高濃度の放射性物質で汚染された水が海に流れていたのは、ようやく止められたようですが、それまでにずいぶん流れてしまったと思います。
いっぽう、高濃度汚染水を溜めておくために、低濃度の汚染水を1万トンも海に流すというので、ずいぶん大きな問題になりました。
もちろん、流さずにすめばそれに越したことはないとして、どうしても水を捨てなくてはならないなら、低濃度のほうから捨てるのは当然です。ニュースによると低濃度のほうは全体で1700億Bqだそうです。
それに対して、高濃度のほうの濃度は1000万Bq/cm^3 以上とニュースには出ていました。これは、100億Bq/Lです。
すると、低濃度の汚染水1万トン中に含まれる放射性物質の量は、高濃度汚染水約17L分ということになります。
実際、朝日新聞には
..................
汚染度の低い水1万トンに含まれる放射能の量は、2号機の高濃度汚染水10リットル程度に含まれる量と同レベルにあたる。
..................
とはっきり書いてあります
http://www.asahi.com/national/update/0404/TKY201104040245.html?ref=reca
うーん、すでにどれだけ流れてしまったかわからない高濃度汚染水に、あと10Lなり20Lなり足すのはどの程度まずいことなのでしょう・・・。これを流さないことが、海洋汚染の対策になるかといえば、高濃度がかなり流れちゃっている以上(どれだけ流れたのかわかりませんが、ピットから流れ出る写真を見る限り、数10Lとはオーダーが違いそうです・・・)、全然対策にならないです。
高濃度のほうの量を気にするほうが、圧倒的に重要でしょう。
ちなみに、基準値の100倍の汚染水1万トンというのは、東京ドーム一杯分の海水で薄めると基準値以下になる程度の量です。
いや、流さないに越したことはないんですよ、もちろん。国際条約云々もあるでしょう。でも、緊急避難として認められる範囲じゃないかな。少なくとも、国内法上は緊急時として認められるはずです。
ところが、どうも記者会見などを見ていると、記者やジャーナリストのみなさんは「1万トン」という水の量に惑わされて、実際の放射性物質の量を考えていないような気がしてなりません。
それを「鋭く」追求している暇があったら、もっと訊くべきことはあるのじゃないかなあ。なんというか、「水の量」が問題なんじゃなくて、放射性物質の量がだいじだっていうことを本当にわかっているのかなあ、と疑問に感じています。「1万トンは多いか少ないか」なんてのは、まったく意味がないんですよ。問題は放射性物質の量。
記者やジャーナリストのみなさんは、単に「1万トン」というわかりやすい数字があるから、「鋭く」追及しているだけなのではないかなあ、という気がしてなりません。「鋭く」見えるだけで、全然本質じゃないのでは。もっとだいじなことがあるんじゃないのかなあ。
ポイントは「基準値の100倍の濃度の汚染水1万トンと基準値の100万倍の濃度の汚染水1トン中に含まれる放射性物質の量は同じ」ということです。
しかも、薄いのをたくさんのほうが、海中で早く希釈されるでしょうから、よりましなはずです。
これ書くと、みんなに怒られるかもしれないなあと思いつつ
[追記]
そういう誤解はないだろうと思って書いたのですが、やはり誤解があるようなので、改めて書きます。
この記事の意図は「安心」とか「安全」とかではありません。高濃度の汚染水が(おそらくはかなり大量に)海に流れてしまったという事態は深刻です。ただ、その深刻さに比べると、低濃度汚染水1万トンは「無視できる程度」だということです。これは、いいか悪いかの問題ではなく、単なる量の問題です。仮にこの1万トン放出をとりやめたところで、海の放射性物質濃度にも影響しないし、海の汚染対策にもなんの影響もありません。なぜなら、既に桁違いに多くの放射性物質が流出したと考えられるからです。
いいか悪いかではなく、海の汚染度にも今後の海洋汚染対策にもなんの影響もないという事実だけです。
いっぽう、それが1万トン分のタンクを空にできるという意味では、排水してしまうことには意義があります。こちらは水の量の問題ですから。
(ちなみに、デーモン小暮閣下の年齢がジョークになるのは、桁の違うものを足し算したのに、一番下の桁を高精度で言うからです。10万46でも10万47でも、「約10万歳」でいいはずですよね。あのジョークがわかるかたなら、この文章の意味も理解していただけると思います)
[追記]
魚の汚染問題も同じで、高濃度汚染水のほうで決まってしまうので、低濃度の1万トンは影響ありません。もともと深刻な問題に深刻ではない問題を足しても問題の深刻さは変わらないということです。
[追記]
繰り返しますが、ここで「影響ない」と言っているのは、「高濃度のほうですでに深刻な影響があるから」です。高濃度汚染水の流出がなかったとしたら、低濃度汚染水排出の影響を真剣に検討しなくてはなりません。
つまり、「1700億Bqの排出」ということだけを取り出しても意味がなくて、1700億Bqが大きな値なのか小さな値なのかは状況しだいということです。通常時であればこれは大きな値ですが、今の場合には無視できるほど小さな値です。
ひとつの数字だけを見てもだめだということです
[追記]
怒る人がたくさんいるだろうという想定で書いた記事ですから、それはいいのですが、僕が書いていないことで怒られても困ります。ここに書いたことは、それ以上でも以下でもないと思ってください。他の場合に敷衍するには注意が必要です。僕は汚染水の話しかしていません。
それはそれとして、東電の説明が足りないというのはその通りで、もうちょっとやりかたはあっただろうと思います。倫理的な問題は伊勢田さんにコメントいただきました。
それでも、定量的にはこの1万トンにはほとんど意味がないというのは変わりません。「気持ちの問題」はここではほぼ考えていません。
この記事に対するコメント[270件]
1. kitagawa — April 6, 2011 @23:09:10
http://www.youtube.com/watch?v=shSO-Q-0O_c
上のニュースの深層に件のジャーナリストがゲスト出演されてますので見れば分かりますが、放射性物質の量については理解しています。
問題は、条約や法に違反していたり他国に事前通告していないことで、今後海外からの協力が得られなくなるかもしれない可能性と、大事の前の小事と称して同じようなことが繰り返されることの危険性を感じて追求しているのだと思います。
実際、多くの原子炉の研究者も事態が収まるのには何年もかかるといってますし、その間に日本だけで収束というわけには行かないでしょう。
ちょっと視野狭窄すぎるのでは?
国内法のほうは問題にならないと思いますが、問題になるなら、あとで刑事事件にすればいいだけ。
どのみち、何年もかかります。「すみません、次回から通告します」で充分です。
3. まや — April 6, 2011 @23:08:59
今朝のニュースでも、
「自主的に放出したことを非難されているけれど、それ以前に、より高濃度で何リットル流れたかわからない量がだだ漏れになっていたいた事態の方が重要ではないか。こちらは全くコントロールできていないわけですから」
と鋭く突っ込んでいました。
ただし、この点について記者が質問したとしても、東電は答えられないと思いますけどね。なにせ、いつから、どこから、どのくらいのものが、どのくらいの量流れ出していたのか? 不明なことがいっぱいなのでしょうし。
低濃度水を放出しないと、更に危ない物が溢れだしちゃうわけで、それは『仕方ない』となるわけですよね。もちろん、こんな事態を引き起こしたこと自体、東電を許せないと思うのは当然なのですが。
韓国政府が抗議してきたという件に関連しては、アクシデント的に流れてしまったことよりも、意図的に放出(しかも各国に無断放出)した事実を問題しているから少し違うのかもしれないですけれど。
コントロールできる範囲はいいので。
直接通告しなかったのは稚拙だったのですが、報道ではたしか大使館には通告したとなっていたはずです。そうではないのかもしれません。
ただ、これは「次回から通告します」でいいはずです。
黒に近いグレイか白に近いグレイかって話にも似てて
どこぞの知事選とも似てるような気がする。
6. andreakasi — April 6, 2011 @23:20:37
全貌を説明されていない国民にしてみれば、東電や保安院などの仲間内だけで故意に排出することまで判断して決定して実行されていくことにたいして憤らないわけにはいかないでしょう。
「事故で大量に流れた」という大変な事実がまずあるわけです。その対策として「ちょっと故意に流しますが、それによって今後の対策が楽になります」ということですよね。
「事故で大量に流れた」ほうが圧倒的に問題なんです。しかも、どれだけ流れたかもよくわからない。
8. kitten — April 6, 2011 @23:35:15
私は、政府を信用しているので「政府がやむをえないと判断してるのなら、仕方ないんだろう」と思いますが、
おそらくそうは思えない人が大勢いるんだろうな、とも想像できます。
叩かれるのを覚悟の上で、それでも「やむをえない」という判断なんでしょう。
韓国は・・・ちょっと神経質なんでしょうか。それとも無神経なんでしょうか。
正直、気分悪いです。日本海側に流したのならともかく。
抗議する権利はありますよ
下の動画(東電記者会見 4月4日 25時)を見たら、(一部の)記者が何も理解していないっての丸わかりですよ。
http://www.ustream.tv/recorded/13775234
なんでこの記者(二人?)は、そこまで「低濃度汚染水」を流すことを問題にしてるんでしょうね。
菊池さんのおっしゃるとおり、単に「1万トン」という水の数量にのみ食いついているようにしか見えません。
今日のニュースでも、全漁連の会長(?)が激怒してましたね。
「事前の連絡もなしに【低濃度汚染水】を放出するなどけしからん!」
と。
漁業関係者の感情は分からないでもないが、パフォーマンスと見えなくもない微妙なニュースでした。
「じゃあ、流出し続けている【高濃度汚染水】はいいの?」
と、勇気ある記者に聞いて欲しかったなw
11. takuzo — April 6, 2011 @23:38:58
これまではコントロール外でダダ漏れ状態だったのが、低濃度のものを排出することである程度コントロール下におくよう試みるという話ですよね?
肉を切らせて骨を断つとかいうと乱暴な表現かも知れませんが、不可抗力か故意かということのみで判断するべきではないでしょう。それによる影響を考えるべきです。worstを避けるためのworse?(betterと言いたいですが)な選択なんじゃないでしょうか。
12. Katase — April 7, 2011 @00:05:24
ただ、気になるのは、放出した海水の放射能が全体で1700億Bqというのは公表されているのですが、海の汚染を気にする人達の立場からすると、その内容も気になるのではないでしょうか。
含まれている放射性物質の種類とその量についても併せて公表してくれる方がより良いのではないかとも思います。
アクシデントで流れ出したのではなく、管理の下で流す汚水なので、その水質を検査してから流すorサンプルを取っておいてそれを検査してデータを公表することは可能なのではないかと思います。
「神の前において絶対善悪を価値観とする西洋人に、こんな泥縄が通じるか!」という視点で論じられる方々がいらっしゃるようです。
私は海水で冷やすという話を聞いたとき、緊急避難として初めから今回の事態を覚悟したのだと思い込んでいました
でも、なんとなく泥縄な様子
説破詰まった緊急避難的処置が必要な状況と、確かに緊急避難的では在るが、平常時に近い安全性を担保する行政側との指導力の統一が出来ていない気がします
私は、一部で御用学者と言われようと各テレビ局で解説される先生達と、政府・行政の発表を見ると、あからさまな隠蔽は無いだろう判断に達しましたが、
14. iseda — April 7, 2011 @00:32:27
きくちさんは倫理学で言うところの「帰結主義」と呼ばれる立場を当然の前提としてとっておられるんだろうと思います。何をしたかではなく結果としてどうなったかが大事だ、という考え方です。この考え方をとるなら、大勢に影響のない行為で責められるのは確かに筋が通りません。
これに対して、倫理学でいうところの義務論という立場であれば、結果の如何に関わらず何をしたかで行為の善し悪しが問われ、徳倫理学と呼ばれる立場では、どういう動機、心情でやったかということが重視されます。倫理学では、帰結主義よりも、これらの立場の方がわれわれの「直観」、無意識のうちに受け入れている倫理観に沿っているということがよく指摘されます。
義務論の考え方からすれば、意図せざる事故で大量の放射性物質の流出がおきるのと、自発的にそれより少量の放射性物質を流出させるのでは、後者の方が重要な倫理問題になる可能性は多々あります。結果よりも自発性が大きくカウントされるわけです。
徳倫理学的に言えば、放射性物質を自発的に流出させるという行為そのものよりも、その行為の仕方に見えてくる意思決定者の人格が問題になります。漁業関係者や周辺諸国への配慮が十分なされた上で苦渋の決断をしたのか、目の前の問題解決に気を取られてあまりそういうところで心を痛めずに決定したのかで全く評価が違ってきます。記者たちはそのあたりをはっきりさせるために追求していると見ることもできます。
私自身はこういう緊急事態では帰結主義的発想が大事だろうと思うのできくちさんのコメントにも納得なのですが、どのレベルで行き違っているか(事実認識の差なのか、基本的倫理観の差なのか)見誤るとコミュニケーションもうまくいかないだろうという趣旨の書き込みでした。
周辺国に通告できたはずだったり、コミュニケーション上の問題点があり、やるべき義務を果たしていないではないかという批判があるのは理解できます。
あまりにもそれに目が行き過ぎているのではないかということと、その目が行く理由が単に「1万」という数だけに注目しているせいではないかという二点が、気になっているところです
16. mainau — April 7, 2011 @02:34:55
ものすごい高濃度の汚染水をどれだけ放出したのかわからないほどにやってしまっているとい事実、動きようのない事実から目をそらせる効果は確かに絶大でしたね。
みんなは、あれー、今から汚染水流れるってー、という方向で一万トンのほうにもろに注意力が行ってしまいましたから。漁業のほうはすっかりそっちに注意が行ってしまいましたからね。
今まで三号機爆発したとき、近くにプルトニウムとかも少量でも出ていれば、あれは重いので海岸線沿いに海の底にでも流れて行ったとすると、大変なことですが。
はい、政府と東電のもくろみはうまくいったようです。
韓国とロシアとも抗議していますが、本当のだあだあもれになったものすごい汚染水から国際社会の目をそらせる
17. 告知ページはCG — April 7, 2011 @02:21:01
問題になっているのは、1700億Bqの放射性物質を意図して海に投げ込んだ行為。
「高濃度」か「低濃度」かの選択を迫られる事態を招くことは、水を掛け始めた時点から予測可能でありかつ防ぎことが可能であったにも拘らず必要な準備を怠ったのだから、仮に故意か過失かはあえて問題にし得たとしても、「緊急避難」などという言い草は論外。
19. FROY — April 7, 2011 @04:49:47
放射性物質を扱う施設が世界にどれだけあって、年間どれだけの汚染水が派生しているのか私は知りませんが、もしかしたら海に流すことは特別なことではなく、日常的に行われていることなのかもしれないと思いました。
20. cg — April 7, 2011 @07:01:34
このブログを書いている人のことも、私はほとんど知らないのですが、#14のような種類の話に、この(ようなタイプの?)ブログを書いている(ようなタイプの?)人(たち)が、どのような反応をするのかな、というのが、私のような(タイプの?)人間にとっては、実はもっとも興味関心をひかれる点だったりもします。
(実際にはその顛末をみるためにここへ来ることはたぶんないと思いますが)
起きている事態そのものの推移よりも、それを巡って人々がどのように振る舞うか、という点をみてしまうというか。
(もちろん、私自身も当事者として考え、行動しもするのですが)
こういう観方も、ある種の人たちからすると、「不謹慎」ということになるのかな?
または「趣味が悪い」?
21. ジルベルト下大利 — April 7, 2011 @08:16:39
原因を作った東電に腹を立てるのは理解できますが、責任を取るのは保安院でしょう。もちろん事故が収まった後の検証で東電の過失が問われることはあるかもしれませんがそれは保安院の仕事。
ただこれが世間の耳目をもっと深刻な汚染からそらす役割は果たさないと思います。
現在進行中の事故について新しい情報に気を取られるのは当然ですが、落ち着けば冷静な判断ができるようになるわけで、いつまでもパニクってると期待するほど甘くはないでしょう。
22. トンデモブラウ — April 7, 2011 @08:22:18
自分の狭い経験から、濃度と容量の関係を理解していない大人は、意外と多いです。
ここを読む人は信じられないだろうけど。
つい最近も話題になったりしたホニャララ・ダムの関係で、(それこそ国が故意に)だだ漏れしている低pH汚染水(温泉を含む)の調査及び対策をナンタラ省の小役人とウダウダやっている時に、「こっちとこっち、あとこれなんかの簡単なとこだけ処理すれば簡単じゃん。」的なことを平気で言われて唖然としたこともありました。
まぁ「pHとは」から説明しなければいけなかった程度の人でしたが…
世間なんてそんなものよ。
でもメディアがアホなのは実に困るなぁ。
記者の仕事は、事実を取材して解釈して伝えることです。その際に、題材を取捨選択して重要なものを大きく扱うわけですが、その「取捨選択」の目が問われているのだと思います
24. 西田一成 — April 7, 2011 @08:48:00
私はあまり放射性物質の汚染に関しては過敏に反応して
きませんでしたが、「大した濃度じゃないから(大丈夫)」という認識は世界では当然ながら通用しません。
汚染水は汚染水です。
しかも放射性ヨウ素だけではなく重金属系やセシウムなど
物理的半減期が比較的長い物質も大量に流れます。
着目点は「濃度が云々」ではなく、
生態系濃縮についても触れるべきで更に沿岸沿いに
高濃度で南下している現状です。
当初東電のトンデモ理解では「海流に乗り世界に拡散してめでたしめでたし」だったわけですが、、、
そもそも流体のシミュレーション自体明確でないので
予想に過ぎない現状を考えると楽観視するのは事態が
収束に向かってからで良いかと。
経済的損失を重視するあまり、最悪の事態を考えた
リスクマネジメントが旨く機能していません。
人命や健康被害の観点からマネジメントしていけば、
混乱や風評被害も拡大せずに冷静に対応できる能力が
日本にはあります。
チェルノブイリでもプルトニウム被曝より高濃度セシウム
による白血病の発症が問題になってますね。
対案というか実は当初13日の時点で循環冷却方式による
外部冷却装置の打診が長崎大学の方からありました。
全溶媒冷却パネル方式の冷却装置で総チタン製、1ユニット5tと
比較的軽い装置でパイプ型より軽量であるという利点と
冷却性能も優れるというものだそうです。
そもそも、電力が落ちても循環する構造に設計してたそうですが、なぜかそういった機関が無くなっているもしくは全く
機能しなくなっていて不思議で仕方がないと言われていました。
政府及び東電の判断ミスにより現状のかけ流しの湯
状態になっています。東電は認識が甘かったようですね。
ニコニコ動画にタイムシフトで見られるようになってますので
ご覧ください。
原口元総務大臣のツイッターでも「もっと早くこの循環方式に
GOを出していれば被害は小さくて済んだだろう」とおっしゃっています。
最近の大学教授は専門外(医学分野)にも随分と
専門的な見識をお持ちのかたが急に増えたので驚いて
おります(笑) 専門分野の方は専門分野以外のことに
口を出して「安全安全」と吹聴しないほうが
自身のリスクマネジメントになるかと(笑)
僕は安全だとも安心だとも言っているわけではなく、問題の重点の置きかたが違うと言っているだけです。
分量が何桁も違うものを同列に扱うのは意味がないんですよ。
出てしまった大量の汚染水に対して、今回の1万Lは「無視できる程度の量」です。これは「いい」とか「悪い」とかいう意味ではないんです。そういう価値判断とはまったく別の話。
実際問題として、これを考えようが考えまいが、事態の深刻さにもとるべき対策にもなんの影響もないという意味です。
低濃度汚染水の排出をやめたところで、海の汚染対策にはなんの影響もありませんよ。量が桁違いだから
26. dora — April 7, 2011 @08:55:18
選択肢としてこれこれを考え、効果、実現可能性を比較検討した結果どうしたいという部分が全く欠落しています。
27. nakanishi — April 7, 2011 @09:11:55
私の印象では、「大丈夫」というよりも、「そんなことを問題にしている場合なのか」という意味で、より強い危機感を持っておられるように思いました。
それに比べれば、量も濃度もはっきりしている低濃度汚染水は問題にならないはず
29. テツ — April 7, 2011 @09:27:44
今ここでは全てのトピックにおいて誰一人として
「安全安全」
とは言ってもないし考えてもいないと思います。
あくまでリスクはどうなのかという所からの話です。
かえってそういう一文を入れる事でミスリードする、それこそ陰謀論を感じます。
30. fisker — April 7, 2011 @10:02:32
通常は閉鎖された冷却水系が熱交換器で海水によって冷却され、海洋には廃熱だけを放出しています。このシステムが失われ、海水にしろ真水にしろ循環させず放水、注水という方法で冷却を続ける以上、放射性物質が蒸気と共にガス又は微粒子として大気中に放出されるか、排水として地表水、地下水を経てあるいは直接に海洋に流出するのは避けられません。炉心が損傷してこれほど高レベルの廃液が格納容器外に漏出するという事態は全く予想できませんでしたが、ある程度周辺海域の放射線レベルが上昇することは早い段階から予想していました。
この可能性について言及がないことに少々違和感はありましたが、それほど気にならなかったのは大気への放出に比べて海洋への廃液放出は比べものにならないほど影響が少ないことを知っているからです。放射性核種の海洋における生物濃縮については十分に研究されており、生体中濃度/環境中濃度で示される濃縮係数は魚類についてヨウ素で10、セシウムで10から50程度です。これは閉鎖水域においてさえ拡散・希釈の効果に比べると遙かに小さい値であり、食品衛生法で海産物に放射性物質に対する規制値がないのもそれが理由だと思います。
過去の核実験や旧ソ連・ロシアによる放射性廃棄物海洋投棄の際も水産物中の放射能調査が行われていますが、影響は認められませんでした。
もちろん、だからといって好き放題流してもいいなんてわけははなく、液体放射性廃棄物の海洋投棄には規制値があります。いかなる形であれ環境中に放射性物質を出してしまうと一義的に責任を問われる電力事業者の人は非常に神経質になると思いますが、私のように外部(一般の方から見れば同じ穴の狢でしょうが)の人間には「どうせ溢れるんだからさっさと海に流しちゃえばいいのに」と思っていた人も多いでしょう。
放出する量をコントロールできるのであれば放射性物質の総量を可能な限り少なくするべきなのは当然で、きくちさんの意見に完全に賛成です。ただ、個人的には海洋への流出は敢えて気にせずにとにかく敷地内の線量レベルを下げて作業性を確保し、一刻も早く循環冷却系を構築することに注力した方が最終的な被害規模は小さく抑えられるんじゃないかとも思っています。電力会社の人なら絶対に言えないですけどね。
31. 亀@渋研X
— April 7, 2011 @10:05:11
・信頼がリスクコミュニケーションを左右する〜合意形成の社会心理〜/中谷内 一也 (なかやち かずや) 帝塚山大学心理福祉学部教授
http://www.mizu.gr.jp/people/ppl_16a.html
この記事の中で、人は自然災害などに比べて人為的介入に対するゼロリスク「要求」が非常に高いということが述べられています。
今回の件はもちろんゼロリスク要求などという話ではありませんが、構図として非常に似通っているので思い出したんでしょう。
もちろん、寝耳に水で「聞いてないよ」とか「ほかの手段はなかったのか」もあるんでしょうね。ぼくだって「あれ? なんでメガフロートは間に合わなかったの?」って思いましたし。
それにしても、一刻も早く閉鎖系というか循環系が回復できますように。
ただ、定量的にはほとんど意味のない量なので、そこのところをきちんと踏まえて問題にしているかどうかだと思います。
「事故で出ちゃった大量」対「わざと出した少量」なら、問題として大きいのが前者であることは間違いないから
循環系の回復には時間がかかると思うよ
この一件で海外メディアの報道が完全にガラッと変わってしまった。それでなくても放射能の風評被害による経済的打撃が避けられないなかで、この一挙は完全な失敗だったと思う。じわじわと真綿のように、日本の経済を苦しめることにつながっていくだろう。
34. disraff — April 7, 2011 @10:25:40
35. 技術開発者 — April 7, 2011 @11:12:16
なんか国際関係になると、とたんに日本の常識が通じなくなると信じ込んで居る人が沢山いるみたいですね。まあ通じない部分もあるんですが、人間の本質的な部分はかなり共通なんですね。それは、どの国の人も人間して同じ様な面を持っているからなんです。
民法の第720条に「緊急避難」なんてのがありましてね。私はそれを説明するのに、「子供が車の通っている道路に飛び出しかけた。あわてて掴んで止めたときに肩を脱臼させてしまった。その治療費を払わなくてはならないか」みたいな話を出します。法的な結論は「払わなくても良い、より大きな損害を避けるための緊急避難そちであるから」と説明します。これは日本の民法なんですが、まあ、たいていの先進国でこの部分は持っているものです、もちろん条文になっていたり、判例基準で運用しているだけの国もあると思いますけどね。緊急避難を国内で運用していて、他国との関係には当てはめないという考え方も、先進国ではありえない気がしますね。
ただ、通告はもっときちんと丁寧にやった方が良いですね。これは、為政者相互の利益の問題なんですね。事前に詳しい情報が届いていると、国内の為政者のプレス会見なんかで急に質問されても「それはね、こういう事情なんだよ」と説明できますからね。「えっ初耳だ」とは為政者への信頼が違って来ちゃう。管さんだってプレスで「えっ、初耳だ」をやったら、その国に対して「事前に教えておいてくれよ、困るだろ」は言うと思います。
36. ハッター — April 7, 2011 @11:19:20
37. 某大学放射線施設職員 — April 7, 2011 @11:17:03
>チェルノブイリでもプルトニウム被曝より高濃度セシウム
>による白血病の発症が問題になってますね。
とありましたが、現状では「甲状腺がんを除く、白血病とガンの発生が、汚染地区の子供、胎児期に被ばくした人々、成人居住者に増加しているという確信できる証拠は無い」というのが、国際的な(確かICRPです。確認します)見解です。
高濃度セシウムというのが、緊急時要員や回復作戦要員の話であれば、話は別ですが、周辺の一般への影響という意味であれば、こちらはちょっと違ってきます。
ご存知お方もいらっしゃるかとは思いますが、念のために書かせていただきました。
今回の低レベルRI排水の放出については、法令に則った手順としては大きく間違ったものではなかったと思います。
経済産業省の発表を見ると、排出することによる線量評価やその後のことも検討したうえでとなっていますので、基本的にはきちんとした手順は踏んでいました。
国会議員に経産省職員が謝っていましたが、高レベル排水の話、今後のリスク、そこまで話したうえで、配慮が足りませんでしたと謝ったと思うのですが…その点はマスコミには載ってこないですね…
一般にも国際的にもそのあたりも含めた上で、説明を行って欲しいですし、限られた時間で情報を発信するので難しいのでしょうけど、マスコミにもそのあたりの努力は…して欲しいものです…
十分な情報を伝えず、心情的に訴えるだけがマスコミなら…情報操作をしているのと同様だと受け取ってしまいます。
また、議員の方々もこういったことを心情的にとらえて、政争の道具に使うようなときではないと思うのですけど…無理でしょうね…
>高濃度汚染された水をいくらストックしたところで、最終的には海に流さざろう得ないような気がします。
時間を掛けて良いなら、放射性物質だけ濃縮して綺麗な水を排出する事が可能ですし、そのようにしています。もともと、今回流した低レベル水はそういう処理を待っていた水ですし、その貯留槽のある建物にはそのための装置もあります。ただ、電力を結構使って処理するので今すぐ処理しろと言われると厳しいと思います。
>もしかしたら海に流すことは特別なことではなく、日常的に行われていることなのかもしれないと思いました。
ソ連の頃のロシアなんかは、かなりいろんな排出をしましてね。核燃料を作るときの排水をそのまま流して、周りの人に障害を出した事件なんてのもあります。さすがに、最近は「流すな」が厳しいので世界中ほとんどの核施設で水も処理をしています。ロシアが「原子力潜水艦を解体する時に出る汚染水を処理する施設がない」なんて言うので、日本がフロート型の処理施設を提供した事がありまして、今回、「貸そうか」といってくれたそうですが、断ったそうです。施設が足りないのではなくて動かす電力が厳しい状況だと思います。
39. fisker — April 7, 2011 @12:47:52
40. とみお — April 7, 2011 @13:24:32
まあ、マスコミはアラ探しと何でも批判を
して正義漢ぶるのが大好きですからね。
本音はセンセーショナルに騒ぎ立てることで
視聴率狙いの営利主義なんですがね。
この国はマスコミにミスリードされていると
思いますね。
マスコミ人とちょっとでもつきあいがあれば
その本質がすぐ見抜けるんですが、
接点のない人が多いんでしょうね。
国民にはだまされないようにしてほしいですね。
41. プリモス — April 7, 2011 @13:25:01
エントリと直接関係あるようなないようなですが、話が出た流れで
ネット上で検索してみると、おおむね関連は見られないという定説
というのが2000年辺りまで行われた調査結果によるもので、その後は
不明、もしくは発病が増加傾向にあるはず(NHKなどでは追求特集が
組まれた、などなど)という話が多く見つかります。やや陰謀論調ですが。
過去の調査の報告を見ても「今のところは関連性はみられないが
今後のさらなる追跡調査も重要不可欠(まだわからない)」という締め
くくりだったりするので、その後の調査というものがあれば確認して
みたかったんですが、とりあえずは見つけられませんでした。
42. 感情論ですが — April 7, 2011 @12:51:54
それが事実であれば10時間で6000000億Bqとなり、24時間では14400000億Bqとなるということでしょう。ましてや”毎秒”の記憶違いだったらさらにもう一桁増えてしまいます。
それに対し低濃度汚染水は1万トンで1700億Bqなのですから確かに桁違いで、数字の大きさの違いが問題の大きさの違いを示しているということですよね。
ピットの排水写真を見ると分あたり100Lでしょうね。2分で風呂桶一杯という感じでしょうか。
そこまで桁違いになると、比較するのも無意味なくらいだと思います。
44. トンデモブラウ — April 7, 2011 @13:41:53
まぁその記者が何を伝えたいかということで、質問する内容も態度も変わるのでしょうけど。
1〜2年もしくは鎮静化するまで、(職を擲ってでも)60Hz圏に退避しようかと真剣に話し合っている地域に住んでいる者にとって、メディアが受け取り手が望む方向で情報を伝えたいわけではないんだと改めて実感しました。
これも主観的なものなので、全ての受け手に広げて議論するつもりはありませんけど。
46. luckdragon2009
— April 7, 2011 @14:14:52
> チェルノブイリ原発事故と発がんとの関係,
> http://ameblo.jp/md-traveler/entry-10841581588.html
オリジナルは、この論文ですね。
> http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/nyas.2009.1181.issue-1/issuetoc
> Chernobyl Consequences of the Catastrophe for People and the Environment.
