マーケット事情
少しまじめな話をしましょうか。僕達は情報交換をしました。
タウンとタウンは直通で繋ぐ転送用のシステムがありました。門の形のオブジェクトなのですが、これをくぐると別のタウンに転送されます。他のタウンに移住するとき便利です。しかし、今回わかったことなのですが、この“天界の門”と呼ばれるシステムが稼動していませんでした。確認済みです。
タウンは分断されている状態です。
他のタウンにいる人にも念話は可能だということです。
『銀狼騎士団』のメンバーが他のタウンに遠征中だったそうです。
「ギルドキャッスルの方に帰ることも出来るからな。今は他のタウンの情報収集をさせているが、どこもあまり変わらない状態だ」
「それで、いまどのくらいのプレイヤーがいますか?」
「五つのタウンを合わせれば、約三万くらいだ」
つまり半数はアルファにいるということです。
「危険ですね。ヒマ姐達もそうですが少人数で出歩かない方がいいです。固まっていた方が安全です。僕の見立てでは、モンスターよりプレイヤーの方が危険です」
レベル100モンスターは滅多にいませんが、100レベルのプレイヤーはめずらしくありません。
「そやねえ。うちらは当分ギルドホームで寝泊りする予定や」
「我々も今日中にはギルドキャッスルに引き上げる予定だ。今後はアルファをホームタウンとする」
ここで何度か名前がでてきても説明を省いているギルドキャッスルについて説明しましょう。
そのメンバーが100を超えるような大手ギルドになりますと会館のギルドホームでは間に合わなくなります。タウンの周りにはいくつか建物があります。これが購入可能なのです。領地やギルドホールと同じです。購入し維持費を支払えばいいのです。領地との違いは村と領民がついてこないことでしょうか。
『銀狼騎士団』は当然このギルドキャッスルをお持ちです。
それからいくつかの情報交換した後、おひらきとしました。
「クロウさま達はこれからどうなさいますの?」
「マーケットに行きます。マリーが服を買うので。あと、こんな状況ですから、必要になりそうなものを買っておきたいです」
ヒマ姐とヘレーネさんがそっと目配せしあいました。
「うちらも一緒に行っていい?」
ヘレーネさんがどこかに念話を送っています。
マリーの衣装を新調しにマーケットに行くことを知ると、『お茶会』の女性メンバーが一緒に連れて行って欲しいと主張しました。
「クロウさまのおっしゃっていたとおり、下着は必要ですわ」
「そやねん、で、ミセパンってどこで売っとるん?」
…………マリーさんお願いします。
「ああ、マーケットでも委託のところは普通売ってないからな。ノンプレイヤーキャラがやってる小さな店があるんだよ」
アイテム化されるということはそういうニーズがあったということですが、チラリを前提としたアイテムなど、どういった人が欲しがったのでしょう。謎です。マニアックです。
「場所は……わかりづらいから連れてってやるよ。タウンにひとつしかないからな」
「おおきに」
男前です。マリー。
ヴォルグがナニヤラ苦悩の後にのたまいました。
「…………うちの女子メンバーにも教えるべきかな?」
「だと思いますよ。あんまり数の多いものではないので、同じ結論に至った人が買い占める可能性があります」
『銀狼騎士団』にも女性メンバーがいます。百人はいるでしょう。わかっていて教えなかったら後で恨まれるかもしれません。
あ、てれています。恥ずかしがっています。なんですか、婦女子の下着ぐらいで。からかいたくなるから赤面しないでください。
「銀狼のメンバーなんか一斉にきたら売り切れるやないか」
「そうですわね、急ぎましょう」
ヒマ姐とヘレーネが催促したのでマーケットに移動することにしました。
マーケットはタウンの南側にあります。
ノンプレイヤーキャラクターのお店または委託販売場、会館がプレイヤーから買い取った品物を販売するスペースも存在します。プレイヤー直営の店などもあります。
NPCのお店、会館の買い取り品は定価が存在し、この金額は変わりません。物価の目安になっています。
