ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
第肆幕




麗羽様のところに来てから今日で七年……



時間が経つのが早いといった質問は受け付けませんよ?いわゆる『ご都合主義』ですから♪
私は最後の仕事をすべく、玉座の間に向かっていた

思えば色んなことがあった
仕事を投げ出す麗羽様に怒ったり
職務中に逃げ出す猪々子さんを叱ったり
うっかり書簡を忘れる斗詩さんに注意したり
馬鹿みたいにお金を散財する麗羽様に呆れたり
賊の討伐中に談笑し、くつろいでいた三人に夜、お仕置きしたり
麗羽様の飽き性に怒ったり………………



あれ?なんか…涙が出てきた…


俺は涙を袖で拭い、玉座の間を開けた。
そこには既に、麗羽様と猪々子さんと斗詩さん、それに麗羽様の家臣の方々が待っていた


「では、今日の…」

「報告です!」

「何ですの!?朝から騒々しい!」


いきなりの闖入客は斗詩さんの部隊の兵士
その姿は焦った感じである、どうやら、火急の用らしい


「ここから五十里離れた村が謎の盗賊に襲撃され、壊滅!今現在、賊は進路をこの城に向け進行中!その数およそ四万!」


この兵士の報告に辺りがどよめく。無理もない、がここで驚いていても何も始まらない


「お静かに願います!…今、出せる最大の戦力は?」

「はっ…およそ六万かと!」

「…出撃準備!数は五万!残り一万はこの街の防衛に回してください」

「はっ!!!」


俺の言葉に兵士が溌溂と応え、玉座の間を出ていく


「では、麗羽様…号令を」


麗羽様は立ち上がり雄々しく号令をかけた


「では皆さん!私の領地で暴れまわる無能な賊共を華麗に叩き潰しますわよ!」

「「「「はっ!!!」」」」


お元気ですね…皆さん
今回は、俺も攻撃に加わりましょうか

















場所は移り、街から十里ほどの平野
ここに本陣を敷き、賊の進軍を待っている状況だ
今現在、ほぼ全部隊が魚鱗の陣を敷いている。その中で俺の部隊のみが偃月の陣を敷いている


「では、私の部隊が先陣を切り、賊内部を掻き回します。そしてその間に右翼と左翼から部隊を回り込ませ、取り囲み、これを殲滅させる手筈になっています」

「では、撤退の合図はこちらで知らせますので…」

「わかりました…これでよろしいですか?麗羽様」

「よろしいですわ…まぁ、せめて無様に死ぬようなことはないようお願いしますわね」

「はっ、仰せのままに」


俺は身を翻し、部隊の指示に回る


「麗羽様、すこし言い方がきついのではないですか?」

「そうだぜ、姫。ずっと頑張ってくれてたのにさ~」

「そ、そんなの私の勝手ですわよ!」


麗羽は強がって猪々子と斗詩を叱りつける
今となっては信用できる数少ない家族の一員…できれば死んで欲しくはない
が、こんな大勢の前では恥ずかしくて言えないのが本音だ


「まったく…」


こんな気持ちでは勝てるものも勝てなくなる。麗羽は気持ちを切り替え、前を見据えた















「隊長!」

「…来ましたか」

「はい!」

「では……行きますよ!」


俺の号令を合図に部隊が突撃していく。当然、俺は士気を上げるために一番先を走る















「な、なんだ!?」

「官軍!?…いや騎馬隊だが数がかなり少ねぇ…近くの村の義勇軍か?」

「ははっ、なんてこったねぇ…相手が騎馬隊とは言えこちとら四万だ、そうそう負けるわきゃねぇ!突っ込めえええ!!!」

「「「「「おおおおおおおおおおっ!!!!!!」」」」」


そう、彼らは四万。それに比べ刀真の部隊は騎馬隊だが、たかだか隊長を含め五百騎。しかも村の義勇軍と勘違いしている。賊はこの時点で、必ず勝てる、そう思っていた
だが、彼らの思いは完全に無駄になることとなる…







「はああああああっ!!!!!」


俺は一旦、馬から降り敵のど真ん中で槍を振るう。その勢いは軽く十人を吹き飛ばすほどになっていた
…いや、鍛錬ってすごいな…


「ぐわぁっ!?」

「ええい!怯んでんじゃねぇ!」

「だ、だがよ、ひと振りで五、六人斬ってんだぜ!?勝てる訳…ぎゃあああっ!」

「く、くそっ…なんなんだこいつは…!?ま、まるで『飛将軍』じゃねーか!」


なんか、ごちゃごちゃうるさいので槍を左から右に薙ぎ、賊をふ吹き飛ばす。
戦局的には好調な滑り出しである。こちらは損害なし。敵の損害はもうすぐ四千に達そうかというところだ


