チェルノブイリ事故における被ばく線量
原子力システム研究懇話会
村主 進
目次
1.外部被ばく
2.内部被ばく
3.外部被ばく、内部被ばくの合計の実効線量
1.外部被ばく
被ばく線量は人に対する放射線影響を評価する基本的な量である。被ばくが約1,000mSv以上の比較的に高い被ばく線量では急性症状(悪心、吐き気、脱毛、急性死亡など)が現れる。一方被ばくが比較的に低くても確率的影響としてガンなどが発症する確率がある。確率的影響とはある一定の被ばく線量を受けてもガンが発症する人もいれば、生涯ガンが発症しない人がおり、ガンになるのはある集団の何人かである。
平均被ばく線量が100mSv以上の集団では、生涯のガン死亡者数と集団線量(集団の全員の被ばく線量の総和)の比は一定の値であり、この値をリスク係数と言う。集団線量にリスク係数を乗ずれば、放射線によるリスク、すなわち10万人の集団の中で、生涯に亘ってガンで死亡するのは何人になるであろうかの値が求まる。
平均被ばく線量が100mSv以下の被ばくでは、信頼すべきリスク係数が得られていないので、「しきい値なし直線仮定」の仮説を用いて、100mSv以下でも100mSv以上のリスク係数と同じリスク係数を用いて放射線によるリスクを求めることにしている。
なお被ばくによるガン死については次回に述べることにする。
1.1 外部被ばく線量評価の手法
(1)地上の線量率
先ずフォールアウトによる外部被ばくの評価を行う第1段階として、「基準サイト」として屋外の広い場所にあって、土壌が耕作などの人手を加えていない土地を考えることにする。そして「基準サイト」における地上(地上1m)の線量率を求める。
線量率は時間と共に減衰する。特に事故直後は、主に短半減期の核種の線量率への寄与が高いので、線量率の減衰は大きい。
次に放射性核種が風雨によって土壌中に移行する。核種が土壌中に移行すると土壌の遮蔽作用により地上の線量率が低くなる。この寄与は400以上の土壌サンプルのγ線スペクトル解析によってよって求めた。
線量率の変動について述べると、事故後数年で「基準サイト」の線量率は1/100またはそれ以下に下がっている。また事故後数年では137Cs(半減期30年)と134Cs(半減期2.1年)が主として線量率に寄与している。事故後10年以降では137Csが主な線量率寄与核種となる。
過去17年間の137Csのγ線線量率の長期研究では、線量率の実効半減期は137Csの物理的半減期より短いことが分かった。現在までの研究では実効半減期は2つの半減期、すなわち40〜50%の線量率が生態学的半減期1.5年〜2.5年、残りの50〜60%が生態学的半減期40年〜50年とすると実測値によく合致する。
(2)ロケーションファクター
「基準サイト」に対する補正因子としてロケーションファクター(Location factor)を求めなければならない。ロケーションファクターとは人為起源による影響因子であって、建物の遮蔽効果による影響因子等である。これは「基準サイト」が屋外の広い場所(田園)における人手を加えていない土地に対して、都市部の被ばくへの寄与の補正を求めるものである。
(3)居住因子
人々の居住挙動による被ばくの影響を明らかにしなければならない。このため住民へのアンケートにより1日に屋内、田園および都市の屋外に何時間過ごしているかを調べて整理した。
(4)線量転換係数
地上の線量(Gy)と人体における実効線量(Sy)との比率を大人、7〜17歳の子供、0〜7歳の子供の人体模型を用いて用いて求めている。
ここに実効線量とは人体の被ばくした臓器、組織夫々の放射線感受性を勘案した、放射線影響を実効的に表す線量であって、Svの単位を用いる。一般にγ線の場合は1Gyの線量は1Svの実効線量となると考えてよい。
1.2 外部被ばく線量
上に述べた評価手法によって求めた、外部被ばくの個人平均実効線量を国別、集団別に纏めたのが表1である。
表は単位汚染密度あたりの平均実効線量で纏めている。表に示すように都市が農村に比べて低いのは、ロケーションファクター(建物の遮蔽効果など)および居住因子(屋内にいる時間が多い。田畑に行く時間が少ない。)によるものである。
国別に見てロシアとウクライナの違いは、国全体の土壌の種類の違いにより、放射性核種の土壌中への移行の程度の相違によるものであろう。
この表を用いて高汚染地に住む住民の生涯の平均年間被ばく線量を計算してみると次の通りになる。
単位汚染密度あたりの外部被ばく線量が大きいウクライナ国で、700kBq/m2(20Ci/km2)に汚染した農村で、1986年に生まれ2056年に70歳の生涯を終えるとすれば(旧ソ連の平均寿命は70歳である)、その人の外部被ばくの平均年間実効線量は、
