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NIROの課長にして実働部隊の実質的トップである、瀬嶋との2度目の戦い。
妖主の血による瀬嶋のパワーアップに加えて、妖主との戦いで疲弊していたことにもあってか、瑠衣の血を飲んだものの、僕は完全に劣勢となり、身体も衣服もボロボロにされていく。
「残念だったな、七市。私の勝ちだ」
彼の言う通り、ボロ雑巾のように床に転がった僕は、もう指一本動かすことすらできない。
曇りガラスから降り注ぐ午後の日差しが、僕の露出した肌を灼き焦がしていくのを感じる。
(あぁ……死ぬのか、僕は)
恐怖と苦痛と後悔が僕の心を塗りつぶそうとしていた。
(──僕が今まで散々脱がして葬って来たカゲヤシたちも、こんな気持ちだったのかな?)
ボンヤリとそんなことを思いながら、かろうじて首をねじり、瀬嶋の方を見た僕が目にしたのは……瑠衣!?
その瞬間、どこにそれだけの力が残っていたのかと自分でも疑問に思う程の勢いで、僕は跳ね起きて、瀬嶋へと向かっていく。
「その執念は驚嘆に値するが……フンッ!」
正面からのカウンターを受けて、僕はそのまま元の床へと弾き飛ばされる。
「悪く思うな。私とお前どちらも我を通そうとしてぶつかった以上、力の無い方が負けるのは世の定めだ」
奴の言葉には耳を貸さず、それでも這い寄ろうとした僕だったが……窓ガラスのヒビから差し込む陽光がトドメを刺した。
(ごめん、瑠衣。僕が君を守るって、そう言ったのに……)
最期の瞬間、そんなことを考えて、僕の命と意識はそのまま光の中で消えた……。
* * *
──否。そのはずだった。
なのに、どうして僕はココにいるのだろう。
……って言うか、ココどこ? もしかして死後の世界?
<近いが、違う>
「!? 誰だッ??」
闇の中に唐突に聞こえてきた声に、僕は咄嗟に身構える。
<その質問に正確に答える事はできない。強いて言えば、君たちを遥かな高みから見守っている者だ、と理解してくれ>
「えっと……それって神様、ってこと?」
<正確ではないが、あながち間違いでもない。ただし、全知全能の絶対神と言うわけではなく、せいぜい君の運命に幾許か干渉できるくらいの力しかないがね>
守り神とか守護霊様みたいなものなんだろうか?
<──私のことは今はいい。それより、七市千歳(なないち・ちとせ)。君は、このままあきらめるつもりか?>
そう問われて、先程までの戦いのことが脳裏に甦る。
「そりゃあ、諦めたくなんてないよ! でも、今の僕じゃあ……」
瑠衣は守りきれない。
NIROのトップと1対1で戦えるなんて稀有な機会に恵まれながら、それを活かせなかった僕は唇をかみしめる。
<うむ。現状認識はキチンとしているようだな。その通り。宝くじを99回連続で当てる程の幸運に恵まれなければ、今の君では彼に勝つことはできまい>
うぅ……わかってはいたけど、はっきり断言されるとなぁ。
<落ち込むな。「今の君では」と言ったろう。それに、決して蟻と象ほど実力が隔絶しているわけでもない。せいぜいが狼と柴犬くらいの違いだ>
その両者でも十分絶望的に聞こえますけど。
<単純な体術の技量に加えて、実戦経験に差があり過ぎるからな。だが、もし、君がそれなりの実戦経験を積むことができれば、その差は「10回連続じゃんけんで勝つ」程度の差に縮められる>
それでもまだ圧倒的に不利なんだ。でも……そう言うってコトは、その「経験を積む」ための手段があるってことですよね?
<察しがいいな。今から君を過去に送る>
!
それは、願ったりかなったりだ。
今更ながらに僕は瑠衣を連れて単身逃げたことを後悔していた。
僕自身の力で守れなかったことも勿論だけど、それ以上に、彼女を母親や姉達から引き離してしまったことが果たして正しいかどうかわからなくなったのだ。
結果、瑠衣の身を危険に晒したばかりでなく、家族の絆さえ奪ってしまった。
それに、僕が彼女達──現妖主・姉小路怜や双子の姉妹、瀬那&舞那と協力していれば、瀬嶋に勝つことも出来たかもしれない。
振り返ってみれば、怜も双子も決してまったく話のわからない相手ではなかった。「人間とカゲヤシの共存」についてだって、ふたりだけで逃げずに、彼女達と話し合い、妥協点を探ってもよかったのではないだろうか。
<確かに、それもひとつの道だろう。いずれにしても険しい道のりだがね>
否定や制止しないってコトは、上手くいく可能性はあるんですね。
<! やれやれ。勘が鋭いのも良し悪しだな。そうだな、「可能性」はある>
それを聞いて安心しました。
先程おっしゃった過去への転送──お願いします!
