日本は相互信頼主義を根本とする家族国家です。 命をかけて戦った先人たちに感謝し、日本の素晴らしさを学び、語り、つたえよう。 当ブログはリンク・転載フリーです。

誇りを持て、日本人!

人気ブログランキング←はじめにクリックをお願いします。

日章旗


http://www.geocities.jp/ryokuin_seidan/img1/japan1_index.htm
↑のサイトからの前文転載です。

日本人必読です。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
■ククリックド・プラモード(タイ、元首相)

「日本のおかげでアジアの諸国はすべて独立した。
日本というお母さんは難産して母体をそこなったが、産まれた子供はすくすくと育っている。
今日、東南アジアの諸国民が米英と対等に話ができるのは、いったい誰のおかげであるのか。
それは身を殺して仁をなした日本というお母さんがあったためである。
十二月八日は、我々にこの重大な思想を示してくれたお母さんが一身を賭して重大決意をされた日である。
我々はこの日を忘れてはならない。」

( 十二月八日、現地の新聞「サイアム・ラット紙」において )



■ラグ・クリシュナン(インド、元大統領)

インドは当時、イギリスの不沈戦艦を沈めるなどということは想像もできなかった。
それを我々と同じ東洋人である日本が見事に撃沈もした。
驚きもしたが、この快挙によって東洋人でもやれるという気持ちが起きた。

(昭和44年「日本経済新聞」)



■ブン・トモ(インドネシア、元情報・宣伝相)

我々アジア・アフリカの有色民族は、ヨーロッパ人に対して何度となく独立戦争を試みたが、全部失敗した。
インドネシアの場合は、三百五十年間も失敗が続いた。
それなのに、日本軍が米・英・蘭・仏を我々の面前で徹底的に打ちのめしてくれた。
我々は白人の弱体と醜態ぶりをみて、アジア人全部が自信をもち、独立は近いと知った。
一度持った自信は決して崩壊しない。
日本が敗北したとき、
「これからの独立は自力で遂行しなければならない。独力でやれば五十年はかかる」と思っていたが、独立は意外にも早く勝ち取ることができた。



■ラダ・ビノード・パール(インド、極東国際軍事裁判判事・法学博士)

要するに彼ら(欧米諸国)は日本が侵略戦争を行ったということを歴史にとどめることによって、自分らのアジア侵略の正当性を誇示すると同時に、日本の一七年間(昭和3〜20年、東京裁判の審理期間)の一切を罪悪と烙印する事が目的であったにちがいない。

 ・・・・・ 

私は1928年から1945年までの一七年間の歴史を二年七ヶ月かかって調べた。
この中には、おそらく日本人の知らなかった問題もある。それを私は判決文の中に綴った。
その私の歴史を読めば、欧米こそ憎むべきアジア侵略の張本人であるということがわかるはずだ。

それなのに、あなた方は自分らの子弟に
「 日本は犯罪を犯したのだ 」
「 日本は侵略の暴挙を敢えてしたのだ 」を教えている。

満州事変から大東亜戦争にいたる真実の歴史を、どうか私の判決文を通して十分研究していただきたい。日本の子弟がゆがめられた罪悪感を背負って、卑屈、頽廃に流されていくのを私は平然として見過ごすわけにはゆかない。
あやまられた彼らの宣伝の欺瞞を払拭せよ。
あやまられた歴史は書き変えなければならない。

(昭和二十七年十一月五日、広島高等裁判所での講演)



■朴 鉄柱(韓国 平成二年一月逝去・六十八歳 、韓日文化研究所 昭和四十二年十月)

「ソウルから日本を眺めていると、日本が”心”という字に見える。北海道、本州、四国、九州と、心という字に並んでいるではないか。日本は万世一系の御皇室を頂き、歴史に断絶がない。それに対して韓国は、断絶につぐ断絶の歴史で涙なくしてみることはできない。」

「現在の日本の自信喪失は敗戦に起因しているが、そもそも大東亜戦争は決して日本から仕掛けたものではなかった。
平和的外交交渉によって事態を打開しようと最後まで取り組んだ。
それまで日本はアジアのホープであり、誇り高き民族であった。
最後はハル・ノートをつきつけられ、それを呑むことは屈辱を意味した。
『事態ここに至る。座して死を待つよりは、戦って死すべし』というのが、開戦時の心境であった。

それは日本の武士道の発露であった。
日本の武士道は、西欧の植民地勢力に捨て身の一撃を与えた。
それは大東亜戦争だけでなく、日露戦争もそうであった。
日露戦争と大東亜戦争ーこの二つの捨て身の戦争が歴史を転換し、アジア諸国民の独立をもたらした。この意義はいくら強調しても強調しすぎることはない。」

「大東亜戦争で日本は敗れたというが、敗けたのはむしろイギリスをはじめとする植民地を持った欧米諸国であった。
彼らはこの戦争によって植民地をすべて失ったではないか。
戦争に勝った敗けたかは、戦争目的を達成したかどうかによって決まる、というのはクラウゼヴィッツの戦争論である。
日本は戦闘に敗れて戦争目的を達成した。
日本こそ勝ったのであり、日本の戦争こそ、『聖なる戦争』であった。
ある人は敗戦によって日本の国土が破壊されたというが、こんなものはすぐに回復できたではないか。
二百数十万人の戦死者は確かに帰ってこないが、しかし彼らは英霊として靖国神社や護国神社に永遠に生きて、国民尊崇対象となるのである。」

( 昭和42年10月 )



■H・G・ウェルズ(イギリス、歴史学者)

