サンタはサタンか
欧米諸国やフィリピンなどキリスト教に支配された国々や社会では、クリスマス・シーズンになると「町の中」の広場や学校、市役所や「大通りのつじ」で祈祷イベンントなどキリスト教のうるさい催し物が多くなり、我々無神論者は大変悩まされます。
公立学校や市役所などでそうした宗教の儀式を行うのは政教分離に反すると訴える人に対し、キリスト教信者は憤慨し、祈りを禁じるのはフリー・スピーチ(表現の自由)の侵害だと主張し、自分が宗教上の理由で迫害を受けていると強調します。でも、教会堂が数多く存在し、空いている席も沢山あるのに、なぜ公共の場で祈らなければならないのでしょうか。しかも、なぜ大声で祈らなければならないのでしょうか。神の耳はそんなに遠いのでしょうか。
聖書には次のように書いてあります。マタイによる福音書第六章から:「自分の義を、見られるために人の前で行わないように、注意しなさい。もし、そうしないと、天にいますあなたがたの父から報いを受ける事がないであろう。だから、施しをする時には、偽善者たちが人にほめられるため会堂や町の中でするように、自分の前でラッパを吹きならすな。よく言っておくが、彼らはその報いを受けてしまっている。。。。また、祈る時には、偽善者たちのようにするな。彼らは人に見せようとして、会堂や大通りのつじに立って祈る事を好む。よく言っておくが、彼らはその報いを受けてしまっている。あなたは祈る時、自分の部屋にはいり、戸を閉じて、隠れた所においでになるあなたの父に祈りなさい。すると、隠れた事を見ておられるあなたの父は、報いてくださるであろう。また、祈る場合、異邦人のように、くどくどと祈るな。彼らは言葉かずが多ければ、聞き入れられるものと思っている。だから、彼らのまねをするな。あなたがたの父なる神は、求めない先から、あなたがたに必要なものはご存知なのである。」
キリスト教信者が聖書に書かれた言葉を受け入れるなら、自分の祈祷を他人に無理強いすることはないでしょう。
クリスマスには互いに矛盾する人物、つまりおさな子キリストとサンタクロースが登場します。キリストの教えによれば、人々は地獄から救われるために物欲に支配されず、自分の財産を貧乏人に配らなければならない。しかし、サンタは逆に、人々、特に子供に、欲しい物の目録を作れと言い、浮き世の楽しみや品物への誘惑に駆り立て、堕落させようとするのです。そうして、サンタクロースは一晩のうちに世界中の人々にそれぞれの望んだ品物を届けるというのです。キリストの教えへの挑戦ではないでしょうか。
キリストかサンタか、どちらを信じようか悩んでいる人には、サンタ(ローマ字でSANTA)の名に隠された暗号はサタン(SATAN)であると注意しておきたいのです。サンタの誘惑に負けてしまうと、地獄に落ちるぞ!!!
勿論、神、神の子イエス・キリスト、天使、悪魔、サンタ、空飛ぶトナカイなどは架空の人物
であり、存在しません。サンタクロースの作り話で子供を騙す親は、この世は本来と異なる別の物であることを教えようとします。こういう親は無意識に、子供が自分の感覚を信頼するのを邪魔します。例:空気力学的には飛べないはずの物でも飛ぶ。
大人にとって子供を騙すことはこの世の喜びの一つかもしれません。卑劣な大人の非現実的神話に騙された子供は、大人になっても、ナンセンスな宗教や、国民の為に働いているとうそぶく政治家をはじめ、998円のリップスティックが悩殺的な魅力を与えるとのくだらないコマーシャルまで、嘘に騙される可能性が高いのです。
私は、サンタを信じている子供たちに次のメッセージを伝えたい。「サンタはいない。あなたがたは信頼する大人に騙されていたのだ。」
これはショックなことかもしれません。
でも、それは事実です。怒らないで。このような時、子供たちの夢が壊されたと言って怒る親がいるのですが、この場合怒るのであれば、真実を伝えた人にではなく、最初に真実に反する事を伝えた人に怒るべきです。
真実と想像との区別ができることは大事です。人間には、愛情や同情を表す為の空想や神話など要りません。人間は互いに親切心を表す為の特別な季節など必要としません。幸せになる為の魔法も要りません。現実の世界は、おとぎの国よりずっと美しい物や素晴らしい人、面白い出来事で満ちています。それを味わうべきです。中生代に実際に生きた恐竜は空飛ぶトナカイより面白いし、宇宙は天国より不思議です。あなたの親がセックスしてあなたをつくったことは、コウノトリがくちばしに赤ん坊を下げて運んでくることより楽しかったはずです。両親に聞いてみてください。質問をするのは人間らしさの表れです。そして正しい答えを求めなければなりません。
お勧めのリンク
「聖夜: サンタさんはサタンさん」の詩:http://shion27.fc2web.com/50q/d12.html
歴史的に見れば、サンタクロースは「子供の守護聖人」聖ニコラスに由来します。聖ニコラスは4世紀の熱烈な信仰心をもつ司教だったそうです。彼は異教徒に殺され、切り刻んで塩漬けにされた子供を生き返らせたことから、死後、子供の守護聖人になりました。彼はその他にも、ロシア・学者・船員の守護聖人としても知られています。もともと、聖ニコラスの祝日は12月6日でしたが、1930年代コカ・コーラはニコラスをイメージした人物をクリスマスの広報に使ったため、その後彼はクリスマスの象徴の役も演じるようになったということです。http://xsozex.at.infoseek.co.jp/gomi/xmas/xmas.htmを参照。
ところで、お正月は宗教と関係ないとお思いでしょうが、その見方は間違っています。6世紀、デニス・ゼ・スモール(Dennis the Small = Dionysius
Exiguus)という数学者兼修道者がいました。彼は聖書をもとにした複雑な計算によりイエス・キリスト誕生の年を算出しました。当時はゼロという数字が知られていなかったので、その計算は困難を極めました。でもデニスは、キリストの再臨が近いことを信じていたので、その計算も苦にはならなかったことでしょう。
要するに、デニスは、従来のディオクレチアン皇帝の時に始まったローマ暦を変えました。彼の計算ではディオクレチアン紀元248年がキリスト紀元532年に当たり、それ以来キリスト紀元による年号を使用することになったそうです。それからもっと複雑な計算により、デニスはキリストの誕生がキリスト紀元元年の前の年の12月25日だったことを発見しました。デニスは零や負数などは知らなかったものの、「前」と「後」は知っていったようです。その為紀元前1年の次は紀元1年でその間の紀元0年は存在しないのです。
それから、デニス・ゼ・スモールは新しい年と新しい時代の始まりをキリスト誕生の8日目、つまりキリストの割礼(包皮環状切除)の日に決めました。
お正月、キリストのおチンチンから切り取られた環状の皮膚に思いを寄せながら新年を祝う人が果たしているのでしょうか。
ホルガー ・H・ハウプト