野心的な挑戦なのか、それとも成算なき見切り発車なのか。ドイツ国内でも意見が分かれている。
ドイツのメルケル政権は今後、原子力発電所を順次停止し、2022年までに国内にある17基をすべて停止することを閣議決定した。もちろん、日本で起きた福島第1原発事故を受けての措置だ。
ドイツでは前政権時代の02年に、22年までの脱原発方針を打ち出した。しかし昨年秋、メルケル政権は産業界の意向を受け、既存原発の稼働期間を延長する計画を決め、原発維持に政策転換した。
ところが、福島原発事故が発生して以降、反原発の世論が勢いを増し、脱原発を唱える環境政党「緑の党」が地方選で相次ぎ躍進した。世論調査では約6割が早期の原発廃止を求めている。こうした世論の高まりに押され、現政権が再び脱原発へとかじを切り直した格好だ。
メルケル首相は「技術先進国であり、安全基準も高い日本で大事故が起きたこと」を重大視する。大地震がほとんどないドイツでも、テロや航空機墜落も念頭に「想定外のことが連鎖すれば、同様の原発事故が起こり得る」としている。
日本の原発事故後、フランスや米国が原発堅持を打ち出すなか、脱原発決定は主要国(G8)で初めてとなる。
メルケル首相は「大きな挑戦だが、将来に多大な好機をもたらす」と新方針に理解を求める。だが、ドイツの産業界は実現性に疑問を抱くとともに、経済に混乱をもたらすと懸念を強めている。
ドイツの電力供給は昨年末で原子力が22%、水力や風力、太陽光などの自然エネルギーは16%を占める。政府は原発を順次廃止する一方、自然エネルギーの比率をさらに上げ、20年までに35%にする方針で、同時に節電も進める。
しかし、自然エネルギーの開発や送電にかかるコストは大きいとされ、ドイツでは「脱原発は10%の電気料金アップにつながる」との試算もある。産業界は、電力供給が逼迫(ひっぱく)して生産が不安定になることや、電気料金の上昇で製造業の国際競争力が落ちることを恐れる。
また、ドイツは現在も、旧式原発の一部停止に伴い、隣のフランスから電力を輸入している。今後、原発停止で電力不足に陥れば、電力輸入がさらに増える可能性があるが、「原子力が主体のフランスから電力を輸入しながら脱原発と言えるのか」というジレンマも生じる。
ただ、こうした懸念や矛盾があるにせよ、ドイツの挑戦は注目に値する。
菅直人首相は、日本のエネルギー政策に関し「自然エネルギーの割合を20年代の早期に20%にする」との目標を示したが、実現への道筋は不明確だ。
国内総生産が世界4位の経済大国ドイツが、環境と産業競争力との両立を図るため、具体的にどのような政策を考え出し、技術を導入するのか。同じように技術立国を掲げて歩む日本にとっても、大きな参考となるはずだ。
=2011/06/08付 西日本新聞朝刊=