「この大戦は植民地主義に終止符を打ち、白人と有色人種との平等をもたらし、世界連邦の礎石をおいた。」



■ジョージ・S・カナヘレ(アメリカ、ハワイ日本経済協議会事務局長・政治学博士)

日本占領軍がインドネシア民族主義のために行った種々の仕事の中で、最も重要なものの一つは、正規軍及び准軍事組織を創設して、それに訓練を与えた事である。

(中略)

インドネシア人が軍事訓練を受けたことの意義は極めて重要なものであった。
これが後のインドネシア革命軍の大部分の将校と何千の兵士となり、復帰してきたオランダ勢力と独立戦争を戦う際の基盤となった。

日本によって与えられたこのような機会がなかったならば、戦後のインドネシア民族革命の経過は違ったものになっていたであろう。



■バ・モウ(ビルマ元首相 独立宣言より)・・ビルマは現在のミャンマー

約五十年前ビルマは三回にわたる対英戦争の結果その独立を失えり、英国側はアジアに対する掠奪的野望を以て此等の戦争を遂行せり。
英国はさらにその伝統的陰謀賄賂及び想像し得るあらゆる詐欺及び術策の武器を使用せり。

 ・・・・・

ビルマ人は徐々に搾取され時の進むに従い総ての国民的実質、莫大なる物資的資源、機会、文化、言語、さらに遂にはその生活様式までも失い・・・愛国者は挺身的精神をもって鎮圧、入獄、流謫、拷問及びしばしば死そのものを甘受して突進して来れり、これらの英雄はビルマの生存のため苦難を受け遂には斃れたり。

ビルマ人はアジアを結合せしめアジアを救う指導者を待望しつつありしが遂にこれを大日本帝国に発見せり。

ビルマ人はこのビルマに対する最大の貢献に対する日本への感謝を永久に記録せんことを希望するものなり。

(一問に百答 日下公人 PHP研究所)



■モハマッド・ナチール (インドネシア元首相)

大東亜戦争というものは、本来ならば私たちインドネシア人が独立のために戦うべき戦争だったと思います。
もしあの時、私たちに軍事力があったなら、私たちが植民地主義者と戦ったでしょう。
大東亜戦争とはそういう戦いだったんです。



■アーノルド・J・トインビー(イギリス、歴史学者)

第二次大戦において、日本人は日本のためというよりも、むしろ戦争によって利益を得た国々のために、偉大なる歴史を残したと言わねばならない。

その国々とは、日本の掲げた短命な理想であった大東亜共栄圏に含まれていた国々である。
日本人が歴史上に残した業績の意義は、西洋人以外の人類の面前において、アジアとアフリカを支配してきた西洋人が、過去二百年の間に考えられていたような、不敗の半神でないことを明らかに示した点にある。

(1965年十月二十八日、英紙「オブザーバー」)


英国最新最良の戦艦2隻が日本空軍によって撃沈されたことは、特別にセンセーションを巻き起こす出来事であった。
それはまた永続的な重要性を持つ出来事でもあった。
なぜなら1840年のアヘン戦争以来、東アジアにおける英国の力は、この地域における西洋全体の支配を象徴していたからである。
1941年、日本はすべての非西洋国民に対し、西洋は無敵でないことを決定的に示した。
この啓示がアジア人の志気に及ぼした恒久的な影響は、1967年のベトナムに明らかである。

(昭和43年三月二十二日「毎日新聞」)




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 日本の敗戦から20年あまり後・・・ 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

日本は早くも奇跡的な復興を遂げます。

明治維新以来、奇跡的な急成長を遂げてきた大日本帝国。
その国力は、敗戦でも衰えることがありませんでした。
敗戦により、急成長のスピードが一時的に少し低下したものの、日本の国力は健在でした。
そして、日本復活を告げるイベントが催されました。
戦前開催できなかった、東京オリンピック です。

その後間もなく、日本復活と歩調をあわせるかのように、東南アジアで、東南アジア諸国連合 (ASEAN) が結成 されました。

下は 東南アジア諸国連合 のロゴマークと旗です。

東南アジア諸国連合のロゴマークと旗

        
旗の縦横の比率は日本の国旗と同じです。 
また、四角と丸の比率も日本の国旗と同じです。
偶然ではまずありえないでしょう。

ASEAN のロゴマークは 赤い丸に白い縁取り です。
こういうマークは殆ど見かけません。

私の知っている範囲では、戦前から今日に至るまで、赤い丸に白い縁取り というデザインで
知名度のあるマークといえば、ただ1つです。

赤い丸に白い縁取り
   

このロゴマークと旗は、東南アジアの国々から日本へのメッセージだったのだと思います。
一体何のメッセージだったのでしょうか?
考えてみてください。

ASEAN HP   http://www.aseansec.org/  
ASEANの旗  http://www.aseansec.org/7095.htm#ASEAN
ASEANのロゴ http://www.aseansec.org/7095.htm


東南アジアには もうひとつの日本があります。
多くの仲間がいます。
日本人はこのことを知っておかなければならないと思います。


========================================

◆ダグラス・マッカーサー(アメリカ、日本占領連合軍最高司令官・元帥)

日本の潜在労働者は、量においても質においても、私がこれまで知っている中の最も立派なものの一つである。
しかし、彼らは労働力はあっても生産の基礎素材を持たない。
日本には蚕のほかに取りたてていうべきものは何もないのだ。

日本人は、もし原材料供給が断たれたら(経済封鎖されたら)一千万から一千二百万が失業するのではないかと恐れていた。
それ故に、日本が第二次世界大戦に赴いた目的は、そのほとんどが、安全保障のためであった。

(1951年5月3日米上院の軍事外交合同委員会の聴聞会における発言)



