May 29, 2011

海軍の船とさまよえる家

medtoolzさんは、BlogでもTwitterでも常に面白い独り言をつぶやいている。先日、陸軍と海軍の対比みたいな話をしていて、思わず私もつっこみを入れてしまった。

medtoolz on twitter 5月26日


兵站について、陸軍と海軍、空軍の出自が違うと、考えかたは異なってくるのだろうと思う。海軍は案外、補給の問題を一番軽く考える気がする。船というのは移動できる倉庫みたいなものだから、必要な物品は、常にそこにある

軍事システムとか、軍事革命とか考える人たちって海軍の人が多い気がする。空軍出身の将軍だとOODAループとかそうだけれど、あれはもっと局所の考えかた。大きな考えかたは海軍。あれなんかもこう、補給で困る、ということをあまり想定しなくていいからこそ、発想広がるんじゃないかと思う

なるほどなあ、と思った。
「陸軍/海軍」という、生活様式の差による思想の違いは、面白いと思う。

船=家?

とうぜん私は実際に海軍に入ったことはありませんので、「物語上の海軍」しか知らないわけですが、海軍の船ってのは、いつも「家」ッぽい描かれ方をするように思う。お父ちゃんがいて、僕がいて、アニキがいて、弟分がいて、家がある。喧嘩しながらも一致団結して、この家の枠の中にいる、・・・・みたいな物語。

宇宙戦艦ヤマトから始まって、宇宙船物語ってのは「船の中」の人間ドラマを描いてナンボの世界だ。そこには、どうしたって逃げ出せない壁があって、一致団結しないと使命が果たせないどころか、生き延びられないという制約がある。

この 「船=家の物語」 を突き詰めた名手が富野由悠季だし、その傑作がガンダムということになるのだろう。ひきこもったり、承認願望むき出しにしたり、船から家出したり戻ってきたり、まあ基本的には「家」のドラマだ。

ただ、単なる家と違うのは、「さまよえるキャラバン」になっていること。
船の物語は、家ごと移動する。そして、動いた挙句に、真の住処、永遠の住処という「あこがれ」を探し続ける。富野作品で一番わかりやすいのは、"Space runaway" と副題が名づけられたイデオンの例だろう。

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宇宙中を逃げ回り、どこか幸せに暮らせる場所を探す。
定住者対逃亡者。キングゲイナーにまでつらなる、富野物語の真骨頂だ。

出エジプト記

こういう「約束の土地を求めてさまよえる家」という物語は、西洋では一般的だ。なぜかといえば、聖書に「出エジプト記」という章があるからだ。
出エジプト記というのは、エジプトで奴隷労働させられていたユダヤ人が、大騒動の上エジプトを逃げ出して、イスラエルにたどり着くまで、仲間割れしながら砂漠の地を右往左往して、神様に助けられながら数十年の旅をするという歴史神話。「十戒」という映画になっているので、モーセが海を割って、その間を群衆が逃げていくと言うシーンは有名だ。

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そんでもって、結局、ユダヤ人は、カナーン人が暮らしていた芳醇なイスラエルの土地に突撃して、これを奪ってしまうのですよ。
おいおい、たんなる略奪じゃねえかと、傍から聞いていると思う。だが、ユダヤ神話の中では「カナーン人は凄い強い民族だったのに、神様が手助けしてくれたから勝ったのだ、ヤハウェの神様万歳」という神話が付いて、めでたしめでたしということになっている。
・・・まあ、その挙句に、あの中東情勢があるんだけどね。

この「本当の居場所」を探して旅する物語は、アメリカ人のよりどころらしい。
なにしろ、幸せになれる土地を求めて、はるばるヨーロッパから地球の反対にやってきた人々。そういった生まれながらの逃亡者であり挑戦者としては、定住する場所もない自分たちの未来を約束してくれる神話は、心のそこからありがたいのだろう。
そんなわけで、挑戦国家のアメリカは、宗教国家でもあるわけだ。

アメリカ開拓時代の家族ドラマを描いた、「大草原の小さな家」は、日本でも結構有名になった。これはもう、アメリカの原風景。「家族で開拓しますドラマ」の古典だ。

そして、この逃亡劇をSFに翻案したのが、「宇宙空母ギャラクティカ」で、今ではリメイクされて『GALACTICA/ギャラクティカ』(原題:Battlestar Galactica)という重厚な名作ドラマになっている。
ただ、この作品、あまりに高度に宗教色むきだしで笑った。作られたのは、911の直後。アメリカが「アイデンティティとしてのキリスト教」に染まった時代に作られたSFドラマだった。

