香月秋彦とコーデリアの冒険ものです。
主人公はかなり強くなります。
女性化もしてしまいます。
魔法も出てきます。
ハーレムにはならないかもしれませんが、なんたって主人公が女性になります。
銀の雨ふるふる。
プロローグ 香月秋彦の「恋」
―――小学五年の冬。
そいつは突然、俺の視界に飛び込んできた。
長い髪。
綺麗な眼。
真っ白な服。
吹雪の中、彼女の周りだけ光が差しているかのように輝いている。
どれくらい、そこで眺めていたのだろうか?
立ち竦んでいた俺に彼女が笑いかけた時には体はすっかり冷たくなっていた。
話しかけられたとき、何をどう話したのか、まったく覚えていない。
しかし彼女の名前だけはしっかりと記憶されていた。
――夏恋。
桜井夏恋。
夏の恋と書いて夏恋と言っていた。
今ならボケや突っ込みの1つも言っただろうが、その時の俺はただ頷いていたと思う。
ただ夢中になって彼女と話していたようにも思える。
楽しい時間はすぐに尽きて彼女は家族に呼ばれ去っていった。
それからどうやって家に戻ったのか覚えていない。
もう一度会いたい。
それだけを思い続け……。
他の事は頭から消え去っていた。
これが俺の初恋で、彼女が俺の初恋の相手だった。
鳴神秋彦から香月秋彦に名前が変わった。
単純に生まれた家を追い出されて香月家の養子になっただけだ。
もともと俺と鳴神家と関係は巧くいってなかった。
俺は鳴神家の人間が嫌いだったし鳴神家では俺は嫌われていた。
まだ幼い頃には嫌われているのが辛くて気を引こうとしていたが巧くはいかなかった。
家の中では姉や妹に貶され罵られてきた。親も祖父母も味方ではなかった。
そんな俺だったが、彼女――桜井夏恋――と出会ってからは、鳴神家の事も家族の事も頭から消え去ったようになっていた。
恋は盲目とはよく言ったもんだ。
だから鳴神家から香月家に養子に出された事も気にならなかった。
これが海外に行くというのならまた話は違うのだろうが……それに……ここが大事な所だが、香月家の近くには……彼女が――桜井夏恋――が住んでいた。
その事に気づいた時、養子に出された事さえ何か運命のようにも思えた。
夏恋と再会した俺は彼女の通う――古流剣術――の道場に毎日通った。
その頃の俺は真面目だった。
夏恋に良い所を見せるべく剣術の修行に一生懸命だった!!
その甲斐あって全国小学生大会優勝という結果をも手に入れた。
全ては努力の結果だ。たとえどんなに動機が不純であっても……だ。
……ああ、あの時の夏恋の嬉しそうな顔。そして俺もきっと笑っていただろう。
優勝した頃には俺と夏恋は仲良く一緒に居る様になっていた。
そんな俺達は中学生になった時に付き合うようになる。
無論俺から告白した。
放課後の屋上に呼んで真っ赤な顔になりながらも告白すると夏恋も顔を真っ赤に染めながらOKしてくれた。
こんなにも巧くいって良いのだろうか? と思うくらいだった。
もっともそれから後が大変だったが―――。
なにせ女の子と付き合うのは初めてだったし如何していいのかも分からない。
それは夏恋も同じだったようで夏恋の部屋で話をしていると不意に言葉に詰まる。
何を言って良いのか分からなくなる。
その挙句に俺は夏恋に宿題をしようか? と言ってしまっていた。
今から思えば馬鹿な事を言ったもんだ。
あの頃の俺達の付き合い方というのは他の人達とはかなり違っていたと思う。
毎日、道場で修業してそれから夏恋の部屋で勉強をする。その繰り返しを続けていた。
そりゃあたまにはデートというものもした。
映画を見たり、どこかに遊びに行ったりもしたけど……大抵は夏恋の部屋か俺の部屋で勉強をしていたように思う。
そしてそんな俺達の付き合い方を決定的にしてしまったもの。
それは中学に入ってから始めての夏休み前、終業式が終わってからの事だ。
渡された通知表をお互いに見比べるとそこには夏恋が学年一位で俺が二位と記されていた。 確かに毎日勉強してたよ。お互いの部屋で……それぐらいしかしてなかったというべきか?
