バーナンキ議長講演〜景気減速を示唆
・成長のアウトルックについて(The Outlook for Growth)
米国経済は予測された以上に減速している。第1四半期では前年比1.8%の成長でしかなく、今四半期においては、日本の震災と津波に関連付けられたサプライチェーン障害が経済活動を阻害している。最近数週間、労働市場のモメンタムはやや低下していることがいくつかの指標から示されている。我々はもちろんこれらの進展を監視している。日本の災害の製造業への影響は今後数カ月に渡って表面化してくる可能性があり、ガソリン価格はややモデレートなものになってきており、成長は今年の後半からやや上向きになっていく可能性がある。総じて、数百万人の失業者や不完全雇用者の観点から、セクター間で一様ではなく、イライラするほど遅いものではあるが、経済活動は緩やかなペースが続いている。
現状の景気の見通しにおいて、減速していると議長が認めたのは、昨年のQE2開始以降これがはじめてとなる。その要因としては東日本大震災によるサプライチェーン障害の影響をうけているとしている。但し、今年の年後半以降は上向きになっていくとみているようだ。しかし、雇用状況については悲観的にみており、900万人の失業者の多くは再就職に結びついていない現状を反映したものとなっている。
今後の数四半期において、経済が拡大するかどうかについては、家計における消費の能力や意欲が重要な決定要素となってくる。前向きないしは後ろ向きな力の範囲は家計の金融及び態度、両方に影響を与える。ポジティブ側面としては、家計の収入は、昨年12月に議会で可決された所得減税だけでなく労働市場の状況が改善していることによって上振れしている。家計の財産が増加し、債務負担がより低くなっていることは、家計の消費意欲を高めている。ネガティブな側面としては、家計はいくつかの逆風にさらされており、高いエネルギー価格、いくつかの信用市場で厳しさが継続していること、そして未だに高い失業率であり、これらはすべて消費者信頼感において犠牲となっている。
米国経済は個人消費の依存度を強めている。これは後述となるが、住宅・商業用不動産市場及び雇用、さらには財政が景気にネガティブに作用していることに起因している。ここでは家計消費支出のポジティブな要因として、昨年12月に決まった所得減税や雇用の改善による家計所得の増加を挙げているが、同時にネガティブな要因としてエネルギー価格の高騰や信用市場の状況がタイトであること、さらには失業率を挙げている。
労働市場の進展は、家計消費にとって極めて重要となってくる。ご存知のように、雇用の状況は正常から極めて遠い。例えば、生産労働者の延就業時間数(パートタイマー就業者にまで拡大し、就業した人数と同様に残業の機会も反映した包括的な指標)はリセッションの始まりから2009年の10月に掛けて、10%から低下している。景気拡大の時期の間に就業時間は増加したものの、その指標ではリセッション前よりもおよそ6.2%低下したままである。ほかの指標では、総雇用者数や就業者比率や失業率は似たような構図となっている。特に、懸念しているのは、長期失業がとても高い水準であるということだ。長期に失業してしまった人は、彼らのスキルが時間の経過とともに劣化する傾向にあることや、雇用者が長期失業者を雇うことに消極的であるため、以前に比べて仕事を得ることは難しくなってしまっている。
労働市場は極めて弱く、その進展は平坦なものではないが、総じて見れば徐々に改善しているサインが出ているように思われる。例えば、民間雇用者数の5カ月間の増加幅の平均は月当り18万人となっている。しかし、言及しておきたいのは、最近の指標ではいくらかモメンタムが低下していることが示唆されており、先週の金曜日の雇用統計における5月の民間雇用者数は8万3千人の増加だった。年後半には成長が強まることで、採用は前月のペースは上向いてくると思うが、しかし、最近のデータは、雇用の状況を注意深く監視し続けることが必要であると強調している。
ここでは労働市場の回復が満足できるレベルからは程遠いことを述べている。週間あたり生産労働者の延就業時間数(hours of production workers(Total Private)については回復が遅れている。以下のグラフは 週間あたりの生産延就業時間(INDEXES OF AGGREGATE WEEKLY HOURS OF PRODUCTION AND NONSUPERVISORY EMPLOYEES)の推移(出所:米労働省)。
