2011年4月8日 20時38分 更新:4月9日 0時26分
東京電力福島第1原発の事故の影響で停止されていた農畜産物の出荷が一部地域で解除される一方で、土壌汚染が深刻な地域ではコメの作付け制限が決まった。「本当に以前のように売れるのか」「いつになったら元に戻るのか」。原発に振り回され続ける農業関係者の不安は消えない。【伊藤直孝、堀智行、内橋寿明、奥山はるな、喜屋武真之介】
福島県産の原乳の出荷停止は、会津地方の一部で解除されたが、原発のある浜通り地方などでは見送られた。
「ようやく出荷できてうれしいけど、手放しでは喜べない」。喜多方市の酪農業、小池佐世子さん(53)は声を弾ませながらも不安を口にする。「風評被害もあるだろうし、これからが大変。消費者の方は冷静に対応してほしい」と要望した。
会津美里町の牛乳販売店、新納剛さん(60)も「突然大丈夫と言われても。今回の騒動でお得意先の1割を失った。イメージ回復には時間がかかる」と悔しがった。
一方、原発の北約50キロの新地町で乳牛68頭を飼育する水戸睦夫さん(64)は「いつ解除になるのか」。震災後、乳の出を悪くするために餌を減らしているが、それでも1日1000リットル以上を搾乳しては捨てる日々が続く。餌代の支払いは毎月200万円を超える。「誰かきちんと補償してくれるのでしょうか」と心配している。
県酪農業協同組合の岡正宏・生産部長は、出荷停止が解除されない地域も多いためか、「国の発表は寝耳に水。まだ判断もコメントもできない」と硬い口調だった。
政府がコメの作付け制限を決めたのは、地上に降り注いだ放射性物質が土壌を通じて稲に吸収されるためだ。一度汚染された農地は高い費用をかけて土壌の入れ替えなどを行わない限り、長期間にわたって作付けできなくなる恐れがある。原発からの排出が続く限り土壌中の濃度は上がり続けるため、作付け制限の対象外となった農地も、収穫時にコメの再チェックが必要になる。原発周辺のコメ農家は大きな不安を抱え込まされた格好だ。
「農家からは『種モミも準備したが、作付けしていいのか』と切実な声が出ている」。8日に鹿野道彦農相と面会した福島県大玉村の浅和定次村長は、具体的な方針を早く示すよう国に求めた。
福島県はコメ収穫量が10年産で44万5700トンと全国の5%を占め、第4位の生産県。品質面の評価も高い。農林水産省は「コメは生産調整(減反)を行っているため、他の地域で減反を緩和すれば供給不足に陥る心配はない」と強調するが、全国有数の稲作地域で放射能汚染の影響が広がる打撃は大きい。
作付け制限の可能性がある飯舘村で米作を続けてきた山田長清さん(60)は「覚悟していたとはいえ、希望も持っていたから残念。このまま先が見通せなければ、農家は続けられない」と肩を落とした。「夏以降は自家用の米の備蓄もなくなる。補償を前払いしてもらわないと生活できない」と訴えた。
今回の解除で、風評被害が解消されるかは未知数だ。
農水省は風評被害を最小限に抑えるため、作物に表示する産地名を市町村単位などに細分化するよう流通業界に要請したが、包装などの表記を変えるには時間とコストがかかる。会津地方のある農協幹部は「表示を変えるにも、上部団体や地域内の他の農協との調整が必要。むしろ福島県産と表示した方が小売店や消費者に応援してもらえる可能性もある」と悩ましい心中を打ち明ける。
ホウレンソウとカキナの出荷停止が解除された群馬県。伊勢崎市の農家、松村昭寿さん(54)はホウレンソウをハウス栽培しているが、大量廃棄で約200万円の損害を被ったという。「出荷停止時は出口のないトンネルにいるようだったが、やっと光明が見えた」と喜ぶ一方、「風評被害がすぐに終わるとは思えない。国は今後、露地とハウスを一律に出荷規制しないでほしい」と注文した。
同県昭和村でホウレンソウを栽培する澤浦彰治さん(46)も「我々農家は将来の収穫に備え、出荷停止後も種をまき続けてきた。産地表示に『群馬県』の文字を見た消費者が、不安を感じないでほしい」と話した。
群馬県内では出荷停止対象外の農産物も大きく価格が下落し、太田市、藤岡市などは野菜を農家から買い上げて、生鮮野菜が不足している被災地に送る活動を行っている。