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[27924] 【習作】ぽけもん黒白+その他二次作 ゴッドイーター更新 (ポケモン黒白・その他二次 オリ主)
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:373ed26e
Date: 2011/06/11 02:22
メイン板に移動させたものから分離しました
よろしくお願いします

ノシ棒は めのまえが まっくらに なった




『遺跡発掘から:28日目』

変な石を拾った。

イッシュ地方が南部。
リゾートデザートに点在する遺跡にて、連日に及ぶ発掘作業中の出来事である。
アロエ館長の鳴り物入りで編入されたエリート君、などと言われても、しがない一研究員でしかない俺である。
依頼で発掘作業に参加したはいいが、見つけたものといえばこんな程度だった。
見た目も質感もただの石ころ。
ただの、というのは語弊があるかもしれない。
完全球体のそれは、明らかに人工物だった。
とはいえ、こんなものはそこらにごろごろと転がっている。そも、ここは古代遺跡だ。どこぞの構造物から剥がれ落ちたのだろう。

「ただの石にしか見えないけど、きっと意味のあるものなんだろうさ。なんてったって、あんたが見付けたんだからね」

とはアロエ館長の言。
そんなに期待されても困る。
実際、あらゆる機材にかけて調べても、ただの石としか結果が出なかった。
が、出土品は出土品。
仕方が無いから自宅兼研究室に持ち帰り、再検査してみることに。
考古学的に無価値であっても、地質的に価値あるものならばよいが。




『29日目』

変な石が孵った。

・・・・・・自分でも何を書いているのか、さっぱり解らない。
白い巨大なドラゴンが、石の中から飛び出してきた。
いや、石そのものがドラゴンだったのか。
解らない。混乱している。
詳細は明日の日誌にて。




『30日目』

あの石は、どうやら古代のモンスターボールのようなものであったらしい。
違うのは、それそのものがポケモンであったということだ。
この白いドラゴンが休眠状態に入った姿があの石であり、恐らくは古代にて、その状態で持ち運びされていたと考えられる。
これが古来からの人の夢、ポケモンの運用、という概念の大元になったのかもしれない。あるいは、そのものか。
1925年にニシノモリ教授によってモンスターボール開発が始まったのは周知の事実であるが、その発想自体は記録に残らない程の太古の昔から在ったのだ。
多くのポケモン博士の言葉を借りるなら、ポケモンが全ての答えを教えてくれている、ということか。

さて、件の白いドラゴンである。
全長は3m弱。
体重は300Kを超えるだろうか。
幸い、我が家は研究資材搬入のためにガレージ造りとなっているため、この程度のサイズのポケモンならば不自由はない。

しがない一研究員にはポケモン図鑑のような高価な代物など持ち合わせていないため、これが一体何というポケモンであるか判断がつかない。
古代から復活したポケモンであるために、記載されていない可能性の方が高いが。
とんでもない力を秘めている、ということだけは解る。
雄叫びを上げながら石から飛び出した瞬間に、尻尾から噴き上げた炎が鉄材を飴細工のように、どろどろに蕩かした程である。
よく火事にならなかったものだ。
思わずやめろ、と叫べば熱はぴたりと止み、白いドラゴンは理知的な瞳でこちらをじっと見ていた。
片付けのために簡単な指示を出せば、それ通りに従う。人語を理解しているのだ。

これはいよいよ尋常ではないぞ、とアロエ館長に電話を入れようとした瞬間、電話機はまっぷたつにきりさかれた。
見れば、静かな眼で白いドラゴンが佇んでいる。
誰にも存在を知られたくないのか、と問えば、頷きが一つ。
ここにいたいのか、と問えば、また一つ頷きが。

・・・・・・仕方あるまい。
しがない一考古学研究者でしかない俺だが、考古学者を自負するならば、自身が発掘した出土品には責任を持たねば。




『31日目』

奇妙な共同生活が始まった。
何か伝えたいことがあるのか、こちらをずっと睨んでいるが、言語のコミュニケーションは一方通行なのだ。
俺にはポケモン語など解りはしない。
解らないまま一日が過ぎた。




『43日目』

奴が現れて10日ほど経つ。
未だに睨まれ続けているが、さっぱりである。
なので、別の方法でコミュニケーションを図る事にした。
単純に接触してみよう、というだけだ。
触れてみた奴の毛並みはさらさらと手触りが良く、温かかった。
気が付けば連日の研究疲れもあってか、奴に寄りかかって居眠りをしていたようだ。
こいつもこいつで、律儀に俺が起きるまで身じろぎせず待っていた。
そして、睨まれる。
解らない。
何を伝えたいのだろう。




『50日目』

観察を続けた中で解ったことは、奴がドラゴンと炎の混成タイプということ。
高い知能を有しているということ。
それくらいだ。逆を言えば、それしか解らなかった。
ポケモンの生態は謎に満ちていて、人間が足を踏み入れられるのは、その一部でしかない。
人間に出来ることは、彼等の力を借り、我々の力を貸し、共存関係を築くことだけだ。
いや、共存関係ではないか。
人間はポケモンに依存している。
ポケモンは単体で生きていくことが可能だが、ポケモンなしではもはや人間の社会は成り立たない。
経済、司法、医療、交通・・・・・・その全てが、ポケモンの力に頼っている部分が大きいのだ。
彼等が我々に力を貸してくれるのは、互いに築いた絆のためであると信じたい。
こいつはどうなのだろう。
俺と絆を結ぶつもりがあるのだろうか。その強大な力を貸そうとしているのだろうか。
解らない。
さしあたって、この尻尾の炎を何かに役立たせられないものか。
そこから考えよう。




『69日目』

今日は奴の尻尾の火で目玉焼きを作ってみた。
フライパンを乗せると流石に嫌がっていたが、また律儀にも動かなかった。
油がはねる度にきゃんきゃんと犬のように鳴いていた。熱いらしい。
これくらい我慢しろと言ってきかせた。
お前はドラゴンでしかも炎タイプだろうに。

焼き上がった目玉焼きはミディアムレア。
半熟で最高の仕上がりである。
我ながら塩コショウの加減が素晴らしい。

奴が物欲しそうにこちらを見ていたので、半分わけてやった。
尻尾を振ってよろこんでいた。
尻尾にぶち当たった柱がへし折れ、屋根が歪んだ。

久しぶりにキレた。
一度ならず二度までも、こいつは。
感情にまかせて怒鳴り散らすと、地面に伏せて反省のポーズをしていた。
機嫌を取ろうと、少しずつ擦り寄って来る白ドラゴン。
だからお前は犬なのかと。
・・・・・・まあ、いい。
雨露がしのげれば文句は言うまい。

目玉焼きは冷えてしまっていたが、何故か美味かった。
こいつも、今度は控え目に尻尾を振って美味そうに食べていた。図体の癖に、燃費は良いらしい。
そういえば、誰かと食事をとったのは何年振りだったろうか。




『75日目』

毎日何もない部屋で留守番は暇だろうと思い、壁掛け型のテレビを購入してやった。
こいつの登場でテレビが壊れてしまっていたので、それの買い替えである。
チャンネルはポケモン用の大きめのものに替えてもらった。キャンペーン中らしく、無料交換だった。得した気分である。

取り付けが終わり、さっそく電源を入れる。
流石最新型。画面の美しさはこれまでのものとは比べ物にならない。
どうだ、と奴を見れば、何やら非常に驚いている様子。
どうやらテレビを初めて見たらしい。あんな小さな画面の中に人が入っているのかと、びくびくしていた。
チャンネルを変えてやる度に大げさに驚いている。
そしてポケモンバトル実況に番組が替わった瞬間。
リザードンが画面手前に向って火を吹く、あの有名なOPが流れた瞬間だ。
あろうことか、こいつはぎゃんっと飛びあがって、口から火を吹きやがった。
火炎放射である。

・・・・・・結局また電化店に戻る羽目になった。
もしものためにポケモン破損保証に入っておいたからいいものを。
まさか初日でとは。
学習したのか、壁は派手なコゲ跡が付いただけだった。それでも大問題だが。
煙を上げるテレビの残骸を背に、俺がまたキレたのは言うまでもない。




『102日目』

階下から低年齢向きのアニソンが聞こえる。
確か、女の子向けのアニメ番組だったか。
妖精ポケモンの力を借りて変身し、巨悪に立ち向かう女の子二人の話。
一月もテレビを見ていれば、お気に入り番組が出来るらしい。
その一つがこれである。
立派なテレビっ子になったようだ。
音楽がサビの部分に入る。

「モエルーワ!」

うるせえ。




『167日目』

本日をもって発掘の全工程を終了する。
遺跡のほとんどが砂に埋もれてしまっているのだから、これ以上はどうにもならないのだ。
結局、大きな発見は何もなかった。

「あんたが見付けたものだから、何か新しい発見でもと思ったんだけどねえ」

と、アロエ館長。
何度も言うが、買い被りすぎである。
俺は一研究員でしかないのだ。
見付けたのはアニメがないと生きていけないポケモン一匹だけである。

疲れて家に帰ると、あのアニソンが流れていた。
先日買い与えたDVDを十二分に活用しているようだった。
大画面の中、二人の女の子が黒と銀の戦士へと変身する。
低年齢向けと侮るなかれ。
流石は物語の山場であるか、音楽と演出は凄まじい迫力だ。

『我こそは黒き太陽、サンシャインBLACK’RX!』

『我こそは影の月、ゴルゴムノブヒコ!』

『二人合わせてセンチュリーキングス!』

クイーンではないのか。
スカートの下にはついているというのか。
あと二人目のネーミング。

「ンバーニンガガッ!」

うるせえ。




『291日目』

発掘工程が終了し、もう随分と経つ。
次に現場に呼び出されるまで、また悠々自適の研究生活である。
奴の腹をソファーにして寝そべりながら、資料を読みふける。

そういえば、とふいに思いついた疑問を口にした。
お前は何でここにいるのか、と。
一瞬静止して何かを思い出すような仕草の後、奴は途端に慌てだした。
廃材置き場をひっくり返し始める。
辺りに散乱する機材の山。

・・・・・・まて、俺。
まだキレるな。大人になれ。
何かを伝えようとしてるんだ、こいつは。
そうして奴が取り出したのは、一個のモンスターボール。
それを俺の足元まで放って、挑戦的な眼でじっとこちらを見る。

――――――コメカミから、太いゴムが切れたような音がした。
わざわざ壊れたモンスターボールなんぞ取り出しおってからに。
「取って来い」でもしたいのか。
お前は犬か。
犬なのか。
ポチエナなのか。

余りにも頭に来たため、小一時間の説教の後、こいつのニックネームを「ポチ」にしてやった。
俺のポケモンという訳ではないのだから、ただの呼び名でしかないが。
いつまでもお前だとか、こいつだとか、奴だとかではこちらとしても不便だったのだ。
これくらいが丁度いいだろう。

おい。
俺は怒ってるんだぞ。
嬉しそうにするな、ポチ。
尻尾が柱に当たってあああ――――――。




『292日目』

家が崩れた。
今から段ボールを使いワクワクさんタイムである。
楽しい図画工作の時間がはっじまっるヨー。
何を作るかって?
テメェの小屋に決まってんだろうがポチェ・・・・・・。




『326日目』

新居完成。
知り合いの業者に頼み、突貫工事で仕上げて貰った。
ドッコラー達の集団作業は見事の一言。
その間ポチはダンボールハウスで待機だった。
時折空気穴から悲し気な鳴き声が聞こえるも、適当に誤魔化した。

内装はほとんど変わっておらず、またガレージを改造したような家屋である。
ポチも反省したようだし、外に出してやることに。
ようやく羽を伸ばせて嬉しいだろうと思いきや、聞こえるアニソンのサビ。

『なーぜーお前はライダーなのーに車にのるのかー』

『その時、不思議なことが起こった(ナレーション)』

「モエルーワッ! モエルゥゥゥワッ!」

・・・・・・今日くらいはいいか。




『327日目』

うるせえ。
オールとか勘弁してくれ。




『343日目』

ゆったりとまどろんでいた昼過ぎ。

「元気にしてた?」

学生時代の同期が遊びに来た。アポなしで。
ポチはいつの間にかコンテナの中に身を隠していた。
素早い奴め、そんなに人目に付くのが嫌か。
ますます引きこもり生活に磨きが掛かっていやがる。

「問題があります」

と、到着するや同期から急に真剣な顔で切りだされた。
何だ。

「白い水着と黒い水着・・・・・・どちらがあたしに似合うかしら?」

帰れ。
シンオウ地方に帰れ。

「冗談ですよ。つれないですね」

ボタンに指を掛けながら言っても説得力は無いんだよ。
その鞄からはみ出してる白と黒の布切れはなんだ。
あとチャンピオン様がこんなあばら屋に来るんじゃない。
広いだけしか取り得のないようなとこだぞ、ここは。

「今日のところは新築祝いと、あなたのガブリアスの様子を見に来たの」

家を建て直したのをどこから聞きつけてきたのやら。
ああ、はいはいガブリアスね。元気にしてるよ。
最近はじしんで砂を固める作業しかさせてないけど。
やっぱそっちに影響出てたか。

「ええ。私たちのガブリアスは双子だから、何か通じるものがあるのね」

そうさね。
教授から卵を二つ渡されて、それぞれが育てなさいって言われたのが懐かしいよ。
で、どんな感じだったよ。

「一年程前の事になりますが、怯えたような仕草を見せるときがあったのです。何か強大な存在を察知したかのように・・・・・・」

それは、あー、その、なんだ。
今は収まってるでしょ?

「ええ。それで何があったの?」

うむむ、何と言えばいいのやら。
まあ、なんだ、発掘作業で格上のドラゴンタイプと会っちゃってさ、そのせいだよ。
もう慣れたみたいだから、そっちも大丈夫だろ。

「なるほど。そしてあなたは更に強くなったという訳ね。さあ、クロイ君。ポケモン勝負をしましょう」

なぜそうなる。
もう一度言ってやる。なぜそうなる。
チャンピオンが軽々しく勝負しようとか言わない。

「もうチャンピオンではないのですが。ふむ、解りました。クロイ君、バトルしようぜ!」

言い方をかえても駄目なもんは駄目だ。
ポーズを取るな。
指をくわえても駄目だ。

「どうしてあなたはトレーナーを毛嫌いするのですか? そんなに強いのに、勿体ない」

だってお前、負けたら金をむしられるとか、どんな博打だよ。
俺に続けられるわけないだろ。金ないし。
この前なんか負けて電車賃を取られたって、泣きながら歩いてるエリートトレーナーの女の子を見たよ。
あんまりにも可哀そうだから車に乗っけて送ってやったよ。
エリートトレーナーでもころっと負けるような世界だぜ。
お前さんだって子供にやられたんだろ。
やってられん。

「へえ、そう、車で」

それに研究職と二足のわらじを履けってか。
俺はお前さんみたく優秀じゃないんだから、無理だって。
それに、ほら。
俺あんまりグロ耐性ないからさ。

「というと?」

つのドリル。
ぜったいれいど。
ハサミギロチン。
かみくだく。
もっと挙げようか?

「・・・・・・いえ、結構。よく解りました」

ポケモンバトルってけっこうグロイんだよね。
だからさ、俺にはそれを仕事にすることは無理なんだよ。
今だってギリギリの生活してるんだ。
ひーこら言いながら毎日暮らしてる野郎にゃ無理だって。

「では、勝負ではなく気晴らしにバトルごっこしませんか? もちろん遊びなので、お金のやりとりはありませんよ」

まあ、それなら・・・・・・。

「ふふっ、では全力で戦いましょう!」

あいよ。
行け、ガブリアス。

「ミカルゲ、行きなさい!」

げきりんぶっぱー。

「くっ、一撃で! 次、シビルドン!」

げきりん。

「ル、ルカリオ!」

まだいけるか。
もいっちょげきりん。

「苦手タイプをものともしないなんて! でもこれで動けないはず。ミロカロス!」

どっこいラム持ちです。
げきりんぶっぱー。

「う、うぉーぐる・・・・・・」

げきりん。

「・・・・・・がぶりあすぅ」

げきりん。
ずっと俺のターン余裕です。
本当にありがとうございました。

「・・・・・・」

おい、何だよ。
床で寝るなよ。
眠いんなら帰れよ。
動きたくない、ってお前ね。布団まで運べってか。
はいはい。
よっこらせーのせっと。





『344日目』

同期帰宅。
とはいってもサザナミタウンの別荘でしばらく過ごすらしい。
海底神殿の研究をするんだとか。
あー、あれね。
何年か前に海に潜って見に行ったよ。
王がなんちゃらって暗号が石碑に彫ってあったんだっけか。忘れた。
振り返っては手を振る同期を見送っていると、これまたいつの間にかポチが姿を現わしていた。 
あいつは誰だって?
同期だよ、大学時代のな。
なんだ、その目は。

「モエルーワ?」

うるせえ。




『362日目』

地元から手紙が届く。
差し出し人は、近所に住んでいた女の子。
トウコちゃんからだった。
仕事で実家から離れた俺に、定期的に手紙をくれる優しい子である。
機械音痴でメールが使えないからと、女の子らしい丸っこい字がいっぱいに書かれた手紙。
今回は一枚の写真が添えられていた。
トウコちゃんの写真だ。
新しい服を買ったんだとか。
しかし・・・・・・これは、その、露出が多すぎるんじゃなかろうか。
トウコちゃんは静かな子、というか、どちらかというと暗い感じの子だったはずなのに。
大胆に袖をカットされたベストに、ホットパンツ。
コンプレックスだと言っていたふわふわのくせ毛は、キャップでまとめられている。
今時の派手目な女の子の服で似合ってはいるのだが、違和感が拭えない。
トウコちゃんの私服はほとんどが単色のシンプルなもので、髪もアップになどせずいつも下ろされていて、言い方は悪いが、幽霊みたいな感じだったはず。
俺が地元にいた頃は、トウコちゃんはよく後ろをついて歩いてきていたのだが、気配が無くいつも驚いていた記憶がある。
これがトウコちゃんの趣味ではないとなると・・・・・・ああ、またお母さんに無理矢理着させられたんだな。
必死にシャツを引っ張ってるけど、ホットパンツから伸びる足はそれくらいじゃあ隠せない。
耳まで真っ赤にして、ベルちゃん腕を組まれて写真に写ってるトウコちゃん。

「モエルーワ!」

うるせえ。
自信満々に頷くんじゃねえ。




『365日目』

トウコちゃんの手紙に書かれていた最後の一文が頭を離れない。
『おにいちゃんに会いたいです』
小さい頃に面倒を見てやっていただけだというのに、あの子は俺なんかのことを気にかけていてくれる。
心配してくれる人がいるのはいいものだ。
仕事で帰れない、などと屁理屈をごねているが、本当は実家に帰るのが辛いのだ。
誰もいない家に一人でいると、両親のことを思い出してしまう。
とうとう去年は命日にすら帰らなかった。
ポチの尻尾を枕にしながら、手紙を読み返す。
いつもは何とはない内容の手紙だったというのに、会いたいと、はっきりとそう書かれている。
初めてのことだった。

なんだポチ、急に動くな。
行け、というのか。
・・・・・・そうだな。悩んでいるよりは、いいか。
墓参りもしないといけないしな。
しかしお前をどうするか。
言うや否や、ポチの身体が光り出した。
光の中、どんどんとポチの影が小さくなっていく。
光が収まった後には、モンスターボール大の丸い石ころが。
持って行け、ということか。
ありがとよ。
俺もお前と一緒なら心強いよ。

「ンバーニンガガッ!」

うるせえ。
石のくせに吠えるな。まったく。
よっこらせ、と手を伸ばす。
そして俺はまた、変な石を拾った。


→『B/W:0日目へ』









[27924] 【習作】ぽけもん黒白2
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:373ed26e
Date: 2011/05/22 10:58
黒白:1日目


舞い散る桜の花で作られた自然のゲートをくぐれば、若葉の緑が目に染みる。
薄桃色に体毛を変えたシキジカたちを眺めながら、しばらく車を走らせていると、前方に町並みが見えてきた。
カノコタウン。
俺の故郷である。

年々過疎化が進むカノコタウンは、町というよりも村といった方がしっくりくるくらいに小さい。
数年前、町起こしのプロジェクトが発足し、町人一丸となりポケモンジムをこの町へ移転させよう、という企画が挙がったことがあった。
近年開発のめざましいイッシュ地方では、都心部を離れた町の過疎化が重大な課題となっているのは周知のことだろう。今時、小学生の社会科の教科書にも、リングマの挿し絵と共に載っていることだ。ドーナツ状に流れていく人口とリングをかけているらしい。笑えない。
ダムを造ることも発電所を造ることも地理的に不可能であるために強制立ち退きもさせられず、維持費だけはべらぼうに掛かる、という県政にとっての頭痛の種。カノコタウンはその代表的なものだった。
そこで挙がったジム移転の企画は、誰にとっても渡りに船だったのである。
チャンピオンリーグに参加するには各市町村に点在するポケモンジムにてジムリーダーに挑み、勝利し、バッジを得なければならない、というシステム上、ポケモンジムの建てられた町には宿泊施設やフレンドリショップ等の利用によって、膨大な金が転がり込んでくることになるのだ。それを元手に、都市開発をしてしまえ、という魂胆だった。
そして白羽の矢が立ったのが、俺である。
なに、特別な理由は無い。
年齢的にも、実力的にも、適任者が俺しかいなかったというだけのことだ。
町興しなのだから、地元民がジムリーダーになった方が都合が良かったのだろう。
そしてプロジェクトはとんとん拍子に進む――――――はずだった。
プロジェクトは立ち枯れることとなる。
なぜか。
俺が逃げたからだ。
両親の墓があり、家族で暮らした家があるこの町に、腰を落ち着けるつもりが少しもなかったのだ。俺は。
そして町は寂れたまま。
子供たちの声すら聞こえないまま、閑散とした街並みに春の陽気が降り注いでいる。

「バーニンガー・・・・・・」

ああ、わかってるよ。気を遣わせちまって悪いな、ポチ。

「ルーワ!」

唸るな唸るな。
俺が悪いんだからさ。仕方ないんだ、こればっかりは。
ここに残った人達からすれば、俺は町を捨てた裏切り者なんだから。
若者不足の町なんだ。大人の思いこみは中々変えられんよ。
先ほどからひそひそと聞こえる声は、悪意を孕んだもの。
意識しまいと思っていても、耳は塞げない。

「・・・・・・いち・・・・・・ん」

歓迎されないのは当たり前なのだ。
今更帰って来て何の用だ、という無言の圧力が肩に重い。
これがさっさと出ていけ、になる前に墓参りを済ませて退散しよう。

「・・・・・・おに・・・・・・ん」

「ンバッ!?」

おい、どうしたポチ。
なんでそんなに震える。
やめろよ、携帯が鳴ったのかと思ったじゃないか。バイブレーション設定にしてるんだから、紛らわしいだろ。
今時ライブキャスターじゃないのかよって突っ込みはなしな。
トレーナーじゃないんだし、俺には必要ないよ。

「おに・・・・・・ちゃ・・・・・・」

「ンババババッ!? ババババビャババババ!?」

うるせえよ。
いい加減にしろって、震え過ぎだこら。
はあ? シムーラウシロウシロ?
いったい何があるん・・・・・・。

「おにい・・・・・・ちゃ・・・・・・」

振り向いた背後には、少女が立っていた。
うつむいた顔全体を覆う、暗い色をした髪。
細い手足に映える、作り物のようにきめ細やかな白い肌。
アイボリー単色のワンピース。
まるで気配が無かったというのに、一度認識すれば空気は重く沈んでいく。
そんな少女だった。
少女は微塵も気配を感じさせず、俺の服の裾を掴んでいた。これもポチに言われるまで、俺が気付くことはなかった。
落ち着け、ポチ。みなまで言うな。
彼女が何であるか、俺には解っている。

「お・・・・・に・・・・・・ちゃ」

何だってか?
おいおい、ここまで来てわからないとか言うなよな。
そうだ、ポチ、知ってるか?
ゴーストポケモンっているだろ。未だに夏場になると、いるやいないやの幽霊討論がテレビで放映されてるけどさ、あれっておかしな話だよな。
だってよ、幽霊の存在は既に証明されちまってるんだぜ? 
・・・・・・もう解ったな?

「ンバーニンガーッ!」

「やーっ!」

ぎゃーっ、じゃねえ。
うるせえ。
うるせえよ俺達。
こらポチ、お前が急に叫ぶもんだから釣られちまっただろうが。
反省しやがれ。
今日のお前の晩飯はお徳用ポケモンフードな。
ハーデリア用にカロリー計算された、カリカリの不味いやつ。

「ニンガッ!?」

何が理不尽なもんか。
勝手に勘違いしたお前が悪いのだよ。
わっはっは。

「あう、びっくり、した・・・・・・」

ごめんな。
それと、久しぶり、トウコちゃん。

「うん・・・・・・久しぶり、おにいちゃん」

きっと、ほにゃりとした笑みを浮かべているのだろう。
ふわふわの長い癖っ毛から覗くのは口元だけで、その表情はようとして知れないけれど、この子の纏う空気が春の陽気のように、明るく温かくなっているのだから。
俺の服の裾を掴んで離さないこの女の子。
彼女がトウコちゃんである。
俺に会いたいと、手紙を送ってくれたのもトウコちゃんだった。
町民のほとんどに嫌われている俺だけど、この子とその幼馴染の一家、そして博士達だけは受け入れてくれた。優しい人達だ。
恩返しをしたいとは思っているけれど、それを言うとこの子達は決まってへそを曲げてしまうのだ。
見返りを求めてしたんじゃない、って。
まったく、俺よりも10歳以上は年下だってのに、立派な子たちだ。
いやさ、俺が駄目過ぎるだけか。
小学生に借りを作る社会人とか。

「おにいちゃん?」

何でもないよ、トウコちゃん。
トウコちゃんはえらいなーって思ってただけ。
ほうら、撫でてやるぞ。
えらいえらい。
トウコちゃんはいい子だね。

「ひゃー」

おや、何やら微妙な顔。
嬉しいけど、素直に喜べないみたいな。
どうしたよ。
もう撫でられるのは嫌になった?
あー、そうだな、ごめん。
君はもう子供じゃないんだな。デリカシーが無かった、謝るよ。

「ち、ちがっ、ちがう、よ! おにいちゃんに、なでなでしてもらうの、好き・・・・・・だよ!」

じゃあ、どうして?

「んう・・・・・・私、これ、嫌い・・・・・・」

これ、って髪の毛のこと?

「ん・・・・・・くしゃくしゃだし、色もベルちゃんみたいに、綺麗じゃないし、髪型だって、変えられないし・・・・・・」

ふーん。
俺は好きなんだけどな、トウコちゃんの髪。
こんなに手触りがいいんだし。
ボリュームがあるのにこれだけ細くて柔らかいなんて、こんな上等な髪質はちょっとお目にかかれないぜ。

「ほんと・・・・・・?」

ほんとほんと。
何だよ、誰も褒めてくれなかったのか?

「ん・・・・・・おかあさんも、髪だけはおとうさんに似たのね、って、いじりがいがなくて残念だ、って」

あー、あの親父さんね。
俺、あの人の顔見たのって10回もないんだけど。今も放浪の旅に出ちゃってるみたいだし。
これだからトレーナーっていう人種は・・・・・・。

「学校のみんなも、変だ、って。つるが増えすぎたモジャンボみたい、って」

へえ。
で、その学校の奴らって、誰なのかな?
おにいちゃんに教えてみなさい。
ん? 顔が怖いって?
ははは、俺は元からこんな顔だよ。
大丈夫さ、顔はこんなでも何も怖いことなんかしないから。ホントダヨ。
ちょっとお話ししてくるだけだよ。
モジャンボとかナイスチョイスじゃないかこの野郎。なら手前の頭をイシツブテみたくしてやんよー、ってね。
スリーパーじゃないところが優しさです。
しかし俺はモジャンボ可愛いと思うんだけどなあ。女の子は嫌なのか。

って、ああダメダメ!
トウコちゃん、髪を引っ張ったらダメだって。
引っ張っても真っ直ぐにはならないから。
うおおい、泣くな泣くな。ほら、眼を擦らないの。

でも、トウコちゃんには悪いんだけどさ、ちょっとだけ嬉しいんだ、俺。
だってさ、誰からも見向きもされてないってことは、俺だけがこの髪の良さを知ってるってことだろう?
俺専用ってことじゃないか。
今のところはさ。

「おにいちゃん、専用・・・・・・?」

そうだよ。
トウコちゃんの髪は、俺専用だ。

「ルーワ・・・・・・!」

なんだポチ。
その恐ろしい子を見るような目は。
石になってるからって解るんだぞ。

「おにいちゃん、専用・・・・・・わあ」

専用だなんて言っても、他にトウコちゃんの髪を褒めてくれる人が出て来るまでの期間限定だけどね。
どんな野郎が君の隣に立つのか、楽しみであり寂しくもあり。
あーあ、複雑だなあ。

「おにいちゃん、だよ?」

うん?

「わたしは、おにいちゃんと、ずっと一緒に、いたい・・・・・・よ?」

そうかい。
ありがとうな、トウコちゃん。
俺もだよ。

「んう、おにいちゃん、解ってない・・・・・・」

何か言ったかい?
声が小さくて聞こえなかったけども。

「んう、何も、言ってない、よ?」 

じゃあこっちにおいで。
また俺に極上の手触りを楽しませてくれ。
もふもふ。
もーふもふー。

「ひゃー」

そうそう、これこれ。
あー、癒されるなあ。
ポケモンに似てるっていうんなら、トウコちゃんはエルフーンって感じだなあ。
髪型も似てるし。
リアルエルフーンだよ、本当に。
もふもふしてやりたくて仕方ないな。

「んう、だめ。もう、おしまい」

あー。
やりすぎちゃった?
ごめんな。
調子に乗り過ぎたか。

「ちがう、よう。これ以上、なでなでされると、大変なことになっちゃう、から」

大変なこと?
チェレンの生え際が後退するとか、チェレンのアホ毛が倍に伸びるとか、チェレンが急にサングラス掛けだして小学生デビューしようとしちゃうとか?

「ん、それは大変だけども、ちがう、よう。あのね、これ以上されちゃうと、ね」

されちゃうと?

「嬉しくなって、ふにゃふにゃになっちゃう、から」

ああ、もう。
あああ、もう。
トウコちゃんは可愛いなあ。
トウコちゃんは可愛いなああ。

「ひゃー」

と、まあ。
真昼間の往来で自重しない、駄目大人代表の俺がいた。
現在、ふにゃふにゃになったトウコちゃんをおぶって家まで送り中である。

「あのね、おにいちゃん」

きゅう、と俺の首にしがみつくトウコちゃん。
うん、どうしたの?

「おかえりなさい」

・・・・・・うん。
ただいま、トウコちゃん。

その後は、もう何年も繰り返された、いつもの通り。
トウコちゃんを送り届けた後、ママさんの勧めを断りきれず、夕飯を御馳走になったのであった。
泊っていけとの誘いは流石に断り、帰宅。
一晩離れるだけなのに、泣きそうな顔をしていたトウコちゃんが印象的だった。
無理もないか、一年も放っておいたんだから。
しかし一年、されど一年、たったの一年、どうとるべきか。
家の中は静かで、冷たくて、トウコちゃんの家のような温かさは少しも感じられなかった。
ここは本当に俺の家なのだろうか。
寒い、な。

「モエルーワ・・・・・・モエルーワ・・・・・・ッ!」

うるせえ。
静かにしてたと思ったらそれか。
トウコちゃんの家の方を向いて鼻息を荒くするんじゃない。
なんだって?
合格だって?
なんの試験だよ。
妹度審査?
なんだそりゃ。

「モエルゥゥゥワッ!」

いい仕事してますねとかうるせえよ。
お前は鑑定団の人かっつーの。
何の品評をしてるのか、お前とはじっくりと語りあう必要がありそうだな。
おいおい、またバイブレーション機能ONか。
マナーモードだって?
ははは、笑えるな。
おいおい、そんなに震えるなよ。まるで俺がいじめてるみたいじゃないか。
もう遅い時間だと?
安心しろ、夜はまだまだ長いんだ。
今夜は寝かさないぞ。
さあて、暑くなってまいりました、と。



黒白:8日目


いかんいかん。
この一週間、食っちゃ寝を繰り返してしまった。
自室の布団から台所までしか移動した記憶が無い。
だってご飯とか掃除とか洗濯とか、全部トウコちゃんがしてくれるんだもん。
おにいちゃんは座っててって言うんだもん。
手伝おうとすると、わたしの生きがいなのにって泣きそうになるんだもん。
だから仕方ない・・・・・・わけあるか。
このままでは俺は本格的に駄目になる。
刺激だ。
生きるための刺激を得なければ、腐ってしまう。
というわけで散歩しようぜ、ポチ。

「ニンガー・・・・・・」

ああ、気遣ってくれたのか。
いいってのに。
でもまあ、ありがとよ。
周りの奴らの言うことは気にするな。
俺は気にしてない。
だから、いいんだよ。

「・・・・・・バーニンガ」

まったく、しょげた声を出すな。
わかったわかった。
帰ったら一緒にDVD観てやるから。

「ンバーニンガガッ!」

うるせえ。
途端に元気になりやがって、こいつは。
そら行くぞ、と玄関を出る。
出た所でぽすり、と飛び込んで来る見慣れたふわふわ頭。
結構なスピードだったが、髪に衝撃が吸収されたのか。
おおう、リアルコットンガード。

「おに、お、おにいちゃ・・・・・・たす、たす・・・・・・」

なんぞ?

「あー、クロにいさんだぁ! ねね、そのままトーコちゃん捕まえててえ!」

「ひゃー!」

この独特なアクセントの口調は、ベルちゃんか。
おはよう、二日振り。

「もうお昼だよ。クロにいさんのお寝坊さん」

にこー、と大きめの帽子を抑えて笑うベルちゃん。
ウェーブが掛かった短めの金髪が、すっぽりと帽子の中に収まった。
トウコちゃんが見た目がふわふわなら、ベルちゃんは中身がふわふわな子だな。
それで、どうしたのさ。

「トウコちゃんのお着替えするの」

「やーっ! やーっ!」

なるほど。
それで逃げ出したトウコちゃんを追って来た、と。
受け身がちなトウコちゃんがこれだけ嫌がるのも珍しいな。
どんな服を着せようとしたのさ。

「んとね、クロにいさんに送った写真の服。トウコちゃんてば、あれ以来一度もあのお洋服着ようとしないんだよ」

ああ、あれか。
まあトウコちゃんの趣味には合わないだろうな。露出多めだったし。
似合ってたけどね。

「だよね! お兄ちゃんに見せるために買ったのに、トウコちゃんたら、恥ずかしがっちゃってあれから一度も着ようとしないの。
 それでね、トウコちゃんのママにお願いされたの。もう無理矢理着替えさせちゃおうって」

「あうう・・・・・・」

「駄目だよ、トウコちゃん。せっかく勇気を出してイメチェンしたんだから、ちゃんとクロにいさんに見てもらって、感想聞かなきゃ」

感想って。
あいつみたいなことを言うなあ。
あいつって誰、と小首を傾げるトウコちゃん達。
ほら、あいつだよ。一度会ったことなかったかな。
俺の学生時代の同期。

「あー、あのすっごくキレイな人」

「・・・・・・むう」

この前も新しく買った水着の感想聞かせろって、ガレージに押し掛けて来てさあ。
それで色々あって。

「着る」

「トウコちゃん? ど、どうしたの?」

「行こう、ベルちゃん。着替え、手伝って」

お、おう。
急にやる気になったな、トウコちゃん。

「負けない、から」

「あ、まってよー!」

気を付けて帰れよー。
ってもう見えないし。何だか解らないけど、慌ただしいことで。
さて、もう二人共行っちゃったぞ、チェレン。

「気付いてたんですか、クロイさん」

もちろん。
上手く隠れてたけど、気配の消し方がまだまだ甘いな。

「あの二人には付き合いきれませんよ、もう」

はは、そう言うなよ。
女の子と損得抜きで付き合えるなんざ今の内だけだぜ。

「興味ありませんよ、そんなの」

クイっとメガネを上げるチェレン。
今日も優等生キャラだなあ。
ブレザーが似合ってることで。

「そんなことよりもクロイさん、聞いて下さいよ。今度、博士がポケモンをプレゼントしてくれるそうなんです。とうとう僕達もトレーナーになるんですよ!」

そう、か。
お前達ももう、旅に出る年か。
トレーナーになるにしろ何にしろ、旅の目的はちゃんと持っておけよ。

「ええ、もちろん。僕は最強を目指します」

チェレン・・・・・・それは、辛いぞ。
やめとけよ。
折角の旅なんだからさ、楽しく観光でもしてさ。

「余計な口出しはしないで下さい。トレーナーになる以上、強くなる以外に、何があるっていうんですか。
 僕はあなたとは違います。途中で諦めた、あなたとは」

・・・・・・そうだな。
俺は何も言えないわな。
頑張れ、チェレン。
満足がいくところまで、自分の力を試してみろ。
きっといろんなことが解るようになるさ。

「ええ、そのつもりです。覚えておいて下さい。いつか僕は、あなたの前に立つ。そして勝つのは僕だ」

はは、そうなるといいなあ。

「最強のポケモントレーナーに、僕はなる」

では今日の所はこれで、と去っていくチェレンを見送る。

「バーニンガプププ・・・・・・!」

うるせえ。
笑ってやるな、ポチ。
男の子は誰もが通る道なんだ。いやさ、病気か。
たいていは中学二年くらいに掛かるんだけど、あいつは早熟だったからなあ。
しかし、博士にポケモンをもらう、ね。
明日はアララギさんとこに行ってみるか。



黒白:10日目


やって来ましたポケモン研究所。
アララギ博士に会いにきました、とだけ受付に告げ、中へ。
アララギさんに会うのも一年振りか。
本当はいの一番に挨拶に来なきゃいけなかったのに、あんまりにも居心地が良すぎて先伸ばしてしまっていた。
うーん、本格的に堕落してるな、俺。

「ハァイ! クロイ君、元気してた? もう、いつ挨拶に来てくれるかと待ちくたびれちゃったわ!」

お久しぶりです、アララギさん。
相変わらずお綺麗で。

「やあねえ、もう。冗談が上手いんだから!」

いえいえ、冗談なんかじゃ。
ばしーん、と背中を叩かれる。懐かしいなあ、この痛み。
ところでアララギさん、聞きたいことがあるんですが。
何でもあの三人にポケモンを渡すとか。

「そうそう! 初心者用の三体をね。ああ、誰がどの子を選ぶのか、楽しみだわ!」

俺の世代はボール渡されるだけでしたからね。
外したら旅は終わりとか、リスキーすぎる。

「それで、話を聞いて私の所に来たってことは、納得いってないってことでしょう?」

それは・・・・・・はい。
やっぱり、アララギさんに誤魔化しは通用しませんね。
誤解の無い様に言っておくと、俺はあの子達が旅に出ることや、トレーナーになること自体に反対はしていないんです。
ただ、あなたの手から、ポケモン博士が手ずから旅の支援をすることは、俺は頷けません。
見識を広げるためや、学業のため、純粋に観光のためでもいい、旅の理由はたくさんあります。
そうして子供達は自分を見つめ、職に就く。
でも、ポケモン博士の支援を受けるということは、研究に協力するということ。
図鑑を埋めるためには、たくさんのポケモンが集まる場所に足を運ばなくちゃいけない。
つまり、どんな形であれ、チャンピオンロードを目指すことになります。
あなたの手からポケモンを受け取ったなら、あの子達はもう、専門トレーナーになる以外なくなる。
旅を終えて将来、どんな職に就いたって、戦いから離れることは出来なくなる。
それは、あの子達の可能性を狭めることになるんじゃないですか?

「そうね・・・・・・。ねえ、クロイ君。この町の様子を見た? あなたがカノコタウンを出てからまだ数年しか経ってないけれど、たったそれだけでこの町は変わったわ。
 もちろん、良くない方向にね。この町にはもう、あの子達を含めて子供は10人もいないのよ。
 あなたは子供たちの可能性と言ったけれど、カノコタウンに居る限り、あの子達に未来はないわ。この町を出ない限りは」

・・・・・・はい。
解ります。

「でも、だからと言ってあなたのように強引に出て行ってしまっては、皆の反感を買うことになる。それは悲しいことよ。
 どれだけ寂れても、ここはあの子達の故郷なんだから。だから、あの子達が旅立つには、理由が必要なの。
 ポケモン博士からの正式な依頼だっていう、理由が。博士っていう肩書のおかげで、子供を一人旅立たせる度に、国からこの町に補助金も入るしね」

・・・・・・申し訳ありませんでした。
結局は、俺のせいですね。
町に金がないことくらい、わかってたのに。

「ああ、もう! 責めるために言ったんじゃないんだから、落ち込まないの! ほら、しゃんと背筋伸ばしてなさい!」

はい。
ありがとうございます、アララギさん。
俺達に出来ることは、あの子達を見守ることと、本当に苦しい時にそっと手を貸してやること、ですね。
アララギさんに教えてもらった大人の務め、ちゃんと覚えてます。

「よろしい! それでこそ私の知ってるクロちゃんだわ!」

ばしーん、と叩かれる背中。
こうやって力尽くで元気にさせられると、敵わないなあって思っちゃうよ。
やっぱりアララギお姉ちゃんはすごいや。

「じゃあクロイ君、またね! 今度一緒に食事でもしましょう!」

ばびゅーん、と去っていくアララギさん。
はは、忙しい人だな。
今度一緒に食事でも、か。
楽しみだな・・・・・・って、どうしたよ、ポチ。

「ンー・・・・・・」

何だよ。
言いたいことははっきりと言えよ。
何言うかは想像つくけどさ。
はいはい、アララギさんもお前のお眼鏡に適いましたか?

「アリャモエンワ」

うるせええええ!
うるせえよお前ポチこの野郎ォォゥゥァァア!
俺の子供の時からの憧れのお姉さんによくも!
マナーモードON、じゃねえよ!
出て来やがれポチィ!
このっ、アララギさんは十二分にモエルわ!
モエルーワ!









[27924] 【習作】ぽけもん黒白3
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:373ed26e
Date: 2011/05/22 11:12
あざといって言われても泣かない



黒白:11日目


日曜早朝。
昼過ぎまで寝ていたいのに、テレビから流れる軽快なアニソンで叩き起こされるのが、ここ一年の通例となっている。
誰の仕業かなど言うまでもなく。

『ゴルヒコのしわざか! んんん、ゆるざんっ!』

そう、ゴルゴム・ノブヒコのしわざ・・・・・・じゃない。
いかん、朝は頭が働かない。

「モッエルーワッ。モッエルーワッ!」

朝っぱらからご満悦だな、ポチ。
おはようさん。
でももう少しボリューム落とそうな。

「ルーワ!」

はいはい、解ったから。
一緒にテレビ見てやるから、ソファをばすばす叩くなって。
ここすわれここすわれ、ってやらんでもいい。ホコリが舞うだろ。
よっこらせーと。
なんだ、その顔は。
おっさん臭い? ほっとけ。
うるさい、とは言えない。
自覚はある。

『くやしい・・・・・・! でも・・・・・・っ!』

サンシャイン・ブラックRXになじられて涙目になるゴルゴム・ノブヒコ。略してゴルヒコ。
完全に冤罪だ。
吐けぇ、と襟首を締めあげられ目から光が消えている。
が、そこはかとなく恍惚とした表情を浮かべているのは、俺の見間違いなのだろうか。
このアニメは勧善懲悪をテーマにしていて、で、二人の少女が悪の秘密結社と戦うストーリーなわけだが、何か事件がある度にサンシャインがゴルヒコのせいだと決めつけるという、訳解らん展開が必ず挟まれるのだ。
ポチ曰く、王道的展開だとか何とか。
おまえこれ、子供向け番組なんだぞ。
ほら、サンシャインのせいでゴルヒコが給食費盗んだ犯人にさせられて、クラス中からハブられてるじゃないか。
ボディ狙えボディ、ってされとるがな。
いやだよ、こんな子供向けアニメ。
世知辛すぎる。

「モエルーワ!」

不憫モエ? なんだそりゃ。
これは常識、これぐらい押さえとけ、だと?
うるせえ。
ゴルヒコの机に花瓶まで飾られてるじゃないか。

『やったねサエちゃん。家族が増えるね』

嬉しそうにぬいぐるみに話しかけてるけど嫌な予感しかしねえ。
頼むからテレビの電源を切ってくれ。
おい、なんだその顔は。
お前今俺のこと、鼻で笑ったな。
チキンポケモン:クロイ、性格おくびょう――――――じゃねえよ!
テメェポチこの野郎・・・・・・。
犬のくせにいい度胸じゃねえか。
いいだろう、最後までみてやんよ!
吠え面かきやがれ!

「バーニンガー・・・・・・」

ちらりとこちらを見下ろす青い瞳が物語っている。
ついてこれるか――――――と。
ふざけるな。
お前なんかすぐに追い越してやる。
お前こそ俺について来やがれ――――――!

『本当の勇気というのは、腕力が強いとか、弱いとかじゃない! 心の底から許せないものに対して、イヤだ! と叫ぶ事なんだ!』

『子供の心が純粋だと思うのは、人間だけよ・・・・・・サンシャイン』

「モエルーワ!」

モエルーワ!

と二人していい感じにモエルーワしてるところで、ぴんぽん、と玄関の呼び鈴が鳴る。
いいよポチ、石に戻ろうとしなくても。
まだあと15分くらい尺が残ってるだろ。最後まで見ようぜ。
しかし今回は神回だな。ぬるぬる動いていやがる。
ああいいよ、客は無視してもいいって。ほっとけ。
こんな朝早くから来る客なんぞ、嫌みを言いたいばっかりの年寄り様達だけだからな。ジジ様たちは早起きなんだよ。
ことあるごとに朝っぱらから文句付けてきやがって、もううんざりだ。

「・・・・・・いちゃ・・・・・・けてぇ」

ぴんぽん、が扉をとんとんと叩くのに変わる。
とんとん、とととん、ととととん。
長いよ、しつこいなあ。
わかった出るようるせえよ。
はいはい、誰ですか・・・・・・っと!
とふん、と開いたドアから飛びこんで来る誰か。
反射で受けとめちゃったけど、誰よ。

「お、おに、おにいちゃああぁ・・・・・・」

胸の辺りに抱きつきながら、涙を一杯に浮かべて、こちらを見上げる少女。
美少女、と言い表しても過言ではない容姿の女の子だった。
簡素なノースリーブTシャツ、その上から羽織った黒のジャケット。
ジーンズを大胆にカットしたホットパンツから覗く、白い太股が眩しい。
すらりと伸びる長い足先は編み上げブーツが。
時間を追う毎にうるんでいく瞳は、抱き締めて欲しいと懇願しているかのよう。
でも露出している肩は華奢過ぎて、触れたら壊れてしまいそうで怖い。
勢いで、ふわり、と腕をくすぐる長い髪。
ウェーブが掛かったふわふわの長い髪は白いキャップに収められ、キャップの穴からポニーテールにして一まとめにされていた。
この髪の質感、シャンプーの香りは、まさかこの子は・・・・・・。

「ふっふっふー」

開いた玄関の隙間から聞こえる不敵な笑い声。
誰ぞーと目を向けると、忍び笑いを漏らすベルちゃんがいた。
口元を手で隠し、目を細めてニヤニヤしている。

「トウコちゃんファイトだよ! クロにいさん、優しくしてあげてね! じゃあ、私は先に帰ってるからー」

ぐっどらっく、と親指を立ててスキップしながら去っていくベルちゃん。
チェレンの眼鏡はダテ眼鏡ー、などと軽やかな歌も聞こえた。
チェレン・・・・・・お前の眼鏡、オシャレメガネだったのか。
しかし、やっぱりこの子、トウコちゃんなんだ。
そういやあの写真と同じ格好してるな。
実物で見ると全然違って解らなかったよ。

「やっぱり、変、なんだ・・・・・・」

くしゃ、と歪む顔。
いつもと違って表情が見えるものだから、胸が痛む。
いやさ、違うよトウコちゃん。
写真よりもずっと可愛くって、解らなかったんだよ。
似合ってる。
すごく、似合ってる。
エルフーンヘアーもいいけど、こうやって顔が出てるのもいいね。

「ほ、ほんと、う?」

もちろんだとも。
可愛いよ、トウコちゃん。
せっかく可愛いんだから、恥ずかしがらずにそうやって顔を出していればいいのに。
ははは、小顔美人さんだなあ。
ほーれ、ほっぺたぷにぷにー。

「ひ――――――」

ひ?

「ひゃあぁぁぁ・・・・・・」

熱っ!
ほっぺたあっつ!

「モエルーワー」

うるせえ。
小声だけどうるせえ。
まあ立ち話もなんだし、ほら、おいでトウコちゃん。

「ひゃあぁぁぁ・・・・・・」

抱きつかれたままでは動けないので、よいせと抱っこして移動。
目をまわしてこんらんしていたトウコちゃんを、ソファの上に座らせる。
ポチのやつは既に石ころ形態になっていた。
足の下においてころころと転がし、土ふまずを刺激することにする。
気持ちいいなー。
キャインキャインとポチエナが鳴くような非難の声が聞こえるが、無視である。
ポチが入っているこの石、良質の軽石に質感が似ているのだ。
風呂でかかとをごしごしとかするととても気持ちがいいので、色々と重宝していた。
もっぱら足つぼマッサージ器として役立ってくれている。

「はうっ! こ、ここは、おにいちゃんの、部屋?」

おかえり、トウコちゃん。

「う、うん。今ね、すごいことが、起きたの。わたし、テレポートした、みたい!」

うーん、テレポート覚えてるポケモンは手持ちにないなあ。
きょとん、と首を傾げているトウコちゃん。
室内で帽子をかぶっているのはよくないと思ったのか、白いキャップは握りしめられて胸元へ。これはママさんの教育の賜物だろう。
うん、いつものトウコちゃんだ。
力強いくせっ毛は、帽子に圧迫されていてもふわふわ感を失わず。
ちょっと髪が乱れてるね。ほらこっちおいで、トウコちゃん。

「はい、おにいちゃん」

ふっふっふ、まんまときおったわ。
シラカワ家のエルフーンがあらわれた!
クロイのなでまわす。

「ひゃー」

こうかはばつぐんだ!
トウコはたおれた。
クロイはレベル15にアップ。

「はう、はふ・・・・・・おにい、ちゃあぁ・・・・・・んぅ」

しまった、やりすぎた。
トウコちゃんトウコちゃん、起きてくれい。

「うう、たいへんな、ことに、なっちゃった・・・・・・」

ごめんごめん。
なんだか普段と違うから、つい構ってやりたくなっちゃって。

「んう・・・・・・あのね、おにいちゃん。本当に、似合って、る?」

似合ってるって。
本当だよ。

「でも、足とか、出ちゃってるもん。ベルちゃん、みたいに、柔らかくない、し・・・・・・」

そんなことないさ。
眩しいよ。
マシュマロみたいで、つついてみたくなっちゃうくらいに。

「・・・・・・いい、よ?」

何が?

「おにいちゃん、なら、触っても・・・・・・いい、よ?」

ぬう。
いやそれはだね、トウコちゃん。ちょっと問題が。

「お願い、おにいちゃん。さわって・・・・・・ください!」

目の前に立って、ホットパンツのただでさえ短い裾を持ち上げるトウコちゃん。
ひらひらの部分をぐっと掴み、ほとんど股の間接まで見せ、どうだとばかりに白い太股が眼前に突き付けられた。
ぎゅうっと目をつむってリアクション待ちをしている。
そんなに赤くなるくらい恥ずかしいなら、やらなきゃいいのに。
しかし、これはどうしたら・・・・・・。

「モエルーワ? ネェ、モエルーワ? ネェネェ、モエルーワ?」

うるせえ。
こいつ・・・・・・っ、俺を試していやがる・・・・・・っ!
やらないからな! 絶対にやらないからな!
勝手に伸びていく手を無理矢理下ろす。
危なかった。あと5ミリもなかった。
ささ、トウコちゃん、ソファにすわっておくれ。
触って確かめさせなくてもいいんだよ。
俺は十分、トウコちゃんが可愛いってことを知ってるから。

「んう・・・・・・いい、のに」

不満そうに口をとがらせない。
それで、どうしたの。
服を見せるためだけに、こんな朝から来たわけじゃないんだろう?

