職場の心理学 [268]
ソニー、ユッケ社長……
なぜ、トラブル謝罪で失敗したか
ソニーの1億件を超える顧客情報流出事件、
焼肉酒家えびすの食中毒事件では、
その後の対応によってさらに消費者の信頼を失う結果となった。
トラブルが起きてしまったとき、企業はどんなメッセージを
消費者に届ければよいのだろうか。
被害者と加害者が
混合する事件
企業が不祥事を起こしたとき、事業継続が可能になるか否かは消費者にどんなメッセージを発するかによって決まる。適切なメッセージを発するには、人間と人間社会に対する深い洞察力が必要である。
とりわけ昨今生じている事例は複雑な案件が多い。「焼肉酒家えびす」のフーズ・フォーラスは、現時点で報じられている内容からすると卸業者である大和屋の被害者であるが、食中毒を発症した客や亡くなった客の遺族から見れば明らかな加害者である。
ハッカーの攻撃を受けゲームや映画のインターネット配信サービス「プレイステーション・ネットワーク(PSN)」利用者の個人情報流出を招いたソニーは不正侵入を受けた被害者ではあるが、サービス利用者に対する加害者でもある。
このような案件を「加被害混合案件」という。たとえば暴力団から攻撃を受ければ明らかな被害者で、食品偽装に手を染めれば明らかな加害者である。これらの対応はそれほど難しくはない。ところが加被害混合案件で企業はよく失敗する。なぜなら「自分たちは被害者」という意識が抜けきらないまま対応を行い、情報開示や謝罪、処分が中途半端になるからだ。
フーズ・フォーラスの社長は被害者が4人も亡くなっているのに、未だ辞任していない。そこから類推されるのは、本当に自分が悪いとは思っていないということである。
ソニーはハッカーの攻撃がわかってから発表するまでに1週間も時間がかかった。遅れが生じた理由について「膨大なデータを解析する作業に時間がかかった」と説明しているが、即座に開示すべきであった。すぐに第一報を出さないと、予想されうる不正に対して利用者が防御できないからである。
また、ソニーはお詫びとしてゲームコンテンツの無料提供を発表したが、「こんなセキュリティならもうソニーのゲームはやらない」というユーザーもいるだろう。そういう人にとってはゲームの無料提供はなんの賠償にもならない。このようなお詫びを思いつくのは、被害者の心理をよく理解できていないからである。
こうしたところに見え隠れする企業の本音は被害者から見抜かれてしまう。それは「自分たちがこうしたら、被害者はどう思うか?」という洞察力が欠けているからであり、洞察力が欠けるのは加被害混合案件だからである。
最近は芸能人も加被害混合案件で失敗するケースが目立つ。市川海老蔵さんは確かに殴られた被害者ではあるが、歌舞伎界の人々やファンは明らかに迷惑を被った。麻木久仁子さんは男に騙された被害者かもしれないが、大桃美代子さんに対しては加害者である。
加被害混合案件は危機管理でしばしば失敗の原因になっている。それを防ぐには人間と人間社会の心理をしっかり考えることである。
ビジネスマンなら大なり小なり「加害者であり、被害者」という立場に置かれることがあるだろう。そんなときに適切な対応をとれるようにするには、普段から訓練を積んでおくことが大事である。それにはフーズ・フォーラスやソニーのような事件が起きたとき、「自分だったらどんなメッセージを発するか」を考え疑似体験をしておくとよい。
フーズ・フォーラスの勘坂康弘社長は記者会見で何と言うべきだったか。
「このような大変大きな被害を出した私には飲食店を経営する資格はありません。即座に辞任いたします。会社は、私が決めることではありませんが、3カ月なり6カ月なり営業停止して、もう一度衛生管理や作業マニュアル、仕事に対する考え方といったものをゼロから再構築して出直してもらいたいと思います」
これが正しいコメントである。しかし、フーズ・フォーラスの社長からこうした話はまったくないどころか、小学校の学芸会のような真似を繰り返すばかりだった。心に届く謝罪の言葉、的確な原因分析、厳しい処分、確実な再発防止策がないまま土下座をしたところで何の意味もない。その結果、勘坂社長はテレビを見ていた視聴者を怒らせ、社会悪に位置づけられてしまった。社会悪には必ず司直が捜査に来る。実際、この事件に対しては4都県の合同捜査本部が設置された。
ハッカーにセキュリティーを
破られたら……
責任逃れのような会見をすると自分が社会悪になるという洞察力がないから、社会から反発を買うような会見をしてしまう。仮に主な原因が卸業者にあったとしても、自分が被害者のような言動をしてはいけない。自社で生肉を検査し、トリミングして客に出せば事故は起こらなかったのだから。
市川海老蔵さんも「私は被害者」と言って世論の反発を受けた。正しくは次のようにコメントすべきであった。
「私はファンや歌舞伎界に対する加害者です。酒のうえでのケンカについてはケンカ両成敗ですから、私に加害者、被害者という資格はありません」
麻木久仁子さんは会見に弁護士を同席させ、「最高裁の判例では……」「私のなかでは不倫ではない」などと自己弁護して視聴者の反感を買い、悪者になってしまった。麻木さんはどう言うべきだったろうか。
「私は二人の関係が破綻していると認識していました。しかし大桃さんのツイッターの発言を見て『そうではなかったのかもしれない』とにわかに不安になりました。もしそうであれば、直接お会いしてお詫びしたい」
こう言えば視聴者は「男に騙されたのか」「大桃さんもツイッターではなく直接言えばいいのに」と思うだろう。新聞の見出しも「大桃さんに直接お詫びしたい」となり、その後の展開は違ったものになったはずである。
