っていなかったのだから。

そして巫女は退魔符の乱舞を放ち――。



「時間稼ぎご苦労様ね、椛。」

強烈な風が吹き、私に迫った退魔符は全てあらぬ方へ飛ばされていった。

・・・ああ、ようやく来て下さったか。安堵に、思わず力が抜ける。

「もっと『疾く』来てくださいよ、文様。」

「報告をしなかったのはあなたよ。」

上司への文句は、己の失態として返って来た。どうやら、私は最初から報告の方に向かえばよかったらしい。

まだまだ判断力が足りないと、今回のことは反省することにした。





***************





風とともに文はやってきた。椛が出てきた時点で、お前が来ることは大体想像が着いていたぜ。

こいつは椛ほど易しい相手ではないと理解している。全く、楽しくなってきたもんだな。

「射命丸さん。」

「これで二度目ね、優夢さん。以前に警告はしているから、今度はなしよ。覚悟は出来ている?」

「覚悟もしないでわざわざこんな場所まで来るとでも思うのかしら。」

霊夢の言葉に、文は「それもそうね」と冷たく言った。どうにも普段と様子が違うな。こっちが本性ってとこか。

「それなら、遠慮はなしね。知人だから殺されないと高を括らないことね。でないと、あっさり死ぬわよ。」

「真面目ですね。椛さんも、射命丸さんも。」

「あなたには言われたくないわね。」

さっき私が言ったのと同じことを文に言われ、優夢は苦笑した。だが次の瞬間には、元の真面目な顔。

「御託は結構。こっちにはのんびりしてる暇はないのよ。弾幕するなら一人出すわ。そうじゃないなら、三人がかりで潰す。」

「おお、怖い怖い。それなら私は弾幕の方を選ばせてもらうわね。さすがにあなた達相手に三対一を挑むほど無謀じゃないわ。」

「懸命ね。」

霊夢とのやり取りで、流れは弾幕ごっこに決まった。優夢が進み出ようとするが。

「おっと、ならここは私が行かせてもらうぜ。」

それよりも先に、私が前に出た。優夢は何か言いたそうな顔をしていた。

「私は私でこいつに因縁がある。それに、神社の荒事を鎮めるのは巫女の仕事だろ?」

「だから巫女じゃねえっつってんだろ。・・・そこまで言うなら、頼めるか?」

「私が喜ぶぜ。」

優夢は頷いた。霊夢の方は、元より異論はないようだ。

「そういうわけだ。せっかくだ、今日この場所で幻想郷最速を決定しようじゃないか。」

「いいわね。なら、そっちのお二方は先に進んだら?目的は妖怪の山じゃなくて、山の神社の方でしょ。」

止めるために現れた文は、何故か侵入を勧める発言をした。そのことに慌てたのは椛だった。

「ちょっ、文様!?」

「椛。ここはもういいから、他のところを見て回りなさい。あなたの役目は『哨戒』でしょう?」

「・・・しかし。」

「上司命令よ。」

文の有無を言わせぬ調子に、椛は不承不承といった態で頷き、去っていった。

「どういうことだぜ?」

「元々、そっちの二人は通すつもりだったのよ。これも上司命令。」

文よりも上ってことは、大天狗か?管理職ってのは大変だな。

「どういうことですか。」

「さあ。私に聞かれてもね。私はただ命令に従ってるだけよ、理由は知らないわ。」

優夢の問いかけに、文はそっけなく、しかし何処か疲労を交えて答えた。

「・・・霊夢は分かるとして、俺も?」

「案外あなたは天狗の間でも有名なのよ、博麗神社の居候。」

ま、優夢だしな。しかし。

「私は通行許可下りてないのか?私も霊夢達と用件は一緒だぜ。」

「それでもあなたは神社の人間じゃない。入り浸ってるだけの知人にわざわざ妖怪の山に踏み込ませる理由はない。そういうことなんじゃない?」

不公平だな。まあ、別にいいが。

「そういうことだから、通る?通らない?私は別にどっちだっていいのよ。」

「分かりました。すまん魔理沙、先行ってる。」

「おうよ。私はこいつを倒して追いかけるぜ。」

「簡単に事が進んで拍子抜けね。面倒がなくていいけど。」

挨拶を交わし、霊夢と優夢は文の脇を通り抜けていった。文はさっきの言葉通り、一切手を出す様子がなかった。

「もし二人に攻撃するようなら、私の魔砲が火を噴いたんだが。」

「馬鹿にしないでくれる?約束を反故にするほど堕ちてないわ。」

冷たい感じの文は、いつもあれこれ聞いてくる射命丸とは全くの別物のようであった。

しかし私は、何となく、この文に納得がいっていた。享楽的でありながら、何処か冷めた射命丸の裏側にあるものとしては、これ以上なく合点が行く。

「けど、命令なら攻撃するんだろう?」

「命令ならね。そんな命令は受けてないけど。」

「『そう言え』という命令を受けている可能性だってあるじゃないか。」

「・・・なるほどね、確かにそうだわ。」

一つ穿った物言いに、射命丸は少し笑った。勿論、ただの冗談だ。

「さて、と。ところで、今の言葉は本気なのかしら?」

「どれのことだぜ。」

「『私を倒して~』って奴よ。まさか、本気でそんなことを考えているのかしら。」

当然だろ。初めから負けると思って勝負する奴が何処にいる。

クックッと文は笑った。何がおかしい。

「ちゃんちゃらおかしいわね。たかが人間の魔法使い風情が、1000年以上を生きる天狗相手に、それだけの大口を叩くんだから。」

「そういう連中を片っ端から魔砲でぶっ飛ばしてるから、それだけの大口が叩けるんだぜ。たかが人間の力、侮ってると痛い目を見るのはお前の方だ、射命丸文。」

ミニ八卦炉を構える。向こうも、呼応するようにヤツデの団扇を構える。口では不遜なことを言っているが、内心ではそうでもないみたいだな。

やりにくそうだと、本気で思った。

「・・・なあ。戦う前に、一つ要求しておくぜ。」

ふと思いつき、私は尋ねた。文は無言で先を促してきた。

「この勝負に負けたら、風の魔法を覚えてやる。だから、そのときは手伝え。」

「強欲な人間ね。勝っても負けてもあなたの要求は通るじゃない。」

「ダメか?」

「・・・いいわ、手伝ってあげる。あなたが負けたら、ね!!」

愉快そうに笑いながら、文は団扇で風を起こした。渦巻くそれは、あっという間に竜巻と化した。

既に私は準備完了。私の周りには魔弾を生み出す魔法球が四つ展開されている。

さあ、幻想郷最速を決める弾幕ごっこの始まりだ。



私は箒を操り、竜巻の中に突進をしかけた。





***************





ああは言ったものの、私は彼女を侮る気は全くない。たかが人間、されど人間。この世で最も侮れない生き物は人間だ。

それでなくとも、彼女にはいくつもの『異変』を越えているという実績がある。これで侮るのは余程の自信家か、あるいは余程の愚か者ぐらいだろう。

私はそのどちらでもない。慢心するほど腑抜けでもないし、自分の力量を知らぬ若造でもない。

純粋な殺し合いならばわからないが、弾幕勝負という幻想郷の公式ルールに則って彼女に勝つのは、そう簡単なことではない。

だから私は最初から全力で仕掛けた。彼女に向けて、計四つの竜巻を仕向ける。

魔理沙さんは魔力の砲台を構えて、躊躇なく風吹き荒れる場に突っ込んだ。これだから侮れないのだ。

竜巻からは断続的に木の葉の刃や石の弾丸が吐き出されている。さらには竜巻同士が引き寄せ合って、そこにいる彼女は大風にあおられている。

だというのに、掠り弾こそあれど、彼女に直撃する弾は一つとしてない。紙一重で全ての弾を回避しているのだ。

それでいて前進は忘れない。まるでスピードを緩めず、彼女は彼女の攻撃が届くところまで迫ろうとしていた。

・・・いや、全く緩めているわけではないらしい。普段から彼女と交流のある私だから気付いたが、あれは彼女なりの「低速移動」だ。

それでも十分過ぎるほど速い。無論私にも出来ることだが、人の身でそれを実現しているところがさすがの霧雨魔理沙だ。

他を寄せ付けない圧倒的な飛翔速度と、それを制御しきる人として限界ギリギリの反射神経。その限界近くの駆け引きを成功させる冷静さと胆力。

それこそが、彼女の「幻想郷の住人ならでは」だと、私は再確認した。

そう、これは予想の範疇。この程度で驚愕して動きを止める私ではない。

「チッ、逃げるか!!」

「私は的じゃないもの。素直に止まっている敵がいる?」

既に私は後ろに下がっていた。そして、さらに四つ竜巻を生み出す。これでこの場には計八つの竜巻が荒れ狂うことになった。

弾幕の密度は倍。気流の乱流もさらに強くなった。

ここまでなっては魔理沙さんと言えどひとたまりもなかった。前進を止め、その場で回避の専念を余儀なくされた。

これで彼女は格好の的。・・・と言いたいところだが、この戦法の欠点は、私からの攻撃も届かなくなるということだ。

私の基本攻撃は風を操った風刃弾幕。当然、より強烈な風である竜巻を越えられるはずはない。

妖力弾も撃てないわけではないが、風に比べれば微々たる威力と速度。あの速さを持つ彼女に当てることは困難を極めるだろう。

彼女に有効打を通すにはやはり風しかなく、そうなれば今は待つしかない。

そして私の予感は、彼女があの大うねりを乗り越えるだろうという結論を出していた。その程度でなくて、どうして巫女でもなくて『異変解決』ができようか。

だから魔理沙さんに一撃を通すならば、狙うは彼女が竜巻から出てきた瞬間。私はその機を伺っていた。

やがて、その時はやってきた。

「今ッ!!」

彼女が巻き起こる砂煙を破り、私の視界に現れた。だが、私がそれを予測していたように、彼女の側も私の行動は予測済みだったようだ。

魔理沙さんは竜巻を破った瞬間、こちらに向けてレーザー状の魔力――確か『イリュージョンレーザー』を放っていた。既に攻撃に入っていた私に回避できるわけもなく、一撃を喰らってしまう。

だが彼女も私の攻撃は回避出来ない。風の速さで飛ぶ風圧弾の直撃を受けた。

「ッッくっ!?単なる空気の塊なのに、重いじゃないか。」

「空気は重いものよ。だから人間は地べたに貼り付けられているでしょう?」

「あいにくだな。私は重力の枷を断ち切った側の人間だぜ。この程度の空気なら軽い。」

軽口を叩くも、ダメージは向こうの方が大きかったようだ。威力は向こうの方が高かったかもしれないけれど、身体的な頑丈さの差ね。

ともあれ、両者被弾。私も魔理沙さんも、ともにスペルカードを取り出した。

「天狗と人が同じ条件じゃ悪いわね。ハンデをあげましょうか?」

「余計なお世話だ。全力でやらなかったら、全力で叩き潰すぜ。」

「それだけの減らず口が叩けるなら十分ね。なら、全力で叩き潰してみなさい。全力で叩き潰してあげるから。」

軽口を先行させ、私達の宣言はほぼ同時だった。

「儀符『オーレリーズサン』!!」

「岐符『サルタクロス』!!」

私は体の周囲に無数の風圧弾を生み出し、彼女は周囲に無数の魔力ビット。似た形状の技みたいね。

ますます持って面白い。彼女は本当に、あらゆる意味で『幻想郷最速』の決着をつけたいようだ。

「それじゃあ私が負けたら、今度からあなたに新聞配達をお願いしようかしら。」

「いいぜ、私が勝ったらな。」

彼女は不敵に笑み、ビットを輝かせた。私も風を動かし、弾を配置する。

それじゃあ決めましょうか。どっちのスペルの方が「疾い」かを!!





***************





重い一撃だった。そういえば、妖怪の攻撃をまともに受けたのって久々だったな。

私の攻撃も通ったはずなのにピンピンしている文を見て、私は改めて思い知らされる。私は、本当にただの人間なんだと。

魔砲の威力に自信があると言っても、それはあくまで「人間として」の話だ。たとえば幽香辺りなんかと比べたら、私の魔法なんざ児戯だろうよ。

人間であるこの体は、脆い。たとえばもし文が弾幕ごっこではなく本当に殺す気で私に風を撃ったら、多分私は跡形もなく吹っ飛ぶんだろう。

普段から妖怪やら何やらと接する機会が多い私だが、根本的な真実ってのは変わらない。つまり、妖怪は人より強いってことは。

別に普段から忘れているわけじゃない。もしあいつらがほんの気まぐれで弾幕でなく本気で襲い掛かってきたら、私はあっさりと殺される。

そうなったとしてもただで殺されてやる気はないが、結局は殺されるだろう。人と妖怪ってのは、そんな関係だ。

神社に集まる連中じゃなく、まだ見ぬ『異変』を企んだりするような妖怪を相手取る私は、それでも勝たなきゃならない。だから、弾幕では絶対に負けられない。

でなけりゃ、私は・・・。

「行くわよ!!」

文の叫びに、一瞬思考に沈みかけた意識を起こす。私は注意深く文の弾を見た。

あいつの弾は風で出来ている。そのせいで空気の歪みとしてしか視認できず、非常に見づらい。だが見えないわけじゃない。

見えるならば、私にとっては可避だ。何せ本当に「意識に上らない」ような弾幕を避け続けているんだからな。

奴が団扇を一閃すると、風の弾は一斉に散った。一部こちらにまで飛んできたため、私は身をずらして回避した。

そこからが、このスペルの本領だった。

「!? っと!!」

かわした弾が、まるで弾き返されるように私に向けて跳躍してきたんだ。間一髪でそれに気付き、紙一重で回避する。

・・・なるほど、そういうことか。

「風圧弾同士で反射しあうってとこか。」

「ご明察。さすがに日頃からバカみたいに弾幕をやってるだけはあって、性質の看破が早いわね。」

「「バカみたいに」は余計だぜ。」

バカはチルノだけで十分だ。

今の一発は、回避した風圧弾が別の風圧弾に衝突し、進行方向をこちらに変えた結果のようだ。

見れば、既に他の風圧弾同士も衝突しあい、無数の弾があちらこちらに跳ね返っていた。

一発飛んできた。それを冷静に避け、私は反撃に出ることにした。

「行けっ!!」

私が展開した魔力のビットから、一斉に魔力弾の射撃が行われる。それほど速度はないが、威力は文の風圧弾よりは上。

魔力の弾丸は、一発で数発ずつ風圧弾の相殺に成功した。そして、一部の射撃は文目掛けて撃たれているが。

「そんな攻撃で当てられると思っている?」

嘲るように回避し、再び風圧弾を展開した。もちろん、こんな攻撃で当てられるとは思ってないさ。

「本命は私だぜ!!」

避けたところに、私はイリュージョンレーザーを放つ。しかし、それも予想されていたらしく軽く避けられた。

「オプションに気を取られて本丸を見落とすほど愚かじゃないわよ。」

軽口とともに風圧弾が飛んできた。再び『オーレリーズサン』からの射撃で、風圧の弾を相殺する。

またイリュージョンレーザーを撃ち、文がかわし、風圧弾の繰り返しだ。・・・こんなんで私が倒せるとでも思ってるのか?

「さあ、突破口を見つけないとジリ貧よ。あなたの魔力があまり多くないことは知ってるんだから。」

なるほどな、こっちの体力切れ狙いか。確かに、妖怪と体力比べをしたくはないな。

なら。

「輝け、『オーレリーズサン』!!」

私は魔力ビットに追加で魔力を注いだ。魔弾を撃つために輝いていたビットが、さらに眩しいぐらいに輝く。

それを。

「行けっ!!」

思い切り、文に投げつけた。円運動をするビットは、当たればひとたまりもないだろう。

当たれば、だが。

「そんなやけっぱちの攻撃が当たるわけないでしょう。」

自称幻想郷最速の文が大人しく喰らってくれるわけはない。命中するよりも速く、あいつは上空に逃げた。

狙い通りの行動に、私はニィと口を歪めた。

「!?」

今度は文が驚く番だ。輝きを増した『オーレリーズサン』は、その瞬間虚空に静止し、全方位に向けて激しい魔力照射を始めた。

驚愕は一瞬、文はすぐに立ち直り、魔力線を回避した。

「まだだぜ!!」

そして私からもイリュージョンレーザー。しかし、不意を打ったはずのこれもかわされる。さすがは速さが信条の烏天狗だ。

「・・・驚いたわね、あんな隠し玉があるなんて。けど私を打ち落とせなかったんじゃ、無駄弾ね。」

勝ち誇って文は言った。そして再び風圧弾を展開しようとする。

その前に私は言うことがあった。

「牽制としては高価だったがな。お前相手にはちょうどいい。」

私の言葉の意味がわからず、奴が顔をしかめた瞬間だった。

『オーレリーズサン』が魔力照射を開始した瞬間に投げておいた魔法薬のビンが、文の頭にジャストミートした。ビンが割れ、派手な爆発が起こる。

イリュージョンレーザーはこいつを落とすためじゃない。ビンの落下地点に文を誘導するために放ったものだ。

まあ、まさか頭に当たるとは思わなかったが。爆発は派手だが威力はあまりないやつだったし、別に平気だろう。

「・・・ゲッホ、ゲホ。やってくれるわね。」

「魔理沙さん特性爆裂茸の水煮エキスだ。お味の方は?」

「最ッ悪。後でお風呂入らなきゃ。」

それはマジですまんかった。

さて、一発は一発でスペルブレイクだ。だが、私の方もビットの魔力を使い果たしてしまったため、スペルブレイク。

両者一枚消費の状態で、戦闘再開。



私は弾幕ごっこでは負けられないんだ。霊夢の、そして優夢の友達であり続けるために。





***************





スペルをブレイクし、互いに通常攻撃の応酬となる。私は風の弾を、そして彼女は魔法薬のビンを、それぞれ放っていた。

どうやら魔力を温存しているらしい。さっきの攻撃には、それだけの魔力を消費したということか。

私からすれば微々たる消費だが、ただの人間である魔理沙さんには厳しいだろう。

彼女は、瞬間的な霊力放出能力が非常に高い。垂れ流していると言っていいほどの魔力を、一発で放ち切る。

それは人間としては考えられない威力を生む代わりに、たったの一発で彼女の容量を空にするほど。

それでもある程度の時間を置けば回復するだろうが、あまり力を使いすぎれば、回復するための力も使い果たしてしまうだろう。

それが彼女の最大の弱点。つまり、持久戦に弱いのだ。

もし彼女に博麗の巫女並の霊力が備わっていたら、私は絶対に手を出さない。それほどこの人間は驚異的ということだ。

「二度も同じ攻撃を喰らうとでも?」

「思ってないぜ。」

薬瓶を切り裂いた鎌鼬を、彼女が放ったイリュージョンレーザーが霧散させる。そのまま直進する線の魔力を、大きく飛翔し回避した。

どうやら、そこそこ持ち直したみたいね。さすがの根性だわ。

本当に、相手をするのが割に合わない人間だ。

私がスペルカードを取り出したのを見て、魔理沙さんは訝しげな表情を見せた。

「喰らってもいないのにスペカ宣言をするタマか?」

「相手を全力で叩き潰すときにはね。言ったでしょう?」

確かに、と彼女は頷き、深い前傾姿勢を取った。彼女はスペルを使わないようだ。まあ、まだ使えるだけは回復していないでしょうね。

だからと言って遠慮することはなく、私は宣言した。

「風神『天狗颪』。」

颶風が巻き起こり、秋の山に積もった落ち葉を巻き上げる。それらは私の身の回りで回転し、木の葉の鎧となった。

「随分みみっちいスペルじゃないか。そんなもので私の魔砲を防ぐ気か?」

「まさか。」

鎧のようではあるけれど、これは弾幕。防ぐためではなく、攻撃するためにある。

弾幕ごっこに威力の規定はない。当てれば勝ちなのだから、小粒な弾を多量に発射するこれは、まさにうってつけのスペルだ。

「まあ、当たればただではすまないけどね。」

「だと思ったぜ!!」

風を切り疾走する木の葉は、避けた魔理沙さんの向こうにあった木をあっさりと刻んだ。それを見て、彼女は表情を引きつらせた。

「・・・おいおい、私は斬られたら死ぬ人間だぜ。」

「ならちょうどいいわね。妖怪の山に攻め込んできたんだから、そのぐらいの覚悟は出来ているでしょう?」

「まあな。だが、ここで死ぬ気はさらさらない!!」

叫びながら、彼女は木の葉乱舞の中に飛び込んだ。これでもあえて突っ込んでくる彼女には、賞賛以外の感情を持ち得ない。

賞賛は弾幕に変え、魔理沙さんに木の葉の刃を当てるため、私はさらに弾幕の密度を濃くした。

私に近づけば近づくほど、当然ながら弾は厳しくなってくる。かなりの力を込めたこのスペルは、一定距離から先に彼女を近づかせなかった。

この距離からの攻撃なら、私はかわせる。だから彼女は無駄弾を撃つことが出来ず、その場で回避劇を演じるしかなくなった。

そして、それは私にとって好機だった。行動範囲を狭められた彼女に向けて、私は周囲を漂う全ての木の葉を向かわせた。

「・・・チッ!星符『メテオニックシャワー』!!」

さすがにかわしきれず、彼女はスペルカードを宣言した。霊力の励起により発生する波が、木の葉を塵に返す。

一撃は通せなかったが、スペル宣言はさせた。成果は上々ね。

彼女はその場で星型の弾を広範囲に散りばめてきた。後ろに下がり、弾と弾の隙間を縫って回避する。

再び、互いにスペルカードを使っている状態での対面となった。

・・・ふむ。私は彼女の様子を見て、ふと疑問に思ったことがあった。普段の彼女なら、あそこでスペルを使わざるを得ない状況に追い込まれるだろうか?

霊夢さん、優夢さん、他何人かとの弾幕ごっこを見ているが、あの程度ならば即察知して後ろに下がるぐらいはしていた。

ならば、今は何故それをしなかったのか。『天狗颪』の威力に臆したわけではないだろう。その程度の輩ならば苦労しない。

魔理沙さんの集中は、彼女自身が気付かぬほど微妙にだが、乱れていた。理由はわからない。今は特に知ろうとも思わない。

そこに隙があるのなら、付け入るだけだ。今の私は新聞記者の射命丸ではなく、烏天狗の射命丸文なのだから。

彼女に揺さぶりをかけるため、私はある行動に出ることにした。





***************





私のスペル宣言を見て、文の奴は突然動きを変えた。

あいつが今使っているスペルは木の葉を集めて風の刃とともに打ち出すというものだ。今までは、その場に停滞しながら葉を集めていた。

そのバリエーションなのか、あいつは横移動をしながら木の葉を集め始めた。結果、葉は綺麗な円状ではなく、歪な曲線を描いて集まる。

飛んでくる弾も、先程のような速射ではない。風の流れに乗ってくるため、スピードもタイミングもまばらだ。

・・・何を考えてやがる。そんな攻撃で私を落とせるとでも思っているのか?これなら、さっきの方が余程凶悪だったぜ。

何を考えているのかは分からない。が、余裕ぶっこいて隙を見せてくれるなら、乗るまでだ。

「今度はこっちから行くぜ!!」

かざした手から、高圧縮の星型弾が断続的に発射される。弾の大きさは『スターダストレヴァリエ』よりは小さいが、これは消費を抑えられる。今の私にはもってこいなスペルだ。

そして、圧縮された魔力弾と木の葉、どちらの強度が上回るかは言うまでもない。私の放った魔弾は、文の木の葉弾をぶち抜いていった。

あいつの攻撃は、威力こそ高いが強度がない。これなら私でも、「弾幕を砕いて攻撃する」という選択肢を取ることができる。

ランダムな軌道で発射された星型弾の一発が、文のちょうど正面に飛んでいった。衝突の瞬間、奴の姿がぶれ、消えた。超スピードで移動しやがったのか。

視線をぐるりとまわすと、私の後ろ側にいた。別に距離を詰めるわけでもなく、先ほどと同じように緩く移動しながら木の葉を集めている。

少し、イラッと来た。――普段の私なら短絡的なことはせず、冷静に処理出来ただろう。だけど何故か、このときは出来なかったんだ。

「逃げるか、卑怯者が!」

吐き捨てる感情とともに、魔力弾を飛ばす。その一発が命中しそうになったとき、やはり文は姿をかき消した。

今度は私もすぐに反応する、文の行く先を予測し、そこにイリュージョンレーザーを撃つ。

だが、熱くなるのは行動を単純にする。その攻撃は向こうも予測済みであり、レーザーの当たる紙一重のところで停止する。

その結果が余計に私を熱くさせた。こいつ、絶対に当ててやる。

「なら、加減はなしだ!!」

360度、上下左右前後全ての方向に、無茶苦茶に星を発射する。狙いなんてあったもんじゃない、バラ撒き弾だ。

当然当てることは考えていない。文は涼しい顔をして、当たりそうな弾を選んで回避していた。

私の目的は、チョロチョロとうざい文の行動を制限すること。そこに全力のナロースパークをぶち込んでやる!!

「いいのかしらね、そんな豪快に魔力を使って。」

文から嘲りを含んだ言葉が飛んでくる。ああ、いいぜ。お前の減らず口をふさげるんだったらな!

箒についた手を離し、両手で魔力を抱え込む。イリュージョンレーザーよりも威力の高いこいつは、片手で撃てないところが難点だ。

私が魔力を凝集するのを見て、文は笑みを深くした。

「隙だらけね。このときを待っていたわ!」

奴の言葉に従い、風向きが変わる。いつの間にか私の周囲を覆っていた木の葉のドームが、私目掛けて一斉に迫ってきた!

おいおい、射命丸文。いくらなんでも私を侮りすぎじゃないか?熱くなっても、お前が移動しながら木の葉を集めていることはちゃんと見てたんだ。

「このぐらい、予想してないわけがないだろ!!」

身を低く屈め、足のみで箒に掴まり全速前進。何発か掠り弾を喰らうが、私は文の眼前まで迫ることに成功した。

そして、まさか一発も当たらないとは思っていなかったらしい。文は驚愕に目を見開いていた。

「隙だらけだな。このときを待っていたぜ!」

既にチャージの終わったナロースパークを、文に向けて解き放った。

動揺していた文は避けることが出来ず、まともに白光に飲み込まれた。

撃ち終わり、後ろに下がる。光の余韻の中から、少し身の焦げた文が出てきた。

「焼き鳥だな。もっとも、烏じゃ食う気も起きないが。」

「くっ・・・人間風情が、図に乗るなよ!!」

文の怒りの咆哮。しかしそれで私は溜飲を下げるのだった。頭は冷えたぜ。



私はこれ以上の魔力を使うのが危険だったため、『メテオニックシャワー』を破棄。これで互いに二枚消費だ。

しかし・・・流石は妖怪の山を独り占めしてるだけはある。魔力の減りが早い。

このペースで、最後まで持つだろうか。とりあえず次もまた節制しようと考え、私は魔法の薬瓶を取り出した。





***************





熱くなって回りが見えなくなるかと思いきや、そんなことはなかったか。今の一撃は手痛かった。

冷静に怒りに任せた一撃を放ったことで、魔理沙さんは気持ちを落ち着けたようだ。

全く、手強い。隙に付け入れるほど甘くはなかった。吸血鬼とは違うということか。

しかし、ダメージとスペルブレイクという被害は受けたものの、全く効果がないわけでもない。彼女の魔力は確実に限界に近付いている。

それが証拠に、魔理沙さんが今使っているのは、先程と同じ魔法薬。魔力を温存する必要があるということだ。

烏天狗は、妖怪としてはあまり頑丈な方ではない。素早さの代償だ。

私は既に三発の攻撃をまともに受けている。うち一発は虚仮威しだったが、それでも二発。

特に今のような攻撃をあと二発も受けようものなら、さすがに負けだろう。

だが、彼女もそうは撃てまい。回復を考えても、せいぜいが撃ててあと五発。『マスタースパーク』を含めたら三発ぐらいか。

私が耐え切れなくなるのが先か、それとも彼女の魔力が尽きるのが先か。ここまで来たら、後は根競べね。

それならば私に分がある。体力ならば私の方が上なのだから。

薬瓶を風斬りで砕きながら、私は距離を取った。

「チッ、また逃げるか。」

「当然。勝ち目の高い方を選ぶのは、道理でしょう?」

「違いない。だから私は、逃がさないぜ!!」

距離を詰めようと、魔理沙さんは箒を操り前進する。逃げる私、追う彼女。そして、二人の間を風と魔法薬が飛び交った。

爆発性を持つ薬と、当たれば破裂する風の弾は、光の飛沫を撒き散らす。地上から見れば、あるいは美しい光景だったかもしれない。

彼女に魔力を使わせようという私の策は、しかしあまり上手くはいかなかった。

「くっ!?」

それが愚行だったということに、巻き起こった盛大な爆光に気付かされた。私が砕くことを選んだ薬瓶は、閃光弾だった。

目が眩み、一瞬動きが止まったところにイリュージョンレーザーが襲い掛かる。避けられずまともに喰らってしまった。

「もうけもうけ。上手く行くとは思わなかったぜ。」

「・・・つくづく小賢しい人間ね。」

先ほどといい、二度も人間にしてやられて、是とできる私ではない。激昂するほどではないが、思い知らせてやりたくはあった。

どうせ互いにそう長くは持たない。ならば、ここからは最強の手札を切らせてもらおう。

「ならば圧倒的な力でねじ伏せてあげるわ。その浅知恵、後悔するがいい。」

スペルを構えた私に、彼女は不敵に笑って見せた。・・・まあ、あなたは後悔しないでしょうけどね。

心の中で少しだけ毒づき、私は宣言した。



「竜巻『天孫降臨の道しるべ』。」

その瞬間、私を中心に巨大な竜巻が立ち上る。近くのものを吸い込み巻き上げ、周囲に向けては小石だけでなく大岩までもなぎ払う竜巻。

近づいても遠のいても地獄だ。さあ、あなたはどう出る?

「く・・・っ、こいつは今までのようには行かないってか。」

「その通り。このスペルは私の持つ中で最高の攻撃規模を誇るわ。逃げられるとは、思わないことね!!」

風を巻き上げる。大地の大岩が巻き込まれ、巨大な弾幕となって彼女に襲い掛かった。

最初の八つの竜巻以上に荒れたこの状況下で、それでも魔理沙さんは高速で飛び、岩を回避する。そして、反撃とばかりにイリュージョンレーザーを撃ってくる。

だが、それは強大な密度を誇る風の壁に阻まれ、霞むように消えた。

「・・・普通、風でレーザーを防ぐかよ。」

「普通の風とは思わない方がいい。私の妖気を含んだ風なのだからね。」

つまり、この竜巻全体が私の一部のようなもの。人間の霊力程度、かき消すのは造作もない。

再び岩が飛ぶ。彼女は帽子を押さえて飛び回り、それらを避けた。

彼女の力では、この竜巻は破れない。破れる可能性があるとすれば、それはたったの一手のみ。

「なら、こっちも出し惜しみはなしだ!!」

彼女の判断は早かった。霧雨魔理沙の代名詞とも言えるそのスペルカードと、八角形の魔道具を取り出した。

狙い通り!!

「恋符『マスタースパーク』!!」

「風よ集え、我が眼前の愚か者を吹き砕け!!」

彼女のスペル宣言とともに、『天孫降臨の道しるべ』の形を変える。ヤツデの団扇に、天に昇るほどの大風が圧縮される。

投げ捨てたスペルカードとともに、私は即席で一撃限りの砲撃を放った。

「逆風『人間禁制の道』!!」

放った風の大砲は、彼女の極大魔力砲と真正面からぶつかった。

方や風、方や地獄の炎。しかし高エネルギー体である二つの技は、完全に拮抗していた。

「くくっっ、道具を使っているとはいえ、人間の癖にこの威力。やるわね!」

「お前もな。まさかお前と撃ち合えるとは、夢にも思ってなかったぜ!!」

互いに気分が高揚し、巻き起こる轟音に負けじと声を張る。風を支える腕がビリビリと痺れた。

だが、抑え切れないほどじゃない。このまま持久戦に持ち込んで、押し切る!!