「うん、あのね、アララギ博士が、お昼にポケモンをくれるって!」

おお。
ということは、トウコちゃんたちも初ポケモンゲットだぜー、と。

「うん! だから、おにいちゃんにも、見に来てほしくって!」

よかったな、トウコちゃん。
よっぽど嬉しいんだなあ。
久しぶりにトウコちゃんの大きな声聞いたよ。
そうか、今日がトウコちゃんの旅立ちの日になるんだなあ。

「うん。お外は、怖いけど・・・・・・でも、がんばる、から! わたしも、おにいちゃんみたいに、なりたい、から!」

俺みたいに、か。
望みはもっと高く持った方がいいよ、トウコちゃん。
俺なんてその日暮らしのダメ男だぜ。

「違う、よ! おにいちゃんはすごい、よ! だからわたしも、旅をして、色んな事を見て、知って、感じて・・・・・・。
 そうやって、おっきくならないと、おにいちゃんの隣にいる、資格なんて、ない、の!」

おいおい、過大評価し過ぎだよ。
俺はそんな凄い奴じゃないって。

「わたしは、おにいちゃんと、対等になりたい。あの人みたいに」

あの人・・・・・・ああ、同期のことか。
俺と対等に、ね。
君はもう、とっくに俺なんかよりもまっとうな人間だぜ。羨ましくなるくらいに。
でもそんな決意を込めた目を向けられちゃあ、これ以上否定は出来ないな。
頑張れ、トウコちゃん。
色々言いたいことはあるけども、旅することは素敵なことだっていうのは、間違いない。
きれいなものも、よくないものも、一杯見ることになる。
その全部が、君を育てる肥やしになるんだ。
人生の先輩としてアドバイスするなら、一言だけ。
楽しんでおいで。

「はい――――――」

真っ直ぐに顔を上げて、トウコちゃんは頷いた。
真っ白で、邪気の無い、純粋な瞳。
強制的にトレーナーの道を進まされることになる、それはきっと不幸だ――――――などと、何故思ったのだろう。
この子は大丈夫だと確信できる。
いや、そんなことはずっと前から解っていたことだ。
俺の勝手な嫌悪感で反対していたに過ぎない、ということか。
本当に、アララギさん、俺はどうしようもない男です。あなたは全部解っていたんですね。
まだ小さなつぼみが、きっと大輪の花を咲かせることを。

「ね、おにいちゃん、いこっ?」

ああ、わかったわかった。
引っ張らなくてもいいってば。
ほら、帽子かぶって。
火の用心と戸締りしてくるから、先に外で待っててね。

「バーニンガ」

おい、どうしたポチ。
トウコちゃんがいなくなったと思ったら、急に出て来て。
何だよその熱視線は。

「モエルーワ・・・・・・」

何だ。何故嬉しそうに頭をぐりぐり押し付けてくる。
はあ? 格好良かったって?
変な奴だな、お前は。美意識がぶっとんでるんじゃねえのか。
ほら、さっさと石に戻れよ。
電気よし、ガスよし、窓のカギよしっと。
お待たせ、トウコちゃん。
うん、その格好にも慣れたようでよかったよ。
外に出ても堂々と出来ていて、ってどうしたの、うずくまっちゃって。

「ひ――――――」

ひ?

「ひゃあぁぁぁ・・・・・・」

・・・・・・忘れてたのか。
おいポチ、初めに言っておくぞ。
何も言うなよ。

「モ・・・・・・ルーワッ!?」

甘い。
さてそんなこんなで、トウコちゃんが人目に触れないよう抱き上げながら、シラカワ家到着。
ポケモンとの対面はギャラリーが居ない方がいいとのことで、階下にてトウコママに淹れてもらったお茶を飲みつつ、待っているのであった。

「ふふ、うちの子ももうポケモンを持つ歳になったのね。時が経つのって早いわよねえ。クロイ君が旅に出たのがついこの前に感じるもの」

はは、俺が旅に出たのはトウコちゃんが産まれる前じゃないですか。

「もう10年以上も前になるのよね。あの子が産まれて、クロイ君がこの町に帰ってきて、それで」

またすぐに俺がこの町を出た、と。
それから今まではシンオウやホウエンとイッシュとを行ったり来たり、ですからね。
顔を合わせる機会が少なくなったものだから、余計に時間の流れが早く感じるのかも。

「クロイ君たら、会うたびにかっこよくなっちゃって困っちゃうわ。トウコも大きくなってるけれど、引っ込み思案はいつまで経っても治らないんだから。
 服も地味なのしか着ないし、もう、女の子を産んだかいがないったら」

それで形から入って引っ込み思案を治そうとあんな服を着せたんですね。
トウコちゃんがかぶってた帽子って、俺の帽子の色違いですか?
あれってシンオウ地方のフレンドリショップ限定の帽子だったはずじゃあ。

「パパに送ってもらったのよー。あ、クロイ君、いかりまんじゅうのおかわりいかが? いっぱいあるから、持って帰ってもいいからね」

ありがとうございます。
頂きます。

「でも効果はあったみたいね。髪をアップにするだけで外じゃ一歩も歩けなくなるような子があんなに変わるなんて、びっくりしたわ。本当、時が経つのって早いわよね。
 それとも君のおかげなのかな?」

トウコちゃんが成長したんですよ、それは。
・・・・・・それに、あの子が人の目を嫌うようになったのは、俺のせいですから。
そんなに長い間一緒にいたわけでもないのに、俺に懐いちゃって。
俺が帰って来る度にいつも後ろをくっついて歩いてたもんだから、一緒に敵意の視線に晒されることになって・・・・・・。
本当に、申し訳ないと思っています。

「あらあら、頭なんか下げなくてもいいのよ。あの子は賢い子だから、本当に怖かったら自分から離れていくわ。それでもあなたと一緒にいたってことは、ね?
 あなたの事を心から信頼していたからよ」

だといいんですが。

「あの子はもう、あなたの後ろをついて行くだけじゃ満足出来なくなったのよ。掛け足で走って横に並びたいって、そう言ってたわ。それが旅をする理由なんだって。
 母親として妬けちゃうわよ、もう」

あの子もママさんも俺のこと勘違いしてますってば。
しかし上、騒がしいですねえ。
注意しなくてもいいんですか?

「いいのいいの! にぎやかなのはいいことだわ。思い出しちゃうなー、初めてのポケモン勝負」

ですねえ。
俺の時は粛々と終ってしまいましたが。
トゲキッス強すぎでしたもん。
10年前はポケモンを貰える制度なんてありませんでしたから、家付きのポケモンか自力で捕まえたのを連れていくしかなかったですし。
親父から貰ったたまごを自分で温めて孵して、育てて、で気が付いたら進化しまくっちゃってましたからね。
初バトルが鍛えまくったトゲキッスでとかもうね。
トレーナー経験の無さとかもう関係ありませんでしたし。
いやー、当時のむしとり少年達には随分お世話になりました。
おこづかい的な意味で。

「そういえばあなたのトゲキッス、最近見ないわね。どうしたの?」

ああ、ちょっと前まで同期に貸してたんですよ。今は返してもらってますが。
あっちこっち地方を巡りたいから、そらをとぶを覚えたポケモンを貸してほしいって言うんで。
どうもチャンピオン防衛戦で使ったとか何とか、噂で聞きましたけど。
しかも相手はトウコちゃんくらいの子供だとか。大人気ないったら。
まあでもトゲキッスには全力をださないように厳命してましたから、さっくりやられた振りをしたみたいです。
俺のトゲキッスがあんな弱いわけないでしょ、って恨み事を延々電話口で聞かされましたよ。
ぐすぐす泣きながら話すもんだから何言ってるかわけわかんないし。
どうせ挑戦者の前じゃあ格好つけて、クールな出来る女を装ってたんでしょね。
負けず嫌いですからね、あいつ。
俺のポケモンを切り札にするとか。チャンピオン様のくせに、初めから他力本願かよっての。
相手は伝説級のポケモンを持ってたんだから、それぐらいしないと勝てる訳ないとか、何とか。
やっぱりよく解らなかったです。

「ああ、あの綺麗な娘さんね。確か、旅先で出会って、そのまま同じ大学に入ったっていう。強敵よね・・・・・・」

いや、あんまり強くはないですよ。

「あなたにとってはそうでしょうね。ほら、よく言うじゃないの。先にそうなっちゃった方が負けなんだって。
 ふふ、でも懐かしいわ、私も旅の途中にパパと出会ったのよね」

いや、お二人のロマンスは何度も聞きましたので、もういいです。

「あらそう、残念。ねえ、クロイ君。あなたのことだから、トウコが旅立ってすぐにここを離れるつもりなんでしょうけれど、もしも何処かでトウコと会うことがあったなら」

ええ、その時はもちろん連絡しますよ。
やっぱり、心配ですものね。
しかしまんじゅう美味いっすねえ。
お茶がこわくなってしかたないです。
あれ、反対でしたっけ?

「いやいや、そうじゃなくって。もしトウコと会うことがあったら、その時にちょっとでもあの子が魅力的に見えたなら、家の娘を貰ってくれないかしら?」

ぶふーっ!
げほっ、げぇっほ、ごふほ!
ちょ、ちょっとママさん、何を言って!

「私は本気よ? 言っておきますけれど、あの子にもそういう知識はちゃんとありますからね?」

そ、そういう、とは?

「あの子はまだ子供だ、なんてことは言わないでちょうだいね。
 大事な一人娘を旅させるんですもの。性教育とか、ちゃんと学ばせてるに決まっているでしょう。一人でふらふらと危ない場所に行って、泣く羽目になったら遅いのよ。
 だったらちゃんとした人に貰ってもらうのが、親としては安心できるのだけれど」

そ、そういうのはチェレンに・・・・・・。

「うーん、チェレン君も悪い子じゃあないんだけどね。あの子はトウコを好いていてくれるし。
 知ってる? チェレン君が強くなりたい理由って、あなたを超えてトウコを振り向かせるためなのよ。
 でもチェレン君をプッシュしたら、ベルちゃんがかわいそうだわ。あの三人の中ではベルちゃんが一番大人かもね。少しも顔に出そうとしないもの。いじらしいわあ」

まあ、それは俺も知っていますけれども。
でもやっぱりトウコちゃんの意思がですね。

「それは当然よ。最終的に決めるのはあの子。だから、無理矢理は駄目よ? ただちょっとだけ、積極的になってもらいたいなあって」

積極的て、どんなですか・・・・・・。
一緒にライモンの観覧車に乗るとか?

「いいわねえ、ロマンチック! きらめく夜景、近付く二人の距離、重なる影・・・・・・ひゃー!」

わー、やっぱりトウコちゃんのママだー。

「今までみたいに妹としてじゃなく、女の子として扱ってあげて欲しいってこと。
 トウコはね、クロイ君のことが大好きなのよ。これがあの子の初恋なんだから、終るにしても、成就するにしても、綺麗な思い出にしてあげたいの」

そう、ですか。
あの子が俺に向ける感情が恋だか何だかは解りませんが、憧れを抱いているってことくらいは解ります。
でも、トウコちゃんが旅先で俺と会うってことは、俺の色んな面を見ることになるってことで、そうなったら直に愛想を尽かしてしまうと思いますよ。
俺のあんまりな駄目さ加減に。

「それもあの子が決めること。まあ、あの子があなたを想っているっていうのも、あなたの言う通りに私の思い込みかもしれないしね。親でも子の心は全部読めないもの。
 でもね、クロイ君、そういうこともあるかもしれないって、心に留めておいて、ね?」

そうまで言われたら頷くしかありませんよ。
解りました。
何をして上げられるかは、俺自身さっぱり解りませんが。
でもトウコちゃんの成長を認めて、変わっていくトウコちゃんをちゃんと受けとめてやるっていうのは、約束します。

「ありがとう、クロイ君。それでこそあの人たちの息子さんだわ」

ありがとうございます。
そう言ってくださると、助かります。
上も静かになったようですね。
あ、下りて来ますよ。

「んう、おかあさん、ごめんなさい・・・・・・お部屋、よごしちゃった」

「いいのいいの、元気が一番! 片付けは私がやっておくから、気にしないでいいのよ」

トウコちゃんに続いて、ベルちゃんとチェレンの姿も。
アララギ博士が送ってくれたプレゼントボックス。
その中におさめられた三匹のポケモンを、三人で分け合っていたのだ。
旅に出るために、パートナーを選んでいたのである。
それで皆、どのポケモンを選んだんだ?

「わたしは、この子。おいで、ポカブ」

「ポカブー!」

「わたしはこの子だよ。来て、ツタージャ!」

「ツタージャー!」

「僕はこいつを。来いっ、ミジュマル!」

「ミジュミージュー!」

うん、三人のイメージにぴったりのパートナーだ。
三人とも、いい子を選んだな。
大事にしてやれよ。

「はいっ!」

と、三人の元気な返事。
うんうん、良い門出になりそうだ。
それで、旅に出るのはいつにするんだ?
とりあえず今日は休んで、明日にするか?

「今日!」

これも三人の返事。
やっぱり待ち切れないよな。

「でもわたしはパパとママの説得があるから、ちょっと遅くなるかも」

ベルちゃんのご両親か。
パパさんの方がちょっと手ごわそうだな。
俺も口添えしようか?

「ううん、ありがとうクロにいさん。でもいいの。これは私の旅なんだから、私が自分でやらないと、ね!」

そうかい。
君はおっとりとした所があるけれど、それでも大事なことはちゃんと解っている子だ。
大丈夫。
きっと色んな夢を見つけられるさ。

「はい! ありがとうクロにいさん!」

じゃあ行ってきます、とさっそく両親の説得に向けて出て行くベルちゃん。

「さて、次は僕かな。それじゃあお先に失礼するよ。早さとは強さだからね。この町を出るのは僕が一番になるのかな。
 これも運命、ということかな。ああ、声が聞こえるよ。大地が僕に強くなれとささやいている」

カルマ(運命)って、ガイア(大地)って、お前な。
まあいいや。
お前にゃ何も言わんでも、何とでもやっていけるだろ。

「クロイさん・・・・・・いや、あえて言おう! 強敵と! 笑っていられるのも今の内だけだ。誓おう、今ここに! 
 僕は最強の称号を手にし、あなたを打ち滅ぼしてみせんと! その時まで・・・・・・さらばだ! せいぜい腕が落ちないよう、磨いておくがいい!」

駄目だこいつ。
こじらせてやがる。
おーい誰か、なんでもなおし持ってないかー。

「おにい、ちゃん・・・・・・」

最後はトウコちゃんか。
うん、お別れはもう済ませちゃったようなものだよな。
はは、この手触りともしばらくお別れか。
ちっとも帰ってこなかった俺がいうのも何だけど、ちょっぴり寂しいよ。

「うん・・・・・・うん!」

ぎゅう、と飛び込んで来るトウコちゃん。
ほいキャッチ。
あのね、と胸に顔を埋めたまま、言葉は続く。

「がんばる、から。すぐに追いつく、から。だから・・・・・・!」

ああ、待ってる。

「うんっ! じゃあ、いってきます! おにいちゃん! おかあさん!」

行ってらっしゃい、トウコちゃん。
少しだけ赤くなった目を隠すように帽子をかぶり、手を振って駆けだしていく。
今日もいい天気だ。
三人の旅路も、きっとこんな天気のように、明るい光が差しているに違いない。

「ふふふ、私母親なのに、娘から別れの言葉ももらえないとか、どう思うクロイ君? ねえ、どう思う?
 小さくっても女ってことなのね・・・・・・まったく、親の顔が見たいわ。私か! ううう、クロイくーん、とーこがぐれたー」

迫ってくるトウコママ。
あわわわわ、じゃ、じゃあ俺もこれで!
失礼しましたー。
あ、いかりまんじゅうありがとうございましたー。
またおじゃましますー。
と捨て台詞を残し、ダッシュで帰宅。
流石に人妻は抱き締められん。

「ンバーニンガガッ!」

おう、ポチ。
お前も気分が良いか。俺もさ。
今日はオールでDVD見ようぜ。

『ピカチュウカイリュウヤドランピジョンコダックコラッタズバットギャロップ』

あ、わるい。
携帯に着信入った。
誰だ・・・・・・・うげ。
出たくないけど、無視しちゃだめだよなあ。
もしもし、クロイです。

『私だ、ジャガだ。すまないな、クロイ君。急に電話を掛けて』

いえ、大丈夫です。
それで市長、今回はどんな御用件でしょうか?

『話が早くて助かる。君も知っての通り、リーグが建っている土地はソウリュウシティ預かりとなっている。便宜上は同じ市内、ということだ。
 運営はポケモン公式リーグが行うのだが、土地の管理責任は私の管轄でね。実は建物の改修工事の際に、リーグの周囲に巨大な空洞が見つかってしまってな。
 君に調査を依頼したいのだ』

ええっと、お請けするのはやぶさかではないのですが。
俺でなくとも、適任者は大勢いるのでは?

『うむ、それがだな、クロイ君。このイッシュ地方は他地方に比べ、埋没した遺跡の数が多いことで有名だ。
 現リーグも遺跡の上に建っているようなもの、というのも釈迦に説法か。
 5年前のリーグ開催地の移動の際、地下調査と発掘によって埋没遺跡の価値が低いため移動させても問題なし、と判断した君には。
 調査団のリーダーであった君には。責任者であった君には』
 
いや待て。
待ってください。
リーダーとか、何の話です?
俺は一調査員としてしか関わってなかったはずですけれど。
それにゴーサインは出してないですよ。
最後まで反対してました。

『当時のソウリュウシティはカノコタウンと同じ憂き目にあっていてな。何としても人を呼び込みたかったのだよ』

いや、それって・・・・・・まさか。

『書類上では初めから君が責任者だな』

い、いやいやいや!
それはないですって!
なんだよそれ、何か問題が見つかったら、俺が全部責任取らないといけないってことじゃないか!

『全部ではなく、7割程度だ。後の3割は私の任命責任ということで、市長を辞することになるだろうが、それでもよかろう。
 あれだけ大掛かりな施設を今更動かせんよ。ソウリュウシティを守っただけで私は満足だ。
 無所属だった君は、我々にとってとても都合のよい人材だったのだ。わっはっは』

わっはっは、じゃねえよ!
なんだそりゃ、ヤドンの尻尾切りじゃないか!
さらっと何しくさってくれとんじゃい、このしゃくれが!
何だよその下顎は! 
ウカムルバスか!
砕くぞ!

『ダブルラリアットで迎撃してくれる。ソウリュウシティを救うには私と、そしてもう一人の犠牲が必要だったのだ。そしてその者は有能であればある程いい。
 君しかいなかったのだよ。諦めてくれ』

この・・・・・・っ!
汚いなさすが政治家きたない!

『そう怒るな。君が10代の時から色々ともみ消してきてやっただろうに。共犯者となるのは今更のことだ。
 それに、我々の生き残る道もある。発見された空洞のことだが、これが少しずつ広がっているらしくてな。それを調べるのが今回の依頼、という訳だ。理解したかね』

もう、いいですよ・・・・・・。
やりますよやらせてくださいよ。
解りましたよ。
空洞が広がっている原因が地質的な問題であるのか、ポケモン被害なのか、あるいは人為的なもであるのかを調べろ、ってことですね。
それでジャガさんは、その空洞が人為的なものであると踏んだと。
人為的なものなら、リーグの周りにそんなものを掘るなんて、穏やかじゃないですね。
国に喧嘩を売っているようなもんだ。
集団戦のバトルを視野に入れたとしたら、イッシュで使える調査員は、確かに俺だけだ。

『うむ、頼んだぞ』

何だろう。
すごく納得いかない。

『かけひきというものはそんなものだ。私の持論だが、かけひきとは相手を負かすためのものではなく、双方の落とし所を探すためのものだと思っているがね。
 政治家に限ってのことかもしれんが』

俺は政治家じゃないんで、解らないですよそんなもの。

『今から学んでおいたほうが将来役に立つぞ。私の後を継いで、市長になった時にな。アイリスが君が来るのを心待ちにしている』

あー、俺のガブリアスはあの子のお気にでしたからね。
じゃあ、今直に飛んでいくんで、よろしくお願いします。

『ああ、頼んだ。リーグの方に直接行ってくれ。すまんが私は職務があるので、市長室から離れることは出来んのだ。詳しい話はアデクに聞くように。それではな』

ピッ、と通話終了。
あああ、なんて厄介なことを・・・・・・。
今までのあの人の依頼とか、100%荒事だったじゃないか。
ええい、ちくしょうめ、行くしかないじゃないか。
ポチ、支度しろ。
少し遠出をするぞ。

「ニンガー?」

どこに行くのかって?
ソウリュウシティが北、イッシュ地方の最北部。
最強を目指すトレーナー達が集う場所。
トウコちゃん達の旅の終着点。
チャンピオンリーグさ――――――。









[27924] 【習作】ぽけもん黒白4
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:373ed26e
Date: 2011/05/22 17:52
『黒白:12日目』


替えの服よし、パンツよし、歯ブラシよし、水と食料よし。全部よし、と。
我ながら旅支度も手慣れたもんだ。
おーい、ポチ。
準備できたかー。

「ルーワー」

何を抱えてるんだ・・・・・・と、そうか。
危ない危ない。
DVDプレーヤーとBOX一式を忘れるところだった。
ありがとな、忘れてたよ。
後は毎週録画予約をデッキに打ち込んで。ほい完成。
なんだ、ポチ。
その計画通りーみたいな悪い笑い顔は。
順調に染まりつつあると? 何にだよ。
気にするなってか。まあいいけどよ。
さ、もう忘れ物はないな。

戸締まりと火の用心だけして、アララギさん達にはあいさつはすませてあるから、よし、出発だ。
頼んだぞトゲキッス。
そらをと――――――どうした、ポチ?
急に石から出てきて。
何で入念なアップを始めちゃってるの?
そらをとぶなら自分の役目、だって?
ええー・・・・・・。

「ババババーニンガー! バーニンガぁ!」

うるせえ。
ええい、泣くなうっとうしい。
袖を噛むなよお馬鹿たり。
伸びる伸びる。袖が伸びる。
よだれが染みて冷たくなってきたんですけど。
そろそろ離してくれませんかねえ。
ぐぎぎ、じゃねえよ。
背中に乗るまで離さねえって、バカか。
お前は何と戦ってるんだ。
離せってコラ。離しやがれ。離せ。
・・・・・・クロイのからてチョーップ。

「キャン、キャン、キャイン!」

うるせえ。
いわくだき要らずのローキックじゃなかっただけありがたいと思え。
お前に乗らないっていうのはな、何も意地悪して言ってるんじゃないぞ。
『そらをとぶ』っていう技がどういうものか、お前知らないだろ。

体の仕組みから空を飛べるポケモンっていうのは、無数に存在してる。
羽が生えてる奴は大抵が空を飛べるさ。
でもそれで人を乗せて飛べるか、っていうのなら、話は別だ。
ポケモンの馬力が足らないとか、そういうことを言ってるんじゃない。むしろ逆だ。
人間の方が耐えられないんだ。
マッハで空を飛ぶ奴なんかザラに居るんだぜ。
俺のガブリアスもそうだな。
そんなのの上に跨ってみろ。空気抵抗とかで吹っ飛ぶっつーの。
そこで、だ。人を乗せるために安全な気流操作や速度調整をポケモンに覚えさせるのが、『そらをとぶ』って技なんだ。
身体の仕組みとして音速超えちまうような奴らには、それでも無理なんだけどな。
ポケモンにとって自分の力を制限させる難易度の高い技だ。当然、乗る方にだって技術が必要で。
各地のジムリーダーが挑戦者の力量を見て、十分にポケモンを使いこなしてるなってのを判断して、レクチャーした後に市役所に登録して、そこで初めて使えるようになると。
ジムバッチが免許替りってことだな。
おわかりか?

「ニンガー?」

それでも乗ってる奴はいるだろう、ってまあ、そうだけどよ。
昔は俺もガブリアスに跨ってブイブイいわしてたけどさ。無免許ならぬ無バッジで。
あの時は悪の秘密結社だか何だかと一戦やらかしててな。奴ら各地で面倒事を起こすもんだから、ちんたら飛んでたら間に合わないんだよ。
そらをとぶは遅いんだよね。
でも今の俺にはもう、フウロみたいな度胸は無いよ。
いや本当本当。
10代の頃みたいな無茶はしません出来ません。
身体硬いし。
怪我怖いし。
お金ないし。
もてないし。

「バーニンガ・・・・・・」

そんな顔をしても駄目なものは駄目だ。
駄目だって。
駄目だったら。

「・・・・・・シュボ」

ぐ、くっ。
ゆ、ゆっくり、飛ぶんだったら、乗ってやっても・・・・・・いい、こともなくは、ない、ぞ。
ええい、解った解った、俺の負けだ。
乗せてってくれ。
一緒に行こうぜ。

「ルーワ! ルーワ!」

そんなにすりよるなって。
ほら背中に乗るから、もそっと頭下げろ。
いいか、くれぐれも安全運転、安全速度で頼むぞ。
はいはい、尻尾ふらなくていいから。ぼうぎょが下がる。
よっこらせ。
・・・・・・あれ?
なあ、何かお前の尻尾、ジェット機のエンジンみたく赤くなってるんだけど。

「モ エ ル ー ワ !」

おい、待て、待ってくれ。
それ以上シュインシュインいわすな。
そんなに漲らせなくてもいいい。
止めろよ。
止めろって。
頼むから。
いや、前振りじゃねえよこのや――――――。

「バーニン・・・・・・ガッ!」

ろ、う――――――ッ!
ちょ、地面遠――――――! 空高――――――!?

「ガガガッ、ガガガ、バーニンガー。ガガッ、ガガガガ、バーニンガー」

ゆうしゃお――――――!
はや――――――やめ――――――!
息が――――――!

「ルールル、ルルル、ルールル、ルルル、ワーワーワーワーワーワワー」

てつこ――――――!
あ、やば――――――。
これ、もう――――――。
し――――――ぬ――――――。
空気が口に入ってしゃべれな――――――。

「バーニンッ!」

あばばばばっばばばばばあばば――――――。






■ □ ■




そのひ。
そらにひとすじのりゅうせいがひかり、せかいのてんきがかわった。
ひとびとはそらをみあげ、イッシュにつたわるでんせつのドラゴンポケモン、レシラムのふっかつをかんじたという。
あらたなるえいゆうのしゅつげんを、だれもがきぼうをむねに、まちのぞんでいた。

シキミの手記・149ページ。
いい感じのネタを思いついたらカキコするの章。
タチネコ考察欄より抜粋。




■ □ ■







うおお、しぬぅぅぁぁあああ!!
ぬううおおおおあああ落ちてたまるくぁぁああああ!
握力が、握力がっ!?

「ルールル、ルールル!」

てめぇポチィィァアアア!
後で覚えてやがれあああ息があ、あ、あ、あ――――――。
ぬるぽ――――――。

「ガッ!」

――――――クロイは、めのまえが、まっくらになった!






『黒白:13日目』


クロイのカラテチョーップ。
カラテチョーップ。
カラテチョーップ。
ローキィーック。
にどげりー。
かわらわりゃあー。

「キャン、キャン、キャイン!」

お前何なの?
馬鹿なの?
ポチなの?
死ぬの?
あんだけゆっくり飛べって言っただろ。
それがどうして光速を超えてマッハでかっとんじゃってんだよ。
かっとべマグナムー、じゃねえよ気持ちよさそうにしてやがって。
トルネード中マジで俺は死にそうだったんだぞ。
特注のコート着てなかったら空気抵抗で即死だったっての。
まったく。

「ニンガ・・・・・・?」

いいよ、もう。
怒ってないよ。

「ルーワー!」

こここ、この馬鹿犬!
嬉しそうにして、調子に乗るんじゃないぞ!
勘違いするなよ! これ以上話を続けたら、誰かに見つかっちまうからであってな・・・・・・。
こら、なんだそのにやけ顔は。お前絶対何か勘違いしてるだろポチ。
ほれ、さっさと軽石に戻りやがれ。
まったく、よりによってリーグの入口なんかに着けやがって。

「よおーッス! 未来のチャンピオン、じゃなかった。へへ、ジム時代の癖が抜けなくってね。では新ためまして。
 ここはチャンピオンリーグ。純粋に強さのみを示す場所・・・・・・」

ほら、ガイドさん来ちゃったよ。
すんませーん、ジャガ市長からの依頼で派遣された者なんですけども。

「挑戦者よ! 己の力を証明するために、四天王へと挑むがいい! 彼等を打倒したその時にこそ、王者への道は拓かれるだろう!」

聞いてねえよこの人。
目がヤベェ。
チェレンと同じ臭いがしやがる。

「一度足を踏み入れたら、勝ち残るか、敗北するかまで二度と出ることは適わない。覚悟はいいか?」

いや、だからさあ。
カッコイイBGMとか要らないから。
鳴らすなって。
賑やかしは要らないんだってば。スピーカを止めろ。

「へへ、どうだい? 俺のスピーチ、中々良かったろ。寝ずに考えたんだぜ。
 実はさ、今日が俺がここに配属されて初めての出勤日なんだよ。だから、初めて見送るトレーナーは、兄ちゃんなんだな。
 おいしい水をやることは出来ないけどよ、応援してるぜ兄ちゃん!」

いや、だから。
ああ断り難いなあ。違うんだってのに。
そんな背中押さないで、ゲート潜ったら自動登録されちゃうって。
あー・・・・・・やっちまったよ。

「じゃあな未来のチャンピオン。武運を祈る!」

あはは、がんばります・・・・・・。
あちゃー、鉄格子上がっちゃったよ。もう戻れないぞ、これ。

トレーナーカードに内蔵されたチップが記録する個人情報。
そいつがリーグに足を踏み入れた瞬間に、リーグ挑戦に同意したとみなされ、ソウリュウの市役所経由で国のデータベースに送られる。
入口のガイドさんが言ってた二度と戻れないっていうのは、ここまで来て試合放棄したらトレーナー資格を破棄するぞ、という遠回しな脅しでもあるのだ。
それはイコール、数年間のポケモン所持禁止を言い渡されるのに等しい。

さもあらん。
トレーナーの頂点を決めるリーグでの戦闘データは、様々な分野に利用される。
次世代のトレーナー育成のためのデータ。
道具、わざマシンのアップデートのためのデータ。
この場に集うトップクラスのトレーナーのデータは、その全てが国益に直結しているのだ。
そして一番大きい比重を占めるのが・・・・・・軍事方面へのデータ流用である。
近年、隣国半島での国際情勢が、どうもキナ臭い。
俺は軍事衝突も時間の問題だと見ているが、さて。
ポケモンを生物資源であると捉えている国は、当然軍事力にもポケモンを利用していて。
だから国防の名目で、今最も求められているデータが、トップクラスのトレーナーに育てられたトップレベルのポケモンの戦闘データなのである。
そんな重要なデータ採取の場で、舐めたマネをしたら・・・・・・わかっているな?
と、そういうことなのだ。

押し切られてしまったが、俺の個人情報は既に送信されてしまっただろう。
10年前はまだトレーナーカードのチップ内蔵化は配備されてなかったから、殿堂入り辞退とか馬鹿なことが許されたんだけども。
前回はジャガさんの権力で挑戦記録を抹消してもらったが、今回はそうもいかないだろう。
リアルタイムでデータ送信されちゃったからな。
何でもかんでも自動化したらいいってもんじゃないなあ、本当。
仕方ない、適当に流すか。
奥の地質を見たいから、四天王は攻略しないとだな。
どうせアデクさんは居ないだろうし、チャンピオンとは後日再戦だとかなんだとかでうやむやに出来るだろ。
二度手間なのは我慢しよう。
とりあえず最初はアイツのとこにしようかな。
第一の塔へレッツラゴー。

「よく来たな、挑戦者よ・・・・・・」

ベルコンに乗せられたゴンドラに身を預け、らせん状に塔を登っていくことしばらく。
頂上にはライトに照らされたプロレスリングが。
その中心に、金髪の髪を短く刈り上げた、道着を身に着けた色黒の巨漢が、仁王立ちに背を向けていた。

「まず初めに俺を選んだこと、その勇気を褒めてやろう。だが、愚かな選択であったと言わざるを得まい。
 何故ならば、お前のリーグ戦はこれが最初にして最後となるのだから。そう、この俺が終止符を打つのだからな!」

巨漢が振り向く。
突き付けられた指は、拳ダコで武骨に節くれ立っていた。
ポケモンに対してだけでなく、自身をも厳しく鍛え上げるのは、かくとうタイプ使いによく見られる傾向である。
ポリシーがあるというのは素晴らしいものだ。
俺なんか弱点突かれるのが怖くてタイプをバラバラにしてあるし。
まあ、それくらい度胸がないと、四天王は務まらないということか。
よしんばジムリーダーなんて。
土台無理な話だったのさ。

「掛かってくるがいい! 挑戦、者・・・・・・よ・・・・・・」

おいーッス、レンブ。
ひさしぶりだなあ。俺のこと覚えてる?

「お、おま、おまままま、おま、お前、お前は!」

おいおい、四天王だろ。もっとはっきり喋れよ。
なんだよ、そんなに震えて。

「お前は、クロイ――――――!」

おう、クロイさんだぞ。
最後に会ったのはリーグが移ってすぐ頃だったから、5年振りか。
いやあ、全然変わってないなお前さん。
相変わらず頭頂部がお寂しいようで。

「これはそういう髪型なのだ! いやそんなことはいい! お前が何故ここにいる!?」

いやー、聞いてくれよー。
ジャガさんから地質調査頼まれちゃってさー。

「嘘を吐け! 貴様リーグ戦は参加しないのではなかったか!」

それがさ、不手際で自動登録されちゃって。
登録取り消しの手続きするのも面倒だし、後でなんかかんか言われるより適当に流しておいたほうがいいかなと。
たぶんすぐ終わるでしょ。

「すぐ終わる、だと? 俺を舐めるのも大概にしろよ。貴様に敗北して以来、俺は己を律し、鍛え上げて来たのだ。俺はもはや、あの時の俺ではない!」

あー、懐かしいなあ。
実はレンブ達とは既に対戦済みだったりする。
リーグが移される際、新四天王の実力を計って欲しいとアデクさんに連れられ、リーグさながらの総当たり戦をやらされていたのであった。
以下、5年前のダイジェスト。

クロイ『トゲキッス、エアスラッシュ×7(がんじょう分込み)だ!』 レンブ『ぐわわーっ!』
クロイ『トゲキィーッス! はどうだん×6!』 ギーなんとか『アッ――――――!』
クロイ『エアスラエアスラ×6』 アデク『やめろォ!』

以上回想終わり。
トゲキッス無双余裕だった。
四天王は犠牲になったのだ・・・・・・税金対策という名の犠牲にな・・・・・・。
後の二人はバトルよりも個性の方が強かったからなあ。そっちばかり印象に残ってて、バトル内容は覚えてないや。

実際問題、ジムリーダーや四天王になってしまったトレーナーは国家公務員扱いとなり、バトル相手を探すのに不自由するという。
ジムリーダーは別だが、四天王ともなると厳密なバトル管理がされ、私的なバトルは後で厳重注意をされてしまうとか何とか。
それは彼等の扱うポケモンの飼育費や旅費や道具代、バトルデータの解析などが税金でもって賄われているからである。
誰だって自分たちの払った税金が、アデクさんのように好き勝手全国を歩き回ってるチャンピオン達の飲み食い代に使われているなどと知っては、いい顔をしないだろう。
そもそもイッシュ地方は世界有数の遺跡埋没地域で、遺跡保護のために金を使わされまくってて、財政が火炎車なんだし。
お金の問題では非常にシビアな地域なのだ。
ジムリーダーやチャンピオン達の品格をも問われる時代である。
マスコミに誘導された世間のパッシングを受けたら、イッシュリーグはもうお終いだ。
本当、アデクさんは何をしているのやら。

そうして、四天王達のストレス解消と戦力維持のため、俺のようなフリーでいて四天王に迫る実力を持った、そして勝敗に興味の無いトレーナーくずれが“サンドバック”として呼ばれるのだとか。
ようは、体のいい練習台である。
腕が鈍らないよう対戦相手を招集するのでさえ、四天王クラスに適うトレーナーともなると、謝礼金が数百万から千万単位でかかるとか。
恩だか借りだとかでロハで戦ってくれる骨のある奴がいたら、それほど便利な奴はないだろうさ。
呼ばれる方はたまったものではないのだけれど。

「ギーマなど、お前に負けて寝込んでしまったのだぞ! 今ですらあいつは貴様の悪夢にうなされることがあると言っていた!」

ギー、誰?
え、そんな奴居たっけ?
そんな酷いことした記憶はないんだけどなあ。
なんだろう。
完全試合しちゃったとかかな。

「ギーマ・・・・・・不憫な奴。ええい、ゆくぞクロイ! ギーマの仇だ! そして俺の雪辱を晴らすために! うおおおお!」

暑苦しいなあ。
しゃんがね、頼んだぞトゲキッス。

「とげきーっす!」

はは、お前はいつも可愛いなあ。

「とげきっすー?」

え? もう本気を出してもいいのかって?
あ、そうか、俺の言い付けを守ってたのか。あいつに貸してた時から、俺の許可なく本気出すなって言い含めてあったもんな。
よし、いいぞ。おもっきりかましてやれ。

「チョッギッ、プルルルリリィィィィィィイイ・・・・・・!」

おおう、やる気が顔に現れてるな。
カミソリの刃のような鋭い目付き。
猛禽類の翼のようなまゆ毛。
うんうん、お前はいつも凛々しいなあ。

「おい待て、何だそいつの顔は。本当にあの時のトゲキッスなのか? 本当にトゲキッスなのか!?」

何って、どこからどう見てもトゲキッスだろうが。
あ、そうか。たぶんこれのせいで印象が変わったんだな。
ほら、首のとこにスカーフが巻いてあるだろ?
俺のトゲキッスはさ、本気出す時はこれを巻くんだ。
今日は久しぶりに本気を出せるもんだから、すごい気合入ってるんだよ、きっと。

「確かにあの時にはそんなものは・・・・・・ならば本気ではなかったと・・・・・・。いやそんなことはどうでもいい!」

「チョッギッ、プルルルリリィィィィィィイイ・・・・・・」

「そんなトゲキッスがいてたまるか! なぜ急にまゆ毛が生えた! 何処の暗殺者だそいつは!」

「チョッギッ、プルルルリリィィィィィィイイ・・・・・・」

「Gか、Gなのか!?」

「チョッギッ、プルルルリリィィィィィィイイ・・・・・・」

「うるさい!」

お前がうるせえよこの野郎。俺の台詞を取るんじゃない。
暗殺者て。
確かに後ろに立たれるのを極端に嫌うけども、それ以外は普通だぜ?
なあ、トゲキッス。
頭頂部オレンの実が何か言ってるけど気にするなよ。

「ぐっ、俺は負けん、負けんぞ! 貴様にだけは絶対に! うおおおおおお!」 

「チョッギッ、プルルルリリィィィィィィイイ・・・・・・」

そーれ、エアスラーッシュ。
ひるめーひるめー。






■ □ ■






結果?
言わずもがな、ということで。
こんな調子でトントン拍子に二人目も撃破したのであった、と。
は? ギー・・・・・・誰?
ええと、あー・・・・・・ああ! あの影の薄い奴! 
俺が顔見せた途端に悲鳴上げてくれちゃってもう、失礼な。
うん、あいつね。
あいつは、うーん・・・・・・正直、影が薄すぎて印象が・・・・・・。
あ、いや、うん。そうそう、誰も居なかったんだよ!
不戦勝だったんだ、そう、不戦勝。
うん、ギーマなんて居なかった。
はっはっは、いやあラッキーだったなあ! はっはっはっは!
勝因?
そうだなあ、うーん。

「チョッギッ、プルルルリリィィィィィィイイ・・・・・・」

ああ、トゲキッス、お前の言う通りだよ。
10%の才能と20%の努力、30%の臆病さと、残り40%は運だ、ってね。
こんなところでいいかな?

「はい、取材へのご協力、ありがとうございました」

あやや、と手帳片手に笑うゴチム調の服を着た女性。
ゴスロリというのだろうか。
おかっぱに切られた紫色の髪に、赤いツーポイントのメガネが良く似合っている。

「助かりましたよー。実は最近、ネタに困っていまして。おかげで良い記事が書けそうです」

いえいえ、シキミ先生のお力添えが出来て光栄です。

「あ、あはは。シキミ先生だなんて、もう、恥ずかしいから止めてくださいよクロイさん」

そんな謙遜しなくても。
しかし、あの時はまだ駆けだしの無名作家だったってのに、今となっちゃあ先生だなんて呼ばれるくらいになっちゃって。
ファン第一号として鼻が高いよ。
でも何で雑誌のコラム枠なんてやってるのさ。
そんなことしなくても、君は本を出してるじゃないか。
作家業一本に絞ってないのか?

「あはは、印税だけで食べていけたらいいんですけどね・・・・・・。四天王の本だから、っていう理由で買われるのが嫌だから、名前を変えて出版してるんです。
 だから言うほど売れてないんですよ、私の本。リーグでのお給料は全部取材費や資料費にあててしまっていますから、流石にそういうのを経費で落とすわけにもいきませんし。
 その、私たちのお給料って、普通のジム公務員の方々よりもほんの少し上なくらいで、だから作家を兼業したいなら色々手を出さないと・・・・・・」

世知辛いな・・・・・・。
ごめんな、俺が悪かったよ。
辛いこと聞いちゃったな。

「いえいえそんな! 辛くても全部自分で選んだ道ですから」

その台詞、アデクさんに聞かせてやりたいよ本当。
でも羨ましいな。
そうやって一心に打ち込める何かがあるって、尊敬するよ。

「そんなに凄い事じゃないですよ。それに、好きなことや趣味を仕事にするのって、無理矢理やらされてるみたいで結局、嫌になっちゃいますから。
 私も何度筆を折ろうと思った事か。
 担当さんにはさっさと原稿を上げろと急かされ、読者さん達には展開を読まれなおかつそれをご親切にも報告され、自分の納得のいくクオリティになるまで書直したいのに〆切りは容赦なく迫り・・・・・・。
 そんなくじけそうな時に私を支えてくれたのが、これなんです。これのおかげで、私は今までやってこれたんですよ」

これって、この手記のこと?
中身を見てもいいかな?

「はい、どうぞ。とは言っても、それは私のじゃないんですけれども。この道でやっていけるのかどうか迷っていた頃に、お恥ずかしながら自分探しの旅に行ったことがありまして。
 旅行中、サザナミタウンに立ち寄った時、そこで拾ったものなんです。交番に届けようにも、名前らしいものがどこにもありませんでしたし。あったのはペンネームだけで」

サザナミ、ねえ。
とにかく中身を見てみようか。
ええと、なになに。

『アナタの胸にダイビング出来ない、おくびょうなワ・タ・シ。
 ねえ、いつになったらワタシをフリーフォールしてくれるの? 待ちきれないKOKOROはちきれそう・・・・・・』

・・・・・・あいたたたー。
なんだこれ。
一行目から凄まじい破壊力なんだが。
やべえ、二ページ目を見たら間違いなくひんしになる。
一体これの何処に勇気付けられたと。
ラフレシア臭がぷんぷんするんだけども。

「そんな、こんなにも素敵な描写ばかりなのに、クロイさんはこの踊るように綴られた文章に何も感じないんですか!? 
 私は感じましたね! KOKOROのTOKIMEKIを!」

やめろ。
君それ状態異常だよ。
KONNRANしてるよ。

「『ねえアナタ、いったいいつワタシにメロメロをかけたの? ううん、わかってる。それはワタシたちが出会った初めてのTURN。小指から伸びた赤い糸の先、アナタに繋がっていたらいいな』
 っていうこの一文なんかもう、ポケモンへの愛が溢れていなければ書けませんよ! もちろん、知識も。シンシアさんはきっと心が純粋で、可憐で聡明な人に違いありません!」

うへえ・・・・・・シンシア?
ああ、この手記の持ち主が書いたペンネームか。
待てよ、シンシアだって?
サザナミ・・・・・・シンシア・・・・・・ポケモンに詳しい・・・・・・。
・・・・・・うわぁ。
俺、すっごい心当たりあるわ。

「ほ、本当ですか!? お願いです、私をその人の所へ」

悪いけど、そいつはやめといたほうがいいと思うよ。
ポエム帳拾ったのは何年も前のことだろ?
そんな長い間、自分の胸の内をしたためた文を勝手に読まれてたなんて知れたら、俺だったらいい気はしないわな。
それに本職の人が頭下げに来ちゃったらもう、気まずくってどうしたらいいか解んなくなっちゃうよ。
これが俺の知ってる奴の物かどうかも確かじゃないんだしさ。
だからこれ、俺に預けてくれないかね?
ちゃんとシンシアに届けてあげるから。悪いようにはしないから、さ。

「・・・・・・はい。貴方がそう言うのなら、お任せします。でもせめて、手紙だけでも」

もちろん。
きっとシンシアも泣くほど喜ぶぞ。泣くほどな・・・・・・。
じゃあこいつは俺が預かっておくとして。
次回作も頑張ってくれよ、シキミ先生。
楽しみにしてるからさ。

「あ・・・・・・はい! ありがとうございます!」

出来ればこの前発売した本の背表紙にサインをだね。

「わわ! 私のサインなんかでよければ、喜んで」

そんなこんなで。
照れながらも自分が出版した本にサインをしている彼女が三人目の四天王、シキミなのであった。
戦闘は特に描写することもなく、つつがなく終りましたよ、と。
げきりんぶっぱでね。
ゴーストポケモンはトリッキーな奴が多いから、ゴリ押しに頼ることになっちゃったんだよなあ。

「そういえばクロイさん、いきなりバトル始めちゃって聞いていませんでしたけれど、今日はどうしてリーグに?」

うん、ジャガさんからの依頼があってね。
地下地盤の調査に来たんだけど、アデクさんいないみたいだし、どうしようかなあと。
あー、アデクさん本当どこ居るんだろう。
あの人の放浪癖はどうにかならないもんかね。

「アデクさんに会いに・・・・・・師匠と弟子・・・・・・」

バトルじゃなくて、人生哲学の師匠だけどね。
戦う哲学者っていうか、天狗っていうか。
何だかんだで憎めないんだよなあ、あの人。
不思議な魅力がある人だよ。
皆アデクさんを慕っていて、だからあの人の周りには人が集まるんだよな。
俺もあの人のことが好きだから、ロハで働いてやろうかなって気になるんだし。

「好き・・・・・・!?」

それで・・・・・・あれ?
おーい、シキミ?
どうしたよ、息が荒いぞ。

「はぁはぁ・・・・・・はぁはぁ」

「ハァハァ・・・・・・ハァハァ」

ポチ、お前もか。
しばらく静かにしていたと思ったらお前は。
シキミも、君よだれ凄いぞ。

「おや失敬。うふ、うふふ、うふふふふふふ! じゅるりじゅるじゅる!」

「ジュルリジュルジュル!」

何か軽石がべにょべにょになって来たんだけども。
気のせいかな。
心なしか室内の空気が重苦しくなってきたような。

「求めあう二人・・・・・・禁断の関係・・・・・・好きですアデク師匠、わしもお前を愛しているぞクロイ・・・・・・ぶつかり合う筋肉、飛び散る汗、漏れ出る苦悶の声!」

「モエルーワ!」

「フレッシュハム! 餡かけチャーハン!」

「ホイホイチャーハン!」

なんだそれはやめろ。
ポチのクロスフレイム! じゃねえよ!

「キタコレ! これで勝つる! 次の即売会はもらった! お・お・お、天界におわしますテトリス神よ・・・・・・今こそ我に力を!」

「凹凸! 凹凸!」

腕を上下させるな!
お前らが何を言っているのか一個も解らねえよ!
いやだよ! 合体はしねえよ!
俺のは排出機能しか備わってないよ!
やめて脳内クロイに無理させないで!
おい、ペンを執るなよ。お前は一体何の作家なんだよ!
物書きさんだろうが何で漫画絵を描いてるんだよ!
無理だって! 入らないってば! 
らめぇぇ!

「クロイ×アデク! クロイ×アデク! ひゃっはー! モエテきとぅわああああ!」

「ヒャッハー! ソリャモエ・・・・・・ネーワ」

「抜き刺し抜き刺し、もっと磨いて腐らせないと・・・・・・!」

「ネーワ」

う、うおお、うおおおお!
喰らえりゃあ、ロケットずつきぃいあああ!

「ぐはあ! お、おのれ条例の回し者め・・・・・・! 
 だがここで私が倒れても、第二第三の女子達が世界のどこかで腐っていくだろう・・・・・・覚えておくがいい! がくり」

ぜぇぜぇ・・・・・・な、なんだったんだこいつは。
まともな子だと思ったのに、とんだダークホースだよ。
ううっ、四天王怖いよう・・・・・・。
こんなのが未だあと一人残ってるのか。

「ネーワ」

お前はどうしたポチ。
さっきまでご機嫌だったてのに、何でそんなに怒ってるんだよ。
はあ? シキミは間違っている、それは逆だ、って? 何が言いたいんだよ。
こら、急に石から出て来るな。
クロスファイアとかするんじゃない。そして俺を指差すな。
何だよ。
アデク、クロスファイア、クロイ・・・・・・だと?
・・・・・・アデク×クロイと言いたいのかお前は。
順番が違うだけだろ、さっきと同じじゃないのか。
溜息を吐いて、こいつわかってないな、みたいな顔をするな。
初めに言っておくがな、ポチ。
俺が冷静でいられるのは、お前が馬鹿なこと言いださない間だけだからな。
だから、もう一度だけ聞いてやる。
ちゃんと考えて話せよ。
俺が、何だって?

「ヘタレウケルーワ!」

うるせええええええ!
自信満々な顔して肩に手を置くな親指立てるなウインクするな!
俺は俺の尊厳を守るために貴様と戦わなければならないようだなあ、ポチィイイイ!
喰らえりゃあ、インファイトォオオオオ!













[27924] 【習作】ぽけもん黒白5
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:373ed26e
Date: 2011/05/23 01:39

『黒白:14日目』


おかしい。
日付が変わってる。
携帯のカレンダーを何度見ても変わらない。なぜか一日が過ぎてる。
いや、慌てるな。少し整理しよう。

あの後、兼業四天王シキミを下してすぐに最後の塔へと向かっていたはず。
塔に足を踏み入れるや不思議な力によって体を引き上げられ、そして頂上に待ち構えていたのは、四人目の四天王。
言葉を交わすよりも早く、会話など相互理解には不要であると、バトルの火蓋が切って落とされた。
白熱するバトル。
次々と襲い来る、強力なエスパータイプのポケモン達。
ガッシ、ボカ! クロイは勝った(ポフィン)。
それから・・・・・それから、どうなった?
いや、もう一度、焦らずに整理するんだ。
場所はまだ塔の内部、その最上階である。
中央には天蓋付きのキングサイズベッド。壁や天井には星。部屋全体がプラネタリウム化していて、静かな夜の帳を演出している。
この部屋の主である最後の四天王。エスパータイプ使いであり、自身もまた強力な超能力者である良家のお嬢様――――――カトレアは、というと。

俺の横で寝てるよ。
同じベッドの中で。
やたらと薄いネグリジェを着て。

「ニヤニヤ」

待て、ポチ。待ってくれ。
頼むから、少し落ち着かせてくれ。
全く訳がわからないぞ。
一体全体、どうしてこんなことに。
何だこれは。新手のとくしゅこうげきか?
俺はいつエスパーわざを喰らった。

「サクバンハオタノシミルーワ?」

うるせえよ!
何もしてねえよ、誓って何もしてねえよ!
見ろ、服も脱いでな・・・・・・ズボンが、無い? 上着も!?
何故に!?

「ニヤニヤ」

くっ・・・・・・。
ええい、らちが明かない。
お嬢、起きてくれお嬢!

「ん・・・・・・うるさいですふぁふー」

あくびで語尾がおかしくなってるぞ。
ん、なんだ、この急な眠気は・・・・・・。
えええい、ねむけざましはどこだ。ポケモン用だけどこの際構わん。

「ううーん、むにゃ、むにゃ・・・・・・」

俺の意識が急にとぎれてたのも、このあくびのせいか。
無意識に漏れた力でこれか。やっぱとんでもない力だな。
こら、お嬢、枕に顔を埋めない。

「すぴよぴよー」

起きてお願い。
そして出きるだけ早く俺の無実を証明して。

「んー・・・・・・や、ですわ」

や、って言われても。

「ねむねむ・・・・・・ぐぅ」

お嬢様がぐぅとか言わない。
起きてくれよ、ほら。

「うう・・・・・・ひどい人。昨日はアタクシをあんなにも激しく攻め立てたというのに、休ませてくれないなんて」

バ、バトルの話しだよね? 
そうだと言ってお願い!