◆ハミルトン・フィッシュ(政治家「悲劇的欺瞞」(TragicDeception1983))

ルーズベルト大統領は、その絶大な権力を使って遂に米国を日本との戦争に巻き込むことに成功した。
そのことは、米国を欧州における戦争に参戦させるという彼の最終的な目的を達成させた。



◆ジョイス・C・レブラ女史(アメリカ、コロラド大学歴史学部教授)

大東亜戦争下、アジア諸国に進駐して行った日本軍政の最大の特徴の一つは、各国の青年を教育し、組織し、独立精神を振起した点にある。
その遺産は戦後も様々な形で生き続けている。

日本の敗戦、それはもちろん東南アジア全域の独立運動には決定的な意味を持っていた。
今や真の独立が確固とした可能性となると同時に、西洋の植民地支配の復活も、許してはならないもう一つの可能性として浮かび上がってきたのである。

民族主義者は、日本占領期間中に(日本軍により)身につけた自信、軍事訓練、政治能力を総動員して、西洋の植民地復帰に対抗した。
そして、日本による占領下で、民族主義、独立要求はもはや引き返せないところまで進んでしまったということをイギリス、オランダは戦後になって思い知ることになるのである。

(中略)

さらに日本は独立運動を力づけ、民族主義者に武器を与えた。
日本軍敗走の跡には、二度と外国支配は許すまいという自信と、その自信を裏付ける手段とが残ったのである。
東南アジアの人間は今や武器を手にし、訓練を積んでおり、政治力、組織力を身につけ、独立を求める牢固たる意志に支えられていた。

(「東南アジアの開放と日本の遺産」秀英書房、256〜7ページ)



◆ロスロップ・スタッタード(アメリカ、歴史学者)

すでに四百年の間、連続的勝利によって、白人は本能的に自己の膨張は無限に継続するものと信ずるに至った。
1904年の日露戦争以前には、自己の膨張が停止するというような思想は白人千人中の一人にも考えがおよばなかった。
(中略)
1900年は、四百年間みなぎりきった白人潮勢の頂点であった。
白人はその時、威名と実力の頂上に達したのである。

その後わずか四年にして日本は猛然起って露国に抗し、旅順港に巨砲弾を浴びせて世界を驚かした。
その刹那に白人の退潮が始まった。

(長瀬鳳輔訳『有色人種の勃興』政教社、147,151頁)



◆グラバイ・デサイ(インド、インド弁護士会会長・法学博士)

このたびの日本の敗戦は真に痛ましく、心から同情申し上げる。
しかし、一旦の勝負の如きは必ずしも失望落胆するに当たらない。
殊に優秀な貴国国民においておやである。

私は日本が十年以内にアジアの大国として再び復興繁栄する事を確信する。

インドは程なく独立する。
その独立の契機を与えたのは日本である。
インドの独立は日本のお陰で三十年早まった。

これはインドだけではない。
インドネシア、ベトナムをはじめ東南アジア諸民族すべて共通である。
インド四億の国民は深くこれを銘記している。

インド国民は日本の国民の復興にあらゆる協力を惜しまないであろう。
他の東亜諸民族も同様である。

(1946年デリーの軍事裁判に参考人として召還された藤原岩市F機関長に対する挨拶)



◆ジャワハルラル・ネルー(インド、独立後の初代インド首相)

チャンドラ・ボーズが日本と協力してつくったインド国民軍《INA》の裁判で、弁護士として法廷に立ち
「これら立派な若者達の主たる動機は、インド解放への愛情であった・・・彼らの日本との協力は、インド解放を促進するための手段であった。余はチャンドラ・ボーズ氏の独立への情熱を疑わない」と述べた。

(貝塚茂樹編『民族解放の星』講談社、253〜4頁)



◆アリフィン・ベイ(インドネシア、ナショナル大学日本研究センター所長・政治学博士)

日本に占領された国々にとって、第二次世界大戦とは、ある面では日本の軍事的南進という形をとり、他面では近代化した日本の精神的、技術的面との出会いであった。

日本が戦争に負けて日本の軍隊が引き上げた後、アジアに残っていたのは外ならぬ日本の精神的、技術的遺産であった。

この遺産が第二次大戦後に新しく起こった東南アジアの民族独立運動にとって、どれだけ多くの貢献をしたかを認めなければならない。
日本が敗戦国になったとはいえ、その精神的遺産は、アジア諸国に高く評価されているのである。

その一つに、東南アジアの教育に与えた影響があげられる。
 (中略)

(日本は)目標達成のためにどれほど必死にやらなければならないかということを我々に教えたのであった。
この必死の訓練が、後のインドネシア独立戦争の時に役立ったのである。

(「魂を失った日本」未央社、57〜65ページ)



◆ガザリー・シャフェー(マレーシア、元外相、アセアン創設によりハマーシェルド賞受賞)

日本の某代議士の「過ぐる大戦において、わが国は貴国に対しご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」という挨拶に対して、

「どうしてそういう挨拶をなさるのですか。あの大戦で日本はよくやったではないですか。マレー人と同じ小さな躰の日本人が、大きなイギリス人を追い払ったではありませんか。その結果、マレーシアは独立できたのです。大東亜戦争なくしては、マレーシア人もシンガポールも、その他の東南アジア諸国の独立も考えられないんですよ」

さらに続けて、玉井顕治、名越二荒之助、中島慎三郎の三氏に対していわく。
「私は威張る人も、ぺこぺこする人も嫌いです。日本はもっと大きくアジアに眼を開いてください。現在、日本は南方の発展途上国に対する援助額はダントツです。押しも押されぬアジアの経済大国ではありませんか。

