-自然と伝統 環境の今後-
フランシス・ベーコンが「人間は事実を信じるのではなく、そうあって欲しいと思うものを信じる」と言い、進化論を著したチャールス・ダーウィンが「信じるのがイヤでも勇気を持って見れば真実が見える」と言った 1)。私たちは技術者だから、勇気をもって真実を見ることができる。熱力学第二法則がある限り、循環型社会が成立しないことは間違いなく、我々の活動のドライビング・フォースが還元炭素であり、それが太陽エネルギーで作られるものであれば、その範囲での文明を作り上げていかなければならないのも当然である 2)。
それと同時に私たちの世代だけ、あるいはこの10年だけを享受すればそれでよいという考え方もあながち否定はできない。事実、リサイクルもその他の環境問題もここ10年が良ければよい、そのことを永久的に見せて勇気をつけていくのだという道筋を選択している。
しかし我々は自らの生活を守ることはできるのだから、DDTの規制によるマラリア患者の悲惨な状態を再び作り出さないようにするためには、環境というものが「部分」的なものではなく「全体」であること、20世紀の工業に間違いがあったとしたらそれは部分的な正当性を主張しすぎたことにあるという教訓を生かすことだろう。
環境と材料という点では著者は2つの試みをしている。一つは「自然に学ぶ」、もう一つは「伝統に学ぶ」ということである。自然に学ぶ材料の一つの試みとして「自己修復材料」の研究を進めているが、自然界の材料のほとんどが外敵に対して通常の防御(受動防御)を行うと共に、劣化したり破損した材料を自己的に修復する機能を有する 3)。これに対して人工的材料は劣化を遅くする手段はとっているが、劣化した部位を元に戻す機能は有さない。その結果、例えば人体のようにかなり複雑な機能を発揮し、人体を構成する材料はかなり脆く攻撃を受けやすいが、それでも80年近くはその機能を発揮することができる。
このように自然に学ぶ材料はこれまでにない特徴を持つ可能性がある。そして自然は持続性があり自然との調和も取れていることから、自然に学ぶ研究は多くのことを教えてくれるものと考えている。
また「伝統に学ぶ」という思想も、自然に学ぶ思想と類似のものである。伝統とは自然との関係で人間が得た知恵が集約されていて、そのうち価値があって長い年月の間の人間の情報伝達の中で淘汰されずに残ってきたものである。従って伝統情報の中には一見して現代科学では否定される内容を持つものがあるが、それが長い伝統で生き残ってきたと言うこと自体が、ある真実を含んでいるものと考えられる。著者らは油団という夏の敷物で、熱伝導率が高く弾性率が低い伝統工芸品を近代科学で解析を行っている。この油団は夏に使って涼しさを増し、さらに60年ほどの使用寿命を持っている上に、30年ほど経ったところがもっとも美しいという特徴を有している。このような特徴は現代の人工的材料には見られない。
環境と材料という点でさらに追加しなければならない事がある。
材料の歴史からは3300年にわたって続いてきた鉄器時代が終わりを告げ、複合材料時代へと変化しつつある。このような大きな歴史的変化に対して材料技術はそれに追いついていない。特に有機材料の分野では材料面として疲労破壊と燃焼性、そしてプロセス面では有機溶媒の大気中への飛散という問題がある。プラスチックやゴム、そして繊維などは鉄や銅などの材料に対して使い捨てにされることが多く、基幹材料や近代工業製品の中で機構材料として使用されることは少なかった。そのため長期使用による疲労破壊や使用中の燃焼現象などにはあまり注目されず、ともかく安くできて成形が容易であることに主眼が置かれてきた。しかし、金属材料に変わってプラスチックが使用されるようになると、疲労破壊、長期信頼性、燃焼性などが大きな課題になる。これらも環境と材料という視点から今後のプラスチック材料の中心的課題になるだろう。
このように「材料の損傷に基づく信頼性の欠如」は特に生物界で使用されている材料と比較して20世紀が積み残した課題でもある 4)。
参考文献
1) C. Darwin, “On the Origin of Species”, John Murray, London (1859)
2) E. Fermi, “Thermodynamics”, Dover Publications (1937)
3) K. Takeda, “Science and Technology of Advanced Materials”, Vol.4, No.5, pp.435-444 (2003)
4) 橘俊一, 石川朝之, 松田成広, 畑尾卓也, 棚橋満, 武田邦彦, 日本信頼性学会第17回秋季信頼性シンポジウム発表報文集, pp.23-26 (2004)
武田邦彦
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