そう思った直後だ。

「だがな。」

彼女は、さらに一枚のスペルを取り出した。バカな、この一撃で魔力は尽きているはずじゃ!?

「最後に勝つのは私だ。」

・・・気力か。気力で力を振り絞っているのか。そんな根性論で、押し切られるものか!

「弾幕は・・・。」

彼女の砲撃が収束する。魔力が尽きたか。所詮、虚仮威しだったということだ。

私の勝ちだ!確信した瞬間、魔理沙さんはかつてないほど鋭い目でこちらを見た。

その姿に、思わず怖気を覚えた。『妖怪』のこの私が、『ただの人間』に対して。

「パワーだぜ!!」

怯んだ一瞬に、彼女は宣言を終えていた。



「魔砲『ファイナルスパーク』!!」

そして生み出される、『マスタースパーク』をはるかに上回る虹色の極光。それは一瞬にして『天孫降臨の道しるべ』を纏った『人間禁制の道』を飲み込み、私すらも打ち落とさんと迫った。

――やられてなるものか!!

「『幻想風靡』!!」

思った瞬間、私は風を纏い砲撃から離脱をしていた。間一髪。しかし、それは砲撃戦での私の敗北を意味していた。

虹色の砲撃が収束するのを見ながら、私は下唇を噛んだ。こんなに悔しいのは、一体いつ以来か。

この上は、この弾幕勝負で彼女に勝つしか雪辱する術はない。見れば、ラストスペルを放った彼女は肩で荒い息をしていた。完全に限界を迎えている。

「・・・ちぇ、せっかく、決まったと、思ったのに。相変わらず、逃げ足の、速い奴、だぜ。」

「私は『幻想郷最速』だもの、逃げるが勝ちだわ。だから、この勝負は私の勝ち。残念だったわね。」

口から漏れた言葉は真実ではない。中身の伴わぬ軽い言葉だった。そんな言葉しか紡げぬ自分が、無性に腹立たしかった。

そしてそんな私の心を代弁するがごとく、彼女は私の言葉を鼻で笑った。

「へっ。勝利宣言には、まだ、早いぜ。私はまだ、飛んでる。」

「そんなヘロヘロで無理をするんじゃないわ。どうしても続けるというのなら、今度こそ死ぬわよ。」

「ここで死ぬ気は、さらさらない。かかってこいよ、烏天狗。幻想郷最速も私のものだぜ!!」

最後の力を振り絞りきった彼女は、最後の気力を振り絞るようだ。・・・いいわ、なら戦って落ちなさい!!

「ほざけ人間!私のスピードに、着いてこれるものなら着いてきてみろ!!」

「ああ、着いていってやるぜ!見せてやる、これが私のラストワード!!」



「『ブレイジングスター』!!」



光のような魔力を全身から放出させ、文字通り箒星となった魔理沙さん。

赤熱するほど高密度の風と高速で飛び、赤い風と化した私。

二つのラストワードは、再び真正面から激突した。

そして――。





***************





――うん?ここは何処だ。私は何をしてるんだ。

いつの間に寝ていたのか、私は目を覚ました。どうにも体がだるくて、頭がはっきりしないが。

のそりと起き上がり、周りを見てみる。どうにもここは何処かの野山らしい。見たこともない景色だが、夕焼けが綺麗だった。

秋の涼しい夕風が吹く。それで気分がすっきりとしてきて、川のせせらぎに気がついた。

とりあえず、顔でも洗うか。そう思って立ち上がり。

「起きたなら挨拶の一つぐらいしたらどうなのかしら。人が見張っててあげたっていうのに。」

後ろから声をかけられた。んあ?と振り向くと、そこには見知った烏天狗。

「射命丸じゃないか。どうしたんだ、そのたんこぶ。」

「あなたにやられたのよ!」

後頭部にどでかいたんこぶを作った文に、思わず噴き出しそうになった。そして、こいつの顔を見て、だんだんと思い出してきた。

私は、こいつと弾幕勝負をしていたんだ。幻想郷最速がどちらなのかをかけて。そして、・・・どっちが勝ったのかは覚えていない。

「私の負けよ負け。あーもうまったく、腹立たしい。」

文は不機嫌に頭をかいた。なるほど、私は勝てたのか。そりゃよかった。

何でも、文のたんこぶは私のラストワードと正面衝突し、半暴走状態になった魔力に弾き飛ばされて頭を打ったせいで出来たんだとか。

「別にあなたのことを侮ってたわけじゃないけど、たかが人間に負けて私の面目は丸潰れよ。どうしてくれんのよ。」

「知らないぜ。自分のことなんだから、自分でフォローしとけ。それと、見張りサンキューな。」

私が寝ている間、他の天狗とかに襲われないように見張っててくれたんだ。そこはちゃんと感謝しなきゃな。

礼を言ったというのに、文は「どういたしまして」とも言わず、憮然と黙り込んだ。失礼な奴だぜ。

「私はどのぐらい寝てたんだ?」

「二、三刻ってところよ。あれだけ魔力を使い果たしたんだから、無理もないわね。」

あー。じゃあ、もう決着は着いてる頃か。結局間に合わなかったなぁ。

「・・・なに、ひょっとしてあなたが勝ち急いでた理由って、何かに悩んでたとかじゃなくてそれ?」

「他に何があるっていうんだ。」

「呆れた」と言いながら、文は頭を抱えた。私はそんなにおかしなことを言ったか?

「私はてっきり、あなたが自信喪失気味になってていい記事になるかと思ったのに。」

「何で私が自信喪失せにゃならん。意味がわからんぜ。」

「・・・わかってて言ってるんでしょう?」

まあな、お前がそう考えた根拠に、思い当たらなくもない。

霊夢は、『博麗の巫女』という選ばれた立場の人間だ。妖怪を退治するためのエキスパートとも言い換えられる。

優夢は、こいつは知らないが、『願い』という非常に特殊な存在だ。それでなくても『戦える外来人』という非常に稀有な存在だ。

それに対して、私だけは普通の魔法使い。人間をやめているわけでもない、特別大きな力を持っているわけでもない。本当に普通の魔法使い。

だけどな。

「そんなもん、ただそれだけのことだろ?私が強けりゃ問題ない。」

「人間の強さには限界がある。人間は、決して人間を超えることは出来ない。それでも同じことが言える?」

「力だけが強さじゃない。それは今証明してやっただろ?」

「『弾幕はパワーだ』とか言っておきながら、言うわね。」

うるさいな、言葉の綾だよ。

とにかく、だから私は弾幕勝負では負けられないんだ。でなけりゃ、私はとても友達がいのない奴だろう?

「あなたは筋金入りの弾幕バカだわ。弾幕で勝とうとした私がバカみたい。」

「おお?再戦ならいつでも受け付けるぜ。」

「遠慮しておきます。あなたも霊夢さんも優夢さんも、勝負するには割に合わなさ過ぎます。」

ちょっと私から離れながら、文は記者の仮面を被った。つまらん奴だ。



それからしばらく文とだべり、私は体力の回復を見た。これなら頂上の神社とやらに行けそうだ。

「お前も来るか、射命丸。」

「いえ。私は上司命令で、ほとぼりが冷めるまでは近づくなと言われているんですよ。なので、せっかくなのですが。」

そうか、残念だな。

「まあ、ほとぼりが冷めたら一番乗りで取材に行くつもりなので、私のことはお気になさらず。」

「おう、悪いな。遠慮せずに行かせてもらうぜ。」

私は箒に跨り、宙に浮いた。地上の射命丸が手を振っていたので、私は手を振り返し、山の頂上の方を向いた。

はてさて。鬼が出ているのか、蛇が出ているのか。少なくとも、宴会は楽しませてもらえることだろう。

私は霊夢達の勝利を微塵も疑わず、三刻遅れで『守矢神社』に向かった。





この先に待ち受けている「一つの結末」を、このときの私はまだ知らなかった。当然の話ではあるがな。





+++この物語は、普通の魔法使いが旧き烏天狗を下す、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



奇妙な魔法使い:霧雨魔理沙

普通なのに普通じゃない。それを奇妙と言わずして何と言うか。

今回はフルパワーを使い果たした上にさらに力を使ったので、ラストワードの最中に気絶してしまった。結果としてそれが勝利に結びついたが、一歩間違えば死んでいた。

案外、彼女も彼女の親友のことを言えないぐらいに、無茶をするのであった。

能力:魔法を使う程度の能力

スペルカード:魔符『スターダストレヴァリエ』、恋符『マスタースパーク』など



伝統の幻想ブン屋:射命丸文

今回は彼女の本性部分がよく現れていたが、基本的には人間のことを下に見ている。それは妖怪としてある種当然のこと。

しかし同時に、人間の強さも認めている。だからこそ、排他的な天狗の中にあって、人間への友好度が高いのである。

侮ってはいなかったが、実は少し慢心していた。一番の敗因は間違いなくそれ。

能力:風を操る程度の能力

スペルカード:岐符『サルタクロス』、『幻想風靡』など



→To Be Continued...



[24989] 五章七話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2011/06/15 12:16
妖怪の山の最高権力者であるという『第六天魔王』――天魔は、話があるのは神奈子様にだからと、二人で本殿の中に入っていった。神奈子様の命令もあり、私はついて行かせてもらえなかった。

本殿の外で、私は目を瞑り表情を動かさぬ彼女の側近、遮那王蔵馬とともに、一言の会話もなく待っていた。

一言もなく、というか、私はこの人の言葉を一度も聞いていない。現れたときも、私に殺気を向けたときも、待っている今も。彼は一度として口を開いていなかった。

私に対する興味・関心といったものは、全くないようだ。・・・別に妖怪に興味を持ってほしいわけはないけれど、何となく癪に触った。

「あの・・・ただ待っているだけも何ですし、少しお話でもしませんか。」

我ながら後先を考えない行動だとは思うけど、そう感じて黙っていられるほど辛抱強くはなかった。参道を挟んで反対側にいる遮那王に声をかける。

彼は、無言を貫いた。返事はないけれど、拒絶もなかったので、私は勝手に先に繋げることにした。

「あの天魔という人。第六天魔王と名乗っていましたけど、確か織田信長のことでしたっけ。」

小学生ぐらいのときに読んだ漫画で、確かそう書いてあったと思う。戦国時代の話で、次から次へと突飛な能力が出てきて、話自体はよくわからなかったけど。

「あの人、織田信長なんですか?女の人ですけど。」

そんなわけはないだろうと思いつつ問いかけ、返ってきたのはやはり無言。本格的に私とは言葉を交わす気がないようだ。

無視をされるのも気分が悪い。だけど、変に刺激して爆発させても嬉しくはない。釈然としない気持ちのまま、私は社の壁に体を預けた。

・・・この社の中で、二人は何を話しているんだろう。最高権力者が出てきたということは、何らかの取引があるんだろうけど。

これまでの天狗たちの動向を見ていると、彼らとしては私達に山に居てほしくはないみたいだ。当然の話よね。

となると、彼女の話も、私達が山から出て行くための取引なのかもしれない。わざわざここを選んだ神奈子様が、その話に乗るとは思わないけれど。

それなら結局は今まで通りだ。交渉が決裂すれば彼女は私達に襲い掛かり、私達は降りかかる火の粉を払う。

ひょっとして、神奈子様の狙いはそれなのだろうか。妖怪の山を抑えたとなれば、人々からの畏怖は得られるだろう。

けど、それならわざわざ話を聞く必要はないだろうし・・・。ああ、分からないわ。

神奈子様は軍神。その深い戦略に満ちたお考えは、私では到底理解できそうになかった。

「・・・彼奴は、うつけだった。」

唐突に、隣の方から声が聞こえた。低い、男の人の声。

一瞬それが誰の声なのか分からなかったけど、この場にいる男は一人しかいない。

私は思わず遮那王を見た。

「人間でありながら、天下を己だけの物としようとしていた。人として許された領分を超えた浅ましさが、彼奴をそう呼ばせたのだろう。」

彼は目を瞑ったまま、淡々としゃべっていた。私に言っているというより、私の問いかけに対する答えをつぶやいているだけのようだった。

「人間どもは本質を理解せぬ。我が主が、あのようなうつけと同列に扱われるなど、許されざることだ。」

「・・・失礼しました。」

どうにも私の話題選びは失敗していたようだ。言葉に最後に、彼は怒気を含めていた。

無表情・無感情を貫く遮那王の中にある感情が、少し見えた気がした。

それから、再び無言が続く。風の音もしない今の時間、沈黙がやたらと重かった。

こんな時間がいつまで続くのかしら・・・。



私が疲弊しきってギブアップしそうになった頃、ようやく本殿の戸が開かれた。

「待たせたね、早苗。それから遮那王も。」

「蔵馬ァ。ちゃんと早苗ちゃんを楽しませてやったか~?」

中から神奈子様と、黒を思わせる天狗の頭領が現れる。様子から察するに、話はまとまったようだ。

神奈子様が頷いたということは、私の考えていた用件は外れたということか。結局、何の話だったんだろう。

「あ~、その様子じゃまーた黙りこくってたな。ちったァ愛想よくしろって言ってんだろ?」

天魔が叱ると、遮那王はやはり無言で頭を下げた。自分の行いを反省して、というわけではないのだろう、きっと。

この時間で理解したことは、彼は自分の主のためにしか動かない。それ以外のことは、あくまで環境でしかないんだろう。

私と会話をすることが天魔の得にはつながらないから、ずっと黙っていた。多分、そんな感じだと思う。

それに対して天魔の方は友好的に見えるけど・・・、本性はわからない。何せ彼女は妖怪の山を統治する大妖怪であり、魔王なのだから。

来たときと同じように彼女は遮那王の頭を小突き、神奈子様の方を向いた。

「そいじゃ、商談は成立ってことで。あとは結果を見せてくれよ、『外』の神。」

「ああ、見せてやろう。折りよく、件の巫女もすぐのところまで近付いて来ているようだ。・・・誰の差し金かは知らんがな。」

天魔の言葉に、神奈子様は鷹揚に頷いた。・・・今、さらりととんでもないことを言いませんでした、神奈子様?

「もう30分もすれば到着だろうね。早苗、準備を確認しておきなさい。」

「は、はい!大丈夫です!」

具体的に時間を示され、私は一瞬ドキっとした。ほんの一瞬だけ緊張が増し、心を静めるよう努力する。

大丈夫、私は出来ると、自分に言い聞かせる。それで高まった脈拍を落ち着けることが出来た。

「本当によく教育されたいい娘だ。それに引き換えこの無愛想天狗は・・・。」

「あまり遮那王のことを責めてやるなよ、天魔。彼なりに、あなたのことを思っての行動だ。」

「まあ、知ってるけどさ。」

天魔は頭をガシガシと掻いた。彼女は彼の忠誠心を理解しているんだろう。

考えてみれば、遮那王は人と妖怪の違いはあれど、私と同じような立場なのだと気付いた。お互い主たる存在にお仕えする者だ。

そう考えれば、彼が最初私に殺気を向けた理由もわからなくはない。私だって、神奈子様にあんな暴言を吐かれたら、似たようなことをするだろう。

「あの。」

彼らに敵対する意思がないことを理解した私は、天魔に向けて頭を下げていた。

「先ほどはすみませんでした。お客様に向けて、あんな失礼を・・・。」

「あー、気にすんなって。いきなり押しかけてきたのはこっちの方だしね。」

彼女は笑い、また遮那王を小突いた。何でそこで彼を叩くのかはわからなかった。

けれど、顔を上げた遮那王は、心なし表情がやわらかくなっているように見えた。相変わらず無愛想ではあったけど。

・・・やっぱり、怒ってたんだなぁ。





話を終えた彼らは、博麗の巫女が来る前にと、参道ではない道から去っていった。どういう話がなされたのかはわからないけれど、博麗と勝負をするという条件が提示されたことは想像がついた。

「あの、神奈子様。一体何をお話しされていたのですか。」

答えてはもらえないだろうと思いながら、神奈子様に尋ねた。そしてやはり、答えはなく不敵な笑いのみが返ってきた。

「・・・分かりました。全てが終わるまで、私は目の前のことに集中します。ただ、これだけは聞かせてください。」

神奈子様は目で先を促した。私はそれを確認してから。

「彼らは敵ですか。それとも味方なのですか。」

今訪れた二人の妖怪について、尋ねた。確かに敵意はなかったようだけど、まだ敵対はしないとは限らない。

私の問いかけに、神奈子様は一つ頷いてから。

「まだ味方ではない。しかし、敵でもない。」

「中立、ということですか?」

「それは敵がいて味方がいるときの言葉よ、早苗。この場合は傍観者だ。」

傍観者、ですか。あまりイメージよくないなぁ。

「裏のわずらわしいことを考えるのは私の仕事だ。早苗は私を信じて、全力を出してくれればいい・・・・・・・・・・・・。」

神奈子様の言葉が、何か引っかかった。けれど自分が求められているものが何なのかはわかった。

「分かりました。ならば私は神奈子様を信じ、裏のことは一切気にせず、私の仕事をこなさせてもらいます。全力で。」

「そうだ。それでいい。」

そうおっしゃって、神奈子様は参道の向こうを見た。・・・どうやら、博麗の巫女――博麗霊夢が来たようだ。

まさか、本当に神奈子様がおっしゃったように今日のうちに来るなんて。行動が早いというか、わがままというか。

ともあれ、彼女には遠慮なんてものは存在しないらしい。幻想郷は『非常識な場所』なのだと、改めて感じた。

視界の中。遠くの鳥居の向こうに、人と思われる影が現れた。だいぶ日が傾いているので、ここからだとよく判別が出来ない。

それはしばらくその場に留まっていた。何をしているんだろう?

目を凝らして見ると、影は一つではなかった。現れたのは二人だったようだ。

相談でもしているのかしら。ひょっとしたら奇襲があるかもしれないと思い、私は改めて身構えた。

しばらく止まっていた影は、やがて動き出し、どんどんと大きくなっていった。こちらに近付いて来ている。

そして、背格好が見えるぐらいの距離になって、私は現れた人物達の正体の確信を得た。

一人は、午前中に訪れた博麗神社にいた巫女。博麗の巫女・博麗霊夢。

もう一人は、あのときには居なかった巫女。衣装は黒と白で、背丈が非常に高い女性。

二人の巫女が、こちらに向かって来ていた。援軍を頼んだのか、それとも単にあのときは留守にしていたもう一人の巫女なのか。

何だろうが、何人がかりだろうが構わない。私は全力で、あなた達を倒すだけだ。

積年の思いを胸に、私は揺るがぬ視線で彼女達を見続けていた。

しばしの後。彼女らは境内の上空に現れ、私達の姿を認めて降り立った。

「待たせたわね。来てやったわよ。」

不遜な態度を取る霊夢。しかし、彼女の言葉は私の耳には届かなかった。





もう一人の巫女。彼女が現れた瞬間、私の世界から音と色が消えた。





***************





「ちょっと、大丈夫なの?」

前を行く霊夢から、心配とは程遠い色の言葉がかけられた。まあ、こんな調子で行っても足手まといになるだけだからな。

「・・・すまん、大丈夫だ。ちょっと頭が痛いだけ。」

「全然大丈夫そうな顔色には見えないわよ。」

それはあれだ、西日の関係でそう見えるだけ。と言ったら、額に札を貼られた。

本当に唐突だった。滝の辺りから頭の芯の方に違和感を感じていたんだが、それが『守矢神社』が見えるところまで来た途端、強烈な痛みに変わった。

何を考えることも許さないというほどの痛み。まるで、俺の中の何かがあそこに近付くことを拒絶しているかのように。

りゅかに確認してもらったら、少しだけ『願いの世界』に綻びが出ていたらしい。崩壊・暴走につながるほどのものではなかったが、念のために鈴仙に補助をしてもらっている。

それである程度は和らいだが、依然痛みは続いている。

一体何故?などという単純な問いは、既に俺の中で消化されていた。

「調子悪いんだったら、ここで帰んなさい。フラフラで来られても、私が迷惑するだけだわ。」

「いや、いい。本当に大丈夫だ。俺は俺で、行かなくちゃならないから・・・・・・・・・・・・。」

一瞬、霊夢は怪訝な顔をした。が、きっとこいつのことだ。『お前に余計な気を使わせたくはない』という俺の心情までを読み取ったんだろう。

「あ、そ。好きにしなさい。」

そう返してくれた。・・・お前にはどれだけ感謝してもし足りないよ、本当に。

これは俺の問題だ。俺――『名無優夢』ではなく『白鳥何がし』としての問題。



俺の記憶がない理由。それは、「あまねく願いを肯定する程度の能力」が『白鳥』の願いを肯定して、辛かったであろう記憶を忘れさせたから。

何故辛かったか。最終的には自殺という形で己を捨てようとしていた『俺』だ。何が辛かったかはわからなくても、どれだけ辛かったかは想像がつく。

そして、もしその記憶を思い出そうとすれば。俺の能力は、『白鳥』の願いを否定できない。無理に否定しようとすれば、存在の枠組みを壊すことになってしまう。

俺は自然に思い出さなければならない。『俺』の願いを肯定し、肯定を超えた結果として今の願いを否定する形で。

だから、今俺は自然に思い出そうとしている。

つまり、要するにだ。



俺は――『白鳥』は、守矢神社を知っている。



全ての現象に因果関係があるとすれば、それ以外の原因は思い浮かばなかった。思えば、頭痛のキーとなったのは全て守矢神社だったんだ。

俺は元々『外』の人間で、守矢神社は『外』にあった。なら、知っていたってそこまで不思議じゃない。

もっとも、どういう形で知っていたのかまでは想像がつかないが。ここまで来て、「有名な神社だったので知ってました」だったら軽く笑える。

だけど多分、それはないだろう。もしそうなら、ここまで『俺』が思い出すことを拒絶するとは思えないから。

だから俺は先に進まなきゃならない。進んで、そこの巫女に会って、『何か』を思い出さなきゃならない。

それが四季様に言われた、俺に出来る最大限の善行だ。

「すまん、落ち着いた。行こう。」

少し休み、痛みにもだいぶ慣れた。俺は額に貼られた治癒の護符をはがし、霊夢に返した。

そして俺達は、再び守矢神社の参道の上空を登り始めた。

道は、博麗神社とは比べ物にならないほど立派だった。ここがどれだけ立派な神社なのかを伺わせる。

俺は感心し、霊夢は「ずるいわね、うちに持って帰ろうかしら」と冗談を言った。いや、冗談じゃないのかもしれないが。冗談にしてくれ、頼むから。

道を進むたび、頭の痛みが増す。それは、俺がこの参道を歩いたことがあるということを示していた。

――何年前かはわからない。俺は学生服を着ているから、きっと中学生か高校生だったんだろう。両親に連れられて、初めてここに来たんだ。

そのときに出会ったのが・・・――




不意に道が開けた。一瞬思考が飛んでいる間に、どうやら境内に出たようだ。

下に誰かいる。巫女の姿をしている人と、巨大な注連縄を背に負った人。

間違いなくこの神社の人だ。それを確認し、俺達は境内の大地に降り立った。

正面から二人を見る。片方は緑色の長い髪を蛙と蛇を模した髪留めで止めた、青白の巫女姿の少女。霊夢の話によれば、この神社の巫女――風祝である『東風谷早苗』。

そしてもう一人は分からないが、感じられる気配から人間でないことは想像がつく。神々しいまでの注連縄を背に、胸元には神秘の象徴でもある鏡。間違いなく、この神社の祭神だ。

二人は俺達が来るのが分かっていたようで、待ち構えていた。ご丁寧にも俺達が気付くように神気を発していたんだから。

「待たせたわね。来てやったわよ。」

気圧されることもなく、霊夢はいつも通りに告げた。ああ、これは『異変』を解決するときの問答無用モードだ。

話し合いで決着をつけられるならよかったが、この時点でそれはもう諦めていた。こうなったらいつもダメなんだもん。

「一人で来ると思っていたが、連れがいるようだね。ええと、博麗の?」

「博麗霊夢。楽園の素敵な巫女よ。」

「名無優夢。博麗神社の居候として、一言物申しに来ました。」

「なるほど、居候ね。そういうのもあるのか。」

クックッと笑いながら、祭神は言った。どうやらだいぶ気さくな神様のようだ。

「で、あんたが『ヤサカカナコ』とか言う祭神?」

「いかにも。我こそは天津国より諏訪の地を訪れ治めた軍神。建御名方命の妻、八坂刀売命。気軽に八坂神奈子と呼んでおくれよ。」

「では八坂様。お聞きしたいことがあります。」

俺の言葉に、彼女は頷いて先を促した。

「何故博麗神社を狙うのです?あなたにはこのお社がある。わざわざあそこを狙わずともいいでしょう。」

「簡単なことを聞くね、居候。単純なことだ。より多くの信仰を求めるならば、拠点は多い方が良い。既にある神社ならば、分社にはもってこいだろう。」

「そこまでして多くの信仰を求める必要があるのですか?」

「私は軍神、戦いの神だ。戦いが何故起こるのか考えてみるが良い。そうすれば、自ずから答えは出てくるだろう。」

なるほど、確かにな。

「要するに手を引く気はないってことでしょ。だったら話は早いわ。あんたらをぶちのめして、物理的に諦めさせる。」

「まあ、やっぱりそうなるわな。」

ため息。そもそも交渉の余地は初めからなかったようだ。

霊夢は符を、俺は20の霊弾を、それぞれに構える。腕を組んでいた八坂様は、その腕を解いた。

「面白い。巫女が神に歯向かうとは。せっかく幻想郷に来たのだから、そうでなくてはな。」

そして、顔には不敵な笑み。このひと・・・強いな。

「それでは、まずは我が風祝、東風谷早苗を倒してみるがいい。私は先の湖で待っている。期待を裏切るなよ、博麗霊夢、そして名無優夢。」

「・・・は!?はい!!」

名前を呼ばれ、ずっと黙っていた少女――早苗さんは驚いて返事をした。というか・・・今、寝てたのか?

早苗さんの反応に、八坂様はちょっと呆れの表情を見せた。ここまでシリアスで通してきたのに、いきなりこれだからなぁ。

改めて「待っているぞ」と言い、八坂様は姿をかき消した。

「っっっと、というわけで!ここは通しません!!」

・・・なんだろう。今、凄くほっこりしてしまった俺は悪いんだろうか。

「何か、ものすごくバカバカしくなってきたわ。」

「言うな、くじけるぞ。」

「ちょっと、聞いてるんですか!?私は本気ですよ!!」

なんだかなぁ。

「とりあえず、さっさと落として先進みましょ。一気にやる気が失せたわ。」

文字通りやる気なさげに、霊夢は符を構えた。だが、俺は言いたいことがあった。

「いや、霊夢。ここは俺に任せて、お前は八坂様との決着をつけてきてくれ。」

あの人は、多分俺では敵わない。そんな予感があった。

何と言えばいいか。あの人には芯があり、そして強い覚悟があった。己の存在原義を達成するためならば、いかなる犠牲も払おうという覚悟が。

鍵山様のときも思ったことだが、神の在り様に『願い』は近しい。そも、りゅかに言わせれば「『願い』は神として生まれるべきだった」そうだからな。

ならば、神と『願い』の戦いは、存在の強さの戦いになるんだろう。そうなったとき、あの人の存在に俺という不安定な存在が敵うだろうか。

だったら、そもそもの土俵が違う霊夢が行った方がいい。こいつなら、「そんなことには縛られない」はずだ。

「・・・一理あるわね。ああ面倒くさい。」

「そう言うなって。これが終わったら、美味いもんを食わせてやる。」

「じゃ、優夢さん後よろしく。」

変わり身の速い奴だ。交換条件を提示してやったら、あっさりやる気を出しやがった。

やはり霊夢は霊夢だと、そう信頼を持って思えた。

「そういうわけだから、あんたの相手はこっちの乳巫女よ。私は先に行かせてもらうわ。」

「おいこらてめえ。」

誰が乳巫女だ誰が。大体巫女じゃねえってあれほd(ry

「行かせると思ってるんですか?私が立っている限り、八坂様のところには行かせませんよ。」

「あんたは行かせなくててもいいわよ。私が勝手に行くの。それに、集中欠いて勝てる相手じゃないわよ、うちのおさんどんはね。」

「じゃあね」と一言言って、霊夢は大地を蹴り宙を舞った。させるものかと、早苗さんは何枚もの符を風を起こして投げつけるが。

「せいっ!!」

俺は、霊夢にピッタリとくっつけるように一発だけ操気弾を飛ばしていた。それで、風に乗る符を的確に叩き落していった。

「なッ!?」

彼女が驚いている間に、霊夢は早苗さんの射程から離れていった。・・・送り出せたか。

「・・・今のは、あなたが?」

「その通り。そういうわけだから、霊夢には手出しさせませんよ。」

そして。

「あなたの相手は俺ですよ、早苗さん。」

操気弾を戻し、さらに40の操気弾を作り出す。計60個。これが今の俺にできる限界の量だ。

出し惜しみなしの全力。それを見て、さすがに彼女も表情を引き締めた。

「あなたは、一体・・・。」

「さっき言ったけど、多分聞こえてなかっただろうからもう一度言います。名無優夢、博麗神社の居候。」

そして、記憶のない外来人。最後の一言は飲み込んだ。

俺がここに残った理由はもう一つ。俺の記憶の件だ。

八坂様を見たとき、俺は特に頭痛が酷くなることはなかったが、早苗さんの方はそうではなかった。彼女を見るたび、頭が酷く痛む。

ひょっとしたら、俺は彼女を知っているのかもしれない。今の様子を見ていると、彼女の方はそうでないかもしれないが。

一方的に知っているだけだったとしても、それでいい。それが俺の記憶の元になるんだったら。

「あの神社は皆の心の拠り所になっている。それを奪おうって言うなら・・・俺も容赦しませんよ。」

「神無き神社が心の拠り所などと、片腹痛いですよ。もしそうなら、私達の手で更なる発展を遂げて見せましょう。だから、私も容赦しません。」

「そいつは重畳。容赦されたら、やりづらくて敵わない。」

「言ってなさい。私に本気を出させることを後悔させてあげます!!」

早苗さんが手にしたお払い棒――のようなものを大きく振りかざす。それによって風が起こり、彼女が取り出した符が宙に舞う。

俺は迎撃すべく、全ての操気弾を前方に配置した。



さあ、弾幕ごっこの始まりだ!!