企業のセクターにおいては総じて上向きの構図となっている。機器やソフトウェアへの支出は拡大し続けており、販売の見通しが改善していることや経年化した設備を取り替える必要性を反映したものとなっている。多くの米国の企業は製造業だけでなくサービス業においても、海外のマーケットにおける強い需要の伸びによる恩恵を受けている。今後は民間セクターにおける投資や採用がは、信用状況の改善が継続されていることから容易になっていくはずである。大企業は未だに歴史的に低い金利でファイナンスすることが可能であり、企業のバランスシートは強化されている。小さい企業は未だに信用を獲得することへの難しさに直面しているが、銀行と借り手の調査ではこれらの企業も同じように緩やかに改善していることが示唆されている。
対照的に、建設業では実質的にすべての部門において悩ましさが残っている。住宅セクターにおいては、低い住宅価格やモーゲージ金利は、住宅が過去の標準に比べてお手頃であることを意味しているが、しかしモーゲージローンの引き受け基準は極めて厳しく、多くの潜在的な住宅購入者はローンの質を満たせていない。雇用の見通しが不透明で、住宅価格の先行きも、潜在的な購入者を阻害している。住宅の需要にとってのこれらの阻害要因や、空き家及び差し押さえ物件の巨大な在庫は市場にとって供給過剰となっていることから、新築の1戸建て住宅建設はとても低い水準のままとなっており、住宅価格は下落し続けている。住宅セクターは、一般的に経済の回復において重要な役割を果たす。しかし米国において抑圧された住宅市場の状態が、我々が想定している以上に景気回復が活発ではないことの大きな要因となっている。
公共セクターの進展も回復のペースを決定する。しかし、構図としては相対的に弱い。州や地方政府の財政立て直しは、支出や雇用をカットしている。さらに連邦政府の財政政策により最終需要の伸びは後退し続けている。
・インフレ見通しについて(The Outlook for Inflation)
インフレの見通しについて話を変えてみることにする。ご案内のとおり、昨年来多くのコモディティ価格は鋭角的に上昇しているが、これは、以前よりもやや下落しているものの、ガソリンの消費価格や他のエネルギー製品、そして食品価格をより高騰させている結果となっている。総合的なインフレ率はこれらの価格の上昇の影響を反映している。例えば、4月までの半年間において、消費支出物価指数(PCEデフレータ)は、前年比において、過去2年間の平均である1%以下であったことと比較すると、3.5%にまで上昇している。
最近の物価上昇は懸念となっているものの、適切な判断及び政策的な応答はインフレ率の上昇が永続的になるかどうかに依存している。これまでのところ、確かに、ガソリンのような単一製品の価格で最近の消費者物価を押し上げてはいるものの、少なくともインフレが我々の経済に、広範的に渡るようになってきているか、もしくは根づいてきているという証拠はない。もちろん、ガソリン価格は家計の財政や広範的な経済にとって非常に重要である。しかし、ガソリン価格の上昇それだけで総合的なインフレ上昇になっている事実は、原油もしくはそれに関連付けられた製品にとって、他のコモディティ同様、米国経済の特定要因よりも、グローバル市場が最近のインフレの動向の主な背景要因になっているということを示唆している。重要なインプリケーションは、もしエネルギーや他のコモディティ価格が現状の水準近辺で安定化すれば、先物市場や多くのフォーキャスターの予測として、総合的な物価上昇への上方への弾みは衰えていくこととなり、最近のインフレ上昇は一過性であることを証明するだろう。さらに、ここ数週間でみられるような多くのコモディティ価格の下落は、そのような調整が起こっていることを示唆しているのかもしれない。
より安定化したコモディティ価格の予想の他に、2つの要因がインフレは中期的により落ち着いた水準に戻って行く可能性を示唆している。第1に、米国の労働市場や生産市場において未だに実質的なスラック(緩み)がインフレ圧力の影響を緩和させ続けている。特に労働市場の弱い需要によって、賃金増加は生産性の向上に追いついてはいない。そのようなことから、企業部門におけるユニットレーバーコストの水準はリセッションの前よりも低い。ほとんどの企業の生産コストにおけて労働コストが大部分を占めることから、ユニットレーバーコストの落ち着きがインフレの抑制に作用し続けている。はっきりしていることは、私は実質賃金の健全な上昇が低インフレと矛盾するということを主張しているのではない。この2つが完全に一致してこそ生産の伸びは本当に強くなる。
