官民挙げて海外での原発受注を目指す「国際原子力開発(仮称)」は、経済産業省が旗振りをした「国策新会社」だ。政府の新成長戦略の元となった6月発表の「産業構造ビジョン2010」の中で、行動計画の最初に掲げた案件が新会社の設立だった(Memo3参照)。
今秋をめどに設立される新会社は、新規導入国への原発輸出の一元的な交渉窓口となることを目的としている。米欧市場は民間企業ベースで商売が成り立つうえ、市場の急拡大が見込まれる中国は自前主義の開発を目指しているからだ。
新会社は相手国の要望をつかんだうえで、原発の建設から運転、保守、人材育成など、日本が持つ幅広い技術やノウハウをとりまとめ、相手国に提案する。
「これまでの原発メーカーだけの戦いに電力会社を巻き込めたことが大きい」と経産省幹部は期待を込める。
狙いは当面、ベトナムでの受注にある。第1期計画ではロシア企業が受注したため、新会社を交渉主体にして第2期で巻き返しを図る。ただ、国営企業が中心の韓国やフランスなどとは違い、新会社は民間企業の集まりだ。「日の丸」の下で各社の方向性をまとめたい政府の思いとは裏腹に、必ずしも各社の利害、思惑は一致しない。
メーカーはそれぞれ欧米の有力企業と提携したり、傘下に収めたりして関係を強化し、受注拡大を図ってきた。個別にグローバル展開する際には、互いにライバルでもある。
新会社にかかわるメーカーの幹部は、「案件発掘の段階は個別企業で取り組む。新会社は、受注に近づいた段階で、電力会社や政府の機能を生かす構想だ」と説明する。しかし、実際に1社が選ばれたときに他社がどういう形で連携するのか、まだ方針は固まっていない。
別のメーカー幹部は「無理に新会社を通して新興国の案件を取りに行く必要はない」と漏らす。既存の原発がある先進国向けだけでも市場は大きく、今後の伸びも期待できるからだ。
仮にメーンの契約会社に選ばれなくても、受注した外国企業への技術供与や関連設備の納入などを通してプロジェクトに参加すれば、低いリスクで利益を得ることもできる。
新興国相手の売り込みであっても「新会社が出て行くかどうかは案件次第。個別で取り組んだ方が効率的な場合もある」との意見もメーカーにはあり、前のめり姿勢の政府とは温度差もある。
リーダー役を任される電力会社は、海外の原発の運転を担当した経験は、ほとんどない。このため、特に新規導入国での原発運営には不安を抱える。
東京電力も海外の火力発電所への出資や運営では10年以上の実績があるものの、法整備などの基盤を一から作る必要がある新興国向けの原発は未経験だ。
東電は新会社の社長を出す立場。東電の国際部長、久玉敏郎は「各社一丸となる体制に揺るぎはない」と言う。ただ、電力会社は長年の安全運転を求められる。久玉は「海外で赤字になっても国内料金に転嫁したり、税金で穴埋めしたりはできない。
採算面や安全面でのリスクの精査は重要だ」と話し、慎重さも必要だと認めている。
関西電力原子燃料サイクル部長の合澤和生も「立場の違いを乗り越えて国策に協力する用意はある。国には、不測の事態でのコスト増加にも、貿易保険を適用するなどの環境整備をお願いしたい」と話す。
経産省内には、貿易保険法を改正して、企業が取るリスクをさらに減らせないかという案も浮かぶ。
すでに新成長戦略の中で、貿易保険の適用範囲の拡大を挙げているが、さらに踏み込んだ支援をする狙いだ。
一方で、官民の役割分担をめぐっては、議論もある。インフラ輸出にかかわる融資を担う政府系金融機関・国際協力銀行(JBIC)経営責任者の渡辺博史は、7月28日の定例会見で、政府主導のインフラ輸出の是非を問われ、こう答えた。
「(建設から運営まで)システムとして組み上げるのは民間企業の仕事で、経産省がする話ではない。(ビジネス上の)障害や不足点があれば、税制の変更など制度の整備をするのが政府の役割だ」
各国がトップ外交も含めて原発の受注競争に乗り出すなか、日本の政府は、どこまで乗り出し、どこまで企業に任せるべきか。その線引きはまだ定まってない。
(文中敬称略)