<よかろう。ただし、同一の時空に同一の存在が複数並立することは、本来好ましい事態ではない。君は「あちらの君」と心身両面のレベルで融合すると同時に、代償として君の「存在」に何がしかの影響が出る思うが、構わないな?>
たはは……さすがにココに来て「じゃあ、やめときます」とは言えませんよ。えぇ、お願いします。
<うむ。それと言っておくが、今回のコレは特例──チートのようなものだ。次回失敗したからと言って、同じ救済措置があるとは期待せぬようにな>
わかっている。
それに何より、僕はもう二度と瑠衣のあんな泣き顔は見たくない。
<覚悟は出来ているようだな。ではいくぞ。君が過去に戻るべき理由、その想いの中核となるべき事象を強く心に思い描きたまえ>
過去に戻るべき理由。そんなの、ひとつ決まっている!
僕の愛する少女、文月瑠衣。彼女の笑顔を守るため。それが最大にして唯一の理由なんだから!
だから、強く強く念じる。瑠衣の顔を……彼女の声を……初めて彼女と出会った場面を!!
<む! これは……いや、イケる!>
* * *
──そうして、僕が再び意識を取り戻した時、そこは薄暗い路地で、瑠衣の兄・阿倍野優に襲われている最中だった。
(そうか。コレは……)
まさに、僕が初めて瑠衣と出会った場面だ。チラと目をやれば、路地の片隅に辛そうな顔をしている瑠衣の姿が見える。
優の攻撃は相変わらず単調で大ぶりだったが、それでも肉体的にカゲヤシの血を得ていない今の僕では反撃はおろか完全にかわすこともできず、あの時より何十秒か粘っただけで結局は重傷を負うハメになった。
「ケッ、人間にしちゃあ、まぁまぁだったが、しょせんはその程度か」
そこからの展開は、記憶にあるのとほぼ同様だ。
優が立ち去り、瀕死の僕の頭を膝の上に抱き上げた瑠衣が、唇を噛んで流れた血を飲ませるべく、僕に口付ける。
「前」と異なり多少朦朧としつつもキチンと意識があったのが救いか。緊急避難とは言え、互いの「ファーストキス」の瞬間を、ちゃんと記憶にとどめることが出来たし。
だから、僕はヤタベさん達の姿を見て逃げ出す瑠衣にかろうじて一言呟いた。
「──ありが…とう……」
「! キミは……」
何かを言いかけて、けれどそのまま瑠衣は暗闇の中に走り去って行った。
それを見届けて安堵したためか、僕は急速に意識を喪った。
* * *
そこからの流れも、おおよそ記憶にあった通りだった。
僕を助けようとする秋葉原自警団のみんなを御堂さんが制止し、僕はNIROのアジトのひとつに連れて来られた……んだろう、たぶん。
意識を取り戻したら、見覚えある部屋で、「あの時」同様パンツ一丁で椅子に縛り付けられてたし。
そこでの御堂さん、そして瀬嶋との問答も、おおよそは似たようなものだった。
──それに答える僕の口調がいささかそっけないものになったのは、まぁ、勘弁してほしい。瀬嶋も気にする素振りは見せなかったしね。
だけど。
「それにしても……眷属の血を飲んだとは言え、まさかそこまで変化が現れるとはな」
一連の問答が終わり、いざロープを外してもらえるという段階になって、瀬嶋がそんな言葉を漏らした。
? なんのコトだ?
「瀬嶋さん、眷属の血とは、これほどまでに劇的な効果を持つものなんですか?」
御堂さんも、何か畏れるような、それでいて好奇心を刺激されたような視線で僕を見ている。
「さぁな。眷属クラスのサンプルは、これまで殆ど捕獲された例はない。その意味では、彼は貴重なサンプルかもしれん」
そう言いながら、背を向けて出て行く瀬嶋。
僕としても、憎い仇とも言うべき男に傍にいられると平常心を保つのは難しいから、その方が有難い。
けど、それにしても……。
「えっと、さっきからおふたりは何を言ってるんですか?」
ロープを解いてくれた御堂さんに、聞いてみる。
「! ご自分の身体の変化に気が付いてないのですか?」
へ?
えーと……そう言えば、御堂さんの身長が微妙に高く感じるような。
身長168センチの僕と165の御堂さんでは、目線がほとんど同じくらいだったはずなのに。
「背丈だけではありませんよ。ハイ」
差し出されたコンパクトケース内部の手鏡を覗き込む。
そこには、僕が愛する文月瑠衣とよく似た「少女」が、きょとんとした顔でこちらを見返していたのだった。
「誰だ、これーーッ!?」
-つづく-
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#とりあえず、1話はこんな感じです。本作の主人公・千歳くんは、ゲームオーバーになったにも関わらず、時間を戻して瑠衣ちゃんとの幸福な結末を目指して奮戦することになりました。
#言うまでもなく、この「神様」はプレイヤーの分身。本来のゲームでは、いずれかのエンドを迎えた場合、「レベル&経験値とMPとお金」以外の要素(所持品や服、スキルなど)を引き継いで冒頭からプレイできます。また、2周目以降は主人公の外見を(制限はありますが)既存の他のキャラから選ぶことが可能。
#作中でも言われている通り、本作では、ちとズルをして瑠衣ルート最終戦で負けたにも関わらず、スキルに加えてレベルも引き継いだ状態でリスタート。反面、物質的なもの(アイテムと衣類)は引き継いでません。
#また、代償として「本来の姿」を失い、瑠衣に近い姿に変貌するハメに。このあたりは次回、詳しく説明します。