プロローグ
石より空薬莢を蹴る確率のほうが、犬の糞より死体を踏む確率のほうが高い。
いつもどこかで悲鳴や銃声が聞こえて、たまに爆発なんかもする。
車を止めれば盗まれて、道を歩けば誘拐されるうえ、どちらも絶対返ってこない。
赤ん坊を母親の目の前で犯しながら絞殺するような男が英雄と賞賛される。
ああ……ここが地獄だ。
生前は善人とは言わないが、お天道様に恥じない人生だったと思うのだが、なんでこんな地獄に落とされたんだろう?
三途の川も閻魔大王の判決もなかった。
一週間位、頭痛が続いて……、時間が取れなくて病院に行けなかった。
気づいたら、この地獄に落とされていた。
もし、次があるなら閻魔大王に聞いてみたい。
こんな地獄に落とされる俺の罪は何だ?
廃ビルの屋上で、あの頃と唯一変わらない青空を眺めて吐き捨てる。
流れる雲を見ているとタバコが欲しくなるが、ここで売っているたばこは多かれ少なかれマリファナが混入しているため吸えないのだ。
一度も成功しなかった禁煙が、今回は五年も続いている。
五年…… この世界に落ちて…… この世界に生まれ落ちて五年。
太陽に手を翳すと、小さな手が血を透かして赤く見える。
その手はゴツゴツと節くれだった男の手でなく、ちっちゃな子どもの手だ。
小さくなっただけじゃない。
性別も変わった。
もっとも、この町じゃ男だって油断していると掘られるから、女が特別危険というわけではない。
みんな平等に蜘蛛の糸を渡るような生活を送っている。
この姿を見て、かつての友人たちは俺だと分からないだろう。
いや、変わったのは姿だけじゃない……
「ここにいたのか。 チャロ、仕事だ」
クズの中のクズとも言うべきボスの言葉に気のない返事を返す。
俺の仕事はコロシ。
この町じゃ、スーパーのレジ打ちよりありふれた商売だ。
中でも俺は特別な力があって、このクズのアタックチームに所属している。
自分が生きるために、誰かを殺すという行為はなんと罪深いのだろう。
やつらは魚を捌くように人間をバラバラにしていく。
「魚を食うために殺すのも、金を得るために人を殺すことも同じだろう?」
Aチームリーダーの言葉だが、正しくイカレテイル。
人と魚は違う。
鯨やイルカは牛とは違うとは言わないが、人間は分けて考えるべきだろう。
それは失ったからこの街の姿なんだ。
こんなぶっ飛んだポリシーを持つリーダーが、俺の知り合いの中では有数のまともな人間なのだ。
正しく地獄。
ソドムとゴモラを越える背徳の町。
肥溜めの方がましとさえ思える、汚泥の溜り。
でも、俺も殺して金を貰って生きている。
泥を啜って。
人を殺して。
そうすることしか生きる手段がないから。
そうしても死にたくない。
一度は死んだ身なのに。
生きたいと俺の魂が叫ぶ。
この地獄に生まれて五年。
俺もまた人間のクズになって生きている。