「あっ・・・・・・ま、まさかこんな朝早くから、もう一度なさるおつもり? 嬉しい・・・・・・そんなにもアタクシを求めてくれるなんて」

う、ぐ、惑わされんぞ俺は。
四天王のバトルルームには監視カメラとか、データ収集のための機器がわんさと取り付けられてるはず。
そんな中で無謀をする勇者には、俺はなれない。
よって、お前は嘘を吐いている!

「嘘だなんて、何をお言いになって? バトルの話しでしょう? 
 録画もバトルシーンだけですし、シーツの中までは写すことなんて出来ないのだから、ここで眠ってしまっても問題ありませんわ。眠るだけならば。
 そもそも、何もやましいことなどしていないのだから、そんなに焦らなくてもいいでしょうに」

あ、いや、うん。
そうだよね。あはは、バトルのことだよね。
いやー、勘違いしちゃったよ。
冗談きついなお嬢は。

「うふふ、アナタといる時間は退屈しなくていいわ。うふふふふ」

やめろ胸元を広げるな。
こぼれてる、こぼれちゃってるってば。
やっぱり勘違いじゃないじゃないか!
計算尽くか!
こら、早くしまいなさい! コクランが泣くぞ!

「ええ、泣いて喜びますわね、きっと。それに大丈夫ですわよ。ほら」

こ、こいつ、カメラの位置を計算して布団で壁を作ってやがる。
なんてやつだ・・・・・・。

「ね、クロイ・・・・・・よく見て。アナタに推薦されて四天王になった頃のアタクシは、心も、身体も、まだ子供でしたわ。でもほら、アタクシ、大人になったでしょう?」 

うおおい、にじり寄ってくんな!
落ち着け、そして聞け。
和訳は同じでも、アダルトと大人はたぶん別の意味だ。
言葉の暴力ってのがあるように、そういうのも暴力だとも俺は思うんだが、どうだろうか。
解ったら頼むから引いてくれ。

「もう・・・・・・アナタはいつもそう。するりと指の間から逃れてしまうんですもの。退屈ですわ」

こっちは色々と限界だけどな。
朝だし。

「ああ、それはたぶん大丈夫かと」

・・・・・・聞きたくないけど、一応聞いておこうか。
何で大丈夫なんだ?
いや、何がってわけでもないが、一応。

「アナタがアタクシの力にあてられて、倒れてしまったというのは、予想がついているわね。
 本当なら医務班を呼んで外に運び出すべきだったのだけれど、それだと検査で何日も入院することになってしまうから、ここで休ませることにしたの。
 それに、ここで一晩ぐっすりと眠れば、ポケモン達も回復するでしょう? この先に待ち構えているあの方は、アナタとの全力のバトルを望んでいるから」

この先に待ち構えているあの方、ねえ。
ふうん、アデクさんじゃないのか。
どうせあの人は放浪中だから、代理の人がいるのかな。
さて、チャンピオンの代理を務められる人物となると・・・・・・。

「それに、アナタの、その、それが、多分生存本能が刺激されたからなのでしょうけれど、その・・・・・・お、お・・・・・・お」

お?
それって何?

「その・・・・・・あ、あれが、おっき、していまして。多くの人に見せるのは、アナタの名誉が傷つくのではないかと、直ぐにベッドの中にテレポートを」

あれって・・・・・・うわああああ!
言えって言ったのは俺だけど、俺だけど!
名誉以外のものが現在進行形で傷つきまくってるよ! 正気度とか!

「体を締め付けない様に服を脱がせたのもアタクシですわ。もちろん、それも力で。
 その時に少し触れてしまったのですけれど、本当に、やけどしたように熱くて」

止めろ、それ以上はオブラートに包んで言っても土下座するぞ。罪悪感で。
いい歳した男の本気土下座が見たいか?

「そうね。これくらいにしておきますわ。アナタに嫌われたくありませんもの」

くっ・・・・・・。
手玉に取られてるのか、俺は。
実は悪女かこいつ・・・・・・汗が止まらねえ。

「アナタだって悪いのよ、クロイ。アタクシをここに連れて来たくせに、いつもメールばかりで、顔を見せに来てはくれないんですもの」

それはまあ、四天王に推薦した手前、悪いとは思っていたけども。

「ええ、アナタは忙しい方ですものね。解っているわ。でも、ずっと退屈を持て余していたのだから、少しくらい意地悪をしてもいいでしょう?」

ぐ、ぬう。
それは、その・・・・・・ごめん。
俺が悪かったよ。

「解ればよろしい。ウフフ・・・・・・今、アタクシ、笑顔になってる。すこし恥ずかしい・・・・・・ウフフフフ」

まったく、このお嬢は。
さあ服を返してくれませんかね、レディ。

「や、ですわ」

いや、や、って言われても。
そっぽ向くなよ、こっち向け。
返せよ。

「せっかく良い感じになってましたのに、返すなんてもったいない」

良い感じって、何がだよ。
野郎の汗臭い服だぞ。一体何に使うってんだ。

「主にアタクシの力を安定させるためですわ」

どうやってだ。
俺の服とどう関係がある。
それと主に、って。

「これを」

俺の上着だわな。
これを?

「こう」

こう?
待て、なぜためらいなく鼻先に押し付ける。

「くんかくんか、すーはーすーは。ああ、落ち着きますわ・・・・・・」

・・・・・・うわあ。

「もふもふ、もふもふ、かりかりもふもふ。あああ、頭とろけりゅぅ・・・・・・くんくんふんふんふん」

ヘヴン状態!?
な、なんで!?

「ふんふんふんぐるいむぐりゅうなふくとぅるりゅぅぅ」

いあいあ。
いやいや、トランスしすぎだぞお嬢。よだれを拭け。
いいとこのお嬢様としてどうなのよ、それは。
止めなさい、そして服を返しなさい。今すぐに。

「待って、もうすぐ、もうすぐだから・・・・・・!」

実力行使開始!

「ああっ! どうしてそんなひどいことをなさるの!? 返して!」

俺の服だっつの!
このっ、やめろパンツまで脱がそうとすな!

「ああ、そう、そういうことね。それで、いくら払えばいいの?」

金の問題じゃねえよ!
冷静になったふりしてんな。離せ。

「せめてシャツだけでも!」

無理矢理引っ張るなって!
破れる、破れちゃうから、ってあああ。
ビリっといっちゃったよ。

「うふ、うふふ、これでもう着れませんわ。さあ、アナタの汗と臭いが染み付いたその布を置いていきなさい」

やだよ!
またおかしなことに使うつもりなんだろ!

「おかしなことだなんて、人聞きの悪い。ちゃあんと、世のため人のために使うつもりですわ」

世のため人のためだあ?
どうやってだよ。

「これを、こう、こんな感じに折りたたんで、枕に縫い直すのです。そうすることにより私の力が30%にまで抑えられ、周囲への影響が」

世のためでも人のためでもなくお前のためだろうが。
返せ!

「んんんっ、んんんんーっ!」

顔をシャツから離さんかい!

「くんかくんか! エレガント、アンド、エクセレント!」

ひぃぃ! 

「ニオイフェチ・・・・・・アリダナ! モエルーワ!」

うるせえぞポチィ!
鼻息荒いお嬢様とシャツを取り合うとか、なんだこの状況は。
この子、本当に四天王か?
訳が解らなさ過ぎて頭痛くなってきたぞ・・・・・・わひぃ!
やめろお嬢、隙あり、じゃない! 脇腹に顔を突っ込むな!
くんくんしないで!

「フヒヒ、オタノシミルーワー」

だ、だれか!
だれかお助けえ! 






■ □ ■






うう、酷い目にあった・・・・・・。
現在、地表部分がそのまま落ち窪んで地下まで運ばれる、という巨大エレベーターに乗車中である。
目指すはチャンピオンの間。
カトレアお嬢様を振り切るのに結局2時間程費やして、ここに至る。
兎にも角にも、とりあえず。

「モ――――――」

お前には一言も言わせるかよポチィ。
キャオラッ!

「モルスァ!」

ちぃぃ、叩き割るつもりで手刀を撃ったけど、すごい勢いで飛んで行っただけか。
石になっていようが貴様の首元くらい気配で解るんだよ、このお馬鹿たり。

「ファー・・・・・・ブルスコ・・・・・・ファー・・・・・・ブルスコ・・・・・・ファー」

ふん、良い気味だ。もっと苦しむがよいわ。
拾いにいくの面倒臭いし、あーもー。
さっきから見えてる意匠も、遺跡をそのまま流用したものだしさあ。
ここ、地下遺跡をそのままくり抜いて、リーグの施設をぶち込んであるんだよな。
俺があれだけ言ったってのに、ジャガさん強行しちゃうし。
イッシュに金を呼び込むためだとは解っているんだけども。
広場の巨大像を丸ごと地下直通のエレベーターにしちまうとか、あるとこにはあるもんですね、お金ってのはさ。
見てくれが大事なのは解るが、こんなのよりも金の入れ所は他に一杯あるだろに。
カノコタウンに道路を繋げるとかさあ・・・・・・。

ちぇ、今は財政から何から、国外の事で手一杯だもんな。
まったく、マメバト内閣から政治もぐらついてていけねえや。
アデクさんとかチャンピオンじゃなく、政治家になればいいのに。
ジャガさんも地方に留まらずに中央進出してくれないかな。
所詮は無い物ねだり、か。
そら、お立ち台が近付いて来たぞ。
・・・・・・いや、待て。
人影が――――――女か、あれは。
なんだあ、ありゃあ?

「なんだあれはと聞かれたら、答えてあげるが世の情け・・・・・・。
 世界の破壊を防ぐため、世界の平和を守るため・・・・・・・・。
 愛と真実の歴史を貫く、クール・ビューティーな敵役・・・・・・」

また変なの出て来たよ。
ででーん、と長い階段を上った先、チャンピオンのお立ち台に仁王立ちする人影。
スモークが焚かれ、姿が見えない。
人影の登場を演出するように鳴りだす、重厚でいてそして激しいBGM。
アデクさんでは、ない。
そこには――――――。

「ガブリアス仮面、参上!」

そこには・・・・・・。

「ふっふっふ、驚いて声も出ないようね!」

てててーん、ててててててててーてて (メインメロディ)
ツッタカツッタカツッタカツッタカ (ドラム)

「ふっふっふ、私の正体が誰だか解るまい。おっと余計な詮索は無用よ。私は正体不明の正義の戦士、ガブリアス仮面なのだから・・・・・・!」

てててーん、ててててててててーてて (メインメロディ)
ツッタカツッタカツッタカツッタカ (ドラム)

「・・・・・・あの」

てーん、てててててーててーん、てーん、てててててーててーん (アップテンポなテーマ)
ツッタカツッタカツッタカツッタカ (いい感じのビート)

「そろそろリアクションを・・・・・・」

いや、ここはポカーンとするのが正しいリアクションだろ。
お立ち台の上。そこにはガブリアスの面をかぶった、不本意だがよく見知った女性が、何やら格好いいポーズを決めていた。
というかこいつは正体を隠すつもりがあるのだろうか。
首から下はいつものまま。
胸元を大きく開いた黒のロングコート。首をぐるりと覆う、黒のファー。黒のパンツに、黒のパンプス。
黒一色のコーディネートだ。
唯一鮮やかに彩られたのが、その金色の髪。
こんな閉鎖的な場所にあってなお、金糸のような髪は風にふわりと舞っている。
細身にくびれた腰、形のいい首からのラインは、顔が隠れていても彼女の美しさを際立たせるには十分だ。
というか、なぜ顔だけ隠す。
あれか、顔さえ解らなかったら正体がばれないとか、そういう理屈か。

「長かった・・・・・・この12時間、本当に長かったわ・・・・・・。
 アデクさんから連絡を受けてあなたがリーグに向うと知り、急いで先回りして。
 たとえ関係者入口から入ろうとも無理矢理リーグに挑戦させるよう手配もすませ、でも正面から挑んできたと報告があって、あなたもトレーナーの道を真剣に志すようになったのかと嬉しく思っていたのに。
 だというのに、あなたは、あなたという男は! カトレアとどどど同衾してるなんて! 私もしたことないのに! 
 何なの!? リーグ中に爆睡するとか、史上初よ!? 神聖なポケモンリーグをなんだと思っているの!?
 この破廉恥男が、恥を知りなさい! 10代なんて言葉に惑わされて、大人として恥ずかしいと思わないの!?」

朝っぱらからうるせえよ。
この首から上ガブリアス女が。
その腐ったナナシの実みたいな変な髪飾りむしり取るぞ。

「これはオシャレですうー。おのぼりさんには都会のファッションが解らないようね。あら、でもその着こなしはいい感じよ。私のリスペクトかしら?」

誰が自分よりも4つも年下の奴をリスペクトするか。
お前さんから貰った特注のコート、便利だからいつも着てるけどさ。
同じ黒尽くめだけども。
我ながらロングコートにスポーツ帽なのはどうかと思うけども。
俺が浪人やら留年やらを繰り返して同期になったからって、同じステージに立ったなんて思うなよ。
タンクトップに一枚羽織ってるだけなのは、俺の本意じゃないからな。お前じゃあるまいし、素肌コートとか、そんなトチ狂った格好するわけないだろ。
カトレアに服を剥ぎ取られたんだよ。

「ぐぎぎ・・・・・・あの子ったら、後で教育が必要なようね・・・・・・」

ていうかもう顔隠す意味無いんだから、さっさとそれ取れよ。
なあ、シ――――――。

「おおーっと! 私はシロナといかう超絶ビュリホーで超絶可愛くて超絶賢い天才歴史学者なんて知らないわ! もう完璧に別人だから! ガブリアス仮面に中の人などいないわ!」

・・・・・・ほう。
そっちこそ勘違いしているようだが、俺はその超絶なんちゃらの何とかいう名前で呼ぼうとしたんじゃないぞ。

「そう、私の名はガブリアスかめ――――――」

だから隠すなって。
なあ――――――シンシア。

「だから私はシロナでは・・・・・・え?」

さしずめさっきから流れてるこのテーマは、Battle Cynthia、ってとこか。
さて、シンシアさんよ。
これに見覚えはないかな?
この手帳によお。

「そ、それは・・・・・・! それをどこで!」

匿名の作家さんから預かってきたブツだ。
落とし物を善意で拾ってくれて、今まで保管していてくれたそうな。
何年か前にサザナミで見付けたらしいが、となるとカトレアの四天王就任祝いで、あの子の別荘に行った時に落としたんだろうな。
んー? 何をそんなに震えているのかな、シンシアちゃーん。
ほーれ、ほっぺたぺちぺち。

「か、返しなさい!」

ほーれほーれ、取ってみろよう。

「うあああ、かえしてえ、かえしてえ」

ほーれほーれ。
もっと高く跳べよ。

「かえしてえ、かえしてえぇ」

「ヤッパモエルワー。モエルーワ」

くっくっく。
そんなに返して欲しいか。
お前の出方次第では返してやらんこともないぞ。
これから行われるチャンピオン戦をだな。

「ぐぐぐ、戦わずにあなたの負けにしろ、なんていうのは無理よ。一度リーグに足を踏み入れたのなら、戦わずして去るなんて選択肢は存在しないの。
 バトルの全てが記録されることは、あなたも知っているでしょう? データのカットも無理よ。そんな権限は、代理である私には無いわ。
 私が保有する権限はこれだけ――――――」

シロ――――――シンシアが手を高く掲げると、部屋の四方から赤い光線が照射された。
驚いて飛び退くも、光速に対応できるわけもなく。
赤い光線は、腰のベルト、モンスターボールへと吸い込まれていく。
ポケモンを捕獲する際に照射される光線によく似た光は、自分にとってとても馴染みが深いもの。
まさかと思いステータスカウンターを開くと、予想通りの負荷が手持ちのポケモン達へと掛かっていた。
全てのポケモンが、レベル50表記となっている。

「チャンピオン代理権限により、対戦ルールをレベル50フラットに変更。挑戦者クロイに宣言します! チャンピオン戦はレベル50フラット6on6で行います!」 

・・・・・・なるほどそうきたか。
しかし、レベル、ね。
あれはポケモン達が得た経験や鍛えられた身体能力を数値化したものでしかないんだけどな。
俺のポケモン達はいつの間にかカンストしてたけど、それが全てってわけではなかろうに。
ポケモンは生物だ。
生物の才能を数値化出来てたまるかってんだ。

「それでも各地を旅し海外でバトルの腕を鍛えたあなたのポケモン達は、レベルが高すぎる。戦術や戦略を力技でひっくり返してしまえる程に」
 
否定はしないがね。
だから機械で負荷を掛けて、ポケモンの優劣ではなくトレーナーとしての腕を競いたかった、か。
種族そのものが供えている能力と、育った環境による個体の差のみとなるまで、お互いに機械によって負荷を掛けて戦わせるシステム。
このシステムは限られた場所でしか採用されていないからな。
今のタイミングをおいて、他にはないだろうさ。
結局は、だ。

「そう、この監視体制の中、あなたは本気で戦うしかないのよ。そしてそれこそが私の望み。本気のあなたとぶつかり合うことこそが」

ちぇ、楽出来ると思ったんだけどな。
アデクさんがここに居ないのも、仕組まれてたからか。

「ふふ、さあ戦いましょうクロイ! 本気の本気、真剣勝負よ!」

仕方ない。
いっちょ揉んでやるか。

「私が勝ったらその手帳を返してもらうわ! そして歌って踊れて巫女にもなれるシロナさんと海に行くのよ!」

へいへい。
ちゃっかり要求ねじ込みやがって。
手帳のことも忘れてなかったか。
忘れようったって忘れられないからな、これ。
何だっけ。
『アナタの胸にダイビング出来ない、おくびょうなワ・タ・シ・・・・・・』だっけ?

「いやあああああ!?」

『ねえ、いつになったらワタシをフリーフォールしてくれるの?』だったかな、確か。

「やめてええええ! あ、あああなた中を見たのね! 見たのね!?」

くっくっく、慌てるなよ。
待ちきれないKOKOROはちきれそうなのか?

「あなたは私の逆鱗に触れたあああ!」

おい、危ないな。
人の顔に向ってボールを投げつけるなよ。

「天空に舞え、ガブリアス!」

「ガブガブガブ!」

何だろうな。
今、チェレンをお前にだけは会わせちゃならんと思ったよ。
一時期収まってたのに、ポエムで再発したか・・・・・・。

「うるさい! ガブリアス、そいつに産まれて来たことを後悔させてやりなさい!」

しかし初めからガブリアスか。
この前の意趣返しのつもりか?
ならばこちらもガブリアスだ。

「とみせかけて、波導を持ちて導け――――――」

とみせかけて、行ってくれカイリキー。

「ルカリオ! って、ええっ!?」

おやおやー? 
まさかガブリアスを出すと思ってたのかな?
バトル開始寸前で有利なタイプに入れ変えるとか、姑息な手を使いますなあ。
もう場にポケモンが出揃ったから変えられないぞ。
そのルカリオは俺の毒々しい緑色に変色したカイリキーと戦うしかないのだ。
海外産の色違いカイリキーのな。

「う、く、わかってるわ! 頑張って、ルカリオ。不利なタイプだけれど、戦い方次第では善戦出来るはず。後に続けるために、カイリキーの体力を少しでも削って」

「ルカーリオ!」

「さあバトル開始よ! ルカリオ、りゅうのはどう!」

「グルルルル、ルカリオオオ!」

先制は向こうから。
りゅうのはどう、とくしゅ技か。
流石、良い鍛え方してるよ。
生半可なかくとう技よか効くな。でも一発じゃ落ちないぜ。
カイリキーも涼しい顔だ。

「・・・・・・」

「グルルゥ!」

「Uho! The nice Men!」 ※オーキド・ユキナリ著ポケモン語辞典訳:【侮るなよ、小僧が!】

「ル、ルカッ!?」

俺のターンだ!
頼んだぞ、カイリキー!
メロメロだ、魅せ付けてやれ! 

「Heeeey……Let's do it. 」 ※オーキド・ユキナリ著ポケモン語辞典訳:【腰が引けているぞ、小僧。だがそれもいたしかたなし。さあ、圧倒的パワーの前に跪くがいい!】

「ル、ルカッ、ルカルカルカ・・・・・・!」

ねばるなあ。
ポケモンの言葉は解らないけれど、すごい舌戦の攻防が繰り広げられてるに違いない。
ここで負ける訳にはいかんのだ、とかそんな感じかな。それとも信念の応酬とかかな。格好いいなあ。
おーい、ルカリオ君や。そろそろ諦めたらどうよ。
楽になれるぜ。

「聞いちゃだめ! 大丈夫よルカリオ! あなたにメロメロなんて効かないわ。相手はあなたと同じオスじゃないの!」

「ルルル、リュカッ、リュ、リュリュリュリュユユユユYUYUYUYU・・・・・・!」

「え、嘘、表記がメスに変わっ・・・・・・どっち!?」

性別はオスだけど、バトル中の表記はメスになるという不思議。
そういう申請を事前にちゃんとしてるから、ルール上は無問題なのだ。
ただここは地下だから、通信にラグが起きてるみたいだな。
本当はバトル開始前にはメス表記になってるはずだけど。運がなかったと諦めろ。

「なんてデタラメ! でも本来はオスならば、心を強く持てば回避は可能なはず・・・・・・お願い、頑張ってルカリオ!」

ほーれ、もっと応援しないとルカリオがやられちゃうぜ?

「う、くっ・・・・・・! 頑張って、頑張れルカリオ!
 頑張れ頑張れ! できるできる! 絶対できる! 頑張れ! もっとやれるわ! やれる、気持ちの問題よ!
 頑張れ頑張れ! そこだそこで諦めちゃだめ絶対に頑張れ! 積極的にポジティブに頑張ってお願い!」
 
「YARANAIKA?」 ※オーキド・ユキナリ著ポケモン語辞典訳:【YARANAIKA?(翻訳不能)】

「YUYUYUYU・・・・・・」

「そうよルカリオ、それでいいのよ! よく踏み止まってくれ」

「YUGAMINEENA!」

ルカリオ は カイリキー に メロメロ だ!

「ルカリオー!?」

ようし、メロメロ成功だ!
しかし不思議だよなあ。
俺のカイリキー、メス表記なんだけども、実際には同性にしかメロメロが効かないんだよな。
緑色だからかな。それども何かバグってるとか。
まあいいか。
カイリキー、メロメロで動けない隙にばくれつパンチだ。

「お願い、外れて・・・・・・!」

どっこいノーガードなんだな、これが。
そーれ、100%混乱攻撃だぞ。

「OH! The good idea! You! my( * )in gold water」 ※オーキド・ユキナリ著ポケモン語辞典訳:【慈悲である。苦しまぬよう、せめて一撃で冥府に送ってやろう】

「くっ・・・・・・やるわね。でも私のルカリオも耐えきったわ。まだまだ、これからよ!」

いや引っ込めてやれよ。
苦しみを長引かせるだけだぞ。
メロメロに混乱で動けないだろうに。
そらカイリキー、トドメだ。
わざのチョイスはお前に任せる。

「カイリキーの姿が消えた・・・・・・? まさか、地中に!」

なるほど、良いチョイスだ。
溜めからのフィニッシュは強烈だぜ。今のルカリオの体力じゃあ、一発で昇天するくらいにな。
さあ、どうする?
道具の使用は認められているぞ。
回復させるか?

「私の指示ミスを認めるしかないようね・・・・・・。でも、体力は相当削ったわ。ごめんなさいルカリオ。あなたのおかげで、次に繋げられる」

死に出し、か。
削りが目的とすれば、役割は果たしたってことか。
そしてかいふくのくすりは使わない、と。
ああ、安心しろ。俺も使わないよ。
お前はもう知っているだろうが、戦闘中は回復剤の類を一切使わないのが、俺の唯一のルールだ。
縛りとか、ポリシーとでも言ってもいい。
さあ、カイリキー。
天国を見せてやりな。

「AOO――――――!」

「アッ――――――」

哀れルカリオ。
惚れぼれするくらい見事な穴の堀り具合だな。
バックを取ってルカリオが崩れ落ちるまでの間、俺でも視認出来なかったぞ。
極限まで鍛えられた技は、もはや芸術、美の極致に至るという。
見ろよ、ルカリオの奴、やられたっていうのに恍惚とした顔しちゃってまあ。
技を掛けられた側は、痛みを感じるだけではないということだな。

ルカリオ戦闘不能、という機械音。
チャンピオン戦に限らずチャンピオンリーグのジャッジは、全て機械判定でされることになっている。
人間の主観を覗いて一般化されたデータサンプルの採集のためだ。

「ウォーグル、ブレイブバード」

む・・・・・・早い。クイックドローか。
カイリキー戦闘不能のアナウンスが響く。
うつむいて肩を震わせるシンシアが不気味だ。
抑えきれず伝わる感情は――――――歓喜、だろうか。

「これよ・・・・・・これなのよ! この確かな手応え、これこそが本当のポケモンバトル! 私はこれをしたかったのよ! あなたと!」

・・・・・・そいつは認めるよ。
一進一退を楽しむのが、戦いの真髄だ。
今までは一方的だったからな。押しつ押されつ、トレーナー同士が相手の手の内を読まんとする緊張感は、まるで麻薬みたいだ。
でもな、それなしじゃいられないなんて、ジャンキーだぜ。
だから真性トレーナーは嫌いなんだよ。
バトルで通じ合えるとか、訳のわからない理論を振りかざす。
ないない。
あるわけない、そんな幻想。
人間のコミュニケーションのために戦わされるポケモンの身になってみろってんだ。
つまりは、だ。何を言いたいのかというと、だ。
そろそろやる気がなくなってきた。

「それでもあなたは本気を出さざるを得ない。この監視体制の中、手を抜いたらそれだけでトレーナー資格を剥奪されかねないのだから」

そうですね。
ここまでの道中も態度はどうあれ、バトル自体は手を抜かなかったからな。
戦略構築は放棄していたがよ。ポケモンに出す指示自体は、本気で命令を下していた。動くな、だとか、攻撃をわざと外せ、だなんてふざけたことは、一言も口にしてはいない。
だから、仕方ない。

「そう、このまま最後までバトルを! さあ一緒に燃え上がりましょう!」

一人でやってろ。
俺はシステムの裏を突く。

「それは・・・・・・空のモンスターボール?」

ご名答。
ほらよ。

「むっ、人のポケモンをとったらどろぼう!」

元チャンピオンらしく、教本通りの台詞を言いつつ、ばしーん、と弾かれるボール。
場に出していたトゲキッスに、シンシアのウォーグルが爪を剥く。
さて、次のターンだ。
くらえモンスターボール。

「ひ、人のポケモンをとったらどろぼう!」

ばしーん、と弾かれるボール。
くらえモンスターボール。
ボールを投げている影でウォーグルがトゲキッスに襲いかかっているが、気にしない。

「ちょ、ちょっと」

くらえモンスターボール。

「やめ」

くらえモンスターボール。

「やめて! もうトゲキッスのHPは0よ!? あなた真面目にやるつもりがないの!?」

えっ?
当たり前だろう。何を言っているんだ。
初めからやる気なんてないよ。

「やめっ、だからモンスターボールを投げようとしないで! こ、こんなことが許されると思って・・・・・・」

思ってるよ。
ほら、反則のブザーだって鳴ってないだろ。
知らなかったか? 対人戦中にモンスターボールを投げつけるのはな、ルール違反じゃないんだよ。
どうも捕獲システムがアイテム使用か何かのプログラムに干渉しているらしくてな。
ボールを投げると、道具を使った、とプログラムが判断して行動回数をとられるんだ。
公式ルールでは、一度の攻防で一回の指示しか出せない。
つまり、ボールを投げつければその回の指示権を失うということ。
俺の言っている意味が解るな?

「ぼ、ボールを投げ続ければ、自動的に敗北する・・・・・・・」

イグザクトゥリー、ご名答。
正解だよ、シンシア。
さて、ここに通販で大人買いしたボールが大量にあるわけだが。

「わ、私はあなたとバトルをしたくて、それだけで・・・・・・」

聞く耳持たぬわ。
覚悟しろ。
俺のモンスターボールは後94個あるぞ?
くく、くくく。
おいおい、チャンピオン代理様よう。
どうしてそんなに後ずさるんだい?
アンタが勝っているじゃないか、もっと嬉しそうに笑えよ。
くく、くくくくく。

「や、いやあ、いやああああ!」

わははははは!
知らなかったか?
挑戦者からは逃げられない!
さあ、大人しくこの戦いに勝利するがいいわ!
くらえりゃあ、モンスターボール!
モンスターボール!
モンスターボール!
モンスターボール!
モンスタボ――――――。
――――――。






■ □ ■






≪WINNER、ガブリアス仮面! チャンピオンが防衛戦に勝利しました!≫

派手なファンファーレとスポットライトの光が地下遺跡に溢れ返る。
ふう、負けた負けた。
完敗だぜ。
敗因はモンスターボール責めってとこかな。
いやあ、運動した後は清々しいな。
そう思わないか?

「・・・・・・」

おいおい、防衛戦に成功したんだから、もっと嬉しそうにしろって。代理の面目躍如じゃないか。
そういえば俺、お前に初めて負けたなあ。
初勝利おめでとう。

「・・・・・・」

カッ、と一際光量を増すライト。
周囲の灯りが落とされ、シンシアだけが映し出される。
登場シーンとはうって変わって、床につっぷして動かない。
まるくなったガブリアス仮面が、四方八方からスポットライトで照らされて暗闇に映えていた。

「・・・・・・」

ぴくりとも動きやがらねえ。
うーむ、流石にやりすぎたか。
シンシア、聞いてくれ。
優しく肩を叩くと、ゆるゆると上がる顔。やたらと精巧なガブリアスの面とご対面である。たぶん手持ちのガブリアスから型を採っている。
なあ、シンシア、元気出してくれよ。
俺は別にお前が嫌いで意地悪してるんじゃないんだぜ?
ほら、ここにも『あなたのKOKOROに届かないMY HEART。ねえ、どうして恋の体当たり受けてくれないの? もしかしてあなたはゴースト? それとも・・・・・・』って書いてあるだろ?
タイプの相性的な問題なんだよ、きっと。

「げぶぅっ!」

はっはっは!
相性抜群だな俺達! はっはっはっは!
がちーん、と床に沈むガブリアス面。
衝撃で面がからころと転がっていく。
最後の情けである。素顔は見まい。

「ルーワ! ルーワ!」

おう、どうしたポチ、そんなに興奮して。
言いたいことあったら言ってみろ。

「モエルーワ!」

良い意味でうるせえよ。
嬉しそうにしやがって。こいつめ。
何だって? まさにダメナ! だって?
そうだなあ。
こいつはこうでなくっちゃな。
初対面はまだお互いに旅をしていた頃で。こいつは確か8歳だったっけな、その時は無愛想なガキだと思ったけれど、ちょこっといじくってやれば直ぐにふにゃふにゃになってたからなあ。
あれからもう10年以上経ってるのか。時間の流れは早いもんさね。

こいつと知り合って。
悪の秘密結社を潰して。
歴史の原点に触れて。
両親が死んで。
旅を諦めて。
故郷から逃げるように大学に進学して。
こいつが追いかけて来て。
俺の名前にあやかったとかで、黒尽くめの格好をしだして。
故郷に戻りたくない俺を心配して、就職先の口を利いてくれて。
本当・・・・・・お前のおかげで、俺はどれだけ助かったか。

頭に手を置いて、ぽんぽんと叩く。
つっぷした肩がぴくりと動いた。
ああ、いいよそのままで。
顔、見せづらいだろ。

「ん・・・・・・」

駄目なんだよ、俺は。
表に出ちゃあ、駄目なんだ。
絶対にリーグに勝っちゃあ、あまつさえ殿堂入りするなんて、許されないんだ。
殿堂入りは、ちゃちな地方大会に参加するのとは訳が違うんだ。
人の目に触れてはいけない。
本当は、記憶にすら。
俺の、クロイ家に生まれた者として、使命を果たすためには――――――。

「あなたは、まだ、ご両親のことを・・・・・・」

引きずってる。
これはもう、どうにもならないさ。
実家に帰るのすら辛いんだ。
だから世界中をうろうろしてるんだ。

「それでも、あなたが本当の意味で“クロイ”として生きることを、ご両親は望んではいないわ」

だろうな。
最後の最期まで、俺に隠していたくらいだしな。
だがその物言い、掴んだみたいだな。
何だかんだとはぐらかしていたけれど、お前のことだ、歴史の真実にいつかは辿りつくと思っていたよ。
俺の家の秘密にもな。
こっちにしちゃあ、お前が聞いてこないのが不思議でしかたなかったよ。
すごい気になったろ?

「ええ。でも私は、あなたにおぶってもらうままでは、いたくないかったの」

こりゃまた懐かしいな。
初めて会った頃のことか。
あの頃のお前は、ことあるごとに疲れただの我儘を言って、おんぶしろってせがんでいたからな。

「ふふ、本当に懐かしい。でもね、私は気付いたの。あなたの隣に立つためには、自分の足で立たないと。だから知りたいことは、自分で掴んでみせる。
 トウコちゃんが羨ましいわ。あの子は、私よりもずっと早く、それに気付いていたのだから」

トウコちゃん、か。
あの子はきっと、特別な子だよ。
日の光が射す所を歩くべき子だ。
土まみれになる必要はない。

「あら、私のことは気遣ってくれないの?」

今気遣ってるだろうが。
それにお前は歴史家だ。遺跡調査もするが、発掘家じゃない。土にまみれることはないよ。
アルセウスなんて、俺にとっては鬼門だからな。
土の中に山の上に海の底に、火の中水の中草の中あの子のスカートの中とほんともう、発見される遺跡の場所に一貫性がないったら。
歴史の発祥を追っていけば、世界の始まりに必ずぶち当たる。
人類の発祥にもな。
そして――――――いや、これ以上はやめておこうか。
お前の口を、封じなくちゃいけなくなる。

「・・・・・・あなたが、いいえ、あなたたちクロイが封じてきた歴史と同じように?」

都合の悪いものを封じて、埋めるのさ。
お前が紹介してくれた発掘調査員の仕事、本当にありがたかったよ。
誰よりも早く識別出来て、誰にも気付かれずに処理出来る。
それをしなきゃいけない必要も、一年に一度あるかないかだったけどな。
今回も仕事って立て前で、識別に来たんだ。
金も貰えて目的も果たせる。しかも休みが多いときたら、これほど良い職はないぜ。天職だと思ってる。
そういう訳だ。
俺はそろそろ行くぜ。
元々リーグに挑戦する予定なんてなかったからな。
早いとこ報告を挙げないと、ジャガさんにダブルラリアット喰らわされちまう。
あれ、死ぬほど痛いんだよ。
本場よりも威力あんだろゲージ何本使うんだってくらい。
さて、と。
立ち上がって、顔を見ないように背を向ける。

「待って! 私も――――――」

手伝いはいらない。
言ったろう、もし都合の悪い物が出て来てしまったら、見られたくないのさ。誰にもな。
お前がクロイになるってんなら、話は別だけど?

「ええっ!? あわ、わた、私、あの・・・・・・」

冗談だ。
こういうのもセクハラになるのかね?
お詫びに今回の勝負の賞金、そこに置いておいたから。少ししかないけれどもらってくれ。

「うう・・・・・・タイミングを・・・・・・。賞金って、え、これ、20円しかないわよ?」

うん。
今回の結果を見越して、実はリーグに入る前にポケセンで口座振り込みを済ませておいたっていう。
手持ちの全財産は50円もないんだぜ。
現金はない。
カードはあるけどな。
はっはっは。

「あ、あなたという男は・・・・・・!」

とんずらバイビー。
参加賞としてこの仮面は貰っていくぜ。
さらばだシンシア。
今度一緒に海に行こうな。
水着、黒か白か迷ったら、両方買っちまえよ。
日替わりで変えてさ、泊りがけで遊ぼうぜ。
じゃあな。

「それって・・・・・・ああっ! もうっ!」

よしカイリキー、穴を掘るだ。
座標は事前に教えた通り。
ここは地下だから、若干ルートを修正してくれ。
頼んだぞ。
おっとポチ、どうした?
俺の顔をじっと見て。

「モエルーワ―」

うるせえよ。
なんだよ、実はすっごく優しいって。
実は、は余計だよ。
それにそんなに優しくもないぞ。
だってポエムノート、返してないもん。

「ニヤニヤ」

ニヤニヤ。
強請りのネタ、ゲットだぜ。






■ □ ■






我が目を疑う。
いや、正直これは夢なんじゃないかと思っているくらいだ。
石造りの太い柱に身を隠し、息を整える。
向こう側では、西洋中世期のチェインメイルのような、あたままですっぽりと隠す宗教色の強い服を纏った者達が右往左往としていた。

「ぷらーずまー」

「プラーズマー。侵入者は見つかったか?」

「いいえ、何処にも見当たりません」

「探せ! この場所を知られたからには、何としても捕らえるのだ! 生かして返すな!」

ええい、くそっ。
ダークトリニティとかいう、化物みたいな3人組に見つかったのが不味かった。
何とか撒いたが、見つかるのも時間の問題か。
どこか隠れる場所を探さないと。

しかし、本当に信じられない。
まさかリーグの地下に、こんな地下施設が建設されていたなんて。
ポチも今は静かにしている。
呼吸を見だしたら終わりだと、解っているのだろう。

シンシアと別れた後、チャンピオンの間からカイリキーの穴を掘るでさらに地下へと潜り、巨大な空洞を掘り当てた。
その時は遺跡の未発掘部分かと思ったが、違った。
明らかに人工の光が、空道内でいくつも灯されていたのだ。
張り巡らされた太い銅線は、ここに電気が通っていることを示している。

異常を察知してすぐさま陰行に入る。
奥には人の気配。
ガブリアスの面を装着し近付けば、口々に、ぷらーずまー、などと間の抜けた合言葉を口にしている者達が。
ポケモン達を使っては土を除き石を砕き、この空間を広げていた。
自分には解る。
これは、ポケモンを使って発掘作業を行っているのだ。
ポケモンによる発掘作業は音や振動も少なく、時には建機を持ちこむよりも効率的に進めることが出来る。
周辺住民への配慮も同時に行うことが出来、ポケモンの数さえ揃えることが出来たなら、これだけ効率の良い作業法は無いと言えよう。
ポケモンを労働力として見ることが前提にあるが。
こうして壁に手を当てても、少ししか振動が伝わらない。
だから事前調査で曖昧な結果しか出なかったのか。
これだけ地下深ければ、誰にも解るまい。
奴らは一体、何者なのか。

探りを入れようと奥に進むも、黒い布で顔面を覆った白髪の3人組が、いつの間にか俺を取り囲んでいた。
繰り出される拳、手刀。紛うこと無き殺人拳。
応戦するも、三体一では分が悪い。逃げの一手しかなかった。
そしてこうして逃げ続けているわけだが・・・・・・。
足跡を響かせる人工大理石の床に、装飾ランプを彩るLEDライト。
ヒビは硬化パテで埋められて、元の遺跡はもう、骨組くらいしか残っていない。
遺跡破壊もいいとこだが、もう半分、地表部分であるポケモンリーグ部はもっと機械化されているのだ。今更か。
隠れられる場所を探さねば。
よし、この部屋はどうだろう。
中には人の気配はない。
音がしないよう扉を開け、するりと中に潜り込む。

「やあ、こんにちは」

瞬間――――――氷柱を背中に突っ込まれたような感覚。
馬鹿な、人の気配は無かったはずだ。
今も――――――。

「ふうん、キミ、かくれんぼしてるんだ? 面白そうだね」

早口で俺に捲し立てるそいつは、玩具に埋もれた部屋の真ん中、滑り台の上に腰掛けて、じっとこちらを見ていた。
そいつは初めからそこにいたのだ。
だというのに、そいつの気配が全く感じられない。
いや、正確に言えば、そいつから発せられる気配が人間の気配ではなかった。
無色透明。
色のない気配など、まるで人間味が無い。
感情を殺し切ったようなダークトリニティですら、暗い闇色の気配を滲みだしていたというのに。
そいつにはまったく、気配の色が、熱も、無かった。

「ああ、見えるよ。キミが紡ぐ美しい数式、未来・・・・・・。安心しなよ。キミはここから逃げ出せる」

重さを感じさせない足取りで、ふわふわと、ふらふらと、近付いてくるそいつ。
そいつは興味深そうに俺の顔を覗き込む。
仮面が面白いから、なんてことはない。
そいつは仮面越しに、俺の両の眼を真っ直ぐに射抜いていたのだから。
まばたきもせず。
光の灯らない、暗い井戸の底のような瞳で。
俺は、知らない。
こんな眼をする人間を。こんな眼をするようになってしまった人間を。
こいつは、一体。

「ああ、ボクかい?」

こてん、と首を傾げた拍子に、そいつがかぶっていた大きな金の王冠が、頭からずり落ちた。
頭の端に引っ掛かった王冠。直そうともしないそいつの様子が、どこか狂った機械を連想させる。
緑色の長い、膝まである髪が、ぶわっと広がったように見えた気がした。

「ボクはプラズマ団の王様。ポケモンを救うために、いずれ英雄になる存在・・・・・・」

息が吐き掛かる程に、ぐいと近付くそいつ。
射抜く翠色の瞳孔が、ぎしりと収縮した。
獲物に襲い掛かる寸前の、獣のように。

「Nだよ――――――」

色の無い頬笑みを携えて、そいつは名乗った。
N、などと。
人間味のない気配で、人間に付けるとは思えないような名を口にして。
俺は名乗り返すことが、出来なかった。
知らず、一歩後ずさる。
そうして、ザリ、という自分の足音で、己が生まれて初めて気圧されたいたということを、知ったのである。
色のない視線に晒されながら。









モンスターボールを投げまくって負けるオリ主を書いたのは、私が初に違いない。
えっへん。



[27924] 【習作】ぽけもん黒白6
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:373ed26e
Date: 2011/05/25 02:32
危ないから動くなよー。
両手を胸の前で組んで、足をまっすぐにしてそのまま寝てろよ。そうそう、そんな感じ。
いいね、この急斜面から見下ろす景色。室内ハーフパイプはスケートボーダーの夢だよな。
さ、俺の妙技を特等席で見せてやるぜ。
さあ行くぞ、よい子は真似しないでね連続トリック。
まずはジャンプ!
続いてターン!
ダッシュジャーンプ!
カットバックドロップターン!
Bダーッシュ!
ダッシュ中にダーツ流鏑馬!
こいつで決めるぜ・・・・・・ハイアー・ザン・ザ・サン!
そしてタイヤの上に華麗に着地。
どうよ、審査員全員10点満点確実だろこれ。
ダーツがアートタイルにぶっ刺さってるって? 細かいことを気にするな。
なあ、N。面白いだろ。

「あはは、あはははは。やっぱり面白いね、キミ。何よりそのお面がいい」

あまりにもフィットし過ぎてて気付かなかった。
俺、今、ガブリアス仮面2号になってたんだった。何ということだ。
しかしNの奴、頭の上を猛スピードでスケボーが行き来したってのに、欠片も恐怖を抱いた様子がない。
室内ハーフパイプのど真ん中に寝かせて、その上を飛び交うなんて、やる方もさせる方も正気を疑う行いだというのに。こいつは何の疑問も抱かずに従った。
本能から来る恐怖からならば、何か反応があると思ったが・・・・・・。
相変わらずに透明な目が、こちらを見つめている。

ええい、胸くそ悪い。これが生まれついてのものじゃないと解る分、余計に。この環境がNという空っぽでいびつな存在を作り出したんだ。
こんな、四方を白い壁で塗り固められた窓の一つも無い部屋に、外部からの情報を遮断して押し込められたら、いつまで正気でいられるか。俺だって自信はない。今でも正直、きついくらいだ。成熟した精神の成人だからそう感じるのかもしれない。
こんな場所で育成され、この状況を疑問に思わないよう教育された存在の歪さ。それを間違っている、歪んでいると判断するのは俺の主観でしかなく、それをNに理解させることは不可能だ。
人間の精神は、環境の変わらない閉鎖空間に長時間耐えられるよう、出来てはいない。
ならばNの精神構造はもう、人間からは掛け離れたものとなっているに違いないのだから。

壁のそこかしこに残されたポケモンの爪痕は、昨日今日出来た傷ではないだろう。
いったい何があったのか。
いったいどれだけの時間を、Nはこの部屋で過ごしたのだろうか。
おもちゃを与えたのも遊ばせるためではないのだろう。Nは部屋に散乱するおもちゃの用途を詳しく知らなかった。遊ぶという概念に、ひどく鈍かったのだ。それがコミュニケーションのためのツールであることは理解しているが、遊びがもたらす楽しさというものは、微塵も感じてはいないようだった。
面白いね、などと言ってはいたが、その言葉に喜悦は含まれていなかった。リップサービスだ。入力された情報に基づいて、入力者が喜ぶであろう反応を模倣してみせただけだ。
まるで機械だ。そんな見てくれだけの言葉で、俺を、人間を誤魔化せると思っているのか。
いいや、こんなに機械的な反応は、人間に限ったものであるのかもしれない。
Nはここで、おもちゃをただ、並べて眺めていただけだったのだ。自分の想像が正しければ、おそらくは・・・・・・傷ついたポケモンたちと一緒に。
この玩具は、コミュニケーションツールとしての用途は、ポケモンのみに適用されていたのだ。
彼等の慰みのみに。

遊ぶ、ということを知らないということは、楽しいという気持ちを持てないということ。
人は愉悦を感じなければ、魂が枯れて果てる生き物だ。生きてはいけない。
それでも成り立ってしまっている人間がNであり、それは道理から外れた歪な存在だ。あまりにも純粋さが過ぎれば、それは異常と同じである。
だが、こいつが俺に向ける透明な眼。そこに見え隠れする敵意だけは、Nが純粋であるが故に、ひしと感じられた。俺個人へというよりは、俺を通してのもっと大きなくくりに対する敵意、と言った方が正しいだろう。
いったい何の意図があって、ここまで無垢な存在が造られたのだろうか。
それを考えると、ぞっとした。

「ああ、面白い。次はなにをして遊ぶ?」

うし、どんどんこいや。
友達がいなかったクロイさんは一人遊びの達人なのだ。プラレールさえあれば15時間は軽いね。見ろこの無限ループを。袋小路に着く度に引き返して、永遠に同じところを行ったり来たり。作品名は人生。我ながら傑作だぜ。
まだまだ、遊びのレパートリーはこんなもんじゃないぞ。

「ふうん、キミ、トモダチいなかったんだ。ボクにはたくさんいたのに」

わーい、そこはさらっと流せよこんにゃろう。
目に光が無いとか前言撤回。
その可哀想なものを見るような目を止めろ。今すぐに。
俺の右手が光って唸る前に。

「君は本当に興味深いね。なるほど・・・・・・こんなトレーナーもいるのか」

おおい、N。
お前が言い出しっぺだろうが。こっち来て何かしろよ。
この年で一人遊びは色々ときついっつーの。

「じゃあ、ボクがいつもやってるのを」

お、バスケか。
いい感じにボールが使い込まれてるな。中々の腕前とみた。
1オン1やるか?

「わんおー、何? ポケモンの名前かい?」

違うよ、ほとんど合ってもねえよ。
まさかとは思うけど、それ、どうやって使うとか遊ぶとか、知らないとか?

「それぐらい知ってるさ。こうだろ」

おお、なかなか堂に入ったドリブル。
直立不動なのが気になるけど、いい感じじゃないか。
さあ、次はシュートだ!

「うん?」

さあ、シュートだ!

「シュート? これを投げろって?」

それ以外の何がある。
ゴールは何のためにあると思ってるんだ。

「ああ、あれはオブジェとばかり思っていたよ」

違うっての。
どうりでゴールの方はきれいだと思った。
ほら、ボール投げてみ。
あの網の中に入るようにさ。一発で入ると気持ちいいぞー。

「馬鹿な。トモダチにそんなヒドイこと出来るもんか」

いや、お前。

「ボールはトモダチなんだろう? ゲーチスが言っていたよ」

誰だよゲーチスって。
いや、某サッカー少年はそう言ってたけども。友達を蹴るなよと毎回つっこんではいたけども。世代かい、ゲーチスさんとやら。
え、じゃあずっとそれ、ついてただけなの?

「そうだよ」

あっさり言うなって。
うへぇ、何という単純作業。
もっとこう、工夫とかしようぜ。

「工夫かい? 歌でも歌ってみようか。アンタガッタドッコサ、ヒゴサ、ヒゴドッコサ、クマモトサ、クマモトドッコサ、センバサ――――――」

いや、それ・・・・・・。
クマモトってどこだよ。
センバサ? アンバサの親戚か何か?
やっぱ宗教系のアレっすか?

「センバヤマニハ、ジグザグマガオッテサ、ソレヲリョウシガ、テッポデ、ウッテサ――――――」

いや、だからお前。

「ウッテサ・・・・・・ウッテサ・・・・・・ウッテウッテウッテウッテ」

怖いわ! やめんかお馬鹿たり!
俺が正しいバスケの仕方を教えてやる! 
ボール貸してみろ。

「トモダチを投げるなんて、とんでもない」

ドリブルはいいのかよ。
なんかこう、投げるものとか無いの?
Nさん、バスケがしたいです・・・・・・。

「じゃあ、あれを」

てめ、プラレール様じゃねえかよ。
電車を粗末に扱うんじゃねえよ。貴様人類の英知を何と心得る。
くっ・・・・・・わかった、見てやがれ。
ボールを直接ゴールに叩き込む、至高のシュート。
これがダンクシュートだ!
ドヤァァァァァ――――――!

「おー。すごいすごい。見事に網に引っ掛かったねえ。いや、引っ掛けたのかな。すごいなあ」

いやあ、それほどでも・・・・・・って違う! 違うだろ、俺!
こんなことしてる場合と違う!
何で一緒になって遊んでるんだよ!
こっちは命狙われてるっていうのに、追っかけてる奴らのボスと仲良くしちゃうとか。
何だこの展開は、解らないぞ・・・・・・。

「ルーワ」

お、おお、ポチ。
大丈夫、俺は正常だ。
さっきは悪かったな。お前が脇腹燃やしてくれなきゃ、あのままNの空気に呑まれてたと思う。
ちと火傷痕がヒリヒリするけど、サンキュな。

しかし我ながら情けない。
こんなひょろっちいガキに気圧されたのを認めたくなくて、こいつを逆に取り込んでやろうとするなんて。
遊び方を知らないんだ、なんて、哀れんでやることで自分をちょっとでも上等な人間だと思いたかったのかね。
ちっちゃいちっちゃい。どれだけ経っても器の小ささは変わらねえでやんの。ガタイだけ大きくなっちまって、まあ。
心配かけちゃってごめんな、ポチ。
さっきからずっと黙りこんでるのは、不服極まる、って感じか。
そんなにNの事が気に入らないか。

何だって? “理想”を追い求め過ぎて踏み外しそうだから、って?
“奴”が好みそうな人間だ――――――、なんて言われてもな。
お前には見えてるのかもしれないけれど、俺には“理想”も“奴”も、何なのかさっぱりだ。
俺に解るのは“今ここ”だけさ。

「・・・・・・ルーワ」

そうかい。
大事なのは真実のみ、ね。
真実に理想は必要ない、そうなのかもしれない。
でもさ、そいつのない人生は、寒いだけだぜ。

「ルーワ!」

はは、そん時はお前が湯たんぽ代りになってくれるってか。
それで俺を暖めてくれると?
まったく・・・・・・うるせえよ、ほんと。
でもありがとな。
暖かいよ、ポチ。
暖かい。

「モエルーワ!」

熱い。
熱いよ、ポチ。

「テンションアガルーワ!」

おちつけ。
テンションあがってきても首振るな。
ブレてるブレてる。懐がふるえてこそばゆいから。
首だけ影分身してるだろ、お前。
止まれ、そしておちつけ熱いから。
ほんと、お前はおかしな――――――。

「ホント、その子は面白い子だね」

・・・・・・その子、とは?