通知表を見比べた俺達の顔は真っ青になっていた。
――――もう後に引けない。
成績が上の下ぐらいならたいした事は無かったろうが学年一位と二位なら成績が落ちたらすぐに目立つ。そしてその事が付き合っているからだ。と言われてしまうだろう。
段々と成績が上がっていった訳じゃなく、いきなりトップになったのだから、それが当たり前だと思われてしまった……その事が無言のプレッシャーとして圧し掛かってくる。
その事が通知表を渡す教師の表情からも窺えた。
だから――もう後には引けなくなった。
俺と夏恋が付き合っていく為に成績だけは維持していく。
それが大前提として圧し掛かってきた。
その上にさらに俺には剣道が残っている。
全国小学生大会優勝、その経歴から……中学でも剣道部に入っていた。夏恋もだけど……。
夏恋の両親や祖父さんからも期待されてしまっている。
これがキツイ。
キツイなんてもんじゃなかった。
文武両道なんて言われても実際にやる方には辛いだけだ。
結果としては俺は中学時代、一度も優勝出来なかった。
まあ四谷や新橋の二人が居た事も原因だったが、ただでさえあの二人は強くてどっちか一人だけならともかく二人続けてとなるとそこで力尽きてしまう。
三強といわれながら俺だけが優勝出来なかった。
中学を卒業する頃には夏恋は疲れ果てていた。
俺も疲れていたと思う。
―――そして夏恋に「別れてください」と言われた。
そうして俺達の付き合いは終わった。
……告白したのは俺からで別れ話をしたのは夏恋からだった。
高校も違う所に進学した。
その頃の俺の成績からするともっと上の学校に行くべきだと言われたがどうでも良かった。
夏恋はいわゆるお嬢様学校といわれるところに進学したそうだ。
それから一年が過ぎ、俺は夏恋を忘れる為に剣道の練習に打ち込み一年で選手に選ばれ、個人戦で全国優勝をした。それも四谷と新橋の二人を破って……夏恋と付き合っていた頃には勝てなかったのに別れてから勝てるようになったのは皮肉な事だと思う。
夏恋と別れてからの俺に残っていたものは……。
それなりに優秀でそこそこ強い自分自身だけだった。
……もういい加減に吹っ切ってしまおう。
もうすぐ――――。
―――春が来る。
また新しい季節が巡ってくる。
1つ学年が上がり、新しいクラスになり、新しい生徒――後輩もやってくる。
新しい季節には新しい出会いがあるだろう―――。
新しい恋に出会えるかもしれない。
第1話 「落とし穴? トラップ? 異世界にご招待」
―――ガブッ!
妙に聞きなれた音と共に左手の指に痛みが走った。
慌てて振り向くと後輩のぽちが指に噛み付いている。
「だぁ~噛むな!」
今度はちろちろと口の中で指を舐められた。
「舐めるな!」
「くぅ~ん」
ぽちは噛み付いていた指を離すと鳴く。
「なんのつもりかね? ぽち」
「それっすよ。秋先輩」
ぽちは眉を尖らせ両手を腰に当てる。
いつもの怒ってますよ。のポーズだ。
「なにがだ?」
「そのぽちってやつっすよ。だいたい秋先輩っすよ。ボクの事をぽちって呼び始めたのは」
「ぽちはぽちだろう?」
「なんでぽち、なんすか?」
「いや、なんでと言われても……」
ぽちこと柏木春菜が剣道部にやってきた時に応対したのは俺だったがその時、なにを動揺したのか、ぽちは「ワンワン」と吠えた。
本当だ。マジだ。本人は覚えていないようだが…。
そのことがあってから気になって観察しているとどうもいぬっぽい所が多々見受けられる。
撫でられると喜ぶ所とかなにやらタオルや人の服の匂いを嗅いでいる所とか……。
「なんでっすか?」
「ぽちはぽちとしか言いようが無いな……」
いぬっぽいから…と続けそうになって、慌てて口を閉じる。
するとぽちこと柏木春奈が口を大きく開けて鋭く尖っている犬歯を見せ付けてきた。
「あ~ん。ガブッといきますよ」
「そういう所がぽちと呼ばれる所以なんだが……」
「だいたいっすね、秋先輩がぽちなんて呼び始めたから冬芽先輩やその他の先輩方にもぽちって呼ばれるようになったんすよ。秋先輩の所為っすよ。責任を感じてくださいっす」
「ああわかった。わかった」
そう言いながら頭を撫でてやるとぽちは気持ち良さそうに眼を閉じる。
こういうとこがいぬっぽいんだがなぁ……。
「う~ん気持ち良いっす。冬芽先輩と違って秋先輩に撫でられるのは良いもんっす」
―――機嫌が直ったのか?