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こんな神話を持っている伝統があるから、アメリカ人は「挑戦」とか「開拓」とか大好き。ベンチャ企業とか、夢持ちまくり。オバマの"Change"とか"Challenge"とかの、かっこいい系の演説でアメリカ人がみんなで盛り上がったりするんだよなあ、と、ちと羨ましくも思う。

逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ

一方、日本では、他の国の土地を奪うのはご法度だ。
たぶん戦国時代までは、逃げ出すのも奪うのも結構やっていたのだろう。だが、江戸時代に「年貢納められなくてもにげちゃだめです」という、官僚主義のきまり=法度が出来て、それを200年マジメに守らされたせいで、かなり固まった。

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逃げちゃダメだ。そう、どこへも逃げないで、守り続けるのがわが国の伝統。
結局、暗黙の空気と言う奴で、「逃げるやつは裏切り者なので、袋叩きにしても殺しても奪ってもよい」・・・という暗黙のデンジャラスなルールができてしまっている。

その結果、「俺は逃げないぜ」という《周囲へのアピール》が重要になった。
いかに逃げないか、いかに逃げたと周囲に思われないか、というアピールをすることが、日本人の基本サバイバル術。だから、「保身用の官僚作文」が流行って、勇敢な戦意を語る美文を競い合うようになる。
その挙句「勝てないというホンネをいえない格好付け軍人たち」がうまれて、無残な総力戦と敗戦になっちゃったわけですが・・・・・まあ、それはそれ。

俺の家は俺の家

で、アメリカでは「家族」の中のルールは、家長が決めてよいことになっている。
「周囲の人?知りませんよ。ウチはウチなんです」という主義。これは、「ムラに定住する人」ではなくて、「家族で旅する人たち」である以上、当然のことなのだろう。ムラだと、周囲と喧嘩したら致命的だが、旅の途中なら別の町に行けばよいだけのことなのだから。

キャラバンを率いる指導者には、仲間を守る義務があるが、闘う方向を定める権利もある。
「十戒」で主役のモーセをやったチャールトン・ヘストンが、全米ライフル協会の会長・・・というのは、アメリカ人としては、そんなに違和感ないのだろう。日本では宗教家が武器を持つというのはありえないイメージだが、自分の信じる意見を自分の力で守るというのは、アメリカとしてはごく自然。
これが、アメリカの自治の基本だし、アメリカの保守主義の基本だ。


「海軍」もやはり、そういうところはあって、船の中でえらいのは船長だ。周囲の船と意見が合わなかったとしても、船の方針はとにかく館長が決める。
だから、館長が考えているプランこそが重要になるし、一つの船の中で「自分たちの目標像」を共有したりする。不合理なルールを繰り返していれば、船が沈むのだから、船員も必死だ。
こういうあたりが、根本的にベンチャ企業的なのかもしれない。

一方、親会社子会社孫会社と関連が繋がる企業システムには、そういう独立精神は不要。下手に反抗していると、補給物資ももらえずに餓死する羽目になる。仲間との和を大切にして、味方を作り続けないとヤバイ。裏切りも反抗も異分子も「ご法度」だ。こういうシステムは、根本的に「陸軍的」になるのかもしれない。

さらにいえば、個人経営の職人は空軍だろう。戦果は集団主義ではなく個人に付くし、自分の自由裁量が大きい。とはいえ、戻ってくる基地なり空母なりが無くなると補給も出来ずにどうしようもない。「金はやつらの決めること。飛んでいるときだけが俺の自由」という技術オタクになっていくのだろう。

主人公は航空機乗り?

こういう、「ベンチャ嗜好の海軍」というイメージの最たるものが「沈黙の艦隊」なのだろう。
かわぐちかいじは同じテーマのドラマを繰り返して描いていて、陸軍的な情況のものもあるが、この密閉された潜水艦ストーリの方が「話が締まっている」印象を与える。


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ただ、「主人公=船長」という例は、ガンダム以降少ないように思う。これは多分、松本零士からの伝統だ。

松本零士は、「船」の話も多く書いているが、根っこの部分では、「空軍の孤独な戦い」に一番憧れている模様。
「政治的な話はしらねえ、絶望的な戦局下で、最後まで意地を通すだけだ!」
という、勇敢なる滅びの美学を描いた全滅ストーリに名作が現れやすい。

(それって、デスマーチですがな。)

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この「船」と「飛行機」の要素を上手く纏めたヤマトでは、「主人公=航空機載り 兼 次期館長候補」というスタイルになる。船の行く末の責任と判断を全部負わされるわけではなく、個人技でヒーローになるおいしいポジションだ。

これを引き継いで、・富野ガンダム以降のロボットドラマは、
「船(ホワイトベース)+艦載機(ガンダム)」
という、二重構造で描かれていく。
主人公は、館長に反抗しながらも船を助ける「野党」のポジションにいる。

こうして、
「政治嫌いの主人公=空軍」 + 「帰る家を守るという正当性=海軍」 v.s. 「腐敗した味方=陸軍」
という物語構造が、ある世代の日本人男性の脳に刷り込まれていったのではないのかなあ・・・?