「キミが内ポケットに隠している、その子さ。キミのことが大好きだって、ずっと言っているよ。
 うん、いいね。どんな仕組みかわからないけれど、モンスターボールを使っていないのが最高だ。ねえ、ボクともトモダチになってくれないかい?」

まさか、ポチの声が聞こえたっていうのか。
馬鹿な。こいつの声は振動で俺の骨に直接伝達してるんだぞ。聞こえるはずが。

「声が聞こえるんだよ。ポケモン達の声が・・・・・・。ほら、今も聞こえている」

まさか、そんな馬鹿な・・・・・・。

「本当さ。証拠に、君のポケモン達が何を言っているか、言い当ててあげよう」

・・・・・・いいぞ、やってみろ。
ボールに入ったままでも構わないな?
俺のポケモン達は、何て言っているんだ。

「じゃあ、まずはガブリアスから。キミをどう思っているのか、聞いてみようか」

ボールから出さずに中のポケモンを言い当てるか。
これは、本物か。
まあいいさ、俺もポケモン達が俺のことを何と思っているか、気になるしさ。
評価が気になるってのは、人の性だよ本当。

「ねえ、ガブリアス。キミのご主人サマは、どんな人?」

――――――『敵発見。見敵必殺、見敵必殺。我主人捧愛。我主人捧勝利。見敵必殺、見敵必殺』――――――

「・・・・・・ねえ、トゲキッス。キミはご主人サマのこと、どう思ってるんだい?」

――――――『俺の後ろに立つな。AIR・SLASHするぞ貴様・・・・・・』――――――

「・・・・・・ね、ねえカイリキー」

――――――『Are you okay? I would also eats "NONNKE"』――――――

「ひぃ! な、なかなか愉快なポケモン達だね!」

あれだけ自信満々に言っておいて何だそのリアクションは。
お前本当にポケモンの声とか聞こえてるの?
ふかしこいてるんじゃねーべ?

「いや、その子、君の内ポケットのその子の声なら・・・・・・」

「コイツマジウゼーワ」

――――――『コイツマジウゼーワ』――――――

「ポケモンはみんな、ボクのトモダチ。トモダチなんだ・・・・・・」

お、おい、急にくずれ落ちてどうしたんだ。
何かよく解らんが元気だせよ。
人生はトライ&エラーだぜ。
ポケモンの声が聞こえるとか、夢から覚めただけなんだよお前は。
一度の失敗でくよくよするなって。

「そう、そうだね。うん、ありがとう。ボクは理想を追い求め、英雄にならなければいけないんだ。そのためには、全てのポケモンとトモダチにならないと」

そうそう、その意気だ。

「キミのポケモンとトモダチになれずに、英雄になどなれるものか。ボクは諦めないよ。英雄となり、この世界を、ポケモン達を救うまで!」

う、うん。
その意気、だ?

「じゃあ、行こうか」

どこへ?

「外へ。キミ、ここから逃げたいんだろう? 抜け道を案内してあげるよ」

こてん、と初めて遭遇した時と同じように、首を傾げて言うN。
それは、ありがたいけれど。
嫌な予感しかしないんだけれど。
最近なんか鳥肌立ちっぱなしなんだけれど。

「もちろん、ボクもついていくからね。ヨロシク、クロイ」

・・・・・・え。
ついてくるって、え?

「コイツマジウゼーワ」

睨むな、ポチ。
勘弁しろよ。






■ □ ■






「あ、そこの角を右だよ。次は左。ほら、はぐれちゃったら危ないよ。もっとしっかり手を握って」

うん、ああ、と心底嫌そうな返事を返しつつ、Nに手を引かれて歩く俺。
本当に憑いて来るつもりだよ、こいつ。道中の口振りからすると、家まで。
そのまま家に居着くつもりではあるまいな。
そして生活費は全て俺が出せと?
勘弁してくれ。
気を強く持たないと忘れそうになるけれど、こいつこの怪しい組織のトップなんだよな。
恐らくは、名目上のだけれども。
ポケモンリーグの地下に巨大施設を秘密裏に建造しちまうような組織、のお飾りの王様。
いかん、ますます自分の首を絞めていってるような気がしてならないぞ。
くそっ、恋人握りされてるから手を振りほどけない。
俺のファースト恋人握りが・・・・・・。

「あと10分したら見張りの交代の時間だから、それまでこの部屋でやり過ごそうか」

ぐいぐい引っ張られて連れ込まれた部屋。
ここも電気が通っているようで、シャンデリア型のライトから注ぐ人工光が眩しかった。
嘘が付けない人間というものは存在するが、Nもその内の一人なのだろうと思う。
無垢であるがために。嘘をついたとしても、それを隠し通す事は出来ないだろう。
Nは本当に俺を逃がすつもりでいるのだ。
そして自分もついて行くのだと、本気で言っているのだろう。
いいのだろうか、と急に不安に襲われた。
こんなまっさらな存在を世に放ってしまって、いいのだろうか。
純粋すぎる存在は、時として毒となる。窓の無い部屋に閉じ込めておいた方が、皆、こいつも含めて幸せなのではないだろうか。
俺は今、取り返しのつかない過ちを犯しているのではないのだろうか。
そう思うこともエゴでしかないのか。
こいつは、Nは、今ここで俺が手を下してやるのが一番――――――。
Nの無防備な首筋が、眼の前にあった。

「こんにちは、旅のトレーナー様。私は平和の女神・・・・・・Nに平穏を与えるもの」

「こんにちは、旅のトレーナー様。私は愛の女神・・・・・・Nに癒しを与えるもの」

伸ばしかけた手を抑えるように掛けられた声が、二つ。女のものだった。
またか、と半ば諦めつつ振り向けば、中世のように布を体に巻き付けただけの格好をした女が二人。
薄桃色の髪をした女に、小麦色の髪をした女。
労わるように、慈しむように頬笑みながら、部屋の中央に佇んでいる。
どうにも気配が薄いのは、ここをねぐらにしている者達の特徴なのだろうか。また気付けなかった。
ぷらーずまー、などと気の抜けた挨拶をしていた下っ端達もその独特な格好よりは、小物臭はしていたものの、どこか隔世した空気を纏っていたのが印象的だった。
つまり、どいつもこいつも、現実離れしている。色々な意味で、だ。
Nの言ったプラズマ団とは、恐らくは何らかの思想による集団なのだろう。見たままの、宗教団体だ。違うのが、それが危険域に達する力を有していること。
宗教活動が過激になっていくのはつきものだが、殺せ、などという言葉がすんなり出てしまうのは、どうだろうか。
宗教というものは人の在り方を説くと言うが、しかし。

平和の女神。
愛の女神。
何らかのシンボルを司っているのか、彼女達はそれぞれ、そう名乗った。
何者かとNを見るも、Nは「やあ」と彼女達に気安い挨拶を返すだけで、相変わらず薄笑いを浮かべたまま。危険度はなさそうだが、正体はようとして知れない。
Nの頭上からいまにもずり落ちそうな王冠が腹立たしい。

「旅のトレーナー様・・・・・・感謝します」

「Nをここから連れ出していただけるのですね・・・・・・ああ、どれだけこの時を待ったか」

長くなりそうだな。
N、ちょっと向こうの方に行ってな。
こいつかしてやるから。

「バッ!? バーニンガッ!?」

「わあ、嬉しいな。ねえキミ、もう一度ボクと話そうよ。ボクとトモダチになってくれないかい?」

「ンバーニンガガッ! ガーッ!」

「この形、ツヤ・・・・・・ふうん、これが原初のモンスターボールか」

「ガガッ、ガガガガガギギギ・・・・・・!」

反りが合わなくても我慢しろ。
俺はこれから大事な話だ。
大人同士のな。
さて、待たせて悪かったな美人さんがた。

「いいのです、もっとずっと長い間、私たちは待っていたのですから・・・・・・」

「そう、トレーナーが戦うのは、決してポケモンを傷つけるためではありません。
 Nも、心の奥底ではそのことを気付いているのに、それを認めるにはあまりにも悲しい時間を、この城で過ごしていたのです」

「Nは幼きころより人と離され、ポケモンと共に育ちました。
 ・・・・・・悪意ある人に裏切られたポケモン。ゲーチスはあえてそうしたポケモンばかりNに近づけていたのです」

ここでもゲーチスか。
世話係か何かと思っていたが、どうやら違うようだ。
その役目はお二人が負っていたということかな。

「その通りです」

「平和の女神はNに平穏を与え、愛の女神はNに癒しを与える・・・・・・長い時を過ごす間、いつしか私たちは、Nのことを自分達の子どものように思うようになりました」

・・・・・・へえ、そう。
米神を揉みほぐしながら、問う。
気に入らない。
気に入らない、が爆発するほどでもない。まだ。
それで、続きは?

「Nはポケモンの傷を分かち合い、ポケモンのことだけを考え、理想を求めるようになりました。ポケモンの解放を・・・・・・。
 あまにもピュアでイノセントなNの心。イノセントほど、美しく、怖いものはないのに」

へえ、そう。
それで、続きは?

「あなたには本当に感謝しています・・・・・・Nを外の世界に連れ出すことは、私たちの願いでもありました」

「どうかあなたの手で、Nのイノセントな心を導いてあげてください」

「どうか、お願いします」

「どうか」

へえ、そう。
それで、続きは?

「・・・・・・続き、とは?」

「トレーナー様・・・・・・何をそんなに怒っていらっしゃるのですか?」

誰が質問していいなんて言った。
質問を質問で返すなよ。
それで、続きは?
言えよ、早く。

「これ以上は・・・・・・」

「できれば、ご不満を言葉にしていただきたく・・・・・・」

そうかい。
なら言ってやる。
さっきから黙って聞いていれば、Nがどれだけ可哀想な奴なのだと、そんなことばかりに熱弁を振るいやがって。
お前達のしてることはな、責任転嫁っていうんだよ。
反吐が出る。
こういう場合は、特に。
だから悪くないなんて、本気で思っているのか。

「あなたはNに責任があると・・・・・・? そんなこと、あるはずがありません」

「Nがああまでイノセントな心の持ち主となってしまったのは、ゲーチスが・・・・・・」

うるせえ!
黙らないか、馬鹿共!
もういい。
よくわかった。
歯を喰いしばれ。
キツいのいくぞ。

「あ、ああっ!」

「きゃあっ!」

へえ、知らなかったな。
女神の体にも、人間と同じ色の血が流れてるんだな。
紅を差す手間が省けてよかったな。

「な、なんと乱暴な・・・・・・!」

「あなたも他のトレーナー達と同じだというのですか? 思い通りにならなければ、暴力を振るう・・・・・・」

黙れ。
ビンタ一発ずつで済んでありがたいと思えよ。
何が平和の女神だ、愛の女神だ。
お前達の言う平和も、愛も、すべてまやかしだ。
薄っぺらいんだよ、そんなもの。
愛とは何か、平和とは何なのか、教えてやろうか。
おら、股開けよ。
本当に子ども孕んで産めば、わかるだろうさ。

「ひっ・・・・・・」

「や、やめっ、こないで・・・・・・」

そうか。
その反応から察するに、これが何を意味してるか解るくらいには、外界慣れしてるようだな。知識も、教育も受けていると。
冗談だ、そう脅えるなよ。
あんまりにも馬鹿なことをのたまうもんだから、Nと同じなんじゃないかと心配したんだ。
でもな、訂正もしないし謝罪もしないぞ。
不潔だなどと否定もさせない。
粘膜の擦り合いで生まれるのもまた、平和と愛なんだ。
覚えておけ。

そうさ、Nが正し過ぎて歪んだ存在となったことが、N自身に責任なんてあるはずがない。
子が親を選べないように、育てられ方だって選べるはずがないのだから。
あんた達の言うゲーチスとやらは、確かに外道だろうよ。何の目的があってNをあんなにしたのかもわからない。
だがな、それを遠巻きに見ていた、お前達はどうなんだ。
間違っていると、おかしいとわかっていながら、ずっと放置してきたお前達は。
それで親代わりなどと、よく言えたものだ。
本当にNのことを大事に思っているのなら、自分を犠牲にしてもあいつを外に連れ出したはずだ。
それをしなかったのは、わが身可愛さのため。
なんだ、結局自分が一番ってか。

「それは・・・・・・!」

違う、と言えるか。
ああなってしまったNの前で、違うと言えるか!
神だなんて自分で言う奴に、ろくな奴はいなかったが。
俺が一番嫌いな奴はな、そうやって、自分も苦しんでいたのだと被害者面する奴だ。
目を逸らすな。
お前たちがよってたかってNを壊したんだ。

「私たち・・・・・・が?」

・・・・・・俺の親の話をしてやる。
俺の両親はな、そう目立った所もない普通の両親だったよ。
でも俺が田舎は嫌だと家を飛び出して、トレーナーになって、そして悪の秘密結社なんて馬鹿なものに関わったばかりに、死んでしまった。
俺をかばったばかりに。
俺の代りに、死んでしまった。
喜んで、笑いながら。
遺跡と一緒に、土に埋もれて。
幸せそうにして、死んでしまった。
その日から俺は、ずっと後悔してるよ。
Nに同じ想いをさせろだなんて、言わないけどさ。
でもさ、親は子供のためなら自分の身を投げ出すくらいに必死になれるものだと、そう信じることはいけないことか?

「・・・・・・やはり、あなたにNを託すのは、間違いではなかった」

「Nのことを、どうかよろしくお願いします」

「不甲斐ない私たちに代って、どうかNの良き父となってあげてください」

「よろしくお願いします」

「私たちの身を捧げても構いません。どうか」

いいよ、別にそんなことしなくても。
さっきは俺も、ちょっと言ってみただけさ。ちょっとにしては悪辣だったのは、悪かったけど。
それにこれだって、俺の自分勝手な思い込みだ。エゴ以外の何物でもない。Nをあんなにしたそれと同じだ。
大人のエゴに挟まれて生きることになるNは、今後どんな影響が出るものか、わかったもんじゃない。
それでも俺に託したいというのなら、いいだろう。
このままNを連れて行ってやる。
あいつ自身もそう望んでいることだし。何より、俺の自己満足のためだ。
だからそんなに頭を下げなくてもいい。

「はい」

本当に解ってるのかね。
ちぇ、俺はお前達を殴ったってのに、そんなに笑うなよ。
まったく、俺は説教される側だってのに。
でもこういう人種には言う側の人格はさておき、ちゃんと言ってやらなきゃ駄目だと思う、のも痛い思い込みか。シンシアを馬鹿には出来ないな。
今日もまた俺の黒歴史が一ページ刻まれた。
クロイなだけに。
歴史を隠したいですね、と。
笑えない。
後で悶え苦しむとして。
おおいN、ポチ、そろそろ行くぞ!

「・・・・・・なるほど、そうやってサンシャインは宇宙に放り出されて、RXになったんだね」

「バーニンガ!」

「BGMもそんなに素晴らしいんだ。オール国内制作はお金がかかるっていうのに、ニッポン人の底力はすごいんだねえ。うん、ボクもそのアニメってやつが見たくなってきたよ」

おい、聞いてるのか。
お前達いつの間に意気投合したんだよ。
さっさと行くぞっての。

「うん。中々有意義な時間だったよ」

「グギギ・・・・・・」

「ははは、つれないなあ。もうボク達はトモダチだろ、ポチ?」

「ガーッ!」

名前呼ぶくらいいいだろポチ。それ以外に何て呼べと。
は? レシ・・・・・・何? 最後まで言えよお馬鹿たり。
それとN、お前も俺に付いてくる以上は、何か別の名前を名乗ってもらうからな。

「ふうん、別にこのままでもいいのに」

よかねえよ。
トレーナーカードはいくらでも偽造できるけど、Nとか馬鹿正直に記載したら行く先々で職質食らうっての。
Nという名が持つ意味――――――NO NAMEか、NAMELESSか。
どちらにしろ、気持ちが良いものではない。  
それに、これも。

「あ・・・・・・」

王冠は、ここに置いていけ。

「でもそれは、ゲーチスが・・・・・・」

駄目だ。
俺についてくるつもりなら、そいつが条件だ。
お前の部下たちに命を狙われてるんだ。プラズマ団の王様が側にいたら、まずいのさ。
頭の上が寂しいっていうんなら、仕方ない。
こいつをくれてやる。

「これは?」

俺の帽子。
お気に入りだけれど、お前にやるよ。
いいね、黒の帽子がお前の髪によく似合ってる。
そっちのが格好いいぜ。

「そう、かな。うん、そうか。ありがとうクロイ」

どういたしまして。

「キミも、そのガブリアスのお面、よく似合っているよ」

・・・・・・ありがとよ。
さて、そろそろ10分経つな。じゃあ、行くか。
そう言ってNと連れだって部屋を出ようとした直前、Nが後ろを振り向いて口を開いた。

「じゃあ、行ってきます」

くい、と帽子を直しながらそう言ったNの顔には、隠しようのない喜びの色があった。
部屋の中を確認することはしなかった。
見なくてもわかるさ。
女神みたいな笑みを湛えた女が二人、いるだけだからな。
さ、ここまで来たら後は一本道なんだろ?
そろそろ穴を掘る準備を頼んだぞ、カイリキー。
いつもみたいに俺の後ろにぴったり立とうとせず、先導してくれよ。




[27924] 【習作】ぽけもん黒白7
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:373ed26e
Date: 2011/05/25 23:06
こいつで最後ダァーッ!
もう続きは無いです。



『黒白:15日目』


さて、外である。
とりあえずは地下施設から脱出した後、大急ぎで穴を埋めてポケセンまで逃げ込んだ訳だが。
道中Nによる「あれは何」責めによって心身衰弱した俺は、倒れるようにして眠ってしまった。
こういう時に、ポケセンの無料宿泊施設は心底ありがたいと思う。
どこのポケセンに行っても出迎えてくれる同じ顔が、心も癒し・・・・・・てくれるのならば嬉しいのだが。
変わらないあの笑顔に、うすら寒い恐怖を感じるのは俺だけなのだろうか。

全国に広がるポケモンセンター。
そこに務めている女性医師であるジョーイさんは、トレーナーのアイドル的存在として、広く認知されている。
というのも、どこのポケモンセンターに行っても美人のジョーイさんが出迎えてくれるからだ。ちなみにジョーイとはニックネームではなく、ファミリーネームであるらしい。
ここで疑問に思うのが、どこのポケモンセンターに行っても、というところ。
子供の頃、現役トレーナーだった頃は露ほども知らないことだったが、ニッポンの最先端技術を扱う医者の殆どは、ジョーイ一族によって占められていたのである。
医師学会の名簿をみれば、上から下までずらりと『ジョーイ』。
医師学校の全校生徒は皆『ジョーイ』。
ジョーイ一族の女系には、強く遺伝子が反映されるらしい。同じ顔の女児ばかりが産まれるのだとか。
そこが女子校だったなら、軽いホラー体験が出来るだろう。絶対に行きたくはない。
しかし、最高医師会がジョーイ一族によって占められているということは、これ即ちニッポンの影の支配者とは・・・・・・。

「あら、おはようございます。昨日はぐっすりでしたね。その様子だと、もうすっかり元気になったみたいですね」

「タブンネー」

うおわ! じ、ジョーイさん!
き、急に出てこないで下さいよ。びっくりするじゃないですか。
タブンネも、カウンターでマスコット役させててくださいよもう。

「うふふ、お食事の方も準備できていますから、是非召し上がってくださいね。お連れの方はもう食道の方へ行かれましたよ」

「タブンネー」

これはどうも、ありがとうございます。

「それでは、私はこれで。あ、そうそう、クロイさん」

はい、何ですか?

「先ほどは、何かよからぬことを考えていませんでしたか?」

え・・・・・・。
あれ、何で。
急に寒気が。

「あらあら、お顔の色が優れませんよ? 大丈夫ですか? 看病してさしあげましょうか? 楽になりますよ」

「タブンネー」

い、いえっ、何も、大丈夫です。

「うふふ、それは良かったわ。それじゃあ、早くご飯を召し上がってくださいね。食べられなくなる前に」

食べられなくって、その、あいつらが喰いすぎて俺の分が無くなるとか、そういう意味だよね?
ジョーイさんが階下に下りたのを確認してから息を吐く。
なんだったんだ、あのプレッシャーは。
昨日は気配の薄い奴らばかりに会っていたから、キツイの何の。
これ以上深入りしたら、どうなってしまうんだろう。
まさか、闇に葬られる、とかないだろうな。埋められるとか、海にまかれる、とか?
いや、まさか、な・・・・・・・。
考えすぎだな、きっと。

「タブンネー」

桃色の微動だにしない能面が、そこに在った。
ぐるぐるきゅうとなあおいひとみ。
つぶらな瞳に見詰められた瞬間、自分は宇宙の小さな塵芥となっていた。宇宙にとって何ら意味も無い、最小数値以下の存在であること、それを自覚した。
青く丸い宇宙に呑まれていく精神、身体、自我、魂、技術、知識、血、肉、骨、筋、赤、緑、青、黄、銀、金――――――。
じいっと、まじまじと、こちらを見――――――て――――――る――――――。
ああ――――――このまま眠りに落ち、次に眼が覚めた時、その時にも自分は自分でいられるのだろうか・・・・・・?
自分は自分であると証明出来るのだろうか。
以前のままの自分であると――――――。

「タブンネー」

トレーナー達に狩り殺された数多のタブンネ達が、青丸の瞳とピンク色の頭蓋を揺らしながら呪詛を唱える。
タブン・ネ!
タブン・ネ!
おお素晴らしきピンク色の頭蓋よ。我らが渦巻き触手よ。
捧げよ捧げよオレンのみを。
捧げよ捧げよオボンのみを。
さすれば格をば底上げせん。努力をば認めん。
タブン・ネ!
タブン・ネ――――――・・・・・・。






■ □ ■






『黒白:16日目』


ああよく寝た。
うーん、すっきり爽快だぞ。

「おはよう、クロイ」

おおN、おはよう。
今日もいい天気だな。
こういう日は何かいいことありそうだな。

「そうかい? キミが言うなら、そうなんだろうね。ボクにも何かイイコトあるかな?」

タブンネ!
やー、なんか悪いな、N。
俺、すっごい疲れちゃってたみたいでさ。
昨日一日中眠ってて、お前を放っておいたままにしちゃってて。
ごめんな。

「いや、いいさ。昨日は一日中テレビを見て、こっちの知識を取り入れていたからね。キミが寝ている間、ポチにも触れたしね」

「ギギ、ギギギギギ・・・・・・」

だったらいいんだけど。
うーん、それにしてもいい気分だ。
昨日は何か、悪い夢を見ていたような気もするけど、些細なことだよな。

「・・・・・・あまり気にしないほうがいいよ」

そうだな、気にしないほうがいいな。
今なら全部を許せるような気がするよ。
世界の汚さとか、歪みとか、一昨日から同僚がかけてきやがってた携帯の不在着信が3ケタ超えてたのとかもな。

穴から出て来た後、チャンピオンルームにも姿が見えないと思ったら、あいつめ。影で何をやってたんだか。
おっとまた着信だ、はっはっは。
着信拒否の刑に処す。
メールも拒否設定にと。端末指定だからアドレス変えても無駄なんだぜ。

「ねえ、クロイ。風が気持ちいいね・・・・・・」

そうかい。
その感覚、忘れるなよ。
これが外の世界だ。

「これが、外の世界の――――――」

そうさ。
気持ちいいだろう。

「うん・・・・・・こんなに素晴らしい世界で、トモダチと一緒に過ごせたら、どれだけいいだろうね」

友達、ね。
それで、お前のトモダチは連れて来てやったのか?
ああ、聞かなくてもいいな。そのベルトを見れば一目瞭然か。

「ほんとうはこんなもの要らないんだけれど、仕方ないよ。ベルトを使うのも今だけさ。いつかは、きっと・・・・・・」

そのいつかがいつになるのか、俺にはわからないけれど。
まあ、その時がくるまではだらだらやっていこうや。
俺と一緒にさ。
遅れちまったけど、これからよろしくな。
N――――――。

「あ・・・・・・うん。よろしく、クロイ」

――――――なんだ。
ちゃんと笑えるじゃないかよ、お前。
いい顔してるよ、ホント。






■ □ ■






『黒白:17日目』


帰ってきました我が家です。
普通にトゲキッスの『そらをとぶ』でイッシュ横断したら、やっぱり半日は掛かるな。
ポチの奴は拗ねちゃって、うんともすんとも返事すらしないし。
帰りは背中に乗せて飛ぶのを断固として拒否してたし。

「ギリギリギリ・・・・・・」

歯ぎしりうるせえよ。
そんなにNが嫌いか、お前は。
いい加減姿を現したらどうだ。
一緒の家に住む以上、隠れっぱなしって訳にもいかないだろう。
嫌だってか。
ふーん、じゃあただの石ころに用はないな。
しばらくこの箱の中にしまっておこう。
もうすぐ、ふたりはセンチュリーキングスの放送時間だけど、別にいいよな?

「ンガッ! ガッ、ガガガガガガ・・・・・・!」

そんな葛藤するような問題か。
いいから、意地張ってないでさっさと出て来いって。
Nなんか昨日の夜からテレビの前にかぶりついてるじゃないか。
まるで初めてあった頃のお前みたいだ。
って痛い痛い痛い。
出て来たはいいが頭をかじるな。

「ああ、思っていた通りだったキミはやっぱり」

「ルーワ!」

「・・・・・・そうだね、キミはポチだったね。さあ、もうすぐ始まるみたいだよ。こっちで一緒に見よう」

ほらポチ、Nは受け入れ態勢なんだからさ、仲良くしろって。
二人で仲良くテレビでも見てな。
始まるぞ。

『前回のあらすじ――――――』

『グアアアア! こ、このザ・ブドーと呼ばれる四天王の海王星が、こんな小娘に・・・・・・バ、バカなアアアア』

『海王星がやられたようだな・・・・・・』

『ククク、奴は四天王の中でも最弱・・・・・・』

『人間ごときに負けるとは魔族の面汚しよ・・・・・・』

『くらえええ! リボル剣!』

『グアアアアアアア』

『グアアアアアアア』

『グアアアアアアア』

『やった・・・・・・ついに四天王を倒したぞ・・・・・・これで皇帝のいる戒魔界への扉が開かれる! ノブヒコの仇が討てるぞ!』

『果たしてサンシャインはノブヒコの仇が討てるのか・・・・・・がんばれサンシャイン! 負けるなサンシャインBLACK’RX!』

『生きてるよ!? わたし生きてるよ!?』

不憫な子・・・・・・!

「これは素晴らしい・・・・・・!」

「バーニンガー・・・・・・!」

やれやれ、二人仲良く肩並べちゃってまあ。
手間のかかることで。






■ □ ■






『黒白:18日目』


とりあえず地下の一件をジャガさんには報告したけれど、返って来た返答は現状維持、だった。
遺跡を潰してリーグを建設した手前、調査不足で地下に埋没していた部分を見逃してました、とはいかないようだ。

国家事業、いや世界事業としてリーグの運営が行われている以上、手抜きがあったなどと認めてしまうのは、国の面子に関わる問題となる――――――というのが、裏の理由。
真の理由は、もうこうなってしまった以上、地下に巣喰っていたプラズマ団に“何をか”をさせて、国家に対するテロリスト集団として合法的にまとめて処分してしまおう、というものだった。
テロだったからわかんなくっても仕方ないよね。調査機材とか報告とかが色々狂わされてて、あいつらの都合の良いように情報が歪められてたんだよ。だからこれは調査ミスじゃないんだよ。テロなんだよ。
という理屈。
テロ許すまじの精神で、手抜き工事であったという事実を隠ぺいしようという魂胆である。

よって、表向きには問題なしとして発表されることになるのだとか。
奴らが何か行動を起こした瞬間に、電撃作戦で本拠地ごと潰せばいい、とか何とか。
プラズマ団のトップであるNがこちらの手の内にある以上、破滅的なテロ行為に及ぶとは考え難いため、処理も簡単だと判断したのだろう。Nが、恐らくは換えの効く存在ではないと考えたためである。
やつらもまさかNが自分から侵入者について行ったなどとは、誰もわからないはず。
今頃はNの捜索に躍起になっているだろう。

ジャガさんも、まさか地下に過激宗教団体が潜んでいたとは、思っても居なかったようだ。
それでも対応を一瞬で決めたのは驚嘆に値する。
Nを逃がすなよ、とはジャガさんの言。
つまりは、“釣り”をするまでの準備期間を稼げということだ。
獲物は必ず掛かるのだから、焦ることはないと。

問題は戦力が揃うかどうかだが・・・・・・とそこまで告げて、俺の反応をうかがうジャガさん。
わかりました、と答える他はなかった。
俺も戦力の一員に数えられてしまったが、Nを連れ出した時点で、それはもう逃れられない運命だったと覚悟しよう。
しばらくは様子見に徹するしかない。
とりあえず、現時点での問題としては。

『んんん、ノブヒコの仕業か! ゆるざんッ!』

『ち、ちがっ・・・・・・! 違うよ! お願い、皆信じて・・・・・・ねえ!」

『魔女がいるぞ、魔女がいるぞ!』

『この教室の中に魔女がいるぞ!』

『ほーう、ほほーう、魔女がいるぞ! ほほーう、ほうほう、魔女がいるぞ!』

『魔女にはシルシがあるという・・・・・・そいつの服を剥げ!』

『ひゃあ! わたし魔女じゃないよ! 違うよ!』

『あったぞ! シルシだ! こいつ肩に穴がいくつも空いてやがる!』

『それは罪科の数だ! 錆びた刃で刺し潰してしまえ!』

『違うよ! はんこ注射のあとだよ! 信じて! あああ、痛いよ、痛いよ!』

『ひゃっはー! 魔女は火あぶりだー! じゃんじゃん薪持ってこーい! 薪もっとおかわりゃあ!』

『嫌あ! 助けてサンシャイン!』

『わかっているわ、ノブヒコ。助けてあげる。あなた、裸になって寒いでしょう? だから、ね。ほら、火であぶって暖めてあげるわ。ほら、ほら。ほらほらほら』

『うあああん! 熱いよ! 熱いよ!』

日曜の朝に放送していいってレベルじゃねーぞ。
本当に子供向け番組かよ、これ。

「なんだろう、この気持ち・・・・・・胸の高鳴りは・・・・・・」

「モエルーワ!」

「モエルーワ? これがモエルーワなのかい?」

昨日からオールとか、お前等いい加減にしろよ。
もう寝なさい。

「もう少し、あとちょっと、あと5分だけみたら・・・・・・!」

はあ、わかったわかった。
あと少しだけだからな。
それ終わったらさっさと寝ろよ。






■ □ ■






『黒白:19日目』


N壊れた。






■ □ ■






『黒白:20日目』


「キミは紐こそが究極だと言う。確かにそれの素晴らしさは認めるよ。でもね、青と白のストライプに勝ることはないんじゃないかな?
 縞こそが至高。青と白の縞こそが、人類が辿りついた英知の結晶だとボクは思う。そう、あの青く広がる空と雲のように、無限の可能性がそこにはあるんだ!
 青か白か、何てはっきりとしていてシンプルな答えなんだろう! そこにはグレーな答えなんて存在しない。青か白、その二つしか存在していないんだ!
 青と白で区切られた三角地帯こそ、人とポケモンが手を取り合えるユートピアなんだ!」

「ハッ、バーニンガ」

「そんなものは存在しない、だって? 唯の理想でしかないとキミは言うのか、ポチ! くっ、なんてわからずやなんだ! クロイ、キミはどう思う?」

うるせえ。
そんなもんどっちでもいいじゃないか。
喧嘩するくらいなら、いっそストライプの紐でいいだろ。

「この、ド外道が! キミは何もわかっちゃいない! わかっちゃいないよ!」

「バーニーンガガーッ!」

「ポチの言う通りだよ! 紐も、ストライプも、到達点は違えど既に完成した存在なんだ。これ以上手を加えたところで、そんなものは人間の浅知恵でしかない。
 人が足を踏み入れていい領域を超えているんだよ。神を冒涜するに等しい行いだということに、何故気付かないんだ。
 二兎のミミロップを追う者は一兎のミミロップも得ずという言葉を知らないのか、キミは!」
 
うるせえよ。
聞いちゃいねえよ。

「キックをした時にスカートがまくれ上がった瞬間、チラリと見えるツートンカラーの素晴らしさ・・・・・・・キミと分かち合いたいんだ!
 そうすればきっと、ボク達はトモダチになれる!」

うるせえ。
なりたくない。

「ボクの全身からあふれる縞パンへのラァァアアアアアッッヴ! 見せてあげるよ!」

見たくない。
もう、クロイ家は、駄目だ。











[27924] 【ネタ】魔法少女マジか☆マミさん完→1 【男オリ主・一発ネタ】 まどか×韓国純愛ゲーム
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:373ed26e
Date: 2011/06/01 22:19
結末から語ろう。
ある男の死と、一つの世界の終焉の話だ。

我城壮一郎――――――という男がいた。
見てくれは普通の中年男性である。中肉中背、特に羅列するべき事柄は無い。強いてあげるとするならば、お人好しのきらいがあることぐらいだろう。そんな、何所にでもいるような男であった。
ただ一点のみを除いては。

壮一郎は、魔力に干渉することが出来るという、特異な能力を有していた。
より詳しく言うならば、『魔法少女』の保有する――――――否、魔法少女がその最後の瞬間、呪いと共に世界へと撒き散らした魔力を、自身と周囲の魔法少女に還元する能力を有していたのである。
魔法少女のように、その発生の瞬間の希望を以て奇跡を起こすことは出来ないが、世界に澱のように沈んだ呪いの汚泥から、事象を修正することを可能としていたのだ。


「有り得ざる現象を引き起こす、という観点から見れば、彼の事象修正も同じかもしれないね」


そう言ったのは、魔法少女らから『きゅうべえ』と呼ばれる、ただの少女に力を与えて奇跡の代価に魔法少女へと変ずる、白い獣だった。

なるほど、と暁美ほむらは頷く。
ベクトルは違えども、同一の力を使っているのだ。本当に可能性ゼロの無から有を産み出す奇跡よりも、不可能であると思われる可能性を実現させることくらいの方が、よほど現実的に思えた。魔法少女が現実的などと言うのも、おかしな話ではあるが。
ほむらも壮一郎が事象修正を行うのを何度か目撃している。
その一つが魔法少女の魔力の源、魂の結晶たる『ソウルジェム』の再生だったのだから、憎いきゅうべえの言にも頷く以外ない。

きゅうべえから壮一郎の力の仮定を初めて聞いた時、ほむらは笑いが止まらなかった。
きゅうべえ“達”がせっせと溜めた呪いのエネルギーを、我が物顔で横取りする男。それも、無自覚に。いくらきゅうべえが止めてくれと可愛らしく懇願しようが、壮一郎自身も理解不能の能力なのである。止めようと思って止められるものではない。
結果、針で空けられた穴から風船の空気が抜けていくように、エネルギーは消費される一方だ。
出所が魔法少女のように自分自身ではなく、世界にプールされたエネルギーであるのだから、それはきゅうべえも白い顔をいっそう白くさせたに違いない。
彼等には苦々しく思う感情自体が無いのだが、ほむらには「しまった!」とほぞを噛んでいるように見えた。
それが自己願望の投影であると解っていても、ほむらは笑うのを止められなかった。

ざまあみろ。
そう思った。
きゅうべえの企みは防がれたのだ。
そう思った。
私たちには、私には、今度こそ――――――。
そう思った。
魔法で幾度となく時を駆けたほむらは、「今度こそ上手くいくかもしれない」と希望を胸に強く抱いた。
世界に保存されていたエネルギーを扱う以上、壮一郎の奇跡の御業は、有限であるということも忘れて。

万能に思えた壮一郎の能力も、万能ではなかっただけの話だ。
事象修正は、ひどくエネルギー効率の悪いものであったらしい。人類発祥以来、何千年ときゅうべえ達が溜めこんだエネルギーは、たったの一戦で全て失われた。
限界は直ぐに訪れた。
その結果が、これだ。

腕の中で力無く横たわる親友。
割れた植木鉢。
燃えて灰になった小さな人形の服。
赤く染まった水溜りに沈む壮一郎。

ここは、地獄だ。ほむらはぐっと唇を噛む。まだ私は、地獄にいるのだ。
いいや、そこがどこであろうと、何であろうと構わない。ただ、ただ戦い抜くのみ。失くした未来を、私はまた見ることが出来ると、そう信じて。
そっと親友の亡骸を横たえると、ほむらはゆらめいて、立ち上がった。


「世界が終わるね」


きゅうべえが言った。


「魔女と戦わなくていいのかい?」


ほむらは答えなかった。
時計盤を起動させる。


「なるほど、そういう事か。理解したよ。君は時の平行線からやってきた、来訪者だったわけだ」


ほむらは答えない。
口を開く代わりに、ほむらはきゅうべえと睨みつける。


「そんなに怒らないで欲しいな。奇跡の代りにエネルギーを提供してもらう。平等な取り引きじゃないか」

「黙りなさい・・・・・・!」


ほむらがようやっと口を開いた。
戯言に我慢がならないといった風だった。
腕の巨大な時計盤を模した盾から、大口径の拳銃を抜き放ち、小首を傾げるきゅうべえの二つの赤い瞳、その真ん中に据えた。
怒りで銃口が震え、定まらない。


「みんな、みんな、あなたに・・・・・・!」

「ああ、なるほど。地球が、というよりも人類が滅亡してしまうから、君は怒っているんだね。仕方ないよ。『まどか』は至上最強の魔法使いだったんだ。
 敵わなくて当然さ、それを君が責任に思う事はない。だから何の気兼ねなく、別の時間軸に行けばいい。うん、でも最後にお礼を言っておくべきかな。
 ありがとう。君たち魔法少女のおかげで、宇宙は救われた」

「お・・・・・・ま・・・・・・え・・・・・・が・・・・・・いうなああああああ――――――ッ!」


引き金を引く。
引き金を引く。
弾を撃ち尽くし、それでもなおトリガをガチガチと鳴らしながら、ほむらは絶叫した。
穴だらけになったきゅうべえが崩れ落ちても、まだ指は止まらない。
荒くなった息が落ち着くまで、ほむらはトリガを引き続けた。


「やれやれ。この話を聞いた魔法少女は、みんな君のような反応をするよ。願いを叶えてあげたのに、まったく、わけがわからないよ」


するり、と。
ほむらが冷静に戻ったのを見計らったか、肉片になったきゅうべえの影から、“きゅうべえ”が現れた。
はぐはぐ、と小さく咀嚼音を立てながら、きゅうべえはきゅうべえを食む。
その様子を、ほむらは驚くこともなく、忌々しげに睨み付けていた。
ほむらの左手の甲。ソウルジェムの一部が、どろりと黒く濁っていた。
期待が大きかった分、絶望もまた深い。
その格差が宇宙を支えるエネルギーとなるのだ。
最強の魔女が産まれてしまった以上、もはや自分程度のエネルギーなど必要もないのだろう。
きゅうべえはほむらのソウルジェムに見向きもしなかった。
予想通りの反応だった。

ほむらは懐から黒い石ころを取りだすと、それを手の甲に当てる。
親友に使うために隠し持っていたグリーフシードを、結局自分に使うことになった皮肉。悔しさにほむらは奥歯を噛んだ。


「そうだなあ、もって後三日、ってところかな」


頼んでもいないのに、きゅうべえは人類が残る存在の許された日数をカウントする。
それは正しいのだろう。
どおん、どおん、と次々に最新鋭戦闘機が撃墜される音が響いていた。

どおん、どおーん、どお――――――ん。
世界最後の魔女、救いの魔女が、生き残った人間に救いを与えるために奔走する足音が聞こえる。
どおん、どおおーん。
救いとは、苦しみを取り除くことだ。
皆が皆、悩みも無く、幸せに暮らせる世界につれていくこと。
それは何所か。
天国である。
即ち――――――。


「まどか――――――」


天を衝く巨体の魔女が、ぬうっと分厚い雲から顔を覗かせた。
ぎょろぎょろと救われぬ人間を探す巨大な瞳を、ほむらは見上げた。
ほむらは溢れそうになる涙をぐっと堪えた。
戦闘機が墜ちて来る。
時計盤が回転する――――――。


「行くんだね」

「行くわ」

「さようなら、暁美ほむら。次の時間軸じゃあ、仲良く出来ると良いね」

「未来永劫有り得ないわ」

「つれないなあ」


クスクス、クスクス――――――きゅうべえの笑い声が、時間の螺旋廻廊に響く。
戦闘機が爆裂四散するその数瞬前。
いつまでも止まないきゅうべえの笑い声を耳に、ほむらはこの時間軸から消えた。
クスクス、クスクス、クスクス、クスクス――――――。
喜びの感情など無いというのに。
きゅうべえはほむらが消えたその後も、ずうっと笑って“みせて”いた。

どおん、どおーん。
救いの魔女が、福音の鐘を鳴らす。
クスクス、クスクス。
きゅうべえが笑う。

きゅうべえはひとしきり笑った、さあて、とゆっくりと腰を上げた。


「じゃあ、はじめようか」

「はじめよう」


きゅうべえがそう言うと、きゅうべえがそう返した。
ぐるりと辺りを見渡すと、そこにはきゅうべえがいた。たくさん、たくさんいた。
たくさんのきゅうべえが、一斉に「はじめよう」と言った。
中心には、赤い水溜りに沈んだ壮一郎が居た。
わらわらと、たくさんのきゅうべえ達が、壮一郎に群がっていく。


「あれ?」


一斉にきゅうべえが首を傾げた。


「まだ生きてるんだ」


そうして、へえ、と一斉に感心した声を上げた。


「ご、ぼ・・・・・・ごぼっ、げ、ぼぉ・・・・・・!」


壮一郎が紅い水を吐き出す。
冷たい水温で、仮死状態にあったのだろう。戦闘機の爆発に吹き飛ばされたショックで、息を吹き返したようだ。
苦しそうに喘ぎ、咽込んでいる。
手足は冷たく凍えて動かない。
大量の血が流れ落ちていた。
息を吹き返したはいいが、これでは。


「おはよう、我城壮一郎」

「おはよう」

「おはよう」

「おはよう」


おはよう、おはよう。
全てのきゅうべえは壮一郎に優しくあいさつをした。
きゅうべえにとってはとても優しくしたつもりだったが、壮一郎は怯えた様子で悲鳴を噛み殺していた。
まったく、感情という奴は理解できないよ。
そう言って全てのきゅうべえは首を傾げた。


「く、くるな、来ないでくれぇ・・・・・・!」

「君はもうすぐ死ぬというのに、僕を怖がっている。理解できないよ。人間は死ぬのを一番怖がるはずだろう?」

「ひぃ・・・・・・」

「うん、その様子だと、解っているようだね。我城壮一郎、君はもうすぐ死ぬ。だから僕が君を再利用してあげるよ」


じり、ときゅうべえ達の輪が狭まる。


「やめろ・・・・・・よせ、近付くな。頼むから、来ないでくれ・・・・・・!」

「やれやれ。暁美ほむらにも言ったけれど、奇跡には対価が必要だ。それは当然のことだよ。君は多くの奇跡を起こしてきた。その対価を、ここで払ってもらうことにしよう」


輪が狭まる。
別のきゅうべえが、きゅうべえの言葉を引き継ぐ。


「まどかのおかげで宇宙は救われたけれど、エネルギーは有限なんだ。僕たちは次の滅びのために、備えなくてはいけない。
 認めよう、僕たちの魔法少女システムは穴があった。君という穴がね。だから僕たちは、君をシステムに取り込んで、改良を加えなくてはいけない」

「よせ、やめろ、来るな・・・・・・! 俺をどうするつもりだ・・・・・・!」

「言っただろう? 僕たちのシステムに取り込むって」


輪が狭まる。
先頭のきゅうべえが壮一郎の肩に足を掛けた。
あーん、ときゅうべえが口を開けた。
あーん、あーん、あーん・・・・・・。
次々と、きゅうべえ達が口を開ける。
壮一郎の顔が絶望に歪んだ。


「その表情、君は今、絶望しているね」

「でも残念だ。君ならば、と思ったけれど、魔法少女じゃあないんだから、それも当然か」

「さて、じゃあ僕達も始めようか。暁美ほむらのように別の世界軸へは行けないけれど、このまま、次の宇宙のために。
 次の感情を有する、知的生命体の宇宙のために――――――」


きゅうべえ達が次々と壮一郎の肩に足を掛け、言葉を落としていく。


「こういう時は人間は何て言うんだっけ」

「ああ、そうか」

「こう言うんだったね」

「それじゃあ」


一瞬の間。
壮一郎の脳裏に走馬灯が駆け巡る。
離職。植木鉢。飛頭蛮。人形。餡子。魔女。ヤクザ。拳銃。嵐――――――。
ああ、ああ、俺の人生は何だったというんだ。


「いただきます――――――」


きゅうべえが、きゅうべえが、きゅうべえが、きゅうべえが――――――。
たくさんのきゅうべえ達が、一斉に、壮一郎の身体に喰らい付いた。

はくはく、はくはく――――――。

死に体は既に痛覚は無く、何も感じない。
何も感じていないのに、どうしようもない程の喪失感がせり上がる。


「ああ、あああ、ああああああ・・・・・・」


喰われていく。失われていく。
視界いっぱいに、真っ赤なルビーの瞳が映された。
はくはく、はくはく。
視界が消えた。


「ううう、ああああ――――――ッ!」


耳が、喉が、あらゆる箇所が消えていく。


「安心しなよ。君は、僕達になるんだ。僕達インキュベーターにね」


どおーん。
どおおーん。
壮一郎が上げた最後の絶叫を聞き付けたのだろうか。福音の鐘が近付いていた。






◆ ◇ ◆






前も後ろも、時間の概念さえあやふやな闇の中。
壮一郎は怨嗟に喉を張り上げた。
しかし壮一郎の絶叫は迸ることは無かった。
手足の感覚も無い。
なるほど、ここはここは化物の腹の中というわけか。
何千という欠片に喰い千切られたはずだというのに、壮一郎の意識は分断せず、一つのままだった。
ほむらが言った奇跡、とやらが起きたのだろうか。
恐らくは、そうだろう。
これだけエネルギーに満ち満ちた宇宙だ。
散々に散った俺の意識を繋ぎとめるくらい、出来るだろうさ。

壮一郎は嗤う。
ははは、ははは。
世界は滅び、何もかもが消え果てた。
地球はお終いだ。
人間はお終いだ。
これが笑わずにいられるか。
ははは、ははは。
全ては無駄だったのだ。無為だったのだ。何もかも、無意味だったのだ。
ははは、ははは。

嗤って、嗤って、ああ、嗤い飽きた。
何だこれは。
何という悪夢だ。
ああ、ああ――――――こんな結末、認められるか。認めてたまるか。

壮一郎の意識が再び怨嗟を振り撒く装置となった、その瞬間のことだった。
何処までも続く虚――――――淵の見えぬ闇の中、一筋の閃光が射したのだ。
その光は温かな意思で壮一郎をそっと包みこんだ。


君は――――――どうして、君がここに?


壮一郎の失われた喉が震えた。


あらゆる世界を超え、あらゆる宇宙を超え、全ての魔女を、産まれる前に消し去ること。それが私の願いだから――――――。


光がそうっと、優しく輝いた。
音は無い。念による交信だった。


あらゆる宇宙を超えて――――――?

そう。あはは、まさか自分を救う事になるとは思わなかったけれど――――――。


宇宙、世界、時――――――光の中、壮一郎は全てを理解した。
後ろを振り返る。
自分達の宇宙が粉々になっていく。


あらゆる宇宙を超えて、魔法少女の最後を呪いで終らせないように、頑張ろうとしたんだけれど、どうしても救えない魔法少女がいるの――――――。

それは、君自身、だね――――――?

そう。始まりも終わりも無くなった私だけれど、だからかな、私自身の終わりは救えないんだ。それだけは――――――。

君は、それでよかったのか? それで満足したのか――――――?

うん。私の願いは叶ったんだから、だから私が絶望することだって、ないもの――――――。

そうか。ならおじさんは、何も言わないよ――――――。

ありがとう、おじさん。私の最後は救えないけれど、魔法少女の終わりに繋がったおじさんなら――――――。

いいや、結構。それにはおよばないよ――――――。


壮一郎の意思が、光の差し伸べる手を拒絶する。
現実世界で――――――きゅうべえ達の内、壮一郎の身体を喰んだ個体が、その動きを止めていた。
壮一郎は幾つもに解れた自分を知覚していた。
壮一郎を内包したきゅうべえ達が、お互いの身体に喰らい付く。
はくはく、はくはく。
一つになっていく。


おじさん、駄目だよ――――――!

いいや、これでいいんだ。今、はっきりと解った。自分のすべきことを――――――。

おじさん――――――!

君は願いを叶え、魔法少女を救った。それは素晴らしいことだと思うよ。でも、あらゆる宇宙がねじ曲がってしまった。違うかい――――――?

どうして、解るの――――――?

大人はね、子供の言いたい事を察してやらなきゃあいけないんだ。これがまた実に大変なことだ。大人は頭が硬いから、てんで見当違いのことを考えてしまう。
これも、そうかもしれないね。でも俺は、決めてしまったんだ――――――。


一つになって体積を増したきゅうべえは、ゆらりと空気の抜けた風船のように、二本の脚で立ち上がった。
それは人間のような姿をしていた。
体躯はあまりに巨体であるが、人と同じような手足を持ち、真っ白な布を身に纏っていた。
そしてその顔は、まるでモザイクが掛かったように不鮮明でいて、認識することが難しい。崩れているのか、隠されているのか、判別が付かない。


救いと悲劇はバランスによって成り立つのかもしれないね。それはとても悲しいことだけれど、諦めないといけないこともある――――――。

待って、駄目だよおじさん! 私は、おじさんを助けたくて――――――!

いいや、これでいいんだ。いままで女の子たちがずうっと頑張ってきたんだ。そろそろ野郎も痛い目を見るべきだと思わないか? 思わないか。ははは、残念――――――。


そのまま真っ白な巨人はどこへなと、光が射す方へと消えていく。
存在を薄く延ばしているのだ。
こんなはずじゃなかったのに、と光は淡く輝いた。
優しい少女のすすり泣く声が聞こえたような気がした。


ごめん、ごめんね。でもね、やっぱり犠牲は必要なんだ。でも、君はそれを認められない。解るよ、君は優しい子だから。だから、悪役になるのは、俺のような駄目な大人で十分だ――――――。

ごめんね、おじさん、ごめんなさい。ごめんなさい。私、本当は解ってたの。魔女を消してしまえば、世界は狂ってしまうって。解ってたの――――――。

いいんだ、いいんだよ。これで、いいんだ――――――。


白い巨人が宇宙から完全に姿を消す。
壮一郎の意思は、その瞬間、完全に消えて無くなった。
魔法の力で意思を繋ぎとめていた壮一郎は、白い巨人が世界の再編に呑まれ、魔法では無い別のエネルギーを動力とするように改変された瞬間に消え去ったのだ。
その意思が消え去る寸前、壮一郎がかつて自分であった白い巨人に下した至上命令は、唯一つ。
世界の歪みを正せ――――――それだけだ。
かつてきゅうべえでもあった肉体の制御権を奪った壮一郎は、自分にその機能が備わっていることに気付いていた。
後は自動的に事が進む筈だ。

こうして白い巨人は別の宇宙、別の世界で自己を増殖させながら、魔法の元となる感情を吸い上げ、体内でグリーフシード化させる存在となった。
壮一郎は、少女の切なる願いが紡いだ新たな世界で、たった一つの悲劇となることを決めたのである。
かつてきゅうべえであり、壮一郎であった白い巨人は、またこことは別の世界で『魔獣』と呼ばれることになる。

魔女の代りに世界中に溢れ返る魔獣の存在。
だが魔獣が何処から来たのか、何を目的とするのか。
知る者は誰もいない。




◆ ◇ ◆




これでいい。
救いはなかったが、これで。

哀しみと満足感の中、壮一郎は消えていく。
一瞬が永遠にも思える時の中、不思議と壮一郎に恐怖はなかった。
それは正確ではないのかもしれない。恐怖を感じる意思の部分が、もう消えてしまっていた。

壮一郎はゆっくりと無に意識を沈めると、笑ってしまう自分の数奇な人生を、振り返ることにした。
色々とあったけれど、哀しい終わりだったけれど、それでも幸せだった。
俺達はあの日、あの時、家族だった。そうだろう?

