ペイシェント・ファースト(患者第一)とは、「病気を患うことで、すでに苦しんでいる患者に、治療過程でさらにつらい思いをさせてはいけない」という姿勢です。私が米国の病院に勤務していた時、知った言葉です。これは「何でも患者の言う通り」という意味ではありません。患者の視点を医療に生かし、患者と医療者の双方が納得できる形で治療を進めるための基本姿勢です。
医師の膨大な知識と技術力、経験が患者の命を救うことは大前提です。同時に、患者が自分の病気とどう付き合って生活をするのか、医師との知識のギャップをどのように埋め、患者なりに理解し、納得して治療を受けるのかが、医療に不可欠な要素です。
患者が前向きに治療に取り組むことは、治癒率に大きく影響すると言われます。患者が「医療のことは分からない」「バカな質問をしてもいいのだろうか」という気持ちを持つことは、万国共通です。患者が医師と同じ知識を持つ必要はありませんが、治療結果を引き受ける患者が納得し、前向きになることが治療の成否を握ります。
私は1995年から約5年、米メリーランド州ボルティモア市にあるジョンズ・ホプキンス病院国際部でペイシェント・アドボケート(患者支援相談員)として勤務しました。この相談員は、医療に患者の視点を入れ、医療者と患者の対話を促進することと、患者が治療を受ける過程で不安や苦情をためこまないように聞きとり、その結果を病院の改善や患者教育につなげる人材です。その後、米国でコミュニケーション学を学び、今は、日本の大学院で医療コミュニケーションを研究しながら、講演や研修などの活動をしています。
「ペイシェント・ファースト」という言葉を聞いた時は、「当たり前のこと」と思いましたが、医療現場では、その当たり前を患者も医療者もうっかり忘れていないでしょうか。患者の質問で「バカな」「恥ずかしい」ことはありません。病気や治療も自分の大切な人生の一部です。治療の選択や病と一緒に生きることを一生懸命悩みましょう。悩み抜いた先に不安な気持ちを克服し、病気を乗り切る活力が生まれます。(おかもと・さわこ=医療コミュニケーション研究者)
毎日新聞 2011年6月15日 東京朝刊