池田さんの大ウソは山のように存在するが、その一例をご紹介。
昭和55年に池田さんが学会の52年路線(教義逸脱)を振り返り、「恩師の二十三回忌に思う」でこんなことを言っておりました。
恩師戸田城聖先生が逝いて22年――桜花薫る総本山大石寺において、第67世日顕上人の大導師を賜り、二十三回忌法要を営むことができえますことを、戸田門下生を代表して、心より御礼申し上げるものでございます。
(中略)
私どもが一閻浮提総与の大御本尊を知り、民衆救済、広宣流布の大目的と使命を自覚し、一生成仏への大道を歩むことができたことも、ひとえに恩師戸田先生に巡り会い、その大確信を通して、峻厳なる信心を教えられたからにほかなりません。
先生は、就任後の初の秋季総会のさいにも、この御遺命実現への創価学会の根本精神を、よりいっそう明確に宣言なされました。
「第一に、日蓮大聖人の命をうけて一閻浮提総与の大御本尊を、日本に流布せんことを誓う。
第二に、日蓮大聖人の予言を果たす仏の弟子として、東洋への広宣流布を誓う。
第三に、荒れ果てなんとしている総本山の興隆を図り『日蓮正宗、日本にあり』と仏教界に示すことを誓う」
(中略)
一方、恩師は、広布の前途にかならずや三類の強敵が出来するものであり、それがいかに壮絶なものであるかを、御聖訓に照らし、ご自身の体験に照らして、予見されておりました。そこで、昭和26年末
「本山を守護し、諸難を会長の一身にうける覚悟にほかならないこと。二つには将来の折伏活動の便宜のうえから、宗教法人でなければならない」
との二つの理由から、総本山に創価学会を宗教法人にすることを願い出たのでありました。このとき、御宗門におかれては、後の第65世日淳上人ならびに後の第66世日達上人が創価学会の使命を深く理解してくださり、かつ広宣流布の未来を洞察あそばされ、なみなみならぬ大英断のもとに設立をご承認してくださったのであります。
(中略)
永遠に御法主を仏法の師と仰ぐ
(中略)
広宣流布は御仏意のしからしむるところであり、これらの発展も、ひとえに大御本尊の御威光、歴代御法主上人の御威徳によるところであることは申すまでもありません。とともに、具体的には、社会のなかで、幾百万の同志が恩師の示された折伏・弘教の原理を実践に移し、御宗門の温かな支援と協力を得て、今日まで走りつづけてきたたまものであると信ずるのであります。この間、総本山への忠誠を尽くきれた恩師の大精神を継承し、会員の皆さまとともに、大客殿、正本堂の建立寄進、その他、241か寺の末寺の建立御供養をさせていただきましたことは、身にあまる光栄であり、大御本尊に、そして御法主上人に感謝し奉るものであります。
しかしながら、創価学会が急速に拡大し、膨大化した結果、とくに近年、現実社会への対応に目を向けるあまり、信徒として、もっとも大切な御宗門との間に、さまざまな不協和を生じてしまったことは、まことに残念なことであります。この間の問題については、当時、その責任の立場にあった私として、懺悔すべきは懺悔し、真情は真情ととして述べさせていただきたいと思うのであります。そのことが、私どもを慈しみくださった代々の御法主上人への御報恩であり、第67世日顕上人猊下への変らぬ赤誠の御奉公を、お誓い申し上げることになると信ずるのであります。
近年の宗門との問題が昭和47年、正本堂建立以降の、学会の広布第二章の進み方の基調と、そのうえで、私が展開した昭和52年の一連の指導に、発端の因があったことは事実であります。
(中略)
しかし、そのなかには、たしかに創価学会中心主義的な独善性もあり「学会が主、宗門が従」というような状況もありました。その結果、宗門の一部御僧侶に、この方向が、学会が独立を企図しているのではないかとの疑念を生ぜしめ、また会内にいわゆる「北條文書」などのような感情的な議論のあったことはまことに申し訳なく思っております。
もとより日蓮正宗総本山を離れて、創価学会は、永久にありえないのであります。信仰の根本は、本門戒壇の大御本尊であり、創価学会は、それを民衆に知らしめる折伏の団体であるからであります。私自身、この信仰の根本を一度たりともはずしたことは断じててないことを、大御本尊に誓って申し上げるものであります。ただ、私が、恩師の「創価学会の歴史と確信」の理念、方向性を実践した延長とはいえ、その深き意志も解せず、僧侶・寺院の役割を軽視し、その結果、御宗門に対し、主客転倒の風潮を生んだことは、我が身の信心未熟ゆえの慢と、大御本尊に心より懺悔申し上げるものであります。
(中略)
また、今日の種々の問題も、私の指導性の不徳のいたすところであり、多くの会員信徒に多大なご迷惑をおかけし、ご心労をわずらわしたことについても、御本尊に深くお詫びの合掌をさせていただいている日々でもあります。ともあれ、学会は絶対尊崇の本源たる本門下種人法一筒の御本尊、宗祖大聖人に対し奉る信仰を根本として、永遠に代々の御法主上人猊下を仏法の師と仰ぎ奉り、強き広宣流布の戦士たる誇りも高く、さらに、日蓮正宗の信徒として、いっそうの外護の任を全うしてまいる決意であります。
聖教新聞 昭和55年4月2日 池田大作名誉会長所感
後年、裁判においてこの所感を池田さんは、「部下が勝手に書いたもの」と言ったとか。
今、読み返してみればこの文書はウソばかり。
こんなウソつき人間をなぜ信じるのでしょうか?
あなたがたは被害者ですよ!