幸せな記憶が再生される。
魔法少女と初めて出会った、あの時から。
壮一郎の意思が闇に閉ざされるその一瞬、瞼の裏をよぎったのは、一人の少女の笑顔。
壮一郎が初めて出会った魔法少女の頬笑み。

その魔法少女の――――――生首、だった。










再投稿、と見せかけて続き、と見せかけて最終回ダァーッ!
期待してくれた人はごめん。
バッドエンドである。



[27924] 【ネタ】魔法少女マジか☆マミさん1 【男オリ主・一発ネタ】 まどか×韓国純愛ゲーム
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:373ed26e
Date: 2011/05/31 22:34
我城壮一郎。
一身上の都合により本日付けで退職致します――――――。

何度読み返しても文面は変わる訳が無い。
たった一行の退職届けの写しを広げながら、くそったれ、と男は吐き出した。
男の吐息に混じり、辺りに酒気が立ち込める。相当飲んでいるようだ。
男の向う先から歩いて来る女子大生が、眼を合わさないようにして足早にしてすれ違った。すまんね、と男が振り返って声を掛けたら、小さく悲鳴を上げられた。それに対してもまた、すまんね、と男は声を掛ける。とうとう女子大生は走り出した。
はて、婦女子に悲鳴を上げられる程、自分はそこまで人相が悪いのだろうか。男は考え、悪いのだろうなと頬を伸ばした。
酷い顔をしているのは自覚していた。

先日のことである。
取引先の会社で、嫌な上司の見本とも言える脂ぎったハゲ親父が、恐らくは新人であろうOLの尻を揉みしだいていた。
デスクの影となって他の社員には死角となった場所での行為。
常習犯か、などと考えるよりも早くに男の右拳は唸りを上げていた。拳先はハゲのツラミ(頬肉)にクリーンヒット。一撃で奥歯を散らし意識を刈り取ったのは、学生時代に日本格闘技研究サークルの部長であった男の面目躍如というところ。
さてOLは不安がっていないだろうか、と出来る限りにこやかに手を差し伸べた男が喰らったのは、痛烈な平手打ちだった。そしてこれでもかと言う程の罵倒の嵐。
これは後で知ったことだが、どうやらこの二人、不倫関係にあったらしい。
それも社内で公然の秘密として黙認された。
ハゲは離婚秒読みで、協議離婚が成立し次第、このOLと籍を入れるつもりだったのだとか。そして周囲はそれを知っていて、祝福もしていたのだとか。
なんだそりゃあ、である。
つまり男が目撃したのはプレイの真っ最中だったということだ。
暴力沙汰を起こした男に待っていたのは、自主退職という形での、平たく言えばクビ処分である。
警察沙汰にならなかっただけ有り難いと思え、と上司から、否、元上司から丸めた書類で頭を叩かれた男。なんだそりゃあ、と胸中でもう一度繰り返す。
しかし社会人である以上、手を出してしまえば例えどんな状況であっても負けなのだ。
頭に血が上った馬鹿が痛い目を見ただけだ。仕方ないと諦める他はない。
これで俺も晴れて自由人かあ、と男は笑った。

めでたい、めでたい。
こんなにめでたいのだから、雀の涙程の退職金で、真昼間からしこたま酒を飲んでもいいだろう。
酒は魔法の水だと思う。
こいつを飲んでいる間は嫌な事はきれいさっぱり忘れられる。
明日の苦痛に目をつむればこれ程有り難いものはない。有り難過ぎて涙が出て来る。
へらへらと笑い始めた男に、通行人達は気味の悪そうにして進路を変えていく。そう時間を待たずして、男の周囲には誰もいなくなった。
誰もいないんだからいいか、などと酔っ払いの理屈で男は道路に寝転がる。

かつん――――――と手に当たる、硬質な感触。

深く考えずに引っ掴んで目の前に。
桃の種を思わせる大きさと形のそれは、散々にヒビ割れて砕けた黄色の宝石――――――。
否、どうせイミテーションだろう。こんな所に宝石が転がっている訳がない。
しかし、その石には不思議と心を惹きつける輝きがあった。
石を掲げ、月の光に透かしてみる。気付けばもう夜だった。

黄色の輝きを透して、夜空を見る。
万華鏡を覗いたように、ヒビ割れた石の中を星の光が反射して、ほうと息を吐くくらいに綺麗だった。
酒で霞んだ目にもきらきらと輝いていて、手を伸ばせば星に届きそうなくらい。
まだやり直せるよな、と男は石を握りしめた。
夢も希望も願いすらも何もないけれど、こんなにも綺麗なものが世の中にあると知っているのだ。
だから俺は大丈夫だ、なんて根拠の無い自信に酔っ払い男は勢いきって体を起こした。


「やばい吐く」


さて、これが男の第一声である。
腹筋を使って跳ね上がったのが仇となったか。
込み上げる酸味を手で封じながら側溝にまで這いずる男。道路を汚してはいけないという意識が働いているのだろう。そもそも路上で寝転がるなと言いたい所だが、そこは酔っ払いである。常識など通用しない。
ふうふうと破水した妊婦のように苦しげな吐息を吐きながら、しかし今産まれてはいけないといきむ男。


「あれ?」

「坊や、まだ駄目よ。まだ産まれちゃ・・・・・・おえっぷ。な、何だあ・・・・・・?」


途中で暗闇に浮かぶ二つの紅い光と、一瞬、眼が合ったような気がした。
眼が合った、のだ。
視線が絡んだのである。

その二つの紅い光点は知性を宿していて、つまるところその正体は、その正体はなどと言うのもおかしいが、正体不明の生物だった。
パシッ、と音を立てて街灯が明滅する。
途切れ掛けの人工灯の下に晒されたのは、白色光よりもなお白い、四足歩行の獣だった。
白い獣も男と視線が合ったのに気が付いたのだろう。
興味深そうに小首を傾げながら、男の下へと近付いて来る。


「君、僕の姿が見えるのかい?」

「見えない」


しかし男と眼が合ったのも、先の一瞬だけのこと。
男の視線は道端の側溝に固定されていた。
幼児向けアニメのカレーパンを模した戦士と男が化すまで、あと数十秒である。
男にとっては獣が喋ったのどうのよりも死活問題だった。
酔っ払いは文字通り世界が自分を中心にして回るのである。
自分のことで精一杯で、それどころではない。


「やっぱり見えてるんじゃないか。今返事したよね?」

「見えない。聞こえない」


脂汗を流しながら、ずりずりと肘だけで這いずるようにして先に進む男。その進路を塞ぐ白い獣。
どうあっても男を逃すつもりはないらしい。
仕方ないなと言いた気に、ガラス玉のように透明な瞳をまったく表情の変わらない顔に浮かばせて首を振る獣。
呆れたような気配が伝わるが、こいつに感情と呼ぶべきものが存在しているかは疑わしい。


「やれやれ。君達人間はどうしてそう未知との遭遇を否定したがるのかな。まったく、わけがわからないよ」

「やかましい。白まんじゅうの分際で、人様の言葉を喋るなよボケ。そこをどきやがれ」


にべもない男の一蹴を意に介したこともなく、白い獣は男に一歩近付く。
仕草は小動物のようであったが、白一色に紅い二つの球が浮かんだ能面を至近距離で見詰めさせられれば、可愛いなどと言う感想は抱けない。


「僕にしても初めてのケースだけれど、だからこそ試してみる価値はありそうだ。ねえ君、何か願い事はないかい?」

「はあ?」


さも煩わしそうに返す男。
付き合わなければ解放されないと思ってのことだった。
この不快感に男は職業柄、前職業柄よく覚えがあった。
首を縦に振るまでしつこく食い下がる、性質の悪いセールスに捕まったのと同じ感覚だ。


「叶えたい願いは無いかい? 届かなかった夢は無いかい? 実現したかった想いは無いのかい? 全部僕が叶えてあげるよ」

「何でもか?」

「もちろんさ」

「酔っ払いの幻覚にしちゃあ都合が良すぎるこって」


もう男はこれが現実であるとは微塵も思っていなかった。
酔っ払った脳みそが見せる都合の良い幻覚であると断じていた。
そうでなければ、動物が口を利くなど、ましてや願いを叶えてやろうなどと言いだすものか。


「だから僕は現実に存在しているんだってば。あ、願い事だけれどね、願いを叶える数を増やせっていうのはやめて欲しいかな」

「不可能だと言わない辺りなるほど俺の脳内妄想だな。じゃあお前、キタロウ袋もってこいや」

「キタロウ袋・・・・・・? なんだい、それは?」

「げげげのげと、知らねえのか。エチケット袋だよエチケット袋。おらさっさと行け」

「本当にそれが君の願いなのかい? そんな願いじゃあ宇宙のエントロピーは・・・・・・」

「じゃあそこ退け」

「もっとよく考えるんだ。君の思うがままに願いを叶えられるんだよ? 君の希望をありったけ込めた願いを教えてよ。さあ」


また一歩近付く白い獣。
もう男の視界は白と赤の二色で塗りつぶされていた。
吐き気が込み上げるのは呑み過ぎたから、それだけが理由なのだろうか。


「うるせえなあ。何なんだよお前は。幻聴に律儀に返事してるとか俺もなんだよ、くそったれ」

「そういえば自己紹介がまだだったね。僕の名前はきゅうべえ。きゅうべえって呼んでよ」

「やかまし、白まんじゅうが。人様の言語を口にすぶぇぷぷぷ・・・・・・すっぱい、もう駄目」


少し漏れた。
慌てて手で押さえたが、レモンの果汁のような体液は指の隙間から滴り落ちる。


「ふう、わかったよ。僕が君たちの言語を話す事がお気に召さないというのなら、君の流儀に合わせよう。【これでいいかい?】」

「あああ頭の中に声が響くぎぎぎ」

「【うん、問題無く聞こえてるね。やっぱり、君には素質があるみたいだ】」

「もう駄目、もう無理、限界」


急に脳髄に響いた声がトドメとなって、男の堤防は決壊する。
テレパシーだとか、そんなことはどうでもいい。
どうろはみんなのものです。
こうきょうぶつなのです。
だからよごしてはいけません。
ゆえにわたくしめにふくろてきなものをぷりーず。
もうだめ、でる。


「【ねえ、君にお願いがあるんだ】」

「おおおおい白まんじゅう! 俺の名前を教えてやるぅあ!」

「【いや、もう知ってるからいいよ。繋がった時に、少しだけ覗いたからね。それよりも、ねえ、お願いがあるんだ】」

「僕の名前はゲロゲロげろっぴ!」


男がやけっぱちになって白い獣を鷲掴みにすると、背中の一部がぱかりと開いた。中は空洞になっているようだ。
そうなれば後は早いもの。
白まんじゅうの台詞が言い終るよりも早く、男はその空洞の両端をむんずと掴むとぐいと引き広げた。
白い。そして空洞である。つまり、ビニール袋。わあい。
とはその瞬間に男の頭を占めた思考である。


「ワンダフル投下しべぺぺぺぺぺぺpppp」

「【僕と契約しべぺぺぺぺぺぺpppp】」

「べぺぺぺぺぺぺpppp」

「【べぺぺぺぺぺpppp】」


男と白い獣の間に描かれる黄土色のアーチ。
辺りに立ち込める眼に染みる程の発酵し切ったチーズ臭。
聞くに堪えない醜い効果音を発しながら、男は熟成させた我が子をワンダフル投下した。


「ひいいっ!?」


人体と麹菌とが織りなす腐浄のハーモニーたるや、獣の後をこっそり着けていた同時間軸を五週くらいしていそうな元ロング三つ編み赤縁眼鏡っ娘を即時撤退させる程度の威力はあったようで。


「や、いやっ、かかった! 跳ねてかかったあ! 臭っ、臭いよう! まどかぁ、まどかぁー!」


黒髪ロングのクール系少女を元の引っ込み思案で気弱な人格に一時戻す程度の威力はあったようで。


「べぺぺぺぺぺぺpppp」

「【べぺぺぺぺぺぺpppp】」


少女の叫びを副旋律にして、魔の演奏は一層激しさを増すのであった。




魔法少女マジか☆マミさん
第一話「スtomakエイク」




朝である。
爽やかな日差しが瞼を撫で、意識を浮上させる。
段々と覚醒していく意識に、男は次第に記憶を蘇らせた。
ハゲ親父。OL。拳骨の痛み。商談を白紙に戻され怒りに震える上司の顔。自主退社勧告。事実上の首。居酒屋。酒。白いまんじゅう。すっぱ味。


「・・・・・・ああ、そっか」


枕元の時計は何時もの時間を刺している。
今日からもう出勤などしなくてもいいというのに、しかも記憶があいまいになるほど酒を飲んでいたというのに、普段通りの起床時間。
律儀な体内時計に男は何だか笑ってしまった。


「自由さいこー」


再びベッドに身を沈める。
そうとでも思わなければやっていけない。

男は自分が小心者であるという自覚があった。
暴力に訴えておきながら、酒に逃げた。
でっかくなるんだと息巻いて社会に飛び込んだはいいが、これだ。
結局のところ、そんな程度のちっぽけな男でしかなかった。我城壮一郎という男は。

深く溜息を吐けば、昨晩から残った酒精が失せていった。
鈍い痛みを訴えるこめかみを揉みほぐしながら、壮一郎は記憶を辿る。
はて、自分はどうやって帰宅したのだっけ。

眼前を占める天井の染みは、間違いなく毎朝眺めている自室として与えられた社宅のそれだ。
首になった以上はここも引き払わなければならないが、今は置いておこう。
明確に覚えているのは、最後に梯子した居酒屋を出た辺りまで。
その後は、背中にごつごつとした硬い感触がしたのも覚えている。路上にでも寝転がったのだろうか。
何やら白まんじゅうの悪夢を見たような気もするが・・・・・・。
硬質な感触と言えば、もう一つ、何かを握り締めたような気も。


「ああ、そうか、思い出した」


何か珍しい石を拾った、はず。
その辺りになるとかなり記憶も曖昧で、夢であったのか現実であったのか、判断付け難い。
まんじゅうが口を利くなんてのは確実に夢だろうが、綺麗な意思を拾ったのは確かだ。
子供のころに石集めをしたのを懐かしみながら、ひび割れて砕けた表面を撫でていたのを覚えている。

不思議な触感のする石で、撫でつければ撫でつける程、ひび割れが消えていった。
石に見えて粘土質なのかもしれないなー、などとも思っていた覚えもある。
どこか柔らかい感触を指先に感じながら壮一郎が閃いたのは、プランターに入れる半固形の肥料にそっくりだということだった。
特にすることもなく枯れた青春を過ごした壮一郎は、ベランダガーデニングを趣味としていた。
やや前時代的な考えのある壮一郎はそれを女々しい趣味であるとして隠していたため、誰にも知られたことはない。そして、誰に相談したことも、学んだこともない。全て書物から取り入れた知識でもって、独自のやり方で草花を芽生えさせてきた。
ある時は卵の殻を撒いてみたり、またある時は焼いた土を混ぜ込んでみたり。
昨晩も酔っ払った頭であの石が有機肥料であることを疑わず、植木鉢に放りこんでいた。

あちゃあと壮一郎は頭を抱える。
何でもかんでも放りこんで、それで多くの失敗を経験しているのだ。
植物は生き物である。
石ころ一つとっても、たったそれだけで土壌の性質は変わり、そこに根差す植物は当然影響を受ける。即刻取り除かねばならない。

仕方が無い、と痛む頭を抱えながら、壮一郎はベランダへと足を向けた。
からり――――――軽い音を立ててアルミサッシが開かれる。
あくびを漏らして腹を掻く壮一郎。
大口を開けた間抜けな顔は、しかしその瞬間に凍りついた。


「・・・・・・え? 何」


いつもならば朝鳴きの鳥のさえずりが聞こえるはず。
しかし町は凍りついたかのように無音でいて、静かだった。静かすぎた。時折遠方から響く長距離トラックのエンジン音が、返ってシュールに聞こえる。
まだ酔っ払っているのかと頬を思いきり張る。

痛い。
幻覚でも夢でもない。
目の前のこの光景は、現実だ。
いや、わけが解らない。

確かに自分の中にある幼稚な部分で、美少女が急に家に来たら――――――なんて妄想をしたこともたくさんある。
だが実際そうなってみると、素直にラッキーだと喜べるわけがない。
何だこれは、何かの陰謀か。
異様に手の込んだドッキリだろうか。はたまた嫌がらせか。
何だこれは、俺は死ぬのか、死んじゃうのか。
これは本当に覚悟をしないといけないのかもしれない。


「あ、おはようございます。この家の方ですか?」

「ひっ・・・・・・ぎっ・・・・・・」


喉が引き攣る。
壮一郎だってそれなりに経験を積んだ社会人である。
滅多な事では思考停止に追い詰められるまで取り乱す事はないと自負していた、はずだった。
だがこれは無理だった。


「不躾でごめんなさい。私、こんなだから、出来れば運んでいただけるとありがたいのですが。お願いできますか?」

「は、は、はい・・・・・・」

「わ、わ! わー、すごい、高い! 男の人ってやっぱりすごいですね」


ひいひいと息を引きつらせながら笑う膝を叱咤し、それを卓上まで運びいれる壮一郎。
腕を下ろすと同時、どっと尻餅を着いた。腰が抜けたのだ。しばらく立ち上がれそうにはない。


「あの、大丈夫ですか? どこか打ってませんか?」

「ひい・・・・・・・!」


ここらが壮一郎の限界である。
こちらを心配そうにうかがう、優しさに溢れた瞳。

壮一郎がベランダから招き入れたのは、色素の薄い茶色の巻き髪が良く似合う、可憐な少女――――――。
そんな可憐な少女が、ふっくらとした桜色の唇から、壮一郎の体調をおもんばかる台詞を紡いでいた。
見ていてこちらが申し訳なく思ってしまうくらいに、見ず知らずの男の身を気遣う少女の心根の清らかさ。

きっとこの少女の心根は、などと、根っことはよく言ったもの。
少女は今にも壮一郎に駆けよって、背中に手を当てて介抱しそうな程だ。
彼女に自由に動く身体があれば、間違いなくそうしていただろう。
そう、身体さえあれば。


「ぎ、ぎっ、ぎぃいやああああああっ!」

「え、わ、わーっ! きゃあーっ!」

「ぬがあああああっ!」

「やーっ! やーっ! いやーっ!」

「どっせーい!」

「ちょいやーっ!」


壮一郎が招き入れたそれは。
復活した壮一郎が執ったファイティングポーズに、精一杯の威嚇を返す、それは。
大きめの植木鉢に可愛らしくちょこんと乗っかっている、それは。
まるで女神と見間違う程に可憐な少女の――――――。

生首――――――だった。










[27924] 【ネタ】魔法少女マジか☆マミさん2 【男オリ主・一発ネタ】 まどか×韓国純愛ゲーム
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:373ed26e
Date: 2011/06/01 23:31
生首が飛んでいる。

比喩ではない。実際に空を飛んでいるのだ。
前に後ろに、上に下に、右に左に――――――縦横無尽に空を舞っている。
植木鉢の底の水抜き穴から、黄金色の魔力の炎を噴射して。
風に攫われた木葉のように、しかし重力の束縛を振り切って、限りなく自由に。

ありったけの破壊を撒き散らすそれは、可憐な少女の貌をしていた。

「ていろ!」

ていろ、ていろ、と繰り返される度に撃鉄が落とされていく銀のマスケット銃。
恐らくは魔法とその呪文なのだろう。何処からともなく銀のマスケット銃が喚び出され、火を吹き、弾を吐き、敵を穿つ。
虚空から、ふっくらとした唇の隙間から、耳から、見事な縦巻き髪の中心から、植木鉢の脇から、底から、異次元から、時の狭間から、北の国から、地下世界アレフガドから、腰を抜かして座り込んだあの子のスカートの中から――――――引き抜かれる銃、銃、銃。
正しく物量による蹂躙だった。
ばらばらと耳朶を打って鳴り止まぬ火打石強打(フリントロック)の作動音と、魔力によって精製された黒色火薬の炸裂音が奏でる暴虐だった。

ていろ――――――また一つ、命が散る。

我が子を殺された魔女が怨嗟の雄叫びを上げる。魔女の鋭い爪が空を裂き、彼女の喉元に迫っていた。
しかし彼女は鉢底から魔力フレアを噴かすと、ひらりと危うげなくそれを避けた。必要最小限の動きでよかった。何のことはない、ただ数十センチ高度を上げただけだ。それだけで鋭い魔女の爪は、彼女の喉下を通過した。本来ならば心臓が在る筈であるそこを。

ていろ――――――隙を晒した魔女の腕が、弾けて飛んだ。

終始戦いを有利に進めていた彼女だったが、しかしその顔は苦々し気に歪んでいる。

ていろ――――――。
ていろ――――――。
ていろ・・・・・・何なのだろう?
実のところ、ていろ、と口にする度に、彼女の勢いは留まっていたのだ。
まるで、それから先に続く言葉を忘れてしまったかのように。

魔女という存在は、一応は生物のカテゴリの中に含まれてはいたが、しかしその構造は既存の生命体とはまったく掛け離れていた。
現存する近代兵器で撃退可能な範疇にはあるのだろう。しかし、銃弾で傷つきはするものの、急所という概念がほとんど曖昧だったのだ。
頭を穿てば死ぬだろうと、そんな考えが通用しない存在であるということだ。現に数発の弾丸が頭部に撃ち込まれていたが、まるで堪えた様子はない。
一つとして同一個体が存在しない魔女だ。例外として、魔女が産み出す使い魔が人を喰い、いずれ成長して親と同じ姿の魔女となるが、基本的に同じ魔女はいないと考えていいだろう。つまり、あまりにも多種多様な姿を持つため、これといって有効な戦術が無いのである。相性によって戦局は大きく左右されるということだ。
現在彼女が臨しているのは、継続戦闘力に優れた個体だった。完全に絶命するまで、十全の戦闘力を発揮するタイプ。彼女のように“削り”を基本とする戦法では、これはかなり相性が悪かった。
彼女は決め手に欠けていたのだ。苦々し気な表情の理由がそれだった。
あの魔女を滅ぼすには、より大きな火力が必要だ。
ダメージは与えられているのだろうが、これではじり貧だ。
しかし、と彼女は闘志の冷めやらぬ眼で魔女を睨みつける。
例えじり貧でも、ダメージが通っているのならば、それを続ければいいだけだ。何十発でも、何百発でも、千でも、万でも、鉛玉をくれてやればいいだけの話だ。

彼女は笑った。
身体が軽い。
こんなに幸せな気持ちで戦えるなんて、初めてかもしれない。
かもしれない、と言葉尻が濁るのは、記憶に欠落を抱えていて自信が無いためだ。
笑みが浮かぶ。
自分に魔法が使えるだなんて、思ってもいなかった。
魔法少女――――――そんな言葉が胸中に浮かび上がる。
全く覚えはないというのに。自然と戦えてしまう自分は一体何だったのかと、初めは不安で仕方がなかったというのに。
でも、もう、何も――――――。

「もう何も怖くない――――――!」

撃鉄を起こすのは憎悪であり、引鉄を引くのは義憤であり、打ち出される弾丸は覚悟である。
決して、自分の背に庇うあの人を傷つけぬという、決意である。

もう自分は一人ではないのだ。
後ろにはあの人がいる。
私には帰る場所がある。ただいまと言える家があって、おかえりと言ってくれる人がいる。その人を守るために戦える。今度こそ、家族のために。
こんなにも幸せなことはなかった。

少女の額、右即頭部に在るヒビ割れた宝玉が、黄金の輝きを放つ。
魔力生成、顕現した銀のマスケット銃が空中に固定され、入力された魔力に応じプログラムを起動させる。
即ち、円環銃列25段一斉掃射――――――。

「ていろ!」

弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾!

回転する彼女の動きに合わせ、もはや面となって魔女へと殺到する鉛玉の群れ。
まるで独楽のように軽やかに、楽し気に髪を踊らせて、撃発音の輪舞曲に踊り狂う魔法少女。
その魔法少女の名を、巴マミといった。

ただし、その魔法少女は――――――生首、だった。






魔法少女マジか☆マミさん
「Save the Earth あげいん」






とれないよう、とれないよう。

少女の血を吐く様な嘆きを務めて無視し、壮一郎はアルミ缶のプルタブを開けた。
中身は蒸留酒を炭酸水で割ったアルコール飲料、缶チューハイだ。果物の風味付けをされたそれを一口含む。炭酸が喉にさわやかな後味を残し、胃の奥に流れて行く。
ふう、と壮一郎は熱っぽい溜息を吐いた。
本音を言えばこんなコンビニで買った安酒よりも、ちゃんとした酒が、例えば日本酒の辛口がいい。無職の癖にこんな趣向品を買っている場合かよ、と思わなくもなかったが、こればかりは許して欲しい。
飲まなければやっていけないことだってあるのだ。社会だとか常識だとかに凝り固まった大人には、特に。
例えば、ある日眼が覚めると、自宅のベランダにとんでもない美少女がいた時とか。その美少女には首から上しかなかった時とか。あまつさえ鉢植えに植わった生首が飛んでいる時とかに。
これが飲まずにいられるか。
酔っ払いが見ている幻覚だと思い込んでしまいたかった。
だが、これは現実だ。悲しい事に、どうしようもないくらいに現実なのだ。

何やら自分が今いるこの不思議空間は、魔女という人の負の感情を増幅し死に至らしめる存在によって区切られた世界、結界の中なのだとか。
原因不明の自殺や殺人事件の内、このほとんどが魔女の影響を受けた人間が引き起こしたものらしい。
唐突に思い出したと言って語り始めた自称巴マミ曰く、魔女に対抗できる存在は魔法少女しかおらず、そして彼女がその魔法少女であるという。
かじり取られたようにちぐはぐな記憶では、ていろ、とあの銀のマスケット銃を大量に生成する魔法しか思いだせないのだとも。

色々と矢継ぎ早に説明を受けたが、さてその記憶が一部戻ったのが、彼女以外の別の魔法少女を目にした瞬間だった。
今自分の隣に座り込んでいる少女である。
長い黒髪に切れ長の瞳の、これもまた非常に整った容姿の少女だった。
迷い込んだ結界の中をおっかなびっくり進んでいると、彼女は壮一郎達の前へと時間を切り取ったようにいきなり現れたのだ。
今直にここから立ち去れ、もしくは動くな、と警告しようとしたと思われる。
というのも、口を開いて台詞を述べようとした途中で、壮一郎の手の内にあったマミと眼が合ったからだ。
ぎょっ、とした顔をしていた。

「と、巴マミ・・・・・・!」

「あら、あなた私のことを知っているの? ひょっとして、私のおともだちかしら? 何となく見覚えがあるのだけれど」

「どうして生きて・・・・・・え? 生きてる、の?」

「ああ、ああ! 思い出したわ! そう、あなたは魔法少女! そして、私も魔法少女だった!」

そう叫ぶと、自分の使命は魔女を倒すことにあるのだ、とマミは魔力を噴射して壮一郎の腕の中より飛び立った。
唖然とする壮一郎の頭上をぐるりと一回転すると、黒髪の少女へと近付いて「思い出させてくれてありがとう」と言ってにっこりと微笑んだ。
壮一郎は人が腰を抜かす光景を、生まれて初めて目にした。
自分もマミと初めて会った時は腰を抜かしたが、ここまで見事な抜け方ではなかったと思う。
すとん、と垂直に崩れ落ちたのだ。
少々危ない落ち方だったので、慌てて身体を支えてやる。少女は壮一郎の腕の中で小さく震えて何をかを言っていた。

「見間違い、あれは見間違い、きっとそう、だって私、眼が悪いんだもの。そうだ眼鏡を掛けないと・・・・・・」

左腕に装着した盾のような時計盤から、赤縁の眼鏡を取り出して装着する少女。
天を仰ぐ。
脂汗を流しながら顔を伏せた。
空ではマミが魔女と激しいドッグファイトを繰り広げていた。

どうやら魔女は頭上で息を潜めていたらしい、が、それに気付かなかった焦りからではないだろう。
壮一郎も解っていたが、それは指摘しないでおいてやった。
優しさである。
壮一郎は気遣いが出来る男であった。
決して、少女が一心不乱に眼鏡を拭き始めたことに恐れを抱いたからではない。
ないのである。

「とれないよう、とれないよう」

「お嬢ちゃん、眼鏡は汚れていないから。もう止めよう、な?」

「うぐぅうううううっ!」

悲痛と絶望を滲ませながら、壮一郎の制止も聞かず眼鏡を磨く少女。
例えるならば、止むをえぬ事情で親友の介錯をせねばならなくなった時のような、そんな顔だった。

「もう何も怖くない―――――!」

高らかにマミの宣言が結界中に響く。
当たり前である。
彼女はもはや、恐怖を振り撒く側にあるのだから。
魔法少女であるからだとか、そんな小さい理由ではないことは言うまでもない。

マミは何十という銀色のマスケット銃を魔力にて生成すると、それを一斉に撃発した。
どこから取り出したのかは解らない。おそらくは、あれが魔法なのだろう。
壮一郎はさしたる驚きもなく魔法を受け入れていた。マミに比べれば魔法など、何と言うこともない。むしろマミの存在が魔法に依るものだと判明して納得したくらいだ。

「妖怪じゃなかったのか・・・・・・」

壮一郎はマミの正体をかの妖怪、飛頭蛮であると予想していたのだが、実際は魔法少女であったらしい。
マミは次々にマスケット銃を撃っては捨てていく。どこからともなく銃身が現れては、マミの下へと集う。腰をぺたんと下ろしていた少女の足の間から、マスケット銃がずあっと伸び、マミの下へと飛んで行った。
ストッキングに包まれた下着が露出していたが、それを直す気力もないようだ。そっと壮一郎はスカートを直してやった。
その間にもマミの猛攻は続き、魔女は体液を垂れ流しながら醜くのたうっている。

それは、巨大な“ノミ”の様な魔女だった。
壮一郎は小学生の時分に顕微鏡で見たミジンコの姿を連想した。でっぷりとした身体に小さい頭。背中からはえた手羽先のような羽。足はない。
鋭い口吻と爪でもって、マミへと襲い掛かる魔女。だがマミは冷静に鉢植えの縁でそれをいなすと、くるりと縦に回転して、鉢の底で魔女の額を殴打した。
眼を覆いたくなるような戦いだった。
少女はもう目を覆っていた。

「もう誰にも頼らない。私は平気。きっとやれる。大丈夫よほむら。がんばれ、がんばれほむら」

ぶつぶつと自分を励ます少女。
壮一郎も目を覆った。
気持ちは痛いほどよく解った。
決意も信念も、圧倒的な魔の前では容易く圧し折れる。
ぴんと張り詰めていればいるほど、横合いからの力に弱くなるものだ。
少女は純粋であるが故に、真正面から立ち向かってしまったのだろう。
大人であれば酒でも飲んで寝てしまえと言うところであるが、少女である。上手く力を逃してやる術を知らないのだ。
そう思うと、初対面の時に少女が纏っていた冷徹さが精一杯の強がりに感じられて、壮一郎は少女のことを好ましく思えた。

「横、座ってもいいかな」

「・・・・・・勝手にしたらいいわ」

「ありがとな。よっこらせと」

中年に片足を踏み入れている男ならではの口癖である。
壮一郎は引っ下げていたビニール袋をまさぐると、アルミ缶を取りだした。缶チューハイだった。コンビニに立ち寄った帰りに魔女の結界を発見、吸い寄せられるようにして異界へと迷い込んでいたのだ。
プルタブを開け、ぐびりと一口やる。
ぐびり、ぐびりと三口やる。
七口目辺りで空になった。
次の缶へと手を伸ばす。
ぐびりぐびりとやって、また次へ。

マミは相当圧しているから、油断さえしなければ、危うげなく勝利するだろう。
ここで高見の、下から見上げて見物といこう。生きようが死のうがどうにでもなれである。自棄酒だった。
結界とは魔女の腹の中に等しいという。
どこに逃げたところで無駄であるならば、どっかと腰を降ろして見届けようじゃあないか。中年一歩手前の男に何が出来るでもなし。
良い具合に酔いが回り現実を受けとめられるようになって来てから、壮一郎は葡萄の風味付けがされた缶チューハイを横に差し出した。
ひやっ、と少女が小さい悲鳴を上げた。首筋を抑え、壮一郎を睨みつける。してやったりと壮一郎はにやりと笑った。

「お嬢ちゃんも飲むかい?」

「見てわからないの? 未成年に飲酒を勧めるなんて」

「そういいなさんな。それにお嬢ちゃんは魔法少女なんだろう? 気にすることはないさ」

渋々といった風に少女は缶を受け取ると、おそるおそる口を付けた。
途端、ぶうっ、と吐き出す少女。

「げほっ、けほっ」

「ははは、やっぱりお嬢ちゃんには早かったかな」

「・・・・・・こんな不味いものを飲む人の気が知れないわ」

「だな。たぶんだけれど、本当に心底美味いと思って飲む奴は、そう居ないだろうぜ。酒ってのは酔っ払うためにあるもんだからな」

「酔うために、ある」

「そうさ。現実ってのは辛いもんだ。立ち向かえと言われても、そうそう誰もが出来るもんじゃない。頑張り過ぎたら疲れちまう。
 だからまあ、こういう逃げ場みたいなもんが必要になるのさ。過ぎれば毒だが、酔ってる間は嫌な事は忘れられる。そうして少し休んだら、また頑張れる。そんなもんだ」

「そんなもの、かしら」

「そんなもんだ」

そう、と呟いて、何かを決め込んだように缶を睨みつけると、少女は一気にそれをあおった。
ごくり、ごくり、と喉が嚥下する。

「っ、ぷあ!」

「おお、良い飲みっぷり。やるなあお嬢ちゃん」

一息に缶を空けた少女に壮一郎は手を叩いて称えた。
大人として褒められたものではないが、相手は魔法少女であり壮一郎は酔っ払いだ。まともな人間などこの場には誰一人として存在しない。
初めてアルコールを飲んだのだろう、新しい缶を壮一郎から手渡されるよりも前に、少女の眼はとろんとして潤み、顔は耳まで赤くなって、頭が前後にふらふらと揺れ始めている。
飲め飲めと新歓コンパの鬱陶しい上級生が如く、壮一郎は少女に酒をあおらせていく。

「そういやお嬢ちゃんの名前、何て言うの?」

「う、ひくっ・・・・・・わらひ、あけみ」

「下の名前は?」

「あけみ、ほむ・・・・・・ほむ・・・・・・」

「ほむほむ?」

「ほむ、ほむ、ほむむむむむぃ」

「しまった、飲ませすぎたか」

「まどかぁ、まどかぁ・・・・・・」

「あー、泣きだしちゃった。よっぽど辛い目にあったんだなあ。よしよし」

でろりと赤ら顔で仰向けに倒れる少女。
どうやら泣き上戸だったようだ。
さめざめと泣きながら、自らの名をほむほむと名乗った少女は語り始めた。
魔法少女、奇跡、ワルプルギスの夜、まどか、手造り爆弾、ヤクザの事務所、自衛隊基地、インキュベーター、時間軸の縦移動・・・・・・。
支離滅裂でほとんど単語しか聞き取れなかったが、それだけでも余程の体験をしたことがうかがえる。

「いつになったらなくした未来を、私、ここでまた見ることができるの・・・・・・?」

「出来るさ、きっと。きっと出来る。信じていればきっと。挫けなければ、きっと」

少女はもう、疲れ果ててしまっていた。
倒れそうな身体を自らに課した使命でのみ支えて、無理矢理に立っていただけだ。
ずっとずっと頑張ってきたのだ。
ならもう、少しくらい休んだっていいじゃないか。
壮一郎はそう思った。思って、よく頑張ったなあ、とほむほむの乱れた髪を撫でつけてやった。

「うっ!」

「どうした? 吐いちゃいそうか? ゲーしそうなのか?」

「えううっ! おぇう!」

「ちょっと待って、まだ我慢して。すぐ袋広げるから」

「も、っ、むり、でゆ」

ほむほむの背中を擦りながら、手探りでビニール袋を手繰る壮一郎。
確かこの辺りに置いておいたはずだが。

「やあ、また会ったね。願い事は決まったかい? おっと【君はこっちの方が好みだったよね】」

「袋みっけ」

「【あれから考えたんだけど、やっぱり君はそのままにしておくのは危険だと判断したんだ。
 魔法少女はエネルギーを自ら産んで奇跡を起こすのだけれど、君はプールされたエネルギーを消費することで奇跡を起こしてしまうんだ。
 破損したソウルジェムを復元させるなんて、ありえないことだよ。それこそ奇跡を起こさなきゃね。
 せっかく僕達が集めた感情の相転移エネルギーも、君がクラッキングで片っ端から消費してしまうんじゃあね。これじゃあどれだけ魔法少女を造った所で切りがないよ。
 だから君も、安全策として僕たちのシステムに組み込むことにしたんだ。どんな望みだって叶えてあげるのだから、悪い取引じゃあないだろう? ねえ――――――】」

壮一郎はようやっと見つけた袋の両端をぐいと開き、ほむほむの頭を真上にやって背中を叩いた。

「まどがべぺぺぺぺぺぺpppp」

「【僕と契約しべぺぺぺぺぺぺpppp】」

「べぺぺぺぺぺぺpppp」

「【べぺぺぺぺぺぺpppp】」

「ほら、全部出しちゃいな。出し切っちゃった方が楽になるから」

築かれる黄土色のアーチ。
もうこれ以上何も出ないとなったところを見計らい、壮一郎はビニール袋の耳を結んで中身が漏れないよう封をする。
三重にコブ結びをした所でふと疑問を抱いたのは、そういえばこの空間が消えたのなら、中に放置しておいた諸々はどうなるのだろうかということ。
息も絶え絶えなほむほむに問うと、弱々しく、消えて無くなると答えが返る。
成る程と頷いて、壮一郎は汚物袋を思いきり遠くへ放り投げた。消えて無くなるのなら、捨ててしまっても問題あるまい。
壮一郎の強肩によって白いビニール袋は放物線を描きながら暗がりへと消え、ばしゃあ、という中身が衝撃で破裂する音だけが聞こえた。

「きゃあっ!」

「む、不味い!」

忘れていたが、頭上ではマミが戦闘中だった。
悲鳴に天を仰ぐと、マミが真っ逆さまに地上に落下する最中だった。
全身のバネを使って駆け出す壮一郎。間一髪、地面との間に滑り込んで受けとめることが出来た。
よかった。植木鉢も無事だ。

「ごめんなさい壮一郎さん、急に力が・・・・・・」

どうやら被弾しての墜落ではなさそうだ。
急に力が出なくなったとマミは言う。
燃料切れが理由か。
この展開は予想していなかった。
魔女は頭上をゆっくりと旋回しながら、こちらの様子をうかがっている。
もう戦闘力が無いと判断されたらば、そのままばくり、だろう。
さて、どうするか。

「宝石が黒ずんでる・・・・・・?」

無意識に手を伸ばし、擦る。
すると宝石の内にあった濁りがゆらりと揺らめき、次第に消えていった。
何だったのだろうか。
宝石は先程までと変わらない黄金の輝きを取り戻していた。

「すごい・・・・・・力が湧いてくる! これなら!」

「いけるか、マミ」

「はい。でも決め手がなくて」

「俺に出来ることがあればよかったんだが、ごめん。足手まといにしかならなさそうだ」

「そんなことないです! 壮一郎さんが応援してくれるだけで、私、戦う力が湧いてくるんです。壮一郎さんと一緒なら」

何も怖くないんです、とマミは言った。

「壮一郎さん、お願いがあります」

「なんだ。何でも言ってくれ」

「私と一緒に、戦ってくれますか?」

「本気か? 殴り合いならともかく、空中戦なんて、とてもじゃないが俺は役に立ちそうにないぞ?」

「いいえ、違うんです。予感がするんです。壮一郎さんと一緒なら、って」

「・・・・・・わかった。俺の命、君に預ける」

壮一郎は短く答えると、一つだけ頷いた。
驚いたのは頼み込んだマミの方だった。
予感などという自分の曖昧な感覚でしかないそれに、どうして命まで掛けることが出来るのかと。

「さあてね。酔っ払ってるだけかもしれないぜ?」

にっと壮一郎は笑った。
意地の悪い少年のような笑みだった。
信じてくれている。信じられている。
マミは喜びに打ち震える自分を止められなかった。だから。

「お願い、壮一郎さん。抱きしめて。強く、もっと強く」

「あいよ。こうかい?」

「もっと、もっと!」

マミの総身に、かつて無い力の奔流が渦巻いていく。
ソウルジェムが一層強い輝きを放つ。
ああ、とマミはその瞬間、唐突に悟った。
撃鉄を起こすのは憎悪であり、引鉄を引くのは義憤であり、打ち出される弾丸は覚悟である。
そして魔法は想いによって、解き放つのだ。

「テイロ――――――!」

正確に言うのならば、それは呪文ではない。
それは彼女が魔法少女としての生き様を自ら示す、誓いの言葉だ。
放たれたが最後、決して魔女を生かしてはおかぬという意思が込められた、必殺の口上だ。

巴マミという魔法少女の全てがそこに在った。
怖い恐い魔女を殺すために、自らを恐怖そのものと化さんとした巴マミの全てが、そこに在った。

それは恐ろしく鈍い銀だった。
それは恐ろしく巨大な砲筒だった。
それは巨大な銀の銃だった――――――!

「お願い、壮一郎さん!」

「応ともッ!」

壮一郎は自らが為すべきことを、余す所なく全て理解した。
巨銃のグリップを脇に構え、天へと掲げる。
狙いは魔女。
右へ左へと回避行動を執っているが、無駄だと壮一郎は笑った。不思議と絶対に外さないという確信があった。
右に銀の巨銃を構え、左にマミを抱え込む。

思えば不思議な巡り合わせだった。
無職の男に、魔法少女ときた。
何が何やら、さっぱり解らない。
ただまあ、一つだけ解ることがある。
銃口の先にあるあの魔女は、もはやお終いであるということだ。

「ティロ――――――!」

「フィナーレ――――――!」

マミと壮一郎の心は、引鉄が引かれたその瞬間、間違いなく一つとなっていた。
全てを穿つ弾丸が、空を捻子斬り、魔女を捻子斬り、世界を捻子斬って、ありとあらゆる悲劇に穴を開けて突き進む。
ガラスの割れるような音がした。
――――――結界が崩れ、正常な世界へと還元される。

気付けば、現実世界にて壮一郎は、呆として立ちつくしていた。
夢だったのだろうか。
それはありえない、と壮一郎は首を振る。
なぜならば、腕の中にずっしりとした鉢植えの重みを感じるからだ。
後に残ったのは壮一郎と、マミと、暑い暑いと言って服を脱ぎ出したほむほむのみ。
どうやら無事に現実世界へと帰還したらしい。

「やったあ! 勝ちましたね、壮一郎さん! 私たち二人の力で!」

だなあ、と壮一郎は気の抜けた返事を返した。
正直な所、これが現実だと解ってはいても、解っているからこそ、現実感がまるで感じられなかった。
飲酒したこともあるだろう。
だが、訳のわからない異世界に囚われ、魔女などという化物と遭遇し、あまつさえそれを撃ち滅ぼしたとあっては。
まるでファンタジーだ、と壮一郎は押し殺して笑った。

「初めて会った時から普通じゃないと思っていたけれど、お前さん、凄い奴だったんだなあ」

「当然です」

だって私、魔法少女ですから。
マミは無い胸を反らして、そう言った。
そういう意味で言ったんじゃないけれど、と壮一郎は笑った。
笑いながら、どうしてこうなったのか、経緯を整理することにした。
とりあえず、この少女との出会いとそれからの日常の風景でも回想していようか。

半裸になったほむほむを背負って、家に帰ろう、と壮一郎は言った。
少しだけ頬を膨らませて不機嫌さをアピールしていたマミだったが、すぐに、はい、と幸せそうに、小さな美しい花の咲くように、可憐に笑うのだった。
その笑顔を見て壮一郎は素直に、可愛いなあ、と思えた。

ただし、壮一郎の胸に頬を寄せる可憐な少女は――――――生首、だった。












マミさん×トマックは誰もやってないネタだろうフヒヒ
そう思っていた時期が僕にもありました
二番煎じ・・・・・・だと・・・・・・orz

元の韓国純愛ゲー路線でいくと引きこもらせざるを得なくなりますので、実はクロス先は続編のシューティングの方だったり。
書いていて胸が熱くなった(嘔吐的な意味で)。



[27924] 【ネタ】ごっどいーたー (勘違いもの練習)
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:373ed26e
Date: 2011/05/28 22:40

『ただでさえ数の少ない「新型」において、彼は輪を掛けて異端だった――――――』


後の世で、ペイラー・榊はそう振り返る。
幾度となく世界を救い、多くの伝説を残したフェンリル極東支部第一戦闘部隊。
その部隊長を長年務め上げた彼の名は、『ゴッドイーター』達の間では一種の信仰とさえなっている。
今や“神”は地上に降り立ち、人を喰らっているのである。流星の如く現れた若き英雄に、人々が救いを求めるのは、自然な流れであったと言えよう。


『流星の如く、とは我ながら言いえて妙だと思うよ。彼が放った一筋の光が、誰もが永遠に続くと思っていた夜を斬り裂いたんだ』


榊が彼を語る際、決まって星に例えるのは、榊がスターゲイザーと呼ばれる所以だろう。
彼を流星と称したのも榊なりの皮肉なのかもしれない。彼はきっと、それこそ流星のように流れて、堕ちて、消えてしまいたかったに違いない。死にたがり、というよりも、生き急いでいるように見える、そんな戦い振りだった。一瞬の内に命を燃やし尽くし、閃光のように輝いて人々の心を照らし、そして静かに消えていく。彼は自分がそんな人生を歩むと、そう覚悟していた節があった。
それをさせなかったのが榊と、彼を支えた仲間達である。
中でも、かつて『アラガミ』への復讐に狂った少女が、彼の支えとなるためにもっとも尽力したというのだから、人生とはどうなるか解らない。とは榊の言である。
榊が彼に出会ったのは――――――。否、榊が彼を一方的に知るようになったのは、彼の新型『神機』適合実験に立ち会ったのが最初だった。
・・・・・・そう、実験だ。

新型はその複雑な内部機構のために、搭載されている『オラクル細胞』の配列が特殊な物となっている。
新型の絶対数が少ないのは、複雑化に比例して増大するコスト面についての問題もあったが、何よりも特殊なオラクル細胞に適合できる人材がほとんどいなかったことにある。
オラクル細胞に親和性を持つ人間は珍しくはない。だがその大抵は、旧型のオラクル細胞に対してしか、適合資格はなかったのだ。
それは新型が複数のアラガミのデータを元に構成されているためであった。
そもそも神機そのものが人為的に調整されたアラガミと言っても過言ではなく、未だ完全には解明出来ていないような代物である。新型とは、よりアラガミに近い、理論から現物まで作った側にとっても混沌としていて、非常に謎の多い神機だった。
理論も解らないものをただ“使える”から、という理由で戦力に加えなくてはならないほど、人類が追い込まれていたとも言えよう。

西暦2071年。
世界は“神”によって喰い荒されていた。
数十年前、北欧地域にて発見された新種の単細胞――――――オラクル細胞。
初めはアメーバ状でしかなかったそれは半年後にはミミズ程の大きさにまで成長し、そして一年後には、異形の化物となって大陸を滅ぼしていた。
オラクル細胞は爆発的に発生、増殖を繰り返し、地球上のあらゆる構成物質を『捕食』しながら急激な進化を遂げ、凶暴な生命体として多様に分岐したのである。
人々はそれの多様性と脅威に畏怖を込めて、極東の八百万信仰になぞらえ――――――アラガミ、と呼んだ。
アラガミは一個の生命体に見えて、その実はオラクル細胞の集合体である。群体がアラガミの本質だった。
あらゆる全てのもの――――――生物から無生物まで――――――を捕喰するオラクル細胞から形成される身体には、既存の兵器は一切の効果が無なかったのである。銃弾を撃ち込む端から吸収されていく様は、悪夢としか言いようがない。
“食べ残し”である人類には、もはや終焉を待つ以外に道は無いと思われた。

そんな時、同じくオラクル細胞を埋め込んだ生体兵器、神機が生科学企業『フェンリル』によって開発される。
オラクル細胞に抗するには、オラクル細胞を用いるしかなかったのだ。
そして自らの体内にオラクル細胞を摂取し、神機と自らを連結させるゴッドイーターが編成されたのである。
人類の対抗手段は、神機を操るゴッドイーターのみ。
限られた土地に築かれた壁の内側へと人々は身を潜め、旧時代の戦闘――――――つまりは、生身での“狩り”を繰り返していた。
戦力の補充は、人類にとって最優先事項である。
国という概念が崩壊した今、アラガミ防壁に囲まれた都市『ハイヴ』を建造し、それらの統治機構としても働いているフェンリルの命に逆らう事は許されない。
配給を受けている限り、適合する『偏食因子』が発見されたのならば、ゴッドイーターとなることを拒む事は出来ないのだ。
彼もまた、喰うか喰われるかのゴッドイーター候補として、フェンリルによって選ばれた一人であった。

彼が見出されたきっかけは、外壁より侵入したアラガミに襲われた傷による、手術中の血液検査からだった、との資料が残っている。
黒髪、黒目。身長は平均よりやや高め。顔つきは柔らかいが、美形という訳でもない。
容姿として取り上げるのはその程度しかない。
前歴は無職。
その日暮らしの生活をしていたらしい。
何故これほどの人物が市井に紛れて生きて来たのか、と誰もが首を捻ったが、彼の仲間達からすれば、それこそが彼の望みだったのだと口を揃えたことだろう。
本来、彼は闘争を好む性質ではない。
彼はアラガミに追い込まれ、死の危険に常にさらされながらも、それでもたくましく生き抜く人々の暮らしを愛していたのだ。
だから自分をその中に置きたいのは当然の事だ、と。

だが榊の意見は違う。
彼は待っていたのだ、とそう思っている。
ある意味、彼自身が彼一人の身の内に収まり切れないその才能の被害者であったのだろう。
彼は理解していたはずだ。自分が特別であるということを。
ならば彼は、新型が世に生み出されるその時まで力を蓄え、雌伏の時を過ごしていたのだ。新型の開発情報は外に漏れることは一切なく、それを彼が知り得ることは絶対に無かったはずだが、しかし榊はそう感じていた。
かつての歴史に名を残す武将たちが、自らが振るうべき武器が産み出されるまで座して待っていた、というエピソードは山のようにある。彼もきっと、そうなのだ、と。
それも、彼を観察してようやく理解できた一端でしかないのだが。

当初、榊は彼を哀れな生贄としか見てはいなかった。
彼は新型神機の適合実験に選出されてしまったのだ。
未だ未知の部分の多い新型である。
適合者の選出には慎重を機せねばならなかった。だが、フェンリルはデータを欲していたのである。
今後の戦況に置いて、新型が神機の主流となっていくのは間違いがない。
しかし適合段階に置いて、その者が非適合であった場合、一体何が起きるのか。それは誰にも解らなかった。
旧型の神機では、非適合者は神機に喰い潰され、肉塊と為り果てるのみである。
現在はコンピュータ選出の精度も上がり、適合審査中の事故は希ではあるが、それでもゼロではなかった。
それも適合審査は軽いパッチテスト程度である、として公共電波で告知されているのだから、フェンリルがどれだけ適合審査に重きを置いているかは理解できよう。
最悪、新型の適合に失敗した者は、アラガミ化することも想定内であった。
早急に調査せねばならない。
では、どうやって?
簡単である。意図的に非適合者を選出し、適合審査に掛ければよいのだ。
つまり、彼が新型の適合者として選ばれたのは、不幸な偶然でしかなかったのである。
生贄だったのだ。彼は。
もっと言ってしまえば、榊でさえも目を見張る程の彼の適合率の高さは、旧型神機をしてのものであり、そのため新型への適合は絶対に不可能であると思われていたのだ。