***************





本当のところを言えば、優夢さんの考えていることぐらい、私には手の取るように分かっていた。伊達に二年半もの間毎日一緒に生活してないわ。

あの人が求めるもののために、私はあの戦いを彼に譲った。私もあの高飛車巫女はぶっ潰してやりたかったんだけどね。

誰かのために、なんて私らしくない。だからこれは、私自身が楽をするためだったということにしよう。

守矢神社の裏手に出る。そこには、広大な湖が広がっていた。

妖怪の山にこんな場所があったなんてね。それとも、『入って』来たのかしら。

「この湖は、元々守矢神社の裏手にあったものだ。我らとともにあるべきここは、我らの幻想入りとともに幻想郷へやってきた。」

「ここも神社の一部ってわけね。無駄に広い土地、少しは寄越しなさいよ。」

「あなたにあげても文字通り無駄になるだけね。」

まあね、どうせ使わないだろうし。

先ほどの宣言通り、八坂神奈子はそこにいた。湖に建てられた巨大な柱の結界の内側に。

「やはり来たか、博麗霊夢。」

「あんたんとこの巫女は、うちの居候とやり合ってるわ。宛が外れて残念だったわね。」

「いや、狙い通りだよ。」

・・・負け惜しみ、というわけじゃなさそうね。

「どういう意味よ。」

「早苗は腹芸が上手くないからね。あの娘を見た瞬間、固まっちゃってたし。」

どう考えても優夢さんのことね。

「正直言って、私も驚いたよ。早苗の知り合いと瓜二つだった。」

「本人ってことは考えなかったの?」

「まさか。あの娘は女だけど、あの子は男だったよ。」

「優夢さんが、本当は男だったとしても?」

一石を投じる。そして、それは覿面な効果を見せた。やっぱり、そういうこと。

「・・・奴は、二年ちょっと前から行方不明になっている。」

「時期もぴったりね。彼が幻想入りしたのは、二年半前の春よ。」

「しかし、名前が違う。彼女の名前は『名無優夢』・・・!?『名無し』!そういうことか!!」

「相当な記憶喪失でね。名前がわからなかったから、私がつけてあげたのよ。いい名前でしょ?」

その事実に、神奈子は衝撃を受けたようだ。

「彼女の、本当の名前は?」

「さあ。言ったでしょ、相当な記憶喪失だったって。」

「だがお前の様子を見ていれば全く知らないとも思えないね。」

「そうね。名前は知らない。だけど名字は知ってるわ。つい最近、閻魔が暴きに来たからね。」

そして、その名は確か。

「『白鳥しらとり』。」

「・・・・・・そう、か・・・。」

どうやら、ジャストミートだったみたいね。よかったわね、優夢さん。あなたの記憶を知ってそうな人がちょうどよく幻想入りしてきて。

神奈子は、しばしブツブツと何かつぶやいていた。どうせ私に叩き落されるんだから、さっさとしなさい。

しばし待っていると、何か得心でも行ったか、神奈子はパンと手を叩いた。

「これは素晴らしい。素晴らしすぎて笑いが止まらないねぇ。」

奴は、笑っていた。早苗が知人と再会出来たことを喜んで、というわけではない。そういう質の笑いではなかった。

あれは、謀略する者の笑い。妖怪スキマババアや永遠の薬ババアとかと同じだ。

非常に不愉快だった。

「気が変わった。この勝負、最終的にはあんたに勝ちを譲るつもりだったんだがね。私が勝って、あいつも一緒にもらうことにしよう。」

「・・・ふざけてんの。私に勝ちを譲るつもりだったとか、優夢さん持ってくとか。」

「ふざけちゃいない。大真面目さ。」

ああそう。言葉を間違えたわ。

「私をなめてんじゃないわよ、クソ神。あんたにやる物なんて、うちの境内に生えてるペンペン草ほどもありはしないわ!!」

久々に頭に来た。早苗からは巫女失格とののしられ、優夢さんは何か色々大変そうだし、こいつは自分勝手で偉そうだし。

いい加減、私の堪忍袋の緒が切れたわ。

「・・・ほう?それは困るね。あの子は必要なんだよ、早苗の幸せな未来にはさぁ!!」

霊力を励起させた私に呼応するように、神奈子もまた神気を発散させる。

早苗の幸せ?んなもん知るか。優夢さんは、うちの大事な居候よ。あんたなんかに好き勝手させてたまるか!!

御託はもう十分。後は力で語るのみ。

さあ。



「楽しい楽しい弾幕ごっこの始まりよ!!」

「私を楽しませておくれよ、博麗の巫女ォ!!神遊びの始まりだ!!」





+++この物語は、幻想郷に舞い降りた幻想の最終決戦が始まる、そんなお話+++



博麗神社の居候:名無優夢

その素性は『白鳥』という名字を除いて、いまだ不明のまま。それが今明らかになろうとしている。

彼は一体誰なのか。今まで何をしていて、何処に住んでいて、そしてどういう人物だったのか。

それは、この戦いが終わった後、きっと明らかになる・・・。

能力:あまねく願いを肯定する程度の能力

スペルカード:想符『1700万ゼノのブルーツ(笑)波』、思符『デカルトセオリー』など



博麗神社の店主さん:博麗霊夢

神のいない神社ならば、巫女というよりは店主かもしれない。本人に言ったら確実に怒られる。

彼女なりに優夢のことは察していた。そして、彼が記憶を取り戻すことは、彼女にとっても望みである。

何事にも縛られぬ彼女は、『願い』にも縛られず、個人として彼を大事な家族として見ていた。

能力:主に空を飛ぶ程度の能力

スペルカード:霊符『夢想封印』、夢符『封魔陣』など



→To Be Continued...



[24989] 五章八話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2011/06/15 12:16
風に乗る符を全て砕くと、その向こう側で早苗さんは印を組んでいた。星型の印だ。

手の動きに対応して、その一回り大きな軌跡に霊力の線が描かれる。

「幻想郷では、戦いはこうやって弾幕を張って撃ち合うんですよね。知ってます。」

どうやら弾幕ごっこの説明は要らないみたいだな。まあ、こんな場所に建ってる神社だ。妖怪と勝負することも多々あっただろう。

「初めは戸惑いましたけど、それでも私は勝ちました。だから、あなたにも負けません!」

喝とともに、星が弾けた。線は無数の点となり、まるで本物の星屑のように俺目掛けて降り注いだ。

星型という、面積に対し線分の長い形だっただけあって、非常に数は多い。だが。

「軌道が正直ですね。」

全ての弾は、単純に真っ直ぐだった。よくあるような蛇行弾やレーザー状でもない、基本的な弾幕。

これなら、俺が撃ち漏らすということはない。彼女の放った弾の内、当たりそうなものだけを叩き落とす。

「その霊弾卑怯ですよ!何ですか、その無茶苦茶な性質は!!」

符を展開しながら、早苗さんからクレームが上がる。んなこと言ったって、これが俺の弾幕の性質なんだからしょうがないじゃん。

「一応、数や飛距離に限度はあるし、展開してるだけで集中を削る。卑怯ってのはお門違いですよ。」

撃ちっぱなしか繋ぎっぱなしか、数を撃てるか小数精鋭かの違いだけ。全てトレードオフの関係だ。

制約条件が人と違うだけで、これは立派に弾幕ごっこのルールに則っている。

「幻想郷には個性的な奴が多い。だから、俺ぐらい簡単に倒せず博麗神社を奪おうなんて、考えが甘い!」

一発だけ、力を注ぐ。それを早苗さんに向けて解き放った。

一発は霊力の噴射により急加速し、こちらに向けて放たれた符を掻き消しながら彼女に迫る。『信念一閃』の超簡易版みたいなものだ。

超簡易版というだけあって、一瞬で相手の眼前に到達する速度とか、かわされた後の二段ホーミングとかはない。だから、彼女も見てから横に飛ぶことで回避に成功した。

さて、普段ならここで『影の薄い操気弾』による追撃ぐらいしただろう。今回は俺が判断を誤った。

あれの最大の弱点は「集中力を消費しすぎる」こと。つまり、60個という全開の数を展開した状態で出来る技じゃない。

だから代わりに、残りのうち29個を彼女に差し向ける。その分、俺の防御力は半分になり、防御に回す集中力も半分になる。つまり、4分の1の防御力だ。

さすがにそこまでなって抜けない彼女ではなかった。

「遅いです!」

俺の攻撃が到達するよりも早く、彼女は印を組み終えていた。霊力の線が現れたのは・・・俺の後ろ!?

「しまっ!?」

ひょっとしたら、相手が幻想入りしたばかりの弾幕初心者という油断があったのかもしれない。背後から散った霊弾を防ぎ切れず、一発喰らってしまう。

「だったら、あなたを簡単に倒します。そうすれば、あの巫女も私達を認めざるを得ないでしょう。」

俺に一撃を加えることに成功した彼女は、自信に満ち溢れた様子でそう告げた。

・・・手強いな。何が手強いって、今回は俺の立場がいつもと逆なんだ。

今までは、俺は相手に比べて幻想郷歴が短かった。つまり、相手の方が弾幕に慣れておりこっちは格下という状態で、負けて当然の状態から追い上げるスタイルだ。

それに対して、今回は俺の方が長い。彼女は今まさに成長し追い上げている最中なんだ。

ビギナーズラックって言葉がある通り、一番何をしでかすかわからないのは最初の時期だ。早苗さんにとっては今がまさにその瞬間。

その上彼女には、恐らくだが実績がある。弾幕ではなく、風祝としての実績が。その自信が彼女の力を押し上げる。

弾幕に対する慣れは俺の方が上だ。その分、後ろから追い上げられる焦燥感は強かった。

――なるほどな。これが普段霊夢や魔理沙が感じている感覚なのか。

そういう状況だというのに、俺は嬉しかった。いつの間にか、親友達と同じ感覚を共有できるようになっていたという事実が。

そして、何故か。「早苗さんが成長する」という事実が、俺には何よりも嬉しかった。

「・・・何を笑っているんですか。」

自然笑みを作っていた俺に、早苗さんが警戒の色を見せた。いかんいかん、これじゃただの変な人だ。

しかし、どうにもこの笑みを崩すことは出来なさそうだ。今度は苦笑した。

「生まれつきですよ。お気になさらず。」

生まれたときのことなんて覚えてないから、適当なことを言ってスペルカードを取り出した。

「スペルカードルールのこともご存知で?」

「一通りは、退治した天狗から聞きました。だからこうして待っているんでしょう。」

なるほど。じゃあ、デモンストレーションはいらないな。

遠慮せず、俺は宣言することにした。

「薄散『雲粒の銀河 -クラスターリング-』。」

広がる霊撃の波とともに、俺が展開した60の操気弾が一つ辺り12の小粒弾へと分解される。計720の弾幕だ。

勿論、単純な量で言ったらこんな大量の弾幕を俺が操り切れるわけはない。720の弾幕ではあるが、ここにある『操気弾』は60のままだ。

「行くぞ!!」

回転する小粒弾を60塊、早苗さんに向けて射出する。最初その数に面喰らった早苗さんだが、動きを見てすぐに性質を理解したようだ。

「いくら数が増しても、操れる範囲が同じなら、何も怖くありません!!」

その通り。操気弾を分解したところで見た目の個数が増えるだけで、本質的な操作対象は何も変わっていない。

つまり、同じ操気弾から分解された弾は、同じ動きしかとらせることが出来ない。

だったらこのスペルは単なるハッタリだと思えるかもしれない。ということは、それはこのスペルの本質じゃないってことだ。

数の方にばかり意識が行けば、初見ならまず避けられないという霊夢のお墨付きだ。ちなみに発案者は萃香と鈴仙だ。

早苗さんが気付いている様子はない。なら、一発お返しさせてもらうぜ!!

「拡散!!」

「!?」

俺の意志に従い、突然操気弾塊は回転半径を広げた。予想できていなかった早苗さんは、回避が間に合わず数発を身に受けることとなった。

「っく!!」

早苗さんは後ろに下がり、回転半径から逃れた。ダメージはそんなにないはずだ。分解してる分、一発の威力はどうしても落ちる。

今度はこちらが待つために、一度全ての操気弾を下げた。

「・・・やりますね。」

「俺はこれでもまだまだ弱い部類ですよ。本気なら、もっと上を目指さなきゃね。」

「それが真実だとしたら、慢心しかけてた私の目を覚まさせてくれたあなたには感謝します。」

言いながらも、彼女はスペルカードを取り出した。さあ、どんなスペルが飛び出してくるのやら。

「でも、最後に勝つのは私です!!」

宣言。

「秘術『忘却の祭儀』!!」

そして霊撃の波が・・・広がらない?

「えっと、早苗さん。ちょっといいですか?」

「何ですか。時間稼ぎなら聞きませんよ。」

「いやそうじゃなくて、スペルカードルールって何処まで知ってます?」

「え?技を使う前には宣言をして、攻撃を喰らったら『スペルブレイク』、スペルカードを使い切った方が負け、だけじゃないんですか?」

・・・あー、まあ、確かにルールとしてはそれだけなんだけどね。

「スペルカードをスペルカードたらしめる要素として、発動時に発生する霊撃ってのがありまして。」

「霊・・・撃?」

早苗さんにルール教えた天狗、肝心な部分省きやがったな。まあ、強くなるのが厄介だったんだろうけど。フェアじゃねえな。

「霊力を基底状態から励起状態に遷移するときに発生する、強烈な波動のことです。大抵の攻撃を無効化することが出来るので、宣言のときには必須になってるんですが。」

「・・・知らなかった。」

「これから覚えて行けばいいと思いますよ。早苗さんはまだ幻想郷初心者なんだから。というわけで、もう一度宣言をどうぞ。」

「は、はぁ、ご丁寧にどうも。えっと・・・秘術『忘却の祭儀』!!」

今度こそ、霊撃が広がった。うん、やっぱスペカはこうでなくっちゃな。

「・・・調子狂うなぁ。」

「慣れですよ、慣れ。」

俺の言葉に、何故か彼女はため息をついた。何か問題があったんだろうか。



ともあれ。

「それじゃ、戦闘再開ってことで!」

「と、とにかく、負けませんよ!!」

お互いスペル使用状態で、弾幕ごっこ再開だ。





***************





調子が狂う理由は三つ。一つは勿論、今日初めて知ったこの技術について。要するに、普通の状態から一気に霊力を高めるんだけど、それだけでかなり疲れる。

けれど、言われてみれば確かに私と戦った天狗は、スペルカードを宣言するときに『霊撃』を発生させていたと思う。皆、普段からこんな疲れることをやっていたのか・・・。

ひょっとしたら、慣れれば条件反射で出来ることなのかもしれないけれど、私にはまだ無理そうだ。

もう一つは、私の相手をする名無優夢という彼女の姿勢。今のを教えなければ、彼女に有利だっただろうに。

敵対しているはずなのに、まるで私の成長を助けようとしているようなその姿勢が、理解できなかった。

そして、最後の一つ。これが一番大きい要素だ。彼女は、あまりにも「あの人」に似すぎている。

本人ということはありえない。彼女は私のことを知らないようだし、そもそも名前も性別も違う。

確かにあの人は今何処にいるのかわからない。警察の捜索でも全く手がかりが得られなかったって聞いている。そして私は、彼らの否定的な結論を一切信じていない。

だから、今になって考えてみれば幻想郷に来ているという可能性だって捨てきれないかもしれない。それでもやはり彼女ではない。

彼女ではないけれど、その容姿は瓜二つだった。いや、容姿だけでなく、しゃべり方までも。

そのため、彼女を見た瞬間思考が停止してしまったほどだ。神奈子様がお声をかけるまで、自分の中での落としどころを見つけられなかった。

彼女は一体何者なのか。何故あんなにも、あの人にそっくりなのか。

――そういえば、幻想郷には色々な能力を持った人がいるという。もしかしたら、彼女の能力はそういう類のものなのではないか。

つまり、私との戦いを有利に進めるために、私が一番戸惑う姿をかたどっているとか。そう考えれば、今は一番落ち着けるかもしれない。

ともかく、真実の究明はこの勝負に勝った後でも出来ること。私は神奈子様のお言いつけ通り、この勝負に全力で勝つのみ!!

「ハッ!!」

霊力を込め、星の印を組む。軌跡をなぞり生まれる、幾重もの星型の霊力。

それらが、あるものは砕け、あるものはそのままの形で、一斉に彼女に殺到した。

「くっ、でかいのは無理か!」

彼女は先ほどのように霊弾で星弾を砕こうとしたが、小さくなった弾は逆に弾かれてしまう。戦術ミスですね!

私はそう思った。しかし、彼女にとってはミスというほどのものではなかったらしい。

「なら、かわす!」

不動だった彼女が、突然動き出す。まるで武術か何かみたいな動きをして、彼女は迫り来る星弾を回避し。

「んでもって、いなす!!」

砕けた星弾を、回転する小粒の弾幕で逸らした。結果、彼女の被弾は0。

・・・この人、強い。少なくとも、今まで私が相手をした天狗よりは遥かに。

一瞬で私の攻撃を避ける術を編み出してしまった名無優夢に対し、私は改めて気持ちを引き締めた。

この人は、力任せの攻撃で勝てる人じゃない。考えて、計算された逃げ場を塞ぐ弾幕でないと。

ならば。

「これならどうです!?」

今度は、全方位からの集中放火。私の術は、私の手元でなくても発動させることが出来る。彼女の周囲全体に、星型の霊力を発生させた。

「マジか!?」

「マジです!!」

さすがにこれには驚いたらしい。彼女が逃げ出すよりも早く、私は全ての弾を差し向けた。

「っだったら!!」

だが、私の弾の到達よりも先に彼女は対策を編み出した。思考が速い!

彼女は自分の弾幕を自分の足元に配置した。そして、その状態で回転半径を広げた。

すると彼女の体は押し出される。とてつもない急加速で、彼女は迫る弾の隙間が埋まる前に潜り抜けた。

そんな方法で移動するとは!

「もらった!」

「まだです!!」

彼女は、身に纏わせていた回転弾を私に向けて飛ばす。しかし私も被弾覚悟で彼女の周囲に星の弾を生み出した。

回転弾が私を弾くのと、彼女に向けて星が弾け飛ぶのは、ほぼ同時だった。これで両者スペルブレイク、のはずだ。

「・・・てて。やりますね、あそこから反撃に出るとは。」

「『決めたら最後まで貫き通せ』と、教えられてますから。」

「それは、八坂様の教えですか?言いそうですけど。」

確かに、神奈子様なら言いそうですけどね。それよりもずっと前の話ですよ。

「あなたには関係ないですよ。」

「かもしれませんがね。気になっただけです、よっと!!」

再び、彼女は60の弾幕を生み出した。全く戦意は衰えていないようだ。

それは私も同じく、大量の符を神風に乗せる。どうにも、長い勝負になりそうね。

守矢神社の境内で、弾幕と弾幕が交錯する。



今このときを楽しいと感じるのは、はしたないことなのでしょうか。ねえ、神奈子様。





***************





『決めたら最後まで貫き通せ』、か。何だろうな、一体。俺も確かにそうあるべきだと思うけど、何かが引っかかった。

引っかかりはしたけど、引っかかったままだ。引っこ抜けてはいない。

だから今は目の前のことに集中することにした。別のことを考えていて勝てるほど甘い相手じゃない。

彼女は、やはり弾幕は初心者だ。弾幕の緻密さというか、そういったものがなく、力任せな印象を受ける。イメージとしては、レミリアさんやフランに近いものがあるか。

ずっと神という存在の近くにいたためなのか、早苗さんの霊力ははっきり言って人間レベルじゃない。霊夢よりも遥かに大きい。

だから初心者ながらに手強いが、彼女はまだそこで止まっている段階だ。勝ち目は十分にある。

一番怖いのは、彼女が戦いの中で急激に成長する可能性を持っているということ。そうなったとき、俺の勝ち目がどれほど残るのか。未知数であるために、計算が出来ない。

だから俺に打てる最善手は、彼女が理解をする前に超速で決着をつけること。

以前なら無理だったが、今なら不可能ではないだろう。早苗さんの裏をかく手段なら、これまでの戦闘経験で腐るほど持ち合わせている。

やろうと思えば出来るはずだ。だというのに俺は。

「無為に散らしても意味がありませんよ。散らすなら、一発一発に意味を持たせて!」

いつの間にか、彼女に教えていた。弾幕の張り方、効率的な攻撃方法、俺が弾幕ごっこで学んだことを、戦いを通しながら。

勿論、早苗さんも不可解な顔をしていた。しかし、俺の言葉が偽りではないことが分かるから、それに従い、俺の知識を吸収していった。

彼女の弾幕は、どんどん緻密になっていく。上手く誘導し、操気弾の隙間を作り出し、そこに弾を叩き込んできた。

勿論それでも俺はかわすが、だんだんとこちらに抜けてくる弾が増えてくる。そうなれば、かわすのが得意とは言えない俺では、避けきることは不可能。

「ッ!!」

飛んできた霊弾を、両腕を交差させて防御する。重い一撃に、腕が痺れた。

「あなたは一体、何を考えているんですか。敵に助言をするなんて。私を倒すんじゃないんですか?」

スペル宣言が必要となった俺に、彼女は不可解をぶつけてきた。敵に教えられるってのは、確かに理解できないことだろうな。俺だってそうだ。

「さあ、何ででしょうね。俺にもよく分かりません。」

「分からないって・・・。」

分からんもんは分からんのだから仕方ない。

「だけど、俺もこうやって教えてもらったから。幻想郷に来たばかりの頃に、霊夢と魔理沙に。」

ひょっとしたら、あのときのことを思い出しているのかもしれない。・・・あの頃の俺と今の早苗さんを同列にするのは、ちょっと乱暴だけどな。

「・・・え?」

早苗さんはそのことを聞いて、驚いたようだった。何に驚いてるのかは分からないが。

「そういう詮索は後にしましょう。まずはお互いの信念を貫き通すことの方が先決だ。」

問答は後でだって出来る。今は勝負の最中だ。

「俺は俺の信念でもって、早苗さんが弾幕に慣れてからちゃんと勝ちたい。そういうことにしておきましょう。」

「・・・理解は出来ません。だけど、そういうことなら。私は私の信念でもって、あなたを倒します。たとえそれが、あなたから得た力でも!!」

言ったな?じゃあ、示してみせろ!



――彼女は、人見知りをしない良い子だった。だから、歳の離れた俺ともすぐに打ち解けることが出来た。

あの頃少し傷ついていた俺は、花が咲いたように笑う少女との交流に癒されていった――




「境命『フェイタルアトラクション』!!」

宣言したのは、りゅかとレミィの共作スペル。60の操気弾を、俺達を包むように配置する。

早苗さんは、それをキョロキョロと見回した。集中力の配分が上手くないな。あれじゃ、ただ見てるだけだ。

「弾幕勝負で重要なのは、相手の弾幕の性質を看破し、自分なりの対策を構築すること。当てれば勝ちですけど、当たったら負けですからね。」

「だからしっかり『観』ておいてください」と言い、俺は適当な弾幕に飛びついた。

「!? 速ッ・・・!」

その瞬間、俺は急加速で早苗さんの横を通り抜けた。

このスペルは、美鈴さんとの勝負で閃いた『地獄の弾幕プロレスごっこ』を元に、レミィが動きを、りゅかが性質を考えて構築したものだ。

相手が相手なら打撃で牽制するところなんだが、今回は打撃はなし。早苗さん、武術とか出来そうには見えないからな。

この飛びつきの目的は、別の操気弾のところまで移動すること。着地と同時、俺はその操気弾に霊力を充填する。

そして再び移動するときに。

「くッ!?」

一緒に弾幕を飛ばす。ここに展開された操気弾は、俺の足場であると同時に砲台でもある。

霊力の充填は直接触れなければ出来ない。だから、何処から飛んでくるかは丸分かりだが。

「狙いが・・・!?」

足場から足場へ移動するたびに、弾性力に従って加速する。その分弾幕の密度も時間差で徐々に増して行く。

早い段階でブレイクの糸口を見つけられなかったのが、早苗さんの失敗だ。

「つぅっ!!」

俺に狙いをつけることができず、増えに増えた弾幕をとうとうかわしきれなくなり、数発被弾した。

俺はそれを確認するとともに動きを止めた。まだこの場には弾が散っているが、程なく場に弾は存在しなくなる。

「大丈夫ですか?」

今のは先ほどよりもだいぶ威力が篭っている。火傷ぐらいはするかもしれない。

「っ、平気です!私の心配なんかしないでください!!」

気遣いは逆効果だったみたいだ。普通は敵に心配なんかされないだろうからな。

早苗さんは気丈に振る舞い、スペルカードを取り出した。

「そんなことよりも、自分の心配をした方がいいんじゃないですか。もう私は、調子を狂わされません!」

そして、宣言。

「奇跡『客星の明るい夜』!!」

暗くなりかけていた境内に、強烈な光が差す。それは、彼女が放つ霊力の光だった。

・・・おいおい、冗談じゃねえぞこの力。本当に人間の出せる出力か?

「私は人でありながら神でもある。守矢の風祝は皆、現人神なのです。人の子よ、あなたにも奇跡を魅せてあげましょう!!」

現人神・・・そういうことかよ。彼女の人間離れした霊力に、ようやく合点がいった。

震えが走る。恐怖ではない、武者震いという奴だ。俺が今まで人間を相手にしていると思ったら、神を相手にしていたのだから。

俺は戦闘狂ではないはずだが、弾幕を嗜む身として、顔が笑いの形になるのを止めることが出来なかった。

「じゃあ、魅せてください。あなたの起こす奇跡とやらを。俺はいつも通り、全力で乗り越えるだけだ!!」

「いいでしょう。出来るものならやってみなさい!!」

俺は動き出し、早苗さんは天から無数の光条を降り注がせた。



現人神。その言葉が、俺の頭に深く焼きついて離れなかった。





***************





彼女の顔があまりにもあの人に似ているせいか、不意に昔のことを思い出した。

私がまだ小学生だったときの話。お母様と神奈子様から守矢の秘術を習っていた私は、そっちの方でいっぱいいっぱいになって、学業の方がおろそかになったことがある。

祭事を行うことは、守矢の跡取りとして大事なことだったけど、現代社会で生きていくには学業もおろそかには出来ない。お父様が深刻に悩んでいた。

そんなとき、あの人が勉強を教えてくれた。自分の勉強もあるのに、私のために時間を割いてくれたんだ。

おかげで私は学校の授業にも遅れずついていくことが出来、中学に上がる頃には学年でトップになっていた。

中学一年の実力テストで一位を取ったときは、私の頭を撫でて褒めてくれた。

それが嬉しくて、私はまた勉強を頑張って・・・――中学二年になる春、彼は行方不明になってしまった。

あまりにも突然のことで、その話を聞いたときは性質の悪い冗談か何かだと思った。けれどニュースにも顔写真付きで出て、それは本当のことなのだと理解せざるを得なかった。

中学二年の実力テストでも一位を取ったけど、あの人には褒めてもらえなかった。三年も、高校入試に合格したときも。そのときには捜査は打ち切られていた。

見てほしかった。私の成長を、私を強くしてくれたあの人に。

それが、私の心残りだった――



「ちっ、動きづらい!!」

空から降り注ぐ光の筋に、彼女は動きを制限される。先ほどのような濃密な弾幕は、もう張れないだろう。

彼女が今使っているスペルは、展開した霊弾に触れないことには弾幕を張れない。それが最大の弱点だ。

彼女が言うようによく『観』て、私はその性質を理解した。わざわざヒントを与えてくれるなら、それを活用させてもらうまでだ。

彼女もまた私のスペルをよく『観』ているようだった。多分、もうこのスペルの性質は理解しきっているんだろう。

教えてくれることと、彼女を侮ることは全くの別だ。依然油断出来ないことには変わりがない。

それが証拠に、彼女の移動は弾幕を張ることよりも回避に専念されていた。光線が降るところをことごとく回避している。

空に浮かべた霊力球。客星の輝きを持つ核から断続的に光を落とすのがこのスペルだ。つまり、攻撃と攻撃の間にわずかな隙がある。

相手に反撃を許すほどのものではないけど、次に何処に攻撃が来るか判断するぐらいの間はある。そして、今の彼女の速さならば避けることは容易いだろう。

こちらの攻撃も当たらないけれど、相手も攻撃に移れない。膠着状態だった。

しかしそうは言っても、早く打開策を探さなければならない。でないと、彼女はきっとこの状況を打ち破る一手を放ってくる。そんな予感を感じさせた。

考える。どうすればあの動きを封じられるか。どうすれば、逃げ場を抑えて一撃を当てられるか。

そして思いついたのは、こちらのリスクもある方法だった。どうしようかと、一瞬悩んだ。

・・・だけど、リスクをとらなければ得られるものはない。昔そう教えられたときは意味が分からなかったけど、今なら何となくわかる。

だから私は、実行することに決めた。

「・・・む?」

光が止む。それを見て、彼女は突っ込んでくるようなことはせず、警戒した様子で弾の上に止まった。

これで短絡的に来るようだったら話は早かったんだけど。それは初めから期待していない。

「このまま打ち合ってるだけじゃいつまでも終わりませんからね。やり方を変えます。」

照射をやめたときから既に、客星への霊力充填は始まっている。パチパチと火花が散る音さえも聞こえてくる。

彼女にも聞こえているだろう。だから彼女は、客星から一切目を離さずタイミングを伺っていた。

さあ、行きますよ!!

「照っ!!」

印を組む。解放を待ちわびていた力が、レーザーのような熱線となって、一気に地上に注いだ。

当然、彼女はその一撃が到達するよりも早く移動しており、一撃は空を切る。境内の石畳に着弾し、粉砕の轟音を立てた。

「うっわ、喰らったら死にますね。」

別の霊弾へと移動した彼女は、青い顔をしてそれを見ていた。・・・確かに、ちょっとやりすぎかもしれないけど。

「その割には、随分冷静そうですね。」

「まあ、いつものことですし。運が悪けりゃ交通事故で人は死にますよ。」

――そういえば、彼女は「幻想郷に来た」と言っていた。では、彼女は私達と同じように、元は『外』にいたということ?

もし彼女が私の仮説通りの能力を持っていたとしても、辻褄が合わないことは分かっている。だけどこの事実は、無理やり納得させていた気持ちを揺るがすには十分だ。

「・・・一つ、聞かせてもらってもいいですか。」

詮索は後にすると言ったのに、私は聞かずにはいられなかった。

「あなたは、幻想郷の外の人間なんですか。」

「その問いに対する答えだけなら、その通りですよ。幻想郷に来る以前のことは覚えてませんから、それ以上の回答はできません。」

覚えて、ない?

「それはどういう・・・。」

「質問は一つのはずですよ。他に質問をするなら、このスペルをブレイクしてからにしてください。」

・・・そう、ですね。今は戦闘中、これ以上は今聞くべきことではない。

しかし、気になるのも事実。では、こういうことにしよう。

「だったら、私が一つスペルブレイクするごとに、あなたのことを話してもらいます。これならいいでしょう?」

「・・・分かりました。いいですよ、何処までお話出来るかはわかりませんが、ね!!」

彼女が再び宙を舞う。私は行く手を阻むように、光の一閃を落とした。



何度それを繰り返したか分からない。石畳は粉々に砕けてしまっており、原形をとどめていなかった。

「掃除が大変そうですね。うちでやったら、霊夢が怒髪天を突いてますよ。」

「これを掃除するぐらい、奇跡でも何でもないです。」

私の攻撃は一発も当てられていない。彼女の方も、一撃を警戒してかこちらへの攻撃は今のところない。

けれど、そろそろだと思う。もういい加減、彼女も痺れを切らせていい頃だ。

「・・・埒が明かない、か。しょうがないな。」

構えを変えた。来る!

一撃を落とすと、彼女は真っ直ぐこちらへ向かってきた。狙い通り!!

「かかりましたね!!」

その瞬間、私は客星を破壊した。構成していた霊力の全てが、光の筋となって降り注ぐ。

それは、彼女の周りを取り囲むように、逃げ場なく降り注いだ。

「そう来ると思ってましたよ!!」

彼女は読んでいたようだが、これでは避けることは・・・!?

「何故その霊弾が!?」

彼女は自分の目の前に5つの霊弾を掲げ、降り注ぐ光のうち自分に当たりそうなものを防いだ。私の渾身の一撃が、不発に終わった。

おかしい。確かに今、彼女の周りには何もなかった。もしいくつかの霊弾を集めていたとしても、私は気づくはずだ。それが、唐突に出現したのだ。

彼女は全ての弾幕を展開していたはずだ。そして「数に限りがある」と言っていたのだから、さらに展開出来るとは考えづらい。

一体、どうやって。

「ってて。さすがに防ぎきれなかったか。」

光が晴れる頃、袖の辺りがボロボロになっている彼女が現れた。これは、一撃は通ったということ?

