目を覚ましたら、ちっこい箒に獣耳が生えていました。
何を言ってるんだと思うが、俺の顔を覗き込んでいる二頭身サイズの箒が俺の上に乗っている。
最初はまだ寝惚けてるのかなと思ったけど、何気に箒の頭に生えている獣耳を触ってみると、
ふにゃっ……と、手触りのいい感触が指先に伝わった。
おお、柔らかい……と調子に乗ってフニャフニャっと触ってると箒が『ほにゃ~』と顔を崩してくすぐったそうに身を捩っていた。
なに、この可愛い小動物は?
上半身を起こして今度は頭を撫でてあげると、恥ずかしそうに目を瞑ってなすがままにされていた。
そのまま十分程堪能した後、手をどかしたら少し寂しそうな顔で見上げてきた。
……箒、それは流石に反則です。
鼻を押さえ熱い液体が滴り落ちかけるのを阻止しながらもう一度箒を見た。
剣道着の二頭身サイズの体型に頭に生えている獣耳――犬耳かこれ?――、極めつけは腰から生えているモフモフの尻尾。
まずい、猛烈に触りたい。
左右に振る尻尾を直接この手で満足するまで触りたいぞ。
いやいや、落ち着け織斑一夏!
今はそれどころじゃないだろ? 最優先すべきことは、何故箒がこんな状態になっているのかだろ。
考えられることは幾つかある。
原因その1、ここはまだ夢の世界。
原因その2、昨日の授業で喰らった千冬姉の出席簿クラッシャの後遺症が見せる幻覚。
原因その3、俺の妄想が現実となった。
原因その4、考えたくないけど、束さんが絡んでる?
この中から一番有力なのは……うわぁ、その4が一番可能性がありそうだぞ。
あの人だったら何をするか分かったもんじゃないからな、特に箒絡みになると更にやばい。
ポンポン
満面の三日月の笑みを浮かべる束さんの姿を思い浮かんで頭を抱えていると、不意に胸元から軽い音が聞こえた。
下を見ると、箒が不安そうな顔で俺を見上げて――
「一夏、苦しいのか?」
心配そうな声で俺の心に刃を突き立てた。
ええ、正直に言うと萌えました。それもう俺の硝子の心を砕くほどのクリティカルヒットでした。
「……ちょいタンマ」
再び鼻を押さえるも指の隙間から赤い液体が滝の如く流れ落ちていった。
て、ティッシュはどこだ。このままだと出血多量で萌え死んでしまう。
「い、一夏!? 大丈夫か!?」
止まる様子がない鼻血の量を見て箒が慌てながら俺にしがみつく。
「ああ、血がこんなに!! だめだ、死んだらだめだ、一夏!!」
涙目の箒を見て更に精神ダメージを喰らう俺は意識が半分失いかけていた。
な、なんつう破壊力だこれは。冗談抜きで萌え死んでしまう……
と、馬鹿なことを考えながら俺の意識は闇の底に沈んでいった。
次目覚めるときは現実でありますようにと願いながら――再び深い眠り(気絶)に入った。
目を覚ましたら、獣耳が生えているちっこい千冬姉が腕を組んでいました。
あれ、なんかデジャヴを感じるけど?
現在、俺はベッドの中にいた。心配そうな顔で俺を覗き込んでいる二頭身サイズの千冬姉を見て俺は自分の頬を抓った。
全力全開手加減無用で頬を抓ると――滅茶苦茶痛かった。
そんな俺の行動を見て千冬姉は一瞬だけ茫然とすると、すぐさま怒った顔で空いていた頬を思いっきり抓ってきた。
「イタタタタタ!?」
「何をやってるんだ。ようやく起きたと思ったら奇怪な行動を取るな、この馬鹿者……倒れたと聞いて心配したんだぞ」
最後の言葉は声が小さかった為、聞き取れなかったが俺の事を心配していたことだけは分かった。
両方赤くなった頬を擦りながら、千冬姉の方に顔を向けた。
黒のスーツ姿の二頭身サイズの体型に獣耳――今度は狼耳?――、腰から生えているモフモフの尻尾。今はパイプ椅子に座った状態でこっちを見ていた。
気絶する前に見た箒と同じ姿に俺は少し眩暈を覚えた。
いや、なんというか……まさか千冬姉までこんな状態になってるなんて予想外だぞ。
しかも夢じゃないときた。
さっき試しに自分の頬を抓ったからこれが現実だと嫌というほど実感された。……千冬姉に抓られた頬の方が痛かったのは内緒だ。正直、千切れるかと思った。
とりあえずこれが今の現実だということを無理やり納得して、俺は千冬姉に聞いてみた。
「なあ、千冬姉。なんでそんな姿になってるんだ?」
「ここでは織斑先生と呼べと言っただろうが。まあ、今は誰もいないから良しとしよう。……でだ、それはどう意味だ?」
「どういう意味って、そのまんまの意味だけど?」
「ん? 何が言いたいんだ?」
「いや、だから何で千冬姉はそんなに小さくなったんだ? しかも獣耳や尻尾が生えているし……」
俺の質問に千冬姉は困った顔でこう答えた。
「何を言っているんだ? 私は『元々こういう姿』だぞ、一夏。まだ寝惚けているのか?」
「へ?」
「ハァ、どうやら疲れているみたいだな。来週のオルコットとの試合に向けて篠ノ之と一緒に訓練をするのは構わんが少しは休息を取るのも大事だぞ? あまり根を詰めすぎて疲労感を溜め込むな。いいな?」
「え、ええ? ち、千冬姉?」
ど、どういうこと?
千冬姉の姿が元々そういう姿? 来週にオルコット……セシリア、だよな?との試合? 俺が? なして??
「どうした? 何か聞きたいことでもあるのか?」
「え、えと来週にセシリアと試合するってどういうこと?」
「そこまで忘れたのかお前は? 四日前にクラス対抗戦でどちらが出るか揉めていただろうが。どちらがクラス代表になるかを決闘という形で来週の月曜のアリーナで試合することになった――思い出したか?」
ああ、思い出した。
けど、それはもう『一ヶ月前』に終わった出来事のはずだ。
そう、もう終わっている筈の出来事の……はずだよな。
「やっと思い出したようだな。まあ、今日は体を休ませて大人しく寝ていろ。あとで食堂から夕食を取ってきてやる」
「あ、ありがとう千冬姉……」
「ふふ、気にするな。姉でありルームメイトである私の役割だ」
……ちょいと待ってください。今なんて言いましたか?
それに一番肝心なことをまだ聞いていない。
「千冬姉、二つほど質問なんだけど……」
「なんだ?」
「俺の記憶違いじゃなかったら、確か俺のルームメイトは箒じゃなかったけ?」
「いや、お前のルームメイトは私だ。ちなみにここは寮母室だぞ」
「……最後に、女性って千冬姉みたいな姿だったけ?」
「そうだ」
…………うん、今日は早く寝よう。疲れた時は睡眠が大事だしね。
け、決して現実逃避をするわけじゃないからね!?
「なので、おやすみなさい」
「ああ、ゆっくり休め」
俺の頭を暖かく小さな手が撫でてくれるのを感じながら、俺は三度目の眠りの世界に落ちていった。
ああ、次こそはどうか現実でありますようにと願いながら……
第一匹につづく