委託販売またはプレイヤー直営の店にはNPCや会館では売ってない品物もあり、販売価格は出品するプレイヤー自身で決められます。
プレイヤー直営の店には露店、カート販売、店の三種類ありまして、普段はにぎわっているのですが、今日はさすがに閑散としています。店を出す気力もないようです。
マリーの先導で進む僕たちに、なんともいいがたい黒い視線が向けられます。無限の呪いがこもっていそうです。
視線の先はおもに僕とヴォルグです。『お茶会』のメンバーの半数は女性です。美女、美少女に囲まれたハーレムに見えるのでしょう。お門違いもいいところです。僕は美女に囲まれてても嬉しくありません。ヴォルグだけ呪ってください。
入り組んだ道の奥まったところに『かわゆいしたぎのおみせ(ハート)』というふざけた看板のお店がありました。ショッキングピンクの外装がファンシーです。
マニアックです。イタイです。
ヴォルグが思わずといった感じで背を向けました。巨人とも渡り合うと謳われた“狂戦士”ヴォルグに敵前逃亡を促すとはなんという攻撃力でしょう。『かわゆいしたぎのおみせ(ハート)』恐るべし。
がしっとマリーがヴォルグの腕を掴みました。笑顔なのに眼が笑っていません。黒いです。逃がすものかという気迫を感じるのは僕だけでしょうか?
背後にアナコンダのヴィジョンが見えます。目の錯覚ですね。
「ここだぜぇ、さあ、入ろう」
「いや、僕は……場所はもう伝えたし」
「あ~ら、ここで帰るなんて、いわねえよな? なあ? なぁあ?」
ドスのきいた声で脅しているマリーはおいといて、さて、ここでミセパンの解説などしたいと思います。
『クリエイト・ニレミアム』では装備を取ると下着姿になります。これはいちおう素っ裸に見えないようにという配慮でした。しかしながらミニスカートの戦闘服(そういうニーズがあった事自体嫌です)ができてくると、見える下着が淡色の味も素っ気もないものでは寂しいとの意見が寄せられ追加されたアイテムです。
マリーが愛用しているような皮鎧程度の防御力のあるメイド服、同じく皮鎧程度の防御力のあるセーラー服などの愛用者が利用しているらしいです。
マニアックです。そんな服装で戦闘したいということ自体がマニアックです。さらにその際のチラリを前提とした要望であることは、さらにマニアックです。
ちなみに男性用にはソウセキ老師も愛用している皮鎧程度の防御力のあるタキシードがあります。
普通の女性の意見とは思えませんが、そういう理由で造られたアイテムです。基本的にファンシーでラブリーなデザインばかりです。Tバック、Tフロント、紐パンのような扇情的なデザインのものは存在しません。
純白、ピンク、水色などの柔らかい色彩に、フリルやレースやリボンがこれでもかとばかりに愛らしさを表現しています。
ものによっては魔法付与により防御力のある下着もあります。ぱんつの防御力を上げて、ナニからナニを守るのでしょう?
謎です。
狭い店内の中に愛らしいものが所狭しとおいてあります。
「あ、これ可愛い」
「こっちもレースが愛らしいですわ」
「そっちのはノーマルなやつ。そっちの高いやつは魔法付与で防御力あげたやつだ」
「わ、わたしにはどれも派手すぎます」
リボン多寡でかわゆく仕上げられたものを手に、女の子が恥らっていました。初々しいです。
「諦めろ、それが一番地味なデザインだ」
見せるためのものですからねぇ。
きゃわきゃわと『お茶会』の女性陣が下着を選んでいます。カップがどうのという会話も交わされております。貧乳、巨乳仕様のミセブラもあるので安心です。マリーの解説のもと、数枚選んで売り子に声をかける娘もいます。和気藹々としています。
和みますね~。和みです。
和む女性陣とは裏腹に『かわゆいしたぎのおみせ(ハート)』はヴォルグのHP以外のナニカに大ダメージを与えているようです。壁になつくのはやめてください。連れとして恥ずかしいです。
マリーのように堂々と仁王立ちしてください。高笑いまでしろとは言いませんから。
しかしながら、男性用下着がないというのは性差別です。男は××××でいろというのでしょうか?