相変わらずなんと単純な……。
―――ガブッ―――
ぽちの頭を撫でていた左手をまた咬まれた。
「イタッ。咬むな!」
「秋先輩…今、ボクの事を単純だと思ったっすよねぇ~」
ぽちは咬みつつ上目遣いで睨んでくる。
「――秋先輩、そりゃあボクはいぬっぽいとか小動物みたいだとかよく言われるっすよ…でもだからって単純だと思われるのは心外っす。その辺は気をつけてほしいっす」
「りょ、了解した。だから咬むな」
――どうして気付いたのだろうか?
ぽちは咬むのをやめるとまた擦り寄ってくる。
頭や頬を擦りつけられているとなにやらマーキングをされているような気分になる。
「――ああ!! 用件を忘れてたっす。秋先輩は今日は暇っすか?」
上目遣いで見上げながらぽちはなぜかもじもじとしていた。こんなぽちは今まで見た事が無い。こいつはいつも元気ではしゃぎまわっている様な子なのにどうしたのだろうか?
「……悪い。今日は予定があってな。また今度誘ってくれ」
「……じゃあ秋先輩、今度でいいっす」
そういうとぽちは寂しそうにとぼとぼと肩を落として部室を去っていった。
――悪い事したな。だが予定があったのだから仕方が無い。綾姉さんの買い物に付き合う約束をしてたからな。
綾姉は俺が香月家に来た時いらい仲良くしている……まあ、俺にとっては義理の姉だ。いつも短い髪を揺らして走り回っている印象を持っている。なんと言おうか、黙っていれば美人。口を開くとうるさい。という感じの人だ。
部室を出てシャワー室で汗を流すとさっぱりとした気分になる。その後はさっさと着替えて剣道の竹刀や防具、それと本身の日本刀に教科書などといった荷物を片手に家路を急ぐ。
校庭では運動部の連中が部活をしているらしく掛け声が聞こえている。
校門の前にはまだ人も多く残っているようだ。人波を縫うようにして学校を後にした。
時計を見ると午後四時、いつもより早いこの時間に俺が帰るのは珍しい。自分でもなにか不思議な気になる。
空もまだ青く。いつもとは違う事を主張しているかのように陽の光が輝いていた。
バス停には、やはりいつもとは違う顔ぶれが並んでいる。
列の最後尾に並ぶとちょうど目の前に同じクラスの女子がいた。
……確か、こいつは同じクラスの……斉藤だったっけ? あまり話した事はないが目の前にいるのに無視するのも変だから挨拶ぐらいはしておこう。
「よお、斉藤。お前もいま帰りか?」
肩を叩きながら声を掛けた。
「きゃっ」
斉藤はびくっと体を震わせると慌てて振り向く。
「よっ」
「か、香月? な、なんで? ここにいるの?」
「なんで? と言われても俺も今日はこの時間に帰るからだが」
「め、珍しい。香月がこんなに早く帰るなんて。あっそうか、何か予定があるから?」
「まあな。斉藤はいつもこの時間なのか?」
「いつもはもう少し遅いんだけど今日はちょっと用事があるから……」
斉藤はそう言うと俯いて視線を逸らした。
――うおっ!ろくに話した事も無いからって女子に嫌われているとまでは思わなかった。なんてこったい。嫌われてるんじゃしょうがない。黙っているとするか。
「声を掛けて悪かったな……すまん」
そう言って視線を空に逸らした。
まだ空は青い。少しづつ日が長くなっているようだ。
なにやら視線を感じなくも無いが気のせいだろう。
そうこうしているうちにバスが来た。
流れるように乗り込みながら最後尾の席に座る。斉藤は前の方の席に座っていた。
改めて周りを見渡せば見た事のある顔が幾つもある。
――そうか、こいつらはいつもこの時間のバスに乗っていたのか?
自分の生活がクラスメイトとは違っていた事に改めて気付いた。
「あれっ? 香月?」
隣に座っている女生徒―――天野葉子が不思議そうに声を上げる。
こいつは同じクラスの女子だ。いつも同じ女の子のグループで行動している。
でも何で、女の子って、団体行動をするんだろうか?
おいおい。俺がこの時間に帰ったからと言ってそこまで驚く事も無いだろう……? そんなに不思議かよ?