88(μSv/kBq/m2)×700(kBq/m2)÷70(年)=880μSv≒0.9mSv
となり、自然放射線の年線量2.4mSvより低い。この計算の88μSvの値は表1のウクライナ国、農村集団の1986年-2056年の70年間の個人平均実効線量の値を用いたものである。
しかしこの住民の中のクリティカルグループ(最も高く被ばくするグループ)に対しては平均年間被ばく外部線量は1mSv以上となる。
また汚染地に住む人の今後の被ばくも年々低下しており、事故の起こった1986年に生まれ汚染区域に継続して住み続ける人については、現在までの積算線量は生涯(70年間)に受けるであろう積算線量の70%〜75%になると評価される。
国別 | 集団別 | μSv/kBq・137Cs/m2 | ||||
---|---|---|---|---|---|---|
1986年 | 1987-1995年 (10年間) |
1996-2005年 (10年間) |
2006-2056年 (50年間) |
1986-2056年 (70年間) |
||
ロシア | 農村 | 14 | 25 | 10 | 19 | 68 |
都市 | 9 | 14 | 5 | 9 | 37 | |
ウクライナ | 農村 | 24 | 36 | 13 | 14 | 88 |
都市 | 17 | 25 | 9 | 10 | 61 |
2.内部被ばく
2.1 内部被ばく線量評価の手法
内部被ばくとは、体内に取り入れられら放射性核種による被ばくである。放射性核種が体内に取り入れられるルートは次の2つがある。
(1)汚染空気の吸入による取り入れ
(2)汚染食品および汚染水の摂取による取り入れ
(1)の吸入による被ばく線量は次の因子を用いて評価する。
@吸入量:吸入量は呼吸率と各核種ごとの暴露時間(吸入時間)の積分で求める。呼吸率は年齢によって異なる。線量評価のためには標準人の値を用いる。暴露時間(吸入時間)は観測された暴露時間または評価解析された暴露時間を用いる。
A放射性物質濃度:空気中の各核種ごとの観測された濃度または評価解析された濃度を用いる。
B吸入線量係数:吸入された核種が人体に与える線量の係数。権威ある学会で認められた値を用いる。
(2)の摂取による被ばく線量は次の因子を用いて評価する。
@摂取量:各食品および飲料水の摂取量は年齢によって異なる。線量評価のためには摂取量を食品種目ごとに求める。標準人の値を用いる。
A食品中の比放射能:各食品種目ごとの比放射能は観測された値を用いる。
B摂取線量係数:摂取された核種が人体に与える線量の係数。権威ある学会で認められた値を用いる。
2.2節および2.3節の被ばく線量は上に述べた線量評価の手法を用いて求められる。
2.2 甲状腺被ばく線量
放射性ヨウ素は特に多く甲状腺に蓄積され、甲状腺ガンや甲状腺結節を発症する。
甲状腺被ばく線量の評価は事故後直ちに行われた。その方法は放射線測定器を喉の前面に当てて測定するものであった。しかし測定方法のマニュアルはなく測定器の位置(喉からの距離)はバラバラで、測定精度にバラツキがあった。このためその後線量の再評価が行われてた。
ウクライナ国の県別、年齢別の甲状腺被ばく線量を整理したものを示すと表2のようになる。
子供の甲状腺は大人より小さく、甲状腺被ばく線量は子供のほうが高くなる。また幼い子供ほど甲状腺線量は高くなる。したがって表に示すように、0.2Gy以上に被ばくした子供は、年齢が低いほど、被ばく者数の割合が高くなっている。また少数であるが、10Gy以上の被ばくをした子供もいる。
集団別・年齢別 | 被測定者数 | 甲状腺線量被ばく者数数百分率(%) | |||||
---|---|---|---|---|---|---|---|
0.2Gy以下 | >0.2−1 Gy |
>1−5 Gy |
>5−10 Gy |
>10 Gy |
|||
農村 | 1−4歳 | 9,119人 | 40 | 43 | 15 | 1.7 | 0.9 |
5−9歳 | 13,460人 | 62 | 31 | 6.5 | 0.44 | 0.07 | |
10−18歳 | 26,904人 | 73 | 23 | 3.7 | 0.16 | <0.01 | |
都市 | 1−4歳 | 5,147人 | 58 | 33 | 7.5 | 1.0 | 0.7 |
5−9歳 | 11,421人 | 82 | 15 | 2.6 | 0.23 | 0.04 | |
10−18歳 | 24,442人 | 91 | 7.7 | 1.4 | 0.12 | <0.01 |
2.3 内部被ばく線量