「ええ、手痛い一撃でした。こっちはスペルブレイクです。でも、この様子じゃ早苗さんもですよね。」

「一撃を通せたなら、十分です。」

結果的にはそうなるけど、膠着よりはずっといい。

さて、約束のスペルブレイクだ。質問に答えてもらおう。

「覚えていないとはどういうことですか。」

「言葉通りですよ。俺が幻想郷に来た直後、俺は自分のことを何も覚えてませんでした。知識とかはありましたけどね。」

「・・・じゃあ、その名前は。」

「偽名です。仮名、と言った方がいいかな。本当の名前は・・・次のスペルブレイクのときにしましょう。」

彼女は話を打ち切った。確かに、これ以上は「覚えていないとは」という質問に対する答えではない。

「分かりました。では、次もさくさくっとスペルブレイクさせてもらいます。」

「今度はそう簡単にはいかせませんよ。」

今のも全く簡単ではなかったけれど。心の中でつぶやいた。



散らばったパズルのピースが、一つはまった。そんな感覚を覚えた。





***************





再び通常弾の応酬となる。彼女もこの癖の強い操気弾の挙動に慣れてきたようだが、それは俺も同じことだ。

彼女の術は、彼女の任意の場所での発動が可能である。が、発動から射出までの間に一拍あるため、見てからの回避が可能だ。

あと、大体の発動場所は手の位置を見ていればわかる。こういう術ってのは意識に大きく左右される。だから、手の動きに合わせて線が走るんだろう。

これが紫さんとかになるとノーモーションで弾幕を撃ってきたり、あるいは動きと全く関係なく発動したりするんだが。あれは人間業じゃない。

だからお互い、互いの手の内を読み合って動いていた。まだまだ早苗さんの動きはたどたどしいが、ちゃんとそれが出来ている。

これで弾幕ごっこの戦術の基本的な部分は粗方伝えられたかな。

「じゃあ、そろそろ行きますよ!!」

俺は彼女に向けて叫ぶと同時、弾幕の数を半分まで減らした。

60は確かに扱える最高の数だが、巧みに扱えるとは言えない。一個を扱うだけでも相当な集中力を必要とする操気弾は、数が増えればそれだけ負担が大きくなる。

だから、状況に応じて数を変える。防御を必要とするときは数を増やし、攻撃に出るときは逆に数を減らした方がいい。

つまり俺は、今から攻撃に出ようと考えているわけだ。

そのことを知らない早苗さんは、数が減ったことを好機と見たようだ。

「何を考えているか知りませんが、自ら隙を作るとは愚かな!!」

俺を打ち落とすべく、俺を取り囲むような二重の星を作る。逃げ場を与えないつもりのようだ。

だが、考えが甘い。

「この程度で俺を止められると思うなよ!」

全速前進。そして、襲い掛かってくる弾幕を全て、あるものは荒れ狂うような動きで砕き、あるものは流水のように受け流す。俺の進行を邪魔出来るものは何もなかった。

「・・・くっ!!」

状況不利と見て、早苗さんは後ろに引いた。その選択肢は正しい。俺の霊弾がどの距離から遠くへ飛ばせないかは、もう理解しているようだ。

だが、彼女に見せていない――正確には説明していないスキルが、俺には一つある。

「くあっ!?」

下がった彼女は、背後から弾き飛ばされる。予想外の衝撃に、目を白黒させていた。

彼女にそれは見えていなかった。『影の薄い操気弾』によって、認識を出来なくしていたから。

「そんな、バカな・・・。」

見えない弾幕という存在を初めて知ったのだろう。彼女は驚きで言葉が紡げなくなった。

「・・・そうか、そういうことですね。さっき『客星の明るい夜』を防いだのは。」

「その通り。回収した操気弾を、こいつで隠してたんですよ。」

見えてたら、あの攻撃は撃ってこなかったか、別の形になっていただろう。彼女の攻撃を絞らせるために、俺は盾を隠していた。

当てたら一瞬でバレていただろうが、盾としての使用だったからバレなかった。しかし、今はもうバレている。

今後は通用しない。だから俺は、既に別の方法を考え始めていた。

「基本編は終了。こっからは応用編です。弱い俺は、何をしでかすか分からないことでそこそこ有名ですよ。」

「白々しい。これだけ戦えて、弱いわけがないでしょう。」

・・・まあ、な。弱いというほど弱くはないことを、最近は自覚している。だけど、俺よりも上が五万といることもまた事実。

それに、当てれば勝ち・当たれば負けという弾幕ごっこにおいて、強さはあまり関係がない。全く関係なくはないが、一定ラインを超えたらそれは「力」の一つに過ぎない。

だったら、強いと慢心するのは危険なことだ。それなら俺は弱いままでいい。

だけど。

「なら、強い俺を礎にしてください。そうすれば、きっとあなたには新しい世界が見える。」

「あなたが何を考えているのかは知りませんが、なら利用させてもらいます。この戦いで強くなって、博麗の巫女も私が倒す!」

そうしてください。あの怠け者には、それぐらいがいい薬になる。

「開海『モーゼの奇跡』!!」

そして早苗さんは宣言した。勿論、俺も負ける気はないけどな。



――彼女と仲良くなった俺はある日、ポロリと俺の理想を漏らしたことがあった。

言った後、俺は後悔した。それを学校で言ったがためにバカにされ、いじめの的になってしまった。

彼女もまた、俺をバカにするんじゃないかという恐怖があった。友達だと思っている人から裏切られるのは、もう嫌だった。

だけど彼女は、いつもと同じように花が咲いたように笑って言ってくれた。

「そのせかいは、きっとすてきでしょうね」と。

それが嬉しくて、俺は涙を流しながら何度も「ありがとう」を言った――






***************





私の中に少し焦りが生まれたことに気付き、努めて冷静を保つ。逸った心では勝てない相手だ。

焦りの原因は分かっている。彼女の話の先を聞きたい。彼女は何者なのか、本当の名とは何なのか。

それを聞くために出された条件は、彼女のスペルカードを破ること。なのに今彼女はスペルカードを使わず、私だけが使っている。

やや劣勢に立たされているという事実が、私を焦らせた。

やはり彼女は、今まで手加減をしていたのだと思い知らされる。今の一瞬本気を出した彼女には、思わず気圧されてしまった。

気持ちで負けてはいけないと己を奮い立たせる。大丈夫、私はやれると、何度も自分に言い聞かせる。

万全の私と戦いたいと思っているのか、彼女は私の攻撃の開始を律儀に待った。・・・今の私には、助かる話だった。

「それでは・・・行きますよ!」

カッと目を開き、祝棒を天にかざす。すると、海でもないのに大地から大海嘯が吹き荒れた。

「『モーゼの奇跡』・・・なるほど、エジプト脱出ですか。」

それを見て、彼女はスペルの名が示す意味を見出した。

「よく知っていますね。記憶がないという割には。」

「知識だけならありますからね。ちなみに歴史は苦手です。」

「・・・本当に、よく知っていましたね。」

モーゼの海割り自体は有名だけど、脱エジプトの話は世界史ぐらいでしか習わないというのに。

立ち上る波が、私と彼女を取り囲む。これで私達が動ける範囲は狭い円の中に限られる。

彼女が構える。私もまた、周囲に霊弾を浮かせた。この狭さでは、星の術は使い勝手が悪い。

「どっちかっていうと、コロッセオですね。」

「違いないですね。なら、決闘らしく正々堂々の勝負と行きましょうか!」

「望むところ!!」

私が霊弾を射出すると、彼女は身に纏った30の弾幕でそれらを砕いた。

砕かれることはもう分かっている。だから既に私はさらなる弾幕を準備していた。

「勝利の護符よ!!」

手に構えた護符を、風に乗せて投げつける。霊弾に加え、二倍の密度の弾幕となった。

これでもダメなことも理解している。さらに追い詰めなければ。

「波よ!!」

彼女の周囲の海をうねらせる。それにより、円形であったフィールドが変化し、歪な壁となる。

「・・・チッ!!」

三重の攻撃に、彼女の防御は限界を迎えた。お札が数発、防御を抜けて彼女に迫る。

それが当たるよりも早く、彼女はスペルカードを宣言した。

「暗舞『ナイトダンサー』!!」

広がる衝撃が、私の弾幕を無効化していく。この目で初めて『霊撃』の効果を確認した瞬間だった。

「そうやって使うものなんですね。」

「そういうこと。早苗さんの勉強になったなら、使った甲斐もあるってもんです。」

ええ、とても勉強になりました。

ともあれ、一歩前進だ。これで互いに3枚目。イーブンに持ち込むことが出来た。

あとは、彼女のスペルをブレイクするだけ。・・・生易しくはないということは、勿論理解しているけど。

最初の『雲粒の銀河』も、二枚目の『フェイタルアトラクション』も、型に囚われないスペルだった。きっと、今回もそうなんだろう。

性質を見抜けなければ、そして攻略方法を見つけなければ負ける。逆に言えば、性質を理解して戦法さえ組めれば、勝ち目はある。

だから私は。

「今度はそちらからどうぞ。しっかり見ていますので。」

あえて攻撃を止め、彼女の一発目を観察し、回避に専念することにした。

「・・・なるほどね。いい判断です。じゃあ、しっかりと見ていてください。」

言って、彼女は己の霊弾を自分の周囲に集めた。30の弾幕が所狭しと並び、彼女の姿が見えなくなるほどだった。

「散ッ!!」

それが、掛け声とともに一斉に四方八方に散る。狙った攻撃ではなく、文字通り単純に散らす攻撃だった。

ただ散らすだけでは意味はない。そう教えたのは彼女だ。なら、この攻撃には必ず意味がある。大きくは動かず、私は注視を続けた。

その直後だった。弾が消えた。私の目にはそう見えた。だが、実際に消えたわけではないということは察しがついていた。

さっきの見えない霊弾だ。あれを、弾の進行の途中で適用したんだろう。そうすれば、弾幕が忽然と消えたようにも見えるだろう。

しかし、一体何のために?私に当てるにしても、あの距離では無意味。注意深く観察すればかすかに輪郭が見えるから、近付いてくればわかる。

私の内心の疑問は、次に弾が見えるようになった瞬間に氷解した。

「!? こちらへ向かって・・・!」

隠蔽を解かれた霊弾は、その瞬間ものすごい勢いで一斉にこちらに向かってきた。フェイントか!!

回避するが、追ってくる。これでは逃げ切れない・・・!

そう思った直後、再び弾幕が見えなくなる。横にそれると、霊弾は私を追わず直進して行った。

それを見て、私はこのスペルの性質を理解した。また何と癖の強い弾幕であることか。

「見えない間は直進、見えている間はホーミング。そういうことですか。」

「ご明察。ホーミングとは言っても、実際は俺の意識であなたに向けてるだけですがね。」

彼女の霊弾は、彼女の意識に従って動く。ということは、ホーミングを実現するためにはそうなるだろう。

しかし、癖は強いが先の二つに比べれば易しいと感じた。霊弾を全て攻撃に回した彼女は、完全に丸腰だった。

「拍子抜けです。もっと手強いと思っていたんですが。」

風に乗せた符を展開しながら彼女に告げる。これなら、次にホーミングが始まる前にスペルブレイクできる。

だというのに、彼女は不敵な笑みを崩さなかった。

「そいつは早合点って奴ですね。言ったでしょう、『しっかりと見ていてください』と。」

何・・・が!?言葉を発することは、目の前に現れた驚愕により不可能だった。

出現した霊弾の一つは、私の真正面――ほんのすぐ目の前にあった。いつの間に!?

そこからホーミングを開始した一撃を回避できるはずもなく、スペルブレイク。

「ぐっ・・・どうやって。」

「あなたも理解している通り、俺の霊弾は飛距離に限界があります。それは隠れていても同じこと。じゃあ、限界距離まで飛んだ弾はどうなりますかね。」

・・・そういうことか。つまり、今の一撃は限界まで飛んだ後、まるで跳ね返るようにここまで戻ってきていたのだ。

性質を見切れなかった私の失敗だった。

これで私は三枚消費。彼女は三枚目続行中。やはり少し劣勢に立たされていた。

と。

「・・・何故、スペルを解除するのですか。」

見えなくなっていた全ての弾が色を取り戻し、彼女の周りに戻っていった。そして、通常の回遊を始める。それが意味するところは、そういうことだ。

彼女はこともなげに答えた。

「こんな子供だましのスペルが何度も通用するとは思ってませんよ。じっくり見てりゃ、大体分かりますからね。」

確かにそうかもしれないが、自分から解くなんて・・・。

揺れる私の心を知らず、彼女は言葉を紡ごうとした。

「さて、次は俺の本当の名前でしたね。知ったのは本当につい最近です。俺の名は」

「いりません!!」

思わず叫んでいた。こんな、施しのように答えを与えられても、私は納得が出来なかった。

確かに、彼女の本当の名は知りたい。だけどそれは私の手で暴きたい。私の手で彼女のスペルをブレイクして、それで初めて意味がある。

「あなたの名前は、私の力で得たいんです。だから、今は答えないでください。」

「・・・無神経に、失礼しました。」

彼女は頭を下げた。何故か胸がずきりと痛んだ。

首を振り、痛みを無理やり押し隠す。

スペルカードは残り3枚。彼女があと何枚かは知らないけれど、それまでに何としても、自分の力で聞き出す。

そのために私は、再び星を描いた。



『外』に居た頃、私が現人神であることを知っているのは、巌おじさまと澄子おばさまだけだった。

だけど、あの人が居た頃までさかのぼれば、あの人もまたそのことを知っていた。私が教えたんだ。

あの人は、私に全てをさらけ出してくれた。あの頃は意味が分からず、理解出来るようになった今は、とても常識外れなことを言っていたと思う。

だけど私がそれを「素敵だ」と感じたことを、今も鮮明に覚えている。今同じ言葉を聞かされたとして、私はやっぱり同じ答えを返すだろう。

だから、私も現人神であることを打ち明けた。力も見せた。それをあの人は、笑って受け入れてくれた。

あの人は間違いなく、たとえ血のつながりはなくても、私にとってかけがえのない、たった一人の「お兄ちゃん」だった。





***************





・・・まただ、頭が痛む。恐らくは、何かを思い出そうとして、『俺』が邪魔をしているんだろう。

戦いが始まってからも断続的に頭痛がしていた。集中している間はいいが、時折ほんの一瞬意識が飛んだりする。

それは、相手によっては大きな隙となる。霊夢や魔理沙あたりの前でそんな隙を見せたら、喜んで撃ち落として来るだろう。

今までのところ、早苗さんがそれに気付いた様子はない。慣れない弾幕ごっこで、そんな余裕がないんだろう。

そう考えると、これまで才覚のみで天狗を追い返していた早苗さんのポテンシャルには感心する。俺なんかとは段違いの才能だ。

よく勘違いされることだが、俺の才能自体は大したものではないと思っている。確かに色々なことに手を出して、効率的に学習してはいる。

しかし、それはあくまで根本的なところを抑えて、学習効率を上げているだけに過ぎない。才能ではなく、努力の効率化をしているだけだ。

だから、何の準備もなく放り出されたとして、早苗さんのように出来たかと言われれば、答えはノーだ。ここに来たばかりの頃、ルーミアに殺されかけたんだから。

話が逸れたな。軌道修正。ともかく、今までは気付かれないで済んできたが、今後もそう上手く行くとは限らない。

むしろ、早苗さんが弾幕に慣れてきた今、その隙を突かれる可能性は高い。今のスペルを解除したのもそのためだ。

暗舞『ナイトダンサー』。ルーミアとてゐの合作スペルだ。視界を奪って騙すという、あいつらの特徴を合わせたような技だ。

俺はルーミアのように暗闇を作り出すことは出来ないから、『影の薄い操気弾』で見えなくする。見えなくなっている間は俺の制御からは解き放たれる。

その動きが相手を翻弄する代わりに、俺が丸腰になるという巨大なデメリットが存在する。

避けるのがそれほど上手くない俺から防御を奪ってしまえば、それはいい的だ。だから普段は桜花と梅花を装備して使っている。

霊夢と魔理沙に引っ張られるようにして連れてこられたから、博麗神社に二刀を忘れてきてしまったのが痛い。今更言っても詮無きことだが。

丸腰の間に意識が飛んだらまずい。だから俺はスペルを解除した。早苗さんに言ったのも真実だが、実際のところはこっちの方が大きい。

この勝負の間に洗練された彼女の弾幕は、丸腰だったら避けられなかっただろう。飛び来る青い小さな星を砕きながら、そう思った。

彼女の弾幕は、戦いの中で性質が変わっているように見える。恐らくは、俺に一撃を通すために新しく「生み出した」んだろう。恐ろしいまでの才覚だ。

今彼女が放っているのは、赤い大きめの星と青い小さな星。それぞれで性質が違う。

赤い方は大きな面でこちらの動きを制限してくる弾。これに関しては砕くことは出来ないから、弾幕合気でもって動きを逸らしている。

そして青い方は、横回転をする薄い板状の霊弾。この横回転と板状というのが厄介だ。

弾幕を打ち落とすスタイルの俺にとって一番やりにくいのは、当然のことながら「狙いにくい」弾だ。小さかったり、あるいは軌道が不規則だったりすると、防御を抜かれやすい。

青の星は小さい。おまけに回転しているため、タイミングによっては的がこちらからは線にしか見えない。

そのため、撃ち漏らしが多発する。操気弾を面状に固めれば防げるが、そうすれば赤い星の的だ。

この戦いの中で、彼女は見事俺の攻略法を編み出したのだ。

そのことに、深い感慨を覚えた。戦闘中の敵に対して持つ感覚じゃねえけどな。

とはいえ、俺も負けるために戦っているわけじゃない。俺の目的は、彼女に勝って博麗神社の奪取を諦めさせること。これはこれで貫かなきゃならない。

だから、叩き落しにくいとかの泣き言を言わず、俺は全力で防御した。



――いつの頃からか、彼女に勉強を教えるのは俺の役目になっていた。内心、必要とされていることは嬉しかった。

それが俺自身がやりたいことに変わったのがいつだったかは、記憶の中でも最早覚えていない。

彼女は、テストでいい点を取ると真っ先に俺に報告してくれた。少し悪いと落ち込み、慰めるのに苦労した。

そして次のテストではまたいい点を取れるよう、一緒に頑張った。俺も、彼女の花咲くような笑顔を見たかったから――




「・・・つッ!!」

一瞬意識が飛んだ。その隙を、とうとう彼女は逃さなかった。動きが止まった操気弾の隙間を的確に抜き、俺に一撃を当てた。

「ようやく、あなたも限界みたいですね。」

しかし俺の隙の意味までは見抜けていないようだ。まあ、当然か。

・・・真実を話すか?それとも、彼女の言ったとおりにしておくか。普段の俺なら前者を選ぶだろう。

だが、俺にはまだそれは出来なかった。それを話すことがまだ怖かった。

何故怖いかは分からない。俺は白い目で見られたり、あるいは拒絶されたりするのを恐れたりはしない。それが俺の能力だから。

だから、そういうことではない。俺が恐れているのは、もっと根本的な別の何か。それが何なのか分からないから、克服して乗り越えることもままならない。

不本意を飲み込み受け入れ、俺は彼女の言葉を是とすることにした。

「こいつは一つでも扱うのに結構な集中力を使いますから。けど、だからといって二度も三度も同じことが通用するとは思わない方がいいですよ。」

「愚問ですね。あなたに対してそんなことは自殺行為だと、この戦いを通して十分理解しました。油断はしません。」

頼もしいことを言ってくれる早苗さん。ああ、よくぞここまで成長してくれたものだ。

これで俺は、心置きなく全力が出せる。

彼女の言葉に頷き、俺はスペルカードを一枚取り出した。

「戦千剣『無量斬影陣』。」

展開した操気弾の数は、再び60。それらが全て、別々に形を変える。

あるものは剣の形。あるものは槍。あるものは弓と矢。60の霊弾は、60の種々の武器へと姿を変えた。

これが妖夢とアリスが二人で考え出したスペル。霊弾を弾幕とするのではなく、己の使う無数の武器として配置する術。

つまり、俺は何処に行っても違う武器を手にし、異なる攻撃を繰り出すことが出来る。

「武芸百般とはとても言えませんが、一通りは教え込まれてます。せっかくですから、早苗さんにも剣の稽古と行きましょうか。」

「・・・剣道はやったことないんですけどね。」

手近にあった短剣を取りながらの言葉に、早苗さんは真剣な顔を崩さぬまま苦笑した。

さあ、彼女に見せよう。先達から学び手に入れた俺の力を。そして、彼女にも伝えよう。

意志を胸に、早苗さんが展開した符の中に飛び込んでいった。





***************





極端に変化した戦闘スタイルに、私は苦戦を強いられることとなった。

「せあっ!!」

「くっ!!」

近距離まで迫り繰り出される斬撃。弾幕とは違う種の攻撃を、大きく後ろに下がることで回避する。

反撃に符を放とうとすると、彼女は武器を変え、弓による速射を放ってきた。狙いが甘く当たることはなかったが、怯んだ隙に彼女は再び槍を手に取り突っ込んでくる。

「このっ!!」

この戦いの中で構築した星屑の術を放つ。青い小さな星は、回転しながら彼女へと向かった。

真正面からの攻撃を、彼女は全て斬り伏せた。再び放たれる斬撃から逃れるために、私は後退を余儀なくされる。

遠距離攻撃のみだったのが、ここに来て突然の接近戦だ。非常にやりづらいことこの上ない。

突っ込んでくるなら、それまでに当てればいいだけの話とは言える。けれど、武器を手にした彼女にそれを実行するのは、言うほど易しいことではない。

彼女は間違いなく、手にした武器を使いこなしていた。私には理解出来ない剣の動きで、私の符を全て斬り刻んでしまったのだから。

「引いてるだけじゃブレイクできませんよ!」

戦っている相手から叱責が飛んで来るが、引かなければこちらが喰らってしまう。引かないわけにはいかない。

しかし、彼女の言うこともまた事実。何とかして反撃の糸口を掴まないと。

・・・残り三枚。うち二つはセットのスペルカード。つまり、これを使って破られれば残り一枚になってしまう。

しかし、通常攻撃であの猛攻を打倒出来る気が全くしない。だったら、消耗するよりも前にスペルを使ってしまう方がいい。

決意した。まずはあのスペルを撃破する。そしてこの二枚で、彼女を倒しきる!

彼女の攻撃をかわしながら、私はスペルカードを取り出した。

「準備『サモンタケミナカタ』!!」

神風を呼ぶ星の儀式。建御名方神の力を借り、先ほどにも増して無数の星を描く。

それを見て、彼女は動きを止めた。

「悪くない判断ですね。それなら確かに、俺の剣を抜けるかもしれない。」

手数で勝れば、あの剣による防御も超えられるはず。そして私の考えは、彼女も理解していた。

だからだろう、彼女はいくつかの剣を集め、二振りの刃を作り上げた。今までの剣とは明らかに篭った力の違う二刀。

恐らくは、それが彼女の一番扱い易い武器なのだろう。

「じゃあ、こっちも全力で斬り砕きます。小細工なしの正面突破だ。」

「そうはさせません。これ以上私には近寄らせない!」

そして、夜の守矢神社に星が振る。彼女は言葉通り、二つの刀でもって私の攻撃を斬り潰していった。

私はひたすら星を降らせ続ける。神の風が吹くその瞬間まで。

彼女はひたすら星を砕き続ける。歩を進め、私に一撃を通すために。

「っっっぅぅぅぅ!!」

「はああああああ!!」

それぞれが意志を貫くための攻防は、激しい競り合いとなる。私も霊力を絞り出し、更なる星を生み続けた。

いかに私が現人神――人でありながら神でもある存在とはいえ、無限の力を持つわけではない。人より大きな力を持っている自負はあるが、それでも限界はある。

彼女が集中力を削ってきたように、私も霊力を削った。疲労で腕が上がらなくなってきているのが分かる。

それでも、負けたくない。ただその一心で弾幕を張った。

そして、一陣の風が吹く――



「月牙『月明星稀、光風霽月』!!」

術が完成するまさにその一瞬、彼女から強大な一撃が放たれた。まるで三日月を思わせる、巨大な斬撃。

間に合うか!?

「大奇跡『八坂の神風』!!」

それは、まさに一撃が触れるか触れないかの一瞬だった。宣言とともに発生させた霊撃が、彼女の一撃を無に返す。

「・・・なんと。」

今の一撃には自信があったのだろう、ギリギリのタイミングで術が完成し無効化されたことに、ややショックを受けているようだった。

私も心臓がバクバクいっているのだから、お互い様だ。

「今のはもうダメかと思いました。けど、これで私の勝ちです。」

この術は神奈子様の――私と最も近しい神様の力を借りた術。この風が運ぶ奇跡には、たとえ彼女と言えども敵うまい。

先ほど吹いた一陣の風は、既に私の周りでうねりを上げていた。これを彼女に放てば、私の勝利が約束されるはず。そういう術だから。

ただ、それと引き換えに私の霊力の大部分が持っていかれる。この術は私の身にも余る大秘術なのだから。

「最後に聞かせてください。あなたの、本当の名を。」

条件はスペルブレイク。今のはそれを果たしたことにはなるだろう。そしてそれは、彼女も思っていたことだったようだ。

彼女は頷いた。

「本当の名、と言っても、下の名前は結局分かっていません。思い出したわけじゃなくて、閻魔様に調べてもらったんです。」

幻想郷には閻魔もいるのか。それはそれで驚きだけど、今重要なことではない。

私は彼女の言葉の先を待った。

「分かったのは名字だけ。それも、多分そうだろうってだけで、確認は取れてません。それでも良ければ。」

「構いません。それでも、教えてください。」

そして彼女は告げた。



「白鳥。」

――私のよく知る、巌おじさまと澄子おばさまのものである、その姓を。



「そう、ですか。」

それが意味するところが何なのか、私には全く分からなかった。彼女は間違いなく彼ではないのだから。

けれど、全く関係がないとも思えない。彼女がでたらめを言っているとも思えない。だから分からなかった。

分からないことは多いけど、これ以上問うても答えは返って来ないだろう。彼女は、覚えていないのだから。

だから私は決着をつけるべく。

「お休みなさい。あなたが目を覚ます頃には、博麗神社は我々の物になっているでしょう。」

神の風を、彼女に向けて放った。

風が巻き起こす砂煙によって、彼女の姿はすぐに見えなくなった。





この風は、奇跡を運ぶ神の風。何の奇跡が起こるのか、それは私も知らない。





***************





『月牙天衝』・・・もとい、月牙『月明星稀、光風霽月』(幽香が名付け親だ)があのタイミングで弾かれるとはな。全く、参ったもんだ。

どうやら、彼女のスペルは元々二段構えだったようだ。「準備」から「大奇跡」だ、多分間違いない。

予想はついていたが、俺のスペルの発動は少々遅かった。一瞬、このままで行けるかと思ったのが分かれ目だった。

今俺を包み込んでいる竜巻のような風には、強烈な神気が含まれている。恐らくは八坂様から直接吹いてきた風なんだろう。

喰らえばどうなるか――気絶は免れないだろうな。それだけの威力は込められている。そして、それは俺の敗北を意味していた。

かといって、あれを超えるだけの力が俺に出せるか。ここまでに使った霊力に加え、直前に使った『月明星稀、光風霽月』が効いてる。ちょっと無理そうだ。

甘く見たつもりはなかったが、彼女の実力の見積もりが甘かったのが原因か。

これなら、変な気を回さずに初めから全力を出しゃよかったか。・・・後悔は全くないがな。

さて、いよいよもって風が領域を狭めてきた。程なく、俺はこの風に飲み込まれるだろう。

次に目を覚ますとき、果たして本当に彼女の言っている通り、博麗神社は守矢神社になっているだろうか。俺にはとてもそうは思えなかった。

となれば、俺がここで勝っても負けても大差はないんじゃなかろうか。後で霊夢や魔理沙に怒られるのは別として。

・・・こんな自分も騙せないような妥協、空しいだけだな。はっきり言おう、無茶苦茶悔しかった。

確かに俺は負け慣れているし、その事実を受け入れている。だけど悔しくないわけがない。毎回悔しいから、次は勝てるように色々策を練ってはまた負けてるんだ。

早苗さんに俺の持てる知識を伝えきった達成感と、同じぐらい大きな悔しさ。その両方が胸の内にあった。

「ああ、負けたくねえなぁ・・・。」

つぶやき、俺は神の風に飲み込まれた・・・――





――そういえば、こんなことがあった。彼女が、彼女の秘密を俺に打ち明けてきたときのことだ。

あまりに突飛過ぎる内容に、聞いた瞬間俺は思わず呆けてしまったんだ。

だって、いきなりそんなことを言われても信じられるわけがないだろう。俺はそんなファンタジーな世界とは関わりがなかったんだから。

だから、聞いたときは理解出来なかった。彼女が『現人神』であるということを。




――この記憶は・・・。

俺の記憶、か?



だけど、信じないわけにはいかないだろう。彼女が精一杯の勇気を振り絞って打ち明けてくれた事実なんだから。

俺と同列に扱うのはちょっとおこがましいかも知れないけど、俺が俺の理想の世界の話をしたとき、彼女は言ってくれた。「すてきだ」と。

そんな俺が彼女の言葉を笑えるわけがないし、彼女はそんな嘘を言う子じゃない。だから彼女の言っていることは真実だ。

そう言ったら、彼女は俺がしたみたいに泣いた。それがおかしくて、俺達は二人で、腹を抱えて笑ったんだ。




やっぱり俺は、早苗さんを、知っている。



秘密を共有した俺達は、ちょっとした特別な関係になった。友達というよりも親友というよりも、もっと近しい関係。

言うなれば、血の繋がらない兄妹みたいなものだった。

俺が行く先に、彼女はテコテコと着いてきた。その様子があまりにも可愛らしくて、何度も彼女の頭を撫でたもんだ。

彼女は現人神で、俺はただの人間。歳も相当離れていたけれど、そんなことはまるで関係なかったな。




そう、か。そうだったな。俺は、俺達は――

何かが剥がれ落ちていく。俺の中で俺を覆い隠していた何かに、皹が入っていく。

――何が辛かったかは知らないが、俺には確かに楽しかった日々があるじゃないか。



遠い日に、約束をした。小さな子供にありがちな、ほんの小さな約束。



「あのね、――兄ちゃん。」

「ん?どうした、――ちゃん。」

「私、――兄ちゃんのこと、大好きです。」

「嬉しいな。俺も――ちゃんのことは好きだよ。」

「だから、あのね・・・。」

「どうしたんだよ。言ってみな、大抵のことは聞いてやる。」

「何でもじゃないんですね。」

「そら、俺は空飛べって言われても無理だからな。現人神じゃないし。」

「あはは。えっと、そんなことじゃないです。」

「んじゃあ、概ねは聞けるな。なんだい?」

「あのね、そのね。私が大きくなったら、その・・・――兄ちゃんのお嫁さんにしてほしいんです。」

「――ちゃん、それは君ぐらいの年頃の女の子がよく陥りがちな罠だ。よーく考えよう、お金は大事だよ。」

「お金関係ないですっ!!そ、それに、私は本気なんです!」

「・・・うーん。とはいえ、ここで変に約束して――ちゃんの気持ちを縛りたくはないしなぁ。」

「ダメ、ですか?」

「ダメってこたないけど。そうだな、こうしよう。――ちゃんが20歳になっても気持ちが変わらず、かつご両親を説得出来て、さらに俺が結婚したくなるような魅力的な女性になってたらいいよ。」

「うっ、条件いっぱい・・・。」

「このぐらいの条件で音を上げてたら、結局は一緒だと思うんだな、俺は。」

「わ、分かりました!いいです、その代わり、条件を満たしたらちゃんとお嫁さんにしてくださいね!!」

「そのときは多分俺の方からプロポーズしに行くから、安心していいよ。」

「・・・私が頑張って言ったのに、――兄ちゃんさらりと言ってずるいです。」

「ははは、まあ年の功って奴だ。その分余計なことまで気になっちゃうんだけどね~・・・。」

「――兄ちゃん、目がうつろで怖いです・・・。」

「冗談はともかくとして、――ちゃんが20歳になったら、何処にいても絶対君のところに戻ってきて、様子を見ることにしよう。それでいいかな。」

「・・・はいっ!!」



そうだ。俺は約束した。必ず彼女の元へ戻ると。

俺は、あの子と――



「約束だぜ、ナエちゃん。」

東風谷早苗――ナエちゃんと。

「はい。絶対、約束ですよ。ジュン兄ちゃん!」

俺――『白鳥純しらとりじゅん』は、約束をしたんだ。





一気に視界が開ける。いつの間にか風はおさまり、彼女は驚愕の表情で俺を見つめていた。

スペルを破られたから?そうじゃない。服ごと変化した俺の姿にだろう。

にとりが完成させてくれていた、衣装換装装置。これに助けられたな。

俺の音声に反応して衣服を取り替えるこの装置のおかげで、俺は巫女服を着てきた状態で男に戻ることが出来るようになった。

俺は男に戻り、『信念一閃』を宣言した。発生した霊撃が、彼女のスペルを打ち破った。

そして俺はこうして姿をさらした。彼女のよく知る、『俺』の姿を。だから彼女は驚いた。

その姿が幼い頃の彼女とダブって見えて、とてもおかしかった。さっきまで全く覚えていなかったっていうのにな。

「・・・ごめんな、待たせちゃって。思い出すのに時間がかかった。」

彼女が何を思っているのか、俺には分からない。だけど俺の言葉を聞いて、彼女は手で口元を押さえ震えていた。

哀しませちゃったかな。全く、俺はいつまで経ってもダメ兄貴だ。

だからせめて彼女の哀しみをやわらげられるよう、優しく言った。

「二年半ぶり・・・いや、もっとかな。大きくなったね、ナエちゃん。」

それを聞いて、ナエちゃんは大粒の涙を流し始めてしまった。逆効果だったか。ごめんな、ナエちゃん。

何も言わずに姿を消してしまって。いっぱい心配をかけてしまって。こうして対決をしながら、今まで思い出せなくて。

本当に、ごめんな。

「ちが、違うん・・・です。ひっく、やっと、ジュン兄ちゃんに会えて、うく、嬉しくて・・・ッ!」

たどたどしく、ナエちゃんは胸中を語ってくれた。嬉しくもあり、ずっと心配をかけてしまったことが申し訳なくて。

「ありがとう、ごめんな。」

やはり、そう言うしかなかった。彼女は泣きながら、コクコクと頷いた。

ナエちゃんが落ち着くのを待って、俺は構えを取り直した。それを見て、彼女は酷く驚いた顔になった。

「な、何で・・・!?」

戦いを続けるとは思ってなかったみたいだ。甘いな、ナエちゃん。俺はいつでもこうだったじゃないか。

「昔、言っただろ。『決めたら最後まで貫き通せ。最後まで貫けたものに、間違いなんてあるはずがない。』まあ、漫画の受け売りだけどさ。」

だから、お互いに最後まで貫こう。そうすれば俺達は二人とも正しいだろ?