> Ann New York Acad Sci. 2009, 1181:vii–xvi, 1–327, E1–E39.
47. プリモス — April 7, 2011 @14:44:33
私の検索が甘かったようです。
> http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/nyas.2009.1181.issue-1/issuetoc
アブストラクトを流し読んでみると影響は小児の甲状腺癌だけでは
ないって書いてあるっぽいですね。
関連で調べてみると、ニューヨーク科学アカデミーの査読はかなり
甘い方?であるとか、この報告はWHO、産業界から長年無視され続けてきた
なんていう話も見かけますが、どう受け取ればいいのかむずかしい。
どうもエントリ違いすみませんでした。
とりあえずここではこの辺でやめておきます。
> 通常運転中に発生する液体廃棄物については濃縮減容設備というもので体積を
> 小さくしてから処理します。
いろいろ教えてください。
まず濃縮減容設備ではどういう処理をしているのでしょうか。蒸留でしょうか?
また,環境への放出が懸念されるラドン以外の放射性物質はたいていイオンなので,イオン交換樹脂で集められそうですし,あるいは適当な吸着能をもつ処理剤を使って集めてしまえるのではないかとも想像するのですが,何かその手の手法というのもあるのでしょうか。
49. のざわ温泉 — April 7, 2011 @15:36:44
私なら一生暮らせるだけ握らせて貰わないと、否定派に回れないです。
感覚的にこれを否定してたら、一生はおろか3日も食えませんからねw
ただマスコミに、これを期待するのは、やっぱ彼らの性能限界を越えているとは思いますけどね。
50. あご_のほほん — April 7, 2011 @15:40:12
原発は少し落ち着いただけの現状で、何も問題は解決していないのです。
あと、なんで津波を過去形で語ってるんでしょう。
もう起きない、当分起きないという根拠はないのですが。
51. フロート — April 7, 2011 @16:00:00
http://www9.nhk.or.jp/kabun-blog/100/76922.html
いずれにせよ、既に低濃度汚染水による汚染を気にしても仕方がない状況ですね。
半減期の長いものが主体だった場合、長期間影響を与え続けかねないわけで、一概にベクレルの大小を比べてよりましと判断できる物なのですか
ただ、低濃度のほうを全部セシウムと仮定する最悪の見積もりでも、ここまで桁が違うと影響はありませんね
55. e10go — April 7, 2011 @16:42:14
>による白血病の発症が問題になってますね。
他の人の投稿とダブりますが、
チェルノブイリ事故では甲状腺ガンが増えているというデーターはありますが、白血病は事故処理に携わった作業員を除いて増えているというデーターはありません。
http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_Key=09-03-01-12
56. com — April 7, 2011 @16:39:45
あご_のほほんさんのコメント50 April 7, 2011 @15:40:12より。
>あと、なんで津波を過去形で語ってるんでしょう。
どなたのどの発言か、ちょっと特定できないのではっきりしたことは言えませんが、2011年3月11日の地震/津波のことなので、「過去形」になっているだけではないでしょうか?
#原文がそれ以上の深読みが可能なモノなのでしょうか?
#あご_のほほんには、どなたのどの発言を引用したのか、明記していただけるよう、お願いしたいです。
>もう起きない、当分起きないという根拠はないのですが。
これも、どなたのどの発言なのか、特定できなかったのですが…少なくとも、いつも書き込みをされている方々の発言ではないような気がします。
また、「もう起きない」「当分起きない」だろう、との推定をしている方は、いつも書き込みをされている方々の発言ではないような気がします。
#どなたかの書き込みからそう読み取った…というだけでしたらアレなのですが…
#皮肉でも何でもなく、「誰もそんなこと書いていない」のでは?
57. ながぴい — April 7, 2011 @16:44:50
流出源が同じなら、
放射性物質の存在比はだいたい同じなんじゃないのかな?
全体の濃度が濃いか薄いかだけだと思う。
計画停電の初期は、「直前まで実行する・しないが決まらない、停電指定地域でも停電になる・ならない場所がある」のを説明していなかったため、「何故やらないの」、「隣は停電じゃないのに何故うちが停電なの」と苦情が出ましたね。
今回も事前連絡を上手くやっていなかった様で、どうせやるなら事前調整をうまくやればここまで非難される事もなかったように思えます。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110406-00000977-yom-pol
http://megalodon.jp/2011-0407-1648-11/headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110406-00000977-yom-pol
まあ、しかし、やるしかないんだから、後は関係国へしっかり理由を説明して少しでも理解を得る努力をするべきでしょう。
同時に、漁業補償をしっかりするべきでしょうね。風評被害を防ぐのは無理と思うから。
59. kopamaru — April 7, 2011 @17:08:11
1000+1の1を足したことを責めたてるマスコミはおかしいということだろ?
60. 諏訪山よしお
— April 7, 2011 @17:05:30
賢明な判断かどうかは別にして素早い行動は評価すべきだと思います。
放射能に関しては事故以前と事故後では自分でも麻痺してしまっているのは恐ろしいとは思います。
事故前だったらこの放水は大問題中の大問題だったとは思いますが。
61. ヨッシー — April 7, 2011 @17:12:08
「正しくない」と主張している人がいるだけではないでしょうか
ということは海に汚染水も出ていなかったんですね。本当に良かったです。
64. 落花生 — April 7, 2011 @17:39:57
> もう私には東電や政府の発表すべてを信じられません
日本国憲法には信仰の自由が明記されてますので、あなたが東電や政府の発表を信じるかどうかは、あなたの自由ですね。
ただ、東電でも政府でもない第三者があちこちで空気、土壌、水なんかの放射線の量を測定して、東電や政府の発表と矛盾する結果はいままで報告されていません。
また、東電や政府が本当に故意にウソをついているとすると、彼らはわざわざ自分から「高濃度汚染水が海に流出した」とか「燃料棒がかなりの程度破損した可能性がある」とか「プルトニウムが土壌から検出された」とか、自分たちの立場を悪くしそうなウソをつくほど頭が悪いということになりますね。
しかも今回は「汚染水を自ら海に捨てる」なんてさらに誤解されそうなことをわざわざ自分で言っちゃってるし。
65. 技術開発者 — April 7, 2011 @17:28:45
なんていうかな、典型的なモラルパニック時のフォーク・デビルとして東電とかをおいている感じですね。今に東電の社員を一人ずつリンチして歩かないで下さいね。関東大震災の時に「**人が井戸に毒を入れる」で**人を殺した人みたいにね。
>低濃度(基準の100倍)って、どなたか東電が測定していたのを確認されたんですか?
普通、あの処理待ちの貯留槽に入っている水はそんなものですけどね、どの原子炉でも。なんていうかな、嘘言ったって、他の原子炉で働いている人が見れば、「東電さん、えらい薄いですね」って言われるだけでしょうね。
>今までの発表で本当のことがどれだけあったのでしょうね。
震災前の「安全対策は万全です」が嘘になっている他は、特に嘘は無いと思っていますよ。一つずつ挙げてみて下さい。
>それにどこからきた1万トンもの水ですかね。
洗浄水と洗濯水じゃないかな、ヨッシーさんはコンセントにさせば電気が通じるとおもってこられたと思うけど、その電気の2割−3割は原発が起こして居た訳ね。でもって原発ってのは1年に一回止めて、点検と整備を行うのね。作業員が作業衣と防護服を来て内部被曝しないようにマスクをしていろんな所を綺麗にするときに洗浄水が出るよね。でもって作業が終わるとその服は洗濯ね。洗濯して計器の中を通して鳴らなくならないとその服は外には出さないからね。その時に防護服についている放射性物質で汚染された洗濯水ができるんです。そして作業員は身体を丹念に洗って、計器の中を通っても鳴らないことを確認して出てくるのね、管理区域からね。この身体を洗うときにも洗浄水が出る。なんていうかな、今、作業員が浴びる1/1000くらいの放射線で騒いでいる人が多いけど、事故が無いときでも、ヨッシーさんが使っていた電気は、そうやって放射線の中で作業する作業員の労力で起こされていたんです。その作業員なんかも東電の関係者なんですよ、ヨッシーさんが悪魔の様にいう東電のね。
66. はいたん — April 7, 2011 @17:37:49
、一分一秒を争う事態、いますぐに放出し始めなければ大変な自体になるという状態だったのか、まあゆくゆくは流さなきゃいけないけれども、その決断はまあ早い方がいいよねという程度だったのか。
少なくとも、前者の状態だったという説明があればまだこれほどまでに騒がれなかったかと。
なんか素人目には、近隣国や水産省などに電話一本ずつ入れるような時間の余裕もなかったのかなあ、という疑問があります。
ただ、外国への通告は国がやる仕事で、枝野さんも陳謝していたかと思います
濃縮減容設備では蒸留し、蒸留水をイオン交換樹脂で脱塩処理した後に再利用又は環境放出します。純度の高い系統では脱塩しただけで再利用する場合もあります。
気体廃棄物については、キセノンは一定時間活性炭で吸着保持して減衰を待ってから放出したり、ヨウ素は添着活性炭のヨウ素フィルターで捕集したりするようです。
改めて調べてみると自分の無知と間違った思い込みを思い知ります。ATOMICAのURLを示しておきます。
http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_No=05-01-02-02
69. iseda — April 7, 2011 @17:54:30
黒木さんのご指摘のポイントは、要するに、ジャーナリストの責任が問題になっていたはずなのに、わたしの書き込みで政府や東電の責任に話がそれてしまった、ということだったと思います。もし本当にわたしの書き込みのせいで以下の話がずれていったのだったら申し訳ないところです。
わたしの意図としても、東電と政府の倫理的問題を直接問題としたかったわけではなく、きくちさんのジャーナリストに対するコメントが、本人たちにうまく通じる仕方で書かれているかどうか、ということが気になっていたのでした。
わたしが答えようとしていたのは、「それを「鋭く」追求している暇があったら、もっと訊くべきことはあるのじゃないかなあ」「放射性物質の量がだいじだっていうことを本当にわかっているのかなあ」というきくちさんのコメントです。前の書き込みでは舌足らずになっていましたが、「きくちさんから見てわかっていないように見えるのは、実はわかっていないのではなくて、そもそも拠って立つ倫理観がちがうからそういう言動になっているのかもしれない」という指摘を本当はしたかったわけです。
もちろん記者会見で追及していたジャーナリストの方達は本当にただ分かっていなかっただけかもしれないので、その場合には、彼らはきくちさんのブログを読んで考えを改めるでしょう。でもそうならなかった場合(そして彼らが悪意でやっているといった想定をしない場合)、倫理観の差というものを考慮に入れるのは大事だろうと思います。
以上、前の書き込みで伝わっていなかったかもしれないことの補足でした。
僕はいちおう善意に解釈できる方向で書くようにしていますが、「わかっているがわざと(しかも、悪意ではなく正義感から)」などの可能性を念頭に置いていないというわけでもありません。書かないけど
71. cg — April 7, 2011 @18:51:43
十全に意を尽くす、ということが、いかに難しいか、というところでしょうか。
(ちらっとみただけの印象ですが)
震災・原発事故のみならず、むしろその後の人々の対応に(こそ)さまざまな現実の諸問題の原因、または当の問題そのものがある、ということかもしれません。
われわれにとっての、(目先の(命(健康))の危険にとどまらない)、本当の問題(とその原因)は、なにか?
そして、それはいかに解決されるのか?
これらのことについて、より深い洞察と、具体的なコミットメント、そして実際の解決を、私は期待しています。
(だれに対して、というわけではなく)
それこそが、希望の可能性です。
(もちろん喫緊の危機を回避するために現場で作業する人々と、広い意味での彼らへの支援、そして実際の解決は必要で、それなしには、それ以降の問題は、問題にすることさえできないような事態に直面しているわけですが)
72. こなみ — April 7, 2011 @18:42:55
どうもありがとうございます。ご紹介の資料でよくわかりました。昔受けた放射化学の授業や実習である程度知ってはいましたが,読んでみたらまさに教科書通りですね。
この種の処理の場合,処理される溶液の量が莫大であることが実施上の手間とコストを引き上げることになりますが,ヨウ素の同位体交換を利用した除去,逆浸透膜やイオン交換樹脂の利用は大量のかなり薄い濃度でも有効ですね。とはいえ,強い放射線を発する溶液でさえも,モル濃度では非常に希薄なわけで「しっかり取り除く」ことの困難もあるのでしょう。反面その条件なら,十分な量の安定同位体を添加しての処理であれば希釈効果がよく利くという面もあるのですが。
ともあれ,これらの手法で高い放射線レベルを何桁か引き下げる作業のためには,低濃度の部分を捨てて容器を空けないわけにはいかなかったのだろうと思います。それは最初から思っていたのですが,例によってまわりへの周知が不十分なままの拙速はまったくいただけないという気がします。
追記と明記されていないとコメントの意味が変わってしまうのですけど。
でも、別に気にせずにコメント書いていただければいいですよ。
「追記」と書いてあるのは大きな追加ですが、細かいところには書き直しがあります。
「そうするな」とか「書き直しがわかるようにせよ」という意見も稀にあるみたいなんですけど、僕は特に気にしていないので。日数が経ってからの分は追記ですが、その日のうちの小さな直し程度は煩雑になりますからいちいち明記しません。
75. zorori — April 7, 2011 @21:32:25
それはそうとして、きくちさんの言いたいこととはずれるのかもしれませんが、isedaさんの仰るようなことは確かにありますね。意図せざる10000000L×100億Bq/Lは許容できるが,意図的な1700億Bqは許せないという感情が人間にはあるということかと思います。
でも、意図的,自発的な行為は批判されがちだとすると,何もしない方が安全という事なかれ主義になります。その一方で、不作為の罪も問われますから簡単ではありません。江戸時代の消火活動では,延焼しそうな家屋を取り壊そうとする火消しと家主でもめ事が多かったといわれますね。重体の患者の命を救うために,承諾無しで足を切断したら,意識を取り戻した患者が怒ったようなものですか。
3万人にも達しようかという地震被害よりも,まだ1名の死者も出していない原発災害を話題にしたがる心理と根は同じですかね。
76. ILW — April 7, 2011 @22:13:10
そういうことが分かると安心できるのですが。。。
汚染水の排出をメディアに発表する時に、
政府が、こういう分かりやすい情報を付け加えてくれれば
漁業に対する風評被害も減ると思うのですが。
本来の役割で言えば生に近いデータを政府・東電が出し、それをマスコミが(記者会見で吊るし上げなんてしてないで!)一般人にむけて分かりやすく噛み砕いて正しく説明してくれりゃいいんですよね……。
今日TVをみていてキャスターやコメンテータが「政府が分かりやすく説明しないのが悪い」ってなことを連呼していて、僕ら一般の素人がそれを言うならともかく、あなた方がそれを言うのは一種の敗北宣言では?と疑問に思ってしまって。
79. げお — April 7, 2011 @23:42:32
たとえば、高濃度水の漏洩の対処として、途中で希釈することになり漏洩水の量は10倍になってしまったが100倍に薄めることができて、出ていく放射能は10分の1にしたというような状況だったとすれば、そんなに心理的反発は起きなかったのでないでしょうか。この例と今回の状況とでは全体的に見れば起きてることは、定性的にはあまり変わらないわけです。では、なぜ感じ方が変わるのだろうかと考えてみると、例では漏洩という状況は続いていてそれが改善されたと受け取れるけれど、実際に起きたことでは一度漏洩を食い止めたのにまた漏洩を再開してしまったと上取られてしまうということがあるのではないでしょうか。
つまり、漏洩の全体像が的確に把握できずに、高濃度の漏洩は終わったことになってて、それとは別に新たに低濃度の漏洩を始めたという風に受け取っているために、ことさら意図する・しないの対比で判断しているのではないかということです。
なんとなく、「朝三暮四」という言葉が思い浮かんでしまいました。落ち着いて考えるか、東電がもうすこしうまく説明するかすれば、そんな反応にはならないのかもしれませんが。
80. テツ — April 8, 2011 @00:39:25
まさか外部に協力依頼する事で政府に情報処理能力が無いと思われたくないとかはないですよね。
81. Toshi2100 — April 8, 2011 @01:03:13
> 漏洩の全体像が的確に把握できずに、高濃度の漏洩は終わったことになってて、それとは別に新たに低濃度の漏洩を始めたという風に受け取っている
最初の方でGrandさんが紹介されている動画を半分位観ました。
> Grand ― April 6, 2011 @23:22:01
一応話はわかっているようです。
途中で「1万tを捨てる前にやるべきことがあっただろ」、「既に3/24に冷却に使った水が溜まっている事は(俺たちが)指摘してたんだから、それを移すタンクを注文してるはずだ。いつ来るんだ。発注書を見せろ」、「消防車のタンクに吸い上げるとか」などと発言してました。
発言している内容の実現性が私にはわかりませんが、話っぷりだけを聞いている限りは「ちょっと相手にしてらんないな」という感じがしました。
東電のご担当者さんもご苦労が絶えないでしょうね。
「東京ドーム一杯」だと、ああ海は広いから大丈夫だなと納得できるのです。
政府に助言する専門家の「表現力」も大事ですよね。
84. サルガッソー — April 8, 2011 @01:59:58
日本人は人災なら許せないが、天災なら仕方ないといったメンタルがあるのではないかと思います。
不作為が天災か人災かは意見が分かれると思いますが、
少なくともきくちさんが主張しているのは
天災か人災かと揉めるより被害を小さくすることに全力を向けるべきでは
ということと理解しました。
85. Toshi2100 — April 8, 2011 @02:23:02
> 悪天候で静岡を出港できず
あら、そうだったのですか。
今日横浜港で水漏れしないようにしてから行くとか言ってたような。最低でもあと2,3日はかかりそうですね。
87. ま のすけ
— April 8, 2011 @02:23:15
何故、《緊急事態》になってしまったのかが問題で、そもそも循環以外の冷却水を
用いた段階で、こうなることの指摘は東電側にも、政府側にもしてきたつもりです。
そこに対して、なんの手だても打たぬまま時間を消費し、挙句《緊急》だから許して、
あるいは理解してというのは、大きな間違いだと思います。
たしかに、ロジカルな面では、現在取りうるAB二択のどちらを優先するかという
きくちさんの論は間違ってはいないのでしょうが、その前提とされた《緊急事態》に
瑕疵がある以上、その先の論は、どちらが勝ったところで単にロジカルな面での勝ち負け
以上の意味は持たないようにも感じます。(厳しい言葉で申し訳ない)
いま、政府があるいは東電が、どのようなミスを続けているのかを記憶し記録し、同時に
質していくことが出来るのであれば、その場で声を上げていく方が、大切なのでは?
