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プリンストン発 新潮流アメリカ

ソニーの迷走をトヨタの忍耐と比較する

2011年06月06日(月)11時16分

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 PS3のネットゲーム会員に関する個人情報流出など、一連のデータセキュリティ防衛の失敗が明るみに出たソニーですが、当初は米議会の公聴会への召喚を拒否したり対応がスッタモンダしていました。その対応には米政界から圧力が高まり、最終的には6月2日に議会下院エネルギー通商委員会小委員会において、ソニーのネットワーク・エンターテインメント(SNE)・インターナショナル社長のティム・シャーフ氏が証言台に立つことになりました。

 この議会公聴会ですが、全体として淡々と進行したものの、小委員会のメアリ・ボノ・マック委員長(共和、カリフォルニア44区)は終始厳しい姿勢でしたし、与野党の各議員からは対応の遅さを指摘するなど、追求が続きました。さて、このシャーフSNEインターナショナル社長の対応ですが、一昨年から昨年にかけて発生した北米におけるトヨタの連続リコール事件と比較すると、大きな問題を残したと言わざるを得ません。

 トヨタの対応は100点満点ではありませんでしたが、結果的にトヨタブランドを守りきり、顧客と社会の信頼を回復したということで十分に合格点がつけられると思います。一方で、このSNEの対応は、現時点では残念ながら不合格です。

 問題は1点に絞られます。

 SNEは、今回のサイバー攻撃は「悪意の犯罪行為」だとしています。その通りだと思います。そして「SNEは被害者」としています。これも間違ってはいません。ですが、SNEは「従って自分たちには責任はない」という態度を取り続けています。これは残念ながら間違っています。そしてそのことに気づいていないことが致命的です。

 今回の公聴会でのやりとりも、「FBIへの通報までに2日の空白があったのは、事実確認をしていたため」であるとか、個人情報流出に関しての顧客への通知がブログの掲示だけだったのは「それが効果的と信じたから」などという自己弁護に終始しています。

 これも問題なのですが、それ以上に今回の公聴会では「今回の犯罪はウィキリークスなどの悪質な行為と同質」であるとか「(軍需産業の)ロッキード・マーチンへのサイバー攻撃と同種の攻撃」などと、いかにも敵が悪で自分たちが正義なようなことを言っている、このあたりに「何とも本質的な勘違い」があるようです。勘違いは3点に集約されます。

(1)IT企業は、サイバー攻撃に負けてはならないのです。自身の技術力が足りなくて、あるいはプロテクションが後手に回ることで侵入を許したら、その時点で「敗北」であり、その結果として個人情報流出という事態を招いたら、企業としては「結果責任」があるのです。この点は、物理的な窃盗の被害とは違います。ハイテク企業は、情報の防衛能力を含めて顧客から信任を受けているのであり、相手が「悪人」だからといって「負け」を正当化することは許されません。この点をSNEは全く理解していないようです。

(2)にもかかわらず、ウィキリークスや防衛産業攻撃と自分たちの例を同列視するのも勘違いです。自分たちは「守られるべき正義があり。それは国家や防衛産業と同じ」というのは、一見すると自分たちは「政府と一心同体で捜査協力もするし、同時に保護も受けたい」というつもりなのでしょう。ですが、いわゆるクラッカーとかハッカーという人々からすれば、「ソニーは権力にすがるダークサイドに行った」ということになり、攻撃対象として打ちのめすことへの「勝手なモチベーション」を拡大してしまうだけです。

(3)肝心の顧客への謝罪が抜け落ちています。結果として、個人情報が流出し、ネットゲームのサービスが停止するという物理的な不利益を顧客は受けています。ソニーのファンであり、ゲームの熱心なプレーヤーであればあるほど、その不利益や落胆は大きいはずです。ですが、SNEは個別に誠意をもって謝罪することをせずに、「悪と戦う被害者の正義」を掲げて無反省を決め込んでいます。これでは、顧客からは見放されてしまうことになる一方で、ハッカーたちの歪んだモチベーションを煽るだけです。

 こうした対応は、トヨタのものとは本質的に異なります。

 トヨタは、仮に顧客のミスであっても一切顧客を非難せず、淡々とクレームに応じ、修理に応じてゆきました。一方で、悪くないことを悪いと認めたわけではなく、技術的な論争はあくまで技術的な論争として最終的な勝利に到るまで、徹底的に主張を続けました。ですが、その間に議会や運輸省や顧客とのケンカは一切しなかったのです。公聴会には社長がちゃんと行きましたし、ラフード運輸長官の顔を潰すことは一切しませんでした。そうした忍耐の結果、顧客からも米社会からも最終的には信用を取り戻すことに成功したのです。

 1点私が特に気になるのは、SNEと日本のソニー本社の関係です。SNEは日本のソニー本社の言うことを聞かずに暴走しているという論評が日本では聞かれます。ですが、例えば今回証言台に立ったシャーフ氏などは、アップルに長く勤務していたことなどから、シリコンバレーの「掟」はよく知っている人物だと思うのです。シリコンバレーで育った人であれば「侵入されたら結果責任」とか「権力にすがったり自分を防衛産業と同列視すると歪んだ敵のモチベーションを煽るだけ」ということが骨身に染みて分かっているように思うのです。

 私は、ソニー本社の、恐らくは日本や英国出身のかなり年齢の高い層の判断が、この「ITの世界の掟」が分からずに、ズレまくっているのではないかと見ています。泥棒に入られたのだから自分たちは悪くないというのは、どう考えてもシリコンバレーの論理ではないからです。にも関わらず、SNE(米国)サイドの暴走だという風説が日本サイドから流れてくるあたり、この会社の組織に何か根深い問題があるのではと私は見ています。事態は悪化の一途をたどっており、時間の猶予はありません。一連の対応をせせら笑うかのように、攻撃の対象はソニーグループの携帯電話や映画の部門にまで広がりつつあるからです。

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BLOGGER'S PROFILE

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修了(修士、日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。主な著書に『アメリカは本当に「貧困大国」なのか?』(阪急コミュニケーションズ)、『アメリカモデルの終焉』(東洋経済新報社)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」を毎週連載中。