そして実験当日。
榊は自らは観察者であると、そうでしかないと本分を強く意識し、痛む良心を誤魔化しながら、彼を見降ろしていた。
灰色の空間に連れ込まれた彼への第一印象は、影が薄い男、というのが正直なところ。まるで空気のようだ、と榊は思った。
退院してすぐの病み上がりで、着の身着のままで連行されたのだから無理もないが、どうにも彼からは意思というものが感じられなかったのだ。――――――それがまったく動じずにこちらを警戒していた、彼の冷静さの現れであると榊が思い至るのは、もう少しの時間が必要になるのだが。
そこは、常はゴッドイーター達の訓練室として使われる部屋である。
特殊合金の壁で四方を囲まれた部屋ならば、アラガミが一体暴れる程度、どうとでもなる。
部屋の外にはゴッドイーター達を待機させてあった。
隣にいる雨宮ツバキには、不幸な事故だった、という目撃証言を言わせるためだけに、極東支部初の新型適合審査であるということだけを知らせて連れて来ていた。
お膳立ては整っていた。
自らが断頭台に上げられたのを知ることもなく、人々を守るのだと期待に胸を膨らませる若者を、そうとは知って、そうとは知らず、よってたかって殺そうとしている。
そして、当時の支部長と榊達による監視の中、おざなりな建前だけの説明が行われ、公開処刑が始まった。
哀れみを込め、それでも余す所なくこれから起きるであろう事を記憶しようと、彼を見る。
ふ、と。
一瞬、彼が顔を上げた。


「――――――」


その時彼が何と口にしたかは解らなかった。
ただ、唇の動きを読む限りでは「ありがとうございます」と、彼はそう言っていた。
支部長が気付いた様子はない。
彼は、榊のみを見詰め、そして再び視線を前に戻していた。自らが振るう事になる、神機へと。
――――――後に榊が、あの時何故礼を述べたのか、と彼に問うたのだが、彼は曖昧に笑って答えなかった。
これも榊が、彼が自分の運命を自覚していたことを思わせる、判断材料であった。
彼の選出にあたっては、榊も少なからず関係していた。否、むしろ、彼をと決定したのは、榊である。
支部長は誰でもよいというスタンスだったが、榊は違った。流れる涙は少ない方がいい。家族血縁友人関係に至るその人物の人間関係を全て洗い、孤独に生きる者、つまりは彼のような人間を使えと支部長に意見していた。
そして彼はそれら条件に完全に一致していたのだった。

支部長に促され、静かに彼は神機との接続機へと手を差し入れる。
巨大な鉄の箱を上下二分割にしたような装置には、中に神機が――――――アラガミを殺すために人が磨いた、牙が収まっていた。
剣に、銃に、盾。三つの種の異なる兵器がそれぞれ融合したような、巨大な鉄塊。
これら三形態を自在に使い分ける、新型神機である。
手を置く部分には、ネジを締めるボルトを半分に割ったような腕輪の片側が。ここに手を入れることとなる。そして入れたが最後、彼は人ならぬモノへと変質し、狩り殺される。
それらはまるで、ギロチンのようにも見えた。
命を刈り取る装置という意味合いでは、全く同一の代物であるのだから、その印象も間違ってはいないだろう。
ガツウン、と大きな金属音を立て、装置が結合された。
神機の結合機と共に、彼の命運も閉ざされた・・・・・・かに見えた。

神機結合の際のオラクル細胞注入は、人間に強大な力を与えることになる。
膂力の強化、反射神経の増大。
いってしまえば、半分人を辞め、アラガミに近しい存在へと肉体改造をするということだ。
当然、それには苦痛が伴うこととなる。
しかし彼は、平然としていた。
平然と、である。
苦痛にのたうち回る様子も、予想されていた人からの大きな逸脱も、まるで見られない。
そして結合機が開かれ、適合審査の結果は――――――成功。
極東支部初の、新型神機使いの誕生である。

高い旧型細胞への適合率は、そのまま新型機への適合率へと置き換わっていた。
異常事態である。
否、これをただ異常と言ってしまうのもどうだろう。先も述べたが、新型は未知の領域が多い神機であったのだ。
新型神機を持つ新たなゴッドイーターは誕生したが、しかし実験の主旨としては、失敗であった。
結局、新型“が”非適合者をどうしてしまうのかは解らずじまいだった。
フェンリルとしては当然、面白くない。
今回の実験は、本部からの指令だったのである。
極東支部に命令が下ったのは、当時の支部長が必要であれば道徳に反する行いをするのに、何の躊躇もない人物であったからだろう。
そして新たにゴッドイーターとなってしまった彼に対するフェンリルの風当たりは、露骨だった。
碌な訓練もさせず、即座に実戦投入である。
彼と同チームに配属されたもう一人の新人にしてみても、神機の取り扱いや基礎教錬は修めていたというのに、彼にはその期間すら与えられなかったのだ。
これにはフェンリルにとっては“事故”の目撃者とするべく実験――――――それを当人には実験と伝えられてはいなかったが――――――に参加させていた雨宮ツバキが、教官として人としても異を唱えていた。悪い意味合いでの目撃者となった彼女の言など、取り上げられることもなく。戯言と切って捨てられる。
なんとか榊の権限により帰投率一位のリンドウ班にねじ込んだはよかったが、彼にのみ、初任務をこなした後もインターバルを挟まずに、息を吐かせぬような連続戦闘任務が待っていた。
神機に選ばれたと言ってもいい、特異な状況でゴッドイーターとなった彼の戦闘データ取得、という名目で本部が下した決。
それは、前線での全戦闘作戦参加であった。

本部の息が掛かっていたのだから、リンドウがどれだけ拒否しようとも受理されることはなく、そして彼に付き合わされる形で激務を負わされる事となったもう一人の新人には、手を合わせるしかない。
第一部隊任務は当然のこと、第二、第三部隊の戦闘作戦にまで駆りだされ、時には彼一人で、単独任務に当たることも少なくはなかった。
だが彼は、まるで戦うことがゴッドイーターとなった自らの使命なのだ、と言わんばかりに、全ての任を勤め上げたのである。
同時に、本部が名目上要請していた戦闘データも十二分な物を彼は提出していた。
彼の戦闘法は特殊であり、戦闘毎にあらゆる武器種、銃種を組み換えて出撃するのを繰り返す、というスタンスを執っていた。
新型には形状の組み換え機能も備わっていたが、一部でも変えてしまえばバランスや重量の変化が激しく、それはもう別の神機も同然である。
通常のゴッドイーターでは一つの神機に慣れるまでに時間が掛かるというのに、彼はそれを完全に無視していた。
あらゆる武器、銃、盾をまるで自身の肉体の延長として扱っていたのである。
この点だけでも、榊でなくとも彼を異端と言いたくもなるだろう。
ここまで完璧な戦闘データを提示されては、本部もぐうの音も出なかった。しばらくして彼への干渉はなりを潜めていった。
そして様々な事件を経て、彼はリンドウに替って第一部隊隊長に任命されることとなる。


『異端なんて、正に彼のためにあるような言葉だね。彼はきっと、神を殺すために地へと堕ちた、救いの禍星だったのさ』


それは榊が彼を期待の新星だと見なしたのと、同時期のことであった。
彼の名は、加賀美リョウタロウ。
後に最強のゴッドイーター『神狩人』と呼ばれることになる、その人である――――――。






■ □ ■






ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない。

いくら俺の特技がやせ我慢だったとしても限度というものがある。
まず休みがない。
給料が安い。
同僚にアレな奴が多すぎる。
そして飯がまずい・・・・・・これは食えるだけありがたいけれど。
エトセトラエトセトラ、挙げれば切りが無いが、まあここらはどこの会社にだってあることだ。
労災が下りるだけ良い方、と言えなくもない。
問題はそんなことじゃあない。

そもそも就職した――――――させられた経緯がおかしい。
アラガミの襲撃でちょっと怪我して入院して、やっと退院したぜと家で寝ていたら、何人ものとてもカタギとは見えない黒服達が押し入って来て「来い」の一言。
背広にはやたらとオサレな狼のエンブレムが。
今や実質世界を支配する、フェンリルの社章である。
何故ここにフェンリルが? などと混乱していると、無理矢理トラックに押し込まれていた。
このご時世、フェンリルに逆らう馬鹿はいやしない。
俺がこうして悠々自適の自宅警備員をしていられたのも、フェンリルのおかげである。
来いと言われたら行くしかないのだ。

そして連れてこられたのが、フェンリル極東支部、通称アナグラ。
ゴッドイーター達の寝床である。
ゴッドイーター――――――アラガミと戦う者達。
世界中がアラガミに食い荒らされているというのに、それでも人間が滅びを迎えてはいないのは、彼等のおかげといってもいいだろう。
しかし、なぜ俺はここに連れて来られたのだろう。
猛烈に嫌な予感がする。それしかしない。
疑問を挟む余地なく、あれよという間に神機適合審査である。

なんだ、この超展開は。
呆然としていると、何だか偉そうな人が登場。ありがたい演説をしてくれているのだろうが、聞く余裕なんかなかった。
どうしてこうなった、と天を仰ぐと、そこには・・・・・・女神が、いた。
上着からこぼれ落ちんばかりの、いやもう半分まろび出ている、禁断の果実よ。
おい、そこの眼鏡のおっさん邪魔だどいてくれ。
念を送っていたら通じたのか、おっさんが半歩下がってくれた。ありがとう、と小さく礼を言っておく。
これで俺は後10年は戦える・・・・・・。
などと、思っていたら。
本当に戦わされる羽目になりましたとさ。


「おい、警報だ!」

「解ってますって! 行こうぜ、リーダー!」

「行きましょう! リョウ!」


名前を呼ばれて我にかえる。
・・・・・・そうだね。
今日も今日とて、愉快な仲間達と一緒にアラガミ退治。
そう、俺の仕事はアラガミと命を掛けて戦うこと。
世界一なりたくない職業、ゴッドイーターなのであった。

任務遂行は死守なんだぜ。
死んでもやり遂げろってことだ。
すごいだろ。
つまり逃走は許されないってことだ。
そいつは暗に、逃げたら解ってるな? ということでもある。
任官初日、リンドウさんはガチガチになった俺の気を解そうと、やばくなったら逃げろなんてギャグをかましてくれたけどね。
笑えるだろ?
笑っておくれよ。
ははは、はは・・・・・・。

出撃嘆願書その他諸々をカウンターへ提出しに行くと、受付のヒバリ嬢が、頑張って下さいと頬笑み掛けてくれる。
天使のような微笑みの裏には、計りしれない黒さが潜んでいることを俺は知っている。
この娘、可愛い顔してトンデモ無い。
俺が稼いだお給料を、こっそり着服してやがるのだ。
ゴッドイーターの給料は歩合制。
頑張れば頑張った分だけ金が貰えるシステムだが、定額でない分、金の流れや使い道への管理があやふやなのである。その隙をこの娘は突いたのだ。
解っていても強く言えないのは、俺が弱味を握られているからだ。

この娘と初めてあった時、俺の前方不注意で正面衝突してしまったのである。
後は・・・・・・解るな?
彼女の胸をがっつりと掴む、セクハラ男が一人。
一応は企業だけに、こういう事件にだけはやたらと厳しいフェンリルだ。
セクハラで捕まえられるのだけは勘弁してください。
俺が社会の底辺のフナムシであってもなけなしのプライドくらいある。
そういう訳で、彼女に給料を貢ぐのを止められないのであった。
口止め料である。
ヒバリ嬢の笑みが怖くてたまらない。


「リョウ、顔色が悪いように見えますけれど、大丈夫ですか?」


ああ、アリサ。
今日も良い下乳だげふんげふん。
んんっ、げふんっ、げほげほ。
何でもないよ。
うん、もう平気平気。
むしろみなぎってきた。
今の俺は神だって殺せるね。


「ならいいのですが・・・・・・」


肩にそっと手を置いてくれるアリサ。
労わりの気持ちが流れ込んでくる。
新型同士の感応現象というやつらしい。

しかしあれだね。
この部隊の奴らはみんなド派手な格好してるね。
俺? 俺は任官した時に配給された制服を着てるよ。
それしか服がないからね。
私服どころか私物まで、ここに越してくる時全部手違いで処分されちゃったから。ちきしょん。
おかげでネット漬の不健康な生活を送っていた俺が、見違えたように超ストイックな修験者のような生活になりました。
あ、やばい、泣けてきた。
つらいなあ。


「リョウ・・・・・・」


ああ、うん、出撃ね。
おお、近場じゃないか。この分だと徒歩でいけるね。
さあみんな今日もお仕事がんばろう。
無理してるんじゃないかって?
してるよ。
ヤケクソだよ。
毎日お腹がシクシク痛むんだよ。
今日もきっと神機様がハッスルしちゃって生きた心地がしないんだ。
そうに決まってる。
本当に、もう俺は限界かもしれない。






■ □ ■






「いってらっしゃい。どうか、ご無事で」


ヒバリは戦場へと赴く彼等の背を見送って、深く頭を下げた。
防衛班や偵察半、アラガミと戦うには多くの人員が必要であるが、しかしこうして自分たちが無事で暮らせるのは、前線で戦う彼等のおかげであるとヒバリは信じている。
積極的自衛という第一部隊の任務によるものではない。
彼等の気高い精神が、見るものにそう感じさせるのだ。
否、彼等を率いる彼の魂が、と言うべきか。

ヒバリは慣れた手つきで、いつものようにコンソールを叩く。
孤児院のリストを開き、送金しますかのタブに、イエスと打ち込んだ。
名義は加賀美リョウタロウ。
彼が任務中に稼いだ金銭は、全て慈善団体に募金される手はずとなっていた。

命を掛けて稼いだお金なのに、自由に自分のために使ってもいいはずなのに、彼はそれをしない。
ヒバリの前方不注意で、廊下でぶつかってしまったのがリョウタロウとの初めての出会いだった。
その時のリョウタロウはとても急いでいた様子で、ミッションカウンターに送金のための口座を告げると、「後を頼む。今後はここに全額振り込まれるようにしておいてくれ」と言って、逃げるようにして去っていった。
早口であったため、口座を聞き取れなかったかと焦りもしたが、その通り打ち込んでみれば驚愕がヒバリの背筋を駆け巡る。
告げられた口座は、アラガミ被害によって孤児となった子供達の面倒をみるための施設団体のものだった。

全額、などと彼は言っていたが、流石にそんなことは出来ず、ヒバリはほんの少しだけを寄付することにした。残りは、フェンリルから各個人にあてられたゴッドイーター専用口座に自動振込されるように設定した。
そして、彼はそれが非常に不服だったようだ。
口座の送金記録を見た彼は、ヒバリを凍える眼で睨みつけていたのだ。
まるで、金などいらないと訴えるかのように。
ヒバリからしてみれば、訳が解らなかった。
それは彼が血肉を削って稼いだ金なのだ。自由に使う権利があるはずなのに。

そしてしばらくして、ヒバリは気付いた。
彼が私服を着ている姿を見た事がないことに。
任官時に何着か配給される制服を、着回しているのだろう。
聞けば、私物すら部屋に持ち込んでいないらしい。
きっと、ほとんど全部を寄付してしまったからに違いなかった。

ヒバリはその日、人知れずカウンターの影で泣いた。
ゴッドイーター達は、皆多かれ少なかれ、主張の激しい人物達である。
自分がいつ死ぬか解らないのだから、誰かの記憶や記録に残りたいと、奇抜な言動や格好をしたがっているのだ。
冗談のように三枚目的な格好を付けたがる男もいるが、彼のあの態度も全てポーズである。
だが彼には、個性というものがまるで無かった。
ただ、ゴッドイーターという機能を果たすためだけの、一個の装置のように己の身を置いていた。
きっと彼は、自分が幸せであることと、すべき使命を切り離してしまったのだろう。

ツバキ教官が常々口にしていた言葉がある。
任務に私情を挟むな――――――。
それは大いに同意する所であるが、しかし彼を見ていると、思ってしまうのだ。
誰かを守りたいと思う心も、綺麗な場所を守りたいという気持ちも、すべて私情ではないのか、と。

ならば、任務を完全にこなすには、それを完遂するだけの装置とならなくては。
機械の器に閉じ込めた神でしか、アラガミを滅ぼせないというのなら。
その機械によってのみ人々の平和がまもられるというのなら。
神機を振るうのは、人である必要があるのか。
ただ、戦う。それだけで十分ではないか。
それでこそ多くを救えるのではないか。
彼の信念が、見えたような気がした。


「どうか、どうかリョウタロウさんに救いが訪れますよう。お願いです、神様・・・・・・」


ヒバリは一心に、産まれて初めて神へと祈りを捧げた。






■ □ ■






腕が軽い。
まるで神機が羽のようだ。

目の前には、女性の半身を風船に括りつけたようなアラガミ――――――ザイゴート。
中世の拷問器具の様な硬質な体躯を持ったアラガミ――――――コクーンメイデン。
それら二匹とは一線を画する巨体を誇る、見上げる程の巨大な鉄蠍のアラガミ――――――ボルグ・カムラン。

ザイゴートやコクーンメイデンの援護射撃をかい潜り、討伐対象であるボルグ・カムランの胴体へと斬りつける。
うおおおお――――――ッ!


「すんげぇ・・・・・・。あんな激しい攻撃を一発ももらわず張り付いてる。人間の動きじゃねえって、あれ」


違うからね?
これ、雄叫びじゃないからね?
悲鳴だから。絶叫ですから!
全部紙一重で避けてるもんだから、本当に生きた心地がしない。
うう、でも止められちゃうと本当に死んじゃうんだもんなあ。

俺の体は、今、俺の意思で動いてはいないのだった。
気分はアクションゲームのキャラクターである。
あっちに行け、こうしろ、といった大雑把な命令は下すことが出来ても、細かい身体の制動は完全に乗っ取られている。
神機を握ると必ずこんな風になるのだ。
オート攻撃にオートガード。
全自動戦闘である。
しかも俺の意識がついていけないくらいの超高速戦闘だ。
これ、確実にオラクル細胞が脳に影響及ぼしてるよね?
でも正直に言っちゃうとメガネの人に解剖されそうで怖い。
うう、本当、頑張ってくださいお願いします神機様。


「馬鹿な事言ってないで、加勢するぞ」


ああ、ソーマ。
俺の味方は君だけだよ。
アリサは俺の邪魔をしたくないって言って、早々に周囲の哨戒するとかでどっか行っちゃうしさあ。
ねえ、アリサ、君俺のこと嫌いなんでしょ?
あれかな、過去を見ちゃったから、とか?
いやでも、それはおあいこ・・・でもないな。男女の差ってやつか。
女の子のプライベート覗いたら駄目だよね。
嫌われるのも当然か・・・・・・泣きそうだ。


「くっそ、リョウ! ヴァジュラがそっち行ったぞ!」

「雑魚共は任せとけ。お前はそいつらを仕留めろ!」


おいぃ、二体同時とかこれなんて無理ゲー?
あとコウタ。
お願いだからもっとよく見て。
ライオンのような巨大なネコ科動物の身体に、髭を蓄えた厳めしい人間の頭――――――。
それヴァジュラちゃう。
ディアウスや。
これも普通のボルグ・カムランじゃなくて何か赤いしさあ。
三倍速いような気がするよ。


「こっちは任せといて!」

「ああ、お前は全力で戦え!」


止めろよ。
コクーンメイデンに二人掛かりとか。
こっち来てくれよ。
仲間だろ。
ちくしょう。
ぎゃーす、という鳴き声が聞こえる。
これは確実にロックオンされたな。
はは、ははは・・・・・・。


「あいつ、笑ってやがる・・・・・・」


すごいね。人って恐怖が振り切れると、笑えてくるんだ。
本当にね。
もう俺は限界かもしれない。










[27924] 【ネタ】東方ss 傘屋さん
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:373ed26e
Date: 2011/05/22 22:41
しとしとと降る雨の中、青年が独り、丘を歩いていた。
傘も差さず、安物のスーツも濡れるに任せて、黙々と歩いていた。
歩みを進める青年の眼は、何も映してはいなかった。瞳に濁りは無く、振り続ける雨の滴のように色が無く、透明だった。
考えて考え果てて、思考を放棄してしまったかのように、表情は呆けていた。
重い足取りは、行く宛てが無いように思える。
項垂れて歩く様は、まるで迷子の様。
ふらふらと危なっかしい青年を盗み見て、外来人か、と多々良小傘はほくそ笑む。
これはこれは、随分とまた無防備な獲物が来たものだ。
外来人であるのだから当然だけれども。
奴らは皆、自分が害されるなどと、夢にも思ってはいないのだ。
一体どれだけぬるま湯に漬かった世界で過ごして来たのだろう、と妬ましく思ってしまう時もあるが、橋姫でもあるまいしそれを口にすることはない。
自分は自分の仕事・・・・・・ライフワークをするだけだ。生きるための仕事を。
さあ、恐れ慄くがいい。
人間め。

「うらめしやー」

わあ、と青年が声を上げて飛び退る。
しきりに首筋を擦っているのは、不快感を拭うためか。
わあわあと喚く青年に、満足そうに小傘は頷く。
やはり、こんにゃくはいい。
芋をつぶして灰汁に浸して固めただけの物体、こんにゃくは、いつも私に勇気を与えてくれる。
人間を驚かすには、こんにゃくを首筋に当てるのが一番だ。

「ふっふっふ、驚いた?」

青年は眼を白黒とさせながら辺りを見回していた。
当然だ。
声の主は今、空に居るのだから。
小傘は空中から、青年にこんにゃくの一撃を浴びせたのだった。
雨音が強くなる――――――。
雨を受ければ受ける程、小傘の胸の内に暗い炎が燃え上がった。
憎い。
憎い。
人間が憎い。
私を捨てた、人間が憎い。

「だから驚け。もっと驚け。さあ、わちきを見て驚くがいいわ」

小傘は青年の前へと飛んで降りる。
急に現れた小傘に、青年はうわあと声を上げて尻餅を突いた。水溜りに腰を突いたようで、ばしゃんと泥が跳ね、青年の安っぽいスーツの尻が、どんどんと茶色に染まっていった。
いい気味だ、と小傘は笑う。
それでは、トドメだ。

「当たって砕け、うらめしやー!」

ずずい、と小傘は肩に差していた薄紫の傘を、青年へと突き付ける。
ぎょろり、と眼を剥く傘。
傘には巨大な眼球と、大きな舌が生えていた。軸の先、取っ手には下駄が。小傘の傘は、化け傘だった。
小傘は人間ではなかった。小傘はからかさお化け、と呼ばれる妖怪だった。小傘の本体は、つまりはこの薄紫の傘であった。
さて、どのような反応を青年は見せてくれるのだろうと小傘はにやりとしたが、小傘が期待していた程、青年は驚いてはいなかった。
呆、としたまま小傘を見上げる青年。
もしや驚き過ぎて気をやってしまったのか、つまらない、と小傘が疑いを抱き始めた頃、化け傘の長い舌が、小傘の背を舐め上げた。

「・・・・・・あれ?」

はて、と小傘は小首を傾げる。
おかしい。
化け傘の目玉と舌を、この青年に見せ付けてやったはず。
だというのに、舌が背を舐めるとは、どういうことか。
もしや、全く向きが逆ではないのだろうか。

「もしかして・・・・・・間違え、ちゃった?」

つまり、小傘は今、化け傘の裏を青年に突き付けていることになる。
急に現れた小傘に驚いて倒れた青年だったが、見目が幼い少女と知るや、驚愕は疑問の表情へと変わっている。
また失敗した、と小傘は頭を抱えたくなった。
なんだ、これは。
倒れた人間にただの傘を突き付けて、これでは馬鹿のようではないか。

「ええと」

ここでようやく青年が声を上げた。
戸惑いながら、青年は小傘へと話しかける。

「もしかして、傘、貸してくれるのかな?」

起き上がりながら手を伸ばした青年は、化け傘の柄を掴んだ。
変わった柄だね、などと言いながら、化け傘の下駄をそっと握る。
体から離れた感覚器から送られる刺激に、小傘はひゃあっ、と驚きの声を上げた。
そして、うわっと両手で口を塞ぐ。
しまった。
自分が驚いてどうするのだ。
これではあべこべではないか。

「ありがとう、お嬢ちゃん」

小傘の手が離れた隙に、青年は傘をひょいと掲げた。
青年の頭上で、化け傘が眼を白黒とさせている。
小傘もどうすべきか解らなくなった。
どうしようか。
弾幕をばら撒いて逃げようか、と小傘が指先に妖力を集中させると同時、青年がその指をそっと握った。
集中が乱され、妖力が霧散する。

「お嬢ちゃん、君の善意は有り難いけれど、さっきみたいなのは危ないよ。傘は刺すものじゃなくて、差すものなんだから」

「いや、そうじゃなくて、わちきはあんたを驚かせようと・・・・・・」

「驚かせる? もしかして、このこんにゃく、お嬢ちゃんが投げたの?」

「そうそう、それそれ! どうだ、驚いたかー」

「いや、まあ、確かに驚いたけども。でも今時首にこんにゃくって、ちょっと古いんじゃあ」

「なんと、わちきが時代遅れともうすか」

「それはいいとして、駄目だよ、傘を人に向けたら。道具はちゃんと使ってやらないと、可哀想じゃないか。こんなに綺麗な傘なんだから」

「・・・・・・あ」

「でも、ありがとう。もうずぶ濡れだから、あんまり意味は無いかもしれないけれど、嬉しいよ」

服が濡れちゃうよ、などと頬笑みながら、髪から水を滴らせて青年は小傘と並んで傘を差す。
どこに行くのかな、という優し気な問いに、小傘は思わず、あっち、と指を指し示してしまった。
別段、どこかに行こうと思っていたわけではない。
ただ反射的に、指を指してしまったのだ。
どうしてか小傘は、凶暴な妖怪が出没しない人里までのルートを、この青年と一緒に歩くことになった。
道すがら、無言で歩き続けるのも気まずいと、何となく小傘は幻想郷について青年に語る。
やはり青年は外来人であったらしい。結界で外界と遮断された異世界が在ったことに、ははあ、と感心していたようだった。
もちろん小傘は妖怪についても語ったが、これもどうしてか、自分がその妖怪であるとは言いだせずにいた。

「どうしてこうなったのか。うらめしや」

「君は変わった子だね。こんなボロ男を助けてやろうだなんて、今時珍しい思いやりを持ってる。ああ、幻想郷では珍しくないのかな」

「知らないよ、もう」

青年に手を引かれたまま、小傘は肩を落とした。
雨で体温を失った青年の手が、ひんやりとした冷たさを伝えてくる。
自分の手の体温が青年の手へと移ればいいのに、と小傘は何となく思った。

「・・・・・・ねえ」

「うん」

「さっき、この傘が綺麗だなんて言ってたけど、本当?」

知らず、握った手に力が込められた。
どうしてか。
どうしてか、小傘は、青年に問わずにはいられなかった。
本当はすぐにでも問い返したかったが、これも何となくすぐに聞く事がためらわれ、幻想郷の話だとか妖怪の話だとか、どうでもいい話題ばかり振っていたのだ。
青年はしきりに感心したように頷いていたが、本当に信じているのだろうか。
ここは異世界です、などと説明されたとしたら、自分ならばそう言った奴の正気を疑うか、これは夢かしらんと自分を疑うかのどちらかだろう。
青年の言葉が真実であるかどうかの確証が持てず、小傘は恐怖を抱いていた。
馬鹿な、と自分の冷静な部分が警鐘を鳴らす。
何を恐れているのか。
青年が幼子の話に相槌を打っているだけのお人よしだったとしたら、何だというのだ。
だというのにどうして、こんなにも心の臓が痛いくらいに脈打つ。
どうして、どうして・・・・・・こんなにも期待で胸が膨らむのだ。その期待が打ち砕かれるかもしれないと、恐ろしく思うのだ。
今更人間などに、何の期待を抱いているというのだ。

「本当だよ」

「・・・・・・嘘をお言いよ。穴だって空いてるし、色も形も、まるで茄子みたいじゃないか。ねえ、正直に言っておくれよ。こんなヘンテコな傘、いらないって。
 オンボロ傘なんて捨ててしまえって」

「捨てるだなんて、とんでもない。立派な番傘じゃないか。骨は痛んでいないし、穴もふさげばいい。これぐらいなら、俺でも直せるよ。
 まだまだ現役だぜ、こいつは。番傘職人の居る町で生まれ育った俺が言うんだ、間違いない」

なんて、おどけたように肩を竦める青年に、小傘は飛び付いた。
いや、縋り付いた。
その時には小傘にはもう、どうしてか、などと自問する余裕などなかった。

「ほんと? ねえ、本当? 本当にまだ使えるの? 使ってもらえるの?」

「本当だとも。これだけしっかりした良い傘なんだ。使ってやらなきゃ、もったいない」

小傘の全身に震えが奔った。
雨の寒さに凍えたわけでも、先ほどから鳴いている雷に撃たれたわけでもない。
歓喜に小傘は震えていた。
嬉しい。
嬉しい。
震えが止まらない。
ぶるぶると震える手に、青年が怪訝な顔をして小傘と眼を合わせる。
大丈夫だよ、と頬笑みを返したが、うまく笑えているのだろうか。
たぶん無理だろうな、と小傘は思った。
だって、雨が眼に入ったわけでもないのに、こんなにも視界が滲んでいる。

「ねえ、お嬢ちゃん、どうしたの? そんなに震えて、寒くなったの?」

「うん、そうだよお兄さん。だからもっとひっついてもいいかい?」

「それは構わないけれど。どこか具合でも悪いの? 大丈夫?」

「大丈夫、大丈夫。嬉し過ぎて、死んじゃいそうなだけだから。ううん、違う。消えちゃいそうなだけだから」

「それは大丈夫じゃないんじゃあ・・・・・・」

「いいんだよ」

いいんだよ、ともう一度言って、小傘はにっこりと笑う。

「恨みつらみ雨あられで、打たれて濡れて妖怪になったのなら、お天道様が晴れたなら、からっと乾いて消えて無くなるのは道理だよ。
 ね、お兄さん。笑っておくれよ。わちきはお兄さんのその気の抜けた笑い顔が、好きになっちゃったんだ。だから、笑っておくれよ。
 そうじゃないと化けて出てやるぞ。うらめしやー」

「お嬢ちゃんみたいに可愛いお化けなら、大歓迎だよ」

「そうそう、その顔。あはは、なーんにも考えてないの丸出しの顔。あはははは」

「ひどいな。そんなに面白い顔してるかな、俺」

あはは、とひとしきりに笑って、小傘は目元を拭う。
涙が出るのは、笑いすぎたからだ。そう思った。

「ね、お兄さん」

小傘は青年の手を離し、たっと傘から駆け出る。
青年がきょとんとした顔でいるのが面白くて、また小傘は笑った。

「その傘、お兄さんに上げるよ。捨てるなりなんなり、好きにしておくれ。
 でももし大事にしてくれるなら、きっとその傘はお兄さんを守ってくれるよ。
 お兄さんがそうやって能天気に笑っていられるように、お兄さんを凍えさせる雨から、ぜーんぶ守ってくれる」

濡れちゃうよ、と伸ばされた青年の手を切なそうに見詰めて、小傘は首を振った。

「この道を真っ直ぐに行けば、人里がある。ここから先は、あちきは一緒には行けない。お兄さん一人で行くんだ。いいね」

小傘は青年の背後を指差す。
つられて青年が後ろを向いた。もう人里の灯りが見えていた。
この先は人の生活圏だ。
商売以外で足を踏み入れる妖怪はいない。
この道を真っ直ぐに歩いて行けば、問題無く青年は人里の守護者に保護されるだろう。
それが小傘には、何にも変え難い程に嬉しく思えた。

「それじゃあお兄さん。短い間だったけれど、本当に楽しかったよ。ありがとう」

「お嬢ちゃん?」

青年が振り返った時にはもう、小傘の姿はどこにも無かった。
しばらく考え込んだ後、青年は人里へと足を進める。
ふと、何処からか声が聞こえてきたような気がした。

「“わたし”を大事にしてね。お兄さん」

こうして青年は、傘職人として人里に受け入れられることとなった。
青年の作る傘は評判が良く、雨漏りもせず色使いが斬新で美しいことから、里中に重宝されたという。
傘の彩りに魅せられた物造りの職人達が、幻想郷の文化に新たな風を吹かすことになるのだが、それはまた別の話。
何の障害もなく人里に受け入れられた青年に、ケチが付いたとしたならば、唯一つ。
それは傘職人の癖に、自分の使う傘の趣味が、非常に悪いということだけだった。
紫色の、大きな目玉模様が描かれた薄気味の悪い傘。閉じればまるで茄子のような、所々ツギハギだらけのオンボロ傘。
そんな傘捨ててしまえ、と里人に言われる度、青年は能天気に笑って、これでいいのだと肩に傘を差してみせた。
あの雨の日から、オンボロ傘は青年の肩にある。






■ □ ■






「こんにちは。小傘屋の店主ですが、ご注文の品をお届けにまいりました」

「・・・・・・」

「あの、サインを頂きたく・・・・・・」

「・・・・・・くかー」

「あの、ホンさん? 起きてくれませんか? ホンさん、ホンさーん」

「すぴー・・・・・・もう後五分ぬはぁ!? どこからかナイフが! ナイフが! 痛い!」

「おはようございます、ホンさん」

「あー、おはようございます、傘屋さん。あはは、お見苦しい所をお見せしちゃいまして、申し訳ないです」

「いえいえ、咲夜さんも大変ですね」

「ちょ、痛い! ナイフ文ですか、これ!? 『そうなんですよ。中国が役立たずで』とか書いてありますし!」

「はは、お二人とも本当に仲が良いようで。ホンさんと咲夜さんを見ていると、少し羨ましく感じてしまいますよ」

「ホン・・・・・・さん・・・・・・? え、誰ですか?」

「えっ?」

「・・・・・・あ! あ、あーあー! 私のことですね! あ、あはは! そうそう、私の名前、ほんめーりんっていうんですよ! 
 あはは、もう本名で呼ばれなくなって何年も経ちますから、忘れちゃってましたよー。あはは、あはははは、はは・・・・・・あうう」

「ええと、ほ、ほら、飴ありますよ? 甘いですよー美味しいですよー。ほら、口開けて」

「あうう、いただきます・・・・・・あむ」

「どうですか?」

「おいひいれふー。うう、もう私の味方は傘屋さんだけですよー」

「そんなことはないですよ。紅魔館の皆さんは、みんなホンさんのことが大好きですよ。さ、ナイフが刺さったところを見せて」

「あ、こんなの直ぐになおりますから、大丈夫ですよ」

「駄目ですよ。頭の傷は、油断しちゃいけません。痛くしませんから、あまり動かないでくださいね」

「あ、あう、あう・・・・・・あ、あのもう大丈夫ですから! そ、そんなに優しく撫でないでくださいよー!」

「本当にもう傷が塞がってる・・・・・・解ってはいるつもりでしたけど、やっぱり妖怪の皆さん方はすごいなあ」

「うわーうわー、顔が熱いですよもう。この人のこういう所が、お嬢様が夢中になる所なんだろうなー。あ、どうぞどうぞ傘屋さん、遠慮せず中に入ってくださいな。
 お嬢様が首を長くして待ってますから。お仕事頑張ってくださいねー」

「ありがとうございます。ホンさんも門番のお勤め、頑張ってくださいね。はい、もう一つ飴をどうぞ」

「わーい、ありがとうございます! はー、飴ちゃんおいひー」

「・・・・・・遅い! いつまで中国と喋っているの! 人間の分際で、このレミリア・スカーレットを待たせるなんて、覚悟は出来ていて?」

「それは・・・・・・申し訳ない。品物は出来次第、すぐにお届けに上がるのが筋だというのに」

「止めなさい。私の前に立つ者がそんな顔をするなんて、私の格が疑われるわ。でも、そうね、あなたには罰を与えましょう。
 失態には罰を。それが筋というものでしょう?」

「仰る通りです、レミリアお嬢様」

「潔くてよろしい。でも減刑はしないわよ。あなたには罰を与えるわ。吸血鬼が執行する、世にも恐ろしい罰をね」

「はい。何なりと、罰を」

「では、まずはそこの椅子に掛けなさい」

「はい」

「膝を直角に。椅子に沿うように深く腰掛けなさい」

「はい」

「よいしょ、よいしょ、と」

「・・・・・・」

「あなたに与える罰を教えてあげる。そう、確か、石抱き責めというのかしら。膝の上に重りを乗せる罰よ」
 
「・・・・・・あの」

「くすくすくす、恐ろしいでしょう? でも許してあーげない! あはは! 泣いて許しを乞えば、気が変わるかもしれないわよ? ほら、言ってみなさいよ、ほらほら」

「あの、揺すらないで」

「罪人は黙りなさい。刑の執行中よ。まさかとは思うけれど、重いなんて泣きごとを言うんじゃないでしょうね? ああ、嫌だ嫌だ。人間は何て脆弱なんだろう。
 こんな程度で重いなどと、重い、とか・・・・・・お、重くないわよね? ね?」

「むしろ羽のように軽いです」

「そ、そう。よかっ・・・・・・ふん! まだ根を上げないなんて、人間にしては中々やる奴だ。ではお前に、更なる屈辱を与えてやろう。
 ああ、丁度ここに焼き立てのクッキーがある。これをお前に食べさせてやろう。おっと、勘違いするなよ、人間。これは罰なのだから。
 お前にはこれを、手を使って食べることを禁ずるわ。そう、私がお前の口に詰め込むままに、お前はこれを食べなくてはならない。どう? 屈辱的でしょう?」

「ありがとうございます。それ、お嬢様が作ったんですか?」

「ええい、黙れと言ったのが解らないの? まだ無駄口を開く余力があるようね。いいわ、その口、塞いであげる。口を開けなさい」

「はい」

「もっと大きく。あーん」

「あーん」

「ん、これ、大きすぎるわね。喉に詰まらせないかしら・・・・・・小さく砕いて、と。さあ、自分の意思に反して食物を胃に詰め込まれる苦しみ、とくと味わうがいいわ!」

「わあ、これ美味しいですね。うん、美味しい。ほどよい甘みに、ちょっとだけ苦味が効いて、こりゃあ美味しいや」

「な、何度も言わないの! 刑の執行中よ!」

「すみません、お嬢様」

「ふん。まったく、小憎たらしい人間だこと。何よ、これじゃあやりづらいじゃないの。よいしょ、と、これでよし。
 こうやって向き合っていた方がいいわね。うん、いい。さあ、まだまだあるわよ、どんどんいくわよ。覚悟することね」

「はい。もうちょっと大きく口を開けたほうがいいですか?」

「そうね、もっとあーん、てしなさい。あーん」

「はい。あーん」

「あーん」

「あーん・・・・・・って、フラン! あなたどうしてここに!」

「んー、それって扉のこと? 封印のこと?」

「両方!」

「封印なんてもう、意味ないでしょ。扉はきゅっとしてドッカーンってしたら、無くなっちゃった。あははー!」

「あなたは一々あの分厚い鉄門を壊さないと外出できないの? あれ一枚用意するのに、幾らかかるか知っていて?
 だからあれほど、上の空き部屋を使いなさいと・・・・・・!」

「いいじゃないの。私に隠れて面白そうなことやってたんだし」

「これは、その、違うの! ば、罰なのよ! この思い上がった人間に、スカーレット家の家長として罰を与えていたの!」

「へー、罰だったんだ。じゃあお姉様、私と交代してよ」

「・・・・・・え?」

「いやいや、家長が手ずから罰を与えるとか、ダメでしょーもー。こういう汚れ役は私が変わってあげるから、ね。さー下りた下りたー、どーん!」

「きゃっ、押さないでよフラン!」

「んっふっふー。さー覚悟はいいかー傘屋よー。フランドール・スカーレットがお前に罰を与えるぞー」

「お手柔らかに、妹様」

「いい心がけだー。・・・・・・はむっ。はーふはへ」

「さあ喰らえ、と仰っているのですか?」

「く、口に咥えて直接・・・・・・マウス・ツー・マウス!? フラン、怖い子!」

「あの、あえて触れませんでしたけど、先ほどから咲夜さんがビデオを回し続けているのが気になるのですが」

「私の事は起きになさらずに。空気と思ってください。ささ、続きをどうぞ」

「んっふっふー。ふはへー」

「さ、さくやー! さくやー! フランが狂気に染まっちゃったよー!」

「大丈夫、問題ありません」

「だいじょぶくない!」

「へーい呼ばれてないのにこんにちは! 皆の魔女っ子魔理沙だぜ! おーっすレミリア、今日も魔道書借りに来たんだぜ」

「あああ、壁が、天井が・・・・・・! この黒白! 何度玄関から入ってこいと言わせるのよ! 魔道書もちゃんと返すならともかく、あんたのそれは強奪っていうのよ!」

「強奪だなんて、人聞きの悪い。借りてるだけだってば。永久にな!」

「なお悪いわ! そこになおりなさい。ねじ曲がった性根叩き直してやるわ!」

「お、傘屋じゃんか。レミリアの日傘届けに来てたのか?」

「と言いつつ膝に腰掛けようとするな! クッキーを食うな! そこは私の特等席だ!」

「やれやれだぜ。じゃあシンプルにこうしよう。勝負して、勝った方が王座に着く。それでいいだろ?」

「望むところ。弾幕ごっこで勝負よ!」

「あーあ、始めちゃった。黒白の相手はパチェリーの仕事だと思ってたけれど、出てこないのをみるとまた発作かな?
 ねえ、お兄様。お願いしてもいい?」

「もちろん。俺みたいなのでも、パチェリーさんは側にいてくれると心強いと言ってくれましたし」

「あはは! そうね、きっとそう。おっと、そろそろ傘を差した方がいいわよ。こっちまで弾が飛んで来たわ」

「そうします」

「私が言うのもなんだけど、お兄様の能力、反則よね。『雨を防ぐ程度の能力』なんて、弾幕ごっこのルール上じゃあ、誰も突破できないじゃないの。
 弾幕の雨だって、雨は雨よ。一発だろうと結果は同じ。全部防がれてしまう」

「こちらからは何の手出しも出来ませんけれど。まあ、一介の傘屋には過ぎた能力ですよ」

「欲がないったら。でも人間のまま妖怪と付き合おうなんて思ったら、そうやって心の肉を削ぎ落さないとだめなのかもね。
 お兄様の血はすごくまずそうだけど、魂が綺麗なのは私にもわかるわ。だから皆、お兄様のこと好きになるのね。もちろん、私も」

「妹様?」

「あはは! さー! 私も弾幕ごっこ混ざるぞー。行くよー、きゅっとしてドッカーン!」


幻想郷に受け入れられた青年は、こうやって、騒がしくも面白おかしい一日を過ごしている。
紅魔館という吸血鬼姉妹の住処から帰宅中も、青年の笑みは途絶えることはない。
心の底から、楽しいと思えた。
こんな感情は、終ぞ向こうの世界で抱くことは出来なかった。
それが青年には、寂しく思えてならない。
過去を後悔する時に浮かぶのは、一人の少女の顔。
名前も知らない少女は、自分に傘を預けて消えてしまった。
彼女がどこへ行ってしまったのか、あれから方々を探して回ったが、見つかることはなかった。
青年は思う。
願わくば、彼女もまた自分のように、幸せそうに笑っていてくれたらいいな、と。

「お、降ってきたな」

急に泣き出した空に、薄紫の傘をぱんと広げる。
ぱらぱらと雨を弾く小気味の良い音を耳に、青年は満足そうに口元を緩めた。
ひょいと水溜りを避けながら、何処へなと歩いて行く青年を里の者が見たら、何と思うだろうか。
から傘お化け、とでも思うのかもしれない。
青年の掲げる傘に描かれた、大きな目玉模様が、ぎょろりと眼を向いたように見えた。描かれた口から、べろりと舌を伸ばしたように見えた。
眼が、口が、本当に幸せそうに、心底嬉しそうに、細められていた――――――ように、見えた。
幸せそうに、嬉しそうに、雨を弾きながら。
今日もまた、オンボロ傘は青年の肩にある。









[27924] 【ネタ】東方ss 傘屋さん2
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:373ed26e
Date: 2011/05/26 23:33

小高い山の上に、大柄な女が一人、胡坐を掻いて座っている。

頭の先から足の先まで、全てが朱色の女だった。
否・・・・・・朱色に染まった女だった。
坊主の死体から剥ぎ取ったのだろう、襤褸同然の黒衣もまた朱に染まり、だらしなくそれを着こなす女にこの上なく似合っていた。

女の前髪からは朱の雫が落ち、掲げた赤漆の大盃に波紋を広げる。
一つ、二つ、三つ、四つ――――――。
落ちた雫の数は、それでも未だ、女が摘み取った命には届かない。その長い髪から滴る雫の全てを合わせても、まだ届かない。
女が腰掛けていたのは、人の死骸によって築かれた山だった。
血に染まった女が夕暮れの中、小高い人の肉の山の上で、女は憂鬱に盃を傾ける。
適当に積み上げられたそれらは皆、薄汚れた鎧兜を着た武者姿。目視だけでも30は下らない数がある。どこぞの戦場から落ち延びて来たのか、あるいは死体剥ぎを生業とする野党崩れであるか、あるいは彼女を滅ぼすために組織された調伏師であったか。
まあそんなことはどうでもいいと、心底興味無さ気に女はぐいと盃を背ごと反らす。
ごぶり、ごぶり――――――。酒か血か、もうどちらか解らなくなった液体を喉を鳴らして嚥下する。
ぶふう、と豪快に息を吐く姿は決して下品には見えず、むしろ女の魅力を妖しく惹き立てていた。


「――――――ああ、まずい」


口直しにと、大盃へ腰に吊るした瓢箪より明らかに容量以上の酒を注ぎ出し、再び盃を傾ける。
ごぶり、ごぶり――――――。呑み干して、女は吐き捨てた。


「ご、ぶ、ふぅぅ――――――。ああ、まずい。まずいねえ」


女が酒を飲む時の台詞は、決まってそれだった。
女は酒を美味いと感じた事は無かった。酒に呑まれて酔っぱらったこともない。女が吐く息は酒気の混じった満足の吐息ではなく、嫌悪の呻きだった。
それでも酒を飲むのを辞められないのは、女の産れの業だろうか。
しかしどれ程の美酒を口にしても悪態しか口にしない女は、身内連中からも避けられ、遠ざけられていた。
最近はありがたくもない渾名を付けられる始末。
構うものか、と女は嗤う。
不味いものは不味いのだ。
身内連中は酔うために酒を飲むが、女は違った。酒には浄の力が宿る。女は身を内側より清めるために酒を飲んでいた。
だがいくら酒を流し込んでも、身の内に澱む泥は流れない。そこいらの神社から奪い取って来たのがいけなかったか。酒に浄の気を感じない。
まずいまずいと繰り返し、女は盃を傾け続ける。


「百薬の長とは言うけれど、それ以上は体に毒ですよ」


不意に、男の声が聞こえた。

チィ、と忌々し気に女は舌打ちを零した。
此処は村から離れた死体ばかりが転がる合戦跡だ。野党がたむろするこんな場所にわざわざ足を運ぶ者など、どうせろくな人間ではない。しかも自分の風体を見て驚きもしないとは。
知り合いに声を掛けるような気安さは、自分達が何たるかを熟知しているからだろう。呼び声の一つも上げない客は迷惑なだけだ。
肺腑の奥から絞りだされる熱く酒臭い溜息。
酒を飲むといつも鬱屈とした気分になる。これだけ近付かれても気配に気が付かなかった程、滅入っていたのか。
ああいやだいやだ、と女は髪を掻き回して水気を飛ばすと、面倒だと言わんばかりに男を睨みつけた。
空気を含んで、彼女の元来の髪の色である金が、空にぶわっと舞った。
金色に燃える炎のようだった。


「消えな。今なら見逃してやる」


言って、高密度の殺気を雨あられと飛ばしてやる。
心臓が弱い者ならば、そのまま死んでしまいかねないほどの殺気だ。
相手が唯の人間ならば、よほどの実力者かよほどの馬鹿かでない限り、立っているのすら困難だろう。
これでケツを捲くって逃げ出すはず。
男から視線を外し、盃に瓢箪を傾けようとする女は、しかし目論見が外れたことに目を細める。


「そんなに不味いのなら、飲まなければいいのでは?」

「・・・・・・聞こえなかったのか? 私は消えろと言ったんだ」


男は困ったように笑うだけだった。
まいったな、と女は内心辟易とする。
馬鹿か強者か、どうやら後者のようだった。


「俺としても立ち去りたいのは山々なんですが・・・・・・。
 どうやらキノコの毒からまだ咲夜さんが回復してないみたいで、時間が逆さに回ったままなんですよ」

「訳の解らんことを・・・・・・変な奴に捕まっちまったよ、まったく」


魔理沙さんにも困ったものです、と男は苦笑いを零すが、女は男が何を言っているのか少しも理解が出来ない。
理解するつもりもない。
全てがどうでもいい事だった。


「能力を狂わせるとか、魔法の森のキノコは流石に一味違うなあ。咲夜さんも口に含んだ瞬間に、七色の光を吐いてたし」

「お前さん耳が聞こえないのか? 鬼の慈悲も三度まで、これが最後だ。消えな」

「だから、それは無理なんです」

「そうかい。なら死にな」


女はもう男の方などろくすっぽ見ず、盃を振り抜いた。
恐ろしい膂力によって盃から撒かれた酒、その一粒一粒には、女が直接口を付けて吹き入れた膨大な妖力が込められている。
浄の気を以てしてもなお濯げぬ怨念が、朱色の呪となって散弾の如く、男を貫かんと殺到する。
これで男も自分の椅子の一つとなることだろう。
酒が気持ちよく酔えるものだなどと信じてはいないが、肉を清める手間が省けることにはありがたい。

女は物憂げに溜息を吐き、空になった杯へと瓢箪を傾け――――――ぱん、という軽い音に、眉根を跳ね上げた。
死体の山の上から見下ろせば、男が趣味の悪い傘を広げている。
薄紫色の傘に描かれた大きな一つ目と口が、威嚇するようにぎょろりと女をねめつけた――――――ような気がした。


「うわっ、危なっ!」

「・・・・・・能力持ちか。助かった、なんてほっとした顔をして、これだから人間はすぐに思い上がる」


あのまま死んでおけば苦しまずに済んだものを。
重い腰を持ち上げ、女はひょいと山から飛び降りた。黒衣の裾が捲くれ上がり、女の腿を剥き出しにする。女の魅力の全てを備えたような白く美しい脚であったが、それが見た目通りにか弱いものであるとは誰も思わないだろう。男より二回りは大柄な女であったこともあるが、それよりもっと単純な話だ。
着地した瞬間、まるで重さを感じさせず男に向けて爆発したかのように歩を進めた女の姿を見れば、誰だって震え上がる。足元から火花が散る程の加速。体当たりでもされたら、唯では済まない。
女にしてみればただ歩いただけなのだろうが、人間にしてみれば暴風に等しい速度だった。

そのまま女は無造作に拳を男に放つ。
妖力をそのまま固めた攻撃は効かないだろうと判断しての接近戦。たった一度の攻撃で男の特性を見切ったのは、女の才が抜きん出ていることを示していた。
あるいは、あまりもの面倒臭さに思考を放棄したのかもしれない。
恐らくこの男に遠距離からの攻撃は効くまい。だがそれがどうした。
女の本分はその膂力にあり、であるために己の最も自然とする機能を発揮したらいいだけのことだった。即ち、近付いてぶん殴るだけだ。
男は慌てて傘を閉じると、それを刀に見立て振り上げたが、そんなもの、役に立つかどうか。


「む――――――!」

「あぎっ――――――!」


拳に感じる違和感に、女が声を上げた。
空気を殴ったかのような手応えの無さ。これは、受け流されたか。オンボロ傘でよくやる。
しかしまるきり効いていない訳でも無さそうだ。受け流し切れなかった重圧に、男が苦悶の表情を見せている。食いしばった口の端から滴る血の雫。

ならば数を放てばいいだけだ。
そうと決めた女の行動は早かった。
実際、どうしようもない程に速かった。
女の肩から先が消え、無数の拳戟として再現される。
男に迫る拳、拳、拳、拳――――――拳の弾幕。


「無駄だよ。無駄無駄、無駄だって」

「うぐぐぐぐぐっ!」

「もう諦めな。なるべく、痛くないようにしてやるからさ」


言うも、どこかおかしさを女は感じていた。
どうにも男の気配が捉え難い。
拳を放つ場所放つ場所に、解っていたかのように傘が据えられている。まるでこちらの手の内を全て読み明かしたかのような反応だ。
こんなことが出来るのはサトリだけだと思っていたが、さてそれが能力ではないことは解っている。不意を付いてやれば、そちらにも反応するのだから、思考を読んでいるわけではない。
純粋に男の磨き上げた技術によるものだ。
そして男が膝を突きつつあるのは、これは純粋に種族による力の差でしかない。女が勝っているように見え、勝負の流れを掴んでいるのは男だった。