と、どこかで…。
そういうのは、きちんと記録しておいて、あとで検証すればいいと思いますよ。指摘しておくくらいでいいのではないでしょうか。
今はとにかくなんとかするのが優先のフェイズで、この時点で責任追及だのなんだのをしていてもしょうがない。それは危機への対応とはなんの関係もないから。
いずれ落ち着けば(どういう形であれ)、きちんと検証するフェイズになるのではないでしょうか。
90. ま のすけ
— April 8, 2011 @02:40:44
政府も東電も、まだそんなことは一言も言ってませんが…。
「とりあえず、海中に流れ込んでいた高濃度汚染水の流れ込みを一時的に抑える
ことが出来ている」と。
つまりは土中に流れ込みを続けているか、あるいは6日間かけて貯蔵タンクの
内部検査を行っている間に、ビットから溢れてくるのを待つかという、そんな
状況なんだと認識しているのですが…。
この先の東電側のスケジュールを見ると、『意図せぬ流出』がまだ何度か起こり
そうですね。
これが先の書き込みで書いた、政府・東電の「時間の浪費」です。
この先の冷却を考えると、最低30万トンの貯蔵設備が必要になりますが…。
2週間以上かけても全量30万トンクラスの貯蔵プールを作るというのが、今打てる
王道では?
実論的には、10x10x40プールを8コ作ればいいのですが…。
いずれにしても、高度汚染水のほうは深刻です。
溜めるのにはメガフロートを使うつもりだと理解しています。
今、ひとつが横浜で点検中で、国内にあとふたつだったかあるのを譲り受けようとしていると言っていました。
メガフロートがうまく使えるなら、それでいいはずなので、なんとかうまく使えればいいのですが・・・
92. ま のすけ
— April 8, 2011 @02:57:07
つまり、私の主旨としては、過去についての糾弾をという意図ではなく、
過去を見て、どこかでその場当たり的な対応を改めていく必要があるという
ことです。
一段目の階段(循環冷却系の復旧を目指す方向へ転換)は、アメリカからの
圧力等で登れましたが、二段目、三段目と、自分たちの力で変えていっても
好いのではないでしょうかね。
きくちさんのそもそもの記事でも、最後は「〜よりまし」と書かれているだけ
ですから、その二択について「どちらが正しい」、あるいは「間違い」という
ことを決着させたところで、たんなるディベートとしての意味しかナイですよね。
※ゴメンナサイ、なんだろう、こんなにきつくカラムつもりではないのだけれど…。
まぁ、こんなことも考えている人間が居るとだけ…。
東電の対応が場当たり的に見えるのは事実ですし、見通しがあるのかないのかわかりません。専門家はついているのでしょうが、それでもその場その場の状況で判断しているのだと思います。これには、ある程度は仕方ないにしても、もうちょっとなんとかしてほしいとも思います。
単にプレス発表が下手なだけかもしれませんが
しかし、どんなにうまくできたところで、長期戦になるのは明らかですから。
94. ま のすけ
— April 8, 2011 @03:09:27
ありません。
最終的に、塩分濃度の高い海水を使ってますから、その後の処分はどうなるの
でしょう・・。
今の日本に、汚染水を貯蔵できるだけの施設はありません。
必要なコンクリートだって、今日の明日に揃う量ではありません。
「今、何を求めていくべきなのか?」「どんな声を上げていくべきなのか?」
その視点からのメッセージがあれば、とても頼もしいと思えますし、有意義なもの
とも思うのですが…。
時間をかけて処理していくのではないでしょうか。それしかないのでは?
汚染水を処理する設備を作る工事を今月中に始めるそうです。
処理して基準値以下にして放流ということです
97. ま のすけ
— April 8, 2011 @03:14:49
政府/東電では、高濃度汚染水を貯蔵するのは、メガフロートではなく、
4号機南側にある貯水施設ですよ。
その貯水施設の容量を確保するため、貯水施設の中にあった低濃度汚染水を
海洋投棄したと発表されています。(貯水容量は確か6万トン)
メガフロートが間に合っていれば、低濃度をそこに移すつもりだったのかな。いずれにしても、メガフロートを待つ余裕はないから、というのが理由として挙げられていたと記憶しますが。
いずれにしても、永久に溜めておくわけではなく、処理施設を作って処理をして放流するまで、一時的に溜めるということです
100. FROY — April 8, 2011 @06:02:50
レスポンスありがとうございます。
超薄まってしまうから大丈夫っぽく思ってました(^^;
101. のざわ温泉 — April 8, 2011 @06:57:49
と言うか電力は絶対的に必要なエネルギーなので、悪く言えばあぐらを書いていると言うかそういう感じすら受けるので、プレスに関しては事故の規模の割には余裕を感じます。
生活組織なんてのは、中心極限定理で挙動が決まるもので、あれだけ数が居たら、あんなもんだろうと思います。
102. luckdragon2009
— April 8, 2011 @06:51:06
ええと、本当は内科医さんのブログの方を参照して欲しかったのですけど。
何故か、オリジナルの論文の方を評されてましたので、補足しておきますと、原論文の死亡者数は過大評価と言われてます。
下記の論文についての評
> http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/nyas.2009.1181.issue-1/issuetocLink
> Chernobyl Consequences of the Catastrophe for People and the Environment.
> Ann New York Acad Sci. 2009, 1181:vii–xvi, 1–327, E1–E39.
Nature コメンタリー
> http://www.nature.com/nature/journal/v440/n7087/full/440993a.html
関連情報
> "Chernobyl: Consequences of the Catastrophe for People and the Environment"(2009)に関する評などについて。
> http://www.tweetdeck.com/twitter/kmiura/~XjQ5N
> チェルノブイリ事故の健康への影響:wiki 英語版訳1 Assessing the disaster's effects on human health: プラクティカルには我々は何をすべきか
> http://logo-syllabary.cocolog-nifty.com/blog/2011/03/wiki-assessing-.html
> 2週間以上かけても全量30万トンクラスの貯蔵プールを作るというのが、今打てる
> 王道では?
> 実論的には、10x10x40プールを8コ作ればいいのですが…。
「実論」という単語を知らないので、「理論」と置き換えて読みました。もしかしたら変なこと書いてるかもしれません。
「これこれのプールを建造」すれば「どこそこにある水を海に放流することなく引っ越すことができる」というのはわかります。でも現実問題、時間内(どこからどこ?)に可能なの/だったのでしょうか?(確率低いかもですけど、すでに土地取得から始めていた、つまり間に合わなかった、とか。)
のすけさんは「2週間以上かけても」とおっしゃってますが、一方
> ま のすけ ― April 8, 2011 @03:09:27
> 必要なコンクリートだって、今日の明日に揃う量ではありません。
ともおっしゃってますよね?がんばれば(3/24から?)2週間でできたと思っているのか、あるいは端から無いものねだりなのか。
「今、何を求めていくべきなのか?」「どんな声を上げていくべきなのか?」には全く異論ないのですが、それが一体何を意味しているのかのすけさんの投稿からはよくわかりませんでした。
> その視点からのメッセージがあれば、とても頼もしいと思えますし、有意義なものとも思うのですが…。
直前に述べましたが、全くそう思います。ただし荒唐無稽なものはお断りですね、わたしの場合。(検討するだけ時間の無駄ですから)
104. プリモス — April 8, 2011 @22:44:57
補足情報:「最近のチェルノブイリの論文」に関する補足(オリジナルの方は、死亡数が過大評価との評。)
ありがとうございます。
内科医さんのブログの方は「チェルノブイリ原発事故と発がんとの関連,1〜3」
を拝見して、末尾の方でウクライナでの男児の白血病の
罹患率が上がっている等をそのまま引用されている
のを見て「おや?」と思ったので、そのままそのあと論文の
論調がどんなものなのか確かめました。
二つ目の補足も拝見しました。細部についてはまだまだ
読みきれてないんですが、おおまかには執筆者の一人である
Yablokov氏がグリーンピース絡みの方でそもそもなんだか
怪しい、データの取扱いにおいて科学的な手法に問題あり、
そういった過度な危険性を報告をしているのはその一件のみ
(?)、そういうわけで医学界的にはあまりまともに
受け入れられていない、という感じで把握しつつあります。
もしかするとかなり周回遅れなネタでわざわざ出動いただいた
かもしれませんが、参考になりました。
105. kei — April 9, 2011 @02:56:32
感情的な発言を「相手に出来ない」であるとか
漁連の方々の怒りは、汚水を流した事より、一言の相談も無く
流した事なのではないか?など、
原発の事故が生活をおびやかされている大勢の方々に
失礼です。
海外の批評云々以前に、ズレまくってますよ。
僕らは博学だから、馬鹿は相手にしないでおこう。という奢りが感じられます
「感情論は抜きで話してます。」凄いですね。
最後まで、読みましたが、とても不愉快な気持ちになりました。
高度な学問は、高き志から生まれると信じています。
人間の感情を小バカにしたと感じられる自慢大会は観ていても聞いていてもうんざりですよ。そこには何も生れません
今現在、論議するのはこんな事ではない。他にやる事があるだろう。と。
5年後、10年後の日本人としてのあり方、
そして、将来の日本の子供達の幸せを守るにはどうすればいいか?
を、私達大人が知恵を振り絞り、一生懸命に策を練らなければならないのではないですか?
東電の会見も毎回見ています。
色々な方々の意見や研究も沢山拾い集めてここへ着ましたが
空気読めてない感タップリでビックリしました。
こんな空間もあるんですね。
106. FM — April 9, 2011 @04:14:09
「感情論は抜きで話してます。」というのに、keiさんは不愉快に感じられるのですね。
私は逆で、きちんとデータを出しても専門家が誠実に説明しても「情報を隠蔽している」「御用学者が嘘を言っている」などと悪い方にしか受け取らず、感情が先走ってパニックになっている人が多いので、こちらのように冷静にやりとりしているサイトがあって安心しました。
だから、感情論を抜きにすることは、多くの人がパニック状態になっている今、とても大事だと思います。
感情的な発言を「相手に出来ない」というのも、表現は悪いかもしれませんが、いくら説明しても、感情的に「そんなはずはない、隠してるんだろう」と言われ続ければ、説明する側も嫌になってしまうと思いませんか?
相手に理解しようという気がないんですもの。
感情的に批判だけしても、事態はよくなりません。
汚染水に関しては、東電や政府が高濃度の汚染水がすでに大量に排出されていることに注目してほしくないという気持ちがあるかも・・・と思ったりもしますが、
最終目標は「放射能漏れを最小限に食い止めること」ですから、ベターな方法なのだと思います。
107. KSK — April 9, 2011 @08:44:43
でも、感情に任せた文章が有意義かと言われれば、僕は全くそう思いません。
ブログなりツイッターなりと、様々な人々に記事を公開する以上、論理性や合理性は一定(この「一定」は曖昧ですが)に確保すべきではないでしょうか。
別に感情性を排除するべきだ、ということではなく、むしろそのあなたの「感情」というものを論理的に説明することが重要じゃないでしょうか。
そういう意味ではきくちさんの記事には「冷静に状況を判断させたい」という明確な感情があるように思えます。
きくちさんの文章は論理的だし、感情的です。これはきくちさんに限ったことではなく、多くの人がこのような文章を書かれています。それこそ危険を常に警告しているいわば「反対派」の方々も、論理的な文章を書くように努めていると思いますよ?(実際そうであるかは別として)
keiさんはきくちさんの感情を読み取る気がないだけではないでしょうか。
メキシコ湾のBPの事故の時も社長は脳天気に見えました。組織のどこが動いてるんでしょう?
109. zorori — April 9, 2011 @09:27:53
>社長が寝込んでいても会社はまわっているってことですね。大組織ってのはそんなもんなんですかね。
平常時はそうでなくてはいけないと思います。しかし、緊急事態ではトップの手腕が大きいと思います。東電はそれが出来ていないので。「まわっていない」ような印象が私にはありますけど。大組織は慣性が大きいので、まわっていなくて止まるまでに時間がかかるということもあるかと思います。
大きな軍艦の艦長クラスの幹部は、平時は旨いものを食ってなにも仕事をしなくてもよいが、いざとなったら部下の船員の命を救うため、自分は船と運命を共にするなんて、子供のころに読んだ本に書いてあったような記憶が有ります。
110. さんちゃん — April 9, 2011 @09:45:19
そんなものではないでしょうか。
企業は誰かが抜けても回るようにしとかないと。
「担当がいなくなって期日までできません」では顧客が納得しませんから。
まあ、不景気で人少なくなっているので末端レベルだと担当一人は多く、風邪引いても早々休めませんが。
社長が寝込んでにっちもさっちも行かなくなるのは中小のイメージですかね。
111. ROCKY 江藤 — April 9, 2011 @11:17:37
「会社は社長室で回ってるんじゃない。現場で回ってるんだ!」てことでしょう。
>大きな軍艦の艦長クラスの幹部は、平時は旨いものを食ってなにも仕事をしなくてもよいが、いざとなったら部下の船員の命を救うため、自分は船と運命を共にするなんて、子供のころに読んだ本に書いてあったような記憶が有ります。
まああの社長は適当な時期に辞任せざるを得ないでしょう(単なる観測で、辞めろと主張しているわけではない)。
112. 落花生 — April 9, 2011 @11:12:11
> 将来の日本の子供達の幸せを守るにはどうすればいいか?
> を、私達大人が知恵を振り絞り、一生懸命に策を練らなければならないのではないですか?
だから、将来の日本を背負う乳児達が、彼らこそ必要とする水を必要のない人に買い占められて困ったりすることのないように、私達大人が知恵を振り絞り、感情的にならず、冷静に事実を評価してどのように対応したらいいか、を皆で考えているんです。
こんな空間もあるんですよ。
> 僕らは博学だから、馬鹿は相手にしないでおこう。という奢りが感じられます
「馬鹿」という表現がどこにあるのか気になりますが、まあそれは置いといて、相手にするつもりがないのだったらわざわざここで大勢で議論する必要はないですよね。
> 最後まで、読みましたが、とても不愉快な気持ちになりました。
あえて不快な文章を最後までお読みにならなくても、ご自分の方法で、知恵を振り絞り、一生懸命に策を練っていただければよいかと思います。
# もしかして私、釣られてますか?
1万トンの汚染水を100万トンの海水で薄めて、基準値以下にして放出すれば、これほど責められなかったのだろうか…と考えたら、狐につままれたような気分になりました。
114. baijing
— April 9, 2011 @11:33:58
今回の件(低濃度汚染水排出)について、問題となるのは「感情」の方だと思います。近隣諸国にせよ漁業関係者にせよ、高濃度排水こそが問題であることは(おそらく)理解できているはずです。それでも、感情的には納得できない。風評も多くは感情の産物ですし。ただでさえやばい状態のところに「よくわからない気持ち悪いもの」が追加されるという心理的負荷がかかってしまったということでしょう。
今回はいわば「連絡ミス」によって感情が害されたことが大きいのではないかと。事故後数日経過して以降は、政府発表に明らかな事実隠蔽(「予測」ではなくて「事実」)を感じませんが(隠してるというよりは、本当に分かっていないことが多いような)、低濃度汚染水排出は明確な意図の下で決断されたわけですから、事前通知は不可欠でした。
かつてソ連が低レベル廃棄物を海洋投棄し、国際的に責められましたが、今回は「やむをえない措置」として最終的に認められるとは思います。でも、国際法に違反するかどうかではなく、あくまで信義の話です。外務省を通じて一言連絡すればよかった。デリケートな局面であればこそ、いっそうの配慮が必要です。
国内的には、マスコミには発表内容に対する正確な理解(何がポイントなのかを判断する能力)と、読者の感情的影響への配慮が両方求められますが、どうにもバランスが悪くなっているような。記者も不安なんでしょう。
115. 電気屋 — April 9, 2011 @11:52:42
>今現在、論議するのはこんな事ではない。他にやる事があるだろう。と。
まさに。
アナタが読もうとしている「空気」は人の気持ちの綾。つまり雰囲気です。
ココに集う人々の多くが読もうとしている「空気」は空気そのもの、すなわち大気などです。
大家さんが科学者ですから、社会が俎上に上ることはあるけれど、基本は自然を相手にする場所です。
さて、放射線に関することのアレコレは自然の法則によります。放射線は人の気持ちになんて左右されない。感情とは無縁です。人々が希望に満ち溢れようが、怨嗟の声を上げようが、放射線の量には毛筋ほども影響しない。
アナタがナニをナゼ不快に思っているかワカんないけど、ココはそれを解くコトには向いた場所ではない。ココは人の気持ちを解くコトより、放射能をどーするかそのものを考える場所なんですヨ。
もしかして、放射線は空気を読むってお考えですか?
116. 電気屋 — April 9, 2011 @12:14:02
baijing Website ― April 9, 2011 @11:33:58
>国内的には、マスコミには発表内容に対する正確な理解(何がポイントなのかを判断する能力)と、読者の感情的影響への配慮が両方求められますが、どうにもバランスが悪くなっているような。記者も不安なんでしょう。
記者の不安感はともかく、メディアには煽り志向がはっきりあります。なぜなら、メデイアは耳目を集めてなんぼなので、正確さはそれより後についてきます。スルーされたら正確さもクソもないですからね。
これはメジャーからマイナー(ネットの個人発信など含む)まで、なにかを伝えたい人全てについて回るバイアスだと思います。
まー、話は半分に聞いておけ、てコトじゃないのかな。
117. baijing
— April 9, 2011 @12:31:16
>メデイアは耳目を集めてなんぼなので、正確さはそれより後についてきます。
まさに。それで、ややこしい問題がいっそうかき混ぜられます。優先順位が逆だと思うんですが、いまさらどうこう言っても仕方ない宿痾なんでしょう。とっくに分かっているはずなんですが……。
理性的に状況の本質をとらえようとする科学畑の方と、「感情」の方をなんとかしようという人が、うまく分業できてればいいんですけどね。片一方だけ(特に「感情」)を重要だととらえるむきがあって、つくづく微妙だなぁと。理性的であることを「不謹慎」とみる人もいたり。
>まー、話は半分に聞いておけ、てコトじゃないのかな。
みんなそう考えてれば話は楽なんですがね。おもしろいように踊らされますから(しばしば私も含めて)。あー。
まあ、最近の論文という事で例示しましたが、あんまり例として適当でなかったかな、と思いましたので。
ここを閲覧する方々への、変な例示になっても、と思い、それも兼ねて、補足をいれました。
ひとまず、この件については、そんなところです。
119. fisker — April 9, 2011 @16:15:24
英語圏のメディアでは、個人的にWashington Postや週刊誌のThe Economistの解説には信頼を置いています。日本語では日経新聞が比較的信頼できると思っていましたが、科学関係はたまに的外れな解説をすることがあり、原子力に関しては今回の事故の報道、解説で非常に失望しました。
長期的には情報の受け手である国民一人一人が高いリテラシーを持つことが望ましいのでしょうが、それが実現していない状態で、不確実性の高い情報の開示がどうあるべきかは悩ましい問題ですね。
120. HKT — April 9, 2011 @20:32:47
東電の4月4日付プレスリリースでは、低濃度汚染水の放出の影響について「近隣の魚類や海藻などを毎日食べ続けると評価した場合、成人の実効線量は、年間約0.6ミリシーベルトと評価しており、これは、一般公衆が自然界から受ける年間線量(2.4ミリシーベルト)の4分の1であります。」と評価しています。
http://www.tepco.co.jp/cc/press/11040403-j.html
もし、放出低濃度汚染水の影響が「年間約0.6ミリシーベルト」(近隣の魚類や海藻などを毎日食べ続けた場合)もあるならば、総量でその数万倍レベル※の放射線物質を含んでいた推定される流出高濃度汚染水の影響は一体どれほどになるのか? ピット亀裂以外からの漏出の可能性も考えると、政府による広範な海域での海水や海産物のモニタリングが必要なのではないか? この点にこそ焦点を当てて欲しいです。(東電のプレスリリースでの低濃度汚染水放出の影響の評価はもしかすると過大なのでは?とさえ思えます。)
※高濃度汚染水10リットルに放出低濃度汚染水11,500トン分の放射性物質が含まれ、高濃度汚染水が4日間、毎秒2リットルの水量で流出していたとすると、2×3,600×24×4÷10=69,120倍になります。
121. 井口堂 — April 10, 2011 @00:09:39
高濃度汚染水の流出を4日間で計算されていますが、4月2日以前に流出はなかったとする情報をお持ちでしょうか。
私は、爆発音があった3月15日から4月2日までのどこで海への汚染水の流出が始まったか不明だと思っていたので、そのような情報があるのでしたら教えていただきたいのですが・・・。(他の方でも結構です)
濃度100億Bq/Lが毎秒2Lで4日間流出したとして計算すると流出水量690000Lで6900TBqですが、仮に海への流出が3月17日から始まったとすると35000TBqです。
このレベルでの5倍の違いは大きいように思うのですが・・・。
こちらのエントリでコメントした方がよろしいかとおもいましたので、そうします。
私が残念なのは、きくちさんの引用のような物言いです。この物言いは改定も削除もされていませんよね。
この物言いにはきくちさんの件のジャーナリストに対する相当厳しい判断があらわれていますが、でも、きくちさんが、件のジャーナリストの活動を評価するだけの前提をきちんと理解してこの厳しい判断をくだしていらっしゃるのか疑問なのです。
===引用開始===
ところが、どうも記者会見などを見ていると、記者やジャーナリストのみなさんは「1万トン」という水の量に惑わされて、実際の放射性物質の量を考えていないような気がしてなりません。
それを「鋭く」追求している暇があったら、もっと訊くべきことはあるのじゃないかなあ。なんというか、「水の量」が問題なんじゃなくて、放射性物質の量がだいじだっていうことを本当にわかっているのかなあ、と疑問に感じています。「1万トンは多いか少ないか」なんてのは、まったく意味がないんですよ。問題は放射性物質の量。
記者やジャーナリストのみなさんは、単に「1万トン」というわかりやすい数字があるから、「鋭く」追及しているだけなのではないかなあ、という気がしてなりません。「鋭く」見えるだけで、全然本質じゃないのでは。もっとだいじなことがあるんじゃないのかなあ】
===引用終了===
説明しますね。
まず、海洋汚染についての国際法では、無過失・過失による汚染と、故意による汚染とを区別し、故意による汚染を問題にしています。
きくちさんの主眼である「放射性物質の量が大事」という文脈とは【別に】「放射性物質を故意に排出したかどうかが大事」という【法の文脈】も厳然とあるのですね。
次に、件のジャーナリストは、このたびの「1万トン」だけを急に問題にしたわけではないという事実があります。
彼は、3月23日ごろから、汚染水の行き場について、東電に説明を求めてきましたが、東電はほとんど説明してきませんでした。そのなかで、急に東電が、
国際法上違法性の高い「故意による汚染」を発表したので、【そこを手掛かりに】、この間の説明責任を東電に求めているのです。
第三に、ジャーナリズムはそもそもセンセーショナリズムをともなう、という事実があります。最近ではアエラの「放射能が来る」というのも
ありましたが、相当良質とおもわれているジャーナリズムでも大衆の耳目をひくような言い方を【意識して】使うことはあることで、「だから受け手の側はリテラシーをもちなさい」というのは正当ですが、「出し手がそんな言い方を使うのは本質がわかってないからだ」とその言い方だけで強く推測するのはちょっと違うとおもいます。
第四に、件のジャーナリストが発言していたのは、学会場ではなく、東電の記者会見場という、一種の修羅場であるという事実があります。そこでは、手法として、ヤクザが因縁をつけるごとく多少無理な迫り方であっても、なんとか相手から情報を引き出せたら目的達成ということです。
以上述べてきましたが、申し上げたいのは、件のジャーナリストの行為を理解評価するには、結果的な客観的汚染の程度を問題視する文脈(きくちさんの主眼ですね)の【ほかに】、法や、ジャーナリズムの文脈も【同等に】考慮すべきだ、ということです。きくちさんは、どうもこれらをまとめて「感情の問題」「気持ちの問題」としていらっしゃるきらいがあるのですが、通常の受け取られ方として、これらは感情やら気持ちやらの話ではありません。
私は、きくちさんがおっしゃる「放射性物質の量が大事」という指摘にまったくケチをつけるつもりではありません。
そもそもそれは別にむずかしい話ではありませんし、こんなこと、言われなきゃわからない人がいるかなあ、とおもうくらいです。
しかし、それとは別に大事な点もあり、その点をあまり考慮せず、人の社会的活動に引用のような烙印を押した点で、きくちさんは配慮にかけているとおもいます。
僕はAERAを許しません。
センセーショナリズムにいいことなんかないんですよ。
それは原発の問題以前からそうです。リスクの問題がこれまでいかにセンセーショナリズムによって歪められてきたか。
125. りっぴ — April 10, 2011 @05:12:27
これはただの推測で、違っていたら申し訳ないのですが、きくちさんは、件のジャーナリストの追及をみて、かなり嫌悪感をもたれたのではないでしょうか?