ソニーの個人情報流出は1億人超という規模とセンシティブな情報が含まれていたこと、ソニーに対する社会の期待値と起こった事態とのギャップという3点から見て、本来なら即座にトップが会見してこう言うべきだった。
「ソニーを信頼して皆さまの大切な情報を預けてくださったのに、皆さまの期待を裏切ってしまった罪は極めて大きいと思っています。利用者の皆さまに被害が出ないよう対策を講じ、また被害が出たら誠意をもって賠償させていただこうと考えております」
また、前述したようにソニーは利用者に対するお詫びとしてコンテンツの無料提供を行うとしたが、本来なら「金輪際ソニーは利用しない」という人に対して賠償になるような選択肢も用意すべきであった。ゲームのほかに金券の提供など複数の選択肢を用意して、顧客が選べるようにするほうがよい。
今回、主に個人情報が流出したのはアメリカの顧客だった。アメリカでは訴訟リスクを考えて簡単に謝らないほうがよいという話があるが、それは出合い頭の交通事故のように責任がどちらの側にあるのか不明確な場合である。このケースではソニーのファイアウォールの不十分さに問題があったのは明らかである。
そもそも外部から攻撃を受けた背景には、ソニーがあるハッカーを訴えたため、ハッカー集団の反発を招いたことがあると見られている。つまりハッカーを訴えるという時代錯誤な対応をしたために、ソニーは彼らを敵に回し今やグループ全体が標的になってしまった。
今の時代はネット上に自社の悪口を書かれたとき、それを何としても踏みつぶそうとするのではなく、ネット上の批判は自社に対する健康診断表であると謙虚に受け止め、改善に役立てるべきであろう。同様に、ハッカーにセキュリティを破られたら「自社の弱点を教えてもらった」と受け止めるべきなのである。
チュニジアのジャスミン革命に端を発する世界的な民主化運動の進展では、ネット上の情報交換が威力を発揮している。それら民主化の動きを一つずつ封殺していこうとするのは実に愚かな危機管理であろう。インターネットが普及した時点で世の中は変わったのであり、逆戻りすることはない。
このような変化をどれだけ察知できるかが危機管理において重要である。時代によって罪は変化するが、それはなかなか見えにくい。この「見えにくい罪」に少なからぬ人が引っかかってしまう。さらに罪を見えにくくする要因には、自らの悪意のなさもある。フーズ・フォーラスは決して「食中毒を起こそう」とは思っていないし、ソニーは「簡単にファイアウォールを破れるようにしておこう」なんて考えてもいないだろう。しかし、悪意がなくても罪は免責されない。
危機管理に求められる
4つのステージ
危機管理では加被害混合案件や時代の変化、悪意のなさによって生じる「見えにくい罪」の存在に注意を払わねばならない。
不祥事を起こしたとき、必ず企業が行わなければならないのはそれがどういう案件でどう向き合うべきかというポリシーを策定し、社内で共有するための「認識共有シート」を作ることである。社員によって問題に対する理解にバラつきがあると、被害者や顧客の側から見ると対応がバラバラに映るからである。
これは経営者やその周辺の人間、つまり参謀役やスタッフが24時間以内に作成しなければならない。そのときに気をつけるべきは、まず事実をきちんと調べたうえで、自分たちの立ち位置を確認することである。
立ち位置の確認には「岸」という発想をするとよい。加害者の岸、被害者の岸という考え方をして、自分たちがその間のどこに位置するのかを把握するのである。こうすれば加被害混合案件でも立ち位置を間違えずに済む。
混乱の続く原発問題を例にとって図式化したものが右図である。
民主党政権の原発対策の動きは非常に悪い。それは心のどこかに「原発の推進は自民党がやったことじゃないか」という気持ちが引っかかっているからである。しかしこのように「岸」の構図を把握すれば、現政権が責任逃れを言える立場でないことは明らかである。
このように立ち位置を確認して、ポリシーを策定すれば、何を聞かれても適切な対応ができるだろう。さらに、記者会見などの機会は自分たちのメッセージを無料で伝えてもらう千載一遇のチャンスと思えるようになるだろう。
報道によれば、ソニーは当初、米下院の公聴会への出席を求められたものの、調査中を理由に出席を拒否したと報じられている。本来、公聴会への出席はアメリカのユーザーに向けてメッセージを発するまたとないチャンスである。ポリシーを策定したうえで何を言えばユーザーの溜飲が下がるかを考え、たとえば「チーフプライバシーオフィサーを設置し米国で執務させる」といったコメントを出せば被害者の心理も変わったはずである。
公聴会への出席を拒否したことで早期にメッセージを発するチャンスを失ったどころか、議会や世論の反発を招いてしまい、集団訴訟を招き入れることにもつながった。反発している人が多いほど集団訴訟に加わるユーザーも増えるのだ。
危機管理には「感知・解析・解毒・再生」という4つのステージがある。感知とは、危機を感じ取り事実を掌握すること。解析とは、罪の重さの認識と展開の予測をして整えるべき対策や施策を洗い出すこと。解毒とは、自ら発生させた毒を消し去ること。再生とは、出口戦略の準備と再発防止策を講じることである。
これら一連の危機管理ステージの、とりわけ「解毒」の場面において、人間や人間社会における洞察力が結果を大きく左右することを肝に銘じていただきたい。
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