そこまで考え、何か思い当たる節があったようだ。拳を放ち続ける女は、ニヤリと口蓋を釣り上げた。
紅も引いていないというのに真っ赤な唇から、なお赤い舌先が覗く。
赤い舌が、鋭い歯をぞろりと舐め上げた。
男が初めて見た女の笑みは、野生の獣を思わせる獰猛でいてどこか美しい、磨き抜かれた刀身の様だった。


「・・・・・・ははあ、そうか、そうかそうかそうか、そうか! お前、ぬらりひょんか! はは、そうか! 初めて見たぞ、ぬらりひょん!」

「お、俺は妖怪では、ない、ですよ!」

「そりゃあそうだ! ぬらりひょんは人間だからな。間借りの能力を持った人間、それがぬらりひょんだ! 
 そいつはどこにだって入り込む。他人の家で平気で飯を食い、気付けば妖怪たちの先頭を歩み・・・・・・面白いのはな、ぬらりひょんがそこに居ても、誰も部外者だって気づかないのさ。
 当然さね。そこに居る間、ぬらりひょんはそいつらの一員に成り切っているんだから。自分自身だって、よもや他所者であるなどと思ってもいないのだろうよ!
 家に入れば家族となり、妖怪に紛れれば妖怪となってしまう、間借りの能力者。それがぬらりひょんなのさ! そこにちょっとでもスキマがあれば、ぬるりと入り込んで本物になっちまう。
 それは物質に限った話じゃない。魂だって例外じゃあないのさ。入り込まれた人間は、限りなく人妖に近い存在となる」

「じゃあ、俺は」

「憑依物だか何だか知らんが、そういう系統の存在だよ。死人の欠けた魂の間を借りてるだけの、何処かの誰かさ! その証拠に、お前、自分の名を言えるか!」

「お、俺は、俺の名前は・・・・・・!」

「だがまあ、そう悲嘆に暮れるものでもないよ。お前は私をこうして喜ばせているんだから。お前から感じる恐れが、美味くって仕方がない。
 ぬらりひょんは究極に人間的な存在であると言えるからな。人間の持つ適応力ってえ奴を極限まで引き上げた能力なんだ。当然さ。
 嬉しいじゃないかい、人間代表様とこうして拳を交えられるなんて、鬼冥利に尽きるねえ!」

「う、ううっ・・・・・・」


男にはもう、先ほどまでの勢いは微塵も残ってはいなかった。
気力が根こそぎ失われている。
辛うじて女の拳を防いでいるだけのようだった。


「・・・・・・ぬらりひょんならもしやとも思ったが、やっぱり人間なんて、こんなものってことかい」


女は一撃で上半身を吹き飛ばさんと、真後ろにまで腰を捻った。
今までのように手抜きをした速いだけの拳ではない。それでも殺意を込めていた拳はどれも必殺の威力であり、それは手抜きであって手加減ではなかったのだが、これは別物であると肌で刺すように感じる。
女の腕に幾筋もの筋と血管が浮かび、みしみしと骨が軋む音がした。一回り、二回り、筋に血液が送られて女の腕が膨れ上がっていく。
その一突きは山を穿ち、地を裂く拳。
人間相手には過剰至死の、女の全力だった。
これは女なりの礼儀のつもりだった。
少しばかり期待させてくれた男への。期待が裏切られたことへの恨みも込めて。
音を置き去りに、女の拳が放たれた。


≪おっと残念。うらめしやー≫

「むうっ・・・・・・! またか、しつこい奴!」


ずばんと勢い開かれた傘に、女の拳は狙いを反らされた。
流石に無理な態勢から完全に弾くことは出来なかったようで、女の拳先は傘の一部を抉り取った。だが、男は必殺の一撃から難を逃れている。
大きく見開かれた目玉模様から、涙が滲んでいる――――――ように見えた。


≪あいたたたた! もう、ほらお兄さんもシャキッとする!≫

「お、俺は・・・・・・」

≪お兄さんは何さ? その体に憑依して来た、どこかの誰かさん? そんなことはどうでもいいでしょ。だって、幻想郷は全てを受け入れるんだもの。
 あそこに流れついたやつらはどうせ幻想なんだ。確かなものなんてない。だったら名乗ったもの勝ち、言い張ればいいんだよ。それが全てさ! さあ、お兄さんは何! 言ってごらんよ!≫

「俺は――――――ぬらりひょんなんかじゃ、ない」

≪そう。それでいいの。まったく、お兄さんはわちきが居ないと本当危なっかしいったら――――――≫


女には、掲げられた傘の目玉模様が、それはもう嬉しそうに細められている――――――ように見えた。
どこからともなく風に乗って少女の声が聞こえて来たように、それは幻覚だと思った。


「じゃあ、何だって言うんだい?」

「俺はただの・・・・・・通りすがりの、傘屋ですよ」


数瞬の沈黙の後、男は静かな笑みを湛えて、女へと名乗る。
それは名と呼べるものではなかったが、男を表すにはこれ以外にないと思わせる不思議な響きがあった。


「・・・・・・なるほどね。役割を名とするなんて、面白い人間だ。そういう在り方が、お前さんのような人間にとっては一番良いんだろうさ。
 迷いの晴れたいい顔してるよ。でもね、それでこの私に勝てるだなんて、思うんじゃないよ」

「はい、解っています。だって勝つのはこれからですから」

「はん、言ったね! 鬼を前にして笑うなんざ、気に入った! もっと愉しませてあげるから、駄目になるまでついてきなよ!」


女も耳まで裂けるような笑みを浮かべながら、男へとぐいと顔を近づけた。
額の骨から皮を貫いて直接生え出た真紅の一本角が、男へと差し向けられる。
女は妖怪だった。
女は鬼と呼ばれる存在であった。


「そら、折ってみろ人間! 折ってみろ!」

「勝ちます、必ず」

「下手くそな喧嘩の売り方したわりにゃあ、いい答えだ。笑えるね! 殺さず手足を千切って、攫ってやろう! 
 安心おしよ、寿命が尽きるまで愛でて、飼い殺しにしてあげるからさあ!」

「俺が貴女に差し上げられるのは、敗北だけです」

「そいつはいい、私が負けたら首をやるよ!」


それは異様な光景だった。
女が撒き散らす暴虐の嵐を、男が穴の空いたオンボロ傘でいなしては受け流している。
妖怪と真正面からぶつかり合える人間は、ほんの一握りだけだ。
そして女は力を象徴する鬼であり、そんな女の拳戟を前にしてなお男が生き残っているのは、よほど技量が優れているか、何らかの能力を駆使しているかのどちらかなのだろう。女の戦いの勘を信ずるならば、それは前者である。

視界に入れるだけでも恐ろしい光景だ。
だが当の本人である女鬼には狂気も愉悦も無く、男にも憎悪や義憤は無かった。
その口元に笑みを浮かべ、まるでじゃれ合って遊んでいるようにも見えた。

この時代、人と妖怪は、お互いに共生関係の中に在った。
あくまで、この時代では、の話である。男の知る時代ではもはや鬼は消え失せ、鬼と肩を並べられる人間も存在してはいなかった。
人は妖怪と争うことで力と知恵を身に付け、妖怪は人を害することで命を長らえる。
人と妖怪は食うや喰われるやの関係で、お互いの生活を支え合って生きている。ある種の強い信頼関係で結ばれていたのだ。そんな時代だった。

例えば、鬼がそうだ。
鬼退治の物語を紐解けば、古今東西津々浦々、どこにだってある噂話に端を発している。鬼が悪さをするのは、掃いて捨てる程の、別段珍しくも何ともない話だということだ。それだけ、鬼という種族は人と密接な関係を持っていたということでもある。
ここで女が嗤ってしまうのは、鬼退治、までが鬼が持つ人との関わりの、一連の流れであるということだ。お話の終末の大抵が、鬼が退治されてめでたしめでたしで終るのだ。
鬼にだって家族は居る。身内を食わせてやらなければならないし、立場というものだってあるのだ。だから、退治されて犠牲になる鬼は、そういう偉い奴らからだった。
鬼がどうしようもない無敵の存在であったなら、人間はずっと警戒し、鬼の前から姿を消してしまっていただろう。
そうなれば、鬼は餓えて死ぬだけだ。
鬼に限らず妖怪は、人の肉だけではなくその感情や魂、思念を喰らうからだ。
だから鬼は無敵であってはならなかった。

つまり、鬼が選んだ人との在り方とは。鬼という種族とは――――――人を害し、人に敗れることで、初めて人と共に在れる種族、だった。
いつか自分を打ち倒す人間が現れることを、闘争の権化である鬼は待ち望んでいるのだ。
敗北も、闘争の持つ一側面でしかない。それが鬼の考え方だった。
しかし持って生まれた力が本当に純粋な、唯の力でしかなかった女にとって、それは不幸以外の何物でもなかった。
何せ、負けないのだ。
笑ってしまう程に、女は不敗を貫いていた。
彼女の力の前には、人間はあまりにも脆過ぎたのだ。
どれだけ手加減しても、ほんの少し撫でただけで手が飛ぶ、足が飛ぶ、首が飛ぶ。
遠くから術を撃たれようとも、腕を一振りしただけで悉く台無しにしてしまう。
普通の鬼であったなら、そこそこ名を上げた陰陽師でも出張って来たら、それで終いだっただろう。
しかし人間の用いる術など、女の持つ力の前には児戯に等しかったのだ。
女には力があった故に、力しかなかった故に、それを振るうしかなかった。

『怪力乱神』――――――語ることの出来ぬ程の、破滅的な金剛力。
若鬼である女自身には、抑えようとして抑えられるものではない。
人間と戦いになどなるはずがなかった。


「ほうら、どうしたどうした! 受けるだけじゃあ勝負にならないよ!」


女は生まれて初めて満たされていた。
実の所、女の存在は危機に瀕していたのだ。
妖怪は人に恐怖されるだけではなく、その在り方を満たさなくては消えてしまう。
人との闘いを楽しめない鬼は、生きながら死んでいるようなものだった。
だがこの瞬間だけは違う。
息を吹き返したように、女の表情は爛々と輝きを放っていた。
きれいだな、と男は率直にそう思った。


「ああ、でも鬼を殴り返せと言うのも酷か」


よし、と女は頷く。
男の突き出した傘を片足で絡め取り、女は盃をずいと掲げた。
戦いを楽しみたいのであって、流石に人間と対等に戦いたいとは、女も思ってはいなかった。
種族の壁はそう簡単に超えられるものではない。鬼と殴り合いをしようとは土台無理な話である。
故に、鬼は己に枷を嵌める。
人間が付け入ることの出来る隙を造ってやるのだ。
有名所を挙げるならば、かの酒呑童子である。
あの鬼は素面で人と戦うことは決してない。その名の如く、飲酒した後の酩酊状態でのみしか人と戦おうとしなかった。
女も鬼であるために、己に枷を嵌め、人の前に現れていた。
友である女鬼のように自分の密度を萃めたり薄めたりといった器用な真似は出来ないため、始めは手足に重りを付けて戦った。しかしそんなものに意味は無かった。次はまずい酒を浴びるほど呑んで戦った。それも意味は無かった。酔えないからだ。
終いには大盃になみなみと酒を注ぎ、一滴でも酒を零させたらお前の勝ちとしてやろう、などと首を掛けるには重すぎる枷を嵌めるまでに至った。
だが、それも女の力の前には無意味だった。
そして女は人間の脆さに諦めを抱くようになった。
しかし、と女は淡い期待を抱く。
この足先で顎をくいと上げられながら、必死の形相で傘を押す男ならば、あるいは。


「条件を付けてやるよ。この私の盃に注いだ酒を一滴でも零す事ができたら、お前さんの勝ちってことにしてやろう」

「それは有り難いことで。ついでに足を解いてくれると嬉しいんですが」

「観音様を拝めたんだ、むしろ手を合わせて感謝してほしいもんだね!」


蹴飛ばし、木っ端のように吹き飛んで行った男が危うげなく受け身を取った様に、確信を深くする。
流石はぬらりひょん。これまで間借りして来た人間の経験が集約しているのか、見た目の年齢に見合わぬ体術の達人である。
首を洗っておくべきだったか。
さて、余力は十分だが、そろそろ男の身体がもたないだろう。
これを最後の一撃としよう。否、三撃か。


「人間、いやさ傘屋さんよ。どうか死なないでおくれよ。お願いだから、防ぎ切ってみせておくれ」


腰溜めに構えた拳に宿る妖力は、これまでの比ではない。
そこはまだ拳の間合いではなかった。だが、膂力に合わせ妖力までも上乗せされた拳には、距離など無に等しい。
空気が震える。地が揺れる。天が悲鳴を上げ始める。
だが女の盃にそそがれた酒には、波紋一つ出来てはいなかった。


「いくよ――――――!」


三歩破軍、三歩必殺――――――。

裂帛の気合と共に拳が放たれる。
巻き起こる拳風は、さながら竜巻の様。
大気を殴り付けることで拳戟そのものを拡散して飛ばす、妖力を用いた間接打撃である。

怖気を震う大気の塊に渦巻く妖力が絡みつき、壁となって男に迫り来る。
男の穴だらけになったオンボロ傘と、女の奥義とがぶつかり合った。


「――――――は」


気の抜けた声が自分の声であると思い至るまで数秒。


「――――――はは」


頬がにやけていると自覚するまで数十秒。
妖力の輝きが失せた後、地に倒れていたのは女だった。

奥義をかい潜って男が何か攻撃を仕掛けてきた訳ではない。
足首に何か違和感を感じ、気が付いた時には天地が逆さになっていた。
恐らくは、あの趣味の悪いオンボロ傘の柄を、足首に引っ掛けたのだろう。
使用された技は膂力と妖力を受け流して一方向に誘導するという、とんでもなく高度なものだったが、まさか命がけの勝負でそんな子供騙しを使ってくるとは。
笑いが込み上げてくる。
そしてそんな子供騙しにまんまと引っ掛かった自分にも。

思えばここまで人間に近付かれたことはなかったか。人を舐めたら痛い目を見ると身内連中に幾度も聞かされていたが、なるほどこういうことか。
出来ればもう少し派手にやられたかったが、人に対する警戒がまったく無かった自分が悪い。
笑ってしまう。
人間が弱いなどと勝手に失望し、人の強さを舐め切っていたのは自分だ。
文句なく、自分の負けだ。
零れた酒が顔を濡らしていた。
鬼に二言はない。
一滴どころか、酒を全て空にさせられたのだから。


「俺の勝ち、ですね」

「ああ、そうか、そうだね。負けたのか。私は負けたのか・・・・・・」


ゆっくりと女は身体を起こした。
負けたのか、と繰り返す女は、どこか憑き物が落ちたような、すっきりとした顔をしていた。


「なあ、すまないんだけどさ、盃が空になっちまったんだ。お前さんがよけりゃ、注いでくれないかい? 安心おしよ、暴れやしないから」

「喜んで」


男は女から瓢箪を受け取ると、とくとくと酒を注いだ。
くい、と盃を煽る。
熱い塊が喉を通り、胃に溜まり、体の内側から熱を放つ。


「・・・・・・美味い」

「もう一献いかがですか?」


言うが速いか注がれる酒に、女はありがとうよと一言返し、それを口元に運んだ。
気付けば夜の帳が落ちていた。空には円い月。月は狂気を誘うというが、女の心は波一つなく静かに凪いでいた。
水鏡となった盃に、月の光が満ちる。
水月は円ではなく、揺ら揺らと幾つもの波紋に歪んでいた。
波紋を生んでいたのは、女の両眼からぽろりと一粒だけ落ちた涙だった。
それに女が気付いたのは、水鏡に映る自分の顔を見て後だった。


「ああ、美味い、美味いねえ・・・・・・」


酒とはこんなにも美味いものだったのだろうか。
何時も飲んでいたものと同じもののはず。
だというのに、どうしてこんなにも染み渡る。
人に負けた時に飲む酒が一番美味いのだと、友である女鬼は言っていた。
その通りだと思った。


「ありがとうよ、傘屋さんよ。酒がこんなに美味いもんだと、もっと早くに気付いていればよかったよ。
 出来れば今少しお前さんに酌をしてもらいたいが、これ以上手間を取らせるのもなんだ、さっくりやってくれ」

「はあ、さっくりとですか。ええと、さっくりととは、何をしたらいいのですか?」

「首を。やると言っただろう。持っていきな。なあに、私もそれなりに名の知れた暴れ鬼だ。都の大臣にでも献上すりゃあ、一生遊んで暮らせる金子を貰えるだろうよ。
 流れる血を飲めばきっと寿命も延びるだろう。鬼は酒呑みだからね、臭みはないから、一気にいってくれ」

「いや、それは」


心底困ったなと男は頭をかいていた。


「あの、首とかは要らないですから」

「だめだめ、何を言ってるんだ。鬼に二言は無いんだ。ちゃんと持って行ってくれないと、困るよ。鬼を倒したつわものには褒美を。当然だろう?」

「いや困るのは俺の方で。じ、じゃあ別のもので。首は要らないから、別のものを下さい」

「私は別に首くらいくれてやってもいいんだけどねえ・・・・・・。お前さんがそう言うならいいけどさ。
 しかし、別のものか。金銀財宝なんてないしねえ。他になんて、私には身一つしかないわけで・・・・・・。ははあん、そういうことか」


合点がいったと頷いて、女は手を打った。
酒が美味いと感じたと同時、酔いも回るようになったのだろうか。
頬が熱くなっていく。
身体が熱くなって、じっとりと汗が噴き出てくる。女の肌がてらてらと艶やかになっていく。
女が僧衣の端をもって仰ぎ、風を入れてやる様から、男は目を離せないようであった。
そんな男を見て女は気付いたのか、にやりと子供が悪戯を思い付いたような笑みを浮かべる。
ほれ、と僧衣の襟元をもっと大きく開いてやった。
ごくりと喉のなる音。
他者が混じっている男である。
元より酷く存在が薄く気配が希薄であり、しかしその精神性の濃いという相反する特性を持つ男は、人の気配の機微に敏感である妖怪にはそれは好かれることだろう。
しかし逆に人間には、そう関心を向けられなかったに違いない。
人肌恋しかったのだろう。男の視線が更にぎらつくのを感じる。
礼儀正しく冷静ぶってはいるが、人並みに性欲はあるということだ。
並外れた艶やかな身体を持つ女は人間に情欲を向けられることが多く、そのほとんどを鬱陶しく感じていたが、男のそれには嫌悪を感じることはなかった。
むしろ、とても気分が良かった。


「お前さん、私が欲しいのか」

「はあ・・・・・・ええっ?」

「そうかそうか。いやあ、何て言うか、そう真っ直ぐに言われると照れるねえ。ええと、確かこうするんだっけか」


女は佇まいを正すと正座をして、三つ指をつき、頭を下げる。
角が地面を引っ掻いた。


「末永く・・・・・・」

「いや、だから違いますって! そういうのは冗談でもやらないでくださいよ」

「冗談なもんか。お前さんだったらいいって、お前さんがいいって思ったんだ」

「うぐ・・・・・・いや、その」

「なんて、ね。そうなったらいいなって、ちょこっと思っただけさ。
 私だって鬼じゃないんだ、嫌がってる奴のとこに無理矢理押しかけることはしないさ。ああ、いやさ、鬼だけれども。
 しかしねお前さん、本気で私を殺さないつもりなのか?」

「はい。御察しの通り、依頼を受けてあなたを負かしには来ましたが、殺せだなどとは一言も言われてませんから。俺も貴女を手に掛けたくはありません」


依頼、と聞いて女の顔が申し訳なさそうに歪む。
やはり、祓い屋か退魔師であったか。ここまで凄腕なのだ、間違いなかろう。
女は、だがそんな凄腕の男が望むものをくれてやれないことに、とても申し訳なく思ってしまう。
鬼殺しの名すらくれてやれないとは。


「それはどうして? 私は人殺しの鬼なんだぞ? 生かしておいたって人間に益はないぞ。それとも、依頼主に生かしたまま連れてこいとでも言われたか?」

「いいえ。ただ貴女を倒せ、とだけ」

「じゃあいいじゃないか、堂々と首を取りなよ。さっきも言ったが、首を取る前に、私を好きにしたっていいんだぞ。お前さんも体温があるほうがいいだろう」

「見境無い殺人鬼であったなら考えますが、でも貴女は理由のない殺しは好まないでしょう? 
 そこに積まれているのは、近くの村を襲っては女子供を攫っていく盗賊団なのでは? 近くの洞窟に奴らのねぐらがありましたよ。中は酷い有様でした」

「・・・・・・ふん。人攫いなんて、鬼のお株を盗むからだよ。別に人間のためにやったんじゃあないさ」

「ここに来る道中で奴らに襲われた村に立ち寄ったんですけれど、生き残っていた姉弟が、角が生えた優しいお姉さんがきっと仇をとってくれるって、泣きながら話してくれましたよ」

「これだから、人間は・・・・・・」


天を仰ぐ。
また涙が零れそうになるが、それは耐えることが出来た。
何を泣くことがあるのかと。
月の光が目に染みたのだ。
そういうことに女はしておいた。
鬼の目に涙など。人のために泣く鬼があるものか。


「あそこは戦で親を失った孤児を集めた集落でね、村なんていう程の規模はなかったんだ。子供たちだけで肩を寄せ合って何とか生きていたってのに、あいつらが・・・・・・」

「どうりで、大人の死体が無いと・・・・・・」


女があの村でどのように過ごしていたかを、男は問うことはしなかった。
ただ、女が子供が好きであることと、子供達を守れなかったことを悔いていることだけは理解できた。
脆く、弱く、儚く、直ぐに死んでしまう人間。子供であれば、尚更直ぐに死ぬ。
そんな人間を、女は深く愛していたのだ。

人が鬼を倒すために技を鍛え、知恵を凝らすこと。
例えそれが殺意によるものからであっても、それだけの時間と労力でもって真摯に想いながら、人は鬼のために全てを費やすのだ。
鬼は、そんな真っ直ぐに自分達に向って来てくれる人間が、好きでたまらないのだろう。
いつか倒されてしまいたいと思うくらいに。
殺し愛い、そんな言葉が男の胸に浮かんだ。


「ねえ、勇儀さん」


男が女の隣に膝立ちになる。
弾かれたように、女は顔を上げた。


「傘屋、お前さん、どうして私の名を・・・・・・。都には大江山の鬼としか伝わっていないはずだが」

「そんなことはどうでもいいじゃあないですか。ねえ勇儀さん、面白い事を教えてあげましょうか?」

「面白い事だって?」

「ええ、今よりずっと未来の話です。何百年か先、貴女は不思議な場所に招かれることになる。そこは人と妖怪が等しく住まう場所。
 宴をしたり、力試しをしたり、きっと楽しいですよ。郷を飛び回っている巫女さんがこれまた色々な意味で凄くて――――――」


男の語る内容は破天荒で、理解不能な事ばかりだった。
人と妖怪が等しく在り続ける、そんな場所があるならばそこは妖怪にとっての楽園だろう。
鬼に匹敵する人間が居るのならば、最高だ。そこが地の底だって構わない。
面白いね、と女は素直に頷いた。
法螺話にしては、面白い。
ただ、遍く妖怪を幻想にしてしまうくらいに人間が脆弱となったとしたら、自分がこの男と出会うまで感じていた失望を、全ての鬼が抱くようになるだろうという、確信めいた予感を胸に。


「そんな所があるなら、いつか行ってみたいもんだね」

「ええ、きっと行けますよ。そこでまた、一緒にお酒でも飲みましょう」

「あっはっは、何だよそれ。お前さんは一応人間だろう。何百年も生きていられるもんか」

「はは、そうですね」


笑って、男は懐から何か丸いものを取りだした。
それが懐中時計という物であることは、この時代に生きる女には知る由もない。


「おっと、そろそろ咲夜さんが復活したのかな」

「確かに、お前さんの話は面白かったよ。そいつが法螺話でも、騙されてみたいって思うくらいには」

「じゃあ騙されたと思って生きてください。人と鬼との勝負はね、本当はきっと、もっと楽しいものなんですよ。楽しむべきものなんですよ。命掛けなんてやめましょう」

「そいつが出来たらいいんだけどねえ」

「勝負は楽しむもの。命のやりとりは、殺し合いでするものですよ」

「ふうん、お前さんはそういう区別をしてるのか。鬼にとっちゃあどっちも同じだが、まあ、鬼が嫌われ者だってのは、昔から決まり切ったことさ。生き辛い世の中だよ、まったく。こいつも目立つしね」

「そうですね。それだけ綺麗な星ですから、そりゃあ目立ちますよね」

「そういう意味で言ったんじゃあないんだけれどねえ。だけど嬉しいよ。角を褒められたのは初めてだ」

「そんな貴女に、はい、これをどうぞ」

「何だいこりゃあ。傘、いやさ笠かい?」

「はい。傘屋の笠ですよ。ほら、ここの窪みに角を通して、あご紐をしっかり締めて。もう少し上を向いて、締めてあげますから」

「お、おう」

「うん、よく似合う。それではご注文の品、確かにお届けしましたよ」

「いや、注文なんてしてないだろう。お前さんとはこれが初対面だぞ」

「何百年後か先の話、ですよ。大丈夫ですよ、勇儀さん。人は、貴女が思っているよりもずっと強いのだから。
 貴女が見て来た人なんて、ほんの少しですよ。それをかぶって、人の世を歩いてみれば、すぐに解りますよ」

「傘屋?」

「それでは、また。何百年後か先に、幻想郷で会いましょう」

「おい、傘屋? あれ・・・・・・どこいったんだよ、おーい」


笠の据わりを気にしていた女が振り向いた時、そこに男の姿は無かった。
しばらく首を傾げ、何をかを納得した風に女は立ちあがった。
にいっと不敵に笑って笠を持ち上げる。
男とじゃれあっている時と同じ、獰猛でいて美しい笑みだった。


「鬼を前にして一年先どころか数百年先の話とは、笑わせるじゃないか。いいぞ、生きてやる。人に寄り添いながら、喰らい合って生き抜いて、生き合ってやるさ。
 だからお前さんも忘れるなよ。私の命は、お前のものだ」


さてと、と軽く砂を払ってから、女は何処へなと無く歩きだした。


「とりあえずあの村のガキんちょ共を寺にでも放りこんで、それからどうするかな。ああ、頼光とかいうお偉いさんの相手をしてやるのもいいねえ」


盃に口を付け、傾ける。
満足そうに女は息を吐いた。
数百年後の約束に想いを馳せながら。


「――――――ああ、美味い」


――――――やがて山の四天王と称されるまで登り詰めた女鬼の、未だ若かりし頃の話であった。
この日を境に頻繁に鬼の宴に顔を出すようになった女鬼は、酒の肴にと毎回事あるごとに自分を打ち負かした不思議な傘屋の話を語るものだから、惚気はたくさんと同じく四天王となる友人にまで呆れられ、身内から非常に迷惑がられることになる。
結局鬼達から避けられ遠ざけられるのは変わらないまま、女は各地を旅することになるのだが。
それはまた別の話、別の機会に。






■ □ ■






「お帰りなさいませ、傘屋様。ご無事のようで、安心しました」

「ああ、咲夜さん、ただいま。無事に時間旅行から戻りました。体調は良くなったみたいですね」

「その節はとんだご迷惑をおかけして・・・・・・お詫びのしようもございません。
 能力の暴走にお客様を巻き込むなど、この咲夜、一生の恥でございます。どうかお気の済むまで鞭を」

「いや、鞭打ちはちょっと。脱がなくてもいいですから」

「そう、ですか。残念です。ではお詫びはまたの機会としまして、そうそう、黒白にはパチュリー様がけじめを付けておきましたので。触手で」

「らめぇぇぇぇ・・・・・・」

「うわー遠くの方から声が」

「気のせいですわ」

「は、はは、しかし過去に跳ぶなんて、貴重な経験でした。急に勇儀さんが紅魔館に押し掛けて来た理由が解りましたよ。
 やさぐれ鬼に笠を渡すついでにぶっ飛ばしてやって欲しい、なんて、一体どうしたのかと思いましたよ」

「そうですか。詳しい理由を聞いても、教えては頂けないのでしょうね」

「ええ、ヒミツです。ところでお嬢様は?」

「居間で睨みあっていますよ。西洋鬼のプライドとカリスマに掛けて、東洋鬼には負けられないと」

「いまいち仲が悪いですもんね、あの二人。まあ、大抵の妖怪は仲が悪いですけれど。やっぱり種族の壁は大きいのかなあ」

「それだけが理由とは思えませんが。私も間に入ってしまおうかしら、ぬるりとね」







( ゚∀゚)o彡°

発掘作2。
一応手直しは加えていますが。色々な意味で懐かしいです。
今の私ならこういう謎な主人公は使わないかなあ。
確実に最強系になると思います。

続き?
ないよ!



[27924] 【ネタ】東方ss 傘屋さん3
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:373ed26e
Date: 2011/06/03 22:24

落ち窪んだ目。
こけ切った頬。
水分が失せひび割れた唇。
がさがさとした土色の肌。
立派な作りをした神社の一室で、死体か、木乃伊が一体、手足を投げ出して転がっている。それは少女、だったものだ。少女だったものが一体、干乾び上がって倒れている。
手足の力は失われ、視線は天井の一点を見詰め、閉じられることはない。
ただ、少女の胸が時折思い出したかのように上下しているのだから、死んでいないことだけは解る。
つまり、この少女は死に瀕しているのだ。まるで生気を感じさせない、五体投地の姿勢のまま。

畳の上で、死体の様相を醸している少女――――――。
彼女こそが、博麗神社今代の巫女。
博麗霊夢である。


「お待たせしました。お粥、持って来ましたよ」

「あー・・・・・・あー・・・・・・」

「水ぐらい飲みましょうよ、霊夢さん・・・・・・」

「うー・・・・・・うー・・・・・・」


虚ろな呻き声を零す霊夢の上に射す影。
呆れ顔で霊夢を抱き起こしたのは、傘屋だった。
ここ博霊神社で最近、週一で見かけられる光景である。

腹が丸出しだったのは、とりあえず服をと脱ぎかけて力尽きたのであろう。
日が経って異臭のする巫女服を全て脱がし、寝巻へと換えてやる傘屋。
霊夢の膝と背に腕を回して持ち上げてから、敷いてやった布団へと寝かせる。
意識があることを確認し、部屋に来る前に作っておいた粥を口元へと運ぶ。匙を傾ける。霊夢のひび割れた唇に、ペースト状の米が流れ込み、嚥下される。
こうして霊夢の世話をしてやるのは、傘屋にとってはもう慣れたものだった。
何せ、週初めに今週も良い仕事が出来ますように、と祈願のため神社へと足を運ぶと、決まってこの巫女は干乾びているのだ。
栄養失調と脱水症状である。

初めて霊夢の瀕死一歩手前になった状態を目の当たりにした傘屋は、これは医者に見せねばと迷いの竹林まで飛んで運ぼうとした。しかし霊夢は頑なに首を振る。
掠れる声を聞けば、どうやら食事と水分さえ取れば霊力で回復するのだという。死にはしない、だから放っておいてくれ、と。ここから出たくない、と。
流石に祈願に来た身としては、神に仕える巫女様を放っておくわけにはいかず、霊夢自身に許可を取って社に隣接する母屋へと上がり、そのまま食事を作ることに。しかし台所に立ち、傘屋は唖然とした。
何も無い。
野菜も、肉も、米も、何も無い。
いくつかある井戸の内、「水垢離用:飲料×、触れるべからず」と書いてあるもの以外は全て干上がっていて、からっぽだった。傘屋には解らなかったが、水垢離用の井戸水は井戸ごと清められていて、常人が触れるのは許されないそうだ。巫女であってもそれを飲んではいけないらしい。
つまり飲料水すら無いということだ。
こんな状況でどうやって生活していたのか謎だったが、仕方なく傘屋は人里に飛んで帰り、食材を買って来てやる羽目になったのである。
まさか巫女に食費を請求するわけにもいかないので、実費である。

こうして傘屋がお布施という名の生活支援を初めてからしばらく。
一向に霊夢の生活は改善されずにいた。


「はい、お水ですよ」

「うー・・・・・・」

「ほら、ちゃんと水差しを咥えて。零さないようにゆっくり吸って」

「うぐ、うぐ、うぐ」


流石は歴代博霊の巫女最高峰の霊力を持っているからか、水を含んだ途端、みるみる肌に張りが戻っていく。取り込んだ養分を一瞬で活力に変換しているのだろう。
顔色の悪さは変わらずだが、これならば粥も直ぐに消化されて活力へと変わるだろうか。
水差しから可愛らしく、ぷあっ、と口が離されたと同時、頬に紅が差す。
思ったが早いか、もう健康体へと回復したようだ。
恐るべき霊力と回復力だった。


「何と言いますか、回を追う毎に回復力上がってますよね。もしかして、新しい修行か何かだったりします?
 ほら、意図的に自分を痛めつけて超回復させるとか、禅の精神修行だったりとか」

「ブッディズムに目覚めた覚えは無いわね・・・・・・」


返事をするのがさも面倒臭そうに、肌艶を取り戻した霊夢は傘屋をねめつけた。言外に「余計な事を」とその視線は雄弁に物語っている。
美人が怒ると何とやら。未だ少女の風貌を残す霊夢であるが、今現在も、将来の美貌は約束されていると感じさせる程の可憐な容姿である。そんな彼女に睨みつけられると、それはそれは恐ろしい迫力があった。
汗と油で広がって固まった、胸のあたりまで伸ばされた黒髪。丸っこい輪郭に、引き締まった唇。抜き放った刀身のような眉は、大きな焦げ茶の瞳をより可愛らしく見せる。全てのパーツが美しく、それでいて嫌みなく整えられていた。誰もが振り返ることは無いが、しかし頬笑み掛けられたなら温かな気持ちになってしまうような、そんなかんばせであった。
だが、今は鬱陶し気に細められている大きな瞳、その下には濃い隈が縁どられている。隈縁に視線はより一層鋭く研がれ、もはや刺突の域に達する程。
傘屋が参拝しに来るまでじっと天井を睨みつけていたのだろう、寝不足で刻まれた隈は、少女の愛らしいはずであった外見と魅力を著しく損なっていた。
こんなだから里人にやさぐれ巫女なんて呼ばれるのだ、と傘屋は知られぬよう溜息を吐いた。


「はい、おはようございます霊夢さん。それだけ喋れるなら大丈夫ですね。さ、お風呂沸かしておきましたから、お湯でも浴びて来て、さっぱりしてきてくださいね。結構酷い臭いですよ」

「うー、仕方ないわねえ」

「お尻を掻かない。お風呂から出たら、今度こそ人里に降りて、買い出しをしましょう。一緒に行ってあげますから」

「うー、仕方ないわねえ」

「布団に戻らない。そんなに人前に出るのが嫌ですか。ほら、お風呂行きますよ」


寝がえりをうって身体ごと傘屋から顔を背ける霊夢。
傘屋の口元が引く付く。
務めて常の頬笑みに整形し、霊夢を向き直させる。


「こっち向いてくださいよ」

「・・・・・・」

「無視ですか。いいでしょう、なら無理矢理にでも」

「ぬううー、触らないでよこの鬼畜! 性犯罪者! 年若い乙女の柔肌を守る衣を脱がそうとするなんて、この変態!」

「ああ、もう、暴れないでくださいよ。あのね、霊夢さん、俺が何度あなたを着換えさせたと思ってるんですか。
 最初の内はともかく、今はもう介護してるのと同じで、何も感じませんよ。そんなにお風呂に入るのが嫌ですか?」

「だってお風呂に入ったら人里に行かなきゃ駄目なんでしょう? 絶対嫌よ! 人前に出るくらいなら、一生お風呂になんて入らないわ。このままぷーんと臭ってやるんだから!」

「あなたという巫女は・・・・・・!」


どこか浮世離れした雰囲気を持ってはいるが、感性は人並みの傘屋である。感性自体は人並みだが、そこに辿り着くまでに致命的にトンチンカンなのだ、とは彼の知人達の弁。
とかく、余りに馬鹿なことを面と向かって言われては、普段は温厚な傘屋であっても腹は立つ。


「ええい、覚悟しなさいな! 博霊の巫女でしょう、あなたは。人里に出ないと顔を忘れられますよ!」

「やー! いやー! あうああー!」

「駄々をこねない!」


じたばたと両手足を振り回して暴れる霊夢を抑え、鍛え上げられた体術でもって、寝巻を脱がしに掛かる傘屋。
サラシを一息に引っ張られた霊夢は、空中で独楽のようにくるくると回って、ぼすんと布団に落ちた。
あっという間に一糸纏わぬ姿に剥かれた霊夢だったが、それでも這って逃げ出そうとする。
しかし回り込まれてしまった。
必死に逃げる霊夢の、左右に揺れる小ぶりな尻たぶを見下ろしても顔色一つ変わらないのは、なるほど彼がトンチンカンと言われるのも理解出来よう。
性欲はあるが、そこに辿り着くまでにえらく遠回りしなくてはならないということだ。傘屋にとっては、これは本当に介護の一環という認識なのだろう。
ここで霊夢がかつての女鬼のように、色気を前面に押し出していたならば話は別となるのだが。
巫女に色香など求められる訳もなく。

がっしと傘屋は霊夢の両足を抱え込むと、そのまま風呂場に向って歩き出す。手を握らないのは、以前それでまんまと振り払われて逃げられたからだ。その時は、押し入れの中で霊夢は発見された。探し出すまでに3時間掛かった。また隠れられてはたまらない。
ずりずりと、足をロックされたままうつ伏せに引き摺られていく霊夢。


「いた、いたたたたっ! 胸! 胸削ってるってば! おっぱいなくなる!」

「はいはい。元から無いでしょう」

「言ってはならんことを! アンタは!」

「はいはい。嫌なら自分で歩いてくださいね」

「むうう、どうせなら仰向けに引き摺ってよね。あ、やっぱりおんぶして」

「そんなに動くのが嫌か」


仕方なく足を離した傘屋は逃げ出さないかと警戒しつつ、背を向けてやる。
よっこいせ、という声と共に、背に重さ。柔らかさは感じない。無いものを感じろと言われても、土台無理な話である。
栄養失調であったことはさて置き、霊夢はこれは軽すぎやしないかと心配に思うくらいの体重だった。
地に足がついていないような、雲のようにふわふわと空を飛んでいるような。有り得ない例えだが、風船を背負っているような感覚がする。
以前、そう本人に言ったことがあるが、「あんたが言うな」と返され、納得がいかなかったことを覚えている。
失敬な、自分は三食ちゃんと食べているし、働いてもいる。ちゃんと地に足付いた生活をしている。
そう言い返しても、呆れたように笑われるだけだった。
やはり、納得がいかない。


「ああ・・・・・・気もちいいわね。このまま消えてしまいたい」

「おーい、霊夢さん。寝ないでくださいよ」

「あー、楽ちん楽ちん・・・・・・ぐう」


よだれが首筋に垂れ、顔を顰める傘屋。このまま本当に寝入るつもりだ。
持ち上げている尻を抓り上げると、霊夢はぎゃっ、とうら若き乙女にありえざる悲鳴を上げて目を覚ました。
風呂嫌いという訳ではなかろうに、そうまでして嫌がるのは、やはり人里に下りたくないからか。
盛大に傘屋は溜息を吐いた。
どうせ風呂場に連れて行っても、駄々をこねて動かないに決まっている。
テコでも動かないつもりなら、それもいいだろう。
このまま丸洗いしてやる。
初めの頃はどぎまぎとしていたが、もう霊夢の裸体を見ようが触れようが、まるで動じなくなっていた傘屋だった。


「あー・・・・・・死にたい」


ふひぃ、と憂鬱の吐息を吐いて、霊夢は傘屋の首にもたれ掛かった。
汗臭い。
傘屋は湯気の蒸す風呂場へと霊夢を放りこむと、自分も手早く衣服を脱いで下着だけになってから、霊夢を追って風呂場へ入る。
細い肩に掛け湯をしてやってから、手を上げさせて、固く絞った手ぬぐいをその白い脇にあてた。






◆ ◇ ◆


※1.≪霊夢とお風呂≫の歴史は白沢に美味しく食べられました。
※2.ワッフル味だったそうです。
※3.決して私が書くのが面倒臭くなったわけではない。ワッフルワッフル。


◆ ◇ ◆






博霊神社が幻想郷で担う役割は、大別して二つある。
一つは大結界の管理。幻想郷を外の世界から隔離している大結界を、郷の東の先から監視すること。
一つは異変解決。幻想郷内に発生する異変、人為的妖為的に引き起こされた天変地異のようなものを、時には武力でもって静定すること。
この二つだ。
前者は幻想郷を幻想郷たらしめる要であり、後者は放置しておけば幻想郷内のパワーバランスが崩れ、内部崩壊してしまう。
どちらも欠かすことの出来ない役割を、博霊神社は担っている。

であるというのに、こうまで寂れている理由。
それは、人里から続く獣道は険しく暗く、見通しが悪く、安全は保障されていない。なので、こうして傘屋の様に純粋に参拝に訪れる客は数少ない。集まる者の多くは、外界に接する神社の近くに時折落ちて来る外界の品の蒐集家か、巫女の人柄に惹かれた妖怪しかいないのである。
賽銭箱の前で柏手を打つ者は、もはや傘屋しかいない状態だ。
妖怪が集まるのも巫女の人柄、とは言うが、それは彼女が親妖怪派という訳ではない。人間に仇さえ為さなければ妖怪の存在を容認してしまう彼女の度量に惹かれているのだ、と妖怪達は口を揃えてそう言う。
だが傘屋は思う。それは違う、と。
容認しているのではなく、働くのが面倒臭いのだ。
忌み嫌っていると言ってもいい。
何故か。


「ほら、霊夢さん、行きましょう」

「む、むりっ、無理っ! 無理無理無理、無理だってば!」


山の頂にある神社から伸びる長い階段の手前、傘屋の手に縋りつき、腰を落とす霊夢。
ここまでずりずりと引き摺らては来たが、これ以上は無理のようだ。
顎はガチガチと鳴らされ、膝はガクガクと揺れている。繋がれた手は痛いくらいに震えていた。

彼女が頑なに人里に下りるのを嫌がるのは、本人曰く「下界から離れて浄の気を保つためよ」とのことらしいが、それは嘘だと傘屋は断ずる。
そう言った時の霊夢は、すごく眼が泳いでいた。
今と同じように。


「しゃんとしてくださいよ。あなたは幻想郷を代表する博霊の巫女でしょう」

「や、やだっ、やだ!」


こうまでして霊夢が人里に下りたがらない理由。それは。


「ううう、人間怖いよう」


ということらしかった。
あろうことかこの巫女は、人間と妖怪の中間者に在るべき存在であるというのに、どうしようも無い程に人嫌いであったのだ。
より詳しく言うならば、視線恐怖症というやつだ。
人に見られるということを、霊夢は極端に恐れていた。

さて、霊夢がこれまでこなした仕事の中で、妖怪と人間との争いを“おだやかに”決着させる方法を考案した、というものがある。
妖怪と人間、あるいは力のない妖怪との力量の差を埋めるための、スペルカードルールと呼ばれる決闘法である。
大雑把に説明すると、お互い繰り出す技を宣言した後に技を撃ち合い、それを破った者の勝ちとなるルールである。
この決闘法を普及させたはいいが、そのせいでスペルカードルールにおける強者は老若男女問わず、大いに人気を集めることとなった。技の威力は元より、美しさにも重点が置かれたことが、大いにウケたのだ。
飛び交う弾幕の美しき光景。その中心を舞うのが美しい少女であるとしたら、それはもう、言わずもがなだろう。
それは正に、幻想的な光景。

いつしか霊夢が人里に出れば、必ず注目を集めるようになった。固定ファンが出来たのである。弾幕ごっこの強者には、大抵固定ファンがついている。
この固定ファンというものが扱いが困るもので、例えば往来のど真ん中で。


「BBAーーーー! 俺だーーーー! 結婚してくれーーーー!」


と昼夜問わず叫ぶ傍迷惑な男が頻出したり。
ちなみにこの男、叫んだ瞬間に地面に開いた穴――――――幾万の目玉がぎょろりと覗くスキマに送られ、その後行方不明である。
消える瞬間、ごほうびです、と叫んでいたが、一体何の褒美を得たというのか。
此処ではない何所か、今ではない何時か、知覚不可能な空間を永遠に彷徨うことになったのだろう。
スキマ送りにされる男が一人出る度、里の外れで罪と大きく書かれた覆面を被った裸の男が一人増えているのだが、関連性はこれも不明である。
また、別の例えとして。


「USCーーーー! 俺だーーーー! 罵りながら蔑んでくれーーーー!」


と昼夜問わず土下座する傍迷惑な男が頻出したり。
ちなみにこの男、地面に頭を擦りつけた瞬間に鞭――――――のようにしなる傘で滅多打ちにされ、その後行方不明である。
傘で打たれる最中に、ごほうびです、と叫んでいたが、一体何の褒美を得たというのか。
粉微塵に叩かれ、打ち砕かれ、向日葵畑の養分にでもされたのだろう。
傘打ちの刑を処される男が一人出る度、向日葵畑に続く丘への道すがら、うねうねと動く黄色に塗りたくられた向日葵を模した男が一人増えているのだが、関連性はこれも不明である。

スペルカードルールが普及し、比較的に平和に物事が解決されるようになったはいいが、それも考えものだ。
このように、敬意や畏怖を向ける者が多くなり妖怪は非常に有り難かったのだが、その反面、どうにも行き過ぎて困る迷惑な者が増えているのもまた事実なのである。
では霊夢はというと、彼女はそこまで実害を伴う被害を受けてはいないが、逆にそれが堪えるようだ。実害がないのだから、表立って排除することが出来ないのである。

何者にも囚われることのない価値観を持った霊夢であるが、他者から感情を向けられ、それに全く影響を受けないという訳でもない。
そういう無言の圧力や視線といった曖昧な形の無いものにこそ、敏感に反応してしまうのだろう。巫女である以上、目に見えない、実体の無いものに敏感でいなくてはならないのは当然のことだ。
そのまま受け流して終わり、とするには、余りにも多くの念に霊夢は晒されてしまったのである。

元より人嫌いの体がある霊夢だ。
昔は今より幾分かマシだったそうだが、人前に出るくらいなら餓えた方がまし、もう一歩も神社から出ない、と言い張るようになるまで、そう時間は掛からなかったそうだ。
かくして、立派なひきこもり巫女が完成したのである。


「ええい、もう諦めたらどうですか!」

「いーやーあー!」


全体重を掛けて傘屋の手を引く霊夢。
傘屋は盛大に溜息を吐いた。
神社に来ると溜息を吐くことが多くなる。
気を溜めるために祈祷に来たというのに。


「この前、咲夜さんと一緒に人里に下りたそうじゃないですか。どうしてまた今回はそんなに行き渋るんですか」

「だって、あいつ私よりも目立つじゃない。それに半分人間じゃないようなものだし」


さもあらん、と頷く。
時間操作能力を持つ咲夜は、よく時間を停止させて活動しているのだが、総停止時間は一年や二年ではきかないだろう。
自分の時間を止めることは出来ないはずだ。だというのに、咲夜は若々しい見た目を保っている。
時間を逆回しにするのは難しいらしい。そして、咲夜が忠誠を誓うのはかの吸血鬼姉妹の片割れだ。さて――――――。


「人間でも、能力を持っていたらいいんですか?」

「馬鹿ね。人里の人間に会うのが嫌なのよ」

「人里というコミュニティに属する人間と相容れないと。それはまたどうして?」

「私を取り込もうとするから」


傘屋は出かかった声を飲み込んだ。
何か反論を吐こうとしたが、直ぐに言葉はでなかった。
それは、と言い淀む。


「それは・・・・・・いや、彼等は博霊の巫女の中立性がどれだけ重要か解っています。そんなことをするはずが」

「頭で理解していても、無意識までは制御出来ないわ。サトリの妹を連れて来るまでもない。
 もっと良い暮らしがしたい、もっと自分達のために働いてくれ、同じ人間じゃないか、もっと、もっと、もっと、もっと妖怪を滅ぼせってね。重たいのよ。飛びにくいったらないわ」


強き者、弱き者の区別をしない霊夢は、時折酷く残酷であると評されることがある。差別ではなく、区別であるから。強弱変わらない対応は、時に大いに相手の自尊心を傷つけることがある。
それを言えば傘屋も同じではあるのだが、傘屋は自分を弱きに置くことで、全ての者を目上として接していた。それは霊夢とは決定的に異なる平等性だ。自分を含まぬ平等は、究極の不平等でもある。
霊夢はというと、自分自身をも区別しないのだから、徹底している。博霊の巫女には、それが魂に染みついているのかもしれない。

自他の評価付けを全くしない霊夢は、自分を縛りつけるものを酷く嫌う。
あらゆるものに縛りつけられないためには、空を飛ばなければならない。
束縛されないがために空を飛ぶのではない。逆だ。空を飛ぶから、あらゆる束縛も意味を為さないのだ。
束縛を嫌うのならば、飛ばねば。
飛ぶためには、身軽でいなければ。
例えそれが視線であったとしても、絡みつけば飛びにくかろう。
そこには期待や好奇、嫉妬や羨望の念が込められている。
霊夢にしてみればそんなもの、重くていけない。
だから、嫌で嫌でたまらないのだろう。傘屋はそう推察する。

・・・・・・本当は、人付き合いが面倒だからなのかもしれないが。
普段の怠け具合を見ていたら、それが正解のように思えて困る。
というか、幻想郷の要である博霊の巫女が、まさかこんなにぐーたらだとは信じたくないから、それらしい理屈を無意識が捏ねあげているのやも。


「じゃあ、同じ人里の人間である俺はどうなんですか?」

「アンタは別」


むすっ、とした顔をしてそっぽを向く霊夢。
意味が解らない。
これはいよいよ霊夢のものぐさの線が濃くなってきたぞ、とじとりと睨み付けてやれば、段々と赤くなる顔。
ちらちらと視線を合わせたり背けたりしながら、毛先をいじっては髪型を整えている。
そんなことで誤魔化せると思っているのだろうか。


「こっちを見て」

「こ、こっち見るな」


この人という巫女は。
傘屋のこめかみに血管が浮かぶ。
にこやかな顔を崩さないのは流石だが、凄味があり過ぎて怖い。まるで向日葵畑の妖怪の頬笑みが如く。霊夢も気付いたようで、うっと半歩下がっていた。


「な、何よ」

「いや、別に何も」

「何も無いなんてことないでしょ、ってちょ、ちょっと待って、無言で手を引っ張らないで、お願い! や、や!」

「・・・・・・」

「や、や、やーっ、やー! やめてって言ってるでしょうこの夢想封印!」

「ボムァッ――――――!?」


広範囲殲滅霊力砲である。
いかにスルー能力に定評のある傘屋といえど、傘なし、しかも至近距離で大技を仕掛けられては厳しいものがある。
ピチューン、と霊力が弾ける音と共に、傘屋は吹き飛んだ。
所々が黒く焦げた傘屋が地面に激突するまでには、霊夢は一目散に逃げ出していた。
遠ざかる足音を耳に、ゆうらりと傘屋は復活する。


「この、ニート巫女が・・・・・・!」


撃墜されたのも何のその。傘屋は走る霊夢の背を追う。
角を曲がったところで霊夢の姿を見失う。が、大丈夫である。問題ない。
霊夢の隠れる場所など、パターンが決まっている。底が浅いのだ。考えるのが面倒なのだろう。


「そこかー!」

「ひぎぃ!」


御堂に上がってすぐ脇、すぱあんと襖を開けると、押入の中で霊夢が煎餅をかじっていた。
外にぼりぼりという小気味良い音が漏れていた。これで見つからないと本当に思っているのだから、駄目巫女である。
母屋ならともかく、神前で煎餅をかじるな。


「さあ、観念して買い出しに行きますよ!」

「ちょ、ちょっとタイム、ターイム!」

「ええい、もう容赦せん!」

「いや、だから、アンタそんなボロボロで人里下りるつもり? ほ、ほら、私も埃とか汗まみれになっちゃったし! ね、ね!」

「・・・・・・何が言いたいのですか?」

「お、お風呂とか入りたいなーとか」

「・・・・・・」

「い、一緒に入ってあげなくもないわよ?」


しなを作って見せる霊夢であるが、動じる傘屋であるはずもなく。
まったく、と傘屋は眉間を揉み解しながら、霊夢の耳を抓り上げる。
向う先は母屋の方にある風呂場だ。
御堂を出て、ざくざくと砂利を踏みながら、傘屋は頬にこびり付いた煤を手の甲で擦り落とす。
痛い痛いと喚く霊夢は当然無視である。
何だかんだで、霊夢のお願いを聞いてしまう傘屋だった。


