ダブルキャリア列伝【1】 海堂 尊さん

[第4回] お金に執着しない、社内政治に関わらないのが両立の秘訣

 
 

 ダブルキャリアとは、複数の仕事をかけ持ちし、多忙だけれども、充実した職業生活を送る、そういう行為を指す言葉である。広い意味でいえば「副業」ということだが、小遣い稼ぎ、お金儲けがその筆頭動機ではないという点で、あえて「キャリア」という言葉を使っている。
 ひとつの会社に定年まで勤めるという雇用慣行が崩れる一方、人々が働く期間は明らかに長くなっている。夢を仕事にしたい人、充実したセカンドキャリアを送りたい人、「仕事は遊び、遊びは仕事」だと思う人、そういう人にお勧めしたいのがダブルキャリアだ。
 この連載では、2007年7月に『ダブルキャリア 新しい生き方の提案』(共著、NHK生活人新書)を上梓した荻野進介が、スーパーなダブルキャリア人たちを取材し、そのきっかけ、仕事ぶり、両立させるノウハウなどを伺っていく。


インタビュー・構成=荻野進介
●おぎの・しんすけ 1966年、埼玉県生まれ。一橋大学法学部卒業。著書に『ダブルキャリア 新しい生き方の提案』(共著、NHK出版、生活人新書)。

 
 

《ダブルキャリアには、転職や起業を考えている人が新しい仕事を試す手段として実行する「予行演習型」、本業と副業を共存共栄の関係にする「相乗効果型」、ひとつの仕事で磨いた能力を別の形で生かす「他流試合型」がある(『ダブルキャリア 新しい生き方の提案』(NHK生活人新書)。海堂氏の場合は2番目だろう。》

── 作家の収入と、医者の収入、どちらが多いのでしょうか。

海堂 今は物書きのほうが圧倒的に多いです。ただ、もともと僕は、収入にそんなに重きを置かない人間なんです。とりあえず、食える分があればいい、と。独身のころは、いつも財布に10万円、貯金通帳に100万円あればいいと思っていました。これって、そんなにご大層な金額ではないでしょ。
 お金をかけると、あんまりいいことないと思いますよ。だから、お金が欲しくてダブルキャリアをやるんだったら、最初から失敗をはらむじゃないかと思います。

記者 なぜでしょうか。

海堂 欲があるからですよ。欲があるとダブルキャリアはうまく展開しない。僕がうまく両立できているのも、お金とかにまったく欲がないことを、まわりの皆さんが理解しているからです。あと、自分の言いたいは主張せずにはおれない変わり者だということも、皆さん理解している。本当にそうなんですよ。だから、私が本を書くということも、単に意見を発表する場が巨大化しただけだという理解です。「まあ、しょうがないね」って。「だれだ、あいつにハンドマイクを渡したのは?」「もう知らないよ」というのが本音かもしれない(笑)。
 だから、スタンスが一貫していることと、それから、ダブルキャリアというときには、必ずファーストがあってセカンドがありますよね。そのファーストのところで、ちゃんとデューティ(義務)をこなしていることが不可欠です。さらに、そのデューティの枠を自分でかっちり設定できれば、いいんじゃないですかね。さっき申し上げた通り、今の勤務先では僕の仕事は僕だけしか担当者がいない。別にダブルキャリアっていっても、一本目のキャリアをしっかりやっていれば、やるのは、そんなに難しいことじゃないんです。でも、欲があると反感をかうので、なるべく抑える。社内政治にも関わらないほうがいい。私もずっと下っ端で、全然偉くなってないですからね。

《2006年2月刊の処女作『チーム・バチスタの栄光』から最新作の『ジーン・ワルツ』(新潮社)まで、2年間で、8冊のミステリーと1冊の科学啓蒙書を上梓している他、日経メディカルのサイトでブログも書いている。宝島の担当編集者によれば、「書くのがすごく早くて、いつ寝ているのかわからない」くらいだという。どんなやり方で執筆しているのだろうか。》
── 執筆は自宅でやられるんですか。

海堂 執筆は個の作業です。大まかな骨格は集中しなければならないので、勤務を4、5日、休めるときに書くんです。3日間、年休をとって土日をつけると5日間、確保できますから、一人になって、こもって書くんです。それで一冊の半分ぐらいはだいたい出来上がります。
 そこから、また病院の仕事をちゃんとこなして、折を見て、また休みを取って、半分書く。そうすると一応できあがるんですが、まだぐちゃぐちゃな話なんです。それに赤入れをするのは、夜とか、朝の出勤前にとか、30分、1時間の細切れ時間を使って、気が向くと毎日やっています。その二本立てでいくんです。切羽詰まると、移動中も赤入れやトリミングはできるわけですが、物語の骨格は移動中には書けません。アイデアをメモするぐらいです。
 ― ご自分をなんと名乗っているんですか。
 海堂 一応、医師・作家ですね。初期のころ、10冊本を書いたら「作家」と言おうかなと思ったんだけど、達しないうちに周囲が言い始めたので、それでいいや、と思っています。作家というのは、自分から名乗るべきではなく、人が呼ぶ肩書きだと思うんです。資格もないし。医師は国家試験を受けて通って、認められたという資格があるわけですから、キャリアとしては医師のほうが確固としていますよ(笑)。だけど作家という肩書きも魅力あるものだと最近少し日和李始めています。その結果として、医師・作家という名乗り方になっているわけです。