再会の感動に浸っていたであろうナエちゃんは唖然とした様子だった。が、直後に笑い出した。

「あはは。やっぱりジュン兄ちゃん、昔から変わらないです。」

「母さん見てりゃ分かるだろ。うちの家系だよ。」

あの人も、俺がガキの頃から全く容姿変わらないんだもん。どうなってんだか。

「でも、ノリ的にはおじさまですよね。」

「否定はしない。俺に色々叩き込んだのは親父だしね。」

そういえば、色んな素地はあの人に教え込まれたんだったな。

まだ思い出せないことはある。だけど、俺の大事な人達――父・巌や母・澄子のこと、そしてナエちゃんのことはしっかりと思い出した。

そんなことまで忘れてたなんてな。「あまねく願いを肯定する程度の能力」は、本当に扱いづらいもんだ。

さあ、久方ぶりの交流はこれで終わりだ。残りは後でじっくり、宴会の席で語り合おう。

「じゃあ・・・行くぜ、ナエちゃん。俺のラストスペル。」

「見せてください。ジュン兄ちゃんが幻想郷で手に入れた力を。私、受け切ってみせますから。」

彼女もまた、スペルカードを取り出した。恐らくは彼女の最後のスペル。

「秘法『九字刺し』!!」

彼女が九字を切ると、強烈な結界が生み出された。恐らくは、彼女の最後の力が注がれた結界。

俺も後のことは考えない、文字通り一撃限りの必殺技。

視線が交錯する。お互いの準備が出来たことを、目で確認しあう。俺もナエちゃんも、頷いた。



そして。

「行っっっけぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

「ハアアアアアァァァァァァァ!!」

白の一閃は、一瞬にして九字の結界に激突し火花を散らした。結界も出力を上げ、俺の一撃を弾き返さんとする。

しかし、拮抗はほんの一瞬。一瞬のうちに決着はついた。



俺の一撃は、あっさりと結界を貫通し、虚空を抜けていった。ナエちゃんの力は、とっくに限界に達していたのだ。

考えてみりゃそうだった。あれだけの風を起こして、たとえ現人神とは言え、人間がそこまでの力を残していられるわけがない。

「え、えへへ。負けちゃいました・・・。」

荒い息をつきながら、彼女は敗北を認め境内に降りた。

過剰の霊力を消費したナエちゃんは、足取りがおぼつかなかった。よろめき、倒れそうになってしまう。

「ナエちゃん!」

慌てて駆け寄り、抱きとめる。何とか間に合い、彼女が地面に倒れこむのは防げた。ホッと安堵の息をつく。

と、ナエちゃんは俺の首に手を回してきた。まだ彼女が小さかった頃、よくやっていたように。

「やっと会えた。もう、離しませんよ。ジュン、兄ちゃ・・・。」

言葉の途中で、ナエちゃんは意識を失った。無理もない、限界の疲労だったんだろうから。

俺は彼女の目元の涙を拭い、強く抱きしめ、囁いた。



「ただいま、ナエちゃん。俺はもう、絶対に消えたりしないよ。」





なお、この後ナエちゃんを抱えている姿を遅れてきた魔理沙に見られ、色々邪推された。誤解を解くのには一苦労だった。





とにもかくにも。

ようやく俺は、『俺』を取り戻したんだ。





+++この物語は、幻想が人の在りし姿に戻る、奇妙奇天烈な混沌とした、あるべき物語+++



元記憶喪失の外来人:白鳥純

それが彼の本当の名前。偉く平凡で何処にでもありそうな名前だった。

今回飛びだしたスペルは『信念一閃』を除き、全て彼の中の『願い』による作。幽香のみは名前の提案のみだったが。

彼が思い出したのは、彼自身のこと、彼の家族のこと。そして、妹みたいな女の子のこと・・・。

能力:あまねく願いを肯定する程度の能力

スペルカード:想符『1700万ゼノのブルーツ(笑)波』、思符『デカルトセオリー』など



外来の現人神:東風谷早苗

彼女がずっと心残りにしていたのは純のこと、即ち優夢のこと。彼女が幼い頃から、二人は兄妹みたいな関係だった。

色々と抱えたまま幻想入りした彼女だったが、今回のことで一気に発散した。これでもう心残りは多分ない。

これから彼女に待ち受けるのは、今回の戦いとは比べ物にならない試練。具体的に言うと神社の宴会とか。気張れ。

能力:奇跡を起こす程度の能力

スペルカード:秘術『忘却の祭儀』、大奇跡『八坂の神風』など



→To Be Continued...



[24989] 五章九話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2011/06/15 12:17
――ふむ。どうやら早苗は負けたようだね。

私の神風を借りても勝てなかったとは、どうやら名無優夢は相当な強敵だったようだね。

名無優夢――いや、白鳥純。やはり、私の睨んだ通りだった。あいつは早苗が小さい頃からあの子を見てくれていた、白鳥純だった。

いやはや、人の縁とは奇なるものだ。一度は途絶えてしまった縁が、よもやこんな最果ての地で再び繋がることになろうとは。

純は早苗の大のお気に入りだったからね。ずっと何とかしたいとは思っていたが、私にはどうすることも出来なかった。人探しは、私も諏訪子も苦手だから。

あいつは何が原因で幻想郷へ来たのか。

『奴』の話では、年に何人か幻想郷に迷い込む人間はいるらしい。そして、そのことごとくは妖怪の餌食となり、『外』に帰ることはない。

あいつもその類か。そして、ずっと早苗の近くにいて、早苗の影響で霊力が上昇していたあいつだから、生き延びられたのか。

もしあいつが記憶喪失になっていなければ、すぐに帰ってきてはいただろう。だがそうなると、最終的に幻想入りを選んだ私達とは離れ離れになってしまっていた。

そう考えれば、純が記憶喪失になったということは、我々にとっての幸運だ。もう二度と早苗は純と別れないで済むのだから。

何の奇跡が起きたかは知らないが、純は自分のことを、そして早苗のことを思い出した。問題は何もない。

あとは・・・。

「チッ。余所見とは余裕ね!!」

投げつけられる符を、天から柱を落とすことで叩き落す。それを見て、私と戦う博麗の巫女は舌打ちをした。

私は守矢神社の境内の方に向けていた視線を、彼女に戻した。

「どうやら向こうの勝負は終わったようだ。我々も、いい加減戦いを前に進めないかい?博麗霊夢。」

早苗と純の戦いが始まってから終わるまでの間。私達はただひたすら、この攻防を繰り返していた。

お互いに喰らった攻撃は一つもなし。当然、スペルカードの宣言は一度もない。

「だったら、あんたが喰らいなさいよ。私は負ける気さらさらないんだから。」

気の強い巫女の言葉に、思わずクッと笑いが漏れる。そりゃ、好き好んで負ける奴は早々いないねぇ。

「私も負ける気はない。とは言え、これじゃ千日手もいいところだね。」

霊夢の攻撃が私に届くことはない。あの子の攻撃力じゃ、御柱の結界を突破することは出来ない。

私の攻撃が霊夢に当たることもない。この子の回避技術は、恐らく人・妖怪・神の中でも最高峰のものだろう。

二人とも攻撃が通らず、そして二人とも負ける気がない。その結果がここまで見事な互角というだけの話だ。

しかし、いつまでもこれじゃ埒が明かないね。仕方がない。

中空に座していた私は、ようやく腰を上げた。

「やっと動くわけね。全く、ほんと気に食わない奴だわ。」

「そいつは悪かったね、博麗霊夢。侘びと言っては何だが、ここからは本気で相手をしてやろう。」

御柱が空から降ってくる。霊夢は身構えたが、攻撃用というわけではない。降ってきたのは私の真上だ。

それは私の背中につくと、砲台のような形となった。これが私の本気の戦闘形態。

「何ソレ、かっこ悪。」

「見た目で判断をすると痛い目を見るよ、博麗霊夢。これでも私は、太古の昔に諏訪大戦を制している。戦の経験はお前よりも遥かに多い。」

私の忠告に、しかし奴は面倒くさそうに溜め息をつくだけだった。

「これだから大きな力持ってる奴って面倒臭いのよ。弾幕ごっこを腕相撲か何かと勘違いしてんじゃないの。」

全く気圧された様子のない彼女は、歴戦の私をして計り知れない不可思議な空気を纏っていた。

ごく自然にそこにある者。それがきっと、博麗の巫女なのだろう。

「もう一回言っとくわ。あんまり私をなめんじゃないわよ、軍神。力押しで勝てると思ったら大間違いよ。」

「・・・ククッ、そうだとも。力押し程度で勝てたんじゃ何も面白くはない。力ではない人間おまえの力、それこそが私の見たいものだ。」

彼女の強さは、もちろん腕力ではない。知力でも、ましてや霊力でもない。

その勝利を掴む力は何なのか。是非ともこの目で見てみたい。

「見せてみろ、博麗霊夢。お前の持つお前だけの力を。それを下さなければ、この戦は終われない!」

砲撃を放つ。霊夢はまるで分かっていたかのように宙を滑り、こちらへ向かってきていた。

そして彼女は私の目の前で止まり。

「なら見せてやるわ、八坂神奈子。その代わり覚悟しなさい。それを見たとき、あんたは負ける!」

「ほざけ!!」

茅の輪が唸り彼女に襲い掛かるが、その瞬間には彼女は離脱していた。彼女がいた場所には、封印の符が多数。

そのまま茅の輪で防御するが、一撃を受けた茅の輪が腐り落ちる。動揺なく、新しい茅の輪を生み出した。



私に残された仕事。それは、この巫女に勝ち、白鳥純を守矢神社に招くこと。

早苗には散々苦労をかけさせたんだ。この私がそれぐらいしないわけにはいかないだろう。

あの子の幸せな未来図を思い描きながら、私は再び砲撃を放った。





***************





本当に、今回の戦いは何から何までやりづらい。それが、『外』の神を相手にした私の素直な感想だった。

別に相手を見誤ったつもりはないし、やりにくいだろうということは端っから想像がついていた。

今回の私達の敵は、妖怪でも亡霊でも宇宙人でもなく、神。本来なら私が戦うような相手ではない。

妖怪退治の方法なら腐るほど教え込まれているけれど、神退治の方法は生憎と知らない。

わかってはいたけれど、面倒臭いという思いが消えるわけではない。何度目になるかわからないため息をついた。

だからといってやめるなどという選択肢はない。こいつらには、絶対に渡したくないものがある。

私の平穏は誰にも邪魔させない。

「ハッ!!」

呼気とともに退魔の符を投げつける。あいつは神だから、効かないことは承知の上だ。効かなくても、弾幕ごっこにおいては当たれば負けだ。

それが分かっているから、あいつは意味を持たぬ符も防御しなければいけない。空から降ってくる柱が私の弾幕を叩き落した。

この柱、最初は木で出来ているのかと思ったんだけど、どうにもそうではないらしい。木で出来ているのは、あくまで結界の支柱となっている四本のみ。

あいつが攻撃と防御に使っている分は、あいつの神気が具現したものだ。つまり、使わせれば使わせただけあいつの力は減る。

・・・まあ、そんなものほとんど意味はないんだけど。力を惜しげなく使ってる奴から感じられる波動は、全く衰える気配を見せない。

人が喰らえばそれだけで圧死するような力なのに、こいつにとっては水一滴にも満たないほど小さな力ということだ。非常に面倒臭い。

だから私が今放っている攻撃は単なる牽制。こいつの癖や戦術を把握するための捨て石だ。

その牽制を、およそ二刻続けていた。

こいつが有象無象なら、ちょっとぐらいの無理は通して攻撃をしかけるんだけど、そういうわけにはいかない。その瞬間の隙を、こいつは絶対見逃さない。

要するに、私と神奈子は、早苗と優夢さんの勝負が終わるまで、ひたすら我慢比べをしてたってわけだ。

「バカの一つ覚えだねぇ。さっきの封印符はもうないのかい?」

「アレは作るの面倒なのよ。もったいないからあんたの顔面に叩きつける以外には使わないわ。」

「それを聞いて、俄然使わせてやりたくなったよ。」

なんな、鬱陶しい。

再度放った退魔符を、神奈子の砲撃が散らす。私は既に退避済みだ。

まあ、実際問題退魔符だけじゃ限界はあるでしょうね。当てれば私の勝ちだけど、そもそもあの防御を抜けないんじゃ話にならないんだから。

私は退魔符を構えると、その下に封魔針を仕込んだ。これも退魔の武器ではあるけれど、貫通力は高い。

一投で10の符と同数の針を投げつけた。やはり神奈子は、柱の一撃で防ごうとした。

「・・・ふむ?」

その一撃は確かに符を叩き落すことは出来たが、やや先行していた針を落とすことは出来なかった。さらに内側に落とされた柱も、封魔針は貫通する。当たるか?

だが、神奈子は慌てずに体の位置をずらした。直進しかできない封魔針は、そのまま虚空を抜けていった。

観察眼も中々のもんね。

「針も使うのか。あんたは巫女というより妖怪退治屋だね。」

「妖怪退治もする巫女よ。あんたんとこの巫女はしないの?」

「『外』に妖怪はいない、とは言わないが、あまりに数が少ない。妖怪退治の仕事はないよ。」

張り合いのない世界。けど、面倒はないかもしれないわね。

「『外』は『外』で面倒なしがらみが多いのさ。でなくて、どうして我々がここにいる?」

「要するにあんたら『外』に嫌気差してこっち来たってわけね。ご利益なさそ。」

「・・・クク、言ってくれるねぇ。」

別にあんたらの事情なんかどうだっていいわよ。そんな逃げ腰の連中なら、大して怖くないって思うだけだから。

「お前の無遠慮さ、無鉄砲さは全く感心する。ある意味早苗にも見習わせたいところだよ。あの子はどうにも殻が硬くてねぇ。」

両手をだらりと下ろして神奈子は話し始めた。隙だらけ・・・だけど、そんな空気読まない真似は好きじゃない。

「それがどうしたのよ。」

「いや、ね。あんたが優夢と呼んでいるあいつのことさ。将来を約束した仲なんだから、もっとくっついてりゃいいのに。世間体なんか気にしてるから逃げられるんだ。」

・・・一部の奴らが聞いたら発狂しそうな事実ね。面白そうだから先も聞きましょうか。

「へぇ、早苗は優夢さんの恋人だったのね。」

「そういうわけじゃないさ。ただ、私は二人の仲を認めていた。一番近い表現は許婚だね。」

古臭いわね。幻想郷でもそんなこと言ってる奴は滅多に見ないってのに。

「けど、あいつの方も満更ではなかったはずだ。遠慮なんか必要ないってのに、あの子は奥手だからねぇ。子作りぐらいして既成事実を作りゃよかったのに。」

堅物には違いなかったわね。あんたみたいに無責任なこと言うのもどうかと思うけど。

「まあけど、もういいのさ。」

手を叩き、神奈子は今までの話を切った。

「あいつはもう何処へも行かないだろう。なら、じっくり時間をかけて愛を育んでもらうさ。焦ることは何もない。」

「勝手なこと言ってるわね。そのためにはまず、優夢さんの記憶が戻らなきゃお話にならないでしょ。」

「その問題なら、ついさっき解決したところだよ。」

・・・ああ、やっぱりそうなのね。こいつが話し始めたところで、私は何となく想像がついていた。

守矢神社を見た途端、頭痛を訴え始めた優夢さん。あの巫女を任せろと言って、記憶を求めた彼が記憶を取り戻したということは、別段不思議なことではない。

けど。分かっていたことだけど。・・・何で私はこんなにショックを受けているのかしら。

バカバカしい。何もかもが。

「そう、良かったわね。でも、問題はまだまだ山積みよ。たとえば・・・私を倒さなきゃ、優夢さんを攫えないとかね。」

「人聞きの悪いことを言うでないよ、巫女。あるべき形に戻すだけさ。」

私が構えを取ったのを見て、神奈子は再び砲身をこちらに向けた。世間話はもう飽きたわ。

こいつの思惑なんてどうでもいい。早苗が昔優夢さんとどういう関係だったとして、私には関係ない。

私のやることはただ一つ。この驕り高ぶった神を鎮めることだけだ。

そして、再び弾幕が咲き乱れる。



動揺なんてしたことのない私の心が、わずかに揺れた。

・・・本当に私らしくないわね。





***************





なるほど、幻想郷のバランサーというだけはある。人の身でこれだけ戦えるなら、変な気を起こす妖怪もそう多くはないだろう。

長いにらみ合いと、今の一回だけ仕留めに来た攻撃を見て、素直にそう感じる。

霊力だけで言えば早苗にも遠く及ばないが、もし霊夢と早苗が勝負したとして、十回に十回霊夢が勝つだろう。

私でも毎回勝てるかと問われれば疑わしい。恐らく、半分は負けるのではないだろうか。

しかし今回だけは絶対に負けるわけにはいかない。だから揺さぶりをかけてみたが、効果らしいものは見えないね。

この巫女が何故純を渡したがらないか、理由が分からない。あいつのことを好いてというようには思えないが。そもそもそんな感情を持っているかも怪しい。

それが分かれば、少しは私の有利に働くだろう。今は戦況を動かす戦術を立てるにも、情報が不足している状態だ。

この娘の力の源泉は何か。何を思い、何故戦うのか。そして、彼女に勝つためにはどうすればいいか。

あらゆる感覚からの情報をあまねく漏らさず受け止め、博麗霊夢を理解することに努めた。

「そうら、行くよ!!」

空から御柱を叩き落す。四方を固めた状態で、中央の巫女に向けて砲撃を放った。

逃げ場がないわけではないが、ほぼ皆無に近い。並でなくとも、この一撃はかわせまい。

もっとも、彼女は並でないどころの話ではなかったわけだが。

「こういう力任せなのは嫌いよ。」

まるで砲撃の上を滑るように、向かい来る四つの霊力流を、わずかにタイミングをずらしながら回避した。そしてその上で、霊夢はこちらに迫ってきた。

遠距離からの攻撃では、彼女の力では通らない。だから接近して攻撃を通すという腹か。

だが、近付いてくれるならこっちのものだ。蛇を思わせる茅の輪が、その体を波打たせる。近付いてくれれば当て易いというのは、こちらも同じ条件だ。

それが分かっているであろうにも関わらず、霊夢は速度を緩めることをしなかった。その程度で引くならば、初めからそうは出てこないだろう。

動かなかった戦況がようやく動く。私は確信した。一撃を喰らうのが、霊夢なのか私なのかまでは分からないが。

ならば力でもぎ取るまで。茅の輪に加え、両の手から無数の輝く霊弾を生み出す。それらでもって、霊夢を迎え撃った。

彼女は全く怯まなかった。襲い来る人の力を遥かに超えた手数を、全くの涼しい顔でかわし続ける。私からはなおも攻撃が続いているというのに、彼女にとってはそれが自然であるかのようだった。

光弾が迫る。彼女はそれをほんのわずかな動きで回避し、後ろから迫るもう一つの一撃も、まるで後ろに目がついているかのようにかわした。

茅の輪が唸る。締め上げようとする長い注連縄を、むしろその体を伝って私に迫ろうとしていた。

攻撃は間違いなく彼女の行動域を狭める。しかし、元々最小限の動きでしか回避を行わない霊夢にとって、それは何の圧力にもなりえなかった。

そして。

「さっき言ったわよね、封印符はあんたの顔面に叩きつけるって。果たしに来たわ。」

その指に、赤い退魔の符とは違う、青い封印の符が挟まれていた。それらが私目掛けて投擲される。

だが、私とてもただで喰らってやる義理はない。近距離からの攻撃を、身を捻ることで回避した。

「!? そっちが狙いか!!」

彼女の狙いは私ではなかった。私が背負う茅の輪。それが今の一撃を受けて、腐り落ちてしまう。

そして私が新たな茅の輪を生み出すよりも疾く。

「ここまで来れば、かわすもクソもないわね。」

霊夢は、息のかかるぐらい近くまで迫ってきた。そして私の額に、思い切り符を叩き付けた。

全身に電撃を受けたような衝撃が走った。

「ぐッ!!」

「やっぱり、こいつなら神にも効果あるのね。・・・つっても、大して効いてはいなさそうだけど。」

「いいや、効いたよ。電気風呂に浸かる程度にはね。」

もっとも、電気文明を知らないあんたがそれを知ってるとは思わないけど。霊夢ははてなを浮かべていた。

しかし、実際少しは痺れた。あまり何度も喰らえるものではないね。

一撃を加えると、霊夢はすぐに離れた。幻想郷ではそういうルールだったね。

私は『奴』から話を聞いてすぐ作っておいた札を取り出した。

「スペルカードルールは知ってるみたいね。『外』から来たって割には分かってるじゃない。」

「何の下調べもせずに来たりはしないさ。私達はここで信仰を集めなきゃならないんだから。」

「じゃあ下調べが足りないわね。幻想郷に住む者なら、博麗の巫女にケンカは売らないわよ。」

クッ、と笑いが漏れる。もう少し事情が違っていれば、私達もそうしただろうね。

「戦わねば得られぬものがあるさ。たとえそれが虎穴の中だとしてもね。」

「戦の神も面倒ね。どっかにもっと気楽な神はいないのかしら。」

さあてね。それは自分でお探しよ。

「奇祭『目処梃子乱舞』。」

「宣言」をし、霊力を高める。スペルカード使用中はこうするのがルールだからね。

その分あの子にはより苛烈な弾幕が襲いかかることになる。さあ、お前が何処までやれるのか、見せてもらうよ!!

虚空に無数の御柱。それを見て博麗霊夢は、面倒くさそうなため息をついた。





***************





落として終了はなし、か。まあ、分かっちゃいたけどね。

力任せなだけの奴なら別にそれでもいいけど、こういうタイプは本当に勘弁してほしい。こういう、力を兼ね備えた策士タイプは。

紫然り、永琳然り。この手の奴は毎度毎度苦手だ。

紫には「皆の力を合わせて勝ちを譲ってもらった」。永琳は「術で力を消費し既に戦意がない状態で優夢さんに隙を作ってもらった」。

私はこの手の連中にすっきり勝てたことがない。恐らく、最も相性が悪いタイプでしょうね。

そもそも相性がいい奴なんかいるのかと思うけど、優夢さんみたいなのもいるからね。かと思うと、優夢さんは魔理沙みたいにちょこまか動くタイプが苦手だ。

結局、誰にでも苦手なタイプがある。やっぱり、こっちを優夢さんに任せた方が良かったかしら。

・・・今更思っても仕方がないか。向こうも負けられないらしいけど、こっちも同じ。やるなら勝つわよ。

「かかって来なさいよ、そのスペルがハッタリじゃないならね。」

集中力を高める。視界の中で、神奈子はニィと口の端を歪めた。来る!!

思った直後、空に縫いとめられてた阿呆みたいな量の柱が降り注ぐ。かわしたそれらが湖に突き立ち、盛大な水しぶきを上げた。

柱はまだ降ってきているが、それが水面に突き立つ度に豪快に水柱が昇る。視界が非常に悪い。

ってことはつまり、これに乗じて取りに来るわね。

思った通りだった。神奈子は私に向けて符を放っていた。「勝利」と書かれたその符は、必勝祈願に使われるものか。

なるほど、戦神らしいわね。迫り来るそれらを、全く動揺なく、今までと同じように回避しながら、そんなことを思った。

「まるで臆さぬか。人間なら、この御柱の巨大さに体が硬直してもいいものだがね。」

「確かに、見たこともないようなでかい柱ね。けど、この程度なら・・・。」

言葉を区切り、空を見る。10本の柱全てが、私を向いていた。

それらが一斉に襲い掛かってくる。柱が交錯し次々と湖に突き立ち、歪なオブジェとなる。

全てをかわした私は、その天辺に静かに降り立った。

「私の幼馴染の魔砲の方が怖いわね。」

「ククク、神よりも魔法使いの方が怖いか。」

ええ、怖いわね。何せあいつには私の手の内全てが知られてるんだから。ま、こっちも知り尽くしてるからお相子ね。

「お前は巫女なのに何も知らないね。昔は神は畏れられてナンボだったんだよ。」

「別に知る必要ないじゃないの。私はあんたを祀るわけじゃない。」

「そうさね、私を祀るのは我が風祝。だからあんたには、畏れてもらわなきゃならないのさ!」

再び空を埋め尽くさんばかりの柱の壁。そんなんじゃ私には通じないって分からないのかしら。

・・・と、どうやらさっきとは違うみたいね。柱の一本一本、その底の部分に塊のような霊力が込められていた。

「戦の神と畏れられた我が力、知るがいい!!」

腕が振るわれる。それに従い、空から降り注ぐ霊力入りの柱。そして神奈子は既に先ほどの勝利の護符を構えていた。

恐らくは、あれが叩き付けられると同時に霊力の塊が破裂、上からと下から、そして神奈子からの三重攻撃となるだろう。

別にその程度かわしきれないことはないが・・・流石に面倒ね。

なら、方法は決まってるわ。

「・・・むっ!?」

私の姿がかすみ消える。奴にはそう見えたはずだ。この空間を通っている間は、奴からの攻撃も届かないし、私の攻撃も当たらない。

『亜空穴』。幻想と空想をつなぎ、現実と虚構の隙間を通り抜ける博麗の術。隙間妖怪みたいでイメージ悪いから、あんまし使いたくないんだけどね。

今日はあんたをボコボコにしたいから、話は別よ。

現実に躍り出る。既に柱の降下域は脱出しており、柱もそれにより生まれる弾幕も、空しく虚空を貫いた。

しかし流石にこいつの認識をごまかすことは出来なかったようだ。神奈子はしっかりと私の出現場所を見据えており、手にした護符を投げつけてきた。

それで十分。この程度なら、大した労力もなくかわせるんだから。

悪あがきに神奈子は目の前に一発だけ柱を出現させる。わずかに体をずらし、チッという音を立てて髪に掠っただけ。

先ほどの焼き直しのように、神奈子の顔面に封印の符を叩き付けてやった。これでスペルブレイクね。

「驚いたね。ちゃんと術は使えるのか。」

「まあね、一通りは叩き込まれてるから。妖怪退治の方法なんて、幻想郷じゃ基本中の基本よ。」

そう言ったら、神奈子は豪快に笑った。何かおかしな点でもあったのかしら。

額に貼り付けられた符をはがし、破り捨てながら神奈子は言った。

「間違いなく、あんたは巫女として天才だね。今の話をしたら、早苗はさぞ悔しがるだろうよ。」

「あっそ。別に嬉しくもなんともないけど。」

天才だったからといって楽が出来るわけじゃないしね。

「だが、天才には必ず隙がある。才多き者は、巨大な器に出来る隙を埋めきることが出来ないのさ。」

「私に隙を期待してるなら、忠告してやるわ。日常編で出直して来ることね。」

「なら私からも忠告してやる。私は戦神、戦いこそが日常さ。今このときを置いて、他の何処に日常がある?」

再び柱の砲台を構える神奈子。確認するまでもなく、私は距離を取っていた。

軍神っていうだけあって、全然戦意衰えないわね。本当に七面倒くさい。

「まだ戦いの宴は始まったばかりだよ。もっともっと楽しもうじゃないか!!」

砲撃を撃ってくる。当たれば致死のそれを、慌てず紙一重で回避した。

別に楽しむ気はないけれど。

「そうね、これで終わったんじゃ拍子抜けだわ。まだまだあんたを弾幕なぐり足りないわ!!」

私もまた、退魔符を構え投げつけた。



戦いは再び、牽制のし合いに戻る。





***************





少しだけ、博麗霊夢という存在を理解した気がする。彼女の『形』が少し見えた。

なるほど、この子は自由なのだ。考えが、言葉が、動きが。何物かにとらわれることがない。

だから、畏れないし恐れない。人が喰らえば塵も残らないような攻撃を見て、表情一つ動かさない。

冷静さを一切崩さず、敵の攻撃を見るという定石を決して忘れない。だから彼女には攻撃が当たらないし、足止めすることも出来ない。

そして彼女は知っている。どんな強者でも大きな攻撃をするときは必ず隙があるということを。だから、急いて仕損じる真似はしない。

もちろん、攻撃に移らずとも隙さえあれば打って出てくるだろう。それが彼女が自由であるということの表れなのだろう。

それがこの子の強さか。なんとも人間らしくもあり、人間らしからぬ力であろうか。

たとえば私の軍に霊夢がいたとして、彼女の能力を存分に活かして作戦を立てられるか。まず無理だろうね。この子は絶対、私の思った通りには動いてくれない。

人間である以上は人の間にいなければならないのに、この子はすり抜けて行くかのように自由であるだろう。

だというのに、この子は人ならざる強大な力を持たない。ただ自由なだけ。故に人間らしい力、人間らしからぬ力という言い方になる。

ふと思う。実際のところ人間は、人間だけでも十分すぎるほどの力を持っている。『外』において幻想が必要とされなくなったのは、幻想がなくとも生きていけるようになったからだ。