そして、それを動機に、「このジャーナリストはまともな科学リテラシーが
ないのではないか」と自分の得意分野に結びつけて推測した、と。
実際のところ、件のジャーナリストに、きくちさんの主眼である「放射性物質の量が大事」という認識がなかったと確認できる【証拠】はないとおもうのですが。。
上から目線でたいへん恐縮ですが、わたしは、きくちさん自身の「メディアリテラシー」に興味を感じているのです。
ひとつの「報告」として、きくちさんがエントリ文を書くに至った心情を公開していただければ幸いです。
126. kurita
— April 10, 2011 @08:01:42
127. Katase — April 10, 2011 @08:10:00
きくちさんはある人物を特定せずに「記者やジャーナリストのみなさん」として一般的な傾向として書かれていると思うのですが、りっぴさんはその「件のジャーナリスト」がお好きでその方だけに向けてきくちさんがケチを付けていると思い込んで、その方を擁護しようと一生懸命に書いておられるのでしょうね。
私には、あなたのおっしゃられる「件のジャーナリスト」がどなたを指すのか分かりません。でも、あなたの書かれたそのジャーナリストの手法から見ると、私はそのジャーナリストに悪い印象を持ってしまいます。
>第三に、ジャーナリズムはそもそもセンセーショナリズムをともなう、という事実があります。
事実として一部にそういう傾向が見受けられるとしても、それは仕方がないとして肯定する理由にはならないと思います。
大げさに誇張して騒いで人々の関心を引こうとするセンセーショナリズムをジャーナリストが行うのは、情報をきちんと正確に伝えるという大切な仕事の本質と目的を見失っているのではないでしょうか。
>第四に、件のジャーナリストが発言していたのは、学会場ではなく、東電の記者会見場という、一種の修羅場であるという事実があります。そこでは、手法として、ヤクザが因縁をつけるごとく多少無理な迫り方であっても、なんとか相手から情報を引き出せたら目的達成ということです。
修羅場であったとしても、節度を保たずにヤクザの様な因縁をつけるのはジャーナリストとしての品性を損なうものではありませんか?
相手から情報を引き出すには、上手にやればヤクザの真似事をしなくてもできるのではないでしょうか。そうしないと上手く出来ないのであれば、残念ながらそのジャーナリストの能力不足でしょう。
もし、その「件のジャーナリスト」の実名を知ったら、私はその人に悪い印象を上乗せしてこれから見ることになります。
もしかすると、その「件のジャーナリスト」は実際にはもうちょっとまともな人物なのかもしれませんが、私がりっぴさんのご意見を元に判断すると、残念ながら三流ジャーナリストではないかと思えてしまいます。
報道を聴く側としては、ひとりひとりのジャーナリストがどのような取材活動をしてきたかは関係ありません。
報道されたニュースが、そのまま社会に広がっていきます。
私は今回の一連の原発に関する報道を、自分たちが数年前に体験した周産期医療あるいは医療全体への報道の姿勢に重ねながら観ています。
一旦「たらいまわし」「医療ミス」などの表現をマスコミが使うことの影響の恐ろしさです。
実際には違うとどんなに声をあげたくても、社会に一旦根付いた認識をかえることは容易ではありません。
どしたらよかったか。
それは初期報道で、記者たちが「患者家族が被害者」「医療従事者は加害者」という単純化した報道にならないようにしてくれれば良かったのだと思います。
「二度とこのようなことが起きないでほしい」の一言で医療者側にだけに責任を丸投げするのではなく、事実をきちんと確認することから始めてほしいと思います。
医療現場で働いている側からみれば、おかしな表現や解釈がたくさん報道されていました。報道する前に医療関係者に確認していたらそんな雑な報道にならないのに、と思うこともしばしばでした。
より正確な事実の確認のためには、その専門領域の人に対して敬意をもち理解しようという姿勢が必要で、マスコミにかけているのはそういう姿勢だと思います。
そのためには、一旦、自分の中の「正義心」という感情の部分をクールダウンさせることが、より広い視野での報道につながると思います。
あまりに被害が甚大なのでさまざまな感情に押しつぶされそうになりますが、きくちさんがあえてこの時に数字をきちんと読むように書かれたことはすごいことだと思います。
稀な事故だけをことさらに大きく取り上げて犯人探しをするマスコミの手法はきわめて危険です。
「犬が人を噛んでもニュースにならないが、人が犬を噛めばニュースになる」という古い古い格言が21世紀になっても生きているというのはまずいですよ
犯人さがしって、物語が単純なんだよね。
もっとも、一部にはそれをきちんと理解している記者やジャーナリストもおられるので、少しは希望をもっていますが
130. Isshocking — April 10, 2011 @10:35:33
>実際のところ、件のジャーナリストに、きくちさんの主眼である「放射性物質の量が大事」という認識がなかったと確認できる【証拠】はないとおもうのですが。
証拠など要りません。何を報道「しないか」の選択を含めてメディアには責任があるわけです。
131. Isshocking — April 10, 2011 @10:44:19
>節度を保たずにヤクザの様な因縁をつけるのはジャーナリストとしての品性を損なうものではありませんか?
品性はともかくとして、脅せば正確な情報が出てくるはずもありません。
迎合的になるかより曖昧になるだけです。
132. 落花生 — April 10, 2011 @11:41:28
ご指摘の4つの点について、私から2つ質問があります。ある特定のジャーナリストについてではなく、一般的なジャーナリズムについてお考えください。
第三の点について。
「ある問題についてセンセーショナルな姿勢をとるかどうかは、問題の本質を理解しているかどうかと必ずしも関連しない」
というご主張と理解しました。
問題の本質を理解していながら、故意にセンセーショナルな姿勢をとるというのは、ジャーナリストとしては最も罪深いことではないのですか?
第四の点について。
りっぴさんは、このような大規模災害時にも、記者会見場は修羅場であるべきだ、もしくは修羅場になってもよいとお考えなのですか?
ご回答をお待ちしています。
Twitter上での野尻さんとのプルトニウムの飛散に関するやりとりだったと思いますが、あれを見たとき「あー、この人ダメだな」と強く感じたのをおぼえてます。菊池さんもそれは見ていましたし、あれは「科学リテラシーがない」と判断されても致し方ない行動でしたよ。
もっともこの記事は上杉氏に限った話ではないのでしょうけども。
134. Toshi2100 — April 10, 2011 @12:55:14
> 件のジャーナリストというのは、おそらく上杉氏のこと
かもしれませんが、youtubeに上がってた上杉さんの番組に出ていた二人(のうち片方)と感じました。youtubeのリンクは別の記事でどなたかがコメントされていました。
その二人が東電の会見場で質問しているのも上がってたのですが、片方は法廷舞台のTVで弁護士が追及するみたいな感じで発言してましたね。肩書きに「弁護士」とあったので、どこでもあのようにしてよい、と勘違いしているかもしれない。
記憶する範囲では、濃度の話はおろか、国際法の話も出ていなかったです。
東電は今最下層にいるのでこんなことは聞けなかったのでしょうけど、「事故なので高濃度をダダ漏れにさせつづけて、それを止める方策を何ヶ月かかってもやります。タンクや処理施設を作ります。低濃度は放出辞めました。」と言ってたらどんなことになったのでしょうかね?
135. Keiji — April 10, 2011 @14:39:02
この事故が起こった初期のころですが、
ウルフ・ブリツァーが、藤崎大使にインタビューして、そのとき大使が「メルトダウン」はしてないと答えたのですが、その直後に、メルトダウンしたと日本政府が発表したというニュースが入ってきて(これは「炉心溶融」の訳だったらしい)、ブリツァーは「大使の言ったことと違う。どうなってんだ、どうなってんだ」つって大騒ぎしてたんですよね。このニュースは、その後、「部分的炉心溶融の可能性あり」という説明になったんですが、大使としてはメルトダウンはないという情報を得ていたんでしょうね。
ジョナサン・マンが、カナダ人の原子力科学者にインタビューして、最後に「いったい全体、日本政府は信用できるのか?」
まあ、政府やら会社の信頼性を問うのはジャーナリストの仕事ではありますが、はじめから日本人を信用してないっていう印象を受けましたね。
だいたい、カナダ人の科学者にそんなこと聞いてどうすんだと思いましたが、I cannot comment on that という回答でした。
アンダーソン・クーパーが福島から逃げ出した話はニューズウィークに記事にされてますが、秋田行ってそっから中継してんですよね。頓珍漢な話だ。その後、東京に来て、政府の広報官にインタビューしてんですが、そのときの言い草が、「誰も政府を信用してないのはどういうわけだ」ってんですよね。誰も政府を信用してなかったら、東京は大パニックになってるでしょう。
もっとも相当数の外国人は逃げ出したようですが。
CNNも科学リテラシーは低いですね。MITの専門家だというジム・ウォルシュという人が当初出演して解説してたんですが、ともかくたいへんなことだから、「IAEA入れろ、米軍行かせろ」ってなコメントなんですよね。
ところが、この人、政治学専攻で、核安全保障の専門家なんだよね。原発の専門家じゃないんだ。
136. M2 — April 10, 2011 @18:28:23
今まで書いてなかったのですが、ハンドルは修士2年の意味ではなく、別の略語です。
keijiさんの仰る事は「meltdown」と「メルトダウン」では意味が違うということなんじゃないかと漠然と思います。
wikipediaを読む限り燃料棒が熱で破損すれば「炉心溶融」で「メルトダウン」で「meltdown」なんだろうと読めるのですが、報道されている「メルトダウン」はもっと酷い現象のような希ガス。
正確なニュアンスの違いを知りたく思います
それから、私は、記者の本音は単に「頭の下げ方が足りない」だったのではないかと推測していました
りっぴ様の書き込みにより推測が裏付けられたように思います
ありがとうございました
私はきくち先生のように「考えていない」「全然本質じゃない」とか、ふぃっしゅ様のように「今まで以上に深刻な汚染につながることになったと」思ってしまってもやむおえないと思います。
受け手のメディアリテラシーの問題だと突き放してしまって良い物でしょうか。
大いに疑問です
http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/weblog/index.php?UID=1300644378
にも書いたのですが、使い方に幅があるので、注意するべきだと思います。食い違いの理由が、単に言葉の使い方ということが多いようです。初期にはこれでずいぶん不毛な議論がありました
それから、わかっていないのかそうではないのかについては、伊勢田さんのコメントとも関係すると思いますが、なんとも言えません。わかってやっているほうがたちが悪いと僕は考えますが、それは価値観の問題なので違う意見もあるでしょうね。
ただ、どちらであれ、低濃度と高濃度の関係は変わらないので、ここではその話だけしています。
ここのところ新しいコメントと記事は読んでいるつもりだっただけに…
139. FM — April 11, 2011 @00:51:48
家族は、
・現段階では”メルトダウン”はしていない。
・とにかく再臨界を防ぐことを最大限努力しなくてはいけない。
・プルトニウムはウランを使用する原子炉すべてに存在する。MOX燃料だけが特別危険というのは誤解。しかしその誤解が根強い。
・放射線自体が危ないのではなくて、過剰になると危険ということ。微量の放射線が出ただけでもヒステリックに騒がれるが、量が大事ということが理解されていない。目に見えないものだから怖いのかもしれない。
・新しく建設された原発では、非常用電源すらも故障した場合に備えて、ある程度の時間、電源がなくても問題ないように設計されているが、福島第一原発もそういう設備を含めた改修工事を行おうとしていたが、激しい反対運動によってできなかった。
と言います。
私は家族の言うことは信じられます。
大学院で原子力専攻になりましたが、学部時代に化学工学を専攻していたので、知識は幅広い人です。
でも、身近にそういう人がいなかったら、やっぱり怖くてナーバスになっていたかもしれません。
マスコミにも、科学的知識と内情をきちんと理解する人がいたら、いたずらに不安を煽られることもないのでしょうか?・・・
140. 電気屋 — April 11, 2011 @02:44:27
一般の人にとって、見えないし、触ったらそれこそヤバい電気って、とーってもコワいもんなワケで、その点ちょっと放射線に似ています。
で、コチラもそのコワがり方がかなーり間違ってるんですネ。
一般の方が最も恐れる電気のトラブルはショートです。
「バチッ!」
「ぷつんッ」
…なーんてなろーもんなら、「すぐ来て、今来て、とにかく来て」てなパニクりコールが来たりします。
でも、ホントにコワいのは接触不良です。安全装置も働かず、静かに進行して火災を起こします。トラッキング火災は大分知られるよーになりましたが、接触不良でスイッチやコンセントが生暖かくなっても気にしない方、多いんです。
どなたかがおっしゃってましたが、正しくコワがるのはとてもムズかしーよーです。
FM — April 11, 2011 @00:51:48
>マスコミにも、科学的知識と内情をきちんと理解する人がいたら、いたずらに不安を煽られることもないのでしょうか?・・・
理解していながら煽る人は少なからずいるでしょう。メディアはまず耳目を集めることが第一義ですから。
また、人は不安であるほど情報を欲し依存しますから、ココにもバイアスが働きます。
つまり、マスコミにとって不安を煽るのは本能ともいえる根本的な性向なのです。
原発関連のレポートで、専門家の発言のmSVを、いちいちμSVに言い換えているのを複数の局の複数のキャスターがしているのを見ました。単位のこーした単純な換算は情報としてはなんら意味がありませんが、数値そのものは大きくなります。絶対値を大きくすることに彼らはなにがしかの価値を感じていたということです。
そんなワケで、やつがれはメデイアは『必ず』大げさに伝えると思ってますから、とりあえず話は半分。きっとホントはもっとずっと地味なのに違いない。そー思うようにしています。
情報には常にバイアスがかかることを想定し、伝え手にどんなバイアスがあるかを考えることは、より真相に近づくに有効な手法と考え実行しています。後知恵での検証でも、有効であったと感じることが多いです。
似たようなコト、されてる方っておられます?
141. りっぴ — April 11, 2011 @04:01:10
わたしは、冷静に読めば、*は、現存の見ず知らずの人について公開のブログで書く文章としては、そうとう厳しいとおもうのですが。
その中核にあるのが、*の中の「記者やジャーナリストのみなさんは「1万トン」という水の量に惑わされて、実際の放射性物質の量を考えていないような気がしてなりませんという認識ですが、その認識に確実な根拠があるのか、ということをもっとも問題にしています。
確実な根拠がないのに、件のジャーナリストの行動の複数の解釈のなかから、「科学的常識の欠如」を選んでしまうのは、やはりそこにひとつのリテラシーというか、ひとつの傾向があるのだろうとおもいます。
むしろこういう話は、学者さんたちであれば、簡単にわかるかとおもったのですが、まあ、よほどジャーナリズムに不快感を日ごろ感じていらっしゃるのでしょうか。
○きくちさんが、ジャーナリスト一般について発言しているのではないかという点について
「1万トン」を追及していたのは、ほぼ3人ですから、その3人についてのご発言かと。
○センセーショナリズムとジャーナリズムの点について
ジャーナリズム一般とセンセーショナリズムについての話をここでしているわけではありません。
私は件のジャーナリストの行動はそういう側面からも考えることができるのではないか、ということを申し上げているのです。落花生さんのご質問や#131さん、#134さんのコメントもその点を誤解なさった上にたったものだろうとおもいます。
なお、その上で、落花生さんのご質問に答えておくなら、過度に倫理を強調することはジャーナリズムを殺すとおもいます。それは、過度な倫理の強調がサイエンスを殺しかねないのと同様ですね。
最後に、きくちさんご自身は「ただ、どちらであれ、低濃度と高濃度の関係は変わらないので、ここではその話だけしています」と書いておられますが、実際「その話だけ」ではないだろうとおもいますが。
また、伊勢田さんが出しておられるのは、倫理のはなしで、件のジャーナリストの行動の背景にあるのは法(=強制規範)のはなしですから、関連はありますが、別のものです。
142. ごんべえ — April 11, 2011 @07:05:25
「福島第一原発もそういう設備を含めた改修工事を行おうとしていたが、激しい反対運動によってできなかった」を示す情報ってどこを見たらあるでしょうか?
国会で追及されても想定しない旨を答弁した話は報道されている。7・8号機新規設置の計画はあった。をセットで考えるとき、「改修工事」が反対運動によってできなかったという解釈に説得力はあまり感じられません。
>「福島第一原発もそういう設備を含めた改修工事を行おうとしていたが、激しい反対運動によってできなかった」を示す情報ってどこを見たらあるでしょうか?
今のところ、そういう情報は掴んでいません。ただ、設計が古いので炉心周りの冷却水量が、最近の原子炉に比べて少ないというのは事実じゃないかと思います。一番最初に設計したのはスリーマイル原発の事故よりも前ですからね。ただ、一度動き始めた原発の中心部を作り直すというのは、基本的に無理だろうという思いはありますね、反対運動とは別にです。廃炉にした後も、何年間も冷却保存状態において、放射線量が下がるのを待って、やっと核燃料を抜いて、そして周りから解体していって、炉心の解体は一番最後という世界ですからね。「冷却水量を増やすために圧力容器や格納容器を一回り大きくしよう」とか言うのは、たぶん、新しい炉を作って、古い原発を廃炉にする方が合理的だと思います。或る意味、新しい原子炉の反対運動の意識が大きいので、古い原子炉の廃炉が遅れ、いろいろ今の原子炉に比べて弱い部分があったという事はあるかも知れません。
144. disraff — April 11, 2011 @09:49:58
端的に、落花生さんの問いにわざわざ「過度」という修飾をつけて答えるあたりからも「甘え」を強く感じます。
145. ふぃっしゅ — April 11, 2011 @10:46:58
私はきくちさんが「記者やジャーナリスト」と書かれているのは、特に問題ないと思います。
私も知人・友人にジャーナリスト関係の人がいました。
危険なところにも、収入にならなくても地道に問題を追いかけている彼らを尊敬しています。
なにより「自分が知らないことに謙虚になる」姿勢があったので尊敬できました。
146. 落花生 — April 11, 2011 @09:58:56
> 私は件のジャーナリストの行動はそういう側面からも考えることができるのではないか、ということを申し上げているのです
誤解といわれましたが、この点については私も理解した上でコメントしています。その上で、
「そういう側面から考えて、件のジャーナリスト氏が本質を理解しているかもしれないと考えた場合、そのことはかえってジャーナリストとして罪深いことだとりっぴさんは考えませんか」
と問うているのです。
> 過度に倫理を強調することはジャーナリズムを殺すとおもいます
というお返事でしたから、お考えは理解しました。
エントリの内容とずれてきましたので、最後に私見を述べて終わりにします。
私は医療従事者です。この分野では20世紀以降、いやというほど倫理が強調されてきました。もっともこれは医療界自身が倫理にもとることを当たり前に行っていたからでもあり、末期がんの患者さんの組織をご家族の皮膚に接種して死に至らしめたり、予防接種反対派の医師を天然痘患者の病棟で回診させて発症させ(ファイファー事件)たりした歴史を考えれば、当然の帰結と言えなくもありません。
医療従事者の多くは、現在の医療に求められる高い倫理性について、正直なところ過剰で、うっとうしいと感じています。一方で、それは自分たちの過去の行いが招いた結果であり、時代の要請でもあり、受け入れて変わらなければならないのは自分たちの方だとも感じているのです。「過度な倫理の強調がサイエンスを殺しかねない」と言われましたが、私個人は「過度な倫理の強調は医学を殺す」とは考えていません。いかに倫理が強調されようと、医学の進歩は社会が必要とするもので、遅れることはあっても止まることはないと考えているからです。医学以外の科学の分野でも、多くの科学者はそのように考えていると思います。
私が
> よほどジャーナリズムに不快感を日ごろ感じてらっしゃる
のは事実です。それは、表面的には、メディアが事実を正しく伝えないとか、正しく理解しようとしないといった不満にもよりますが、もっと根本的には
「メディアが、他者には倫理性を高めながら迅速に発展することを要求する(しかも低コストで)にもかかわらず、自身の倫理性や社会的使命を省みて自ら変わろうとする姿勢にあまりにも欠けている」
という不満をもっているからです。実際、今回の震災における報道で、不幸にもメディアは自ら私の考えが間違っていないことを証明してしまったと思います。AERAの事例はその象徴でしょう。
りっぴさんがジャーナリズムに携わる職業の方なのかどうか、私は存じません。ただ、ジャーナリストたち自身が「過度に倫理を強調することはジャーナリズムを殺す」と信じ続け、私が質問したようなことに耳を傾けないのであれば、その先に待っているのは既存のメディアとジャーナリズムの没落であると私は思います。
147. normed_vector — April 11, 2011 @14:45:30
たとえば、ひび割れ懸念などによるシュラウドの交換工事は実地されていますよね。
福島第1原発4号機でシュラウド交換
http://www.minyu-net.com/news/news/0302/news3.html
福島第一原子力発電所4号機の安全確認の状況について 平成16年3月
http://www.pref.fukushima.jp/nuclear/pdf_files/h16.3.16-5.pdf
シュラウドひび割れ問題メモ
http://www.kisnet.or.jp/net/memo.htm
もともと、福島原発(マークI型)の安全性に対しては、かなり懸念が指摘されていたようなので、シュラウドの交換が出来て、他の改修工事は出来ないという理屈はなかなか理解しがたいものがあります。ガーディアン紙などによると、1972年には、アメリカの原子力委員会でGEのマークI型原子炉の脆弱性について警告されていたようです。
Japan's nuclear crisis: regulators warned of reactor risk
http: //www.guardian.co.uk/environment/2011/mar/14/nuclearpower-energy?CMP=twt_fd
米GE製の福島原発原子炉、安全上の問題を35年前に指摘
http://jp.reuters.com/article/jp_quake/idJPJAPAN-20065820110316
週刊朝日2002年9月20日号配信
http://www.wa-dan.com/article/2011/03/post-84.php
チェルノブイリ原発事故汚染除去専門家が日本、IAEAを激しく非難 日刊ベリタ2011年03月17日
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201103170941144
無駄話ですが、私はジャーナリズムの質というのは、視聴者や読者の質なのだろうと思っています。私は、株もやらなければ海外旅行も嫌いなのに、ニュースと言えば経済ニュース、雑誌を買うと経済ジャーナルを買うわけですが、それらのニュースなどには、なんていうか感情を煽るような部分が極端に少ないわけです。冷たいと言えば冷たいのですが、大震災がおきても「こんなに不幸なことが起こりました」という話を前提とはしながら、「この大震災は不幸なのだが、それで為替レートはどう動くか、株価はどう動くか、日本経済はこれからどういう局面になるか」みたいな予想が、理屈で論じられる訳ですね。或る意味で経済関係のニュースを見たり記事を読んだりする人が冷たいという訳では無いんだけど、感情的な部分を刺激されたいとは思っていなくて、できる限り論理的で当たりそうな予想を求めていると言う事なんですね。
私は、本来、国民というのはそういう多様性があるものだと思うんですね。なんていうか、パパラッチの撮ってきた写真を元にゴシップばかりのジャーナルもあり、それとは別に、或る意味高尚に政治や経済を論ずるジャーナルも会って良い。そして、ゴシップ雑誌の記事が話題になるパブもあるけど、別なパブではゴシップ雑誌の記事だと軽蔑されて、高尚な雑誌の話題で論じないと「仲間はずれ」になるようなパブもあるという感じかな。これは少しイギリスなんかを意識して書いた面があるけど、或る意味、階級制が強い社会だと、そういうジャーナルとその読者の棲み分けみたいなものが起きる面はあります。或る意味、日本は非常に階級制の少ない国だった面があって(勝ち組負け組みたいに階級を作りたがっていたかも知れないけどね)、それが或る意味でジャーナルの均質な質の低下を招いている来もしないでは無いんですね。
149. FM — April 11, 2011 @17:15:47
>国会で追及されても想定しない旨を答弁した話は報道されている。7・8号機新規設置の計画はあった。をセットで考えるとき、「改修工事」が反対運動によってできなかったという解釈に説得力はあまり感じられません。
聞いた話なので、ソースはわかりません。一応確認してみますが、私が話を誤解した可能性もあります。不用意なことを書いて申し訳ありません。
家族が言いたかったことは、「過度な反対は、技術開発の足を引っ張り、かえって自分たちの首も絞めてしまう」ということだと理解しています。
家族は、福島第一原発とは別の件でこのことを言いたかったのですが、ここでは書きません。
・現段階では”メルトダウン”はしていない。も、
・現段階では”メルトダウン”はしていないと思う。
でした。科学者は断定的には言わないので・・・”メルトダウン”という言葉の使い方に幅があるようですが、まだ最悪の段階には至っていない、という意味だと思います。
報道については、今回の福島の事故をあまり詳細に報道しすぎると、テロ対策等の面で後々問題になるのではないかとも言っていました。
新しい原子炉では、ある程度の攻撃を受けても耐えられるくらい頑丈に作ってあるそうですが、原子炉の詳細な構造や、電源系統や非常用電源などの配置場所は外部に漏れないようにしないとテロリストなどに利用されてしまうのではと。
テロ対策に関してはアメリカの方が深刻でしょうが・・・
皆さんのジャーナリズムに関するお話とちょっとずれてしまうかもしれませんが、私は情報公開されすぎることも心配になってしまいました。
150. FM — April 12, 2011 @00:09:19
念のため確認してみたのですが、福島第一原発の補修工事は、タービンのところだそうです(すみません、他にもあるかもしれませんが)。
地元自治体に補修工事の話をもっていっても、反対運動等で却下され、手をつけにくかったというのは実際あった話だそうです。わりと有名な話だそうです。
normed_vector さん
シュラウドの交換工事については、定期的にやるものなので(とはいっても、PWRでも10年に一度くらいの頻度のものだそうですが)、タービン等の補修工事とは性格が違うものだそうです。
私の書き方が悪かったのが原因ですが、補修工事ができなかった云々の細かい事実について追及する目的でなく、「過度な反対運動によって技術開発の足が引っ張られている」ことを、報道の仕方も含めて考えて頂きたかったというのが意図です。
また、報道の倫理と併せて、情報公開しすぎることのデメリットも考えて頂ければという気持ちでした。
記事の内容からもかなりそれてしまったので、これで終わりにします。
151. 憂鬱亭 — April 12, 2011 @00:50:58
また書き込むことをお許しいただければ、
1点だけ確認させてください。
>FMさん — April 11, 2011 @00:51:48
・新しく建設された原発では、非常用電源すらも故障した場合に備えて、ある程度の時間、電源がなくても問題ないように設計されているが、福島第一原発もそういう設備を含めた改修工事を行おうとしていたが、激しい反対運動によってできなかった。>
でいう、「反対運動」とは、「原発反対運動」ではなく「改修反対運動」のことではないでしょうか?
