2011年 父の日記念LAS小説短編 パパは子供達のヒーロー ~そして父に、ありがとう~
使徒との戦いを終えてエヴァンゲリオンのパイロットの責務から解放されたシンジとアスカは、筑波にある民間企業の研究所で働いていた。
そのままネルフで働き続けないかとゲンドウに勧められたのだが、2人はそれを断った。
そして高校、大学、大学院と進学したシンジとアスカが選んだ道は研究者としての道だった。
人工進化研究所と名前を変えたネルフからも誘いを受けたが、シンジとアスカはこの研究所を選んだ。
ここで功績が認められたアスカは専用の研究室を持つに至り、シンジは雑用をまとめる助手の立場に甘んじていた。
シンジとアスカが結婚していると知っている同じ研究所の所員の中には、シンジの立場をバカにして笑う者も居る。
しかし、シンジは職場でアスカより立場が下と言う事に、何の不満も感じていなかった。
何よりも家庭での生活に充実感を覚えていたからだ。
ある晴れた日の事、休暇を取ったシンジとアスカは2人の子供を連れて近くの利根川の河川敷に遊びに来ていた。
周囲には葦が生い茂り、土手は草地で覆われていた。
岸辺には小魚を取るための漁師の網が仕掛けられていて、ちらほらと釣り人の姿が見える。
「この辺りはたっぷりと自然が残っているわね」
「そうだね、ジオフロントは人間の手によって都合良く作られた緑と言った感じがしたよね」
陽の光を浴びて気持ち良さそうに伸びをするアスカ。
そのアスカには今年で2歳になる娘のユキが抱きついている。
シンジは右手に網を持ち、左手で3歳になる息子のゲンキの手を引いて歩いていた。
「あっ、シンジ!」
アスカが葦の間に浮かぶ小さな丸太を指差した。
シンジが視線を向けると、そこでは小さなカメが甲羅干しをしている。
「ミドリガメの赤ん坊だね」
「カメさんだー」
言葉を覚え始めたばかりのゲンキが嬉しそうに歓声を上げた。
「かみついたりしないの?」
「かみつくのはカミツキカメやワニカメだよ」
「それじゃあ、あのカメを捕ってよ」
「よしっ」
しかし、シンジがカメの乗る丸太を岸辺に引き寄せた時は小さなミドリガメは丸太の上から姿を消していた。
「きっと水の中に潜ってしまったんだ」
「そう、残念ね」
「こっちの方へ来て居れば捕まえる事が出来るんだけどね」
「カメさんはー?」
そう問い掛けるユキに、シンジは優しく微笑みかける。
「また後で捕まえられるかもしれないよ」
「そうなの?」
「うん、カメは甲羅干しをするために地上に出なければいけないからね」
「ふーん、ずっと水の中に居るわけじゃないんだ」
シンジの説明に、アスカは感心したようにうなずいた。
その後岸辺をうろついたシンジは、網でタニシを2匹捕まえる。
「ほら、こっちがゲンキの分で、これがユキの分だよ」
「パパとママの分はー?」
ユキにそう言われたシンジはクスクスと笑った後、またタニシを新たに2匹捕まえるのだった。
「ねえ、あっちに居る人達は何を釣っているの?」
「多分、マブナとかヘラブナだろうね。そうだ、ライギョなんかも捕まえられるかもしれない、ちょっと行って来るよ」
そうアスカ達に告げると、シンジは網を持って歩いて行ってしまった。
「まったく、パパってばアンタ達に良い所を見せようと張り切っちゃって」
豆粒のようになってしまったシンジの姿を見て、アスカはゲンキとユキにそう語りかけた。
「うーん、オタマジャクシしか捕まえられなかったよ」
手ぶらで戻ってきたシンジは、アスカ達に向かって少し残念そうにつぶやいた。
しかし、そんなシンジに幸運が舞い降りた。
先程の小さなミドリガメが同じ場所で甲羅干しをしていたのだ。
そのチャンスを逃さず、シンジはミドリガメを捕まえる事に成功する。
「やるじゃない、シンジ!」
「すごーい」
アスカとゲンキに褒められたシンジは少し照れくさそうに笑う。
「じゃあ、次はこのカメの餌を取らないとね」
「カメの餌って何?」
「ウシガエルとかかな」
「カエルぅ!? 気持ち悪い」
シンジはそんなアスカのつぶやきを聞いて苦笑した。
そしてシンジは捕った小さなミドリガメをアスカに預けて、水田の用水路に向かう。
この辺りの用水路はコンクリートで固められている事は無く、自然にあふれていた。
