名前を聞いただけで生まれた時代をズバリと言い当てる――。
名前の流行の変遷や法則をきちんと頭に入れておけば、こんな芸当も決して夢ではないらしい。少なくとも、行きつけのバーや同僚との酒席、合コンなどでは格好の話題になるという。
そこで、男性名の変遷について紹介した前回に続き、今回は過去約100年分の女性名の流行について分析してみた。名前の流行を探ると、各時代の世相や社会的現象、意外な嗜好(しこう)の移り変わりまでもが浮かび上がってくる。
表1は過去99年分の女性名の人気ランキング首位の変遷(明治安田生命保険調べ)である。推移を眺めると、千代・文子→和子→恵子→美のつく名前(久美子・由美子・明美・直美)→陽子・智子→愛→美咲→さくら・陽菜……という大きな流れが読み取れる。まず、これを押さえておくことが「名前学」の第一歩となる。
では、時代を追いながら簡単に説明しよう。(巻末に過去99年分のトップテンを掲載してあるので適宜、参照してください)
●「千代」「文子」時代(明治45年・大正1年~大正12年)=大正期
大正時代は「千代」と「文子」が代表的な女性名。「千代」は「千代子」とともに長寿を願う縁起の良い名前。大正期前半は「千代」、後半は「文子」が首位に立つ。大正期初めは年号の「正」にちなんだ「正子」もブームに。この時代、男性名では「清く生きる」という道徳観・人生観から「清」が全盛期を迎えるが、その女性版ともいえる「清子」「キヨ」も上位に食い込んでいる。
●「和子」時代(昭和2~27年)=昭和初期
昭和に入ると年号にちなんだ「和子」が黄金期を迎える。戦前、戦後合わせて通算23年首位。これはすべての女性名で最長記録。「和子」に次いで人気が高かったのが「幸子」。「1位和子、2位幸子」というワンツー・フィニッシュが計16年も続く。家庭や近隣との「和」を重んじ、「幸」を願うという当時の典型的な女性像がうかがえる。
皇紀(神武天皇即位の年を元年と定めた紀元)2600年を祝った昭和15年(1940年)には「紀子」が首位に浮上。(戦争末期には「勝子」「信子」など戦時色がにじむ名前も上位に入った)
●「恵子」時代(昭和28~36年)=戦後
終戦後、急速に増えたのが「恵子」。昭和21年(1946年)に9位に入って以来、グイグイと順位を上げ、昭和28年(1953年)に「和子」からトップの座を引き継いだ。敗戦後の焼け野原から立ち上がり、経済的な豊かさを求めようという世相の反映と思われる。ちなみにヒット映画「君の名は」の主演女優、岸恵子さんらもこの時代から活躍している。
さらに説明を続ける。
●「美」のつく名前(久美子・由美子・明美・直美)時代=高度成長期
現在も多い「美」がつく名前が急増したのがこの時期。久美子、由美子、明美、直美と首位が短期間で入れ替わる「群雄割拠の時代」でもあった。これに伴い、「子」が付かない名前が増え、“子離れ”が始まる。引き金になったのが「明美」。昭和32年(1957年)に「明美」が9位に食い込んだのを機に、大正期から「子」がつく名前がずっと独占してきたトップテンが初めて崩れた。
●「陽子」「智子」時代(昭和46~54年)=1970年代
「陽子」が昭和46年(1971年)から首位に。この結果、「陽子」が団塊ジュニア世代(1971~74年生まれ)で最も多い女性名になる。ダウン・タウン・ブギウギ・バンドの「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」がヒットしたのが昭和50年(1975年)。「智子」や「裕子」も根強い人気。一方で「美」がつく名前の勢力も伸長。昭和55年(1980年)には、冬季五輪で6位に入賞したフィギュアスケートの渡部絵美選手にあやかり、「絵美」が首位に立った。
●「愛」時代(昭和58年~平成2年)=1980年代
「漢字一文字で読みが二音」という新感覚の名前が主役に。「愛」が初めてトップテン入りしたのが、漫画「愛と誠」が映画化された後の昭和53年(1978年)。卓球選手の福原愛、人気モデルの冨永愛、歌手の大塚愛、R&B歌手のAI(本名=植村愛)らはいずれも80年代生まれ。ほかに「彩」「舞」「恵」「瞳」などの一文字名もブーム。一方、昭和61年(1986年)にはトップテンから「子」がつく名前がすべて消え、“子離れ”が決定的になった。
●「美咲」「さくら」「陽菜」時代(平成3~22年)=1990年代・ゼロ年代
