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2011年6月9日(木)付

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原発事故報告―集中立地の弱点認める

一言でいえば、反省文の全面展開だ。政府が国際原子力機関(IAEA)に提出した福島第一原発事故の報告書である。暫定版の位置づけだが、事故発生以来、批判され不備を認めたこと[記事全文]

タイ総選挙―民主主義前進の契機に

タイで7月3日、3年7カ月ぶりに総選挙が実施される。アピシット首相が先月、任期を約半年余して下院を解散した。海外逃亡中のタクシン元首相派の政党がタクシン氏の妹を首班に立[記事全文]

原発事故報告―集中立地の弱点認める

 一言でいえば、反省文の全面展開だ。政府が国際原子力機関(IAEA)に提出した福島第一原発事故の報告書である。

 暫定版の位置づけだが、事故発生以来、批判され不備を認めたことの大半を盛り込んだ。

 目を引くのは、複数炉立地の弱点に触れたくだりだ。「一つの原子炉の事故の進展が隣接する原子炉の緊急時対応に影響を及ぼした」。個々の炉の独立性を高める対策などが必要としているが、集中立地そのものの危うさを認めたともいえる。

 むすびでは「安全確保を含めた現実のコストを明らかにする中で、原子力発電のあり方についても国民的な議論を行っていく必要がある」とも書く。

 原子力平和利用の旗を掲げるIAEAに出す文書としては、一歩踏み込んでいる。

 不十分な点も多い。

 原発で何が起こったか。その経過は詳述されている。だが、政府や東京電力のどこの部署がどんな理由でどう判断したか、関係部署の間でどんな指示や情報のやりとりがあったか――その全容はまだ見えない。

 政府組織の改革案は示されたが、「原子力村」の閉鎖性を破る決め手には欠く。

 そこで、最終報告書づくりに向けて期待されるのが、「失敗学」の提唱者、畑村洋太郎さんを委員長とする事故調査・検証委員会だ。この事故調の弱みも強みも、委員に原子力工学の専門家がいないことにある。

 関係者からの聴き取りを重ねて事故の真相に迫るとき、それは弱みになる。聴きだした話の矛盾点を見いだす能力は欠かせないからだ。委員の下に、中立で強力な専門家集団を置くことも一案だろう。

 念を押したいのは、畑村さんの「責任追及は目的としない」という方針を、取り違えてはならないということだ。

 方針の趣旨は、再発防止の鍵を得るには、当事者が刑罰や制裁を恐れずに洗いざらい真実を語る環境をつくる必要があるということだろう。これこそが失敗学の核心であり、事故調の役割を言い当てている。

 それが、責任の所在をぼやかすことにつながっては、結果として事故の全体像も見失う。

 一方で強みもまた、委員の顔ぶれに原子力村の色合いがないことだ。科学技術史の専門家もいる。地震学者もいる。原子力村のしがらみなしに、この地震列島に原発が増え続けた内実にも切り込めるのではないか。

 過去も未来も視野に入れ、大構えで、日本の原子力そのものを検証してほしい。

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タイ総選挙―民主主義前進の契機に

 タイで7月3日、3年7カ月ぶりに総選挙が実施される。アピシット首相が先月、任期を約半年余して下院を解散した。

 海外逃亡中のタクシン元首相派の政党がタクシン氏の妹を首班に立て、アピシット首相の民主党と激しく争う構図だ。

 なにより、公正な選挙戦が展開され、すべての関係者が開票結果を尊重する意思が求められる。そうした民主主義の基本はこの5年間、ないがしろにされ続けてきた。

 貧困対策や経済政策が奏功し、議会で圧倒的な多数を握っていた当時のタクシン首相を2006年、軍がクーデターで追い出したことが発端だった。

 以後、元首相を支持する東北・北部の農民や都市貧困層が、軍・司法・枢密院といった官僚組織や王党派とされる既得権層と激しく対立し、社会の分裂は癒えることがない。

 07年末の総選挙でタクシン派が勝利して再び政権に就くと、反対派は空港を占拠して揺さぶりをかけ、裁判所が選挙違反を理由に政権与党を解散させた。続いて軍の連立工作で現在の民主党政権が誕生した。

 納得しないタクシン派は09年、デモで東アジアサミットを中止に追い込み、去年は総選挙を求めて首都の中心部を長期間占拠した。軍はこれを武力で排除し、90人以上が死亡した。

 タイはいま、隣国カンボジアと国境紛争を抱える。戦闘続きで双方で死者が相次いだ。

 東南アジア諸国連合(ASEAN)が調停に乗り出し、監視団の派遣を提案したが、タイは軍の反対で受け入れていない。

 タイの内政がここにも影を落としている。対外的な緊張を利用して軍が政治介入の環境を整えているとか、タクシン派が選挙で勝てばまたクーデターだ、といううわさも飛び交った。

 王室に対する不敬を理由に、タクシン派幹部や学者らへの捜査、ラジオ局やウェブサイトの閉鎖が続いている。

 言論や集会への干渉が激増したのも、この5年のことだ。

 90年代前半から06年まで軍は政治に介入せず、経済発展とともに議会制民主主義が定着したとみられてきた。

 今回の選挙で時計の針を戻したい。街頭占拠や軍・司法の介入ではなく、投票で社会の対立を解消する機運を育む好機だ。

 15年に経済統合をめざすASEANにとっても中核国であるタイの民主化は欠かせない。

 経済だけでなく、文化面や人の交流でも日本とつながりは深い。民主化の進展に注目し、後押しする姿勢を示したい。

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