私が住んでいたあの町で、そんなに「原発反対運動」が盛んだった記憶はないのですが。
152. FM — April 12, 2011 @01:06:12
不用意に書いてしまったので申し訳ないのですが、そのへんの細かいことはわかりません。
このことについて追及する意図で書いたわけでもありません。
地元住民は反対派もいるでしょうが、原子力が雇用を生み出して生活の一部になっている住民の方々も多いでしょうね。
私も今とある原子炉の近くに住んでいますが、皆さん普段は特に気にせず生活していますし。
テーマからズレますが、事実確認についてだけさせて下さい。「シュラウドの交換工事については、定期的にやるもの」との見解ですが、wikipediaによりますと、世界初のシュラウド交換工事が実地されたのは、福島第一原発の3号機で、1997年のことのようです。4号機のシュラウド交換は、運転開始以来、今年が初めてになります。これを定期的というのには少し無理があるのではないでしょうか。
http://ja.wikipedia.org/wiki/
http://www.minyu-net.com/news/news/0302/news3.html
タービンの補修などに比べて、被曝の危険の多いシュラウドの交換法は特許にもなっているくらいで、「原子炉圧力容器の上蓋を取り外」さなけらばならず、「原子炉圧力容器内部にダイバーが潜水して溶接作業を行う」など、おいそれと出来る作業ではないようです。
炉心シュラウドの交換方法
http://www.patentjp.com/09/U/U100001/DA10168.html
反対派のせいで改修工事がされなかったとなれば大問題ですので、単なる憶測で語れるような事ではないと思います。しっかりとしたソースさえあれば、誰でも納得はできるわけですから、その点に関して少しだけ注意を払ってもいいのではないかと思います。
154. りっぴ — April 12, 2011 @03:47:28
別の申し上げ方をしてみます。
きくちさんは、Pをみて、Qという推論をしました。ただし、
P:ジャーナリストは汚染水1万トンの追及をしつこくしていた
Q:ジャーナリストは水の量ではなく放射性物質の量が大事だということを理解していない
では、この推論はどのくらい妥当だろうか?というのが私の問題提起です。
私の答えは、Q以外に有力な説明が考えられる以上、この推論の妥当性は低い、というものです。
そうであれば、きくちさんがQという推論をしたのは、P以外に【隠された前提】があるのではないか?ということです。
おそらくその前提は、みなさんの書きぶりで見る限り、みなさんにも共有されているようです。その【隠された前提】は、きくちさんやみなさんのメディアリテラシーの【傾向】であろうとおもわれます。自ら気づいていないのであれば、この際、気づいていただければ、とおもいます。
さて、その【隠された前提】とは、たとえばですが、
P1:ジャーナリスト一般は中学生でもわかるような理科を理解していない
P2:不快なやつはたいていバカだ
P3:そもそもQ以外の説明をおもいつかなかった
等々が考えられるとおもいますが、できれば実際はどうだったのかを、きくちさんご自身に語っていただきたかったわけですね。
私が【ここで】お話ししているのは、倫理のはなしではなく、感情のはなしでもなく、【推論の妥当性】のはなし、【メディアリテラシー】のはなしであることを、ご理解くださればいいのですが。
動機が善意や正義感であることの評価はまた別の話で、それはそれとして、考えるべきことはそれとは違うだろうということ。
156. りっぴ — April 12, 2011 @04:11:38
「件のジャーナリスト氏が本質を理解しているかもしれないと考えた場合、そのことはかえってジャーナリストとして罪深いことだとりっぴさんは考えませんか」という点について。
私は件のジャーナリストとなんの関係もありませんが、好意的推測をまじえながら、内在的に理解しようとしてみますね。
件のジャーナリストのロジックは
1万トンの故意排出は問題で、違法性が今までより高い。違法性が高いことをやったなら今まで以上の説明責任が生じる。責任者出てきて説明しろ。
ということだろうとおもいます。
そして、その責任者に、今回の1万トンについての東電内での意思決定の詳細、政府や外国政府との連絡の詳細、今回の1万トン以外の水処理全般についての詳細を取材しようとしていたのだろうとおもいます。
この場合、「1万トンの汚染水」とか「その汚染水による海洋汚染」とかは、まずは【説明責任を導くための前提】で、あの時の件のジャーナリストにとっては、【汚染自体よりも説明責任の方が第一義的に重要】だったのだろうとおもいます。そこに、【汚染について世論をミスリードする意図】を読みこむことは、読み手の側の傾向なのだろうとおもいます。
まあ、実際はどうなのか、私にはわかりません。上は、そういうふうにも考えられる、ということです。ただ、他人のことを「悪い」と判断するのは、少し慎重だったほうがいいとおもいます。
157. りっぴ — April 12, 2011 @05:36:09
読み返してみて【汚染自体よりも説明責任の方が第一義的に重要】がちょっとわかりにくいかとおもわれたので補足します。
つまり、説明責任があると言いたいのが主眼で、そのために、海洋汚染を強調した、ということです。強調した、といっても、別にウソをついているのではないわけです。
さらに補足
「別にウソをついているのではない」というところに、たぶん反応されそうなのですが、ウソではないが、読み手の側がいろいろリテラシーをはたらかせなければ深くは理解できない、ということは、政府や東電の発表にも多数みられるようにもおもいます。
http://www.ustream.tv/recorded/13775234
またその後、「犯罪国家だ、テロ国家だ、汚染水を捨てる必要はなかったのだ」とまで主張しておられるような方は、「説明責任を求めているのだ」という枠にはとうてい収まりはしないでしょうね。
159. dwn — April 12, 2011 @05:58:38
横から失礼します。ちょっと気になりまして。
1.#154の「推論の妥当性」のについて
「別の可能性がある」という事実だけでは、もともと想定されていた可能性の確度は落ちないのではないでしょうか?
2つ(この場合、件の記者氏が汚染の程度を知っている場合と知らない場合の状況を)並べてどちらが妥当か検討しなければいけないのではありませんか?
例えば同じ記者氏が過去にベクレルとシーベルトの意味の違いを把握していないと判断できる質問をしていた(あくまで例えですよ)ならば、前者の方が確からしくなるでしょうし、逆ならば後者の可能性が高くなるでしょう。
りっぴさんは記者氏が低濃度汚染水による海洋汚染が無視できる(無論、それまでの高濃度汚染水があるからですが)と知った上で追求を行ったとお考えのようですが、その推論の妥当性はどのような情報から担保されるのでしょうか?
※ りっぴさんの書き込みを拝見しますと、りっぴさんご本人が【隠れた前提】P': ジャーナリストが皆の書くように知識不足のはずがない をお持ちのように思えます。誤解だったならば申し訳ありませんが。
2.#156 「別にウソではない」に関して
政府や東電の発表がもっとうまくやれる(読み手にリテラシーを要求しないやり方で)可能性があるのは間違いないと同意いたします。
しかしながら、情報収集と発信のプロであるところのメディア関係者が、政府や東電(彼等に比べれば、プロではない連中でしょう)が下手をうっているからといってそれにならっていい理由にはならないでしょう。
赤信号って、いつから皆で渡ってもよくなったのでしょうか?
160. Toshi2100 — April 12, 2011 @05:52:16
> 私の答えは、Q以外に有力な説明が考えられる以上、この推論の妥当性は低い、というものです。
どの程度低い(とお考えな)のでしょうか?比較対象の「有力な説明」って?
そのあたりのお考えがさっぱり見えないから、非本質的(とりっぴさんがお考え)なところ以外どなたも会話に入ってこないように思います。
ところで、上と関連しますが、検討を要する対象は件のジャーナリストではなくなっていることに注意してください。
> りっぴ ― April 10, 2011 @04:57:46
> この物言いにはきくちさんの件のジャーナリストに対する相当厳しい判断があらわれていますが、でも、きくちさんが、件のジャーナリストの活動を評価するだけの前提をきちんと理解してこの厳しい判断をくだしていらっしゃるのか疑問なのです。
> それとは別に大事な点もあり、その点をあまり考慮せず、人の社会的活動に引用のような烙印を押した点で、きくちさんは配慮にかけている
と、きくちさんを評価していらっしゃいますが、このお考え以外に有力な説明は考えられないのでしょうか?もし考えられるのであれば、同様に失礼な話にはならないのでしょうか?
# 「オマエも私の評価に有力な…」というご回答だけはしないでください。
161. Toshi2100 — April 12, 2011 @06:23:53
あ、校正しているうちにほぼ同内容のことがコメントされてました。
162. 落花生 — April 12, 2011 @13:26:05
ですか。嘆息するしかありません。#144のdisraffさんの発言も読まれてないんでしょうね。
「今の話からは非本質的な問題」について、りっぴさんが人の話を理解しようとせず、指摘されたことに正面から向き合おうとする姿勢をお持ちでないことだけはよくわかりました。
同時に、このままではメディアもジャーナリズムも没落する、という私の考えが間違っていないことも確信させられました。非常に残念です。
# もし「ここはそういう話をする場所ではないから、よそでやりましょう」ということなら、私には続ける意思がありますということだけお伝えしておきます。この件については以上です。
現に低濃度汚染水の排出はそのまま続けられましたし、特に問題視する報道もその後は出ていませんし。
私には、煽るまい、パニックにすまいと強く意識して報じていると感じられますけど。
164. よしお — April 12, 2011 @20:50:03
>今回は、マスコミはがんばって勉強して、とても抑制的に報じていると思いますよ。
現に低濃度汚染水の排出はそのまま続けられましたし、特に問題視する報道もその後は出ていませんし。
私には、煽るまい、パニックにすまいと強く意識して報じていると感じられますけど。
一言だけ書きます。
単に東電の金の力だと思います。
165. PseuDoctor
— April 12, 2011 @23:02:50
とりあえず、りっぴさんの書かれたコメント
http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/weblog/index.php?UID=1302095125#CID1302462070
について述べます。
>みなさんは、私が#123で引用したきくちさんの文(以下*)に、なんの違和感もないのでしょうね。
結論から言えば、私には(私にも)違和感は無いです。
以下に理由を述べます。
まず、きくちさんは「記者やジャーナリストのみなさん」と書いている点です。りっぴさんは「件のジャーナリスト」という言い方を多用しておられるので、これを特定個人に対する指摘だと判断している様ですが、私の日本語読解では、そうはなりません。
即ち、既に複数の方から指摘がある通り「記者やジャーナリスト」とは「記者」と「ジャーナリスト」の双方を含んだ表現です。従って、この語句を使用した時点で既に、記者単独を指したものでも、ジャーナリスト単独を指したものでも無いと読み取れます。
更に決定的なのは「みなさん」という語句です。一般的な日本語の用法では、対象が単独の場合には「みなさん」は使いません(りっぴさんも、上で私が引用した部分で、その様に使われていますよね)。また、少々余分な事を申せば、通常、対象が2〜3人の場合にもあまり使われないでしょう。私の語感では「みなさん」は「大勢」だという印象です。
以上の点より、私は当初より、この文を「特定のジャーナリストに対するものである」とは読みませんでした。従って、
>現存の見ず知らずの人について公開のブログで書く文章
という指摘は、そもそも的外れであると考えております。
ついでに言えば、りっぴさんの反論である
>「1万トン」を追及していたのは、ほぼ3人ですから、その3人についてのご発言かと。
も、いささか苦しい解釈だと考えます。その場に居合わせた人達は「その3人」の追求に対して特にツッコミを入れるでもなく、事実上放置した訳ですから「黙認した」という解釈”も”可能ですね。
そして更に、たとえ仮に、対象が特定の個人であったとしても、私はりっぴさんの様に
>そうとう厳しいとおもう
とは感じておりません。
何故なら、りっぴさんが「もっとも問題にしています」と仰る「確実な根拠があるのか」という点について、私は「確実な根拠など無い」と最初から読み取っていたからです。りっぴさんはその後の発言でもこの点を繰り返し述べておられますが、私はそもそも、その問題提起自体がトンチンカンであると考えています。
さて、その様に考える理由は、きくちさんの分の末尾が「〜という気がしてなりません」で結ばれているからです。私は、一般的な日本語では「〜という気がしてなりません」という末尾を持つ文の場合、必ずしも確実な根拠を要しない、と理解しています。
むしろ確実な根拠があるのなら、もっと強い表現を使うべきではないでしょうか。
しかし、りっぴさんの言い分を伺っていると、あたかも「確実な根拠がなければ『〜という気がする』程度の事も言ってはならぬ」と主張されているかの様です。まるで「言葉狩り」を彷彿とさせます(りっぴさんが「言葉狩り」をしていると言っているのではありませんよ、念の為)。
以上、あくまで「日本語で書かれた文の解釈」として、きくちさんの文章に違和感を感じなかった事を表明致しました。
正直に申し上げれば、りっぴさんの様な解釈が、日本語の読解として存在する事に大変驚いております。りっぴさんの言い方を借りれば「冷静に読めば」りっぴさんと同様の読解に至るとお考えであるのですよね。
その後の御発言で、りっぴさんは様々なレトリックを駆使しておられますが、ここまで日本語(及びそれによる思考)を操れる方が、私が述べた程度の文章読解すら満足に出来ない状態である事が(故意か偶然かはともかくとして)不思議で不思議でなりません。
その一方で、りっぴさんは落花生さんはじめ複数の方の指摘については「あなたは誤解している」という意味の申し開きをなさっておられます。
あるいは、りっぴさんは「自分の説明が悪いと思ったからコメントし直したのだ」と仰るのかもしれません。しかし、新たに書き直されたコメント
http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/weblog/index.php?UID=1302095125#CID1302547648
を拝見しても、きくちさんの文章に対する”誤読”は全く直っておらない一方で、御自分の意見を正当化する様な記述もみられます(ついでに書けば、私はこの発言自体に、りっぴさんの「隠された意図」を感じます。感じますが、あくまで「感じている」だけのことです)。
つまり「私の説明が悪い」とは仰いますが、本質的に仰っている内容は何も変わっていない、今のところ私はその様に判断しております。
つまり、りっぴさんは、きくちさんの文章を批判する場合には通常の日本語解釈を捻じ曲げてでも自分の読みたい様に読み、自らの意見が批判された場合には(日本語の解釈として無理が無いにも関わらず)「そういう意味で書いたのではない」と仰られる訳です。
その様な態度をお持ちの方が「ジャーナリズム」とか「メディアリテラシー」を語られる事に、私は強い恐怖と危惧を感じます。
大変失礼ながら、もしも、りっぴさんが多少なりとも「言語による伝達活動」に関わりのあるお立場でおられるのであれば、この様な(他人の言葉を曲解する一方で自分の発言は意図通り読まれる事を要求する)感覚は致命的ではないかと、個人的には思います。
ちなみに、もしそういう活動に関わりの無い御立場だとすれば、その場合は単に「ネットには時々居るタイプの人」という事になるかと存じます。
166. りっぴ — April 13, 2011 @04:37:53
>考えるべきことはそれとは違うだろうということ
きくちさんが汚染そのものが大事だと考えていることは私も理解していますが、ジャーナリストの行動の評価には、ほかに考えるべきことがあるだろうということです。汚染の科学的な評価という文脈のみではジャーナリストの行動を評価することはできないということです。
それでも、自分は汚染の科学的な評価という文脈のみで評価するのだ、というのは、もちろんきくちさんのご自由ですが。
>全部わかって「正義感」でやっているとしても重点の置きかたがおかしい
「違法性の高いことをおこなえば説明責任が生じる」は、別に法律で決まっているわけではありませんが、政府や大企業をしばる準則として受け入れられていて、その意味で、「汚染にとって決定的なのは汚染物質の量だ」と同様に客観的なものです。そこには、どこにも「正義感」が必要ありません。ここのところがきくちさんにはどうも理解していただけないようですね。
それと、ジャーナリストが汚染を強調していたのは、その水による客観的な汚染そのものを問題視しているというよりは、それを手掛かりに、水処理一般について東電側を追及しようとしていたのだとおもいます(想像ですが)。これは、取材テクニックとして客観的にとくにおかしなことではなく、やはり「正義感」とは関係ないんですよ。ここのところも、きくちさんにはどうしても理解していただけないようです。
ジャーナリストには正義感【も】あったかもしれませんが、あの取材はそれのみでささえられているわけではなく、もう少し客観的なものでささえられているとみることができるんですよ。それは、汚染の科学的な評価という文脈からは理解できないのですが、ジャーナリズムにはジャーナリズムのよってたつ文脈もあるわけです。
ただもう、「僕はAERAを許しません」と断言なさるきくちさんには、もうどういっても無駄だとおもいました。それは、きくちさんの抱えるハッキリした【傾向】だろうとおもいます。
わたしなどは、AERAのような雑誌があるからこそ、きくちさんがもっと活躍すべきだ、とおもうのですがね。
他の方々にもいろいろコメントいただき感謝いたします。
しかし、時間の余裕がなく、いちいちコメントを返せません。少しずつ返すかもしれません
167. kurita
— April 13, 2011 @06:25:16
いずれにしろ、ここの話題と関係ないので、できればよそでやっていただけると有り難いです。
取材過程で恫喝じみたやり取りがあったところで、まともな紙面になっていれば読者には関係ないんですよ。
紙面がアレだった→記者会見見てもピントのずれた質問している→記者の理解が不足しているのではないか?
というのは自然な発想と思います。
169. ふぃっしゅ — April 13, 2011 @10:39:29
その中で、「低濃度汚染水を放出する決定を記者会見で発表したのは、放出予定時間の3時間前だったということが問題」ということを池田解説委員が話していました。
今でも「そこが問題」なのか、と驚きました。
1万トンの低濃度汚染水の意味をきくちさんの書かれたようにマスコミの方々が理解できていたら、たとえ放出3時間前の発表でも視聴者の混乱を起こさないように「1万トンの汚染水放出決定」のヘッドラインの下に、高濃度汚染水が流出している状況との比較がわかるようなサブタイトルを出してくれれば良いことだったと思います。
170. さんちゃん — April 13, 2011 @13:20:47
・放射能に汚染された水を海に……英語メディアは淡々と懸念
http://news.goo.ne.jp/article/newsengw/world/newsengw-20110412-01.html
ところで「1972年の廃棄物その他の物の投棄による海洋汚染の防止に関する条約」には違反していないと書かれていますが・・・。
171. 技術開発者 — April 13, 2011 @16:07:10
>ところで「1972年の廃棄物その他の物の投棄による海洋汚染の防止に関する条約」には違反していないと書かれていますが・・・。
たぶん、第5条の適用ね。第5条で前条と書かれているのは故意の投棄を禁止する事を定めた第4条ね。
第5条第1項
前条の規定は、荒天による不可抗力その他人命に対する危険又は船舶、航空機若しくはプラットフォームその他の人工海洋構築物に対する現実の脅威がある場合において人命又は船舶、航空機若しくはプラットフォームその他の人工海洋構築物の安全を確保することが必要であるときは、適用しない。ただし、投棄がその脅威を避けるための唯一の方法であると考えられること及び投棄の結果生ずる損害が投棄を行わなかつた場合に生ずる損害よりも少ないと十分に見込まれることを条件とする。投棄は、人命及び海洋生物に対する損害の可能性を最小限にするように行われなければならず、また、その投棄については、直ちに機関に報告されるものとする。
なんか、条約とかを持ち出す人に限ってきちんと条文を全部読まないのはなぜなんでしょうね(笑)。
172. RIE — April 13, 2011 @16:33:16
ここには、理系の目、理系たろうとする目があり、理系の端くれ
としては納得できる考えが多く、仲間が集う場所のように感じました。
低濃度汚染水の放出に対するマスコミの報道を見たときは、まさに
タイトル通りのことを思い、「これだから文系は」と思いました。
マスコミの反応は理系の自分には全く共感できなかったのです。
でも、りっぴさんの視点を読んで、自分にはなかった視点ですが、
そういう考えもあるんだなと思いました。
単に量の大小が理解できていないだけの記者は多いのではないかと
疑ってはいますが、「故意か否か」「手続きを重視したか否か」も
別のものさしとしてあるのかなと、ハッとさせられました。
結果も大事、プロセスも大事。いろいろ思い当たります。
理系サロンの心地よさもありますが、文系な意見もありがたいです。
>別のものさしとしてあるのかなと、ハッとさせられました。
そういうものさしは「過失ならしかたがない、罰しない」で済む場合や「たとえ手続きに時間をかけても支障がない」場合のものではないでしょうか。
さらに言えば、この件で「放射性物質の総量」より「故意か否か」を重視してしまうと、「過失であれば、より高濃度の汚染水を漏れ放題にしておいてもかまわない」という考え方が正当化されてしまいかねず、とても恐ろしいです。
174. kurita
— April 14, 2011 @00:27:11
おバカなことを言って混乱している“理系の人”は枚挙にいとまがありません。 また、物事を正しく理解していない人が“文系”の人だとも限りませんし、そういう人のことを“文系”と表現するのは、物事をちゃんと考えている“文系の人”に失礼だし、往々にして間違いです。 そういう非論理的で事実に基づかない間違った分類をしてしまうのは“理系”らしくないですよ。(←これは冗談
最近ここを見るようになられたということですが、表現を考え直していただければ(できればそのことに関する認識も新たにしていただければ)、と思います。
175. りっぴ — April 15, 2011 @06:11:44
#154は、ほぼ論理のはなしです。
みなさんの、なんというか「かたさ」は、まるでホメオパシー信奉者の人たちそっくりです。
159. dwnさん
私は、きくちさんに質問しているだけで、「ジャーナリストが濃度より汚染物質の量が大事だということを知っていた」、と主張しているわけではありませんよ。ジャーナリズムの文脈を知っていれば、そう考えることもできる、と言ってるのです。
ふたつならべて検討しなければならないのは、私ではなく、きくちさんです。
165. PseuDoctorさん
そういう議論になってしまうのが嫌で、#154を書きました。
あと、単純な誤解なので、
173. チオチモリン さん
過失で流したより高濃度の汚染水を漏れ放題にしておかないために、まず故意で流したぶんを手掛かりに、水処理全般について追及している、と考えられる、ということです。
と言う方もいらっしゃいましたが、
きくちさんの書かれたエントリ文をみても、ほかのコメントをみても、ジャーナリズム批判の話題が現にありますが?