自然派、癒やし志向の高まりからか、花、植物にちなんだ名前が増えるのが、大学生以下のこの世代。「美咲」「さくら」「陽菜」はその代表格。「茜」「桃」「萌」「花」「葵」「麻」「菜」「莉」「楓」「杏」などの漢字も人気。読みでは(1)二音、(2)「―い」「―な」「―か」「―き」――の名前が定番になる。「子」がつく名前が主流だった時代は、はるか遠い過去に……。
以上をまとめると――
「千代」「文子」が《大正期》、「和子」が《昭和初期》、「恵子」が《戦後》、「美」がつく名前(久美子・由美子・明美・直美)が《高度成長期》、「陽子」「智子」が《70年代》、「愛」が《80年代》、「美咲」が《90年代》、「さくら」「陽菜」が《ゼロ年代》――という時代区分が浮かび上がる。
もちろん例外もあるが、生まれ年を推理するのに有力な手掛かりにはなるはずだ。
ついでに最新のトレンドも簡単につかんでおこう。
2010年生まれの女性名の人気ランキング(明治安田生命保険調べ)によると、表記では1位「さくら」、2位「陽菜・ひな」(はるな、ひなたと読む場合も)、3位「結愛・ゆあ」(ゆな、ゆめと読む場合も)の順、読みでは1位「めい」、2位「ゆい」、3位「りお」の順だった。
大きな特徴は(1)「結」「美」が付く名前、(2)花や植物にまつわる名前、(3)二音、(4)「―い」「―な」「―か」という読み――の人気が高いこと。「結」や「美」が付く名前は、上位19(表記)のうち8、読みが二音の名前は上位19(読み)のうち13を占める。花や植物にまつわる名前もかなり多い。
二音が多いのは、かわいらしいイメージで呼びやすく、親しさに加えて新しさも表現できるため。
一方、「結」という字が好まれるのは「人間関係が希薄化する中、人との結びつきや愛情、優しさをもっと大切にしてほしいという親の気持ちの表れではないか」。ベネッセコーポレーション・W&F事業本部の藤森園子さんはこう分析する。
ところで表4を見てほしい。皆さんはフリガナなしでどれだけ読めるだろうか?
最近は女性名でも画数が多く、読むのが難しい個性的な名前が増えている。先に音の響きを決め、後から好きな文字を当てはめる「あて字」が増えているためだ。たとえば、「月」を「るな」、「空」を「すかい」、「騎士」を「ないと」、「海」を「まりん」などと読ませる例もあるという。
特に目立つのが「心」のあて字。タレント夫婦の木村拓哉さんと工藤静香さんが長女を「心美(ここみ)」と命名したことをきっかけに「心」を「ここ」や「こ」などと読ませる名前がはやっている。
法務省によると、名前に使える漢字は戸籍法で定められており、使えるのは常用漢字、人名用漢字、ひらがな、カタカナ、漢数字、繰り返し記号、音引きなど。常用漢字・人名用漢字以外の漢字、アルファベット、算用数字、ローマ数字は名前に使えない。
一方、読みについては法的な制限がない。だから「あて字」が増えているというわけ。「あて字」を使えば、個性的で創造的な名前をつけることができる。ただ、一度つけた名前は簡単に改名できないので、あまり凝りすぎた名前にならないように気をつける必要もある。(改名には条件があり、家庭裁判所に申請して審判を受け、理由が正当と判断された場合でないと改名が認められない)
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前回のコラムで男性名の流行を紹介したところ、読者から「親族の多くがランキング首位の名前で驚いた!」という報告をもらった。ちなみに、電子版で一緒に仕事をしている女性記者の名前は「絵美」で昭和55年生まれ。まさに人気ランキングの結果と一致している。皆さんも「名前学」の成果を試してみてはいかがだろうか?
◆巻末に掲載した99年分の女性名トップテンを見ると、世相や社会的現象、ブームなどの影響がはっきりと読み取れて面白い。ぜひ参照していただきたい。
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過去99年分 人気の名前ランキング(上位10位) あなたの生まれ年のベストテンは?
明治45年・大正1年(1912年)~平成22年(2010年)
明治安田生命保険調べ、()は西暦、〔〕は干支。推移が分かりやすいように色づけした。
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