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津波から4時間半で原子炉の炉心溶融が始まったと東京電力が発表した--これで原発事故は起きないという安全神話は崩れたろうか。
グーグルのニュース検索に「原子炉 津波で壊される」と入力したが、反応がなかった。「原子炉 津波で壊れる」と入れると多くのニュースがヒットした。日本人の思考回路では、原子炉が「壊れた」と自動詞を使う。
英語ニュースを検索すると、「ダメージ」(壊す)という他動詞を受け身にして「壊された」と表現している。
自動詞と他動詞では微妙に違う。「壊す」「壊される」だと、壊すという行為の主体が明確である。「壊れる」だと、自然にそうなるようで破壊の原因があいまいになる。運命には逆らえないというあきらめのような気分まで忍び込む。
原発神話も「事故は起きない」と自動詞だ。原発事故に使えるロボットを開発したメーカーの社員が電力会社に売り込みに行ったら「原発で事故が起きるんですか。どんな事故がいつ?」と追い返されたそうだ(5月14日付朝日新聞夕刊)。
米国人は事故を「起こす」という他動詞で考える。かつて米政府がハッカーを集めて実験をした。ある町の火力発電所と消防局のコンピューターに外部から侵入してプログラムを壊せるかどうか。結果は、インターネットを使って発電所に火事を起こし、火災報知システムを故障させることは可能だった。
9・11同時多発テロが起きたのは、雑誌にこの論文が出た直後だった。米国のブッシュ政権は「テロとの戦い」を始めた。そのなかで原発の非常用電源設備を見直し、安全性を高める措置をとった。テロリストが事故を起こすと考えたのである。
オバマ政権も昨年4月、核安全保障サミットを開いた。テロから核関連施設を防衛する対策が世界の首脳の共通議題となった。
この会議で当時の鳩山由紀夫首相がどういう発言をしたか記憶がない。この時に、日本も非常用電源の安全強化をしていたら、結果的にテロならぬ津波の襲撃に効果的な対応ができただろう。
9・11は、日本人が原発安全神話を見直すいい機会だった。テロ対策なら電力会社の体面も傷つかない。当時の小泉政権はイラクに大量破壊兵器があるかどうかを熱心に論じたが、日本国内の原発対策にはほとんど関心がなかった。
原発事故を自動詞で語る限り、原発安全神話はいずれよみがえるような気がする。(専門編集委員)
毎日新聞 2011年5月19日 東京朝刊
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