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2011年 6月記念LAS小説短編 きっと雨のせい
使徒との戦いが終わり、碇シンジ、惣流・アスカ・ラングレー、綾波レイの3人はエヴァンゲリオン専属パイロットの任から解放された。
そしてシンジ達を待っていたのは平穏で平凡な中学生としての生活。
第三新東京市は目的の変わったネルフを中心に、戦禍を乗り越えようとしていた。
激しくなった使徒との戦いで他の地域に避難していた人々も、少なからず戻って来ていたのだ。
シンジ達の通う第壱中学校は、3年の1学期から再開された。
それは早くシンジ達に中学生としての生活を送らせてあげたいと言うミサト達の努力の成果だった。
しかし、高校受験を控える3年生にとっては1年はとても短い。
それでもシンジ達は5月の連休までは取り戻した中学生の生活を満喫するかのように遊びに没頭した。
その余韻が冷めやらぬ6月のある日の事、シンジはアスカと商店街で買い物をしていた。
シンジとアスカは以前と変わらず葛城家でミサトと同居生活を続けて居たのだ。
だが今日の買い物はいつもの夕食と違って量が多かった。
それは葛城家のリビングでシンジの誕生日パーティをやるからだ。
最初はレイとヒカリとアスカが料理を担当し、トウジとケンスケがシンジの材料の調達に付き合うはずだった。
しかし、アスカはこの前の家庭科の調理実習で中は生焼け、表面は黒こげのハンバーグを披露。
トウジのカレーやケンスケの野菜炒めの方が十分おいしいという結果に、ヒカリも苦笑するしか無かった。
そこでアスカは名誉挽回のために買い出しに立候補した。

「どうせアタシは暴力女よ、鈴原も相田も、アタシの分まで料理を作ってあげればいいでしょう!」

アスカは怒った様子でトウジとケンスケの同行を拒否したが、これは一部にアスカの思いやりが込められているのかもしれないとシンジは思った。
トウジとケンスケは前にシンジに得意料理を食べさせると言っていたからだった。
そんなアスカの性格を知っているシンジは苦笑した。
だがアスカだけで全ての食材を買って来れるはずは無く、誕生日を祝ってもらう側のシンジがアスカの荷物持ちの手伝いをすると言うおかしな事になってしまった。
そしてシンジにはたくさんの食材を持たせて、自分は大きなケーキの箱を持っているだけと言うのもまたアスカらしい。

「でも、そんな高級なケーキにしなくても良かったんじゃないかな」
「うるさいわね、アタシが選んだケーキに文句があるの?」

ケーキ屋でアスカは、イチゴのたっぷりと詰まったケーキを選んだ。
しかし、そのケーキの値段を聞いたシンジは目玉が飛び出るほど驚いた。
よりによってアスカが選んだケーキは特選の大粒の高級イチゴをふんだんに使ったものだったのだ。
ミサトから誕生日パーティのために貰ったお金では足りなかった。

「アスカ、予算が足りないから他のケーキにしようよ」
「妥協したら負けを認める事になるわ、そんなの悔しいじゃない!」

シンジがこっそりアスカに耳打ちすると、アスカは毅然とした表情で首を振った。
そして自分の財布からお金を取り出して店員に支払った。
そのアスカの行動にシンジは開いた口が塞がらなかった。
アスカの買い物に付き合わされると、シンジが買わされる事が多かったのに、ケチなアスカがどうして? と驚愕したのだ。
アスカがケチだと言うのはシンジの思い違いで、シンジがアスカの女心を見抜けなかっただけなのだが。
シンジはアスカは負けず嫌いで、言ってしまった勢いでケーキを買ってしまったのだろうと思って納得した。
その推理はだいたい合っていた。
アスカもアスカで、シンジに渡す誕生日プレゼントを用意できていなかったので、偶然とは言えこうして渡す事ができて安心していた。
シンジは自分で何が欲しいと主張するタイプではない。
もちろん、高級なチェロを欲しがっていたのは知っていたが、さすがにそれはアスカの小遣いでは手が出ない。
手編みのマフラーや手料理なんて出来っこないと諦めた。

「アタシのおごりなんだからね、心して味わいなさいよ」
「うん、みんなに言うと笑われるかもしれないと黙っていたけど僕はイチゴが好きだったんだ」
「そ、そう、それは良かったじゃない」

