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クローズアップ2011:北海道・特急炎上 小さな部品、招いた脱線

特急炎上事故の経緯
特急炎上事故の経緯

 北海道占冠(しむかっぷ)村のJR石勝線で、特急「スーパーおおぞら14号」(6両編成、乗客・乗員248人)の乗客ら39人が負傷した列車事故。重要部品の脱落、脱線、トンネル内火災という想定を超えた連鎖的な事故に、避難誘導の不手際が重なり、大惨事になってもおかしくない事態だった。当時の状況を振り返りながら、事故原因と再発防止のあり方を探った。

特急列車「スーパーおおぞら14号」の停止位置から約2キロ手前に落ちていたつりピン=JR北海道提供
特急列車「スーパーおおぞら14号」の停止位置から約2キロ手前に落ちていたつりピン=JR北海道提供

 ◇つりピン脱落

 発端は、長さ19センチ、太さ6センチの「つりピン」だった。

 5月27日午後10時前、釧路から札幌に向かっていた「スーパーおおぞら」は日高山脈の真ん中にある「第1ニニウトンネル」(685メートル)内で急停止。脱線していたため身動きが取れなくなり、そのまま炎上した。通過した線路上には車両底部の「推進軸」と呼ばれる装置の周辺部品が複数落ちており、「つりピン」は停止位置から約2キロ手前と最も遠い位置で見つかった。

 推進軸はエンジンの隣にある変速機と台車上にある減速機を結び、エンジンの動力を車輪に伝える。減速機を台車とつなぐのが「つりピン」だ。JR北海道によると、ピン脱落で減速機が異常振動を起こし、減速機と推進軸の接続部分の「継ぎ手」が外れた。その結果、推進軸が垂れ下がり、その一部の「外筒」が落下。いずれかの部品に車輪が乗り上げ、最初に4両目が脱線したとみられる。

 運転士は異音に気付いて急ブレーキ。4両目は2本の線路が合流するポイントで偶然、元に戻ったが、今度は続いて脱落した「カサ歯車」に5両目が乗り上げて脱線したらしい。

 つりピンの脱落が原因の推進軸脱落は、94年に室蘭線の特急列車でも発生。JR北海道はこれを機に、つりピン落下を防ぐ「割りピン」を1個から2個に増やした。今回、付近から割りピンは見つかっておらず、既に他の場所で抜けていた可能性も考えられるが、JR北海道は「3月15日と5月25日の検査で、整備員が割りピンが付いているのを確認している」としており、当時の状態は不明だ。

 鉄道技術コンサルタントの永瀬和彦・金沢工業大客員教授(鉄道システム工学)は「割りピンは大きな負荷のかかる大型ディーゼル機関車も含め長年使われてきた。信頼性は高く、構造上の問題とは考えにくい」として、整備の問題を示唆している。【小川祐希】

 ◇トンネル内は「窯」

焼けただれた特急列車の車内=2011年5月28日(富良野広域連合消防本部提供)
焼けただれた特急列車の車内=2011年5月28日(富良野広域連合消防本部提供)

 列車はトンネル内で一晩燃え続け、翌朝7時半ごろに鎮火。車両は原形をとどめないほどに焼け焦げた。

 ここまで燃えたのは現場がトンネル内だったことが大きい。トンネル火災では熱い煙は上昇して天井に沿って移動し、出入り口の下の方から酸素が供給され続ける。防火対策に詳しい遊佐秀逸・ベターリビングつくば建築試験研究センター参与は「トンネルの中は陶芸の窯のような状態になる」と解説する。

 車両の座席の素材は、鉄道営業法に基づく国土交通省令の解釈基準で「難燃性」と規定されている。だが燃えにくさの試験は、たばこのような火元を想定したものだけで、69年から40年以上変わっていない。山田常圭(ときよし)・東京大教授(火災安全工学)は、当時のトンネル内の温度が少なくとも1000度はあったと推測したうえで「放火や今回の事故のような状況で一度火が付くと、座席などはどんどん燃えてしまう」と指摘する。

 一方、トンネル手前には燃料が漏れた跡があり、燃料タンクが脱落部品で損傷して火災に結びついた可能性が高い。燃料タンクは鉄板を溶接しただけで特別な防火対策は取られていない。

 曽根悟・工学院大客員教授(鉄道工学)は「高速走行には軽量化が欠かせず、燃料タンクも重さと強度とのバランスを考慮して設計されている。頑丈にすればいいというものではない」と指摘。脆弱(ぜいじゃく)な箇所が見つかれば、補強したり、落下した部品がぶつからないようにする工夫が必要だと訴える。【大場あい】

 ◇JR社員、誘導せず

 ◇「火災は目視必須」…寒冷地特有の事情? 蒸気と煙、区別難しく

 JRの説明や乗客の証言によると、車内には停止直後から白煙が充満し、約20分後には運転室の火災警告ランプが点滅。乗客は非常用のコックを開け逃げ出したが、その時点で乗務員や乗客として居合わせたJR社員の誘導はなかった。

 JR北海道のマニュアル「異常時運転取扱手順書」では火災が発生した場合、乗務員が指令センターの指示を仰ぎ乗客を避難させるとしている。だが火災は目視が必須とされており、運転士らは煙に気付きながらも指令に火災を報告しなかった。

 避難誘導の手順は他のJR各社も同じだが、乗員が煙を確認した段階で状況に応じ火災として扱うとしている。違いについてJR北海道は「分からない」。他社は▽ディーゼル車の率が高いため、発煙を伴うエンジントラブルが多い▽寒冷地で蒸気と煙の区別がつきにくい--などと北海道特有の事情があると推測する。【吉井理記、金子淳】

毎日新聞 2011年6月5日 東京朝刊

 

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