『ルック・イースト』『日本に学べ』という呼びかけは、シンガポールやマレーシアだけではありません。
口に出しては言わないけれど、アジアの国々のこれは本音なんですよ。
かって反日感情の強かった国々にも、次第に親日感情が起こりつつあります。

そうしたなかにあって、日本は欧米にばかり目を向けず、アジアに対して責任を持つ国になって欲しいのです。日本はかつてアジアに対して責任を感じ、そのために、戦争であれだけの犠牲を払ったのです。

この尊い戦争の遺産を否定することは、バックミラーばかり見ているようなものです。
自動車は前を見て運転しなければ、進路を間違えますよ」

(昭和六十三年七月十九日、於赤坂プリンスホテル)



◆朱 耀翰 {韓国 元国会議員 ゴーマニズム宣言第六巻p232}

「アメリカ大統領ルーズベルト君、君は口を開けば必ず正義と人道を唱えるが、パリ講和条約の序文に人種差別撤廃文案を挿入しようとしたときこれに反対し削除したのはどこの国だ?

黒人と東洋人を差別待遇して同じ席にも着かせずアフリカ大陸で奴隷狩りをしたのはどこの国であったか?

しかし君らの悪運はもはや尽きた。一億同胞なかんずく半島の二千四百万は渾然一体となって大東亜聖戦勇士とならんことを誓っている!」



◆ニミッツ元帥(アメリカ 太平洋艦隊司令長官)

この島を訪れるもろもろの国の旅人達よ。故郷に帰ったら伝えてくれよ。
この島を守るために、日本軍人は全員玉砕して果てた。その壮絶極まる勇気と祖国を想う心根を!



◆スリム中将(イギリス第十四軍司令官)

 たたかれ、弱められ、疲れても自身を脱出させる目的でなく本来の攻撃の目的を以て、かかる猛烈な攻撃を行った日本の第三十三師団の如きは、史上にその例を殆ど見ないであろう。

(「敗北から勝利へ」)

 かくの如き望みのない目的を追求する軍事上の分別を何と考えようとも、この企図を行った日本軍人の最高の勇気と大胆不敵さは疑う余地がない。
私は彼等に比肩し得べき如何なる陸軍も知らない。

(同書)



◆蒋介石

\ラモウ・騰越を死守しある日本軍人精神は、東洋民族の誇りたるを学び、範として我が国軍の名誉を失墜せざらんことを望む



◆ベルナール・ミロー(フランス ジャーナリスト)

 これら日本の英雄達は、この世界に純粋性の偉大さというものについて教訓を与えてくれた。彼らは1000年の遠い過去から今日に、人間の偉大さというすでに忘れ去られてしまったことの使命を、とり出して見せつけてくれたのである。

(『神風』)



********************

引用・参考文献 『「世界から見た大東亜戦争」名越二荒之助編、展転社』
おまけ・終戦直後の新聞記事より

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
国体を護持し得るか否かは、片々たる敵の保証(ポツダム宣言)にかかるのではなく、実に日本国民の魂の持ち方如何にかかる。

特攻魂に端的に現れた七生報国の烈々たる気魄は、我々がこれを祖先よりうけついだものであるが、これは永劫に子孫に伝えねばならぬ。

日本国民が果たしていつの日に再生し得るかは、一に日本国民の魂がこの試によっていかに鍛えられるかによってきまるのである。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 ↓クリックを↓
人気ブログランキング

日本がアジアに残した功績 FLASH


日本の心を伝える会 日心会
コメント
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する
おススメ記事
日心会メールマガジン

≪おススメ記事≫
世界に誇る縄文文化
航空戦艦伊勢と日向の物語
赤トンボの戦い
緑の連隊長
小麦のお話
大豆と満洲のお話
セントルイスブルース
あんぱん誕生
幸せの黄色い道
通州事件2
奉天駅前事件
真岡郵便電信局事件と九人の乙女たち
■満州従軍看護婦実話
(1)集団自決
(2)南新京駅
(3)青葉慈蔵尊
インパール作戦とパル判事
真の近現代史観
なりあき少年物語
インドのジャンヌ・ダルク
大国主は日本最初のイジメ被害者だった