あるいは、その人間達に通ずるものがあるかもしれない。おかしな話だ。幻想郷の中心たる博麗の巫女が、その反対側にある人間と似ているなど。

「考え事とは余裕ね。」

霊夢から言葉とともに針が投げつけられる。防御することもなく横にそれることで回避し、私は同じ言葉を返してやることにした。

「その言葉、そっくりそのまま返そう。お前も考えているのだろう?」

何かを。何を考えているのかは分からない。ひょっとしたらこの戦いのことかもしれないし、全く関係ないかもしれない。自由な彼女の発想を、私が想像することは難しい。

「そうね。これが終わったら、宴会で何を頼もうか考えてたのよ。そういう約束だったからね。」

そしてこれが真実なのかも分からない。分からないことだらけで、何もかもが面白い。

人は分からないものに相対したとき恐怖するという。その感覚は、私には分からない。私は人ではないからね。

私にとって分からないものは、面白いものだ。暴き、攻略しがいのある愉快な壁だ。

幻想郷に一歩を踏み出したこのときの最後の戦いには、まさにうってつけの相手だったわけだ。

・・・ふむ、そう考えると私は霊夢に感謝をしなければならないことになるね。宣戦布告はしたものの、感謝は示していなかったか。

そう思い至り、私は動きを止めた。霊夢は逸って攻撃するようなことはなく、同じく動きを止めて私を見ていた。

「何のつもり?」

「一つ気付いたのさ。わざわざ遠路はるばるここまでやってきた『参拝客』に対し、まだ神徳をあげていなかったね。」

「別にいらないんだけど。」

本気で嫌そうな顔をする霊夢に、思わず噴き出した。まあそう言うでないよ。

「何、きっとお前も気に入る。スペルカードの『神徳』なら。弾幕は好きだろう?」

「・・・嫌いではないわね。」

スペルカードを構えた私に、霊夢は意味を察し構えを直した。現金な奴だ。

「なら受け取るがいい。神の粥は早々食う機会はないよ。」

言って私は宣言する。

「忘穀『アンリメンバードクロップ』。」

「神の粥、ね。どれほどのものか、味見させてもらおうじゃないの。」

舌なめずりをする霊夢。ならば加減はいらないね。最初から全力で行かせてもらおうじゃないか。

私が背後に背負う御柱。それらが一斉に空を向く。まるで花火のように、幾発もの霊弾を発射した。

そして実際に花火のように炸裂する。その欠片が、大小の粒となって我々の頭上に降り注ぐ。

これはそれだけのスペル。弾幕によるライスシャワーってとこだね。

「それは西洋の風習だって聞いてるけど?」

「いいんだよ、ありがたけりゃ東も西も関係ない。」

「ま、どうでもいいけど」と言って、霊夢は見ずに回避する。それが命取りになるとも知らずに。

「・・・チッ、大きさがまちまちで避けづらいわね。」

ただ弾の雨を降らせるだけだが、軌道も弾の大きさもてんでバラバラの雨を避けるのは、そう簡単なことではない。

避けたと思ったら避けれない、当たると思ったら当たらないで次の弾に当たってしまう。

けれど、やはりそれだけのスペルだ。その錯覚さえ克服してしまえば、乗り越えることはそう難しいものではない。

「こんな狡い弾幕があんたの神徳なわけ?やっぱり、たかが知れてるわね。」

早とちりするんじゃないよ、博麗の。これは遠路はるばるやってきたあんたへの神徳だ。

「あんたの望むものは、あんたの勝利。ならばあんたへの神徳は、勝利のためのちょっとしたサービスだろうよ。」

「どうせなら、ここから先全部スペルカードで来てくれれば嬉しいわね。早く終わるもの。」

それはサービスし過ぎってもんさ。今回限りだよ。

既に霊夢は危なげなくかわしている。私の思ったとおり、こいつにこんなスペルは何の効果も見せなかった。

霊夢から広範囲に退魔符がばら撒かれる。それらをかわし、その後に潜んでいた針もかわす。

今更そんな攻撃が当たるわけもなかろうに。そう思っていると、背中で何かがはじける感触。

「スペルブレイクね。」

何・・・?霊夢の言葉に背中を見てみると、いつの間にか彼女の符が私の背中に貼り付いていた。

・・・なるほどね。

「つまり、今投げた符は退魔符ではなく。」

「私特製、ホーミングアミュレットよ。神道の力を使ってるから、ダメージ自体はないだろうけどね。」

そんなことまで出来るか。いよいよもって、あんたは天才だね。

何故今まで使わなかったのか。神道の力を使っていると言ったから、私には効かないと理解していたからか。退魔符同様防がれるからね。

となれば、今のタイミングで出すのが一番効果的だったわけだ。結果として、スペルブレイクにつながったのだから。

何も考えてないわけではないらしいね。緩いながらも、どうやって勝てばいいのかを手探りしている。

「さあ、ちゃっちゃと構えなさい。まだまだあんたを懲らしめ足りないんだから。」

だがそんな風は全く見せない。相も変わらず大気のような空気を纏う博麗の巫女。

考えることも自然。そして、勝つことも実に自然。それがあんたなんだね、霊夢。

ならばその自然を根底からひっくり返してやれば、私の勝利はゆるぎない。数多の戦に勝利した私の知謀は、この巫女に勝利するための作戦を構築し始めていた。

私は三度大砲を構え、霊夢に向けて盛大な牽制を始めた。





***************





どうやら、向こうとしても私の力を把握し始めたみたいだ。今度の牽制は一味違う。

先ほどから柱の砲台からの砲撃は何度もあった。そんな攻撃に当たる私ではないから、全部空振りに終わってたけど。

今度はその上で、湖に立つ無数の柱から小粒の弾が立ち上ってきていた。動きはゆっくりだから当たることはないけれど、その分私の動きは制限される。

最初のスペルのとき、戦場のあちこちに柱が突き立てられそのままになっていた。だから、この霊弾は文字通り場を埋め尽くしている。

もとよりする気はないけど、亜空穴による離脱は不可。何処に行っても同じなら、逆に現れた瞬間に喰らう可能性の方が高い。

まあ、まだ喰らうほどの量ではないんだけど。相変わらずこっちからの攻撃が通りにくい。

「どうした、私を懲らしめるんじゃなかったのかい?」

砲撃とともに神奈子からの言葉が飛んでくる。そう慌てるんじゃないわ、今準備を整えてるところよ。

先ほど見せたから、もう隠す必要はない。退魔符と封魔針に混ぜてホーミングアミュレットを投げつけた。

それらは、また一本降って来た柱によって防がれる。さすがに二度も引っかかってくれるほど甘くはないか。

「その柱、どっから持って来てるのかしら。環境破壊もいいところよ。」

「安心おし。これはあくまで私への信仰の形。私の力が続く限り、無限に生み出せる御柱の幻影さ。」

なるほど、つまり壊しても文句は出ないわけね。それを聞いて安心したわ。

「ほう?どういうことだい。」

「つまりは・・・こういうことよ!!」

指を二本立て、霊力を込める。それに従い、湖の底から光が湧く。私の結界術が発動した。

「常置陣!」

「なッ!?」

立ち上る霊力の渦。あんたの失敗は、符を叩き落すだけで満足してたことよ。私の攻撃を防ぐつもりなら、焼却するなりしておくんだったわね。

奴の神力を糧とした私の術は、湖に立てられた柱――御柱、だったかしら――を巻き込んで、奴を飲み込んだ。

つまるところ、これは盛大な自滅。私の手札を見誤った神奈子のミスだった。

「しっかし、とんでもない威力になったわね。幻想郷でも有数の神になるかもね。」

「・・・くっ。やってくれるね、こんな返し方をされるとは思っていなかったよ。」

全身が煤けた神奈子が、光が収まった中から現れた。自分の力での攻撃は、さすがに効果があったようね。

もっとも、もう同じことはできないでしょうけど。今の一撃で湖に立った御柱は消し飛んだし、聡いこいつのことだ、からくりも理解してるでしょう。

「単なる思い付きよ。何となく出来そうだったから。」

「・・・フフ、天才とは恐れ入るよ。そんな適当で、ちゃんと術を発動させちまうんだから。」

あんたに褒められても何も嬉しくないわね。私を喜ばせたいなら、さっさとスペルの宣言でもしなさい。

「これで三枚目か。やれやれだね、あんたは一枚も使ってないってのに。」

「生憎ね。私は一枚も使う気はないわよ。」

幻想入りしたばっかりのド素人にスペルカードを使ったとなったら、博麗の巫女形無しだわ。

私の言葉に、神奈子は笑みを深くした。これだから戦闘狂って嫌いなのよ。

「俄然使わせたくなったよ、博麗霊夢。無論、勝つためにはそうせねばなるまいがね!」

これだけの大差をつけられて全く戦意を喪失しない戦神にため息をつきながら、その宣言を聞いた。

「神秘『葛井の清水』。」



水が立ち上る。神社の一部である湖から、奴の一部でもある水が。

それは私達の高さまで上ると、形を変え始めた。あの形は・・・刃。

「人であるその身は、この刃を受けて耐えられるかい?」

「勿論、耐えられるわけがないわね。けどそれは通常の砲撃でも同じことでしょう?」

違いない、と神奈子は小さく笑った。だから、何なのよ。

「刃とは、剣とは、人が人を殺すために作られたものだ。言わば恐怖の顕現。果たして刃を前にしても、あんたは平静でいられるかい。」

言って神奈子は風を起こした。渦巻く、台風のような大風を。髪がはためき手で抑える。

そしてその風を受けて、水の刃は不規則な動きをしてこちらに向かってきた。

愚問ね。そんなもの、平静でいられるに決まってるじゃない。こちとら切り裂き魔のメイドと付き合いがあるのよ。

当たらなければいい、ただそれだけの話。弾幕ごっこでは基本中の基本よ。

「私の恐怖を誘いたいなら、この百倍は持ってきなさい。」

「なるほど。じゃあ、千倍ならどうだね?」

・・・ちょっと待ちなさい。マジでやる気?

私が刃をかわす中、神奈子は再び水を刃にしていた。その数があまりに多すぎて、こちらから奴の姿が見えないほどに。

さすがにちょっと引いたわ。

「弾幕ごっこでは、完全に逃げ場のない攻撃ってのは禁止されてるんだけど。」

「さすがにそこまでやる気はないさ。この程度なら、あんたはかわし切れるんだろう?」

不可能とは言わないけど、面倒くさいわね。ご丁寧にも亜空穴対策に全方位に向けてくれてるし。

「それにこのスペルでの私の目的は、あんたに当てることじゃなくてスペルカードを使わせること。加減なんかして使うタマかい。」

「ああもう、しょうがないわね。」

高く買われたものだ。人から評価されるのは、これだから好きじゃない。

巻き起こる旋風。先程の千倍では効かない密度の刃がこちらに向けて襲い掛かってきた。

集中力を高める。全ての弾の動きがゆっくりになる。隙間は・・・確かに、なくはないわね。

前進する。まずは刃と刃の隙間が集まり広い空間(とは言っても人一人分ぐらいの大きさだけど)が出来ているところに滑り込む。

次は・・・何となく右ね。刃が迫り空間が閉じる前に、新しく出来た隙間に移る。右へ、左へ、前へと、どんどんと位置を変えながら進む。

さすがに掠りもしないというわけにはいかない。紙一重の、ギリギリの回避を続ける私にそこまで気にする余裕はない。巫女服が一部裂けたりする。

だが当たり弾は一つもない。当たらなければ、私の負けはない。

「素直に感心するよ。人の身で、回避のみでこれをここまで越えるんだから。尚更お前にスペルを使わせたくなったよ!!」

そして神奈子も手を緩める気はない。この限界の密度の弾幕を、連続で放ち続ける。

持久戦に持ち込む気か。・・・まずいわね、さすがにこのペースを維持し続けるのには限界がある。

持久戦は割と得意な方だけど、それは通常の集中状態での話。ここまで上げると、私と言えど長時間続けるのは難しい。

基本的に勘のみで弾幕の位置を把握する私だが、この状態のときは五感をフルに使っている。疲れるのよ。

早いとここっちが主導権を握らないことには、いずれ当てられてしまう。なるほど、「スペルを使わせることが目的」なわけね。

けど、生憎ね。私はそう言われて「はいそうですか」って聞くほど甘くはないのよ。

符を構える。この刃の嵐の中では、そう長くは持たないだろうが。

「警醒陣!!」

普段は使わない簡易結界の符を展開する。四隅に符を従え、青白い結界が出現した。

「ほう?」

それを足がかりとして、私は前進する。前進し、新たな警醒陣を作り、さらに前進する。

私と神奈子の距離は、針の投擲が一息で届く程度まで迫った。

「さすがにこの距離ならかわせないでしょ。」

そして、警醒陣の影から封魔針を広範囲に投げつける。これなら、かわしてもかわし切れる範囲ではない。

実際のところ、神奈子は動かなかった。動かず、私の投げた針をその身に受けた。スペルブレイク。

・・・しかし、腑に落ちない。今のは動いても動かなくても結果は一緒だったけど、全く動かないなんて諦めているのと一緒だ。こいつらしくない。

得体の知れない気持ち悪さがあった。

「何のつもり。」

「得るものはあった。だから、このスペルを続ける意味はなかった。ただそれだけのことさ。」

一体、何を考えているのかしらね。





***************





お前の隙、とうとう見つけたぞ。

それは隙と言えるほどのものではないかもしれないが、霊夢が無敵でも無限でもないことが分かっただけで十分だ。

たとえ口では何と言おうと、あの子にも「死の恐怖」がある。ただ覚悟が人よりも強固であるというだけの話だ。

そして、彼女の集中も無制限に続くわけではない。ちゃんと人としての限界がある。

それが証拠に、別に差し迫った状況というわけでもないのに結界術を使った。勝負を急いだのだ。

あの子は冷静に己の限界を察知し、打つべき手を打った。恐らくは直感的に。

それはそれで驚嘆に値すべきことではあるが、彼女の限界は見えた。付け入る隙は十分にある。

ならばあと二枚のスペルカードで勝利を導くことも不可能ではない。一枚でもスペルカードさえ使わせれば、後はこちらのものだ。

確かにスペルカードを使わなければ霊力の消費は抑えられるだろう。だが、代償として払う集中力は時間と共に加速度的に大きくなる。

そして消費した集中力が大きければ大きいほど、一度崩れた後の復帰は難しい。人間とはそういうものだ。

ならば私の取る手は一つ。防御を捨てての猛攻だ。

どちらにしろ、もう御柱による防御は出来ない。さっきの二の舞になるからね。ちょうどいいと言えばちょうどいい。

「では、勝負を再開しようか。」

生み出すは数多の霊弾。それも、先ほどのようにチマチマとした小粒なものではなく、この神の身である力を最大限に生かした、巨大な弾幕。

当たれば勝ちの弾幕ごっこにおいて、これは力の無駄遣いかもしれないがね。雰囲気というものさ。

腕を振るう。それに従い、大玉は四方八方に散る。霊夢は微動だにせず、それらをやり過ごした。

「で?それだけじゃないんでしょう。」

「勿論。」

大玉が吹き荒れている中、私は符を取り出す。何枚かの符が固まり、儀礼用の短剣を作り出す。

今度はそれを霊夢目掛けて投げつける。彼女は微小の動きでそれを回避した。

まだ続く。彼女の周囲を取り囲むように大玉を放ち、真ん中にいる彼女向けての砲撃。

私が同時に実行できる最大数の工程で弾幕を作り、その全てで彼女の動きを制限し、当てんとする。

「通常弾幕がまるでスペルカードね。二つ目のお粥よりもよっぽど凶悪だわ。」

そして、全てを回避しながら涼しげに言う霊夢。しかし、この攻撃は確実に彼女の集中力を消費していた。

私の読みが確かなら、彼女は一度限界間近を迎えている。そう長くは持つまい。

全力の攻撃を仕掛けながら、彼女の様子を注意深く見続ける。まだだ、まだ崩れない。



そして、来た。彼女の動きがブレるほんの一瞬。それは、私の砲撃を避けた直後だった。

彼女は前を見てから、もう一度砲撃を見た。彼女の集中力が疲弊し、砲撃に注意を取られた証拠だ。

「もらった!!」

完全にパターン化させていた、大玉、刃、砲撃の流れを崩し、砲撃に次ぐ砲撃を放つ。

取った!!そう、確信した。

――だがそれが霊夢の張った罠だと気付いたのは、私の砲撃が晴れた後の話だった。

「・・・いない!?」

しまった、さっきの亜空移動か!!自分の攻撃で、完全に彼女を見失ってしまった。

後ろを見る。いない。横にも、上にも。

彼女が現れたのは、真下だった。それに気付いたときには既に遅かった。

「あんたが私の隙を探してることには気付いてたわ。」

「!?」

直後、下からの封印符の乱舞。気付いたのは、それらが私に貼り付けられた後だった。

「ぐあああっっ!?」

それだけ貼り付けられれば、私とても無傷というわけには行かない。全身を強烈な電撃が駆け巡る。

くっ・・・見誤った。

「バカね、私に隙なんかあるわけがない。」

堂々たる空気を崩さず、紅白の巫女が言う。・・・確かに、一見すれば隙などないようにも見えるな。

だがやはり彼女の限界が近づいていることは分かった。今のも勝負を急いだ証拠だ。

彼女の牙城が崩れるのが先か、それとも私のスペルが尽きるが先か。依然状況に変化はない。

ならば、私の策は間違っていない。もう少し注意深くなればいい。

「クッ、確かに今のは私の早とちりだったようだね。しかし、その強がりがいつまで続くか見物だね。」

符をはがし、スペルカードを取り出しながら、表情の読めぬ巫女に宣告する。

返事は無言。余計な情報は与えない、か。悪くない。

「天竜『雨の源泉』。」

私も余計なことは言わず、スペルを宣言した。問答の時間で回復されても困るからね。

宣言とともに、空に黒雲がかかる。既に日が落ち暗くなった幻想の地に、真なる闇が訪れた。

ポツポツと、空から落ちる水の滴。

「・・・雨?」

「言い忘れていたが、私は元々風神。乾、即ち天を操る能力を持つ。この程度のことは造作もないよ。」

そして、能力を使ったスペルを使うここからが私の本領。さあ、あんたはいつまでその余裕を保っていられるかな?



しばし後、ここら一帯は局地的な豪雨に見舞われる。そして、私の攻撃が始まった。





***************





強烈な雨が降る。自然に降ったものではなく、目の前の神が呼び寄せた雨だ。一瞬でこれだけの雨を降らせるとか、どれだけの力よ。

無闇やたらと巨大な力を振るう風の神に対し、畏敬ではなく呆れに近い感情を持った。

それはさておき、こいつは参ったわね。

さすがにこの雨粒一つ一つが弾幕ということはないらしい。だけど雨は、この水は、私の動きを大きく制限する。水のしみこんだ服って重いのよ。

そして、こいつがこれから放つスペルについても、大体の想像がつく。おまけに、さっきはああ言ったけど、間違いなく私の集中力の限界が近付いていることは察知されている。

使用スペルカードの枚数的には圧倒的に勝っているけど、力の多寡から考えて消耗が大きいのは間違いなくこっち。

ていうか、神ってのもこのぐらいのレベルになってくると反則ね。力の大きさも、存在の大きさも、本来ならば人間が太刀打ち出来るようなものじゃない。

それはある種当然なのかもしれないけど。妖怪より弱い神を、誰が信仰するのかしら。

さあ、ここからはどうやって攻めたものやら。

「いい雨が降る。人の手によって汚されていない証拠だ。やはりこの地には、乾を司る私が相応しい。そうは思わないかい?」

「どうでもいいわよ、『外』のことなんか知らないんだから。」

私の言葉に神奈子は笑い、空に手をかざした。・・・来るわね。

雨が止む――いえ、中空に留まる。私達の頭上数mのところに見えない壁でも出来たかのように、雨が遮られ幾つもの水溜りを作った。

そして、ある程度たまったところで。

「ッ!!」

鉄砲水となり私に押し寄せた。予測していた私は、急加速で回避する。そのぐらいしなければ避けられないほど広範囲を、濁流が飲み込んだ。

完全に殺りに来てるわね。

そして、濁流はそれだけにはとどまらない。うねりの方向を変えながら、執拗に私を追ってくる。さながら胴体で締め付けてくる蛇のように。

こいつの性格を表したようなスペルだと思った。こいつは、狙った獲物を決して逃さない。そんな雰囲気を感じる。

つまりは今は私が目をつけられた獲物ということ。決着が着くまで、こいつは絶対に諦めないことでしょう。

なぎ払う濁流からひたすら逃げる。これじゃこっちから攻撃には出られないわね。

唯一幸いなのは、このスペルが単調な攻撃であるということ。特に集中力を削ることもなく、スピード任せで避けることが出来る。

・・・いえ、そう早合点するのは危険ね。ここまで来て、こんな簡単なスペルで終わるわけがない。

「見事見事。なら、数を増やしてみようか。」

もう一本、濁流が生まれる。それは最初の一本とは別の動きで私を捕らえようとする。くっ、面倒な!

それでも私は避け続ける。さらにもう一本、さらにと、だんだんと数が増えていく。

最終的にそれは奴の名前通り八本の激流となり、私を追い落とそうと襲ってきた。そして、それをかわす私は、集中力だけではなく体力を奪われる。

最初に服が吸った水が大きい。これのせいで、体を動かすのにより大きな力が必要となっていた。

速度はだんだんと落ち、濁流はどんどん私に迫っていた。

・・・こいつを振り切るだけの体力はない。集中力も、長くはもたないだろう。最後には落とされてしまう。

仕方ないわね、絶対に使いたくなかったんだけど。

どれぐらいぶりか分からない。私は、本当に久々にスペルカードの宣言をした。



「霊符『夢想封印』!!」

奔る霊撃の波が、濁流を無効化していく。そして同時に私の周囲に出現する、七色の光体。

それを見て神奈子は・・・あの胸糞悪くなる笑みを浮かべていた。

「・・・とうとう、使ったね。博麗の巫女。」

「ええ、使ってやったわ。だから、覚悟しなさい。」

奴が濁流を生み出すよりも速く、『夢想封印』を放つ。強烈な追尾性を持つこいつから逃れるのは難しいわよ。

そして、そのことが分からない神奈子ではないだろう。だというのにあいつは、微動だにしなかった。

微動だにせず――空から降ってきた御柱が、私の放った光弾を叩き潰した。・・・しまった、それのことを忘れてた。

「符でないなら、さっきの術は使えなかろう?今度はお前が見誤ったね、博麗の巫女。」

「見誤ったってほどのものでもないわ。だったら、防御できない位置から撃つまでよ!」

再び七色の弾を生み出す。そして神奈子に向けて飛ぶころには、濁流が復活していた。

あるときは濁流に向けて『夢想封印』を放ち、あるときはひたすらかわし。一歩ずつ、奴に近づく。

あと少し・・・!!

もう一息近づけば奴に叩き込める。そこまで近づいた時だった。

「気付いているか?」

神奈子から言葉がかけられる。何、が・・・!?しまった!!

気付き、急いで『夢想封印』を放とうとしたが、既に遅かった。

空から降ってきた御柱は、私の展開した『夢想封印』をことごとく砕いていた。

――符や針と違って、展開した霊弾は私の手元にない。つまり、御柱による防御域まで迫れば、こうすることは奴にとって造作もないことだったのだろう。

全ての『夢想封印』を砕かれ丸腰となった私は、神奈子から見れば隙だらけだった。

「もらったよ!!」

そして、奴から私に向けて、今までで一番の濁流が押し寄せた――





「ゴホッ、ゴホッ!!」

咳き込む。喉から水が溢れたが、どうにか肺に達することは防げたみたいだ。

濁流に押し流されかけた瞬間、私は亜空穴を発動させた。短距離の移動しかできなかったが、何とか水から逃れることだけは出来た。

けれど、『夢想封印』はスペルブレイク。おまけにこのダメージは手痛かった。

「・・・抜け目がないね。あの一瞬で、ちゃんと反撃に出るとは。」

流される瞬間、封魔針を投げつけておいた。向こうも攻撃に集中しており、回避できなかったみたいだ。向こうもスペルブレイク。

これで最後だったら嬉しかったんだけど・・・あの様子じゃ、もう一枚ぐらいはあるわね。

「ったり前でしょ。何が悲しゅうて、喰らうだけ喰らわなきゃなんないのよ。」

「その様子だと、攻撃を受けることには慣れてないみたいだね。たった一発で息が上がってるよ。」

・・・るさいわね。攻撃を喰らうこと自体久々だったのよ。悪い?

そう言ってやると、奴はやはりおかしそうに笑うだけだった。本当に癇に障る奴だわ。

「なるほどね。やはり弾幕ごっこというルールは、お前のためにあるものだったか。」

「人間が妖怪と対等にやっていけるためよ。当てれば勝ちなら、人間にも勝ち目はあるもの。」

「そして当たらなければ負けないなら、お前に負けはなかった。もう過去の話だ。宣告してやろう。今日この場で、お前の無敗神話は瓦解する。」

私は無敗だなんて言ってないわよ。バカ母には一度も勝ててないし、小さい頃は幽香にも負けたしね。言ってやる義理はないから、黙ってるけど。

「じゃあこっちからも宣告してやるわ。あんたの宣告は外れるわ。博麗神社も優夢さんも私のものよ。依然、変わりなく。」

「巫女が神に宣告するとは、愚か也。巫女よ、知るがいい。神社は巫女のために非ず、神のためにあるものなのさ!!」



「『風神様の神徳』!!」

形勢不利になった状態で、勝負続行。私は絶対に負けない。負けたくなかった。





***************





とうとう私のラストスペル。しかし、今の一撃を当てられたことで、状況は圧倒的に私に有利になった。

あの子が今まで冷静でいられたのは、一撃も受けていない状況だったから。ダメージがあれば、それだけで人間は焦るものだ。

特にあの子は打たれなれていなかったからか、今の一撃が与えた影響は大きかったようだ。先ほどよりも明らかに動きが悪くなっている。

そんな動きでは、このスペルは乗り越えられる道理はない。

「チッ、数が多すぎる・・・。」

バラ撒かれる神徳がたっぷりつまった必勝の符は、風に乗って何処まででも飛んでいく。特段奇抜な性質はなく、ただそれだけのスペルだ。

ただそれだけ。つまり、それだけに力を注ぎ込んだ、小細工の効かない真っ向勝負を強いる。

全開状態のあの子ならいざ知らず、消耗しきった今の霊夢では、かわしきるだけの集中力は持たない。

簡易結界符を使う。そんなものが何事かと、必勝符は打ち砕く。

亜空転移も不可能。そんなことをすれば、全方位にバラ撒かれている符の餌食だ。

必然彼女は、スペルカードを宣言する。

「夢符『封魔陣』!!」

退魔結界か。愚かな、我が符も退魔の性質を持っている。同種の力で防げると思うな!!

スペルにより発生した結界はあっさりと粉砕された。が、彼女は既にそこにはいなかった。・・・なるほど、単なる目くらましか。

「そういうこと。高価だったけど、効果はあったでしょ。」

私の後ろに、巫女が現れていた。・・・なるほど、結界符と亜空転移を併用し、成功させたか。

私の背中に向けて、彼女は封印符を放った。こちらはもう喰らえないのだよ。

だから私は、一切のためらいなく防御を行った。茅の輪がその体で封印符を受け止め、腐り落ちる。

そして彼女が再び符を放つよりも速く、必勝の護符の展開が終わる。霊夢は舌打ちとともに距離を取った。

「効果はあったが、結果には繋がらなかったな。」

「後がない癖に、偉そうね。」

それはお互い様だろう。言葉の代わりに符を放つ。彼女は再び回避劇を繰り広げた。そう長くは持たぬ、すぐにスペル宣言に繋がるであろう回避劇を。

あとはじっくり、この子の体力と気力を削ればいい。もうこの子にこのスペルを越えるだけの体力は残っていないのだから。

卑怯となじらばなじれ。勝利なくして軍神はない。戦い、勝つことこそが、この私の存在原義なのだから。

それに私には、今回ばかりは絶対に勝ちたい理由があるのだ。

早苗。私の可愛い風祝。私と諏訪子のために未練残る俗世を捨てたあの子には、絶対に幸せになってほしい。そうでなければ、何のための神か。

全ての未練を成就させてやることは不可能だ。もう我々は戻れないのだから。

けれど、一番大きな幸せだけは与えてやれる。ならばせめてそれを私の手で与えてやらねば嘘だろう。

あの子の思いに報いてやるには、思い浮かぶ限りこれぐらいしかない。そも、私には戦いしか能がないのだから。

だから、戦いに勝ち、純を手に入れる。他でもない早苗のために。

そのためならば、私は鬼神にでもなってやるさ!!

「我が大儀の前に落ちるがいい、博麗の巫女!!」

彼女の動きが鈍る。それを好機と見た私は、千を越える必勝の符を、全力を込めて彼女に向けた。

そして、霊夢は――



「夢符『二重結界』。」

スペルを宣言した。生まれる二重一対の結界。複合結界か。

さすがは博麗大結界の柱を務めるだけはあり、結界術の腕は良さそうだ。が、この場では失策だな。

ガンガンと音を立てて、必勝の符が結界に刺さる。貫通こそしなかったものの、破壊は時間の問題だ。

そして、あれだけの結界だ。維持のためにあの子は動けまい。たとえ先ほどのように移動したとして、二度も引っかかる私ではない。

詰みだ。私は勝利を確信した。



確信した、はずだった。

「ずっとね、考えてたのよ。」

その確信は少女の発した驚くほど感情のない声に、霧散した。得体の知れない何かが、私の背筋に入り込んでくるようだった。

あれが、早苗と同じ年頃の娘が発する気配なのか?

「何をだい?」

声が震えるのを抑えながら、私は問いかけた。

震え・・・?まさか、この私が気圧されているというのか。バカな。

「優夢さんのこと。」

「ゆうむ・・・ああ、純のことか。」

「そう。それが優夢さんの本当の名前なのね。」

そうだった、この子にはあの子の本当の名前を言っていなかったんだ。つい、漏れてしまった。

そしてそれを知ったというのに、彼女は一切感情が動かなかった。

「早苗と優夢さんが以前からの知り合いってのは、多分本当なんでしょ。それについて疑う気はないし、あんたの言い分も分かるわ。」

「そう、か。」

一体彼女は、何を考えている・・・?その考えが、神たるこの私にも読めなかった。

「優夢さんが早苗のことを思い出して、早苗と一緒にいたいって言うなら、別にそれでいいんじゃないかって、思ったわ。」

「そうだ。私はそうあるべきだと思っている。だから純は守矢神社に」

「でもね。」

鋭く、私の言葉を切る様に。霊夢は告げた。真実を、その自由な瞳で。

「あんたは、優夢さんのことを駒としてしか見てない。早苗の幸せとやらのためのね。」

「・・・否定はしない。私にとって純は、早苗よりも優先度が低い。」

この子の言う通りだったと、今になって気付く。早苗にとって純が特別であればいいだけであり、私にとっては大勢のうちの一でしかない。

「あんたにはそうだったとしても、私には違う。確かにいてもいなくても一緒だけど、私にとって優夢さんは優夢さん。その他大勢じゃないのよ。」

だから、私達には渡さないと。そう言いたいのかい?