試練です。
そうしていると新しい集団の客が着ました。服装からいって『銀狼騎士団』の女性メンバーのようです。ヴォルグの連絡が届いたようです。狭い店内があっという間に満員です。下着も数枚は欲しいでしょう。さながらバーゲン会場のようになってきたので、買う気のない僕とマリーとヴォルグとジュ姐は店から退散しました。
店の外までお客が並んでいました。今日は売り切れ必至です。
「買わないのか?」
「俺はもう何枚かもってるぜ」
そうです。マリーはミセパンの愛用者です。屋敷の個人用倉庫にあります。ミセブラももっています。たぶん、着用済み。マリーがいま死亡したら、予備のミセブラとミセパンと陽だまり村印の商品を撒き散らして死ぬでしょう。
そんな死に方は末代までの恥! 死なないでください。
「あたしはいいよ、当てがあるから」
「今の僕に女性用の下着をはけと?」
少し間があってからヴォルグが視線をそらしました。
いま、なにを想像した!
「じゃあ、僕はここで」
立ち去ろうとするヴォルグにいちおういっておきたいことがありました。今日のあの騒ぎでは下着を買えない人もいたでしょう。
「ヴォルグさん、もし今日下着を買い逃し、すぐにでも予備が欲しいという方がいらっしゃったら、御連絡ください」
「なぜだ?」
「融通します。うちの縫製者がレシピをもっているので」
マリーの戦闘用メイド服とミセブラ、ミセパンはソウセキ老師の作品です。老師の戦闘用タキシードも同じ。
ミセブラ、ミセパンのレシピというのは存在します。意外に高レベルを必要とします。ノーマルのミセブラ、ミセパンで85レベルを必要とする代物です。魔法付与ミセパンは90レベル。
ナニユエここまで高レベルなのでしょう?
うちのマリーにせっつかれ、ソウセキ老師がなくなく習得しました。全デザインをコンプリートしているはずです。「我輩はこんなものを作るため縫製者になったのではないのですにゃ~」と泣きながら作らされます。
このさい老師には泣いてもらいましょう。世のため人のためです。
生産系のなんでも屋と呼ばれる錬金術師ですが、洋服系のスキルはありません。
ここで僕のサブ職業『錬金術師』の説明などしたいと思います。
『クリエイト・ミレニアム』において錬金術師とは鋼ではなくアトリエのほうです。意味がわかっても沈黙してください。
そもそも最初のバージョンからあるサブ職業でして、冒険に必要な品物を自作するのはこの職業にやらせようというコンセプトで創られたのではないでしょうか。当時のほかの職業は冒険に必要なスキルばかりだったのです。
よって錬金術師は武器、防具、アクセサリ、道具、各種ポーション、薬品、地図、書類、食料アイテム製造などのスキルを持ちます。後に追加された服飾のスキルはさすがにありませんが、皮鎧なら作れます。
後にユーザーのニーズに合わせ料理人や鍛冶屋など各種の生産系職業が追加され、錬金術師が得られない高レベルレシピなどが創られましたが、50レベルまでのレシピなら大概はもってます。
高度なものではないけれども、おおよその間に合う生産系レシピを持つ器用貧乏のなんでも屋、それが『クリエイト・ミレニアム』の錬金術師です。
もっともポーション製作などに錬金術師しかもてない高レベルレシピもあります。
しかしながら、縫製者は完全に後付けの職業であり、戦闘用メイド服やミセパンは縫製者専用レシピです。綿花から糸をとり、布に仕上げるレシピは縫製者かNPCしか持てません。
陽だまり村の綿花はソウセキ老師がひなたでぽくぽくしながら糸に加工しています。糸玉をつついて遊んでいるのはロールプレイですよね?
