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日韓図書協定  引き渡しは自然な措置

 ロンドンの大英博物館を訪れると、無数に並ぶミイラに圧倒される。同時に、なぜ英国にあるのかという素朴な疑問が沸く。
 19世紀の帝国主義時代にエジプトで発掘され、持ち出されたものだ。列強による文化財収集は「知の植民地主義」とも呼ばれる。100年前に韓国を併合した日本も数々の文化財を持ち出した。
 そのうち1205冊の図書を引き渡す「日韓図書協定」が衆参両院で可決、承認された。李氏朝鮮時代の主要行事を文と絵で記録した「朝鮮王室儀軌(ぎき)」などだ。史料の性質や日本が取得した経緯をみれば、引き渡しは自然だ。
 菅直人首相が昨年8月の首相談話で、未来志向の両国関係を作るため、自主的に図書を引き渡すと表明してから国会承認まで、約10カ月もかかった。自民党を中心に異論が強かったからだ。
 中でも、対馬宗家文書の原本など韓国内にある日本由来の図書が返還されないことが「片務的だ」と批判された。分かりやすいが、的はずれの議論だ。
 そもそも儀軌など日本が保有する朝鮮半島由来の図書は、日本の出先統治機関・朝鮮総督府が李王家の図書所蔵庫から持ち出して日本へ送った。韓国が独立して久しい現在、日本が所有にこだわるのが適当なのかどうか。
 一方、韓国にある日本由来の図書は、朝鮮総督府が持ち込み、敗戦時に現地に置いてきたものがほとんどだ。半ば強制的に接収した文化財と、自ら放棄した文化財を同列に論じるべきではない。
 とはいえ、貴重な図書を取り戻したいという心情も理解できる。自主的引き渡しの機運醸成とともに、データベース化やインターネットでの公開など幅広いアクセスの確保を韓国側に求めたい。
 過去に文化財を他国に奪われた国の間で近年、返還を求める声が高まっている。今年4月にはエジプト、ギリシャ、中国、韓国など25カ国が国際会議を開いた。
 欧米諸国や日本が博物館や美術館で保管することによって、貴重な文化財が損壊や劣化を免れた一面はある。しかしそのことが、往々にして正当ではない方法で持ち出された文化財の返還を拒む理由にはなるまい。
 儀軌の一部を保有するフランスは「5年貸与」の名目で永久貸与に踏み切った。日韓図書協定はこうした世界の潮流に沿った措置と評価できよう。
 ただ、文化財の所有をめぐる論議を偏狭なナショナリズムに押し込めるべきではない。国連教育科学文化機関(ユネスコ)は、儀軌を含む多くの文化財を「世界記憶遺産」に登録している。つまり人類全体の財産である。返還された側にも、適正な保管と公開の責任が伴うことを確認しておきたい。

[京都新聞 2011年06月09日掲載]

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