≪元気の出る人物伝≫
ヤマハさんと河合さん
なにくそ! 早川徳次
社員は家族だ 出光佐三
死なない男・鈴木貫太郎
昭和の巌流島決戦 国井善弥
岩崎弥太郎と竜馬伝
稲むらの火 浜口儀兵衛
楠木正成と七生報国
大山巌 西郷の再来といわれた男
明治の貴婦人 大山捨松
津田梅子
クーデンホーフ光子
武士の娘
緒方貞子
愛する人とともに 山本権兵衛
昭和恐慌と高橋財政
ご皇室からお嫁に 嵯峨浩
東大総長を三度勤めた山川健次郎
金原明善 明治の気骨
和井内貞行 十和田湖のヒメマス
ダショー西岡の貢献
鳴門の第九 松江豊寿大佐
警神・増田敬太郎巡査
沖縄の舞天さん
日本の建築美
友情が生んだ隠岐連絡船
岡藤五郎先生
スエズ運河を造った男たち
チャンドラ・ボーズ
世のために生きる 田島道治
自転車で転んで農機具発明 佐藤忠次郎
二千人の命を守った警部 廣枝音右衛門
日本こそアジアの盟主 山鹿素行
実在した怪傑ハリマオー
日本を救った古代の英雄 大伴部博麻
西郷頼母と姿三四郎
会津藩の二人の女性 中野竹子と瓜生岩子
古くて新しい中江藤樹郎
身を投げ出して乗客の命を救った車掌 鬼塚道雄
新手一生 升田幸三
男の生きざま 山下太郎
老農と呼ばれた男 石川理紀之助
宮古湾海戦と甲賀源吾
不自惜身命 小原竹五郎と江崎邦助
白虎隊と歴史への姿勢
滅んでも勝つ 山川大蔵
良心を生きた人生 新島襄
天祐ハ常ニ道ヲ正シテ待ツベシ 長瀬富郎
ライト兄弟より早く飛行機を飛ばした日本人 二宮忠八
一死をもって責任を貫く 石黒小右衛門
滅んでも勝つ 山川大蔵
へりで救出された1200頭の牛の物語
38年間無報酬で働いた村長 鎌田三之助
石門心学と石田梅岩
竹カゴとカーボンナノチューブ 飯島澄男博士
乾電池の挑戦、屋井先蔵
なりあき少年物語
光秀と天海僧正
岩崎弥太郎と竜馬伝
世界に先駆けた外科手術 佐藤泰然
タイの近代法の父 政尾藤吉
インドネシアとともに 三浦襄
名越二荒之助先生
千葉惣左エ門と伊達藩の名裁き
もうひとつの赤穂浪士 矢頭右衛門七
幸せの黄色い道 三宅精一
戦うということ 松本英子と田中正造
雷電爲右エ門と浦風親方造
私心を捨てて 野中兼山
世界最長484日の漂流 督乗丸と小栗重吉
坂田三吉と関根金次郎
身を犠牲にしてレントゲン撮影に革命をもたらした林信雄医学博士
生涯の夢を乗せて 白瀬矗
大村藩の新精隊 渡辺清
悲しみの山河を越えて 石井筆子
万次郎上陸
名を残す 片平観平
あんぱん誕生
だけれども僕はやる 中田厚仁
義に生きる 山田方谷
日本初の小学校女性教師 黒沢登幾
アドレナリン 高峰譲吉
猿とみなされながら世界一の大数学者に 高木貞治
命に代えて 福井文右衛門
教育に捧げた生涯 井口阿くり
朝鮮半島の再建 目賀田種太郎
シンディー・ローパー
マッカーサーを心服させた昭和天皇
どこまでも謙虚に 細井平洲
石巻の「青い目のおなご先生」

≪日本の心≫
大和心とポーランド孤児
たおやかに やまとなでしこ 咲きにけり
トルコ軍艦エルトゥールル号遭難事件
キャプテン翼大作戦
チリひとつなかった江戸日本
ギリシャ神話と日本の心
ニホンミツバチの勇気ある行動
いくつかの主張
公のために働いた武士
「日の丸」
国旗の由来と掲揚
「君が代」
「靖国」
「教育勅語(1)」
「教育勅語(2)」
「軍人勅諭」
「八紘一宇」
八紘一宇の塔
「蛍の光 仰げば尊し」
海軍兵学校「五省」
日本人の誇り
ご皇室は日本の宝
幼年時代の昭和天皇
戸籍について考える
人間を矮小化してはならない
飴を買う幽霊
シコロの木
戦艦三笠を守れ
リンゴの心
日本美の再発見・ブルーノ・タウト
見沼通船堀
ウズベキスタンの日本人
世界に誇る日本の交番
イザベラ・バードの日中韓紀行
弁慶の勧進帳
子守りをする少女 エドワードモース
悪代官のお話
有森裕子選手と日本武道
静御前の舞
大理の日本四僧塔
ウガンダの高校生を変えた日本の躾
救出された1200頭の牛
海上自衛隊・海賊船対処
日本の水を守ろう
赤穂浪士の真実
日本は一国一文化
日本刀と鉄砲伝来
貧農史観というウソ
特攻と日本武士道・・・笹森順造
元航空自衛隊宇都隆史参議院議員の演説
靴磨きの少年
赤穂浪士と山鹿流
江戸からくり人形と雇用のお話
小石川養生所
桃太郎とイザナギ、イザナミ
大国主は日本最初のイジメ被害者だった
中越沖地震で分かった日本人の美徳
美意識と日本的価値観 加瀬英明先生
日本建国の理想は「家族国家」
日本建国の理念に帰ろう
すぎやまこういち先生の御講演

≪帝国軍人≫
ランボーは日本人だった!舩坂弘軍曹
緑の連隊長 吉松喜三大佐
義烈空挺隊を忘れるな 奥山道郎
海戦史を塗り替えた男・吉川潔
軍神・広瀬武夫中佐
言葉の重み 大西瀧治郎中将
佐久間勉艦長
陸軍大将今村均
本当の日中友好 吉田保男憲兵曹長
敵さえも味方にしてしまった草鹿任一海軍中将
442部隊に学ぶ
小灘利春元海軍大尉の遺稿
渡邊美光上等飛行兵曹の遺稿
重き荷を背負いて 玉井浅一
六十年の時を経て届いた手紙 長田和美中尉
勝利の要諦は至誠と愛情と情熱 藤原岩市陸軍中佐
不屈の精神とユーモア 高崎弥生さん
名将、山口多聞
単騎シベリア横断 福島安正
人情と情けの人 小園安名大佐
戦時下のノーヒトノーラン 石丸進一
愛のかたち 快心隊隊長藤井一少佐
歴史から学ぶべきこと 広瀬武夫中佐
人情と情けの人 小園安名大佐
プロ野球の特攻隊員 石丸進一
水雷屋気質 佐藤康夫中将
ひとりでも闘う 小野田寛郎
桜花と野中五郎大佐
最後の特攻 中津留達雄大尉
大空の武士 檜貝嚢治
沖縄戦で米軍を苦しめた参謀 八原博通大佐
バックナー中将と石原正一郎大尉
慶良間の空に散る…伊舎堂用久大尉
命をかけて守る 荒井退造
会ひたい無性に 穴沢利夫大尉
東条英機閣下の遺書
最後の海軍大将 井上成美
清廉至誠の武人 伊東祐亨
日本人という生き方 醍醐忠重海軍中将