「……そういうことは副官の南と交渉してくれないか?」
「えっと、南さん……以前ミリオン戦闘やったときも副官だった方で間違いないですか? その方となら念話できます」
「ああ、彼女だ」
「わかりました。そちらに連絡しておきます」
硬質の美貌を誇る黒髪の女性でした。『お茶会』の敏腕金庫の見張り番ヘレーネさんもそうでしたけど、できるナンバー2の女性というのは凛としたイメージがあります。ヒマ姐さんを太陽とすれば、ヘレーネさんは月、南さんは夜の闇のよう。それぞれが魅力的な大人の女性です。
恐らく商売になるでしょう。
もともとゲームであった『クリエイト・ミレニアム』では衣服はそう需要があるわけではないのです。ましてミセブラ、ミセパンなどマニアックなファン専用のアイテムでしょう。しかし、現実となった今では一部のマニアしか持っていないアイテムであったものが必需品となります。
比率をそのままもってくるのならアルファには約四千五百人の女性がいるはずです。その全員が洗いかえ用に下着を欲しがれば、NPCが定期的に供給する量ではとても間に合いません。まして、ミセブラ、ミセパンのレシピをもっている縫製者も少ないでしょう。
皆無とはいいませんが、件のレシピはイベントをクリアしてもらうものです。実用的な役に立たなかったマニアックなアイテムの製造レシピを手間暇かけても欲しがる物好きがそういるとも思えません。
うちはクリアしました。マリーの要望で。鬼です。ちなみに戦闘用メイド服のレシピもイベント品です。鬼畜です。
「こ、これが、我輩が目指した縫製者の高み(いつ、そんなもの目指していたんですか、老師?)だというのですかにゃ! 否! 断じて否ですにゃ~っ!(TT)」
ミセパンレシピをコンプリートしてしまったときの老師の無念の雄叫びはメンバーの涙を誘いました。笑いすぎて。
老師! 狙っていたでしょう! タイミングよすぎです。パソコンの前でお腹を抱えて笑いwキーを連打したのは僕だけではありません。
ヴォルグ、『お茶会』メンバーと別れ、マリーの装備を新調するためいくつかの店をのぞきましたが、結果はあまりはかばかしくありません。マリーの職業は『盗剣士』です。
この職業はロビンフッドとか某Zの身軽で剣技もできる怪盗みたいなものをイメージしているようです。
その特徴は早さです。暗殺者と盗剣士が『クリエイト・ニレミアム』の速さにおけるトップです。そのかわり鎧は皮鎧までという制限があります。
その鎧の防御力が問題です。
NPCが造る皮鎧は防御力が一定です。高品質の皮鎧というのもありますが、プレイヤーの造ったそれには敵いません。高レベルのプレイヤーが造った品物にはボーナスポイントがつきます。レベルの高いプレイヤーが作った品物ほどステータスが高いのですが、今回の騒ぎでプレイヤーの多くが品物を引き上げてました。
現在売られているものではソウセキ老師作戦闘用メイド服より高性能のものはありませんでした。老師の縫製者レベル100は伊達ではありません。
「どうします? 防御力は下がりますが、出来合いのものを買っておきますか?」
「うぬぬぬ」
「下に着る服だけ買って、皮鎧は僕が造りましょうか? 老師の戦闘用メイド服には劣りますが、ここにあるものよりはましですよ」
僕の錬金術師レベルは100なので、ボーナスがありますが、皮鎧のレシピ自体はあまり高レベルのものはありません。中レベルがせいぜいです。
「そうするしかねえか……」
「メイド服は勝負服としてとっといて、普通のときは皮鎧使えば?」
……ジュ姐、メイド服が勝負服ってなんとなくマニアックです。
けっきょくマリーは露出の少ない服を購入しました。僕が使える最高級の素材を買い集め、いったん領地に帰ることにしました。もちろんマリーの自腹です。
他にいくつか品薄になりそうな素材を買い集め、帰路に着きました。
ちなみに、タウン以外の場所に領地やギルドキャッスルなどの本拠地がある場合、そこも帰還呪文の行き先のひとつして選択できます。ギルドホームはこれに含まれません。
とにかく、領地に帰るのは一瞬です。
さて、これからどうなるか不安です。
ばんつネタ、ここまで引っ張れるとは思っていませんでした。WWWWでいいんですか?
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