「おいおい。不思議そうな顔をするなよ。俺だってたまには早く帰る事だってあるさ」
「いやだって、香月っていっつもクラブで忙しそうじゃない? 誘っても断るばっかしでさ」
「と言われてもだな、忙しいときもあるし、暇な時もある。忙しいときに誘われても断るさ」
「じゃあ今度の日曜日、クラスの蒔ちゃんたちと遊びに行くんだけど、香月も来る?」
「へえ、斉藤たちとか、ああ日曜なら空いてるからぜひ行かせてもらうよ」
「OKOK。じゃあ日曜日の10時に駅前でね」
「分かった」
軽く天野に返事を返し、それからとりとめのない話をする。
そうこうしているうちに家の近所のバス停に着いた。
バスを降りた俺は、荷物を背負うと綾姉さんが待っているはずの店へと向かう。
通りを右に折れ、左に曲がるその先に、手持ち無沙汰な顔をした綾姉の姿を見つけた。
「綾姉!」
声を掛ける。
振り向いた綾姉は手を振り、「おーい」と大声を出し、近づいてこようとした。
俺も手を振って綾姉に応えた。
綾姉に向かって歩いている途中、突然、地面が光った。
周囲の景色がぼやけていく。
そうして最後に見たのは真っ青な顔をして驚いている綾姉の顔だった。
「秋くん。秋くん。どこいっちゃったのぉ~」
「わーん。秋先輩~」
「……あなた誰よ?」
「えっ? ボクですか? ボクは秋先輩の彼女になる予定の柏木春菜です。よろしくお義姉さん」
「ちょっと! 待ちなさいよ。秋くんは誰にも渡しませんからね」
「うわっこの人、小姑だ」
「誰が小姑よ!」
「ううぅー」
「かるるるぅ」
ノエル王国、アルル地方古都アデリーヌ。
かつてローデシア大陸を統一したカプール帝国初代女帝と同じ名を持つこの都市は、帝国崩壊の際にカプールの王妃、王女、女官達が幽閉された都市として歴史に記されている。
カプール帝国崩壊後、アデリーヌはノエル王国の領地のひとつとして知られてはいるが、大陸の最北端に位置するアデリーヌを訪れる者は巡回商人達の他にはさほどいないのが現状である。
アデリーヌの近くにある森の中でコーデリアは、薬草を摘んでいた。
コーデリアはローデシア大陸ではよく見かける小人と言われる種族である。大人、成人と呼ばれる年齢になっても人間の子ども……8歳前後と同じぐらいの体格にしかならない。平均寿命は人間よりもはるかに長いがエルフよりも短い200年ほどである。エルフは500年ほど生きると言われている。
そのコーデリアの目下の野望は人間の女性と同じような、ないすばでぃーになる事だった。
その為に魔術や錬金術などといった物を学んでいる。
その成果はまったく現れてはいなかった。したがってコーデリアは今日もいそいそと薬草集めに余念がない。
夢は大きく。道は遥に遠い。
景色がはっきりとした。
そこは見知らぬ森の中だった。しかも夜だ。
「おいおい。どこだ。ここは?」
「お主、何者じゃ!」
きょろきょろしていると背後から声を掛けられる。何だか聞いた事のない言葉で何を言っているのかさっぱり分からない。
慌てて振り向く。そこには小さい女の子がいた。両手を腰に当て、少し前屈みなその格好はどこかぽちに似ていた。
「気がついたらここに居た。ここがどこか分かるかな?」
女の子の前にしゃがみ込み、目線をあわせ話し掛けた。
「何と言っておるのじゃ? 分かる言葉で話せ! それとわらわの質問に答えておらんぞ。お主は誰じゃ? はよう答えよ」
小さな体を思いっきり反らせ精一杯に威厳? を出そうとしているちびっこだった。
「うん?」
何を言ってるのか分からん。どうしよう……。
途方にくれそうだ。
「ええい。子供扱いするでないわ。わらわはこれでも成人女性じゃぞ!」
「何言ってんだ? 分からん」
俺は身振り手振りをしながら何とかコミュニケーションを取ろうとする。
彼女も身振りで表現する。どうやら怒っているみたいだ。俺なんかわるい事言ったかな?
そのうち埒が明かないと考えたのか彼女は俺の腕を掴むと歩き出した。まるで小さい子に手を惹かれている感じがして奇妙な気分だった。
しばらく歩くと丘の下に丸い扉がある。
どうやらここが彼女の家らしい。しかしなんと言おうか、横穴式住居? でも中は結構、快適そうだ。俺には少し、天井が低かったが。
こうして俺と彼女の奇妙な生活が始まった。
良いのか、これで?