≪大東亜戦争≫
ちいさくても強いサムライ
硫黄島の星条旗と日章旗
硫黄島の日章旗
花嫁人形
開戦の詔勅と終戦の詔勅
大東亜戦争に勝利した日本
日本に手を出した国は、必ず滅びる
大義のために戦った日本
12月8日を記憶せよ
大東亜戦争に関する各国の評価
日本の再生こそ世界を救ふ
公正な世界を目指して戦った日本
日本兵の手紙
玉砕までして戦った理由
英霊たちが守ろうとしたかけがえのないもの
ハーグ陸戦条約
植民地支配への戦い
腰の軍刀は竹光か
バシ―海峡の慰霊
戦没者の遺書
インパール作戦とパル判事
五族協和を目指した満洲国
南京の攻防
体験的歴史の真実
B−29との戦い
サンフランシスコ条約と日本
伊58潜水艦と原爆のお話
駆逐艦「雪風」の幸運
ケネディと駆逐艦「天霧」
終戦記念日における政府談話、日心会草案
広島市平和記念式典で読まれない もう一つの平和宣言
白梅の少女たち
特攻とテロリズム
三ヶ根山殉国七士廟
真の近現代史観
塹壕で母は生まれた
勝てた戦争
特攻隊員の思い
橋の上のホラティウス
張作霖と満州のお話
インパール作戦とパル判事
インパール作戦 続き
■満州従軍看護婦実話
(1)集団自決
(2)南新京駅
(3)青葉慈蔵尊
小町園の悲劇

≪戦記≫
パラオ・ペリュリュー島の戦い
エクゼターとエンカウンター
義和団事件とコロネル・シバ
アロハ・オエ
アッツ島の戦い
グアム島の戦い
タラワ・マキンの戦い
拉孟の戦い
騰越の戦い
占守島の戦い(1)
占守島の戦い(2)
回天の志
回天・後日談
マレー沖海戦と戦艦大和
勇敢で高潔で誰からも好かれた日本軍人
三宮事件
日清戦争
日露戦争 亡くなられた方の気持ち
日露戦争の勝利はアジアの偉大な救い
日本軍の蛮行 デビンティンギ事件
戦争の体験談
第二次上海事変
■南京攻城戦
(1)南京戦まで
(2)城内突入
(3)城内敗残兵掃討
(4)国際安全区内敗残兵掃討
石頭予備士官候補生の戦い
沖縄の二人の知事 泉守紀と島田叡
セヴァストポリの戦いと旅順要塞戦
天誅組に学ぶ、尊王攘華、尊王攘韓
セヴァストポリの戦いと旅順要塞戦
サイパンの玉砕戦(1)
サイパンの玉砕戦(2)
アンガウルの戦い
キスカ島撤退作戦
赤トンボの戦い
通州事件1
通州事件2
尼港事件
斉南事件
奉天駅前事件
通化事件に学ぶ国を失うことの過酷
真岡郵便電信局事件と九人の乙女たち
ノモンハン事件
盧溝橋事件
リットン調査団
重慶空爆
満洲国開拓団の殉難
沖縄の集団自殺の虚構
小野田寛郎さんが語る従軍慰安婦
南京大虐殺というデタラメ
慶長の爆弾三烈士
北条時宗と元寇
大津事件
天狗党の乱
天誅組に学ぶ、尊王攘華、尊王攘韓
刀伊の入寇と竹島
旅順要塞陥落
航空戦艦伊勢と日向の物語
久松五勇士
日清戦争のお話

≪台湾≫
台湾2・28事件
日本の台湾統治
日本の台湾統治の真実
台湾・高砂義勇隊
日本人はとても素敵だった
カナダからの手紙
元日本人の歩んだ道〜蔡焜燦

≪支那≫
支那人の残虐性
支那人の“避諱”観念と虚言
支那「日本支配工作要領」
相手が弱いとみるやつけこむ民族
支那に支配された国の実情
「日本は唯一の被爆国」に隠された嘘
支那の盗掘
カネを吸い取られ続ける日本企業
ロシアも怒る支那のパクリ
支那・文化大革命の恐怖
女真族と満洲の話
いまなお続く法輪功弾圧
停車場
カナダの悲劇 中国移民に占拠されたバンクーバー
支那人による日本買占めの恐怖
支那・国防動員法
支那の粉ミルク
恐怖の外国人永住者
華僑と植民地統治について
支那の中国漁船問題に思う
清き国、日本
中国人の語る中華思想
中華民族琉球特別自治区設立を許すな

≪朝鮮半島≫
韓国建国の英雄
韓国保守派の嘆きと憤慨
誇り高く生きる 洪思翊中将
李氏朝鮮の時代(1)
李氏朝鮮の時代(2)
閔妃殺害事件
李氏朝鮮時代の刑罰
在日朝鮮人
関東大震災の記憶
朝鮮進駐軍の非道を忘れるな
「警戒」を「差別」とすり替える在日朝鮮人
従軍慰安婦問題
在日コリアンたちの本音
犯罪をしたら日本人になりすませ
民団の驚くべき活動
ダライラマの法話で見た韓国人の民度の低さ
下半身裸で水死する脱北女性たち