「はああっ!」

「ぐわああっ!!!」

「ひいいいっ!ぎゃぁっ!」

「いけいけえええ!!!」


ちっ…そろそろやべえかな…
敵の損害が七千ほどに対し、こちらは損害が百ほど。戦果としては素晴らしいものだが、このままでは全滅しかねない。合図はまだか…と少し焦燥に駆られた頃


「隊長!」

「どうした!?」

「来ました、銅鑼の音です!」

「来たか!我が部隊はこれより一時退却する!!!この旨を全員に伝えよ!」

「「「はっ!!!!!」」」


俺の号令が轟く中、銅鑼の音を聞いた味方の兵は全員退却していき…


「ちっ…やっと退却しやがったか…」

「頭!俺たち相当やられやしたぜ!どうしやす?」

「決まってんだろ!…奴らの根城の村に…」

「かっ!頭ぁぁぁ!!!」

「どうした!?」

「ぐ、軍が!いつの間にか官軍が取り囲んでやがる!」

「……あいつらぁ…」


そう、包囲が完了し、今まさに突撃せんと麗羽様が手を挙げ…


「突撃ですわ!」

「全軍!突撃いいいいい!!!!」

「「「「「「おおおおおおおおおおおおっ!!!!!!」」」」」」



そのあとは…一言で言えば、蹂躙。賊が殺されるだけの殺戮劇
まあ、囲まれ、逃げ場もなく殺されていくだけの彼らを見て、かわいそうと思わないことも無かったが…自業自得と思うことにしている。そしてそれは俺も同じ、この戦乱が終わるときは、俺も罪を償わなければならない


「まったく……ん?あれは…」


戦場の中で変わった光景を見つけた。官軍でない兵が賊を弓矢で射っている。賊から出たものかと思ったが、どうやら賊とは明らかに雰囲気が違いすぎた。俺は気になって、そこに行ってみることにした


「…………」


ビシュッ!


「ギャッ!?」

「あの女、檻から逃げやがった奴だ!捕まえろ!」

「そうはいかないんですね、これが!」


俺は女の子に掴み掛ろうとした男を槍でまっぷたつに斬る。そして、檻を背にして戦う女の子を背にして戦う


「………あの…」

「暫く、援護してください。出来ますか?」

「………わかりました…」


無口なのか、一言二言言った後、援護に回ってくれた
横目で女の子を見る。そして、俺は驚いた。その矢を射る時の正確さといったら、俺など遠く及ばない。しかも矢を番えてから射る速度が以上に早い。


「あなた、すごいですねぇ…どこかの軍に仕えていたことが?」

「………あの…狩り……で…」


マジかよ!!!
……これは失礼…感情が高ぶったりすると、たまに変な言葉を発してしまうようで…。とにかく俺は脱帽した…狩りのみでここまで?…いや、彼女には才能が・・・天賦の才がある、そう感じた



そんなこんなで、賊の討伐は、開始から四刻後に完了した


「麗羽様、ただいま帰還しました」

「お疲れ様です、刀真さん…少々遅かったですわね?」

「賊の死体の火葬に少々手間取りまして…」

「わざわざ、火葬したんですの?…賊如きに?」

「皆、生きとし生けるもの…彼らとて最初から盗賊として生まれたわけではありませんからね…それに、死体を放っておくと……どうなるんですか?麗羽様」

「ええ!?な、なぜ私に聞きますの!?」

「お教え…したはずですが…?」


俺はにっこりと微笑む、が麗羽様は青くなっている。どうやら、いつか受けたお仕置きが、記憶に残っているのでしょう…ですが、ここで諦めて教えるほど私は優しくありません…が、あまり時間をかけては話が進みませんね


「…正解は『蛆』が発生します。蛆が発生すればそれはやがて蝿となり、様々な病魔を運びます。しかも、今回の戦闘は街に近かったですからね」

「そ、そうでしたわね…」

「麗羽様、必ず戦闘後の死体の火葬の指示は出してください。きちんと弔ってあげれば民衆の受けが良くなるかもしれませんので」

「わ、わかりましたわ…必ず」


わかっていただけたようで…嬉しいですよ、麗羽様…


「ですが、今日は麗羽様のみ私の部屋においでください…『お話』がありますので」


その言葉を聞いた瞬間、麗羽様はガックリとうなだれてしまった…どうかされたのか?