「あ、そうだ傘屋。ちょっと待って」

「はいはい、何ですか」

「アンタ、何か忘れてない? ほら、素敵な賽銭箱はそこよ」

「・・・・・・」

「入浴料」

「・・・・・・」

「こんな美少女と裸の付き合いが出来るんだから、ちょっとくらいお布施をしないと、ばちが当たるわよ」

「・・・・・・」


認めたくないが、これでも実質上幻想郷を牛耳れる役職にあるというのに、この巫女は。
傘屋の帰りを待つ、趣味の悪い紫傘に描かれた口から、大口に見合った大きな溜息が漏れた――――――ように見えた。
トップがこんななのだ。
今日も幻想郷は平和である。

傘屋は無言で財布ごと、賽銭箱に叩き込んだ。









ふはは、のせられてつい続きを書いてしまったわ!
見事に失敗しておるではないか、ふははのは。
・・・・・・ネタがねえ。
どうしよう、次は子供大好き将来の夢はお嫁さんなゆうかりんか
スキマを埋められて涙目なゆかりんか
さて



[27924] 【ネタ】東方ss 傘屋さん4
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:373ed26e
Date: 2011/06/08 06:12
ぽつぽつという雨音。
幻想郷に響く、雨季の訪れ。
結界にぐるりと囲われた空間である幻想郷は、つまりは別世界である。外界と大結界を隔てた向こう側である幻想郷も、外界の影響を受けない空間となっているが、気候のみは繋がりがあるようだ。龍神との取り決めらしいが、詳しい事は解らない。
さて雨の気配が近くなる季節となれば、忙しくなるのは傘屋である。
妖怪の山、その麓にほど近い横穴の中、せっせと傘屋は傘を張る。

湿気は細工職人にとっての天敵であるはずが、不思議とこの横穴の中は適温適湿に保たれていた。
剥き出しの岩肌、その壁際に設置された大型機械、おそらくは除湿機の機能によるものだろう。
傘屋の周囲には、用途不明の機械群が散乱していた。
どれも幻想郷にはそぐわない代物である。
それは理解していようが、傘屋は意にも介したようすはなく、せっせと傘を張り続けていた。


「そんなの作らなくても、こっちのを売ればいいのに」


こっち、と掲げられたのは鉄芯で作られた傘の骨組。バネ仕掛けを応用して傘の拡がるジャンプ傘、その作成過程にある品である。
スチールシャフトのみの傘を掲げ、さも不思議そうに首を傾げているのは、大きな緑色の帽子を被った少女。くりりとした眼と丸っこい顔が、大きめのキャスケット帽によく似合っている。
水色の作業着を煤で汚しながら、きょとんと傘屋に尋ねるよう、少女は小首を傾げていた。
頭の両側で二つ結びにした深い水底のような澄んだ青の髪が、ふるりと揺れる。


「にとりさん」


観念したのか傘屋は作業を中断し、少女の名を言う。
傘屋の鬱蒼とした面持ちに、これは大事なのだな、とにとりはぴんと背筋を伸ばす。


「タイマー、と呼ばれるものが外の世界にはあります」


糊付け刷毛を茶碗に置いて、傘屋は暗い目をしながらぼそりと呟いた。
自分自身の言葉に耐えかねる、そんな様子だった。


「たいまー? タイマーっていうと、時計仕掛けのあれ? 決められた時間を教えてくれるっていう」

「概念はそうですが、それが商売となると、別の意味で使われることになります」

「ほほう、別の意味とな?」

「一定期間使用していると破損してしまう、という意味です。そうなると消費者は、新しい商品を買わざるを得なくなる」

「・・・・・・それってつまり、わざと粗悪品を売りつけてるってこと?」

「馬鹿な。いやしくも傘職人の端くれとして、いい加減な仕事は出来ません。丹精込めて作っていますよ」
 

ほら、と作りかけの番傘をにとりに手渡す。
受け取った番傘を眺め、ますます訳が解らないといった風に首を傾げるにとり。その出来栄えが見事の一言しかないのを、一目で看破したからである。わざと壊れるように、手を抜いているわけではない。むしろ、かなりの頑丈さを誇るはずだ。


「にとりさん達、河童の皆さんにはあまり理解できない感覚かもしれませんが、技術を漏らしたくないんですよ」

「私たちも、里の技術レベルじゃあ再現出来ないから、教えないものだってあるよ。半端な知識で触ったら危ないものもあるし。技術独占してるつもりはないけれど」

「まあ、商売ですからね。これを言わなきゃならないのは、恥ですよ」

「なんでさ」


訳が解らない。
にとりは傾げ過ぎてずり落ちそうになった帽子を、慌てて手で押さえた。
その様を見て苦笑する傘屋に気付いたにとりは、咎めるように頬を膨らませた。
むむむ、と唸るにとり。向けられる苦笑が濃くなる。自覚はあった。これでは河童ではなく蛙だ。

傘屋と蛍光灯の灯りが眩しい洞窟内で相対している少女、にとりは河童と呼ばれる妖怪だった。
外の世界で伝えられる河童とは大きく生態が異なっていて、見た目は他の妖怪に多いように人間のそれと変わらず、水中で生活しているというわけでもない。泳ぎは得意であるが生活の中心は陸上で、陸上での身体能力は人間とたいして変わらない。
伝え聞く河童のイメージと一番大きく掛け離れているのは、彼等が持つ技術力であるだろう。
河童は非常に高い技術力を誇っていた。今や、外の世界に追い付かんばかりに。
元は泳ぎが得意で、手先の器用な妖怪であっただけの河童は、近代になって急激にその比重を増すことになった。河童の作る道具が、外の世界と並んで幻想郷内の二代近代道具として重宝されるようになりだしたからだ。
河童は種族的に人見知りの気質があるようで、人間の前には中々姿を現すことはない。しかし人間には非常に友好的で知られている。
だが、そこはやはり妖怪。
こうして妖怪の山に住まう事で、人間とは住み分けしている。
人里でもその姿を見かけることはほとんどない。

傘屋がにとりと出会ったのも、人里ではなかった。
染料となる木の実を採りに出かけた妖怪の山から、下山する道中のことだ。
ふと脇を流れる川に目を向けると、どんぶらこっこどんぶらこっこ、と流れるものがある。
にとりだった。

どうやら背負ったリュックサックに機械類を詰め過ぎて、上手く泳げなかったらしい。すきまから鉄パイプが顔を覗かせていた。
すわ手遅れか、と手を合わせてから引き上げると、ぱちくりと開いた目と真正面から見詰め会う。


「ひゅい!?」


奇声が一発。ファーストコンタクト。


「げげっ! 人間!」

「そういう君は、河童、かな?」


これが傘屋とにとりの出会いであった。
余談であるが、傘屋はあれが河童の鳴き声であると勘違いしたままである。


「ほら、鉄芯の傘は丈夫でしょう? それに比べて番傘は手入れしなければ、すぐ駄目になる。幻想郷の雨は激しいですからね」

「あ、なるほど。傘屋は自分の傘をいっぱい買ってほしいから、丈夫なビニル傘を流通させたくないんだ」

「お恥ずかしながら、そうです。俺はこれしか能がありませんし、生活がありますからね。それに」

「それに」

「幻想郷に、ビニル傘は似合わない」


なるほど、とにとりは頷き、ビニルを裏打ちした布を骨組に取り付けていく。補強された洋傘、これは吸血鬼姉妹に渡す品である。妖怪のお得意様には強度も考え、鉄製の傘を、というのが傘屋の方針だった。
もちろん里にビニル傘の需要は大いにある。
あの花妖怪が愛用している、ということで、「幽香が振り回しても壊れない」の口コミで爆発的に人気が高まり、傘屋の元に押し掛ける里の人々が多く居たのだが、その全てを傘屋は妖力のなせるところだと突き返していた。
事実、妖力で強化されているのだろうし、傘屋の手元にはスキマ妖怪や吸血鬼姉妹用の日傘もあったのだが、それらを里人に提供することはしないと初めから決めていたようだった。
それがタイマーという自己中心的な理由のみによるものであったなら、技術者としてにとりは軽蔑したかもしれない。

ビニルと骨組の精製でにとりは傘屋の事業に協力しているが、最初その話を持ち掛けられた時、眉を潜めたのを覚えている。
にとりは技術者だが、現在の文化レベルの破壊、ブレイクスルーを望んではいない。それでは外の世界と幻想郷は、同じになってしまうだろう。大結界で隔離したというのに、本末転倒だ。
河童が近年注目されだしたのも、裏を返せばそれだけ危険視されているということになる。妖怪の賢者達の公的、私的、秘密裏の査察、監視を受けたのも一度や二度ではない。
人間に必要以上の技術を与えることは、幻想郷内ではタブーとなっていた。
外の人間であった傘屋も、それは人里に住み付く前に、幾度となく説明を受けている。そのルールに則った判断なのかとにとりは思っていた。
だから、それくらいはいいのでは、と思いビニル傘の販売を提案したのである。
実際、河童もいくらかの機械製品を里に卸している。ちゃんと妖怪の賢者達の許可を貰えるくらいに、使用する技術レベルを落としたものだ。ゆか倫シールが貼ってあるのがその証拠である。

だが傘屋は首を振った。それは、幻想郷の景観を考えてのことだった。
なるほど、職人らしい発想だ。
にとりだって、似合わないな、と思っていたのだ。便利なのは間違いがないが、テカテカとした色合いの傘が幻想郷に並ぶのは、あまり好ましくない。一端の技術屋である河童にだって、美意識はあるのだ。技術追求のために、環境破壊を是としたくはない。妖怪なのだ。河童も。
そして傘屋も、自分と同じ気持ちであった。
不思議な親近感。
にとりは何だか嬉しくなった。


「かっぱっぱー、かっぱっぱー」


自然と口ずさむ。
ちら、と傘屋と眼が合った。


「歌、うまいですね。自作ですか?」

「ひゅい!?」


聞かれているとは思わなかったにとりは飛び上がる。無意識に出た歌を聞かれるほど恥ずかしいものはない。しかもコメント付きである。
傘屋はひゅいひゅい――――――たぶん「はいそうです」という意味で、ひゅいと鳴きながら首を振る。恐らく盛大な勘違いをしている。ひゅい違いである。


「き、聞かないでよ、もう!」

「ははは、そろそろ休憩しましょうか、ね」

「うー、誤魔化された」


長時間作業をしていれば効率も落ちる。二人は立ち上がって背伸びをすると、背骨が小気味のよい音をたててぱきぱきと鳴った。
ついでに腹も鳴る。
時計の針は真上を差していた。
昨晩から何も食べていなかったのを思い出す。
にとりと傘屋は寝食を忘れて打ち込んだ後の、不思議な達成感に包まれていた。


「じゃあ、何か食べようか。準備してくるから、そこら辺に座って待っててよ。邪魔なもの足で除けてもいいからさ」

「それじゃ、失礼して」

「あ、それ、ネコを閉じ込めるための箱だから、危ないよ。触ると毒ガス出てくるよ」

「先に言ってくれませんかね、そういうのは・・・・・・」

「あははー、じゃあちょっと料理してくるから。ラムネでも飲んでくつろいでて」

「すいません。ありがとうございます」


手渡されたステンレス製のコップに、ラムネが注がれる。
透き通った緑色。
しゅわしゅわという耳に心地よい気泡の弾ける音に、爽やかな青い臭いが鼻をくすぐる。
長らく見なかった炭酸飲料水に、内心傘屋は感動していた。


「わあ、懐かしいなあ」

「外からスキマ送りしてもらったものだけれど、そんなに喜んでくれるんなら嬉しいよ。ほら、もっとあるから、どんどん飲んでいいよ」

「じゃあ、遠慮なく。幻想郷に来てからこちら、飲みものの趣向品といったら果実水かお茶か、酒くらいでしたから」


うれしいですよ、と傘屋はしゅわしゅわと水面が弾けるコップに口を付け。


「げぶぅあ! ごぶっふ! げぼぉ!」


次の瞬間、盛大に虚空に吐き出した。
むせる。


「な、な、なんじゃあこりゃあ!」

「ちょ、ちょっと、傘屋、何してくれるのさ!」

「ご、ごほっ、何して、ごぼっ! 何してくれるのは、こっちの台詞ですよ! なんですかコレ!」

「これって、これだけど」


これ、と差しだされたペットボトルを目にした傘屋は、がっくりと崩れ落ちた。
よりによって、それか。
確かに、それならば幻想入りしているだろう。
もっとよく考えるべきだったのだ。
薄緑色のラムネなどない。ましてやペットボトルに入ったラムネは、珍しかろうと。
だからこんなにも、ラムネであると期待して生じた大きな隙に、クリティカルだったのだ。


「え? 傘屋、これ嫌いだったの? どうして? こんなにも美味しいのに」

「げほっ、げほぉ! 嫌いというか、合わない、ごほふっ!」

「だ、大丈夫? 背中ぽんぽんする?」


傘屋の背をなでさすりながら、にとりは不思議そうにペットボトルをためつすがめつしている。
傘屋の口に合わなかったことに、どうにも納得がいかない様子だった。
あ、と何かに気付いた声。


「ごめん、傘屋。これラムネじゃなくて、コーラだった」

「知ってますよ、知ってますとも・・・・・・! でもね、にとりさん。人間はそいつと相容れることは出来ないんですよ。きゅうり味のコーラとは!」


静かに、諭すように、傘屋は言い切った。
えー、とにとりは不満顔。
ぐびぐびとコーラを一気飲みし、ぷはあと大きく息を継ぐ。


「美味しいよ?」

「首を傾げられても困ります」

「ええー。河童達のあいだじゃあ、この一本のために生きてるなあ、って評判なのに」

「河童って、河童って・・・・・・」

「しかし、きゅうり味の炭酸飲料とは。人間もたまにはいい事を考える。危うく脱帽するところだったもの」


絶句する傘屋。
さも美味しそうにペットボトルを咥えるにとり。
河童のきゅうり好きは聞き及んでいたが、ここまでとは。
きゅうり尽くしの手料理を何度も振るわれたことはあったが、流石にきゅうりの絞り汁までは無かったというのに。これからのにとり宅で振舞われる食卓はわからないぞ、と傘屋は恐ろしさに身を震わせる。
全く、人間は余計なことを考え付いてくれる。
河童を超える人間の創造性に戦慄する傘屋だった。


「今度、里に持っていく新商品のおまけとして、生産してみようかなって思ってるんだ、これ」

「食品サンプル付けるって発想に辿り着いたのは、さすが河童はすごいなと思いますけど、それは止めておいたほうが」

「にとり印の商品を買った人間達は、望外のサービスにみんなこう思うに違いない。お、値段以上! と!」

「聞いちゃいないよこの河童」


へいお待ち、と運ばれて来たかっぱ巻きを二人してぱくつく。
小腹が膨れれば、次は眠気だ。寝不足の瞼がゆっくりと落ちて来る。


「それでねそれでね、今度はね――――――」

「そうですか――――――」

「うんうん! でねでね――――――」


まどろむ意識。傘屋の耳に、それは届いた。
意識が浮上する。にとりの横顔。
にとりの視線を追えば、そこには山積みにされた、機械製品の箱が。


「買ってくれたら、いいなあ」

「にとりさん?」

「本当はお金もそんなに要らないけれど、ほら、妖怪の山にもいろいろあって」

「そう、ですか」


言って、スパナを回す。ゆっくり、ゆっくりと。
にとりは笑っていた。だが、それは、心からの笑顔ではない。
傘屋はにとりがとりかかっていた機械製品が何なのか、そこでようやっと気付いた。
確かあれは、冬場の寒波が厳しい季節に作っていた、暖房器具だったのではないか。


「にとりさん、それ・・・・・・」

「あ、これ? バッテリ式の全自動湯たんぽだよ」

「いや、そうじゃなくって。それ、確か一人暮らしのおばあさんに上げるんだって、作ってたやつだったんじゃあ」

「うん。まあ、そうなんだけど。いらないって、突き返されちゃったから。さっき工具の片付けしてた時に見付けて、いい機会だからメンテしようかなって」

「突き返されたって、そんな・・・・・・」

「何だか私、嫌われちゃったみたいなんだ。仕方ないよ、私、妖怪だもんね。あはは」


人里のはずれでくらしていた老婆が居た。
人見知りのにとりには珍しく、交友のある人間の一人であったらしい。

傘屋は思いだす。
にとりはその老婆のことが大好きで、いつも何かしてあげたいと言っていた。
それまで老婆は息子と共に暮らしていたが、息子が結婚して家を出てから、一人暮らしを始めたという。歳のせいか寒さが辛く、冬が心配だ。そう語っていたらしい。
だからにとりははりきった。
体を温める道具を作れば、きっとこの老婆は喜んでくれるだろう、と。
その年の冬、幻想郷は大寒波にみまわれることとなった。
冬が本格的にきつくなる頃、にとりはその老婆の話をしなくなっていた。
傘屋は湯たんぽを渡せたのだな、と思い、そのことについて深くは聞かずにいた。にとりが行った親切について根掘り葉掘り聞くのは、野暮だと思ったのだ。

傘屋は思いだす。
時を同じくして、幻想郷最速を名乗る鴉天狗から、一つの忠告を受けたことを。
あの老婆の話をにとりにするな、という。
その時の傘屋は、先の通りに思い込んでいたために、「そんな野暮はしませんよ」と答えたのだ。
だが、もっとよく考えるべきだった。そう傘屋は、今になって後悔する。
その天狗は、ぐっと、何かを堪えるような顔をしていた。
あれは怒りを堪えている顔ではなかった。
罪悪感に耐える顔だ。悔いている顔だった。今ならばそう思える。

たぶん、きっと、これは思い違いであって欲しいが、おそらく、“その場”にこの天狗もいたのだろう。
売り言葉に買い言葉。
ちょっとしたはずみで出てしまったのかもしれないそれに、口の達者な天狗は、何をかを言ってしまったのだ。
そして、にとりと老婆の関係がこじれてしまったのだろう。

傘屋が妖怪の山に顔パスで入れるようになったのも、その天狗の尽力のおかげである。
にとりの下へ向かうのだ、と言った時のあの天狗のほっとしたような顔は、そういう意味だったのだ。
罪滅ぼしのために、あの天狗は傘屋を妖怪の山に自由に出入り出来るよう、大天狗にまで掛け合ったのだ。


「妖怪の」


ぼそりとにとりは呟いた。


「妖怪の作ったものは、いらないって」


スパナはもう、動いてはいなかった。

妖怪の賢者たちの取り決めで、人里に必要以上の技術が普及しないよう、調整がされている。
ではなぜ河童達の造った近代道具はいいのだろう。そう疑問に思ったことが、傘屋にはある。
おかしな話だ。間違いなく河童の造る道具は便利で格安で、だから傘屋も愛用しているのだが、これで売れない訳がない。
幻想郷の技術レベルが、少なくとも一般家庭に普及されている技術くらいは、外の世界のそれと同程度になっていてもおかしくはないというのに、そうはならない。なぜか。
答えは簡単だ。
妖怪が作ったから、これに尽きる。

幻想郷の住民達は、いかに妖怪が恐ろしい存在であるか、骨身に染みている。
人間がそうやって畏怖を抱くことが、幻想郷の前提である。妖怪は恐ろしいと、魂の髄にまで刻まれているのだ。そうでなければ、幻想郷に住まう資格は無い。傘屋や、過激派の固定ファン達のような存在の方がイレギュラーなのである。
確かに人里で普通に買い物をする妖怪もいる。
だがそれは、人が彼等を敬い、畏怖しているからこそ成り立っている関係だ。恐怖がその根底にあるのである。

すると、どうなるか。
恐怖は、その対象がいない瞬間は、嫌悪に変わる。
恐ろしいものは避けたいと思うのは当然のことだから。
妖怪のにおいが染み付いた品を、好んで家に置きたがる者は、なるほど居はしないだろう。
金の余った好事家か、傘屋のように妖怪と人間との区別が薄い者にしか、売れやしない。
それでも河童が作った道具が大量に店頭に並ぶのは、彼等が人間のためにとその技術をこらした結果であり――――――それが売れずに在庫として返品されていくのも、賢者達が予測した通りなのだ。
幻想郷の生活は変わらない。賢者達は初めから解っていたのだろう。

幻想郷は、間違いなく妖怪のための楽園である。
河童が人のために道具を作りたいと言うのなら、その通りにさせればいい。
それを買うかどうかは、人間の決めることだ。
賢者、と呼ばれるだけのことはある。
河童の望み、人間の対応、全て承知の上での取り決めだったということだ。
ゆか輪シールが、なんだというのだ。
傘屋は笑ってしまいそうになった。
だが、笑えなかった。にとりと一緒には、笑えない。今は、駄目だ。そう思った。


「おばあさんね、先週、死んじゃったんだって」

「にとり、さん・・・・・・」

「冬の寒さが体にたたったんだって、息子さんが言ってた。おばあさんが死んじゃったのは、私のせいだって。私があの時、無理矢理にでもこれを渡していればって」

「それは違う。違うんだよ、にとりさん。違うんだ」

「あはは、いやー流石にそれは私にも解るよ。母親を亡くして、悲しみをぶつける相手が欲しかったんだ。うん、だから大丈夫だよ、ね?」


老婆がにとりに良くしてくれたのは、なぜか。
妖怪が来てしまったら、へりくだり、媚を売って、どうか食べないでくださいと懇願する。それを徹底する態度こそが、人間が幻想郷で生きていくために身につけなくてはならない、必須条件なのである。
にとりはそれに気付いてしまったのだ。
いいや、ずっと前から解っていたのかもしれない。

老婆との間に感じていた絆は。
人間と交わした友情は。
まやかしでしかなかったのだと。


「もー、考えすぎなんだから、傘屋は。そんな顔しなくってもいいってのにさ。大丈夫だって」


にとりが大丈夫、と言う度に、傘屋はそれは自分自身に言っているのではないかと、そう聞こえてしまう。


「もっと便利なものを作れたら、みんな、喜んでくれるかなあ」


傘屋はいてもたっても居られなくなって。
だからにとりの頭上に傘を差してやった。
何故か、などとそんなことを考えるのは止めた。
自分は傘屋でしかない。どうせ傘を差す事くらいしか出来ない。それでも何もしないよりは、ずっといい。


「ちょ、ちょっと傘屋。ここ室内、というか洞窟内だけど、天井あるんだから、傘なんか差さなくても」

「雨だからですよ」

「だから、雨漏りもしないんだってば。それにほら、外、晴れてきたじゃないか」

「雨ですよ」

「いや、もう晴れたってば」

「雨なんです。だから、ほら、もっと深く帽子をかぶって。いくら河童でも、濡れちゃったらいけない」

「わっぷ」


無理矢理ににとりの帽子を目深にかぶらせる傘屋。
大きめの帽子は、にとりの鼻さきまでを覆った。
そのまま頭に手を置いて、ぽんぽんと叩く。


「・・・・・・お節介な人間だなあ」

「傘屋ですから。婦女子が雨にうたれるのを、見ぬ振りは出来ません」

「うん、ありがと。じゃあ、もうちょっとこのままでいてもらおうかな」


そう言って、にとりはぎゅうっと帽子のつばを握った。
顔を隠しているようにも見えた。

雨が降っている。
傘屋はすっかりと晴れた外を見ながら、そう思った。


「ん、よし、と。ほら傘屋、もう雨は止んだよ」

「にとりさん、でも」

「いいから、もう雨は止んだんだから、傘屋は店じまいしなってば。押し売りは嫌われるよ。払う銭もないけれど」

「でも」

「大丈夫だってば。休憩終わり。作業に戻ろうよ」

「本当に、もういいんですか? もう少し休んでいてもいいのでは」

「だめだめ。人間達のためだもん。ようし、がんばるぞー!」


妖怪は人を襲う。
人を襲わぬ妖怪は、妖怪ではない。
それは河童も例外ではないのだ。
河童は川でおぼれた人間を、そのまま川底に沈めてしまう。他の妖怪に比べて頻度は多くはないが、それでも人を襲っているのだ。
それはもちろん、にとりだって。

何ヶ月かに一度、にとりは傘屋の前に姿を現さなくなる時がある。
それは糧としてスキマ送りにされてくる外来人を、川底に沈めた時であると、傘屋は知っていた。
可憐な少女にしか見えないにとりも、妖怪として恐れるに足る理由があるということだ。
ようやく顔を見せたにとりのその顔が真っ青で、今にも泣きそうなのを堪えて、無理矢理に笑っていたとしても。
妖怪なのである。
河城にとりは、妖怪なのである。
人間に恐れられることは、避けられないことなのだ。それは自然の摂理で、どうしようもないことなのだ。
にとりはそれを、ちゃんと理解している。


「どうして」

「んー? どしたの、傘屋?」

「どうして、そうまで人間に良くしてくれるんですか? 人から恐れられてると、解っているんでしょう? なのに河童は、どうして」

「そんなの当然じゃん」


何でもないと、当たり前のことを言うように、にとりは傘屋に振り向いて、にっこりと笑った。
心からの笑顔だった。
だというのに、それは深く傘屋の心に突き刺さる。


「人間は河童の盟友だから。私、人間のこと好きだもん」


差し伸べた手を振り払われてなお、にとりは人間を好きだと言った。
ああ、と傘屋の心は、真っ白に漂白されてしまった。虚しさではなく、哀しみが溢れてくる。零れ落ちぬよう、必死にそれを留めた。
傘屋は、にとりも解っている。
河童が人間をどれだけ想おうと、人間は河童に想いを返してはくれない。
にとりも、河童たちも、それでも人間を好きでいてくれるのか。好きで居続けてくれるのか。

傘屋は天を仰いだ。
洞窟の岩肌と、蛍光灯の灯りが目に染みる。
白色の輝きを理由に、傘屋は一度だけ目元を拭うと、作りかけの傘に向き合った。

本日の幻想郷の空模様。
雨、のち、晴れ。ところにより、にわか雨――――――。












ゆうかりんだと思ったかい?
ゆかりんだと思ったかい?
かかったな!
にとりだよ!

このノシ棒の最も好きな事は予告をぶっちして別のキャラを書くことだごめんなさいスライディング土下座ァーッ!
しかしそろそろ本当に続かなくなってきたぞう。
資料が失われたのが痛すぎます。東方系は設定間違いとか勘違いが怖いのに。
ネットだけじゃ限界が。しかし本を再び買う余裕も、というか本棚置けるくらいのスペースが・・・・・・。



[27924] 【ネタ】ごっどいーたー2 (勘違いもの練習)
Name: ノシ棒◆f250e2d7 ID:373ed26e
Date: 2011/06/11 02:22

帝王牙DENEEEEEE!!1!11!!111
俺はあと何回テメェの面を拝まなきゃいけねえんだよ、こんちきしょん!
いい加減俺に獣剣の強化をさせて下さいよディアウスさん!

――――――加賀美リョウタロウ、心の叫び。






■ □ ■






ここはかつて、新横浜と呼ばれた都市であったらしい。
らしい、としか言えないのは、都市機能を有していた以前の姿を二人が知らないからだ。
二人が産まれる以前にはもう、一帯が砂漠地帯と為り果てていて、多くの≪アラガミ≫が餌を求めて徘徊する危険地域と化していた。
この場に足を踏み入れる者がいたとしたら、その者の正気を疑うしかない。
そんな地で、フェンリル正式制服を着た特別特徴もない青年とローズグレイの髪をしたやや露出の多い服装の少女とが、取り乱した様子もなく黄土色の砂上にしっかりと足を着けていた。
二人の肩には、剣と銃が融合したような巨大な機械の塊――――――『神機』が。
彼等こそ、≪アラガミ≫の跋扈する世界で唯一の抵抗手段を持つ人間の守護者『ゴッドイーター』である。

――――――因縁か。

と、青年の小さな呟きが、風に乗って少女の耳へと届く。
因縁という言葉を聞けば、何が思い浮かぶだろう。
アリサ・イリーニチナ・アミエーラは、≪ディアウス・ピター≫の顔を思い浮かべる。
≪ディアウス・ピター≫――――――帝王の名を冠する、≪ヴァジュラ≫種の最上位個体。
黒い獅子の身体に、豊かな髭を蓄えた人面を持つ、人面獣身の≪アラガミ≫である。

通常の≪ヴァジュラ≫とは姿形も戦闘力も一線を隔するその≪アラガミ≫は、ゴッドイーター達の間では恐怖の代名詞として語られていた。
出会えば、命はないと。
それにはアリサも頷くしかない。感情は別として、だが。
≪ヴァジュラ≫というものが、ある一つの壁としてゴッドイーター達の前に存在しているのだ。
その上位個体ともなれば、多くのゴッドイーターが絶望を抱いたとしても、それはむしろ当然の反応だろう。
ゴッドイーターとしても、精神的にも、それほどまでに≪ヴァジュラ≫は超えなくてはならない大きな壁として立塞がっているのだ。
であるならば、神らしく一種の信仰として存る≪ディアウス・ピター≫を、≪ヴァジュラ≫と見間違えたとしても、まあ、納得はいく。
悪態を吐くことを止めるまでには至らないが。


「いい加減な仕事を・・・・・・。偵察班は何をやってるんですか」


青年は肩をすくめるだけだった。
≪ディアウス・ピター≫来襲の報を受け出撃したアリサ達だったが、到着してみれば、そこには黒い巨体は無く。
朽ち果てたビル群が並び立つ砂漠には、≪ヴァジュラ≫の群れが闊歩するのみだった。
太陽光の反射の加減で体毛の色を錯覚したのかもしれない、とアリサは偵察班のミスであると判断。
とはいっても数が数だ。脅威であることには違いない。

アイコンタクト――――――彼の瞳に自分の顔が映る。そして自分の瞳には、彼の顔が映っている。
アリサは彼と二人、並び立って≪ヴァジュラ≫へと襲いかかった。
状況はすぐさま乱戦となり、戦力の少ないこちらは、ほとんど彼一人が戦っていたようなものだった。
それは戦いというよりも、舞っているように見えた。
舞踏――――――否、武踏か。
体術のレベルが違いすぎる。自分では、付いていけない。
下手に踏み入れば邪魔になるどころか、誤射をしてしまいかねない。
アリサに出来たことといえば、彼が的にならないよう囮となることと、合間に回復弾を撃つことくらいのものだ。
悔しさにアリサは歯噛みする。
彼を羨んでいるのではない。
何の役にも立てない自分を恨んでいるのだ。

一体、二体・・・・・・彼が剣を振るう度、巨体に傷が刻まれ、そして地へ崩れ落ちていく。
三体目は口内に銃口を差し込まれ、喉奥を吹き飛ばされていた。
淡々と捕喰形態へと神機を変化させ、倒した≪ヴァジュラ≫からコアを抜きとる彼。
最後の一体が存命中であり、今もこちらを狙っているというのに捕喰を優先させている様は、恐怖など微塵も感じてはいないように見えた。
では自分はどうなのだろう、とアリサは≪ヴァジュラ≫と対峙し、思う。
今でこそ単独で倒せる相手となったが、縦に裂けた瞳孔に睨みつけられれば、身体は僅かに硬直した。
獅子の頭は人面のそれとは掛け離れているというのに、それでもアリサは思い出してしまうのだ。

人を模した厳めしい顔。
ぞろりと生えそろった乱喰い歯。
下顎から滴るどす黒い血と、ぬめり落ちる内臓の一部。
扉の隙間からじっとこちらを見詰めている、赤い眼を。

その度にアリサは叫び声を上げそうになる。
あるいは、怨嗟の唸りを。
憎悪――――――。
それがアリサの、ゴッドイーターとして原点だった。

封じたはずの記憶はなおも蘇る。
かつて、親友を喰い殺した≪ヴァジュラ≫の姿。
それが当時の衝撃をそのままに、両親を喰い殺した≪ディアウス・ピター≫の姿へと重なって見える。
怒りで息は乱れ、視界が赤く染まる。
神機を握る手はがたがたと震え、自分が逃げ出したいのか戦いたいのか、そうなるとアリサにはもう、解らなくなってしまうのだ。
憎しみは重ねられていくばかりだった。
それでもアリサが自分を見失わないでいられるのは、彼に依るところが大きい。
彼の羽織ったジャケットの青を見て、乱れた心を落ち着かせる。
≪ヴァジュラ≫の群れ最後の一体が今、斬り伏せられた。

誰よりも強く、誰よりも優しく、どんなに辛くても決して立ち止まらない、彼。
彼はどんな気持ちで戦っているのだろう。
アリサは神機に捕喰させている彼の背へと手を伸ばし掛け、そして下ろした。
怖い、と思った。彼の心の内を知ることが。

『感応現象』というものがある。
『新型』同士が触れ合った際に、接触した者の間で、記憶や感情の交信が行われるという現象である。言ってしまえば、相手の心が読めるということだ。
≪ディアウス・ピター≫にまつわる因縁は、もはやアリサだけのものではない。その≪アラガミ≫は、前隊長の仇ともなっていた。
それも、アリサが原因となって、だ。
錯乱したアリサが射線を乱し、前隊長をガレキの向こう側へと閉じ込め、単独での戦闘を強いさせてしまったのだ。
そして・・・・・・MIA判定。
死体が発見されることはなく、残ったのは神機と腕輪のみ。それが示すことは、もはや望みは無い、ということだった。

表には出してはいなかったが、サクヤも、ツバキも、皆アリサに思うところがあったはずなのだ。
情報封鎖をされてはいたが、噂は流れるもの。
ゴッドイーター達の中には噂を聞き付け、面と向かってアリサを罵倒する者もいた。裏切り者、と。
彼等の罵詈雑言は何も悪意から出たものではなく、全ては第一部隊前隊長の事を想っての事だとは、感応現象などなくとも理解できることだった。
平時は人の良い彼等にそこまでの事を言わせてしまった自分の所業を、アリサは深く後悔した。
ソーマも、コウタも、初めはアリサとどう接したらいいのか、戸惑っていた様子だった。無理もない、と思う。
だからアリサは、彼等に掛けられる言葉を、自分を見る困惑の視線を、全て受けとめた。
これは罰なのだと。
彼等の心の内を少しでも軽くすることが、自分に許された唯一の贖罪であるのだと。
だというのに。
そんな中、彼は全く変わらない態度でアリサに接した。
彼だけが、アリサを同じゴッドイーターとして、仲間として、変わらずに慮ってくれたのだ。
それまで自分でもドン引きだと思うくらいに酷い態度を取っていたというのに、である。

崩れてしまうと思った。思った時にはもう、手遅れだった。
ぼろぼろと崩れた心が、両の眼から零れて落ちていくのをアリサは感じた。
前線に復帰しても、しばらくは病室のベッドの上で過ごすことが多かった自分を見舞う者は、いつしか彼のみとなっていた。
そして眠りに就いては悲鳴を上げて飛び起きる自分の手を、彼はずっと握っていてくれていた。
一人では眠れないなどと寝言をぬかす自分に、仕方ないなと苦笑して。そうして一晩中手を繋ぎ、ベッド脇に腰掛け、彼は自分のことを見守っていてくれたのだ。
その手の温かさをアリサは忘れない。

だが――――――と、アリサは考える。
彼も、本当は自分の事を、憎んでいるのではないだろうか――――――と。

感応現象で彼から流れ込んで来るのは、過去の映像と、感情の熱だけだ。
写真データに、その時に彼が喜怒哀楽の何を感じていたかというテキストを張り付けただけの、情報量の少ないものでしかない。
それは新型神機への適合率の高さが影響しているのだろう、とは榊博士の言。
アリサと比するまでもない程に、彼の適合率は高いのだ。それは、彼が初めて新型神機に触れた日にはもう、変型タイムが一秒を切っていたのが証明していることだ。
同じ新型使いといえど、彼はアリサの上位存在であり、感応現象における情報流入もその情報量や質は、下位であるアリサには制限されたものしか伝わらないのである。

握られた手から温かさが流れ込んで来ることは感じた。
だが、正確に彼が何を思っているのかは、アリサはまったく解らなかった。
ソーマなどはそれで十分だろう、と言っていたが、アリサとしては安心出来るものではない。心を読み合えるのだから、余計に。いっそ知らなければよかったとさえ思う。
穏やかに微笑んではいても、寡黙な性質の彼である。
口数は多い方ではなく、胸の内を行動で表すような人格だった。その彼が、あの事件を境に、執拗に≪ディアウス・ピター≫を追うようになったのだ。
スコアはもう10体以上を記録していて、そこまでの執着を露わにする彼が何もアリサに感じていないなどとは、信じられなかった。

あの温かさが、新隊長に任命された彼の、義務としてのものだったのではないか。
感応現象によって彼の心の一端に触れたことが、アリサにそう思わせていた。
そう思わずにはいられなかった。

聞けば、彼も家族を≪アラガミ≫被害で亡くしたというではないか。そしてその光景を、幼い頃の彼は一部始終見せ付けられたという。
同じ新型神機使いで、しかも始まりまで同じ。
アリサは奇妙な運命を感じずにはいられなかった。
ただし、彼と自分の行き着いた先は、まるで真逆だった。

片や、新型機の変型時にどうしても発生する隙を埋めるための空中変型や、連激捕食なる新戦術を編み出し、今や極東支部の前線部隊で隊長を任せられる程にも成長した、元無名の新人。
片や、鳴物入りで配属されたはいいが対人関係の構築能力が低く、しかも任務中に取り乱し前隊長を戦死させた、元期待の新人。
彼が自分と同類なのかもしれないなどと、どうして思ったのだろう。勘違いも甚だしく、恥知らずも極まる自惚れである。
彼と自分とでは何もかもが大違いではないか。
自分は憎しみに任せて世界を拒絶したが、彼は世界を愛していた。
それは決して≪アラガミ≫に屈したのでも、受け入れたのでもなく、限られた時を人々の暮らしに寄り添って生き抜こうと彼はしていたのだ。
神に喰われるのが人の運命ならば、そんな世界の中で幸せを見付け、世を愛し生きていくことそれ自体が、運命への反逆であると言えよう。
それは我欲を満たすための復讐ではない。
それは道を示すことなのだ。
彼が示した道を、後に続く者が踏み締めていくのだ。

かつて、自分を希望なのだと言ってくれた人がいた。
その人は正しく、真っ直ぐで、素晴らしい女性だったが、アリサはその言葉にだけは頷けなかった。
なぜなら自分は、彼女の言葉を最悪の形で裏切ってしまったからだ。
道なき道を往く彼の背は眩しく、あれこそがきっと、本当の希望という名の光なのだ、とアリサは思っている。

だから、もし、もしもだ。
彼に失望されてしまっていたら、どうしよう。
彼は単独での任務を希望していたのに、無理矢理付いて来て役立たずだった私のことを、邪魔だと思っていたら、どうしよう。
希望に見放されてしまったら、どうしよう。
私はいったい、どうなってしまうのだろう。
今度こそ壊れて、消えてしまうのではないか――――――。

――――――エリッ、アリサ! 上だ!

と、彼の叫ぶ声がした。
注意力が散漫となっていたツケが、もう回って来たようだ。
いいや、これは報いなのかもしれない。
アリサの視界に映ったのは、一面の黒。
錆びた鉄のような生臭い臭気を孕んだ風が頬を撫で、一瞬の後、衝撃。
悲鳴を上げるよりも早く、アリサの体は宙を舞っていた。
身体に激痛の灼熱を感じながら、流れていく視界に、必死の形相で手を伸ばす彼の姿が。

痛い。
やられた。
何に。
わからない。
わからないけれど、悲しい。
とても悲しい。
彼の手に、届かなかった。
何度も触れ合ったはずなのに、通じ合えたはずなのに、何て遠いのだろう。
アリサの意識は悲しみの海に呑まれ、暗がりへと沈んでいった。






■ □ ■






もういいかい。
「まあだだよ」
もういい・・・・・・かい。
「まあだだよ」
もうい・・・・・・か・・・・・・い・・・・・・。
「まあだだよ。」
も・・・・・・か・・・・・・。
「まあだだよ」
・・・・・・・・・・・・。
「まあだだよ」


消える、声。
だけど、私は、今も、ここにいて。
誰か、私を。
私を、ここから――――――。






■ □ ■






意識が戻る。
しかしアリサには、これが現実であるという実感が無かった。
呆とした頭で身体を起こそうとし、しかし身体が動かずに、失敗した。
どうやら自分は、瓦礫に埋もれてしまっているようだ。
視界が悪く、隙間からしか外の様子を伺えない。
頭の上にまで瓦礫が積まれていた。崩れた鉄骨が支えとなって、他の瓦礫よりアリサの身体を奇跡的に避けてはいたが、それも何時まで保つか。
神機の柄の感触は、手の内には無い。
どこかに弾き飛ばされてしまったようだ。
アリサは小さくか細い吐息を、唇の隙間から少しづつ漏らしていく。
音を立てないように。
気付かれないように。
すぐ近くに、あれが居る。


「やめて・・・・・・」


悪い夢を見ていた。
ならばこれも夢か。悪夢はまだ続いているのか。


「やめて・・・・・・たべないで・・・・・・」


ガツガツと、何かを食む音が聞こえる。


「パパとママを、たべないでえ・・・・・・」


近付いてくる、足音。
クローゼットの中から動けない自分。
扉の隙間からこちらを覗きこむ、真っ赤な眼――――――。
ひぃ、とアリサの喉が鳴った。
見間違えようもない。
それは両親の仇と、同じ顔。
≪ディアウス・ピター≫の人面だったのだから。
偵察班は≪ディアウス・ピター≫の存在を、見落とした訳ではなかったのだ。


「いや、いやいやいや、いやあああああ! いやっ、いやあっ! ああっ、やだっ! こないでえ!」


じいっとこちらを覗きこむ、≪ディアウス・ピター≫の顔が。
舌なめずりをして、涎を垂らして、耳まで裂けた真っ赤な咥内を開きながら。
身動きの取れない獲物へと、喰らい付こうと歩み寄って来ている。


「いやっ! いやっ! あけないで、たべないで! あああぁあぁああああっ!」


≪ディアウス・ピター≫の巨体が瓦礫を踏み締め、アリサの身体を圧迫する。
厳めしい髭面が近付く。
夢で見たあの光景よりも、ずっと近くに。
眼を閉じてしまいたい。これは夢だと、そう信じたい。
しかしアリサは限界にまで眼を見開いて、閉じることは出来なかった。
狂ったように上がる叫び声は、自分でも止められない。
隙間から除くアリサの頭に喰らい付かんと、≪ディアウス・ピター≫が顎を大きく開き、乱喰い歯を覗かせた。
≪アラガミ≫にしてみれば、こんなに生きの良い獲物を逃す手はないのだろう。
人面を模した顔が、運が良い、と醜い喜悦に歪んだように見えた。
このままでは、喰われてしまう。アリサは思った。
自分はお行儀よく残さずに食べられてしまう。
クローゼットの中、一人で閉じこもったままに。
一人で――――――。

その時アリサに浮かんだのは、彼の顔だった。
視界一杯に≪ディアウス・ピター≫の人面を映しながら、しかしアリサが思い浮かべていたのは、彼の優しげな微笑みだった。
いままでアリサは、扉を開けないでくれと、誰も来ないでくれと、そう叫んでいた。
ずっと一人だった。
一人きりだった。
そう思っていた。
でも――――――。

――――――俺がいるよ。ここにいる。

彼の声が、聞こえたような気がした。


「あ・・・・・・あああああああっ! 助けて、リョウっ! 助けてええっ! リョウゥゥッ! 」


自分はここにいる、と。
だから早く見つけて、と。
クローゼットの中から身を乗り出して。
アリサは初めて、心の底から叫んだ。
瓦礫が崩れるのも気にせずに、必死になって手を伸ばした。
伸ばした手に、≪ディアウス・ピター≫が喰らい付こうとした――――――その瞬間だった。

オラクルバレットの閃光。
黒い人面が真横にずれ、吹き飛んでいった。
次いで、巨体を追うように駆ける男の影。
それは全身から黄金のオーラを立ち登らせた、極東支部第一部隊隊長――――――加賀美リョウタロウだった。

総身から黄金の、神機から黒いオーラが噴き上がる。オラクル細胞を燃やすことによる身体機能の活性化。神機解放という、ゴッドイーターの切札である。
特に彼の神機解放の効果は著しく、鬼神もかくやという奮迅の活躍が、彼が最強のゴッドイーターなのではないか、と噂する一端ともなっている。
こうなれば≪ディアウス・ピター≫の命運は決まったも同然であり、数分した後、戦闘音が静まりかえったのが全てを知らせていた。
姿は見えずとも、不思議とアリサは彼の勝利を確信していた。
≪ディアウス・ピター≫のそれとは違う、静かな足音が近付く。

――――――見付けた、アリサ。

瓦礫の、クローゼットの隙間には、彼の頬笑みが待っていて。
みつけた、とアリサは彼の言葉を繰り返す。


「あ、あ・・・・・・みつ、けた? みつけてくれた・・・・・・の?」

――――――そうだよ。アナグラに帰ろう、アリサ。

「もう、おそとに、でてもいいの?」

――――――ああ。ほら、出ておいで。


みつけた。みつかっちゃった。みつけてもらえた。
見付かったなら、かくれんぼはもうお終い。
私はもう、隠れていなくてもいいんだ。
彼の手を取る。
伝わる、温かな気持ち。
どうして気付かなかったんだろう。どうして疑ってしまったんだろう。
彼はこんなにも、私のことを想い遣ってくれていたというのに。


――――――また泣いてるのか、アリサ。


苦笑して、彼は言った。


「女の子の泣き顔を見て笑うなんて、ドン引きです・・・・・・ばか」


アリサも、泣きながら笑った。
本当は解っていたのだ。
自分はずっと、クローゼットの中から救いだしてくれる誰かを待っていた。
それではいけない。それは間違いなのだ。
見付かって、かくれんぼが終わったのなら、自分の足で出て行かないと。
恐怖を、乗り越えないと。
だから、暗闇の中から一歩、踏み出そう。
大丈夫。
光は眩しくて、眼を焼くかもしれないけれど。醜いものを曝け出し、見せ付けられるかもしれないけれど。
そこにはきっと、彼が待っていてくれるのだから。
そうしてアリサは、自らの手で、クローゼットの扉を開けた。
光射す世界へと、彼に手を引かれて、アリサは踏み出す。
眩しい太陽にアリサは眼を細めた。


「ゴーレ・ニェ・モーレ、ブイピエシ・ダ・ドゥナー」


悲しみは海にあらず、すっかり飲み干せる。
でも、海のように大きな悲しみだったなら、飲み干すには難しいかもしれない。
小さく、細かく、砕く必要がある。
そして今、ようやく悲しみは粉々に打ち砕かれた。
打ち砕いたのは、彼。
するり、とアリサを苦しめていた悲しみの欠片が、喉を通っていくのを感じた。
あの人達が言った通りだ。
時間は掛かったけれど、悲しみはすっかり飲み干せる。


「パパ、ママ、オレーシャ・・・・・・。私はもう、大丈夫だよ」


アリサは繋いだ手に力を込めた。温かい気持ちが伝わり、飲み干した悲しみが熱へと変わる。
胸が熱い。
もう一度、アリサは大丈夫だと、空の雲を見上げて呟いた。
私は≪アラガミ≫なんかに負けはしない。自分にだって、負けはしない。
たくさんの辛いことや苦しいことが、これから先にはあるのかもしれないけれど、きっと大丈夫だと確信していた。
目元を拭いながら、止まらない涙がおかしくて笑うアリサはもう、一人ではないのだから。






■ □ ■







・・・・・・ううっ、心が荒むなあ。
もう何度目になるんだろう。十回は軽く越してるはず。
黒い髭面はもう見たくないよう。
神機様も食傷気味で嫌がってるしさあ。最近はさっさと終わらせたいのか、前足チクチクしかしてくれなくなったもん。
後牙三つか・・・・・・先は長いなあ。

うー、ストレスが溜まる。
アナグラに帰っても書類が山積みに残ってるし。
隊長になったんだから前隊長の遺した書類の処理してね、とかもうね。
いややりますよ、そりゃ。
企業戦士なので。
でもねリンドウさん。あんたに一言、言わせて欲しい。
あんたね、書類仕事サボりすぎでしょう。
あれですか、イケナイ夜の残業ですか?
仕事をサボってはサクヤさんとお楽しみタイムですね。解ります。
確かにあの乳は男として放ってはおけない。
気持ちは解りますよ。
でもね、一応隊長だったんだから、お仕事の責任くらいは果たしましょうよ。
俺に全部押しつけて逝ってくれやがりまして・・・・・・ちきしょん。

癒しだ。癒しが必要だ。
よし、アリサの下乳を見て癒されよう。
・・・・・・ああ、癒されるなあ。
アナグラ所属ゴッドイーター女子のおっぱい率は高すぎると思います。
上乳下乳横乳中乳なんでもござれだぜひゃっはー!
中身まで美人揃いときてるんだからもう、たまりませぬな。
個人的な理由でディアウス連戦に付き合わせるのも悪いかと単独出撃を繰り返してた俺に、この子は付いて来てくれたし。
危なくなると回復弾撃ってくれるし。
アリサ・ザ・ヒットマン! ロシアの殺し屋恐ろしやー! とか少しでも思ってしまった過去の自分を捕食してやりたい。
いやほら、二人きりで特訓したいとか言われたらさ、すわこんどは俺の番かも、とか思っちゃっても仕方ないよね? ね? あ、気付いてらっしゃらない? ななな、何でもないよ? 本当だよ?
良い子やー。
うちのロシアっ娘はホンマ良い子やー。
手も柔らかくて気持ちいーなー。

おっと、感応現象。
・・・・・・これは、喜び?
嬉しい。ありがとう。そんな感情の波が流れ込んで来る。
うん、何か知らんが悩みが解決したみたいでよかった。
俺がそうだったからかもしれないけれど、こういう辛い思いをした子には幸せになってほしいから。
俺も嬉しいな。アリサが嬉しいと俺も嬉しいよって、伝われー。
ちらりと横を見れば、目が合ったアリサがほにゃりと笑ってくれる。
白い歯を見せ、目がなくなるくらいのとろりとした笑み。
可愛いなあ。
ずっと手を握ってたいけど、これ以上はセクハラになっちゃうよなあ。
名残惜しいけど手を離さないと。


「あっ・・・・・・」


どうしたの?
お腹いたいの?
砂漠でもおへそを出しっぱにしてちゃ駄目だよ。
そっか、何でもないのか。よかった。
さあ、早く帰ろう。


「はい。あの、お願いが、あるんですけれど」


うん、いいよ。
俺に出来ることなら。


「気が向いたらでいいんです。また、手を握ってくれませんか・・・・・・?」


・・・・・・ああ、そうか。
洗脳の影響が残っていて、まだ不安定なのか。
あのヤブ医者め。
今度会ったら、酷いめにあわせてやる。
アジン・ドゥヴァ・トゥリーって数えながらな。その間に懺悔しやがれ。
ああ、お願いね。
もちろん、いいよ。
俺なんかの手でよかったら、いつでも握ってよ。


「はい・・・・・・。ありがとうございます」


おおう、さっそくか。
役得役得。
みなぎってきた。
あと10戦くらいはあの髭面を見るのを耐えられそうだ。
お前との因縁はまだまだ続きそうだなあ、ディアウスさんよお・・・・・・!
いいだろう。お前達の目撃情報が無くなるまで狩って狩って狩り尽くして、根絶やしにしてくれるわ!












あじん、どぅばー、とぅりー! 
日曜朝7:30からはアナグラスーパーヒーロターイッ!
『美少女捕食戦士カノン・ダイバー!』
ちゃーちゃーちゃらっちゃーちゃちゃー! (ゴシャァァァ!)※効果音

はい、再投稿ごっどいーたーです。
元々投稿したものが、確かアリサ小説後編の発売前だったので、所々時系列がそぐわぬ所がありますね。申し訳ない。

さて勘違いのネタがない。
シチュエーションさえあればいけそうなんだけれどなあ。
それっぽい要素は本編にけっこうあるのに。
仲間のリンクエイドを主人公しかしない、とか。
他の新人はフルチューンされてるのに主人公の初期装備がナイフ・バックラー・プロトタイプなのは嫌がらせにしかみえない、とか。ありえないスピードで出世してる、とか。
でも要素をシチュに変換できない。
続きはれいのごとく。後一話で終了です。


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