≪その他の国≫
アンコール遺跡とカンボジア
ビルマの近代史
アフガンの地雷
二つのアメリカ
ハバロフスク事件顛末(1)
ハバロフスク事件顛末(2)
ハバロフスク事件顛末(3)
シベリアのトイレ
ウクライナ物語
地上の楽園のウソ
インカ帝国の滅亡
マサダ砦の戦いと尖閣問題
インドのジャンヌ・ダルク
セントルイスブルース
ガンデンポタン

≪憲法≫
日本国憲法という欺瞞
日本国憲法を否定せよ
Made in Occupied Japan

≪教育を考える≫
愛国心を育てよう
教育における「父性」ということ
ボーイスカウトと郷中教育
仁徳天皇陵を大仙陵と呼ぶまやかしを許すな
武徳教育のすすめ
これでもあなたは日教組に子どもをまかせられますか
歴史教科書

≪メディア≫
やまと新聞を守れ
毎日新聞英語版のあまりにひどい報道
マスコミが反日になっている理由
反日キャスターを許すな!
反日主義者たちの陰謀

≪反日左翼≫
国鉄と鉄道公安官
夢の超特急「あじあ号」
弾丸列車と戦後左翼の利権
国連という名の欺瞞
白旗の少女
プラスの言葉
反日左翼工作員にみられる共通の特徴
野麦峠と戦後左翼の欺瞞

≪核≫
核のお話2
核のお話

≪時事≫
日本人が知らない資源のお話
750兆円の国家財源
最高の景気対策は国防にあり
地方行政とゴミ処理問題
小学生の妊娠
自国の防衛は自国で
日教組に立ち向かえ
外国人参政権
政治資金規正法
竹島問題の真実
夫婦別姓などもってのほか!
子供手当が在日外国人の母国に残した子供にも出る?!
奴らを許すな
「日本派」の政治家
中国産新型エイズの恐怖
口蹄疫問題に関する衆議院の質疑の模様
口蹄疫は韓国の陰謀という噂の真相を問え!
尼崎児童暴行事件
売国土下座外交のウラ
都民の100人に1人が中国人
あなたの隣に中国人が。それでもいいですか?
すべては私たちの選択にかかっている
支那人に買い占められる日本の水
尖閣問題と国益
尖閣問題と琉球共和国
尖閣領域の中国漁船問題に思う
いまと似ている通州事件前夜
口蹄疫はまだ終わっていない
子宮頸ガンとセクシュアルデビュー
在日支那人の取締りを強化せよ
神社が燃やされている
沖縄県平和祈念資料館の展示見直しを要請する

≪コラム≫
天壌無窮の神勅
天皇人間宣言という言葉のまやかし
持てる力のすべてを未来への建設に傾けて
帝国日本を語り継げ
保守は No War !!
動物農場
世界に誇る縄文文化
縄文人と渡来人の相克
世界四大文明の嘘
中国四千年の歴史という馬鹿げた妄想
魚沼産コシヒカリ物語
小麦のお話
小麦のお話2
大豆と満洲のお話
歴史に対する姿勢
伝書鳩物語
軍艦島のお話
新しいこの国のカタチのために
たった一度の敗戦で日本を失ってはならない
ブログの拡散効果
消えた歴史
日本の未来の枠組み
日本再生のために民度の向上を
元来日本社会は窮屈、でも窮屈ゆえに安心
「理論」と「心」と「都合」のお話
正しい万歳
近世のニッポン
伊勢神宮の式年遷宮
夏の怪談
文化は武器より強し
ヤプー人の伝説
犬種と人種
悪は断じて許さないという心が大切
大麻についての考察
ススキとセイタカアワダチソウの仁義なき戦い
秋の七草
階級闘争主義と信頼主義
日本の心をつたえる会
聖徳太子と十七条憲法
国連という名の欺瞞
石原莞爾「最終戦争論」を読んでの所感
石原莞爾「最終戦争論」
ある国の物語
マイセンのスープ皿
行間を読む
相貌認知
戦後世代は何をやってきたのか
人を大切にする経営
ラージャ・ダト・ノンチック元上院議員の言葉
歴史伝統文化に立脚しない革命は成就しない
語り、つたえよう!
求められる大改革
勁(つよ)くなる
日本を取り戻そう 鄭春河さんの遺稿
鄭春河先生の遺稿2「日本同朋へ」
亀井静香先生と面談してきました
ローハイド
日本の心をつたえる会について1
日本の心をつたえる会について2
日心会の価値について
勾玉
批判ということ
横浜市歌
現場の使命感、現場の奮闘
※上記は2011/5/1までの記事から抜粋しています。
カレンダー
05 | 2011/06 | 07
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
プロフィール

ねずきち

Author:ねずきち
日本が好きです。ていうか人間が大好きなのかな。心って、ものすごく大きなこともなしとげる。その時代時代に、真剣に生きた人たちから学ぶこと。歴史って、いまを生きる人が過去に学ぶためにあると思う。だから、歴史にIFは禁物だなんて思わない。歴史を学び、もし〜だったらと考えることで、人は何かを感じることができるんだと思う。

政治に混迷が続く中で、もういちど私たちは過去を振り返ってみる必要もあるのではないか。そうすることで、もしかしたら一条の新しい光を見出すことができるのかもしれない。

このサイトで扱っている動画はYouTubeにアップロードされているもので版権物の知的所有権は、それぞれの著作者・団体に帰属してます。問題があればすぐ削除しますので、

nezu@nippon-kokoro.com

までメールでご連絡ください。

最新トラックバック
足跡
コメントをくださる皆様へのお願い
いつもたくさんのコメントをいただき、ありがとうございます。
ほんとうに皆様のコメントが、ねずきちにはとっても嬉しく、かつありがたく拝読させていただいています。