シンジの笑顔を見て、アスカは照れ臭そうに顔を背けた。
葛城家の帰り道を歩くシンジとアスカは、行く手の上空に灰色の雲が広がっているのに気がつく。

「家に戻るまでに降られるかな?」
「走るわよ!」
「待ってよアスカ!」

たくさんの荷物を抱えているシンジは顔を真っ赤にして汗を流し、息を切らせながら必死にケーキの箱だけを持ったアスカを追いかけた。
しかし、無情にも数分で雨は降り出した。

「ほらっ、シンジがノロノロしているから降り出したじゃないの!」
「そ、そんな事言われたって……」

このまま立ちつくしていたら2人ともびしょ濡れになってしまう。
シンジとアスカは近くの公園の樹の下で雨宿りをする事になった。

「あーあ、すっかり濡れちゃった」

この日アスカは白いブラウスを着ていた。
当然濡れてしまうととても面倒な事になってしまう。

「シンジ、ずっとあっちを向いてなさいよ」
「分かってるよ」

シンジはすぐ側に立つアスカにドギマギしながら、食材が濡れないように気にしながら立っていた。

「……すぐに通り過ぎるわよね?」
「そうじゃないと困るな、食材が無いとみんなも料理を始められないだろうし」

降り出した雨は弱まるどころか、さらに激しさを増しているように見えた。
シンジとアスカは無言で空を見上げている。
その沈黙に耐えきれなくなったのか、アスカが口を開く。

「……ねえシンジ、アタシ達が一緒にエヴァに乗って戦った事も、今こうして2人で居る事も、この雨みたいに遠い思い出になって通り過ぎて行っちゃうのよね」
「アスカ?」

沈んだ声で話し掛けてきたアスカに、シンジは驚いて振り返った。

「小さい頃にママが居なくなっちゃってから、アタシはずっと独りぼっちのままだと思ってた」

シンジはアスカの話に口を挟まず、じっと瞳を見つめていた。

「だけど、気が付いたらいつの間にかアタシの側にはシンジが居た。アタシがパイロット失格だって言われてヤケになってた時も、ずっとアタシを見ていてくれた」

アスカに見つめ返されてそう言われたシンジは、体中がかゆくなるような照れ臭い気持ちでいっぱいになった。
しかし、アスカは真剣に話しているのだからシンジは目を反らして逃げてしまうわけにはいかないと思ってこらえた。

「でもね、優しくしてくれたママの思い出がアタシの中で薄れて行ってしまうのを感じると悲しくなっちゃうのよ。どんなに優しくされても遠く離れてしまうと、消えて無くなってしまうのかなって」

そう言ってうつむいたアスカに、シンジはどんな言葉を掛ければ良いか迷った。
そんなシンジの心境を察して、アスカはため息をつきながら謝る。

「悪かったわね、せっかくの誕生日なのにこんな湿っぽい話をしてシンジに迷惑かけて」
「そんな事無いよ、アスカがこうしてありのままを話してくれて嬉しかったよ。雨って不思議な気分にさせてくれるよね」

シンジがそう言うと、アスカはうつむいていた顔を上げてシンジを見つめた。

「アスカが話してくれたから僕も話すね。僕もアスカが居てくれて助かってるんだ。だって、アスカは僕にいつもたくさんの元気をくれるから」
「な、何を言ってるのよバカシンジ、アタシはアンタがあまりにウジウジして情けないから気合を入れてやってるだけよ」

笑顔でそう言い放つシンジに、アスカは顔を真っ赤にしてそう言い返した。

「だからアスカ、お願い中学を卒業してもドイツへ帰ってりしないでよ」
「どうしてよ?」

シンジの言葉の意味は解っていたが、アスカは尋ねた。

「アスカにはこれからもずっと側にいて欲しいんだ。笑うかもしれないけど、アスカと同じ高校へ通って思い出を作って行きたいのが僕のありのままの気持ちなんだ」
「じゃあ、身体を張ってアタシを引き止めてみせてよ」
「……うん」

アスカの言葉にシンジはうなずいた。
そしてシンジとアスカはしばらくの間黙って見つめ合っていた。
激しい雨音が周囲に響いている。
それ以上言葉は要らなかった。
持っていた荷物を置いたシンジとアスカは雨が降り終るまで抱き合っていた。
雨が止んだ後、2人の明日を祝福するかのように綺麗な虹が空にかかっていた。
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