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変動相場制の国に外貨準備は必要ない

 ◇高橋洋一(たかはし・よういち=嘉悦大学教授)

 日本の外貨準備は政府の介入資金を管理する外国為替特別会計(外為特会)で運営されている。これはいわば世界最大の円キャリーファンドといっていいだろう。低金利の円を市場から調達し、やや金利の高い米国債で運用しているからだ。財務省による収益性の低い巨額の外債財テクともいえる。

 ◇介入“継続”している日本

 日本の外貨準備が積み上がる仕組みはこうだ。まず、政府が外国為替資金証券という返済期限が3カ月から6カ月の政府短期証券(短期国債)を発行し、これを公募入札で金融機関に販売。もし売れ残ったら日銀が引き受ける。この調達した円で米国債などの外債を購入する。

 外貨準備は、約7割が米国債で運用されている。2009年度末の外為特会の残高によれば、外貨資産89兆1460億円のうち、外国債券は81兆9692億円に達する。その内訳は1年以下の短期債と1年超5年以下の中期債で全体の74.3%を占め、残り25.7%が5年超の長期債となっている(図)。

 政府短期証券は3~6カ月の返済期限が来たら、また借り換える。米国債も5年なら5年の償還期が来たら、円に交換することなく、利子分を含めて米国債を買い換える。

 つまり、国の借金をロールオーバー(借り換え)しながら、米国債を買い続けているのである。

 米国債の利子すら円に交換せず、持ち続けているのはなぜか。それは利子であれ、ドルを円に転換するという行為が、政府による逆介入(円買い・ドル売り介入)となり、「円高を招く懸念がある」と考えているからだ。

 しかし、本来、政府による介入は為替レートが一時的に行き過ぎた水準にあるとき、市場に冷や水を浴びせるために行っているのであるから、市場が落ち着きを取り戻したら、資金を回収すればよい。つまり米国債の償還期が来たら、円に戻し、国の債務を返済すればいい。それをせずに残高を維持し続けていては、変動相場制の先進国から、「意図的に介入を続けている」と批判されても仕方ない。日本が介入した時の外貨準備を維持し続けている行為は、先進国が集まる国際会議の場では説明しづらいものだ。

 ◇モノ言わぬ株主

 現在までにこの日本の行為が問題にされていないのは、米国に不都合がないからだ。国際金融上の様々なルール、原則は、米国に不都合がないときは問題視されない。日本と同じく巨額の外貨準備を米国債で保有している中国が、米国から度々「為替操作」で非難されるのは、米国にとって不都合があるからだ(最近の政治情勢では中国の「為替操作国の認定」は見送られている)。

 米財務省の国別米国債保有残高によれば、米国を含む世界に流通する米国債の総額約9兆ドルのうち、外国保有分は11年3月末で約4兆5000億ドル。このうち中国が1兆1400億ドル、日本が9000億ドル(日本は民間保有も含む)と、海外保有分の約半分を日中が占めている。

 この米国の巨額の赤字を米国債購入という形でファイナンスしている状態には、「持ってもらわないと困るが、持たれ過ぎるのも困る」という両義的な側面がある。中国が米国から度々“為替操作”と非難されるのは、中国が大量の米国債保有の増減を外交交渉に使っているからと考えられる。

 一方で、日本が米国から批判されないのは、中国に次ぐ米国債の保有国でありながら、「モノ言わぬ株主」という態度を貫いているからだ。日本が巨額の外貨準備を米国債で持ち続けている背景には、この日米の微妙な力関係も作用している。

 ◇外貨準備は巨大な利権

 1兆ドルを超える外貨準備が維持され続けていることには、もう1つ重大な問題がある。それが利権の温床になりかねないという点だ。

 前述したとおり、外貨準備の大半を占める米国債は、5年でその7割が償還期を迎え、その都度、買い換える、という商行為が行われている。

 これに伴う金融機関の取引収入は一体いくらになるだろうか。ざっくりいえば5年の間に70兆円もの巨額の米国債購入に伴う利ざや(手数料相当)が発生するのだ。仮に低く見積もって0.01%(1ベーシスポイント)の利ざやとしても70億円だ。これだけ巨額の取引なので、それ以上の利ざやかもしれず、いずれにしても巨額の利益が金融機関に転がり込んでくる。

 外貨準備の運用に伴う米国債購入がどのように行われているかは“国家秘”として公開されていないが、内外の金融機関に委託されている。それが利権構造や官民の癒着構造となっている可能性は否定できない。

 運用成績の面から見ても、外貨準備の存在意義は低い。24~25ページの図解で見るように、外国為替特別会計のバランスシートは15兆3000億円の債務超過になっている。財テクファンドなら間違いなく倒産だ。

 そもそも政府の介入自体に円高を阻止する効果はない、と筆者は考えている。為替相場を決める主な要因は、金利差と相対的な通貨量だ。この基本は「マネタリーアプローチ」といわれる標準的な国際金融理論だ。

 具体的に説明すると、持っている円が増えると、より有利な金融資産を持とうとする動機が働き、金利の高い通貨に換えようとする。もし大量の円があり、その時に円よりドルの金利が高ければ、円を売ってドルを買う行為が促され、ドル高・円安になる。つまりドル・円レートはそれぞれの通貨量と金利で決まり、相対的に通貨量が多いほど安くなり、通貨量が少ないほど高くなるのだ。

 03~04年の巨額介入の時にも同じことが起こった。当時、日本政府は約40兆円に及ぶ巨額のドル買い介入を行った。これで円安になった、と一般的には認識されているが、そうではない。この時の円安も通貨量の増大によって促されたのだ。

 政府は介入資金を調達するため、40兆円にのぼる政府短期証券を発行した。これが市場に放出されると金利上昇要因になるので、ゼロ金利を維持したい日銀は、政府短期証券を吸収せざるを得ず、実際に半分程度の政府短期証券を吸収しそのために大量の通貨が刷られたのだ。これが巨額介入による円安のからくりだ。介入で為替相場が動くケースもあるが、その効果はせいぜい1、2カ月だ。現に昨年9月に2兆1000億円、震災後に7000億円の介入を行ったが円高基調は続いている。

 介入の効果がないなら、そもそも外為特会は必要ない。現在ある外貨準備は、放っておけば、保有する米国債の約7割が5年以内に償還期を迎える。償還ごとに徐々に円に交換していけば外貨準備は最後にはゼロになる。それで構わないだろう。

2011年6月6日

 

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