2つ目の要因として、長期的なインフレ期待は安定している。最近総合的なインフレが上向きになっているにもかかわらず、ミシガン大学消費者信頼感指数の5年インフレ指標による家計の長期インフレ期待の指標、エコノミストの10年インフレ予測、インフレ連動債、そして他の長期的なインフレ期待を示す指標は安定しており、グローバルにおけるコモディティ価格の上昇は国内の賃金及び価格設定プロセスに組み込まれる可能性は低く、それゆえそれらはインフレ率への影響は一時的なものに限られるはずである。インフレ期待の安定は中央銀行が低くかつ安定したインフレの信頼性の維持にできるだけ長くコミットすることを保証する。それゆえFedはインフレやインフレ期待の進展を監視し、物価が十分にコントロールされるのに必要であれば、行動も取るつもりである。
バーナンキ議長をはじめとして、Fedの執行部は現状の物価上昇を一時的と捉えている。その要因としては、労働市場や生産市場においてスラック(緩み)が根強いことや、インフレ期待が安定しているという従来通りの説明となっている。但し、スラックについては大局的なものであり、はっきりとしたものではないため、これをもってインフレが一時的であると決め付けることについてはFed内部でも批判が多い。
(以下「商品価格(Commodity Prices)」の箇所は省略)
・金融政策(Monetary Policy)
結論として金融政策の現状のスタンスについて少し結論づけたい。本日の議論の中で、その進展には凹凸があり、最近のいくつかの指標では減速の兆候が出ているが、米国の景気回復は緩やかなペースで進んでいるようであり、労働市場は徐々に改善している。同時に雇用環境は正常からは程遠く、失業率は高止まりしたままである。物価は直近で上昇しているが、私が予測するにはコモディティ価格が安定し、長期間のインフレ期待が安定したままになっていると仮定すれば、緩やかになっていくはずである。
このような背景から、FOMCは高い緩和的な金融政策を維持しており、FF金利はゼロ近辺に、そして大規模な資産購入を通じてさらなる金融緩和状況を続けている。FOMCでは償還再投資を維持する一方で、今月末に6000億ドルの追加の米国債の買入を完了させる。委員会は経済状況が異例な期間な低水準(for an extended period)の金利を維持するのを保証するだろうと予測している。
米国経済は金融危機や大恐慌以来の重度な住宅バブルの崩壊から回復し続けているが、日本の災害からグローバルなコモディティ市場のプレッシャーに至る範囲でさらなる向かい風に直面している。この文脈において、金融政策は万能薬ではない。ここ数年のFedの行動は、確かに金融システムの安定化や信用の緩和、そして金融の状況、デフレへの警戒、そして景気回復の促進を手助けした。これらのすべては達成されているわけではないが、私が言いたいのは、連邦の財政や米国の納税者にとってネットのコストにはなっていないことだ。
正常な方向に動いて入るものの、経済は潜在的なレベル以下のままである。このことから、緩和的な金融政策は未だに必要とされている。強い雇用創出が持続的な期間維持されるようにならなければ、我々は景気回復が真に確立されたものと考えることは出来ない。同時に、長期的に経済の健全さはFedにおいて、物価安定の維持にとって勝ち得ることが難しい信認の保全が強く求められる。私が説明したように、ほとんどのFOMC参加者は、最近の物価の上昇は一時的であるとみており、インフレは中期的に落ち着いたままであることを予測している。しかしこの見方が間違いである、すなわち、もしインフレが広範囲に渡っていくようになるか、もしくは長期間のインフレ期待が重石から外れていくようになる兆候が現れるのであれば、委員会は必要とされる行動をとるつもりである。すべての状況下において、Fedの責務に一致するレベルにまでインフレを促進させるのを手助けしながら、我々の政策行動は生産や雇用をサポートするという目的に導かれるだろう。
金融政策については特段目新しいものはなく、前回のFOMCで決められたように、追加の米国債購入は6月末に終了することを再表明し、今後は償還再投資(QE2.5)を続けていくこととしている。6月以降に更なる追加の米国債購入(QE3)については示唆されなかった。現状からすればQE3についてはハードルが高く、政策行動の選択肢としてはあまり大きなものにはなっていないものとみられる。一方で景気が減速していることを認めたことから、出口戦略に関するトーンも薄らいでいる。従ってしばらくの間、おそらくは2012年に入った段階においても償還再投資をしながら経済や物価の状況を注視していく姿勢となるものと思われる。
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カテゴリ: 市場視点
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