水面を眺めていたシンジは何かを見つけたのか、用水路に何回か網を入れるが、捕れたのはマブナの死体と小さなヘラブナだった。
「小さなメダカが2匹、追いかけっこをしているのが見えたんだけどね」
「へえ、メダカが居るなんて、この辺りの水は澄んでいるのね」
その後もメダカを狙って用水路をウロウロするシンジの姿を見ていたアスカは、持っていたミドリカメが甲羅から首を出して辺りを見回しているのに気付く。
「ふふ、逃げようとしているのね」
ゲンキとユキもそのカメの様子が面白いのか、楽しそうに甲羅を突いていた。
そして、2時間ほど河川敷や水田でねばったシンジだったが、結局メダカを捕まえる事は出来なかった。
「水草が生えて居たら、そこに網を入れれば捕まえられるんだけどね」
「やっぱり、田んぼにあげる水なんだから薬とか少し入っているんじゃないの?」
釣果はカメとタニシだけだったが、たっぷりと遊んだシンジ達は家へと帰るのだった。
家に帰って夕食の時間になると、ゲンキとユキはシンジにテレビゲームをやるようにせがんだ。
それは、銃の形をした専用コントローラを使って標的を撃ち落とすゲームだった。
「パパ、ゲームやってー」
「ママもー」
「もう、ゲームはご飯を食べてからでしょう」
ユキに腕を引っ張られたアスカは、そう言いながらもゲーム機のコントローラを手にした。
「目標をセンターに入れてスイッチ……目標をセンターに入れてスイッチ……」
このゲームはいつもシンジの圧勝だった。
アスカはすぐに両手を上げて降参のポーズを取る。
「やれやれ、射撃はシンジには敵わないわね」
「パパ、つよいー」
褒められたシンジはくすぐったそうに微笑んだ。
そして、満足したゲンキとユキは夕食を摂ると、眠ってしまうのだった。
「ふふっ、今日のシンジはすっかりゲンキとユキのヒーローね」
「喜んでくれて良かったよ」
アスカが優しくシンジに微笑みかけると、シンジは穏やかな笑顔を返した。
「僕は小さい頃、ずっと一人で遊ぶ事が多かったからね。田んぼで魚とか虫を捕まえてばかり居たんだよ」
「シンジ……」
シンジの言葉を聞いたアスカが悲しそうな瞳でシンジを見つめると、シンジは首を横に振ってアスカに語りかける。
「アスカ、そんな顔をしないでよ。僕はそんな経験を父親となった今になって活かす事が出来て嬉しいんだから」
「そっか、シンジがそう思うならそれで良いわ」
シンジがそう言うと、アスカは納得したようにそうつぶやいて明るく微笑みかけた。
親戚に預けられて孤独な少年時代を送り、エヴァンゲリオンのパイロットとして厳しい訓練をさせられたのは悲しい経験だ。
しかし、こうしてシンジはその経験を楽しいものに転化させている。
第三新東京市では無く自然豊かな筑波の地に住んで働こうと2人が決意したのもシンジの希望があっての事だった。
シンジとアスカがリビングでゆったりとした時間を過ごしていると、シンジの携帯電話が鳴る。
「電話は父さんからだったよ。贈ったネクタイを気に入ってもらえたみたいだ」
「そう、良かったわね」
シンジとアスカは父の日のプレゼントとしてゲンドウにネクタイを贈っていた。
「ねえ、何でシンジはそんなに司令に感謝しているの? だって、司令はお世辞でも良い父親だ何て言えないじゃない」
「はは、アスカはハッキリと言うね」
シンジはアスカの言葉に苦笑した。
シンジがゲンドウに深く感謝をしている事は自分の子供にゲンキと言う名前をつけた事からも感じられる。
「父さんにとって僕は利用するだけの存在だったかもしれないけど、それだけじゃない気がするんだ。それに……」
「それに?」
「父さんが僕をエヴァンゲリオンのパイロットに選んでくれたから、僕はアスカと出会う事が出来たんだ。だから僕は父さんにいくら感謝しても感謝しきれないぐらいだよ」
シンジの言葉を聞いたアスカは沸騰したように顔を真っ赤にさせる。
「な、なんて事を言うのよ、バカシンジ!」
そんな事を言うアスカのほおは嬉しさで緩み切っていた。
拍手ボタン
評価
ポイントを選んで「評価する」ボタンを押してください。
ついったーで読了宣言!
― お薦めレビューを書く ―
※は必須項目です。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。