*


 ≪ インタビューを終えて ダブルキャリアの掟 海堂尊氏の場合 ≫

 『チーム・バチスタの栄光』で、主人公の医師、田口を助ける副主人公といった位置づけにある厚生労働省技官、白鳥圭輔が「パッシヴ・フェーズ」、「アクティヴ・フェーズ」なる言葉を使っている。バチスタ手術の失敗が相次ぐ原因を、主人公らが手術チーム各メンバーへの聞き取り調査で探っていく場面である。
 聞き手が受動的になり、相手の言いたいことを十分に引き出す努力を重ねる、それがパッシヴ・フェーズである。逆に、相手を刺激する、さまざまな質問を投げかけ、相手が心の奥底で思っていたこと、思っていても言いたくもなかったことを引き出すのがアクティヴ・フェーズだ。主人公、愚痴外来の田口は、パッシヴだけしかできないと白鳥に揶揄される。白鳥はどちらもできるが、明らかにアクティヴが得意だ。
 これ自体、海堂氏がでっちあげた用語らしいが、本人へのインタビュー中、これまでの話の流れから、明らかに意味のない質問を投げかけると、まったく別のボールを投げてこられた。その瞬間、恐ろしく論理的で、頭の回転の速い白鳥の姿が海堂氏の中に垣間見えた。おそらく、アクティヴな方なのだろう。実際、人の話を黙って聞くのは苦手だそうである。
 そんな海堂氏がダブルキャリアをうまく構築できているのはどこに秘訣があるのだろうか。最後に、海堂流ダブルキャリアの掟を考えてみよう。
 まず挙げられるのは、「好きなことを2つ目のキャリアにしていること」だ。書くことは遊びだ、ときっぱり言う。だからこそ何があっても続けられる。書きたいことがあるから書く、書きたくなくなったら、躊躇せず、筆を措くという姿勢は書き手としてまことに理想的である。
 ふたつ目に「ひとつ目の仕事と2つ目の仕事が関連していること」を挙げたい。海堂氏の作品は医療系の社会派ミステリーと言える。いくらミステリーでも鉄道トリックを使うような内容ではない。ひとつ目のキャリアとふたつ目が無関係ではないのだ。そこに強さがある。インタビューではその辺りはやんわりと否定されたが、ミステリーという形で、本業の危機、つまり医療崩壊の実情を社会に訴えたい、という強い気持ちがあるのではないか。
 最後の掟は「欲を抱くな」である。欲とは主に、ふたつの目のキャリアにおける「お金」と、ひとつ目のキャリアにおける「出世」だろう。
 ダブルキャリア(副業)は「お金ありき」ではうまくいかないのはよくわかる。一方で、お金が得られないと面白くないし、緊張感もない。ただのボランティアで終わってしまう。結果的に、ある程度のお金が得られるということは必須だろう。といっても、海堂氏の場合、お金に執着しない性格であるのはインタビューをしていて、よくわかった。
 最初のキャリア(本業)での出世は求めないが、任せられた仕事はきちんとまっとうし、同僚に迷惑はかけない。その辺、病理医という、極めてニッチな専門職にあったことが今の海堂氏のダブルキャリアの下支えになっているのだ。
 蟹は甲羅に似せて穴を掘る、という。海堂氏は自分の甲羅がよくわかっていて、それに合わせて穴を掘った。もしくは掘るに足る穴を見つけた。この場合の穴とは仕事自体も含む職場環境である。ダブルキャリアをやりたい人は、自分の甲羅に似せた穴を見つけるところから始めるといいかもしれない。

 
 

海堂 尊

Takeru Kaido
1961年生まれ。外科医を経て、現在は研究系病院の病理医として勤務。2005年、宝島社主催の第4回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞、翌年2月に発売された受賞作『チーム・バチスタの栄光』がミリオンセラーとなり、今年2月には竹内結子、阿部寛主演で同名の映画も公開された。処女作の後も、『ナイチンゲールの沈黙』『ジェネラル・ルージュの伝言』『螺鈿迷宮』『ブラックペアン1988』『ジーン・ワルツ』など、精力的に作品を発表。一方で「診断原則確立」の一環として死亡時医学検索のためのAi(Autopsy imaging)の導入を訴えている。Aiに関しては著書『死因不明社会』に詳しい。

 
 

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