つまり、何が問題って、この構図だと「パイロット」になるほうが楽しそうでかっこいいから、皆さん「船長」をやりたがらないのですよ! (僕も含む)

まとめ

そんなわけで、多分、「未来へのプラン」を自分で描こうとするのは「海軍=ベンチャの奴等」ということになる。
陸軍は上位下達の命令に逆らわないし、空軍はそんな先のことは考えない。

だけど、日本のベンチャって、陸軍に兵力を提供する海兵隊=派遣会社ばっかりな気もするんだよな。
・・・・せっかくの島国なのになあ、とも思うのだが。
陸軍の下っ端にいる私としてはなんともはや。

関連:
3ToheiLog かえるところ





Posted by Semiprivate May 29, 2011 11:13 AM

Comments

宇宙船に家ときたからオチはカールビンソンだと期待していたら、かすりもしなくてがっかりですよ!


ネタは置いておいて、陸海軍の思想の差というのはもちろんあるんでしょうけど、それ単独ではなかなか決まりがたい気がしますね。


例えば旧帝国陸海軍の性質を比較するときには、陸軍が独断専行と下克上、海軍が厳しい階級の貴族主義というのが定説の様です。同時期のアメリカ海軍についても、まず第一に艦長ではなく指揮官のリーダーシップが強調されますから、その中で単艦がベンチャーシップを発揮するのは難しいように思います。(このあたり文春文庫の「昭和陸海軍の失敗」とか「零戦と戦艦大和」が詳しいです)


補給にしても、船に必要な物品を積んでいるというのはその通りですが、レイヤーを一つ上げれば船そのものもまた資源なのであって、失ったときの損害は陸軍とはまたスケールが違うわけですから、海軍全体として兵站を軽視するということにはならないのではないですかね。


トピックスとしては面白いと思ってますし、こういった軍のカルチャーの比較研究みたいなものも我々が知らないだけで、どこかでやっていそうですから、暇を見つけて探してみます。


Posted by: yet-another-su at May 30, 2011 07:32 PM
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>船そのものもまた資源
そうですねえ。Zガンダムの最終回に「ありえねえ」と叫んだ思い出が蘇ります。

>貴族主義
なるほど。確かに、船をまかされる人間はエリートだから貴族主義なのかもねえ。航空機だと個人の資質だし、陸軍だと叩き上げ文化が強そうだもんね。

だから「船=家」というのは、現実の特性と言うよりは、「作家の中での妄想テンプレート」の表れとして考えるべきなんだろうな・・・。

Posted by: 三等兵 at June 2, 2011 12:23 AM
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>だから「船=家」というのは、現実の特性と言うよりは、「作家の中での妄想テンプレート」の表れとして考えるべきなんだろうな・・・。

いや、家は家なんだと思うよ。ただし近代的な家族とかではなくて、「一朝有事の際には一蓮托生○○一家」とか、せいぜいが封建制度下の家。

でもって単艦レベルだとせいぜいが分家相当だったりするから、上のうるさい奴にさらに頭を抑えられてますみたいな感じで。結局、艦内のカルチャーがどうしても上意下達にならざるを得ないから、そこに当てはまらない人間は弾かれていって、海軍全体としても上に習えになってしまうということではないですかね。

補給の面から言っても、船の中にある以上のものは出てきようがないわけで、在庫確認はさながら命の残り火の確認にならざるを得ないと。

「あの小麦粉が散ったとき、私も死んでしまうんだわ」
そして画家は倉庫の壁いっぱいに小麦粉袋の絵を描いたのだった。

そういう意味では陸軍の方がまだどうにかなるわけで、実際過去の大戦でも孤立した部隊が原住民と手を組んで農業生産性の改善に取り組んだと言う話があったりなかったり…。

Posted by: yet-another-su at June 4, 2011 02:17 AM
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>せいぜいが封建制度下の家
それが現実なんだよな。
そして、空想の世界では「独立/脱走した家」ってのが描かれるわけで・・・なんというか、核家族志向の一般かなのかもね。

>在庫確認はさながら命の残り火の確認
ロビンソンクルーソー的な「俺資産の管理」っていうのが重要になるわけですな。これが土地持って村にいる農民だと、「あんまりクヨクヨ悩まずに、みんなと笑って暮らす」という体育会系発想が重要になる。これが陸軍システムなのかもね。

Posted by: 三等兵 at June 6, 2011 08:28 AM
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