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今日は一日中ひとつのことが頭から離れなかった。
たまにはこういうおばかなことを考えるのも面白い。

以下チラシの裏

存在について

生まれてくる以前のことを想像してみると、当然そこには何も無い。
自分はその「無」というルーツから、
宇宙の、地球の、日本という国に、「人間」という意志を持った生物として誕生した。

   ?
   ↑
?←無→宇宙→銀河系→太陽系→地球→日本
   ↓                       ↓
   ?                    人間として誕生

こう考えると、宇宙すらも限定された狭い空間に感じてしまう。
今の自分が存在していることが、いかに天文学的な確立であるかがよくわかる。
正に一度しかない人生。

では、仮に死んだとしたら次は何か別のものとして誕生するのだろうか?

はたまた無に帰すのか?

身近な無を考えるとすれば、寝ている時の記憶が無い状態がそれに一番近い。
例えば、地球に蚊として誕生する位なら、ずっと無の状態のままの方がいい。

話は変わり、生まれ変わるという言葉があるがこれは不適切。
まず、何もかもが「死」によって一度無に帰す。
そしてどこかで何かが誕生したとする。
それは無に帰したものとの接点があるとしても、
直接の関係が無いから生まれ「変わる」とは言わない。

→死→無→誕生→

きっとこの世の理は、無を中心としたこんな感じのサイクルで成り立っているんだろう。
もちろん無と誕生の間には様々な過程や媒体はあるが、それは挙げていたらきりがない。
今はまだ死にたくないが、こういう風に考えると死に対しても幾分気が楽になる。

ここまで考えたけど、
宇宙もヤバイが、宇宙よりも無の方が遥かにヤバイことに気づく。

無とはいったい・・・うごごご!

| 日常 | 02:21 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

うちゅうの ほうそくが みだれる

| (´^ω^`) | 2010/02/02 16:09 | URL | ≫ EDIT

( ´∀`)⊃リレイズ

| ナヤ | 2010/02/03 00:04 | URL | ≫ EDIT















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