ですから、みずからのリテラシーだけで批判するのではなく、もう少し批判相手の内在的論理をつかむ努力をされてはいかがですか?と問題提起しているのです。
理系文系関係ないというのは同感です。
177. Isshocking — April 15, 2011 @06:32:52
>もう少し批判相手の内在的論理をつかむ努力をされてはいかがですか?と問題提起しているのです。
一般的にはその通りですが、ジャーナリストはいわば表現の専門家ですから、結果責任があります。りっぴさん言われるところの内在的論理を含めて過不足なく報道出来ていなければ、発信側のリテラシー不足と言われても仕方ないと思いますね。
178. りっぴ — April 15, 2011 @07:30:56
ある公権的解釈をそのまま正しいと受け入れるのであれば、
ジャーナリズムは必要ありません。冤罪事件などで明らかではないですか?
また、韓国やロシアが不快感を示しているのも伝えられていますが、条約に違反しないから、不快感には根拠がない、重要でない、ということはできません。
要するに、別のリテラシーがある、というだけのことです。それを理解しようとなさらない点に、非常な視野の狭さをかんじます。
177. Isshocking
人によっては、ふつうにわかるんですよ。Isshockingさんにわからないことでも。それは、量が大事だってことがふつうにわかる人がいるのと同じことです。
読み手・受け取り手のリテラシーを高める努力をしましょう。
それと、そういう反論は#154の議論にはなんの影響もないです。
179. サルガッソー — April 15, 2011 @09:39:07
技術開発者さんは別エントリではっきりと法的な問題よりも仁義的な問題と言い切っていますよ。
このコメントでも「だから謝る必要などない」など一言も言っていませんし。
敵を設定するあまりに視野狭窄になっているのはあなたではないでしょうか。
180. サルガッソー — April 15, 2011 @09:39:26
このエントリの初期じゃないですか。
http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/weblog/index.php?UID=1302095125#CID1302142336
返信ありがとうございます。しかし仰りようはおかしいような……?
>「ジャーナリストが濃度より汚染物質の量が大事だということを知っていた」、と主張しているわけではありませんよ。
とお書きですが、りっぴさんは#154では上記の「」内のように主張されています。引用しますと、
>私の答えは、Q以外に「有力な説明が考えられる」以上、この推論の妥当性は低い、というものです。
(「」を追加しています)
この通り、りっぴさんは「ジャーナリストが濃度よりも汚染物質の量が重要だと知っていたが、意図的に追求を行った」という推論を「有力な説明」だと判断されています。少なくともこの文章はそれ以外の意味で読めませんし、そう読まないと前後のきくちさんへの批判(ジャーナリストへの批判が不当である、といった内容)が論理的に成り立たなくなります。
改めておたずねしますが、#154において行われた「有力な説明」という判断の根拠は何でしょうか?
182. disraff — April 15, 2011 @11:35:32
ちなみに「#154の議論」とやらに興味はありません。
一般に、このエントリの批判を受け止めて何らかの糧にできないようならおよそジャーナリストの名に値しないと思います。なぜりっぴさんがこのような「他己弁護」を熱心に繰り広げるのかは存じませんが、心あるジャーナリストにとってはむしろ有難迷惑なのではないでしょうか。
183. Isshocking — April 15, 2011 @13:05:09
184. げんげ — April 15, 2011 @14:04:07
政府も東電も、いたずらに悪者にはしたくないけど、今回の低濃度汚染水の海洋投棄については、かなり前からの決め打ちだと思いますよ。
他の作業に比べても、結構な難易度が予想される作業にも関わらず、発表から3時間という、圧倒的に速いスピードで実施されましたから。この許可を出した政府も、事実上それに乗っかったってことだと思います。
どうも、大気中ベントと同じように考えているフシがありますし、事故対処という観点からは、同じなのかも知れませんが、実施に至るまでの諸手続きや、何よりも感情論として納得できないものを、大きく残したんじゃないですかね。
色んなことで不信感が強まってる所にコレですから、「1度やれば2度も3度も同じ、次もやるぜアイツら」とか「裏にもっとデカいこと隠してんだろ」みたいなことを考える人間がいても、不思議ではないです。
きくちさんが本文で述べる主旨は理解できます。ただ、この(低レベルとはいえ)海洋投棄に関しては、自分では納得してるつもりなんですが、他の人にまで説明できるとこまで割り切れていなのが、正直なところです。
185. 落花生 — April 15, 2011 @13:29:55
> 別のリテラシーがある、というだけのことです。それを理解しようとなさらない点に、非常な視野の狭さをかんじます
これ、ブログ主や私たちより、ジャーナリストやマスメディア自身に向けられるべき批判なんですよね。
「少ないもの(菊池先生ごめんなさい)をどれだけ減らしても多いものには影響しないわけで」すから。
#154が相手にされないのはそういうことだって気がついてほしいですね。
(反省を踏まえて独り言モードです)
少ないものにしてもこんな沿岸じゃなくてもう少し沖で薄めながらやれればよかったですよね。
沿岸は生物活動も活発だし流れは岸にへばりついてしまうし。
187. Toshi2100 — April 15, 2011 @17:36:47
大量の(汚染)水を運べるものが都合よく手に入らなかったんじゃないですかね?静岡のメガフロートも放出当日は横浜にいたらしいですし。
問題になっている高濃度を貯めとく時観的余裕がもう少しあればそういうこともできたかもしれませんけど。
188. Isshocking — April 16, 2011 @01:45:54
時事ドットコム
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2011041500770
「福島第1原発事故で、東京電力は15日、高濃度汚染水の回収先を確保するため海に放出した比較的低濃度の汚染水の総量は1万393トンで、含まれる放射能は1500億ベクレルだったとの報告をまとめ、経済産業省原子力安全・保安院に提出した。当初計画の1万1500トン、1700億ベクレルを下回った。
報告によると、今月4日から10日までの放出で、沿岸や沖合の海水に含まれる放射性物質濃度に顕著な変動はなかった。大人が近隣の魚や海藻などを毎日食べても年間被ばく量は0.6ミリシーベルトで、一般人の許容量1ミリシーベルトを下回る。」
これだけ見ると、いかにも数値の低さを強調したいように読めるのですが
朝日新聞
http://www.asahi.com/national/update/0415/TKY201104150405.html
「保安院によると、今回の放出分だけに限ると、原発から1キロ以遠の魚や海藻を毎日食べた場合の年間被曝(ひばく)量は0.6ミリシーベルトで、年間に自然界から受ける放射線量(2.4ミリシーベルト)の4分の1にあたる。 」
「今回の放出分」は、文脈から低濃度汚染水を指してますよね。
だとすれば、高濃度汚染水を無視した年間被爆量0.6ミリシーベルト云々は全く意味を成さない数字なわけで、もっともらしく発表する保安院も保安院だが、突っ込めないマスコミも何やってんだか。
189. keiji — April 16, 2011 @08:43:09
たしか、陸から低汚染水を流すのは国際法違反じゃないけど、沖まで運んで流すのは国際法違反というような報道があったと思います。ロンドン条約によるそうです。
190. かとう — April 16, 2011 @09:20:25
しかし、公海で行えば、自国は出来るだけ安全にして世界全体を危険に晒す事になる。
だから、公海で行う事を条約で禁止しているんです。
もしそれをやってたのなら、近隣諸国からの直接のクレームってだけじゃなくて、国連あたりで問題にされたでしょう。
> 171. 技術開発者さん
> ある公権的解釈をそのまま正しいと受け入れるのであれば、
> ジャーナリズムは必要ありません。冤罪事件などで明らかではないで
> すか?
話が混乱してますね。たいていの「冤罪事件」は法律の解釈の問題ではありません。事実認定の問題です。菅家さん事件がいい例で、別に法解釈に問題があるわけではない。菅家さんを犯人として事実認定が間違っていたわけです。
ジャーナリズムに限らない、公権的解釈に対する異議申立は自由です。自由社会ですからね。
たとえば、自衛隊を憲法違反とする解釈の主張もあって当然です。しかし、有効なのはいわゆる有権解釈だけです。
国際法の場合は、裁判所などが確定する有権解釈がありませんから、国際会議などで話し合うしかありません。
今度の日本の行為についても国際会議で問題提起されて協議されるのはいいと思いますよ。日本は日本の立場を主張したらいいと思います。
、
192. かとう — April 16, 2011 @10:27:02
菅野さんを犯人とした事実認定が間違っていたわけです。
の誤字ですね。
細かいかも知れないけど大事な一文なので、訂正させていただきました。
193. com — April 16, 2011 @11:40:46
実は、東電が放水をした、との報道があった直後、kikulogでもあるお方(Sさん)が「太平洋上の公海で投棄すれば」との胸の書き込みがあり、すぐ見えなくなっています。
#恐らくきくちさんが管理者のみの表示にしているのだと思いますが、書き込んだ方には猛省を促したいところです。
また、自分の遠くでなら影響があっても気にしないけど、自分の近くではイヤ、ってのは、典型的な not in my back yard ですよね。
なので、軽々しく書き込む話題ではないこと(遠くで捨てればよい、という点)をもっと認識していただければと思います。
194. MOTTAINAI — April 16, 2011 @12:39:08
菅家さんを犯人とした事実認定が間違っていたわけです。
の誤字ですね。
大事な一文なので、訂正させていただきました。
195. ハッタ― — April 16, 2011 @18:26:04
コメントありがとうございます。
そして、言葉がたりなかったようで申し訳ありません。
私が申し上げたかったのは、公海上で捨てるということではなくて、領海内においてもせめて水深が海底地形を感じるような流れのない、200m以深ぐらいあるところで周囲の海水と混ぜ合わせることでより早く基準値に近いところまでうすめられれば、そういうことが(時間的・技術的に)可能であれば良かったということです。まわりと密度の違う水はフロントをつくって意外と拡散しないまま沿岸にへばりつく流れになってしまいます。沿岸域は海の中でも生物活動が格段に活発です。そこで濃い状態のまま生物にとりこまれていくとしたら、水産業などの面でも困るかもしれないと思ったのです。
すでに高濃度汚染水が漏れてしまっている、という状況下では
あえてそういう方法をとる意味はないですよね?
むしろ逆に、すぐ前の海に流すことによって、すでに出ている高濃度汚染水を拡散させることに少しは役に立つ可能性もあるし、
(後知恵だけど)高濃度汚染水が漏れてるときに、この水も一緒に流して
できるだけ薄めてしまうっていう方法もあったかも。
197. ハッタ― — April 17, 2011 @15:14:33
>すでに高濃度汚染水が漏れてしまっている、という状況下では
あえてそういう方法をとる意味はないですよね?
多分それはそうだと思うんですが、細かいことを考え出すとちょっとわからないように思いました。
でもおっしゃることが妥当だと思います。
今後いずれまた処理した後のものにしろ汚染水を放出するような事態が起こった場合は、周辺の海水のモニタリング状況もみて今回のような方法で良いかどうかきっと考えられるでしょうね。
198. ハッター — April 17, 2011 @15:53:37
でも、こういうことを考えた暖水塊の拡散過程の観測や研究はされていたと思います。
私のコメントは漁業者の方々の視点に立てば乱暴だなという感情がかちすぎていてツチノコさんや菊池先生のそもそもおっしゃっている量的な評価をきちんとしていない話でしたね。
量的に意味のないことでも社会不安を小さくするためにコストをかけるっていうのはどのくらい許されるんでしょうね。
199. ツチノコ — April 17, 2011 @17:42:44
>量的に意味のないことでも社会不安を小さくするためにコストをかける
このコストはかけるつもりだったのが、メガフロートが間に合わなかった、ということなんでしょうね。
(どなたかすでに書かれているかもしれませんが)
原子炉に注入する冷却水として、この(低濃度汚染)水を使えなかったもんかなという気もしますが・・・
あと、「量を考える」という菊池先生の本来の意図に即したことを書くと、「節電のためLED電球(購入)に補助金」なんていうのはどうかな、と思います。
仮に東電・東北電力管内の白熱電球を全部LED電球に換えたとして、どのくらいの節電になる、っていう試算に基づいての考えとは思えないんですがね。
200. りっぴ — April 18, 2011 @13:47:20
179. サルガッソー さん
もともと、きくちさんが
>>放射性物質の量がだいじだっていうことを
>>本当にわかっているのかなあ、と疑問に感じています。
>>「鋭く」見えるだけで、全然本質じゃないのでは。
>>もっとだいじなことがあるんじゃないのかなあ。
というようなことを書いていらっしゃることにたいして
私の書き込みがなされているわけです。
181. dwn
>>有力な説明の根拠
保安院や東電の会見や、出してきた文書、そして、件のジャーナリストたちの報道内容を、ある程度継時的にみていればわかるんですよ。
(きくちさんは、それをしないで、自らの土俵にひきつけて批判をしてしまったのかもしれません)。
たとえば、保安院や東電は4月4日づけで、
http://www.meti.go.jp/press/2011/04/20110404003/20110404003-3.pdf
http://www.meti.go.jp/press/2011/04/20110404003/20110404003-2.pdf
という文書をだしてますが、これを読めば(件のジャーナリストらは、とうぜん読んでいるとおもわれます)、汚染自体については高濃度のほうが問題だ、ってことはわかるわけで。まあ、読まなくても、そんくらいわかるって私はおもいますけど。
ついでにいうなら、ツイッターで、ネットの深層、という番組で、
件のジャーナリストが
「じゃあ、そこで泳いだりすることはできないんですか?」と質問したことをもって、視聴者を誤解させる、と言っている人がいますが、これは、保安院の文書を知っていれば、保安院が
>>低濃度の放射性物質を含む排水を海洋へ放出することによる
>>人への影響については、(略)問題はないものと考えている
と書いていることに対する皮肉と受け取れるわけです。
182. disraff さん
他にモノの見方があるということが、なかなかわからない人たちが、科学をおしたてて、自分を正当化する、ってことがわかりました。カテにします。
185. 落花生さん
もちろん、きくちさんはじめみなさんに向けて書いていることばです。
154には、みなさんに答えていただく必要はありません。きくちさんへの質問です。
きくちさん、いかがですか?きくちさんが、
>>動機が善意や正義感であることの評価はまた別の話で、
>>それはそれとして、考えるべきことはそれとは違うだろう
>>ということ
と書くとき、きくちさんには、「汚染自体」と「善意や正義感」
しか見えていなかったんですよね?
191. keijiさん
裁判が事実認定だけだとも?たとえば菅家さん事件ではDNA鑑定の法的意味が問題になっていたわけです。
なんて書くと、また細かく突っ込んできそうですが、
要は、ある国際法の条文に形式的に違反しているかどうかに
議論をもっていくのは、視野が狭い、といっているわけです。
http://www.twitlonger.com/show/9tir74
ですね。
202. KO — April 18, 2011 @14:45:37
水を捨てるような事態になってしまう可能性はかなり前から予見されていて
そのことを前もって指摘していたにもかかわらずほとんど対策をしていなかったからです
予見できていた以上「次回から通告します」で済むような話ではありません
しかも捨てる決定だけは数時間で決めてしまったのですから追求するのは当然で
放射性物質の量が少ないから良いとかいう話は全く別次元の話です
ジャーナリストは東電のこのような体質を問題視しているので
物理現象としての本質と東電の会社としての不誠実な本質(体質)を混同して語っても何の意味もありません
203. プリモス — April 18, 2011 @15:21:24
次々とリアルタイムに問題が起きている
今だからこそ政治的追求をとことんすべきだ!
まず混乱が起きないよう国民にわかりやすく
現状の情報伝達をすべきだ!
とか色々方向があるんだとは思いますが、そこのところバランスよくあると助かりますね。どっちかといえば政治的追求はあとにしてほしいですが。混乱するだけなので。
204. KO — April 18, 2011 @15:36:31
放射性物質の総量はたいしたことないんだから今回は許してやってもいいという態度で
対策を怠っていた本質を見逃してしまうと必ず同じことが起きるということです
それも現実に迫ってきています
高レベル汚染水の行き場がなくなるのも時間の問題でしょう
対策をとることに消極的であった以上このような事態も当然予見できたわけです
事後になって騒いだところで何の意味もありません
205. 技術開発者 — April 18, 2011 @15:50:49
>水を捨てるような事態になってしまう可能性はかなり前から予見されていて
>そのことを前もって指摘していたにもかかわらずほとんど対策をしていなかったからです
これって、誰がいつ頃予見して指摘していたのか教えて下さい。私もずっと情報収集していた訳ではないのですが、3月24日頃の「高濃度の汚染水が3号炉のタービン建屋に溜まっている」という情報からはじまって、一日が過ぎるたびに「1号炉でも」「3号炉でも」「トレンチにも」と状況の情報が拡大して、「タービン建屋の床10センチくらいなら復水器やらその予備タンクで間に合うな」みたいに考えていたのが、どんどん考えるべき汚染水の体積が膨らんできた感じがしているわけです。私の情報収集の能力では、体積が全て見えてきてから低濃度汚染水の放出までそんなにゆとりがあったと思っていなかったので、「予見して指摘」があったら、いつ誰がおこなったものか、是非知りたいと思います。
因みに僕はりっぴさんの書きっぷりしか問題にしてませんので、たぶん科学的な正しさとは無関係と思います。
207. dwn — April 18, 2011 @21:47:55
やっと根拠を提示してくださいましたね。そうしてくだされば、議論もできようかと思います。
りっぴさんの提出されたデータを見て、同意に至る方もおられるかもしれませんね。少なくとも、同意しないとする方とも根拠のある議論ができるでしょう。
なお、僕はこれ以上ジャーナリスト氏の見識について議論する気はありません。そもそも#159で僕が「気になった」のは、りっぴさんが議論するための根拠となる情報すら提示していなかったことですので。
ということで、
・#157 においてりっぴさんが「別にウソではない」云々と表現した件のジャーナリスト氏の取材手法に問題があること。
(こちらには反論はありませんでしたね)
・#175 におけるりっぴさんの僕への返答「私は、(略)と主張しているわけではありませんよ。」は事実と異なること(悪意に取れば、煙に巻こうとしていた?)。
の2点は了解していただけたでしょうか?
僕が突っ込んでいたのはりっぴさんの主張の論理の不備だけですし、どうもエントリーの本題からは外れてしまいましたので、ここらでROMに戻ります。
原発事故以来ちょくちょく見に来させていただいていますが、皆様の知識や論理立てた考察には大変安心させていただきました。ありがとうございました。
208. PseuDoctor
— April 18, 2011 @22:48:12
今更ながら結構長文のコメントになってしまいました。
お急ぎの方は「閑話休題」以降のみをお読み頂ければ幸いです。
>りっぴさん
>http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/weblog/index.php?UID=1302095125#CID1302815504
>そういう議論になってしまうのが嫌で、#154を書きました。
なるほど「そういう議論になってしまうのが嫌」なのですね。よく解りました。
ところで、私が
http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/weblog/index.php?UID=1302095125#CID1302616970
で申し上げたかった事は、要するに
1.りっぴさんの日本語の読解には問題がある。
2.従って、りっぴさんが問題視しておられる様な問題点は、そもそも存在しない。
3.りっぴさんの様に相手の言う事を捻じ曲げて読み取る一方で自分の意見に対する批判は「誤解だ」としてしまう態度はよろしくない。
という内容でした。
しかるに、りっぴさんは「そういう議論になってしまうのが嫌」だと仰る。
なるほどなるほど、確かに、そういう議論になるのはお嫌でしょうね。解りますとも。
ちなみに、ではどういう議論がしたいのかな、と思ってその後の発言を拝見すると、いつの間にかジャーナリズム一般の話になっている。もしかして、そういう議論がしたいのでしょうか。でもりっぴさんは、当初はジャーナリズム一般の話なんかしておられなかった様に記憶しているのですが?
やっぱり、これも私の「誤解だ」という事にされてしまうのでしょうか?