議論というものは、すくなくともこのブログのコメント欄が、国政や地方自治、あるいは組織内の意思決定の場でなく、自由な意見交換の場であるという趣旨からすると、互いに互譲の精神を持ち、相手を尊敬する姿勢、ならびに互いに学びあうという姿勢が肝要であると存じます。

ねずきちは、相手に対する尊敬の念を持たず、互譲の精神も、相手から学ぼうとする姿勢も持ち合わせない議論は、単なる空論でしかなく、簡単に言ってしまえば、単なる揶揄、いいがかりに他ならないものであると断じます。

ましてや、自分で質問を発したものについて、それぞれお忙しい皆様が、時間を割いて丁寧にご回答くださった者に対し、見下したような論調で応対するならば、それは他のコメントされる皆様、あるいは、それをお読みになる皆様にとって、非常に不愉快極まりないものとなります。

従いまして、謙譲・互譲・感謝、そして学ぶという姿勢のない連続投稿、粘着投稿に類する投稿をされた方については、以後のコメント書き込みを、管理人であるねずきちの判断で投稿の禁止措置をとらせていただきますので、あしからずご了承ください。
解析
日本の心をつたえる会
日本の心を伝える会 日心会

登録無料!手続簡単!
設立 2009.9.6
2011.02.18時点
会員数 6,005名

特別キャンペーン
日本からパチンコをはたき出せ!
パチンコ撲滅
パチンコ市場は21兆円
そのお金を消費に向ければ莫大な経済効果が生まれる!

 ↓関連記事↓
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-1197.html
名無し投稿について
いつもたくさんのコメントをありがとうございます。
最近、長文でHNの記載のない、いわゆる「名無し」コメントが目立っています。
長文のため、携帯で当ブログにお越しの皆様が、他のコメンテーターさんのコメントが文字数オーバーで見れなくなると、苦情をいただいています。
まことに申し訳ないのですが、今後は、「名無し」コメントは、無条件で削除といたしますので、ご了承ください。
2011/4/10 ねずきち
コメントをくださる皆様へ
基本的にご意見は尊重し、削除も最低限にとどめますが、コメントは互いに尊敬と互譲の心をもってお願いします。汚い言葉遣いや他の人を揶揄するようなコメント、並びに他人への誹謗中傷にあたるコメントは、削除しますのであしからず。
私への中傷について
私個人の実名や過去の経歴をインターネット上で晒し、悪意あるコメントやら本文やらで聞くに堪えない中傷をくりかえしているサイトがあります。
この件につきましては、当ブログの2011年01月19日の記事で、ご回答しておりますのでご参照ください。 ↓ ↓ ↓
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-1147.html
検索フォーム
ねずブロの中で検索したい事柄があった場合、↓の窓に語句を入力して「検索」ボタンを押すと、該当の記事が出ます。
最新コメント
尖閣諸島問題について
「世界日報社」の特集記事
http://www.worldtimes.co.jp/
尖閣諸島に関する1972年の外務省資料(PDF)
http://www.worldtimes.co.jp/special2/senkaku/senkaku.pdf
尖閣問題について

携帯から日心会会員お申込みの方へ
携帯電話09

いつも当サイトにお越しいただき、ありがとうございます。
最近では携帯から等ブログにアクセスいただいている方も多く、日心会会員やメルマガ会員へのお申込みも携帯でされる方が多いようです。
ところが、せっかくお申込みをいただき、当会からお返事をさしあげても、携帯の迷惑メールフィルタによって当会からのメールが届かない、というケースが頻発しています。
お手数ですが、日心会入会申込の際、次の2つのドメインの受信が可能になるように、あらかじめご自身で携帯への設定をお願いします。
@nippon-kokoro.com
@freeml.com
通州事件の真実
通州事件を実際に体験された女性の手記です。
クリックするとテキストファイルが開きます。
http://blog-imgs-43.fc2.com/n/e/z/nezu621/20101005211203598.txt
やまと新聞を守れ!

やまと新聞は、戦後GHQの圧力に屈することなく、日本のジャーナリズムの正義を貫いた唯一の新聞です。
みんなの力でやまと新聞を応援しよう!!
やまと新聞社の公式HPは
 ↓コチラ↓
http://www.yamatopress.com/ 購読料は月500円です。
下の窓の中味をコピペすると、上のバナーをご自分のHPに貼ることができます。
やまと新聞の紹介記事はココをクリック
殲滅支那大連盟
殲滅支那大連盟
↓ ↓ ↓
http://www.destroy-china.jp/
http://destroy-china.main.jp
ねずブロの拡散・転載について
当ブログの日本の心を伝えるための適法かつ前向きな拡散はおおいに歓迎です。 ただし適法な引用でないと、著作権侵害で処罰されることがありますのでご注意ください。
リンク
ブロとも一覧

■ ブログ名:ダメ人間のつぶやき

■ ブログ名:シスVSエイリアン

■ ブログ名:風歩の行方

■ ブログ名:浮かんでは消える思考のたまり場

■ ブログ名:湘南のJOHN LENNON  These are the Days

■ ブログ名:長い物でも、、、巻かれない

■ ブログ名:右っぽいねと言われた僕が思いのままに書くblog

■ ブログ名:HERESME's VOICE

■ ブログ名:どれ、ちっとつぶやいてみっが?
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

RSSリンクの表示
FC2ブックマーク

PING送信プラス by SEO対策

QRコード
QRコード
Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ



人気ブログランキングへ

Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ


orengebanner
エディタ・コミュニティ
edita.jp【エディタ】
Yahooログール
amazon