憂楽帳

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憂楽帳:蠍座

 映画館のカラーが、まだはっきりしていたころの話。東京・日比谷なら大作は有楽座、文芸ものはみゆき座(ともに当時)といった色分けがあった。

 名画座も同じ。劇場の中央に大きな柱があった銀座並木座は日本映画ファンには懐かしい映画館。溝口健二や小津安二郎、熊井啓監督らの作品に触れられるまさに日本映画の学校だった。

 最も印象深いのは蠍(さそり)座(74年閉館)だ。新宿伊勢丹のはす向かいの地下にあった。入り口の階段を数段下りると、映写機が回る音が聞こえた。鉄製の重い扉を開けると、壁はコンクリートの打ちっ放し。数十人しか入らない狭い空間は薄暗く何とも怪しげで、大人の世界をのぞき見た感覚だった。ここで見た大島渚、寺山修司、増村保造監督らの映画はより自由で、実験的で、妖艶なものとして体に染みついた。

 今はシネコン(複合型映画館)全盛の時代だが、心に残る映画は見た映画館と一緒に記憶に残る。出会いの場所は、椅子の広さや背もたれといった快適な環境も大事だけれど、個性が失われるのはさみしい限りだ。【鈴木隆】

毎日新聞 2011年6月8日 12時36分

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