もし、仮にジャーナリズム一般の話をなさりたいのだとしても、私はりっぴさんがジャーナリズムを論じるのにふさわしくないと考えています(その点も既に述べました)ので、そちらのお話には参加致しません。
ところで、
>そういう議論になってしまうのが嫌で、#154を書きました。
との事ですから#154、即ち
http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/weblog/index.php?UID=1302095125#CID1302547648
を読めば「そういう議論」にはならないのかな、と思い、再度拝読してみましたが、やはり私の意見は全然変わりません。その事も前回の発言で既に述べております。
ただ一点だけ気になったのは
>#154は、ほぼ論理のはなしです。
という言い方です。
そこで改めて#154自体の論理構造を見てみますと
1.きくちさんはP→Qという推論をしていた。
2.りっぴさんは、その推論の妥当性は低いとお考えである。
3.従って、きくちさんが1.の様な推論をしたのには「隠された前提がある」と推定される。
という形になっています。まぁ、形式的には三段論法ですね。
しかしながら、その内容は果たして論理的なのでしょうか。
まず1.に関して。私は前発言で、そもそも1.の主張自体が間違いであるという指摘をさせて頂きました。しかしりっぴさんは、そういう議論を「嫌だ」と仰る。
次に2.に関して。既にdwnさんから指摘がありますので詳細には述べませんが、その「妥当性が低い」という考え方自体にも問題があると思います。
最後に3.について。上述の如く1.も2.も適切でない(前提も推論もおかしい)ので、結論である3.の推定が正しい可能性は非常に少なくなります。更に加うるに、仮に1.と2.が正しかったとしても、そこから直ちに3.は導けません。
以上より、私は、りっぴさんの#154は「ほぼ論理のはなし」であると述べられているにも関わらず、中身は全く論理的ではない、と判断します。つまり、論理の問題として考える限り、りっぴさんの推論の妥当性自体が極めて低い、と考えております。
閑話休題。
>RIEさん
http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/weblog/index.php?UID=1302095125#CID1302679996
私もkuritaさんと同様に「理系・文系」という分け方はあまり好きではありません。自分自身がどっちだか解らなくなってしまうというのもあります。
でも、それはそれとして「別の視点も大事」という御意見には頷ける部分もあります。
さて、いわゆる「文系」的な意見として私の心に浮かんだのは、このエントリの上の方(#15あたり)にあるコメント
http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/weblog/index.php?UID=1302095125#CID1302103947
でした。RIEさんがお求めになっているのは、実はこうした意見なのではないのかな、と思いました。
但し、このコメントに対しても、Twitter上では批判もありました。
とは言っても、内容そのものに対する批判ではなく「議論の流れを変えてしまうのではないか」といった視点からの批判です。今にして思えば、私はこの伊勢田さんのコメントは、書かれるのが早過ぎたのではないか、むしろ今ぐらいのタイミングで読まれるのが良いのではないか、とも考えております。
209. captnemo — April 19, 2011 @10:09:58
原発事故の汚染水に含まれる放射性物質の物理的な量の多寡などという狭いところだけを見ていない、視野の広いりっぴさんが、「奈良の周産期医療」でのジャーナリストらのふるまいについて、ふぃっしゅさんとはちがう他の見方を示してくださるのを待っているのですが。
そっちに、件はいませんか。
これも、本質的な問題では、ないのでしょうね。きっと。
210. keiji — April 19, 2011 @14:06:38
For the purposes of this Convention:
1. (a) "Dumping" means:
(i) any deliberate disposal at sea of wastes or other matter from vessels, aircraft, platforms or other man-made structures at sea;
ロンドン条約には、上のようにあります。つまり、「投棄」の定義は、「船舶等々、海上の構築物からの、海上における投棄」なんです。
だから、陸上の構築物からの投棄は入らないんですよ。
それでも、汚染水の投棄がいいか、悪いかはまた別の論点です。
あなたは、
> 要は、ある国際法の条文に形式的に違反しているかどうかに
> 議論をもっていくのは、視野が狭い、といっているわけです。
とおっしゃいますが、「国際法違反の疑いがある」と言われれば、どの法のどの条文にあるのかさがしますよ。それは、明確に示さなければ国際法違反という主張はできませんよ。
あなた自身、
> まず、海洋汚染についての国際法では、無過失・過失による汚染と、
> 故意による汚染とを区別し、故意による汚染を問題にしています。
こう言ってるじゃないですか。これは、上記のロンドン条約の「deliberate]に基づいているものでしょう。
自分は特定の条文を引用しておいて(引用じゃないかもしれませんが)、「形式的」だとかいうのは、法のつまみ食いですよ。
http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/weblog/index.php?UID=1302095125#CID1302407714
たまむしさんのご推察どおりでした。
212. 技術開発者 — April 19, 2011 @16:28:15
>ロンドン条約には、上のようにあります。つまり、「投棄」の定義は、>「船舶等々、海上の構築物からの、海上における投棄」なんです。
ちょっとその解釈は無理がありますね。「platforms or other man-made structures at sea」は、陸上から海洋に向けて敷設したパイプなんかも含むと考えるべきでしょう。そんな無理な解釈をしなくても、上で紹介したみたいに、この条約には第5条に緊急避難の例外規定がありますから、それで考えた方が良いでしょう。
まあ、この第5条もイメージとしては、海に捨てると海洋を汚染する可能性のある貨物を積んだ貨物船が浸水等で浮力を失って、貨物を捨てないと乗員の命が危ないと言うときに、人命優先で貨物を捨てる事なんかを想定している訳ですけどね。もちろん、りっぴさんは「そんな場合でも『故意に捨てる』のはけしからん。条約の第4条を守って乗員ごと沈むべきだ」と言われると思います。それなら結果として貨物が海に出ても不可抗力であって故意ではありませんからね。たぶん、りっぴさんの言われるリテラシーはそういう意味だろうと思います。
なんていうかな、りっぴさんの言われる事を「自然科学的考え方の外」みたいに思われる人が多いみたいだけど、私にはとても自然科学にのめり込んだ考えに見えたりするんですね。なんていうかな、自然科学をやっていると「原則」がとても幅を利かせていて「例外」というのがとても少ないんですね。だから自然科学にのめり込むと「例外」なんてのは「あってはならない事」と思いやすいんです。りっぴさんをみているとそう感じるのね。ところがね、人文学を勉強すると「原則と例外」の関係がそれはもう頻繁にあるわけですね。上で言った様に「故意に捨てる事を禁止」と第4条に定めておいても、第5条で「こういう状況なら適用しない」みたいなものを付けなくてはならないみたいにね。法律とか勉強し始めると、とにかく原則と例外の関係を常に意識していないと訳が分からなくなるんですね(笑)。
なんていうかな、この低レベル汚染水の排出に関しては、「この例外行為を行わないと何が起きるか」という視点での報道が少なかった気がしています。上で言うなら、本来投棄してはいけない貨物だけど投棄しないと船が沈んで投棄と同じ結果になるだけでなく人命や船まで失われるみたいな話との対比で「こういう状況なら貨物を捨てる事に禁止を適用しない」としている訳ですね。
単純な話で、炉心への注水を続ける限り、建屋とかトレンチの高濃度の汚染水は増え続けるだろう。それを入れるタンクの増設は間に合わないだろう。トレンチからあふれ出したらその先は海で海への投棄になってしまうだろう。海辺に土嚢をつんで海への流出を抑えたら敷地内にあふれ出すだろう。敷地内にあふれ出したら敷地の放射線レベルが上がって炉心注水作業ができなくなるだろう。炉心注水作業ができなくなったら、再度炉心温度が上がって大気中放出もあるだろう。なんてね。まあ、本当にこいう説明になるかどうかは分からないけどね。まあ緊急避難規定で考えるなら、こんな予想とのバーターで緊急避難を行う事になるという事です。
213. keiji — April 20, 2011 @06:11:23
> 「platforms or other man-made structures at sea」は、陸上から海洋に向けて敷設したパイ
> プなんかも含むと考えるべきでしょう。
それはこの条約ではグレーですよ。要するに想定してないんだと思います。ただ、at sea(海にある)構造物からのat sea(海における)dumping (投棄)を対象しているので、たとえば、工場が海に向けた排水口を備えていてそこから有害物を垂れ流していたとすると、この条約は適用できないと思いますよ。では陸地の工場が海中にパイプを建設して工場からパイプを通じて廃棄物を垂れ流すとする。この場合、パイプは陸上構造物の延長にすぎないと主張したとする。ま、パイプの規模、長さにもよるでしょうが、この条約の適用はグレーだと思います。
条約と言うのは各国の妥協の産物ですから、上記の工場の例などは国内問題だということでしょう。ちなみに、「内海」はこの条約の適用除外です。
今回の低汚染水の問題では、陸上のタンクから流したわけですから、at sea の構造物から流したとは言えないと思いますよ。
技術開発者さんのいう、第V条は、これでしょうが、
1.The provisions of Article IV shall not apply when it is necessary to secure the safety of human life or of vessels, aircraft, platforms or other man-made structures at sea in cases of force majeure caused by stress of weather, or in any case which constitutes a danger to human life or a real threat to vessels, aircraft, platforms or other man-made structures at sea, if dumping appears to be the only way of averting the threat and if there is every probability that the damage consequent upon such dumping will be less than would otherwise occur. Such dumping shall be so conducted as to minimise the likelihood of damage to human or marine life and shall be reported forthwith to the Organisation.
A. 「天候による不可抗力」か、または、B. a danger to human life または、C. 船舶等への脅威がある場合は、投棄可能ということです。適用可能なのはB. 「人命の危険」だけでしょうが、danger というのは risk と違って、危険確率ではなく、明確な危険ですから、高濃度汚染水を流し続けると人命が失われる明確な危険があるということでなければならないと思いますよ。たぶん、火災などの緊急事態を想定しているのだと思います。
第V条を適用する場合は、reported forthwith to the Organisation (国際機関にただちに報告)しなければなりません。
214. gakusei — April 20, 2011 @06:44:37
誤解する人がいるってのがよくわからない
日本人はもっと国語を勉強した方がいいんじゃないでしょうかね
というか、何を誤解してるんだろう・・・?
215. さんちゃん — April 21, 2011 @16:11:43
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110421-00000462-yom-sci
不幸中の幸いでした。
ただ、何故、4月1日昼以降に流出が始まったのかは、謎が残るところです。流出が起こる原因となった破損は、それ以前からあった可能性が高いでしょうに・・・?
217. 技術開発者 — April 21, 2011 @17:13:16
>ただ、何故、4月1日昼以降に流出が始まったのかは、謎が残るところです。流出が起こる原因となった破損は、それ以前からあった可能性が高いでしょうに・・・?
可能性は2つくらいありそうですね。一つはそれ以前から流出していたけど見落としていたという可能性、もう一つは炉の破損部から建物のクラック(それが何処なのかもまだ特定されて居ないと思う)に達して、そこから地下の採石層を満たしながら海まで出るのに10日以上かかった可能性です。
格納容器からの水の流出が始まったのは16日くらいからじゃないかと勝手に想像していますが、とにかく最初の10日くらいは、炉と燃料プールを冷やすのに手一杯で、そんなに敷地を見回る余裕があったとは思えないんですね。燃料プールに注水ができて、兎にも角にも炉心への注水も真水に切り替えたりして、或る程度余裕ができてからで無いと敷地内の見回りなんてそんなに熱心にできなかっただろうし、もし見落しだったとしてもそんなに責めることもできない気がします。
218. さんちゃん — April 21, 2011 @18:03:10
記事本体の見出しは「4700兆ベクレル」なのに・・・。
http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/domestic/311eq_fukushima_1np/
gooやエキサイトなどは「4700兆ベクレル」でしたが。
219. Isshocking — April 21, 2011 @18:40:28
>確定的とまでは言えませんが、高濃度汚染水の流出は、4月1日の昼以降のようです。
記事によると根拠は「東電は、1日以前に付近を見回った作業員が水音を聞いていないことから、流出が始まったのは1日の昼頃と判断した。」なので目視したわけではないんですね。ちょっと弱い。
防護服を着ると非常に音が聞きづらくなるそうですし、ポンプ車はわんわん音を立てて注水していたでしょうし。岸壁近くですから風音、波音もあったでしょう。
まぁ、4,5日ずれていたとして、それが何か、と言われそうですが。
220. 井口堂 — April 21, 2011 @20:02:04
流出が4月1日昼以降に始まったのか、実は、私もそれに確信を持てないので「確定的とまでは言えませんが」という表現をしました。
内心では、見逃し(聞き逃しというべきかもしれませんが)の可能性が一番高いかもしれないとも思っています。
流出が始まった推定日の最速は、2号機の圧力調整室と思われるところで爆発のあった直近の日です。
今月の10日に送信したコメントの中で、私流の計算を以下のようにしてみました。
「濃度100億Bq/Lが毎秒2Lで4日間流出したとして計算すると流出水量690000Lで6900TBqですが、仮に海への流出が3月17日から始まったとすると35000TBqです。このレベルでの5倍の違いは大きいように思うのですが・・・」
今回の推定値を元に、爆発の直近からから流出が始まっているとして計算してみるとすると2万TBq(20000兆Bq)程度になります。(私の毎秒あたりの流出量の見積もりが少し多かったようです)
大気への放出量が数十万TBqと考えられていますので、2万TBqは小さいとも考えられますが、海域への放出としては、(データがすくないだけに)十分、その影響を心配しなければならないレベルだと思います。
引用間違いなどもしありましたら、どうかお赦しください。
207 dwnさん
>>取材方法に問題がある
あのとき詰め寄っていたジャーナリストの礼儀がなってない、という意味でしょうか?それなら、ある程度同意できます。一方で、責任者を出さない東電の姿勢も問題にすべきだと思いますが。
>>「私は、(略)と主張しているわけではありませんよ。」は
>>事実と異なる
異なりません。私は、ジャーナリストが知っていたとか、知っていなかったとか、どっちか断定しているわけではありません。知っていたと考えることもできる、と言っているだけです。その観点から、知らなかったと強く推量しているきくちさんを批判しているわけです。
210 Keijiさん
もちろんそのような条文などは承知のうえです。外務省もそういう解釈だろうとおもいます。ただ、日本外務省の解釈が全世界で通用するわけではありません。
そこで、可能性にすぎませんが、ある国が、海洋汚染の防止という趣旨から考えて、公海と領海とか、船舶と船舶以外とかを分ける必然性はないので、公海とか船舶は単なる例示列挙だ、という法解釈をしたとしても解釈としては可能なんですよ。
それと、今回の場合は、通報の遅れも問題になっています。こちらは実際に、通報したのは、故意排水をはじめた時刻より後だということが明らかになっています。
212 技術開発者さん
>>りっぴさんは「そんな場合でも『故意に捨てる』のはけしからん。
>>条約の第4条を守って乗員ごと沈むべきだ」と言われると思います
そんな事言いませんよ。
私はそもそも「故意に捨てるのはけしからん」などという主観的なことは言っていません。
言ってるのは、
故意は過失より違法性が高い
っていう、だれもが認める客観的なことです。そして違法性が高いことをやると、法律にそれだけ抵触する可能性が出てくるし、かりに法律違反じゃないとしても、違法性が高いことをやるからには、外交的にも国内的にも、それなりの説明が必要でしょ、って、これも客観的に常識なことですね。
222. りっぴ — April 25, 2011 @17:04:22
今回、ここに書きこんで、「物事には多面的な見方がある」ってだけのことがわからない人々が多数いるので、クラクラしました。
ジャーナリストたちは、本当に、きくちさんの強く推量するように、少ないものをどれほど減らしても多いものには影響しないということを知らなかったのかもしれません。しかし、そんな小学生レベルのことはもちろん知った上で、別の文脈に沿って東電を追求していたのを、きくちさんの思い込みが強くて気付かなかっただけかもしれません。私が主張しているのは、要するにそれだけのことですが、それを受け入れることがこんなに難しい人たちがたくさんいるのだなあ、ということが、とても勉強になりました。
さて、私としては、きくちさんやみなさんがメディアに出てくる科学記事を補充的に解説なさることには、これからも大いに期待しております。
また、最後まで、きくちさんは、推量の間違いを認めませんでしたが、認めることができなかったのだろうと勝手に解釈します。その妙な、ホメオパスのようなかたくなさが、いったいどこからやってくるのか、興味がありますが、いずれ、そういう視点できくちさんにインタビューするメディアがあらわれるかもしれません。
ではでは。
223. りっぴ — April 25, 2011 @17:26:18
推量はなりたつかもしれないし、成り立たないかもしれない。つまり、
間違ってないかもしれないし、間違っているかもしれない。
だが、間違っていない、一択にすることは、間違っている。
そういう意味です。
224. サルガッソー — April 25, 2011 @17:32:08
「物事には多面的な見方」のひとつってだけのことなんですが
なぜそんなに否定したがるのでしょう?
私にはりっぴさんこそがひとつの見方に固執しているように見えますよ?
225. りっぴ — April 25, 2011 @17:45:09
私は、きくちさんのいう
「少ないものをどれほど減らしても多いものには影響しない」自体を否定してるわけじゃないんですよ(どころか、汚染自体という観点からは、もちろんまったくどのとおりだと思います)。
さらにいうと、ジャーナリストが、そのことを知らなかったかもしれない、ということも、否定しているわけじゃないんですよ。私は、ジャーナリストは知っていて、でも他の目的で東電にせまっていた「かもしれない」って言ってるだけで。
きくちさんは、その点については、意に介さず(せいぜい正義感の問題として)、ジャーナリストは「少ないものをどれほど減らしても多いものには影響しない」を知らなかったと強く推量し、さらに、ジャーナリストに、
「それを「鋭く」追求している暇があったら、もっと訊くべきことはあるのじゃないかなあ」という評価を与えているわけですね。
私は、そういう見方は、「ひとつの偏った見方」とはおもいますが、
「物事には多面的な見方」のひとつとはおもえないのです。
まあ、きくちさんには大変失礼ですが、コメント欄を開放なさっているご好意に甘えます。
ホメオパスの認知構造
.曠瓮パシーは効くとおもってる。
↓,あるので、治ったとき、ホメオパシーが効いたとしか解釈できない。
,粒凌がますます強まる
き,砲發匹
きくちさんの認知構造
,△觴錣離献磧璽淵螢好箸魯丱だとおもっている
↓,あるので、ある質問を、そのジャーナリストがバカだからだとしか解釈できない
,粒凌がますます強まる
き,砲發匹
228. サルガッソー — April 25, 2011 @17:55:59
個人が「物事には多面的な見方」をそういくつも持てるとは思えません。
ひとりひとりの「ひとつの偏った見方」が集積した結果
読者は多面的な見方が得られると思っているので
明らかに誤っている情報でもなければ、「ひとつの偏った見方」を否定する必要はないのではないですか?
229. サルガッソー — April 25, 2011 @18:02:49
>,△觴錣離献磧璽淵螢好箸魯丱だとおもっている
これ以上の会話は無駄だと思うので離脱します。
230. りっぴ — April 25, 2011 @17:59:43
「自分たちよりはバカで、たとえば、シュミレーションの意味もわからない人たちだ」とおもってるようにみえてしまうのですが・・・
私は、207. dwn さんが、ネットで簡単に誰でも見れる保安院のプレスリリースすら見てなかったらしいことに軽くショックを受けました(無意識に、そんなものは当然みているとおもっていた)。
でも、新聞記者も、そういうリリースをもとに(さらに取材して)記事を書いているんですよ。
一般的に、メディアの報道の仕方に工夫が必要だ、ってことを否定する意図はまったくありませんが、読者も多様ですからね・・・
「ひとつの偏った見方」を否定してはいませんし、
「ひとつの偏った見方」が集積した結果
読者は多面的な見方が得られる
ことも否定しませんよ。
ただ、「ひとつの偏った見方」もとに他人に与えた評価を、ほかの見方を示唆されても、合理的な理由も説明せずかたくなに変えないのは、なんでかなあ、ホメオパスそっくりじゃん、っておもいます。
208. PseuDoctoさん
いろいろお書きですが、要は、きくちさんが、最初にエントリ文をかいたときの心情を説明すればすむだけのことです。私は、はじめのほうで、それをお願いしておりますが、きくちさんは説明していません。
232. りっぴ — April 25, 2011 @18:19:24
ほかの見方を示唆されても、合理的な理由も説明せずかたくなに変えない
とき、きくちさんは、
本質
という言葉をお使いになるような気がします。
自分が掴んでいるのが本質なんだ、っていうことなんでしょうね。
ただ、いずれにしても、そういう話はしていないので
234. disraff — April 25, 2011 @18:35:46
これ以上書くと罵倒にしかならないので控えますが、りっぴさんは少しは「恥」というものを知るべきです。
235. 落花生 — April 25, 2011 @19:32:44
こうも見事に、自分のことだけが棚に上がってて、それに気がつかないとはすごいですよね。
私は呆れを通り越して、むしろ驚嘆しています。
> りっぴ ― April 25, 2011 @17:59:43
> それにしても、アエラを許さない、とおっしゃったり、読売の記事に延々と文句をつけるきくちさんはじめみなさんは、読者をどういう人々だと想像しているのでしょうか?
> 「自分たちよりはバカで、たとえば、シュミレーションの意味もわからない人たちだ」とおもってるようにみえてしまうのですが・・・
> おもってるようにみえてしまうのですが
> おもってるようにみえてしまうのですが
この台詞が、自分が必死になって問題視している
『記者やジャーナリストのみなさんは、…だけなのではないかなあ、という気がしてなりません。』
という菊池先生の文章と全く同じだっていうことに、どうやったら気がつかないでいられるのか、私には理解できません。本当に驚くべき才能です。
> りっぴさん自身にこそ当てはまるものですね。
2週間ほど前に
http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/weblog/index.php?UID=1302095125#CID1302555136
で
> このお考え以外に有力な説明は考えられないのでしょうか?もし考えられるのであれば、同様に失礼な話にはならないのでしょうか?
とお尋ね差し上げましたが、
http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/weblog/index.php?UID=1302095125#CID1303716814
> 答える価値のありそうなことのみ
http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/weblog/index.php?UID=1302095125#CID1303718662
> 片言隻句をとりあげてどうこうという議論がバカバカしい
とあっさり片付けられてしまいました。(まぁ想定の範囲内ではありましたケド。)
私はりっぴさんにはこういった批評は相手にしない能力があると推察しています。偽科学とかでよく見る構造のようですが。
# 自分が非難する構造を自分で使っちゃいかんだろ〜
237. ふぃっしゅ — April 26, 2011 @08:39:48
今回の原発の対応は、後世にわたって何度も何度も検証されていくことでしょう。
本当に大事なことに気づけていた人となれるかどうか、考えを深めていきたいものです。
誰にともなく、独り言。
239. Katase — April 26, 2011 @09:44:42
>今回の原発の対応は、後世にわたって何度も何度も検証されていくことでしょう。
本当に大事なことに気づけていた人となれるかどうか、考えを深めていきたいものです。
同感です。私も精進していきたいと思います。
240. keiji — April 26, 2011 @17:09:55
221. りっぴ ― April 25, 2011 @16:33:3
Keijiさん
> そこで、可能性にすぎませんが、ある国が、海洋汚染の防止という趣旨から考えて、公海と領
> 海とか、船舶と船舶以外とかを分ける必然性はないので、公海とか船舶は単なる例示列挙
> だ、という法解釈をしたとしても解釈としては可能なんですよ。
定義条項にこう書いてある。
1. (a) "Dumping" means:
(i) any deliberate disposal at sea of wastes or other matter from vessels, aircraft, platforms or other man-made structures at sea;
要するに 「A は Bを意味する」と書いてあるのに、Bは例示だと言うのは無理な解釈ですよ。他の条文を見ても、これが例示と思わせるところはなさそうです。だいたい、例示だったら、including but not limited to とか入れるのが普通ですよ。
いずれにしても、この条項で陸地に設置されたタンクをカバーするのは無理ですよ。
ただし、他の国が無理な解釈でも言ってくる可能性はあります。そういう意味ではあなたの言うことにも一理ある。北方領土問題がいい例で、ロシアは、中立条約を勝手に破って、なだれ込んできて、住民を追い出し、自国民を入植させてそのまま自国領土と主張している。国際法とはそういうものです。
しかし、他国が日本と違う解釈をする可能性があるから(しかも、一般論として)といって、日本の主張が間違っているとか、日本のやったことに違法性があるということはできませんよ。それは根拠が弱いです。
> 公海と領海とか(略)を分ける必然性はないので、
あなたは勘違いしてますね。たぶん、わたしが、213で、「ちなみに、「内海」はこの条約の適用除外です」と書いたせいでしょう。
同じく定義条項に、こう書いてある。
3. "Sea" means all marine waters other than the internal waters of States.
「海」とは、国の内水以外のすべての海洋を意味する ということです。内水というのは、河川、内海、沿岸水域の一部です。つまり、この条約は、公海と領海を区別してないんですよ。
> それと、今回の場合は、通報の遅れも問題になっています。こちらは実際に、通報したのは、
> 故意排水をはじめた時刻より後だということが明らかになっています。
国際法違反でないというのが、日本の主張なら、別に事前通告は要りませんよ。むしろ、違反でないなら、別に問題ないということで、事前通告しない方が一貫してますよ。法律的に問題なくても、一応下手に出て謝っておいた方がいいかな、ってのは日本文化の文脈では正解でしょうが、国際的にはむしろ怪しまれると思いますよ。
わたしが、外国の報道(といってもCNNだけですが)で見ている限りでは、外国の国家も組織もこういうときには、「間違ってないから謝らない」という態度に出るのが普通だと思いますがね。だいたい、CNNで、公人が謝ったり、下手に出るのを見たことがありません。
まあ、それは、法的問題というより、外交上のテクニックの問題でしょうから、わたしは詳しくはありません。
あなたに反応するのはこれで終わりにします。ただし、長いです。ごめんなさい。
りっぴさん、あなたの議論には説得力がない。その理由は、次々論点をずらして行くこと、それから、論拠が弱いことです。
あなたは、まず、こう言っている。
123.