2.1節に述べた手法で求めた内部被ばくの評価例を示すと表3のようになる。
国別 | 土壌の 種類 |
μSv/kBq・137Cs/m2 | ||||
---|---|---|---|---|---|---|
1986 年 |
1987-1995 年 (9年間) |
1996-2005 年 (10年間) |
2006-2056 年 (50年間) |
1986-2056 年 (70年間) |
||
ロシア | ポドゾール土 | 90 | 60 | 12 | 16 | 180 |
黒土 | 10 | 5 | 1 | 1 | 17 | |
ウクライナ | 泥炭土 | 19 | 167 | 32 | 31 | 249 |
砂質土 | 19 | 28 | 5 | 5 | 57 | |
粘質土 | 19 | 17 | 3 | 3 | 42 | |
黒土 | 19 | 6 | 1 | 1 | 27 |
3. 内部被ばく、内部被ばくの合計の実効線量
汚染区域住民の外部被ばくと内部被ばくの合計実効線量の一人当たりの平均実効線量を整理したものを表4に示す。表にはベラルーシ、ロシア、ウクライナ3国全体で集団別、汚染の程度別、汚染区域の土壌の種類別に纏め、また事故後2000年までの実効線量および2001年後2056年(事故時0歳の子供が70歳になる年)までの予測実効線量を示している。
なお表には大人集団の個人平均実効線量を載せているが、子供の個人平均実効線量は大人に比べて低い。
表に示すように1986年−2000年間における個人平均実効線量は集団別、汚染の程度別、汚染区域の土壌の種類別によって、かなりの変動が>あり、黒土に位置する都市部の人の2mSvよりポドゾール砂質土の高汚染区域農村の300mSvまで広範に異なる。
また2001年以降2056年までの56年間の実効線量は2000年までの15年間の実効線量に比べて約1/3程度と著しく減少している。今後(将来)の被ばくは期間が長期に亘るにもかかわらず著しく低い。
集団別 | 土壌中の137Cs (kBq/m2) |
実効線量(mSv) | |||||
---|---|---|---|---|---|---|---|
黒土 | ポドゾール土 | 泥炭土 | |||||
1986- 2000年 |
2001- 2056年 |
1986- 2000年 |
2001- 2056年 |
1986- 2000年 |
2001- 2056年 |
||
農村 | 40-600 | 3-40 | 1-14 | 5-60 | 1-20 | 10-150 | 3-40 |
600-4,000 | ― | ― | 60-300 | 20-100 | ― | ― | |
都市 | 40-600 | 2-30 | 1-9 | 4-40 | 1-13 | 8-100 | 2-20 |
また、表の値は各種の環境対応策と修復を行った結果のものであり、もしこれ等の対策を行わなければ、実効線量はこの値の約2倍程度になっていると考えられる。
旧ソ連3国の、36kBq/m2以上の汚染区域住民の人口は約5百万人であるが、大部分の人の2000年までの集積線量は年間平均1mSv以下と見積もられていて、1mSv以上の被ばく者は約10万人である。
なお参考のために世界のバックグラウンドの年線量を述べれば、年約2.4mSvで、場所により年1mSvより10mSvの範囲の変動がある。
最後に甲状腺と全身の、各国別の集団線量を示すと、表5および表6のようになる。
国 | 集団甲状腺線量(人・Gy) |
---|---|
ロシア | 300,000 |
ベラルーシ | 550,000 |
ウクライナ | 740,000 |
合計 | 1,600,000 |
国 | 人口(106人) | 1086年−2005年の集団線量(103人・Sv) | ||
---|---|---|---|---|
外部被ばく | 内部被ばく | 内、外部被ばく合計 | ||
ベラルーシ | 1.9 | 11.9 | 6.8 | 18.7 |
ロシア | 2.0 | 10.5 | 6.0 | 16.5 |
ウクライナ | 1.3 | 7.6 | 9.2 | 16.8 |
合計 | 5.2 | 30 | 22 | 52 |
参考文献:
Environmental Concequences of the Chernobyl Accident and Their Remediations:Twenty
Years of Experience(Report of the UN Chernobyl Foram,Expert Group ”Environment”(EGE)
(August 2005)