「それも理由の一つ。最大の理由はね。」

言って霊夢は、リボンを解き、スペルカードを取り出した。それは、私との最終決戦の布告だったのかもしれない。



「そんなあんたが、ムカついてムカついて仕方がないってことよ。だから、全力でぶっ飛ばす。」

・・・唖然とするしかなかった。あれだけ色々と言っておいて、最大の理由が「ムカつく」の一言だと。

その自由奔放さに、私は唖然とし――もう笑うしかなかった。

「何よ、悪い?」

「いいや、全く悪くはないよ。そういう理由が、一番人を突き動かすものだ。」

何と自然にあるものだろう。この子はこれだけ追い詰められてなお、全くブレなかった。それがあんたの強さか、博麗霊夢。

見極めた。この子のあり方を。そして何故だか、胸がすくような感覚だった。

「よろしい。ならば私も全力でぶつかってやろう。神たる私が、試練となってやろう。」

私は私で貫き通すもののため、全力で勝利の護符を展開する。今までで最大の、万を越える風神の神徳。

霊夢は全く臆さなかった。そして、降り注ぐ符の嵐の中。

不思議と響く声で、彼女は宣言した。





「『夢想天生』!!」





***************





宣言とともに、光り輝く七つの陰陽玉を展開する。これから私は、私自身が一切攻撃することなく神奈子に勝つ。

私のラストワード。それは、魔理沙のように馬鹿みたいな魔力を噴出するものでも、優夢さんのように特殊な世界を展開するようなものでもない。

各人の特性が表れるスペルカードの最も深遠であるラストワードは、その人物の性質そのものが表れる。逆に言えば、そういう性質のものを『ラストワード』と呼ぶ。

私の性質。それは決して攻撃的なものではない。かと言って、消極的というわけでもない。

私の能力。それは空を飛ぶ程度という、幻想郷ではありきたりな能力。だけど私は、それは物事の一面を捕らえた言葉に過ぎないことを、何となく知っている。

私のラストワード。それは、私の能力を本当の意味で使う、ただそれだけのスペルだ。ある意味優夢さんと同じね。

『夢想天生』は攻撃を指す言葉ではない。私自身が『そう』あるようになることが、私の能力なのだ。

「来ないならこっちから行くよ!!」

陰陽玉を展開し、それ以上は何もしない――する必要がない私に、神奈子はその大量の符全てを差し向けた。

私は全く身動きを取らなかった。そう、する必要がないのだから。

神奈子の放った弾幕は、私の眼前まで迫り。

まるで目標を失ったかのように、全て避けて通って行った。

「・・・今、何をした。」

何の動作を取ったわけでもない私に、神奈子は目を細めて見定めようとした。

「何も。あんたの攻撃は、もう私には当たらないわ。」

「――・・・そういうこと、か。全く、何と自由な人間だい。」

自由とは、自分に由ること。

自由とは、束縛されぬこと。

重力は私を縛れない。同じように、弾幕が私を縛ることも出来はしない。

「『攻撃が勝手にそれるスペル』か。今のあんたにゃ、私でも手出しが出来ない。」

神奈子は呆れたようにため息をついた。神奈子は、正確に真実を得た。

となれば、このスペルの欠点にも気付いているでしょうね。

「だがそれじゃあんたも手出し出来ない。縛られないということは、縛ることも出来ないからね。」

「その通り。私が放った攻撃も、あんたには当たらないからね。」

他者を縛るということは、他者で自分を縛ることに他ならない。だからこうなった私は、誰かに手を触れることさえ出来ない。

だけど、こちらから攻撃が出来ないわけじゃない。そのために展開したのが陰陽玉なのだから。

この陰陽玉はただの道具ではない。博麗の秘宝として、代々巫女に受け継がれてきたものだ。

「つまり、あんたは陰陽玉任せでゆっくりお茶を飲んでるわけだ。どういう全力だい。」

「そういう全力よ。悪い?」

「・・・いいや、とても良い。とてもお前らしく、自由である。大変結構だ、博麗霊夢!!」

何故か神奈子は上機嫌だった。理由はさっぱり分からないし、分かろうとも思わない。

私はただ一声。神奈子を倒すために、陰陽玉――博麗の守護者に命じた。



「暴れなさい、神玉シンギョク。」



瞬間、爆発的な霊撃が発生した。『自由』となった私には効果はないが、神奈子はひとたまりもなかっただろう。その衝撃波に思い切りあおられていた。

それだけではない。湖に突き立っていた御柱が、霊子へと還元されていく。ありとあらゆる攻撃を無効化する波が、湖全体を駆け巡った。

「くっ・・・ここまでとは!!」

浮遊に使う霊力までも無効化され落ちかけた神奈子は、何とか体勢を立て直したようだ。

そして、無意味と分かっているだろうに意志を貫こうとするかのように護符を展開する。

遅いわ。

「なッ!?」

奴が符を展開し終わるよりも圧倒的に早く、回転する七つの陰陽玉は数えるのもバカらしくなるほどの量のお札を吐き出した。全方位に、無差別に、辺りを蹂躙し尽くすように。

これがこの陰陽玉――神玉の本当の力。敵味方の関係なく、周りの全てを吹き飛ばす。自分も危険過ぎて『夢想天生』中にしか使えない、無闇に最強の力だ。

結界を張ろうと、空間を断絶しようと意味はない。「ナニソレ?」と言わんばかりの勢いで、粉砕し跳躍するんだから。

幻想郷最強にも扱えない、最凶の力。だからこれは、私にしか使えない。

私の『自由』と神玉の『最凶』。二つ合わせて『夢想天生』なのよ。

神玉の札は神奈子の展開した符を粉々に引き裂いた。そして、それだけに飽き足らず神奈子を追い落とさんと迫る。

「な、めるなぁ!!」

だが奴も神。ただではやられないようだ。空からではなく、目の前に無数の御柱を出現させて防御を試みた。

ガンガンという激しい音を立て、札は柱に突き立った。そして無尽蔵に吐き出される破壊の符は、次々に柱を斬り砕いて行った。

神奈子も破壊される側から御柱を生み出すが・・・札の破壊速度の方が速かった。

「ガッ!?」

そしてとうとう、奴の腹に神玉の札が叩き込まれる。その勢いは、奴を柱の結界はおろか、湖さえ越えて山の一角に叩き付けた。

神玉の攻撃はさらに続く。敵をはっきりと認識したこいつは、発散していた札全てを、神奈子が叩き付けられた場所に向けて放った。遠くで土煙が巻き起こる。

久々の起動だったもんだから、だいぶ鬱憤が溜まってるみたいね。いいわ、私が許可する。遠慮なくやっちゃいなさい。

主の許可が相当嬉しかったのか、神玉は放つ符の数を増した。土煙が一段と高く上がった。

しばらくそうしていた後、神玉はようやく大人しくなった。

神奈子が飛ばされていった先に飛ぶ。着弾点からだいぶ遠くまでの地面が剥げてしまっていた。軽いクレーターだ。

・・・ちょっとやりすぎたかしら。まあ、やったのは私じゃなくて神玉だし。いっか。

クレーターの中央にたどり着くと、そこに神奈子は座っていた。あれだけの攻撃を受けて意識があるとは、タフね。

「で、まだやる?」

光を失わず、むしろこれからが本番だと言わんばかりの神玉を従え、私は神奈子に問うた。

返ってきた答えは。

「いや。この勝負、私の負けだ。こうしているのもやっとだよ。」

私の勝利を示すものだった。

「そ。」

私も短く答え、神玉を鎮めた。同時、『夢想天生』状態も解く。あの状態じゃ、こいつに肩を貸すことも出来やしない。

「じゃあ、さっさとあんたの神社に戻るわよ。今夜は宴会よ。」

「・・・ははは。あんたには敵わないよ、完膚なきまでにね。」

私の手を取り立ち上がった神奈子は、そんな当たり前のことを言った。





これで、『外』から来た神社、守矢神社を巡る騒動は終わった。

とりあえず。

「あー、すっきりした。」

今日は疲れたし、優夢さんの手料理でも食べてゆっくりすることにしよう。








「・・・負けましたな。」

「ああ、負けたね。予想通りだ。」

「主は、あの神が負けると思っていたのですか?ならば何故、あのような取引を。」

「勝ち負けは問題じゃないよ、蔵馬。そもそも、あの巫女に勝てる奴がいるかい?」

「主ならば。そして、拙者ならばあの術が発動する前に斬れます。」

「・・・だからお前はもうちょい融通を覚えろ。言っとくが、弾幕ごっこってルールの上だったら、私でもあの子にゃ勝てないよ。」

「承知。」

「で、あの神はそのルールに乗っかった。そうである以上、神に勝ち目はなかった。けど、八坂はあそこまで巫女を追い詰めることが出来たのさ。」

「つまり、それが主の見たかった結果であると。」

「そういうこと。何にせよ、巫女にラストワードを使わせたってのは箔になる。この先あの軍神には、大いに信仰が集まるだろう。」

「では、約定通りに。」

「ああ。山の頂上は守矢神社にくれてやる。忘れないうちに下の連中に伝達しときな。」



知らないところで知らない連中が私達の戦いを見て、何やら決めていたらしい。

まあ、私にはどうでもいいことだけどね。





+++この物語は、博麗の巫女が風神の作戦の上で舞い踊る、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



空を飛ぶ不思議な巫女:博麗霊夢

空を飛ぶのは何も体だけではない。思考も、その魂もぶっ飛んでいる。いい意味でも悪い意味でも。

ラストワードはあまり好きではない。勝って当たり前でつまらないから。

今回彼女が吹っ切った理由は、実は優夢の過去の断片を聞いたことが遠因。神奈子の盛大な自爆であった。

能力:主に空を飛ぶ程度の能力

スペルカード:霊符『夢想封印』、夢符『封魔陣』など



山坂と湖の権化:八坂神奈子

守矢神社の祭神様。信仰の少ないこの状況下で霊夢を追い詰めるだけの実力を持っていた、疑いなき強者。現時点で幻想郷有数の強者に列席できる。

実はこの戦い自体、天魔に対する自身のデモンストレーションであった。そういう意味では、真の勝者は彼女なのかもしれない。

フランクで接し易い神様ではあるが、物事を冷淡に見る節がある。もし早苗に益さぬと判断すれば、容赦なく純、即ち優夢を切り捨てるだろう。

能力:乾を創造する程度の能力

スペルカード:奇祭『目処梃子乱舞』、『風神様の神徳』など



→To Be Continued...



[24989] 五章十話
Name: ロベルト東雲◆af7e26d2 ID:d04b0374
Date: 2011/06/15 12:17
「・・・あー、う~・・・。」

酷い頭痛で目が覚めた。何処かが悪いというわけではなく、単純に寝過ぎだ。

どのぐらい寝てたんだろう。ここのところ毎度のことなので原因の方は分かっている。眠っていた時間の方が気になった。

「うー寒っ。あー、この感じは秋かね。」

布団から出るとやや肌寒さを感じる気温から、季節を推測する。となると、丸々四半期眠ってたわけか。

今回はまただいぶ長かったね。それだけ私の力も減ってるってことか。

元がただの土着神である私が力を失えば、元のただの土着神に戻る。凡百の、意識も判然としない土着神へと。

霊なる存在なんてのは、基本的にはそんなもんだ。力がなけりゃ、神だろうが自我を持つことすら出来やしない。

だから元から中央の神だった神奈子と違って、私は別にそうなることへの嫌悪はない。割り切ってしまえば、ただそれだけのことだ。

しかし、何と言うか。

「自分達が苦しいときには助けを求めて、必要なくなったらポイ。いつの時代も人間ってのは身勝手だねぇ。」

だから何だと言うわけでもないけど、人は未来永劫その業から逃れることはないと、確信を深めるだけだった。

「・・・あ~、やっぱダメだ。寝起きでダルい。血糖値上げなきゃ。」

眠い目を擦り、寒さ凌ぎに半纏を纏い、階下にいるであろう我が末裔におめざでも作ってもらおうと部屋を出た。

まあ、神に血糖値もクソもないんだけどね。気分だ気分。



階段を降りると人の気配がした。複数人だ。ひょっとしたら、早苗の友達とかが遊びに来てるのかも。

だとしたら姿を出すのはまずいかとも思ったけど、一応私はあの子の遠い先祖。血縁と言えなくもない。

いざとなったら遠い親戚で誤魔化せるし、そもそも前例があることを思い出した。構わん構わん。

一旦戻りかけた足を再び居間の方に向ける。襖は閉められており、中から話し声がしたが、構わず開けた。

「お?」

「ん?」

中には見知らぬ男女一組と、床に横たわり眠っている早苗。

「・・・泥棒!?」

「人聞きの悪いこと言うな。一生借りるだけだぜ。」

「否定の仕方間違ってるからな。ごめんごめん、驚かしちゃって。君は家の人?ナエちゃんに妹さんがいるとは知らなかったけど。」

一瞬、すわ押し入りかと思ったけど、どうにも違うようだ。というか、早苗をそう呼ぶのって何処かの誰かでいたような気が・・・。

「・・・ん?ひょっとして、随分髪長くなってるけど、純?」

「あ、俺の名前は知ってるんだ。」

思い出した。早苗の幼馴染・・・って言い方も変だけど、とにかく古い知り合いの白鳥純だ。

「うーわー、懐かしい。いつこっちに戻ってきたのさ。」

「あー・・・。ごめん、俺が思い出せないだけかも知れないけど、君は?」

おっと、勝手に懐かしさに浸っちゃってたね。純自身は私と面識がなかったんだった。いけないいけない。

「私は洩矢諏訪子。まあ、早苗の遠い親戚みたいなもんさ。あんたのことは、私が一方的に知ってるだけだよ。」

「ああ、なるほど。じゃあ改めて。俺は名n、じゃなかった、白鳥純。こっちは友人の霧雨魔理沙。」

「普通の魔法使いの霧雨魔理沙だぜ。よろしくな、諏訪子。」

互いに自己紹介をする私達。何か変な感じだけど・・・って、今こっちの黒い子おかしなこと言わなかった?

あと、何か大事なことを忘れてる気が・・・あーダメだ、寝起きで頭が回ってない。

「ところで、早苗はなんで寝てるんだい?来客中だってのに、しようのない。」

そして、寝起きの軽食でも作ってもらおうと思った当の早苗は就寝中。困ったもんだ。

私の問いかけに、純は何事か言いにくそうにしていた。

「ひょっとして、早苗が寝てるのは純がヤっちゃったからかい?」

「真性の女誑しだから仕方ないな。」

「違うから!ていうか君はその歳で何を考えてる!!」

おっと、見た目で歳を測るもんじゃないよ。こんなナリでも、あんたらの数倍じゃ効かないぐらいは生きてるんだからね。

まあ、見た目がお子様なのは認めるけどさ。結構お得なんだよ、映画館子供料金で入れるし。

「おいおい優夢、今更見た目で歳を判断するなよ。こういう場合は大抵ロリババアに決まってるだろ。」

「魔理沙って言ったかい。あんたとは一度『お話』しなきゃいけないようだね。」

ババアは怒るよ、流石に。

しかし・・・何か色々食い違ってる感じがするんだけど。こんな感じだったっけ?

「あーと、ちょっといいかい。『優夢』って何?」

「こいつの仮の名前だぜ。逆に聞くが、『純』ってのはこいつの本名か?」

・・・仮の名前とか本名とか、一体どんなやばいことやらかしたんだい、あんたは。

「えっと、かいつまんで話すと、俺はさっきまで記憶喪失風味だったんだ。さっきナエちゃんと会って、ようやく色々思い出したとこなんだよ。」

「はー、それで中々帰って来なかったんだね。お疲れだったねぇ。」

「いや、帰ったって言うか・・・ひょっとして諏訪子は、気付いてない?」

「どうせ今の今まで寝てたんだろ。これは寝起きの顔だぜ。」

中々見てるね、魔理沙。その通りだよ。

しかし気付いてないって、何が?非常に嫌な予感しかしないけど、聞こうじゃないか。

そして純は言った。

「俺が『帰ってきた』んじゃなくて、君達が『やってきた』んだぞ。」

ほーほー、なるほどなるほど。



・・・。

・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・。



「神奈子ォーーーーー!!出てきて説明しろやゴルァーーーーーーーー!!!!」

さっぱり訳が分からなくて、私は吼えた。しかし叫びは空しく響いた。



とりあえず純に宥められつつ、色々と説明を受けることにした。

ここは『幻想郷』という私達が住んでいた土地とは全く違う場所であるということ。

幻想郷は、『外』で幻想とされる者達が当然に存在出来る場所であること。

純は『外』で行方不明になった(忘れてたのはこれだった)後、こっちにやって来ていたこと。そして記憶喪失となり、帰る場所も分からなかったこと。

早苗が寝てるのは、ここの決闘風習である『弾幕ごっこ』で純に負け、疲労で気絶したためということなどなど。

私が寝てる間に随分と事が進んでいたようだ。

神奈子の自分勝手は今に始まったことじゃないけど、まさかここまで大事をやらかすとは思ってなかったよ。神社ごと移動するとは。

一応思惑は分からないでもないから恨みはないけど、何の相談もしなかったことへの文句は言いたかった。

とりあえず。

「あー全く、神奈子は相変わらず全く、ムシャムシャ、諏訪を攻め落とした時から何も変わってないんだから、お替り!!」

「私もお替りだぜ。」

「はいはい、ちょっと待ってな。」

お腹空いたと言ったら純がご飯を作ってくれたので、それで餓えを凌ぐことにした。

結構美味しかった。





***************





自分が誰かを思い出したと言ったら、魔理沙は大層驚いていた。まあ、分からないでもないが。

「いや、私が驚いてるのはそっちじゃなくて、お前の格好が変わってることだぜ。巫女服はどうした。」

「今更だなおい!?」

ここに来た時点で俺の衣服が変わってることは分かってただろうに。とりあえず、換装装置についてざっと説明をする。

「あー、あのとき受け取ってたのはそういうことだったのか。」

「おかげで助かったよ、ナエちゃんに説明する手間も省けたしな。」

何が役に立つか分からんもんだ。

「で、とりあえずナエちゃん気絶しちゃったから、母屋の方に運んでおこうと思う。お前はどうする?」

ナエちゃんが俺の古い知人であることは既に説明した。記憶の復活について説明したら、自然とそういう話になる。

俺の問いに魔理沙は。

「じゃあ、お前に着いて行くぜ。そいつとも話したいしな。」

意外な答えを返してきた。こいつなら、今すぐ霊夢のところに行って観戦すると思ってたんだが。

「そうしたいが、お前の話じゃ二刻前に勝負始まってたんだろ?だったら、行ってもトンボ帰りだ。」

「なるほど。」

じゃあ行くかと、ナエちゃんを抱えたまま立ち上がる。この状態だと手が塞がるから、魔理沙が着いてきてくれるのは助かったな。

記憶を辿り、神社の奥へと進む。博麗神社の母屋とは違った、近代的な日本家屋がそこにある。

「変な形のドアノブだな。開けるぜ。」

幻想郷にはない横に長い形のノブを回し、魔理沙はドアを開けようとした。が、何かに引っかかり開かなかった。

「鍵が閉まってるな。相変わらず几帳面だ。」

「こんな場所なら誰も物盗りに来ないのになぁ。吹っ飛ばすぜ。」

あー待て待て、そんなことしたら住み辛くなるだろうが。鍵を探せ鍵を。

「場所が変わってないなら、多分そっちのパイプスペースの壁に掛かってるはずだ。」

「へー、『外』の家ってこうなってるんだな。よく分からんぜ。」

インフラが整ってなかったらほぼ無用の長物だからな。しょうがない。

「あったぜ。・・・しかし、何だかなぁ。」

発見した鍵でドアを開けながら、魔理沙は苦笑していた。何だよ。

「記憶のある優夢ってのは、何か奇妙だぜ。」

「そりゃ、今まで記憶なかったからな。」

それに慣れてるお前にとっちゃ、奇妙だろうさ。俺はしっくり来るがな。

既に自分達の持分の勝負を終えた俺達は、そんな軽口を叩き合いながら、東風谷家を久々に訪れた。





そしてしばらくだべりながら霊夢達の勝負の終わりを待っていると、少女――諏訪子が現れた。

話を聞いていると諏訪子もここの祭神らしく(失礼な発言を謝ったら「別にいい」と言われた)、信仰を失ったことで力を失い、四半年ぐらい眠っていたそうだ。

久々に目を覚ましたら、そこは慣れた土地ではなく幻想郷。そのことを知ると、八坂様の行いに憤慨した。

「大体ね、私ゃあっちの土地神だよ?土地神が何ほいほいと土地を離れてるのさ!」

「まあまあ、洩矢様。」

「『諏訪子』!!」

「・・・諏訪子、八坂様にも考えがあったんだって。今にして思えば、ナエちゃんが他の神社に宣戦布告したのだっておかしな話だし。」

あの子はそんな子じゃない。誰かを追い落として得るぐらいなら、むしろ与えるぐらいの性格なんだから。

ひょっとしたら、俺が見てない二年半の間に変化があったのかもしれないが、そこまで劇的には変化しないだろう。多分。

「あいつが謀略以外で動くわけないじゃない。そんなことは分かってるよ。そうじゃなくて、何で私に一言も断り入れないのさ!!」

「そりゃ、あんたが寝てたからに決まってるだろ。この寝ぼすけ。」

諏訪子の愚痴を聞いている間に、どうやら八坂様と霊夢の勝負も終わっていたようだ。二人は玄関の方から居間に入ってきた。

八坂様は霊夢に肩を借りていた。だが、霊夢の方も結構ボロボロだった。・・・凄いな、つまりあの霊夢に一撃を入れたってことだ。

勝負は霊夢の勝ちみたいだが、中々ギリギリの勝負だったみたいだな。任せて良かった、俺じゃ絶対に勝てん。

「霊夢、お疲れ。」

「本当に疲れたわよ。やっぱ優夢さんに任せておくべきだったわって巫女服どうしたのよ。答えなさい。」

言葉の途中で、霊夢は符を構えながら威圧してきた。ええい、こっちも疲れてんだから暴れるな。

「かくかくしかじかーの。」

「まるまるうーまうまってわけね。私もご飯。」

説明してやると、霊夢もまたあっさりと飯の要求をしてきた。人の家でも遠慮ないな、お前らは。

「私が寝てたんなら、何で起きるのを待たなかったのさ。」

「起きるまで待ってたら、あんたの自我が消滅するぐらい危険だったからだよ。そうやって起き上がれる程度になったんだ、感謝しなよ。」

理路整然と返され、唸り声を上げる諏訪子。古い神様だって言ってたけど、性格の方は見た目通りみたいだな。

勝手知ったる何とやら。記憶を頼りに調理器具やら何やら出して作った(流石にガス水道は通ってなかったが)炊き込みご飯を六人分盛って、居間に戻る。

俺もそろそろ腹が減ったし、ナエちゃんもいい加減起きる頃合だろ。

「しかし、やっぱりあんたは純だったんだねぇ。」

と、炊き込め飯を食おうとした俺に、八坂様からしみじみと声がかけられた。

「ご存知だったんですか。だったら、教えてくださればよかったのに。」

「気付いたのは、そっちの巫女からあんたの情報を聞かされてからさ。あの時点では「似てるな」としか思わなかったよ。」

まあ、性別すら違ったからなぁ。思えば遠くまで来たものだ・・・。

「あんたの経緯については、早苗が起きてからゆっくり聞かせてもらうさ。今はささやかな宴会と行こうじゃないか。」

「こっちじゃ大規模なのは無理ね。結局うちじゃないとダメか。」

「また妖怪が溜まる・・・」と霊夢はため息をついた。いいじゃないか、害はないんだし。



「う・・・ん。」

しばし談笑していると、ようやくナエちゃんが起きたようだ。ゆっくりと目を開ける。

「おはよう、ナエちゃん。」

「おはようございまふ、ジュン兄ちゃ・・・って、え!?」

寝起きではっきりしていなかった彼女は、声をかけてあげると一気に覚醒した。というかこっちが驚いた。

「ど、どうした?」

「え、いや、だ、だって、・・・そうだ。私、負けて・・・。」

記憶が混乱しているようだ。だが、徐々に思い出してきたか。

「・・・本当にジュン兄ちゃん、なんですよね・・・。」

「ああ。本当に俺だ。幽霊じゃないぞ。ほら、足。」

本物の俺であることを示してやると、ナエちゃんはまた目元を潤ませた。ああ、もう泣くなって。

「だって、だってもう会えないかもって、何度も思ったんだもん・・・。」

「よしよし、大丈夫だからな。こうしてちゃんと会えたんだから。」

泣きそうになるナエちゃんの頭を撫でてやる。しばしそうしてやると、ようやっと笑顔を見せてくれた。

「お久しぶりです、ジュン兄ちゃん。」

そして改めて、再会を喜ぶ言葉をくれた。

「・・・ふぅ、ん。」

霊夢が何故か背筋が寒くなる声を出した。・・・なんだ、俺は何か悪いことしたか?

「別に何でもないわよ、『ジュン兄ちゃん』。」

何でもないわけはないだろう。明らかに怒ってるだろ、お前。

尋ねても霊夢は「別に」しか返さなかった。

「くくく、色男は辛いな、優夢。」

八坂様と諏訪子、それから魔理沙は、何かニヤニヤしてるし。

本当に、一体何なんだよ。

「・・・さて、もう少し見ていたいところではあるが、早苗も起きたことだ。お互いの事情を話そうではないか。」

とりあえず、八坂様がこの空気を断ってくれた。感謝したかったが、最初の一言は余計だった。





***************





ジュン兄ちゃん――白鳥純さんと初めて出会ったのは、確か三、四歳ぐらいのときだったと思う。物心がついたのと大体同じ時期だったはずだから、私の記憶にはいつもジュン兄ちゃんの姿があった。

二年前の春。私が中学二年生になる頃からその姿はなくなった。正確には、その少し前から連絡が取りづらくなってたんだけど。

その頃から彼は幻想郷にいたということになる。私達や自分に関する全ての記憶を失って。

俄かには信じ難いことだけど、ジュン兄ちゃんが嘘を言うはずがない。実際、私を前にしても長い間気付かなかったんだから。

私は知りたかった。何が彼をそうしてしまったのか。私からジュン兄ちゃんを奪った原因は何だったのかを。

「それではまず、純。お前のことを話してくれ。何故お前がここにいて、何を経験したのかを。」

神奈子様が私の気持ちを代弁する。ジュン兄ちゃんはこくりと頷いた。

「じゃあ、俺が幻想入りしてからのことを順を追って話します。幻想入りした直後は、汎用的な知識以外は全て忘れて、何処かの森の中に倒れていました。」

ジュン兄ちゃんが語り出した内容を、私は一言一句聞き逃すまいと耳を傾けた。

「で、早速妖怪に襲われました。」

「ええ!?」

いくら何でも展開早過ぎるよ!?

「でもまあ何とか逃げ延びれて、命からがら博麗神社にたどり着きました。」

「最初は妖怪の捨てた粗大ごみかと思ったわね。黒いし、ボロボロだったし。」

幻想入りした彼を最初に発見した人間である霊夢さんは、当時を振り返った。ジュン兄ちゃんは苦笑してた。

・・・何だろう、この黒い気分は。

「そこで霊夢に事情を話して、『名無優夢』という仮の名前と居住場所をもらいました。」

あの名前をつけたのは彼女だったのね。通りで、名前に『夢』の字が入ってるわけだ。

「優夢が神社に居候し始めたちょうどその日に私が尋ねていって、弾幕ごっこを教えてやったんだぜ。」

「霊力の使い方の飲み込みが異様によかったけど、今にして考えれば、あんた達の影響ね。」

「恐らくはね。我等という強力な神の下で長い時間を過ごしたのだ、本人も知らぬうちに力が向上していたんだろう。」

そうなると、私と過ごした時間が彼を助けたことになる。ちょっと誇らしかった。

「霊力の使い方を覚えた俺は人里に行けるようになり、そこで職も持てた。あと『異変』――妖怪が起こす事件の解決の手伝いが出来るようになったと。ざっくり話せばこんな感じですね。」

細かな部分は長くなるので割愛と、ジュン兄ちゃんはまとめた。

きっと、この幻想が住まうという地で様々な経験をしてきたんだろう。だってジュン兄ちゃんはあれだけ強くなっていたんだから。

「何か質問などあれば、ご説明しますが。」

「ふむ。ではまず、最初我々の目の前に現れた時の姿を説明してもらおうか。」

・・・そういえば。再会の喜びが大きくてすっかり忘れてたけど、あのときジュン兄ちゃんは間違いなく女性だった。

あれは一体、何だったの?

「あー。紆余曲折を経て変化出来るようになったんです。こんな感じで。陰体変化。」

指を組み、何かの呪文とともに解くと、ジュン兄ちゃんは淡い光に包まれた。

それとともに左腕につけていた機械から何かが巻き付き、ジュン兄ちゃんの衣装が普段着から巫女のするものへと変わる。

その間にジュン兄ちゃんの体は変化を終えていた。男性の硬質な印象から、女性の柔らかなものへと。

「・・・ほう。見事なものだ。自分の意思一つで切り替えられるか。」

「本当は文字通りそうなんですが、暴発すると色々凹むのでパスワードつけてるんですよ。戻るときは同じようにして、陽体変化。」

今度はさっきと逆の変化。あっという間に、ジュン兄ちゃんは元の姿に戻っていた。

・・・結局、どういうことなの?

「何で出来るのかは俺も分かっていない。だけど、原因は分かってる。」

それって、どういう・・・?

「その様子では、だいぶ込み入った話になるようだね。良い。あとでまたそのための時間を設けよう。」

「ご理解いただけて感謝します。」

疑問は残ったけど、後で説明してくれるというのだから、私は口をつぐむことにした。

「それともう一つ。お前は何が元で幻想入りしたんだい?分かっていればで構わないが。」

神奈子様の問いに、ジュン兄ちゃんはちょっと呻いて動揺した。聞かれたくないことなのかな?

「えーと、まあ、何て言うか。・・・あんましナエちゃんには聞かせたくないんだけど。」

「構いません。教えてください。どうしてジュン兄ちゃんがここにいるのか。」

気まずげな視線を送る彼に、毅然と返した。大丈夫、どんな答えでも、私はジュン兄ちゃんを信じてるから。

真っ直ぐな視線を受けて、ジュン兄ちゃんはとうとう折れた。

「・・・どうしてその行動に至ったのかは思い出せないけど、ちょっと投身自殺をば。」



シンと、水を打ったように静まり返った。・・・今、何て。

私が言葉の意味を理解できない――したくないでいると、それでも神奈子様はジュン兄ちゃんを鋭く睨みつけた。

「何故。」

「今言った通り、思い出せません。ただ、何かに深く絶望していました。それで多分、衝動的に。」

「それが早苗を、それにあんたの両親も悲しませる行動と分かっていたのか。」

「分かっていたんでしょう。他人事みたいな言い方で申し訳ないんですが、実感はないんです。」

ただ淡々と、事実をありのままに彼は語った。そんな、そんなのって・・・。

「閻魔様にもお説教されましたよ。『今のあなたに言っても詮なきことですが、己を殺すことはこの世で最も愚かしい悪です』って。けど、『今の俺』の所業じゃないから、反省することも出来やしない。」

そう言ってジュン兄ちゃんが浮かべた表情は、苦笑だった。私は何と言えばいいか、言葉が見付からなかった。

「・・・次はそんな勝手をしないように、首輪でも付けておくかね。」

「それならご安心を。『今の俺』なら、少なくとも思い詰めることはありませんから。」

ジュン兄ちゃんの言葉に、何か違和感を感じた。だけどそれが何なのか分からなくて、流れる話題を止めることは出来なかった。

「もういいかしら。私はあんましこの話を聞きたくないのよ。」

「同感だね。では、私からの質問は以上だ。」

「じゃあ、今俺から話せることは以上です。次は」

「その前に、私が質問だぜ。」

白黒の魔女風な格好をした少女――確か霧雨魔理沙さんが、手を挙げて遮った。質問って、私達じゃなくてジュン兄ちゃんに?

「今更お前が俺に質問することなんてあるか?言っとくが、何歳までおねしょしてたかは覚えてないぞ。」

「それはそれで聞いてみたいが、そこじゃない。結局今のお前の歳はいくつなんだよ。」

ジュン兄ちゃん、彼女達に年齢話してなかったの?