> まず、海洋汚染についての国際法では、無過失・過失による汚染と、故意による汚染とを区別
> し、故意による汚染を問題にしています。
> きくちさんの主眼である「放射性物質の量が大事」という文脈とは【別に】「放射性物質を故意
> に排出したかどうかが大事」という【法の文脈】も厳然とあるのですね。
> そのなかで、急に東電が、国際法上違法性の高い「故意による汚染」を発表したので、【そこを
> 手掛かりに】、この間の説明責任を東電に求めているのです。
要するに、「故意による汚染」は「国際法上違法性の高い」と言ってるわけです。
ところが、178では、
> ある公権的解釈をそのまま正しいと受け入れるのであれば、
> ジャーナリズムは必要ありません。冤罪事件などで明らかではないですか?
> また、韓国やロシアが不快感を示しているのも伝えられていますが、条約に違反しないから、
> 不快感には根拠がない、重要でない、ということはできません。
「条約には違反しない」まで後退している。それでいながら、「不快感には根拠がない、重要でない、ということはできません」という。いったい、国際法違反なんですか、そうではないんですか? 日本の行動に外国が不快感を示したからといって、それで日本の行動が悪いとは言えませんよ。日本が「竹島は日本の領土だ」というとそのたびに韓国は「不快感」どころか、強く抗議してくる。それは日本が悪いんですか。
> 低濃度汚染水の「故意の放出」が国際法違反と解釈されるか否か という個別の問題から、いきなり、「ある公権的解釈をそのまま正しいと受け入れるのであれば、 ジャーナリズムは必要ありません」と「ジャーナリズムが必要かどうか」という一般的な問題にワープしたと思ったら、それを「冤罪事件などで明らかではないですか?」という国際法の解釈とはまったく関係のない論拠で正当化しようという論理のクイックターンはいったいどう解釈したらいいのか?
そこで、わたしが、
191
> 話が混乱してますね。たいていの「冤罪事件」は法律の解釈の問題ではありません。事実認
> 定の問題です。菅家さん事件がいい例で、別に法解釈に問題があるわけではない。菅家さん
> を犯人として事実認定が間違っていたわけです。
と、思わず余計な口出しをしてしまったのですが。
あなたは
200
> 裁判が事実認定だけだとも?たとえば菅家さん事件ではDNA鑑定の法的意味が問題になっ
> ていたわけです。
とご回答くださいました。あなた、わたしの191のコメントを読んでませんね。わたしは、
191
> 国際法の場合は、裁判所などが確定する有権解釈がありませんから、国際会議などで話し合
> うしかありません。
こう書いてます。裁判所が法律を解釈し、その解釈は最終的には最高裁判所で確定され、それが有権解釈とされるのは一般常識ですよ。
あなたが、
> たとえば菅家さん事件ではDNA鑑定の法的意味が問題になっていたわけです。
こういっているのは、足利事件で初めてDNA鑑定が証拠とされたことを言っているのでしょうが、その法律解釈はジャーナリズムでは論点となってませんよ。論点となったのはDNAの証明力です。ですから、足利事件以後、DNA鑑定を証拠として採用するという法律解釈が覆されたわけではありませんよ。
だいたい、ほかの冤罪事件を見ても、問題となっているのはいわゆるアリバイです。本人の自白の信用性とか、証人証言の信用性ですよ。甲山事件とか布川事件とか見てもそうでしょう。だいたい法律解釈なんてジャーナリズムでは問題にされてませんよ。
さらに、言っておきますが、一般的な意味でのジャーナリズムの必要性なんてのも自明のように考えるべきではないと思いますね。あなたは、「(ジャーナリズムが公権解釈に異をとなることの意義は)冤罪事件などで明らかではないですか?」と言っていますが(カッコ内はわたしが入れました。こうでもしないと意味不明ですからね)、冤罪事件云々でジャーナリズムの意義を主張するのも説得力がありませんね。というのは、ジャーナリズムが人権侵害したケースもあるからです。松本サリン事件がいい例でしょう。河野義行さんを犯人扱いしましたね。もっと大きな例を挙げると、戦前の大震災時の朝鮮人虐殺事件があります。新聞がデマを広め、騒ぎを大きくして、虐殺を助長したと言われています。戦後は、北朝鮮の主張を鵜呑みにして、北朝鮮は理想国のような報道をして帰国運動を助け、それが現在の帰国者の苦境の一因になっているということがあります。要するに、ジャーナリズムの失敗や悪行を探せばいくらでもあるんですよ。(ソースは聞かないでくださいよ。いずれも歴史なんだから、文献は出てます)。
要するに、一般論でいってもしょうがない、特定の報道が妥当、正当であるとか、または不当、不適切であるとか、そういうことを論じなければ意味がありません。一般論は一般論でまた別にやっていただきたい。
あなたは、
221
> 技術開発者 さん
> 言ってるのは、
> 故意は過失より違法性が高い
> っていう、だれもが認める客観的なことです。そして違法性が高いことをやると、法律にそれだ
> け抵触する可能性が出てくるし、かりに法律違反じゃないとしても、違法性が高いことをやるか
> らには、外交的にも国内的にも、それなりの説明が必要でしょ、って、これも客観的に常識なこ
> とですね。
とおっしゃってますね。まあ、技術開発者さんに対するコメントなんで、わたしがしゃしゃり出るのもどうかとは思うんだが、「故意は過失より違法性が高いっていう、だれもが認める客観的なことです」ってのもよく分からない話です。だいたい「故意」だから「違法」だってわけじゃないんですよ。そうでしょ、自分の敷地内で、自分の車を運転して自分の家に「故意に」突っ込んでも違法じゃありません、「過失」でも同じことです。しかし、他人の家に「故意に」突っ込んだか、「過失で」突っ込んだかでは異なります。
つまり、そもそも違法ではないのに「故意」だとか「過失」だとか言っても意味がないんですよ。「故意」だから「違法性」が高いというのはおかしい、要するに、いろいろな法律では、「故意」と「過失」を分けて、「故意」の場合を重くみているということでしょう。しかし、それは、「故意」ならば違法」の可能性が高いということを意味しませんよ。だいたい、われわれの普段の行動はすべて「故意」でしょう、これすべて「違法」の可能性が高いんですか。
「かりに法律違反じゃないとしても、違法性が高いことをやるからには」って、これどういう意味ですか、法律違反じゃなきゃ、「違法性」はないんですよ。法律違反じゃないのに違法性があるから、どうかとこうとかいうのは論理がぐちゃぐちゃですよ。
242. keiji — April 27, 2011 @07:18:28
この件で「故意」かどうかということを問題にする人たちがいらっしゃいます。東電の説明では、要するに、低濃度汚染水を放出してタンクを空けて、そこに高濃度汚染水を収容しないと、敷地から高濃度汚染水があふれ出して海に流出してしまう、だから、低濃度汚染水を「故意」に放出する、ほかに方法はないというものです。
つまり、東電には2つの選択肢しかない。
1. 低濃度汚染水を「故意に」放出する。結果は高濃度汚染水の流出は防げる。
2. 低濃度汚染水を放出しない。結果は高濃度汚染水が海にあふれ出る。
一部の方々は、この「故意に」を問題にしているわけですね。ま、国際法云々はこの際置いとくとして。しかし、よく考えると、2.も故意なんですね。高濃度汚染水の流出が分かっている。あるいは、蓋然性が高い。しかし、1.の手段をとれば防げる。なのにとらない。これは、不作為の故意とか未必の故意ってやつですね。
つまり、2つの選択肢しかなくて、どっちみち「故意」になっちゃうんです。これで、1.の場合の「故意」だけ問題にしても意味がないと思うんですがね。
ただし、以上は、東電の説明が正確かつ妥当ということが前提です。
1.も2.も防げたはずだと主張する人たちもいらっしゃいますからね。
243. りっぴ — April 30, 2011 @02:46:45
>>誰でも自分が本質だと思うものについて、本質だというのではないかと思いますが
あなたが、他の人が本質だと思うものに対する
想像力がないことを、ずっと申し上げているのですが。
244. りっぴ — April 30, 2011 @02:49:49
解釈について、いろいろお書きですが、あなたが、法律を全く勉強したことがないことはわかりました。
わたしの言ってるのは、ごくふつうの法律解釈テクニックで、よくやられてますよ。
それに、そもそも違法ではないのに「故意」だとか「過失」だとか言っても意味がない、なんてことも全くありませんしね。
なんにせよ、素人解釈は怪我のもとです。
234. disraff ― April 25, 2011 @18:35:46さん
>>りっぴさんは少しは「恥」というものを知るべきです。
人を罵倒するまえに、どうか私の提起した、きくちさんの認知構造につていの問題にこたえてくださいね。
でも、他の方も含めて申し上げますが、わたしは、結局のところきくちさんだけを相手にしておりますので、他の方は、別にレスつけていただかなくてけっこうです。
想像ですが、きくちさんは、
.献磧璽淵螢好箸汚染そのものについては汚染物質の量そのものが大事だということを知らなかったとおもって、このエントリを書いた(今も訂正されてませんね)。
△錣燭靴了愿Δ砲茲辰董知っていた可能性もあるとわかった(わからなかったらアホですね)。
それにもかかわらず、エントリを訂正せず、ジャーナリストを罵倒し続けている。
想像どおりかはわかりません。だから、説明して下さい、と申し上げていますが、それもはたされません。
いったいどういうことなんでしょうかね?
245. りっぴ — April 30, 2011 @03:00:33
>>論点となったのはDNAの証明力です。ですから
>>、足利事件以後、DNA鑑定を証拠として採用するという
>>法律解釈が覆されたわけではありませんよ。
まさに、DNA鑑定を刑事訴訟法328条の証拠として用いることができる、とはじめて最高が「法律解釈をしたのが足利事件」だったわけですが(最決平12.7.17)。
また、事件当時のおそまつなDNA鑑定に、法328条のもとめる自然的関連性があるかどうかが問題になり、それは(あなたの見ていたジャーナリズムではどうか知りませんが)まともなジャーナリズムではつねに問題になってきていますよ。
247. りっぴ — April 30, 2011 @03:22:41
241. keiji さんはひょっとして、足利事件の裁判って、再審無罪判決のことだけだとおもってませんか?
もともとその前に有罪(無期懲役)判決があったわけで、そのときに、DNA鑑定の証拠能力が問題となり、はじめて最高がDNA鑑定は法317条の証拠にあたる、と法律解釈をしたわけです。
248. 咲坂&桃内 — April 30, 2011 @23:45:12
さて、りっぴさんの書き込みは読む度に思うんですが
皆さんが「国技館の土俵」に上がってガップリ真剣に四ツに組んで議論してる中、りっぴさんは「後楽園ホールのリング上」で吠えてらっしゃる(切符買って数駅先の両国まで殴り込みに行けばいイノキ…)ように見えて仕方ないんですが…(本当は文末に”ワラ”とか入れたいんですけど自粛)
いい加減、
「このエントリーでの話題とは少しバカり掛け離れた話をしている事に気づかれては如何でしょうかと(無関係とまでは言いませんけど)
他のエントリーのコメントで『無駄な改行の是非』に関したやり取りがありましたが、多少大目(ケータイとPCでは見え方が違うのが原因?)の改行が「マナー違反」とされるのだとしたら、りっぴさんの的外れな書き込みは、もう何というかスサマジィばかりの嫌がら(ry
としか…
ストレートに言うと、「このブログ本来の有意義なやり取り」を読み取るのにジャマなんで、どーしても言いたいことがあるならりっぴさんがブログでも開設して、このエントリーにトラックバックすりゃいーンじゃないかと
つかそーしてくださいお願いしますm(_ _)m
249. ふぃっしゅ — May 1, 2011 @11:20:01
kikulogでは、根拠もなく自説を繰り返し他の意見に耳を貸さない方には「拙速にならずに」とイエローカードが出され、それでも繰り返す方には「退場」もあり得ますが、本当にまれですね。
ここの管理人さんは、御自身への中傷・罵倒にはレッドカードを出さない、本当に寛容なお方です。
皆さん、精進、精進
250. KOH — May 1, 2011 @11:52:17
読んでるんですか
私は四つも五つも連投してくるような人のコメントは端から読みませんね.
そんなとり散らかっているモノに価値があることはまずありませんから.
議論に慣れていない、もしくは自分の主張が論理的であれば第三者にも伝わるあるいは理解しようとしている人の存在している意識が希薄な方なのかと思います。要するに自己主張のみの人。
私がりっぴさんがヤッチャッたポイントと思うのは
>解釈について、いろいろお書きですが、あなたが、法律を全く勉強したことがないことはわかりました。
ご自分の土俵に持ち込んだつもりの発言みたいですが公開の議論で怖い(意識しなければならない)のは相手(またはROMしている人)の土俵がわからない事で安易な判断は大火傷の元でしょう、レベルが同じくらいと思ったときは大抵の場合相手が上であるみたいな感じです。
252. りっぴ — May 6, 2011 @23:40:54
もう、大学生と幼稚園くらいの差をかんじたものですから。
>>248. 咲坂&桃内 ほかの方々
私の申し上げているのは、要約すると、「記者やジャーナリストのみなさんは「1万トン」という水の量に惑わされて、実際の放射性物質の量を考えていないような気がしてなりません」というきくちさんの認識が正しいか、根拠があるか、それだけです。
そして、きくちさんに答えていただければそれでかまわないのです。
253. captnemo — May 7, 2011 @21:57:41
こういう記事のつくりかたは、昔なら「朝日ジャーナル」が、今なら(昔からも)「文藝春秋」が、よくやる/やった手です。
全体の雰囲気として、どっちに近いか(似ているか)は、措くとして、
低濃度汚染水放流に言及したコメントは、「『1万トン』という水の量に惑わされて、実際の放射性物質の量を考えていないような」ものばかりでした、とさ。
254. サルガッソー — May 8, 2011 @00:15:03
おそらく件のジャーナリストはAERAの記者ではないので証拠にならないと言い出すのではないでしょうかね。
もっとも件のジャーナリストが複数いて誰なのかはっきりしない以上証拠を突きつけることも不可能と思いますが。
しかしここまで議論してきたのにジャーナリストのアウトプットに誰も触れないのが面白いですよね。
255. ふぃっしゅ — May 8, 2011 @06:32:33
4月4日に低レベル汚染水の放出が開始。
このエントリーが書かれた日に、水ガラスによって汚染水の海への流出を止めることができ、その後復水器への移送、集中廃棄物処理施設の点検・移送準備をして、4月19日から高濃度汚染水の移送を開始し、「完了まで26日間」。
(以上、NHKかぶんブログで経緯をチェック。http://www.nhk.or.jp/kabun-blog/
また4月10日、11日を境に、福島第一原発周辺の海水の放射線量は激減して安定しています。
結果的に、一日も早く集中廃棄物処理施設への移送準備を始めたことは正しい判断だったのではないかと、放射線の知識はど素人レベルの私でも理解しています。
あの時に高濃度汚染水処理の方向性を本当に理解できているジャーナリストであれば、「1万トン」をヘッドラインに使わずに別の表現をしたのではないでしょうか?
やることなすこと批判的に懐疑的に報道される中、淡々と収束に向けて危険な現場で作業されている方たちもまた市井の人たちだと思います。
結果が良くても、それは無視されるし・・・。
そういう方たちへの敬意とか配慮が感じられず、また状況の全体像がつかめていない場あたり的な記事が震災後の報道には目立つような気がします。
そういう報道は、結果、世の中に不信感と混乱をもたらすことを今実感していますね。
ただし、人間として最低なら、成功とは言えませんね。
257. サルガッソー — May 16, 2011 @12:49:56
「危険性を指摘しただけ」と言い逃れできる分リスクは低目かも知れません。
258. YMN — May 16, 2011 @23:59:42
>ただし、人間として最低なら、成功とは言えませんね。
以下は5月16日の朝日新聞にあったKKベストセラーズの広告です。
人間として最低かどうかはともかくとして、震災で随分稼ぐことにはなるでしょう。
原発大崩壊! 第2のフクシマは日本中にある 武田邦彦
止めるべきは浜岡だけでない。
すべての原発は地震で壊れる!
「暴走」原発を許してはならない
たちまち重版!緊急書き下ろし
勃発!第3次世界大戦 狂った悪魔のシナリオ ベンジャミン・フルフォード
中東市民動乱、原油高騰、食料危機、そして「天変地異」・・・・・
このままでは地球はまもなく火の海になる!
たちまち3刷!
259. りっぴ — May 24, 2011 @01:57:08
常識のないみなさんは、一度見たらいいと思います。
http://digi-6.com/archives/51721557.html
260. りっぴ — May 24, 2011 @03:13:58
http://iwakamiyasumi.com/archives/8023
そこでまとめられているように、東電は、なぜ汚染水1万トン以上を、4月4日に垂れ流すのか、結局会見で明快に説明できていません。その結果が、日隅氏らの、激しい追求になっているわけです。
きくちさんは、そういう経緯を全部わかってこのエントリを書いていますか?少なくとも4月4日夜9時頃からの東電記者会見、そして、4月5日未明の東電記者会見を見て、その上、その頃に出された東電や保安院のプレスリリースをきちんと見てますか?
その上で、
>>記者やジャーナリストのみなさんは、単に「1万トン」というわかりやすい数字があるから、「鋭く」追及しているだけなのではないかなあ、という気がしてなりません。「鋭く」見えるだけで、全然本質じゃないのでは。もっとだいじなことがあるんじゃないのかなあ。<<
とお書きになったんでしょうか?
部分的な印象だけで、いい加減なことを書いたのではありませんか?
きちんと答えてくださいね。
きくちさんは、4月4日夜9時頃からの東電記者会見、そして、4月5日未明の東電記者会見、その頃に出された東電や保安院のプレスリリースを見た上で、ここのエントリ文を書きましたか?
これなら、イエス・ノーで簡単に答えられますね。
お答えをお待ちします。
262. とおりすがり — May 27, 2011 @08:57:38
リンク先からの引用ですが、
>これに対しフリーの日隅記者、木野記者が、本当に放水が必要だったのか、を激しく追及。
>さらに日隅記者、木野記者にフリーの上杉隆氏も加わり、放水を判断した責任者の名前、この会見時2階の本部にいる(この会見において責任者の名前を出さないという判断を下した)責任者の名前の開示を、これも再三に渡って求めるものの、最後まで責任者の名前を明かすことはなかった。
「本当に必要だったのか」「責任者の名前」
この2点が厳しく追求した点のようですが、やはり本質を突いているとはいえないと思います。
263. KY — May 27, 2011 @12:18:55
それに追加してですが、空気読まずに、きくち先生が左上に書かれたコメントを転記しておきます。
> 初めてのかたへ: 「通りすがり」「匿名」等、発言者の同一性がわからないいわゆる「捨てハンドル」でのコメント投稿はお断りしています。本名は求めませんが、区別のつくペンネームを使ってください。また、単なる罵倒みたいなコメントは消します。
264. りっぴ — June 4, 2011 @03:14:30
朝日新聞が海洋汚染の賠償問題について報じましたが、今後これは大きな問題になります。
http://www.asahi.com/special/10005/TKY201105280573.html
そこで問題になるのが、不可抗力だったのか、過失があったのか、故意なのか、ということですね。
「本当に必要だったのか」は、もちろん法的には本質ですよ。
さらに、「本当に必要だった」との説明を誰に求めたらいいのか、決定の「責任者の名前」の開示を求めるのも、当然だろうとおもいますが。
265. りっぴ — June 4, 2011 @03:22:45
事実経過について確認させていただきますね。私は、きくちさんも、この事実経過がわかってるのか、疑問におもってますので、コメントさせていただきます。
4月3日の時点でピット側面のコンクリート部分の裂け目から流出していた「高濃度汚染水」は、(ふぃっしゅさんもお書きになってるように)4月6日に止められています。その後、4月10日くらいには海水の放射線量は減少しています。一方、建屋内等の「高濃度汚染水」の移送がはじまるのは、その後です。
海水の放射線量が減少したのは、ピット側面の裂け目が塞がれたからです。
つまり、「高濃度汚染水」を寸秒も惜しんで早く移送しなければ、すなわち「低濃度汚染水」を寸秒も惜しんで早く海へ排出しなければ、あのときの海の汚染は止まらなかった、という関係にはありません。
もちろんそれでも後々のことを考えてできれば早いほうが良かっただろうとは言えるかも知れませんが、それが、国内的国際的に与える影響の重大性からして、メディアに対して
〃萃蠅寮嫻ぜ圈雰弍朕悒ラス)からの説明
∪府への説明内容や政府から各国への通告内容の開示
7萃蠅鮖戮┐覽甸囘状況証拠(写真など)の開示
は必要だろう、それらなくしてメディアへ通告した当日に超緊急に排出しなきゃならないようなことなのか。フリーの三人がずっと質問していたのは、このことなんですよ。なにがなんでも「少ないものも多いものも排出するな」と言ってるわけじゃないんですよ。
なお、問題の「低濃度汚染水」の排出によっても、一時的に海の放射線量は上昇しています(東電が、有意ではないが、としつつ認めている)。
さらに言うと、水処理は3月20日すぎごろからずっと問題になってたんですよ(結局今も問題になってますが)。循環式冷却装置とかメガフロートとかの話題が出てたでしょ?
しかし、東電は水処理について具体的にはほとんど説明せず、突然「低濃度汚染水」の海洋排出を言い出すわけです。これは記者にすれば、とても杜撰で、追求すべきこととうつったでしょうね。
そのような脈絡をまったく理解せず、一方的・悪質な先入観であの三人を貶めているのが、きくちさんのエントリなんですね。
くろきさんを名指しさせていただきますが、
私が200で
=====
ツイッターで、ネットの深層、という番組で、
件のジャーナリストが
「じゃあ、そこで泳いだりすることはできないんですか?」と質問したことをもって、視聴者を誤解させる、と言っている人がいますが、これは、保安院の文書を知っていれば、保安院が
>>低濃度の放射性物質を含む排水を海洋へ放出することによる
>>人への影響については、(略)問題はないものと考えている
と書いていることに対する皮肉と受け取れるわけです。
=====
と書いた「言っている人」というのは、くろきげんさんです。
くろきさんは、ニュースの深層は見たかも知れませんが、保安院の文書はたぶん見てなかったんじゃないでしょうか。そうだとすれば、くろきげんさんも、十分な調査をせずに、反論できない場所で人を貶めたことになるだろうとおもいます。
267. Toshi2100 — June 4, 2011 @10:35:07
>http://www.asahi.com/special/10005/TKY201105280573.html
>そこで問題になるのが、不可抗力だったのか、過失があったのか、故意なのか、ということですね。
記事が問題にしている点はたぶんに問題になるのでしょうね。
その問題とは、条約に加盟していないと原告の国の法の下で裁判を起こすことができ、加盟すれば被告(今の場合東電)の国(同、日本)の法の下での裁判になるという点ですね。
他国での裁判になれば、「何があっても」全面的に被告が悪いという判決になるかもしれない、ということが危惧されるとのことなので。
しかし、「必要だったか」とか「責任者は」などに関係する問題があるようには読めませんね。
あと、#222はちゃんと実行していただいたほうがよろしいかと。
268. りっぴ — June 5, 2011 @05:56:36
>>「必要だったか」とか「責任者は」などに関係する問題があるようには
>>読めませんね
不可抗力(無過失)であれば、通常は責任は問われません。
本当に必要だったか、というのは、そこにかかわるわけです。
裁判になれば(ならなくても)、どういうふうに意思決定がなされたのか、その責任者は当然問題になります。
こういったことは常識なんですがね。
222の実行というのは、インタビューのことですか?
メルトダウンについて妙な言い訳をしているきくちさんに、インタビューする価値はいまとても低下しておりますので、その計画はありません。
269. りっぴ — June 5, 2011 @06:26:13
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20110605/k10013321541000.html
そこで、ここは、「きくち理論」、すなわち
既に桁違いに多くの放射性物質が流出したと考えられる以上、多少それに加わっても、汚染という本質にはあまり影響がない
を適用して、現在処理に困っている「高濃度汚染水」の一部は故意に海に排出してしまってはどうか。この案をみなさんで検討なさってはいかがでしょうか?
270. LRLR — June 6, 2011 @09:28:29
> もういい加減、片言隻句をとりあげてどうこうという議論がバカバカしいので、最後に感想を書いて終りにします。
とお書きです。ずいぶん長い「最後」ですね。