「………あの…」

「麗羽様!…反応がありません…仕方ないので私がお話を聞きますね」

「すみません斗詩さん…この子の部屋をあてがってください…どうやら賊に家族を殺されてしまって身寄りがないようなので…」

「では、詳しい話は明日にして、今日はもう休ませたほうがよさそうですね…では、こちらにどうぞ」


斗詩さんに連れられて、部屋に向かう女の子


「…なんでわざわざ連れ帰ったんだよ、アニキ」

「いや、あの子ね、弓矢の扱いがとんでもなく上手いんですよ」

「あら、どれぐらいかしら?」

「麗羽様なら三秒で討たれますね」

「………」


おや、黙り込んでしまったようで…


「では、私は引継ぎがありますので…何かあれば部屋の方までお願いします」


取り敢えず、引継ぎ作業が残っているので俺は部屋に戻った














「ふぅ…これでいいでしょう」


残っていた引継ぎ作業を終えて、椅子の背もたれに背をあずける
それにしても…麗羽様は本当にお綺麗になられた…最後に会ったのは…十三年も前か…
あの時は俺のことを『兄様』と呼んでいたな…従兄妹だというのに…
袁成様が亡くなった時…皆が泣いている中、麗羽様だけは泣いていなかった
これからのしかかる重責を思えばこそ……泣けなかったのだろう…
言伝に聞いた話では、葬儀の後すぐに政務に追われたらしい


「……大変だったろうに…」


一言、呟いたところで扉の向こうから聞きなれた声が聞こえた


「刀真さん?少しよろしいですか?」

「どうぞ」


扉を開けて入ってきたのは、麗羽様だった


「…二人きりで会うのは十三年ぶりですわね、兄様」

「ぶっ…そ、そうですね…麗羽様」

「もう、二人きりの時は呼び捨てで構いませんわ…」

「わかりました、麗羽」


いきなり兄様と呼ばれて飲みかけた茶を吹きかけた…驚きましたよ
取り敢えず、座っていた椅子を開けて、自分は簡素な椅子に座り直す


「しかし、本当にご立派になられましたねぇ、麗羽」

「当然ですわ」

「まぁ、曹操殿に比べれば…まだまだですが」

「な、なんですって!?」

「最後に会ってから七年。あれから一度だけ遠目で拝見しましたが……相当に力を増しています…」

「そ、それほどまでに…ですの?」

「ええ」


ひと月前、一度陳留に向かい、遠目で曹操殿を見た。覇王としての資質がより顕著に現れていた。政治や戦闘を見ていないので詳しくはわからないが、ただ…ああいう人物には有能な人物がよく集まる


「………では…ここに…残って下さいませんこと…?兄様」

「…やれやれ……私がどう答えるのかわかってて聞いているんですか?麗羽」

「やはり…残ってはいただけないのですね…」

「……こればかりは…」


軽く頭を下げると、それを制止させるように肩に手をやる麗羽


「構いませんわ…いずれ、美羽さん達ごと引き抜いてみせますわ!」

「それはまた…ですが、簡単にはいきませんよ?」

「望むところですわ」

「…ハハッ」

「ふふふ…」


どちらからともなく笑みを浮かべる
やはり、変わられたな、そう思う今日このごろだった


「そろそろ、ご就寝の時間ですね」

「…そのようですわね」


と言いながら動かない麗羽嬢…どうかしたのだろうか?


「…麗羽…?そろそろ…」

「…最後に、兄様の隣で寝かせてくださいませ」


……え?
俺は従姉妹のこの言葉に固まってしまった。あたりまえだ、一回り近く年の離れた従兄妹にそう言われては固まるしかあるまい。……とはいえ、何か答えねば話は進まない…困ったな…


「……それは、麗羽が好きな男にしてあげたほうがよろしい…かと…」

「…お断りしますわ、私は面食いですから、並みの男では満足できませんの」

「……はぁ、全く…仕方ないですね…」


観念したため息か、呆れたためのため息かどちらかわからないため息をついて、俺は布団に潜り込む。そして続くように麗羽嬢が入ってきた…あまり、女性と密着するのは苦手なんですがね…


「では、麗羽…おやすみ……」

「兄様」


呼ばれて目を開けば麗羽の顔が間近にあった、俺は思わず…見とれてしまった


「……どうしても、ですか?」

「は、はい…」


恥ずかしそうにうつむく麗羽。ここでその表情は反則ですよ…


「わかりました」


優しく頭を撫でて、抱き寄せる
その行為にすら小さく声を上げる麗羽が可愛く見える

そして、二人はいい知れぬ高みへと登ったのであった…


















空がまだ白む朝、俺は目を覚ます。隣には少女から大人になった従兄妹が眠っている



今日は…出発の日……


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。