「歳も思い出せなかったんだよ。えーっと、ナエちゃん今中学三年だっけ?」

「高校一年ですよ。学校辞めちゃいましたけど。この間誕生日が来ましたから、16歳です。」

「何だ、早苗は私達と同い年だったのか。」

「それにしても、この流れで割とどうでもいいこと聞くわね、魔理沙。まだ気になってたの?」

「いいじゃないか。お前だって気になるだろ?」

「愚問ね。」

結局、霊夢さんの方も気になってるみたいだった。

「えーっと、確か俺とナエちゃんが十二支ぴったり離れてるから、16に12足してーの。」

「・・・は?おいおい、そりゃ計算おかしいだろ。」

すぐに出来る計算だから頭の中で計算を終え、魔理沙さんは笑いながらジュン兄ちゃんの肩を叩いた。

どうやら、計算結果が信じられないらしい。けど。

「いえ、合ってますよ。行方不明になった当時が25歳で、それから二年半経ってますから。」

ちなみに、ジュン兄ちゃんの誕生日は私と同じなので、ちょうどぴったり12歳離れていることになる。

つまりジュン兄ちゃんの年齢は。

「おいおい、その顔で28は詐欺だろ・・・。」

「微妙に納得できるところが、また詐欺だわ。」

「んなこと言ったってなぁ。」

呆然とする二人に、ジュン兄ちゃんは困ったように頭を掻いた。澄子おばさまの息子さんですもんね。



いくつかの疑問は残ったけれど、これでジュン兄ちゃんの説明は一旦終わり。

今度は私達の目的を話す番となった。





***************





「私達が幻想入りした目的と言っても、そう複雑なことではない。『外』で得られなくなってしまった信仰を求めてだ。」

八坂様が話し始めた内容は、大方予想出来たものだった。勝負を始める前に「信仰」という言葉を口にしていたし、『外』の事情を鑑みれば想像はつく。

「純には説明するまでもないと思うが、最近の人間は信仰心というものが非常に薄い。それこそ、幻想を隔離しなければやっていけないほどにな。」

「なるほどね。幻想郷があるってことは、そもそもがそういうことになるってわけね。」

霊夢も魔理沙も、その理屈はすぐに理解出来たようだ。

「こっちならば、神がごく普通に存在出来る。だから我々は、最後の希望を求めてやってきたのさ。」

「『外』じゃ神が収穫祭に参加とかしないのか?」

「そもそも実体を持った神なんて見たことないな。八坂様と諏訪子のことだって、今日初めて知ったんだし。」

「私達は単に姿を隠してただけだけどね。今の世で神が姿を見せたら大事だろ?」

確かに騒ぎにはなりそうだけど、諏訪子なら大丈夫じゃないかな。最初ナエちゃんの妹かと思ったし。

「さっきから言おうと思っていたんだがな、純。私のことは神奈子でいい。諏訪子のことは名前で呼んでいるのに、不自然だろう。」

「え、いやしかし。」

「あんたが私を祀っているわけじゃない。だったら、構うほどのことでもないさ。」

「はあ、分かりました。」

何か神様って強引な人が多いなぁ。秋様もそうだったし。

神奈子様は話を続けた。

「信仰がなくなれば、我ら神は力が弱くなる。元々中央神話に括られている私ならそこまで致命的にはならなかったが、土着神である諏訪子が強く影響を受けてしまってね。」

諏訪子も言ってたな、四半期寝てたって。きっと、相当力が弱まってたんだろう。

「神族には死というものは存在しない。だが、弱くなれば自我が消滅する。己を失うことに恐怖を感じるのは、人も神も変わりないものさ。」

「個人差だと思うけどね。私は別に消えても構わなかったし。」

「そんなこと言わないでください、諏訪子様。」

諏訪子の滅多な発言を、ナエちゃんがたしなめる。しかし諏訪子は特に堪えた様子もない。

見た目最年少だけど、中身は相当枯れて・・・もとい、老成してるんだろうな。

「消えても構わなかったし、消えなくても構わなかった。だったら、結局消えない方に転がってるんだからそれでいいじゃない。」

「・・・全く、あんたは人の苦労も知らないで呑気ね。諏訪を統治してた時から何も変わってないんだから。」

諏訪子みたいなことを言う神奈子様に思わず噴き出しかける。それをグッと堪えた。

「とにかく、諏訪子がそんなだったから、私は幻想入りすることを決意したんだ。私が信仰を集めれば、諏訪子と共有出来る。実際、こっちに来たことで諏訪子もこれだけ回復したようだしね。」

「へーへー、感謝してますよーだ。」

その点に感謝をしていないわけではないらしく、口を尖らせながらも不機嫌そうではなかった。

「けど、それなら早苗まで連れてくる必要はなかったんじゃないの?高校通ってる最中だったんだし。」

「・・・私もそう言ったんだけどねぇ。」

「お二人を祀れない風祝なんて、空しいだけです。」

「こう言って聞かなかったのさ。全く、誰に似て頑固なんだか・・・。」

神奈子様はそう言って溜め息をついた。・・・まあ、責任の一旦を感じないでもないが。ナエちゃんの人格形成には、俺も割と関わってるからなぁ。

「まあ、大体の事情は分かったわ。でもそれなら、別にうちを脅迫する必要はなかったんじゃないの?」

食後のお茶を飲みながら、霊夢はナエちゃんをにらみつけた。俺も一言言いたかったんだが、霊夢の言葉で萎縮してしまっている。言いたいことは飲み込もう。

それに答えたのは、やはり神奈子様だった。

「ああ、それは私の指示だよ。『幻想郷の調停者である博麗の巫女に宣戦布告をしてこい』ってね。」

「・・・弁解するみたいで嫌なんですけど、私は反対したんです。人から奪った信仰で持つ神社なんて嫌だったから。」

どうやら、神奈子様が命令として下したことらしい。そうだったら、ナエちゃんはノーとは言えないよな。

「そうだね、もう計画は成就したんだ。そろそろ早苗にも全容を話してもいいね。」

話の流れに乗り、神奈子様は頷いて言った。どうやら、何を考えていたのかを教えてくれるらしい。

「実を言うと、博麗神社を手に入れるとかは、どうでも良かったんだ。霊夢、あんたさえ引きずり出せればね。」

そして衝撃的な事実をさらりと述べた。・・・ってマジか。俺の苦労を返せ。

「どういう意味よ。」

「そのためにはまず、何故私がこの場所を神社の立地に選んだのかを話さなければならないね。」

神奈子様は、今回の騒動の背景にあった全容を、順を追って話始めた。



「まず、この神社は山になければならない。それは私が風雨の神であり、山を御神体とするためなのさ。」

だから、妖怪の山に現れたのだと言った。幻想郷で一番の山と言ったら、確かにここだろう。

だが、そこで問題が起きた。これでは人間が参拝することは出来ないと。起こるべくして起こった問題だ。

「この時点で、人間からの早急な信仰は諦めたよ。集めようにも招けないんじゃ意味がない。」

「何処かで聞いたような話だな、霊夢。」

「うっさい。正月は集まってるからいいのよ。」

茶化す魔理沙に、霊夢はぶっきらぼうに返した。

「そこで私は発想を転換することにした。『ここは妖怪の山、ならばまずは妖怪からの信仰を得よう』と。」

なるほど、確かにそれは理に適っているかもしれない。だがその方法は別の問題が発生する。

妖怪から信仰心を得るってのは、生半可なことじゃない。うちに来てる妖怪連中を見りゃ分かることだが、あいつらは個が強いからな。

「その通り。妖怪は、神にすがるようなことはない。しかし信仰を集める方法はそれだけじゃないんだよ、純。」

「・・・なるほど、『畏れ』ですか。」

俺の返答に、神奈子様は頷いた。

畏敬の念は、確かに信仰と言える。そして妖怪から集めるならば、どちらかと言えばこちらの方が集めやすいだろう。

「私は早苗に、襲ってくる天狗達を決して調伏するなと言い含めておいた。噂が伝われば、『畏れ』は広まるからね。」

「あれはそういう意味だったんですね。」

ナエちゃんは、長い間の疑問がようやく解けたと、納得した顔をした。

「この方法は上手くいった。今までよりも信仰が集まるのが分かったよ。けど、諏訪子が目覚めるにはまだ足りなかった。決定的な何かが必要だったんだ。」

「そこで私の登場ってわけね。」

そういうことか。つまり霊夢は、言わば天狗達への広告塔だったんだ。

霊夢の強さは、幻想郷において知らない奴はまずいないだろう。その霊夢が、わざわざ出向いて鎮めに来たんだ。

そうすれば天狗達は、「あそこの神はそこまでの存在なのか」と慄くだろう。強烈なインパクトを与えることになる。

「上手く天狗の上層部にも私達の話が伝わって、信仰による豊かさを交換条件に場所を手に入れることも出来た。今回の作戦は、この上もなく大成功だよ。」

なんてこった。つまり、今回は最初から最後まで、俺達全員神奈子様の掌の上で踊ってたのか。

さすが軍神。

「ほんと、やってくれたわね。全然勝ったって気がしないわ。」

霊夢は珍しく、苦虫を噛み潰した表情だった。こいつらしくもなく、苦戦しての勝利だったみたいだしな。

「まあまあ、そんな顔するでないよ、博麗の。お詫びと言っちゃなんだが、あんたんとこの神社に合祀させてもらうからさ。」

「結局あんたの信仰が増えるだけじゃない。お断りよ。」

「確かにそうだが、それだけじゃない。我々が得た信仰も共有することになる。あんたにとっても、うまい部分はあるのさ。」

それを聞いて霊夢はちょっと心が動いたようだ。人心掌握上手いな。

「・・・分け前は8:2よ。」

「あんたのとこの分はそうするよ。それからこっちの分も半分共有する。これならいいだろう?」

「よろしくね、八坂様。」

あっさり決着がついてしまった。今回の苦労って何だったんだろうなぁ。

「あれ?神奈子様が博麗神社に合祀されるとして、諏訪子は?」

「あー、私はパス。神奈子と違って貪欲じゃないしね。」

『作戦』の話になってから我関せずでゲーム○ーイカラー(またレトロな)を始めていた諏訪子は、そっけない返事を返した。

「私からは以上だ。何か質問は?」

これで神奈子様の説明は終わりのようだ。まあ、粗方の状況は分かったな。

じゃあ、俺の聞きたいことは。

「今回の話と全く関係ないんですが、親父と母さんは元気にしてますか。」

故郷に残してきた両親のことだった。何も言わずに消えちゃったからな。心配してるんじゃないだろうか。

「そうだねぇ。最初の頃は見てるこっちが心配になるぐらいだったけど、最近じゃ適度に心配してる程度だよ。まあ、あんたもいい大人だしね。」

「ていうか、普通におっさんですよね。」

まさかアラサーだとは思わなかったが、妙に納得できてしまった。実際それだけの年月を思い出したわけだから、それもそうか。

「しかし、あまりにも予想外な年齢だったぜ。一磋よりも年上じゃないか。」

「誰ですか?」

「私の兄よ。血縁はないけどね。」

あ、そっか。そうなるよな。何か、急に奇妙な気分だ。

とにかく、両親には何とか無事を伝えたいところだ。・・・方法は追々考えるか。

「他に質問はないかい?」

神奈子様が再度問いかける。俺は・・・もうないな。十分に知った。

魔理沙は本来関係のないことだし、霊夢は基本的には無関心。これで終わりかな。

そう思っていた。





「それじゃ、一ついいかしら。」

けれど、珍しく霊夢が手を挙げた。そのことに、俺も魔理沙も驚いた。

神奈子様が頷くと、霊夢は告げた。

「幻想郷のこと、誰に聞いた・・・・・?」

鋭く、射抜くような視線で。そして俺は、今まで気付かなかったことに気付いた。

俺の名字が明らかになったのが、今年の春。それまで俺は、俺が何処の誰なのか、断片すらも思い出せなかった。

そして今日このとき、俺のことを知っている神社が幻想入りして来ている。

そんな『偶然』は、あるんだろうか?

「・・・流石に鋭いね、博麗の巫女。」

「ちょっと考えれば分かることよ。あまりにもタイミングが良すぎる。」

ナエちゃんは分からないようで、困惑した目を神奈子様と霊夢に向けた。その意味が分からなかったのは、彼女一人。

諏訪子は、いつの間にかゲームの電源を切っていた。魔理沙もまた、帽子を目深に被り小さく笑っていた。

「きっと、あんた達の方がよく知っている奴さ。そうだろう?」

『八雲』と。俺達のよく知る名を虚空に投げた。

ずっと覗き見ていたのか。あるいは、それは彼女の仕事として当然のことかもしれない。

居間の空間に亀裂が入った。ナエちゃんがビクっとしたが、それには構わず亀裂は口を開く。

「やっぱりあんたが裏で糸引いてやがったわね、紫。」

「失礼ね。今回は、そちらの方に助言をしたこと以外、何もしてませんわ。」

中から現れた一人一種族の妖怪――幻想郷の妖怪の賢者・八雲紫は、妖しく笑いながらそう答えた。

「そう、後は私が一人で考えたこと。あんたにはそれで十分だったんだろう、女狐め。」

「私は私で確認のために利用させていただきました。でもあなた達にも益のあったこと。利害は一致しているでしょう?」

「そう思うなら、何故純のことを話さなかった。あるいは、純にそのことを話さなかった。そうすれば、もっと簡単にことは済んだはずだ。」

――そうだよな。この人は調べてたんだ。だというのに、こんなに時間がかかって何も突き止められないわけがない。

紫さんは、俺の中の願いの一人でもある彼女は、やはり俺の予想通り。

「だって、その方が面白いでしょう?」

扇で口元を隠し、その言葉を告げた。



どうやら、ナエちゃんに、そして二人の神に、話すときが来たようだ。

俺が最早『白鳥純』という、『人間』ではないことを。





***************





八雲紫。私は奴から幻想郷への移住を勧められた。

ご丁寧にも早苗の留守中、諏訪子が寝込んでいるときの話だ。奴は守矢神社に、まるで普通の参拝客であるかのように訪れた。

私も、奴が人間ではないことを分かっていた。だから追い払うべく、実体を持って神社の前で対峙をした。

二・三言葉を交わして戦意がないことを知った。そして彼女が、元々『商談』を持ちかけにきたのだと。

奴の言葉は、こうだった。

『あなたが求める信仰心が手に入る場所がありますわよ。あなた達が来れば、私も益する。幻想郷はあなたを歓迎しますわ、八坂刀売命。』

最初その言葉の意味は、幻想の世界に私という強力な神を有すること自体が益であるのだと思った。だが、真実は違う。

奴がしたかった本当のことは、私を――いや、早苗を純に合わせて、彼が『白鳥純』であるかを確認させること。

そして、分かっていたんだろう。真実をありのままに話せば、私が断るであろうことを。

理由は簡単で当たり前の話だ。得体の知れない妖怪の話を無条件で信じるバカが何処にいる?

だから奴は最小限の情報のみを与え、目的を達した。真実、食えない女狐とはこういう奴のことを指す。

「あ、あなたは何者ですか!?」

突然現れた妖怪に、早苗は警戒を露にした。もっとも、警戒したのは早苗だけだったが。

いや、警戒ということなら私もしているか。隙を見せたら、いつ取って食われるかわかったもんじゃない。

「ナエちゃん、落ち着いて。俺達の知り合いだから。害は・・・あるかもしれないけど、敵意はない。」

「あなたもだいぶ言うようになったわね、優夢。それともこう呼んだ方がいいかしら。――白鳥純。」

「その通りだ。もう彼奴に仮の名はいらない。仮初の知人もな。」

奴が純の名を呼んだことに含めた意味など分かりきっている。だから、この胡散臭い妖怪とこれ以上関わる必要はない。

だが私の言葉に、八雲紫は何故か一層笑みを深くした。・・・何を企んでいる。

「彼に『名無優夢』を捨てることはできませんわ。初めは霊夢の思いつきに過ぎなかったかもしれなくても、もうその名は意味を持っていますもの。」

「本当の名よりも、か?ありえんことだよ。」

「ですが、もしありえるとしたら。あなたが思っているよりも、優夢にとっての二年半は大きなものだったとしたら。」

・・・何が言いたい。

「そちらのお嬢さんと純の仲は調べさせてもらいましたわ。確かに旧知の仲と言えるぐらい、深い知り合いですわね。けれどそれは、幼馴染の域を出ない。」

「二人は将来を約束していた。それが幼馴染の域だというのかい?」

「か、神奈子様!それは小さい頃のっ!!」

顔を真っ赤にして否定しようとする早苗を、諏訪子が抑えた。こういうことはこのぐらい誇張して言うべきだよ。得たいものを得るためには、ね。

私の言葉は、しかし八雲の表情を崩すには至らなかった。

「その程度ならよくある話ですわ。特に、歳の離れた男女にはね。」

言いながら奴は純を見た。それは単なる悪戯のような視線で、純は頭をかくだけだった。

「優夢がここで過ごした時間は、『外』ではありえないほど濃密な時間。単純な年数では比較出来ませんわ。」

「だからどうした。今後純としての時間を重ねていけば、程なく元の白鳥純になる。」

「初めに申し上げた通り、彼はもう『名無優夢』を捨てることは出来ないのですわ。あなた方の、そして彼自身の意志には関わりなくね。」

純の意志に、関わらず?わけがわからないね、そんなことがありえるのかい。

「変わってしまった彼を戻すことは、境界を操る私にも出来ないこと。それはきっと、同列であるあなた方にも不可能ですわ。」

同列、だと。私達――神と、人間である純が?どういう意味だ。

「彼はもう、戻れない。彼は――」

「その先は自分で言いますよ、紫さん。元からそのつもりでしたから。」

八雲の言葉を引き取り、純が言葉を紡いだ。・・・どうやら、先ほど一度伏せた話を、再び議題に持ち上げるときが来たようだ。

純の意志を、八雲は汲み取った。彼に頷きかけ、純の後ろの方に下がる。

「さっきも言った通り、俺が女になれたりする理由。何で出来るか――原理とかは分かりません。けど、それを成り立たせている基盤は、一年前の『異変』のときに分かりました。」

『異変』――妖怪が起こす事件のことだったか。純は語った。そのときに八雲と出会い、真実を得たと。

「八坂様は、『今の俺』に何か違和感を感じませんでしたか。以前と比べてで構いませんが。」

違和感・・・確かにある。純はこんなにも物分りが良かっただろうか。以前はもう少し、早苗のように頑固な部分があったはずだ。

幻想を経験したからということはあるかもしれないが、それでここまで変わるものだろうか。

それともう一つ。自殺云々の話のときに言っていたことが気にかかる。

「何故、『今のあんた』なら思い詰めることはないんだい。」

「受け入れるからです。悩みも、絶望も、何もかもを。」

私の問いに純は答えた。



このとき、私は初めて気付いた。

純の目は、元々は両目とも茶色だったのを覚えている。巌も澄子もそうだから、単純に遺伝すれば変わらないのは当然の結果だ。

今も、左の目は変わらない。人々に勇気を与える資質を持っていた、優しく強いまなざしは変わらない。

だが、右の目は。

「何もかもを、受け入れる?」

「何もかもを、受け入れるんです。それがたとえ悪しき思いでも。」

まるで永劫の闇のように、黒く淀んでいた。一切の光を映さぬように、まるで死者のように。

「人々のあまねく思う幻想を、受け入れて肯定する。それが幻想入りの瞬間に得た、俺の能力です。」

・・・そんな、バカな。それは、それではまるで。

膨大で、混沌として、私でも決して触れたくはないものだ。

だから、それは人の持つ能力ではない。私と同列、あるいはそれ以上の力を持つ者の能力かもしれない。

「・・・問うぞ、純――いや、『名無優夢』。貴様は一体、何だ。」

頬を伝う冷や汗を抑えられず、私は問うた。純の姿をした、幻想の存在へと。

そして彼は答えた。





「全人類が願った結晶。あるいは、願いそのもの。それが『今の俺』――名無優夢なんですよ。」

彼が、神すらも飲み込む可能性を持った、危険な存在であるということを。



その事実に、早苗は完全に硬直してしまっていた。・・・無理もない、やっと会えたと思った『兄』が、自殺の果てに得体の知れない何かに変わり果ててしまっていたんだから。

彼のあり方は、本来ならば神がするべき役割だ。もしくは、その『願い』を元に新たな神が生まれるべきだった。

少なくとも一人の人間に集まっていいものではない。――そして、私は原因に想像がついてしまった。

純が元々持っていた能力――発現こそしていなかったものの、資質としては持っていた能力は、「融和する能力」だった。

人の意志と意志の妥協点をつなぎ合わせ、連動させる能力。そして、『願いの結晶』の基盤としてはこれ以上もないほど適した能力だ。

しかし人間の力では世界中の願いを連結するなど、出来はしないだろう。普通ならば。

・・・早苗が純に現人神のことを打ち明けるとき、あの子が何をしたのか。私は知っている。ついこの間巌と澄子にやったのと同じことだ。

そのときに植えられた奇跡の種。そして、人の能力が最も発揮されるのは、死の瞬間に他ならない。

能力の発現、最大発揮と死の危機に瀕した彼に起きた奇跡。

結局は、それが彼を『願い』という存在に押し上げたのだ。

・・・私は、謝るべきなのだろうか。早苗の奇跡は、元を辿れば私の神徳。私にも責任の一旦があることを、否定できない。

純――いや、優夢はこともなげに言ったが、それは並大抵のことではない。たとえ本人がそう思わずとも、結果として多量の負担を彼に強いることとなった。

私達の望んだ結果ではないとは言え、彼は己の人生に終止符を打とうとしていたのにも関わらず、だ。

「思い出した俺は、確かに白鳥純です。だけど同時に、『願い』という存在であることも、否定はできないんです。」

「その観点から行けば、純はあくまで『願い』の一要素。だから、『名無優夢』という名を捨てるわけには行かないのですわ。」

たとえ霊夢が思いつきでつけた名前であれ、皮肉なほどに適した名前だった。名前も無い、万人にとって残酷なまでに優しい夢。

「・・・そんな。そんなのって、ないよ・・・。」

真実に打ちのめされて、早苗はポロポロと涙をこぼしていた。そんなこの子を、優夢は抱きしめた。

「ごめんな、ナエちゃん。こんなに変わっちまって。だけど俺は間違いなく、純でもあるから。」

「・・・ジュン兄ちゃん。ジュン、にいちゃん・・・!!」

『純でもある』。その言葉が、嫌に空しく聞こえた。早苗は純の胸に顔をうずめて、ただ泣くことしか出来なかった――。





「私がここに現れた理由は、この説明をするためともう一つ。」

重苦しい空気の中、八雲は話を続けた。やや疲弊した私は、特に気にも留めず先を促した。

「優夢。あなたが博麗神社に居候を始めた時の条件、覚えてるかしら。」

「・・・記憶が戻るまでの間、でしたね。」

「私は別にいつまで居ようと構わないわよ。優夢さんがいれば楽が出来るしね。」

そういえば、私が霊夢に勝とうとしていた理由は純を獲得することだったな。記憶が戻れば、純は神社を出るつもりだったようだ。

それなら労せずして彼を手に入れられることになるが・・・今それを口にする気分ではなかった。

「私もそれでいいと思うわ。今回優夢は『白鳥純』としての記憶は取り戻したけど、『願い』としての成長はない。まだ大結界の維持に影響はないわ。」

「なら、このまま神社残留か?おっと、これからは博麗か守矢かで区別しなきゃいけないのか。面倒だな。」

幻想郷の面々は、既に元通りだった。彼女らにとって、これは日常の些事でしかないということか。

優夢が過ごしたという二年半が余程濃密であったことをうかがわせた。

「けれど優夢、いえ、純はそうではないでしょう?」

「何から何までお見通しですか。全く、敵わない。」

「何よ、まさか優夢さん博麗神社を出て行くとか言う気?許さないわよ。」

「『居ようと構わない』んじゃなかったのか?」

どうやら、純には何か考えがあるらしい。私も黙って聞いていた。

「いや、神社を出るって決めてるわけじゃないけど。・・・やっぱり、両親に無事の報告ぐらいしておきたいからな。」

「博麗大結界を抜ける気?言っておくけど、正規のルートから出たら、もう二度と幻想郷には戻って来れないわよ。」

「!! そんなのダメです!!」

純にしがみついたままだった早苗は、彼の肩を掴んで叫んだ。『願い』となっても、早苗にとって彼が大切なことは変わりない。そのことに、少し救われた。

「ナエちゃん落ち着いて。そのために、紫さんは現れたんだから。」

「・・・え?それって、どういうことですか。」

「察しがいいわね、優夢。それでこそ私の一部をあげたかいがあるというものだわ。」

「奪われた気がしてならないんですが、それは置いておきましょう。」

八雲の発言が気になるな。後で問いただすことにしよう。

「簡単なことだよ。正規のルートがダメなら、裏ルートから出て行けばいい。」

「自己紹介がすっかり遅れてしまいましたけど、初めまして、現人神のお嬢さん。私は幻想郷の管理者。境界を操る妖怪、八雲紫ですわ。」

「境界を・・・?」

「まあ、スキマ経由なら何処にだって行けるでしょうね。そっちの新祭神様をそそのかしに行ったぐらいだし。そんなんで大丈夫なのかしら、大結界。」

そう。彼女だけは幻想郷の中と外を行き来出来る。彼女の手引きがあれば、一旦『外』に行って帰ってくることも、不可能ではないはずだ。

但しと、八雲は続けた。

「裏ルートですから、そんなにホイホイと使わせるわけにはいかないわ。一度だけ、行き来を許します。」

「つまり、選べということですね。」

挨拶を終えて幻想郷に戻ってくるか、そのまま『外』の暮らしに戻るのか。八雲が迫っている選択は、そういうこと。

純は悩んだ。彼にとっては、どちらも大切なことだろう。

「何も今すぐに決めろとは言いません。いつまででも待ちます。その代わり、決めたら行使は一度だけ。」

「分かりました。じっくり考えてみることにします。」

それで八雲の用件は終わりのようだ。空間に指を走らせ、虚空に亀裂を作り出した。ここに現れたときと同じように。

「期待しているわよ、優夢。そして純。あなたの選ぶ、第三の選択肢を。」

意味深なことを告げ、奴は闇の中へと消えていった。





「さて、と。」

八雲が消えると、純は立ち上がった。それに倣い、霊夢と魔理沙も立ち上がる。博麗神社に帰還するのか。

「帰っちゃうんですか?」

「うちに欠食童子と妖精二人、あと普通の人間一人を置いてきてるからな。ちょっと心配なんで。」

「荒らされてたらたまったもんじゃないわね。状況によってはもう一度『夢想天生』も辞さない所存よ。」

「お?神奈子との勝負では使ったのか。やるな、神奈子。」

「当然だろう。我は軍神ぞ?」

好戦的な瞳を向ける魔理沙にいつでもかかってこいと言い、私も立ち上がった。せめて、見送るぐらいはしないとね。

玄関まで出ると、外は日も落ちているため真っ暗だった。

そして三人は別れの挨拶を告げると、三人とも空を飛び去って行った。人が当たり前に空を飛ぶ、幻想郷ならではの光景だね。

「・・・大丈夫かい、早苗。」

「はい、神奈子様。色々ショックでしたけど、もう大丈夫です。」

私の問いかけに、早苗は少し疲れていたが、しっかりと返した。

「たとえ『願い』という存在に成ってしまったとしても、ジュン兄ちゃんはジュン兄ちゃんのままでした。・・・それに。」

早苗は純達が去って行った方を見て、笑った。

「霊夢さんも魔理沙さんも当たり前みたいにしているのに、ずっと一緒だった私が受け入れられないのは、かっこ悪いです。」

――・・・早苗。お前にはまた辛い思いをさせてしまった。現人神として生まれた以上避けられないのかもしれないが、せめてお前の笑顔だけは守りたい。

純を『願い』でなくすることは、恐らく私にも不可能だろう。だけど、きっとお前が幸せになれるよう、方法を考えよう。私に出来ることはそのぐらいだ。

「今回は失敗してしまったが、純自身が守矢神社に来ると言えば霊夢も止められまい。そうしたら、堂々と婚前交渉が出切るよ。」

「だ、だから神奈子様っ!私とジュン兄ちゃんはそういう関係じゃありません!!」

そうかい?小さい時は「ジュン兄ちゃんのお嫁さんに」とか言ってたのに。

「小さい時の話です!!今は・・・。」

「今は?」

「・・・と、とにかく!何でもないんですってば!!」

本音が駄々漏れている早苗に、私はカラカラと笑った。

そうだ。私達はここに希望を求めてやってきたのだ。暗い雰囲気は似合わない。

今すぐどうにかなるというわけではない。純のことは、今後じっくりと考えていけばいい。

とりあえず今は、この勝利の余韻を噛み締めよう。そう思うことにした。

「早苗ー。単三電池の備蓄ってまだあったっけ?」

いつの間にか話の輪から離れていた諏訪子が、小さなゲーム機を片手にこちらにやってきた。・・・あんたは、人がシリアスをやってるときに何してるんだい。

「重すぎんのよ。純が何か能力身に着けてたってだけの話で、細かいことはいいじゃん。そんなことより単三電池と炭酸飲料。」

「ごめんなさい、諏訪子様。炭酸飲料は幻想入りしてないんです。」

早苗の告げた真実に、諏訪子は地に膝をついて愕然とした。そんなにショックを受けることかい。

「ぬぅ・・・。こうなったら、純には何としてもあの女狐妖怪を倒して、炭酸飲料を持ってこさせてもらうしかないね。」

「そういう名目じゃないからね、言っとくけど。」

諏訪子のマイペースに呆れながら、暗い雰囲気を一層してくれた我が最大の友人に、最大の感謝を送った。





このときはまだ、予想だにしていなかった。諏訪子のこのどうでもいいような発言が、純の意志を決定する材料となることを。





+++この物語は、人たる幻想が新しい一歩を踏み出す前の、奇妙奇天烈な混沌としたお話+++



人、幻想、そして願い:白鳥純⊂名無優夢

名無優夢は彼の中にある願いの総体を指す言葉として、今後も残り続けるだろう。

しかし、彼は願いであると同時に白鳥純という人間でもある。その成り立ちは、彼の素質に依存しているものなのだから。

周囲にとって今回一番衝撃的だった事実は、その実年齢。外見年齢は高校時代から変わっていないので、軽く詐欺である。

能力:あまねく願いを肯定する程度の能力(融和する程度の能力から派生)

スペルカード:想符『1700万ゼノのブルーツ(笑)波』、思符『デカルトセオリー』など



真実を知った現人神:東風谷早苗

優夢の真実は相当ショックだったが、彼が紛れもなく白鳥純であるということを確信し、少しだけ吹っ切れた。

どうやら昔の約束は今の彼女にとってはだいぶ恥ずかしいことらしい。それでいて一途な想いを貫いていたりする。

彼女が純と出会ったのは、彼女が3歳、純が15歳のときの話。付き合っていたら割とクリミナル。

能力:奇跡を起こす程度の能力

スペルカード:秘術『忘却の祭儀』、大奇跡『八坂の神風』など



なおも企む戦の神:八坂神奈子

今回霊夢には負けたものの、純奪取を諦めたわけではない。霊夢に指摘されたことを受けて、少々彼に対する見方を改めた。

優夢の危険性は、話を聞いた瞬間に即座に理解できた。それはつまり、その有用性も理解できたということに他ならない。

普段の彼女ならそれを前面に押し出してもいいところだが、早苗に対する遠慮や純に対する罪悪感から、ちょっと自重している。

能力:乾を創造する程度の能力

スペルカード:奇祭『目処梃子乱舞』、『風神様の神徳』など



夢から覚めた土着神:洩矢諏訪子

ずっと寝てた。寝起きはZUN帽テイクオフ状態なので、今回はあの帽子はなかった。

神奈子に輪をかけたフランクというより、体裁とかをあまり気にしないタイプ。神として姿を表すことはなかったが、映画館やゲームショップで見かけられていたという。

レトロゲームをやっているのは、レトロ好きなのではなく新しいゲーム機を買う金がなかったから。本当はDSをやりたかったりする。

能力:坤を創造する程度の能力

スペルカード:なし(目覚めたばかりのため)



→To Be Continued...


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