福島第一原発では、労働者が多量の放射線を浴びながら事故処理に当たっています。 しかし事故が起きなくても労働者は日ごろの定期点検で放射線にされされています。 原子力を利用する上で避けて通れない、労働者の被ばくについて考えます。 樋口健二さん。 原子力発電所で働く労働者の被ばく問題を訴えてきた写真家です。 コンピューター管理のクリーンな原発というイメージに対し、放射線を浴びながら手作業をする労働者の存在を、樋口さんは38年にわたって問いかけてきました。 1977年、敦賀原発で撮った2枚の写真は、定期検査を行う労働者の姿を世界で初めてとらえたものです。
【写真家・樋口健二さん】 「このおじいさんの一言が、私を動かしたんです。佐藤茂さん。東電福島第一原発で働いてボロボロになってがんで死んでいったおじいさんですけどね。毎日宇宙人のような格好して、防毒面をつけたけど暑くて苦しくていつも外して働いたと。何十分かでアラームメーターが鳴る。うるさいから叩きつけて『仕事ができないから』と。こりゃ原発ってどんなところだ?という思いが募ってきてね」 樋口さんの活動は、かつてイギリスのテレビ局に取り上げられたこともありましたが、日本で注目されることはありませんでした。 【樋口さん】 「みなさんほとんど知らないのが、原発の下請け労働者ですよ」 樋口さんには今、全国から講演依頼がきています。 原発の真実が知りたいという要望が絶えないのです。 【樋口さん】 「これが世に初めて出てスクープになった。世界中、この写真がないの。ここから入るの。特攻隊。これが炉心部。格納容器が向こうに入ってる。現代科学の粋を集めたとか言ってるが、人海戦術がわかる。見て、エリートに見える? この人たちが日本中を渡り歩いて生活をし、原発を直して放射能を浴びて、しまいには捨てられてボロ雑巾のように闇に消されてきたの。この40年間」 原子力発電所は13ヵ月運転すると、およそ3ヵ月運転を止めて、定期検査をします。 商業用原子炉には2つのタイプがありますが、どちらも核分裂を起こす原子炉容器が、格納容器の中に納められています。 格納容器内に人が入るのは、定期検査のときだけ。 労働者はこの定期検査で被ばくします。 部品の点検や補修のほか、放射性物質で汚染されたものを扱う雑用が山のようにあり、1基につき3000人から4000人の労働者を必要とします。 労働者の被ばく限度は「年50mSv・5年で100mSvまで」と決められています。 しかし、アメリカの科学アカデミー(BEIR7−2005年)は「放射線被ばくに安全といえる量はなく、リスクは被ばく量に比例する」と発表。 100mSv浴びると、100人にひとりは放射線が原因のがんになると計算しています。 【阪南中央病院・村田三郎医師】 「安全というよりは、社会的に合意する実行可能なレベルということで決められた数字。健康に関して安全ということで決められた数字じゃない」 村田三郎医師は、原発で働き、がんになった患者の労災申請に関わってきました。 これまでに労災と認められた人の累積放射線量は、ひとりをのぞいて100mSv以下です。 「5年で100mSv」という労働者の放射線限度は、がんや白血病になる人が出ることを前提として決められたものだと村田医師は話します。 【阪南中央病院・村田三郎医師】 「それぐらいの数字だったら原発推進・産業推進に大きな差しさわりのない程度で行けると。原発の被ばく労働っていうのは避けられないので(線量の容認は)どうしても必要」 避けられない労働者の被ばく。 原発で働く人が浴びる放射線量のうち、96%が下請け労働者のものです。 多発性骨髄腫で亡くなった長尾光明さんも、そのひとりです。 4年間で70mSvを浴び、生きている間に労災が認められた、初めてのケースでした。 【長尾さんの労災申請を支援した原子力資料情報室・渡辺美紀子さん】 「被ばく要員として動員されているんですね。長尾さんの被ばくの80%は福島原発だったんですけど、何年か働いたうち、1回も東京電力の社員に会ったことがないと」 梅田隆亮さん。 32年前、島根原発と敦賀原発で働き、鼻血や倦怠感に悩まされた後、心筋梗塞を発病しました。 梅田さんの体内からはコバルトやマンガン、セシウムが検出されました。 「心筋梗塞は放射線が原因の可能性がある」という長崎大学病院の意見書もあります。 梅田さんの被ばく量は記録上は8.6mSvですが、当時、アラームメーターや線量計はずしが常態化していたといいます。 【元原発労働者・梅田隆亮さん】 「ビービー鳴りだしたら作業にならんのですよ。(Q.どうしてたんですか?)外すんですよ。『おじちゃん』にあずけておくわけね。(Q.おじちゃんとは?)それ専門に預かってくれる人に。(Q.そういう仕事もあるんですか?)年配のね。単価(日当)は一緒ですよ。『鳴き殺し』って言葉を使ってた。鳴くのを殺してしまう。当時はどこの現場でもやってたんじゃないですか。それで200(ミリレム=2mSv)とか300とかいう数字を見て向こうに渡す。記録をみたら80(ミリレム)になってる。(Q.見た数字と合わない?)ええ、それを『トリック』というんです」 梅田さんの体験は32年前のものですが、福島原発の事故処理でも180人に線量計を持たせていなかったことが判明しています。 労働者の安全が徹底されない原因の一つに、日雇い労働者が被ばく要員として大量に動員される実態があります。 野宿しながら原発の定期検査に行き、仕事が終わると野宿生活に戻る人もいます。 彼らは、放射線量の高い炉心で数分間作業をする「飛び込み」や「特攻隊」と呼ばれる仕事を担っています。 【元原発労働者たちのやりとり】 「アンタ、90のアラームじゃ1分もたないだろう」 「1分もったよ」 「1分もった?俺が300のアラームで1分半くらいだったね」 【元原発労働者の男性】 「今、原子力で働く人間、なんにもしきらん人間でも日当1万円以下なんて人間おらへんで。とび職40年の人が日当8000円の仕事でも行く。それだけ世の中きびしくなってるんやから」 【元親方業をしていた男性】 「次々と人間を雇わないかん。原発も何も知らん人もおる。なんやかんや言うて連れて行くわけよ。行くっていう人間がひとりでもおったら、紹介するだけで1万円くれた。現金で」 【北九州ホームレス支援機構・奥田知志さん】 「昔から日雇い労働者は景気の安全弁、今でいうと非正規雇用。非常に安価な使い捨ての労働力として使われてきた歴史がある。その中のひとつが原発労働だったということです。戦後の原子力政策の中で、どれだけの人がそこで関わったかということを考えてほしい」 原子力で発電する以上、避けられない労働者の被ばく。 福島の事故を機に、改めてその実態が問われています。 文部科学省の調査では1999年までに放射線業務に従事した27万人のうち、6万5000人の居所がつかめず、生死もわからないとしています。